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ケンゾー   イクエ


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2012年09月 世界旅行に出発

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手術の報告と海外旅行保険について思うこと

2016.10.24 10:22|世界一周裏話☞EDIT
入院している病室のベッドの上でこれを書いてるイクエです。
(初めてこのブログを読む方、久しぶりの方、わたしとケンゾーは世界一周を終えて、いま日本で暮らしています)

わたしの腫瘍のことでご心配をおかけしました。
また、励ましのコメントなど本当にありがとうございました。

19日、無事に手術が終わりました。
尿管や点滴が徐々に外れ、背中に挿したままにしていた痛み止めもきのう外れ、身軽になりました。
入院はあと数日続きますが、日に日に痛みも和らぎ、回復に向かっていることを毎日実感している次第です。

病気や手術については、いつかもう少し詳しくお伝えしようと思いますが、気を揉んでくださっている方々もたくさんいらっしゃるので、きょうは簡単にご報告させてください。

左卵巣に腫瘍が見つかったのは帰国してすぐのことです。
自覚症状はなく、たまたま別のことでかかった熊本の病院で見つかりました。
そのときはMRIも撮りましたが、腫瘍もそこまで大きくはなく、ほぼ良性だからこのままでいいと診断されました。

しかし先月、福岡の大学病院に行くと腫瘍は二倍の大きさになっていました。
MRIも撮り直しました。

腫瘍の肥大化のスピード、そして腫瘍が充実性(中身が固いもの)であることから先生にはっきりと「これは悪性である疑いも考えないといけません」と言われました。

さらに毎週血液検査をすると、肝臓の数値がどんどん上がっているのがわかりました。
エコーを撮ると、肝臓のまわりに腹水がたまっていました。

腹水は右腹部にもありました。
原因はわからないけど「卵巣の腫瘍と関係があるかもしれない」と言うことでした。

「悪性かもしれない」と先生に言われてから、平静でいようと思いましたがネットで卵巣がんについて調べると、がんのうちでも卵巣がんは死亡率が高い、などと書かれていて、眠れない夜を過ごしました。

良性なのか悪性なのかは、手術で腫瘍を摘出し、それを二週間かけて病理検査してからじゃないとわからない、と先生に言われました。
どっちみちこのまま放置していれば、腫瘍はどんどん大きくなるし、卵管が重みでねじれると気を失う人もいるほど痛くて緊急手術になるので、ちゃんと取りましょうということになりました。

手術には二通りあります。
ひとつは腹腔鏡手術と言って、お腹に小さな穴を開けて内視鏡を入れて行うもの。
もうひとつは、お腹をぱっかり切る開腹手術です。
お腹に残る傷跡も最小限に抑えられ、体の負担も少なく、術後の回復も早い腹腔鏡手術が主流ですが、わたしの状態から開腹手術をしました。

手術室に入ってから、麻酔を投与する時間も含め、三時間余りかかりました。

取った腫瘍は直径11センチくらいで、重さは600グラムでした。

そのまま、腫瘍を持ち上げて切除する予定でしたが、腫瘍は卵巣だけでなく、子宮や腸にまで癒着していて、切除するのが大変だったみたいです。
でも手術成功です。
手術中に行った簡易検査では、腫瘍は良性。
ひとまず、ホッとしました。

これまでおならや便を出すときに、腫瘍の下の方がとても痛かったのですが、いまはすっきりしています。

胸焼けや食道の痒みもあって眠れない状態でしたが、それもなくなりました。
先生は「腫瘍がかなり大きかったから、胃や上の方も圧迫されていた可能性もあります」とおっしゃいました。
これで肝臓も治ってくれたらと期待しています。

手術の成功と簡易検査での良性判定に、今はとても心穏やかです。
日々、元気になっています。

ご心配をおかけいたしました。
気を揉んでくださった方、温かいお言葉をくださった方、ほんとうにありがとうございました。

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わたしは、医療保険に入っているのですが、こういうときに「保険に入っててよかったなあ」と思います。
病気の心配のほかに、お金の心配もしなくちゃいけないのは辛いですもんね。

