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ケンゾー   イクエ


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旅史上一番の「がっかり」遺産かも

2014.04.02 05:57|イスラエル☞EDIT
ヨルダンのほうが安いと思って買った日焼け止め入りニベアの美容クリームが、イギリスで半額で売られていてショックだったイクエです。

前回ケンゾーが紹介したエルサレム旧市街の聖地。
ケンゾーはもっとも評価の高い、星3つをつけた。

ユダヤ人たちが一心に祈りを捧げる「嘆きの壁」。
これまでここにやってきた旅人たちも「人の祈る姿はとても美しかった」とか「崇高で特別な場所だった」などとブログに書いていた。

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(まず、最初におことわり。
きょうのブログは、わたしの率直な感想を綴っていきます。
宗教のことなんてほとんどわからないわたしが、人の宗教に口出ししたり宗教を軽視するのはとても失礼なことと重々承知はしつつ、本音を書かせていただきます。)

その嘆きの壁をはじめてこの目で見て、ケンゾーに言った言葉。

「これ・・・、がっかり遺産かも。」

有名な観光地や世界遺産が、実際に見てたいしたものじゃないとき一般的には「がっかり世界遺産」なんて言われる。
ユダヤ教で一番の聖地と言われ、ひたすら祈る人たちを前にして「がっかり」なんて言うのはとても失礼なことだとは思うけど、それでもわたしのなかでは「がっかり」という言葉がぴったりとくる。

まず、壁の大きさ。
想像していたのは、小さな人間の前に高くそびえる巨大な壁。
だけど、生で見る壁は思っていたよりもだいぶ小さくて、そして横幅もそれほど広くなかった。

ここに着いたとき「おお〜!! これかあ。ついにここに来たあ!」って感じるかなって思ってた。
だけど、実際ここにたどり着いたときは「え!あっ、これ!?」って感じだった。

上の写真もそうだけどこれまで見てきた映像や写真は、嘆きの壁だけがドーンとそびえて、そこには信者たちの祈りの声しか聞こえなくて他を寄せつけないような神聖な雰囲気が漂っていた。
でも、これは撮りかたの問題で、実際はこんな光景だった。

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旧市街の賑やかな場所にあって、壁の手前をたくさんの人が通行している。  
祈る場所と通行する場所はフェンスで区切られているとはいえ、騒々しい。
そして、そんな周囲の騒々しさを気にするでもなくただ奥で背中を向けて祈るユダヤ人たち。

なんて言えばいいのかな。
これまで、キャンドルの明かりがゆらめく厳かな教会の中で祈る人たちや、厳しい自然のなかで五体投地するチベット仏教の信者たちの姿を見たときは、神聖さを感じて思わず背筋を伸ばした。
だけど、日本の神社で賑やかな中、それぞれがそれぞれの願をかけて拝んでいるのを見てもあまり神聖さを感じない。
それと同じような印象。
周囲のことは関係なく、ただおのおのが好き勝手にお願いをしている。

ユダヤ教では礼拝のとき男性は頭にキッパという小さな丸いものか、黒い帽子を被ることが決められている。
神に対して頭を隠すことで神に謙遜の意志を示したり、頭に物を載せることでつねに神の存在を感じられたりと意味があるらしい。
嘆きの壁に近づくには異教徒でも、頭に何か被らないといけない。
キッパは入口で貸してもらえる。

そしてこんなものもある。

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白いマントを被って、黒く細長い革で体を締めつける。
聖書の一節を書いたものを入れた小さな箱を革で額と腕に縛り付けている。
テフィリンと呼ばれている。

ユダヤ教はイスラム教のように男女の扱いが違う。
なのでイスラム教のモスクのように祈る場所も男と女で異なる。

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まんなかに柵があって、女性の敷地のほうが狭い。
女性の場合は、祈る場所でも椅子に座っておしゃべりしているグループもいる。
イスラム教もそうだけど、熱心に祈るのは男性の仕事。
そんな義務(権利)をもつ男性に女はだまってついていけばよい。
だから、言い方は悪いけど男尊女卑的な部分もある。

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男性側のほうにはさらに左奥に壁づたいにトンネルのような部屋がある。
もちろんイクエは行けず、ケンゾーが見てきた。

