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ケンゾー   イクエ


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教会の窓の先に見えた意外なもの

2014.03.30 06:25|イスラエル☞EDIT
小学5年生のときに、学校で「座右の銘・好きな言葉」を書かされたとき「棚からぼたもち」と書いて担任の先生やクラスメイトに大笑いされたイクエです。

パレスチナ自治区を旅して、パレスチナにどっぷりつかっていたイクエとケンゾー。
ついに自治区を抜け出し、宗教や人種が入り乱れるエルサレムに行くことにした。

エルサレム

はじめはイスラエルに着いたその足でエルサレムに行き、ほとんどエルサレムだけの滞在でイスラエル旅行を終わらせる予定だった。

だけどそれでは物足りないような気がして、エルサレム行きをあとのばしにして、さらにパレスチナ自治区を周遊。
エルサレムに行くまで3週間もかけてしまった。
でも、この3週間は多くのことを知り、そしていろんな感情に心が揺れる意義深いものだった。
あのとき、空港から直接エルサレムに行く予定を変更してよかった。

JICAの援助でつくられたツーリストインフォメーションセンターでエルサレムまでの行き方を聞く。
目の前のバス停で黄色いセルビスに乗って、さらに途中の街でバスを乗り換えることを教えてくれた。

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黄色いワゴンのセルビスは通称「アラブバス」。
ナンバープレートはパレスチナ自治政府が発行したもの。
運転手はパレスチナ自治区に住むアラブ人。
だけど、そんな車では自由にイスラエルの領土に入ることができない。

なのでパレスチナ自治区からイスラエルに行くときは、イスラルナンバーのイスラエルに出入りできるバスに乗り換えないといけない。

道路の真ん中で降ろされ、「あれに乗り換えろ」と運転手にせかされて乗り換える。

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このバスに乗ったからと言って、そのままイスラエル側に入れるわけではない。
自治区とイスラエルとの境界にはチェックポイントがある。
お互いの境界なのに、管理してるのはイスラエル軍。
バスから降ろされて、パスポートやIDカードのチェックをされる。

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チェックするのは大きな銃をぶらさげた徴兵中の若い女の子。
荷物チェックを受けたり、質問されたりすることもあるようなのでちょっとドキドキ。
「パレスチナ自治区で何してたの?」って聞かれたらどうしよう。

でも、みんなのIDをチラッと面倒くさそうに確認しただけ。

ちなみにパレスチナ人は自由にイスラエル側に入れない。
特別に許可証を発行してもらわないといけず、海外に行くよりも難しいのだそう。
イスラエルは勝手にパレスチナ自治区に入って入植地をつくって住んでるのに、パレスチナ人はイスラエル側に入れないなんて不公平な話。

乗客全員が再びバスに乗り込んで、出発。
そして、とうとうエルサレムとご対面!

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感慨にふけっている場合じゃない。
問題はここから!
きょう泊まる宿が左の山を越えた場所にある。

バスに乗り換えれば近くまで行けるんだけど、節約派のイクエとケンゾー。
地図を見ながら「2キロくらいなら歩けるんじゃない?」ってことで歩くことにしたんだけど、まさかこんな山越えをするとは・・・。

この山は「オリーブ山」と呼ばれている。

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坂道に沿ってオリーブ畑が広がっていたり、教会が建ち並んでいたり。
でも、そんな風景を楽しむ余裕もないよね。

バックパックが肩に食い込む。
「まだかなあ。」
「とりあえず、あそこで休憩しよう。」

ずっしりと重いバックパックをドサッと降ろす。
そこから見えた景色は・・・。

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オリーブ山の反対側の丘に広がる旧市街。
城壁に囲まれたあそこが、イエス・キリストが処刑された場所でもあり、ユダヤ教徒の一番の聖地でもあり、イスラム教徒にとって大切な金色のドームのモスクもある。
3つの宗教が交錯し、そして決して交わらない場所でもある。

振り返ってはエルサレムの旧市街を見ながら、やっとオリーブ山の頂上に到着!

泊まる宿は「イブラヒム・ハウス」と言われるちょっと変わったお宿。
場所がわかりにくいことで評判。
でも、近くまで行くと子どもたちが寄ってきて「イブラヒム・ハウス?」と案内してくれた。

ようやくたどり着いたよ〜、エルサレム!
そして、イブラヒム・ハウス!

