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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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ヒッチハイク、公園に野宿 そして襲撃される

2015.04.10 05:42|チリ☞EDIT
最近帰国後の仕事について考えるようになったイクエです。
旅が終盤になってきたからというのもあるし、南米に来て毎日のように日本人に出会っているというのもあるからだと思う。
といってもぜんぜん具体的な案は見つからないんだけど。
どなたか仕事のアドバイスをお願いします!

アフリカから一気にアルゼンチンに来て南米の旅をスタートさせたイクエとケンゾー。
ここ、ウシュアイアでは南アフリカで出会った旅友、ジュンちゃんと再会。
ブエノスアイレスを観光していたジュンちゃんから驚きの事実を教えられた。

「南米、めちゃくちゃバス代高いですよ。
 一日の長距離移動で1万円近くかかることもありますよ。」

「1万円!?」

わたしたちはアフリカから直接ここウシュアイアに来たので、まだ一度もバスに乗っていない。
運賃の相場を知らなかった。

「パタゴニアを抜けてサンチアゴに行くのにいったいいくらかかるんやろ。」
「飛行機とあまり変わらないとちゃいます?」
「わたしたち、無理だあ。」

ケンゾーとわたしの答えは一致した。

「ヒッチハイクするしかない!」

実はチリやアルゼンチンでヒッチハイクがいいらしいと言うのは、旅友から聞いていた。
エジプトで出会い、エチオピアやケニアをいっしょに旅しただいごろくん、きっこちゃんカップルが一足先に南米入りしていてヒッチハイクに挑戦、「ヒッチハイク、やってよかった~!」と絶賛していたのだった。
(二人の感動いっぱいのヒッチハイク旅が綴られているブログがこちら→世界ぽろり旅

ジュンちゃんが言った。
「ヒッチハイクですか?」

「うん、乗せてくれる人多いらしいし、みんな優しくてすごくいい交流の機会になるらしいよ!」

「ほんまですか?」

(結局ジュンちゃんも、アフリカで出会った旅人ゆりちゃんも、チーちゃんも、みんながこのあとヒッチハイクでアルゼンチン、チリを北上することになる。
それぞれの様子はこちらのブログで→タビジュンのテキーラみるくチー旅。〜世界一周する(仮)〜

どこまでヒッチハイクで北上できるかはわからないけど、とりあえず次に行きたい場所はチリのパイネ国立公園
パタゴニアの自然を代表する美しい場所。
パイネ国立公園の拠点の街は、チリのプエルト・ナタレス

プエルトナタレス

数百キロも離れているので1日で行くのは無理そうだけど、チャレンジしてみるしかない。

市街地だとなかなか車が止まってくれないし、止まってくれたとしても近距離がほとんど。
路線バスでウシュアイアの街外れの国道まで移動することにした。

a_DSC_3904.jpg

世界最南端都市のウシュアイア。
山がそびえ、寒々とした静かな海が広がり、街はこじんまりしていて居心地がいいところだった。
後ろ髪引かれる思いで、街を後にする。

この街を出ることにためらいを感じるのは、居心地の良さだけではなさそう。
「ほんとうに車がつかまるのか?」
「結局戻ってきて長距離バスに乗らないといけないんじゃないか?」
前途多難なヒッチハイクを予想し、進むのを尻込みしてしまう。

路線バスに乗って街外れを目指す。
前の席に座ったおじさんがスペイン語でわたしたちに笑顔で話しかけてきた。
スペイン語はわからないけど、どうやらおじさんは日本に仕事で行ったことがあるらしい。
日本人であるわたしたちを見てうれしくなって話しかけてくれたのだった。
せっかく話しかけてくれているのに、わたしたちがスペイン語を喋れないので話が途切れてしまう。
申し訳ない。

スペイン語ができないのに、ヒッチハイクなんて大丈夫なのかなあ。
不安が増す。

終点で降りて幹線道路沿いに立ち、親指をあげる。
なるべく笑顔を作って。
目的地ははるか遠くだけど、50キロでも30キロでも誰か乗せてくれないかなあ。

5分後。
1台の車が止まった。
早い。
これはもしかして!?

a_DSC_3908.jpg

調べたスペイン語の単語をつなげて聞く。

「車に乗っていいですか?
 ここをまっすぐ行きますか?」

「うん!乗って!」

乗せてくれたのはチリ人のカップル。
休暇を利用してウシュアイアに旅行に来て帰るところだった。
彼の方は医大を出たばかりで彼女の方は医者。
わたしたちにとってラッキーなことに、彼の方が少しの英語をしゃべれた。

