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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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ベールに覆われたミステリアスな村 サン・フアン・チャムラ

2016.07.31 05:52|メキシコ☞EDIT
誰か高校の同窓会を企画してほしいなとひそかに願っているイクエです。
うちの学年は大きな同窓会がまだないのよ。
地元に住んでいて、なおかつ連絡を取るのがマメで、実行力がある人がいれば、同窓会が実現するんだけどね。
そういうリーダー格の人がいる学年って、頻繁に同窓会をやってますよね。
やるなら今だと思うんですよ。
これがあと10年もしたら、男性は禿げて女性は太って、高校のときの面影はなくなり「あなただれですか?」ってなりそうだもん。
片思いだった相手、憧れだったあの人に会うのも怖いしね。
わたし自身も「あなただれですか?」って言われたくないもん。

サン・クリストバル・デ・ラス・カサスの日本人宿「カサ・カサ」に滞在しているイクエとケンゾー。

カサカサでは、いい出会いがあった。
夫婦で世界一周をしているマサくんとユカちゃんに会ったこと。

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この夫婦もブログをやっている。
くらしたび。というブログ。

実は「くらしたび。」で、「同じドミトリーに足が臭い人がいたらどう対処するべきか」という記事をユカちゃんが書いていて、わたしがコメントを送ったことがあった。
お互いどこかで会えたらいいなあとは思っていたけど、今回たまたまカサ・カサで出会い、毎晩夫婦で飲み明かすことに。
ユカちゃんは結婚半年後、乳がんを宣告されて、手術や抗がん剤治療を乗り越えたツワモノ。
年もわたしと同じくらいで、話していて楽しい。

夫婦二組で近くの村に行ってみることにした。
サン・フアン・チャムラという村。
サン・クリストバルから北におよそ10キロのところにある。

チャムラ

サン・フアン・チャムラ行きのコレクティーボ(ミニバス)は市場の近くから出ている。
奥まったところにあって、見逃すところだった。

看板が出ているよ。

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運賃はひとり15ペソ(約99円)。
距離は10キロだけど、山道だしノロノロ行くので30分くらいはかかったかな。

きょうはお祭りをやっているのか、市場が開かれているのか、街の中央に建つ教会の前には車がたくさん止まっている。
人が集まっていて活気がある。
観光客もちらほら。

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この村の人たちはツォツィル系の先住民。

女性陣は頭に畳んだストールを載せている。
刺繍が得意の様子。

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このおばあちゃんは、羊毛の服を作っている。
温かそうなフェルトの巻きスカートを身につけている。

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こちらの男性は、ポンチョを羽織っている。
白い生地に淡い青や赤の縦縞が入った織物。

ハットもよく似合う。

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屋台のテーブルに座り、一服している男性グループ。
さっきの男性のように白い布のポンチョを羽織ってるのかと思ったら、ちょっと違う。

こちらの男性陣は、毛皮みたいなポンチョ。
ワイルドだねぇ~。

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教会の前の広場に馬たちがやってきた。

やっぱりきょうはお祭りなのかな。
日曜日に市が開かれるというのは聞いていたけど、お祭りまでやってるなんてラッキー。

馬のまわりには、ハットに黒いガウンを身に着けた男性たち。

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男性が身につけているガウン、分厚く、もこもこしている。
きょうは天気が良くて、薄手の服でも太陽の下では体がポカポカほてるくらい。
なのに、こんな毛皮みたいなのを着て暑くないのだろうか。

みんなクマみたいだ。

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サン・フアン・チャムラの男性陣は、あんなに重そうで暑そうなガウンを着て大変そうだなあって思っていたら、正座して横一列に並んでいる女性陣の姿が目に飛び込んできた。

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女性のほうが頭が暑そう!
でも、長袖の男性に比べて半袖だからまだマシかなあ。

首には何重ものビーズのネックレス。
長いカラフルなリボンも首からぶらさげている。
全身を覆う服が真っ黒だから、色が映える。

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男女が揃ったところで、お香のようなものが焚かれ始めた。
トーチの中で炭が燃やされ、男性がかざしながら煙をくゆらせ歩き回る。

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みんな全身真っ黒なのに、1人真っ赤な衣装に身を包んだ男の人が登場。
とても華やかな衣装。

ほかの男性の毛皮はいかにも土着の衣装といった感じだけど、こちらはスペイン風。
闘牛士みたい。

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すると旗を掲げた男性がふたり登場。
馬に乗ったさきほどの赤い服を着た男性に旗を渡した。

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ここで撮影ストップ。
というのも、この村では写真撮影でトラブルになることが多いのだと言う。

わたしたちもカメラを持って近づいたら、地元の男性たちに静止されてしまった。
話を聞いたところ、近づいて人を撮られることよりも、旗を撮られることが嫌なのだそう。
旗はとても神聖なもの。
自分たちにとってとても大切なものだから、ということだった。

旗は1メートル × 2メートルくらいと大きく、布の生地は花柄模様。
その上には少し小さめの水色の布が重ねられている。
水色の布には、立っている聖人のような男性の肖像画が描かれていた。

旗の竿のいちばん上には、十字架が括り付けられていた。

赤い華やかな服を着て馬にまたがった男性が旗を高くあげる。
黒い毛皮を羽織ったクマのような男性たちが、取り囲む。
そして、一行は教会の前の広場を練り歩いた。

サン・フアン・チャムラ村の人たちの宗教は、キリスト教と土着のものとが融合したもの。
わたしたちからすると奇妙なものに映るけれど、彼らからするときっと仏教は奇妙なものに映ると思う。

そんなサン・フアン・チャムラの教会のなかでは、独特な祈りが捧げられているのだという。

あしたは、この村の宗教についてお伝えします。
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シェアハウスみたいな日本人宿「カサ・カサ」

2016.07.30 06:25|メキシコ☞EDIT
きのう寝ているときに、無性に白あんの回転まんじゅうが食べたくなったイクエです。
「回転まんじゅう」ってわかりますか?
「回転焼き」とも言います。
福岡や熊本では「蜂楽まんじゅう」って言っても、伝わるかもしれません。
地方によって呼び方が違っていて、「大判焼き」とか「今川焼き」なんて呼ばれ方もしますね。
でも九州で「今川焼き」って言っても、「は?」って感じですよ。

密林の中のパレンケ遺跡を観光してきたイクエとケンゾー。
宿に帰ると、なんとグアテマラで出会った安里夫婦とばったり。
安里夫婦は、日本で月5000円で古民家を買って、民宿をしているあの夫婦。
薪で風呂を沸かしているあの夫婦。
(ちなみに帰国後に奥様が妊娠したそうで、いまご主人は大工として働きにいくこともあるんだって。
 今度遊びに行かなきゃ。)

再会を喜び、4人で安い中華料理屋さんに行って、宿のベランダでビールを飲んで、ここちよく眠りについた。

そして、翌日。

「ヤバい!
 寝過ごした!!」

「えええ~!!!
 目覚ましは!?」


イクエとケンゾーは朝5時半ぐらいのバスで移動することにしていた。
行き当たりばったりなふたりに似合わず、前日に高級バスのチケットを予約していたのだった。
なぜわざわざそんなことをしていたかと言うと、高級バスだけどその朝の便は通常の半額くらいの運賃だったから。
高級バスと言えども、乗客が少ない時間帯はバーゲンセールみたいにバス代がやすくなるのだ。

それなのに・・・。
バスの出発時間からすでに10分が過ぎている。

一応、バスターミナルに行ってみることにした。
目覚ましが鳴っても、起きないってことは自分にはありえないと思っていた。
わたしは少しの物音で起きるほうだし、二度寝はできないタイプ。
携帯電話の目覚ましが何かのトラブルで鳴らなかったのか、それともほんとうにわたしたちが気づかなかっただけなのか。
原因はわからないけど、なんたる不覚。

バスターミナルの窓口で尋ねたけれど、案の定払い戻しはできなかった。
損失はふたりで260ペソ(約1716円)。
そのくらいの損失なら、良しとしないといけない。
イギリスで空港を間違えて、飛行機に乗れなかったときに比べたらまだマシ。

高級バスのチケットを買い直す気にはならなかった。
できるだけ安く、コレクティーボ(ミニバス)で移動しよう。

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わたしたちがこれから目指すのは、サン・クリストバル・デ・ラス・カサス
長ったらしい地名なので、旅人たちは「サンクリ」と略する。
でも、わたしはこの舌を噛みそうな名前が好きだ。
響きがいい。
サン・クリストバル・デ・ラス・カサス。

ミニバスは直行便はないので、途中のオコシンゴという村で乗り換えなければならないことが判明。

サンクリ

パレンケからオコシンゴまではひとり60ペソ(約396円)。
荷物代を取られるかと心配だったけど、わたしたちの大荷物も嫌な顔せず無料で載せてくれた。

木々が鬱蒼と茂る山道を走っていく。
車酔いする人は注意。

2時間半くらいでオコシンゴに到着。

同じようなコレクティーボに再び乗り換え。

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車酔いなんてほとんどしないイクエとケンゾー。
でも、イクエはちょっと酔ってしまった。

スポーツドリンクとガムでなんとかがんばる。

車の前には、荷台に乗った女性たちの姿。
髪が長く、伝統衣装のようなものを着ている。
グアテマラに戻ってきたみたいで嬉しくなる。

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いま向かっているサン・クリストバル・デ・ラス・カサス。
メキシコの先住民族たちが暮らしている高原都市。
周辺にはいくつもの村が点在していて、村ごとに衣装や文化が違うのだという。

およそ2時間半。
サン・クリストバル・デ・ラス・カサスの街が見えてきた。
山裾に広がるように家々が建ち並び、思っていたよりも大きい街。

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サン・クリストバル・デ・ラス・カサスは、周囲を山に囲まれた高原都市。
標高は2100メートル。
およそ15万人が生活している。

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お目当ての宿は「カサ・カサ」というかわいい名前の日本人宿。

バスターミナルからは、こぎれいな旧市街を抜けて、しばらく歩く。

3キロ近くはあるんじゃないかな。
歩くのが嫌な人は、タクシーで。

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サン・クリストバル・デ・ラス・カサスは、グアテマラのアンティグアみたいに美しいコロニアルな街並みの古都。
欧米人の観光客もけっこう多くて、おしゃれなバーやレストラン、お土産屋さんがたくさんある。

標高が高くて涼しいので、ここでゆっくり過ごしながら、近郊の村に足を伸ばし、メキシコの原風景をゆったり楽しむ旅人も多いんじゃないかな。
グアテマラの雰囲気に似ているから、グアテマラに行かない人はこの街が新鮮に映ると思う。

カサ・カサは、そんな美しいコロニアルな観光地からは少し外れた場所にある。

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サン・クリストバル・デ・ラス・カサスは、けっこう住み分けがされていて、先住民は華やかな中心地からは離れた殺風景な住宅地で暮らしている。

カサ・カサは先住民エリアにある。

すぐ近くに川が流れているんだけど、ゴミがたくさん浮いていて淀んでいて、かなりの異臭を放っている。

きれいな観光地エリアに泊まるんじゃなくて、こんなところに旅人が泊まるのもいいと思うんだけどね。

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壁に日本語で「カサカサ」と書かれているけど、扉は閉め切られていて中の様子はうかがえない。
日本人宿に入るときは、いつも緊張する。

宿によってそこに流れている空気が全然違うし、宿泊者同士でコミニュティーができているのでうまくそこに加われるかという不安もある。

中に入ると、とても温かい雰囲気だった。
壁には絵が書かれていて、おしゃれなカフェみたい。

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キッチンで料理をしている人。
本を読んでいる人。
ギターを弾いている人。

みんなが好きなことをしているけど、それでいてまとまりがある。

ここは宿じゃなくて、シェアハウスみたい。

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夜になると、ダイニングがにぎやか。

料理が上手な人が何かを作り「よかったら味見しませんか」となる。

丸いテーブルというのがいい。

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ジャガイモの煮っころがし。
見るからに、ほくほくしていておいしそう。

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実はこの宿に来るとき、かなり不安があった。
インターネットで「カサ・カサ」を検索すると、悪い噂ばかり出てきたから。

管理人が冷たい、愛想が悪い、お金にうるさい・・・など。

でも実際はそんなことなかった。

何度かオーナー(管理人)が代わっているようで、いまのオーナーはタケシさん。
「おもてなし」にまつわる仕事をこれまでやってきたのだそう。

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タケシさんが作ってくれているのは、タコ焼き!
ちゃんとタコ焼き器がある。
慣れた手つきで、くるくると回転させていく。

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なんとタコ焼きソースも手作り。
感動してソースの作り方を教えてもらったけど、忘れてしまった。

たしか、りんごとかテキーラとか入れて作っていたような。

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タケシさんを支えているのがカオリさん。
カオリさんは穏やかで、みんなをいつも優しく見守っている感じ。
わたしと同じくらいの年齢じゃなかったかなー。
「若く見える!わたしもがんばんなきゃ」って思ったもん。

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カオリさんが作ってくれた油淋鶏(ユーリンチー)。
メキシコでこのクオリティーのおいしい料理が食べられるという幸せ。

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カサ・カサには、いつも音楽が流れている。
本棚にはおもしろそうなたくさんの本。
壁にはいろんな絵が描かれていて、アートの匂いが漂っている。

この雰囲気が気に入る人は多いと思う。
そんな人はここに何日も何か月も滞在するんじゃないかな。
音楽や絵、手芸。
趣味をもっている人が多くて、興味があれば教えてくれる。
ほんとうにシェアハウスみたい。

ちなみに宿代はドミトリーも個室も、ひとり70ペソ(約462円)だった。

宿の壁にはいろんな絵が描かれているけれど、テイストが違う。
わたしたちが泊まった部屋は、ちょっとおどろおどろしい絵で落ちつかなかった。
マリファナをやっている人の世界観のような。

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庭やテラスにも壁画。
そのなかに、白髪の日本人男性の肖像画がある。

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この男性こそ、この宿「CASA KASA」を作った笠置華一郎さん。
笠置さんだから「カサ・カサ」っていう名前だったんだね。

笠置さんはこの地で旅人を迎えながら、先住民の権利擁護のために人生を捧げてこられた。
しかし、2005年にお亡くなりになられた。

笠置さんは、キューバで生活されていたこともあり、チェ・ゲバラのことが大好きだったそうだ。

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メキシコのなかでも先住民が多く暮らすこの場所。
地図で見るとグアテマラとも近い。
グアテマラの場合は先住民族たちが自分たちの文化や言葉を守り、自分たちらしく暮らしている。
でもメキシコはそれが思うようにできない。
メキシコでは先住民は「少数派」「弱者」として、肩身の狭い生活を強いられている。

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サン・クリストバル・デ・ラス・カサスの一帯には、左翼ゲリラのサパティスタ民族解放軍が今もいて、先住民たちの自治や権利の拡大を求めて闘争している。

先住民の多い、ここチアパス州はメキシコでもっとも貧しい州で、貧困層たちがゲリラを支持しているのだという。

笠置さんは、先住民の貧しい子どもたちに寄り添い、慕われていた。

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メキシコと聞いてイメージするのは、タコスやテキーラ、サボテン、カンクン・・・。

独特の文化をもつ先住民の人たちのイメージはあまりわかないかもしれない。
でも、メキシコにはそれぞれの伝統を大切にしている人たちがいる。

彼らの誇りや文化がずっと守られるメキシコであってほしい。

あしたは、そんなサン・クリストバル・デ・ラス・カサス近郊の先住民の村を訪ねます。
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きょうからまた海外に行きます! 被災地の子とともに

2016.07.29 05:56|世界からのメッセージ☞EDIT
あいかわらず被災した実家(被災して引っ越したから正しくは避難先だけど)から水が出ず、いいかげん水をだしてくれ~と思っているイクエです。
以前の記事で「トイレ流すのに水を3リットルも汲んでこないといけない」って書いたけど、3リットルは間違いで10リットルでした。
「あのペットボトル、2リットルじゃなくて5リットルだから」と母に指摘されました。
トイレの水ってすごい量を使うよね。

さて、きょうはちょっとメキシコの旅の話を中断し、お伝えしたいことがあります。

きょう、わたしは日本を発ちます!
外国に行ってきます!

ブログの記事はリアルタイムから半年ほど遅れています。
いまメキシコのことを書いている最中だけど、メキシコの後、アメリカ、そして中国、韓国を経由してイクエとケンゾーは日本にはことしの2月に帰国していました。

いつもブログを読んでくださっている方々にはご説明する必要もないでしょうが、すでに世界一周を終えて日本に根を下ろして普通に生活しているんです。

そして、4月に実家の熊本・南阿蘇にいたときに熊本地震に遭ってしまったんです。

そうそう、この前ようやく南阿蘇役場に転出届けを出しました。
福岡に引っ越したのに、地震からバタバタしていてなかなか手続きができないでいました。
これからは福岡市民になります。

できれば被災した南阿蘇に税金を落としたかったけれど・・・。
ふるさと納税でもしたほうがいいかな。

いま、どこかにふるさと納税をしたいと思っている方。
どうぞ南阿蘇村にお願いします。
ほかの自治体のように、特産品が送られてくるわけではありませんが、きっと復興に役立ちます。
ぜひ、よろしくお願いします!

話を戻します。
きょうから海外に行くことについて。

また、夫婦で世界二周目。
というバカなことをするわけではありません。
そんなことをしたら、家族から怒られるでしょう。

きょうから出発するのは、わたしだけ。
ケンゾーは仕事があるから日本で留守番です。

「ピースボート 地球一周の船旅」というのをご存知の方も多いと思います。
よくポスターが、個人商店や街の食堂の入口に張ってありますね。
あれに参加するんです。

でも、わたしが参加するのは地球一周ではありません。

ピースボートと、韓国を拠点に環境保護活動をしているNPOが共同で主催する「釜山・上海・沖縄をめぐる夏休みクルーズ9日間の旅」です。

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このクルーズに熊本地震で被災した南阿蘇の小中学生が招待されたのです。
そしてわたしが引率として、行くことになりました。
わたしは小学生の担当です。
いまのところ、小学生は4年生から6年生までの6人が参加する予定です。
中学生はもっと多いです。

ピースボートは国際交流を進めるNGO団体ですが、地震の被災者支援にも力を入れています。
東日本大震災のときに、わたしは宮城県石巻市のボランティアセンターに行ったのですが、そのときもピースボートの人たちがボランティアに必要な資材の管理などをがんばっている姿を目にしました。

ピースボートはこれまでのクルーズでも、地震が起きた2011年から毎年、福島の子どもたちをクルーズに招待しています。

今回も福島県南相馬の中学生が12人参加するそうです。
クルーズでは南相馬の子どもたちと南阿蘇の子どもたちの交流の時間も設けられているようで、子どもたちにとっていい出会いがあればなあと思っています。

また、今回のクルーズは韓国のNPO団体との共同主催ということで、日本から400人、韓国から400人が参加します。

海外に行ったことがない子どもたちがほとんどなので、子どもたちはいろんな刺激をもらい、海外のことにも目を向けられるようになってくれたらなあと思います。

海外に行くんですが、実のところ、わたし個人的にはあまりワクワクしていません。
引率という立場だからというのが理由のひとつです。
うまく子どもたちをサポートできるかな、という不安もあります。

あとは、行き先が上海・釜山で、この前行ったばかりというのもあります。
(わたしたちはメキシコーアメリカー上海ー釜山ー日本だったので。)
あとは、ケンゾーがいないから、かな(本当かなあ~)。

でも、子どもたちが楽しんでくれればわたしはとても嬉しいです。
きっと実りある船旅になることでしょう。

きょう南阿蘇までバスがお迎えにきてくれます。
そして夜に博多港を出港し、あしたの朝には韓国・釜山に入港。
その後は中国の上海に向かい、そして、那覇、長崎にも立ち寄ります。
子どもたちが、平和の尊さについて考えるいいきっかけになると思います。

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帰国するのは8月6日。
奇しくも広島に原爆が落とされた日でもあります。

その間わたしはインターネットをしないので、コメントの返信が遅れます。

わたしがいない間もブログが更新されるように、何日か分かは書き溜めました。
でも6日までの記事はありません。
あとはケンゾーが働きながらも、ブログを更新してくれることを祈るばかりです。
がんばれ、ケンゾー!!

それでは、行ってきます!
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メキシコ「パレンケ遺跡」☆☆ 宇宙人が造った都市?

2016.07.28 06:28|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
最近、無性に焼き肉が食べたいイクエです。
夏だから体がスタミナ料理を欲してるのでしょうか。
でも、肉と魚、だいたい日替わりで食べるようにしています。
日本の焼き肉ってほんとうにおいしいですよね。
あのタレもたまらない!
海外で、何度日本の焼き肉が恋しくなったことか。

きのうは遺跡の紹介まで行きつきませんでした。
きょうはパレンケ遺跡をたっぷりご紹介しますよ〜。

入って最初に目につくのが、こんな景色。

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階段が何十段も続いていて、その上に神殿があるのがメキシコの遺跡の特徴。

これは「頭蓋骨の神殿」と「碑文の神殿」。

三角形の入口が特徴的。
当時は赤と青で塗られていたんだって。
華やかだったろうねえ。

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なぜ「頭蓋骨の神殿」と言うのか。
それは柱の根元に頭蓋骨のレリーフが施されているから。
人間の頭蓋骨ではなく、ウサギの頭蓋骨なんだって。

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急な階段を、ひとつひとつ上がっていく。
南米もそうだったけど、どうして昔の人はこんなに階段を造るのが好きだったんだろうか。
天に近くなり、神聖な感じがするからかな。

建物の中に入ることができた。
この先に何があるのか。
狭い廊下を歩いていく。
圧迫感があって、ちょっと気味が悪い。

もしかして、行き止まり?

