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ケンゾー   イクエ


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ラ・リンコナダ ここは無法地帯なのか

2015.07.31 05:55|ペルー☞EDIT
5USドルでTシャツを買ったイクエです。
ほんとうはワンピースも買いたいんだけどノースリーブしかないの。
わたしはノースリーブが嫌い。
肩を露出するのがためらわれるっていうのもあるんだけど、いちばんは毛の処理を丁寧にしないといけないから。
ノースリーブを着る前日にやったところで、次の日の夕方にはごま塩になっている可能性が。
伸びる速度は男性のヒゲと変わらないんじゃないかと思うんです。
ケンゾーからは「じゃあみんなどうしてるの?」って聞かれるんだけど、どうしてるの?
気にしてないのか永久脱毛をしているのか。
外国の女性は気にせずにボウボウでノースリーブ着ている人もたまにいますけどね。

世界一標高の高い街、ラ・リンコナダ。
標高5100メートル。
酸素濃度は低地の50パーセント。
氷点下にもなり、人間がここで生きていくことは困難。

それなのに吸い寄せられるように、人々はこの地にやってくる。
行政機能が整っていないなか、巨大なスラムのように拡大し、5万人以上がここで生活している。

「金」が眠っているという理由で。

簡易な造りの家々が密集している。
そして少しでもスペースが空いているところには、石が積まれている。
人々はそこに這いつくばって、石についた金を探している。

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わたしたちは小高い丘から街を見下ろしていた。
ゴールドラッシュに湧くこの街は、数年前まで警察もいないような場所で無法地帯だった。
こんな場所に外国人なんてめったにこない。

不安を感じながらも、街に降りていくことにした。

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作業をしている女性たち。
遠目に見ていたら、目が合った。
気まずい。

ああ、どうしよう。
なんて言われるかな。

彼女たちの反応は意外だった。

楽しそうにこっちを見ながら笑いあっている。

挨拶をするとにこやかな挨拶が返ってきた。
わたしたちの姿が珍しいようだった。

「どの地域の出身?」と聞かれた。

「どこの国から来たの?」という聞き方ではなかった。
わたしたちが、ペルー国内に住んでいると思ったのかもしれない。

そして「仕事をしに来たの?」と聞かれた。

このあとも「どの地域の出身?」と「仕事をしに来たの?」という質問はリンコナダで出会う人たちから何度も受けることになる。

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スペイン語がしゃべれればたくさん会話ができるのに、わたしとケンゾーのスペイン語の知識は挨拶レベル。
せっかく話しかけてくれるのになあ。

でも、このあたりの人はスペイン語ができない人も多く、日常会話はケチュア語だと聞いていた。
だからケチュア語なのかもしれない。

もともとペルーではケチュア語やアイマラ語が話されてきた。
けれどスペインが植民地支配をしてからは、スペイン語が公用語となっている。
それでも田舎の村や学校教育をじゅうぶんに受けていない人たちの中には、スペイン語がわからない人もけっこういる。

一攫千金を夢見て、リンコナダにやって来た人たち。
その多くが、以前は農村で貧しい暮らしを余儀なくされていた人たちだと思う。
満足に教育も受けられず、スペイン語を使う機会なんてなかったのかもしれない。

いたるところにたくさんの石の集積場。
おもに女性たちが作業をしている。
集積場の片隅に、座り込んで休憩している女性たちがいた。

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物珍しそうにこっちを見て、ニヤニヤと笑っている。
挨拶をしながら彼女たちのそばに行ってみた。

真ん中にご飯を広げて、昼食中。

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近づくなり「食べなさい!食べなさい!」
紙のうえにご飯を広げて、そのままつまんで食べていた彼女たち。
わざわざそこからボウルにご飯をもってくれて、差し出してくれた。

遠慮したけれど「食べて!食べて!」と言われる。
ご飯とマカロニとジャガイモとニンジンをいっしょに炊いたものだった。

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「治安が悪い場所と予想され、ボディーガードをつけて歩いた」という外国人の情報もあり、ここの人たちに恐怖心をもっていたけれど、そんな雰囲気はない。
むしろ、田舎の素朴な人たちの優しさがある。

「日本から来たんです」と言うと、「フヒモリ〜!」と返ってきた。

「フヒモリ」がわからなくて何度か聞き返してわかった。

「フジモリ元大統領」のことだった。
スペイン語ではアルファベットの「J」はハ行で発音する。

彼女たちが「日本」と聞いて思いつくのは「フヒモリ」。
それ以外のイメージはほかにないのかも。

「うん、そうそうフヒモリ!
 でもフヒモリは最悪だったから、警察に捕まっちゃったもんね。」

わたしたちは日本人としてばつが悪そうにそう言ったけど、まったく気にしてないようだった。

ペルーでのフジモリ元大統領の評価はわたしが思っていたよりも悪くないようで、現に娘のケイコ氏は父の跡を引き継ぎ大統領選に出馬している。
わたしたちが会ったペルー人のなかにも、いまだにフジモリ元大統領の功績を評価する一般人もいた。
「あの人のおかげで、ペルーのテロリストは弱体化したのよ」と。

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ご飯をくれた女性のそばには、小さな女の子。
幼い娘のお世話をしながら、ここで働いている。

ご飯を食べていると、15歳くらいの上の娘さんが帰ってきた。
ここは家じゃなくて仕事場なので「帰ってきた」という表現は変だけど、その表現がぴったりな感じだった。
「ただいま〜」「おかえり〜」というようなやりとりがあって、長女も石の上に腰かけて昼食を食べはじめた。

昼に家に帰ることもせず、朝8時から夜6時まで働いているのだそう。
休日はなく、毎日。

夫は金鉱山で働いているという。
山の坑道に入って、石を掘削しているのだろう。

そして女性陣が、石の集積場でわずかな金を探し当てる。
きっとそれなりに大きな金は金鉱山の現場ですでに取り除かれていて、ここに運ばれてくる石は金なんてほとんど付いていないほぼ不要な石。
けれどごくまれに、金が残っていてそれを集めているのだと思う。

「こんな石から金なんてとれるの?」
わたしたちの質問に女性はニヤッとして、ポケットの中に手を入れた。

「ほら。」

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これはここにある大量の石のなかから、きょう見つけたものだそう。
わずかに、ほんとうにわずかに、金らしきものが張り付いている。

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こんな少量の金がいったいいくらになるのか。
日本でケーキやチョコレートのトリュフなどたまにトッピングでのっているけれど、ごく少量の金粉の値段ってたかが知れていると思う。

彼女たちが一日中這いつくばって、いったい年にどのくらいの稼ぎになるのだろうか。

一家の昼食をわたしたちが食べてしまうのは気が引けて「食べたばかりでお腹がいっぱいなので」と言い、お礼を言って一家と分かれた。

そしてわたしたちは街の中に入っていくことにした。

それにしても街全体がゴミ集積場のようで臭い。
ナイロビのスラムよりも臭い。
本来ゴミ処理をする行政が、ここには存在してないのだからこうなるのは仕方がない。
でも5万人以上も住んでいるんだから、そろそろここを自治体として認め、行政が管理し行政サービスを機能させるべきじゃないかと思う。
これからもこの街の人口は爆発的なスピードで増えていく。
ゴミは減らないどころかどんどん積もっていく。
街を歩くには、ゴミの上を歩いていかなければならない状況。

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雪山に囲まれているので、地面からは雪解け水がにじんでくる。
そもそもこの場所は雪が降る日も多く、ゴミの上に雪が積もることもある。
地面はぐちゃぐちゃ。
得体の知れないゴミからの汚水で、あっという間に病気が蔓延しそう。

鼻を押さえゴミで覆われたぬかるみを歩いていくと、ゴミのない道に出た。
あいかわらず臭いはこの街全体に漂っているけれど、足元を気にしなくていいのでホッとする。
両脇には小屋。
今は閉まっているけど、ときどき市が立つのだろう。

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この道を進んでいくと、屋内常設市場があった。
衣料品、日用品、雑貨、工具、野菜や果物、そして食堂まで。
小規模の街の市場と引けをとらない。
こんなところにもそれなりの市場があるのに驚いた。

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行政が機能してなくても、住民たちは自分たちで生活しやすい環境をつくりあげていく。

市場の前の細い道を抜けるとメインストリートに。
上からだと小さなほったて小屋の家しか目立たなかったけど、メインストリートにはれんが造りの建物が並ぶ。
店も多く、人も行き交い、かなり活気がある。
ここを歩いていれば、普通の街を歩いている気分になる。

5万人以上住んでいるだけのことはある。

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いくつかホテルもあった。
少し前まで水道も電気もなかったところだから、ホテルといっても最低レベルだとは思うけど。

リンコナダは行くのに時間がかかるしホテルがあれば1泊したいと思っていた。
でも、ホテルがあるのかどうかもわからず、夜は危ないから日中のみの滞在にしたほうがいいんじゃないかと思い、日帰りで来たのだった。

「ホテルがあるんだったらここで一泊すればよかったかなあ。」
ケンゾーに言うと、ケンゾーが即答した。

「いや、1泊もせんでいいやろ。
 この街の臭いに耐えられん。
 それに、夜も寒すぎて眠れんよ。」


たしかにそうだ。
夜は氷点下になるけど、暖房設備なんてないだろうし。

わたしたちにとっては大変な環境だけど、地元の人たちは昼からバレーボールをして楽しそうにしている。

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わたしたちは、地元の人で賑わう食堂に入ることにした。
ローカル食を味わうには市場の食堂や屋台がいちばん。
でも、今回はちゃんと店を構えている食堂に。
地面は大量のゴミで覆われ、汚水が垂れ流しの街。
金の採掘や精選に伴う排水や水銀も心配。
だから衛生的にマシそうな食堂に入った。
といっても、この街に立派なレストランはなく安食堂に変わりないけど。

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スープとメインがついていて5ソレス(約200円)。
スープはラーメンのお椀ぐらいの大きさの器にたっぷりと入っている。
麦がたくさん入っていて、もうこれだけでお腹いっぱいになる。
わたしもケンゾーも完食できなかった。
さすが労働者の街。
量で勝負。

メインはわたしは魚のフライを、ケンゾーは聞いたこともないものを注文。
ケンゾーが注文したのは、見かけはフライのようなもの。

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中身はイモを潰したようなものが入っているから、コロッケと言ったほうがいいかな。
でも食べてみてビックリ。

甘い!
わたしたちからすると、完全にデザート。
味はおいしいんだけど、これをご飯といっしょに食べるのにはかなり違和感がある。
でも地元の人たちはおいしそうにおかずとして食べている。
労働者たちが疲れを癒やすために甘いものを求めるからかなあ。

昼だというのに標高が高くて寒い。
ご飯で温まって、わたしたちはまた外に出た。

アフリカでもアジアの途上国にも、いまの時代インターネットができる小さなネットカフェはどこにでもある。
でも、ここにはない。
いろんなお店があって賑やかだけど、まだインターネットは普及していないようだ。
でも、携帯の通信会社のオフィスはあって窓口はたくさんのお客さんで混雑している。
お店のたたずまいは新しそうなので、最近進出してきたのかも。
右のピンクの看板が携帯の通信会社のお店。

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通信会社にしてみれば、ここの住民たちを顧客にしない手はない。
5万人以上もいるのだから。
それにどんどん住民は増えている。
いち早くこの街に進出すれば、多くの顧客を獲得できる。

行政からは無視されたような街だけど、リンコナダの街の入口には目立つ門があった。
わたしたちは車でその門をくぐってリンコナダに来た。

「ようこそ!リンコナダへ」

大きく書かれた門を見て、自治体にもなっていないようなスラム化した街に誰がこんなの作ったんだろうと思っていたら、門には通信会社の名前が書かれていた。

そのうち通信会社が宣伝を兼ねて行政よりも先に住民サービスをやったりして。
ゴミ焼却とか、電柱を増やしたり。

リンコナダはゴミが多いことには驚いたけれど、想像していたよりも「街」だった。
殺伐とした雰囲気はなく、人々も穏やかな顔で歩いている。
ここは「無法地帯」ではなかった。

とりあえず、あの金鉱山の近くまで行ってみよう。
わたしたちはメインストリートを進んでいくことにした。

もう終りだと思っていた街には続きがあった。

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そしてリンコナダが抱える大きくて深刻な問題。

本当はリンコナダの記事は1日で終わるはずだったけど、長くなりそうなのであしたに持ち越し。
どうぞ最後までおつきあいください。
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知られていない「世界一標高の高い街」へ

2015.07.30 06:04|ペルー☞EDIT
好きなお笑い芸人は「バナナマンの日村」のイクエです。
いや、ほんとうはもっと高尚な笑いを披露する人をあげたいんだけど、どうしてもあの日村の振る舞いや言動がツボに入って、いちばん笑ってしまうのよね。
旅行中動画なんてまったく見ないんだけど、最近はケンゾーとバナナマンのコントを見ることにはまってます。
初めて見た「ルスデン」っていうコントに思わずうなった。
「ルスデン」見てみて!
おもしろ怖くて、コントを通り越してまるで現代芝居。
やっぱり天才だわ。
日村じゃなくて設楽が。

日本にいるとバックパッカースタイルで世界一周するのってすごいなあって思うかもしれない。
でも、いまの時代全然すごくない。
わたしたちが参加しているブログ村ランキングでも世界一周のカテゴリーがあるくらいだし、とくに南米で会う日本人旅行者はほとんどが世界一周中。
いま世界一周中の日本人って何千人かいるんじゃないかな。
世界一周をしていることは別に特別じゃない。

15年くらい前、学生のころにバックパッカーをやっていたけどそのときと比べて何倍もバックパッカー旅行がしやすくなっている。

それぞれの国が発展してきて「先進国」「途上国」のギャップが少なくなって、昔ほど苦労せずに過ごせるっていう理由もあると思う。

でもいちばんは、情報化が進んでいるから!
今はほとんどの旅人がパソコンかスマホを持ち歩いているし、宿にWi-Fiがあるところがほとんどだし、それがなくてもたいていの街にはネット屋さんがある。
昔は日本の家族と連絡するには、電話局に行ってつないでもらうか、手紙を書いてたから。
いつでも誰かとつながっていられる安心感といったらない。

学生のころ海外ばっかり行ってたんだけど、大学4年のころ青春18切符で北海道旅行をした。
そのときに感じた安心感は「日本語が伝わること」でも「まわりの人が日本人」でも「生まれ育った馴染みある日本を旅すること」でもなかった。

「携帯電話もって旅できるんだ~!」ということだった。
家族や友だちと日常的に連絡ができるし、トラブルにあっても携帯で助けを求められるし、宿の予約の電話もかけられる。

さらに15年前は旅ブログなんてほぼなくて、ガイドブックを持ち歩いて旅するしかなかった。
ガイドブックに載っている数枚の写真だけを頼りに、その街の様子を想像する。
どんな街なのか、どんな宿があるのか、訪れる旅人は多いのか、わからずに不安になる。
バスを降りて無事に宿までたどり着けるのか。
どういう手段で宿に行けばいいのか。
いつも、次の街に移動するときがいちばん不安でドキドキして、知らないうちに涙がにじんでいるときもあった。

たくさんの情報があふれている今では、その不安はかなり軽減されている。
15年前の不安が100だったらいまは5くらい。

情報がないと不安で胸がつぶれそうになり「なんで旅してるんだろう」とさえ思うこともあった。

でもその分、今よりもずっとずっとワクワクしていた。

今回の長期旅は昔に比べたら精神的にとても楽だけど、これまで数回、昔のように「手探りで旅をする感覚」を味わうことがあった。
たとえばタジキスタン。
パレスチナもそうだった。
ガイドブックにすらほとんど載っていない。

そして、今回もそのドキドキと不安にかられている。

向かおうとしている場所は「ラ・リンコナダ」
標高およそ5100メートル。

「世界一高い場所にある街」

そんなキャッチフレーズをつけることができるのに、その街の存在はほとんど知られていない。
ある理由があって。

「世界でいちばん標高が高い街がペルーにあるらしい」。

その話を耳にしたとき、興味はわいたけどそれまで聞いたこともないし、行き方もよくわからないし、そのままにしていつのまにか忘れていた。

そしてクスコ滞在中にふと思い出した。
「そういえば、ここペルーに世界一高い街があるんだっけ。」

地図で調べると、その街はクスコの南、ボリビアの国境付近にあった。
行きたいなあ、と思った。
でも行くべきか迷った。

わたしたちはボリビアからペルーに入り、北上してクスコまでやってきた。
世界一の街に行くならば、せっかく北上してきたのにふたたび南下しないといけない。
ルート的に逆走することになる。
それに・・・。

南下してもその街にたどり着けるかわからない。
ほんとうにその街まで行く公共交通機関があるのか。
あったとしても毎日運行しているのか。
なんてったって標高5100メートル。
秘境に違いないから。

ケンゾーに聞いてみた。
「行ってみたいけどなあ。
 どうだろうなあ。」

ケンゾーはいつものように答えた。
「ふ〜ん。
 イクエが行きたいなら、じゃあ行こうかあ?」


ケンゾーはわたしより楽観的。
そしてわたしが行きたいところが、ケンゾーも行きたいところになる。
まあ、いいダンナです。

クスコからバスに乗って8時間。
ペルーの南の街に到着した。
地図を見ると、リンコナダにいちばん近い比較的大きな街だったからきっとここからならリンコナダに行けるんじゃないかと思ってやってきた。

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いつもならこのブログに地図や行き方を載せるけれど、今回はあえてやめておこうと思う。
リンコナダについて書いている旅人のブログは今のところないようだし、冒頭でも言ったように情報がない方がワクワクすることもある。
だからすべてをここで明かさないほうがいいかなあと。

この街は観光地でもないから、ガイドブックにも載っていないし宿の情報もない。
でもバスターミナルの周辺を歩くと、安そうなホテルがいくつもあって、適当に値段を聞いて決めた。

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ダブルルームで一部屋20ソレス(約800円)。
部屋はとても狭い。
最低限の空間。
そして、寒い。
こんなボロくて狭い、いかにもな安宿に泊まるのはアフリカ以来かも。

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部屋にバスルームはないけれど、共用のシャワーを使えるものと思っていた。
だけどこの宿には共用のシャワールームすらなかった。

シャワールームがないホテルに泊まるのは、初めてかも。

ホテルの人にリンコナダの行き方を聞いてみた。
でもこちらのスペイン語も低レベルだし、「リンコナダ」と言ってもピンとこないようだった。

「世界でいちばん高いところにある街だよ。」
そう聞いてみた。

「それはペルーじゃなくて、ボリビアにあるよ。」
予想外の返事だった。

え?
ボリビア??

「ボリビアのラ・パスってところだよ。」

たしかに「世界でいちばん標高の高い(事実上の)首都」だとラ・パスになる。
以前このブログで「世界でいちばん標高の高い都市」としてはボリビアのポトシを紹介した。

「首都」とか「都市」とか「街」とか「集落」とか、人口や規模でいろいろカテゴリーがあってたしかにややこしい。
リンコナダはラ・パスやポトシよりも田舎かもしれないけど、でもそこよりも1000メートルも高い。
別格の街。

「ちがうちがう。
 ペルーに世界一標高の高い街があるんだよ。」

宿のスタッフのうちひとりが「あー!リンコナダ」とわかってくれた。
リンコナダ行きのバス乗り場があるようなことをスペイン語で教えてくれるけど、どこなのかわからないし聞き取れない。

「乗り場までタクシーで行けばいいよ!」
最終的にはそう言われて、わたしたちはまた明日どうにかすることにした。

その夜、わたしは眠れなかった。
あした、ほんとうにリンコナダまで行けるのか。
部外者なんて来ないところにわたしたちが行ったらどうなるだろうか。

インターネットではリンコナダについての日本語での情報はほとんどないので英語で検索していた。
英語でも一般人のリンコナダの旅行記は見つからなかったけれど、ジャーナリストがリンコナダに潜入した記事はいくつか見つかった。

リンコナダはスラムのような場所で、土壌汚染もひどい。
行政機能がなく、少し前までは警察さえいなかった。
無法地帯で治安が悪いため、ボディーガードを雇って潜入した、なんてことが書いてあった。
そのいっぽう、予想に反して人々はフレンドリーで優しく安全だったとも書かれていた。

人々が優しいということでわたしは行くことを決めたけど、下手なまねはできないとも思った。
足を踏み入れてヤバそうな雰囲気を感じたら、すぐに撤退しよう。
でも、そもそも足を踏み入れることができるのか。

ぐっすり眠っているケンゾーの横で、わたしは眠れず不安にかられながらも久しぶりに旅のドキドキを感じていた。

そして次の日。
わたしたちはリンコナダ行きのミニバス乗り場にたどり着き、すぐにワゴンに乗り込むことができた。

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それは予想していたよりも簡単だった。
これでリンコナダ行きが現実になる。
安堵感と不安感がないまぜに。

車はいくつかの街を抜け、峠道に入った。
徐々に高度を上げていく。
雪を被った山々が登場し始める。

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最後の1時間はぼこぼこの未舗装の道だった。
体が上下左右に揺られながら地の果てに向かっていることを実感した。
もう後戻りはできない。
わたしたちはまもなく、世界最高所の街にたどり着く。
どんなところなのかまったく予想がつかない街に。

世界でいちばん標高の高い街。
雪山に囲まれたそこは、世間から離れた桃源郷のような街なのか。
現代社会から切り離された、原始的な暮らしが営まれているところなのか。
商業的で人工的なものがほとんどない、自然と調和した社会なのか。

わたしたちが最初に目にしたものは、それらと正反対のものだった。

「うわあ・・・。
 これ、すごいね。」

「どうすんの?この量。」

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背後に雪山がそびえる草原。
美しいはずのそこには、大量のゴミが散乱している。
散乱と言うより、あたり一帯がゴミ捨て場と言ったほうがしっくりくる。

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そして、リンコナダの街が見え始めた。
街というより、これはなんだろう。

家にしては小さすぎる、そして簡素すぎる小屋。
トタンでつくった窓のない家。
でも、これこそがリンコナダの住宅地なのだろう。

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そしてところどころに現れる灰色の小石の山。
そこに同化するように灰色の人たちが這いつくばっている。

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灰色の石に顔を近づけて何かを探し当てている。
かたわらでは、淀んだ灰色の水たまりで集めた小石を洗っている人も。

灰色の世界から見つかるもの。
それは、「金」。

ここリンコナダはゴールドラッシュに湧く街なのだ。
標高5100メートルのこんな高所に、金鉱山がある。
一攫千金を夢見る人たちが吸い寄せられるようにここにやって来る。
そうして、人間が住むにはふさわしくないこんな高所に街ができた。
さらにこの街は拡大し続けている。

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正確な人口はわからないけど、5万人を越えると言われている。
リンコナダについての情報はほとんどないけれど、NATIONAL GEOGRAPHICの記事が詳しい。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0901/feature03/

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2009年の人口は3万人でその前はもっと少なく、8年前と比べると人口の上昇率は235パーセントにもなるのだという。
異常な上昇率。
奥の方は家が密集しているけど、手前側には新しい土地が造成され、住宅地は広がっている。
これからもここにどんどん家が建っていくんだろう。

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酸素が薄く氷点下まで下がるこの氷河のもとに、金を求めてあちこちから人が押し寄せて住み始める。

世界一高い場所にある街は、生きていくのさえ困難な環境。
酸素濃度は地上の半分ほどしかない。
高山病の心配もある。

氷河の固まりのすぐそばで人が暮らしている。

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岩肌には、いったい何メートルの氷河の固まりがへばりついているのか。
不気味な青みを帯びている。

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労働は過酷で、けっして稼ぎは良くない。
それでもこんな場所に引っ越して生きていこうと決めたのは、その当時の生活が苦しかったからだろう。
「少しでも生活が楽になればー。」

新天地を求めてたどり着いた先が、この氷河を抱く街だった。

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一攫千金の思いを抱いて、はるばる世界一標高の高い場所にやってきた人たち。
もとから行政機能がなく地図にも載っていないような場所に、人々が小屋を建てて住み始めた。
スラムのような場所。

だから「世界一の場所」でありながら、あまりおおやけにされていない。

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行政機能が整ってないから、ゴミ処理施設もない。
スラムのようにその辺にポイポイ、ゴミが捨ててある。
生活圏とゴミの場所がごちゃまぜ。
悪臭が鼻を突く。

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でも人口が爆発的に増え続け、最近になると少しは街としての機能が芽生えはじめたという。
水道も電気もなかったけれど、今では電気が使えるようになった。
無法地帯だった場所に、数年前に警察が派遣されるようになった。

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そして学校も。
ユニフォームを着た生徒たちの楽しそうな声が響いてくる。
この子たちは将来、この生活を抜け出し都会に出ていくのかもしれない。

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この街にはなぜかたくさんのサッカー場がある。
歩くだけでも息が切れる高地。
富士山よりも1000メートル以上も高い場所で、サッカーに興じるなんてわたしからすると考えられない。
体のつくりが違うのか、人間って適応するものなのか。

そしてそんなサッカー場の前でダンプカーが灰色の石を運んでくる。
その石から金を探す人たち。

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灰色の石の小山は街のあちこちにある。
ダンプカーが新しい石を運んでくる。
そして石に埋もれる人々がいる。

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標高5100メートルの大自然に囲まれた場所。
下界から切り離された場所。

神々しく静かな場所のようなのに、それとは裏腹に街全体が工事現場のよう。

トラックや重機の音で包まれ、騒々しく、雄大な自然を見ても心が落ちつかない。

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トラックはどこから来ているのか。
目でたどっていく。

「あそこだ。
 金が獲れるのは。」

黒々とした異様な存在感の山。
そこからトラックがひっきりなしに吐き出される。

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山のふもとの斜面がえぐられ、平地にされているところは石の研磨場所のようになっている。
どこもかしこも灰色の世界。

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目を凝らせば、山肌には小さな小屋が無数にへばりついている。
そのすぐ上には雪、そして分厚い氷河。
溶けて雪崩が起きたら、建物はひとたまりもない。

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こんな街にわたしたちが興味本位で入っていいものか。
緊張しながら、丘の上から様子をうかがっていた。

ワゴンを降りてからここに登ってくるまで、何人かの人たちとすれ違ったけれど怖い目や嫌な目で見つめられることはなかった。

街の中はどうなっているのか。
ここに住む人たちがどんな風に暮らしているのか。

わたしたちは緊張しながらも、街の中に入っていくことにした。
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絶景に必要な条件

2015.07.29 06:25|ペルー☞EDIT
トイレで大をしたあとのティッシュの使い方、拭き方について夫ともめたイクエです。
わたしはペーパーをカラカラカラっと手に巻き付けて、手から抜き取って重ねた状態で拭くんです。
ケンゾーは巻き付けずに長めに切って、それを二つ折りにする。
2枚重ねにした長いままの状態で、まずは端で拭く。
拭いたらその部分を畳んで白いところでまた吹く。
そしたらそれをまた重ねて吹く・・・。
「は!?意味分からん。汚くない?」って言ったら自信満々に「俺のやり方の方がエコ」だって。
ケンゾーは手で紙を切って折り畳むジェスチャーをしながら偉そうに熱弁するけど、わたしは思い出した。
「いや、違う。前、ケンゾーがお尻拭きよったとき、5センチくらいのちっちゃいティッシュをグチャグチャって手で丸めてやりよったやん!」
当時わたしはそれを見たとき衝撃的で「そんなちっちゃいので拭きよると?グチャグチャに丸めて使いよると?畳んで拭かんと!?」って思わず問いつめた。
たぶん夫はアラフォーにしてそれからお尻の拭き方を変えたようです。
「ケンゾーさあ、偉そうに言いよるけど、そのお尻の拭き方歴浅いよね。」
「うーん、まあね。1年、2年くらいかな。」
「2年!? たいちゃん(保育園児の甥っ子)よりも浅いやん!」

夫婦のつまらない下の話を披露してしまったけど、きょうは「絶景に巡り会うための条件」について書くんだった・・・。

マチュピチュでワイナピチュトレッキングを楽しんだイクエとケンゾー。
トレッキングはまだまだ終わらない。

次に向かうのは、中心の遺跡から少し離れた「インカ橋」。
ここでも入口には小屋があってスタッフがいて、名前と時間を記帳しないといけない。
きっとトレッキング中、いなくなったら探してくれるよ。
インカ橋にはチケットがいらないので、マチュピチュ遺跡に来た人は誰でも行ける。
アップダウンもほとんどないし、登山口から片道20分、余裕をもってみても往復1時間で楽しめるコース。

崖に面した道を歩いて目指す。

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マチュピチュの中心の遺跡は思ったよりもコンパクトだったけど、ワイナピチュやこのインカ橋などを入れるとけっこう広い。
全部行こうとすると1日がかり。

でもペトラ遺跡といっしょで、トレッキングをしてこそマチュピチュの魅力を感じられる。

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こんな崖の側面にもインカの人は石を組み、道を作った。
地上から何百メートルあるんだろ。

よくこんな垂直な山肌を石で固めたね。

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右側は断崖絶壁、という高所恐怖症の人にはスリリングな道を歩くこと20分。
インカ橋が見えてきた!

橋といっても、川に架かっている橋ではない。
山肌に張り付けるようにして造ったインカ道に架けた橋。

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どうしてこんなところにわざわざ橋を造っているのか。
それは、敵の侵入を防ぐため。
石積みに3本の丸太をかけた橋。
敵が来たら、この丸太を落として渡れないようにする仕組み。

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インカ橋のトレッキングコースはここで行き止まり。
行き止まりじゃなくても、こんな危なっかしい橋、誰も渡らないよ。
今は行き止まりだけれど、橋の先にも道が続いている。
あの山の中腹、岩肌に緑の草の線が続いているのが道。
ほんとに、どうやってあんなところに道を造ったのか不思議でならない。

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このインカ橋トレッキングルートはマチュピチュ山のふもとにある。
さっき登ったワイナピチュとは遺跡を挟んで逆側。
ワイナピチュからはきのう歩いてきた「スタンド・バイ・ミー」の線路が見えたけど、ここからはスタート地点だった発電所が見える。

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わたしたちがクスコからのワゴンを降り、アグアス・カリエンテスまで歩いたルートをマチュピチュから見下ろすのは感慨深い。
下を歩いていたときはマチュピチュの構造や自分たちのルートがどうなっているのかよくわからなかったけど、マチュピチュのふもとをぐるっとまわって歩いていたんだね。

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マチュピチュトレッキングラストを飾るのは、太陽の門インティプンクまでのトレッキングルート。
そこまでは遺跡から片道1時間はかかる。
マチュピチュ閉園時間の2時間前にはスタートしないと間に合わなくなっちゃう。

中心の遺跡から太陽の門までは山肌にインカ道が続いている。

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マチュピチュ遺跡の魅力って、見る角度によって遺跡の全体像が違うように見えることだと思う。
遺跡の近くから眺める全体像とワイナピチュから見下ろすマチュピチュの表情は全然違った。
このインカ道から遠くに眺めるマチュピチュも、今までのものとは違う。
わたしのなかではここからのマチュピチュがいちばん好き。

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近くで見ると建物でごちゃごちゃしていたマチュピチュ。
ここからだとその空間や高さがわかりやすい。

天空への階段のように上へと続く段々畑。
そして下界を見下ろすように建つ神殿や宮殿。

建物が左右にパッカリと分かれて、真ん中に緑の広場がドドーンと登場。
なんかファンタジーの世界みたいじゃない?

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わたしたちが行ったのはちょうど夕方で逆光のとき。
これからマチュピチュに行く人は、朝早くにここに来たらいいと思う。
朝日を浴びてもっときれいだと思うから。

ぜひ行ってほしい。

歩いて30分弱。
インカ道に立ちふさがるように遺跡が見えてきた。

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ここが目的地かなって思ったけど、そうじゃなかった。
ここはタンボという宿泊施設。
当時、このインカ道を通ってマチュピチュ入りする人が休息したところ。

そう、実はこの道、下界とマチュピチュとをつなぐ道。
いまわたしたちは逆走しているけれど、昔はこの道を歩いてマチュピチュへ向かったんだね。

ということは、この道から見えるマチュピチュこそが、当時の人が初めてご対面するマチュピチュの姿だったということになる。

昔の人は、このファンタジーのような天空の大きな都市を目の当たりにしたとき、この世のものとは思えないように見えて、感動しただろうね。

神々しいマチュピチュの姿を振り返ってチラチラ見ながら歩くことさらに30分。
目的地、インティプンクが見えてきた!

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階段があって石の門がある。
この先にはインカ道が続いている。
いまわたしたちは逆走しているから、下界から来た人たちはこの門をくぐってマチュピチュ入場ということになる。

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石の門の下には、何人かの人たちが座っている。
彼らはインカ道トレッキングをしている人たちだった。
昔のようにインカ道を歩いてマチュピチュ入りするトレッキング。
3泊4日で歩き続けるコースや、マチュピチュの少し手前からスタートして1日トレッキングして目指すコースなどがある。
どちらもガイドが必要で、人数制限があって数か月先まで予約でいっぱい。
ワイナピチュ登山よりも人気で、通行料が高い。

わたしたちみたいなふらりなバックパッカー旅ではこのトレッキングをするのは難しいけれど、途中の景色もすばらしいらしく、きっとすてきだろうなって思う。

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門の先を見ると、そこから折れ曲がるようにひっそりとしたインカ道が続いていた。

座って休憩しているトレッキング客たちは誰かを待っているようだった。
ガイドの男性がときどき立ち上がっては門の先のインカ道を見に行っている。

突然、ガイドが声を弾ませて誰かに語りかけた。

「あ、来た来た来た!!
 
 ほら!
 もう少しだよ、がんばって!!
 みんなが待ってるよ。
 ここまで来ると、マチュピチュが見えるよ!!」

 
インカ道を歩いているのは3人の初老の女性。
両手に登山用ステッキをもって、ゆっくりとインカ道の階段を登ってきている。

若くはなく、足取りも遅い。
それでも、昔の人のようにインカ道を歩いてマチュピチュにたどり着きたい、そういう思いでここまでがんばってきたのだろう。

ガイドが続ける。
「3人とも、よくここまでたどり着いたよ。
 ほら、もうちょと。
 がんばって!」

息を乱しながら、階段を上りきった3人。
門をくぐって見えたのは、初めて見るマチュピチュ。

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その景色を見るなり、女性の目からは涙が溢れ出した。
手を口元にあてて、息をのむ女性。
驚くような目でマチュピチュを見つめる。

70歳くらいの女性が、泣きながら言った。

「ああ、なんて美しいの・・・。」

彼女の目に映ったマチュピチュは、心が震える絶景。

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わたしなんかが感じたものよりも何十倍も大きな感動を、いま彼女は味わっている。
人生に色濃く残る絶景。

ああ、羨ましいなあ。
素直にそう思った。

心が震えるほどの、鳥肌が立つほどの、涙が出るほどの絶景。
それは、人生でそうそう出会えるものじゃない。
世界を旅しているからといって、たくさん出会えるものじゃない。

絶景を成立させるための必要条件。

それは、そこにたどり着くまでの苦労。

旅人の間でたまに「今まで見た絶景でどこがよかった?」という話になる。
「〇〇が良かった。でもあそこまで行くのに苦労したからなあ。」
「結局たどり着くのに苦労したところや時間がかかった場所こそ、絶景だよね。」
「そうそう!ほんとうにそう!」

努力や苦労が報われる景色。
ああ、このためにがんばってきたんだと思わせる景色。

今まで見た絶景で、わたしがあげるのはウユニ塩湖ではない。
確かに天国みたいにとても美しかったけど、車で行けた。
簡単に行ける「絶景」と言われる場所は、俗世間からワープしたみたいな良さはあるけれど、わたしにとって心が震えるほどではない。

わたしにとっての絶景は、何時間も何日も歩いてようやくたどり着いた先に見えた景色。
キルギスの灰色の山を越えて、突然目の前に現れたキラキラと光るエメラルドグリーンの湖、カラコル。
あの、体中が身震いするほどの感動。
無意識に大きな声で「うおおおお~」と叫ぶほどの感動。
鳥肌が立って、知らないうちに涙が流れているほどの感動。

その感動を知ったから、日本にいるときはトレッキングなんて全然興味なかったわたしたちは、旅行中にトレッキングをするようになった。

自転車で時間と労力をかけて旅している旅人たちは、きっとバスや車で簡単に移動しているわたしが知らない絶景にたくさん巡り会っていると思う。

そして、もうひとつ絶景の必要条件をあげるとしたら・・・。

想像もしてなかった光景。

映像やテレビで見たことがなく、イメージできなかった景色。
心の準備ができてないし、その景色の美しさは想像を超えるものなので、驚きとともに感動する。

だからみんながよく行く有名な観光地よりも、秘境のほうが絶景になる。

マチュピチュは有名だけど、この角度からのマチュピチュの姿はわたしは知らなかった。
わたしもインカ道を数日歩いてこの門にたどり着き、このマチュピチュを見たらきっと涙が込み上げただろうなって思う。

マチュピチュ遺跡の脇に、けさシャトルバスで登ってきたジグザグの道が見えた。

帰りは歩いて帰ろう。

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ジグザグの道はバス用で、その道をまたぐように急斜面の登山用の階段がある。
ジャングルの森の中に何千段も続いている。

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膝が笑う。
足に力が入らなくなって、ヨタヨタになりながら1時間半後にアグアス・カリエンテスの街にたどり着いた。

そして次の日もまた、列車には乗らずに2時間半のスタンド・バイ・ミーコース。

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山のはるか上を見上げると、きのうまで見たマチュピチュが見えた。
みんながあまり知らないマチュピチュの姿。

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きのうまで身近だったマチュピチュが、ふたたび手の届かないところに行った。

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世界を旅しているからー。
みんなが憧れる観光地にたくさん行っているからー。

だからって絶景に出会えるわけではない。

その人にしか感じられない絶景が、ふとしたところに隠れている。
日本にも。
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マチュピチュではこれをしなきゃ!

