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ケンゾー   イクエ


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住みにくい故郷「入植地」をめぐって

2014.03.25 06:21|パレスチナ自治区☞EDIT
旅先でも毎日コーヒーは2杯以上飲んでいるイクエです。
もちろんインスタント。
宿の部屋で電熱コイルでお湯をわかして作っています。
フィルターコーヒーを飲めるのは2、3か月に1回くらいかな。
カフェは高いから。

パレスチナ・イスラエル問題で、無視することができないのが入植地のこと。

パレスチナの領土はどんどん狭くなっているとはいえ、一応イスラエルとパレスチナの間にはボーダー(境界線)がある。

そのボーダーにはチェックポイントがあって、まるで国境。
自由にお互いが行き来できないようになっている。
(とはいえ、チェックポイントでチェックするのはイスラエル軍でパレスチナは管轄できない。)

だけどこのボーダーを無視して、イスラエル人たちがパレスチナ自治区内にコミュニティーをつくっているのが「入植地」と言われるもの。
下の地図の緑がイスラエル、白がパレスチナ自治区。
白いパレスチナ自治区にある緑の斑点がイスラエルの入植地。(注:イメージです)

入植地

「わざわざパレスチナ自治区に住む人がいるの?」って思うけど、イスラエル政府が入植地に住む人には税金や手当などを補償するから、貯蓄のない若い夫婦などが引っ越してくる。
「敵の陣地に住むなんてあぶないことよくできるね?」って思うけど、イスラエル政府は「入植地の周りは塀やフェンスで囲っているし、イスラエル軍が常駐して徹底して住民の安全を守るから安全です」と言うので、小さな子どもをもつ家族たちも引っ越してくる。
パレスチナの領土のはずなのに、入植地にはパレスチナ人は入ることができなくなっている。

もちろんこれは国際的に見ても違法なことなんだけど、軍事力をもつイスラエル政府に対して何もできず、どんどんパレスチナの土地が侵食されていっている。

a_DSC_0742_20140325010505ff6.jpg

ラマラにある入植地はパレスチナの繁華街のすぐそばにある。
泊まっているゲストハウスから入植地が見えた。
丘の上の赤い屋根のマンションが建ち並んでいるところが入植地。
手前がパレスチナの街。

a_DSC_0514_20140324014654ec1.jpg

「あんなふうに丘の頂上をイスラエルは占領していくんだ。」
そうパレスチナ人に言われたことがある。

パレスチナ人たちを監視するかのように、パレスチナ自治区を制圧するかのように。
見上げるところにはいつも入植地がある。

パレスチナ人の住む街と入植地の境はどうなっているのか。
ゲストハウスから見えている入植地に行ってみることにした。

なだらかな丘を登っている途中、パレスチナ人たちに声をかけられる。
「どこに行くの?」
「入植地に行ってるの。」
「そうか・・・。気をつけるんだよ。」

この「気をつけるんだよ」というのは、入植地を警備するイスラエル軍に気をつけるんだよ、という意味。
武装したイスラエル軍が過度に警備している入植地は、パレスチナ人たちにとっては軍事基地のように見えるのかもしれない。

コンクリートのブロックが道を封鎖し、有刺鉄線で囲まれた先に入植地が見えた。

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フェンスにちょっとでも触れると警報機が鳴るようになっている。
パレスチナ人は入植地に入ることはできない。
外国人であるわたしたちも、この入口ではなくて車で10分以上かかるゲートに行ってパスポートのチェックを受けてからしか入れないらしい。

監視カメラがこちらににらみをきかせている。
フェンスの向こうに兵士がこちらを監視しているのが見えた。

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フェンスの向こうには真新しい赤い屋根のマンション。

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いっぽう、昔からここで生活しているパレスチナ人たちがいる。
左側の建物はパレスチナ人の住宅。

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こんな物々しい雰囲気の場所で暮らすのに堪えられなくなったパレスチナの家族もいるだろう。
フェンスのすぐそばの土地は荒れ、空き家となっている。