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このちょっと変わった宿についてはまたの機会にご紹介します。

風変わりな宿で休んだ次の日。
朝からオリーブ山をてくてくと下り、観光スポットを目指す ♪

パレスチナのほかの街もそうだったけど、エルサレムも小高い丘がいくつも重なりあっている。
平原のほうが住みやすそうなんだけど、なぜか丘があるところに街ができている。
緑も豊かだから、土壌が良くて作物が育ちやすいのかな。

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そして、きのう見たエルサレムの旧市街。

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左手前の金色と右奥の三角屋根は教会。
真ん中の黒っぽいドームはイスラム教の寺院。
そして、そのドームの奥にはユダヤ教徒が祈りを捧げる「嘆きの壁」がある。

なぜこんなにもここに3つの宗教の聖地がひしめきあっているのか。

これから簡単に説明するのは、世界の人からするとあたり前のことなんだけど「無宗教」に近い仏教徒の日本人からすると意外なことかもしれない。

それは、キリスト教もイスラム教ももとをたどればユダヤ教から生まれているから。

つまり、この3つの宗教で一番古いのはユダヤ教。
ユダヤ教が生まれたのは今から3000年以上も前。
ユダヤ教の生みの親とも言えるモーセがみんなを引き連れてエジプトからイスラエルへとやってきた。
紀元前1020年ごろに、ここにユダヤ人の王国をつくっている。
だからこの地にユダヤ教の聖地があるのもうなづける。

いっぽう、キリスト教徒が崇拝するイエス。
イエスも実はユダヤ人。
イスラエルの地で生まれ、ここで処刑されている。

「あれ?イエスってキリスト教徒が信じる神さまじゃないの?
 ほんとうに実在してたの?」
って思う人がいるかもしれない。
(わたしもむかしはそう思ってたし・・・。)

イエスはユダヤ教を批判して、キリスト教的な新しい考えを広めた。
(語弊があるけど、キリスト教も生まれた当時は「新興宗教」だったわけです。
つまりイエスは教祖みたいな存在。)
ちなみにキリスト教が聖典としている「旧約聖書」は、ユダヤ教がつくったものでユダヤ教の聖典でもある。

キリスト教が生まれたのはユダヤ教が生まれた1000年以上もあとのこと。
西暦はイエスが生まれた時期を境にしてるから(紀元前はイエスの生まれる前、紀元後がイエス誕生後)、これは紀元0年あたりの話。
イエスがユダヤ人だったし、ここで生まれ育ち、自分の思想を広め、ここで亡くなっているからイスラエルにキリスト教ゆかりの地があるのは当然のこと。

そして、イスラム教。
イスラム教のはじまりは610年ごろ。
イスラム教もイスラエルのあるアラビア半島で生まれた。
開祖はムハンマド。
天使ジブリールから神の啓示を受けて、教義を広めていった。
ちなみにこの天使ジブリールはガブリエルとも発音されて、ユダヤ教でもキリスト教でも慕われている天使。
旧約聖書にも出てくる。

だから、旧約聖書はユダヤ教、キリスト教、イスラム教でも聖典。
そして三者が信じる聖人は共通している。
ユダヤ教の生みの親モーセは、キリスト教、イスラム教でも大事な預言者。
ちなみにイスラム教では、イエスも聖人の1人。

つまりキリスト教もイスラム教もユダヤ教から派生した宗教。
そして信じる神さまは同じ。
キリスト教の「ゴッド」もイスラム教の「アッラー」も同じ神さま。

「ゴッド ブレス ユー(神のお恵みを)」なんて言葉、キリスト教徒だけが使うと思うかもしれないけど、イスラム圏でも車や家に英語で「God Bless You」なんて書いてあるのをよく見かける。

パレスチナのイスラム教徒の家に飾ってあった刺繍。

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イスラエルに3つの宗教の聖地がひしめき合うのは当然のこと。

オリーブ山の周辺にはキリスト教ゆかりの場所がたくさんある。
こちらはイエスのお母さん、マリアのお墓のある教会。
洞窟のようなところを地下へと下っていく。

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天井にはたくさんのランプが下がっていて幻想的。

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白い石のマリアのお墓。
ガラスで覆われている。

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イスラエル観光は日本人にとってはそれほど人気じゃないけれど、キリスト教徒の欧米人にとっては「人生で一度は行きたい場所」のひとつだと思う。
ツアーバスがたくさん街を走っていて、ツアーのグループが教会を巡礼している。
韓国ではキリスト教徒が多数派だから、韓国人もたくさん見かけた。

