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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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メキシコ 世界遺産にあるおすすめホテル

2017.03.29 07:00|メキシコ☞EDIT
あまりスマホを使わないようにしようと思いながらも、ついついスマホばっかりいじっているイクエです。
スマホを使いすぎると、頭が悪くなるってテレビでやってました。
なんかわかるような気がするんですよね。
スマホで調べればいいか、って頼ると記憶力も悪くなるし、パッパと必要な情報しか見ないで深く考えなくなるし、それに書かなくなったことで漢字もどんどん忘れている。
そうはいっても、ついつい暇だとスマホを触ってるんだよね。

さて、トルーカからバスでやってきたのは、モレーリアという街。
歴史ある街並みは世界遺産になっているので、街全体が趣きがあって格式高い感じ。

たまたま前を通りかかったホテルも、世界遺産の街にふさわしい。

石造りの外観。
大きな入り口。
控えめで小さな金色の看板にHOSTAL(中級以下のホテル、という意味)の文字。

DSC_9688.jpg

イクエとケンゾーが泊まることにしたのは、La Casa Azul(ラ カサ アスール)という名前のホテル。
意味は「青い家」。
だから外観に青い照明が当てられていたんだ。

ちなみに同名のホテルがガイドブック『地球の歩き方』で紹介されているけれど、住所がまったく違う。

DSC_9689.jpg

夜に到着したけれど、いろんなところに間接照明があって雰囲気はものすごくいい。
こんな素敵なホテルなのに、お客さんは誰もいない。

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壁はところどころ石がむき出し。

ドミトリーには2段ベッドではなく、平置きのベッドが並べられてる。

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イクエとケンゾーはダブルルームに泊まることにした。
朝食付きでふたりで270ペソ(約1782円)。
悪くない値段。

と言っても、ダブルルームは狭い。
ベッド1台がなんとか収まっている。
でも、共用スペースがあるから起きてる間はそこを使えばいいし、寝るだけと思えばこのくらいの広さでも大丈夫。

DSC_9693.jpg

もちろんバスルームは共同。
鏡のタイル貼りで、おしゃれなバーみたい。
このホテル、歴史ある建物で古いのに、モダンにリノベーションされている。

DSC_9731.jpg

何と言っても、朝食付きなのが嬉しい。
飲み物とパン、そしてパパイヤとバナナの盛り合わせ。
シンプルだけど、朝食付きのホテルにあまり泊まらないイクエとケンゾーにとってはそれだけでちょっと優雅な気分になれるんだよね。

他に宿泊客がいないから、のびのびー。

DSC_9726.jpg

朝食付きだけど、ちゃんとキッチンもあるよ。
自炊派のバックパッカーにとっては、キッチンが宿にあるかどうかはとても重要。

DSC_9814.jpg

もちろんWi-Fiも完備。
(わたしたちが世界一周を始めた2012年はWi-Fiは貴重で、Wi-Fiのある安宿を探すのは一苦労だったけど、この5年近くで世界はすっかり変わってしまった。
Wi-Fiが標準装備になりつつあるもんね。
だからこんな風にあえて書かなくてもよくなっているのかもしれない。)

海外の古い建物には、中庭がある造りが珍しくない。
わたしは中庭がある建物が好きだ。
建物の中にいながら、上を見ると空だし、半分外にいるように感じられる。
日本では、いつか中庭のある家を建てたいって思ってるけど、ゆとりのある敷地を手に入れないと無理なので、この夢は叶いそうにない。

DSC_9828.jpg

中庭には、古い井戸のようなプールがある。
きっと昔からここにあるんだろうけど、どんな風に使われていたんだろう。
これが温泉だったら、気持ちいいだろうになあ。

DSC_9819.jpg

ちなみに屋上にも上れるようになっていて、下を見ると歯磨きをしているケンゾーが。
片手に愛用の青いタオル。
いつものおきまりのポーズ。
かわいいね。
自分の6つも年上の夫に「かわいい」はないんだろうけど、よくかわいいと思うときがある。
逆にかっこいいと思うときは、ほぼない。
かわいく感じるのは、ケンゾーが80歳になっても続くのだろうか。

赤紫の花が咲き誇っていて、ケンゾーの足元に花びらを落としている。

DSC_9734.jpg

モレーリアに行くときはこのホテル、おすすめです。
たまたまたどり着いたから場所はうろ覚えなんだけど、カテドラルの前の大通りから二本ほど北の通りだったかな。

ちなみにカルメン教会の前の道にも安いホテルがいくつかあったので、その辺りに行っても宿は見つかると思うよ。

DSC_9729.jpg

朝ごはんは宿で食べたけれど、昼食は外へ。
迷ったときにイクエとケンゾーがいつも行くのは、市場の食堂。
値段も安いし、定食メニューも豊富だし、地元の人でごった返しているから味に間違いはないもんね。

壁側にいくつものお店が並んでいて、カウンターが一列に続く。
メニューは壁に大きく書かれている。

肉や魚といった食材、煮込みやスープなどの料理法、簡単なスペイン語はいつの間にか覚えたからだいたいわかる。

さあ、どこのお店にしようかなあ。
やっぱり繁盛してるところがいいかな。

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大きくカットされた魚が大胆に入ったスープ。
スープの色は真っ赤で辛そうだけど、ケチャップ風味で辛くはない。

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そして、南米旅行中から食べ続けているセビッチェ(魚介のマリネ)。
エビやタコ、イカに魚がたっぷり。
アボカドが添えられている。

グアテマラでもそうだったけど、海鮮系のスープやセビッチェにアボカドは欠かせないトッピング。

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合わせて85ペソ(約561円)。
飲み物やクラッカーもついてるから、安いよね。

中南米でセビッチェや魚介のスープをたくさん食べてきたけれど、これらシーフードとももうすぐお別れかあ。
シーフードは大好きだから、とても名残惜しい。

でも、日本で寿司や刺身、煮付けが待ってるから、それを楽しみにしとこうっと。

この街に到着したのは夜だったけど、この街の夜は本当に幻想的。
ライトアップが建物の優美さを引き立てる。

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モレーリアのシンボルのカテドラル。
石造りで背が高く、暗闇に凛と立っている。

ライトアップされていることで、細かな彫刻が浮かび上がり、色の濃淡が出る。
ずっと見とれていると、自分が21世紀にいることを忘れてしまう。
どこからか、石畳を走る馬車の音が聞こえてきそう。

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日が落ちても、カテドラルに参拝する人の姿は絶えない。

太く長い柱。
金を施したドーム。
壮麗だけど、派手すぎない。

大きなシャンデリアが神々しい。

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ミチョアカン州の州都であるモレーリア。
世界遺産のロマンチックな街だけど、街の規模は比較的大きく、栄えている。
夜になっても活気があって、通りを歩く人も多いし、お店も開いている。

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地元の人からすると、きっといたって普通のお店なんだろうけど、わたしからすると映画に出てきそうなクラシカルなお店で、ときめいてしまう。
靴屋さん。

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アーチ型の入り口には、年季の入った重そうな木のドア。
夜も営業している床屋さん。

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広場からちょっと入ったところに渡り廊下のような場所を発見。
電気がついていて、おしゃべりが聞こえてくる。
ここはいったい何なのだろう。

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廊下のようなところにはプラスチックの椅子が置かれていて、そこに人が集まっている。
屋台のようなカフェのような場所。
仕事帰りや学校帰り、小腹を空かせた人たちが吸い寄せられる場所。

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何となく立ち寄ることに決めたモレーリアの街。
でもこの雰囲気、わたしは大好き。

