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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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日本


ワイナ・ポトシ登山5 イクエが泣いた

2015.07.04 05:59|ボリビア☞EDIT
人生で富士山に登ったのは1回きり、中学生の夏休みに家族4人で登頂に成功したイクエです。
山頂がめちゃくちゃ寒かったことと、下山がきつくて暑くて辛かったことを覚えています。
そのときは1回で十分、もう登らなくていいや、と思いました。
今後ふたたび登ることはあるのかな。

富士山よりも2300メートルも高いワイナ・ポトシ登山に挑戦しているイクエとケンゾー。
ついにワイナ・ポトシ登山の難所、氷の壁を登る時がやって来た。

先頭はガイドのロッキー、続いてケンゾー、そしてわたし。
お互いの腰がロープでつながっている。

下から見上げると、氷の壁の終りがどこまでなのかわからない。
ここで諦める人もいる。

とにかく登ると決めた以上、後戻りはできない。
へばりついてよじ登っていくしかない。

ザクッ。
ロッキーがアイスアックスの鎌の部分を壁に突き刺した。
突き刺すだけじゃなく、氷をかき出して瞬時に窪みを作る。
体を持ち上げ、その窪みに今度は足を乗せる。
壁に足場を作って登っていくんだということがわかった。

窪みができても、すぐにまわりの氷の破片や雪が滑り落ちてきてせっかくの窪みが埋まる。

ケンゾーもロッキーのまねをする。
同じ場所をアイスアックスでかき出して足場にし、よじ登っていく。

3人ともロープでつながっているから、同じ歩調、同じスピードで上がっていかないといけない。
腕に力が入らなくても、息が切れても、止まれない。

いちばん下のわたしが止まれば、前を登っているロッキーとケンゾーをロープで後ろから引っぱり降ろすことになってしまう。

1人が転落すると全員が転落する。

「ふんっ!!」
力を込め、壁にへばりついてよじ登る。

左手のすぐそばには、むき出しの氷の壁がぱっくりと口を開けていた。

「うぅぅ、わぁ。」
小さくつぶやいた。

こんなところに、間違って足をかけてしまったら・・・。

ちらりと中をのぞくと、尖った氷のつららがいくつも暗闇で怪しく光っている。

「こっわぁ・・・。」

あまり見ているとそこに吸い込まれそう。
目を背ける。
頭よりもやや上にアイスアックスを振り下ろす。

腕がプルプルする。
力がどんどん入らなくなっていく。

ケンゾーの忠告を思い出す。
「イクエは腕に頼り過ぎ。
 きついけど、がんばって足で踏ん張ろう。」

思いっきりボールを蹴るように、ガシッとつま先を壁にめりこませる。

ハイカットの靴を2足履き。
さらにアイゼンまでつけているので足は重い。
それでも足を振り上げながら、氷にめりこませていく。

あと何回この動作を繰り返せばいいんだろう。
壁の頂上はどこ?

心臓は破裂しそう。
でも、動きを止めることはできない。

わたしはまた、壁にへばりついたまま怒ったような口調で言った。
腕をプルプルさせながら、声に出して自分に言い聞かせる。

「まーけーるもんかぁ〜。
 負けるもんかー!!!」

そのかけ声とともにぐいっと一歩分、体を上に持ち上げる。

うぅぅぅ〜。

上から、ケンゾーの「はあ、はあ」という息づかいが降ってくる。

アンザイレンの順番が、なぜわたしが最後なのか。
体力のない者を真ん中にし、前後でフォローしあうんじゃないの?
そう思っていたけど、この壁を登っているときロッキーの作戦の意図がわかった。

わたしは前の2人に比べたらかなり楽だ。
ロッキー、そしてケンゾーが、アイスアックスを振りかざしアイゼンを食い込ませて作っていく足場。
すぐにまわりの氷の破片がなだれ込んでくるとはいえ、わたしの番のときは窪みは形になっていた。
少し氷をかき出せば、足をのせられる。
それに男2人が力強く登っているので、腰をロープで繋がれたわたしは若干上に引っ張り上げられている感覚がある。

だけども、つらい。
もうかなり登ってきている。
いつ終わるの?

