ワラストレッキング3 曇のち晴、ときどき吹雪
きのうパンツ(レギンス)を買ったイクエです。
もう物は増やしたくないって言ってたばかりなのに。
一枚買ったからには何かを捨てないといけない。
でもそれができないんだよねえ。
いま水着を2着持ってるから、それを捨てようかなあ。
ニット帽を捨てるかなあ。
誰かもらってくれないかなあ。
牛の糞だらけで、わたしたちしかいないキャンプ場。
朝6時過ぎに目を覚まし、牛の糞を見ながら野糞をする。
きょうの朝食のメニューはリゾット。
そして、これを使った一品も。
これが前言ってた大豆でできた偽物肉。
味は淡白だけど食感は鶏肉。
これにニンニクと溶き卵を入れてオリーブオイルで炒める。
よし!
栄養をつけたところできょうのトレッキングスタート。
きょう目指すのは3870メートルのParia(パリア)キャンプ場。
このトレッキングでいちばんの難所プンタ・ユニオン(峠)を越えないといけない。
標高は4750メートル。
いまから600メートル登って、峠越えをして今度は900メートル下ったキャンプ場に行く。
天気はパッとしない。
いまは花の時期。
咲き誇る花々が励ましてくれる。
ハードな1日になりそう。
きょうが正念場。
3泊4日予定のトレッキングの3日目だから、ちょうど折り返し地点。
がんばろう!
山頂を雲に覆われた山々。
山肌にはてんこ盛りの氷河。
氷河と空の境目がわからない、白の世界。
そんな場所でも、大地にはしっかりと草が生え、ところどころに緑の木が茂り、きょうも大きな荷物を背負ったロバたちが土を踏みしめ歩いている。
アルパマヨ山が見えると言われる道にさしかかった。
でも霧に包まれて上のほうは全然見えない。
きのうのうちに、アルパマヨの勇姿が見られてよかった。
山の天気は安定しない。
天気に恵まれるかどうかは運にかかっている。
晴れているのとそうでないのとでは、景色はまったく異なる。
天気が悪いと、感動も楽しさも半減。
いや、半減どころじゃない。
五分の一くらいかな。
どうか、どうか晴れますように。
できれば、抜けるような青空、雲ひとつない快晴になりますように。
振り返り、いま歩いてきた方角を見る。
いくつもの山が折り重なってできた谷。
まさに、サンタ・クルス「谷」。
その谷底に眠る湖。
雲が広がっているからか、湖はきのうよりも色を落としている。
きょうも牛がとおせんぼ。
「モゥ〜、通してください!」
ユウくんとアイちゃんはわたしたちよりもスピードが速い。
2人の姿がどんどん遠ざかっていく。
このままだときっとわたしたちよりもキャンプ場に1時間以上は早く着くんじゃないかな。
「お願い!晴れて!」という願いもむなしく、どんどん薄暗くなっていく空。
歩きながら「晴れるんだったら100ドル、いや200ドル? 150ドル払っていいな」とゲスなことを考えるイクエの頭。
お金ではどうしようもないことをお金で換算してしまうなんて。
こんな雄大な自然のなかをトレッキングしている最中に。
そんなこと考えるから、あ〜あ。
ついに霧雨。
外付けの寝袋を濡らさないようにビニールで巻く。
前方には雪を被った山。
灰色の空に溶け込んでうっすらと見えている。
でも見えているよりも実際の山は数倍も高い。
まだこんなにも霧が立ちこめていないときに、山の上のほうが見えていた。
圧倒されるほど高くて、かっこいい形をしていた。
早くあの山を近くで見たい!
そう思って歩いていたのに・・・。
霧雨はみぞれに変わり、そして雪へと。
う〜、寒い。
顔が濡れるから下を向いて歩く。
ケンゾーが嬉しそうな声をあげた。
「うおお!!