世界遺産のモレーリアの日中の姿はどんな雰囲気?
次回、写真たっぷりでご紹介しますね。

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旅で幸せを感じるひとときは

2017.03.25 18:48|メキシコ☞EDIT
スケジュール帳を買わない生活をもう何年も送っているイクエです。
会社勤めのときは毎年用意していたけど、2012年に世界一周をスタートさせてからは必要のない生活を送っている。
でも、スケジュール帳があったほうが、自分がその日何をしていたのかわかり、日記がわりになるよね。

はるか3500キロ先からやって来たモナルカ蝶を見たイクエとケンゾーと、ロロとマリア。
トルーカの街に戻ったときは、すっかり日も暮れていた。

「ふたりに食べさせたいものがあるんだよ。
 いつもお客さんでいっぱいだから空いてればいいけど。
 きょうの夕食はそこでいい?」


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ロロが連れて行ってくれたところは、タコスのファストフード店。
わたしたちは「タコス」と一括りにするけれど、メキシコ人にとっては「タコス屋さん」ではなく「コチニータ屋さん」

この前も書いたけれど、メキシコ人にとってはタコスの具が重要。
カツ丼、天丼、うな丼・・・。
日本人にとって、ご飯よりも上のおかずが重要なように。

コチニータとは、豚肉のこと。
イクエもケンゾーも豚肉は大好きだから、これは楽しみ。

おいしそうな匂い。
鉄板の上で、次から次に焼かれていく。
お客さんが多いし、一人何枚も注文するから店員さんは大忙し。
次から次に新たなタコスが鉄板に載せられていく。

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正式名はCOCHINITA PIBIL(コチニータ ピビル)
「コチニータ」は「豚肉」で、「ピビル」は「オーブン」の意味。
お酢やスパイスに漬け込んだ豚肉をバナナの葉に包んで蒸し焼きにしたもので、これをこの店ではタコスに載せて食べる。

もともとコチニータ・ピビルはこの辺りの郷土料理ではなく、カンクンなどがあるメキシコ南部ユカタン半島の料理だったらしい。
でも、今はメキシコ国民に愛される料理として、各地で味わうことができる。

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一つ18ペソ(約118円)。
イクエとケンゾーは合わせて10枚注文。
でもおいしくてペロリといけるので、いくらでも食べられる感じ。

タコスの生地に豚肉の脂が染み込んでいて、それがまたいい。
牛丼やうな重のタレが染み込んだご飯がおいしいように。

地元の人といっしょにいると、自分たちだけではなかなか来ないようなお店で普段のメキシコ料理が食べられるのが嬉しい。
メキシコ人のソウルフードを楽しめる。

ロロ、おいしいものを教えてくれて、ありがとう!

ロロの家には3泊お世話になった。
時間があれば、西海岸のロロの別荘にお邪魔したかったけど、旅も終盤。
飛行機も予約済みだし、そろそろメキシコを発たなくてはいけない。

最後の日の朝。
一階のリビングに下りる。

「ブエノス ディアス(おはよう)!」

旅をしていてわたしが幸せを感じる瞬間。
それが、外国の友人と迎える朝。

もちろん、いっしょに食事やお酒を楽しんで語り、笑い合う夜もいいけれど、朝ごはんの時間は「いっしょに暮らしている」という感覚をわずかながらも感じられる。

キッチンからのカチャカチャという音。
みんなの瞼は、まだどこか腫れぼったい。
穏やかな空気が流れる室内。

自分が随分前からここで暮らしているような感覚。
単なる旅行では感じられない「日常」。

そういえば初日の夜、バスターミナルに迎えに来てくれたロロは、家に行く途中に地元で評判のパン屋さんに寄ってくれた。
「このパンもおいしいよ」「これはいつも買うやつなんだ」
ロロのお勧めを聞きながら、そこで好きなパンを選び、次の日の朝食にした。
あの時間もよかったなあ。

一階に下りて来たわたしたちを、ロロがダイニングテーブルに座るように促した。
キッチンから運ばれて来たのは、いい具合に焼かれた分厚いハム。

「ほら、パンをこうするんだ」

ロロは、二つにスライスされたパンの中央部をほじくり始めた。
私たちも真似をする。

こうすることで、たくさんの具が挟めるらしい。

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ハムの上に、アボカドを載せる。
さらに玉ねぎのスライスをたっぷり載せて、特製サンドイッチの出来上がり。
これとは別に、パテを塗ったサンドイッチも作った。

アボカド入りのサンドイッチは、おいしい!

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バスターミナルに行く前、家の前で記念撮影。

ロロ、マリア。
仕事もそっちのけでわたしたちにずっとつきあってくれてありがとう。

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心が休まる三日間だった。
これからまた、ふたり旅が始まる。
と言っても、このふたり旅もゴールまでもうすぐだね。

改めて、バスターミナル前で。
ケンゾーとロロの服がお揃いみたいで、まるで兄弟。
わたしたちもロロとマリアのように、いつまでも仲のいい夫婦でいるよ。

「本当にありがとう!日本にもまた来てね!」

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次に向かうのは、モレーリアという街。
ロロの家に来る前は、モレーリアなんて行くつもりはなかったし、どこにあるのかもわからなかった。
でも、地図を見てみたらここからそんなに遠くないし、街並みが世界遺産になっているようなので行ってみることに。

モレーリア

メキシコのバスはわかりにくい。
いや、わかりやすいんだけど、節約派のバックパッカーには使いこなしにくい。
というのも、同じ路線でいろんなバス会社があって運賃が違う。
同じバス会社であっても時間帯によって、これまた運賃が違う。
イクエとケンゾーは、まだメキシコでバスを乗りこなせていない。

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トルーカからモレーリアまではおよそ240キロ。
運賃は一人337ペソ(約2224円)。
メキシコのバスは、決して安くはない。

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車内の様子はいたって普通。
もう少し運賃の高いバスだと、座席のグレードもよくなる。

でも、ちゃんと軽食のサービスもあったよ。
ジュース、そしてハムとチーズのパイ。

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思ったよりも時間がかかって、モレーリアに到着したのは4時間後。
バスターミナルは、第3ターミナルまであって立派。
空港みたい。
メキシコは長距離バスが発達している。

どうやらバスターミナルは、街の中心地から少し離れているみたいで、ここから路線バスという名のミニバス(ワゴン)に乗って移動しないといけない。

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人に聞きながら、どうにかこうにか、お目当のバスに乗ることができた。

バスターミナルに着いたときはまだ明るかったのに、中心地まで行く間にすっかり夜に。
車内にも照明がつけられた。
青くて、なんかクラブみたい。

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ミニバスの運賃は、一人7ペソ(約46円)。
長距離バスの運賃に比べて、距離が短いとは言えかなり安い。

バスが街の中心地(旧市街)に入ると、それまでの雰囲気とガラリと変わった。
それまでは特徴のない地方都市、という感じだったのに、一気に雰囲気のある古い建物ばかりになり、中世にタイムスリップしたかのよう。

この街、気に入った!