2015.07.28 05:46|ペルー☞EDIT
夫念願のビキニを買ったイクエです。
ケンゾー「あ~、ホッとした」だそうです。
「あんな子どもみたいなおばちゃんみたいな水着、嫌だった」んだって。
そんなに妻にビキニを着せたいかね。
ちなみに買ったのは自分の年をわきまえて無地で、下半身に巻く布がついてるやつです。

マチュピチュ遺跡の観光をひととおり終わらせたイクエとケンゾー。
中心の遺跡自体はじっくり見ても3時間くらいで見終わる。
でも、わたしたちにはこれからメインイベントが待っている!

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マチュピチュ遺跡の背後にそびえる尖った山、ワイナピチュ。
メインイベントとは、あの山に登ってマチュピチュ遺跡を上から眺めること。
ワイナピチュ山には入山制限があって、朝7時から200人、10時から200人。
一日に400人しか登ることができない。

ワイナピチュの登山券は事前にマチュピチュの入場券とセットで購入しておかないといけない。
オフシーズンの雨期はそうでもないみたいだけど、イクエとケンゾーのときは1か月半後まで空きがなかった。
2日間くらいマチュピチュの公式ホームページをこまめにチェックしていたら、マチュピチュへ向かう前日にたまたま2人分のみ空きが出たのでネットから購入。
運良くプラチナチケットを手に入れることができたのだった。

国籍、アフガニスタンだけどね!

マチュピチュ遺跡の奥に、ワイナピチュの登山口がある。
10時前に行くと、プラチナチケットをもっている人たちが集まっていた。

若い人が多い。
日本だと山登り好きは中高年たけど、海外では圧倒的に若者。
集まっているのはほとんどが個人旅行者やバックパッカーっぽい。
ツアーだと、団体客分の入山券が手に入りにくいからかもしれない。

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木造の小さな小屋があって、そこでチケットとパスポートを提示し名簿に名前や時間を記帳する。
遭難防止のためかな。

ここでもドキドキ。

なんでプラチナチケットの国籍がアフガニスタンなん!?

でも平静を装い、笑顔で切り抜けることができた。
窓口のお姉さんが気づいたかどうかはわからないけど、何も言われなかった。
ほっ。

いっきに200人が登るから、登山道は混雑するだろうなって思ってたけど全然そんなことなかった。
入口でのチケットのチェックや記名で少しだけ時間がかかるので、前の人といい具合に間を置くことになる。
ときどき、追い越したり追い越されたりはあるけれど、とくに行く手を塞がれることはなく自分のペースで登れる。

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遺跡とワイナピチュの標高差はおよそ300メートル。
たいした高さではないんだけど、尖った岩山。
斜面が急で「ほんとうにきついよ!」とも聞いていた。
毎年、登山中に落下する人もいるんだって。

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自然を崇拝してきたインカの人々。
遺跡の背後に凛とそびえるこの山もインカの人たちにはとても重要なものだったみたい。
インカの時代に造られた道や階段が頂上まで続いている。

途中、ロープを頼りに登らないといけないハードなところも。

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急なところも多いけど、それでも階段や道があるし想像よりは全然きつくなかった。
頂上までは1時間くらいと聞いていた。
別に急いで登ったわけじゃないけれど、30分ちょっとで到着。

標高3000メートル以下とそんなに高所じゃないし、体調が良ければほとんどの人は大丈夫じゃないかな。

木々が生い茂っている山。
上に登るといっきに見晴しが良くなる。

「おぉぉ~!!」

眼下にはマチュピチュの全貌が!

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写真左側の遺跡まで続くジグザグ道が、けさ下界からバスでやってきた道。

この上からのマチュピチュの景色を見たとき、地上からは感じなかったことを感じた。
幾何学的というか、数学的な美しさというか。

まっすぐに伸びる道や規則的に並んだ棚田。
計算されたような俯瞰図。

細い直線やぐるぐる巻き、曲がった線を多用して動物を描いている、ナスカの地上絵に重なった。

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「ナスカの地上絵っぽくない?
 ペルーに住んでいた人の美学ってこれなのかも。」

なんてことをケンゾーに言ってた。

あとで知ったんだけど、マチュピチュ遺跡ってこのワイナピチュから見るとコンドルに見えるようになってるんだって。

写真の手前側がコンドルの頭、左右に大きな羽を広げて。
コンドルを模して設計されたと言われているんだけど・・・。
いやあ・・・コンドルには見えない・・・かなあ。

それでも、ワイナピチュの山頂でナスカの地上絵を思い出したのはやっぱりそういうことがあるからかもしれない。

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実際にマチュピチュに来てみると「思ったよりもコンパクトだな」って思った。
でも上から見ると、マチュピチュのスケールの大きさがわかる。
やっぱりでかい。
建物の遺跡よりも棚田の部分が広い。
山の上のジャングルを切り開いて、これだけの広さの空間を作り出している。
そんな大きな遺跡の中を人間がちょこまか動いている。

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ワイナピチュの登山道にはまだ続きがあった。
みんなが岩の間に消えていく。

え!?
ここをくぐるの?

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身をかがめて頭を打ちつけないように気をつけながら暗い中を進んでいく。
しばらく進んでいくと、向こうから光が差し込んでいるのが見えた。
こんな岩の中に階段まで造られている。

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するとさっきよりも少しだけ高い場所に到着。
ここでまたマチュピチュの全体像を眺めながら、座ってゆっくりと休憩。

ちなみに、マチュピチュ遺跡内では飲食は禁止されている。
だから昼食は我慢するか、一度遺跡を出てから出口のそばにあるマチュピチュのホテルで高いランチを食べるか、出口の近くにちょこんと腰かけて食べるしかない。

でも山では大目に見てくれるみたい。
それぞれが山頂で思い思いの場所に座って、もってきているサンドイッチを食べたりフルーツやビスケットを食べたり。
贅沢な時間。
マチュピチュ公認ガイドを連れた客たちもガイドの前で普通に食べていたし、係員も注意しない。
邪魔にならない場所に座って、ゴミは持ち替えるとか最低限のルールを守れば大丈夫じゃないかな。
山頂で食べるって気持ちがいいもんね。
しかもアンデスの風に吹かれ、マチュピチュを眺めながら。

きょうははっきりくっきり遺跡が全部見えてるけど、天気が悪いときは雲や霧で全然見えないこともあるんだって。
友だちのまりねえたちが登った時は、見えなかったそう。
晴れた日は、マチュピチュのトレッキング日和。

ワイナピチュから遺跡を挟んでそびえるマチュピチュ山。
マチュピチュ山のほうが標高が高い。
マチュピチュとはケチュア語で「老いた峰」と言う意味。
ワイナピチュは「若い峰」。

遺跡の後ろに続いている山がマチュピチュ山。

a_DSC_3395.jpg

そのマチュピチュ山に登る人もいる。
2日間マチュピチュを堪能したまりねえたちはどっちの山にも登っている。
(まりねえたちはわざわざ2回分のマチュピチュチケットを買ってるの。
 ほんとに2日券とか作ってくれればいいのにねえ。)

まりねえたちが言うには「ワイナピチュは細い階段とかロープで登るところとか岩の洞窟の道とか、アドベンチャー要素があって楽しめるところ」で「マチュピチュ山は標高も高くて本格的な登山。山好きの人にいい」のだそう。

遺跡の向こうのマチュピチュ山をカメラの望遠レンズで見たら、山頂に人がいるのが見えた。
「お~い!
 そっちからはどんな景色が見えますかあ。」


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マチュピチュ山の方がワイナピチュよりも標高が高いので、見晴しはいいけれど遺跡自体は小さく見えるみたい。

登山が簡単なワイナピチュは人気でチケットを入手するのが大変だけど、マチュピチュ山は簡単に取れるのでワイナピチュがダメだった人はマチュピチュ山に登るといいと思う。
でも、体力や時間がかかるので1日で観光しようとするとちょっとハードかも。

このワイナピチュ自体にも遺跡がある。

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貯蔵庫だったと見られる建物。
段々畑。

さらには月の神殿と言われる、洞窟に造られた遺跡もある。
月の神殿に行くにはワイナピチュをぐるっと1周しなきゃいけず、体力も時間もかかるようなので断念。
月の神殿に行った人は時間が足りなくなって後悔したって人が多いみたいだったから。
ワイナピチュに登った人の9割以上は月の神殿行きを断念してると思う。
ヨルダンのペトラ遺跡みたいに、2日券とか3日券とか作ればもっと楽しめるのにな。

ということで、そのまま下山。
でも下山は登りとは少し違うルートを通る。
ワイナピチュの遺跡の横の階段を下りていく。
眼下には川。

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きのうわたしたちが「スタンド・バイ・ミー」で歩いてきたところだ。

高所恐怖症の人は無理かも。

棚田の横には細~い石の階段があって、そこを這って降りていく。
インカ時代の昔の階段だから、安定感がない。
みんな若いのにへっぴり腰で恐る恐る。

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しかもね、この階段の一段一段の幅がものすごく狭い。
20センチもないから、足が載らない。
横向きに歩いていくしかない。
なんで?
インカの人、足、ちいさかったの?

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下山して遺跡を歩いていると、ケンゾーが小声で興奮しながら言った。

「イクエイクエイクエ!
 チンチラチンチラチンチラ!!
 左ひだりひだりっ!!!」

ちんちら!?
なにそれ。

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動物博士のケンゾーが言うには、これがチンチラだそうです。

チンチラはアンデス山脈に生息するウサギのようなネズミのような生き物。
ウサギよりもしっぽが長くてフサフサで、ウサギよりも耳は長くない。
ネズミっぽい顔をしている。

興奮するケンゾー博士。
チンチラって言われて「なにそれ?」と思っていたイクエ。
でも、ハッと思いだした。

「あー!!
 チンチラって、毛皮になるヤツね!」


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チンチラの帽子とかしか見たことなかったけど、実体はこんなかわいいヤツだったんだね。
今度からチンチラの毛皮を見るときは、君を思い出すよ。

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トレッキングをしたり、チンチラに遭遇したり。
自分が徐々にマチュピチュに入り込んでいくのがわかった。
マチュピチュを知っていく、というか、馴染んでいくというか。
マチュピチュというこの空間を、体で感じていく。

中心の遺跡だけを見たときは星2つだったけど、歩きながらこれで3つになるかもなって思った。

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マチュピチュってね、大自然の中にあって「空中都市」「失われた都市」なんて言われるほどの秘境にある。
でもね、実際ここに来るとその秘境感が感じにくい。
それってたぶん観光しやすく整備されて、ルール作りがされているからだと思う。
山の上のゲートまではシャトルバスで行って、そこからは決められた道順で遺跡をまわる。
自分が好きな場所から見たり、気の向くままにふらふら歩くことはできない。
一方通行で逆走したら係員に笛を吹かれる。
芝生に腰かけて、一息つきながら昼食をとることもできない。
「はい、これは〇〇神殿」「あ、ここはよく写真で見る風景ね」、なんか確認作業みたい。
みんなが撮っている撮影ポイントで写真を撮って・・・。
セッティングされてる感じなんだよね。
人気がある観光地だからしょうがないとは思うんだけど。

自分のペースで、自分の足で、インカ時代に思いを馳せながら歩きたい。
マチュピチュでのトレッキングは、それを叶えてくれる。

だからマチュピチュに個人で行かれる方は、ぜひトレッキングされることをおすすめします。

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ほんとうのマチュピチュは広い!
山へのトレッキングだけじゃない。
イクエとケンゾーのマチュピチュトレッキング記はまだまだ続くよ。

あしたは「絶景に遭遇するために必要な条件」について書きます。
また、おつきあいくださいね♡
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ペルー「マチュピチュ」☆☆ 天気が悪いほうがいい?

2015.07.27 06:23|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
夫から「水着を買い替えろ」とうるさく言われる妻のイクエです。
旅行に行く前に買った水着がセパレートではあるんだけどビキニタイプじゃなくてぜんぜん色気がないヤツ。
下がデニムの短パン風で上がチェックのタンクトップ風。
宗教の戒律が厳しい国だとビキニなんてNGだし、これなら水着に見えないしそのまま街歩きもできるってことで買ったの。
でも、そもそもイスラム教やインドやアフリカでは現地人は服のまま泳いでいるから水着は着ない。
水着を着るのは外国人がいっぱいいるリゾートなので、最初からビキニにしとけばよかった。
ガラパゴスに向けてビキニを買おうとも思うけど、ダイビングをするならぜったい今の水着のほうがいいと思うんだよね。
ウエットスーツの下に着やすいし、寒くないし。
考え中。

きょうはマチュピチュに行く日。
天気は悪くない。
といっても、晴れてるのか曇りなのかはわからない。
だって、まだ日の出前だもん。

旅人憧れの地であるマチュピチュ。
そして、高い入場料。
せっかくだから丸一日じっくり楽しまないと!

ホテルを出たのが朝5時半過ぎ。
でも、マチュピチュ行きのシャトルバス乗り場を見てびっくり!!

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みなさん早起きで・・・。

百人以上が並んでるんだけど、マチュピチュ運営側もそれを見越して次から次にシャトルバスがやってくる。
だから長蛇の列に並んでいても、すぐにバスに乗ることができた。

マチュピチュのゲートに着いたのは朝6時半。
ゲート前にもたくさんの人だかり!!

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すごいね、マチュピチュ。
そりゃあ、ペルー政府も入場料や交通費を高くするわけだよ。
どんなに高くしてもマチュピチュには世界中からお客さんが来るもんね。
マチュピチュの存在で年に100億円以上の収入があるんじゃないかな。

日本にもこんな観光地があったらよかったのにね。

つくづく海外を観光していて、日本の観光地の値段って良心的だなあって思う。
海外では有名な観光地や国立公園の入場料が数千円するところは多い。
ヨーロッパの教会の入場料も10ユーロ以上するところも。
その点日本の神社仏閣はタダ、あっても数百円だもんね。

世界遺産の富士山でも入山料を任意で徴収することにしたらしいけど、外国の感覚からすると「任意」じゃなくて「強制」じゃないかと思う。
同じく世界遺産の屋久島や小笠原も、強制的に入島料を徴収するのが外国流だと思う。

旅行していて、日本を旅したことがある外国人と出会うことがある。
「日本って物価が高いし旅しにくいよね?」ってわたしは聞く。
でも、彼らの答えは「そんなでもなかったよ」。

日本には最近バックパッカーが利用できるようなドミトリーをもつ安いゲストハウスもあるんだって。
何より外食が安いらしい。
ヨーロッパでは外食と言えば高めのレストランかファストフード店しかないけど、日本だと吉野家とか定食屋さん、うどん屋さん、ラーメン屋さん・・・500円以下で食べられるお店がけっこうある。
コンビニのお弁当も種類がたくさんあって、食事には困らないんだそう。
(話はずれるけど、日本のレストランのメニューには写真が載っていたり入口の外に食品サンプルがあったりして、注文しやすい!ってフランス人が絶賛していた)

「でも、交通費が高いでしょ。」って聞くんだけど、外国人だけ利用できるJRの特別周遊パスがあるから東京や京都、広島なんかを意外に安く移動できるんだって。

そして観光費もほとんどかからない。
ペルーなんて普通に観光していたら、入場料だけで毎日数千円のお金が飛んでいく。

旅行者からすると、安く観光が済むのはありがたいし、それによって日本の印象もよくなるんじゃないかな。
でも、日本としてはどうなんだろうね。
ペルー政府はうまく観光客からお金をまきあげてる。
日本も少しは見習えば、もっと潤うかな。
でも、外国人から好印象をもたれるほうが国益にかなうかな。

とにかくマチュピチュ観光のための費用の高さにあきれながらも、ゲートまできたイクエとケンゾー。
そしてわたしは緊張していた。

なぜならー。

チケット

アフガニスタン人だから!!

マチュピチュのチケットをネットで購入したんだけど、国籍欄をジャパンにしなくてアルファベット順でいちばん頭にあった「アフガニスタン」になってたのに気づかなかった。

よりによってアフガニスタン?
でもアメリカとかイギリスとかよりも、アフガニスタンの方が明らかに「ウソ」「ミス」って思われるから大目に見てくれるかな。
でもアフガニスタンだとテロリストを連想させるし警戒されるかな。

マチュピチュのチケットって高いくせに(高いからこそ?)入口でのチェックが厳しくてパスポートをいっしょに提示しなきゃいけない。
名前や国籍、日付なんかを確認されるの。

問いつめられたら何て言おう。
「間違えました」がいいのか「日本国籍ですが、いまはアフガニスタンで暮らしています」がいいのか。

とりあえずケンゾーがわたしの前に行き、ふたりのパスポートとチケットを重ねて提出する作戦に。
なるべく混んでる窓口がいいかな。

まずは笑顔で「ブエノスディアス!(おはよう)」
係の人がわたしたちのパスポートを見て「オハヨウ!」と日本語で返してくれた。
さすが、日本人に人気のマチュピチュ。

係員はわたしのチケットとパスポートを確認。

ドキドキ。

どうか気づかないで。

係員がチケットとパスポートをわたしに戻す。
そして、わたしの目を見て言った。

「アリガトウ!」

無事に入場!!

係員がアフガニスタンに気づかなかったのか、わざと見過ごしてくれたのかはわからない。

でも、とりあえずよかった~♡

ゲートをくぐるとしばらく歩かないといけない。
遺跡がチラチラと見えるものの、マチュピチュの全体像は見えない。
林の小道をのぼっていく。

そして高台へ。

するとー。

ジャーン!!

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おお~。
これこれ。
マチュピチュだ~!

ここからならマチュピチュの全体像が見える。
マチュピチュってミステリアスな遺跡でしょ。
ロマンをかき立てられるものでしょ。

でもね、わたしはこう思った。
「なんかおとぎの国みたいでかわいい~。
 ヨーロッパの小さな町みた~い。」


マチュピチュにふさわしくない表現ってのはわかるけど、ほんとうにそう思った。

この三角屋根。
緑の芝生。
わたしの言いたいこと、伝わるかなあ。
伝わらんよね・・・。

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いまでは石組みの壁だけしか残ってないけど、昔は屋根をイネ科の植物で覆っていた。
こんな感じで。

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見張り小屋や貯蔵庫の屋根が復元してある。
友だちのまりねえたちは「あと5年くらいしたら、ほかの全部の建物の屋根も復元されるかもよ。」なんて言ってた。
そうなれば、より当時のマチュピチュに近づくんだろうけど、でも不完全なほうが想像力をかき立てられていい。

「空中都市」「失われた都市」と呼ばれるマチュピチュ。
標高およそ2430メートル。
そのまわりは、もっと高い山々に囲まれている。

マチュピチュに日が昇り始めたのは7時17分だった。
マチュピチュに日が射すのを見たい!ってことで朝早く来る人たちもいるみたい。

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世界的にも有名なマチュピチュ。

じゃあ、このマチュピチュっていったい何なの?
何のために建てられて、どんな目的で使われてたの?

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その質問に端的に答えるとー。

「よーわからん!」

どうしてわからないかと言うと、アンデス文明は文字をもたなかったから。
手がかりとなる資料がなく、現代のわたしたちが推測するしかない。

1500年あたりに造られたといわれるマチュピチュ。

有力な説は、当時のインカ帝国の首都だったクスコよりも標高が1000メートルほど低くて過ごしやすいので、王族や皇帝の「避暑地」「離宮」「冬の都」として使われていたのではないかという説。

たくさんある建物のなかで、王や王女の宮殿とされているところがある。
なぜそこが王たちの建物と推測されているかというと、石組みがきれいだから。
ほかの建物はいびつな小さな石が雑に積み重ねられているけど、そこは大きな石が隙間なくきっちりと美しく組まれている建物。

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身分の高い人の住居や宗教的に重要な場所と見なされている。
中でもマチュピチュでもっとも美しいと言われている壁がこれ。

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マチュピチュの遺跡は触り放題だけど、ここだけは触れることができない。
係員が監視しているから、触ったらたぶんすぐ笛を吹かれて注意されるよ。
(マチュピチュ観光にはいろいろルールがある。遺跡内の観光ルートも決まっていて、一方通行の場所を逆走したら監視している係員にピピ~っと笛を吹かれるので注意!)

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王たちの別荘としては大きすぎるマチュピチュ。
有力説としては、別荘だけでなくここには神殿など宗教的な施設もあったということ。

たとえばこれは太陽の神殿。
インカの人々は太陽を祀り、インカ皇帝は太陽の子と考えられていた。

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一階には階段があってここで儀式を行なっていたとか、偉い人のお墓だったんじゃないかとか言われている。

自然の洞窟を利用して建てられている。
岩を切り抜いたなめらかな階段が見事。

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マチュピチュでは、こんなふうにもともとそこにある大きな岩を利用して造った建物がある。
大きな岩と石組みをうまい具合に合体させて。

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この太陽の神殿には窓が2つ。
ひとつは夏至に、ひとつは冬至に太陽の光が入りここに置いてあった黄金の像を照らしていたんじゃないかと考えられている。

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マチュピチュには「〇〇の神殿」と名のついているものがいくつかある。
「太陽の神殿」の近くにある「コンドルの神殿」。
こちらも大きな自然岩を土台にして造られたもの。
インカ帝国ではコンドルは神聖な生き物。
たしかに翼を広げているコンドルに見えなくもない?

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ここでは動物の生け贄が行なわれていたのだそう。
下には神に捧げるリャマの首を切るための石のまな板。
これもコンドルをモチーフ。
尖った先端がコンドルの頭なんだって。
白い石の溝には血が溜まるようになっている。

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マチュピチュには神秘的なものばかりじゃなく、ちゃんと科学的な施設もあるんだよ。

日時計や天体観測施設。
もとから屋根がなかったこの建物の床には2つの丸い何かが。

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2つ並んでいる直径60センチほどの石。
水を張って月や星の軌道を観測したんじゃないかという説。

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そして神殿に囲まれた神聖な広場とされる場所に、ポツンとあるこの岩にも秘密が。
菱形のような形をしている。

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4つの角が差すのは東西南北。
携帯を方位磁石の画面にして見比べてみるとピッタリ!

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王の別荘があり、一時的な政治・文化・宗教機能が備わっていたと言われているマチュピチュ。
その機能を支える人たちや王族に仕える人たちもこのマチュピチュで暮らしていた。
多いときで1000人弱が暮らしていたんじゃないかとみられている。
だから家もたくさんあるんだね。

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そしてマチュピチュを特徴づけるもの。
それがたくさんの棚田。
住民の生活の糧となる、ジャガイモやトウモロコシなどが育てられていたんだとか。
石組みが整然と並んでいるのは、圧巻。

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マチュピチュにはところどころに石の門があり、建物には出入口がある。
そこをのぞくと、まるで絵画のよう。
フレームになるように、ちゃんと大事な場所が収まるように考え抜かれて造られたのかも。

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これだけしっかりと計画されて造られているマチュピチュ。
でもガイドブック『地球の歩き方』には、ちょっと信じられない内容のコラムが載っていた。
それは、インカは車輪のない文明だったということ。
車の概念がなく、物資の輸送も人や動物が行なうものとされていたので、インカの道は車輪が通れる道じゃないんだって。
だからこそ、敵に大量の物資を運ばせることを防げたので功を奏したのかもしれない。
車の概念がないから、こんな山の上にだって躊躇なく都市を形成できたのかもしれない。

でも、どんな古代文明にも車輪の文化はあったはず。
どうして車輪を発明しなかったのか、ほんとうに不思議。

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さて、アンデスの山の上に眠る空中都市、世界遺産の「マチュピチュ」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

イクエとケンゾーにとっては3つじゃなかった。
思ったよりも遺跡自体はコンパクトでじっくりまわっても数時間で観光できる。
その点、ペトラ遺跡のほうが大きくていろんな場所に散らばっていてワクワクしたかな。
石組みの棚田や建物の壁はたくさん残っているんだけど、エジプトやギリシャ、インダス文明の古代遺跡のように美しくて細かい彫刻があるわけではなく、「昔の人がよくこんな高度なものを」という感想は薄かった。
それに数千年前の古代文明と違って、500年前ぐらいのものだから。

でもロケーションはすばらしいよ。
山々に囲まれて「秘境」といった感じ。

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星が3つじゃなくて2つなのは、天気のせいかもしれない。
わたしたちが訪れた日は快晴とまではいかないけれど、雨の心配なんて一切しなくていいぐらいの晴れだった。
山の上にあるマチュピチュって雨が多いと言われている。
そしてしょっちゅう雲に覆われる。
でも山の上だから、天気はすぐにかわりやすく雲もすぐに流れていく。

雲に覆われていて見えなかった幻の都市が、急に現れる。
それがとても神秘的で幻想的で感動するんじゃないかな。

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わたしたちが行った日は最初からドーンとマチュピチュ全体が見えていた。

雨の多いマチュピチュには、天気の心配をしていく人が多いけど、案外天気が悪い方がいいかもしれないよ。
霧で覆われて真っ白で何も見えなかったけど、待っていたら徐々に霧が晴れ全貌が見えてきて・・・。
まさに「空中都市」の名にふさわしい!

といっても、ずーっと雨で真っ白だったってこともあるみたいだから、何とも言えないけど。

でもね、晴れてるからこその特権も!
遺跡自体の観光は数時間で終わるけれど、わたしたちは結局朝イチから閉園時間までずっとマチュピチュを満喫した。
これをしなきゃ、マチュピチュに来た意味がない!?
あしたは星2つが3つになる、マチュピチュの楽しみ方をご紹介します♪
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高くて遠いマチュピチュへの道のり

2015.07.26 07:23|ペルー☞EDIT
トレッキング最終日に靴下を失くしたケンゾーです。
洗ったあとテントに引っ掛けていたんだけど、戻ってきたら片方だけ行方不明に。
テントをよく見るとかじられたような痕があるから、たぶん犯人は牛かロバ。
前日なにか物欲しそうに近寄ってきたロバがいたからたぶんそいつだろう。
靴下なんか食べておいしいのかな?

ペルー観光と言えば、やっぱりマチュピチュ
さんざんクスコ編を引っ張ってきたけれどもうネタ切れ。
満を持してのマチュピチュ編です。

数ある世界遺産の中でも抜群の知名度と人気を誇っているマチュピチュ。
じつは観光するのにけっこう手間がかかるんだよね。
まずはチケット。
現地(拠点となるマチュピチュ村)でも購入は可能なんだけど、人気のワイナピチュ山に登りたい人は入場制限があるので事前に購入しておかないと当日はほぼ無理。
せっかくなのでマチュピチュを上から見下ろしてみたい。
ということで、クスコにあるチケットオフィスに行ってみることに。

ペルー文化庁の正規のチケットオフィスはアルマス広場の西、Garcilaso通り沿いにある。
チケットを求める人が外まであふれる人気ぶり。

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人気のワイナピチュ山は毎日限定400人。
わずかな望みを託して行ってみたけれど、やっぱりダメだった。
なんと1か月半先まで空きはなし。

ちなみにマチュピチュにはもうひとつ、ワイナピチュ山の反対側にマチュピチュ山がある。
おなじように1日限定400人なんだけど、登るのに時間がかかるマチュピチュ山は人気がなく、前日でも簡単にチケットが買える。

マチュピチュ山ならいつでも買えるので、とりあえずチケットの購入は先延ばし。
ワイナピチュ山もマチュピチュ山も日にち指定で購入後の変更は不可。
いちど買ったら天気が悪かろうが体調が崩れようが這ってでも行かないといけない。

現地とクスコで購入する以外にもうひとつチケットの入手方法がある。
それはインターネット。
オフィスでは空きがないと言われても、ネットだとたまに空きがあることがあるらしい、と聞いてダメ元で見てみると・・・あった!
2日後のワイナピチュ山に2名だけ空きがあるよ!

チケットのネット購入はこちらから→http://ticketmachupicchu.com

喜び勇んで購入手続きを進めるも、なかなかうまくいかない。
途中でフリーズしたりクレジットカードが受けつけなかったりと苦労しながらもなんとかマチュピチュ+ワイナピチュ山のチケットをゲット。

英語表記だとうまくいかないのでスペイン語表記で手続きを進めないといけない。
あと、必要事項を入力すると最後に予約番号が表示されるんだけど、真っ黒な画面しか表示されず「ええー?!うそー!!」と泣きたくなることに。
でもよく見ると画面の左上にちゃんと予約番号が表示されてるから大丈夫。
番号を控えてメイン画面の決済ページで支払い手続きをすれば購入完了。
あとはチケットを印刷して持っていくだけ。

とここまで書いてきたんだけど、いまネット購入のサイトを見直してビックリ。
大幅に改良されていて分かりやすくなっている。
窓口でしかダメだった学割にも対応してるし、かなりスムーズに購入できそう。

窓口で買うと1人152ソレスなんだけど、ネットだと手数料が加算されて158.13ソレス。
158.13ソレスということは日本円で約6325円
そう、マチュピチュはめちゃくちゃ入場料が高いんだよ。
ちなみに、マチュピチュだけの入場券でも128ソレス(約5120円)。
しかも毎年値上げしてるからまだまだ高くなること必至。
まあ約7200円だったペトラ遺跡と比べるとまだ安いけどね。

試行錯誤しながらもワイナピチュ山のプラチナチケットをゲットすることができてほっとひと安心。
だと思ったら、イクエが「あっ!!」と泣きそうな顔をしながら叫んだ。

「アフガニスタンになっとる~(泣)」

アフガニスタン?どういいうこと?!

ネットでチケットを購入するとき名前やパスポート番号などを入力、そして国籍を一覧から選ばないといけないんだけど、Japanを選択し忘れたイクエ。
アルファベット順でいちばん先頭の国、まさかのアフガニスタンのままになっちゃってるよ!

チケット

よりによってアフガニスタンって!
いままでアフガニスタンの女性がマチュピチュ観光したことなんてあるのかな?

「入場できるかなあ。
 6千円がパアになるかも。」

落ち込むイクエ。

いまさら変更はできないのでこのチケットでチャレンジするしかない。
たぶん大丈夫とは思うけど、もしもダメだったら・・・ショックすぎる!

とりあえずチケットをゲットして第一関門通過。
でもまだまだマチュピチュへの道のりは遠い。
クスコからマチュピチュ観光の拠点となるアグアス・カリエンテス、通称マチュピチュ村までの移動がけっこう大変。
直線距離は75kmくらいなんだけど、辺鄙な山奥にあるので時間がかかる。

マチュピチュ村

お金に余裕があれば快適な列車に乗って苦もなく行けるんだけど、片道5千円以上するので選択肢にはない。
マチュピチュを訪れる貧乏バックパッカーの定番、通称「スタンド・バイ・ミー」コースでアグアス・カリエンテスをめざすことに。

スタンド・バイ・ミーコースとは、車でアクセス可能な水力発電所までバス等で行き、そこからアグアス・カリエンテスまで線路の上を歩いていくというもの。
映画の「スタンド・バイ・ミー」の名シーンからスタンド・バイ・ミーコース呼ばれている。

水力発電所まではローカルバスを乗り継いでも行けるけれど、ツアー会社の送迎サービスと値段が変わらないのでツアーに参加することに。
アルマス広場周辺のツアー会社ならどこでも扱っている。
車にただ乗るだけなのでいちばん安いところでOK。
クスコから水力発電所までの往復で1人70ソレス(約2800円)。
アグアス・カリエンテスに2泊するので戻りは3日後を予約。

ということで、いよいよマチュピチュへ向けて出発!
7:45から8:00の間にホテルに迎えにくることになっている。
7時すぎに起き、お弁当の準備をするまえに着替えていたらノックの音。
「迎えがきてるよ!」ドアの外から呼ぶホテルのお姉さんの声。

あせって時計を確認するもまだ7時20分。
なんで?と思いながらもバタバタと準備。
車でピックアップしてくれるはずが、アルマス広場近くまで歩かされるハメに。

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予定よりも30分も早く急かされて車に乗り込んだものの、けっきょく車の中で30分近く待たされることに。
30分あればゆで卵も作れたしソーセージもボイルできたのに、ああ悔しい。

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何はともあれ、水力発電所へ向けて車は走り出した。
直線距離だと75kmくらいだけど、山をいくつも越えていく210kmの長丁場。
美しいアンデスの山並みを眺めながら7時間のロングドライブ。

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車はアンデスの山をぐんぐん登っていく。
迫力あるダイナミックな景色は見応え十分。
でも天気が悪いとただのぐにゃぐにゃ道で車酔いする人多発かも。

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ときおり颯爽と駆け下りるマウンテンバイクの集団とすれ違う。
マチュピチュとセットになったツアーがあるのかも。

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標高4316mのマラガ峠を越えると今度はいっきに下っていく。
こんな辺境の地にもポツンと家があってビックリ。
アルプスの少女ハイジのおじいさんの家みたい。
まわりにはな~んにもない、究極のエコライフ。

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12時過ぎ、レストランでランチタイム。
といってもお金がないふたりはレストランの脇でパンをかじる。
ほかにも1組仲間がいたからよかった。

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午後のドライブはオフロード。
「水力発電所までの道は危険!」「わずかなお金をケチって命を危険にさらすのはナンセンス!」なんてことも聞いていたけど、そこまで危ないと思うことはなかった。

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午後3時、水力発電所に到着。
チェックポイントで名前を記入してウォーキング開始。
それにしても、思ったよりこの貧乏ルートを選ぶ人が多くて驚いた。
まあ入場料だけで5千円オーバーだからね。
この貧乏ルートでもここまでの車代あわせて8千円、マチュピチュはとにかくお金がかかる!

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ひたすら線路沿いを歩いてアグアス・カリエンテスをめざす。
シーズンで人が多いので賑やかだけど、ふたりだけだったら確かにスタンド・バイ・ミー気分に浸れそう。

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じつはこのルート、上を見上げるとすでにマチュピチュがお目見えしているんだよね。
右手にそそり立つ山の上に人工物を発見して興奮。
おおー、あれがマチュピチュかあ!

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こうして下から見上げると、『空中都市』と呼ばれるのも納得。
1911年にアメリカの探検家ハイラム・ビンガムが発見した時は草にすっかり覆われてたんだって。
まさかこんな山のてっぺんに都市があるなんて想像もしないよね、よく見つけたよ。
ちなみにこの探検家ハイラム・ビンガムが映画インディ・ジョーンズのモデルなんだって。

プラチナチケットをゲットしたワイナピチュ山も見える。
頂上からはどんな景色が見られるんだろうね。
苦労して買ったから期待が高まる。

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空中都市をちらちら眺めながら、ひたすら線路沿いを歩いていく。
歩いても歩いてもつねに右手にはマチュピチュを見ることができる。
スタンド・バイ・ミールートはぐる~っとマチュピチュを回り込むおよそ10kmの道のり。

スタンドバイミー

この辺りの標高はおよそ2000m。
そんなに低くなく、どちらかと言うと高地なのに周囲は鬱蒼と茂る木々に覆われてまるでジャングルのよう。
このジャングルが視界を遮り、およそ半世紀という長きに渡って400m上空にある“空中都市”の存在を隠してきた。

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歩きはじめて2時間半、暗くなりはじめた夕方5時半過ぎにアグアス・カリエンテスに到着。
季節によっては途中で日が暮れるのでヘッドランプや懐中電灯を持っていったほうがいい。

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ここまで来たらあとはマチュピチュに行くだけ、なんて訳にはいかないのがマチュピチュ観光の辛いところ。
マチュピチュをこの目で見るにはもうひとつハードルある。
アグアス・カリエンテスの400m上空にあるマチュピチュ。
入口までシャトルバスで行けるんだけど、これがまた高いから嫌になる。
わずか15分ほどの距離なのに片道12ドル、往復で24ドルもするんだよ。

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入場料が5千円以上もするんだから、シャトルバスくらい無料でもいいと思う。
ツアー客も含めマチュピチュの入口まではほかの車で行くことはできず、客のほぼ全員がこのシャトルバスに乗るんだから。
片道12ドルはぼったくりレベル。
往復割引がないのも腹立つし、ペルーなのに値段がドルベースなのも意味が分からない。
この前のピサック遺跡もそうだったけど、ペルーはなにかとツーリストから搾り取れるだけ搾り取ろうという魂胆が見え見え。

マチュピチュ山もワイナピチュ山も単独の入場券はないので、もしも両方の山に登りたいならマチュピチュ+ワイナピチュ山のセットチケットとマチュピチュ+マチュピチュ山のセットチケットを買わないといけない。
これだとマチュピチュの入場券分、損することに。
単独のチケットを設定したり、マチュピチュも2日間有効にするとかもうちょっとサービス精神があってもいいと思うんだけどね。
「そんな文句言うんだったら行かなきゃいい」っていうコメントにはお答えしないのでご了承を。
個人的な素直な感想です。

節約したい人は歩いていくことも可能。
ただ、高低差400mの急な階段を2時間以上かけて登らないといけない。
観光前にヘロヘロになるのは避けたいし、なにより時間がもったいないので行きはバス、帰りを歩きにすることに。
バスの始発は早朝5時半、当日でもチケットの購入は可能。

もうひとつ懸念していたのはホテル。
アグアス・カリエンテスはマチュピチュ観光だけでもってる小さな村。
きっとホテルも高いはず。
ある程度覚悟して行ったんだけど、実際はそこまで高くはなかった。
相場が分からない1日目は50ソレス(約2000円)の宿。

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2日目はクスコと変わらない40ソレス(約1600円)。
どちらもかなり綺麗でバス・トイレ、Wi-Fi付き。

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2日ともアルマス広場の近く、市庁舎裏にあるホテルに泊まったんだけど、マチュピチュ駅周辺のホテルはもっと安いかも。
見た感じホテル過多な状況にあるのは明らかなので、じっくり探せば格安ホテルも見つけられると思う。

おなじく心配していた食事も、アルマス広場そばにある市場に行けば問題なし。
夜は7ソレス(約280円)、朝も5ソレスで(約200円)でおいしい定食を食べられる。

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アグアス・カリエンテスはスペイン語で「お湯」の意味。
その名の通りこの村には温泉が湧き出ている。
村の景観も日本の温泉街そっくり。
まさかマチュピチュを見に来て日本を思い出すとは思ってもみなかった。

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そして、じつはここアグアス・カリエンテスで密かに期待をしていたことがあるケンゾー。
村を散策しながら探していたものに運良く遭遇!
なにかというと、コイツ!

