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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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ニカラグアで散髪したらこうなった

2016.02.29 06:31|ニカラグア☞EDIT
日本に帰ってから、味噌汁に豆腐、納豆、豆乳と、大豆製品をたくさん摂取しているイクエです。
豆乳は小腹が空いたときは温めてホットミルクティーみたいにして、喉が渇いたときは水で割ってスッキリと飲んでます。

ニカラグアで「髪切りたい」と言い出したケンゾー。
でも、ニカラグアで切って大丈夫なのだろうか。
どんなヘアスタイルになるのか。

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長期旅行者の男性で、髪を切らずに伸ばし放題の人は多い。
でも、ケンゾーはそれが嫌い。
いかにも旅人って雰囲気を出さずに、こざっぱりしていたいみたい。

まだ全然伸びていないのに「もういいかげん切りたい!」とよく言ってるので、そのつど「そんなに伸びてないやん。この前切ってからまだ2か月も経ってないやろ。」と言うと機嫌が悪くなり「髪ぐらい好きなときに切らせてくれたってよかろうもん!」となる。

たしかに短いほうが、老若男女からウケがいい。
とくに年配の人から。
人を見かけで判断してはいけないというけれど、ヒッピーっぽくないほうが無難ではある。
現地で仲良くなった人に、実家に招待されてお父さんやお母さん、ときにはおじいちゃんやおばあちゃんを紹介してもらうときがある。
もしケンゾーが髪の毛ボーボーだったら、今までのいろんな縁がなかったかもしれない。
真実はわからないけれど。

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グラナダは比較的きれいで歴史的な建物が並ぶツーリストエリアの旧市街と、市場があって庶民の集まる下町エリアとがある。
もちろん髪を切るのは下町エリアで。

その前に腹ごしらえ。
できるだけ安いところで食べたくて、いくつかの食堂を外からのぞいて見る。
地元の人たちでひときわ賑わっているところに決定。

室内に入るとショーケースの中におかずやご飯、麺類があわせて15種類ぐらいある。
その中から好きなのを選んでお皿にもってもらう仕組み。
おかずによって値段が少し違うので、ひとつひとつ値段を聞くとお店の人が丁寧に教えてくれてお皿に盛ってくれた。

a_DSC_5788.jpg

これで50コルドバ(約220円)。
奥の細長い黄色いものは、バナナチップス。
日本のバナナチップスは輪切りでやや分厚くて甘い。
こっちのバナナチップスはバナナを縦に薄切りにして、カラッと揚げている。
塩をまぶして食べるとおいしくて、ポテトチップスそっくりの味。

お腹を満たしたところでいざ、ヘアカットタ〜イム♫

お昼ご飯を食べる前に、理容室が並んでいるエリアを見つけた。
中南米では「理容室通り」とでも言えるような、理容室ばかりが軒を並べているストリートがある。
「あとでここに来ればいいね」なんて話していたんだけど・・・。

閉まっている!
軒並み閉まっている。

まだお昼過ぎなのに。
いや、お昼過ぎだから閉まっている。
こっちはお昼休憩がとても長くて、夕方にならないとお店が開かない。

そんななか、開いているお店を発見。
ケンゾーは「美容師も若くて、お客さんも若い人たちが集まるようなイケてるところで切りたい」と言っていた。
その開いているお店は「イケてる」とは言いがたい。
中はごちゃごちゃしているし、美容師は白髪の男性。
30年くらい前までは「ナウい」理容室だったのかもしれないけど。

わたしは冗談半分で言った。
「ケンゾー!
 ここ、いいやん。
 開いとるやん。
 切ってもらえば?」

「え?
 ここ大丈夫かなあ・・・。」

「なんで?
 大丈夫じゃない?
 ちゃんとしてるし。」

「えー?
 大丈夫?」

「大丈夫だよ。
 ほら、ベテランっぽいし。
 このチャンス逃したら、つぎ、いつ切れるかわからんよ。」


わたしは笑うのを必死にこらえ、でも口角が上がるのを抑えられずにケンゾーに勧めた。

「うーん。
 じゃあ、切ってもらおうかなあ。」


わたしたちが言い合っていると、ベテランっぽいおじさまがその奥さんとともに、おいでおいでと手招きしている。

おじさまの家族以外、中に人はいない。
椅子と鏡はいっぱいあるのに、客はいない。

ケンゾー、不安な顔のまま促されて椅子に座る。

a_DSC_5791_20160226101651575.jpg

もちろんおじさまは英語なんて話せない。
「どんな髪型にしたい?」ってスペイン語で聞かれるけど、うまく答えられない。

鏡の横に貼られているヘアカタログのポスターから、選ぼうとするケンゾー。
そしておじさまにジェスチャーを交えて説明する。
「これ、お願いします。
 頭の上をちょっと残して・・・。」


「やめたほうがいいよ!
 絶対、おじいちゃん無理って。
 もっと無難なのにしなよ。」

「いや、これがいい。」

ケンゾーがリクエストしたのは、真ん中の写真のヘアスタイル。

a_DSC_5795.jpg

「やめたほうがいいって。
 普通の坊主の長めみたいなやつでいいやん。
 そんなヘアスタイル、おじいちゃんやったことないやろ。」

「このくらいできるよ。」
「やめたがいいって。」

わたしたちの日本語でのやりとりを、じっと聞いているおじさま。
なんとなくふたりの会話を理解したのか、こう言った。

「それは、やめたほうがいい。」

ということで、お任せヘアスタイルに決定。

パッツリと前髪を切られたケンゾー。
ケンゾーのこの顔!
他人事のわたしは、笑いをこらえるので必死。

a_DSC_5797.jpg

難しくない髪型なら大丈夫だよ。
おじさまの腕を信じよう。
だってベテランなんだから。
何十年ここでやってると思ってるの?
この椅子が物語っているでしょ。

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15分ほどでカットは終わった。

意外とまともなヘアスタイルっぽいけど。

a_DSC_5802_20160226102238718.jpg

それでドライヤーをかけてもらって完成、のはずが、おじさま、ポマードを取り出した。
初めての日本人客を相手に、気合い十分。
ケンゾー、いったいどんなセットにされるのか。

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「もう、いいよ。
 いいのに〜。
 うわ、べったべた。」


そうつぶやくケンゾー。

この先、不安しかない。

a_DSC_5796.jpg

ケンゾーの気持ちとは裏腹に、ドヤ顔でセットを続けるベテラン理容師。

ポマードの匂いに包まれる。


なんか後頭部に横線が・・・。
なぜこんな分け方に。

a_DSC_5804_20160228183245bc1.jpg

そして、完成。
おじいさん、誇らしげに「うん」と頷く。

ケンゾー、苦い顔。

さあ、いったいどんなヘアスタイルになったのか。

a_DSC_5805_201602261024287d4.jpg

おじさまの技を集結させた自信作。
おじさまは「どうだ!いいだろ」って顔をしているんだけど、ケンゾーはそっけない。
お世辞でも「ムイ ビエ〜ン(すごくいい)」とか笑顔で言ってあげればいいのに。

カット料は50コルドバ(約220円)。
これだけ気合い入れて、セットまでやってくれてこのお値段は安いのでは?

「恥ずかしい。
 早く髪洗いたい。
 これ、絶対ヘンだよ。
 ほら、イクエ、顔が笑いよるやん。 
 あー、いやだ。」

溜め息をつくケンゾーを外に立たせて記念撮影。

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「通り過ぎる人みんなが俺を見て、笑ってる。」と言うケンゾー。
それは思い込み。

「この髪、やっぱりヘンなんだよ。恥ずかしい。」と言うけど、そこまでじゃないよ。

たしかに、ケンゾーの後頭部の絶壁がいっそう目立つ仕上がりになっているけど。

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ポマードの臭いがきついケンゾーは、宿に帰るなりすぐにバスルームに駆け込み、髪を洗ったのでした。

でも、さっぱりしてよかったね♡
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「危ない」だけじゃないニカラグア

2016.02.28 06:15|ニカラグア☞EDIT
3年半の旅行で日光に当たりまくったり石けんで顔を洗うこともあったりして、肌年齢が10歳老けたイクエです。
日本で鏡を見るたびに「はぁ〜」と心の中で溜め息。
少しはいい美容液を使って、豆乳を飲んでイソフラボンを多く摂取し、少しでも元に戻れるようにがんばろうっと。

ニカラグア初日。
ニカラグア最初の滞在場所はグラナダという古都。
グラナダと言えば、スペインにも同じ名前の街があって、世界遺産のアルハンブラ宮殿がある場所として有名。
ニカラグアのグラナダもスペインに負けず劣らずの美しい街なのか。

きのうバスターミナルに到着したときは「え?ここアフリカ?」っていう雰囲気だったけど、古い建物が残る旧市街に行ってみると、なかなか。

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ここグラナダは、ニカラグアでもっとも古い街。
中南米に侵略してきたスペイン人が1524年に作った街。

中米にも南米と同じように、こんなコロニアルな街並みがあるんだね。
スペインって、今は世界的に見て影響力もない国だし、経済情勢も下降気味だけど、昔はほんとに力をもっていたんだなって中南米を旅するとひしひしと感じる。
いたるところにスペイン風の街並みがあるもん。
それに、公用語はスペイン語。
わたしとケンゾーはもう1年もスペイン語文化圏を旅していて、英語の簡単な単語も忘れてしまっている。

それなのに「いま、どうしちゃったの?スペイン」って思う。
今では影が薄いポルトガルもそう。

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グラナダの街でひときわ目立つ建物はカテドラル。
壁は黄色く丸屋根は赤くおとぎ話に出てきそう。

どこにでも教会があって、キリスト教がこれほど定着しているのもスペインの影響。

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街いちばんのカテドラルが位置するのは、街の中心地。
大きな広場に面していて、その広場の周りには立派な建物の市庁舎も建っている。
これも、スペインが中南米に作った街に共通していること。

グラナダの街の中心に存在しているのは、コロン広場。
そのコロン広場の前の道路には、タクシー待機所ならぬ、馬車待機所が。

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今は昔と違って、この馬車は庶民の足にはなっていない。
もっぱら観光用。

でも、こんなに馬車があるのに、馬車に乗っているツーリストはそれほど多くない。
やっていけるのかな?って思うけど、やっていけてるんだろうね。
収入は乗客以外からも入っているのかもしれない。

馬車には携帯電話の会社などの企業のロゴが。
動く広告塔になっている。
馬車がカラフルなのは、それぞれの企業のイメージカラーに塗られているから。

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コロン広場から延びる石畳の道。
両脇には街路樹や街灯が整然と並んでいる。
この界隈がツーリストエリア。
おしゃれなレストランやオープンカフェ、ホテル、ツアー会社・・・。

アフリカみたいなニカラグアにもこんなエリアがあったんだ。

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日本人の旅行先としては人気のない中米。
でも、カナダやアメリカ、ヨーロッパからは案外近いこともあってか、旅行者はまあまあいる。

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古い建物を利用した素敵なホテルもけっこうある。
この辺りの建物は、中庭があるのが特徴的。
入口は狭く表からだとどこも同じような様相でパッとしないけど、中に入ってみると中庭があって開放的。
実は広いお屋敷だったりする。

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建物はコロニアルなスタイルで、壁の色は青や黄色、緑とカラフル。

けれどけっして派手ではなく、素朴。
平屋で、長屋。
使い古した植木鉢を割ったような瓦。
不揃いで味わいがある。

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軒下から屋根の内側を見る。
すると、細い竹のようなものがみっしり。
今もこういう伝統家屋をメンテナンスして修繕できる職人さんがいるのは、すばらしいことだと思う。

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不思議な形に剪定された街路樹を見つけた!
本当はかなり大きな木なんだろうけど、街の中にあるから、もともとの大きさだったら邪魔になる。
でも、木陰は広いままのほうがいい。
そしたらこんな形になった?

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グラナダはニカラグア湖に面した街。
ニカラグア湖は中米で最大の大きさ。
島には有人島がいくつかあり、ここからボートが出ている。
グラナダは古くから交通の要所として栄えた。

夕方、湖畔に行ったら小さな蚊みたいな大群に襲われて早々退散。
でも、湖まで行く途中で屋根のかわいい、雰囲気のある教会を見つけた。
グアダルーペ教会。

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教会の近くに芝生の空き地。
そこで、野球少年たちを発見。

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世界の多くの国で、子どもたちがいちばん好きなスポーツはサッカー。
「野球少年」なんて見かけることはほとんどない。
ヨーロッパなんて大人でも野球のルールすら知らない人は珍しくない。
でも、やっぱり中米。
野球の人気は健在だね。

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ケンゾーは野球少年ではなかったけど、こういう光景を見ると嬉しくなるみたい。

野球を元気にやってる子どもたち。
では、お年寄りはと言うと・・・。

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玄関前に置いたロッキングチェアで、夕涼み。
キューバでも見た光景。
たいていどこの家の前にもロッキングチェアがあって、家人がゆらゆら椅子を揺らしくつろいでいる。

知り合いが通りがかったら、そこで井戸端会議が始まる。
話題はご近所のうわさ話?

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歴史ある建物が並び、ニカラグアの観光地であるグラナダ。
でも、街は大きくなく、素朴で庶民的。

ニカラグアって「治安が悪い国」「凶悪犯罪が多い国」なんて言われている。
でも、この街にそんな雰囲気はない。

もちろん、日本ほど治安がいいわけではないけれど、それはほかの外国の街と同じこと。
気をつけるべきことを気をつけて、防犯を心がければ、そうそう危ない目にはあわない。
ここの人たちは、ここで産まれ育ち、この街を愛し、普通に暮らしているのだから。

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「髪切りたいなあ。」
ケンゾーが言った。

「ニカラグアで?
 変なヘアスタイルになるかもよ。」

「でも、もう切らんと。」
「いいと?」
「切りたい。床屋探しに行こう。」

あしたは「ケンゾー ニカラグアの床屋で散髪する」。
さあ、どんな髪になるんでしょう。
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ここアフリカ? きょうからあの国スタート

2016.02.27 06:04|ニカラグア☞EDIT
みんなー!!ロストバゲージした荷物がきのう帰ってきたよー!!
ホッとしているイクエです。
アメリカのロサンゼルス発の飛行機に乗り、上海空港で受け取るはずが行方不明。
2週間かかって、ようやく手元に届きました。
成田からは宅急便で届けてくれました。
荷物の中身は無事でした♡

コスタ・リカのオスティオナルでアリババを目撃したイクエとケンゾー。
アリババは3日〜5日くらい続くらしい。
でも、きのうの午後から自由に海岸に出入りできなくなったし、ガイドを雇わないといけないので、もうわたしたちはオスティオナルを発つことにした。
何よりじゅうぶんすぎるほど、カメを見たし。

次の目的地は、ニカラグア!!
ニカラグアって聞いて、イメージできるものはない。
観光地もあまりないようだけど、素通りするのはなんかニカラグアに失礼な気がする。
ということで、国境から数時間で着くグラナダという街に行ってみよう〜!

グラナダ

こんな田舎のオスティオナルから、もちろん直通のバスなんてものはない。
まずはサンタ・クルスまでの路線バスに乗って、そこからリベリア行きに乗り換え、国境の街ペーニャス・ブランカスを目指す。

ここからサンタ・クルス行きのバスは1日2本。
宿のお母さんによると、朝5時半ごろに通るんだって。

ということで、ウミガメはもう見ないんだけどこの日も早起き。
5時過ぎに外に出てみると、たくさんのツーリストの姿が!

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これからガイドに案内されて海岸に繰り出すみたい。
夜明け直後だとまだ海岸にカメがたくさんいるし、少し明るくなっているから写真も撮りやすいから、この時間なんだろうね。

やっぱりツーリストがほとんどいなくて、自由に歩き回れたわたしたちは、ラッキーだったかも。
オスティオナルにはカメ以外何もないけど、アリバダが始まる前にこの村にやって来て、アリバダスタートの瞬間を真夜中に目撃するのも悪くないと思う。

ツーリストがこぞって海岸に行ってしまって、ポツンと残されたわたしたち。
するとバスがやってきた。

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オスティオナルからサンタ・クルスまでは5375コロン(約1290円)。
未舗装の海岸沿いの道を進み、さらに峠を越えていく。
道の両脇は森。
きっとナマケモノもいるんだろうなって、目を凝らしたけど見つけられなかった。
そうこうしているうちに、サンタ・クルスの街に到着。

到着したターミナルからはリベリア行きのバスは出ていなかった。
なので、街を少し歩いて、リベリア行きのバスが発着しているターミネルへ移動。

バックパックを捨てて、ボストンバッグに替えたケンゾーは街歩きに苦戦。
新しいバックパックを買い直すか迷っているけど、帰国の日程も決まっているし、今さらだもんね。
あと少し、がんばれ!

a_DSC_5739.jpg

サンタ・クルスからリベリアまでは950コロン(約228円)。
そんなに距離はないけれど、路線バスなので乗客の乗り降りが激しい。
しょっちゅうバスが止まる。
今日中に国境を越えて、グラナダに行けるかなあ。

リベリアに着くと、今度はペーニャス・ブランカス行きのバスに乗り換え。
運賃は1600コロン(約384円)。
そして午前11時半、国境に到着。

コスタ・リカのイミグレーションの建物の前ではたくさんの人たちが寝ていた。
家財道具や大荷物といっしょに、たむろしている家族たち。
きっとニカラグアからコスタ・リカへの入国を望んでいるのに、許可されない人たちなんだと思う。
帰るに帰れず、待ち続けてるのかな。

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そんな人たちを横目で見ながら、オフィスに入る。
コスタ・リカを出るときには出国税を払わないといけない。
でも困ったことにこの出国税、窓口では払えない。
窓口のすぐそばにATMのような機械があって、そこでクレジットカードでお金を払ってレシートを取得し、それを窓口に持っていくと、出国のスタンプを押してくれる仕組み。

窓口の職員に機械で出国税を支払うように言われるんだけど、いくらやっても使えない。
壊れてるんじゃないの?
しかも、わたしたち以外この機械を使っている人はいない。

職員に尋ねると「じゃあ、仕方がない。外の代理店に行って出国税を支払って来て。」という返事。

イミグレーションの外には、客引きがいっぱいいて「うちが出国の手続きをしてあげるから!」とつきまとわれる。
いったい、なんなの?
イミグレーションの建物からすぐのところに、小屋が建ち並ぶ。

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いくつも代理店はあったけど、どこも同じ値段。
ひとり8ドル。
普通にイミグレーションの機械で払えれば、たしかこれより1ドル〜2ドルくらい安い。
その差額は代理店の仲介手数料ってこと。
手数料っていったって、ただお金を払ってレシートをもらうだけ。

地元の人が儲かるように、機械払いにして、わざとその機械を壊してるんじゃないの?

代理店を通して出国税なんて払いたくないけれど、ここで払わないと出国できない。
しょうがなく支払い、レシートを受け取ってふたたびイミグレーションの建物に戻る。
晴れて出国のスタンプを受け取ったら、歩いて国境を越えて、ニカラグアへ。

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TICAバスなどの高級国際バスに乗ると、わざわざ歩かずにすむ。
さらには車掌がパスポートを乗客から回収して、出入国手続きをしてくれることも。

わたしたちは中米で国際バスに乗るつもりはない。
運賃も高いし、わたしたちの旅のスタイルには合わないから。
それに、面倒だけど自分たちで出国スタンプや入国スタンプをもらって無国籍地帯を歩くのはけっこう好きだ。
「国を渡り歩いている」って気になれるから。

しばらく歩いて、ニカラグアに入国。
今度はニカラグアのイミグレーションの建物へ。

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ここでもニカラグアの入国税を払わないといけない。
まず入口の窓口で意味不明のお金1ドルを払う。
これは、ここで働く職員たちのチップみたいなものらしいけど、強制的に徴収される。
そしてパスポートを提出する窓口で、今度は入国税11.64ドルをお支払い。

中米では出国税、入国税を徴収される国が多い。
これについて文句を言う旅人も多いし、ケンゾーも「うわ!また!?なんでこんなに取るの?」と怒りぎみだけど、わたしとしてはビザなしで入れるからまあこのくらい取られてもいいかな、と思える。
ビザを取得するのも面倒だし、お金もけっこうかかるから、出入国税だけで済むんならそのくらい受け入れよう、って思うんだけどどうだろう。

国境には両替商がたむろしている。
残ったコスタ・リカのお金コロンをニカラグアのお金コルドバに両替。
コスタ・リカのお札はカラフルで、ナマケモノやハチドリなどかわいい動物たちが印刷されていた。
ニカラグアもかわいさでは負けていない。

この写真でわかるかな。
紙幣には太鼓や杵、花びらがデザインされていて、その一部が透明で向こうが透けている。

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入国の手続きをすませたら、建物の裏側のバスターミナルへ。
バスターミナルといっても、そんなに設備が整っているところではない。
ひっきりなしにバスが出入りして、車掌が行き先を叫んで呼び込みをしている。

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ここからグラナダまでの直通バスはない。
まずはリバス(RIVAS)という街へ。

バスはリバスの街の繁華街に入っていく。
人ごみで溢れる道路上で「あんたたちはここで降りて乗り換えて!」と車掌にいきなり促されて、あわてて降車。
でも、バスターミナルらしき場所が見当たらない。
すると、いっしょに降りたおばちゃんから「どこ行くの?グラナダ?わたしもよ。ついてきなさい!」と頼もしいお言葉。
中米の人たちは、親切で面倒見がいい人が多い。

「さあ、これよ!」

おばちゃんが指したバスは、中米でおなじみのスクールバス。

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中米ではアメリカから流れてきた中古のスクールバスを路線バスとして利用している。
高級バスや立派な大型バスと区別して、これらのバスは外国人ツーリストたちから「チキンバス」と呼ばれている。
なぜチキンなのかは定かではない。
英語でチキンは「へなちょこ 弱虫 小心者」なんて意味があるけど、高級バスに比べてボロくてノロいからか。
それとも市場で仕入れたニワトリを抱えて乗り込む現地人が多いからか。

チキンバスは乗り心地が悪いし強盗も出没すると、ツーリストには悪名高い。
でも、わたしとケンゾーにとってはそんなに悪い乗り物ではない。
エチオピアの嘔吐する人続出のゲロ臭いバスやタンザニアの猛スピードで走る満員バスやキューバのカミオンに比べたら、全然苦痛じゃない。
座席の上の網棚も広いのでバックパックも押し込める。

まあ、席がなくて立ちっぱなしにはなったけど。

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無事にバスに乗れて、きょうの目的地のグラナダに到着。
今日中に到着するか不安だったけど、目的を果たせてよかった♡

グラナダはニカラグアの古都。
日本で言えば、鎌倉や京都のようなところ。
ガイドブック『地球の歩き方』には「コロニアル様式の建物や教会が建ち並ぶ。・・・中世の一場面のような風情を、深く味わいながら滞在してみたい。」と紹介されてるんだけど・・・。

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バスを降りたところにはゴミが散乱しているし、路上で食べ物や古着を売っている。
道路は舗装されていないところも多くて、砂ぼこりが舞っている。
なんか、アフリカに舞い戻った気分。

でも、この雰囲気、嫌いではない。

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アフリカみたいな場所なのに、中米の物価はそれほど安くない。
だから宿代もそんなに安くない。

欧米人好みのゲストハウスはたくさんある。
欧米人好みっていうのは、プールがあってバーがあって、中庭にハンモックが吊るされているようなところ。
プールって言っても大型ホテルにあるようなプールじゃないよ。
泳げるようなプールじゃなくて、お風呂みたいにただ浸かるようなプール。
欧米人バックパッカーは、グラスを片手にプールに浸かってワイワイ騒ぐのが好き。
そしてハンモックに揺られて、深夜になるとドミトリーで就寝。

わたしとケンゾーはうるさすぎるようなゲストハウスだとあまり眠れないからイヤ。
いくつか宿をまわり、部屋を見せてもらって、この紫の建物の宿にすることにした。

Hostal La Casita。

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5ドルくらいのドミトリーもあったけど、ゆっくりくつろぎたいので少し奮発してプライベートルームに泊まることにした。
部屋には大きめの二段ベッドがひとつ。
ふたりで15ドル。

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シャワーは共同。
キッチンがあって中庭もあって、静かで居心地はいい。

グラナダには2泊する予定。

日本からわざわざニカラグアに旅行に行く人なんてほとんどいないと思う。
ニカラグアって何があるのかもわからない。

そんなニカラグアの一大観光地、グラナダの街はいかに?
ただ、アフリカみたいな街なのか?