なんとなくここかな、というところでバスを止めて降りる。
石造りの街並みは、趣がある。

何気なく撮る1枚が、映画のワンシーンみたい。

DSC_9696.jpg

目星をつけている宿がある。
ガイドブックに紹介されていたHOSTAL LA CASA AZUL(オスタル・ラカサ・アスル)。

ガイドブックに載っている住所を目指して歩いて行く。

「あ、ここにもホテルあるよ。
 もう暗いしここが安ければここでもいいか。
 暗いからあんまりさまよいたくないし」

「値段だけ、聞いてみる?
 高いかな」


歩いている途中で、感じのいいホテルを見つけた。
値段もまあまあリーズナブルだったので、目星をつけていた宿をやめて、ここに泊まることにした。

でも、次の日に宿の看板を見て気づいたの。
ここもHOSTAL LA CASA AZUL(オスタル・ラカサ・アスル)という名前であることを。

ガイドブックに載っていたホテルと同名だけど、住所は全然違う。
ストリートが1つ違うとか、1ブロック違うとかそんな次元じゃなくて、全然違う。
これは、ガイドブック(『地球の歩き方』)が間違っているのか、それともたまたま同じ名前なのか、ホテルが引っ越したのかはわからない。
でも、本当にたまたまこのホテルの前を歩いて、ここにたどり着けてよかった。

というのも、けっこうステキなホテルだったから。
そんなホテルは、次回ご紹介しまーす。
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はるか3500キロから モナルカ蝶を追い求めて

2017.03.21 11:56|メキシコ☞EDIT
コメントの返信が遅れているイクエです。
本当に申し訳ないです。
古いものから順番に返信していますので、もうしばらくお待ちください。

改めて、わたしたちのブログのコメントの扱いについてです。
多くのブログが承認制(ブログ主が判断し、いただいたコメントを公開するかしないか決める)にされているなか、わたしたちは自分たちに不都合なものも載せるということを当初より貫いています。
一番の理由が、言論の自由を尊重したいということにあります。
さらに公開にすることで、うまく言えませんが正々堂々、逃げも隠れもしないという姿勢でいたいからです。
しかしそのことによって、嫌な思いをされたり不快な気持ちになられる方も少なくないと思います。
それでも、よっぽど他人を貶めるような発言や、まったく関係のない発言でない限り、これからも公開にしていく方針です。
コメントをお寄せいただくとき、公開にするのか非公開にするのか、コメントを送る側が選択できるようになっています。
なので、わたしたちだけに向けてコメントを残したい人、他の読者との絡みを避けたい人は「非公開」をご選択ください。
ただ、非公開にされた場合、わたしたちもどこまでいただいた文章に触れていいのかわからないので返信をしないことにしています。
もし、コメントを見られたくないけどわたしたちの返信がほしいという方は、このブログの「メールはこちらから」というところからわたしたち宛にEメールを送ることができるようになっています。
ご自身のスタンスで選んでいただければと思います。

はるか彼方から飛来してくるというモナルカ蝶を求めて、車を走らせているロロとマリアとケンゾーとイクエ。
モナルカ蝶保護区(Santuario de Mariposa Monarca)のあるアンガンゲオは、思っていた以上に遠かった。

午前中トルーカを出発したときは、青空が広がるいいお天気だったのに、空を見るとどんよりと曇っている。
そのうち霧も出てきそう。

入場料を支払い、車で森の入り口まで進んでいく。
ひらけた場所で、優雅にたくさんの蝶を見られるのかと思っていたけど、なんか想像と違う。
こんな奥地なのね。

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車で行けるのはわずかな距離。
森の入り口に車を止めて、ここからはひたすら歩いていく。

むむむ。
軽装で来ちゃったけれど、リュックサックに水、お菓子、上着。
ここに来る人は、ハイキングの準備をしてきたほうが賢明だよ。

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背の高い木々が頭上を覆う。
まさに「森」。
天気が下り坂なうえ、光も遮られるから肌寒い。
残念ながら、きょうはハイキング日和ではないなあ。

ここに来る人へもう一つアドバイス。
街から離れているので、早朝に出発して昼前に到着するように計画してね。
そうしないと、日が暮れてから森を歩くことになりますよ。

「蝶にいつ会えるかな」という期待感に包まれて森の中を歩いていくのは楽しい。
30分くらい歩けばいいのかと思っていたけど、蝶の聖地はどうやら山奥みたい。
けっこう本格的なハイキングになってきた。

マリアはここにきて、馬を借りることに。

登山道では、馬を引き連れた地元の人たちがいて、有料で馬に乗せてもらうことができる。

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ロロとマリアは10年くらい前に、ここに来たことがあるのだそう。
昔と比べて、蝶の聖地はどんどん山奥に移動してるんだって。
前はもっと、ふもとに近いところで蝶が飛び交っていた。
それが今はまだ一羽も見ていない。

地元の人が言うには、ふもとの街が広がっていて、蝶が人里から逃げるように年々山奥へ移動しているらしい。

そのうちこの山にも来てくれなくなるかもしれないなあ。
そうなったら本当に残念だ。

歩き始めて1時間半。

突然、森が途切れ、視界の開けた草原のような場所にでた。

なんとなく、ここがゴールっぽいけれど・・・。

DSC_9529.jpg

横たわる丸太に腰掛けて、お菓子休憩。
普段なら、この草原に鮮やかなオレンジ色の蝶が無数に飛び交っているんだそう。

でもきょうは寒いからなのか、午後3時近くで陽が傾き始めたからなのか、蝶の姿が見られない。
いったいどこに蝶が?
まだ先まで歩くのかなあ。

そう思っていたら、いきなり馬に乗ることになった。
引いてくれるのは、小学校高学年くらいの少年。

よろしくお願いします!

DSC_9530.jpg

草原を離れて、馬はどんどん森の中を突き進んでいく。
地面は、でこぼこ道だったり、大きな木が何本も倒れていたり。
ユッサ、ユッサ体が前後に揺られていく。

DSC_9533.jpg

旅行中これまでも何度か馬に乗る機会があったけれど、こんなに条件の悪いところはそうそうない。
馬を乗りこなす人って本当にすごい。
馬を操れないわたしだったら、歩いたほうが早いって思っちゃうもん。

て思っていたら、10分もしないうちに降ろされてしまった。

足元の悪い上り坂が続く。
さすがの馬も、ここは無理よね。

そしてさらに歩いていく。
奥へ奥へ、ずんずんと。

蝶の聖地を甘く見ていた。
半分植物園みたいな場所で、ふわふわと美しい蝶が飛び交い、「うわ~、待って待って~」と追いかけるイメージでいたんだけどなあ。

簡単に人を寄せ付けないところにあるんだね。
そりゃ、そうだよね。
わざわざカナダから何千キロもかけて、この場所にやって来ているのだから。

DSC_9534.jpg

道なき道を歩いていき、森が深くなり、大木が立ちはだかる。
もうこれ以上歩けないというところまで来て、ガイドが足を止めた。

ロロとマリアが小声になる。

「着いたよ。
 ここだ。
 ほら、あそこに」


DSC_9537.jpg

あそこにと言われても、飛んでいる蝶はいない。
どうやら木に止まっているらしい。
でも、枝を見てもそれらしいものは見えないんだけど・・・。

ケンゾーが言った。
「あ!
 あれ!?
 すごい。
 あんな風になってるんだ」


DSC_9565.jpg

「え?
 どこ?
 わからん」


「ほら、あそこたい。
 あれ全部」


「どこ?
 えっ!?
 あれ?
 あの葉っぱみたいなやつ?」


DSC_9575.jpg

DSC_9566.jpg

蝶がたわわに実っている。
そう表現したくなる状態。

目の前の木々の枝という枝に蝶が群れて止まっている。
気味悪いぐらい多く。

DSC_9542.jpg

モナルカ蝶が越冬のためにここにやってくるのは11月末から3月中旬。
このモナルカ蝶の保護区は、世界遺産に認定されている。

3500キロも離れているカナダから、群れをなしてやって来ている。
どうやってそんな長距離を移動できるのか、不思議でならない。

DSC_9578.jpg

モナルカ蝶と呼ばれているけれど、正式にはオオカバマダラ。
体調は5センチほど。
オレンジ色をしていて、縁は黒く、白い斑点がついている。
飛ぶスピードはゆっくりだけど、気流に乗るのが得意で、長い距離でも移動できるのだそう。

