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ケンゾー   イクエ


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実在しないけど確かにあるクルディスタンという国

2013.10.15 05:35|トルコ☞EDIT
おとといクルドについてあしたお伝えします、と言いながらきのう更新が途絶えてしまったイクエです。
すみません。
ケガをして病院に行ってました。たいしたケガではなくて切り傷、擦り傷です。
心配しないでください。詳細は後日お伝えします。

トルコ東部の街、ワン。
この街がすっかり気に入ってしまった。

実際に見たトルコは、トルコに来る前にもっていたイメージと違っていた。
イメージしていたよりもずいぶんヨーロッパ的だったし、イスタンブールなんてとても洗練されている街だった。

イメージしていたトルコは、もっとアラブの雰囲気があって、活気があって、どこか泥臭くて。
この、ワンの街こそイメージしていたトルコそのものかもしれない。

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泊まっている安宿はモスクの目の前。
モスクはこの土地の人たちの大切な礼拝の場所であり、人が集まる社交場でもあり、商売の場所でもある。

部屋にいると大音量のアザーン(礼拝の呼びかけ)で起こされる。

路地を行き交う人たちの賑やかな声は不思議と安らぎをもたらす。

窓から通りの様子を覗き見するのは、まったく飽きない。

もうすぐ礼拝の時間が終わるころ。
定位置につく売り子たち。

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テーブルクロスを売る青年。
そんなのここで買う人いる?

突然、騒がしくなる。
お祈りしていた人たちがいっせいに外に出てきた。

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路上にシートを広げ、売っているのはズボンや靴下、ワイシャツ。
いったい一日にいくつ売れるの?って思ってたけど、人だかりができて商売繁盛。
でもやっぱり、テーブルクロスはさっぱりだけど。

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一番儲かっているのは、子どもたち。
大人達が靴を脱いで礼拝する間、手際よく靴磨きに専念していたもんね。

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今までのトルコとは明らかに違う街の雰囲気。
どこか雑然としているけど、わたしはここが好きだ。

歩いていると「チャーイ!?」と言われ、椅子に座るようにうながされる。
まったく英語を話さないおじさんたち。
それでも、陽気に話しかけてお茶をおごってくれる。

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おいしそうにいただくのを満足げに見守っている。
あったかいねぇ~。

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カメラをもっていると「おーい!おれを撮れ!」
いざカメラをむけるとちょっと緊張した面持ちでポーズを決める。
知らない人たちのポートレートが毎日増えていく。

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話しかけられ、握手しあい、いっしょにお茶を飲み・・・。
いいね、こういうの。
歩くだけで楽しいワンの街。

街では、ときどき作業着のような衣装を着ている人に出くわす。

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この服を売っている店もよく見かける。

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このワンの街はクルド人の街。
クルド人は独自の文化をもっていて、トルコ語とは違うクルド語を使っている。
「トルコ人」ではなく「クルド人」としての誇りをもっている人たちだ。

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クルド人は自分たちの国をもたない、世界最多の少数民族と言われている。
人口は3000万人。
クルド人たちの正式な国家は存在しない。
彼らの「国」である「クルディスタン」は、トルコ、イラン、イラク、シリア、アゼルバイジャン、アルメニアの国境地帯にまたがっている。
つまり、クルディスタンの範囲は現在の引かれている国境と合っていないのだ。

トルコでは独立を求めてクルド人たちが政府と争い、武力闘争がおこなわれることもあった。
そして、政府から弾圧を受けることもある。

そんな血なまぐさい問題を抱えているクルド人地区。
だけど、ここの人たちは親しみやすく、旅人であるわたしたちにとても優しい。

ワンの繁華街を離れるとクルド人たちの集落がある。

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簡素な土壁の平屋が並ぶ。
牧畜で生計を立てている家庭が多く、屋根には干し草がどっさり。

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無邪気な子どもたち。
「自分はトルコ人というより、クルド人だ」っていうアイデンティティは何歳ぐらいからもつようになるのかな。

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小学生くらいになると、羊飼いの仕事を任されるみたい。
家畜を追い立てる棒を肌身離さない。
さまになってるね!

