Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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日本


カバに会いたくて・・・

2014.12.17 07:21|ケニア☞EDIT
雨で濡れた床で滑ってこけてお尻と背中を強打したケンゾーです。
突然どしゃ降りの雨が降り出したので、外で乾かしていたイクエの靴を避難させようと猛ダッシュしたらツルんと見事に滑ってドーンと尻を床に打ちつけてしまった。
あまりに痛すぎて涙が出そうだったんだけど、本能的にまず誰かに見られてないか周りを見渡すことは忘れなかった。
不惑の40歳にして漫画みたいな見事なこけっぷりだったなあ。

居心地のいいナイロビの宿ニューケニアロッジ。
とは言え、危険が隣り合わせのダウンタウンに長居はしたくないもの。
新婚旅行のときにマサイマラでのサファリは体験済み。
なので今回はサファリツアーに参加する予定もないし、かといってサファリ以外の見どころも思いつかないので次の目的地ウガンダに向けて移動することに。

宿のすぐ近くからウガンダの首都カンパラ行きの国際バスもあるにはある。
だけどサファリをしないとは言え、野生動物の王国ケニアをただ通過するだけというのはもったいない。

ウガンダへ向かう途中にナクル湖というフラミンゴの集まる湖がある。
ここも入場料が必要な国立公園ではあるんだけど、地図で見る限りナクルの街と国立公園は隣り合っていて、もしかしたらナクルの街からフラミンゴが見えるかも。

ということで、ナクルの街に立ち寄ってみることにしていた。

だけど、出発当日の朝。
イクエが急に「ナイバシャ湖に行こう」と言い出した。
ナイバシャ湖はナクル湖のさらに手前。
ナクル湖みたいに湖畔に行くのに入場料はいらないし、ナイバシャ湖にはケンゾーが大好きなカバが棲息しているんだそう。
湖畔にホテルやロッジが点在していて、なんとロッジの敷地内にもカバがやって来ることもあるんだって!
ロッジと聞くとちょっと高そうだけど、キャンプサイトも併設されていてお手頃価格で泊まることができるらしい。
どのみち通り道なのでナイバシャ湖で1泊することにした。

ナイバシャ

まずは湖の東にあるナイバシャの街までマタツ(乗合いワゴン)に乗って行く。
宿から500mほど離れたマタツ乗り場へ。
ちゃんとチケット売場があって前払い制だった。
ダウンタウンからナイバシャまで300シリング(約370円)。

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今までのアフリカの国と同じようなワゴンではあるけれど、ちゃんと一席ずつ区切られていて定員数を守ってくれるのでありがたい。
ナイロビからナイバシャまではおよそ90km。
大都市のナイロビもほんの15分ほど車を郊外へ走らせると自然豊かな景色へと一変する。

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しばらくすると左手に盆地のように低く開けた土地が見えてきた。
これが「地球の割れ目」と呼ばれているグレート・リフト・バレー。

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東アフリカを南北に貫いている大地の割れ目でイスラエルの死海からタンザニアまでの東リフト・バレーと、ウガンダからモザンビークまでの西リフト・バレーに分かれている。
このすぐ真下では大陸プレートがぶつかり合い、地殻運動が活発に行なわれている。
現在でもこの割れ目は広がりつづけていて、数千年後にはアフリカ大陸が2つに分かれるんだって。
でも、それまで地球が存在しているかわからないけど。

大陸が2つに割れるって、規模が大きすぎて想像の範疇を越えてるよ。
もしもちょうど中間に立ってたら股が避けるやん!なんていう小学生レベルのことしか思いつかない。

やがて行く手に湖が見えてきた。
ナイバシャ湖もグレート・リフト・バレーの中にある。
標高1884mと東リフト・バレーでいちばん高いところにある湖。

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ナイバシャの街でマタツを乗り換えて湖方面へ。
目星をつけていたロッジ「FISHERMAN(フィッシャーマン)」へ行きたいと言えば乗り場を教えてくれる。
ナイバシャからフィッシャーマンまで100シリング(約120円)。

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「フィッシャーマンズ キャンプ」。
車掌に伝えておくとゲートの前で降ろしてくれる。