チリやアルゼンチンでは大学を卒業した若者でも、英語を話せない人のほうが多い。
そんななか、英語を話せる人に拾ってもらったのはほんとうに運がいい。

a_DSC_3913.jpg

旅行で来ている二人。
途中、湖が広がる展望台で記念撮影。

彼らは休暇を利用して5日ほどウシュアイアに滞在しトレッキングを楽しんだんだって。
ウシュアイアの美しさは、チリ人の二人にとっても特別なよう。

a_DSC_3910.jpg

彼の方はアルゼンチン人の血も混じっている。
チリもアルゼンチンも知っている彼が言う。

「北上して行くなら、アルゼンチン側よりもチリ側の道を通るほうが断然いいよ。」
「どうして?」
「景色を楽しめるから。
 アルゼンチン側はパンパ(平原)がずーっと続いて退屈な景色なんだ。
 それに比べてチリ側は山あり谷あり湖あり。」


a_DSC_3912.jpg

南米で初めての長距離移動のヒッチハイク。
ラッキーだったのは、ヒッチハイク開始から5分後に車に乗れたこと、彼らが英語を話せることだけではなかった。
数十キロ先まで連れて行ってもらえればいいなと思っていたけれど、なんと彼らはポルベニールという街に行くのだそう。
二人とも出身地は違うけれど、彼女の方がこの街の診療所で医師をしている。

わたしたちの目的地はプエルト・ナタレス。
ここからおよそ300キロの分岐点まで乗せてもらえることになった。

分岐点

途中、リオ・グランデという街のスーパーに立ち寄りパンやハムを買って車の中で昼食。

彼らといっしょにアルゼンチン出国、そしてチリ入国。
アルゼンチンもチリもビザは不要。
問題なく入国できるけど、野菜や果物、木材などの持込み検査が厳しい。
麻薬や武器よりも生ものを入念に調べる。
食べ物を見つけると容赦なく没収する。

a_DSC_3920.jpg

ドライブ中、かわいい動物がわたしたちを楽しませる。
つぶらな瞳の野生動物、グアナコ。
リャマやアルパカに似ているけど、毛はそれほどモコモコしていなくて茶色い。

首が長くてまつ毛が長くて、どことなくラクダを小さくした感じだなあと思っていたら、ラクダ科なんだって。

a_DSC_3925.jpg

毛は羊よりも軽くて柔らかく、乱獲されたせいでアンデスでは絶滅の危機に瀕しているんだとか。
でもパタゴニア地方ではグアナコがいたるところにいて、パンパを自由に楽しそうに駆け回っている。

彼らの車に乗せてもらって6時間。
やがて彼らと別れるときが近づいてきた。
彼らはそのまま西へ、わたしたちは北を目指す。

分岐点に差しかかった。

「えっー!!
 うわ。」

「ここかあ・・・。」

「どうする?」
「これやばくない?」

そこは何もない、ただの未舗装の道だった。

a_DSC_3928.jpg

車なんてほとんど通らないことが見てとれる。
おまけにポツポツと雨が降り始めている。
時間は午後4時過ぎ。

どのくらいに一台車が通るのだろうか。
夜を明かすとしたらどこで明かせばいいのか。

一瞬にして考え、ケンゾーとわたしが出した答えは。

「ここはもう、いいです。
 二人が向かっているポルベニールまでこのまま同行してもいい?」


「もちろん!」

ポルベニールは何もない田舎町だというのはわかっている。
それでもこんな本当に何もない場所で夜を明かすよりはマシ。

フエゴ島の西に位置するポルベニール。
フエゴ島はチリとアルゼンチンとに分かれていて、ウシュアイアはアルゼンチン側だった。
チリ側にはほとんど人が住んでいなくて、街らしい唯一の街がポルベニールなのだそう。

a_DSC_3933.jpg

北上する予定だったのに、西のポルベニールに行ってどうするのか。
実は、ポルベニールからプンタ・アレーナスまでフェリーが出ていて、そこからもパイネ国立公園を目指すことができる。
ルート、変更だ。

ポリベニール

あいにくフェリーは毎日出ているわけではない。
あしたは運休。
次はあさっての午後。
2泊も何もないボルベニールに泊まらないといけないけど、難航すると思っていたヒッチハイクが一発で430キロも移動できたのだから、そのくらいのロスは想定内。

2泊もすることになるポルベニールの街が見えてきた。

a_DSC_3935.jpg

車は街の中で止まらず、そのまま港へと向かった。
どういうことだろう?

