Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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日本


絶滅した理由「服」 なんじゃそりゃ?

2015.04.08 05:54|アルゼンチン☞EDIT
味噌汁の具では揚げがいちばん好きなケンゾーです。
汁を吸ってジュワッとなった揚げがたまらない。
子供のころは豆腐屋のおじちゃんが自転車で豆腐を売り歩いていて、毎日豆腐と揚げを買っていた。
プ〜、プ〜というラッパの音が豆腐のおじちゃんが来た知らせ。
「あ、おじちゃんが来た!」と弟と外に走っていって豆腐2丁と揚げを買うのが楽しかった。

いよいよ始まったケンゾーとイクエの南米の旅。
南米をどう回るのか?具体的なルートはまったくの未定。
あいもかわらず、ふらりな南米旅になることは間違いない。

とりあえず決まっていることは、ここウシュアイアを皮切りにパタゴニアを周遊、チリの首都サンティアゴまで北上するってことだけ。
サンティアゴで会いたい人がいるんだよね。
その後のことはサンティアゴにたどり着いて考えればいいか。

南米大陸の南緯40度あたりを流れているコロラド川以南の地域が「パタゴニア」と呼ばれている。

パタゴニア

歴史上初めて世界一周を成し遂げたことで有名なポルトガル人のマゼラン(実際にはマゼラン自身は途中フィリピンで戦死したので世界一周していない)がこの地を訪れたときに、先住民族を見て “パタゴン” と言ったことからパタゴニアと呼ばれるようになったそう。
パタpataは “足”、ゴンgonは “大きい”という意味らしいんだけど、どうも先住民族たちはグアナコ(アルパカみたいな動物)の毛皮で作ったブーツのようなものを履いていたんだって。
それをみて “大きな足の人々”って言ったんだろうね。

パタゴニアはおよそ110万㎢、日本のおよそ3倍という途方もない広さ。
チリとアルゼンチンにまたがっているけれど、チリ側とアルゼンチン側では地形や自然環境がぜんぜん違うらしい。
アルゼンチン側の北部はパンパと呼ばれる草原地帯、南部は乾燥した砂漠地帯、チリ側は氷河によって削られたフィヨルドが広がり、山と湖が多く変化に富んだ地形なんだそう。

パタゴニアの最南端に位置しているウシュアイア。
ここは南極ツアーの出発地点。
ここから南極までおよそ1000km、首都のブエノスアイレスまでおよそ3200kmだから南極の方が断然近い。
「世界の果て」という形容はけっして大げさじゃない。

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美しい山と青い空、ふわふわと漂う白い雲。
港には小山のような豪華客船やヨットが停泊し、画に描いたようなリゾート地そのもののウシュアイアの街。
天気がいいとくに夏場は「世界の果て」なんて雰囲気はぜんぜんない。

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観光客で賑わうメインストリートのサン・マルティン通り。
豪華客船が寄港するくらいだから、こ汚いバックパッカーよりも身なりがきれいで年齢層が高い観光客の方が多い。

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世界21位のGDPを誇るけれど、実状は経済が破綻してしまっているアルゼンチン。
自国通貨アルゼンチンペソの信用度はがた落ち、国民がペソよりもドルを欲しがっているのでドルの両替には闇レートが存在している。
闇レートと言っても新聞に公定レートと闇レートが併記されてるくらいだから政府も暗黙の了解状態。
闇両替をしたからといって警察に捕まるなんてことはない。

この記事を書いている4月6日の公定レートは1ドル8.83ペソ、闇レートだと1ドル12.54ペソ。
1ドル119円で計算すると公定レートは1ペソ13.47円だけど、闇レートだと1ペソ9.48円になる。
公定と闇では1ペソで4円も違う。
100ペソの物を買うと約1350円と約950円、かなりの差だよ。

ATMでペソを降ろしたり、クレジットカードで買物をすると公定レートで計算されるので損をすることになる。
なので、アルゼンチンを旅するときにはドルを持参して闇両替することが旅人の掟。

闇両替のレートは都市によって違う。
ブエノスアイレスがいちばんいいけれど、ケンゾーとイクエはスルーしてウシュアイアに直接やって来たのでレートが悪くてもここで替えないといけない。
ダメ元でブエノスアイレスの空港周辺を歩き回ったけど両替屋はいなかったんだよね。