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この先には、小部屋があった。
そしてその小部屋にあったのは・・・。

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大きな石の棺。
中が真っ赤に塗られていて、ドキッとする。
これは、女王の棺。

空気が淀んでいて、気持ちがいい空間ではない。
なんか怖い。

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廊下は天井が三角形で、びっしりと石が積まれている。
造らせた人の執念みたいなものを感じる。

隣りの「碑文の神殿」は675年に着工され、692年に完成したもの。
階段は69段。
高さは23メートルもある。

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「碑文の神殿」という名前は、この建物に碑文が刻まれた石版があったことにちなんでいる。
碑文にはパレンケ王家の200年の歴史が刻まれていて、マヤ文明の貴重な資料なんだって。

この神殿が造られた7世紀後半が、パレンケの最盛期だった。

ちなみにこの神殿を造らせたのはパカル王。
この神殿からはパカル王の墓が発見されているのだそう。

パレンケには紀元前から人々が暮らしていたと言われているけど、現在残っているのは6世紀から8世紀のもの。
いくつもの神殿が配置され、宮殿もあるマヤ文明の古代都市。

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このパレンケ遺跡が世界遺産に登録されたのは1987年。
「古代都市パレンケと国立公園」という名前で登録されているので、やはりきのう紹介したように、この辺いったいの密林もその対象となっている。
やっぱり、このロケーションがいいもんね。

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中心地にある大きくて広い遺跡が宮殿。
7世紀に着工、その後も増築されていき、120年ほどかけて完成したそう。

そのなかでひときわ目立っているのが、4階建ての塔。
高さは15メートルもある。
1000年以上も前に造られたとは思えない。
現代建築みたい。

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見張りの塔かと思ったら、そうではなかった。
この塔の4つの壁は東西南北を指している。
これは、天体観測のための塔だったのだそう。
塔の踊り場には金星を表す文字、最上階には星の観測に使ったとされるテーブルがある。

この宮殿には、当時の最先端技術が生かされている。
3メートルの深さの水路が引かれ、サウナもあったんだって。

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さらには水洗トイレ。
マヤの王様たちは、美容に気を使い、清潔好きだったんだね。

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宮殿の柱や壁には優美な彫刻が。
繊細でやわらかな雰囲気。

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ローマの遺跡でも見るような彫刻。
想像していたマヤの美的感覚と違う。

もっとワイルドでおどろおどろしい感じかなと思っていたんだけど。

そうそう。
こんなイメージ。

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このパレンケ遺跡。
いまでこそ石がむき出しの建造物だけど、当時はもっと華やかだったという。

800年もジャングルにひっそりと眠っていたパレンケ遺跡。
1746年にデ・ソリス神父が見つけた時は、建物には飾り屋根が載っていて、壁は赤や青で彩られていた。
けれど、そのあとここを訪れたスペイン人たちが彫刻や石板などを略奪したり、火事になったりして、いまのような少し寂しい遺跡になってしまった。

彫刻には少しだけ、色が残っているところも。

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太陽の神殿の屋根を見ると、当時の様子が偲ばれる。
屋根が高く、側面には彫刻のあと。
重厚感がある。

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いっぽう、童話に出てきそうなかわいらしい建物も。
窓の形が特徴的。

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この窓の形は、人間の頭やトウモロコシの葉っぱをモチーフにしたものなんだとか。
中南米、そしてメキシコで、人々が主食として食べているのがトウモロコシ。
タコスもトウモロコシの粉からできているもんね。
むかしから、トウモロコシはこのあたりのいちばん大切な食材だったんだ。

トウモロコシをモチーフにすることで、豊穣や力を象徴していたと言われている。

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パレンケ遺跡には、およそ500もの建造物が存在している。
そのなかでもまだ発掘されていないものも多く、最近になってようやく見つかったものも。

この古代都市がどのようなものだったのか、なぜ滅亡してしまったのか。
解明はこれから。

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パレンケ遺跡には、ジャングルのなかに遊歩道があり、散策を楽しめる。
そこから1キロあまり歩いていくと立派な博物館が建っている。
この博物館の入場料は無料。
せっかくなので、帰りに立ち寄ってみることに。

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マヤの世界観にどっぷりと浸かれる博物館。
展示品も豊富だし、展示の見せ方にも工夫がある。
でも残念なことは、このほとんどがレプリカだということ。
本物は首都のメキシコ・シティの国立人類学博物館にあるんだって。

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この妖怪の顔みたいなのは、すべて文字。
ものすごくデザインが細かくて、短い単語ひとつ書くにも大変そう。

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一番奥の薄暗い展示室。
ただならぬ雰囲気があるけれど、いったい何が展示されているのだろう。

これは!?

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パカル王の棺。

パカル王の墓が発見されたのは1952年のこと。
考古学者が、碑文の神殿の壁の石を取り外したところ、地下室へと続く階段を見つけた。
土砂で覆われていて、取り除くのに3年もかかったのだそう。

やっと地下まで掘り下げて、まず発見したのは6人の若い男女の遺体。
これは道連れにされた、王の殉死者。

そしてその下に王の石棺があったのだそう。

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石棺の重さはなんと20トン。
一枚岩で造られた5トンの蓋には、人や神、植物、マヤ文字が刻まれている。

パカル王の遺体はヒスイの仮面をかぶり、たくさんのアクセサリーを身につけていたのだそう。

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石棺に施された彫刻を横から見ると、マヤの神官が宇宙船を操縦しているように見えるらしく、マヤ人宇宙人説をまじめに主張する人たちもいるんだって。
宮殿には天文台もあるし、古代マヤ人が高度な天体観測技術をもっていたことも、この説を後押ししてるらしい。

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さて、ジャングルの中に眠り続けたマヤの世界遺産「古代都市パレンケと国立公園」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

ロケーションが良くて、遺跡好きでなくてもワクワクできる場所。
建物によっては、階段を上ったり中に入ったりできるので探検気分を味わえる。
メキシコの遺跡では、中に入れず眺めるだけってところも多いから。

当時の色がそのままだったら、どんなに華やかで美しかっただろうと思う。

そうそう、このパレンケ遺跡には子どもガイドがいるよ。

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最初「ガイドするよ」ってスペイン語で話しかけられて、「わたしたち英語しか話せないから」って断ったら、とっさに英語に言い替えて「ガイドします」って答えていた。
子どもなのに、したたか。

よその国で、子どもがお小遣いほしさでガイドを名乗り、ただ適当についてくるだけっていうのはよくあるけど、ここの子どもガイドはそうじゃないみたい。
公認で、ちゃんと遺跡の中に入ることが許されていて、まじめにお客さんに説明している。

「誰が子どもガイドを雇うんだろう」ってケンゾーと笑っていたら、けっこうみんな子どもガイドを頼んでるんだよね。

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ここには大人ガイドがいない。

子どもたちの社会体験や教育の一環として、子どもたちにそういう機会を大人がしっかり与えているのかもしれない。
子どもたちにとって、自分たちの歴史を知れるし、勉強にもなるし、コミニュケーション能力も身につくし、とてもいいことだと思う。

日本でも観光地のお城や遺跡で、子どもガイドを取り入れればいいのに。
夏休みにちょうどいいと思うんだけどね。
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密林に眠る メキシコでおすすめの遺跡

2016.07.27 05:42|メキシコ☞EDIT
夏休みの小学生に負けずに、朝からラジオ体操をしているイクエです。
YouTubeで見ながら自宅でね。
本気でやったら汗ばんで、朝からスッキリします。

イクエとケンゾーがパレンケの街にやってきた理由はただひとつ。
パレンケ遺跡を見ること!

メキシコの数ある遺跡のなかでも、パレンケ遺跡はとくに素晴らしいと聞いている。
この前トゥルムでも遺跡を見たけれど、パレンケのほうが規模が大きい。
世界遺産になっているぐらいだし!

パレンケ遺跡は街の郊外にある。
街から歩いていくのは無理。
バスターミナルの前から出ているミニバスで遺跡の入口まで行こう♫

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ミニバスは何本も出ている。
運賃は20ペソ(約132円)。

バスは街を離れ、木々が鬱蒼と茂る森の中を進んでいく。

こんなところにもペンションのようなものやバンガローみたいなものが点在している。
街の中心地ではなく、こんな自然豊かな場所に泊まるのもいいんじゃないかな。
途中で、バックパッカーっぽい若者たちも乗ってきたから、安く泊まれるところもあると思うよ。
わたしたちはパレンケには1泊しかしないけど、もしもっと滞在するなら街よりも森の宿が断然いい。

この森、国立公園のような位置づけなのか、遺跡の手前で森に入るための入園料を支払わないといけない。
道路にゲートがあって、バスに乗ったまま料金を回収されて、紙でできたリストバンドをもらって腕に巻く。
チケットの代わり。
入園料は31ペソ(約205円)。

バスに乗ってからおよそ15分。
遺跡の入口に到着。

ここでまた、今度は遺跡の入場チケットを買う。
料金は65ペソ(約429円)。

メキシコでは、遺跡の入園料はそれほど高くない。
ペルーのマチュピチュの10分の1。
メキシコの物価で考えると、良心的だと思う。

敷地に入るとこんな景色。
この奥に、パレンケ遺跡が眠っているかと思うとワクワクするね。

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枝がロープのようにぐるぐると幹に巻き付いている。
木々が一体化していて、どこからどこまでが一本の木なのかわからない。

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このあたりには紀元前から人が暮らしていたのだそう。
いまの遺跡が造られるようになったのは7世紀ごろ。
しかし少しずつ都市が廃れていき、10世紀には廃墟となったらしい。

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それから800年もの間、人知れずジャングルの中に眠っていた。

そして1746年。
スペイン人の宣教師、デ・ソリス神父がこの遺跡を発見したのだった。

木々が絡み合うように茂り、暗く、人を寄せつけないこのジャングルで巨大な遺跡を発見したとき、神父はどんな気持ちだっただろうか。
興奮しただろうね。

空へと高く伸びる木々を見上げながら進んでいくと、木の間からチラチラと見えてきた!
いよいよ、ご対面。

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パレンケ遺跡をとくとご覧あれ!
と言いたいところだけど、きょうはパレンケ遺跡を取り囲む自然についてご紹介します。

マヤ時代の建造物はもちろんすばらしいけれど、ここの自然もなかなか素敵だから。

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密林の中に800年もの間、眠っていた宮殿都市。
今でこそ遺跡の部分は木々が伐採されて芝生が広がっているけれど、発見された当時は木々に覆われて現在とはまったく違う景色だったんじゃないかな。

遺跡の後ろは、トトロが出てきそうな森。

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こんな密林のなかで、よく遺跡が崩れ落ちることなく残ってくれたなあと思う。

いまでも土砂を取り除けば新たな遺跡が発見されるかもしれない。

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このロケーション。
マイナスイオンたっぷりの清々しさ。

創作意欲がかき立てられるのも無理はない。
大胆な服を着たお姉さんが、音楽を聴きながら自分の世界に入り、遺跡をスケッチ中。

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昔のマヤの人たちは、この景色を見ながら、何を思い、何を考えたんだろう。

ことしも豊作でありますように。
この地がずっと平和でありますように。
好きな人と結ばれますように。

案外、今のわたしたちと変わらないことを日々思っていたのかもしれない。

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来るときはわからなかったけど、ここは高台になっているようだった。
まわりよりも高く、地平線まで見渡せる。
ジャングルのなかに隠れるように存在しながら、遠くまで見渡せて、敵から発見されず、侵入を防ぐのにふさわしい場所。

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メキシコって、からからの砂地にサボテンが生える荒涼としたイメージがあったけど、メキシコにもこんなに緑が眩しくて美しく、豊かで広大な大地があったんだね。

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ここは、遺跡だけじゃなく珍しい植物もたくさんあって目を奪われる。

深いジャングルでひときわ栄える、鮮やかな赤い花。
赤い部分は50センチくらいはありそう。
あまりにも長くて、ぐねぐねとうねっている。

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こちらは、同じ赤でも下に垂れた花。
ちょっと毒々しい。
でも、蜜は甘いのか、まわりを蝶が飛び交う。

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枝の下に、大きなマリモみたいなものがぶらさがっている。
どこからか飛んで来てここに種をつけ、まあるく成長してるのだろうか。
落ちそうで落ちない。
うまくへばりついている。

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見て!
こんな大きな葉っぱ。
この葉の下に隠れれば、大人でも森のコビトに見えてしまう。
雨宿りもできそう。

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遺跡が集まっている場所から、森を抜けていくルートを見つけた。
頭上に茂る木々が太陽の光を遮り、ひんやりとしている。

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パレンケ遺跡は散策が楽しめるところ。

こんなところにも忘れ去られたような遺跡が。

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細かく積まれた石積みは、はるか1200年ほど前の先人たちの作品。
苔がむしていて、もはや人工物には見えないところも。
大樹がしっかりと根を下ろしている。

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遺跡がまるで、プランターのようになっている。
そのうち木が遺跡を飲み込んでしまいそう。

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森のなかで、サラサラと音が聞こえる。
木の葉が擦れ合う音とは違う。

それは、水の音だった。

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やっぱり、人が暮らす場所に水は欠かせない。

こんなジャングルの中になぜ王宮を建てたのかと思っていたけど、ここにはこんなきれいな水がとめどなく流れている。

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長い歳月をかけて、水が大地を溶かし、芸術的な地形を造り上げていく。

まるで棚田。
階段状になっていて、水が溜まりながら下へ下へと流れていく。

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自然の地形なのに、これまでもが遺跡みたい。

大自然に包み込まれたパレンケ遺跡。
人工物と遺跡の一体化。

パレンケ遺跡の魅力は、このロケーションにこそある。
こんなところを歩けば、こころがさわやかになる。

あしたは、パレンケ遺跡のひとつひとつをご紹介します。
お楽しみに☆
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メキシコのタコスには〇〇をトッピング

2016.07.26 05:56|メキシコ☞EDIT
きのうの記事で宿の名前を間違えて書いてしまったイクエです。
カンクンで泊まっていたホテルは「カサ・吉田」ではなく「ロサス・シエテ」です。
ちなみに「カサ・吉田」もカンクンにある日本人宿です。
失礼致しました。
きのうの記事は、訂正しました。

その、ロサス・シエテに泊まったのは結局1泊。
トゥルムで時間を使いすぎたので、カンクンでは海を見られれば満足だった。

ということで、カンクンからの次の目的地はパレンケ
世界遺産のマヤ遺跡、パレンケ遺跡があるところ。

カンクンからはバスで13時間くらいかかるらしい。

パレンケ

パレンケに行くにはいくつかルートがあるけれど、いったん南下したあとに西に進むルートのほうが近そう。
でも、上の地図を見てもらえればわかるように、カンクン〜トゥルム〜チェトゥマル〜パレンケというルートになる。
わたしたちはベリーズを抜けてチェトゥマルを通り、トゥルムに泊まってここまでやってきた。
また同じルートを逆走するということになる。

だったらそのままベリーズからパレンケに向かえば良かったのに・・・と思うかもしれないけど、トゥルムでも遊びたかったしカンクンの海も見たかったからいいのだ。
それに、カンクンからのほうが安いバスに乗れそうだった。

メキシコの長距離バスはややこしい。
バス会社がいくつもあり、バスの種類もいろいろで、同じ目的地に行くにも運賃が全然違う。
いいバスは高いし、エアコンのない古いバスは安い。
運賃が3〜4倍違うこともある。

もちろんわたしたちは、クオリティーは低くてもいいので安いバスに乗りたい。
でも、安いバスを見つけるのがなかなか大変。
ちゃんとしたバス会社はターミナルも大きくて目立つし、インターネットで検索すればバスの情報もすぐに出てくる。
でも安いバスはなかなか情報が得られないのだ。
どこから乗られるのか、何時に出発するのか、どうやったらチケットを買えるのか。

必死に調べていたら、カンクンからパレンケ行きの安いバスに乗れそうだというのがわかった。
その運賃は、トゥルムから乗るよりも安いものだった。
だから、わたしたちはカンクンまで足を伸ばし、1泊だけすることにしたのだった。

大手バス会社のバスが発着するターミナルは、とても広くて窓口もいっぱいあって、電光掲示板もあって、お店やカフェも入ってるし、もちろんエアコンも効いていて、まるで空港みたい。

かたや、わたしたちがこれから乗る安いバスのターミナルはこれ。
営業してるの?

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静かな住宅街にあるから場所は説明しにくいけど、泊まっていたロサス・シエテからは歩いて来られた。
たぶん2キロくらいかなあ。
人通りが少ないし、治安はそんなにいいところじゃないかもしれない。
1人で歩いて移動する人は少し注意してね。
場所は、カンクンの日本人宿で誰かに尋ねたら教えてくれると思うよ。

夜行バスで300ペソ(1980円)。
これまで旅してきた国と比べればそれほど安く感じないかもしれないけど、メキシコではすごく安い。
メキシコのちゃんとしたバスって本当に高くて、パレンケまでだと800ペソくらいはするから。

どんなボロバスがくるかと心配していたけど、これまでのチキンバスに比べたら全然マシ。
ボロいけれど、ちゃんと一般的なバスの形をしている。

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さて、車内はどうだろう。
もちろんエアコンがないのは想定内。
気になるのは、座席。

狭くてリクライニングはそれほどできないけど、寝られるレベル。

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キューバのカミオンに比べたら、ファーストクラスのレベル。
ほんとうにあれはひどかった。
いっしょに乗っていたレオくんが、ひらがなで1文字のお尻の病気になって、帰国して緊急手術したくらいだからね。
このあと、日本人の旅人夫婦に出会ったんだけど、彼らもキューバでカミオンに乗ったら、つらすぎて床にしゃがみこんで泣き出してしまったというエピソードを聞いた。

カミオンを経験すれば、どんな乗り物もまともに思えてくる。

バスは午後3時にカンクンを出発した。
パレンケまで13時間かかるとしたら、午前4時に向こうに着いてしまうことになる。

4時は早すぎるなあ。
夜も明けてなくて真っ暗だし、中途半端な時間でホテルにチェックインできないし。

でも、この時間のバスにしか乗れないんだから仕方がない。

ちなみにこのバスの出発時間は曜日によって変わる。
いちばん最初に紹介したターミナルのほったて小屋の写真の外壁に水色の文字で曜日と出発時間が書いてあったので、乗りたい方は写真を拡大してご参照ください。
バス会社名は、A.T.C。
窓口で英語なんてもちろん通じませんが、窓口の女性たちは笑顔で優しいです。

バスは定刻に出発し、順調に進んでいく。

順調じゃなくていいんだけどなあ。
どうせなら、3時間くらい遅れて着いてくれたほうがありがたい。

車窓からは見たことのある風景。
きのうトゥルムからこの道を通ってきたのだから。

見慣れたトゥルムの街に入った。
でも、なぜか幹線道路を外れて住宅街に。
細い裏道を走り、トゥルムの街を過ぎたところで、ふたたび幹線道路に戻った。
なぜ、わざわざこういうことをするのか。

たぶん、大手バス会社が抗議するからだと思う。
安いバスがトゥルムの街を走ると、お客さんはそっちに流れて、大手バス会社を利用する乗客が少なくなってしまう。
運賃の差は3倍ほどもあるし「同じテリトリーに入るな。営業妨害だ」と安いバス会社に圧力をかけてるんじゃないかな。

実はわたしたちは、トゥルムからどうにか安いバスに乗られないかと考えていた。
それで地元の人にも何人か尋ねたんだけど「ない」とか「ちょっと離れたところに立って、安そうなバスが来たら手を上げて止めるしかない」とか言われていた。
実際、通りを歩いていても安そうなバスを見ることはほとんどなかった。

こういうからくりがあったんだ。

トゥルムの街を過ぎてしばらくし、バスが止まった。
ここがこのバスのバス停っぽい。
お客さんが何人か乗ってきた。

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トゥルムの街の中心地からは車で5分くらいはかかったんじゃないかな。
もしトゥルムからパレンケ方面に安く行きたい人。
タクシーをつかまえて、このバス停まで連れていってもらってください。

バスはひたすら、一本道を走り続ける。
メキシコの広さを実感する。

メキシコの国土はおよそ200万平方キロメートル。
日本のおよそ5倍の広さ。
それなのに人口は日本とほぼ同じ。

だから街の規模も小さく、道路を走っていてもしばらく建物も何もないところが続く。

目的地に遅れて着きますように。
そう願っていたけれど、バスはほとんど停まることなく走り続けた。
安いバスだから何度も途中で停まって乗客を拾うかと思っていたら、そうではなかった。

午前3時半過ぎ、バスはとうとうパレンケに到着してしまった。

バスターミナルは、またしてもほったて小屋。
小屋は閉め切られ、外で待つことに。
暗いし人通りもない場所だけど、現地の人たちもこうやって待っているから怖いことはない。

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6時ぐらいになり、空が白み始めてわたしたちは動きはじめた。
メインストリートにはいくつかのホテルがある。
でも、どこも開いていない。

少し歩いてみたら、窓が開いているホテルがあった。
窓の隙間から中を覗くと、スタッフらしい男性がいる。

「ブエノス・ディア〜ス(おはようございます)」

呼びかけると、男性はドアを開けてくれた。

ツインルームで200ペソ(約1320円)。
部屋にはシャワー室がついている。
お湯が出るということだったけど、時間帯によっては水シャワーだった。

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太陽が昇ってから、撮った外観写真がこちら。
HOTEL YUN-KAX。
ホテルのスタッフは誠実そうな感じでいい。

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きょうの朝食は外で。
どうせなら、メキシコらしいものが食べたいよね。

おじちゃんたちが、丸いプラスチックの椅子に腰かけて何かをほおばっている。

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自転車にテーブルがついて、その上にはパラソル。
移動タコス屋さん!

