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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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日本


「危ない中米を移動した」ってだけの話、やめませんか

2016.03.08 05:28|ホンジュラス☞EDIT
ぎょうざをうまく包めないイクエです。
子どものころのうちの餃子はひだを作らずに閉じてたの。
八つ橋みたいに。
でも、ひだを作るのが一般的でしょ。
それでほかの人と餃子パーティーするときには、がんばってひだを作るんだけど不格好で笑われるんだよね。
ひと目でわたしが作ったってわかってしまう。
ケンゾーは、お袋の味でいちばん好きなのは餃子らしい。
義母に追いつこうとは思っていないけど、がんばらなきゃ。

ティグレ島

太平洋に浮かぶ、ホンジュラスの「ティグレ島」
観光客なんて行かないような小さな島。

何か期待してきたわけではない。
何もないのはわかっている。

ただ、ホンジュラスの人たちの飾らない笑顔や漁村の空気に触れられたら、そんな思いでやってきた。

島の中心地は「アマパラ」集落。
小さな商店や食堂がいくつかあり、人々が通りを歩く。

「中心地」と呼ぶには小規模だけど、それでも通りには子どもたちが多くて賑やか。
今のところこの島に、少子化の波は押し寄せていないのかも。

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ぺちゃんこにした大きなペットボトルを手にした男の子。
ペットボトルは2本。
スロープの上に座ってスタンバイ。

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ひとつはお尻の下に敷いて。
もうひとつは足の下に。

なるほどー。
そういう遊び方があったのか。

ソリのように上手にズズズズズー。

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たとえ遊具やゲームがなくっても、どこでもなんでも遊ぶことができる。
子どもは遊びの天才。

このティグレ島には、およそ一万人が暮らしているのだそう。
島といっても本土から2キロほどしか離れていないので、渡し船で10分もかからず行き来できる。
漁師もいるだろうけど、日中は島の外に働きに行く人も多いと思う。
さらに、島には畑も多い。
山肌には、トウモロコシ畑が広がっている。
けっこう暮らしやすいのかもしれない。

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島は以前から街として栄えていた。
16世紀にはすでにスペイン人によってこの島は発見されていた。
一時はホンジュラスの主要な港町として、首都になったこともあるのだそう。

アマパラには木造の古い伝統家屋が残っている。
島なので開発を免れ、ホンジュラスのほかの場所よりも保存状態はいいらしい。
いい意味で、時代から取り残されている。
19世紀のままの街並み。

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絵本に出てきそうな、カラフルな家々も。
パステルカラーのこの色の組み合わせ、すごくかわいい♡

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街の中心地にあるのは、みんなが集まる広場。
その脇には19世紀後半に建てられたカテドラル。

中米では、こんなふうに壁が黄色く塗られている教会をよく目にする。
クリーム色よりも鮮やかで、かといってどぎつくはない。
柔らかい印象。

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この日は、何かの宗教行事が行われていた。
着飾った島の子どもたち。
このカテドラルに集合し、みんなで少し離れたほかの教会まで練り歩く。

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女の子は白いドレス。
首には太いビーズのネックレス。
髪を編み込み、かごに入れたお花を抱えて、おすまし顔。

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日本の七五三みたいに、本人よりも親やおじいちゃんおばあちゃんが楽しんでいる。

「かわいいねえ。」
「こっち向いて。」

大人の視線をいっぱい浴びて、ハイポーズ。

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大人顔負けのメイク。
きょうはちょっと背伸びして。
いつもより口数も少なくおとなしい?
でも、緊張した面持ちにはあどけなさも。

いっぽう、男の子は?

むむむ、なんかヘンだぞ。

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最初に見たときは、思わず吹き出してしまった。

ごめん、ごめん。
いたずらで、自分で髭を描いたと思ったから。

女の子が、バッチリメイクして気取っているんだから、そりゃあ男の子だって負けていられない。

島の男の子みんなこんな風に髭を描いて、島を歩いている。

かわいい♡
いや、いや。
かっこいいよ!

