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2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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幻の鳥を求めていたら、出会ったのはゴキブリだった話

2016.06.30 13:20|グアテマラ☞EDIT
最近やりはじめたラジオ体操で、筋肉痛になっているイクエです。
とくにふくらはぎ。
続けていけば、体が今より柔らかくなるかなあ。

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「ここですよ。
 早く降りて。」

突然バスの車掌が言った。
わたしたちは、鬱蒼と木々が茂る何もない路上に放り出された。

あるものを追い求めて、ビオトポ・デル・ケツァールに到着したイクエとケンゾー。

ケツァール。
グアテマラのお金の単位であり、国鳥の名前でもある。

幻の鳥を求めて、わたしたちはここに来たのだった。

ケツァールとは、アステカ文化の言葉で「大きく輝いた羽」という意味。
その名の通り、オスはとても長い飾り羽を尾に持っている。
体長は35センチくらいなのに、尾羽を含めると全長は1メートルを超す。
全体的には鮮やかなエメラルドブルーで、腹部は美しい赤い色をしている。

手塚治虫の漫画『火の鳥』のモデルとなった鳥と言われている。

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中米の限られた場所に生息しているケツァール。
実はコスタリカでもケツァールの出没スポットがあった。
でもケツァールは自力で探すのは至難の業。
ガイドを雇わないといけない。
ガイドを雇ったとしても見られる保証はない。

コスタリカにいたとき、ケツァールを探しに行くか迷ったけど、わたしたちはグアテマラにかけることにした。

『地球の歩き方』に、このグアテマラのビオトポ・デル・ケツァールの宿の庭が「より確実な穴場」として紹介されていたのだった。

だからわたしたちはここにやってきた。

この宿に泊まって、庭で待っていれば運が良ければ野生のケツァールがやってきて木に止まり、その姿を観察することができる。

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「こんにちは。
 すみません。
 ホテルに泊まりたいんですが、部屋はあいてますか?」

「ええ、おふたりですね。
 空いてますよ。」

「お値段はいくらですか?」

スタッフが答えた金額は、わたしたちが予想していたものをはるかに越えていた。
事前に調べたものよりも値上がりしている。

「ちょっと、高すぎるやろ。」
「どうする?
 でも、ここまで来たし。」

「絶対に見られるならそのくらい払ってもいいけど。
 もし見られんなら・・・。」


時間はもう夕方。
1泊したとしてもチャンスはそんなにない。

「どのくらいの確率で見られますかねえ。」

スタッフに尋ねると、ノートを見せてくれた。
それはカレンダーになっていて、ケツァールが庭に現れた時間、どのくらいの間いたか、何羽いたかが書き記されていた。

「・・・やめようか。」
「うん。」

ケツァールは毎日は来ていなかった。
2、3日連続で来ることもあれば、5日間くらい全然来ないこともあった。
しかも、来たとしても1日に1回か2回。
木に止まってる時間は5分くらい。
いまは霧雨のようなのも降っている。
今からチェックインして、あしたのチェックアウトまで見られるような気にはならなかった。
時期が悪かったのかもしれない。

「幻の鳥は、幻の鳥のままがいいかもしれんね。」
自分たちに言い聞かせる。

さよなら、ケツァール。
会ったことないけど。
これからもわたしたちの幻の鳥のままで、どうかお元気で。

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去りがたい気持ちもあったけど、案外あきらめもついた。
ということは、それほどわたしたちに「会いたい」という気持ちがなかったのかもしれない。

さて、ここからどうしよう。

わたしたちは、ケツァールに会いに行ったらグアテマラを出国しベリーズに入国するつもりでいた。
だからここからベリーズを目指すのみ。

もちろん一日では移動できないから、きょうは近くの街に泊まってあしたは国境の近くまで進んでグアテマラにもう一泊、あさってあたりベリーズに入国できたらいいなあ。

時間はもう午後6時前。
まもなく日が暮れてしまう。
とりあえずきょうはコバンに一泊することにした。

ビオトポ

道ばたでバスを待つ。
バス停なんてない。
ただバスが通るのを待ち、コバン行きのバスが通りかかれば大きく手をあげて止めないといけない。

10分待っても20分待ってもこない。
このまま夜になってもこなければどうしよう。
そしたら、さっきあきらめて出てきたホテルに舞い戻るしかないかもしれない。

不安になっていたとき、ワゴンがやってきた。
コバン行きだ。

なんとか乗ることができてひと安心。
運賃は15ケツ(約240円)。

すぐに着くかと思っていたら、1時間くらいかかってしまった。
もうすっかり夜。

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コバンは思ったよりも都会。
マクドナルドやきれいなガソリンスタンドがあって、わたしたちが知っているグアテマラらしくない。

コバンには泊まるつもりがなかったから、宿のリサーチはしていない。
でも、これだけの街の規模だと泊まるところは見つかるだろう。

「ここは?
 ホテルって書いてるよ。
 ラブホテルみたいだけど。」

「値段だけ聞いてみる?」

看板はあるものの表から見えるのは壁だけで、中の様子はさっぱりわからない。
中に入ると奥行きのある広いガレージのようになっていて、それを取り囲むようにホテルの部屋があった。

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客はほとんどいない。
レセプションやフロントのような気のきいたものは、ない。

スタッフはいないかわりに、大きなバックパックを背負った白人の女の子が立っていた。
どうやらその子もホテルを探していて、たまたまここに入り込んでしまったらしかった。

わたしたちは大丈夫だけど、ヨーロッパの女の子ひとりでここは厳しいんじゃないかなあ、と内心で思っていた。

「はじめまして。
 スタッフはいないんですか?」

「わたしもいま来たばかりで。
 誰もいないですねー。」

「すみませーん!
 こんばんはー!!」


3人で叫ぶ。

すると、若い男性が階段から下りてきた。

「こんばんは。
 2人部屋、空いてますか。
 ふたつのベッドか、ひとつの大きなベッドの部屋。」


わたしたちと女の子は別々に部屋を要望したつもりだったけど、男性に案内されたのは3人部屋だった。
わたしたちが3人グループだと勘違いしたのは無理のないこと。
バックパッカーなんて立ち寄らないような宿に、突然3人の外国人バックパッカーが同時に現れたのだから。

値段を聞くと、わたしたちにとって悪くない値段だった。
グアテマラでは宿の相場は地域によって違うので、わたしはそれを心配していた。

知らない人と3人部屋はあまり気が進まないけど、この宿には泊まってもいいかな。

そう思っていたら、彼女が「どうしますか?」と聞いてきた。
きっとシングルの部屋というのはここにはない。
1人だけで泊まると割高になるから、彼女としてはわたしたちと部屋をシェアしたいと思っているようだった。

でも、わたしとケンゾーは朝からアンティグアを出発し、グアテマラシティを歩き、バスを数時間も待って、ケツァールが出没する場所に立ち寄って、ようやくここまでたどり着いた。
誰にも気兼ねせず、夜はゆっくりしたかった。

それに・・・。
わたしたちは、例のやつを使って部屋の中でディナーを用意しないといけない。
例のやつというのは、電熱コンロ。
パスタでも作ろうかと思っている。
知らない街をこんな夜に出歩いて外食はしたくない。

彼女がいる部屋でいきなりふたりで調理を始めるわけにはいかない。

彼女には申し訳ないけど、わたしたちは彼女の内に秘めた望みに気づかないふりをして男性に聞いた。
「わたしたち、ふたりとひとりなんです。
 安いふたり部屋はありますか?」


男性は理解したという顔をして、ダブルルームの部屋に案内してくれた。

a_DSC_8100.jpg

「いくらですか?」
「ここだと1室85ケツ(約1360円)。」

一人当たりの値段は三人部屋のときとそれほど変わらない。
イクエとケンゾーに三人部屋に泊まる理由はもうなかった。

「わたしたちはここに泊まります。」

気がかりなのは彼女。
ここに一人で泊まるのはためらっている様子。
わたしは思い出した。
タカハウスで出会ったケントくんが「もしコバンに泊まることがあれば」と自分が泊まった宿の名刺を渡してくれていたのだった。
それは、バックパッカーが好みそうなゲストハウスでドミトリーもあるようだし、Wi-Fiやキッチンもついている。
名刺を探し出し彼女に渡した。

「ここどうやっていけばいいの?」
「住所はそこに載ってるけどわたしたちもわからない。
でも街の中心地だと思うから、通りをまっすぐ歩いていけば着くはず。」

「ありがとう。」

イクエとケンゾーはチェックインした。
そして例のやつでパスタを茹でる。

「うわ!ゴキブリがおる!」
「こっちもいっぱい!」

さっきは気づかなかったけど、この部屋はゴキブリの巣窟だった。
親指の爪くらいの大きさのゴキブリがウジャウジャ。
壁や床、天井。
たぶんこの部屋だけで百匹は住んでるんじゃないか。

「これ、さっきの彼女、ここに泊まらなくてよかったよ。」
「無理やったやろー。」

これまで三年半旅をしてきて、汚い宿、ゴキブリが大量発生する宿にも泊まってきたけれど、これだけ多いのは初めて。
大げさじゃない。
部屋を見渡し、一度に視界に捉えるだけで50匹はいる。
サイズが小さいのがせめてもの救い。
これが日本サイズのゴキブリだったら、気持ち悪くて身体中にじんましんができたと思う。

手の届くところは一つ一つ潰していく。
でも、キリがない。
疲れ果てていたわたしたちは小さなゴキブリを潰していく体力はあったけど、今さら宿を変える気力はなかった。

「共存するしかないね。」
「一泊だけやしね。」
「夜遅いし、寝るだけやしね。」
「寝てるとき顔に落ちてきそうだけどね。」
「あ〜。
 電気点けたまま寝よう。」

わたしたちは天井を這うゴキブリたちを恨めしく睨んだ。

わたしたちはきょう、幻の鳥と言われる、エメラルドグリーンの羽をつけたケツァールに会う予定だったはず。
でも、現実にいるのは、赤黒く光る羽をばたつかせている、無数のゴキブリたちだった。
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旅する夫婦でカレーライス

2016.06.29 13:22|グアテマラ☞EDIT
黒豆茶を飲みながら、これを書いているイクエです。
旅に出ても毎日、旅に出る前は一日5杯くらいコーヒーを飲むほど、コーヒー好きのわたしでした。
コーヒーを断とうと努力していて、無理かなと思ったけどけっこう成功しています。
飲まなくなれば、それほど飲みたいと思わないものですね。
タバコといっしょかな。(吸ったことないけど。)

グアテマラの火山トレッキングで満足感と適度な疲れを抱えて、アンティグアの日本人宿・ペンション田代に戻ってきたイクエとケンゾー。

この宿には、たくさんの日本人が滞在している。
わたしたちみたいな、夫婦2人で旅をしているカップル2組に遭遇。
きょうの夜はみんなでカレーを作って、夫婦3組で盛り上がろうということになった。

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旅人夫婦とは、当然会話も盛り上がる。

わたしたちは旅人夫婦とお酒を飲むのが好きだし、いっしょに小旅行するのもいいなあって思っている。
これまでも何回かは旅先で旅人夫婦と出会い、そのままいっしょに何泊か旅行したことがある。
夫婦と旅行するのは、一人旅している人といっしょに旅行するよりもスムーズにいく。
お互いパートナーがいるので気兼ねなく「きょうは私たち先に外でごはん食べてくるね」とか「きょうはちょっと疲れたから宿にいるね、ふたりで遊んで来て」とか言い合えるから。

それに妻は妻同士、夫は夫同士で「そうそう!そうだよね!」「それ、あるあるあるー!うちもそうー!」って盛り上がれる。

それと一人旅の人と夫婦旅の人とでは、旅への思いや人生の見方が少し違う。
旅人は「自由で、社会に媚びることもなく自分の道を歩いている」というイメージだけど、夫婦だとそうはいかない。
「ひとりではなく、共に生きる」というのを考えないといけないし、「社会の中のわたしたち夫婦」というのも否応無しに考える。
一人旅をしている人よりも「社会」への愛着があるような気がする。
そして、そんな愛着をもつ社会をいったん離れて、長期で旅に出るという決断をくだしている。
社会復帰への道が見えない状態で旅に出れば、その後、夫婦共倒れ、ということもありえる。
それなのに、そんなリスクを冒して、旅に出る決断をしている。
旅に出る夫婦って我ながら、ヘンだと思う。

この安里夫婦も。

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とても柔らかな雰囲気のおふたり。
おっとり、ほんわかしている。

けれど、お2人はなかなかのチャンレンジャー。
自分たちの故郷でもない日本の農村で新婚生活をしている。
住んでいるのは広い古民家。
家賃は月5000円という激安物件。
不動産屋ではこういうのを紹介してくれないから、まずはその場所に住み、自分たちで周辺の村をまわってリサーチしたり地元の人と仲良くなって情報をもらったりしながら良さそうな家を探し出し、家主と交渉したんだって。
でも、ボロボロだから自分たちでかなり手を加えている。

びっくりするのは、2人の生活。
なんとお風呂は毎日、薪で沸かしてるんだって。
ガスもないから、料理はカセットコンロでやっているのだそう。

2人は外に働きにいっているわけではない。
ボロボロの古民家を自分たちで少しずつ修繕しているので、日中はその作業で忙しい。
じゃあ、どうやって生計を立てているのか。
それは、民泊。
月5000円の古民家の一室を、希望者に有料で提供している。
観光地もない、スーパーもコンビニもない、ただの「ど田舎」。
それなのに年に半分くらいはお客さんが泊まっている。

いちばん多いのは外国人客。
日本の有名な観光地は行き尽くした人たちが、日本の本来の姿を求めてこの「ど田舎」に滞在しにくるのだそう。
あとは司法試験を控えた日本人。
隔離されていてやることもなく誘惑もない場所なので、ネットもせずに、司法試験の勉強に集中するのにもってこいなんだとか。

滞在中、1回は安里夫婦が食事を提供することにしているけど、あとは自炊。
安里家には自分たち用と客用にカセットコンロが2台あるんだって。
食材を買うお店は近くにないから、お客さんには家に来てもらう前に必要な食材をあらかじめ買ってきてもらうのだそう。

日本の「ど田舎」。
やることと言えば、散歩をするくらい。
散歩をしていると、畑が広がって、そこで農作業をしているお年寄りたちがいる。
そして挨拶を交わす。
外国人と「ど田舎」のおばあちゃんが。
すごくおもしろい光景。

地元の人たちはそんな安里夫妻を「にいちゃんたち、おもしろいことやってるねえ。にいちゃんたちが来てから、外からやってくる人たちが増えて、村もおもしろくなってきたなあ。」と感謝されたりもするのだそう。

この夫婦、おっとりしているけど、なかなかのやり手。

そして向かって右側のお2人は高木夫妻。
旅をする高木というブログを執筆中。

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ペンション田代で売っていた日本のカレーのルウで作ったメニューをみんなで。

高木夫妻の奥さんはイクエと同郷で年齢も同じ。
アメリカに留学したり、ベトナムで日本語教師として働いていた経験をお持ち。

そんな二組の旅する夫婦に「絶対に夫婦旅なら、これがあったほうがいいよ!」とイクエとケンゾーがオススメしたのはパナマで買った電気コンロ。

覚えていますか?
これです。

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これは、意外と軽いし、南米なら1000円以下で買える。
電気があるところなら、どこでも自炊が可能という優れもの。

普通なら、こんなの「えー?そんなの持ち歩いてどうするの?かさばるし。」って言いたくなると思う。
でも、この話を二組の夫婦に話すと「それいい!買いたい!写真撮っておこう!」。

一人旅だとそんなに需要はないかもしれないけど、これがバックパッカーのふたり旅だったらかなり重宝する。
どうしてかというと、一人旅の人はドミトリールームがあるバックパッカー専用のゲストハウスに泊まることがほとんど。
そんな宿にはたいてい共同のキッチンもついている。
けれど夫婦旅だとほかの人といっしょのドミトリーには極力泊まりたくない。
ダブルかツインの個室に泊まりたい。
そうなるとバックパッカー専用のゲストハウスではなく、地元の人御用達の安宿に泊まる機会が多くなる。
そんなところにはキッチンなんていうものはない。
だから、これが活躍するのだ。

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これがあれば、起きてすぐに部屋でそのままコーヒーを淹れたりもできる。
旅の後半にこれを買ったイクエとケンゾーだけど、もっと早く買っていれば・・・と後悔している。

そして、このあと本当に高木夫妻は電気コンロを購入。

ほんとうはね、むしろ安里夫妻に買って欲しかったんだけどね。
旅行用に、ではなく、自宅用に。
カセットコンロよりも使い勝手がいいと思うんだよねー。

楽しい夫婦同士の晩餐を過ごしたイクエとケンゾー。
次に向かう場所はビオトポ・デル・ケツァール
グアテマラを代表する鳥「ケツァール」に会える場所。
ビオトポ・デル・ケツァールは、コバンという街の手前にある。
ここからだとまずはグアテマラシティを目指し、そこからコバン行きのバスに乗ることになる。

ビオトポ

安里夫婦、高木夫婦、楽しいひとときをありがとう!
これからも、夫婦ともに元気で楽しく、無事に日本で再会をはたそうね!

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グアテマラシティは首都とあって、バスはすぐに見つかった。
グアテマラシティまでは1時間半くらい。
運賃はひとり10ケツ(約160円)。

中南米の首都はだいたいどこも治安が悪いと言われているけど、グアテマラシティも例外ではない。
用もないのにあまりうろつきたくはない。
でも、変なところでバスから降ろされ、乗り換えのバス停までは2キロくらいある。
タクシーを拾おうかとも思ったけど、流しのタクシーも怖いし、昼間なら警戒すれば大丈夫かな、とふたりで歩いていくことに。

早足でキョロキョロまわりに気をつけながら。

こういうときはいつも緊張する。
心臓がバクバク。

でも一度も、わたしとケンゾーは怖い目にあっていない。
ラッキーなだけだと思うけど、身なりが汚いから襲われないっていうのもあるかも・・・。
こういうときは、ザックカバーが汚れてて破れててよかったなあって思う。

できるだけ人通りの多い道を選ぶ。

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ようやくコバン行きのバスターミナルに到着。
バスターミナルと言っても、このバス会社専用なので大きくはない。
次のバスは満席のため、ここで数時間待ちぼうけ。

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いままでチキンバスに乗っていたから、こういうちゃんとしたバスに乗るのはグアテマラではじめて。
エアコンも効いている。
そしてその分、運賃も高い。
ひとり75ケツ(約1200円)。

(でもこのあと休憩で立ち寄ったドライブインで、アンティグアとコバンを結ぶチキンバスがとまっていた。グアテマラシティのどこから乗れたんだろう?そしたらもっと安く移動できたのになあ。)

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チキンバスみたいに途中でいろんな人が乗ってこないし、窓は閉め切られていておまけにスモークが張られている。
だから、道ばたの人からはどんな乗客が乗っているのか見ることができない。

それをいいことに、窓から安全にグアテマラシティの様子を見物する。

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グアテマラシティは世界でもワースト10に入るくらいの凶悪都市。
毎日50人ぐらいの人たちがこの街で殺害されているのだそう。

商店も鉄格子。
お客さんは品物を手に取ることができず、鉄格子越しに店員に「すみません、あそこのお菓子をください」と注文する。

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グアテマラシティは危ないから、グアテマラを旅している人たちも立ち寄らない。
でも、タカハウスに何年も滞在しているトクさんは「みんなが言うほど危なくない。気をつければ問題ない。」と言っていた。
旅のスキルがあれば、もしかしたら楽しい街なのかもしれない。

わたしたちには、まだまだそのスキルがそなわっていない。

グアテマラのファストフード店「ガテバーガー」も、物々しい。
ここで食べるくらいなら家でなんか作った方がいいなって思ってしまう。

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鉄橋の下にはトタン造りの小屋が並んでいた。
スラムかもしれない。

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眺めていたら、なんか違和感のあるものを発見。
この写真のどこかに隠れてるよ。
わかる?

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「見て!ケンゾー。
 あんなところに人間がおる!」

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この柵もない鉄橋は、人間が渡るための橋だったの?
怖い。
高所恐怖症の人は絶対ダメだよね。

きれいな建物やショッピングセンターが並ぶ通りに入ってきた。
こうやってみると、アメリカなんかと変わらない風景。

駐車場にはきれいな車がたくさん止まっている。

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でも、これこそが治安の悪さの原因かもしれない。
貧富の差を見せつけられる。

今までグアテマラの山間の村を訪ね、そこで伝統衣装に身を包み、慎ましく暮らしている人たちの姿を見てきた。
21世紀の日本とは別世界だった。
「この人たちは、テレビのドラマやハリウッド映画を観たらどう思うのかなあ」と思っていた。
現代的な生活に憧れるのだろうか。

きっと、お金を稼ごうと村から首都のグアテマラシティに出てきた人もたくさんいると思う。
でも実際はお金を稼ぐのは大変で、村での生活の方が豊かだったと思う人もいるんじゃないかな。
でも、もう後戻りはできない。
その中の何人かは犯罪に手を染めてしまうかもしれない。

現代の世界って残酷だなあ。
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アカテナンゴ山頂へ 息をのむ幻想的な景色

2016.06.27 11:51|グアテマラ☞EDIT
きのう久しぶりに洗濯をしたイクエです。
このところ雨ばかりで洗濯のタイミングを逃していた。
干してくれたのはケンゾーだけど、畳んだのはわたし。
ケンゾーのTシャツを山のように畳みました。
今度はいつ洗濯できるかな。

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きのうから始まったアカテナンゴ火山トレッキング。
きのうは5時間かけて標高3600メートルのところまでやってきてテントで宿泊。

そしていま、頂上を目指して夜明け前の道を歩いている。
眼下では、地上の街並みの灯りがキラキラと瞬いている。

空には半月。

地平線でも、水平線でもない。
「雲平線」。
空と雲の境がわかるくらいに明るくなってきた。

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日の出前に山頂に着くことができるだろうか。
御来光を拝まなければ。

歩くスピードを上げる。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ。」

目指す高さは標高およそ4000メートル。
空気がだいぶ薄くなっているのを体で感じる。

気を抜くと、火山灰の土に足を取られそうで「しっかり歩かなきゃ」と自分を励ます。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ。」

標高が高くなることで、空気が薄くなるだけでなく、気温もかなり低くなってきている。
それでも、滑りやすい場所を強く踏みしめながら歩いているので体力を使い、体はほてっている。
汗が流れる。
着込んでいた上着を一枚ずつ脱いでいく。

薄暗いため、いま登っている山がどんな形をしているのか、自分たちがいまどの辺まで来ているのか見当がつかない。

それでも着実に、山頂には近づいている。
それを励みに一歩ずつ。

「きっと、もう少し。」

急斜面が突然、なだらかになった。

「もしかしてここ!?」

どうやらわたしたちは山頂に着いたようだ。
山頂のそこは、暴風域だった。

今まで山の斜面が風を遮っていたけれど、ここには何もない。
吹きっさらし。
雲の上と言うのは、とても静かで平和な感じがするけれど、実際は自分たちは風に飛ばされそうになっている。
そのうえ寒い!