まずはメインの具を選ぶ。
牛肉を焼いたものか、豚の煮込みか、鶏のささみか・・・。
そして、トッピングは自分で選ぶ。

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「トッピングは全部お願いします!」
「アロスも?」
「アロスも!?
 お願いします!」


アロスとはスペイン語で「米」。
薬味といっしょに米が並べてあるなんて、斬新。

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タコスの値段はひとつ8ペソ(約53円)。
ひとり3つずつペロリとたいらげた。

お腹が空いてたら10個くらい食べられそうだなあ♡
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ロサス・シエテの風変わりな住人

2016.07.25 06:23|メキシコ☞EDIT
最近結婚式に呼ばれていないから、久しぶりに参加したいイクエです。
現在わたしは36歳。
この年になると、同級生の結婚ブームは終わっている。
会社で働いていたときは同僚の結婚式に招かれることはあったけど、いまはない。
結婚式が続くときはご祝儀で金欠になるからちょっと嫌だけど、やっぱり結婚式に参加すると幸せな気持ちになる。
新郎新婦は微笑ましいし、みんな笑顔だし。
自分たちの結婚式も、楽しかったなあ。

カンクンのホテルゾーンで、青い海と高級ホテルを横目で見てダウンタウンの安宿に戻ってきたイクエとケンゾー。

高級ホテルにも憧れるけど、いまのわたしたちにはこのくらいがしっくりくる。
たくさんの日本語の本や漫画、テーブルの上に置かれた箸立て。
やっぱりこの感じ、落ちつくね〜。

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この安宿、ロサス・シエテには、スーツケースで旅行していて、ちゃんとマニキュアやアクセサリーをしているコギレイな女子たちも多い。
グアテマラのタカハウスにはやってこないような女子たち。
男の子たちも清潔感のある爽やか系男子が多い。
やっぱり、カンクンという土地柄からだろうか。

そんななか、異色な宿泊者がいた。
もちろん日本人。
「初老」と言っても怒られないくらいの年齢の男性。
お坊さんのように頭をまるめて、丸い眼鏡をかけている。
独り言をしゃべり、1人でにやけている。

若い子たちは、そのおじさんから距離をとっているのがわかる。

わたしはこういう不思議な雰囲気をもち、ほかの人から避けられているような人を見ると、ついつい話しかけたくなる。
ケンゾーにいつも注意される。
「面倒くさいから関わるのやめときなよ」と。

こういう人に一度でもこちらが話しかけると、その人は「待ってました」とばかりにおしゃべりになる。
そしてケンゾーに言われる。
「言ったやろ。やめといたほうがいいって」

おじさんは、キッチンでニヤニヤしながら調理していた。
板前さんが着るような、給食エプロンのような、白い服を着ている。
プロなのだろうか。

「本格的なお料理をされてますね」
「いやいや、本格的じゃないですよ。
 ラーメン作ってるだけです」

「でも、服がすごいじゃないですか。
 板前さんですか?」


男性はすごく嬉しそうにこちらを見つめた。
「まあ、日本ではちょっとやってましたね」
「料理人を?」

「中華です」
「中華のシェフ!
 すごいですね」


「ラーメン屋でした」

ラーメン屋をしていたという男性は、お手製のラーメンができあがるとダイニングテーブルへと運んだ。
ラーメンというよりも、見かけはチャンポンみたいに具だくさん。
ラーメン屋さんのラーメンとは似ても似つかない。
カニカマが浮いていた。
カニカマは近くの大型スーパーで売っていて、いつもカニカマ入りのラーメンを食べるのが日課だという。

席につき、給食エプロンみたいな服は脱ぐのかと思ったら、そのまま。
そして、丸いキャンドルをもってきて、火をつけて、どんぶりの横に置いた。

「いつもね、わたしはこうやって独りでもキャンドルをつけるんですよ。
 雰囲気出るでしょ。
 ひとり、ディナータイム。
 いまはランチですけどね、アハハ」


「雰囲気が出る」とおじさんは言ったけど、いまは昼間で明るい。
キャンドルの灯りは存在感なく、小さく揺らめていていた。

「おいしそうですね」と、わたしはお世辞を言った。
「食べてみますか?」と聞かれて、わたしの代わりにケンゾーが「ひとくち、いいですか?」と答えた。
スプーンの入ったどんぶりを渡され、ケンゾーがそのスプーンで汁をすくって口に入れようとしたら、おじさんがいきなり大声を出した。

「え!
 そのスプーン使うの、やめてくださいよ〜。
 向こうから自分の、もってきてくださいよ〜」

おじさんは顔に似合わず、潔癖性だった。

ケンゾーがスプーンを持ってきて、ひとくち食べる。
ケンゾーの第一声は「うまい!」でも「おいしい!」でもなかった。

「かっらーい!!」

おじさんがニヤニヤしながら言った。
「辛いんです。
 これがいいんです。
 ハバネロをたっぷり入れてますから」


ラーメンにハバネロを入れるなんて、邪道のような気がするけど・・・。
ほんとうにラーメン職人だったのだろうか。

おじさんは、はふはふ言いながらラーメンをすする。
丸めた頭にも、首筋にも汗が噴き出している。
もう、びしょびしょだ。

「・・・汗、すごいですね。
 辛すぎるんじゃないんですか」

「いや〜。
 毎日ハバネロの食べ過ぎて、完全に舌がバカになってますね。
 でもやめられないんですよぉ」


キャンドルとどんぶりと、滝のように汗を流す初老の男性。
すべてがちぐはぐで、不思議な光景。

「もう、ここは長いんですか?」
「この宿に来てからはそんなに長くないんですが、カンクンにはもう何年もいます」

「何をされてるんですか?」
「わたし、ミュージシャンなんです」

「ミュージシャン!?」
「カンクンでミュージシャンをしながら、生計を立ててるんです」

「歌うんですか?」
「尺八なんです」

おじさんは尺八奏者として、ホテルゾーンのホテルを毎晩渡り歩き、ディナータイムにレストランで演奏しているのだと言う。
シェラトンだったかハイアットだったか、すごく高いホテルにも出入りしているらしく、ホテル側からお金ももらえるし、客からチップももらえるらしい。
チップで100ドルとかくれる宿泊客もいるというから驚く。

「ラーメン屋だったのに、なぜ尺八を?」
「その前は日本で普通に働いていたんですよ。
 でもやってた会社が倒産して、それでいまこういう身になってるんです」


「海外で働きたいなら、日本語学校の先生とかの選択肢もあったでしょう」
「日本語学校の教師の免許ももってるんですよ」
「すごいじゃないですか」
「でも、いまは尺八です」

おじさんは見かけによらず、戦略的なことを考えて、実行している人だった。
おじさんは就業ビザを獲得している。
それでここに何年も住み、働くことができている。

昔はメキシコでは就業ビザは取りやすかったけれど、いまは取りにくいのだと言う。
メキシコ人たちが「外国人たちが自分たちの仕事を横取りしている。外国人を働かせるな」と政府に圧力をかけているから。
そこでメキシコ政府は、メキシコ国内の人材だけでは賄えない職に限ってだけ、外国人に就業ビザを与えるようにしたらしい。

「以前はね、キューバ人の音楽仲間もいたんですよ。
 でも、そいつらの演奏はメキシコ人にもできるってことで職を奪われたんです。
 だからわたしは尺八に乗り換えようって決めたんです。
 尺八なんてできるメキシコ人はいないから」


おじさんの尺八は我流。
独学で身につけたのだそう。

「もし、メキシコ人の尺八奏者が生まれれば、地位が危なくなりますね」
「そうなんですよ。
 それにもし、日本人の若いきれいな女性の尺八奏者が来たら・・・。
 わたしなんかよりその人になっちゃいますよね」


「どんな服で演奏してるんですか?
 着物を着るんですか?」

「これなんですよ」

おじさんは、いま自分が着ているペラペラの給食エプロンを指差した。
「自分で作ったんですよ。
 これ」


裾の長さが左右あってなくてとてもチープに見える。
これで高級ホテルで演奏しているというのが信じられない。
ドレスコードに一発でひっかかりそうな格好だ。

「下は何を履くんですか?」
「下はね、こっちのおばさんたちが着ているスカート」

「スカート!?
 どういうのですか?」

「いやあ、恥ずかしいんだけどね」

「見てみたいです!」
「見ますか?
 恥ずかしいなあ。
 笑わないでくださいよ」


おじさんは嬉しそうに部屋を出ていった。

「これなんですよ。
 どうです?」

しばらくして、部屋の向こうからおじさんの声がした。

登場したおじさんの格好に、わたしもケンゾーも言葉を失った。

なに。
それ?

おばちゃんの寝間着のような、花柄のゆったりしたロングスカートだった。
花柄と言っても、着物の柄のようなものではない。
赤や緑、黄色など派手な色の大柄。
テーブルクロスみたい。

給食エプロンの下に、花柄のロングスカート。
おじさんは、すごい美的感覚の持ち主だ。

「着物っぽいでしょ」
「いやぁ〜。
 それですか・・・。
 でも、アメリカ人とかそれを着物と勘違いして『アメイジング』って喜ぶかもしれないですね・・・」

「そうなんですよ、アハハ」

「でも、お客さんにはたまに日本人もいるでしょ」
「そう、いるんです。
 日本人のお客さんには失笑されますね。
 そのときは、恥ずかしいですねえ。

 海外の人は10ドルとか20ドルとかチップくれるんですよ。
 でも日本のお客さんは、手にお金を握りしめて最後にわたしのところに来てくれるんです。
 『頑張ってください』と言って、チップを渡してくれるんです。
 そのチップを見るとね、1ドルとかなんですよ。
 アハハ」


海外の人には、おじさんは日本人の一流尺八奏者に見えても、日本人にはお金に困ってがんばってる流しの人にしか映らないのかもしれない。

おじさんはお昼にハバネロラーメンを食べて夕方前にホテルに出勤し、夜遅くない時間に帰ってくる。
おじさんが選んだ自分らしい生き方。
自分で道を探し、切り開き、運をつかんで、自由に生きている。

人間、なんとかなるもんなんだなあ。
どうやっても生きていける。
大丈夫。

帰国してからの生活に不安があったけど、おじさんに背中を押された気がした。

おじさんは、楽しそうだ。

ありがとう、おじさん!

これからもダウンタウンの安宿からホテルゾーンの高級ホテルに出勤し、尺八を披露して、おもしろい生活を送ってくださいね。
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人気のカンクンビーチ ハリケーンに負けず

2016.07.24 06:35|メキシコ☞EDIT
お腹が空いたら豆乳を飲んで空腹を紛らわせているイクエです。
もちろん3食はしっかり食べてますよ。
お米の量は控えめにしています。

セノーテにビーチに遺跡と、トゥルムの滞在を楽しんだイクエとケンゾー。
つぎに目指すのは、メキシコ屈指のリゾート地、カンクン

カンクン

最後までドミトリーの同室のヨーロッパ人バックパッカーに「カンクンなんて行くところじゃないよ。ホテルは高いし、都会なだけ」と言われながらも、出発。
カンクンはお金がないと楽しめないことはわかっているけど、一応カンクンのビーチも見ておきたいからね。

トゥルムからカンクンまではバスで2時間半ほどの距離。
直通バスもたくさんあるけれど、ミニバスを乗り換えたほうが若干安いということでミニバスに乗る。

トゥルムとカンクンとの中間地点プラヤ・デル・カルメン行き。
運賃はひとり40ペソ(約264円)。

a_DSC_8521.jpg

このプラヤ・デル・カルメンも旅行者に人気の場所。
カリブ海に面した街で、ホテルやおしゃれなレストランがたくさんあるのだそう。
ここから船に乗って、メキシコで3番目に大きいコスメル島に行くこともできる。
コスメル島は珊瑚礁のきれいな海で、ダイビングスポットとして世界的に知られている。

お金と時間に余裕があるのなら、ぜひコスメル島に行ってみたいけど、トゥルムでじゅうぶん楽しんだしお金も使ったのでここは素通り。

プラヤ・デル・カルメンのミニバスのターミナルでカンクン行きのバスに乗り換える。

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ここまで来るときは何も言われなかったんだけど、どうやらわたしたちが大きな荷物をもっているから車内のスペースを確保しないといけないらしく、カンクンまでの運賃を少し余分に取られることに。

わたしとケンゾーだけでなく、これからカンクンの空港に行くというメキシコ人のお兄さんも大きなスーツケースを抱えている。
お兄さんは英語がとても堪能で、わたしたちと車掌の間に入ってくれて交渉して訳してくれた。
お兄さんに言われた通り、ふたりで85ペソ(約561円)を支払う。

トゥルムを出て2時間半。
カンクンに到着。
ちなみにミニバスのバスターミナルは、大手バス会社ADOのバスターミネルのすぐ近くだった。

a_DSC_8523.jpg

ここがカンクン?
こんな感じのところなの?
海は?

カリブ海のリゾート、カンクンの街は、イメージしていたものと違った。
リゾートの雰囲気はないし、大型ホテルがたくさんあるわけでもない。
まあまあ都会の普通の街。

カンクンは、Zona Hotelera(ホテルゾーン)とCentro(ダウンタウン)にハッキリ分かれている。
ホテルゾーンは、カリブ海と入り江に両サイドを挟まれた細長いビーチでここに高級ホテルがひしめき合っている。
現地の人たちは、ホテルで働いていない限り、ほとんど行かないところ。
いっぽうダウンタウンは、カンクンで暮らす人たちの日常生活の場であり、庶民的な街の中心地。
ホテルゾーンとダウンタウンは雰囲気も物価もそこを歩いている人たちも全然違う。

トゥルムでヨーロッパ人バックパッカーが「カンクンは行っても楽しめない」としきりに言っていたのが理解できる。
カンクンでは、ビーチに挟まれたホテルゾーンに泊まってお金を使ってバケーションを過ごすことが正しい過ごし方なのだ。

もちろんイクエとケンゾーが泊まれるようなホテルはダウンタウンにある。
バスターミナルから歩いていける場所。
日本人宿の「ロサス・シエテ」。
住宅地にあって、宿とは分からないたたずまい。

a_DSC_8525_20160722142956877.jpg

チャイムを押すと、鉄製のドアが開いた。

穏やかそうな、日本人のオーナーが迎えてくださった。

この宿にはドミトリーと個室があり、個室は数が少ないので満室のことも。
ドミトリーのほうが安く、ひとり150ペソ(約990円)。
キッチンもあり、無料の朝食付き。
ドミトリーは男女別なので、イクエとケンゾーはきょうは別室に。

a_DSC_8526_20160722142957c8a.jpg

ドミトリーの部屋は日光が入り、開放的で清潔。

この宿に泊まるメリットは、日本人の旅行者がたくさん出入りするので、旅の情報交換ができる。
それにオーナーが旅の相談に乗ってくれるし、ここでメキシコのツアーなどの手配も行なっているので、旅行に不安がある人はここに泊まるのもいいかも。

でも、せっかくカンクンに来たのなら100ドルくらい余分に払ってホテルゾーンに泊まるほうがいいと思う。
わたしとケンゾーはトゥルムでもうビーチは満喫したし、次の目的地までカンクンから安いバスが出ているので1泊だけ立ち寄る、という感じ。
だから、ダウンタウンの安い宿でもよかった。

ホテルゾーンに泊まっていないからといって、ビーチで遊ぶ資格がないわけじゃない。
さあ、ビーチに繰り出すぞ〜♫

ここからビーチに行くには、路線バスで30分はかかる。

カンクンのホテルゾーンはこんなふうに細長いところ。
内陸部がダウンタウン(セントロ)。
ロケーションが全然違うし、離れてるでしょ。

ホテルゾーン

しばらくバスに乗っていると、続々とホテルが見えてきた!

どでかいホテルがどーん、どーんと続いている。
道路から建物の入口まで遠くて、いかにも高そうなホテル。

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ひとつのホテルを通り過ぎたかと思うとまた別のホテル。
たぶん100件はあるんじゃないかな。
どれも客室が多そうだし、カンクンでどれだけの旅行者を収容できるんだろう。

日本でもおなじみ「Hard Rock Cafe」のホテルまである。

a_DSC_8567_201607221459559da.jpg

ホテルゾーンは細長い半島のような地形をしていて、全長はおよそ20キロ。
海の中にまっすぐ道路が延びていて、ホテルやショッピングセンターが横並びに続いている。

狭い土地を活用して、ホテルの建物と道路の間に強引にゴルフ場を作っているホテルも。

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大きなホテルの建物の向こう側に海があり、ビーチが広がっている。
ホテルの敷地に入らないとビーチが見えない造りになっている。
このホテルゾーンに面したビーチはほとんどがホテルのプライベートビーチ。
つまり、宿泊者専用ビーチで、泊まっていない人は立ち入ることができない。
でもそのプライベートビーチに挟まれるようにして、いくつかの公共ビーチが存在している。
誰でも入ることができるし、もちろん無料。

バスがお目当ての公共ビーチで止まった。

「おぉー!
 きれいやん」

「カンクンのビーチ、やっぱりすごいね」

a_DSC_8527_2016072214302799c.jpg

砂浜には滑り台やブランコなど遊具まである。
パラソルもあって、無料で使えるみたい。
それにきれいな更衣室やシャワー室も。

向こうから黒く厚い雲が迫ってきている。
もう少しすると、にわか雨がやってくるかもしれない。

海の色は、空の色に影響を受ける。
こんな暗い空の下でも、海の色が異様に鮮やかな青で、カンクンの海の美しさにため息が出る。

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まだ雲が迫っていない方角は、空の色は明るく、心なしか海の青も淡い。

ビーチ沿いにはびっしりと高級ホテルが並んでいる。
ホテルの前のビーチはすべてそのホテルのプライベートビーチ。
やっぱりここは、一大リゾート地。

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これだけ多くのホテルがあり、たくさんの観光客がいるのに、泳いでいる人はそれほど多くない。
というのも、海の色はきれいだけど、シュノーケルには向いてなさそうだから。
波が高いし、細かい砂が水中で舞って透明度はそこまで高くない。
魚もそんなには見えないんじゃないかな。

だから旅行者たちはビーチに寝っ転がって、波の音を聞きながらリラックスしたり、パラセーリングやバナナボートを楽しんだり。

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シュノーケルを楽しみたいなら、ボートに乗って沖のほうに行くか、近くの「イスラ・ムヘーレス」という島に渡るといいみたい。

カンクンのビーチからは、お魚じゃなくてお姉さんたちのセクシーショットを楽しめるよ。

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この美しい砂浜は、実は人の手が加わったもの。
カンクンは9月から10月にかけてハリケーンに見舞われる。
そのたびに何キロも続く海岸がえぐられ、砂が流されてしまい、ビーチが消失した。

2005年には史上最大規模のハリケーン・ウィルマがカンクンを襲い、ホテルも吹き飛ばされビーチも無残な形になったのだそう。
メキシコ政府はおよそ3億5000万ペソ(当時、約37億円)かけて大量の砂を沖からもってきて埋め直したという。

それから2年後の2007年にもハリケーンで被災し、ビーチの3分の1がえぐられてしまった。

カンクンでは観光業に携わっている地元の人たちが多い。
美しいビーチと以前のようなホテルを取り戻すことが政府の使命。
ハリケーンのたびにビーチが作り直された。

今のカンクンは、ハリケーンで被災した事実がまるでなかったかのように、美しく再生されている。
世界中からの観光客たちを迎えている。

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けっきょくイクエもケンゾーも海では泳がなかった。
波も高いし、ビーチから海を見ているだけで満足した。

帰ろうとバスに乗ろうとしたら長蛇の列。

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でも、みんなバスを待っているわけではない。
お目当ては、これ。

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ここ、公共ビーチのPlaya Delfines(ドルフィン・ビーチ)には「CANCUN」のかわいいモニュメントがあって大人気。
ビーチで遊ぶのではなく、ここで写真を撮るためだけにやってくる人たちも多いみたい。

みんな、どのアルファベットの前に立つか、どんなポーズがいいか試行錯誤。
まわりから観察してるとおもしろい。

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何度も襲うハリケーンに負けずに、たくさんの観光客を迎え入れているカンクン。

カラフルな文字の「CANCUN」の前で、こぞって写真を撮っている人たちを見ていると、カンクンはこれからもハリケーンに負けずに人気リゾート地として存在し続けるんだろうな、と思えた。
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「グラン・セノーテ」を上回る「ドス・オホス」

2016.07.23 05:57|メキシコ☞EDIT
土用の丑の日を前に、うなぎを食べに行ったイクエです。
ちゃんと鰻屋さんに入って食べたのは何年ぶりだろう。
タモリさんが「日本一おいしい」と絶賛しているという吉塚うなぎ店。
順番待ちして、おいしい鰻にありつけました。

きょうはセノーテダイビングの最終章。
きのうは水中に雲海が広がる「ピット」をご紹介。
イクエとケンゾーが最後に潜るのは「ドス オホス(DOS OJOS)」というポイント。

「DOS」とは、スペイン語で「ふたつ」という意味。
「OJOS」は「目」。

わたしたちのインストラクターがタンク4本背負ってピットのトンネルを潜って、たどり着いたのがこのドス・オホス。
ピットとドス・オホスは水中でつながっている。

つながっていると言っても、距離は何キロもある。
潜るには特別なライセンスと高い技術がいる。
もちろんわたしたちは、車でドス・オホスに移動。
それなりの距離があった。

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ドス・オホスは、ピットと違ってシュノーケリングでもじゅうぶん楽しめる場所。
日本人の旅人にはグラン・セノーテが人気だけど、ドス・オホスのほうが欧米人には人気かもしれない。
敷地内には、ドス・オホスのTシャツなどオリジナルグッズを販売するお土産屋さんやカフェがある。

ドス・オホスのほうがグラン・セノーテよりも暗い洞窟のような部分があったりして、アドベンチャー要素は強いんじゃないかな。
シュノーケルをする人は、せっかくなのでふたつとも行ってみるといいと思うよ。

ドス・オホスを上から見た地図。
水色の部分が外気に面していてシュノーケルを楽しめるところで、藍色が洞窟のようになっていてダイビング専用のエリア。

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外気に面している部分は、2つに分かれている。
だからシュノーケルの人は、ひとつの場所で泳いだら、いったん外に出てしばらく歩いて移動し、ふたつめの場所で泳ぐことになる。
地上から見えているのは、「ふたつの目」。
実際には、このふたつの目は水底でつながっていて、ダイビングの人は潜ったまま移動することができる。

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入口は洞穴のようになっている。

遠くから見ると薄暗そうに見えたけど、近づくと水はクリアブルーの美しい色をしていた。

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ここ、メキシコのユカタン半島にはたくさんのセノーテが存在している。
その数、3000とか7000とも言われている。

ユカタン半島は40万年前に珊瑚礁が隆起してできた大地。
地下にしみ込んだ雨水によって、石灰岩が何万年もの時をかけて侵食され、地下に洞窟ができた。
そしてその洞窟の天井が陥没したところをセノーテ(泉・井戸)と呼び、わたしたちはそこから地下の水場へと入り込めるようになっている。

ユカタン半島にはほとんど川がないけど、代わりにこのセノーテが、昔から貴重な水源になっていたのだそう。

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ドス・オホスはグラン・セノーテよりも人が多い。
でも、入口は2つあるし面積も広いので、人が多いことは気にならない。

体を水中に沈める。
さっそく光のカーテンに包まれる。

a_GOPR5829.jpg

下から見ると、シュノーケルをしている人たちの足が見えておもしろい。
空に浮かんでいるみたい。

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この前グラン・セノーテの記事で、人がまだ多くない朝イチの時間を狙うならカンクンよりもトゥルムに泊まったほうがいいって書いたけど、もちろんカンクンからもグラン・セノーテやドス・オホスへの日帰り旅行はできるよ。
この前の記事でコメントをくださった方がいて、その方はカンクンを朝早く出て、まだ混んでない時間帯にグラン・セノーテに着いたのだそう。

カンクンからトゥルムまではバスで2時間半くらい。
そこから各セノーテにはタクシーで行くことになると思うから、3時間以上は見ておいたほうがいいんじゃないかな。

季節によってオープン時間は変わるかもしれないけど、だいたい朝8時にセノーテはオープンするので、逆算してカンクンを出発してきてくださいね。

朝イチにカンクンを出てきたら、グラン・セノーテとドス・オホス、がんばればふたつとも楽しめると思う。

がんばりたくなくて、ゆったりセノーテを楽しみたい方は、トゥルムでの宿泊をお勧めします。

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光のカーテンから徐々に離れ、光の届かない世界に突入していくわたしたち。

こころがザワザワ。
冒険心がくすぐられる。

ライトが当たらないところは、真っ暗でそこに何があるのかもわからない。
闇を切り開いて、ぐーっと進んでいく感じ。

02.png

ライトを照らすと輝く鍾乳石が、突然姿を現す。
宝物が眠っていそうな場所。

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実際、宝物が眠っている可能性も大いにある。
というのもマヤの時代、貴重な水源だったセノーテは聖なる場所とされていた。
そこには生け贄や貢ぎ物が捧げられた。

いくつかのセノーテからは人骨や石器などが見つかっている。
ヒスイや貝殻などの装飾品が見つかっている場所もある。

セノーテを調査している考古学者たちによると、干ばつのときセノーテに生け贄を捧げて雨を降らせてほしいと祈っていたんじゃないかということ。
850年から1250年ごろのことと推測されている。

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見えなかった水面が、頭上に見えてきた。
そこからシュノーケルをしている人たちのフィンが見える。

インストラクターが水面に浮上し、わたしとケンゾーも真似をする。

顔が水面に出て、外気に触れた。

08.png

キィーッ!
キィー、キィー、キィー。

甲高い鳴き声。

そしてサー、サーっとかすめる無数の影。

コウモリが飛び交っていた。

ここだって、ライトで照らさなければ真っ暗。
コウモリたちにふさわしい寝床。

10_201607220945199c6.png

シュノーケルの人たちがいるということは、近くに泳いで入れる入口があるということ。
ドス・オホスでは、ダイビングじゃなくシュノーケルでも、こんなアドベンチャーを味わえる。

防水ライトがあったほうが絶対楽しめるよ!
入口でレンタルもあるかも。

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シュノーケルの人たちをガイドが水中に案内するツアーにも入口で申し込めば参加できるみたい。
そのツアーに参加すれば、ライトもあるし不安もないから楽しめると思う。
ドス・オホスでは、がんばってエアードーム(鍾乳洞にできた空気のある空間 顔を水面に出せるところ)まで泳ぐとすごくワクワクする。

また海中へと体を沈ませていく。
シュノーケルの人たちの下へ下へ。

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ここから見ると、シュノーケルしている人たちが空高く浮いてるみたいでおもしろけど、シュノーケルしている人からすると自分の真下にダイバーたちが飛んでいるみたいに見えるからおもしろいんだって。

イクエとケンゾーの今回のダイビングは、ピットで1本、ドス・オホスで2本の計3本。
ドス・オホスはふたつの入口があるので、一度潜った後にあがって、歩いてもうひとつの入口に移動し、新しいタンクに変えてもう1本潜ることになっていた。

でも「1本潜った後にまだタンクにじゅうぶんなエアーが残っていて体力もあるなら、そのまま2本目も続行し、地下を潜ったまま移動しよう」と言われていた。

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1本目が終わり、一度水面に顔を出した後、インストラクターがわたしたちのエアーの量と体力を確認した。

エアーは女性よりも男性のほうがたくさん消費しやすい。
水の中ではケンゾーよりもわたしのほうが手足をばたつかせていてたくさんエアーを使っているようだけど、だいたいいつもケンゾーのほうが早くエアーがなくなる。

今回は、わたしもケンゾーもエアーをあまり使わずに、上手に潜ることができているみたいだった。

「ふたりともすごくスムーズについてきてるし、いい感じだよ!
 体力が大丈夫なら、このまま潜ろう」

インストラクターがにこやかにわたしたちを褒めてくれた。

海水ではないセノーテのダイビングは、海で潜るよりも難しいと聞いていた。
でも、わたしにとっては海よりも断然セノーテのほうが潜りやすい。
海だと波があるので流されやすく、わたしはみんなについていくので必死だ。
でもセノーテなら流れがないので、ただ水の中を漂っていればいい。
それに、透明度が高いので見通しがよく、水の中にいることを忘れてしまう。
まるで鍾乳洞の中を歩いているような不思議な感覚になる。

それからわたしたちは、ふたたび水の中に潜り、さっきとは別のコースを探検した。

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2日間かけてセノーテでのシュノーケリングとダイビングを満喫した。
もうお腹いっぱい、と言いたいところだけど、全然飽きない。
ダイビングできるセノーテはまだまだたくさんあるから、機会があればまた潜ってみたいなあ。

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きのう紹介したピットときょうのドス・オホスの映像です。
良かったらごらんください。



幻想的なセノーテも楽しんだし、アクマルビーチでカメと泳げたし、開放的な遺跡を散策できたし、メキシコ最初の地、トゥルムを大満喫。

さて、つぎに行くのは大人気のあのリゾート。

ハネムーンで行く人も多い、カンクン!
カンクンのビーチの美しさはいかほど?
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ついにPIT(ピット)ダイビング セノーテを探検しよう

2016.07.22 08:58|メキシコ☞EDIT
なるべくエアコンに頼らず夏を乗り切ろうとしているイクエです。
部屋にいるときは窓を開けて扇風機。
それでも猛暑で眠れなくなったらエアコンに頼ろうかな。
みなさんは、どんな暑さ対策をしていますか?

