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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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「物乞い」「セクハラ」旅人の悩み

2014.10.12 06:05|世界一周裏話☞EDIT
出会った日本人の旅人美容師に髪を切ってもらって、シャンプーの量が少なく済むようになったイクエです。

今回も前回にひきつづき、旅人が抱える2つの悩みについて書いていこうと思います。
その2つとは「セクハラについて」「物乞いにお金を渡すべきか渡さないべきか」です。

旅をするうえで無視できないこの2つについてこれまで詳しく書くことはしてきませんでした。
ここまでイクエとケンゾーの旅におつきあいいただいているみなさんに、きょうはわたしなりの考えをお伝えしたいなあと思っています。
どうぞ、きょうも最後までおつきあいください。


・セクハラについて
イクエはつねにケンゾーと行動しているのでセクハラ被害に遭うこうとはそれほど多くはないですが、セクハラは女性旅行者の悩みの種。
セクハラが多い国としてはインド、そしてイスラムの国。

考えられる理由
・インドのヒンドゥー教は性にまつわる神様も多く、性に関しては寛容。

・大麻も手に入りやすいインドでは欧米のヒッピーたちが70年代から集まり、フリーセックスを楽しんでいたため、今でも外国人は誰とでもセックスすると誤解している。

・イスラム圏では男の権利のほうが女よりも強く、女は男を拒まないと考えている男もいる。
イスラム教徒以外の女なら、いやらしいことをしても神に許されると都合良く考えている。

・全身を覆っているイスラム教徒の女性と違って、頭や腕や足を露出しているだけで男を誘っていると誤解される。


セクハラ被害としてはホテルの従業員から襲われるという深刻なものから、通りすがりやバスで隣の席の男から触られるというもの、「いっしょに写真を撮ろう」と言われて並んで撮っている際に体を密着してきて触るというもの。
あとは言葉によるセクハラなど。

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対策
・イスラム圏ではロングスカートか足首までのパンツを履く。
 ノースリーブの服は着ない。

・女性ひとりでの外出が珍しい国では、ホテルなどでほかの旅行者を見つけていっしょに旅をする。
旅仲間が男性の場合は、兄や夫、婚約者だと嘘をつく。

・セクハラされたら大きな声で「ノー!!」と言って怖い顔をしてにらみつける。


強く拒絶するのが大事。
うやむやにしたりあいまいな態度を取ると「受け入れられている」と誤解をしてもっとエスカレートさせるし、「旅行者なら大丈夫」と勘違いさせてしまいます。
わたしは「ノー!!」と強く言って腕をつかみます。
すれ違いざまに触られたりしたときは追いかけて叩き、まわりの人に「この人が胸を触った!」と伝えて現地の人に怒ってもらいます。
言葉でのセクハラを受けたら(たとえば「ブラジャーしてる?」とか)、それまでどんなにフレンドリーに話していたとしても「なんでそんなこと言うの?」と言って、会話するのをやめます。
とてもヘンなことですが、なぜか「外国人は許してくれる」と勘違いしていることが多く、こちらが怒るとビックリした顔をして逃げたり「ソーリー」と謝ったりすることがあります。

イライラを募らせて嫌な思いを抱えたまま旅を続けていくよりも、しっかりとした態度を示したほうが旅を楽しめるし、次の被害者をうまないことになります。

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・物乞いにお金を渡すべきか渡さないべきか
外国では日本と比べて貧富の差が激しく、貧しくて生活がままならない人たちがたくさんいます。
世界一周をしていると、多くの国で物乞いの人に呼び止められます。
やせ細った老婆から腕を掴まれたり、破れた服を着た子どもに何十メートルもつきまとわれたり。
これは外国人であるわたしたちがお金持ちに見えるからそうされているかといえばそうではないようです。
現地の人もお金をねだられるし、それにお金を与える現地人は珍しくありません。
これは日本では考えられないことだと思います。
「日本でホームレスにお金を与える人はいない」と外国人に言うとびっくりされることも多くあります。
物乞いがいて、そんな物乞いの人たちに自然にお金を恵む人たちがいる、というのは外国では日常の光景です。
どうして日本とこうも違うのか。
おもに2つの理由があるのではないかと思います。

