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ケンゾー   イクエ


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チリ「チロエの教会群」☆ 海に生きる人の息づかいを感じて 

2015.04.30 06:21|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
自分が何歳に見えるか最近気になるイクエです。
年相応なのか、若いのか、老けているのか。
人に聞きたいけれど年上の人(とくにおばあさん)から「わたし何歳に見えますか?当ててみてください」と聞かれるのは嫌なので、自分は聞くまいと思っています。
「正直に言ってください」って言われるんだけど、正直に答えるわけないじゃないですか。
やっぱり5歳くらい若く答えるじゃないですか。
それで案の定、答えた年齢より実年齢が年取っていると「へぇ〜お若く見えますね」って言わざるを得ないじゃないですか。
それで、喜ぶのは本人だけじゃないですか。
だからね、「わたしの年、当ててください」っていうのは今後も絶対にするまいって思ってるんです。

チロエ島のテントサイトでシーフード三昧の日々を送っているイクエとケンゾー。
市場に買い出しに出かけて魚料理を作る日々。

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サーモンはもちろん、貝類も豊富。
そしてウニまで。
ここに来たらウニ丼が食べられるよ。

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でも「ウニはあまりおいしくなかった」って日本人の旅人たちが言っていた。
パサパサしていたり、まろやかさにかけていたり。
たしかに安いけど、やっぱり日本で食べるウニと比べると質が落ちるのかなあ。

ということでわたしたちが買ったのはこれ。

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大きなタコ1匹4800ペソ(約960円)。
(サンティアゴやピーニャの魚市場のほうがここと比べるとだいぶ安かったからぼったくられた?)

ちょっと高かったけどふたりにはじゅうぶんの量。
タコパスタを作ったり、煮付けにしてご飯の上にのせたり、カルパッチョにしたり。
タコ三昧の日々。

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さらにご当地グルメも食べたいということで、市場にあるレストランへ。
海に突き出た建物が数軒並んでいて、それがレストラン。
昼時にはどこもいっぱい。

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現地の人が好んで食べるのが白身魚のフライ。
つけ合わせはポテト。
これにたっぷりのレモンをかけて。
一皿4000ペソ(約800円)。

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窓からは海が臨める。
カヌーやクルーズ船に乗っている観光客もいれば、漁船もちらほら。

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そして、頼りない小さな渡し船も。
対岸の島を行ったり来たり。
島特有の時間が流れている。

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そんな島の雰囲気を味わいながら、新鮮な魚を味わっていく。

脂がのったサーモンも人気メニュー。
一皿3200ペソ(約640円)。
なぜか目玉焼きがのっている。
こっちの人はステーキやハンバーグ、それにお魚に目玉焼きをのせるのが好き。
味付けはシンプルに塩こしょう。

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素材が新鮮でおいしいからシンプルに焼くのもいいけれど、やっぱり魚介の出汁がたっぷりでているグルメを味わいたい。
いちばんおいしかったのがこれ。

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魚介のスープ。
「ソパ・デ・マリスコス」。
スープというよりも、具が多すぎて煮物みたいになっている。
一皿4000ペソ(約800円)。
何種類もの貝や魚、それにウニ。
おいしくないわけがない。

グルメリポートだけではチロエ島の魅力が伝わらないので、この辺で街の様子を。

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チロエ島は幅およそ60キロ、南北およそ200キロの島。
面積は8400平方キロメートルと四国の半分以下の大きさ。
島の人口は15万人あまり。

長い間、チリ本土とは孤絶していたので独自の文化が守られている。

チロエでもっとも特徴的なものは建物。
カラフルな家の壁は、ウロコのような木片で覆われている。
ウロコは松を使ったもので、雨対策なんだとか。
100年以上もつらしい。

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漁師さんが多くて、魚ばっかり見ていたから、ついつい家も魚のウロコみたいにしたくなったのだろうか。
ウロコの形もそれぞれの家で微妙に違っていてかわいい。

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昔ながらの家々は海に張り出している。
色鮮やかでメルヘンチック。
それでいて形がふぞろいで、愛着がわく。

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満ち潮のときは、家の下は海になるけれど引き潮になると砂になる。
海に浮かんでいたはずの船も、陸に。
家の窓から見える景色も刻々と変わるからおもしろいだろうね。

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レトロな感じの家々。
でもけっして古臭くない。

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ミッフィーの絵本に出てきそうなビビッドな色のかわいい家もあれば、スタイリッシュなデザインも。

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この家なんて、中はどんなふうになってるんだろう。
秘密の部屋があったり、隠し扉がありそう。

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見ていて楽しい家々が並ぶチロエ島。
ここには世界遺産になっているものがある。
このおとぎ話のお城のようなもの。

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この建物の正体は、カストロ教会。
厳粛なはずの教会が、こんなにカラフルでかわいらしい。

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内部もカラフルなのかな。
足を踏み入れてみると、そこにはまた外観とは違った雰囲気が。

けっしてカラフルではないけれど、こんなに温かみのある教会ってそうそうない。

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木材ばかりを使って、丁寧に組み立てられているのがわかる。
日本のお寺や神社に共通するような。
これを建てた人は宮大工の技と同じくらいの技を持ってるんだろうな。

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教会でこんな彫像が。
悪魔を踏んでいるので大天使ミカエルと思われる。

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でも、その悪魔の顔が・・・。
こんなに丁寧に造っている教会なのに、なぜかここだけこんなコメディータッチに。

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木造建築のレベルの高さよりも、悪魔の顔の印象が強く残ってしまった。
気を取り直して、路線バスに乗って次の教会へ。

世界遺産に登録されているのはカストロ教会を含め16の教会。
17世紀から18世紀にイエズス会が布教活動にチロエ島にやってきて、それから教会が各地に造られていった。

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ネルコン教会。
こんなふうに正面は丸い柱が並びバルコニーのようになっていて、屋根の真ん中に丸い二重の塔がある教会が、チロエ島にはいくつもある。
とても素朴。

そして内部もすべて木材で造られている。
釘を使わずに木材をたくみに組み合わせて造られているんだそう。

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さて、独自のチロエ様式が体現された「チロエの教会群」。
「星いくつ?」

「星、1つ!

温かみはあるんだけど、素朴すぎてインパクトに欠ける。
やっぱりヨーロッパのきらびやかな教会と比べると、ちょっと物足りなさも。

でも、木材を上手に使ってこれだけのものを手作業で造ったのには脱帽。

チロエ島を歩いていたら、ちょうど船を造っている男性を見かけた。

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その時に思った。
木造の教会も、木の板を張り合わせた家も、船造りが基本になってるんじゃないかと。

上手に木を張り合わせ、柱を組み、なめらかに削っていく。
そこには一分の隙もない。

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チロエの家々も、教会も。
そこには漁業で生きてきた人たちの代々培ってきた技が現れている。
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40年前のブームが今チリの若者に!?

2015.04.29 06:04|チリ☞EDIT
南米に来てたくさん出会う日本人旅人と毎日のように日本語で会話し、現地の人には英語が伝わらないからスペイン語の簡単な単語で意思を伝え、英語を忘れてきたイクエです。
きのうフランス人カップルと英語で話したら、うまく英語がしゃべれなかった。
ありゃりゃ。

ヒッチハイクで出会ったフェルナンドたちと1週間ともに旅をしたイクエとケンゾー。
このまま彼らとサンティアゴに行く選択肢もあったけど、前から決めていたチロエ島に行くことにした。

チロエ島へはチャイテンからフェリーで渡る。
チャイテンまではバスで移動。

チロエ島

チリのバスは高い。
とくにパタゴニア地方は高く、1回で数千円は払うことになる。
だからここフタレフーからチャイテンまでも高いだろうな、ヒッチハイクかなって思ってた。
するとバス代を調べてくれたフェルナンドたちから驚きの答えが。
「2000ペソ(約400円)だって。」
「2000ペソ?」

これまでのバス代に比べると信じられない安さ。
間違ってるんじゃないかと思って確認する。
「2000ペソってことは4ドル以下ってことよね。」
「そうよ。」

1ケタ間違ってるんじゃないか。
そう思ってバスのチケットオフィスへ。

そこは絶対に現地人しかわからないような場所だった。
看板もない。
バスの絵や写真もない。
中に入ると木の机がひとつあって、女性が1人座ってるだけ。

そしてほんとうにチケットは2000ペソだった。

以前からチリやアルゼンチンのバス代の高さに納得できずにいた。
たしかにバスはきれいだし座席もゆったりしているけど、高すぎる。

こんな高いバスしかほんとうにないんだろうか。
現地人は安く買ってるんじゃないか。
ツーリストが知らない安いバスや路線バスがあるんじゃないか。

そしてここフタレフーにはそんなバスがあった。

始発はフタレフーの街だったけど、わたしたちの泊まっていた宿の前の路上に立っていたらちゃんとピックアップしてくれるという。
ターミナルやバス停じゃなくても客を乗せるという、ゆるい感じも安いバスならでは。

バスの時間は早く、わたしたちは夜明け前に宿を出た。
フェルナンドたちを起こさないようにそーっと。

「あしたは見送るよ」って言ってくれてたけど、起こしたくはない。

それにー。
わたしたちはまたきっと会えるから。

「ありがとう。
 またねー。」

聞こえないように小声でつぶやいて、わたしたちは出ていった。

ほんとうにバスがピックアップしてくれるか不安だったけど、予定よりも30分以上遅れてバスはやって来た。

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小型のバスで、高いバスに比べると座席は狭い。
それでもこの安さならじゅうぶん。

宿からチャイテンまではおよそ120キロ。
2時間弱で到着。

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フェリーの出航までは時間があるので、フェリー会社のオフィスの椅子や公園で時間をつぶした。
1週間ぶりのふたり旅。
ちょっと寂しいなあ。

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フェリーは座席指定でひとり12000ペソ(約2400円)。
でもこれも謎なんだけど、フェリーだけじゃなくて、島からさらに別の街へ移動するバスのチケットもセットになったものだと、もっと安いらしい。

チリとアルゼンチンのバスのシステムはよくわからん。
誰か安く買える方法を知ってる人がいたら教えて!

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船はのんびり進んでいく。
デッキにも椅子があって、太陽を浴びて風に吹かれてみる。

南米の最南端から始めた旅。
だいぶ北上し、温かい場所にやってきたことを実感。

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船内には売店があってお腹が空いたのでカップラーメンを買うことにした。

「maruchan ひとつください!」

南米では「マルちゃん」のカップラーメンが人気。
味はこちら向けにアレンジしてあるけど、シーフード味でおいしかったよ。

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どっぷり日が暮れて、フェリーはチロエ島のカストロに無事、到着。
宿の当てはない。
観光地だし、宿は多そうだし、なんとかなるはず。

というのは、甘い考えだった・・・。
宿は確かに多いんだけど、どこも満室!

いまは大学生の夏休み。
チリやアルゼンチンの大学生たちが、わたしたちと同じようにバックパックを背負い、パタゴニアを旅している。
だからバックパッカーが泊まりそうな安宿は、すでに彼らに占拠されていた。

坂の多いカストロの街を登ったり下ったりしながらさまよう。

「部屋は開いてますか?」なんて聞くまでもない。
ドアのところに「満室」という張り紙がどのホテルにも張ってある。
それを見るたびにため息。

「どっかのホテルに頼み込んでさあ、交渉して庭にテントを張らせてもらうしかなくない?」
「それかそこの公園にテント張るか。」

公園の前をうろついていたら、わたしたちと同じように宿を求めてさまよっている若者たちがいた。
話しかけてみた。

「ホテル、見つかった?」
「いいや、あっちのホテルもいっぱい。
 でも君たちテントを持っているなら、あそこにテントを張れるよ。」

と、若者は言っているような気がした。

わたしとケンゾーはスペイン語ができない。
数えるくらいの単語しか知らない。

でも、たしかに「テント」とか「あっち」とか言っているような・・・。
若者にお礼を言い、とりあえず若者が指した方向に行ってみることにした。

すると、木の柵で囲まれた怪しい場所が。
中の様子がよくわからない。
民家のような気もするし、粗大ごみの集積場のような気もするし、世捨て人のアジトのような気も。

「ここかな?」
「えぇ~?ここ?
 あ、でもなんかテントの絵が描いてある。」

木の柵からのぞき込むと、中にはテントがいくつも立っていた。

恐る恐る中に入る。

わたしたちを迎えてくれたのは、外のテーブルで酒を飲んでいるおじさんおばさんたちだった。
一応、管理人らしい。
たぶん彼らはもとヒッピーで、いまはヒッピーみたいな若者たちのために庭を開放しテントを張らせているのだ。
利用料はひとり3000ペソ(約600円)。
Wi-Fiなんて気の利いたものはないし、キッチンもない。
いや、たぶん昔はあったんだろうけど、そうじなんてされてないのでホコリを被っていてまったく使えない。
キッチンは物置と化している。

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かろうじてトイレとシャワーもあるけど、汚い。
男女も分かれてないし、鍵も壊れているし、ホットシャワーなんて文明のものはない。

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まったく快適とは言えない場所。
だけど、どこの宿もいっぱいで入れないなか、テントを張れるだけでもありがたいと思わないと。

お腹が空いていたわたしたちは、もっている電気コイルでお湯をわかしてパスタを作ることにした。
だけどコンセントが小屋のなかに一か所しかない。
奪い合いになっている。
なんとかひとつ確保し、パスタを茹でることができた。

その夜はうるさくて眠れなかった。
というのも、宿泊客が古臭いメロディーのフォークソングをずーっと歌いつづけていたから。
アンプまでつなげて。

この体験はイクエとケンゾーにとって初めてではない。
これまで泊まってきたホテルでも、若者たちがギターや太鼓、キーボードを共用スペースに置いてアンプにつないで深夜まで歌いつづけていた。

チリやアルゼンチンの若者バックパッカーは、かなりの確率で楽器を持ち歩いている。
多いのは、ギター。
そして笛や太鼓。

しかもパイネやフィッツロイのトレッキングでも、ギターを持ち歩いている。
重くて邪魔なはずなのに、ギターケースに入れてリュックといっしょに背負って山道を登っている。
大自然のなかでそうまでして歌いたいのだろうか。

しかも歌う曲が60年代、70年代のフォークソングのような歌なのだ。
まるでわたしたちの父親、母親世代。

リュックを背負って大自然を歩く。
テントで野宿をする。
ヒッチハイクをする。
ギターを弾いて輪になって朝まで歌い続ける。
(イクエとケンゾーも一部、該当するんだけど。)

これがチリとアルゼンチンの若者のブーム。
健全な気もするいっぽう、なんで21世紀の今、それが一大ブームとなっているのか謎でもある。

そのうち学生運動でもするんじゃないか。

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アジトのような場所で、わたしたちは眠れなかった。

とっとと移動しよう。

坂の多いカストロの街で、朝から宿探し開始!

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チロエ島にはカラフルな木造建築が多い。
ほかのチリの街とは違う独特の雰囲気。
この雰囲気に憧れて、ここを訪れる旅行者は多い。
(ほとんどチリとアルゼンチンの旅行者だけど。)

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宿はあるけど、空き部屋がない。
空いているホテルを見つけても、ちょっと高い。

よくチリとアルゼンチンの物価が比較されるけど、宿代はチリが高くてバス代はアルゼンチンが高い。
だから旅行する身としてはどっこいどっこいかな。

チリのツーリストインフォメーションセンターはスタッフがけっこう丁寧に教えてくれることが多い。
ということで、安宿情報を求めてインフォメーションセンターへ。

そして新しいテントサイトを教えてもらった!

入口には「民宿」と書かれた張り紙がされているだけ。
でも奥へ進むと、庭がテントサイトになっていた。

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海も見えるし、キッチンもWi-Fiもあるし、ホットシャワーもあるし、きのうのところよりも断然いい!
ひとり3500ペソ(約700円)。

チリやアルゼンチンは、いま若者のあいだでキャンプが流行ってるからかどこの街にもたいていテントを張れるところがある。

有料のテントサイトではなく、その辺にテントを立てて野宿する人も多い。
テントや寝袋を大きなバックパックにくくりつけて、街をウロウロしているチリやアルゼンチン人バックパッカーを昼はよく見かける。
有料テントサイトを利用しないと、日中の荷物の置き場所に困る。
だけど彼らは気合いで全荷物を背負って観光している。

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なぜわたしたちがチロエ島までやってきたのか。

チロエ島には木造のかわいらしい教会がいくつか建っていてそれが世界遺産になっている。
さらに、離島ということでほかのチリとは違う文化や生活スタイルが定着しているのだそう。

そしてわたしたちにとって、もっと魅力的だったこと。

それは、おいしいシーフードが食べられること!

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しかもラッキーなことに、この時期チロエ島ではお祭りが行なわれているんだとか。
この情報はグロリアたちから聞いたもの。
ちょうど1年前のバケーションで、フェルナンドとグロリアはチロエ島に旅行に来たんだって。
「どんなお祭りなの?何してたの?」って聞いたら「ひたすら食べてた!」って笑いながら即答。

わたしたちもお祭りに行ってひたすらシーフードを食べるとするか。

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お祭りはてっきり街の中でやっているのかと思いきや、会場はバスで30分くらい離れた郊外の広い空き地だった。
入場料600ペソ(約120円)を支払う。

会場は人でごった返していた。
だけど何のお祭りなのかよくわからない。

特設ステージではご当地ソングが演奏され、楽しそうに踊る人たち。

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とくに、決まったフリはなさそう。
みんなステージに上がって、腰を振りながら白いハンカチを振り回す。
老若男女楽しそうで、いいですなあ。
会場で買ったボトルワインを飲みながら、のんびり観賞するイクエとケンゾー。

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あとは羊の毛刈りが実演されていたり・・・。
丸裸にされた羊は、なんだかわたしたちが飼っているチワワを思い起こさせる。

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でも、わたしたちが求めているのはこんなことではない。
グロリアたちのように、シーフードを食べ歩かなきゃ。

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木造の小さな小屋をのぞいて見ると、床にはいろりのようなものがあり火が熾されている。
そしてその上には、開いた魚やジャガイモやニンニク・・・。
燻されておいしそう!!

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大きくてまっ赤なサーモン。
本格的なスモークサーモンを食べてみたいなあ。

寿司ネタのなかで、わたしはサーモンがいちばん好き。
子どものころからサーモン好きで、あれはわたしがまだ保育園児だったときのこと。
カナダに行った父がお土産で買ってきたスモークサーモンを、ひとりで開けてほとんど食べてしまったという武勇伝(?)をもっている。
仕事から帰ってきた母が冷蔵庫を見て「どうしたのこれ?誰が食べたの?」と聞いたので「イクエが食べたよ」と涼しい顔をして答えると、母が目を丸くして驚いていたのを今でも覚えている。

そのときから「あんたは将来飲んべえになるねえ」と言われていた。

さらに、同じころ、父が飲み屋の姉ちゃんからバレンタインデーにもらっていたウイスキーボンボンをひとりで貪り食ったと言う武勇伝(?)もある。
頭が痛くなって父と母が帰宅するときにはソファで寝込んでいた。
「大丈夫?」「風邪?」「薬飲む?」と心配してくれていた両親。
そのときわたしといっしょに留守番をしていた姉が「さっきまで元気にいっしょに遊んでいたんだけどね。チョコレートもいっぱい食べていたし。」と答えると、両親は大量のウイスキーボンボンの包みを発見。
「これ、全部イクエが食べたの?」と呆れていた。
わたしは保育園のころから、お酒や肴をうまいと感じていたようなのだ。

話はずれたけれど、燻製の小屋には貝もたくさんぶらさがっていた。
どうやって食べるんだろう。
あぶってマヨネーズや七味をかけてもおいしそうだし、スープにすれば出汁も出そう。

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でも残念ながらこの燻製は展示されているもので販売されていなかった。
だけど出店が何十軒と出ているので、食べるのには苦労しなさそう。
さあ、どこのお店にしようかな。

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でも、チリ人ってシーフードよりも肉が好きなんだよね。
みんながっつり肉をほおばっている。
たしかに炭火で焼かれた肉はおいしそうではあるけれど、せっかく島に来てるんだからシーフードでしょう。

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そんななかシーフードを出している屋台を発見。
たっぷりの貝が入ったスープ。
ムール貝と丸い貝が入って、お値段は1500ペソ(約300円)。

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でもこれだけではお腹は満たされない。
チリ名物、エンパナーダを売っている屋台へ。
エンパナーダとは、パイ生地の中に肉や野菜、チーズを入れて揚げたもの。

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珍しい、魚介の入ったエンパナーダを作っている。
てっきり餃子みたいにひとつひとつ生地のなかに具を詰めて包むのかと思っていたら、なが~く引き伸ばした生地の上に等間隔に具を載せていく。

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上から生地を重ねていっぺんに包み込み、そのあとひとつずつカットしていく。
餃子を作るよりも効率的かも。

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シーフードはスペイン語で「マリスコス」。
揚げたての「エンパナーダ マリスコス」は、これだけの量で3000ペソ(約600円)。
さて、お味は?

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うまい!!
ヤケドするほどあつあつで、外はこんがり。
中には海の幸がたっぷり。
いろんな種類の貝、さらにはウニまで。

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量が多すぎるので残すつもりだったけど、その場でたいらげてしまった。
今まで食べたエンパナーダでいちばんおいしい。
チリワインのお供にぴったり。

でもこれだけでは満足しないイクエとケンゾー。
人がたくさん集まっている場所を発見。
まんなかにはグツグツと煮えたぎる大きな鍋。
ここでは、どんな料理が食べられるの?

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名物の「クラント」という料理。
ネットに入れて鍋で煮立てているようで、一皿注文するとネットごと運ばれてきた。
ボリュームたっぷりで5000ペソ(約1000円)。

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頼めばだし汁も無料でくれる。
味に深みがあっておいしいんだけど、めちゃくちゃ塩辛い!
この色からもどれだけエキスが出てるかわかるでしょ。

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クラントのネットを切り裂いて、お皿に取り出す。
中から出てきたのは、貝だけじゃない。
ベーコンにソーセージ。
肉と魚介を一緒くたに煮るって言う発想は日本人にはない。
右側の白いすり身みたいなのは、海藻を練ったものらしい。
淡白な味で歯ごたえのある寒天といったところ。

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お腹いっぱいになって宿へ戻る。
テントサイトにはお客さんが増えていた。
隙間なくびっちりテントが張られている。

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やっぱりみんなキャンプが好きなんだねえ。

そして夜、恒例の音楽会が繰り広げられる。

ギターに太鼓に笛。
手拍子とともに盛り上がる歌声。

もちろん歌はフォークソングみたいなメロディー。
40年前に流行ったような。

夜中になると、大きなテントにみんなで入ってテントの中で時間も気にせず大合唱。

しかもいくつかグループができていて、交代で競うように歌う。
あっちからこっちから。

さすがに夜12時を過ぎて、誰かが文句を言ったのか音楽会は中断した。

ようやく眠れると思ったら・・・。
今度は下のほうから大合唱が聞こえてきた。
物足りなさを感じた若者たちはキャンプ場の外に移動し、海岸沿いで青春の音楽会を再開したのだった。

気持ちよさそうに大声で歌いあう。
夜中の1時に。

なんで今ごろフォークソングなん?

そして明け方近くになって、満足そうにテントサイトに戻ってきた若者たち。

これは健全な青春と呼べるものなのか。
はたまた大迷惑な騒音なのか。

でも肩を並べて次から次にフォークソングを大合唱するというのは、とても楽しそうでうらやましくもある。
このエネルギーは、日本も見習わなきゃ!
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ヒッチハイクで出会い友情へ これこそ旅の醍醐味

2015.04.28 10:10|チリ☞EDIT
寒さに震えながらこのブログを書いているケンゾーです。
いま標高4000mを超えている街に滞在しています。
寒すぎて布団の外に出る気がまったく起きません。
まあ、4000mといったら富士山よりも高いからね、そりゃ寒いよね。

いなか暮らしに憧れを抱いているフェルナンド一家と、ひとときのスローライフを楽しんでいるケンゾーとイクエ。
年は離れているけれど、この家族と過ごす時間はとても居心地がいい。
まだ出会って5日だけど、昔からの気心の知れた間柄のよう。
なんだか今となっては分かれて別々に旅することが不思議なくらい、5人旅がしっくりきている。
とは言っても、もうフェリーチケットは買ってしまった。
あと2日間、彼らとののんびり旅を楽しもう。

フェルナンドたちとのドライブ旅の最後の目的地は、アルゼンチンとの国境に近いフタレフーという場所。
自然豊かな渓谷地帯で、ケンゾーとイクエは知らなかったけれど世界的に有名なラフティングのメッカなんだそう。
フェルナンドとパブロはここでラフティングをすることを楽しみにしていたみたい。
このあとケンゾーとイクエはここからチロエ島をめざし、フェルナンドたちはアルゼンチンへ。

フタレフー

ラ・フンタかたフタレフーをめざし、あいも変わらず昼近くになってのんびりと出発。
土埃が舞い、景色を楽しむどころではなかったアウストラル街道に別れを告げ、東へと車を走らせる。
茶色から緑へと色彩が豊かになり、心が和む。

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やがてゴーッという轟音をたてて流れる川が見えてきた。
これが急流で有名なフタレフー川。

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時刻はもう3時過ぎ、フタレフーの町もまだまだ先だし今夜の宿も探さないといけないけれど、この川を素通りするなんて野暮なことはするはずもない。
川岸まで下りて、5人で何をするでもなくぼーっと川の流れを眺める。

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ぼーっとのんびりすることが苦痛じゃない。
そんなところも気が合うんだよね。
些細なことだけど、いっしょに旅をする上ではとても大事なこと。

川に沿って山道を登っていき、午後6時にフタレフーに到着。
フタレフーは山に囲まれた小さな町。
トレッキングとラフティング目的のツーリストで賑わい、ホテルもたくさん点在している。

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車を止め、みんなで歩いて宿探し。
ホテル、民泊、コテージといろいろなタイプの宿を見て回るけれど、部屋や値段がイマイチ。
ていうか、町に来る前に1か所宿を下見していたんだけど、フェルナンドたちはほぼそこに決めてたんじゃないかな。
けっきょく町では食料の買い出しとフェルナンドたちのラフティングの予約、そしてケンゾーとイクエのチャイテンまでのバスの予約をして、20km離れた宿まで戻ることに。

みんなで最後に泊まることにしたのは、フタレフーの町から20km下ったところにあるコテージ。
周囲を山に囲まれていてロケーションは抜群。
周りには店もなく不便だけど、町の中で泊まるよりも断然いい。
さすがフェルナンドとグロリア、言わなくてもよく分かってる。

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コテージ1棟を5人でかりて1泊1人7500ペソ(約1500円)。
フェルナンドたちはロフトで、ケンゾーとイクエは1階のダブルベッドが置かれた個室で寝ることに。
レセプションには遅いけれどWi-Fiがあった。

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今晩のメニューはアサード!
アサードとはバーベキューのこと。
町で4キロの羊の肉を買ってきた。
豪快に焼いて喰らう!

パブロが火熾し役を買って出た。
火をつけるはずなのに、パブロが用意したのは水が入ったペットボトル。
ペットボトルの周りに新聞紙をぐるぐると巻き付けている。
そしてペットボトルを真ん中に置き、大量の炭で埋めてしまった。
なんでもこれがチリスタイルの日の熾し方なんだって。

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こんもりと小山のようになった炭。
真ん中のペットボトルをすぽっと抜くと空洞ができた。
マッチで新聞紙に火をつけると一気に炎が燃え上がる。
なるほどー、大量の炭に一瞬にして火がついたよ。
やるねえパブロ。

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さあ、楽しいアサードのはじまりだ。
チリでは火を熾すのも肉を焼くのも男の仕事。
女性は一切口出しをすることができないんだって。
イクエとグロリアはサラダ担当。

パブロは見事に火を熾したし、さすがチリ人は慣れてるなあって感心してたんだけど、コテージのキッチンでサラダを作っているグロリアとイクエはまったく違うことを話していたんだそう。

「あの2人、たぶん肉焼けないと思うよ。
 いままで肉焼いてるところなんて1回も見たことないもん。」

「ふ〜ん。」
いやいやいや、「ふ〜ん」じゃないよ、それ致命的やん!

ダメと分かってても口出せないけど、いよいよとなったらキッチンのコンロで焼こうって話してたんだって。
大丈夫かな、フェルナンドとパブロ。

火が熾きて1時間、メラメラと炭は燃えているのにまだ肉を焼こうとしないフェルナンドとパブロ。
ビールを飲んでのんきにおしゃべり。
時刻はもう9時前、日が暮れはじめているし、なによりもお腹がすいた。

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なに待ちなんだろう?
我慢できずに「もういいんじゃない?肉を焼こうよ。」と言うと火の上に手をかざすパブロ。
帰ってきた答えは無情にも「まだダメだ」。
炭の上に手をかざし、5秒以上手を引っ込めずに熱さに耐えられるようだとまだ炭の温度が足りないんだって。

いやいやいや、もう火を熾して1時間経つんだよ。
そんなのんきなことを言ってたら炭が燃え尽きちゃうよ。
日も暮れるし、腹ぺこだよ。

グロリアに「肉が焼けない」と言われていた男たちは、本当に焼き方を知らないのかどうかは分からないけど、妙なこだわりを持っていた。
やっと肉を肉を焼きはじめたのはいいけれど、今度は肉を網の上で焼くんじゃなくて、斜めに立てかけて焼こうとするから困ったもんだ。
きっとパタゴニア名物の「アサード・デ・コルディージョ」みたいに焼きたいんだと思う。

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ロケーションもいいし、気持ちは分かるけどバランスが悪くて危なっかしい。
直火じゃないからいつ焼き上がるか分かったもんじゃないし、転倒して砂まみれになることが目に見えている。
フェルナンドとパブロは典型的な、格好から入るパターンだった。

「それは絶対無理だよ」「普通に網の上で焼こうよ!」と心の中で叫んでいるけれど、口出しすることが躊躇われる。
こりゃあ、長期戦だなと諦めていたら、救いの手が差し伸べられた。

「それじゃあ時間がかかってしまうから、網の上で焼きましょう!」
もう我慢できないとグロリアが一言。
じゃあそうするかと素直に従う男たち。
きっと彼らも「こりゃダメだ」と思ってて、誰かがそう言うのを待ってたんだと思う。

やっと網の上に載った肉たち。
細かく切るなんて事はせずにドーンと塊のまま豪快に焼いていく。

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肉が分厚いから直火でもなかなか焼けない。
日が落ちてすっかり暗くなってしまった。
肉が焼けたのは火を熾しはじめた2時間後。

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グロリアお手製のタレに漬け込んだ肉は絶品。
「これで今年の羊の肉は食べ納めだ」と言うフェルナンド。
普段羊の肉は夏にしか食べないんだって。

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翌朝、フェルナンドたちとのパタゴニアの旅の最終日。
フェルナンドとパブロはラフティングをしにフタレフーへ。
雲ひとつない青空で絶好のラフティング日和だ。

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ケンゾーとイクエ、そしてグロリアはコテージでお留守番。
朝から大胆な珍客がやって来た以外とくにすることもないので、思い思いにのんびり過ごすことに。

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コテージのすぐそばにフタレフー川が流れている。
きれいな川があると普段洗えないものを洗いたくなるケンゾーとイクエ。
今回もテントやバッグなどを洗うことに。
もちろん洗剤は使わず、水洗い。

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とても澄んできれいな水。
ジリジリと太陽が照りつけ裸でも暑いくらいだけど、川の水は冷たい。
ラフティングはびしょ濡れになるけど、大丈夫かな。

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洗濯物が乾くまで川岸でまったり。
ときおり絶叫とともに水しぶきをあげラフティングボートが目の前を通り過ぎていく。
ラフティングだけでなく、カヤックを楽しむ人も多い。

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せっかくなのでフェルナンドとパブロの勇姿を写真に撮ってあげようとしばらく待ち構えていたんだけど、お腹がすいたので諦めた。
あとから聞いたら、コテージの前を通過したのは夕方の5時ごろだったんだそう。
さすがにそんな長時間待ちきれないや。

遅くても夕方には帰ってくるだろうと待つもぜんぜん戻ってこないフェルナンドとパブロ。
辺りがすっかり暗くなった9時過ぎ、3人の心配をよそに超ご機嫌で帰ってきた。
2人ともまっ赤に日焼けしてかなりテンションが高い。
なんでも、5時間もボートに乗ってたんだって。

よっぽど楽しかったのか、興奮覚めやらない2人。
パブロは「きょうは人生でスペシャルな日だった!」と語る。

フェルナンドがケンゾーとイクエに今日一日のことを説明してくれてるんだけど、スペイン語でまくしたてるのでさっぱり分からない。
「英語でお願い!」って言うと「あっ、ごめんごめん!」って言いなおしてくれるんだけど、それでも英語とスペイン語がごちゃまぜ。
いやあ、本当に楽しかったみたいでよかったよ。

こんな楽しいフェルナンド一家とも今夜でさよなら。
ケンゾーとイクエは明日の早朝、きっとまだみんなが寝静まっているうちに出発する。
そんな最後の夜に、フェルナンドとグロリアが素敵なものを用意してくれていた。
それはシャンパンとチーズ!

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このシャンパン、もうすぐフェルナンドの誕生日なのでそのときに飲もうと用意していたもの。
それを開けてくれた。

パタゴニアに自生する「カラファテ」というベリーのリキュールをシャンパンで割るというオシャレな飲み方で。
つまみは、これまたパタゴニア産の羊のチーズ。
最初から最後まで食べることと飲むことを全力で楽しんだ1週間だった。

偶然の出会いではじまったフェルナンドたちとのドライブ旅。
ほんのひと時だけ時間を共有するはずが、終わってみるとまるまる1週間寝食を共にすることに。
国籍も年齢も何もかもが違う5人だけど、楽しさを分かち合える友人になったと思う。
こんな素晴らしい出会いこそが旅の醍醐味。

フェルナンド、グロリア、パブロ、楽しい日々をありがとう。
一生忘れられない素敵な1週間になったよ。
また会えたらいいね、アディオス!

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こうして、わたしたちの仲は深まっていく

2015.04.27 06:19|チリ☞EDIT
ケンゾーに髪を切ってと頼まれたので面倒くさいけど切ってあげたら「変だ!ホタテ(わたしたちが飼っているチワワ犬)みたいだ!」と文句を言われたイクエです。
「薄毛が目立たないように横の毛を刈り上げ風にして」とか意味不明な要求をするんです。
髪切るの面倒くさいし文句言われるし「帰国まであと何回切らなきゃいけないのかなあ」と思うけど、夫の髪を切る機会なんてこんなときぐらいしかないから、お互いにとって良い経験ということで受け入れようと思います。
夫にムカつくことがあれば、今度は意図的に変な髪型にしてあげようと思います。
フッフッフ。

ヒッチハイクで拾ってもらったフェルナンド一家。
ほんのひとときのつきあいのはずが、いつのまにか3日目に突入してしまった。

いっしょに旅をするには、価値観や生活のスピードが合わないとお互い苦しくなる。
たまたま出会ったわたしたちだけど、お互い気兼ねすることなく相手に合わせようと無理をすることもない。

フェルナンドたちの始動は遅い。
好きな時間に起きて、ゆっくりと身支度を整える。
紅茶を入れてパンを食べてまったりとした朝を過ごす。

わたしはこのマイペースな雰囲気が好きだ。
心地よい。

いつも始動が遅いから目的地に着くのが日暮れになってしまう。
冷静に考えれば、朝早めに出発して太陽があるうちに美しい景色が楽しめるアウストラル街道をドライブし、明るいうちに宿を探す、ということがいいのだけれど、まあいいじゃない。

急かされない旅っていうのは魅力的。

出発の準備にも1時間くらいかかる。
車に荷物を詰めるのに30分以上。
というのもわたしたちの荷物も多いから、上手にトランクに詰めないと入りきらない。
パズルのように入れ替えたり向きを変えたり。
力づくで押し込めたり。
そして、トランクのドアが無事に閉まるとみんなで拍手をする。

出発するころには、もうお昼になっていた。

きょうの目的地は・・・。

決まってない。
アウストラル街道を北上するのみ。

このいいかげんな感じも、わたしたちと似ている。

そうなると必然的にきょうも彼らといっしょに行動することになるし、おそらくきょうも同じ場所で夜を明かすだろう。

ここまでくると「きょうも車に乗せてもらっていいですか?」とか「どこまで僕らの車に乗ってくの?」なんて会話はもはや必要ない。

「よし、じゃあ行こうか。」
「はい、行きましょう。」

それだけ。

絶景が続くと言われるアウストラル街道。
一部の旅人が憧れる場所だけれど、不便なので行きづらい。
それをこんなふうに何の苦労もせずに、毎日同じ車で移動していけるというのはほんとうにラッキーなこと。

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パタゴニアの山々。
咲き誇る花。
そして、ループを描く道。

アウストラル街道は「チリでもっとも美しい道」なんて言われるけれど、個人的にはチレ・チコからマーブル・カテドラルまでの道のほうが絶景だと思う。
わたしたちと同じルートをたどった旅仲間たちも口を揃えて言っていたから、実際そうなのだろう。

2時半ごろ、比較的大きなコヤイケという街に到着。
地元の人で賑わうレストランで遅めのランチ。

わたしとケンゾーは「ふたり一皿でじゅうぶんだよ」とフェルナンドに勧められたお肉のプレート料理を注文。
ハンバーグに目玉焼きがのっていて、フライドポテトがどっさり。

グルメなグロリアが注文したのは、カルディージョ・デ・コングリオ。
穴子のスープ。
一口食べさせてもらったけど、ダシが出ていておいしかった!

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コイハイケの街を歩いていたら、わたしたちの旅友のなぎさちゃんやヒトシくん、マリちゃんとバッタリ。
みんなとはカラファテやチャルテンでお別れしていた。
そこから苦労してバスを乗り継ぎ、マーブル・カテドラルを観光し、この街にたどり着いたのだいう。
そして何もないこの街で、もう5日間も足止めをくらっていた。

「ぜんぜんバスに空きがないんですよ。
ここからのフェリーも来週までいっぱいで出られないんです。
イクエさんたちこれからどうするの?」


「ヒッチハイクした家族といっしょに今からこの街を出るけど、そのあとはチロエ島に行きたいなって思ってる。」

「チロエ島行きのフェリーも満席だから早めに予約したほうがいいですよ!
すぐそこにフェリー会社の予約オフィスがあるんで。」

わたしとケンゾーはこのまま少し北上し、チャイテンという街からフェリーに乗ってチロエ島に渡りたいと考えていた。
チャイテンからチロエ島・カストロまでの船は週2便。
さっそくフェルナンドたちとオフィスへ向かった。

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わたしとケンゾーは少し心が揺れた。
フェリーのチケットを予約するということは、そこでフェルナンドたちとの旅も終りになることを意味する。
フェルナンドたちはこれからふたたびアルゼンチンに入国し、北上を続け、1週間後にサンティアゴに帰るように計画している。
この家族といっしょにサンティアゴまで旅を続けるのも魅力的だ。
「最後までいっしょにいいよ」と言ってくれている。

でもチロエ島は気になる場所で行ってみたい。
それに、家族水入らずのバケーションなのにこれ以上わたしたちがじゃましては悪いような気もする。

わたしたちは心が揺れながらも4日後のフェリーのチケットを購入した。

あと、4日間ある。

「あと4日間。
 それまでいっしょに旅してもいい?」

「もちろん!」

フェルナンドとグロリアが笑顔でうなづいた。

コヤイケのスーパーで夕食の食材を買い、インフォメーションセンターで今晩泊まれそうな村の情報収集をしに行った。

ラ・フンタという村に泊まることにした。
美しい山と森があり、澄んだ川が流れる、リフレッシュするには最適の場所らしい。
ここから300キロ弱。

ラフンタ

インフォメーションセンターのスタッフが、宿の手配もしてくれた。
わたしたちは別荘のような一軒家をみんなで借りることにした。
ひとり1万ペソ(約2000円)。

宿が決まったところでドライブ再開。

途中、滝に立ち寄ってペットボトルや水筒に天然のミネラルウォーターを補給。

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コヤイケの街を出たのが午後5時ごろ。
日没時間は午後9時ぐらいとはいえ、わたしたちにはあまり時間がない。
明るいうちに到着したいけど、到底それは無理だろうなあ。

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このあとくねくねのオフロードが待っている。
時速30キロくらいしか出せないから、宿に着くのは午後10時すぎちゃうかなあ。

陽はどんどん傾いていく。
あいかわらずオフロードは続く。

景色を楽しむアウストラル街道は、もはやただの悪路でしかない。

コヤイケから走りはじめて4時間。
わたしたちは難所にぶちあたった。

陽が沈んだ直後の薄暗い中、前へ車を走らせようとしていたわたしたちを、男性が止めた。
男性の脇には男性のものと思われる車が止まっている。

「もうここから先へは進めないよ。
 崖から落ちてきた大きな岩が道をふさいでるんだ。」

そばにはほかにも数台の車が止まっていた。
岩が落ちているのはここから10キロ以上先らしいけど、きっとそこにももっとたくさんの車が立ち往生している。

「岩をどけるにはダイナマイトみたいなもので爆破させるか、大型重機で運び出すか。
とにかく、少なくともあと4~5時間はかかりそうだ。
もしかしたら明日の朝になるかもしれない。」

関係者はそう話している。

「どうする?」
「行き先を変えて、近くの村に移動してきょうはそこに泊まろう。」

近くの村といってもここから1時間半くらいかかる。
それに、考えていることはみんないっしょだった。
すでに周辺の村の宿泊施設は満杯で泊まれないのだという。

「コヤイケに引き返そう。」
フェルナンドが言った。

「それはやめたほうがいい。
だって4時間かけてここまで来たんだから、引き返すのにまた4時間かかるのよ。」
グロリアが反対した。

わたしもグロリアと同じ意見だった。
運転はずっとフェルナンドがしている。
こんな暗いなか、また4時間かけてあの悪路を戻るなんてフェルナンドがいちばんきついはず。
そしてまた明日ここに戻ってくるのなら、8時間無駄にドライブすることになる。
それに、雨まで降ってきた。
街灯もないし、運転は危険だ。

ちょうどこの周辺の道路の工事が進められているようで、近くに工事関係者用の寮のような建物があった。

「ベッドなんてなくてもいいから、とりあえず室内に入れてもらって一晩明かせないかな。」
グロリアが提案した。

工事関係者に頼んだけれど、断られてしまった。
お願いしたのはきっとわたしたちだけではない。
ここにいるみんなを受け入れなければならず、キリがなくなるから無理もない。 

荷物でいっぱいの狭い車の中、5人で朝まで過ごすのかあ。

わたしとケンゾーがいなかったら・・・。

もっとスペースに余裕があるだろうし、運転席と助手席はリクライニングを倒せるし、グロリアは後部座席で横になることができる。

とても申し訳ない気持ちになってきた。

もうちょっと長引きそうだったらー。
もっているテントを外に張って、わたしとケンゾーはそこで寝ようかな。
外はものすごく寒いし雨も降っているけど、わたしたちが車から出れば家族はもっと楽になる。

そんなことを考えていた。

わたしとケンゾーのあいだで、ヒッチハイクする上でのマナーとして「車内では寝ない」と決めている。
せっかく乗せてもらっているのに、寝るなんて失礼。
いつも乗り物に乗れば必ずといっていいほど寝てしまうケンゾーは、強烈なガムを噛んでいつもなんとか耐えている。

だから今も、寝たくはない。
車は止まっているとは言え、いつ動き出すかわからないからフェルナンドは起きたまま様子をうかがっている。

実はこのとき、わたしは熱があった。
風が吹きすさぶパタゴニアで11時間路上で車を待ちつづけ、野宿をしたことが体に響いたのか、きのうの夜から頭がガンガンして寒気がしていた。
きのうの夜と今朝は、38度は超えてたんじゃないかと思う。
風邪薬を飲んで痛みは少し収まったけれど、節々が痛くて睡魔が襲う。

ああ、ごめんなさい。
寝ます・・・。

もちろんわたしの体調が悪いなんてこの家族には言っていないけど、この家族なら今寝ることも許されるような気がした。
わたしたちの関係は、もうそこまできているような気がする。

わたしはケンゾーにもたれかかって眠った。

いっぽう、いつも寝てしまうケンゾーはわたしの代わりにがんばってくれていたようだ。

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それから3時間ほどが経った。

「よし、動き出した!」

その声で目を覚ますと、並んでいた車たちがいっせいに動き始めていた。

あー!よかった!
思っていたよりも岩は早く取り除かれた。

それからさらに車を走らせ、わたしたちが目的の村に着いたのは午前2時だった。

そしてまたひとつわたしたちに問題が降り掛かった。

きょうの宿、どこだろう?

