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訪れた国は78カ国
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2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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このリズム感の無さ 衝撃的

2016.03.31 17:41|グアテマラ☞EDIT
毎日姪っ子と甥っ子に癒やされているケンゾーです。
妻の姉の子どもたちだから血は繋がってないんだけど愛しくて仕方がない。
やっぱり子どもは無条件でかわいい。
4日後に引っ越すから寂しくなるなあ。

毎年年末にお祭りが開催されているという情報を仕入れてやってきたチチカステナンゴ。
たしかに街中は人で賑わっているし、会場のようなものも設営されていて祭りっぽい雰囲気ではあるんだけど、いったいこれが何の祭りなのかは不明。
夜になると盛大に花火の音が鳴り響く。
教会前の広場へ行ってみると、町のほとんどの人たちが集まってるんじゃないかと思うほどの人だかり。

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広場には高さ10mほどの足場が組まれ、風車の形をした花火に次々と火が点いて火花を吹き出しながらグルグルと回っている。
ふつうだったら拍手や歓声が沸き起こりそうなもんだけど、チチカステナンゴの人々はとてもおとなしい。
みな直立不動で一心に花火を見つめている。

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花火タイムが終了するとステージに生バンドが登場。
トランペットやサックス、コーラスやダンサーなどもいて総勢10人以上の立派なビッグバンド。
きっとけっこうなギャラを払って首都のグアテマラシティから呼んだんだろう。
MCを交えながら場を盛り上げていく。

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「みんな盛り上がってるかい!
 さあ、いよいよお待ちかねのダンスタイムだ!
 レディースたち、軽快なダンスをよろしく!!」
(意訳 by ケンゾー)

ラテンといえばダンス。
これまで旅してきた南米やカリブの島では音楽とダンスは生活の一部だった。
音楽が流れ出すとどこでもダンスホールに早変わり、老若男女問わず踊りはじめるのが普通だった。

“No Dance, No Life”

それがあたり前であるはずのラテンの国で衝撃的な光景を目撃。
民族衣装で身を包んだキチェ族の女性たちが登場したんだけど、あきらかに変。
横一列に手を繋いで並んで足踏みをするだけでいつまでたっても踊りはじめない。
仲良く手を繋いだままなんとなく体を揺らしているだけ。

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ひょっとしてこれ、ダンスはじまってる?
まさかとは思うけど、ノリノリで踊ってる?
そのまさかだった。
キチェ族のダンスはケンゾーとイクエが知っている今までのラテンのダンスとは別次元のものだった。

横一列からサークル状に変形した女性たち。
それでも踊り方はなにも変わらない。
体を微妙に揺らせながら行進するのみ。
せっかく生バンドがノリノリの曲を演奏し、ボーカルが叫びながら盛り上げようとしているのに曲のリズムとダンスがまったく噛み合っていない。
ラテンのダンスといえば腰をクネクネお尻をフリフリ、女性らしさを全面に押し出したセクシーなダンスなのに、なんなんだこの地味なダンスは。

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日本の盆踊りのようにグルグル回りつづける女性たち。
でも、何となくステップを踏んでるだけで盆踊りのほうがまだダンスっぽい。
そして踊ってるほうも変なら、見てるほうもかなり変。
全員直立不動で微動だにせず凝視。
子どもも大人もピクリとも動かず凝視。
はたから見てるとまったく楽しそうには見えないんだけど、誰もこの場を離れないからいちおう楽しんでるのかな。

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そして翌日。
まさかの2夜連続のダンスナイト。
この夜もなかなかの衝撃度。
リオのカーニバルばりのド派手な衣装で着飾った女性たちが登場。
でも今夜もなにかが変。
遠目だけどなんだか違和感ありあり。

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近くに寄ると違和感の原因が判別。
なぜだか全員がお面を付けてるんだよ。
白人の顔。
しかもなかなかのリアルさ。

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ピクリとも表情が変わらない集団がゆらゆら体を揺らしている光景はかなりのシュールさ。
さらに、訳のわからないキャラクターまで登場。
この祭りのコンセプトがまったくの謎。

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例のごとく、周りの観衆は直立不動で凝視するのみ。
なんだか選挙演説を聴いてるようにしか見えないんだけど、ちゃんと楽しんでるのかな?

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きのうはステージの上で生演奏だったんだけど、なぜか今夜はステージの裏にあるトラックの荷台の中に押込められているバンドメンバーたち。
なんだか切ない。

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グアテマラ人全員なのかは謎だけど、キチェ族がリズム感がないことはよく分かった。
ほかの民族もそうなのかな。
おなじラテンの国なのにおもしろいねえ。
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神聖な儀式 パスクアル・アバフの丘

2016.03.29 18:09|グアテマラ☞EDIT
旅行中は毎日衣類を手洗いしていたので、日本に帰っても洗濯機を買わずにがんばろうかなと思っていたイクエです。
でも、ケンゾーに止められました。
さすがに洗濯機は買わないとねぇ。

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グアテマラの高原の町、チチカステナンゴ。
伝統衣装に身を包むキチェ族の人たちが、マヤの文化を守りながら生活している。

彼らの儀式が執り行われているという、パスクアル・アバフの丘を目指すことにした。

パスクアル・アバフは、町の中心地から1.5キロほど南に行ったところ。
トウモロコシ畑を通り抜け、こんもりと松が生い茂る山道を登っていく。

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町の標高は2000メートルを超えている。
空気が薄いためか、ちょっとした上り坂でも息があがる。

儀式がどういうものなのかはわからない。
毎日行なわれているのか、何時ごろ行なわれているのかもわからない。

もしかしたら、時代の流れとともにそんな儀式はもはや廃れているのかもしれない。

見られたらいいなあという期待はあるけど、期待をもちすぎないようにしよう。
山道に入り、もう10分ぐらいは歩いている。
それなのに、まだ誰1人ともすれ違っていない。

静かでひっそりとしている。
こんなところ、誰も来ないんじゃないか。

でも足元には、ところどころに土を踏んでできた靴跡が見える。
まだ真新しそうな靴跡。

山道を登りきったら、木々がなく真っ平らの広い空間に出た。
どうやらここが頂上らしい。

小さな煙が上がっている。
そして、10人あまりの人たちが集まっている。

儀式が行われている最中だった。

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ここに祀られているのは「パスクアル・アバフ」。
マヤの人たちの神。
でも、この儀式場には、町の教会にあったような黒い石の十字架も立っている。
土着信仰とキリスト教の融合。

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この広い平らな場所に、高さ10センチ、直径1メートルほどの丸い台座が散らばっている。
祈りに来た人たちが、好きな台にお供え物をして、その台を囲み、それぞれで儀式を執り行っている。

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とても神聖な儀式。
写真撮影ははばかられたけど、一組の家族にお願いすると快く撮影の了承をいただくことができた。

小さな子どものいる家族で、おばあちゃんもいる。
祈願するのは、家内安全や健康、仕事のこと。
奥さんのお腹には赤ちゃんもいるようで、安産祈願も兼ねているようだった。

儀式の進行をするのは、お父さんの役割。
台座にお供え物を置いていく。

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いちばん下の泥団子のようなものは着火材の役割。
その上には香木と蝋燭。
葉巻も供える。

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葉巻があるかと思えば、かわいい色のキャンディーも。
神様は、苦いのも甘いのもお好き?

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さらには缶ビール!
つまみに良さそうな缶詰も。

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台座が蝋燭と香木でぐるりと埋め尽くされた。
真ん中には大きな音のする花火。

お父さんが火をつける。
そして家族は目を閉じて祈りはじめる。

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「家族が健康でいられますように。
 円満でありますように。
 金運に恵まれますように・・・。」

お父さんがつぶやいていく。

そしてお供えした缶詰をもち、ひとりひとりにかざしていく。

頭、顔、肩、胸、腰、足。

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台座に置いたものは大きな炎を上げて、勢いよく燃えていく。
パン!パン!パン!と花火が音を立てる。

一家が儀式を行なう近くでは、別の台座で男性2人が祈りを捧げていた。

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お供え物はさきほどと少し違う。
着火材の役目を果たす泥団子と蝋燭は同じ。
でも、蝋燭の色がカラフルで、まわりには白い花びらが散らされていて華やか。

一番上にはビスケット。

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台座を囲んで祈りを捧げる。
台座のお供え物が燃えはじめると、男性2人はひざまずいたまま正面のいちばん大きな祭壇へと進みはじめた。

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ズリズリ、ズリズリとゆっくり進んでいく。

体を大地に投げ出し、少しずつ進みながら祈りを捧げる、チベット仏教の五体投地を思い出す。

やっとのことで正面の祭壇にたどり着いた男性2人。
祭壇には、パスクアル・アバフの石の像。
真っ白い菊で覆われている。

そこに、アルコールをかける。

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さきほどの一家もそうであったけれど、進行役の男性は頭に伝統的な織物の布を被っている。
両手にたくさんの蝋燭を持ち、頭を下げて祈りつづけるもう一人の男性にかざしていく。

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侵略してきたスペイン人からキリスト教への改宗を強制されたチチカステナンゴの人たち。
でも、彼らの心の支えになっているものは、西洋からやってきたものではない。
それは、スペイン人がやってくるより前にあった、先祖代々脈々と受け継がれているもの。

彼らの祈りの声と、パン!パン!という花火の音を聞きながら、神聖な丘を下りることにした。

木々の間から、チチカステナンゴの町が見下ろせた。
鮮やかな四角い建物が密集しているところがある。
建物は小さくて、家ではなさそう。

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明るくて楽しそうな雰囲気があるけれど、これは墓地。

近くに行ってみると、ガラス張りの近代的なビルのような形のものもある。

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新しいお墓が、いくつか建築中だった。
足場を組んで、丁寧に壁に模様を彫っていく。
まるで家を造るように、瓦を張っていく。

亡くなった大切な家族を想い、それぞれのお墓を建てる。
墓地は、愛情に満ちた場所なのかもしれない。

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このブログは、3か月遅れで書いています。

現在、イクエとケンゾーは世界一周旅行を終えて日本に戻っています。
熊本のイクエの実家に身を寄せています。
冬には雪が降る寒い場所ですが、ようやく春がやってきました。
庭の桜はいま、六部咲き。
とても美しい季節のはじまりです。

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実家のテラスは、わたしたちが長年飼っていたチワワのホタテの生活空間。
旅行前はわたしたち2人のマンションで飼っていましたが、旅行に行っている間は実家で面倒をみてもらっていました。

おつむは少し弱いけれど、人懐っこくて誰からも愛されるキャラクター。

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老犬の域にさしかかっていたので、白内障が進み、腫瘍もでき、鼻も利かなくなり、歩くのもヨタヨタ。
わたしたちが日本を離れている3年5か月で、ホタテの老化は進行していきました。
そんなホタテを、わたしたちに再会させたい一心で、母は一生懸命お世話をしてきました。
母がわたしたちに帰国を急がせたのも、日に日に衰えるホタテの存在があったからです。

母の手厚い介護のおかげで、わたしたちは日本に帰り、ホタテと再会することができました。
ふたたびホタテといっしょに暮らすようになって1か月半。
ここ最近は、大好きだった散歩も億劫なようで、なかなか歩いてくれません。
でも、食欲はあって、太陽が出ると小屋から出て日が当たる場所で気持ちよさそうにお昼寝。
そんなホタテを見ると、気持ちがほっこりします。

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きのうの朝、ケンゾーがいつものように小屋を見るとホタテがいません。
外のテラスにいました。
ホタテの特等席のクッションの上にゴロンとなって、気持ちよさそうに寝ていました。

ケンゾーが声を掛けましたが、ホタテは目を覚ますことはありませんでした。
顔はとても穏やかで、いつものかわいいホタテでした。

ホタテの苦手な冬が終わり、ようやく温かくなってきたときに。
来月で満14歳になる予定でした。

4月からわたしたちふたりは、福岡に引っ越すことにしています。
ホタテも連れていく予定でした。
新居決めや仕事再開の準備などで、今月は熊本と福岡を行ったり来たり。
福岡に1週間滞在し、ちょうどまた熊本に戻っていたときでした。

ホタテはわたしたちの帰りを待っていてくれたのかなと思います。

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このブログでも何度かホタテのことを紹介してきました。
ホタテの死はとても私的な報告ですが、お知らせしたいのでご報告しました。

ありがとうございました。
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グアテマラ人が守ってきたもの

2016.03.27 15:36|グアテマラ☞EDIT
ブログの更新が遅くなっています、イクエです。
先週一週間は大忙しで、以前働いていた会社に挨拶に行ったり、病院で検査を受けたり、そして新居を決めました。
来月から、福岡に住みます。
今は引越し準備でバタバタしています。

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さて、グアテマラのチチカステナンゴの話。

マヤの先住民キチェ族の人たちが暮らしている高原の街。
この街のシンボルがサント・トマス教会。
チチカステナンゴの人たちの生きる支えとなっている。

教会の前の階段にはたくさんの人。
花の香りと煙りに包まれて、ここだけ世界が違うよう。

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煙の中の花売りの人たち。
教会に手向けられるのは、菊が多い。
菊をお供えすることに、日本の仏事を思い出す。

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教会を包み込む煙。
薪のように階段に木をくべて、それを囲み、炎を見つめ、祈りを唱える人たち。
空き缶にお香を炊いて、振り回し、煙を降らせる女性。

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この教会は1540年に建てられたもので、カトリックの教会。
この街の守護聖人、聖トマスが祀られている。

カトリックの教会ではあるものの、わたしたちがイメージする教会とは違う。
カトリックに土着の宗教が融合した、独特のものであるから。

この教会が建てられる前、ここは先住民の人たちの大切な場所だった。
キチェ族の神聖な霊場だった。
それを侵攻してきたスペイン人たちが破壊し、その礎石を利用していまの教会を建てたのだった。

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ここからは、キチェ族の国家の神話や歴史を綴った聖典『ポポル・ブフー』が発見されているのだそう。

スペイン人が侵攻してきたとき、マヤの古文書のほとんどが燃やされてしまった。
そんななか『ポポル・ブフー』はスペイン人たちに見つからなかった。
数少ない、生き残ったマヤの貴重な資料。

この地に住む人たちは、表向きはキリスト教に改宗しスペイン人に従いながらも、マヤの歴史に誇りを持ち、土着の信仰を心の拠り所にし続けてきた。

正面にはふたつの入口がある。
正面から見て右側の階段を上り、中に入る。
出るときは左側。

それがこの地のしきたり。

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神聖な場所であるので、中は写真撮影禁止。
敬意を払いながら、右側から中へと入らせてもらった。

昼間とはいえ室内は電気がなく、暗い。
目が慣れるのに少し時間がかかった。

壁の高い位置には明かり取りの窓。

煙が充満しているため、空気には白く色がついている。
そこに光が斜めに差し込んでいる。

幻想的な光線。

床には一面の松の葉。

松の葉が敷き詰められた床には、高さ10センチ、1メートル四方の黒光りするいくつかの平らな四角い石。
その上には、蝋燭が何十本も立てられている。
怪しく揺らめく炎。
そこにひざまずき、祈る人たち。
唱えているのはキチェ語なので、呪文のよう。

黒い石で造られた十字架が、墓石のように床に建てられている。
そこに手向けられている黄色や白の菊の花束。

普通の教会とは、まったく違う。
ここにはステンドグラスもない。
礼拝用の横長の椅子もない。

外観は教会であり、名前はサント・トマス教会ではあるけれど、ここにはわたしの知らない風景がある。
奇妙で、少し怖ささえ感じる。
目に入るもの、匂い、そして小声でつぶやかれる呪文。
体で感じる異空間。

キリスト教と土着の宗教の融合と言われるけれど、土着の宗教の要素の方が強い。

お香と煙と花の香りが充満し、けむたくて、息苦しい。
でも、とても神秘的で厳粛で、美しさを感じた。

薄暗い教会から、外に出た。
太陽の光が眩しくて、クラクラする。

教会の中から突然外に出ると、異世界から戻ってきた気分。
露店が並び、活気がある。
現世に戻ったよう。

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鮮やかな民族衣装に身を包んだ女性たち。

スペインが侵略し、マヤ文明を破壊し、代わりにキリスト教を布教し、スペイン語をしゃべらせるようにした。
それでもグアテマラの人たちは、今でも民族ごとに違う衣装を着て、自分たちの言葉をもち、先祖から伝わる教えを信仰している。
したたかで、誇り高く、気高い。

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街から少し外れた場所に、小高い丘がある。
「パスクアル・アバフの丘」と呼ばれる、神聖な場所。
ここでは、毎日独特の儀式が行われているのだそう。

いったい、どんな儀式なんだろう。
あした、行ってみよう。

わたしたちは、マヤの文化が根付いているグアテマラの魅力にはまっていっていた。
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働きものの女性たち

2016.03.24 09:56|グアテマラ☞EDIT
畑仕事をして手が豆だらけになったケンゾーです。
イクエの実家の家庭菜園の畑を耕したんだけど、体力の低下を嫌というほど実感。
旅していた3年5か月、歩く以外ほとんどなにもしてないからなあ。
ちゃんと働けるように体力作りをせないかん。

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先住民キチェ族の文化が色濃く残っているチチカステナンゴ。
ほぼすべての女性たちは色鮮やかな刺繍が施された民族衣装を身にまとっているので異国情緒にあふれている。
活気のある街の中心にあるメルカド(市場)。
洋服姿のイクエはかなり浮いた存在。

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メルカドの主役は女性たち。
若い女の子たちもシャキシャキと働いていて、見ているほうも気持ちがいい。
愛想もいいし、とても好印象。

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メルカドで定食を食べると18ケツァール(約290円)くらい。
ライスも付いてくるんだけど、グアテマラの主食はトウモロコシの粉で作った薄いパンのようなトルティーヤ。
お替わり自由で、現地人は1人で10枚くらいは食べている。
味もないしそんなに美味しいもんじゃないからケンゾーとイクエはあんまり好きじゃないけど・・・。

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食堂で働いているのは見事に女性ばかり。
おしゃべりもするけれど、いつも何かしら手を動かしている。
働き者だし、何よりもみんな楽しそうに働いているのが微笑ましい。

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炭火焼の肉のグリルはちょっと高くて20ケツァール(約320円)。
肉も美味しかったんだけど、上に添えられたネギが甘くて旨かった。
このトルティーヤが黒いのは、黒いトウモロコシで作っているから。

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メキシコが近いのでタコスもよく見かける。
薄いトルティーヤを肉汁に浸してしんなりさせるタイプがグアテマラの定番タコス。
3つで10ケツァール(約160円)。

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チチカステナンゴは宿の数はそこそこあるんだけど、クオリティはあまりよろしくない。
ケンゾーたちが泊まっている安宿はもちろんWi-Fiなし。
サイバーカフェかWi-Fiが使える喫茶店を探して街を歩き回る。
メルカドのすぐ近くでよさげなカフェを発見。
この建物の2階。
バルコニーからは、街の様子を眺められる。

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Restaurante Dar Pascual。
開放的でおしゃれな店内。
飲み物もリーズナブルで長居をしても嫌な顔をされないのでおすすめ。

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このときはお客さんは少なかったけど、たまにツアー客も集団で来るらしい。
ご当地メニューもあり、食事も楽しめる。
ドルの両替もできるし、センスのある雑貨屋さんが併設されている。

雰囲気はいいのに、値段は安く、コーヒーやココアが8ケツァール(約128円)くらいで飲める。
器もグアテマラの民芸品。

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きょうは短くてごめんなさい。
帰国して40日、やっと今後の生き方が固まりそうでバタバタしています。
みなさんに報告するほど大層なことはなにもないけど、落ちついたら報告します。
グアテマラ編はまだまだ続きま〜す ♫
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どうかこのままでありますように・・・

2016.03.22 10:27|グアテマラ☞EDIT
焼けた肌の色がようやく落ちつきはじめたイクエです。
旅行中に出会った人や帰国直後に再会した知人たちからは「顔、焼けてるね~!」って言われ続けていたんだけど、最近は言われなくなった。
ケンゾーの肌の色も少しは落ちついてきたかな。

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グアテマラ旅初めての地、チチカステナンゴ

グアテマラでは民族衣装を着た人たちに出会えるかな?とは思っていたけれど、まさかこんなにたくさんの人たちが普段着として民族衣装を着ているとは思ってもなかった。

標高およそ2050メートルの、山間の街。
人口は1万人ほど。
ここで暮らしているのは、キチェ族の人たち。

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男性はほとんどが既製品の洋服を着ているけれど、女性の多くは特徴的な模様の民族衣装を身にまとう。
赤や青、紫。
巻きスカートで、丈は膝下で短め。
どの女性も髪の毛は長い。

バッグの代わりに大きな風呂敷で荷物を包み、背中に背負っている。

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チチカステナンゴの街の入口にある門。
不思議な絵が描かれている。
キチェ族の人たちの先祖は、マヤ文明をつくってきた人たち。
口を開けた魔物のようなものを見ると、チベット文化に似たものを感じる。

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チチカステナンゴの特産品は木製のお面。
動物などを模したもので、お祭りや儀式のときに使われる仮面なのだそう。

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チチカステナンゴは大きな露天市が立つことで有名。

グアテマラのそれぞれの街には、衣装や文化が違うそれぞれの民族が住んでいる。
そしてほとんどの街で、週に一度は市場が開かれている。
日用品や食材、民芸品・・・なんでもそろう。

市場が開催される曜日は、街によって異なる。

チチカステナンゴの市は、木曜と日曜日。
この日は、周りの集落からも先住民の人たちが集まってくる。
活気に包まれる日。

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このときはちょうどチチカステナンゴのお祭り期間。
だから、いつにもまして街は賑やか。
木曜と日曜以外の曜日も市が立ち、人であふれる。

街の中心地には、テントやテーブルが出され、さまざまな品物が売られている。

テントやテーブルがなくても、商売はできる。
路上にシートを広げて、呼び込みをする人たちも。
あっという間にお客さんの輪。

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いちばん多いのは、布のお店。
おしゃれな女性たちは、巻きスカートを品定め。

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使い込まれた布も、アンティークとして味わいがある。
古着と侮るなかれ。
いまの人にはできない刺繍、細かな手仕事。
染料も自然のもので、温かみがある。

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グアテマラのあちこちで市が開かれるけど、ここチチカステナンゴはお土産探しの穴場。

観光客が少ないので、外国人よりも地元の人をターゲットにした店が多い。
店には、グアテマラ人の普段使いの物が並んでいる。
さらに値段が安い。

工場で大量生産するような既製品が少なく、手作りのものが多い。

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わたしたちはチチカステナンゴがグアテマラ最初の地だったので、お土産はあとまわしにしようとここでは何も買わなかった。
でも、いまでは後悔。

そのあと別の街で出会った日本人たちが「安いし種類も多くてお土産天国だから」とわざわざ日帰りでチチカステナンゴに行き、お土産を買っていた。

たしかに、チチカステナンゴは値段も安かったし、種類もたくさんあった。

グアテマラでお土産を買うなら、ここチチカステナンゴ!

