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ケンゾー   イクエ


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チベット亡命政府の街 ダライラマ法王に会えた?

2013.03.21 05:52|インド☞EDIT
最近咳がひどくて、咳のしすぎで腰と腹と肋骨が痛いイクエです。
日中はケンゾーだけ外に出て、イクエはおとなしく宿で療養しています。

わたしたちがワークキャンプをしているダラムシャラ地区。
ここはほかのインドとは違う特殊な街だ。
街を歩いている人の多くはインド人ではない。

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中国政府から弾圧されて、ヒマラヤを越えて逃れて来たチベット人たち。
チベットのお坊さんたちの姿を街のあちこちで見かける。
街にはチベット仏教の寺があり、祈る人たちが絶えない。

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お寺の周りの小道では時計回りに歩く人たち。
このコルラ(巡礼)の風景は、去年東チベットで見てきた光景といっしょだ。

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筒の側面にマントラが刻まれ、中に経文が入ったマニ車。
一回まわすと、お経を一回唱えたことになる。

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チベット仏教を柱とし、独自の文化と政治をおこなってきたチベット。
チベットには国旗もあり、独自の通貨もある。
それなのに、中国政府が「チベットは中国のもの」と暴力的な主張をし、チベットを国と認めず好き勝手に占領し、人々を迫害し、人権を無視し、チベット人を虫けらのように殺してきた。

殺されないために、チベットの独自の政府を守るために。
1959年に苦渋の選択を迫られて、ダライラマ法王たちはふるさとを逃れ、ここインドにたどり着いた。
そして、このマクロードガンジにチベット亡命政府をたちあげたのだ。

テレビをつければ、チベット人向けの番組が流れている。
ダライラマ法王のスピーチ。

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中国(といっても本来はチベット人の土地)では、チベット国旗を掲げることもダライラマ法王の写真を持つことも禁止されていて、見つかれば逮捕される。
しかし、インドのこの場所ではいたるところでチベットの旗がはためいている。
これほどかっこいい国旗はほかにあるだろうか。

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チベット国旗をあしらったグッズもたくさん販売されている。
ワークキャンプのメンバーの、ロシア人のリリーとフランス人のニコもお買い上げ。

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街の食堂や店では、必ずといっていいほどダライラマ法王の写真が祀られている。
お茶目な一面もあるダライラマ法王。
チベット人にとって親しみのある法王は、どこかかわいげがある。

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中国のチベット地区では独立や解放を訴えるだけで逮捕されてひどい拷問を受ける。
だけどここでは誰にも気兼ねすることなく訴えることができる。
「フリーチベット!!!」

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街には、チベットの独立を求めて命を奪われた人たちの追悼のモニュメントがある。

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中央の柱には「チベット 殉国犠牲者の碑」と英語、チベット語、ヒンドゥー語でそれぞれ書かれている。

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表からは見えない柱の後ろにも同じように別の言語で書かれている。
もっとも訴えたい相手に対して・・・。

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中国語。
けれど、情報統制がされている中国人民はチベット人の訴えなんて知らない。
チベットの歴史なんて知らない。
「ダライラマは悪者・犯罪者」、そう教え込まれている。

自然豊かな山岳地帯、チベット。
7年前、中国政府はそこに全長2000kmの鉄道を作った。
自然は壊され、新しい中国式の街ができ、たくさんの中国人が移住している。

外国人がチベット自治区に入るには中国政府の許可証が必要で、いまチベット自治区は中国人民の最大の観光地となっている。
チベットの政治と宗教の要所だったラサのポタラ宮。
チベット人にとって神聖な場所であり、ダライラマ法王の暮らしていた場所。
けれど、ここも今では中国政府が管理し「博物館」となり、押し寄せる観光客から入場料を集めている。
政府の本拠地だったラサに戻れる日を信じて、このマクロードガンジにいる人たちは祈り続けている。
チベット難民たちのその強い願いが叶うのは、今の中国政府のもとでは絶望的だ。

チベット人の拠り所、ポタラ宮。
マクロードガンジの寺でも街でもポタラ宮の絵を見かける。

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ワークキャンプのメンバーとインド最大のチベット仏教のお寺に行った。
亡命政府のお膝元の寺院なので、重厚で存在感があるのかと思ったけど、建物が大きいだけでかなり質素だった。
夕陽を浴びてお坊さんたちが問答修行をしていた。

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やっぱりチベット自治区や東チベットで見たお寺のほうが「本物」という感じがする。
あの歴史を感じさせる建物や仏像、地域に根付いた雰囲気、チベット独特の香り・・・そのどれもがここには欠けている。

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チベットの人たちがふるさとに戻れる日が来ますように。
そして、自分たちの文化を守り幸せに暮らしていけますように。

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そんなダライラマ亡命政府の地で1週間過ごした私たち。
その瞬間は突然やってきた。
メンバーといっしょにチベットの資料を集めた図書館に行った日のことだった。