1、日本のような社会福祉システムが整っていないから
日本では会社を首になれば失業保険がもらえるし、生活が苦しければ生活保護を受けることもできます。
母子家庭や障がい者への支援もあります。
けれど、欧米を除く海外、とくに発展途上国では社会福祉のシステムが充実していません。
働くきっかけを失った人や働くことが難しい人、自分だけで生活していくことが困難な人は、国からの支援よりも一般市民からの善意をあてにするしかありません。
日本では、本人の意思に関わらず働いている人は自動的に税金が引かれ、そのお金がそういった弱者を支援する予算にまわっています。
そのシステムが整っていない国では、余裕のある人が余裕のない人にみずからの意志でお金を恵むというのはあたり前のことなのかもしれません。

2、宗教上、「よかれ」とされていることだから
ほとんど無宗教のような人も多い日本では、宗教的な理由から他人に施しをしたいと思う人はほとんどいないと思います。
けれど海外では宗教的に施しをすることが良いこととされていて、路上で物乞いの人にお金をやっている人はめずらしくありません。
教会やモスクの前には物乞いの人たちが並んでいて、礼拝が終わった人たちがお金を渡しています。
また、クリスマスや宗教的な祝日の前は施しをする人が増えるようです。

日本とは物乞いへの向き合い方が異なる海外で、わたしたち旅人はお金を渡すべきか渡さないべきか。
これには正解もないし、それぞれ価値観があるので「・・・べき」というのは言えません。

ただ、わたしたちふたりはいつも渡していません
裸足の子どもに悲しそうな目で腕をつかまれて「マネー」と言いよられても「ノー!」と強く言って、手を振りほどきます。
薄情だと思う人もいるでしょうが、わたしたちなりの考えからそうしています。

共感してもらえるかもしれないしそうじゃないかもしれないけど、その理由についてお話したいと思います。

以前わたしはタイのNGOでボランティア活動に参加したことがあります。
おもに、山村で暮らす貧しい少数民族の人たちや都会のストリートチルドレンのケアをやっている団体です。
そして「路上で暮らす子どもたちにお金をあげないで!彼らの自立を妨げます!」と訴えるキャンペーンにも取り組んでいました。
そのメッセージが書かれたチャリティーTシャツも販売していて、買いました。

メンバーたちはバンコクでストリートチルドレンの支援にあたるかたわら、ストリートチルドレンがどんなふうにお金をもらっているのか、そのお金がどこに流れているのかリサーチしたそうです。
ビルに身を潜めて陰から彼らを観察する。
それはマフィアとの闘いでした。
なぜなら、子どもたちに物乞いをさせていたのも、そのお金を子どもたちから回収させているのもマフィアだったからです。
マフィアが貧しい農村の家庭から子どもたちを買う(もしくはレンタルする)。
(子どもたちの家族には「ちゃんと学校に行かせるし、今よりもいい生活をさせるので子どもにとってもそのほうがいい」などと嘘をつく)
そして都会に連れてこられた子どもたちは路上で物乞いをする。
そしてマフィアが集金。
お金は薬物などの買い付けなど彼らの犯罪資金となっているそうです。
物乞いにお金を与える人がいるからこそ、成り立っている「ビジネス」です。

子どもたちはここから抜け出せなくなります。
教育も受けられないし、身よりもなくなるし、自分でどう生活していけばいいかもわからなくなる。
彼らが大人になったらどうなるのでしょう。

わたしが彼らにお金を渡さないことで彼らが救われるわけでもない。
なんの解決にもならない。
けれど、この悪循環や犯罪に無責任に加担したくないと思っています。
だからわたしは物乞いに「お金を渡さない」という選択をしています。