宿は別荘のような一軒家を予約している。
村は小さいし街灯もない。
深夜2時に、宿の場所を人に尋ねることもできない。

結局、車内泊かあ。

そう思ったとき、パブロが宿の看板を見つけた!
なんてファインプレー!!

そしてわたしたちは宿らしきところに着いた。

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宿「らしき」ところ。
だって人がいなくて確証がもてない。

「こんばんはー!」
「誰かいますかー?」
「すみませーん!」

みんなで深夜2時に叫ぶ。
それに答えるかのように、犬が吠える。

誰も出てこない。

「もう、いいや。
 入っちゃおう。」

「鍵も開いてるし、たぶんここだ。」

わたしたちは主のいない家に勝手に入った。
たぶんここなんだけど、でも違ったらわたしたちは法に触れることをしている。
他人の家に侵入して寝るなんて。
でも、もしそうだとしてもきっとパタゴニアの田舎の心優しい人は、多めに見てくれるだろう。
非常事態ということで。

入ったはいいけど、今度は電気がつかない。
懐中電灯で照らして真っ暗ななか、ブレーカーを探す。
ブレーカーは見つかったものの、あげてみても電気はつかない。

ベッドルームや棚の中を探していたらロウソクを発見!!
ロウソクに火を灯す。
暗闇でゆらゆらとみんなの顔が見える。

深夜2時、誰の家かもわからないところで、ロウソクを持って5人でウロウロしているという状況が、なんだかおかしく思えてくる。

「こっちにベッドルームがある」「バスルームはここだ」なんて言いながら。

探検しているみたい。
すごく疲れているのに、笑いが出てくる。

わたしたちはいったい何をやってるんだろう。

突然、パッと明るくなった。
またしてもパブロのファインプレー!
電気がついたのだ。

この家は普通の電気とソーラー発電の電気を使い分けているらしく、その切り替えスイッチをいじってみたら電気がついたのだった。

深夜2時すぎ、電気がついてわたしたちがまずやったことと言えば・・・。

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とりあえずビール飲もうや~。

このあたりのリズムも、フェルナンドたちとわたしたちは相性がいい。

たしかにお腹は空いたけど、こんな夜中にもうご飯なんて作る体力はない。
だけど酒を飲む体力は残っている。

チーズとオリーブとパンと黒ビールとワイン。

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ええ、わたし、熱があります。
風邪をひいております。

しかし、酒を飲む体力はあります。

お酒で体をあたため、疲れを取り、お互いをねぎらい、わたしたちはふかふかのベッドでぐっすりと眠った。

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もちろん次の日は、遅めのお目覚め。
わたしたちは、どうやら法を犯してはいなかったよう。
隣にはオーナー夫妻の家があった。

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家庭菜園や牧畜、ソーラー発電の利用などスローライフを送っているご夫婦。
そんなご夫婦を取材しに、この日海外のテレビ局も訪れていた。

目の前の庭には、犬もいれば羊もいれば鶏もいる。
みんな放し飼い。
人も動物もとても満足そうに生きている。

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わたしたち5人はほんとうはここには1泊だけする予定だった。
でも寝たのが朝方。
きょう動く気にはならない。
それに、このスローライフをフェルナンドとグロリアはとても気に入ってしまった。

「ここには2泊しよう。」

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このオーナー夫妻のライフスタイルは、まさにフェルナンドとグロリアの夢。
チリの大都会、サンティアゴで忙しい日々を送っている2人は、将来田舎暮らしをすることを夢見ている。
なにもこれは夢物語ではなくて、サンティアゴの南の田舎の村に別荘を買う予定で、サンティアゴに帰る途中でその候補地にも立ち寄ることにしている。
(実際2人はこの数日後に大きな山小屋を購入。)

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医師であるグロリアは知的なキャリアウーマンではあるのだろうけど、料理や編み物が好きで家庭的な一面も。
車での移動中も、後部座席で毛糸と編み棒を持ってベストを編んでいた。

この家ではたくさんの羊たちを飼っている。
軒下には羊の革と毛がワイルドに干されている。

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オーナーの奥様は、飼っている羊から毛糸も作っている。
羊毛をゆずってもらって、うれしそうなグロリア。
温かそうな羊毛で、次は何を編むのかな。

自給自足のスローライフ。
流れているのはぜいたくな時間。

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家庭菜園の野菜。
新鮮な卵。
庭で採れたハーブ。

スーパーはなくても、おいしいものが手に入る。

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「オーナーの奥様が、パンを焼いてくださったの。
 ほら、おいしそうでしょう♡」

グロリアはとても楽しそう。

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おいしい時間。

そして、抜かりなく準備しているワインたち。

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昼間から酒を飲み、まったりした時間を過ごすわたしたち。
3日前に出会ったばかりという気がしない。
気心の知れた相手。

長時間のドライブやきのうの真夜中の足止め、そして誰の家かもわからないところに侵入し暗闇の中で試行錯誤した時間。
それらがわたしたちの仲をぐっと深めたのかも。

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遅く起きて、ダイニングのテーブルに座ってゆっくり時間を過ごして、できたてのパンをつまんだり、ワインを飲んだり。
みんなでぐうたらしながら、実家での寝正月のような日を過ごしていると、いつのまにかもう夕方になってしまった。

「せっかくここに来たんだから、みんなで裏山に散歩に行ってみよう。」

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外は薄暗くなろうとしている。
陽が傾きかけて重い腰をあげるのが、わたしたちらしい。

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裏山はうっそうとしている森だった。

苔むした大木。
落ち葉で覆われたふかふかの土。

手つかずの自然で、どちらに進めばいいのかわからなくなり、何度か足を止めた。

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先頭を行くパブロが何度も振り向いて尋ねる。
「どっち?」

そのたびにフェルナンドが「こっち」と答える。

ゴールがあるわけではない。
わたしたちはただ森をさまようことを楽しんでいた。

「この辺にしとこうか。」

それぞれが思い思いの場所に腰をおろし、野鳥の声に耳を澄ませる。

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わたしが好きな花がここにも咲いていた。
パイネのトレッキングのときにも見かけた花。
かんざしみたいで、色もかたちも愛らしい。
花の大きさは、3センチほど。
1メートルくらいの低い木に、たくさんぶらさがっている。

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「グロリアは料理が得意なんだ。」
妻の料理の腕前を褒めるフェルナンド。

グロリアは笑いながら否定する。
「違うのよ。
 わたしはただ食べることが好きなだけ。
 自分がおいしいものを食べたいから、おいしいものを作りたいの。」

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グルメな人が作る料理は、間違いない。

フライパンにたっぷりのオリーブオイル。
お肉はオレガノで味付けをして。
玉ねぎと一緒に炒めていく。

別の鍋には、とうもろこしにじゃがいも、かぼちゃ・・・。
たくさんの野菜が茹で上っている。
その野菜をつぶして、炒めたお肉と混ぜ合わせる。

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チリの代表的な家庭料理、チャルキカンの出来上がり。

日本の「煮物」に当たるような、チリのお袋の味。
たっぷりの野菜が入っていて体も喜びそう。
おいしくてペロリと一皿たいらげる。

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チリの家族といっしょにチリの家庭料理に舌鼓。

ヒッチハイクがわたしたちにもたらしてくれた出会い。

同じペースで旅をしていく。

きょうはどこに泊まろうか。
あしたはどこまで行こうか。

飾らない自分。
心地よい日々。

こうして、わたしたちの仲はどんどん深まっていく。
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マーブル・カテドラルよりも素晴らしい「絶景ロード」

2015.04.26 05:16|チリ☞EDIT
ここ最近よく焼きゾバを作って食べてるんだけど、納得したものが作れなくて残念なケンゾーです。
日本食材店で焼きそばソースを買ったんだけど、麺までは手に入らない。
仕方なくパスタで代用してるんだけどこれがイマイチ。
もちろんソースも重要だけど、麺が大事だということを思い知らされた。

路上で一日絶望感を味わい、野宿とひもじい食事でみじめな思いをしていたケンゾーとイクエ。
2日後のいま、2週間前に買ったばかりの新車に乗って、チリ人家族と楽しく会話しながら観光地を巡っている。
9回の裏、逆転満塁サヨナラホームランを引き当てたケンゾーとイクエ。
これだからヒッチハイクはやめられない。

結果的にはフェルナンドたちを誘うかたちで向かうことにしたマーブル・カテドラル
マーブル・カテドラルはヘネラル・カレーラ湖にある大理石でできた洞窟。
水の浸食によって造られた洞窟に青い湖面が反射してとてもきれいなんだそう。
「世界一美しい洞窟」と呼ばれることもあるほど。

このマーブル・カテドラル、最近旅人のあいだで人気急上昇中なんだけど評判は微妙。
「思っていたよりも青くなかった」「写真で見てたよりもきれいじゃなかった」「正直がっかり」・・・。
期待が高かったぶん、がっかりするパターンが多いような傾向。
なので、ぜんぜん期待をせずに「とりあえず寄っとこうか」ぐらいの軽い気持ちで行くことに。

チレ・チコのキャンプ場を出発して30分、予想もしていなかった絶景が目に飛び込んできた。
マーブル・カテドラルには過度な期待をしないようにしていたけれど、マーブル・カテドラルに向かうまでの道のりがこんなにも美しいなんて、まったく予想外だったよ!

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真っ青に晴れ渡った空とうっすら雪を被ったアンデスの山々、そして空よりも青くコバルトブルーに輝く湖が5人を待ち受けていた。
クネクネと曲がりくねった湖畔沿いの道、カーブを曲がるたびに見え隠れする湖。
車窓から見えるたびにその美しさにハッとする。

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この信じられないくらい青く輝いているのがヘネラル・カレーラ湖
氷河によってつくられた湖でアルゼンチンとチリにまたがっている。
チリ側が若干広く、チリでは最大の湖。

なんでこんなに青いんだろう。
空の青さを反射してるから?
インターネットで水の青さの原因を調べたけれど、ケンゾーには難しすぎてさっぱり分からなかった。
理屈は分からないけど、理屈抜きの美しい景色にうっとりする。

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断崖絶壁を削ってつくられた豪快でワイルドな道。
そしてアンデス山脈と湖が織り成す美しい景色。
チレ・チコからヘネラル・カレーラ湖の西端、国道7号線までのおよそ100kmは絶叫とため息が必至の絶景ロード。

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絶景ロード

チレ・チコからマーブル・カテドラルまではおよそ160km。
たいした距離ではないけどクネクネ砂利道なのでそんなにスピードは出せない。
12時に出発したのにマーブル・カテドラルに到着したのは夕方5時。
まあ、途中小さな町によってのんびりランチを食べたりしてたからね。
まったく急がず、ゆっくりのんびりとしたフェルナンド一家とのドライブ旅。
まだ出会って2日目なのに、いっしょに行動することが心地いい。

最寄りのトランキーロという街にもツアー会社があるけれど、湖畔にあるボート所有のツアー会社へ。
マーブル・カテドラルはアクセスが悪いけれど、旅人憧れの場所。
ヒッチハイクをする旅人は多い。
ライバルが多くてヒッチハイクが苦戦することを覚悟していたけど、フェルナンドたちのお陰でびっくりするほど楽にたどり着けた。

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5人で1艘のボートをチャーターして1人8000ペソ(約1600円)。
ライフジャケットを着用してボートに乗り込む。
体の大きなフェルナンドとグロリアはジャケットがぱっつんぱっつん。
イクエは子ども用がジャストフィット。

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いざコバルトブルーに輝く湖上へ。
はたしてマーブル・カテドラルはがっかりスポットなのか、はたまた世界一の美しさを見せてくれるのか?

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ボートで湖上へと繰り出すと水の色がコバルトブルーからエメラルドブルーに変わった。
どうしてこんな色に見えるのか不思議でならない。
そして、エメラルドブルーに輝く水の上に浮かぶ変わった形をした岩が見えてきた。
これが世界一美しいと言われている大理石の洞窟群、マーブル・カテドラル。

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大理石の岩壁が長い年月をかけて侵食され、複雑な形状を造り出している。
洞窟状の横穴が無数に開いていて、ボートごと中に突入。

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水を反射し、暗闇の中にぼわーっと青く浮かび上がる大理石。
ただ、写真だとかなり青く見えるけど、実際にはそんなに青くはない。

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太陽の位置や晴れ具合、風の有無で刻々と色を変える湖と鍾乳洞。
ひょっとすると今日のコンディションはイマイチで、実際はもっときれいなのかも。

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ここは水がエメラルドグリーンでとてもきれい。
グロリアも楽しそうにバシャバシャ写真を撮ってる。
ルートを変更して付き合わせることになったから、自分たちよりもグロリアたちが気に入ってくれるかどうかが気がかりだった。
「頼む、きれいであってくれ!」って密かに願ってたんだけど、まあ及第点かな。

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優美な曲線を描くマーブル模様の大聖堂(カテドラル)。
ポップな現代アートやガウディの建築物のようにも見える。

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こんなちょっとくたびれたビーグル犬に見える岩を発見。
じつはこの時がいちばんテンションが上がったかも。

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結論としては、「マーブル・カテドラルにはあまり期待を抱かずに行ったほうがベター」だと思う。
どっちかと言うと「絶景ロード」がメインで、マーブル・カテドラルはおまけくらいの心積もりのほうががっかりしない。

マーブル・カテドラルを見終わったのが6時半過ぎ。
基本的にノープランなフェルナンド一家、とりあえず行けるところまで北上。
国道とは言えコンディションが悪いので、120km走るのに4時間もかかった。
夜10時半にセロ・カスティージョという小さな町に到着、今夜はここに泊まることに。

セロカスティージョ

セロ・カスティージョはすぐそばに自然保護区がありトレッキング目的で訪れるツーリストも多い。
小さな町だけどいくつか民宿のような宿がある。

グロリアとフェルナンド、二手に分かれて宿探し。
ケンゾーたちはフェルナンドといっしょに2軒の宿を見に行った。
値段は同じ。
ケンゾーとイクエはWi-Fiがあり、ほかのバックパッカーたちもいた宿が快適そうでいいと思った。
いっぽう、フェルナンドはほかの宿泊客がいないもうひとつの宿がいいと言った。

もともと別々に旅をしているのだから、意見が分かれるのも不思議じゃない。
それぞれいいほうに泊まればいい。
宿が分かれるということはあしたの起きる時間も変わってくるだろうし、フェルナンドたちともここでお別れかもしれない。
明日からまたヒッチハイク再開かな。

そう思っていたら、別の宿を見に行ってきたグロリアが戻ってきた。
意見が分かれているのを聞いてグロリアは「わたしも2つの宿を確認したい」と言う。

そしてグロリアが出した答えは・・・。

「ケンゾーとイクエがいいと言っている宿のほうが断然いいじゃない!
 温かいし、宿のご主人は優しいし、みんなでこっちに泊まろうよ!!
 わたし、こっちの宿気に入った。」


こうしてみんなで2日目の夜を迎えることになった。

ダブルルームで1人7000ペソ(約1400円)。

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女性陣はキッチンを借りて夕食の準備。
イクエとグロリアはそれぞれ持っている食材を出し合って、夕食の献立を決めた。
ツナ缶とオリーブとトマトと玉ねぎとバジルソースを使ったパスタ。

グロリアがこの宿を気に入ったいちばんの理由が、キッチンにあるこのストーブ兼コンロ。
パタゴニア地方の田舎の家にはよくあるもので、中で薪を燃やすと料理もできるし、部屋も温まるし、さらにはタンクに入った水を温めてホットシャワーが使えるすぐれもの。
このコンロを将来、家に作りたいんだって。

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そしてフェルナンドと息子のパブロはというと、何やらテーブルの上で作業中。
ふたりで大量のレモンを搾っている。

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サラダにでも使うのかな?と思いきや、フェルナンドが次に取り出したのは瓶に入った茶色の液体。
じつはこれ、「ピスコ」というペルー原産のぶどうの蒸留酒。
ペルーだけでなくチリやアルゼンチンなど南米で広く親しまれている。

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ピスコはアルコール度数が40度くらいあり、そのまま飲むことはほとんどない。
レモンや砂糖、炭酸などを混ぜてカクテルのような「ピスコサワー」を作って飲む。

時刻はもう11時、長時間ドライブで疲れているだろうに楽しく食べて飲むことに労力をいとわないフェルナンドたち。
ほんとうにいい家族に拾ってもらった。
フェルナンド一家のお陰で、パタゴニアを大満喫することができて幸せだ。

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ヒッチハイク、なんてサイコー!

2015.04.25 06:19|チリ☞EDIT
きょうはハヤシライスを食べたイクエです。
日本食材店で日本のハヤシライスのルーを手に入れたんです。
たしか一箱800円くらいだったかな。
でも8食分くらい作れるから、外食したと思えば安いもんです。

きのうは11時間も車を待ちつづけてヒッチハイクが難航したイクエとケンゾー。
ガソリンスタンドの脇にテントを張って野宿。
なんだかみじめな気持ちになってしまった。
きょうは報われる日になるといいな。

朝9時半。
テントをたたんで出発。

はたしてきのう3時間待ちつづけた道は、本当に今も使われているんだろうか。

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疑問と不安が解決されないまま、ぜんぜん車の通らない砂利道で待つこと1時間半。

「やっぱりこの道、不通になっとるんやない?」
「誰かに聞いてみよう。」

砂利道のすぐ脇には舗装された幹線道路がある。
とにかくこの幹線道路を通る人に聞いてみよう。
そう思って車が通るたびに手を挙げて車を止めようと試みる。
だけど、みんなわたしたちがヒッチハイクをしていると勘違いして止まってくれない。

人差し指で自分の口とドライバーを指しながら「あなたと話したいだけなんです!」というサインを車に送ることにした。

するとこれが成功。

一台の車が止まってくれて、窓を開けてくれた。

「わたしたち、北のほうの街に行きたいんですけどそこの道であってますか?」

スペイン語の単語を並べて尋ねると「ちがうよ」という答え。

わたしたちはきのうも、そしてきょうも、使われていない道で車を無駄に待っていたのだった。
(あとで知ったのだけど、この道は1か月前に封鎖されたのだそう。
きのうたまたまここを通っていった車はそのことを知らなくて進入禁止のこの道を走っていた。
正しい道はできたばかりなので、わたしたちのもっている地図には載っていなかった。)

使われていない道できのうときょう、あわせて5時間も待っていた。
なんてまぬけなことをしていたのだろう。

きのう車を降ろしてもらったトレス・ラゴスの街へと引き返す。
新しい道は、街を突っ切る幹線道路を辿っていけばたどり着くらしい。
でもわたしたちの地図にはそのルートが載っていない。
大丈夫かな?

こんなわたしたちの前に、一台の車が止まり、おじさんに道を聞かれた。
「〇〇の街へはどうやって行けばいいの?」と聞いているようなんだけど、その〇〇という街をわたしたちは知らない。
「わかりません」と答えると、そばに止まっていた別の車の男性がわたしたちの代わりにそのおじさんに道を教えていた。
道を教えていた男性の車には、コンロや寝袋、旅行カバンがたくさん詰め込まれていたのが印象的だった。

街で見つけたホテルで道を尋ね、新しい幹線道路にようやくたどり着いた。
きのうここで車を待っていたら、あんなみじめな思いをしなくてすんだのに。

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でもなかなか車は通らない。
あいかわらず風がゴーゴー吹いている。
20分くらいの間に数台の車がわたしたちの前を通り過ぎていった。

そしてついに!

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拾ってもらえたー!!!

しかもこの車、わたしたちの前を通り過ぎたんだけど、50メートルほど進んだところで停止しバックして戻ってくれた。

じつはこの車、さっきわたしたちがおじさんに道を聞かれたときに、わたしたちの代わりにおじさんに道を教えていた車だった。
トランクや後部座席は荷物でいっぱい。
それでもわたしたちのためにスペースを作ってくれた。

50歳のフェルナンドと妻のグロリア、そしてフェルナンドと元妻の息子のパブロ24歳。
サンティアゴに住んでいるんだけど、いまは3人でパタゴニアを車で旅行中。

フェルナンドは雑誌の記者で、グロリアは医師、パブロは大学生で、3人とも英語が話せる。
この南米で、車に乗っている人みんなが英語を話せると言うのは奇跡に近い。

コミニュケーションも取れるし、この車に乗せてもらえてよかったあ♡

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ラッキーなのはそれだけではない。
彼らのきょうの目的地はここから数百キロほど北の街。
わたしたちもそこまで乗せてもらえたら、ぐっとゴールに近くなる。

でも・・・。

この車に乗せてもらうとき、わたしたちは行きたい場所として最寄りの街名を伝えた。
近くまでなら乗せてもらえる可能性が高まると思ったから。

ケンゾーと小声で会話する。
「最後まで乗せてもらいたいねえ。
 聞いてみる?」

「うーん、でもどうだろうね。
 荷物でいっぱいだし、わたしたちがここに座ってるからグロリアは窮屈そうだし。」

「切り出しにくいね。」

トランクには荷物がいっぱいだし、そこに納まりきれない荷物をグロリアは膝の上に抱えている。
わたしたちがいなければ、グロリアは後部座席で1人でくつろぐことができる。
「1時間、2時間くらいなら」ということでわたしたちのために無理矢理スペースを作ってくれたのかもしれない。
これから何時間もその体勢でドライブというのはかなり疲れるはず。

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それにオフロードだってある。
トランクも座席もぎゅうぎゅう詰めのこの状態では楽しいドライブもつらくなる。

膝の上も足元も脇も。
グロリアは荷物に囲まれている。

わたしはケンゾーの横に詰めて座り「ここに荷物を置いてください。わたしの足元にも置けます。」と、彼女が少しでも楽になるように提案したけれどグロリアは「気にしないで」と言うだけだった。

「君たちはどこを目指してるの?」
フェルナンドに聞かれた。

「これからの予定は、チリに入国してチロエ島に寄ってそしてサンティアゴまで北上していくことにしています。」
「きょうは?」
「きょうは、ええと・・・。
 行けるところまで。」

答えをにごした。

そうしてわたしたちが最初に伝えていた最寄りの街に着いた。

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「わたしたちはここでご飯でも食べて先に進むけど、君たちはどうする?」

「もう少し、いっしょにいてもいいですか?」
「もちろん!」

彼らはこの街でレストランに行きたいようだった。
わたしたちはできるだけ安く済ませたかったので「スーパーでパンでも買って食べるので、あとで待ち合わせしませんか?」と提案した。

そして、結局みんなでパン屋さんへ。
店内に座って食べるスペースがあったので、コーヒーを頼んでクロワッサンのサンドウィッチやケーキを注文。

みんなでおいしくいただいた。

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旅行のスタイルというのは人それぞれ違う。
どんなところに行くか。
どんな場所に泊まるか。
どんな物を食べるか。

もちろん、節約旅をしているわたしたちと家族水入らずでバケーションを過ごしているフェルナンドたちとは旅のスタイルも違う。

それでもわたしたちは、このとき自然な流れでパン屋のカフェに行きついた。
結果的にそれは、レストランで食事をしたい彼らと、スーパーで安く済ませたいわたしたちの折衷案だった。
でもそれはみんなが妥協したわけでもなく、ほんとうに自然な流れだった。

「もうここにみんなで入っちゃおうか」。
そんな流れだった。

彼らとは今後もこういうことが続くことになる。

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当日出会った見ず知らずの人といっしょに旅行するというのは考えられない。
しかもチリ人と日本人。
まったく違う環境で育ち、年齢も違う。

ヒッチハイクはいっしょに旅をするわけではない。
ほんのひとときのつきあい。
あいさつをかわし、ご好意に甘えて、車内で会話し、楽しく過ごして、「ありがとう」と言って別れる。
お互い、いい思い出ができればとてもすてきなことだ。

ヒッチハイクでのつきあいと、いっしょに旅行するというのはまったく違う。
ヒッチハイクはドライな関係のまま過ごすことができる。
だから見ず知らずの人でも乗せてくれるし、お互い深入りせずに交流できる。

でも、いっしょに旅行するのは?
朝も昼も夜もいっしょに食べていっしょの宿に泊まって、いっしょに観光して。
そんなことは、いきなり道で出会った人とはできない。

でも、彼らとはこの後ー。

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「次の街までかな」「どこまで乗ってていいのかな」。
街に到着するたびにわたしとケンゾーはそわそわしていたけれど、車はそのままいくつかの街を通過し、ついにチリとアルゼンチンの国境までやってきた。

きのうは11時間車を待ちつづけ、少ししか移動できずに落ち込んでいたわたしたち。
でもきょうはこの家族と出会えて、こんなにも移動することができた。
当初は2日かけてここまで来られたらいいなって思ってた。
けれどきのうほとんど進まなかったからあきらめていたけど、この家族のお陰でそれが達成できた。

これまでヒッチハイクしてきたなかで、こんなに長時間乗せてもらい、いっしょに昼食をとったのははじめてだ。

無駄に思えたきのうの11時間の待ち時間は、この家族に出会うために必要だったのかもしれない。

アルゼンチン側のイミグレーションは、木造の山小屋のようなあたたかみのある建物だった。

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ヒッチハイクした車といっしょに国境を越えるときはいつもドキドキする。
現地人である彼らと外国人であるわたしたちは、どうしてもわたしたちのほうが出入国手続きに若干時間がかかる。

「わたしたちのせいで待たせたら悪いなあ」。

だからパッと車から出て小走りで窓口に行く。

今回はスムーズに出国スタンプを押してもらえた。

アルゼンチン側のイミグレーションを無事に通過し、走ること数キロ。

今度はチリ側のイミグレーションが見えてきた。
アルゼンチン側とは対照的に、有名建築家がデザインしたようなクールでモダンな建物。

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チリでは、果物や野菜、肉や乳製品、木製品(鉛筆など)は持込みできないようになっていて、荷物検査が厳しい。
いちいちバッグを開けられて、生鮮品があったら即没収。
麻薬や銃器の持込みのほうがよっぽどゆるいんじゃないかと思う。

わたしたちはセーフだったけど、グロリアたちはアウトだった。
グロリアがもっていたのはニンニクとトマト。
でも、納得がいかないのはそれらはチリのスーパーで買ったものだということ。
わたしたちもそうだけど、パタゴニアを旅しているとチリとアルゼンチンを行ったり来たりすることになる。
チリで買ったニンニクとトマトは、アルゼンチンに入国するときは没収されずに済んだのに、チリに帰ってきた今、没収されるはめになった。

チリ人のグロリアが、チリのスーパーで買った食材を、チリの入国の際に没収される。
なんだか、変だ。

納得いかないままわたしたちは車に乗り込み「あとであれは入管のスタッフたちが持って帰って食べるんじゃないの?」なんて皮肉りながら、次の街へと進んだ。

国境に近い街、チレチコ。
きょうはもう夕方なので、彼らはここで1泊。
わたしたちもこの時間からヒッチハイクで次に進むのは難しいので、泊まることにした。

「きょうはほんとうにありがとうございました。
わたしたちはテントをもっているので、キャンピングサイトを探して泊まろうと思います。」

「ぼくらは安いホテルを探すよ。
とりあえず、君たちのキャンピングサイトまで送っていくね。」

見つけたキャンピングサイトは、ひとり4000ペソ(約800円)。
トイレやホットシャワーも使えて、Wi-Fiもある。

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「助かりました。
 乗せてくれてありがとうございました。」

「もしよかったら、いっしょに夕食でもどう?
 こっちでなんか用意するから。
 ホテルを探したら、またここに戻ってくるね。」

ありがたいお誘い。
見ず知らずのわたしたちを拾ってくれて車に乗せてくれたばかりか、ランチもディナーもいっしょに楽しめるなんて。
わたしたちの距離が少しずつ近づいていくのがわかる。

わたしとケンゾーは近くのスーパーへ、夕食に飲むワインを買い出しに出かけた。
そしてあしたからのヒッチハイクに備えて、缶詰やピクルスなどの非常食を買った。

キャンプサイトで待っていると、フェルナンドたちが戻ってきた。

「わたしたちもきょうここに泊まることにしたよ。
安いホテルはどこも満杯。
息子のパブロはテントを持っているからテントで寝て、わたしとグロリアは車の中で寝るよ。」

「長い運転で疲れているのに、車の中で寝られますか?」
「まあ、大丈夫だよ。」

そして夕食の準備をはじめた。

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ほんのちょっと車に乗せてもらうつもりが、明日の朝までいっしょに過ごすことになった。

車のなかには、コンロやフライパン、食器。
一通りの道具がそろっている。

ジュウジュウと音を立てて焼き上がるソーセージ。

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お腹いっぱいになるほどのおいしいソーセージに相性バッチリのビール!
飲み物まで用意してくれていた。

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フェルナンドたちは食べること、そして飲むことが大好き。

チリでは安いワインは300円くらいからある。
ご馳走になるお礼にと、わたしたちは奮発して1000円くらいのワインを2本買っていた。

「ありがとう。
このワインもいいワインだけど、わたしが持ってきてるワインはもっといいヤツだよ。
きょうはそれを飲もう!」

フェルナンドはサンティアゴからわざわざワインを持ってきていた。
貧乏性のわたしとケンゾーは、なかなかいいワインを飲む機会がない。
チリ産のカベルネ・ソーヴィニヨンをいただきます!

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きのうはヒッチハイクに失敗して野宿。
トイレのコンセントでお湯を沸かしてスープを作り、わびしい夕食だった。

きょうはなんて楽しくておいしい夕食なんだろう。

いい人たちと出会えてよかった。
あしたからのヒッチハイクもうまくいくかなあ。

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翌朝。

清々しい目覚め。
雲ひとつない青空。

テントの上にはたわわに実をつけたりんごの木。

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食べてみると、すっぱい!!

きょう、わたしとケンゾーが向かうのはマーブル・カテドラルというところ。
ちょっと回り道にはなっちゃうけれど、湖の上に大理石の岩が浮かび、とても美しい場所なんだとか。

マーブルカテドラル

日本のガイドブックに載るほど有名な観光地ではないけれど、最近旅人の間では知られている場所で訪れる人も珍しくない。

ただ、とても辺ぴな場所にあるらしく、バスも毎日は出ていなくて行くのが大変らしい。
だから「行きたいけれどあきらめる」という人も多い。

だけど、わたしたちはどうせヒッチハイクで旅しているのでバスの乗り換えの大変さや本数の少なさは関係ない。

マーブルカテドラルへは、ここから西へと進んでいく。
いっぽう、フェルナンドたちはフェリーに乗って湖を渡り、北上する。

名残惜しいけれど、ここでお別れ。

フェルナンドが言った。
「わたしたちも、マーブル・カテドラルに行こうかな。」
「えっ!
 行きましょう!!」

「ここからどのくらい?」
「たったの200キロです!」

「200キロだったら、2時間くらいかあ。
 よし、行こう!」

ということで、きょうもわたしたちはいっしょに旅することになった。

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手前に置いているのがわたしたちの荷物。
すでにいっぱいのトランクのなかを整理して、無理矢理バッグを詰め込む。

載らないものは後部座席へ。
きょうもグロリアのスペースは狭い。

チレチコの街から、マーブル・カテドラルをめざす。
舗装された道はすぐに砂利道となった。

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路上に立ち、指を立てるヒッチハイカーがいた。
わたしたちも、この家族といっしょじゃなければ仲間入りするところだった。

「たった200キロ」「2時間で着く」。
そうは言っていたけれど、砂利道だしアップダウンは激しいし、時速40キロくらいしか出せない。

それでもこのルートは絶景で、フェルナンドたちも後悔はしていない様子。

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雪を被った山も、緑の大地も、ゴツゴツした岩も、静かな湖も。
このルートにはパタゴニアの美しいものたちがそろっている。

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崖に沿った道。
つづら折りの道。
細くて砂埃を巻き上げる道。

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過酷なルートではあるけれど、景色は素晴らしくサイクリスト憧れの道でもある。

途中、何人かのサイクリストを追い抜いて行く。
「がんばれー!!」とエールを送りながら。

こんなコンディションの悪い道なので、半分は漕がずに押して歩くことになるんじゃないかな。

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そして、ここからがまた絶景の嵐。
さらに、フェルナンド家族たちと見たマーブル・カテドラルは?

思いがけず始まったわたしたちとフェルナンド一家のロードムービー。
あしたも続きます ♪
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ヒッチハイクなんていいことばかりじゃない!

2015.04.24 06:01|アルゼンチン☞EDIT
働いていたときはゴールデンウィークの休みはなかったイクエです。
ゴールデンウィークの初日には「ゴールデンウィーク帰省ラッシュはじまる」、2日後くらいに「帰省ラッシュピークを迎える」そしてそのあとには「Uターンラッシュはじまる」そして2日後くらいに「Uターンラッシュピークを迎える」ということで、新幹線の駅や空港に取材に行ってインタビューをしたりしていました。
お盆やお正月も同じ。
ケンゾーといっしょに取材で博多駅に何度も行っていたのが懐かしいです。

フィッツロイの勇姿を見たイクエとケンゾー。
おおよそこれでパタゴニア北部の主要な観光地は行ったことになる。
これからはちょっと寄り道しながらチリの首都サンティアゴをめざすことにした。
できるだけヒッチハイクで。
ここからサンティアゴまでは直線で2000キロはあるかな。

途中どこかの街で泊まりながらになるだろうけど、やってみるしかない。

この時期はアルゼンチンやチリの学生たちの長期休暇中。
彼らもわたしたちと同じようにバックパックを背負って旅行をしている。
そしてヒッチハイクも。
ここエル・チャルテンはヒッチハイクの激戦地。

いつもより早めに、朝8時にヒッチハイク開始。
幸運にもまだライバルは出現していない。

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1時間ぐらいしてライバルのカップルが出現。
でもわたしたちに遠慮したのか、わたしたちよりも200メートルほど離れたところに進み、路上に座り込んだ。
きっとわたしたちが成功するまで待機しようということなのだろう。

ここは田舎の街。
車も少ないし、なかなか止まってくれない。

ここでヒッチハイクを経験していた友だちのジュンちゃんは、初日は5時間待ってダメだったから諦めて次の日に再挑戦したと言っていた。

だからそれなりの覚悟をしていたけれど、予想以上かもしれない。
時間が経つにつれてライバルのヒッチハイカーたちが増えていく。

1時間半が経ち、ようやく1台の車がわたしたちの前で止まってくれた。

ドライバーの男性は英語が少し話せる人で「途中までなら乗っけてあげてもいいよ」ってことだった。
でもその「途中まで」って言うのがどこなのかよくわからない。
男性は地名を言ってるんだけど、わたしたちが知らないところ。
でも、とにかく乗せてもらってよかった。

それから10分後。

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あまりにも車が通らないので道路の上でストレッチをするケンゾー。

わたしたちは何もない場所で降ろされ、再びヒッチハイクを始めることになった。
移動できたのは7キロほど。

さっき乗せてくれたドライバーの男性はペルー人で、水道管の技術者としてここに働きに来ていた。
だから男性もここの土地勘があまりなくて、わたしたちを乗せたはいいものの、実は向かう方向が違っていたのだった。
それでも「もう少しだけ乗せてあげるよ」「次の分岐点まで連れて行ってあげるよ」って言ってくれたんだけど次の分岐点が100キロ以上も先。
「いやいや、ここで大丈夫です!」と言ってわたしたちは何もない場所で降りたのだった。

それにしても何もなさすぎる。
向こうに雲に隠れたフィッツロイが見えるだけ。

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一番乗りしてヒッチハイクを始めたわたしたちだけど、結果的にいちばん不利になってしまった。
きっとさっきの街にはたくさんのヒッチハイカーたちがいて、順番に乗せてもらっているのだろう。
そしてきっとそんなヒッチハイカーたちを乗せた車が、いまわたしたちの前を通り過ぎているのだろう。

およそ50分後。

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わたしたちは温かい車の中で、冷えた体をマテ茶で体を温めていた。

わたしたちを拾ってくれたのは車で旅していたアルゼンチン人の男性二人組。

ああ〜、うれしい!

アルゼンチンやパラグアイで愛されているマテ茶。
彼らのマテ茶へ注ぐ愛情は並々ならぬもので、マテの葉と水筒に入れたお湯、コップ、ストローを持ち歩いては飲み続ける。
たとえ運転中であっても。
コップにたっぷりの茶葉を入れてお湯を注ぎ、先端に茶こしのついた銀製のストローで飲む。

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回し飲みをするのが普通で、他人と同じストローを使うのはわたしたちにとっては抵抗があるけれど、こっちの人にとっては別に気になることではないらしい。
むしろ、同じコップとストローを使ってまわし飲みするというのは友情や親愛の証しでもある。
お湯の割合よりも茶葉の割合のほうが多いのですぐに飲み干してしまい、ホスト役の人はこまめにお湯を注ぎ足さないといけないけど、それも苦ではないらしい。

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ケンゾーとイクエにとってははじめての体験。
飲み終わり、コップを渡すとふたたびお湯が注がれてまわってくる。
飲み終わるたびに「グラシアス(ありがとう)」と言ってコップを戻していたら「マテ茶を飲むときだけはそんなふうにグラシアスって言わないんだよ」と教えられた。
まわし飲み中に「グラシアス」と言うのは、「わたしはもうマテ茶はけっこうです」という断りの意味になるんだって。
英語で言う「ノーサンキュー」のような意味。

そろそろマテ茶に飽きてきたころ、わたしたちは「グラシアス!」と言った。

マテ茶のたしなみを教えてくれた彼ら。
実は大の日本好き。
というか日本の「アニメ」好き。
わたしたちよりも詳しい。

『キャプテン翼』ぐらいならついていけるけど『鉄人28号』なんて古すぎて見たことないよ。
彼がどんなに日本のアニメを愛しているかと言うと・・・。

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背中に大きく、『マジンガーZ』のタトゥーまでいれている!
こんなパタゴニアの辺境の地で日本のキャラクターのタトゥーなんて見るとは思わなかったからびっくりしすぎて大笑いした。

彼らとはおよそ40分、楽しいドライブを楽しんだ。
ありがとう!!

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ヒッチハイクをしていてときどき思うことがある。

「あんなに寒いなか待ったのは、この人たちに拾われるためだったのかもしれない」。

「車を待ちつづけた無駄とも思える時間は、この人たちに出会うために必要な時間だったのかもしれない」。

今回も思った。
もしわたしたちがあの時間に宿を出て、最初の車に拾われなかったらー。
あの場所で降ろされなかったらー。
スムーズに最初から長距離の車に乗せてもらえていたらー。

彼らとは出会えなかった。

ヒッチハイクの出会いというのはほんとうに一期一会で、大げさかもしれないけれど運命のようなものを感じることも。

「彼らと出会えたからよかった」。

そう思いながらふたたび、分岐点でヒッチハイク開始!