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こんな島にWi-Fiなんてまったく期待していなかった。
わたしたちは、ブログをやってはいるけれど、あまりネット環境にこだわりをもっていない。
ネットが使えないところも躊躇せずに行くし、Wi-Fiがなくても安くていいホテルだったら泊まる。
もちろんいま泊まっているホテルでインターネットは使えない。

でも、カテドラルのある広場に島のフリーWi-Fiが飛んでいた!
行政がつけているんだと思う。

島の人たちも、広場のベンチに座ってスマホでインターネットをやっている。

わたしたちも広場でブログを更新。

こんな公共の場でラップトップを広げるなんて、アフリカ・中米含めてキューバ以外初めて。
わたしたちは防犯上、長距離バスの中やバスターミナルでもラップトップを広げるのを控えている。
キューバは社会主義の国で、とても治安がいいと言われている。
キューバでは、国営通信会社が公園にWi-Fiを設置しているので、みんなインターネットをするために公園に行き、ラップトップを広げていた。
だからわたしたちもそうしていた。

でもここはホンジュラス。
「世界一治安が悪い国」と言う人もいる。
マフィアが暗躍し、強盗や誘拐、殺人が絶えない国・・・。

だけど、この島はなんて平和でのどかなんだろう。

安心してラップトップを広げられる。

一眼レフを首からぶらさげてても、奪われる心配はない。

実際にカメラを持って歩いていたら現地の人に、こう話しかけられた。
「たくさん写真を撮りにきたの? 
 この島はね、カメラを盗られる心配なんてしなくていいからね。
 絶対に盗られないから。
 泥棒なんていない、とてもいいところなんだよ。」

夕方、西日に照らされて黄金色に輝く港沿いを歩いた。

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わたしたちがボートに乗って到着したのは何もない海岸だったけど、こっちの港は桟橋があって整備されている。
ここからはエル・サルバドルも近い。
イミグレーションのオフィスもあって、こんな小さな島の港だけど、一応「国際港」ということになる。

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このあとエル・サルバドルに行く予定だから、ここからボートで行けたらな。
そう思って船着場にいたおじさんたちに聞いてみたら「エル・サルバドルまではボードをチャーターしなきゃいけないし、距離も長いから船代が高いよ。普通にボートで対岸まで渡って、そこからバスに乗ってエルサルバドルに入国するほうが早いし安い。」ということだった。

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このあたりにはいくつも島が浮かんでいる。
そのなかには、このティグレ島と同じような火山島もある。

太陽は、エル・サルバドルの方角に沈もうとしている。

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きょうも、穏やかな一日が終わっていく。

漁を終えた人たちが、木製のボートに乗って沖から帰ってきている。

きょうは大漁だったかな。
食卓には、新鮮な魚が並ぶのかな。

家族が待つ家路へ急ごう。

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中米を旅した人のブログで「治安が悪い」ということだけを強調した記事をよく目にする。
「そんな危ない中米に滞在した」「チキンバスだけを乗り継いで移動した」と武勇伝のように書いている。
「危ない」ばかり書かれると、読み手はその印象ばかり残ってしまう。

わたしたちも「中米は危ない」「とくに観光地もない」という印象ばかりをもっていた。
でも中米を旅した人たちに出会い、彼らから「中米よかったですよお。」「けっこう中米にはまりました。楽しかったです。」「人がいい!やさしい! とくに危ないと言われるニカラグア、ホンジュラス、エル・サルバドル。イメージと違ってほんっとうにフレンドリーでしたねえ。」なんて話を聞いて、意外だった。
と同時に、中米の旅への期待が膨らんだ。

でも、実際には何の被害にも遭っていないのに「この国は危ない」ばかりを強調する人がいる。
そして、そんな人たちは中米を移動するだけで終わっている。
観光もしていないし、地元の人とふれ合ってもいない。
それで「怖い」「危ない場所」ってばかり。
何のために行ったのかな、怖いもの見たさかな。
とても残念だし、それだけで終わるのはなんか中米の国がかわいそうだなとも思う。

もちろん、自分が事件やトラブルに巻き込まれた人はたくさん情報を載せてほしい。
「あそこで泥棒されました」とか「あの場所でこういう危ない目に遭いました」とか「ここではこういうことを気をつけて」とか、そんな情報は注意喚起になるし、次の被害者を生まないためにも必要だから。

だけどネットで見た情報や犯罪統計を持ち出して「中米はこんなに危ない。でもそんな危ない街を自分は歩いた。」「TICAバス(国際バス)に乗らずにチキンバスだけで移動した。怖かったー。」なんてことばかり書く真意がわからない。
だったら、行かなきゃいいじゃん、TICAバスに乗ればいいじゃんって思う。

アメリカ大陸を縦断している旅人でも「中米は不安だから飛ばします。メキシコから飛行機でコロンビアに抜けます」なんて人は多い。
ひとつの賢明な選択だと思う。

わたしたちは中米を旅行しているけれど、危ないと言われる街には大きな目的がない限り立ち寄っていない。
コスタ・リカも、ニカラグアも、ホンジュラスも首都を避けてきた。
危ないと思うのであれば、そこに行かなければいい。
代わりに安全な街を探して、そこでその国を楽しめばいい。

