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ケンゾー   イクエ


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ラ・リンコナダ ここは無法地帯なのか

2015.07.31 05:55|ペルー☞EDIT
5USドルでTシャツを買ったイクエです。
ほんとうはワンピースも買いたいんだけどノースリーブしかないの。
わたしはノースリーブが嫌い。
肩を露出するのがためらわれるっていうのもあるんだけど、いちばんは毛の処理を丁寧にしないといけないから。
ノースリーブを着る前日にやったところで、次の日の夕方にはごま塩になっている可能性が。
伸びる速度は男性のヒゲと変わらないんじゃないかと思うんです。
ケンゾーからは「じゃあみんなどうしてるの?」って聞かれるんだけど、どうしてるの?
気にしてないのか永久脱毛をしているのか。
外国の女性は気にせずにボウボウでノースリーブ着ている人もたまにいますけどね。

世界一標高の高い街、ラ・リンコナダ。
標高5100メートル。
酸素濃度は低地の50パーセント。
氷点下にもなり、人間がここで生きていくことは困難。

それなのに吸い寄せられるように、人々はこの地にやってくる。
行政機能が整っていないなか、巨大なスラムのように拡大し、5万人以上がここで生活している。

「金」が眠っているという理由で。

簡易な造りの家々が密集している。
そして少しでもスペースが空いているところには、石が積まれている。
人々はそこに這いつくばって、石についた金を探している。

a_DSC_4199.jpg

わたしたちは小高い丘から街を見下ろしていた。
ゴールドラッシュに湧くこの街は、数年前まで警察もいないような場所で無法地帯だった。
こんな場所に外国人なんてめったにこない。

不安を感じながらも、街に降りていくことにした。

a_DSC_4195.jpg

作業をしている女性たち。
遠目に見ていたら、目が合った。
気まずい。

ああ、どうしよう。
なんて言われるかな。

彼女たちの反応は意外だった。

楽しそうにこっちを見ながら笑いあっている。

挨拶をするとにこやかな挨拶が返ってきた。
わたしたちの姿が珍しいようだった。

「どの地域の出身?」と聞かれた。

「どこの国から来たの?」という聞き方ではなかった。
わたしたちが、ペルー国内に住んでいると思ったのかもしれない。

そして「仕事をしに来たの?」と聞かれた。

このあとも「どの地域の出身?」と「仕事をしに来たの?」という質問はリンコナダで出会う人たちから何度も受けることになる。

a_DSC_4212.jpg

スペイン語がしゃべれればたくさん会話ができるのに、わたしとケンゾーのスペイン語の知識は挨拶レベル。
せっかく話しかけてくれるのになあ。

でも、このあたりの人はスペイン語ができない人も多く、日常会話はケチュア語だと聞いていた。
だからケチュア語なのかもしれない。

もともとペルーではケチュア語やアイマラ語が話されてきた。
けれどスペインが植民地支配をしてからは、スペイン語が公用語となっている。
それでも田舎の村や学校教育をじゅうぶんに受けていない人たちの中には、スペイン語がわからない人もけっこういる。

一攫千金を夢見て、リンコナダにやって来た人たち。
その多くが、以前は農村で貧しい暮らしを余儀なくされていた人たちだと思う。
満足に教育も受けられず、スペイン語を使う機会なんてなかったのかもしれない。

いたるところにたくさんの石の集積場。
おもに女性たちが作業をしている。
集積場の片隅に、座り込んで休憩している女性たちがいた。

a_DSC_4209.jpg

物珍しそうにこっちを見て、ニヤニヤと笑っている。
挨拶をしながら彼女たちのそばに行ってみた。

真ん中にご飯を広げて、昼食中。

a_DSC_4206.jpg

近づくなり「食べなさい!食べなさい!」
紙のうえにご飯を広げて、そのままつまんで食べていた彼女たち。
わざわざそこからボウルにご飯をもってくれて、差し出してくれた。

遠慮したけれど「食べて!食べて!」と言われる。
ご飯とマカロニとジャガイモとニンジンをいっしょに炊いたものだった。

a_DSC_4203.jpg

「治安が悪い場所と予想され、ボディーガードをつけて歩いた」という外国人の情報もあり、ここの人たちに恐怖心をもっていたけれど、そんな雰囲気はない。
むしろ、田舎の素朴な人たちの優しさがある。