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図書館には、映像のブースもあってこれまでのダライラマ法王のスピーチを見ることができた。
ダライラマ法王は、ここマクロードガンジで暮らしているけれどお目にかかれるチャンスはほとんどない。
謁見したければ1か月前に申し込まないといけないし、仮に申し込んでも申請が受け入れられることは難しい。
法王は一国の代表として外遊して要人に会ったり、海外の講演会に招かれたりすることも多く、不在のことも多い。

ここを訪れる旅行者は、ノーベル平和賞を受賞した微笑みの法王に会うことを望んでいるけれど実際にはとても難しいのだ。

図書館からの帰り、11人のメンバーはそれぞれタクシーに別れて乗ることになった。
ケンゾーを置いて先にイクエはほかの3人とタクシーに乗り込んだ。
500mくらい進んだとき、急に日本人のナナちゃんや韓国人のチェヒたちが乗った車がイクエたちの車を猛スピードで追い抜いていった。
追い抜きざま、ナナちゃんたちが窓を開けてイクエたちに何か叫んだ。
聞き取れなかったけど「ダライラマ」と聞こえた気もする。
ナナちゃんたちの車は10mほど先で急停車し、みんなが道路に飛び出した。

「もしかして、これは!」
とっさにイクエも車を止めてもらって道路へと降りた。
道の向こう側にはチベットの人たちが手を合わせ何かを待っているかのようだった。
サイレンの音が聞こえる。
ボンネットの横に旗をつけた警備の車が猛スピードで目の前を通った。
カバンからカメラを取り出した。

「あー!!あの方に会えるのかもしれない」

そして、もう1台の車。
助手席には・・・・

ダライラマ法王!!

法王は、胸の前で手を合わせ、道路に立つチベット人たちを見つめて、いつものあの微笑みで会釈している。
後部座席ではなく、助手席というのがダライラマ法王の人柄が出ている。
何と表現したらいいかわからないけど、とてもありがたい気持ちになって体中が幸せで満たされた。
車が去っていったあとも気持ちが高ぶったまま。

写真を撮るチャンスはあった。
だけど、撮影はしなかった。
ほかのメンバーもカメラを構えていた。
でも、だれも撮影していない。
みんな国も宗教も違うけど、同じ気持ちだった。

そんな恐れ多いことはできなかった。
その瞬間、軽い気持ちでその人を被写体にしてはだめだなって思った。
うつむき気味で法王に手を合わせているチベット人の前で、撮影なんてためらわれた。
ただ、その瞬間、まばたきもせずじっと見つめていたかった。

ロシア人もフィンランド人もフランス人も韓国人も、そしてイクエたち日本人も。
しばらくみんな放心状態になっていた。

その場に、残念ながらケンゾーはいなかった。
いっしょに旅していて、いつもいっしょなのにこの時だけケンゾーと分かれていた。
本当に残念だ。

30分後ケンゾーに会って、声を落として伝えた。
「あのね・・・ダライラマ法王を見たんだよ・・・」

ケンゾーは悲しそうな顔をした。
でも、イクエだって悲しいのだ。
いっしょに見られたらどんなに舞い上がってふたりで喜び合ったか。

「でも、ほら、法王からもらったパワーを分けるから!」

ケンゾーの手をぎゅ〜っとにぎって、ハグをした。

結婚して5年。
薄々感じていたことをつい口にしてしまった。
でもそれは、ショックを受けているケンゾーに対してとどめのひとことだった。

「やっぱり、運を持っているのはイクエなんだ。
 ケンゾー、運ないよね。
 結婚してイクエの運をだいぶ分けてあげてるけど。」

「言わんでくれる!
 自分でも気づいとるんやけん・・・」

諦めきれない、運のないケンゾー。
ダライラマ法王の邸宅にダメもとで向かった。

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門番の人に言うケンゾー。
「アイ ウオント トゥ ミート ダライラマ」。
なんか、『進め 電波少年』を生で見ているようだ。

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答えは分かりきっている。
残念ながらケンゾーには運がないのだ。

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Comment

運のある人 無い人

あがって、さっがって
人生 みんなおなじ、運がある時 無いとき 平均すると
みんなおんなじ
と 思う のは私だけでしょうか・・・・

毎日楽しみに見せていただいてまーす

tomokopapaさま

おっしゃる通りだと思います。
残念でしたけど、一晩寝るとリセットできるので大丈夫です!

No title

7月1日2日にダラムサラでダライラマ法王のティーチングがあるんですが
東チベットに行くため、ティーチングには間に合いそうもありません。
だから私も直接会えるよう事務所に申し込むつもりでいます!!
絶対に会いたいんです!!!ダライラマ法王に会うためにインド入りの日程を決めたんです!!

す〜ちゃんさま

ダライ・ラマ法王の邸宅の前で一日中待っていたら、たぶんお出かけのときにお姿は見られるかもしれません。
邸宅の門番の人は意外と優しくて質問したら、いまは家にいる、とか、きょうは外出の予定はない、とか、何日までここには戻られない、とか、基本的な情報は教えてくれますよ。

法王は、インドの他の街でもよく講演会をやっていて、スケジュールはダライ・ラマ法王事務所のホームページで確認できます。

法王がお元気なうちにお会いできるといいですね!
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