Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
プロフィール

ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

ジャンル
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別記事
最新コメント
RSSリンク
リンク
ブロとも申請

この人とブロともになる

見てくれてありがとう!
メールはこちらから ♪

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ村ランキング
ふたりのお勧め旅グッズ










ふたりの旅も大詰め。あともうちょっとだけおつきあいお願いします!

 日本→韓国→モンゴル→中国→ラオス→ベトナム→台湾→シンガポール→バングラデシュ→インド→スリランカ→アラブ首長国連邦→オマーン→トルコ→ジョージア→アルメニア→アゼルバイジャン→カザフスタン→ウズベキスタン→タジキスタン→キルギス→イラン→イタリア→バチカン→チュニジア→フランス→チェコ→オーストリア→ポーランド→イスラエル→パレスチナ→ヨルダン→イギリス→アイルランド→ポルトガル→モロッコ→スペイン→ハンガリー→スロバキア→スロヴェニア→クロアチア→セルビア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→モンテネグロ→コソボ→マケドニア→アルバニア→ギリシャ→エジプト→スーダン→エチオピア→ケニア→ウガンダ→ルワンダ→タンザニア→マラウイ→ザンビア→ボツワナ→ナミビア→南アフリカ→アルゼンチン→チリ→パラグアイ→ボリビア→ペルー→エクアドル→コロンビア→ベネズエラ→キューバ→ベネズエラ→パナマ→コスタ・リカ→ニカラグア→ホンジュラス→エル・サルバドル→グアテマラ→ベリーズ→メキシコ→アメリカ→
日本


「ふたりでふらり」はブログランキングに参加中!
1日1回のclickが順位に反映されます。
ぜひポチッと応援お願いします ♪
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

帰国しなければならない幸福

2016.02.13 05:49|世界一周裏話☞EDIT
旅の最後の最後になってバックパックや下着、歯ブラシなどを買い直したイクエです。
今いる中国は、ちょうど春節(旧正月)の時期。
お正月セール目当てにショッピングセンターでごった返す中国人に負けずに爆買いしてきました。
というのも・・・。

アメリカからの飛行機に乗るときに預けた荷物が行方不明になったから!
いまもロストバゲージのまま。
たぶんまだ荷物だけまだ帰りたくなくてアメリカにいるのかなあ。
でもわたしたちはもうこのブログがアップされているころには韓国・済州島に。
そしてその次の日には釜山にいって、そのまま日本。
果たして、お土産の詰まった大切な荷物は、わたしたちにどこで追いついてくれるのでしょうか。

これまでたくさん飛行機やバスに乗って荷物を預けてきたけれど、一度も荷物が行方不明になったことはない。
ケンゾーと「わたしたちすごいよね。ラッキーだよね。」なんて話していたのに。
まさか最後になってロストバゲージという初体験をするとは・・・。

さて、中国はインターネットの規制があってスムーズにブログの管理画面が開けず、ちゃんと書けないの。
それできょうは写真なしになってしまいますが、おつきあいください。
きょうはわたしたちがなぜこの時期に帰国を決めたのか、その理由についてお話ししたいと思います。

メキシコ、アメリカ、中国。
これまでのわたしたちらしくなく、いま急ぎ足で旅しています。
帰国日をめぐっては、実は母と一悶着ありました。
簡単に言えばわたしたちとしては「これまでのペースでゆったりとふたりらしく旅をしたい」、つまり「もうちょっとだけ旅をしたい」という気持ちでした。
いっぽうの母は「これまでさんざん旅をしてきたのだから、いいかげん一刻も早く帰ってきなさい」という気持ち。

旅を始めるまえ、わたしたちは旅の期間は2年、長くても3年かなと思っていました。
家族としては「もっと早く切り上げて帰ってくるんじゃないか」「1年、いや、思いつきで旅立ったあの子たちのことだから半年かも」という期待もあったと思います。