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伝統的な織物を使った、バッグはいかが?
小旅行にも重宝しそう。

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街にお店が出る日は、周りの集落の人たちも集まってくる。
地域によって伝統衣装も違うから、それを見るだけでもおもしろい。

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縦縞の布を多用している人。

インコや花の絵を織り込んだ大柄な刺繍の服を着こなしている人。

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使う色も民族によってさまざま。

このおばあちゃんは、赤と紫。
布2枚を背負って、さらに一枚を頭に載っけて。
これからたくさん買物して、この布で運んでいくのかな。

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男性の民族衣装は珍しい。

模様が織り込まれた、シャツとバッグ。
帽子と靴はモダンに決めて。

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ズボンはとてもカラフル。
何種類もの色が織り込まれている。
男性だっておしゃれで負けていない。

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学生のころ、バックパッカーで世界をまわっていた。
あれからもう15年。
いま、旅をしていていちばん寂しいと思うのは、あの時と比べて世界各国のファッションが画一化していること。
15年前は、その地域によってファッションに特色があって、洋服を着ているわたしは明らかに浮いていた。

いまは日本の裏側に行っても、現地の人たちは日本人とほとんど変わらない服に身を包んでいる。
寂しさを感じる。
でも、それはしょうがないこと。
日本だって同じだから。
「日本人は、普段は着物を着ないんだよ」と外国人に言うと、びっくりされて、そして失望される。
「じゃあ、日本に行っても着物を着た人を見られないの?どうすればいいの?行く意味ないよ!」そんなことを言われたこともある。

服は、その土地の歴史や文化を物語っている。
どの国の民族衣装もとても美しくて、魅力的。

だからそんな民族衣装に身を包んでいる人たちを見るだけで、楽しい。
異国に来た喜びを感じる。

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でも、グアテマラもあと何年かしたら・・・。

グアテマラシティにはたくさんショッピングセンターがあったし・・・。

どうかこのままグアテマラが、グアテマラでありますように。
無責任にそう願うのは身勝手なことだとは思うけど、やっぱりそう願ってしまう。

だってとっても、すてきだから。
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グアテマラの警察にお世話になる

2016.03.21 12:53|グアテマラ☞EDIT
いままで三日坊主だった寝る前のストレッチが、ちゃんと続いているイクエです。
でも、いまは日中ほとんど部屋にこもっていて外出することがないので明らかに運動不足。
朝、起きてからも運動しようかな。

パナマ、コスタ・リカ、ニカラグア、ホンジュラス、エル・サルバドルと中米を北上しているイクエとケンゾー。
次に向かう国は、グアテマラ
ローカルバスを乗り継いでいく。

消防庁で活躍する、お世話になった隊員のアルトさんに別れを告げて、サン・サルバドルのバスターミナルへ。

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行き先はアウアチャパン。
バスで2時間半以上。
なのに運賃は驚きの1ドル。
安い!

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サン・サルバドルにやってくるときに乗った高級バスは6ドルだった。
エル・サルバドルではバスの種類によって、運賃に大きな開きがある。

安いバスではあるけれど、順調に進んでいきアウアチャパンに到着。
ここからさらに国境行きのバスに乗り換えないといけない。

到着したのは街外れのバスターミナル。
ここから国境行きのバスに乗り換えられるかと思っていたら、国境行きは街の中心地から出てるらしい。

ターミナルの人、道ばたの人。
数人の人たちに教えてもらいながら、中心地を目指して歩いていく。

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1キロぐらい歩いていくと、たくさんの人たちで賑わう通りに出た。
露店が並び、食べ物や雑貨が売られている。
自信がないので、もう一度場所を尋ねる。

「国境に行きたいんですけど、どこでバスに乗れますか?」

すれ違いざまに青年に声をかけた。

「国境?
 ついてきて!」

逆方向に向かっていたはずの青年は踵を返した。
人ごみをかき分けながら、急ぎ足で進んでいく青年。

「これ、わざわざ連れていってくれとるんかな?」
「もうここでいいですって言おうよ。
 悪いもんね。」


青年に声をかけようとするけれど、青年はスタスタと前を歩き、ときどき振り返ってはわたしたちがついてきているか確認し、満面の微笑みをくれる。

なかなか言い出すタイミングを見つけられず、とうとうバス停に着いた。

「ほら、あのバス。
 あれに乗ればいいよ!
 じゃあね!」


爽やかな笑顔を残し、もと来た道に戻っていった。

「エル・サルバドル人はものすごく優しい」
中米を旅してきた日本人が言っていた。

旅人の間ではコロンビア人も優しいと評判で、コロンビア人もよく道案内してくれる。
自分のことはそっちのけで、困っている外国人を助けてくれる。

国境行きのバスはワゴンタイプのバスだった。

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運賃は50セントと安い。
でも、今回は30分で目的地に到着。

エル・サルバドルとグアテマラの国境には川が流れている。
腰までつかれば、ジャバジャバと歩いて渡れそうな川。
のどかな風景。

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現地の人たちは、国境の川で水浴びをしている。
この人たちは、エル・サルバドル人?それともグアテマラ人?
川を歩いて渡っても、とくに咎められることなんてなさそう。

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さすがにイクエとケンゾーが、川を歩くのは怒られる。
わたしたちは国境にかかる橋を渡っていく。

橋の上には青い看板。
手前側には「良い旅を エル・サルバドル」の文字。
先には「ようこそ グアテマラ」。

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橋を渡りきると、グアテマラのイミグレーションオフィスまで、カーブしたなだらかな上り坂。
両脇には安い衣料品を売っている露店がびっしり。
グアテマラは安い服がたくさん手に入ることで有名。
アメリカなどからブランドやスポーツメーカーの安い古着もたくさん入っているんだって。

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この国境では、出国税や入国税をとくに払わなくてすんだ。

首都のグアテマラシティ行きのバスはすぐに見つけることができた。
ここチナマスからグアテマラシティまでは30ケツァール。

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このとき午前11時。
ここまでスムーズに移動してきたけど、わたしたちは少し焦っていた。

きょう、どこまで行けるか。
ほかの中米の国々と同じように、グアテマラでも首都は治安が悪いと言われている。
見どころがあるわけでもないし、できることならグアテマラシティには泊まりたくない。
もし行けるなら、グアテマラシティでさらにバスを乗り換えてチチカステナンゴまで行きたい。
グアテマラシティからチチカステナンゴまでは3時間ほどかかる。
そこまでたどり着けるかどうか。
もしそれが無理なら、グアテマラシティから1時間半ほどのアンティグアを目指したい。

でも、できるならチチカステナンゴ。
いま、チチカステナンゴではお祭りが開かれているから。

チチカステナンゴ

グアテマラシティまでは4時間弱かかった。
グアテマラシティは行き先ごとにバスターミナルが分かれていて、乗り換えるには別のバスターミナルに移動しないといけない。
治安が悪いので、わたしたちは心配していた。
トラブルなくスムーズに次のバスターミナルに移動できるかどうか。

グアテマラシティのバスターミナルに到着する前に、車掌と運転手が教えてくれた。
「ここで降りるといいよ。
 チチカステナンゴに行くバスは、この道路を渡ってしばらく歩いたところにあるから!」


急いで荷物をもって、バスから飛び降りる。

「ありがとう!」
「いい旅を!」

治安が悪いと言われるグアテマラシティ。
でも、日中だから大丈夫かな。
緊張しながら、キョロキョロ警戒し、早足で500メートルほど歩いた。

「チチカステナンゴのバスはどこから乗れますか?」
「あそこだよ。」

おじさんが教えてくれた先を見ると、チキンバスが何台も止まっていて車掌たちが客引きをしていた。

銃を持った警察が何十人もたむろしている。
ここになにがあるのか。

警備が必要な国家施設でもあるのか。
そう思ったけれど、ここは裏通りで廃れた雰囲気がある。
路地の先は住宅街だけどけっして高級そうな住宅街ではない。
こんなところに国家施設なんてなさそう。
あるとしたら、刑務所か・・・。

あとで聞いたところ、ただたんにここは治安が悪いところらしい。
なので、このバス停に来るときは注意したほうがよさそう。

「どこに行くの?」
客引きが聞いてきた。

「チチカステナンゴ。」
「だったら、このバス。
 ほら、乗って。」

「でも、わたしたち、お金をおろさないといけないから。」
「お金もってないの?」
「ドルならあるけど。」
「ドル払いもできるよ。」

でも、わたしたちは現地通貨を手に入れておきたかった。
ATMを探したい。
辺りを見回しても、銀行なんてなさそう。

武装した警察官がたくさんいるので聞くことにした。

「すみません。
 ここから近い銀行はありますか?
 ATMでお金をおろしたいんです。」


警察官たちは顔を見合わせながら答えた。
「この辺にはないけど・・・。
 いちばん近いのは、この道をまっすぐ行って右に曲がってしばらく行くとありますよ。」

「ありがとうございます。」

少し遠そうだったので、わたしだけ荷物番をしてケンゾーだけ教えられた銀行へと行くことにした。

この3年あまり、トイレとお風呂の時間以外ずっとケンゾーといっしょにいる。
旅行前は、ケンゾーが家にいなくても仕事で遅くなってなかなか帰らなくてもそんなに心配することはなかった。
でもこの3年あまりずっといっしょにいるので、ちょっと離れるだけで心配になってくる。

だいじょうぶかな。
事故にでもあってないかな。
トラブルに巻き込まれてないかな。

ケンゾーは中年なのに、まるで小学生の子どもに対するかのように。
旅行を始めてからいつもいっしょなので、離れるだけで不安になる。
柄でもなく、この3年で心配性になってしまった。

ケンゾーはなかなか戻ってこない。

遅い。

何かあったのかな。
道に迷ってるのかな。
もしかしたらATMの機械にカードが吸い込まれて右往左往しているかもしれない。

やっぱり、治安が悪いから。
こんな場所で、ひとりでお金をおろしにいくべきじゃなかったかな。

すると、しばらくして1台の車が止まった。
警察車両だった。
武装した警察官2人が乗っている。
そして、その車にはもうひとり乗っていた。
そのひとりが車から降りる。

ケンゾーだった。

なんで?
どうしたの?
なにがあったの?

一瞬ドキッとしたけれど、ケンゾーの表情を見てそのドキッは治まった。

にこやかな表情をしている。

ケンゾーは防弾チョッキを着た警察官と笑いながら握手をしている。
「ありがとう」「いい旅を」。
そんな言葉を交わし、手を振って別れ、ケンゾーがわたしのところにやってきた。

「どうしたと?」
「ATMに向かって歩いていたら、道を教えてくれた警察官が車で追いかけてきてくれた。
そして、車で銀行までわざわざ連れていってくれた。」

「そして?」
「1件目のATMはうまくいかずにお金をおろせんかった。
それで2件目でおろせたよ。」

「そして警察官たちは?」
「お金をおろすまで待っといてくれて、ここまでまた送ってくれた。」
「えー!
すごいね。
めちゃくちゃ優しいやん!」

「うん。
意外と銀行が遠かったけん、歩くと大変な距離やった。
助かったあ。」


優しい警察官のおかげで、わたしたちのグアテマラに対する最初の印象はとてもいいものになった。

世界には悪徳警官がたくさんいて、旅行者たちはその悪徳警官たちからいろんな被害を受けている。
でも、幸運なことにわたしたちは被害を受けていないばかりか、とても親切にしてもらっている。
ペルーで盗難にあったときも、警察官はわざわざわたしたちを車に乗せて事件現場まで行き丁寧に対応してくれた。

イクエが学生時代ひとりで旅行していたときも警察官にはいい印象ばかり。
20歳のころ、フィリピンの夜のマニラで道に迷ったときも、道を尋ねた警察官がパトカーに乗せてくれて1時間以上もかけて宿を探して送ってくれた。
大学2年のとき、バングラデシュの空港にひとりで深夜に到着したときも、空港の警察署がわたしを泊めてくれて、署長のデスクの上に寝袋を広げて寝させてくれた。

そのたびに、「それはラッキーだっただけ。警察官は危ないから、警察官を信用したり頼ったりしたらダメ。賄賂を請求されることもあるよ。」って忠告を受けるのだけれど。

とにかく、わたしたちは優しいグアテマラ警察のおかげで安全にお金をおろし、バスに乗ることができた。

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チチカステナンゴ行き。
ひとり30ケツァール(約480円)。

グアテマラシティは標高1500メートル。
チチカステナンゴは標高2030メートル。

グアテマラは、標高が高く過ごしやすいところに街が栄えている。

バスはぐねぐね道を上ったり下りたりしながら3時間かけてチチカステナンゴに到着した。
すっかり日が暮れている。

暗くなってから宿を探すのには防犯上の不安があったけれど、この街はそんな危ない雰囲気はない。
わたしたちは1件目に入った宿に決めた。

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HOTEL POSADA BELEN。
Wi-Fiなし、トイレ・シャワー共同の部屋で70ケツァール(約1120円)。
翌日からはダブルベッドの少し狭い部屋に移動し、60ケツァール(約960円)になった。

きのうは暗くてよくわからなかった街の様子。
明るくなって宿のテラスから外を見る。

こんな山の中にあったんだ。

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山間にあるチチカステナンゴ。
森があり、トウモロコシ畑があり、赤茶けた屋根の家々が並び・・・。
とても風情がある。

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そしてわたしたちは、テラスから見えた景色とは反対側の、街の中心地に歩いて行ってみることにした。

商店があり、通りには人々が歩いていて活気がある。

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「うわー。
 みんな民族衣装着とる。」

「いいねー。」
「チベット思い出す。
 チベットみたい。」

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伝統衣装に身を包む人たちに囲まれるのは久しぶり。
異国に来たという高揚感に包まれる。

グアテマラ好きになりそう!

少数民族がそれぞれの文化や言語を守りながら暮らしているグアテマラ。
カラフルな国、グアテマラ。

イクエとケンゾーのグアテマラの旅が、はじまった。
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ふたりの写真が掲載された本『世界ダークツーリズム』

2016.03.20 12:18|世界一周裏話☞EDIT
帰国して1か月あまり。
旅を続けているときは今後の人生設計は白紙だったけど、帰国してから将来を描けるようになったイクエです。
来月にも住居を構える予定です。
構えるって言っても賃貸だけど。
いまは実家に居候の身なので、早く自立しないとね。

中米5か国の旅の話を終えたところで、きょうはふたりの旅の話をちょっと中断。
ことし出版された一冊の本を紹介させてください。

「旅」をテーマにしたものです。

本のタイトルは『世界ダークツーリズム Dark Tourism around the World』

「ツーリズム=観光旅行」というと、楽しくてワクワクするイメージ。
でも、この本を読んでも楽しくもないしワクワクもしません。

本の表紙の写真に、見覚えはありますか?

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線路の先にある建物。

別名「死の門」。
ポーランドのアウシュビッツ強制収容所のそばにある、ビルケナウ収容所の写真です。
ここでたくさんのユダヤ人たちが命を奪われました。
イクエとケンゾーも2014年の1月に訪れました。
(そのときの記事はこちら「ビルケナウ収容所『こころを鍛える』」)

恐ろしい歴史を刻む「死の門」が表紙になっているこの本。
サブタイトルがあります。

『人類の悲劇の歴史をたどる旅』

世界各地にある23の「負の遺産」が紹介してあります。

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本のタイトルになっている「ダークツーリズム」とは、世界で定着しつつある用語です。
災害や戦争の跡地など、死や悲しみを見つめる観光のこと。
「ダークツーリズム」は「ブラックツーリズム(Black tourism)」、「悲しみのツーリズム(Grief tourism)」と呼ばれることもあります。

本では、カンボジアのポル・ポト時代に大虐殺が行なわれたキリング・フィールド、原発事故があったウクライナのチェルノブイリ、南アフリカのアパルトヘイト時代に黒人たちが収容されたロベン島の刑務所などが紹介されています。

レジャーやリフレッシュ目的で行なう旅行と違い、ダークツーリズムは学びの手段として行なわれます。

二度と同じ過ちを繰り返さないために。
悲惨なことを起こさないために何ができるか。
いまも解決されないままの問題と向き合う。

わたしたちは、学ばないといけません。

イクエとケンゾーも、3年5か月の旅のなかで何度か「ダークツーリズム」を行ないました。

韓国と北朝鮮を分断し、両国の兵士がにらみ合う、38度線。
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ベトナム戦争のときの地下道が作られたクチ。
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いまもイスラエル軍が夜な夜な襲撃に訪れるパレスチナ、ジェニンの難民キャンプ。
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建物に生々しい銃弾の跡が残る、ユーゴスラビア紛争の跡地。
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アフリカ最大規模の貧困地区「キベラスラム」。
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国民同士が殺し合いを行なったルワンダ。
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黒人奴隷たちが労働を強いられたキューバのさとうきび畑。
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ほかにも、機会があれば学びの場として「負の遺産」に足を運びました。

この本では、旅行中に撮ったわたしたちの写真も採用していただいています。
ボリビアのポトシ銀山の写真です。

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ポトシ銀山「セロ・リコ」はスペイン植民地時代に開拓された銀山。
当時は連れてこられた奴隷たちが強制労働させられ、およそ800万人が亡くなったと言われています。
今でも現地の人たちが過酷な労働をしていて、たびたび命を落としています。

この山は「富の山」であるいっぽう、「人喰う山」でもあるのです。
(そのときの記事はこちら「セロ・リコ『富の山』か『人喰う山』か」)

今回、出版関係者から写真提供の提案をいただき、わたしたちは4枚の写真を提供しました。
依頼をもらったときは、本のおおまかなイメージしか掴めませんでしたが、完成本を見てとても光栄な思いになりました。
この素晴らしい本に、少しでもお役に立てたことを嬉しく思います。

この本にはたくさんの執筆者が参加されています。
作家やジャーナリスト、研究者・・・。

そのなかには、これまでわたしが書籍を読んだり、講演会を聞いたりし、刺激をもらったり共鳴を受けたりした方たちもいます。

ディープな場所も細かく紹介する素晴らしい旅行本『旅行人』の生みの親、蔵前仁一さん。

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たくさんの旅行記を出版されていて、旅人なら一度や二度、氏の本を読みお世話になったことがあると思います。
バックパッカーの大先輩、下川裕治さん。

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報道のあり方やオウム事件、死刑制度など、社会問題を追及するドキュメンタリー監督であり、作家の森達也さん。

そのほか、さまざまな著名人が「負の遺産」について紹介しています。

正直に言うと、この本を読むとこころが重くなります。
目を背けたくなるようなこともあります。
でも、知らなければいけないこともあると思うのです。

イクエとケンゾーは、旅に「楽しさ」を求めています。
でも、旅をしたい理由のひとつに「知りたい」ということもありました。

「世界で何が起きているのか知りたい」。
「現状を直視したい」。
「世界がよりよくなるためのヒントを見つけたい」。

旅に興味を持ち、わたしたちのブログを読んでくださっているみなさんにも、ぜひこの本を手に取っていただけたらと思っています。



アマゾンなどの通信販売でインターネットから購入することもできますが、もちろん書店にも置いてあります。
先日、福岡市のジュンク堂でも見かけました。

この本には日本国内にある負の遺産もいくつか取り上げられています。

『世界ダークツーリズム 人類の悲劇の歴史をたどる旅』
洋泉社編集部 編



多くの人に読んでいただけたらと思っています。

そして、世界を旅する旅人たちに、ぜひ現地に足を運んでもらいたいです。
わたしたちもこの本を参考に、いつか現地におもむき、この目で見て学びたいと思っています。
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旅した中米5か国 こんな国

