Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
プロフィール

ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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日本


ジェニン難民キャンプ 異常な日常

2014.03.16 05:35|パレスチナ自治区☞EDIT
寒すぎてスーパーに行く以外は外出せず3日間宿でぐうたらしていて、下着以外服を替えてないイクエです。
現在地ヨルダン「ひょう」が降っています。

ジェニンの夜が明けた。
夜ずっと銃声と爆発音のようなものが響いていた。
あれはなんだったのだろう。

宿の屋上から街を見ると、何事もなかったかのように日常が流れていた。
銃声のようなものはあちらの難民キェンプの方角から聞こえていた。

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宿のマネージャーのアイマンに聞いた。

「きのう夜にバババババンって銃声のようなものが聞こえたんだけど。」

アイマンは顔を曇らせてうつむいた。

「うん、毎晩だよ。」

「毎晩って?」

「夜になるとイスラエル兵が難民キャンプにやってくるんだ。
 そして銃撃してパレスチナ人を捕まえて夜が明ける前に帰っていく。」


「え!? どうして?
 そもそもここはパレスチナ自治区。
 勝手にイスラエル兵がやってくるのは違法なはずだよね。」


「彼らにはそんなの関係ないから。」

「それに対してパレスチナ軍は何もしないの?」

「うん、できないよ。」

イスラエル軍は夜になるとジープ5台くらいでキャンプに乗り込み、家を銃撃する。
そして「テロリスト」や「イスラエルに反撃した」などと適当な理由をつけて難民キャンプの男性たちを逮捕していくのだという。

こんなことがまだ行なわれているというのに、どうして国際社会はイスラエルを非難しないのだろう。

イスラエルが毎晩やっている行為は、いじめとしか思えない。

兵士たちがうっぷんばらしにやっているのか。
パレスチナ人の安眠を妨げ、プレッシャーをかけてここから出て行かせたいのか。
パレスチナ人が反撃するのを期待してパレスチナ人を挑発し、反撃されたらそれを口実に徹底的にパレスチナを攻撃しパレスチナを負けさせて領土をとりたいのか。

毎晩イスラエル軍の攻撃に怯えなければならない難民キャンプ。
どんなところなのだろう。

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パレスチナ人の顔写真のついたポスターが、キャンプ内の壁に貼られている。
これはイスラエル軍に殺された人たちのポスター。
まるでヒーローのよう。
若い青年の写真も目立つ。

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ジェニンの難民キャンプは1km四方。
ここで1万5千人を超す人たちが生活している。

結婚して、子どもを生んで。
キャンプの人口はどんどん増えていき、狭い場所に新たな家を建てたり増築したり。

だから家が密集している。
細い路地が建物の間を縫うように通っていて迷路のようになっている。

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難民キャンプは子どもたちであふれていた。
人懐っこくて、外国人のわたしたちを見つけると寄ってくる。

「What's your name?」
「Welcome to Palestine!」


得意げに話しかける子もいれば、恥ずかしげに友だちの後ろから話しかける子もいる。

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「外国人が歩いている」とうわさを聞きつけたり、家の窓からイクエとケンゾーの姿を見つけて駆け寄ってくる子どもたち。
「写真撮って!」と言ってくる。

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あれ? 後ろから同じような子が。

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かわいいねえ。

子どもだけではない。
難民キャンプで生活し、キャンプ内に店を構える人たちが店の中や外からこちらを見てにっこりほほえむ。

雑貨屋さんも野菜屋さんも床屋さんも服屋さんも・・・。

手招きして「お茶でもいれようか」と言ってくれる。

このお店でも手招きされた。

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パレスチナのサンドイッチ、ファラフェルのお店。
豆をつぶして揚げたコロッケみたいなものと野菜が入っている。

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ごちそうしてくれた。
おいしい~!