それぞれの祈りの言葉が室内にこだまする。
外と比べるとアウェー感がぐっと増すけれど、ケンゾーの姿なんて必死に祈るユダヤ人の目にはまったく映っていないかのよう。
体を前後左右に揺り動かしながら自分と神との世界に浸るユダヤ人。
なにか見てはいけないものを見ているかのような、あまりにも不思議な世界。
祈りに集中すると自然と体が動くのだそう。

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何をそんなに祈ってるんだろうなって、思う。
何を必死に祈ってるんだろうって。
まるでまわりのことが見えてないかのように、独りの世界に入っている。

この人たちはパレスチナで起きている問題をどう思っているのだろう。
きっと何も思っていないだろう。
ただ自分たちが疑いもなく信じている宗教のなかでは、ここはユダヤ教徒たちが住むべき「約束の地」(先祖であるアブラハムが神から「ここをイスラエルの民に与える」と約束された場所)なのだから。
彼らの中では「自分たちがここに住むのはあたり前。なんで神から約束されていない他の宗教の人たちが勝手に住んでるんだ。」って思ってるだろう。

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わたしのなかで「がっかり」した一番の理由は、きっとパレスチナがイスラエルから虐げられてきているのをこれまで見てきてしまったから。
ただ一対一で神と向き合い、周りのことなんて眼中にない彼らを見ていると冷淡な自分が出てくる。
「何をそんなに自分のために祈ってるの? もっと目を向けることがあるでしょう。」と。

徴兵制度のあるイスラエル。
嘆きの壁では入隊式典が行なわれる。
「自分たちが住むことを神から約束されている、このイスラエルを守ろう。
不当にここに住むほかの民族に抗おう。」とこの場所で心をあらたにさせようとしているのかもしれない。

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神の約束通り、イスラエルにはイスラエル人が住むべきだという「正当な」理由。
そして、徴兵される若い彼らはその正当な理由に従い、昔からそこに住んでいたアラブ人たちを今後殺すこともあるかもしれない。

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屋外での任務にあたる兵士たち全員に銃が支給されているようで、街を歩いているときもバスに乗るときもベンチに座ってアイスを食べているときも銃をぶらさげている。
まるでショルダーバッグのように。

最初のときは見るたびにドキッとしていたけど、毎日銃をぶら下げた人たちと何十回とすれ違うとその光景になれてきて何も思わなくなる。
異常な光景が日常になるという異常。
人生で一番楽しくていろんな経験をして充実した日々を過ごすはずの青春を兵役に捧げる。

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だけど、兵役を免除されている人たちがいる。
それが、この人たち。

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「超正統派」と呼ばれるユダヤ人たち。
超正統派ユダヤ人とは、厳格なユダヤ教徒で子どものころから神学校で学び、黒いスーツに黒い帽子、もみ上げを伸ばしている、言わば筋金入りのユダヤ教徒。

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毎日ユダヤ教を学び、祈りに身を捧げるため、仕事もしていない。
国からの手当をもらい、家族を養っている。

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ユダヤ教をもっとも愛するこの人たちが一番兵役に就くべき感じがするので矛盾を感じる。
だけど、この人たちはイスラエルの建国も人為的に行なうものではなく、メシア(救世主)が現れてつくるものと考えている。

ユダヤ教を学ぶことと祈りに専念するため、兵役を拒否し政府もそれを認めていたけどつい先日、超正統派の人も兵役対象になる法案が国会で可決された。
2017年から超正統派の人たちも兵役の義務を負うことが決まった。
ちょうどわたしたちがイスラエルにいたときに法案の可決に反対する超正統派のデモが行なわれていたみたいだった。

この人たちはあまりにも俗世間から離れていて、パレスチナのことなんて相手にしていないような感じさえする。

だから嘆きの壁の前でこの人たちが嘆いているのを見ても、「祈る姿が美しい」なんて思えずにどこか自己中心的に見えてしまう。

でもこんな人たちがイスラエルの人口の10パーセントいるとも言われている。

ここに来る前にわたしが思っていたこと。
それは、みんなが同じ思いで静かにひたむきに祈る姿。
この場所は信仰心や共同体としての決意、イスラエルという国への忠誠心であふれていると思っていた。