ということで、ウシュアイアで闇両替屋を探すことに。
カジノで両替ができると聞いたので行ってみたけどレートがあまりよくない。

たまたま宿で韓国人と話をしていたら「あそこのレストラン兼ホテルがレートがいいよ」という有力情報を教えてくれた。
たまに外国人旅行者と話をしていると、思いもよらない有力情報を入手できることがある。
インターネットで調べても出てこなかった情報。
日本語で検索してるからあたり前だ。

教えてもらったレストランに行くと1ドル13ペソ。
ほかの店では1ドル12ペソ、よくても12.5ペソだった。
この時期、首都のブエノスアイレスでは1ドル13.45で替えられたそうなので(2015.1.21)、田舎にしてはそう悪くはないレート。
ANTARTIDA ARGENTINAというホテルで、表のガラスにもレートが貼り出されている。

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さらに、南アフリカのケープタウンでいっしょだったジュンちゃんが遅れてウシュアイアに来ると言うので、レートのいいブエノスアイレスでケンゾーたちの分まで両替してもらうように頼んでいた。
ジュンちゃんはあいにくドルをあまりもっていなかったようなので、ジュンちゃんの友だちの大和田ちゃんがケンゾーたちの分まで両替してくれていて、ウシュアイアで受け取ることができた。

大和田ちゃん、わざわざ両替してくれて届けてくれてありがとう!!
とても助かりました!!

※このあと数回各地で両替をした。
 平均するとケンゾーとイクエにとっての1ペソは約9.14円。
 今後1アルゼンチンペソは9.14円で計算。



ウシュアイアの街を歩いていると「◯◯まで何km」という最◯端地点には必ずある標識をよく見かける。

「JAPON 17,127km」

世界中のどの国よりも遠いところにある日本。
旅に出て2年と4か月、やっと日本の裏側までたどり着いた。
(実際の日本の真裏はブラジルのサンパウロあたり。まあ、ほとんど真裏ということで・・・)

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今までしたことはないけれど、せっかくなので最果ての地から日本の家族へポストカードを送ることに。
週末で郵便局が閉まっていたので、民間のDHLを利用。
ちゃんと “Fin del Mundo” =「世界の果て」と書いてある切手を貼ってくれた。

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世界中どこでも送料一律で23ペソ(約210円)。
日本がいちばん遠くて、ちょっと得した気分。
(早く着くと思っていたDHL。なんと日本に着いたのは1か月半後だった。)

記念のものと言えば、街のツーリストインフォメーションに行くとウシュアイアのスタンプを押してもらえる。
パスポートに押してもらうのが人気らしい。
ケンゾーとイクエも押してもらった。

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ヨーロッパ人によって “発見” された南米大陸。
けれど、当然そこには昔から先住民族たちがすでに住んでいた。
ウシュアイアがあるフエゴ島にも先住民族はいた。

それがこのヤマナ族
いや、別にふざけてる訳じゃないよ。

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セルクナム族やオナ族とも呼ばれることもあるヤマナ族。
信じられないけれど、彼らはふだんほぼ裸で生活していたんだそう。
真冬には氷点下、場合によってはマイナス20℃になるような最果ての地だよ、信じられないけどほんとの話。

それだけでもかなりパンチが効いてるんだけど、彼らのすごさはまだまだそんなもんじゃない。
お祭りや成人の儀式など特別なときに、よりパワーアップするのだ。
全身にペイントを施して。

ヤマナ1


ヤマナ2


これ、お遊びでもおふざけでもなくて彼らの正装だからね。
大真面目でやってるっていうのが余計おもしろさを倍増させている。
特撮映画の敵キャラクターそのものだよね。

でもこのヤマナ族には悲しいストーリーが。
マゼラン以降この地にもヨーロッパから続々と人が押し寄せてきた。
裸同然で暮らしていたけれど、やがて服を着るようになったヤマナの人々。
けれど服を洗濯するという習慣がなかったので、汚れた服に付いた細菌やウイルスによって病気にかかり次々と死亡。
とうとうヤマナ族はいなくなってしまったんだとか。
にわかには信じられない、嘘のような本当の話。

