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2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


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バックパッカーが結婚式を挙げるなら・・・この教会

2017.05.31 06:19|アメリカ合衆国☞EDIT
今までで一番幸せだった日は、結婚式だったイクエです。
たくさんの人に祝福される、みんなが笑顔で見守ってくれる、こんなシチュエーションってそうそうないですよね。
特に、目が合う人みんなが笑顔っていうのがいい!
結婚式や披露宴はお金がかかるけれど、お金のかけがいがありました。
楽しかったなあ~。
それにたくさんの人にお祝いをしてもらっているから「簡単には離婚できんな」という覚悟になりますね。

アメリカでの日々も早いもので最終日!
今回はロサンゼルスだけの滞在となったけど、国土の広いアメリカは見所たくさん。
10年使えるビザも持っていることだし、また来なくちゃ。

最終日はまりねえと穴場スポットへ。

まずは見晴らしのいい丘に到着。

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ここからは海も見える。
ロサンゼルスって港町だったんだなあと改めて実感する。
以前は、このあたりの缶詰工場でたくさんの日系人が働いていたそう。

港はすごく大きい。

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ロサンゼルス港とそこに隣接するロングビーチ港。
アメリカ最大級のコンテナターミナルをもつ。

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ロサンゼルスが今のように栄えたのは、海に面していたから。
この港はが物流の拠点となり、たくさんのモノや人が出入りするようになった。
家具や衣料品、電子機器、紙や織物・・・。
世界からこの港へと運び込まれ、また運び出される。

この港は、流通基地だけでなく旅客基地でもある。
大型貨物船に混ざって、巨大なクルーズ船が停泊していた。
橋と変わらないくらいの長さ。

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港は、乗客3000人以上の大型クルーズ船にも対応しているんだって。

巨大な港を上から一望したわたしたちは、次は海沿いの道をドライブすることにした。
この先に日本人の新婚さんたちにも人気の、ステキなチャペルがあるらしい。

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左手には太平洋。
波はほとんどなく、とても静かで穏やかで美しい。

そして右手には、大きくて立派な住宅が海を見下ろすように建っている。

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広い敷地。
見るからにお金持ちが住んでいそうな家。

この前車窓から見たロサンゼルスのダウンタウンのテント街とは、まったく違う世界。

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ホテルなんじゃないかと思うような造りのものも。

目の前は海だけど、きっと家でも泳げるように大きなプールもあるんだろうな。
しょっちゅうホームパーティーやってるんだろうな。
メイドさんやベビーシッターを雇ってるんだろうな。

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高級住宅が並ぶエリアを抜けると、今度はこんもりとした小高い丘が見えてきた。
そこにすっくと立つ石造りの塔。
屋根の上に十字架も見える。

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この塔には夜になると灯りがともり、灯台のようになるんだって。
船乗りたちからは「神のキャンドル」とも呼ばれているんだとか。

教会の名はWayfarers Chapel(ウェイフェア チャペル)

さて、そのチャペル、この写真に写っているんだけどわかるかな。

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少しアップにすると、わかるよね。

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全面ガラス張りのチャペル。

木々に包まれた森の中。
そして、海を見下ろすこのロケーション。

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チャペルは天井までもガラス張りだから、青空も見える。
自然と一体化したチャペルは、カップルたちにとても人気があるという。

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Wayfarerとは、旅人という意味。
単なる旅行者という意味ではなく、「徒歩で旅している人」という意味らしい。
まさしくバックパッカー。

バックパッカーが旅先で別の旅人と恋に落ち、結婚するという話はたまに聞く。
また、新婚旅行を兼ねて世界一周するバックパッカーも少なくない。

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そんなカップルのみなさん、結婚式はこのWayfarers Chapelでいかがですか。

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「アメリカ的なもの」を探して

2017.05.25 09:45|アメリカ合衆国☞EDIT
最近暑いけれど、冷たい飲み物を控えて温かい飲み物で喉を潤しているイクエです。
女性は冷え性が多くて、私もそうなのかはわからないけど、去年からなるべく温かい飲み物を飲むようにしてきました。
すると、温かい飲み物に慣れてきて、最近ではそれほど冷たいものを飲みたいとも思わなくなってきました。
冷え性を治し、体を内部から温めることを「温活」って言うんですよ。

ロサンゼルスで快適な日々を送っているイクエとケンゾー。
床に敷いたお布団で寝て、おいしい和食をいただく。
まりねえの家では、ここがアメリカだと言うことを忘れてしまう。

テレビから英語が聞こえてくると、ああここはアメリカだったと再認識する。

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今日の夕食のメニューは餃子。
餃子はまりねえの旦那さんの大好物。
今週はその旦那さんの誕生日。
誕生日は毎年餃子でお祝いすることが恒例なんだって。

とはいえ、誕生日なのに帰宅した旦那さんにも手伝ってもらう。
仕事から帰ったばかりなのに、お疲れ様です!

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思い返してみると、この世界一周中、何度か餃子を食べた。
自分たちで作った餃子を。

思い出深いのは、アフリカのザンビアで食べた餃子。
アフリカでは海外協力隊としてボランティア活動をしている隊員たちのお宅を渡り歩いていた。
ザンビアのど田舎で、隊員たちが集まって開いたホームパーティー。
小麦粉を練り、めん棒がわりにワインボトルで生地を伸ばし、餃子の皮を作った。
日本で食べる餃子の味にはちょっと遠かったけれど、みんなでワイワイ喋りながら、時間をかけて作った餃子の味は格別だった。

小麦粉さえあれば、餃子の皮は作れる。
味をしめたイクエとケンゾーは、アルゼンチンのパタゴニア地方の日本人宿でも宿泊者たちを巻き込んで、大量の餃子作りをした。

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ロサンゼルスでは、餃子の皮が手に入る。
久しぶりにいただく、本格的な餃子。

餃子のお供はビール!
パッケージがかわいい、アメリカの黒ビール♪

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餃子もおいしいけれど、アメリカらしいものもいただきたい。
アメリカ料理は何かと聞かれたら困るけれど、思いつくのはやっぱりファストフード!