2016.03.19 06:05|北中米・カリブ☞EDIT
パナマには11/21~27まで7日間、コスタ・リカには11/27~12/7まで11日間、ニカラグアには12/7~11まで5日間、ホンジュラスには12/11~14まで4日間、エル・サルバドルには12/14~16まで3日間滞在しました。
グアテマラ以外の中米5か国の旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?◇

中米各国でいくら使ったのか発表します。

パナマ
 
交通費  55.40ドル
外食費  22.82ドル
食料費  47.82ドル
宿泊費  116.00ドル
観光費  4.00ドル
その他  74.81ドル

合計  320.85ドル=約39,256円(1ドル=122.35円)
約5,608円/1日2人で


コスタ・リカ

交通費  40,335コロン
外食費  0コロン
食料費  37,315コロン
宿泊費  103,600コロン
観光費  17,220コロン
その他  200コロン

合計  198,670コロン=約47,681円(1コロン=0.24円)
約4,513円/1日2人で


ニカラグア
 
交通費  385コルドバ
外食費  220コルドバ
食料費  553コルドバ
宿泊費  1,509コルドバ
観光費  0コルドバ
その他  268コルドバ

合計  2,935コルドバ=約12,914円(1コルドバ=4.4円)
約2,583円/1日2人で


ホンジュラス

交通費  396レンピラ
外食費  450レンピラ
食料費  368レンピラ
宿泊費  1,120レンピラ
観光費  0レンピラ
その他  0レンピラ

合計  13,677レンピラ=約13,677円(1レンピラ=5.86円)
約3,419円/1日2人で


エル・サルバドル

交通費  27.30ドル
外食費  13.60ドル
食料費  2.40ドル
宿泊費  30.00ドル
観光費  0.00ドル
その他  0.50ドル

合計  73.80ドル=約9,029円(1ドル=122.35円)
約3,010円/1日2人で


中米はパナマとコスタ・リカの物価が頭ひとつ抜きん出て高い。
パナマは見どころが少ないので数日みていればいいけれど、観光スポットが多いコスタ・リカはお金がかかる。
動物や野鳥観察をメイン目的にするならそれなりの出費を予定していたほうがいい。
米ドルが通貨になっているパナマ、エル・サルバドル以外の国でも米ドルは広く利用されている。
街の両替屋のレートも悪くない。
現地通貨以外に、米ドルももっていると安心。


◇移動手段はこうでした◇

世界一周旅行者にはあまり人気のない中米。
危険な都市も多いことから、とくにエル・サルバドル 〜 パナマ間は各国を結んでいる国際バスのTICAバスを利用し、素通りするツーリストも多い。
ケンゾーとイクエは、これまでの国とおなじようにできるだけ庶民的な部分も見たかったのでローカルバスで移動することに。

中米のローカルバスは通称 “チキンバス”と呼ばれている。
チキンバスは、アメリカでスクールバスとして使われていた黄色のバスが一般的。
子ども用をそのまま使っているのでシートが狭く混雑して立ちっぱなしになることもあるけれど、網棚が広く荷物を車内に持ち込むことができるので安心。
バスを乗り継がないといけないときも、車掌や周りの人たちが親切に教えてくれるので移動で困ったことはない。
TICAバスと比べると時間がかかるし決して快適ではないけれど、地元の人たちと肩を並べ、ゆっくりと流れていく車窓からの景色を楽しみながら移動するのも楽しい。

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◇こんなお宿に泊まりました◇

中米は、意外と宿の宿泊費が高い!
その割にクオリティーは低い。
バックパッカーが好みそうなゲストハウスもあるけれど、見どころの少ない中南米なので観光地にはバックパッカーが集結。
宿の争奪戦になってしまって、目当ての宿がいっぱいで泊まれないことも。

宿事情はあまりよくないので、旅行が足早になってしまう。
そんななか、宿泊費も安く過ごしやすいのはパナマのボケテにあるホテル。
「PENSION MARILOS」。
落ちついた山小屋風ペンションといった感じ。

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個室のツインでふたりで15USドルは安い。
パナマシティーでは28USドルだったから。

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宿のオーナー夫妻も優しくて穏やかだし、道具が揃ったキッチンも使いやすい。
難点は宿で飼っているオウムがうるさいこと。
「パパー」と息子と同じ声色で朝から叫んでいる。

ボケテは山の中にある避暑地で過ごしやすく、近くにはトレッキングコースや温泉もあるし、何と言ってもコーヒーの最高品種「ゲイシャコーヒー」が味わえる。
中米で沈没するなら、ボケテ!

そうそう、もうひとつ沈没スポットがあった。
コスタ・リカの避暑地サンタ・エレナ(モンテベルデ)。
ここには素敵な宿がたくさんあったよ。
ふらりと行った宿は、朝食付きダブルでふたりで20USドルくらいだった。
宿からの景色はすばらしく、ぼーっとリラックスするのにふさわしい。

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キッチンを使わせてもらって、共用スペースで夕食を食べていたらわざわざテーブルにキャンドルをもってきてくれた。
サンタ・エレナも野生動物が見られる場所がいっぱいあるし、ツアー会社もたくさんあって自然の中でできるアクティビティも豊富。
長居したくなる町でした。

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◇これが一番うまかった!◇

ケンゾー 「ゲイシャコーヒー」
“コーヒー界のシャンパン”と呼ばれることもある希少なゲイシャコーヒー。
史上最高の高値で取引されていて日本では飲むことさえ困難。
たとえ飲めたとしても一杯数千円するという庶民には手の届かない高嶺の花。
そんな高級なゲイシャコーヒーも現地に行けばもっとお手軽に飲むことができる。

ゲイシャコーヒーの生産地はパナマの高原地にあるボケテ。
中心地から歩いて20分ほどのところにあるコーヒー農園が経営するCAFE RUIZ。
ここで飲んだゲイシャコーヒーはいままでの人生でいちばん美味しいコーヒーだった。

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香り、苦み、酸味、そして甘み。
すべてのバランスが完璧で感動的だった。
もちろんコーヒーの味の好みは人それぞれだけど、ケンゾーにとっては最高の味だった。

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カップ2杯分のポットで10ドル、たしかに高いけど世界最高級のコーヒーを1杯5ドルで味わえるのはかなりお得。
250gの豆が40ドルだったんだけど、ケチって買わなかったのを今さらながら後悔している。

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イクエ 「チョコバナナ」
エル・サルバドルの海外協力隊員たちに教えてもらった、中米のローカルスイーツ。
バナナをチョコレートでコーティングし、ナッツをまぶしただけのシンプルなもの。
でも、これが意外とおいしい。
アイスクリームほど甘くなくて、暑いときに食べたくなる味。
シンプルだけど、クセになる。
パリッとしたチョコレート、香ばしいナッツ。
日本でもこれをやれば、ハヤるのでは?

中米にはこのチョコバナナがいろんなところで売られています。
商店や駄菓子屋で細々と売っているので、知らないと見つけにくいのが難点。
だからこのあとのグアテマラでは、チョコバナナを売っている店を偶然見つけたときは、「ラッキー」と思って買うようになりました。
でも、エル・サルバドルのスチトトで食べたチョコバナナが、大きくてナッツもたくさんまぶしてあって、一番おいしかったなあ。
ちなみに1本50セント。

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◇おすすめ!!一番良かった場所◇

ケンゾー 「アリバダ(コスタ・リカ)」
数千頭のヒメウミガメが一斉に砂浜に上陸し産卵する “アリバダ”。
世界でも珍しいこの現象を目撃するためにコスタ・リカのオスティオナルへ。
本当にカメがやって来るのか不安を抱えながら待つこと3日。
“涙”を流しながら無心で産卵するカメに感動。

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大量産卵のアリバダがはじまるとその予想以上の数に圧倒。
あまりの生々しさに唖然とさせられたけれど、生き物の生命力と自然の神秘に感心させられた。

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イクエ 「エル・サルバドル(隊員の活動場所見学)」
久しぶりに海外協力隊の活動を見学させてもらうことができました。
アフリカとパラグアイ以来です。

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エル・サルバドルの首都、サン・サルバドルはとくに治安が悪い場所と言われています。
路線バスに乗るときは、隊員に「あ、そういえば捨て金(すてがね)用意してますか?」と聞かれました。
しょっちゅうバスに強盗が乗り込んできては、乗客ひとりひとりから金を回収する(巻き上げる)そうです。
そんなときは慌てず、冷静にすぐに捨て金を渡す。
捨て金は1ドルぐらいでいいそうで、あらかじめ出しやすい場所に入れておきます。
また、きれいなビルが建ち並ぶ都会の中を歩いていると「ここ、危ない場所だから気をつけて。この前も強盗で警備員が殺されて・・・。」なんてことを何食わぬ顔で隊員が言いました。
ほかの国は、危ないエリアと富裕層が集まる安全な新市街とに分かれていますが、エル・サルバドルはごちゃごちゃでした。
ショッピングセンターやビルが並び、高そうな車が走行しているエリアが、実は治安が悪いことがあります。
そんな緊張を強いられる空間に身を置き、言葉も文化も違う国で、日本の隊員たちがその国のために精一杯努力している。
現地の人たちとふれあい、その国のことを好きになり、いきいきと活動している。
隊員たちからたくさんの刺激をもらいました。

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◇ふらり ゆるり 中米の感想は?◇

ケンゾー
旅人の間でもマイナーな中米。
安全面も考慮してほぼスルーする旅人も多い。
けれど完全にスルーするのはもったいない。
首都など危険だと言われている都市以外は南米と危険度は変わらないと思う。
とくに自然系は南米とかなり違っているので寄り道するのも悪くない。
南米と違ってそれぞれの国が小さいので国内移動も時間がかからない。
長期旅行者のみなさん、中米もおもしろいですよ!

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イクエ
行く前はあまり期待していなかった中米。
でも、いろいろな思い出ができました。
動くナマケモノや産卵するウミガメを間近で見たり、ティグレ島でのんびりローカルの風情を楽しんだり。

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日本の旅人はあまり見かけないけど、欧米のツーリストの姿はしょっちゅう見かけました。
けっして旅行しにくい場所ではありません。
チキンバスを乗りこなせば移動も苦労しないし、現地の人はみんな親切です。

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危ないと言われる街には極力立ち寄らない、夜間の外出は控える、金を持ってるような格好をしない。
防犯を心がければ、危ない目にあうこともほとんどありません。
わたしたちは、中米でヒヤリとすることはまったくありませんでした。
不安があればTICAバスや国際バスに乗ればいいし、ちょっと高めの宿に泊まればいい。
中米は暑い場所だけど、標高の高い避暑地もあってゆっくりすることもできますよ。
行く前はちょっと怖くて未知だった中米が、親しみのある場所になりました。

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エル・サルバドルでチョコバナナ

2016.03.18 06:20|エル・サルバドル☞EDIT
自分が持っているパーカーの数にビックリしているケンゾーです。
帰国して衣類を整理したら、フード付きの服が出てくる出てくる。
いつの間にこんなに買ってたのかと自分に驚いてしまった。
とくに意識はしてなかったんだけど、潜在的にパーカー好きなんだということを再発見。
それにしても服が多すぎる。
これからはもっとシンプルな生活にしたいなあ。

理学療法士のチーちゃんと作業療法士のコーコちゃんの活動を見学させてもらったケンゾーとイクエ。
病院のすぐ近くにあるメルカド(市場)でランチタイム ♫
危険な地域が点在しているサン・サルバドル。
ふらっと立ち寄った観光客がローカルなエリアを歩き回るのはハードルが高い。
ここに住んでいるからこそ味わえる庶民の味。

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お昼時とあってメルカド内は大賑わい。
いままでのメルカドではあまり見かけなかった、ネクタイ姿のサラリーマンの姿もけっこう多い。
旧市街と新市街の線引きが曖昧で、幅広い所得層の人々が入り乱れている。

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料理はセビッチェとおすすめのホルモンのスープを注文。
セビッチェは中南米で定番の魚介類のマリネ。
その土地その土地で特徴があるけれど、こんなに真っ黒なセビッチェははじめて。

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ぶつ切りのタコや貝がたっぷり入ってなかなかのボリューム。
あまり味は感じなかったけど、黒いのはイカスミかなあ。

トマトベースのホルモンスープは見た目以上にしっかりこってりとした味。
ふたり1皿でちょうどよかった。

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午後からフリーになるチーちゃんたちが観光に付き合ってくれることに。
お世辞にも観光スポットに恵まれているとは言いがたいエル・サルバドル。
あーでもないこーでもないと考えてくれて決まった場所は、サン・サルバドルからおよそ50km北東にあるスチトトという町。

スチトト

スチトトまではバスでおよそ1時間30分。
チーちゃんたちに付いていき、言われるがままにバスに乗る、完全にお任せ状態。
住んでる人たちが一緒だと楽ちん楽ちん ♫

スチトトは16世紀はじめに造られたエル・サルバドルを代表するコロニアルの町。
人口はおよそ1万5千人と小さな町で、の〜んびりとした雰囲気に包まれた静かな町。

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ほかの中南米とおなじように町の中心にはカテドラル。
青い空に真っ白な外壁がよく映える。

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外側とは打って変わり、内装はシックで落ちついた雰囲気。
ちょうど結婚式が開かれていて、純白のウェディングドレス姿の花嫁さんが登場。
意外にも花嫁はけっこうな人生の先輩だった。
いくつになってもウェディングドレスは女性の憧れだね。

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昔ながらの石畳の道が広がり、素朴な造りの家が軒を連ねるスチトトの町。
いまでは平和そのものの穏やかな町だけれど、1980年代には内戦で深刻な被害を受けたスチトト。
1990年代に修復し、内戦前の姿を取り戻したんだそう。

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最近になっておしゃれなカフェやレストランが増えてきたスチトト。
いまでは古都の町並みと癒しのひとときを求めるエル・サルバドル人に人気の観光地になっているんだそう。

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エル・サルバドルで活動する協力隊員にとってこのスチトトは馴染みの町。
赴任した隊員は数週間ここに滞在し、まずスペイン語を勉強するんだそう。
この黄色の建物がチーちゃんたちが毎日通ったスペイン語学校。

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内部はおしゃれなゲストハウスのよう。
開放的な雰囲気で気持ちに余裕をもって勉強できそう。

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庭がまた気持ちがいい。
木々が茂ってマイナスイオンたっぷり。
季節によっては「幻の鳥」と言われているケツァールがやって来ることもあるんだって。
きれいな湖も見渡せてロケーションは抜群。
勉強する環境としては文句なし。

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隊員たちは毎日朝から夕方までここでスペイン語の勉強。
語学研修期間中はホームステイ先と学校の往復でスペイン語漬けの日々を過ごすんだそう。

チーちゃんたちが「スチトトに行ったらこれが楽しみ!」と言っていたチョコバナナ。
ナッツがたっぷりとまぶしてあって1本50セント。

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注文するとその場でバナナにチョコを浸しナッツをまぶしてくれる。
バナナが好きじゃないケンゾーはチョコとナッツをちょこっとかじるだけ。
イクエによると、「バナナは凍ってるんじゃなくて冷やしているだけ。カチコチじゃないので舌触りが滑らか。アイスよりも甘さが控えめでさっぱりしている。ナッツがたっぷりで香ばしくておいしい。」んだそう。

この日のディナーは国民食のププサ。
トルティージャとおなじくトウモロコシの粉を練ってせんべい状にしたものにチーズや野菜などを詰めて焼いたもの。

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食べ放題のクルティド(キャベツの塩漬け)をお供にあつあつのププサを食べるのがエル・サルバドル流。
1枚50セントくらいでお手軽なファストフード。

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久しぶりに協力隊員と出会うことができたエル・サルバドル。
短い時間だったけど、観光しただけでは見えない部分を見ることができて思い出深い国になった。
アルトさんはじめ、協力隊員のみなさんありがとうございました。
お体に気をつけて活動がんばってください!
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日本から海外へ 理学・作業療法士たちの活躍

2016.03.17 05:35|エル・サルバドル☞EDIT
半年前にベネズエラから日本に送った荷物がまだ届かず、もう自分でも荷物のことを忘れそうになっているイクエです。
国際スピード郵便のEMSで送ったんだけど、行方不明。
日本の郵便局で追跡調査をしてもらっていたら、きょう電話がかかってきて「いまベネズエラで飛行機への搭載待ちだそうです」と教えてくれた。
でも、どのくらい待つのかわからない。
はたして、荷物は届くのでしょうか。

エル・サルバドルでがんばっている海外協力隊員の活動を見学させてもらっているイクエとケンゾー。
専門学校でシェフの卵たちに料理の技を教えている調理師セイケさんの元を訪れた後、そこから路線バスに乗ってリハビリ施設へ。
ここでは、若い隊員たちが患者さんたちのリハビリにあたっている。

入口で、理学療法士のチーちゃんと待ち合わせ。
チーちゃんは白衣でも着てるのかと思っていたら、このまま体育館でスポーツでもできそうなジャージー姿。
たしかに、リハビリって体力を使うし、動きやすい服が良さそうだもんね。

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このリハビリ施設には、事故や病気などで体を動かすことが困難な人たちが通院している。

アフリカやパラグアイでも、協力隊に医療施設を案内してもらったことがあるわたしたち。
そこの医療施設は、日本のものと比べると建物は簡素で医療に必要な道具も揃っておらず、設備は不十分だった。
だから、ここエル・サルバドルもきっとそうだろうなと思っていた。

けれど、まったく違った。

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建物はとても立派できれい。

芝や木々はよく手入れされている。
正面から見ると、医療施設というよりもリゾートホテルのよう。

このリハビリ施設の名前はFUNTER。
中南米で活動を展開しているNGOのTELETONが設立、運営している。

企業からの寄付金を集めてやっている。

建物の中に入ると、協賛企業の名前を記した看板が。
銀行や食品会社、航空会社、通信会社などさまざま。

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日本テレビ系列が毎年8月に行なっている『24時間テレビ』のようなこともTELETONはやっているんだって。
ことしもテレビで寄付を呼びかけ、1億8000万円くらい集まったというから、すごい。

建物は外からの光が入り、とても明るい。
壁や柱もカラフルで、医療施設と言うよりも学校や屋内レジャー施設のように楽しい雰囲気を感じる。
芝生がきれいな中庭もあって、解放的。

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施設もすばらしいなら、運営もしっかりしている。
リハビリにかかる医療費は、患者さんの所得に応じて決めているのだそう。
所得をチェックして、低ければ無料にする。

海外を旅してきたなかで、隊員の人たちに病院を案内してもらったり、私自身も何度か患者として病院を利用してきた経験がある。
そのときに感じることは貧富の差による「医療格差」。
とくに多いのは、公立病院と私立病院の違い。

公立病院は医療費が無料か、もしくは安い。
だから経済的に貧しい人たちも医療を受けられないことはない。
けれど、設備は整っておらず、満足いく医療サービスを受けることができない。

いっぽうの私立病院は、費用がとても高い。
けれどその分医療水準は日本の病院並み。
医師も、欧米で留学したり研修したりしてきた人たちなので腕もいい。

けれど、この施設は医療格差がない。
貧しい人たちも通院することができる。
しかも、無料で。
収入がある人は、その収入に見合う医療費を支払う。
ある意味、平等の精神が貫かれている。

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施設を案内してくれるチーちゃんは、理学療法士の資格をもっている。
理学療法士は、日本では病院や介護施設などで患者さんのリハビリを指導する人たち。
座ったり、立ったり、歩いたり・・・。
患者さんの体の機能を回復させるために、体を動かす訓練をサポートする。

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チーちゃんのここでの活動は、日本と同じように患者さんのリハビリにあたるほか、日本で培ったリハビリの知識を同僚たちに教えたり、改善すべきことを提案したりしているのだそう。

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具体的には、同僚が行なう治療に同席し、アドバイスをする。
職員の勉強会を開いて、知識を共有する。
カンファレンスを取り入れたり、医師の巡回を徹底させるなど、現状で不足していると思うことを導入させる。

チーちゃんはまだ20代。
わたしよりもうんと若いのに、文化も言葉も違う海外ですごい仕事をやってるなあと関心する。
こんな若い子が海外での経験でさらに成長し、日本にもどってきたらすごい人材になると思う。

だから協力隊の制度は、もちろん国際貢献にもなるけれど、日本貢献にもなっているんじゃないかな。

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チーちゃんが、体育館のようなところに案内してくれた。
ここはリハビリを行なう部屋。
マッサージが行なえるベッドやトレーニングマシン、歩行訓練の支えになる手すりなどが置かれている。

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奥にはカーテンで仕切られた小部屋も。
必要な場合は、プライバシーも守られる。

これまで見てきた病院は、患者さんのプライバシーに配慮されないところも多くあった。
その点、ここは進んでいる。

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ここのリハビリスペースには、およそ10人のスタッフがいる。
一日におよそ140人の患者さんがリハビリを受けにやってくる。
つまり、1日ひとり14人を診ていることになる。

けっこう忙しい。

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スタッフたちは笑顔で明るい。
いきいきとしたスタッフたちの表情から、職場環境のよさが伝わってくる。

患者さんに理学療法をするチーちゃん。
立ち上がったり、歩いたりできるように、サポートしていく。

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リハビリができるスペースの隅に通路があった。
その通路を進んでいくと、大きなスペースに出た。
その先にはこんなものが。

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プール!