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夏に北アメリカで過ごすこの蝶は、そのときに花の蜜をたくさん吸って、エネルギーを蓄えておくんだって。
そして夏が終わると南へ向かって大移動をする。

きょうはあいにくの天気だけど、森の中に日差しが差し込む暖かい日は、一斉に蝶が羽ばたき、あたり一面で何万匹の優雅な蝶の乱舞が見られる。

越冬のためにここまでやって来ているモナルカ蝶。
どんよりとした曇りのきょうは、鈴なりになって体を温めている。

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一つの枝に数えられないほどの蝶がぶら下がっているものだから、ときどき重みに耐えかねて枝がドスン、と折れて落下してしまうこともあるんだって。

一羽だと数グラムほどしかないんだろうけど、これだけたくさん枝に止まっていたら、すごい重さになるだろうね。

頭上の枝に数え切れないほどの蝶が止まっているけれど、地面にも。
暖かい楽園を求めて、体力を限界まで使って大移動をし、ここで息絶えた蝶たち。
自然界の厳しさのようなものを感じる。

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ほかの蝶も同じように、ここまでたどり着いて命を落とすのだそう。
モナルカ蝶は、南下するのと北上するのとでは世代が異なる。
1世代でここまでたどり着いた蝶たちは、新しい命を作り、その子孫が冬の終わり頃に北へと帰っていく。

DSC_9556.jpg

南下するのは1世代だけど、北上は3世代から4世代にかけて行われるんだって。
それで寿命も南下する世代の方が長いらしいけど、理由はよくわからない。

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このモナルカ蝶。
実は危機に瀕している。
モナルカ蝶の生息地が破壊されているからだ。
アメリカで耕作地を確保するために殺虫剤が撒かれたり、メキシコでの木材の伐採による森林破壊が進んだり。

DSC_9572.jpg

蝶が飛び立たないかとしばらく見上げていたけれど、蝶たちは微動だにしない。
寒いからしょうがない。

でも想像を超える数の蝶を見られて、しかもこんな風に鈴なりに止まっているとは思わなかったから、ここに来てよかった。

DSC_9568.jpg

ロロとマリアは前回二人が来たときと比べて、飛んでいる蝶がいないし、だいぶ奥地まで歩かせてしまったことを、わたしたちに申し訳ないと言った。

「もっと飛んでると思ったんだけどね・・・。
 せっかくここまで来たのに、ごめんね。」


そんなことない。
わたしたち二人だけだったら、こんな場所に来られなかったし、存在さえ知らなかった。
ロロのほうが、長時間車を運転して大変だった。
しかもまた、これから何時間もかけて運転して帰らないといけない。

「いいのが見られたよ。
 連れて来てくれて本当にありがとう。」


4人でここまでドライブをし、ハイキングをしたことも楽しかった。
世界一周の終盤に、メキシコですごくいい思い出ができたよ。

帰り際、みんなで記念撮影。

DSC_9583.jpg

帰りは下り坂だから、行きよりも楽に歩けた。

車に乗ってしばらくすると日が暮れ始めた。
ロロは真っ暗な山道を運転してくれている。

暗闇の中、車内は4人だけの空間。
わたしは、ロロとメキシコの前に会ったのは日本の被災地で二日くらいだけだし、マリアには今回初めて会った。
でも、きょういっしょに長時間のドライブをし、ハイキングをして、まるで昔からの知り合いみたい。

カーブのたびに揺れる車の中で、わたしは心地よい疲労感と満たされた気持ちに包まれていた。
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メキシコ料理「バルバコア」は、みんなが知ってる○○の元祖

2017.03.17 19:01|メキシコ☞EDIT
春が近づいている気配を感じ、嬉しくなるイクエです。
日本は四季があるからいいですよね。
海外で「この国素敵だな」とか「住んでもいいな」なんて思うこともあるけれど、四季がないからやっぱり日本がいいなと思います。
一生ずーっと暑いとか、耐えられない。
日本の夏の暑さは秋がもうすぐ来るから我慢できるし、寒い冬もまもなくやって来る春を思い耐えることができる。

きょうは丸一日あるので、ロロとマリアがドライブに連れて行ってくれるそう。
目指すはアンガンゲオという村。
トルーカからは結構離れていて、130キロほど西に位置する。
途中、山道もあるので車で3時間くらいかかるかな。

アンガンゲオ

朝起きたとき、「きょう一日どうする? オススメの場所があるんだけど」とロロから言われた。
それがアンガンゲオ。
聞いたことのない地名だった。

「ここにはね、蝶がたくさんいるんだよ。
 カナダあたりからやってくるモナルカ蝶っていう蝶なんだ」


渡り鳥ならまだしも、羽の薄い蝶が、何千キロも離れたところから飛んでくるなんて。
想像もできないし、信じられない。

突然興味が湧き、連れて行ってもらうことにした。

街を外れると、だだっ広い原っぱの中の国道。
道路が異様に人工的に見えて、道路沿いに店や民家がポツポツ並んでいる。

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長時間のドライブに誘ってくれてありがとう。
なんだか申し訳ない。
いつの日か絶対日本に来てね。
その時はわたしたちが、日本の絶景を見せにいろんなところに連れていくからね。

そんな話をお世話になった外国人にすると「日本のどこに住んでるの?」と聞かれる。
わたしたちはうまく答えられない。
「えーっと・・・。
 まだどこに住むか決まってなくて。
 そもそも自分たちが日本に帰って、家に住めるかなあ。
 テントでもいい?」

「あははは、いいよ!」

冗談っぽく話が進む。

「ちゃんとおもてなしできるように、帰国したら仕事探してがんばるからね。
 ドライブにも連れて行きたいけど、車も持てるかなあ。」

「その場合は、テント担いでヒッチハイクしよう!
 これまでのふたりみたいにね」


そうやって、話が盛り上がる。

朝ごはんをロロの家でしっかり食べたから、もうお昼近くだけどお腹はそこまで空いてない。
それでも「食べさせたいものがあるから」とロロが途中の街で車を止めた。

この街で美味しいと評判のバルバコア(BARBACOA)
半分屋台のような簡素な作りのお店が10軒ほど連なっている。
全部バルバコアのお店。

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どのお店も同じ店構え、同じメニュー。
どのお店がいいのかは、はっきり言ってわからない。

客引きの店員さんにつれられて、このお店に決定。
店主の帽子がメキシコっぽくて、いいね!

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このバルバコア、という名前。
実は、みんながよく知るあの言葉の起源にもなっているのだそう。

それは「バーベキュー」

バルバコアはメキシコ版バーベキューで、アメリカ南部のカウボーイの間で広まっていったんだって。

でも、正統派バルバコアはバーベキューと料理法が違う。

大地に穴を掘って、その上に石や炭を入れて、葉っぱを敷く。
葉っぱの上にお肉を置いて、さらに上から葉っぱで覆って蒸し焼きにするのだそう。

お肉は、牛肉もあればヤギ肉もある。
地域によっては、子羊を使うし豚肉を使うところもある。

DSC_9516.jpg

タンタンタンタンタンタンタン!

丸太のまな板の上で、大きな包丁を使って豪快にお肉を刻んでいく。

店の前にはオープンテラス風のイートインコーナー。

美味しそうな匂いに包まれながら、いただきます!

