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ケンゾー   イクエ


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衝撃的なウガンダの病院

2014.12.29 05:53|ウガンダ☞EDIT
年賀状はギリギリにならないと書けないタイプのイクエです。
元旦に着くように前もってできればいいんだけど、けっきょく遅れちゃうんだよね。
追い込まれないとできないタイプ。
といってもこの3年、年賀状は書いていないけどね。

ナースのつかさちゃんのところに1泊させてもらったイクエとケンゾー。
わたしたちにとってここはアフリカの奥地のど田舎にしか思えないんだけど、一応ここはウガンダの地方ではまあまあ大きめの総合病院らしい。

4つの科に分かれている。

・女性科
・男性科
・産婦人科
・小児科

女性科と男性科に分かれているのは、このあたりはイスラム教徒も多いかららしい。
入院施設もあって、それぞれベッドが25床ずつある。
収容患者数100のところに、実際は定員オーバーで150~200人が入院しているんだって。

ウガンダの田舎の総合病院ってどんなところなのか。
想像もつかない。
2年近く活動しているつかさちゃんに案内してもらう。

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もちろん日中は照明なんて使わない。
空調も照明も一定に調整されている日本の病院に比べると、薄暗くて無機質で、放課後の学校のような雰囲気がする。

そしていちばんの違和感。
それは、におい。
汚水のような臭いが病院に漂っていて、不快感を感じずにはいられない。

臭いの原因はトイレ。

なぜかというと、この地域に水はない。
決められた曜日の決められた時間にしか水が出ない。

水不足なのはこの病院も例外ではない。

水のない病院って聞いたことある?
清潔にするべきはずの病院に水がない。
満足に掃除もできないし、トイレも流せない。
患者さんの糞尿が溜まるし、用を足したあとに手も洗えない。
トイレに溜まった糞尿は、朝になって掃除の人が一気に流すらしいけどまたすぐに溜まって臭いが病院に充満する。

清潔にして感染症を防ごう、なんて次元じゃない。

手術室に行ってみた。

白い長靴と白いゴムのエプロンが置いてあった。
手術に挑む医師や看護師のユニフォーム。
なんか魚屋さんみたいだ。

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服だけじゃなくて、全体が魚屋さんみたい。
水の張った大きなタンク。

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手術で使う水が汲み置きされている。

「水もね、汚くて・・・。
 ここで活動してると、絶対自分はここで病気になりたくない。
 こんなところで手術を受けたらダメだって思うんですよ。」
つかさちゃんが言った。

タンクのなかをのぞくと、濁った水で底なんて見えない。
そして、ほこりのようなものが浮いていた。

手術室は殺風景で、床はツルツルでほんとうに魚屋みたい。
日本では手術のときにメスを入れて出血した場合、吸引器でその血を吸い取る。
だけどここには吸引器はない。
だから手術のときは、あたりいったい血の海になるんだって。

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「生々しくて、かなり衝撃的ですよ。」
「ホラーだね。」
「まさに。
 気持ち悪くなるくらい。
 手術後は戦場みたいになっています。」

執刀医も血まみれになるから、ゴムのエプロンと長靴が欠かせない。
手術が終わると血まみれの床をゴシゴシ掃除して、血を流すんだって。

日本の手術室にある機械もあるにはある。
画面に脈拍や血圧、心電図の波が出てきて、ピ、ピ、ピー・・・というやつ。
よく医療ドラマにも出てくるやつ。
でも使われていない。

外国の支援や政府の支給でそんな高度な医療機器があっても、それを使いこなせる医師がいない。
そしてちょっとでも壊れれば、それを直せる人や業者もいなくて放置される。

手術室に白いハンカチのようなものが干されていた。

「これ、なあに?」
「あ、これは・・・。」
つかさちゃんが苦笑した。

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「これはガーゼです。
手術のときに血をふいたり患部を押さえたりするガーゼ。
普通だと使い捨てなんですが、ここでは使い捨てのガーゼを買うお金がないからこうやって洗って使い回してるんですよ。」

手術室の天井もボロボロで、いつ天井が落ちてきてもおかしくない。

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「ゴミの処理もひどいんですよ。
ゴミは病院の敷地内のすぐそこで焼いて埋めてるんですが、使用済みの針なんかもいっしょに捨ててる。
遊んでいる子どもが触ったりしたら大変。
感染症患者さんのコットンやガーゼもいっしょに捨ててたから、こうやってせめて分別するようにしたんです。」


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Sから始まる「整理、整頓、清掃、清潔、躾」の5S。
病院には「5S隊員」のつかさちゃんが、物を片付ける場所や分別の仕方を記したラベルやサインを作り、いろんなところに貼っている。

5Sを普及させ、院内で徹底させることがつかさちゃんの任務ではあるけれど、それだけで収まらないときもある。

廊下を歩いていると女性の悲鳴のようなものが聞こえた。
車いすに座っていた女性が床に倒れ込み、辛そうに泣いている。
いったい、どうしたんだろう!?