プールの中で歩いたり、ダンベルを持ち上げたり。
プールでも理学療法士の人が、指導にあたっている。

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プールの側面が透明になっているところがある。
足の運びや動きを横からチェックして、アドバイスができる作り。

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見学させてもらっていたら、患者さんたちが笑顔で体を大きく動かしてくれた。

元気!元気!
その調子です!

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リハビリできるスペースは、この体育館のようなところだけではない。
別の部屋も見せてもらった。
そこにもトレーニングマシンや手すりがある。
でも、用具は少し小さい。
なぜなら、子ども専用のスペースだから。

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子どもたちの精神的な負担を軽くするためか、大人のところよりも壁の色があざやか。
パッと見る限りでは、遊びの空間。
おもちゃも置いてあって、一見すると立って遊んでいるだけのようにも思える。
でも、これもリハビリのひとつ。

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チーちゃんは、また別の部屋にも案内してくれた。
扉を開けて中に入っても、真っ暗でよく見えない。

チーちゃんが電気のスイッチを押した。

すると・・・。

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音楽がなり、ミラーボールがまわり、カラーライトが点滅。

これは感覚統合療法に使われる部屋。

感覚統合とは、体の動きやスピードなどを感じる感覚、触覚や視覚、聴覚などを統合する脳の働き。
わたしたちは無意識のうちに、感覚を整理しそれをまとめ、日常生活を円滑に行なっている。
でもこれがうまくいかずに、感覚の感じ方がほかの人と違う子どもたちがいる。

特定の音を嫌ったり、特定の色や模様にこだわりがあったり。
周りの刺激にすぐに反応して落ち着きがなくなり、ほかのことに集中できなかったり。
触られることを極端に嫌ったり、新しい場所が苦手だったり。
自傷行為をして自分から強い刺激を求めたり。
対人関係がうまくいかずに、自分の行動をコントロールできなくなったり。

そんな子どもたちに、この部屋は心地よい刺激を提供することができる。
映像の鑑賞や、ボール遊び、ふわふわのクッションに寝っ転がる・・・。

言われてみれば、感覚を優しく刺激する用具が、この部屋にはたくさんある。

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楽しいこと、興味があることを能動的にやり、それがうまくいったという成功体験を積んでいくことで、感覚統合が上手にできるようになっていく。

療法士のお仕事って奥が深い。

チーちゃんは理学療法士。
理学療法士とは別に「作業療法士」がいて、この施設で働いている。
協力隊のメンバーのひとり、コーコちゃんは作業療法士として活躍中。

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理学療法士と作業療法士の仕事は似ているけれど、理学療法士が体の基本的な機能の回復を目標とするのに対し、作業療法士はその先の、応用的な機能の回復を目指す。
理学療法で基本的な動作ができるようになった患者さんが、次に複合的動作ができるように作業療法を受けるケースも多い。

手先を動かす手工芸や着替え、掃除や料理・・・。
細かいことができるように、リハビリしていく。

この部屋には、手を動かすゲームや用具がたくさん置いてある。

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キッチンもあって、それもリハビリの一環で利用するのだそう。
野菜を洗ったり皮をむいたり切ったり。
楽しく作業療法を受け、日常生活が送れるようにする。

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現在、この施設にはおよそ300人の患者さんが通院して作業療法を受けている。
6人のスタッフでまわしているのだそう。
コーコちゃんは15人を担当している。

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このときはちょうどスタッフが集まって勉強会を開いていた。
輪の中心にいるのは、コーコちゃん。

患者さんにアンケートを取り、それを集計し、みんなで改善点を探していくのだそう。
アンケートには、スタッフの対応の仕方が適切かどうかなどの質問が盛り込まれていた。

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必要最低限のことをただこなすのではなく、どうしたらもっと患者さんが喜んでくれるか、患者さんのために貢献できるか、よりよい療法を提供できるか・・・。
細やかなところまで考え、追求していく。

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気配りや繊細な配慮。
日本の療法士たちが日本で培ったものが、日本からはるか遠くのエル・サルバドルで伝えられる。

この国だけではない。
理学療法士、作業療法士の隊員たちは、世界中に派遣されて活躍している。

日本人が知らないところで、彼らはとてもがんばっている。
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世界で教える料理人

2016.03.14 13:40|エル・サルバドル☞EDIT
およそ4年ぶりに再会した友人たちに「ぜんぜん変わってない」と言われて嬉しかったケンゾーです。
「痩せた」と言われることは織り込み済みだったけれど、「やっぱり老けたね」と言われてしまうのかなあってちょっとドキドキだったんだよね。
「髪の毛もちゃんと残ってる!変わってない!」と言ってもらえてひと安心。
まあ、お世辞の可能性も否定できないけどね。

青年海外協力隊員に会うために治安の悪いサン・サルバドルまでやって来たイクエとケンゾー。
今回お世話になっているのはエル・サルバドルの消防庁で活動しているアルトさん。
帰国間近で忙しいのにもかかわらず、サン・サルバドル周辺で活動している隊員を呼んで食事会をセッティングしていただいた。
会場は比較的安全なエリアにある人気レストラン。

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ギャング集団「マラス」が横行し、凶悪事件も多発しているエル・サルバドル。
隊員たちは身の安全を最優先させて日々活動している。
地域全体が立ち入り禁止の街もあるし、ここ首都のサン・サルバドルは立ち入りが禁止されているエリアが細かく設定されている。
安全面などを考慮すると隊員同士が集まって食事をする店も限られてしまうんだそう。

ここしばらく質素な自炊生活がつづいていたケンゾーとイクエ。
タコスやチョリソーなど久しぶりにこってりとしたものを食べるとテンションが上がる。

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料理もおいしいんだけど、やっぱり人といっしょにテーブルを囲むと楽しい。

エル・サルバドル国内には、およそ40人の協力隊員たちが活動している。
そのうちのサン・サルバドル隊員は救急隊員、看護師、理学療法士、作業療法士など職業や経歴がバラエティ豊か。
日本とは文化も違うし、危険と隣り合わせの生活を強いられてストレスを感じることも多いのだろうけど、それを笑って話のネタにできるだけのたくましさを持っている。

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この日の食事会には来られていなかったけれど、1人の男性隊員が活動現場を案内してくださるということなので行ってみることに。
お邪魔したのは緑が多く開放的な雰囲気の国立の専門学校。
ケンゾーとイクエを出迎えてくださったのは、ジャケットをおしゃれに着こなしたダンディーなおじさま。
“シニア”隊員としてサン・サルバドルに赴任しておられるセイケさん。

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“青年”海外協力隊に応募できるのは39歳まで。
40歳を超えるとシニア海外協力隊という枠組みになる。

セイケさんの本職は料理人。
日本では北海道の、スキーで有名なニセコの大型ホテルなどでシェフとして腕をふるっておられた。

セイケさんは協力隊として海外で活動するのは今回が初めてではない。
調理師免許をもつセイケさんは、トルコやブータンに派遣されて、地元の人たちに調理の技術を伝授してきた。

セイケさんがピシッとした格好をされているので、内心「やべ」と思っている短パン姿のケンゾー。
料理人は国によっては社会的地位がまだまだ低いところも多いんだそう。
だから服装、身だしなみに気を遣い、ジャケットやネクタイをする。
そうすることで、相手の自分を見る目が変わり、自分の言うことにしっかり耳を傾けてくれるようになるという。

この学校は機械や電気、コンピュータ、そして料理などを教えている専門学校。
もちろんセイケさんは料理の講師。
海外で働いてきた経験を生かし、アジア料理全般を教えている。

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エル・サルバドルの前にもトルコやブータンで協力隊員として活動したことがあるセイケさん。
ブータンではNGOが運営している障害者施設で3年間活動。
パン屋を立ち上げ、障害を持つ人たちにパンの焼き方を教えてパン屋で働けるようにするという、自立支援活動を行っていたんだそう。
協力隊員としての任期が終わったあともブータンに残り、ブータンエアラインの機内食のコックとして2年間働いていたんだって。

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日本にも調理師を育てる専門学校はたくさんあるけれど、セイケさん曰く、日本と海外の学校の考え方は全然違うんだそう。
日本では学校を卒業し調理師としての資格を手に入れたとしても、すぐにコックとしてデビューすることはほとんどできない。
レストランなどで何年も下積みをして、その間に知識や技術を身につけていく。

でも海外の学校は、卒業したら即コックとしてやっていけるような教え方をしているんだそう。
学校内にカフェテリアが設置されていて、生徒たちはそこで実地訓練を行なっている。
メニューを決めたり接客をしたり、卒業後に即戦力として働ける人材を育てるカリキュラムが組まれているんだそう。

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お邪魔した時期は12月の中頃。
授業がほとんど行なわれていなくて残念ながらカフェテリアも改装中だった。

セイケさんが1回の授業で受け持つ生徒数は15〜20人。
若者が多いけれど、30代の生徒も多いんだそう。

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なにか苦労はありますか?と訪ねると即答。
「エル・サルバドル人は辛いのが食べられないんだよ!」

イメージ的に中米人はスパイシーなものが好きだと思ってたから意外。
ぜんぜん食べられないからインドのカレーや中華料理を教えるのが大変らしい。

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セイケさん、突然の訪問だったのに対応していただいてありがとうございました!
次回はエル・サルバドルのリハビリ施設に潜入します。
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凶悪都市は日本より生きやすい?

2016.03.12 05:49|エル・サルバドル☞EDIT
寝る前のストレッチは今のところ続いているイクエです。
でも、1日1杯だけにしようと決めたコーヒーは飲み過ぎている傾向が・・・。
お酒はまあまあ控えています。
いま引きこもり中だから、運動不足の解消にも乗り出さなきゃ!

エル・サルバドルに入国し、首都サン・サルバドルにやってきたイクエとケンゾー。
やってきてすぐだけど、わたしたちには会いたい人がいる。

それは、青年海外協力隊でここに派遣され、ボランティア活動をしているアルトさん。
アルトさんって、外国人のような名前だけど生っ粋の日本人で本名。
漢字で「亜留土」さん。

アルトさんとはこれまでお会いしたことがない。
イクエとケンゾーはこの旅行中、バングラデシュ、アフリカ、パラグアイで協力隊員の活動の視察やホームステイなど貴重な体験をさせていただいている。
隊員の人たちは、みんなとても気さくで面倒見がよく社交的。
そんな隊員が、中米で活動しているアルトさんを紹介してくれた。

アルトさんと初対面のわたしたち。
活動場所は、消防庁。
その前にバッグパックをどこかに降ろして身だしなみを整えたかったけど、時間がない。
そもそも、ちゃんとした服すらわたしたちはもっていない。

「アルトさんの働いている場所、消防庁だよね。
 消防署じゃないよね。」

「そう、消防庁。」
「日本で言うなら霞ヶ関にあるような国のでっかい官庁でしょ。
 首都の閑静な高級エリアにあるビルなんじゃない?
 同僚は官僚ってことでしょ。
 消防大臣とかおったら、どうする?
 ちょっとはマシな服着たほうがいいよね。
 ジャケットぐらいは・・・。」

「そんなん、ないよ。
 俺、長ズボンも持っとらんし。」

「うん・・・。
 せめてケンゾーはサンダルじゃなくて靴だね。
 Tシャツじゃなくて、せめて襟付き。
 わたしは、スカート。」

「それで精一杯。
 それ以上のおしゃれはできん。」


高級エリアにあると思ったら、バスを降りたところは普通の住宅街だった。
道も狭いし、どちらかというと下町。
緊張がちょっとほぐれる。

バッグパックを背負ったまま、いざ消防庁へ。
 
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受付でアルトさんを呼んでもらう。

ドキドキ、ドキドキ。
どんな人かな。

「どうも~!
 はじめてまして!
 こんにちは♡」


明るい笑顔のアルトさん、登場。

消防庁で活動をしているアルトさんは男性ではなく大和撫子。
美しい日本女性。
ケンゾーと同年代と思えないほど若く見える。

はつらつとした笑顔が、いっきに緊張をほぐしてくれる。
さわやかで、サバサバしている。

それもそのはず、アルトさんは現役の救命救急士。
大分の消防署で働いていて救急が専門だけど、火事の現場で火を消すこともあるんだって。
いまは2年間エル・サルバドルに派遣されている。

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そして、アルトさんは「日本一周」をしたことがある!
車で全国をまわり、キャンプ場に泊まったり地元のおいしいものを食べたり。
だから世界一周をしている風変わりなわたしたちを受入れてくれる寛大さをお持ち。

そんなアルトさんがさっそく消防庁を案内してくれることに。
大きなビルのような建物を想像していたけど、そこはエル・サルバドル。
敷地内には平屋の建物が何棟か散らばっている。

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ここではエル・サルバドルの消防に関することを統括し、総務の仕事が行なわれている。

でも、どちらかというと「消防署」といった感じ。
消防車もあって消防士たちが勤務していて、このあたりで災害が置きたらここが対応するんだそう。

ここにある消防車のフロントガラスの下の絵に注目。

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ここでは日本から送られた消防車が大活躍している。
8台もここに送られているんだって。

日本の有志の方が、日本で使われなくなった消防車をきれいにして日本からはるか離れたこのエル・サルバドルに輸送して贈っているのだそう。
ちなみに運転席も右から左にちゃんと変えられている。

日本だと10年ぐらいで消防車を買い替えるそうで、中古の消防車とはいえ、ピカピカでまだまだ使える。

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エル・サルバドルでは、日本製の消防車以外ではアメリカ製の消防車が使われている。
アメリカ製の消防車は日本のものに比べて大きい。

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でも、エル・サルバドルの街は道幅が狭く、建物が密集したエリアもあってアメリカ製だと小回りが利かず使い勝手が悪いのだそう。
その点日本製の消防車は、とても使いやすいらしい。

でも問題がある。

それは説明書きが日本語で表記されていて、使い方を覚えないといけないこと。

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日本の消防車の扱い方は、アメリカ製のものと全然違う。
ホースの巻き方からすべて。

そこでアルトさんが、日本製の消防車の使い方をここで指導している。

よく海外支援で、施設を作ったり物を贈ったりしているけど、その後のアフターケアやフォローができてなくて、結局宝の持ち腐れになっていることが指摘される。
たとえば、寄付金を集めて途上国の田舎に学校の校舎を作ったはいいけれど、教師を確保できずに学校が機能しなくなってつぶれたり・・・。

日本から消防車を贈ってくれる人たちがいても、アルトさんのような人がいなければ、埃を被って車庫に眠ったままになっていたかもしれない。
支援が繋がり、しっかりと善意が生かされているということ。
それはとてもすばらしいと思う。

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ちなみに、サン・サルバドルの街の中には消火栓があるけれど、そのうちの70パーセントぐらいは壊れたままで使えないのだそう。
だから水を積載したタンク車も運んでいって、火消しをするんだって。

日本のホースも活躍中!

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ここでは、火災が起きたときに出動するほか、防災指導や、防災の視点から見た建物のチェック、消防士の育成や消防署の統括などもやっている。
ここで働く人はおよそ100人。

アルトさんのオフィスは、机が同じ向きに並んでいてWi-Fiがあり、職員たちがパソコンを広げて事務作業をしていた。

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敷地内には食堂もある。
アルトさんもここでご飯を食べているんだって。
まあまあおいしいらしい。

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さらに、洗濯屋さんも。
仕事着をここにもってくれば、きれいに洗濯してくれる。

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アイロンまでしっかりかけてくれる。
洗濯したてのピシっとしたユニフォームに身を包むと、身も引き締まりそう。
「洗濯はわたしに任せて!」と、笑顔の女性たちが頼もしい。

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そしてこんなところもあるよ。
頭もさっぱりしたいから。

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理容室。
格安で切ってくれるんだって。
ニカラグアで散髪したばかりのケンゾー。
ここで、エル・サルバドル消防士ヘアに切ってもらえばよかったね。

職員数は100人だけど、災害現場に出動して現場で働く職員はおよそ20人。
48時間勤務の三交代制。
48時間のうち、出動がないときは仮眠時間も設けられている。
この、比較的きれいな建物が職員たちの仮眠室。

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中をのぞかせてもらうと、ちょっと雑然としていた。
ベッドマットもぺちゃんこ。
ここで寝たからといって、疲れはとれないだろうね。

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外にある、ドアのない物置のような場所には消防士たちの活動着が無造作にかけられていた。
アルトさんによると、日本と比べて装備は充分じゃない。
確かに消防士の服というよりも、工事の作業着みたい。

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ガラクタ置き場のようなスペースがあった。
ここはいろんなものを修理する場所。
直せるものはすべて直して使うんだそう。

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建物の奥には広い芝生のスペースが。
ここで職員たちは体を動かして、体力維持に努める。

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日本みたいに、ロープでよじ上ったりする訓練用の高い建物はない。
でも、ジムがあった。
週に3回はエアロビも行なわれ、アルトさんも参加してるんだって。

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海外協力隊の活動期間は2年。
アルトさんの場合、最初の1年間はエル・サルバドルの市役所の防災課で活動していたそう。
そして、現在のこの場所に異動。
アルトさんはまもなく2年の活動を終え、帰国する。(現在はすでに活動を終えて、日本に戻られました。)

ひととおり施設内を案内してもらい、外が見下ろせるところへ。
コンクリートの壁に、ぐるぐるの鉄線。

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「この前銃声が聞こえてね、
 みんな慌ててしゃがみこんだんですよ。」


エル・サルバドルの治安を悪くしているのは、ギャング集団「マラス」。
エル・サルバドルから出稼ぎでアメリカに行き、生活がうまくいかずにアメリカでギャングの一員となり、その後、強制的に帰されたのかエル・サルバドルに出戻ってそのままギャングとして生きていく人たちが多いらしい。

マラスにはいくつかグループがある。
そのグループの名前には、アメリカのストリート名がついている。
つまり、アメリカで同じ地区に住んでいっしょにやっていたグループごとに分かれている。

マラスはお互いに縄張り争いをしているのだそう。

消防庁のすぐ前には川が流れている。

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「以前はね、あの川の向こうのパン屋さんにパンを買いに行けたんです。
 でも、今は川の向こう側に職員たちは行ってはいけないようになりました。
 川の向こうのエリアは、こっちとは別のグループのマラスが支配するようになったから。
 こっちから向こうに行くと向こうのマラスに狙われます。」


いま、エル・サルバドル政府は、このマラスたちを徹底的に取り締まることに乗り出した。
警察とマラスは、いまものすごく敵対している。

警察官がマラスによる殺人などの犯罪を取り締まり、検挙率を上げる。
すると、それに怒ったマラスのボスは検挙率を下げるために「このままだと足りない。今月はあと◯人殺せ」と目標数を部下たちに指示するのだそう。
一般人もターゲットにされる。
検挙されればされるほど犯罪を増やし、警察の士気を下げるのが狙い。
警察官が狙われ、殺されることも多い。
消防のユニフォームは1年前まで紺色だったけれど、警官の制服の色と似ていて間違われてターゲットにされかねないので、オレンジ色に変わったらしい。

こんなところで働くというのは、緊張を強いられる。

ここで暮らしている人もいるけど、子育てなんてとても大変だと思う。

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「そろそろ終業の時間です。
 迎えが来てますから。」

わたしたちはここまで路線バスで来たけれど、トラブルに巻き込まれないために、アルトさんはいつもJICAが契約したタクシーで送迎してもらっている。

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女性1人でこんな場所で暮らすなんて大変だろうなと思ったら、アルトさんが言った。

「でも、ここで暮らすのもいいかなって思ってるんです。」
「ボランティアの期間が終わっても?」
「うん。
 もちろんいったんは日本に帰りますけど。
 
 日本は疲れることも多いでしょう。
 人間関係も、考えなくてもいいところまで考えてしまう。
 みんなストレスを抱えている。

 その点こっちは、みんな自分の人生を生きている。
 仕事だけじゃなく、家族との時間や自分の時間を大事にできる。」


「一生ここでもいいんですか?」
「はい。」

治安が悪く、いつも防犯を心がけ、危険のために行動が制限され、つねに緊張しておかなければならないサン・サルバドル。
とても暮らしにくそうに思える。
息苦しそうに思う。

でも、実際は・・・。
いっぽう、治安のいい日本は実は・・・。

「生きやすい」とはどういうことなのか。
消防庁を出て、アルトさんの話を聞きそんなことを考えていた。
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ケンゾー5年後の被災地に行ってきました

2016.03.11 08:33|世界からのメッセージ☞EDIT
きょうは2016年3月11日。
あの大震災から5年の月日が流れました。
わたしたちが日本を旅立ったのは2012年の9月。
2年目、3年目、4年目は、複雑な気持ちを胸に抱きながら海外でこの日を迎えてきました。

いったい被災地はどうなってるんだろう。
仮設住宅は減っていっているのかな。
復興は着実に進んでるんだろうか。
まだまだ被災地の人々は一日一日を生きていくことでさえ大変なのに、こんなのんきに世界を旅していていいんだろうか?