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名前に「キャンプ」と付いているだけあって敷地内は自然たっぷり。
自分のテントを持っていればどこでも好きなところに寝床を作ることができる。

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テントを借りると、施設使用料あわせて2人で2000シリング(約2400円)。
共同トイレは水洗だし、温水シャワーも浴びることができる。
もちろんテントじゃなくてロッジに泊まることも可能。

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宿泊はせずにバーバキュー目的でやって来る地元の人たちも多いみたい。
ケニア人はこの人数で牛1頭分は食べそうな雰囲気。

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ナイバシャ湖の湖畔は自然の宝庫。
ロッジの敷地内でもいろいろな動物を見かける。

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小さくて仕草がかわいいサバンナモンキー。

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長くてふさふさの白い毛が特徴的なアビシニアコロブス。

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虹色の体が美しいライラックブッポウソウ。

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トキの仲間であるアフリカクロトキ。
古代エジプトでは神としてあがめられた聖なる鳥。

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そして存在感抜群のへんてこな鳥、アフリカハゲコウ。

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名前のとおり頭が見事にはげ上がっている。
喉にピンク色の袋がだらりとぶら下がっているのもいて気持ち悪い。
歩く姿はコートのポケットに手を突っ込んで腰を曲げて歩くおじいちゃんみたい。
目元もなんとなく人間のおじいちゃんみたいで、やっぱり気持ち悪い。

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キャンプサイトの目の前はナイバシャ湖。
ケンゾーとイクエのテントのほんの10m先に張り巡らされているものが・・・。

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これは電流が流れるバリケード。
夜になるとこれに電気が流されるので「触らないように気をつけて!」ってスタッフに言われている。

なんでこんなものが必要なのか?
それはここにカバが来ることがあるから!
夜になると時々ここにやって来て草をムシャムシャ食べてるんだって!

カバ見たい!
こんな近くで野生のカバを見るチャンスはそうそうないよ。
カバっておとなしくて鈍臭そうに見えるけど、じつはかなり凶暴で危険な動物なんだよね。
あの巨大な姿を目の前にしたらちょっと怖いけど、やっぱり見たい!

今夜カバがやって来ることを願いながら夕食の準備。
ここにはレストランもあるけれど超絶に高いので自炊。
コンロなんかはないので石を組んでかまどを作って火をおこす。

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今夜のメニューは・・・インスタントのラーメン!
いいのいいの、こういうシチュエーションで食べると何でもおいしいんだよ。

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しんと静まり返った湖畔に響くのは虫の音とパチパチとはぜる焚き火だけ。
カバを待つ長い夜のお供は、ケニア産のブランデー。
250mlの小瓶で400シリング(約490円)。

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もっと安いのもあったけどちょっと奮発。
「ケニアでブランデーなんか作ってんの?!」ってあんまり期待してなかったんだけど、これはおいしかった。
5年もので香りがよくて味も上品。
ブランデーをちびちびと舐めるように味わいながらカバを待つ。

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カバが来るのは夜中なのか朝方なのか・・・。
いつかは分からないけれど、ブハーブハー、ムシャムシャ音を立てるからすぐに分かるらしい。

結局夜は来なかった。

一応空が白みはじめる朝5時に起きてみたけどダメだった。
きれいな星空は見ることができたけど、残念。

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残念ながら大好きなカバに会うことはできなかった。
だけどね、カバに負けずとも劣らないすごい経験をすることができたんだな。
ケニアと言えば何といってもサファリだけど、まさか◯◯に乗ってサファリができるとは!
あしたは野生動物をたっぷりお伝えしま~す ♫

ナイロビの巨大スラム「キベラ」

2014.12.15 05:31|ケニア☞EDIT
ヒッチハイクをして車の中で寝る夫に対し「しっかりしなさいよ!」と苛立ちを覚えるイクエです。
ケンゾーはそれでもがんばって耐えてるらしいんだけど、すぐコクリコクリとなるの。
で、ドライバーに「アハハ、寝てるの?」ってつっこまれるの!
失礼だし、なんとか睡魔と闘いなさいよ。

ふたりにとっては2回目となるナイロビ。
凶悪都市ナイロビにはとくに見るべきものはない。
できれば避けて通りたかったけど、陸路でエチオピアから南下するには通らざるを得なかった。

