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2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


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イスラエル軍のジェニン侵攻は続いている

2014.03.15 06:21|パレスチナ自治区☞EDIT
きょうキッコーマンの醤油を買ったイクエです。
外国ではキッコーマン以外の外国メーカーの醤油が安いんだけど、いざそういう醤油を使ってみると「え!?これ本当に醤油?何からできてるの?」って味に幻滅することもしばしば。
やっぱりキッコーマンが間違いないんだよね。

イクエとケンゾーにとってはじめてのパレスチナ自治区の街、ジェニン。

国際的には「パレスチナ」は正式な国家として承認されていない。
だからパレスチナを旅行するとき、わたしたちのパスポートにパレスチナの入国スタンプが押されることはない。
そのかわり「パレスチナ」を旅行するなら、イスラエルに入国する必要がある。
なぜならパレスチナはイスラエルのなかに存在しているから。

パレスチナ1

だけど、この街に来て思った。

ここはイスラエルとはまったく異なる、独立した「国」なのだと。

イスラエルとは言語も宗教も文化も、人々の顔つきも違う。
街の雰囲気もがらりと異なる。
ヨーロッパのどこかの国からアラブの国にやって来たのと同じくらいの変わりよう。

それなのになぜパレスチナは「国」ではなく「自治区」なのか。
ごくごく簡単に説明すると・・・。
(複雑な歴史や各国の思惑が絡んでいるので、単純化して説明するのは無理があるのを承知で書きます。)

今から70年前まではいまのイスラエルとパレスチナ自治区の広範囲にパレスチナ人が住み、自分たちの生活をしていた。

しかし1948年、ユダヤ人たちがこの場所にイスラエルを建国した。

なぜパレスチナ人たちが暮らしていた場所に、わざわざイスラエルを建国したのか。

ユダヤ人とはその名の通りユダヤ教を信仰する人たち。
もともとユダヤ教は今のイスラエルの場所で発祥し、紀元前1000年ごろにはここにユダヤ人たちが暮らしイスラエル王国がつくられていた。
けれどまわりの国が攻め入り、西暦130年ごろにはユダヤ人の国は滅亡。
彼らはほかの国へとばらばらに避難し、それから自分たちの国をもつことがなかった。

ヨーロッパなどの各地で暮らしていたユダヤ人。
少数派として暮らしている国で差別を受けたり、ナチスドイツからは虐殺もされた。

そんななかユダヤ人たちから「シオニズム運動」と呼ばれる動きが起こった。
「自分たちの国家を建設しよう!
 自分たちのもともとのふるさとはパレスチナにあるイスラエルの地だ!」

そして1948年にイスラエルが建国された。

ヨーロッパやロシア、アメリカなどで暮らしていたユダヤ人たちがイスラエルに集結しイスラエル国民となった。

だけどここにはイスラエル王国が滅亡してから2000年間生活を営んできたパレスチナ人たちがいる。

そこでイスラエルが建国されるとき、国連では56.5パーセントの土地をユダヤ国家(イスラエル)、43.5パーセントをアラブ人の国家(パレスチナ自治区)と決めた。
人口ではこのときパレスチナ人のほうが3倍も多かったのに、ユダヤ人の国土のほうが広くなった。

けれどそれに飽き足らずイスラエルはどんどんパレスチナの土地に侵入し、国土を広げていっている。

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(緑の部分がイスラエルの支配が及ばないパレスチナ地域)

現実味のない話だけど、日本に当てはめてみるとしたらー。

「弥生時代のころ日本にはXX王国があった。
XX王国は2000年前に滅びたけれど、いま世界中にXX人が散らばって生活している。
だからこれからXX人が日本に引っ越してXX王国をふたたび日本につくります。」

そう言われて日本の国土の半分以上を奪われ、そこに住んでいた日本人が追い出されるようなもの。
日本人にしてみれば到底納得できないけれど、力をもったアメリカやイギリス、それに国連までXX王国の建国を認めたらなす術がない。

泊まっているゲストハウスのアイマンがジェニンの街を見下ろす高台に案内してくれた。

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「あそこに丸い屋根のモスクが見えるよね。
そこを境にして向こう側にビルのようなものが建ち並んでいる。
そして手前側に低い建物が密集している。
その低い建物が密集しているところが難民キャンプなんだ。」

