ボリビア「スクレ」☆☆ ウユニだけじゃ失礼
山道でお尻丸出しで「野ション」をしていたら、欧米人ツーリストの男性に完璧に目撃されたイクエです。
その道ってトレッキングしてる人か家畜を放牧中の現地人しか通らないような道だったの!
やる前にまわりを確認したけど誰も来てなかったの!
まさか、あんなところをマウンテンバイクで颯爽と走ってくる人がいるなんて想像してなかった。
鉱山の街であり、世界遺産の街でもあるポトシ。
次に向かうのはこれまた世界遺産の街、スクレ。
今度はどんな街並みなんだろうね。

「ポトシのバスターミナルは立派」ってうわさに聞いていたけど、本当にそうだった。
ボリビアらしからぬ雰囲気。


ターミナル内にはたくさんのバス会社の窓口があって客引きをしていた。
「すぐ出発するよ!」と言われてバスに乗り込む。
ポトシ ~ スクレはそれほど離れてなくてバスで3時間ほど。
運賃は20ボリ(約350円)。
今回も新しめのバス。
ただしトイレはついていない。

雄大な景色を見ながらスクレへ向かうバス。
トイレ休憩は1回もなかった。
よく現地の人はがまんできるな。
バスは満員。
3時間もあるから1人くらい「トイレ行きたい!」って言う人がいそうなものなのに。
スクレの街に着いて、宿探し。
ガイドブックに載っていた「HOSTAL CHARCAS」へ。
違和感のある入口。
普通の3分の1ほどしかない広さ。

この宿の入口、きっと昔は普通だったんだと思う。
でも諸事情から室内の大部分を売ってしまったんだと思う。
隣とは薄い壁で仕切られていた。
ちなみに隣も同じような安宿だった。
チリやアルゼンチンは物価の上昇が激しすぎてガイドブックの情報があてにならないことがほとんどだったけど、ボリビアは数年前の料金と変わらないことが多い。
ここもお値段据え置き、ダブルでふたりで70ボリ(約1225円)。
ボリビアを旅していると、ウユニのシーズン中、シーズン直後の宿代ってほかの街に比べて異様に高いって実感する。
大都会ラパスも含めて、ウユニの半額くらいで泊まれるもんね。
ウユニ、儲かってるなあって思う。

スクレの街並みを見て、圧倒されてしまった。
世界遺産の名にふさわしい。
ボリビアにこんなすてきな場所があったなんて!


標高は2750メートルとポトシよりも1000メートル以上も低く、過ごしやすい。
1545年、ポトシで銀山が発見されたあと、スペイン人入植者たちはこのスクレを銀を管理するための街と位置づけて、街づくりをし、発展させていった。
銀のもたらした財力をつぎこんで造った、コロニアルな建築物がいくつも街に鎮座している。

ポトシの街も雰囲気があったけれど、スクレのほうがもっと洗練されている感じ。
歴史的な建物一つ一つもポトシのものよりも大きく、どっしりと構えていて存在感がある。

ボリビアの首都って「ラパス」だと思っていたけど、実は憲法上の首都はここスクレ。
1825年にこの地で独立宣言が行なわれた。
ここ、自由の家で。

「ボリビア」という国名は、革命家でもあり軍人だったシモン・ボリバルからきている。
ボリバルは南米の5か国をスペインから独立させることに成功した英雄。
さらに、ここスクレという街の名前は、ボリバルの親友であり将軍だったホセ・デ・スクレにちなんだもの。
ホセ・デ・スクレはボリビアの初代大統領。
今でこそほとんどの政府機関はラパスに移され事実上の首都はラパスになっているけれど、ボリビアの歴史的にはこのスクレはとても重要な街。
1580年から1633年にかけて建てられたカテドラル。
街の中心地にあり、天に伸びる時計塔はスクレのシンボル的存在。