でもただの通過点にはしたくない。
ナイロビで観光するところは何もないけど、ひとつだけ気になる場所があった。

それはキベラ・スラム。
スラムとは都市にある貧困層の居住地区。
貧しい人たちが違法に住居をつくっていて、人口密度が高く統制のとれにくいところで、公共サービスも受けられない場合が多い。
いわば、無法地帯。

貧困層の多いアフリカで、南アフリカのソウェトに続き2番目に大きいスラムがここナイロビにあるキベラというところ。

ナイロビ自体危険なのに、貧困層が暮らし、強盗や殺人など犯罪が日常的に起きるスラムならなおさら外国人がウロウロするのは危なすぎる。

けれどこのキベラ・スラムを訪れる外国人が少なくない。

アフリカを旅したいと思っている時点で「リゾートでバカンスを楽しみたい」とか「美しい景色や素晴らしい観光地に行きたい」という目的だけではないものをこころのどこかでもってきているのではないかなと思う。

アフリカ特有の問題や、先進国にいては見えない世界の現状。
そういうのをアフリカで見たい知りたいと思うのは不思議ではない。

キベラ・スラムはナイロビの街のなかにあって実際には誰でも行ける場所ではあるけれど、旅行者の外国人が勝手に突然入るのは危なすぎて不可能に近い。

キベラのことをよく知っている人に案内してもらわないといけない。

日本人がキベラに入るには、現地で生活しキベラで学校を運営されている早川千晶さんという方に案内をお願いするのが一般的。
早川さんはキベラをまわるスタディーツアーも定期的に開催されている。

日本語で案内してもらえるし、細かいこともいろいろとお話が聞けそうだし、なによりしっかりとした取り組みをされている信頼できる方なのでもちろん早川さんに案内してもらいたい。

そう思って早川さんのFacebookを確認したら・・・。

日本に一時帰国中!!

タイミングが悪いわたしたち。

インターネットで検索してみるけど、早川さん以外に案内してくれる旅行会社や団体の存在が見つからない。
それでも諦めきれなくて、日本語ではなく英語で検索してみたら、キベラツアーを開催している旅行会社や団体がけっこうある!

でも英語で検索すると、いいことばかりではなく、キベラツアーを批判する論文や投稿のようなものも見つかった。
そこに書かれているのは次のようなこと。

・ただの野次馬で旅行者がキベラに行くのはいかがなものか。
・まるで動物園にでも行くかのように、スラムを観光に行き「うわあー、かわいそう。それに比べてわたしは恵まれた環境に育ってしあわせだ」と実感するのは相手に失礼ではないか。
・キベラツアーを商売にするなんておかしい。旅行会社や団体はツアーの参加費をキベラの環境や人々の暮らしを改善するために寄付するとうたっているけど、ほんとうにそうしているのかあやしい。


正直言ってぎくりとするような部分もあり行ってみていいか迷ったけれど、高層ビルの建ち並ぶビジネス街や繁華街のダウンタウンだけを見てナイロビを発つことにも気が引けた。
ナイロビの光だけでなく陰も見ておかないといけないような気もする。

キベラを知らずにナイロビは語れない。
なぜなら・・・・。
キベラ・スラムにはナイロビの人口の4分の1とも3分の1とも過半数とも言われる人が住んでいる。

数に開きがあるのはスラム内の人口を調べるのは難しいから。
4分の1だってすごい数。
首都に住む人の4人に1人がスラム生活者というのは異常だ。

キベラに行こうと思っていることをだいごろくん、きっこちゃんに伝えると2人も興味をもっていて4人で参加することにした。

わたしたちが頼んだのは「Explore Kibera Tours」というところ。
4人で参加すると1人20ドル。

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待ち合わせ場所はキベラの近くのショッピングセンター。
宿でタクシーを手配してもらう。
(ナイロビにビビっていたわたしたちはタクシー移動をしたけれど、帰りはツアーのガイドさんに「大丈夫だよ」と言われてバスで戻った。ナイロビの路線バスはきれいでみんな座席に行儀よく座っていてちゃんとした車掌がいて危ない感じはいっさいなかった。バス車内というよりも、バスに乗る前と降りたあとが危ないのでタクシーを使ってドア・トゥ・ドアに越したことはないけど。)

