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ケンゾー   イクエ


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胸が詰まる 楽しくない街歩き

2014.03.18 05:32|パレスチナ自治区☞EDIT
暑さよりも寒さに強いイクエです。
ケンゾーは寒いとテンションが下がってやる気がなくなるんだけど、イクエは暑いとイライラして眠れなくなる。

泊まっているゲストハウス。
猫のせいで鼻水やくしゃみが止まらなくなるし、ソファの上にも糞が落ちてるし、おまけに管理人はそうじができない人で管理人のかわりに片付けなきゃいけない。
それでもここに泊まる理由がある。

それは、宿泊者特典ナブルスツアーに参加できるということ。

この宿はNGOのHSAがやっていて、パレスチナの現状を多くの外国人に知ってもらいたいということでスタッフが無料で街案内をしてくれる。

案内してくれるのはエハブ。
エハブはここで働きはじめてまだ数か月。
でもその前も別のNGOで働いていて、ピエロになって病院を訪問し子どもの入院患者たちを楽しませる活動をしてたんだって。

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エハブは報道カメラマンでもある。
エハブのように本職ではないけれど、イスラエル軍が侵攻してきたときにはカメラマンとなるパレスチナ人たちがいる。
そして撮影したものを海外のメディアに売る。
突然イスラエル軍が襲ってきたときに海外のジャーナリストが現地に行くのは間に合わない。
カメラマンとしての腕は劣るかもしれないけど、それでもここで生活し街の様子を知っているパレスチナ人のほうが、いい写真を撮ることも多い。
エハブが言うには「自分たちのほうが恐れない。だから危ない状況でもどんどん前にいって撮影することができる」と言っていた。

(エハブの撮った写真)
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きょうエハブに案内してもらうのはナブルスの旧市街。
旧市街の入口にはモスクの塔、そしてその横には教会。

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エハブが言った。
「パレスチナではイスラム教徒もキリスト教徒も昔からいっしょに暮らしてるんだ。」

かわいい子どもたちが寄って来た。
学校が終わって、旧市街の家へと帰る途中。

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旧市街の建物は古いものばかりで雰囲気がある。
淡い色の石造りの建物が連なっていて、細い路地が入り組んでいる。

2002年、イスラエル軍はパレスチナ自治区へ大規模な侵攻をおこなった。
戦車やブルドーザーを連ねて街を壊しながら攻め入り、一般の人々を殺害している。
この旧市街も例外ではなかった。

エハブがまわりの建物よりも大きな家の前で足を止めた。

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「これはね、昔の地主のお屋敷だったところ。
イスラエル軍はここを占拠し、屋上から監視し住民たちを攻撃していった。」


壁に10代の青年の写真が飾られているところがあった。

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「この子のお父さんがこの路地でイスラエル軍に銃撃された。
倒れたお父さんのもとにこの子が駆け寄っていったんだ。
助けたいと思って。
そしてこの子もここで撃ち殺された。」


ただ血を流す父親のもとに駆け寄っていった普通の男の子。
なぜ殺されなければならないのか。

「どうして銃撃したのか?」とイスラエル軍に聞いたらなんて答えただろう。
「もしかしたら彼が武器を持ってたかもしれなかったから。」「若い男性だったからもしかしたらテロリストかもしれなかったから。」そんなふうに答えるのだろうか。

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「この場所でもね、次々に男性たちが殺されたんだ。
1人が撃たれ、それを助けようと駆け寄った男性が撃たれ、そしてまた彼らを助けようとした男性が撃たれ・・・。」


子どものころから親しい隣人が、大切な友人が、家族が、血を流して倒れたらー。
とっさに駆け寄る、それは人として自然な行動だ。

男性たちが銃殺された場所で、男の子たちが無邪気な笑顔を見せていた。
ここは子どもたちの遊び場でもある。

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「この広場では子どもたちがたくさん遊んでたんだ。」

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「でも爆弾が投げられて、11人の子どもや母親が亡くなった。」