レインジャケットのフードをかぶる。
風に吹かれてバタバタバタバタ、とうるさい音が耳元で鳴る。

嵐に立ち向かうように、体全体で風を受けながらもそれに逆らうように一歩一歩大股でゆっくりと進んでいく。
山頂は広い。

向かいのフエゴ火山が見えるところが、ゴールのようだった。
きっとその方角から、太陽も出るのだろう。
「雲平線」は金色、オレンジ、白、紫とグラデーションに染められている。

雲から飛び出ている黒い影が見えた。
フエゴ火山だ。

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まるで、海にぽっかりと浮かんでいる島。

雲海の中からニョキっと黒い顔を出しているフエゴ火山。
誰も寄せつけいない存在。
白と黒のコントラストは、ますます気高さを感じさせる。

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空はどんどん白み始めている。
もうそろそろ太陽が出てきても良さそうなのに、まだまだ顔を出してくれない。
もしかして、もう日の出は終わっているのだろうか。
雲に隠れて太陽が見えていないだけだろうか。
少し不安になる。

フエゴ火山がどんどんはっきりと見えてくる。
山肌に目を凝らすと、ところどころでもくもくと白い煙が上がっている。

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みんな岩場の座れるスペースを陣取る。
岩が少しは風をよけてくれるとは言え、それでも着ているジャケットのなかにも風が入ってきて膨らみ、耳元でバタバタバタバタと音がする。

ここは雲の上。
そしてきっと、まもなく真っ赤に燃える太陽が登場し、徐々に雲の世界を溶かしていくはず。

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空はさっきよりも赤く染まっている。
雲平線の色が、まもなく太陽が上がってくることを告げている。
色はどんどん濃くなり、そしてー。

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六角形のようないびつな形の太陽。
目の錯覚からなのか、環境がそうさせているのか、不思議な形。

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雲は右から左へとすごい勢いで流れていく。
その雲の間からちょうど顔をのぞかせるように、太陽がわたしたちに向き合っている。

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自分たちの顔に熱を感じる。
みんな顔が桃色に染まっている。
強風にさらされ、いてもたってもいられない寒さだったけど、この世界がじんわりと温まっていくのがわかる。

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私たちの今いるアカテナンゴ火山は、山頂にクレーターのような大きな窪みがある。
ゆるやかに落ち込んでいる窪みは浅い。

驚いたことに、こんな風吹きすさぶところに、テントを張っている一行がいた!

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たしかにロケーションは最高。
フエゴ火山が間近で見られるので、夜は炎もはっきり見えるはず。
でも、わたしたちが泊まっているキャンプ地だって寒いのに、そこから500メートルも高いここの気温はマイナス何度なんだろう。
それに強風にあおられてテントが飛んでいきそう。

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このコースは道に迷うことはそんなになさそうだし、毎日のように登山客がツアーで登っているので、誰かしらと遭遇する。
だから、登山の経験が豊富な人なら自力でも登れないことはないと思う。
しっかりした登山道具と技術があれば、ツアーに参加せずに自力でも大丈夫だとは思う。
でも、絶対に山頂には泊まらない方がいいと思う。
寒さで眠れないだろうし、強風でテントが壊れる危険性があるから。

太陽の強烈な熱でこの山頂の気温も一気にあがったけれど、それでもまだ震えるほど寒い。

「さあ、もう帰らないと。」
ガイドの言葉に反対する人はいなかった。

でも、この景色に別れを告げるのが名残惜しいのは確か。

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太陽の方には雲が厚く立ちこめているけれど、街の方は晴れている。
わずかな雲がふわふわと漂い、その下には大地が見える。

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登るときはライトの灯りだけが頼りで、自分たちがどんなところを登っているのか全然見えなかった。
明るくなって全容が見える。
よくこんなところを登ってきたなあと思う。

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「山を下っていく」というより「山を滑っていく」。
一歩一歩慎重に足を運んでいては、転ぶからかえって危ない。
勢いに身を任せ、ダダダダダーっと火山灰の砂を滑っていく。
靴の中に砂がいっぱい入ってくるけど気にしないようにする。

この急斜面。

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真下に滑ったり、土が固く道ができているところはジグザグに歩いたり。

フエゴ火山のほうに顔を向けて歩いていると、山は雲に包まれていった。
ここからはもう山のてっぺんしか見えない。

さっきまで雲の上にいたわたしたちは、雲の高さにまで下って来てしまった。

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けれど10分もしないうちに、ふたたび雲が流れ消えていった。
ふたたび黒いフエゴ火山と向き合う。

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フエゴ火山の「フエゴ」とは、「火・炎」と言う意味。
いまも、ときおり煙を吐き出している。

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タイミングがあえば黒い煙を、ぶおおんと吹き出しているところも見ることができる。
友人から写真を見せてもらったけど、すごかった。
こんな噴火を間近で見られるなんて大迫力だと思う。

でも、かなり危ない。

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キャンプ地に戻ると、韓国人のサムくんの姿を見つけた。

「山頂、どうだった?
 僕は体調が悪いから、登るのを諦めたよ。」
「そっか。
 いまはどう?」

「ちょっとはマシ。
 下山すれば治ると思う。」


「ほんとうにきれいな朝だったね。
 山頂じゃなくても、この場所からも太陽や山がばっちり見えたでしょ。」

「うん、ここからもきれいだったよ。」
「天気に恵まれてわたしたちラッキーだったね。
 全部見られたもんね。
 ここからの景色も最高だしね!」


山頂じゃなくてもこの場所からも、美しい朝を堪能するのはじゅうぶん。
その言葉は、サムくんを慰めるために嘘をついたのではなく、本心だった。
だって、ほら、ここからでも煙を上げるフエゴ火山が神々しく見える。

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それだけじゃない。
フエゴ火山のほうからくるっと首を左にまわす。
すると、こんな景色。

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こちらはアグア火山。
雲の上から突き出た青い二等辺三角形の山は、まるで富士山みたい。
葛飾北斎の絵にありそう。

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ふたつの火山を一度に見られるなんて、贅沢な場所だ。

雄大な自然を目の前にして、心が満たされていくのがわかる。
わたしたちは温かい飲み物とサンドイッチの朝食をとった。

「下山しよう!」

ガイドの呼びかけに応じてわたしたちは道を下っていくことにした。
きのう登ってきたコースを逆走するだけなのに、きのうとはまるで違う景色に見える。

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きょうは真っ青な空。
きのうの白い風景とは違う。
吸い込まれそうな青い、青い空。

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でも、アグア火山のほうはあいかわらずの雲海。
眩しくて、とても幻想的。

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きのうは5時間の道のりが、帰りは3時間で着いた。

さっきまでわたしたちがいた山の方を振り返ると、ふたたび雲がふわふわと集まっている。

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下界に戻り、さっきまで目にしていた幻想的な光景を思い出す。
すると、夢心地になる。
自分も雲のように現実世界と幻想の世界をふわふわと漂っているのかもしれない。
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凍える闇 火を吹くフエゴ火山 

2016.06.26 10:04|グアテマラ☞EDIT
最近、夫と別の部屋で寝ているイクエです。
というのも、ケンゾーが夜中に寝苦しくなるらしく、いつのまにかベッドから移動して隣りの部屋の床の上で寝ているから。
布団もないし体がカチカチになるけど、本人が言うには「ひんやりして気持ちがいい」のだそう。
早朝は涼しいから、わたしが起きたときに「ベッドに移動しなさい」と言うと移動してそれから3時間くらいやっと熟睡。
どうしたらいいですかね。
ゴザでもひいてあげようか。

アカテナンゴ山のベースキャンプに到着したわたしたち。
きょうはここで夜を明かし、あしたの早朝に山頂にアタックする。

このキャンプ場は見晴しがいい場所で、間近にフエゴ火山が見えるそうなんだけど、雲と霧に包まれて姿を現してくれない。

待っていると・・・。

徐々に雲が流れていく。

あ、もう少し。

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間近に迫る三角形の火山はどっしりとして凛々しい。

フエゴ火山の標高は3763メートル。
山頂は、わたしの目線よりもやや上。
いまわたしたちがいるこのキャンプ地は標高3600メートル。

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フエゴ火山は活火山で、いまもときどき噴火している。

1524年に噴火の記録があり、1970年代後半にも火山灰を吹き上げて火砕流を発生させるほどの大きな噴火があったのだそう。
さらに、2002年以降は毎年のように噴火している。
2012年の噴火では、40キロ離れた地点まで火山灰が降り、大規模噴火を危ぶんだグアテマラ政府は周辺の住民およそ3万5000人を避難させたという。

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山頂に目をこらしていると、ときどきもくもくと煙を出しているのが見える。

手前側には木が生えているけれど、奥の方には木一本も生えていない。
地滑りを起こしているような跡も見える。
噴火のたびに、火砕流が流れ、山肌を削り取っているのだろう。

山肌の色は、不気味なグラデーション。
真っ黒だったり、赤茶けていたり。

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凛々しくも恐ろしい山は、確かにすぐそばにあるのだけど、すぐにまた雲に消されていく。
突如、姿を現したり、スーッと隠れたり。
幻の山。

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かなり冷え込んできた。
持ってきている服を全部着込む。

高山病にかかってしまったサムくんはテントの中でずっと横になっている。
高山病のときはあまり横にならない方がいいと言われているけれど、外に出ると寒いし体も疲れ果てているのでそうすることしかできないようだった。

与えられたテントはフニャフニャで心もとない。
風がテントの中にも入ってくるし、この薄さだと夜露で中まで濡れてしまうだろう。

夜は寒さで眠れないかもしれない。

でも、こんな寒い思いをするのも、この旅で最後かもしれないなあ。
そう思うと、一晩乗り切ろってやろう!という意欲がわいてくる。

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それに、このロケーションはほんとうに素晴らしいのだ。
横には大きなフエゴ火山、そして真下には地上の豆粒のような集落や街並み。
いまは雲海に覆われているけど、雲が流れれば地上の光景ももっとはっきり見えるはず。

さらに、雲から突き出たアグア火山も。

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富士山のような三角形の火山を同時にふたつ見られるというロケーション。
そして、いまわたしたちがいる場所は、別の火山であるアカテナンゴ火山。
ここは、火山だらけだ。

テントに寝転がって、夕暮れのアグア火山を眺める。
贅沢な寝床。

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太陽は雲を桃色に染めていき、しばらくすると周囲から色がなくなった。
暗闇の時間。

でも、フエゴ火山のほうを見ると、山頂が赤く染められている。

高く上がる煙。
間違いなく、噴火している。

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赤くなるたびに「ワーオ!」とか「エクセレント!」と歓声が上がる。

ここはこんなに寒いけれど、きっとあの場所はどくどくと炎が生まれ、熱風に包まれている。

「ドゥオーン」という音まで伝わってくる。
そして硫黄のような匂いも。

日本だと万が一のことを考えて、こんな場所へのトレッキングは規制されるだろうけど、ここはグアテマラ。
自己責任のもとで、それが許されている。
エチオピアのマグマをのぞき込むアルタアレのトレッキングもそうだったし、初心者でも6000メートル級の雪山に挑戦できるワイナ・ポトシもそうだった。
危ないことではあるけれど、海外だからこそできる体験とも言える。

わたしたちが苦労して運んだ薪に、ガイドたちが火をつけた。
しめっていて火なんてつくのだろうかと疑っていたけれど、火は勢いよく燃えていく。
焚き火のまわりにいると、体の中から温まっていく感じで、心も落ちつく。
まるで温泉に浸かっているみたい。

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「ココアかコーヒーを淹れてあげるよ。
 飲みたい人は、それぞれコップ一杯分の水を持ってきて。
 それとカップラーメンを食べる人も。」


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お湯はすぐに沸き、わたしたちは温かいものを口にし、さらに体を温める。
フエゴ火山の炎を見ながら。

時間は午後6時半。
フエゴ火山の山頂と焚き火のまわり以外は真っ暗。
もう寝る時間だ。

「あしたは4時に起きますよ。
 日の出前に山頂に着かないといけないから。」

ガイドが念押しした。

温かいその場を離れたくなかったけれど、わたしたちは震えるテントの中に戻った。

「ドゥオーン」「ボン!」
まどろみのなか、何度も不気味な音が耳に入ってきた。

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寒さで何度も目が覚める。
何度目かの目覚めのとき、ガイドたちの声が聞こえてきたので「もうそろそろ起きる時間だなあ」と思いながら、寝袋から出られないでいた。

「みなさーん!
 おはようございまーす。
 起きる時間ですよ〜。
 ウアッハッハッハ。」

ガイドは全然おもしろくないときも、大声で笑う。
映画の吹き替えのわざとらしい笑い方のようで、好感がもてない。
まわりの参加者のほとんどもそう思っているらしく、彼がわざとらしく笑うと、あきれた顔で目配せをしあっている。

それでも、彼のわざとらしい笑いが必要なときもあるのだ。
おもしろくないときも、みんなが疲れて空気がどんよりしているときも、沈黙が続くときも、彼が「ウアッハッハッハ。ウアッハッハッハ。」と笑うから、なんとなく明るい雰囲気になる。
ガイドのボスである彼が「ウアッハッハッハ」と笑うと、アシスタントのガイドたちも彼に続いて「ハッハッハ」と笑う。

やっと気づいた。

「わざと場を盛り上げるためにやってくれてるんだ」と。

ガイドとアシスタントで「いつも笑っていよう」と示し合わせているのかもしれない。
グアテマラ人の心意気のようなものを感じた。

「時間がないし、食べ過ぎは気持ち悪くなるから朝食をとらずに山頂にアタックする」と説明を受けていたけれど、ガイドたちは朝から火を熾してくれていた。
あたたかいコーヒーをいただく。

サムくんは目覚めていたけれど、出かける用意をしようとしない。
山頂へのアタックはあきらめるのかもしれない。

ここから山頂までは、1時間半弱。
きのうに比べれば歩く時間も距離も短いけれど、斜面は急で厳しい道のりになりそう。

「さあ、もう時間。
 出発しましょう!
 ウアッハッハッハ!」


ライトを頼りにみんなで登っていく。
急斜面が続く。

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いま登っているアカテナンゴ山も、休火山とはいえかつては噴火していた。
だから斜面はもろく崩れやすい。
サラサラの砂地だったり、小さなゴツゴツした岩がたくさん転がっていたり。
気合いを入れて登らないと、すぐに足を取られてすべってしまう。

「登山道」というには、あまりにも頼りない。
急斜面のなか、なんとなく歩けそうなところを、体の重心を前にして滑らないように、一歩一歩歩いていく。
足に力を入れて。

日の出までには山頂に到着しないといけない。
タイムリミットが守れるように、みんなと同じペースでなんとか歩き続けていく。

息があがる。
足を止めて振り返る。
闇の中を見下ろすと、街の灯りがはっきりと見える。
「よかった。
 雲が出てないんだ。」

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雨も降っていない。
美しい日の出が見られるんじゃないか。
そう期待して、滑り落ちそうな斜面を、前へと歩いていく。
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登山中のケンゾー、〇〇に間違われる

2016.06.25 10:40|グアテマラ☞EDIT
人生ではじめて針治療にいったイクエです。
あれってすごいですね。
患部とは離れた全然関係ないところに針を刺されて、患部の痛さがなくなる。
ツボってどうやって見つけたんだろうなって不思議です。
足のツボも、臓器とか呼吸器系とか、効く場所が細かく分かれてるでしょ。
昔の人たちはどこのツボがどこに効くってどうやって発見したんでしょうか。

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グアテマラの火山トレッキングに参加したイクエとケンゾー。
登山は天気によってその魅力が左右されるけど、雲行きが怪しくなってきた。
登りはじめたときは青空だったのに、いまは真っ白。

空と空気の色は刻々と変わる。
青、水色、薄い白、濃い白。
霧が晴れたかなと思ったら、またすぐ真っ白になってしまう。

わたしたちは雲の中に来てしまったのだろうか。

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イクエとケンゾーには気がかりなことがあった。

バスを降りて山に登ろうとしているときのこと。
ちょうど前日に出発したグループが下山してきたところだった。

このトレッキングツアーは主催者にとって効率よく作られていて、バスは2グループの送り迎えをしている。
つまり、わたしたちを山の下まで送り届けたバスは、前日トレッキングをスタートさせて下山してきた別のグループを乗せて街へ帰るというもの。
バスを「カラ」にさせずに、街とふもとを行き来させている。

だから、絶対に山を登り終えたグループと山の入口でご対面することになっている。

メンバーは全員、浮かない顔で山を降りてきた。
下山してきたというのに達成感も感じられない。

よっぽど疲れたのかな。
このトレッキングはそんなにハードなのかな。

すると、グループのひとりが言った。
「天気が悪くて、なんにも見えなかった。
 真っ白だった。」


確かに霧に包まれて真っ白なら、ただの辛い山登りで終わってしまう。
絶景を見たいのに、意味がない。

「少しでも晴れてくれたらなあ。」
「どうだろうね。
 きのうのきょうだから。」


しょんぼりしながら霧が包む森の中を歩いていく。
けれどときどき、雲がスーッと流れていき、晴れ間が見えたりする。

山の天気って、ほんとにわからない!

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宿から一緒に参加している韓国人のサムくんは、かなりしんどそうだ。

いま、わたしたちが登っているアカテナンゴ火山は標高3976メートル。
富士山よりも高い。
このメンバーの誰かが高山病になってもおかしくない。

グループは20人くらいいて、英語をしゃべるガイドがひとり、それとアシスタントのガイドたちが数人いる。
ガイドの数よりも参加者の数が多いので、1人だけ遅く歩くというわけにもいかない。
わたしとケンゾーもなんとかみんなと同じペースでがんばって歩いているけど、もしケンゾーとふたりだけだったら、わたしはもっと遅いスピードで歩いていただろう。

荷物もけっこうたくさん持っている。
3食分の食料、2リットル以上の水、防寒着、寝袋、マット。
与えられたテントは3人用で、わたしとケンゾーとサムくんが一緒に寝るため、交互に持っていたけれど、途中からはケンゾーが持つようになった。
それでもサムくんは苦しそうだ。
何度も立ち止まり、胸を押さえたりしていて、呼吸も乱れている。

わたしとケンゾーはすでに中南米に1年いて、3000メートル以上の高地に滞在する機会も多かった。
合計で数か月は高地にいた。
それに3000〜6000メートルの登山を何度か経験した。
だから体が順応しているのか、薬がなくても4000メートルくらいは大丈夫になっている。
でもサムくんは、3000メートル以上の山に登るのは、初めてだと言う。

「もしかして高山病になったんじゃない?」
「そうかもしれない・・・。」
「大丈夫?
 休憩した方がいいよ。
 水をたくさん飲んだ方がいい。」


サムくんは会話するのも辛そうだ。

そう言えば、このツアーに参加するとき持ち物などの説明はあったけれど「高山病のリスクがある」ということは一度も聞かなかった。
わたしたちもそれを聞いていれば、高山病の薬を持ってくることができたのに。

「3000メートル以上の山に登るんだから、そのくらい自分で気をつけないと」と言われればそれまでだけど、誰もが手軽に1泊2日で登れそうな感じだったので、そこまで頭がまわらなかった。

事前のツアーの説明や、登る前にガイドが「高山病に気をつけてください」と一言でも言うべきではなかったのかと思う。
そしたら登る方は、水をたくさんとったり、こまめに休憩したり、大きく息をしたりと、高山病を防ぐ対応ができたはずだ。

後ろで何度も立ち止まるサムくんが不憫だった。

それに・・・。
ふたたび、天気が怪しくなってきた。

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霧に包まれると、ほてった体がひんやりとする。
ずっとおひさまが燦々と照りつけるよりも体力を消耗せずに済む。

それでもきのうの一行みたいに、何も見ることができずに帰るのは嫌だ。

と思ったら、また晴れてきた。

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わたしたちはグループのなかで後ろのほうにいた。
ペースが遅いのは、わたしとケンゾーとサムくん。
それに、フランス人の夫婦。

ついにはガイドを見失ってしまった。
道が二股に分かれている。

先頭を歩くケンゾーが振り返って言った。
「どっちかな。」
「うーん。
 右じゃないかなあ。
 左は下っていっているし。」


わたしとケンゾーが右に行くと、少し遅れて歩いていた老夫婦も右の道へとやってきた。
しばらく歩いていると、下の方からしゃべり声が聞こえる。

「げっ。
 左の道だったかもね。
 みんなあっちのほうを歩いてない?」

「まちがえたかも。」

わたしとケンゾーが立ち止まった。
すると後ろを歩いていたフランス人の夫婦とサムくんも追いついてきた。

「道に迷ったみたいです。」
「あー、そっかあ。」

すると、フランス人の奥さんのほうがけげんな顔をする。

「どうして?」

奥さんは「あなたたちについてきたのに」とまるで咎めるような顔をしていた。
そしてつぶやいた。
「ガイドなのに。」

「?」
わたしもケンゾーもだんなさんも不思議な顔で奥さんを見つめた。
そして、だんなさんが言った。

「彼、ガイドじゃないよ・・・。」
「はい。
 わたしたち日本人です。」


すると奥さんの表情が変わった。

いやいやいやいや。
いくらなんでもケンゾーの顔が濃いからって、グアテマラ人はないよ。
たしかに「ネパール人」とか「フィリピン人」とか「マレーシア人」とかはよく言われるけれど、グアテマラ人って。

しかもバスにいっしょに乗ってきたし、もう3時間はいっしょに歩いているのに。
それに、ケンゾーがグアテマラ人のガイドなら、わたしは何だと思っていたのだろう。
どうやっても夫婦に見えると思うんだけど。

でも、無理もないことかもしれない。
白人の人たちにとっては「白人」「黒人」「その他」で、「その他」にはいろんな人種があっても区別がつかずにいっしょに見えるのかもしれない。
わたしたちも、ファッションで判断しなければヨーロッパの白人も中東のアラブ人も見分けがつかないときがある。

ケンゾーが日本人の観光客だと知ると、奥さんの機嫌はよくなった。
そして5人でしばらくそのまま進んでいき、下のほうから呼ばれたのでそこを下って、みんなが休憩しているポイントに合流することができた。

また、天気が晴れてきた。
雲の切れ目から、向こうのアグア火山が姿を現した。

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高度を上げてきたからか、立ち止まると寒くなってきた。
上着を着込む。
休憩スポットでは、ガイドたちが薪を燃やしてくれた。
火に近づき暖をとると、体が温まっていくのがわかる。
ずっとここにいたい気がするけど、ガイドが出発した。

また霧に包まれ、レインコートを羽織る。

ガイドが振り向いて大声で言った。

「いいですか、みなさん。
 この辺に落ちている枝を拾ってください!
 必ず全員ですよ。
 大きめの枝がいいですね。」

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「ちゃんと拾わないと、温かいものが飲めませんよ。
 枝を持ってきた人にだけ、コーヒーやココアをあげます。」


普通トレッキングでは、携帯用のガスバーナーをもっていくもんだけど、このトレッキングではそんなものは用意されていないらしい。
途中に落ちている枝を拾っていって、ベースキャンプではそれを薪にしてお湯を沸かすのだ。

ただえさえ体力が落ちてるのに、さらに枝を拾うなんて。
サムくんは限界にきている。
それでも、1メートル以上の重そうな枝を見つけてがんばって運ぶサムくんはやっぱりアジア人だ。
いっぽう、フランス人の夫婦は「運んで」と言われても、気にする様子もなくそれを無視する。
だんなさんのほうは体も大きくて見かけもアウトドア好きみたいだし、トレッキングの道具も揃えていて、わたしやサムくんなんかより体力があり余っている。
でも、1枝も取ろうとしない。
こういうときに、欧米人の「個人主義」を感じる。

わたしもサムくんも「枝なんて運びたくない!」と心から思っているんだけど、「でも運ばなければほかの人に迷惑がかかる。運ばずにいったら、まわりの人になんて思われるかわからない。」とがんばる。
他人の目を気にする。
きっと枝なんて運ばなくても、ほかの人が運んでくれた枝でお湯はもらえる。
それはわかっていても、やっぱり運ぼうとする。

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ケンゾーはわたしの身長ほどもある大きくて太い枝を何本も引きずりながら歩いている。
わたしたちは枝のおかげでさらにペースが落ち、フランス人の夫婦はわたしたちを越していった。

登りはじめて5時間。
わたしたちはベースキャンプに到着した。
サムくんはホッとしている。

斜面に平らな部分があって、ここにテントを張ってきょうは泊まることになる。
あすの夜明け前にここを出発し、標高3976メートルのアカテナンゴ火山の山頂を目指す。
そこから日の出を見る計画。

このベースキャンプからは煙を吐くフエゴ火山が間近に見えるはずなんだけど・・・。

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雲に覆われていて、かろうじて稜線が見え隠れする程度。

お願いします!
世界一周最後のトレッキングです。
フエゴ火山にかかっている雲さん、どうか流れてください!