お昼どき、ロサンゼルスの有名ホットドック店にまりねえが車で連れて行ってくれた。
お店の名前は、PINK’S
大人気店でいつも行列だというから、お昼時を避けて午後3時にやってきた。
それでも、店の外まで列ができていた。

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創業は1939年。
80年近くの歴史をもつ店。
日本と比べて歴史の浅いアメリカでは、老舗中の老舗。

創業当初はピンクさん夫妻が屋台で販売していたのだそう。
日本の人気店に芸能人のサインがずらりと並んでいるように、店内にはこの店を愛するハリウッドスターたちの写真がたくさん飾られている。
世界的に有名な人たちのお墨付きのお店。

ソースやトッピングは何種類もあって、メニューがたくさんある。
芸能人が考案した期間限定ニューなんかもある。

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キッチンでは、女性たちが汗を流しながらテキパキと働いている。
全員アメリカ人らしい体格。
賄い飯はホットドックなのだろうか。

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列に並んで20分ほど。
注文したホットドックとオニオンリングが出来上がった。

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ホットドッグというと、コッペパンにソーセージ、ケチャップとマスタードというオーソドックスなものを想像するけど、本場は違う。
ソーセージが隠れるほどに、キャベツの千切りがてんこ盛り。

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さらに、ホットドッグにもフライドポテトにもソースたっぷり。
このソースだけでも、おかずになるくらいボリューム満点。

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こんな食べ応えのあるホットドッグを食べているアメリカ人は、日本のシンプルなホットドッグじゃ満足しないだろうね。

ボリュームのあるホットドッグだったけど、おいしいから全部平らげた。
あと半分くらいは、食べられたかも。

まりねえ夫妻は、別のファストフード店にも連れて行ってくれた。
今度はホットドッグじゃなくてハンバーガ屋さん。
アメリカのファストフード店というと、マクドナルドやケンタッキーぐらいしかパッと思いつかないけど、本場にはいろいろあるんだね。

やってきたのは、IN-N-OUT(イン アンド アウト)

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1948年にロサンゼルスに1号店ができてから、ドライブスルーなども取り入れて人気を集めていったIN-N-OUT。
今では、アメリカに300弱の店舗があるらしい。
ちなみに、アメリカでの生活が日本よりも長いまりねえと旦那さんだけど、このIN-N-OUT(イン アンド アウト)の発音にはかなり手こずったんだそう。
現地のネイティブの発音の「イン アンド アウト」を聞き取るのは至難の技なんだって。

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メニューは少ない。
ハンバーガーのほか、チーズバーガー、ダブルダブル、そしてフライドポテトと飲み物。

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でも、IN-N-OUTには、公然の「裏メニュー」なるものが存在する。
「裏」といったって、メニューに表記されてないだけでみんなが知っているらしい。
ハンバーグやチーズの量を増やしたり、マスタードやピクルス入りにしたりと、客の要望に合わせた裏メニューが存在している。

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IN-N-OUTのウリは、冷凍物を使わずに新鮮なものを調理すること。
だからフライドポテトも、ジャガイモの皮をむいてカットして・・・という工程からやるらしい。

それにしてもポテトを揚げるフライヤーの数が多い!

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ハンバーガーには、玉ねぎを刻み、グリルしたものが挟まれている。
トマトやピクルスには、サウザンアイランドドレッシングがかかり、程よく溶けたチーズもおいしそう!

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ポテトは4人分が一つのトレーに載せられたけど、その量が・・・。
こういうの見ると、さすがアメリカって思う。

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歴史の浅い国、アメリカ。
もともとネイティブアメリカンの人たちが住んでいたところに、ヨーロッパからの移民がやってきて開拓し、今のアメリカを築いていった。
歴史も浅く、日本のように古代から伝わる文化や伝統芸能、遺跡やお城などの歴史的建造物もない。
ヨーロッパからの開拓者たちは、やってきた国も違うし、その後に連れて来られた黒人や他の国からやってきた移民たちもルーツはさまざま。

「人種のるつぼ」とか「人種のサラダボウル」と言われるアメリカで、「アメリカ的なもの」というのがなかなか見つからない。

ホットドッグやハンバーガーは、数少ない「アメリカ的なもの」。

でも、もっと「アメリカ的なもの」「アメリカらしさ」「アメリカっぽいもの」をわたしは見つけた。

それはショッピングセンターで。

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ファッションの店、レストラン、映画館・・・。
いろんな店が入った複合商業施設はまさにアメリカ的。
写真の右のきれいな建物は、ショッピングセンターに併設された大型書店。

いろんな店が並び、購買意欲を誘うショッピングセンター。

でも、わたしが見つけた「アメリカ的なもの」はショッピングセンターそのものではない。
見つけたのは、ショッピングセンター内の大型スーパーで。

これ!

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シリアルやグラノーラのコーナー。
量もすごいし、数もすごい。

この場所を見たとき、「あ!ここはアメリカ!」って実感した。

そして、このコーナーでも。

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ピーナッツバターやキャラメルが入ったチョコレートバーSNICKERS(スニッカーズ)のような、甘くて高カロリーな携帯スナックバーのコーナー。

日本のスーパーでも最近ではレジの脇にチョコレートバーやグラノーラバーを置いているところもあるけれど、アメリカの足下にも及ばない。

シリアルコーナーもスナックバーコーナーも、その全容が一枚の写真じゃ収まらないほど。

調理の手間もかからないし、甘くて子どもも大好き。
手軽にカロリーや栄養を摂取できる。

無駄がなくて、効率がいい。
大量生産できて、みんなからそこそこ愛される食べ物。

アメリカ的だなあ〜。
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LAの目玉観光地 ハリウッドに行こう♪

2017.05.18 06:34|アメリカ合衆国☞EDIT
誕生日に夫から靴をプレゼントしてもらったイクエです。
プレゼントといっても、自分で選んで自分でお会計をし、カードで支払いました。
夫はまだ私が買った靴も見ていません。
これをプレゼントと言えるか微妙ですが、まあ、いいか。

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お味噌汁に納豆に鮭、ひじき・・・これは日本の朝ご飯ではなく、ロサンゼルスのまりねえの家の朝食!

ロサンゼルスでは、こんな風に納豆が普通に食べられる。
日本に比べれば値段は高いそうだけど、それでも他の国では手に入れることが難しい納豆が簡単に買えるのは本当にすごい。

納豆なんて外国人からしてみれば、信じられない食べ物。
「腐ってる」とか「臭い」とか「あの粘りは・・・」なんてしかめっ面をされる。
その納豆が手に入る。

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きょうもロサンゼルスは雲ひとつない青空。
この澄み切った青空は、ロサンゼルスを象徴するもの。
この空があるから、ロサンゼルスは明るいイメージ。

ハイウェイを車で走り、わたしたちが目指す場所。
そこもロサンゼルスのシンボル的な場所でもあり、一大観光地。

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ハリウッド!

今でこそ映画の都であるけれど、20世紀初頭のアメリカでは映画の制作地はニューヨークとシカゴだった。
それがここロサンゼルスに移ったのは、この地が気候が良く、雨も少なくて日照時間も長く、撮影にうってつけだったからとも言われている。

ハリウッドの歩道を歩く。
足元には星型の敷石。

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Hollywood Walk of Fame(ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイム)と言われるもの。

刻まれているのは、功績を残したハリウッドスターや世界的にも知られたミュージシャンなどの名前。
その数およそ2500。
映画、音楽、テレビ、ラジオ、舞台の分野で活躍した人たちが毎年投票で選ばれるのだそう。

三船敏郎の星や、ゴジラの星もあるんだって。
まだまだスペースはたくさんあるから、これからもっともっと増えていくだろうな。

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ハリウッドで多くの人が訪れるのが、Hollywood & Highland(ハリウッド アンド ハイランド)
ショッピングセンターやレストラン、映画館にホテルなどが入る巨大な複合施設。

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観光客がここを訪れるのは、買い物や食事だけが目的ではない。
建物の渡り廊下からアレが見られるから。
ハリウッドといえば・・・、のアレ!