「日本から来たんです」と言うと、「フヒモリ〜!」と返ってきた。

「フヒモリ」がわからなくて何度か聞き返してわかった。

「フジモリ元大統領」のことだった。
スペイン語ではアルファベットの「J」はハ行で発音する。

彼女たちが「日本」と聞いて思いつくのは「フヒモリ」。
それ以外のイメージはほかにないのかも。

「うん、そうそうフヒモリ!
 でもフヒモリは最悪だったから、警察に捕まっちゃったもんね。」

わたしたちは日本人としてばつが悪そうにそう言ったけど、まったく気にしてないようだった。

ペルーでのフジモリ元大統領の評価はわたしが思っていたよりも悪くないようで、現に娘のケイコ氏は父の跡を引き継ぎ大統領選に出馬している。
わたしたちが会ったペルー人のなかにも、いまだにフジモリ元大統領の功績を評価する一般人もいた。
「あの人のおかげで、ペルーのテロリストは弱体化したのよ」と。

a_DSC_4207.jpg

ご飯をくれた女性のそばには、小さな女の子。
幼い娘のお世話をしながら、ここで働いている。

ご飯を食べていると、15歳くらいの上の娘さんが帰ってきた。
ここは家じゃなくて仕事場なので「帰ってきた」という表現は変だけど、その表現がぴったりな感じだった。
「ただいま〜」「おかえり〜」というようなやりとりがあって、長女も石の上に腰かけて昼食を食べはじめた。

昼に家に帰ることもせず、朝8時から夜6時まで働いているのだそう。
休日はなく、毎日。

夫は金鉱山で働いているという。
山の坑道に入って、石を掘削しているのだろう。

そして女性陣が、石の集積場でわずかな金を探し当てる。
きっとそれなりに大きな金は金鉱山の現場ですでに取り除かれていて、ここに運ばれてくる石は金なんてほとんど付いていないほぼ不要な石。
けれどごくまれに、金が残っていてそれを集めているのだと思う。

「こんな石から金なんてとれるの?」
わたしたちの質問に女性はニヤッとして、ポケットの中に手を入れた。

「ほら。」

a_DSC_4201.jpg

これはここにある大量の石のなかから、きょう見つけたものだそう。
わずかに、ほんとうにわずかに、金らしきものが張り付いている。

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こんな少量の金がいったいいくらになるのか。
日本でケーキやチョコレートのトリュフなどたまにトッピングでのっているけれど、ごく少量の金粉の値段ってたかが知れていると思う。

彼女たちが一日中這いつくばって、いったい年にどのくらいの稼ぎになるのだろうか。

一家の昼食をわたしたちが食べてしまうのは気が引けて「食べたばかりでお腹がいっぱいなので」と言い、お礼を言って一家と分かれた。

そしてわたしたちは街の中に入っていくことにした。

それにしても街全体がゴミ集積場のようで臭い。
ナイロビのスラムよりも臭い。
本来ゴミ処理をする行政が、ここには存在してないのだからこうなるのは仕方がない。
でも5万人以上も住んでいるんだから、そろそろここを自治体として認め、行政が管理し行政サービスを機能させるべきじゃないかと思う。
これからもこの街の人口は爆発的なスピードで増えていく。
ゴミは減らないどころかどんどん積もっていく。
街を歩くには、ゴミの上を歩いていかなければならない状況。

a_DSC_4220.jpg

雪山に囲まれているので、地面からは雪解け水がにじんでくる。
そもそもこの場所は雪が降る日も多く、ゴミの上に雪が積もることもある。
地面はぐちゃぐちゃ。
得体の知れないゴミからの汚水で、あっという間に病気が蔓延しそう。

鼻を押さえゴミで覆われたぬかるみを歩いていくと、ゴミのない道に出た。
あいかわらず臭いはこの街全体に漂っているけれど、足元を気にしなくていいのでホッとする。
両脇には小屋。
今は閉まっているけど、ときどき市が立つのだろう。

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この道を進んでいくと、屋内常設市場があった。
衣料品、日用品、雑貨、工具、野菜や果物、そして食堂まで。
小規模の街の市場と引けをとらない。
こんなところにもそれなりの市場があるのに驚いた。

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行政が機能してなくても、住民たちは自分たちで生活しやすい環境をつくりあげていく。