祈るように山の方を見つめていた。
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ついに この旅最後のトレッキング!

2016.06.23 11:11|グアテマラ☞EDIT
梅雨明けまであとどのくらいだろう、2週間はかかるかな、と憂鬱になるイクエです。
南阿蘇に住む姪っ子や甥っ子たちですが、大雨でがけ崩れが起き、孤立した集落もあって休校が続きそうです。
地震のときも3週間学校が閉鎖されたのに、梅雨の今回もまた。
子どもたちはなかなか日常生活を取り戻せないでいます。

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グアテマラの観光地アンティグアから見える大きな山。
標高3760メートルのアグア火山
富士山の標高が3776メートルだから、ほとんど同じ高さである。

泊まっている宿のテラスからは、このアグア火山のほかにも大きな山が見える。

右側の大きな山がアカテナンゴ火山
そして向かって左側がフエゴ火山

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フエゴ火山は活火山で、宿のテラスからもくもくと煙を上げているのがときどき見える。
さすがにそんな活火山に登ることはできないけれど、隣りのアカテナンゴ火山に登り、間近で活火山を見ることができるという。

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トレッキング好きでも、アウトドア好きでもなかったイクエとケンゾー。
でも、この3年半の世界一周でトレッキングの魅力にハマってしまった。
これまでいろんな山に登ってきたけど、これが最後かな。

1泊2日のトレッキングツアーに参加することを決断!
最後のトレッキングではどんな絶景が待っているんだろうか。

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朝9時過ぎ、ツアーの車が宿に迎えに来てくれた。
アカテナンゴのトレッキングツアーは、アンティグアではそこそこ人気のあるツアー。
だから、街のいろんなツアー会社が取り扱っていて申し込むことができる。
値段もまちまち。
といっても、ツアーの内容はいっしょ。
違うのは食事の質とか貸してくれるテントや寝袋の質とかガイドの技量。

イクエとケンゾーが泊まっている日本人宿、ペンション田代でもツアーのあっ旋をしていた。
街のツアー会社にいくつかあたってみたけれど、結局、値段の安さもあって田代で申し込むことにした。

一泊二日のツアー代は、ひとり275ケツ(約4400円)。
これにはガイド代、寝袋やその下に敷くマット、テントのレンタル、3食がついている。
まあまあリーズナブルなんじゃないかな。

ツアーのワゴン車が宿まで来てくれたけど、ここで乗ったのはイクエとケンゾーと韓国人のサムくんだけ。
そのあと、ワゴンはいろいろなゲストハウスに立ち寄っては客を拾っていった。

客たちをいっぱい乗せたワゴンは、突然停車。

「後ろの車に乗り換えて!」というようなことをドライバーがスペイン語で言っている。
みんなわけもわからず、荷物ごとワゴンを降りる。

後ろの車ってこのこと?

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中米でおなじみの「スクールバス」ではなく、庶民の足のただのバス。
中米ではアメリカからやってきた中古のスクールバスが「バス」として活躍している。
きょうはツアー会社がこのバスを貸し切ったらしい。

どうしてこのバスに乗り換えたかと言うと、実はほかにもお客さんがいたから。
ワゴン3台ほどがそれぞれの宿から客をピックアップし、ここに集結していた。

客のほとんどは欧米人。
日本人がほかにいるかと期待したけれどいなかった。
韓国人もサムくんだけなので、アジア人はわたしたち3人だけということになる。

バスは峠を越えて、登山口に面した道路に到着した。
9時過ぎに宿を出たけれど、ほかの客をピックアップしたり休憩したりで、けっきょくここに着いたのは11時半。

バスが止まるや否や、外から少女たちが叫んでいる。
手には大きめの枝。

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彼女たちはこの辺りの集落で暮らしている。
そして、毎日やってくる登山客相手に商売をしているのだった。

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「登るときにこの杖がないと困りますよ。
 1本どうですか?」

「山頂はすごく冷えます。
 この手袋やニット帽はいかがですか?」


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思いのほか、杖が売れている。
杖はレンタルかと思っていたけど、帰りに回収していなかったので売っているのだと思う。
みんな、下山途中で捨てていたけどね・・・。

わたしとケンゾーはカップラーメンだけをここの売店で調達。
「ツアーは食事もついてるんでしょ」と思ったかもしれないけど、この食事が少ないの。

ポーター(荷物持ち係)がいないので、自分で持たなきゃいけないから、登山前にみんなに配布された。

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これで3食分だよ。
サンドイッチふたつとカップラーメンひとつ、ゆで卵ふたつ。
ヨーグルト1カップとリンゴ、バナナがひとつずつ。

これをいつどの割合で食べるかは個人任せ。
ちゃんと配分して食べないと、最後にひもじくなっちゃうね。

ちなみに、水は自分で用意しておかないといけない。
「ひとり3リットルくらいは持ってきて」と言われていて、「さすがにそれは多い」と思っていたけど、結果的に多めに持っていった方がいいと思ったよ。
高山病を抑えるには水をたくさん飲んだ方がいいし、カップラーメンのお湯も自分で用意しないといけないからね。

ちなみに、焚き火ができるので、水さえあれば温かい飲み物も楽しめる。
山の上は寒いから、スープやカップラーメンを余分に用意しておくといいと思うよ。

3食分の食べ物のほか、寝袋やマット、テントが配られた。

イクエもケンゾーもバックパックを持っていたんだけど、ケンゾーのは壊れてしまったのでパナマで捨ててしまい、いまはボストンバッグで旅している。
だからわたしたちには背負えるバッグがひとつしかない。

普段イクエが使っているバックパックをケンゾーが使うことに。

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テントまで中に入らないから、テントは手持ち。

そしてイクエはというと・・・。
まるでリュックのように、寝袋ひとつを背負う。

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さらにケンゾーが普段使っているショルダーバッグに、食料を入れて斜めにかける。
「山をなめている」と言われそうな、初心者の格好。

ふたりだけでトレッキングするときは、自分たちのペースで歩くことができる。
でも、今回はツアー。
欧米人は体力があるし、歩幅も大きいので、気を抜くとすぐに置いてかれてしまう。
はじめから、息があがる。

山裾に広がる農地。
地元の人たちが畑作業や収穫をしているなか、ツアー一行はあぜ道を通っていく。

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ツアーの予定は、きょうは夕方までにアカテナンゴ火山のキャンプ地に到着することになっている。
アカテナンゴの山頂の少し下のベースキャンプ。
そこにテントを張り夜を明かし、あすの未明に山頂目指して出発。
日の出をアカテナンゴの山頂で拝み、隣りにそびえるフエゴ火山を見下ろし、そして下山という予定。

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登りはじめて1時間。
だいぶ登ってきたと思っていたけど、まだまだだった。
ここが本当の登山口。

バスを降りてからこの登山口までで、すでに疲れたー。

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ガイドが嬉しそうに言った。
「みんな、すっごいラッキーだよ!
 ここにいるはずの入山料回収係がきょうはいない。
 だから、きょうは払わなくていいよ!
 ラッキーだねぇ!
 その分、あした俺たちにチップちょうだいね♡」


事前に聞いていた入山料は、そんなに安い値段じゃなかった。
ツアー客はわたしたちのグループで20人くらいはいると思うし、ほかのグループもいるはずだ。
1日ここにいるだけで、かなりの金額を回収できる。
グアテマラ人の日給の何十倍かにはなるんじゃないかな。

なのに、スタッフがここにいないのは珍しいことでもなさそう。

これがインドとかだったら、ここに5人くらいはいるんじゃないかな。
さらにここだけじゃなく、その手前にも勝手にゲートを作って勝手に「入山料」と称して、お金を巻き上げることもありえる。

グアテマラ人って、お金を得ることにそれほど固執してないのかもしれない。
たしかにグアテマラを旅行していても、お金に関して嫌な思いをすることは少ない。

この登山口から、森が深くなっていくのがわかった。
木々が茂り、うっそうとしている。

「たとえ天気がよくても、森の中は日陰だからそんなに暑くないよ」と、わたしたちの直前に登ってきた韓国人の子たちがアドバイスしてくれていた。
その通りだった。

でも体をずっと動かしているから、寒いというわけでもない。

いまは青空が見えるけど、登っていくに連れて雲行きが怪しくなっていた。

山の天気は変わりやすい。

わたしたちは山頂からの日の出と絶景とフエゴ火山を見ることができるのだろうか。

頼むよ、最後のトレッキングなんだから!
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吉本芸人さんたち 被災地への優しさ

2016.06.22 09:03|世界からのメッセージ☞EDIT
地震のあとは、大雨。
熊本を襲う自然の牙に、不安が重なるイクエです。
うちの家はもう住めないと諦めているけれど、けっこう被災して屋根の瓦が崩れても住み続けている家庭が多いんです。
こんなに大雨と嵐ばかりだと、屋根にかぶせたビニールシートも意味がなく、雨漏りしてるだろうなって思います。
雨漏りすれば柱や床が腐れていくし、ますます家が悪くなります。
みんな早く修復したいけど、業者もいないしお金も工面できないし、本当に困っていると思います。

きょうはちょっとご紹介したいことがあります。
わたしは福岡と熊本を行ったり来たりしてるんですが、先週はほとんどを南阿蘇で過ごしました。

日曜日は、吉本興行のメンバーが、熊本の被災地を訪れてくださいました。
わたしも義兄と姪っ子、甥っ子と体育館に行きました。

慰問して下さるのは、テレビでも劇場でもご活躍されている芸人さんたちです。

あらかじめ聞いていたメンバーは、西川きよしさん、「アホの坂田」と親しまれている坂田利夫さん、東野幸治さん、雨上がり決死隊の宮迫博之さん、蛍原徹さん。
そうそうたるメンバーです。

といっても、被災者用の慰問なので大々的にこの情報が伝えられているわけではなく、体育館は7割くらいのお客さんでうまった感じです。
お年寄りも多くいました。
椅子はなくて、みんな床に体育座りや正座をしています。
雰囲気は文化祭。
ステージには看板も何もありません。

前座で登場したのは、福岡吉本所属の「もっこすファイヤー」というコンビ。
3年半日本を離れていたわたしたちは、失礼ながら存じ上げませんでした。
でも、体育館からは拍手と歓声。

姪っ子の顔もパッと明るくなりました。
「あの人たち、テレビに出る人だ!」

熊本のローカル番組にはよくご出演されているそうです。

もっこすファイヤーが盛り上げてくれたところで登場したのは、「シンクタンク」というコンビ芸人、そして坂田師匠です。
おなじみ「アホの坂田のテーマ」とともに、笑いを誘う振りでステージ中央へとやってこられました。

坂田師匠が持ちネタを披露。
パイプ椅子に座って、「ファーホーファーホー」と言いながら、両手と両足を交互に打ち合うマヌケなギャグ。
これは、お客さんの男の子も参加し、2人で一緒に披露。

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そしていよいよ、残りのメンバーの登場です。

体育館のドアから姿を見せてくれたのは、西川きよしさん、東野幸治さん、雨上がり決死隊。
そして、お客さんには全然教えられていなかった人も登場しました。

ダウンタウンの松本人志さんです!
大歓声に包まれました。
姪っ子と甥っ子よりも、わたしと義兄がテンションが上がり、叫んでしまいました。

司会進行役は、東野さん。
テレビ番組では「やる気がない」「覇気がない」「腹黒い」などといじられている東野さんですが、ものすごく明るい顔で、ステージを行ったり来たりしながら、お客さんに呼びかけたり会話をしたりしながら、精力的に場を盛り上げてくださいました。

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「東野さんって、すごく優しくて温かい人なんだなあ。」
わたしは、何度もそう思いました。

「みんなの要望を叶えます。
 なんでもいいですよ。
 リクエストはありませんか?」

会場からは手が挙がります。
おばあちゃんは「冥土の土産にいっしょに写真を取ってください」。
男の子は「松本さんの筋肉質な胸を揉ませてください」。

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芸人さんたちは、すべてのリクエストに応えてくださいました。
それを見守っているほかの観客たちも、みんないい顔をしています。

全部で40分ぐらいだったかなあと思います。
芸人さんたちは、このあと別の被災地に向かわれました。

お仕事が忙しく、ほとんど自分の休みなんてないだろうに、わざわざこんな熊本の田舎にやってきてくださったこと。
本当にありがたくてうれしいです。

もちろん会場にはマスコミがいなかったし、いまネットで検索してもそれらしい情報は見当たりません。
だから、このメンバーがわざわざ来てくれたということ、みんな被災地に思いを寄せ、すごく優しい芸人さんたちなんだ、ということを伝えたくて、書きました。

宮迫さんや蛍原さん、松本さんをテレビで見ない日はありません。
よくお互いスケジュールが合ったなあと思います。
「合った」んじゃなくて「合わせてくれた」んだと思いますが。
被災者が集まりやすいように日曜日に設定してくれたのでしょう。

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義兄から聞いたのですが、以前、松本さんの『ワイドナショー』という番組で「芸人が被災地に行くべきか」というトピックで議論があったそうです。
「被災地に行くのは不謹慎」とする意見があるいっぽう、松本さんはそれに賛成しませんでした。

また、地震発生後、松本さんは自分のツイッターで「僕にもきっと何かが出来ると思っています。待っていて下さい。」と被災者に向けてメッセージを送ったそうです。
すると「売名ですか」などと悪口を書かれました。
松本さんはそれに対し「すっごい腹立ちますけど腹立ってやめるのも絶対違う。被災者の人たちをと思っているのに、それでツイートするとこっちが被災者になっちゃうみたいな。恐ろしい世界ですね。」と話されていたようです。

松本さん以外にも、芸能人の被災地慰問を「売名行為」とネット上で叩いたり、一般の人のボランティアを「偽善」と言ったりする人がいます。
本当の被災者はそんなふうに叩かないと思います。
被災地から離れている人が、ネットの世界でどうしてそんなふうに批判するのか。
理解に苦しみます。

今回、やってきてくださった芸人さんたちは、多忙の中スケジュールを調整してくださって無理をして訪問してくださいました。
いろんな覚悟も必要だったと思います。

わたしはほんとうに素敵な芸人さんたちだと思います。
前よりももっと好きになりました。
こんな優しい芸人さんたちの支援が、世の中に知られていないのがなんか悲しくて、きょうは伝えたいと思いました。
(旅の話をきょうも離れてしまってごめんなさい。)

芸人さんたちは、お土産ももってきてくださっていました。
コップやノートなどの吉本グッズ、松本さんがサインを書いたうちわ、西川さんからは手ぬぐい。

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わたしは西川さんの手ぬぐいをもらいました。
そこにはこう書いてあります。

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「小さなことからコツコツと」

自分にできることをコツコツやっていこうと思います。

わたしは行けませんでしたが、同じ日の午前中には、八代亜紀さんが歌いに来てくださっていました。
さらにその2日前には、さだまさしさんも訪れてくださっていました。
みなさん、被災者たちに笑いと優しさを届けてくれました。

ほんとうにありがとうございました。
みなさん、ほんとうにほんとうに温かい人たちです。
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グアテマラ「アンティグアの街」☆ 火山と地震にもめげず

2016.06.21 07:44|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
最近、たくさん本を読もうと意気込んでいるイクエです。
テレビやネットの文章は短文でわかりやすいけど、深い文章や味わいのある言い回しが少ないと思う。
自分の語彙力や表現力がどんどん衰えていくのを感じるし、それにともなって考えも浅はかになっているんじゃないかと心配に。
旅に出ている3年半は読書なんてしてなかったから、今までの分を取り戻そうっと。

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グアテマラの古都、アンティグア。
この街は1543年、グアテマラの首都として造られた。
植民地だったスペインのコロニアルな建物が並び、中世そのままの雰囲気。

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街並みが世界遺産に登録されたのは1979年。
もう、世界遺産になって40年近く経っている。
中米屈指の観光の街とも言える。

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かつて、スペインの宣教師たちが侵略者とともにグアテマラにやってきてキリスト教を広めていった。
なので、アンティグアには壮麗な教会がいくつも残っている。

アンティグアでもっとも大きなものがサン・フランシスコ教会
この教会には、病いを癒やしたと言われている聖人エルマーノ・ペドロのお墓がある。
今でも、病気やケガの完治を祈るグアテマラ人たちがこの教会に足を運ぶ。

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黄色い壁の大きな教会は、メルセー教会
バロック様式で、とても華麗。
装飾はメキシコからわざわざやってきた漆喰職人が手がけたものなのだそう。

ヨーロッパの陶器みたい。

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アンティグアの教会は、華やかで優雅でヨーロッパらしさが溢れている。
でも、ある教会でとても珍しいものを見た。

肌の色が、ヨーロッパの人たちよりも浅黒いグアテマラの人々。
だから、教会で張り付けにされているキリストの肌の色もこの通り。

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こんな黒いキリスト像は、グアテマラのエスキプーラスという街の教会にもあるのだそう。
その街では、毎年黒いキリスト像を神輿に載せて練り歩く行事もあるようだ。

「黒いキリスト像」は、元来のキリスト教とグアテマラの先住民の世界観が融合された証。
この地の人々は、肌が真っ白のキリストよりも、黒いキリストに親しみを感じたのだろう。

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かつて植民地だった中南米の街に共通しているのは、街の中心に広場があり、その広場を囲むように市庁舎やカテドラルなど街を代表する建物が威厳に満ちた様子でそびえていること。

このアンティグアも例外ではない。

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中南米ではおなじみの光景。
植民地だった歴史を物語っている。

侵略者たちがつくった街が、「美しく」「立派」だとされて、それが世界遺産になっているというのは皮肉な話。
中南米では侵略者のコロニアルな街並みが、いったいいくつ世界遺産になっているだろうか。

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木々の枝が風にそよぐ中央広場には、変わった噴水がある。

水が出ているところにご注目。
「小便小僧」ならぬ授乳女神

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見慣れていないので違和感を感じるけれど、小便よりもお乳のほうがお上品でありがたみを感じる。

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この街を見下ろすベストスポットがあるらしい。
十字架の丘と呼ばれる場所。
大きな十字架の立つ小高い丘からは、アンティグアの街並みを一望でき、そしてその奥のアレを眺めることができるのだそう。

行ってみよう♪

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鮮やかな建物は、ほとんどが平屋。
一見すると素朴なたたずまいだけど、少し開いた入口から中を覗くととても広くてオシャレ。
大きな中庭は、緑で飾られている。
かつてのお屋敷を改装して、レストランやホテルとして使われているところも多い。

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入口は薄暗いのに、一歩中に入ると明るくて優雅。
そのギャップがいいよね。

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でも外観だって、細部にこだわって造られている。
わたしが魅力を感じたのは、奥行きのある窓。

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ドアの形や、窓のフレーム、街灯。
ひとつひとつが、おしゃれな街の演出に一役かっている。

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さらに、軒下に立って上を見ると、こんな隠れた装飾に初めて気がつく。
粋だねぇ〜。

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かつては丘の途中の茂みに強盗が待ち構えていると言われていた十字架の丘。
いまでは地元の警察がパトロールや取り締まりを強化し、たくさんの観光客が訪れていた。

ここから見えるもの。
それは、アンティグアの街並みとその背後にそびえるアグア火山

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グアテマラで5番目に高い山で、標高は3760メートル。
「アグア」とは「水」という意味。
この火山の山頂に火口湖があったことから「アグア火山」と言われるようになったのだとか。

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アンティグアの周辺には、ほかにも3000メートル級の火山がいくつか存在している。
下から眺める分には雄大でいいのだけれど、火山は怖い顔をもっている。

1541年にアグア火山が噴火したときは、土石流でふもとの街は壊滅したのだそう。

現在のアグア火山は、活動休止中。
でも、いつ噴火してもおかしくない。

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火山だけではない。
グアテマラは日本と同じように、地震に見舞われる国。

1717年には、マグニチュード7.4の地震がアンティグアを襲い、3000以上の建物が崩壊。

さらに1773年にふたたび大地震が起きたことで、アンティグアにあった首都が現在のグアテマラシティへと移された。
さらに、1917年と1978年にも地震が発生し、街は大きな被害を受けた。

地震で崩壊した教会が、いまもそのままに残っている。

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火山と地震の恐怖にさらされている街だけど、それでも人はここに住み続けている。
この街を愛しているから。

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石畳の通りの上にかかる、アーチ型の時計台。
逆側にまわると・・・。

しっかり火山を捉えている。

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さて、グアテマラの古都「アンティグアの歴史地区」。
「星いくつ?」

「星、1つ!