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山の斜面に生える大きな白い文字。
HOLLYWOOD

ハリウッドサインが正面に見える、絶好の写真撮影スポットとなっている。

このハリウッドサイン、1923年に作られた当初は「HOLLYWOODLAND」だった。
「HOLLYWOODLAND」とは住宅開発をこの土地で行う不動産会社がつけた名前。
この看板は、その広告として作られたんだって。
その後、老朽化してLANDの部分が撤去され、HOLLYWOODの看板がきれいに整備されたのだそう。

広告だったのが、今では街のシンボルでもあり、観光地にもなるなんて。

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ハリウッドとは、「ヒイラギの森」という意味。
不動産会社の社長が別荘の名前に「ハリウッド」とつけたことで、それからその土地の名前をハリウッドと呼ぶようになったんだって。

ハリウッドサインを見るには絶好の場所、Hollywood & Highland。
この複合施設には、もう一つ世界的に有名な建物が併設されている。
それが、このクリーム色のDOLBY THEATRE(ドルビーシアター)

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このDOLBY THEATREは、アカデミー賞授賞式の会場になるところ。
アカデミー賞授賞式の日には、この建物の前にレッドカーペットが敷かれ、名だたるスターが集結する。

入り口から建物に入る。
劇場のドアに続く階段が正面にドーン。

そしてその両脇の柱には、アカデミー賞に輝いた映画のタイトルが年代とともに記されている。

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作品名は黒い控えめの文字で記されている。

柱には映画の作品名を後から、はめ込む形になっている。
これから先のものまで用意されている。
2071年は、どんな映画がアカデミー賞に輝くのか。

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その頃はもしかしたら映画なんて、存在しなくなっているかもしれないけれど。

こんな場所だから、あんなものも手に入る。

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オスカー像。
お土産用に大量生産されている。
こんだけお店に並んでるってことは、売れ筋商品なんだろうね。

二つで10ドルだって。

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ちなみに、なぜアカデミー賞の受賞者に贈られるこのおじさんの形のトロフィーが「オスカー」と呼ばれているのか。
諸説あるけど、はっきりした理由はわからないらしい。

なんじゃそりゃ。

アカデミー賞授賞式の会場になるDOLBY THEATRE。
想像していたよりも、意外と普通の劇場だった。

それよりも、私とケンゾーが気になったのは近くのこの建物。
豪華で歴史を感じる。
入り口には電光掲示板のあるチケット売り場。

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El Capitan Theatre(エル・キャピタン・シアター)

1920年代に建てられたという建物は、現役の映画館。
中にまでは入ってないけど、中もとても華やかで重厚で雰囲気があるらしい。

映画の本場で、しかもこんな本格的な映画館で映画鑑賞なんて、素敵だと思う。
時間がある方はぜひ!

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もう一つハリウッドで忘れてはいけない劇場が、Chinese Theater(チャイニーズ シアター)

チャイニーズシアターといえば、建物の前の地面にたくさんあるハリウッドスターの手形と足型が有名。
好きな有名人を探し出し、そこで一緒に写真を撮る観光客たち。

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アーノルド・シュワルツェネッガーのものを発見!
手も足もでかい!

私の手が子どもの手みたい。

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漢字で書かれているものを見つけた。
世界のジャッキー・チェン。

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この旅行中、私たちが日本人と知って「日本は好きだ!ジャッキー・チェン!」と何度言われたことか。
それで嬉しそうにカンフーポーズをする人に「ジャッキー・チェンは日本じゃないよ。中国だよ」と指摘すると、目を丸くして驚かれた。

失望させるのがなんだか申し訳なくて、「ジャッキー・チェン」と言われても、指摘せずに受け流すときもあった。

世界的に知られていると言えば、映画俳優ではないけれど、この人も。

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注目してほしいのは、マイケルの手形。
手袋をしたまま、手形を残している。
彼らしさが出ている。

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映画には出ているし、スターでもあるけれど、俳優かと言えばそうではないこの人の足型も。
この「人」ではないか。

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ドナルドダック。

さらにはこんな足型も。
『スター・ウォーズ』の出演者たち。

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機械っぽい足跡。
スター・ウォーズといえば、その撮影舞台となったチュニジアに行って映画のロケ地巡りをした。
今となっては懐かしい。

でも、わたしはスター・ウォーズを見たことがない。
ケンゾーにバカにされてるけど。

だから足跡の持ち主が、どんな体をしているのかわからない。
一番右の人以外、人間じゃないというのだけわかる。

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ハリウッドを歩いていればスーパースターに会えるかも、というのは夢物語。
と、思いきや。

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ジョニー・デップ!

残念ながら本物じゃない。
精巧に作られた蝋人形。
スターに会った気分になれるように、ハリウッドには蝋人形のミュージアムがある。

ケンゾーとジョニー・デップ、どちらが年上でしょう。

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正解はジョニー・デップ。
なんと11歳もジョニー・デップの方が年上。
もう53歳。
見えないよねー。

いっぽう、イクエはこの人とツーショットを。
ロバート・パーシング・ワドロー(Robert Pershing Wadlow)
ギネスブックに載っている、もっとも身長が高かった人。

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身長272センチ!
1918年にアメリカで生まれた彼は、10歳の時にはすでに2メートルあったんだって。
1940年に亡くなるまで、ずっと身長が伸び続けたらしい。

ハリウッドでは、蝋人形だけではなく、こんな人たちとも写真撮影ができる。

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異様にキラキラなミッキーとミニー。

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クオリティーはともかく、ハリウッドスターや映画のキャラクターに扮している人たちが、通りでお客さんを待っている。
一緒に写真を撮るときは、チップを払うシステム。

ハリウッドで写真を撮るなら、この壁画も。

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映画館の客席に座っているのは、すべて映画スターたち。
でも、わたしとケンゾーは半分もわからない。

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一番前の中央に座っているのは、誰もが知ってる人たち。
実物はもっと美男美女だったような気もするけど。

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ハリウッドに行ったところで、あのスターと偶然道でばったり、なんてことはそうそうない。
やっぱりスターを一目見たいなら、アカデミー賞授賞式のときにハリウッドに行くべきか。

でも授賞式のときは道が閉鎖されて、警察官がいっぱい立っていて、フェンスも張られて、レッドカーペットを歩くスターをチラッと見るのも難しいんだって。

スターは画面の中で見るのが一番なのかもね。
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LAの夜景 世界は小さくなっている