頭上のケンゾーが言った。
「イクエ、あと少し!
 見えてきた。
 がんばろう!」


最後の3メートルくらいは、自分で登ってる感覚じゃなかった。
先に到達したロッキーとケンゾーが渾身の力で、前方に歩き出し、ロープでわたしを引っ張り上げていた。
すごいスピードで引っ張り上げられるので、それに合わせ腕と足を全力で交互に出す。

なんじゃこりゃあ。
どうなってるの!?

「おっとっとっと」と、バランスを崩しながら壁の頂上に這い上がった。

わたしもケンゾーも「はあ、はあ、はあ、はあ」と肩で息をする。
500メートルを全速力で走り抜いた直後のような感じ。
凄まじい早さで心臓が鼓動している。
うまく息ができない。
苦しい。

しゃべりたいけど、しゃべれない。

お互い目を合わせて「はあ、はあ、はあ、はあ」。

「はあ、はあ、はあ、つ、はあ、ついたー、はあ、はあ」。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあああーー」。
ふらふらしながらその場に座り込んだ。

難所をクリアできたことにホッとする。

a_DSC_0993_20150702100113dfc.jpg

リュックに入れていたジュースは、凍ってシャーベット状になっている。
手袋は3枚重ね。
靴下は4枚履きでシューズは2足履き。

これだけハードなので、動いているとき体は寒くない。
でも、ちょっと立ち止まればすぐに体が冷え込む。

500メートルを全速力で走った直後のようなのに、寒すぎてすぐにまた動き出したくなる。
雪山と言うのは、満足に休憩することさえ許してくれないのか。

凍ったジュースを飲み、カチカチのチョコレートをかじって、すぐにロッキーに言った。

「オーケー。
 歩き出そう。」

「大丈夫?」
「うん。」

わたしはさっきの氷の壁を登れば、頂上はすぐだと思っていた。
でも全然違った。
距離的にも高度的にも半分くらいしか来てない。

氷の壁に登る前、ほかのガイドもロッキーも「ここさえクリアすればあとは平坦で簡単な道」と言っていた。
でも、それは嘘だった。

実際その嘘のおかげで、がんばれたのかもしれない。
「ここさえクリアできれば登頂成功は間近」って思い込んでたから、ギブアップせずに氷の壁に挑戦し、よじ登ることができた。

嘘をついてくれたことに感謝しよう。

でもねえ、これからがつらいよ〜。
頂上までもうすぐ、登るの簡単って信じてたのに、そうじゃない。
これからモチベーションをどうやって保てばいいの?

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(写真は下山中に撮影したもの)

山登りできついときに、わたしは密かにやっていることがある。
それは、自分の歩数をカウントしていくこと。
体が限界のとき、数歩歩いただけで立ち止まり休憩したくなる。
足が前に動かなくなる。

だから「あと50歩がんばろう」とか「あと20歩は立ち止まらずにがむしゃらに歩こう」とか自分に言い聞かせて歩数を数えながら歩いていく。

目標の歩数を達成したら、きついときはちょっと小休止、がんばれそうならふたたび目標を設定してカウントを再開する。

今回はロープで繋がれているから、目標の歩数に到達しても立ち止まれない。
ロッキーやケンゾーはそのまま歩いていく。
それがわかっていても、わたしは数え続け、自分を鼓舞する。

数えているときはほとんど無心の状態。
黙々と歩くだけ。
でも確実に進んでいることだけはわかる。

わたしは、登山が趣味でもないし山登りが得意でもないけれど、山登りが好きな両親に連れられて小さいころからときどき山に登っていた。
とくに母は日本百名山を制覇しているくらい、登山が好き。
だからわたしは普通の人に比べれば、登山の経験はあると思う。
でも、このワイナ・ポトシの登山は今までの登山とまったく違う。
常に「上り」であるという点。
フラットや下りの道がない。