震災発生からおよそ1年間、ケンゾーは福島県と岩手県でボランティアをしていました。
もどかしい気持ちを胸に押し込め、精一杯旅を楽しんでいた3年5か月。
楽しい旅はいつまでもつづけていたいけれど、福島と岩手で出会った人たちのことは片時も忘れることはありませんでした。

今年の2月14日に帰国したわたしたち。
ケンゾーは先日、福島と岩手に行ってきました。
福島はおよそ5年ぶり、岩手は4年ぶりの里帰りです。

福島で活動していたのは内陸の会津若松市。
震災後、太平洋岸からおよそ100km離れたこの街には楢葉町や大熊町など原発事故で故郷を追われた「浜通り」の被災者が避難してきていました。

会津若松市

ケンゾーが会津若松を訪れたのは、震災からちょうど1か月後の2011年4月11日。
生まれも育ちも福岡のケンゾーにとって、はじめて足を踏み入れた東北。
さすがに雪はもう積もってはいなかったけれど、福岡と比べると段違いに寒かったことを今でも覚えています。

今回訪れたのは2月末。
暖冬で例年に比べると積雪が少ないと聞いていたけれど、目に飛び込んできたのは一面の銀世界。
東北にやってきたんだという実感がぐっと湧いてきました。

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当時の活動先は一次避難所。
体育館など自治体の施設で避難所生活を送っている子どもたちのケアが活動内容。
ケアと言うと堅苦しいけど、ようは一緒に遊ぶということ。
毎朝メンバーと手分けして避難所へ行き、空いたスペースで子どもたちと夕方まで過ごす毎日でした。

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(当時の写真)

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(当時の写真)

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(当時の写真)

ある日突然友だちとお別れをすることもできずにバラバラになってしまった子どもたち。
笑顔で遊んでいたのに、次の瞬間「お家に帰りたい」と泣き出してしまうことも。
どうやっても泣き止んでもらえなくて、途方に暮れたこともありました。

やがて体育館からホテルへと移った避難場所。
湯けむりけむる温泉街が活動場所になりました。
避難者が宿泊することになったホテルにお願いしキッズスペースを確保、ホテルの一画で子どもたちと遊んだことをきのうのように覚えています。

毎日通った温泉街。
こうして改めて訪れると、雰囲気抜群のザ・温泉街だったんだなあと不思議な感覚に襲われます。
震災のときに見た印象とはずいぶん違います。

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おもちゃがいっぱいで、子どもたちの笑い声が絶えなかったキッズルーム。
いまは静まり返って旅館本来の姿に。
毎日顔を合わせていたあの子たちは、元気にしているだろうか。
子どもたちの顔が頭をよぎります。

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一次避難所よりは住環境がよく、プライバシーが確保されているとはいえ、閉ざされた空間で生活していくのはストレスが溜まったことでしょう。
見知らぬ土地、先が見通せない日々、募る不安。
大人の気持ちはすぐに子どもに伝わっていきます。
子どもたちも小さな体で毎日耐えていました。

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(当時の写真)

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(当時の写真)

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(当時の写真)

みんなどこで何してるんだろう。
どこで暮らしていても、笑顔でいてくれたら。
一緒に遊んだことなんか忘れちゃっていいから、元気に生きてほしいな。
今回そんな思いを抱きながら、現在の会津若松を巡り、あとにしました。


ケンゾーは2011年6月に、ボランティアの拠点を会津若松から岩手県陸前高田市へと移しました。
陸前高田は津波によって市街地がほぼ全壊。
死者・行方不明者あわせて1800人以上という甚大な被害を被ってしまった街でした。

陸前高田市

はじめて訪れた津波の被災地。
いままで見たことのない光景に言葉を失ったことを覚えています。
3か月前まではここに確かにあったはずの街が消え去ったという事実がうまくのみこめませんでした。

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(当時の写真)

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(当時の写真)

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(当時の写真)

すでに大部分の瓦礫は撤去され、だだっ広いさら地が広がる街の中心部。
かろうじて残っている建物もめちゃめちゃに破壊され無残な姿になっていました。

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(当時の写真)

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(当時の写真)

津波が街を流し去って5年。
ケンゾーが4年ぶりに訪れた陸前高田。
その姿、2011年に見たものとは激変していました。
かつての市街地は高さ14m近くまで土が盛られ、下の道路からはその全体を見渡すことができなくなっています。

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ひっきりなしにダンプカーがやって来て土を降ろしていきます。
このかさ上げした土地の上に新しい陸前高田をゼロから造り上げていく計画です。
かさ上げの進捗状況はよく分からないけど、この光景で4年という月日の流れを実感しました。

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7万本の松が茂っていた高田松原で唯一残った「奇跡の一本松」。
残念ながら枯死してしまったので、その後どうなったのか気がかりでした。

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(当時の写真)

でも、今でもすっくと立ち続けていました。
保存作業が施され、ひと安心です。

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背丈以上の草が行く手を遮り、瓦礫を拾うことさえ多難を極めた田園地帯。
畑や田んぼとして使えるように、当時は草刈りをし、瓦礫の撤去などを行ないました。

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(当時の写真)

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(当時の写真)

終わりの見えない作業に気持ちが萎えそうになることもありました。
でも、気の遠くなる作業は無駄ではなかったと実感しました。
今ではすっかりきれいになり、作付けも行なわれるようになっていました。

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三陸と言えば海産物が有名だけれど、陸前高田は「りんご」の名産地。
津波で流されたりんご畑の再生も印象に残った活動でした。
まずは瓦礫や大きな石を取り除き、リンゴの木を支える支柱を地面に打ち込んでいきました。
重労働だったけど、美味しいリンゴを夢見て力を合わせる作業は楽しくもありました。

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(当時の写真)

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(当時の写真)

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(当時の写真)

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(当時の写真)

およそ4年経ってどうなったかというと・・・

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「おおー、ちゃんと育ってるよ!」
自分たちが立てた支柱がきちんと役目を果たしていて感激。
まだ実はつけてないのかな。
いつかこのリンゴを食べてみたいな。

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そして、忘れちゃいけないのが牡蠣。
三陸産の牡蠣は全国的に有名だけれど、なかでも陸前高田・広田湾産の牡蠣は築地でもトップクラスの高値で取引きされていた極上品です。
津波ですべて流されてしまった養殖用の筏を作るのも活動のひとつでした。

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(当時の写真)

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(当時の写真)

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(当時の写真)

「ボランティアは筏を作って終わりじゃないぞ。
 育った牡蠣を食べて終了だぞ。」

海の男たちにそう言われて、心待ちにしていた4年間。
やっと、やっと念願の牡蠣とご対面。

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「これが、みんなが作ってくれた牡蠣だよ。
 好きなだけ食べていいから。」

お世話になった牡蠣漁師の藤田さんが始めた牡蠣小屋で、待ちわびた実食のとき。
まずは生牡蠣から。

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うまい。
泣けてくる。
すこしだけでも生産に携わった牡蠣の味は格別です。
このあと蒸し牡蠣と牡蠣フライを腹がはち切れるほど堪能。
どれも最高にうまい。

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4年ぶりに訪れた陸前高田は、確かに目覚ましい変化を遂げていたけれど、復興の道はまだまだ途上。
仮設住宅もほとんど減っていないし、問題は山積み。
ボランティアもまだまだ必要とされています。

陸前高田市の社会福祉協議会が運営していたボランティアセンターは、NPO法人P@CT(パクト)が引き継ぎ、復興サポートステーションとして現在もボランティアを受入れています。
活動内容は、遺留品探しや見つかった「思い出の品」の整理、そして農業・漁業支援など。
リンゴ園や牡蠣養殖のお手伝いもあるそうです。

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被災地はまだまだ全国のみなさんのサポートを必要としています。
機会があればぜひ陸前高田に足を運んでいただけると嬉しいです。
詳しくはこちら→NPO法人P@CT


4年ぶりにやっと里帰りすることができた陸前高田市。
大切な人たちに心配をかけて申し訳ない。
被災して旅なんかしたくてもできない人たちだってたくさんいるのに・・・。
そんな後ろめたい気持ちがなかったかと言えば嘘になる。
でも、みんな4年前と変わらぬ満面の笑顔で出迎えてくれました。
ここで「ただいま」と言って、やっと日本に帰ってきた実感が湧いてきました。

以前はボランティアセンター、現在も復興サポートステーションでボランティアを受入れているフミさんからこんなことを言われました。

「ふたりに再会してありがとうを言いたかった。
わたしね、ブログでいちばん好きなのはガラパゴスの記事なの。
津波で海が怖くなって・・・。
あの日から一切海を見れなくなっていた。
でも、ガラパゴスのあの綺麗な海と楽しそうに泳ぐアシカの写真を見て『あ、海ってこんなに綺麗なんだあ』って思ったの。
かわいいアシカの姿を見て『楽しそう』って思った。
3人子どもがいて、上の2人は震災前によく海に遊びに連れて行ってたんだけど、下の子は1回も連れていったことがなくて・・・。
子どものためによくないって分かってるんだけど、怖くて行けなかった。
でもね、あの記事を読んで、海がちょっと好きになれそう。
きっとわたしだけじゃなく、そんな人ほかにもたくさんいると思う。
何度かコメントに書き込もうとも思ったんだけど、やっぱり直接言いたかった。
どうもありがとうございました。」


意外だった。
まさかそんなふうに感じてくれる人がいるなんて、これっぽっちも思っていなかったから。
心のつかえがスーッと消えた気がした。
このブログが、自分たちの気ままな旅が、少しでも意味のあるものになって嬉しかった。

あれから5年。
これからもずっと、思いはそばに。
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ここの国境の風景、なんかおもしろくて好き!

2016.03.10 06:02|ホンジュラス☞EDIT
ようやくきのうケンゾーが東北から帰ってきました。
ふたりで今後の人生についてやっと話し合えるようになったイクエです。
ご報告できるほどのことはまだ何も決まっていません。
いまは、コンビニにも車がないといけないような「村」で引きこもり中です。

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あきらめながらも、進むしかなく、薮に足を踏み入れ木々をかき分けながらなんとか山から生還したイクエとケンゾー。

当初の予定なら、午前中山登りをし、そのままビーチに行ってビーチ沿いのレストランで海鮮に舌鼓、そして海水浴を楽しむつもりだった。

でも、そんなことをする余裕はとっくになくなっている。

わたしたちは、登山口でもない、よくわからないところから下界に出てきた。
でもそこはわりと宿に近い場所。
とりあえず、宿に戻ろう。

わたしたちの泊まっている宿は、レストランも兼ねていた。
宿のオーナー夫妻にも勧められていたし、せっかくだから一度くらいはこのレストランで食べようかなって思っていたし。

すっかり飲み干したコーラの次に、ケンゾー念願のビールを注文。
ほんと、疲れたぁ〜!!
おつかれさま〜!!

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海を見ながら、こんなところで食べるのは絶対シーフード!

疲れていたし、とにかくおいしいのを食べて癒やされたい。
だから値段をあまり気にせずに注文。

セビッチェ(魚介のマリネ)、150レンピラス(約825円)。

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カニや白身魚など海の幸がたっぷり。
クラッカーに載せてほおばる。

トマトと香草、ライムで、甘酸っぱく味付けされたセビッチェは、疲れた体に嬉しい。
けっこうボリュームがあって、大満足の一品。

そして、ティグレ島で絶対食べたかったのが、これ。
魚介のスープ、250レンピラス(約1375円)。

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貝やカニ、そしてロブスターまで。
注文してから、スープで250レンピラスは高いかなと思ったけど、運ばれてきたのを見て納得。
これだけ贅沢に海の幸が入っているんだから、それなりの値段はする。
スープは甘めで、しっかりと海の香りがしたよ。

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おいしい食事もあるし、山登りもできるし、3か国を眺められるし、治安も抜群にいいし、島時間が流れているし、人々は親切だし・・・。

ティグレ島、いい島だったなあ。
せめてあと1泊したかった。

ティグレ島なんて外国の旅行者はほとんど来ないけれど、バックパッカーにおすすめしたい場所。
アクセスも思ったより悪くないし、ニカラグアからエル・サルバドルに抜ける人は、「ちょっと寄り道」くらいの場所に位置している。
心配していたけど、宿もそれほど高くない。
トゥクトゥク(バイクタクシー)が島にはたくさん走っているので、島内の移動も簡単。

本土に近いので、海が特別きれいなわけではない。
でも、ホンジュラスの人たちのライフスタイル、漁村の雰囲気に浸りたい人にはうってつけの穴場。

のんびりしたい人は、ぜひ♡

ティグレ島最終日、わたしたちは5時半に起きた。
きょうは昼前に国境を越えたい。
エル・サルバドルで待ち合わせしている人がいるから。

宿から船着場は目と鼻の先。
15メートルくらい。
夜明け前の海を見ながら、ボートが出航するのを待つ。

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宿のお母さんは、「ボートは24時間運行している」と言っていた。
乗りたい人がいれば、ボートは出るらしい。
でも、深夜や未明はお客さんも少ないし、チャーターという形になって運賃が高くなるんだと思う。
といってもすぐ着く距離にあるので馬鹿高くはないはず。

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島の外に出勤する人や通学する人がチラホラ集まり出して、船は6時に出港。
運賃は15レンピラス(約83円)。

およそ5分の船旅。
その間に、太陽が海から昇りはじめた。

歪んだ太陽。
UFOみたい。

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太陽が昇りきらないうちに、あっという間に本土に到着。
アメリカのスクールバスそのままのローカルバスがわたしたちをお待ちかね。
ここ、コヨリトからとりあえず幹線道路にある街サンロレンソに向かう。
運賃は24レンピラス(約132円)。

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バスは山道を登っていく。
車窓からは、さっきまでわたしたちがいたティグレ島が見えた。

ここからなら山の大きさを客観的に感じ、把握できる。

きのうは、あんな山のてっぺんから、鬱蒼とした森の急斜面に突っ込みながら、よく麓までたどり着けたなあ。
自分たちのやったことがあまりにも無謀で浅はかすぎて、呆れて笑ってしまう。

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バスでサンロレンソの終点まで行ったけれど、これは失敗だった。
サンロレンソまで行くと、逆走して南東に行ってしまう。
その手前の分岐点で降りてそこから北西に行く国境方面のバスに乗ればよかった。
(これでちょっとケンゾーの機嫌が悪くなり、夫婦の仲が険悪ムードに。)

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国境の街は「El Amatillo(アマティージョ)」。
サンロレンソからアマティージョまではひとり30レンピラス(約165円)。
(無事に乗れたので、ケンゾーの機嫌なおる。)

バスに乗ってると、売り子が車内にやってくる。

箱に入った食べ物を売る男性。
飛ぶように売れている。
乗客の8割以上が買っている。
お土産に大量買いする人も。
わたしたちも買ってみたら、醤油味のシンプルなチャーハンだった。
値段は10か20レンピラス(約55円〜110円)だった。

中南米ではいろんなところに中華料理店があって、比較的安いし人気がある。
だいたいは中国人がやってるんだけど、それをマネして現地人がやってることもある。

中南米の人たちは、中華のあの醤油と油っぽさが好きなのかもしれない。

国境のアマティージョには1時間半もかからないうちに到着。
時刻は9時前。
ここまでスムーズ。
この調子だと、時間通りに約束している人と会えるかな。

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この国境では、出国税も入国税もいらなかった。
ホンジュラスとエル・サルバドルの国境には川が流れ、橋が架かっている。

「ああ〜。
 なんか、おもしろい!」

「おお、いいねえ。」

ぽっこりとした小高い山がいくつもある。
ぽこぽこ、かわいい。

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おとぎ話に出てくるような、日本昔話の挿絵のような、銭湯のレトロな壁画のような。
のどかで素朴。
田舎で大自然なんだけど、どこか違和感があって、どこか奇妙で。
同じような形の山が川を挟んで、ホンジュラス側にもエル・サルバドル側にもある。

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どうして、ポコポコの山がこの辺にだけあるのかわからない。
何か地形的な特徴があるのかもしれない。

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いま見えてる景色が絵みたいで、自分たちが現実世界にいる実感が湧かない。
どこかに迷い込んだような、橋を渡りきれば別世界に行ってしまうような。

ここに国境がなければ、わたしたちはここに来ることもなかっただろう。
この特徴ある景色は、ここで暮らす人が見るだけで、外部の人に知られることもなかっただろう。

世界には、こんなふうにちょっとおもしろい景色が、まだ多くの人に知られることなく眠っているのかもしれない。
と思うと、ワクワクするし、まだまだ旅の広がりを感じる。

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橋を渡りきるとエル・サルバドルで、そこはお祭りのように活気があった。
狭い道の両脇には露店がたくさん並んでいる。
店の人が大きな声で呼び込みをしている。
売っているのは主に衣料品。
古着も混ざっている。
バーゲンセールのように山積みになっている。
そして、破格の値段。

たぶんエル・サルバドルの安い品物がここで売られていて、ホンジュラスの人が買い付けにくるんだと思う。

わたしたちもじっくり見たかったけど、バッグパックを抱えたまま山積みの服から好みのものを探し出せる自信がなく、エル・サルバドルのイミグレーションの建物へ直行。

橋からイミグレーションまでがけっこう遠く、しかも上り坂で、両脇に露店がひしめき、人でごった返しているもんだから、歩くのに苦労した。

ここから目指すのはエル・サルバドルの首都、サン・サルバドル。
国名と首都名が「エル」と「サン」しか違わないから、ややこしい。

サン・サルバドル

急いでいるから直行のバスに乗りたかったけど、道に止まっていたバスの車掌にも乗客の人たちにも「まずはサンタ・ロサに行って、そこから乗り換えだよ」って言われた。
サンタ・ロサまでは1ドル。
ちなみに、エルサルバドルの通貨はUSドル。

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30分後、サンタ・ロサの路上でバスを降ろされた。
するとすぐ後ろにバスが止まっている。

「サン・サルバドル行きはあれだよ!」

周りの人に教えられ、よくわからないおじさんにわたしのバックパックを取られ、そのままバスに案内された。
ほかの乗客の人たちも同じように乗り換えるみたいだから、言われるがままについていく。

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写真では伝わりにくいんだけど、これ、かなりいい大型バスだった。
もちろんエアコンもテレビもあるし、リクライニングも倒せて座席も広くて快適。
久しぶりの高速バス。
といっても、ノロノロ運転だったけど。

だからか、運賃はお高めでひとり6ドル。

もっと早く着く予定がノロノロ運転のため、4時間あまりかかってサン・サルバドルに到着。

ここからは路線バスに乗り換えて、会いたい人が待つ目的地を目指す。
間に合うかなあ。

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ちなみにサン・サルバドルの路線バスはよく強盗が出るので気をつけて。
ギャングが乗りこんできて、乗客全員から金を巻き上げるらしい。
日中でもよくあることみたい。
よっぽど変な展開にならないかぎり危害を加えられることはないので、強盗団が乗り込んできたらおとなしくお金を出して切り抜けるのが無難。
少額でいい。
だから、もたもたせずにすぐに少額を渡せるようにシミュレーションして用意しておくといいらしい。

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車窓から見るサン・サルバドルの街。
治安が悪いらしく、むやみに歩かないほうがいいらしい。
歩くときは、防犯を心がけて立ち入らないほうがいいエリアを調べた上で、明るい時間に歩きましょう。

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ちなみに、サン・サルバドル市内を走るこの路線バスは20セントだったよ。

なんとか約束の時間に間に合った!
わたしたちの会いたかった人とご対面。
お会いするのは初めて。

その方とは・・・?