あした、ご紹介します!
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母は偉大なり

2016.02.26 06:02|コスタ・リカ☞EDIT
妻の姉から「思ったよりも髪薄くなってないやん!」と言われたケンゾーです。
出国のちょっと前から生え際が後退しはじめた髪の毛。
長旅でどうなることかと心配してたんだけど、たしかにそこまで酷くはなっていない、はず。
だんだん薄くはなってきてるけど、もう41歳だからね、まあ年相応じゃないかな。

な〜んにもする事がない小さな村で待つこと4日。
とうとう大量のヒメウミガメが一斉に産卵をおこなうアリバダがはじまった。
神秘的な命の連鎖。
きのうまでチラホラと見かけたカメの産卵シーンは、涙が込み上げてくるほど感動的なものだった。
手を握りしめ、無意識に「がんばれ、がんばれ」と声に出すほど心を揺さぶられるものだった。

けれど、待ち望んでいたアリバダは、予想以上のカメの数で予想をはるかに越えるインパクト。
目の前で繰り広げられる生命の橋渡しは、想像以上に凄まじいものだった。
あまりにも大量であまりにも生々しく、正直、その光景は感動を飛び越えて唖然とするものだった。

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まさに足の踏み場もないほどカメで埋め尽くされた砂浜。
いちど卵を産みはじめたカメは、ほかのカメに踏みつけられようが砂を掛けられようがお構いなく、一心不乱に卵を産みつづける。
たとえほとんど体全体が埋まってしまっても。

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幅1kmにも満たない狭い範囲に集中してやってくるウミガメたち。
何kmにも渡って砂浜はつづいているのに、なぜかこのエリアにだけカメはやって来る。
必然的に砂浜は大混雑。
やって来たカメが産卵のために砂を掘ると、そこはすでに先客が卵を産み落としたあと、なんてことに。
今から産もうとするカメは本能のおもむくまま無心で穴を掘るので、周囲に先に産み落とされた卵が砂と一緒にまき散らされてしまう。
その新鮮な卵を頂こうと、産卵中のカメの周りにはクロコンドルがたかっている。

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新しい生命を産み落としているそのすぐ横に捕食する生き物。
誕生と絶命。
太古から脈々とつづく生命のサイクル。
人間が踏み込んではいけない自然の摂理。

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大仕事を終えた母ガメたちは、やがて海へと戻っていく。
砂浜に刻まれた幾筋もの轍。
重い体を引きずり、何度も立ち止まり、必死に手足を動かして慣れ親しんだ海をめざす。

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朝6時、空もすっかり白んできた。
そろそろアリバダも終わりかと思いきや、続々と陸を目指して泳いでくるカメたちの姿が。
アリバダはまだ始ったばかり。

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暗いうちはケンゾーとイクエ以外にほとんど人がいなかった砂浜。
気づけばかなりの人たちが集まってきていた。
パシャパシャと写真を撮り、一目で観光客と分かる人もいるけれど、大多数はちょっと雰囲気が違う。
足元のカメには見向きもせず、世間話をしながらいちばんの密集地へと歩いていく。

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人々が手にしているのはゴム手袋やビニール袋。
潮干狩りにでもやってきたような雰囲気。

そして、いつの間にか数字が書かれた立て札が等間隔に立てられている。
もしかして・・・。
まさか、と思っていたら、おもむろに砂浜に腰をおろし産卵中のカメを横目に地面を掘り返しはじめた。

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この人々はオスティオナルの村人たち。
掘り返しているのは、もちろんカメの卵。
かなり衝撃的な光景だけど、これは法律で認められた正当な行為。

じつはオスティオナルでは、アリバダの発生が宣言されてから36時間以内の卵の採掘が認められている。
野性生物保護区に指定されているオスティオナル。
「オスティオナル総合開発協会」というNGOがヒメウミガメの保護や研究、産卵された卵の管理を行なっているそうなんだけど、協会員になっている村人に限り卵を掘ることができるんだそう。
オスティオナルの村人は15歳になると協会員になることができるので、およそ300人の村人ほぼ全員が協会員。
アリバダがはじまると村人総出で卵を採掘することがオスティオナルの風物詩。

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ウミガメの卵は村人たちの貴重な現金収入。
卵は食用として売買される。
採掘された卵はコスタ・リカ全国の市場やレストランへと出荷。
売上金は村人で均等に分配され、約3割は協会の運営資金となりヒメウミガメの保護活動や地域住民の環境教育に使われているんだそう。

カメの保護と卵を採掘して売ることは相反しているんじゃないか?
そんなふうにも思うけれど、大量に産卵が行なわれるアリバダ初期に卵を採ることは間引きの意味があるんだそう。
はじめのほうに産み落とされた卵はあとから次々にやって来るカメたちに掘り返されて、けっきょくはかなりの数がダメになってしまう。
そうなるくらいなら、卵を採掘し販売してお金に換えてカメの保護や環境教育をおこない、最終的には利益をカメや自然に還元していこうという考え方。

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採掘した卵は一か所に集め数日間保管。
その後、海水で洗って出荷するんだそう。
この「間引き」の効果かどうかは定かではないけれど、産卵にやってくるヒメウミガメの数は増加傾向にあるんだそう。
ちなみに、このアリバダ=一斉産卵をするのはウミガメの中でもヒメウミガメだけなんだって。

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カメは夜間にだけ産卵しにくると聞いていた。
でも、その後、陽が燦々と降り注ぐ午後になっても産卵に訪れるヒメウミガメの姿がなくなることはなかった。
海に目を凝らすと、ところどころ呼吸のために海面に頭を出したカメの姿が。
いったい彼女たちはどれだけ泳いできたんだろう。

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荒波を乗り越え、力を振り絞って砂浜を這い上り、ただひたすらに命を繋ぐ。
人間も動物も違いはない、母は偉大だ。

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ちなみに、それまで自由に出入りできていた海岸は午後になると閉じられた。
代わりに、村のインフォメーションセンターやウミガメガイドオフィスがオープン。
海岸に入るには、インフォメーションセンターで料金(15ドルくらいだったかな)を払い、決められた時間に集合し、ガイドに案内されて海岸に行く仕組みになった。
ツーリストなんて2、3人しかいなかったオスティオナルに、続々と人が集まってきた。
きっとオスティオナルの村には何もないので、別の町で待機し「アリバダ開始」の情報にあわせて、やってきたのだろう。

オスティオナルの村にアリバダよりも早く着きすぎて、時間を持て余していたケンゾーとイクエ。
でも、自由に海岸を歩き回れたこと、真夜中のまさにアリバダが始った瞬間に立ち会えたこと、ふたりだけでそれを目撃したことを考えると、待った甲斐があったかな。

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動物王国コスタ・リカ。
木登りするナマケモノも見られたし、アリバダにも立ち会えた。
さて、つぎはニカラグアだ。
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「えぇぇ!!」「なにこれ!?」連発するイクエとケンゾー

2016.02.25 05:50|コスタ・リカ☞EDIT
まさかの日本でインターネットの調子が悪くてブログのアップができないイクエです。
旅行中はブログを毎日のように更新していて、帰国しても「旅の続きを書きます!」と言いながら帰国したら更新が途絶える人がけっこういるじゃないですか。
「自分はそういうふうにならないようにしよう。せっかく読んでくれる人たちがいるし、まだ書いてない残りの旅もすてきなものだったから、ちゃんと最後まで書かないと」って思ってたんですよ。
でも自分たちもそうなりつつあるので、いかんいかん。
がんばって更新したいな。

ヒメウミガメの感動的な産卵には立ち会えたけど、とても不思議で神秘的な現象「アリバダ」にはまだ遭遇できていないイクエとケンゾー。

とうとうここにきて、4日が過ぎてしまった。
インターネットで事前に調べたところ「下弦の月(半月)の前後3日に起きる」というのが有力な情報。
もうきょうで下弦の月から3日が経過。
ということは、もう今年度のアリバダのシーズンそのものが終わっているのではないか。
シーズンが終わったら半年はアリバダはやってこない。

「どうする?」
「どうしよう。」

ケンゾーとそればかり繰り返していた。

この何もない田舎の村。
しかし、アリバダのときは外からツーリストが大挙してくるらしい。
それなのに、まったくツーリストの姿がない。

村には「アリバダ・インフォメーションセンター」みたいな小さなオフィスとアリバダガイド組合みたいなものが存在している。
毎日様子をうかがいにいってみるけど、誰もいないし、そもそも建物のドアに鍵がかけられていて閉鎖されている。

やっぱりシーズンは終わっちゃったんじゃないか。

宿のオーナー夫妻に聞く。

「アリバダのシーズンはもう終わったんですか?
 シーズンはいつですか?」

「6月ぐらいから始まって2月まで。
 いちばんたくさんカメが来るのは9月と10月。
 11月と12月もまあまあ多いよ。
 1月2月になると、アリバダは見られるけどカメの数は少なくなるね。」


いまは12月のあたま。
だったら、見られるはず。

「わたしたち、もう4日目ですけどいつまで待てばいいんでしょう。」
「誰にもわからない。
 でも、満月から10日後に起こることが多い。
 だから、今夜あたり起きるんじゃない?」


満月から10日。
わたしたちは「下弦の月」と思っていた。
下弦の月の日はとっくに過ぎたけれど、満月から10日ならきょうがその日。

「今夜、いや、あしたの朝4時ぐらいに行ってみてごらん。
 いちばんカメが集まるのは、ここから1キロくらい南にいったところの海岸だよ。」


わたしたちが泊まっている宿から海岸まではすぐ。
いつもケンゾーとわたしは、海岸の北側に向かって歩き、カメを探していた。
きょうは南側に行ってみよう。
南側にはいつも夕日を見に行ってたんだけど、カメのポイントはそこよりもさらに先なんだそう。
夜中、がんばってもうちょっと先まで歩いてみよう。

「アリバダが始まった日はね、早朝、この村で一斉放送が行なわれるから。
 朝6時ぐらいにね。
『さあ!みなさんいよいよアリバダ開始です!』って。」

宿のお母さんが、笑いながらラッパを吹くふりをしてそう言った。

この何もないオスティオナルの村で、アリバダは一大イベントなのかもしれない。
アリバダのとき、この村がどんな雰囲気になるのかも見てみたい。

「アリバダ、今月も来てくれるのかなあ。」
「あしたまで粘ってみよう。」
「うん。
 でもあしたもやってこなかったら・・・。」

「うん。
 そしたら、またあした考えよう。」


ケンゾーと何度も繰り返した会話をきょうもする。

何もすることがなくて宿にこもり、午後になると散歩をかねて近くの商店に飲み物や食材を買いに行く。
それがわたしたちの日課。
そして、いつものように夕日を見に行く。

でも、そこで見た夕日はいつもと違った。

「きっと、今夜カメたちやって来るよ!
 絶対。」


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何の根拠もないけれど、わたしはアリバダを確信した。
だって、ドラマチックな夕焼けだから。

これまでここで3回夕日を見てきたけど、きょうの夕焼けは特別。

今にも沈みそうな太陽が、波立つ海をオレンジに染める。

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こんなに雲が出て空の色が刻々と変わり、胸に迫るような夕日はこの3日間なかった。
これは、「何かが起きそうな空」。

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科学が進んだ現代でも、解明できないことはたくさんある。
生き物が命を育むタイミングもそのひとつだと思う。
人間も、赤ちゃんがたくさん産まれる日というのがあって、それが月の満ち欠け、潮の満ち引きに影響していると言われている。
月に一度、一斉に海からやってくるカメたちならなおさら、自然環境に影響されるんじゃないか。

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このドラマチックな空は、カメたちに告げている気がした。
「アリバダの幕開けですよ」と。

きょうという一日が終わろうとしている。
明日でここに来て五日目。
いよいよ、神秘的な現象に立ち会える。

この空は、わたしにそう思わせてくれた。

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夜11時半。
わたしたちは海岸に出てみた。

アリバダは、まだだ。

暗い海岸を照らしてみたけど、すぐにカメは見つけられなかった。

でも、慎重にライトを照らしながら歩いていると、いた。

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砂を掘り出し、ベッドを作っていままさに卵を産もうとしている。
一生懸命、力の限り。

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「がんばれ。
 がんばれ。」


何度も小さくつぶやく。

卵を産み落とす穴が完成すると、いよいよ産卵。

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泣きながら、動きを止めて踏ん張るカメ。

「がんばれ。
 がんばれ。」


最初のひとつを産み落とすまで少し時間がかかる。

そして、ぽと。

それからは5秒置きに、いくつも。

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丸くて、とてもつややか。
この小さな卵に命が入っていて、この卵から孵ったカメたちが母になっていつかこの海岸に戻ってくる。
その本能は遺伝子に組み込まれているのだろうか。
命の連鎖。

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卵を産み終えた母ガメは、丁寧に丁寧に砂を埋め、固め、そして海へと消えていく。
すると、また新たなカメが海から陸へとやってくる。

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気づけば、海岸にいるカメは増えていた。

「すごい、ここにも。」
「なんかどんどん集まってきよる。」
「カメ同士、ぶつかってる!」

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アリバダは、まもなく絶対にやってくる。

時計は0時をまわっていた。
わたしたちは宿に戻り、夜明け前にまた来ることにした。

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「よし、行こうか。」
「カメ、たくさんいるかなあ。」

半月だった月は、この4日で欠け、だいぶん細くなっている。
待ちわびたアリバダ。

暗い海岸を歩く。

「ここに2匹おる!」
「こっちもすごい。
 ほら。」


カメの集まるポイントに近づくにつれ、カメが多くなっていく。

「見てみて、集まってる。」

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「えっ。
 ええ!
 ええええ!!!」


数匹と思っていたカメは、いつのまにか数十匹になっていた。
続々と海から上がってきている。

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誰に教えられなくてもわかる。
これが、アリバダだということを。

こんな光景、見たことない。

これこそ、アリバダなのだ。
いま、ちょうどいま、アリバダが始まり、そしてカメたちが到着している。

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アリバダ、ARRIBADA。
スペイン語のARRIBAR「到着する」が語源だと言われている。
それをいま、ゾクゾクと体で感じている。

わたしとケンゾー以外、人間はいまここにおらず、わたしたちがカメの世界に間違って紛れ込んだようだった。

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カメは数百匹どころじゃなかった。
数千匹、もしかしたらもっと。

砂浜を埋め尽くしている。
歩くとカメを踏みそうになる。

人口密度というか「カメ密度」が高すぎて、カメ同士ぶつかりあっている。
ときには、産卵中のカメの上に乗って直進してくるカメも。

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ほかのカメに踏まれても、突進されても、一度産卵体勢に入った母ガメは動かずに耐える。
そしてそのまま卵を産み続ける。

産卵していると、すぐ隣にほかのカメがやってくる。
やってきたカメは卵を産むために砂を掻き出す。
するとその砂が、隣の産卵中のカメに当たってしまう。
そうして、産卵中のカメはどんどん砂に埋もれていくけれど、それでも産卵をやめない。

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足の踏み場もないほどカメだらけ。
だからすでに卵が埋まっているところに、ほかの新しいカメがやってきて、そうとは知らずに穴を掘り返す。
せっかく埋められていた卵が割れて無残な姿に。

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入れ替わり立ち代わり、海から陸へとやってくるカメ。
きのうまで見た、1匹2匹のカメの産卵はとても美しく神秘的だったけど、ここまでくると神秘的を通り越して、怖い。
不適切な言い方かもしれないけど、わたしはこうつぶやいていた。

「気持ち悪い。」

なんなんだろう、これは。

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カメがこっちに向かって大挙してやってくる。
そこに人間はわたしとケンゾーだけ。

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いったい何人の人が理解してくれるかわからないけど、宮崎駿のアニメ『風の谷のナウシカ』でオウムが一斉にやってくるシーンに重なっていた。

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数えきれないほどのカメがやってくるアリバダ。
それはわかっていたけれど、目の前の光景は想像していたものをはるかに越えていて、なんだか生々しい。

あちこちで、ガタ、ガツン、ガガガ、と甲羅同士が当たる不調和音が聞こえている。
そして、卵にかけた砂を踏み固める、パンパンパンパン、という乾いた音も。

産み落とされ、母ガメが丁寧に砂をかけて埋めた卵は、別の母ガメに掘り起こされ、むき出しになっている。
そして、それを遠巻きに見ていた鳥がやってきて突きはじめる。

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わたしもケンゾーも言葉を失っていた。

度肝を抜く光景に「えー!?」とつぶやいてばっかり。
あとは「いや、すごい」「なにこれ」。

こんなにもこの周辺の海の中にこの数のカメがいたということさえ、信じられない。
海の中にはオスもいるし、いまが産卵の時期ではないメスもいる。
海の中には、ここにいるカメの数十倍、数百倍のカメがいるはず。

わたしたちはダイビングで海に潜ることがあるけれど、海中を泳いでいるカメなんてそうそう見られない。
いったい、どこにこんな数のカメが隠れていたのか。
普段は広範囲に散らばっているのだろうか。
このときだけ、この海岸を目指して、はるか数百キロもかなたから泳いできているとか?

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アリバダは夜に見られると聞いていたので、夜が明けたらいったんカメたちはいなくなり、また次の日の夜にやってくるのかと思っていた。
でも、日が昇りはじめても、アリバダは止まない。
新たなカメたちが続々と海から上がってくる。

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あっという間に2時間が経っていた。
明るくなってから改めて写真が撮りたくて、この場に居続けることにした。

そしてわたしたちはこの後、もっと生々しい光景を目撃することになった。
ここで暮らす住民たちがあんなことを・・・。
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泣くカメに泣く

2016.02.23 12:56|コスタ・リカ☞EDIT
いつ今年の花粉症がやってくるかびくびくしているけど、まだまだセーフなイクエです。
花粉症用の眼鏡をダイソーで購入済み。
目薬もあるし、準備万端。
でも、来ないのが一番なんだけどね。

花粉症とは逆に、早く来てほしいのがアリバダ。
きのうは全然見られなかったウミガメ。
きょうこそ見られるかな。

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下弦の月の前後数日にやってくると言われているカメの一斉大産卵、アリバダ。
暦では、きょうがその下弦の月の日。

「満ち潮のとき、カメがやってくる」。

そう教えてもらったので、干潮の時間をインターネットで調べた。

とりあえず午後9時前、海岸まで出てみる。
波音を聞きながら、目を凝らし、動く物体がいないかふたりで探す。

広い海岸、そのどこかにいるカメ1匹を探し出すのは至難の業。
だから、あの轍のようなカメの足跡をまず探すことにした。
波打ち際をライトで照らし、陸まで延びる2本線があれば・・・。

「ないねぇ。」
「また、出直すか。」

肩を落とし、宿へ帰る。

深夜12時になり、日が変わった。
とうとう下弦の月の日が終わってしまったんだ。

でも、アリバダは「下弦の月の前後」と言われている。
今月はまだアリバダが起きていない。
だからきょうにでも起きるんじゃないか。

けれど、わたしたちはとても不安だった。
インターネットで検索すると、アリバダは8月〜10月に見られるという情報が多い。
このときは12月。
アリバダに関する情報のうちごくわずかなものだけ、もっと幅のある6月〜12月と書かれていた。
楽観的なわたしたちは、シーズンに幅のあるほうの情報を信じることにした。

でも、やっぱりもうアリバダのシーズン自体が終わっちゃったんじゃないか。
このまま待っていても、意味ないんじゃないか。

絶対に来るとわかっているものを待つのはいいけれど、来ないかもしれないものを待つのは辛い。
いつまで待つのか、そしていつまで粘るのか、いつあきらめるのか。

日が変わった深夜、わたしたちはそわそわしながら海へと向かった。

あいかわらずとても静かで、打ち寄せる波の音だけが大きく響いている。
動くものはなにもなかった。

「またあの先のほうまで歩いてみて、ダメだったら引き返そう。」

懐中電灯を赤いビニールで覆い、カメの足跡を探す。

「これ、もしかして・・・。
 違う?」


ダンプカーのタイヤの跡を縮小したような、でこぼこの2本線が波打ち際から陸へと続いている。

もしかしたら、この先にいるんじゃないか。
いや、やっぱり違う。

2つの反する気持ちで、こころがざわつく。

「あ。」

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そこには、必死に足を動かしているカメがいた。
両足を広げたり縮めたりしていて、それが穴を掘っているのか、埋めているのかわからない。
これから産卵するところなのか、終わったところなのか。

息を殺してカメを見守る。

海ガメの足は、陸ガメと違ってぺっちゃんこ。
海の中で泳ぐのに適した形になっていて、シュノーケルで使うフィンみたいになっている。
その平たい足を、まるで人間の手のひらみたいに丸くすぼめる。
そして砂をつかみ取ると、今度はパッと広げて遠くにまき散らす。
穴を掘り、砂を取り除いている。

「これから産むんだ。」

カメは時間をかけて丁寧に穴を掘っていく。
カメ自身が少し埋まるくらいまでの深さになった。

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それでも動作を止めようとしない。
卵を産む穴を深く、深く、掘り続ける。
もう30センチくらいの深さになっただろうか。

腕立て伏せをするみたいに、体を上下させる。
前足で重い体を支えて、後ろ足を穴に突っ込みさらに砂をかき出す。

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ヒメウミガメの体重はおよそ40キロほど。
そんな巨体を前足で支え、一生懸命穴を掘っていく。
息を切らしているのがわかる。

母の力は、なんて偉大なんだろう。

子孫をつないでいきたい。
鳥や犬に荒らされることなく、無事に孵化するように。

そんな本能が備わっていて、こんな大きな仕事をもくもくと成し遂げていることに胸が熱くなる。

穴の深さは40センチにも達したと思う。
カメの後ろ足の動きが止まった。

穴のところにお尻を合わせ、カメがスタンバイした。

「始まるかな。」

ぽと。

ぽと。

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ピンポン球ほどの白い卵。
5秒置きに、砂の中に産み落とされる。
辛そうで、その5秒はとても長く感じる。

海の中で生きる海ガメが、産卵のためだけに、もがきながら陸へと上がってきた。
それだけでも体力を使っているのに、さらには深い穴まで掘った。
そして、最後の力を振り絞って、いま卵を産み落としている。

ふぅ。

ふぅ。

卵を産み落とす直前、カメはあたかも深く息を吐いているみたいだった。
だから、こちらも卵が出てくるタイミングがわかる。

ふぅ。
ぽた。

ふぅ。
ぽた。

カメの目からは、涙が出ていた。

「カメは産卵するとき泣くって言われているけど、あれは涙じゃなくて潮を出しているだけなんだよ。」
そう言う人もいる。
でも、そんなことはどうでもよかった。
カメががんばっていることはたしかで、これはやっぱり涙みたいなものなんだと思う。