普通、山に登っている最中も平坦な道があったり時々下りになったりする。
その間に息を整えることができるし、足が軽くなる。

でも、このワイナ・ポトシは常に上り。
しかも危険と隣り合わせ。
足場は幅が狭くて、そこを踏み外せば滑落する。
休憩するのにふさわしい場所もない。
休憩で腰をおろすときも気を抜けないし、おろしたリュックや外した手袋、アイスアックスが滑り落ちていかないように注意を払っていないといけない。

ずっと気が抜けない場所であること、平坦で歩きやすい道がルートに少しもないこと。
これはかなりつらい。
歩きながらしゃべるなんてまったくできない。

登山は、上り坂があったり、心に余裕ができる平坦な道があったり、足が軽くなる下り坂があったり・・・。
でも、ここには難しい上り坂しかない。
100メートルでも、平坦な道があってくれればずいぶん違うのに。

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(写真は日中に撮影したもの)

あいかわらず、吹雪はやまない。
歩いているときは暑いから、ジャケットの前のファスナーを開けていたけれど、吹雪で濡れるので閉める。
まつ毛に雪の結晶がへばりつく。
目をすぼめながら、闇の中を歩いていく。

脱落者も出てきた。
引き返してわたしたちとすれ違って下山していく。

わたしたちの歩みはけっして早くないけど、それでもへばっているグループを何組か追い越してきた。

ロッキーが、友だちのガイドを追い抜いていく。
ひとことふたこと、声を交わす。
ロッキーが彼を指差して、ニヤニヤしてからかうように言った。
「彼、いますごく体調が悪いよ。」

そのガイドを見て、驚いた。
怖かった。

だって、鼻血が出ていたから。
拭うでもなく、血を垂れ流しにしている。

「え!?
 大丈夫?」


ガイドはうつろな目をしていたけど、意識ははっきりしているようで頷いた。
鼻血を流しながらも腰にしっかりとロープをつけ、自分よりもガタイのいい欧米人男性2人を先導し引っぱって歩いている。

怖い。
ロッキーは笑っているけど、笑えない。

彼らにとっては、こんなのは珍しいことではないのかもしれない。
ボリビア人ガイドの根性はすごい。

先頭を歩いていたロッキーが立ち止まった。
「ヘッドライトを消して。」

なんで?
言われた通りに消す。

「向こうを見てみて。
 白い山の陰が浮かび上がって見える。
 あの稜線の先が、ワイナ・ポトシの山頂。
 上のほうにライトがチラチラしている。
 あれが山頂を目指して先に登っている人。」