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お肉は2種類。
奥の辛そうな赤い色をしているのは、内臓系。

以前、メキシコ・シティで心臓とか目ん玉とかのタコスを食べたけど、メキシコ人はけっこういろんな部位のお肉を食べる。
イクエもケンゾーも好き嫌いがないので、なんでもおいしくいただきます♪

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肉汁が口に広がる。
スパイスも程よく効いていて、おいしい!
ご飯にのっけて食べてもおいしいだろうなあ。

メキシコ料理でマズイものにはまだ巡り合ったことがない。

わたしたちが「メキシコ料理」と聞いて、真っ先に思い浮かべるもの。
それが「タコス」。
このバルバコアも、バーベキューのように大きめに切った肉をかぶりつくのではなく、わたしたちのイメージするタコススタイルで食べる。

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これだけ見ると「なんだー、またタコスかあ」って思ってしまうけど、メキシコ人からすると具によって全然別の料理になる。

日本だって、親子丼、カツ丼、うな重、牛丼・・・。
わたしたちからするとまったく別の料理でも、外国人からするとご飯になんか茶色っぽいものがのった、同じような料理に見えるのかもしれないね。

これはインドでも感じたこと。
インド人は毎日「カレー」を食べる。
わたしたちにとっては、どれもひとくくりで「カレー」だけど、インド人にとってはその具材やスパイスによってまったくの別料理になる。

だからわたしたちからすると「毎日カレー」だけど、インド人からすると「昨日と違う料理」になるのだ。

和食の場合、「醤油・砂糖・みりん・酒」で味付けする料理が多い。
煮物だったり、すき焼きだったり、煮付けだったり・・・。
これも外国人からすると「また甘い醤油の味付けかよ」ってツッコミたくなるかもね。

ひよこ豆のスープも注文。

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世界一周中、ひよこ豆はたくさんの国で食べてきた。
ひよこ豆に限らず、レンズ豆など、海外は豆の種類が豊富。
スープの中に複数の豆が入っていることも珍しくない。
スーパーには、たくさんの種類の豆が並んでいる。

でも日本ではめったに見かけない。
日本で育てにくいのかなあ。
それとも、大豆があるからよしとしてるのかな。

味噌汁に豆腐と揚げを入れて、さらに冷奴に醤油をかけて。
日本人にとって、大豆は国民食。
そうそう、きな粉も大豆からできてるんだよね。

味噌も豆腐も揚げも醤油もきな粉も、ついでにビールのお供の枝豆も。
色も形も違って、同じ物から作られていることを忘れるくらい。
日本は豆の種類は少ないけれど、昔から伝わる加工技術は素晴らしいね!

さて、腹ごしらえをしたことだし、目指すは渡り蝶の住処。
目的地までまだまだ遠いけれど、ロロ、運転よろしくお願いします。

厚い雲が目立ち始め、天気が怪しくなってきたけれど、美しい蝶たちに出会えるかな?
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東日本大震災から6年 改めて思うこと

2017.03.11 17:45|世界からのメッセージ☞EDIT
2017年3月11日。
東日本大震災から丸6年が経ちました。

きょうは旅の話を離れ、震災について書きたいと思います。
(以前震災について書いた時「旅ブログなのに」という批判のコメントをいくつかいただきました。
ごくたまに旅の話から外れて、自分たちのブログに伝えたいことを書くことがそんなにいけないことなのか、理解に苦しむところがありますが、旅の話しか期待していない人はきょうの記事をお読みにならないでください。)

わたしもケンゾーもこれまで被災地と関わってきました。
ケンゾーは東日本大震災後、国際NGOのボランティアリーダーとして福島と岩手に1年ほど滞在していました。
わたしは東日本大震災では現地でボランティアもしましたが、報道記者として宮城に滞在し取材をしたり、地震についてのドキュメンタリーを制作したりしていました。
そういうことがあったため、このブログを立ち上げたときから3月11日は特別な日とし、旅の話ではなく震災について記事を書いてきました。

そんなわたしたちが去年発生した熊本地震で被災しました。
その時は、励ましやご心配のメールやコメントをたくさんの方からいただきました。
ありがとうございました。
うまく返信をすることもできず、申し訳ありませんでした。

コメントのなかで、「東日本大震災に関わってきた二人が、今回被災したことに運命的なものを感じませんか?」というような内容のものがありました。
このことに関して正直に言うと、まったく運命的なものは感じません。
被災して改めて思ったことは「日本は地震大国。いつ自分たちが被災者になってもおかしくない。だから今回は熊本で起きたんだ」と言うことです。
「どうしてよりによって熊本で?」「どうしてわたしたちが被災者に?」という気持ちになってもおかしくないようですが、そうではなく、「あー、ついに自分たちも被災してしまったなあ」「地震はどこで起きてもおかしくないと言うのは、本当だったんだなあ」と言う気持ちでした。
これまで震災に触れてきたから、震災を身近に感じていて、そう思ったのかもしれません。
地震を他人事と思っている方がいれば、その考えを改め、地震についての心構えや備えをぜひしてほしいと思います。

東日本大震災から6年がたったきょう。
以前と比べると、この特別な日の震災関連の報道も随分減ったと思います。
記憶は風化させないと誓ったはずなのに、自分たちも含めてあの日の誓いや悲しみが薄れているようです。
被災した方々にとっては、それがどんなに辛いことかと思います。

先日NHKのドキュメンタリーで、伴侶や幼い子を津波で失った人たちが、心にその喪失感や悲しみを抱えながらも、新しいパートナーと結ばれ新しい家庭を築き始めていく話を観ました。
震災から6年という時間は、人々にさまざまな思いや葛藤を乗り越えてようやく再び歩いていこうとさせてくれる時間なのかもしれません。

その一方、震災から受けたダメージや歩くスピードは人ぞれぞれで、焦ることなくその人のスピードで進んでほしいと強く思います。
立ち止まっても、振り返ってもいい。
周りから置いていかれているという疎外感を感じることなく、そして周りもそれを感じさせることなく。

昨年の熊本地震は津波もありませんでした。
東日本大震災に比べると、亡くなった人の数や被害もまったく異なります。
そのことを熊本地震の被災者たちは、いつも感じているように思います。
「家はダメになったけど、命があるからね。」
それを合言葉に前へ進んでいます。

東日本大震災のような、あれほどの喪失感や悲しみはなかったので、同じ「被災者」というのはおこがましいですが、それでも地震を経験して感じたことがあります。

まずは、言葉掛けについてです。
自分が被災するまでは、被災者にどんな言葉掛けをしたほうがいいのか、そのことに悩みながらも、いい言葉が見つかりませんでした。
日本中でスローガンのように言われ続けているのが「がんばろう!東北」とか「がんばろう!熊本」ではないでしょうか。
でも、この「がんばろう」は残念ながら被災者の力になるものにはあまりならないと思いました。

この言葉が力を発揮するのは、被災者同士で声を掛け合うときです。

「お互い辛いけど、頑張っていこうね。」

被災者同士そうやって励まし合うことで、自然と力が湧いてくるのです。
でも、これを被災していない人から言われると「すでにがんばっているのにな」「どうがんばればいいと言うの?」と感じる人も多いのではないかと思います。
被災者たちは、ただ現実を見つめ、日々を過ごしているだけでじゅうぶんがんばっているのですから。
これがただの「がんばろう」ではなく、「被災地のために自分たちもできることをがんばります」という言葉だったら、意味のある言葉になります。