目元が濡れ、そこに砂がへばりつく。
でも、カメはそんなことにはかまわず、ひたすら卵を産み続ける。

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私自身の目元もじんわりとする。
何かが胸に迫る。

「感動」とか「すごいなー!」とか、とても陳腐な表現だけど、その言葉しか思いつかない。
カメの産卵がこんなにも感動するものだなんて。

自然の神秘。
母の愛情。
悠久の命のつながり。
地球の偉大さ。

そんな大きくて、普遍的なものがすべて凝縮されているようなシーンを目の前にして、胸が熱くなる。

三日月がわたしたちを照らし、打ち寄せる波の音だけが暗い夜の海に響く。
静かな夜。
そしてカメがひっそりと、でも力の限り、卵を産んでいる。

数十個の卵を産み落とすと、今度は穴に砂をかけはじめた。
今度は体を横に振りながら、周りの砂を足で寄せていく。
穴を埋め終わると、足踏みするみたいにパタパタパタと砂を踏み固めていく。
さらに、体を回転させながら砂をならしていく。
どこに卵を埋めたか、ばれないように。
体全体を使った運動は、かなり体力を消耗するにちがいない。

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ほ乳類は出産後、我が子に食事を与えたり外敵から守ってあげたり生きる術を教えていく。
でも母ガメは、卵を産み落として終わり。
ふ化した子ガメたちは自力で海に向かい、自力で泳ぎ、自力で食べていかなければならない。

カメの母としての役目は産卵で終わる。
冷たいようにも感じる。
でも母ガメたちは、我が子が無事にふ化するように、いまできることを力のかぎりやっている。
そこに母ガメの愛情を見るような気がした。

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役目を果たした母ガメは、また海へと戻っていく。
普段は海の中を飛ぶように、気持ちよさげに水中を漂っているカメ。
そのカメが陸を歩くのはほんとうに大変そうで、平べったい足で砂をかき分けるようにして一歩一歩なんとか進んでいく。

「もう少し。
 がんばれ。」


やっとのことで波打ち際にたどり着き、波がカメを沖へと運んでいく。
ほっとした。

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カメの産卵は、わたしとケンゾーにとってはひとつの壮大なドラマを見ているようだった。
そのあと、もう一匹のカメを見つけ、またドラマを目の前で見せてもらい、宿へと戻った。

アリバダがそろそろ来るんじゃないか。
夜が明けて5時半ごろ、わたしたちはふたたび海へ向かった。

カメが見つからないかわりに、カメの足跡をたくさん見つけた。
こんなに来てたんだ。
でも、アリバダのときのカメの数は、この比ではない。

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誰にも見つからないように暗い中こっそりと海岸にやって来て、時間をかけて一生懸命穴を掘り、涙を流しながら卵を産み、そして産み落とした場所がばれないように丁寧に砂をかけ・・・。

それなのにー。

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なぜアリバダが起こるのか。
なぜカメたちは一斉にやってきて、一斉に卵を産むのか。
それは、一斉に産卵し、大量の子ガメをふ化させることで生存率を高めるためだと言われている。
鳥や犬の犠牲になるカメもいるけど、たくさんいれば全部が犠牲になることはない。
卵や子ガメの数が少なかったら、着実に狙われてしまい、全滅、ということもありえる。

ここには卵やふ化したばかりの子ガメを狙うたくさんのクロコンドルが飛び交っている。
けれど、アリバダのときはこの鳥の存在が薄れてしまうほど、無数のカメが来るらしい。

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きょうも、雲のないきれいな夕日。
真っ赤な太陽が水平線に隠れようとしている。

でも、あまりにもきれいすぎる。

何の根拠もないけれど、わたしは「ドラマチックな夕焼けがきたとき、アリバダがやってくるんじゃないか」となぜか思っていた。

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「どうしていつもこんなに空がすっきりとしてるんだろう。
 たぶん、きょうもアリバダは起きないと思う。」


まもなく3回目の夜がやってくる。

アリバダのために過ごしている3日間。
日中はやることもない。
夜は夜でカメを探しにいくからまともに寝られない。

こんな日を何日過ごせばいいんだろう。
そろそろあきらめる潮どきかもしれない。

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アリバダのときは、ここにはたくさんの観光客が押し寄せて、数少ないホテルはどこも満室になる。
そう思っていたけれど、ツーリストなんて3人くらいしか見ていない。
ホテルはどこもガラガラ。
やっぱりことしのアリバダのシーズンそのものが終わってしまったのだろうか。

深夜3時半、わたしたちは海に行った。
ちょうど産卵を終えたカメを1匹だけ見つけた。

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もうこれでじゅうぶんじゃないか。
ぐっとくるような、感動的なカメの出産に立ち会えたじゃないか。

このまま待ち続けても、アリバダがやってくるかわからない。

「どうする?」
「どうしようか。」

ここに来てもう4日目。
諦めるにはもう時間が経ちすぎていた。

ここまできて、今さら。

このままダラダラどつぼにはまり、脱出できなくなるかもしれない。
何事も、諦めが肝心?
それとも、信じるものは救われる?
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訪れざるもの

2016.02.21 14:29|コスタ・リカ☞EDIT
急激に増量中のイクエです。
体重計にのっていないからわからないけど、3食お腹いっぱい食べてお腹空いたら間食もして毎晩日本酒を飲んでいて太らないわけがない。
そろそろセーブしていかないと!

海ガメの一斉大産卵「アリバダ」を求めてコスタ・リカの海沿いの田舎、オスティオナルにやってきたイクエとケンゾー。

アリバダの時期は月に一度。
下弦の月の前後。
けれど正確に何日に起きるのか、人間にはわからない。
知っているのはカメだけ。

産卵は夜に行なわれるらしい。
下弦の月はあしただけど、今夜あたりやってこないかなあ。

夜9時。
期待を胸に、懐中電灯を手に、夜の海岸へ。

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押し寄せる波の音が、まっくらな海岸に響く。
ざっと見回すけれど、カメらしきものの影はない。

アリバダのときは、この海岸の一面がカメでいっぱいになるらしい。
まだアリバダが始まっていないことは明白。
それでも、数匹はいるんじゃないか。
カメの産卵を目の前で見てみたい。

懐中電灯の灯りは動物には強すぎるので、使ってはいけない。
でも、赤いライトなら動物の目に優しいらしく、使うことを許されている。

赤いビニールを懐中電灯にかぶせると、光の強さは弱まり、砂浜が赤っぽくなって、カメを探しにくくなった。
それでも赤いライトをゆっくり左右に振りながら、カメがいないか慎重に探していく。

「いないかなあ。」
「あ! あれは!?」
「違う、岩だ。」

ゆっくりと歩きながら、海岸沿いを500メートルほど歩いていく。

1キロほど先の海岸に揺らめく赤いライトがチラチラと見える。
わたしたちのように探している人が2、3人いるようだった。

遠くの赤いライトは動いている。
きっとあのライトが一か所にとどまったら、ライトの持ち主がカメを見つけて産卵を観察している証拠。
そしたら、わたしたちもその場所へ移動しよう。
そう思って、遠くの赤いライトにも注意を払っていたけれど、ずっと動いているままだった。

頭上の星たちだけ、動かずに光を放っている。

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「ダメだね。」
「いったん、帰ろうか。」

カメを1匹も見つけられず、わたしたちは宿に戻った。
午前5時に目覚ましをセットする。

わたしたちはカメを見るためにここに来た。
何もない村。
日中やることもない。
夜はじゅうぶん眠れないけど、睡眠不足は昼寝をして解消すればいい。

数時間後、目覚ましで起きたわたしたちは、ふたたび海岸へ。
カメがいるかもしれないという、ドキドキ。
海岸に出て、数千匹のカメが大挙してやってきているかも。

そんな気持ちで早足で海岸に出たけれど、カメの気配はまったくない。
空がどんどん明るくなってきた。

結局1日目は、収穫なしかぁ。

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空が白みはじめる。
海岸にはわたしたちが待ち続けているカメの代わりに、コイツらがやってきた。

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散らばった卵の殻。
一心不乱につっついている。

カメたちは毎月産卵しにやってくるから、きっと先月や数か月前に産み落とされた卵がほじくりかえされているのだろう。

腐敗臭が漂う。

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癒やされるはずの波の音。
心地よいはずの潮風。
桃色の朝焼け。

けれど鼻を押さえたくなる臭いのせいで、その景色は美しいものではない。

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不発に終わった1日目。
2日目のきょうこそ、感動的なカメの産卵に立ち会いたい。

「わたしたちは探せなかっただけで、きっときのうもカメはやってきたよ。
 ほら、これ見て!」

海から陸へ。
轍のように、2本の線が続いている。

それは、カメの足跡。

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きょうの夜も、たくさんは来ないかもしれないけど数匹ならくるんじゃないかな。
夜に期待しよう。

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オスティオナルの村は、ほんとうに何もない。
車の通る1本道があり、その両脇にポツン、ポツンと小さな商店が数軒あるだけ。

サーフィンをする人なら、日中はサーフィンを楽しむことができる。
でも波は高いので海水浴には不向き。
やることのないわたしたちは、とりあえず散歩してみることに。

散歩と言っても、商店をのぞいて食材や飲み物を買うことくらいしかないんだけど。

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ここは何もない場所だけど、カメが大量産卵しにやってくる海も、動物たちが暮らす森もある。
道路沿いの木に目を凝らすと、幹にへばりつく茶色いイグアナ発見!

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そして、木々がゆっさゆっさ。
黒い影が緑の葉っぱからチラチラと見える。
正体は顔まで真っ黒の猿。

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自然豊かなコスタ・リカ。
アフリカみたいにライオンやキリン、ゾウなんかの大きな動物はいないけど、いろんなところにサルやイグアナ、珍しい野鳥が普通にいる。
それは、とてもすごいことだと思う。

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何もない村を歩いて、宿の狭い部屋で持参の電気コンロを駆使して料理を作り、インターネットをしたら夕方になった。

一日が終わろうとしているけれど、カメとわたしたちにとってはこれからが本番。
海岸に行くと、鳥に代わって野良犬が卵をあさっていた。

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雲のない真っ青だった空がオレンジに染まっていく。
水平線に沈む太陽は、とても大きくて、絵に描いたような見事な夕日。

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「きれいだなあ」と思った。
でも、なんとなく「今夜もアリバダはこないんじゃないかなあ」と思った。

クリアな空。
真っ赤な太陽。

でも、完璧な夕焼けじゃない。
ぐっとくる夕焼けじゃない。

雲が全然なくて、シンプルな夕焼け。

もっと千切れ雲があって、沈みゆく太陽の光を受けて刻々と色が変わるような美しい夕焼けになればー。
ドラマチックな夕焼けになればー。
胸に迫るような夕焼けになればー。

そのときこそ、アリバダという神秘的な現象が起こるのではないか。

なんの裏打ちもないけれど、そんな気がした。

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とても静かな夕焼けを見届けて、わたしたちは宿に向かった。
あと数時間したら、また海岸に行ってみよう。

アリバダとはいかないまでも、せめて1匹のカメでも見られたら。

わたしたちも長くこの村にいられない。
早くカメと出会えますように。
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アリバダを求めて

2016.02.20 12:28|コスタ・リカ☞EDIT
きょう転入届けを役所に提出し、運転免許証も手に入れたケンゾーです。
免許証は1年以上前に期限が切れていたんだけど、「海外旅行」は更新できなかった正当な理由に当てはまるので失効して3年以内なら更新可能。
30分の講義を受けるだけですぐに新しい免許を受け取ることができた。
しかも貰えたのは5年有効のゴールド免許。
ちょっと得した気分で嬉しい。
これから無事故無違反でゴールドを維持しないとね。

野生動物の宝庫と言われているコスタ・リカ。
念願だった動くナマケモノを目撃することができてかなり満足はしているだけど、最後にダメ押しで見たいものがある。
それは「アリバダ」と呼ばれている自然現象。
メキシコとニカラグアで2か所ずつ、パナマとインドで1か所ずつ、そしてコスタ・リカで2か所と世界中で8か所でしか発生しない珍しい現象。
アリバダはスペイン語のArribar=「到着する」が語源だと言われている。
はたして何が到着する現象なのか・・・。

アリバダの舞台は太平洋沿いの小さな村オスティオナル
いまいるサンタ・エレーナからオスティオナルまで最短距離ではおよそ160kmなんだけど、交通の便がかなり悪い。
ニカラグアとの国境に近いリベリアを経由するのでかなり大回りになる。
移動距離はおよそ240km。
うまくバスを乗り継ぐことができたらいいけど、ひょっとしたら1日ではたどり着かないかも。

オスティオナル

まずは朝6時、モンテベルデ行きのバスでラガルトスという分岐点まで乗車。
ラガルトスまで830コロン(約200円)。

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「リベリア方面へ行きたい」と伝えておくと幹線道路の分岐点ラガルトスで降ろしてくれる。
降りたところでしばらく待っているとリベリア行きのバスがやって来る。
ラガルトスからリベリアまで2350コロン(約565円)。

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およそ2時間でリベリアに到着。
おなじバスターミナルからサンタ・クルス行きのバスに乗り換える。
リベリアからサンタ・クルスまで950コロン(約230円)。
ここまでの乗り継ぎは難しくはない。

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サンタ・クルスで最後の乗り換え。
目的地のオスティオナル行きのバス乗り場がバスターミナルとは違う場所にあるので最後の乗り換えがちょっと面倒。
バスターミナルから300m、西に2ブロックいったところにある。
「オスティオナルに行きたい」と人に聞いたら教えてくれる。

サンタ・クルスに着いたのが午後1時半。
オスティオナル行きのバスが何時まで運行しているのか情報が少なくてよく分からない。
同じくらいの時間帯に着いたのにバスがなくて1泊しないといけなかった、なんていう旅人もいたみたいなので急ぎ足でバス乗り場をめざす。

バス乗り場をめざし小走りで歩いていると、前方からバスが。
フロントガラスには「OSTIONAL」の表示!
手を大きく振って必死にアピール。
ちゃんと止まってくれてオスティオナル行きのバスに無事に乗車。
は~、よかった。
バス乗り場には行かなかったのでバスのタイムスケジュールを確認できなかった。
たぶん午後1時半発がオスティオナル行きの最終便じゃないかな。
サンタ・クルスからオスティオナルまでは2650コロン(約640円)。

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オスティオナルまではおよそ2時間の道のり。
しばらくすると海が見えてきた。
この海岸がアリバダの舞台。
自然相手だし季節ものだから見られるかどうか保証はない。

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サンタ・エレーナを出発して9時間半、午後3時半にオスティオナルに到着。
スムーズに1日で移動できてよかった。
つづいて、アリバダを見るための拠点となる宿探し。

アリバダは毎年8月から12月にかけてしか発生しない。
しかも下弦の月」の前後3、4日、およそ1週間だけと時期が限定されている。
「下弦の月」とは満月が欠けて新月に向かうときの半月のこと。
満月は約15日で新月になるので、下弦の月は満月の約7日後。

きょうは12月2日。
暦の上では下弦の月は12月3日、あしたなのでタイミングはバッチリ。
だけど、なんたって自然が相手、多少ズレることもあるだろう。
場合によっては持久戦になることも十分考えられる。

アリバダ以外に見どころがあれば時間を潰せるんだけどオスティオナルはとても小さな村。
海以外にはなにもない。
宿も少なくてあまり選択肢はない。
ただでさえ少ないのに、アリバダの時期は小さな村に観光客が押し寄せて宿を確保するのが大変なんだそう。
と聞いていたんだけど、たどり着いたオスティオナルの村は予想外に閑散としていて拍子抜け。
宿の心配はなさそうだけど、ひょっとしてアリバダの季節はもう終わった?

目星をつけていた安宿が高くなっていたので宿を探して歩き回ることに。
数日待ち続けることになるかもしれないのでできればWi-Fi付きの宿がいいんだけど、小さな村だからコストパフォーマンスはよくない。
よさげな宿がひとつあるんだけど、人の気配がない。
どうしたもんかと途方に暮れていると、宿の横の家の人が声をかけてきた。
スペイン語があまり理解できないけど、どうも「うちの家にも泊まれるわよ」と言っているんだろう。

看板も何もなく、一見するとただの家。
たぶんアリバダで賑わう時だけ部屋を貸すようにしてるんだろう。
トイレ・シャワー付き、2段ベッドの個室で1泊10000コロン(約2400円)。
かなり狭いけれどこの値段はかなりお得。
Wi-Fiもあるし、お願いすればキッチンも使わせてもらえると思う。

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宿も確保できたし、あとはアリバダが始まってくれることを願うのみ。
いつだろう。
ていうか、そもそも見ることができるのか?
とりあえず様子見に海岸へ。

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宿から海岸までは歩いて1分。
海岸沿いには何kmにもわたって砂浜がつづいている。
海水浴を楽しんでいる人たちがチラホラ。
打ち寄せる波はけっこう高い。
サーフィンを楽しんでいる人たちも。

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パッと見はごく普通の海と砂浜。
だけどすぐに異変に気づく。
なんだこの臭い?!
海岸がなんとも言えない独特の臭いに包まれている。
生臭くて、人によっては不快に感じる臭い。
なんだろう、この生臭さは。

砂浜に視線を落とすと、一面に白いものが落ちている。
貝殻にも見えるし、紙くずのようにも見える。
臭いの正体はこれ?

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じつはこれ、卵の殻の残骸。
なんの卵かというと・・・海ガメ
「アリバダ」とは海ガメの一斉大量産卵のこと。
8〜12月の下弦の月に数千頭から場合によっては数万頭の海ガメがオスティオナル周辺の砂浜に一斉に上陸して産卵をするんだそう。

海ガメの姿は見えないけれど、砂浜には生臭い臭いが充満しているし、卵を狙っているのか大型の鳥が大量にいる。
アリバダはもう終わったのか、それともアリバダの前兆?

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はたして自然の神秘を目撃することができるのか。
海ガメ、カモーン!
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美しい国

2016.02.19 05:33|コスタ・リカ☞EDIT
ロストバゲージした荷物が見つかったという連絡がきたけど、まだ日本に届いていないのでちょっと不安なイクエです。
アメリカのどこかにあったらしく、わたしたちが日本に帰ってから、荷物は上海へ。
上海にある荷物はあと1週間くらいしたら、日本に届けられるみたい。
ちゃんと届いたら報告しますねー。

1週間に1回しか排泄をしないナマケモノ。
その排泄に運良く立ち会うことができたイクエとケンゾー。
もうそれでじゅうぶんコスタリカを満喫、なんだけど、もうちょっと自然豊かなコスタリカを見てみたいな。

どこに行こうかー。
暑すぎないところがいいなー。
もうほかの国立公園はいいから、とにかくゆっくり過ごしたいねー。

イクエとケンゾーが、選んだ次の目的地はサンタ・エレーナ。
鳥や動物の王国であるモンテベルデ自然保護区の拠点となっている街で、標高が高く涼しくて美しい場所なのだそう。

サンタエレーナ

今回もバスを乗り継いで行くことに。
まずはマヌエル・アントニオ国立公園の拠点となる街ケポスから、150キロほど北西の港町プンタレナスへ。

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ケポスからプンタレナスまでは、3時間あまり。
運賃はひとり2400コロン(約576円)。

パナマでもそうだったけど、コスタリカでもバス代はそこそこ高い。

中米のほかの国々では、同じ路線にいくつかの会社がバスを運行させている。
そして同じ路線でもバスのクオリティーによってバス代が異なる。
きれいで大きくて速いバスは高いし、ボロくて座席が狭くて客を詰め込みノロいバスは安い。

でも、パナマやコスタリカはバス会社が競合していない。
選択肢がない。
その路線を走らせているバスに乗るしかない。
バスのクオリティーは良くも悪くもない、普通。
長距離バスだけど、途中のバス停に客がいれば立ち寄ることも多い。
路線バスと同じ感覚で利用する地元の人もいる。

だけど、特別な高級バスもあるにはある。
それがツーリスト御用達のTICABUS(チカバス)。
中米の各都市をつなぐ国際長距離バス。
チカバスに乗れば、それぞれの国境越えも楽々で、車掌がパスポートを集めて出入国手続きまでやってくれる。
エアコンも利いているし、座席も広い。
さらに、治安が悪いと言われる中米を安全に旅行できるように、バスの到着するターミナルにホテルが直結しているところもあり、街をさまよわなくてすむ。

でも、欠点がいくつかある。
まず、値段が高いこと。
外国人ツーリストしか利用しないので、中米の国でもチカバスの値段設定は先進国並み。
そして、便数がそれほどない。
発着は首都や大きな都市のみ。
当日は満席のこともあり、事前予約していたほうがいい。

思いつきで目的地を決め、自由気ままに旅しているわたしたちにとっては使い勝手が悪い。
運賃も高いし、何より小さな街には行かないので結局ローカルのバスに乗ることになる。

だから、わたしたちの選択肢には最初からチカバスはなかった。

最初の目的地、プンタレナスに到着。
ここから最終目的地のサンタ・エレーナ行きのバスに乗り換える。
同じ場所で乗り換えられるか不安だったけど、到着したバスターミナルのすぐ目の前の路上に次のバスが来るらしい。
目の前の海を見ながら、バスを待つ。

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ここプンタレナスは細長い半島のようになっている。
ゴミも多く、決してきれいではないけれど、地元の人たちに人気の行楽地なんだとか。

日射しが強くて暑いプンタレナスでは、バナナやココナッツが採れるんだって。

1時間弱で次のバスがやってきた。

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プンタレナスからサンタ・エレーナまではひとり1500コロン(約360円)。
港町からいっきに高原の街へ。
バスは幹線道路から山道に入り、つづら折りの道をノロノロ上っていく。

サンタ・エレーナ周辺のジャングルは、雲霧林。
英語では「クラウドフォレスト」と呼ばれている。
「熱帯雲霧林」は「熱帯雨林」とは異なり、いつも低い雲や霧に覆われている。
湿度が高く、シダ植物や苔類が多くて珍しい生き物たちの住処となっている。
エクアドルやベネズエラでも訪れていた。

車窓からも、あの辺りが雲霧林だ!というのがはっきりわかる。
きょうは雲ひとつない快晴なのに、向こうの山の一帯だけが真っ白。

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およそ3時間半でサンタ・エレーナに到着。
標高は1000メートルほどあるので、長袖を重ね着しないと寒いくらい。
でも暑苦しい中米で、この涼しさはとても清々しい。
避暑地であり、高原リゾートの街にはホテルやツアー会社が軒を連ねている。

街はとても小さく、緑の木々に囲まれていて、しばらくのんびり滞在したくなる場所。

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歩いていたら客引きの男性に声をかけられた。
お目当てのホテルは情報よりも宿泊費が高かったので、安いホテルを探しているところだった。
とりあえずついて行ってみることに。

ツアー会社が併設されているホテル。

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このホテルにして正解だった。

お鍋やフライパンなどは不足しているけれど、一応キッチンはある。
きれいだし、部屋も広くて眺めがいい。
ふたりで10800コロン(約2592円)。

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さらに、うれしいことに朝食付き。
パンとシリアル、フルーツはセルフサービス。
これにコーヒーがつく。

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小学生ぐらいの女の子と男の子を連れた欧米人家族も泊まっていた。
ここサンタ・エレーナは、夜に懐中電灯でジャングルを探検するツアーや、森の中でキャノピー(ターザンみたいにワイヤーにぶら下がって木々の間を移動するアトラクション)もできるので、子どもも楽しめる場所。
ヘビやトカゲを飼育・展示している蛇園や、美しい蝶やヘラクレスカブトムシ、タランチュラがいる昆虫園、珍しいカエルばかりを集めたカエル園などもある。
子どもの好奇心や探検心をくすぐる場所。

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ワクワクする体験もいいけれど、このくつろげる場所に身を預け、ぼーっと外を眺めているだけでもこころが満たされる。

きょうもこんなにいい天気なのに、山の向こうには低い雲が立ちこめている。

視線をずらすと、水平線が見える。
太平洋。

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中米では高い山の山頂に行けば、片方に太平洋、そして逆側に大西洋が見えることもあるらしい。
国土の幅が狭いので、ふたつの海をいっぺんに見ることも可能なんだって。

眺めのいいホテルでゆっくり過ごすのもいいけれど、せっかく来たんだからお散歩にでも。
アジサイが咲いているのは、雲や霧が立ちこめる気候だからかな。

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このあたりは、手つかずのジャングルが広がっているけれど、そのほとんどは国や個人、団体に管理されているので、わたしたちが自由に立ち入ることができる場所は限られている。