きのうは、PIT(ピット)の中までご紹介できずにすみませんでした!
帰国してから、ケンゾーは毎日仕事でブログをわたしが担当してるんだけど、毎日更新っていうのは難しい。
でも、わざわざ毎日このブログをチェックしていただいている方々もいて、記事は短くても更新は続けていきたいなあと思っています。

お待たせしました。
さあ、いよいよセノーテの水中世界へ。

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地面から水面までは10メートルはあるだろうか。
こんな急な階段を下りていく。
ウェットスーツに身を包み、背中には大きなタンク。
バランスを崩さないように、ヒヤヒヤしながら「ふぅ、ふぅ」と下りていく。
足を踏み外したら大けがをする。

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たどり着いてひと安心。

タンクには、中のエアーがあとどのくらい残っているか計測する、「ゲージ」とよばれる残圧計が取り付けられている。
通常の海のダイビングでも、タンクのエアーが途中で切れるのを防ぐために目盛りが少なくなると、水中でインストラクターにジェスチャーで知らせるルールがある。
空気が残り少なくなれば、ダイビングをやめて浮上する。
ダイビングの上級者ほど無駄な空気を使わずに長い時間潜ることができる。

セノーテのダイビングでは、海と違ってすぐに水面に浮上することができない。
なので、通常よりも余裕をもって行動しないといけない。
残りのエアーが半分くらいであっても、インストラクターに知らせるように教えられた。

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ずっしりとくるタンクとワクワクとドキドキを抱えて、セノーテに飛び込む。
さっきまで穴の上から水面を見下ろしていたけれど、今度は水面から穴を見上げる。

地上と別世界の出入り口が、頭の上でぽかんと口を開けている。

a_G0015523.jpg

水面に浮かんだままの3人。

手でOKの形をつくり、首を傾けるインストラクター。
わたしもケンゾーも、うなずきながらOKの合図を送る。

インストラクターが指を下に向けた。

潜行開始。

12_20160722072842121.png

大きなスポットライトがまっすぐに降り注いでいる。

グラン・セノーテでは、細いスポットライトや横長い光のカーテンがいくつも降り注いでいたけれど、ここはでっかくて大きなスポットライトがどーんと光を水底に向けて当てている。

11_201607220728415d8.png

シュノーケルやダイビングをするようなセノーテは透明度100メートル、なんて言われている。
美しい海でも透明度30メートルくらいなのに、100メートルというのはすごい。
海と違って流れもないし生物もそんなにいないから、当然と言えば当然。

それなのに、下へ下へと潜っていくと視界を遮るものがあった。

インストラクターが「雲のようなもの」と表現していたものだ。

煙のようなもくもくとしたものが漂っている。
雲の上を飛んでいるような気分に。

ケンゾーが目を大きくしてキョロキョロ。
ケンゾーのテンションが上がっているのがわかる。
男の子(注:実際はおじさん)だもんね。
男の子は「だいぼうけん」好きだから。

インストラクターが雲の中へと突入していく。
わたしたちもそれに続く。

04.png

雲海の中から枝がニョキっと出ている。
不思議な空間。

この雲の正体は硫化水素。

通常のセノーテは、淡水でできている。
でもこのセノーテは、トンネルのような細い横穴が続いていて海水が混ざっている。

その淡水と塩水が交わる部分をハロックラインと言うのだそう。
木の枝や落ち葉などが溶けたときに、この白い硫化水素を発生させて、淡水と塩水の間に層をつくるらしい。

硫化水素の雲の中に入る。
最初は、水の中に飴を入れるとモヤモヤとしたものが見えて溶けていくのがわかるみたいに、目の前が透明のモヤモヤになった。
そのモヤモヤが今度は煙みたいになった。

06.png

インストラクターやケンゾーの姿を見失いそうで怖い。

潜る前に言っていたインストラクターの言葉を思い出す。
「視界が遮られて方向感覚を失うから注意して」

そして、あの言葉も思い出す。
「硫化水素は毒だから」

目はマスクで覆っているし、口にはレギュレーターを咥えているから、このままだと害はない。
でも、万が一マスクに水が入ったり、レギュレーターが故障したりエアー切れになってレギュレーターを外さざるを得なくなったら・・・。

ゾッとする。

ハロックラインを抜けると、水は透明になった。
ちょっとホッとする。

しばらく雲の下で遊び、また雲を飛び越える。

a_GOPR5559.jpg

淡水と塩水が混じり合うこのセノーテ。
雲のようなハロックラインが存在していること以外にも、もうひとつ特徴がある。
それは、水の色が緑になったり、青になったりすること。

01.png

わたしたちに地上の光を届けてくれるスポットライト。
さっきまでは緑色だったのに、ここでは青に。

05.png

今度は横穴のトンネルへと進んでいく。
ここには天空からのスポットライトは届いていない。
待ち受けていたのは漆黒の世界。
手に持ったライトだけが頼り。

09.png

この横穴は、完全にわたしたちがイメージする鍾乳洞だった。
水に潜りながらこんなふうに鍾乳洞の中を突き進んでいくと言うのは不思議な感覚。

つららのような尖った鍾乳石が天井にびっしりぶらさがっている。

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ライトを当てた部分だけが、ぬわっと姿を現す。
右側をライトで照らしていたら、気づいたら左側に鍾乳石が迫っていたり。
ぶつかりそうになる。

a_GOPR5636.jpg

インストラクターはこの真っ暗で細長いトンネルを、タンクを4本も抱えて3時間かけて進んでいった経験をもっている。
孤独で怖い。
正真正銘のアドベンチャーだと思う。

10_2016072207283940e.png

ミステリアスで幻想的なセノーテの探検。
そろそろ、地上に戻る時間。

大きな光の口が、わたしたちの帰りを待っている。

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インストラクターがタンクを下ろし始めた。
普通はタンクを背負ったまま水面に出るけど、重すぎるから。
インストラクターはタンク2本を担いでいる。
水中だと浮力で軽くなってそれも可能だけれど、このまま陸に上がるなんて、無謀な話。
水中でタンクをおろして、水面からさがっているロープにくくり付ける。

a_GOPR5668.jpg

水中から顔を出すと、鮮やかで明るく、音のある世界が私たちを包んだ。
別の惑星から地球へと生還した感じ。

「いやぁ〜。
 すごかったねえ」

ケンゾーが満足げに言った。

わたしたちが知っている地球とは違う空間だった。
地上の風景とはまるっきり違って、現実感が沸かない。

セノーテダイビング、おもしろいなあ。

このあと、また別のポイントでもわたしたちは潜ることにしている。
ポイント名はDOS OJOS(ドス・オホス)。
「2つの瞳」という意味。

どんな美しい瞳をしているのか。

あしたは、ダイビングの映像とともにお伝えします♪
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今までで最強のダイビングインストラクターに出会った!

2016.07.21 06:38|メキシコ☞EDIT
最近、育ち盛りの中学生なみにご飯やおかずをおかわりする夫に、複雑な心境のイクエです。
食欲おう盛なのはいいんだけど、中年太りにならないようにしないと。
ケンゾー、お腹がたるんできています。

グラン・セノーテで幻想的な海中散歩を楽しんだイクエとケンゾー。
シュノーケルでも十分美しかったけど、それに飽き足らずダイビングをすることに。

トゥルムの街にはたくさんの旅行者が訪れるので、ダイビングショップはいくつもある。
前日、7件くらいのダイビングショプをまわり、値段やサービス内容を聞いて、ふたりが選んだのはこのショップ。

インストラクターはチリ人のイカツイ男性。
坊主で髭を伸ばし、腕にはタトゥー。
がたいがよくて、彼の車でかかる音楽はクィーンやストーンズなどの王道ロック。

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インストラクターは、セノーテのダイブの魅力にハマり、チリから引っ越してこのトゥルムの近くの街プラヤ・デル・カルメンで奥さんと生活しているのだそう。
ほぼ毎日、お客さんをセノーテのダイビングに連れていってるんだって。

ダイビング料金は、2本潜って2450ペソ(16170円)。
ドル払いだと150ドル。
もちろん車の送迎や軽食、器材のレンタル代も含まれている。

セノーテは海でのダイビングよりも高い技術が必要とされ、危険が伴う。
理由はいくつかある。

塩水じゃなく真水なので浮きにくい。
光の届かない真っ暗なところを懐中電灯を頼りに進む。
狭い洞窟を進んでいく。
海だと浮上すれば水面にあがって空気を吸えるけど、そうはいかない。
洞窟になっているので天井まで水があって海中で緊急事態が起きても急浮上できない。
などなど。

ダイビングにはいろんな種類のライセンスがあるけれど、セノーテでインストラクターとして潜るには、ケーブ(洞窟)ダイビングのライセンスがないといけないんだって。
ちなみにケーブダイビングのライセンスを取るには、セノーテがたくさんあるトゥルム周辺がふさわしく、世界中からダイバーたちがライセンスを取りにここにやってくるのだそう。

「ここでケーブダイビングのライセンス、取るといいよ〜。
 おもしろくって興奮するよ!」


インストラクターは目を輝かせてイクエとケンゾーを勧誘するけど、そんなケーブダイビングのライセンスを発揮できる機会が、セノーテ以外でそうそうないんじゃないだろうか。
日本でも海の中の洞窟みたいなところは何度か入ったことはあるけど、洞窟だけっていうのはない。

セノーテのダイビングでは、海のダイビングよりも危険が伴うので、1人のインストラクターが何人もを引き連れることはできない。
だいたいは、2人に1人のインストラクターがつく。
実際現場に行くと、1対1の人たちもいた。

さらに、インストラクターはエアーのタンクを2本背負って潜る。
なぜなら、海だとタンクの空気が切れたら、そのまま浮上して海面に出て、外の空気を吸えばいい。
でも洞窟の中ではそれができない。
だからインストラクターは万が一のことを考えて、余分にタンクを背負って潜らないといけない決まりになっている。

そういうことを考えると、ダイビング2本の値段が150USドルというのは決して高くないと思う。
ちなみにガラパゴスの海でのダイビングが同じ値段だった。

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車は幹線道路を外れて、両脇に木が鬱蒼と茂るオフロードの道を進んでいく。
サルとかいろんな野生動物が出てきそうだけど、もういまの時代は動物たちは生息していないのだそう。

いくつもあるセノーテでイクエとケンゾーがいちばん潜りたかった場所がピット(EL PIT)というポイント。

ダイビングショップによって、その日に潜るポイントが違う。
イクエとケンゾーがこのショップに決めた大きな理由は、このピットに連れていってくれるから。

セノーテはそれぞれ入場料を払わないといけないけど、入場料もダイビング料金に含まれている。

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車から降りて、すぐにセノーテを確認しに行く。
ジャングルの中に、ぽっかりと陥没しているようなところがある!

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EL PITという名のこのセノーテ。

PITとはズバリ、「穴」という意味。
このセノーテは、垂直に深く落ち込んでいる縦穴が特徴的。
だから、グラン・セノーテのようにシュノーケルで横に泳ぎながら楽しむ、ということはできない。
泳ぐのではなく、下へ下へと潜っていく。
ダイビングでしか入れないポイント。
だから、どうせダイビングするならここに来たかった。

真上から、水面の下をよく見るとフィンやタンクがチラチラ見える。
今まさに、潜っている人たちがいた。

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このセノーテは深さ40メートル以上。
わたしたちは30メートル以上まで潜る予定。

ダイビングのオープンウォーターのライセンスだけでは水深18メートルまでしか潜れない。
それより深く潜るには、アドバンスのライセンスが必要。
イクエとケンゾーはアドバンスのライセンスを日本で取っているので、ここでダイビングができるのだった。

とはいえ、あまりダイビングが上手ではないイクエ。
海とは状況が違うセノーテで、トラブルなく潜れるだろうか。

でも、インストラクターがついていてくれる。
インストラクターが見るのは、イクエとケンゾーだけ。
迷子にはならないだろう。
きっと、大丈夫。

設置されている案内板の前で、インストラクターが説明を始めた。

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「一番上が穴の入口。
こんなふうに40メートル以上の深さに広がってるんだ。
左側に細い穴がトンネルのように横に何キロも延びている。
このトンネルの入口のところにも行ってみよう。
 
縦穴の中央あたりに白い線の帯があるだろう。
そこは雲みたいに、もやもやとしているところでおもしろいよ。
でも雲の中に入り込んだときのように、まわりが見えなくなって方向感覚を失いやすい。
パニックにならないように。
そのまま下へと潜っていけば、そのゾーンを抜け出せて、また水がクリアになるから。

雲を境に、水の色が緑と青で違うんだよ。
神秘的だ」

インストラクターの説明の通り、この大きな縦穴には狭い横穴がつながっている。
そのトンネルのような横穴は、このあと潜ることにしている別のポイント「ドス・オホス」というセノーテまで続いていると言う。
たしか、4キロくらいって言ってたかな。

なんと、このインストラクター、光の届かないそのトンネルをタンク4本抱えて、3時間かけて潜ったことがあるんだって。
タンク1本背負うだけでも潜りにくいのに、4本って。
しかも3時間も。
イクエとケンゾーが海で潜るときは、長くて45分くらい。

トンネルだから途中でアクシデントが起きてもどうすることもできない。
また同じ時間をかけて引き返すか、それとも先に進むかしかない。
ほんとうの「冒険」だと思う。

でも、それにチャレンジしてみたくなるインストラクターの気持ちもわからないでもない。
波もない静かな漆黒の水の中を、ライトの灯りを頼りに進んでいく。
地上の世界から切り離された空間で、孤独だ。
でも、ワクワク、ゾクゾクすると思う。

さあ、ウェットスーツを着て、いよいよそのセノーテへ。

と言いたいところだけど、もう時間がなくなったのでセノーテの中の様子は次にお伝えします。
ごめんなさい!

水中になぜ雲みたいなものが存在しているのか。
その正体は?
水の色が緑と青に変わるってどういうこと?

その答えも、あした説明しますね。
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トゥルム遺跡が欧米人に人気の理由

2016.07.20 06:32|メキシコ☞EDIT
ようやく九州が梅雨明けして、ホッとしているイクエです。
地震で地盤が緩んだ熊本では、がけ崩れが発生していたから心配でした。
3連休、福岡は晴れていました。
みなさんいい休日が過ごせたんじゃないでしょうか。

セノーテ以外のメキシコ・トゥルムの観光地。
それは、トゥルム遺跡

トゥルム遺跡はトゥルムの街からちょっとだけ離れている。
イクエとケンゾーは歩いたけれど、ミニバスに乗って途中下車してもいいよ!
レンタサイクルでやってくる人も多い。

入場料は65ペソ(約430円)。
遺跡の入場料としては、良心的な値段。

エントランスから先は、ジャングルみたい。
まだ、遺跡は見えない。

このトゥルム遺跡、若い観光客が多い。
そして、みんなラフすぎる格好をしている。
上半身はだかとか。

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女の子たちも薄い生地の裾の短いワンピースやショートパンツ。
Tシャツの下からうっすら見えるのは、ブラジャーじゃないよ!

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このトゥルム遺跡、マヤ文明の末期に造られた城壁都市。
13世紀から15世紀に栄えた街だと言われている。
城壁都市なので、周囲はこんな石の塀に囲まれている。

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もともと「トゥルム」とは、現地の言葉で「フェンス」とか「壁」「溝」っていう意味があるんだって。

石の塀には木々が絡み付いて、時間の流れを感じさせる。
枝や根っこが四方八方に伸びて、異様な形。

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塀のところから見えたのは遺跡ではなく、こんな壮大な景色!
吸い込まれそう~。

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トゥルム遺跡は、海に面していない三辺を強固な壁で囲み、敵の侵入から守っていた。

壁はおよそ8メートルもの厚さがあり、建築にはたくさんの労力と時間が費やされた。
この城壁都市に、当時は1000人から1600人の人が暮らしていたんだって。

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立派な外階段が2階へとつながっているのは、中央神殿。
高さはおよそ7.5メートル。
マヤの神殿は、古い建物の上にさらに新しい神殿を増築しているのが特徴で、この神殿にも段階的に造られた跡がうかがわれるのだそう。

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神殿の入口の上にはレリーフが残っている。
人間が逆立ちしているような彫刻。
顔が下にあって、足を上に広げている。

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諸説あるけど、雨の神チャックが天から降臨しているのがモチーフじゃないかと言われている。
トゥルム以外の別のいくつかのマヤ遺跡でも、同じようなレリーフがあるんだって。

15世紀に建てられた別の神殿の壁には、レリーフやフレスコ画の装飾が見られる。
壁画は死者が生活する地下世界、生きている者たちがいる中間の世界、神が住む天の世界と3層に分かれているのだそう。
残念ながら、建物の中には今は入れない。
でも、外にもマヤ文化らしい奇妙な形のレリーフがある。

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マヤの遺跡は山の中やジャングルに、ひっそりと存在していることが多い。
でも、このマヤ文明最後のトゥルム遺跡は例外。
カリブ海に面した崖の上に建てられている。
ほかのマヤ遺跡にはない、開放感。

緑の芝が広がって、日陰があればごろーんと寝っ転がりたい気分。
実際、イクエとケンゾーは昼寝をしたのだけど。

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この子もアゴを石にのっけて、グタ~。
そりゃあ、暑い日射しと海風を受けたら、昼寝したくなるよね。

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芝生の上で昼寝をしたイクエとケンゾーだけど、「だらしない!遺跡をまじめに観光しなさい!」と咎められることはない。
だって、ここに来てる人のほとんどが、遺跡だけが目的じゃないから。

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海を見下ろす崖の上に造られた城跡都市。
ということは、つまり遺跡から下を見るとこんなふうになっている!
階段を下りるとそこは・・・。

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なんと遺跡とカリブ海が直結している!
ちなみにここで泳いでいる人たちは、みんな遺跡の入場料を払ってここに来た人たち。
どおりで海パンやビキニの上にシャツを羽織って遺跡を見ていた人が多かったわけだ。

マヤの遺跡を見て疲れては、ビーチに降りてカリブ海の波と戯れる。
元気が出てきたらまた遺跡で昔のマヤの人たちに思いを馳せる。

こんな贅沢な遺跡はなかなかない。

日本ではトゥルム遺跡はそんなに有名じゃない。
でもこういうロケーション、欧米人は大好き。
メキシコでは世界遺産のテオティワカン遺跡やチチェンイッツア遺跡に次いで、3番目に訪問客が多い場所なんだって。

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この場所に都市ができたのは、海での交易が行なわれていたから。
貿易港だった。
当時、神殿には、かがり火を灯していた。
海からやってくるカヌーを導く、灯台の役目をしていたと推測されている。

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この港で、黒曜石を取り引きしていたのだそう。
また、内陸から陸路で運ばれた羽や銅製品を船で輸出していたんだって。
いっぽう、海路でトゥルムに持ち込まれていたのは、塩や織物。

そんな昔を想像するとロマンが沸く。

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ヤシの木が風に揺れていたり、サボテンが群生していたり。
カリブ海の風と、メキシコの太陽を感じられる遺跡。

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トゥルム遺跡はマヤの終焉の地。
マヤの人たちは最後にここに都市を造った。
そんなトゥルムは、侵略してきたスペイン人たちが最初に発見したマヤの遺跡でもある。
スペイン人がマヤの遺跡を発見したのが16世紀前半。
スペイン人がメキシコを占領したあとも、70年間はこの都市は繁栄を続けたのだそう。

じゃあどうやって、この城壁都市は滅亡したのか。
それは、スペイン人たちが持ち込んだ感染症がここでも流行ったんじゃないかと言われている。

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実はきのうご紹介したセノーテ。
ここにもセノーテがある。
セノーテは、水の供給源の役割を担っていたほか、聖なる場所として神殿などの横に存在し、そこで生け贄が行なわれたりしていた。

ここのセノーテも、神聖な場所であり、また水を都市に供給する重要な場所だった。

でも、ここで泳ぐことはできない。
いまはほとんど水が涸れているし、観光客を収容できるほどの広さじゃないから。

ユカタン半島の遺跡には、セノーテが敷地内にあるところが多い。
いまでも、セノーテの下には、生け贄となった者たちの骨が沈んでいる、なんていううわさもある。

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遺跡を見たあと、イクエとケンゾーはビーチへ。
遺跡の真下は人が多かったから、遺跡を出て少し歩いて隣りのビーチに行ったよ。
人もそんなに多くないし、ゆっくりできるビーチ。
遺跡を観光した後に汗を流すのにちょうどいい。

「あ!
 見て
 虹だ」


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トゥルムに着いて二日くらいは天気が悪かった。
「嫌な時期に来てしまったなあ」って思っていたけど、青空の下グラン・セノーテも遺跡もビーチも楽しむことができた。

あしたもどうか晴れますように。

あしたは、別のふたつのセノーテでダイビングすることにしているから。

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ダイビングに申し込むため街のダイビングショップをまわり、宿に帰るとテラスから美しい夕焼け空が見られた。

あしたはどんな世界が待っているのだろう。
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この映像で、ひんやりとした気分に・・・

2016.07.19 16:32|メキシコ☞EDIT
自転車で30分かけて仕事に行っているケンゾーです。
九州はきのう梅雨が明けていよいよ夏本番。
先輩に譲ってもらった折りたたみ自転車を汗まみれになりながら必死に漕いで仕事場に行ってます。
帰国してつくづく感じるのは、日本の湿気による不快度の高さ。
久しぶりの日本の湿度の高さにヘロヘロになってます。
ま、だからこそ冷えたビールが最高に旨いんだけどね。
今夜は手作り餃子と黒ビール ♫

きのうのグラン・セノーテでのシュノーケリングの記事にムービーを貼り付けるのを忘れてしまったので追加でUPします。
夏まっ盛りで暑いですが、これを見てちょっとでも気分が涼しくなると嬉しいです。
これから餃子を作るので短くてごめんなさい!