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医者や看護師が駆け寄るべきなんだけど、だれも助けようとしない。
誰か呼んで来たほうがいいのかな。
呼んだところで飛んで来てくれるだろうか。

つかさちゃんによると、この病院の職員補充率は60パーセント。
スタッフ不足に悩まされている。
医師や看護師は、田舎の公立病院よりも設備の整った私立病院で働きたがる。

倒れている女性につかさちゃんが駆け寄り、自分の手に手袋をはめた。
倒れた女性に声を掛けたり、物を取りに走ったり、つかさちゃんだけが慌ただしくしている。
パーテーションを広げて目隠しをした。

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しばらくしてつかさちゃんが戻ってきた。

「赤ちゃんが生まれてた。
 でも、こんなに小さかった。」

つかさちゃんが両手を前にして丸めた。

「もう、赤ちゃんは息をしてなかった。
 こんなことはここでは珍しいことではないんです。」


死産だった。

日本だと赤ちゃんがお腹にいるときから、赤ちゃんがどんな状況なのか調べてわかるし、それにあわせて適切な処置をする。
準備万全で出産し、早産でも病院の保育器でその子の命を取り留める。
そんな高度なことはここではされない。

ちなみにこの病院は公立で、赤ちゃんを病院で産むのにお金はかからない。
でも離れた自宅から病院に来るまでの交通費がなくて、病院で出産しないお母さんも多いんだって。

車でこの病院にやってくる人なんてほとんどいない。
ちなみに人が亡くなったときも、家族が遺体をバイクの荷台に載せて運び出すのだそう。

産婦人科医療は日本のようには整っていないけど、ちょうどこの日、妊産婦講習会をやっていた。

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妊婦にとって大切なこと、注意すること、子育ての基本について女性が耳を傾けている。
女性だけじゃなく、まもなく父になるであろうだんなさんも何人か参加していた。
微笑ましい光景。

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参加した人には、妊婦に必要なサプリメントが無料で配られる。

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病院を歩いていると、「←GRADE A」「GRADE B→」という看板が目についた。
AとBによって待合室も違えば、診療室も薬を受け取る場所も違う。

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実は「GRADE A」は有料で「GRADE B」は診療費も薬代も無料。
医者の質や処置も「GRADE A」のほうがいいらしい。
日本の正看護師と准看護師のように、ウガンダでは医師も分かれていて無料の「GRADE B」だと准医師が診る。

金を払えるかどうかで受けられる医療に差がある。

A、Bにかかわらず、病院ではHIVの薬は無料。
ウガンダではHIVの予防に力を入れていて、どんな病気の患者さんでも初診のときにはHIV検査を必ず受けなければならないようになっている。
たとえば風邪で受診しても、HIVの検査を受ける。

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コンドームの普及活動などにも力を入れている。
そのかいあって、この県ではかつてはHIV感染率が15パーセントだったけどいまは7パーセントくらいになってるのだそう。

日本では「HIV」「エイズ」というと珍しくて感染者はカミングアウトしにくい状況にあるけれど、この国では珍しいことではない。

HIV感染者の待ち合い場所は、外のこんな開放的な目立つところにあってビックリした。

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つづいて、入院病棟を案内してもらう。
女性科、男性科、産婦人科、小児科の4つの科に25床ずつあるんだけれど、25床がすべて同じ部屋にある。
隙間なくベッドが並んでいてプライベートもなにもない。

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しかも結核患者も同じ部屋にいる。
せめて結核が蔓延しないようにと、できるだけ結核患者ははじのほうのベッドに寝かせ、窓は常に開けたままにして換気をよくしている。
でも同じ部屋にマラリア患者もいるわけで、治療に来ているのに蚊は入り放題なのでまた蚊に刺されてマラリアになるということもありえる。

窓が開いているので、砂埃が室内に入り、ベッドもざらついている。
さらに鳥が入り放題。
糞も、し放題。

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鳥の巣までできている。

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でも、こんなことで驚いてはいけない。
これは患者さんが寝ている部屋ではないんだけど、病院の建物の一画の天井を見上げるとへんなものが何十もぶらさがっていた。

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黒くて丸いもの。
「キー、キー、キー」と甲高い声で鳴くもの。
暗闇で光る目。

この影は・・・。

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コウモリ!!