国立公園以外もたくさんあるけど、個人や宗教団体、学校が広い敷地を維持管理し、一般人に公開しているところもある。
入場料を取っていて、その収益金の一部を環境保護活動や子どもたちへの環境教育にまわしているところも多い。

だからコスタ・リカ人の環境保護の意識はとても高く、ポイ捨てはしない。
ポイ捨てはしないって日本ではあたり前のことだけど、アジアやアフリカ、中南米の多くの国では、みんなかまわずにゴミのポイ捨てをしている。
そんななか、子どももポイ捨てをしないコスタ・リカ人ってすばらしいと思う。

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エコな国、コスタ・リカをもうひとつ有名にしているもの。
それは、軍隊を持たない国であるということ。
コスタ・リカのまわりの国々の歴史を見ると、軍部がクーデターを起こしたり、アメリカの傀儡政権に軍がいいように使われたりして、国を守るはずの軍隊が国をぐちゃぐちゃにしてきた。

だからコスタ・リカは軍隊を持つことを放棄している。

でも、その分結局警察が武装していて、実質は軍隊とほとんど変わらない、なんて意見があることも知っていた。

たしかに警察も銃はもっていたけど、わたしたちが滞在している間に、警察を見たのは数えるほどしかなかった。
警察が偉そうにしているわけでもない。

軍がいないコスタ・リカに対し、周りの国は恐怖心や警戒心をもつこともないので、コスタ・リカに攻め入ることもないらしい。

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電柱の上で、一生懸命リスが木の実をムシャムシャ。
コスタ・リカは、緑が美しく、海もあって、野生動物の王国で、人々は環境保護への意識が高く、美しい国。

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光沢のある瑠璃色の大きな羽をもつモルフォチョウ。
モルフォとは、ギリシャ語で「美しい」という意味。
光沢があるため日光の当たり具合によって、美しく色が変わる。

「あ、あそこ!」

美しい羽を写真に撮りたくて、ケンゾーが何度もカメラを構える。
けれど、そんなケンゾーをあざ笑うかのように大きな羽を優雅に羽ばたかせ、ふわふわと去っていく。

「こんどはあっち!」

また別のモルフォチョウが目の前を飛んでいく。
でも、簡単には撮らせてくれない。

品のあるモルフォチョウだけど、エサは花の蜜ではない。
動物の死骸や腐った果実、キノコが好きなんだって。
魔女が好きそうなものが好き。

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木の上にバスケットボールくらいの何かの巣がある。
蜂の巣ではない。
巣は、薄いスベスベした木の皮みたいで、何枚も重なっている。

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シロアリみたいで、ちょっと気持ち悪い。
でも羽の色は紫がかっている。
どうやって、造っているんだろう。

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動物はいないかなあ。

歩いていると、頭上の木々が大きく揺れた。

「鳥かなあ。」
「いや、ナマケモノ?」
「あ、またアイツだ!」

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マヌエル・アントニオ国立公園でも、我が物顔で遊んでいたノドジロオマキザル。
あそこではツーリストの持ってきているランチやお菓子を奪ってむさぼっていたけれど、ここではちゃんと木の実を食べている。

食欲おう盛なのは、ここでも変わらない。

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街にはペンションや安いゲストハウスが多かったけど、人里離れたこの辺りには高級そうなホテルが点在している。
木が多用されていて窓が大きくて、お金持ちの別荘みたいなホテル。
こんなところでゆっくりできたら・・・。

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鳥のさえずりで朝起きて、遠くに太平洋を眺め、そしてコーヒーを飲んでフルーツを食べて、近くをハイキング。
そんな日々を五日くらい過ごしたら、小さな悩みなんてどうでもよくなって、また俗世間でがんばれそうだね。

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森の空気をいっぱい吸って、さて、そろそろわたしたちの安ホテルに戻ろうか。
安ホテルだけど、あそこはあそこでなかなかだよ。

スーパーに寄って、キッチンで肉料理でも作って、そしてワインを飲もう。

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わたしたちのホテルのまわりでも、ナマケモノの目撃情報がある。
ナマケモノの、あのだらしのないほんわかした表情をふたたび見たくて、夕方宿のまわりを散歩した。

するとツーリストたちが木々の間を抜け、坂道を登っていく。
もしかしてこれは、ナマケモノが見られるポイントがあるのでは!?

わたしたちもさりげなく後をついていく。

すると、幹線道路に出てしまった。

ナマケモノのポイントではなかった。
でも、ここはここで素敵な場所。

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太平洋に沈む夕日が見られる場所。

空がみるみると赤くなっていく。
さっきまであんなに青かったのに。

丸い大きな太陽がまもなく沈もうとしている。
きょうも一日、地球を照らしてくれてありがとう。

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あしたもどうぞ、よろしくお願いします。
あなたがいるから、この地球は、こんなに美しいのです。
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超レア?ナマケモノが動いた!

2016.02.17 17:10|コスタ・リカ☞EDIT
毎日6時半に起きて年長さんの甥っ子に朝ご飯を食べさせてあげて着替えを手伝って保育園に送り出しているケンゾーです。
昨晩は「ケンちゃんといっしょに寝る」と言ってきたので絵本を読んで寝かしつけました。
姪っ子甥っ子とも久しぶりの再会だったけど、忘れられることもなく変わらずに懐いてくれてホッとひと安心。

マヌエル・アントニオ国立公園の魅力のひとつは、熱帯雨林のジャングルと海水浴を同時に楽しめるということ。
いちばん見たかったナマケモノを見つけたはいいけれど、どいつも高い木の上でピクリとも動かないので物足りない。
とりあえず海で泳いで仕切り直し。

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前日に泳いだ海水浴場よりもきれいで波が穏やか。
生暖かい水に浸かって水と戯れていると足の甲に激痛が走っておもわず叫び声をあげてしまった。

やられた、クラゲだ。
みるみるうちに赤く腫れ上がってヒリヒリ痛い。

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クラゲに刺されるのなんていつ振りだろ?
腫れが引くまでしばらくのんびり。
クラゲに当たったから、この調子でナマケモノにも当たってくれたらいいんだけど。

相変らずノドジロオマキザルは我が物顔で周囲を徘徊。
まったく物怖じせず人間に近づいていく。
ヤツらの狙いは観光客の持っている食べ物。
隙あらば奪い取ろうと虎視眈々と獲物を狙っているサルたち。
「キャー!」とか「オーマイガー!」という叫び声がビーチやジャングルにこだまする。

ここにも戦利品を手に入れたノドジロオマキザルが。
パックジュースをビリビリ破って内側をペロペロ。
ペロペロしながらも新たな獲物がないかと物色。
この国立公園ではこの顔の白いサルに要注意!

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足の腫れがだいぶん和らいだのでふたたびジャングルへ。
なんとかもっと近くでナマケモノを見てみたい。
難しいとは思うけど、あわよくば動いているナマケモノを見られたら最高だ。
どこを探せばいいのかはだいたい分かってきた。
頭上に目を凝らしながらジャングルを歩いていく。

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太平洋に面したマヌエル・アントニオ国立公園。
沖合はクジラの通り道になっていて、季節によっては見かけることもあるんだそう。

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キョロキョロと前後左右に頭を動かしながら探すけれど、なかなか見つからないナマケモノ。
じつは周囲にうじゃうじゃといるんだけど見落としているのかも。
諦めずに探していると・・・いた!
そんなに高いところじゃないからよく見える。

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でも、やっぱりぜ〜んぜん動かない。
器用に枝に寄りかかって爆睡中。
よく落ちないねえ。

ピクリとも動かないから、近いけど顔がよく分からない。
動いてくれないかなあと思っていたら、すぐ近くにもう1匹発見!
こいつも器用に寝てる。

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ほんとに寝てばっかの怠け者だなあと思ったら、おもむろに怠け者のナマケモノが動き出した!
どこか痒いのかな?ちょっと姿勢を変えるだけかな?寝返り?・・・止まらない!動きはスローだけど、ずっと動いてる!
すごいスゴい凄い!怠け者のナマケモノがめっちゃ動いてる!
めっちゃノロいけど、めっちゃ動きはじめたナマケモノ。
慎重に慎重に木を下りはじめた。

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大きく分けて2種類いるナマケモノ。
こいつはミユビナマケモノ。
名前のとおり3本指が特徴。
爪の大きさがすごい。
これでしっかり木を掴むんだね。

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よいしょ、よいしょとの〜んびりと木を下りていくナマケモノ。
背中にあるヘンてこりんな模様もミユビナマケモノの特徴。
なんのためにこんな模様があるんだろうね。

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ほとんど同じ目線まで下りてきたナマケモノがこっちを見た。
めっちゃ笑っとるやん!
なにこの垂れ目!
パンダに匹敵するほどの癒やしキャラやん。

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ところどころ体毛が緑色になっているところがある。
これは苔や藻。
あまりにも動かないと動物も苔むしちゃうんだね。
ナマケモノはこの自分に生えた苔類も食用にするんだって。
究極の怠け者だよ。

これがナマケモノの全身。
後ろ足よりも前足のほうが発達していて長くて大きい。
短い尻尾もミユビナマケモノの特徴のひとつ。
フタユビナマケモノには尻尾はない。
大抵の哺乳動物とは逆に体毛がお腹から生えている。
そのおかげで、逆さまにぶら下がった状態で雨に濡れても、水滴が下に流れ落ちて皮膚が濡れないんだそう。
すべてが怠けるための体の造りになっている。

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食事や睡眠はもちろん、交尾や出産まで木にぶら下がったままやるナマケモノがおよそ10mの高さを15分かかって、やっとこさ地面へ。
動きが遅く、ジャガーやピューマ、オウギワシなどの格好の餌食となるナマケモノ。
なぜ危険を冒してまで地面に降り立ったのか。
その目的は、排泄。
およそ週に1回、地面まで下りていって排尿と排便を同時にするんだそう。
排泄も木の上からピュッとすればいいのにね。

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トイレが終わったら、またノソノソと木を登っていく。
降りるよりも登るほうがちょっと速いかな。
それでもノロいことには変わりないけど。
リアルなスローモーションの映像を見ているようで不思議な感じ。



念願の動いているナマケモノ、しかもレアな排泄シーンを見られてかなりラッキー。
これでも十分に満足だったんだけど、最後にこんなのまで発見。
木の上に鳥の巣のようなものがあるの分かるかな。
これな〜んでしょ?

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ナマケモノの子ども!
大きさはキャベツくらい。
細い枝に寄りかかってお昼寝中。
こんなに地球に優しくピースフルな生き物はほかにいないんじゃない?
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もっともコスタ・リカが感じられる場所

2016.02.16 11:55|コスタ・リカ☞EDIT
おととい日本に帰国し、きのう熊本の実家に到着したイクエです。
おいしい日本食をおなかいっぱい食べ、久しぶりの湯船を堪能しています。

さて、話は2か月前に戻ってコスタ・リカ。
コスタ・リカは野生王国。

木々が生い茂るジャングルには、珍しい動物や野鳥が数多く生息している。
そんなコスタ・リカにはいくつも国立公園がある。

コスタ・リカでは、どこかひとつ国立公園に行きたい。
イクエとケンゾーが選んだのは太平洋に面したマヌエル・アントニオ国立公園。
木々が生い茂る森だけではなく、海水浴も楽しめるから。

泊まっている宿から国立公園の入口までは歩いてすぐ。
入口に近づくと、大きな望遠鏡をもった人たちがたくさんたむろしていた。

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「ガイドしますよー。」

望遠鏡を担いでいる彼らは、ガイド。
動物の出没するポイントに案内したり、遭遇した動物の豆知識を教えてくれる。

ガイドを雇うほうが、いろんな動物を見られる可能性はきっとぐっと上がる。
なので、ツアーグループや家族連れなど、かなりの人がガイドを雇っている。

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わたしたちはというと・・・。

お金がかかるので、ガイドを頼まずに自力で探すことに。
それに、こういうのって自分で探すことがワクワク、ドキドキして楽しいはず。

お目当ての動物に会えるかどうかは、自分たちしだい。
さあ、がんばるぞ!!

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国立公園の入場料は8610コロン(約2066円)。
ちょっとお高めだけど、たくさんの動物に遭遇できたらこの値段に文句はない。

広さはおよそ20平方キロメートル。
ジャングルではあるけれど、よく整備されていて、道は歩きやすい。
トレイルは枝分かれしていて、どういうルートをどういう順番で歩くかは自分で決める。

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生い茂った木々のなかで生息している動物たち。
見逃さないように、上を向いて辺りを見回しながら注意深く歩いていく。
知らないうちに通り過ぎる、なんてことがないように。

前方に人だかりができている!
きっと何かいるはず。

わさわさわさ。
木々を揺らす音が聞こえる。

正体は、コイツ。

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ノドジロオマキザル。
目の前にいる人間なんて気にすることもなく、せわしなく朝食中。

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顔まわりは白い毛で覆われている。
下から見上げると真っ白に見えるけど、頭の上は黒い毛でまるでカツラかベレー帽を被っているみたい。

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このノドジロオマキザル、いたるところで戯れている。
かわいいけれど、まるでここの主のように我が物顔で徘徊している。

ノドジロオマキザルが戯れていたトレイルから外れて、今度は木道を歩いてみる。

ほかにいないかなあ。

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なかなかほかの動物が現れてくれない。

やっぱりガイドを雇うべきだったかな。
ほかのルートのほうがよかったかな。

あたりをキョロキョロ。

小さなタカを発見!

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凛々しい表情。
あのタカの鋭い目は、わたしたちが探せない動物たちを捕らえているのかもしれない。

上を見上げて歩いていて、下に視線を移す。
すると、前からスタスタスタ。
マイペースで、この子が登場。

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アライグマ。
わたしたちの前で、ちょっと立ち止まった彼。

こちらを見つめる。
そして、クンクン。

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こんなヤツらに用はなし。
すぐにまた歩きはじめたアライグマくん。

大きなしっぽを揺らしながら、スタスタスタ。

マイペースなアライグマくんを見届けて、ゆったりした気分で歩いていると、スススススーっと道を横切るものが。
こわっ!

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細い体をくねらせて、頭を持ち上げる。
舌をビビビビっと振るわせて、わたしたちを威嚇する。

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ヘビは苦手だけれど、こちらは少し可愛げがある?
ケンゾーが昔飼っていたこともあるイグアナ。

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背中とトサカはシマシマ。
腕の模様もよく見るとおしゃれ。

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歩きはじめて1時間あまり。
わたしたちのお目当ての動物にはまだ出会えていない。

ケンゾーがコスタ・リカでいちばん楽しみにしているのは、その動物を間近で見ること。

さっきからずーっと頭上を見上げて、枝の上にいないか探してるんだけど、まだ発見にいたらず。

「あ?あれ!?」
「え?どこ?」
「あの白っぽいのやない?」
「えー?あれ?」

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この正体こそ、わたしたちが探し求めていたもの。
ナマケモノ。
でも、名前の通り怠け者そのもので全然動いてくれない!!

おい!
ナマケモノよ、ちょっとはハタラキモノになってくれ。

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動物好きのケンゾーは、どうしてだか、アフリカのサファリでもガラパゴス諸島のシュノーケリングでも、誰よりも早く動物を探しだす。

このマヌエル・アントニオ国立公園に来ている人たちの多くが、ナマケモノがお目当て。
でもナマケモノは音も立てずに木の上でじっとしているので、探すのは至難の業。
ガイドだってナマケモノはなかなか見つけられない。

そんななかケンゾーはもう何匹もナマケモノを見つけている。
「ほら!あそこにいますよ!」とまわりの人たちに教える。
ガイドを連れているグループにも教えているので、ガイドはちょっとかわいそうでもある。

「君すごいねえ。」
「よく見つけられるねえ。」

ケンゾーは褒められてはいるけれど、肝心のナマケモノは微動だにせず。

はるか頭上に、雑巾見たいなのがチラッと見えるだけじゃ、何の感動もないよ・・・。

「ナマケモノが怠け者じゃない姿を見たい。
 でも、無理なのかなあ。」

動くナマケモノを追い求め歩いていると、道が終わり、太平洋がドーン!

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この国立公園のよさは、ジャングルと海を同時に楽しめること。
動物を求めてジャングルを歩き、汗をかいたら海にジャブジャブ。

トレッキングウェアを着ている人も、ちゃっかりその下には水着を着ている。

わたしたちもナマケモノ探しをいったん中断して、水着姿に変身。

最高のロケーション。

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ビーチから後ろのジャングルのほうを見つめている人たち。
カメラの先には何がいる?

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アイツかな。

背中を枝にあずけて、ここでもお昼寝中。
一日20時間も寝るらしい。
生涯のほとんどを木の上で動かずに過ごしている。
まるで木の一部になったように微動だにしないのは、ジャガーやピューマに気づかれて襲われないため、なんだとか。

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両腕を枝に掛けて、まったく動かない、と思ったらおもむろに片腕を外した。
もしかして、下りてくる?

あ、尻掻いただけか・・・。

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せめて葉っぱでもムシャムシャ食べてくれたらいいのに。
でもナマケモノが1日に食べる葉っぱの量は、たった8グラム。
動かないことでエネルギー消費を抑えていて、食事の量がわずかでいい。

でも逆に言えば、もっと食べて食の楽しさを満喫し、動けばいいのにね。

ナマケモノが動いているのなんて、よっぽど運がよくないと見られない。

さて、わたしとケンゾーは・・・。
フッフッフ。
けっこうわたしたち、動物運がいいんです。

次回は「ナマケモノ、〇〇をする!」。
乞うご期待♡
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さっそく秘密兵器が大活躍!

2016.02.15 07:38|コスタ・リカ☞EDIT
帰国を前にして日本の寒さが憂鬱なケンゾーです。
今年は暖冬だっていう話も耳にするけど、ちょっと前は沖縄でみぞれが降るほど寒かったんだよね?
寒いのいやだなあ。
でもこたつに入ってみかんを食べるというのはかなり魅力的。
この寒さを乗り切れば桜の季節がやって来るからね。
久しぶりの桜は楽しみだなあ。

パナマを後にして中米2か国目のコスタ・リカへと突入したケンゾーとイクエ。
生き物の宝庫で多種多様な動物に出会うことができるコスタ・リカ。
せっかく中米に来たんだから、中米でしか見られない珍しい動物を見てみたい。
期待を胸にふたりがまず目指すのは、太平洋に面したマヌエル・アントニオという街。

マヌエルアントニオ

国境の街パソ・カノアスからマヌエル・アントニオまでは200kmちょい。
ほとんどのツーリストは、コスタ・リカの首都のサンホセ行きの長距離バスに乗る。
このバスは運賃も高いけど、快適。

だけど、地図を見るとサンホセとマヌエル・アントニオは離れている。
自分たちでローカルバスをなんとか乗り継いで、直接目的地を目指すほうがいいんじゃないか。
何回乗り換えなければならないのか、どのくらい便数があるのかまったくわからない。
かえって苦労するかもしれないけど、やってみることにした。

まずは、国境を越えてすぐ左手にあるバスターミナルでネイリー行きのバスに乗る。
ネイリーまでは1人400コロン(約96円)。

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コスタ・リカの通貨単位はコロン(1コロン=約0.24円)。
音の響きがかわいいんだけど、それ以上に紙幣の柄がかわいい。
ノドジロオマキザルやハチドリ、そしてナマケモノなど動物たちが描かれていてカラフル。

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ネイリーまでは30分ちょい。
つぎに目指すのはウヴィタ
バスターミナルで乗り換える。
ウヴィタまでは1人1680コロン(約400円)。

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このバスはエアコンが効いていてとても快適だった。
普通の長距離バスかなと思ったけど、どうやら路線バスとして地元の人に使われているようで、バス停でちょこちょこ止まる。
時間がかかるなあ。

ウヴィタは想像よりも田舎。
ウヴィタの次に目指すのはケポス
ドライバーに「ケポスに行きたいんだったらここで待ってな」と言われ、道路上で降りることに。
たしかにバス停のようなものはあるけど、ほんとにここで待ってればいいのか不安になる。

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よく見るとバス停の向かいに、長距離バスの休憩スポットみたいなところがある。
大型の立派なバスが到着しては出発している。
バス停で待ってるよりもそこで待ってるほうがいいんじゃないかと行ってみると、売店のおねえちゃんに「あなたたちが乗りたいバスは、道路のバス停に来るから」と言われた。
ローカルバスを乗り継がないといけないってことか。
それを信じてバス停で待ち続けることに。

不安に思いながらも待つこと1時間、ケポス行きのバスがやって来てひと安心。
ケポスまでのバス代は1550コロン(約370円)。

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ケポスに着いたのは夕方6時。
ここから目的地のマヌエル・アントニオまでは路線バスで15分くらいと近いんだけど、すっかり暗くなってしまったし、雨も降りだしてしまったので今夜はケポスに泊まることに。
バスターミナルのすぐ近くにあるHOTEL SANCHEZにチェックイン。
ベッドが置いてあるだけの簡素な部屋だけど、2人で10000コロン(約2400円)と驚愕の値段。
コスタ・リカの物価は予想以上に高い!

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そして翌日。
天気が心配だったけど、外に出てひと安心。
陽光が眩しくて、ちょっと曇ってほしいくらいに暑い。
これから向かうマヌエル・アントニオはリゾートエリア。
もっと物価が上がるだろうから、スーパーで食材を調達してバスに乗る。
ケポスからマヌエル・アントニオまでは310コロン(約75円)。

バスを降りて目星をつけていたホテルへ。
道の両脇はシダ植物が鬱蒼と茂る森。
色鮮やかな花も咲き誇り、だんだん中米っぽい雰囲気になってきた。

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ここでの宿はCOSA LINDA。
緑に囲まれていて雰囲気抜群。

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ツインベッドルームの個室で1泊12000コロン(約2880円)。
トイレ・シャワーは共同だし、朝食も付いていない。
マットレスも薄いし、値段の割にクオリティは低いんだけど、マヌエル・アントニオではたぶん最安の個室なんじゃないかな。

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ホテルから歩いて3分でビーチに到着。
真っ青な海が広がっていて気持ちがいい。

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砂は白くはないけれど、ヤシの木が茂る森に囲まれたロケーションはなかなかいい。
木陰に寝っ転がって、今日はのんびりと海水浴を楽しむことに。

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ここではパラセイリングやジェットスキーなどのマリンスポーツを楽しむこともできる。
ケンゾーとイクエはもちろん見てるだけ。
潮騒を聞きながらボーッと海を眺めてるだけでも充分に楽しい。

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最近、波と戯れるおもしろさを知ったイクエ。
ひとりでずっと波打ち際で打ち寄せる波に揉まれて楽しそう。

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海水浴場の半島を隔てた向こう側は国立公園になっている。
ここよりもビーチが綺麗で雰囲気抜群。
このマヌエル・アントニオ国立公園は海水浴と熱帯雨林の森林浴を両方同時に楽しめるコスタ・リカでいちばん人気の国立公園。

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この国立公園はある動物をかなりの確率で見ることができることでも有名。
なんの動物かは、次回のお楽しみ。

マヌエル・アントニオはリゾートエリアなのでレストランには事欠かない。
けれど、もちろん高くてケンゾーとイクエには手が出ない。
ホテルにもレストランが併設されていていつも賑わってるんだけどやっぱり高い。

ということは、自炊をしないと飯にありつけないってこと。
でも、このホテルにはレストランが併設されているくらいだから宿にキッチンはない。
どうしよう、大ピンチ!

し、か、し、慌てなくて大丈夫。
ふたりには秘密兵器があるんだよね ♫

パナマで買ったばかりのコンロがさっそく大活躍。
さいしょに米を炊いて、次に鶏肉と玉ねぎを炒めて・・・。
溶いた卵を入れて、親子丼の出来上がり!