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「難民キャンプ」と聞いて、思い浮かべるもの。

何もない空き地のような場所にたくさんのテントが建ち並んでいるところ。
人々が命からがら逃げてきて、とりあえず身を休めることができる簡易の宿泊施設。

パレスチナの難民キャンプはそうじゃなかった。
コンクリートの家が建ち並び、難民キャンプ内にお店や食堂もたくさんあって街のようになっている。

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「なあんだ、パレスチナの難民キャンプって劣悪な環境じゃないんだ。
難民っていっても、みんな家をもってふつうに生活してるじゃん。」

そんなふうに思うかもしれない。

だけどこれこそが悲劇なのだと思う。

この難民キャンプに住む人たちは、イスラエルが建国された1948年以降イスラエル側に自分たちの家や土地を奪われ難民となり、ここに逃げてきた人たち。

最初は、ここはわずかな間だけ身を寄せる場所のはずだった。
「すぐに、帰れるだろう」そう思って、ここで避難生活をしていた。
だけど10年経っても20年経っても帰れない。

仮の住まいがコンクリートの家へと変わっていった。
「きっとそのうち帰れるはず」。
30年が経ち、ついには60年も経ってしまった。

難民キャンプは、いまや住宅密集地のようになってしまった。
故郷に帰る夢が叶わずここで亡くなった人たちも多い。
この難民キャンプで生まれ祖父母や両親の故郷を知らずにここで育っている子どもたちもいる。

そしてこの場所が一般的な「難民キャンプ」とは違う点がもうひとつある。

故郷を追われ、命からがらやってきた人たちがたどり着く難民キャンプは、敵からの攻撃の心配がない安全な場所にあるべきはずだ。
けれどこの難民キャンプにもイスラエル兵が侵攻し、キャンプを破壊し、そしてパレスチナ人を殺している。

アイマンが言った。
「2002年にはイスラエル軍のタンクやブルドーザーがやってきて次々に家を破壊していった。
そしてここに住む一般の人たちが殺されていった。」


ジェニンの虐殺。

2002年の4月、イスラエル軍はパレスチナ各地に侵攻し街を破壊し市民を殺害した。
そのなかでもジェニンはとくにすさまじかったことは、その当時日本で聞いていた。

イスラエル側とパレスチナ側で主張する犠牲者の数は異なるけれど、ジェニンでは少なくともこのときだけで50人から60人が軍用ブルドーザーで下敷きにされたり銃撃されたりして亡くなった。

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そのときからきょうまでにジェニンの街と周辺の村でイスラエル軍に殺害された人たちは、600人とも言われている。

そして今も夜中になるとイスラエル兵たちがやってきて、キャンプを銃撃している。

2002年当初はジェニンの惨状を日本で知るにつけ、心が重くなっていた。
だけどそれから10年以上が経ち、ジェニンのことを耳にすることもなくなったし、ジェニンのことを忘れてさえもいた。

だけどイスラエル軍の攻撃は今でも続いている。
そして今でもパレスチナ人が殺されている。

完全武装でやってくるイスラエル軍に対し、キャンプに住む若い青年たちが反撃することもある。
でもパレスチナ人は銃をもっているだけで、「テロリスト」と見なされその場で撃ち殺される。

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キャンプに面した場所にある墓地。
隙間がないほどお墓が並んでいる。
穴が掘られたままの場所を見ると、新たな死者を待ち受けているようで胸が騒ぐ。

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パレスチナにきて意外だったことがある。
それはパレスチナ軍やパレスチナ兵をほとんど見かけないということ。

イスラエルでは大きな銃を肩にぶら下げたイスラエル兵が街の中をうろうろしていた。
一日に数十人は見る。

臨戦態勢だったイスラエル。
だから当然パレスチナも、と思っていた。

だけどパレスチナの街では交通整理をしている警察官を見るくらい。

街を歩いていて、やっと兵士を見つけた。

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ほかのパレスチナ人と同じように「ウェルカム トゥー パレスタイン!」。
5人組の兵士たちは道端で紅茶を飲んでくつろいだあと、車に乗り込んだ。