西アフリカで大流行りのエボラ出血熱もコウモリが媒介じゃなかったっけ?
これは大丈夫なの!?

改善すべきところが多すぎて、とてもつかさちゃんひとりの手に負えない。

つかさちゃんがベッドがぎゅうぎゅう詰めの病室に、数字の書かれた手作りの札をもって向かった。

日本の病院ではどの患者さんのベッドなのかわかるようになっているけど、ここでは誰がどのベッドか表記がないのでわからない。
せめて数字を書いた札をベッドの上につるして、わかるようにしていく。

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わたしたちもちょっとだけお手伝い。
ちょっと動いただけで上からほこりがふってきて、喉が痛くなる。

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そんななか、ちょうど昼食の時間なのか病院食の配膳のワゴンが入ってきた。
付き添いの家族たちが、自分で用意している食器をもってワゴンに集まる。

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無料で支給されている病院食はどんなものなのか。
そっとそばに寄ってのぞいて見ると・・・。

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ただのお茶!
病院で出されるごはんは一日に一回きり。
おかゆかお茶。

あとは付き添いの家族が敷地内にある調理スペースで勝手に作るしかない。
調理スペースと言っても「キッチン」ではなくて、屋外のキャンプ場のようなところで薪を燃やして。

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でも、ごはんを作ってくれる家族がいなければどうなるんだろう。
身寄りのない人だったら、食べるものを準備してくれる人がいない。

病院には小さな食堂がある。
屋台のような、壁のない簡素な食堂。

スープと主食のセット。

ウガンダではどのレストランに行っても同じメニュー。
一応メニューはあるけれど、スープの中身を牛肉にするか、ヤギ肉にするか、チキンにするか、野菜にするか。

主食はウガリというトウモロコシなどを粉にして練ったものやマトケと呼ばれる食用バナナ、キャッサバやスイートポテトなどのイモ類や米などの盛り合わせ。
正直言って飽きる。

でもウガンダ人はこの主食盛り合わせが大好きで、どこの国の食事よりもいちばんだと思っている。

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というか、ウガンダ人はこれ以外のメニューをほとんど知らない。

だから「日本にはキャッサバや食用バナナ、ウガリがない」とウガンダ人に言うと、ウガンダ人はこの主食盛り合わせのお皿にキャッサバや食用バナナ、ウガリがのってないものを思い浮かべて「なんて日本の食文化は貧しいの!レパートリーがほとんどないじゃない。日本人はなんてかわいそうなの!!」と同情するらしい。

つかさちゃんが和食を作ってウガンダ人にふるまうこともあるんだけど、ウガンダ人は「おいしいけど、食べた気がしない」って言うんだって。

とにかくお腹にたまるもの、味付けなんてなくても重たいものがいいみたい。
主食のオンパレードでがっつり食べてる気分を味わわないと物足りないんだろうね。

わたしたちはウガンダで外食をすれば必ず主食の盛り合わせとスープなので飽き飽きしているけれど、ウガンダで活動する隊員たちは毎日これを食べている。

そして選択の余地もなく毎日こればかり食べているからか、なぜか最初は嫌いだったのに途中から好きになっていくという不思議な現象が隊員には起きている。

主食盛り合わせを前に、つかさちゃんがキラキラした目で言った。

「この皿には人間の本能が欲する味が凝縮されてると思うんです!」

言葉に詰まって、ケンゾーと顔を見合わせた。
いや、全然そうは思わないけど・・・。
食べててため息しかでないよ・・・。

つかさちゃんだけではなく、この通称「ウガめし」(ウガンダごはん)の素晴らしさを熱く語る隊員にわたしたちはこの後も会うことになる。

恐るべし、ウガめし。

ウガめしパワーで、つかさちゃんも過酷な状況を乗り越えてるんだね。

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いろんな意味で衝撃を受けたつかさちゃんの病院。
日本の病院と比べると雲泥の差。

この差を縮めていくことは並大抵のことではなく、とても長い道のり。
出口のないトンネルのようだけど、あきらめるわけにはいかない。

地道に活動をしているつかさちゃん。
わたしたちは、一筋の強い光を見たような気がした。

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アフリカで活動する日本のナースの強さ

2014.12.28 06:29|ウガンダ☞EDIT
「メリークリスマス!」と挨拶しようとしたらブログが更新できずにすっかりクリスマスが終わってしまってさびしいイクエです。
泊まるところが探せなくて民家の庭にテントをはらせてもらってたので、インターネットが使えませんでした。
そういえば、こっちのサンタクロースのイラストではサンタさんも黒人!
肌の色が黒いのに赤い帽子を被って白いふさふさのヒゲを生やしているので違和感があるんだけど、もしかしたら日本のサンタクロースのイラストも本場のものより、肌が黄色っぽいかもしれませんね。