不安なら、危ないと思うのであれば、嫌なのなら、楽しめないと思うのであれば、そこに行かないという選択をすればいいだけのこと。

そして、旅をするという選択をしたのであれば、その国のすてきなところを探して楽しみながら旅をしていきたい。

中米は危ない場所ばかりではない。
怖い人たちばかりではない。
美しい自然もある。
美味しい食べ物もある。
生まれ育ったその場所で普通に暮らしている人たちがいる。

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この島は、わたしたちの心を満たしてくれて、癒やしてくれて、温かくしてくれる。
そして、いま目の前にある風景はとても平和だ。

誰も行かないような場所へ

2016.03.06 23:56|ホンジュラス☞EDIT
コーヒー大好きなんだけど、コーヒーをお茶にシフトしようとがんばっているイクエです。
もはやコーヒー中毒になっているので、コーヒーを一切絶つのは無理。
せめて一日1杯だけにして、あとはお茶やホット豆乳。
生姜をすり下ろして入れています。

ホンジュラスでわたしが気になっている場所があった。
それは、ガイドブックに載っていたわけでも、人に聞いたわけでもない。
ただ、地図を見ていて「あ、こんなところに島がある。しかも島の真ん中に山があるから火山島っぽいな。本土から近いし立ち寄れそう。」と何となく思っただけ。

その名も「Isla del Tigre」

「Isla」は英語で「Island」、つまり「島」という意味。
「Tigre」は英語で「Tiger」、つまり「トラ」。
「寅島」というかっこいい名前。

ティグレ島

地図を見ると、本島からは2キロほどしか離れていない。
2キロぐらいなら、渡し船があるんじゃないか。

インターネットでさっそく「ティグレ島」について検索。
でも、全然情報が出てこない。

日本語で無理ならと、英語やスペイン語で検索すると、かろうじてティグレ島について情報が載っていた。
ほんとうに「かろうじて」。
頼りになるサイトはたったひとつだった。

行き方は、バスを乗り継いで対岸の「Coyolito(コヨリト)」という街に行く。
そこの港からティグレ島行きのボートが出ている。

島にはいくつかホテルがあるけれど、値段は安くない。
レストランもあり、そこまで美しくはないけどビーチもあるらしい。

「ティグレ島」と言うけれど、ティグレ島にある街の名前は「Amapala(アマパラ)」で、地元の人には「ティグレ島」ではなく「アマパラ」と言ったほうが伝わりやすい。

不確かなことはたくさんありすぎるけど、でもその分ワクワクする。
旅行者が行くような島ではないので、見どころはなにもないかもしれない。
でもその分、ホンジュラスの人たちのありのままの生活が垣間見られるんじゃないか。

無事に島までたどり着けるのか、泊まれるのか。
でも、たどり着けなかったとしても、そしたらそのとき、行き先を変えればいいだけのこと。

これまで3年以上気ままな旅をしてきて、ほんとうの野宿という経験はない。
もちろん空港やバスターミナルで夜を明かしたり、ガソリンスタンドや公園にテントを張って寝たことはある。
でもそれは想定内のことだった。
どうしようもなくなって、ほんとうに困って、道ばたに座って震えながら夜を明かしたというような経験はない。
宿がない場所だったら、宿のある街に移動すればいいだけのこと。
たいていどの街にも、宿泊施設はあるもの。
値段や条件を気にしなければ、泊まることができる。
わたしとケンゾーは、多少汚くても古くてもシャワーがなくても、平気だ。
極端な話、壁と床があってある程度の安全が確保されるところならどこだっていい。

島に行ってみよう!

次の日、わたしたちは朝からスーパーに買い出しにでかけた。
島にレストランもあるようだし、住んでいる人もいるから商店ぐらいはあるとは思う。
でも、とても小さい島なのでどの程度のレストランなのか商店なのかわからない。
それに、島なので物資が乏しく物価が高いかもしれない。

2泊分の食材を買い込んで、バスに乗った。
「コヨリトに行きたい」とバスの車掌に言うと、頷いてどこか違う地名を言った。

きっとそこで乗り換えるってこと。

案の定バスはサン・ロレンソという街の幹線道路沿いに着いた。
「ちょうどコヨリト行きのバスがあそこに止まってるよ。
 ほら、早く早く」。

車掌や乗客に教えられて、わたしたちは道を挟んだ場所に止まっていたバスに飛び乗った。

インターネットで調べた情報よりも、コヨリトへのアクセスはよかった。
情報では、コヨリト行きのバスは一日に数本しかなく、しかもコヨリトまでは峠を越えなければいけず、道は舗装されてなくて悪路、と書かれていた。
でも、幹線道路からコヨリト行きのバスは頻発していたし、山道だけど舗装されていて何の苦労もなかった。