熊本地震では「がまだせ!」という言葉も使われました。
熊本弁で「がんばろう」なので良かれと思って使われるのですが、この言葉にはかなり違和感がありました。
正確に言えば、「がまだせ」は「がんばろう」ではないのです。
わたしの解釈では「がまだせ」は「汗水流して休まず働け」です。
熊本弁で、「あん人は、がまだしもん」と言えば「あの人は働き者」です。
「がんばろう」には、「自分を鼓舞して前向きに」というような精神的な意味が含まれていますが、「がまだせ」には精神的な「がんばろう」の意味はほとんどなく、肉体的、労働的な意味です。
だから「がまだせ」は、怠けているときに発破をかけられているような感じです。
わたしと同じように感じている熊本県人は少なくないようで、地元の新聞の投書欄にも同様のことが書かれてありました。

じゃあ、どんな言葉がありがたかったのか、嬉しかったのか。
わたしの場合は次の言葉です。

「熊本のことを思うと、涙が出てきます」。

「あなたのことをとても心配しています」。

励まされることよりも、悲しみや苦しみを自分のことのように思ってくれたり、心配してくれたり、寄り添ってくることの方が何倍も嬉しいのです。

ただ、「大丈夫?」はちょっと違います。
「大丈夫?」と聞かれたら「まあ、大丈夫」とか「大丈夫ではないけど、どうにか・・・」などと答えざるを得ないからです。

「そちらのことを思うと心が痛む、涙が出てくる」「心配している」。

これは地震に限らず、何か不幸に見舞われた人や気持ちが落ち込んでいる人、とてつもなく大きな悩みを抱えている人、大切な人をなくした人などにも同じことが言えるかもしれません。

次に被災者支援についてです。
被災地を思い、活動してくださった方、募金してくださった方、本当にありがとうございました。
全国からじゅうぶん過ぎるほどの善意が寄せられました。

それでも被災者にとっては現実は厳しいということが今回わかりました。
被災するまでは、被災者は国からどれほどの給付金を受けるのか深く考えたこともありませんでした。
実際は自分が想像していた額よりも低かったです。
家が全壊でどんなに酷い被害を受けても、1世帯で300万円ほど。
義援金などを合わせたとしても400万円ほどではないでしょうか。
実際に、我が家もそうでしたが住めないほどの被害を受けて家を建て直さなきゃいけない場合でも「全壊」の判定をもらえるとは限りません。
以前のような住環境を整えようと思えば、かなりの額を手出ししなければならず、被災者は生活の質を落とす結果になってしまいます。

自然が美しく夏は涼しい南阿蘇は、観光業も盛んなのですが、ペンションやレストランが被災したり観光客が来なくなったりして、家と職をいっぺんに失った人もいます。
農業従事者の中には、耕作地の水が枯れてこの一年は食物を育てることができない人もいます。
職のない期間が長くなればなるほど、やる気もなくなってきます。

阪神淡路大震災を経験した友人がこんなことを言いました。

「せめて被災者が、ふたたびスタートラインに立てるほどの生活支援が必要だ」。

まったくその通りだと思います。
うちの家族は、地震で職を失ってもいないしマシなほうでした。
でも、スタートラインに立つことが難しい人もなかにはいるのではないかと思います。

じゃあ、どうすればいいのか。
その答えは見つかりません。
ただでさ、国家の借金が多く、少ない税収で政府がやりくりしているなか、被災者にもっとお金を、とは言えません。
義援金ももらえるだけで、本当にありがたいのです。
地震の多い日本で、被災者の経済的支援をどうすればいいのか。
これは大きな課題と言えます。

つぎに、被災者に対しての周りの期待についてです。
テレビや新聞の報道を見ててもそうですが、わたしたちは美談が好きです。
東日本大震災では「絆」という言葉が、たくさん使われました。

苦しくて、辛くて、でも前を向いて歩いている被災者たち。
みんなで一致団結して、困難を乗り越えて力強く活動している被災者たち。
新しい街の再建、活気あるふるさとづくりに積極的に取り組んでいる被災者たち。

非被災者の人たちは、そんな美談をどこかで求め、そういう姿を見て元気付けられ、安心しているのかもしれません。
そしてそうあってほしいという希望が、先ほどの「がんばろう」という言葉掛けにも結びついているのかもしれません。

でも実際は、そんな美談ばかりではありません。
被災者も十人十色。
受けたダメージも違うし、立たされている状況も違うし、求めているものも違う。
「被災者とはこういうものだ」というイメージが、被災者を追い詰めていることにもなるかもしれません。

以前NHKの東日本大震災のドキュメンタリーでこんな女の子の声を紹介していました。
その女の子は、当時、被災地の学校で生徒会役員をやっていたそうです。
地震が起きてから、いろんな人が学校に慰問にやってきました。
生徒会だったその子は、その度にその人たちの対応をしました。
そこで必ず言われたのが「この街の将来を担うのは、あなたたち若い世代。どうかふるさとのためにがんばってください」。
その言葉は、その子にとってとても負担となる言葉だったそうです。

地震前からその子には夢がありました。
高校を卒業したら、東京に行きたい。
そこで学校に通って、自分の夢に向かって都会で活躍したい。

そんな夢がみんなから否定されているようで、地元に残り地域再建のために人生を捧げることを強いられているようで、苦しかったそうです。
「わたしは自分の夢をもっちゃいけないの?」「被災したふるさとを出ていくことに罪悪感を感じなきゃいけないの?」

わたしたちは知らず知らずのうちに、被災者を追い詰めているのかもしれません。

東日本大震災から6年。

この6年の時間の流れ方は人それぞれです。
もう6年という人もいるし、まだ6年という人もいる。

被災地にはまだまだ大きな課題が残されています。
癒されることのない大きな苦しみや悲しみを抱えながら、なんとか生きている人たちがいます。

年月が経とうとも「被災地を思うと涙が出てきます」「心配しています」。
その心を持ち続けたいと思います。
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リアル『蟹工船』の男といっしょにテキーラ!

2017.03.06 06:51|メキシコ☞EDIT
ひな祭りに、いなり寿司とあられを食べたイクエです。
いなり寿司は小さいころから大好きで、旅行中も食べたくなる和食の一つ。
でも海外の寿司屋にいなり寿司ってあんまり置いてないんだよね。
雛あられは、マヨネーズ味が子どものころから好きです。

ロロの弟の家に招待されて、みんなで楽しく食事をし、甘いケーキを堪能したイクエとケンゾー。
そして、いよいよお待ちかねのあの時間。

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テキーラタイム♪

このメキシコの家庭では、食前でも食事中でもなく、食後落ち着いてテキーラを楽しむのね。

テキーラのアルコール度数はおよそ40パーセント。
日本酒や焼酎と比べると格段に高い。
アルコール度数40パーセントは、ちょうどウイスキーと同じくらい。
気をつけないと悪酔いしてしまう。

ウイスキーは、ちびちびと舐めるように味わうけれど、メキシコ人のテキーラの飲み方はクイッと一気に。
メキシコ人と同じペースで飲むとかなり危険だ。

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ちなみに日本人のイメージで、メキシコのビールと言えば「corona」だと思う。
瓶に入った黄色のビールは、日本でも大きな酒屋に行けば手に入るし、小洒落た飲み屋さんにも置いてある。
「メキシコに行ったらコロナビールを飲むぞー」と意気込んでいたのだけれど、メキシコでそれほどコロナビールは人気じゃなかった。
メキシコ人は他の銘柄のビールをよく飲んでいる。
コロナビールのように黄色でも軽い口当たりでもない。
もっと茶色くてどっしりしているビール。
もしかしたら海辺のもっと暑い地域では、コロナビールが飲まれているのかもしれない。