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てくてく歩いていくと男の子たちが集まっている場所があった。
「come come!!」

インターネットのゲームセンター。

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どんどん男の子たちが集まってくる。

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ゲームに興じている男の子たち。
でもそのゲームがやけにリアルだった。

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入り組んだ路地の建物に潜む。
向かってくる敵を銃撃していく。

日本の子どもたちにとっては単なる空想の世界のゲームだけど、この子たちにとってはこんな現実をこの目で見てきている。

家族や友だちをイスラル軍から撃ち殺された経験をもっている子もいるだろうし、将来は銃でイスラエル軍をやっつけたいと思っている子もいるだろう。

日本の子どもたちにとってはただのゲームの世界が、この子たちにはリアルな世界なのだ。

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難民キャンプを歩くと、いたるところに銃弾の跡がある。

かわいくて元気な子どもたちに囲まれて、優しい笑顔の大人たちに「ウェルカム」と言われて、こころはあたたかくなる。
だけどそのいっぽう、目の前の人たちがイスラエル軍に日常を壊されていることを想うと、その理不尽な現状に納得できず胸がざわつく。

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家の屋上にいた2人の青年が、通りを歩いているわたしたちを発見し大声で呼び止めた。

家に入ってきてって言ってるようだった。
にぎやかな兄弟。

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どろっとしていて濃い味が特徴のアラビアンコーヒーをいただく。
姉妹もいるそうだけど、いま家にいるのは男兄弟ばかり。
そんなにぎやかな子どもたちのお母さんは、笑い上戸の陽気な女性。

子どもたちやわたしたちが何か話すたびに手を叩いて大笑い。
それにつられてみんなも笑う。
お母さんは何がそんなにおかしいのかわからないけど、手を叩いて笑う。
部屋には笑い声が絶えない。
お母さんがこの家を明るくしている。

「ほんとに明るいお母さんだね。」
「お母さん、おもしろいね。」

ケンゾーと笑いながら言いあった。

家の中を見せてもらった。

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1階は居間と台所、2階は子ども部屋と寝室、そして屋上。
屋上には鳩小屋があった。

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この鳩、育てて食べるんだって。

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屋上の壁には気になる跡があった。

「あれも銃痕かな。」
「え、違うやろ。」

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「うん、銃弾の跡だよ。」

兄弟たちが普通の顔をして答えた。

「そこの向かいの建物にイスラエル軍が上ってきて、あの窓からこっちを狙って撃つんだ。
だからこっちだって撃ち返す。」


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ここに住むパレスチナ人も何人かは自衛のための銃をもっているようだった。

「だからイスラエル軍はお兄ちゃんを逮捕したいんだよ。」
下の子がちょっと自慢げに言った。

それにしてもこんな至近距離で銃撃戦をやるなんて。

相手は防弾チョッキを着て最新の武器をもち、完全武装している。
こっちは訓練も何もしてない一般人。
たとえ銃をもっていたって、話にならない。
リスクがありすぎる。
そんな危ないことしてほしくない。

上のお兄ちゃんは21歳とは思えないほど、落ちついていて何か達観しているような感じだ。
いざというとき、命を失う覚悟もできているのかもしれない。

イスラエル軍と銃撃戦をするというお兄ちゃんに聞いた。

「あなたが兄弟で一番上? 長男だっけ?」

「ちがうよ。」

「じゃあ、一番上のお兄ちゃんは?」

「死んだよ。
 イスラエル軍に殺されて。」


とても衝撃的なことを兄弟たちはさらりと言った。

「だったら反撃なんて死ぬかもしれないこと、やらないで」心ではそう思った。

でも兄弟たちがイスラエルを相手に自分の命を顧みずに反撃することを、簡単にはやめさせられない。
だって大切な家族が殺されているから。

そして毎晩のようにイスラエル軍が難民キャンプに乗り込み、一方的に襲撃する。
その悔しさをどこにぶつけたらいい?