中心地には圧倒されるような大きな建物が並ぶけれど、一歩脇道に入ればヨーロッパの田舎町の風情が。
石畳にランプにオレンジの屋根。
映画の舞台になりそう。

そして漆黒の窓枠や張り出した2階部分。
黒が上品さを演出。
さらに、壁の白さを引き立てている。

ここ、スクレの街。
建物を白くすることが街の条例で決まっているんだって。
そんな気の利いたことをボリビア政府がやってるのにびっくりした。

信号だってこんなにおしゃれ。
ボリビア、やるなあ・・・。

わたしたちにとって、ボリビア最初の街がウユニだった。
ウユニって塩湖はすばらしいけれど、田舎で、歴史的な建物なんてないし、なんのおもしろみもない街並み。
だから「ボリビアってこんな感じなのか」って思ってんたんだけど、大間違い。
ポトシにしてもスクレにしても、雰囲気があって美しいし、街歩きが楽しい。
「ボリビア、お見それいたしました。
ウユニの街だけを見て、つまらない、なんて判断してすみませんでした。
恐れ入りました。」
って街を歩きながら何度も心でつぶやいた。
ボリビアを知る上で、ここまで足を伸ばしてよかったよ。

そしてこの街を美しくしているのは、がんばっている女性陣がいるから。
ゴミを拾ったり、道ばたの芝生に水をあげたり。
政府から雇われてるんだろうけどね。
その女性陣のユニフォームが徹底している。
徹底してるって言うのは、インディヘナ(先住民)の普段の格好をかたくなに守ってるってこと。
ちなみにボリビアのインディヘナの女性たちの格好って、長い三つ編みに帽子、ふわふわのスカートでこんな感じ。

街の清掃員のユニフォームは、この基本を崩していない。
ちゃんと同じ色の帽子までついている。

たぶんこんなユニフォームじゃないと、おばちゃんたちが文句を言うからなんだろうね。
「こんなパンツスタイルじゃイヤ!
いつものようにふわふわのスカートを履かせて!
帽子もないとダメ!」

さて、コロニアルで華麗な建物が並び「白の街」とも呼ばれる世界遺産の「スクレの街」。
「星いくつ?」
「星、2つ!」
ボリビアにこんな華やかな場所があったのかって驚いた。
ウユニの街だけでボリビアを判断するのはかわいそう。
ポトシもすてきだったけど、スクレのほうが優美でわたしとケンゾーのなかではこっちのほうが上。

日本人にとってはまだメジャーじゃないけれど、外国人ツーリストにとってここはスペイン語留学に最適の街らしい。
街にはたくさんスペイン語学校があった。
しかも安い!
ゲストハウスでも「スペイン語学習プラン」を設定しているところもあって、宿泊費と朝食昼食代、レッスン代がついて1日10USドルくらい。
もっと安いところもあると思う。
過ごしやすいし、街歩きも楽しいし、オシャレなカフェやレストランもあるし、長居したくなる街なので、スペイン語を勉強したい人にはとてもいい。
そんなすてきな街だけど、ひとつだけ残念なことが。

電線が多いこと!
しかも低い位置にあるので、せっかくの美しい建物を台無しにしている。
写真に収めても電線がじゃまをする。

そしてこんなコロニアルな街並みに、につかわしくないものが。
でも、これはこれでなんかおもしろいのでいいんだけど。

路線バスが日本の中古車!
いろんな日本語が目に飛び込んでくる。

たとえ中古でも、こっちでは日本車ってとても質が良くて高くて人気があるので車体に書かれた日本語はわざと消さないみたい。
「これは日本車なんだぜ!」という主張。
幼稚園や介護施設の名前が入ったもの。
自治体名が入ったもの。
コロニアルな街並みをそんな車が走っているのでアンバランスでなんかおかしい。

そうそう。
ここスクレにはデザイナーズショップやアーティスティックなお店もいくつかある。
気になって入ったのは、ご当地の織物を扱うお店。
NGOの団体がやっているようで、現地の人が丁寧に作ったものを適正価格で買い取り、ボリビアの織物文化を世界に広め、さらに文化を廃れさせることなく守っていこうという取り組みをしているみたい。