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絶景の聖なる泉 グラン・セノーテに行こう!

2016.07.19 16:06|メキシコ☞EDIT
トルコでクーデターが起きたことにショックを受けたイクエです。
トルコではしょっちゅうデモはやっているけど、クーデターが起こるとは想像もしていませんでした。
いつどこで怖いことが起こるかわかりません。
イクエとケンゾーが事件に巻き込まれずに3年半旅行ができたことは、本当に幸いでした。
ご旅行中の方、どうか国際ニュースをこまめにチェックし、気をつけて旅行をされてくださいね。

欧米人バックパッカーに大人気の街、トゥルムに滞在しているイクエとケンゾー。
わたしたちのここでのいちばんの目的は、グラン・セノーテに行くこと!

「セノーテ」とはメキシコにある、天然の井戸、泉のこと。
メキシコのユカタン半島は石灰岩地帯となっている。
石灰岩の大地に穴が空き、地下水が溜まったセノーテが、いくつも存在しているのだ。
セノーテは、はるか昔、石灰岩の鍾乳洞のようになっていたのだけど、氷河期の後の海面上昇で洞窟全体が水没した。
そして洞窟の天井が陥没して、泉のようになったのだそう。

ユカタン半島には何十、何百とセノーテがあるらしいけど、その中でも素晴らしいのがグラン・セノーテ。
GRANは英語で言うGRATEの意味で、「大きい」とか「偉大な」という意味がある。

日本人の旅人は、カンクンを拠点としてグラン・セノーテに連れていってくれるツアーに参加するのが一般的みたいで、わたしたちもカンクンから行こうとしていた。
でも、地図で調べていて「なんだー。トゥルムってところが一番近いし、そこに泊まれば楽だね。」ということで、わたしたちはトゥルムに連泊することにしたのだった。

でも、あいにく天気が悪い。
この時期、この辺は天気が良くないのかなあ。

セノーテは、日光が水中に差し込むとき光のカーテンができて、とても幻想的らしい。
だから、晴れている日にいかないと!

トゥルム、3日目。
きょうはいいんじゃない!?

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地図で見るとグラン・セノーテまでは歩けない距離でもない。
タクシーで行ってもそんなにお金はかからないみたいだし、レンタサイクルという手もある。
でも、わたしは歩くのが億劫じゃない。

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「あんまり遠かったら、途中でヒッチハイクしようか。」
「でも、車、全然通らんね。」

この道は道路は舗装されているけど、車はほとんど通らない。
まだ朝だけど、日の光が強くて、暑い!
でも、これから泳ぐと思うとこのくらい暑さを感じてる方がいいのかもしれない。

宿を出てちょうど1時間くらい。
距離にして4キロくらいかな。
グラン・セノーテのエントランスが見えてきた。

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自然溢れる山奥にあるのかと思っていたら、そうじゃない。
道路に面したところにあった。
ちゃんとしたエントランスがあって、窓口があってそこで入場料を支払う。
ひとり150ペソ(約990円)。
けっこう、するなあ。

改札みたいなのがあって、そこに入場券をかざして、バーを下ろして敷地へと入るシステム。

なんか、人工的で想像していたのと違うな〜。

向こうから、いまグラン・セノーテで泳ぎ終わったばかりの水着姿の白人の女性がやってきた。
笑顔で話しかけられた。

「おはよう!
 すっごくきれいだったわよ!!」


やっぱり、期待できるかな。

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奥へと進んでいくと、木がうっそうとしげっているところがあった。
ぽっかりと穴が空いている。
下をのぞき込むとー。

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大きな井戸のようになっている。
日が当たっているところは、ほんとうに美しい色をしている。

エメラルドグリーン。

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同じ水なのに、場所によって色が違う。
こっちは、コバルトブルー。
波紋が上の岩壁に映り込んで、ゆらゆらと全体が揺れているみたい。

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敷地には、無料の更衣室やシャワー、有料のロッカーなどがある。
水着になって、シャワーを浴びて、いざセノーテへ。

セノーテは地上よりもかなり低い位置にあるので、こんな階段を下りていく。

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下まで来ると、下界とは切り離されてジャングルの奥地に来たような雰囲気。
頭上には木々が枝を伸ばしている。

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グラン・セノーテは、多くの旅行者が惹かれる場所。
お昼ぐらいになると、たくさんの観光客で溢れるのだそう。
カンクンを朝に出発した人たちが、ここに着くのは昼前。
だから、その人たちがここに来る前に泳ぎ終えるのがいいらしい。

わたしたちがここに到着したのは8時過ぎ。
お客さんも少ないし、ちょうど日の光が射す向きもよくて、いい感じ。

こんな桟橋みたいなところから、水に入る。

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冷たい!

そういえば鍾乳洞の水って冷たい。
ここの水温がけっこう低いのも当然。
木々が茂っているし、太陽が差し込むのは一日のうちの限られた時間。

でも、泳げないほどではない冷たさ。

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ここでシュノーケルのレンタルもしている。
わたしたちは持ってきたシュノーケルをつけて、いざ、水中へ。

わわわっ!
きれーい!!

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海と違って、透明度がものすごく高くて、プールみたいに向こうまで見える。
まるで目の前に水がないみたい。
サラサラと揺らめく光のカーテン。
天空からのスポットライトが、この青い世界を照らしている。

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けっこう深くて足がつかないけれど、これだけ透明度が高い。
底が見えているからそんなに怖くない。
わたしでも、浮き輪なしで泳げる。

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冷たいので、いったん、桟橋に上がって日向ぼっこ。

上から見ても、このセノーテの美しさを感じることができる。
なんでこんな色してるんだろう。

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水中には20センチくらいのカメがたくさんいる。
手足をゆっくりと動かしながら、ふわふわと水中を漂うカメ。
透明度が高く、水がないように見えるから、まるで空を飛んでいるよう。

そんなカメもたまには冷たいのか、水から出て甲羅干し。
苔が水玉模様のように生えている。

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そして、こんな珍獣も。
昔ペットとして飼っていたケンゾーにとってはかわいいヤツ。

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光の角度によっては、水面が鏡張りになる。
いろんな色が映し出されて、水の色はますますミステリアスに。

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グラン・セノーテの魅力は、まわりが鍾乳洞のようになっていること。
鍾乳洞の奥の方は光が届かず、怪しい雰囲気。
行ってみたいけど、ためらわせる怖さがある。

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水中の懐中電灯を持っていたら、奥まで探検できる。
鍾乳洞の奥は、水温がさらに低く、静まり返っていた。

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こんなところでダイビングをしている人たちがいる!
水深もあるし、息継ぎするのが難しい場所もあるので、空気タンクを背負ってのダイビングならもっといろんな場所を探検できるはず。
ダイバーたちの持つライトの灯りが、ときおりゆらゆらと水面にも届いてくる。

「ダイビング、楽しそうー!」
「絶対、やらなきゃね。」

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この辺りにはたくさんのセノーテがある。
なかには、ダイビングじゃないと中に入ることができないセノーテも。
深さは40メートル以上。

イクエとケンゾーは、別のセノーテでダイビングをすることに決めた!

わたしたちは2時間半ほど満喫して、セノーテを後にした。

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さあ、がんばってまた歩いて帰ろう。

ちょうど帰っているとき、欧米人たちがグラン・セノーテへと向かっていた。
みんな、自転車をレンタルしている。
自転車で回ったり、セノーテで泳いだり。
いかにも欧米人バックパッカーが好きそうなことだらけのトゥルム。

このあと、イクエとケンゾーはトゥルムにあるマヤ遺跡へ。
この遺跡も変わっていた。
欧米人が大好きそうな遺跡。
その理由は・・・。

次回、お伝えします♪
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外国人バックパッカーはカンクンには行かずここに集まる

2016.07.17 10:36|メキシコ☞EDIT
Facebookを使いこなせていなくて、友だちからの2年前のメッセージにようやく気づいたイクエです。
LINEもやってるんだけど、どうやって自分から登録すればいいのか、友だちを検索するのか、さっぱりわからない。
そもそも、あれがなんなのかわかってないんです。
電話番号が分かれば、誰とでも繋がれるものなの?
あれって携帯電話だけ?
パソコンじゃできないの?
携帯のショートメールがいちばんわかりやすいです。

さあさあ、お待たせしました~!
きょうからメキシコ編に突入ですよ。

ベリーズを出国し、メキシコの国境の村サンタ・エレナまで歩いてきたイクエとケンゾー。
ここにはチラホラお店はあるけれど、とても小さな村なので長距離バスは走っていない。
だから、最寄りの街チェトマルに移動しないといけない。
レートの悪い両替屋さんで残ったグアテマラのお金を両替し、両替してくれなかった小銭はこれからベリーズに行こうとしていた旅行客にあげた。
「サンキュー!」とは言われたけれど、レートの比較的いいグアテマラ側で両替しとくべきだったなー。

メキシコのペソを手に入れ、チェトマル行きのバスに乗り込む。
運賃は12ペソ(約80円)。

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グアテマラよりも道路は広く、建物も大きくてどっしりしていて、外国に入って来たんだなあと実感する。

チェトマルはけっこう栄えている街だった。
交通量も多いし、建物が密集している。

きょうのわたしたちの目的地はトゥルム
海水浴や遺跡観光、透明度の高い池でシュノーケルができると評判のグラン・セノーテを楽しめる場所らしい。

トゥルム

今日中にトゥルムに着きたい。
すぐにトゥルム行きのバスに乗れればいいけど。

「このバス、どこで降ろされるかな。」
「トゥルム行きのバスに乗れるところで降ろしてほしいけど。」

メキシコはバス会社によってバスターミナルが違うと聞く。
自分が乗りたいバスがどこから出るのか、調べるのも大変らしい。

バスを降ろされたところは、こんなミニバスが止まっているところだった。

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このミニバスは、路線バスで近距離しか行かないみたい。
でもこんなバスを乗り継いで行けばもしかしたら、安く長距離移動もできるかもしれない。

だけどメキシコにたったいま入国したばかりのイクエとケンゾー。
まだメキシコのバスの仕組みがわからない。
それに、きょうはトゥルムまでいっきに移動したい。
ここは、素直に長距離バスに乗ってしまおう。

運良く、すぐ近くに有名バス会社のターミナルがあった!

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メキシコでいちばんの大手バス会社、ADO。
ADOのバスは快適だけど、運賃が高いらしい。
それでもこのバスターミナルに行ってみると、ADO以外のバスも乗り入れしていた。
同じトゥルム行きなのに、バス会社や時間帯によって運賃が全然違う。
メキシコで安いバスに乗るには、どのバス会社が安いか調べるのも重要だけど、どの時間が安いのかも調べる必要があるみたい。
時刻表と値段表がない場合は、窓口で「どの時間が安いですか?」と聞いてみるといいですよ。

そこそこ安いバスがまもなく出発するというので、それに乗り込む。

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Mayabというバス会社。
見ての通り高級なバスではない。
それでも、今までグアテマラで乗ってきたようなチキンバスと比べると、エアコンもついてるしクッションつきのシートだし、イクエとケンゾーにとっては高級バス。

トゥルムまではおよそ4時間。
運賃は179ペソ(約1181円)。

トゥルムは、わたしたちが持っている『地球の歩き方』には、そこにある遺跡の紹介しかされていない。
トゥルムがどんな街なのか、そこに宿泊施設はたくさんあるのか、どんな場所にバスが止まるのか、全然わからない。

それでもわたしたちがここに行こうと思ったのは、このあと目指すカンクンの手前130キロにあって、中継地点としてよさそうだったこと。
遺跡や海もあって、それなりに楽しめそうだったから。

トゥルムに到着して、びっくり。
「観光客多いねー!」
「めっちゃ観光地やん!」

道の両脇にはお土産屋さんやツアー会社やレストランがびっしり。
バックパッカーの聖地のようになっている。

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バックパッカー用のホテルはたくさんあるようだから、ホテル探しには苦労しなさそう。

と思っていたら、大間違い。
安いホテルはどこも満室!!

日本人にはトゥルムってそんなに人気のある場所じゃないのに、ヨーロッパやアメリカのバックパッカーには人気の場所らしい。

ようやく見つけたホテルがここ。
高そうだったから躊躇したけど、意外に手頃な値段だった。

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昔は、すべて個室だったんだと思う。
でもあまりにもバックパッカーが多いから、いくつかの個室を改造してドミトリーにしている。
もともと普通のホテルだったから、共同キッチンなどはない。

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イクエとケンゾーには電気コンロがあるので、キッチンがあるかどうかはそれほど重要ではない。
ドミトリーのなかには、なぜかバスルームのほかに洗面台コーナーがあって、ちょうどコンロも置けるし窓もあって、ここでなら料理できそう。

ドミトリーは6人部屋でひとり150ペソ(約990円)。

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電気コンロはあるけれど、もう午後2時。
おなかペコペコ。
スーパーに買い出しに行くのも面倒だし、外食することに。

レストランやカフェはたくさんある。
でも、どこも観光客仕様で高そうだなあ。

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そして、この街でも発見!
お金のない長期バックパッカーのつよい味方。

長いこと旅していると、その土地のご当地グルメを毎日食べたいという思いはなくなる。
ご当地グルメはたまにでいい。

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中華料理店!!
いまや、世界中、どこにでもある中華料理店。
普通、外国料理のレストランというのは、その国のご当地グルメよりも高いけれど、なぜか中華料理だけはどこで食べても安い。
だから、地元の人にも大人気。
中国人は、ほんとうに安く物やサービスを売って、顧客を増やすという商売に長けている。

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主食とおかず、好きなものをひとつずつ選んで、38ペソ(約250円)。
テーブルに醤油やラー油が置いてあるんだけど、現地人はこれでもかっていうぐらいに料理に醤油をかけまくって食べていた。
もともと濃い味付けなのにね。

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翌日の朝食は、ちゃんとメキシコらしいものを。
屋台のタコス屋さんみたいなところを見つけた。

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中身はひき肉や魚のフレークなど好きなものをチョイスできる。
ピクルスや緑のソースを添えて。

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タコスはひとつ9ペソ(約60円)。
安いけれど、ボリュームもそんなにないし、お腹いっぱいにはならない。
これを4つ食べるぐらいなら、きのうの中華料理がいいかな。

天気がパッとしないから、宿でゴロゴロしていたイクエとケンゾー。
同室のオランダ人が言った。

「ハイ、ガーイズ。
 きょうはどこに行ったの?」

「きょうは天気が悪いから、どこにも行かなかったよ。
 あなたは?」

「僕はアクマルビーチに行ってきたよ。」
「アクマル?
 聞いたことない。」

「そうなの?
 僕のガイドブックには載ってるよ。
 すっごくオススメだよ。」


「どこにあるの?
 人は多い?」

「バスで30分くらいで行けるよ。
 人はすごく多かったね。」


「海はきれいだった?」
「素晴らしかったよ。
 カメが何匹もいたんだ。」

「カメが!?」
「そう。
 カメを見られるよ。
 ビーチでシュノーケルの貸し出しがあって、
 ガイドを雇えばカメのポイントに連れていってくれるんだ。
 絶対に行くべきだよ!」


ということで、晴れたときにアクマルビーチへ ♪

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ちゃんとしたビーチだけど入場料は無料。
アクマルビーチへは、トゥルムから北上するミニバス(プラヤ・デル・カルメン行き)に乗って途中で降ろしてもらえばいい。
運賃は20ペソ(約132円)くらい。
実は、この日の午前中わたしたちはある場所でダイビングをし、終わったあとにそのインストラクターの車で無料で送ってもらった。
チリ人のインストラクターが「きみたち、まだアクマルビーチ行ってないの?行かなきゃダメだよ」って。

ビーチは、ヤシの木が茂って砂浜もきれいでいい感じ♡

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みんなビールを飲んで、日に灼けながらダラーっとバカンスを満喫している。
砂浜にはおしゃれなバーやレストランもある。

日本人にとってメキシコで人気のあるビーチは、カンクン
カンクンには大型のリゾートホテルが建ち並び、それぞれのホテルがプライベートビーチをもっている。
たしかに短期の観光客には極上のリゾートかもしれない。
でも、日本人の場合は、バックパッカーもカンクンに行きたがる。
実際、わたしたちもこのあと行くんだけど・・・。

でも、カンクンはどっちかというと、泳ぐことよりもまったり優雅に過ごすのにピッタリ。
バックパッカーは、どうせ海辺の高級ホテルには泊まれないし、公共ビーチを見に行くぐらいしかできない。
ボートツアーに参加したり、島に行けば話は変わるけど、それもお金がかかる。

ここトゥルムは、バックパッカーにとってカンクンよりも楽しめる場所だと思う。

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わたしたちが宿でこのあとカンクンに行くと言うと「どうしてあんなところに行くの?」と外国人たちに言われた。

「あそこは高級ホテルしかない。
 街は都会だし、騒々しい。
 俺はバスであそこを経由しただけだけど、あんなところ素通りでいいよ。」

「でも、あなたはカンクンのビーチを見てないんでしょ?」
「見てないけど、行かなくていいよ。
 あんなところ、わざわざ泊まらなくていいんだから。」


日本人は、短期旅行者もツアー客もバックパッカーも、だいたい同じ観光地に行く。
どこでも有名なところはとりあえず行っておきたい!という気持ち、わたしもわかる。
いろんなところに立ち寄って、サーッと見て安心する。

でも、欧米人の場合は、自分たちの旅のスタイルを大切にして、自分の価値観で選んだところに行き、一か所に長く滞在する。
忙しくせずに、くつろぐ。

短期旅行者、ツアー客、バックパッカーの行く場所が住み分けされていることも多い。

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ガラパゴスに引き続き、泳ぎの苦手なイクエはここでも浮き輪で海へ。
誰がなんと言おうと、たった1人だけでも、浮き輪スタイルを貫く。
これは、わたしはブレません!!

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アクマルビーチには、ほんとうにカメがたくさんいた。
けっこう大きいカメたちが、海の中を泳いだり、浮上したり。
水中カメラ(GoPro)のバッテリーが切れてしまったので、写真が撮れなかったのが残念。
メキシコでカメを見るとは思ってなかったから、嬉しかった。

ビーチでは「100%カメを見られます。見られなかったら返金します。」って言いながら、シュノーケルのレンタルとガイドつきのツアーの呼び込みが行なわれている。
でも、シュノーケルを自分でもっているのであれば、このツアーに参加する必要はない。
沖の方に行けば、たくさんカメが泳いでいる。
カメがいるところにはツアーの人たちが集まっているので、すぐに探せると思うよ。

さて、この美しいビーチでイクエとケンゾーが食べたもの。

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またもや中華料理!
トゥルムの街には中華料理店がいくつかあって、そこでテイクアウトしてきた。

カリブ海のビーチの、ヤシの木陰で焼きそばを食べるのも悪くない。
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旅したグアテマラ・ベリーズ こんな国

2016.07.16 08:33|北中米・カリブ☞EDIT
グアテマラには2015年12/16~2016年1/11まで27日間、ベリーズには1/11~1/13まで3日間滞在しました。
中米最後の旅をふりかえります。

◇旅の費用はいくら?◇

グアテマラ・ベリーズでいくら使ったのか発表します。

グアテマラ
 
交通費  1,263.00ケツァール
外食費  1,244.50ケツァール
食料費  700.95ケツァール
宿泊費  2,085.00ケツァール
観光費  660.00ケツァール
その他  459.85ケツァール

合計  6,413.30ケツァール=約102,677円(1ケツァール=16.01円)
約3,803円/1日2人で



ベリーズ

交通費  38.00ベリーズドル
外食費  35.75ベリーズドル
食料費  17.48ベリーズドル
宿泊費  95.00ベリーズドル
観光費  0ベリーズドル
その他  1.77ベリーズドル

合計  188.00ベリーズドル=約10,953円(1ベリーズドル=58.26円)
約5,476円/1日2人で


グアテマラではお土産もたくさん買ったし、トレッキングツアーにも参加したけど安く旅行ができた。
交通費や食費が安かったからかな。

ベリーズはとくに何もしてないけど、宿代が高かったのでグアテマラよりもお金がかかった。


◇移動手段はこうでした◇

グアテマラの旅のお供はもっぱら “チキンバス”。
チキンバスはアメリカで使われていたスクールバスのお下がりで、中米での庶民の足。
いままでの国はスクールバスの面影をほぼ残していたけれど、グアテマラのチキンバスはデコレーションが盛り盛りでド派手。
車掌や係員は親切だけど、たまにボラれることがあるので要注意。

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いっぽうのベリーズのバスは、料金表が車内に提示されているのでボラれる心配はない。
グアテマラのように客をぎゅうぎゅう詰めにして発車、ということもない。
でも、平坦でまっすぐな道なのに、ノロい。
余裕をもって、移動を。

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◇こんなお宿に泊まりました◇

グアテマラの宿は、意外と高かった。
ダブルルームで60ケツから130ケツくらい。
下の写真はウエウエテナンゴの130ケツのホテル。

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キッチンやWi-Fiがないホテルもけっこう利用したので、外国人バックパッカー向けの宿はもう少し高いかもしれない。

グアテマラには日本人宿がちらほらある。
オーナーも日本人だし客もほとんど日本人なので、孤独な旅に疲れた人や日本人の旅仲間を探したい人は泊まるといいよ。
おすすめは、断然シェラのタカハウス。

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ベリーズの宿はクオリティーが低くて宿代が高い。
ベリーズシティでは、ベッド1台ぎりぎり入る広さのダブルルームが25USドルだった。
ベリーズシティは宿もそんなに多くないので、用のない人はほかの街に移動して泊まった方がいいかも。

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◇これが一番うまかった!◇

ケンゾー 「海鮮スープ」
意外と物価が高い中米だけど、物価が安いグアテマラでは気兼ねなく外食ができた。
市場で見つけたら必ず注文していたのは海鮮スープ。
エビ、カニ、貝、白身魚と場所や店によって具材は違うけれど、どれも味が濃厚でボリュームもあって大満足。
一口すするだけで笑顔がこぼれること間違いなし。
値段は240円〜500円くらいで、日本と比べると破格の値段。
もっと食べとけばよかった!