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毛が無い全身つるっぱげの変なヤツ!
ペルービアン・インカ・オーキッド、通称インカ犬
ペルー原産のヘアレスドッグなんだけど、アグアス・カリエンテスにいるって聞いて探してたんだよね。

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頭としっぽ以外はほんとにツルッツル。
頭もモヒカンみたいでかろうじて生えてるだけ。
見るからに寒そう。
ほかにも、まったく毛が無い大きめの犬も見かけた。

とても希少な犬なんだけど、まれに全身ピンク色した犬が生まれることがあって『神の使いの犬』と呼ばれて高値で取引されるんだそう。

あしたはいよいよ“空中都市”マチュピチュの姿をお伝えしま〜す ♫
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クスコから日帰りできる 意外と穴場のマラス

2015.07.25 06:19|ペルー☞EDIT
美容室に行くのが苦手なイクエです。
何が苦手かって言うと、美容師さんとお話しするのが・・・。
どちらもがんばって話さなきゃっていうのが見え見えだし、お互い一生懸命話題作りをしなきゃいけないし。
自然にできなくてよそよそしいし、なんかそわそわしちゃうんですよ。
どこまでプライベートなことを話すべきかもわからず。
鏡越しに目が合うのも、気まずい。
だから美容室ではひたすら雑誌を読んでいます。
案外,わたしみたいな人多いと思うんだけどどうでしょう。

世界遺産の街、クスコに滞在中のイクエとケンゾー。
きょうはちょっと遠出することにした。

マラスという場所。

マラス

ガイドブックに紹介されてはいるものの、クスコ周辺にはたくさん遺跡があって見どころが多いので、みんなマラスにはそれほど行かない。

案外、穴場の場所。
そしてちょっとだけアクセスが悪い。

まずはウルバンバ行きのワゴンに乗る。
バスもあるんだろうけど、わたしたちはPavitos通りとGrau通りの交差点付近にウルバンバ行きのワゴンを出している会社が数社並んでいたので、それを利用。

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残念ながらマラス直通の公共交通はない。
マラスは幹線道路からおよそ4キロほど奥まったところにある。

ワゴンのドライバーに「マラスに行きたい」と伝えておくと、マラスへの分岐点で降ろしてくれる。
ここまでおよそ1時間ほど、運賃は6ソレス(約240円)。

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ここからマラスの村までおよそ4キロ。
歩いていけないこともないけれど、イクエとケンゾーが行きたい場所はマラスのもっと奥。
体力温存のために、ここは待機していたタクシーに乗ってマラスの村まで移動することに。
相乗りタクシーで運賃は1人1ソル(約40円)。

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タクシーに乗った客、5人。
後部座席に地元の姉さんとおばあちゃんと外国人ツーリストとイクエの4人でぎゅうぎゅう詰め。
車がカーブにさしかかるたびに、おばあちゃんがもたれかかってくる。
半ケツで座りにくいけど、外の風景がのどかすぎて心にゆとりが。
外国人ツーリストのお姉さんと目を合わせ、この状況を笑いあう。

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マラスは、古い長屋の建物が路地に陰を落とすひっそりとした村だった。
馬車の「タッカタッカタッカタッカ・・・」という音が響いてきそう。
クスコよりももっとタイムスリップできるところ。

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何もない村。
でもこんなところをゆっくり散歩するのも悪くない。
とはいえ、わたしたちのきょうの目的地はこの村ではない。
村からさらに5キロほど北へ歩いたところにある。
そこへと続く道は、いまタクシーで通り過ぎた場所だった。

歩いて少し逆戻り。
こんなことなら早めに降ろしてもらえばよかった。

その場所へと続く道は、舗装路から脇に入った土の路。

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たぶんこの道をまっすぐ行けばたどり着けるはず。
ちょっと不安になりながら、てくてく、てくてく。

きょうは天気もいいし、堂々とそびえる山を見ながら、気持ちよく歩いていく。

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誰も来ないし、静かだなあ。
と思っていたら、向こうからこんもりとした・・・。
わたしたちの愛する・・・。

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「がんばれ!がんばれ!ド・ン・キー!!
 負けるな!負けるな!ド・ン・キー!!」

きょうも健気に、頭を垂れてがんばっている。
もうちょっと荷物を減らしてくれてもいいのに、容赦ないね。

胴体が見えなくて、ハリネズミみたいになってるよ。

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少年に棒で追い立てられながらノロノロと坂を上っていくドンキーたち。

力持ちのドンキー。
がんばりやさんだ。

せめて仕事のあとはおいしいご飯とひとときの休息が待っているといいね。

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歩いているといつものようにモヨオしてきたイクエ。
いつものように野ションをすることにしたイクエ。

身を隠すような場所はないけれど、たま〜にロバが通るくらいなので人に見られる心配はない。
何もなくて静かな場所なので、遠くから足音がすればわかる。
いまは誰も来る気配なし。

ためらいもなくパンツを下ろし、ジャーッと勢いよく。

突然ケンゾーが言った。
「イクエ!来てる!!」

え!?
ウソ?

来てるっていっても足音もしないし、まだ大丈夫でしょ。

それにそんなに途中で止められるほど器用じゃない。

「イクエ!」

ジャーッというわたしの出す音のすぐ後ろから、シャーッという爽やかな音。

お尻丸出しのわたしの横を、マウンテンバイクに乗った外国人ツーリストが颯爽と過ぎていった。

完璧に見られてしまった。

そんなのアリ?
こんなところマウンテンバイクで観光しにくるとは思わないよ。
あっちゃ〜。

「なんでもっと早く教えてくれんかったと?」
「だって、見えんかったもん。
 教えたやん。」

「あれじゃ、間に合わんやろ。」

ケンゾーと言い合っていると、またあいつらがやってきた。

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どうせ見られるなら、あなたたちに見られたかったよ・・・。

マウンテンバイクの彼とはもう二度と会わないことを祈りながら歩くことおよそ1時間。

山間にわたしたちのお目当てのものが見えてきた。

おお〜!
あれかあ。

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白く輝く残雪のようなもの。
なにかわかる?

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これは塩田。
ここは標高およそ3000メートルのアンデスの高地。
でも、およそ6000万年前は海だった。
地殻変動でアンデス山脈ができあがると、元の海水は巨大な岩塩となって残った。
それが少しずつ溶けて、地下水となり濃度の高い塩水が湧いているのだそう。
普通の海水の7倍の塩分濃度があるらしい。
それを斜面の棚田に貯めて天日干しをして水分を蒸発させて、塩を作っているんだって。

棚田の縁は石で区切られている。

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この塩作りはなんとプレ・インカ(インカ帝国よりも前の時代)から続いているそうだから、少なくとも500年以上の歴史をもつことになる。

谷の斜面の長さは数キロにもわたっていて、棚田の数はおよそ4000枚。

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4月から9月の乾期にだけ、この白い塩田が見られる。
さらに塩の生産がピークを迎えるのは5月から6月ごろ。
わたしたちが訪れたこのときは、ちょうど6月下旬で地元の人たちがまるで畑仕事をするように塩を作っていた。

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塩田で塩を作るには、まず底を平らにして、塩水が地中にしみ込まないように粘土や砂を敷き詰める必要があるみたい。
その上に塩水を貯めて、かき混ぜたりしながら水分を蒸発させ、できあがった塩をかき集めるらしい。

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大きな企業が従業員を雇って塩を作っているのかと思ったけど、見ているとそんな感じではなさそう。
農家が自分の畑を持って耕すように、それぞれが塩田をもっているのかもしれない。
家族総出で一枚の塩田で作業しているところもあれば、この日は日曜日だから人がいなくて何もされていないところもある。

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真っ白い塩田もあれば、茶色い塩田もあって進捗状況にも差がある。

ここで採れる塩はまろやかでミネラルたっぷり。
インカ皇帝へも献上されて「インカの白金」なんて呼ばれていたのだとか。
日本でも「マラスの塩」として、通信販売などで売っているみたいだよ。

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入場料を払えば近くまで入れるんだけど、事前情報よりも入場料が数倍に値上がりしていたのと、外からでもじゅうぶん見られるので、わたしたちは中に入らなかった。

そのかわり、塩田に面した丘を歩くことに。
意外にここが絶景スポットじゃない?

塩田の端から端まで歩きながら眺めた。

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赤味を帯びたアンデスの谷間。
まるで、塩田はその谷間を悠々と流れる白い川のよう。

不思議な光景。

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塩田の斜面を北へ向かって終りまで下って行って、ウルバンバの西の方へ歩いて抜けることに。
空も青くて、ちょっとしたトレッキング。

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川を渡ると幹線道路にぶちあたった。
ここでクスコ行きのバスが通るのを待つこともできるけど、地元の人の勧めでウルバンバのバスターミナルまでいっしょにタクシーに乗ることに。
その方が確実にクスコ行きのバスに乗れるから。
地元の親子連れと相乗りして、ひとり1ソル(約40円)。

ウルバンバのターミナルからクスコ行きのバスに4ソレス(約120円)で乗ることができた。

自力で行くには車を乗り継いだり歩いたりしないと行けない場所でちょっと面倒だけど、だからこそ秘境に行くようで楽しい気分に。

アンデスの山奥にひっそりと隠れている、白く輝く歴史あるマラスの塩田。

クスコを訪れた際はぜひ足を伸ばしてみては?

でも、くれぐれもマウンテンバイクにはご注意を。
ここはサイクリストに人気のコースなんだって、あとで知ったよ・・・。
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世界一かわいいお祭り

2015.07.24 05:55|ペルー☞EDIT
唇が乾燥してカッサカサのケンゾーです。
3700mオーバーの高地で5日間トレッキングを楽しんだ代償は、裂けた唇と粉を吹いた肌とむくみでパンパンになった顔と全身の筋肉痛。
笑ったら口が痛いし物を食べるのもひと苦労だけど、それ以上に絶景に身を浸した充実感でいっぱい。
楽しいトレッキングだった。

インカ帝国の首都だったクスコ。
毎年6月24日には南米三大祭りに数えられるインティ・ライミという祭りが開催される。
インティとは「太陽」のこと。
一年の収穫を感謝し、翌年の豊作を祈願する太陽の祭り。

6月に入るとお祭りムードに包まれるクスコ。
アルマス広場周辺ではインティ・ライミが近づくと、連日民族衣装を身にまとった人々が踊りを披露する。
学校や地区ごと、職場などのグループが音楽に合わせて踊るらしい。

クスコの街をぶらぶらしていたら、広場でダンスの練習をしている子どもたちが。
「うわ〜♡ かわいい〜かわいい〜♡」と連発するイクエ。
聞くと、翌日は保育園児たちがアルマス広場で踊りを披露して競うイベントがあるのだそう。

クスコから離れた観光地に行く予定だったけど、急遽予定を変更。

朝、アルマス広場に行ってみると民族衣装やカウボーイ姿など趣向を凝らした衣装に身を包んだ子どもたちが勢ぞろい!

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保育園や団体で参加してるみたいで、数十グループぐらいが交互に踊っていく。
風習や言い伝えなどを基にしていてそれぞれちゃんとストーリーがあるんだろうけど、そんなことよりなによりとにかくみんなかわいい。

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日頃の練習の成果を発揮しようと一心不乱に踊る姿に40歳のおっさんはメロメロ。

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まだ小さな子どもたちはちょっと不安げ。
なかには泣きそうになってる子も。

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でも年長さんくらいになると堂々としてる。
みんな毎日一生懸命に練習したんだろうね。

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数ある衣装の中でいちばんインパクトがあったのはこれ!
なにこのマスク姿!

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手にはリャマの人形。

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シュールでかわいいけど、誰が誰なのかぜんぜん分かんないよ。
沿道には写真撮影に忙しい保護者たち。
親は自分の息子がどれなのか分かるのかな?

ケンゾーは自分の子どもはぜったいに男の子がいいとずっと思ってた。
男ばかりの5人兄弟で女の子がいる生活が想像できないっていうのもあった。
でも健気に踊る女の子を見てると「ああ、女の子かわいいなあ」って思えてくる。

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でもやっぱり男の子といっしょにキャッチボールしたりサッカーしたりするのも捨てがたいな。
大人になった息子と酒を飲むっていう夢もあるし・・・。

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もしも娘だったら・・・。
将来嫁にいくときあの「お父さん、長い間ありがとうございました」っていう場面で自分はどんな振る舞いをするんだろう。
泣いちゃうかな?
とか、かわいい子どもたちを見ていると妄想がどんどん膨らんでいく。
どちらにしても、運動会で走れるようにしとかないといけないな。

世界一かわいい子どもたちのダンスを見て大満足のケンゾーとイクエ。
本番のインティ・ライミはもういいやって思ってしまった。
子どもに勝るものはなし!

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ペルー「クスコ市街」☆☆ ヨーロッパが負けたもの

2015.07.23 05:39|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
これから夫の靴を縫うイクエです。
旅に出て自分で靴を修繕するのは何回目だろう。
3年近く旅行しているけど、ふたりとも靴を買い替えたのは一度。
あとは自分で修繕したり、路上の靴屋さんで直してもらったり。
帰国まで今の靴がもつかな。

世界遺産の街、クスコ。
標高およそ3400メートル。
まるで山肌に咲く花々のように、オレンジ色の屋根が可憐にこの大地を彩っている。

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人口およそ30万人。
新市街にはビルが建つものの、旧市街一帯には昔ながらの建物がびっしりとひしめいている。
密集しているけれど、屋根の色と白壁が統一されていて雑然としている感じはしない。

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寄り添うように建つ家々。
石畳の路地。

歴史ある街並みでありながら、どこか素朴。

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旧市街のまんなかにあるアルマス広場。
カテドラルや教会に取り囲まれたこの広場は、まさにクスコを象徴する場所。
クスコの歴史が刻まれた場所。

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「クスコ」とはケチュア語で「へそ」という意味。
インカ帝国の時代、ここはインカの中心地、首都だった。

現在のアルマス広場は、インカ帝国時代は神聖な場所だったところ。
アルマス広場には300キロも離れた海岸の砂が敷き詰められていたのだそう。

けれど16世紀にやって来たスペイン人たちが街の様子を一変させてしまった。

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アルマス広場のそばにあった神殿は破壊され、カテドラルに変えられた。
カテドラルは1550年に建設が始まり、完成したのは100年後。

さらに、広場に面したインカ皇帝の宮殿はラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会に建て替えられた。

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キリスト教の普及を名目に、好き放題な振る舞いをするスペインからの侵略者たち。

インカ帝国の神殿や宮殿の内部は金や宝石で飾られていたけれど、これも略奪していったのだそう。

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スペインからやって来た侵略者たちは、インカ皇帝を殺害し、インカは滅びていった。

スペイン侵略時代に建てられた教会が、クスコの旧市街にはいたるところにある。
キリスト教の力は絶大で、結局今はペルー人のほとんどがキリスト教徒。
なんだか皮肉だ。

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侵略者たちによってスペイン式の街づくりがなされていったクスコ。
それでもこの街には、この街にしかない雰囲気が漂っている。

ヨーロッパとインカの融合。

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たとえばサント・ドミンゴ教会。
一見するとスペイン式の石造りの建物のようにも見える。
でもこの建物にはある秘密が隠されている。

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この教会ができる前、ここにはインカ帝国の太陽の神殿があった。
太陽の神を祭る神聖な場所。

壁は幅20センチ以上の金の帯で飾られ、広場には金の石が敷き詰められ、金の泉からは水がとめどなく流れ、金のリャマを連れた人間の像まであり、金で覆われた太陽の祭壇があったのだとか。

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スペイン人がここにあった大量の金をスペインに持ち去ったことで、当時いっきに大量の金が流通しヨーロッパがインフレになったほど。

金で華やかに飾られていた太陽の神殿の跡に建てられたサント・ドミンゴ教会。

教会の土台の黒っぽい石の壁は太陽の神殿の名残。

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インカ時代の石組みの技術はヨーロッパを上回るものだった。
スペイン人たちはしっかりと組まれた石組みを残し、その上に教会を建てたのだった。

強固そうでつるつると磨かれた黒い石の土台。
スペイン式の教会の石組みよりもはるかに技が高いのは、明らか。

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クスコに地震があったとき、上部は崩れ落ちてもインカ時代の石組みだけはびくりともしなかったのだそう。

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この太陽の神殿跡の教会だけではなく、当時の石組みが残されているところがクスコの街の中にある。
コロニアル建築の街並みを歩いていて、ふとインカの石組みに遭遇する。
1メートル以上の大きな石もある。

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石はただ四角いだけでなく、なかにはわざわざ面白い形に切り取ったものも。
有名なのは12角の石。
これも幅1メートルはあるかな。

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この石の形にどんな意味があるのかは謎。
もともと宮殿があったところなので、12人家族だった王の一族を象徴しているのではないかとか、1年の12か月を表しているのではないかという説も。

どんな意味があるにせよ、こんな形にできる技術やインカ流の美意識は奥が深い。

建物の入口のところにだけ残された石組み。
まわりの不揃いな石組みとは大違い。

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そしてさりげなく、かわったデザインの石がはめ込まれている。
何かの動物の頭をモチーフにしたものかな。

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「カミソリの刃1枚すら通さない」

隙間なくぴったりと組まれた石組みは、まさにその通り。
現代技術をもってしても、まねできないんじゃないかな。

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さて、インカ時代の名残のある世界遺産の「クスコ市街」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

南米ではスペイン人たちが造ったコロニアルな街がいくつも世界遺産になっている。
侵略してきたスペインが南米の伝統的なものを破壊してきたから南米らしいものが残っていないのはしょうがないけれど、南米の街の世界遺産はほとんどがスペイン風の街でがっかりする気持ちもある。
正直言ってどこも似たり寄ったりだけど、クスコは違う。
ヨーロッパとインカの文化が融合していてユニークな街。

最初はアウェイ感をもっていたイクエとケンゾーも、クスコで日々を過ごすにつれしっくりくるように。

そしてこの街のすばらしいところは、旧市街のいろんなところでメンテナンスが行なわれていること。
インカ時代の石組みを磨き直したり、白壁を塗り直したり。
政府の建物だけじゃなく、民間の会社や一般の家の建物でもメンテナンスが行なわれていて徹底している。

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世界遺産の街でも保存状態が悪かったり、メンテナンスをせずに歴史的な建物が台無しなところも多いなかで、これは賞賛に値する。

さらにライトアップされたクスコの夜もおすすめ。

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白い壁に挟まれた石畳の細い道を歩くと、どこか別の時代に迷い込んだかのよう。
クスコは新婚旅行先にもぴったりかも。

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インカ時代の石組みに支えれて建つサント・ドミンゴ教会も、夜はこんな表情に。
ライトアップされて暗闇に浮かぶその姿からは、昼にも増して重厚感が漂っている。

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インカ文明を否定し、人々をキリスト教に改宗させ、インカの素晴らしい建物を壊し、ヨーロッパ風の街並みに変えてしまったスペイン人たち。

でもインカ時代の石組みが残るこの街を歩けば、「文明的」なヨーロッパが太刀打ちできなかったインカの技や誇りを感じる。

もしヨーロッパから侵略されなかったら・・・。
インカ文化がもっともっと栄え、それを引き継ぐような文化が南米に花開いていたら・・・。

世界は今よりもっとおもしろいものになっていたかもしれない。

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このクスコの街を歩いていれば、ふとそんなことを感じる。

これから世界はどんどん変わっていき、古いものは新しいものに変わっていく。

でも街に残るインカの石組みだけは、何百年何千年経ってもこのままで、クスコを見守っていくのかもしれない。
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クスコでおすすめ おいしいペルー料理

2015.07.22 07:37|ペルー☞EDIT
トレッキング5日分の服や靴下を手洗いしたイクエです。
トレッキング中は日が暮れるとヒマなので毎日ケンゾーとマッサージをしていたけど、洗濯もマッサージも似てるなあと思いました。
もんだり、体重をかけて押したり。
体力をつかいますね。

ペルーの観光地、クスコ。
今回はここで飲んだり食べたりしたものをご紹介。

まずはケンゾーが大好きなお酒から。
ピスコ!

ピスコはブドウから作られる蒸留酒。
色は無色透明、もしくはやや黄色がかった透明。

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アルコール度数は42度くらいと強めなので、そのまま飲むのはちょっときつい。
レモンや砂糖などを入れて飲みやすくした「ピスコサワー」が人気。

ピスコはチリでもポピュラーで、チリ人も大好き。
ピスコを巡ってはペルーとチリでどちらが本場か争っているけど、ペルーのブドウの産地で「ピスコ」という街があるので、ペルーが勝ちかな。

もちろん、ピスコだけじゃなくてビールもあるよ。
ビールはだいたいボトルで5ソレスくらい(約200円)。

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イクエとケンゾーが好きなのは「クスケーニャ」という銘柄。
ラベルにはペルーを代表するマチュピチュのイラスト。
下のほうがちょっとくびれたスリムなボトル。
金ビール、赤ビール、黒ビールなどいろんな味がある。

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アルコールが苦手な人は、ペルーではこの飲み物にお世話になるかも。
ご当地コーラのインカ コーラ
コーラのように黒くはなく、黄色。
いまでは着色料が使われているけど、昔はレモングラスの花粉を使っていたらしい。

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コーラのパクリと思うでしょ。
でもこれ、ペルーでは大人気。
1935年から作られている。
今ではコカ・コーラ社がインカ コーラの製造販売権を取得。

旅人のあいだではインカ コーラをおいしいって言う人と、おいしくないって言う人に分かれる。

イクエとケンゾーはというと・・・。

一口飲んで、
イクエ「うっわあ、なんこれ!? まっずー。」
ケンゾー「これおいしいって人の気持ちがわからん。」

駄菓子屋で売ってる粉を溶かして作るジュースのような、甘ったるい味。
80年初頭くらいまでは、こんな味のジュースも日本にあったような。

わたしとケンゾーは、二度とインカ コーラは買わないことにした。

インカ コーラの甘さは受け入れられなかったけど、天然のフルーツの甘さは大好き。

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高地も多いけど熱帯もあって、ペルーではたくさんのフルーツが採れる。
市場だけでなく、路上でもリヤカーで量り売りしている。
ケンゾーのお気に入りは、日本のみかんと大差ないペルーみかん。

じゃあ飲み物やフルーツじゃなくて、ペルー料理自体はどうなの?
ちゃんと、おいしいペルー料理を味わえるレストランにも行ってきましたよ。

まりねえとかほちゃんがリサーチしてくれたお店、Pucara(プカラ)

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アルマス広場の西側Plateros通りに面したレストランで、日本のガイドブックのトップに紹介されている。
それもそのはず、日本人が経営しているから。

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接客をする店員さんたちは地元の人だけど、メニューは日本語表記。
写真つきだし、注文しやすいのがいい。

てっきり日本人のツーリストでいっぱいなのかなと思ったら、意外にも外国人ツーリストに人気。
ペルー料理を日本人好みにアレンジしているわけではない。
ペルー料理を丁寧にしっかりと見た目も美しく作っているから、世界の人に受け入れられているんだと思う。

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前菜の盛り合わせを頼んだら、こんなに美しい一皿がやってきた。
鮮やかで、まるでデザートみたい。

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ペルー風コロッケのPapa rellena
17ソレス(約680円)。

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中身は、オリーブやひき肉などぎっしり。
外からは見えない部分も色鮮やか。

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Anticuchoの盛り合わせは30ソレス(約1200円)くらいだったかな。
アンティクーチョとは、串の炭火焼。
肉類をタレに漬け込んで焼いたもので、ペルーの代表的な料理のひとつ。

牛肉とハツ、トルーチャ(マス)の盛り合わせ。

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ペルーを代表する料理、Aji de Gallinaは辛くない鶏肉カレー。
今回は鶏肉じゃなくてお魚バージョンを注文。

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エビのクリームスープ、Chupe de Camaronesは深みがあってマイルドな味わい。
あ〜、幸せ。

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ここの料理はどれもとてもおいしい。
一品1000円前後。
普段自分たちだけだと節約してなかなかこんなお店にはこない。
ときどきはちゃんとしたレストランでそれなりのお金を払っておいしいものを食べないとなあ、としみじみ思ったイクエとケンゾー。

でも、まりねえたちにおごってもらってしまった。
おいしい食べ物と幸せな時間をありがとう♡

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そして別の日には、イクエがリサーチして行きたかったご当地料理店に4人で行くことに。
CONDORITOというお店。
場所はアルマス広場から北へ1キロ弱、Belen通りとPavitos通りの交差点付近。
地元の人気店だからタクシーのドライバーも知っていると思う。

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場所はなんとなくしかわからなかったけど、もくもくと出ている煙を発見。
だからすぐにわかった。
ここは、アンティクーチョ(串焼き)専門店。

倉庫のような室内は地元のお客さんで大賑わい。

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2種類の串焼きだけで勝負している店。
情報よりも値上がりしていて、ジャガイモ付きで1本7.5ソレス(約300円)。
ペルーの物価にしては高いように思うけど、ボリューム満点。
一切れ7センチ四方くらいある。
ひとり1本でおなかいっぱいになるくらいの量。

こちらはハツ(Anticucho de Corazon)

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大きすぎて串焼きと言うよりもステーキ。
炭焼きならではのおいしさに、ケンゾーがうなる。

そして、でっかいホルモン(Choncholi)
これもさっきのハツと同じくらいの大きさ。

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日本のホルモンよりもかなり大きいから、固くておいしくないのかもと思ってたけど、とんでもない。
とても柔らかい。

そしてサイドメニューのロコト(Rocoto)
ピーマンのような大きな唐辛子に具を詰めて衣をつけて揚げた料理。
中身はひき肉や野菜。
プカラのレストランで頼んだPapa rellenaと似てるけど、大衆食堂だけあってボリュームが違う。

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4人で食べてちょうどいい大きさ。
といいながら、おいしかったから追加で注文したけど。
まわりの唐辛子がぴりっとしてお腹いっぱいでもついつい食べちゃうんだよね。

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地元の人に人気のお店はやっぱりおいしい!
厨房からもくもくと煙が漂ってくるから、洋服や髪が炭臭くなるけど気にしない。

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ちなみにわたしたちが飲んでるテーブルの上のビールはクスケーニャのネグラ(黒ビール)。
ものすごく甘いけど、わたしはけっこう気に入っている。
ギネスのようなコクもある。
クスケーニャの赤は、ちょっと苦みがあってドイツビールみたいな味でこちらもおすすめ。

ペルーはアンデス山脈があり標高が高く、寒いところもある。
いっぽうアマゾン地方のようにジャングルで暑いところもある。
さらには太平洋に面した沿岸地帯もあって魚介類も豊富。

食の宝庫と言われるペルー。
クスコに来たら、ぜひおいしいペルー料理をお試しあれ♡
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ブログ休止の理由 リアルタイムは

2015.07.21 23:10|世界の絶景☞EDIT
4日ぶりにシャワーを浴びたイクエです。
髪がべっとりしていて埃まみれで、1回じゃ足りなかったので2回洗いました。
あ〜、生き返った気分。

しばらくブログをお休みしていたイクエとケンゾー。
理由は4泊5日、キャンプをしながらトレッキングしていたから。

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ブログの記事はリアルタイムに追いついていなくて1か月前くらいのことを書いているけど、現在はペルーのワラスという街に滞在中。
日本ではあまり有名ではないけれど、ここはトレッキングのメッカ。
海外から山好きの人がたくさんやってくる。

1日だけの日帰りトレッキングにしちゃおうかと思ったけど、せっかくここに来たから長めのトレッキングに挑戦することに。

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気がかりだったのはブログが書けないこと。

わたしたちのブログは長くて読むのに時間がかかる。
読みやすいわけでもないし、勢いがある文章でもないし、おもしろおかしくスカッとする読み物でもない。
ダラダラと旅のことを書いている文章は、読むのも大変だと思う。
読むのに時間もかかるし、読む時にある程度の構えも必要とするのかもしれない。

それなのに、だからなのか、このブログを読んでくださる人たちは数ある旅行ブログのなかからわたしたちだけのブログを読んでいただいていることが多いらしい。

私たちが参加している「世界一周ブログランキング」にはたくさんのブログがある。
旅好きな人たちは毎日そこから面白そうなブログをいくつか選んで読んでいるようだけど、わたしたちのブログの読者の多くの方々はこのブログをブックマークにしていただいたり、毎日の日課として読んでいただいたり。

そしてなぜか、読者の方は旅人ではなくて日本でバリバリ働いている方、退職した人、子育てに忙しい人が多い。

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毎日の通勤途中や、職場での昼休み、家事の中休みのときなどに、パソコンや携帯を開いてわざわざこのブログを読んでくださっている。

それなのにブログを数日お休みするなんて申し訳ない気持ちだった。
きっと毎日わたしたちのブログを開いて「あれ、きょうも更新されてないな」ってことを繰り返させてしまう。

でも、わたしたちはブログのために旅をしているわけではない。
ブログを理由に旅を犠牲にしたくないし、むしろ旅が充実したものになればきっとブログも充実したものになる。

ということで、読者の方には申し訳ない気持ちでしたがブログをお休みしてトレッキングに行ってきました!
テントや寝袋、5日分の食料を背負って。

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重い荷物で肩は悲鳴をあげ、足はパンパン。
ときには吹雪に見舞われて、ちょっと休憩しようとバックパックを置いたとたんに雪がバッグに積もっていったり。

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「はぁ〜キツい」と溜め息をつきながら、足を動かしていましたが、それでも絶景の嵐で毎日が感動の5日間だった。

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3年近く各国を渡り歩いて旅をしているわたしたち。
でも、地球にはまだまだ知らない絶景がたくさんある。
そして地球ってわたしたちが思っているよりもずっとずっと雄大で美しい。

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この世界には圧倒されるほどの美しいものがたくさんあって、「こんな世界に生まれて、自分は幸運だなあ」ってしみじみ思わせる絶景がある。

だからこそ、旅がやめられない。

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さらに今回出会ったのは、これまで旅してきたなかでいちばんの星空。

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そして、世界で5本の指に入るんじゃないかと思わせる絶景ルート。

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これからも、このブログを読んでいただいているみなさんにはわたしたちといっしょに感動を味わっていただけたらと思います。

今回のトレッキングの記事は、もうしばらくお待ちください。

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この旅の終りまであと半年。
あとどのくらいの感動と絶景に出会えるかな。

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ロサンゼルスからのプレゼント

2015.07.17 05:45|ペルー☞EDIT
チキンの骨が好きなケンゾーです。
正確に言うと、チキンの骨をしゃぶって軟骨なんかもボリボリ食べてツルンツルンにしないと気が済まない。
骨にむしゃぶりついてる姿を妻に「飼ってる犬そっくり」と言われてるんだけど、まだ十分食べられる骨を捨てるのはもったいない。
いつも妻の食べ残しもきれいに処理しています。

トラブルに見舞われながらも無事にクスコにたどり着いたケンゾーとイクエ。
ここクスコはあの “天空都市” マチュピチュ観光の拠点となる街。
マチュピチュは南米旅のハイライトのひとつであることは間違いないけれど、ケンゾーは別の理由でクスコ入りすることを待ちわびていた。
ここで3年ぶりに再会する友だちと待ち合わせしてるんだよね ♪

カテドラル前で再会を果たしたのはケンゾーと同い年のまりねえ。
津波に襲われた岩手県の陸前高田市でいっしょにボランティアをした。
宿泊施設として使っていた古寺で2か月間寝起きを共にした仲間。
日本の裏側で嬉しい再会。

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まりねえは今回いとこのかほちゃんと一緒にペルー・ボリビア旅行。
パック旅行ではないけれど、行き当たりばったりのケンゾーとイクエとは違いスケジュールの決まった旅。
いっしょにに過ごす時間は限られるけど、4人でクスコを楽しむことに。

かつてインカ帝国の首都だったクスコ。
マチュピチュ以外にもクスコ周辺にはインカ時代の遺跡が点在している。
クスコから30kmほど北にあるピサック遺跡もそのひとつ。
マチュピチュと比べるとかなりマイナーだけど、じつは負けずとも劣らずのクオリティらしい。

ピサック行きのコレクティーボはPuputi通りから発着している。
Puputi通りをめざし歩いていると行き先に「カルカ」と書かれたバスが通りがかった。
カルカはピサックの近くで方角がいっしょ。
車掌のおばちゃんに「ピサック行く?」と聞くと「シー!(イエス)」と言われたので即乗車。

よかった、バスもあるんだねと喜んだのもつかの間、どうも様子がおかしい。
小刻みに停車するバス、次々と乗車してくる制服姿の学生たち。
これ、市内を走る普通の路線バスなんやない?

ピサックとはぜんぜん違う方向に進むバス。
日本人と知ってテンションMAXの女の子たちに尋ねると、ピサックには行かないと言われてしまった。
なんで車掌のおばちゃんは「そうよ」なんて言ったんだろう。
ケンゾーのスペイン語の発音が悪かったのかな。

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けっきょく路線バスを乗り換えて、本来めざしていたPuputi通りへ。
30分くらい時間をロスしたけど、無事にピサックへ向けて出発。
ピサックまでは1人3ソル(約120円)。

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ピサックまではおよそ40分。
小さくて静かなピサックの村だけど、日曜には大きな市が立ちインディヘナたちで賑わうんだそう。

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ピサックの遺跡は村を見下ろす山の上にある。
標高およそ3400m、町から600m上らないといけない。
歩いていくことも可能だけど、急斜面でかなりハード。
タクシーで頂上まで行き、歩いて下るのがベターらしい。
1台20ソル(約800円)でタクシーに乗車。

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途中の料金所で入場券を購入。
これがね、周遊チケットしかないっていうのが気に食わない。
ピサックを含め、遺跡4か所で70ソル。
日本円で2800円、高すぎだよ。
ほかの遺跡はそれぞれ何十キロも離れている。
なんでちょっと割高でもいいから1か所ずつ入場できるようにしないかね。
ツーリストから金を取ろうという魂胆がみえみえ。

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しょうがないから渋々チケット買ったけど、けっきょくこのピサック遺跡しか行かなかった。
せっかく観光を楽しんでも損してる感が拭えないから後味が悪い。

山を駆け上るタクシー。
さっきまでいたピサックの村がどんどん小さくなっていく。
マチュピチュもそうだけど(まだ行ってないけど)、インカ帝国はなんでわざわざこんな山の上に造ったんだろうね。

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およそ20分ほどでピサック遺跡に到着。
見張り台や太陽の神殿、住居や段々畑などマチュピチュにあるものはだいたい揃っていて、ミニ・マチュピチュとも呼ばれているんだそう。

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マチュピチュが造られたのは15世紀。
ピサック遺跡が造られたのは10世紀から11世紀にかけてと言われている。

インカの遺跡と言えば緻密な石組み。
もちろんピサック遺跡にも石組みが多用されている。
でも昨日までマチュピチュに行っていたまりねえとかほちゃんに言わせると、ピサックの石組みはまだまだ甘いんだって。

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たしかに隙間だらけで表面もボコボコ。
「カミソリの刃1枚通さない」と形容されるレベルには達していない。
長い時間をかけて技を磨いた技術の集大成がマチュピチュなんだろうね。

部屋がこまかく仕切られて迷路のような内部。
遺跡の説明などは一切ないのでガイドなしだと何の施設なのかさっぱり分からない。
太陽の神殿もどれなのか分かんなかった。

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いちばん高いところにあるのは見晴し台かな。
正直に言うと遺跡にはあまり興味のないケンゾーとイクエ。
でもこのロケーションの中に身を置くと、「よくこんなところに造ったなあ」と1千年前に想いを馳せてロマンを感じる。

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門をくぐってさらに奥へと進んでいく。
この門を形作っている石はいままでと違いとても美しい。
四角くきれいに削り出され、隙間なく組まれている。
にわかマチュピチュ評論家のまりねえによると、この先に重要な建物があるらしい。

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門をくぐって山の裏側へ。
急峻な谷をのぞむ素晴らしい景色が広がる。
よく見ると絶壁の上にも遺跡が。

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美しい景色に見とれているとどこからか「ピーピー」という小さな鳴き声のようなものが聞こえてくる。
鳥かな?
でも足元から聞こえてくるんだけど・・・。
地面に視線を落とすと、小ちゃな物体がゴソゴソ動いてる!

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お手玉サイズのネズミだった。
でも頭が胴体に比べて大きくて、それがまたかわいい。
ピーピーピーピー鳴きながら地面をウロチョロ。
3匹が団子になってぐるぐるぐるぐる。
めっちゃかわいい。



後ろ髪を引かれる思いでネズミたちの元を離れる。
やがてもうひとつの遺跡群が見えてきた。
今までのものと明らかにクオリティが違うことが遠目にも明らか。

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一部だけでなく建物すべてが滑らかな石で組み上げられている。
これは「インティ・ワタナ」と呼ばれている遺跡群。
その美しさから重要な施設だったことが伺える。

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インティ・ワタナは「日時計」という意味。
この石組みで囲まれた自然石が日時計になっている。

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農耕民族のインカの人々にとって時間の概念はとても重要なものだった。
ここで豊作を祈願する神事などが執り行われていたんだそう。
このインティ・ワタナの完成度の高さこそがミニ・マチュピチュと呼ばれているゆえん。

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インカの遺跡とダイナミックなロケーションを楽しみながらピサック村へと下っていく。
村に戻ってきたのは日暮れ前、4時間くらい遺跡とトレッキングを楽しんだことに。
帰りはバスがあって、運賃は1人2.50ソレス(約100円)。
バスはTullumayo通り(Garcilaso通りの交差点付近)にあるターミナルから発着。

夕食後、まりねえとかほちゃんのホテルにちょっとお邪魔することに。
ケンゾーとイクエの安宿と違って離れタイプの立派なホテル。
各部屋に暖炉があってとてもおしゃれ。
なによりも、丘のかなり上にあるので景色が見事。

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じつはまりねえにGoProをお願いしてたんだよね。
ガラパゴスでダイビングするときのために欲しかったんだけど、ペルーは関税が高くてかなり割高。
アメリカで買ってきてもらったんだけど、まりねえの旦那さんからヘッドストラップのプレゼント付きで無事に受け取り。

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ただ、無事に受け取ったのはいいんだけど、このGoProがまさかの不良品だったんだよね。
せっかく持ってきてもらったのに、そのまままた持ち帰ってもらうことに。
まりねえには二度手間をかけさせてしまって申し訳ない。

まりねえはGoProだけじゃなくてこんな物まで持ってきてくれていた。
さきいかやすし太郎など大量の日本食!
これ全部ロサンゼルスのスーパーで普通に売られてるんだって。
かほちゃんと2人で選んでくれた涙もののお宝たち。

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「何でも手に入る」とは聞いてたけど、予想以上の品揃えにビックリ。
まりねえ、荷物が重くなるのにわざわざ持ってきてくれてありがとう。
ここぞという時にありがたくいただくよ。
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かわいいネズミちゃん「クイ」を食べる!