とにかくメキシコではどこでも、ビールじゃなくてテキーラだね。

アルコール度数が強いので、つまみと一緒にちびちび飲みたいけれど、テーブルの上にもう食べるものはない。
つまみはライム

最初にライムの汁を口の中に絞り込んで、そのままクイっとやるのが本場の飲み方。

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塩は、親指と人差し指の付け根のくぼみに振りかける。
塩をこぼさないようにショットグラスを持ち、塩を舐め舐めテキーラを飲む。
ケンゾーの横で、ロロが食卓塩を指の付け根に振りかけている。

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メキシコ人はあっという間にショットグラスを空にし、お代わりする。

わたしはテキーラで痛い思いをしているから、きょうは2杯くらいで自粛しておこう。

その痛い思い出とは・・・。
10年以上も前のこと。
20代のころ、当日先輩から合コンに誘われてついて行った。
合コンなんて興味ないしそれまでもほとんど行ったことがないし、もうこのときはケンゾーと付き合っていたから行く必要もなかった。
でも付き合いで行くことになった。
相手はプロ野球の二軍選手。
一次会はつつがなく終わり、二次会はダーツバーに行った。
ダーツで失敗したときの罰ゲームがテキーラ一気飲み。
運動神経のないわたしは、テキーラを何杯も飲んだ。
わたしはお酒に強い方だし、これ以上飲むとやばいなというのが感覚的にわかるので、そうなったらもう飲みたくなくなってセーブする。
だから酔って吐くとか二日酔いになるとかがほとんどなく、お酒で失敗したことがない。
だけどテキーラの威力は違った。
ショットグラス一杯の量は少ないから、さっと飲める。
調子に乗って立て続けに飲んだ。
そして気づかないうちにかなり酔ってしまい、トイレに閉じこもり、ゲーゲー戻し、便器にしがみついてオイオイと泣いた。
「きついよぉ〜」と言いながら後悔して泣いた。
そんなわたしを心配して、友人と男性でわたしをタクシーで家に送り届けてくれた。
玄関を開けたら、ケンゾーが出てきたもんだから相手の男性は酔いつぶれたわたしを引き渡し、逃げるように帰って行った。
ケンゾーは全然怒らなかったけど、わたしにとっては苦い思い出。

その合コンは4対4でかわいい女子アナも参加していたから、相手方としてはテキーラでほろ酔い加減にさせてあわよくば目当ての女の子を・・・と作戦立てていたのかもしれないけど、大失敗だ。
テキーラはほろ酔い加減にさせるどころか、相手をゲーゲー吐かせることになり、ロマンチックな雰囲気をぶち壊しにさせる。
だから男性陣、テキーラに頼らず、ワインかカクテルぐらいにしていた方がいいですよ。

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ロロたちからテキーラについてのレクチャーを受けた。
おいしいテキーラとはどんなものか、高いテキーラと安いテキーラの違いはなんなのか。

「これがすごく高いテキーラだよ。
 あいにく、もう中身は空っぽなんだけど」

ロロの弟が棚から箱を出してきた。

今飲ませてもらっていたのもそれなりに上質のテキーラだけど、これは日本円で1本2万円くらいするらしい。
限定品なんだって。

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何が違うかというと、もちろんテキーラそのものが一般のものより素晴らしいのだけれど、テキーラの入っている箱がいいんだって。

アーティストが一つ一つ丁寧に手描きした箱。

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テキーラにまでアートを求めるところが、さすがメキシコ。
だから飲み終わった後も、捨てずに保管してるんだね。

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最初にテキーラ工場がメキシコに作られたのは1600年と言われている。
以前の記事で、メキシコの「テキーラ」という村とその周辺で作られるものだけが正式に「テキーラ」と名乗れる、と書いたけれど、この産地は2006年に世界遺産になっている。
テキーラの古い工場や、テキーラの原料となる竜舌蘭(アガベ)の広がる景観が世界遺産にふさわしいとして認定された。

テキーラ工場や農園の見学、もちろん試飲も楽しめるから、酒好きのイクエとケンゾーとしてはぜひとも訪れたい場所だったんだけど、メキシコの国土は広く、旅のタイムリミットも近づいているので今回は断念。
いつか行けたらいいなあ。

酔いも少し回ってきて、ロロの弟家族に別れを告げて、ロロの家に帰った。

ロロの部屋には世界地図が貼ってある。
イクエとケンゾーと同じように、ロロは海外に行くことが好きなのだ。
これまでもいろいろと行っている。

東日本大震災が起きたとき、九州でさえも外国から来ていた留学生たちは放射能汚染や余震を怖がって、故郷へと帰って行った。
そんななかロロは、はるかメキシコから被災地入りしてボランティアをしたのだ。
日本語も喋れないし、東北の冬の寒さはロロにこたえただろう。
隙間風がビュービュー入ってくる古いお堂に、寝袋で寝泊まりしながら寒いなか活動した。
はっきり言って、ロロはそれほど若くない。
ボランティアの中では、年配者だった。
それでも辛さを見せず、若者たちといっしょに集団生活をし、汗を流した。
そのバイタリティーはどこからくるのか。

ロロの部屋にはアラスカの地図も貼ってあった。
「どうしてアラスカ?」
「昔、アラスカに出稼ぎに行ってたんだよ」
笑いながらロロが答えた。

「アラスカに?
 どんな仕事してたの?」

「ベーリング海でカニ漁の漁船の船員をしてたんだ。
 毎日毎日カニを獲ってたよ」


「カニ!?
 カニ漁って長いこと沖に出たままで、すごく大変なんだよね!?」

「うん。
 数週間は陸に戻ってこられないねえ。
 寒いし、波も高いし、大変だよ」


リアル『蟹工船』の世界。
ロロは笑いながら話すけれど、笑えない過酷な環境で働いていたに違いない。
アラスカの寒さに比べれば日本の東北の寒さなんてロロにとっては大したことなかっただろうし、ベーリング海の荒れ狂う波の上で生活していたのを考えると、お堂での生活は快適だったのかもしれない。

帰国してからベーリング海のカニ漁についてインターネットで調べたら、死と隣り合わせの過酷な漁について記事や動画がいくつも載っていた。

船員はほとんど寝る時間がない。
あまりの寒さに甲板が凍る。
船が波に流されたり、遭難したり。
死と隣り合わせの漁。
けれど、、大漁だと船員たちは1か月ほどで1000万円を稼げるのだそう。
まさに命をかけた一攫千金。

さらにロロは笑いながら続けた。
「カニ漁がないときはね、アラスカの加工場でイクラ詰めの仕事をしたよ。
 小さな箱にイクラを並べて入れていく。
 日本人のためにね!」

「日本人のため?」

「日本への輸出用だよ。
 働いているのは現地の人や出稼ぎ労働者たちだけど、工場長だけが日本人なんだ。
 その日本人の工場長が厳しくて。
 箱に一粒ずつきれいにイクラを並べていかないといけない。
 宝石を扱うようにね。
 工場長がチェックするからね。
 丁寧に詰めないとやり直し。
 すべては日本人のために。
 日本人はきれいに箱詰めされたものしか受け付けないから」


「カニがうまい」「イクラが好き」「でももっと安ければいいのに」そんなことを言いながら、日本でのうのうと、おいしい海鮮を口にしていたけれど、そんな過酷な背景に想像力を働かせることはなかった。
まさかそんな事情をメキシコで知ることになるとは・・・。

日本人って贅沢すぎるな。
反省・・・。
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和食とメキシコ家庭料理 そしてヤギ乳のスイーツ♪

2017.03.02 17:42|メキシコ☞EDIT
パンが大好きなイクエです。
でも、朝食はグラノーラにアーモンドミルクをかけて食べています。
それとカットしたドライフルーツを入れたヨーグルト。
そっちの方が栄養がありそうだから。
でもたまにパンを食べるときもあって、そのときは前日の夜から楽しみです。
普通の食パンでも。
ちなみにピーナッツバターとチョコレートクリームをぬって食べるのが好きです。
パン屋さんで惣菜パンと甘いパンを選びに選んで、お昼に食べるときは至福のときです。