すごくすてきではあるんだけれど、中南米にはこんな街がたくさんあるから既視感が。
そして外国人観光客で賑わっていて、カフェやお土産屋さんがあふれているので、ちょっと興ざめすることもある。

大通りを離れて、ひとつ奥の道に入ってみるほうが趣を感じられるかも。

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街並みがどうあれ、この街を訪問する価値がある。
そのために、イクエとケンゾーはここにやってきた。

わたしたち、またトレッキングしますよ〜♪
泊まりがけで。
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突然の震災 わたしたちができたこと

2016.06.20 06:14|世界からのメッセージ☞EDIT
梅雨の晴れ間のキラキラとした緑と小鳥のさえずりに、心が洗われる思いのイクエです。
地震に襲われた南阿蘇だけど、窓から見える山々の景色はほんとうに素晴らしいです。
けれど、山肌がむき出しになった土砂崩れのあとも見えます。
痛々しい景色だけど、それでもこの雄大な自然は素晴らしく、早くたくさんの観光客が戻ってきてほしいなあと思います。

きょうも旅の話を中断して、熊本地震の日のことを書きたいと思います。

わたしたちはひどい揺れに襲われました。
ものすごく強い揺れ、というのはわかるけど、それがどの程度の地震なのかそのときはまったく想像さえできません。
人によってそのときの感覚は異なります。

わたしは揺れがどのくらいかわからず、それが震度5と言われたら、そうなのかなと思ったかもしれません。
でもケンゾーは「死ぬかと思った」そうです。
母は、ドンと縦に突き上げる揺れに「なんね、これはー!!」とひとりで叫んだそうです。
姉は縦揺れは感じず、激しい横揺れだけが記憶に残っているといいます。
近所の人は「寝ていたら体が天井についてびっくりした」と言っていて、さすがにそんなことはないだろうと思っていたのですが、実際ある妊婦さんはお腹が天井に当たって緊急搬送されたそうです。

ようやく揺れが収まりました。
ケンゾーは早く脱出しようとしていました。
わたしは不思議なことにずっとこのままここにいたいような気持ちでした。
現実を受け止められなかったのかもしれません。
余計な事をしたくない、こころを落ちつかせたいという思いがあったのでしょうか。
外に出てこれ以上の刺激を受けたくない、この部屋にいればここの世界しか知らなくてすむ、そんな気持ちもあったかもしれません。
とにかく動きたくありませんでした。

これはとてもダメなことだと思います。
危険な目に直面したとき、九死に一生を得た人というのは、しっかりと冷静に行動できる人です。
わたしはまったく能動的に動けなくなっていました。

ただ、揺れの衝撃からか(あとでわかったのですが、自分たちがいた部屋が落下して車が下敷きになったため)車庫の車がけたたましい音を立てていました。
防犯のベルなのかわかりませんが「ブー ブー ブー」と大音量です。
動きたくないと思っていたわたしは「早く、あれを止めないとお隣さんに迷惑がかかる。止めにいかなきゃ。」と思いました。
あとでこれをケンゾーに話したら「あんなときにどうしてそんなこと考えると? 近所の人だってそれどころじゃないやろ。むしろ大音量で起こしてあげたほうがいいくらい。」と言いました。

でも、そのときのわたしは「早く音が鳴り止んで! 迷惑がかかる。」ということばかり思い、焦っていました。
あとで考えると、とても変なことです。

いっぽう「死ぬかと思った」ケンゾーは、冷静な行動をとりました。
わたしたちが寝ていた部屋にはほとんど何もなかったのですが、ふたりの趣味のスキューバダイビングの用具が一式ありました。
そのバッグから海用のブーツと手袋を取り出し、「早く、これ、つけて!」とわたしに差し出しました。
そしてケンゾーが言いました。
「早く、ここから脱出せんと俺らも危ない。
 崩れるかもしれん!」

立ち上がろうとしたら、大きな余震がきました。
荒波に揉まれる船に乗っているみたいでした。
そこでまた体が固まりました。

そしてその揺れが収まり、ようやく立ち上がることができました。
逃げようとドアのほうを見ると、予想していなかった光景が目に入りました。
ドアがなくなっていたのです。
ドアは隣りの部屋に通じているはずなのに、そこから見えたのはこの家の外壁でした。
どういうこと?
わたしは隣りの部屋の床が抜け落ちて、隣りの部屋が崩れてしまったんだと気づきました。
(でも、これは思い違いでした。
間違いに気づいたのは避難所に逃げてから10時間以上経ち、家族と話していたときです。)

実際には、自分たちの部屋が落下していたのです。

すると、小学生の姪っ子の叫び声が聞こえました。
「ケンちゃん!イクちゃん!
 早く助けて!
 開けてえ~!」

わたしは安堵しました。
子どもたちは生きている。

そして姉が助けを求めます。
「ケンちゃん、イクエー!
 子どもたちを、子どもたちをお願い!!
 早く来て!」

姉の夫は単身赴任中でいません。
下の部屋の寝室には姉と子どもたち2人だけです。

あとで聞いたところ、クローゼットの中のものが倒れていてドアを開けるのに苦労していたということでした。

姉は焦りながら続けます。
「ケンちゃん、早く!
 手伝ってー!」


わたしとケンゾーは叫び返しました。
「無理やけん!
 ここから出られん!」


わたしとケンゾーは全然脱出できていないのに、どうして姉はわたしたちに何度も助けを求めるのだろうと思いました。 

姉はわたしたちが早々、ふたりだけで外に逃げていたと思っていたそうです。
なぜなら2階の部屋に寝ているはずのわたしたちの声が、自分たちのすぐ近くで聞こえていたからです。
わたしとケンゾーの部屋が崩れ落ちて向こう側がむき出しになっていました。
わたしたちふたりが「1階、しかも外にいる」と姉が勘違いしていたのは無理もありません。

姉と子どもたちは生きているけど、母は大丈夫だろうか。
隣りの部屋で寝ていたはずの母の声がまったくしません。
でも、わたしたちの部屋が崩れ落ちているから、母の部屋とは隔離されていて物音がしなかったのです。

姉の声が響きます。
「だめ、そっちに行ったらだめ!
 ここで待ってて!」

子どもたちに叫んでいます。

姉は子どもたちを玄関まで連れていき、その場で待たせ、自分は着替えなどを準備していたようです。
あとになって姪っ子が話しました。
「弟と2人だけになったとき、ほんとに怖かった。
何かがずっと崩れている音がした。
メリメリメリメリ~って。」


姉たち家族がいた1階では、メリメリとかミシミシとか怖い音が続いていたそうです。

無事に姉も母親たちも外に逃げました。
家にいるのはわたしとケンゾーだけです。

南阿蘇は山々に囲まれていて標高も高く、4月とはいえ夜は冷え込みます。
わたしとケンゾーは逃げる前に、部屋にあった服を着込みました。
部屋には50センチ四方の小さな窓があり、そこから外にいる家族に向かって、手当たり次第服を投げ落としました。

「早くここから脱出せんと、ヤバい。
 もう時間の問題。
 崩れる前に出よう!」

ケンゾーが言いました。

「でも、どうやって?」

飛び降りるしかありません。

わたしたちの部屋は2階で、1階が車庫になっています。
部屋を支えていた柱は折れ、わたしたちの部屋は落下。
しかし、下に停めていた車に支えられていました。
なので、通常の2階よりも高さは低くなっていて、ドアのない出入り口から飛び降りられる高さでした。
でも、やっぱり飛び降りるのには勇気がいります。
下を見ると折れた柱がむき出しになっています。
布団や毛布を下に落とし、ケンゾーが先にジャンプしました。
私が下りるときはケンゾーが手伝ってくれました。

家族のところに駆け寄り、落とした布団や毛布に包まりました。

初めて外から家を見て、とてもショックでした。
こんなに崩れてるなんて。

ここがこんなに被害を受けてるんだから、熊本市はどうなってるんだろう。
もっとひどいことになってるんじゃないか。
呆然として、家を眺めていました。

姪っ子と甥っ子は泣いてはいませんでしたが、何が起きているのかわからず、怯えたような顔になっていました。
寒さからか怖さからか、姪っ子は「寒い寒い」と言って震えていました。

家の向かいの道路にはベンチが設置してありました。
わたしが甥っ子を膝に乗せて抱きかかえ、震える姪っ子を隣りに座らせました。
体をさすって「大丈夫だよ、大丈夫」と言ってあげることしかできません。

隣りの家には、お父さんとお母さん、娘さんが暮らしています。
でも、家から出てこられていません。

姉と母が、隣りの家に向かって大声で呼びかけました。
「大丈夫ですかあ?
 出てこられますかあ?」


すると家の中から奥さんと娘さんの声がしました。
「出られませーん!!
 お父さんが足をケガしています!」

姉が手伝いにいきました。

わたしたちが住んでいるところはリゾート地で、ほとんどの家が別荘として使われています。
わたしたちの家族のようにここに常駐し、暮らしている世帯はごくわずか。
さらに、そのほとんどがよそから移り住んできた人です。
南阿蘇の美しさに惚れ込み移住を決めた人たちで、私の家族もそうです。

だから昔からのつきあいというのはありません。
家の前で目が合ったら挨拶する程度。
南阿蘇村は田舎ですが、わたしたちが住んでいるエリアは田舎ならではの濃いつきあいというのはなく、都会でマンション暮らしをしている人たちのつきあい方にかえって似ています。

それなのに、そのときはなぜか我が家の前にみんなが集まってきたのです。
「怖かったですねー。」
「大丈夫でしたか。」

田舎なので家と家の間は都会のように接近していません。
でも、わざわざ歩いてきて我が家の前にやってきました。

姉と母とわたしは、交代で家の中に入っていきました。

姉は子どもたちの洋服と毛布を取りにいきました。

母は携帯電話を探しにいきました。
真っ暗ななかどこに携帯電話があるかわからないけれど、このときは大きな余震が何度も何度もきていたので、緊急地震速報が流れっぱなし。
そのため携帯の液晶のライトがついていて、携帯の在りかがわかったそうです。

わたしは長丁場になると思い、飲み物と食べ物を探しに行きました。
足の踏み場がない中、しゃがんで物をどかし、お菓子やシリアルを手当たり次第バッグに詰め込みました。
そしてなぜか床に2リットルのミネラルウォーターが転がっていました。
普段ミネラルウォーターなんて飲まないのに、なぜそこにあったのか。
あとで母に聞いたところ、実は前震のときに地震用の非常袋を作ったそうです。
リュックに水や食べ物などを入れて玄関に置いていたそうですが、前震から1日が経ち余震も来なくなって落ちついたので、バッグの中身を取り出して元に戻していたそうです。
もしそのリュックがあれば、それごと持ってこられました。
「大丈夫」と過信せず、いつも非常袋を用意しておかなければならないと思いました。

お菓子をバッグに詰め込んでいるとき、いつも甥っ子がいっしょに寝ているカメのぬいぐるみが床に転がっていたのが目につきました。
それももっていって、外で待つ甥っ子に渡しました。
安心した顔をしました。

姪っ子のほうは逃げるときに枕元に置いていたお気に入りのぬいぐるみを持ち出すことができましたが、甥っ子は探したけど見つけられなかったということでした。

大人にとってはどうでもいいものですが、子どもにとってはそれがあるのとないのとでは大違いです。
災害で逃げるとき、最低限必要なもののほかに、何かひとつでも子どもの好きなものを持ち出せたらと思います。

家の前ではみんながおろおろしています。
深夜なのでとても冷え込んでいます。
姉は取れるだけ毛布や布団を家から持ち出し、ご近所さんに貸しました。

「ほかに近所でここに滞在している人、いましたっけ?」
「あっちの家に、おばあちゃんが一人暮らしをしていたでしょう。」
「ああ、そうでしたね。
 大丈夫かなあ。」

「様子を見に行きましょうか。」

普段、ご近所づきあいなんてないけれど、このときのみんなは「チームワーク」という言葉がぴったりでした。

一人暮らしのおばあちゃんは、もう90歳。
けれど南阿蘇の風景が大好きになり、娘さんたちと離れてここで暮らしている人です。
ヨーロッパのおとぎ話に出てきそうなレンガ造りの三角屋根の家で、見事なガーデニングの庭があるかわいらしい家に住んでいます。
おばあちゃん自身も上品で小柄でかわいらしいのですが、そのおばあちゃんの姿がないのです。

住人たちが懐中電灯をもって、おばあちゃんを助けにいきました。
おばあちゃんは室内で1人で固まって身動きできない状態だったということですが、みんなに支えられて家を脱出することができました。

「どうしましょうか。」
「ここにいてもしょうがないですもんね。」
「どこか避難所みたいなところに行ったほうがいいでしょうか。」
「中学校の体育館がいちばん近いかもしれません。」
「でも、そこまでたどり着けるか・・・。」
「道が通れないかもしれない。」

真っ暗ななか、みんなで話し合いました。

すると、1人の男性が言いました。
「わたしの車は四駆なので、まずわたしが車を出して道の確認に行ってきます!」

男性は、怯えた顔をしている小さな息子さんを優しく抱きかかえたまま、車のほうに走っていきました。
10分ぐらいして、男性が戻ってきました。

「あそこのゴルフ場のところまで行ってみたんですが、そこまでは車は行けそうです。
移動しませんか?」


移動しようと言っても、我が家の車3台は潰れています。

「うちが車を2台出します。
 乗ってください!」

ご夫婦が、わざわざ2台出してくれました。

避難所までの道は、亀裂が入ったり陥没していたりと、ひどい状態になっていました。
わたしとケンゾーはおばあちゃんといっしょに、奥さんの車に乗せてもらいました。
陥没を避けるために、あぜ道に入り込んで運転しないといけないため、運転していた奥さんが不安になり、途中で運転をケンゾーが代わりました。

でも、みんないっしょだったので多少の無理ができました。
もし車が1台動かなくなっても、助けることができます。

避難所に着いたのは地震発生から2時間近く経っていたかもしれません。
この辺の時間の感覚はあやふやですが、我が家の前でみんなで呆然としたり話し合ったりしていたのでけっこう時間が経っていたと思います。
けれど、避難所にはまだほとんど人がきていませんでした。

役場勤めの姉は、深い溜め息をつき覚悟を決めたように、幼い子どもたちと別れ役場の方に消えていきました。

真っ暗なので、車の中で夜が明けるのを待ちました。
子どもたちはわたしの膝の上で寝ましたが、何度も緊急地震速報がなり、ラジオで「南阿蘇村」という単語が出るたびに、子どもたちは目を覚まし、不安そうな顔になりました。
助手席に座っているおばあちゃんは、体を背もたれにつけることもせず姿勢を正したまま、静かに泣き続け、涙を拭っていました。

近所の人たちがいなければ、わたしたちもおばあちゃんも現場に残されていたと思います。

なぜ我が家の前にあのときみんなが集まったのか。

我が家の前には、ベンチが3つほど並んでいて、ちょっと休憩できるようになっていました。
歩道が広くベンチがあることで「公共スペース」のような印象がみんなにあったのかもしれません。

いつもはそこに座っている人なんていません。
役に立っているスペースでは全然ありませんでした。
まさか、こんなときに役に立つとは思いませんでした。

だからどんな住宅地にも、そういうほんのちょっとした「公共スペース」があるべきだと実感しました。

それと、必要だと思ったのは近所の人とのおつきあいです。
都会だと大変ですが、深いつきあいでなくてもいいです。
顔がわかり、挨拶する程度でもいいと思います。
やっぱり人間はそういうとき「みんなで助け合う」という精神が生まれてきます。
そのときに顔見知りの関係であったら、助け合いがスムーズにいきます。
隣りにどんな人が住んでいるのかわからなければ、声をかけるのも助けを求めるのも難しくなります。

我が家は大きな被害を受けましたが、それでもこんなふうに家族全員元気にいまを過ごせていることは不幸中の幸いです。

失ったものは大きいですが、家族それぞれが被災という体験を糧にこれからを生きていければと思っています。
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熊本地震から2か月 あの日を振り返る

2016.06.19 06:06|世界からのメッセージ☞EDIT
熊本の南阿蘇の実家でこれを書いているイクエです。
実家って言っても、今までの家は被災しちゃったから仮住まい。
でも、南阿蘇の風景と家族の団らんにはやっぱり心が落ちつきます。

熊本地震から2か月が経ちました。

もう2か月経つけれど南阿蘇の場合、仮設住宅もまだ完成していません。
観光業が盛んな場所だけれど、道路も寸断されていて、観光客は来てくれません。
ペンションやレストランの再開の見通しも立たず、生計が立てられない家族もたくさんいます。

イクエの家族は仮住まいの生活とはいえ、少しは落ちついてきました。
それでも水は出ません。
水の復旧のメドはまったく立っていません。
いつも水汲みに行くし、トイレは流せず大変です。
食器は外の給水所までカゴに入れて抱えて持っていき、洗っています。
お風呂は村の入浴施設に毎晩通っています。

2か月が経ったけど、いろんな支援はまだ必要で、被災していない人にも被災地のことをまだまだ忘れないでほしいなあというのが切実な願いです。

きょうは、地震当日のことを書こうと思います。
これから書くことで、教訓めいたものがひとつでもあり、それがもし今後の誰かのためになるなら光栄です。

4月14日午後9時半。
わたしとケンゾーは福岡市のマンションにいました。

突然、携帯から大音量が鳴りました。
「地震です。
 地震です。」

テーブルの下にすぐに潜れる体勢にしました。
数秒後、大きな揺れに襲われました。
けっこう長く揺れたように感じました。

けれど我が家のものは何も倒れませんでした。

テレビをつけると、震源地は熊本で、熊本のひどい様子が映し出されました。
熊本の家族が心配ですぐにでも電話をしたかったのですが、「もし電話をしているときに余震でもあったら」と思い、しばらく待つことにしました。
とにかく無茶をせず安全な場所で余震が収まるのを待っていてほしいと思いました。

少し時間をあけて実家に電話をすると、「こっちは揺れたけど大丈夫だった。棚の上に置いていた木の小さな置物が落ちたくらい。」と母が話しました。

とは言え、小学1年生になったばかりの甥っ子は、恐怖からか2度ほど吐いたということでした。

次の日、ケンゾーは仕事が入っていませんでした。
(ちなみにケンゾーは旅行前と同様、帰国後もテレビカメラマンの仕事をしています。)

けれど地震の取材で呼び出される可能性があるので「土日も予定を入れずに自宅待機していてください」と言われていました。

夕方になり、東京の局の朝の情報番組のスタッフから連絡が入りました。
あす、東京からリポーターやディレクターが熊本入りするので、熊本空港で落ち合って地震の取材をしてくださいとの依頼でした。

地震で高速道路は通行止め。
熊本は大渋滞しているので、朝イチで熊本空港で落ち合うには今日中に福岡を出たほうがいいと思い、わたしたちは南阿蘇の実家に泊まることにしました。

福岡を出たのが午後5時ごろ。
普段は高速道路を使えば2時間弱で行ける距離ですが、渋滞していて実家に着いたのは午後10時前でした。

実家は何の被害も受けていませんでした。
ただ、きのうの夜はみんなあまり眠れず睡眠不足だったので、わたしたちが到着したときは母以外は全員寝ていました。

母もわたしたちに夕食を準備すると「眠いから先に寝とくね」と言って2階に上がっていきました。
そのあとお風呂に入ったりして、わたしが布団に入ったのは12時くらいだったと思います。

それから1時間半後です。

突然、体験したことのない大きな揺れに襲われました。

「地震のときは机の下に隠れる」「建物から離れる」などと言われますが、はっきりいって人間、あんな大きな揺れに突然襲われたら、体が固まってただただじっとすることしかできません。
「お願いだから、早く揺れが収まって!」そう祈りながら、布団の上でじっと耐えます。

机の下に潜ることができるのは、それほど大きな揺れではないときだと思います。
わたしは震度6弱だった福岡県西方沖地震を体験しましたが、そのときは机の下に潜ることができました。
でも今回は無理です。
これほど揺れるなか、歩くことはおろか立つこともできません。
もし立ち上がっていたら自分の体を支えることができず、すぐに転倒して、骨折でもしてたんじゃないかと思います。

だから強い揺れのときは「机の下に潜る」ではなく、現実的には「その場にしゃがみこんで、すぐ手に取れるその辺の物で頭を覆うか、うつむいて頭を守る」ことぐらいしかできないでしょう。

「もし地震に襲われたらとっさにどうするか」というのは誰もが考えることかもしれませんが、踏み込んで具体的に考えておかないといけないと思いました。

今回は多くの人が寝ている時間帯で、おそらくほとんどの人たちは布団の上で布団をかぶってじっとするしかできなかったと思います。
けれど、姪の友人のお父さんは入浴中でした。

一軒家のお風呂場を想像してください。
浴槽のすぐ近くに窓があり、鏡もあり、出入り口のドアはガラスです。
我が家のお風呂場はガラス製のドアが外れて浴槽のほうに倒れていました。
そのお父さんは体にたくさん切り傷を負いました。
お風呂場は焦ってしまうと滑りやすいし、閉ざされた空間だし、服も着ていないので非常に危険なところだと初めて気づきました。

「もし入浴中に被災したら」。
最善の策が何かはわかりませんが、「とにかく浴槽に体をうずめて蓋をかぶり、栓を抜く」ことかなあという結論に家族と至りました。
でもこれだと子どもやお年寄りは水を飲んで溺れてしまうかもしれません。

ほかにも「車を運転しているときに地震がきたらどうするか」とか「夫は仕事、自分は自宅、子どもが学校にいるときに地震がきたらどうするか、連絡の取り方、落ち合う場所を決めておこう」とかシミュレーションしておかなければなりません。

地震では、「孤立する恐れがある」ということも考えておく必要があります。
南阿蘇の場合、高台に家がある人は斜面が崩れて下の道路へと逃げられなくなりました。
また、いたるところで道路が陥没したり橋が崩れたりして、道路が寸断されて孤立した地域もあります。
当座をしのぐ、水や食べ物などの備蓄はやはり必要です。
カセットコンロがあれば重宝します。
温かいものを口にすることができます。

わたしたちが大地震に襲われたとき、携帯電話の緊急地震速報は役に立ちませんでした。
揺れたあとに地震速報が鳴りました。

緊急地震速報は、震源地の近くの地震計が地震波をキャッチしてから出されます。
揺れというのは、波紋のようにタイムラグがあります。
震源地から遠くになればなるほど遅く伝わってきます。
地震を感知してから鳴る緊急地震速報は、震源地に近いところだとかえって速報のほうが遅く、離れている場所であれば揺れが伝わってくる前に地震が押し寄せてくることを前もって伝えてくれるようになっています。
だから前震のとき、わたしとケンゾーは福岡にいたので、地震速報が鳴ってから地震発生までに10秒くらい猶予があり、机に潜ることができました。
今回は全然間に合いませんでした。

被災すると電気もつきません。
日中に起きた場合はまだ明るいけれど、夜だと真っ暗です。
さらに、まわりの家具が倒れていたり、物が落ちていたりして室内はぐちゃぐちゃ。
慣れ親しんだ光景とはまったく別の光景になっています。
どうなっているのか、何がどこにあるのかわかりません。
逃げ道を見つけだして家から出ないといけませんが、床は足の踏み場がないほど物で溢れています。
家具のほか、食器や本。
窓ガラスや天井のランプシェードが破損し、ガラスも散らばっています。
うちの家族は逃げるとき誰も懐中電灯をもっていませんでした。
いつも棚の中に入れているけれど、寝ていた場所からは離れていました。
懐中電灯を入れた棚が倒れていたり、引き出しが飛び出して中のものが床に散らばって見つけだせないこともあります。
だから、枕元に懐中電灯を常に置いておかなければならないと思いました。

そしてもうひとつ、置いていたほうがいいもの。
それはスリッパか厚手の靴下です。
大きな地震が起きれば、先ほど述べたように床はいろんなもので埋め尽くされます。
家具やガラスの破片。
ときには家具に行く手を阻まれて、倒れて折れた家具の上をまたいで行かないといけません。
ふすまやドアも外れて倒れているので、歩くときにそれを踏むことになります。
玄関までたどり着けても、靴が履けるかはわかりません。
我が家は玄関も、靴箱に置いていたものなどが倒れてぐちゃぐちゃになっていました。

あと必要なのは、連絡や助けを求めるための携帯電話でしょうか。

けれど、問題があります。
地震でいろんなものが倒れたり落ちたりして、部屋はぐちゃぐちゃになります。
枕元に置いていたとしてもそれが移動したり上に何かが倒れたりして見つからないのです。
じゃあどこに置けばいいかと言われると困りますが、厚手の靴下なら枕カバーの中に入れていてもいいかもしれません。

必要なものを重いタンスや引き出しの中に入れておくのはお勧めできません。
家具は背面を壁に付けて置いているので、通常、地震で転倒したときは表の出し口部分が床側に倒れます。
タンスや引き出しの出し口部分が下になって倒れてしまったら、それを起こさないと中のものがとれません。

ここまで地震発生直後のことを書きました。
揺れを感じてわたしたちはどうしたのか。
そして、そこで感じた教訓。

今回は長くなったので、次回書きたいと思います。

きょうも最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

(世界旅行出発日 2012年9月撮影 被災前の実家)
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グアテマラではお土産を 安い・カラフル・かわいい!