次回は、久しぶりの「海外協力隊」編です。
お楽しみに♪
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ついまた過ちを・・・ 後悔しても遅い

2016.03.09 05:42|ホンジュラス☞EDIT
購買意欲をセーブしたままのイクエです。
旅をしていて物を買うと荷物が増えるので、全然購買意欲がわかなかった。
それに必要最小限のもので生活できる。
日本にいると誘惑がいっぱい。
かわいいもの、便利グッズ、新製品、お手頃価格のもの・・・。
いろんな商品があふれているけれど、断捨離精神でこれからもやっていこう。

ホンジュラスのティグレ島に滞在しているイクエとケンゾー。
ここでやることといえば、集落を散策する、海鮮を食べる、ビーチで遊ぶ、ティグレ山に登る。

きょうは朝から夕方までこの島を満喫しよう。
とりあえず、最初に山に登って、午後からビーチに行こうかな。

山に登ると言っても、この島全体が山のようなもの。
対岸の本土から見たティグレ島がこれ。

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ティグレ山の標高はおよそ800メートル。
もちろん死火山。

島には、一周する道路がぐるっと通っていてその道沿いに集落ができている。
島の中心が山なので、島にいればどこからでも山が見える。

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どこからでも登れるのかなと思っていたら、登山口と登山道があるらしい。
宿のお父さんとお母さんが地図を指しながら教えてくれた。
登山口はアマパラ集落のさらに北側。
ここから6キロくらい。

地図にはもうひとつ、この宿から近い場所にも登山口が記されている。
でもそこは木が生い茂っていて急だし、道もないようなものなので、アマパラ集落の先の登山口から登ったほうがいいのだそう。

島の移動はトゥクトゥク(バイクタクシー)。
宿から登山口までは1台50レンピラス(約275円)。
ちなみに、宿から4キロくらい先のアマパラまでは1台30レンピラス(約165円)。

トゥクトゥクのドライバーに「島を周遊しない?案内するよ」と何度か声をかけられたので、トゥクトゥクを半日チャーターして、見晴しのいい場所やビーチに連れていってもらって観光するのもいいと思う。
1000円くらいでやってくれるんじゃないかな。

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島を一周している道路は、意外とアップダウンが激しい。
なので歩くとそれなりに疲れる。
登山口まで6キロくらいだから歩こうかとも考えたけど、トゥクトゥクに乗って正解。
風を受けながら、気持ちよく登山口に到着。

「ここだよ。
 その道を登っていけばいいから。」

「グラシアス(ありがとう)。」

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強い日射し。
風が吹くと、砂ぼこりの舞う道。
キラキラと光る木々の葉。
咲き誇る真っ赤な花。
せわしなく走る鶏。
フェンスに干された洗濯物。

この空気、懐かしい。
親しみがわく。
やっぱりここは東南アジアみたい。

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海に近い、低地の舗装された道路沿いの民家はコンクリート造りの大きな家が多かった。
奥に行けば行くほど、トタン屋根の簡素な家が目立つ。
この島にも格差があるのかもしれない。

電気は通っていても、水道がない家庭もあるようだった。

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山に向かって進んでいく。
どんどん坂は急になり、建物が少なくなっていき、木々が鬱蒼としてくる。

道が2つに分かれていた。
道幅が大きい方の道を選び、歩いていったら行き止まり。
フェンスが行く手を阻んでいる。
その奥には建物。
そしてわたしたちに向かって吠える犬。

すると、フェンスの向こうに人影が見えた。

「すみませーん!
 山頂に行きたいんですが、どっちから行けばいいですか?」

「山頂なら、こっちじゃなくて下の道だよ。
 ところで、君たち日本人!?」

「そうです。
 日本から来ました。
 ツーリストです。」

「うわー!
 日本人なんだ!
 またここに来てよ。
 ごはんを作ってあげるから。
 チキンは好き?
 ご馳走するよ。」


嬉しそうに男性が言った。

出会ったばかりの怪しい東洋人ふたり。
会ってふたこと目で食事に招待するなんて、バングラデシュやイランみたい。

わたしたちは帰国日が迫っているし、このあとエル・サルバドルで知り合いと会う約束をしている。
あしたにはこの島を出ないといけない。
もったいないなあ。
この島にあと3日以上滞在したら、お友だちができそうなんだけど。

パナマで出会った日本人の旅人が言っていた。
彼はわたしたちとは逆、アメリカから南米へと南下していた。
「ニカラグアも良かったですよぉ。
 とくにカリブ海側。
 歩いていると現地の人がたくさん集まってきて声をかけてくれるんです。
 旅行者が珍しいみたいで。
 楽しかったなあ。」


その人はビザが切れるギリギリ、3か月間旅したと言っていた。
ほんとうはもっと長く滞在したかったとも。

きっと中米の国々には、素敵な場所がたくさんあって外国人を温かく迎え入れてくれるところがいっぱいあるんだと思う。

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生い茂る木々が途切れるところがあった。
視界がひらけ、太平洋とそこに浮かぶ島々が一望できた。

こちらから見える景色は、わたしたちの宿のちょうど裏側。
時間があれば、一周20キロ弱の島を回りたいと思っていた。
その余裕はなさそうだから、こんな風に島をぐるっと見られてラッキー♪

水をちょっとしか持ってこなかったことを大後悔。
500ミリのペットボトルの水はすでに半分なくなっている。
このトレッキングは思いのほかハード。
急斜面が続く。
木陰で日射しが遮られるところは多いけど、それでも「ふぅふぅ」言いながら歩いていくと汗が噴き出し、喉が渇く。

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「サルぐらいいるかな。」
「ナマケモノは?」
「さすがに、こんな暑い場所にはおらんよ。」
「でも、コスタリカも海の近くにおったやん。」
「まあねえ・・・。
 虎がおるかも!」

「虎!?」
「だって、この島の名前は『イスラ・デル・ティグレ』『虎島』やん。」
「こんな島におるわけないやん。」
「じゃあ、昔はおったのかなあ。」

そんな会話をしていたわたしたちの前に姿を現すのは、鮮やかな蝶と鳥くらいだった。

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見えにくいけど、体は濃い緑でくちばしは黄色く、お腹は真っ赤。
尾っぽがシマシマのかわいい鳥。

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すぐに着くと思っていた山頂は、けっこう遠かった。
しょっちゅう足を止めて休憩したくなる。

溜め息をつき、腰に手を当てて、立ち止まる。
その度にケンゾーから励まされる。
「どうした?
 だいじょうぶ?おばちゃん。
 おばちゃん、がんばって!」

「それはこっちのセリフ。
 おじいちゃん。」

「はあ?
 もう、おばあちゃんバテバテやん。」


立ち止まらず、30歩進もう。
向こうの木の下まで一気に歩こう。
心の中で小刻みに目標を決め、疲れた体にムチ打って歩いていく。

登りはじめて2時間半。
実際には3時間半くらいに感じた。

ようやく頂上らしきところに到着。

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きつかったけど、眺めは最高!

こんなところ誰も来ない。
そう思ってケンゾーが立ちションしていたら、上から鎌を持った男性が降りてきた。

「頂上はもっと上だよ。
 ここを上がったところ。」

なんで鎌を持ってこんなところにいるのか、ちょっと警戒したけれど、男性は山頂にある鉄塔を管理しているらしい。
鉄塔の下に小屋があって男性はそこに住んでいた。
その近くには、大昔の火口と思われるクレーターのような窪地もあった。

木々の間から凪ぎの太平洋が見える。

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「あっちがニカラグア、向こうがエル・サルバドルだよ。」

実はこのティグレ島はホンジュラス、ニカラグア、エル・サルバドルと3か国を眺められる貴重な場所でもある。

ティグレ島

世界には3か国以上の国々が見渡せるポイントがいくつかある。
南米では、ロライマ山の山頂でベネズエラ・ブラジル・ガイアナの3か国の国境地点に立ったし、イグアスの滝の近くでは、川を挟んでパラグアイ・ブラジル・アルゼンチンを見渡せた。

真っ青な海と、ニカラグアとエル・サルバドルの大地が見える。

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3か国の景色を見ながら、しばらく木陰で体を休めた。

「行く?」
「どっち行く?」
「・・・うん。」

ここでわたしたちは選ぶべきでない道を取ってしまった。

これはいつものわたしたちの悪い癖。
簡単に言えば歩いているとき、普通のルートから外れて近道っぽいところにあえて入り、結局時間がかかって大変だということ。

わたしたちは今朝、宿で聞いた話を思い出していた。

登山口はふたつある。
宿から6キロほどのところと、宿の近くに。
宿の近くはほとんど使われることがなく、木が生い茂っていて道もあってないようなもの。
だからそのルートは行かないほうがいい。

わたしたちが休憩していたその場所に、そのルートらしきものがあった。
腰の高さほどの草が生い茂っている斜面に、人が通ったような細い筋がジグザグについている。
そして、その方角はわたしたちの宿の近く。

GPSの地図で確認すると、このルートのような気がする。

「もうひとつの登山道ってこれだよね。」
「行ってみる?」
「でも先のほうはどうなっとるのかな。」
「その辺まで、様子見に行ってみてもいいけど。」

登山道と思っていたものはだんだん狭くなり、そして何度も枝分かれしていった。

「どっちだと思う?」
「こっちかなあ・・・。」


「だめだ。
 戻らないかん。」

「でも、こっちも道ないよ。」

もう道なんてなかった。
ここまで来て後戻りはできない。

前を見つめて、ため息が出る。
後ろを振り返り、肩を落とす。
身動きが取れない。

進み方も戻り方もわからない。

「行くしかないよね。」

草や木を払いのけながら進む。

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地面と思って一歩踏み出すと、実は草や枝がかぶさっているだけで1メートルくらい深いところに地面があって、ずぼっとなったりする。
足を痛めそうで怖い。

枝を持ってクモの巣を払いのけながら進む。

喉が渇くけど、水はもうない。
どうしてもっと持ってこなかったんだろう。
後悔ばかり。

登りは2時間半で着いたのに、もうすでにその時間を過ぎている。
登ってきた道をそのまま下山していたら、今ごろ着いていただろうに。

ここでどっちかがケガしたら、どうすればいいだろう。
ヘビにでも噛まれたら。
ケモノに襲われたら。

コツコツコツコツ。
奇妙な音がする。

「なんだろう。」
「どこから?」

幸運にも、ヘビでもケモノでもなかった。
頭の尖ったキツツキだった。

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下山のときの写真は、撮る余裕がなくてこれだけしかない。
だからじゅうぶんに伝えられないんだけど、ほんとうにしんどかった。

どれだけしんどいかというと、ケンゾーがしゃがみこんでしまった。
子どもが駄々をこねるみたいに立ち上がろうとしない。

「ケンゾー、どうしたと?」

あきらめたような顔で、ぼーっとして返事をしない。

「がんばろう。」
「・・・。」
「ほら、もうちょっとだよ。
 ね! がんばろう。」

「・・・うん。」
「だいじょうぶ。
 あと30分がんばってみよう。」


わたしは男の子の母になった気持ちで、ケンゾーを励ましてなんとか立たせた。

あのときのことをケンゾーにあとで聞いたらこう言った。
「もう嫌だと思った。
 もう無理、いいやって。」

「でも、あんなところでしゃがみこんでどうするつもりだったと?」
「イクエが助けを呼びに、下に行ってくれるかなと思って。」

なんちゅう、だんなでしょう!
41歳のくせに。

3時間して、トウモロコシ畑が見えた。
ふたりともホッとした。
なんとか下界に戻れた。

そこからさらに30分くらい歩き、ようやく島の道路に出た。

もうビーチに行く気力も体力もない。

真っ先にビールで喉を潤したかったけど、すぐに手に入るものならもうなんでもよかった。
2リットルのコーラを買い、ごくごく飲み合った。

わたしたちはこんな失敗をもう何度もやっている。
「急がば回れ」と言うのに、つい近そうな方を選び、苦労して後悔する。

学習能力がない。

でも、10回に4回くらいは成功する。
「近道してよかったね」ってなる。
だから、失敗から学ばずに味を占めて、過ちを繰り返すのかもしれない。
10回のうちの6回の失敗よりも、4回の成功のほうが記憶に残るのかも。

そうは言っても、失敗の確率のほうが高い。

今回だって・・・。

ん?

これって失敗したのかな。
時間はかかったけど、結果的には無事に到着したから「成功」と言えば「成功」?

こうやって、わたしたちはまた同じことを繰り返す宿命にあるのだった。
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「危ない中米を移動した」ってだけの話、やめませんか

2016.03.08 05:28|ホンジュラス☞EDIT
ぎょうざをうまく包めないイクエです。
子どものころのうちの餃子はひだを作らずに閉じてたの。
八つ橋みたいに。
でも、ひだを作るのが一般的でしょ。
それでほかの人と餃子パーティーするときには、がんばってひだを作るんだけど不格好で笑われるんだよね。
ひと目でわたしが作ったってわかってしまう。
ケンゾーは、お袋の味でいちばん好きなのは餃子らしい。
義母に追いつこうとは思っていないけど、がんばらなきゃ。

ティグレ島

太平洋に浮かぶ、ホンジュラスの「ティグレ島」
観光客なんて行かないような小さな島。

何か期待してきたわけではない。
何もないのはわかっている。

ただ、ホンジュラスの人たちの飾らない笑顔や漁村の空気に触れられたら、そんな思いでやってきた。

島の中心地は「アマパラ」集落。
小さな商店や食堂がいくつかあり、人々が通りを歩く。

「中心地」と呼ぶには小規模だけど、それでも通りには子どもたちが多くて賑やか。
今のところこの島に、少子化の波は押し寄せていないのかも。

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ぺちゃんこにした大きなペットボトルを手にした男の子。
ペットボトルは2本。
スロープの上に座ってスタンバイ。

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ひとつはお尻の下に敷いて。
もうひとつは足の下に。

なるほどー。
そういう遊び方があったのか。

ソリのように上手にズズズズズー。

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たとえ遊具やゲームがなくっても、どこでもなんでも遊ぶことができる。
子どもは遊びの天才。

このティグレ島には、およそ一万人が暮らしているのだそう。
島といっても本土から2キロほどしか離れていないので、渡し船で10分もかからず行き来できる。
漁師もいるだろうけど、日中は島の外に働きに行く人も多いと思う。
さらに、島には畑も多い。
山肌には、トウモロコシ畑が広がっている。
けっこう暮らしやすいのかもしれない。

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島は以前から街として栄えていた。
16世紀にはすでにスペイン人によってこの島は発見されていた。
一時はホンジュラスの主要な港町として、首都になったこともあるのだそう。

アマパラには木造の古い伝統家屋が残っている。
島なので開発を免れ、ホンジュラスのほかの場所よりも保存状態はいいらしい。
いい意味で、時代から取り残されている。
19世紀のままの街並み。

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絵本に出てきそうな、カラフルな家々も。
パステルカラーのこの色の組み合わせ、すごくかわいい♡

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街の中心地にあるのは、みんなが集まる広場。
その脇には19世紀後半に建てられたカテドラル。

中米では、こんなふうに壁が黄色く塗られている教会をよく目にする。
クリーム色よりも鮮やかで、かといってどぎつくはない。
柔らかい印象。

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この日は、何かの宗教行事が行われていた。
着飾った島の子どもたち。
このカテドラルに集合し、みんなで少し離れたほかの教会まで練り歩く。

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女の子は白いドレス。
首には太いビーズのネックレス。
髪を編み込み、かごに入れたお花を抱えて、おすまし顔。

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日本の七五三みたいに、本人よりも親やおじいちゃんおばあちゃんが楽しんでいる。

「かわいいねえ。」
「こっち向いて。」

大人の視線をいっぱい浴びて、ハイポーズ。

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大人顔負けのメイク。
きょうはちょっと背伸びして。
いつもより口数も少なくおとなしい?
でも、緊張した面持ちにはあどけなさも。

いっぽう、男の子は?

むむむ、なんかヘンだぞ。

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最初に見たときは、思わず吹き出してしまった。

ごめん、ごめん。
いたずらで、自分で髭を描いたと思ったから。

女の子が、バッチリメイクして気取っているんだから、そりゃあ男の子だって負けていられない。

島の男の子みんなこんな風に髭を描いて、島を歩いている。

かわいい♡
いや、いや。
かっこいいよ!

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こんな島にWi-Fiなんてまったく期待していなかった。
わたしたちは、ブログをやってはいるけれど、あまりネット環境にこだわりをもっていない。
ネットが使えないところも躊躇せずに行くし、Wi-Fiがなくても安くていいホテルだったら泊まる。
もちろんいま泊まっているホテルでインターネットは使えない。

でも、カテドラルのある広場に島のフリーWi-Fiが飛んでいた!
行政がつけているんだと思う。

島の人たちも、広場のベンチに座ってスマホでインターネットをやっている。

わたしたちも広場でブログを更新。

こんな公共の場でラップトップを広げるなんて、アフリカ・中米含めてキューバ以外初めて。
わたしたちは防犯上、長距離バスの中やバスターミナルでもラップトップを広げるのを控えている。
キューバは社会主義の国で、とても治安がいいと言われている。
キューバでは、国営通信会社が公園にWi-Fiを設置しているので、みんなインターネットをするために公園に行き、ラップトップを広げていた。
だからわたしたちもそうしていた。

でもここはホンジュラス。
「世界一治安が悪い国」と言う人もいる。
マフィアが暗躍し、強盗や誘拐、殺人が絶えない国・・・。

だけど、この島はなんて平和でのどかなんだろう。

安心してラップトップを広げられる。

一眼レフを首からぶらさげてても、奪われる心配はない。

実際にカメラを持って歩いていたら現地の人に、こう話しかけられた。
「たくさん写真を撮りにきたの? 
 この島はね、カメラを盗られる心配なんてしなくていいからね。
 絶対に盗られないから。
 泥棒なんていない、とてもいいところなんだよ。」

夕方、西日に照らされて黄金色に輝く港沿いを歩いた。

a_DSC_5969_20160304115217ce2.jpg

わたしたちがボートに乗って到着したのは何もない海岸だったけど、こっちの港は桟橋があって整備されている。
ここからはエル・サルバドルも近い。
イミグレーションのオフィスもあって、こんな小さな島の港だけど、一応「国際港」ということになる。

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このあとエル・サルバドルに行く予定だから、ここからボートで行けたらな。
そう思って船着場にいたおじさんたちに聞いてみたら「エル・サルバドルまではボードをチャーターしなきゃいけないし、距離も長いから船代が高いよ。普通にボートで対岸まで渡って、そこからバスに乗ってエルサルバドルに入国するほうが早いし安い。」ということだった。

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このあたりにはいくつも島が浮かんでいる。
そのなかには、このティグレ島と同じような火山島もある。

太陽は、エル・サルバドルの方角に沈もうとしている。

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きょうも、穏やかな一日が終わっていく。

漁を終えた人たちが、木製のボートに乗って沖から帰ってきている。

きょうは大漁だったかな。
食卓には、新鮮な魚が並ぶのかな。

家族が待つ家路へ急ごう。

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中米を旅した人のブログで「治安が悪い」ということだけを強調した記事をよく目にする。
「そんな危ない中米に滞在した」「チキンバスだけを乗り継いで移動した」と武勇伝のように書いている。
「危ない」ばかり書かれると、読み手はその印象ばかり残ってしまう。

わたしたちも「中米は危ない」「とくに観光地もない」という印象ばかりをもっていた。
でも中米を旅した人たちに出会い、彼らから「中米よかったですよお。」「けっこう中米にはまりました。楽しかったです。」「人がいい!やさしい! とくに危ないと言われるニカラグア、ホンジュラス、エル・サルバドル。イメージと違ってほんっとうにフレンドリーでしたねえ。」なんて話を聞いて、意外だった。
と同時に、中米の旅への期待が膨らんだ。

でも、実際には何の被害にも遭っていないのに「この国は危ない」ばかりを強調する人がいる。
そして、そんな人たちは中米を移動するだけで終わっている。
観光もしていないし、地元の人とふれ合ってもいない。
それで「怖い」「危ない場所」ってばかり。
何のために行ったのかな、怖いもの見たさかな。
とても残念だし、それだけで終わるのはなんか中米の国がかわいそうだなとも思う。

もちろん、自分が事件やトラブルに巻き込まれた人はたくさん情報を載せてほしい。
「あそこで泥棒されました」とか「あの場所でこういう危ない目に遭いました」とか「ここではこういうことを気をつけて」とか、そんな情報は注意喚起になるし、次の被害者を生まないためにも必要だから。

だけどネットで見た情報や犯罪統計を持ち出して「中米はこんなに危ない。でもそんな危ない街を自分は歩いた。」「TICAバス(国際バス)に乗らずにチキンバスだけで移動した。怖かったー。」なんてことばかり書く真意がわからない。
だったら、行かなきゃいいじゃん、TICAバスに乗ればいいじゃんって思う。

アメリカ大陸を縦断している旅人でも「中米は不安だから飛ばします。メキシコから飛行機でコロンビアに抜けます」なんて人は多い。
ひとつの賢明な選択だと思う。

わたしたちは中米を旅行しているけれど、危ないと言われる街には大きな目的がない限り立ち寄っていない。
コスタ・リカも、ニカラグアも、ホンジュラスも首都を避けてきた。
危ないと思うのであれば、そこに行かなければいい。
代わりに安全な街を探して、そこでその国を楽しめばいい。

不安なら、危ないと思うのであれば、嫌なのなら、楽しめないと思うのであれば、そこに行かないという選択をすればいいだけのこと。

そして、旅をするという選択をしたのであれば、その国のすてきなところを探して楽しみながら旅をしていきたい。

中米は危ない場所ばかりではない。
怖い人たちばかりではない。
美しい自然もある。
美味しい食べ物もある。
生まれ育ったその場所で普通に暮らしている人たちがいる。

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この島は、わたしたちの心を満たしてくれて、癒やしてくれて、温かくしてくれる。
そして、いま目の前にある風景はとても平和だ。
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誰も行かないような場所へ

2016.03.06 23:56|ホンジュラス☞EDIT
コーヒー大好きなんだけど、コーヒーをお茶にシフトしようとがんばっているイクエです。
もはやコーヒー中毒になっているので、コーヒーを一切絶つのは無理。
せめて一日1杯だけにして、あとはお茶やホット豆乳。
生姜をすり下ろして入れています。

ホンジュラスでわたしが気になっている場所があった。
それは、ガイドブックに載っていたわけでも、人に聞いたわけでもない。
ただ、地図を見ていて「あ、こんなところに島がある。しかも島の真ん中に山があるから火山島っぽいな。本土から近いし立ち寄れそう。」と何となく思っただけ。

その名も「Isla del Tigre」

「Isla」は英語で「Island」、つまり「島」という意味。
「Tigre」は英語で「Tiger」、つまり「トラ」。
「寅島」というかっこいい名前。

ティグレ島

地図を見ると、本島からは2キロほどしか離れていない。
2キロぐらいなら、渡し船があるんじゃないか。

インターネットでさっそく「ティグレ島」について検索。
でも、全然情報が出てこない。

日本語で無理ならと、英語やスペイン語で検索すると、かろうじてティグレ島について情報が載っていた。
ほんとうに「かろうじて」。
頼りになるサイトはたったひとつだった。

行き方は、バスを乗り継いで対岸の「Coyolito(コヨリト)」という街に行く。
そこの港からティグレ島行きのボートが出ている。

島にはいくつかホテルがあるけれど、値段は安くない。
レストランもあり、そこまで美しくはないけどビーチもあるらしい。

「ティグレ島」と言うけれど、ティグレ島にある街の名前は「Amapala(アマパラ)」で、地元の人には「ティグレ島」ではなく「アマパラ」と言ったほうが伝わりやすい。

不確かなことはたくさんありすぎるけど、でもその分ワクワクする。
旅行者が行くような島ではないので、見どころはなにもないかもしれない。
でもその分、ホンジュラスの人たちのありのままの生活が垣間見られるんじゃないか。

無事に島までたどり着けるのか、泊まれるのか。
でも、たどり着けなかったとしても、そしたらそのとき、行き先を変えればいいだけのこと。

これまで3年以上気ままな旅をしてきて、ほんとうの野宿という経験はない。
もちろん空港やバスターミナルで夜を明かしたり、ガソリンスタンドや公園にテントを張って寝たことはある。
でもそれは想定内のことだった。
どうしようもなくなって、ほんとうに困って、道ばたに座って震えながら夜を明かしたというような経験はない。
宿がない場所だったら、宿のある街に移動すればいいだけのこと。
たいていどの街にも、宿泊施設はあるもの。
値段や条件を気にしなければ、泊まることができる。
わたしとケンゾーは、多少汚くても古くてもシャワーがなくても、平気だ。
極端な話、壁と床があってある程度の安全が確保されるところならどこだっていい。

島に行ってみよう!