それをそのまま何もせずに我慢しておけとは言えない。

そして思った。
すぐに大笑いする明るいお母さんのことを。
とても切なくなった。

自分の息子が殺されて、そしてほかの息子たちもいつ殺されるかもわからない不安と恐怖。
だけど母としてお兄ちゃんを殺された息子たちの悲しみと悔しさも痛いほどわかる。
だから子どもたちに「危ないことをしないで」とも言えない。

ただ母としてできることは、そんな不安な気持ちを表に出さずにできるだけ陽気にふるまい楽しく明るい家庭にすること。

「ジェニンに泊まってるんだったら、ホテルじゃなくてきょうここに泊まっていったら?」と家族に誘われた。

ありがたいお誘いだったけど、いったんお断りして「またあしたも来るので!」と言って家を出た。

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難民キャンプは、ここに住む人たちの日常生活の場。
だけど、やっぱりここは異常な場所なのだ。

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果物屋さんの上に、命を落とした青年たちの顔写真が並ぶ。

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「あした、あの家にホームステイさせてもらう?」
「うーん、どうしようか・・・。」

こんなとき、いままでわたしたちは迷わずお宅におじゃますることを選んでいた。
だけど今回はそうはいかない。
昨夜聞いた銃声と爆発音がよみがえる。

「今夜もイスラエル軍がやってくるかな。
 たぶん、あそこに泊まらせてもらったら怖くて寝られんと思う。」

「うん、たぶんイクエは眠れんやろうね。」
「もし夜中にイスラエル軍があの家に入ってきたらなんて言う?
 『ジャパニーズ!』って叫んだら殺さずにいてくれると思う?」


そんな保証はなかった。
そもそもイスラエルは外国人がパレスチナ自治区に入ることさえ嫌っている。
入国のときに「パレスチナに行きます」なんて言ったら、簡単には入国を認めてくれないし、イスラエルを出国するときもパレスチナで撮った写真が見つかれば消され、長時間拘束される。
外国にパレスチナの実状が知れ渡るのをイスラエルは恐れている。
だからジェニンの難民キャンプにホームステイなんてしてるわたしたちはイスラエルにとってはじゃまでしかないはずだ。

「泊まらせてもらうのはやめよう。
 ゲストハウスに戻ろう。」


ゲストハウスに戻ると、ボランティアに来ているオーストリアの女の子が溜め息をついていた。

「どうしたの?」
「オーストリアの大使館から連絡が入った。
イスラエルがパレスチナに通じる道路を爆破したので、危ないからすぐにパレスチナ自治区を出るようにって。
あした大使館から車をそっちに派遣するからそれに乗ってパレスチナ自治区を脱出するようにって。」

イスラエルが爆破したという道路はここからは遠い自治区の南のほうで、エルサレムに近い場所だった。

「でもここからかなり距離があるし、夜に難民キャンプが襲撃されること以外は安全な場所だよ。
で、どうするの?」

「もちろん、ここからまだ離れるつもりはないって断った。
きっとイスラエル政府がオーストリア大使館に指示を出したんだよ。
外国人にパレスチナでボランティアしてほしくないから。」


「でも、イスラエルはどうしてあなたがパレスチナにいるって把握してるの?」
「イスラエルは強力なコンピュータシステムをもってるんだよ。
ハッキングにも対応できるし、逆にハッキングもしている。
わたしがここにいるのはすぐにバレるよ。」


彼女は1年前にもパレスチナにボランティアで訪れていて、そのときから目をつけられているらしい。
彼女はオーストリアに住んでいるけど、母親はトルコ人でトルコ国籍ももっている。
同じようにトルコ大使館からも連絡がきていた。

宿にはドイツ人の2人組の女の子も滞在していた。
その子たちにもドイツ大使館から同じように連絡がきたらしい。

(ほかの国の大使館は、フォローがしっかりしていると思った。
日本だと海外渡航情報で「渡航の延期をお勧めします」とか「渡航の是非を検討してください」などと警告はするけど、その後のケアはあまりない。
しかも万が一何か起こったら「警告を無視して危ないところに行くのが悪い」「政府に迷惑をかけて」とバッシングを受けることもある。
いっぽうほかの国の政府は外国に行きたいという国民の意志を尊重し、なおかつ何か起きたらしっかりフォローをする。
そして万が一危ない国で被害にあった人がいたら世論はその人に同情するけどバッシングなんてしない。
この価値観は日本とはだいぶ違うと思った。)