シングルマザーの息子として育ち、アフリカではシングルマザーを支援し、そして帰国したらシングルマザーを雇えるケアハウスをつくりたいという志の強い「ふたむー」の家でお世話になったイクエとケンゾー。

次に向かうのはウガンダで活動するナース、つかさちゃんの家。
つかさちゃんがいるのはゴンベという街。

ゴンベ

ここから乗合いタクシーもない、奥地にあるらしい。
公共の交通手段がないから、バイクタクシーに乗るしかない。
なんて不便なところなんだろう。

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バイクで1時間半くらいかかるような場所。
運転手のうしろに、ケンゾー、そしてイクエ。
3人乗りで未舗装のでこぼこ道をひた走る。

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いちばん後ろに座っている私は、お尻が荷台からはみ出ている。
振り落とされそうでヒヤヒヤ。
バイクの荷台のパイプをしっかりと握りしめ、足に力を入れる。
ちょっとでも体勢を崩すと落っことされそうなので、体を動かせない。
だから手も足もしびれてくる。
それなのに・・・。
運転手とわたしに挟まれたケンゾーは、寝ている!
コクリコクリと頭を揺らし、ときどきふわっとのけぞる。
突然ケンゾーの重みを受けるわたしは後ろに倒れそうになる。
こっちの苦労なんてまるでわかってない。

世の中の妻は、夫に殺意を感じるときがあると思うんですが、それすごくわかりますよ。

「どうか、おねがい。無事故で早く着いて~!!」と目をつぶり、祈る。
いまのこの自分の怖い状況を考えないようにしようと、意識を朦朧とさせてみる。

それなのになかなかバイクは到着してくれない。
どんどん奥地に入っていく。
ほんとうに道、あってる?
あってたとしたら、つかさちゃん、とんでもないところに住んでるよ。

ようやく集落のようなところに出て、バイクはとまった。

どうやらここがつかさちゃんが活動している病院らしい。

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つかさちゃんとご対面。
白衣を着た協力隊員。
色が白く、細くて、148センチのわたしよりも背が低い華奢な女性。
でもきっとこの体に、こんなアフリカの奥地で活動していけるだけのパワーがひめられている。

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看護師で協力隊に参加している人は多い。
みんな看護師としての知識も経験もある人たちだけど、いまは日本からのボランティアという身。
ボランティアが責任の伴う医療行為をするのはなにかあったときにトラブルになりかねない。
ということで、協力隊で派遣されている看護師たちのほとんどは実際の医療行為に従事するのではなく、よりよい医療サービスを提供できるようにアドバイスをしたり、運営の改善に取り組んだりすることが主な活動。

そして、つかさちゃんたちのような隊員のことを「5S(ごえす)隊員」と言う。
5Sとは、Sから始まる5つのキーワードのこと。

・整理
・整頓
・清掃
・清潔
・躾


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この5つの実行を啓発し実現させて、医療の質を高めることがつかさちゃんの任務。
日本では小さいころから、保育園や学校、家庭で「整理整頓しなさい」とか「部屋をきれいに」とか「ちゃんと手を洗おう」とか「きれいなものと汚いものを分けよう」とかしつけられている。
だからわたしたち日本人にとっては5Sというのはあたり前のこととして身についているけれど、これがあたり前じゃない国はけっこう多い。

日本の医療が高度なのも、カメラなどの精密機械や自動車産業が発展しているのも、日本人があたり前のように現場で5Sを徹底させていることが大きな理由かもしれない。

たとえば工場でも、道具や部品がぐっちゃぐちゃ、どこに何があるか分からない、ちょっと錆びててもほこりがついていても気にしない、ひつとぐらい部品が欠けてもいいや、といういいかげんなことで物を作っていたら質の高いものを効率よく製造することはできない。

トヨタではこんな基本的なことを見直して現場で徹底させることを「改善」と言っていて、海外でも「KAIZEN」という言葉が知られている。
ちょっと前にアフリカで日本の「もったいない精神」の重要性を訴える女性がいて「MOTTAINAI」って流行っていたのを思い出す。

つかさちゃんの病院の保管庫。

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医療用手袋やテープ、消毒液などがラベルとともにきちんと整理整頓されて保管されている。