2016.06.18 05:33|グアテマラ☞EDIT
ここ数日調子が良くて、ブログをたくさん書けるのはいいんだけど、このまえ間違って同じ日に2つの記事を投稿してしまったイクエです。
最大でも1日1本って決めてたのにー。
ストック分の原稿だったのにー。
でも、公開してしまったものはしょうがない。
15日に記事を2本あげているので、見逃した方はどうか見てくださいね。
そしたらわたしも報われます。

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世界遺産の古都。
ツーリストで賑わう街。

こんなアンティグアにはもちろんお土産屋さんがたくさんある。

今回の世界一周の前までは、わたしは外国でお土産を買うのが大好きだった。
お土産を買うことは海外旅行の醍醐味だった。

日本では見かけない珍しい小物。
独特の色彩感覚で描かれた絵。
どこかマヌケで愛嬌があり、不完全な動物の置物。
木彫りのお盆やカラフルな器。

日本の我が家には、旅行先で手に入れたエキゾティックな物たちがたくさんある。

けれど、どういうわけか、今回の世界一周中、イクエとケンゾーには物欲と言うものが一切湧かない。
「かわいいな」「おもしろいな」とは思うけれど、それを欲しいとは思わないのだ。

「荷物になるから」「持ち歩くのが大変だから」「キリがないから」「出費がかさむから」。
そんな理由があると思う。

でも、いちばん大きいのは「お土産選びや購入に興味がわかない。もっと満足できることがある。」という理由なんじゃないかな。

たくさんのお土産を前にしても、昔みたいに心がときめかない。
うまく言えないけれど、お土産を買うという行為は「自分がツーリストである」「外から一時的にやってきた者である」ということを実感させられるからかもしれない。
それよりも地元の人に混じって、市場で交渉しながら野菜やお肉や果物を買うことのほうが楽しくなっている。

とはいえ、帰国を1か月半後に控えたイクエとケンゾー。
自分用ではなく、日本でわたしたちを待つ人たちにプレゼントするお土産を買わなくちゃ。

お土産天国のここアンティグアは、お土産を大量買いするにはちょうどいい場所。

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さっそくお土産探しに繰り出そう。

これまでいろんなグアテマラの民族を紹介してきたからお気づきだと思うけれど、グアテマラの民芸品と言えば、カラフルな織物や刺繍。

でもただの布ではおもしろくない。
その布を使って、おしゃれにアレンジされたものが人気。

窓に整列したブーツ。
一点もので、オリジナリティに溢れている。
革製だし履き心地もよさそう!

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でもバックパックで旅をしているイクエとケンゾー。
さすがにブーツを持ち歩く気にはなれない。

かわいいんだけどねぇ。

ほしいのは荷物にならないもの。
軽くて小さくて。

それに人にあげるなら、実用的なものがいいなあ。
珍しい物でも、使い道のない邪魔になるような物なら迷惑がられそうだし。

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石畳で趣きある道を歩きながら、通りに面したお店をチラチラと見る。
お店の人に声をかけられて室内に入ってみる。
色鮮やかな小物が、テーブルや棚に目を奪われる。
どれもかわいい!

でも、ここはグアテマラ。
商品に値札なんてついていない。
思いきって聞いてみる。

「クワント クエスタ?(いくらですか)」

でも返ってくる答えはどれも予想しているものよりも高い。
ここから値段交渉をしないといけない。

「もうちょっとほかの店も見てみようか。」
「もっといいのがあるかもね。」

入口がたくさんの民芸品で飾られているところを発見。
珍しいものたちが出迎えてくれている。
華やかで楽しくて、まるで博物館!

なんだろう、ここは。

「ここ、お土産屋さん?」
「入ってみよう!」

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「うわあ。」
「すごいね!」

そこはほんとうにグアテマラ文化の博物館のようだった。
壁一面に各地域の民族衣装が吊るされている。
もちろん、全部売り物。

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「あ!見てみて。
 ここに売ってあるよ。」


グアテマラの北に位置する山間の村で見てきた衣装だ。
白いストライプのシャツは、トドス・サントス・クチュマタンの男性の衣装。
赤いストライプは、サンフアン・アティタンで見たもの。

同じデザインに見えた衣装だけど、こうやって勢ぞろいしていると襟元の布や切り返し、ポケットの形などがそれぞれ違っていて工夫をこらしたデザインになっていることがわかる。

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女性の衣装も素晴らしい。
鮮やかな大輪の花が襟元に咲いている。

ちなみにグアテマラのこのような衣装は、総称してウイビルと呼ばれている。

素晴らしい手仕事。
これだけ様々な衣装が並んでいるこの光景は、圧巻。

グアテマラの織物・刺繍文化の奥深さと広さを実感させられる。

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天井を見上げると、大きな傘のようなものがぶらさがっている。
紙で作られているけれど、織物に負けないぐらい鮮やかで華やか。

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これは、傘ではなくて凧。
グアテマラでは、11月に「死者の日」がある。
先祖を供養するもので、日本のお盆に当たるようなもの。

墓地の敷地で、この大きな円形の大凧を揚げるのだそう。
天にいる死者たちとつながるように、という意味が込められているらしい。

大きいものだと直径2メートルはある。
こんな色とりどりの大きな凧が空を舞うのを一度は見てみたいなあ。

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実はこのお店、あとで気づいたのだけど旅行者に有名な店らしい。
『地球の歩き方』に写真つきで掲載されていた。

お店の名前はNim Po't(ニム・ポット)

嬉しいことにすべてに値札がついている。
値札がついているので値段交渉はできないけれど、それでも他店の言い値よりは安い。

さらには産地も記されているので、どこの地方の民芸品なのかもわかる。

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チチカステナンゴでも売られていた動物やスペイン人侵略者を模したお面。
チチカステナンゴでは、伝統舞踊で使われる。

こちらもどこかで見たもの。
椅子に座った怪しいおじさん。
黒い口ひげに背広姿。

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笑ってはいけない神様。
スニルで拝んだサン・シモンさま。

これはかなり大きなお土産になる。
こんなものをわざわざ買う外国人観光客はいるんだろうか。

まあ、とてもグアテマラらしい物だけれど。

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これどうやって持って帰るんだろう。

飛行機の預け荷物だと、すぐ壊れそう。
それに、布で包んだら死体と思われて怪しまれるかもしれない。
荷物を受け取るときに、ベルトコンベヤーの上にこんなのがのっかって回ってきたら、怖さすら感じてしまう。

かといって、おんぶして機内にもっていくわけにもいかない。

誰も買わないでしょって思うんだけど、やたらといろんな種類のサン・シモンさまが売られていたのよ。
何十体あったかな。

さすがに、これは買えなかった。

で、イクエとケンゾーが購入したものがこちら。

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でも、実はこれは紹介したお店で購入したものじゃないの。
センスあふれるきれいでおしゃれなお店ではなく、市場で買っちゃった。
アンティグアの市場は民芸品が充実している。
市場をぐるぐるまわって、品定め。
お店のおばちゃんやおねえちゃんと値段交渉をしながら、駆け引きを繰り返す。

「えー?
 これ1つ30ケツ?
 もっとまけて!!」

「だめだよー。
 もともと40ケツのところを、うちは30ケツで売ってるんだから。」

「でも隣りの店も30ケツだったよ。
 あ、隣りの隣りの店は25ケツだったかなあ。」

「わかった。
 25ケツでいいよ。」

「ほんとにありがとう♡
じゃあもうひとつ買おうかな。」


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このポーチはパッチワークなんだけど、ひとつひとつがそれぞれのご当地の民族衣装の端切れでできている。
いろんな文化が共存しているグアテマラの縮図みたいで、すてきでしょ。

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こちらはヘアーバンド。
友人たちへのお土産に。

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こんなヘアーバンドは現地の人はしていない。
旅行者用にデザインされている。
でも、この刺繍がグアテマラっぽい。

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これはナベつかみ兼ナベ敷き。
ニワトリの形をしている。
色がきれいだし、布の模様が独特。

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「ねえねえ、これいくらですか?」
「ひとつ20ケツよ。」
「えー?
 15ケツは?」

「ダメ。」
「わかった。
 じゃあ5つ買います。
 5つで75ケツでどうでしょう。」

「違う。
 5つだったら100ケツ。」

「100ケツと言うと一個あたり・・・。
 20ケツだから・・・。
 結局最初といっしょじゃん!」


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とくに気に入ったのはこのベルト。
すごくかわいい。
これは、あの人に♡

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やっぱり実用的なものといったら小さなポーチかな。
バックパックに入れて持ち運んでも、そんなに重くないし邪魔にもならない。
だから、大量買い!

ひとつひとつ色も模様も違う。
刺繍がほんとうに細かい。

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荷物になるからお土産を買うのはちょっと億劫だった。
でも「いつか買わなきゃなあ」って思っていた。
「荷物になるからギリギリで買おう」。
そう思っていたけれど、いざ買ってみると肩の荷が下りた。

よし、これでお土産も買った。
わたしたちはいよいよ帰国するんだ。
そんな気持ちも湧いてきた。

そうそう、お土産と言えば・・・。
物価が激安のベネズエラで大量買いし、実家に送ったのは9月の話。
郵送費は100円ちょっとぐらいだったかなあ。
2週間くらいで日本に着くと聞いていたのに、もう5か月。
母親に聞いても、届いていないという。

EMSで追跡ができるようにしていたのでインターネットで番号を入力して調べるも、まだ荷物はベネズエラから出ていない模様。

あの荷物はどうなったの?
どこにあるの?

さあ、このあと荷物は無事に日本に届いたのでしょうか。
それは別の機会にお教えします。
むふふ♡
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グアテマラでカツ丼? これがおいしい!!

2016.06.17 06:33|グアテマラ☞EDIT
梅雨入りしたことに気づかなかったイクエです。
梅雨って毎日雨が降るイメージがあったけど、ことしはそうでもない。
洗濯物を干せる日もある。
でも、これからはどうだろう。
被災地は地盤が弱くなっていて、さらなるガケ崩れも心配されているから、集中豪雨になりませんようにと祈っています。

チカバル火山からのハイキングを終えて、タカハウスに戻ってきた一行。
それほど本格的な山登りじゃなかったけど、足はクタクタ。

タカさんは出かける前に「わたしもいっしょに行ってあげてもいいんだけどねえ・・・」と言っていた。
踏み台昇降でヘトヘトになるタカさんは、とてもじゃないけど登れなかったと思う。
(タカさんの名誉のために言っておくけど、かつては何度も旅人を連れてチカバル火山に登っている。)

「お腹空いたねえ」と話しながら帰ると、我らが女神、タカコさんが夕食の準備をしていた。

きょうのメニューはケンゾーが大好きなもの。

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大量のカツ。

サクッとできあがっている。
切り口から見えるのは、いいあんばいの美しい肉の色。

これはもう、絶対おいしいに決まってる!

卵でとじてネギを落として、タカコさん特製カツ丼のできあがり♪

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こんなおいしいものを毎日食べさせてもらっているわたしたち。
しかも格安で。
ちなみにこの日の夕食代はひとり13.5ケツ(約216円)。

こんな激安で食べさせてくれるのは、庶民的な市場の食堂だってない。

胃袋をワシ掴みにされたイクエとケンゾー。
それでも、この宿を発つ日がやってきた。
実は、タカハウスの主要メンバーもそろそろタカハウスを去ろうとしていた。

そのひとりがタカコさん。
タカコさんには日本で娘を待っている高齢の母親がいる。
タカさんだけのお世話をしている場合じゃないのだ。

タカコさんの気がかりは、タカさんのこれからと、週に数回開けていたタカハウスのタコ焼き屋の存続。

タコ焼き屋さんは、スペイン語を勉強しながら長期で滞在しているアイさんが継ぐことになった。

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現地の人からも愛されているタコ焼き屋さん。
店を閉じるわけにはいかない。

タカコさんは、タコ焼きだけでなく、巻き寿司などの作り方も跡継ぎにしっかりと伝授していた。

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そしてもう一人。
タカハウスのムードメーカー、ケンくん。

ケンくんはすごい才能の持ち主で、20歳を過ぎてから始めたスキーがめきめきと上達。
日本で開催される大会のスキー競技で素晴らしい記録を残し、オリンピック出場も夢ではなかった。

けれど、腰を痛めてスキーヤーの道を断念。

でもケンくんは運動神経だけでなく、芸術の才能もある。
いまはアーティストとして、いろんなところで絵を描いている。

ケンくんはタコ焼き屋さんの壁画を依頼されていた。

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この壁画もまもなく完成。
完成したら日本に帰ることにしている。

イクエとケンゾーはこの愛すべきタカハウスを去りがたいけれど、誰にだって旅立ちのときは来るものだ。

後ろ髪を引かれる思いで、みんなに別れを告げる。

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ありがとう。
またどこかで会おうね。
旅の終わりに、こんな宿に出会うことができて幸せだったよ。

タカさん、体に悪いものを食べずに、踏み台昇降も毎日しっかりやって、どうか長生きしてくださいね。
そしてまだ見ぬ旅人たちのために、この不思議な魅力と魔力のあるタカハウスを存続させていってくださいね!

通い慣れたシェラのバスターミナルから、グアテマラシティ行きのバスに乗り込んだ。

でも次の目的地はグアテマラシティではない。
アンティグアという美しい街。

グアテマラシティとアンティグアの分岐点、チマルテナンゴでバスを乗り換える。
ここまでは運賃35ケツ(約560円)。

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チマルテナンゴで降りてから、歩いて道を下っていく。
するとアンティグア行きのバスが道路脇に停車していた。

アンティグアまでは5ケツ(約80円)。

アンティグアはグアテマラの一大観光地。
石畳の道にコロニアルな建物が並ぶ、世界遺産の古都。

バスを降りると、お土産屋さんがずらりと並んでいた。

観光客があまり立ち寄らない、雑多な感じのシェラとは違う。

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アンティグアの標高は、およそ1520メートル。
シェラと比べれば、暑く、下界に降りてきた感じがする。

ここは昔、グアテマラの首都だった。
このあたりは地震が多く、何度も地震の被害に見舞われている。
それで結局、首都が現在のグアテマラシティに遷都されてしまった。

グアテマラシティにはない趣きが、この街にはある。

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平屋の建物が軒を連ねる。
赤茶色の瓦屋根。
壁の色は赤や黄色、緑、水色とカラフル。
通りに面した壁には長い窓。

どこかで見たことがある風景。

そうだ、キューバだ。

ニカラグアの古い街並みもそうだった。

コロニアルな街並みだけど、壮大な雰囲気の南米のそれとは少し違う。
建物は背が低く、温かみがある。
中米独特の街並み。

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世界遺産の歴史地区ではあるけれど、ふと目に入る光景が庶民的でなぜか懐かしさのようなものを感じさせてくれる。

それは、カゴの上に獲れたての果物や自家製のお菓子を大盛りにして、客を待つ女性たちだったり。

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夕暮れの時間帯、電信柱に登る作業員だったり。

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現地の人たちの生活の息づかいが聞こえてくる街だけど、ツアーの団体客が通りを歩き、お土産屋の売り子たちが売り込みをしている。

グアテマラではあまり出会うことのない、おしゃれなカフェや欧米人好みのレストラン、ファストフード店なども充実している。

ツーリストにはとても滞在しやすい街なのだ。

だから、アンティグアはスペイン語の留学先として人気が高い。
アンティグアの人口はおよそ5万人。
けっして大きくはないこの街に、外国人を対象にしたスペイン語学校がなんと50以上もある。

日本人の長期旅行者の間でも、「グアテマラでスペイン語を学ぶ」というのが一般的になっている。
イクエとケンゾーはスペイン語圏である中南米を1年も旅しているのに、一回もスペイン語学校に行ったことがない。
こんなわたしたちは、旅行者の中ではマイノリティーなのだ。

アンティグアのスペイン語学校の場合、一般的なコースだと授業は午前中の1日4時間。
月曜日から金曜日までの週5日。
講師に1対1で教えてもらえる。

学費は学校によってまちまちだけど、だいたい1週間で100ドル前後らしい。

学校をちょっとのぞいてみたら、こんな風になっていた。
まるでカフェのように机がずらりと並んでいて、講師と生徒が対面している。

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学校によっては、追加料金で滞在中のホームステイをあっ旋してくれるところもある。

個人的には、ツーリストであふれたこじゃれたアンティグアで勉強するよりも、現地の人たちがたくさん住むにぎやかで雑多なシェラのほうがおもしろいとは思うんだけど。
とくにタカハウスでお願いするのがね!

タカハウスが忘れられないイクエとケンゾー。

そんなふたりがアンティグアで泊まるのはこの宿。

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看板もない建物。
ここは日本人宿として有名な「ペンション田代」。

日本人の男性が経営している。
日本人宿のオーナーという共通点はあるけれど、タカさんとは全然雰囲気がちがっている。
オーナー家族はオーナー家族、客は客という住み分けがちゃんとされている。
どちらもお互いを干渉しない。
人によっては、それはちょうどいい距離感。
でも、そんな関係性に味気なさを感じる人もいるかもしれない。

部屋数が多くて、客の数が多いと言うのもそうさせている一因かもしれない。
日本人だけじゃなく、韓国人の客も多い。
わたしたちがいたときは、半々くらいだったかな。

宿泊費は部屋のグレードによって異なる。
わたしたちはふたりで110ケツ(約1760円)の部屋。

グアテマラの宿泊費は思ったよりも安くはない。

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ケンゾーが大好きな食べ物は、カツ丼。
というのは、きょう最初に話した通り。

ペンション田代に貼ってあるチラシに「カツ丼」の文字。
まさかアンティグアでも食べられるなんて。

お店の名前は「マリブリ」。
日本人のご主人と、グアテマラ人の奥さんと娘さんとでやっているらしい。

お店があるのは市場の中。
市場には食堂が並ぶエリアがあるんだけど、そこにはないらしい。
お肉屋さんのコーナーにあるのだそう。
どういうことだろう。

市場の中を歩くも、それらしいお店は見つからない。
「こっちかな」「もっと先かな」。
奥に進んだり、また戻ったり。
行ったり来たりしながらあきらめかけたとき、ようやく見つけた。

食堂と言うよりも、肉屋そのままやん。

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わたしたちはてっきりテーブルと椅子があって、どんぶりに入ったカツ丼が出されるとばかり思っていた。

マリブリの本業は見ての通り精肉店。
注文したら店の奥の小さなコンロでカツ丼を作ってくれて、タッパーに入れられて出される。
テイクアウトのみ。

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一人前の量は多め。
お値段は37ケツ(約592円)。

精肉店が作るカツ丼だから、新鮮な肉が使われていてサクッと柔らかい。
ボリュームもある。
グアテマラでこれほどのクオリティーのカツ丼が食べられるのは、素晴らしい。

でも、でもね。
タカハウスで食べたタカコさんの手作りのカツ丼、あれはおいしかった。
しかもサイドメニューもついて、13.5ケツ(約216円)。
マリブリの3分の1の値段。

やっぱりタカハウスはよかったなあ。
また戻りたいなあ。

グアテマラの一大観光地アンティグアに来てもなお、タカハウスに未練タラタラのイクエとケンゾーだった。
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祈りを捧げるマヤの人々 神秘的なチカバル湖

2016.06.15 14:00|グアテマラ☞EDIT
素麺のおいしさに感動するイクエです。
なんであんなに素麺はおいしいんだろうね。
でも、素麺は外国人には不人気。
「味付けもされてないヌードルなんて考えられない。
 ただ茹でてるだけじゃん。
 どうして日本人は何も味がしないのに好きなの?」
って思うらしい。

山椒や生姜のすりおろしに鰹節やネギ。
ミョウガもいいね。
薬味のバリエーションがいいですよね。

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グアテマラ、シェラ近郊のチカバル火山の登山口までやってきたタカハウスのご一行。