さらに、ありがたいことにバスの終着点は港だった。
そして、バスはボートに接続していて、バスから降りるとすぐにティグレ島行きのボートにほかの乗客たちと乗れた。

な~んだ。
簡単にいけるやん。

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手漕ぎボートと思っていたけれどちゃんとエンジンがついている。
運賃はひとり15レンピラス(約75円)。

島そのものが火山。
絵に書いたような左右対称のきれいな山、ティグレ島が目前にある。

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半径4キロほどの小さな島。
港はふたつあって、島の中心地アマパラと、Playa El Burro(ブロ・ビーチ)にある。
ボートはてっきりアマパラの港に行くものと思っていたけど、着いたのは街から外れているPlaya El Burro。

これは困った。

ボートから降りてそのまま砂浜を歩く。
トゥクトゥク(バイクタクシー)がビーチで待ち構えている。

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こんな街外れでどうやってホテルを探そうか。
トゥクトゥクに乗って、ホテルまで連れていってももらおうか。

ボートを降りると、目の前に砂浜に突き出たレストランみたいなものがあった。
そしてそこは、宿もやっているみたいだった。

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「こんにちは。」
「こんにちは!」

「部屋、ありますか?
 ふたりです。」

「あります。
 ありますよ!

 おーい!」


男性は、妻を呼んだ。
夫婦で経営しているようだった。

「こんにちは。
 部屋ね!
 案内します。」


久しぶりの外国人客だからか、奥さんは嬉しそうにした。

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レストラン部分の後ろの黄色い建物が宿泊施設。
いったん外に出て階段を上る。
部屋の入口からは海が見下ろせた。

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部屋は古ぼけているけれど、壁や床がカラフルにペイントされている。
ダブルベッドがひとつとシングルベッドがひとつ。
嬉しいことにエアコンがついている。

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「いくらですか?」
「何泊する?」
「1泊か2泊です。」
「2泊するんなら、1泊350レンピラス(約1750円)でいいよ。」
「じゃあ、2泊します!」

アクセスも宿の確保も、予想していたものよりもはるかにスムーズにいった。

部屋にはバスルームもついている。
トイレに行き、ふとなにかの気配。

壁に視線を移し、わたしは叫んだ。

「おぅあ!!」
「どうしたと?」
「すごいよ。
 これ、見て!」


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今まで見たこともない大きさのクモ。
足はモフモフしている。

「どうする?
 毒あるかな。」

「そのままにするしかないよね。」

わたしたちはクモと共同生活を送ることにした。

トイレにクモはいるけれど、エアコンの効いた部屋は快適で数時間ダラダラ。
火照った体を十分に冷やし、外に繰り出すことにした。

いつの間にか、目の前の海は満潮になっていた。
さっきまであった砂浜は消えている。

卵や野菜、果物・・・。
本土からの物資がボートで運ばれてくる。

トゥクトゥクやトラックが波打ち際のギリギリに止まっている。
ボートの荷物を抱えた人たちは、ジャブジャブと海の中を歩き、待ち構えているトゥクトゥクに運び込んでいる。

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島にいることを実感する光景。

「島のいちばんの中心地に行ってみようか。
 歩くか、トゥクトゥクに乗るか。」

「どのくらい?」
「4キロ、5キロくらいかな。」
「歩いてみようか。」

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のどかな漁村の風情。

火山島ではあるけれど、死火山の山肌は緑で覆われてジャングルのようになっている。
空気はぬっと温かく、肌はじっとり汗ばむ。

南国の雰囲気の中を、トゥクトゥクが走る。
東南アジアに迷い込んだような錯覚。

そしてなぜだか感じるノスタルジー。

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道ばたで、エサをついばむ黒い鶏。
頭の2倍ほどの大きさの立派なトサカをお持ち。
生き生きとした赤色。

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島の一本道。
それは、島をぐるっと一周まわっている。

全長20キロくらい。
島の中心にそびえる火山を横目で見ながら、その一本道を歩いていく。

「ブエナス・タルデス(こんにちは)」
「ブエナス・タルデス
 コモ・エスタ?(元気ですか)」

「ビエン(元気です)」

島の人と目を合わせ、ニコリと微笑み合い、言葉をかわす。

ときには木陰の下を、ときには炎天下の中をゆっくりと歩く。
ゆるやかな坂を上ったり降りたり。
ときおり木々の間や民家の奥に、海が見え隠れする。

人とすれ違うたびに、声を掛け合う。

「ブエナス・タルデス」
「どこから来たの?」
「日本です。」
「楽しんでね。」

すれ違いざま、必ず挨拶しあうのは島ならでは。

「またね。」
そう言って、お互いふたたび歩きはじめる。

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この島、好きだな。
ここに来て、よかった。

わたしたちは早くもそう感じていた。