2015.07.16 07:05|ペルー☞EDIT
宿で盗難にあって警察の届出も終わったんだけど、そのあとに徐々に他の物も盗まれていることが発覚し、悔しくなっているイクエです。
きのうは熱っぽいので熱を計ろうとしたら体温計がないことに気づきました。
盗まれたほかの物とは別の袋に入れていて、まさか犯人がその袋まで物色してるとは思ってもなかった。
このあとも、新たな被害品に気づいていくのかなあ。

クスコでアウェイ感を感じているイクエとケンゾー。
はたしてこれからクスコになじんでいくことができるのかな。

泊まっているホテルには朝食がついている。
朝食会場は宿のテラス。

きのうは暗かったクスコの街並みを見て感嘆した。

「うわぁ~。
 すごいね。」

目の前に広がるのは、世界遺産の名にふさわしい雰囲気のある街。

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オレンジのレンガがいくつも重なる。

南米のほかの街でも、スペイン植民地時代に造られた街並みはこれまで見てきた。
重厚感のある教会やコロニアルな建物。
それはヨーロッパの街並みのコピー版のような感じもした。

でも、クスコは違う。
ヨーロッパとアンデスの芸術が融合したような建物。

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この街に、世界中から観光客がやってくるのも納得できる。
美しいクスコの街並みに溜め息をつきながら、朝食をとる。

そんな優雅な時間もいいけれど、わたしたちは宿を変えることにした。
少しでも「アウェイ」感を払拭し、自分たちのペースで穏やかにクスコを楽しめるように。

やっぱりダブルルームの個室に泊まりたかったから。
それに、今いる宿は洗濯禁止。

いくつかの宿を聞いてまわって、決めたのがこの宿。
「EURO HOSPEDAJE」。

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EUROという名前だけど、ヨーロッパ人が経営しているわけではない。
とても優しいペルー人一家がやっている宿。
Wi-Fiもあるし、きれいなキッチンもある。
ダブルルームで1室40ソレス(約1600円)。
ダブルルームにはバスルームも完備。

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わたしたちが泊まるいちばん安い部屋は地下にある。
そのぶんとても温かい。
標高の高いクスコは朝夕は部屋でも寒いから、この部屋は本当に快適♡

居心地のいいこの宿のおかげで、わたしたちの抱くクスコへの「アウェイ」感は徐々に薄れていった。

この宿の看板ネコ「ヴァレンティン」。
左右色の違う瞳がチャームポイント。

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ドミトリー料金と同じ値段で個室に泊まりたいカップルにお勧めの「EURO HOSPEDAJE」。
日本人御用達の「カサ・デル・インカ」を通り過ぎ、ひとつめの角を右に曲がって50メートルほど進むとあります。

きのうは安い食堂を探せなかったけど、観光地クスコにだって地元の人が利用するおいしい食堂がある。
アルマス広場南東のTullumayo通りはローカルな食堂街。

クスコで合流した友人2人(友人については今後の記事で紹介します)と入ったお店がここ。

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地元の人たちで大賑わい。
ランチコースで7ソレス(約280円)。
うれしいサラダバー付き。

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まずはスープ。
平たいマカロニ入り。

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ペルーやボリビアの安い食堂ではお得なランチコースとディナーコースが食べられる。
決まって最初にスープがだされる。

マカロニやパスタが入っていることが多く、ボリューム満点。

メインディッシュはいくつかの中から選べる。
わたしたちは4人とも別のものを注文。

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牛肉やチキン、魚。

これにジュースとデザートのチョコレートケーキ付き。
これで7ソレスはお得。

ローカルなグルメを楽しむなら、メルカド・セントラル(中央市場)。

野菜やフルーツ、お肉にチーズ、パン、民芸品・・・。
そしてその奥はフードコート。

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小さな食堂が何十件も並んでいる。
どこもお客さんで大盛況。

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そしてジュースコーナーも。
好きなフルーツや野菜でミックスジュースを作ってくれる。
クスコは標高が高いけど、ペルーにはアマゾン地帯もあるから南国のフルーツも豊富。

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どこで食べようかなあと物色していたイクエとケンゾー。
市場の外の屋台のコイツに釘付け。

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食用ネズミ。
テンジクネズミでこちらでは「クイ」と呼ばれている。
鳴き声が「クーイ」だから「クイ」と名前がついたのだとか。

毛がふさふさでかわいくて、ネズミと言うよりモルモット。
日本の動物園や小学校で飼育されているけれど、これをペルー人は普通に食べている。
出荷用に飼育している家庭もある。

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ペルーの高地では動物性タンパク質が手に入りにくく、クイは貴重な栄養源だった。
インカ時代から食べられていたし、ペルーの教会の最後の晩餐の絵には、イエス・キリストたちがテーブルの上のクイを囲んでいるほど。

クイはペルーの伝統的な料理のひとつ。

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ペルー人がおいしく食べているのを、欧米人ツーリストが顔をしかめて見ている。
そんな露骨に嫌な顔をしなくても・・・。

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このクイに、イクエとケンゾーは挑戦してみることに。
レストランではクイの丸焼きだけを食べるのが一般的だけど、市場の屋台ではチキンやチーズなどといっしょに出されている。

お値段は20ソレス(約800円)。
屋台の食事でこの値段は高いけど、きっと特別な食事なんだろうね。
クイが、じゃなくて、このセットメニューが。

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ワカメのような海藻がたっぷりのっている。
さらに、魚の卵も。
分厚いオムレツのようなケーキのようなもの。
塩っからいチーズ。
そしてチキンとクイ。

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不思議な組み合わせ。
わたしとケンゾーにとってはこの組み合わせは完全に酒のつまみ。

クイの中には香草が入れられている。

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さて、クイのお味は!?

恐る恐る口に入れる。
パリッとした皮の歯ごたえ。
肉は柔らかい。

「うまい!!
 想像よりもかなりおいしい!
 味付けもいいねぇ。」


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ちょっと骨は多いけど、こんがり焼けた皮はパリッとしていておいしいし、肉は固くもないしパサパサもしていない。
何よりも味付けがおいしい。
クイの中に入っているバジルが、スペイン料理やイタリア料理を彷彿とさせる。
ものすごくバジルが利いている。

もしかしたらたくさん香草を使わないと、臭いがキツいのかもしれない。

そんなにおいしいものじゃないと思っていたから、ちょっと感動した。

別の日に街を歩いていたら、旧市街の広場でお祭りのようなものが開かれていた。
広場を囲むように、パラソルやテントが建ち並ぶ。
出店の数80件以上。

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たくさんの人たちでごったがえしている。

びっくりしたのが、この80件以上の出店が全部同じものを売っているということ。
何を売っているかと言うと・・・。

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クイ料理!

わたしたちが食べたように、クイをチキンやチーズといっしょにお客さんに出している。
値段は25ソレスだったかな。
やっぱり高いけど、お客さんはたくさん。
何百人、いやもっとかな。
とにかく広場はごった返していて、たくさんのお客さんがクイを食べているという異様な光景。

なぜこんなことが起こっているのか謎。
1年に一度、クイ祭りでもあるのかな。

さすがにイクエとケンゾーは1回でじゅうぶんだったので食べなかった。

クイは一生に一度でいい。

いや、あと一回くらいは食べてもいいかな・・・。

みなさんもペルーに来たら、ぜひクイ料理にチャレンジを♡
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旅先で「ホーム」と「アウェイ」を感じる時

2015.07.15 05:39|ペルー☞EDIT
きのうペルーの警察署に行ってきたイクエです。
盗難証明書を作ってもらう見返りに賄賂を要求される、なんて噂にびくびくしながら行ったけど全然そんなことなかった!
ペルーのツーリストポリスの対応は素晴らしかったよ。
警察署に行ったら、英語が堪能な刑事が対応し事件現場(安宿)までわたしたちをパトカーに乗せて行き、宿の人にちゃんと聞き取り調査までしてくれた。
盗難証明書も丁寧に作成してくれた。
仕事ができて優しい警察官たちのおかげでペルーの好感度アップです。

とはいえ、プーノのATMでカードを吸い込まれてしまったわたしたち。
営業時間外なので翌日9時にしか対応できないと言われ、次の日の9時前に銀行の前でスタンバイ。

9時過ぎ、ようやく男性の行員が対応してくれた。
そして行員が言った。

「じゃあ、午後5時くらいにまたここに来てください。
 そのときにカードを返せるようにするので。」

はあああ!?
すぐそこのATMを開ければいいだけなのになぜ?
一晩待ったのに、まだ待たなきゃいけないの?

きょうの朝7時のバスでクスコに行く予定だったのに、すでにその予定を延期している。
午前中までには出発したいと思っていたのに、いつになったらこの街を脱出できるのか。

「きのうからずっと待ってるんです。
 なんとか早くしてくれませんか?
 お願いします。」

私たちが頼むと、行員はどこかに電話をかけた。
そして言った。

「わかりました。
 じゃあ午前11時に。」


なんじゃそりゃ。
11時にできるんなら、最初からそれでいいやん。
午後5時ってのはなんだったのか。

わたしたちは2時間時間をつぶし、ふたたび銀行へ。

「カードはどこの会社のものですか?」「色は何色ですか」「パスポートをコピーさせてもらいます」

これまで適当だったのに、確認作業だけ抜かりなかった。

カードを吸い込まれたのは3回目だけど、理由はわからない。
機械とカードの相性が悪いのかもしれない。

やっぱりATMは、銀行の営業時間内に使おう。
わたしたちはそう誓い、ようやくバスでクスコを目指すことにした。

クスコ

泊まっていた宿「マンコ・カパック・イン」からバスターミナルまではミニバスで移動することもできたけど、わたしには乗りたい物があった。

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自転車タクシー!!

インドやバングラデシュで自転車のリキシャーに乗ってきたけど、まさか南米で再会できるとは思ってなかった。

でもペルーの自転車タクシーは、客の乗る席がサドルの後ろではなく前についている。

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ちなみにペルーには東南アジアでおなじみのトゥクトゥク(モータータクシー バイクのリキシャー)もある。

運賃は、自動車のタクシー>トゥクトゥク>自転車タクシー。
宿のスタッフにターミナルまで2人で2ソレスで行けるよ、と聞いていた。

タクシーのおじさんに「いくら?」と聞くと「トレス(3)」という答え。

「ふたりでドス(2)ソレスじゃないの?」
「じゃあドスでいいよ。」

自動車やバイクに挟まれて車道を走る。
体全体で感じる開放感。

風が心地よく肌を撫ぜる。
車より遅く、歩くより早いスピードで流れていく景色。

この感覚、久しぶり。
インドを思い出す。

気持ちいい移動のあと、運賃を支払う。
ドライバーが言った。

「ドス(2)じゃなくて、ドセ(12)だよ。」

そうきましたか・・・。

インドを思い出す。
この考え抜かれた、でも子どもじみたぼったくりの仕方。

「はあ!?
 ドセだったらタクシーよりも高くなるでしょ。
 タクシーの3倍もするよ。
 ドセなわけないでしょ。
 ドスって言ったよ。」

「じゃあ・・・。
 ひとりずつドス、ドスって意味で言ったんだ。
 だから4ソレスだ。」


次はそうきましたか・・・。
インドを思い出す。

わたしたちはインドでそうしていたように、おつりのないようにきっちり2ソレスを渡し、その場をさらりと去った。
あきらめきれないおじちゃんが、何か言い続けているのを無視しながら。
ああ、これもインドの感じだ〜。

バスターミナルに着くと、ちょうどクスコ行きのバスが出たところだった。
スタッフがすぐに車掌に連絡。
バス会社のスタッフに急かされて走り、路上で停止していたバスに飛び乗る。

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はあー、苦しい。
標高4000メートル近いところで荷物を抱えてダッシュするはめになった。
自転車タクシーで優雅にインド気分を味わっていた代償。

プーノからクスコまでのバスは20ソレス(約800円)。

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雪を被った山をいくつも過ぎ、およそ8時間後にクスコに到着。

クスコはプーノよりもさらに都会だった。
雑然としていたボリビアから来ているわたしたちにとっては、クスコの街はキラキラして見える。
バスターミナルには2階建てバスがずらり。

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すこし歩いて大通りに出れば路線バスで中心地まで行けたのだけど、夜遅いのでわたしたちにしては珍しくタクシーに乗ることに。
旧市街の中心地アルマス広場まで5ソレス(約200円)。

旅をしていて初めての土地に行き「ホーム感」と「アウェイ感」を感じることがある。
そもそも日本を離れ、行ったこともない国々を旅しているからどこでも「アウェイ」なんだけど、自分にしっくりとなじみがくるところと、常に「よそ者」を意識し落ちつかないところがある。

クスコはわたしとケンゾーにとって完全に「アウェイ」だった。

タクシーの窓から街を見ながら、わたしたちはクスコにたじたじだった。

「うっわー。
 ちゃんとした服装をした外国人ツーリストがいっぱいいる!
 げげー。
 なんかオシャレな格好。
 これ、わたしたち絶対うくね。」

「おお。
 外国のブランドの店がいっぱいあるやん!
 ちょっと、クスコ何?」

「街、きれいだねー。
 ヨーロッパみたい。
 どうしよう。」

「きれいな車がいっぱい走っとる。
 クスコってこんななんや。」


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タクシーを降り、ロマンチックな街を汚いバックパックを背負って歩くふたり。
高そうなレストランやおしゃれなカフェの横を歩く。
なるべく存在感を消しながら。

もう完全にアウェイ。

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歴史を感じさせる街並みも、雰囲気のあるライトアップも、ツーリスト好みのお店も、完全にボリビアよりもペルーが圧勝している。
だけどケンゾーが言った。

「俺らには、ラ・パスぐらいがちょうどよかったよね。」

まったくその通り。
あのうるさくて、汚くてごみごみしていて、人々の生活感がにじみ出ているボリビアのラ・パスはわたしたちにとって「ホーム」だった。

日本人御用達の宿「カサ・デル・インカ」を目指し、石畳の階段を歩く。

ラ・パスと同じようにクスコも坂の街。
斜面にへばりつくように建物が並ぶ。

クスコの標高はおよそ3400メートル。
重い荷物を背負って坂を上がっていくのはかなり疲れる。
アウェイ感がよけい疲労を高める。

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ようやくカサ・デル・インカにたどり着いたものの、ドミトリーに空きがない。
でもダブルルームは空いていた。
ダブルルームに泊まることはできたけど、旅行者で賑わっているレセプションをひと目見ただけでわたしもケンゾーも気分が萎えてしまった。
アウェイな場所に来たわたしたちにいま必要なのは、存在を隠すことができるひっそりとした空間。

カサ・デル・インカのひとつ上の宿に泊まることにした。
「HOSPEDAJE RESBALOSA」。
ドミトリーでひとり20ソレス(約800円)。
ドミトリーと言ってもベッドが3つある部屋でわたしたちふたりで占領できた。

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キャッシュカードがATMに吸い込まれ銀行でやっと取り返し、インド並みの自転車タクシーで移動し、バスに駆け込んで8時間移動し、アウェイなクスコに到着し、重い荷物を背負って坂を上ってきたわたしたち。
昼ごはんもろくに食べていない。

おいしいものでも食べに行こう。

外に出て、食堂を探す。

「あー、もう全然ない!」
「これは手が出らんねー。」

クスコの観光地の中心と言われるアルマス広場周辺をあてもなく歩き回る。
目に留まるのは高くておしゃれなレストランばかり。
わたしたちにとっては予算オーバーのレストランだけど、窓から中をのぞくときれいな格好をしたツーリストで賑わい、ディナーを楽しんでいる。

「どこに行けばわたしたちが入れる食堂があるんだろう?」
「もうこのエリアは全然だめだ。
 ネットで調べてくればよかった。」


さまよってもさまよっても、雰囲気のいいレストランしかない。

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宿に戻った。
ここだけがわたしたちの「ホーム」。

「ホーム」でわたしたちは持参の電気コイルでお湯を沸かした。
お腹もベコペコでとても疲れているわたしたち。
今夜のメニューはインスタントラーメン。
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タキーレ島で一眼レフ強打 カードも吸い込まれ・・・

2015.07.14 05:44|ペルー☞EDIT
ついに警察のお世話になるイクエです。
この3年近く大きなトラブルもなく楽しく旅行をしてたんだけど、ケンゾーのバックパックからダウンジャケットやヘッドランプなどが盗まれてしまった。
現地人が住んでいるような安宿で、チェックアウト後に荷物を預かってもらってたら・・・。
輸入食材店で買ったばかりの日本のカレーのルウまで盗まれたのが悲しい。
保険会社に提出するために盗難被害証明書を発行してもらわないといけないけど、ちゃんとやってくれるかなあ。

人々がトトラとともに工夫して生活しているウロス島。
かわいい小さな島に別れを告げ、次に向かったのはタキーレ島
タキーレ島はトトラで作った島ではない。
とくに変わったところのない、一見すると普通ののどかな島。

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けれどタキーレ島は陸と離れている分、時代の流れから取り残され、だからこそ伝統文化を守ることができ、今でもインカ時代のときとさほどかわらない生活をしているのだそう。

近代では、政治犯の島流しの場所として使われ、50年前に開放されたんだとか。

タキーレ島には車もない。
何百年も前から使われている石畳の道が、島のメインストリート。

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ここにはおよそ3000人が暮らしている。
話されている言葉はケチュア語
スペインからの征服を受けたペルーではスペイン語が使われているけど、ここはスペインの影響をほとんど受けずケチュア語がそのまま使われている。

ちなみに、その前に立ち寄ったウロス島はアイマラ語が使われている。
ガイドの説明によると、アイマラ語はプレインカ(インカ帝国前の時代)のときから使われている言葉。
ケチュア語はインカ時代以降。

つまりウロス島の人々はインカ帝国からの支配を逃れてきた人で、ここタキーレ島の人々はインカ帝国の統治を受けてきた人ということになる。
同じチチカカ湖の湖上で暮らすペルー人なのに、言葉や文化が違うっておもしろい。

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インカ時代のときと同じように、畑を耕し自給自足に近い素朴な生活をしていると言われているタキーレ島の人たち。
電気も水道もない。
といっても、原始的な生活をしているわけではない。
やっぱり島の外から新しい物は入り込んでくる。

ここではゴムのサンダルがおもしろい使われ方をしていた。

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扉のちょうつがいの代わり!
なるほど、サンダルにこんな使い方があったか。
たしかにビヨンビヨンってなるから、開け閉めできるもんね。

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ゴムサンダルのちょうつがいは、一軒だけじゃなかったんだよ。
タキーレ島ではゴムサンダルがちょうつがいとして流行ってるみたい。

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上の写真の左側に写っているのはカントゥータという花。
標高2500メートルから4000メートルの高地で育つのだそう。
赤と黄色の2種類があって、ペルーの国花になっている。

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ペルーの国花カントゥータをめぐっては、悲しくてちょっと素敵な言い伝えがある。

むかし、むかし、2人の王様がいました。
お互いの勢力は均衡し、争いは絶えず息子の代まで戦いが続きました。
そして最後の戦いのとき、両者は大けがを負いました。
そこでやっと2人の王は戦うことの愚かさに気づいたのです。
戦うことなんて止めようと、泣きながら手を取り合って誓いました。
しかし、大けがをしていた2人はそのまま息を引き取り・・・。
このとき統一の象徴のように、赤と黄色のカントゥータの花が一斉に咲き誇りました。

カントゥータの花が美しく咲く庭で、島の人たちがタキーレの文化を紹介してくれた。

ダンスや音楽を披露してくれるんだけど、みんなちょっと恥ずかしそう。
男性も女性も、はにかんだ笑顔がかわいい。

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後ろでマンドリンのような楽器を弾いているおじいちゃんは70歳。

披露してくれた踊りは、同じ振りが繰り返され、けっして派手な踊りではない。
でも木製の鋤を使って、種まきや収穫を真似た踊り方には、農耕を基礎とするタキーレの人たちの生活があらわれている。
そして男女が手を繋いで恥ずかしそうに、でも楽しそうに踊る結婚式の踊り。

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椅子に座って眺めていたわたしに、タキーレの男性からお誘いが。
男女ペアで手を繋ぎトンネルを作っては、その下をくぐっていく。

恥ずかしいけど、なんか楽しいね。

タキーレを有名にしているものに、織物がある。
タキーレ島の織物技術は、ユネスコの世界無形文化遺産に登録されているのだそう。

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生地は硬くて細かくしっかりと織ってある。
代々伝わる織物技術。

ケチュア語にはもともと、文字がない。
だから昔の資料も残っていない。
でも、その分織物のデザインにいろんな情報が入っているとガイドが言った。
雪や動物、人々が大切にしてきたもの・・・。
織物から昔のことを読み解くことができる。

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さらにガイドが説明する。
男性が巻く、縞模様の帯。
とても丈夫なんだって。
それにはある秘密があるから。

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帯の中に髪が織り込まれている。
奥さんが自分の髪の毛を入れて縫い、夫に身につけさせるのが風習なのだそう。
だんなさん、悪いことできないね。

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編み物や織物は一般的には女性の仕事だけど、タキーレ島では男性も編み物をする。
手芸が得意なのは、紳士の条件。
結婚する前までには、水を入れても漏れないぐらいの丈夫なニット帽を編める技術を身につけいないといけないらしい。

ガイドブックには、男女それぞれの服を異性が編むって書いてあるんだけど、男性が男性用の帽子を編んでいたから実際はどうなんだろう。

こんなふうに肩から毛糸をぶらさげて編む。

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タキーレ島の男性はサンタクロースの帽子みたいな形をしたニット帽をかぶっている。
ガイドが説明してくれたことには、上が白い帽子は未婚の男性が被るのだそう。

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被り方にもルールがある。
帽子の先っぽにはポンポンがついていて、子どもたちはポンポンが後ろになるように被る。
16歳ぐらいになったらポンポンを横に垂らすのだそう。
ポンポンが横なのは「奥さん募集中」のマークなんだって。

昔ながらのライフスタイルを守るタキーレ島の人たち。
シャンプーまで手作りすると言うから驚き。
しかもこんな草で。

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この草で作るシャンプーはすごく髪に良くて、ハゲにも効くらしい。
タキーレ島の人は、このシャンプーのおかげでみんな黒髪ふさふさらしい。

この草をただ石で叩く。

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シャンプーだけじゃなくて、石けんとしての効果もあって、洗濯に使えば汚れも落ちるし、手や顔を洗うのにもいいらしい。

草を使った石けんを特産品にしてタキーレ島のお土産として売れば、ツーリストが買っていきそう。

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草を石で叩いたり、もみもみしたり。
最後はガーゼに包んで絞り出す。

するとー。

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ほんとうに泡がでてきた〜!

「どうぞみなさん髪につけてください」と言われてもねえ。
洗い流せるわけじゃないし。
と躊躇していたら、みんなベタベタ自分の髪に擦り込む。

ええい、わたしたちもやっちゃえ〜。

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で、このままの流れで昼食タイム。
会場は同じ場所。
料金はお高くて20ソル(約800円)。

プーノの食堂だと4ソル(約160円)くらいでスープ、メイン、飲み物までついてくるから、20ソルはかなり高い。

事前に高いということを聞いてきたので、わたしたちはサンドイッチを用意してきていた。
外でチチカカ湖を眺めながらふたりだけでランチ。

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ランチの形式はツアーによって違うみたい。
タキーレ島でランチタイムが設けられていて、「島内の好きなレストランで自由に食べてそのあとまた集合です」というパターンが一般的だと思う。
ほかの人のブログでも「レストランに行かずに自分は持参した食べ物で済ませた」なんて書いてあった。
でも、わたしたちは踊りや編み物を観覧した会場でそのままお昼、という流れ。

ケンゾーといっしょだからよかったけど、もし独りだったら抜け出しにくい。
そのまま場の雰囲気に流されて、注文するはめになると思う。

これからツアーに参加する人は、お昼のことを確認してからツアー会社を決めたほうがいいですよ。
ツアー代金が30ソル未満なのに、お昼代が別に20ソルかかるはめになるので。

で、ここで事件発生!

20ソルのランチだから時間かかるだろうなって思っていたら、みんなあっという間に食べ終わって、逆にわたしたちがガイドから急かされる事態に。

あせっていたら、一眼レフカメラを地面に落としてしまった!
しかも運悪く土の上じゃなくて石畳の上に。

ぎゃー!
保護レンズにヒビが!!

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カメラ本体とレンズそのものの被害は少なかったけど、レンズの縁の部分も曲がってしまったみたい。

修理にどのくらいの時間と予算がかかるんだろう。
レンズフードもパキっと割れてしまった・・・。

ランチ代を浮かせたつもりが、こんなハメに。

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気を取り直して観光!と言いたいところだけど、なかなかスイッチが切り替わらない。
「タキーレ島、のどかで美しいな」と心の中で一生懸命自分に言い聞かせながら歩いていく。
あ〜あ。

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うん・・・。
せっかく来たんだから、今はこの島を楽しまなきゃ。

伝統的な衣装を着た女性が前を歩いていく。

黒いフードが特徴的。
フードの下にはカラフルなポンポンが垂れ下がっている。
ポンポンが大きいのは未婚の印で、小さいと既婚女性なんだって。

この人はどっちだろう。

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島には学校がある。
ここの学校の制服がまたユニーク。
女子生徒はふわふわのスカート。

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男子生徒は頭にあの帽子!
この子はポンポンの位置が横。
ということは奥さん募集中。
16歳から結婚適齢期に入るから、そのくらいのお年頃かな。

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ポンポンを後ろにしている男子生徒も。
さっきの子よりも2歳くらい年下かな。
この帽子とジャージーの組み合わせがなんだかアンバランス。

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石段に腰かけて、編み物に勤しむ男性も。
やっぱり糸を首から下げて編んでいる。
ちょっとしたときに両手が空くから便利なのかも。

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小さな商店で、編み物をしながらお客さんの対応をしているおじさんもいた。
商品を渡したり代金を受け取ったり。
肩からぶら下げておけば、編み物をしながらお客さんの対応ができる。

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街の広場は小さい。
古いけど、石組みの美しい建物。

そしてこんなところに世界の主要都市までの距離を記した道しるべ。
東京までは16335キロ。

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驚いたのがチベットのラサがあったこと。
あえてラサを選んだところに魅力を感じる。
どんな人が作ったのかわからないけど、民族の文化や伝統を守っていこうというメッセージを込めているんじゃないかな。

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タキーレ島にはちゃんとした宿泊施設がない。
数年前、この島にホテルを建てたいと申し出る会社があったのだそう。
ホテルの誘致をするかどうか。
島で集会が開かれ、話し合われた。
その結果、ホテル建設を許可しないという決断にいたったんだって。

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伝統的で素朴な生活を守っていく。
不便かもしれないけど、みんなで助け合って暮らしていく。

だけどこの島で残念だったのは、カメラを落としたことだけじゃなかった。
こんな小さな島で物乞いのお年寄りを数人みたこと。
破れた服を着て石畳の階段に座って、悲しそうな目でお金を乞う。
弱々しく体も細いお年寄りたち。

タキーレ島には毎日ツアー客がやってくるし、入島料も徴収される。
わたしたちが見た踊りの披露も当番制。
販売されているタキーレ島の織物もけっこう売れていた。
観光で生まれるお金が平等に渡っていると思っていたけど、実際はそうじゃなさそう。

プーノの街の中心地、観光客が集まる場所でも物乞いの人は見なかったのに、どうしてこんな小さな島で物乞いの人たちがいるのか。

観光で潤っている人とそうじゃない人の貧富の差が激しいのかもしれない。
自給自足の島に急激に貨幣経済の波が押し寄せたことが原因で、それに乗り遅れてしまった人たちが物乞いをしているのかもしれない。

ゆったりとしたのどかな島の雰囲気に浸ろうとしたけれど、物乞いの人たちがいるという事実が気になる。

心にわだかまりが残る訪問となってしまった。

タキーレ島でカメラを落としてしまったわたし。
島のツアーを終えてホテルに帰ると、今度は布製のコーヒーフィルターを失くしたことに気づいた。
インスタントのコーヒーはおいしくないから、アルゼンチンで買った布製のフィルターで毎朝ドリップコーヒーを入れるのが日課。
そのフィルターを朝使ったあとに共用のシャワー室で洗い、放置していたのだった。
気づいたときにはすでになく・・・。
誰かが回収したか掃除の人に捨てられたか。

きょうは2回もやらかしてしまった。
2度あることは3度あるって言うけれど・・・。

気をつけなきゃ。

明日、わたしたちはクスコに移動する。
朝イチのバスに乗れば、夕方にはクスコに到着する。
その前にATMでお金をおろしとこう。

銀行街に行き、ATMでお金を引き出そうとすると高額な手数料が表示された。
あとで知ったんだけど、ペルーの銀行では一部の銀行(Banco de la NationやScotiabank)以外は1回で5ドルくらいの手数料を取られるのだそう。
そのことを詳しく知らなくて、手数料がかからないATMがないかといろいろな銀行で試した。
でもことごとくダメ。

普段はなるべく銀行内のATMを使うようにしてるんだけど、このとき小さなショッピングセンター内のATMが目にとまった。

「あそこでも試してみようか。」

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その結果・・・。

うそ・・・。
まさか!?

クレジットカードが吸い込まれた!!

普通に挿入口に入れただけなのに、画面が先に進まず、取引キャンセルしてもカードが戻ってこない。

うわあー!!

これ、自分たちでは無理なパターンだ。
どうやっても出てこないパターンだ。
ATMを開けてもらわないと、取り出せないパターンだ。

これまでキャッシュカードが吸い込まれた経験は2回。
中国とスペイン。
中国のときは銀行のATMで営業時間内だったので行員に言って、すぐに取り出してもらえた。
スペインのときは銀行のATMだったけど、ちょうど週末だったために週明けまで待たないとダメだった。
カードを取り出してもらうために旅程を変更して延泊するハメになった。
日本だと週末だろうが夜だろうが、ATMからカードが出てこないトラブルがあればすぐに対処してくれるはず。
でも外国ではそうはいかない。
「営業時間外だから絶対に無理です」とピシャリと断られてしまうだけ。

今は午後6時を少しまわったところ。
ショッピングセンター内のお店の人たちに聞くと、「どうしようもない」と言われる。

「もう中に入っちゃったし、カードが戻ってくるのは無理じゃないかな。
 カード会社に電話するしかないよ。」

そんなあ。
カード会社に電話しても何もならないよ。
ただカードが止められて、二度と使えなくなるだけだよ。

「カードが必要なんです!
 カードがないとお金がなくてホテルにも泊まれない。
 ご飯も食べられなくなるんです!
 お願いします!!」

わたしたちがピンチに陥っていることをお店の人に説明する。

すると警備会社や銀行に電話してくれた。
だけど相手からは「できない」と言われるだけ。
お店の人たちは同情した目でわたしたちを見て、「しょうがないよ」と励ましてくれる。

しょうがなくないよ。
ATMを開けてくれるだけでいいのに。
誰か、お願いします。

ATMを管理しているのはここから50メートルほど離れた銀行とのこと。
お店の人がそこに連れていってくれたけど、銀行がすでに営業時間外。
といってもまだ閉店してから30分も経ってないから、行員たちが仕事をしている。

自動ドア越しに行員を呼んで、説明するけど「無理!」と言われるだけ。
「お願い!」と言っても「もう仕事の時間は終り!あした来て!」と言われるだけ。

あした朝イチでクスコに行くのに、間に合わなくなる。

ああ〜。
もうなんで〜!?

カードをATMの中に放置したままその場を離れるのも心配だよ。

「お願いします!」
「無理です!」

銀行とショッピングセンターを行き来しながらあたふたしていたイクエとケンゾー。

結局、この日わたしたちがカードを受け取ることはできなかった。
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手作りの島は寝心地抜群!

