Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
プロフィール

ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

ジャンル
カレンダー
07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
月別記事
リンク
見てくれてありがとう!
ふたりのお勧め旅グッズ











 日本→韓国→モンゴル→中国→ラオス→ベトナム→台湾→シンガポール→バングラデシュ→インド→スリランカ→アラブ首長国連邦→オマーン→トルコ→ジョージア→アルメニア→アゼルバイジャン→カザフスタン→ウズベキスタン→タジキスタン→キルギス→イラン→イタリア→バチカン→チュニジア→フランス→チェコ→オーストリア→ポーランド→イスラエル→パレスチナ→ヨルダン→イギリス→アイルランド→ポルトガル→モロッコ→スペイン→ハンガリー→スロバキア→スロヴェニア→クロアチア→セルビア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→モンテネグロ→コソボ→マケドニア→アルバニア→ギリシャ→エジプト→スーダン→エチオピア→ケニア→ウガンダ→ルワンダ→タンザニア→マラウイ→ザンビア→ボツワナ→ナミビア→南アフリカ→アルゼンチン→チリ→パラグアイ→ボリビア→ペルー→エクアドル→コロンビア→ベネズエラ→キューバ→ベネズエラ→パナマ→コスタ・リカ→ニカラグア→ホンジュラス→エル・サルバドル→グアテマラ→ベリーズ→メキシコ→アメリカ→
日本


北朝鮮に5分間だけ行ってきました

2012.09.19 23:55|韓国☞EDIT
ソウルのスタイルがいい女性たちに圧倒されているイクエです。

きょうは韓国と北朝鮮との分断線まで行く「板門店ツアー」に参加した。

韓国と北朝鮮の国境に行くのは個人旅行だと不可能。
なぜなら分断線を挟んで北に2キロ、南に2キロのゾーンは
両国にとって「非武装中立地帯(DMZ)」となっていて
一般の人の立ち入りが制限されているから。

板門店のツアーはソウルのロッテホテル6階に入っている
複数の旅行会社が取り扱っている。
どの会社のツアーもシャトルバスで7時間ほどかけてまわるもので
日本語ガイドがつき、参加費7万7000ウォン(約5500円)。

緊迫した場所に行くために
参加するためにはいくつかの決まり事を守らなければならない。
その1つが服装。
誤解されるような服を着て北朝鮮側に刺激を与えることを避けるためか
以下のような服装はダメ!

・汚いGパン
・ミリタリースタイル
・半ズボンやミニスカート、タンクトップなど露出が多い服
・作業服、レザー服
・襟なしシャツ
・ブランドのロゴが模様となっている服
・スポーツチームなどのロゴが入った服
・サンダル

なかなか厳しい。
そもそも貧乏旅行をやっているイクエとケンゾーは
かっちりした服は持ってきていない。
少ない服の中からどうにかしないといけない。
さて、何を着ようか。手持ちの服から選ぶ。

この前活動に参加したNGOから作業用にシャツをもらっていた。
それを来てブラウスを羽織ろうかと思ったけど
シャツにはハングルで「一緒に笑おう」と書いてある。
なんか意味深だから却下。
ノースフェイスのシンプルなシャツはどうだろう。
でも胸元に「THE NORTH FACE」のマークが入ってて直訳すると「北の顔」。
「北」がついてるのはマズいかな。

なんとか手持ちの服で精一杯の正装をして集合場所に向かった。

a_DSC_0857.jpg

バスが最初に向かったのはフィリピン軍の戦死者を悼み、勇士を讃えて作られた碑。
国連軍の一員として朝鮮戦争で戦ったフィリピン軍。
92人が死亡し、57人が行方不明なのだという。
いろんな国の人たちが犠牲になっている。

その次に訪れたのは「統一公園」。
朝鮮戦争で命を落とした従軍記者の慰霊碑が立っていた。
慰霊碑は横から見るとジャーナリストの「J」の文字に見えるようになっていて
上のほうにはペンを持つ手がついていて、全体はフィルムの形にかたどられている。
「KEN INOUE」という日本人ジャーナリストの名前も刻まれていた。

a_DSC_0866.jpg

そのそばには「肉弾十勇士」と書かれた像があった。
日本の特攻隊のように、韓国側の兵士が体に爆弾をつけて敵の陣地に突っこみ
自分の死と引き換えに、状勢を有利にしたのだそう。
「肉弾」という表現、それに爆弾を抱えて勇ましい様子の像に
何か違和感を感じてしまう。

a_DSC_0868.jpg

このツアーには食堂での昼食がついている。
昼食はブルコギ(焼き肉)。
ツアー代金の5500円はお得だと思う。
そして、この食堂の奥の部屋には自由に軍服を着て記念写真を撮れるスペースがあった。

a_DSC_0896_20120919235430.jpg

誰もいないからと調子にのりすぎたイクエとケンゾー。
これから緊迫した場所へ行くというのに
ついついふざけてセルフタイマーで撮った写真がこれ。

a_DSC_0901_20120919235720.jpg

韓国軍の見張り役の制服もあった。
他のお客さんが来そうだったのであわてて着替えた来たケンゾー。
ヘルメットじゃなくて
置いてあったよくわからない帽子をかぶってしまったので
本人は兵士のつもりだけど
クロネコヤマトでは?