ウシュアイアにはヤマナに関する博物館もあったんだけど、時間がなくて行けなかった。
街のいたることろで売っているヤマナグッズもかなり惹かれた。

パタゴニアと言えば季節にかかわらず吹きつける強風で有名。
南緯55度のウシュアイアはときに風速60mを超える暴風が吹き荒れるんだそう。
そんなウシュアイアで見ることができるのが「FLAG TREE」
訳すと「はためく木」。
ここウシュアイアには強風にさらされ過ぎて斜めになっちゃった木が生えている。

有名な斜めの木はツアーに参加したり車でないと見ることができないそうなんだけど、自力で行けるところにも生えているんだそう。
ツーリストインフォメーションで場所を教えてもらったので行ってみることに。

バスで近くまで行って海沿いの道を歩いていくと、あった!
すごい斜めってる!

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ムンクの「叫び」みたいに木がヒィィィーってなってるよ。
ここまで強い風もすごいけど、こんな吹き飛ばされそうになりながらも必死に生えてる木がすごい。
自然の逞しさに感心させられる。

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なんとなく「物価が高い」というイメージがあったウシュアイア。
たしかに宿はちょっと高いけれど、スーパーで売られている物の値段はそんなに高くはない。
だけどパンや卵、ハムなんかは日本よりも高い。

街に1軒魚屋があったのでよく海鮮料理を作って食べていた。
イカが安くてお勧め。
けっこう食べ応えがあって23ペソ(約210円)。

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海鮮も食べたし、もうウシュアイアには用はない。
これからパタゴニア内の移動をスタートさせないといけない。
だけどここでケンゾーとイクエは大きな問題に直面。
思っていたよりもアルゼンチンのバス代が高い、とんでもなく高い!
こんなんじゃ破産しちゃうよ。
前途多難な南米旅のスタートだ。

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新大陸へ!50時間オーバーの大移動

2015.04.07 06:27|アルゼンチン☞EDIT
ひさしぶりに納豆を食べたケンゾーです。
なんちゃってじゃなくてほぼ完璧な納豆を食べたのは旅に出てはじめて。
食べる前からニヤニヤしっぱなし。
あの匂い、あの粘り、そしてあの味・・・。
日本人に生まれてよかった。
納豆万歳、ありがとう。

アフリカ縦断を終えケープタウンの空港にやって来たケンゾーとイクエ。
次の旅の舞台は南米大陸。
まず目指すのは、南米大陸の南端アルゼンチンのウシュアイア。
世界で最も南にある都市ウシュアイアからパタゴニア地方を北上するつもり。

けれど、ウシュアイアまでの道のりは気が遠くなるほど長い。
まずはケープタウンから中東のカタールの首都ドーハまで9時間
ドーハで9時間の乗り継ぎのあとブラジルのサンパウロまで15時間
サンパウロに立ち寄ったあとアルゼンチンの首都ブエノスアイレスまで3時間
ブエノスアイレスで9時間の乗り継ぎのあとエル カラファテまで3時間
エル カラファテに立ち寄ったあとウシュアイアまで1時間
ケープタウンを飛び立ってから丸2日間、51時間の大移動だ。

南米

まずはドーハまで最初のフライト。
「機内食はどんなものがでるかな?」
「酒をいっぱい飲むぞ!」
普段利用するのは格安航空だけど、今回は違う。
フライトを前にワクワクするふたり。

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ブエノスアイレスまではエミレーツとともに評判のいいカタール航空。
当然エコノミークラスだけど、ゆとりのある座席に大型モニター。
日本の映画も観ることができて暇を持て余すことはなさそう。

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テーブルマウンテンとライオンズヘッドが小さくなっていく。
アフリカ大陸に別れを告げ新しい地へ。
南米はどんな旅になるだろう?
期待に胸が膨らむ。

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さあそして、待ってました機内サービス!
豊富なドリンクメニューに心の中でガッツポーズ。
ビールはもちろん、ワイン、ウイスキー、ちゃんとミントが入ったモヒートなどバー顔負け。
食事もおいしかった。

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快適なのはいいんだけど、南米を目指しているのに中東に向かっていることがなんだか変な感じ。
半年間かけて縦断してきたアフリカをまた逆戻り。
ザンビア、タンザニア、ケニア、エチオピア上空を通過していくのはなんとも言えない複雑な心境。