2015.07.13 05:32|ペルー☞EDIT
本場のピスコ(ブドウで作る蒸留酒)が高くてショックを受けているケンゾーです。
チリやアルゼンチンでも飲まれているピスコはペルー原産。
本場だからきっと安くていっぱい飲める!って期待してたんだけど、ペルーのピスコは高かった。
安くても1ボトル千円以上、貧乏パッカーには高すぎるよ。
まあ、なんだかんだ言って毎日チビチビ飲んでるんだけどね。

「チチカカ湖には葦のような植物で作った手作りの浮き島に暮らす人々がいる。」
そんな漫画の世界のような、ちょっとメルヘンチックなウロス島に行くためにツアーに参加することに。
ウロス島とケチュア族が住むタキーレ島、2つの島を巡る1日ツアー。
ツアー会社を何軒もはしごし、最安だった会社で2人で55ソル(約2200円)。
1人千円ちょっとで丸一日遊べるなら悪くない金額。

朝7時前にホテルに迎えが来て港へ。
船着場は大勢のツーリストで大混雑。
プーノに滞在するツーリストはほぼ100%このツアーに参加するんじゃないかな。

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1日行動を共にする参加者たちはいろんなツアー会社からの寄せ集め。
ツアー内容に差はないけど、高いお金を出すとスピードボートに乗ることができる。
ケンゾーとイクエが乗る船は、ノロノロの船。

出港してしばらくすると背の高い植物が見えてきた。
これが島の材料になるトトラ

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カヤツリグサ科の植物で、古代エジプトで紙の原料として使われていたパピルスと同類。
チチカカ湖上で暮らす人々にとって、これ無しでは生活が成り立たないといういちばん大切なもの。

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太陽の島のときもそうだったけれど、このツアーの船も超絶遅い。
手漕ぎボートと大差ないんじゃないの?っていうくらいのスローペースでウロス島をめざす。
チョリータ姿のおばちゃんがボートを漕ぐ姿がほほえましい。

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しばらくすると、おもちゃのような家が乗っかった平らな島が見えてきた。
これがトトラでできたウロス島。

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じつはウロス島はひとつの島ではなく、トトラで作られた島の総称。
チチカカ湖には大小様々なウロス島がおよそ80(ガイド談)あり、約2000人の人々が湖上生活を営んでいるんだそう。

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大きな島には病院や郵便局などもあるというから驚き。
この遠くに見える黄色い建物は学校。
子どもたちは毎日船で通学、先生も本土から船で出勤するんだそう。

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出港からおよそ2時間、ようやく上陸するウロス島に到着。
島民総出でお出迎え、なんかかわいいね。

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お邪魔する島は幅40m、奥行き15mくらいかなあ。
こじんまりしてて素朴でいい感じ。
大きな島だとツーリスティック過ぎてガッカリした、なんてこともあるらしい。

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さあ、トトラでできた浮き島の踏み心地は?
わくわくしながら1歩足を踏み出す。

おお、柔らかい!
クッションが効いてて、ちょっと弾力があって、なんかへんな感じ。

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ウロス島のこのちいさな島の名前は「マンコ・カパック・ティティン島」。

みんなで輪になって島やここでの生活についての説明を聞くことに。
話してくれるのはこの島のリーダー。
船が着岸するときに率先してロープを引っ張っていた男性。

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リーダーといってもこの島の住人は子どもたちも含めて5家族21人。
なかには1家族だけの小さな島もあるんだそう。

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浮き島の上で暮らす人々はウル族という民族の末裔。
水上生活を送るようになった理由は諸説あるようだけど、今回のガイドによると800年前にチチカカ湖畔から追われるようにして陸を離れて暮らすようになったんだそう。
その後もインカ帝国やスペインからの支配を逃れるために、手作りの島に住み続けた。

時の流れとともにケチュア族やアイマラ族との混血が進み、純粋なウル族は消滅。
独自のウルキージャ語を喋る人もいなくなり、今はアイマラ語を話す。
島の学校ではスペイン語で授業がおこなわれているんだそう。

気になる島の作り方をリーダーが実演。
基礎はトトラの根っこを利用。
互いに絡み合って泥もまとわり、土の固まりのようにがっしりしている。
でもスポンジのようになっていて、水に浮く。
ブロック状の根っこを縄で固定し、その上にトトラを3mほど積み重ねていく、ただそれだけ。
そのままだと風に流されてしまうので7か所アンカーに繋げて固定しているんだそう。

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島はもちろん、上に建つ家もすべてトトラで手作り。
以前は乾燥させたトトラを燃やして燃料にしていたそうだけど、今はガス。
ソーラーパネルも設置されていた。

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主な食料は湖で獲れる魚と水鳥。
鳥は手作りの銃で仕留めるんだって。
銃まで手作りって、かなり手先が器用な民族なんだね。

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ちなみに、トルーチャやイスピなど主に5種類の魚が捕れるチチカカ湖。
ほかにも50cmの大きさがあるカエルもいるんだって。
コイツの顔がかなりユーモラス。
まさか食べないとは思うけどね。

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一通りの説明が終わると、これまたトトラで作ったバルサという舟に乗るアトラクションがはじまる。
ちょっと先のトトラが生えてるところまで舟で行き、トトラ刈りのデモンストレーションを見学するというもの。
住民全員から笑顔で「さあ乗って乗って」と勧められるけれど、これは1人10ソル(約400円)の別料金。
ケンゾーとイクエ以外の全員が乗船というかなり恥ずかしい事態に。
同じツアーに参加しているとは言え、懐具合は違うみたい。

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ヒマなので小さな島を覗いてまわる。
質素な寝室。
トトラを寄せ集めただけのシンプルなベッド。

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食事の準備をしている女性がいたので見せてもらう。
メニューは水鳥のスープ。
鳥は新鮮で美味しそう。
水はもちろん湖の水。
たぶんケンゾーとイクエだとお腹やられるだろうなあ。
野菜は週1回、いちばん大きなウロス島まで行って魚や水鳥と交換するんだそう。
大きなウロス島には品物がそろっているらしい。

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むしゃむしゃとトトラをかじる女の子。
そう、なんとトトラは食料にもなるんだよ。
まさに万能、ウロスの人々にとって切っても切れない必需品。

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ちょっと食べさせてもらったんだけど、けっして美味しいものじゃあない。
シャキシャキしててタケノコを生で食べてるような感じ。
栄養はあるのかなあ。
このトトラは浄化作用があって、トトラを食べればチチカカ湖の水を飲んでもお腹をこわさないらしい。

みんなが船に乗っている間、島の子と遊ぶ。

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遊んでくれたお礼にイグアス移住地でもらった帽子のアクセサリーをプレゼント。
うん、お母さんとお揃いだね。
この島の子はぜんぜん擦れてなくて素直でかわいい。

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娯楽もないし、何かと不便な浮き島の暮らし。
最近は本土の街へと移る若者が多いんだそう。
この子が大人になるころはどうなってるだろう。
だんだんと浮き島の数が減ってくるのかもしれないね。

船に乗らなかったけど、その分この島で島民とゆっくりした時間を過ごせる。
ほかのツーリストがいないから、静かでゆっくりした島本来の時間に浸れる。

トトラの上にゴロンと寝っ転がってみる。
ふかふかでかなり気持ちがいい。
島全体が天然のベッドだ。
住民はつねに裸足なんだって。
それ納得。

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島には1時間ほどの滞在。
お土産物も売ってたけど、買って買って攻撃はなくぜんぜんしつこくない。
ツーリストを受け入れる島はローテーションなんだそう。
感じのいい島に巡り会えてよかった。

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「葦のような植物で手作りした浮き島に暮らす人々」。
メルヘンチックとはちょっと違うけれど、たしかに現代でも水上生活を営んでいる人々がチチカカ湖にはいた。
湖上に浮かぶトトラの島がいつまでもチチカカ湖の風物詩でありつづければいいな。

トトラで作られた島に別れを告げ、次はケチュア族が住むタキーレ島へ。
それにしても遅い船だ。
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ペルー最初の街はプーノ! ボリビアと比べ物にならん

2015.07.12 06:18|ペルー☞EDIT
夫に「口臭い」とか言っているけど、夫からは「うわっ!白髪いっぱい!」と言われながら白髪をハサミで切られているイクエです。
みんなどのタイミングで白髪染めするんですか?
美容師さんに勧められるんですか?
日本に帰って美容室行ったら「お客さま、ちょっと白髪が目立ってきていますので染めましょう」とか言われるかな。
そしたらもう本格的にオトナの仲間入りですね。

思いのほか満喫し、思いのほか長くいたボリビア。
ボリビアに行く多くの旅人はウユニ塩湖メインでさっさと抜けちゃうし「ボリビアは治安が良くない」「ボリビア人は強気」「店のおばちゃんが怖い」とか良からぬことを聞いていたので、わたしたちもさっさと抜けちゃおうと思ってた。

それなのにどっぷりボリビアに浸かってしまった。
なんやかんやで楽しかったなあ、ボリビア。

ボリビアの次にめざすのはペルー!!
あの天空都市「マチュピチュ」がある、一大観光地。
これは、楽しみ~ ♪

ペルー最初の訪問都市は、これまたチチカカ湖畔の「プーノ」
なんともかわいい名前。
「ペルー」って響きもかわいいけどね。

プーノ

コパカバーナからプーノまではたくさんの直通バスが出ている。
いちばん安いので25ボリ(約438円)。
一般のツーリストの方も安心して乗れる、ちゃんとしたバス。

バスの出発10分前。
席に座って待っていると、両替商のおじさんが乗り込んできた。
わたしたちはいつも出発間際に余ったお金でお菓子を買って使い切るから、両替するお金は残ってない。
でも少額のお金が残っている人は多い。
だからたくさんの乗客が、座ったままおじさんと両替していた。

おじさん、いい商売考えたねえ。
積もり積もれば山となる、だもんね。

おじさんがバスを降りてからペルーに向けて出発。

まずは国境の手前でいったん降ろされて、ボリビア側で出国手続き。

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直通バスはラクチンでいいけれど、出入国手続きに時間がかかるという欠点が。
これだけツーリストだらけだと置いていかれる心配はないから気長に待とうっと。

バスは客を降ろすと国境を超えてペルー側で客を待つので、乗客は自分たちの足で国境越え。

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ボリビアとペルーの国境は、とってもゆる~い。
一応見張りの兵士が2人いたけど、仕事を放棄しておしゃべりしている。

れんが造りのアーチを歩いて越えると、もうそこはペルー。
真っ赤なかわいいモニュメントがお出迎え。

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このペルーのロゴ、今後1日50回くらいは見ることになる。
観光地の看板やバス、バッグやTシャツ、スーパーで売ってる国産のお菓子やジュースにまで、なんでもかんでもこのロゴがついている。
くまモン以上にいろんなものについている。

たしかにかわいいけどね。
「P」のぐるぐるまきは、ナスカの地上絵のデザインをモチーフにしたのかな。

ペルーのモニュメントで記念撮影をしたあとは、歩いて100メートルぐらい先のイミグレーションへ。
先回りしていたバスがちゃんと待機してくれている。

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入国スタンプをもらうのも順番待ち。
結局出入国手続きで1時間はかかったかも。

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さっきまでいたボリビアも、いまバスで走っているペルーもきっと同じような雰囲気なんだろうな。
チチカカ湖畔に集落があって。

そう思っていた。
でもね、何かが違う。
うまく言葉では説明できないけど。

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ペルーのほうがだだっ広い感じ。
ボリビアはもっと斜面が多くて挟まれている感じ。

さらにペルー側は、その広い平原を活かして農地にしている。
ボリビアは空いている土地が多くて荒涼としていたけど、ペルーは空いている土地には何かしら人が耕したり作ったりしている。

湖の脇の湿原でもみんなで畑仕事。
ルーズでゆるい人が多い南米のなかで、ペルー人はめずらしく勤勉なのかも。

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「これは期待できるぞ。」

何を期待できるかと言うと「食」
だってこんなにいろんなところに畑があるんだから、食材も豊富なはず。
食物を作るのが好きで食べるのが好きな民なんじゃないかな。

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「ペルー料理はおいしいよ。」

そんな噂を聞いてきた。
車窓からの景色を見るだけで、そのことを確信する。

それに漁村もあった!
小さな漁船の向こうには、養殖用のイカダまで。

魚が食べたい!

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チチカカ湖がまるで海みたいに見える。
もちろんボリビアでもチチカカ湖の魚は食べた。
でも漁船は見なかったし、魚市場もあまりなく売っている量も少なかった。
普通の食堂のメニューにはなくて、魚料理専門店でしか魚を食べられない。

でも、きっとペルー人は日常的に魚を食べているんじゃないかな。

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豊富な食材。

アルパカのお肉もご当地メニューだって噂だし。
いったいどんな味なのか。
いつか試してみないとね!

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なぜかペルーのこの景色を見ていると日本の田舎を彷彿とさせる。

どんな土地でも活用して、工夫しながら農耕に励んできた日本人。

このチチカカ湖畔は富士山よりも標高が高いところ。
でもそんな感じが一切しない。

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畑の真ん中にはこんなものまで!
ペルーにもあるんだね。

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車窓の風景を楽しみながら、わたしたちはプーノに着いた。
プーノのバスターミナルはちょっと離れたところにあって、タクシーで移動するのが無難みたいだけどわたしたちは歩いてホテルを目指す。

ここより2000メートル以上高いワイナ・ポトシに登頂したとはいえ、3800メートルの街を歩くのはしんどい。

バックパックはいつもより肩にずっしりとくる。
息が上がって、すぐに休憩したくなる。

そしてたどり着いた。

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マンコ・カパックイン

ほんとこのへんはいたるところに「マン・・・」の名前がついている。
日本では言うのがためらわれるワードが入っているけど、ここではハッキリ堂々と大きな声で。

「どこに泊まってるの?」
マンコ・カパックです!」

初対面の人にも照れもなく、潔く言える。
そしてそれはちょっと何かを冒涜しているようでもあり、子どもが悪さを楽しむような気にもなる。
そしてなぜかすがすがしい気分になる。

マンコ・カパックです!」

マンコ・カパックインは安くてWi-Fiは早いしホットシャワーは最強の、いい宿だった。
ツイン1室30ソル(約1200円)。

水で割らないといけないほど熱いホットシャワー。
シャワーヘッドはなく、打たせ湯のようなっている。
そこからダダダダダダーとお湯が「湯水のように」出てくる。
湯水だからあたり前なんだけど、アフリカでも南米でもホットシャワー完備の宿ではぬるいのがチョチョチョチョ〜と出る程度だったから。

熱いお湯が勢いよく出てくるので、シャワー室全体に湯気が立ちこめ熱気に包まれる。

「ここ、最高やね〜。」
「あんな熱々のシャワー浴びられたの、何か月ぶり?」

ケンゾーとふたりで感動しあった。

夜のプーノの街へ繰り出そう。
ペルー初めての街。
ツーリスティックでボリビアとの違いを見せつけられた。
歩行者天国のストリートの両脇には、両替屋さんやツアー会社、お土産屋さん、高そうなレストランがひしめきあっている。

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英語を話せる人の率がボリビアよりも、うんと高い。
ツーリストポリスが、街を見回っている。

地方都市プーノ。
ボリビアの大都市ラ・パスよりも外国人観光客の姿が多い。
ペルーとボリビアはお隣同士なのに、多くの外国人観光客はペルーにしか興味がないんだろうな。
ここからボリビアにはバスで数時間で行けちゃうのに。
ボリビア、がんばれ!

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そしてわたしたちは近くのスーパーへ。

圧倒された。

「照明がいっぱい!」
「お客さん多い!」
「なにこの品揃え!」
「レジがいっぱい!」

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地方都市で、こんだけ大きいスーパーをもってるの?
ボリビアでは見かけなかったよ。
久々に感じるこの雰囲気。

電化製品コーナーには、大きな薄型テレビがずらり。

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お金持っている人も多いんだろうな。

夜なのにお客さんは多いし、大きなカートにたくさんの商品を詰め込んでレジに並んでいる。
ボリビアに比べて、国民の購買意欲が高い。

「ちょっとちょっと〜。
 きれいなお魚コーナーまであるよ!」

「おぉ〜!!」

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地方都市でこのレベルだったら、首都のリマとかどうなってるの?
たった1日でペルーとボリビアの差をまざまざと見せつけられた。

でも、わたしたちがこのプーノにやって来たのは、先進国にあるような巨大スーパーを見ることでも「マン・・」のホットシャワーを浴びるためでもなかった。

翌日、早起きしてわたしたちが向かった先は・・・。

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チチカカ湖の港!
ここから船に乗っていく先は、ウロス島タキーレ島

湖畔に群生する「トトラ」と呼ばれる葦のような水生植物。
それを積み重ねて作った人工島で、長く生活している民族がいる。

それってどんな島?
どうやって暮らしているの?

次回はウロス島に潜入です!

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旅したボリビア こんな国

2015.07.11 06:02|南米☞EDIT
ボリビアには4/20~6/2まで44日滞在しました。
当初はウユニ塩湖だけ見てあとは素通りするつもりだったのに、ビザの延長までして気づけば滞在40日以上。
ボリビアがこんなに見どころ満載だとは思ってもいなかった。
そんなボリビア旅をふりかえります。

旅の費用はいくら?

ボリビアでいくら使ったのか発表します。

交通費  1,172.40ボリビアーノ
外食費  1,593.50ボリビアーノ
食料費  780.00ボリビアーノ
宿泊費  2,180.00ボリビアーノ
観光費  4,436.00ボリビアーノ
その他  541.90ボリビアーノ

合計  10,703.80ボリビアーノ=約188,922円(1ボリビアーノ=17.65円)
約4,294円/1日2人で

南米最貧国とも言われているボリビアはすべての物価が安い。
何もせずに滞在するだけなら1人千円以下で過ごせる。
ウユニ、ワイナ・ポトシ、パンパツアーと旅行会社を利用してたくさん遊んだのでこの金額。
でも、これだけアクティビティを満喫して4千円ちょいは安い。
高所が多くて健康管理が大変だけど、遊ぶには申し分のない国。


◇移動手段はこうでした

「ボリビアのバス移動はかなり過酷」、そんなことをちょくちょく耳にしていたけれど、実際はそこまでもなかった。
長距離バスはノーマル、セミカマ、カマと種類があるけど、値段の違いがそのまま快適度の違いに直結。
長距離や夜行バスはセミカマをチョイスすればそこまでハズレはない。
セミカマを買ったのに実際はノーマルのボロバスだった事があるのでちゃんと確認したほうがいい。
トイレ付きと言われたのに付いてなかったり、付いてても壊れて使えないことも多い。
前もって青空トイレをする覚悟をしていたほうがいいかな。
お金を出してカマに乗るとそんな心配は無用だと思うけどね。
あと、出発直前のほうが安いので予約をしないでその場で買ったほうが安くなる。

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こんなお宿に泊まりました

どの街にも現地人が利用するような安宿はあるので、宿探しに苦労することはない。
シャワートイレ共同のダブルで1室70ボリが相場。
ウユニは高くてひとり50ボリだった。
Wi-Fiはたいていの宿にある。
いつもは自炊派のわたしたちだけど、ボリビアは安く外食できるのでほとんど自炊はしなかった。
だからボリビアで宿にキッチンがあるかどうかはこだわらなくていいかも。
ボリビアの宿では洗濯禁止のところが多いって聞いていたけど、わたしたちが泊まった宿は他の客も堂々と洗濯していてスタッフにとがめられることはなかった。

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これが一番うまかった!

ケンゾー 「イクラ」
「ラ・パスではイクラが手に入るらしい。」
そんな眉唾な話を聞いてラ・パス市内を駆け回った。
富士山と同じ標高のラ・パスにたしかにイクラはあった。
サーモンじゃなくて淡水魚トルーチャの卵だけどね。
たぶん近くのチチカカ湖産なんじゃないかな。

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筋子をほぐしてイクラにするのが地味で面倒。
他の客に怪訝な目で見られながらも、イクラ食べたさにホテルのキッチンで地道な作業。
本来のイクラに比べて一粒一粒が小ぶりだったけど食感&味はイクラそのもの。
筋子5腹、わずか5ボリで洗面器一杯のイクラが完成。
イクラ丼、イクラパスタ、最後はインスタントラーメンにもぶち込んでイクラ三昧。
日本だと幾ら分のイクラを食べただろう。
もうこんな贅沢2度とできないだろうなあ。

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イクエ 「イスピ」
チチカカ湖で獲れる小魚。
フライにして塩をふって食べます。
カラッと揚がっていて歯ごたえがいい!
ちょっと苦みがあって酒の肴にもってこい。
だけどイモやご飯といっしょに食べるのがボリビア流。
おいしくて何匹でも食べられる。
ご飯とのセットで12ボリくらい。

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おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「ウユニ塩湖」
こてこてだけど、改めて思い返すと「超現実的な景色だったなあ」と思う。
ベストコンディションではなかったけど、どこまでも広がる白い大地と鏡張りの世界はやっぱり素晴らしかった。

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とくに、刻一刻と空の色が変化していく夕暮れと、静寂につつまれた日の出の時間帯は幻想的。
桃色の空に包まれてロマンチックなサンセット、天国にいるような錯覚を覚えたサンライズ。
どちらも他のどの場所では味わうことのできないオンリーワンな体験だった。
過度な期待は禁物だけど、絶景と呼ぶにふさわしい景色。

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イクエ 「ワイナ・ポトシ登頂」
ウユニ塩湖よりも強く思い出に残りました。
まさかあんな本格的な雪山に登るなんて思いもしなかったこと。
足にはアイゼン、手にはアイスアックス(ピッケル)、腰にはロープ。
ガイドのロッキーと3人でロープでつながったまま、歩みを揃えて一歩一歩。
ちょうど新月で、真っ暗で静寂な雪山。
聞こえるのはザクッザクッという足音と、シャカッ、シャカッというアックスを氷に刺す音、そして自分たちの息づかい。
気合いと根性だけで登った山頂は、人生初の高所6088メートル。

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なんであんな雪山に登頂できたのか、今となっては不思議でなりません。
直前まで高山病だったのに。
あのときはアドレナリンみたいなのが出ていて登頂を成功させたのかも。
あんな山に自分が登るなんて想像もしなかったから、一生の思い出になりました。

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ふらり ゆるり ボリビアの感想は?

ケンゾー
ウユニ以外はスルーするつもりだったけど、とんでもない!
イベント、見どころ、アクティビティ満載だったボリビア。
物価も安いし、ウユニだけで素通りするのはもったいない。

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食事も聞いていたほどマズくはないし、人も悪くないし、長期滞在してもストレスは溜まらなかった。
雑貨の種類も豊富だし質もペルーとかと比べても遜色ない。
これからもっと注目されるんじゃないかな。

イクエ
「ボリビアって何があるの?」
「ウユニ塩湖ぐらいじゃない?」
「じゃあウユニとラ・パス行ってすぐにペルーに抜けよう。」

ボリビアに行く前はふたりでそんな風に話していたのに、ビザを延長して1か月半近くも滞在することになりました。
ボリビアはウユニだけじゃなかった!
鉱夫たちが暗い坑道で働くポトシ銀山。
世界遺産のコロニアルな街スクレ。
温泉に雪山、そしてアマゾンにおばさんプロレス。

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ボリビアの人たちは、旅人たちから事前に聞いていたよりも優しくてはにかんだ笑顔がかわいかった。
たまに傍若無人なおばさんもいるのはたしかだけど・・・。
ほとんどの人がシャイで素朴。
標高が高いからか体調を2回も崩し、病院に行ったりホテルの部屋で寝込んだりしていたのに、ボリビアは楽しい思い出でいっぱいです。

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太陽の島 月の島 そしてマ◯コ・・・

2015.07.10 06:26|ボリビア☞EDIT
長時間格闘してやっとガラパゴス諸島行きのチケットを購入したケンゾーです。
ガラパゴスは今シーズン真っ最中なので航空券が高い。
1円でも安く行けるように眠い目を擦りながらパソコン&iPhoneとにらめっこすること10時間以上。
思わぬ手数料を加算されイチから検索し直したり、最後の最後にカードが利用できずに諦めたりと苦労しつつもなんとかゲット。
今月末に“進化の島”ガラパゴス諸島に行ってきます!

富士山よりも高いところにある湖、チチカカ湖にやってきたケンゾーとイクエ。
この湖はアンデスに住む人々にとってとても重要な場所。
なぜなら、この湖がインカ帝国発祥の地だから。

諸説あるそうだけど、伝説によると太陽の神インティが低俗な地上を哀れみ、人々に文化を与えるため息子と娘を地上に遣わした。
2人はチチカカ湖にある島に降り立ち、やがてインカ帝国の礎を築くことになる。
その兄こそが初代インカ皇帝マンコ・カパック
日本人にとってはちょっと声にするのが躊躇われる名前。

2人が降り立ったとされる島はIsla del Sol “太陽の島”と呼ばれている。
その隣には、妹ママ・オクリョが現れたとも言われているIsla de la Luna “月の島”もある。
コパカバーナから島を訪れるツアーが開催されているので行ってみることに。

太陽の島

ちなみに、前身のクスコ王国を含め13代続いたインカ帝国。
実在したと言われているのは1438年に即位した9代目から。
初代のマンコ・カパックも伝説上の人物らしい。

面積21㎢と思ったよりも大きな太陽の島。
見どころは北部と南部に分かれている。
片方だけ訪れる半日クルーズか両方訪れる1日クルーズ、そして南部+月の島を訪れる1日クルーズもある。
欲張りなふたりは太陽の島、月の島ふたつを訪れるクルーズをチョイス。

クルーズと言ってもガイドがいるわけでもない。
島行きの船に往復で乗れるだけ。

出発は8時半。
8時過ぎに湖畔へ行くと客引きをしているので予約はしなくてもいい。
太陽の島+月の島は40ボリ(約710円)だった。

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太陽の島までは直線距離で17kmほど。
ただ、この船がのろい!
スピードボートもあるけれど、そちらは高額。
のんびりと船旅を楽しむしかない。

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出発して1時間、段々畑に覆われた太陽の島が見えてきた。
思っていたよりもけっこう高低差がある島だ。

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一旦太陽の島1日コースの客を降ろして月の島へ。
コパカバーナを出発して2時間後、ママ・オクリョが降り立ったとも伝えられる月の島に到着。
閑散としていてちょっと寂しげな雰囲気。

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入島料10ボリ(約180円)払って島に上陸。
フリータイムは1時間なのであまり時間がない。
まずはインカ時代の遺跡へ。

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いちおう遺跡の入口ではおばちゃん達が土産物を売っている。
でもコパカバーナやどこでも売ってる見飽きたものばかり。
残念だけど、もっとオリジナリティがないと売れないよ。

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詳しくは分からないけど、1200年から1400年頃に作られたインカ時代の遺跡。
インカの代名詞、石組みもちゃんと残っている。
崩れかけで保存状態は悪いけど。

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恐らく宗教儀式を行なっていた建物。
まだ真新しいお供え物やロウソクの痕もあるから今でも人々が祈りを捧げてるんだと思う。

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さあつづいて、と言いたいところだけど、見どころはこれで終り。
あとは斜面に広がる段々畑しかない。

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この島で暮らす人々はきっとインカ時代からほとんど変わらない生活をしているんだろう。
ほとんど自給自足。
ゆったりとした時間が流れる素朴な島。
フリータイムの1時間は少ないと思ったけど、ちょうどよかった。

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ひっそりとしていて「月の島」というネーミングがぴったりな雰囲気だった。

船に乗りふたたび太陽の島へ。
月の島を去り、太陽の島に向かうにつれて、曇っていた空も晴れ間がのぞきポカポカ陽気に。
さすが太陽の島。

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太陽の島が迫ってきた。
斜面を埋め尽くす一面の段々畑。
アンデス原産のジャガイモやトウモロコシ、キヌアと呼ばれる穀物などを栽培しているんだそう。

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ヘンな形をした船がやってくる。
トトラと言われる葦のような植物で作られたチチカカ湖の伝統的な船。
これに乗って太陽の島を訪れるツアーがあるみたい。

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上陸したツーリストを出迎えるのがインカ帝国初代皇帝マンコ・カパックとその妹ママ・オクリョ。

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ちなみに、マンコ・カパックは妹のママ・オクリョと結婚したんだって。
まあ神話の世界ではよくある話だ。

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太陽の島の入島料は5ボリ。
月の島に比べて訪れる人が多いから安いのかな。
実際こっちのほうが断然活気があって比べたらかわいそう。
階段脇には爽やかな音を立てながら水が流れ、きれいな花も咲き、華やかさが違う。

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長い階段を登っていくと水汲み場に到着、喉の渇きを癒やす。
じつはこれ、インカ時代からあるもので「若返りの泉」と呼ばれている。
なんでも水源がどこか未だに謎の摩訶不思議な泉らしい。

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さらに上をめざし歩いていると、前方にへんてこな物体を発見。
白くてモコモコでまん丸。
さあ、これはな〜んでしょ?

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こたえは、みんな大好きかわいいアルパカ!
モッコモコの形がかわいすぎる。
もはや球体。

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どんなかわいい顔をしてるのかなと回り込む・・・

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うわっ!
なにこのブサ顔!!
出っ歯でぜんぜんかわいくない。
かわいい後ろ姿とのギャップがひどすぎる。
アルパカだからって無条件でかわいい訳じゃないんだね。

しかもコイツ、性格までかわいくなかった。
道をふさいでるから横をすり抜けようとしたら、明らかにケンゾーの顔をめがけてカーッペッ!ってネバネバの唾を飛ばしてきやがった。
性格がひねくれてるからブサイクになったのか、ブサイクゆえに性格も悪くなったのか・・・。

あとで調べたら、アルパカは威嚇と防衛のために唾を吐きかける習性があるんだって。
しかも唾液が猛烈に臭いらしい。
直撃しなくてよかったよ。

気を取り直し段々畑の合間を歩いていく。
いまはもう収穫が終わったのか土の茶色ばかりが目立つ。
夏は緑に覆われてまったく違う景色が見られるんだろうね。

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太陽の島にはおよそ1000人のインディヘナの人々が住んでいる。
農業と漁業で生計を立てている島の住人。
月の島よりも大きく人口も多いけれど、のんびりとした雰囲気は変わらない。

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島の南には「太陽の神殿」と呼ばれるインカ時代の遺跡がある。
5代皇帝カパック・ユパンキが造らせたと言われているピルコカイナ遺跡

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かつて太陽神インティへの祈りを捧げる聖域として崇められていた場所。
月の島の遺跡と同じように、今でも人々の信仰の対象となっている。

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このユーモラスな石版もインカ時代の遺物なのかは謎。

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ユマニと呼ばれている島の南側にある集落。
レストランやカフェ、ホテルも数軒あり島に宿泊することもできる。
インカ時代に造られた石組みの階段は現在でも島の人々の生活を足元から支えている。

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いまでも質素に暮らす人々と段々畑、そして太陽の光を受け青く美しく輝くチチカカ湖。
それくらいしか見どころはないけれど、インカ時代から変わらずゆったりとした時間が流れる太陽の島。

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ケンゾーたちは数時間立ち寄っただけだけど、1泊してのんびりと島を散歩するのも悪くない。

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くれぐれもこのアルパカにだけは要注意。
帰りもまた唾を吐きかけられたから!!

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でも、それを見ていたフランス人カップルの彼女の笑い方のほうがインパクト大だったけどね。
「できるかな」のゴン太くんみたいで強烈だった。
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雑貨屋じゃない「チチカカ」はコパカバーナにあった

2015.07.09 06:05|ボリビア☞EDIT
ワイナ・ポトシ登頂記にたくさんの反響をいただき、うれしいイクエです。
みなさん感動して喜んでくれたけど、母はそうはいかなかったみたい。
どの親もあんな山に娘が登ると前もって知っていたら止めるでしょうね。
残り半年、気を引き締めて旅を楽しんで無事に日本に帰ります。

ルレナバケでアマゾン探検を楽しんだイクエとケンゾー。
ラ・パスにバスで戻ったんだけど、その移動がわたしにとってはこの3年近くの旅でいちばん過酷な移動だった。

バスに乗る直前、体が熱っぽくなってダルい。
体の節々が痛くて、風邪のような症状。
バスに乗ったら今度はお腹がキリキリする痛さ。
そして下痢。
でもバスにはトイレがついていないし、トイレ休憩は数時間に一度しかない。
客を乗り降りさせるため車が停車するたびに、わたしは車掌にお願いして外に出た。
トイレがないから草むらや車の陰で。
出てくるのは下痢というよりほぼ水だけ。

道はデスロードと呼ばれるほど、くねくねででこぼこ。
車が揺れるたびに頭も揺れて、ガンガンする。
体温はたぶん38度超えてる。

バスは夕方出発して16時間の移動で次の日の昼にラ・パスに到着する予定。
一睡もできずに、狭い座席でのたうちまわり、早く時間が経ってくれることだけを願った。

幸運にもバスは予定の16時間を大幅に短縮し、12時間くらいでラ・パスに到着。
バスターミナルからホテルに向かう途中、今度は悪寒。
身震いする。
ふらふらの足で、なんとか宿にたどり着く。
熱を測ったら35度くらい。
低すぎる。
おかしいからもう一度計っても同じ。
こんなに低いことははじめて。
血糖値が下がってるのか。

服を着込んでブランケットにくるまって、お茶を飲んでチョコレートを食べる。
2時間くらいしてもう一度熱を測ると37.5度くらい。

結局、下痢は5日間くらい微熱は1週間以上つづいた。

たぶんかなり疲れていたんだと思う。
6000メートルのワイナ・ポトシに登ってたった1日休憩して、今度は長時間バスで移動して熱帯へ。
そしてジャングルの中に泊まって、ふたたび長時間の移動。

ほんとうは登頂して2日くらいは体を休めて、ジャングルツアーが終わって3日くらいはルレナバケでゆっくりしたかったんだけどね。
それをしなかったから、体が悲鳴をあげてしまった。

だからこのあと1週間くらいラ・パスで療養。
イクラが食べられるぐらいに下痢の症状も治まり、ようやく次の街へ移動することに。
次の街はペルーとの国境。
ボリビア最後の街になる。

本当はね、ボリビアはウユニ塩湖見てラ・パスに立ち寄ってさっさと抜けようと思ってたの。
でも、ポトシ銀山を探検したり、日系人の上間さんちにホームステイしたり、本物のヒッピーひわちゃんに会ったり、6000メートルの雪山に登ったかと思えばアマゾンに行ったり。
それでビザの期限30日を軽くオーバーすることに。

だからわたしたちはビザの延長手続きをラ・パスでやった。
それはとっても簡単。

場所は中心地のここ。
安宿から歩いていける距離。

ビザ延長

カマチョ通り沿い、ビルが建ち並ぶ一画に「GENERAL DE MIGRACION」がある。

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存在感がないので素通りしてしまいそうだけど、中は地元の人でいっぱい。
複数の窓口があって混雑してるけど、ツーリストのビザ延長窓口はガラガラ。
パスポートの顔写真部分のページとボリビアの入国スタンプが押されたページのコピーが必要。
それを窓口に持っていくと、3秒で入国スタンプの横に延長スタンプが押されて終了!
あっという間。
職員のおじさんはパスポートの顔写真のページを確認することもなく、パスポートを受け取ったらポン!。
これでビザ失効期限からさらに30日延長されたことになる。
なんのチェックもなしに無条件で延長してくれるんなら、最初からビザの日数を60日にしてくれるといいのに。

ビザの延長手続きは無料。
ラ・パス以外の地方都市でもできるみたい。
ボリビアはウユニ塩湖以外に見どころが多いし物価も安いので、長期旅行者のみなさんはぜひ♡

さて、長くいたラ・パスから次に向かうのはコパカバーナという街。
チチカカ湖のほとり。

コパカバーナ

ちゃんとしたバスターミナルからちゃんとしたバスも出ているけど、セメンテリオの近くの路上からローカル向けの小型バスが頻発。
運賃もこっちのほうが安い。

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運賃25ボリ(約440円)でチケットを買ったんだけど、ほかの乗客たちは20ボリで買っていることが判明。

「え~?
 ほかの人20ボリで買ってるじゃん。
 ポルファボール(お願い!)」

その結果、差額の半分、ふたりで5ボリを返してくれた。
損はしたけど、一度払ったのに戻ってきたから良しとしよう。
こういうときは相手を問いつめるんじゃなくて、肩をたたきながら困った笑顔をして「ポルファボール」って言うのがいいね。

ここでバスに乗る人へ。
路上のドライバーや車掌から買うよりもオフィスで買ったほうが正規運賃で買えると思いますよ。
バス会社のオフィスはバスが停車している目の前に並んでいます。

ごちゃごちゃしているけど、気に入ったラ・パスの街ともこれでお別れ。

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世界一標高の高い大都市。
さようなら、ユニークな街。
車窓から見るラ・パスの景色もこれで見納め。
斜面にへばりつく家々が、流れていく。

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そして道の真ん中に銅像が!
金具を組み合わせて創った現代アート。

「誰これ?」

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怖い顔をしている。
毛だけがリアル。
きっと、あなたも知っている人。

このヘアスタイル。
ひげ。
帽子。

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チェ・ゲバラ
ちゃんと地図に「ゲバラの銅像」って載ってた。
キューバだけじゃなくてボリビアでも人気なんだね。

ゲバラはボリビアも“解放”しようとして、キューバ革命を成功させたあとにやってきたんだけど、ボリビア軍に捕らえられて殺されてしまった。
だから、ゲバラファンや旅人のなかにはボリビアにやって来てゲバラ最期の場所を巡る人もいる。

ボリビアはウユニ塩湖だけが取り上げられるけどいっぱい見所がある。

ラ・パスの街を抜けると、すぐにのどかな田舎の風景に。
すると草原の中に、あの集団!

くぅ~!!
いまいましいあの記憶が。

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虹色の旗はインディヘナの旗。
政府に抗議する集会を開いているんだと思う。

道路封鎖のデモのおかげで、全荷物を背負って富士山より高い場所を15キロも歩かされた思い出が蘇る。
いま思うと、あれがワイナ・ポトシ登山のいい練習になったのかもしれない。

楽しかった思い出、きつかった思い出に浸りながら窓の外の景色を見つめる。

「あっ!」

深い青が姿を現した。

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チチカカ湖

アンデス山脈のほぼ中央に位置し、標高はおよそ3800メートル。
水深はいちばん深いところで281メートル。
面積はおよそ8300平方キロメートルで琵琶湖のおよそ12倍にも及ぶ。

「世界最高所にある汽船(エンジン等の機関で動く船)が航行可能な湖」と言われている湖。

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わたしがイメージしていたものとだいぶ違っていた。
標高が高いところにある湖だから、イメージしていたのはもっと寒々としていて風が強くて、ちょっと神秘的で、秘境にそっと存在するかのような湖・・・。

だけど実際は、まわりには緑の草が生い茂る草原があり、放牧された牛たちがのどかに草を食べ、集落があり、人が暮らし、まわりの段々畑で人々が農作業に勤しんでいた。
豊かな大地を育む湖。

湖の向こうには、雪を被った山脈が何十キロも続いている。
その山脈の存在で、ここが標高3800メートルもあるんだと実感できる。

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チチカカ湖。
世界史や地理で習ったかもしれないけど、その記憶がない。
でも、わたしとケンゾーは旅を始める前から「チチカカ」という名前を知っていた。

それは、日本に「チチカカ」っていう雑貨屋さんがあるから!
海外の民芸品、おもに南米の雑貨を販売しているお店。
チェーン店で福岡にも何店舗かあって、結婚する前からケンゾーとデートのときには立ち寄ってたんだよね。
アクセサリーやバッグ、お財布、洋服、食器・・・。
どれもかわいくて安くて。
そんな雑貨を見るのが好きだったし、ときどき買っていた。

なのに、なぜ!?
なぜ、本場南米に来て何も買わない!?
かわいくておもしろい雑貨に心躍らない!?
「チチカカ」の店より安いのに衝動買いしない!?

これはすごく不思議。
この旅行でわたしとケンゾーの購買意欲は、すとーんと落ちてしまっている。

それまでの旅では、楽しみのひとつにお土産を買うことが上位にきていた。
でも、今回の旅ではその楽しみを放棄している。
全然興味がわかないの。
なんで~!?

「荷物が重くなるから」とか「いつでも買えるから」とかそんな理由もあるかもしれないけど、いちばんは今回の旅にそれを求めていないからなんだと思う。
お土産よりも魅力的なものがまわりにあふれているから。

お土産を選ぶよりも、現地の人たちが身につけている衣装を見ているほうが楽しい。
普段使いしている帽子や織物、カゴ。
そこには、その人たちの暮らしが刻まれている。

伝統的な生活スタイルや、脈々と受け継ぎ大切にしている文化。
毎日それに触れているだけでこころが満たされ、購買意欲はどこかに消えている。

でも帰国したらまた「チチカカ」に物を買いに行くのかも。

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わたしたちはチチカカ湖のほとりで、バスから降ろされた。
これから行くコパカバーナ、島ではなく半島なんだけど、ボリビア側とは陸続きになっていない。
ペルー側と陸続きになっている。

地図を見ると、「こんな地形ならコパカバーナはペルーにしちゃえばよかったのに」なんて無責任なことを思う。
(地図上のティキナのところがわずかに陸続きになっていなくて、船で渡る)

チチカカ

いまでこそ海に面していないボリビア。
でも昔は、国土が今の倍くらいで大西洋沿岸まで続いていた。
だけど戦争に負けてペルーに領土をとられてしまった。

がんばって死守したのがコパカバーナだったのかも。

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バスを降ろされたわたしたちは船に乗る。
そして、バスもまた船に乗る。

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今にも沈みそうなんだけど大丈夫かな。
このイカダみたいな頼りない船で、バスや車がひっきりなしに運ばれている。
年に何回かは転覆してそうだよね。

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先に向こう岸に上陸したわたしたち。
ハラハラしながら15分くらいバスを待つ。
なんとか転覆せずにすんだバス。
ふたたび眼下にチチカカ湖を見ながらコパカバーナへ。

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コパカパーナはとても小さい街だけど、ボリビアのリゾート地。
メインストリートにはツーリスト向けのレストランやバー、ゲストハウスが建ち並んでいた。

そんななかわたしたちが向かったのは、カテドラルの真裏の通りにある「HOSTAL FLORENCIA」。
いっしょにアマゾンを楽しんだ、トオルくん絶賛の宿。

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ホテルの中はとても広い。
中庭を取り囲むように部屋が並んでいる。
白い壁も水色の壁も黄色い壁も、全部このホテル。
部屋がたくさんある。

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でも、宿泊客はわたしたちだけ。
このホテル、やっていけているのか心配になる。

さらに、宿泊費が驚くほど安い。
ふたりで40ボリ(約700円)。
オーナーがとても優しくて、日本人や韓国人の旅人を好きでいてくれている。

しかも部屋数がいっぱいあるのにわたしたちだけしか泊まっていないから特別ルームを使わせてくれた。

その名も「ミラドール(展望室)」。

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屋上に建てられた2階建ての2階部分。
4面ガラス張り。

街も見えるし、もちろんチチカカ湖も!