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目の前を白猫が横切った。
これがうわさのワン猫!?
両目の色に注目。
こんな目で見つめられたらドキッとする。
(ワン猫については、あした詳しく紹介します ♪)

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集落を見下ろす丘の上にそびえるのは、オスマン朝時代の1643年に建てられたホシャップ城。

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このお城は、クルド人領主が建てたもの。
だから、眼下に広がるこのクルド人の集落はかつての「城下町」ってとこかな。

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この城には部屋が365室もあったのだそう。
石造りの壁が残るだけでいまではかつての華やかさはうかがいしれないけれど、きっとこの城もそして城下町も、クルド人の街として栄えていた時代もあったんだろうな。

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でも、こんな場所ももはやクルド人のものではなくなっているのかもしれない。
城の一番高い場所にはためいていたのはトルコ国旗。

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はためくトルコ国旗は下のクルド人の集落からもよく見える。

「この遺産はトルコのもの。クルドなんて知らないよ。ここに住んでいるあなたたちはトルコ国民なんだから。」
まるでそうアピールしているかのよう。

ワンの街は、2011年10月に起きたトルコ東部地震で大打撃を受けた。
当時、トルコ政府は被災地の支援に消極的だったと言われている。
「クルド人の街だから」
それが理由だったのではないかと噂されている。

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中国の四川省地震のときも、中国政府の対応の遅さが指摘され、チベット族の地域だからではないかと言われていた。

本当のところはどうかわからない。

だけど、東日本大震災のときは日本で暮らす人たちみんなが被災者のことを想っていたし、被災地のために何かしたいと思っていた。

それに比べて、トルコ東部地震や四川省地震では、政府だけではなく、国民自身も被災者に同情し、被災者の悲しみを自分のことのように感じるというのが薄かったのかもしれない。
「トルコ人」と「クルド人」、「漢民族」と「チベット族」という見えない壁。
それはかなり厚いものなのだろうか。

ワンの街では、たくさんの子どもが仕事をしている。
こんな光景は、トルコのほかの街ではあまり見なかった。

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学校ではトルコ式の教育が取り入れられていて、トルコ語で授業がおこなわれている。
だけど家庭でも外でも話されているのはクルド語。
トルコ語での授業をよく思わない両親が、学校に行かせるのをためらい、働かせているのかもしれない。

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もしくは、地震で親を失った子どもが生きていくために働いているのかもしれない。

救われるのは、子どもたちがみんな楽しそうに仕事をしているということ。
大人よりも楽しげに働いている。
こんな楽しそうに元気に働く子どもたちをほかの国で見たことがない。
もしかしたら、子どもも働くということがクルドの文化なのかもしれない。

靴磨きやポケットティッシュを売る子どもたちに、一日に何回も声をかけられる。

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なぜか、彼らから悲壮感はまったく感じられない。
明るいのはクルドの気質なのかもしれない。

子どもたちがもつたくましさ、したたかさ、さわやかさ、無邪気さ・・・。

トルコのなかのクルディスタン。
正式には存在しないクルディスタン。
今後、忘れ去られるかもしれないクルディスタン。

だけどたしかにここにはトルコとは明らかに違う、クルディスタンという地がある。

そしてわたしたちふたりは、このクルディスタンと、クルド人たちが大好きだ。

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No title

こんにちは。
ワン猫!ここにちゃんといるんですねー。
私も同じルートをたどってイラン入りしましたが、さすがはゆるり旅。
要所要所ちゃんと止まって、じっくり観察してますねー。

クルド人のアイデンティティーは、強烈なものがありますね。
それは世界中に散らばってるクルド人からも見受けられるんですが、
国を持ってないからこそ、高き誇りを持つ事で民族が淘汰されないように
一人一人が自覚を持って「クルド人でいる」気負いすら感じることがあります。

たまにその誇りが面倒な時もあるんですが、私も総じて好きですよ、クルド人。

イラン西部の一部も元はグルジスタンなので、たくさんの優しさに恵まれることでしょう。

ところで、なにやら新プロジェクト発足??
続きを楽しみにしてまーす。

No title

お久しぶりです~
クルド人についての記事、興味深く読みました。
世界には知らないことがいっぱいありますね・・・

子どもたちの写真がとても素敵です。
みんなに明るい未来が訪れてほしい・・・

この先もお二人でお気をつけて(^^)/

kotoさま

クルド人の気概は、わたしたちのほほんとしている日本人にはとうてい理解できないですよね。
虐げられてるからこそ芽生える誇りもあるのでしょう。

アイデンティティってどうやって芽生えるのでしょうね。

イランはかなりゆるりになっています。
想像以上にのんびりな旅です。
ビザを延長して、かなり長期間いることになるかもしれません。


新プロジェクトは・・・・。
ちょっと期待しないでください。
いろいろありまして・・・。

kaoさま

ほんとうに元気で明るいと、救われますよね。
彼らのバックグラウンドはわかりませんが、どうかこの子たちが健やかに成長し、幸せな人生を歩んでいってほしいと願わずにはいられません。

これからも気をつけて旅したいと思います!
気をつけなかったから、病院に行ったんですけど・・・。