縦1メートルくらいのタペストリーは4万円くらいした。
織物を取り入れたセンスのいいバッグや小物もあった。
高いけどその分実用的でおしゃれ。

ハルカ織、タラブコ織と言われる有名な織物。
赤や黒の糸を使って、悪魔や恐怖を象徴するようなものが織り込まれている。
ずっと見てるとその世界に吸い込まれそう。


次回は、織物で有名な村タラブコの様子をお伝えします。
ボリビアはボリビアでも、村によってファッションが違うのがおもしろい!
その道ってトレッキングしてる人か家畜を放牧中の現地人しか通らないような道だったの!
やる前にまわりを確認したけど誰も来てなかったの!
まさか、あんなところをマウンテンバイクで颯爽と走ってくる人がいるなんて想像してなかった。
鉱山の街であり、世界遺産の街でもあるポトシ。
次に向かうのはこれまた世界遺産の街、スクレ。
今度はどんな街並みなんだろうね。

「ポトシのバスターミナルは立派」ってうわさに聞いていたけど、本当にそうだった。
ボリビアらしからぬ雰囲気。


ターミナル内にはたくさんのバス会社の窓口があって客引きをしていた。
「すぐ出発するよ!」と言われてバスに乗り込む。
ポトシ ~ スクレはそれほど離れてなくてバスで3時間ほど。
運賃は20ボリ(約350円)。
今回も新しめのバス。
ただしトイレはついていない。

雄大な景色を見ながらスクレへ向かうバス。
トイレ休憩は1回もなかった。
よく現地の人はがまんできるな。
バスは満員。
3時間もあるから1人くらい「トイレ行きたい!」って言う人がいそうなものなのに。
スクレの街に着いて、宿探し。
ガイドブックに載っていた「HOSTAL CHARCAS」へ。
違和感のある入口。
普通の3分の1ほどしかない広さ。

この宿の入口、きっと昔は普通だったんだと思う。
でも諸事情から室内の大部分を売ってしまったんだと思う。
隣とは薄い壁で仕切られていた。
ちなみに隣も同じような安宿だった。
チリやアルゼンチンは物価の上昇が激しすぎてガイドブックの情報があてにならないことがほとんどだったけど、ボリビアは数年前の料金と変わらないことが多い。
ここもお値段据え置き、ダブルでふたりで70ボリ(約1225円)。
ボリビアを旅していると、ウユニのシーズン中、シーズン直後の宿代ってほかの街に比べて異様に高いって実感する。
大都会ラパスも含めて、ウユニの半額くらいで泊まれるもんね。
ウユニ、儲かってるなあって思う。

スクレの街並みを見て、圧倒されてしまった。
世界遺産の名にふさわしい。
ボリビアにこんなすてきな場所があったなんて!


標高は2750メートルとポトシよりも1000メートル以上も低く、過ごしやすい。
1545年、ポトシで銀山が発見されたあと、スペイン人入植者たちはこのスクレを銀を管理するための街と位置づけて、街づくりをし、発展させていった。
銀のもたらした財力をつぎこんで造った、コロニアルな建築物がいくつも街に鎮座している。

ポトシの街も雰囲気があったけれど、スクレのほうがもっと洗練されている感じ。
歴史的な建物一つ一つもポトシのものよりも大きく、どっしりと構えていて存在感がある。

ボリビアの首都って「ラパス」だと思っていたけど、実は憲法上の首都はここスクレ。
1825年にこの地で独立宣言が行なわれた。
ここ、自由の家で。

「ボリビア」という国名は、革命家でもあり軍人だったシモン・ボリバルからきている。
ボリバルは南米の5か国をスペインから独立させることに成功した英雄。
さらに、ここスクレという街の名前は、ボリバルの親友であり将軍だったホセ・デ・スクレにちなんだもの。
ホセ・デ・スクレはボリビアの初代大統領。
今でこそほとんどの政府機関はラパスに移され事実上の首都はラパスになっているけれど、ボリビアの歴史的にはこのスクレはとても重要な街。
1580年から1633年にかけて建てられたカテドラル。
街の中心地にあり、天に伸びる時計塔はスクレのシンボル的存在。