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このコンロめっちゃ使える!
もう無敵、電気さえあればどこでも本格的な料理ができる。
買ってよかった。
ていうか、なぜもっと早く買わなかったか後悔するくらい。

食が満たされると、心にも余裕がでてくるね。
よし、この調子であの動物も見られたらいいな。
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きょう日本に帰ります!

2016.02.14 06:20|世界一周裏話☞EDIT
帰国に備えてヒゲを剃ったらあごが青白くなったケンゾーです。
日本にいるときもヒゲを伸ばしていたし、一応ちゃんと手入れはしていたのでヒゲボーボーではなかったんだけど、帰国するときはできるだけ小綺麗にしたかった。
3年半旅してたんだけど、「ザ・旅人」っていう雰囲気は一切醸し出さず、あっさりさっぱり帰国したい。
ということで、きょう日本に戻ります。

この記事を書いているのは、帰国まで15時間あまりとなった夜中の2時過ぎ。
ふたりはドキドキ、ワクワクを胸にこの旅をスタートさせた1カ国目の韓国に戻ってきた。
済州島で最後のディナーの焼き肉を満喫。

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この旅最後の夕食にこの旅最後のホテル泊、最後の長距離バスに最後のフライト・・・。
帰国が迫ってきて、いままで毎日あたり前のようにしていたことが「最後の◯◯」に。
「これで最後かあ」と言葉には出しているけれど、正直、最後だという実感はまだぜんぜん湧いてこないんだなあ。

もういつだったかは覚えてないけれど、イクエに「わたし会社辞めて世界を旅することに決めた」と突然カミングアウトされてから動きはじめたこの旅。

自分はイクエと違ってバックパック旅とは無縁だった。
海外に行ったのも仕事か社員旅行だけ。
旅好きのイクエと結婚してはじめて個人旅行の楽しみを知った。
次の目的地をその場で決める、その日泊まるホテルをその場で探しまわる。
決まっているのは帰りの日時だけで、あとは行きたいところに行けばいい。
なんて自由で、なんてワクワクして、なんて楽しいんだ!
自分でも気づかないうちに自由なバックパックの旅にはまっていた。

あの日、なんて突拍子もないことを言い出すんだ!と驚いたけれど、「そんなことできたらめっちゃ楽しいやん!」と心が躍りドキドキしたことを今でも覚えている。

あの本屋でのカミングアウトからおよそ6年、旅をはじめて3年と5か月。
今日まで一度もこの旅をはじめたことを後悔したことはなかった。
ただただ毎日楽しかった。
まだぜんぜん旅が終わる実感はないけど、いまの気持ちを言葉にすると感謝かな。
旅に連れ出してくれたイクエと、こんな無鉄砲でわがままなふたりの旅をずっと支えてくれた家族にただただ感謝。

何度も言うように、帰国が直前に迫っているいまも「日本に帰る」という実感はまだ湧いてこない。
少し前までは、どちらかというと憂鬱だった日本への帰国。
日本が嫌いだからではなく、まだ旅を続けていたいという願いからではあったんだけど。

でも、アメリカで日本人の友人たちと会ってから気持ちが日本へとぐっと傾いた気がする。
世界中で新しい友人と出会ってきたけれど、日本にいる友人たち家族たちに会いたいといういままで抑えていた気持ちが溢れ出してきた。
いまは早く家族に会って、元気な姿を見せて安心してもらいたいかな。

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時差ボケが続いていて、3日くらい全然眠れていないイクエです。
どこでもぐっすり眠れる夫がうらめしい!

きょうわたしたちは日本に帰ります。
3年半ぶりに帰国するという実感はまるで湧いてこないし、3年半の旅が終わるという寂しさもあまりありません。
気分的には、一週間くらいの海外旅行から日本に戻るときの感じです。

ほかの世界一周の旅人たちは世界一周が昔からの夢で、壮行会を開いてもらったり、たくさんの人に寄せ書きをもらったり、「がんばって行って来るんだよ!」と送り出されています。
でもわたしたちは全然違って、日本の忙しい生活をいったんリセットしたくて、そそくさと逃げるように世界に出ました。
わたしたちにとっては、この3年半はやりたいことをする「長めのバケーション」でした。
世界一周中も夫婦で暮らすような旅を送っていて、とくに孤独を感じることもホームシックに陥ることも一度もなかったので、「いよいよ日本!」「旅が終わる!」といった気持ちわかないのかもしれません。

最後の最後でロストバゲージした荷物はあいかわらず戻ってきません。
もう戻ってこないかもしれません。
「シアトルから2日後に上海までの便があるので、それにのってくるんじゃないか」と上海空港の係の人に言われたけれど、約束の2日が過ぎました。
問い合わせたら「シアトル側から音沙汰なし」とのこと。

バッグに入れていた高価なものは、1257日の日々で8回くらいしか出番のなかったわたしの美顔器。
でも、グアテマラで手に入れたとてもおいしそうなコーヒー豆や、ロライマのガイドのシモンにもらったプレゼントや、最後のロサンゼルスで買いだめしたチョコレートなど、いくつかお土産をいれていました。
実は、ベネズエラから送ったお土産も日本にまだ届いていません。

行方不明のものたちの金額はたいしたことないけれど、お土産がなくなったことがいちばんショックです。
みんなに配れないよ〜!!
母や姉へのお土産も行方不明。

まだ望みはあるんですよ。
望みはね・・・。
期待はしないようにしているけどね。

それでもわたしたちはこの3年半、大きなケガをすることもなく、事件や事故に巻き込まれることもなく、恐怖心を感じる体験をすることもなく、人に騙されて人間不信になることもなく、日本の家族に何かがあり帰国を余儀なくされることもありませんでした。
そんなことを考えると、荷物のことなんてたいしたことありません。

わたしたちは3年半も旅して、けっこう危ない場所にもいったし、トレッキングもたくさんしたし、ディープなところローカル感たっぷりのところにも行きました。
普通、こんな旅をしているなら、一度や二度ナイフを突きつけられたり、強盗にあったり、骨折したりしそうなものだけど、一度もなかった。

出発前は「自分たちに何かあるかもしれない」そういう覚悟をもって日本を出ました。
そして、もし何かあった場合、自分たちは好きでやってるけど、それによって家族を悲しませるのだけは避けたいと思っていました。

なので、出発前にブログで少しだけ家族を意識した文章を残しました。
読んだら全然遺書じゃないんだけど、もし何かあったときに家族が昔の記事を読んでくれて、それで心がすくわれたらと思ったから。

この文章。
「わたしたちが選択した生き方。
 ふたりの選んだ旅路。

 後悔はしない。」

ほんとうに、何かあってもおかしくなかったのに、大きなトラブルや事件に巻き込まれずに健康な体で帰国できること。
これはとても幸せなことだと思います。
こんなに旅をして、大きなことが何もなかったことは奇跡に近いとさえ言えるかもしれません。

運? 神様?
何に対して感謝すればいいかわからないけど、何かに感謝したい気持ちでいっぱいです。

日本に帰ってからのことはまだノープランです。
絶対にやりたいことは、お肌のお手入れとFacebook。

ロストバゲージして洗顔フォームと美容液を買い直し、それを使ったら肌にハリがでてきました。
びっくりです。
この3年半、わたしの肌はすごいスピードで老化したと思います。
たくさん日光に当たったし、空気や水が汚いところにもいたし、顔を洗えないときも多かったし・・・。
ロサンゼルスで家に泊めてくれていた友人のまりねえは「ふたりとも肌も黒くなってそんなに痩せて・・・。ふたりを見たらお母さん心配するよ」と言い、まりねえの旦那さんは「ふたりとも今までよくがんばった。もうじゅうぶんがんばったよ。ゆっくりしよう。」と言い、日本製の洗顔フォームや美容液を貸してくれて、毎日たくさんのお肉を食べさせてくれました。
親戚のおねえさん、おにいさんみたいに、わたしたちを心配してお世話してくれました。

わたしもケンゾーもこの旅行で痩せました。
お互い5キロくらい痩せました。
ケンゾーは日本に帰って増量しなきゃいけません。

Facebookは、わたしは面倒くさがりやでそういうの苦手だから全然していません。
Facebookで高校のときの部活の友人たちとグループをつくっていて、わたしは見ていないのにわざわざ友人たちがわたしへのメッセージを書き込んでくれていました。
それを、友人の1人がわたしに伝わるように、メールでみんなのメッセージをまとめて教えてくれました。

「心からお帰りなさい。」
「お帰りなさい。
旅に発つ前、すごい壮大な夢のような話の気がしてたけど、それを成し遂げてしまった夫婦。
本当にすごいなって尊敬してしまいます。」

「二人のブログは本当に面白くて、旅のブログというより何か1つの大きな物語を読んでるような気分になるときもよくありました。 
どんどん旅が進むにつれてブログの読者も増えて、感じ悪い人からの書き込みもあったりして私が腹立ったりもしてたけど、ちゃんと上手く大人の対応をしてる二人を感心しながら見てました。 
熊本帰ってきたらぜひ会おうね!」

「毎日通勤電車の中でブログを読むのが日課でした。
いくえちゃんのおかげて世界の色んな事が知れたし、行ってみたい場所も増えたよ!」

「お家に帰るまで、用心して、しっかり旅を楽しんで来てください( ´ ▽ ` )ノ
いっぱいお話聞かせてねーー!!!」

「いろんな体験は、いくえちゃん達の考えや価値観を大きく変えて、他の人とは違う魅力あふれる人間になっているんだろうなと思います。」
「真似したくても、皆が出来ないこといっぱい見て経験したんだろうなぁー。
今度、たくさんお土産話聞かせてね。」


すごくありがたくて、うれしいメッセージ。
Facebookのアカウントをもっていながら全然見てないわたし。
こりゃ、いかん。

旅行中にはたくさん日本人の旅人に出会いました。
旅をしているときは、みんなフェイスブックにいろんな写真を載せて書き込みをしているんです。
(自分のFacebookはチェックしないけど、ケンゾーのFacebookは横から眺めていました。)
海外の絶景とか旅の体験とか、自慢したいかのようにたくさん書いてるんです。
でも、帰国したらFacebookの書き込みがほとんどなくなる。
「あの人、いまどこで何してるんだろう。旅行中はいつも楽しそうにしていたのに。」
そんなふうに寂しく思います。
わたしは、帰国しても人生を楽しみたい。
人に伝えたくなるような、彩りのある生活をしたいなあって思います。
日本にいると、人とのつながりももっと大切になる。
だから帰国したら、ちゃんとFacebookをやろうっと。

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1257日に渡る世界旅。
たくさんの絶景を見て、たくさんの文化にふれあい、たくさんの体験をしてきました。
でも、わたしが今までの人生でいちばん幸せだった1日は、この1257日のなかにありません。

わたしがいちばん幸せだった1日は、ケンゾーとの結婚式の日でした。

わたしたちは最高に楽しくて素敵な結婚式がしたくて、1年数か月前に海の上に浮かぶ結婚式場を予約し、いろんなものを自分たちで手作りしたり、計画を練ったりしました。
当日はわたしたちの新たな門出のためにたくさんの人が集まってくださって、はち切れんばかりの笑顔でわたしたちを見守り、わたしたちの幸せを祝福してくれました。

幸せな、それはもう本当に幸せな時間でした。

帰国の前の今の心境。
あの結婚式の日を直前に控えたときの心境に似てるんです。
1年以上もかけて準備した結婚式がやってくるのは嬉しいけれど、もうあしたで終わってしまうのかという少しの寂しさ。
大丈夫かな、という少しの心配。
そしてワクワク。
いっぽう、どこかで平常心を保たなきゃ、と自制している自分がいます。

この3年半、わたしたちはとても充実した楽しい日々を過ごしました。
結婚式前の準備のための1年も、わたしたちはとてもワクワクしながら楽しみました。
当日は人生で最高に幸せだったし、結婚してからもケンゾーととても楽しい生活を送りました。
だからきっと、きょう日本に帰ってからのわたしたちの新しい門出も生活も、楽しいものになるんじゃないか。
いま、そんな風に思っています。

きょうでわたしたちの長い長い、世界一周の旅は終わりです。
旅行中、ブログを読んでくださったみなさま、応援してくれたみなさま、温かいコメントを寄せてくれたみなさま、ほんとうにありがとうございました。

でも!
まだブログでは旅は終わっていません。
リアルタイムから2か月くらい遅れています。
だから、まだまだブログは続きますので、これからもお付き合いいただければ嬉しいです♡

まだまだ、いっしょに旅をしましょう!
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帰国しなければならない幸福

2016.02.13 05:49|世界一周裏話☞EDIT
旅の最後の最後になってバックパックや下着、歯ブラシなどを買い直したイクエです。
今いる中国は、ちょうど春節(旧正月)の時期。
お正月セール目当てにショッピングセンターでごった返す中国人に負けずに爆買いしてきました。
というのも・・・。

アメリカからの飛行機に乗るときに預けた荷物が行方不明になったから!
いまもロストバゲージのまま。
たぶんまだ荷物だけまだ帰りたくなくてアメリカにいるのかなあ。
でもわたしたちはもうこのブログがアップされているころには韓国・済州島に。
そしてその次の日には釜山にいって、そのまま日本。
果たして、お土産の詰まった大切な荷物は、わたしたちにどこで追いついてくれるのでしょうか。

これまでたくさん飛行機やバスに乗って荷物を預けてきたけれど、一度も荷物が行方不明になったことはない。
ケンゾーと「わたしたちすごいよね。ラッキーだよね。」なんて話していたのに。
まさか最後になってロストバゲージという初体験をするとは・・・。

さて、中国はインターネットの規制があってスムーズにブログの管理画面が開けず、ちゃんと書けないの。
それできょうは写真なしになってしまいますが、おつきあいください。
きょうはわたしたちがなぜこの時期に帰国を決めたのか、その理由についてお話ししたいと思います。

メキシコ、アメリカ、中国。
これまでのわたしたちらしくなく、いま急ぎ足で旅しています。
帰国日をめぐっては、実は母と一悶着ありました。
簡単に言えばわたしたちとしては「これまでのペースでゆったりとふたりらしく旅をしたい」、つまり「もうちょっとだけ旅をしたい」という気持ちでした。
いっぽうの母は「これまでさんざん旅をしてきたのだから、いいかげん一刻も早く帰ってきなさい」という気持ち。

旅を始めるまえ、わたしたちは旅の期間は2年、長くても3年かなと思っていました。
家族としては「もっと早く切り上げて帰ってくるんじゃないか」「1年、いや、思いつきで旅立ったあの子たちのことだから半年かも」という期待もあったと思います。

それなのに約束の期限を過ぎ、3年5か月も旅をしています。

ケンゾーもわたしももう子どもがいてもおかしくない年なんだけど、それでもやっぱりわたしたちの親は親のまま。
わたしたちのことが心配でしかたがないようです。

母や姉は、わざわざわたしたちに会いに、海外までやってきてくれたこともあります。
とくに母なんて、もう60歳を過ぎているのにたった1人でわたしたちに会いにウズベキスタンまで来てくれました。
バッグパックを担いで。
そのバックパックには、わたしたちに食べさせたい日本食がたくさん入っていました。
せっかくはるばるやって来てくれた母。
3人のバックパック旅。
でも、わたしとケンゾーはあの旅行を後悔しています。
母にいつものようなわたしたちの旅をさせるのはとても酷なので、宿や移動手段のレベルを少しは上げたつもりでした。
でもいま思えば、もっともっと母のことを優先した、ゆとりある楽な旅をすればよかったと思います。
あの時期のウズベキスタンは一年でもっとも暑い時期。
40度を超え、食欲もわきません。
すぐに体力が奪われます。
母もお腹をこわし、高熱を出し、寝込みました。
それでも母はバックパックを担ぎ、いっしょに歩いて宿探しをしました。
母が楽しめる旅行ではありませんでした。

もう一度あの旅行をやり直せるのならー。
母が楽しめる目的地を選び、豪華なホテルに泊まって、一流のレストランに行って、できるだけ歩かずにタクシーに乗って・・・。
そのくらいレベルをあげたって、短期間だから数万円ですんだのです。
親孝行を兼ねた旅をするチャンスだったのに、わたしたちはそのチャンスを放棄してしまっていました。

それなのに、母は帰り際に言いました。
「あんたたちがどういう旅をしているのかがよくわかって、来た甲斐があった。
苦労して一生懸命旅をしている。
それを見たら、なんかどうにかして旅を続けさせてあげないといけないなあって思った。」

きっと母は、わたしたちの旅が早く終わるのを願っていたと思うのです。
でもわたしたちはわたしたちで、少しでもこの世界一周を長く楽しめるように、毎日節約し、タクシーにも乗らずに歩き、安宿に泊まり、旅費を切り詰めていました。
それを見て母は、「我が子が日本に帰ってほしい」という気持ちと「我が子の願いを叶えたい 応援したい」という気持ちの間で揺れ動いていたのかもしれません。

このブログはありがたいことにとてもたくさんの人に読んでいただいています。
それでもやはり、このブログの一番の読者は、母なのです。
わたしたちが危なっかしい旅行をしたり、事故やトラブルにあいそうになったり、トレッキングで危険な場所を歩いたり・・・。
そのたびに母は、不安で押しつぶされそうだったことでしょう。

旅に出てからわたしは家族と電話で話していません。
スカイプをやろうと何度か試みましたが、どうも母はスカイプがうまくあつかえないようです。
その代わり、母からたまにメールがきます。
「ワイナポトシ登山のブログ、ハラハラしながら読みました。」
「長距離バスの移動はヒヤヒヤ、まったく綱渡りのような旅をしているのだなあとつくづく思います。」
「あんまりハードな活動は控えてのんびり、ぼちぼち進めてください。」

母は約束の3年が経つのをがんばって待ってくれていました。
それなのに、わたしたちは3年が経っても帰国しようとしない。

「年内には帰るから!」
そう言ってわたしたちは家族を説得していました。

そして、去年の年末が近づいてくるとわたしたちの訴えはこう変わりました。
「年末年始は飛行機代が高い。
 落ちついた1月の中旬くらいに帰るから。」

けれど結局わたしたちが取った、アメリカから中国行きのフライトチケットの日にちは2月9日でした。

わたしたちのこれまでの旅は、ほんとうに行き当たりばったりでした。
それでも、最後だけちょっとしたこだわりがありました。
それは、日本を旅立ったときと同じように、日本に帰るときも船を使うこと。
日本を出るときは、下関から夜にフェリーに乗って、朝に韓国に着きました。
帰りは中国から日本行きのフェリーに乗ろうと計画していたのです。
でも、この時期中国は春節で、各フェリー会社が船のメンテナンスのために長期休暇に入ることがわかりました。
フェリーが運行再開するのは、2月下旬。
アメリカから中国に着いてすぐはフェリーは運休しているけど、中国で10日間つぶせばフェリーに乗れる。
わたしとケンゾーはそうしたかったのです。

でも母はそんなわたしたちに苛立っていました。
「中国はPM2.5で大変。」
「上海に着いたらその日に日本に飛ぶ便で帰りましょう。」
「汚い荷物を抱えてあっちこっち立ち寄るのではなく、まず落ちつくこと。」

苛立っている母のメールを読むたびに、わたしもイライラしました。
どうしてここまで来て、あとわずかな猶予をくれないのか。
自分たちの望む、旅の終わらせ方をさせてくれないのか。

日本人の旅人に話すと「3年半も待ってもらったんだから、あと10日間くらい、多めに見てもらったら?」「3年半待てたんなら、たった10日くらいいいのにねえ。」と言われました。

イライラを抑えきれないわたしは、3つ年上の姉にメールで自分の気持ちを伝えました。
母と同居している姉に、いまの母の様子を聞き、なにかアドバイスがあったらもらいたいなと思いました。

姉とわたしは小さいときからとても仲がよく、友だちのようでした。
でもタイプはまったく違います。
わたしは文系だけど、姉は根っからの理系。
理系の姉は、たまにわたしが思いつかないようなことを、思いつかない表現で説明してくれます。
姉からのメールの内容は、わたしが考えもしなかったもので、そして妙に納得させられました。

「親になったわたしが考えることは、おかあはよく娘を世界一周に見送り、3年半もがんばりました。
心配で眠れないこともあったと思う。
いつか、イクエが親になればわかるかな。

トイレ我慢しとって、ようやくトイレを見つけたのに、人が入ってて、もう漏らしてしまう感じと似ています。
ここにきて、安心して、爆発したのです。
帰国が2月って決まったのに、中国から先があやふやだから。
(それに中国のスモッグのひどさが連日日本のニュースで報道され、それも心配しています。)

『旅の消化不良』なんて、ないでしょ。
パリス・ヒルトンがブランド店でたくさん買物をして『あー、これでもまだ足りないわ。わたしのこころは満たされない』って言ってたら・・・。
清水の舞台から飛び降りたつもりでブランド品を買って満たされる庶民のわたしが幸せかも!って思うでしょ。
そんな感じ。
3年半も旅して、最後の終わり方で消化不良とか。
一週間の旅行で満足できる自分が幸せって思ってしまう。
わたしたちの旅行なんかは期限があるから『5日の休みの間だったけど、楽しかった~』なのか、『5日しか休みがなかった、あと2日あればよかったのに、消化不良』なのかは、自分の心次第。

消化不良をおかあのせいにするのは、本当にかわいそうです。

会えたときは、本当におかあに感謝してね。

とても説教になってしまいました。
ただただ、おかあの気持ちを少しでもくんでほしいんです。

なにか、いくえたちのこころに響けばいいけど。
親だから。
すごくいくえが大切だからです。」


姉のメールを読んで、わたしのイライラはスーッとなくなっていました。

早く帰ろう。
定まらなかったこころが、ふっとしかるべき場所に落ちつきました。

そしてわたしたちは、最後にちょっとだけわがままを聞いてもらうことにしました。
上海からすぐに韓国に行って韓国から船で帰ること。
上海から釜山へ飛ぶよりも、済州島で乗り換えるほうが安かったので、途中、済州島で1泊します。
上海 〜 済州島。
そして済州島 〜 釜山。

帰国の予定を伝えたあと、母のこころは穏やかになったようでした。
「上海から直行便で帰国し、誰にも会わずにその足で実家へ」と言っていた母ですが、最近のメールは違います。

「今アメリカにいると思うとなんか安心しますね。
 こちらに帰るのは何時でもいいですよ。」
「釜山まで来たら焦らずに博多へ。」
「福岡で行くところがあれば寄って来てください。
 そこまで帰ったら、あまりバタバタせんでもいいと思います。」

母のメールをみて、おもわずケンゾーと吹き出しました。
母は、娘が必ず帰ってくるとわかり、尿意が薄れたのかもしれません。

わたしたちは釜山に着いたその日に、そのまま高速船に乗って博多に戻ることにしました。
そしてその日はケンゾーの福岡の家に泊まり、翌日15日には実家に帰ります。
いま、みんなに会うのが楽しみです。
早くあの食卓を囲みたい。

わたしたちはなんとしても、日本に帰らなければならない。
わたしたちを3年半、ずっと待ち続けている大切な人たちがいます。

帰国しなければならないという幸福。
旅を終わらせなければならないという幸福。

そんなありがたい幸福が、存在しているのです。
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帰国まで3日 今わたしたちは・・・

2016.02.12 07:57|世界一周裏話☞EDIT
アメリカから中国へ向かっているイクエです。
さきほどアメリカのロスからシアトルに行き、空港で数時間待ち、中国行きの飛行機に乗り換えました。



3年半かけて世界一周してきたけれど、太平洋をいっきに越えていきます。
まもなく上海に到着、上海で2日間過ごし、韓国へ。
韓国の釜山から船に乗って、日本に到着するのは14日の午後。
ふらりゆるり旅もいよいよ終わります。