2017.05.13 06:24|アメリカ合衆国☞EDIT
スギ花粉にヒノキ花粉、やっと花粉症が終わったかと思ったら黄砂とPM2.5による鼻水とくしゃみに困っているイクエです。
どうすればいいんでしょうねえ。
年が経つほどにどんどん空気が悪くなって、症状もひどくなっていくのかなあ。

ロサンゼルスのまりねえの家に泊まらせてもらいながら、LAを案内してもらっているイクエとケンゾー。
LAの街を上から見てみることにした。
上からといっても、飛行機やヘリコプターに乗るわけではない。
見晴らしのいい丘に展望台があって、そこから街を見下ろしてみるのだ。

まりねえの車に乗って、目的地を目指す。
ハイウェイからは、雪を抱いた山脈が見える。

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ロサンゼルスって大都会のイメージがあって、自然からはかけ離れた場所だと思っていた。
だけど、少し離れればこんな風に山もあるし原っぱや荒涼とした大地が広がっている。
車を走らせれば、すぐに「田舎」のゾーンに入る。
東京とは違うなあと思う。

街はどこだって人の手で作られていったものだけれど、ロサンゼルスも東京と同じ「都会」とは言え、もっと人工的な感じがする。
何もないところに短時間で街を作ったような。

床の上にポン、ポン、ポンとおもちゃのビルを置き、ミニチュアの道路を並べて。

ぐちゃぐちゃとした日本の街並みと違って、規則正しい街並み。

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いくつも重なる、立体道路。
そこをくぐると、摩天楼が見えてきた。
その摩天楼はさらにポン、ポン、ポンと上へ上へと積み上げられ続けている。

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遠くから見えていたビル群。
そこだけが異常に発展している。
そこだけが近未来都市のような。

ビルの下の繁華街はどうなっているのか。
さぞ華やかで、賑やかなんだろう。
ビジネスマンやおしゃれな人たちが通りを闊歩しているんだろう。

車は繁華街に入った。
ビルが乱立している。

ビル群の下には想像していなかった光景があった。

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等間隔で並んだテント。
ずらりと向こうまで何十と。

どれもしっかりした造りで大きい。

着飾った人たちは闊歩していないけど、着古したTシャツでテントの周りをウロウロしている人たちがいる。

ダウンタウンのここは、ホームレスの人たちのストリートになっていた。
路上にはまるで室内のようにダイニングテーブルと椅子が置いてあり、そこで歓談している人たちがいる。
ストリートが、完全に彼らの生活空間になっている。

道路にはゴミが落ちていて、ホームレス以外の人たちはほとんど歩いておらず、見るからに治安が悪そう。

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ロサンゼルスにはおよそ4万人のホームレスの人たちがいるのだそう。
この数は年々増加しているのだという。

リトル・トーキョーにも近いこのダウンタウンには、およそ5000人のホームレスがいるらしい。
ホームレスには、退役軍人だった人も多い。
PTSDになったり退役後に再就職できなかったりして、普通の生活が送れなくなるのだという。

このままいけばここは、いずれゴーストタウンのようになるだろう。

アメリカの影の部分を垣間見た気がした。

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光と影が混在する街。
だけど離れて見ると、それはすべて華やかに見える。

わたしたちが訪れたのは小高い丘の展望台。
標高およそ350メートル。

ここから遠くに見えるものすべては、影などない美しいものに見える。

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ここはグリフィス公園
ロザンゼルスが一望でき、市民の憩いの場であり人気の観光地でもある。

山側を振り返ると、有名なあの文字が見える。

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華やかさを、アメリカンドリームを、象徴するような文字。

公園にはグリフィス天文台がある。
ジェームス・ディーン主演の『理由なき反抗』やシュワルツェネッガー主演の『ターミネーター』など有名な映画のロケ地にもなっているところ。

中東の宮殿のような、モスクのような美しい建物。

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巨大な天体望遠鏡やプラネタリウムもあり、家族連れで賑わっている。
でも、わたしたちのお目当てはここから見る景色。

ロサンゼルスって無機質な大都会だと思っていたけれど、緑がたくさんあることに驚かされる。

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海もあり、山もあって緑が多く、人が住みやすそうな場所に開拓者たちは街を造っていったんだなあ。
碁盤の目のように、道路がまっすぐに伸び、垂直に交わり、建物が列を作って並んでいる。
ひときわ背の高いビルは横一列にきっちりと並んでいて、幹線道路がどこなのか一目瞭然。

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整然としていてとてもきれい。

わたしはまだスカイツリーにのぼったことがない。
スカイツリーに行った友だちが言っていた。
「スカイツリーに一度はのぼる価値があるよ。
何がすごいかって、地平線までずっと建物が密集しているのが見られること。
そんなとこ、世界で東京ぐらいしかないんじゃないか」

確かにそうかもしれない。
アメリカの大都市ロサンゼルスだって、こうやって上から見ると建物が密集しているのは中心部だけで、視線を少し横にずらせば緑が繁るエリアになる。

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ビルや大きな建物が立ち並んでいるエリアにも、木々がたくさんある。

ロサンゼルスはアメリカではニューヨークの次に大きな都市。
人口は1000万人近く。

それでも、こんな風にゆとりを持った土地の使い方ができるのは、日本に比べて国土が何倍も広いからだろうか。

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ロサンゼルスの街がオレンジ色に包まれていく。
まもなく夜の帳が下りるころ。

青から黄、オレンジ。
空がグラデーションに染められていく。
高層ビルが西日を受けて輝いている。

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ここからの夜景も美しいらしい。
さて、どんな表情を見せてくれるのか。

太陽が山裾に顔を引っ込めていく。
空の青がどんどん濃くなり、濃紺に変わっていく。

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天文台の巨大天体望遠鏡で、何億光年も離れた星を見る観察会が開かれていた。

もっと夜が深くなり、夜景が美しくなるまでにはもう少し時間がかかりそう。
わたしたちは、それまで天体望遠鏡で星を見ることにして行列に並んだ。

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1人ずつしか見られないから、列はなかなか進まない。
30分以上は並んだかな。

やっと自分たちの番が来てワクワクしながらのぞいたら、星は豆粒ぐらいの点にしか見えなくて、あまりの小ささに笑いが出てしまった。
もっと星のざらついた表面が見えると思ったのに・・・。
でも肉眼では絶対に見えない星なので、点の大きさでも見えるのはすごいことらしい。

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何億光年も離れた場所にある星よりも、眼下の街の瞬きの方に心が惹きつけられる。
さまざまな色の光がキラキラと輝いている。

この光は数年後もっともっと増えていくのかな。

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でも、摩天楼のきらめく光よりも、わたしにはもっと気になるものがあった。
それは街の上をひっきりなしに行き交う飛行機。
光の点滅が、右から左、左から右に。
ロサンゼルス空港から飛び立ったばかりのものや、飛行場目指して降下しているもの。
空には何機も飛んでいて、飛行機というよりも昆虫のように見える。
蜂が飛び交っているような。