次の日、わたしたちは朝からスーパーに買い出しにでかけた。
島にレストランもあるようだし、住んでいる人もいるから商店ぐらいはあるとは思う。
でも、とても小さい島なのでどの程度のレストランなのか商店なのかわからない。
それに、島なので物資が乏しく物価が高いかもしれない。

2泊分の食材を買い込んで、バスに乗った。
「コヨリトに行きたい」とバスの車掌に言うと、頷いてどこか違う地名を言った。

きっとそこで乗り換えるってこと。

案の定バスはサン・ロレンソという街の幹線道路沿いに着いた。
「ちょうどコヨリト行きのバスがあそこに止まってるよ。
 ほら、早く早く」。

車掌や乗客に教えられて、わたしたちは道を挟んだ場所に止まっていたバスに飛び乗った。

インターネットで調べた情報よりも、コヨリトへのアクセスはよかった。
情報では、コヨリト行きのバスは一日に数本しかなく、しかもコヨリトまでは峠を越えなければいけず、道は舗装されてなくて悪路、と書かれていた。
でも、幹線道路からコヨリト行きのバスは頻発していたし、山道だけど舗装されていて何の苦労もなかった。

さらに、ありがたいことにバスの終着点は港だった。
そして、バスはボートに接続していて、バスから降りるとすぐにティグレ島行きのボートにほかの乗客たちと乗れた。

な~んだ。
簡単にいけるやん。

a_DSC_5927.jpg

手漕ぎボートと思っていたけれどちゃんとエンジンがついている。
運賃はひとり15レンピラス(約75円)。

島そのものが火山。
絵に書いたような左右対称のきれいな山、ティグレ島が目前にある。

a_DSC_5929.jpg

半径4キロほどの小さな島。
港はふたつあって、島の中心地アマパラと、Playa El Burro(ブロ・ビーチ)にある。
ボートはてっきりアマパラの港に行くものと思っていたけど、着いたのは街から外れているPlaya El Burro。

これは困った。

ボートから降りてそのまま砂浜を歩く。
トゥクトゥク(バイクタクシー)がビーチで待ち構えている。

a_DSC_5930_20160304112751a5f.jpg

こんな街外れでどうやってホテルを探そうか。
トゥクトゥクに乗って、ホテルまで連れていってももらおうか。

ボートを降りると、目の前に砂浜に突き出たレストランみたいなものがあった。
そしてそこは、宿もやっているみたいだった。

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「こんにちは。」
「こんにちは!」

「部屋、ありますか?
 ふたりです。」

「あります。
 ありますよ!

 おーい!」


男性は、妻を呼んだ。
夫婦で経営しているようだった。

「こんにちは。
 部屋ね!
 案内します。」


久しぶりの外国人客だからか、奥さんは嬉しそうにした。

a_DSC_5931_20160306093746400.jpg

レストラン部分の後ろの黄色い建物が宿泊施設。
いったん外に出て階段を上る。
部屋の入口からは海が見下ろせた。

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部屋は古ぼけているけれど、壁や床がカラフルにペイントされている。
ダブルベッドがひとつとシングルベッドがひとつ。
嬉しいことにエアコンがついている。

a_DSC_5934_20160306093751139.jpg

「いくらですか?」
「何泊する?」
「1泊か2泊です。」
「2泊するんなら、1泊350レンピラス(約1750円)でいいよ。」
「じゃあ、2泊します!」

アクセスも宿の確保も、予想していたものよりもはるかにスムーズにいった。

部屋にはバスルームもついている。
トイレに行き、ふとなにかの気配。

壁に視線を移し、わたしは叫んだ。

「おぅあ!!」
「どうしたと?」
「すごいよ。
 これ、見て!」


a_DSC_5937_201603060937520f8.jpg

今まで見たこともない大きさのクモ。
足はモフモフしている。

「どうする?
 毒あるかな。」

「そのままにするしかないよね。」

わたしたちはクモと共同生活を送ることにした。

トイレにクモはいるけれど、エアコンの効いた部屋は快適で数時間ダラダラ。
火照った体を十分に冷やし、外に繰り出すことにした。

いつの間にか、目の前の海は満潮になっていた。
さっきまであった砂浜は消えている。

卵や野菜、果物・・・。
本土からの物資がボートで運ばれてくる。

トゥクトゥクやトラックが波打ち際のギリギリに止まっている。
ボートの荷物を抱えた人たちは、ジャブジャブと海の中を歩き、待ち構えているトゥクトゥクに運び込んでいる。

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島にいることを実感する光景。

「島のいちばんの中心地に行ってみようか。
 歩くか、トゥクトゥクに乗るか。」

「どのくらい?」
「4キロ、5キロくらいかな。」
「歩いてみようか。」

a_DSC_5939_20160306093833def.jpg

のどかな漁村の風情。

火山島ではあるけれど、死火山の山肌は緑で覆われてジャングルのようになっている。
空気はぬっと温かく、肌はじっとり汗ばむ。

南国の雰囲気の中を、トゥクトゥクが走る。
東南アジアに迷い込んだような錯覚。

そしてなぜだか感じるノスタルジー。

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道ばたで、エサをついばむ黒い鶏。
頭の2倍ほどの大きさの立派なトサカをお持ち。
生き生きとした赤色。

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島の一本道。
それは、島をぐるっと一周まわっている。

全長20キロくらい。
島の中心にそびえる火山を横目で見ながら、その一本道を歩いていく。

「ブエナス・タルデス(こんにちは)」
「ブエナス・タルデス
 コモ・エスタ?(元気ですか)」

「ビエン(元気です)」

島の人と目を合わせ、ニコリと微笑み合い、言葉をかわす。

ときには木陰の下を、ときには炎天下の中をゆっくりと歩く。
ゆるやかな坂を上ったり降りたり。
ときおり木々の間や民家の奥に、海が見え隠れする。

人とすれ違うたびに、声を掛け合う。

「ブエナス・タルデス」
「どこから来たの?」
「日本です。」
「楽しんでね。」

すれ違いざま、必ず挨拶しあうのは島ならでは。

「またね。」
そう言って、お互いふたたび歩きはじめる。

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この島、好きだな。
ここに来て、よかった。

わたしたちは早くもそう感じていた。
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旅は自由なものだから

2016.03.05 08:15|ホンジュラス☞EDIT
寝る前に日課としてストレッチを始めたイクエです。
まだ2日しか続いてないけど。
ここで、何度「ストレッチをする」と公言しては、三日坊主で終わったことか。
花粉症でくしゃみをするだけで、腰が痛い。
今でこんなんだったら、60歳過ぎたらどうなることやら。

チョルテカ

無事ホンジュラスに入国したのはいいけれど、夕方になってチョルテカの街に到着したイクエとケンゾー。
ここからバスを乗り換えて、ホンジュラスの首都テグシガルパを目指すことにしている。

でも、テグシガルパには惹かれない。
とくに見どころもなさそうだし、中米の首都は治安が悪いと言われている。
だから泊まりたくはない。
できればテグシガルパ近郊の田舎まで移動して、そこに宿泊できれば・・・そう思っていた。

チョルテカのバスターミナルから道を挟んだところに、テグシガルパ行きのバスは止まっていた。

「どうする?」
「乗っちゃう?」
「でも、行けてもきょうはテグシガルパ止まりだよね。」
「この街に泊まってもいいけど。」

この街についての情報は何も持ち合わせていない。
でも、さっきバスの中からホテルの看板は見えた。
宿泊費がどのくらいかまったく見当もつかないけれど、宿泊施設はあるにはある。

道行く人に宿泊施設のことを聞いてみると、バスターミナル周辺にいくつかあるようだった。
わたしたちは、ホテルの看板を目指して歩いた。

門構えが立派な、新しそうなホテル。
高そうだけど、値段の相場だけでもつかめれば。
中に入ってみる。

a_DSC_5918_2016030218201538f.jpg

優しそうなスタッフ。
ピカピカに掃除されている。

ダブルルームで420レンピラス(約2100円)。
もっと高いと思ってたので、ラッキー♡

ここに決定。

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部屋は広くてきれいでエアコンもついている。
もちろんバスルームも室内にある。
快適に過ごせそう。

無理してリスクを背負ってテグシガルパに行かなくてよかった。

もう夕飯の時間。
どこで食べようか、安いレストランを探せるだろうか。
そう悩むところだけど、わたしたちにはアレがある。

強い味方、電気コンロ!
パナマで5ドルくらいで買った電気コンロは、中米の旅行で大活躍。
アリバダを待ち続けたオスティオナルなんて、田舎過ぎてレストランがかろうじてあるけど高すぎなので、毎回電気コンロのお世話になっていた。

バスターミナルの隣には屋外市場があり、ひととおりの野菜や果物が売られていた。
きょうのメニューはパスタ。
トマトなどを購入。

こんなふうに旅行中、「夕飯の準備しなきゃ」と街に出て地元の人でにぎわう市場にたどり着く。
そして八百屋のおじさんやおばさん、ときには店番のおにいちゃんやおねえちゃんに「いらっしゃい。トマト安いよ。」「ついでにきゅうりも買ったら?」なんて普通に声をかけられる。
現地のおばちゃんと肩を並べて、野菜をひとつひとつ見ながらできるだけ新鮮なものを選ぶ。
計りに入れてもらってお会計。
たまにおまけしてくれたりする。

全然旅行っぽくなくて所帯染みているんだけど、わたしはこういう時間が好きだ。

わたしたちの旅行は、夕食は外食よりも作るほうが断然多い。
だから、こんなことをほぼ毎日やっている。

「せっかくの旅行なのに」「生活感丸出し」「安っぽさを感じる」なんて言われようがかまわない。
以前そういうコメントを実際もらったこともある。

旅行にはいろんなスタイルがある。
普段は日本で忙しく働いていて、貴重な連休に海外に出て、思いっきり遊び、贅沢していいホテルに泊まり、リフレッシュする。
わたしたちもそんな旅行、嫌いではないし、以前はやっていた。

逆に、のんびりとまわり、宿や食事で贅沢はせず、暮らすように旅していく今のわたしたちのスタイル。
それはそれでとてもおもしろい。
現地に溶け込んだ気分になるし、現地の人の暮らしぶりが垣間見られる。

旅は十人十色で、その人がそのときにいいと思った旅のスタイルが正解なのだ。
旅にマニュアルはない。

よく人の旅を批判したがる人がいるけれど、わたしはそうならないようにしたい。
自分たちの旅は、自分たちでもちろん満足しているし、自分たちにとってはこの旅が最高の旅だと思っている。
でも別に、この旅のスタイルがほかの人にとっていいものかと言われれば、そうじゃないと思う。

自分たちの旅を、誰かに押し付けようなんて思っていない。
自分たちを旅のエキスパートとも思ってないし、他人の上に立って旅のアドバイスができるほど大きなことをわたしたちはやっていない。

最近、バックパッカーの間で「旅イベント」なるものが流行っているんだそう。
旅をしてきた人が講師になって、これから世界旅に行きたい若い人たちが客として集まる。
わたしとケンゾーは、旅イベントに興味はない。
「旅は最高!」とも思わない。
旅なんて、やりたい人がやればいいし、やりたいようにやればいいと思うから。

その人がいいと思う旅を、その人が手探りで作り出せばいい。
そこにこそ、旅の醍醐味があると思う。
旅のやり方って誰かと競うわけでもないし、旅の仕方で劣等感を感じる必要もないし。

夕食の食材を調達したわたしたち。
でも、これで終わらない。
だって、ケンゾー、落ち着きがないもん。
通りを歩きながら、キョロキョロしている。
ケンゾーが何を望んでいるかわかっている。

中米は標高の高いところは涼しくて過ごしやすいけれど、低地は暑くて埃っぽい。

「ビール飲みたいと?」
「そりゃ、飲みたいねえ。」

わたしたちが見つけた酒屋は、脇にテーブルと椅子が置かれているところだった。

買って帰ろうと思ったけど、中米ではビールを買うとビール瓶代を取られて、次に来るときに瓶をもってきたら返金してもらえる仕組みがほとんど。
これはちょっと面倒くさい。

「ここで飲んで帰る?」
「そうしよっか。」

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先客の男性陣に挨拶をしながら椅子に腰かける。
ビールは何種類もあって、キンキンに冷えている。
ビールは小瓶でグラスを使わずにそのまま飲むのが中米流。

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2本で48レンピラス(約240円)。

飲んでいたら警察官が数人入ってきた。

「パスポート見せて。」

不審者と思われているのか。
パスポートを見せると、警察官は確認してすぐ返してくれた。
そして、隣のテーブルでも「身分証見せなさい。」

外国人のわたしたちだけかと思っていたら、結局みんなチェックを受けた。
みんなもう立派な大人だから、お酒の年齢制限のチェックではないのはあきらか。

なんだったんだろうな。
国境に近いから、いろいろな犯罪が横行しているのかも。

でも、この街に治安の悪さは特別感じない。
みんな気さくな人たち。

警察官がいなくなったら、目配せして「サルー(乾杯)」。

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「あしたどうする?
 エルサルバドルでの予定があるから、
ホンジュラスに滞在できるのはあと3日。」

「今さらテグシガルパに行くのもねえ。
 何もできんよね。」

「じゃあ、島に行く?
 情報がないから楽しいかどうかはわからないけど。
 もしかしたらたどり着かんかもしれん。
 行き方がよくわからん。
 ホテルはたぶんあるとは思うけど。」

「とりあえず、行ってみるか。」

わたしたちの次の目的地が決まった。
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乙女チックなマダムたちの怪

2016.03.04 10:58|ニカラグア☞EDIT
最近同級生の誕生日が続いていて「35歳おめでとう!!」ってお祝いのメッセージを書くんだけど、自分の誕生日があと2か月ちょっとでやってきて36歳になってしまうことが、なんか損をしてるみたいで悲しいイクエです。
同じ学年で同じ青春を過ごしていたのに。
小さいときは、みんなよりも早く年を取ることに優越感を感じていたんだけど、今はその逆。
「女性の年齢は歳ではなくカラットで数えるのよ。20歳なら20カラット、50歳なら50カラット。カラットが増えるほうが美しいでしょ。」なんて言う人もいますが・・・。
がんばって磨きをかけていきます。

きょうはニカラグアのかわいいマダムたちの話。

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ニカラグアのマダムには、乙女な部分がある。
それはねー。
何かというとねー。

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わかった?
ヒントは身につけているもの。
ほら、フリフリの「もえ~♡」な・・・。

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エプロン!

前掛けタイプのフリフリエプロンをみんながつけている。
エプロン姿で買物に行ったり、街角で物を売ったり。

上の写真のマダムは、手作りのスイーツを売っている。
客が少なくなったら、場所替え。
頭にひょいっとトレーを載っけて、雑誌を読みながら歩き出す。

なんて器用なマダム♡

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フリルのところにはポケットが隠れているらしく、お財布とか携帯とかも入れられるからバッグを持たなくていい。
ハンドバッグを持つくらいなら、このエプロンのほうが楽チンでいいよね。

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そのときはまったく気づかなかったんだけど、いまこうやって写真を見返していて、気づいた。
マダムたち、服の色とエプロンの色をコーディネートしている!

何種類かエプロンをもっていて着る服の色に合わせているのか、たまたまなのか、好きな色を選ぶから必然的にそうなるのか。

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できれば若い女の子にもこのエプロンをつけてほしいんだけど、なぜかマダムばかり。
このエプロン文化は、そのうち廃れていってしまうのか。
それとも、いまの若い子たちもマダムの年齢になったらこのエプロンをつけるようになるのだろうか。

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2泊したレオンの街。
ちょっと短かったけど、わたしたちはニカラグアを後にし、次の国ホンジュラスに向かうことにした。
ニカラグアと同様、ホンジュラスについての知識もほとんどない。
とくに有名な観光地もないから、どこにも滞在せずにエルサルバドルに抜けることもできる。
でも、せっかく通るのだし、何もせずにスルーするのはホンジュラスになんだか申し訳ない。

「首都のテグシガルパに立ち寄ろうか。」
「でも、ほんと何もなさそうやね。」
「テグシガルパの近郊の田舎にでも行く?」

わたしたちはいろんなところに立ち寄るし、穴場な場所にも行く。
それでよく旅人からは「ブログのタイトル通りじゃない。全然、ふらりでもゆるりでもないんじゃないの?常に事前に行く場所を決めて計画通りに旅している」と言われることがある。
前々から緻密に旅の予定を立てて行動していると誤解されているようだ。

でもわたしたちは事前に旅の予定なんてほとんど立てない。
前日まで次に行く場所を決めてないこともしょっちゅう。
もし決めていたとしも、当日になって「やっぱり行くのやめよう」ってこともあるし、「違うところにしよう」ってこともよくある。

だけど常にいろんな選択肢を考えているようにはしている。
いくつか旅の予定や行き先の候補を考えていて、直前になって臨機応変に決めることにしている。
といっても、その選択肢もケンゾーと話し合っているわけではない。
わたしが頭の中で勝手に考えているだけ。
直前になってケンゾーに「あしたからのオプションが4つあるんだけど、どれがいい? 1、・・・。2、・・・。」という具合に提案することもある。
選ばずに、ふたりでとりあえず動いて、流れにまかせることもある。

今回は流れにまかせることにした。
とりあえずはローカルバスでホンジュラスとの国境を目指す。
バスターミナルからここまで歩いてきたとき、意外に距離があってきつかったので、今回はサイクルリキシャ(自転車タクシー)に乗って、バスターミナルへ。

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世界のいろんな国にサイクルリキシャはあるけれど、おもに2種類ある。

1、自転車が前についていて、客が乗るカゴが後ろ。
2、客が乗るカゴが前についていて、自転車が後ろ。

わたしは2のほうが好き。

2のほうが遮るものがなく、視界が広い。
1だと座っているときに運転手の背中ばかり見えて、必死に自転車を漕いでいる運転手に対して悪い気がしてくる。

ここはわたしの好きな、タイプ2の自転車だった。
3キロほどの距離でふたりで30コルドバ(約132円)。

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ボーダーまではチキンバスを乗り継いでいく。
まず目指すのは、チナンデガという街。
ひとり18コルドバ(約79円)。

車窓からは、またも富士山のような火山がいくつか見えた。

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およそ1時間でチナンデガに到着。
ここから国境まで行くバスを探す。
バスターミナルにはバスがたくさん止まっていて、どれに乗ればいいのか迷うけれど、中米では心配ご無用。
うろうろしていると、車掌や客引きが向こうから寄ってきて「あんたたち、どこ行きたいの?」と聞いてくれて、バスまで案内してくれる。

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国境までは2時間。
運賃は32コルドバ(約141円)。

今回はニカラグアの西側にしかいかなかったけど、東側のカリブ海沿いの街や島は雰囲気がガラッと変わって、魅力的な場所らしい。
海もとってもきれいで、人々はフレンドリーで、楽しいんだって。
わたしたちが以前行った、「七色の海」として知られるコロンビア領のサンアンドレス島も、ニカラグア沖にあった。

日程に余裕があったら、そっちにも行きたかったなあ。

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バスを降りると、イミグレーションのオフィスまで連れていってあげるとリキシャやタクシーが声をかけてくるけど、そんなに遠くない。

誘いを振り切って歩いて進む。

国境には日本が作った橋が架けられていた。

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この国境でも出国税と入国税を支払う。
ニカラグアのイミグレーションオフィスで支払った出国税はひとり45コルドバ(約198円)。
ドル払いだと2ドル。

ホンジュラスの入国税はひとり3ドルだった。

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ホンジュラスのイミグレーションオフィスで入国手続きをしたのはいいけれど、さて、ここからどうやってバスに乗ればいいのか。
周りには何もない。

とりあえず国境にたむろしていた両替商に、余ったニカラグアのお金コルドバをホンジュラスのお金レンピラに替えてもらう。

首都のテグシガルパ行きのバスを探したけれど、ローカルバスだと最寄りの町、チョルテカで乗り換える必要があるらしい。

チョルテカ

しばらくそのまま突き進むと、ワゴン乗り場があった。

相乗りワゴンの客引きに「バスはないから、ワゴンに乗ったほうがいいよ」と言われたけれど、そんなことはないはず。
ワゴン乗り場を過ぎて、そのまま数十メートル進むと売店があって、売店のおばさんたちが「バスはちゃんと来るよ。ここで待ってればいいよ」と教えてくれた。

ちょっと不安ではあるけれど、おばちゃんたちを信じよう。

直射日光に当たると暑い。
商店の軒下に逃げて、20分ぐらい待っているとバスがやって来た。
やったー!