市場の前の細い道を抜けるとメインストリートに。
上からだと小さなほったて小屋の家しか目立たなかったけど、メインストリートにはれんが造りの建物が並ぶ。
店も多く、人も行き交い、かなり活気がある。
ここを歩いていれば、普通の街を歩いている気分になる。

5万人以上住んでいるだけのことはある。

a_DSC_4229.jpg

いくつかホテルもあった。
少し前まで水道も電気もなかったところだから、ホテルといっても最低レベルだとは思うけど。

リンコナダは行くのに時間がかかるしホテルがあれば1泊したいと思っていた。
でも、ホテルがあるのかどうかもわからず、夜は危ないから日中のみの滞在にしたほうがいいんじゃないかと思い、日帰りで来たのだった。

「ホテルがあるんだったらここで一泊すればよかったかなあ。」
ケンゾーに言うと、ケンゾーが即答した。

「いや、1泊もせんでいいやろ。
 この街の臭いに耐えられん。
 それに、夜も寒すぎて眠れんよ。」


たしかにそうだ。
夜は氷点下になるけど、暖房設備なんてないだろうし。

わたしたちにとっては大変な環境だけど、地元の人たちは昼からバレーボールをして楽しそうにしている。

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わたしたちは、地元の人で賑わう食堂に入ることにした。
ローカル食を味わうには市場の食堂や屋台がいちばん。
でも、今回はちゃんと店を構えている食堂に。
地面は大量のゴミで覆われ、汚水が垂れ流しの街。
金の採掘や精選に伴う排水や水銀も心配。
だから衛生的にマシそうな食堂に入った。
といっても、この街に立派なレストランはなく安食堂に変わりないけど。

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スープとメインがついていて5ソレス(約200円)。
スープはラーメンのお椀ぐらいの大きさの器にたっぷりと入っている。
麦がたくさん入っていて、もうこれだけでお腹いっぱいになる。
わたしもケンゾーも完食できなかった。
さすが労働者の街。
量で勝負。

メインはわたしは魚のフライを、ケンゾーは聞いたこともないものを注文。
ケンゾーが注文したのは、見かけはフライのようなもの。

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中身はイモを潰したようなものが入っているから、コロッケと言ったほうがいいかな。
でも食べてみてビックリ。

甘い!
わたしたちからすると、完全にデザート。
味はおいしいんだけど、これをご飯といっしょに食べるのにはかなり違和感がある。
でも地元の人たちはおいしそうにおかずとして食べている。
労働者たちが疲れを癒やすために甘いものを求めるからかなあ。

昼だというのに標高が高くて寒い。
ご飯で温まって、わたしたちはまた外に出た。

アフリカでもアジアの途上国にも、いまの時代インターネットができる小さなネットカフェはどこにでもある。
でも、ここにはない。
いろんなお店があって賑やかだけど、まだインターネットは普及していないようだ。
でも、携帯の通信会社のオフィスはあって窓口はたくさんのお客さんで混雑している。
お店のたたずまいは新しそうなので、最近進出してきたのかも。
右のピンクの看板が携帯の通信会社のお店。

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通信会社にしてみれば、ここの住民たちを顧客にしない手はない。
5万人以上もいるのだから。
それにどんどん住民は増えている。
いち早くこの街に進出すれば、多くの顧客を獲得できる。

行政からは無視されたような街だけど、リンコナダの街の入口には目立つ門があった。
わたしたちは車でその門をくぐってリンコナダに来た。

「ようこそ!リンコナダへ」

大きく書かれた門を見て、自治体にもなっていないようなスラム化した街に誰がこんなの作ったんだろうと思っていたら、門には通信会社の名前が書かれていた。

そのうち通信会社が宣伝を兼ねて行政よりも先に住民サービスをやったりして。
ゴミ焼却とか、電柱を増やしたり。

リンコナダはゴミが多いことには驚いたけれど、想像していたよりも「街」だった。
殺伐とした雰囲気はなく、人々も穏やかな顔で歩いている。
ここは「無法地帯」ではなかった。

とりあえず、あの金鉱山の近くまで行ってみよう。
わたしたちはメインストリートを進んでいくことにした。

もう終りだと思っていた街には続きがあった。

a_DSC_4236.jpg

そしてリンコナダが抱える大きくて深刻な問題。

本当はリンコナダの記事は1日で終わるはずだったけど、長くなりそうなのであしたに持ち越し。
どうぞ最後までおつきあいください。
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