よくぶつからないなあ。

ここが国際都市であることを実感させられる。

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ロサンゼルス空港の飛行機の離着陸数は年間およそ65万回。
1日あたりおよそ1780便が離着陸していることになる。

世界はどんどん狭くなっている。
運賃の安いLCCもどんどん増えているし、前より気軽に地球の裏側へ行ける。
イクエとケンゾーもこの3年5か月の世界旅行の間に、何回飛行機を利用しただろうか。

飛び交う飛行機を見ていると、世界一周をするというのは特別なことではなく、この時代に生きる自分たちにとって自然な成り行きだったのかなと思えてくる。

華やかな街並みと、その上を蜂のように飛び交う飛行機を見ながら、この旅が終わりに近づいていることをわたしは静かに受け止めた。

わたしたちがロサンゼル空港から飛び立つ日は差し迫っている。

上海行きの飛行機に乗り、韓国を経由してまもなく日本へ。
ロサンゼルスから日本まではおよそ9000キロ。
とても遠いようだけど、飛行機に頼ればなんてことない距離。

遠く離れた日本がすぐそこにあるような気がした。
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世界一周できる、グレートな国

2017.05.10 07:01|アメリカ合衆国☞EDIT
最近結婚指輪を再びつけ始めたイクエです。
去年の夏ぐらいから結婚指輪を外してたんだけど、ケンゾーはずっとつけてるから。
さりげなく結婚指輪を再開したんだけど、ケンゾーは「お!またつけ始めたんだ」とすぐに気づいた。
今度からちゃんとつけとこう。

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まりねえ夫妻に案内され、ロサンゼルスの日本人街リトル・トーキョーに来たイクエとケンゾー。

リトル・トーキョーの歴史は古く、1885年日本人が日本食レストランをここに開業し、25世帯の日系人が住み、学校も作られたことで日本人街が形成されていったらしい。

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第二次大戦が始まると日系人たちは強制収容所へと送り込まれた。
戦後になって収容所から解放された日系人たちはここに戻り、この地は再び日本人街として活気を帯びるようになった。

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戦後は映画館が複数できたり、本格的なカウンターのお寿司屋さんができていったのだそう。

けれど時代とともにこの地に住んでいた日系人や日本企業の駐在員たちは、別の場所に居を構えるようになった。
ここに住む日系人は少なくなったものの、日本にちなんだ飲食店やお店はここに集中していて「リトル・トーキョー」という呼び名はそのまま。

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およそ70の飲食店があるんだって。
お寿司屋さんや焼き鳥屋さん、しゃぶしゃぶ店にラーメン屋さん・・・。
この場所に来れば、本格的な日本食にありつける。

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回転饅頭(今川焼き)だってある。
たくさん作り置きしてあるってことは、これだけ売れるってことなんだろうね。
アメリカ人も好きなのかもしれない。

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お弁当屋さんだってあるよ。
アメリカ人サラリーマンのランチとしても人気があるのかも。
まるで日本。

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こんな看板も。
「主婦歓迎」って言うのが、日本で見る求人広告と同じだね。

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飲食店だけじゃない。
雑貨店の雰囲気も日本そのまま。
日本で売られている化粧品が、ここでも苦労せずに手に入る。

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日本のお店は、なにもリトル・トーキョー内だけにあるのではない。
あちこちに散らばっている。

まりねえが言うには「ロサンゼルスで食べられない和食はほぼない」のだそう。
食材だってしかり。
日本食材を豊富に揃えた大型スーパーだってあるんだから。

この日の夜、連れて行ってもらったのがこのお店。

「たまえん」という焼肉屋さん。

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店に入ると「いらっしゃいませ~」。
日本語が響く。

店構えも室内の様子も日本の焼肉屋となんら変わりはない。

ドリンクメニューがこんなにも充実している。

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今まで旅をしてきて、日本食レストランに行く機会もあった。
そのときに「酒」とメニューにあるだけで興奮していた。
その場合の「酒」は日本酒のことで、銘柄も1種類か2種類。

でも、ここには「酒」からさらに細分化したメニューが存在している。
日本酒も焼酎もたくさんの銘柄がある。
しかも「泡盛」や「すだち酎」「カルピスチューハイ」や「柚子チューハイ」まで。

でも、酒好きのケンゾーが最初に頼んだのはこれ。

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グラスがキンキンに冷やされてるのが、まさに日本クオリティー。

そしてつまみはキムチ。
カクテキがおいしい!

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長い間、日本に帰らずに世界中を旅しているイクエとケンゾー。
恋しくなる日本食には、刺身やラーメン、魚の煮付けなどたくさんあるけれど、トップ3に入るのに「焼肉」がある。
自分たちでもこうなるとは意外だった。
焼肉って日本食のイメージはないし、ただ肉を焼くだけだから別に他の国でも似たようなものは食べられそうでしょ。
でも、日本の焼肉って特別。
韓国の焼肉ともまた違うし、何と言っても慣れ親しんだ日本の焼肉のタレ、あれがおいしい。

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世界一周旅行中に迎える2回目のお正月は、イクエの家族にフランスに来てもらって一緒に迎えた。
そのときに「お正月、何が食べたい? 日本から用意していくよ」と母に聞かれて、答えたのが「焼肉」だった。
母は焼肉のタレを持って来てくれた。

でも、やっぱりあの味にはならなかった。
と言うのも、日本の焼肉のような薄切り肉が外国ではなかなか手に入らない。
タレだけではなく、焼肉用の薄切り肉があってこそ、日本の焼肉は成立するのだ。

まりねえ夫妻が連れて来てくれたこの店は、完璧だった。
日本でさえも最近はなかなかお目にかかれない、レバ刺しも!

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店員さんも日本の人だし、当たり前のように日本語で接客される。
網が黒くなり始めたら新しいのに替えてくれるし、日本の焼肉屋にいるんじゃないかと錯覚する。
このクオリティーはすごい。

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まりねえ夫妻がご馳走してくれたけど、店員さんはお会計のときにみんなにガムを渡してくれた。
これも日本と同じサービス。

また、別の日のランチには他のお店にも連れて行ってもらった。
日本レストランが集まるエリアが、ロサンゼルス内にいくつもあるのがすごい。

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日本食レストランに並んで、他の国のレストランもある。
まりねえと入ったお店はベトナム料理店
ベトナム料理の代名詞、生春巻き!

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フォーも何種類もあって、選ぶのに困るほど。
日本のベトナム料理店よりもこちらの方がかなり本格的。

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薬味を好きなだけトッピングしていただきます。

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食の世界一周をしたければ、ロサンゼルスで実現できる。
日本にも各国の料理店があるけれど、日本人好みにアレンジされている。
でも、ロサンゼルスはいろんな国からやって来た人たちが集まるから、どのお店も本格的。
現地顔負けのメニューと店の雰囲気。

でも、せっかくアメリカに来たのだからアメリカっぽいものも食べたいね。
「和食」や「中華」「イタリアン」・・・。
それぞれの国のご当地メニューはすぐに思い浮かぶけれど、「アメリカ的な食べ物」って何?