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ぽつーん。
「ぽつーん」の状態で3時間が経った。

これほど「ぽつーん」という言葉が似合う場所はないって思っていたら、恐れていたことが。
ライバル登場。
しかも女子1人!

やっぱり普通のドライバーなら男子よりも女子を乗せたいわけで、2人よりも1人のほうが乗れる確立は高い。

ケンゾーと肩を落とす。

しかもその女子、あろうことかわたしたちよりも手前でヒッチハイクをやりはじめた。
分岐点の目の前。
普通は遠慮してわたしたちを通り越して不利な場所でやるんだけど。

こっちは3時間待っている。
ここで遠慮するわけにはいかない。
わたしたちは女子のところまで移動し、同じ場所でヒッチハイクをすることにした。

「ハロー。
 わたしたちもヒッチハイクをしてるんですよ。」

彼女の出方をうかがった。

すると彼女は自慢げに言った。

「わたし、ここに来るまでが大変でエル・チャルテンの街で3時間も車を待ってたの。」
「ふーん。
 わたしたちは朝8時にエル・チャルテンでヒッチハイクをはじめたんだけどね。」
「8時!?」

彼女は言葉に詰まった。
彼女は3時間待っていたけど、わたしたちは通算5時間半待っている。

「ここで3人で待ってもなかなか車は止まらないだろうから、わたし向こうに移動するね。
グッドラック!」


彼女はそう笑顔で言ってくれて、わたしたちから100メートルほど離れたところに移動してくれた。

これで彼女よりもわたしたちの方が有利な場所を確保できたことになる。
そして10分後ー。

わたしたちの目の前を通り過ぎた車が、彼女の前で止まり、彼女を乗せて走り去っていった・・・。

「うっわあ〜。
 なんで!?」

「これ、ダメージ大きすぎる・・・。」

東洋人中年夫婦は、20代女子ひとりに完敗し、精神的にもかなりのダメージを受けてしまった。

ダメージを受けていると、さらなるライバルが。
今度のライバルは男子。

ひとりという点では彼の方が有利だけど、女子ではない。
それに彼はヒッチハイクの暗黙のルールを守り、わたしたちの前を通り過ぎ200メートルほど進んだところの道路脇に座った。
わたしたちが成功するまでは、彼は本格的にヒッチハイクをしないのだろう。
わたしたちが誰かに拾ってもらわないと、彼も前へは進めない。

この場所でヒッチハイクを始めて4時間。
ようやくわたしたちは車に乗せてもらえることができた。
地元のおじさん3人組。
おじさんたちはここから30キロ先のトレス・ラゴスという街に住んでいた。

トレス・ラゴスはメインストリートが300メートルくらいしかない小さな街だった。
街の真ん中でわたしたちは降ろしてもらった。

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わたしたちはいつも携帯のアプリの地図を使っている。
GPS機能で自分たちの場所も確認できる。
先に進むには、ここから2キロほど戻った分岐点で車をつかまえないといけない。

実はさっき車に乗っていたとき「わたしたちは次の街に行くのでこの分岐点で降ろしてください」っておじさんたちにお願いしたんだけどうまく伝わらなかったのか、止まってくれずに街まで来てしまったのだった。

街から分岐点に戻っている途中、2キロだけでもヒッチハイクできないかなと思って車を止めた。
すると車に乗っていたおばさんが「あなたたちが行きたい街は、逆方向よ」というようなことを言って去って行った。

どういうことだろう。
わたしたちの携帯の地図とおばさんの発言、どっちを信用したらいいのか。
スペイン語がわからないので、おばさんが何て言っていたのかは正確にはわからない。
なんとなくニュアンスしかわからない。
しかもおばさんとの会話は窓越しに一瞬で終わってしまった。
わたしたちは地図を見ながら、分岐点まで歩いた。

でもそこでちょっと不安になった。
携帯の地図に載っている道は、ほとんど車が通らないような砂利道。
幹線道路とは言えない。

おまけに「工事中」とか「行き止まり」とか「立ち入り禁止」とかそんな感じの標識が立っている。
スペイン語が読めないので、どういう意味の標識なのか正確にはわからない。

そんな標識があるいっぽう、わたしたちがめざしている街名とここからの距離と矢印を記した標識も立っている。
ってことは、この道で合ってる?

ヒッチハイクをしようにも不安が募る。

すると一台の車が通った。

「乗せてください!」

車の行き先はわたしたちがめざす街だった。
けれど、席に余裕がないので断られてしまった。

強風が吹きつける。
陽も、だいぶ傾いてきた。
ダウンジャケットの上にゴアテックスのレインジャケットを羽織っても寒い。
風にあおられるだけで、体力が消耗する。
風に負けないようにふんばって立っていたけど、身をかがめ、風を避けることにした。

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あれから車は一台も通らない。
3時間が経とうとしている。

すると足元に小石が積まれて文字が書いてあることに気づいた。

その文字は「S O S」

ふっ、っと口元が緩んだ。
わたしたちと同じヒッチハイカーが、わたしたちと同じようにここで車を待ちつづけ、手持ち無沙汰で「S O S」と書いたのに違いない。

「どうする?」
「そこにガソリンスタンドの看板があったよね。
とりあえず午後8時になって無理だったら、きょうはガソリンスタンドで野宿しよう。」

そして8時になった。

足取り重く、ガソリンスタンドに移動した。

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結局きょう道路で車を待ちつづけた時間は合計11時間。
車に乗せてもらった時間はおよそ1時間。
1日かけて移動した距離はおよそ130キロ。

今まででもっとも苦戦した1日となった。

ガソリンスタンドのスタッフにテントを張らせてもらえるか頼むと「好きなところにどうぞ」と言ってくれた。
わたしたちの訪問に驚きもしなかったから、しょっちゅうヒッチハイカーやサイクリストがテントを張らせてもらっているのだと思う。

外は強風。
わたしたちは廃車のトラックを風除けにしてテントを張った。

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ガソリンスタンドには小さなお店が併設されていた。
マテ茶用のポットやコップは売ってるくせにパンや缶詰が置いてない。
かろうじて手作りのエンパナーダとサンドウィッチを売っていたので、ひとつずつ買った。
ガソリンスタンドのお店の商品は通常よりも高く、これだけで62ペソ(約620円)。
もっと食べたいけど、我慢。

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昼ごはんも食べずにずっと外で車を待ちつづけた。
せめて冷えた体を温めるものが食べたい。
お湯さえ湧かせれば。
わたしたちはインスタントコーヒーやスープのもと、電気コイルをもっている。

トイレの洗面台のところにコンセントがあった。
まず最初にわたしが女子トイレに行ってコーヒー用のお湯を沸かした。

ひとくちコーヒーをすするだけで、疲れた体がじわじわと癒やされていくのがわかる。

「ケンゾー、スープ用のお湯湧かしてきて。」

ケンゾーがトイレへと向かった。

テントで待っていると、大型バスがガソリンスタンドにやってきた。
深夜の長距離バスで、ぞくぞくと乗客たちが降りてくる。

「シマッタ」と思った。

乗客のほとんどがわたしたちと同じように旅行者ではあるけれど、彼らはわたしたちと違って1回の移動で1万円ものお金を払ってバスに乗っている。
なんだか格差を見せつけられているような気分になった。
こんなところにテントを張ってることが惨めにすらなってきた。

どうか気づかれませんように。
テントの中に身を潜めるようにした。

乗客たちはガソリンスタンドのお店で、ジュースやお菓子をたくさん買っているようだった。

そして、ケンゾーのことが心配だった。
ケンゾーはトイレでお湯をわかしているけど、乗客たちはトイレに向かっている。

「お湯なんていいから、こっちに戻っておいで」。
祈るような気分だった。

湯気を立てるマグカップを手にしてケンゾーがテントに戻ってきた。
ふてくされている。

「どうだった?
 大丈夫だった?」

「お湯湧かしよったら、バスが来て人がいっぱい来たっちゃん。」
「うん。
 知っとる。」

「トイレに来た人たちがみんな変なものを見るようにジロジロこっちを見ると。」
「うん。」

「そして男がでっかい声で『What's are you doing!?』って大げさに言って・・・。」
「どんな人?」
「20代後半くらい。
 たぶんアメリカ人かな。
『お湯湧かしてスープ作ってる』って答えたら『トイレで!? こいつトイレでスープ作ってるんだって!』って大声で言われた。」

ケンゾーがどんな気持ちになったのかは痛いほどわかった。

きょうはわたしたちにとってとても疲れた日で落胆した一日だった。
それでもヒッチハイクをしていい出会いもあったし、バスでぴゅーっと移動するよりも旅のおもしろさは高まると信じてやってきた。

体も心も疲れている。
でも「おもしろい」と言い聞かせて疲れた自分たちをねぎらい、空腹で強風のなかのテント泊という今の状況を乗り越えようとしていた。

だけど大型バスの乗客の登場が、わたしたちをみじめにさせた。

バスが出発し、ふたたび静けさが戻った。

テントから出ると、星がわたしたちをいたわるように輝いていた。

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「おー!
 きれいやねえ。」

「あした晴れるね。
 ヒッチハイク、成功するといいね。」

これまででいちばんつらかったヒッチハイクの日。
あしたもどうなるかわからない。

でも、わたしたちには逆転満塁ホームランが待ち受けていた。
一台の車でずーっと旅行!?
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燃えるフィッツロイ リベンジなるか?

2015.04.23 06:19|アルゼンチン☞EDIT
服やバッグ、カメラケースなどいろんなもののチャックが壊れてきたケンゾーです。
日本を出発して2年と7か月。
旅のはじめから使っている物はそろそろ寿命がきだしている。
旅も終盤で懐具合が寂しくなってきたから、出費は痛いなあ。

予想外の暴風雨に見舞われて1泊余計にキャンプ泊することになったケンゾーとイクエ。
昨晩荒れ狂った空は一転、満天の星がきらめいている。
これはばっちりじゃないの?

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早朝、期待に胸を膨らませて目覚めると、恥ずかしがり屋のフィッツロイさんのフォームがくっきり!
おおー、やったあ。
これなら燃えるフィッツロイさんを拝むことができそうだ。

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日の出は7時くらい。
キャンプ場から眺望ポイントのロス・トレス湖まではおよそ1時間。
余裕をもって5時に出発。
真っ暗闇の中、ヘッドライトの明かりだけが頼りだ。

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キャンプ場までのなだらかな道と違い、急な登山道がつづく。
「あ〜、ここでりのちゃんとるーさんは死にそうになったのかあ」なんてことを思いながら足を動かす。
旅友の二人は去年の5月、冬がはじまり雪が降る積もる中ここを登って死を覚悟したんだそう。
(詳しくは二人のブログで!りのちゃん・・女ひとりで世界旅♡ るーさん・・GO→世界

いまは何てことはない道だけど、雪と氷でツルンツルンだったらそりゃ大変だよ。
二人とも死ななくてよかった。

ケンゾーとイクエは死にそうになることなどもちろんなく、きっかり1時間でロス・トレス湖に到達。
静かに水をたたえる湖の奥には、まだ眠りから覚める前のフィッツロイが鎮座している。
まだ薄暗いけれど、すでに凛々しく神々しい姿に心を奪われる。

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徐々に白んでいく空。
そして、徐々に朱色に染まっていくフィッツロイ。
いま目の前で山が燃えていく。

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・・・ん?
たしかに赤いけど、どちらかと言うと桃色。
これが燃えるフィッツロイなのか?

けれど時刻はまだ日の出前、夜はまだ明けてはいない。
後ろを振り返ると、いままさに太陽が顔をのぞかせようとしている。
いったいいつが燃えるフィッツロイのピークかわからないけど、とにかくシャッターを押しつづけた。

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さっきまで桃色だったのが、徐々に黄色っぽく変わっていった。
ということは、赤いピークは過ぎたということだろうか。

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肉眼では一体いつが燃えるフィッツロイのピークなのかよく分かっていなかったんだけど、写真を見返してやっと理解した。

地平線から顔を出し、上へ上へと昇っていく太陽。
朝日を浴び、頂上からふもとへと朱色から黄金色に色が変化していくフィッツロイ。
二段階、二色に変化してフィッツロイは眠りから覚めるのだった。

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フィッツロイの左側にあるのは、白く輝くフィッツロイとは対照的な黒い岩肌をしたポインセノット。
鏡のようになったスシア湖にポインセノットが映り込んでいる。

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「あ〜、きれいだなあ」と感動している横でイクエが取った行動は・・・。

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ゴツゴツした岩山の上で二度寝!
まあ、たしかに眠いけど、こんな寝にくいところで寝らんでもいいのに。

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でもフィッツロイの勇姿をバックに寝るなんてことはそうそうできない。
自分だけの一生の思い出だね。

最後にロス・トレス湖畔まで降りてみた。
フィッツロイから解け出ているように見えるロス・トレス氷河は手を伸ばせば届きそう。

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フィッツロイと湖を眺めていると、トコトコと茶色い生き物が前を横切った。
キャンプ場でも見かけたキツネだった。

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湖の水を飲んで去って行ったキツネ。
この辺りに住んでいるのかな。

このあとキャンプ場に戻って下山。
日の出のときには青空だった空。
じわじわと雲が押し寄せてきた。

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昼ごろには真っ白になってしまった。
やっぱり山の天気はコロコロ変わる。

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予想外の雨と風で2泊することになったフィッツロイ登山。
アクシデントがあったけれど、朝日に照らされるフィッツロイを見ることができてよかった。
疲れた体を労るためにおいしいビールを飲みにいこう。

カラファテには自家製の生ビールを飲むことができるレストランがある。
その名も「ラ・セルベセリア」、訳すとビール屋さんってとこかな。
店舗の裏に醸造所があって、できたて産地直送の白と黒ビールを楽しむことができる。

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3日間おつかれさま〜。
新鮮な生ビールで乾杯。
日に灼けたケンゾーはすでに酔っぱらってるみたいだよ。

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おいしいビールを飲んで宿に帰る道すがら、上を見上げるときれいな夕焼け空。
きっと明日はいい天気だ。

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朝焼けに燃えるフィッツロイを一応見ることができたケンゾーとイクエ。
次の目的地に向けて移動をしよう。
でもその前に、やっぱりもう1回だけ朝目覚めるフィッツロイを見てみたい。
2段階に色が変化することを分かった上で見たい。
もしかしたら空の状況によってもっとくっきり赤い色が出るのかもしれない。

きょうの夕焼けはきれいだったし、ひょっとしたら明日のほうがきれいなんじゃないか?

かといって、また登山をする元気はこれっぽっちもない。
じつは街から徒歩30分くらいのところに、ロス・コンドーレスという丘がある。
この丘の上からフィッツロイがばっちり見えるそうなので、宿で同じ部屋になった韓国人の女の子といっしょに登ることに。

朝5時、疲れが溜まった体に鞭を打って起床。
静まり返った街中を歩いて丘をめざす。

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ロス・コンドーレスの丘の上からはカラファテの街全体と、フィッツロイを含め周辺の山々を一望することができる。

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空がだんだん明るくなり、日の出を待たずしてくっきりと姿を見せたフィッツロイ。
なかなか赤くならない。
同じ場所で見ていたおじさん2人組はもう終わりだと思ったのか帰っていってしまった。

「もう帰ろうか」とイクエに言おうとイクエのほうを振り向いたその時。
イクエが「あっ!!始まった!!」と叫んだ。

まるでスポットライトに照らし出されるかのように、まずはフィッツロイのてっぺんだけが赤くなった。

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昇りはじめた太陽がフィッツロイを上から下へと赤く染め出す。
きのう目の前で見たときよりも、じわじわと上から燃えていく様子がよく分かる。

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朝日に赤く染められ、目を覚ましたフィッツロイさん。
寝起きも凛々しいね。

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迫力あるフィッツロイを間近で見るのももちろんいいけれど、すこし離れたところから全貌をしっかり見るのも悪くない。
これで満足。
もう思い残すことはない。
よし次の街へ移動しよう、と思ったんだけど・・・。

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ちょっとヒッチハイクのモチベーションが上がらなくて、もう1泊してしまった。
カラファテはヒッチハイクの激戦地。
一足先にここでヒッチハイクに挑戦した友だちのジュンちゃんもかなり苦戦したらしく気合いと根気がいるっぽいんだよね。
ということで、パタゴニア名物の「アサード・デ・コルデロ」を食べてパワー充電。

ずっと気になってた羊のグリルなんだけど、これがかなりパンチが効いてた。
1人前をふたりで分けたんだけど、ボリュームたっぷりでかなり脂ギッシュ。

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味は悪くないんだけど、一口食べただけで気持ちが悪くなってしまった。
食べてる瞬間から胸焼けして、普段ならグビグビ飲むはずのワインもぜんぜん進まない。
パワーとスタミナをつけるはずが、調子が悪くなってしまった。

苦しむケンゾーとイクエの横のテーブルでは、チリ人の女の子たちが1人1皿のアサード・デ・コルデロをペロリとたいらげてた。
やっぱり体の作りが違うよ、たくましい!

あしたのヒッチハイク大丈夫かなあ?
なんだかイヤ〜な予感がしないでもないけど、はたして・・・。
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天気が悪いからこそ フィッツロイ

2015.04.21 06:07|アルゼンチン☞EDIT
人生でパチンコをしたのは一回しかないイクエです。
ケンゾーと大阪に遊びに行ったときにノリでやったけど、あっという間に軍資金の千円が消えて「わーもったいない!つまらん!もう二度とやらん」って思いました。
ちなみにレース系のギャンブルは嫌いではなく、人生で競艇をやったのは1回、競馬は2回、アヒルのレースは3回です。

アウトドアブランド「パタゴニア」のマークのモチーフとなったフィッツロイ。

フィッツロイは雲に隠れることのほうが多いなんて言われているけど、きょうは気持ちのよい青空。
きのうの夜とはうってかわって、風もほとんどない。
天気が味方してくれている ♪

丘の向こうにちょっとだけフィッツロイが頭をのぞかせている。

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フィッツロイの標高は3375メートル。
でもあの鋭い岩山の頂上に登るなんて無理。
めざすのは、わたしたちが行けるギリギリのフィッツロイを間近で見られるポイント。

ふもとからそこまでは初心者でも3時間から4時間で着くのだそう。
日帰りも可能だけれど、わたしたちは朝日を浴びたフィッツロイを見るために途中のキャンプ場で1泊し、日の出前の早朝に登頂することにした。

人によってはふもとのゲストハウスを午前2時くらいに出て登頂する人もいるけれど、それだとずっと真っ暗ななか歩くことになる。
天気が良ければトレッキング中の眺めもいいし、明るいときに歩くのはいいと思う。

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登山開始から1時間半。
フィッツロイの全体を見られる展望ポイントにたどり着いた。
ふもとにどっさりと雪を抱え込んでいる山。
山頂には雪がない。
急斜面なので雪が滑って積もらないからなのかもしれない。
鋭くとがっているからこそ、かっこいい。

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フィッツロイは、真ん中のいちばん高い山のこと。
それぞれの山にはちゃんと個別の名前がついている。
およそ3400メートルのフィッツロイに対し、右側の低い山は2500メートルくらい。

フィッツロイだけではなく、フィッツロイと肩を並べあうほかの山々たちも神々しい。
ほかの山々があってのフィッツロイなのだ。
ブランド「パタゴニア」のマークのモチーフになっているのも、フィッツロイ単独ではなくこの山脈全体。

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右端の黒い山も氷河に覆われて迫力がある。
山肌が黒いから余計に氷河の青さがひきたつ。

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この凛々しい山脈を見ながらランチタイム。
なんてぜいたくな時間。
フィッツロイに雲もかかってないし、絶好の登山日和。

と思っていたら、どんどん風が強くなってきた!
寒いのでさっさとランチを済ませて登山再開。

あれ?
なんか雲行きが怪しくなってきた。

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きっとすぐに風も止んでくれるはず。
だってあんな澄み渡る青空だったんだもん。
でも・・・。

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いや、そんなはずないでしょ。
あれ?
あれ?あれ?

うそぉ〜。

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さっきまであんなに堂々とした姿を見せてくれていたフィッツロイは、猛スピードでわたしたちの前から消えてしまった。
こんなはずじゃ・・・。

太陽も厚い雲に隠されてしまった。
気温が急激に下がる。
さらには横殴りの風。
登山日和のはずが、登山不向き日和に。
こんな天気になると知ってたら、きょうは登らなかったのに。

そして霧雨まで。

山の天気ってほんとうにわからない。

「さむい!」って言いながら歩いていたら、正面からあったかそうなヤツが。

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こんなところにアルパカちゃん!!
モワモワの真っ白い毛。
つぶらな瞳。
雨に打たれながら、登山者の荷物を健気に運んでいる。

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アルパカちゃんに癒やされたのもつかの間。
雨は本降りになり、空はますますどんよりと。
近くの山さえも霧に覆われて見えなくなってきた。
もうフィッツロイがどの方角にあるかさえわからない。

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わたしたちがもっていた情報が古かったからかどこかで勘違いしてしまったからか、あると思っていた場所にキャンプ場はなかった。
木造の小屋やあずまやがあって管理するスタッフもいたんだけど「ここにはキャンプ場はない。15分ほど戻ったところに泊まってね」と言われてしまった。
たしかにさっきテントがたくさん張られてあるエリアを通過したけれど、もっと山頂に近いここにもテントが張れると思ってきたんだけどなあ。

しょうがない、引き返すしかない。
雨と風の中を・・・。

こんな悪天候のなかにも、仲間がたくさんいることがせめてもの救い。
できるだけ風と雨を避けられる場所を選んでテントを張る。

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アフリカで買った中国産の3000円くらいのレジャーテント。
雨漏りしないかな。
吹き飛ばされないかな。

ゴアテックスの青い寝袋カバーを、いつものようにテントの上にかける。

キャンプ場のまわりは真っ白。
もう霧なんだか、雲なんだかもわからない。
このキャンプ場からもフィッツロイを間近で見られるらしいんだけど、どのあたりにあるのかさえさっぱりわからない。

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シトシトシトシト。
そしてときに、ザーザーザー。
雨はいっこうに止まない。

そして頭上の木々を揺らす風。
ゴオオオオオ〜。

もちろん外で料理なんてできない。
わたしたちはテントの中で、コンロに火をつけてささやかな夕食をとった。
ガスに火をつけてお湯をわかしスープを作り、ご飯を炊く。
あたたかい湯気がわたしたちを包み込む。
熱はどんどんとテントの天井にたまっていく。
上部にたまった熱気を手で扇ぎ、下へとおろす。

「あ〜、あったかーい!」
「これ、いいねえ。」

たしかにつかの間の時間、わたしたちは温かかった。

だけどそれから悲劇が襲った。
ご飯を食べ終わるとさっきの熱気が冷気となり、そして水滴となった。
テントが濡れてきた。
しかもひどい雨で外からも水がしみ込んでくる。
そして地面からも。
テントは狭いのでどうしても横になると、寝袋の足元の部分がテントに触れてしまい濡れてしまう。
寝袋を濡らさないように、寝袋の足元の部分をレインジャケットで包む。
それでもやっぱり濡れてくる。

寒い。

わたしたちはこの時点ですでにあしたの登頂をあきらめていた。
こんな天気で朝日なんて見られるわけがない。

とりあえず、今晩どうやってしのぐか。
強風でテントが揺れる。
吹き飛ばされないように、ふたりでテントを内側から抑える。

「風に負けるなよ〜!」
「がんばれ!がんばってくれ!!」

テントに語りかける。

あしたは朝日が見られると、わくわくしながら飲むはずだったブランデー。
でもブランデーを飲む目的は、体を温めるためと寝つきをよくするためにかわった。

でも、わたしは寒くてほとんど寝られなかった。

そして翌日。
もちろん朝日の時間はまっくら。
星も見えない。

わたしたちはテントのなかでおとなしく明るくなるのを待った。
太陽が上がるに連れて、少しだけ雲も薄くなっていった。
ちらりとフィッツロイらしき山肌は見える。

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イクエとケンゾーは、ここでどうするか。
きのうトレッキング途中できれいなフィッツロイを見られたから、それでよしとしてあきらめて下山するか。

わたしたちの答えは決まっていた。

「もう一泊ここに泊まろう。
 そして明日の朝、挑戦しよう。」

それでもダメだったら?
そしたら下山するしかない。
だって食料がない。
当初は1泊予定だったので、1泊分プラスアルファの食料しかもってきていない。
とりあえずあしたまでは、いまある食材をやりくりしてなんとかしのげる。

雨がやんだので、ようやくわたしたちはキャンプらしいことをすることができた。
外での食事作り。

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これだけでも気が紛れる。
ずっと狭いテントのなかで時間を潰すだけじゃ、気が滅入りそう。

そして、キャンプ場にかわいい子が遊びに来た。

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キツネさん。
キャンプ場のまわりをウロウロしていた。

昼になると雲の隙間から青空も見えてきた。

「あ、来た来た来た!」
「いまがチャンス!」

日が差し込んだタイミングを見計らって、寝袋やレインジャケットを干す。

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左側のハイビスカス模様のシートは、本来はシャワーカーテン。
アフリカで買ったもので、テントの床が濡れるのを防ぐために敷いている。

そして段ボールも。
段ボールは寝袋の下に敷くマット代わり。

ほかの登山客もいろんなものを干していたけれど、わたしたちがいちばんみすぼらしいかも。
アメリカ人のおじさんに「この段ボールは何に使ってるの?」って聞かれてしまった。
そして「登山には登山グッズが大事だよ」って言われてしまった。

はい、まったくそうであります!
おっしゃる通りでございます!

天気はどんどんと回復していった。
どうか、どうか、お願い、あしたは晴れてください。

雲がまだあるとはいえ、太陽に照らされてキラキラと輝くフィッツロイが!

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「ちょっと歩いてみようか。」

ケンゾーが言うように、せっかくこんなきれいな場所にいるんだから、ずっとキャンプ場にいても仕方がない。
わたしたちはキャンプ場から少し引き返すかたちで、きのう歩いていないルートを歩くことにした。

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山肌はツヤツヤと輝いている。
雨のあとは空気がきれいになったようで、清々しい。

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ここからもフィッツロイが見える。
それはとても幻想的な姿だった。

フィッツロのお膝元の街、エル・チャルテン。
それは先住民の言葉で「煙を吐く山」という意味。

フィッツロイたちはまぎれもなく、煙を吐いていた。

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山肌からもわもわと煙が立ちのぼり、それが雲となって空へ空へと昇っていく。
雲の発生と動きはものすごく早くて、みるみるうちに雲が誕生しては空へ流れていく。

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それは見ていてまったく飽きない。
とても不思議な光景。

もはや単なる山じゃない。
生き物みたいに見えてきた。

「フィッツロイ山」じゃなくて「フィッツロイさん」「ミスター、フィッツロイ」。

「フィッツロイさん、温泉から上がった直後みたいやね。」
ケンゾーが言った。

ほんとうにそんなふうに見える。
湯上がり、フィッツロイさん。

フィッツロイさんのお肌から、ふわあ〜と湯気が出ている。

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きっと昨晩寒くて、たくさん雨や雪も降ったからこそ、温かくなったいまフィッツロイさんは湯上がり状態になっているのかもしれない。

天気に見放されたと思っていたわたしたち。
でもこんな幻想的なフィッツロイさんを見られて、じつは運がよかったのかもしれない。

「あ!虹みたいなのが、雲のところにほら!」

ふわふわとフィッツロイの周りを舞う雲が、七色に輝いている。

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雲が移動するたびに、七色の光も移動していく。
虹と言うよりもシャボン玉。
いくつものシャボン玉を、ぷくぅ〜ぷくぅ〜とフィッツロイさんたちは造り出していく。

ふわ、ふわ、ふわっと漂うシャボン玉。
消えたと思ったらまた新しいシャボン玉が生まれている。

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幻想的なフィッツロイさんたちを見ながら、わたしたちはキャンプ場へと戻った。
日が暮れる前に夕食を食べなきゃ。
少ない食材でできるものを。
ニンジンと魚の缶詰の炊き込みご飯。

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時間が経つにつれて天気はよくなっている。
これだときっとあしたはだいじょうぶ。

雲ひとつない青空、と言いたいところだけどフィッツロイさんたちはあいかわらず雲を吐き出して遊んでいる。
だからフィッツロイさんたちの頭上にだけ、ちぎれ雲が漂っている。

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フィッツロイさんだけじゃなくて、隣り合った山たちもそれぞれ山頂から煙を吐いている。
吐き出された雲は猛スピードで流れていくから、ほんとうに煙みたい。
火山じゃないのに火山みたい。

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「なんかさ、工場みたいやない?
 工場の煙突から煙が出とるみたい!」

「ほんと、工場や!」

まるでゴォ〜、ゴォ〜、ゴォ〜っと音を立てているかのよう。

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あいかわらずフィッツロイさんたちは煙を吐きつづけているけど、きっとわたしたちは朝焼けに染まる美しい山を見ることができる。
満天の星空が、そう確信させた。

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夜、ようやく工場の終業時間。
フィッツロイさんたちは眠りについたようだった。

フィッツロイさん。
あしたは、あなたたちに会いに行きます。

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ブランド「パタゴニア」のマークになった山

2015.04.20 05:46|アルゼンチン☞EDIT
これまでつきあってきた人は、男兄弟で弟がいる人ばかりなイクエです。
この前日本人の旅人と恋バナをしていてそんな話になりました。
姉や妹をもつ人や末っ子とはつきあったことがない。
みなさんはどうですか?
ちなみにケンゾーは男5人兄弟の真ん中です。

日本人の旅人と楽しいひと時を過ごしたイクエとケンゾー。
エル・カラファテの街から次にめざすのは、エル・チャルテン

ここには、フィッツロイというかっこいい形をした山がある。
カラファテからチャルテンまではおよそ220キロ。
きょうも気合いを入れてヒッチハイクに挑戦。

チャルテン

まずは住宅地にある宿から1キロくらい離れた国道へ移動。
1キロの距離でも足取りが重い!
その原因はこのバッグ。
イクエが持っている象の写真がついたバッグ。

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これに何が入っているかと言うと、ほぼ食材!
自炊ができる環境では自炊をしているので、一通りのものを持ち歩いている。
オリーブオイル、しょうゆ、塩、コショウ、砂糖、にんにくパウダー、チリパウダー、ほんだし、コンソメ・・・などの調味料多数。
パスタ麺、米、パン。
玉ねぎやニンジンなどの基本的な野菜。
母から送ってもらった梅干しやサキイカ、わかめ、人からもらった鰹節やふりかけやお茶漬けのもと。
もしものときにすぐに食べられるように、魚の缶詰やインスタントのスープ。
さらにコーヒーや紅茶、お菓子などの嗜好品。
それに電気コイルや小さなホーロー鍋、カップやお椀、お箸にスプーンにフォークにナイフに・・・。

旅をはじめた最初のころは、いとこからもらった布の袋に入れていた。
その袋から中身がはみ出すようになり袋もボロボロになって、それを見かねたのかイラン人の友だちにそれよりも大きなバッグをいただいた。
それを使っていたんだけど、そのバッグからも中身がはみ出すようになりまたボロボロに。
それを見かねたのか今度はアフリカでホームステイさせてもらった協力隊員のハンチョウが、さらに大きいこのアフリカのバッグをくれたのだった。

着実に増えていくわたしたちの食材。
そして着実に大きくなったいるわたしたちの食材バッグ。
帰国するころにはいったいどのくらいの重さまで成長するんだろうか。

しかも今回、エル・チャルテンはお店が少なくて物価が高いので食材を買いだめしていったほうがいいと旅人たちからアドバイスを受けていた。
だから普段の食材に、追加でいろんなものを入れている。

重いよ〜。

やっとたどり着いた場所。
しかしここ、ヒッチハイクのライバル多し!!

15分くらい粘ってみたけれど、ライバルが増えていくだけでいい兆しがない。
ここから2キロ以上離れた街の外れに警察の検問所があって、そこからは一本の幹線道路が延びる。
きついけど、そこまで歩いた方が見込みがありそう。

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なだらかな坂の砂利道を歩いていく。
このあたりは車も通らず人通りもない。
新興住宅街のようでもあるし、現在開発中なのかときおりトラックが砂埃をまき散らして走っていく。

歩いている人もいない寂しい場所なんだけど、わたしたちの旅友だちがここで強盗にあっていることをあとで知った。
彼女もヒッチハイクで旅行していて、わたしたちと同じようにここを歩いていたらいきなり何者かに生卵をぶつけられたのだそう。
直後にカップルが登場し「ああ、大変!拭いてあげるよ」と近づき、怪しいと思って追い払ったんだけど体を押し付けてお財布を奪って逃げていったんだって。
こんなところ、ヒッチハイカーぐらいしか歩かないからきっとヒッチハイカーをターゲットにした犯罪なのだと思う。

アルゼンチンでは首都のブエノスアイレスで「ケチャップ強盗」の被害が続出していて、わたしたちが出会った日本人もかなり被害にあっていた。
ケチャップにかぎらず、変なマスタードのようなものや生卵をどこからともなく投げかけられて、直後に「拭いてあげるよ」と近づいて金品を奪っていく。

これからアルゼンチンを旅する人、くれぐれも気をつけて!!

危ない場所(そのときは知らなかった)を歩いて、警察の検問所の手前まで到着したわたしたち。
検問所の先を見ると、ヒッチハイカーが3組ほどいる。
結局、ここも激戦地かあ。

でも、やるしかない。
風が吹きすさび、体が震える。
ズボンを2枚重ねにし、ユニクロダウンを2着羽織り、手袋とニット帽を装着。
車が通るたびに笑顔で手をあげるけど、ダメ。

警察の検問所の手前で得体の知れない人間を乗せて、検問所を通るのに抵抗があるのかもしれない。
これはやっぱり検問所の向こうでやったほうがいいのかな。
検問所の向こうはさらにヒッチハイク激戦地だけど、わたしたちは移動することにした。

ヒッチハイカー3組を通り越して、いちばん奥で待つ。

早くこの激戦地を脱出しなくては。
10キロ先でもいいから、とにかく乗せてくれる車に乗ってしまおう。

一台の大型トラックが、最初のヒッチハイカーのところで止まった。
ヒッチハイカーとドライバーが何やら話している。
うまく話がまとまらなかったようでトラックは進み、次のヒッチハイカーのところでふたたび止まった。
そこでもドライバーとヒッチハイカーが会話をかわし、またヒッチハイカーはトラックに乗らなかった。
どうやらトラックはみんなが行きたいところまでは行かない様子。
わたしたちはそれでもかまわない。
一気に進もうとは思わない。
少しでも乗せてくれるんなら乗りたい。
とうとう、わたしたちの番がやってきた。

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ドライバーが何か語りかけた。
何て言っているかわからないけど、わたしたちは迷わず答えた。

「シー(はい)。
 OK。
 ポキート(ちょっと)ポルファボール(お願い)!」

ドライバーは笑いながらわたしたちを乗せてくれた。
やったー!
ここを脱出できる!!

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それにしてもなんて優しい人なんだろう。
20メートルおきくらいに立っているヒッチハイカーのところでわざわざ車を止めて、そのつどドアを開けて語りかけてくれる。

わたしたちは数キロの移動であることを覚悟したけれど、なんと30キロ以上も乗せてくれた。
やったー!!
ドライバーはこのまままっすぐ、わたしたちはここから左折。

「ムーチャス グラシアス(ほんとうにありがとう)!!」。

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何もない場所にポツーン。
風が強くてさっきよりも寒い。
車はほとんど通らない。
車が通ったらチャンスを逃さず、お願いしなくては!

数台の車がわたしたちの前を通り過ぎ、そして1台の車が止まってくれた。
わたしが両手を合わせて「お願い!」ってしたので同情して止まってくれたのかもしれない。

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2人組の男性。
どうやら仕事中の様子。
拾ってくれてありがとうございます!!

気温も低ければ風も冷たい。
さらに、空はどんよりとしている。

そんななか美しい色の湖と雪を抱いた山脈が車窓から見えた。
わたしたちがめざしているフィッツロイもあの辺りにあるのかもしれない。

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車のスピードは時速100キロを超えている。
これに比べてバスは時速50キロくらい。
さっき路上でヒッチハイク中にわたしたちの前を通り過ぎていったバスを、今度はわたしたちが追い越していく。

車はおよそ100キロ先の分岐点まで乗せてくれた。

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ここでまたヒッチハイク。
目的地までは一本道。
その間に街はほとんどないから、運がよければチャルテンまで一台の車で行けるはず。

パンパ(草原)が広がる、何もない孤独な場所。
でも、孤独ではない。
もう一本の別の道には、わたしたちと同じようなヒッチハイカーカップル。
そしていまわたしたちがやってきた道を逆走しているのはサイクリングトラベラーカップル。
こころのなかでエールを送る。

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ヒッチハイクしているわたしたちの前を通り過ぎていき、今度はわたしたちが追い越したバスが、ふたたびわたしたちの前を過ぎ去っていった。

1時間近くが経った。
あいかわらず、向こうのヒッチハイカーたちも車を待ち続けている。
寒いのでときおり抱き合って、体をさすりあっている。
彼らの前を車が通るたびに「今度はどうかな?」と気になり「あー、ダメだったね」と肩を落とす。
でもきっと彼らが先に車に拾われたらちょっと寂しくもあり、悔しくもなるのかもしれない。

ここを脱出したのは、わたしたちが先だった。

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乗せてくれたのはウルグアイ人のカップル。
休暇中でふたりでレンタカーで旅をしているのだという。
目的地はわたしたちと同じエル・チャルテン。

男性は歯科医師で女性は文学(国語)の先生。
年はわたしたちより若い。
わたしたちはあいにくウルグアイには行かないけれど、二人のおかげでウルグアイ人の印象がかなり良くなった。
単純だけど、やっぱりどんな人と出会うかでその国の印象は決まる。

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だから帰国して、外国人に会ったら優しくしてあげようって思う。
そしたらきっとその人は日本人のこと、そして日本のことを好きになってくれるから。
でも、よく考えるとそれはなにも帰国してからの話ではない。
こんなふうに外国を旅していて、わたしたちは毎日外国人に出会っている。
出会う人たちに優しくしなきゃ。

優しい3組の人に助けられ、わたしたちは無事エル・チャルテンに到着した。

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正面の緑の山の向こう側、雲に隠れたところにフィッツロイはある。

チャルテンとは、先住民の言葉で「煙を吐く山」という意味。
その名のとおり、山頂からはまるで煙のように雲が発生するのが常。
だからむしろ、雲に隠れていないフィッツロイのほうが珍しいのだ。

せっかくここまで来ても、目的のフィッツロイを見られずに帰らなければならない旅行者もけっして珍しくはない。

わたしたちはどうなるんだろう。

フィッツロイは登るのがそれほど難しい山ではない。
3時間から4時間ほどで到着するので、日帰りも十分可能。
だけど、わたしたちは朝日を受けて燃えるフィッツロイを見たい。
ということは朝の6時くらいに山頂に着きたい。
そうなると午前2時ごろにこの街を出発するか、頂上手前のキャンプ場で1泊することになる。
わたしたちはキャンプすることにした。

でも今日は天気も悪いし、すでに夕方なので街のゲストハウスに1泊。
あしたキャンプ場をめざす。

泊まったのはこちらのホステル。

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ドミトリーで100ペソ(約1000円)。
わたしたちが着いたときは最安値のドミトリーの部屋が空いてなかったので4人部屋でバスルームつきの120ペソ(約1200円)の部屋に泊まった。

その日の夕方から嵐のような天気になった。
風がびゅうびゅう。
ゲストハウスの部屋の中にいても風の音がうるさいほど。

きょうはわたしたちの友だち、ヒトシくんと社長が一足先にフィッツロイに登っている。
今夜キャンプ場で1泊して明日の朝に登頂する予定にしているのだった。
こんな嵐のなか、ヒトシくんたちは無事にテントが吹き飛ばされずに寝ることができているのだろうか。
この天気だときっとあしたも天気が悪いはず。
日の出どころか、フィッツロイ自体も雲に覆われて見ることはできないだろう。
わたしたちはそう確信していた。

ところが、翌朝。

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フィッツロイが見えている!
風もほとんどない。
これだときっとヒトシくんたちはフィッツロイの朝焼けを見られたんじゃないか?

山の天気はわからない。
天気予報もあてにならない。

街から見えるフィッツロイは鋭く尖っていてかっこいい。

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この山のかたち、見覚えはありますか?