旅のおわりを前にした今、わたしたちはいたって普通の心境です。
旅が終わることへの焦りとか切なさ、ラストスパートのドタバタ感とか、世界一周した達成感とか、3年半ぶりに日本に帰る緊張感とか、いろいろ湧いてくるものだと思っていました。
でも不思議とこれまで持ち続けてきた旅の感覚のままです。
日本に行くのも旅の延長なのかもしれません。

ヨーロッパから飛行機に乗ってアフリカに行く。
アフリカから飛行機に乗って南米に突入する。
そんな感じで、いま飛行機に乗って日本へと近づいています。
わたしたちにとって「次の国は日本」なのかもしれません。

きょうは中米の旅行日記を中断して、帰国直前の今についてお話しようと思います。

中米を北上したわたしたちは、先日までメキシコにいました。
メキシコに滞在したのは3週間あまり。
国土が広く、見どころがたくさんのメキシコをまわるには、わたしたちにとって3週間という短い期間は十分ではありませんでした。
ほんとうはもっと長く滞在したいところ。
でも、帰国日も決まっているのでそんなに長く旅するわけにもいきません。

それでも、メキシコの旅は焦ることなく、自分たちのペースでゆったりした気持ちで楽しむことができました。
急ぎ足の観光にならずに済みました。
メキシコに身を置き、こころに余裕をもち、じっくりとその空気を味わうことができたのは彼らのおかげです。



メキシコ人の友だち、ロロの家にホームステイさせてもらったから。

現地の人が行くおいしいお店につれていってもらったり、実家のお母さんの手料理をご馳走になったり、逆にわたしたちが和食をふるまったり。
最近ホームステイをしていなかったので、現地の人といっしょに生活する楽しさを久しぶりに実感しました。

文化や歴史の詰まった観光地も、美しい自然も、日本人の旅人との出会いも楽しいけれど、わたしたちはその国の人といっしょに過ごすのがやっぱり好きなのだと思いました。
イクエとケンゾーにとっては、それこそが旅なのです。

メキシコで彼らと日々を過ごし、「やっぱり旅は楽しい」「だから旅はやめられない」。
自分たちが旅に求めてきたものを再確認できました。



旅の原点にたちかえって過ごしたメキシコ。
わたしたちはメキシコからアメリカへ、歩いて国境を越えました。
アメリカの滞在はわずか3泊。
すぐにロサンゼルスから飛行機に乗らないといけません。
そんなバタバタのアメリカ滞在にも関わらず、ここでも心が乱れることなく、くつろいで過ごすことができました。
その理由もまた、わたしたちの友人がいてくれたからです。

アメリカで20年も暮らしている日本人夫妻。
彼らはわざわざロサンゼルスから車で数時間かけてメキシコの国境まで迎えに来てくれました。
アメリカに入国し、イミグレーションのオフィスを出た途端、彼らは満面の笑顔でわたしたちに大きく手を振ってくれていました。

a_DSC_0071_20160213134155414.jpg

フリーウェイには磨かれた車が、秩序正しく走っています。
ゴミも落ちていない。
落書きもない。
混沌としていない。
無駄なものがまったくなく、整然としています。



きれいすぎることへの違和感。
これまで見てきた世界とは違い、味気ないような、物足りないような気分にもなります。
でも、ストレスなくいられる。
ああ、こんな都市にいよいよ帰ってきたんだなあと思いました。

彼らのすてきな家で過ごした4日間。
車でロスの街を案内してくれて、毎日おいしいものをごちそうしてくれました。



アメリカでの4日間は、まるで帰国の予行練習のようでした。
帰国までお預けと思っていた和食を、たくさん堪能できました。
朝起きると、食卓にはこんな朝食。



夜は日本語が飛び交い、メニューも張り紙も日本語だらけの、日本式の焼き肉屋さんに連れていってもらったりしました。
日本そのままでした。

ほんとうに心が和み、リラックスしたアメリカ滞在で、帰国を前にした焦燥感のようなものはいっさい感じません。

母からもらったメールにこんな文章がありました。

「最後まで、たくさんの善意に包まれて、旅を続けることができているようですね。」

その通りだなあ、と思います。

これまでたくさんの人に助けられ、迎えられ、幸せな時間を共有してきました。
いったいこの3年半で何人の人にお世話になったでしょうか。
世界中にいる、そんなわたしたちの大切な人たちへの感謝でいっぱいです。

世界中で出会い、大好きな場所に連れていってくれたり、いっしょに食事を楽しんだり、泊めてくれたりしてくれた人たちからは、よくメールやFacebookで「いまどこにいるの?ことしも遊びに来てね」「今度はいつ来てくれるの?ずっと待ってるよ」とありがたいメッセージが届きます。
わたしたちも今すぐにでも会いに行きたい気持ちですが「ことしは無理だけど、いつかまた会いに行くからね」と不確定な返信しかできず、切なくなります。

いま何をしているかなあ。
また会いたいなあ。
あの人がもし日本に来てくれたらこんな食事が好きそうだからあのお店に連れていこう。
日本の桜並木を見せたいなあ。

そんなことをよく思っています。

アジアから中東、中東からヨーロッパ、ヨーロッパからアフリカ、アフリカからアメリカ・・・。
旅が続いているときは、たとえ友人と分かれて別の大陸に移動しようと「きっとまた会える」「すぐに会いに戻れる」と不思議と楽観的な思いがありました。
けれど帰国するとなると、なんだか大切な友人たちとものすごく離れてしまうような、再会が難しくなるような、わたしたちが彼らとはまったく別の世界に行ってしまうような、そんな寂しさがわいてきます。

それでも、「わたしたちは友人だから、会いたければまた会える」。
そう信じていようと思います。

彼らのおかげで日本から遠く離れた世界が身近になり、そしてとても愛しいものになりました。
地球って大きいけど、やっぱり小さくて、そしてつながっていて、たったひとつのものなのです。
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「人生で一番おいしい!」世界最高級のコーヒー 

2016.02.11 06:22|パナマ☞EDIT
あと4日で帰国だけど、いたって普通の心境のイクエです。
3年半の旅をやった達成感とか旅が終わる寂しさとかほとんど感じていないのが不思議なほど。
旅は終わっちゃうけど、このブログはリアルタイムよりも2か月遅れているのでブログはまだまだ続きます。
これからもおつきあいくださいね♡

パナマの避暑地、ボケテにやってきたイクエとケンゾー。
街は特段おしゃれなわけでもないし、魅力的なわけでもない。
地方の田舎町といった感じ。

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でも、この街にわざわざ来た理由がある。

ベネズエラのロライマをいっしょに登ったマサくん。
マサくんはアメリカ大陸を北上しているわたしたちとは逆で、カナダから南下してきていた。
そんなマサくんが中米のおすすめの場所をわたしたちに教えてくれていた。

「おふたりはコーヒーが好きなんですよね。
 だったら絶対にパナマのボケテに行ってください。
 ゲイシャコーヒーって知ってますか?
 コーヒーの最上級とされている豆の品種です。
 日本だとなかなか手に入らないし、飲めたとしても1杯数千円。
 そのゲイシャコーヒーがボケテで作られているんです。
 ぜひ飲んでください。
 めちゃくちゃ、おいしいですから。」

ボケテって「ボケてる」、ゲイシャって「芸者」しかイメージできない。
おいしいコーヒーのイメージはまったくわかないけれど、マサくんがおすすめするのでボケテまで足を伸ばしてみたのだった。

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お目当てのコーヒーショップを目指し、高原の街ボケテの中心地を離れ、緩やかな上り坂を登っていく。
パナマ最高峰の山、標高3475メートルのバルー火山の麓にあるボケテの街。
さわやかな気候と高原の花々が咲き誇り「花と永遠の春の谷」と呼ばれている。

小高い丘がいくつもあり、山肌にはコーヒー畑が広がっている。

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ゲイシャは「Geisya」とも「Gesha」とも表記され、コーヒーの木の品種の名前。
もともとはコーヒー発祥の地エチオピアが原産で、その地域の名前が由来だと言われている。
エチオピアで自生していたゲイシャコーヒーが発見されたのは1931年と新しい。
ほかのコーヒーの木は1つの木にたくさん豆がなるように長い時間をかけて品種改良されてきたけれど、このゲイシャコーヒーはほったらかしにされていたので原種に近い形。
だから木になる豆の数はとても少なく、生産性が悪いため注目されていなかった。
パナマに渡ったゲイシャコーヒーの木も、コーヒー農園の片隅に追いやられていた。

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けれど2004年コーヒーの国際品評会で、無名だったパナマのゲイシャコーヒーが出品され、優勝。
そのあとも、世界のコンテストで1位に輝き続けた。
オークションではゲイシャコーヒーに過去最高額の高値が付けられ、日本でゲイシャコーヒーを飲むのはとても難しく、飲めたとしても信じられない高さ。
一杯数千円。

人生で一度は飲んでみたいけれど、数千円払って飲む勇気はない。
でも、原産地のここでなら。

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やってきたのはCAFE RUIZ。
コーヒー豆の製造、販売をしている大きなコーヒー農園。
コーヒーの加工場に併設されている直営のコーヒーショップでゲイシャコーヒーが味わえるのだそう。

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ここではコーヒーツアーもやっている。
コーヒー畑を歩き、収穫や加工の様子を見学し、最後にテイスティング。
値段は30ドルくらいとお高め。
イクエとケンゾーはすでにコロンビアでコーヒーツアーに参加していたし、ツアーのテイスティングではゲイシャコーヒーではないほかの品種のコーヒーがだされるようだった。
飲みたいのはゲイシャコーヒー。
だからツアーには参加しなことにした。

カフェではいろんな種類のコーヒー豆が置いてある。

いちばん安いコーヒーで1杯1.5ドル。
なかなか良心的な値段。

でも、気になるゲイシャコーヒーの値段は?

ポット1杯(カップ2杯分)で10ドル。
カップ1杯5ドルは、まあまあ高いけどこの値段でゲイシャコーヒーを飲めるなんて安い。
原産地こその値段設定。

それに日本で飲めたとしても、きっと豆が古くなっている。
ここは新しい豆で淹れてくれる。

もちろん、ゲイシャコーヒーを注文。

注文してから出てくるまでけっこう待った。
15分は待ったかな。

豆から惹いて、ドリップで丁寧に淹れてくれた。

ポットといっしょに砂時計がついてきた。

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「2分経ってから飲んでください。」

店員さんにそう言われた。

紅茶なら経験があるけれど、コーヒーで待つのなんてはじめて。
「少しずつ飲んでいくうちに結局時間が経つので、意味ないんじゃないの?」って思ってしまうけど、蓋をしたポットの中であまり外気に触れない状態で2分間寝かせたらおいしくなるってことなのかな。

「このままだとコーヒーが冷えちゃうよ」とそわそわしながら、砂が落ちるのを待つ。
ようやく2分が経過。

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コーヒーの専門家たちはゲイシャコーヒーをこう称える。

「ジャスミンのような香り」
「アールグレイやレモンティーのような味
「桃やオレンジのようなフルーティーさを感じる」

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イクエとケンゾーはパプアニューギニアやスリランカなどのコーヒー産地を訪れたことがある。
でも、そこで知ったのは地元の人たちの間では「ネスカフェのインスタントが高級」とされていること。
いいコーヒー豆はすべて外国に輸出されてしまい、地元では市販のネスカフェがおもてなし用のコーヒー。

コーヒー発祥の地エチオピアでは、電気も水道もガスもない地元の人の家でコーヒーをご馳走になった。
コーヒー豆を、炭火で炒って、臼で砕いて、伝統的なやり方で淹れてくれた。
期待して飲んだコーヒーは、吐き出したくなるほど激マズだった。
隠し味に塩を入れられていたから。

コロンビアのコーヒーツアーで試飲したコーヒーは酸味が強すぎて苦手だった。

世界のコーヒー産地に足を運んだのに、おいしいコーヒーに巡り会えなくてショックを受けてきた。

今度こそ?

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カップの縁に鼻をつけて、香りを嗅ぐ。
「あー、いい匂い!」

そしてゆっくりと口に含む。
ふたりで唸った。

「おいしい!」

ケンゾーが言った。
「これ、今までの人生のなかでいちばんおいしいコーヒーかもしれん。」

ケンゾーが言うのはおおげさじゃなかった。
たしかにそう言いきっていいほどおいしい。

わたしは一言で言うなら「絶妙のバランス」

これまでコーヒーを飲んできて「おいしいけど、苦すぎるな」とか「ちょっと酸味が強い」とか「香りはいいけど軽すぎる」とか、何かひっかかるものがひとつやふたつあった。
でも、このコーヒーには足りないもの、過剰なものがない。
パーフェクト。
よくワインやコーヒーで「バランスのとれた」とか言われるけれど、「バランスって何?」って思ってきた。
でも、これはまさしく「バランスのとれた」コーヒーだった。
「バランスのとれた」ってこういうことを言うんだ。
ちょうどいい甘み、苦み、酸味。
しっかりとした、それでいて華やかな味。

わたしもケンゾーもただコーヒーが好きというだけで、コーヒーについて勉強したわけでも知識があるわけでもない。
でも、素人のわたしたちにとってもゲイシャコーヒーは特別だった。

この味、何かに似てる。
味わったことがある味。
なんだろう。

ずっと考えていた。
思い出せない。

あ!あれだ!!

蜂蜜だ!

おいしくて濃厚な蜂蜜って甘いけど、ちょっと舌に残る苦みみたいなものがある。
甘ったるいだけじゃなく、爽やかな酸味もある。
そしてあの香り。

コーヒーの専門家はゲイシャコーヒーをフルーツや花に例えるけど、わたしはまさに蜂蜜!

これまでの人生で飲んできたコーヒーの中でいちばんおいしいコーヒーを、ひとくちひとくち、大事にゆっくり味わった。

ちなみにこのゲイシャコーヒー、豆そのものもパックされて売られていた。
75グラムで12ドル、250グラムで40ドル。

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迷ったけど、普通のコーヒー豆に比べればかなり高いので買わなかった。
でも、買えば良かったって後悔。
75グラムだと5杯〜7杯くらいのコーヒーを淹れられる。
家族や友人といっしょに飲めば一回きりで使い果たしてしまうけど、それでも1杯2ドルくらいで飲める計算。
お土産に買えば良かったなあ。

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カフェを出たら、電柱にリスがいた。
真っ黒なリス。
目が小さくてかわいい。

そして、宿に戻るとすぐ前の建物に虹が掛かっていた。
こんなに低い虹を見たのは初めて。
なんでこんな低いところに虹ができるんだろう。

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パナマ・シティにはカラフルな民族衣装を着ていたクナ族がいたけれど、ここにはグアイミー族の人たちが暮らしている。
髪は長く、丈の長いワンピースに身を包んでいる。
青やピンク、赤、黄色、オレンジ。
鮮やかな色ではあるけれど、どれか一色。
無地のワンピース。
クナ族のようにいくつもの色を使ったパッチワークはなく、シンプル。

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結局わたしたちはボケテに4泊した。
温泉に浸かって、おいしいコーヒーを飲んだ以外何もしていない。

でも、宿は安くて居心地がよく、ボケテの過ごしやすい気候がわたしたちを長く滞在させた。

キューバとベネズエラの旅は、刺激的ではあったけど体を無理させることが多く、心身ともに疲れがたまった。
ここボケテでようやくリラックスして、エネルギー補給したところで、今度はコスタ・リカを目指す。

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またもや、アメリカの中古のスクールバスをそのまま再利用している路線バスに乗って。
この路線バスでボケテからいったんダヴィッドに戻る。
運賃は1.75ドル。

ダヴィッドに着いたら今度はワゴンバスに乗り換えて、国境の街パソ・カノアスへ。
運賃は2.1ドル。

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1時間あまりで国境に到着。
中米は出国税や入国税とかよくわからないお金がいろいろとかかると言われている。
この国境でもお金を徴収されたと言う旅人もいたけれど、わたしたちは何も払わずにすんだ。
中米の国境はあいまいなことが多い。
職員によって対応が違うこともあるし、制度が徹底されていなくて国境の場所によってやり方が違うのかもしれない。

国際バスでそのまま国境を通過する時は「出国税」と称してバスの車掌が徴収し、入管に渡さずに着服、なんて噂も聞く。

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何もないからほぼ素通り、と思っていたパナマだったけど、結局7泊滞在。
近未来都市パナマ・シティのビル群も、少数民族の人たちの姿も目にできたし、温泉と極上コーヒーでリラックスできて、わたしたちなりに満喫。

次は、動物王国コスタ・リカだよ〜 ♪
果たしてケンゾーが会いたがっているナマケモノに遭遇できるのか?
そして、神秘的な海ガメの産卵に立ち会えるのか?
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旅の終盤に超便利なアイテムをゲット!

2016.02.10 12:15|パナマ☞EDIT
記事の更新が滞ってしまってごめんなさいなケンゾーです。
リアルタイムはアメリカ・ロサンゼルスに滞在中。
友人の家に泊めてもらって、連日美味しい食べ物をお腹がはち切れるほど食べて至福の日々を過ごしています。
こんな贅沢な思いができるのもあともう少しで終わりだなあ。

服をはじめすべての持ち物をその都度買い替えながら旅しているケンゾーとイクエ。
靴は3足目だし、日本を出発したときの物でまだ残っているのはほんのわずか。
そしてまたひとつ、ボロボロになって使えなくなったものが。
毎日のように背負ってきたケンゾーのバックパックが寿命を迎えようとしているので買い替えることに。
次もちゃんとしたバックパックにしたいところだけど旅も終盤。
あと2か月ちょいのためにバックパックを買い直すのはもったいない。
どうしたもんかなあとショッピングセンターを物色していると、よさげなアイテムを発見。
新しい旅のお供がこちら、お値段20ドルなり。

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まさかのスポーツバッグタイプ。
かなり大きくて、いままで使っていたバックパックが丸ごと入るほど。
これならこの先買っていこうと思っているお土産もたくさん入る。

決め手はコロコロ付きだってこと。
背負うことはできないけど、コロコロと転がして歩けるからかなり楽ちんに移動できるはず。
キャビンアテンダント風に見えなくもなくて、貧乏臭さがちょっとは薄れて見えない?

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値段も安いし、いい買物だった!って大満足、のはずだったんだけど、荷物を詰め替えて実際に使ってみると一瞬で大後悔。
これ、スーツケースと違ってふにゃふにゃだから引っ張る手にすべての重量がかかってしまう。
腕がプルプル。
重すぎてほんの5分歩いただけで手が悲鳴をあげてしまうという致命的な欠陥が発覚。
ぜんぜん楽チンじゃなくてガッカリ。

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買ってしまったものは仕方がない。
あと2か月ちょい、スポーツバッカーでなんとかやっていくしかない。

パナマ・シティでは他にもゲットした物が。
ケンゾーとイクエにとって旅のマストアイテムとなっているものがコイルヒーター。
コンセントに差し込めば、先っぽの鉄のコイルに電気が流れて熱くなり、そのコイルを水を入れたコップや鍋に突っ込んで
お湯を湧かすという、単純かつ便利な調理器具。
壊れては買い直しを繰り返してきて、いま使ってるのは6個目くらいかな。
6個目のコイルヒーターも壊れちゃって買い直さないといけないなと思ってたんだけど、パナマでいくら探しても見つからない。
どうしたもんかなと悩んでたふたりの目に留まったあるアイテムが。

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買ったのは、まさかのコンロそのもの。
これも世界中どこでも見かけてはいたんだけど、さすがにコンロを持ち歩くのはやりすぎなんじゃないかと避けていた代物。
パナマでも見つけて悩んだ末に、思いきって購入。
たしかにちょっとかさ張りはするんだけど、見た目の印象よりは軽くて持ち運ぶのもそんなに苦にはならない。
値段が6ドルと安いので、邪魔になるようだったら処分すればいいしと思って購入したんだけど、結果的には大正解だった。
料理の幅がぐっと広がったし、無理してキッチン付きのホテルを探さなくていいので気が楽になった。
こんなことならもっと早く買っとけばよかったよ。
重くて高いトラベルクッカーを買うくらいなら、このコイルタイプのコンロのほうが断然おすすめ。
とくに自炊派なら買って損はないと思う。

パナマ・シティで買った物がもうひとつ。
イクエのトレードマークになっていた赤い帽子もボロボロになってたのでリニューアル。
なかなか適当なものが見つからなくて探しまわった挙げ句、ぺらぺらで頼り無さげなストライプの帽子を2ドルでゲット。

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買ったはいいけどあまりにもぺらんぺらんでショボかったこの帽子。
つばが小さいので日よけにならないし、軽すぎて風が吹けばすぐに飛ばされてしまう。
イクエがさっそくリメイク。
買った帽子の本体(?)とつばの部分を切り離し、古い帽子の上にかぶせてくっ付けてしまった。
ボロボロさは解消されないし、なんだかちぐはぐな感じが否めないんだけど、本人はこれで満足みたい。
古い帽子の本体部分が破けていたから、それを隠すことができた。

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イクエは手作り感たっぷりの帽子を被り、ケンゾーはコロコロを使うことなくスポーツバッグを肩に掛けてふーふー言いながら移動開始。
首都のパナマ・シティから向かうのはコスタ・リカとの国境に近いボケテという街。

ボケテ

見どころの少ないパナマを素通りしてこのままコスタ・リカに抜けちゃってもいいんだけど、高原にあるボケテは涼しくて居心地がいいらしいのでちょっと寄り道してみることに。

まずはパナマ・シティのバスターミナルからダヴィッド行きのバスに乗る。
ダヴィッドまで1人15.25ドル、運賃とは別に10セントのターミナル使用税が必要。
パナマ・シティ 〜 ダヴィッド間は約470km、およそ8時間で15ドルだからパナマのバス代はそこそこ高い。

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夕方6時にダヴィッドに到着、そのままボケテ行きのバスに乗り換える。
ボケテまでのバスは、アメリカで使っていたスクールバス用のボンネットバス。
狭いベンチシートにがんばって体を押し込めて座る大人たち。
外装はいいけど、内部はちょっと改造したほうがいいんじゃないかな。

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1時間後の午後7時にボケテ到着。
目星をつけていたPENSION MARILOSにチェックイン。
このホテルは居心地がよかった。
ツインベッドルーム、バス・トイレ共用、キッチン利用可で1部屋15ドル。

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とても小さなボケテの街だけど、ラフティングなどのアクティビティがけっこう充実している。
でもケンゾーとイクエはベネズエラでさんざん遊び回ったのでアクティビティ類はパス。
それよりももっと魅力的なものがここにはある。

翌日、その魅力的なスポットをめざすべくセントロからカルデラ行きの乗合いワゴンに乗車。
カルデラまで1人1.80ドル。

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街から1時間弱、「アグア・テルマに行きたい」とドライバーに伝えておくと交差点で降ろしてくれる。
ここからは徒歩。
運が良ければ通りがかった車に乗せてもらえることも。

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目的地までおよそ3kmの道のり。
静かな森の中をてくてくと歩いていく。
きれいな川に架かる吊り橋を渡ったらゴールまであとちょっと。

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45分ほど歩いてようやく到着。
やって来たのは、温泉!
カルデラ温泉とかロス・ポソス温泉とか呼ばれているこの温泉。
個人が自分の敷地内に涌き出している温泉を開放しているみたいで、2ドル払えば誰でも入ることができる。
積み上げた石で囲われているだけの素朴な造り。
お湯の量は少ないけれど、意外と温度が高いので寒くはない。

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温泉は敷地内に3か所。
川沿いが雰囲気が良くておすすめ。
システムがいまいちよく分からないんだけど、運がよければ2ドルだけでこの川沿いの温泉にも入れるけれど、運が悪ければおじさんがやって来てさらに5ドル払うように言われることも。

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ここまでたどり着くにはちょっと面倒だけど、森林浴をしながら温泉に浸かるのは気持ちがいい。
お湯の温度も日本人好みだし、足を伸ばす価値はあるんじゃないかな。
お肌がツルツルになったところで、つぎは最高級の◯◯を飲みにいっちゃいま〜す ♫
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運河以上にパナマで度肝を抜かれたもの

2016.02.07 22:37|パナマ☞EDIT
姪っ子へのお土産がなかなか見つからずに毎日探しまわっているイクエです。
わたしたちが帰国するときはちょうど姪っ子の誕生日。
かわいいお土産を買いたいのにいいのがない。
小学4年生という微妙なお年頃なので、子どもだましの物ってわけにもいかないんだよねぇ。
なんか見つかるかなあ・・・。

パナマに来たのに、いちばんの見どころパナマ運河の水門を「入場料が高い」という理由で見なかったイクエとケンゾー。

でもいいの。
別に運河の仕組みには興味がなかったから。

でもケンゾーが言った。

「いやぁ。
 これ見られただけでパナマに来た甲斐があったよ。
 まさか、こんなんとは思っとらんかったけん。
 来てよかったばい。」

ケンゾーが言う景色がこれ。

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パナマ・シティのビル群。
空高くまで伸びるビル、ヘンなデザインのビル、窓だらけのビル・・・。
「どうしちゃったの?」というぐらい、ビルだらけ。

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パナマはドバイみたいにお金持ちの国なのかな。

パナマ運河の通航料で相当儲かっているのは間違いない。

パナマ運河にまつわる仕事は多いだろうし、それで生まれる雇用もある。
運輸とか貿易とか技術とか、パナマ運河関係の会社の社長はお金持ちだろうなあ。

ケンゾーが調べたところによると、この国ではもともと金融業も盛んなんだって。
金融業でうまくお金をまわし、蓄えることができれば、こんな不動産を買えるのかもしれないなあ。

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パナマの一人当たりのGDPは1万ドルを越していて、中米ではもっとも高い。
経済成長も中南米のなかで高く、ブラジルに匹敵するほどなんだとか。

けれど富を手に入れる人たちはわずか。
貧富の差は激しく、国民の3人に1人は貧困層らしい。

新しい高層ビルもどんどん建設中。
隙間がないほど。

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パナマの経済を支えているのは、運河、金融業。
そしてバナナやエビの輸出。
太平洋とカリブ海に面しているから、魚介類がたくさん獲れる。
旧市街からほど近い漁港に、こんな立派な魚市場が。
日本の支援で作られたのだそう。

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清潔感のある魚市場。
1階は魚屋さんで、2階はシーフードを食べられるレストラン。
活気がある。

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残念なのは、そこまで安くないこと。
パナマの物価がそもそも安くないので仕方がない。

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値段はキロではなくリブラ表記。
1リブラは460グラム。
このカニは、1リブラ7.5ドル。

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伊勢エビなんて日本では高級でなかなか食べられない。
多少高くてもこんなロブスターを買って調理したいけど、さすがにゲストハウスの狭いキッチンでは無理。

この日は、カツオとタコを購入。
カツオは刺身と焼きにして。
タコは海鮮パスタに。

カツオはあまり身が引き締まってなくて、「おいしい!」とは言えなかった。
残念!