ナイロビはアフリカの大都会。
交通渋滞がすごい。

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宿のあるナイロビ中心地から7キロくらいのところだけど、朝の通勤ラッシュに重なったこともあって、予想以上に移動に時間がかかってしまった。
ショッピングセンターに到着すると1人先客がいた。
ヨーロッパ人の女性で、現在アフリカのブルンジで暮らしNGO活動をしている。
ケニアには休暇で遊びに来ているのだそう。

ガイドの男性に連れられて5人でキベラまで少し歩く。
男性ももちろんキベラで生まれ、育った人。

キベラのすぐ近くは閑静な住宅街。
生活に余裕のある人たちが暮らしていそう。
大きめでしっかりした造りの家が多い。

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お金を持っている人のエリアとスラムが隣り合っているという不自然さ。

そういえばわたしたちが泊まっているダウンタウンも危険で絶対に旅行者が近寄ってはいけないと言われているけど、通りを挟んですぐのところには旅行者が唯一歩いても大丈夫だと言われるビジネス街がある。

ナイロビでは光と陰が隣り合っている。

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なんとなく混沌とした雰囲気に変わってきた。
たぶん、もうすぐスラムに着く。

露店の様子も今までとは違う。

一応、売り物らしい。
ゴミとして捨てられていたものを拾って売っているのかもしれない。

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キベラの広さは少し前はおよそ2.5㎢だったけど、政府が強引に縮小して今はだいぶ狭くなったのだそう。
立ち退きとかさせたんだろうけど、そこにいた人たちは暮らしていけるのかな。
実際はまたその人たちがスラムに戻ってきて、スラムの広さも拡張するのかもしれない。

「ここからがキベラです。」

ガイドが言った。
ケニア最大のスラム街に入るのだから緊張していいはずなのに、なぜかわたしは田舎の集落にでも入るように落ちつていた。
それはスラム街の入口には似つかわしくないものが存在していたからかもしれない。

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わたしたちを待ち受けていたのは、畑。
ナイロビの真ん中にのどかな光景があった。

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「キベラの女性グループが菜園づくりをしているんです。」

スラムで生きる人というとほとんど収入がなく、やさぐれていて、明日や将来のことなんて考えられないほど余裕がなく、自分のことで精一杯で、積極的に何かに取り組んだり他人と力をあわせて活動するなんて興味がない人たちなんじゃないか。
そんな固定観念がどこかにあったのかもしれない。

ガイドから出てきた「女性グループ」「菜園」という言葉がとても意外だった。

たしかにスラムには犯罪を犯す人もいるけれど、でもほとんどの人たちがわたしたちと同じように前を向いて工夫しながら生活を豊かにしようと一生懸命生きている。

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見渡す限りさびたトタン屋根が続く。
このスラムの人口は100万人とも言われている。
スラムに政令指定都市の人口にあたる人たちが暮らしているというのは、やっぱり異常だ。
100万人なら広島市や千葉市の人口と同じレベルだし、熊本市や岡山市、静岡市よりも多いことになる。
わずか2㎢くらいのところにこの人口。
人口密度がすさまじいことがわかる。

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スラムは迷路のようになっている。

経済発展の波に置いていかれて、昔ながらの自給自足の生活ができず困り果てたすえにここで暮らしはじめた人。
首都に行けば仕事にありつけると信じて田舎からやってきたものの仕事がなくて住処がなくてここに住みついた人。
もはやきっかけはわからないけど、祖父母の代からここがふるさとだった人。

いろんなバックグラウンドを背負った人たちが、ここで暮らしている。
空いているスペースなんてない。

スラムでは狭い場所を見つけてはむりやり家を建てて新たな住人が加わっていった。
だから家と家の間に細い道が走り、迷路のようになっている。
スラムは治安が悪いという事だけでなく、迷子になってしまうから部外者が単独で来るのは難しい。

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その狭い路地に排水がそのまま流れている。
こんな汚水に触れてしまうと病気になってしまいそう。
足元に気をつけながら慎重に、でも足早に歩く。