これほどかっこいいなら、そりゃあマークにもしたくなる。

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アウトドアブランドのパタゴニア
アメリカのメーカーだけど、マークのデザインはここパタゴニアのフィッツロイの山を参考にしたと言われている。

そんな山に、きょうからわたしたちは登る。
空はどんどん青くなっていった。
いい感じ ♪

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チャルテンの街はこじんまりとしていて、建物はカラフルでかわいい。
上の黄色い屋根と水色の壁の建物は、スーパー兼お土産屋さん。

チャルテンにはほかにもスーパーが数軒ある。
チャルテンの物価は高いので食料は事前に買いだめしていったけれど、気になるほど高くはなかった。
野菜やお肉などの生鮮食品も手に入るし、無理して買い込んでいかなくてよかったかも。

ここでもパイネのトレッキングのときと同じようにコンロと氷点下にも対応できる寝袋をレンタル。
いくつかレンタルショップはあるけれど、わたしたちが選んだのは値段が良心的で品揃えも豊富だったここ。

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頭上には青空が広がっている。
パイネのときもそうだったけどわたしたちは天気に恵まれている。
山の天気は不安定なうえに、アメリカ大陸の北の果て、パタゴニアは天気がすぐれない日が多い。
ここまで来てフィッツロイを見られなかったと言う旅人もいるのだ。

でもわたしたちは・・・♡

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ウキウキした気持ちで登頂を開始したイクエとケンゾー。

快晴の中のフィッツロイ。
美しいフィッツロイに、どんどん近づくことができる。
あすの朝焼けはどんな神々しい姿なんだろう。

このときはまだ、わたしたちは知るよしもなかった。
わたしたちに待ち受ける運命を。
快晴のフィッツロイのはずが・・・。

山の天気って、わからない!
でも、だからこそおもしろい!?
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大自然の造形美 氷河を歩く

2015.04.19 06:08|アルゼンチン☞EDIT
ここ最近やることなすことすべてが裏目に出ているケンゾーです。
妻も昨日書いていたけど、夫婦揃ってことごとくツイてない。
ビール瓶のデポジット代(約100円)を返してもらえなかったのは大したことじゃないけど、両替を失敗したりしてけっこうな金額を損したりしている。
やろうとすることが裏目になるなら、裏の裏をやってみればいいのかもと思うけど、もはや何が表で何が裏なのか訳分かんなくなってしまう。
けっきょくはジタバタせず流れに身を委ねて風向きが良くなることを待つしかないのかな。

たくさんの日本の旅人と出会ったエル カラファテの街自体にはとくに見どころはない。
観光客がここを訪れる目的は、この街からおよそ80km離れたところにあるペリト・モレノ氷河を見るため。
ペリト・モレノ氷河はアクセスのしやすさとその規模からパタゴニアを代表する氷河として人気が高い。

ただ見るだけじゃなく、実際に氷河の上を歩く「氷河トレッキング」がハイライト。
氷河を眺めるだけだったらバスで行って国立公園の入場料を払うだけでいいんだけど、氷河トレッキングをするならツアーに参加しないといけない。

カラファテのメインストリートにはいくつもの旅行代理店が軒を連ねている。
だけど、実際に氷河ツアーを催行しているのはHiero&Aventuraという一社のみ。
どこで申し込んでもツアー内容はまったく同じ。

氷河トレッキングには「ビッグアイス」と「ミニトレッキング」の2種類がある。
ミニトレッキングは実際に氷河の上を歩くトレッキングが約1時間半。
ビッグアイスは約3時間半、ミニトレッキングよりも氷河の奥地へ行くのでよりきれいでダイナミックな景色を楽しむことができる。

値段は1680ペソ(約15400円)とかなりお高いけれど、せっかくならビッグアイスをやりたかったケンゾーとイクエ。
だけどビッグアイスは1日限定30人くらいで2週間先まで予約がいっぱい。
ミニトレッキングに申し込むことに。
「ミニでじゅうぶんだよ」「ミニのほうが展望デッキで氷河を眺める時間が長くとってあるからいいよ」っていう旅人もけっこういたので、自分たちを納得させることにした。

ミニトレッキングは1人1100ペソ(約1万円)。
ツアー代とは別に国立公園の入場料が別途215ペソ(約1970円)必要。
ツアーは朝8時、9時、10時と1時間ごとに出発。
ホテルまで迎えに来てくれるので朝ごはんを食べて待っていればいい。

客をピックアップして回るので氷河にたどり着くまでけっこう時間がかかる。
ホテルを出発して2時間後、さんざん焦らされてやっと氷河が見えてきた。
まだ遠目だからよく分からないけど、パイネのグレイ氷河と比べるとかなり大きいと思う。

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まずは1時間半の自由行動。
遊歩道を歩きながら展望デッキから氷河を眺める。
でっかいかき氷の塊が目の前に迫ってきて迫力満点。

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先端部の幅はおよそ5km。
あまりにも大きくて全体を見渡すことはできない。

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ガリガリ君ソーダ味のようなおいしそうな色をしている氷河。
長い年月をかけて圧縮された氷河の氷は気泡が少なく、透明度がとても高い。
そのため青い光だけ反射し、ほかの色は吸収してしまうのでこんなに青く見えるんだって。

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氷河の全長はおよそ30km。
いちばん高いところで700mも氷の厚さがあるんだそう。
これだけの氷が動いているんだから不思議でならない。

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デッキの最前列まで行ってみる。
山のようにそびえる巨大な氷河。
冷気が襲ってきて一気に寒くなる。
これだけの氷があるんだから当然か。

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先端部の高さはおよそ60m。
けれど水面の下には110mの深さまで氷があるんだそう。

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ときおり、ドーーンという雷が落ちたような轟音が周囲に響き渡る。
ペリト・モレノ氷河名物の氷の崩落。

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ペリト・モレノ氷河は動きが活発なことで有名。
1日平均2mも氷が押し出され、そのたびに豪快な崩落を引き起こす。

「あそこが崩れそうやない?」
「いや、あそこやろ。」
崩落の瞬間を逃すまいと目を凝らす。
そう都合良く崩れ落ちることはなく、視線を逸らすとドーーーン!
大地を揺るがすほどの地響きとともに崩落する氷河。
音は実際の崩落よりも遅れて届く。
気づいたときには遅い。
なかなかその瞬間を目にすることができない、もどかしい!

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降雪量が多く、気温が比較的高いので動きがとても速いペリト・モレノ氷河。
30km離れた最奥部からおよそ20年で湖まで到達。
日々豪快に崩落する氷河を眺めることができる。

氷河を眺めながら持ってきたランチを食べたあとは、いよいよ氷河トレッキング。
対岸の氷河のもとへと船に乗っていく。

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船と比べると氷河の大きさがひときわ際立つ。
あの有名なタイタニック号は氷河とぶつかって沈没したと言われているけど、実際に氷河を目にするとそれも納得。
人間は自然には太刀打ちできない。

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青白い山脈の上に豆粒のような人影を発見。
一足先にトレッキングを楽しんでいる人たちだ。
いまから自分たちが同じように氷河の上を歩くと思うとワクワクする。

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氷河のふもとに到着。
雲が晴れ太陽が降り注ぐ。
より一層青みを増した氷河。
自然の色であることが不思議でしようがない。

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氷河をめざし歩いていく。
自然の産物なのに異質な存在感。
異星に降り立ったような神秘的な感覚。

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そのとき、ひときわ大きな地響きが周囲を振るわす。
ビルほどの氷の塊が湖に崩落、大きな水のうねりが目の前まで押し寄せてきた。
「We are so lucky!」
そうガイドが言うほど大規模な崩落だった。

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一人ずつ靴にアイゼンを装着。
氷上の歩き方をレクチャーしてもらう。
生まれて初めてのアイゼンは、スケート靴で地面を歩くようなぎこちない感じ。

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いよいよ氷河の上へ。
頭ではツルツルと滑る雪をイメージしてしまうので恐る恐る足を運ぶんだけど、アイゼンの爪ががっちりと氷に食い込むので上り坂もひょいひょい登れる。
脳と体が一致しないヘンな感覚。

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氷河ってひとつの大きな氷の塊なのかなと思ってたんだけど、よく見るとクラッシュアイスが敷き詰められてる感じ。
ツルツルというよりはガリガリって感じかな。
青く見える氷も手に取ってみるとただの白い透明の氷。

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氷の山脈を縫うように歩いていく。
ところどころクレバスが口を開いている。
足を踏み外さないよう慎重に歩を進める。

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水が溜まり、奥のほうほど青く輝いているクレバス。
美しくてつい引き込まれそうになる。

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ガイドに「深さはどのくらい?」って聞くと「さあ、誰にも分からないよ。ひょっとしたら日本まで行っちゃうかも。」だって。

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砂漠は幾何学的で規則的な美しさが魅力だけど、氷河はまったく正反対。
奔放で豪快でワイルド。
それでいて滑らかな曲線美が優美な雰囲気を醸し出す。
自然の造形美がすばらしい。

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こうして踏みしめている巨大な氷が、今この瞬間にもじわじわと動いていることが信じられない。
自然は、地球は、計り知れないほどにスケールが大きい。
地球上にはまだまだ知らない世界がたくさんある。

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氷上を歩きはじめて1時間。
ガイドがピッケルで氷を砕きだした。
お待ちかねのウイスキータイム ♫

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トレッキングツアーの最後は、氷河の氷でウイスキーのオン ザ ロック!
トレッキングとおなじくらい楽しみにしてたんだよね。
どんだけ酒好きなんだ!って言われそうだけど、氷河の氷で飲む機会なんてそうそうないよ。

ただちょっと期待はずれだったんだよねえ。
こぶし大の透明の氷をガリガリと切り出して、カランカランとグラスを傾ける予定だったんだけど、実際の氷河はクラッシュ状態。
イメージしてたのとぜんぜん違う!

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まあそれでも、氷河の上で飲むオン ザ 氷河の味は格別。
つまみとして用意されているチョコレートとチョコパイのお菓子もウイスキーに負けず劣らずおいしかった。

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じつは、このウイスキーは1人1杯だけ、お菓子も1個ずつって聞いてたんだけど、ケンゾーとイクエのときは飲み放題で食べ放題だった。
10時出発でこの日最後のツアーだったから太っ腹だったのかな。
いっぱい飲めるように密かにMyウイスキーを買って持ってきてたんだけど必要なかったよ。

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氷河ミニトレッキングツアーは大満足で終了。
入場料を含めると約1万2千円、ちょっと高い気がしないことはない。
だけど巨大な氷河を自分の足で歩くという経験は興奮もの。

ビッグアイスを諦めてミニトレッキングにしたんだけど、結果的にはミニでよかった。
1時間半のトレッキングでちょうどいい。
慣れないアイゼンで4、5時間歩くのは大変だと思うな。
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楽しいけれど切ない日本人宿の日々

2015.04.17 10:26|アルゼンチン☞EDIT
最近ついてないけれど、気を取り直して楽しもうと思っているイクエです。
ついてないっていうのは、ヒッチハイクに失敗したり、思いがけない出費がかさなったり、両替のレートがものすごく悪くて大損したり、物を失くしたり・・・。
旅でありがちな嫌なことがここ最近立て続け。
でもきっときょうから風向きが良くなる、と信じています。

パイネのトレッキングを大満喫したイクエとケンゾー。
パタゴニアの魅力はまだまだいっぱい。
次に訪れるのは、エル・カラファテ
ペリト・モレノ氷河の拠点になる街。

カラファテ

きょうもヒッチハイクでめざす。
今いるプエルト・ナタレスからカラファテまではおよそ280キロ。
なんとか1日でたどり着きたい。
とはいえ、出発が遅くなってしまって11時にヒッチハイク開始。

やってみたものの、手応えがない。
もう少し先に分岐点がある。
ドライバーにわたしたちがどちらに行きたいのか伝わらず、止まってくれないのかもしれない。

ヒッチハイクは立つ場所が肝心。
数百メートル移動することにした。

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およそ20分後、一台の車が止まってくれた。
おじさん2人組。
ありがたい。

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スペイン語が話せないわたしたち。
せっかく乗せていただいたので、会話を弾ませたい。
名前を言ったり尋ねたり、「わたしたち日本人です」と言ってみたり。
「ウシュアイアから来てパイネをトレッキングしたんですよ」「パイネはすごくきれいでした」なんてことをつたないながらも全力で伝える。

そしてそれを理解してくれようとしてくれる。
わたしたちスペイン語ができないのに、なんどもゆっくり簡単な単語で尋ねてくれる。
それでもほとんど会話が通じないのに笑ってくれる。

それがチリ人。

およそ10分のドライブ。

わたしたちはこれから国境を越えてアルゼンチンに入国する。
おじさんたちはそのままチリ国内を移動するので、国境の手前で降ろしてもらった。

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正確に言えば国境ではなく、ここはチリ側のイミグレーション。
国境はここからまだ数キロ先にあり、さらにその国境から数キロ向こう側にアルゼンチン側のイミグレーションの建物がある。
つまり、チリの出国手続きをする場所とアルゼンチンの入国手続きをする場所がかなり離れていて、歩いてはいけないということ。

だからチリの出国手続きをしたあと、ふたたび車に乗せてもらってアルゼンチンのイミグレーションまで移動しないといけない。

だけどこの国境、通る人がほとんどいない。
車なんていったいいつ通るんだろうか。

スムーズに出国のスタンプを押してもらったはいいけれど、次の車が来る気配はなし。
気長に待つしかない。
パソコンを開いて、ブログの記事を書くことにしたケンゾー。

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なんてのどかな場所だろう。

車が来ないかわりに、馬に乗った牛飼いが犬を引き連れて牛たちを放牧している。
彼らは無国籍地帯を行ったり来たりしているのだろうか。

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もし車が来たら、そのチャンスを逃さずに全力で止めるしかない。
きっと車に乗っている人も、こんなところにポツンといたら何かなと思って止まってくれるかもしれない。

数時間待つことを覚悟していたけれど、その前にチャンスはやって来た。

乗っていたのはアルゼンチン人のご夫婦。

「国境まで、ちょっとでいいのでお願いします!」

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わたしたちの入国手続きを待たせるのも気が引けるので、アルゼンチンのイミグレーションの建物の前で荷物を全部下ろし「グラシアス(ありがとう)」と言って、車から降りた。
けれどご夫婦は、わたしたちが入国スタンプを押してもらうのを待ってくれていてふたたび車に乗せてくれた。

「ムーチャス グラシアス(ほんとうにありがとうございます)」

ご夫婦が住んでいるのは国境からおよそ17キロの、その名も「11月28日街」。
アルゼンチンでは地名や公園、通り名に日付が入っているものが多い。
アルゼンチンの歴史で重要な日付らしい。
11月28日というのは、何なのかよくわからないけど、「国家主権の日」がそのあたりなので関係があるのかもしれない。

11月28日街で降ろしてもらったあと、ふたたびヒッチハイク。
仕事中の男性が止まってくれた。
スペイン語で何か話しかけてくれるけれど、よくわからない。
とりあえず「シー(はい)、シー(はい)、ポキート(ちょっとだけ)OK?」とお願いすると、笑顔で乗せてくれた。

「アルゼンチンはどこに行くの?」「この街がお勧めだよ」なんてことを言ってくれる男性。

そんな男性とのドライブは、ものの数分で終わってしまった。
ほんとうにポキートだった。
でも、わたしたちがヒッチハイクを続行しやすいようにわざわざわたしたちがめざす方向の道まで進んでくれて、わたしたちを降ろすと「アディオス(さようなら)!」とさわやかに言ってUターンして自分がめざす道へと戻っていった。

その次に止まってくれたのは、大きなトラック。

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会話ができないわたしたちを快く乗せてくれて、キャラメルを何度もくれた。
ヒッチハイク中はどんなに眠くても、寝るのは絶対に避けたい。
ケンゾーは必ずといっていいほど、乗り物に乗ったらすぐに居眠りをする。

ケンゾーのまぶたが閉じてきて、首がこくんとなったらすかさず後ろからツンツンとする。

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こっちとしては気が気じゃない。
後ろからだと起きているのか眠っているのか確認できないときもある。
そわそわしながら1時間半過ごした。
「根性なしのケンゾー、いいかげんにして!そのくらいがんばって!」って思うんだけど、ケンゾーは「根性とか関係ない。こっちだって睡魔と戦ってるんだ!」と反論する。

およそ75キロ進んだ分岐点でトラックとはお別れ。
ヒッチハイクではお昼ご飯を食べるタイミングがなかなかない。
ガソリンスタンドがあったので、パンでも買おうと思ったけど高いので断念。
ビスケットを買ってかじりながら車が通るのを待つ。

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なかなか車が通らないし、通っても止まってくれない。
立っている場所が悪いのかもしれないと思って200メートル先に移動する。

すでに1時間以上が経った。
するとライバル出現。
わたしたちがさっき立っていた場所にバックパックを持ったカップルが。
そして1分後に車が彼らの前に止まり、二人を乗せてわたしたちの前を走り去っていった。

ちょっと、ちょっと、ちょっとおおおーーーー!!!!

こっちは1時間以上前から待ってて、彼らはたった今やってきたんですよー!!
わたしたちを先に乗せてくださーい!!
と言いたいけれど、ドライバーにとってはそんなことわからない。

チリやアルゼンチンの南部はヒッチハイクをする旅人が多い。
同じ場所にライバルが出現する。
人によっては自分よりも前にヒッチハイクをしている人がいたらその人に遠慮して、前の人がヒッチハイクに成功するまでその場に座って待ったり、その人よりも不利な場所に移動してヒッチハイクをしたりする。

でも、そんなことお構いなしにヒッチハイクをする人もいる。

「なんなの、あのカップル!」
「はああ~。」

どっと疲れがやってきた。
でも、文句を言っても仕方がない。

ここでヒッチハイクをしておよそ1時間20分後。
ようやく車が止まってくれた!

「荷台だけどいい?」
「もちろん。」
「警察に見つかったら捕まるけどね、ハハハ。」

荷台に人を乗せるのは厳密には禁止されているみたい。
よく、見かけるけど。

警察に捕まるリスクを負って、わたしたちを乗せてくれたドライバーに感謝。

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パタゴニアの大地を駆け抜ける車。
荷台に乗って風にあおられ、パンパ(アルゼンチンの大平原)を見つめる。

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中学1年のころ使っていたチリの教科書に「パンパに生きる人々」というようなタイトルでアルゼンチンの人たちの暮らしが紹介されていた。

世界にはそんなところもあるんだと思った。
それから20年後、自分がこんなふうにパンパを走るなんて想像もしていなかった。

どこまでも続く、茶色い大平原。
殺風景で、寂しさすら感じる。
そんななか、眩い色の湖が見えてきた。

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もちろん、もともとの湖の色も鮮やかだけれど、色のないパンパのなかにあるからこそこんなにもまぶしく見えるのかもしれない。

荷台に乗っておよそ2時間。
目的地エル・カラファテの街の入口に着いた。

「そこに警察のチェックポイントがあるから、降りて歩いてくれない?
 チェックポイントを過ぎたところで待ってるから!」


わたしたちは500メートルくらい歩いて、ふたたび荷台に乗った。

車に乗せてくれたのは高校で音楽の教師をしているウーゴ。
ほんとうにありがとう!!

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彼とはフェイスブックを交換したんだけど、翌日おかしなメッセージが。

「〇〇はエンジェルのような顔だ!
 □□はとってもかわいい!!」


メッセージの内容はこれだけ。
ケンゾーと見て爆笑した。

〇〇や□□は、フェイスブック上のわたしたちの友だち。
彼はわたしたちの女友だちをいちいちチェックし、品定めをしていたのだった。
さすがラテンの男は違う。

でも彼の目はたしかなようで、彼が「エンジェルフェイス」と絶賛するわたしたちの女友だちは、アナウンサー。
もちろん彼女がアナウンサーであることまでは彼は知らないけれど、彼にとっても彼女はひときわ美しく見えたのだろう。

ここ、エル・カラファテには有名な「Fuji旅館」という日本人宿がある。
日本人宿に定義はないけれど、「オーナーが日本人(もしくは日本人に親しみをもっている人)で客もほぼ日本人であり、日本の旅人が連泊したくなる居心地のいい宿」とでも言えばいいかな。

Fuji旅館も人気だけど、最近日本人に人気が出てきた宿があるらしい。

HOSTEL AMEL

Fuji旅館は街から少し遠くて、少しお高い。
こちらの宿はバスターミナルのすぐ近くで利便性がよく、宿泊費もFuji旅館の3分の2。

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オーナーはアルゼンチン人の女性。
厳密に言えば日本人宿ではないけれど、宿泊客はほぼ日本人でオーナーも日本人が好きになっていて日本人宿と化している。

宿泊費が安くて利便性が良くて居心地が良ければ、いまの時代ネットや旅仲間同士で口コミで広がり、日本人旅人が集まるようになる。

HOSTEL AMELは全ドミトリー。
宿泊費は100ペソ(およそ1000円)。

わたしたちが着いたときは満杯で、もっていた寝袋を広げて床に寝た。
床やソファーだど半額くらいで泊まらせてもらえる。

旅人のなかには日本人宿を渡り歩く人もいる。
日本語で会話できるし、日本人と盛り上がって楽しいし、日本人にとって使い勝手と居心地がいい空間になっているのでリラックスできる。

でもわたしたちはいつも夫婦で旅しているから、孤独を感じないし、いつも日本語で会話しているので日本人宿が恋しくなることはない。
逆に、こんなに日本人が集まるところにくるとソワソワしてしまう。
しかもほとんどの旅人はわたしたちよりもだいぶ若い。
ノリが違う。

だから最初はこの宿も居心地がいいものではなかった。

でも後日、仲間が登場!
ナミビアでいっしょにレンタカーの旅をしたヒトシくんとチーちゃん。

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そして、南アフリカの喜望峰をレンタカーでいっしょにまわったトシくん。
アフリカで出会ったときはトシくんは現地人の女性のように髪を編み込んでコーンヘアーにしてたんだけれど、それをとっちゃったのでワイルドなアフロになっていた!
そして似たような旅人がほかにも二人。
なんなんだ、このトリオは!?
ちなみに奥がトシくん。

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ヒトシくんに会うなり言われた。
「イクエさん、親子丼作って!!」。

親子丼?
そういえば、ナミビアの宿で作ってヒトシくんとチーちゃんに食べさせたなあ。

ヒトシくんはわたしたちと同じようにここに来る前にパイネでトレッキングをしていた。
驚くことにわたしたちが4泊5日でやったコースを3泊4日でやっていた。
しかも最初は2泊の予定で組んでたけど、途中で無理だと気づいて3泊にしたらしい。
さらには寝袋も持っていかず、テントの中で寒いのにそのまま寝ていたらしい。
しかもガスコンロも持っていかずに、パンと果物でしのいだらしい。
かなりしんどい思いを味わったらしい。
当然だよ!

で、ヒトシくんといっしょにトレッキングをした、社長(若いけどネットのお仕事で稼いでいるので「社長」というニックネーム。わたしたちは社長ともケープタウンで会っていた。社長のブログはこちら!)が言った。

「パイネトレッキングの間、ずっとヒトシさんが『イクエさんの親子丼を食べたい。イクエさんに親子丼を作ってもらおう!』って言ってたんですよ。」

「もうね、これ乗り越えたらイクエさんの親子丼が待ってるって言い聞かせて、パンと果物で寒いなかパイネをなんとか歩いてきたんだから。」と言うヒトシくん。

そんな極限状態でお袋の味じゃなくて、わたしのなんちゃって親子丼を思い出してくれて光栄だよ!

まあ、作るのはケンゾーだけどね。

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わたしがブログを書いている間、ケンゾーがフライパンで作った親子丼。
唯一わたしがアドバイスしたのは「つゆだくで」ってこと。
こっちのお米はパサパサなので、たっぷりのつゆを含んだ親子丼じゃないと台無しになる。

ケンゾー、もうちょっとつゆがあってもよかったんじゃないの?

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あとは、天ぷらも作った。
玉ねぎとカボチャとイモとニンジンと・・・。
天ぷらにもヒトシくんたちは感動してくれた。

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大量の野菜を揚げるのはけっこう疲れるので、ヒトシくんとチーちゃんにバトンタッチ。
そしたらキッチンから聞き捨てならない二人の会話が・・・。

「なんかもう揚げるの面倒くさいね。
 もう揚げずに焼いちゃおう。」

「それがいいね。
 焼こう、焼こう!」


あんたたち!
さっき「おいしい」って言って天ぷら食べてたでしょうが!!
ただ焼いてどうするの!!

この宿に入り浸っていたチーちゃん。
でも、チーちゃんはこの宿に泊まっていない。
理由は「ホットシャワーが使いたいから」。
たしかにこの宿はタイミングが悪いとアツアツのお湯が出ない。
ホットシャワーにこだわるチーちゃん。
ガサツに見えて、意外と乙女である。

それにしても堂々とキッチンで食事を作り、ダイニングで食べ、堂々とレセプションの前に居座って一日中インターネットをしている部外者のチーちゃんを、この宿のオーナーは一度もとがめない。
なんて寛大な宿!!

寛大な宿で、わたしたちは毎晩和食を作った。

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この日作るのは餃子!
アフリカのザンビアで海外協力隊の渡辺氏に餃子の作り方を訓練されたので、わたしたちがみんなにそれを伝授する。
小麦粉をこねて、ビール瓶やワイン瓶で延ばしていく。

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さらに、もつ鍋も!
お肉が大好きなアルゼンチン人。
スーパーで内蔵系のお肉が手に入ることがある。

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みんなで食べると格別!
10人くらいで食べたけれど、そのうちわたしたちを含めて3組が夫婦。
さらにほぼ全員が世界一周中。

日本にいると「世界一周旅行」なんて奇抜な感じがするんだけれど、旅行中に出会う日本人旅人の過半数が世界一周中の人。
ヨーロッパの国と違って、日本の社会人は長期休暇が取れなくて1か月単位の自由な旅行ができない。
だから旅がしたい人は、会社を辞めることになり、辞めたら時間を持て余すので「だったらこの際、一年以上かけて世界一周しちゃおう」となるようなのだ。

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この宿には、日本人の旅人のほかに宿泊客がいた。
ダイニングの後ろの共用スペースのソファをベッドメイキングしている白髪まじりの男性。

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このソファで寝泊まりしている。
しかも男の子と毎晩肩を寄せあって。

おじさんはいつも暇そうにしている。
こんなところに泊まって、何をしているんだろう。

スペイン語がわからないなりにおじさんと会話してみると、おじさんはとめどなく話しはじめた。
わたしたちが孫かと思っていた男の子は、実の息子だということ。
その子の母親であり、男性の妻とはどうやら死別、もしくは離婚したようだった。
このくだりで男性はいきなり泣きはじめた。
そして男性が描いたと言う妻の肖像画をわたしに見せた。

わたしはたまに不覚にも人を泣かせてしまうときがある。
こちらとしては「あー、そうなんですね。ふんふん。」と話を聞いているだけのつもりだけど、相手の深い部分を吐き出させて泣かせてしまう癖がある。

男性が口元を手で押さえて泣きはじめたとき、わたしとケンゾーは男性の目の前で普通にパスタを食べていた。
どうすればいいのかわからないので、ケンゾーと無言でパスタを食べ続けた。
男性は、息子の名を呼んで息子を抱き寄せると、男の子は慣れたような仕草で男性をなぐさめた。

なんか映画のシーンを見ているようで切ない。
まあ、わたしたちはパスタを食べていたのだけれど・・・。

理由は分からないけど、いま男性は家がない。
男性の職業は画家。
パタゴニアの自然の風景を描いているのだそう。
夏休み中の息子を連れて、ここで絵を描きながら売り歩いている。
朝、自分の作品をいくつか抱えて息子とともにホテルを出ていく。
もちろん息子も両腕に父の大きな絵を持っている。
そして夕方、同じ枚数の絵を抱えて親子で戻ってくる。
ため息とともに。

切なすぎる。
ハウス食品の日曜名作アニメになりそうだよ。

でも正直言って絵はうまいんだけれど、ありきたりな感じで惹かれない。
雪の降るパタゴニアの湖や枯れ葉舞う森、なんだかとてもわびしい。
男性のこれまで歩いてきた人生がそうさせているのかもしれない。
それに価格設定が高すぎる。
ひとつ10万円くらいする。

息子がかわいそうになってくる。

そんな父親をもつ息子だけどとても子どもらしくて明るい。

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父がそんな感じだから、絵を売る時間以外はホテルで一日中テレビを見るしかない。
ケンゾーが紙飛行機を折ってあげると喜んでいた。
わたしが「いっしょにスーパーに買物に行って料理を作ろう」って誘うと男の子は嬉しそうにしたけれど、父親が「ダメだ ここにいなさい」と息子の外出を許してくれなかった。

わたしたち日本人旅人がうるさく騒ぐ横で、二人で窮屈そうに縮こまって毛布にくるまってソファで寝る日々。

日本人の旅人たちと騒ぎながらも、この親子のさびしげな表情を見るたびになんだかモヤモヤする感情がわいてくる。

楽しいけれど切ない滞在となった。
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だいぼうけんのフィナーレは!?

2015.04.16 06:28|チリ☞EDIT
表現が庶民的、子どもっぽい、幼いと妻にバカにされ、心の中で笑われている40歳のケンゾーです。
そんな大人な妻のお気に入りの芸人はバナナマンの設楽、ではなく日村勇紀。
いちばん好きなネタは郷ひろみのモノマネで歌う「2億4千万の瞳」。
じゅうぶん子どもっぽくて、とやかく言われる筋合いはないと思うんだけどね。

5日間のパイネトレッキングもとうとう最終日がやって来てしまった。
トレッキングはど素人のふたり、5日分の食料を背負ってはたして最後まで歩けるのかちょっとだけ不安だったけど、疲れが吹き飛ぶ絶景のオンパレードで歩くことはぜんぜん苦にならなかった。
もう今日一日で終りなんだと思うと寂しくてしかたがない。
パイネの景色を目に焼き付けながら最終日も楽しんで歩こう。

きょうの行程は、まずグレイ氷河に沿って北上。
登ったことはないけれど「日本アルプス」のように険しくなってきたらGreyキャンプ場へと引き返す。
そのあとキャンプ場に戻り、ランチを食べてPaine Grandeキャンプ場へ。
18:30発のフェリーの最終便とバスを乗り継いでプエルト ナタレスへ帰還という流れ。

5日目

グレイ氷河をめざして7時半にキャンプ場を出発。
最終日がいちばん早起きだった。
ほんの数時間行って帰ってくるだけなので、イクエはほぼ手ぶら状態。
足取りが軽くてどこまででも歩けそうな気がする。
ま、荷物さえなければ誰だってそうか。

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先の方にところどころ雪を被った険しい岩山が見えている。
あの先には見たこともないような景色が広がっているんだろうなあ。
山登りにハマる人たちの気持ちが今ならよく分かる。

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しばらくはなだらかな登りがつづく。
うしろから追いかけてくる人も、前からすれ違う人もいない。
それだけこの先は厳しいコースになるってことなんだろうね。

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グレイ氷河がずいぶん近づいてきた。
あの雲で隠れてる奥の方からじわじわと押し出されてきてるんだね。

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森を歩き、視界が晴れるたびに氷河が近く大きく迫ってくる。
あともうちょっと、氷河の横までは行ってみたい。
もっと氷河の大きさを体感したい。

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垂直に架かるはしごを下って上る。
この辺りから「日本アルプス」の領域に入ったんだろうか。
身軽な今はなんてことはないけど、重い荷物を背負ってたらたしかに大変だ。

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岩の隙間から大量のガリガリ君がチラ見え!
おおー、とうとう氷河の真横までやって来た。

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氷河って羊羹みたいなプレート状かと思ってたんだけど、ミルフィーユみたいなひだ状になってるんだね。

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歩きはじめて2時間ちょい、グレイ氷河を見下ろすことができるポイントに到着。
そこには今まで見たことのない、生まれてはじめて目にする景色が広がっていた。

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およそ30km先の山の上からじわじわじわじわと押し出されてきた氷河。
パタゴニアの氷河は1年で平均100〜200m動くんだそう。
ということは、湖に到達した先頭の氷河は少なくとも15年かけてここまでやって来たことになる。
長旅おつかれさま。

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ケンゾーとイクエの「だいぼうけん」もここがゴール。
Wコースはトーレス デル パイネがある東スタートでも、グレイ氷河がある西スタートでもお好みでどちらでもいいけれど、ケンゾー的にはグレイ氷河で締める東スタートでよかったと思う。
日本人にとって珍しく馴染みのない氷河。
壮大で豪快で、それでいて神秘的。
だいぼうけんのフィナーレを飾るにふさわしい絶景だ。

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青白く輝く氷河に後ろ髪を引かれながらキャンプ場へと戻ることに。
山の上から太陽が顔をのぞかせる。
そのとき太陽の周りを丸い輪っかが取り囲んだ。

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これ、虹と同じような現象で「暈(かさ)」または「ハロ」って言うんだって。
とくに珍しい現象ではないそうなんだけど、5日間のトレッキングを終えたケンゾーには太陽が祝福してるように思えた。

キャンプ場でランチを食べて1時過ぎに下山開始。
もう食料もすっからかんだし荷物は軽いんだけど、はりきって歩くっていう感じにはなれない。
パイネを去るのが惜しい。
もっとこの大自然のなかに身をゆだねていたい。

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どこを見ても美しいパイネの景色を目に焼き付けながら歩いていく。
きのうまったく同じ道を歩いてきたのに、パイネが見せてくれる表情にひとつとして同じものはない。
ハッと息をのむ絶景に何度足を止めただろう。

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グレイ氷河に最後のお別れ。
たまに雨がぱらついたり強風にあおられたりもしたけれど、5日間天気に恵まれてよかった。
天気が悪いとパイネの絶景も台無しだ。
日頃の行いがちょっとはいいってことかな。
「ブルーレット置くだけ」も見納めだ。

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キャンプ場を出発して4時間、ペオエ湖が見えてきた。
きのうは曇りできょうか晴れているからか、湖の色がまったく違う。
いつもパイネの表情は違うから飽きない。

下界に戻ってきてしまった。
いよいよパイネにもお別れを告げないといけない。

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イクエが好きなクエルノス デル パイネがお出迎え。
クエルノスは「角」っていう意味。
う〜ん、角って感じはしないけど、かっこいいことに変わりはない。

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満足感と心残りな気持ちを抱えてフェリーに乗船。
ほんの30分くらいの距離なのに15000ペソ(約2850円)とかなり高い。

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でもこのばか高いフェリーが素晴らしいフィナーレを運んでくれた。
まずはとんでもない色をした湖の水に驚く。
なんなのこれ?!

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バスクリンを溶かしたような、はたまたかき氷のハワイアンブルーのシロップのような、思わず飲みたくもなるような水の色。
いまこの目で見てるんだけど、信じられないような光景。

今まで歩いてきたパイネが過ぎ去っていく。
「ああ、あの部分はきつかったなあ」「あそこから見た景色は絶景だった」。
楽しかった5日間、いろいろなシーンが蘇る。

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フェリー代は高いけれど、湖から眺めるパイネは格別。
絶景づくしだったパイネトレッキングのフィナーレを飾るのに申し分のない景色を見ることができる。

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フェリーのあとバスに乗り換えてプエルト ナタレスに到着したのは夜10時近く。
宿にたどり着くとどっと疲れが押し寄せてきたけれど、心は幸せに満ちていた。

パイネよ、ありがとう!!
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「だいぼうけんしとるみたいや~!」(40歳男)

2015.04.15 06:14|チリ☞EDIT
いま泊まっている宿のオーナー夫妻のかわいい娘が「おねえちゃん!」と呼んでくれるたびにニヤけてしまうイクエです。
ちなみにオーナー夫妻は日本人。
よく教育されてますね。
でも調子にのって自分のことを「おねえちゃんねえ・・・」と言わないようにしようと思います。
「おばさん」ですから。

パイネトレッキング4日目。
とうとう終盤戦。
きょうは最後の見どころの「グレイ氷河」を目指す。

これまでのルートでも山の上にある氷河は見てきたけれど、それとはまた別なのかなあ。
泊まるところはグレイ氷河のすぐそばのGreyキャンプ場。
地図によるとおよそ6時間のトレッキング。

4日目

着実に食材を減らしていき、荷物が軽くなっているわたしたち。
トレッキングの日数に反比例して荷物が軽くなり、足取りも軽くなっている。

背負っているバックパックはだいぶスマートになってきているとはいえ、かなりダサい。
いちばんダサくしているのが、段ボール。
段ボールは、銀マットの代わりに下に敷いて寝るためのもの。
さらにケンゾーのズボンの穴がどんどん拡がっていっている。

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かなりダサい登山者ではあるけれど、山登り初心者もたくさんいるパイネ。
リュックサックにいろんなものをぶらさげたり、手でテントやでかい寝袋を抱えたまま登っている人も多い。
だから、このくらいはまだマシかな。

この3日間、晴天に恵まれてきた。
だけどきょうはスッキリしないお天気。
それに風が強い。

パイネの絶景は天気にかかっている。
少しでも晴れてくれればいいなあ。

わたしが好きな山「クエルノス・デル・パイネ」が湖越しに見えた。

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切り立った崖。
尖った山頂。
山肌の曲線美。
そして、白と黒の岩の色。

バースデーケーキにも見える。

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これで見納めかな。
でも、標高2600メートルのこの山は周りの山よりも高いから、またあとで見えるかもしれないな。

後ろ髪を引かれながら、進んでいく。

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トレッキング4日目の後半戦。

わたしが思っていたのは「あと一踏ん張り」でも「ゴールに近づいてきてうれしい」でも「早く街に戻っておいしいご飯が食べたい」でもなかった。

「あー、もうすぐで終わっちゃうなあ。寂しいなあ。」だった。

これは自分でも意外。
わたしはすっかりパイネの魅力にはまってしまっていた。

それはわたしだけではなく、ケンゾーも同じだった。

「荷物さえなければ、あと一週間くらいは歩けるなあ。」
ケンゾーは言った。

歩くほどに、さまざまな絶景に出会える場所。
それがパイネだった。

あっと息をのむ光景。
引き込まれる景色。

ほら、向こうに信じられないほど鮮やかな湖が見えてきた。

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想像もしなかった景色が、わたしたちを迎えてくれる。
今回わたしたちは、4泊5日のWコースを歩くことにしたけれど、10日間のサーキットコースにしたらもっといろんな景色が見られるんだと思うと、惜しい気もする。

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あの山の向こうには、どんな絶景が待っているのか。
それは、そこまで行ける人にしかわからない。

あの山を越えれば、あの湖の向こうには、あの森を歩いていけば・・・。

目に入ってくるすべての風景の向こう側に、また違った美しい景色が広がっているはず。
5日間歩くわたしたちは、パイネのほんの一部しか見ることができない。

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鮮やかな湖に近づいていく。

「きれいだねえ。」

もう何度この言葉をつぶやいただろうか。

湖から目をそらし、足元を見ながら歩いていく。
そしてまたふっと、視線を上げる。
さきほどの湖が視界に飛び込んでくる。
また、息をのむ。

さっきから何度も湖を見ているのに、不思議なことに感動が薄れない。
湖から目をそらし、そこに湖があることを知っていて、ふたたび湖を見る。
その色は、想像以上に鮮やかで驚いてしまう。

なんでこんな色の湖がこの世にあるんだろう。

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2時間あまり歩き、わたしたちはPaine Grandeキャンプ場に着いた。
でも、きょう泊まるのはここからもっと歩いた別のキャンプ場。
このキャンプ場では、お昼をとるだけ。

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パイネのキャンプ場は、場所によって利用料や設備に差がある。
ここは共用キッチンが室内にあり、とても広くて使いやすい。
さらにコンセントもあって充電ができる。
わたしたちは5日間は充電ができないと思っていたから、カメラのバッテリーが無くなることを恐れて撮り過ぎないようにしていた。

充電ができるのを知っていたら、もっと写真を撮っていたかも。

さらにここには、食材のフリーコーナーがあった。

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トレッキングの最後の宿泊地としてここに泊まる人が多いので、使わなかった食材やガスを置いていってくれるのだった。

わたしたちはパスタ麺や米、インスタントスープ、そしてパックワインをいただいた。
これできょうもワインが飲めるね!