泊まっていたハイキャンプからも山頂は見えなかった。
ここにきてようやく、ワイナ・ポトシの山頂がうっすらと見える。

影しか見えないので遠近感はない。
近いのか遠いのか、かなり上なのかもわからない。

「ここは5800メートルくらい。
 山頂まであと300メートル。
 ここからなら2時間くらい。」


2時間も・・・。
予想よりも時間がかかる。

でもあたりはまだ真っ暗で、このままのペースでいけば日の出前に登頂というタイムリミットは守れそうな気がする。

ロッキーが言った。
「ここまで来られたんだ。
 ここで引き返したっていい。
 山頂が見えてるから、ここで記念写真を撮って帰ったっていい。
 君は疲れている。」


ロッキーの言葉にちょっと戸惑った。
たしかにわたしはかなり疲れている。
でもこんな中途半端な場所であきらめるなんて思っていない。

ロッキーはケンゾーにも言う。
「彼女、疲れてるでしょ。
 これから先が大変だ。
 ここでやめとこうか。」


ギブアップを提案するものではあったけど口調は強くない。
わたしたちに判断をゆだねる感じだ。

膝に手をあて、肩で大きく息をしながら答えた。
「わたしは大丈夫。
 もうちょっと行けるところまで歩きたい。」


「わかった。
 じゃあ、もう少し先まで。」


時間の感覚はない。
真っ暗な中、同じ動作をひたすら繰り返している。
かなり歩いているとは思うけど、それがスタートして何時間なのかわからない。
標高が高いから体力の消耗が激しい。
標高5800メートルは、海抜0の場所よりも酸素濃度が50パーセント。
普通に息を吸っても、半分しか酸素が体に入らない。
数歩歩くだけでしんどいから、実はすごく歩いて疲れた気分になっているけど全然歩いてないのかもしれない。

今までがんばって2人についてきたけど、もう体力は限界に近づいてきた。

「ごめん、ちょっと・・・。」

1.5メートル先にいるケンゾーに、声を張り上げて伝えるけど届かない。
大きな声を出すのもしんどい。

気づいてよ!
もう一度がんばってみる。

「ケンゾー、ちょっと。
 ちょっと、休憩したい。」


ケンゾーが振り向いた。

わたしはその場に立ち止まる。

「はあ、はあ、はあ、はあ。」

登山中は喉が渇くから、ひとり2リットルから3リットルは水を持っていったほうがいいと言われていた。
だけど、暑くないし喉なんて全然乾かない。
ハーネスとロープをつけているからトイレの心配もしていたけど、尿意もまったくない。

水を飲まないと体に悪そうなので、凍ったシャーベット状のジュースを流し込む。
カチカチに固いチョコレートをボリボリとほおばる。

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(下山中に撮影したもの)

このあとわたしは「ちょっと休憩したい」を何度か繰り返した。
そのたびにロッキーは「もうやめる? 体調は大丈夫?」と聞いてきたけど、わたしは疲れ果てた顔で「はあ、はあ、はあ・・・大丈夫、はあ。」と答えていた。

この時点で脱落者はかなり多いようだった。
山を登っているヘッドランプの明かりは数えるほどしかない。

同じグループを追い越したり、抜かれされたり。
みんなアイスアックスを持つ手に力が入らず、180センチ以上はある大きな男の人たちも先頭のガイドに引きずられるようにしてふらふらで歩いている。
上半身が前方に傾き、足に力が入っていない。
今にも倒れそう。

先頭を歩いていたロッキーが足を止めた。
「ここから最終アタックになる。
 ここまで来れた。
 引き返そうか?」


目の前には、立ちはだかるワイナ・ポトシの頂の影がうっすらと見えた。

「はあ、はあ、はあ、大丈夫、はあ、はあ、登れる、はあ。」

ロッキーがケンゾーに聞いた。
「彼女は疲れてそうだし、帰ろうか?」

「登るよ。」
ケンゾーが言った。
こっちを見つめて。

「登るよ。」
わたしも答えた。

わたしたちはこのとき一つの難関をすでにクリアしていた。
日の出前にここまでたどり着くということ。
ここまでたどり着けても太陽が出た後だったら、雪崩の危険があるので最終アタックを断念させられる。
それが心配だった。
予定よりも1時間も遅れてハイキャンプを出発したから、ダメなんじゃないかと思っていた。

でも、まだ暗い。
わたしたちはほかのグループよりいいペースでここにたどり着けたことになる。

ロッキーがわたしをじっと見つめながら言った。
「ここから頂上まで登ると決めたら、もうリタイアはできない。
 途中で休憩もできない。
 いっきに登るしかない。
 ほら、山肌を見てみて。
 急斜面で、普通に歩けるような幅もないし、立ち止まる場所もない。
 ロープを付け替えて、Uターンするスペースもない。
 登ると決めたら、進み続けるしかない。」


ここから頂上までの傾斜はかなり急で、途中でもたもたするようなことはできないと悟った。
後戻りは許されない。

あいかわらず、空は吹雪いている。

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(後で撮影したもの)

