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2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


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神聖な儀式 パスクアル・アバフの丘

2016.03.29 18:09|グアテマラ☞EDIT
旅行中は毎日衣類を手洗いしていたので、日本に帰っても洗濯機を買わずにがんばろうかなと思っていたイクエです。
でも、ケンゾーに止められました。
さすがに洗濯機は買わないとねぇ。

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グアテマラの高原の町、チチカステナンゴ。
伝統衣装に身を包むキチェ族の人たちが、マヤの文化を守りながら生活している。

彼らの儀式が執り行われているという、パスクアル・アバフの丘を目指すことにした。

パスクアル・アバフは、町の中心地から1.5キロほど南に行ったところ。
トウモロコシ畑を通り抜け、こんもりと松が生い茂る山道を登っていく。

a_DSC_6470.jpg

町の標高は2000メートルを超えている。
空気が薄いためか、ちょっとした上り坂でも息があがる。

儀式がどういうものなのかはわからない。
毎日行なわれているのか、何時ごろ行なわれているのかもわからない。

もしかしたら、時代の流れとともにそんな儀式はもはや廃れているのかもしれない。

見られたらいいなあという期待はあるけど、期待をもちすぎないようにしよう。
山道に入り、もう10分ぐらいは歩いている。
それなのに、まだ誰1人ともすれ違っていない。

静かでひっそりとしている。
こんなところ、誰も来ないんじゃないか。

でも足元には、ところどころに土を踏んでできた靴跡が見える。
まだ真新しそうな靴跡。

山道を登りきったら、木々がなく真っ平らの広い空間に出た。
どうやらここが頂上らしい。

小さな煙が上がっている。
そして、10人あまりの人たちが集まっている。

儀式が行われている最中だった。

a_DSC_6478.jpg

ここに祀られているのは「パスクアル・アバフ」。
マヤの人たちの神。
でも、この儀式場には、町の教会にあったような黒い石の十字架も立っている。
土着信仰とキリスト教の融合。

a_DSC_6515_20160327104805c86.jpg

この広い平らな場所に、高さ10センチ、直径1メートルほどの丸い台座が散らばっている。
祈りに来た人たちが、好きな台にお供え物をして、その台を囲み、それぞれで儀式を執り行っている。

a_DSC_6484.jpg

とても神聖な儀式。
写真撮影ははばかられたけど、一組の家族にお願いすると快く撮影の了承をいただくことができた。

小さな子どものいる家族で、おばあちゃんもいる。
祈願するのは、家内安全や健康、仕事のこと。
奥さんのお腹には赤ちゃんもいるようで、安産祈願も兼ねているようだった。

儀式の進行をするのは、お父さんの役割。
台座にお供え物を置いていく。

a_DSC_6473_201603271047125ae.jpg

いちばん下の泥団子のようなものは着火材の役割。
その上には香木と蝋燭。
葉巻も供える。

a_DSC_6475.jpg

葉巻があるかと思えば、かわいい色のキャンディーも。
神様は、苦いのも甘いのもお好き?

a_DSC_6476_20160327104714a5a.jpg

さらには缶ビール!
つまみに良さそうな缶詰も。

a_DSC_6477.jpg

台座が蝋燭と香木でぐるりと埋め尽くされた。
真ん中には大きな音のする花火。

お父さんが火をつける。
そして家族は目を閉じて祈りはじめる。

a_DSC_6483_2016032710474175e.jpg

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「家族が健康でいられますように。
 円満でありますように。
 金運に恵まれますように・・・。」