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イクエ 「チョコバナナ」
特別おいしい!ってわけではないんだけど、なぜかハマるんだよね。
初めてチョコバナナさんにお目にかかったのは、エル・サルバドル。
そしてグアテマラでも再会。
冷やしたバナナにチョコをコーティングして、ナッツをまぶしただけというシンプルなスイーツ。
アイスよりも甘過ぎないし、喉も渇かない。
アイスよりもヘルシーな感じがするし。
駄菓子屋や、小さな商店、インターネットカフェなど、けっこうどこででも売ってますよ。
バナナだけじゃなく、パイナップルやイチゴ、マンゴーなどフルーツを選べるお店も。
日本でやっても売れると思います。
バナナも安いし、1本200円くらいで商売しませんか?

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◇おすすめ!!一番良かった場所◇

ケンゾー 「グアテマラ・シェラのタカハウス」
グアテマラのハイライトはカラフルな伝統衣装で着飾った民族の村巡り。
それぞれの民族ごとに村が点在しているので、じっくり楽しむならそれなりの時間がかかるんだけど、シェラにある「タカハウス」を拠点にしてみては。
お世辞にも清潔とは言えないけれど、はまったら旅を続ける気力が消滅する危険があるほど居心地がいい。
それも一重に、オーナーとは名ばかりで、自分が雇っているはずの管理人に管理されないと生きていけないタカさんはじめ、個性的で人間味溢れる宿泊客がいい味を醸し出しているから。
キルギスの「南旅館」とともに、ぜひ泊まってほしい日本人宿のツートップ。

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イクエ 「グアテマラ・トドスサントスクチュマタンの村とサンフアンアティタンの村」
グアテマラにはそれぞれの村で民族衣装や文化が違う。
いろんな村に行ったけど、よかったのはトドス・サントス・クチュマタンとサン・フアン・アティタン。
なぜなら、男性陣も民族衣装を着ているから!

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グアテマラで女性はまだ民族衣装を普段着として着ているけど、男性の民族衣装の文化は廃れているところが多い。
でも、この2つの村は、男の子からおじいちゃんまでみんないっしょの華やかな服を着ている。
ユニフォームみたい。

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山の奥にあって、アクセスも少し大変で、トラックの荷台に乗らなきゃいけなかったりするけど、荷台から青空と山を見ながらぐんぐん登っていくとき「天空の村に行ってるのかなあ」とワクワクする。
秘境感が味わえる村。
おすすめです。

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◇ふらり ゆるり グアテマラ・ベリーズの感想は?◇

ケンゾー
グアテマラは予想以上に楽しかった!
パッと見は同じように見えるけれど、じっくり見るとそれぞれファッションに違いがある民族の村巡りは飽きがこない。
世界中で急速にグローバル化が広がっているなか、小さな子どもにもしっかり伝統が受け継がれている光景を見ると、なんだか羨ましい気持ちも沸いてくる。

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物価が安いので観光やグルメ、お酒もしっかり楽しめるのがいい。
グアテマラではよく食べて良く飲んだ!

ベリーズは・・・まあ、無理に行かなくてもいい、かな。
イギリス連邦に属し、英語が公用語で中米では毛色の違う国。
黒人が多く中米の中では異質な国だけど、見どころは少ない。
「世界でいちばんのどかな首都」だと言われているベルモパン。
これがメインストリートだから、たぶんその評価は間違ってないと思う。

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唯一の観光スポットのキー・カーカー島には行ってないので何とも言えないけど、わざわざそこに行かなくてもいいんじゃないかなあ。

イクエ
グアテマラは旅人たちから「いいよ〜。何か月でも滞在できるよ〜。」と聞いていました。
評判通りの魅力あふれる国でした。
この時代なのに、まだそれぞれの民族が文化や伝統を守りながら暮らしていることに驚きました。
宗教も、土着のものとキリスト教が融合していて、ミステリアスで興味深かったです。

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火山が多いので温泉も多く、しかも個室の貸切りで裸で入るシステムなので、日本人好みの温泉のスタイルです。
食事もおいしいし、お土産もかわいいのがたくさん。
トレッキングも楽しめるし、イクエとケンゾーは行ってないけど遺跡巡りや川下りもできます。
だれもが楽しめる国だと思いますよ!

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ベリーズは、あんなにのどかな国とは思ってもいませんでした。
カリブ海の陽気なリゾートの国、というイメージしかなかったので。
こんなに小さくて牧歌的な国なのに、国として成り立っていることに感心しました。
だから、行ってよかったかも。
でも、せっかくベリーズに行くならリゾートに行ったほうがいいと思いますよ。
以前は必要だったビサもいらなくなったし、これからベリーズに行く旅人は増えるんじゃないかな。

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中米で絶対食べたいグルメはこれ!!

2016.07.13 15:54|北中米・カリブ☞EDIT
ケンゾーが新しいパソコンを買いたがっているけど、まだ今のも使えるし購入に消極的なイクエです。
でも、わたしはエクセルも使えないし、文字を打つだけしかできずパソコンのことには全然詳しくないので、ケンゾーの意向を尊重しようと思います。
いま使ってるパソコンは旅行出発前から使ってるMacBookAirで、もう5年くらいになる。
旅行中イギリスのアップルストアでバッテリーを交換し、充電ケーブルは交換、修理を繰り返している。
いつまでもってくれるかなー。

パナマ、コスタリカ、ニカラグア、ホンジュラス、エル・サルバドル、グアテマラ、ベリーズと中米7か国を旅したイクエとケンゾー。

きょうは、7か国で食べた中米料理を一挙にご紹介します!

メキシコ料理は食べたことがあるけど、ほかの中米料理はイメージが湧かない。
食に期待せずに中米に突入したイクエとケンゾーだったけど、振り返ってみると意外においしいものがたくさんあった。

太平洋とカリブ海に挟まれた中米。
その立地から、海の幸はやっぱりおいしかった。

ホンジュラスのティグレ島で海を見ながら食べた海鮮スープ。
見た目から豪華。

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お椀からはみ出したロブスター。
そしてカニや貝。

上から見るとこんな感じ。

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ボリューム満点のこのスープは250レンピラス(約1375円)。
けっして激安ってわけじゃないけれど、これだけふんだんにシーフードが入っているスープは、日本だとこの値段では食べられない。

そして、グアテマラではもっと安かった。
市場の食堂での定番メニューで地元の人たちにも大人気。

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いつもグアテマラの市場で食事をするときは、決まって海鮮スープを頼んでいた。
カニやエビ、白身魚に貝。
海の幸の香りたっぷりのスープに主食のトルティーヤがついて安くて15ケツ(約240円)。

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アボカドもセットでついてくることがある。
アボカドはスプーンですくって、スープにいれていっしょに食べるのがグアテマラ流。
アボカドがスープと絡み、より濃厚な味になる。

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スープのほかにグアテマラの市場では、こんなエビカレーのようなものも。
エビはカラッと揚げられていて、ソースはマイルドな味。
これで15ケツ(約240円)。

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南米でもおなじみのセビッチェは、中米でも好まれている。
セビッチェとは、魚介のマリネのようなもの。
冷たくて、レモンや香辛料が効いていて、暑いときにも食欲がわく。

エル・サルバドルの市場で食べたセビッチェは、つけ込まれたタレが真っ黒。
濃厚で、イカスミかもしれない。
魚介がこのとおり、たっぷり。

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グアテマラのセビッチェは赤いタレ。
こちらはケチャップ味だった。
大きめのを注文し、貝をたくさん入れてもらって、35ケツ(約560円)。

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エル・サルバドルの国民食はププサ。
大通りにはププサ専門店がいくつもあって、朝から夜まで大盛況。
鉄板の上で焼き上げる。

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ププサとはトウモロコシの粉や米粉を練って丸くし、中に具を詰めて焼いた郷土のファストフード。
「おやき」のようなもの。
中の具は種類がたくさんあって、野菜や肉、魚などから好きなものを選ぶ。
ひとつ50セントくらい。

わたしとケンゾーにとっては、まずくはないけど特別おいしいというわけでもなかった。
でも、これがエル・サルバドルの国民食。
ププサがなければエル・サルバドル人は生きていけない。
海外協力隊員のメンバーたちも、帰国したらププサが食べられなくなるのが残念と話していた。

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ププサと少し似ているけれど、具を包みこむププサとは違う。
メキシコのタコスのようなものをグアテマラの屋台で見つけた。

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盛り上がった鉄板で薄い生地に焦げ目をつけていく。

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その隣りでお肉を焼いて細かく刻んで、玉ねぎやキャベツといっしょに生地の上に。
ちょっと辛いソースをつけて。
3枚で10ケツ(約160円)。

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火山が多く、自然豊かなグアテマラ。
緯度で見ると熱帯だけど、標高が高いので涼しい地域も多い。
市場にはいろんな種類の野菜や果物がたくさん並んでいて活気がある。

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市場の食堂で注文したランチメニュー。
プレートの上には、牛肉のスープとたくさんの野菜。
ホクホクのジャガイモやニンジン、とうもろこし。
シンプルな料理で、素材の味で勝負。

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メニューの種類が豊富だったグアテマラ。
山も海もあり、民族や文化もさまざまだからバリエーションが多いのかもしれない。
わたしのお気に入りは、この「がんもどき」のようなもの。

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ふわふわの揚げのような中に、ひき肉や野菜、唐辛子が入っている。
日本人のお口に合う一品。

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海外協力隊の隊員たちに連れていってもらったエル・サルバドルの市場では、隊員お勧めのホルモンスープを食べた。
いろんな部位のホルモンが大胆にぶち込まれている。
大きな骨もそのまま入っていて、濃厚なダシがでている。
ホルモンは柔らかくておいしい!

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エル・サルバドルで初めてその存在を知り、それからイクエがハマったのはチョコバナナ。
串刺しにしたバナナを冷やし、液状になったチョコレートにドボッとつけてコーティング。
途端にチョコレートが固まって、チョコアイスのように。
上にナッツをまぶして、いだたきます♡

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駄菓子屋さんで売っている。
エル・サルバドルではひとつ0.5USドル。
グアテマラではひとつ2ケツ(約32円)だった。

アイスのように甘過ぎない。
さっぱりしていて、ついつい毎日食べたくなる。
中米のほかの国でも売ってるんじゃないかな。

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コスタリカは朝食の時間が楽しみ。
熟れて食べごろの鮮やかなフルーツ。
コーヒーの産地としても有名なコスタリカでは、朝からコーヒーは外せない。

コスタリカのごちそうは、豊かな自然。
目覚めておいしい空気のなかで深呼吸。
緑の雨林と青い空を見ながらの優雅な朝食タイム。
安宿からも眺めは最高。

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料理のわき役たちも、存在感がある。
ニカラグアでは、煮込んだお肉とライスの間にバナナチップ。
バナナチップと言っても、日本で売っているようなバナナの輪切りを揚げて甘くしたものではない。
バナナは縦に切って、塩で味付け。
ポテトチップスのような味。

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南米に引き続き、中米でもプレートにはかなりの確率で黒豆が盛られている。
柔らかく煮込んだ豆は、日本の小豆よりも少し大きい。

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このまま砂糖を入れてコトコト煮詰めれば、あんこになりそう。
でも、デザートではなく、ライスの横に盛られている。
中南米では、豆は主食のように好まれている。

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付け合わせと言えば、グアテマラのチチカステナンゴではネギが活躍。
ステーキの上に、炭火で焼いたネギがそのまま添えられていた。
日本のネギより短くて小ぶりで柔らかい。
甘みがあっておいしい。

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魅力的な中米の飲み物も紹介しとかないと!

おいしい食事に合うのはビール。
ベリーズ国民に愛されているのは黒ビール。
普通の黒ビールよりも少し軽くて、赤ビールのような味。

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こちらはコスタリカで飲んだPilsenのビール。
口ひげのデザインが印象的。
大瓶なので、2人で1本でちょうどいい。
軽すぎず、日本の飲み慣れたビールと大差なく、おいしい。

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パナマではおしゃれなビアホールへ。
4種類のビールを飲み比べ。
パナマ運河にちなんで、貨物船の形をしたトレーで運ばれてくる。
この試飲は無料!
うれしいサービス。

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このビアホールは、自分たちでビールを醸造している。
ビール会社の名前はLA RANA DORADA。
「黄金の蛙」という意味。
黄金の蛙は、パナマに生息している珍しい蛙。

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コースターにも、生ビールのサーバーにも蛙がたくさん!
かわいい♡

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試飲してから、ハニービールと黒ビールを注文。
ハニービールは、フルーツのような花のような華やかな香りがする。
微炭酸で、ビールがそこまで好きでないわたしにも飲みやすい味だった。

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標高が高く、夜は冷え込むグアテマラで飲んだのは、湯気の立つあったか〜いお酒。
たくさんの屋台で売られていた。

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大きなお鍋に入っているのは、フルーツポンチのようなもの。
オレンジやリンゴ、ココナッツなど小さくカットされたフルーツが、シロップを薄く割ったジュースに入れられていて、温められている。

屋台のテーブルの上には、ジンやブランデーなどのアルコールの瓶。
好きなお酒を選んで、あったかいフルーツポンチに注いでもらって完成。

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コーヒー好きには知られているパラマ産のゲイシャコーヒー。
ゲイシャとは、コーヒーの木の品種名。
希少価値の高いゲイシャコーヒーを原産地パナマで初めて飲むことができた。
日本では手に入れることが難しく、手に入ったとしても1杯何千円もする。

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パナマの高原の村、ボケテのコーヒー農園に併設されたカフェでいただく。

ここではポットに入った2人分で10USドル。

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ケンゾーが唸った。

「これ、いままでの人生でいちばんおいしいコーヒー。」

大げさではなく、ほんとうにそう。
酸味、苦み、香ばしさ・・・。
「バランスが取れた味」っていうのは、こういうのを言うんだ。

中米にグルメを求めていなかったけど、中米の料理はどこで食べてもほとんどおいしかった。
ハズレはなかった。

中米料理、日本では知られていないけど、侮るなかれ!
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オレンジ・ウォークを抜けて「最後の」国へ

2016.07.12 14:23|ベリーズ☞EDIT
参院選は期日前投票で、地元の熊本で行なってきたイクエです。
旅行中は日本の政治にほとんど関心を向けていなかったので、これからはしっかり社会問題に目を向けて、考えていかないとなあと思っています。

恐る恐るベリーズ・シティを歩きはじめたイクエとケンゾー。
でも日中実際に歩いてみると、恐怖は感じず、のどかな都市に癒やされはじめていた。
人々は、飾らない笑顔で、朗らか。

ちょうどお昼前。
午前中の授業が終わったところのようで、制服を着た子どもたちが売店の前にたむろしている。
大声でおしゃべりして、楽しそう。
走り回って元気がいい!

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わたしたちに気づいて、手を振ってくれたり、挨拶してくれたり。
お尻を振りながら踊ってみせる。
このノリの良さは、さすが、カリブ海に面した国。
グアテマラとはお隣同士なのに全然違う。

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女の子たちはきれいに髪を編み込んでいる。

人口33万人の小さな国、ベリーズ。
ベリーズ・シティは治安も悪く、きっとわたしたち旅行者にはわからない、いろんな問題も抱えていると思う。
この子たちが将来、明るく、キラキラした、平和な国づくりに貢献してくれますように。

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カリブ海の島までは行かないことにしたイクエとケンゾー。
とくに観光するところもないので、ベリーズ滞在は2日くらいかなと決めていた。

ベリーズの国土はおよそ2万2700平方キロメートル。
四国を少し大きくしたくらいの広さで、今日中にメキシコへと抜けることもできる。

でも、せっかくなので途中の街に寄ってみることにした。

ここから北におよそ45キロのオレンジ・ウォークというかわいい名前の街。
街の名前が英語なのが、中米では珍しい。

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バスターミナルまで歩いて移動し、バスに乗り込む。
運賃は5ベリーズドル(2.5USドル)。

ちなみにこのままこのバスに乗っておけば、メキシコとの国境のコロザル(Colozal)という街まで行ける。

ベリーズ・シティも広くなく、バスはあっという間に郊外に抜けた。
それからはずっと緑の平原。

およそ1時間半でオレンジ・ウォークの街に到着。
ガイドブックによれば、「オレンジ・ウォークは北部を代表する商業都市」。
実際には驚くほど小さい街で、すぐにお目当てのホテルを探すことができた。

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宿の名前は「アキヒト(Akihito)」。
日本人の名前だけれど、経営者は日本人ではない。
中華系の人で、東京の大学で勉強していたとき、アキヒトというニックネームをつけられたのだそう。
日本語も少しは話せるそうだけど、わたしたちが行ったときはご主人は不在で、息子さんが接客してくれた。
息子さんは日本語がしゃべれない。

室内は新しくて清潔。
ダブルルームで45ベリーズドル(22.50USドル)。
部屋にバスルームもあるし、悪くない値段。

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お昼の時間はすでに過ぎている。
でも、朝からベリーズコーヒーとパンをかじっただけなのでお腹はペコペコ。

外に出てみるも、のどかで、お店も多くない。
ここにもゆるーい時間が流れている。

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緑色のかわいい2階建てはオレンジ・ウォークの町役場。
でも1階部分は売店で、2階の狭いスペースが役場として機能しているよう。
ベリーズでは、行政や政府機関の庁舎がこじんまりしていて親しみがもてる。

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ベリーズ・シティよりも人は少なく、いっそう牧歌的。
街には、ニュー川という穏やかな川が流れている。
ゆったりしている街だけど、きょうは晴天で暑いことに変わりない。

エアコンが効いていて、ビールが飲めるようなレストラン、ないかなあ。

そして見つけたのは、中華レストラン。
宿のオーナーも中華系だし、この街には中国人が多いのかもしれない。

カラッと揚がったチキンカツとチャーハン。
1人前7ベリーズドル(3.5USドル)。
冷えたビールは1本3ベリーズドル(1.5USドル)。

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オレンジ・ウォークには、これといった観光地はない。
でも、このあたりにはたくさんの種類の野鳥が生息していることで有名で、野鳥目当ての観光客もいるんだって。
350種を越える野鳥がいるらしい。

オレンジ・ウォークというくらいだから、オレンジの栽培が盛んなのかなって思っていたけど、ここで有名なのはサトウキビ。
サトウキビからはラム酒も作られている。

ラム酒と言えば、キューバ。
どちらもカリブ海に面した南国。
アルコール度数が高いながらも、甘みがあってマイルドなラム酒は海のそばの暑い国に似合うのかもしれない。

海の美しい奄美大島の黒糖焼酎は、カリブ海のラム酒みたいなものかもしれない。

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街の名前は「オレンジ・ウォーク」という英語名ではあるけれど、メキシコに近いからかここでは英語よりもスペイン語のほうが話されているのだそう。

この街はベリーズのなかでも、他民族が共存している街として知られている。
マヤ系の民族やメスティーソのほか、インド系の人たちも。
さらにメノナイトと呼ばれている白人。

メノナイトは世界におよそ150万人いると言われている。
メノナイトはキリスト教から派生したアナバプテストを信仰する人たちで、ヨーロッパで迫害を受けたあと、アメリカへ逃れた。
そしてその一部の人たちが、ここベリーズに移住している。

メノナイトは、西部開拓時代そのままの質素な暮らしを守り続けているのだそう。
オーバーオールやカウボーイハットを身につけ、女性は昔の映画に出てきそうなワンピースを着ている。
農業をやって昔ながらの暮らしをし、電気や車を使わない。
いまも馬車で移動しているそう。
メノナイトたちは、昔のアメリカドラマ『大草原の小さな家』の一家のような暮らしぶりをしていると言われている。

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街でメノナイトの家族連れを見たけれど、小学生ぐらいの男の子もオーバーオールを着てカウボーイハットをかぶり、女の子もおかあさんとおそろいのワンピースを着ていて、そこだけ時間が止まっているようだった。

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そんなオレンジ・ウォークを散策したイクエとケンゾー。
次の日の早朝、次の国に向かうことにした。

行き先はメキシコ。
イクエは大学時代に3週間くらい滞在したことがあって2回目。
ケンゾーにとっては初めての国。

午前6時半、歩いてバスターミナルに行くと、国境のCHETUMAL行きのバスに乗ることができた。

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運賃は5ベリーズドル(2.5USドル)。
今回の車窓の風景も、ベリーズらしい大平原。
目覚めたばかりの平原は、朝日を浴びて金色に輝いている。

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およそ1時間半。
バスは国境の手前のベリーズ側のイミグレーションオフィスの駐車場に止まった。

駐車場には両替商のおじさんたちが立っていたけど、わたしたちは残ったベリーズドルをここでは両替しなかった。

出国するときに、出国税が50ベリーズドル(25USドル)くらいかかると聞いていたから。

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でも、結局出国税の支払いを求められることはなかった。
「メキシコに入国してから余ったお金を両替すればいいか」と思ったけど、結果的にはこれは大失敗だった。
メキシコ側には両替商の姿はなく、レートの悪い両替屋さんがひとつあっただけ。
ベリーズからメキシコに抜ける人は、絶対ベリーズ側で両替を済ませておいた方がいいですよ。

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ベリーズとメキシコの国境は広かった。
国境が広い、というのは適切な表現ではないかもしれない。
国と国とを隔てる国境は、線なのだから。

でも実際には、ある国を出国して、次の国に入るのに無国籍地帯と呼べるような空間がある。
ベリーズで出国の手続きを終えてスタンプをもらったはいいけれど、なかなかメキシコの入国手続きをするイミグレーションオフィスにたどり着かない。

2キロ近くはあるんじゃないかな。

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国境をまたぐ川があるからきっとここが国境なんだろうけど、その前後の距離が長い。

橋にはふたつの門。
手前の門にはスペイン語と英語でこう書かれていた。

「よいご旅行を。
 またのお越しをお待ちしております。」

そしてすぐに次の門。
そこには「ようこそ メキシコへ」。

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「いよいよ、最後の国かあ。」
ケンゾーと感慨深く話す。

正確に言えば最後ではない。
メキシコのあとは、アメリカと中国、韓国を経由して日本に帰る。
でも、どの国も滞在は短く、トランジットで立ち寄るようなもの。

長く滞在し、しっかり観光するのは、このメキシコで最後ということになる。

メキシコは広く、見どころもいっぱい。
さて、ゴール間近のイクエとケンゾーのふたり旅。
最後まで楽しめるかな。
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ベリーズコーヒー!?