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これが以前はぐちゃぐちゃで、段ボールにそのまま入っていたり、どの部屋に何があるのかさえもわからず、在庫がどのくらいか、不足しているものはなにかも把握できない状況だった。
そんなことでは素早い適切な処置なんてできない。

物を並べることで在庫状況がわかる。
整理整頓することで素早く必要なものが取り出せる。
見つけだせないからといって面倒くさくなって使わなかったり別のもので代用するなんてことがなくなる。

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つかさちゃんが赴任したばかりのときは、カルテ保管庫もひどい状態だったそう。
そのときの写真を見せてもらったけれど、大量の紙の束が棚にも床にも雪崩のように重なり散らばっていた。
まるでゴミ捨て場のようだった。
名前や診療年月でラベリングして分けるとか、すぐに取り出せるようにしようとかそう言う発想はない。
カルテ保管庫なんてあってないようなもの。
落ちていたカルテを見たら1950年代のカルテだったんだそう。
いまではカルテ保管庫もつかさんちゃんの指導できれいに整理されている。

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つかさちゃんが暮らしているのは病院から歩いて5分の職員住宅。
病院があるとは言え、ど田舎なので職員住宅以外、目立った建物はない。
長屋の建物が数棟並んでいて、ここに医師や看護師、関係者などが家族で生活している。

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6畳くらいの居間と4畳半くらいの寝室、そして小さな台所。
トイレは外で、シャワー室はない。
つかさちゃんは、塀で囲まれた小さな庭のようなところで桶で水をすくって体を洗っている。

何かと不便な家だけど、つかさちゃんはとても工夫して上手に暮らしている。
日本の団地みたいで落ちつく。

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なんとこの集落には水がない。
つかさちゃんの住むこの家にも、働いている病院にも水道はあるのに蛇口から水が出ない。
10年以上出ないらしい。

イギリスの植民地だったウガンダ。
この集落もイギリスが水道を造ったらしいんだけど、すでに水道管が壊れ、古すぎて直せるレベルじゃないらしい。
集落に数か所、水が出る水道が外にあるんだけど、常に水が出る訳ではない。
週に2回、数時間だけ。
だからそのときにタンクに入れて、その水でやりくりしないといけない生活をつかさちゃんは2年近く送っている。

雨が降るとつかさちゃんは、ボールやバケツをいくつも外に出して水を貯める。
日本人がひとりしかいない場所で、日本とはまったく違う異文化の人たちと活動するだけでも大変なのに。
日常の暮らしをしていくってことはとても難しく、隊員たちはよくやってるなあって感心する。

そういえばケイティも悪徳管理人から電気代を20倍水増し請求されて悩んでいたけど、つかさちゃんにも似たような被害が・・・。
つかさちゃんのところは水が出ないばかりか、よく停電している。
停電はしょうがないことなので暗いなか耐えていたらしいんだけど、気づいたら自分の家だけしょっちゅう停電している。
ん? これはおかしい!
住宅を管理する人に調べてもらったら驚きの事実が発覚。
隣の人が配線を付け替えて盗電してたんだって!!
隣の家は両親とも病院で働く同僚で、子どもも数人いて笑顔であいさつしていた関係だったのに・・・。

そんなことをされていたのに、今でもちゃんと挨拶してご近所付き合いしているつかさちゃんは偉い!

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泊まらせてもらうかわりにわたしたちが夕食をつくるつもりだったけど、つかさちゃんが料理をふるまってくれることに。
歩いて3分ほどの小さなマーケットに買い出しに出かける。

こんな場所にもガソリンスタンド発見。
量や料金を示すメーターはあるけど自動じゃない。
ハンドルをぐるぐる手でまわすとメーターが上がり、お客さんに指定された量になればまわすのをストップさせる。

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この村にスーパーなんてものはない。
その日、手に入るもので作る。
限られた材料で何をつくってくれるのかなあ♡

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こんな干物みたいなものも売っている。

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もちろんお店の人たちとは顔なじみ。
つかさちゃんは人気者でお店のおばちゃんたちから声をかけられる。
かわいい娘のようにからかわれて、笑顔でやり返して、みんなで爆笑。
つかさちゃんがここで暮らす人たちといい関係をつくっているのがわかる。

「写真撮りなさい!」と言うわりには、いざカメラを向けると固まってしまうおばちゃん。
そしてそれを見て大笑いするまわりのおばちゃんたち。

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手に入れたものでつかさちゃんは何を作ってくれるのか。

「きょうのメニューは酢豚です。」

「酢豚!?
それわたしが中華料理でいちばん好きなメニューだよ!
酢豚なんて食べるのいつぶりかな。」


「豚肉が売ってなかったから、大豆をつぶして丸めたものを買っているのでそれをお肉代わりにします。」

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手際よく料理をこなすつかさちゃん。
看護師って忙しいし、夜勤もあって食生活は乱れていて、家事が不得意な人も多いのでは?なんて勝手なイメージをもっていたけれど、そんなこと全然ない。
仕事もできて、掃除も料理も上手なつかさちゃん。

できあがった酢豚は、本物の味!!