これは旅行のときも同じです。
ときどき海外旅行保険に入っていない旅人に出会いましたが、やっぱり入っておいたほうがいいです。

保険会社も儲からないとやっていけないから、被保険者が掛け金以上の保障を受け取ることは滅多にありません。
だから無駄にお金を捨てる、というなんだか損した気分にならなくもないですが、何かあったときは保険が頼りです。

旅人で保険に入ってなくて、骨折した人がいました。
海外、しかも医療が発達していない国では、処置が大変です。
できるだけ最新医療を受けられる都会の民間病院に行くべきですが、民間の病院は医療費がとても高いので、妥協して、地方の公立病院に行くしかありませんでした。

でも、保険に入っていればそんな妥協をすることなく、一番いい病院に行けます。
病院への交通費や、安静が必要なときはホテル代も出ます。
もし海外での処置に不安なら、帰国して日本の病院に行くこともできます。
その場合、日本までの渡航費や、場合によっては、回復して旅を再開するとき日本から旅先への渡航費まで出ます。

「保険に入ってなくても困るのは自分だからいいや」って人もいるかもしれません。
でも万が一、海外で意識不明の重態になったときの治療費や、命を落とした場合の遺体の莫大な搬送費は、家族が負担することになります。

ただでさえ、家族にわがまま言って心配をかけているので、自分のためだけでなく家族に迷惑をかけないためにも入ったほうがいいと思います。
もし入らないという選択をした場合は、事前に家族にそのことを伝えておき、万が一のときはこの貯金を使って、とかしっかり話しておいたほうがいいでしょう。

海外旅行保険はたしかに高い印象があります。
わたしとケンゾーも三年半の期間でふたりで80万円近く払っていると思います。
でもその期間、日本の健康保険には加入していませんでした。
国民健康保険や会社の健康保険なども、海外旅行保険と変わらないくらいの金額なので、そう思うと旅行保険の金額も妥当に感じます。

むしろ、割安じゃないかと思うんです。
日本では健康保険に入っていても病院で三割負担しなきゃいけないけど、旅行保険ではタダ。
薬代もタダだし、病院への交通費も出ます。
それに旅行保険では、医療関係の出費だけでなく、盗難被害や持ち物の修理費(わたしたちは一眼レフの修理で何度もお世話になった)、ロストバゲージしたとき必要な日用品を買うための費用、飛行機が遅延や欠航したときのホテル代など、いろんな保障がついています。

日本で高い保険料を払っていても、働き盛りの人たちは、多少の風邪や頭痛、食あたりなどでわざわざ病院に行くことはほとんどなく、行っても年に三回くらいじゃないでしょうか。
わたしは旅行前働いているときはそうでした。
それでも当たり前のように保険料を払っていました。
海外旅行だと病気やケガ、トラブルに見舞われる確率は日本にいるときよりもグンと高くなります。
それなのに旅行保険に入るのをためらうのは・・・と思います。

わたしとケンゾーは、海外旅行保険の掛け金以上の保障は結局もらいませんでした。
それでも後悔はしていません。
金額的にみると損だけど、いろいろな局面で助けられました。

長期旅行者のみなさん、ぜひ保険に入ったほうがいいですよ。
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メキシコ料理のお勧めはコレ!材料は◯◯!?

2016.10.17 11:05|メキシコ☞EDIT
あしたから入院するイクエです。
卵巣の腫瘍を摘出するため、大学病院で開腹手術を受けます。
帰国して見つかったんだけど、そんなに大きくなかったから様子を見ていたら今は直径9センチくらいになってしまったので、取ることになりました。
今は日常生活を普通に送っていますし、痛い思いもしていませんので、どうかご心配しないでくださいね。
帰国してから、甲状腺や肝臓にも問題があることが判明し通院や薬を飲んだりしていて、36歳という年齢を実感しているところです。
どうかみなさん、35歳以上の人はこまめに健康診断に行ってくださいね!