トルーカに住むメキシコ人の友人、ロロとマリアの家でホームステイしているイクエとケンゾー。
きょうの夜は、ロロの弟の家でみんなで夕食を食べることになった。

今までいろんな国でホームステイさせてもらっているけど、機会があればできるだけわたしたちの手料理を食べてもらうことにしている。
和食といったら、寿司しか知らない外国人も多い。
日本の食卓で普通に食べる家庭料理を体験してもらいたい。

ロロの弟の家でも何か用意をしてくれているようだけど、わたしたちも食材を持っていき作らせてもらうことにした。

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ロロの弟の家もトルーカの街にある。
車で向かう途中、4690メートルのネバド・デ・トルーカがフロントガラスから見えた。
それにしても、電線がすごいね。

まずはスーパーで食材を仕入れる。
日本に帰るまであと2週間。
こうやって、当たり前のように海外各地のスーパーや市場で食材を買う日常も、あと少しで終わりだ。

弟の家に到着。

隣家と壁がひっついていて、外からは庭が見えない構造の家が多い。

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迎えてくれたのは、ロロの弟、その奥様、ふたりの甥。
帽子をかぶっているのがロロで、その隣が弟だけど、弟の方が貫禄があり年上に見える。
メキシコ人からもいつもそう勘違いされるんだって。

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大学生の甥っ子達は好青年。
男4人。
肩を組んで写真を撮るなんて仲がいい。
日本じゃ親戚でそんなことしないもんね。

ちなみにわたしが頭に巻いているハチマキみたいなものは、ご家族からのプレゼント。
黒とベージュの太い糸が幾何学模様に編み込まれていて、メキシコ先住民の伝統工芸品なんだとか。

キッチンをお借りしてイクエとケンゾーのクッキングタイム。

このクッキングタイムでは、家庭によってご家族の行動は違う。
「自由にキッチン使ってね、あとは任せたわ」とキッチンからいなくなり、リビングでくつろぐ家族もいれば、「何飲む?」と聞いてきてワインを開けてくれて、すでにキッチンで飲み会とおしゃべりが始まることもある。

特にアルコールを飲みながら料理を作ることはヨーロッパで多かった。
チリでもそうだったなあ。
料理中に飲むのは、ビールでも重厚な赤ワインでもなく、冷えた白ワインのチョイスが多い。
これがいいんだよね、料理をつまみ食いしながらね。
そして料理ができるころには、すでにワインボトル1本が空になっている。
ほろ酔い加減で、今度は赤ワインでディナータイムに突入っていうのがいいんだよね。

日本でこんなことをしたら、アルコール依存症の自堕落な主婦って言われそうね。
気をつけよう。

メキシコではどうかなと思ったら、みんなリビングでくつろぎながら料理ができるのを待つでもなく、アルコールを勧めるでもない。

そわそわしながらキッチンに立ち、わたしたちの調理をずっと観察している。
プロでもなく、いい加減な調理法なのに、後ろからじっと見られると恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになってくる。

「向こうの部屋でゆっくりしてていいよ」
「日本の料理ってどんなのかすごく気になるから。
 作りかたも見たことないし」

緊張しながらのクッキング。

イクエとケンゾーの動作に、背後から「へぇ〜」とか「うわー」とか声をあげる家族。
気になってしまう。

これはとっとと作り上げないと。

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メインはカレーライス。
日本製のカレーのルーをグアテマラで買っていた。
もちろん外国で買う日本のルーは日本の数倍の値段。
いつも「ここぞというとき」に大事に大事にとっているんだけど、あと2週間で帰国する。
このままもっているんじゃ、宝の持ち腐れになってしまうしね。
きょうがきっと最後の「ここぞというとき」。

毎回、外国人に好評の酢の物も完成。
材料はいつも変わるけれど、ワカメがないと和食っぽくはないかな。
でもワカメってウケが悪そうだから、このくらいの野菜で作る方が外国人にとっては慣れ親しんだピクルスみたいでちょうどいい。

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そして肉と卵を醤油、砂糖、だしの素で煮込んだ料理。
味は悪くないけど、見た目が悪くて失敗かな。
ごめんね・・・。
お恥ずかしい。

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ロロは東日本大震災のときにボランティアとして岩手でケンゾーと共同生活をしていたから、いろんな種類の和食を経験している。
みんなで囲んだ鍋料理や、漁師さんからの差し入れのお魚をさばいた新鮮なお刺身。

ロロにとっては、素人が作る和食は懐かしい味かな。

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でも、ほかのみんなにとっては馴染みのない料理。
できの悪い和食だけど、興味深そうに写真に収めてくれて恐縮です。

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辛い料理が大好きなメキシコ人。
日本のカレーの辛さはメキシコ料理の辛さよりもスパイシーではないけれど、それでも「リコー!(おいしい)」と言って、もりもり食べてくれる。

日本のカレーはどこの国に行っても評価が高い。
すごいね!日本の市販のカレールー。

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わたしたちのために、ロロの弟の奥様がメキシコ料理も用意してくださっていた。
モーレ・デ・ベルデ
メキシコ版カレーのような味。
といっても、それほどスパイシーではない。
子どもでも好きになるまろやかな味わい。
どろっとしたソースから、細かく刻まれたたくさんの野菜が溶け込んでいるのが想像できる。

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料理名のモーレ・デ・ベルデ
モーレとはソースを意味する。
以前の記事でチョコレートを溶かした濃厚な黒いクリームシチューのようなものを「モーレ」と紹介したけれど、このモーレに「ベルデ(緑色)」をつければ、上の写真の料理になる。。

レタスやパセリ、青唐辛子など緑色の野菜で作られている。

食事を楽しんだあとは、甘い時間。
大きなケーキが運ばれてきた。

生クリームでコーティングされたケーキの側面はすりつぶしたナッツで覆われている。
これだけでもじゅうぶん甘そうだけど、さらにキャラメルクリームでデコレーション。

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正確に言えば、デコレーションで使っているのはキャラメルクリームではない。
「カヘタ(Cajeta)」と呼ばれるもの。
ヤギのミルクにブラウンシュガーを加えて、煮詰めて作る。
ヤギのミルクなんて日本では珍しいから「匂いがきつくないかな」なんて思うかもしれないけど、クセがなくておいしい。

ヨーロッパでも中南米でもアジアでも、ヤギはたくさん見てきた。
日本はどうしてヤギが少ないのか不思議だ。
ヤギは小さいし山を好むし、土地が狭くて山の多い日本にふさわしそうだけれど・・・。

メキシコでは、カヘタを瓶詰めしたりプラスチックのボトルに入れたものをスーパーで売っている。
メキシコ人はこれをパンに塗って食べたり、ビスケットで挟んだりして味わう。

キャラメル味が好きなわたしは、このカヘタが大好き。
ロロの家でも、朝からパンに塗るのを勧められてすでに味わっていたし、お土産用に1本もらっていた。

でも1年分くらい買って帰ればよかったな。
今度メキシコに行ったら、お土産にたくさん買って帰ろう。

デザートが終わったら食事会は終了、ではない。
辛いのも、甘いのも大好きなメキシコ人。
そしてあれも大好きだよね・・・。

締めのデザートのあとに来たのはコーヒーでも、紅茶でもない。
おきまりのアレ。

その話は、次回に持ち越しです。
(記事は短いけど、できるだけ更新がんばります)
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