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フェンスのまわりをウロウロしたり、入植地の写真を撮っていたりしていたら、フェンスの向こうで一台の車がこちらをうかがいながらついてきているのに気づいた。
軍の車なのか、パトカーなのか。

a_DSC_0588_20140324014808b19.jpg

知らんぷりして歩くべきか、逃げるべきか。
とりあえず、歩みを止めて車の方を見つめた。

すると男性が車を止めて降りてきた。

あちらも、こちらも、相手がどう出るかうかがっている。

「ハロー」だったか「エクスキューズミー」だったか、どちらからともなく呼びかけた。

フェンスは二重になっていて、さらにその間には石垣がある。
男性と、わたしたちの距離は5メートルはあると思う。

a_DSC_0591_20140324014828057.jpg

そして、フェンス越しの奇妙な会話が始まった。

「ここで何してるの?」
「わたしたち、日本人でちょっと見に来たの。」

「どうしてイスラエルに来てるの?仕事?
 なんで写真撮ってるの?」

「ただの旅行で来てて、写真はプロじゃないよ。
 ここだけじゃなくていろんな国を旅行してるんだよ。」


「そっか。
 わかるよ、僕もいろんな国を旅行したから。
 外国でたくさん写真を撮りながら、旅してたんだ。」

「わたしたちもいろんな旅先でたくさんのイスラエル人旅行者に会ったよ。」

実際、イスラエル人のバックパッカーは多い。
徴兵が終わった若者が、貯まったお金でストレス発散の旅に出る。

フェンス越しの会話は続く。
彼は無線をもっていて、わたしたちがツーリストで日本人であることを相手に伝えていた。

a_DSC_0589_20140325010538be1.jpg

「あなたは兵士?」
「違うよ。
 ここの住人。
 こうやって住人が自警団となってここを守っているんだ。
 もちろん軍隊も守ってくれてるから、その点では安心なんだけど・・・。」


「この入植地には何人くらい住んでるの?」
「300家族、1500人が住んでるよ。」

こちらからは入植地の中の様子が見えない。
中はどんなふうになってるんだろう。
子どもたちが校庭を走り回っているような賑やかな声が聞こえてくる。

「学校があるの?」
「うん、そこが学校なんだ。
 小さな商店も2、3軒はある。」


フェンスのすぐそばに大きな建物があって、わたしたちはそれが何か気になっていた。
軍事施設にしては粗末なつくり。
でも、何かの機械音が途切れることなく聞こえている。

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「あの建物は何?」
「あれは工場なんだ。
 滑り台とかブランコとか遊具をつくっていて、ここから出荷してるんだよ。
 ここに働きに来ている人も多いんだ。」


「あなたは仕事してるの?」
「いいや。大学で工学を勉強してる。
 大学は入植地の外にあって、ここから通ってるよ。
 ここは、すごく住みにくいよ。」


そして、彼はこう言った。
「まるでここは、牢獄だよ。
 こんな風にフェンスで囲まれて。」


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彼は2歳のとき、エルサレムの近くの街からここに家族とともに引っ越してきた。
ここに住んで24年。

わたしたちはこれまでどんどん入植地が拡張され、新しい住宅地が造成されているのを見てきたから、入植地にはそんなに歴史がないと思い込んでいた。
彼のように入植地でずっと人生を送っている人がいることが意外だった。

「昔はね、ここも良かったんだよ。
 家畜が放し飼いにされていて、のどかな場所だった。
 それに、こんな風にフェンスなんてなかったんだ。
 自由にパレスチナ側に行き来できた。
 パレスチナの市場で野菜や果物を買ってたんだ。
 パレスチナのほうが安いし、あのときはすごく住みやすかった。」


彼が言うには、ここにフェンスができたのが1993年のオスロ合意の後らしい。
オスロ合意はイスラエルとパレスチナが結んだ協定で、イスラエルが入植地から撤退することなどが約束された。
オスロ合意のあともイスラエルは入植地から撤退しないばかりか、いまだに新しい入植地をつくり続けている。