「頂上までいっきに登るか、ここでリタイアを決めるか。
 その2つしかない。」

ロッキーはキッパリと言い放った。

本格的な登山というのは、そういうことなのか。
行けるところまで行って判断する、ダメだったらそこで引き返せばいい。
その余地すらくれない。
そんな生易しいものではないんだ。

さっきの時点でここから頂上まで2時間と言っていたロッキー。
あれからどのくらい歩いたのかわからないけど、ロッキーに聞いた。

「ここからだと1時間半くらい?」
「・・・うん。」

1時間半休憩もなく、この体で登り続けるのか。

登山の厳しさを実感させられた。
そのいっぽう、登頂できるんじゃないかという実感がわいてきた。

行くと決めたら引き返せない。
後戻りはできない。
つまり、行くと決めた時点で、それは最終的に頂に立つことを意味していた。

体も心も疲れ果てているのに、闘志が湧いてくる。
行けそうな気がしてくるのが不思議だ。

わたしは「はあ、はあ、はあ」という息づかいをやめた。

「よし、がんばる。
 行こう。」


「わかった。」
落ちついた声でロッキーが言った。

「最終確認。
 これから休憩はできない。
 途中でリタイアもできない。
 頂上まで3人で必ず登る。
 そして登れたら、俺にチップをあげる。」


チップはもともとあげるつもりでいた。
ガイドは客が出発前に山小屋でリタイアを決めようが、途中で引き返そうが、頂上まで行こうが、ツアー会社から一律の給料をもらう。
同じ給料なら、ガイドとしては客を頂上まで連れて行かないほうが楽でいい。
頂上まで連れて行ってくれるのであれば、ガイドの受け取るお金は高くなって当然だ。

「オーケー。
 たくさんはあげられないけどね。」


ロッキーが手を前に突き出した。
3人で握手して、登頂を誓った。

おもむろにロッキーが腰の縄をほどき始める。
氷の壁を登るために、これまでロッキー、ケンゾー、イクエの順だった。
最終アタックを前に、わたしが真ん中の位置になった。
わたしが滑り落ちそうになった場合、前後で踏ん張って支えられるようにするためなのか、前後からわたしを挟めばわたしがペースを崩さずについていきやすいからなのか。

「ロープは常にテンションを保つように。」
お互いを繋ぐロープは緩めることなく、ピーンと張った状態で歩いていく。
万が一誰かが滑落しそうになっても、瞬時にロープを引っ張って落ちそうな人を守るために。
 
これから頂上まで一度も休憩がないということが、どうしても不安だ。
「ちょっと、待って。」

わたしはエネルギー補給に、急いでキャラメルを取り出して口の中に入れた。
ロッキーが笑って見ていた。

「よし、イクエ。
 がんばろう!」

ケンゾーが励ます。

体の右側を山肌に向け、足をクロスさせながら一歩一歩進んでいく。
アイスアックスも右手に持つ。
鎌の部分を山肌にザクッと差し込んで、そちらに重心をかけながら慎重に足を運ぶ。
気を抜いたら左足を踏み外し、滑落する。

ジグザグに登るので、途中で体を反転させて向きを変える。
反転できるギリギリのスペース。
滑らないようにして、アイスアックスを逆の手に持ち替える。
ハラハラする。
心臓のドクドクは、怖さからくるものなのか。
苦しさからくるものなのか。

山肌の雪は氷状になっていて、アイスアックスを刺すにも力がいるし、抜くにも力がいる。
グググッグイ!