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メキシコ・シティの話を書いていたけど、言いそびれていたことを思い出した。
それは、わたしがメキシコで出会って好きになった郷土料理。

日本にもメキシコ料理店はあるし、タコスなんて日本でも食べられる。

「メキシコ料理はおいしい」というイメージがある。
でも、日本にいて思い浮かぶメニューはそんなにない。

メキシコ料理にはお肉をたくさん使った料理が多いし、スパイスたっぷりで辛みがあり食欲を誘う。

でも、こんな料理があるなんて、わたしは知らなかった。
それは「モーレ」
メキシコに行ったときはぜひモーレ料理をお試しあれ。

わたしたちがメキシコで最初に滞在した街トゥルムで、わたしはモーレ料理を初めて食べた。
でも、料理って言ってもタコスで、タコスの具がモーレだったので、ちょっとかじっただけでよくわからなかった。

ちゃんとしたモーレ料理を食べたのは、サンクリストバル・デ・ラスカサス。

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サンクリストバルに到着したわたしたちはお腹ペコペコで、とりあえず宿カサカサのタケシさんに地元の食堂の場所を聞いたのだった。

タケシさんが教えてくれたのは、市場近くの食堂街。
食堂街というか、屋内市場のようなところに食堂が密集している場所。

通りに面した部分は、地元の女性たちお手製の大きな瓶詰めのジュースが並ぶ、ジューススタンドやカフェ。

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この建物の隙間から、中に入れるらしい。

ぐるっと見回すと、ビルとビルの間にあるような暗く小さな通路があった。
そこから中に入って行き、長い通路を進んでいくと、カウンターと長椅子のある食堂がずらーっと並んでいた。

「いらっしゃい。
 食べてかない?」


あちこちからお声がかかる。

どのお店も同じようなメニューを出しているようだけど、タケシさんお勧めのお店は奥の少し広いところで、女性の店員さんばかりで活気があるお店。

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家族連れが多い。
メニューはいくつかあって、みんなそれぞれおいしそうなものを食べている。

わたしが食べたかったモーレを注文。

出てきたのは、ハヤシライスのようなビーフシチューのようなもの。
ライスの横に、コーヒー色のドロッとしたソースがかけられている。
ソースのなかの固まりは鶏肉。

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モーレはとても手の込んだソース。
ソースの材料はおよそ20種類もの食材を混ぜ合わせて作られている。

メキシコ人が大好きなチリ、ほかにもシナモンやクローブなどのスパイス、さらには挽いたアーモンドやピーナッツ、ゴマ、アボカドの葉っぱや玉ねぎ、にんにく・・・。

一般的な作り方は、チリや刻んだ玉ねぎ、にんにくを油で炒め、スパイスなどを加えて煮た鶏肉の煮汁やすり潰したほかの材料を混ぜて煮込んでいく。

ソースにとろみをつけるために、パンや砕いたクラッカーやビスケットなどを加えることもあるんだそう。

わたしは、モーレに欠かせない材料をまだ言ってない。

なんだと思う?
とても意外なもの。
ソースの色がヒントかな。

答えは、チョコレート!
チョコレートを加えて煮込んでできあがり。

鶏肉とご飯をチョコレートソースで?なんて・・・って思うかもしれないけど、これがおいしい。

ケンゾーはちょと甘みがあるから、そこまで好きじゃないみたいだったけど、わたしはとても好き。

スパイスも入っているから単に甘いだけじゃなく、深みのある味わい。

たとえるなら、かなりまろやかでコクのあるビーフシチュー。

メキシコには4000種類もの料理があると言われている。
メキシコは食の宝庫。
3500年前からトウモロコシは栽培されていたし、ヨーロッパでは16世紀にスペイン人がトマトやジャガイモ、唐辛子などの食材をメキシコから持ち帰ったことで西洋料理が発展した。

野菜やフルーツ、さらにはシーフードまで、なんでも手に入る。

ケンゾーが注文したのは魚定食。

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予想以上の大きさ。
臭みもなく、身はふっくらしていた。

この魚定食には、サラダやライスもついてくる。
これでお値段60ペソ(約397円)ほど。

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ここの食堂はボリュームもあって、おいしいので別の日にも行った。
時間帯によっては、すいていて席に余裕があることも。
お店をやっているのは、全員が女性たち。
従業員には中学生くらいの女の子も多い。

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グアテマラの市場の食堂でも、わたしたちが何度も食べたソパ・デ・マリスコス(魚介のスープ)。
ケンゾーは、大のお気に入り。
このスープを注文。