お父さんがつぶやいていく。

そしてお供えした缶詰をもち、ひとりひとりにかざしていく。

頭、顔、肩、胸、腰、足。

a_DSC_6492_201603271047444bb.jpg

台座に置いたものは大きな炎を上げて、勢いよく燃えていく。
パン!パン!パン!と花火が音を立てる。

一家が儀式を行なう近くでは、別の台座で男性2人が祈りを捧げていた。

a_DSC_6500_20160327104746088.jpg

お供え物はさきほどと少し違う。
着火材の役目を果たす泥団子と蝋燭は同じ。
でも、蝋燭の色がカラフルで、まわりには白い花びらが散らされていて華やか。

一番上にはビスケット。

a_DSC_6501_20160327104802fad.jpg

台座を囲んで祈りを捧げる。
台座のお供え物が燃えはじめると、男性2人はひざまずいたまま正面のいちばん大きな祭壇へと進みはじめた。

a_DSC_6503.jpg

ズリズリ、ズリズリとゆっくり進んでいく。

体を大地に投げ出し、少しずつ進みながら祈りを捧げる、チベット仏教の五体投地を思い出す。

やっとのことで正面の祭壇にたどり着いた男性2人。
祭壇には、パスクアル・アバフの石の像。
真っ白い菊で覆われている。

そこに、アルコールをかける。

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さきほどの一家もそうであったけれど、進行役の男性は頭に伝統的な織物の布を被っている。
両手にたくさんの蝋燭を持ち、頭を下げて祈りつづけるもう一人の男性にかざしていく。

a_DSC_6523.jpg

侵略してきたスペイン人からキリスト教への改宗を強制されたチチカステナンゴの人たち。
でも、彼らの心の支えになっているものは、西洋からやってきたものではない。
それは、スペイン人がやってくるより前にあった、先祖代々脈々と受け継がれているもの。

彼らの祈りの声と、パン!パン!という花火の音を聞きながら、神聖な丘を下りることにした。

木々の間から、チチカステナンゴの町が見下ろせた。
鮮やかな四角い建物が密集しているところがある。
建物は小さくて、家ではなさそう。

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明るくて楽しそうな雰囲気があるけれど、これは墓地。

近くに行ってみると、ガラス張りの近代的なビルのような形のものもある。

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新しいお墓が、いくつか建築中だった。
足場を組んで、丁寧に壁に模様を彫っていく。
まるで家を造るように、瓦を張っていく。

亡くなった大切な家族を想い、それぞれのお墓を建てる。
墓地は、愛情に満ちた場所なのかもしれない。

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このブログは、3か月遅れで書いています。

現在、イクエとケンゾーは世界一周旅行を終えて日本に戻っています。
熊本のイクエの実家に身を寄せています。
冬には雪が降る寒い場所ですが、ようやく春がやってきました。
庭の桜はいま、六部咲き。
とても美しい季節のはじまりです。

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実家のテラスは、わたしたちが長年飼っていたチワワのホタテの生活空間。
旅行前はわたしたち2人のマンションで飼っていましたが、旅行に行っている間は実家で面倒をみてもらっていました。

おつむは少し弱いけれど、人懐っこくて誰からも愛されるキャラクター。

CIMG0038.jpg

老犬の域にさしかかっていたので、白内障が進み、腫瘍もでき、鼻も利かなくなり、歩くのもヨタヨタ。
わたしたちが日本を離れている3年5か月で、ホタテの老化は進行していきました。
そんなホタテを、わたしたちに再会させたい一心で、母は一生懸命お世話をしてきました。
母がわたしたちに帰国を急がせたのも、日に日に衰えるホタテの存在があったからです。

母の手厚い介護のおかげで、わたしたちは日本に帰り、ホタテと再会することができました。
ふたたびホタテといっしょに暮らすようになって1か月半。
ここ最近は、大好きだった散歩も億劫なようで、なかなか歩いてくれません。
でも、食欲はあって、太陽が出ると小屋から出て日が当たる場所で気持ちよさそうにお昼寝。
そんなホタテを見ると、気持ちがほっこりします。

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きのうの朝、ケンゾーがいつものように小屋を見るとホタテがいません。
外のテラスにいました。
ホタテの特等席のクッションの上にゴロンとなって、気持ちよさそうに寝ていました。

ケンゾーが声を掛けましたが、ホタテは目を覚ますことはありませんでした。
顔はとても穏やかで、いつものかわいいホタテでした。

ホタテの苦手な冬が終わり、ようやく温かくなってきたときに。
来月で満14歳になる予定でした。

4月からわたしたちふたりは、福岡に引っ越すことにしています。
ホタテも連れていく予定でした。
新居決めや仕事再開の準備などで、今月は熊本と福岡を行ったり来たり。
福岡に1週間滞在し、ちょうどまた熊本に戻っていたときでした。

