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2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


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ヒッチハイクでコソボに潜入せよ

2014.09.12 05:59|コソボ☞EDIT
夫のズボンのお尻の部分に穴が空いていたので継ぎはぎしてあげたイクエです。
同じ場所を3回も補正しています。
オナラのしすぎが原因だと思います。

世界遺産の街コトルを堪能したイクエとケンゾー。
モンテネグロでの滞在はコトルだけで、次に目指すのはコソボ。
コソボと言うと、どうしてもコソボ紛争のイメージが強くて「危ないんじゃないか。旅行なんてできるの?」と思うけれど、紛争が終わっていまは平穏を取り戻している。

イクエが10年前に旧ユーゴ圏を旅したときはコソボはまだ危なくて旅行できなかった。
だから今回コソボに行けるのは楽しみ。
といってもコソボの旅の情報は少なくて、コトルから果たして1日で行けるのか。

とりあえず、きょうの目的地はモンテネグロからすぐのペヤ(アルバニア語でペヤ。セルビア語でペーチ)。

ペヤ

あいにくコトルからペヤ行きの国際バスはない。
仕方がないのでモンテネグロの東に位置するベラネという街までバスで行くことに。
そこからコソボにどうやっていけばいいかわからないけど、まあなんとかなるかな。

a_DSC_0386_20140911235621eba.jpg

コトルからペヤまではけっこう距離があるので、朝イチのバスに乗ることにした。
夜が明けたばかりのコトルの街を歩き、バスターミナルへ。

ひっそりとしている旧市街。
石畳の路地に、ふたりの足音が響く。
誰もいなくて時間が止まったよう。
ますます中世にタイムスリップした気分になる。

a_DSC_0387_201409112357523f0.jpg

わたしたちが乗るバスは、セルビアの首都ベオグラード行き。
地図で見ると、ここからベオグラードに行くにはコソボを経由したほうが近そうだから、このバスに乗ればコソボで途中下車できそうな気がする。

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でも、そうはいかない。
コソボ紛争は、アルバニア人が多く住むコソボがセルビアからの独立を求めて起きたもの。
2008年にコソボは独立を宣言したとは言え、コソボの独立を承認しているのは国連加盟国の6割ほどにしか満たない。
セルビアは、いまもコソボをセルビア領土の一部と主張している。

コソボとセルビアは今も対立している。
このバスはコソボを迂回するかたちでセルビアのベオグラードに行くらしい。

a_DSC_0393_20140911235812e6a.jpg

車窓から見えるのは、朝を迎えたアドリア海。
ドブロブニクといい、コトルといい、アドリア海の港町は華やかすぎず味わい深くてすてきだったなあ。

アドリア海ともこれでさようなら。
窓からは、これまた城壁で囲まれたブドヴァの旧市街が見える。
海に突き出た半島はこじんまりしていて、長崎県の「出島」みたい。

a_DSC_0396_201409120000421ac.jpg

バスはモンテネグロの首都ポトゴリツァを通り過ぎる。
モンテネグロは人口60万人ちょっとで、国土は福島県と同じくらい。

ポトゴリツァは一国の首都とは思えないほど小さかった。
廃れた旧ソ連の街並みといった風情で、古い団地ばかりが目立つ。
最初はコトルに1泊、ポトゴリツァに1泊の予定だったけど、それをやめてコトルに2泊して正解だった。

アドリア海に別れを告げたバスはどんどん内陸に進んでいき、渓谷の道を進む。
迫ってくる岩山。

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モンテネグロという国名は「黒い(=ネグロ)山(=モンテ)」という意味。
その名の通り、木々に覆われた深い山々が広がっている。

モンテネグロには国立公園もいくつかあり、そのなかのドゥルミトル国立公園にはグランドキャニオンの次に長い、世界2位のタラ渓谷があるんだって。
クマなど野生動物も生息している。

モンテネグロは旅行先としてはまだ人気はない。
けれどトレッキングも楽しめそうだし、アドリア海のビーチリゾートもあるし、観光資源はけっこうたくさんあるから、今後もっと観光業が盛んになるかも。

旧ユーゴ圏は、観光の穴場スポットかもしれない。

a_DSC_0405_20140912000056928.jpg

バスは雲の間を通り抜けていく。
空にのぼっていくような感覚。

最初の目的地、ベラネに到着。
ここからコソボ行きのバスに乗り換えなきゃ。

「コソボのペヤに行きたいのですが。」
「ここからのバスはないよ!」
「え!!」

「もう少し国境に近い、ロージェという街に行けばコソボ行きのバスがあるかも。」
「ロージェに行くバスは何時に来ますか?」
「たったいま到着したやつだよ。」
「もしかして、いまわたしたちが乗ってきたバスのことですか?」
「あんたたち、それに乗ってきたの?
 そうだよ、そのバスだよ。
 早く行かないと、出発しちゃうよ!」