カニがたくさん!
これに主食のトルティージャなどがついて、お値段は50ペソ(約331円)だったかな。

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私はと言うと、もちろん飽きずにこれ。
日本でもたまに食べたいなあ。

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モーレは、たしか40ペソ(約265円)くらいだったと思う。

ここの食堂、そんなに安いの?って思うかもしれないけど、安い。
机の上にはピクルスや薬味が置いてあって取り放題。

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さらには、おかわり自由!
モーレの場合、さすがに鶏肉は無理だけど、ソースやライスは追加でくれる。
わたしのお皿のソースがなくなりそうになるタイミングを見計らって、お店のおねえさんが「おかわりは?」って聞いてきてくれる。

タッパーにいれて、日本に持って帰りたいくらいだよ。

厳密に言えば「モーレ」というのは、メキシコで「ソース」の意味。
だから、レタスやパセリ、青唐辛子などで作る「モーレ・ベルデ(緑のソース)」とかピーナッツで作る「モーレ・デ・カカワテ」など緑や赤、黄色など数種類がある。

でも、やっぱりチョコレート入りの焦げ茶色のモーレがいちばん人気があるので、「モーレ」が単にチョコレート入りのモーレを差すことも多い。
ちなみにチョコレート入りモーレの名前は「モーレ・ネグロ(黒いモーレ)」とか「モーレ・ポブラーノ」など。
メキシコでは、チョコレート入りのモーレを食べてみてね。

メキシコのスーパーでは、モーレの瓶詰めやパック詰めがあるので、お土産に買って行けばよかったなあ。

コクのあるビーフシチューのようで、かすかに甘みがありなおかつスパイスが利いている、味わい深いモーレ。
メキシコで死ぬほど食べとけばよかった・・・。
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フィリピンで語学留学をお考えの方へ

2016.10.11 10:36|フィリピン☞EDIT
先日結婚記念日を迎えたイクエです。
最近わたしの体調があまりよくないので、外食は断念し、ケンゾーが買ってきてくれたケーキでささやかにお祝いしました。
もう10年目になります。
これからも、夫婦仲良く楽しくやっていこうと思います。

さて、きょうはふたりの旅のお話を中断してお知らせがあります。
中断と言っても、旅に関係のあることです。

わたしたちはこれまでバングラデシュやアフリカ、中南米で、たくさんの海外協力隊員に会ってきました。
彼らの活動を見せてもらったり、ときには参加させてもらったり、ホームステイをさせてもらったり。
ふたりだけの旅では味わえない、とても貴重な体験をすることができました。

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隊員たちの活動は、原則2年です。
わたしたちが世界各地で出会った隊員たちのほとんどは、すでに任期を終えて帰国しています。

その後の人生はさまざまです。
以前の仕事に復職した人、まったく違う分野に挑戦している人、隊員同士で結婚した人、任地でやっていた活動を日本の団体で展開している人、海外で経験したことを深めるために学校に入り直した人。

また、帰国してまもなく、ふたたび海外へと旅立っていった人たちもいます。
海外にも支社のある日本企業に入社し、隊員として活動していた国に社員として派遣された人。
フットワークの軽さから、出張で世界を飛び回っている人。

海外協力隊員として2年も海外にいたら、日本に帰ったときに社会復帰が難しい。
そんなことを聞いていましたが、わたしたちが出会った隊員たちはみんな頼もしくその後の人生を切り開き、活躍しています。

そのなかのひとり、南米パラグアイで会ったゆかちゃん。

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ゆかちゃんは、パラグアイのパストレオという田舎町の養蜂組合で、蜂蜜やプロポリスを使った商品の開発や販路の拡大、組合のマネジメントなどのお手伝いをしていました。

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ゆかちゃんは、わたしたちのホームステイ先を探してくれたり、現地の病院や学校を視察させてくれたりと、いろいろ面倒をみてくれました。

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会う約束をした日にわたしたちからうまく連絡がとれなかったり、バスが遅れたりしてふたりとも焦っていましたが、ゆかちゃんは動じることもなく「世界一周をされているおふたりなら、どうにかしてここにたどり着き、絶対会えると思ってましたよー」とのんびりと迎えてくれました。
ゆかちゃんは旅人のこころをわかっているような人でした。