雪が雪の形しとる!」
降ってくる雪が、星形の結晶の形になっているということ。
こころのなかで「ふーん、そうだね。」と思った。
以前もそういうことがあったけど、ケンゾーは結晶の形をした雪にとても感動するようだ。
わたしは・・・。
そうでもない。
夫婦とはいえ、感動するポイントが違うこともある。
カメラを濡らさないようにしながら必死に雪を撮影する夫。
撮影しやすいように黒い布の上に雪を移したいけれど、すぐに溶けてしまう。
「あー、溶ける溶ける。」
わたしは雪の結晶に心ときめかなかったけど、「へぇ〜!きれいだね!」と言っておいた。
夫婦とはいえ、そういうフリをすることもある。
結晶の形をした雪に打たれながら、登っては足を止め、登っては足を止め。
早く歩きたいけれど、息が苦しくて足が重くて進めない。
食料は半分くらいに減ったとはいえ、バックパックの重さは初日からほとんど変わってないような気がする。
むしろ重くなっている。
荷物は減っているけど、疲れは着実にたまっていっているから。
歩いても歩いても上り坂は終わらない。
せめて晴れていれば・・・。
景色を楽しみながら登れるのに。
目の前には見上げるほどの雄大な山がぐぐぐーっと迫っているはずだけど、その全容が見えない。
ただ、峠を登りきることだけを目標に、歩いていく。
わたしのスピードはかなり遅い。
10歩進んでは立ち止まって、息を整えて。
「あ、湖。」
山裾に隠れるように存在している湖が、峠を登るに従って姿を現してきた。
白黒の世界で、そこだけがカラー。
「きっと晴れていたらもっときれいなのにね。」
雪を被った山々に抱かれるようにある、エメラルドグリーンの湖。
日が射したら湖面がキラキラと反射して、もっと美しいだろうに。
少しでも青空になってくれれば、山の頂まで見えて、もっと神々しいだろうに。
「向こうの雲がなくなってきとる!
もしかして、こっちも晴れてくるかもしれん。」
ケンゾーが言った。
そう信じることで、がんばれそうな気もした。
雲が風に流され、ちぎれ、薄れ。
そしてー。
山の天気は変わりやすい。
予測もつかない天気に登山者たちは翻弄される。
でも、だからこそー。
トレッキングはおもしろいのかもしれない。
一秒たりとも同じ景色はない。
人間の力ではどうすることもできない。
ただ、自然が繰り広げてくれる舞台をじっと見せてもらうだけ。
人間の力はちいさくて、存在はちっぽけで。
でも、こんなにも大きな自然に抱かれていることになんだかほっとする。
歩いてきたサンタ・クルス谷のほうを見る。
はるか先に見えるあの湖の、さらに奥からここまで歩いてきた。
2日以上かけてやっと。
「あったかーい!」
雪に濡れて風に打たれ、冷えきった体が太陽の光で温められていく。
「もっと太陽、でてこーい!」
こういうときにいちばん、太陽の力ってすごいなって思う。
「太陽さまさま」って思う。
わたしたちの体が温まっていくように、山々も温められていく。
まるで呼吸をするかのように、山肌から蒸気を吐き出していく。
そして霧はどんどんと流されていく。
山肌にへばりついた青みがかった氷河。
太陽が出てから「ミシ、ミシッ」という音をときおり立てている。
ゴゴゴゴゴォ〜
ジェット機のような音が静けさを破った。
どでかい固まりだった氷河は、粉になり、そして滝のように落ちていく。
この場所でお昼をとることにした。
パンと鶏肉の缶詰とトマトとゆで卵。
シンプルなメニューではあるけれど、こんなロケーションで食べるランチはとても贅沢。
目の前の湖と、向こうのサンタ・クルス谷の湖。
2つの湖とともに、5000メートル6000メートル級のいくつもの山々を眺められる場所。
空模様によって刻々と変わる景色を見ながら、お昼を食べて、こころが穏やかになって・・・。
長居し過ぎてしまった。
先を急がないと。
この景色に別れを告げるのは名残惜しいけど、きっとこの先にも別の雄大な景色が待っているから。
それにしても、この峠はいったいどこまで続いているんだろう。
もうかなり登ってきた。
「あそこまで行けば」って思いながら進んでは、裏切られる。
丘を越えて曲がると、下り坂になるどころか上り坂がずっと先まで続いている。
峠道にたたずむ、ちいさなわたし。
バックパックが肩に食い込んで痛い。
荷物を降ろして肩回しすると「ボキッ、ボキッ」。
う〜痛いよー。
どんどん晴れていくと思っていたのに、坂を上るにつれ天気は下り坂に。
そしてついに峠の上に。
標高、4750メートル。
「プンタ・ユニオンを越えると、そこから景色ががらっと変わる」。
そう聞いていた。
サンタ・クルス谷はここで終り、ここから平原が広がる。
霧に包まれてはっきりとはわからないけど、たしかに待ち受ける景色が違う。
ふたたび、みぞれがちらついてきた。
それが雪になりあられになり。
どんどんひどくなっていく。
峠だからこんなにもめまぐるしく天気が変わるのかな。
「もうこれ、吹雪やん!」
ついに激しい吹雪になってしまった。
吹雪で景色が消されていくほど。
「なんなん?!これ?」
ここまで強い吹雪だと、逆に笑えてしまう。
「なんでこんなに降るん?」
天気の変わりようと自分たちの境遇になぜか笑いが出てしまう。
というか、笑うしかない。
体勢を整えようと吹雪のなかでバックパックを降ろした。
ほんの1分ほど。
「えぇぇ!!
