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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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日本


40年前のブームが今チリの若者に!?

2015.04.29 06:04|チリ☞EDIT
南米に来てたくさん出会う日本人旅人と毎日のように日本語で会話し、現地の人には英語が伝わらないからスペイン語の簡単な単語で意思を伝え、英語を忘れてきたイクエです。
きのうフランス人カップルと英語で話したら、うまく英語がしゃべれなかった。
ありゃりゃ。

ヒッチハイクで出会ったフェルナンドたちと1週間ともに旅をしたイクエとケンゾー。
このまま彼らとサンティアゴに行く選択肢もあったけど、前から決めていたチロエ島に行くことにした。

チロエ島へはチャイテンからフェリーで渡る。
チャイテンまではバスで移動。

チロエ島

チリのバスは高い。
とくにパタゴニア地方は高く、1回で数千円は払うことになる。
だからここフタレフーからチャイテンまでも高いだろうな、ヒッチハイクかなって思ってた。
するとバス代を調べてくれたフェルナンドたちから驚きの答えが。
「2000ペソ(約400円)だって。」
「2000ペソ?」

これまでのバス代に比べると信じられない安さ。
間違ってるんじゃないかと思って確認する。
「2000ペソってことは4ドル以下ってことよね。」
「そうよ。」

1ケタ間違ってるんじゃないか。
そう思ってバスのチケットオフィスへ。

そこは絶対に現地人しかわからないような場所だった。
看板もない。
バスの絵や写真もない。
中に入ると木の机がひとつあって、女性が1人座ってるだけ。

そしてほんとうにチケットは2000ペソだった。

以前からチリやアルゼンチンのバス代の高さに納得できずにいた。
たしかにバスはきれいだし座席もゆったりしているけど、高すぎる。

こんな高いバスしかほんとうにないんだろうか。
現地人は安く買ってるんじゃないか。
ツーリストが知らない安いバスや路線バスがあるんじゃないか。

そしてここフタレフーにはそんなバスがあった。

始発はフタレフーの街だったけど、わたしたちの泊まっていた宿の前の路上に立っていたらちゃんとピックアップしてくれるという。
ターミナルやバス停じゃなくても客を乗せるという、ゆるい感じも安いバスならでは。

バスの時間は早く、わたしたちは夜明け前に宿を出た。
フェルナンドたちを起こさないようにそーっと。

「あしたは見送るよ」って言ってくれてたけど、起こしたくはない。

それにー。
わたしたちはまたきっと会えるから。

「ありがとう。
 またねー。」

聞こえないように小声でつぶやいて、わたしたちは出ていった。

ほんとうにバスがピックアップしてくれるか不安だったけど、予定よりも30分以上遅れてバスはやって来た。

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小型のバスで、高いバスに比べると座席は狭い。
それでもこの安さならじゅうぶん。

宿からチャイテンまではおよそ120キロ。
2時間弱で到着。

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フェリーの出航までは時間があるので、フェリー会社のオフィスの椅子や公園で時間をつぶした。
1週間ぶりのふたり旅。
ちょっと寂しいなあ。

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フェリーは座席指定でひとり12000ペソ(約2400円)。
でもこれも謎なんだけど、フェリーだけじゃなくて、島からさらに別の街へ移動するバスのチケットもセットになったものだと、もっと安いらしい。

チリとアルゼンチンのバスのシステムはよくわからん。
誰か安く買える方法を知ってる人がいたら教えて!

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船はのんびり進んでいく。
デッキにも椅子があって、太陽を浴びて風に吹かれてみる。

南米の最南端から始めた旅。
だいぶ北上し、温かい場所にやってきたことを実感。

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船内には売店があってお腹が空いたのでカップラーメンを買うことにした。

「maruchan ひとつください!」

南米では「マルちゃん」のカップラーメンが人気。
味はこちら向けにアレンジしてあるけど、シーフード味でおいしかったよ。

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どっぷり日が暮れて、フェリーはチロエ島のカストロに無事、到着。
宿の当てはない。
観光地だし、宿は多そうだし、なんとかなるはず。

というのは、甘い考えだった・・・。
宿は確かに多いんだけど、どこも満室!