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イスラエル軍は中に人がいる建物もおかまいなく破壊していった。
武器を持ったイスラエル軍は街を占拠し、生き埋めになった人たちを助けることさえできなかった。

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救急車で駆けつけた救急隊員も狙い撃ちされて殺された。

旧市街は昔から店が建ち並び、人々が暮らし、活気ある場所。
歴史と文化が受け継がれている場所。

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「この辺りには250年前の古い建物が集まっている。
いまのイスラエルが建国されるずっと前から。」


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「だけどイスラエルはそんな建物を狙って破壊したんだ。
歴史的に価値のある古いモスクも壊された。
イスラエルはパレスチナの歴史を壊したがっているんだと思う。」


ユダヤ人にとっては、イスラエルのこの地はユダヤ人が住むべきところ。
でもそこにはユダヤ人が建てたものではない、数百年前に建てられた建造物がある。
ここでパレスチナ人が昔から生活し、文化を築いてきたことを証明するかのような古い建物たち。
そんな建物を破壊して、パレスチナ人の歴史を無かったことにする。


「2002年、イスラエルがこの旧市街を占領したとき、ここに住む人たちは家から出られずに閉じ込められた。
そしてイスラエル軍はそれぞれの建物の上にある貯水タンクを銃撃したんだ。
人々は身動きがとれないなか、水も食料も尽きたんだ。」


(このあとオフィスでこのときのDVDを見せてもらった。
海外のNGOのメンバーが、イスラル軍が闊歩するなか一軒一軒民家をまわり水や食料を配っていた。
今回お世話になっているHSAのワディジも活動に参加していた。
けれど民家に居座っているイスラエル兵に住人との接触を拒まれることも多く、水や食料を渡せないこともあった。)

旧市街のなかにある、石造りの施設。
「このなかには給水システムがあるんだ。
この貯水槽から旧市街の各家庭やお店に水が運ばれる。」


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「イスラエル軍はね、この施設の水に毒を入れたんだ。
それをみんな知らずに飲んで病気になった。
これは戦争犯罪だよ。
もっと問題にされるべきなのに。」


パレスチナの大地にはオリーブの木が茂っている。
オリーブオイルやオリーブ石けんはパレスチナの名産品。
旧市街にあるオリーブ石けんの工場を2つ案内してもらった。

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建物が密集する旧市街のなかに、ぽっかりとスペースのあいた場所があった。
駐車場となっている。

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「ここには大きなオリーブ石けんの工場があったんだ。
でも2002年にイスラエル軍が破壊した。
イスラエル軍の言い分は『この工場には爆弾があるかもしれない、化学物質があるかもしれない』。
ただの石けんの材料しか置いてなかったのに。」


旧市街のオリーブ石けんの工場は以前は36もあったけど、イスラエル軍に破壊されて現在は5工場だけ。

オリーブオイルの会社も、現在は輸出することが難しくなって経営破綻したところもあるのだそう。
なぜならパレスチナ自治区から海外へ運ぶ場合、イスラエル軍のチェックポイントを通らなければならないから。
真夏にオリーブオイルをトラックに詰め込んで、いざチェックポイントを通過しようとするとイスラエル軍に止められる。
「ここからは出られない。別のチェックポイントに行け。」
そう言われてチェックポイントを渡り歩くはめになる。
いざチェックポイントを通過しようとすると何時間も何日も待たされる。
するとオリーブオイルが運ばれるまでに数か月もかかり、品質が劣化したり賞味期限が切れたりして売り物にならなくなる。

そんな被害も含めると、現在もイスラエルの占領は広い範囲で続いている。
パレスチナ人を直接殺すことはしなくても、パレスチナ人が生きることを難しくさせている。

エハブと話しながらオフィスに戻っていると、ふとワディジの話になった。
いつも明るくて笑顔でMr.ビーンみたいなワディジ。

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エハブが言った。
「ワディジも撃たれてるからね。
2002年にイスラエル軍がやってきたとき、足を撃たれたんだ。」