お金を渡すなら、本当に仲良くなってその人のバックグラウンドを知りその人がお金で救われるということをわかったうえで渡したい。
もしくは信頼できるNGOに寄付し、有益なものに使ってほしいと思います。

「物乞いビジネス」についてはよく語られますね。
タイだけじゃない。
たとえばインドでは親がわざと子どもの腕を切って同情を誘い、お金を稼ぐなんてこともうわさされます。
あとは赤ちゃんをまだ小さいお姉ちゃんがおんぶして物乞いしているけど、実は兄弟でもなんでもなくてただ赤ちゃんを借りているだけ、とか。
正直言って、それが単なるうわさ話かもしれず、自分の選択に自信がもてないこともありました。
生活保護のシステムがないところで、富める人が貧しい人にわずかなお金を渡すことは自然なことなのではないか。
自分にとってはわずかなお金を分けてあげることで自分の気持ちも救われるし、その人もきょう食べ物を口にすることができるかもしれない。

だけどつい先日エチオピアの大通りで、この目で見てしまいました。
その大通りには物乞いがたくさん並んでいます。
小さな子ども、病気の老人、目の見えない人・・・・。
シートの上に寝そべっている男性がいました。
両手がなくて、両足も膝から下がありません。
その人のシートの上にはたくさんの小銭が置いてありました。
その寝そべっている男性の近くに、きれいな格好をしてハンドバッグをもった女性が立っていました。
女性は男性に近づき、そしてシートに散らばっているお金を回収したのです。
女性はほかの物乞いからも回収していました。
そして、その近くには別の男性がいてその男性がコインを並べて回収した金額を計算していました。
考えてみれば、両手足がない男性は自分1人で路上に来ることもシートを広げて寝そべることもできません。
毎日彼をそこに連れてきて、夕方になると彼を迎えにくる人がいるということです。

このときに「わたしはこれからも物乞いにお金を渡さない」と決めました。

「物乞いにお金を渡すべきか渡さないべきか」はとても難しい問題で、渡す人を批判するつもりはありません。
それぞれの人がこの問題に真剣に向き合い、下した結果ならそれでいいと思っています。

日本のように社会福祉のシステムが整っていない国で、お金がなかったり障がいがあったりだんなに見捨てられたりしたら生きていくのは想像を絶するほど大変だと思います。
物乞いをしなければ生きていけない人もいると思います。
しかしそんな社会でも、意志を持って懸命に自力で生きている人たちにわたしたちは会ってきました。

インドのコルカタで路上に店を出している片腕のシェフ。
重いフライパンを片腕で豪快に振っています。

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物乞いよりも自力で生きる決断をし、努力して店をだし、寡黙に働く彼はとても渋くてかっこよかった。

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コルカタのサダルストリートには、両足がなくて車いすで通りを移動しながら自分でつくったペンダントをツーリストに売っている人もいました。
とても明るい男性でした。

バラナシで10年ぶりに再会を果たした「タカシ」。
10年前も同じようにお土産を売り歩いていました。
彼は物心ついたときには両親はおらずストリートチルドレンでした。
子どものときから市場でビーズを買ってペンダントを作り、売って生活しています。
いまも路上で暮らしていますが、押し売りなんてしないしとても優しい。
彼と話すととても楽しくなります。

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イスラムの国バングラデシュでは女性が働くことはありません。
そんななか路上で手作りのお菓子を売る女性がいました。
働く女性はほんとうに珍しくとても目立ちます。

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彼女の夫はいなくなったそうです。
彼女は生きていくために自分でできるこの仕事をすることを決めました。
誰にも頼らず、こうやってかわいい娘さんを育てています。

そのほかいろんな国で見かけるのは、ポケットティッシュを売っている人。
目が見えず杖で体を支えて道端に立ち、ティッシュを売っています。
はっきりいってティッシュを売るよりも物乞いをしたほうが稼げるのではないかと思います。
それでもその人は「物乞い」よりも「仕事をする」ことを選んでいるのです。