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これまで天気に恵まれていたけれど、きょうは雲が多い。
そして風も強い。
追い風ならともかく、向かい風なので進むのに2倍くらいの体力を使う。
風はいっこうにやみそうにない。

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そのとき、異様なものが目に飛び込んできた。

「見て!
 なんか変なのがある!!」

「え!?
 なんじゃありゃ!?」


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「なんか変なのがある」と言っておきながら、わたしはこの物体の正体を知っていた。
というより、これを見るためにきょうは歩いているのだった。

それでも、あまりにも違和感のある色に驚いて、「変なのがある」と言わずにはいられなかった。

湖に浮かんでいるのは、氷河

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プカプカと浮かんでいる。
氷河って、こんなにも青い色なんだ。

ケンゾーが言った。
「トイレの洗浄剤の『ブルーレット置くだけ』みたいや!」

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わからなくもないけれど、例えかたが庶民的すぎる。
せっかく大自然の神秘を見ているのに「トイレの洗浄剤」はない。

でもたしかに洗浄剤みたいだ。
なかなかうまいことを言う。
いや、ぜんぜんうまくない。

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湖から逸れて林に入り、山道を登っていく。

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途中、逆回りをしている日本人の登山者とすれ違った。
30歳くらいの男性。
ひとりで10日間のサーキットコースをしているのだと言う。
わたしたちよりもつらいはずなのに、まったくつらさが顔に出ていない。
楽しそうにしている。
彼はきっとわたしたちよりもたくさんの絶景を見てきたのだ。

「けっこうこのあともきつい道が続きますか?」と彼に聞いた。
「そうでもないですよ。」

「きょうわたしたちはグレイキャンプ場に泊まる予定なんです。
そこから少し歩くと氷河の絶景が見られると聞いたんで明日がんばりたいんですが、キャンプ場からどのくらい歩けばいいですかね?」

「1時間から1時間半くらいですかね。」

「そこまでの道はどうですか?」
「大丈夫ですよ。
今と同じようなこんな風な登山道が続きます。
だけどもっと先に行ったら、がれ場や雪があり、ハシゴがあったりして大変になりますね。
まあ、日本アルプスみたいな道ですね。」

「そうなんですね。
ありがとうございます!」

彼は軽快にわたしたちが登って来た道を下って行った。

「日本アルプスって言われてもわからんね。」
「登ったことないけんね・・・。」

きっと登山愛好家同士の会話なら「なるほどー!日本アルプスレベルですね!」となるんだろうけど、わたしたちにはまったく予想ができない。
とにかく「日本アルプス」のレベルに達していないわたしたちは、「日本アルプス」の領域になる手前で引き返さないといけない。

峠を越えて、また湖畔に出てきた。

トイレの洗浄剤が浮かんでいる湖沿いを風にあおられながら歩いていく。

すると、湖の果てが見えてきた。

湖に押し寄せているもの。
青みを帯びた何か。

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それこそが、わたしたちが目指していたグレイ氷河。
はるか地平線まで氷河が続いている。
大きな白波のようにも見える。

「うおー!!
 すっごー!!」

「へぇーー!!」

グレイ氷河に近づくにつれて、風はますます強くなっていく。
台風並みの向かい風。
立っていられないほど。

帽子は風に飛ばされそうだし、着ているウィンドブレーカーやバックパックにかぶせているザックカバーがバタバタバタバタと大きな音を立て続ける。
目を開けることさえ難しい。

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風が吹いてくる方角には一面の氷河。
風と闘いながら、わざわざ自分たちがそっちに向かって歩いているのがおかしくて、笑いが出てくる。
わたしたちは何をしてるんだろう。
この先に、なにかとんでもない世界が待ち受けているような、そんな雰囲気がする。

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すると、羽織っているウィンドブレーカーとフードに風をいっぱい溜め込んで体が膨れ上がり、ドラえもんのようになっているケンゾーがいきいきとした顔でこっちを見た。

そして40歳のドラえもんが叫んだ。

「なんか、
 おれら、
 だいぼうけんしとるみたいや~!!」

わたしはこころのなかで吹き出した。

これは、小学1年生のセリフではない。
まぎれもなく、40歳の寅年の男の発言だ。

「だいぼうけん」って・・・。

『ドラえもんとのび太のだいぼうけん』ならわからなくもないが、『40歳のおじさんと34歳のおばさんのだいぼうけん』なんて変にきまっている。

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でも、ケンゾーが言わんとすることはわかる。

台風並みの強風のなか、飛ばされないようになんとかふんばって、一歩一歩進んでいく。
まともに目も開けられないけど、風の来ている方角をなんとか見やれば、こちらに迫っている氷河が目に飛び込んでくる。
こんな強風に立ち向かい、いい大人がなにを目指しているのだろうか。

たしかにだいぼうけんみたいだ。

40歳で「だいぼうけん」という言葉を使う人が、いったいこの地球に何人いるだろうか。
40歳にして「だいぼうけんしとるみたいや~!!」といきいきとするケンゾーは、かなりの幸せ者だ。

ケンゾーが40年生きてきて、これまでに「だいぼうけん」という言葉を使ったことがあるのか知らないけれど、きっときょうのこの瞬間はケンゾーの5本の指に入る、いやひょっとしたら人生でいちばんの「だいぼうけん」かもしれない。

よかったね!ケンゾー。
胸をはってお友だちに「おれ、だいぼうけんしてきた!」って言えるね。

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わたしたちの最後の宿となる、Greyキャンプ場に着いた。
心配なのは風。
テントが吹き飛ばされなようにしないといけない。
せめて今夜までもってほしい。

草原ではなく、森のなかの木々の間にわたしたちはテントを張った。
ほかの人のテントを風除けにして。

みんな考えていることは同じで、風が強いところほど肩を寄せあうようにテントを張る。
人のテントの横に立てる。
すると、今度は自分のテントの横に、ほかの人がテントを立てる。

テントを立てたわたしたちは、氷河の近くまで行ってみることにした。

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どのくらいの高さがあるんだろう。
近くまで来たけど、はじめて見るから現実感が湧かない。

「数メートルはあるかな?」と言ったら、ケンゾーは「10メートルくらいあるやろう」と言った。

氷河は滑らかな曲線を描いていて、それでいてシャープで尖っている。

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向こうの氷河が崩れ落ちて、岸辺に流れ着いてきたものもある。
大小さまざま。

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ここにペンギンやシロクマがいたら、思い描く北極や南極のイメージ。

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さっきは「トイレに浮かべる洗浄剤」と氷河のことを例えていたケンゾーが、またべつの言葉を放った。

「でっかいガリガリ君みたいや~!」

またしても庶民的な比喩。
だけど、まさにその通り。

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「トイレの洗浄剤」「ガリガリ君」、そして「だいぼうけん」。

こんな子どもっぽい夫を、バカでかわいいと思い、こころで笑う妻。
それが、ケンゾーを調子にのらせているのかもしれない。
80歳になってもケンゾーは「ガリガリ君」とか「だいぼうけん」とか言うんだろうか。

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だいぼうけんを楽しんだ腹ぺこのケンゾー君は、パスタをラーメンのようにズズズっとすすってたいらげた。

あしたはわたしたちの5日間のトレッキングの最終日。
だいぼうけんのフィナーレには、ふさわしいものが待っていた。
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絶景を前にしてすることといえば・・・

2015.04.14 06:20|チリ☞EDIT
押し寄せる睡魔と戦いながらこのブログを書いているケンゾーです。
10時間かけて移動してきた宿が満室で共有スペースのソファーで寝たんだけど、ほとんど一睡もできなかった。
前まではそんな状況でもお構いなしに寝られたんだけど最近はダメだなあ。
寝るのも体力がいるって言うからね、完全に老いだね。

日が長いので夜ものんびり、それにつられて朝ものんびりなパイネトレッキング。
3日目は9時ごろに起床。
きょうは朝からスキッと晴れて気持ちがいい。

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トイレやキッチンスペースは限られているので朝はけっこう混み合う。
朝食を食べたりなんだかんだ準備をしていたら時刻はもう11時過ぎ。
時間との勝負でもあるトレッキングで、そんなにのんびりしていて大丈夫?なんて声が聞こえてきそうだけど、心配無用。
5日間朝から晩まで歩きっぱなしでハードなので、中日のきょうはゆる~いスケジュールにしてるんだな。

3日目

宿泊しているItalianoを出発してフランセス谷を北上、およそ4km先の展望ポイントまで行って戻ってくるという楽ちんなコース。
40歳と34歳の体をいたわってItalianoに2泊するプランにした。
(込んでるときは無料キャンプ場は1泊しかできないこともあるようなので注意。)

風の大地とも呼ばれているパタゴニア。
ここパイネも例外ではなく、台風並みの強風が吹き荒れることはしょっちゅう。
テントサイトは林の中にあるけれど、風から逃れることはできない。
ケンゾーとイクエのテントはザンビアで買った貧相な中国製。
トレッキングから戻ってきたらテントが吹き飛ばされていた、なんて悲しい事態にならないようにペチャンコにして石で重しをしておくことに。

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風で飛ばされないようにすることがいちばんの理由だけど、登山用でもトレッキング用でもないショボいレジャー用のテントがちょっと恥ずかしいっていうのもあるけどね。

ペチャンコのテントの中には食料や寝袋、防寒着などを置いておき、きょうは最低限の荷物でトレッキング。

キャンプ場の事務所の前にたくさんのバックパックが置かれている。
荷物だけ置いて展望ポイントまでトレッキング、そのまま泊まらずに移動する人たちも多いんだろう。

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このキャンプ場に限らず、パイネ内のすべてのキャンプ場や事務所にはこんな紙が貼り出されている。
これヘブライ語なんだよね。

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なんて書いてあるかは分かんないんだけど、大体想像できる。
2011年の12月にパイネで大規模な山火事が発生して、15000ヘクタール焼失したそうなんだけど、その火事の原因がイスラル人観光客の火の不始末だったんだそう。
その当時はパイネが閉鎖されて、わざわざ日本からトレッキング目的でやって来た人も公園に入れなかったらしい。
今でも燃えた部分は元に戻ることはない。

それ以降、火の管理については厳しくなった。
携帯用ガスコンロもキャンプ場の決められた場所でしか使えないことになっている。
さらに火の管理について徹底させるためのビデオを入場前に見せられて全員がレクチャーを受ける。

イスラル人に注意を促す但し書きだと思うんだけど、世界中どこでもイスラエル人観光客はいろいろとやらかすなあ。

防寒着とランチだけ持って3日目のトレッキングのスタート!
きのうと比べると身軽で嬉しくなる。
こんなに軽いといくらでも歩けるよ。

きょうはイクエが好きなクエルノ・デル・パイネとパイネ・グランデに挟まれたフランセス谷を歩いていく。
フランセス谷は氷河の浸食によってでき上がった谷間。
キャンプ場のすぐ目と鼻の先にフランセス氷河が迫り来る。

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ひとくちに氷河と言っても形は様々。
「氷河」と「万年雪」何が違うのか?詳しいことは専門的すぎてよく分からないけれど、とにかく移動する(動く)ものが氷河。
降り積もって押し固められた雪が自らの重みで動くものが氷河となるんだそう。

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一晩中そして今も、ドーーーン、ドーーーンと地響きを響き渡らせながら崩れ落ちていく氷河。
少しずつ少しずつ押し出され、やがて耐えきれずに落下。
これもまた、地球がたしかに生きている証し。

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ドーーンという轟音が聞こえて慌てて音のした方を見てももう遅い、氷河はほとんど崩れ落ちてしまっている。
音が伝わってくるのが遅い。
すぐ目の前に見えているけれど、思っている以上に距離が離れているんだろうね。

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キャンプ場のItalianoは標高およそ200m、きょうの目的地の展望ポイントはおよそ600m、上り下りしながらのトレッキング。
わずかな高低差で周囲の景色は激変。
ほんの数十m高度が下がるだけで木々が生い茂るようになる。

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氷河から流れ出る小川のせせらぎを聞きながら歩を進める。
なんて心地いいんだろう。
地球は豪快で、それでいて繊細で、そしてなによりも美しい。

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山の頂上付近にある氷河はまだ白く眩く輝いているけれど、ふもとにある氷河には黒い筋がいくつも付いている。

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重力にしたがって下へ下へと動いていく氷河。
周囲の岩盤を削り取り、その堆積物もいっしょに動いていくんだそう。

ゆっくり登って3時間で展望ポイントに到着。
そこは360℃のパノラマが広がる絶景ポイントだった。

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生命力溢れる緑の森林地帯、突然現れる岩だらけの山肌、青空を突き刺すようにそびえ立つ岩山。
こんな雄大でワイルドな山並みにぐるりと囲まれるロケーションははじめて。

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イクエが一目惚れしたクエルノ・デル・パイネ。
きのうは見えなかった裏側が丸見え。
同じ山でも歩くたびに見える景色が変わるのでまったく飽きない。

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絶景を眺めながらランチタイム。
パンとハムとチーズだけのシンプルものだけど、一流ホテルでもかなわない贅沢なランチ。

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轟音を谷間に響かせながら崩れ落ちる氷河。
雪を被った尾根からゆらゆらと涌き上がる雲。
太陽を浴び神々しいほどに白く輝く山々。
陳腐な言葉では表現しきれない圧倒的な自然の存在感。

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だいたい自分も含め日本人はこういう場所ではまず写真を撮る。
けれど欧米人は何故だかまず寝る。
若い女性だろうがおっさんだろうがとにかく寝る。
なんでなんだろうね。
自然のパワーを吸収しようってことなのかな?
まず寝て、一眠りした後に写真を撮るんだよね。

でも絶景を前にして寝たくなる気持ちはなんとなく分かるんだよなあ。
理屈抜きで気持ちがいい!
ということで、欧米人に混じって昼寝をすることに。
日焼け防止で顔を服で覆ってたら、なんか不気味な人形みたいになってしまった。

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パイネの絶景に囲まれて昼寝を楽しんだあとキャンプ場へ。
出発から9時間、きょうはのんびりした1日。
絶景を楽しんで英気を養うことができた。

今晩のメニューはサバの缶詰のパスタ。
食べるたびに食料が減っていくのが嬉しくてしょうがない。

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あしたはトーレス・デル・パイネと並ぶハイライトのひとつ、グレイ氷河をめざして歩く。
これまで見てきた氷河とどう違うのかな?
あしたもがんばって歩いていこう!
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パイネ 氷河の音とともにWコースを行く!

2015.04.13 05:19|チリ☞EDIT
最近、ことがスムーズに進まないイクエです。
きのう一日がかりでヒッチハイクをしたけれど、ぜんぜんダメ。
手応えがなくて引き返して、追加で一泊。
旅の予定を大幅変更しました。
この前はメガネを失くすし・・・。
この流れを変えるためにはどうすればいいかなあ。

パイネ国立公園トレッキング2日目。
きのうの夜はキャンプ客が外でお酒を飲んで遅くまでどんちゃん騒ぎしていたので、なかなか眠れなかった。
睡眠不足だけどきょうは重い荷物を背負い、いっきに移動しないといけない。

朝食を食べて精をつけよう。
卵かけご飯にふりかけをかけて、インスタント味噌汁とともに。

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朝はあいにくの曇り空。
それでも雲の隙間から青空が見えている。

のんびりと朝を過ごし、天気が回復するのを待っているとすでに11時。
急いで出発しなきゃ!

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パタゴニアの夏の夜は長い。
日没時間は午後9時半。
いつまでも明るいから夕飯も就寝時間もついつい遅くなってしまって、その分朝の始動も遅くなる。

1泊目のLas Torresキャンプ場から、きょう目指すのはItalianoキャンプ場。
登山用地図によるとおよそ7時間のトレッキング。
湖沿いを歩くことになる。
きのうはトーレス・デル・パイネを目指す山登りだったけれど、きょうは湖沿いを横移動。(下地図の紺色ルート)
それほどアップダウンはないと思う。

2日目

気がかりなのは荷物。
冬用寝袋やテントのほか、まだ4日分の食料が入っている。
普段、バックパックを担いで2キロほど歩いて宿を探すだけでも疲れるのに、きょうは最低でも7時間歩かないといけない。

きょうは5日間のなかでもっともつらい日になることが予想される。

風が強く吹きすさぶパタゴニア。
ウシュアイアにひきつづき、ここにも「はためく木」。

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と見せかけて、実際の大きさはこれほど。

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というくだらないことを、わざわざやる。
そうでもしないと疲れるだけだもんね。

わたしがタイムキーパーをすることにした。
普段はしない腕時計をはめて、こまめに時間のチェック。
30分に一度、休憩することにした。

小さな湖が姿を現した。
その向こうにはもっと美しい大きな湖。

もっと歩けば、もっと近づけるかな。
よし、がんばろう!

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そう。
パイネのトレッキングはこの繰り返し。

きついんだけど、向こうに雪を抱いた迫力ある山がそびえている。
みずみずしい緑の木々が茂る森がある。
引き込まれるほど美しい、エメラルドグリーンの水をたたえた湖が待ち構えている。

よし、あそこまでは行こう。
近くに行きたい。
もっと美しい景色が見られるはず。

そんな思いで一歩一歩、歩みを進めていく。

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通常、トレッキングでは何リットルかの水を持ち運ぶ。
料理でも水が必要だし、一日何時間も山道を歩くので喉が渇く。
だけどパイネでは大量の水を持ち運ぶ必要がない。
氷河を載せた山がいくつもそびえていて、そこから水が流れてくる。
冷たい雪解け水は、天然のミネラルウォーター。

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持っているペットボトルの容量はふたりでたったの800ml。
小川を見つけるたびに補充していく。
結局5日間、水に困ることはなかった。
ひとりだと500mlのペットボトル1本で事足りると思う。

大量の水を持ち運ばなくていいし、要所要所にキャンプ場があるからわたしたちのような初心者でも5日間もトレッキングをすることができる。
そういう意味で、パイネはみんなを楽しませる場所だ。

川にかかる吊り橋も、渡るだけでなんだか楽しくなる。

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パイネは初心者から上級者まで自分にあったルートを選ぶことができる。

たとえば・・・・。

① 一日バスツアー
(体力に自信がない人や高齢者、トレッキングに興味がない人向け)
 
 バスで国立公園内の道路を通って、景色がいいところで写真撮影。
 車で入れる部分しか行かないのでパイネの絶景は味わえない。
 トレッキングをした身からすると、もったいないと思う。

② パイネの顔「トーレス・デル・パイネ」を見る一日トレッキング
(一日だけなので楽だし、間近でトーレス・デル・パイネの絶景を見られる。)

 トーレス・デル・パイネについてはきのうの記事で紹介した通り。
 身軽に登れるので楽。
 トーレス・デル・パイネの途中に3か所のキャンプ場があるので1泊するのもアリ。

③ 「グレイ氷河」を見る一日トレッキング
(バスとフェリーを利用してパイネ・グランデのキャンプ場まで移動。
 キャンプ場からトレッキング。
 氷河と湖と雪山の絶景を見られる。)

 ②と同様、荷物が少なくてすむし、途中にキャンプ場があるので1泊するのもアリ。
 湖のフェリーからの眺めもすばらしい。

④ ②と③の組み合わせトレッキング
 (パイネのいいとこ取り。
  1泊2日、もしくは2泊3日で。)

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⑤ イクエとケンゾーが行くWコース
 (3泊4日、もしくは4泊5日で。)

 ④のトレッキングで楽しめる景色に加え、フランセス谷で雄大な景色を見る。
 初心者もトライできるギリギリのコース。
 日程が長くなる分荷物が増えることが難点。

⑥ サーキットコース
 (10日間くらい。上級者向け。)

 Wコースに加え北側にも行くコースで、パイネをぐるっと周遊するコース。
 岩場やはしごなどもあり、難易度は高い。
 10日分の食料が必要なので荷物も負担になる。
 Wコース以外の北部はキャンプ場も簡素なのでそれ相応の準備が必要。 
 気候も変わりやすく、風も強いので自信がある人だけ挑戦を。
 
コース説明

パイネのトレッキングは、人それぞれルートを決められるということ以外に、もう一点いいことがある。
それは、キャンプ場や山小屋、ホテル、売店、レストランが要所にあり、自分にあったスタイルで宿泊や食事ができるということ。

わたしたちのようにお金がなくて多少の苦労をいとわない人は、テントや寝袋、食料を担いでトレッキングをする。
お金をかけても楽に過ごしたい人は、ホテルに泊まりレストランで食事をする。
その中間の人は、山小屋に泊まって、売店でパスタや缶詰を買いながら自炊する。

だから体力に自信がなくてもわたしたちのようにWコースをトレッキングしたい人は、ホテルや山小屋に泊まってレストランで食事をすれば、最小限の荷物だけでそれが可能になる。

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Wコースに挑戦中のわたしたち。
30分に一度休憩を取るようにしているけれど、10分歩くだけで息があがる。
何度も腕時計を確認する。
15分は経ったかなと思って確認したら5分しか経っていない。

きょうは高い山には登らないけれど、それでも丘を登ったり下ったりを繰り返す。
草木の間を縫うように、細い登山道が続いている。

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左手にエメラルドグリーンの湖を見ながらのろのろと、でも着実に進んでいく。
右手には氷河を抱いた山。
氷河の青さが神秘的。

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その氷河から流れ落ちてくる冷たい水。
石の間を駆け下りながら、エメラルドグリーンの湖へと注いでいく。
そしてまた、その湖が蒸発し雲となり、雪となる。

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今朝、頭上に厚くかかっていた雲は、気温が高くなるにしたがってちぎれて流れていった。
澄み渡る青い空に、きらきらと輝く緑が映える。

そして、わたしがパイネでいちばん好きになった山、クエルノス・デル・パイネが見えてきた。

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頂上と山すそは黒みを帯びていて、中腹は白い。
険しいけれど、気品がある岩山。
荒々しくもあり、優美でもある。

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そしてその奥にちらりと見えるのが、セロ・パイネ・グランデ
横に長く延びた頂上にはたっぷりの氷河。
黒と白のコントラストがまた美しい。

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クエルノス・デル・パイネの割れ目から、滝が何段にもなってこちらに落ちている。
上を見ても下を見ても、右を見ても左を見ても。
360度の絶景。
一枚の写真で収めることはできない。

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「あー!きれいだねー!!」
「すげー!」

こんなにも目の前の自然は壮大なのに、言葉はとても貧相。

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午後7時。
まだキャンプ場には着かない。
日暮れまでまだ2時間以上あるとはいえ、青空は消え薄暗くなってきた。

そんななかジェット機のような音が谷間に響いた。

ゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオ。

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空を見上げる。
いまの音は?

そしてふたたび

ゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオ。

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音の正体がわかった。
ジェット機のような音は、氷河が崩れる音だった。

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体を揺らすほどの振動。
雪崩の音がするたびに、足を止めて山の方を見やる。

自然は美しくて、そしておそろしい。

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午後8時前、ようやくItalianoキャンプ場に到着。
なんとか暗くなる前に無事に到着することができた。
きょうは8時間あまりのトレッキングになった。

きのうは有料キャンプサイトだったけど、きょうは無料のキャンプサイト。
シャワー室はないし、水道もない。
水は近くの川を利用する。

夕食は、パスタ。
具はナスと玉ねぎ、ツナ缶とパスタソース。

持ってきている食材で5日間やりくりしないといけない。
献立を考えるのはわたし。
歩きながら献立のことを考えていた。

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トレッキングをしているときには、食べるということに二重の喜びがある。
ひとつは腹が満たされるということ。
そしてもうひとつは荷物が軽くなるということ。

5日のうちきょうで2日が過ぎた。
ということは、食料も当初の5分の3になったということ。

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腹も満たされたわたしたちは、暗くなってテントで寝袋にくるまった。

まどろみのなか、ゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオという音が何度も耳に入ってきた。
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パイネトレッキング 初日から絶景づくし

2015.04.12 05:54|チリ☞EDIT
ラーメンはかた麺だけどうどんはやわ麺が好きなケンゾーです。
福岡出身なのでラーメンはもちろん豚骨ラーメン。
麺の硬さはちょっと粉っぽいくらいのバリ硬が標準。
だけどうどんとなると腰がこれっぽっちもない柔々麺が標準になる。
麺に関してはけっこうこだわりがあるのが福岡県民。

朝6時に起床。
いよいよトレッキング三昧の5日間のスタートだ。
ずしりと重いバックパックを背負ってバスターミナルへ。
いらない荷物は宿に置いてきてるけど、かなり重い。
こんな重い荷物を背負って、はたして山歩きできるのかかなり不安。

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いまはどんよりと曇ってるけど、パイネは晴れてくれるかなあ。
なによりも天気にすべてがかかってるからね。

けっこう発車時間ギリギリになってしまったので最後は小走りでターミナルへ。
あとで聞いたら、イクエはもうこの時点でかなりしんどくて吐き気をもよおしてしまったらしい。
すべての荷物を背負って1泊目のキャンプ場にたどり着けるのか?
まだスタートもしてないのに不安になったんだって。

なんとか置いていかれることなく無事にバスに乗ることができた。
パイネ国立公園までおよそ120km、2時間ちょいの道のり。
プエルト ナタレスから往復で1人10000ペソ(約1900円)。
思ってたよりもプエルト ナタレスから離れてるんだね。

パイネ

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遠くに見えていた雄大な山々が、だんだんと近づき迫力を増してきた。
そして早くも主役が登場。
存在感抜群、パイネの象徴がお目見えだ。

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国立公園の名前にもなっている「トーレス・デル・パイネ」
「トーレス」とはスペイン語で「塔」という意味。
いやあ、かっこいいなあ。
はやく間近に見たいよ。

はやる気持ちを乗せたバスは入場口に到着。
ここで国立公園の入場料を払う。
1人18000ペソ(約3600円)、けっこう高い。

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ケンゾーとイクエが今回トレッキングするのは「Wコース」と呼ばれているルート。
トーレス・デル・パイネ、フランセス谷、グレイ氷河、3つの見どころをWの字のように歩いて回る。
がんばれば3泊4日でもいけないことはないらしいけど、トレッキング素人のふたりなので無理をせず4泊5日で歩くつもり。

トレッキング

けれどスタートする前から予想外のアクシデント発生。
1日目のきょうはトーレス・デル・パイネ近くの無料キャンプ場「Torres」に泊まる予定にしていたケンゾーとイクエ。
無料だから予約とかは必要ないと思ってたんだけど、人気があるのに狭くてテントを張るスペースが限られてるので予約が必要だということが発覚。
この入場口か途中にある「Italiano」という無料キャンプ場で予約をしないといけないんだけど、残念ながら今日はフル。
しょっぱなから計画に狂いが・・・。

落ち込んでてもしょうがないので予定を変更。
山の上にある「Torres」ではなく麓にある有料キャンプ場の「Las Torres」に泊まることに。
「Torres」以外のキャンプ場は予約の必要はなし。

入場口から有料キャンプ場の「Las Torres」までは約7km。
もちろん歩いていけるんだけど、今回のトレッキングはある程度お金を出して「楽」を取ることにしているケンゾーとイクエ。
この区間はミニバスが運行しているので迷わず乗ることに。
1人2500ペソ(約500円)。

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この区間はまだ景色を楽しむようなルートじゃないし、車が砂埃を巻き上げて走っているので埃まみれになる。
ふたりで1000円の出費だけどミニバスに乗って正解だった。

楽ちんで初日のキャンプ場に到着。
ミニバスに最後まで乗っていると、キャンプ場を通り越して奥のホテルまで行ってしまうので途中で降ろしてもらったほうがいい。

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「Las Torres」は1人8500ペソ(約1700円)。
なかにはお金を払わずにこそっとテントを張る人たちもいるみたいだけど、バレると罰金を払わないといけない。
毎日ちゃんと見回りをしているので素直に払って泊まったほうがいい。

トイレ・シャワー完備。
トイレットペーパーもあるし熱々のシャワーを浴びられる。
食器洗い用の洗剤も置いてあるし、洗濯スペースもあるので快適。

なるべく地面がふかふかで風を避けられそうな場所を探してテントを張る。
昼ごはんと防寒着以外の必要無いものを全部テントに残してトーレス・デル・パイネをめざす。

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身軽になってトレッキング開始。
いやあ、荷物が無いと体が軽い軽い ♫

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きょうの目的地トーレス・デル・パイネまで約7km、入場口でもらったマップによると4時間半の行程。
トーレス・デル・パイネを見たあとはキャンプ場まで戻ってこないといけないので往復9時間のトレッキング。
さあ、がんばって歩こう!

1日目

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フラットな道は最初の10分くらいだけ。
すぐに果てしない上り坂が待ち受けている。
たぶん上のキャンプ場に泊まるんだろう、テントや寝袋を括り付けたバックパックを背負って、なおかつ大きな荷物を2人で持って必死に登っている人たちも。

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まだまだ先は長いのにもう息も絶え絶え。
ケンゾーとイクエは追い越したんだけど、この人たちキャンプ場にたどり着くの何時になるんだろう。

ときどき馬に乗った人たちが颯爽と通り過ぎていく。
ホーストレッキングを楽しむこともできるみたいだけど、これは上のキャンプ場に荷物を運んでる馬たちかな?

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キツいけれどどこを見回しても絶景が広がっているから歩いていて気持ちがいい。
一歩一歩登っていくごとに雪を被った山が近づいてくる。
標高はほんの400mほどなのに、手が届きそうなところに雪があるのが不思議。

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V字型の谷間を上り下り。
雪解け水が創り出す小川が、ザーッという心地よい音を谷間に響かせ流れている。

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森林限界が近いけれど赤くかわいい実をつけた植物が健気に生えている。
気温や風の状況など場所によって変わってくる森林限界。
緯度が高くなるほど森林限界は低くなる。
パイネは400mくらいなのかな。

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谷底まで下って有料キャンプ場「Chileno」に到着。
せっかくキツい思いをして登ってきたのに、下るのはなんだか損した気分になる。
スタートから1時間40分、2時間が目安だったので順調な滑り出しかな。

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ここでランチ休憩。
パンにハムとチーズを挟んでシンプルバーガーで腹ごしらえ。
ガスバーナーでお湯を沸かしてスープを作る。
インスタントだけどあったかいものを飲むとホッとする。

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さあ後半戦のスタートだ。
次の目標は泊まれなくなった無料キャンプ場の「Torres」。
1時間半の行程だ。

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標高が低くなったのでまた青々とした木々が茂るようになった。
景色のバリエーションが豊かなので長時間のトレッキングでもまったく飽きない。

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木の幹の表面にモコモコふわふわとした綿毛のようなものがびっしりくっ付いている。
これなんだろ?
苔の一種?

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約1時間で「Torres」に到着。
林の中にあるキャンプ場はたしかに狭い。
シャワーもないけれど、これこそザ・キャンプといった雰囲気で人気なのも納得。

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予約が必要なことを知らなかった日本人のカップルが、ここまで重い荷物を背負ってやっとたどり着いたのに、泊まれずに追い返されていた。
たしかに「宿泊には予約が必要です」という注意書きが数カ所設置されていたけれど、見落とす人も多いと思う。
もっとアナウンスした方がいいと思うなあ。

身軽だったから順調にたどり着いたけど、荷物を全部背負ってたらかなりしんどかったと思う。
しんどいというか、たぶん無理だっただろうなあ。
結果的には麓のキャンプ場にして正解だった。

ここから最終アタック開始 ♪
ほら、トーレスが顔をのぞかせてるよ。
ラスト1時間がんばって登ろう。

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この最後の1時間がかなりキツい。
森林限界を超えて木がまったく生えていないゴロゴロとした岩場を登っていく。
振り返ると豆粒みたいな登山者が見える。
けっこう登ってきたなあ。

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きっちり1時間後、1日目のゴールに到達。
トーレス・デル・パイネが目の前に!

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やっぱりカッコいいなあ。
このとんがり姿は氷河に侵食されてでき上がったんだって。
トーレスの高さは約2800m。
この湖畔はおよそ標高800mなのでトーレスの頂上まで2000mもあることになる。
すぐ手が届きそうにみえるんだけど、ぜんぜん遠いんだね。

トーレスの足元にはエメラルドグリーンに輝く湖が水をたたえている。
荒々しく色味が無いトーレスに鮮やかなアクセント。

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きょうは天気がよくてポカポカ陽気。
日光浴大好きな欧米人は上半身裸で日向ぼっこ。
テンション上がったのかスッポンポンで写真を撮り合うチリ人かアルゼンチン人の女の子グループも。

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心地いい疲れを体に感じながらトーレスをぼーっと眺める。
キツい思いをして登ってきたご褒美の景色。
最高のスタートだ。

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苦労して登ってきた同じ道を今度は下ってキャンプ場へと戻る。
帰りは3時間くらいで戻れたけれど、膝がガクガク笑ってる。
まだ4日間残ってるけど、最後までもつかなあ。

1日目のディナーは昨日ホテルで準備した豚肉。
米を炊いて肉を載せて豚丼のできあがり ♪

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やっぱり豚肉はうまい。
一日寝かせたから味がしみてる。
このキャンプ場で誰よりもいちばんウマい晩ご飯だな、間違いない。

虎の子の2つのパックワインをいつ飲むか?が重要な問題だったんだけど、1日目にしてさっそく1本飲むことに。
初日ということで景気づけ、ということもあるけど、なんと言っても荷物を軽くしたい!
安物ワインだけど、疲れた体に染みわたる。
やっぱりキャンプに酒は外せないね。

ほろ酔い気分ですぐに寝たいところだけど、眠気に耐えながらマッサージをし合うことに。
キルギスのアルティン・アラシャンを登ったときに夜マッサージをしたら、次の日ぜんぜん筋肉痛にならなかったんだよね。

あしたは荷物を全部背負って13km以上歩かないといけない一番ハードになるであろう日。
ワインとマッサージ効果でがんばろう。
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ピンチの場面で救世主登場 ヒッチハイクで◯◯が止まった!

2015.04.11 05:56|チリ☞EDIT
毎日ぜんぜん寝た気がしないのに妻に「寝すぎ!」と言われているケンゾーです。
寝てる時間はたしかに長いかもしれないけど、「あ〜、寝たー!」っていう気がまったくしないのはなぜだろう?
朝スキッと目覚めることもないし、熟睡できてないのかな?
どうやったら熟睡できるかな、何かアイデアがあったら教えて!

待ち望んだポルべニールを脱出する日がやって来た。
ヒッチハイクで旅することにしたのはいいけれど、しょっぱなから足踏みすることになってしまった。
まだまだ先が長いパタゴニア。
はたしてどんな旅になるのだろう。

ホテル近くの食堂の前からバスに乗ってフェリーポートへ。
およそ3時間の航海で料金1人6200ペソ(約1180円)。
街からフェリーポートまで5分足らずのバス代が1人1500ペソだったことを考えると、このフェリー代はリーズナブルなのか?

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意外にも船内はかなりきれい。
豪華客船、とまでは言わないけどソファーもふかふかでちょっとリッチな気分に。

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およそ40km離れた対岸のプンタ アレーナスに向けて動きはじめたフェリー。
ふかふかソファーに座ってブログでも書こうかなあとパソコンを開く。
画面とにらめっこしていると、突然イクエが叫び声をあげた。
「早く早く!カメラ、カメラ!」
(イクエの記憶ではこのときケンゾーはパソコンを広げてなくて、居眠りしてたって。
 きっと考え事してたのかも。)

見られたらいいなあって密かに期待してたんだけど、いきなり登場だよ。

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みんな大好き、かわいいイルカ!
ザバンッ、ザバンッとときおりジャンプしながらフェリーの周囲を泳ぎ回っている。
これは何イルカっていうんだろう?

ときどき垂直に飛び上がって尾びれで水面を歩くような動きをするイルカもいる。
ジャンプして、着水寸前に体をひねって体の側面で水面をたたきつけるイルカもいる。
痛そうに見えるけど、楽しそうでもある。
イルカは遊び好きってよく聞くけど、これも遊んでるのかな?

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1520年にマゼランが発見し、彼の名前が付けられた太平洋と大西洋をつないでいるマゼラン海峡

マゼラン海峡

それは世界の歴史を変える大発見だった。
世紀の大発見以降、この海域は海運の要衝となり大型船が行き交うようになる。
ところが、およそ500年後の1914年にパナマ運河が開通するとマゼラン海峡は元の静けさを取り戻すことに。

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ポリべニールを出港して3時間後、プンタ アレーナスに上陸。

時間は午後4時半。
進むべきか、きょうはここに泊まるべきか。
迷ったけれど、午後10時くらいまで明るいのでヒッチハイクに挑戦することにした。

そのまま幹線道路まで歩きプエルト ナタレスへ向けてヒッチハイク開始。

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プエルト ナタレスまでは一本道、およそ250kmの道のり。
日没まではまだまだ時間はたっぷりある。

プエルトナタレス

待つこと30分、1台の車が止まってくれた。
よっしゃあ!
1台目が捕まるとホッとするよ。

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だけどこの車が乗せてくれたのはほんの5kmくらいだけ。
乗せてくれてありがたい、だけどちょっと残念。
でもやっぱり、ほんの少しでも乗せてくれる気持ちが嬉しい。
穏やかな笑顔のお父さんと、賢そうな9歳くらい男の子。
優しい親子だった。
ありがとう!

つづいて拾ってくれたのは旅行で訪れていたチリ人夫婦。
このカップル、一度ケンゾーとイクエの前を通り過ぎたんだけど、わざわざUターンして戻ってきてくれたんだよね。

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休みを利用して、トレッキングとキャンプに行く途中だった夫婦。
夫婦の目的地は途中で道を曲がるはずなんだけど、そのまま通過。
どういうこと?

「ここじゃ次の車を拾いにくいから、もうちょっと先まで行ってあげるよ。」

でもその先が長かった。
10キロ、20キロどころじゃない。

50キロを過ぎた。
ここからまたUターンして曲がり角まで戻るとなると1時間以上もロスすることになる。

「もう、いいです。」

そう言っても車を運転し続ける。
優しすぎる。
そして申し訳ない。

このままだと2時間も時間をロスすることになる。

「おねがい、ほんとうにここでいいです。」
「でも、ここは車がほとんど通らないし、風がとても強いよ。
 ダメだよ。」

「いや、ほんとうに大丈夫です。
 ほら、テントもあるから車が捕まらなくてもここで一晩過ごせます。
 防寒着もたくさんあるし。」

「ほんとうに、大丈夫?」

降ろしてもらい感謝の言葉を伝えて、笑顔で手を振って車を見送った。
とはいえ、一直線の道路がはるか先まで延びているだけの大草原のど真ん中。
見渡す限り周りにはな〜んにもない。
強い風。
パタゴニアは風の大地だ。

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車がこなかったら、ここで野宿?
吹きつける風を避けるものがなんにもないからテントは厳しいだろうなあ。
うん、なんだか笑けてくる。

こりゃ、死ぬ気で止めないとシャレにならん。
5分もしないうちに、向こうから車が近づいてくるのが見えた。
小さくてどんな車かはわからない。
荷台でもなんでもいいから止まってくれー!と必死に親指を立てていたら、予想外の車が止まった。

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まさかのタクシー!
客だと思って止まったのかな?
でも、ここから目的地まではまだまだある。
きっと1万円以上はかかる。
せっかく止まってくれたけど断らなきゃ。

「すみません。ヒッチハイクなんです。
 タクシーはいいです。」

「ノープロブレム!」

!!!
ノープロブレム?!
うそでしょ、タクシーだよ?
ヒッチハイクでまさかのタクシーに無料で乗せてくれるなんて。

じつはこのタクシー、アメリカ人の親子3人がパイネなどを観光するために3日間チャーターしてたんだそう。
その太っ腹な客をプンタ アレーナスまで送り届けてプエルト ナタレスに帰っている途中だったみたい。
なんにもない草原の中に突っ立っている外国人を見て可哀想に思ったのかな?
3日間しっかり稼いだまだ若いドライバーは、快く乗せてくれた。
一本道を猛スピード。
1時間半でプエルト ナタレスに到着。

うわさには聞いていたけど、チリ人、どこまで優しいんだ!

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一時はいったい今日中にたどり着けるのか、雲行きが怪しくなったけれど、蓋を開けてみると3時間半くらいで着いてしまった。

さっそく宿探し。
プエルト ナタレスはパタゴニアのハイライトのひとつパイネ国立公園の拠点となる街。
人口2万人足らずの小さな街だけど、シーズン中は世界中からツーリストが押し寄せる。
まっさきに目星をつけていた宿に行ったけれど、残念ながら満室。
ここから宿を求めてナタレスの街をさまようことに。

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小さな街だけれどホテルは無数に点在しているプエルト ナタレス。
けれど安いドミトリーはことごとく空きがない。

さんざん歩き回ってやっとひとつ手頃な値段のホテルを見つけることができた。
ただ、値段は手頃なんだけど、ちょっと変わってるんだよね。

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いちおう外に「accommodation(=宿)」と書かれた看板はあるんだけど、宿の名前はどこにも無い。
ドアを開けて中に入ると、そこにあるのはレセプションではなくキッチンとダイニングテーブル。
しかもそれは客用ではない。
この家の住民が料理をしてふつうに食事をしている。
おじいちゃんやおばあちゃんが娘たちとともに3人ぐらい住んでいる。

おじいちゃんたちが食事をしている脇を通って奥の部屋へ。
やっとゲストのためのスペースにたどり着く。
とは言っても、やっぱりホテルというより誰かの家の居間っていう感じなんだけどね。
ゲスト用の台所とダイニングを取り囲むようにそれぞれの寝室がある。
家の人もおじいちゃんおばあちゃんなら、客も高齢者。
イクエはこの名前のない宿のことを「グループホーム」と名付けた。

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でもキッチンは自由に使えるし、Wi-Fiもちゃんとある。
ドミトリーで1ベッド8000ペソ(約1520円)。

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グループホーム、まあ変わってるけど居心地は悪くはない。
ドミトリーだけど、じいちゃん以外客はいないので部屋は貸切り状態。
ただやっぱりちょっと高い。
1泊だけして別のところに移ることに。

最初に目をつけていたホテルが空いたのでそちらへ移動。
繁華街から少しだけ離れた住宅街にある「BERTILA」という宿。

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年配の夫婦が経営しているんだけど、二人ともとても感じがいい。
3つベッドがある個室を2人で使わせてくれて1泊ふたりで15000ペソ(約2850円)。

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お願いすればキッチンも使わせてもらえる。
ここのおじいちゃんが抜群にかわいいんだよ。
いつもスカーフを首に巻いて、ほっぺたが赤くて、そしていつも笑顔。

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壁にたくさん貼ってる昔の写真を何度も嬉しそうに説明してくれるんだよね。
こんな腹話術の人形みたいなかわいらしいおじいちゃんだけど、颯爽と馬にまたがった昔の写真はとても格好いい。
元気だったころは、旅行者と乗馬トレッキングもやっていたみたい。
スペイン語が話せたらいろいろお喋りしたいんだけど、残念。

パイネ国立公園の拠点となるプエルト ナタレスですることといえばただひとつ、パイネトレッキングの準備。
プエルト ナタレスからおよそ120km北にあるパイネ国立公園。
山、川、滝、湖そして氷河。
パタゴニアの魅力がぎゅっと濃縮された南米有数の自然公園。

見どころ豊富なパイネはトレッキングルートも豊富。
日帰りから10日以上とそれぞれの時間と力量に応じていろんなプランを立てることができる。
今回ケンゾーとイクエはオーソドックスな4泊5日Wコースに挑戦することに。

トレッキングをする5日間はキャンプ場でテント泊。
パイネではたき火は厳禁、必ずガスストーブを使用しないといけない。
夏の終りとはいえ山の上は冷え込むので冬用の寝袋も必須。
宿から歩いて5分のところにあるキャンプ用品のレンタルショップでレンタル。

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寝袋が1日2000ペソ(約380円)、ガスストーブが1日1000ペソ(約190円)、ガスは買い取りで1個3500ペソ(約670円)。

そして何よりも大事な食料。
5日間毎日朝から晩まで歩きづめ、体力勝負なので食料は欠かせない。
ただ、だからといって何でもかんでも持っていけばいいっていうものじゃあない。
荷物を増やせばそれだけ重くなる。
食料は大事だけど重すぎて歩けない、何てことになったら元も子もない。

スーパーで1食ずつ綿密に計算しながら買物カゴに入れていく。
できるだけ軽くかさばらないように、でも精のつくものを。

悩んだのはアルコール。
キャンプや山登りに酒は外せない。
歩き疲れた夜、きれいな星空を眺めながらやっぱり飲みたいよね。
でもね、重いんだよね。
飲みたい!けど重い!
悩ましいなあ。
さんざん悩んだ挙げ句、500mlのパックワインを2つ持っていくことに。

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米、パン、パスタ麺。
インスタントのスープにトマトソース。
魚の缶詰、ソーセージ、卵。
ニンジンやタマネギ、ナス、そしてピクルス。
トレッキング中の栄養補給にビスケットやチョコレートも購入。
けっこうな量になってしまった。

キャンプだとそんなに手の込んだ料理は作れない。
せめて1日目だけはおいしいものを食べようと、保存食を作ることに。
チョイスした食材は豚肉。
塩と醤油、2種類の焼き豚を持っていこう。

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さて、準備は万端。
あとは天気がいいことを祈るのみ。
次回から絶景のオンパレードだった5日間のパイネトレッキング編 ♫
想像以上にすばらしかった!!
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ヒッチハイク、公園に野宿 そして襲撃される

2015.04.10 05:42|チリ☞EDIT
最近帰国後の仕事について考えるようになったイクエです。
旅が終盤になってきたからというのもあるし、南米に来て毎日のように日本人に出会っているというのもあるからだと思う。
といってもぜんぜん具体的な案は見つからないんだけど。
どなたか仕事のアドバイスをお願いします!