あわてていま降りたばかりのバスに乗り直す。
車掌さんには、ここからロージェまでの運賃を追加で払い、なおかつ一律の荷物代までもう一度請求された。
さっきも払ったのに。
ケチだなあ・・・。

しばらくしてバスはロージェに到着。
さて、今度こそコソボ行きのバスをつかまえなきゃ。
でも、かなり田舎のバス停。
コソボ行きのバスがあるのか、ちょっと不安を抱えたままバスターミナルのスタッフを探す。

a_DSC_0411_20140912000312eee.jpg

「すみません、次のコソボ行きのバスは何時ですか?」
「え? きょうはもうないよ!」
「ないんですか!?
 どこかで乗り継ぐとか、何か方法はないですか?」

「うーん。
 あ、タクシーで行くといいよ。」


バス1日に1本くらいしかないらしい。
バスターミナルの前ではタクシーがわたしたちを待ち構えている。

予想外のことを言われて、とっさに思いつく選択肢。

1、きょうはここの街に泊まる

2、タクシーに乗る

3、ヒッチハイクをする

最初に消えた選択肢は2。
コソボのペヤまではまだ数十キロはあり、そこまでのタクシー料金なんてとてもじゃないけど払えない。

残るは、泊まるかヒッチハイクするか。
こんな観光客が来ないような田舎に、わたしたちが泊まれるような宿があるかあやしい。
かといって、ヒッチハイクでコソボに入国したという話も聞いたことがない。

でも、もうその2つの選択肢しか残されていない。

とりあえずヒッチハイクに挑戦。
だめだったら、ホテルを探すか、それがダメなら野宿かホームステイ先を見つけるか。

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重い足取りでバスターミナルを出発し、コソボの国境へと通じる幹線道路まで移動。
車はあまり通らない。
できるかなあ・・・。

不思議そうにわたしたちの様子を見ながら歩く住人たち。
そりゃあ、こんなところにバックパックを持った東洋人がいるのは不思議だよ。

モンテネグロではセルビア正教の人が大多数だけど、コソボではイスラム教徒が多い。
この場所はコソボの国境に近いので、モンテネグロとは言えイスラム教徒も多いみたい。
白人の女の子がスカーフを巻いているのは新鮮に感じる。

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それにしても、コソボの国境がどうなっているのかわからない。
紛争が終わって安全な国になったとは言え、身元の分からないわたしたちを乗せて国境を越えてくれる車なんて見つかるのだろうか。

無情にも通り過ぎる車。
長期戦だろうなあと覚悟する。

すると1台の車が止まってくれた!

「どこに行くの?」
「コソボのペヤに行きたいんです。」
「乗りな!」

ヒッチハイクをはじめて20分くらいしか経っていない。
ラッキー!!

車に乗せてくれたのは若い夫婦。
だんなさんはコソボ人で奥さんはモンテネグロ人。
国際結婚の2人。
けれど、生まれたときはコソボとモンテネグロはひとつの国で「コソボ人」とか「モンテネグロ人」とかなくてどちらも「ユーゴスラビア人」だった。

車は森の中のくねくね道を通っていく。
行き交う車は少なく、ほとんどが材木を積んだ大型トラック。
そんななか、コソボまで行く乗用車をつかまえられたことはほんとうにラッキーだった。

森に囲まれた道路の先に、モンテネグロの出国ゲートが見えてきた。

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こんな国境を、しかもヒッチハイクで越える日本人は珍しいのか、出国管理官にジロジロ見られる。
運転している男性がわたしたちのことを笑いながら説明している。
それほど不審がられることもなく無事に出国スタンプを押してもらえた。

さて、次はコソボの入国スタンプさえ押してもらえれば・・・。
出国ゲートを過ぎて車は進むけれど、いっこうにコソボの入国ゲートが見えてこない。

「まさか入国スタンプを押してもらえんとかな。」
「そもそもコソボの入国管理局なんてないとかも。」
「どうなっとるんだろ?」

10キロ近く走ったような気がする。
ようやくコソボ側のゲートが見えてきた。

兵士に「ダメ」とか言われないかなあ。
ここで追い返されたらどうしよう。

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無事、ヒッチハイクでコソボ入国達成!!