車は軍用とは言えないふつうのバンのようなものだった。

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戦場になっているのはイスラエルではなくパレスチナ。
だけど軍の武装や監視体制はイスラエルのほうがものものしく、パレスチナのほうが平和な日常の時間が流れている。

「パレスチナ」といって思い浮かべるもの。

荒涼とした大地に、木造のほったて小屋のような家がぽつんぽつんとあって人々が昔ながらの素朴な生活をしている。
そして、そんななか武装したテロリストたちが隠れ家に集まっては軍事作戦を立てている。

そんな貧相なイメージと実際のパレスチナはかけ離れている。

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活気があって建物が建ち並び、乗用車やタクシーやバスが道を走り、巨大な広告看板が立つ。

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イスラエルが攻撃しているのは、荒涼とした大地ではない。
建物が密集し、人々が行き交い、賑やかで、街をうろついている軍隊もいなければ、危険なテロリストに遭遇することもない、日本の街と変わらないような街を攻撃しているのだ。

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アイマンに聞いた。
「イスラエルが毎日のようにやってきて銃撃するのに、パレスチナ軍は反撃しないの?」
「できないよ。
それはできないんだ。
イスラエルがそれを許さない。」

「イスラエルが襲ってきてもパレスチナ軍は何もしないの?」
「何もできないよ。」

アメリカからの援助もあり最新兵器で完全武装しているイスラエル。
イスラエルとパレスチナでは圧倒的な軍事力の差がある。
パレスチナがイスラエルに対抗すれば、すさまじい反撃を受けることになる。

現在停戦合意しているはずなのに、力にものを言わせて攻撃しているイスラエル。
こんな不条理があるだろうか。

ジェニンの街に、ブリキでできたような馬のオブジェがある。

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ジェニンの惨状を記憶し、平和への望みをこめてつくられたもの。
オブジェは鉄板を継ぎはぎしてつくられている。
そのなかにAMBULANCE(救急車)の文字。

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アイマンが言った。
「助けに出ていた救急車までもイスラエルは攻撃した。
 これは破壊された救急車の破片でつくったもの。」


友だちや家族が殺され、そしてまた今もイスラエル軍の攻撃を受けているジェニン。
それでも、驚くほど街の人たちは温かく、明るくふるまっている。
強さを感じる。

街を案内してくれるアイマンはゲストハウスのマネージャーでもあり、NGOのスタッフでもある。
泊まっているゲストハウスの名前は「シネマ ジェニン ゲストハウス」。
なぜ、シネマなのか。

「映画館のなくなったジェニンの街に映画館を復活させよう。
 映画館があれば、ここで暮らす人たちの楽しみも増える。
 街がもっと明るく、賑やかになるんじゃないか。」

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このNGOはそんな思いからつくられた。

海外からの寄付金やボランティアのサポートを受け、街に映画館が復活した。

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映画館では、映画を上映する以外にもジェニンの子どもたちを集めて演劇や歌、ダンスの教室を開いている。

子どもたちが楽しめる場所、自分の才能を見いだす場所、生き甲斐を感じる場所。
こんな場所があるからこそ、子どもたちはこんな虐げられた環境のなかでもどうにかまっすぐに生きていける。

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シネマジェニンでは、教室の先生をしてくれるボランティアを募集している。
ボランティアは無料でゲストハウスに宿泊できるというシステム。
わたしたちみたいに泊まるだけの人は宿泊費を払い、その一部が団体の運営費にあてられる。

ちょうどわたしたちがいたときは、オーストリアから来ていた20代の女の子がボランティアに来ていた。

この日練習していたのは、パレスチナのダンス。
公演に向けて真剣な表情で練習していた。

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映画館だけではない。
ジェニンにはもうひとつ別の団体が運営する「フリーダムシアター」という劇場がある。
ここでも演劇や映画作りを地元の子どもたちが無料で学び、披露している。

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ここでは、フリーダムシアターの活動を紹介するDVDを見せてもらい、スタッフからジェニンの被害や現状について話を聞かせてもらった。