それなのに約束の期限を過ぎ、3年5か月も旅をしています。

ケンゾーもわたしももう子どもがいてもおかしくない年なんだけど、それでもやっぱりわたしたちの親は親のまま。
わたしたちのことが心配でしかたがないようです。

母や姉は、わざわざわたしたちに会いに、海外までやってきてくれたこともあります。
とくに母なんて、もう60歳を過ぎているのにたった1人でわたしたちに会いにウズベキスタンまで来てくれました。
バッグパックを担いで。
そのバックパックには、わたしたちに食べさせたい日本食がたくさん入っていました。
せっかくはるばるやって来てくれた母。
3人のバックパック旅。
でも、わたしとケンゾーはあの旅行を後悔しています。
母にいつものようなわたしたちの旅をさせるのはとても酷なので、宿や移動手段のレベルを少しは上げたつもりでした。
でもいま思えば、もっともっと母のことを優先した、ゆとりある楽な旅をすればよかったと思います。
あの時期のウズベキスタンは一年でもっとも暑い時期。
40度を超え、食欲もわきません。
すぐに体力が奪われます。
母もお腹をこわし、高熱を出し、寝込みました。
それでも母はバックパックを担ぎ、いっしょに歩いて宿探しをしました。
母が楽しめる旅行ではありませんでした。

もう一度あの旅行をやり直せるのならー。
母が楽しめる目的地を選び、豪華なホテルに泊まって、一流のレストランに行って、できるだけ歩かずにタクシーに乗って・・・。
そのくらいレベルをあげたって、短期間だから数万円ですんだのです。
親孝行を兼ねた旅をするチャンスだったのに、わたしたちはそのチャンスを放棄してしまっていました。

それなのに、母は帰り際に言いました。
「あんたたちがどういう旅をしているのかがよくわかって、来た甲斐があった。
苦労して一生懸命旅をしている。
それを見たら、なんかどうにかして旅を続けさせてあげないといけないなあって思った。」

きっと母は、わたしたちの旅が早く終わるのを願っていたと思うのです。
でもわたしたちはわたしたちで、少しでもこの世界一周を長く楽しめるように、毎日節約し、タクシーにも乗らずに歩き、安宿に泊まり、旅費を切り詰めていました。
それを見て母は、「我が子が日本に帰ってほしい」という気持ちと「我が子の願いを叶えたい 応援したい」という気持ちの間で揺れ動いていたのかもしれません。

このブログはありがたいことにとてもたくさんの人に読んでいただいています。
それでもやはり、このブログの一番の読者は、母なのです。
わたしたちが危なっかしい旅行をしたり、事故やトラブルにあいそうになったり、トレッキングで危険な場所を歩いたり・・・。
そのたびに母は、不安で押しつぶされそうだったことでしょう。

旅に出てからわたしは家族と電話で話していません。
スカイプをやろうと何度か試みましたが、どうも母はスカイプがうまくあつかえないようです。
その代わり、母からたまにメールがきます。
「ワイナポトシ登山のブログ、ハラハラしながら読みました。」
「長距離バスの移動はヒヤヒヤ、まったく綱渡りのような旅をしているのだなあとつくづく思います。」
「あんまりハードな活動は控えてのんびり、ぼちぼち進めてください。」

母は約束の3年が経つのをがんばって待ってくれていました。
それなのに、わたしたちは3年が経っても帰国しようとしない。

「年内には帰るから!」
そう言ってわたしたちは家族を説得していました。

そして、去年の年末が近づいてくるとわたしたちの訴えはこう変わりました。
「年末年始は飛行機代が高い。
 落ちついた1月の中旬くらいに帰るから。」

けれど結局わたしたちが取った、アメリカから中国行きのフライトチケットの日にちは2月9日でした。

わたしたちのこれまでの旅は、ほんとうに行き当たりばったりでした。
それでも、最後だけちょっとしたこだわりがありました。
それは、日本を旅立ったときと同じように、日本に帰るときも船を使うこと。
日本を出るときは、下関から夜にフェリーに乗って、朝に韓国に着きました。
帰りは中国から日本行きのフェリーに乗ろうと計画していたのです。
でも、この時期中国は春節で、各フェリー会社が船のメンテナンスのために長期休暇に入ることがわかりました。
フェリーが運行再開するのは、2月下旬。
アメリカから中国に着いてすぐはフェリーは運休しているけど、中国で10日間つぶせばフェリーに乗れる。
わたしとケンゾーはそうしたかったのです。