まりねえ夫妻が連れて行ってくれたのがリトル・トーキョーにほど近いところに位置する人気店。

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地元の人たちで大にぎわい。
ここはホットドッグ専門店。

ソーセージやトッピング、ソース。
それぞれ好きなものを注文し、自分オリジナルのホットドッグにしてもらうシステム。

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ショーケースにずらりと並んだソーセージ。
牛肉や豚肉、鶏肉のほか、ラムやウサギ、アヒル、バッファロー、七面鳥にガラガラヘビまで種類が豊富。
色や太さ長さはさまざまで、どれにしようか悩む。

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ソーセージは、こんがりおいしくプリッと焼いてくれる。
私が選んだトッピングはサワークラウト。
ケンゾーはパプリカ。

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種類が多いのはホットドッグだけではない。
テーブルの上にずらりと並んだボトル。

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正体はマスタード。
好きなマスタードをたっぷりとかけて、おいしくいただく。
辛いもの、ちょっと甘いもの。
クリーミーなもの、粒がそのままのもの。
一つに絞れないので、二つぐらいかけてしまう。

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種類が多いのは、ほかにも。
オレンジや黒や赤・・・。
ホットドッグのお供は好きな銘柄のビールを!

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サイドメニューはやっぱりフライドポテト。
これぞ、アメリカ。

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でも、フライドポテトってアメリカの食べ物?
イギリス人もよく食べてるし、ジャガイモといえばドイツの国民食。

このホットドッグのお店の名前は、Wurstküche
英語ではなさそうね。

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Wurstとはドイツ語で「ソーセージ」。
kücheは「台所」。

「アメリカ的なもの」と思っていても、そのほとんどが外国からやってきたもの。

いろんな国の料理が食べられるアメリカ。
いろんな文化が存在するアメリカ。
それこそが「アメリカ的」なものなんだと思う。

いろんな国を垣間見られる国、アメリカ。
まるで、世界一周してるみたいに。

そしてそれがアメリカの良さでもある。

多文化の国アメリカ。

いろんな国、いろんな人を受け入れる度量の広いアメリカ。
大きくてグレートな国、アメリカ。
自由の国、アメリカ。

アメリカからそれを取ってしまったら、アメリカの魅力はなんだろう。
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ロサンゼルスでもっとも行ってほしい場所

2017.05.05 06:13|アメリカ合衆国☞EDIT
寝ていたら唇を蚊に刺されたイクエです。
2か所も。
唇だからムヒを塗るわけにもいかないくて、代わりに唾をつけました。
そのお陰かどうかはわかりませんが、起きたら腫れがだいぶ引いて、痒みもなくなっていましたよ。

ふかふかのお布団で熟睡したイクエとケンゾー。
心地よい布団から抜け出してリビングに行くと、まりねえが朝食を用意してくれていた。

なんてオシャレな。

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こんがり焼いたベーグル、ブルーベリーとナッツを添えたヨーグルト。
そして豆から挽いたブラックコーヒー。

まりねえ夫妻のお土産に、コロンビアで買ったコーヒー豆(日本人オーナーのコーヒーショップ ボゴタのKIRI CAFEで買っていたもの そのときの記事はこちら→いちばんおいしいコーヒが飲めるカフェ オーナーは〇〇人)をもっていった。
もちろんそのコーヒーもおいしいんだけど、イクエとケンゾーの人生のなかでもっともおいしかったコーヒー、パナマのゲイシャコーヒーにすればよかったなあ。
ゲイシャコーヒーは最高級のコーヒー。
現地だと安く手に入れられて、250グラムで40ドルだった。
買おうか迷ったけれど、バックパッカーには250グラムで40ドルのコーヒーは高くて結局買えなかった。(そのときの記事→「人生で一番おいしい!」世界最高級のコーヒー

それを買えばよかった、まりねえ夫妻にあげればよかったと大後悔。
コーヒーって好きな人もいるけど飲まない人もいるし、コーヒーが好きでも家にコーヒーミルがなくて豆は買わないって人もいる。
だから、お土産としては奮発できなかったんだよねえ・・・。

いつも朝から豆を挽く、まりねえ夫妻。
この夫婦には、ゲイシャコーヒーがぴったりだった。

同じようにわたしたちが未だに後悔していることは、オーストリアのウィーンで暮らすサトコさん一家に、手土産で安いワインをもっていってしまったこと。
サトコさんはもともとこのブログの読者で、家にお呼びいただいて、すっかりサトコさん一家の人柄に魅せられ、再会したくて再度オーストリア入りしてサトコさん一家の別荘で幸せな時間を過ごしたのだった。(そのときの記事はこちら→別荘の地下には・・・

サトコさん夫婦はワイン好き。
わたしとケンゾーも前からワインは好きだし、日本でワインをネットで箱買いし、いつも家にストックしていた。
だけどそのワインは安くて、今思えばたいしておいしくなかったと思う。
この旅行で本場のワインを飲み、ワインの味がようやくわかってきた。
サトコさんに会うときは、まだワインを飲む機会がそれほどなくてイクエとケンゾーの舌は肥えてなく、おいしくないワインを選んで手土産にしてしまったのだった。

この3年5か月の旅行で後悔していることはほとんどないけれど、この手土産の二つの件は後悔している。
あの時に戻れたらなあ・・・と思う。

コーヒーをいただきながら、まりねえと旦那さんが言った。
「どこか行きたいところはある?」
「うーん。
 いや特にはないなあ。
 どこかおすすめのところある?」


まりねえと旦那さんが少し神妙な顔つきで言った。
「二人で話していたんだけど、ぜひ行ったらどうかなって思うところがあって。
 日系人博物館。
 日系移民の人たちの辛い歴史や努力がわかるように展示されているところ」

「日系人は最初はすごく虐げられていてね。
 僕もマリも今こうしてアメリカで暮らせているのは、そういう人たちのおかげだから。
 できれば、ふたりにもそういう歴史を知ってもらえたらなあ、って」


特にリサーチもしていなかったし、ロサンゼルスの観光と言えばハリウッドやショッピングなど華やかなイメージしかなかった。

そんな博物館があるなんて、恥ずかしながらイクエとケンゾーは知らなかった。

ロサンゼルスで暮らすまりねえ夫妻。
そんなふたりが、ロサンゼルスで一番先に訪れてほしい場所としてあげた博物館にはイクエもケンゾーも関心がある。
そして、そんな場所を勧めてくれる夫婦はすてきだなあと思う。

家を出て4人で車に乗った。
まりねえ夫妻はもちろん博物館に行ったことがあるけれど、付き合ってくれる。

全米日系人博物館は、ロサンゼルスの繁華街にあるのだそう。

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日本語の看板がちらほら見えてきた。
日本で見るような飲食店や不動産屋さん、雑貨屋さん・・・。