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それもそのはず。
ゆかちゃんも、なんと世界一周経験者。
そんなゆかちゃんが、海外協力隊の活動を終えて次はなにをするのかなあと思っていたら、いま、フィリピンにいるそうです。

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ゆかちゃんがパラグアイから帰国したのはことしの1月。
早々と日本を出て、フィリピンの貧困層の若者を対象にしたキャリア支援事業を行なうNPOで働いているそうです。

名前はNPO法人PALETTE

そのNPOは、事業の一環として日本人向けの語学学校を運営しています。

フィリピン留学と言えば、いま日本人に大人気。
フィリピンでは現地の言葉のほか、英語も公用語となっていて、学校の授業やテレビのニュース、新聞などでも英語が使われています。
英語を勉強したい日本人にとって、フィリピンは距離的にも近いうえに、滞在費や学費も安く抑えられるとあって、フィリピンに短期留学する人が多いのです。

わたしたちも、世界一周のスタートをフィリピンにして、フィリピンで旅に必要な英語を身につけてから世界をまわっているという旅人にたくさん会ってきました。

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いま、フィリピンでは日本人向けの語学学校がたくさんできています。
ゆかちゃんも、そんな語学学校を運営しているNPOで働いているけれど、ゆかちゃんの学校は、現地の若者向けのキャリア支援事業ということで、とても特色があると思います。

キャリア支援事業とは具体的に、貧困層出身の若者に英語教師になるためのトレーニングを3か月間無償で提供し、トレーニングと試験を通過した若者のみが運営している学校で教師として働く、というものだそうです。

授業コースのなかには「旅×留学」という旅人向けのコースも設置されています。
旅で使う英語を中心に学んだり、世界一周経験者が旅の相談にのったり、希望者には中南米を旅するうえで必要なスペイン語も教えてくれるのだそうです。

フィリピンで英語も学べる、先輩の旅人から旅の話も聞ける、そしてなにより現地の人たちを支援できる。

PALETTE SCHOOL

さらには教室では学べない、途上国の現実を感じるスタディーツアーも開催されています。
巨大なゴミ集積場に行き、そこでゴミを拾いながら生活している「スカベンジャー」と呼ばれる人々と対話し、フィリピンが抱える問題を共に考えます。
また、スラムから強制退去された人たちが暮らす再定住地の訪問などもあります。

せっかくフィリピンで語学留学するのなら、それが地元の人の役に立ち、語学だけでなくフィリピンの社会問題も学べるほうがいいなあとわたしたちも思います。

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以下、ゆかちゃんからのメッセージです。

*********************************

海外に行ってみたい。でも、全く英語ができないから何だか不安。

こんな風に思ったことはありませんか?

そんなあなたのための、フィリピン留学コースがあります。

「旅×留学」
http://www.pa1ette.org/school/journey_course/

このコースでは、旅で使える実践的な英語を身につけることができます。

また、世界一周、バックパッカー経験のあるスタッフが旅プラン作成をお手伝いします。

お問い合わせ、お申し込み、お待ちしております。

【NPO法人が運営する語学学校 PALETTE SCHOOL】

*NPO法人PALETTE:http://www.pa1ette.org
 フィリピンの貧困層の若者のキャリア支援を行っており、その一環として語学学校を運営しています。

*PALETTE SCHOOL:http://www.pa1ette.org/school/
 自然豊かで閑静な土地にありながら、国際色豊かな環境で英語を学ぶことができます。
 休日に、貧困問題を学ぶスタディツアーも催行中。

*********************************

フィリピンで語学留学したいなと思っている方、ゆかちゃんに会いに行きませんか?
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100の壁画 ディエゴ・リベラとフリーダ・カーロ

2016.10.07 17:53|メキシコ☞EDIT
あと3か月で2016年が終わってしまうことに、信じられない気持ちのイクエです。
早いですね~。
でもまだ日本は蒸し暑く、近づいていたはずの秋が遠ざかっているように感じます。
雨も多くて湿度も高く、まるで梅雨みたい。

また長いこと更新が途絶えてしまって、申し訳ありませんでした。
がんばらなきゃ。

前回はメキシコの壁画運動についてお伝えしました。
覚えていますか?