だけど実際に目にするのは、それぞれがばらばらで温度差があって、相手のことなど気にする様子もなくみんなが自分のことをしている、雑多な場所だった。

わたしがイメージしていた聖地とは違う。
イスラム教のパレスチナと血を流す争いをしてまでも、絶対に守らなければならない場所なのか。

いっぽう、嘆きの壁の裏側に位置するイスラム教徒たちの聖地、岩のドーム。
嘆きの壁をまたぐようにコンコースのようなものがあって、そこを渡って裏側へと回れるようになっている。

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コンコースから見下ろす。
壁に向いて祈っている人たちが小さく見える。
人間は何をそんなに、そしてなんのために祈るのだろう。

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そしてわたしはここでも「がっかり」した。
岩のドームはこれまでイスラム教の国々で見てきたモスクと比べるとそんなに大きくもないし、ずば抜けて美しいわけでもなかった。
イスラム教の国にはどの街にも立派なモスクがあるけれど、岩のドームも普通の街にあるような規模のモスクだった。

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そして、熱心に祈りにきた人たちの姿よりも、おしゃべりしたり家族でピクニックをしたりひなたぼっこして公園で過ごしているかのような人たちの姿が目立った。

ほとんど無宗教に近いわたしが、信仰心のあつい人たちのことをとやかく言えない。
人の信仰心を勝手に批評したり、軽視したりすべきではないと思っている。

でも、長年のイスラエルとパレスチナの争いを考えてこの2つの聖地を見ると、そうまでして守らなければならないものなのかとどうしても思ってしまう。

「いっそのこと、火事か何かで2つとも無くなってしまって、この場所がまっさらになったらいいんじゃない。」
とても無責任な発言とは感じながらも、ケンゾーとそんなことまで言いあった。

この2つの聖地を目の当たりにしてきっとこう感じると思っていた。
「お互いに譲れないものがある」「対立するのも無理はない」。
だけど、そんなこと感じられない。

イスラエルとパレスチナは何のために相手の命を奪ってまでも争っているのか。
ほんとうにユダヤ教とイスラム教との譲れない対立が原因なのか。

そして、まったく周りの様子を気にするでもなく、ただ一人で壁に向き合って自分のペースで祈っているこのユダヤ教徒の人たちに「パレスチナの人たちのことにもちょっと思いをはせてみませんか」とか「共存の道を探しませんか」なんてことを呼びかけても、何の反応もしてくれないだろうなというのがわかる。
無関心という言葉がぴったりだった。

イスラエルとパレスチナの根深い対立、そしてその解決の糸口。
そのどちらもがますますわからなくなった。
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Comment

私は宗教は法律の代わりに昔作られたと思ってるので、法律と宗教が混在してること自体に違和感を感じちゃいます。

でも、宗教がないと生きていけなくなる、恐ろしいことが起きるって洗脳されてるんですかね。

戦争に宗教を未だに利用してるのか。

端から見ると本当に宗教を信じてるの!?って疑問を感じちゃいます。

No title

選民思想というのがあります。天が、神が自分たちを選んだ、自分たちは選ばれた特別な存在だという思想です。
それを振りかざす限り、他の民族や人々と、根本的には対等にはなれません。
たとえ、ユダヤ人は民族だけを指すのではなくユダヤ教を信ずる人も含む、と言いつくろっても根本は民族や特定の人の優位を前提にしています。
普遍的な宗教なら、どんな民族どんな環境の人でも受け入れるはずです。

統一された美しさも魅力的ですが、それぞれのやり方というのもなかなか良いと思います。
たとえば、ブッダガヤで上座部仏教の人も大乗仏教の人もそれぞれのやり方で礼拝をしていましたが、美しく魅力的な気がしました。
カナダ人のキリスト教徒が日本のお寺にきて合掌はしなくとも、そこの信者が信じる仏に敬意をはらって頭を下げるなんていうのも良いもんでしょ。