青空は見えているとはいえ、雲行きが怪しくなってきた。
山頂は雲で覆われている。

どうかこのまま天気がもってくれますように。
聖なる湖を見られますように。

ヨーロッパから侵略されてからというもの、中南米はキリスト教の国になってしまった。
でもそれ以前は、土着の宗教が信仰されていた。

日本も昔から「やおよろずの神」がいる。
巨大な岩、樹齢何百年、何千年もある大木。
人を寄せつけないような崇高な山・・・。

そのどれにも神々が宿ると信じられてきた。

大自然を前に人間はちっぽけで、自然物のもつ悠久の歴史にひとりの人間の一生なんて比べものにならない。

人々は自然に対し畏敬の念を抱き、そして祈った。

グアテマラの土着の宗教にも似たところがある。
ゴツゴツとした岩に覆われた、仙人の出そうな山の頂上が聖地になっていたりする。
このチカバル山だってマヤの人たちの聖地。

現在グアテマラで信仰されているのはキリスト教だけど、昔からの土着の宗教が混ざり合っていて、わたしたちからするとちょっとミステリアスで興味深い。

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なだらかな坂道を登っていくと、緑のトンネルに出た。
ここからは緩やかな下り坂。
だから、自然と早足になる。

とは言え、全員息が切れている。
ただでさえ標高の高いグアテマラ。
シェラの街だって標高およそ2300メートル。
タカハウスから市場に買物に行くときでも空気が薄くて息切れする。
だから、こんなハイキングならなおのこと。

チカバル火山は、標高およそ2900メートル。
聖地とあってグアテマラ人たちも友人や親子連れで登っている。
杖をつきながら「ふぅふぅ」言いながら登っている。
みんな聖地に行きたいのだ。

バスを降りてからおよそ2時間、登山口からは1時間。
ついに聖なる湖、チカバル湖が姿を現してくれた。

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森に囲まれた静かな湖。
もともと噴火口だった火山湖は、なみなみと雨水を湛えている。

山頂に広がる平らなこの空間。
湖の縁の、弧を描いた砂浜。
そしてまわりに生い茂る緑。

そこには無駄なものがない。
だからか、公園の人工池のようにも見える。

青空を今にも覆いつくそうとしている雲が、じわじわと目の高さに降りてきた。

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雲が霧となり、森の中の湖をますます神秘的にする。

温泉から湯気がもくもくと立ち、視界に写るものをゆらゆらと揺らすように、湖の霧が景色の色を薄めたり、白くさせたりしながら、刻々と風景を変えていく。

どこか、はかなげでもある。

時間は止まることなく、すべては移り変わっていく。
それを実感させてくれる光景。

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マヤの人たちがここを聖地としていることに、納得する。

湖には、白っぽいものや黄色っぽいものが浮かんでいる。
近寄ってみると、それは湖に捧げられた菊の花束だった。

湖畔に大家族が集まっていた。
頭を布で覆っている。
砂浜にキャンドルを突き刺している。

まもなく儀式が始まるのだ。

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邪魔にならないように、離れたところからそっと拝見させてもらう。

湖の縁から陸へと並べられたキャンドルの道。
その間を男性がゆっくりと歩いていく。
この家族の長で、儀式の進行役だろうか。

ラグビーボールよりも少し小さい何かを両手でしっかりと持っている男性。
それをおもむろに、口元へと運ぶ。

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ブホーン、フォーン。

正体は、ほら貝だった。

低音のしっとりとした音が湖畔に響き渡る。
音は湖面に波紋を描くと、風に乗ってそのまま森のほうに吸い込まれていくみたいだ。

神を呼び寄せるような音。

しばらくすると、物悲しいほら貝の音は止んだ。
男性が静かに湖に近づいていく。

すると今度は、新たな音が空気を揺らした。
別の男性が手に持っているもの。
縦笛だ。

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ほら貝と縦笛の音に誘われて、神がやって来たのかもしれない。
今度はみんなが祈りを捧げはじめた。
呪文のようにも、歌のようにも聞こえる。

耳に心地よい祈りの声を聞きながら、わたしたちは下界へと降りていくことにした。

山頂の湖はくぼんだ場所にあるので、いったん坂道を上り、そこから下山することになる。
下山する前に、神秘的な湖を目に焼き付ける。

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湖はあっというまに雲に覆われて、真っ白になった。
もう何も見えない。
あれは、幻の湖だったのかなあ。

運が良ければ、帰る途中に、いまも噴火している隣りの火山を見られるはずだったけど、雲が立ちこめていたために見ることはできなかった。

それでも、お正月にみんなで汗をかき、マイナスイオンを浴びながらハイキングをし、グアテマラに息づく信仰を目の当たりにできたのは、一年のスタートとしてはいいものとなったんじゃないかな。

いままで海外で過ごしてきたお正月だけど、来年はきっと日本。
この旅行もあと1か月半で終わってしまう。
まだ全然実感が湧かない。
ずっとずっとこのままふたりの旅が続いていくような気がする。

わたしたちは、ちゃんと旅を終えることができるのだろうか。

その前にあんなに居心地のいいタカハウスから出ていくことができるのだろうか。
わたしたちはタカハウスを発つ日を、あさってと決めていた。

ずっとタカハウスにいたいけれど、タイムリミットは近づいている。
ここでダラダラしていると、帰国のためのアメリカからの飛行機に乗れなくなってしまう。

二日後、イクエとケンゾーは、タカハウスにサヨナラを言えるのだろうか。
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胃袋を掴まれ、旅に出て野ションが得意になったワタシ

2016.06.15 12:45|グアテマラ☞EDIT
最近の連続ドラマが9話で完結することに最近気づき、驚いたイクエです。
前は13話ぐらいまであったよね。
ひとつのテレビ局が9話にするならわかるけど、どうしてどの局も9話になったの?
いつからなったの?
どうりで最近、シーズンをつなぐスペシャル番組がやたら多いと思ったよ。
最終話と次の新ドラマをつなぐ期間にスペシャル番組やってるでしょ。
あれ、あまりおもしろくないから好きじゃないんだよね。

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愛すべきタカさんとお出かけしたわたしたち。
お正月だからと、お昼からちょっと高めの中華レストランで特別なランチを堪能した。
だからきょうの晩ご飯はお腹に優しい素朴な物を。

いつも管理人が季節ごとに変わっていくタカハウス。

季節ごとって言うのは、語弊があるかな。
旅人として泊まっていた人がいつのまにか管理人になるケースが多い。
そしてその人は気の向くまま、管理人を続ける。
1、2か月で辞める人もいれば、数年やり続ける人もいる。

いまの管理人はタカコさん。
タカコさんは、管理人をするのは今回が初めてではない。

もう何年も前に旅人としてここに来て、それからすっかりタカハウスを好きになり、定期的に日本からタカハウスにやってきてお手伝いをしている。

タカコさんは、日本ではちゃんと資格をもっていて介護の仕事をしている。

「いまはタカさんを介護してるから」
冗談っぽく、そう言う。

タカコさんはおじさまたちの扱いにもなれてるし、和食を作るのがとても上手で、日本で小料理屋を開けば絶対に繁盛するにちがいない。

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わたしは日本にいるときは男の同僚たちとバリバリ働いていた。
休日、深夜の呼び出しはあたり前、夜勤もあったし、いつも名字の呼び捨てで呼ばれ「お前はアホか」と怒られるのにも慣れている。
女性らしさは全然求められないし、「女性は家に入って家事に専念し、陰ながら夫を支える、良妻賢母で」なんてのは、共感しない。

結婚披露宴の「いい妻の条件は、夫の胃袋を掴むことです」なんて使い古された言葉も、まったく心に響かない。

我が家のルールは「帰宅が早いほうが料理を作る」。
その結果、ケンゾーが台所に入る日が多かった。

でも、タカコさんのおいしい料理を食べて、わたしたちは一度離れたタカハウスにわざわざ戻ってきて、そして今とても去りがたくなっている。

タカコさんに胃袋を掴まれてしまったのだ。

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いざ、こうやって胃袋を掴まれていると「やっぱり妻は料理上手じゃないといけない。夫の胃袋をしっかりと掴まないといけない。むしろ妻のくせに料理下手なんて失格。料理下手の女と男は結婚する意味があるのか。」とまで思うようになった。

すごい威力である。

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タカコさんの料理の何がすごいかというと、「お袋の味」だから。
タカコさんとは血も繋がっていないし、ここで初めて出会ったし、何よりタカコさんの年はわたしの「お袋」の年齢とはかなり差がある。

それなのに「お袋の味」。

食べるとホッとする。
身も心も癒やされる。
「あー、この味、この味」と思う。

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すごいのは、このお袋の味をこのグアテマラで実現させているということ。
食材や道具も日本と違う。

ここで出される白飯だって、日本米を炊飯器で炊いたものと遜色ない。

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ここにいるおじさんたちも幸せ者である。
きょうもおじさんたちは、食後の恒例のジャンケンに負けて、みんなの食器を洗ってくれているけど。
哀愁漂う背中。

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年明け2日目の1月2日。
街はまだお休みモード。

「近場の山にでも登ろうか。」

ケンゾーと山行きを決めた。

タカハウスのメンバーを誘うと、山行きは総勢9人になった。

こんなに大勢の日本人旅人と行動をともにするのは、イクエとケンゾーにとっては珍しいこと。

向かうのはチカバル火山

火山といっても現在は噴火していない。
山頂には火山湖があって、そこはマヤの人たちの聖地となっているんだそう。
運が良ければ、マヤの人たちが湖に向かって捧げる儀式を見ることができる。

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チカバル火山のふもとまではシェラからバスに乗る。

年明けそうそう運行しているか不安だったけど、無事に乗ることができた。
でも、なかなか出発しなくて着いたのは1時間半後くらいだった。
運賃は10ケツ(約160円)。

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登山口に行くには、幹線道路から村を抜けて1時間ほど登っていかないといけない。
でも、村人に挨拶しながらのんびりとみんなで歩いていくのは楽しい。

のどかな風景に、お正月から心が穏やかになる。

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こんなに大勢のアジア人が村を歩くことも珍しいらしく、微笑まれたり、逆に不思議な顔で見つめられたり、話しかけられたりする。

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歩きながらほかの旅人といろんな話をする。
ケンゾーより20歳も下の旅人もいる。

大学のこと、将来の夢、そんな話を聞くのは、日本でそうそうない。
フレッシュで「いいなあ」と素直に思う。

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じわじわと坂道を上り、村からだいぶん離れてきた。
みんなのペースにも差が出はじめる。
無事にみんなで頂上まで行けるかなあ。

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村を抜けると、林になった。
道路も舗装されておらず、「山登りしてるんだなあと」実感。
といっても、まだ登山口にさえ至ってないんだけど。

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こんな道をみんなと歩きながらも、わたしは「野ション」(野グソじゃないよ)に成功した。
わたしもつくづく肝が座ってきたなあと思う。

尿意をもよおしたら、木立の間を見つけてスッと脇道に逸れる。
草の陰からみんなが歩いていくのをチラチラと視界に捉える。
ちょっとヒヤヒヤしながらも、シャーっとすませる。
そしてなに喰わぬ顔で、ふたたび道に戻り、みんなに追いつく。

きっと「あ、この人、いま野ションをしてきたんだろうな」とバレているとは思う。
それでも誰もそれを突っ込まない。
本人たちもそんな経験が一度や二度ではないだろうから。

トイレなしの長距離バスに乗っていると、バスがいきなり路上に停まり、乗客たちは草むらへと消えていく。
だから、旅人も現地の人たちに紛れてシャーシャーする。

今回の3年半に及ぶ旅で、わたしとケンゾーはいったい何回野ションをしただろうか。
100は越えてるんじゃないかな。

これは何の自慢にもならない。

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登山口まではちょうど1時間だった。
入山料が必要で、外国人はひとり25ケツ(約400円)。
以外と高い。

さっきまではあんなに気持ちのよい青空が広がっていたのに、山のほうに雲がかかってきた。
山の天気は変わりやすいと言うけれど、せめて山頂に着くまではもってくれないかなあ。
神秘的なチカバル湖が霧に包まれていたら、何も見えなくて台無しだ。

さあ、わたしたちはチカバル湖を拝むことができるのでしょうか。
お正月早々、運がいいといいなあ。
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タカさん御用達 グアテマラの怪しい酒屋

2016.06.14 10:38|グアテマラ☞EDIT
宝くじの当選発表があったけど、やっぱり夢は叶わなかったイクエです。
軍資金1万円以上かけたんだけど。
でも今回のドリームジャンボの売り上げは熊本地震の被災地に寄付されるから、募金したと思えばいいか。

年が明けた1月1日。
朝からお雑煮を食べたけれど、スペシャルな日だからタカさんの提案で外にランチに行くことにした。

いつもは食事制限をされているタカさんだけど、大晦日と元日は大目に見てもらっている。
タカさんにとっては待ちわびた日だから、ここぞとばかりに美味しいものを食べたいんだと思う。

「グアテマラの焼き肉屋さんに行きましょう。
 その向かいに酒屋もあるから、そこでお酒を買って肉を食べましょう。」

タカさんにとって夢のようなプラン。

「でもお正月だから開いてないかもなあ。
 どの店も閉まってるしねえ。」

不安そうでもある。

「でも、やってるかもしれないから、行ってみましょう。」

天気もいいし、散歩がてらにみんなで歩いていくことにした。

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元日から晴れ渡っている空。

元日とあって、車もほとんど通らないし、歩いている人も少ない。
お店はほとんどが閉まっている。

こんなに日射しが強いのに、街は静まり返っている。

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タカさんは背中を丸めて小さな歩幅で歩いている。
歩幅が小さいので、少し早足のようになっている。
体をあまり動かさない歩き方。

タカさんは歩くのがきついみたいで、すぐに「バスに乗ろう」と言う。
でも踏み台昇降をやらせている宿泊者たちは厳しい。
タカさんを歩かせようとする。

「ちょっとの距離でしょう。
 歩きましょうよ。」

みんなが明るくタカさんを励ます。

きょうは元日なので、バスなんてほとんど通っていない。

「ほら、バス来ないでしょう。
 歩くしかないですよ。」

「すごく天気がいいですね。
 お正月からすがすがしいじゃないですか。
 歩きましょう、タカさん!
 さあ、みんなでがんばりましょう。」


歩いていると、シェラ特有の、意味のない橋が姿を現した。

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この街には、川も何もない場所に橋がかかっている。
こんな橋をわざわざ渡る人がいるのかと思う。

でも、洪水になることがごくたまにあるらしく、そんなときに活躍するらしい。

現に、通りの店には水が中に入ってこないように、仕切り板が設置されている。

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仕切り板がなくとも、だいたいのお宅にはこんなふうに玄関までに段差がある。

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梅雨のある日本は、道路脇に側溝があったりして街の排水設備が整っているけど、外国ではそんなのがまったくないところが多い。
だから、ちょっとの雨でもすぐに街が浸水してしまう。

宿を出て、きっかり30分。
お目当ての焼き肉屋さんに到着。

でも、焼き肉屋さんはお正月で休業中。

やっぱりなあ。
1月1日から店を開けようって人も、焼き肉を食べに行こうって人もいないよね。
みんな家族でゆっくり過ごしたいもん。

わたしたちのお目当ての店は閉まっていたけれど、タカさんのお目当ての店はこんな日も営業中だった。

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タカさんのお目当てのお店は、焼き肉屋の向かいの酒屋!
ここはただ前を通るだけじゃ、酒屋だなんてわからない。
闇の酒屋っぽい。

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タカさんが言うには、この外の通りにアルコール依存症のおやじたちが寝っ転がってることもあるんだって。
いつも寝そべってる親父が、ある日を境にいなくなることもあるのだそう。
「死んでしまったんだろうね」とタカさんは言う。
そしてタカさんは、「あんな風に酔っぱらって気持ちよくなって、自分で気づかないうちに亡くなってしまうのもいいと思いますね。」と羨ましそうに話す。

薄暗い店の中に入る。
先客がいた。
椅子に座っている人たちは、その目から酔っぱらいであることは簡単に理解できる。

じーっと据わった目。
トロンとしている目。
すでにつぶっている目。

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椅子に座っているならまだ大丈夫なのかもしれない。
この人はもう完全に夢の中にいらっしゃる。
正月からここで1人で酔いつぶれているなんて、けっこう深刻だ。

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この格子の奥に店主がいる。
酔っぱらいが暴れても、店の人には危害が及ばないシステム。
カーテンで覆われている。

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市販の酒も売っているけれど、人気商品は地酒。
空のペットボトルを持参すれば、よくわからない液体を入れてくれる。

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思っていたよりも安くない。
タカさんは絶対にボラれているんだと思う。

これだったら安心・安全な市販の酒を買ったほうが無難だと思うけど。

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お酒はかすかに黄色く濁っている。
さらに、変な浮遊物や沈殿物がある。

体に悪いメチルアルコールの部類かもしれない。

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あんまりおいしいものではない。
「いかにもアルコール」といった感じ。
かすかに甘い。

体に良くない物がたくさん入っていて、飲み過ぎると死ぬんじゃないかとちょっと怖くなる。

こんなお酒でも、タカさんにとってはおいしい飲み物。

このあと残ったボトルを持って帰ったけど、タカさんが勝手に飲まないように、鍵のかかるロッカーにいれてみんなで保管することにした。

これもタカさんの健康を思ってのこと。

目当ての焼き肉屋さんが開いていなかったので、タカさんの提案で中華料理店に向かうことに。

さすがに30分歩いたので、タカさんの要望の通り、バスで移動。

でも、残念なことに閉まっていた。
お正月だもんね。

もう一店舗に望みを託そう。
ということで、別の中華料理店へ。

よかった!
ここは開いていた♡

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体のために、いろいろと食事を制限されているタカさんだけど、お正月だけは多めに見てもらえる。

大好きな麺類も注文。
大皿料理をみんなでとりわけながら食べる。
タカハウスの食事もおいしいけど、こんな本格的なお店の料理もやっぱりおいしいね!

ちょうど広めの個室が開いていたから、こんなふうにプライベートな空間でお上品にお食事を楽しむ。
タカハウスのメンバーらしからぬ。

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世界一周最後のお正月。
ドラマチックなお正月の過ごし方ではない。

汚いタカハウスで、停電のなか、年越しそばを食べた大晦日。
元旦はお雑煮を食べて、みんなでお散歩。
ちょっと奮発しておいしい中華料理に舌鼓。

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ドラマチックじゃないけれど、ゆったりとした気分で過ごす、満たされたお正月だった。

お正月を中米で過ごす旅人。

タカハウスで迎えるのも、悪くないですよ。
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世界一無駄な食べ物とマズくて特別なジュース

2016.06.10 17:14|グアテマラ☞EDIT
みなさまからいただいているコメントに少しずつ返信しているイクエです。
地震のときは多くの方々から心配や励ましのメッセージをいただきました。
なかなか返信できないままですが、少しずつお返事しています。
遅くなって申し訳ありません。
メッセージ、いつもありがとうございます。

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グアテマラのタカハウスで旅人たちと迎えた2016年。

おいしい和食を食べて、寝る、というグータラな時間を過ごしたのかと言えばそうではない。
タカさんと外出もしていた。

大晦日の日は、タカさんといっしょに市場に買い出しに行ったのだった。

もう何年もグアテマラに住んでいながら、タカさんは食材の相場がわからない。

市場の品物には値札なんてついていない。
相場をもとに交渉して値段が決まる。
相場を知らないタカさんはいつもぼったくられる。

だから管理人のタカコさんは、タカさんにメモを渡した。
紙には買ってきてほしい食材と、その相場が書かれている。

「タカさん、これ、買物かごとお金ね!」

タカコさんはメモと小銭とともに、かわいい赤と白のバッグをタカさんに託した。

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年の瀬の市場は、いつもの数倍も混雑していた。
タカさんはチラチラ品物を見ながら、スタスタと歩いていく。

「ナスはどこに売ってるのかなあ。
 年末年始だから相場よりも高いかもしれない。」

タカさんがぶつぶつ言っていると、お店のおばちゃんたちが声をかけてくる。

「タカ!タカ!
 これ買わない?」

タカさんはおばちゃんたちにちょっと視線を向けただけで、そのまま離れていく。

それでも「タカ!タカ!」と後ろから呼んでくる。
それを無視してタカさんは歩き続ける。

見失わないようにしないと。

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「あそこではぜーったいに買わない。」
タカさんが吐き捨てるように言った。

「どうしてですか?」
「だって、高いんだから。
 値下げしてくれない。
 でも、ずっと何年も買ってたんですよ。
 知らずに。」


「高いんですか。」
「ここの市場は場所によって物の値段が違うんですよ。
 いちばん高いエリアは、市場の建物の中。
 テーブルがあってその上に野菜が並んでいるようなところ。
 建物の外の店は、少し安くなる。
 さらにそのまわりの路上になるともっと安くなる。
 ほら、こういうところが安いところ。」


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「そんなの知らずに、わたしはずっと高いところで買ってたんです。
そしたらタカハウスの前の管理人が『タカさんどうしてそんなところで買ってるの? そこは高いでしょ。どうして何年もグアテマラで生活しているのにそんなことも知らなかったの!』ってすげえ怒られた。わたしは全然そんなこと知らなかったね。
すげえ怒られたんだから。
それからは、高いところで二度と買わないって決めたから。」


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そんなタカさんだけど、物売りの子どもを見ると、彼らから買ってあげたくなるらしい。

ついつい何か買ってあげる。
そして、それを子どもたちは知っている。

だからタカさんが歩いているのを見つけると、子どもたちが寄ってきて「タカ、これ買って」「わたしのも買って」と群がってくることもあるとタカコさんが言っていた。
「たかられている」と言えなくもない。
 
そして、宿に戻るとお金が足りないので管理人に怒られる。
というのも、タカさんは管理人から買物に必要なお金をもらっている。
買物するときにはメモにいくらだったかを書いて、帰宅したらメモとともにお釣りを管理人に戻す。
だから管理人に「タカさん!計算が合わない。ほかに何か買ったの?」と問いつめられる。
そんなときタカさんは「なくした。ポケットに入れていたはずなのに。」と小さく答える。

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「世界でいちばん無駄な食べ物知ってる?」
タカさんが思い出したように聞いてきた。

「無駄な食べ物?
 なんですか、それ。」

「知らない?
 いちばん無駄な果物がこれ。」


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巨大な枝豆のようなもの。
長さは20センチ、30センチくらいはある。
皮は固い。

「これいくら?」
タカさんが尋ねると、店のおばちゃんは「1本だけ?」と聞いて値段を答えた。
「え〜、高いなあ。」とぼやきながらも、タカさんは値切ることもせず1本買った。