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アフリカで作るから「なんちゃって酢豚」かな、って思ってたけどとんでもない。
アフリカの水も出ないようなこんな奥地で、こんな本格酢豚を味わえるなんて想像もしていなかった。
幸せだよ!
ありがとう!!
お嫁さんにしたいよ!!!

そんなつかさちゃんだけど、わたしの前職が報道記者だったことを知ると「看護師の次になりたかったのは記者だった」と言った。
看護師の人で記者になりたいなんて言う人と会ったことがない。
いろんなところに興味が向いて好奇心が旺盛だからこそ、こんなアフリカで活動することを選んだのかもしれない。

東京の総合病院のICU室で働いていたつかさちゃん。
まもなくアフリカでの活動を終えて帰国を迎える。
帰国したら大学院で公衆衛生について学び直し、またアフリカで活動することを夢にしている。

つかさちゃんの小さな部屋には勉強机が置かれていて、空いた時間には大学院に入学するための勉強をしている。

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机の前にはつかさちゃんの夢が力強い文字で書かれていた。
「ナースの卵達と途上国を結ぶ架け橋になる! 40歳~50歳」

わたしよりも若いつかさちゃんが、10年も20年も先のことを見越して夢をもち、がんばって人生を歩んでいっている。
頼もしくて、力強い。
そして、ほんとうに素敵だ。
心からエールを送りたい。

次回はそんなつかさちゃんが活動している病院をじっくりご紹介します。
アフリカの病院ってすごい!!
悪い意味ですごい!!
そんな驚がくの病院で活動するつかさちゃんは、ほんとうにすごいよ!!!
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シングルマザーとモノづくり

2014.12.25 09:40|ウガンダ☞EDIT
とうとうパンツが1枚になってしまったケンゾーです。
外に干してた貴重なパンツ2枚を忘れてしまうという大失態をやらかしてしまった。
1枚じゃどうもこうもならないので水着のアンダーウェアを代用中。
はやく新しいのを買わないとムレムレになっちゃうよ。

水の防衛隊として日々奮闘しているケイティと別れてミティアナという街に移動することに。
ここでももちろん協力隊員と会うことになっている。
ケイティ、おいしいカレーありがとう。
残りの1年間、体調に気をつけてウガンダライフを楽しんでね。
1日も早く引っ越せることを願ってるよ。
(つい最近、新しく代わった警備員もいなくなったらしい。しっかりしてウガンダ人!)

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ミティアナはケイティのいるムベンデから首都のカンパラ方面に80kmほど戻ったところにある町。
次に会うのはケイティと同じ水の防衛隊で1年先輩の男性隊員ということだけど、どんな人なんだろうね。

ミティアナ

乗合いワゴンに乗ってミティアナへ移動。
ウガンダのワゴンはルーフにキャリアが付いていないので、荷物が多い旅人にとっては移動が大変。
荷物が大きくて申し訳ないなあと思ったりもするけれど、ケンゾーとイクエの2、3倍ありそうな大柄なおばちゃん達も多いので誰も気にしてないはず。
ムベンデからミティアナまでは1人6000シリング(約250円)。

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1時間ちょっとでミティアナに到着。
ここでお世話になる「ふたむー」もバイクに乗って登場。
公共の交通機関が発達していない田舎を駆け回るコミュニティ開発担当員はバイクを支給されることが多いんだって。

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ふたむーが住んでいるところは町の中心からちょっと離れている。
家の近所はバナナなどの木が生い茂り、なんとなく東南アジアのような雰囲気。

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子どもたちはちょっとシャイでかわいらしい。
みんな同じ顔に見えるのは気のせい?

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これがふたむーの家、大きくてびっくり!
ケイティの部屋が6個くらい入るんじゃない?
場所や現地の所属先によって住環境はぜんぜん違うみたい。

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ふたむーもケイティと同じ水の防衛隊。
ケイティと同じく地元の県庁に配属されている。
赴任した当初は地元の同僚6人と1つの家に同居していたんだそう。

ルームシェアなんていうオシャレなものなんかじゃなく、それぞれの部屋はパーティションのようなもので仕切られてるだけで天井は筒抜け状態。
プライベートな空間もあまり無いし、朝まで一晩中大音量で音楽を流す人もいて満足に寝ることもできない。
とても活動どころじゃないので自分で家を見つけて引っ越したんだって。

見た目どおり中も広い!
ていうか、家の中に誰かいる。
机の上で何かしてるけど、誰?!