港に着くと、1隻のフェリーが岸辺から50メートルほど離れて沖へと進んでいた。
たったいま出港したようだった。

「実はあのフェリーだったのよ。
 あ~残念。」

「なんとかして間に合うかなと思ってあの砂利道を飛ばしてきたんだけどね。
 ごめんね。」

きょうの出港時間は午後6時だったので、もしかして間に合うかもと思って慌てて車を運転してくれていたことが、今になってわかった。

もう少し早ければあのフェリーに乗れたのにと悔しい気持ちもあるけれど、わたしとケンゾーはきょうのフェリーはとっくにないと思っていたし、この街に2泊する覚悟でいたのでそれほどショックじゃなかった。

「ぜんぜん気にしないで。」

わたしたちはホテルを探すことにした。
ホテルと言っても民宿のようなものしかない。
値段を聞くと、ふたりで2万4000チリペソ(約4560円)。
ものすごく高い。

次のホテルも同じ値段。

「高すぎて泊まれないなあ。」
「でも、この値段がこの街のホテルの相場なの。」

「そっか。
 わたしたちはテントもってるから、きょうはテントで寝ようかな。」

「治安に関してはここは問題ないと思う。
 襲われるなんてことはない。
 でも夜はすごく寒いよ。
 風も強いし、テントを張るのは大変だよ。」

二人は心配そうな顔でわたしたちを見た。

「心配しないで。
 わたしたちはテントに泊まるのは慣れてるから。
 防寒具もたくさんあるの。
 ほんとうにここまで送り届けてくれてありがとう。
 すごく助かった。」

二人はわたしたちをそのままここに置いてこの場から去るのを心苦しそうにしていた。
だけど、わたしたちが好きでやっている節約旅にこれ以上つきあわせるわけにはいかない。

「ほんとうにわたしたちは大丈夫。
 寒かったらそこのホテルに移動するから。
 二人はわたしたちにとって南米でできた初めての友だちだよ。
 ほんとうにありがとう!」

二人と別れたあと、わたしたちは今夜の寝床を探した。
10分で歩き終わるほどの小さな街だから、選択肢はそれほどない。
この公園にテントを張るしかない。

a_DSC_3948.jpg

芝生で平らな地面でテントは張りやすそうだけど、水場がない。
近くの小さな商店でミネラルウォーターを買う。

公園で火をおこすわけにもいかないので、今夜は外食。
さっき値段を聞きに立ち寄ったホテルの1階がレストランだった。

今夜はここにしよう。

a_DSC_3941.jpg

メニューにあるのはステーキや魚料理、チキンのソテー。
わたしたちは「これひとつで二人分はあるよ」と言われたお得メニューを一皿注文した。

大量のフライドポテト。
その下にはハーブと胡椒で味付けをした肉やソーセージ、ベーコンがこれまた大量に隠れている。

a_DSC_3946.jpg

これにパンとサラダがサービスされて、瓶ビールをつけて6500ペソ(約1235円)。
ここのママはとても明るくて、お客のおじさんたちも優しくて、お腹もこころも満たされた。
車に乗せてくれたさっきの二人もだけど、チリの人たちは優しくて穏やかで気さくな人たちが多いのかもしれない。

公園に戻り、テントを立てるわたしたち。
風はそれほど強くない。
寒いけど、服を着込めばなんとかなる。

a_DSC_3950.jpg

横になってウトウトとしはじめたころ。

バサッ!
テントが波打った。

そしてまた
バサッ!

ドンっと何かが近くに落ちた音もした。

木の枝でも折れて降ってきたのかな。

そう思ったけれど、足音のようなものも聞こえる。

テントのファスナーを開けて外に出ると、いくつかの石が落ちている。

「これ、誰かが投げてない?」

とりあえず無視して眠ることにした。

すると、ふたたびバサッ!

小石を投げられるくらいならともかく、これがエスカレートしてきたら怖い。
テントから出ると、十代の不良数人がこちらのほうをうかがっている。

犯人は彼らだ。

以前からそこに落ちていたのか、それとも彼らが投げたものなのかはわからないけど、ビール瓶が2本転がっていた。
これを持って襲撃されたら困るので、瓶を拾ってテントの中にしまった。

襲撃されるので安心して眠れないけど、もう夜が更けているしこれからホテルに移動する時間でもない。

彼らは一定の距離を保ち、またくだらないことを続ける。

バサッ!
バサッ!

ケンゾーが彼らから見えないようにこっそりとテントを出た。
両手にはビール瓶。

そうとは知らない彼らは、石を持ってこっちに忍び足で近づいてくる。
突然、ケンゾーが立ち上がりビール瓶を振り上げて博多弁で怒鳴る。

「コルラァ!
 なんしようとやあああああ!!」


青ざめて逃げる不良たち。

それが効いたのか、不良たちはどこかに帰っていった。

それからしばらくして、ふたたび足音が近づいてきた。
息を潜めてわたしたちも構える。

すると、男性がスペイン語で呼びかけてきた。

警察だった。

こんなところにテントを張っていることを怒られるのかと思ってたけど「問題ない」とのこと。
ただパトロールをしていただけだったみたい。

「日本人のツーリストです」と言うと、「OK!」と笑顔で去って行った。

なかなか眠れないなあ。

それから2時間ほど。
突然、バサッ!

またアイツらめ!