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湖に沈む夕日もばっちり見える。

さらに、カテドラルまで。
コパカバーナの観光地を部屋にいながらにして眺められるホテル。

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屋根の緑のタイルが美しいこのカテドラル。
16世紀にやってきたスペイン人が、このチチカカ湖畔を聖地にしようと建てたもの。
細かいタイルで飾られた屋根部分に対して、白亜の壁はすっきりとしてスタイリッシュ。

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海のないボリビアでは、チチカカ湖が海のようなもの。
海水浴ならぬ湖水浴を楽しめる。
海水浴場みたいになってるのかな、と思って湖畔に行ってみると、アヒルがいっぱい。
本物のアヒルと偽物のアヒルがいっしょにプカプカ。
偽物のアヒルっていうか、偽物のドナルドダックか。

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そしてこんなかわいいヤツも。
モコモコの体。
ボテッとした足。
目はどこにあるの?

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かわいいアルパカちゃん!!
このアルパカ、写真撮影用。
地元のおばちゃんが引き連れていて、お金を払えば間近でアルパカとツーショットで写真を撮れるという特典が。
でも、お金を払って撮影するというのに抵抗があるわたしたち。
アルパカの頭だけを撫でて退散。

でも大後悔。
いくらかわかんなかったけど、あんなにかわいいアルパカなんてそうそうお目にかかれないから、撮っておけばよかった〜。

次の日撮ろうとしてもいなかったの〜。
その次の日もいなかったの〜。

みんなにも、あのアルパカのふわふわの毛に隠れたつぶらな瞳を見せたかったよ・・・。

海のないボリビア。
でも、このチチカカ湖の近くなら新鮮な魚が食べられる!
湖畔沿いには魚料理を出す食堂が並んでいる。
でも、値段はちょっとお高め。
わたしたちはメインストリートから脇道に入ったところにある、地元の人御用達の食堂で。

トルーチャ(マス)が人気なんだけど、わたしとケンゾーが好きなのは、この小魚イスピ。
一皿12ボリ(約210円)。

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カリッと揚がった小魚がうまい!
しかもアツアツ。
どんだけ食べても飽きない。
バケツ一杯でも食べられる。
ビールと食べればなおよい!

でもコパカバーナに来た目的は、魚を食べることでも、ホテルの展望室で寝転がることでも、アルパカを盗み見することでもない。

湖畔に浮かぶたくさんのボート。
漁船じゃなくて、観光客をある場所に連れていくためのクルーズ用。

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チチカカ湖に浮かぶ特別な島。
インカ時代から崇められている神聖な場所。

「太陽の島」「月の島」という何ともロマンチックな名前の2つの島。
インカ帝国のはじまりはこの島にあった!?

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あしたはこの2つの島に上陸します ♪
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アマゾンと言えばあの魚!釣れるか?ウマいか?

2015.07.08 06:00|ボリビア☞EDIT
妻に「最近口が臭い」と言われショックを受けているケンゾーです。
ついさっき歯を磨いたばかりなのに「うわっ!もう一回ちゃんと磨いておいで!」と鼻を押さえて言われる始末。
おっさんになるとある程度は仕方ないのか、どこか体の調子が悪いのか。
福山雅治や木村拓哉って足も臭くないし口臭も爽やかで目ヤニなんかもでないのかな?

2泊3日のパンパツアーはアクティビティが盛りだくさん。
美しい朝焼けを眺め、朝食を食べたあとすぐさま出発。
今回は今までのクルーズとは趣向が違う。
長靴を履いたケンゾー少年が探しに行くのは巨大ヘビ・アナコンダ

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映画でも有名なアナコンダ。
これまで確認された最大のものはなんと9m!
胴体の直径は30cm以上、体重は250kg以上あったんだそう。
そんな化け物に遭遇したらおしっこ漏らしちゃうよ。
アナコンダは夜行性、しかも今は季節的に見つけるのは難しいそうなんだけど、せっかくなら見てみたい。
ワクワクしながらいざ出発!

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水の中にいることが多いアナコンダ。
浅瀬に潜んで鳥なんかを襲うんだって。

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アナコンダ探しをするのは木が生い茂った小さな島。
てっきりガイドが先導して探してくれるのかと思っていたんだけど、まさかの自由行動。
「足元だけじゃなくて木の上にも注意して!」なんて言われたけど、そんなアバウトな感じでいいのかな?

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鬱蒼と茂るジャングルをかき分けてアナコンダを探す。
長靴は履いてるけど、こんな軽装で大丈夫なのかな?
毒虫とかかぶれる植物とかはないのかな?
映画だと1人ずつ音もなく襲われて消えていくっていうのがパターンだけど・・・。

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な~んも見つからない。
アナコンダどころかアマゾンらしい虫ひとつ見つからない。
ど素人だからガイドに頑張ってほしいんだけど、ケンゾーとイクエのガイドはまったく探す気ゼロ。
「この花、女性のアソコにそっくりだろ!」って下品に笑うだけで頼りがいがない。
昨晩のワニ発見はたまたまか?

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諦めてボートに戻りかけていたその時、にわかに騒がしくなった。

「ヘビがいたぞ!!」

慌てて舞い戻ると、別のガイドがヘビを鷲掴みしている。

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長さは150cmくらいかな。
残念ながらアナコンダとは違う種類のヘビなんだそう。

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ケンゾーはむかしグリーンイグアナを飼ってたことはあるけれど、とくに爬虫類好きというわけではない。
とくにヘビにはまったく惹かれはしないけど、とりあえず記念なんで触っとくか。

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せっかくなのでイクエもヘビ掴みにチャレンジ。
なんか八百屋で「これちょうだい!」って大根を持ってるみたい。
次の人!って促すも誰も受け取ってくれなくてアワアワしてた。

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自分が見つけたわけでもないのに、なぜかドヤ顔で写真を撮れと偉そうなうちのガイド。
後ろのサングラスのにいちゃんが、ガイド。

調子がいいのはいいけど結果が伴ってないんだよね。
ナマケモノやカピバラを見つけてくれたらいいんだけど。

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最後にコブラの赤ちゃんも発見してアナコンダ探しは終了。
こんな小ちゃな赤ちゃんでも毒を持ってるから危険なんだって。

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いったん宿に戻ってランチタイム。
たぶんまたいるだろうなと思っていたら、やっぱりアイツがまたいた。
なんかもうこの宿のマスコットみたいになってるよ。
だんだんかわいく見えてきたのは気のせいか?

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今日のランチも盛りだくさん。
飾り切りにした野菜でデコレーションしたりと手が込んでいる。
味付けも上手で美味しい。

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ランチのあとは3時間ほどフリータイム。
昼寝をしたらあっという間に時間が過ぎた。

トオルくんがいちばん楽しみにしていた時間がやってきた。
みんなアマゾンと聞いて何をイメージする?
やっぱりあの魚なんじゃないかな。

さあみんなでピラニアを釣ろう!

アマゾンと言えば、なんといっても肉食で獰猛なピラニア。
子どもの頃から本やテレビで何度ともなく見てきたピラニア。
『集団に襲われた牛が数十分で骨だけに!』『恐怖の人喰い魚・ピラニア』なんて話を読んでみんなで「うわ、ピラニアこわ!」って大騒ぎしてた少年時代。
40のおっさんになって本物のピラニアを釣るっていうのはなかなか感慨深い。

じつはピラニアって特定の魚の名前じゃなくて、南米の熱帯地方に生息する肉食の魚の総称なんだって。
10cmくらいの小型のものから60cm以上の大型のものまでいろんな種類がいるんだそう。
60cmの魚が歯を剥き出しにして襲ってきたら発狂するくらい怖いよね。

ピラニア釣りの舞台は流れがなく淀んでいて池のようになったところ。
釣り好きのトオル博士によれば、流れがあるところにはあまり生息しないんだそう。

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しかも、じつはけっこう臆病で自分よりも大きくて動くもの、例えばピンクイルカがいるところには寄り付かないんだって。
だからピンクイルカがいるところでは泳いでも大丈夫、らしい。
とは言っても凶暴な肉食の魚であることには変わらない。
とくに血の臭いには敏感で、興奮して大型の動物にも食らいついていくんだそう。

ピラニア釣りの道具は糸に釣り針がついただけのシンプルなもの。
エサはもちろん肉。
はたして3人はピラニアを釣り上げることができるのか。

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ピラニアはいる、たぶんうじゃうじゃいると思う。
それが証拠にあっという間にエサの肉が無くなる。
ツンツンと肉を突っつく感触がはっきりと伝わってくる。
ググッと食いついた瞬間に合わせて引っ張るも、肉だけ食われて逃げられる。
予想以上に難しい、もどかしいよ!

苦戦するケンゾーとイクエを横目に次々とピラニアを釣り上げていくトオルくん。
気合い満々のトオルくん。
じつは日本から自前の釣り針を持ってきていたんだよね。
トオルくん曰く、ガイドが用意した釣り針は大きすぎてピラニアのサイズに合わないんだって。
島国日本の意地を見せつけるかのように次から次へと釣り上げるトオルくん、頼もしい!

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ケンゾーとイクエもトオルくんから釣り針をわけてもらった。
なんとか1匹だけでもいいから釣りたい。
水中のピラニアと格闘すること1時間半。
イクエは見事に1匹ゲット!
ケンゾーは残念ながらぼうず。
悔しい!

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大量の釣果を掲げてご満悦のトオルくん。
トオルくんのおかげでディナーが豪華になるよ、ありがとう!

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サンセットを眺めるため昨日とは別のバーへ。
ハンモックに揺られながら日が落ちるのを待つ。

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ガイド・ツーリスト混成でサッカーに興じる男たち。
湿地帯なのでグラウンドはビッチャビチャ。
ずぶ濡れになりながら走り回る少年の心を忘れないおっさんたち。

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おっさんたちの叫び声が赤く燃える空に響き渡る。
きょうもいい一日だった。

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夕食にピラニアの唐揚げが登場。
ほかのグループは釣れてなかったのでテーブルにない。
うちのグループでピラニアを釣り上げたことができたのは、トオルくんとイクエ含めて3人。
トオルくんがグループのメンバーの分まで釣ってくれた。

気になるピラニアの味は・・・。
ウマい!

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淡白だけど身がプリプリしてて美味しい。
泥臭さもまったくなくかなりいける。
ただ、体の大きさの割に骨が太いので気をつけて食べないといけない。
トオルくんが頑張ってくれたから、ちょうど1人1匹ずつ食べられてよかった。

みんなで最後の晩餐を楽しんでいると、ガイドがコソコソと話しかけてきた。
「みんなちょっとこっち、早く外に来て。」


食事の途中なのになんだろう?
怪訝に思いながら外へ出るメンバー。
すでにドヤ顔のガイドの手にはなにか生き物らしきものが。

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ワニの赤ちゃん!
体長30cmくらいかな、めっちゃかわいい!
目がクリクリ、プニプニしてて柔らかい。

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ガイドが言うには宿の裏手で見つけたらしい。
ほんとに本人が見つけたかどうかは怪しいけど。

テーブルに戻ると食事が全部きれいに片付けられていた。
まだ途中だったのに!
かなりショックを受けているトオルくん。
釣りもサッカーも大活躍でお腹空いてたもんね。

今夜はデッキで星を眺めながらの晩酌。
すぐ下には川。
アマゾンの川面にも星が映し出されて輝いている。
虫の音を聴きながらグラスを傾ける。
蚊取り線香を焚いて蚊と格闘しながらだけど、ぜいたくな夜の過ごし方。

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夜が明けてツアー最終日。
朝食を食べたあと最後のイルカウォッチングへ。
水着姿で準備万端の欧米人たち。
はたしてピンクイルカと泳げるか?

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今日のイルカはぜんぜんピンクじゃない。
ときどき姿を見せるけど、やっぱりなかなか顔を見ることができない。
いっしょに泳ぐなんてとても無理。

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いっしょに泳ぐのは無理でも、せめてちゃんと顔を見たかったな。
あんまり期待しないほうがいいと思う。

早めのランチを食べて12時ごろ宿を出発。
すっかり見慣れたワニに見送られて帰路につく。

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あっという間の3日間だった。
残念ながらナマケモノやカピバラは見られなかったけど大満足。
動物がいるに越したことはないけど、ただ青空の下でボートに揺られ、ジャングルと川面に映る景色を眺めるだけでも充分に楽しい。

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食事もおいしかったし、これで1万円なら安いと思う。
ルレナバケのパンパツアー、おすすめですよ!
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アマゾンツアーはワニワニパニック!

2015.07.07 06:20|ボリビア☞EDIT
ピスコサワーを飲みながらなでしこJAPANを応援したケンゾーです。
残念な結果になったけど準優勝おめでとう、やっぱりアメリカは強かった。
サッカーが国民的なスポーツの南米でも女子サッカーの人気はぜんぜん。
コパアメリカと違って女子W杯のテレビ中継はなし。
日本でも人気に陰りがでないといいんだけど。

宿に着いたツーリストを待ち受けていたのは全長2mほどのワニ
見たいとは思っていたけど、まさか宿まで来てくれるとは。
ゴジラそっくりの鋭い目つきは迫力満点。

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ガイドが糸に肉をつけておびき寄せはじめた。
ノソノソと近づいてくるワニ。
動きは緩慢、鼻先にぶら下がった肉をじっと見つめてフリーズ。

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次の瞬間、口をガバッと開けて肉に食いついた!
うわ、怖!!

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こうやってたまに肉をやるから寄って来るんだろう。
気をつけておかないと、うっかりワニを踏んでしまった!なんてシャレにならない。

3日間寝泊まりする宿は、トタンとベニヤ板で作られた質素な建物。
ここは夕方以降になると尋常じゃない数の蚊が大量発生するジャングル。
ちゃんと壁には網が張り巡らされていてひと安心、と思ったら天井付近は筒抜け状態。
パンパツアーに参加するときは万全の蚊除け対策が必要。
ベッドにもそれぞれ蚊帳が付いてたんだけど、ところどころ穴が空いてたりするので蚊取り線香必須。

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ポップコーンとパインジュースでしばし小休憩。
同じグループになったイスラエル人たちは、時間にはルーズだけどバカ騒ぎするタイプじゃなくて常識的な若者たちだった。
嫌われ者のイスラエリーツーリストだけど、もちろん全員が全員ヒドいわけじゃない。
色眼鏡で人を見たらだめだね。

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夕方5時過ぎ、サンセットを見るためふたたびボートに乗船。
近所にビールが飲めるサンセットバーがあるんだそう。
アマゾン川に沈む太陽なんて絶景間違いなしなんじゃない?

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期待していたサンセット。
でも残念ながら太陽はアマゾン川じゃなくてジャングルに沈んでいった。
まあしようがない、これはこれで雰囲気あるからよしとしよう。

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夕日が沈みだすと蚊が活動しはじめる。
夕焼けを眺めながらまったりしたいなら全身完全防備して出かけたほうがいい。
手で叩いてたらとてもじゃないけどキリがない。

宿に戻ってディナータイム。
食事は毎食大皿から取り分けるセルフサービス方式。
おばちゃんとオネエ系の男の子2人がコックなんだけど、毎食ウマかった!

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電気は夜だけ発電機で灯る。
水はタンクに溜めた分だけ。
限られた電力や水で、よくこんなに美味しくてちゃんとした料理を作れるなと感心。
宿はボロいけど、食事に関しては言うことなし。

日が暮れ、夜の帳が下りてあたりはすっかり真っ暗に。
あとはもう明日に備えて寝るだけ、ではなく今からもうひとつアクティビティが残っている。
暗闇の川を巡るナイトクルーズ、別名“ワニ探しクルーズ”
真っ暗闇の川に繰り出し、水の中に潜むワニを探し出すというアマゾン感満載のアクティビティ。

静まり返った夜のアマゾン川。
聞こえてくるのはカエルと虫の声。
まったくの無風状態で水面は透明の氷が張ったように真っ平ら。
写真では分かりにくいけれど、ライトを照らすと周囲の木々が鮮明に水面に映って幻想的。

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ゆっくりボートを進めて草むらを照らしていく。
ワニはまぶたを持っているけれど、水中に潜っているときは目をつぶらない。
半透明の膜をシャッターのように下ろして目を保護するんだそう。
その膜が光を反射させてきらっと光るので昼間よりも見つけやすいそうなんだけど・・・。

いないなあ。
今夜はダメかと諦めかけたその時、「ほら、そこにいるよ」ガイドに言われた。
え?
どこどこ?
言われたところを照らすけれどぜんぜん見つけられない。

「そこそこ」
ここ?

・・・あっ、いた!

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水の中に覗く、でっかいワニの顔。
寝てるのかピクリとも動かない。
それにしても、よくこんなところにいたのを見つけたね。
調子ばかりよくてあまり頼りがいがなかったんだけど、さすがはガイドだ。

このあと宿に戻る途中にもう1匹ワニを発見。
宿にやって来るワニもいいけれど、やっぱり自然にいる状態を見るほうがありがたみがある。

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宿に戻って持ってきていたワインやウォッカで晩酌。
蚊に刺されるので、ケンゾーのベッドの蚊帳の中に3人潜り込んでギュウギュウ詰め。
初日から盛りだくさんの1日だった。

明日も楽しみだ。

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2日目の朝は5時半起床。
日が昇る前に川へと繰り出しサンライズを眺める。
このパンパツアー、のんびりするヒマはあまりなくけっこうスケジュールが詰まっている。

サンセットとは違ってボートの上で日の出を待つ。
そうそう、やっぱりこうでなくちゃね。

東の空が紅く染まっていき、やがて真っ赤に燃えた太陽が顔を出す。
眠気も吹き飛ぶ美しい一日のはじまり。
アマゾン川が静かに目を覚ます。

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日の出とともに鳥たちもお目覚め。
一日の中でいちばん清々しく爽やかなひと時。

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爽やかな気分で宿に戻ると、爽やかとはほど遠い物体とご対面。
またいたよヤツが!

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ノソノソと上陸していつになくアグレッシブ。
腹這いじゃないワニの姿はちょっと新鮮。

また同じヤツかと思ったけど、よく見ると小さな別のワニ。
こいつは目がクリンクリンしててかわいい。
まだ若いワニなんだろうね。

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きのうの大きいほうは体中がトゲトゲでゴツゴツ、見るからに凶悪そうだったんだけど、コイツの体はツルんとしていてワニ皮バッグそのもの。
勇気を出してしっぽの辺りを触ってみたけど、意外とプニプニしてた。

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しばしワニと戯れたあとは朝食。
ホットケーキやドーナツみたいな揚げパン、そしてフルーツ。
朝食がおいしいと嬉しいね。

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2日目もいい天気。
青い空に白い雲、青々と茂るジャングルに穏やかな川面。
デッキに座ってただぼーっと景色を眺めるだけでも幸せな気分に。

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宿にはワニ以外にも訪問者がやって来る。
ワイルドなもみ上げと凛々しい目つきがなんか人間っぽい。
何ていう名前なんだろう?

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朝からピースフルな時間を楽しんでいるんだけど、2日目もアクティビティ満載。
のんびりとしているヒマはない。
アマゾン川と言えば・・・やっぱりあの魚!
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まさか!?こんなとこにも鏡張り!

2015.07.06 05:34|ボリビア☞EDIT
妻のワイナ・ポトシ登頂編の反響が予想以上に多くてびっくりしているケンゾーです。
「感動した!」「読んでて涙が出てきた」・・・などなど、多数のコメントありがとうございます!
でも、こんな感動ものをいつもお伝えできるわけもなく、平常モードのブログに戻ることをご容赦ください。
このアマゾンツアー編にあっと驚くような結末や感動のフィナーレは一切ないのであしからず・・・。

きょうからいよいよ2泊3日パンパツアーのスタート。
朝8時半にツアー会社に集合ということだったので日本人らしく遅刻せずに行くも30分以上待たされることに。
9時過ぎてようやく出発。
まずはランクルでおよそ3時間のドライブ。
3時間ずっと悪路がつづくらしいんだけど、ランクルはかなりの年代物でボロボロ。
かなりハードな移動になりそうだ。

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出発するのはいいけれど、他のメンバーがいないのはなぜ?
あと6人、ツアーメンバーは全員で9人のはずだけど。
と訝しく思っていたら、わざわざ目的地とは反対方向にあるホテルにピックアップしに行くことに。
なんだそりゃ?
そんなことなら自分たちもピックアップしてくれればいいのに。
まあ、車の前の座席をキープできたからいいけど。

こういったツアーで重要なのはメンバー。
アクティビティだけじゃなく食事から睡眠まで3日間時間を共有し集団行動することになる。
旅人のあいだで断トツで嫌われているのはイスラエル人。
兵役から開放されて旅をしている若いイスラエル人は集団で大騒ぎする傾向があり、世界中どこでもトラブルメーカー。
アマゾンツアーも彼らに大人気でどのツアー会社にもヘブライ語の張り紙が張ってある。
ケンゾーとイクエはまだそこまで嫌な経験はしてないんだけど、アマゾンツアーを勧めてくれた友だちに「イスラエル人には要注意!」というアドバイスを受けていた。
はたして他のメンバーの国籍は?

6人とも全員イスラエル人だった(笑)
まあ仕方ないね、なんとかウマくやっていくしかない。

なにはともあれ日本人3人とイスラエル人6人を乗せ、おんぼろランクルは走り出した。
まずはおよそ100km離れたサンタ・ロサという町をめざす。
道は穴ぼこだらけでガッタガタのオフロード。
両サイドは鬱蒼と茂るジャングルで東南アジアを彷彿させる。

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途中の休憩スポットでかわいい子豚たちを発見。
イノシシの“うりぼう”みたいな瓜柄の子豚もいる。
ハーフ&ハーフになっててかわいい。

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ずっとこのくらいの大きさだったらかわいくていいのにね。
イクエは将来ミニブタを飼いたいって言ってるんだけど、ほんとにミニブタは大きくならないのかなあ。
昔 “うに”って名付けた豆柴を飼ってたんだけど、とても豆サイズとは言えないくらい大きくなったんだよね。
柴犬くらいなら問題ないけど、豚が100kgオーバーとかまで大きくなったらちょっと大変だよ。

サンタ・ロサでランチを食べて町から30分くらいの「ヤクマ自然保護区」へ。
ゲートで1人150ボリ(約2625円)の入場料を払い午後2時前に船着場に到着。
川べりには細長いカヌータイプのボートがいくつも待機。
ボートには両サイドにイスが備え付けられている。

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荷物をすべて船尾に積んでパンパツアーのスタート ♫
トオルくんはすでに水着着用済みでやる気満々。

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よく晴れてはいるけれど白い雲も多い。
つねに太陽が照りつけると暑くてつらい。
パンパツアーにはベストコンディションなんじゃない?

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川面を滑るように進んでいくボート。
風が頬を優しく撫ぜる。

気持ちいい〜。
まだはじまって5分しか経ってないけど、このツアーに参加して正解だったと思えた。

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ときに、ボートの幅よりも狭い水路をかき分け進んでいく。
ちょっとした探検気分を味わえる。
あ、肝心の動物を見つけないといけないから探検「気分」じゃなくて探検だ。

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細い水路を抜けると、前方に動物発見!
と思ったら人間だった。
ボートに乗ってまだ10分くらいなのにさっそく泳ぐとは、さすがスイミング大好きな欧米人。

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でもちょっとみんなの様子がへん。
ただ泳ぐんじゃなく、周囲をキョロキョロしながら見回している。
まるで何かを探しているような・・・。
一緒になって水面に目を凝らしていると、ピンク色をした物体を発見!

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パッと見巨大なイカのようにも見える物体。
この正体はアマゾンカワイルカ
そのピンク色をした外見から通称ピンクイルカと呼ばれている。
「ピンクイルカと泳げる」というのがパンパツアーの目玉のひとつ。
すかさず川へ飛び込むトオルくん。
このために水着を履いてきたんだもんね。

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水面は美しいけれど、けっして透明度が高くない川の水。
濁っていて茶色い。
いくら目を凝らして探しても、水に潜ったイルカを見つけるのは不可能。
呼吸するため浮上してきたときに姿を確認するのが精一杯。

じっと待ち、プハッっと呼吸音がした方向に視線を送る。
でもその時はもう遅い、ふたたび潜ってしまって背中や尾びれしか見ることができない。
そんなじれったいことの繰り返し。

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「ピンクイルカと泳ぐ」なんてのは期待しないほうがいい。
泳ぐどころか顔をちゃんと見ることさえ至難の業。
トオルくんもおつかれさま。

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ピンクイルカに別れを告げボートクルーズ再開。
パンパツアー最大の魅力は、ボートの上からいろいろな動物が見られるということ。
アマゾン川、正確に言うとアマゾン川の支流のひとつヤクマ川流域は野生動物の宝庫。
お手軽に見ることができるのは鳥類。
なかでもよく見かけたのはモヒカンヘアーと青い顔が特徴的なツメバケイ

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調べてみるとなかなか変わった鳥であることが判明。
主食は木の葉っぱなんだそう。
草食だからかどうかは分からないけど、体臭が牛の糞みたいに臭くて強烈なんだって。
しかも鳥のくせに飛ぶことが下手くそで、ふだんは枝から枝へと歩いて移動するんだそう。

変わっていると言えば、この鳥もヘン。
川鵜の仲間だと思うんだけど、太陽に向かって翼を広げじっとしている姿をよく見かける。
たぶん魚を捕まえるため水に潜ったあとに羽を乾かしてるんだと思う。
カモみたいに水を弾くようにはできてないのかな?

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これまた調べてみたら、鵜の仲間は水中で行動しやすいように水を弾かないようになってるんだって。
なるほど、ちゃんと生態に合わせてウマくできてるんだね。
でも曇りや雨の日はどうしてるんだろう。
羽が乾くまで飛べないってのも都合が悪いね。

アマゾン川は鳥好きにはたまらない野鳥の楽園。

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でも、鳥もいいけどやっぱり動物が見たい。
ワニやサル、そして世界最大のネズミ、カピバラが見られるそうなんだけど、いつ出てきてくれるかな?
募るワクワク感をのせてボートはさらに奥地へと進んでいく。

風がやみ、ほぼ無風に。
鏡のような水面。
青い空と白い雲を映し出す。
まさかこんなところでウユニにも負けない鏡張りを見ることができるとは。

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鏡のような水面にボートが乗り入れていくと、うねうねと表面が波だって広がっていく。
なんだか液体と固体の中間のような、ゼリーの上を進んでいるような不思議な感覚。

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しばらくすると、お待ちかねのサル発見!
体長20cmくらい、黄色い体毛とクリクリした目。
リスザルだ。
エサを期待してかそれとも元々人懐こいのか次から次へと近寄ってくる!

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なにコイツら、めっちゃかわいいんだけど!
ぜんぜん人を怖がらないので触り放題。
ふわふわぷにぷにでかわいすぎる。

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いくらなんでもサービス精神旺盛じゃない?って思ってたら、ガイドがバナナで引き寄せてた。
そりゃそうだよね、いくらなんでも不自然だ。
でも野生のリスザルであることに間違いはないからね。

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ほかにももっと大型のサルも遠目だけど発見。
ケンゾーがいちばん見たいのはナマケモノ
帰るまでに見ることができるかなあ。

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さいしょのボートクルーズはたっぷり4時間。
のんびりボートに揺られ、美しい景色を楽しみながら動物を探す。
穏やかでピースフルな午後のひと時。

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やがてロッジがちらほらと見えてきた。
ハンモックもあって水上コテージのようで予想以上に立派。

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まさかこんな立派なところに泊まれるのか?!と期待したんだけど、当然のようにスルー。
そして明らかにレベルが下がったバラックのような建物の前でボートがスピードを落とす。
建物の前には若者たちの姿が。
いつものことなのでもう慣れっこだよ。
たぶん貧乏バックパッカー御用達のおんぼろ宿だと思う。

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若者たちが川の一点をずっと眺めているのが気になる。
なにかいるのかな?
視線の先にいたものは・・・。

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ワニ!

え?デカくない?!
これ大丈夫なん?
まさかこんな間近にワニと対面するとは・・・。

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ワニが徘徊するアマゾン感200%の宿に寝泊まりするパンパツアー。
アクティビティ満載のツアーははじまったばかり。
次はなにが登場するのか?
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雪山から一転、熱帯雨林へ!

2015.07.05 06:18|ボリビア☞EDIT
最近よく「仕草がおばちゃんっぽい」と妻に言われるケンゾーです。
たしかに足を横に崩して座ったり、あごに手をやったり、ちょっとオネエなポーズをしていることがよくある。
おっさん化するならまだしも、おばさん化するのはちょっとねえ。
そのうち、語尾に「~かしら」なんて付けたりし出すのかしら。

ヘロヘロになりながらもなんとか6088mのワイナ・ポトシ登頂を達成することができたケンゾーとイクエ。
体力のすべてを絞り出し限界ギリギリまで体を追い込んだので、ラ・パスに戻ってきたときには抜け殻のようにふぬけに。
間違いなく今までの人生でいちばん体力的にきつかった。
これからの人生、大概のことは乗り越えられると思う。

精根使い果たしてボロボロなのでしばらくまったりしたいところだけど、そうも言ってられない。
ボリビアに来るまでは「ボリビア?ウユニ以外な~んもないよね。とっととペルーやね。」なんて言ってたんだけど、それはボリビアのことを何も知らなかったから。
じつはボリビアは観光地やアクティビティの宝庫。
物価が安いので周辺の国よりもお得に遊びを楽しむことができる。

南米旅で楽しみにしていたことのひとつがアマゾンツアー
アマゾン川と聞くとまっさきにイメージするのはブラジル。
だけど世界最大、オーストラリア大陸と同じほどの流域面積を誇っているアマゾン川。
数多くの支流がありブラジルだけでなくコロンビア、エクアドル、ペルー、そしてボリビアにまたがっている。
「アマゾン川」というのはそれらの総称。

ボリビアはアンデス山脈のど真ん中に位置し、今までずっと標高3000m超の高地を移動してきていた。
ここラ・パスも富士山と同じくらいの高さ。
1日前に6000mの山に登ってきたばかりなのに、次はアマゾン川だなんて不思議な感じ。
でもお隣のペルーや本家のブラジルよりも格安でアマゾンツアーを楽しめる。
中年の体にムチを打ち、トオルくんと3人でアマゾンを初体験することに。

アマゾンツアーはラ・パスのツアー会社も扱っているけれど、どちらにしろ現地までは自力で行かないといけない。
もちろん現地で申し込んだほうが安くなるのでまずは行ってみることに。
拠点となるのは、ラ・パスからわずか420kmしか離れていないルレナバケ
「え?アマゾンってこんなに近いんだ。」って驚いたんだけど、そんな簡単にいかないのがボリビア。
高低差およそ4000mを駆け下りていくルレナバケまでの道は通称 “デスロード”
曲がりくねった断崖絶壁の道はその危なさから“の道”と呼ばれている。

ルレナバケ

距離は420kmだけどデスロードゆえにバスの所要時間は約16時間+α。
そんな危険な移動なんてイヤだ!という人には飛行機という選択肢もある。
毎日運航されていて所用わずか40分!
値段はだいたい450〜700ボリ。
貧乏旅のケンゾーとイクエは選択の余地なく、デスロード by バス!

ルレナバケ行きのバスはセントロにあるバスターミナルではなく、ヴィジャ・ファティマ(Villa Fátima)地区にあるターミナルから発着。
「V Fátima」と表示されているコレクティーボに乗ってターミナルへ。

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ルレナバケ行きのバスは1日何本も頻発しているわけではない。
ケンゾーたちは12時半発のバスを前日に購入済み。
ルレナバケまで70ボリ(約1240円)。
飛行機との値段の差が快適度の違いを物語っている。

デスロードは道幅が狭いのでバスは小型しか走れないって聞いてたのでかなりのおんぼろバスを覚悟してたんだけど、実際のバスは大型でけっこう立派だった。
座席もけっこうゆとりがあるし、ちゃんとリクライニングができる。
唯一の難点はトイレが無いことだけど、これならデスロードもなんとか耐えられそう。

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バスは少し遅れて午後1時に出発。
まずはぐんぐん山道を登っていく。
山道といってもちゃんと舗装された道、デスロードの片鱗はまだない。
美しい景色を眺めながら快適なドライブ。

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手を伸ばせば届きそうなところにただよう雲。
ずいぶん高いところまで登ってきた、標高は4500mくらいかな。
ここから10数時間かけて標高200mまで下っていく。

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出発して3時間弱、順調に走っていたバスが突然停車。
外を見ると車やトラックが数珠つなぎに止まっている。
その前方には大規模ながけ崩れの跡が。

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一瞬かなり長時間の足止めを覚悟したけれど、このがけ崩れはかなり時間が経過していて現在復旧作業中。
片側交互通行のための停車で、ほどなくふたたび走りはじめたバス。
ホッとしたのもつかの間、これがデスロードの幕開けだった。

断崖絶壁の谷間を下っていくバス。
道幅はどんどん狭くなり、普通車同士がすれ違うのがやっとなほど。
アスファルトだった路面もいつの間にかデコボコのオフロードに。

道が狭すぎてタイヤが数cm崖にはみ出すこともしょっちゅう。
そのたびに小石がパラパラと数百m下の谷底へと落ちていく。
本当か嘘か、このデスロードでは年間200人死亡していると聞いたけど、たぶん本当だろう。
これ、転落したら助かる見込みはまずないよ。

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崖下ばかりに目がいくけれど、危険は足元だけじゃない。
何か所も通り過ぎているがけ崩れの跡。
いつ何時上から土砂や岩が落ちてくるかも分からないのが怖いところ。
ドライバーは気が休まらないだろうね。
こんな道は絶対に運転したくないよ。

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スリル満天のデスロードドライブ。
ふとバスが道の反対側を走っていることに気づいた。
右側通行のはずなのに、対向車とすれ違うときバスは左の崖側に対向車は山側を通っていく。
どうもこのデスロードでは通行方向が入れ替わるみたい。
運転席が外側になるので目視しやすくギリギリまで幅寄せができるんだろう。

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狭くて悪路なのにも関わらず交通量の多いデスロード。
バスやトラックなどがひっきりなしに行き交っている。
そのたびに巻き上げられる砂埃。
デスロードの上にはつねに雲のように砂埃が漂っている。
車内も埃まみれになるのでカメラなどは要注意。

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標高が下がるにつれ木々が鬱蒼と茂るように。
バナナの木なども見かけるようになった。
雪山から熱帯までめまぐるしく変わっていく環境。
バリエーション豊かな地形や風土もボリビアの魅力のひとつ。

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断崖絶壁のぐねぐね道。
対向車と離合できずに崖っぷちをそろそろとバックすることも。
危険度が高いけれど、幸運なことに慎重な運転をするドライバーだったので思っていた以上に恐怖を感じるドライブではなかった。
太陽が西の空に沈む頃、無事にデスロードを脱出。

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夕方6時過ぎカラナビという街に到着して、休憩タイム。
出発から5時間で進んだ距離はわずかに160km、平均時速は30kmくらいと激遅。
デスロードがいかに大変な道だったかよく分かる。

ここで夕食。
いくつもの食堂が店先で肉をジュウジュウと焼いている。
炭火焼の香ばしい匂いがたまらない。

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イクエはソーセージ、ケンゾーはチキンをオーダー。
スープ付きで10ボリ(約180円)。
外はカリカリ中はジューシー、やっぱり炭火焼はウマい。
店の人はシャイだけど人懐こくて好印象。

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ここからルレナバケまであと250kmくらい。
デスロードは抜けたけれど、この先もずっと大揺れのドライブだった。
窓の外は真っ暗なのでどんなところを走ってるのかさっぱりわからないけど、とにかく右に左に揺れまくる。

文字通りバスに揺られながら早朝5時半にルレナバケに到着。
ラ・パスを出発して16時間半、長い移動がやっと終わった。
でも、また同じ道を帰らないといけないと思うとゾッとする。

ルレナバケのバスターミナルは町から3kmほど離れた郊外にある。
早朝にもかかわらずターミナルではタクシーやホテルの客引きが待ち構えている。

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さすがに歩くにはちょと遠い距離。
荷台の付いたバイクタクシーに1人5ボリでセントロまで連れていってもらうことに。
この距離で5ボリは高い気もするけど時間が時間だし仕方がない。

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夜が明けきらない早朝、石畳の道をガッタガッタ揺られながらセントロをめざす。
3人とも荷台から飛出してしまわないように必死にしがみついている。

「うわあ、なんだかアジアみたい!」
トオルくんが叫んだ言葉にケンゾーとイクエも同感!
こんな開放的な気分を味わうのは久しぶりだ。
それに風はあるけど、ねっとりと肌にまとわりつくしむっとした空気。

宿は中央公園の目の前にある「CENTRO DE RECREACION DE EJERCITO」という長ったらしい名前のホテルに決定。
3ベッドルームで90ボリ(約1590円)。
Wi-Fi、バス・トイレ付き、シャワーはちゃんとお湯が出る。

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ルレナバケは小さな町。
町中どこを見渡してもの〜んびりとした雰囲気が漂っている。
悪くはないけど、町自体には見どころもなくすぐに飽きてしまう。

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アマゾンツアーには「パンパ」と「ジャングル」という2種類のツアーがある。
「パンパ」はボートで川を巡りながら動物を探したりピラニア釣りを楽しむツアー。
「ジャングル」はその名のとおりジャングルの中へ分け入り、湿地帯を歩いて回るツアー。
今回はより多くの動物が見られるという2泊3日のパンパツアーに参加することに。

いくつもあるツアー会社の中からチョイスしたのは「FLECHA TOURS」。
理由は、トオルくんが「450ボリにしてくれたら即決するよ」って言っちゃったから(笑)。
「OK!」って言われ商談成立してしまった。

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でもまあ2泊3日で450ボリ(約7940円)は悪くないと思う。
3日間で食事6食、水も支給されるので追加費用は自然保護区の入場料150ボリのみ。
すべて込みで1万円はブラジルと比べたら破格。

はたしてボリビアのアマゾンとはどんなところなのか?
明日からパンパツアー編をお伝えしま〜す ♫
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ワイナ・ポトシ登山5 イクエが泣いた

2015.07.04 05:59|ボリビア☞EDIT
人生で富士山に登ったのは1回きり、中学生の夏休みに家族4人で登頂に成功したイクエです。
山頂がめちゃくちゃ寒かったことと、下山がきつくて暑くて辛かったことを覚えています。
そのときは1回で十分、もう登らなくていいや、と思いました。
今後ふたたび登ることはあるのかな。

富士山よりも2300メートルも高いワイナ・ポトシ登山に挑戦しているイクエとケンゾー。
ついにワイナ・ポトシ登山の難所、氷の壁を登る時がやって来た。

先頭はガイドのロッキー、続いてケンゾー、そしてわたし。
お互いの腰がロープでつながっている。

下から見上げると、氷の壁の終りがどこまでなのかわからない。
ここで諦める人もいる。

とにかく登ると決めた以上、後戻りはできない。
へばりついてよじ登っていくしかない。

ザクッ。
ロッキーがアイスアックスの鎌の部分を壁に突き刺した。
突き刺すだけじゃなく、氷をかき出して瞬時に窪みを作る。
体を持ち上げ、その窪みに今度は足を乗せる。
壁に足場を作って登っていくんだということがわかった。

窪みができても、すぐにまわりの氷の破片や雪が滑り落ちてきてせっかくの窪みが埋まる。

ケンゾーもロッキーのまねをする。
同じ場所をアイスアックスでかき出して足場にし、よじ登っていく。

3人ともロープでつながっているから、同じ歩調、同じスピードで上がっていかないといけない。
腕に力が入らなくても、息が切れても、止まれない。

いちばん下のわたしが止まれば、前を登っているロッキーとケンゾーをロープで後ろから引っぱり降ろすことになってしまう。

1人が転落すると全員が転落する。

「ふんっ!!」
力を込め、壁にへばりついてよじ登る。

左手のすぐそばには、むき出しの氷の壁がぱっくりと口を開けていた。

「うぅぅ、わぁ。」
小さくつぶやいた。

こんなところに、間違って足をかけてしまったら・・・。

ちらりと中をのぞくと、尖った氷のつららがいくつも暗闇で怪しく光っている。

「こっわぁ・・・。」

あまり見ているとそこに吸い込まれそう。
目を背ける。
頭よりもやや上にアイスアックスを振り下ろす。

腕がプルプルする。
力がどんどん入らなくなっていく。

ケンゾーの忠告を思い出す。
「イクエは腕に頼り過ぎ。
 きついけど、がんばって足で踏ん張ろう。」

思いっきりボールを蹴るように、ガシッとつま先を壁にめりこませる。

ハイカットの靴を2足履き。
さらにアイゼンまでつけているので足は重い。
それでも足を振り上げながら、氷にめりこませていく。

あと何回この動作を繰り返せばいいんだろう。
壁の頂上はどこ?