でも母はそんなわたしたちに苛立っていました。
「中国はPM2.5で大変。」
「上海に着いたらその日に日本に飛ぶ便で帰りましょう。」
「汚い荷物を抱えてあっちこっち立ち寄るのではなく、まず落ちつくこと。」

苛立っている母のメールを読むたびに、わたしもイライラしました。
どうしてここまで来て、あとわずかな猶予をくれないのか。
自分たちの望む、旅の終わらせ方をさせてくれないのか。

日本人の旅人に話すと「3年半も待ってもらったんだから、あと10日間くらい、多めに見てもらったら?」「3年半待てたんなら、たった10日くらいいいのにねえ。」と言われました。

イライラを抑えきれないわたしは、3つ年上の姉にメールで自分の気持ちを伝えました。
母と同居している姉に、いまの母の様子を聞き、なにかアドバイスがあったらもらいたいなと思いました。

姉とわたしは小さいときからとても仲がよく、友だちのようでした。
でもタイプはまったく違います。
わたしは文系だけど、姉は根っからの理系。
理系の姉は、たまにわたしが思いつかないようなことを、思いつかない表現で説明してくれます。
姉からのメールの内容は、わたしが考えもしなかったもので、そして妙に納得させられました。

「親になったわたしが考えることは、おかあはよく娘を世界一周に見送り、3年半もがんばりました。
心配で眠れないこともあったと思う。
いつか、イクエが親になればわかるかな。

トイレ我慢しとって、ようやくトイレを見つけたのに、人が入ってて、もう漏らしてしまう感じと似ています。
ここにきて、安心して、爆発したのです。
帰国が2月って決まったのに、中国から先があやふやだから。
(それに中国のスモッグのひどさが連日日本のニュースで報道され、それも心配しています。)

『旅の消化不良』なんて、ないでしょ。
パリス・ヒルトンがブランド店でたくさん買物をして『あー、これでもまだ足りないわ。わたしのこころは満たされない』って言ってたら・・・。
清水の舞台から飛び降りたつもりでブランド品を買って満たされる庶民のわたしが幸せかも!って思うでしょ。
そんな感じ。
3年半も旅して、最後の終わり方で消化不良とか。
一週間の旅行で満足できる自分が幸せって思ってしまう。
わたしたちの旅行なんかは期限があるから『5日の休みの間だったけど、楽しかった~』なのか、『5日しか休みがなかった、あと2日あればよかったのに、消化不良』なのかは、自分の心次第。

消化不良をおかあのせいにするのは、本当にかわいそうです。

会えたときは、本当におかあに感謝してね。

とても説教になってしまいました。
ただただ、おかあの気持ちを少しでもくんでほしいんです。

なにか、いくえたちのこころに響けばいいけど。
親だから。
すごくいくえが大切だからです。」


姉のメールを読んで、わたしのイライラはスーッとなくなっていました。

早く帰ろう。
定まらなかったこころが、ふっとしかるべき場所に落ちつきました。

そしてわたしたちは、最後にちょっとだけわがままを聞いてもらうことにしました。
上海からすぐに韓国に行って韓国から船で帰ること。
上海から釜山へ飛ぶよりも、済州島で乗り換えるほうが安かったので、途中、済州島で1泊します。
上海 〜 済州島。
そして済州島 〜 釜山。

帰国の予定を伝えたあと、母のこころは穏やかになったようでした。
「上海から直行便で帰国し、誰にも会わずにその足で実家へ」と言っていた母ですが、最近のメールは違います。

「今アメリカにいると思うとなんか安心しますね。
 こちらに帰るのは何時でもいいですよ。」
「釜山まで来たら焦らずに博多へ。」
「福岡で行くところがあれば寄って来てください。
 そこまで帰ったら、あまりバタバタせんでもいいと思います。」

母のメールをみて、おもわずケンゾーと吹き出しました。
母は、娘が必ず帰ってくるとわかり、尿意が薄れたのかもしれません。

わたしたちは釜山に着いたその日に、そのまま高速船に乗って博多に戻ることにしました。
そしてその日はケンゾーの福岡の家に泊まり、翌日15日には実家に帰ります。
いま、みんなに会うのが楽しみです。
早くあの食卓を囲みたい。