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じつはふたむーは元々水の防衛隊なんだけど、水関係の活動は今はもうしていない。
赴任当初はケイティのように井戸を掘ったり、管理させたりしてきれいな水を普及する活動をしていたふたむー。
けれど活動するにつれ自分の中である疑問がふつふつと湧いてきたんだそう。
「はたして井戸を造ることが地元の人、ウガンダ人の為になるのだろうか?」

はるか昔から水道はないけれど人々は生きてきた。
長い時間かけて川などに水を汲みにいく不便さはあるけれど今まであたり前のようにそうしてきたし、無いなら無いでこれからもそうしていくだろう。
不便だ、可哀想だと外国人が一方的に井戸を掘ることがほんとうに地元の人々の為になるのだろうか?
貧しいからと何でもかんでも与えることが長い目で見て地元の人の幸せになるのか?

支援をするってことは本当に難しいことだと思う。
いち早く発展を遂げた国がまだ途上にある国を援助することはとてもいいことだし、すべきだと思う。
でも一方的になってしまうとただのエゴになってしまう恐れも。

海外のサポートは必要だけれど、根本的にはそれぞれの国が自立しないといけないし・・・。
でも水に関して言えば、どこに住んでいようと誰であろうときれいな水を飲む権利はすべての人が持っていると思うし・・・。

考え方は人それぞれだし、明確な答えは無いと思う。
悩み、考え、所属先と協議した結果、ふたむーが今何をしているかというと・・・。
シングルマザーの支援。

シングルマザーを雇い革製品を作るというモノづくりにチャレンジしている。
雇っているのは19歳のナジュマ。
まだ赤ちゃんの男の子を育てているシングルマザー。

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19歳のナジュマは未婚の母。
育児のために中学校を退学せざるを得なくなった女の子。

じつはふたむー自身も幼いころに父を亡くし母子家庭に育った経験を持つ。
水の防衛隊として派遣されたけれど、ウガンダでも母子家庭を支援したいという思いを持ちつづけていた。
ウガンダでは革製品がメジャーではないことを知って、「ウガンダ産の革を使って高品質な革製品をシングルマザーと作ろう」と決心したんだそう。

作ろう!と路線変更したはいいけれど、ふたむー自身革製品どころかモノづくり自体未経験。
まずは革製品のイロハからすべて独学で学ぶことからプロジェクトははじまった。

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ふたむーも素人ならナジュマもど素人。
革製品うんぬんの前に、まずはカッターの使い方から教えないといけなかったんだって。
はじめて切った六角形はガタガタではなしにならないものだった。
まさになにもかもゼロからのスタート。

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はじめた頃はひとり息子のラマザーニくんを抱えてふたむーの自宅兼工房に毎日出勤してきていたナジュマ。
ナジュマが仕事に専念できるように、ふたむーが赤ちゃんだったラマザーニくんの面倒を見ていたんだそう。
ウガンダでまさかの「赤ちゃんの寝かしつけ」という得意技を身に付けたふたむー。

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二人三脚ではじめたモノづくりも1年が経過(2014年10月現在)。
さいしょはど素人だったナジュマもメキメキと上達。
モチベーションも高くて、昼間は実家の姉にラマザーニくんの面倒を見てもらって仕事に専念するように。
カッターの使い方さえ知らなかったナジュマだけど、今ではコースターを1日に10個以上作れるようになった。

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キーホルダー、マウスパッド、鍋敷き、小物入れと商品のバリエーションもなかなか豊富。

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裏地にはキテンゲと呼ばれている地元の布を使用。
アフリカらしさを演出。

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ブランド名は『 Sanyu 』。
サニュとはウガンダの言葉で「Happy(しあわせ)」を意味している。
「作る人も、買う人もHappyになる商品であってほしい」という願いが込められている。

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毎日毎日朝から夕方までふたりでひたすら制作に没頭する日々。
ふたむーが初めて自分で作ったキーホルダーは、「およそキーホルダーとは呼べないシロモノ」で途方に暮れていたんだそう。
それから1年ちょっと。
「とにかく一つのことをやり続けたらどんな景色が見えるのかな」と手探りで努力した結果、今では日本で10店舗以上の店で商品を取り扱ってもらえるまでになった。