心臓は破裂しそう。
でも、動きを止めることはできない。

わたしはまた、壁にへばりついたまま怒ったような口調で言った。
腕をプルプルさせながら、声に出して自分に言い聞かせる。

「まーけーるもんかぁ〜。
 負けるもんかー!!!」

そのかけ声とともにぐいっと一歩分、体を上に持ち上げる。

うぅぅぅ〜。

上から、ケンゾーの「はあ、はあ」という息づかいが降ってくる。

アンザイレンの順番が、なぜわたしが最後なのか。
体力のない者を真ん中にし、前後でフォローしあうんじゃないの?
そう思っていたけど、この壁を登っているときロッキーの作戦の意図がわかった。

わたしは前の2人に比べたらかなり楽だ。
ロッキー、そしてケンゾーが、アイスアックスを振りかざしアイゼンを食い込ませて作っていく足場。
すぐにまわりの氷の破片がなだれ込んでくるとはいえ、わたしの番のときは窪みは形になっていた。
少し氷をかき出せば、足をのせられる。
それに男2人が力強く登っているので、腰をロープで繋がれたわたしは若干上に引っ張り上げられている感覚がある。

だけども、つらい。
もうかなり登ってきている。
いつ終わるの?

頭上のケンゾーが言った。
「イクエ、あと少し!
 見えてきた。
 がんばろう!」


最後の3メートルくらいは、自分で登ってる感覚じゃなかった。
先に到達したロッキーとケンゾーが渾身の力で、前方に歩き出し、ロープでわたしを引っ張り上げていた。
すごいスピードで引っ張り上げられるので、それに合わせ腕と足を全力で交互に出す。

なんじゃこりゃあ。
どうなってるの!?

「おっとっとっと」と、バランスを崩しながら壁の頂上に這い上がった。

わたしもケンゾーも「はあ、はあ、はあ、はあ」と肩で息をする。
500メートルを全速力で走り抜いた直後のような感じ。
凄まじい早さで心臓が鼓動している。
うまく息ができない。
苦しい。

しゃべりたいけど、しゃべれない。

お互い目を合わせて「はあ、はあ、はあ、はあ」。

「はあ、はあ、はあ、つ、はあ、ついたー、はあ、はあ」。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあああーー」。
ふらふらしながらその場に座り込んだ。

難所をクリアできたことにホッとする。

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リュックに入れていたジュースは、凍ってシャーベット状になっている。
手袋は3枚重ね。
靴下は4枚履きでシューズは2足履き。

これだけハードなので、動いているとき体は寒くない。
でも、ちょっと立ち止まればすぐに体が冷え込む。

500メートルを全速力で走った直後のようなのに、寒すぎてすぐにまた動き出したくなる。
雪山と言うのは、満足に休憩することさえ許してくれないのか。

凍ったジュースを飲み、カチカチのチョコレートをかじって、すぐにロッキーに言った。

「オーケー。
 歩き出そう。」

「大丈夫?」
「うん。」

わたしはさっきの氷の壁を登れば、頂上はすぐだと思っていた。
でも全然違った。
距離的にも高度的にも半分くらいしか来てない。

氷の壁に登る前、ほかのガイドもロッキーも「ここさえクリアすればあとは平坦で簡単な道」と言っていた。
でも、それは嘘だった。

実際その嘘のおかげで、がんばれたのかもしれない。
「ここさえクリアできれば登頂成功は間近」って思い込んでたから、ギブアップせずに氷の壁に挑戦し、よじ登ることができた。

嘘をついてくれたことに感謝しよう。

でもねえ、これからがつらいよ〜。
頂上までもうすぐ、登るの簡単って信じてたのに、そうじゃない。
これからモチベーションをどうやって保てばいいの?

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(写真は下山中に撮影したもの)

山登りできついときに、わたしは密かにやっていることがある。
それは、自分の歩数をカウントしていくこと。
体が限界のとき、数歩歩いただけで立ち止まり休憩したくなる。
足が前に動かなくなる。

だから「あと50歩がんばろう」とか「あと20歩は立ち止まらずにがむしゃらに歩こう」とか自分に言い聞かせて歩数を数えながら歩いていく。

目標の歩数を達成したら、きついときはちょっと小休止、がんばれそうならふたたび目標を設定してカウントを再開する。

今回はロープで繋がれているから、目標の歩数に到達しても立ち止まれない。
ロッキーやケンゾーはそのまま歩いていく。
それがわかっていても、わたしは数え続け、自分を鼓舞する。

数えているときはほとんど無心の状態。
黙々と歩くだけ。
でも確実に進んでいることだけはわかる。

わたしは、登山が趣味でもないし山登りが得意でもないけれど、山登りが好きな両親に連れられて小さいころからときどき山に登っていた。
とくに母は日本百名山を制覇しているくらい、登山が好き。
だからわたしは普通の人に比べれば、登山の経験はあると思う。
でも、このワイナ・ポトシの登山は今までの登山とまったく違う。
常に「上り」であるという点。
フラットや下りの道がない。

普通、山に登っている最中も平坦な道があったり時々下りになったりする。
その間に息を整えることができるし、足が軽くなる。

でも、このワイナ・ポトシは常に上り。
しかも危険と隣り合わせ。
足場は幅が狭くて、そこを踏み外せば滑落する。
休憩するのにふさわしい場所もない。
休憩で腰をおろすときも気を抜けないし、おろしたリュックや外した手袋、アイスアックスが滑り落ちていかないように注意を払っていないといけない。

ずっと気が抜けない場所であること、平坦で歩きやすい道がルートに少しもないこと。
これはかなりつらい。
歩きながらしゃべるなんてまったくできない。

登山は、上り坂があったり、心に余裕ができる平坦な道があったり、足が軽くなる下り坂があったり・・・。
でも、ここには難しい上り坂しかない。
100メートルでも、平坦な道があってくれればずいぶん違うのに。

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(写真は日中に撮影したもの)

あいかわらず、吹雪はやまない。
歩いているときは暑いから、ジャケットの前のファスナーを開けていたけれど、吹雪で濡れるので閉める。
まつ毛に雪の結晶がへばりつく。
目をすぼめながら、闇の中を歩いていく。

脱落者も出てきた。
引き返してわたしたちとすれ違って下山していく。

わたしたちの歩みはけっして早くないけど、それでもへばっているグループを何組か追い越してきた。

ロッキーが、友だちのガイドを追い抜いていく。
ひとことふたこと、声を交わす。
ロッキーが彼を指差して、ニヤニヤしてからかうように言った。
「彼、いますごく体調が悪いよ。」

そのガイドを見て、驚いた。
怖かった。

だって、鼻血が出ていたから。
拭うでもなく、血を垂れ流しにしている。

「え!?
 大丈夫?」


ガイドはうつろな目をしていたけど、意識ははっきりしているようで頷いた。
鼻血を流しながらも腰にしっかりとロープをつけ、自分よりもガタイのいい欧米人男性2人を先導し引っぱって歩いている。

怖い。
ロッキーは笑っているけど、笑えない。

彼らにとっては、こんなのは珍しいことではないのかもしれない。
ボリビア人ガイドの根性はすごい。

先頭を歩いていたロッキーが立ち止まった。
「ヘッドライトを消して。」

なんで?
言われた通りに消す。

「向こうを見てみて。
 白い山の陰が浮かび上がって見える。
 あの稜線の先が、ワイナ・ポトシの山頂。
 上のほうにライトがチラチラしている。
 あれが山頂を目指して先に登っている人。」


泊まっていたハイキャンプからも山頂は見えなかった。
ここにきてようやく、ワイナ・ポトシの山頂がうっすらと見える。

影しか見えないので遠近感はない。
近いのか遠いのか、かなり上なのかもわからない。

「ここは5800メートルくらい。
 山頂まであと300メートル。
 ここからなら2時間くらい。」


2時間も・・・。
予想よりも時間がかかる。

でもあたりはまだ真っ暗で、このままのペースでいけば日の出前に登頂というタイムリミットは守れそうな気がする。

ロッキーが言った。
「ここまで来られたんだ。
 ここで引き返したっていい。
 山頂が見えてるから、ここで記念写真を撮って帰ったっていい。
 君は疲れている。」


ロッキーの言葉にちょっと戸惑った。
たしかにわたしはかなり疲れている。
でもこんな中途半端な場所であきらめるなんて思っていない。

ロッキーはケンゾーにも言う。
「彼女、疲れてるでしょ。
 これから先が大変だ。
 ここでやめとこうか。」


ギブアップを提案するものではあったけど口調は強くない。
わたしたちに判断をゆだねる感じだ。

膝に手をあて、肩で大きく息をしながら答えた。
「わたしは大丈夫。
 もうちょっと行けるところまで歩きたい。」


「わかった。
 じゃあ、もう少し先まで。」


時間の感覚はない。
真っ暗な中、同じ動作をひたすら繰り返している。
かなり歩いているとは思うけど、それがスタートして何時間なのかわからない。
標高が高いから体力の消耗が激しい。
標高5800メートルは、海抜0の場所よりも酸素濃度が50パーセント。
普通に息を吸っても、半分しか酸素が体に入らない。
数歩歩くだけでしんどいから、実はすごく歩いて疲れた気分になっているけど全然歩いてないのかもしれない。

今までがんばって2人についてきたけど、もう体力は限界に近づいてきた。

「ごめん、ちょっと・・・。」

1.5メートル先にいるケンゾーに、声を張り上げて伝えるけど届かない。
大きな声を出すのもしんどい。

気づいてよ!
もう一度がんばってみる。

「ケンゾー、ちょっと。
 ちょっと、休憩したい。」


ケンゾーが振り向いた。

わたしはその場に立ち止まる。

「はあ、はあ、はあ、はあ。」

登山中は喉が渇くから、ひとり2リットルから3リットルは水を持っていったほうがいいと言われていた。
だけど、暑くないし喉なんて全然乾かない。
ハーネスとロープをつけているからトイレの心配もしていたけど、尿意もまったくない。

水を飲まないと体に悪そうなので、凍ったシャーベット状のジュースを流し込む。
カチカチに固いチョコレートをボリボリとほおばる。

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(下山中に撮影したもの)

このあとわたしは「ちょっと休憩したい」を何度か繰り返した。
そのたびにロッキーは「もうやめる? 体調は大丈夫?」と聞いてきたけど、わたしは疲れ果てた顔で「はあ、はあ、はあ・・・大丈夫、はあ。」と答えていた。

この時点で脱落者はかなり多いようだった。
山を登っているヘッドランプの明かりは数えるほどしかない。

同じグループを追い越したり、抜かれされたり。
みんなアイスアックスを持つ手に力が入らず、180センチ以上はある大きな男の人たちも先頭のガイドに引きずられるようにしてふらふらで歩いている。
上半身が前方に傾き、足に力が入っていない。
今にも倒れそう。

先頭を歩いていたロッキーが足を止めた。
「ここから最終アタックになる。
 ここまで来れた。
 引き返そうか?」


目の前には、立ちはだかるワイナ・ポトシの頂の影がうっすらと見えた。

「はあ、はあ、はあ、大丈夫、はあ、はあ、登れる、はあ。」

ロッキーがケンゾーに聞いた。
「彼女は疲れてそうだし、帰ろうか?」

「登るよ。」
ケンゾーが言った。
こっちを見つめて。

「登るよ。」
わたしも答えた。

わたしたちはこのとき一つの難関をすでにクリアしていた。
日の出前にここまでたどり着くということ。
ここまでたどり着けても太陽が出た後だったら、雪崩の危険があるので最終アタックを断念させられる。
それが心配だった。
予定よりも1時間も遅れてハイキャンプを出発したから、ダメなんじゃないかと思っていた。

でも、まだ暗い。
わたしたちはほかのグループよりいいペースでここにたどり着けたことになる。

ロッキーがわたしをじっと見つめながら言った。
「ここから頂上まで登ると決めたら、もうリタイアはできない。
 途中で休憩もできない。
 いっきに登るしかない。
 ほら、山肌を見てみて。
 急斜面で、普通に歩けるような幅もないし、立ち止まる場所もない。
 ロープを付け替えて、Uターンするスペースもない。
 登ると決めたら、進み続けるしかない。」


ここから頂上までの傾斜はかなり急で、途中でもたもたするようなことはできないと悟った。
後戻りは許されない。

あいかわらず、空は吹雪いている。

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(後で撮影したもの)

「頂上までいっきに登るか、ここでリタイアを決めるか。
 その2つしかない。」

ロッキーはキッパリと言い放った。

本格的な登山というのは、そういうことなのか。
行けるところまで行って判断する、ダメだったらそこで引き返せばいい。
その余地すらくれない。
そんな生易しいものではないんだ。

さっきの時点でここから頂上まで2時間と言っていたロッキー。
あれからどのくらい歩いたのかわからないけど、ロッキーに聞いた。

「ここからだと1時間半くらい?」
「・・・うん。」

1時間半休憩もなく、この体で登り続けるのか。

登山の厳しさを実感させられた。
そのいっぽう、登頂できるんじゃないかという実感がわいてきた。

行くと決めたら引き返せない。
後戻りはできない。
つまり、行くと決めた時点で、それは最終的に頂に立つことを意味していた。

体も心も疲れ果てているのに、闘志が湧いてくる。
行けそうな気がしてくるのが不思議だ。

わたしは「はあ、はあ、はあ」という息づかいをやめた。

「よし、がんばる。
 行こう。」


「わかった。」
落ちついた声でロッキーが言った。

「最終確認。
 これから休憩はできない。
 途中でリタイアもできない。
 頂上まで3人で必ず登る。
 そして登れたら、俺にチップをあげる。」


チップはもともとあげるつもりでいた。
ガイドは客が出発前に山小屋でリタイアを決めようが、途中で引き返そうが、頂上まで行こうが、ツアー会社から一律の給料をもらう。
同じ給料なら、ガイドとしては客を頂上まで連れて行かないほうが楽でいい。
頂上まで連れて行ってくれるのであれば、ガイドの受け取るお金は高くなって当然だ。

「オーケー。
 たくさんはあげられないけどね。」


ロッキーが手を前に突き出した。
3人で握手して、登頂を誓った。

おもむろにロッキーが腰の縄をほどき始める。
氷の壁を登るために、これまでロッキー、ケンゾー、イクエの順だった。
最終アタックを前に、わたしが真ん中の位置になった。
わたしが滑り落ちそうになった場合、前後で踏ん張って支えられるようにするためなのか、前後からわたしを挟めばわたしがペースを崩さずについていきやすいからなのか。

「ロープは常にテンションを保つように。」
お互いを繋ぐロープは緩めることなく、ピーンと張った状態で歩いていく。
万が一誰かが滑落しそうになっても、瞬時にロープを引っ張って落ちそうな人を守るために。
 
これから頂上まで一度も休憩がないということが、どうしても不安だ。
「ちょっと、待って。」

わたしはエネルギー補給に、急いでキャラメルを取り出して口の中に入れた。
ロッキーが笑って見ていた。

「よし、イクエ。
 がんばろう!」

ケンゾーが励ます。

体の右側を山肌に向け、足をクロスさせながら一歩一歩進んでいく。
アイスアックスも右手に持つ。
鎌の部分を山肌にザクッと差し込んで、そちらに重心をかけながら慎重に足を運ぶ。
気を抜いたら左足を踏み外し、滑落する。

ジグザグに登るので、途中で体を反転させて向きを変える。
反転できるギリギリのスペース。
滑らないようにして、アイスアックスを逆の手に持ち替える。
ハラハラする。
心臓のドクドクは、怖さからくるものなのか。
苦しさからくるものなのか。

山肌の雪は氷状になっていて、アイスアックスを刺すにも力がいるし、抜くにも力がいる。
グググッグイ!

わたしの歩みはかなり遅くなっている。
「はあ、はあ、はあ、はあ。」

もう体力は残っていない。
限界。
でも、休憩もギブアップもできない。

体力はないけど、気力と根性で乗り越えるしか方法がない。
気力と根性。
それは、なんとかなる。
なんとかしなきゃ。

何十分経ったんだろうか。
気づくと、空がだいぶ明るくなっている。

登る前は「御来光を頂上から見たいな」なんて言ってたけど、もうそんなのはどうでもよくなっている。
間に合ったところで、この天気だと日の出は見られそうにない。

頂に立つことができるかどうか。
ただそれだけ。

少しずつ頂上には近づいているけど、まだまだ。

1メートル進むのさえ手間取る。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

体力がもつかな。

ケンゾーはどうだろう。
気になって、振り返る。

表情のないケンゾー。
肌は土気色になっている。
目はうつろ。
わたしと目を合わせたが、表情は1ミリも変わらず、固いまま。
ケンゾーも限界にきているのだと悟った。

「ケンゾー、大丈夫!?」

わたしはその一言が言えなかった。
言いたいけど言えなかった。
そのたった一言を発するエネルギーがもうなかった。
たった1メートル後ろのケンゾーに、声を発する力がない。

ケンゾーに何も言えないままケンゾーから目をそらし、また前を向いた。
そしてアイスアックスを突き刺し、一歩踏み出し、アイスアックスを抜く。
その動作をただ繰り返す。

ここでリタイアはできない。
立ち止まることもできない。
進むしかない。

まわりはすっかり明るくなっている。
立ちはだかっていた雪の壁がいつのまにか低くなっている。

ついにわたしたちはー。

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午前7時。
登り始めて5時間20分。
ワイナ・ポトシの頂に立った。
標高6088メートル。

そしてわたしはー。

泣いた。

35歳にして、声を上げて泣いた。

それは感激の涙じゃない。
達成感からくる感動の涙でもない。
頂上からの絶景を見て、心を揺さぶられての涙でもない。

それは久しぶりに味わう涙だった。

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強いて言えばー。

小学一年生の子どもが1人で下校中に転んでケガをして、痛いのを我慢してがんばって歩いて帰宅して、母親の顔を見るなり痛みやつらさや悲しみが吹き出して突然泣き出すような・・・。

幼い姉妹で『はじめてのおつかい』をし、妹のわがままを聞いたりなだめたりしながら「しっかりしなきゃ」とおつかいをこなしたお姉ちゃんが、帰宅してお母さんに「おねえちゃんがんばったね」とぎゅっとされたとたんに、涙がにじんでくるような・・・。

子どもが流すような涙だった。

「ああ、わたし
 辛かったんだ。
 苦しかったんだ。
 きつかったんだ。
 泣きたかったんだ。
 その思いに蓋をして、気づかないふりして、ここまで来たんだ。」


35にもなって泣きじゃくるのは恥ずかしく、深く息をして、涙を止めた。
声が高ぶらないように注意して、低く、ゆっくり、短く言った。
目の前のロッキーを見つめて。

「グラシアス(ありがとう)」

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このとき撮った写真を見返すと、わたしとケンゾーは体力も気力も限界まできていたはずなのに、すがすがしい顔をしている。

ケンゾーとここまでたどり着けてよかった!
夫婦でものすごい体験を共有できてうれしい!

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吹雪は少しは収まっていた。
それでも青空とはほど遠い。
絶景とは言えないかもしれないけど、わたしにとってこれでじゅうぶん。

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ラ・パスの街並みが遠くに見えた。
すぐ下に5000メートル級の山が低く見えた。
緑の湖は、水たまりのように小さく見えた。

足を踏み外せばそこまで落っこちそう。

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生まれて初めて立つ6088メートルの世界。
たくさん写真を撮りたいけど、それができない。
わたしたち3人はロープにつながったまま。
身動きが取れないほど、頂上は狭くて急斜面。
こんな頂上ってある?

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ザザザザーっと滑り落ちてしまいそうな頂上の斜面に、腰をおろす。
太陽が出たら雪崩の危険があるから登れないっていうのも、納得ができる。

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きょう登頂にトライしたのは、ほかの山小屋も含め50人以上はいるはずだ。
ガイドを含めたら70人以上。
こんな狭い頂上にみんなで立つことはできない。
順番待ち。

でも、そんなことはなかった。
この日、ここにたどり着いたグループはわずかだった。

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ロープは再び結び直され、わたしがいちばん後ろになった。

下山は、登頂よりも怖かった。
というのも、明るくなって景色が見えるから。
登頂のときは暗闇だったから、斜面がどのくらい急なのか、自分たちがどんなきわどい場所を歩いているのかよくわからなかった。

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「よくこんなとこ登ってきたよね・・・」
ケンゾーと何度も口にした。

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むき出しの氷河があることも、直径何メートルものクレバスがあることも、わからなかった。
見えなかったからこそ、登ることができたのかもしれない。

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標高が1キロも低いハイキャンプまで、フラフラの足でたどり着いた。
帰りは早くて、3時間ぐらいだった。

わたしたちが登頂に成功した事実はすでにハイキャンプに届いていた。

トオルくんとフミちゃんが遠くからわたしたちの姿を見つけると手を振って笑顔で迎えてくれ、トオルくんはわたしたちのためにスープを確保し、フミちゃんはヘトヘトになったわたしのアイゼンを脱がせてくれた。

山小屋に入ると、ほかのグループのガイドが明るい顔で近づいてきてわたしの腕を高らかにあげて「イヤッホー!」と雄叫びをあげて祝福してくれた。

わたしとケンゾーは嬉しくすがすがしい気持ちではあったけど、明るく振る舞う気力は残っていない。
せっかくトオルくんが用意してくれていたスープも飲めなかった。

休憩する時間もないまま、ベースキャンプに向けて下山開始。
ロッキーが「ポーターに荷物をお願いすることもできるよ」と言ってきた。
きっと登頂に成功した登山者が、体力を使い果たしてしまって最後の最後でポーターを雇うケースが多いのだと思う。

わたしたちはせっかくここまで来たんだから、ポーターに頼るつもりはない。
でも、ここからがほんとうにきつかった。
わたしとケンゾーはびっくりするくらい歩みが遅く、前を行くトオルくんとフミちゃんの姿はすぐに見えなくなった。

なかなか足が前に出ない。
この亀のようなペースに、さすがのロッキーも合わせられず先に行ってしまった。

最後のほうなんて、ベースキャンプにたどり着くまでに石の階段が10段くらいあるんだけど、その10段を登るのに10分くらいかかった。
階段をたった1段上がるのが、階段を50段上がるのと同じくらいのしんどさ。
階段1段が、小高い丘のように見える。
「うわあー、また1段ある。登らなきゃ・・・。」と覚悟を決めて、足に力を入れて「うんとこしょ」と苦労して上がる。

帰りの車の中では「ホテルの2階のレセプションまで行けるかなあ」ということばかり心配していた。

ラ・パスのホテルに着いたのが昼過ぎ。
前日の午後5時からちゃんとした食事をしていないわたしたちは、お腹ペコペコ。

こんなときのために持っていたもの。

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パラグアイの日系人移住地で買っていた熊本ラーメン。
焦がしニンニクの風味バッチリ。

あ〜、うまい!

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ラーメンを茹でるのが精一杯のわたしたちに代わり、夜はトオルくんが日本のルーでカレーを作ってくれた。
トオルくん、ありがとう♡

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街から見えるワイナ・ポトシ。
完全に雪で覆われている山。
あの頂上に自分たちが立った事実が信じられない。
夢だったような感じさえする。

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よく、ハードな山に登ったあと「一回でじゅうぶん。もう二度とあんなつらい思いはしたくない。」と思う。

わたしは・・・。

体力も気力も限界までいったワイナ・ポトシ登頂。
死ぬかもしれない山。
泣くほどつらかった。

もう一度チャンスがあったら・・・。


登ってもいいかな。

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ワイナ・ポトシ登山4 素人は登っちゃダメな山 

2015.07.03 06:28|ボリビア☞EDIT
ブログランキングが落ちても、注目記事にならなくても、それでも山の話を書きたいイクエです。
いつまで有名じゃない山の話でひっぱるの〜とお思いかもしれませんが、わたしのなかでビッグイベントだったもので。
世界一周のブログランキングを見ている人って若い旅好きの人が多いと思うんだけど、あんまり登山とか興味ないと思う。
でも、このブログの固定読者は日本で普通に仕事をされていて、年齢層高く、山好きも多いと思う。
(あなたのことですよ!)
よくコメントで「子育てが一段落したら・・」とか「わたしにも連れがいて・・」とか「定年して今は・・」とか「孫が・・」とかいただくんですよ。
人生の大先輩たちにわたしたちのようなアウトサイダーのいいかげんな旅ブログを日課として読んでいただき、恐縮です。
先輩方、きょうも山話におつきあいください。

キリマンジャロよりも高い、6000メートルオーバーのワイナ・ポトシ登頂に挑戦しているイクエとケンゾー。
これから最終アタック。
今いる5130メートルのキャンプ地から標高差1キロ近くある山頂まで一気に攻める。
山頂近くはかなりの急斜面で雪に覆われているため、太陽が昇って雪がゆるくなりはじめたら危険。
だから日の出前じゃないと登頂できない。

タイムリミットはあと5時間あまり。
イクエとケンゾーは登頂できるのだろうか。

普段自分が履くトレッキングシューズよりも重いシューズを2足履き。
さらにアイゼンをつけた。
足は重くて、まるでスケートシューズを履いて歩いている感じ。
ザクッ、ザクッ、とアイゼンが雪に食い込む。

これで歩き続けるのかあ。

ずっとずっと雪の地面は続く。
いったいどのくらいの厚さ、雪が積もっているのかわからない。
一年中ここには雪が積もったまま。

ハイキャンプまでの道はところどころに残雪があるとはいえ、がれ場で地面はむき出しだった。
それが、ハイキャンプから上は一面の銀世界。
標高5130メートルのハイキャンプを境に、がらりと様子が違う。

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(写真はハイキャンプから日中撮ったもの。)

標高5000メートルを超える登山は人生で初体験。
まさかこんな本格的な雪山が待ち受けているとは思ってもいなかった。

ここには登山道なんてない。
前の人が歩いたあとが少し残っているだけ。

雪山の登り方をわたしは初めて知った。
普通は、山に向かって体を正面にし、山頂めがけて山を登っていく。
でも、急斜面で滑りやすい雪山ではそんな登り方はできない。
山頂のほうは向かずに、体は斜面に対して横向きのまま。
山肌側の足にぐっと重心をかけて、体を山肌側に傾ける。
山肌側の手にアイスアックス(ピッケル:先端に雪や氷に突き刺せるような鎌がついている)をもち、そのアイスアックスを山肌側に突き刺しながら歩いていく。
外側の足に重心をかけたら、そのまま急斜面を滑り落ちてしまうから。

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(夜の最終アタックはロープで繋がれているし、写真を撮るために立ち止まることも危険なのでほとんど撮影していません。
そのため下山のときの休憩中に撮った写真を代用します。)

さらに、きのうのアイストレッキングの練習で教わった歩き方を、最初からいきなりすることになった。
その歩き方というのは、足を交差させながら進んでいくこと。

たとえば、自分の右側に山肌があるとする。
右足はそのまま前に出してもいいけど、左足はまっすぐ前ではなく、クロスさせて右足の前にもっていく。

道はなく、急斜面を横切るように踏み固めた跡があるだけで、その横幅は20センチもなく普通に歩ける幅ではない。
とにかく転落しないために、右足も左足も常に山肌側に重心をかけないといけない。

1.5メートルほど前にはわたしとロープでつながったケンゾーが歩いている。
そしてケンゾーのさらに1.5メートル前にはガイドのロッキー。
ロッキーの歩き方をケンゾーがまねし、そしてそのケンゾーのまねをわたしがする。
ガイド歴15年のロッキーは、山の歩き方を心得ている。
わたしはほかのガイドたちよりもロッキーの歩き方は優れていると思う。
重心の掛け方、足の運び方。
山肌を横断しながらジグザグに登っていくから、方向転換するときはアイスアックスを逆の手に持ち替えるとともに重心もこれまでと反対側にかける。
まるでわたしたちの手本になるように、ゆっくりはっきりとした動作でおこなう。

3人ともロープでつながれているから、ロッキーのスピードで歩くしかない。
体力がないわたしが歩みが遅いのは当然。
でもロッキーのスピードに遅れるとロープがピーンと張ってしまうから、何が何でも彼のスピードについていかないといけない。

高山病の症状である頭痛や吐き気はないものの、あいかわらずちょっと歩いただけでぜいぜいする。
マラソンをした後のように、つねに胸がドクドクしている。

ロープでつながれてなければ、わたしはもっと遅く歩いているし何度も立ち止まっているはずだ。
でも、そういうわけにはいかない。

40分くらい歩いて、ようやく休憩の時間がやってきた。
でもけっして休憩するにふさわしい場所ではない。
そんな場所はこのルートにはない。
その場に用心して座る。
ちょっと気を抜けば、ズルズル〜と急斜面を滑り落ちそう。

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ふかふかの雪の上にそのまま座るからお尻が濡れそうだけど、ツアー会社に借りたズボンは厚手で中まで水を通さない。
ちゃんとした服を貸してくれてよかった。

歩いているときは温かいけど、止まると一気に体が冷える。
もっと体を休めたいところだけど、わたしもケンゾーも寒さに耐えられない。
まだ歩きたくないのに、体を動かさないといけない状況。

数分休憩すると「ね、もう行こう」とロッキーに言い、そしてふたたび歩きはじめた。

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歩くときは無心。
いろいろ考える余裕はない。
月もなく真っ暗だから景色も見えない。
自分の足元と前を歩くケンゾーとロッキーが見えるだけ。

聞こえるのは、自分の「はあ、はあ」という息づかい。
ザクッ、ザクッというアイゼンが雪を踏む音。
そしてシャッ、シャッというアイスアックスを雪に突き刺す音。

歩きはじめてすぐ、わたしは思っていた。
こんなハードな登山、体調の悪いフミちゃんには無理だ・・・。

出発して200メートルくらいで引き返したんじゃないか、そんなふうにも思っていた。

人のことは言えない。
わたしもこの先どうなるかわからない。
でも、とりあえず今はなんとかついていっている。

真っ暗な中、ただただ足だけを前に動かす。

すると、漆黒の闇に光を見つけた。
それはラ・パスの街の明かりだった。

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オレンジ色の明かりはとても温かい。
暗闇に浮かぶ夜景はこの過酷な環境とは正反対で、わたしとケンゾーを癒やしてくれる。
普通なら大自然の景色に癒やされるのに、このときは人工的な夜景のほうが神々しく見えて、そしてわたしたちをホッとさせた。

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「せめてこの夜景を、フミちゃんとトオルくんも見られるといいなあ。」
そう願った。

そして、こんな真夜中に、これほどラ・パスに明かりがあることが意外だった。
午前3時なのに。
ラ・パスってけっこう都会なんだなあ。
肉体的にも精神的にもきついのに、なぜかそんなのんきなことを思った。

星は見えなかったとはいえ、風もなく穏やかな天気だった。
それなのに、だんだんと天候が怪しくなってきた。
風が強くなってきている。
そして、気づけば小さな雪の結晶が顔に打ちつけていた。
吹雪だった。

「うわ、こんなときに吹雪だなんて」って考えそうだけど、何とも思わなかった。
「あ、吹雪かあ」と思っただけ。
天候に一喜一憂する余裕さえ、もうもっていなかった。

目を細める。
吹雪が目に入りそうだからそうしてるのか、それとも頭がぼーっとして暗闇でほとんど見えないから目をつぶりたいのか、どっちかよくわからない。

わたしたちの足取りはけっして早くなかった。
山肌に重心をかけ、足をクロスさせながら一歩一歩着実に歩かないといけないので時間がかかる。

それにも関わらず、ほかのグループに追い越されるよりも追い越すことが多い。
こんな体験はわたしとケンゾーにははじめて。
トレッキングをするときはいつもなら体の大きな欧米人にすぐに追い越される。
体力の違いをまざまざと見せつけられる。
それなのに、そんな欧米人がクタクタになってよろめきながら歩いている。
歩いているというより、ガイドにロープで引きずられながら体が前のめりになってかろうじて進んでいる。
見ていて「ああ、もうこの人、ここで限界だろうな。リタイアするだろうな。」と感じる。
ずっとその場に座り込んで腕に顔をうずめている人もいて、そんな人の脇をわたしたちは無言で通り過ぎていく。
「がんばって」とか「大丈夫?」とか声をかける余裕はない。
声をかけたところで、向こうだって返事する力がないのはわかっている。

山小屋にいたのは40人ほど。
イクエ35歳、148センチ。
女性の中でわたしがいちばん年をとっているし、体が小さい。
ガイドを除き、きょう登頂に挑戦する人たちのなかでケンゾーが最高齢。

そんなわたしたちが、ほかのグループを追い越していくことに自分たちがびっくりしていた。

「さっきからけっこう追い越していっとるよね。
 あの人たち、どうしちゃったんやろうね?」

「きのうあんなところでスキーしよったけんやない?」

わたしは本気でそう思った。
きのうわたしが高山病で気持ち悪くなってたときに、彼らはスキーをしていた。
リフトもないのに、スキー場でもないのに、スキー板を抱えて標高5000メートルの斜面を登っては滑り、登っては滑っていた。
「なんであんなことできるんだろう?」とわたしは窓から見ていた。
その疲れがどっときてるんじゃないか。

登頂率50パーセントというけれど、実際はもっと低いような気がする。
高山病や自分の限界を知って、アタックをあきらめて山小屋に残った人もいた。

わたしが登頂に成功するかどうかはわからないけど、とりあえずここまでは順調に歩けている。
真っ暗で景色は見えないけれど、高揚感みたいなものがずっと続いている。
「いま自分はこんな本格的な雪山を登ってるんだ」という高揚感。
まさか人生でこんな雪山に登ることがあるなんて思ってなかった。
こんな山は、アルピニストや経験のある登山家しか歩くことはないと思っていたから。

氷河があり、クレバスがある。

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(日中に撮影したもの)

というか、素人は登っちゃダメなレベルの危険な山だと思う。
ボリビアだからこんなことが許されるんじゃないか。

登山中に亡くなる人も多いとロッキーが初日に言っていた。
実際、山の中腹にいくつか墓標が立っていた。
ロッキーは「イスラエル人がはしゃいだり、大胆な行動をするから、イスラエル人の死亡者が多い」と淡々と語っていた。

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(日中に撮影したもの)

ケンゾーも言った。
「景色は楽しめないけど、おもしろいっていうかワクワクするっていうか。
 こんな雪山に登る体験ができてるっていうことが。」


わたしたちはアルゼンチンのパタゴニアで氷河トレッキングをした。
アイゼンをつけて氷河の上を歩いた。
でも、それと比べものにならないほどこっちのほうが冒険的だ。
実は氷河トレッキングには短いコースと長いコースがあって、わたしたちは長いコースをやってみたかったけど数週間先まで予約でいっぱいだったので短いコースしかできなかった。