紛争で危険なイメージがつきまとうコソボを旅できるのかも疑わしかったけど、まさかヒッチハイクで入国するなんて思ってもいなかった。
でも、意外にもあっさり成功!

今まで上り坂だったけど、今度は一気に峠を下っていく。
眼下にコソボののどかな風景が見えたとき、ちょっと感動してしまった。

a_DSC_0426_201409120006321de.jpg

車に乗せてくれた夫婦の行き先はペヤとは違う街。
ペヤの手前の、道が分かれるところで降ろしてくれた。

ここからペヤの中心地まではあと数キロ。
その程度の距離ならタクシーでも行けそう。
でも、もう一度ヒッチハイクに挑戦してみようかな。

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そしてまたすぐに車が止まってくれた。
ナンバープレートがオランダだった。
運転していたのは初老のおじさんで英語が堪能。
コソボ出身だけど、長いことオランダで働いていたんだって。
詳しくは聞けなかったけど、紛争を避けるかたちでオランダに住んでいたのかもしれない。
ペヤの街には新しい建物も増えて、紛争前とずいぶん変わったんだって。

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「どこに行きたいの?」
「中心地ならどこでもいいです。
 駅とかバス停の近くならありがたいですが。」

「ホテルは予約してる?」
「これから駅の近くで探そうかなあと思っています。」
「安いところがいいんでしょ。
 JUSAJっていうホテルが安くていいと思うよ。」


おじさんが勧めてくれたホテルは、わたしたちが事前に調べて泊まりたいなあと思っていたところだった。

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おじさんはわたしたちをホテルの前で降ろすと、Uターンして戻っていった。
わざわざ寄り道して送ってくれたんだ。

ホテルの部屋はそれなりにちゃんとしていて、部屋にバスルームもついて1泊20ユーロ。
お手頃なホテルに泊まることができるか心配だったけど、こんな感じならコソボでホテルの心配はしなくてよさそう。

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窓から見えるペヤの街。
高層ビルやマンションはほとんどなくて、山に囲まれた土地に住宅が建ち並ぶ。
これがコソボの地方の街。

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民家の庭でままごとをする子どもたちが見えた。
ついついかわいくて観察。
すると、向こうに気づかれてしまった。
恥ずかしそうに笑い転げるコソボの子どもたち。

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人懐っこい子どもたちが多い。
やわらかい顔立ちをしている。

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14世紀にはオスマン帝国に征服されたペヤ。
モスクとミナレット(塔)が建ち、店先に品物を並べたお店が肩を寄せ合うように建つ風景はヨーロッパというよりもトルコの雰囲気。

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コソボに住んでいるのは、ほとんどがイスラム教徒のアルバニア人。
イスラム教徒だけれど、そこまで厳格ではないのか女性たちはノースリーブやミニスカートでスカーフもしていない。

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女の子も男の子もいっしょに遊んでいる。
開放的。

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それにアルコールも御法度ではないらしい。
たくさんのバーが軒を並べているし、ご当地のビールだってある。
その名も「ペヤ」。

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肉料理といただきます ♪

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食堂で働く人たち。
「写真撮って」と言いながらも、いざカメラを向けると照れくさそう。
そのあたりが、ヨーロッパっぽくなくイスラムの国っぽい。

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「コソボの人たちは優しい」
「ホスピタリティーにあふれている」

コソボを旅した人はそう言う人が多い。

お客さんをもてなすことを大切にするイスラムの教えがあるからかもしれないし、コソボを訪れる外国人はまだまだ珍しいからかもしれない。

素朴で、ちょっと雑然としていて、どことなくエキゾチックな雰囲気が漂う場所。
ヨーロッパにあって、ヨーロッパっぽくない国。

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ホテルの前を歩いていたら、こんな服を着たおじさんとおばさんがコーヒーを飲んでいた。
アルバニアの民族衣装なんだって。

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いまでこそ、イスラム教徒のアルバニア人が多く住むペヤの街。
けれど、昔は中世セルビア王国の宗教的中心地でセルビア正教会の総主教座が置かれていた。
その修道院は世界遺産になっている。

でも、その世界遺産の存在をよく思わないアルバニア人もいる。

セルビア人は出て行け。
修道院なんて壊してしまえ。

そんな危険をはらんだ修道院は、NATO主体の国際部隊が駐屯し守っている。

あしたは物々しく警備されたそんな修道院についてお伝えします。

紛争が終わったコソボとはいえ、コソボはまだ難しい問題を抱えている。
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