オスロ合意のあとになぜフェンスがつくられたのか。
入植地を明け渡さないイスラエル側に対しパレスチナ人が抗議して襲ってくることを防ぐためなのかもしれない。

「この前もね、1、2か月前だったかな。
 パレスチナの男がこのフェンスを切って中に侵入したんだ。
 そして学校にいた10歳の女の子の首をナイフで切ったんだよ。 
 女の子は病院に運ばれて、命は取り留めたけど、恐いよ。
 犯人は逃げたからまだ捕まってないんだ。」


彼が「牢獄」と表現するこの場所。
敵対するパレスチナに囲まれて陸の孤島のようなこの場所。
パレスチナ人が襲撃するかもしれないという恐怖がつきまとうこの場所。

「だったら、なんでこんなところに住んでるの?
 イスラエルの領地に引っ越せばいいじゃん。」
そう思ったけど、その言葉をぐっと飲み込んだ。

彼にとっては、ここが故郷なのだ。
2歳からここに住んでいる。
「故郷から出て行けば?」なんて言えない。

でも、ここで育ちここに住むということは彼らにとっても不幸なことだ。
もちろん、領地を奪われているパレスチナ人にとっても不幸なこと。
だけどイスラエル政府はいまも入植地を造成し、税金の優遇など甘い誘い文句で若い夫婦や家族を入植地に引っ越させている。

無線で誰かが彼を呼んでいる。
きっと「外国人と何を話してるんだ。なにをいつまでやってるんだ。」って言われてるのだろう。

「Have a nice trip!」
「Have a nice day!」

お互いフェンスから遠ざかり、別れた。

複雑な気持ちのままフェンスのすぐ下の道路を歩いていた。
パレスチナ人家族が乗った車が通り過ぎた。
車はすぐに止まり、窓が開いて明るい顔で声をかけられた。

「ウェルカム トゥ パレスタイン!」
「サンキュー!
 ウィー アー ジャパニーズ ツーリスト。」


そして男性が言った。
「ウェルカム トゥ コカ・コーラ!」

ケンゾーと顔を見合わせた。
どういう意味?
家族は簡単な英単語しか知らない。

コカ・コーラ=アメリカ。
わたしたちをアメリカ人と勘違いしてる?
いや、でも日本人って言ったしな・・・。

そしてひらめいた。
「もしかして、これ『コカ・コーラでも飲みませんか?』って誘いよるんやない?」

とりあえず「イエス」と言ってみると、車は10メートル先の家の前で止まった。
ちなみに左の赤い屋根や鉄塔がイスラエルの入植地、車の右側が男性の家。

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自宅におじゃまするとコカ・コーラが出てきた。
ライスの上にチキンがのったパレスチナの名物料理もごちそうになる。

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右から2番目の男性がこの家族のお父さん、マンソールさん。

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マンソールさんの奥さんは学校の先生をしていて、少しだけ英語が話せた。
中東戦争のとき、奥さん一家はアメリカに逃げて今も親類がアメリカに住んでいるのだそう。

おいしいコカ・コーラと食事をごちそうになったので、子どもたちに折り紙を折ることにした。

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みんな折り紙に意欲的。
簡単なのを教えてたんだけど、難しいのにチャレンジしたがるんだよね。

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そして、自慢げにこんな本を持ってきてくれた。

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折り紙の本!!
だからみんな折り紙を見せても「あ!知ってる~」って感じの表情をしたんだね。

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天気の話になって「この辺でも雪が積もることもあるんだよ」って教えてもらった。
そしてFacebookに載せている雪の日の写真を見せてもらった。
見ていたら、ほかの写真でマンソールさんの手がとまった。

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「この写真は何ですか?」
「これは私の足だよ。
 銃で撃たれたんだ。」