アフリカから一気にアルゼンチンに来て南米の旅をスタートさせたイクエとケンゾー。
ここ、ウシュアイアでは南アフリカで出会った旅友、ジュンちゃんと再会。
ブエノスアイレスを観光していたジュンちゃんから驚きの事実を教えられた。

「南米、めちゃくちゃバス代高いですよ。
 一日の長距離移動で1万円近くかかることもありますよ。」

「1万円!?」

わたしたちはアフリカから直接ここウシュアイアに来たので、まだ一度もバスに乗っていない。
運賃の相場を知らなかった。

「パタゴニアを抜けてサンチアゴに行くのにいったいいくらかかるんやろ。」
「飛行機とあまり変わらないとちゃいます?」
「わたしたち、無理だあ。」

ケンゾーとわたしの答えは一致した。

「ヒッチハイクするしかない!」

実はチリやアルゼンチンでヒッチハイクがいいらしいと言うのは、旅友から聞いていた。
エジプトで出会い、エチオピアやケニアをいっしょに旅しただいごろくん、きっこちゃんカップルが一足先に南米入りしていてヒッチハイクに挑戦、「ヒッチハイク、やってよかった~!」と絶賛していたのだった。
(二人の感動いっぱいのヒッチハイク旅が綴られているブログがこちら→世界ぽろり旅

ジュンちゃんが言った。
「ヒッチハイクですか?」

「うん、乗せてくれる人多いらしいし、みんな優しくてすごくいい交流の機会になるらしいよ!」

「ほんまですか?」

(結局ジュンちゃんも、アフリカで出会った旅人ゆりちゃんも、チーちゃんも、みんながこのあとヒッチハイクでアルゼンチン、チリを北上することになる。
それぞれの様子はこちらのブログで→タビジュンのテキーラみるくチー旅。〜世界一周する(仮)〜

どこまでヒッチハイクで北上できるかはわからないけど、とりあえず次に行きたい場所はチリのパイネ国立公園
パタゴニアの自然を代表する美しい場所。
パイネ国立公園の拠点の街は、チリのプエルト・ナタレス

プエルトナタレス

数百キロも離れているので1日で行くのは無理そうだけど、チャレンジしてみるしかない。

市街地だとなかなか車が止まってくれないし、止まってくれたとしても近距離がほとんど。
路線バスでウシュアイアの街外れの国道まで移動することにした。

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世界最南端都市のウシュアイア。
山がそびえ、寒々とした静かな海が広がり、街はこじんまりしていて居心地がいいところだった。
後ろ髪引かれる思いで、街を後にする。

この街を出ることにためらいを感じるのは、居心地の良さだけではなさそう。
「ほんとうに車がつかまるのか?」
「結局戻ってきて長距離バスに乗らないといけないんじゃないか?」
前途多難なヒッチハイクを予想し、進むのを尻込みしてしまう。

路線バスに乗って街外れを目指す。
前の席に座ったおじさんがスペイン語でわたしたちに笑顔で話しかけてきた。
スペイン語はわからないけど、どうやらおじさんは日本に仕事で行ったことがあるらしい。
日本人であるわたしたちを見てうれしくなって話しかけてくれたのだった。
せっかく話しかけてくれているのに、わたしたちがスペイン語を喋れないので話が途切れてしまう。
申し訳ない。

スペイン語ができないのに、ヒッチハイクなんて大丈夫なのかなあ。
不安が増す。

終点で降りて幹線道路沿いに立ち、親指をあげる。
なるべく笑顔を作って。
目的地ははるか遠くだけど、50キロでも30キロでも誰か乗せてくれないかなあ。

5分後。
1台の車が止まった。
早い。
これはもしかして!?

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調べたスペイン語の単語をつなげて聞く。

「車に乗っていいですか?
 ここをまっすぐ行きますか?」

「うん!乗って!」

乗せてくれたのはチリ人のカップル。
休暇を利用してウシュアイアに旅行に来て帰るところだった。
彼の方は医大を出たばかりで彼女の方は医者。
わたしたちにとってラッキーなことに、彼の方が少しの英語をしゃべれた。

チリやアルゼンチンでは大学を卒業した若者でも、英語を話せない人のほうが多い。
そんななか、英語を話せる人に拾ってもらったのはほんとうに運がいい。

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旅行で来ている二人。
途中、湖が広がる展望台で記念撮影。

彼らは休暇を利用して5日ほどウシュアイアに滞在しトレッキングを楽しんだんだって。
ウシュアイアの美しさは、チリ人の二人にとっても特別なよう。

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彼の方はアルゼンチン人の血も混じっている。
チリもアルゼンチンも知っている彼が言う。

「北上して行くなら、アルゼンチン側よりもチリ側の道を通るほうが断然いいよ。」
「どうして?」
「景色を楽しめるから。
 アルゼンチン側はパンパ(平原)がずーっと続いて退屈な景色なんだ。
 それに比べてチリ側は山あり谷あり湖あり。」


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南米で初めての長距離移動のヒッチハイク。
ラッキーだったのは、ヒッチハイク開始から5分後に車に乗れたこと、彼らが英語を話せることだけではなかった。
数十キロ先まで連れて行ってもらえればいいなと思っていたけれど、なんと彼らはポルベニールという街に行くのだそう。
二人とも出身地は違うけれど、彼女の方がこの街の診療所で医師をしている。

わたしたちの目的地はプエルト・ナタレス。
ここからおよそ300キロの分岐点まで乗せてもらえることになった。

分岐点

途中、リオ・グランデという街のスーパーに立ち寄りパンやハムを買って車の中で昼食。

彼らといっしょにアルゼンチン出国、そしてチリ入国。
アルゼンチンもチリもビザは不要。
問題なく入国できるけど、野菜や果物、木材などの持込み検査が厳しい。
麻薬や武器よりも生ものを入念に調べる。
食べ物を見つけると容赦なく没収する。

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ドライブ中、かわいい動物がわたしたちを楽しませる。
つぶらな瞳の野生動物、グアナコ。
リャマやアルパカに似ているけど、毛はそれほどモコモコしていなくて茶色い。

首が長くてまつ毛が長くて、どことなくラクダを小さくした感じだなあと思っていたら、ラクダ科なんだって。

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毛は羊よりも軽くて柔らかく、乱獲されたせいでアンデスでは絶滅の危機に瀕しているんだとか。
でもパタゴニア地方ではグアナコがいたるところにいて、パンパを自由に楽しそうに駆け回っている。

彼らの車に乗せてもらって6時間。
やがて彼らと別れるときが近づいてきた。
彼らはそのまま西へ、わたしたちは北を目指す。

分岐点に差しかかった。

「えっー!!
 うわ。」

「ここかあ・・・。」

「どうする?」
「これやばくない?」

そこは何もない、ただの未舗装の道だった。

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車なんてほとんど通らないことが見てとれる。
おまけにポツポツと雨が降り始めている。
時間は午後4時過ぎ。

どのくらいに一台車が通るのだろうか。
夜を明かすとしたらどこで明かせばいいのか。

一瞬にして考え、ケンゾーとわたしが出した答えは。

「ここはもう、いいです。
 二人が向かっているポルベニールまでこのまま同行してもいい?」


「もちろん!」

ポルベニールは何もない田舎町だというのはわかっている。
それでもこんな本当に何もない場所で夜を明かすよりはマシ。

フエゴ島の西に位置するポルベニール。
フエゴ島はチリとアルゼンチンとに分かれていて、ウシュアイアはアルゼンチン側だった。
チリ側にはほとんど人が住んでいなくて、街らしい唯一の街がポルベニールなのだそう。

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北上する予定だったのに、西のポルベニールに行ってどうするのか。
実は、ポルベニールからプンタ・アレーナスまでフェリーが出ていて、そこからもパイネ国立公園を目指すことができる。
ルート、変更だ。

ポリベニール

あいにくフェリーは毎日出ているわけではない。
あしたは運休。
次はあさっての午後。
2泊も何もないボルベニールに泊まらないといけないけど、難航すると思っていたヒッチハイクが一発で430キロも移動できたのだから、そのくらいのロスは想定内。

2泊もすることになるポルベニールの街が見えてきた。

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車は街の中で止まらず、そのまま港へと向かった。
どういうことだろう?

港に着くと、1隻のフェリーが岸辺から50メートルほど離れて沖へと進んでいた。
たったいま出港したようだった。

「実はあのフェリーだったのよ。
 あ~残念。」

「なんとかして間に合うかなと思ってあの砂利道を飛ばしてきたんだけどね。
 ごめんね。」

きょうの出港時間は午後6時だったので、もしかして間に合うかもと思って慌てて車を運転してくれていたことが、今になってわかった。

もう少し早ければあのフェリーに乗れたのにと悔しい気持ちもあるけれど、わたしとケンゾーはきょうのフェリーはとっくにないと思っていたし、この街に2泊する覚悟でいたのでそれほどショックじゃなかった。

「ぜんぜん気にしないで。」

わたしたちはホテルを探すことにした。
ホテルと言っても民宿のようなものしかない。
値段を聞くと、ふたりで2万4000チリペソ(約4560円)。
ものすごく高い。

次のホテルも同じ値段。

「高すぎて泊まれないなあ。」
「でも、この値段がこの街のホテルの相場なの。」

「そっか。
 わたしたちはテントもってるから、きょうはテントで寝ようかな。」

「治安に関してはここは問題ないと思う。
 襲われるなんてことはない。
 でも夜はすごく寒いよ。
 風も強いし、テントを張るのは大変だよ。」

二人は心配そうな顔でわたしたちを見た。

「心配しないで。
 わたしたちはテントに泊まるのは慣れてるから。
 防寒具もたくさんあるの。
 ほんとうにここまで送り届けてくれてありがとう。
 すごく助かった。」

二人はわたしたちをそのままここに置いてこの場から去るのを心苦しそうにしていた。
だけど、わたしたちが好きでやっている節約旅にこれ以上つきあわせるわけにはいかない。

「ほんとうにわたしたちは大丈夫。
 寒かったらそこのホテルに移動するから。
 二人はわたしたちにとって南米でできた初めての友だちだよ。
 ほんとうにありがとう!」

二人と別れたあと、わたしたちは今夜の寝床を探した。
10分で歩き終わるほどの小さな街だから、選択肢はそれほどない。
この公園にテントを張るしかない。

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芝生で平らな地面でテントは張りやすそうだけど、水場がない。
近くの小さな商店でミネラルウォーターを買う。

公園で火をおこすわけにもいかないので、今夜は外食。
さっき値段を聞きに立ち寄ったホテルの1階がレストランだった。

今夜はここにしよう。

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メニューにあるのはステーキや魚料理、チキンのソテー。
わたしたちは「これひとつで二人分はあるよ」と言われたお得メニューを一皿注文した。

大量のフライドポテト。
その下にはハーブと胡椒で味付けをした肉やソーセージ、ベーコンがこれまた大量に隠れている。

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これにパンとサラダがサービスされて、瓶ビールをつけて6500ペソ(約1235円)。
ここのママはとても明るくて、お客のおじさんたちも優しくて、お腹もこころも満たされた。
車に乗せてくれたさっきの二人もだけど、チリの人たちは優しくて穏やかで気さくな人たちが多いのかもしれない。

公園に戻り、テントを立てるわたしたち。
風はそれほど強くない。
寒いけど、服を着込めばなんとかなる。

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横になってウトウトとしはじめたころ。

バサッ!
テントが波打った。

そしてまた
バサッ!

ドンっと何かが近くに落ちた音もした。

木の枝でも折れて降ってきたのかな。

そう思ったけれど、足音のようなものも聞こえる。

テントのファスナーを開けて外に出ると、いくつかの石が落ちている。

「これ、誰かが投げてない?」

とりあえず無視して眠ることにした。

すると、ふたたびバサッ!

小石を投げられるくらいならともかく、これがエスカレートしてきたら怖い。
テントから出ると、十代の不良数人がこちらのほうをうかがっている。

犯人は彼らだ。

以前からそこに落ちていたのか、それとも彼らが投げたものなのかはわからないけど、ビール瓶が2本転がっていた。
これを持って襲撃されたら困るので、瓶を拾ってテントの中にしまった。

襲撃されるので安心して眠れないけど、もう夜が更けているしこれからホテルに移動する時間でもない。

彼らは一定の距離を保ち、またくだらないことを続ける。

バサッ!
バサッ!

ケンゾーが彼らから見えないようにこっそりとテントを出た。
両手にはビール瓶。

そうとは知らない彼らは、石を持ってこっちに忍び足で近づいてくる。
突然、ケンゾーが立ち上がりビール瓶を振り上げて博多弁で怒鳴る。

「コルラァ!
 なんしようとやあああああ!!」


青ざめて逃げる不良たち。

それが効いたのか、不良たちはどこかに帰っていった。

それからしばらくして、ふたたび足音が近づいてきた。
息を潜めてわたしたちも構える。

すると、男性がスペイン語で呼びかけてきた。

警察だった。

こんなところにテントを張っていることを怒られるのかと思ってたけど「問題ない」とのこと。
ただパトロールをしていただけだったみたい。

「日本人のツーリストです」と言うと、「OK!」と笑顔で去って行った。

なかなか眠れないなあ。

それから2時間ほど。
突然、バサッ!

またアイツらめ!

わたしは叫んだ。

「わあああーーーーーん!!!!ポリシア(警察)!!」

タタタタタタタ
と逃げて行く足音。

ケンゾーが外に出て様子を見る。

どうやら今度はひとりで襲撃に来たらしく、逃げて離れたところからこっちを見ている。

時間は深夜2時。
わざわざ帰宅してまたやってきたのか。

怒りもあるんだけど、それ以前に思った。

ヒマ人・・・。

こんな田舎で、人口も少なくて娯楽もない。
かろうじて「スーパー」と呼ばれる店は1軒だけ。
フエゴ島の端っこのこの街で育つ思春期の子。

外国人であるわたしたちがここにテントを立てているのが、年に一回来るサーカス小屋と同じくらいの大きな出来事で、それに石を投げるのが最大の娯楽なのだろうか・・・。

「バカやねえ。」
「よっぽどヒマなんやねえ。」

さすがにそのあとは襲撃に来ることはなく、わたしたちは朝8時くらいまで寝ることができた。

さすがにまたテント泊をする気にはならない。
船が来るのはあしたの午後。
何もないところで丸一日以上テントの中で時間を潰すこともできない。

わたしたちは、きのう夕食をとったレストランの上のホテルに移動した。
ふたりで4500円だけど、建物も調度品も古臭くて、床はギシギシ。

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でも、ものすごく落ちつく。
ホテルにいるって気がしない。
ばあちゃんちに泊まっているような気分になる。

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レトロな枕カバーにカーテン。

シンプルなベッドに横になる。
低い天井、むき出しの配線。

ぼーっとしながら、改めて「ここは1泊4500円のホテル」と思うと信じられなくてフフフっと笑いが出てくる。

どう考えてもばあちゃんちだよ。

ばあちゃんちなのに、Wi-Fiがある。
そのアンバランスさ。

ノスタルジックな気分になり、リラックスできるナンバーワンの宿かもしれない。
そういう意味では安いのかもしれない。
いや、高いんだけどね。

なんとばあちゃんちは、部屋に小さなバスルームがあって浴槽にお湯を溜められる!
さすがばあちゃんちだ。

ばあちゃんちでは、朝食も無料で出してくれる。
シンプルすぎる朝食。
テーブルの上にすでに用意されていて、パンを載せたお皿にサランラップがびちっとかけてあった。
パン、クッキー、インスタントコーヒー、そしてうす〜い黄色のジュース。
何のフルーツのジュースかわからないけど、昭和の駄菓子屋の味がする。

チリってこんなところなんだろうか。
それともここが最果ての田舎町だからだろうか。

朝食を取る食堂が、またノスタルジックあふれる空間。
壁に飾られている、このどうでもいい絵。
田舎の民宿にも、よくこういうのあるでしょ。

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日本の裏側の国。
日本からはるか遠いチリ。
でも、こういう雰囲気って同じなんだね。

マゼラン海峡に面しているポルベニールの街。
とても静か。

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歩いているとこんな看板を目にする。
TSUNAMI。

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津波が来たときに高台に逃げる経路を示している。

海岸線に沿って続く、南北に細長い国、チリ。
日本同様、昔から津波の被害に悩まされている。

真裏に位置する日本とチリではお互い影響を受けやすく、チリで地震が発生すると日本でも津波が押し寄せることがよくある。

(だから他人事ではなく、チリを旅行している間「2011年の日本の津波はひどかったよねえ。大丈夫だった?」と何度も聞かれた。)

海沿いの田舎町ポルベニールには「クロアチア通り」なるものが。

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今のチリ人のほとんどの人はヨーロッパ人の血が混ざっている。
かつてヨーロッパから移民がやってきたチリ。
このポルベニールの街はクロアチア(旧ユーゴスラビア)からの移民が多いのだそう。

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アドリア海に面しているクロアチア。
そこで生まれた人たちは故郷と同じような場所を求めたのかもしれない。

でもポルベニールに面するマゼラン海峡は、アドリア海のような明るさはない。
パタゴニアなので寒いし、どことなく寂しさがある。

それでも菜の花が咲き、庭には馬がつながれていて、穏やかで牧歌的。
クロアチアからやって来た人たちの安住の地。

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チリはじめての訪問地が、こんな田舎の集落でクロアチア移民の街とは思ってもいなかった。
だけど静かなこの街で、夜中に襲撃されたとはいえ、ノスタルジックな宿でしっかりと体を充電させることができた。

そしてわたしたちはマゼラン海峡を船で渡る。
ここに来るまで、マゼラン海峡なんてどこにあるかもわからなかったけど。

マゼラン海峡には、あの人気者の動物もいた。

あしたは船でマゼラン海峡を渡り、プエルト・ナタレスを目指します!
でも、着くかな・・・。
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絶景よりもわたしの心をつかんだ意外なもの

2015.04.09 06:17|アルゼンチン☞EDIT
やっとブログの記事がアフリカを抜け出して南米になって、うれしいイクエです。
ご存知の通り、このブログには記事とリアルタイムに差があります。
同じタイミングで書ければいいんだけど、インターネットがなかったり疲れて書けなかったり、1日のできごとの内容が濃すぎて2日に分けたりして、どうしても記事が追いつかないんです。

アメリカ大陸最南端の都市と言われるウシュアイアに来たイクエとケンゾー。
「最南端の都市」に行ってみたい人と、南極大陸クルーズにここから向かう人がやってくるところ。
ウシュアイア自体に有名な観光地がたくさんあるわけではない。

強いて言えば、ビーグル水道という海峡をクルーズしてアザラシやペンギンを見るツアーに参加するか、湖や山が連なるティエラ・デル・フエゴ国立公園を散策するか。

ビーグル水道クルーズに似たようなものはタスマニアでかつてやっている。
ボートに乗ってアシカを見たし、ペンギンはケープタウンで見たばかり。

フエゴ国立公園もいいのはいいけれど、ガイドブックやインターネットに載っている写真を見てもそれほど絶景とは思えない。
入場料もかかるし、公園入口まで行くバスや電車の運賃も高いので、そこにお金をかけてまで行くつもりもない。

でもせっかくウシュアイアに来ているのに何もしないっていうのも・・・。

そんなとき宿に張ってあるポスターに目が止まった。
それは美しい湖と山の写真。

エスメラルダ湖

エスメラルダとはスペイン語で「エメラルド色」のこと。
その名のとおり、写真の湖の色は淡い緑に白い絵の具が溶けたようななんとも言えない色。

行ってみたいなあ。

ポスターはエスメラルダ湖にツアーバスで行けることを宣伝していた。

ツアー代は高いし、それに自分たちのペースで歩きたい。
自分たちで行けないかなあ。

街からエスメラルダの登山口までおよそ20キロ。

たどり着くかどうかはわからないけど、とりあえず路線バスとヒッチハイクと歩きで目指すことにした。

行けるところまで路線バスに乗り、終点で降りた。

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ウシュアイアと書かれた大きなゲートを出る。
ここで、ウシュアイアの街が終りということなのかもしれない。

なぜかここに警察が常駐していて、パスポートチェックをされてノートに記名し、行き先を告げる。
そしてわたしたちは、歩きながらヒッチハイクをすることにした。

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車道とは言え、歩くのは気持ちがいい。
ポカポカ陽気。
少しだけ雪を抱いた緑深い山々。
鷹のような鳥もいる。

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歩きはじめて30分あまり。
一台の車が止まってくれた。

アメリカ大陸初めてのヒッチハイク成功!
記念すべき1台目。

わたしたちは、このあとパタゴニアでたくさんヒッチハイクにお世話になることになる。

車窓からの景色は絶景続き。
美しい山々が次から次に流れていく。

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「ここで降りるといいよ。」
「グラシアス(ありがとう)!」

ちゃんとしたゲートがあるのかと思ったらそうではない。
空き地のようなスペースに何台かの車が止まっている。
もちろん、入場料など払うところもない。
すぐに森が始まる。

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うっそうと茂る木々。
この先にどんな景色が待ち受けているのか。
湖はどんなふうに出現するのか。
まったく予測できない。
でも、だからこそワクワクする。

木々の陰からチラチラと池が見え始めた。
その奥にそびえる山。
でもこの池は目的の湖ではない。

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それでも、美しい山の形や咲き誇る野花に「おお〜!」と感嘆の声を上げる。
南極に行く拠点となるウシュアイアの街。
最南端の都市。
厳しく荒々しい自然を想像するけど、ここはこんなにも明るさと生命力に満ちている。

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そして、ケンゾーがあるものを発見した。
いっきに気持ちが高ぶるケンゾー。
「ほら!あの湖の上に浮かんどるヤツ、あれは巣や!」

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枯れたような枝が重なって、小高い山ができている。
これこそ、ビーバーの巣!

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「へぇ〜」と言うわたしに対し、声をうわずらせて興奮するケンゾー。

「近くまでいこう! うわあ〜!」

早歩きで進んでいく。

べつにビーバーそのものに遭遇したわけじゃないのに、こんなに興奮することなんだろうか。

動物好きのケンゾー。
犬はもちろん、いろんな動物が好き。
その昔、体長1メートル50センチのイグアナを飼っていたこともあった。
わたしは爬虫類をペットにする人の気が知れなかったし、変人だと思うし、将来そんな人と結婚するなんて想像もしていなかった。
ケンゾーに言わせれば、イグアナもかわいいらしい。
意味わからん。

そんな動物好きのケンゾーだから、ビーバーの巣を生で見られたことに大興奮。

「すげぇ〜」「すげぇ〜」と連発する。
ふ〜ん。

ビーバーの巣を見られただけでこんなに喜んでいるんだから、この場所をチョイスしてよかったよ。

たしかに、すごい。
ビーバーは巣だけでなく、川を枯れ木で堰き止めてダムまで作っている。

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ダムを作ることで、川はいくつもの湖となり岸辺の長さが増えて食べ物を取る範囲が増えるというメリットがあるのだそう。

また彼らの巣は、外敵の侵入を防ぐために水の中に作っているので、大雨などで水かさが増すと巣が流されてしまう。
水かさを一定に保つためにダムを作っているんだって。

奥の奥までダムができている。
ビーバーって働き者!!

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巣やダム作りのために、大きな歯で木をかじり倒す。
さらにビーバーは木の葉や木の皮を食物としているらしい。
一日に2キロも食べるんだって。

だからまわりの木々をよく見てみると、ビーバーにかじられた跡が。

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あっちこっちの木が、高さ30センチくらいで切り倒されている。
ビーバーは「自分の生活のために周囲の環境を作り替える、ヒト以外の唯一の動物」なんて言われているらしい。

ビーバーによって、川にはいくつものダムがあり、上流から下流へ段々畑のようになっている。
そんなビーバーのダムを横目で見ながら、エスメラルダ湖をめざしていく。

このあたりの標高はとても低い。
それなのに氷河を抱く山がすぐ近くにあり、標高の高い場所を歩いているような錯覚を覚える。
それは、ここが南緯55度だから。

「森林限界」という言葉がある。
寒さや雪、風などにより、木が育たなくなる限界高度のことを指す。
ここは標高が低いのに、森林限界に達している。

普通なら長い距離を数時間かけて歩きながら、気温や植物の変化を感じていく。
しかし、ここではわずかな高度差で、環境ががらりと変わるのが一目瞭然。

手前には花が咲き誇り、その次は森林、そして短い草だけになり、すぐに森林限界となりむき出しの山肌が見え、山頂に万年雪。

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まだ登りはじめてわずか。
それなのにこんなにも雄大な自然を感じることができる。

ビーバーの生息地をあとにし、ふたたび森へと入った。
するとなにやら音が聞こえてきた。
シャンシャンシャンシャン。
タッタッタッタ。

ソリのような・・・。
でもこんな晴れたところでソリなんて。
と思っていたらー。

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犬ぞり!!
地面はぬかるんでいてぼこぼこして進みにくそうだけど、こんなところでも犬ぞりを使うんだね。
「北国に来た」って感じ。
(実際には極じゃなくて極に近いけど。)

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森を抜けるとふたたびひらけた場所になり、さっき遠くに見ていた雪山が迫っていた。

きょうはとてもいい天気。
パタゴニアはいま夏。
でも天気がすぐれない日も多い。
それなのにこんなにも青空が頭上に広がっている。

大自然に圧倒されながら、山道を登っていく。

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けっして楽ではない。
上り坂はきついし、汗ばむ。
だけどここでは高山病の心配もないので、息苦しくはない。

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わたしたち夫婦は、それほどアウトドアが好きでもなかったし登山やトレッキングが趣味でもなかった。
だけど旅に出てから、トレッキングをするたびに絶景に出会い、感動してきた。
そんななか、わたしたちが好きなのは「湖をめざすトレッキング」だということに気づいた。
登山だと、だいたいあとどのくらいで山頂に着くのかがわかる。
もう少しで山頂だという心構えもできる。
山頂に行く途中に見晴しのいい場所がいくつかあり、頂上にたどり着く前に美しい景色が見えることもある。

でも、湖は違う。
「ここを曲がったら着くかな」「あの丘を越えたら見えるかな」と思ってもそこに湖はなかったり、逆に森を抜けて突然目の前に美しい湖が出現することもある。
湖にたどり着くまで、それがどんな姿なのかもわからない。

湖へのトレッキングには驚きと感動がある。

今回も、目の前の岩をよじ登ると、突然絶景が広がった。

「うっわあ〜!!」

「きれー!!」

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山に囲まれてひっそりと、でも存在感たっぷりに水をたたえているエスメラルダ湖。
エメラルド色の湖面に光が反射し、キラキラと輝いている。
そして、その向こうには雪山。

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あの雪が溶けて、この美しい湖をつくりだしている。

わずか2時間あまりのトレッキング。
なだらかな上り坂ではあったけど、それほど登ってきた感じもしない。
だけど目の前に広がるのは、標高が高い場所でしか見えない景色。
携帯を取り出して標高を測ってみた。
わずか387メートル。

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湖を眺めながらランチタイム。
贅沢な時間っていうのはこういうのを言うんだ。

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お腹を満たしたあとは、湖畔にごろんとねっころがりお昼ね。
まどろんで目を開けると、まぶしい光が入ってきて、青空と神々しい山と鮮やかな湖が飛び込んでくる。

地球って、美しい。

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湖畔に鳥がいた。
カウケンという鳥。
マゼランガンとも言われている。
白いオスと茶色いメスがかならずつがいで行動しているのだそう。

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湖をぐるっと散策してみる。

「絵に描いたような美しい景色」なんて表現があるけれど、絵よりも美しい景色こそ本物だ。

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勢いよく水が流れる音が響いている。
その正体は雪山から流れる幾筋もの細い滝。
それが川となり、冷たい雪解け水を運んでいる。

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飲んでみると冷たくておいしい。
とてもきれいな水ではあるけれど、少しグレーがかっている。
不思議なのはこの川の水が湖に注いでいるということ。
色がぜんぜん違う。
流れがあるし浅いので色が違って見えるのかも。

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これまでほかの場所でも氷河が溶けた湖を何度か見てきた。
こんなふうにエメラルドグリーンに白が混ざったような色をしている。

少し濁りがあるのは、氷河と岩山が擦れ合いながら運ばれて砕かれた石が微粒子となって漂っているから。
この微粒子に太陽の光があたると、青と緑の色だけを反射させてエメラルドグリーンに見えるらしい。

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わたしたちはもっと奥まで行ってみることにした。
山から流れている細い滝を写真に収めたいなあと思って。

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川をのぼっていくと、そこはまたエメラルドグリーンの湖のようになっていた。
えっ? なんで?
また、あいつのしわざ!?

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ずーっと向こうまでいくつものダムができている。

「どんだけあるの!?」
ケンゾーと驚きあった。

いったいどれだけの年月をかけてここまで作り上げたのか。
ビーバーの執念のようなものを感じる。

ビーバーが水を堰き止めたからなのか、水の中に立っている木は枯れている。

ビーバーがまわりの自然環境を変えていくことは山全体で見ると大きなメリットになることが多いらしい。
たとえば川の水を堰き止めることで水鳥もやってくるようになったり、池に水草が育ちたくさんの生物が住み着く。
ビーバーが作った池はのちに土砂に埋もれ、今度は栄養たっぷりの草原になり、草食動物の生活の場になる。

けれど、この場所ではそうでもないらしい。
そもそもここにはビーバーはいなかった。
1940年代にアルゼンチン政府が毛皮をとる目的で50頭のアメリカビーバーを移入したところ、天敵がいないので増えつづけたのだそう。
今ではフエゴ島全体で10万頭いるんだとか。
ビーバーがフエゴ島の固有の木々を大量に倒しつづけて森林破壊の原因になっているらしい。

あたりには無残に倒された木々が。

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巣やダムだけでなく、木の皮を食料としているビーバー。
1日に2キロってかなりの大食漢だよ。

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直径10センチの木なら3分ぐらいで倒せるらしい。

「あ、この木も被害に遭ってる!」

「これも倒されとる」

「えっ、えっ、ええええええっ〜〜!!

恐るべし、ビーバー。

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こんな大きな木を歯だけで倒すなんて想像できない。
ひと噛みでけっこうザックリいっちゃうのかもしれない。

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ビーバーの歯は大きくて、噛む力も強いのはこれを見ると一目瞭然。
この場所ではないけれど、ビーバーといっしょに写真を撮ろうと近づいて、動脈を噛まれて出血死した人もいるというから恐ろしい。

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ビーバーの力をまざまざと見せつけられた。

ビーバーは夜行性なので会えなかったけれど、真夜中にガリガリガリと幹を噛み、ドーンと木を倒し、せっせせっせとダム作りをしている姿を想像する。

日中はこんなに静かで平和な場所が、夜になるとビーバーたちが繰り出し騒々しい工事現場に変貌するのだろうか。

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たしかにこのエスメラルダ湖は絶景で、感動した。
でも、ビーバーの威力のほうがインパクトが強くて、圧倒された。

帰りもすぐにヒッチハイクに成功し、登山口から街まで送ってもらったわたしたち。
ビーバーのことが頭から離れない。
宿に帰ってすぐにビーバーの生態をインターネットで調べたのはいうまでもない。
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絶滅した理由「服」 なんじゃそりゃ?

2015.04.08 05:54|アルゼンチン☞EDIT
味噌汁の具では揚げがいちばん好きなケンゾーです。
汁を吸ってジュワッとなった揚げがたまらない。
子供のころは豆腐屋のおじちゃんが自転車で豆腐を売り歩いていて、毎日豆腐と揚げを買っていた。
プ〜、プ〜というラッパの音が豆腐のおじちゃんが来た知らせ。
「あ、おじちゃんが来た!」と弟と外に走っていって豆腐2丁と揚げを買うのが楽しかった。

いよいよ始まったケンゾーとイクエの南米の旅。
南米をどう回るのか?具体的なルートはまったくの未定。
あいもかわらず、ふらりな南米旅になることは間違いない。

とりあえず決まっていることは、ここウシュアイアを皮切りにパタゴニアを周遊、チリの首都サンティアゴまで北上するってことだけ。
サンティアゴで会いたい人がいるんだよね。
その後のことはサンティアゴにたどり着いて考えればいいか。

南米大陸の南緯40度あたりを流れているコロラド川以南の地域が「パタゴニア」と呼ばれている。

パタゴニア

歴史上初めて世界一周を成し遂げたことで有名なポルトガル人のマゼラン(実際にはマゼラン自身は途中フィリピンで戦死したので世界一周していない)がこの地を訪れたときに、先住民族を見て “パタゴン” と言ったことからパタゴニアと呼ばれるようになったそう。
パタpataは “足”、ゴンgonは “大きい”という意味らしいんだけど、どうも先住民族たちはグアナコ(アルパカみたいな動物)の毛皮で作ったブーツのようなものを履いていたんだって。
それをみて “大きな足の人々”って言ったんだろうね。

パタゴニアはおよそ110万㎢、日本のおよそ3倍という途方もない広さ。
チリとアルゼンチンにまたがっているけれど、チリ側とアルゼンチン側では地形や自然環境がぜんぜん違うらしい。
アルゼンチン側の北部はパンパと呼ばれる草原地帯、南部は乾燥した砂漠地帯、チリ側は氷河によって削られたフィヨルドが広がり、山と湖が多く変化に富んだ地形なんだそう。

パタゴニアの最南端に位置しているウシュアイア。
ここは南極ツアーの出発地点。
ここから南極までおよそ1000km、首都のブエノスアイレスまでおよそ3200kmだから南極の方が断然近い。
「世界の果て」という形容はけっして大げさじゃない。

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美しい山と青い空、ふわふわと漂う白い雲。
港には小山のような豪華客船やヨットが停泊し、画に描いたようなリゾート地そのもののウシュアイアの街。
天気がいいとくに夏場は「世界の果て」なんて雰囲気はぜんぜんない。

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観光客で賑わうメインストリートのサン・マルティン通り。
豪華客船が寄港するくらいだから、こ汚いバックパッカーよりも身なりがきれいで年齢層が高い観光客の方が多い。

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世界21位のGDPを誇るけれど、実状は経済が破綻してしまっているアルゼンチン。
自国通貨アルゼンチンペソの信用度はがた落ち、国民がペソよりもドルを欲しがっているのでドルの両替には闇レートが存在している。
闇レートと言っても新聞に公定レートと闇レートが併記されてるくらいだから政府も暗黙の了解状態。
闇両替をしたからといって警察に捕まるなんてことはない。

この記事を書いている4月6日の公定レートは1ドル8.83ペソ、闇レートだと1ドル12.54ペソ。
1ドル119円で計算すると公定レートは1ペソ13.47円だけど、闇レートだと1ペソ9.48円になる。
公定と闇では1ペソで4円も違う。
100ペソの物を買うと約1350円と約950円、かなりの差だよ。

ATMでペソを降ろしたり、クレジットカードで買物をすると公定レートで計算されるので損をすることになる。
なので、アルゼンチンを旅するときにはドルを持参して闇両替することが旅人の掟。

闇両替のレートは都市によって違う。
ブエノスアイレスがいちばんいいけれど、ケンゾーとイクエはスルーしてウシュアイアに直接やって来たのでレートが悪くてもここで替えないといけない。
ダメ元でブエノスアイレスの空港周辺を歩き回ったけど両替屋はいなかったんだよね。

ということで、ウシュアイアで闇両替屋を探すことに。
カジノで両替ができると聞いたので行ってみたけどレートがあまりよくない。

たまたま宿で韓国人と話をしていたら「あそこのレストラン兼ホテルがレートがいいよ」という有力情報を教えてくれた。
たまに外国人旅行者と話をしていると、思いもよらない有力情報を入手できることがある。
インターネットで調べても出てこなかった情報。
日本語で検索してるからあたり前だ。

教えてもらったレストランに行くと1ドル13ペソ。
ほかの店では1ドル12ペソ、よくても12.5ペソだった。
この時期、首都のブエノスアイレスでは1ドル13.45で替えられたそうなので(2015.1.21)、田舎にしてはそう悪くはないレート。
ANTARTIDA ARGENTINAというホテルで、表のガラスにもレートが貼り出されている。

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さらに、南アフリカのケープタウンでいっしょだったジュンちゃんが遅れてウシュアイアに来ると言うので、レートのいいブエノスアイレスでケンゾーたちの分まで両替してもらうように頼んでいた。
ジュンちゃんはあいにくドルをあまりもっていなかったようなので、ジュンちゃんの友だちの大和田ちゃんがケンゾーたちの分まで両替してくれていて、ウシュアイアで受け取ることができた。

大和田ちゃん、わざわざ両替してくれて届けてくれてありがとう!!
とても助かりました!!

※このあと数回各地で両替をした。
 平均するとケンゾーとイクエにとっての1ペソは約9.14円。
 今後1アルゼンチンペソは9.14円で計算。



ウシュアイアの街を歩いていると「◯◯まで何km」という最◯端地点には必ずある標識をよく見かける。

「JAPON 17,127km」

世界中のどの国よりも遠いところにある日本。
旅に出て2年と4か月、やっと日本の裏側までたどり着いた。
(実際の日本の真裏はブラジルのサンパウロあたり。まあ、ほとんど真裏ということで・・・)

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今までしたことはないけれど、せっかくなので最果ての地から日本の家族へポストカードを送ることに。
週末で郵便局が閉まっていたので、民間のDHLを利用。
ちゃんと “Fin del Mundo” =「世界の果て」と書いてある切手を貼ってくれた。

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世界中どこでも送料一律で23ペソ(約210円)。
日本がいちばん遠くて、ちょっと得した気分。
(早く着くと思っていたDHL。なんと日本に着いたのは1か月半後だった。)

記念のものと言えば、街のツーリストインフォメーションに行くとウシュアイアのスタンプを押してもらえる。
パスポートに押してもらうのが人気らしい。
ケンゾーとイクエも押してもらった。

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ヨーロッパ人によって “発見” された南米大陸。
けれど、当然そこには昔から先住民族たちがすでに住んでいた。
ウシュアイアがあるフエゴ島にも先住民族はいた。

それがこのヤマナ族
いや、別にふざけてる訳じゃないよ。

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セルクナム族やオナ族とも呼ばれることもあるヤマナ族。
信じられないけれど、彼らはふだんほぼ裸で生活していたんだそう。
真冬には氷点下、場合によってはマイナス20℃になるような最果ての地だよ、信じられないけどほんとの話。

それだけでもかなりパンチが効いてるんだけど、彼らのすごさはまだまだそんなもんじゃない。
お祭りや成人の儀式など特別なときに、よりパワーアップするのだ。
全身にペイントを施して。

ヤマナ1


ヤマナ2


これ、お遊びでもおふざけでもなくて彼らの正装だからね。
大真面目でやってるっていうのが余計おもしろさを倍増させている。
特撮映画の敵キャラクターそのものだよね。

でもこのヤマナ族には悲しいストーリーが。
マゼラン以降この地にもヨーロッパから続々と人が押し寄せてきた。
裸同然で暮らしていたけれど、やがて服を着るようになったヤマナの人々。
けれど服を洗濯するという習慣がなかったので、汚れた服に付いた細菌やウイルスによって病気にかかり次々と死亡。
とうとうヤマナ族はいなくなってしまったんだとか。
にわかには信じられない、嘘のような本当の話。

ウシュアイアにはヤマナに関する博物館もあったんだけど、時間がなくて行けなかった。
街のいたることろで売っているヤマナグッズもかなり惹かれた。

パタゴニアと言えば季節にかかわらず吹きつける強風で有名。
南緯55度のウシュアイアはときに風速60mを超える暴風が吹き荒れるんだそう。
そんなウシュアイアで見ることができるのが「FLAG TREE」
訳すと「はためく木」。
ここウシュアイアには強風にさらされ過ぎて斜めになっちゃった木が生えている。

有名な斜めの木はツアーに参加したり車でないと見ることができないそうなんだけど、自力で行けるところにも生えているんだそう。
ツーリストインフォメーションで場所を教えてもらったので行ってみることに。

バスで近くまで行って海沿いの道を歩いていくと、あった!
すごい斜めってる!