ちょっと、雪が積もりよる!」
「このままだとバックパックが雪だるまになってしまう!」
雪だるまにならないうちに、きょうのキャンプ場にたどり着かないと。
峠を登るのも時間がかかったけど、下るのも思っていたよりもてこずってしまった。
ようやくフラットな道に出たので、歩くスピードをあげる。
峠を過ぎて、天気も落ちついてきた。
山の天気はほんとうに予測不可能。
さっきの吹雪はなんだったんだろう。
振り返ると峠のほうにそびえ立つ山は晴れていた。
ここからは晴れて見えるけれど、あの場所はまだ吹雪なのかなあ。
歩いても歩いてもなかなかキャンプ場にはたどり着かない。
もうユウくんとアイちゃんは着いてるだろうなあ。
かなり早歩きでがんばる。
荷物も足も重いけど、早歩き。
東京の街を歩くときのスピードで早歩き。
あー、やばいやばいやばい。
どんどん暗くなっていく。
2人だけならもうこの辺にテント張っちゃうけど、ユウくんたちと合流しないと心配するだろうし、ガスもユウくんがもっているから温かい夕食が食べられない。
がんばれ、イクエー!!
ついに暗くなって、最後の20分くらいはヘッドライトをつけてのトレッキングになってしまった。
到着は予定よりも2時間以上もかかった。
朝から10時間以上かけてようやくたどり着いたキャンプ場。
真っ暗ななかでテントを立てて、夕食を作って。
3泊4日予定のトレッキング。
今夜が最後の夜。
辛いトレッキングもあしたでようやく終わる。
あしたは街に帰って、ビールを飲んで中華でも食べようか。
それなのに。
わたしとケンゾーはトレッキングの日程を1日延ばそうかと考えていた。
だって、やっぱりトレッキングは面白いから。
もう物は増やしたくないって言ってたばかりなのに。
一枚買ったからには何かを捨てないといけない。
でもそれができないんだよねえ。
いま水着を2着持ってるから、それを捨てようかなあ。
ニット帽を捨てるかなあ。
誰かもらってくれないかなあ。
牛の糞だらけで、わたしたちしかいないキャンプ場。
朝6時過ぎに目を覚まし、牛の糞を見ながら野糞をする。
きょうの朝食のメニューはリゾット。
そして、これを使った一品も。
これが前言ってた大豆でできた偽物肉。
味は淡白だけど食感は鶏肉。
これにニンニクと溶き卵を入れてオリーブオイルで炒める。
よし!
栄養をつけたところできょうのトレッキングスタート。
きょう目指すのは3870メートルのParia(パリア)キャンプ場。
このトレッキングでいちばんの難所プンタ・ユニオン(峠)を越えないといけない。
標高は4750メートル。
いまから600メートル登って、峠越えをして今度は900メートル下ったキャンプ場に行く。
天気はパッとしない。
いまは花の時期。
咲き誇る花々が励ましてくれる。
ハードな1日になりそう。
きょうが正念場。
3泊4日予定のトレッキングの3日目だから、ちょうど折り返し地点。
がんばろう!