有名な壁画たちを見るため、メキシコ文部省を訪れたのです。
階段のホールに描かれていたのは、ダビッド・アルファロ・シケイロスの大きな作品。

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しかし、このメキシコ文部省に描かれた壁画。
シケイロスの作品よりも、有名なものがあるのだそう。

その壁画を残したのは、ディエゴ・リベラ
さあ、リベラの作品はどこにあるの?

文部省の建物は敷地内にいくつかあるようで、いったいどこにどんなふうに描かれているのかわからない。
敷地内を颯爽と歩いている職員に聞いてみることに。
エリート官僚かな。

「こんにちは」

声をかけられた男性は、いぶかしそうにわたしたちを見る。

「ディエゴ・リベラの壁画はどこにあるんでしょう?」

すると男性の顔が明るくなった。

「リベラの壁画ならあっちだよ。
 まっすぐここを歩いていって」

途中まで道案内してくれた。

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広い中庭を囲み、ぐるっと回廊がつながっている。
回廊にそって、いくつもドアが並び、オフィスになっているようだった。

なるほど!
こんなふうに壁画が存在してるんだ。

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建物は三階建て。
回廊の壁すべてが、鮮やかな絵で覆われている。
その数100以上。

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テーマはメキシコの歴史や風習。

農作業に精を出す人、活気ある市場の様子、お祭りや儀式、過去に起こった戦いや民衆蜂起・・・。
まるで壮大な絵巻物のよう。

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画家のディエゴ・リベラは1886年生まれ。
10歳のころには美術学校に入学し、絵画を学んだ。
その後はスペインやパリなどに留学し、イタリアも旅し、壁画を研究したのだそう。

メキシコ壁画運動の中心人物でもあり、彼自身メキシコ共産党に入党していた時期もあった。

メキシコ壁画運動は、文字が読めない民衆に、絵を通してメキシコの歴史や人々の結束の大切さ、革命の意義を視覚的に訴えようというもの。
あらゆる人にメッセージが届くように、官庁や学校、宮殿など公共の場所に描かれた。
メキシコには、およそ1400もの作品が残されているという。

この建物のなかでもっとも目を引くのが「革命のバラード」というタイトルの作品。

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銃を手にする人たちの真ん中に、赤いシャツを着た凛とした表情の女性がいる。
彼女は実在の人物で、名前はフリーダ・カーロ

もしかしたら、彼女はこの作品を描いたリベラよりも今は知名度が高いかもしれない。

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この絵は実際の彼女とよく似ていて、絵の通り眉毛がつながっていた。
彼女は何者なのか。

フリーダ・カーロはメキシコを代表する画家であり、リベラの妻。
芸術的センスにあふれ、女性らしい悩みを抱えながら波瀾万丈の人生を送った彼女は、今では夫のリベラ以上に有名で、人気がある。
もちろん彼女の美術館もあるし、彼女の肖像画がデザインされたお財布やバッグ、Tシャツなど、メキシコの雑貨店にはたくさん並んでいる。

フリーダ・カーロがリベラと結婚したのは22歳のとき。
このときリベラはすでに42歳だった。
リベラは女たらしで、フリーダ・カーロの妹と関係をもったりし、フリーダ・カーロは大きなショックを受けたものの、彼女自身、イサム・ノグチやロシアの革命家レフ・トロッキーと男女の関係になるなど、恋多き人だった。

彼女は体が弱く、若い頃から病気や難病に苦しみ、47歳で死亡した。

ドラマのような人生を歩んだ女性。
けっして幸せな人生とは言いきれないものの、影を抱えながらもそんな影や寂しさや不幸を内含して自分らしく生きた彼女の人生に共感する女性も多い。

時間があったら、彼女の美術館にも行ってみたかったなあ。

先住民の独特の美的感覚と、征服されたヨーロッパのセンスとをあわせもつメキシコ。
メキシコ・シティは、生き生きとした独特な芸術のある街。
そしてメキシコ人はその芸術を大切にし、守っている。

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90年経った今も、鮮やかで生き生きとした壁画を見ることができるのも、定期的に修復されているから。

この100に及ぶ壁画は、メキシコの歴史や文化をこれからもずっと伝えていくのだろう。
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