モニターで映画やドラマなど豊富なプログラムが見られるので時間を潰せる。
福岡のローカル局が制作する、地元では人気のドラマ『福岡恋愛白書』まであって、驚いた。
視聴者から寄せられた実話をもとにしたドラマで、舞台は博多だし、セリフも博多弁。
もう2年以上帰っていない博多の雰囲気に、イクエは浸っていた。

ドーハまでの9時間のフライトはあっという間。
ここで1回目の空港泊の予定なんだけど、じつはケンゾーとイクエが密かに期待していることがある。
ドーハで乗り継ぎが8時間以上あるとカタール航空がホテルを無料で用意してくれるサービスがあるんだよね。
1泊だけのためにビザも用意してくれてカタールに入国、市街地にある高級ホテルに泊まることができるという魅力的なサービス。
けれどけっこう条件が厳しくて、喜び勇んで行ったけれど断られたっていう話もよく聞く。

高級ホテルか、それとも空港泊か?
預け荷物を受け取ってカタール航空の宿泊サービス専門のカウンターへ。

結果は・・・ホテルの空きがなくて泊まれなかった!
条件はクリアしてたみたいだから前もって予約しとけばよかった!
残念だけどホテルの代わりに食事券をもらった。

もらった食事券は2人で6000円分くらい。
ふだんは貧乏バックパッカーに縁のない空港レストランで腹ごしらえすることに。
食事券をもらったときは「え?!6000円も使えると?!めっちゃ豪遊やん!」ってテンション上がったんだけど、レストランを物色するとすぐに意気消沈。
どのメニューもめっちゃ高い。
限られた予算で何を食べるのか?なかなか決められずレストランコーナーを行ったり来たり。
どうせタダでもらったものなんだからパーッと使っちゃえばいいのに、貧乏人根性が染み付いてるからダメだね。

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夜食を食べて、アルゼンチンようにATMでドルを降ろしていたら時刻はもう3時前。
カタール航空には、なんと「サイレンスルーム」という広い仮眠室があった。
足を伸ばせる椅子がずらりと並んでいて、みんな静かに眠っている。

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短い睡眠をとったあと、残りの食事券を使い切るべくがんばって朝食を食べる。
ついさっき食べたばかりだからあんまりお腹は空いてないんだけど、使わないともったいないので無理矢理押し込める。
貧乏人根性の見せ所だ。

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朝7時半、2回目の搭乗。
ドーハからサンパウロまで15時間、今回の移動でいちばん長いフライトだ。

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昨夜着いたときには暗くてあまり見えなかったドーハの街。
ドバイと並んで中東有数の大都市で同じように超高層ビルが林立している。

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ドバイと似たような人工島が沖合に造られリゾート開発の真っ最中。
2022年にはワールドカップ開催が決まったし、景気がいいんだろうね。

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ドーハを飛び立ちふたたびアフリカ上空。
こんどはスーダンを横切っていく。
あのクソ暑かったスーダンが遠い昔のよう。

酒を飲んで映画を観てちょっと寝て、15時間のフライトの末に到着したサンパウロ。
人口1100万人以上の大都市だ。

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着陸はしたけれど、ブエノスアイレス行きの乗客は機内で待機。
簡単な掃除が行われ、あらたな乗客が乗り込んでくる。
止まってる飛行機内を客がウロチョロしている光景はなんだか変な感じ。

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三度飛び立ち、3時間のフライトで到着したのはアルゼンチンの首都ブエノスアイレス。
首都とは言え人口300万人でサンパウロに比べるとかなり少ない。
ブラジルが南米ではずば抜けてるんだろうね。

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ここでも9時間の乗り継ぎ。
もちろんホテルサービスなんてないから2回目の空港泊。
仮眠室もないので通路脇に寝袋を敷いておっさんと並んで寝ることに。
硬い床での睡眠はテント泊で慣れたもの。
それでも荷物が気になって熟睡はできないけどね。

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ここからはアルゼンチン航空でウシュアイアをめざす。
空が白み始めた早朝5時半、4度目のフライト。
さすがに疲れが溜まってきたなあ。

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エル カラファテまで3時間、もう機内食は出ないしアルコールのサービスもない。
お菓子とジュースだけ出てきた。

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アルゼンチンを縦断していく飛行機。
眼下に広がるのは茶色い大地。
生命感がまったく感じられない荒涼とした土地がどこまでも続いている。
これがパタゴニア地方の景色なんだろうか。

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しばらくすると青い湖と雪を被った山々が見えてきた。
イメージしてたパタゴニアの景色だ。
食い入るように眺めていると、尖ったシェイプが特徴的なかっこいい岩山を発見。

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これ、フィッツロイじゃない?
アウトドアブランド「パタゴニア」のロゴマークになってるやつだよね。
おおー、パタゴニアに来たんだという実感が湧いてきた。
フィッツロイにも登る予定なんだけど、ふたたび目にするのはいつになるかなあ?