ここは、アメリカ最大の日本人街リトル・トーキョー

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この地域は19世紀半ばまではドイツ系移民の街として「リトル・ベルリン」と呼ばれていたのだそう。
しかし19世紀末に数万人の日本人がここに移住してきた。
それからしばらくして「リトル・トーキョー」と呼ばれるようになった。

博物館の近くには、大きな壁画が掲げられていた。
カラフルで楽しげな絵。

HOME IS LITTLE TOKYO

ロサンゼルスの小東京は 
我々の心の故郷です


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博物館は想像していたよりも大きくて立派。
外から見ると近代的なデザイン。

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この近代的な博物館の向かいには、以前西本願寺だった建物がある。
アメリカ風の建物のようにも見えるけど、お寺特有の造りにもなっている。

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この旧西本願寺が、以前は日系人博物館として使われていた。
しかし、手狭になったので向かいに今の大きな博物館がつくられたらしい。

入館料は大人1人10ドル。
ホームページを見ると無料の日もあるようなので、チェックしてみて。
(ホームページ 全米日系人博物館

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訪問したときは、たまたま日系人の会合が開かれていたらしく、アメリカの大学で教えているというダンディーなおじさまが館内を案内してくれた。
丁寧でわかりやすい説明をしてくれて、知ることや学ぶことが多く、本当にためになった。

わざわざ時間をかけて4人のために熱心に説明してくれたのは、1人でも多くの日本人に日系移民の歴史や苦労を知ってほしいという熱い想いからだと思う。

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日系人移民が集団でロサンゼルスに住み始めたのは19世紀からだけど、20世紀になるとますます多くの日本人が移住してくるようになったという。

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はるばるアメリカへやってきた日本人たち。

今でこそ、わたしたちのように大した覚悟もなく世界一周できるようになったけれど、当時は海を渡って異国に行くなんて並大抵の覚悟ではできなかったと思う。
アメリカがどんな国なのかさえイメージが湧かなかったはず。

日本に二度と戻れなくなるかもしれないし、友人や親戚にも会えなくなるかもしれない。

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着物を着て髪を結った日本人女性たち。
その出で立ちからは想像できない強さとフロンティア精神が、彼女たちの内面に秘められていた。

アメリカという新天地で、ゼロからの生活。
日系人たちは漁業や林業に従事したり、鉄道敷設の肉体労働や農園や工場などで働いた。

そして、日本人持ち前の真面目さと忍耐強さと一生懸命さとで、自分たちの生活を軌道に乗せ、暮らしを豊かにしていったという。

経済的にも成功を収めていった日系移民。
しかし、日系人にとって暗黒の時代がやってくる。

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文化や肌の色が違う日系人を排斥しようという動きが出始めた。
土地の所有を制限したり、移民の受け入れをやめたり。

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「学校に、日本人はお断り」
黒人に対してされていたような人種差別が日系人にも行われていたなんて。

自分たちの生活がうまくいってないと、その欲求不満を移民に向ける。
生活がうまくいかないのは、移民のせい。

なんか、今の情勢ととても似ている。

日本がハワイの真珠湾を攻撃し第二次世界大戦が始まると、それはますます激しくなった。

スパイ扱いされて、家に「捜索」という名目で立ち入られ荒らされることもあった。
嫌がらせとしか言いようがない。

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それだけでは終わらなかった。
1942年、日系人への移動禁止命令がなされ、それから立ち退きが強制執行された。
日系人は財産を没収され、連行されて強制収容所に入れられることになる。

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上の写真はこの博物館の向かいの建物、旧西本願寺。
ここに集められて収容所に連行された日系人たちもいる。
穏やかな現在の風景からは想像できない。

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アメリカに10箇所ほどあったという収容所。

その中の一つマンザナー強制収容所(マンザナール日系人収容所)の模型も展示されていた。
アメリカ全土ではおよそ12万人の日系人が収容所送りとなった。
マンザナー収容所では、多いときで1万人の日系人が収容されたという。

模型を見ると、ナチスがユダヤ人を収容したアウシュビッツ収容所を思い出してしまう。

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マンザナー収容所は、ロサンゼルスからおよそ350キロ離れた北に位置する。
鉄条網で囲まれ、監視塔で見張られた。

博物館には収容所のバラックが再現してある。
日系人たちは、ここで肩を寄せあうように過ごした。

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マンザナー収容所はシエラネヴァダ山脈の麓にあり、冬はとても冷える場所。

木造のバラック。
壁からは隙間風がビュービューと入ってきたことだろう。

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現在マンザナー収容所の跡地は国定史跡となっていて、資料館や収容所を再現した建物、慰霊塔などが建てられていて訪問できるようになっている。
ロサンゼルスからだと車で3時間ほど。

まりねえ夫妻も「時間が許せば、そこにも連れて行きたかった」と言ってくれた。
機会があればぜひ、みなさんにも訪れてほしい。
わたしたちもいつか行ってみたい。

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4年間もの間、収容所に閉じ込めれた日系人たち。
収容所で命を落とした人たちもいる。

解放されても、彼らには辛い現実が待ち受けていた。

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家に帰ると、壁には落書きがされ、室内は荒らされている。
家財道具や大切なものが奪われている。

日本からはるばるやってきたアメリカ。
努力と苦労を重ね、ようやく自分たちの生活を安定させたと思ったら、収容所に入れられて。
やっと戻った家はぐちゃぐちゃ。

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再び、ゼロから自分たちの生活を立て直さないといけない。
日系人への差別は根強く、財産もない状態で大変だったと思う。

日系人への偏見や侮辱を払拭するのに、功績を挙げた人たちがいる。

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収容所の日系人によって構成された第442連隊戦闘団

祖国日本の敵軍の一員となって戦わなければならない現実。
それでも、日系人として不当な扱いを受け続けた彼らは、この状況から抜け出したい、「アメリカ国民」として認められたいという気持ちもあり、入隊したのだろう。

第二次大戦中ヨーロッパの戦場に送り込まれ、「当たって砕けろ!」をスローガンに最前線で果敢に戦った部隊。
他の部隊の3倍の死傷率を記録したという。

1942年、テキサス大隊がドイツ軍に包囲されたときは、大統領によって救出命令が442連隊に下された。
激戦の末211人のテキサス大隊を助け出すために442連隊の216人が命を失ってしまった。

442連隊は、アメリカ史上もっとも多くの勲章を受けたという。

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博物館の外には、その功績を讃えて石碑が建立されている。
その上には、星条旗がはためいている。

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アメリカのために命を犠牲にした彼らは英雄。
でも単なる美談にすることもできない。

彼らの心にはわたしが想像できないような葛藤があったのではないかと思う。

自由の国アメリカ。
そこで今を生きる日系の人たち。

でも日系の人たちの歴史には、たくさんの苦労があり、大きな壁がいくつも立ちはだかっていた。
それを乗り越えて、今がある。

晴れ渡る青空が広がり、気持ちのいい初夏みたいな気候のロサンゼルス。
高層ビルに、華やかなハリウッド。

そんなイメージしかもちあわせていなかった自分を、この日系人博物館は静かに諭してくれているようだった。
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合理的な国