結局みんな大使館からの要請を断り、出て行くことはしなかった。

その夜、イスラエルの襲撃はいつにも増して激しかった。
イスラエルはこのことが外国人に知られたくなかったのかもしれない。

パン パン パン!
バババババン
ドォーン


立て続けに銃声や爆発音がする。

きょう難民キャンプで出会った人たちは無事なんだろうか。
気になってしょうがない。

ドミトリーは男女別でケンゾーは隣の部屋で寝ていた。
同室の他の女の子を起こさないように、ベッドを抜け出し1人で屋上へと上がった。

ここから難民キャンプまでは1キロも離れていない。
屋上からはキャンプが見える。

屋上には先客がいた。

ケンゾーだった。

音だけが聞こえて、キャンプから火の手が上がっている様子はない。
銃声や爆発音から、パレスチナ側は反撃しておらず、一方的にイスラエル側が襲撃しているのがわかった。



銃声に混じって、気が狂ったような男たちの雄叫びや笑い声が聞こえる。

まるでゲームでも楽しむかのように、意気揚々と襲撃する若いイスラエル兵たちの姿が目に浮かんだ。
そして、そんなイスラエル軍が去るのをただ布団にくるまって耐え続けるパレスチナ人たちの姿も想像できた。

「きょう、あの家に泊まってたらどうなってただろうね。」
「・・・うん。」

別の方角から車が近づいてくるのがわかった。
数台の車が猛スピードで下の道を走り抜けた。

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パレスチナ軍の車だった。
キャンプのほうに向かっている。

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でもパレスチナ軍は反撃をしない。
とういうか、できない。
反撃をしたら、完全武装のイスラエル軍はこれがチャンスとばかりにもっと激しい攻撃をするだろう。
イスラエル軍の挑発にのってはいけない。
きっとパレスチナ軍は難民キャンプをバンでまわり、イスラエル軍をけん制することしかできない。

銃声は続く。
でもこのパレスチナの街は沈黙を守りつづけている。
銃声と雄叫びに、眠りを邪魔された鶏だけが鳴いている。

どうして?

空には星が出ていた。
そこだけはきれいだった。

でも生まれて初めて、星が恨めしいと思った。
こんなときに、なんで星だけがいつもとかわりなくのんきに輝いてるんだろうとイライラする。
静かに、まるで何事もないかのように瞬いている星に違和感を感じた。

外はものすごく寒くて、毛布にくるまりながらキャンプの方角を見つめていた。
体が震える。
寒さで震えているのか、それとも目の前の現実に震えているのか自分でもわからなかった。

辺りが静かになった。
それぞれベッドに戻った。

朝が来て、街はいつも通りだった。
難民キャンプに行って、きのうおじゃました家に行くときのうと同じようにみんなが笑顔で迎えてくれた。
ほっとした。

「きのうの夜、襲撃ひどかったでしょ。」
「うん、うん。」

特別なことではないかのような反応。

どうか、死なないでほしい。
こころからそう思って、みんなに笑顔で別れを告げた。

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「普通なら、あんなに襲撃されるのに『うちに泊まりにおいで』なんて誘えんよね。
でも、あの人たちにとってはそれが日常だからなんのためらいもなく『おいで』って言えるんだろうね。」


ケンゾーが言った。

でもそんな襲撃が日常になってはいけない。

どうして世界はなんにもしてあげないのだろう。

パレスチナにいると歯がゆい気持ちでいっぱいになる。

Comment

他山の石

貴重な体験のご紹介ありがとうございます。
個々のイスラエル兵の判断でしている事ではないでしょうね。
勝手にやっているのであれば軍規が緩み過ぎだし、イスラエル軍はそうではないはず。

極論を言うと、パレスチナが非力なのがいけないんですよね。
話し合う気がない相手に話し合おうと言っても無駄。
話し合いを主張する政治家にはパレスチナ難民キャンプにホームステイを命じたい。