いまは大学生の夏休み。
チリやアルゼンチンの大学生たちが、わたしたちと同じようにバックパックを背負い、パタゴニアを旅している。
だからバックパッカーが泊まりそうな安宿は、すでに彼らに占拠されていた。

坂の多いカストロの街を登ったり下ったりしながらさまよう。

「部屋は開いてますか?」なんて聞くまでもない。
ドアのところに「満室」という張り紙がどのホテルにも張ってある。
それを見るたびにため息。

「どっかのホテルに頼み込んでさあ、交渉して庭にテントを張らせてもらうしかなくない?」
「それかそこの公園にテント張るか。」

公園の前をうろついていたら、わたしたちと同じように宿を求めてさまよっている若者たちがいた。
話しかけてみた。

「ホテル、見つかった?」
「いいや、あっちのホテルもいっぱい。
 でも君たちテントを持っているなら、あそこにテントを張れるよ。」

と、若者は言っているような気がした。

わたしとケンゾーはスペイン語ができない。
数えるくらいの単語しか知らない。

でも、たしかに「テント」とか「あっち」とか言っているような・・・。
若者にお礼を言い、とりあえず若者が指した方向に行ってみることにした。

すると、木の柵で囲まれた怪しい場所が。
中の様子がよくわからない。
民家のような気もするし、粗大ごみの集積場のような気もするし、世捨て人のアジトのような気も。

「ここかな?」
「えぇ~?ここ?
 あ、でもなんかテントの絵が描いてある。」

木の柵からのぞき込むと、中にはテントがいくつも立っていた。

恐る恐る中に入る。

わたしたちを迎えてくれたのは、外のテーブルで酒を飲んでいるおじさんおばさんたちだった。
一応、管理人らしい。
たぶん彼らはもとヒッピーで、いまはヒッピーみたいな若者たちのために庭を開放しテントを張らせているのだ。
利用料はひとり3000ペソ(約600円)。
Wi-Fiなんて気の利いたものはないし、キッチンもない。
いや、たぶん昔はあったんだろうけど、そうじなんてされてないのでホコリを被っていてまったく使えない。
キッチンは物置と化している。

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かろうじてトイレとシャワーもあるけど、汚い。
男女も分かれてないし、鍵も壊れているし、ホットシャワーなんて文明のものはない。

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まったく快適とは言えない場所。
だけど、どこの宿もいっぱいで入れないなか、テントを張れるだけでもありがたいと思わないと。

お腹が空いていたわたしたちは、もっている電気コイルでお湯をわかしてパスタを作ることにした。
だけどコンセントが小屋のなかに一か所しかない。
奪い合いになっている。
なんとかひとつ確保し、パスタを茹でることができた。

その夜はうるさくて眠れなかった。
というのも、宿泊客が古臭いメロディーのフォークソングをずーっと歌いつづけていたから。
アンプまでつなげて。

この体験はイクエとケンゾーにとって初めてではない。
これまで泊まってきたホテルでも、若者たちがギターや太鼓、キーボードを共用スペースに置いてアンプにつないで深夜まで歌いつづけていた。

チリやアルゼンチンの若者バックパッカーは、かなりの確率で楽器を持ち歩いている。
多いのは、ギター。
そして笛や太鼓。

しかもパイネやフィッツロイのトレッキングでも、ギターを持ち歩いている。
重くて邪魔なはずなのに、ギターケースに入れてリュックといっしょに背負って山道を登っている。
大自然のなかでそうまでして歌いたいのだろうか。

しかも歌う曲が60年代、70年代のフォークソングのような歌なのだ。
まるでわたしたちの父親、母親世代。

リュックを背負って大自然を歩く。
テントで野宿をする。
ヒッチハイクをする。
ギターを弾いて輪になって朝まで歌い続ける。
(イクエとケンゾーも一部、該当するんだけど。)

これがチリとアルゼンチンの若者のブーム。
健全な気もするいっぽう、なんで21世紀の今、それが一大ブームとなっているのか謎でもある。

そのうち学生運動でもするんじゃないか。

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アジトのような場所で、わたしたちは眠れなかった。

とっとと移動しよう。

坂の多いカストロの街で、朝から宿探し開始!

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チロエ島にはカラフルな木造建築が多い。
ほかのチリの街とは違う独特の雰囲気。
この雰囲気に憧れて、ここを訪れる旅行者は多い。
(ほとんどチリとアルゼンチンの旅行者だけど。)

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宿はあるけど、空き部屋がない。
空いているホテルを見つけても、ちょっと高い。

よくチリとアルゼンチンの物価が比較されるけど、宿代はチリが高くてバス代はアルゼンチンが高い。
だから旅行する身としてはどっこいどっこいかな。

チリのツーリストインフォメーションセンターはスタッフがけっこう丁寧に教えてくれることが多い。
ということで、安宿情報を求めてインフォメーションセンターへ。

そして新しいテントサイトを教えてもらった!