2017.05.02 06:49|アメリカ合衆国☞EDIT
働いているときはゴールデンウィークの連休はなかったイクエです。
そういう人、今の世の中多いんじゃないかなあ。
ゴールデンウィークとずらして有休をもらえるかもしれないけど、子どもがいる人は子どもと休みが重ならないし、家族でお出かけなんてできないですよね。
世間はゴールデンウィークで浮足立ってるけど、今週も仕事に精を出す方々、本当におつかれさまです。

行列に何度も並び、ようやくアメリカに入国できたイクエとケンゾー。
2時間以上かけてロサンゼルスから迎えに来ているまりねえと旦那さん。
無事に落ち合うことができるだろうか。

「どうしようか。
 しばらくここで待ってみる?」

「うーん・・・。
 あ!!」

目の前の歩道橋を見上げると、満面の微笑みで二人が大きく手を振っていた。
「お~い!!!」

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約束の時間に大幅に遅れたわたしたちを責めることなく、笑顔で出迎えてくれた二人。
まりねえとは岩手県の陸前高田市、そしてペルーのクスコで会っていたけれど、旦那さんに会うのはイクエは初めて。
それでも旦那さんはこのブログを読んでくれていて、わたしたちのことをよく知ってくれている。

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車に乗り込むと、マックで買ったという冷たいカフェラテを差し出してくれた。
朝5時前にメキシコの宿を出発し、飛行機に乗り、バスに乗り、そして長時間の出国手続きで心身ともに疲れていたイクエとケンゾー。
二人の笑顔の出迎えと冷たいカフェラテが疲れを吹き飛ばしてくれる。

二人は長いことアメリカで生活している。
アメリカの日本の企業で働いていたときに知り合って、結婚。
当時はニューヨークのオフィスで働いていて、2001年の同時多発テロのときはワールド・トレードセンターが崩れ落ちるのを目の当たりにしたのだそう。

9.11、それに起因するアメリカのテロとの戦争、リーマンショック、初の黒人大統領オバマ政権発足、そして移民排斥に力を入れるトランプ大統領の誕生。
激動の時代を、二人は過ごしてきた。

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荒涼とした大地に作られたハイウェイ。
そのハイウェイを、高速で車が走り抜けていく。

「アメリカかあ」
「ついに来たんだねえ」
「なんかここにいるのが不思議な感じ」

わたしとケンゾーは、そんなことを何度もつぶやきあった。

この気持ち、人にはうまく説明できないけれど、わたしとケンゾーはたしかに同じ気持ちになっていた。

外国だけど異国という感じがしない。
見慣れた景色。
旅をしている間、どこかでずっと持ち続けていた緊張感がアメリカに入ってふっと消えた。

無駄のない、整った街並み。

綺麗ででこぼこしていないアスファルトの道。
その道を、幾つもの車がほとんど同じスピードで整然と走っている。

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「合理的だなあ。
 なんかアメリカってすごく合理的」


車窓の景色を見ながら「合理的」という単語が何度も口に出てきた。

安心できる景色。
その一方、おもしろみはない。

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どの車もルールを守っていて、まるでプラレールの上をおもちゃの列車が一定のスピードで走っているように、車がハイウェイを走っている。
立ち往生する車も、クラクションを鳴らし続ける車も、定員オーバーのオンボロの路線バスもない。

車に人が乗ってなくて、自動で走ってるんじゃないかと錯覚するくらい。

無人の未来都市に来たような、違う星に来たような。

今まで気持ちを張って、カオスのような街をエネルギーを使いながら旅してきた。
でも、ここはただ流れに身を任せていればいい。
だからこんな安心感を抱くのだろうか。

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オートバイにまたがり風をきって走るカップル。
何台も並ぶキャンピングカーやトレーラーハウス。
アメリカらしい景色も窓からは見える。

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「どの車もきれいやなあ」

ケンゾーの言う通りだった。

ボンネットが大きくへこんだ車や、年季の入った車、泥まみれの車、窓の閉まらない車・・・。
そんな見慣れた車がここには一台もない。

どれも磨かれていて、わたしたちの目には高級車のように映る。
こんなに多くの人が、立派な新車を買える国。
すごい国だなあと思う。

きっと日本もそうなのだろうけれど。

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アメリカに入り、イクエとケンゾーは旅の終盤にきたこと、日本での日常がまもなく始まることを痛感している。

帰国前のウォーミングアップには、このアメリカは適している。

それに・・・。

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まりねえの家がまるで日本なんだもん。

今まで旅をしてきて、たまに日本食材にありつけることはあったけど、さすがにハゼロールはお目にかかれなかった。

まもなく旅が終わることは寂しくもあるけれど、こうしておいしい日本食を食べると「日本に帰ったらこれが当たり前のように味わえるんだ」と嬉しくもある。

ほんとにね、なんかちょうどいい感じ。
バックパッカーモードから切り替えるのに、ちょうどいい感じ。
世界一周から帰国までの移行期を、わたしたちはうまく迎えられている。

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まりねえ夫妻は、アメリカらしいものも用意してくれていた。

カリフォルニアワイン!!

NAPA VALLEY(ナパ バレー)で採れたカベルネ・ソーヴィニヨン。

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ヨーロッパや南アフリカ、南米のワインはこれまで飲んできたけど、カリフォルニアワインを飲む機会はなかった。

やっぱり、おいしいね。

そして、この分厚いステーキ。

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絶妙な焼き具合。
塩胡椒のシンプルな味付けだけど、これがすごくおいしい。
とても柔らかくて、肉汁が口いっぱいに広がる。

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お世辞でも大げさでもなく、36年生きてきた中で一番おいしいステーキだった。
肉がおいしいと言われるアルゼンチンだけど、断然このステーキがおいしかった。
わたしのこれからの人生で、このステーキの味を凌ぐ肉に巡り会えるだろうか。

夜は布団を用意してくれていた。

掛け布団をかけたとき、ケンゾーとともに「うわー、布団ってこんなに軽かったっけ?」「それなのにあったかい」と驚いた。

軽いのに、暖かい。
ふんわりと心地よい。
たぶん、高級布団ってわけではないと思う。
でも、今まで安宿の重いくせに暖かくもない布団に慣れていたから、まりねえの家の日本基準、いや、アメリカンスタンダード?の布団に感動を覚えた。

安宿のベッドのマットは薄くて硬かったり、逆にフニャフニャした使い古したスポンジみたいだったり。
毛布なんてガサガサで足拭きマットみたいだった。

日用品や道具はとても使い勝手が良く、便利で、ストレスのない生活。

わたしたちも日本に帰り、まもなくそんな生活に戻るんだ。

いつもよりずいぶん軽い布団に包まれて、そんなことを思いながら眠りについた。
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