世界一無駄な食べ物と言いながら、それをわざわざ買うタカさん。
でも、その無駄なものを私たちに食べさせたいのはタカさんの優しさだ。

皮をむくと、そら豆よりも大きい、白い種のようなものがびっしり並んでいた。

「これを食べるんですよ。」

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ひとつとって、口に入れる。
ただの種だった。

「え?
 これ、どこ食べるんですか?」

「そうなんです。
 食べるとこないんです。
 だから、世界一無駄な食べ物。」


種のまわりには毛羽立った薄皮のようなものがついていて、どうやらこの薄皮の部分だけを食べるらしい。
かすかに甘いけれど、おいしいってわけではない。

食べるところがほとんどないくせに、捨てる部分が多い。
というか、ほとんどゴミになる。

「なんでこれをわざわざ買って食べるんですかね。」
「飴みたいな感じでしょうね。
 口の中でずっと種をしゃぶってますよ。」


メモに書いてある買物を済ませた。
タカさんは最後に立ち寄りたいところがあるらしい。

それにしても、前を歩いている女性、頭がすごい。
重くないのだろうか。

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タカさんが間口の狭い建物の前で足を止めた。
「ここでね、いつも飲んでいくの。
 カウンターに若い女の子たちがいるんですよ。
 かわいいんですよ。
 ちょっと休憩していきましょう。」


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昼間っからやっている立ち飲み屋だった。

ビールやカクテル、地元のお酒が飲める。

「タカさん、禁酒でしょ。
 いいんですか?」

「いや、酒じゃないんです。」

果物と水とミルクパウダーをミキサーにかけたものがテーブルに出された。

「飲んでください。」

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はっきりいって、おいしくなかった。
グアテマラのフルーツジュースはけっこうおいしいのに、ここのは水と牛乳の分量が多すぎて味が薄い。
牛乳嫌いのケンゾーはひとくち飲んだだけで、ジョッキをわたしのほうに押しやり、小声で「無理、飲んで。」と言ってきた。

タカさんもこのジュースを飲むのは、不本意なんじゃないかと思う。
きっと酒を飲みたいはずだ。
ビールをぐいーっとやりたいはずだ。
でも、わたしたちがいるからそれはできない。
たぶん、ひとりのときは、ここで酒を飲んでると思う。
たぶんね。
だって、まわりの客が飲んでいる酒を恨めしそうにチラチラ見てたから。

落ちつかない様子のタカさん。
「そろそろ帰りましょうか。」

金欠のタカさんだけど、わたしたちのジュース代も払ってくれた。

宿に帰ると、管理人のタカコさんが忙しそうに台所で働いていた。

「おかえりなさい。
 タカさん、全部買えた?」

「うん。
 やっぱりちょっと相場よりも高かったけど、お正月だからしょうがない。」


タカさんは買ってきた食材とメモとお釣りをタカコさんに渡した。

「あれ?
 タカさんお釣りが足りないけど!」

鋭い声でタカコさんが言った。

さっきのジュースが頭に浮かんだ。
わたしとケンゾーは気まずくなった。

「ねえ!
 どうしてお釣りが足りないの!!」


見つめられたタカさんは目をそらしながら、つぶやいた。

「そうかな?
 どっかに置いてきたかな・・・。
 ポケットに入れてたんだけど、落ちたかな・・・。」


「もう!タカさーん!
 いつもお金落としたとか言うけど、本当にそうなの!?
 なんでそんなにポケットからお金落ちるの?」


怒られているタカさんを前に、わたしとケンゾーは後ろめたさを感じた。
だからといって「タカさん、ジュース代、やっぱりお返しします」なんて野暮なことを今さら言えない。
それはもっと、タカさんをみじめにしそうだった。

いい年の男性が独り身で自由なはずなのに、宿のオーナーであるはずなのに、自分より若い管理人からしっかりと管理されている。
食べ物や飲み物を制限され、財布の紐を握られ、あげくのはてにはやりたくもない踏み台昇降を毎晩やらなければいけない。

でも、タカさんは幸せだと思う。
いつも若い子たちから本気で心配されている。
もし日本にいたら、タカさんはどうやって生きていたのだろう。
今ごろ、世捨て人になっていたか、死んでいたか。

そんなタカさんだけど、旅人にとっては頼りになる存在でもある。
旅人がトラブルに巻き込まれたら、あらゆることを尽くしてくれる。
タカさんはとても優しいのだ。

さっき、むりやり喉に流し込んだピンクのジュースが、わたしの記憶の中で特別な飲み物になっていた。
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世界一周中のお正月の迎え方

2016.06.09 10:45|グアテマラ☞EDIT
まだ6月なのに、これからの日本の夏を乗り切っていけるか不安なイクエです。
日本はじめじめとした暑さ。
海外のカラッとして日射しが痛い暑さとは違う。
ずっと海外の暑さに慣れていたので、この日本の湿度の高い暑さに耐えられない。
あと3か月あまり、大丈夫かなあ・・・。

日本の文明の利器を使って、お正月用のお餅を作ったイクエとケンゾーたち。
でも、それだけでタカハウスのメンバーが満足するわけがない。

大晦日の夜のメニューはスペシャルでないとね!!

ときどき煙にむせながら、タカさんが中庭で鯛と格闘中。

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かなり大きい。
網に載せずに、手で持ったままゆっくりと時間をかけてあぶっていく。

タカハウスの人たちは、おいしいものを食べるためには努力を惜しまない。

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煙が目にしみるし、手が炎で熱くなるので、根気のいる大変な作業。
でも、こんな仕事を自ら引き受けるのがタカさん。

「自ら」ではないか。
管理人のタカコさんにやらされている。
監視されながらー。

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大晦日で大切な日なのに、停電はいっこうによくならない。
日中はまだよかったけれど、太陽が沈んでからは真っ暗に。

今夜は手の込んだ料理なのに、これじゃあ作るのも大変。
懐中電灯で照らしながら、スペシャルメニューを作っていく。

「よりによって大晦日に。」
「このまま電気がこなくて年越しだったら嫌だねえ。」

みんなで笑いながら。

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料理ができあがったのを見計らったかのように、電気が復活!
これで明るいところで今年最後の晩餐ができるね。

きょうのメニューは唐揚げ。

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そして、タカさんが必死になって焼いてくれたあの魚はどうなったかというとー。

ジャジャーン!!

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見事な鯛飯のできあがり。
こんな立派な鯛飯、日本でもなかなか食べられない。
タカさん、ありがとう!

電気も復活したことだし、みんなで楽しく晩餐会。
2015年も、楽しい1年だったね♡

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そして5分後ー。

「あ、」
「え~?」

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やっぱりここはグアテマラ。

また懐中電灯が活躍。
みんなでキャンプをやってるみたいで、ある意味、特別な夕食となったけれど。

食べ終わったタイミングで、ふたたび部屋が明るくなった。
このまま年が明けるまで、電気がついててくれるかな。
クリスマスイブなら停電もムードづくりに貢献してくれそうだけど、「ハッピーニューイヤー!」で停電は嫌だなあ。

大晦日なのに、タカハウスではこんなときもあの日課が免除されるわけではない。

「さあ、やりますか、タカさん。」
「きょうもやるんですか?」
「そうです。毎日やらなきゃ。」

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大晦日の踏み台昇降。

来年もタカさんには健康でいてもらいたいから、という宿泊者たちの優しさ、かな、きっと。
タカさんには長生きしてもらって、このタカハウスを守っていってもらわないと。
タカハウスがなくなったら、旅人にとってグアテマラの魅力は半減する。

日本だと『紅白歌合戦』を家で見ながら「もうすぐ年が明けるなあ」とちょっと感慨深くなるけれど、ここにはそういう演出はない。

演出づくりは自分たちでしないとね!
台所では、タカコさんが鍋でグツグツ。

な~んでしょ?

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ちゃんと年越しそばまで準備されている。
ダシをとって、ワカメとネギを添えてできあがり。

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いい顔をして年越しそばを食べているのは、通称「オカワリさん」。
オカワリさんは、タカハウスに来て、着実にお太りになられている。

タカハウスではこの子もおいしいものをたくさん食べて、太ってるよ。
おそばを狙うこの顔が恐い!

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タカコさん、ありがとうございます!
タカコさんのおかげでタカハウスは旅人たちがホッとできる家のようになっている。

年が明けるとタカコさんは帰国してしまう。
管理人の後釜はまだ見つかっていない。

タカコさんがいないと、タカハウスは、そしてタカさんは、どうなってしまうのだろう。

現地の人が、タカコさんが帰国することを知って、涙を流したという。
泣きながらグアテマラ人がタカコさんに言った。

「なんで帰っちゃうの?
 あなたが帰ったら、タカはどうなるの?」

そりゃ、タカさん。
みんながはしゃぎながら写真に写ってるときも、しかめっ面になっちゃうよ。

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そりゃ、頭を抱えたくなるよね。

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年越しそばを食べたら、カウントダウンまでまもなくとなった。
グアテマラでは、新年は花火でお祝いする。

クリスマスもそうで、クリスマスから年明けにかけては、いろんな場所から爆竹の音が聞こえてくる。
大人も子どもも爆竹に火をつけて「バン!バン!」というけたたましい音を楽しんでいる。
年末年始、道路には爆竹のくずがたくさん落ちている。

グアテマラ人のお祝いの仕方に習って、タカハウスの一団も花火を見ながらカウントダウンをすることにした。

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目指すのは町の広場。

花火は決められた場所から上げるのではなく、各家庭や仲間たちが好き勝手に好きな場所で花火を打ち上げる。

30秒前くらいからカウントダウンをみんなで始めて、12時ぴったりに一斉に花火があがるというわけではない。

まだ年が明けるまで5分はあるのに、すでにフライングも。

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日本とグアテマラでは時差がある。
15時間も日本のほうが進んでいるから、日本ではとっくに2016年がやってきている。

来年の年末は日本で迎える予定で、グアテマラよりも15時間早く2016年が終わってしまう。

となると、わたしとケンゾーにとっては2016年がふつうの1年よりも15時間短いということになる。

全然損はしないんだけど、なんとなく損した気分になる。

「10、9、8、7、6、5、・・・」

a_DSC_7627_20160608155241acc.jpg

「あけましておめでとう!!」
「おめでとう!!」
「ことしもよろしくお願いします。」

帰国を控えたイクエとケンゾーにとって、新しい年はどんな年になるのかな。

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3年あまりも旅してきて、事件や事故に巻き込まれず、健康な体でこうやって年を迎えられるということ。
これはほんとうにありがたいこと。

あいかわらず、花火はあちこちで上がっている。

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みんなで楽しく記念撮影をしていたら、グアテマラ人の家族が「いっしょにいれて〜!」と寄って来てくれた。
男の子がオレンジ色の「亀仙人」のトレーナーを着ている。
似合ってるよ!

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タカハウスに戻って、みんなで乾杯!
お正月に、こんなにたくさん日本人がここにいるんだよ。

こんな大人数で新年を祝うのはいつぶりだろう。
日本で働いていたときもこんなにみんなでお祝いすることはなかった。

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禁酒が命じられているタカさんも、このときだけは飲酒の許可が出る。
でも、おかわりは制限するよ。

タカさん、久しぶりのお酒の味はいかがですか?

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もちろん1月1日の朝は、みんないつもより遅く起きてきた。

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「おめでとうございます。」
「おめでとう。」

みんなでまた新年の挨拶を言い合う。

さあ、きのう作ったアレの出番。

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お餅♡

砂糖醤油でもきな粉でも。
なぜか「ずんだ」の粉もあった。

もちろんお雑煮も!

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「おいしーい!」
「やっぱり、いいねえ。」

グアテマラにいることを忘れてしまいそうな2016年の新年だった。
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日本の文明の利器がグアテマラに!?

2016.06.08 15:05|グアテマラ☞EDIT
最近、頭を使うことをしなくては!と思いはじめたイクエです。
読書や勉強など。
このままでは脳がどんどん衰えていくし、考えることが面倒になってきそう。
がんばろう!っと。

男性の民族衣装が華やかなソロラの市場を楽しんだイクエとケンゾー。

ソロラ、町の規模は小さいけれど活気があってなかなかおもしろい町だったなあ。

このブログはリアルタイムから遅れていることは読者のみなさんのご承知の通り。
ごめんなさい。
なので、これから書くことは季節外れのことです。

実はこのときは、2015年の年末。
タカハウスの中庭で焼き鳥をしてクリスマスをお祝いしたけれど、さて、年越しをどこでするか。

これまで3年あまり旅をしてきて、一回目は家族と台湾で合流して台北のタワーの花火に歓声を上げながらハッピーニューイヤー。
二度目の新年はまた家族とフランスで合流。
ディズニーランド・パリでカウントダウン。
そして3回目の年越しは、アフリカのナミブ砂漠で2014年最後の夕日を見届け、翌日初日の出を観賞。

今回はこの旅行最後の年越し。
家族とお祝いすることはできないけれど、かといってふたりでいつもと変わらない夜を過ごすのは味気ない。
やっぱり「大晦日・年越し・新年」の雰囲気を味わいたい。

「世界一美しい湖」アティトラン湖畔の日本人宿でお祝いするのも悪くないなあと思っていたけれど、お目当ての日本人宿が満室だったし、「世界一」でもなかったから移動することにした。

「行く?」
「うん、あそこに戻ろう。」

わたしたちの年越しの場所が決まった。

ソロラからまたボートに乗り、サン・ペドロ・ラ・ラグーナへいったん戻り、ここから出ていくバスを待つ。

バスを待っている間、民族衣装をはいたおじいさんを見かけた。

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どこの民族だろう。

白い布地に黒い線。
カラフルな模様は、良く見るとハットを被った男性のシルエット。

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アティトラン湖を「世界一美しい」と称したのは、小説『1984年』の著者ジョージ・オーウェル。
ジョージ・オーウェルは1903年生まれ。
すでに65年も前に逝去している。

たしかにジョージ・オーウェルがここを訪れたときは観光地化もされておらず、みんなが華やかな民族衣装に身を包み、美しい大自然に囲まれた「世界一」の場所だったのだろうなあと想像できる。

そんなアティトラン湖に別れを告げて、わたしたちがやってきたのは・・・。

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見覚えのある老朽化した台所。

シェラのタカハウス!

みんなにあんなに玄関で送り出されたのに、たったの2日で戻ってきてしまった。

「年越しはぜひここで」と冗談で言われていたのに、その通りになってしまった。

それに「しあさっての夜は、ヒデさん特製エビチリですよ」とも言われていた。
海外のこんな場所にいて、「エビチリ」という言葉に惹かれるのはあたり前。

予告通りに、その日の夜のメニューはおいしいエビチリだった。

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おいしい食事を楽しんだあとは、いつものようにみんながアレをやりはじめた。

「〜ながら踏み台昇降」。

ある者は、スペイン語の教科書を見ながら。
ある者は、歯磨きをしながら。

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踏み台昇降の時間になると、主役のタカさんはなかなか登場しない。

「タカさん早くー!」
「もうやってますよー。」

宿泊者たちの誘いに対し、タカさんは「きょうは歩いて市場まで行ったもん、だからしなくていい」と持論を展開するけれど、そんなことで見逃してくれるほどタカハウスの宿泊者たちは優しくない。

きのう手作りのエビチリを食べたばっかりだと言うのに、翌日は市場の食堂へ。
イクエとケンゾーはやっぱり海鮮が好き。

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お昼時は大混雑。
安定感のない長椅子に腰をおろし、店員さんの早口でのメニューに耳をそばだてる。

半分以上何を言ってるかわからないけど、「マリスコス(海鮮)」と「カマロン(海老)」という単語が聞き取れたからじゅうぶんかな。

23ケツ(約368円)のマリスコスのスープには、魚や海老、ムール貝のほかに蟹が丸ごと1杯。

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いっしょに行った宿泊者のけんとくんは、食通。
旅のいちばんの楽しみは、ご当地グルメを味わうこと。
お金がかかってもおいしいと言われるものには挑戦する。
これまでもグアテマラのレストランで数千円もするスープを飲んでいた。
そんなけんとくんも、「グアテマラでこれがいちばんおいしい食べ物です」と大絶賛。

ケンゾーが注文したのはこちら。

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海老カレー。
こちらはお値段15ケツ(約240円)と、もっと安い。

グアテマラ人は山の民でありながら、魚介をけっこう食べている。
グアテマラ料理に飽きないのは、魚介メニューが豊富だからだと思う。

大晦日のタカハウスはいろいろと忙しい。
お正月準備で。

グアテマラなのに、もち米が手に入っている。
タカハウスは、手に入れられない食材がないんじゃないかな。
この人たちは必要な食材を絶対に手に入れることができる。
日本から送ってもらったり、知り合いに頼んだり、どこかからか見つけてきたり。

大量のもち米をタカコさんが蒸していた。

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お正月と言えば、「餅」が欠かせない。
鏡餅にお雑煮。

もち米をつく、臼と杵はタカハウスにもない。
でも、タカハウスにはこれがある。

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グアテマラでこんな文明の利器!
餅つき機。
知り合いから借りてきたらしいけど、なんでこんなものがグアテマラに。

こんな文明の利器がありながら、電気がない!!
そこがグアテマラらしい。
大晦日なのにずっと停電。

ほかの区画は停電してないということで、電気が使えるグアテマラ人の家庭をお借りすることにした。

ボールやもち米をみんなで抱えて、大移動。

いちばん重い餅つき器をタカさんに持たせるというのが、なんともタカハウスらしい。
お年寄りを大事にしない宿泊者たち。

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おじゃましたのは、スペイン語レッスンの旅行者の受け入れ先。
この家でホームステイをしてスペイン語を勉強している日本人の女の子がいる。

スペイン語レッスンをあっ旋しているタカハウス。
旅行者たちは、ホームステイ先とタカハウスを行ったり来たりしながら、グアテマラの生の生活と日本人宿の独特の雰囲気を楽しむことができる。

レトロでかわいい家。
グアテマラのクリスマス飾りはこんなに立派。

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モミの木を飾り、その下にはミニチュアでキリストの生まれた日を再現。

生まれたばかりのキリストは、すでに両親よりもデカい!

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日本みたいにクリスマスが終わったらすぐに片付けて次はお正月の飾り付け、ではない。

「メリークリスマス & ハッピーニューイヤー」。
いっしょにお祝いする。

年が明けてもしばらくは、クリスマスの飾り付けはそのまま。

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ほとんどの宿泊者たちは、餅つき器なんて使ったことがない。
この文明の利器にみんな興味津々。

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蓋もせずに、機械の一挙手一投足に見入る日本人たち。

ほんとにおもしろくて、おひつが回ってもち米をこねたと思ったら、次は上下に揺れて餅がタンタンタンタンと突かれていく。

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さっきまで粒々だったもち米は、ふっくらとした固まりに。
みんなで丸めていく。

餅を丸めるの、何年ぶりだろう。
スペイン語の先生も参戦。

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グアテマラで、日本のお餅が誕生〜!!

「砂糖醤油で食べる?」
「きな粉がいいなあ。」
「海苔巻きでしょう。」

タカハウスにはなんでもそろってるから、全部叶うよ。

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日本を離れて3年あまり。
今回が、いちばんお正月らしいお正月になりそうだなあ。

まさか日本から遠く離れたグアテマラで、日本人に囲まれて餅を作るとは。

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イクエとケンゾーの長い長いバケーションの、最後のお正月。

タカハウスの正月準備はまだまだ続くよ。

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ソロラ 男性も子どもも美しい街

2016.06.07 09:33|グアテマラ☞EDIT
じめじめした気候で体がだるいイクエです。
きょうは曇り。
湿度が高くて体が少し汗ばんで気分が晴れやかになれない。
こういうときこそ、散歩でもして体を動かしたほうがいいのかなあ。

「世界一美しい」と言われるアティトラン湖をボートで渡り、対岸のパナハッチェルへとやってきたイクエとケンゾー。
お土産屋さんや観光客用のレストランが軒を連ねてるだけで、これといって楽しめることはない。

もうちょっとここでゆっくり散策しようと思っていたけど、ほかの集落へ移動することにした。
目指すのは、パナハッチェルからおよそ10キロ離れたソロラという街。

ソロラ

ソロラはここから峠を登ったところにあって、湖を見下ろせる街。
パナハッチェルからソロラ行きのバスに飛び乗った。

運賃はひとり3ケツ(約48円)。

距離にしてはそう遠くないけれど、上り坂なのでバスは時間をかけて走っていく。
鬱蒼と茂る木々の間から、アティトラン湖が見渡せた。
きれいな形の火山が、まるで海に浮かんでいるようで美しい。

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バスは上へ上へと進んでいき、湖を見下ろす位置にまでやってきた。
すると、森が開け、街が見えてきた。
ここがソロラの街。

ソロラの標高はおよそ2100メートル。
湖畔の村よりもだいぶ涼しい。

街の中心地に建つのは市庁舎。
ピンクと黄色の塔は、まるで教会かお城みたい。

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人口はおよそ1万人。
この街では民族衣装を普段着として着ている男性も多いのだそう。
わたしたちは、男性陣の衣装をめあてにここにやってきた。

まわりを見渡してみると、さっそく男性を見つけた。

布はたくさんの色を使って織られている。
鮮やか!

愛用のバッグにはGUATEMALA SOLOLAの文字。
郷土愛がうかがえる。

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地元の人たちで賑わう場所は、やっぱり市場。
市場に行きたいんだけど、それらしきところは見つからない。

「市場はどこですか?」
「この道をまっすぐだよ。」

歩いても市場にはたどり着かない。

「市場はどこですか?」
「まだまだ先だよ。」

このやりとりを何回やっただろうか。

不安になりながら歩いているときも、かっこいい男性たちとすれ違う。

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腰巻きも特徴的。
羊の毛で作られたもので、茶色と白のチェック。

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振り返ると、市庁舎の塔が向こうに小さく見える。
ゆるやかな坂道を上ってきた。
標高が高いから、このくらいの坂でもけっこう息があがる。
もうそろそろだと思うんだけど・・・。

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トラックがたくさん止まっていて、人でごったがえすところに出てきた。

「あれじゃない?」
「あの建物の中かな。」

入口には所狭しと屋台が並んでいる。
人をかきわけながら、中へ。

八百屋さんやお肉屋さんがびっしり!