わたしは叫んだ。

「わあああーーーーーん!!!!ポリシア(警察)!!」

タタタタタタタ
と逃げて行く足音。

ケンゾーが外に出て様子を見る。

どうやら今度はひとりで襲撃に来たらしく、逃げて離れたところからこっちを見ている。

時間は深夜2時。
わざわざ帰宅してまたやってきたのか。

怒りもあるんだけど、それ以前に思った。

ヒマ人・・・。

こんな田舎で、人口も少なくて娯楽もない。
かろうじて「スーパー」と呼ばれる店は1軒だけ。
フエゴ島の端っこのこの街で育つ思春期の子。

外国人であるわたしたちがここにテントを立てているのが、年に一回来るサーカス小屋と同じくらいの大きな出来事で、それに石を投げるのが最大の娯楽なのだろうか・・・。

「バカやねえ。」
「よっぽどヒマなんやねえ。」

さすがにそのあとは襲撃に来ることはなく、わたしたちは朝8時くらいまで寝ることができた。

さすがにまたテント泊をする気にはならない。
船が来るのはあしたの午後。
何もないところで丸一日以上テントの中で時間を潰すこともできない。

わたしたちは、きのう夕食をとったレストランの上のホテルに移動した。
ふたりで4500円だけど、建物も調度品も古臭くて、床はギシギシ。

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でも、ものすごく落ちつく。
ホテルにいるって気がしない。
ばあちゃんちに泊まっているような気分になる。

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レトロな枕カバーにカーテン。

シンプルなベッドに横になる。
低い天井、むき出しの配線。

ぼーっとしながら、改めて「ここは1泊4500円のホテル」と思うと信じられなくてフフフっと笑いが出てくる。

どう考えてもばあちゃんちだよ。

ばあちゃんちなのに、Wi-Fiがある。
そのアンバランスさ。

ノスタルジックな気分になり、リラックスできるナンバーワンの宿かもしれない。
そういう意味では安いのかもしれない。
いや、高いんだけどね。

なんとばあちゃんちは、部屋に小さなバスルームがあって浴槽にお湯を溜められる!
さすがばあちゃんちだ。

ばあちゃんちでは、朝食も無料で出してくれる。
シンプルすぎる朝食。
テーブルの上にすでに用意されていて、パンを載せたお皿にサランラップがびちっとかけてあった。
パン、クッキー、インスタントコーヒー、そしてうす〜い黄色のジュース。
何のフルーツのジュースかわからないけど、昭和の駄菓子屋の味がする。

チリってこんなところなんだろうか。
それともここが最果ての田舎町だからだろうか。

朝食を取る食堂が、またノスタルジックあふれる空間。
壁に飾られている、このどうでもいい絵。
田舎の民宿にも、よくこういうのあるでしょ。

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日本の裏側の国。
日本からはるか遠いチリ。
でも、こういう雰囲気って同じなんだね。

マゼラン海峡に面しているポルベニールの街。
とても静か。

a_DSC_3965.jpg

歩いているとこんな看板を目にする。
TSUNAMI。

a_DSC_3964.jpg

津波が来たときに高台に逃げる経路を示している。

海岸線に沿って続く、南北に細長い国、チリ。
日本同様、昔から津波の被害に悩まされている。

真裏に位置する日本とチリではお互い影響を受けやすく、チリで地震が発生すると日本でも津波が押し寄せることがよくある。

(だから他人事ではなく、チリを旅行している間「2011年の日本の津波はひどかったよねえ。大丈夫だった?」と何度も聞かれた。)

海沿いの田舎町ポルベニールには「クロアチア通り」なるものが。

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今のチリ人のほとんどの人はヨーロッパ人の血が混ざっている。
かつてヨーロッパから移民がやってきたチリ。
このポルベニールの街はクロアチア(旧ユーゴスラビア)からの移民が多いのだそう。

a_DSC_3961.jpg

アドリア海に面しているクロアチア。
そこで生まれた人たちは故郷と同じような場所を求めたのかもしれない。

でもポルベニールに面するマゼラン海峡は、アドリア海のような明るさはない。
パタゴニアなので寒いし、どことなく寂しさがある。

それでも菜の花が咲き、庭には馬がつながれていて、穏やかで牧歌的。
クロアチアからやって来た人たちの安住の地。

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チリはじめての訪問地が、こんな田舎の集落でクロアチア移民の街とは思ってもいなかった。
だけど静かなこの街で、夜中に襲撃されたとはいえ、ノスタルジックな宿でしっかりと体を充電させることができた。

そしてわたしたちはマゼラン海峡を船で渡る。
ここに来るまで、マゼラン海峡なんてどこにあるかもわからなかったけど。

マゼラン海峡には、あの人気者の動物もいた。

あしたは船でマゼラン海峡を渡り、プエルト・ナタレスを目指します!
でも、着くかな・・・。
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