「えっ!
どうして!?」


「イスラエル軍が占領して、住民たちが家から一歩も出られなくなったとき、そんな人たちのためにワディジはみんなにパンを配ってたんだ。
そのとき足を撃たれたんだ。

だからこの当時を撮影したDVDを見るのをワディジは嫌がるんだよ。
この話になると、今でも泣いちゃうんだ。」


そんなことをわたしたちには微塵も見せずに、いつも冗談を言うワディジ。
胸が詰まりそうになる。
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Comment

パレスチナ

今日もありがとうございました!!
!パレスチナ問題をはじめて身近に感じました。アメリカはなぜイスラエルの味方をしているんだろうと考えていました。こちらのblogでは日本のニュースでは知ることができない世界の状況がわかって本当にありがたく思っています。でも、くれぐれも気をつけてください。

いつも楽しみに見ているお二人のブログですが
ここ数日、何だかすごく胸につかえるものがありました。
今日は、 自ずと涙が流れてしばらく止まりませんでした。

悲しい現実の中で日常を送る人達。
そして、その事を知らなかった私。

直接何もできないけれど、
お二人のおかげで現実を知ることができました。
何かできないかなと考えますが
まずは、知ることからはじめようと思います。
どうか、お二人もお気をつけて旅をされてください。

No title

パレスチナの実態を知り、心がギューっと締めつけられました。

アウシュビッツの記事を読んだ頃からずっと考えていたのですが、
人間は生物の本能として、自分のテリトリーを守る為に戦う性質を
持っているのかもしれませんね。
そうだとしたら、その性質が退化するまで、世界中の人々が本気で
”心を鍛える”事が戦いを終わらせる最善の方法かもしれません。

いま私は子育てや仕事で追われていて、大好きな旅に出られる状況にないため
お二人のブログを読むことが毎日の楽しみになっています。
どうかこれからもお気をつけて旅を続けられるよう、お祈りしています。

No title

なんて言ったらいいかわからないです。。
こんな感じだったんですね。
パレスチナに平和が訪れることを願います。

ケンゾーさんとイクエさんのブログを読むとすごく旅行したくなります。
生きて帰ってきてくださいね。

No title

とても興味のある内容でした。
イスラエルサイドから見たお話があれば記事にしてくださると幸いです。
パレスチナ人に酷いことをされたイスラエル人も多いと思いますので。
お気をつけて旅行してください。

京子さま

いつも読んでいただいてありがとうございます。
きっとアメリカが動けばパレスチナ問題も少しは改善するんでしょうけど、毎年相当な金額の軍事援助をしているくらいですから、アメリカに期待するのは難しそうですね。

wendysさま

コメントありがとうございます。
パレスチナの現実を知れば知るほど悲しみと怒りが込み上げてきます。そして余りにも直面してる問題が大き過ぎて何もできないことに失望してしまいます。
どうすればいいのか分からないけれど、おっしゃる通り知ることからはじめないといけませんね。

おかやんさま

子育て&仕事おつかれさまです。
「人間は本来戦う性質を持っている」・・・そうなのかもしれませんね。
だとしたら、ユダヤ人もアラブ人もパレスチナの地でおよそ2000年間うまくやってきたことは奇跡的なことだったんですかねえ。個人的にはイスラエル次第だと思ってるんですが・・・。

naokiくん

大丈夫大丈夫、ぜんぜん危険なことはしてないので。笑
パレスチナは旅先としてかなりお勧めするよ。人との触れ合いにずっぽりはまりたいなら最高の場所だよ。naokiくんの好きな石造りの建築物はないけどね。笑

shincoさま

コメントありがとうございます。

パレスチナ自治区が戦場になっているけれど、イスラエルの領土が戦場になることはない、という事実が理不尽なパレスチナの現実を物語っていると思います。
たまに自爆テロで対抗することもありますが(もちろん肯定している訳ではありません)、イスラエルが圧倒的な軍事力で一方的に侵略・迫害しているのが事実です。
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