山頂を雲に覆われた山々。
山肌にはてんこ盛りの氷河。
氷河と空の境目がわからない、白の世界。
そんな場所でも、大地にはしっかりと草が生え、ところどころに緑の木が茂り、きょうも大きな荷物を背負ったロバたちが土を踏みしめ歩いている。
アルパマヨ山が見えると言われる道にさしかかった。
でも霧に包まれて上のほうは全然見えない。
きのうのうちに、アルパマヨの勇姿が見られてよかった。
山の天気は安定しない。
天気に恵まれるかどうかは運にかかっている。
晴れているのとそうでないのとでは、景色はまったく異なる。
天気が悪いと、感動も楽しさも半減。
いや、半減どころじゃない。
五分の一くらいかな。
どうか、どうか晴れますように。
できれば、抜けるような青空、雲ひとつない快晴になりますように。
振り返り、いま歩いてきた方角を見る。
いくつもの山が折り重なってできた谷。
まさに、サンタ・クルス「谷」。
その谷底に眠る湖。
雲が広がっているからか、湖はきのうよりも色を落としている。
きょうも牛がとおせんぼ。
「モゥ〜、通してください!」
ユウくんとアイちゃんはわたしたちよりもスピードが速い。
2人の姿がどんどん遠ざかっていく。
このままだときっとわたしたちよりもキャンプ場に1時間以上は早く着くんじゃないかな。
「お願い!晴れて!」という願いもむなしく、どんどん薄暗くなっていく空。
歩きながら「晴れるんだったら100ドル、いや200ドル? 150ドル払っていいな」とゲスなことを考えるイクエの頭。
お金ではどうしようもないことをお金で換算してしまうなんて。
こんな雄大な自然のなかをトレッキングしている最中に。
そんなこと考えるから、あ〜あ。
ついに霧雨。
外付けの寝袋を濡らさないようにビニールで巻く。
前方には雪を被った山。
灰色の空に溶け込んでうっすらと見えている。
でも見えているよりも実際の山は数倍も高い。
まだこんなにも霧が立ちこめていないときに、山の上のほうが見えていた。
圧倒されるほど高くて、かっこいい形をしていた。
早くあの山を近くで見たい!
そう思って歩いていたのに・・・。
霧雨はみぞれに変わり、そして雪へと。
う〜、寒い。
顔が濡れるから下を向いて歩く。
ケンゾーが嬉しそうな声をあげた。
「うおお!!
雪が雪の形しとる!」
降ってくる雪が、星形の結晶の形になっているということ。
こころのなかで「ふーん、そうだね。」と思った。
以前もそういうことがあったけど、ケンゾーは結晶の形をした雪にとても感動するようだ。
わたしは・・・。
そうでもない。
夫婦とはいえ、感動するポイントが違うこともある。
カメラを濡らさないようにしながら必死に雪を撮影する夫。
撮影しやすいように黒い布の上に雪を移したいけれど、すぐに溶けてしまう。
「あー、溶ける溶ける。」
わたしは雪の結晶に心ときめかなかったけど、「へぇ〜!きれいだね!」と言っておいた。
夫婦とはいえ、そういうフリをすることもある。
結晶の形をした雪に打たれながら、登っては足を止め、登っては足を止め。
早く歩きたいけれど、息が苦しくて足が重くて進めない。
食料は半分くらいに減ったとはいえ、バックパックの重さは初日からほとんど変わってないような気がする。
むしろ重くなっている。
荷物は減っているけど、疲れは着実にたまっていっているから。
歩いても歩いても上り坂は終わらない。
せめて晴れていれば・・・。
景色を楽しみながら登れるのに。
目の前には見上げるほどの雄大な山がぐぐぐーっと迫っているはずだけど、その全容が見えない。
ただ、峠を登りきることだけを目標に、歩いていく。
わたしのスピードはかなり遅い。
10歩進んでは立ち止まって、息を整えて。
「あ、湖。」
山裾に隠れるように存在している湖が、峠を登るに従って姿を現してきた。
白黒の世界で、そこだけがカラー。
「きっと晴れていたらもっときれいなのにね。」
雪を被った山々に抱かれるようにある、エメラルドグリーンの湖。
日が射したら湖面がキラキラと反射して、もっと美しいだろうに。
少しでも青空になってくれれば、山の頂まで見えて、もっと神々しいだろうに。
「向こうの雲がなくなってきとる!