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チョルテカまでは、ひとり30レンピラス(約150円)。

車窓から見える風景や人々は、ニカラグアもホンジュラスもそんなに変わらない。
バスに乗り込んできたおばさんも、ほら、フリフリ。

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しかもやっぱり、服の色と模様、エプロンのデザインが合っている!

バスが出発したのは午後4時ごろ。
チョルテカまで1時間半くらいかかりそう。
そこからバスを乗り継いで、首都のテグシガルパに行くとなると・・・。
日が暮れてから到着するかもしれない。

でも、暗くなってから、治安が悪い首都をふらつきたくない。
宿だって予約していないし、目星さえつけていない。

「あー、どうしよう。」
「うーーん。」

行き当たりばったりのふたり旅。
はたして、わたしたちの運命は?

この後、旅程を変え、いくつかの選択肢の中から、あそこに行くことをチョイスすることになった。
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ニカラグアでは〇〇が激高!

2016.03.03 11:12|ニカラグア☞EDIT
ようやくFacebookをちょっとずつやり始めたイクエです。
まだ使い方に慣れていないので、返信が変だったり改行がうまくいかないことも多いけど、つながっている方々、温かい目で見守ってください。
でも、まずは自分のプロフィールの写真を変えないとって思ってるんだよね。
だって、2007年の写真だもん・・・。
30歳過ぎて、お見合い写真で成人式の写真使ってるようなもんだよね。

さてさて、きょうもゆる~いブログになるかな?

コスタ・リカにいるときから、ケンゾーはあるものを探していた。
それは、ビーサン!!

ビーチサンダルの底が擦れて薄くなって、小さな石ころを踏んだだけで「痛っ~!!」ってなっちゃう。
でもわたしたち、コスタ・リカでは首都に行かなかったし、自然や動物にふれ合うことをテーマに旅をしていたので、田舎にしか滞在せず、ビーサンを買う機会がなかった。

ケンゾーのビーサンは今にも破れそう。
急に立ち止まって「痛い」と言いながら、ビーサンを脱いでチェックしたりしている。

いいかげんこの街で買わないと!

そこでわたしたちはレオンの商店街を歩き、ビーサンを買うことにした。

驚いたのがビーサンの値段。
ものすごく高い。
どんなに安くても一足1000円くらいするの。
最初はボラれているのかと思って「高すぎるよ!」って言ってたんだけど、どこの店もビーサンだけは高い。
平均して2000円弱くらい。
ブランドものでもないただの普通のビーサンだよ。

履き古した中古のビーサンも売ってあるけど、それだって1000円弱する。

靴のほうがビーサンよりも安いくらい。

アフリカも含めて、どこの国にもビーサンは売ってあって、安い。
手頃なものはだいたい200円ちょっとで買える。

なのに、なぜ!?
ニカラグアの物価で考えるとビーサンはものすごく高すぎる。
ニカラグアって世界でいちばんビーサンが高い国なんじゃない?

ビーサンを履いている現地人を見るたびに「あの人、よくビーサン買ったよねえ。仕事、なんだろうね。」「なんでわざわざビーサンを買おうと思ったんだろう。ビーサンはここではめちゃくちゃ高いイケてるファッションアイテムなんじゃない?」という会話をケンゾーとしていた。

ビーサン探しに苦戦するイクエとケンゾー。
実は、きのうから探しまわっている。
それでも見つからない。
とりあえず腹ごしらえをすることにした。
安そうな食堂を探したけれど見つからなかったので市場へ。
中南米では、食べるところに困ったらとりあえず市場に行ってみるといい。

ほら、いちばん奥にフードコートを発見♪

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おばちゃんたちがおかずやスープが入ったお鍋をテーブルに並べている。
「うちで食べて!」「何でもあるわよ。」
呼び込みが激しいけど、どの店もメニューも値段もあまり変わらないのは、どこの国もいっしょ。

好きなメインディッシュを選んで、お皿によそってもらう仕組み。

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ワンプレートで、60コルドバ(約264円)。
イクエとケンゾーで違うメニューを頼んだ。
牛肉とチキン。

でも、メインは目立たずお皿に占める豆の割合が多すぎ!

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南米の北の国々と中米で、人々が毎日のように食べるこの豆料理。
ただ豆を煮込んだだけで特別まずいわけでもないし、おいしいわけでもない。
でも中南米の人は、この豆料理を一日一度は食べないと気がすまない。

体には良さそうだけれど、ケンゾーはオナラが止まらない。

豆をしこたま食べたあと、ビーサン探し、再開。

どうせビーサンなんてすぐ壊れるし、ちょっとしたときに履くだけだからクオリティーは求めていない。
安ければいい。
でも結局安いのを見つけられずに、妥協して買ったのはこれ。

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ク◯ックスの偽物。
これで120コルドバ(約528円)。
作りがしっかりしているのを選んだけど、もっとシンプルな作りのものは300円くらいだった。

そして、同じ店で安っぽいビーサンが売られていて、その値段は1000円くらい。

「ねえ、どうしてビーチサンダルが高くて、こっちのサンダルのほうが安いの?」
「それは、ビーチサンダルだから。」

「でも、ほかの国だとビーチサンダルがいちばん安いですよ。
 どうして?」

「ビーチサンダルを作る工場がないから。
 輸入してるからだよ。」


ニカラグアなんて、暑い国だし太平洋とカリブ海に挟まれた国。
中米ではいちばん大きいニカラグア湖だってある。
水辺が多い。
靴下なんてほとんど履かない。

この国にこそビーサンはふさわしい。
ビーサンの需要はかなりあるはず。
ビーサンの工場を作って、一足500円くらいで売れば、独占できる。
大きな工場を作らなくても、ビーサンなんて材料もそんなにいらないし、シンプルだし簡単に製造できる。
家族経営でもできる。

ニカラグアってスラムもあるし、貧しい人たちもたくさんいる。
彼らを支援しているNGOもある。
そこでビーサンを作るのはどうだろう。
これ、すごいいいアイデアだと思うの。
ケニアのスラムを視察したときHIVの子どもたちが通う学校があって、そこで先生や小学生たちがサンダルを手作りして売って、学校の活動資金にあてていた。
ビーサンって、廃タイヤでも作れる。
東南アジアとかアフリカの少数民族とかはタイヤを切って作っている。

ニカラグアで活動している知り合いがいる人、このアイデアを提案してみて♡

でも、そのうちニカラグアにも中国製の安いサンダルが入ってきちゃうのかなあ。

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ニカラグアでは、路上で雑貨や衣類、野菜や果物を売っている女性たちをよく見かける。
手作りした食べ物を売っている人も多い。
路線バスに乗り込んできて、おかずやスイーツを売る人たちも。

その女性たちに共通していることがある。

それはまた次のお話で。

あしたは「ニカラグアマダムに、モエ〜♡♡」。
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旅の中休み

2016.03.02 12:06|ニカラグア☞EDIT
夫の帰りが待ち遠しいイクエです。
寂しいからとかじゃなくて、わたしたちのこれからの人生設計について話し合えないから!
前に進めないんだよね〜。
独り身だったらパパパっと決めちゃってもう動き出すんだけど、そうはいかないから。
いまはただ、田舎に引きこもってケンゾーの帰りを待っています。

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ニカラグアのレオンに到着したイクエとケンゾー。
バスターミナルは街の外れにあって、ここから繁華街までは距離にして3キロくらいある。
サイクルリキシャ(自転車タクシー)に乗るかどうか迷ったけど、歩けそうなので歩くことに。

歩きながら後悔。

遠い。
バッグが重い。
でも、せっかくここまで歩いてきたのに今さらタクシーに乗るのもシャク。
結局歩き続ける。
そして、疲れとストレスが溜まる。

というのを、またもやってしまった。
これ、旅人にありがちなことじゃない?
ないかな。

わたしたちは、これをしょっちゅうやってるの。

「うーん、宿までどうする?
 遠いけど歩けない距離でもなさそうだけど・・・。
 でも、ちょっと遠いかあ。」

「ぼちぼち歩くか。
 途中でなんかやってきたら、それに乗ろうか。」

という会話をして歩きはじめる。

でもいったん歩きはじめると、なかなか後に引けなくて、後悔しながら長い距離を歩くはめになるんだよね。
そういうときにどっちも八つ当たりしたくなって夫婦喧嘩になったりするんだよね。

今回は、お互い機嫌が悪くなるくらいですんだけど。

問題は、いいホテルがない!ということ。
グラナダにはたくさんホテルがあったから、レオンもあるかなあと思ったけど、グラナダよりも多くはない。
いいなと思っても満室。

妥協してこの宿に泊まることに。

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Hostal Flamenco's

個室がよかったけど高かったのでドミトリーに決めた。
ひとり6ドル。
中米の国はそれぞれ独自の通貨をもってるけど、ドルが広く流通しているので、たいていどこの宿でもドル払いできるよ。

狭くて、ベッドマットはうっすーい。

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この宿は前からあったみたいだけど、最近オーナーチェンジしたみたい。
オーナーは30歳過ぎくらいの男性で、いつも20代くらいの彼女といちゃついている。
キッチンもあるけれど、彼女がよく使っていてお皿とかフライパンとか洗わずにキッチンに放置してることが多い。

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ニカラグアのゲストハウスでは、宿泊者がのんびりできるように中庭にハンモックをいくつか吊るしている。
ここにもあるんだけど、オーナーと彼女がいつも占領。

こんなこと書くと、この宿にあまりいい印象をもたないかもしれないけど、そこまで不満はなかった。
キッチンもあるし、Wi-Fiもあるし、スタッフも不親切ではない。

でも、このかわいい犬と遊べないのが残念。

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まだ若い犬で、オーナーカップルが最近飼いはじめたばかりなんだと思う。
わたしたちの足元に尻尾をふりながら近づいてくるんだけど、そのたびにオーナーカップルが犬を怒って、引き離す。
ケンゾーはそのたびに「かわいそう」とつぶやく。

ほかの宿泊客も犬をかわいがろうとするんだけど、犬が近づくとすぐに名前を呼んで抱きかかえて定位置に戻す。

ちなみに犬の名前は「チーナ」。
中国人、アジア人って意味でつけてるんだと思う。
目が細いから。

旅をしていてわたしたちもよく、目を指で釣り上げて「チーノ!」「チーナ!」って呼ばれることがある。

「チーノ」「チーナ」に呼ばれ慣れているので、「チーナ!」と怒られるとビクッとしてしまう。
そして、あ、この犬のことか、と思う。

ちなみに、アフリカや中東では侮蔑的に「チャイナ!」と呼ばれてからかわれるけど、中南米での「チーノ」にはそこまでバカにしたような気持ちは込められていなくて、親しみを込めて「おーい、アジア人さん」みたいな感じで使われることがほとんどだと思う。
なので、中南米ではわたしたちも「チーノ」と呼ばれても、聞き流すことができる。

床でごろんとなっているチーナをケンゾーと微笑みながら撫でていたら、オーナーに見つかって怒られた。
「人間も犬も、眠っているときに誰かに起こされるのはイヤだろ。
だから触らないで。」


犬を飼いはじめたばかりのオーナーに説教された犬好きのケンゾーはちょっと機嫌を悪くしたけど、わたしたちチーナは「OK」と言って、チーナから離れるしかなかった。

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レオンはたいして大きな街でもないけれど、これでもニカラグアでは二番目に大きいのだそう。
そして1851年まではニカラグアの首都として栄えていたんだって。
200年以上も首都だった。

ピンクの外壁の教会は、カルパリオ教会。

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建物に入ってすぐのところに、磔にされたイエスたちの像。
ふつうはいちばん奥のほうにあるから、いきなりで少しびっくりした。

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血を流した聖人たちの像が立ちはだかっていて物怖じしたけれど、白くて細い板の天井や上品な柱が柔らかくて温かい雰囲気を出している。

天井画も派手すぎず、可憐。
まるで木綿のテーブルクロスの刺繍みたい。

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レオンの街は、グラナダの街と似ている。
どちらも古都の風情があるし、スペイン風の建築物が並んでいて観光地。

けれど、住人の気質は正反対。
というのも、このレオンは革新派の街。
農民たちが自由主義を押し進めていた。
グラナダは内戦中、ゲリラとして政府に抗って闘っていたサディニスタ民族開放戦線の本拠地。

いっぽうのグラナダは保守派の街。
実権を握っていたのはスペイン人の地主、そしてカトリック教会。

お互い政権争いや内戦などでこれまで長いこと闘ってきた。

今はなんとかうまくやってるみたい。

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街の中心地の広場に、かわいいオブジェが並んでいた。
きょうはキリスト教と地元の伝統行事が融合したような特別な日なのかも。

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ミニチュアの白い教会は、街のカテドラルを模したもの。
実際のカテドラルは18世紀に100年もかけて造られたもの。

屋内は生花で飾られていて、とてもきらびやか。

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そのカテドラルのすぐ脇にある市庁舎の前には巨大人形が出現。
これも、この日の行事と関係あるものらしい。
肌の白さと鼻筋が高いところを見ると、スペイン系の人物を題材にしているのかな。

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そして、その巨大人形の足元には、同じような格好の小さな人形。
小さいって言っても、普通の人間の身長よりは高い。

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スカートの下から姿を現した少年。
宗教も絡んだ行事なんだろうけど、謎が深まる。

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さらに、忍者みたいな小さい黒い物体。
頭でっかちでちょこまか歩いていて、コミカル。

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暑いのか、歩きにくいのか、頭を外したままの少年。
周りの子どもたちは太鼓を演奏。

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この行事の謎、解き明かすことができず無念!

さあ、最後までゆる〜いままできょうの記事も終わりです。
だってね、中米自体ゆる〜い雰囲気が漂っているんです。
ごめんなさい。

治安が悪い、殺伐としていると言われている中米。
でも、意外と旅の中休みにはうってつけの地域かもしれませんよ。
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最悪凶悪都市マナグアを快適に移動

2016.03.01 09:51|ニカラグア☞EDIT
帰国したのに実家のWi-Fiの調子が悪くて、Facebookができないイクエです。
みんなと連絡取りたいのに、まだ携帯電話もないからなー。
帰国してから身内以外とまだ一度も食事してないのよー。
田舎に引きこもり中です。

Wi-Fiが弱すぎるので、このブログも掲載する写真が確認できないの。
ちゃんと問題なくアップされてるかな。

エルビス・プレスリーみたいなイカしたヘアスタイルになったケンゾー。
現地の人たちからの評判はまずまず?

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これでニカラグア人に近づけたんじゃない?

わたしたち、この旅行中にすっかり肌が黒くなってしまって日本人と思われなくなっている。
よく間違えられるのは「フィリピン人」。
「マレーシア人」とか「カンボジア人」とかもある。
欧米人ツーリストからは現地人と間違えられて、ホテルにいるときはホテルスタッフと思われるし、お店にいるときは店員と思われていろいろと尋ねられる。
日本人の旅人たちからも、日本人に思われないほどになっている。

そんなわたしたちが次に行こうとしているのは、レオンという街。
おしゃれな名前ねー。
レオンも、ここグラナダと同じようにコロニアルな建物が並ぶきれいなところらしい。

レオン

ニカラグアの街は南北のラインに点在していて、東側の内陸部は広大だけど栄えていない。
だから、街から街への移動は上下に移動すればいいだけなので、それほど時間がかからない。

けれど、レオンに行くには途中のマナグアで乗り換えないといけない。
マナグアと言えば、悪名高い首都。
なにが悪名高いかと言えば、治安の悪さ。

マナグアまで行く交通手段には、チキンバスとミニバス(ワゴン)のふたつがある。
チキンバスのほうが運賃が若干安い。
差額は数十円。

チキンバスとミニバスのマナグアのターミナルは違う場所にある。
安いチキンバスのターミナルからはきょうの目的地のレオン行きのバスが出ていないんだそう。
だからチキンバスに乗ってしまったら、マナグアに着いてから路線バスなりタクシーに乗ってレオン行きのバスが出ているターミナルに移動しないといけない。
でもミニバスだったら同じターミナルから乗り換えられるんだって。

できるだけ立ち寄る時間を短くし、乗り換えもスムーズにいくようにミニバスに乗ることにした。
危ないマナグアは素通りの予定。

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およそ1時間の移動。
運賃は25コルドバ(約110円)。
コスタリカやパナマと比べると、移動費はぐっと安くなった。

しばらくするとマナグアの街に入った。
よく手入れされ、花が咲き誇るロータリー。
道路も広いし、走っている車もきれい。
イメージしていた景色とちょっと違う。

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幹線道路沿いには真新しいショッピングセンターがいくつかあった。

マナグアは新市街と旧市街に分かれている。
新市街にはショッピングセンターやホテルなどが立ち並び、そこまで治安は悪くないみたい。
でも旧市街は治安が悪くスラム化していて、ふらっと歩くのはとても危険。
地域によって格差が生まれているらしい。

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バスターミナルは少し雑多な感じのところにあった。

道路に沿って空き地があり、そこに車庫が並んでいる。
車庫の中にはミニバスやワゴン車が駐車されている。
目的地ごとに車庫が分かれていて、客引きが行き先を叫んでいる。

わたしたちの目指すレオンは、いちばん奥の車庫だった。

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ちょうどレオン行きのワゴンが止まっていたけれど、すでにお客さんでいっぱい。

「待ってれば次のが来るから」
そう言われて待っていると、30分もしないうちに次のワゴンがやってきた。

レオンまでは1時間半ほど。
運賃は54コルドバ(約238円)。
エアコンが効いていて快適。

世界有数の凶悪都市と言われるマナグアを安全に移動。

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「中米はTICAバスや国際バスを利用しない限り、移動は大変。」

旅人の間ではそう言われている。
ローカルバスの乗り心地は悪いし、混雑しているし、強盗やスリの危険も高い。

だからわたしとケンゾーはちょっと身構えていた。
別にバスのこだわりはなく「TICAバスには絶対乗らない」とも決めていなかったし、運賃がまあまあ安くて利用しやすそうなら使ってもいいかとも思っていた。

でも、実際中米に来てみると、言われているほどローカルバスが悪いものではないとわかった。
べつにローカルバスも不便じゃないし、乗り心地だってみんながいうほど悪くない。
いや、むしろいい。

「なーんだ。
 めっちゃ、移動が楽やん。」

ケンゾーとそう言い合った。

だって、いま乗っているワゴンは定員以上客を乗せないし、窓も閉め切られていてエアコンがついている。
乗り継ぎも簡単。

防犯意識をもって、明るいうちに移動すれば、犯罪に巻き込まれるリスクも最小限になる。

窓からは、富士山みたいな左右対称のきれいな火山が見えた。

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中米では、こんな火山がごろごろある。
ほんとうにごろごろある。
同じ場所から、こんな形の山々がいくつも見えることも珍しくない。

富士山って特別な山と思っていたけど、中米に来て、実はそうでもないなって思ってくる。

でも、やっぱり日本人にとって富士山は格別。
富士山の山自体はそんなでもないかもしれないけど、周りになにもないなかドーンと立っていて目立つところとか、湖や桜、紅葉とのコラボレーション、四季折々に表情が違うところとかが評価されているのかもしれない。
有名な浮世絵にも出てくるし、富士山は日本文化と切っても切れない。

ニカラグアの風景を楽しみながら快適に移動し、ワゴンはレオンに到着。

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さあ、レオンはどんな街なのか。
楽しい街だといいなあ。

きょうはここまで。
短くてごめんなさい。

実はいまケンゾーが東北に行ってます。
旅行に行く前、福島や岩手で一年間ボランティアをしていたので、向こうに知り合いがたくさんいます。
一刻も早くみんなに会いたがっていて、被災地がいまどうなっているのか知りたがっていた。
なので、帰国早々、夫婦別居です。
といっても、2週間弱で戻ってくるけど。

わたしはチワワのホタテとお留守番です。
その間、ブログはイクエが担当します。

またあしたもおつきあいくださいね♡
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