イスラエルでは穏やかな日々を過ごしていたけど、パレスチナに来てたくさんのあたたかい人たちに出会い話を聞き、現実を目の当たりにして、いろんな思いが胸に迫ってきて落ちつかない。

ゲストハウスに戻り、ベッドに横になる。
寝付けない夜。
ようやくウトウトしてきたそのときー。

バンバババババババン

銃声!?
まさか。

ドオ~ン

何かが爆発するような音。

1、2分ほどしてその異様な音は止んだ。

だけどまた2時間ほどしてまた始まった。

バババン
ドン ドン
バババババババ


もしかしてイスラエル兵が侵攻してきてるのだろうか。

その音は数時間おきに聞こえてくる。

そんなはずない。
でも、やっぱりこれは銃声と爆弾の音なんじゃないか。

安眠なんてかなわないジェニンの夜だった。

【旅 info.】
  ジェニンa_DSC_0833_20140314194845eca.jpg
「シネマジェニン」
ドミトリー1泊75シェケル。
アイマン氏が無料で街を見下ろす丘まで案内してくれることも。
http://www.cinemajenin.org/new/

「フリーダムシアター」
パレスチナ人による演劇公演を定期的にやっている。
難民キャンプでのホームステイも有料であっせんしている。
http://www.thefreedomtheatre.org
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Comment

No title

パレスチナの現状に思わず涙です。道中お気をつけて。

報道されない現状。
読みながら心が痛みました。
そして、温かく健気に生きる人たち。
明るく、前向きに生きる人達。
遠く離れた日本から、
パレスチナのみなさんに
どうか平穏な日が来るように願ってやみません。
そして、世界がもっと実情に目を向ける事を願ってやみません。

Tadaoshi Arinobuさま

読んでいただいてありがとうございます。
少しでもパレスチナに興味を持っていただけると嬉しいです。

まだまだパレスチナ編は続きますので、これからもよろしくお付き合いをお願いします。

wendysさま

コメントありがとうございます。

イスラエルは国連決議にも国際法にも反し侵略を続け、非人道的なことも日常的に行っています。3週間パレスチに滞在しましたが、どうしてこんな酷いことがまかり通っているのか、国際社会は見て見ぬ振りをしているのか、歯痒くてやるせなくて悲しくて仕方ありませんでした。

私たちも一日も早くパレスチナに平和が訪れることを切に願っています。

No title

初めまして!たまに覗かせて旅行気分を味わせていただいてます。
パレスチナとイスラエルの件、細かく書かれていてとても勉強になりました。
涙がとまらないです。祈る事しかできないのが悔しくてたまらないです。

先日またイスラエル軍がパレスチナ人を攻撃したとニュースになってから、
積極的にこの事を知らせようとしているインドネシア在住の親戚に、
こんなブログがあるよと伝えたところ、教えてほしいと言われたのでURLを伝えました。
もしかするとSNSでシェアする事があるかもしれませんがよろしいでしょうか??

多くの人にこの現実を知ってほしいと。。。
悲しいことに日本では大きく報道されません。

umeさま

初コメントありがとうございます!

ご親戚にも紹介していただいてありがとうございます。シェアの件もかまいませんよ。
遠く離れた、しかも馴染みのない宗教が絡んでいるのでニュースバリューが小さいのは仕方がないのかもしれません。悲しいですが・・。

初めまして!
リノちゃんのブログから来ました
みっきーといいます。
仕事の合間にお二人のブログを
楽しく見させて頂いています。

イスラエル、パレスチナ問題って
日本にいると全然わからないですよね。。
たまにニュースで自爆テロが…
とか、空爆があって…
などと報道されていますが
その原因は何なの!?
って思いながら見ていて、
恥ずかしながら最近になって
ネットで両国のことを調べました。

ウィキペディアをずーーーっと見てても、なんか曖昧で上辺だけというか
伝わりずらい内容だったので読むのを辞めてしまいました。

そしてお二人のブログを見ていて
全ての疑問が解消しました!
凄く分かりやすかったです☆
イスラエルが入植地を作って
パレスチナ人を追いやっていること。
それに対抗する術がないこと。。

日本人はこーいうことを
知らなすぎますよね。
政府による規制でもされているんでしょうか?
私自身、中東とかは怖いイメージがあるから、
もし旅行する機会があっても
いかなくていーや!
なんて考えていました。。
でも、自分の目で見てみたくなりました。パレスチナの現状を。

いつになるかわかりませんが
自分の目で見て肌で感じてきたいとおもいます。

宜しければ、Facebookでお二人のブログを紹介させて頂いてもいいですか?