わたしたちはなんとしても、日本に帰らなければならない。
わたしたちを3年半、ずっと待ち続けている大切な人たちがいます。

帰国しなければならないという幸福。
旅を終わらせなければならないという幸福。

そんなありがたい幸福が、存在しているのです。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

Comment

No title

イクエさんのお母さんは、本当に偉い。よくがまんされたと思います。自分のためではなく、娘のために我慢した。お姉さんは、それをしっかり理解していた。我が家も二人の娘がいますが、次女は自分自身の楽しみの追求が一番で、それを実現させてもらうための、周りの家族の気持ちを想像したり、感謝することがなかなかできないようです。なにはともあれ、私も旅行記を楽しませていただきました。無事に帰国され、お母さんの晴々とした笑顔が眼に浮かぶようです。ありがとうございました。

No title

朝から読んで涙でてきました。
娘を思う母親の気持ち。それを理解してる姉。
そんな二人の想いに応えるイクエさん。

私には子供はいないしですし、親も2年前に他界したので、少し羨ましいです。
帰国後、家族団らん楽しいんでくださいね~!!!

No title

イクエさんの丁寧で飾らない感情の描写がすごく好き。
お姉さんのメッセージもじーんとしちゃった。
もうちょっとで家族に会えるのが楽しみやね!!

それにしても…最後にロストバゲージするなんて、ラッキー。笑
と、ちょっと思ってしまったけど、そっか、お土産入ってたのか!!
それはショック > <
でも、ふたりの強運なら出てくると信じてる!!

こんにちは。
いつも読ませてもらっていました(*^^*)

長い旅をしてるからこそ、また家族の温かみや、ありがたさが帰ってからしみじみとわかりそうですね、、!

あと少し気をつけて帰られてください。そして、日本に着いたら日本の驚いたこととか、感動したこととかぜひレポートしてください〜!いくえさんたちは、浦島太郎状態だとおもうので。笑

お姉さんありがとうございます✨

いつもブログ楽しみにしています!
初めてコメントします。

いくえさんのお姉さんからのメールに涙が出ました。
私は母との約束の日に帰らずに、そのまま家庭を築きもう帰ることは出来ません。
自分では満足していましたが、母の気持ちを考えていませんでした。
お姉さんのメールを読んで、初めて後悔しました。
お母さんごめんなさいっっ‼
いくえさんは早く帰ってあげて🎵

泣きました・・

旅がまだ終わっていないのに・・
終わってしまったかのような感動でした
お母さんの愛が深いですよね・・
イクエさんには悪いけど、私もお母さん派ですね
でも最後にお母さんの気持ちをよくよく理解されたイクエさんもエライ!!

最後の最後のロストバゲージ?
出来過ぎのシナリオみたいで・・・そこはちょっと(笑)でしたよ

No title

>尿意が薄れたのかもしれません。
思わず笑ってしまいました。素敵なメールの受けですね。
自分も親の立場となり、たびたび海外へ出ていたことを振り返ると、
親が子供をおもう気持ちはわかる気がします。
お気をつけて。

いよいよですね!

イクエさん、ケンゾーさん、こんにちは!いよいよですね(^-^)

親の気持ちは、みんな同じなのですね。私たちの時もそうでした。そして、今は、妹夫婦が期限未定の旅をしているので、母の気持ちは継続中です(>_<) 私たちも親になれば、その気持ちが分かるかもしれませんね!心に響くブログをありがとうございました。今、ナミブ砂漠にいる妹たちにも(笑)読んでもらおうと思います!

それでは、無事に帰国して下さい!荷物が見つかりますように☆

不覚にも涙

素敵な家族の繋がりに思わず涙してしまいました。
「沢山の体験をされた二人にこの国はどううつるんだろう?」「僕たち胸を張って“今の日本もすてたもんじゃないでしょ”って言えるかなぁ」と思っていましたが、イクエさんが帰るのは無機質で株価に一喜一憂する日本ではなく、大切な家族がいる場所だから大丈夫!そう思えました。
最後までお気をつけて!
遠足は家に帰るまで気を抜かないように!と昔、小学校の先生に言われましたから(笑)
汐留のビルの谷間でお二人の明日を祈っています。

本当に素敵なお母様ですね
ウズベキスタンの記事のときもですがかなり心うたれうるうるでした。
ご帰国後のお二人のご活躍も楽しみにしております!
最後までお気をつけてご帰国ください!