日本人も中国からの侵略に本気で備えないと100年後にどうなっているやら。
国際社会なんて当てにならない。
そして、中国はイスラエル程優しくない。

日本に相手を占領する戦力はいらないけど、敵基地を破壊できるだけの戦力は早急に整備せねば、と改めて思いました。

No title

ケンゾーさん、イクエさん、初めまして。
いつも楽しく拝見してます。初めてコメント書きます。

読んでて涙がでてきました。
胸が痛いです。

お二人もくれぐれも気をつけてくださいね。

こんにちわ

イクエさん、ケンゾーさん、いつも楽しみにして見ています。
パレスチナの状況がとてもよく伝わりました。私は2年前にイスラエル、パレスチナにツアーで行きましたが、そんな感じは微塵も感じませんでした。それどころか、イスラエルの日本人ガイドはパレスチナがガス弾を打ってきてガスマスクを2回も着用した話を聞かされたぐらいです。
どうして日本は正しい報道をしないのでしょうかね。私もパレスチナの方々にとても親切にされました。私も一日も早くパレスチナに平和が訪れるよう、祈っています。お二人も気をつけて旅を続けてくださいね。

Popote さま

ご覧いただいてありがとうございます。
難民キャンプの侵攻は個々の兵士の判断ではなく、組織の司令でしょう。
だけど襲撃の仕方については委ねられてるのかもしれませんね。
何かあったとき幹部としては「見回りに行けとは言ったが、人を狙い撃ちしろとは言ってない。」とか「誤爆」とか何とでも言えますからね。

イスラエルは武力を惜しみなく使えるから、毎晩襲撃しています。
もしパレスチナも武力を惜しみなく使えるようになったら、ジェニンは戦場と化し、街は瓦礫の山となりより多くの命が失われる危険があります。
そうあってほしくないです。

chobiさま

初コメントありがとうございます!

日本人のわたしたちが理解するのはなかなかハードルが高い問題ですが、いっしょに考えていただけると嬉しいです。もうしばらくパレスチナの記事にお付き合いをお願いします。

hitomi☆さま

いつも読んでいただいてありがとうございます。

のちのちお伝えしますが、イスラエルによって不法占拠されているパレスチナ自治区で「Free Israel」という標語をよく見かけました。この一言が今のイスラエルの考え方、主張を端的に言い表していると思います。
イスラエル建国前までのおよそ2000年間、ユダヤ人もアラブ人もこの地で共生していたのに、どうしてこんな悲しいことになってしまったんでしょうかね。

No title

はじめまして!
以前からちょくちょく覗いていたのですが、最近のパレスチナの記事たち、今までで一番好きです。
この記事には泣いてしまいました。
自分も一方的な攻撃に苦しめられるパレスチナ難民たちに同情するし、何とかしたい。この地に行く以上はNGOやボランティアを訪ねるのは、ある意味、義務のような気すらします。ただ、その一方でイスラエル批判ばかりになるのも良くないのではと思います。
殺される人も、銃撃する人も、多くは無邪気な若者や「善良な」市民たち(休日は家族と団欒するような。)なんじゃないでしょうか。
今回の記事が素晴らしいのは、パレスチナで苦しむ難民の生活や気持ちをしっかり伝えてくれたことだと思います。
すると、次に気になるのは、攻撃する側のイスラエルの兵士たちはなにを思っているのか、彼らの気持ちにも近付いて、同様に理解したいなあと思いました。
お二人ならこの世界が善悪二元論のような単純な話で動いていないことなど百もご承知でしょうから、ぜひ攻撃する側の人たちの心にも迫ったご意見なり感想なりを書いてほしいなあと、勝手に期待しています。
パレスチナ、私も必ず行きます。
世界の平和を願って。
そして Bon Voyage!! :D

みゅんへん さま

お読みいただいてありがとうございます。

おっしゃる通りですね。
わたしたちがイスラエルに行ってカルチャーショックを受けたのはとても平和で人々も穏やかでにこやかで、相手の心情を思いやることが上手で優しかったことです。
だから、この街になら住めるなとも思いました。

一番問題なのは、イスラエル人がパレスチナの現状を知らなすぎること、イスラエルがパレスチナに行っていることは一握りのイスラエル人しか知らないことです。
外国人がパレスチナで撮った写真を国外にもちだすことですらイスラエル政府はよしとしません。
民主主義国家なのに、情報統制や誘導は中国より酷いんじゃないかとふたりで話しています。

もっとこれがイスラエル国民に伝わればきっとおかしいと言うイスラエル人が増えることでしょう。

パレスチナへの侵略に反対するデモに参加するイスラエル人もいますがわずかです。

お互いが共存できる道があると信じたいですね。