入口には「民宿」と書かれた張り紙がされているだけ。
でも奥へ進むと、庭がテントサイトになっていた。

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海も見えるし、キッチンもWi-Fiもあるし、ホットシャワーもあるし、きのうのところよりも断然いい!
ひとり3500ペソ(約700円)。

チリやアルゼンチンは、いま若者のあいだでキャンプが流行ってるからかどこの街にもたいていテントを張れるところがある。

有料のテントサイトではなく、その辺にテントを立てて野宿する人も多い。
テントや寝袋を大きなバックパックにくくりつけて、街をウロウロしているチリやアルゼンチン人バックパッカーを昼はよく見かける。
有料テントサイトを利用しないと、日中の荷物の置き場所に困る。
だけど彼らは気合いで全荷物を背負って観光している。

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なぜわたしたちがチロエ島までやってきたのか。

チロエ島には木造のかわいらしい教会がいくつか建っていてそれが世界遺産になっている。
さらに、離島ということでほかのチリとは違う文化や生活スタイルが定着しているのだそう。

そしてわたしたちにとって、もっと魅力的だったこと。

それは、おいしいシーフードが食べられること!

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しかもラッキーなことに、この時期チロエ島ではお祭りが行なわれているんだとか。
この情報はグロリアたちから聞いたもの。
ちょうど1年前のバケーションで、フェルナンドとグロリアはチロエ島に旅行に来たんだって。
「どんなお祭りなの?何してたの?」って聞いたら「ひたすら食べてた!」って笑いながら即答。

わたしたちもお祭りに行ってひたすらシーフードを食べるとするか。

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お祭りはてっきり街の中でやっているのかと思いきや、会場はバスで30分くらい離れた郊外の広い空き地だった。
入場料600ペソ(約120円)を支払う。

会場は人でごった返していた。
だけど何のお祭りなのかよくわからない。

特設ステージではご当地ソングが演奏され、楽しそうに踊る人たち。

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とくに、決まったフリはなさそう。
みんなステージに上がって、腰を振りながら白いハンカチを振り回す。
老若男女楽しそうで、いいですなあ。
会場で買ったボトルワインを飲みながら、のんびり観賞するイクエとケンゾー。

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あとは羊の毛刈りが実演されていたり・・・。
丸裸にされた羊は、なんだかわたしたちが飼っているチワワを思い起こさせる。

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でも、わたしたちが求めているのはこんなことではない。
グロリアたちのように、シーフードを食べ歩かなきゃ。

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木造の小さな小屋をのぞいて見ると、床にはいろりのようなものがあり火が熾されている。
そしてその上には、開いた魚やジャガイモやニンニク・・・。
燻されておいしそう!!

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大きくてまっ赤なサーモン。
本格的なスモークサーモンを食べてみたいなあ。

寿司ネタのなかで、わたしはサーモンがいちばん好き。
子どものころからサーモン好きで、あれはわたしがまだ保育園児だったときのこと。
カナダに行った父がお土産で買ってきたスモークサーモンを、ひとりで開けてほとんど食べてしまったという武勇伝(?)をもっている。
仕事から帰ってきた母が冷蔵庫を見て「どうしたのこれ?誰が食べたの?」と聞いたので「イクエが食べたよ」と涼しい顔をして答えると、母が目を丸くして驚いていたのを今でも覚えている。

そのときから「あんたは将来飲んべえになるねえ」と言われていた。

さらに、同じころ、父が飲み屋の姉ちゃんからバレンタインデーにもらっていたウイスキーボンボンをひとりで貪り食ったと言う武勇伝(?)もある。
頭が痛くなって父と母が帰宅するときにはソファで寝込んでいた。
「大丈夫?」「風邪?」「薬飲む?」と心配してくれていた両親。
そのときわたしといっしょに留守番をしていた姉が「さっきまで元気にいっしょに遊んでいたんだけどね。チョコレートもいっぱい食べていたし。」と答えると、両親は大量のウイスキーボンボンの包みを発見。
「これ、全部イクエが食べたの?」と呆れていた。
わたしは保育園のころから、お酒や肴をうまいと感じていたようなのだ。

話はずれたけれど、燻製の小屋には貝もたくさんぶらさがっていた。
どうやって食べるんだろう。
あぶってマヨネーズや七味をかけてもおいしそうだし、スープにすれば出汁も出そう。

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でも残念ながらこの燻製は展示されているもので販売されていなかった。
だけど出店が何十軒と出ているので、食べるのには苦労しなさそう。
さあ、どこのお店にしようかな。

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でも、チリ人ってシーフードよりも肉が好きなんだよね。
みんながっつり肉をほおばっている。
たしかに炭火で焼かれた肉はおいしそうではあるけれど、せっかく島に来てるんだからシーフードでしょう。

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そんななかシーフードを出している屋台を発見。
たっぷりの貝が入ったスープ。
ムール貝と丸い貝が入って、お値段は1500ペソ(約300円)。