そのまま土の上に流れているところもあれば、こんなふうにむき出しの排水溝がつくられているところもある。
NGOが造ったのだそう。

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迷路のようなスラムにもメインロードのようなところがある。
路地よりも道幅は広く、人が行き交う。
両脇にはお店が並んでいる。
建物の高さが低くて、こびとの国に迷い込んだような気分。

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政令指定都市なみの人口を抱えるキベラ・スラム。
ここ自体がもう街になっている。
スラムの中にない店はない。
雑貨屋、床屋、クリーニング店、薬局、バー、家具工場まで。

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スラムで生まれ、スラムで育った人たち。
親の代,祖父母の代からここで暮らしている。
スラムに住む人はなにも、仕事がない人たちだけじゃない。
スラム内にお店をもっている人、学校の先生、外に出勤している人・・・。
ボロボロの服を着ている人はむしろ少ない。

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電気も通っている。
といっても、たくさん電気を使える訳ではないけど。
水はところどころにタンクがあって、住民はそこに買いに行く仕組み。
ナイロビの会社がタンクに水を運んでいて、住民は20ℓを5シリング(約6円)で買う。
もちろんそれほどきれいな水じゃなくて、飲み水としてはふさわしくない。

ボロボロのトタン屋根の小屋のような住宅。
そこだけ見ると、戦後直後のバラックの建ち並ぶ集落のように見える。
でも、スラムの向こうには真新しいマンション。
ちぐはぐな感じ。

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ケニア最大のキベラ・スラムの人々をさまざまな外国のNGOが支援している。
だからたまにボランティアと思われる外国人を見かける。

スラム内で見たいちばんきれいな建物。
「タウンセンター」と書かれている。

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トイレやシャワーが使えて、洗濯もできる場所らしい。
カフェもあってメニューを見るとなかなかよさそうだったので、単独で来てたらここでお昼を食べたかったなあ。

キベラの暮らしを向上させようとNGOがいろんなプロジェクトを実行している。
収入向上、教育、医療の充実、女性の地位向上・・・。

だけどもっとも必要じゃないかと思ったのはゴミ問題。
ゴミが散乱していて、いたるところが臭い。

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今のところ、ゴミ収集は日曜日だけ行なわれている。
迷路のようになっているスラムでゴミを収集するのは実際大変だと思う。
住民に外に運び出してもらおうにも、それをするのは難しく、結局は家の外にポイッとしてる。

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雨が降ればどうなるのだろう。
不衛生で病気が蔓延しそう。
蠅や虫だってわく。

ゴミ問題を解決しない限り、住民の健康や生活の質向上は実現できないと思う。

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家にトイレがあるところなんてほとんどない。
公衆トイレもあるにはあるけど、数が足りないし、家の近くにないところも多い。
住民は外でやったり、家の中のたらいでやって外に流したりしているらしい。

スラムには川が流れている。
汚泥とゴミがごちゃ混ぜになって悪臭を放っている。

そんな川を掃除している住人たちがいる。
清掃員で給料をもらっているらしいけど、清掃活動は追いつかない。

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ゴミの臭いと汚泥の臭いが鼻につく。
そのうえ、どこも煙くて息苦しい。
喉が痛くなる。

ほとんどの家庭は調理に木炭を使っている。
店の軒下では木炭が売られている。

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これだけ家が密集していてどこからも煙が出ていたら、煙たくなるのはあたり前。
体に悪そう。

スラムの中には線路が通っている。
線路沿いの空いたスペースにスラムができるのはインドでも見てきた。

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同じような建物が並び、線路を横切ったり、川を渡ったり。
自分がどこにいるのかわからない。

でもスラム生まれのガイドは迷わずにわたしたちを案内する。

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この先はもう道がないんじゃないのか、そもそもここは道なのか家の敷地なのかもわからない。

そんなところにここはあった。
「KIGULU HIV/AIDS ORPHAN CENTRE」。

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外からは想像もつかないほど、なかにはたくさんの子どもたちがいた。
ここは親のいない子どもたちが来る学校。
3歳から13歳までのおよそ60人の子どもがいる。
そのうち5人がHIVの陽性患者。
薬は無料でもらえるとのことだった。