みっきーさま

はじめまして!
コメントありがとうございます!

イスラエル・パレスチナ問題に興味を持っていただいて嬉しいです。
とても複雑で難しい問題ですけど、この問題こそ世界中が関心を持ち続けないといけないんじゃないかと個人的には思っています。

ブログでも書いてますが、パレスチナは決して旅することが大変な地域ではありませんよ。ぜひチャンスがあればパレスチナを訪れてください。熱烈に迎えられてきっと感激すると思います。

Facebookの件もちろんOKです。よろしくお願いします!

いつも参考にさせてもらってます

ケンゾーさんイクエさん、初めまして!

いつも参考にしながら旅行をしています。
とても見やすく纏められているので助かりますm(__)m

パレスチナに関してあまり知らなかったんですが、
このブログで宿の存在や交通手段など知り、現在ジェニンにいます。
もちろんCinema Jenin Guesthouse に泊まってます。
きっと今後もたくさん参考にさせてもらうと思います。

お二人もお気をつけて良い旅を!(=゚ω゚)ノ

たけもと さま

すごく嬉しいです。
ジェニンに行ってもらえたなんて。
イスラエルとまったく違う世界が広がっていますよね。
とくに観光地があるわけではありませんが、ぜひ難民キャンプや市場に行ってパレスチナ人と交流してくださいね。
パレスチナを出るときは愛着がわきすぎて、後ろ髪ひかれる思いでした。
また戻りたいなあ。

パレスチナの優しさや苦難を肌で感じて、充実した旅になりますように。

ほんとに行っていただいて、ありがとうございます。

軒を貸して

イクエさんケンゾーさん コメントありがとうございます。
未承認国日本です。(一応支援はしています。パレスチナ人の民生を安定させ、将来のパレスチナ国家実現を支援するため、1993年以降総額約10億ドル以上の対パレスチナ支援を行ってきています。支援総額では、EU(欧州連合)、米国などに次ぐ主要ドナーになっています 2010年版政府開発援助)訪問中のお二人の心苦しさわかります。
 掲載の版図をみると、こんなに削られたんですね。入植 一次~4次中東戦争そのごの侵食の結果ですね。戦後 入植が決行されてパレスチナ国民が出て行ったわけですがここから悲惨のはじまりでした。 日本のことわざに 軒を貸して母屋を盗られる がありますがまさにその通り 母屋も風前の灯と化しました。パレスチナ国民をおもうとやりきれないですね。
 >日本は数少ない非承認国のひとつです。もちろんアメリカとイスラエルも非承認です。
わたしは この文章に 歴史 を感じました。ユダヤ人は超大国アメリカさえもうごかせる力のある勢力となっているという人もいるくらいです。空飛ぶじゅうたんロスチャイルド恐るべし。ロスチャイルドだけではありませんが。
日本も今年アメリカからの圧力からか 安保改正 しました。いよいよ戦争のお手伝いのはじまりですね。といっても簡単ではないのが 歴史。 戦後アメリカの 消費 がなければどのくにもやっていけなかった。特に日本は(今でもですが)。ソ連でさえアメリカの穀物がないとやっていけませんでした。
 次回は イスラエルの対難民キャンプ攻撃 についてかいてみたいです。宜しくお願いします。

みーふぃさま

いつもコメントありがとうございます。

旅していると、アメリカはやっぱり強大だなあと感じることがよくあります。軍事力は言うに及ばず、アメリカの文化は強力な武器だと思います。音楽、映画、Facebook、ツイッター、そしてライフスタイル。イランやベネズエラなど敵対している国でも、なんだかんだ言って国民はアメリカが好きで憧れてるんですよね。軍事力よりもよっぽど力を持っていると思います。そうそう、コカ・コーラも忘れちゃいけない。パレスチナ人もコカ・コーラ大好きなんですよね。かなり複雑な気分でした。
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