ほかの人に頼って生きていくよりも自力で生きていくことのほうが難しい社会。
日本での「自立」と、こういった国での「自立」は難しさが全然違います。
社会福祉が整っておらず、普通に考えると「物乞い」しか選択肢がないように思えますが、それでも自分の信念をもち「働く」という選択肢をしている人がいるのも事実です。

こういう人に会ったとき、「自分だったら」と考えます。
自分だったら彼らのようにできるかな。
そして、彼らのようにありたいな、と思います。

わたしは彼らを強い人だと尊敬しているし、彼らのような人たちを応援したいです。

旅をしていると日常的にいろんな悩みがつきまといます。
国も文化も違うから当然ですね。
自分の中でうまく答えを見つけながらこれからも旅をしていきたいなあと思っています。
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Comment

やっぱり

不動産バブルがなくなりつつあるからなんじゃないでしょうか⁇、郊外のアパートはかなり割引されて叩き売りされてるみたいですよ。
物乞いとの争いは旅人の避けては通れない問題ですね。自分もお金は渡さないですね。既に書かれてますけど、最近の物乞いはビジネスっぽいですし。
これからも気を付けて下さいね。

いつもリアルなのかリアルじゃないのか分ればいーのになぁーと思います。
が、分かるハズもないので、イクエさんの考えと同じくお金は渡しません。
欧米人の友達と一緒にいる時に物乞いが来て、私は断ったのに友達はあっさり渡していて、私だけケチみたいになることも( ;´Д`)
でも、1度だけカンボジアで雨の夜に裸足でずぶ濡れのお婆さんが物乞いに来た時は、少額ですが渡してしまいました。
何でもいいから、もう家に帰ってほしくて。。。

長浜ラーメンさま

中国も勢いがなくなっていってるんですかね。
とても景気がいいような気がしていました。

物乞いとの接し方は、ほんとうに答えが見つかりません。
あげないのも薄情な気がしますしね。

ゆっきー さま

わかります。
欧米人は気前がいいというか、それほど深刻に考えずにお金を渡してますよね。
たとえば、子供が飴やお金をねだってたくさん来ても目についた子にだけ渡し、もらえなかった他の子と確執が生まれててもおかまいなしなところもあります。

あげることに、責任もでてくるはずだと思うんですけどね。

自分自身が安心しました。
ありがとうございます。
私も物乞いにはお金は渡しません。
ただ、その時の気分でお釣りの端数を渡す事は一万回に一回あります。
物乞いの中には、仕事をしたく無いのが理由の人もいると
現地の人に聞いた事があります。
子どもに向かって、何もやらん!と態度を示す時だって
本当は心が痛むんです。
でも、会った物乞い全員に10円あげ続けても、私の旅行の時間が早く終わりを迎えてしまうので
国で落とすお金がいつか彼らにまわっていくのを祈るばかりの日々です。

No title

路上生活者と一緒に暮らして、「絶対貧困」「レンタル・チルドレン」という本を書いた人がいるんですが、
その人は物乞いにお金をあげるのに肯定的なんです。

でも口絵に両腕両脚を失ってダルマになった男性の写真があって、正視できませんでした。

旅人のワザとしては「絶対、あげない」でよいのでしょうが、やりきれない。

日本の赤い羽根共同募金だって、無視することにしてますが、どうにも後ろめたいです。

なかさま

本当に答えのでない難しい問題ですよね。
いずれにしても、こうして世界中を旅することができる、ということ自体かなり恵まれているなと思わされます。この幸せを噛み締めながら、毎日精一杯生きていこうと思います。

ねのひさま

わたしたちも記事に書いたように、「お金はあげない」と決めてはいますが、つねに心の中では葛藤があります。ただ、お金をあげてしまうと、その人との関係が金銭を介した味気ないもののようになってしまうような気がするのも確かです。まあ、本人としてはお金さえ貰えればいいのでしょうが・・。

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