中心地には圧倒されるような大きな建物が並ぶけれど、一歩脇道に入ればヨーロッパの田舎町の風情が。
石畳にランプにオレンジの屋根。
映画の舞台になりそう。

そして漆黒の窓枠や張り出した2階部分。
黒が上品さを演出。
さらに、壁の白さを引き立てている。

ここ、スクレの街。
建物を白くすることが街の条例で決まっているんだって。
そんな気の利いたことをボリビア政府がやってるのにびっくりした。

信号だってこんなにおしゃれ。
ボリビア、やるなあ・・・。

わたしたちにとって、ボリビア最初の街がウユニだった。
ウユニって塩湖はすばらしいけれど、田舎で、歴史的な建物なんてないし、なんのおもしろみもない街並み。
だから「ボリビアってこんな感じなのか」って思ってんたんだけど、大間違い。
ポトシにしてもスクレにしても、雰囲気があって美しいし、街歩きが楽しい。
「ボリビア、お見それいたしました。
ウユニの街だけを見て、つまらない、なんて判断してすみませんでした。
恐れ入りました。」
って街を歩きながら何度も心でつぶやいた。
ボリビアを知る上で、ここまで足を伸ばしてよかったよ。

そしてこの街を美しくしているのは、がんばっている女性陣がいるから。
ゴミを拾ったり、道ばたの芝生に水をあげたり。
政府から雇われてるんだろうけどね。
その女性陣のユニフォームが徹底している。
徹底してるって言うのは、インディヘナ(先住民)の普段の格好をかたくなに守ってるってこと。
ちなみにボリビアのインディヘナの女性たちの格好って、長い三つ編みに帽子、ふわふわのスカートでこんな感じ。

街の清掃員のユニフォームは、この基本を崩していない。
ちゃんと同じ色の帽子までついている。

たぶんこんなユニフォームじゃないと、おばちゃんたちが文句を言うからなんだろうね。
「こんなパンツスタイルじゃイヤ!
いつものようにふわふわのスカートを履かせて!
帽子もないとダメ!」

さて、コロニアルで華麗な建物が並び「白の街」とも呼ばれる世界遺産の「スクレの街」。
「星いくつ?」
「星、2つ!」
ボリビアにこんな華やかな場所があったのかって驚いた。
ウユニの街だけでボリビアを判断するのはかわいそう。
ポトシもすてきだったけど、スクレのほうが優美でわたしとケンゾーのなかではこっちのほうが上。

日本人にとってはまだメジャーじゃないけれど、外国人ツーリストにとってここはスペイン語留学に最適の街らしい。
街にはたくさんスペイン語学校があった。
しかも安い!
ゲストハウスでも「スペイン語学習プラン」を設定しているところもあって、宿泊費と朝食昼食代、レッスン代がついて1日10USドルくらい。
もっと安いところもあると思う。
過ごしやすいし、街歩きも楽しいし、オシャレなカフェやレストランもあるし、長居したくなる街なので、スペイン語を勉強したい人にはとてもいい。
そんなすてきな街だけど、ひとつだけ残念なことが。

電線が多いこと!
しかも低い位置にあるので、せっかくの美しい建物を台無しにしている。
写真に収めても電線がじゃまをする。

そしてこんなコロニアルな街並みに、につかわしくないものが。
でも、これはこれでなんかおもしろいのでいいんだけど。

路線バスが日本の中古車!
いろんな日本語が目に飛び込んでくる。

たとえ中古でも、こっちでは日本車ってとても質が良くて高くて人気があるので車体に書かれた日本語はわざと消さないみたい。
「これは日本車なんだぜ!」という主張。
幼稚園や介護施設の名前が入ったもの。
自治体名が入ったもの。
コロニアルな街並みをそんな車が走っているのでアンバランスでなんかおかしい。

そうそう。
ここスクレにはデザイナーズショップやアーティスティックなお店もいくつかある。
気になって入ったのは、ご当地の織物を扱うお店。
NGOの団体がやっているようで、現地の人が丁寧に作ったものを適正価格で買い取り、ボリビアの織物文化を世界に広め、さらに文化を廃れさせることなく守っていこうという取り組みをしているみたい。

縦1メートルくらいのタペストリーは4万円くらいした。
織物を取り入れたセンスのいいバッグや小物もあった。
高いけどその分実用的でおしゃれ。

ハルカ織、タラブコ織と言われる有名な織物。
赤や黒の糸を使って、悪魔や恐怖を象徴するようなものが織り込まれている。
ずっと見てるとその世界に吸い込まれそう。


次回は、織物で有名な村タラブコの様子をお伝えします。
ボリビアはボリビアでも、村によってファッションが違うのがおもしろい!