新市街はビルだらけでドバイみたいだけど、新市街を抜けて旧市街の方に進んでいくと下町の雰囲気。
昔ながらの商人の街。
人や車が行き交い、お祭りみたいに賑やか。

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そして下町をさらに進み旧市街に突入すると、コロニアルな建物が並び、時間がゆったりと流れる。
こんな場所には、パナマ帽がお似合い。

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近代的なビル群もあれば、下町もある。
さらに世界遺産のコロニアルな歴史地区、旧市街。
運河もあるし、海も見える。

パナマ・シティはそんなに大きくないんだけど、いろんな景色がある。

未来都市のように高層ビルがそびえ立ち、発展している街の風景の中に、こんな人たちの姿も。
ミスマッチではあるけれど、あまりにも普通に歩いていて、その風景に溶け込んでいる。

それがこんな人たち。

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この人たちは、クナ族。
カリブ海の民族で独自の言葉をもっている。

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鼻の穴からキラッキラッと輝く物がチラチラ見える。
鼻の中に金のピアスを貫通させるのがクナ族のスタイル。
女性の衣装は「モラ」と呼ばれる鮮やかなアップリケで飾られている。

ふくらはぎはカラフルなビーズの刺繍で覆っている。
おしゃれ。

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もともとクナ族が住んでいるのは、パナマのカリブ海に浮かぶ350の小さな島々、サン・ブラス諸島。
そこにはおよそ5万人のクナ族が生活している。
しかしそこから移住した人もいて、パナマ・シティにも彼らのコミュ二ティーがあるらしい。

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経済が発展した都市パナマ・シティ。
ショッピングセンターもあって、軒を並べる服屋では大量生産の服を競ってバーゲンセールしている。
そんな環境の中で暮らしながら自分たちのスタイルを守り抜いているクナ族の女性はカッコ良くもある。

民芸品を売って生計を立てている人たちもいる。

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わたしたちは今回行かないけれど、クナ族が伝統的な生活をしているサン・ブラス諸島はとても美しい場所らしい。
ボートで島巡りをし、カリビアンブルーの海でシュノーケルを楽しむツーリストも多い。
でも電気や水道がない島もあって、宿は寝るだけの簡素なもの。
だからこそ、満点の星空の下、波の音を聞きながらハンモックに揺られるのも悪くない。

でも、このパナマ・シティを照らすのは夜空の星ではなく、摩天楼の明かり。

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海も火山もあるパナマ。
そして伝統的な文化を守り続ける民族たちがいる。
クナ族以外にも、上半身裸のエンべラ族という民族がいて2万5000人暮らしている。
先住民族はパナマの人口の10パーセントを占める。

鮮やかで、独特で、おもしろい世界。
小さな国ではあるけれど、様々な表情をもっている。
それがパナマの良さでもある。

パナマで度肝を抜かれた高層ビル群。
でもその景色は圧倒されるけれど、とても無機質で味気ない。
そんな世界に飲み込まれることなく、これからもこの国にしかないパナマらしさを持ち続けてほしいなあ。

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パナマ「パナマ・シティ旧市街」☆なし 廃墟だらけ!

2016.02.05 10:49|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
ついさっき髪を切ったばかりのケンゾーです。
10日後に帰国を控えての駆け込み散髪。
旅していると980円の散髪代も高く感じるからねえ。
かなりオンボロでレトロ感漂う散髪屋でお願いしたから、日本で切り直さないといけないリスクもあったんだけど、まあまあの仕上がり。
お値段なんと約210円!
あとは帰国時の服装を考えないと。

高層ビルが林立する世界有数のビジネス街と、スペイン統治時代のコロニアルな街並みというふたつの顔をもつパナマ・シティ。
旧市街のカスコ・ビエホ地区を歩いていると、路地の奥に近代的な高層ビルが見え隠れ。

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今回宿泊したホテルは旧市街にあるHOSPEDAJE CASCOVIEJO。
トイレ・シャワー共用でダブルベッドルームが28ドル。
宿代が高いパナマ・シティで、この値段は安いほう。
朝食も付いていてスタッフの感じも悪くはない。

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パナマは独自の通貨をもたず米ドルを使っている。
宿のスタッフも英語がペラペラだし、アメリカやカナダからの旅行者が多いのか、宿泊者同士の会話も英語ばかり。
パナマに入ってからグッとアメリカが近くなった印象。
スペイン語もまだまだ全然喋れないんだけど、もう一年近く慣れ親しんだので英語よりもスペイン語のほうがしっくりくるようになった。
これから北上するにつれ、英語を喋る機会が増えていくんだろうなあ。

かつての街の中心地は旧市街から11kmほど離れたパナマ・ビエホ。
1519年にスペイン人によって建設されて以降、金融と貿易で繁栄していったこの街も、1671年に襲来したイギリス人海賊ヘンリー・モーガンによって金銀財宝を奪われ、徹底的に破壊されてしまうことに。
このヘンリー・モーガンこそが映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』の主人公ジャック・スパロウのモデルとなった伝説の海賊。

破壊されたパナマ・ビエホに代わって街の中心地となったのが、現在の旧市街であるカスコ・ビエホ。
この旧市街の街並みは世界遺産に登録されている。
さぞかし立派で、スペイン統治時代の栄華を存分に感じることができる街並みなんだろうと期待していたんだけど・・・。
実際は拍子抜けするほどショボい。
街歩きをしているとボロボロの建物がよく目につく。
いまにも屋根や壁が崩れてきそうで、思わず建物の反対側を歩きたくなる。
実際に崩れることがあるのか、落下防止の板が設置されている建物も多い。

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たしかに美しいコロニアルな建物もあるにはあるんだけど、落書きだらけの廃墟と軒を連ねているので台無し。
予想外にお粗末な街並みだ。

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旧市街の象徴、100年以上の長い歳月をかけて建てられたカテドラル。
シンプルと言えば聞こえはいいんだけど、殺風景というか手入れが行き届いていない印象。
いままで南米を旅していてこんなカテドラルは見たことない。
小さな町の教会よりも廃れている気がする。

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海沿いに建つオレンジ屋根の建物は大統領官邸。
一国の大統領の官邸にしては小さくて驚きなんだけど、そのすぐ裏手がボロくてビックリ。
これ、大統領官邸の真裏なんだけど信じられる?

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街並みを楽しむことは諦めて、美味しい酒を楽しむことに。
昼間から観光客で賑わっているのはLA RANA DORADA。
スペイン語で「RANA」はカエル、「DORADA」は黄金の意味。
ここは金色のカエルがマスコットキャラクターのビアホール。

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実際にパナマには絶滅の危機に瀕している「パナマゴールデンカエル」という品種がいるんだそう。
ここではピルスナーやペールエールなどこだわりの地ビールが飲めるんだけど、嬉しいのが試飲サービスがあること。
4種類の試飲ができて、好みのビールを見つけることができる。

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試飲の結果ケンゾーは黒ビール、イクエはブランチェをチョイス。
黒ビールは甘みは強くなく割とすっきりとした味。
ピルスナーは白ワインのような華やかな香りと口当たり、ほのかに甘くビールが苦手な女性でも飲めるような軽やかな味。
お値段はハーフパイント(約250ml)で3ドル。
この日は日曜日。
平日には半額になるハッピーアワーが設定されているので飲みに行くなら平日に。

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さて、中米の旅最初の世界遺産「パナマ・シティ旧市街」。
「星いくつ?」

「星、なし!

いやあ、これで世界遺産はないでしょう。
スペインらしいカラフルな建物が並ぶ一画もあるにはあるけれど、いたるところに廃墟があって興ざめ。
早急にどうにかしないと治安も悪化して観光客が遠のくんじゃないかな。

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最大の見どころはサン・ホセ教会。
海賊ヘンリー・モーガンによって見るも無残に破壊されたパナマの街だけど、この教会の黄金の祭壇だけは漆喰を塗って隠していたので奪われずに残ったんだそう。

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ボロが目立つ旧市街も、夜になると暗さがボロさを覆い隠してくれる。
ガイドブックでは旧市街は治安が悪いので夜はあまり出歩かないようにと書いてあるものもあるけれど、夜遅くても人通りは多く、暗い路地に入り込んだりしなければ大丈夫そう。

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とは言っても、見どころがないことには変わりはない。
宿代も安くはないし、とっとと移動するに限るかな。

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パナマ運河 通航料は驚きの・・・円!?

2016.02.04 11:12|パナマ☞EDIT
海外に来てまで花粉症に悩まされているイクエです。
目が痒くて鼻水とくしゃみが出て・・・。
大気汚染が原因かなって思っていたけど田舎に移動しても症状が続くから、たぶんなんかの花粉だと思うんだよね。
帰国したらすぐに日本の花粉症の時期に突入するから、まだまだ続くかと思うと憂鬱だよ。

いろんな意味で刺激的だったベネズエラから次に向かうのはパナマ。
いよいよ中米に突入!

パナマ

アメリカ大陸の最南端から陸路で北上してきたので、このままパナマまでバスで、と言いたいところだけどそうはいかない。
パナマと隣接しているコロンビアから陸路のルートはない。
というのも、ジャングルでちゃんとした道がないうえ、ゲリラや山賊も潜伏しているから。

なので旅人は2つの方法を選ぶ。
飛行機か船か。

結局、船のほうがお金がかかるのでイクエとケンゾーはベネズエラのマラカイボから飛行機に乗ってパナマシティに行くことにした。

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ベネズエラの航空会社のレトロな飛行機に乗って。

この前、このレトロな飛行機の写真を載せたら読者の方からこんなコメントをいただきました。

「うわ、この飛行機、ボーイング737の100型か200型じゃないですか!
これが製造されたのは1980年代初期までで、わかりやすく言うと初代ファミコンの登場より古いです。飛行機詳しい人に自慢できますよ、これ乗ったって。燃費悪いし騒音も大きいから、どこの航空会社もとっくに退役させてるんですけど・・さすがベネズエラ。」

わたしたち、そんなレアな飛行機に乗ってたんだね。
「ふっるーい!」
「なにこれ?」
って文句ばっかり言ってたんだけど、そんな貴重な飛行機ならもっとしっかり写真を撮っておけば良かった。
頭上にある照明とか古臭いし、キャビンアテンダントを呼ぶボタンとか麻雀のパイ2つ分くらいの大きさだったの。

それにね、キャビンアテンダントの格好がありえなかった。
ただの私服。
通路に立つボーダーの服のおねえさん、どっから見ても乗客にしか見えない。
でも、彼女がアテンダントのチーフだったからね。

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昭和の時代の飛行機に乗って到着したパナマ空港。
パナマは物価が高いようなので、今晩は空港泊。

誰にも邪魔されない、人目につかない寝床を見つけたよ。
階段と壁の隙間。

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ちなみにこの写真は朝方だけど、夜間はチェックインロビーにはほとんど人がいなくて静かだった。

空港から中心地まではけっこう離れている。
でも路線バスで移動することができる。

空港の駐車場を抜けて大通りまで出るとバス停が。
最初、別のバス停で待っていたら優しいパナマ人たちが「街へ行くのはあっちのバス停だよ」と教えてくれた。

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路線バスの運賃は現金では支払いができない。
「スイカ」、福岡で言えば「はやかけん」のようなカードをもっていないとだめ。
(福岡市地下鉄の「はやかけん」のネーミング、ダサすぎる。
「・・・けん」って方言の文末表現と「券」をかけているんだけど、「はやか」でいいやんねぇ。)

このカード、空港でも買えるのかはわからない。
わたしたちはロライマをいっしょに登ったマサくんからもらっていた。

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バスやメトロで使えるほか、バスターミナルの使用料もこのカードで支払える。
チャージはターミナルやメトロの駅のほか、街の中のコンビニみたいなところに設置された機械でもできるよ。

カードを持ってるから余裕でバスに乗ったんだけど、チャージされている残高が足りなかった。
そしたらおじさんがさりげなくカードを貸してくれて、その分おじさんに現金を渡した。

おじさん、ありがとう。
最初のパナマ人の印象は、好印象!

バスはハイウェイを走って、中心地へ。

窓からパナマシティーの街並みが見えてきたんだけど、びっくり!

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高層ビルが、すごい。
ドバイみたいに乱立している。
しかもどれも新しそうでキラキラしている。

パナマがこんなに発展している国って知ってた?

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窓越しに上を見上げながら「すっげ〜」と連発していたイクエとケンゾー。
宿は旧市街のホステルを予約している。
バスを降りたところには新市街のビル群のような光景はなく、商店街の風情。

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泊まった宿の紹介はあしたにするとして、さっそく観光に。
パナマと聞いて真っ先に思い浮かぶのはアレでしょう。
というか、それしか思い浮かばない。

パナマ運河!

野球には興味がないわたしだけど、昔仕事していたときに取材したホークスの選手についてはよく覚えている。
その選手はパナマ出身のズレータという選手。
ズレータがファインプレーをするたびに、実況のアナウンサーが叫んでいた。
「パナマう〜んが〜!!!」

そして本人もカメラを向けられたときに、ポーズをとって決まって言っていた(言わされていた?)。
「パナマう〜んが〜!!!」

日本人のパナマに対するイメージのなんて貧相なことよ・・・。

パナマ運河にはいくつか水門がある。
水門で運河の水を堰き止めたり溜めたりしながら、船を行き来させている。
パナマシティーからもっとも近く、観光地になっているのがミラフローレス水門。
入場料がいるらしいし、イクエもケンゾーも運河にはそれほど興味がないけど、ほかに行くところもないのでとりあえず路線バスで行ってみることに。

さっそく車窓から、貨物船が運ぶコンテナの集積場が見えてきた。

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陸続きのアメリカ大陸。
中央部に位置するパナマに運河ができたことは画期的だった。
船は大回りせずに、太平洋からカリブ海(大西洋)へ、カリブ海(大西洋)から太平洋へと抜けることができるようになった。

運河なんて陸を削って溝を掘れば簡単にできそうなものだけど、実際そうはいかない。
本来、川は高いところから低いところへと水が流れている。
けれど運河の場合、低いところから高いところへ水を流さないといけない場合が出てくる。
パナマ運河の西側の端は太平洋に面していてもちろん海抜0メートル。
逆の東側の運河の端はカリブ海に面していてこちらも海抜0メートル。
そして中間地点は標高が高くなり、もっとも高いところで26メートル。
この差を埋めるために、パナマ運河にはいくつかの水門がある。
水門を閉じたり開いたりしながら人工的に水位を変えていく。

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ミラフローレンス水門では、その様子を見学できる。
下の写真の茶色い建物がビジターセンターと博物館。
博物館では運河の歴史や仕組みが展示されていて、建物のテラスや屋上から運河を見下ろせる。

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水門が閉じられどんどんと運河に水が溜まっていき、目の前を大型船がゆっくりと走行していく。
というのを目の前で見学するはずだったんだけど、イクエとケンゾーは見学するのをやーめた。
チケット販売の窓口までいったんだけど、入場料が高かったんだもん。
昔は博物館に立ち入らずにテラスから運河だけを見学することができてその場合の入場料は安かったんだけど、いまは博物館とのセット券しか販売されていなかった。
たしかひとり15ドル。
ふたりで4000円弱は高いなあ。

でも、観光客はひっきりなしに入っていた。
この施設、ものすごく儲かってると思うよ。

わたしたちはビジターセンターに入らず、駐車場からチラ見。

a_DSC_4409.jpg

ビジターセンターには入らなかったけど、パナマ運河については調べていたのでちょっと紹介。

パナマ運河の構想は古く、1534年にスペインのカルロス1世が調査を開始。
でも当時、これを実現することは不可能だった。

パナマ運河の建設が現実味を帯び出したのは19世紀末。
スエズ運河を建設したフランス人・レセップスがパナマ運河の建設を計画。
けれどうまくいかずに工事は頓挫。
その後、アメリカが工事を引き継いだ。
アメリカによる運河建設の着工は1903年。
このときパナマはまだコロンビア領の一部だった。
アメリカは運河建設の際に、この地域を今後租借するという条件をコロンビア政府と結ぼうとしたけれど、アメリカにとって都合のいいものだったのでコロンビア政府はこれを拒否。

するとアメリカは、コロンビアからの分離独立を求めていたパナマの独立派と結託することにした。
アメリカは独立派を支援し、親米政権のパナマが誕生。
1914年に運河が完成すると、それから長いことアメリカが管理。

これに意を唱えはじめるパナマ国民たちが出はじめた。
パナマの民族主義が高まり、パナマ運河の返還運動が盛んに。
運河返還を公約にした大統領も出現。
運河完成から実に85年。
1999年、ようやくパナマ運河がアメリカから返還されることになった。
運河の周辺の土地や米軍の施設も返還され、その土地を活用することによってパナマは近年目覚ましく発展していったのだそう。

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この運河を通る船は、通航料を支払わないといけない。
船の大きさによって通航料が定められている。

平均で船一台いくら払ってると思う?

なんと54000ドル(約640万円)!
大きな船だとパナマ運河を通るのに3000万円以上支払っているんだって。
通航料だけで1年間で20億ドルくらいの収入があるそう。
すごい。
パナマにとって、パナマ運河は打ち出の小槌。

日本にもこういうのがあったら、国家安泰なのにねぇ〜。
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海外(メキシコ)でアメリカビザを申請する方法

2016.02.03 12:18|メキシコ☞EDIT
メキシコ人の友だちの家にホームステイしていたので、ブログの更新が滞ってしまったケンゾーとイクエです。
最近日本人宿ばかり泊まってくつろぎすぎていたけれど、やっぱり現地人の家庭に宿泊するのってとても楽しい。
ホームステイしながらの旅が好きだなあ。

きょうは、旅日記から少し外れてアメリカのビザの申請についてお伝えします。

アメリカと仲良しの日本。
アメリカにいろいろといいように利用してもらっている日本。

そんな日本人にアメリカ様から特典をもらっている。
それはアメリカ入国のビザ免除。

日本はアメリカのビザ免除プログラム参加国(VWP)。

免除されている代わりに日本人はESTAというものを申請する。
ESTAの申請は簡単。
オンラインでできる。
インターネットで申請書に入力し、クレジットカードで14ドルを支払って完了。

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アメリカ経由で帰国することにしていたケンゾーとイクエ。
陸路での入国だとそのESTAも不要なので、メキシコから陸路でアメリカに入る予定にしていた。
しかし、そんなふたりに去年の年末、驚くべきニュースが。

「ビザ免除国の国民であっても、2011年3月以降にイラン、シリア、イラク、スーダンへの渡航歴がある場合ビザが必要になる。」

アメリカが近々ビザ免除プログラムのルールを変更するという情報を入手。

ケンゾーとイクエはこれにひっかかってしまう。

スーダンも旅したし、イランにも行っている。
イランにいたっては、イラン旅行がおもしろすぎてイランビザをわざわざ延長し、2か月も滞在してしまった。

でも、この時点でアメリカ政府はこの新しい制度をいつから施行するのか公式には発表していなかった。
日本とアメリカそれぞれの旅行代理店に勤務している複数の友人にいつから施行されるのか聞いてみると、みんな「4月からじゃないか」という返事。

ケンゾーとイクエのアメリカ入国は1月後半か2月あたま。
2月中旬には日本に帰国するので「じゃあ、だいじょうぶだね」と安心していたのだけれど・・・。

なんと1月21日にアメリカ政府が「ビザ免除プログラムの変更」を公式発表。
しかも同日施行。

ええっ〜〜!!!!
普通だったら「◯◯年◯月◯日から施行します」って余裕をもたせて発表するのに。
こんな急にやっちゃうところが、アメリカ。
翌日に渡米を控えている人とかどうなるの!?

でも、人のことを心配している場合じゃない。
わたしたちがアメリカに行くまであと10日しかない。

ケンゾーとイクエは、アメリカ・ロス→中国・上海、上海→韓国・済州、済州→釜山のフライトチケットをすでに購入済み。
そして釜山からフェリーで帰国することにしている。

やっかいなのは、たとえアメリカを旅行せずにトランジット目的でアメリカの空港に立ち寄るだけだとしても、一旦入国手続きをしないといけないのでビザが必要だということ。
もしあと10日以内にアメリカビザが取れなければ、予約しているすべてのチケットが無駄になってしまう。
そして、アメリカ以外の国、カナダなどを経由する飛行機を探してチケットを取り直し、帰国しないといけない。

アメリカ野郎めぇ〜!!
しかもビザ代はひとり160ドル。
いままでいろんな国のビザを取ってきたけど、こんな高いビザ代、払ったことないよ。
アメリカめぇ〜!