2016.07.11 13:59|ベリーズ☞EDIT
都知事選に立候補するかもしれない石田純一の「戦争は文化ではない」という発言を、ひそかに、名言だなあと思っているイクエです。
かつての自分の発言「不倫は文化」をもじっただけのフレーズだし、そんなに考え込まれた文章でもないと思うんだけど、古典とか歴史上の哲学者の名言集に出てきそうなフレーズ。
参院選が終わって次は都知事選。
どうなるんでしょうね。

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国民数33万人のベリーズ。
その国のなかで一番大きな都市ベリーズ・シティに滞在しているイクエとケンゾー。
国一番のメインストリートには新しい建物もあるけれど、木造のかわいらしい建物も目立つ。

そんな建物は、かつてのイギリス統治の名残。

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キリスト教徒がほとんどのべリーズ。
日曜日のミサに参加する人たちも多い。

ヨーロッパから運ばれたレンガで作られているのはセント・ジョンズ・カテドラル。
典型的なイギリス建築。
白い窓枠が可憐。

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ベリーズには今のところ世界遺産がひとつしかない。
そのひとつとは、カリブ海のベリーズ珊瑚礁保護区。

このカテドラルも世界遺産にしてもらおうと願っているようだけど、こんなところに木が生えている。

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室内は横に広く、シンプル。
これまで見てきた厳かなカテドラルとは雰囲気が違う。

低い位置にある窓。
ステンドグラスではなく普通の透明なガラスからは、たくさんの日光が入る。

さわやかで解放的。
カリブ海に面した暑いベリーズに似合っている。

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真っ白く塗られたパイプオルガン。
軽やかな音色を奏でてくれそう。
でも、プラスチックのパイプに見えなくもない。

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カテドラルが建っているのは住宅街。
パステルカラーの木造家屋はレトロ。
ヨーロッパの田舎に来たような気分。

このクリーム色の家は、1階と2階にそれぞれドアがある。
アパートかな。

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ペンキがところどころ剥げたり、色むらがあったり。
味のある住宅街を切り取ると、画用紙に描いた絵みたいに見える。

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路地に並ぶ木の電信柱。
どれも斜めになっていて、ここを歩けば方向感覚を失う。
家も傾いているように見えてきた。
どれがまっすぐでどれが斜めなのか、わからなくなって、自分もゆらゆら揺れているよう。

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道の交差点の真ん中のロータリーのようなところに、不思議な像を発見。
きっとベリーズのお偉いさんなんだろう。
目立つ場所に大きな偉人の像が建立されているのは、よその国でも見かけるし、珍しいものではない。
でも、ここのはなんかヘン。

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どこがヘンかはうまく言えないんだけど、ちゃんと色を塗り分けているところとか、ペンキのべた塗りとか。
日本の田舎の道路脇で見かける、警察官の実物大の偽物像のような。

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そもそも、この表情が見る人を脱力させるのか。
ベリーズの一流の彫刻家の渾身の作なのかもしれないけれど。

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住宅街で見つけたのは手描きの看板。
NESCAFEのインスタントコーヒーは世界中で愛されている。

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でも、ベリーズってたしかコーヒー豆が有名じゃなかったっけ?
良質のコーヒー豆が採れるところほど、豆は海外に輸出されてしまい、現地の人はインスタントコーヒーしか飲まない。
でも、せっかくベリーズに来たのだから、ベリーズコーヒーを飲みたい。

日本にも有名なチェーン店のカフェ「ベリーズコーヒー」があるぐらいだから。

「チェーン店の名前に『ベリーズコーヒー』ってつけるくらいだから、ベリーズってコーヒーが有名なんよね?
日本のカフェの『ベリーズコーヒー』って、やっぱりベリーズ産の豆を使っとるとかな。」

ケンゾーに聞くけれど、ケンゾーは会話にあんまりのってこない。

ケンゾーは「ベリーズコーヒー」に行ったことがないのかもしれない。
福岡にもあるのに。

本場のベリーズでコーヒーを飲みたいけれど、ドリップコーヒーを出すようなおしゃれなカフェはなかなかない。

見つけたのが、Spoonaz cafe。
この国でいちばんおしゃれなカフェと好評。

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たしかに日本の街のなかにもありそうな、洗練されたカフェ。
入口にはコーヒー豆を入れる麻袋に「100% Belizean Coffee」と書かれた看板が。
ここなら、ちゃんとベリーズ産の豆で淹れたコーヒーを出してくれるにちがいない。

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お店の雰囲気はとてもいい。
エアコンも聞いていて、写真集や雑誌も置いてある。
外国人のお客さんが多い。

ベーグルやサンドイッチ、クロワッサンなど、ガラスケースに並べてある軽食もおいしそう。

残念だったのは、コーヒーが大きなポットに入れられていたこと。
レジでコーヒーを注文すると、カップのサイズを聞かれて紙コップを渡される。
セルフサービスで、客はその紙コップにポットからコーヒーを自分で入れるシステム。

ベリーズ産とグアテマラ産のコーヒーを選べたので、ひとつずつ注文。
グアテマラ産のほうが、少し高かった。

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これで15.75ベリーズドル(およそ8USドル)。
安くはない。

コーヒーはポットとはいえ、ちょうど中身がなくなったときに新しく入れ替えてくれたので淹れたてだった。
少し酸味があるけど、おいしい。

ベリーズの最大の観光地は、ここから船で行くリゾートアイランド。
イクエとケンゾーの旅は、もう時間もなく、今回は島にまで行かないことにした。
もうあしたにはこの国を出てメキシコに入国するつもり。
ベリーズの旅は駆け足になっちゃうけれど、でも、本場でベリーズコーヒーを飲めただけでもよかった。

と、大満足のイクエだったのだけど、それからしばらく経ち、とっくにベリーズを出国していたときのこと。
ある間違いに気づいた。

チェーン店のカフェ「ベリーズコーヒー」。
「ベリーズコーヒー」?
違和感のある響き。

あ!

「ベリーズコーヒー」じゃなくて「タリーズコーヒー」だよ!!
ベリーズと全然関係ないやん!

「ベリーズ」と「コーヒー」を組み合わせて、あのときだけ勝手に頭の中で「タリーズコーヒー」から「ベリーズコーヒー」にすり替わっていた。

よかったあ・・・。
ケンゾーで。

これを知ったかぶりした顔で、他人に「『ベリーズコーヒー』ってチェーン店があるぐらいだから、本場でそのコーヒーを飲もうよ」なんて言ってたらと思うと、恥ずかしい。

ちなみに中米ではコーヒー豆の生産が盛ん。
パナマやコスタ・リカ、ニカラグアにホンジュラス。
エルサルバドルもグアテマラも。

でもね、中米のなかでベリーズだけはコーヒーの生産が盛んではないし、有名でもないらしい。
コーヒー農園もほとんどなく、収穫量はごくわずか。
おまけに品質も良くないんだって。

ちなみに「タリーズコーヒー」は、アメリカのシアトルが発祥。
スターバックスに続き、全米2位の売り上げを誇っている。
「タリーズコーヒー」の「タリーズ」は、創業者のタリーさんにちなんだもの。

自分があの時だけヘンな勘違いをしていたことにガックリときたけれど、でもあの時のコーヒーのおいしさと「ベリーズコーヒーを飲めた♡」という満足感は本物だったから、よしとしよう。
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ベリーズシティ 国いちばんの大都市はゆる〜い

2016.07.10 15:26|ベリーズ☞EDIT
夫とお店に行ったあとに「あー、うんこしてくるの忘れた!」とつぶやいたら「どうして?なんでせんかったと?俺はちゃんとしてきたのに!さっきのトイレ、ウォシュレットもついとったのに!」と責められ「うんこぐらい、家でさせてよぉ!おねがいしますよぉ!」と哀願したイクエです。
というのも実家が被災して別の場所に避難したはいいけれど、結局そこもまだ水が出なくて毎日水を運んでるから。
トイレを流すのって最低でも1回3リットルくらい水が必要で、それを運ぶのってけっこう大変。
大じゃなくて小のときは何回分か溜めてから流してるんだけど、さすがに大のときはそのつど流さないといけない。
早くスッキリきれいに家のトイレを使えるようにならないかなあ。

カリブ海に面した中米のベリーズ。
その最大の都市、ベリーズ・シティにやって来たはいいけれど、治安は悪そうでちょっと外に出るのがためらわれる。

それでもせっかくここに来たのだから、と朝からベリーズ・シティを観光することにした。
宿を一歩出るとこんな景色が目に飛び込んできた。
いろんなところに有刺鉄線が巻かれていて、物々しい。

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治安は悪いけど、日中は大丈夫かな。
きのうの夜に比べると、通りにはたくさんの人たちが歩いているし、危なそうな雰囲気はない。

でも、ケンゾーが撮った写真。

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わたしはこのとき「新聞売りのおじさんがいる」くらいしか思わなかったんだけど、新聞をよく見るとすごいことがさらりと書いてあった。

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「10日間で6人殺された」
「2人のタクシー運転手が銃撃されて倒れた」

人口33万人の国で、この犯罪件数は多すぎる。

ちなみにベリーズ・シティの人口は10万人弱。
ベリーズ全体の人口の3分の1から4分の1の人がここで生活していることになる。

ベリーズ国民の半数はメスティーソ(先住民とヨーロッパ人の混血)。
4分の1がアフロ・ヨーロピアンのクレオール。
1割がマヤ系の先住民と言われている。

しかし、ベリーズ・シティに住んでいるのは、アフロ・ヨーロピアンのクレオールの人たちがほとんどなんだって。

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アフロヘアーや髪を長く伸ばしたドレッド。
年取った人もレゲエが似合うようなファッションをしていて、かっこいい。

その昔、イギリス人にジャマイカから労働力として連れてこられた人たちも多く、魂はレゲエの国、ジャマイカにあるのかもしれない。

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この国に、なぜかヒンドゥー教の寺院が。
ベリーズ人の9割以上がキリスト教徒らしいけど、ヒンドゥー教の人たちも案外いるのかもしれない。

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たしかに長いドレッドヘアーの老人たちを見ていると、インドにいたサドゥー(修行僧)を思い出す。

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不思議な格好をした人を発見。
上半身と顔は真っ白。
下半身には枯れたトウモロコシの葉のようなものをいくつも巻き付けている。

観光客に音楽を奏でたり写真を撮らせたりしてお金を稼いでるのかもしれない。

ベリーズには、昔はこういう先住民族が暮らしていたのだろうか。

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メインストリートらしきところに来たけれど、高い建物やビルはない。
この国では4階建ての建物が、高層ビルのような存在。

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この国にエレベーターは、いったい何機くらいあるんだろう。
きっと一ケタだと思う。
もしかしてゼロだったりして。

この建物は、市議会の建物。
2階建てだけど、大きな建物があんまりないからこれでも立派に見える。
バイクが並んでいてアットホームな雰囲気。

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この国いちばんの郵便局。
この国いちばんのわりにはかなり小さい。
でも、イギリスの古民家みたいでかわいい。

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これは、ショッピングセンター。
このひなびた感じ、社会主義国キューバを思い出す。

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キューバはいま、急速に発展していってるけど、ベリーズはしばらくこのままかもしれない。

時代に取り残されたような国だけど、実はベリーズには外国人に人気のリゾート地がある。
有名なのはキー・カー・カー島とサン・ペドロ。
カリブ海に浮かぶリゾートアイランドで、シュノーケルやダイビング、グラスボートに釣りやヨットを楽しむことができるのだそう。
高級ホテルもいくつもあるんだって。

海に大きく開いた空洞、ブルー・ホールもあってヘリコプターで上空から遊覧したり、ダイビングを楽しむこともできる。

そんなリゾートアイランドには、ベリーズ・シティから船で行くことができる。

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イクエとケンゾーも行きたかったんだけど、アクティビティの料金が高かったし、時間もないので行かないことにした。
海はこのあとのメキシコで楽しむ予定。

わたしたちがお金持ちだったら・・・。
ブルー・ホールの上を遊覧したりダイビングしたりしたかったな。

でも、これまでも美しい海でたくさん遊んで来たし、今回はもういいかな。

お時間とお金があるかたは、ぜひベリーズのリゾートアイランドに行ってみてくださいね。
ベリーズの魅力はそこにあると思います。

夢のリゾートアイランドに連れていってくれるボートはホーラバー川に停泊している。
すぐそこがカリブ海なんだけど、ここは決してきれいなわけではない。

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だからね、イクエとケンゾーのベリーズの印象は美しい珊瑚礁の海ではなく、パッとしない漁村。
なんか、ベリーズさんに申し訳ない。
美しいカリブ海をお持ちなのに・・・。

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アイランドリゾートに行く外国人観光客は、必ずこのベリーズ・シティに立ち寄る。
ベリーズ・シティ自体にとくに見どころはないけれど、それでも街を周遊するツアーバスが走っている。

外せない観光スポットが灯台。
街でもらったパンフレットの絵を見て、そこに歩いて行ってみることに。

「あ。
 もしかしてあれかも?」

「え?
 あれ?」


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一大観光地なのに、小さい。

灯台よりもインパクトが強かったのは、そのすぐ近くにあった観光客用のホテル。

「これ、すごいね。
 ベリーズでいちばんいい建物じゃない?
 客室3階建てだし。」

「でもこの鏡の部分は張りぼてかもしれんけど。」

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このホテルだけ都会的でベリーズっぽくない。

リゾートアイランドにはこんなホテルがたくさんあるのかも。

このホテルはカリブ海に面している。
もっと晴れていたら、澄んだ海が姿を現してくれるはず。
海風も気持ちいい。

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「怖い」というイメージを持ってここにやってきた。
でも実際にこうやって歩いてみると殺伐とした感じはしない。
人々も陽気で、マイペース。

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何もないベリーズ・シティ。
でも、この街に身を任せてみると不思議と充足感を得られる。
この脱力感が、妙に心地いい。
気張り過ぎない。
ゆる~い感じ。

この街がこの国いちばんの大きな都市だとは信じがたいけれど、でも、世界は広いんだからこんな国があってもいいじゃないって思える。

海からの風とこの国を流れるゆるやかなリズム。
レゲエが似合う国。

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日本みたいには、みんなせかせかしていない。
大型ショッピングセンターがなくても、高層ビルが建っていなくても、べつにいいじゃない。
べつになくても、社会は動いているし、国として成り立っていっている。
あたり前のことを感じて、なぜかわからないけど自分のこころがパーッと明るくなる気がした。
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ガイドブックの「世界一牧歌的な首都」って?

2016.07.09 14:08|ベリーズ☞EDIT
日本の夏の暑さに驚いているイクエです。
東京でも最高気温が37度になっていましたね。
7月でこの暑さなら、8月はどうなるんでしょう。
もうすでに寝苦しいのに、これから2か月以上がんばれるか心配。

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たくさんの民族が文化を大切にしながら暮らしているグアテマラを出国したイクエとケンゾー。
次の目的地は、ベリーズ

この国の元首は、イギリスのエリザベス女王。
ということは、ベリーズは中南米にありながらにして、スペイン語圏ではなく英語圏ということになる。

1年前にアフリカ大陸から南米入りしたイクエとケンゾー。
これまでスペイン語圏に身を置いてきたけれど、久しぶりの英語圏。
1年間英語を使わなかったので、言葉に不安がある。

ここだけ英語圏というのがとても新鮮な感じ。
中南米を抜け出して、まったく違う地域に行くみたい。

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ベリーズのイミグレーションオフィスでスタンプをもらう。
入国税などの支払いはなかった。

きょうはベリーズ最大の都市、ベリーズ・シティまで移動したい。
ベリーズ・シティ行きのバスを見つけなければならないけれど、国境にそんなものはない。
とりあえず、ここから一番近い集落へ。

「そこ、何ていう名前?」
「ベンケ・ビエホって言う街。」
「ここからどのくらいかかるかな。
 歩いていける距離?」

「けっこう遠いけど、歩けなくもないかも。」

タクシーも止まっていなかったので、とりあえず歩いていくことにした。
でも、道が先まで続いているだけで、集落はなかなか見えない。

「これ、けっこう遠いね。」
「歩けるかなあ。」
「タクシーに乗ったほうがよかったね。」

そんなことを話しながら、重たい荷物を抱えてトボトボ歩いていると、後ろから来たトラックが止まった。
荷台にはおじいさんがひとり乗っている。

そのおじいさんと運転席のおじさんがわたしたちに何か言っている。

おいで、おいで、とジェスチャー。

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ヒッチハイクをしていなかったのに、ヒッチハイクに成功!

きっとこんなところを歩く人なんていないから、不憫に思って乗せてくれたんだね。
ベンケ・ビエホの街までは、かなり遠かった。
歩いていたら・・・と思うとゾッとする。

どうやら荷台のおじいさんも、国境から乗せてもらっていたようだった。
おじいさんは英語がしゃべれなかったから、グアテマラ人かもしれない。

街の中心地で、おじいさんといっしょにお礼を言って降ろしてもらった。

さて、ここからバス停までどうやっていくか。

ケンゾーがインターネットで事前に調べてくれていたけれど、確証がない。
通りがかりの人たちに、場所を尋ねる。
スペイン語で聞くべきか、英語で聞くべきか。
迷いながら聞いてみると、この辺りの人はどっちも話せる感じだった。
むしろスペイン語のほうが話しやすそうでもある。

静かな住宅地を歩いていく。

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バス停らしきところに着いたけれど、ほんとうにここで?
でも、現地の人も待っているし・・・。

心配しながら30分。
ちゃんとベリーズ・シティ行きのバスが来てくれた!

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バスにはきちんと料金表が貼ってある。
新鮮に感じる。
グアテマラでは運賃は車掌の言い値で、定価と言うものがなかったから。
値段を聞いたり、交渉したり、そわそわしなくていいから、これだけで精神的に本当に楽。

ベンケ・ビエホからベリーズ・シティまでは4時間弱。
運賃は9ベリーズドル。

ベリーズドルは米ドルの半分の価値。
つまり9ベリーズドルは4.5USドルということになる。
ベリーズではほとんどのところで米ドルも普通に使える。

出発しておよそ2時間。
バスは途中の街のバスターミナルに立ち寄った。

がらーんとした、活気のないバスターミナル。
でも、ここはベリーズの首都のベルモパン。
一国の首都のバスターミナルとは思えない活気のなさ。

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「ベリーズの首都のベルモパンはすごいですよ。
 あんな首都、見たことありません。
 ほんとに田舎なんです。」

いっしょにロライマ山を登ったマサくんが言っていた。

マサくんにそうは聞いていたけれど、想像以上に田舎だった。
大きな建物もない。
これが首都の消防署?

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バスターミナルでしばらくバスが止まり、休憩時間になったのでケンゾーがまわりを探検しに行ってきた。
ここが首都でもっとも栄えているところ。

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国会議事堂や政府の各省庁、市場が建っているらしいけど、威厳のある建物はまったく見当たらない。
大使館もあるらしい。
それらはわたしたちの想像するような建物ではなく、あまりにもこじんまりしていて見落としてしまうくらいの規模なんだと思う。

ベリーズの全人口はおよそ33万人。
そのうち、ここベルモパンには2万人が暮らしているのだそう。

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ガイドブック『地球の歩き方』には、ベルモパンは「世界一牧歌的な首都」として紹介されている。

ベルモパンで建物が並んで建っているのはほんの一部分だけ。
バスターミナルから100メートルぐらいで、もうこんな景色になってしまう。

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ベリーズは、昔はグアテマラの一部だった。
1638年、武装したイギリス人たちが侵略し、定住するようになった。
18世紀になるとグアテマラがイギリス人たちを追い出したものの、すぐにまたイギリス人たちが住みはじめ、ジャマイカから連れてきた黒人たちを定住させ労働力として使うようになる。

そんなベリーズが独立したのは1981年。
つい最近のこと。
この国はアメリカ大陸でもっとも新しい。

延々と一本道が続く。
その間、集落はほとんどない。

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ベリーズに入国するには少し前まではビザが必要だった。
でも最近ビザが不要になったので、旅人にとっては旅行しやすくなった。
それでも、なかなかベリーズに来ようと思う人は少ない。
わたしたちにとって、イメージの沸かないミステリアスな国。

実際は、想像以上に田舎だった。

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ベリーズの首都はベルモパンではあるけれど、もっとも大きな街は海に面したベリーズ・シティ。
昔はベリーズ・シティが首都だったけれど、ハリケーンが多く壊滅的な被害を受けたために1971年にベルモパンに遷都されたのだそう。

さて、ベリーズ・シティはいかほどの規模の街なのだろう。

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さすがにバスターミナルは先ほどのベルモパンよりも賑わっている。
止まっているバスの数も多い。

バスターミナルは街の中心地から少し離れている。
ホテルは中心地で見つけるつもり。
バスターミナルを出て、歩いて行ってみることにした。

恐る恐る。

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なぜ恐る恐るかというと、この街も治安が悪いと言われている。

古びた木造の建物がひしめき、パッと見るとスラムじゃないかと思うような一画もある。
ヒップホップが似合いそうな黒人の若者たちも多い。

ケンゾーと離れて歩いていると、黒人の若い男がわたしの前に来て、オネエのような喋り方で「この子、どこの子かしら?ニューフェイスね。」と隣りの男たちに向かってわざと大きな声で話しはじめた。

わたしが無視していると「わたしの子猫ちゃん」と、映画みたいなセリフでからかってくる。
さすがに怖くなる。

このときなぜケンゾーと離れていたのか。
それはケンゾーが、「がまんできん」と言って突然空き地に入って立ちションをしていたから。

わたしが緊張しながら早歩きでその若者たちのいる場所をくぐり抜けたとき、後ろから何も知らないケンゾーがスッキリした顔をして追いついてきた。

ケンゾーにはこういうところがある。
別にいいけど。
いや、こういう不満を妻は溜めていくものなのだ。
夫の気づかないうちにね。

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中心地も、想像以上に栄えていなかった。
ここがこの国のいちばんの都会だというのが信じられない。
これで国として成り立っているのが逆にすごいなあと思うし、国というのは本来、超大国である必要もなく、案外こじんまりしていたほうがうまくいくのかなあ、なんて思ったりもする。

けさグアテマラを出発し、なんとか日が暮れる前にここまで到着し、宿を確保することができた。

それにしても宿のクオリティーが低すぎる!
バックパッカー御用達の2件の宿を見たけれど、どちらも高い。
でも、ほかに良さそうな宿もないので仕方なくそのうちの一軒に。

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NORTH FRONT STREET GUEST HOUSE。
宿は古くて狭いけど、スタッフが明るくて優しいのでここにした。

ダブルで50ベリーズドル(25USドル)。

ふにゃふにゃのマットのベッドが一台。
ベニヤ板で区切ったような部屋。
狭すぎて荷物も置けない。

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これで25USドルは高いけど、ベリーズ・シティではこれでも安い方みたい。

近くにスーパーがあるので、夕食の材料を買いにいくことにした。
この国いちばんの都市でありながら、スーパーマーケットの品揃えは良くない。
そして高い。

ベリーズの物価はだいぶ高いのかもしれない。
暮らしにくい国なのかもしれないなあ。

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このホテルのいちばん上の階は、民家として使われていた。
客室に比べれば、立派な造りになっている。
この民家のキッチンを使わせてもらえた。

スーパーで仕入れた地ビールはBELIKIN BEER。
ベリーズ国民が愛飲しているようで、キッチンに専用のビールジョッキが置いてあった。

これに注いで生ビール風にいただきます♡

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ほろ苦いながらも、ほのかに甘い黒ビール。
わたしとケンゾーは黒ビールが好きだ。