a_P1000503.jpg

さて、韓国と北朝鮮を隔てる分断線にたどり着くまでには
2か所のチェックポイントがある。
まずは分断線からおよそ8キロくらいのところ。民間人統制区域。
北朝鮮の国境に近いため、ここより先に自由に入ることはできない。
フェンスで張り巡らされて、兵士が見張りをしている。

a_DSC_0879.jpg

a_DSC_0885.jpg

フェンスの向こうが北朝鮮であるわけではない。
フェンスのこちらも向こうもどちらも韓国。
だけど分断線に近いのであちら側への立ち入りが制限されている。
一般の人にとっては、ここがもっとも北朝鮮に近づける場所なので
フェンスには北を思ってたくさんのリボンが巻かれている。
家族が北にいる人は、お盆やお正月など家族で一緒に過ごすはずの時に
この場所に来て北の方を眺めて離れている家族を偲ぶのだそう。

a_DSC_0882.jpg

ツアーに参加する外国人は特別にこのフェンス内への立ち入りを許可される。
バスでフェンスの中に入るとき、韓国軍の兵士がバスに乗り込み
わたしたちのパスポートをチェックした。
同じ韓国に行くのに、まるで陸路で国境を越えるような気分になる。

そしてここからは残念ながら写真の撮影はNG。
わたしたちのツアー会社は「中央高速観光」というところで
韓国軍人会がやっている会社。
板門店ツアーはいくつもあるが
他のツアー会社とは違うルートで板門店に行ける。
韓国軍の戦車を使った軍事演習などを車窓から見ながら
第2のチェックポイントに到着。

ここからは分断線から2キロの非武装地帯。
この非武装地帯に入る時には宣言書にサインをさせられる。
宣言書にはこう書かれている。
「板門店への訪問は敵の地域への立ち入りを意味し
 敵の行動によっては死亡する可能性があります。
 国連軍、アメリカ、韓国は訪問者の安全を保障することはできません。」

こんなのにサインすると一気に緊張する。
板門店ツアーに参加する決まり事として服装もあるけど
飲酒をしちゃいけないってのも入っている。
酔っぱらって軽はずみな行動をとると
敵を威嚇し、銃撃戦につながるから。

ここからはツアー会社のシャトルバスから
国連軍のマークがついたバスに乗り換える。

a_DSC_0928.jpg

銃を持ったアメリカ軍の兵士が私たちに付き添う。
バスの中から北朝鮮の国旗が翻り、建物が並ぶあちら側が見えた時は
「うわー」と自然に声が出てなぜか鳥肌が立った。

そして板門店に到着。
絶対に北朝鮮側を指さしたり、手を振ったりしてはいけないと注意される。
周りにはたくさんの監視カメラ。微動だにせず北の方を見ている兵士。静寂。
ここにいるだけで緊張する。
正面の北朝鮮側の建物は改装中なのか
何かやるつもりがあるのか
ブルーのシートに覆われていた。

a_DSC_0909.jpg

水色の建物が、朝鮮戦争の停戦協定が結ばれた本会議場。
分断線をまたいで建っていて
真ん中の出っ張っているコンクリートが分断線なので
砂利のところが韓国、砂の部分が北朝鮮になる。

そしてこの水色の建物の中だけは、分断線に関係なく動くことが許されている。

a_P1000508.jpg

なので室内では5分ほど北朝鮮側にいた。
窓から見える景色は北朝鮮。

a_DSC_0925.jpg

このツアーに参加して良かったのは
もちろん緊迫した板門店に行けたことや
写真には撮れなかったけど北朝鮮の様子を見られたこともだけど
歴史を学べたことが大きい。
日本語のガイドさんが車内ですごく丁寧に説明してくれた。
そしてこう私たちに訴えていた。

「日本は第2次大戦が終わった8月15日を『終戦記念日』と言うでしょう?
 でも朝鮮戦争は終わっていない、ただ『休戦』協定が結ばれているだけ。
 急にここから韓国、ここから北朝鮮と分断されて
 そのまま戦争は終わらず、先の見えない休戦になった。
 『もうすぐ戦争が終わる。すぐ会えるから。』
 そう思って生き別れた家族は1000万人もいる。
 早くお互いの国を自由に行き来できるようになってほしい。
 このツアーに参加したみなさんにそういうことを
 いっしょに考えてもらいたい。」

Comment