わたしの歩みはかなり遅くなっている。
「はあ、はあ、はあ、はあ。」

もう体力は残っていない。
限界。
でも、休憩もギブアップもできない。

体力はないけど、気力と根性で乗り越えるしか方法がない。
気力と根性。
それは、なんとかなる。
なんとかしなきゃ。

何十分経ったんだろうか。
気づくと、空がだいぶ明るくなっている。

登る前は「御来光を頂上から見たいな」なんて言ってたけど、もうそんなのはどうでもよくなっている。
間に合ったところで、この天気だと日の出は見られそうにない。

頂に立つことができるかどうか。
ただそれだけ。

少しずつ頂上には近づいているけど、まだまだ。

1メートル進むのさえ手間取る。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

体力がもつかな。

ケンゾーはどうだろう。
気になって、振り返る。

表情のないケンゾー。
肌は土気色になっている。
目はうつろ。
わたしと目を合わせたが、表情は1ミリも変わらず、固いまま。
ケンゾーも限界にきているのだと悟った。

「ケンゾー、大丈夫!?」

わたしはその一言が言えなかった。
言いたいけど言えなかった。
そのたった一言を発するエネルギーがもうなかった。
たった1メートル後ろのケンゾーに、声を発する力がない。

ケンゾーに何も言えないままケンゾーから目をそらし、また前を向いた。
そしてアイスアックスを突き刺し、一歩踏み出し、アイスアックスを抜く。
その動作をただ繰り返す。

ここでリタイアはできない。
立ち止まることもできない。
進むしかない。

まわりはすっかり明るくなっている。
立ちはだかっていた雪の壁がいつのまにか低くなっている。

ついにわたしたちはー。

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午前7時。
登り始めて5時間20分。
ワイナ・ポトシの頂に立った。
標高6088メートル。

そしてわたしはー。

泣いた。

35歳にして、声を上げて泣いた。

それは感激の涙じゃない。
達成感からくる感動の涙でもない。
頂上からの絶景を見て、心を揺さぶられての涙でもない。

それは久しぶりに味わう涙だった。

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強いて言えばー。

小学一年生の子どもが1人で下校中に転んでケガをして、痛いのを我慢してがんばって歩いて帰宅して、母親の顔を見るなり痛みやつらさや悲しみが吹き出して突然泣き出すような・・・。

幼い姉妹で『はじめてのおつかい』をし、妹のわがままを聞いたりなだめたりしながら「しっかりしなきゃ」とおつかいをこなしたお姉ちゃんが、帰宅してお母さんに「おねえちゃんがんばったね」とぎゅっとされたとたんに、涙がにじんでくるような・・・。

子どもが流すような涙だった。

「ああ、わたし
 辛かったんだ。
 苦しかったんだ。
 きつかったんだ。
 泣きたかったんだ。
 その思いに蓋をして、気づかないふりして、ここまで来たんだ。」


35にもなって泣きじゃくるのは恥ずかしく、深く息をして、涙を止めた。
声が高ぶらないように注意して、低く、ゆっくり、短く言った。
目の前のロッキーを見つめて。

「グラシアス(ありがとう)」

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このとき撮った写真を見返すと、わたしとケンゾーは体力も気力も限界まできていたはずなのに、すがすがしい顔をしている。

ケンゾーとここまでたどり着けてよかった!
夫婦でものすごい体験を共有できてうれしい!

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吹雪は少しは収まっていた。
それでも青空とはほど遠い。
絶景とは言えないかもしれないけど、わたしにとってこれでじゅうぶん。

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ラ・パスの街並みが遠くに見えた。
すぐ下に5000メートル級の山が低く見えた。
緑の湖は、水たまりのように小さく見えた。

足を踏み外せばそこまで落っこちそう。

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生まれて初めて立つ6088メートルの世界。
たくさん写真を撮りたいけど、それができない。
わたしたち3人はロープにつながったまま。
身動きが取れないほど、頂上は狭くて急斜面。
こんな頂上ってある?