No title

はじめまして。

感涙!

帰国はなんだか寂しい気持ちもありますが…
最後まで無事で、楽しんでくださいψ(`∇´)ψ

約3年半?ぶりの日本
どう感じるのでしょう。
また教えてください。

帰国してのお母さんのリアクションも楽しみにしています。

最後にロスバケ…まさかの( ̄Д ̄)ノですね。

No title

母子だから成り立つ話ですね。
他人だったら大変ですよ。

借金期限をさんざん延ばし延ばしして、あと半年、あと2ヶ月、あと1ヶ月といった後、
「これだけ待ってくれたんだから、あと10日ぐらい待ってもいいじゃない」と言ってるようなもんだから。
完全に自分の方だけの論理。
待つ方から見たら
「いつまで待ったらよいのか、本当に返してくれるんだろうか」という不信感になりますね。

それでも最後まで娘を心配する母はありがたいですね。

いよいよ明日ですね。

3年半と言うのは本当に長いですね。お母さんは毎日、今日も無事であります様に祈ってたと思います。私もイクエさんと同年代の子供がいるのでお母さんの気持ちすごく分かります。帰る場所があるのは本当に幸せですね。どうぞ最後までお気をつけて下さい。

いくえさんのブログがとても面白くて、 毎日読むのが日課になっていました。
終わるのはとてもとても寂しい。
このブログの3年半に37歳の私は、待望の待望の第二子を12年振りに産み、子育てを始め先日息子は2歳になりました。ちなみに上の子は14才。
私の母は、四年前に心臓発作で60になる前に亡くなりました。

いくえさんのお母さんの気持ち少しわかりますよ。母が亡くなる前のお盆に上の子を連れて久しぶりに帰省したら、母が孫を見た瞬間に大号泣しました。
それからの突然の死。 私は今日も母を思い出し胸がせつなくなりました。 あそこにも連れて行きたかった。あれも食べさせてあげたかった。
私のことを語ってしまい申し訳ありません。

ブログが終わるのは本当に本当に寂しいけど、いくえさんご夫婦が無事に帰国し、
お母さんやご家族が安心するのが一番良いです。
日本に帰ってもいくえさんご夫婦のさらなる飛躍を私は楽しみにしています!

きっと

いつも読ませていただいています。

「かわいい子には旅をさせろ」
大事だから旅をさせたんですね。
そんなお母さん、家族って、ありがたいですね。

私も、残りの旅を応援させていただきます^.^

田中直美 さま

おっしゃるとおりです。
家族に感謝しなければいけません。
うちも二人姉妹で、結局わたしがいつもわがままを言っています。
両親は離婚していて、嫁いだ姉が子どもや義兄と、母のもとで暮らしています。
姉にも感謝していて、そしてわたしだけいつも自分のことしか考えておらず申し訳ない気持ちでいっぱいです。

いまは日本でみんなで温かい食卓を囲んでいます。

読んでいただいて、こちらこそありがとうございます。

麻 さま

わたしはほんとにわがままです。
姉はわたしなんかよりも家族思いだなあと思います。

おかげさまでいま帰国して、家族団らんを楽しんでいます。
やっぱり、家族と一緒だとリラックスできますね。

きっこ ちゃん

ありがとう!
きっこちゃんたちのブログもようやく日本だね!!
わたしたちもブログが日本に到達するのはまだまだ先になりそう(笑)