No title

ご無沙汰しているうちにイスラエルですね

エジプトに行かれなかったのが残念です
シリアは、どうしようもないですが
結構ジグザグ旅程なのには興味を抱いています

体に気をつけて旅をお続け下さい

私自身は無宗教なんですが、それでも宗教を信じる人の気持ちはわからなくもないです


私の周囲にもちらほらとですが宗教を信じている人もいます
日本人は宗教=怪しげと思う人が多いので黙ってる人が多いだけで案外こっそり信じてる人もいるように思います
(ただ、日本を離れてみて思ったのは今でも日本はかなり儒教の影響が濃い社会だと思います。これも宗教の一つですよね)
キリスト教信者の友達がいるんですが、その子曰く神様を信じることによって前向きになれるそうなんですね
悪いことがあっても教えの通り過ごせば神様は必ず見ていてくれるといった感じなんですかね

いってみれば宗教を信じている人にとっては心の支え、拠り所のようなものがあるように思います
それこそ熱心な人は自分のアイデンティティにもなっているように見受けられます
辛いとき、人間を超えた超越した存在を信じることで乗り越えていくという感じかなと
ですから法律とかとはまた全然別物だと思います
法律を心の支えにしてる人はいないでしょうから


ただ、だからといって他の宗教や民族を弾圧していいことにはなりませんよね
まあこの問題はイギリスの二枚舌ならぬ三枚舌もかなり責任があるように思います




2005年にイスラエル行きました。
自分もバックパッカーしててダマスカス門近くのところに滞在してました。もちろんあのしょーもないイスラエルの壁を越えてパレスチナ行きました。

超党派ユダヤ人の自己中な振る舞いも見てきましたし、でもめちゃ素敵なユダヤ人にも出会いました。
結局宗教って国策なのかなっと思います。日本でもイラクやアフガニスタンのニュースだけ見るとムスリムの人達って怖いイメージがありますけ、イスラムの国に行くとめちゃくちゃウェルカムですもんね。
宗教をめっちゃ考えさせられる良い機会になりました。

そよ風さま

わたしたちもほぼ無宗教です。もちろんどんな宗教も尊重し、疑うことなく信じるものがあることに羨ましく思うこともありますが、ときに冷めた目で見ることがあるのも事実です。
宗教にはどうしても政治や国家などが絡んでしまうので複雑ですよね。

Crewさま

いつもコメントありがとうございます。

たしかにユダヤ人は選民思想がアイデンティティの根底にあるので、他の宗教と歩み寄ることは難しいと思います。
それにしても、思った以上に排他的でビックリしました。

No title

ご無沙汰しております。チリの鰐部です。ブログ相変わらずとても面白いですね!!!!動画が途中で出て来るところも、更に深くその場所を想像出来てとてもとても面白くブログ読みました。超正当派を写真で見て昔小学生の時に読んだ「魔女がいっぱい」という物語を思い出しました。宗教って本当に、不思議です。そして、毎日沢山の世界の人々や文化と出会っているお二人がとてもステキだなぁ〜。私もまた旅に出たい気持ちがふつふつと出てきました。娘がまだ小さいのでディープな旅は難しいかもしれないですが、あのドキドキをまた体験したいです!応援してます☆チリ遊びにきてくださいね☆

Hideさま

お久しぶりです!
リアルタイムではアイルランドをドライブしています。

エジプトは諦めたのではなく先延ばしにしました。7月くらいにエジプトに入ってアフリカ旅をスタートさせる予定です。・・・あくまで予定です。笑

dfiさま

わたしもほぼ無宗教なのですが、信仰心を持っていることを羨ましく思うこともあります。
でも、その信仰心が他人を傷つける要因になってしまうのは悲しいですね。
じつは日本人のようにアバウトなくらいがちょうどいいのかもしれませんね。

タケヒロさま

ほんとにイスラムの人々のホスピタリティにはビックリしますよね。
報道やニュースではネガティブな情報しか発信しませんからね。
実際に見て触れ合わないと分らないことがたくさんあります。

わにさま

鰐部さん、地震は大丈夫ですか?!ネット環境があまりよくなくてぜんぜんニュースは見ていないんですが・・・。
がんばってスピードアップをして南米を目指したいと思ってます。もうしばらくお待ちを!!

あまりにもパレスティナ寄りなのでは?

