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2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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サンティアゴ・デ・クーバ ここから始まった

2015.12.12 06:01|キューバ☞EDIT
帰国したら、イカの塩辛と駄菓子のイカフライを食べたいイクエです。
イカフライのあのチープな味が好きなんです。
イカフライ、おいしいよねえ。
何度夢見ていることか。

カミオンに乗って、疲労困憊で到着したサンティアゴ・デ・クーバ。
人口およそ40万人でキューバ第2の都市。
第2の都市ではあるものの、ハバナに比べれば規模は小さい。
ビルなんてほとんどなく、老朽化した建物が道路の脇に建ち並び、住宅街となっている。

a_DSC_1419_2015121107392446b.jpg

スペインがここに街をつくったのは16世紀。
南側にはカリブ海。
16世紀から17世紀にかけて、ここは海賊の密貿易の拠点でもあった。

今では港湾都市として、中米のパナマと船で結ばれている。

a_DSC_1638_20151211075720add.jpg

街の中央に建つキューバ歴史博物館。
もともとスペイン人のディエゴ・ベラスケスの家だったもの。
ベラスケスはコロンブスの船団のメンバーのひとり。
初代キューバ総督となり、ここサンティアゴやハバナなどの都市づくりを手がけた。

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キューバに侵略したスペイン人たちが原住民を殺害していったために原住民はほとんどいなくなった。
そのためベラスケスは、労働力不足を解消するために黒人奴隷の輸入を認めたという。
その子孫たちが今のキューバ人でもある。

このベラスケスの家はキューバでもっとも古い建物と言われている。
張り出した木製の窓。
黄色と水色の独特の壁。

a_DSC_1441.jpg

ほかの中南米諸国と同じように、スペインの植民地だったキューバも旧市街の中心地は同じつくり。
街の中央に広場があり、そしてカテドラルと市庁舎が向き合うように建っている。
カテドラルはどこも存在感があり、街の顔ともなっている。

a_DSC_1424.jpg

さっきのベラスケスの家の外壁も黄色と水色だったけど、このカテドラルの内側も黄色と水色で華やか。

a_DSC_1435.jpg

サンティアゴの人たちは黄色と水色がお好き?
ここの外壁も黄色と水色。
何かをみんな待っている様子。

a_DSC_1425_201512110739351ea.jpg

ここはキューバのファストフード店。
キューバにはほかの国のようにファストフードのチェーン店はほとんどない。
全然ないと言ってもいいくらい。
代わりに普通の家のようなところで、ピザやサンドイッチを作って売っている。

典型的なキューバのファストフード店。
表にはメニューが張り出されている。
いちばん安いピザが5モネダ(約25円)。
コーヒーは1モネダ(約5円)。
キューバのローカルな店はどこも明朗会計。

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こういうお店には中で食べれるようなスペースはない。
テイクアウトだけ。
テイクアウトといっても袋に入れてくれるわけではない。
ちぎった厚紙で挟んで、ほい、と渡される。
こんなふうに折り曲げて渡されることも。

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だからキューバの人たちは持ち帰らずにそのまま路上で立ち食い。

直径15センチくらいの1人分のピザ。
生地は分厚く、いちばん安いピザはチーズとケチャップだけ。
ピザと言うよりも「ピザトースト」というほうがふさわしい味。

だいたい窓口には塩が置いてあって、なぜかキューバ人はこのピザの上に大量の塩をふりかけて食べる。

2軒隣には同じようなつくりの飲み物屋さん。
ひっきりなしに人がやってきて飲み物を注文し、その場でぐびっと飲んではすぐに立ち去って行く。
みんなに人気の飲み物は、サトウキビジュースだった。
メキシコのコロナビールの瓶を再利用したグラスに注がれる。
1杯1モネダ(約5円)。

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「これ、砂糖入れてないよね?」
ひとくち飲んだケンゾーがわたしに言った。

「サトウキビだからもともと甘いんじゃない?」
「すごいね、サトウキビ。」

ケンゾーはこの甘ったるさが苦手だったけど、わたしはけっこう好き。
さわやかとは言いがたいけれど、疲れを癒してくれそうな味。

あとはこんなものも朝ごはん代わりに食べた。
小さなハンバーガーのような。
中に入っているのはなんだろう。
コロッケ?