シングルマザーの子もいれば、親戚に育てられている子もいる。
ここに寮の施設はないので、子どもたちはスラム内からここに通っている。

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4人のスタッフがいて、子どもたちに勉強を教えている。
寄付で成り立っていて、教科書は外国から贈られたもの。
それでもスタッフの数が足りなくて、3人で60人を教えている。
教室はいくつかあったけど、自習をしているクラスのほうが多い。

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キベラ内には授業料が無料の公立学校もあるけれど、制服を買わないといけないし、給食も出ないので学校に行けなくなる子もいる。
ここでは制服や教材は支給されるし、お昼の給食も無料で出される。

HIVの子は普通の学校に行くといじめられるケースもあり、ここだといじめられずにのびのびと過ごせるのだそう。

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学校を任されているのはルーシーさんという女性。
わたしたちの訪問を歓迎してくれて、とても優しく丁寧に質問に答えてくれた。

ルーシーさんが小さな部屋に案内してくれた。
作りかけのサンダルが並べてあった。

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マサイ族の伝統的な布を使って、いまスタッフでサンダルづくりに取り組んでいるのだそう。
これを売ってその収入をこの学校の運営にまわすことをめざしている。
いま子どもにも作り方を教えているところで、ゆくゆくは子どもたちも作れるようにしたいんだって。

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子どもたちはちょっとシャイで、でもかわいくて、笑顔だった。
親がいなくて生活環境も大変だけど、ここでみんなと毎日勉強し、スタッフから愛情をもらいすくすく育っている。
キベラは貧しくてたしかに犯罪者になってしまう人もいるけれど、こんなふうに教育を受けて愛情をもらえばそんな悪の道に走ることを止めることができる。

子どもたちのためにも、キベラの未来のためにもこういう活動ってほんとうに大切。

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センターのスタッフから寄付をお願いされるかなって思ったけど、そんなことはいっさいなかった。
きっとわたしたちのツアー参加費の一部をちゃんとこの施設に渡しているのだと思う。

そういう意味では、このツアー会社はしっかりしていると思う。

ツアー会社によっては「参加費はキベラのために寄付される」と言いながらも全部自分の懐に入れて、施設訪問をすると施設側から寄付をお願いされるところがあるらしいので注意。

笑顔で子どもたちとスタッフに見送られ、わたしたちはさらにスラム内を歩く。
ガイドは道に迷うことなく、路地を突き進んでいく。

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わたしたちがおじゃましたのはある女性の家。
HIVの患者さんで、キベラのHIV感染者の女性グループのメンバー。

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彼女たちは布でバッグを作ったり、ビーズでアクセサリーを作ったりして収入を得ている。
みんなで悩みを分かち合ったり、小物づくりをして協力して販売して収入を得ることは彼女たちの生きる力になっている。

彼女の家は6畳もないくらい。
もちろんトイレもキッチンもない。
ここで家族4人くらいで生活していると聞いて驚いた。

窓もない。
天井には2つの裸電球。
よく見るとひとつは電球じゃない。
右側のはペットボトルライト。

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天井に穴を開けてペットボトルを埋め込んだもの。
もちろん夜は何の訳にもたたなくなるけど、日中は太陽光を取り入れることができる。
電球並みに明るい。

彼女の家には電球ひとつとラジオがあった。
最低限の生活レベル。
キベラの人たちはこんな部屋で暮らしているんだ。

びっくりしたのはなんとこれは賃貸だということ。
スラムに違法に建てられたこんなほったて小屋が賃貸だなんて。
スラムの中にも、家を建てることも持つこともできない人がいれば家を貸し出して家賃収入を得ている人もいる。
スラムの中にも貧富の差は存在している。

彼女の家族が借りている家はこの土壁の長屋の左側の部屋。
この長屋には3世帯が暮らしている。
電気代込みで1か月1500シリング(約1800円)。

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スラムを貫く線路。
この上を道路のように人が歩いていく。

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線路の両脇には店が並び、電車なんて通れそうもない。
でも一日に3回キスムやモンバサ行きの列車が通ってるんだって。

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列車が来るとサッと避ける人々。
街のメインストリートを列車が走っていくと言うのはなんとも不思議な光景。

列車が通り過ぎると何事もなかったかのようにまた線路を歩きはじめ、日常に戻る。

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スラムにはめったに車が通らないけど、めずらしく車が通った。
スピーカーで何か呼びかけている。