ケンゾーさんイクエさん はじめまして

私ももうすぐ長期旅行に出るので楽しく読ませてもらっています。

少し違和感を持ちコメントさせていただきます。

大学で少しパレスティナ問題を学ばれていたこともあるのだと思いますが、少しパレスティナ寄りな考えではないかと思います。
我々日本人であり、まして政治にも首を突っ込まない者としては、まずはどちらにつくこともなく、違う立場の両者の人々の〈声〉を「聴く」ことが大切なのではないでしょうか?
もうこの状況になってしまって既に時間が経っていて、イスラエルに住むユダヤ人の若者は、どうしてパレスティナ・アラブ人を危険視し、攻撃しているのか、そもそもの原因を知らない人も増えていると聞きます。根深く難しい問題だとは思いますが。

特に何もされていない我々が、歴史を少し学んだからといって、雰囲気がちょっと悪いからと言って忌み嫌う理由があるでしょうか?

その悪印象が渦が大きな渦になり、諍いになり、ひいては戦争になる。そう思います。

コソボ問題しかり、ユダヤ人に対するホロコーストだってそう。ナチが一番悪いけど、民衆の協力がなければホロコーストは成立しなかったでしょう。


それにどうせ読むなら、楽しい記事の方が楽しいです。

それでは良いご旅行を!

Sahne-mizさま

わたしの文章力のつたなさを反省しているところです。
わたしたちが言いたかったことが、伝わってなくて残念な気持ちもします。
もうちょっと文章力を磨かなければ!

パレスチナの歴史を学校で学んだからパレスチナ寄りなわけではないです。
パレスチナ人と出会い、現実を目の当たりにしたから、パレスチナ寄りになったのです。
むしろ、パレスチナを訪れる前は「どちらか一方が悪いというのはない。両者の声に耳を傾けなければ。民族をひとくくりにしてはダメ」ときれいごとを思ってました。
だけどパレスチナ、イスラエルに行ったことでそれがくつがえされたのです。
「ユダヤ人をひとくくりにして非難してはダメ。これが差別につながる。ホロコーストもそうだった。それを頭ではわかってるけど、でも。」という心の葛藤を記事でも書いたつもりだったのですが、それがまったく伝わっていないのはこちらの文章力のなさです。

わたしたちはきれいごとではすまされないことを正直に書きたいと思っています。
その国を実際に訪れているのに、自分の心になんの変化もなく、学校で教えられたことだけで判断しつづけるとしたら、何のために旅してるのかわからないですから。

どうせ読むなら楽しい記事を、ということですが「息子が殺された」「兄弟全員がイスラエルに逮捕されている」「寝ていたら撃たれた」「イスラエル軍に占領されている街でパレスチナ人にパンを配っていたら撃たれた」そんな話を毎日聞いて、夜中にはイスラエル軍の銃声を聞いていたのに、楽しい記事はわたしたちには書けません。

これから長期旅行に行かれるとのことなので、ぜひわたしたちができなかったことを達成されるといいと思います。
イスラエルの人たちの話をたくさん聞かれてください。
そして、ブログやお土産話で楽しいお話をされるとよいと思います。

こんな人もいます

こんな動きもあるようです。
knowledge is the beginningというドキュメンタリーの一部です。

http://www.youtube.com/watch?v=HIK0jHl5HJA

現実は書かれている通り、もっと厳しいんでしょうね。私もいろんなものを見て聴いて感じてきたいと思います。

sahne-mizさま

コメントありがとうございます。
これからも、しっかり自分たちの目で見て感じて、ちゃんと自分で考えていきたいと思います。

日本人は無宗教といいますが、あえていうなら自然畏怖だと聞きます。
多神教の強みでなんでも受け入れられる、 そこが誇らしいと思います。少し緩いのも神様との距離が近くて私は好きですが。九十九神がやどるから物を大事にしようも立派な信仰ですし。
私も神様の前では順位付けなんて一部の人間しか得しない、選民思想はやはり違和感を覚えました。

だっさんさま

コメントありがとうございます。

わたしも日本人のちょっとアバウトなところはいいなあって思います。
いろいろなものを受け入れるとても懐の広い民族ですよね。
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