イクエとケンゾーにとってはただの観光地も、この人たちにとっては「ずっと行きたかった神聖な場所」なんだろうな。

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オリーブ山の近くのシオンの丘。
ここには古代イスラエルの王ダビデが眠るお墓がある。
ユダヤ教の信者が祈りを捧げていた。

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そして、ここにはあのおなじみの場所もある。

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「最後の晩餐」の部屋。
処刑される前、イエスがここで弟子たちと食事をしたと言われている。

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵とはずいぶん違う感じがするけど・・・。
イスラム教のモスクとしても使われていたそうで、その面影もある。

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オリーブ山の中腹の玉ねぎのようなかわいい屋根はマグダラのマリア教会でロシア正教の教会。
ロシア正教の教会は、おもちゃみたいでとってもかわいい。

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エルサレムにたくさんある教会の中で、わたしが一番好きだったのが、各国からの寄付金で作られ万国民の教会。
福音書を著したマルコの家とも伝えられ、ここでイエスが最後の夜を苦悶しながら過ごしたとも言われている。

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教会の壁画が繊細で妖艶。
クリムトやミュシャ(ムシャ)の絵に似ている。

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ちょうどツアーできた巡礼者たちがミサを行っていた。

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天井画もステンドグラスも独特の雰囲気。
教会まるごとアール・ヌーヴォーの作品みたい。

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その近くにあるのが主の泣かれた教会。
エルサレムの旧市街を一望できる場所にある。
イエスがここからエルサレムを眺め、滅亡を予感して涙を流したと言われている。
教会のこのかたちは、涙の粒をイメージして造られたものなんだって。

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教会の祭壇には、大きな窓。
旧市街が見渡せる。
イエスもこの景色を見て、涙したのだろうか。
エルサレムの街は今でも存在しつづけている。
でも、この神聖な聖地をめぐった対立もある。
いまの現状を見たら、イエスは涙するのだろうか。

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みんなが祈りを捧げる祭壇の大きな窓。
でも、その正面に見えていたものは・・・。

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イスラム教徒の聖地、金色のドーム!

そしてこの教会の下の斜面にはユダヤ教徒たちの墓地がある。
終末の日に救世主メシアがオリーブ山に降り立ち、死者たちが復活すると伝えられている。
ここはユダヤ教徒たちの聖地巡礼の最終目的地でもある。

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それぞれにとって大切な場所。
譲れない場所。

あの城壁の中の旧市街はもっと宗教が入り乱れている場所であるはず。

あしたは、世界遺産にもなっているその城壁の中の様子をお伝えします。
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Comment

こんにちは。
三つの宗教の関係がわかりやすい記事ですね^_^
ところで、イスラエルがなぜ聖地なのかというのは、モーセよりももっと遡ってアブラハムが始まりと言われてます。アブラハムが神に約束の地がカナン(パレスチナ)と言われてメソポタミアから目指したところからが始まりです。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はアブラハムの宗教とも言われます。バハーイ教もアブラハムの宗教のようですね。
"アブラハムの宗教"で検索してみてください。
無宗教の方には雑学ですが、ここまで遡らないと現代のキリスト教vs.イスラム教、イスラエル・パレスチナ問題の根は見えてこないので、念のため記しておきます。

No title

領土の問題が聖書に根拠を持たれると怖いですね。
「創世記」には神がアブラハムに対してカナンの土地を「この土地をおまえの子孫に与える」と言ってます。
アブラハムの子孫を自認する人は神の言葉として、自信を持って、領土の正当性を主張します。
与えるといった土地はその時には、ペレシテ人が定住してたわけだし…・困ったものです。
近年では、イギリスの二重契約…・困ったものです。

shinoさま

ご丁寧な解説ありがとうございます。
根っこは同じだからこそ、この問題は一筋縄では解決しないのかもしれませんね。
ほぼ無宗教のわたしたちからすると、「同じ神様なんだから、もっと仲良くすればいいのに」なんて無責任に思ってしまいます。

Crewさま

わたしもおっしゃる通りだと思います。
聖書を持ち出されてもですねえ、かなり無理がある理論だと思いますがユダヤ人にとってはそれで充分なんでしょう。
イスラエル建国までパレスチナでは、アラブ人もユダヤ人もお互いを尊重しながら共存していましたからね。イギリスにはかなりの責任があると思います。解決のための努力を惜しまずして欲しいものです。
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