エル カラファテでも機内で待機。
コックピットは開けっ放しだし、なんだかゆる〜い雰囲気。

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そしてこの移動で5回目、最後のフライト。
目的地はアルゼンチン最南端の街ウシュアイア。
ウシュアイアはアルゼンチン内だけでなく「世界最南端にある都市」と言われている。

ウシュアイア

実際にはビーグル水道を隔てた対岸にチリ領のプエルト・ウィリアムスという人口2000人の町があるので、苦肉の策で最南端の「都市」と呼んでるんだろうね。
とにもかくにも、ここウシュアイアからケンゾーとイクエの南米旅がはじまる。

美しく雪化粧を施された山々。
ずいぶん南に下がってきたんだと実感する。
すごくかっこいい岩山があるなと、何気なく撮影した一枚の写真。

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このときは分からなかったけれど、パタゴニアでいちばん気に入ることになる「トーレス・デル・パイネ」だった。
このときからすでに惹かれてたのかな。

最後のフライトは1時間。
飛び立ったと思ったら、あっという間に高度が下がってきた。
みるみるうちに近づいてくる山肌。
ぶつかるんじゃないかと思うほど山をかすめて飛んでいく。

風が強すぎて、揺れる。
下がったり上がったり、「チンさむ」だ!
(イクエが言うには、女子はヘソのあたりが寒くなるらしい。
一日遅れでウシュアイア入りした旅友のじゅんちゃんも「チンさむでしたねー」と言ってたから、この航路はチンさむになりやすいのかもしれない。)

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ブエノスアイレスからウシュアイアまでのフライトは、絶対に右側の席がいい。
左側の座席だと海しか見ることができない。

やがて飛行機は太平洋と大西洋をつなぐビーグル水道に到達。
海に迫る勢いのアンデス山脈、そのふもとに広がるのがウシュアイアの街。

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ほぼ海抜0mなんだけど、すぐそこに雪山が見えることがとても不思議。
まるでアルプスの山奥にやって来たみたい。
アルプスは行ったことないけど・・・。

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ケープタウンを飛び立ってじつに50時間超。
丸2日かけてようやくたどり着いたウシュアイア。
長かったあ。
違う大陸に来たという実感がありあり。

空港からセントロと呼ばれている街の中心まではおよそ7km。
バスはないので移動はタクシーのみ。
イスラエル人の女の子2人組とシェアしてセントロへ。

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タクシーは4人でシェアしてたしか1人分20ペソ(約180円)。
ケンゾーたちはまだアルゼンチンペソを持っていなかったのでドルでの支払いで割高になった。

街の中心へ近づいていくと背後の山も目前に迫ってくる。
なんてロケーションの街なんだろう。
街自体がつまらなくても、この景色を見られるだけで十分だ。

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目星をつけておいた「イルダの家」に行くも、宿代が値上がりしていたのでほかを探すことに。
ここから宿の確保が大変だった。

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最南端のウシュアイアは夏が短い、観光シーズンは3月くらいまで。
ケンゾーたちが訪れたのは1月後半。
シーズン終盤だからなのか手頃な宿はどこも満室。
街中を歩くと、バックパックを背負って宿探しに奔走するツーリストをたくさん見かけた。
ケンゾーとイクエも散々歩き回ってなんとかドミトリーを確保。

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「Hostel YAKUSH」
ドミトリー1ベッド185ペソ(約1690円)
Wi-Fi、キッチンあり 朝食つき
この宿はスタッフの感じも良くて居心地がよかった。

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ちょっと焦ったけれど無事に寝床を確保することができて一安心。
さあ、ここウシュアイアから南米旅がはじまる。
はたしてどんな旅になるのか・・・。
パタゴニア編のスタートです!

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