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ムンクの「叫び」みたいに木がヒィィィーってなってるよ。
ここまで強い風もすごいけど、こんな吹き飛ばされそうになりながらも必死に生えてる木がすごい。
自然の逞しさに感心させられる。

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なんとなく「物価が高い」というイメージがあったウシュアイア。
たしかに宿はちょっと高いけれど、スーパーで売られている物の値段はそんなに高くはない。
だけどパンや卵、ハムなんかは日本よりも高い。

街に1軒魚屋があったのでよく海鮮料理を作って食べていた。
イカが安くてお勧め。
けっこう食べ応えがあって23ペソ(約210円)。

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海鮮も食べたし、もうウシュアイアには用はない。
これからパタゴニア内の移動をスタートさせないといけない。
だけどここでケンゾーとイクエは大きな問題に直面。
思っていたよりもアルゼンチンのバス代が高い、とんでもなく高い!
こんなんじゃ破産しちゃうよ。
前途多難な南米旅のスタートだ。

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新大陸へ!50時間オーバーの大移動

2015.04.07 06:27|アルゼンチン☞EDIT
ひさしぶりに納豆を食べたケンゾーです。
なんちゃってじゃなくてほぼ完璧な納豆を食べたのは旅に出てはじめて。
食べる前からニヤニヤしっぱなし。
あの匂い、あの粘り、そしてあの味・・・。
日本人に生まれてよかった。
納豆万歳、ありがとう。

アフリカ縦断を終えケープタウンの空港にやって来たケンゾーとイクエ。
次の旅の舞台は南米大陸。
まず目指すのは、南米大陸の南端アルゼンチンのウシュアイア。
世界で最も南にある都市ウシュアイアからパタゴニア地方を北上するつもり。

けれど、ウシュアイアまでの道のりは気が遠くなるほど長い。
まずはケープタウンから中東のカタールの首都ドーハまで9時間
ドーハで9時間の乗り継ぎのあとブラジルのサンパウロまで15時間
サンパウロに立ち寄ったあとアルゼンチンの首都ブエノスアイレスまで3時間
ブエノスアイレスで9時間の乗り継ぎのあとエル カラファテまで3時間
エル カラファテに立ち寄ったあとウシュアイアまで1時間
ケープタウンを飛び立ってから丸2日間、51時間の大移動だ。

南米

まずはドーハまで最初のフライト。
「機内食はどんなものがでるかな?」
「酒をいっぱい飲むぞ!」
普段利用するのは格安航空だけど、今回は違う。
フライトを前にワクワクするふたり。

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ブエノスアイレスまではエミレーツとともに評判のいいカタール航空。
当然エコノミークラスだけど、ゆとりのある座席に大型モニター。
日本の映画も観ることができて暇を持て余すことはなさそう。

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テーブルマウンテンとライオンズヘッドが小さくなっていく。
アフリカ大陸に別れを告げ新しい地へ。
南米はどんな旅になるだろう?
期待に胸が膨らむ。

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さあそして、待ってました機内サービス!
豊富なドリンクメニューに心の中でガッツポーズ。
ビールはもちろん、ワイン、ウイスキー、ちゃんとミントが入ったモヒートなどバー顔負け。
食事もおいしかった。

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快適なのはいいんだけど、南米を目指しているのに中東に向かっていることがなんだか変な感じ。
半年間かけて縦断してきたアフリカをまた逆戻り。
ザンビア、タンザニア、ケニア、エチオピア上空を通過していくのはなんとも言えない複雑な心境。

モニターで映画やドラマなど豊富なプログラムが見られるので時間を潰せる。
福岡のローカル局が制作する、地元では人気のドラマ『福岡恋愛白書』まであって、驚いた。
視聴者から寄せられた実話をもとにしたドラマで、舞台は博多だし、セリフも博多弁。
もう2年以上帰っていない博多の雰囲気に、イクエは浸っていた。

ドーハまでの9時間のフライトはあっという間。
ここで1回目の空港泊の予定なんだけど、じつはケンゾーとイクエが密かに期待していることがある。
ドーハで乗り継ぎが8時間以上あるとカタール航空がホテルを無料で用意してくれるサービスがあるんだよね。
1泊だけのためにビザも用意してくれてカタールに入国、市街地にある高級ホテルに泊まることができるという魅力的なサービス。
けれどけっこう条件が厳しくて、喜び勇んで行ったけれど断られたっていう話もよく聞く。

高級ホテルか、それとも空港泊か?
預け荷物を受け取ってカタール航空の宿泊サービス専門のカウンターへ。

結果は・・・ホテルの空きがなくて泊まれなかった!
条件はクリアしてたみたいだから前もって予約しとけばよかった!
残念だけどホテルの代わりに食事券をもらった。

もらった食事券は2人で6000円分くらい。
ふだんは貧乏バックパッカーに縁のない空港レストランで腹ごしらえすることに。
食事券をもらったときは「え?!6000円も使えると?!めっちゃ豪遊やん!」ってテンション上がったんだけど、レストランを物色するとすぐに意気消沈。
どのメニューもめっちゃ高い。
限られた予算で何を食べるのか?なかなか決められずレストランコーナーを行ったり来たり。
どうせタダでもらったものなんだからパーッと使っちゃえばいいのに、貧乏人根性が染み付いてるからダメだね。

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夜食を食べて、アルゼンチンようにATMでドルを降ろしていたら時刻はもう3時前。
カタール航空には、なんと「サイレンスルーム」という広い仮眠室があった。
足を伸ばせる椅子がずらりと並んでいて、みんな静かに眠っている。

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短い睡眠をとったあと、残りの食事券を使い切るべくがんばって朝食を食べる。
ついさっき食べたばかりだからあんまりお腹は空いてないんだけど、使わないともったいないので無理矢理押し込める。
貧乏人根性の見せ所だ。

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朝7時半、2回目の搭乗。
ドーハからサンパウロまで15時間、今回の移動でいちばん長いフライトだ。

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昨夜着いたときには暗くてあまり見えなかったドーハの街。
ドバイと並んで中東有数の大都市で同じように超高層ビルが林立している。

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ドバイと似たような人工島が沖合に造られリゾート開発の真っ最中。
2022年にはワールドカップ開催が決まったし、景気がいいんだろうね。

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ドーハを飛び立ちふたたびアフリカ上空。
こんどはスーダンを横切っていく。
あのクソ暑かったスーダンが遠い昔のよう。

酒を飲んで映画を観てちょっと寝て、15時間のフライトの末に到着したサンパウロ。
人口1100万人以上の大都市だ。

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着陸はしたけれど、ブエノスアイレス行きの乗客は機内で待機。
簡単な掃除が行われ、あらたな乗客が乗り込んでくる。
止まってる飛行機内を客がウロチョロしている光景はなんだか変な感じ。

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三度飛び立ち、3時間のフライトで到着したのはアルゼンチンの首都ブエノスアイレス。
首都とは言え人口300万人でサンパウロに比べるとかなり少ない。
ブラジルが南米ではずば抜けてるんだろうね。

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ここでも9時間の乗り継ぎ。
もちろんホテルサービスなんてないから2回目の空港泊。
仮眠室もないので通路脇に寝袋を敷いておっさんと並んで寝ることに。
硬い床での睡眠はテント泊で慣れたもの。
それでも荷物が気になって熟睡はできないけどね。

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ここからはアルゼンチン航空でウシュアイアをめざす。
空が白み始めた早朝5時半、4度目のフライト。
さすがに疲れが溜まってきたなあ。

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エル カラファテまで3時間、もう機内食は出ないしアルコールのサービスもない。
お菓子とジュースだけ出てきた。

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アルゼンチンを縦断していく飛行機。
眼下に広がるのは茶色い大地。
生命感がまったく感じられない荒涼とした土地がどこまでも続いている。
これがパタゴニア地方の景色なんだろうか。

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しばらくすると青い湖と雪を被った山々が見えてきた。
イメージしてたパタゴニアの景色だ。
食い入るように眺めていると、尖ったシェイプが特徴的なかっこいい岩山を発見。

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これ、フィッツロイじゃない?
アウトドアブランド「パタゴニア」のロゴマークになってるやつだよね。
おおー、パタゴニアに来たんだという実感が湧いてきた。
フィッツロイにも登る予定なんだけど、ふたたび目にするのはいつになるかなあ?

エル カラファテでも機内で待機。
コックピットは開けっ放しだし、なんだかゆる〜い雰囲気。

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そしてこの移動で5回目、最後のフライト。
目的地はアルゼンチン最南端の街ウシュアイア。
ウシュアイアはアルゼンチン内だけでなく「世界最南端にある都市」と言われている。

ウシュアイア

実際にはビーグル水道を隔てた対岸にチリ領のプエルト・ウィリアムスという人口2000人の町があるので、苦肉の策で最南端の「都市」と呼んでるんだろうね。
とにもかくにも、ここウシュアイアからケンゾーとイクエの南米旅がはじまる。

美しく雪化粧を施された山々。
ずいぶん南に下がってきたんだと実感する。
すごくかっこいい岩山があるなと、何気なく撮影した一枚の写真。

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このときは分からなかったけれど、パタゴニアでいちばん気に入ることになる「トーレス・デル・パイネ」だった。
このときからすでに惹かれてたのかな。

最後のフライトは1時間。
飛び立ったと思ったら、あっという間に高度が下がってきた。
みるみるうちに近づいてくる山肌。
ぶつかるんじゃないかと思うほど山をかすめて飛んでいく。

風が強すぎて、揺れる。
下がったり上がったり、「チンさむ」だ!
(イクエが言うには、女子はヘソのあたりが寒くなるらしい。
一日遅れでウシュアイア入りした旅友のじゅんちゃんも「チンさむでしたねー」と言ってたから、この航路はチンさむになりやすいのかもしれない。)

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ブエノスアイレスからウシュアイアまでのフライトは、絶対に右側の席がいい。
左側の座席だと海しか見ることができない。

やがて飛行機は太平洋と大西洋をつなぐビーグル水道に到達。
海に迫る勢いのアンデス山脈、そのふもとに広がるのがウシュアイアの街。

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ほぼ海抜0mなんだけど、すぐそこに雪山が見えることがとても不思議。
まるでアルプスの山奥にやって来たみたい。
アルプスは行ったことないけど・・・。

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ケープタウンを飛び立ってじつに50時間超。
丸2日かけてようやくたどり着いたウシュアイア。
長かったあ。
違う大陸に来たという実感がありあり。

空港からセントロと呼ばれている街の中心まではおよそ7km。
バスはないので移動はタクシーのみ。
イスラエル人の女の子2人組とシェアしてセントロへ。

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タクシーは4人でシェアしてたしか1人分20ペソ(約180円)。
ケンゾーたちはまだアルゼンチンペソを持っていなかったのでドルでの支払いで割高になった。

街の中心へ近づいていくと背後の山も目前に迫ってくる。
なんてロケーションの街なんだろう。
街自体がつまらなくても、この景色を見られるだけで十分だ。

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目星をつけておいた「イルダの家」に行くも、宿代が値上がりしていたのでほかを探すことに。
ここから宿の確保が大変だった。

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最南端のウシュアイアは夏が短い、観光シーズンは3月くらいまで。
ケンゾーたちが訪れたのは1月後半。
シーズン終盤だからなのか手頃な宿はどこも満室。
街中を歩くと、バックパックを背負って宿探しに奔走するツーリストをたくさん見かけた。
ケンゾーとイクエも散々歩き回ってなんとかドミトリーを確保。

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「Hostel YAKUSH」
ドミトリー1ベッド185ペソ(約1690円)
Wi-Fi、キッチンあり 朝食つき
この宿はスタッフの感じも良くて居心地がよかった。

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ちょっと焦ったけれど無事に寝床を確保することができて一安心。
さあ、ここウシュアイアから南米旅がはじまる。
はたしてどんな旅になるのか・・・。
パタゴニア編のスタートです!

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旅したナミビア・南アフリカ こんな国

2015.04.06 06:04|アフリカ☞EDIT
ナミビアには12/26~1/9まで14泊15日、南アフリカには1/10~1/20まで10泊11日滞在しました。
エジプトから縦断をはじめたアフリカ旅もこれでゴール。
野生動物、少数民族、雄大な自然、そしてたくさんの旅仲間たち。
普段のふたり旅とはひと味違った賑やかな旅を楽しみました。
そんなナミビア・南アフリカの旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?

ナミビア・南アフリカでいくら使ったのか発表します。

ナミビア
 
交通費  7099.75ナミビアドル
外食費  130.00ナミビアドル
食料費  1317.39ナミビアドル
宿泊費  2542.00ナミビアドル
観光費  1345.00ナミビアドル
その他  332.10ナミビアドル

合計  12766.24ナミビアドル=約133,280円(1ナミビアドル=10.44円)
約8,885円/1日2人で

断トツでアフリカ最高額の出費。
ナミビアはレンタカーを借りないと満足に観光はできない。
レンタカー代とガソリン代が出費のかなりの割合を占めるんだけど、ナミビアのレンタカー会社はかなりのくせ者。
返却時にいろいろと難癖をつけて追加料金を請求してくることがある。
ヒトシくんたちとエトーシャ&オプウォに行ったときも返却時にモメて、結局3倍近い料金を払うハメになった。
ナミビア旅は「いかにレンタカー代を抑えることができるか」にかかっている。

南アフリカ

交通費  479.00ランド
外食費  1075.00ランド
食料費  847.25ランド
宿泊費  912.00ランド
観光費  220.00ランド
その他  0ランド

合計  3533.25ランド=約37,134円(1ランド=10.51円)
約3,713円/1日2人で

南アフリカはケープタウン周辺だけ、しかもカウチサーフィンで5泊ホームステイをしたので安くすんだ。
南アフリカはけっして物価は安くはないけど、自国で生産している物も多いし輸入品もまず南アフリカに入るのでs店に並ぶ商品は周辺国に比べると安い。


◇移動手段はこうでした

ナミビア

ナミビアは「公共交通機関が整っていないので移動が大変」と聞いていたけれど、主な都市間はバスや乗合いワゴンが走っている。
バスが運行していない地方でも、有料ヒッチハイクが庶民の移動手段になっている。

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ただし、ナミビア観光のハイライトと言っていいナミブ砂漠やエトーシャ国立公園でのサファリをするならレンタカーが必須。
ケンゾーとイクエはスケルトンコースト&ナミブ砂漠、エトーシャ&オプウォと2回に分けてレンタカー旅を楽しんだ。

◯エトーシャ国立公園&オプウォ民族巡り 3泊4日

1日目 09:30 レンタカーを借りてウィントフック出発
          (途中の街で食料を買い出し)
    14:40 エトーシャ国立公園到着
          夕方までゲームドライブ

2日目 06:15 日の出とともにゲームドライブ開始
    15:00 エトーシャ国立公園を出発
    21:00 オプウォ到着

3日目       終日ヒンバ族とデンバ族の村巡り

4日目 07:30 オプウォ出発
    15:00 ウィントフック到着

レンタカー1

ウィントフック 〜 エトーシャ国立公園 420km。
エトーシャ国立公園東側エントランス 〜 オプウォ 440km。
オプウォ 〜 ウィントフック 710km。
すべて舗装された道なので運転しやすい。

動物好きだったらエトーシャに2泊するのもあり。
時間がない人は、民族巡りを半日にしてその日のうちにウィントフックに戻ることも可能だと思う。

◯スケルトンコースト&ナミブ砂漠 3泊4日

スケルトンコーストまで足を伸ばすとかなり過酷になるのでお勧めできない。
車の数も少ないので何かトラブルが起きたときに対処できない可能性も。
スワコップムントを経由してムーンランドスケープとソススフレイを組み合わせるのが現実的。

◯ムーンランドスケープ&ソススフレイ 2泊3日モデルプラン

1日目 朝   ウィントフックを出発
    昼過ぎ ムーンランドスケープ到着
        ムーンランドスケープとヴェルヴィッチア観光
    夕方  スワコップムントへ移動して宿泊

2日目 朝   スワコップムントを出発
        Dune7で日の出を見る
        興味があればウォルビスベイでフラミンゴ観賞
    昼すぎ 1時半までにはウォルビスベイを出発
    夕方  キャンプ場に到着
        Dune45で夕日を見る

3日目 朝   5時のゲートオープンとともにDune45へ
        (車が4WDであればソススフレイへ)
        Dune45or ソススフレイで日の出を見る
        デッドフレイや砂丘を満喫
    昼前  ナミブ砂漠を出発
    夕方  ウィントフック到着

レンタカー2

ウィントフック 〜 ムーンランドスケープ 340km
スワコップムント 〜 ナミブ砂漠キャンプ場 350km
キャンプ場 〜 ウィントフック 540km

ナミビアの道路はB、C、Dとランク付けされている。
Bは舗装路で快適だけど、C、Dと下がるにつれ悪路になっていく。
距離は増えるけれどなるべくB1を走る距離を長くしたほうが結果的には時間が少なくてすむ。
スワコップムントへ行くにはオカハンジャ、ソススフレイからウィントフックに戻るときにはマリエンタール経由の方がベター。
キャンプ場からウィントフックまで6時間くらいはかかる。
ゆっくり砂漠を見て回るとレンタカーの返却時間に間に合わないので砂漠に2泊したほうがいいかも。

舗装路以外の道は気を抜くと事故を起こす可能性大。
スピードを出しすぎるといとも簡単にスリップして大惨事になりかねない。
けっこう時間に追われてしまうけど、運転は慎重に!

ナミビアのレンタカー会社はかなりあくどい。
客に不利になる事を説明してくれないとか、返却時にいろいろと難癖をつけて追加料金を請求してくる。
面倒でも契約書にしっかり目を通し、保険の適用範囲などちゃんと聞いておかないと痛い目をみることも。
事故を起こして4人で100万円近く払わされた日本人の旅人もいた。

南アフリカ

ケープタウンでもレンタカーを借りたけど、トラブルもなくあっけないほどスムーズだった。
値段も安いし、ケープタウンの観光はレンタカーがベスト。

ケープタウンの近郊へ移動するなら列車がおすすめ。
「地球の歩き方」にはまったく情報がないし、利用しているのは黒人だらけだけどとくに危険というわけではない。
どう見ても神父には見えない男が大声で説教をしたり、子どもたちが裸でダンスをしたりと、アフリカらしい日常を垣間見ることができる。
値段も安いので、とくにステレンボッシュに行くなら列車がおすすめ。

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◇こんなお宿に泊まりました

ナミビア

ナミビアではほぼテント泊。
ゲストハウスの庭にテントを張ることもできる。
首都のウィントフックで泊まったのは、カードボードボックスバックパッカーズ。
ドミトリーや個室、テントサイトがある。
テントサイトは朝食つきでひとり90ナミビアドル(約940円)。
キッチン、Wi-Fi、プールがある。
レンタカーのシェア仲間を探すならこの宿で。
ただし宿の前には、外国人を狙った悪い奴らが出没するのでつねに防犯の意識を!

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南アフリカ

ケープタウンで泊まったのは日本人の利用が多いキャットアンドムースバックパッカーズ。
お正月料金で少し高くてドミトリーでひとり153ランド(約1600円)。
おすすめなのはステレンボッシュのスタンブルイン。
テント泊でひとり50ランド(約530円)と安く、ドミトリーもケープタウンより安い。
南アフリカでまったりくつろぎたいならこの宿へ。
もちろんキッチンもあるし、Wi-Fiもあるよ。
ワイナリー巡りをしながら楽しもう。

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◇これが一番うまかった!

ナミビア

ケンゾー 「キャンプ飯」
予想以上にタイトなスケジュールで、毎日体力的にしんどかったレンタカー旅。
マコトくんと回ったスケルトンコースト&ナミブ砂漠も、ヒトシくん、チーちゃんと回ったエトーシャ&オプウォも食事は毎日質素だった。
だけど、キャンプ場でみんなで食べる食事は格別。
疲れて眠いし、食事はかんたんなインスタントラーメンや具の少ないパスタだったけど、あったかいってだけで疲れが吹き飛ぶ。
美しい夕日の余韻に浸ったり、野生動物との遭遇に胸を躍らせながら食べた夕食は一生の思い出。

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イクエ 「スーパーのお惣菜」
キャンプ生活がほとんどだったのでほぼ自炊。
それでもドライブ中にスーパーに立ち寄って買っていたお惣菜がけっこうおいしかった。
ミートパイやサラダ、煮込み料理。
種類も豊富だし、ハズレはなくてヨーロッパ料理に近い味。

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南アフリカ

ケンゾー 「マグロの刺身」
カウチサーフィンのホスト、ヒラリーがある日買ってくれたのは新鮮なマグロ。
生魚が食べられないヒラリーにはソテーを作ったけれど、ケンゾーとイクエはもちろん刺身で。
ひさしぶりに食べたマグロのウマさったらなかったね。
ワサビがなかったのが悔やまれるけど、幸せな夜だった。

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イクエ 「ヒラリーとの食事」
5泊もさせてくれたカウチサーフィンのホスト、ヒラリー。
わたしたちが和食を作るかわりにワインを開けてくれて楽しいおしゃべりをしながら毎晩食べて飲んだ。
高いのに、マグロやエビを買ってくれて料理したことも。
料理してくれるお礼にとレストランに連れて行ってくれることもありました。
毎晩楽しくておいしくて、おなかいっぱいになりました。

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◇おすすめ!!一番良かった場所

ナミビア

ケンゾー 「ナミブ砂漠」
動物好きなのでエトーシャもかなり良かったんだけど、砂漠好きとしてはナミブ砂漠は外せない。
地球の息吹を感じた夜明け、夢か幻か現実感が薄れるほど美しかった砂丘、ため息がでるほど幻想的だった夕焼け・・・。
砂漠の美しさはいつも期待を裏切らない。

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900年前の枯れ木たちが取り残されたままのデッドフレイはナミブ砂漠ならでは。
朽ち果てることさえ許されず立ちすくむ姿は悲し気であるけれど、900年間過酷なナミブ砂漠を見つめてきた枯れ木たちはたくましく見えた。

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イクエ 「エトーシャ国立公園」
これまでサファリは何度か体験したけれど、自分たちの運転する車で自由にサファリを楽しんだのは初めて。
いかに動物がいそうな場所をまわるか、草陰に隠れている動物を発見できるかは自分たちの手にかかっている。
GPSの地図で池のあるところをめざしながら進んでいくと、水を飲みに来ているたくさんの動物たちに遭遇できました。

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いちばん感動したのは、間近で見たライオンの交尾。
わたしたちは前日に一瞬だけそのカップルの交尾を見ていたから、次の日カップルを見つけたときは「きょうこそ」という思いがありました。
2頭の様子を至近距離でうかがいながら「まもなく始まる」というのがわかったし、オスの誘いにこたえようとおもむろにしっぽをふるメス、始まる瞬間の緊張、最中に甘噛みするオス、絶頂を知らせる短い鳴き声、終えたあとのたたずむ2頭の様子は、まるでひとつのドラマを見ているようでした。

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南アフリカ

ケンゾー 「ステレンボッシュ」
ハンガリーのエゲルでワインテイスティングの楽しさに目覚めたケンゾーとイクエ。
ステレンボッシュでもワイン三昧の日々を過ごした。
エゲルと違ってそれぞれのワイナリーが離れているので移動が大変。
けれど美しい景色を眺めながらほろ酔い気分でワイナリーをはしごするのは楽しかった。
南アフリカのワインはリーズナブルで質が高い。
毎日おいしいワインを飲むことができて最高だった。

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イクエ 「喜望峰」
エジプトから陸路でアフリカ大陸を縦断し、そのラストを飾った喜望峰。
単なるゴールと言うだけでそれ自体には期待していなかったけど、丘を越えながら進む喜望峰までの海岸沿いの道は、迫力があってとても美しかったです。
喜望峰から見る景色は雄大で、青い海や打ちつける白波、そびえる崖、緑の大地に心洗われました。
緯度が高いからなのか、オーストラリアの南に位置するタスマニア島の大自然に通じるものがありました。

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あとは電車の中の雰囲気もおもしろくて好きでした。
アパルトヘイトの名残で乗客はほとんど黒人。
治安が悪いと言われて旅行者は敬遠する電車だけど、アフリカらしさが出ていてしっくりきました。
売り子のお菓子や雑貨は驚くほど安かったり、布教活動をする人がいたり、歌やダンスを披露してお金を集める人がいたり、奇抜なファッションのおばちゃんがいたり。
楽しくてケンゾーと爆笑しながら、電車での移動を楽しみました。

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◇ふらり ゆるり ナミビア・南アフリカの感想は?

ナミビア

ケンゾー
見どころ盛りだくさんのナミビア。
動物、少数民族、雄大な自然とアフリカの魅力がぎゅっと凝縮された国。
文字通り寝る間も惜しんで観光を楽しんだ2週間だった。
それでもまだまだ行きたかったところがたくさんある。
時間とお金に余裕があったらもうちょっとスローペースでレンタカー旅をしたかったな。
これからナミビアを旅する方、とにかく車の運転に気をつけて!

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イクエ
わたしたちのアフリカの旅は、観光地よりも海外協力隊員を訪ねる旅となり、これまでアフリカの田舎に行き現地の人たちの日常生活を見てきました。
そんななかこんなに毎日観光してまわったのはナミビアがいちばん。
野生動物に少数民族に海に砂漠に。
ナミビアはいろんなことを楽しめる観光大国でした。
物価は高いけど過ごしやすく、バックパッカー向けのゲストハウスはあるし、街はきれいだしインフラも整っています。
アフリカに怖いイメージがあって尻込みしている人も、楽しんで観光できる国だと思います。

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南アフリカ

ケンゾー
ケープタウンしか見てないので南アフリカの感想を聞かれるとちょっと困る。
どんな国なのかは正直よく分からない。
ケープタウンはきれいで洗練された街だけど、これが南アフリカ標準の街だとは思えない。
もうちょっとほかの場所にも行ってみたかった。
それにしても、ケープタウンは予想以上にいい街だった。
都会と自然がいい具合に融合してとても住みやすそう。
余裕があればもっとドライブを楽しみたかったなあ。

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イクエ
今までのアフリカの国と比べたら「ここはヨーロッパ?」と思ってしまう国です。
古いヨーロッパ風の建物や白人も多く、欲しい物もなんでも手に入り、その分物価も高い。
それでもやっぱりアフリカらしいスケールの大きな自然があり、ペンギンもいたり。
雲を抱くテーブルマウンテン、その裾野に広がる都会の街並み、そして海。
ケープタウンは気持ちのいい場所でした。
今回はケープタウン周辺しか行かなかったけど、南アフリカにはほかにも魅力的な場所がたくさんあって、時間とお金と機会があればまた南アフリカに来たいなあ。

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ケープタウンでここは外せない!

2015.04.05 06:29|南アフリカ☞EDIT
朝から夫とケンカしたイクエです。
よく「夫婦でずっと旅しててケンカしないの?」って聞かれるけどそこまでケンカしません。
旅をしているからといってケンカが多くなるわけでもない。
きょうのケンカの理由はケンゾーが起きてトイレに行ったので「早くお風呂入れば?」と言ったこと。
ケンゾーとしてはそんなことを言われたくないしもっと寝たかった模様。
ケンゾーはたくさん寝たい人でわたしは一度起きちゃうと二度寝できないタイプ。
きのうの夜はケンゾーは10時に寝たのに、わたしは3時くらいに寝たのです。
そしてだいたいいつも朝の始動はわたしのほうが早い。
ケンゾーは5分でも早く起きると「損した」と言います。
わたしは寝てるほうが人生損してると思うんだけどね。

喜望峰を満喫したわたしたち。
次の日にめざしたのはケープタウンのシンボル、テーブルマウンテン。
頂上がフラットになっていてまるでテーブルのよう。

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宿から登山口まで歩いていくこともできるけど、かなり時間がかかりそうなのでタクシーで。
5人で乗って、一人当たり8ランド(約84円)。
山頂までロープウェイがあって、ロープウェイに乗るのが一般的だけどわたしたちはもちろん歩きで!

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ロープウェイは観光用なので運賃は高いし、乗るためには行列に並ばないといけない。
なんといっても歩いていく方が感動もひとしおのはず。
ロープウェイから見る眺めもすてきなんだろうけどね。

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テーブルマウンテンにはいくつか登山道がある。

距離は短いけど急斜面の道。
距離は長いけどなだらかな道。

わたしたちは初心者向けのなだらかな道へ。
といっても、けっこうハード。

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テーブルマウンテンは標高1087メートル。
海のすぐ近くに面していてこの標高。
市街地との高低差が激しく、気候の差も大きい。
霧がかかることも多く、風も強い。
あんなに青空だったのに、急に霧雨に。

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街から見えるし、手軽に登れそうに見える山だけど甘く見てはいけない。
亡くなった人もたくさんいるのだそう。

現に去年、日本人の男性がテーブルマウンテンを登っているときに足を滑らせて亡くなっている。
青年海外協力隊でボツワナに派遣されていたボランティアの男性で、休暇を利用して南アフリカを旅行中だった。
これまで出会った隊員たちから彼の話を聞いていたし、ボツワナのJICA施設に掲げられた遺影を見たときは心が痛んだ。

彼は柔道を教える隊員で、体力があってスポーツ万能だった。

そんな彼が亡くなったのだから、わたしたちはこの山をなめてはいけないと思う。
これからテーブルマウンテンを登る予定の人は、無理をせずに楽な登山コースを選んでほしいし、けっしてひとりで登らないでほしい。
時間に余裕をもって登り、日が暮れる前に下山できるようにしないといけない。

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山の天気は変わりやすい。
霧に包まれていたテーブルマウンテンは、わたしたちが頂上に着いたころには霧が晴れて青空を見せた。
霧というより、雲だったのかもしれない。
雲はみるみるうちに流れていき、眼下に移動していった。

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雲のはるか下に海が見える。
カーブを描いた海岸線が美しい。

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頂上に住む、かわいい主。
ケープマングース。

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ケープマングースもいるけれど、こんな人もいた。
緑のシャツに見覚えがある。

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わたしたちより一足先に登頂していたヒトシくん!
ひとりで三脚で自分を写すのってちょっと恥ずかしいね・・・。
ヒトシくんは気づいてないけど。
ぷっぷっぷ。

山頂から見える、ケープタウンのもうひとつのシンボル、ライオンズヘッド。
そして、海に浮かぶのはロベン島。

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海岸からおよそ14キロの沖合に浮かぶロベン島は、アパルトヘイト時代には黒人専用の刑務所があった。
1959年から91年までのおよそ30年間に、のべ3000人の政治犯が収容されていたのだそう。

黒人初の大統領、ネルソン・マンデラ氏もここに収容されていた。
閉鎖されてからは博物館として公開されていて、1999年に世界文化遺産になった。

テーブルマウンテンの山頂で雲が発生するように、標高669メートルのライオンズヘッドの山頂にもぽっかりと雲が浮かんでいる。

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エジプトから半年かけてはるばる陸路でここまで移動してきたわたしたち。
アフリカを南下していくほど都会になっていき、ここケープタウンは近代的な街並み。
アフリカの広さとそれぞれの国の発展の差を実感する。

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そのうちアフリカのほかの国も、こんなふうになっていくのだろうか。
アフリカは日本とは比べものにならないスピードで開発されていっている。
あと10年、20年したら、これまで見てきたアフリカの国々はずいぶん違った姿になるのかもしれない。
世界は画一化されていっている。
それがいいのか悪いのかはわからないけど、旅としてはどんどんおもしろみがなくなっていくのかも。

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テーブルマウンテンの山頂は、どんどん天気が変わっていきふたたび雲に包まれた。
まっしろになり、ケープタウンの街並みは姿を消した。
あっというまに寒くなった。

下山して、さっきまでいた山頂を見上げる。

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ドライアイスのように雲が発生し、滝のように落ちていく。

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ケープタウンの街を見下ろすにはテーブルマウンテンがいいけれど、ケープタウンの夜景を楽しむなら、ライオンズランプ(通称シグナル・ヒル)。

左側のピラミッドのような形の山がライオンズヘッド。
ライオンの頭に見えるって言われるんだけど、どうだろう。
そして右側のなだらかな丘がライオンズランプ(Rump=尻)。
ライオンが横たわっているように見える?

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このライオンズランプにも登ってみた。
ここから見えるテーブルマウンテンとライオンズヘッドは壮観。

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スタジアムや高層ビル。
洗練された大都会。

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だけどこのケープタウンの街並みはどことなくかわいさもある。
だから、ミニチュアみたいに撮影したくなってくる。

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古い港町を再開発したウォーターフロント。
19世紀の建物が再現されたり、ショッピングセンターがあったりして多くの人で賑わっている。
クルーズ船もここから出ている。

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カラフルな建物たち。
ケープタウンのおしゃれさと開放的な感じを象徴していて、楽しい。

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ここから夕陽を見ようと、たくさんの人たちが海に向かって待ち構えている。
家族でピクニックをしている人もいれば、ボトルワインとワイングラス持参でロマンチックにグラスを傾けているカップルもいる。

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夕陽をあびて、淡い桃色になるライオンズヘッドとテーブルマウンテン。
街の中の丘から、こんな景色を楽しめるなんてやっぱりケープタウンはすてきだ。

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このアフリカ縦断中、何度夕陽を見てきただろう。
アフリカで見る夕陽は格別で、そのたびに地球の広さや今ここにいる奇跡を感じてきた。
この旅で、アフリカで見る夕陽もこれが最後。
ありがとう、アフリカ。

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太陽が沈むと、今度は街に光が灯り出す。
ケープタウンの夜景は、ライトが赤味を帯びていてどこかあたたかい。

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ケープタウンの夜景は美しいと言われている。

世界で夜景が美しいと言われる街には、山があって海がある。
山の斜面に家々が建ち並んでいると、夜景に立体感が出てくる。
海があれば、港に停留する船にライトが灯って華やかになるし、それが海面に映るからなおさら美しい。

山と海。

ケープタウンもその条件を満たしている。

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美しい夜景も、こんなふうに撮影するとかわいく見える。
夜景を見て、「おもちゃ箱をひっくり返したような」ってよく表現されるけど、本当におもちゃみたい。

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わたしたちのアフリカの旅もこれでおしまい。

一度も危ない目にあうこともなく、警察のお世話になることもなく、高熱でダウンすることも酷い下痢になることもマラリアになることもなかった。

アフリカではたくさんの海外協力隊のメンバーに出会ったし、ナミビアやケープタウンでは旅友もできた。

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さて、ふたりの次の行き先は南米!!
最近日本人の旅人にもっとも人気の旅行先、南米。
どんなふたり旅になることやら。
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過去を捨て今を生きる男

2015.04.04 06:20|南アフリカ☞EDIT
毎日なにかと妻から怒られているケンゾーです。
早朝起きてトイレに行くと「まだ寝ときたいのに起こされた」、米を炊きすぎると「食い意地が張っとる」、ブログを書くのが遅いと「集中力がない」、文句を言うと「反抗期やね」・・・。
まあ、カチンときても寝たらすぐ忘れるからいいけどね。

ステレンボッシュでワイン浸り、そしてホームステイ先でもワイン三昧だったケンゾーとイクエ。
飲んで酔いちくれてばっかりやん!という読者のツッコミが聞こえてきそうだけど、ちゃんと観光も人並みにしたんだよ!
ということで、ケープタウンで外せない観光スポット堂々の1位(たぶん)、喜望峰へGO!

喜望峰があるのはケープタウンの市街地からおよそ70km離れたケープ半島の先っぽ。
公共の電車やバスで行けるのは手前のサイモンズタウンという街まで。
サイモンズタウンで自転車をレンタルして喜望峰をめざすという選択肢もあるけれど、かなりの体力自慢じゃないと厳しそう。
サイモンズタウンからのツーリストバスもあるみたいだけど値段は高い!
車を持っていない旅人にとって手っ取り早いのはツアーに参加すること。
だけどツアーに参加した人が「喜望峰をゆっくり歩きたかったけど、滞在時間が短くて物足りなかった」って言っていた。
ベストな方法はレンタカー。
4人以上でシェアするとツアーよりも安上がりになるし、なんたって時間を気にせず好きなように見てまわれる。

借りてきたレンタカーで待ち合わせ場所にやって来たのは、きょうもラッキカラーの緑のTシャツ(というか毎日洗濯しないから毎回緑の服)を着たヒトシくんと3人の旅人。
ほかのメンバーの紹介はのちほど。

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フォルス湾を左手に見ながら南へと車を走らせる。
この海の先にはもう何もない。
はるかかなたに南極があるだけ。
半年間のアフリカ旅の終着点。

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喜望峰があるケープ半島は自然保護区になっている。
入場料は1人110ランド(約1160円)。
到着した10時過ぎは駐車場はガラガラだったけど、昼を過ぎると大混雑だった。

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駐車場からさっそく喜望峰を望むことができるけれど、後回しにしてまずはケープポイントへ。
みんなでワイワイおしゃべりしながら遊歩道を歩いていく。
ひとりえらくガタイのいい後ろ姿が見えるけど・・・。

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しばらく歩くと灯台に到着。
以前はちゃんとライトが灯っていたんだけど、霧に覆われて見えなくなることが多かったらしく灯台としては引退。
いまは展望台として使われている。

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険しい断崖絶壁の先っぽがケープポイント。
ケープポイントに向かって右手、喜望峰側が大西洋、左手のフォルス湾側がインド洋。
2つの海が出会いぶつかる場所、って言われてるけど、海に境目なんてないよね?

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ふと後ろを振り返ると、岩の上に登ってポーズを決めている日本人らしき人が。
さっきのガタイのいい後ろ姿の男だ。
う〜ん、これは目を合わせたらダメな人なんじゃない?