もしかして、こっちも晴れてくるかもしれん。」
ケンゾーが言った。
そう信じることで、がんばれそうな気もした。
雲が風に流され、ちぎれ、薄れ。
そしてー。
山の天気は変わりやすい。
予測もつかない天気に登山者たちは翻弄される。
でも、だからこそー。
トレッキングはおもしろいのかもしれない。
一秒たりとも同じ景色はない。
人間の力ではどうすることもできない。
ただ、自然が繰り広げてくれる舞台をじっと見せてもらうだけ。
人間の力はちいさくて、存在はちっぽけで。
でも、こんなにも大きな自然に抱かれていることになんだかほっとする。
歩いてきたサンタ・クルス谷のほうを見る。
はるか先に見えるあの湖の、さらに奥からここまで歩いてきた。
2日以上かけてやっと。
「あったかーい!」
雪に濡れて風に打たれ、冷えきった体が太陽の光で温められていく。
「もっと太陽、でてこーい!」
こういうときにいちばん、太陽の力ってすごいなって思う。
「太陽さまさま」って思う。
わたしたちの体が温まっていくように、山々も温められていく。
まるで呼吸をするかのように、山肌から蒸気を吐き出していく。
そして霧はどんどんと流されていく。
山肌にへばりついた青みがかった氷河。
太陽が出てから「ミシ、ミシッ」という音をときおり立てている。
ゴゴゴゴゴォ〜
ジェット機のような音が静けさを破った。
どでかい固まりだった氷河は、粉になり、そして滝のように落ちていく。
この場所でお昼をとることにした。
パンと鶏肉の缶詰とトマトとゆで卵。
シンプルなメニューではあるけれど、こんなロケーションで食べるランチはとても贅沢。
目の前の湖と、向こうのサンタ・クルス谷の湖。
2つの湖とともに、5000メートル6000メートル級のいくつもの山々を眺められる場所。
空模様によって刻々と変わる景色を見ながら、お昼を食べて、こころが穏やかになって・・・。
長居し過ぎてしまった。
先を急がないと。
この景色に別れを告げるのは名残惜しいけど、きっとこの先にも別の雄大な景色が待っているから。
それにしても、この峠はいったいどこまで続いているんだろう。
もうかなり登ってきた。
「あそこまで行けば」って思いながら進んでは、裏切られる。
丘を越えて曲がると、下り坂になるどころか上り坂がずっと先まで続いている。
峠道にたたずむ、ちいさなわたし。
バックパックが肩に食い込んで痛い。
荷物を降ろして肩回しすると「ボキッ、ボキッ」。
う〜痛いよー。
どんどん晴れていくと思っていたのに、坂を上るにつれ天気は下り坂に。
そしてついに峠の上に。
標高、4750メートル。
「プンタ・ユニオンを越えると、そこから景色ががらっと変わる」。
そう聞いていた。
サンタ・クルス谷はここで終り、ここから平原が広がる。
霧に包まれてはっきりとはわからないけど、たしかに待ち受ける景色が違う。
ふたたび、みぞれがちらついてきた。
それが雪になりあられになり。
どんどんひどくなっていく。
峠だからこんなにもめまぐるしく天気が変わるのかな。
「もうこれ、吹雪やん!」
ついに激しい吹雪になってしまった。
吹雪で景色が消されていくほど。
「なんなん?!これ?」
ここまで強い吹雪だと、逆に笑えてしまう。
「なんでこんなに降るん?」
天気の変わりようと自分たちの境遇になぜか笑いが出てしまう。
というか、笑うしかない。
体勢を整えようと吹雪のなかでバックパックを降ろした。
ほんの1分ほど。
「えぇぇ!!
ちょっと、雪が積もりよる!」
「このままだとバックパックが雪だるまになってしまう!」
雪だるまにならないうちに、きょうのキャンプ場にたどり着かないと。
峠を登るのも時間がかかったけど、下るのも思っていたよりもてこずってしまった。
ようやくフラットな道に出たので、歩くスピードをあげる。
峠を過ぎて、天気も落ちついてきた。
山の天気はほんとうに予測不可能。
さっきの吹雪はなんだったんだろう。
振り返ると峠のほうにそびえ立つ山は晴れていた。
ここからは晴れて見えるけれど、あの場所はまだ吹雪なのかなあ。
歩いても歩いてもなかなかキャンプ場にはたどり着かない。
もうユウくんとアイちゃんは着いてるだろうなあ。
かなり早歩きでがんばる。
荷物も足も重いけど、早歩き。
東京の街を歩くときのスピードで早歩き。
あー、やばいやばいやばい。
どんどん暗くなっていく。
2人だけならもうこの辺にテント張っちゃうけど、ユウくんたちと合流しないと心配するだろうし、ガスもユウくんがもっているから温かい夕食が食べられない。
がんばれ、イクエー!!
ついに暗くなって、最後の20分くらいはヘッドライトをつけてのトレッキングになってしまった。
到着は予定よりも2時間以上もかかった。
朝から10時間以上かけてようやくたどり着いたキャンプ場。
真っ暗ななかでテントを立てて、夕食を作って。
3泊4日予定のトレッキング。
今夜が最後の夜。
辛いトレッキングもあしたでようやく終わる。
あしたは街に帰って、ビールを飲んで中華でも食べようか。
それなのに。
わたしとケンゾーはトレッキングの日程を1日延ばそうかと考えていた。
だって、やっぱりトレッキングは面白いから。