こういう暑い国は、だいたい薄い黄金色の、ゴクゴク飲めるライトなビールが一般的。
カリブ海に面した暑い国で黒ビールと言うのは、不思議。

窓から夜のベリーズ・シティを見る。
まだ9時過ぎなのに、通りに全然人がいない。
シーンとしていて、異様だ。
こんなところを外国人ふたりが歩いていたら、一発で標的にされそう。

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安全に旅するためのルールとして、出発前に決めていたことがある。
そのひとつが「外を見て、現地の女性や子どもが歩いていないなら、自分たちも外出しない」ということ。
危険度を測る指標にしている。

子どもたちが路上で遊び、女性が警戒せずに歩いていれば、そこはそれほど危なくない。
逆に現地の人たちが外出を控えているのであれば、それは自分たちも見習わなければならない。

夜9時でこの静けさ。
人っ子一人いない異様さ。

今夜はおとなしく、狭い独房のような部屋でとっとと寝ることにしよう。
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日本人殺害テロ 私たちの愛する国で起きてしまいました

2016.07.07 11:03|グアテマラ☞EDIT
熊本の南阿蘇で久しぶりに青空と真っ白な夏の雲と鮮やかな緑の山並みを見ているイクエです。
地震に続き、大雨でがけ崩れがいたるところで起きました。
やっと晴れるようになりましたが、このまま梅雨が終わればいいなあと願っています。

先日、わたしたちに大きな衝撃を与えた事件が起きました。
凄惨な出来事は、わたしたちが大好きな国で起きてしまいました。
バングラデシュです。

7月1日、バングラデシュの首都ダッカの飲食店を武装グループが襲撃し、日本人7人を含む23人が犠牲になった立てこもり事件です。

まさか、あのバングラデシュで。
わたしたちは信じられない気持ちでした。

この世界一周でイクエとケンゾーは78か国を訪れました。
そのなかでバングラデシュはわたしたちが好きな国のトップに入ります。

なにがそんなにわたしたちを惹き付けたのか。

バングラデシュには素晴らしい観光地もありません。
アジア最貧国と言われていて、不便で、設備も整っておらず、バックパッカーにとって快適な宿もなく、旅行しづらく、けっして居心地のいい国ではありません。
公用語はベンガル語で、文字はアルファベットじゃないので読めません。
国民の多くがイスラム教徒で、わたしたちの好きなお酒を楽しむこともできません。
人口はおよそ1億6000万人で、世界でもっとも人口密度が高い国と言われています。

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それなのに、わたしたちはバングラデシュが大好きです。
わたしたちがバングラデシュを大好きになった理由は「人」です。
最貧国でありがながら、人々から悲壮感のようなものを感じません。

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この国ほど、外国人を歓迎してくれるところはありません。
「おもてなし」の精神にあふれています。

ただ、わたしたちが道を歩いているだけでみんなが集まってきます。
そして「友だちになってほしい」「うちに来てほしい」と真剣な瞳で手を引っ張られます。
そこに下心はありません。

わたしたちもこうした出会いから、突然お宅におじゃましたり、そのままずるずると泊めてもらったり、地域を案内してもらったり、親戚一同を集めて食事会を開いてもらったり、毎日毎日が素晴らしい出会いに満ちあふれた、宝物のような日々を過ごしました。

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この国を去るときは、ほんとうに去りがたく、ビザの期限ぎりぎりまでいました。
結局最後は、列車の中で出会ったノルシャヒンの家にそのままホームステイ。
水道もないほんとうに田舎のお宅でしたが、わたしたちは思い出深いひとときを過ごし、「ずっとこのままここにいて」と言われながらも別れることになりました。
最後は国境まで送ってくれました。
まさに、バングラデシュとインドの国境の上で、ケンゾーとノルシャヒンは、アラフォーの男同士でありながら号泣し抱き合い、わたしたちは別れたのです。

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バングラデシュを離れてからも、わたしたちはバングラデシュのことを思い続けていました。
もし、わたしたちにもっと時間とお金があったなら、世界一周の最後にバングラデシュに立ち寄り、それから帰国したいね、とも話していました。

初恋や片思いの人の名前を口にするだけで、こころが温かくなり、その人のことがまざまざと思い出され、愛おしい気持ちが涌き上がるように、わたしたちは「バングラデシュ」とか「ポリシャル」「ランガマティ」「シレット」とバングラの街の名前を口にするだけで、とても愛おしく「行きたい」「あの人たちに会いたい」という気持ちになります。

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あの国はほんとうにわたしたちのなかでキラキラと輝き続けています。
そんなバングラデシュで、よりによってあのバングラデシュで、あんな悲惨な出来事が起きてしまいました。

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バングラデシュはイスラム教徒の国でありながら、ほかのイスラム教徒の国よりも規律がゆるやかです。
女性は頭や顔をベールで覆わなくてもいいし、ほかのイスラム圏よりもモスクは少ないと思います。
政治や教育の現場では女性が活躍していて、いまの首相も女性です。

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そんなバングラデシュでイスラム過激派による事件が起きてしまいました。

わたしとケンゾーも、バングラデシュではJICAの隊員たちが活動する現場を見てきました。
隊員たちの家にも泊めてもらいました。
わたしたちの友だち、あっくんはバングラデシュの教育機関での活動を終えたあと帰国しましたが、バングラへの想いが強く、帰国後すぐにバングラデシュに戻り、日系の会社に就職したほどです。

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JICAは最貧国バングラデシュへの支援に力を入れていて、たくさんの隊員たちを派遣していました。
そしてバングラデシュの国民たちも、その日本の支援のことを知っていて、こころから感謝しています。
「JICA」という言葉は、日本人よりもバングラデシュ人のほうが多く知っているんじゃないかと思うほどです。

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だから、今回の事件について、バングラデシュの人たちもわたしたち日本人と同じように心を痛め、犯人たちに憤っているはずです。

バングラデシュには、キリスト教徒や仏教徒などもいます。
わたしたちも友人ができました。
彼らはいま、大丈夫だろうかと心配しています。
とくに、ランガマティの仏教徒地区で出会ったローズリーたち。
危険にさらされていないか、不安な毎日を送っていないか、気がかりです。

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そして、犯人たちの笑顔の写真を報道で目にするたびに、わたしはまた心が痛みます。
みんな、いい顔をしているように見えます。
彼らに何が起きたのでしょうか。
どうしてそんな道に進んでしまったんでしょうか。

2001年にアメリカ同時多発テロが起き、もう15年が経ちます。
イラク戦争をはじめ、アメリカが主導する「テロとの戦争」は先が見えないまま続いています。
そして、新たなテロが起きています。

これまで旅をしたわたしたちにとって、印象深い国の多くはイスラムの国です。
人々は気さくで奥ゆかしく、わたしたちを大きな優しさで歓待してくれました。
イラン、パレスチナ、チュニジア、スーダン・・・。
どれもみんなにぜひ行ってほしい国です。
でも、いまは手放しでお勧めすることができなくなりました。
ほんとうに残念です。

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イランやパレスチナ、スーダンでは出会った現地の人の家に突然おじゃましたり、泊めてもらったりすることもありました。
わたしたちは彼らを疑うこともなく信頼し、彼らはわたしたちにとても優しくしてくれました。
別れがたかったです。
忘れられない、大切な友だちです。

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そんな出会いも今の旅人は躊躇しなければならない状態になったかと思うと本当に残念で仕方ありません。

怖いことをする人は本当に本当にごくわずかで、ほとんどがとても優しい人たちだから、その人たちの胸に安心して飛び込んで!と言いたいけれど、言えない状況です。

現地の人たちに心を許すことも難しいうえ、「イスラム教徒の多い国には行かない方がいい」とさえ言われています。
そんなことない!と心では反発しているけれど、でも無責任にそんなことは今は言えません。

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旅人には、悲惨な事件に巻き込まれないように努力をしてほしいと思います。

外国人が多く集まるような飲食店やショッピングセンターには行かない。
とくにラマダン中やイスラム教の休日である金曜日はテロやデモに要注意です。
今回もラマダンの金曜日に起こりました。
金曜日は、長距離バスなどでの移動も避けた方がいいです。
バスも狙われる対象です。
金曜日は自分たちも安息日とし、宿でゆっくり過ごすのがいいかもしれません。
わたしとケンゾーもテロの多いエジプトにいるときはそのことを気をつけていました。

バングラデシュはイスラム教徒の多い国ではあるものの、過激派によるテロで多くの人たちが一度に命を奪われるようなことが起きる国とは思ってもいませんでした。
いまはもう安全な国なんてほとんどないのかもしれません。

バングラデシュでの今回の凄惨な事件には、心が痛みます。
ご遺族の方は深い悲しみを背負ったまま、この先を生きていかなければなりません。

バングラデシュの人たちのために、と活動してきた志し高い人たちが命を奪われてしまいました。
どうしてそんな人たちが犠牲にならなければならなかったのか、まったく理解できません。
でも、それがテロなのです。

イスラムやアラブの国へ恐怖を向け、敵対視することはテロを抑える何の解決策にもなりません。
でも、どうすればいいのかわかりません。

イスラムの国々が大好きな者として、イスラム教徒の大切な友だちがいる者として、旅人として、世界がこの混迷の状態から脱出できることを願ってやみません。
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グアテマラついに出国 次の国は?

2016.07.04 12:19|グアテマラ☞EDIT
久しぶりに床の雑巾がけをしたら、汗をかいたイクエです。
この前、同年代の友だちと学校の掃除の思い出話をしていたら「うちの学校は掃除の時間がなかった。子どもたちは掃除しなくて大人がしていた。」と聞いてビックリしました。
そんな学校もあるんですね。
その友だちは学校の長い廊下の雑巾がけとか、教室の机を抱えて隅にどけたりとか、そんな思い出がないそうです。

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グアテマラを大移動してようやくフローレスという街に到着したイクエとケンゾー。
厳密に言えばフローレスとは、この街の湖に浮かぶフローレス島のことで、バスターミナルや商店街がある内陸の街の部分はサンタ・エレーナ地区と言うらしい。

フローレス島に泊まった方がリゾート感を感じられそうだけど、わたしたちは明日の朝にはこの街を出ていく。
近場で安く泊まれるのなら、そこでよかった。

「ここは?
 ホテルみたいだけど。」

「高いかなあ。
 一応、値段だけ聞いてみようか。」

いつものような会話をし、中へと入っていく。

ちなみに1階の迷彩模様のシャッターが降りているところは、武器とかアーミーグッズを売っている店。

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HOTEL CASA DE DON FRANCISCO。
中は明るく、リフォームされたばかりのようでピカピカで新しい。

高そうかなと思ったけど、シャワーなしのダブルルームは1室100ケツ(約1600円)。
清潔だし安全そうなので、ここに決めた。

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時間はもう午後3時。
せっかくだから、観光地のフローレス島に足を伸ばしてみよう。

ここからは歩いて1キロほど。
街を通り抜けると、ペテン・イツァ湖が正面に見えてきた。

きょうはあいにくの空模様だけど、晴れていたら心地よい風が吹き付けて気持ち良さそう。
街とフローレス島は、全長およそ500メートルのレジェ橋で結ばれている。

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ペテン・イツァ湖には遊覧船も出ている。

この近くには熱帯雨林の中にひっそりと、でも存在感たっぷりに存在しているティカル遺跡がある。
ティカル遺跡は西暦300年から800年くらいに栄えたマヤの最大の神殿都市。
グアテマラ屈指の観光地となっている。

でも、イクエとケンゾーはそこまで遺跡に心惹かれない。
というのは、この世界旅行で気づいたこと。
以前は世界的に有名な遺跡は「この目で見たい!」と思ってたんだけど、この旅行中そんな遺跡を実際目の前にすると「ふーん、へぇー、昔の人はすごいなあ。」というくらいの感想。
わたしたちはどうやらそこまで遺跡で感動しないようだった。
それよりも雄大な自然を体感する方が、鳥肌が立ちゾクゾクしたり、いつの間にか涙が滲んでいるくらいに感動している。

どのポイントで感動するかは人それぞれ。
遺跡にロマンを感じて身体中の毛穴がすべて開くような、魂が揺さぶられる感動をする人もいると思う。

だからわたしとケンゾーはせっかくここまで来たけれどティカル遺跡に行くことはやめることにした。
遺跡はメキシコでひとつ見ればいいかなあと思っている。

とは言え、有名なティカル遺跡。
観光客は多く、このフローレスがその拠点となっている。
だからフローレス島には、これまでわたしたちがグアテマラで見なかったような高級そうな大型ホテルもある。

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でも一歩島に入ると、のどかな風景が広がっている。
島の人口はおよそ2000人。
島自体はとても小さくて、あっという間に歩いて一周できるくらいの広さ。
少し歩けば、すぐに島の反対側に出てきてしまう。

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たしかにおしゃれなレストランやホテル、ツアー会社やお土産屋さんがこの小さな島にたくさんある。
けれど、島の雰囲気はローカルでグアテマラ人に人気の観光地、といった感じ。

高地で涼しい、グアテマラの山間で暮らす人にとっては、ここは南国の海に浮かぶ島のように異国情緒を感じるのかもしれない。

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ペテン・イツァ湖には、フローレス島だけでなくほかにも小さな島が浮かんでいる。

ヤシの木が茂るかわいい島。
南国風の建物が立っている。
島にあるのは一軒のレストランだけ。
ここに船で渡って、ご飯を食べてゆっくり2時間ほど過ごすのだろう。

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島の中央は高台になっていて、小さな白い教会とみんなの憩いの公園がある。

そこでは、木琴の演奏が披露されていた。
木琴はグアテマラの音楽に欠かせない楽器のひとつ。

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ベンチに腰かけて、グアテマラミュージックに耳を傾ける観光客たち。
といっても、お客さんたちはほとんどグアテマラ人。

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音楽にのるでもなく、体を動かすでもなく、ただ座ってじっと聴き入っているのがグアテマラ人らしい。
と思っていたら、一組の夫婦が楽しそうにステップを踏み出した。
夫婦仲良く、フローレス島にバカンスに来たのかな。

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きょうは天気がパッとしないけれど、晴れていたらきっと湖は海のように青く、もっと気持ちがいいんだと思う。

ここから見る夕日もとても美しいんだって。

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湖岸沿いにテントが並んでいる。
屋台で、何か食べ物を売っているみたい。

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お客さんでいっぱいのここは、タコス屋さんだった。
メキシコやベリーズに近いことを実感。
種類も豊富でおいしそう!

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すでに具が包まれて揚げられているものも売っているけど、お客さんがその場でトッピングを決められるものも。
トッピングは10種類くらいあるんじゃないかな。
決めるのも大変。

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でも、食材を持ち寄ってバーベキューを楽しんでいるグアテマラ人たちもいた。
これはこれで、バカンス気分を満喫できる。

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1時間くらいで島をじゅうぶん見ることができたイクエとケンゾー。
アンティグアからケツァールも見ずに、代わりにたくさんのゴキブリと遭遇し、大移動をしてここまでやってきた。
フローレスに立ち寄ったことで、心がリセットされた。

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翌日、午前中に宿を出発。
目的地はべリーズとの国境。
国境の街はメルチョルという名前。

ワゴンはすぐに見つけられた。
運賃はひとり30ケツ(約480円)。

フロントガラスから見える景色が物々しい。

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およそ2時間でメルチョルに到着。
「ここだよ」と降ろされた終点から、国境に向かってまっすぐ進んでいく。

これまで3年半旅をしてきて、いったい何度こうやって歩いて国境を越えただろうか。
でも、それもあとわずか。

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この国境にも川が流れている。
流れのない、深い緑色の池のような川。
これがグアテマラとベリーズを隔てている。

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何度国境越えを体験しても、やっぱりこのときはいつも新しい国への不安や期待がわいてくる。
そして、立ち去る国への想い。

またグアテマラに来ることはあるだろうか。
バイバイ、グアテマラ。
無事に楽しくグアテマラの魅力を堪能することができました。
ありがとう、グアテマラ。

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グアテマラのイミグレーションオフィスでパスポートを提示。
職員の男の人が笑顔で対応してくれた。

グアテマラ出国のときに出国税を払わないといけないと思っていたけど、全然徴収されなかった。

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スタンプを押されて、無事に出国。
したんだけれど、お腹が空いている。
お昼の時間だし、食べていこう!ということで、その辺の食堂で最後のグアテマラ料理を食べることに。

多くの国では、国境地帯に食堂や雑貨店が並んでいる。
それがどっちの国のお店なのかわからない。
川を渡ってベリーズ側に来たけれど、別に国境の柵があるわけでもない。
この食堂からはベリーズのイミグレーションオフィスよりもグアテマラのオフィスが近い。
だからここはたぶん、グアテマラ人のお店かな。

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お支払いはグアテマラの通貨で。
ひとり20ケツ(約320円)。

およそ4週間のグアテマラの旅。
グアテマラに来る前、「ふたりならグアテマラ4週間は足りないと思う。半年ぐらいあってもいいよ。」なんて旅友から言われていた。
4週間じゃ満喫できないんじゃないか、消化不良になるんじゃないか、と心配していたけれど十分満足できた。

わたしたちのグアテマラの旅のいちばんの目的は、民族の文化に触れることだった。
これに、自然や遺跡観光をプラスするならもうちょっと日にちがあったほうがいいかもしれない。

でも、わたしたちとしてはグアテマラの小さな村にも足を運ぶことができたし、タカハウスで年末年始を迎えることができて、大満喫。

さあ、次の国はベリーズ。
小さな国ベリーズは、足早に駆け抜けるつもり。

ベリーズがどんな国なのか想像もつかない。

ベリーズさん、よろしくおねがいします!
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グアテマラを駆け抜ける でも、道は行き止まり

2016.07.02 11:52|グアテマラ☞EDIT
取っていたドルが600ドル分残ってるんだけど、いきなりの円高で損した気分のイクエです。
円に両替しとけばよかった。
わたしたちが旅行していて高かった時期は1ドル125円くらいだった。
それがいまでは100円!
600ドルだと1万5000円の差ですよ!

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ゴキブリホテルを朝7時半に発ったイクエとケンゾー。
こんなホテルに長居する理由はない。

夜中にゴキブリが顔を這って何度か目覚めるだろうなあと覚悟していたけど、ゴキちゃんは顔にはこなかったのか、それとも来てもわたしたちが気づかなかったのか、顔のゴキブリを払いのけることはなかった。

きょう目指すのは、ベリーズとの国境に近いフローレスという街。

これまでわたしたちは、グアテマラの山間部の少数民族の村々を旅してきた。
「ウエウエテナンゴ」
「サン・フアン・アティタン」
「トドス・サントス・クチュマタン」
「チチカステナンゴ」・・・。
舌を噛みそうな地名ばかりだったけど、ここにきて「フローレス」とはなんとも優雅な響き。

フローレス

フローレスには、湖があり、そこにはフローレス島というのがあってちょっとした観光地になっているのだそう。

ここ、コバンからフローレスまではきっときのう乗ったようなちゃんとしたバスが運行しているとは思う。
でも、できることならローカルなバスで安く移動したい。
どこでそんなバスに乗れるかわからないけど、とりあえず街の中心地まで歩いていってみることにした。

「フローレスに行きたんです。
 バスはありますか?」

何度かその質問を繰り返し、わたしたちは市場の近くまでたどり着いた。
でも、バスの姿はない。

「フローレスまでのバスはどこから乗ればいいですか?」
「あっちじゃないかな。」

ホテルからかなり歩いてきた。
バッグが重い。
小雨も降っている。

「バス停はどこにありますか?」
「この道を2ブロック進んで、左に曲がって、10分くらい行くといいよ。」

質問の答えは、徐々に具体的になってくる。
そして、わたしたちはそれらしきところにようやくたどり着いた。

「もしかしてあれ?」
「ワゴンってことか。」

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いちばん最初に止まっていたワゴンの車掌に「フローレス?」と聞いたら頷いたので飛び乗った。

ワゴンは田舎道を進んでいく。
たまに集落があるくらいで、街はない。
グアテマラの国土は日本の3分の1ほどの広さ。
丘や山が広がり、木が鬱蒼と茂り、人が暮らしていない場所が国土の大部分を占めている。

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グアテマラの緯度はタイやフィリピンと同じで、緯度で見れば熱帯にあたる。
けれど、街は標高が高いところに作られているので、涼しくて過ごしやすく熱帯という感じがまったくしない。

でもこのあたりはバナナの木がたくさん生えている。
東南アジアの風景に似ている。

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このバスは、ほんとうにフローレスに行くのだろうか。
携帯のGPSで確認すると、たしかに方向としてはあっているけど、少し回り道している。
不安になってきた。

隣りの乗客に聞く。
「このバスはどこまで行くんですか?」
「どこに行きたいの?」
「フローレス」
「フローレス?」

すると、まわりの人たちも話に加わってくる。
「このバスはフローレスには行かないよ。」
「途中で乗り換えないといけないね。」
「このバスはまっすぐ行くけど、あなたたちは曲がらないといけない。」

バスに乗って2時間半。
「ここで、降りて。」

そう言われた場所は、ただの分岐点だった。

「ここで待ってたら、次のバスが来るから。」
そしてバスはそのまま出発していく。

ここまでの運賃は30ケツ(約480円)。

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本当に来るのかなあ・・・。

10分ぐらい待っていると、さっきと同じようなバスがやってきた。
「フローレス?」と尋ねると、何か言われたけどよくわからなかった。
でも、とりあえずこれに乗れば良さそう。

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天気が心配だけど、車内は狭くて荷物を持ち込めない。
車のルーフに荷物を置いてもらう。

山や丘が続くさっきの峠道と違って、今度は平坦な道を進んでいく。
木の種類も変わってきた。

カリブ海の方に近づいていることを、実感する。

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乗ってから2時間20分。
ついにわたしたちは、道がないところに来てしまった。

行き止まりの理由は、そこに川があるから。

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ここからどうすればいいんだろう。
乗客は全員バスを降りた。

「ここで終わりですか?」
「うん。
 あっちに渡ってね。」


ここまでの運賃は30ケツ(約480円)。
ここは、サヤクチェという場所らしい。
聞いたことない。

とにかく、ほかの人についていかないと路頭に迷ってしまう。

ほかの乗客のあとをついて、河原を歩いていく。

河岸に並ぶ、いくつもの細長い渡し船。
これに乗るってことかな。

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ボートに乗れるのは人だけじゃない。
オートバイでもこの川を渡れる。

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じゃあ、車は?

この通り。

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車用の船は、とても簡素な造りだけど、なぜか海に浮かぶ小島のようなたたずまい。
リゾート感を醸し出しているのは、操縦している人の上にこんなお手製のパラソルがあるから。

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わたしたちもワゴンごと向こう岸に渡りたかったけど、人間だけで渡し船に乗って、また別のワゴンに乗り換えないといけないらしい。

ボートに乗って、ゆっくりと川を渡っていく。
あっという間に渡って、運賃は2ケツ(約32円)。

そしてこっちの河原でもワゴンが客を待ち構えている。

今度こそ、目的地のフローレスまで直通で行ってくれるみたい。
運賃はひとり23ケツ(約368円)。

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ここからフローレスまではおよそ2時間。

あしたはベリーズに入国したいから、あすの朝にはフローレスを出発したい。

イクエとケンゾーのフローレス滞在時間はどのくらいになるのだろうか。
フローレスの街を少しくらい観光したい。
そんな時間が残されているといいけど。
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