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ザザザザーっと滑り落ちてしまいそうな頂上の斜面に、腰をおろす。
太陽が出たら雪崩の危険があるから登れないっていうのも、納得ができる。

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きょう登頂にトライしたのは、ほかの山小屋も含め50人以上はいるはずだ。
ガイドを含めたら70人以上。
こんな狭い頂上にみんなで立つことはできない。
順番待ち。

でも、そんなことはなかった。
この日、ここにたどり着いたグループはわずかだった。

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ロープは再び結び直され、わたしがいちばん後ろになった。

下山は、登頂よりも怖かった。
というのも、明るくなって景色が見えるから。
登頂のときは暗闇だったから、斜面がどのくらい急なのか、自分たちがどんなきわどい場所を歩いているのかよくわからなかった。

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「よくこんなとこ登ってきたよね・・・」
ケンゾーと何度も口にした。

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むき出しの氷河があることも、直径何メートルものクレバスがあることも、わからなかった。
見えなかったからこそ、登ることができたのかもしれない。

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標高が1キロも低いハイキャンプまで、フラフラの足でたどり着いた。
帰りは早くて、3時間ぐらいだった。

わたしたちが登頂に成功した事実はすでにハイキャンプに届いていた。

トオルくんとフミちゃんが遠くからわたしたちの姿を見つけると手を振って笑顔で迎えてくれ、トオルくんはわたしたちのためにスープを確保し、フミちゃんはヘトヘトになったわたしのアイゼンを脱がせてくれた。

山小屋に入ると、ほかのグループのガイドが明るい顔で近づいてきてわたしの腕を高らかにあげて「イヤッホー!」と雄叫びをあげて祝福してくれた。

わたしとケンゾーは嬉しくすがすがしい気持ちではあったけど、明るく振る舞う気力は残っていない。
せっかくトオルくんが用意してくれていたスープも飲めなかった。

休憩する時間もないまま、ベースキャンプに向けて下山開始。
ロッキーが「ポーターに荷物をお願いすることもできるよ」と言ってきた。
きっと登頂に成功した登山者が、体力を使い果たしてしまって最後の最後でポーターを雇うケースが多いのだと思う。

わたしたちはせっかくここまで来たんだから、ポーターに頼るつもりはない。
でも、ここからがほんとうにきつかった。
わたしとケンゾーはびっくりするくらい歩みが遅く、前を行くトオルくんとフミちゃんの姿はすぐに見えなくなった。

なかなか足が前に出ない。
この亀のようなペースに、さすがのロッキーも合わせられず先に行ってしまった。

最後のほうなんて、ベースキャンプにたどり着くまでに石の階段が10段くらいあるんだけど、その10段を登るのに10分くらいかかった。
階段をたった1段上がるのが、階段を50段上がるのと同じくらいのしんどさ。
階段1段が、小高い丘のように見える。
「うわあー、また1段ある。登らなきゃ・・・。」と覚悟を決めて、足に力を入れて「うんとこしょ」と苦労して上がる。

帰りの車の中では「ホテルの2階のレセプションまで行けるかなあ」ということばかり心配していた。

ラ・パスのホテルに着いたのが昼過ぎ。
前日の午後5時からちゃんとした食事をしていないわたしたちは、お腹ペコペコ。

こんなときのために持っていたもの。

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パラグアイの日系人移住地で買っていた熊本ラーメン。
焦がしニンニクの風味バッチリ。

あ〜、うまい!

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ラーメンを茹でるのが精一杯のわたしたちに代わり、夜はトオルくんが日本のルーでカレーを作ってくれた。
トオルくん、ありがとう♡

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街から見えるワイナ・ポトシ。
完全に雪で覆われている山。
あの頂上に自分たちが立った事実が信じられない。
夢だったような感じさえする。

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よく、ハードな山に登ったあと「一回でじゅうぶん。もう二度とあんなつらい思いはしたくない。」と思う。

わたしは・・・。

体力も気力も限界までいったワイナ・ポトシ登頂。
死ぬかもしれない山。
泣くほどつらかった。

もう一度チャンスがあったら・・・。


登ってもいいかな。

なんでって聞かれてもね。
へへへ♡
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