でも、ここでこんな本格的な雪山トレッキングができてるんだから、短いコースでよかった。

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(日中に撮影したもの)

本格的な雪山登山に興奮してはいるけれど、けっして「楽しい」ものではない。
ひたすら「つらい」もの。
心臓がばくばくばくばく。
きつくて、足にもアイスアックスを持つ手にも力が入らないけど、がんばって力を入れないと滑り落ちる。
頂上まで行きたいけど、それ以前に死なないようにしないと。

足元を見る。
この急斜面はどのくらい下まであるんだろう。
一度転んでしまったら、何百メートルも下に落ちちゃうのかな。
考えると怖くて足が踏み出せなくなるので、あまり考えないようにする。

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恐る恐る一歩踏み出す。
それを何百回、何千回と繰り返しながら、わたしたちはいよいよ直面した。

すぐ近くなのに、はるか上のほうにヘッドランプの明かりがちらついている。
下から上に向かってライトがつらなっている。

わたしたちは氷の壁に直面したのだった。

いよいよ、初日に練習したアイスクライミングの実践の場。

すでに体はつらくて、歩いているだけで息が切れて、アイスアックスを刺す腕にも力が入らないほどなのに、ここから壁にへばりついて登っていかないといけないなんて・・・。

この壁を前に、登頂をギブアップする人たちは多いというのは知っている。

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(日中に撮影したもの)

あとで聞いたところ、トオルくんとフミちゃんはここでギブアップしたのだそう。
予想に反し、ギブアップの声を最初にあげたのはトオルくん。
壁を見て気持ちが萎えてしまい、その決断にフミちゃんも合わせたのだという。
あの状態で、フミちゃんはよくここまで登ってこられたなあとびっくりした。
ほんとうに意志が強く、がんばり屋さんだ。
そこからの帰り道、フミちゃんは2回嘔吐したらしいので、フミちゃんも体が極限状態だったのだと思う。
でも、2人もラ・パスの夜景を見ていた。
それはとてもうれしいこと。

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(日中に撮影したもの)

「ここが壁だよ。
 ここで引き返してもいい。
 どうする?
 行ける?」

ロッキーが聞いた。

すでに息があがっているわたしとケンゾーは「ハア、ハア、ハア」と大きく肩で息をしながら、悩むことなく即答した。
「うん。」

行けるかはわからない。
でも、行くしかない。

氷の壁によじ登っていくのは覚悟も時間も必要で、壁の前にはすでにいくつかのグループがたまっている。
行くか引き返すか悩んだり、前の人たちが登り終えるのを待っているのだ。

ほかのガイドがわたしたちを見て明るく言った。
「がんばろう。
 この壁を登るのは大変だけど、
 登りさえすればあとは平坦で簡単な道だから。」

ロッキーも言った。
「うん、ここさえ登ればあとは歩くだけ。」

わたしはその言葉を信じた。
というより、ガイドたちの言葉を聞く前から「氷の壁が難所」と思っていて、ここさえクリアできれば登頂成功も同然だと勘違いしていた。

だから氷の壁を見たときは「あ、もうここに到達したんだ。ゴールまで近いな。」とちょっと嬉しくなったのだ。
だからこそ、ここで引き返すなんて選択肢はなかった。
ケンゾーと「登れる?」なんて確認し合うこともしなかった。
ふたりの答えは、決まっていた。

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(日中に撮影したもの)

氷の壁は、練習したアイスクライミングとは違った。
高さは同じく15メートルくらいある。
でも傾斜はやや緩い。
だって練習のアイスクライミングは垂直というより、反っている部分もあったから。
それに比べたら簡単にも見える。

でも、きっと今回のほうが困難。
ロープに頼れないという決定的な違いがある。

練習したときはレジャーでやるロッククライミングのように、もともと下から上までロープが通してあって、自分の腰にロープを巻き、下でロッキーがロープを操っていた。

(アイスクライミングの練習のときの写真)
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アイスアックスを両腕にもち、壁に突き刺しながら登るけど、万が一突き刺さらなくても、ロープがあるからそのまま落下ということにはならなかった。

でも今回、壁に取り付けられているロープはない。
アイスアックスもひとつ。
壁にへばりついて自力で登りきらないといけない。

ケンゾーがわたしに言った。
「イクエ、腕に頼り過ぎたらダメ。
 がんばってアイゼンを氷に食い込ませ、足で踏ん張って登らないかん。」


練習のとき、わたしは腕ばかりに頼って、氷に突き刺したアイスアックスで体を支えていた。
腕がプルプルするし、上に行くに従って腕に力が入らなくなった。

この前と違い、アイスアックスはひとつしかもっていない。
足のつま先を勢いよく壁に打ちつけて食い込ませ、足でも体重を支えられるようにしなくては。

ケンゾーはわたしと向き合い、斜めになっていたわたしのヘッドライトの位置を直し、わたしの肩を両手でボンと叩いた。
「よし!
 がんばろう!!」


ロッキーが壁の真下まで歩き、ケンゾーもそれに従った。

ついに始まる。

見えるのは、目の前に迫っている氷の壁。
そしてロープで繋がれた2人の背中。

わたしはアイスアックスを両手で力強く握りしめた。

いつも独り言なんて言わない。
でも、握りしめた両手を見ながら、自分に言い聞かせるように声に出して荒々しく言った。

「よーし!
 がんばるぞぉ。
 がんばるぞ!!!」

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(日中に撮影したもの)

ザクッ。

ロッキーが壁にアイスアックスを突き刺した。
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ワイナ・ポトシ登山3 他人と登る難しさ

2015.07.02 05:34|ボリビア☞EDIT
「酒が弱くなってきてる」と夫に言われたイクエです。
わたしは酔わないほうで、酒が原因で吐いたことは数えるほどしかないし、二日酔いの経験もほとんどない。
でも最近は気持ち悪くなるんだよね。
そろそろ「ウコンの力」に頼らないといけないかも・・・。

キリマンジャロよりも高い、6000メートルオーバーのワイナ・ポトシ登山に挑戦しているイクエとケンゾー。

わたしたちをサポートしてくれるガイドがロッキー。
遅ればせながらロッキーを紹介します!
20歳前後で結婚し、3人の子どもを持つ37歳のロッキー。
ガイド歴15年。

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「ロッキーです」と紹介されたとき、すぐに思い浮かべたのは「ロッキー山脈」。
そしてそのあとにタフなハリウッド映画の主人公「ロッキー」が浮かんだ。
山岳ガイドにふさわしい名前。

わたしが「ロッキー山脈のロッキーだね!」って最初に言ったもんだから、トオルくんはここ南米のアンデス山脈とごっちゃになって、いつも間違えて「アンデス」と呼んでいた。

ロッキーは明るく振る舞って場を盛り上げるタイプではない。
まじめで口数は少ないけど、しっかりしていて頼りになるタイプ。
わたしは初日からロッキーに好印象を持った。
というか、登山者としてはガイドを信頼しないとダメだと思う。
ガイドはわたしたちのリーダーであるし、登るためにはチームワークが必要だから。
「このガイドはだめだ」「自分と合わない」なんて思ったら、その時点で登頂成功率はぐっと落ちるんじゃないかと思う。

登山中に食べるチョコレートやビスケットは自分たちで用意するんだけど、自分が食べるときはそれをロッキーにも必ずあげた。
ロッキーが自分から「チョコレートちょうだい。ちょっとでいいから。」と言うときもあった。
他人に厳しいわたしは普段なら「あんたガイドのくせに客に何言ってんの?」と思いそうだけど、今回は逆に「ロッキーのためにもっとたくさんお菓子持ってきてればよかったなあ」と思った。

自分が登頂したいから、疲れをとったりエネルギー補給のためにお菓子を食べる。
それと同じように、自分を導いてくれるガイドにも疲れをとってほしいしエネルギーを蓄えてほしい。
ガイドにはベストコンディションでいてほしい。
だからお菓子をおすそ分けするのは当然だと思う。

ボリビアのガイドは自分のお菓子を準備するような余裕はない。
だからこれから登る人は、ガイドの分のお菓子も持っていったほうがいいですよ。
高いものでも重いものでもないし。

ワイナ・ポトシ登山では、たくさんのガイドたちと出会う。
というのも、登山を扱う旅行会社はたくさんあるけど、登山中に泊まる山小屋は2軒くらいしかないから、みんないっしょになる。
山小屋で15人くらいのガイドたちと出会った。
全員英語はできない。
わたしたちがツアー会社をまわったときも「ガイドは簡単な英語しかわからない」とどの会社でも言われた。
でも「簡単な英語しかわからない」というより「英語がほぼわからない」というほうが正確。
ロッキーとは「ワン、ツー、スリー」とか「ゴー」とか「グッモーニング」とか簡単な会話すらしていないので実際どの程度の単語を知ってるかわからないけど、簡単な単語も知らないんだと思う。
最初は言葉が通じないのは不安だったけど、山を登るときに難しい会話をするわけじゃないし実際は問題ないと思う。
(2倍くらいの料金の旅行会社に頼めば英語ガイドがつけられる)

英語はできないけど、みんな楽しくていい人たちばかり。

これまでの日本人の印象が良かったからか、ほかのガイドも日本人をかわいがってくれる。
わたしたち4人に「あなたはTOYOTAで、彼はHONDA、そして彼女がSUZUKIで・・・」なんてニックネームをつけたがる。
自分のアソコを指差し「これはKOMATSU」と変なジョークを言ったりもする。

とにかく、ここの山男たちは気さくで気持ちがいい人たち。
みんなそれほど若くはなく、30代後半くらいが多くてなかには50歳の人もいる。

小柄で痩せているのに、体力がある。
ロッキーは週に3日はこのワイナ・ポトシに登ってるらしい。

「何歳までガイドの仕事できるの?」って聞いたら「自分は45歳くらいでやめたいけど、60歳超えてる人もいるよ」と言う答え。
ワイナ・ポトシのガイドは50歳くらいまでで、50歳を超えると登山じゃなくて難易度の低いトレッキングスポットのガイドにシフトするらしい。

ガイドたちは信じられないくらい体力があるし標高に強い。

高地の多いボリビア。
ワイナ・ポトシよりも高い、標高6500メートルのサハマ山の山頂で、地元のサッカークラブと山岳ガイドたちがサッカーをやったという逸話がある。
世界最高所で行なうサッカーの試合のために、ゴールポスト用の棒も担いで登山したらしい。

以前FIFAは、低酸素で選手の健康に良くないし公平さを欠くとして高地での国際試合の禁止を決めた。
それに対しボリビアは「山の上でだってサッカーができる!」と体を張って抗議。

別の年には、ボリビアの大統領もサハマ山頂でプレーして猛抗議した。

嘘のような本当の話。

頼もしいガイドたち。
ツアー会社で申し込むときに、ワイナ・ポトシ登山では「2人につき1人のガイドがつく」って説明を受けるんだけど、これは最終日の山頂アタックのときの話。
ロープでつながって3人一組になって登るから。

それまではロープを使わないからグループにガイドが1人いれば事足りる。
わたしたちは4人グループだけど、まだロッキーしかいない。
ロッキー以外にマリオというガイドがいて、彼はわたしたちの前日にスタートしたグループと登頂し、彼らをふもとのベースキャンプまで送り届けた後、夜にこのハイキャンプにやってきてわたしたちと合流し、ふたたび登頂する予定らしい。
2日連続の登頂というハードスケジュール。

でも、実はロッキーもけさ登頂したばかり。
どういうことかというと、きのうわたしたちにアイスクライミングのやり方を教えてベースキャンプで夕食を食べさせたあと、夜ひとりでハイキャンプへ。
この時間、わたしたちは眠っていた。
ハイキャンプで待機していた客と合流し、夜から朝にかけて山頂まで行ったあとは下山してわたしたちに食事を出したりとわたしたちのお世話。
そしてまもなくわたしたちと登頂する。

ツアー会社が人件費を削り効率よくガイドをまわしてるってことなんだけど、ガイドにとってはかなりハード。
客が山小屋で休憩したり眠ったりしてる間に、ほかの客と登頂してるんだから。

彼らの体はどうなってるんだろうと思う。

そんなガイドのロッキーから夜中に叩き起こされた。
出発まであと数時間あるし、お互いもっと体を安めたほうがいいのに何事?

「お前たちの友だちが倒れた。
 今から下山しないといけない。」

ロッキーは深刻そうな顔をしていた。
フミちゃんが倒れた。
高山病?
意識はあるのかな。
どういう状態なんだろう。

胸がドキドキする。
ケンゾーとすぐに2段ベッドから降りて、隣の部屋に行った。

そこにはフミちゃんがいた。
ちゃんと目を開いていて、なんか話していた。
隣にトオルくんもいた。

「あ~、なんだ、よかった~。
 フミちゃん起きてるやん。」

体を横たえたままだったけど、フミちゃんはちゃんと意識をもって会話していた。

わたしが想像していた状態よりもフミちゃんはかなりマシだった。
だから、フミちゃんが普通にそこにいて起きてたのにびっくりするとともにはほっとした。

「ふたりとも起こされたの?
 もう、起こさなくていいのに。」

とフミちゃんが言った。

そこまで深刻そうではないフミちゃんをよそに、まわりは深刻そうだった。
その部屋の他の客たちまで起きて、フミちゃんのまわりに集まっている。

フミちゃんが言うには、みんなが仮眠してからお腹の調子が悪くなると同時に、吐き気をもよおし何度か外のトイレに行って戻していたのだそう。
そしてフミちゃんとしてはトイレに近いほうがいいから「山小屋の扉に近いところに寝かせて」と横になったんだけど、まわりからするとその場に倒れ込んだようにうつったみたい。

でもガイドのロッキーとほかの客たちはとても深刻にとらえている。
ロッキーは「今から下山しよう」と言い、フミちゃんは「いやだ、だいじょうぶ」と言う。

2人が言い合っている間に、わたしは外のトイレに行った。
するとほかの男性客が懐中電灯を照らしながらわたしのほうに向かってきた。
そして女性トイレの便器を見たり、トイレのまわりを確認したりしている。

「彼女、どこで吐いたか知ってる?」
「いや、知らない。
 どうして?」

「彼女の嘔吐物を確認したいんだ。
 彼女、吐血してるかもしれない。」

「え!?
 血?」


実際は吐血まではしていなかったようだけど、まわりにはそれほど深刻にうつったみたい。
わたしは実際にフミちゃんが倒れたところを見ていないのでなんとも言えないけど、かなり辛そうだったのは事実だと思う。

フミちゃんは意志が強くてがんばり屋さんタイプ。
ここであきらめて下山するということがなかなか受け入れられないし、何より自分がギブアップするということは相棒のトオルくんもアタックを断念しないといけないことを意味する。
カップルだったり、家族だったり、長年の付き合いの友人ならお互い納得できるけど、フミちゃんとトオルくんは数日前に出会ったばかり。
もし自分もフミちゃんと同じ立場なら「相手に申し訳ない」って思ってしまう。

フミちゃんは主張する。
「なんでいますぐ下山しなきゃいけないの?
 暗くて危ないじゃん。
 登山開始時間まで猶予をちょうだい。
 あと3時間あるから。
 それでも体調が良くならなければ、わたしはこの山小屋で留守番する。
 その間にトオルくんが登れるでしょ。」


フミちゃんの言いたいことはよくわかる。
わたしも付け加えた。
「もしフミちゃんに付き添うガイドがひとり必要なら、わたしとケンゾーとトオルくんと3人ペアで登るのはどうだろう。
ほんとうは2人1組だけど、3人組でガイド1人だったって言ってた人もいたよ。」

トオルくんがわたしたちと登れるんであれば、フミちゃんの気持ちも少しは楽になるかもしれない。

いっぽう、ガイドのロッキーとしてはこの状態で無理をさせることはできず、一刻も早く下山させたい。
高山病のいちばんの解決策は標高の低い場所に移動することだから。

フミちゃんの意思は強かったけど、わたしもケンゾーもトオルくんも「最終的にはガイドの指示を尊重しなきゃな」と思っていた。
ロッキーは15年のベテランガイド。
山の怖さや高山病の症状を誰よりも知ってるから。

ロッキーとフミちゃんはお互い譲らず「すぐ下山しよう」「いやだ」とやりあっている。

そしてロッキーがわたしたちに言った。
「4人いっしょに今すぐ下山しよう!」
「4人!?」

4人に対してガイドは2人ついている。
もうひとりのガイド、マリオはまもなくここに到着する。
なのになぜ全員で下山するのか。

フミちゃんトオルくんとガイド、イクエとケンゾーとガイドの2組に分かれて登る予定になっていた。

みんなで下山するということに4人とも「なんで?」という思いだった。
でも、たしかにロッキーはわたしたちを起こしにきたとき「いますぐみんなで下山するぞ」みたいなことを言っていた。
最初からロッキーはそのつもりだったのかもしれない。

わたしたちとロッキーのやり取りには、間に英語もスペイン語もできるほかの客が入ってくれて通訳してくれた。

「ねえ、どうしてロッキーは4人で下山しようって言ってるの?」
「君がスペイン語が話せるから、君がそばにいてくれたほうが通訳できるからいいんだって。」

「君」というのはイクエのことだった。

へ?なんで?
わたし、スペイン語できんけど。

これにはわたしもケンゾーもトオルくんも笑いながらロッキーにつっこんだ。
そして、通訳をしてくれていた客も「そうだよね」って笑っていた。
スペイン語できないから、通訳してもらってるわけだし。

さらに、フミちゃんはスペインでスペイン語留学していた経験があるので、フミちゃんはさっきからスペイン語でロッキーとやりあっている。

「この中でスペイン語が唯一できるのは彼女なんだけどね。」
わたしの言葉に、通訳をしていたほかの客たちも笑って頷いた。

たしかにスペイン語ができないながらもわたしはロッキーとコミニュケーションをとっていたし、ロッキーの表情や雰囲気で彼の言ってることはだいたい理解できていたから、彼は現実以上にわたしがスペイン語ができると勘違いしたのかもしれない。

でも、あとで考えるとそういうことよりもロッキーはわたしたちをフミちゃんのそばに置いておきたかったんじゃないかと思う。

フミちゃんが途中で重症になった場合に、彼女の身の回りのお世話、病院のお金の立て替え、家族や保険会社との連絡、どうするかの判断・・・など。
それはロッキーにはできない。

それほどフミちゃんの症状が重いと判断していたのだと思う。
だって倒れ込んだときの様子を見ていたガイドや他の客たち全員も、フミちゃんに「いますぐ下山するべき」と言ってるのだから。

なぜ4人で下山する必要があるのか、ロッキーはうまく説明できず、結局その計画はなくなった。

フミちゃんが今すぐ下山するか、それとも結論を先延ばしにするか。
高山病だと言われているフミちゃんは「これは高山病じゃない、風邪。」だと主張している。
フミちゃんはこのときすでに「ダイアモックス」という高山病の薬をちゃんと飲んでいた。
(実はこのあと、わたしの高山病に劇的に効いた「ソローチピル」をフミちゃんも飲んだけど、症状は改善されなかった。)

わたしとケンゾーとトオルくんは「ロッキーの指示に従ったほうがいい」と心で思っていたけど、フミちゃんの気持ちもよくわかるから、あまり何も言わずに2人の言い合いを見守っていた。

みんなが仮眠をとっている間に、ほかの客も巻き込んでこのやり取りを1時間ぐらいやっていた。

寝ていた他のガイドが、しびれを切らして言った。
「ロッキー、もう遅い。
 とりあえず登山開始まであと3時間。
 様子を見てから判断しよう。
 もう寝よう。」

結論はもちこしになり、全員が床についた。

午前0時。
誰かのアラームが鳴った。
隣の部屋からはガイドたちの声と支度する音が聞こえはじめた。

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緊張を胸に、わたしもベッドから体を起こした。
全然寝られなかった。
昨夜のベースキャンプでもほとんど寝られなかったから睡眠不足。

でもそれは最初から予想していたこと。
気にしないようにした。

寝られないなりに横たわったまま自分の足をマッサージしたりストレッチしたり、酸素を取り入れるために深呼吸をしたりしてベッドでリラックスしたから大丈夫。
睡眠不足を意識すれば、それは登頂をあきらめるときの言い訳になってしまう。

「体の調子は悪くない。
 これならいける。」


自分に言い聞かせる。

トオルくんがやってきた。
「トオルくん、おはよう。」

トオルくんは声を小さくして言った。
「あのさあ、フミちゃんが山に登るって言ってるんだよ。」
「え!?そうなの?
 フミちゃんの体調は?」

「あいかわらず。」

「いやー、登山は、厳しいと思うけど。」
「うん、やめたほうがいい。
 僕はね、フミちゃんがダメならいっしょに下山してもいいって思ってる。
 しょうがないことだし、あきらめる。
 でも、僕が言ってもフミちゃん聞かないから。
 僕のことは気にしなくていいのに。」


出会ったばかりの2人。
お互いへの気配り、自分よりも相手を思いやる気持ち。
本音にふたをする気持ち。
ペアで山に登るのって大変だ。
これが外国人だと自分の本音をズバッと言ってもっと簡単なのかもしれない。
慎み深い日本人だからなおさら難しい。

わたしとしては、フミちゃんがここにとどまって朝まで体を休めてトオルくんが山から降りてきたあとにいっしょに下るか、フミちゃんはガイドと今から下山してトオルくんがわたしたちといっしょに登るのがいいんじゃないかと思っていた。
そうすればお互い気にすることはない。
ただ、いっしょに山を登るのは人数が増えるほど登頂失敗の確率は高まる。
誰か1人がギブアップした時点で、ガイドは1人だからみんなで下山、ということになる。
体力のないわたしが足をひっぱる可能性は高い。
わたしとケンゾーの間柄だと、どっちがリタイアしても納得して下山することができる。
でも数日前に出会ったトオルくんだと、正直言って自分がギブアップするのは気が引ける。
それに、もし逆が起きても・・・。
万が一、トオルくんがギブアップしたら正直に本音を言えば「あ〜あ、下山するのかあ」ってちょっと悔しい気持ちになって、後々「あのときいっしょに登った人が・・・」なんてくよくよ考えそうな気もする。

でもいまの現状からだと、フミちゃんに付き添いのガイド1人が必要ならば、3人でいっしょに登るのがベストな方法だと思う。

「ロッキーがフミちゃんの登山を許さないでしょ。
何て言ってるの?」

「それが、フミちゃんが登りたいって言うから・・・。
もう一人のガイド、マリオももうすぐここに到着するから、マリオが来てから決めようって。
それで、ふたりにお願いがあるんだけど。
フミちゃんにもガイドにも、フミちゃんが下山したほうがいいって勧めてほしい。
僕のことは気にしなくていいから。
僕は下山することになっても、それはそれでいい。」

「わかった。」

3人で小声で話し合っていると、ロッキーよりも小柄で年配のガイドがやってきた。
それがマリオだった。

マリオがわたしたちを見つけると、笑顔で握手を求めてきた。
そして部屋に響き渡る大きな明るい声で言った。

「こんにちは!
 俺、スーパーマリオ!!」

マリオ鉄板のギャグ。
しかし、この状態でのわたしたちの前では完全にすべったギャグだった。

しかし、さすがスーパーマリオ。
場の雰囲気を読むでもなく、動じずに今度はフミちゃんのところに行った。

ふたたびー。
「やあ!
 俺、スーパーマリオ!!」


その声は哀しく部屋に響いていた。

フミちゃんがスーパーマリオに言った。
「わたし、山に登りたい。」
「うん!
 登ろう!!登ろう!!」


スーパーマリオの登場で、完全にわたしたちの出る幕はなくなった。

マリオのほうが先輩だからか、「登ろう!登ろう!!」と楽しそうにフミちゃんを誘うマリオをロッキーは制することもなかった。

結局フミちゃん、トオルくん、マリオ。
イクエ、ケンゾー、ロッキーで登ることになった。

出発前、温かいお茶とパンを食べる。
「フミちゃんのためなら登頂を諦めてもいい」と真剣な顔で言っていたトオルくんだけど、やっぱり嬉しそう。
左側に写っているフミちゃんも、あんなにキツそうだったのにいきいきとした顔をしている。
それに比べて、わたし・・・。
肌は土気色、不安そうな目、年老いたおばちゃんだ。
わたし、大丈夫かなあ・・・。

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山小屋には40人ぐらいの客がいて、順番に出発していく。

太陽が昇ると雪が溶けて危ないので、朝6時ぐらいまでには山頂の手前までに着いておかないとだめ。
山頂を前に、雪のコンディションのせいで登頂断念というのはよくあること。

ここから山頂までは5時間から6時間くらいと聞いていた。

1時に出発すると聞いていたけど、それだとギリギリ。
きのうここまで来るとき、わたしは誰よりも足が遅かった。
高山病の症状もあった。
常に心臓はバクバクしていたし、息苦しかった。
数十歩歩いては立ち止まって休憩、その繰り返しだった。
だからケンゾーと言っていた。

「これだと日の出までに間に合わない。
 誰よりも早く、12時半くらいには出発したい。」

だからわたしとケンゾーは慌てていた。
だけどロッキーはそんなこと気にすることもなく、わたしたちをテーブルにつかせ、ゆっくりとお茶を飲ませ、ほかの客が先発するのを見送っていた。

登頂率50パーセント。
この日本人4人組はきっと登頂は無理だから、マイペースでできるところまで進もうという作戦なのかもしれない。

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やっとわたしとケンゾーの番がきて、外に出た。
きょうは新月。
外は闇。

地面は雪で覆われている。
レンタルした2足のシューズを履く。
どちらもハイカットで重い。
靴下4枚重ね、靴の上に靴を履き、さらにその上からアイゼンを装着する。

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腰にハーネスをつけ、ロープで3人が数珠つなぎになった。
先頭がロッキー、真ん中がケンゾー、最後がわたし。
わたしもケンゾーも、てっきり体力がなく小さなわたしが真ん中にされるものと思っていた。
前と後ろ、両方でわたしを支えることができるから。

どうして、わたしがいちばん最後?

でも、これはロッキーなりの作戦で、あとでその理由がわかることになる。

準備完了。

後ろからフミちゃんたちの朗らかな声が聞こえていた。
わたしたちより5分から10分遅れくらいで出発する感じだ。

ケンゾーが時間を見て、大きな溜め息をついた。
「うっわあー。
 もうこんな時間やん。」

「え?何時?」
「1時40分。」

ケンゾーはかなり失望していた。
わたしは、そこまで失望する余裕はなかった。
時間までにたどり着けるかどうかよりも、どのくらいまで行けるかなあ、高山病の症状が出てこないかなあ、という目先のことを考えていた。

もしギブアップするなら、ケンゾーよりもわたしだ。
けっして山登りに慣れているわけではないけど、ケンゾーは山に強いと思う。
テレビのカメラマン時代に仕事で富士山に登ったとき、ほかのスタッフや芸人さんがリタイアする中ケンゾーはカメラを持って最後までリポーターと登頂できた。
きのうも登りながら、途中で写真を撮るために先回りしたり小走りしたりしていて、それを見てトオルくんが「ケンゾーさん、体力ありますねえ」と感心していた。

ケンゾーは登る気まんまんだ。
わたしも登頂したいけど、なんとも言えない。
きのうここまで登ってくるなかで、わたしは足が遅かったし、ほかの人よりもかなりバテていた。
きのうの状態で言うなら、登頂率50パーセントの枠から完全に外れている。

でも、もしわたしがリタイアしてもケンゾーは一切わだかまりをもたないと思う。

「しょうがないよ。あそこまで登れたから、挑戦して良かったね。」と夫婦で思える。
ギブアップしても、ふたりのいい思い出として残ると思う。

でもやっぱり登りたい。
登らせてあげたい。
ケンゾーと山頂までたどり着けたら気持ちいいだろうな。

ここから山頂までの標高差は960メートル。
たったの5時間でわたしたちは登りきることができるんだろうか。

新月で真っ暗とはいえ、雲はあまりないし、風も強くない。
きのうまであった頭痛も治まっている。
コンディションは悪くない。

よし、がんばろう。

このあと、吹雪に見舞われることになるなんて、このときは思ってもみなかった。

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ワイナ・ポトシ登山2 6000mは甘くはない

2015.07.01 05:56|ボリビア☞EDIT
きのう「この旅最後かもしれないワインを飲んだ」と書いたはずなのに、今日ワイナリーツアーに参加してきたケンゾーです。
『舌の根も乾かぬうちに』っていうのはこういうことを言うんだろうね。
800円でワインとピスコ(ブドウで作る蒸留酒)を満喫したんだけど、ワインが激甘だった!
ペルーワインはもういいかな。

ワイナ・ポトシ登山2日目、朝7時前に目を覚ます。
空模様は快晴とは言えないけれど青空ものぞいてまあまあ。
このまま天気が崩れないといいんだけど。

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朝食はパンとフルーツたっぷりのヨーグルト。
贅沢は言わないけど、せめて卵料理が一皿でも欲しいところ。

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今日は標高5130mの高さにあるハイキャンプをめざす。
ハイキャンプまではまだハードな登りではないらしいけど、怖いのは高山病。
体力的には大丈夫なのに高山病でギブアップ、なんてことにはなりたくないので薬を服用。
飲んだのはペルーやボリビアではどこの薬局でも売っているソローチピル(SOROJCHI PILLS)
1回1錠服用で効果は約8時間、ラ・パスで買ったら10錠で約650円だった。

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8時過ぎ、ハイキャンプをめざして出発。
すべての荷物を背負っていく。
水や厚手の服のほか、冬用の大きな寝袋、最終アタックのときに使うハーネス。
明日は雪の上を歩くので、今履いている靴ではなくレンタルしたインナーシューズとプラスチックブーツ、その上にアイゼンを装着しないといけない。
重い靴が2足もあるし、バックパックはけっこうな重量。
いよいよワイナ・ポトシ登山のスタートだ。

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すっかり晴れわたり、真っ白な雪を被ったワイナ・ポトシがくっきりと姿を見せてくれている。
けっこう頂上は近いやん!意外と楽勝かも、なんて思ってたら大間違い。
頂上はこの峰の奥で見えてないんだって。

うっすらと見える登山ルートの細い筋。
ほんとに一面の雪の中を歩いていくんだ。
目を凝らすとゴマ粒ほどの人影が見える。

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これは未明にアタックをして下山してきている人たち。
この人たちは頂上までたどり着けたんだろうか。
他人の心配をしていられるのも今のうちなんだろうね。

ハイキャンプまでの道のりは、がれ場。
道に迷う心配はないのでそれぞれのペースでひたすら歩いていく。

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この旅でトレッキングは何度もやってきたけど、これほど標高の高いところは歩いていない。
ラ・パスの街を歩くのだって息切れしていたのに、それよりも高い場所で足場の悪い坂道を上るのはかなりしんどい。
「ハイキャンプまでは登山じゃなくてトレッキング」なんて言う人もいるみたいだけど、少し歩くだけで胸がドクドクする。
イクエなんて、50歩ぐらい進んでは足が止まる。

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体がでかい欧米人でもかなりへばってきた人たちが出始めた。
歩くのがやっとでバックパックをガイドに持ってもらう女性たちがちらほら。

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まだハイキャンプにも到達してないのに最終アタックは大丈夫かな。
それにしても、自分と他人のバックパック2つを担いで飄々と登っていくガイドはすごい。

追い越されることには慣れているケンゾーとイクエ。
欧米人とは足の長さがぜんぜん違うので同じペースで登れる訳がない。
こまめに休憩をはさみマイペースで登っていく。
専属マッサージ師のトオルくんに感謝!

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登るにつれ気温がずいぶん下がり、周囲に雪が増えてきた。
足場が悪いので地面とにらめっこ。

この登山を申し込むときにツアー会社のおじさんに「日本人はまじめで、とにかく一生懸命登る。ほかの国の人たちは会話しながら登るけど、日本人とドイツ人は黙ってただひたすら歩き続けるもんね。」って言われていた。

それって一生懸命登るっていうよりも、会話する余裕がないだけだと思うけど。
この状況でおしゃべりしながら登るなんてとてもできない。
ただ黙々と足を動かしていく。

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イクエはかなりきつそうだ。
止まってばっかりでなかなか足が進まない。
トオルくんとフミちゃんには、追い越してもらった。
すぐに休憩をしたがるし、足がフラフラ。

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「あーきつい、きついよー。」と言い続けるイクエ。
それでもスタートから2時間半、標高5130mのハイキャンプに到着。
とりあえず第一関門を無事に突破。
高山病の兆候もまったくないし、まずは順調な滑り出しかな。

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と思っていたけど、イクエは偏頭痛に悩まされていた。
頭が重くて、ズキズキ。
肩や首も凝ったように痛い。
日本で仕事をしていたとき、机に向かっている時間が長いと偏頭痛になって整体に行っていたイクエ。
そのときと同じような感じなんだって。

理学療法士のトオルくんが言うには、きのうアイスクライミングの練習をしたときに腕で体重を支えていたし、きょう重い荷物を担いだから腕や肩がパンパン、さらに高山病で血の巡りも悪くなってるのが原因じゃないか、だって。
大丈夫かなあ。

ハイキャンプのベッドルームはこんな感じ。
暖房はないけれど人が多いので昨日のベースキャンプより寒くない。

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紅茶とクラッカーで一息。
疲れた体に熱い紅茶が染みわたる。

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ほっとしたのもつかの間、ここで他のツアー会社と差があることが発覚。
他のグループは紅茶だけじゃなくてコーヒーを飲んだり、クラッカーにジャムやチョコクリームを付けて食べてる!
しかもビスケットやクッキーまで!
明らかに自分たちと待遇が違う。
参加費が安いから、お菓子を削られたのかなあ。
他のグループを恨めしく思いながらパサパサのクラッカーを頬張る。

お待ちかねのランチタイム。
ソテーした肉とマカロニというシンプルなメニュー。

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一度比べてしまったら気になって仕方ない他人の食事。
やっぱり他のグループのほうがちょっと豪華かな。
まあ、たぶんこの中でいちばん安く参加してるから仕方ないね。
お湯は貰えるからインスタントの味噌汁やスープ、カップラーメンなんかを持ってくればよかった。

これから夜中の0時過ぎまでやることはなし。
昼寝をしたりしゃべったり、思い思いに時間を潰す。
イクエは相変らず頭痛が治らない。
気を紛らわせるためにトランプ。

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トランプをしながらふと窓の外を見ると目を疑う光景が。
これから6000mにアタックが控えてるのにスキーなんかしちゃってるよ!

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斜面を歩いて登っては滑り降りてを繰り返す人たち。
体力を温存しようなんてことは考えないのかね、クレイジーだよ。
遊ぶことに関しては欧米人には到底かなわないな。

夕方4時過ぎに早めの夕食。
メニューはスープとミートスパゲッティ。

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だけど、イクエに食欲が無い。
がんばってスープを口に運んでるんだけど、その動作が遅い。
胸焼けのような症状で、食べるのがきついと言う。
溜め息をつきながら、一口ずつスープを飲む。
みんなスープなんてとっくに飲み終わってスパゲッティを食べ終わりそうなのに、イクエはまだスープを飲んでいてしかも全然減っていない。

「もう、無理。」

イクエはあきらめたようにスープを飲み干すのをやめた。

するとスパゲッティを食べていたフミちゃんも「わたしも食欲がなくなってきた」と言い出した。
フミちゃんもスペゲッティまでは完食できず、早くもベッドに横になった。

実はイクエとケンゾーは別の高山病の薬を飲んでいた。
ケンゾーはラ・パスで買ったソローチピル。
イクエは東チベットに行ったときに使っていた中国の薬。
中国の薬は漢方薬を錠剤にしたようなもので、そのときはかなり効いていた。
だけど、頭も重くて痛いしぼーっとするし食欲もないし表情も暗いイクエ。
夕食の後、イクエもソローチピルを飲むことにした。

飲んでしばらくすると、イクエの高山病の症状はかなりマシになった。
イクエは「あしたこれ以上の登山は無理じゃないか」って思ってたみたいだけど、薬を飲んでからは「これなら大丈夫かも」って少し自信を取り戻したみたい。

トオルくんに最後のマッサージをしてもらって体の調子を整える。

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ガイドのロッキーが、最終アタックについてブリーフィングを行なった。

明日は午前0時に起床。
出発前にお茶とクッキーぐらいは食べるけれど、食事はしない。
食べ過ぎると登山中に吐く可能性があるから。

2人につき、ガイドは1人ずつ。
ロープで3人を繋いで登る。
ケンゾーとイクエ、トオルくんとフミちゃんペア。
1人がギブアップした時点で、そのペアは下山する。

雪山なので太陽が昇ると雪が溶けて足場が悪くなるので、それまでに山頂の直前にたどり着かないと登れなくなる。
山頂にたどり着くタイムリミットは午前7時。
それに間に合わなければ登頂はできない。

出発前に頭痛など高山病の症状がある人はアタックはあきらめる。

そして最後にガイドのロッキーは付け加えた。
「登れなくても大丈夫だよ。
 そのときはコンドリリをトレッキングしよう!」

コンドリリというのは、ラ・パス近郊の別の山の名前。
ここのトレッキングコースは標高もそれほど高くなく、簡単にトライできる。
ワイナ・ポトシ登頂前にコンドリリのトレッキングを勧めてくるなんて、「この日本人たちはワイナ・ポトシ登山は難しい」って思ってるのかな。

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午後6時。
まだ眠くはないけれど、仮眠の時間。

午後9時ごろ、暗闇の中ヘッドランプをつけたロッキーに起こされた。
起床まであと3時間もあるのに、なんでだろう?
ほかの人たちはまだみんな寝ている。

ロッキーが真顔で言った。
「こっちに来てくれ。
 お前たちの友だちが倒れた。
 今から下山しないといけない。」


フミちゃんがお腹をくだし、嘔吐し、そしてトイレから戻る途中倒れ込んだらしい。

「世界で最も挑戦しやすい」6000メートル級のワイナ・ポトシ。
でも現実は、そんなに甘くはなかった。
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