「どこでですか!?」
「この部屋で、夜中寝てたときに。」

この部屋で寝ていたとき、いきなり銃弾が飛んできて足にあたり、片方の足を貫通。
もう一方の足にも銃弾がめり込んだという。

大手術をして、足にはボルトが入れられた。

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足には今でも傷跡が残っていた。

マンソールさんの家。
表には庭があって、少し奥まったところに家が建っている。
マンソールさんは玄関を入ってすぐの部屋で寝ていた。

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家の門から道路を挟んだ建物は入植地の建物。

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イスラエルとパレスチナの銃撃戦でたまたま弾が飛んできて犠牲になったのか。
それとも入植地に対面する場所に住んでいるこの家にむけてわざとイスラエル側が嫌がらせでやったのか。

真実はわからない。

でも、マンソールさんがいったい何をしたというのだろう。

この家にはかわいい子どもたちも住んでいる。

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「車で送っていくよ。」
そう言われたけど、悪いので断った。
するとみんなが家の外に出て見送ってくれた。

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丘を下って宿まで帰る途中、振り返るとマンソールさんたちの家が見えた。
そしてその家を見下ろすように塀に囲まれた入植地がある。

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入植地の中に住む人は言った。
「ここは牢獄みたいで、住みにくい。」と。

入植地の外に住む人は言う。
「寝ていただけなのに、銃撃された。」と。

でも新しい入植地はいまも造られ続けている。
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Comment

No title

なんとも言えない環境ですね。これこそまさに不条理ですね。
日本に住んでる私には到底考えれない重くて悲しい問題が他の国では起こってるんですね。
このサイトは旅の楽しさばかりでなく世界の現状が分かり勉強にもなりますね。
お二人が安全な旅になりますよう祈っております。

No title

いつも楽しみに読ませてもらっています。
イスラエルの現状、国家としてのイメージ、
パレスチナ側の声などはよく見聞きしますが、
パレスチナ自治区に住むイスラエル人入植者の
気分や雰囲気を垣間見たのは初めてでした。
それぞれが複雑な思いの中で生きているのですね。
とても勉強になる記事でした。
今後の旅の安全を遠くから祈っております。

かずあきさま

読んでいただいてありがとうございます。
純粋に当事者たちだけの問題ではおさまらず、アメリカなどの大国のエゴが複雑に絡んでいるので、なんともやるせない思いがします。

これからもわたしたちなりに見て感じたことを書いていきたいと思います。

tamaさま

コメントありがとうございます。

イスラエル・パレスチナ双方にとってネガティブな話を聞くと、「じゃあ変えればいいのに」と思ってしかたがないのですが・・・。イスラエル政府にとってはそう単純な問題ではないんでしょう。
イスラエルでもパレスチナでも、一市民が普通に暮らせる日が早く来てほしいです。

No title

ユダヤ人は先の大戦中にナチスの収容所で民族を絶滅させられかけた歴史があり、私は今までユダヤ人やイスラエルに対しては同情的でした。ですが、このブログでパレスチナ人の置かれている日常(新聞・テレビはほとんど放映しない内容)を知りユダヤ人への印象が大きく変わりました。先進国と変わらない社会・技術をもちながら、自分たちより弱い隣国には暴力的で、侵略することをためらわない、国際協定を平気で破る国家・・・それがイスラエルの姿でしょうか。
 イスラエル政府はパレスチナ人を完全に追い出すまで侵略行為を止めないでしょうが、追い出されたパレスチナ人たちはその後何もしないとでも思っているんでしょうか。彼らはいつか必ずイスラエル国内での大規模テロで報復すると思います。サリンガスくらいなら、ちょっとした資金と化学の知識があれば簡単に製造できますから。イスラエルはその時になって初めて気付くはずです。自分たちが今まで何をやってきたかを。
 

パパすけさま

わたしたちもアウシュビッツに行ったすぐあとにパレスチナを訪れたので、なんともやるせない気持ちでいました。たしかにユダヤ人の歴史は同情するに余りあるものだと思います。だからと言ってパレスチナに対して行っていることはとてもじゃないですが正当化することはできないですよね。
悲しい歴史が繰り返される前に、平和が訪れてほしいです。
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