でも文句を言っているヒマはない。
なんとかしなくては。

日本人の旅行者で、これまでアメリカビザを取ったことある人なんてほとんどいない。
しかも日本以外の国でアメリカビザをどういう風に申請すればいいのか、情報がない。

今いるメキシコで、日本人のただの旅行者のケンゾーとイクエがビザを取ることができるのか。

わたしたちには苦い思い出がある。
ロシアに行きたくて、中央アジアのロシア大使館でビザを申請したところ、却下された。
日本ではロシアビザは比較的簡単に取れるけど、ほかの第三国で申請する場合、なぜそこで申請する必要があるのか適切な理由が求められることがある。
そこの国に住んでいるという証明書だったり、そこの国のビザだったり。
わたしたちには必要な書類が足りず、結局ロシアビザが取得できず、ロシア出入国の飛行機や国際バスまで予約していたのにキャンセルするはめになった。

今回、メキシコのアメリカ大使館で短期間でビザが取れるのか。
不安は大きいけれど、とにかくやれるだけのことをやってみることにした。

(ここからは、メキシコシティでのアメリカビザの申請方法について書きます。
ほかの地域や国で取得する場合もだいたい同じ方法だと思われますが、その場所や対応する職員によって少し変わってくると思います。あくまで参考までに。)

1、まずはメキシコのアメリカ大使館のホームページをチェック
http://mexico.usembassy.gov/visas.html

アメリカビザにはいくつか種類があるけれど、旅行者が申請するのはNon-
immigrant Visas(B-2のビザ)。

写真1

ホームページで「Visas」欄にある「Non-immigrant Visas」の項目を開く。
すると「How to Apply」というビザ申請のプロセスを説明したページがあるのでそこを参考にしながら、オンラインで申請していく。

写真2

2、「DS-160」というオンラインのビザ申請書をパソコンで入力していく

このページを開くと申請番号が与えられる。
IDみたいなものなのでこのIDを控えておけば、途中で申請書の書き込みを中断していったんホームページを閉じても、IDを打ち込むと中断した申請書が読み込まれ入力が再開できる。

申請書の内容はとても細かくて、完成させるのに時間がかかる。
名前や住所、職業などの基本的な個人情報のほか、親の名前や生年月日、これまでのアメリカへの渡航歴、人生で訪問したすべての国名などたくさんの項目に答えていかないといけない。
そして「あなたはテロリストですか」というようなあからさまな質問も。
難解な単語も登場するけれど、日本語表記にしておけばパーフェクトに日本語に訳してくれるので英語が苦手でも大丈夫。

ホームページ内では申請書に顔写真を添付するように説明されているけれど、その必要は無い(メキシコシティの場合は)。
後日、指定された場所で写真撮影と指紋採取を行なう。

申請書を完成させて「送信」ボタンを押す。

写真3

3、ビザ代の支払い

申請書を完成させると、ビザ代の支払いについてのページが出てくる。
ビザ代は160ドル。

支払い方法は2つ。
1つは指定された銀行口座に振り込む。
もう1つはクレジットカードでの決済。

銀行口座への振り込みは現地通貨(メキシコペソ)で、クレジットカードだと160ドルきっかり引き落とされる。
口座振り込みの場合のメキシコペソの金額は、計算してみると160ドルよりも高くて損することになるので、ケンゾーとイクエはクレジットカードで決済することに。
このほうが楽だし。

ちなみに支払ったビザ代は、たとえその後ビザ申請が却下されてビザが発給されなかったとしても返金されない。
これはかなり怖い。
ケンゾーとイクエ、あわせて320ドルが無駄なるかもしれないということ。

不安だったので、わたしたちは支払う前にわざわざメキシコシティの大使館を訪ねた。
そんなことをしても大使館の中に入れてくれて応対してくれるわけではないんだけれど、運良くたまたま入口に英語が話せて仕事ができそうな男性スタッフがいた。

「大丈夫。日本人でしょ?
 お金を振り込んでくれれば、君たちには問題なくビザが発給されるよ。
 お金を振り込んで翌日くらいには、オフィスで顔写真の撮影と指紋の採取。
 通常なら、そのまた翌日に面接。
 運が良ければ顔写真の撮影と面接は同じ日になるよ。
 面接からだいたい3日くらいでビザが発給される。
 全部合わせても申請から5日くらいでビザが取れるんじゃないかな。」

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4、大使館訪問日の予約

ビザを取るためには、大使館に2回も足を運ばないといけない。
まず1回目は、顔写真と指紋をとるため。
そして2回目はインタビューを受けるため。

ビザ代を振り込むと、訪問日時の予約画面が出てくる。
そこで日にちと時間を選ぶ。

1回目の日時が選択できても、2回目の選択ボタンがグレーのままで選択できないことがある。
これは1回目と2回目の日にちの組み合わせが悪いため。
その場合は1回目の日にちを変えるといい。

ケンゾーとイクエの場合は、ビザ代を払った翌日に写真撮影と指紋の採取、翌々日に面接となった。

ちなみにこれまで書いてきた1〜4の手順は一日で終わる。
(クレジットカードではなく銀行振り込みの場合は、アメリカ大使館が振り込みを確認するのに時間がかかるため1日じゃ終わらない可能性が高い。)

5、顔写真の撮影&指紋の採取

クレジットカードでビザ代を払った翌日、顔写真の撮影と指紋採取のために大使館の関連施設へ。
アメリカ大使館の近くだけど別の場所。
こういうところもいちいち面倒、一か所で済ませてほしいところ。
住所はCalle Hamburgo213。
最寄りのメトロは1号線のInsurgentesかSevilla。

アメリカ大使館

携帯電話はもちろん、一切の電子機器の持込みが厳禁。
荷物を預けることができないので、パスポートと申請のConfirmation(確認ページ)を印刷したものだけ持っていったほうがいい。

写真撮影と指紋採取自体は一瞬で終わる。
スムーズなのはもちろんいいんだけど、この一瞬の為に160ドル払ったのかと思うと複雑な心境。
まあ、まだ肝心の面接が残ってるけど。

6、面接

いよいよ最大のハードル。
英語が聞き取れるかな?
心証悪くないといいけど・・・。
緊張しながら、今度は大使館へ。

アメリカ大使館はビザセクションと比較にならないほど厳戒態勢。
まず建物の外で電子機器を預ける。
大使館は預かってくれるので、携帯電話を持って行っても大丈夫。
この段階ですべての電子機器を預けないと後々面倒なことになるので要注意。

電子機器を預けたら建物内へ。
飛行機の搭乗前と同じように金属探知機とX線で持ち物検査。
涼しい顔でカバンをX線の機械に通したら、係員に何事か問いただされて焦るケンゾー。
カバンの中に入れていた百均の電卓と一眼レフの予備バッテリーがアウトだったみたい。
あらゆる電子機器が持込みNGなので要注意!

面接会場は体育館のようなだだっ広い部屋。
壁2面にチケット売場のようなブースがずらっと並んでいる。
その数およそ20。
面接だから、個室に通されて椅子に座って、と想像していたけど全然違う。
20ものブースの向こう側にはそれぞれ職員が座っている。
こちらはまるで電車やテーマパークのチケットを買うように、窓口に行って立ったままガラス越しに質疑応答を受ける。
入れ代り立ち代わり流れ作業でこなされていく。

待つこと数十分、いよいよケンゾーとイクエの番。
家族は同時に面接を受ける。
パスポートを手渡すと、「ん?!日本人?ビザ必要ないですよ。」と言われ拍子抜け。
「そうですよねえ。でも旅行でスーダンとイランに行ったことがあるんですよ。」と言うと、「ああ、なるほど。」と納得した様子。
長期の旅行中なんだと説明すると、とくに怪しまれることもなく面接スタート。
なぜスーダンとイランに行ったのか、など予想内の質問に答えていく。

一通りの質問に答えたあと、すでにアメリカを発つチケットを購入していることを印刷したEチケットを見せて説明。
すると「ちょっと待ってて」と言って面接官が中座。

およそ10分後、「 It's fine!」と言いながら戻ってきた面接官。
「待たせて申し訳ない。ルールが変わってはじめての日本人だったから。でも問題なし、ちゃんとビザを発給しますよ。」と言われ心の中でガッツポーズ。
2日後の午後3時に大使館で受け取れることに。
(ちなみにオンラインで申し込んだ際、発給されたビザはDHL(宅配サービス)の店舗に赴いて受け取るように説明されていた。
オンラインでの申し込みの際にどこのDHLの店舗がいいか選択しないといけなかった。
けれどケンゾーとイクエが外国人であることと急いでいることが考慮されたのか、DHLで郵送するのではなく、でき次第大使館での受取りとなった。)

パスポートを預け、引き換えの紙を受取り面接終了。

よっしゃー!と叫びたいくらい嬉しかったんだけど、最後にアクシデントが。
荷物検査で引っかかった電卓とバッテリーを受け取らないといけないんだけど、顔写真付きの身分証明がないと返せないと言われてしまった。
唯一の身分証明のパスポートはたった今預けたばかり、クレジットカードもダメだと言われ焦るケンゾー。
どうしようかと途方に暮れていると助け舟が。
同じ境遇で一緒に面接に来ていたタカくんがたまたまパスポートのコピーを持っていたので間一髪セーフ。
電卓とバッテリーをタカくんの物ということにして無事に受け取ることができた。
アメリカ大使館は電子機器の持込みに関してかなり厳しいので気をつけましょう。

7、受取り

面接から2日後、指定された午後3時ちょっと前に大使館へ。
受取りも面接と同じく持ち物検査を受けないといけない。
しばらく待たされたあと、無事にビザが貼られたパスポートが手元に戻ってきた。

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ビザの有効期間は10年。
ビザがあればESTAを申請する必要はない。
ESTAの有効期間は2年だからESTA5回分、14ドル×5=70ドル分は元が取れる計算。
でも、パスポートの有効期限がケンゾーはあと7年、イクエは5年しかないけどね・・・。

ケンゾーとイクエの場合、オンラインでの申請からビザの取得まで5日間だった。

無事にビザを手に入れることができてホッとはしたけれど、なんだかなあという消化しきれない気持ちもある。
そもそも、アメリカが勝手に「テロ支援国家」というレッテルを貼り付け、スーダン、シリア、イラク、イランを悪者扱いしているのも気に食わない。
スーダンとイランを楽しく旅行しただけで、なぜ本来払う必要のない160ドルもの大金を払わないといけないのか、やっぱり納得できない。
そもそもこんな形式的でガラス越しの面接でテロリストかどうか判断できるのか、かなり疑問。

面接会場に行ってビックリしたのは、こんなにビザを申請するメキシコ人がいるんだ!ってこと。
今回のルール変更に関わらず、元々メキシコ人がアメリカに行くにはビザが必要。
ざっと数えただけでも500人はいたと思う。
500人×5日で週2500人、2500×4週で1万人、メキシコシティだけで月に1万人。
1万×160ドルで160万ドル、日本円にして1億9千万円!
ビザ代だけでとんでもない収入だよ。
弱みにつけ込むじゃないけど、ビザ代で160ドルは高すぎる。

何はともあれ無事にビザをゲットできたので、予定通りアメリカ経由で帰国します!
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旅したベネズエラ こんな国

2016.02.02 02:46|南米☞EDIT
ベネズエラには9/2~9/30、11/2~11/20まで48日間滞在しました。
首都は世界トップクラスの犯罪発生率、経済が破綻し腐敗した軍や警察が虎視眈々とツーリストから金を奪おうと手ぐすねを引いている・・・。
ネガティブな情報には事欠かず、長期の旅人も足を踏み入れることを避けるベネズエラ。
ドキドキのベネズエラだったけれど、蓋を開けてみると予定していた1か月では時間が足りず、キューバの後に舞い戻るほどハマってしまった。
そんな不思議な国ベネズエラの旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?◇

ベネズエラでいくら使ったのか発表します。

交通費  113,200ボリバール
外食費  87,246ボリバール
食料費  32,152ボリバール
宿泊費  94,530ボリバール
観光費  350,570ボリバール+340ドル
その他  133,289ボリバール

合計  810,987ボリバール+340ドル=約191,340円(1ボリバール=0.185円)
約3,905円/1日2人で

国内の経済が破綻し、自国の通貨ボリバールの信用が雪崩を打ったように下がり続けているベネズエラ。
人々が日に日に貨幣価値が低くなるボリバールよりも米ドルを欲しているため、公定レートよりも高額で米ドルが取引される闇両替が存在している。
最初に訪れた2015年9月の時点では1ドルを闇両替すると約650ボリバールに。
公定レートが1ドル6.3ボリバールだから、その差なんと100倍以上。
2か月後の11月にはさらにドルが値上がりし、1ドル700ボリバール以上になっていた。
ドルを持ち込んだツーリストにとって、ベネズエラはおそらく世界最安の国。
インドの物価が高く感じるほどすべてのものが破格の値段。

しかし、ベネズエラの経済状況が今後どのようになるのかまったく見通しが立たない。
貨幣価値のないボリバールが廃止されるかもしれない。
インフレも激しいので、あと1か月先もベネズエラが旅行者にとって激安の国である保証はなにもない。
闇両替のレートは日々変わっている。
だから、このブログに記載している値段はあてにしないほうがいいよ。

ベネズエラでオイシイ思いをするには米ドルを持ち込む必要があるけれど、警察や軍に米ドルが見つかると没収されるので隠さないといけない。
街中でチェックされることはほとんどなく、移動する時が要注意。
とくに夜行バスで移動すると何度も検問で止められて、その度に荷物検査を受けることも。
ケンゾーとイクエは運が良くて執拗に荷物を荒らされることはなかったけれど、パンツ1枚にされてチェックされた男性も。
1か所にまとめて隠すとリスクが高いので分散して隠したほうがいい。
ケンゾーは電池の充電器の蓋を外して基盤の間に隠したり、三脚の足の中に隠したりしていた。
イクエは折り畳んだドルを小さなジップロックに入れてウェットティッシュの間に挟んだり、サブバッグや洗面用具を入れたポーチの隙間に入れて口を糸で縫って閉じて隠していた。

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闇両替をしてくれる人は街によってばらばら。
ツアー会社やホテルでもしてくれるけど、レートはあまりよくない。
街の服屋や靴屋、土産物屋や宝くじ売場、中華料理屋などがいいレートで替えてくれる。
両替屋を見つける方法は、とにかく聞きまくるしかない。
両替してくれる人を見つけたら、つぎは値段交渉。
必ず「いくら(のレート)で両替したいんだ?」と聞かれるので、その時の相場を知っていないと損するはめに。
スマホを持っている人は前もって「Dolar Today」というアプリをインストールしておくといい。
闇両替のレートがリアルタイムで分かるという便利な、けれどベネズエラ以外では使い道のないアプリ。
このアプリで表示されるレートのマイナス50~100ボリバールくらいが実勢レートなので、それを目安に交渉したらいい。
現地人がATMで引き出せる金額が制限されているベネズエラ。
いざ交渉成立しても、現金を用意できなかったということはよくある。
街によっては両替するのに体力と我慢強さが必要。

闇両替のレートは首都のカラカスがいちばん高く、地方になるほど悪くなっていく。
マラカイボとメリダはけっこういいレートで替えられて、マルガリータ島やエンジェル・フォールの拠点の街シウダー・ボリーバルはあまり良くなかった。
ロライマの拠点となる街サンタ・エレナは最悪。
レートの悪い街に移動する前にいいレートで両替していたほうがベター。
ただし、最高額紙幣でも20円以下の価値しかないのでとんでもない量の札束を持ち運ばないといけなくなるけどね。
ドルと違って現地通過はいくら持っていても没収されることはないので隠す必要はない。

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運悪く悪徳警官などに捕まってしまった時のために「日本大使館に抗議する」というスペイン語を言えるようにしていたらいいかも。
まったく役に立たないかもしれないけど・・・。


◇移動手段はこうでした◇

基本はバス。
値段によってランクの違いがあることもあるけれど、バス代も激安なので高いほうを選べばいいと思う。
街によってはバスチケットが早朝発売で、しかもすぐに売り切れる場合もある。
夜行バスにもかかわらず早朝に並んで買わないといけないことも。

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ベネズエラの国内移動は飛行機が断然お勧め。
一区間1500円以下だし、検問の心配も無用。
空港の航空会社のカウンターでは現金では購入できないことがほとんどなので、街中にあるツアー会社へ。
航空券にかかわらずベネズエラでクレジットカードを使うのは御法度。
正規レートで計算されてとんでもない金額が請求されるので要注意!

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◇こんなお宿に泊まりました◇

ベネズエラは、街によって宿のクオリティーやコストパフォーマンスが全然違う。
残念ながら、旅行者が行くシウダー・ボリーバル(エンジェル・フォールの拠点の街)やサンタ・エレナ(ロライマの拠点の街)には、おしゃれで居心地のいい安宿はほとんどない。
だからこの2つだけ行くバックパッカーにとってはベネズエラそのものの印象はあまり良くないかも。
シウダー・ボリーバルでは『地球の歩き方』に載っている「ポサダ・ドン・カルロス」に泊まった。
エアコンもついているし雰囲気もよかったけれど、キッチンはないし値段がちょっと高め。

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それならコネクションツアーズが無料で提供してくれる宿のほうが居心地がいい。
洗濯できる場所もあるし、エアコンは効いてるし、Wi-Fiも使いやすい。
エンジェル・フォールのツアーに参加しなくてもコネクションツアーズの宿には有料で宿泊できるよ。

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宿のクオリティーやコストパフォーマンスがもっともいい街はメリダ。
メリダにはいい宿がいっぱいあって、沈没必至。
静かな環境を求めるならPOSADA Alemania。

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でも繁華街からちょっと離れているし夜になると周りの店が閉まって出歩くのは危なそう。
わたしたちは途中からツーリストの集まるメインストリートにあるPOSADA GUAMANCHIにお引越し。
ツアー会社が下に併設されているし、夜に出歩いても大丈夫そうだし、立地がいいのでおすすめだよ。

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マルガリータ島は、お好きなリゾートホテルにどうぞ。
Gorden Paradiseは安いけど、食事のレパートリーが少ないし、スタッフにお金を盗まれたのでおすすめしません!
マルガリータ島にはオールインクルーシブホテルも泥棒宿と化すので、貴重品の管理に気をつけてね!

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◇これが一番うまかった!◇

ケンゾー 「ビール」
物価が激安なので、普段は行けないようなおしゃれなレストランにも何度も足を運び、おいしい料理に舌鼓を打ったけれど、いちばん印象に残っているのはビールかなあ。
なんたって1本10円(2015年9月)だからね。
瓶が小さくて量が少ないとは言え、この値段は衝撃的。
軽い味は好みではないけど、財布を気にすることなく飲めるのは嬉しい。
イクエからは1日20本飲んでいいよ!って言われたからね。
ビール好きにとっては夢のような国。

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イクエ 「ハンバーガー」
レストランの料理も激安で食べられるベネズエラで、あえてファストフードのハンバーガー?って思うかもしれないけれど、ベネズエラのハンバーガーを侮るなかれ。
ボリュームやこだわりは本場アメリカよりも勝っている。
中に入れるお肉も、牛肉のハンバーグ、豚の薄切り肉、鶏の細切れ肉、ソーセージ、これを全部ミックスして入れちゃうことも。
さらにはフライドポテトまで挟んじゃって大量のマヨネーズとケチャップがかかっている。
路上の出店では鉄板でジュージュー焼いて作ってくれる。

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ハンバーガーひとつで立派なディナーになるし、大満足。
いっしょにロライマに登ったマサくんは「ベネズエラのホットドッグはめちゃくちゃおいしい!」と言っていたのでホットドッグもボリューム満点でおいしいのかも。

ベネズエラに行ったらハンバーガーとホットドッグをお試しあれ。

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◇おすすめ!!一番良かった場所◇

ケンゾー 「メリダ」
当初は立ち寄る予定のなかったメリダ。
先に滞在していた旅友の話を聞いて急遽予定を変更して行ってみたところ、居心地がよすぎて沈没してしまった。
年中暑いベネズエラだけど、標高1600mのメリダは涼しくて過ごしやすい。
そしてなんといってもメリダの魅力はアクティビティ。
5000m級の山に囲まれているのでトレッキングはもちろん、パラグライダー、ジップライン、バンジージャンプなど充実のラインナップ。
しかもすべて格安で体験できる。
お勧めはロープワークで川を滑り降りていくキャニオニングと激流をゴムボートで下っていくラフティング。
どちらもスリリングで爽快でめちゃくちゃ楽しい。
キャニオニングは約1700円、ラフティングは1泊2日で約3000円とリーズナブル。
おしゃれなレストランも多いし、ベネズエラでメリダは外せない!

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イクエ 「ロライマ山頂 ブラジル領のキャンプ地」
今しか体験できない格安のベネズエラの魅力を体験するなら、メリダやマルガリータ島はおすすめです。
でも、この魅力がいつまで続くのかわかりません。
その点で、ロライマやエンジェル・フォールの魅力は永遠です。
経済破綻し、治安も悪いベネズエラだけど、地球最後の秘境とも言われる雄大な自然がこの国にはあります。
ロライマの8日間のトレッキングは、その大自然に身をゆだね心が満たされた日々でした。
4日目に泊まった大きな洞窟のキャンプ地(ブラジル領)では、わたしたち6人だけしかこの世界にいないような錯覚を覚えました。
そこはこの地球上の唯一の隠れ家のようにも思え、わたしたちだけ異次元に迷い込んだような、タイムスリップしたような、取り残されたような気もしました。

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水晶の谷も七色の谷も、冒険心をくすぐられました。
ロライマのトレッキングは「旅の原点」という感じがしました。

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エンジェル・フォールもわたしとケンゾーはロライマに負けないくらいの魅力を感じました。
エンジェル・フォールを見るためにセスナに乗り、ボートで川を渡り、さらには登山。
しかもボートでの移動中、雨や雷に見舞われ、さらには日が暮れてあたりは真っ暗。
ホタルまで出てきて、まさに冒険みたいでした。
ようやくたどりついたエンジェル・フォールは、とても神秘的でした。

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◇ふらり ゆるり ベネズエラの感想は?◇

ケンゾー
入国する前から心配事が絶えず、いざ入国してからも警察の目を常に警戒しながら旅したベネズエラ。
両替も労力使うし、バスチケットを買うのも大変だったりと面倒なことも多いけれど、振り返るといい思い出ばかり。
これまでに聞いてきたネガティブな情報に反比例するようにベネズエラ人はいい人が多かった。
ここでしか見ることのできないエンジェル・フォールやロライマ山など見どころもたっぷり。
頼りになるどころか危険な警察からドルを隠したり、いいレートで両替してくれる闇両替屋を探して歩き回ったりと面倒くさいことも多いけれど、ひとつくらいそんな国があってもいいと思う。
国ごとの特徴が薄れ、どの国も似たような国になりつつある今、旅人にとって貴重な国だとも言えるんじゃないかな。

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イクエ
貨幣価値の暴落、闇両替のレートの高騰、それに伴うインフレ、そして総選挙を控えた激動の時代にベネズエラを旅しました。
毎日毎日「ええ~!?こんなに安いの?そんなことってある?」と驚き、お会計を終えるまでその値段を信用できないほどでした。
これまで旅したどの国よりも物価は安く、高いホテルに泊まることも高いレストランで3食食べることも、国内線の飛行機をバンバン使うこともでき、これまでのバックパッカー旅とはまったく違いました。
けれど、インフレもすさまじく「どうして先日まで安かったのに、こんなに高くなってるの?」と戸惑うことも多かったです。
共産国家でスーパーは品不足、配給制で長蛇の列。

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いびつな社会ではあるけれど、それ以上に驚くのはベネズエラ人のおおらかさや優しさ、知的さでした。
自分たちの国が外国人にとっては激安の国であることを知っていながら、騙したりお金をぼることはほとんどなく、酒屋に行けばビールを奢ってくれるようなこともありました。

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共産国家なのに、ほぼ全員が大統領の悪口を堂々と言います。
わたしたち旅行者にとっては、ベネズエラの貨幣価値が下がったままのほうがいいですが、この国のことを思えば早く経済が持ち直してベネズエラ人が暮らしやすい国になればなあと思います。

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