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無料健康診断、診療、健康相談のお知らせだった。

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こんなふうにいろんな人たちが手助けや協力しながら、がんばってスラムの生活を成り立たせている。

最後に訪れたのは、ある工房。
白くて細かい粉が煙のように舞っている。

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ここは牛や、ヤギ、羊の骨からアクセサリーやキーホルダーを作っている工房。
骨をビーズにしてアクセサリーを作るのはアフリカの伝統的な技。

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2006年にできた工房で25人が働いている。
スラムの中でこうやって新たな雇用を生むいろんなプロジェクトが始動している。

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骨を大きくカットする人、小さく削る人、絵付けする人。
流れ作業で進んでいく。

骨がキリンの形になってる!

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完成したものはお土産屋さんに売ったり、近隣国に輸出しているんだって。
この場所でも売っていて、だいごろくんはブレスレットを、ヨーロッパ人の女の子はピアスやキーホルダーをお買い上げ。

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スラムを歩いていたら、ケンゾーのサンダルの底が抜けた。
スラムにある靴の修理屋さんで縫ってもらうことに。

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ここでは靴磨きも請け負っている。
けっこう頻繁にお客さんが来ていた。
スラムに住む人でもつねに靴をピカピカにしたい人だっている。
靴を磨いてもらっているおじさんとお話しした。
タクシーのドライバーをやったり、大工さんをやったり、家具を作ったり、いろんな仕事を掛け持ちしていた。
何でも屋で、仕事があると請け負っているみたい。
このときも仕事を探していた。

スラムを出たあと、帰りは服のマーケットを抜けて行く。
いろんな服が大量に売られている。

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これまでいろんな国で服のマーケットを見てきたけどこれほど安いところはない。
新品のジーンズでも300円くらいで売っていた。
たぶん海外から届く援助物資の服が横流しされて、ここで売られているんだと思う。

キベラツアーは3時間半ほどで終わった。

キベラに行って感じたことは、スラムであってもそこにはわたしたちと変わらない人たちが住んでいるというあたり前のこと。
想像しているよりも危ない感じはないし、ちょっと貧しい集落を歩いている感覚。
怪訝な目で見られるかと思ったら、みんな明るいし挨拶をすると笑顔で返してくれる。
スラムであっても人々は自分たちの暮らしを豊かにしようと工夫しながら一生懸命生活している。

キベラには物乞いがいなかった。
みんな貧しいから当然かもしれないし、物乞いをするときはスラムの外に行っているのかもしれない。
みんな明るくて楽しそうで、穏やかだった。
よっぽどスラムの外のほうが物乞いが多くて殺伐とした雰囲気がある。

「スラム=貧しい、生活が荒んでいる、危ない人々が集まっている」という固定観念が崩された。

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といっても、けっして安心できる場所ではない。
現地の人から受け入れられるガイドがいないと危険だし、アクセサリーなどは外し目立たない服を着たほうがいいとツアー会社にはあらかじめ指導されていた。
ほぼ手ぶらで行ったほうがいいし、写真撮影も最小限にとどめ不必要に人を撮ってはいけない。

会社や団体によっては強引にスラムでお土産を買わせたり、客が買えばそのぶんマージンが後日会社側に支払われるという話もあるみたい。

わたしたちがお願いしたツアー会社は、きちんと参加費を施設に渡しているようだったし、強引に何かを買わされることも新たな寄付を求められることもなかった。

できれば、日本人の早川さんたちの活動に参加させてもらったほうが安心だしいいと思う。

アフリカ第2のスラム「キベラ」は世界にも名が通っているので、海外からの支援もたくさん集まっていると思う。
でもナイロビにはキベラ以外にもスラムがあって、スラムじゃなくても貧しい地区はたくさんある。
そういうところのほうが支援が集まりにくく、見捨てられ、苦しい生活をしているのかもしれない。
そういうところはどうしているんだろう。
もちろんわたし個人が行けるようなところでもないし何もできないけど、キベラに行ったことでそっちのほうも気になってしまった。

いろいろ考えるきっかけにもなるので、キベラに行くのはけっして悪いことではないと思う。
観光地じゃないので「おすすめです」とか「絶対行ったほうがいい」なんて言えないけれど。