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怪しさ200%だけどこの人、レンタカーのシェア仲間なんだよね。
それにしてもこの肩と上腕二頭筋の筋肉がハンパない。
そしてこの不敵な表情。
ただ者じゃないことは間違いない。

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じつはこの人、元プロボクサーの佐々木基樹なんだよね。
ウェルター&スーパーライト級の東洋太平洋チャンピオンのベルトを持っている本物のボクサー。
2013年に引退したけど、現役当時から旅好きで試合が終わるたびに海外に行っていたんだそう。
そして引退を期に世界一周の旅に出たんだって。

チャンピオンはケンゾーより1つ下の39歳、同年代ということもあり名前は知っていた。
しかも、旅ブログも書いていて(その名も「地球の殴り方」スケールでか!)こちらもランク入りしてるので世界のどこかを旅していることは把握していた。
でも、まさかアフリカで出会ってレンタカーをシェアするなんてね。

世界レベルの元プロボクサーと言えば、輪島功一、ガッツ石松、具志堅用高、内藤大輔とかなり個性的なメンツが頭に浮かぶ。
凡人では思いもつかない言動やおバカなキャラクターがお茶の間受けしてるんだけど、昔から気になっている疑問が。

「ボクサーは殴られるから普通の人とは違ってしまうのか?」

なかなかこんな質問に答えてくれる人とは出会えない。
まさかのアフリカで千載一遇のチャンス到来。
さっそくチャンピオンに聞いてみた。

「殴られるたびに脳細胞が死んでいってるって本当?」
「そうそう。
 人によって差はあるけど、確実に物忘れはひどくなる。」


あっけないほど明確な答え。
チャンピオンも例外ではなく、物忘れがひどいらしい。
お年寄りの認知症と同じで昔の記憶は残っているけど新しい記憶がどんどん飛んでいくんだって。

「旅先で写真を撮るだろ?
 あとから見返して『あれ?これどこだ?』って事がよくあるんだよね。」


ウソのような本当の話に驚きながらも爆笑する一同。
冗談半分に「じゃあ、今日のことも明日には忘れてるかもね」って言ったら、「ありうる、ありうる」だって。

現に、3日前にチャンピオンとゲストハウスで出会っていたのにケンゾーとイクエのことをきょうまですっかり忘れていた。
キッチンの椅子に座って、ヒトシくんたちとレンタカーのことを話していたらチャンピオンの方から近づいてきて「みんなで行くの?俺も入れて!」って向こうからお願いしてきたんだよ!
このとき「ひょっとしてこの人、元プロボクサーの佐々木基樹かな?」って思ってたけど、イクエはそんなことぜんぜん知らないから「なんか目つき悪いし、言葉遣いも悪いし、図々しい!」って思っていっしょに行くのが嫌だったみたい。

でもボクシングのチャンピオンと知って、イクエもチャンピオンの目つきの悪さに納得。
さらに大学が同じだったということで大学周辺の食堂の話で盛り上がる。
チャンピオンは広末涼子と同じ大学・学部・学科(教育学部国文学科)だったんだけど、目つきが悪いチャンピオンは学内での広末涼子のボディーガードをお願いされていたんだって。
寄ってくるファンや野次馬に睨みを効かせていたらしい。

物忘れはひどいけど、気さくで話もおもしろいチャンピオン。
というか、ちょっとボケているので輪島やガッツ石松と通じるところがある。

「楽しかった記憶を失くすって悲しくない?」
「俺は過去は振り返らない。
 今を生きる男だから。」


いやあ、ボクサーってすごいね。
ストイックな生き方だよ。

展望台からさらに歩いてケープポイントに近づいていく。
ドーン、ザバー!
崖を打ちつける波の音が大きくなる。

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崖下に見えるのが1919年に建てられた新しい灯台。
そしてここがケープポイント。

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ケープポイントまたは喜望峰がアフリカ大陸最南端だとよく思われているんだけど、じつは最南端ではない。
最南端はここからおよそ150km離れたアグラス岬。
地図で見ると一目瞭然、ぜんぜん最南端じゃない。

喜望峰

喜望峰はアフリカ大陸最南西端という分かりにくい最端ポイント。
ケープポイントにいたってはケープ半島の最南端という、もはやどうでもいいポイント。
まあ、でもこの先には何もないアフリカ大陸の端っこには間違いがない。
エジプトからはじまった半年間にわたるアフリカ大陸縦断の旅のゴールだ。
大きなケガやトラブルもなく無事にアフリカを旅することができてよかった。

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つづいて最南西端の喜望峰へ。
保護区内はかなり広いしアップダウンがあるのでちゃんと靴を履いて行ったほうがいい。

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さいしょは長袖だったのに暑くてすぐにタンクトップ姿になったチャンピオン。
それでも暑くてたまらないのか、とうとう上半身裸になってしまった。
39歳にしては常人離れした背筋を見せつける物忘れの激しいチャンピオンと、おっさんの背筋を写真に撮るコーンロウ姿のトシくん。
どっちも変だよ。

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かなりパンチが効いた髪型のトシくんは、こう見えて元県庁職員というお堅い職種。
大学の専攻も職場も水産科という根っからの海好き。
海に限らず、トシくんの博学ぶりがこれまたハンパない。
イクエはしきりに「クイズミリオネアに出れば?」と言っていた。

ゴツゴツとした岩壁のインパクトが強いケープ半島だけど、意外と緑豊か。
8月から10月にかけての春には一面花畑になるんだそう。

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ダチョウもけっこう多くて、ふさふさの毛のかわいい赤ちゃんダチョウの姿も見かける。
親ダチョウと比べるとかなり小さいけど、ほかの鳥と比べると赤ちゃんでもかなりデカいね。

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ダチョウよりもお花を撮ることに夢中なのはナツコちゃん。
大学の卒業旅行でアフリカを旅している。

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身長170cmでスレンダーなナツコちゃん。
これまた気になる質問をぶつけてみた。

「やっぱりさあ、彼氏は自分よりも背が高くないとダメ?」
「もちろん!
 絶対条件ですよ!!
 ハイヒール履いても大丈夫なように180cmないとダメです!」


170cmないケンゾーは男として見られてないんだね。
ま、しょうがないね。

轟音を立て大西洋の白い波涛が打ち寄せる喜望峰。
1488年にはじめて喜望峰に到達したポルトガル人のバルトロメウ・ディアスは、喜望峰周辺があまりにも荒れる海だったので最初に「嵐の岬」と命名したんだそう。

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けれど、、インドそしてアジアへの新たな航路を切り開いたということで、ディアスを送り出した当時のポルトガル王ジョアン2世が「喜望峰」と命名しなおしたんだって。

ちなみに、喜望峰の英語名は「Cape of Good Hope」、日本語に直訳すると「希望の岬」。
ほんとは「望岬」が正しいんだけど、その昔日本語に訳した時に誤植してしまってそれが定着したんだそう。

喜望峰から大海原を眺める。
見渡すばかりの青い海と青い空。
530年前も、そしてこれからも変わらない景色。
そして、なぜだか背筋を見せつける男たち。
トシくんもなかなかいい体してるなあ。

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崖っぷちで定番のタイタニックポーズに挑戦するチャンピオン。
さすがのチャンピオンも女子大生相手に照れがある。

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鼻の下を伸ばした自分に喝を入れるためかどうかは凡人には分からないけれど、アフリカ大陸最南西端でシャドーボクシングをはじめるチャンピオン。
世界中の絶景ポイントで同じことしてきたのかな。

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「チャンピオン、もっと崖っぷちでシャドーやって!」と無茶ぶり。
文句を言わずにちゃんとやってくれるサービス精神旺盛なチャンピオン。
この日の楽しいひと時のこと、ちゃんと今でも覚えてるかな?

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チャンピオンがなぜボクサーをめざしたのか。

「理由なんてねえよ。
 必然だった。
 なんで旅してるの?って聞かれて答えられないのといっしょだよ。
 
 中学、高校のときほとばしるエネルギーってのがあっただろ?
 抑えきれない感情をどうすればいいかわからなくて、ケンカしたり物壊したり。
 そのときにボクシングに出会ってさ。
 サンドバッグを必死に叩いていい。
 殴っても怒られないどころか褒められる。
 こんないいことねえだろ。」


「現役15年ってすごいね。」
「やれるもんなら、一生やりたいくらいだよ。
 でもやっぱり体が追いつかなくなって、もう潮時かなって。
 ボクシングはずっと好きだよ。」


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チャンピオンの裸体は見飽きたので、そろそろ次の場所へ。

ケープ半島を車で走っていると、サルが道に出てきた。
普通「おーい」と呼んだり、口笛を吹いて呼び寄せるけどチャンピオンは違う。

窓を開けて、ドスの利いた声で

「オイ!! コラァッ!!」

サルにも手加減しない。

一行がビーチへやってきたのは若い女性の水着姿を見るため、
ではなく、ダチョウ以外にもいろいろな動物が棲息しているケープ半島。
同じ鳥だけど、もっとかわいらしい鳥を見にボルダーズ・ビーチにやって来た。

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遊歩道の柵越しに見ることができるのはペンギン!
ボルダーズ・ビーチにはたくさんのケープ・ペンギンが生息している。
入場料を払うともっと間近に見ることができるけど、お金を払わなくても外からチラ見をすることができる。

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かなり間近に見ることができるんだけど、ぐたーっとしてあまり動かないペンギンたち。
夏バテ?と思ったら、白くて丸いものを発見。
ちょうど出産時期だったみたい。
がんばって卵を温めてたんだね。

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産卵後およそ40日間オスとメスが交代で卵を温める。
隙間から海の方を覗くと、いたいた大量のペンギンたち。
魚を捕るのも交代でしてるのかな。

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遠くからでもヨチヨチ歩きのペンギンには癒やされるなあ。

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ケープタウン観光編、次回はテーブルマウンテンをお伝えしま〜す ♫
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ケープタウン極上の宿 ヒラリー邸

2015.04.03 06:08|南アフリカ☞EDIT
顔パックをしながらブログを書いているイクエです。
旅行中は紫外線を浴びまくっているのに、顔の手入れをほとんどしないので肌の老化が著しい!
肌年齢が実年齢よりも高いので、せめて年相応になるように努力しないと。

アフリカでは海外協力隊員の家に泊めてもらいながら旅行していたけれど、現地の人の家にホームステイさせてもらったのはスーダン以外ない。

だからアフリカ最後の地、ケープタウンでカウチサーフィンにトライすることにした。
ケープタウンに住んでいて、カウチサーフィンに参加しているホストはほぼ100パーセントが白人。
できれば、よりネイティブな黒人の家庭に泊めてもらいたかったけど、難しそう。
外国人旅行者に親しみを感じたり、ツーリストを受け入れるだけの余裕が家にあるのは、黒人よりも白人ということなのかもしれない。

南アフリカでは白人も黒人も共存していると言われているけれど、アパルトヘイトの影響は強く残っているし、育った環境や文化が違っていて、両者の間には大きな隔たりがあるように感じる。

カウチサーフィンの掲示板で「ケープタウンに行きます 誰か泊めてください」とホストを募ったところ、まっさきにお誘いの返事が来たヒラリーという男性の家に泊めてもらうことにした。

ヒラリーの自己紹介欄によると、ヒラリーは仕事をリタイアしたおじさまで大きな家に住んでいるらしい。
ゲスト専用のベッドルームやシャワー室があって、素敵な家に住んでいる模様。
趣味はワインで「いっしょにワインを飲みましょう」と書いてある。
リッチな人なのだろうか。

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待ち合わせ場所は高級ホテルのゲート。
こぎたないバックパッカーのわたしたちに失望しないといいけど・・・。

待ち合わせ場所に来てくれたヒラリーは、気さくそうなおじさん。
家に向かう途中、車窓からはケープタウンの素晴らしい自然が見える。
青い海に、緑の丘、凛々しい岩山・・・。
ケープタウンにはテーブルマウンテンのような山があちこちにそびえている。

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ヒラリーの家は高級住宅街にあった。
60歳くらいになるヒラリーはケープタウン生まれ。
祖父母はイギリス、スコットランド出身。
幼いころからヒラリーはこの住宅街で育ってきた。

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移住してきた白人がつくった住宅街らしく、白人しか住んでいないエリア。
清潔感のある美しい家々が建ち並ぶ。
そんな家の庭の手入れをしたり、掃除をしたりしているのはほとんどが黒人。
ヒラリーもそうだけど、白人の居住者たちは黒人のお手伝いさんを雇っていることが多い。

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ヨーロッパでも感じたことだけど、日本人よりも古い家をリフォームしながら長く住み続けるのが上手。
親から受け継いだ家を大事にしながら、ときには手を加えてまるで新築のようにして使いつづけている。
新しく見えるけど、やっぱりどこか趣があって重厚感がある。

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ヒラリーは独身でこの広い家でひとりで暮らしている。
大きなテレビといくつものステレオとふかふかのソファがあるビデオ鑑賞用の部屋があったり、暖炉のあるくつろぎの部屋があったり。
独身のおじさんの住む家とは思えないほどおしゃれでこだわりのあるインテリア。

ダブルベッドのあるゲストルームがわたしたちの部屋。

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使い勝手のいいきれいなキッチンで夕食づくり。
今夜のメニューは酢の物、スモークサーモンを使ったちらし寿司、酢豚ならぬ酢鶏。

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ステレンボッシュでそれなりにいい赤ワインをお土産で買っていったけど、「このワインはスペシャルな日に取っておく」ということでヒラリーが用意してくれていた白ワインで乾杯。

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ヒラリーは、夏は冷えた白ワインしか飲まないらしい。
逆に赤ワインを飲むのは冬。
だんろの前で赤ワインを飲んで体を温めるのが最高らしい。
ケープタウンも冬はとても寒いんだって。

ヒラリーの好みは、白だと「ソーヴィニヨン・ブラン」。
ヒラリーの家に5泊させてもらったけど、毎晩「ソーヴィニヨン・ブラン」をご馳走になることに。

「ワインってどうやって選べばいいの?
 スーパーにたくさんワインが置いてあるでしょ、どうやって選んでる?」

「ヤボな質問だねえ。
 答えるのは難しいよ。
 どんな女性がタイプ?
 どんな女性を好きになるって聞かれて答えられないのと同じだよ。」

な、なるほどぉ~。

ヒラリーは翌日、昨夜の和食のお礼にとレストランに連れて行ってくれた。
ピンク色の外壁がかわいいレストラン。
日本だと60歳のおじさんでこんなかわいいレストランをチョイスできる人ってそうそういないよね。

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もう退職しているけど、ヒラリーはずっと船乗りだった。
船のエンジニア。
船で南極以外のすべての大陸に行ったことがある。
昔、日本にも寄港したことがあって長崎で船長といっしょに寿司屋に行ったこともあるんだって。
たまたま見つけた小さな寿司屋さんで、カウンターに座ったらしい。
どうも高級寿司屋だったみたい。
でも、ヒラリーはあいにく生魚は好きじゃないから、日本の本格的な寿司はダメなんだって。

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ヒラリーはシーフード自体は大好物。

イクエとケンゾーはダチョウのステーキにも惹かれたけど、高いので遠慮。
ヒラリーお勧めの白身魚を注文。

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そしてお肉の煮込み料理。
南アフリカの伝統料理らしい。
といっても、先住民の人たちの伝統料理ではなくて、ヨーロッパ人が移住してから生まれた伝統料理。

トマトベースでお肉が柔らかくておいしい。

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船乗りだったヒラリー。
海底のダイヤモンドを採掘する船で働いたこともあったんだって。
船でダイヤモンドってなんかロマンがあるね。
海底から採ったダイヤモンドをひとつふたつポケットに入れて持って帰ってもバレなさそうだけど厳重に管理されているからそれはできないんだって。

この日はヒラリーのお友だちの女性も同席。
お友だちだけど、挨拶のキスを口と口でやってた。
とても自然に、チュッチュって。
そんな文化なのねー。

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お友だちの女性はこのレストランに惚れ込んで、けっこう通っているらしい。
そしてついにこのレストランのオーナーの座を譲ってもらうことに。
来月からオーナーになるのだそう。
すごい行動力。

「デザートは何がいい?」って聞かれてスイーツかフルーツかと思いきや、アルコール!
アルコール、大歓迎です。
お酒の入ったシェイク。
カルーアミルクよりもクリーミー。

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次の日は、ヒラリーが知り合いを家に招きたいとのことだったのでふたたびわたしたちが料理することに。

メニューは、鶏の照り焼き、ポテトサラダ、卵焼き、ちらし寿司。

お客さんはなんとヒラリーの元恋人!
30年くらい前に交際していたんだって。

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ヒラリーと彼女との間にはドラマがある。

実は彼女、ヒラリーと別れたあとに別の男性と結婚して、故郷のケープタウンを離れてヨハネスブルグ近郊で子どもを生み、暮らしていた。
幸せな日々を送っていた彼女。
だけど、ある日突然だんなさんが心筋梗塞で亡くなってしまった。
失意のどん底の彼女。
収入もないのにひとりで息子二人を育てないといけない。
いったいどうしたらいいのか。

そんな話を聞いたヒラリーは、彼女のために行動を起こした。
「故郷のケープタウンに戻っておいでよ。
 お金のことは心配しなくていい。
 わたしが君の息子二人の面倒をみてあげるから。」

ヒラリーは、彼女が動物好きだったことを思い出し、彼女のために動物病院の事務の仕事まで見つけてあげた。

そして彼女は息子たちを連れてケープタウンに戻ってきた。

ヒラリーと彼女は結婚したわけではない。
これから結婚しようとも思っていない。
ただ、昔愛した女性を救いたかっただけ。

ヒラリーは息子二人の父親がわりとなり、教育費を毎月援助し、彼女の息子の卒業式や入学式には彼女といっしょに出席している。

彼女の次男はドラゴンボールZなど日本のアニメをこよなく愛していて、アジア料理の店で働き、がんばり屋さんなのでいまではホールの責任者にまでなっているんだって。
まだ19歳なのに。

「息子の働くレストランにはしょっちゅう行ってるんだよ。
 そして彼に多めのチップをあげるんだ。
 喜ぶからさ。」

ヒラリー、なんてすてきな紳士なんだ!!
かっこよすぎるよ!

ヒラリーという名前は、女性につけることが一般的だけど男性にもつけられるのだそう。
ヒラリーには意味があって、それは「ハッピー」。
その名のとおり、ヒラリーはまわりの人たちをハッピーにしている。

みんなをハッピーにしているヒラリーは、わたしたちをドライブにも連れて行ってくれた。

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ヒラリーは船のエンジニアの仕事は引退したけれど、設計もできるし大工仕事もできるし手先も器用なので、住宅のリフォームや家の庭にプールを作る事業をしている。
だから毎日忙しい。
それなのにドライブに誘ってくれた。

陸地に置かれた大きな帆船が見えた。
「あれは、海賊の映画で使われた帆船だよ。
 ここで撮影されたんだ。
 山も海もあって街並みもきれいなケープタウンだから映画やドラマのロケ地に最適。
 海外からも撮影にやってくるんだ。」

これはもしかして、あの「パイレーツ オブ カリビアン」のロケ地か!と思ったけど、それはどうも違うみたい。

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途中、ヒラリーのクライアントに設計図を渡したり、ヒラリーの家の庭に植える木を探しに植木屋さんに寄ったりしながら、ヒラリーの車でケープタウンを駆け抜けた。
青い空と岩山と波の高い海と、ワインのブドウ畑。
ケープタウンの景観はほんとうに美しい。

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海岸を見下ろす高台に車を止めてくれた。
真下には、屋根に曲線の出窓がいくつもついた不思議な形の家が見えた。

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「あれは、ケープタウンの伝統家屋なの?」
「う~ん。
 この国には伝統家屋っていうのはとくにないんだ。
 ヨーロッパのいろんな国からここに移り住んで来てるだろ。
 歴史もそんなにない。
 建物はイギリス風だったり、フランス風だったり、オランダ風だったり。
 いろんなスタイルがミックスされてるんだ。」

ヒラリーは、ケープタウン周辺でいちばん美しいと言われるドライブコースに案内してくれた。

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ケープタウンから喜望峰に向かう西側の道。
峠を登っていく。
岩山の表面を削った道がくねくねと続いている。
断崖絶壁の道。

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1915年に建設が始まった道路。
「チャップマンズ・ピーク・ドライブ」。

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岩肌を掘るので建設は大変だったようだけど7年後の1922年に開通。
狭くて風が強いけど、その分絶景を楽しめる道路になった。

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この壮観なドライブウェイ。
高さ600メートルの岩山を通っていて全長およそ10キロ。
片側に岩肌、片側には海。

対岸に見えるのはハウト湾。
絶妙な色の海。

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荒々しい山ではあるけれど、海岸線が曲線だからかどこか柔らかい。
何度も言うけど、ケープタウンで自然が美しいのはテーブルマウンテンや喜望峰だけじゃない。
どこを見てもほんとうに雄大で、気持ちがいい景色。

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ドライブを楽しんだあとは、お勧めのバーにも連れて行ってくれた。
冷えた生ビールで乾杯!!

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これまでもヒラリーは旅人を迎え入れている。
自分が外国に行かなくても家にいながらにして外国の人と出会い、外国の文化に触れられ、外国の食事ができるからカウチサーフィンのホストをすることはとても貴重な体験で楽しいんだって。
これまでホストをしてきて嫌な思いをしたことは一度もなくて、いい思い出ばっかりって言っていた。

自分たちはもちろんのこと、これからここに泊まる旅人も、ヒラリーの楽しい思い出の1ページを飾らなきゃ。

カウチサーフィンはけっして「宿代を浮かせるために利用するもの」ではない。
前提にあるのは「国際交流」。
泊まるところを提供してもらえることはとてもありがたいこと。
わたしたちふたりにできることはほとんどないけど、泊めてもらったらせめてお礼に食事をつくったり、子どもがいれば折り紙でいっしょに遊んだりしたい。
ささやかだけど日本から持ってきている土産を渡すこともあるし、ワインやお菓子を買っていくこともある。
飲みに行ったら「きょうはわたしたちに払わせて」ってお願いすることもある。

せっかく善意でホストをやってくれているんだから、その優しさを踏みにじることはしたくないなあと思う。

これまで泊まらせてもらった人に、ホストをして嫌な思いをしたことがあるか何度か聞いたことがある。
あるホストは、たまに家のものを盗っていく人がいて嫌だと言っていた。
高価なものではないんだけど、家に置いているティッシュを箱ごと持ち帰ったりする人が多いらしい。

あとは独身男性のホストで「男だけの旅人は受け入れたくない」と言っていた人もいた。
それは別に下心があって女性を泊めたいということではない。
それまでの経験上、男性の旅人を受け入れて失敗したことが多いから。
女性やカップルの旅人は社交的でいっしょにおしゃべりしたり料理をお互いに作りあったりして楽しいひとときを過ごせるけど、男性の旅人だと「タダで泊めてもらうこと」だけを期待していることが多いらしい。
泊めて後悔することが多いのは「男性二人組」なんだって。
ホストに愛想をふりまくこともせず、二人だけで会話をして二人だけで適当に食事をする。
ずっとインターネットをしてばかり。
遠慮もしない。

きっとホストを楽しませようというすてきな男性の旅人も多いんだろうけど、そんな無遠慮な男性旅人が多いからホストも男性旅人に悪い印象をもってしまう。
それはとても残念なこと。

料理ができなくてもいい。
代わりに何かを修理したり掃除を手伝ったり、日本文化を紹介したり。
どんな旅人でも、お礼にできることはあるはずだから。

最後の晩餐はヒラリーのリクエストによりシーフード料理を作ることにした。

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家の近くに新鮮な魚介類が並ぶ魚屋さんがあった。
魚のほかにワサビやキューピーマヨネーズまで売っている。
ケープタウンの高級寿司店の板前もここに買いにくるのかもしれない。

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ヒラリーが買ってくれたのは新鮮なマグロと大きなエビ。
高級な食材を殺さないように料理しないと!

新鮮なマグロをいちばんうまく食べる調理法は?
もちろんこれでしょ。

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刺身!!

でもヒラリーは生魚を食べられないので、刺身はわたしたちだけ。
ヒラリーには厚切りマグロをバターで焼いてレモンを搾って、マグロステーキ。

エビはニンニクと白ワインで。

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カウチサーフィンで旅人をおもてなししているヒラリーだけどもっとおもしろいことをしている。
それは「家丸ごと交換旅」!

今度ヒラリーはフランスに2週間ほど行く予定。
どこに滞在するかというと、フランス人の家。
しかもそのフランス人夫婦も同じ時期に旅行する計画を立てていて、行き先はケープタウン。
つまり、ヒラリーはフランスに行きその人の家に2週間滞在する。
いっぽう、そのフランス人はケープタウンに来て2週間ヒラリーの家に滞在する。
どちらも家主不在のまま、好き勝手に他人の家を使う。
しかも両者、会ったこともない!!
無償でお互いに泊まりあう。

カウチサーフィンみたいにそんなインターネットサイトがあるんだって。
自己紹介、家の紹介ページがあって、家の間取りや室内の写真を掲載し、家を交換したい人を見つけて日程を合わせてお互いの国を旅行するのだそう。

しかもヒラリーたちは車まで貸しあうのだそう。
だから滞在中はホテル代もレンタカー代もいらない。

ヒラリーは以前もこれを利用したことがあって、とってもよかったんだって。

日本みたいに家が狭くて散らかっていて物であふれかえっていると、そんな見ず知らずの旅行者に勝手に家に泊まってもらうなんてこと考えられない。

空港で直接会って鍵を交換しあうこともあれば、近所の人に渡してもらうこともあれば、会うこともせずに玄関のそばに鍵を隠し置いて勝手に取ってもらうっていうケースもある。

わたしには知らない外国人に勝手に家を使ってもらう勇気はないけど(というか、現在家すらないけど)、なんかとても便利で楽しそうな気もする。

気前が良くて紳士で器が大きくて優しくて楽しいヒラリーの家にはけっきょく5泊も泊めてもらって、最後は車で空港まで送ってくれた。

ヒラリーのおかげでケープタウンで楽しい思い出ができて、心地よく滞在することができた。
ほんとうにありがとう!!

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とってもとってもとーってもすてきなホストでした。
こんなホストに巡り会えるなんて最高に幸せ!
カウチサーフィンってやっぱり好きだな。
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続・ワインに溺れる日々 南アにあの女優?!

2015.04.02 05:37|南アフリカ☞EDIT
宿のフリーコーナーにあったトランクスとくつ下を頂戴したケンゾーです。
1泊だけした日本人宿の「ご自由にどうぞ」のコーナーでユニクロのトランクスとくつ下を発見。
くつ下は即決、15秒悩んだ末にトランクスもいただいてしまった。
よし、これでもう帰国まで買わなくてすむ。
ちゃんと洗濯すれば問題ないよね?

「ワインランド」ステレンボッシュでワイナリー巡りをしているケンゾーとイクエ。
テイスティングをしてはひたすら歩いて次のワイナリーへ。
朝から晩までワイン浸りで堕落的な毎日。
ただの酔いちくれた日々を綴る記事を、はたしてみなさんに楽しんでもらっているかどうかかなり怪しいけれど、懲りずにきょうも酔っぱらい日記いきま~す。

まずは純白の建物が目にまぶしい「J.C.LeROUX」
ステレンボッシュのワイナリーはどこもスタイリッシュでオシャレな建物だけど、ここは一見すると倉庫のようなシンプルなつくり。

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けれど、内部はやっぱりスタイリッシュ。
2階へとつづく階段もカーブを描いていてオシャレな結婚式場のよう。
レストランも併設されているので食事もできる。
ワイナリーでディナーなんて優雅で憧れるなあ。

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そんな優雅な空間でいただくのはスパークリングワイン ♫
このJ.C.LeROUXはスパークリングワイン専門のワイナリー。

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ステレンボッシュのワイナリー巡りには「パスポート」システムがある。
120ランド(約1260円)払って、10か所のワイナリーの中から4つをチョイス。
そのうちの1か所でアップグレードを無料ですることができる。
アップグレードの内容はワイナリーによってそれぞれ。
どこで使うか悩ましいところだけど、ここで使っちゃうことに。

このワイナリーのアップグレード特典はスイーツ。
テイスティングする5種類のワインにぴったりのマシュマロとメレンゲでできたスイーツ5つがついてくる。
ゴールドにローズピンク、グラスに注がれた華やかな色のスパークリングワインと、これまたカラフルでオシャレなスイーツ。
いいねえ、ゴージャス&リッチになった気分だねえ。

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アップグレードでつけてもらったこのスイーツは、貧乏パッカーが普段口にできるような菓子類とはまるで違う上品なスイーツ。
写真では分かりにくいけど、叶姉妹のお肌のようにキラキラ輝いている。
そして香水のような香りがする。

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ローズピンク色をしたロゼのスパークリングワインはけっこう甘口。
赤ワインも白ワインも辛口でドライな味が好きだけど、スパークリングワインもフルーティでドライな味が好みだな。
大変おいしゅうございました。

南アフリカで2番目に古い歴史をもつステレンボッシュ。
周囲を山に囲まれた渓谷に街があり、肥沃な丘陵地帯にブドウ畑が広がっている。
ひとつひとつのワイナリーは点々と散らばりけっこう離れているけれど、美しい山と整然と植えられたブドウの畑を眺めながらのウォーキングはとても気持ちがいい。
もちろん、ワインの酔いもいい気持ちにさせてるけどね。

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つづいてやって来たのは「VAN RYN'S」
いままでのワイナリーと違ってちょっとシックな感じがするのは気のせい?

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内部もかなり渋くて落ちついた雰囲気。
ワイナリーと同じように樽があることはあるんだけど・・・

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じつはここはワインではなくてブランデーの製造所。
なんで突然ブランデー?!って思うかもしれないけど、ブランデーの原料はワインと同じブドウなのでワインの産地はブランデーの産地でもある。

原料の白ブドウを搾って発酵させるまではワインとまったく同じ工程。
発酵してできあがったワインを蒸留させるとブランデーになる。
ワインよりも手間ひまがかかるから高価になるのも仕方がない。

テイスティングには工場ツアーがセットになっている。
専門用語を使った英語なので内容はイマイチわからないけど、かわった形をした設備を見るだけでもおもしろい。

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ブランデーと言えば、琥珀色の液体と芳醇な香りが特徴。
でも蒸留を終えたばかりのブランデーは無色透明なんだって。
オーク(ナラの木)材の樽に詰め、何年も熟成させることによって琥珀色に変化し香りがまろやかになるんだそう。
ここではブランデーに魂を吹き込む大切な樽の作り方を実演してくれる。

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釘を使わずに、丁寧に板を合わせていく。
隙間からブランデーが漏れないようにぴったりと板を合わせていく、プロの技。

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樽はだいたい3回使われるんだそう。
新しい樽で熟成させるとスキッとした力強さ、2回目、3回目の樽になるにつれ、まろやかで品のある味と香りになっていく。
そして、ブランデーの味を決定づけるのがブレンド。
ブドウの品種の違い、蒸留方法の違い、熟成の違い、それぞれ個性の違うブランデーをブレンドさせて完成。
このブレンドがいちばんの腕の見せ所。

そうやって時間と労力をかけてでき上がったブランデーがこちら。
熟成させること10年と12年もの、2種類をテイスティング。

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ワインと比べると試飲できる量はほんのちょっと。
つい「少な!」って言ってしまった。
お高いものだから仕方ないよね。

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見るかぎり10年と12年ものの色の違いは分からない。
けれどひとくち口に含んだだけで違いは明らか。
鼻に抜ける香りがぜんぜん違う。
12年もののほうが柔らかくて香り豊か。

ふだんはブランデーなんか飲まないけど、本物はやっぱりおいしい。
日本に帰ってもたまには飲んでみようかな。
ビールや焼酎のようにグビグビ飲むものじゃない。
上品で渋い大人のたしなみ。
ちょっと練習、そうイメージは石原裕次郎。

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ダメだ、寒くて縮こまってるようにしか見えない。
裕次郎って言うよりモノマネをするゆうたろうレベルかな。

このあとも「BERGKELDER」というワイナリーに。
ここは大手だけど、丁寧に味を説明してくれてなかなかよかった。
ワインにあう生キャラメルもいっしょに出してくれて、ワインよりもとろけるキャラメルに感動。

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最後はワイナリーではなく、地元の客で賑わうこじんまりとしたレストランでテイスティング。
テイスティングできるワインは4種類。
おなかも空いたので生ハムの盛り合わせもオーダーしてふたりで200ランド(約2100円)。

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滞在した3日間、ワイン浸りだったステレンボッシュ。
リーズナブルな料金で質の高いワインをテイスティングできるのでかなりオススメ。
貧乏旅のバックパッカーもキャンプ泊すると宿泊代をワイン代に回せるので安心してワインに溺れる日々を過ごせる。

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それではステレンボッシュからケンゾーと、「わたしの血液はワインでできているのよ」と豪語する川島イクエがお伝えしました!

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ステレンボッシュな日々

2015.04.01 06:19|南アフリカ☞EDIT
20歳のときからビールよりも断然ワイン派のイクエです。
というのも炭酸飲料が嫌いだから。
ペットボトルのコーラを1本ひとりで飲み干せるようになったのは旅に出てから。
日本だといろんなジュースの選択肢があるけど海外ではコーラやスプライト、ファンタなんかしかない。

そんなわたしが、南アフリカで行きたかった場所。
それはステレンボッシュ。
ワインの産地でワイナリーめぐりができるところ。

ステレンボッシュ

ケープタウンからは車で1時間ほど。
そのためケープタウンから日帰りツアーが出ていて、旅行者はそのツアーに参加するのが一般的。
といってもひとり七千円くらいかかる。
高いうえに、飲んべえのわたしたちには日帰りというのは短すぎる。
だってハンガリーワインの産地、エゲルの美女の谷にも3日間通いつづけたふたりだもん。

なんとかして自力で安く行けないかなあ。

ホテルのスタッフに相談すると意外な答えが。
「電車で行けるよ。
 しかも運賃も安くて、12ランド(約125円)。」

簡単に自力で行けるやん!

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南アフリカには電車が走っていて便数も多いし運賃も安いし便利。
庶民の足でもある。
だけどガイドブックには電車の情報はほぼ載っていない。
「治安が悪いから」という理由があるらしい。

わたしたちはこのあと何度も電車を利用することになったけど、ケープタウン近辺で電車を利用して治安の悪さを感じたことは一度もない。

ただひとつ言えることは、乗客がほぼ黒人だということ。

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ケープタウンの街を歩いていると、黒人も白人もいる。
ショッピングセンターやレストラン、旅行者が歩くストリートはむしろ白人のほうが多い。
マイカーを運転しているのも白人。
だからケープタウンにいるとこれまでのアフリカとまったく違う国にいるようにも感じる。

でも駅や電車の中は真逆。
黒人やカラード(有色人種)しかいないので、これまでのアフリカに戻ったようで変な安心感さえ感じてしまう。

南アフリカでは「電車は黒人が使う乗り物」ということに暗黙のうちになっているようだ。
たしかに旅行者が乗れば目立ってしまうけれど、「黒人=怖い人」ではない。

電車を乗りこなせばバックパッカーにとって南アフリカはもっと旅行しやすくなると思う。

ゆったりと進む電車。
窓からは一面のブドウ畑が見えてきた。

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ステレンボッシュ周辺は「ワインランド」と呼ばれている。
1000mから1500m級の山々がそびえ、その麓にぶどう畑が広がる。
山脈が大西洋からの風をさえぎっていることで地中海性気候になっていて、ワインの名産地スペインやフランスに気候が似ているんだとか。

ここでワインが造られるようになったのは、今からおよそ350年前。
オランダ人がブドウの苗木を持ち込んだことがきっかけ。
それからはヨーロッパから移り住んで来た植民地の開拓者たちが、ワイン造りを発展させていった。

ステレンボッシュは1679年に作られた街並みで、南アフリカではケープタウンの次に古い街並み。
ケープ・ダッチ方式、ジョージ・ビクトリア方式など古い時代の建物が並んでいて、ヨーロッパの田舎町のような雰囲気が漂っている。

きょう泊まるのは「Stumble inn」というゲストハウス。
かわいらしい建物。

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キッチンもWi-Fiもあって、ドミトリーもケープタウンのゲストハウスより安い。
けれどもっといいのがテントサイト。
ふかふかの芝生の上にテントを張れて、ひとり50ランド(約520円)。
庭にはプラムやブドウが成っている。

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ステレンボッシュには30ほどのワイナリーがあるんだそう。
ワイナリーでは格安で試飲を楽しめる。

ワイナリーはそれぞれ離れているのでツアーやレンタカーでまわるんだけど、たくさんワイナリーがあるんだから電車や徒歩で行けるところを厳選すれば自力で行けるんじゃないか。

ということで地図とにらめっこして、自分たちで行けそうなワイナリーを決めた。

宿にチェックインして、さっそくわたしたちが歩いて向かったのは駅の裏にある「Stellekaya」というワイナリー。

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数あるワイナリーのなかからここを選んだのは、ただ近いからという理由。
ワイナリーツアーをやっているわけでも、併設されたワインショップがあるわけでもない。
こじんまりとしたつくり。
建物は大きくなくて、門が閉ざされていた。
こんなところでテイスティングなんてできるのかな。
不安になりながらベルを押す。
するとスタッフが来て入口を開けてくれた。

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ワイナリーのオーナーやワインを生み出す醸造家はほとんどが白人。
南アフリカでワインづくりが根付いているのは白人社会。
そんななかこのワイナリーにはネルソン・マンデラ氏のスタイリッシュなポートレートが飾られていた。

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そして突然やってきたわたしたちふたりを笑顔で出迎えてくれて、丁寧に対応してくれたのは意外にも黒人女性だった。
テイスティングは5杯くらい飲んで30ランド(約310円)。
この女性がひとつひとつのワインについてとても細かく説明してくれた。

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とても穏やかなしゃべり方をして、知的な感じが漂うこの女性。
単なる従業員だと思っていた。
だけどこの人、とても有名な醸造家だったことを最近知った。
彼女の名前はヌキシ・ビエラ。

白人に独占されているワイン業界で、黒人女性として珍しく醸造責任者となり、彼女が生み出したワインは数々の賞に輝いているらしい。

電気もない田舎の村で育った彼女。
大きくなってからは、大学に行く夢を持ちながらもお金がないので実家を離れて家政婦として働いていた。
そんななか大学の奨学金に応募しつづけ、ついに合格。
ステレンボッシュの大学に入学し、ワイン醸造学を学んだのだそう。

「女性最優秀醸造家」として雑誌や新聞にも取り上げられている人なんだけど、このときそんなことはまったく知らなかった。
たった30ランドしか払わないわたしたちに1時間近く付き合ってくれて、ワインについて優しく説明してくれた。
ついでに写真まで撮ってくれた。

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この後たくさんのワイナリーに行ったんだけど、彼女が造り出したワインがおいしくて最終日にまたここに来てワインを1本購入することに。

ちなみにここのワイナリーで一番高いワインを買ったんだけど、その値段が1本1500円くらい!
1500円くらいで最高級品が買えるなんてすばらしい。
南アフリカのワインの特徴は「安いものでもおいしいこと」らしい。
だから、1500円レベルだとものすごくおいしい!

ワインを飲むのは大好きだけど、まったく知識のないイクエとケンゾー。
ワインを寝かせる樽によっても値段が違って、ここの場合はいい樽はフランスから取り寄せてるんだって。

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つまみもなくテイスティングをしていたので小腹がすいたわたしたち。
近くに有名なチーズ会社の直営店があったので買い出し。

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ワインを飲んだあとは、チーズを食べてその辺の芝生で昼寝をするという堕落的な生活をすることが、ステレンボッシュの楽しみ方。

普通は日帰りでワイナリーめぐりをする。
だけど、わたしたちはステレンボッシュに連泊してテイスティングを満喫することにしたので次の日もワイナリーめぐりへ。
といってもツアーにも参加しないし車にも乗れないので、電車と徒歩で行けるところに。

テントで寝て朝起きて、歩いてステレンボッシュの駅へ。
ステレンボッシュの駅は小さいけれど、趣がある。

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電車に乗っているのは黒人の人たち。
古き良きヨーロッパ風の街並みのステレンボッシュだけれど、近くにタウンシップ(アパルトヘイトの名残の黒人専用居住区)があるらしい。

10分ぐらい列車に乗って小さな駅で降りた。
ぶどう畑に沿って500mほど歩いていくと、白い門が見えた。

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田舎にぽつんとあるワイナリーに歩いてくる人なんてそうそういない。
門番の黒人のおじさんはわたしたちが駅から歩いてくるのをずっと見ていたようで「あんたたち、歩いてきたんだね!」となんだかうれしそうに言った。

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門をくぐってからがまた遠い。
ブドウ畑が両脇に広がっている。
もうすぐワインにありつけると思うと、わくわくするよ。

ブドウをたくさん積んだトラクターが目の前を横切るから、ますますテンションがあがる。
暑いなか歩いてきたんだから、とりあえず冷えた白ワインが飲みたい!

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わたしたちがやってきたのは「SIMONSIG」というワイナリー。
ここにはけっこう多くの客が訪れていた。
外国人ツーリストというより、南アフリカ国内に住む白人のお客さまと言ったほうがいいかも。
車でやってきて優雅に試飲して、好きなワインを数本買って行く人が多い。

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リストを見ながら好きなワインを選ぶ方式で、ここでも試飲6杯くらいできて30ランド(約310円)。
ちなみに自分でカウンターに取りに行くとこの値段で、テーブルまで運んでもらうともうちょっと高くなる。

キンキンに冷えた白ワインって思ってたんだけど、最初にシャンパンを振る舞ってくれた。
わ〜い!

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正確に言えばシャンパンじゃなくてスパークリングワイン。
シャンパンという名称はフランスのシャンパーニュ地方のスパークリングワインにだけ本来は使われる。
でも、ここのSIMONSIGのスパークリングワインはシャンパンに引けをとらないレベルらしい。

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たしかにここのワインは白も赤もどれもおいしかった。
華やかな香りがいい。
ワインのおいしさの半分以上は香りの良さにかかってるんじゃないかと思う。

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このあとも7キロ離れた別のワイナリーまで歩いていった。
そこはワイナリーというよりもスパークリングワイン専門の醸造所なので、あした詳しく話そうかな。

ワインを飲んで炎天下のなか2時間近く歩くのはしんどいけど、ワインが待ってると思うとがんばれるんだよね。

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もちろん次の日もわたしたちは飽きもせずにワイナリーめぐりをした。
言うまでもなく、電車と徒歩で。

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きょうのブログ、酒好きじゃない人にはまったくおもしろくないと思うんだけど、だいじょうぶかな・・・。
ちゃんとついてきてくれてますか?

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「Spier」という大手ワインメーカー。
5杯のテイスティングで35ランド(約365円)。
『地球の歩き方』にも紹介されていたんだけど、ここはハズレだったなあ。
出されるワインは味に深みがないし、スタッフのワインの説明もいいかげん。
「グッドワイン」とか「ヤングワイン」とか、単純な言葉でさらりとしか説明しない。
どんな香りがするかとか、どんな料理に合うかとかしっかり説明してほしいもん。

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でもここには大型観光バスが何台も来てた。

あとで知り合った南アフリカ人にここのワインは好きじゃなかったっていったら「あそこはダメだよ。ハリウッドやマクドナルドみたいなもんだ。」だって。
イマイチどういう意味かわからないけど、商業主義で大量生産ってことなのかも。

文句を言いつつも飲み過ぎたわたしたちは途中の木陰でこうなるわけです。

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昼寝です。

みなさん、だいじょうぶですか?
ちゃんと飲んべえのわたしたちにつきあってくれてますか?

だいじょうぶかなあ、きょうのブログ・・・。

で、このあと2キロ先のブランデーの醸造所にも行って試飲したんだけどそれはまた明日書くとして、そのまままた歩いて4キロくらい離れた別のワイナリーへ。

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若干ヘトヘトになりながら、大きな白い門にやっと到着。
「ようやくワインが飲める」「早く冷えた白ワインかスパークリングを!」ってはやる気持ちのわたしたち。

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でも、ここからが長かった。
松林がずーっと続いている。
ワイナリーって敷地が広いし、贅沢な造りをしている。
車だったら優雅な気持ちになって気分が盛り上がっていいと思うんだけど。

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ここは「NEETHLINGSHOF」というワインメーカー。
けっこう有名なメーカー。

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ここでは「ペアリング」というのを試してみた。
それぞれのワインにぴったりのおつまみがついてくる。
そして、どうしてこのワインとこの食事が合うのかっていうのを丁寧に説明してくれる。

左から白身魚のフライ、春巻きとスパイシーなピクルス、ミートボール、薄切りステーキとパン、チーズケーキ。
チーズケーキといっしょに飲むのはデザートワインで、はちみつのような甘さの白ワイン。

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ワインについて語りながらワインを何杯も試飲するイクエとケンゾー。

「わたしの血はワインでできているのよ」

というセリフをどちらがさりげなく自然にかっこよく発することができるかという、完全に酔っぱらいがするようなことをやりあう。

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あの〜、
だいじょうぶですか。
みなさん、この酔っぱらいのふたりについてきてくれてますか?

わたしたちのステレンボッシュな日々はまだまだ続くのでございます。
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