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人だかりができているお店があった。

「何屋さんだろう。」

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店の中をのぞきこむと、トルティーヤを焼いていた。
トウモロコシの粉で作った甘くなくて固くて薄いパンケーキで、グアテマラ人の主食。

わたしとケンゾーにとってはどのトルティーヤも大差ないけれど、グアテマラ人は「おいしいトルティーヤの店」を見極めることができる。

わたしとケンゾーはグアテマラ滞在中、毎日トルティーヤを食べたけど、結局好きにはなれなかった。

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グアテマラの野菜は色が鮮やか。
真っ赤なパプリカが売れている。
秤で計ってお会計。

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女性の民族衣装も特徴的。
ソロラでは、花や鳥などの大柄な模様ではなく、細かい配色の幾何学模様。

巻きスカートは落ちついた色をベースにしたシンプルなもの。

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やっぱり布コーナーも充実している。
男の人だって品定め。
ダンディーでおしゃれなソロラの人たち。

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男性の衣装は、背中の刺繍の模様がそれぞれ異なる。
きっと何か意味があるのだろう。

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レース編みみたいな刺繍。

これは鳥かな。

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女性は落ちついた色の巻きスカートだけど、男性のパンツはとっても派手。
おじいちゃんだって、この派手なパンツ。

こういう人たちが、単色のスーツに身を包んだ日本のサラリーマンを見たら「なんて地味なんだろう」って思うかも。

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かっこいい男性陣たちをたくさん見つけながら、広い市場を散策。
ソロラの市場はかなり広い。
そして活気がある。

とりあえずこのへんで、ランチタイムといたしましょう。

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市場の奥が食堂エリアだった。
いちばんお客さんで混雑している食堂を選ぶ。

運ばれてきたのは、たくさんの蒸し野菜とお肉、スープ。
ちゃんとアボカドもついてきたので、迷いなくスープにぶち込む。

コーラつきで20ケツ(約320円)。
ボリュームもあったし、満足のいく食事だった。

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ソロラでは、カウボーイハットに革靴、派手な民族衣装に身を包む男性たちもかっこいいけど、子どもたちがとにかくかわいかった。

どの子もすごくいい顔をしている。

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くっきりとした二重の大きな瞳。
あどけなさの奥に、ちょっと色気もあるんだよね。

こんな子たちがかわいい民族衣装を着こなしているから、余計に魅力的。

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こんな子たちが将来大きくなって、美人な女性になって、結婚をして、子どもを生んで、そしてかわいいおばあちゃんになるのかな。

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布屋さんの看板娘。
すごく小さいのに、もう民族衣装を着こなしている。
大きくなっても、おばあちゃんになっても、この伝統的な衣装を着続けてほしいなあ。

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民族衣装に身を包んだ男の人たちはいたけれど、若い男の子たちは残念ながら着ていなかった。
みんなジーンズとTシャツになっちゃったのかもしれない。

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ソロラの市場を楽しんだイクエとケンゾー。

「世界一美しい」と称えられるアティトラン湖周辺で、ゆっくり滞在しようと思ったけれど、結局2泊だけして出ていくことに。

湖畔は観光地化が進んでいて、期待はずれだったというのもある。
それと、イクエとケンゾーはやっぱりあそこに行きたくなったから。

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懲りずに、またあそこに行くんですよ。

行っとくけど、ベネズエラじゃないよ。

あそこですよ、あそこ。
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「世界一美しい湖」とパナハッチェル

2016.06.03 15:44|グアテマラ☞EDIT
体重を計ってなくて気になってるけど、体重計がないのでそのままのイクエです。
帰国してから実家に居候して母の手料理を三食食べて、被災して今度はお菓子をいっぱい食べるようになって、いつのまにか肉付きよくなっていて夫に呆れられていた。
間食を減らしたので少しはマシになったと思うんだけどな・・・。

「世界一美しい湖」。
そう呼ばれるアティトラン湖の湖畔の村、サン・ペドロ・ラ・ラグーナに滞在しているイクエとケンゾー。
きょうは足を伸ばして、別の村に行ってみることにした。

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湖畔に面した村のなかでもっとも大きいパナハッチェルという村。
「パナハッチェル」という響きがなんだかかわいくて、一度聞いてからずっと耳に残っていた。

パナハッチェルは、湖畔の村々を回る拠点になっていて、宿や食べるところも多く、ツーリストに人気の場所。
はじめはサン・ペドロ・ラ・ラグーナではなくて、パナハッチェルに滞在しようかと思っていたけど、宿代が高そうなのでやめていたのだった。

パナハッチェルはここからだと湖の対岸に位置している。
湖を取り囲むように山々がそびえているので、車だと何度も峠を越えなければならず何時間もかかる。
船で湖を横切るのが、一番いいのだ。

パナハッチェル

「世界一美しい湖」をボートで渡るのは、とても気持ちがいいだろうなあ。

坂を下りると、観光地みたいなボート乗り場に出た。

「これが世界一?」
「いやいや、日本にももっときれいな湖あるよ。
 水も濁っとるし。」


「世界一美しい」とは誰がどんなふうに言い始めたのか。
基準なんてわからないし、言ったもん勝ちなのかもしれない。



ボート乗り場には、オープンテラスのレストランが突き出ている。
観光客が湖を見ながら、昼間からコーヒーやビールを楽しんでいる。

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湖畔では、釣ったばかりの魚を女性が何匹もさばいている。
観光地と地元の人たちの生活空間が混在している場所。

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有料の乗合いボートに乗ってそれぞれの村を行き来することもできるけれど、地元の人たちはカヌーで自由に湖を行き交っている。

湖の表面積はおよそ125平方キロメートル。
この広い湖に面して集落が点在している。
カヌーが車がわり。

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ここからパナハッチェルまで湖を渡ると直線距離で20キロあまり。
およそ30分の船旅。
運賃は片道ひとり25ケツ(400円)と、バスに比べるとちょっと高い。

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青い空。
照りつける太陽。
きょうは、天気がいい。

でも、暑くて体がだるくなるような気候ではない。

湖の標高はおよそ1560メートル。
ボートに乗ると、涼しい風が頬を打つ。

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ひっそりと存在しているアティトラン湖。
もっとも深いところで水深320メートル。
中米でいちばん深い湖なのだそう。

深い湖を取り囲むのは、きれいな稜線を描く火山たち。

標高3537メートルのアティトラン火山。
そして標高3158メートルのトリマン火山に3020メートルのサン・ペドロ火山。

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手前の湖畔に目をやると、山肌に張り付くように建物が肩を並べている。
湖畔の別の村だ。

それぞれの村によって民族衣装が異なり、特色をもっている。
湖の南側の集落はツトゥヒル語、北側ではカクチケル語が使われているという。

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この湖はカルデラ湖で、8万4000年前、火山の噴火によって誕生したといわれている。
山には木が茂っていて、自然豊か。
湖はたくさんの生き物たちの宝庫。

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「世界一美しい湖」。
世界一とは言えないけれど、折り重なる山々と静かな湖面を見ていると、爽やかな気持ちになってくる。
「世界一」と称したい気持ちもわからなくもない。

「えー?
 なんあれ?」

興ざめする光景が視界に入ってきた。

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15階建てくらいのマンションのようなリゾートホテルのような建造物。
美しいまわりの光景を台無しにしている。

高層の建物の存在にがっかりしていると、ボートが桟橋に止まった。
パナハッチェルに到着。

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こちらの船着き場はサンペドロよりも簡素で雰囲気はある。

でも中心地へと続く道は車が通れるくらい広くて舗装されている。

道の両脇には大きな家があるだけで、普通の住宅街に紛れ込んだよう。

お店があって賑わっているわけでもないし、人々の暮らしぶりが感じられるわけでもない。

伝統衣装に身を包んだ人たちの姿もほとんどない。

おもしろみのない道をしばらく歩いていくと、メインストリートに出た。

「うわ。」
「こんなふうになってるんだ。」

マヤの先住民族たちが昔ながらの生活で素朴に生きている。
カラフルな織物に身を包み、生き生きと。

そんな村を想像していたのだけど。

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観光客だらけのお土産ストリート。
「素朴な湖畔の村」のイメージはない。

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グアテマラのお土産をたくさん買いたいのなら、ここはふさわしい場所かもしれない。

でも、ひとつひとつ丁寧に造り上げたような手縫いの物は少なく、大量生産された既製品のようなものがほとんど。

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「ここに泊まらんでよかったね。」
「お土産にも興味ないし、どこ観光する?」

ここには有名なコーヒーショップがある。

クロスロード・カフェ(Crossroads Cafe)
オーナーはアメリカ人で、グアテマラ各地の厳選したコーヒー豆を扱っているのだそう。

店はメインストリートから外れた裏通りに、存在感なく建っていた。
でも、中をのぞいてみてびっくり!
たくさんの外国人観光客がコーヒーを飲んでいる。

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青い服を着たオーナーは、妻と幼い娘と車でアメリカを発ち、旅をしながら南下し、はるばるグアテマラまで流れてきたのだと言う。

グアテマラコーヒーの味わい深さと、この村の魅力に惹かれて、コーヒーショップをオープンさせた。

標高の高いグアテマラは「常春の国」と呼ばれていてさわやかな気候。
火山灰が作り出す豊かな土壌も手伝って、コーヒー豆の栽培に適した土地となっている。

上質のコーヒー豆が取れるのに、焙煎や用具にこだわっておいしいコーヒーを淹れてくれる店は少ない。

せっかくコーヒーの名産地のグアテマラに来ているんだから、おいしいコーヒーを味わいたい。
ここは、そんな思いの旅行者たちに支持されているカフェ。

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コーヒー1杯8ケツ(128円)。
グアテマラの物価を思えば、けっして安くはない。

でも、このオーナーはとても太っ腹で、コーヒーのおかわりをごちそうしてくれたり、コーヒー豆を買って帰ると表示価格よりも値引きしてくれたりする。

香ばしいコーヒーの香りで癒やされ、おいしいコーヒーでゆったりとした気分になったけれど、メインストリートに戻ると、あいかわらずさわがしく風情がない。

民族衣装に身を包んだ初老の女性が、観光客を呼び止めては既製品のお財布やポーチを売ろうとしている。

数十年前にもここを訪れたことのある人が言っていたそう。

「あのときと全然違う。
 様変わりしている。
 昔はもっと素朴で、田舎だった。
 隠された桃源郷みたいで素晴らしかったのに・・・。」

昔はたしかに「世界一美しい」場所だったのかもしれない。
湖だけではなく、周りの景色や人々も含めて「世界一美しい」光景だったんじゃないか。

湖を取り囲むようにそびえる円錐型の火山、丘陵地帯ではコーヒーの木が真っ赤な豆をたわわにつけている。
波紋を立ててゆっくりと進むてごきボート。
カラフルな民族衣装に身を包んだマヤの先住民たちが伝統的な生活をしている。

色彩に満ちた、美しい場所だった。

そこに観光客がたくさん来るようになって、ホテルができ、高いレストランができ、お土産屋さんばかりになって。

こういうところに来るといつも、残念な気持ちになるとともに胸が痛い。
旅人である自分もそれに加担しているのだと。

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旅行しやすくなって、グローバリゼーションが進んで、地球は前よりも小さくなった。
それと同時に、地球から少しずつ、美しさが消えている。
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「世界一美しい」の前にふたりの絶景湖のおさらい

2016.06.02 13:30|グアテマラ☞EDIT
腰の調子がだいぶ良くなってきたイクエです。
ぎっくり腰発症からもう3週間。
そろそろいいと思うんだけど、治りがけに無理しちゃうとまた再発するらしいから注意しないと!

「世界一美しい湖」と称えられるアティトラン湖。
その湖畔の小さな村、サン・ペドロ・ラ・ラグーナも桃源郷のような村なのかも。

そう期待はしていたけれど、桃源郷の雰囲気はない。
小さな漁村のような感じ。

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ここに数週間滞在して、安いスペイン語学校に通うのが旅人たちの間では人気になっている。
この村は宿代などの物価が安い。
村内なら歩いてどこにでもいけるし、小さな集落なので治安も悪そうではない。

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小さいと言っても、旅行者も多いから、お店やカフェやちょっとしたレストランはけっこうあって不自由しない。
街のように騒々しくないから勉強にも集中できるし、気候もちょうどいい。
ボートに乗って湖を渡れば、ほかの村々に観光にだっていける。

でも、もしわたしがスペイン語を勉強するなら・・・。

タカハウスかな!

実はタカハウスでもスペイン語学校をやっている。
あんなタカさんだけど、けっこう手広くやってるのだ。
どうしてそれが実現できているのか、ほんとうに謎なんだけど。

プランはいろいろあって、現地人の家庭にホームステイしながら勉強することもできるし、タカハウスに宿泊しながら勉強することもできる。
スペイン語の先生はホームステイ先に来てもらうこともできるし、タカハウスの一室が教室代わりになっていてそこで教えてもらうこともできる。
ホームステイする家庭は「小さな子どもがいる家がいい」とか「Wi-Fiがある家がいい」とかある程度の要望を伝えれば、タカさんが見つけてくれる。
タカハウスで頼むホームステイはほかより安いから、おすすめだよ。

それにわたしはちょっとこじゃれたアティトラン湖周辺よりも、グアテマラ第2の都市なのに全然洗練されていなくて雑多なシェラのほうが、グアテマラのそのままの空気に身をさらすようで、好き。

サン・ペドロ・ラ・ラグーナでは、いかにもバックパッカーが好きそうな界隈があって、カフェやホテルが軒を連ねている。
トゥクトゥクもあって、まるでタイのバックパッカーの聖地みたい。

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世界一美しい湖。
その姿が見たくてわたしたちはここにやってきた。

これまで世界でたくさんの湖を見てきた。
ときにはその透明度に、ときには刻々と変わる色に、ときにはそのロケーションに驚き、鳥肌が立ち、息を飲んだ。

わたしたちが感動してきた湖に「世界一美しい」の称号はなかった。
それでもあんなに美しかった。

あの湖たちを超える、湖がここにあるなんて。

中国の九寨溝よりもー

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タジキスタンのヤシルクルよりもー

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キルギスのアラコルよりもー

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モロッコのドゥルスリ湖よりもー

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スロベニアのブレッド湖よりもー

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アルゼンチンのエスメラルダ湖よりもー

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チリのヘネラル・カレーラ湖よりもー

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ペルーのラグーナ69よりもー

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美しい湖がここに。

坂のその先に「世界一美しい湖」が!

!?

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道の先になんか池っぽいのは見える。

近くまで行ったら「世界一美しい」のかも・・・。

この期待は叶うのか、それともすぐにはかなく散ってしまうのか。

たぶん、みなさんのご想像通りです。
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期待大にして「サン・ペドロ・ラ・ラグーナ」へ

2016.06.01 10:24|グアテマラ☞EDIT
朝からドライフルーツとヨーグルトを食べているイクエです。
これまではカットした普通の果物にヨーグルトをかけていたんだけど、それをドライパイナップルとかドライマンゴーとかドライいちじくとかプルーンとかにしました。
果物を買い置きして腐らせる心配もないし、いろんな種類の果物を少しずつ取れる。
いまはドライトマトも加えてるよ。
おすすめです。

さて、シェラ近郊の町、オストゥンカルコにやってきたイクエとケンゾー。
お腹はペコペコ。

人や物でごった返す市場。
野菜売場、肉売場、日用品売場・・・と一応棲み分けはされているんだけど、イクエとケンゾーにはどこになにがあるのかさっぱりわからない。

「食堂はどこですか?」

そう聞きながら、市場の奥へ奥へと進み、無事に見つけることができた。

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長いテーブルとベンチが並んでいる。
いくつかの食堂があるものの、それぞれが壁やドアで区切られているわけではない。
店同士、そのまま横に並んでいるだけだけど、店によってテーブルの色が違ったり、食器が違うので「ここからここまではこの店だな。あっちからは別の店か。」とだいたいその場の雰囲気でわかるようになっている。

さて、どこにしようか。

女の子たちがたくさん働いていて、いちばんお客さんで賑わっているお店に決定。
若い女の子たちががんばっている。
十代前半くらいかな。

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グアテマラのマヤの人たちは働き者だ。
中南米の人たちってダラーンとリラックスしながらマイペースにのんびり暮らしているイメージがあるけれど、グアテマラの人たちはそうでもない。

グアテマラは緯度で見ると熱い地帯に属しているけれど、山が多い。
そして集落や街は、涼しくて過ごしやすい標高の高いところにできている。
暑すぎて仕事をするやる気が起きない!とはならない。

緑も多いし、川もたくさんあって、日本みたいに農耕民族だから、ちょこまか働くことが体に染み付いているのかもしれない。

テーブルに座ると、かわいい店員さんがやってきて、早口でまくしたてるようにすべてのメニューを言う。
スペイン語だからちゃんとは聞き取れない。

「魚の××、肉の××、炒めた××、××のフライ、ご飯と××」

知っている単語だけが耳に残って、毎回注文するときは「じゃあ、えーっと魚の・・・魚の・・・お願いします!」という答えかたになってしまう。
そしてテーブルに運ばれてきたものを見て「なるほどー。魚と野菜を煮込んだヤツだったんだ。」というふうに、ようやく答えがわかる。

グアテマラの料理はマズいものがない。
だから何を頼んでもハズレはないのだけど、この単語を言われればそれを注文することにしている。

それはマリスコス

マリスコスとは魚介のこと。
貝やエビ、カニ・・・。

中南米に1年いて、最初のチリで「マリスコス」という単語を覚えて以来、「マリスコス」の魅力にはまっているイクエとケンゾー。
日本のレストランでシーフードスープなんて頼んだら、けっこうお金を取られるんじゃないかな。

マリスコスのスープはいろんなところで食べてきた。
なかでもグアテマラのマリスコスのスープは、安い!

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エビやカニ、貝のほか、白身魚まで入っている。
これにトルティーヤ(グアテマラの主食 甘くなく薄くて固いホットケーキみたいなもの)がついて、15ケツ(約240円)。

このスープにはこんなものもついている。

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アボカド。
デザートにするのかと思ったら違う。
ほかのお客さんを観察すると、みんなこれをスープに入れている。

不思議と合う。
味がまろやかになって、コクがでる気がする。
アボカド自体は甘いものではないので、小さくなったアボカドをスープといっしょにすくって口に含んでも違和感がない。

格安シーフード料理を堪能して席を立つと、隣の肉屋さんに話しかけられた。

「おい!写真撮ってくれよ。」

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「ちがうよ。
 アハハハ。
 俺じゃないよ、コイツコイツ。」

「わ、
 お前、やめろよー。」


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肉屋コーナーに同じような店構えの肉屋さんが5店舗ほど並んでいる。
ライバル店のはずなのに、みんな仲良し。

「アイツを撮れ」「いやいやコイツ」なんてふざけ合いながら、とても楽しそう。

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巨大な肉のかたまりを大きな包丁で捌く、力のいる仕事。
この子なんて、まだあどけない。
中学生ぐらいに見える。

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シェラ周辺の観光もけっこう楽しんだし、そろそろ別の街に移動しよう。
わたしたちはタカハウスを発つことにした。

建物は古いしベッドマットはふにゃふにゃだし、ボビーはけっきょく懐かないし、けっして素敵な宿ではない。
でも、ものすごーくものすごーく離れがたい。
ついつい、もう一泊しちゃおうかな、という誘惑に負けてしまいそうになる。

なぜこんなにタカハウスが居心地がいいのか。
答えはわからない。
なんとなく思うのは「不完全な宿だから」。
そしてその不完全な宿が、タカさんがいて管理人のタカコさんがいて、もう何年もここに泊まっているトクさんがいて、そして頼りないオーナーに愛着を感じる宿泊者たちがいて・・・。
みんながいて、なぜか「完全な」雰囲気になってしまっているのだ。

ありがとう!タカハウス。

そんなに長く泊まっていないのに、出ていくときみんなが玄関まで出てきて送ってくれた。
みんな笑顔で。
タカさんをのぞいてね。

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「タカハウス、よかったねー。」
「おもしろい宿やった。
 時間があればもっと泊まりたかったね。」


わたしたちは帰国のフライトをすでに取っている。
もしそれがなかったら、もっと泊まり続けたと思う。
そして夫婦で管理人になってたかもしれない。
(日本に帰る予定のタカコさんの後任を募集中だった)

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これから行くのはサン・ペドロ・ラ・ラグーナという小さな村。
実はこの村は「世界一美しい」と称えられるアティトラン湖に面している。

ラグーナ

湖畔には小さな村々が点在していて、村々へはボートで行き交う。
それぞれの村によって民族衣装も異なるのだそう。

それぞれの村に宿泊施設はあるようだけど、その中でもサン・ペドロ・ラ・ラグーナの村が宿泊施設が多くて宿泊費も安く、旅人に人気がある。

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サン・ペドロ・ラ・ラグーナへは、シェラから直通のバスがあるという。
市場からバスターミナルに抜けて、道を渡って右に行ったところ。

サン・ペドロの住人か外国人観光客しか乗らない路線。
「外国人はかなりの確率でバス代をぼったくられる」とタカハウスで聞いていた。

わたしたちはひとり25ケツ(約400円)だった。
妥当かな?

アティトラン湖は山々に囲まれている。
だからまわりから湖は見えない。
山を登りきって、ようやく湖が姿を現してくれた。

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夕方だし、雲が多くてイマイチの天気。

今のところ「世界一美しい湖」ではない。
近くまで行ったらその美しさがわかるのかもしれない。

シェラを出て3時間ほどでサン・ペドロ・ラ・ラグーナに到着。

村の規模は小さいけれど、市場の前は活気がある。

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アティトラン湖のまわりにはいくつかの火山がある。
この村の後ろにそびえているのはサン・ペドロ火山。

この村の産業のひとつはコーヒー栽培なのだそう。

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実はこの村には、日本人旅行者が大絶賛する「ナガレ」という日本人宿がある。
この宿はタカハウスなんかよりも数倍きれいで、タカさんとはまったく似ていない、とても気配り上手で物腰柔らかな日本人オーナーがいるらしい。

イクエとケンゾーもそこに泊めてもらおう!と思ったんだけど、あいにくの満室。

「わたしたちにはこぎれいで完璧な日本人宿よりも、タカハウスぐらいがちょうどいいんだよね」と言い聞かせて、泣く泣く別の宿を探す。

決めたのはHOTEL SAN FRANCISCO。

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Wi-Fiと屋外だけどキッチンも使える。
部屋にはシャワールームもついている。

ひとり30ケツ(約480円)。

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この宿にはいろんな種類の部屋がある。
最初はベッド1台の狭い部屋だったけど、翌日にはベッドが2台あって3倍くらいの広さの部屋に移動できた。
宿泊費はいっしょ。
部屋の当たり外れが激しい。

いい部屋に当たればけっこういいホテルなので、ナガレが満室だったときはこの宿に流れてきてもいいんじゃない?

「世界一美しい湖」。

そう称えられるアティトラン湖は、ほんとうに美しい湖なのだろうか。

これまで3年あまり世界を旅してきて、たくさんの湖を見てきた。
旅に出てから、「自分は湖が好きなんだ」と強く実感した。
湖がゴールのトレッキングはワクワクしてとても楽しくて突然目の前に現れる湖に息をのむ。

魅了される数々の湖を見てきたけど、アティトラン湖はそれを越えるものになるのかもしれない。

さて、結果はいかに?
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