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でもこれだけではお腹は満たされない。
チリ名物、エンパナーダを売っている屋台へ。
エンパナーダとは、パイ生地の中に肉や野菜、チーズを入れて揚げたもの。

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珍しい、魚介の入ったエンパナーダを作っている。
てっきり餃子みたいにひとつひとつ生地のなかに具を詰めて包むのかと思っていたら、なが~く引き伸ばした生地の上に等間隔に具を載せていく。

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上から生地を重ねていっぺんに包み込み、そのあとひとつずつカットしていく。
餃子を作るよりも効率的かも。

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シーフードはスペイン語で「マリスコス」。
揚げたての「エンパナーダ マリスコス」は、これだけの量で3000ペソ(約600円)。
さて、お味は?

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うまい!!
ヤケドするほどあつあつで、外はこんがり。
中には海の幸がたっぷり。
いろんな種類の貝、さらにはウニまで。

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量が多すぎるので残すつもりだったけど、その場でたいらげてしまった。
今まで食べたエンパナーダでいちばんおいしい。
チリワインのお供にぴったり。

でもこれだけでは満足しないイクエとケンゾー。
人がたくさん集まっている場所を発見。
まんなかにはグツグツと煮えたぎる大きな鍋。
ここでは、どんな料理が食べられるの?

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名物の「クラント」という料理。
ネットに入れて鍋で煮立てているようで、一皿注文するとネットごと運ばれてきた。
ボリュームたっぷりで5000ペソ(約1000円)。

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頼めばだし汁も無料でくれる。
味に深みがあっておいしいんだけど、めちゃくちゃ塩辛い!
この色からもどれだけエキスが出てるかわかるでしょ。

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クラントのネットを切り裂いて、お皿に取り出す。
中から出てきたのは、貝だけじゃない。
ベーコンにソーセージ。
肉と魚介を一緒くたに煮るって言う発想は日本人にはない。
右側の白いすり身みたいなのは、海藻を練ったものらしい。
淡白な味で歯ごたえのある寒天といったところ。

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お腹いっぱいになって宿へ戻る。
テントサイトにはお客さんが増えていた。
隙間なくびっちりテントが張られている。

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やっぱりみんなキャンプが好きなんだねえ。

そして夜、恒例の音楽会が繰り広げられる。

ギターに太鼓に笛。
手拍子とともに盛り上がる歌声。

もちろん歌はフォークソングみたいなメロディー。
40年前に流行ったような。

夜中になると、大きなテントにみんなで入ってテントの中で時間も気にせず大合唱。

しかもいくつかグループができていて、交代で競うように歌う。
あっちからこっちから。

さすがに夜12時を過ぎて、誰かが文句を言ったのか音楽会は中断した。

ようやく眠れると思ったら・・・。
今度は下のほうから大合唱が聞こえてきた。
物足りなさを感じた若者たちはキャンプ場の外に移動し、海岸沿いで青春の音楽会を再開したのだった。

気持ちよさそうに大声で歌いあう。
夜中の1時に。

なんで今ごろフォークソングなん?

そして明け方近くになって、満足そうにテントサイトに戻ってきた若者たち。

これは健全な青春と呼べるものなのか。
はたまた大迷惑な騒音なのか。

でも肩を並べて次から次にフォークソングを大合唱するというのは、とても楽しそうでうらやましくもある。
このエネルギーは、日本も見習わなきゃ!

Comment

初コメです。
いつも 楽しく読ませて貰ってます。
内容も充実していて毎日の楽しみでもあります。
イクエ様 ケンゾー様のブログを読んでいる時は 日々の悩みや不安を(最近は特に重すぎ)忘れることが出来ます。
いつもありがとうございます。

No title

日本では そういう場合 みんなスマホと にらめっこしてます。

これからも楽しみにしてます。

みゆきさま

初コメントありがとうございます!

そう言っていただけると本当に嬉しいです。わたしたちの自己満足の旅も少しは人様の為になっているかと思うと旅のモチベーションが上がりますし、気が引き締まります。
ほんのひとときでもいいので、このブログを読んで旅をしている雰囲気を味わってもらえると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします!

ありさま

なるほど、そうかもしれませんね。
たしかに睡眠を妨害されて迷惑に思いましたが、なんだか微笑ましくもありました。
海外、とくに南米は人とすれ違っても「オラー」、店に入っても「オラー」、スーパーのレジ係にも「オラー」とみな必ず挨拶します。とても自然でとても人間らしく、人と人との関係が身近でいいなと感じています。日本も他人との距離がもうちょっと近くてもいいと思うのですが・・・。
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