ホタテはわたしたちの帰りを待っていてくれたのかなと思います。

a_DSC_0926_20160329115010b30.jpg

このブログでも何度かホタテのことを紹介してきました。
ホタテの死はとても私的な報告ですが、お知らせしたいのでご報告しました。

ありがとうございました。
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Comment

ホタテちゃん

まだ子犬のようです。思わず涙が流れました。ホタテちゃんがあまりに可愛くて、涙が止まりません。イクエさんはカメラがお上手です。アングルがいいです。ホタテちゃんも一緒に旅に出ることは厳しかったのでしょうね。旅しながらも思い出して寂しかったと察します。いいお母さんですね。私の母には、断られました。私も15歳のワンちゃんがいますが、狂犬病のワクチンや血清検査など、大変な思いをしてます。今回の帰国が最期になるのじゃないかと思い、サービス犬としてキャビンに一緒に連れて乗れるかと試行錯誤しているところです。10歳で横浜から引っ越してきて、ワンちゃんなりに親友がいますが、その友達も徐々にと病気になったり、亡くなったり。最後に親友と会いたいのじじゃないかなと勝手に思っています。

グアテマラの記事がいいです。いい感じです。毎回楽しみにしてます。ありがとうございます。

今日の記事を読んで驚きました…

ホタテちゃん、主人の帰りを健気にずっと待ってくれていたんですね ;_;
舌をぺろんと出して可愛いホタテちゃん、さりげなくファンでした(ノ_<。

最後の写真も可愛いです。

ホタテちゃん、がんばって待って再会できて良かったね。

ゆっくり休んでね ^-^

やすらかに

 愛別離苦     
 
 みーふぃ(猫) を思いだしました。(白に頭が茶) もう昔になります。 まぐれ猫みーふぃをかっていたがなつかず町外れの方にくれてやったら、1ヶ月ぐらいたった寒さきびしい朝によれよれの痩せたみーふぃが外でないていました。(すぐ脱走したらしく1ヶ月さまよっていたんです。)
 それ以来家族みんなでかわいがっていました。5.6年いたが病気がちになり苦しそうだったので明日病院へとおもっていたら、(会社やすみなので)その日にいなくなっていました。(死期をさとったのでしょう) それから猫も犬もかっていません(別れがーーー   ね。)

 ホタテさん  やすらかに。  

かさはらたかこ さま

温かいお言葉、ありがとうございます。

わたしたちが帰国したときはすでに老化が進んでいて、ホタテは尻尾もふらず、吠えもしなくなっていました。
わたしたちのことも、もう認識しなくなっていました。
ショックではありましたが、それでもマイペースに生きていて、食欲はあっておいしそうにエサを食べていました。
「猫みたいだねえ」とケンゾーが言っていました。

ものすごく人間が好きな犬でしたが、年を取り、目も見えなくて、自分から人間に寄ってくることはなくなりました。
それでもテラスで気持ちよさそうに寝ているホタテはわたしたちをいつも癒やしてくれました。

ワンちゃん、15歳なのですね。
いっしょにいられるときに、たくさんかわいがってあげてくださいね。

猫モフ町 さま

ありがとうございます。

最期も舌をぺろんと出したままで、かわいい顔をしていて癒やしてくれました。

昔から猫みたいで、姪っ子は小さいときホタテのことを猫と思い込んでいたのです。

ホタテのたくさんの思い出を胸に、これからも癒やされていこうと思います。

みーふぃ さま

みーふぃさんって、猫ちゃんの名前だったんですね。

寒い朝に家に戻ってきて鳴いているなんて、もうこっちまで涙が出てきますね。
家がわかったのもすごいです。
みんなのことが好きだったんですね。

猫は、自分で死期を悟ってひっそりといなくなるっていいますもんね。
病院にと思っていた矢先のことで、いろいろお辛いこともあったと思います。

きっと、みーふぃちゃんは、ご家族にかわいがられて幸せだったと思いますよ。
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