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1モネダ(約5円)。
中身はコロッケじゃなくて、揚げパンだった。
ドーナツみたいな揚げパン。
パンでパンを挟むってどういうこと?
もちろんおいしくはない。

街角でよく売っているアイスクリームにも挑戦。
アイスと言うよりソフトクリーム。
1モネダ(約5円)と安い!
味はおいしいけれど、ふわふわしていて軽め。
すぐに食べ終わる。

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路上でよく売られているものに、これもある。
「キューバと言えば」のアレ。

a_DSC_1465.jpg

葉巻。
ちゃんとした葉巻ショップで買うと安くても1本5CUC(約5ドル)くらい。
でも街角の葉巻は、1モネダ、2モネダ(約5円〜10円)で売っている。

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葉巻農家の人にあとで聞いたら、路上の激安の葉巻は外側はタバコの葉だけど中身はトウモロコシとか別の葉っぱを使っているらしい。

街を歩いていたら青空市場に遭遇。
野菜や果物、ヒマワリも。

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そしてカゴに入ったもの。
ニワトリにハト。
この公園によくいるようなハトも食べるんだって。

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水色の頭に黒と白の水玉模様のぷっくりした鳥はホロホロ鳥。
フランス料理の食材になるおいしい鳥。
そして右の隅にはカメ?

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「これどうするの?食べるの?」って聞いたら「うん、おいいしいよ」と真顔で言われた。
そして「5CUCで買わないか?」としつこく勧められた。
日本でもスッポンを食べるから、カメもおいしいのかもしれない。

さすがにカメは買わなかったけど、これを買ってしまった。
値段は覚えてないけど4CUCくらいだったかなあ。

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キューバでもワインが作られていたのは意外。
スペインやフランスに侵略されたから、ワインの製法が持ち込まれたのも当然かもしれない。
暑かったので白ワインを購入して冷やして飲んだ。
「絶対まずいよね」と言いながら買ったけれど、悪くない味だった。
でも熟成しすぎたような甘みと渋み、癖がある。
ブランデーやラム酒のような味。
キューバ人はラム酒が好きだから、こんなワインが好まれるのかもしれない。

ラム酒と言えば、ここサンティアゴにはバカルディ博物館がある。
バカルディは世界最大のラム酒のブランド。
でももともとは実はキューバのラム酒だった。
サンティアゴ初代市長のエミリオ・バカルディ。
その一族がキューバでラム工場を営んでいたけれど、キューバ革命でバカルディ一族がキューバから亡命し、その製造技術がカリブ海などの他の島々に移された。
いっぽうキューバのラム酒バカルディはハバナ・クラブに名前が変わったんだって。
バカルディ一族が住んでいた邸宅は1899年に造られたもの。

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キューバ第2の都市、サンティアゴ。
ここは今の社会主義国キューバができるきっかけになった、キューバ人にとって重要な場所でもある。
キューバ革命はここから始まった。

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この黄色の建物は革命前、アメリカの傀儡だったバティスタ政権の兵営だったもの。
階段付近の壁に黒いブツブツが見える。

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1953年7月26日。
青年だったカストロが革命軍を結成し、このモンカダ兵営を襲撃。
この前日、サンティアゴではお祭りが行われていて、兵営でもパーティーが開かれていたという。
兵士たちの気が緩んでいるその翌日の早朝を狙ってのことだった。

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しかしこの作戦は失敗に終わる。
革命軍121人のうち、その半数が死亡してしまう。
そしてカストロも逮捕された。

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カストロは死刑判決を受けたものの、世論の後押しがあり恩赦で出獄。
その後カストロはメキシコに亡命、そこでゲバラと出会い、革命の実現を目指してふたたびキューバに上陸しゲリラ戦を展開することになった。

バティスタ政権を倒したカストロ。
1959年1月初め、サンティアゴの市庁舎のバルコニーから勝利宣言の演説を行なった。

左側の白い壁に青いバルコニーの建物がその市庁舎。

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モンカダ兵営襲撃に失敗し一度は逮捕され、死刑判決まで受けたカストロ。
もしそのまま恩赦を受けることなく死刑にされていたら・・・。

きっと今のキューバはまったく違う姿になっていただろう。
そしてゲバラもまったく違う人生を歩み、世界に名を知られることはなかったかもしれない。
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