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ケンゾー   イクエ


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ポーランド「クラクフ歴史地区」☆ 戦渦を逃れた街

2014.02.24 06:03|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
妻と同じくこの数日おならが止まらないケンゾーです。
これは完全に豆の食べすぎだな。
毎日豆、豆、豆、豆料理のオンパレード。
あと2、3日は止まらないだろうなあ。

ポーランド第3の都市クラクフ。
ここは17世紀にワルシャワに移るまでポーランド王国の首都だった街。
第二次世界大戦の時にポーランドのほぼ全域が壊滅的な被害を受けるなか、クラクフは被災することなく古い街並みがそのまま残っている。

クラクフ

雪が降り積もり銀世界の街中へ。
九州・福岡と言うと南国のように思われることが多いけれど、1年に2、3回は積もるほど雪も降る。

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子どものころは毎年のように庭でかまくらを作ってたけど、いつからだろう、そんなに雪が降らなくなったのは。
やっぱり温暖化は着実に進んでるのかな。

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福岡でこれだけ雪が積もると、車は大渋滞、列車も遅れて街中大騒ぎになる。
でもクラクフではこれが日常。
静かに一日が動き出す。
寒さに慣れてるとはいえ、露天のプレッツェル売りは寒そう〜!

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まずは旧市街中心から歩いて15分、ヴァヴェル城へ。
ここは歴代ポーランド王が住んでいた城。

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城門をくぐってまず目に入るのはヴァヴェル大聖堂
数世紀にわたって建設されたので、ゴシック、ルネッサンス、バロックとそれぞれの時代の様式がミックスされている。

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奥に進むとヴァヴェル城旧王宮がある。
上品な白い建物で囲まれた中庭はとても美しい。

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白い壁にカラフルなフレスコ画が描かれている。
寒くなければもっとじっくり見たいんだけどね、風が冷たくて顔が痛いんだよね。

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旧市街からヴィスワ川を渡ってポドゥグージェ地区へ。
ここは第二次世界大戦当時、ナチスが作ったゲットー(ユダヤ人が強制的に集められ住まわされた居住区)があった地区。
大戦前までクラクフにはおよそ6万人のユダヤ人が住んでいた。
そしてここにあったゲットーに1万5千人もの人が移された。
最終的に生き残ったのはほんのわずかな人たち。
ほとんどのユダヤ人がアウシュビッツなどの収容所に送られるか、ここで殺された。

この地区にある英雄広場。
ここにユダヤ人が集められ収容所に送られたり、処刑されたりしたそうだ。

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ゲットーのなかだけが世界のすべてとなってしまったユダヤ人たち。
もちろんそれまで外にあったユダヤ人の商店や学校も、ゲットーのなかに移転させられた。
子どもたちはゲットーに引っ越すとき、それまでの学校から椅子をもってここに移ったそうだ。
ユダヤ人を追悼する椅子のオブジェが、そんな当時を物語っている。

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街中を歩いてもかつての悲劇を窺い知ることはできない。
近代的な建物がたくさん建設中で、古い建物はずいぶん少なくなっているようだ。
それでも確かに、ここで多くのユダヤ人たちが苦しい生活を強いられていた。

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当時、周囲は壁で囲まれ外界とは完全に隔離されていたという。
それまで3000人が暮らしていた場所に15000人のユダヤ人が押込められた。
狭い部屋に何家族も住み、自由にゲットーの外に出ることもできなかった。

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そんな地獄のような場所だったとは思えないほど、今ではカフェやレストラン、ギャラリーが店を構え、スタイリッシュでおしゃれな街として賑わっている。


旧市街の中心、中央広場へ。
ふだんは地元の人や観光客で賑わうこの広場も、さすがにこの雪と寒さで人はまばら。
写真左側の立派な建物は織物会館

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長さ100mで14世紀に建てられたルネッサンス様式の建物。
もともとここで服や布地の取り引きが行なわれていたんだって。
ベージュ色の外観がとても目を引く。

この建物の1階の通路にはお土産屋さんがずらーっと軒を連ねている。
おもしろいのが、商品を見ながら歩いてても店の人が全然声を掛けてこないんだよね。
冷やかしだと見破られてるのか、そもそも商売っ気がないのか。

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ヨーロッパの古い街並みは夜もライトアップされ美しい。
もちろんクラクフの旧市街も昼間とはまた違った美しい姿を見せてくれる。

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こちらは旧市庁舎
といっても、1820年に旧市庁舎が取り壊され、この時計塔だけが残された。
この塔の地下は、昔牢獄として使われていたこともあるそう。

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1222年に建てられた聖マリア教会
2つの尖塔はクラクフのランドマークとなっている。

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この大聖堂の塔からは1時間ごとにラッパの音色が聞こえてくる。
毎回同じメロディなんだけど、毎回同じところで途切れてなんだか中途半端な感じで終わっちゃうんだよね。

じつはこれにはちゃんと理由がある。
13世紀前半にモンゴル軍がポーランドに侵攻してきたときクラクフも襲われた。
いち早く敵の接近に気づいたラッパ吹きが、街に危険を知らせるため大聖堂の塔の上からラッパを吹き鳴らした。
ところがモンゴル兵に弓矢を射られて途中で絶命する。
700年以上経過したいまでも彼の死を悼んで、メロディは途中で止められるんだそう。

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クラクフの旧市街を長きに渡って守ってきた城壁は今ではほとんど残っていない。
旧市街の北にあるフロリアンスカ門のあたりにわずかに昔の面影を残している。

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その門を防御するために造られたのがバルバカンと呼ばれる円形の要塞。
今ではヨーロッパに3か所しか残っていないという珍しいものなんだそう。

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さて、戦渦を逃れた古都「クラクフの歴史地区」。
「星いくつ?」

「星、1つ!

建物や街並みはもちろん美しいし歴史を感じるんだけど、プラハやウィーンと比べるとちょっと物足りない。
これ!といった目玉もないし、旧市街の規模も小さい。
でも、イクエは聖マリア教会がこれまで見て来た教会で一番好きだと言っていた。
「壁全体に数種類もの千代紙を貼り付けたみたい。ユニークで惹かれる。」とのこと。

旧市街が現在でもクラクフの人たちにとっての繁華街になっている。
中世から変わらず市民のくらしが根付いている歴史ある街だ。
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Comment

No title

確かにクラフクはプラハに比べると地味ですよね。
私が行ったときは、道に迷ってたらすごく親身になってくれたりしたので、すごく良かったです。
クラフクはほとんど旧市街しかいなかったので、もっとよく調べていけばよかったとお二人のブログ見て思いました。

naokiさま

どうしてもプラハとくらべちゃうよね。
でもあのこじんまりした感じが魅力なのかもしれませんね。
観光地よりも、いい人と巡り会えたかどうかで、その街の魅力が決まるときっておおいですよね。
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