荷物はアメリカで見つかったみたい。
きっと1週間後に日本に届くはず。
最後にロストバゲージというアクシデントを楽しめたよ♡

日本で会おうね。
将来設計について相談したいよ。

なっちょin Singapore さま

シンガポールで暮らされているんですか?
すてき♡

日本では、看板の字の大きさにびっくりしてます。
どこをあるいても、大きな文字ばかり目に入ります。

あと、もっとギラギラしてると思ったら日本は意外と静かで電気もそこまでついていなかったです。
「道はこんなに狭かったけ?」って思います。

浦島太郎状態から、ゆっくり現代っ子に戻していこうと思います。

もぐもぐ さま

なかなか娘って母の気持ちを考えてあげられませんよね。
いっぽう母は娘のわがままな幸せを叶えてあげたいとも思っている。
客観的に考えると、なんか切ないですよね。

でも、いざ自分のことだと母のことまで思いを馳せられず、自分中心になってしまいます。
そして、あとになって後悔しちゃうんですよね・・・。

いま帰国していますが、面と向かって「ありがとう」っては言えないです。
悲しい。。。

tako さま

そうなんです、母にはいろんな我慢をさせてしまいました。
反省・・・。

最後の最後に、ロストバゲージ、なんで!?まさか?って感じでした。
まだ荷物と再会をはたせていませんが、アメリカで見つかったみたいで近いうちに再会の予感。
無事に届くといいなあ♡

きみひろ さま

コメント、ありがとうございます。

海外にいるときは、目先のことでせいいっぱいで日本にいる親のことまで考えが及ばないことも多くありますよね。
今回は姉が気づかせてくれました。

わたしももう少ししたらもっと親の気持ちがわかるときがくるのかもしれません。

さおり さま

いよいよ日本に帰りましたー!

帰るのを決めるまではなかなか踏ん切りがつかなかったけど、帰国が決まったらわりとすんなり自然に心が日本に向きました。

妹さん夫婦が旅行中なんですね。
今度はご心配する立場ですねー。

妹さんたち、ナミブ砂漠。
わたしたちは1年前がナミブ砂漠でした。

そしていまは日本。
日本の食卓もやっぱりいいもんですね♡

パラソルさま

コメントありがとうございます!

おかげさまで無事に家までたどり着きました。長い長い遠足もとうとう終了です。家族の顔を見て一気に脱力、旅中ずっと張っていた気が緩んで腑抜けになっています。笑

ブログはあともう少し続きますので楽しんでいただけると嬉しいです。

rsteadyさま

こんにちは。
無事に帰国して母に元気な姿を見せることができました。

活躍できるかは何とも言えませんが、早く社会復帰できるようにしたいと思います!

りえとしん。さま

おかげさまで無事に帰国することができました。

あいかわらずロスバケした荷物はまだ手元に届いていませんが、そのうち届きそうです。

久しぶりの日本は、とくに違和感もなくしっくりきています。
家族とはほとんど旅行の話をすることもなく、3年半前と変わらない食卓です。

いまはのんびり家で過ごしていますが、働きはじめたら違和感を感じるかも?
いや、やっぱり感じないのかなあ。

Crew さま

そうですね。
かなりわがままを言ってしまいました。
それでも、普通にいまこうして受け入れてくれる母の存在はありがたいものです。
面と向かってなかなか親孝行もできず・・・。

帰国まで、このブログにおつきあいいただいてありがとうございます。
多くの人に読んでいただき、コメントをいただけたことで、筆無精のわたしたちもブログを続けることができました。

えいくんばぁば さま

3年半、日本に一度も帰ることなく旅を続けてしまいました。

おかげさまで無事に帰国し、いまは母たちといっしょの日々を過ごしています。
いつでも帰る場所があること、ほんとうに幸せなことですね。
それに甘えてしまい、安心して旅をしていたように思います。

あさがお さま

いつもこのブログを読んでくださってありがとうございます。

わたしたちにとってはただ旅をしただけの3年半でしたが、あさがおさんにとっては待望のお子さんをご出産され、そしてそのお子さんがもう2歳を迎えられたんですね!
そちらのほうが、とても壮大で有意義な3年半だったようにわたしたちからしたら思いますよ。

お母様の話、切ないですね。
でもきっとお母様は最後にお孫さんとお会いされたとき、とてもとても嬉しかったのだろうと思います。
わたしたちも、そういうふうに次は母を喜ばせたいです。

無事に帰国しましたが、ブログはまだまだ続きます。
これからもおつきあいいただければ、嬉しいです。

みんとまゆ さま

3年半も自由に旅をさせてもらって、そしてそんなわたしたちを優しく迎え入れてくれて家族ってほんとうにありがたいですね。
母にはこの3年半、とても心配をかけてしまいました。
ブログを読んでヒヤヒヤすることも多かったと思います。

わたしたちを応援してくださって、ほんとうにありがとうございます。
非公開コメント