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日本から遠く離れた異国の地でモノづくりに励んでいるふたむーだけど、食事を作るのはまったくダメ。
一応キッチンもあるにはあるけれど、生活感はゼロ。

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ほぼ毎日自宅にいるのに料理の形跡がぜんぜんない。
いったい何を食べてるのか聞いたら驚くべき答えが。
ふたむーは名古屋出身なんだけど、昼は毎日茹でたパスタに日本から送ってもらった赤味噌を絡めただけの具なし味噌パスタ。
夜はりんごのみ。
どんな食生活だよ。

あまりにも貧相な食生活なのでごはんを作ってあげることに。
まあ、偉そうに言ってるけど、結局味噌を使った野菜の味噌炒めだけどね。

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「おおー、うちのキッチンで料理する日が来るとは!!」
単純な料理にテンションが上がるふたむー。
クラフトも大事だけど、もうちょっと料理がんばろうよ。

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「キーホルダー作ってみます?」とふたむーから嬉しいお誘い。
革製品を作ったことなんてもちろんないケンゾーが初挑戦。
と言っても一から作る訳じゃない。
型はすでにあるので大丈夫。

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チョイスしたのはゾウ。
さらに好みの裏地を選ぶ。

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作業は・・・例えると刺繍のような感じかな。
刺繍も小学校のときの家庭科でやったくらいだからあまりよく分からないけど、特別に難しいスキルを要求される訳ではない。

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でも、とにかく根気がいる作業。
ミシンなどの機械を使わずすべて手作業でやることにこだわりを持っているので時間と労力がかかる。

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作りはじめて2時間、ゾウのキーホルダーのできあがり。
この旅でほとんど土産物を買ってこなかったケンゾーとイクエ。
オリジナリティのあるいいお土産ができたよ。

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1人でも多くのウガンダ人を支援したいとウガンダにやって来たふたむー。
現在行なっている活動で助けることができるのはナジュマとその家族のみ。
本来の協力隊の趣旨とはすこし違うかもしれない。
でも、たった1人かもしれないけど、たった一つの家族だけかもしれないけど、生きる術を手に入れる手助けをできたら、一個人ができる支援としては充分なんじゃないかな。
ナジュマがふたむーと出会えてしあわせになったことは間違いないよ。
だってこの笑顔だもん。

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ふたむーのウガンダでの活動はほぼ終了。
年が明けてすぐに日本に帰国することになっている。

ふたむーが立ち上げた革製品のプロジェクトも終了。
ナジュマの今後が気がかりだったけれど、ふたむーと築き上げたスキルを活かせる再就職先が決まったそう。

ウガンダという未知の国で独り悩み葛藤し、自分なりの答えを見つけたふたむー。
日本に帰国後は、シングルマザーが働けるケアセンターを立ち上げるという自分の夢に向かってまた奮闘する日々が待っている。
おつかれさま、そしてがんばれ、ふたむー!
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突撃!「水の防衛隊」

2014.12.24 06:07|ウガンダ☞EDIT
右股の外側、幅5センチ長さ20センチの範囲を、得体の知れない生物に42か所刺されたイクエです。
ふくれかたは蚊の症状みたいだしかゆみもあるんだけど、短時間でこれほどたくさん刺されているから蚊じゃないと思うんだよね。
お酒を飲んだりお風呂に入ったり夜中になると、ふくれも痒みも増す。
ケンゾーはなにもないんだよ、エチオピアの南京虫もそうだったけど。
ほんとうにわたしは虫に好まれる体質だと実感。
南米のアマゾンとか行ったらどうなるんだろ!?

青年海外協力隊でウガンダに派遣中のケイティの家にホームステイしているイクエとケンゾー。
きょうはケイティの活動を見せてもらうことにした。

ケイティは「水の防衛隊」
水の防衛隊とは、水道もなく水の確保が難しい集落に清潔な水を普及させるために活動する隊員のこと。
JICAでは略して「みずぼう」と呼んでいる。

アフリカでは「みずぼう」の隊員がたくさん活動している。

生きていくうえで欠かせない水。
その水を手に入れることさえ難しい場所ってどんなところだろう。

マイバイクで集落を目指すケイティ。
ケイティの同僚の現地人男性のバイクに乗せてもらって追いかける。

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ケイティは美人でメイクも上手だし、東京の商社で営業職としてバリバリ働いていたキャリアウーマン。
そんなケイティがヘルメットをかぶってバイクにまたがり、アフリカの田舎を颯爽と走るというのはちょっと違和感があっておもしろい。
もちろん日本ではバイクになんて乗っていなかった。
アフリカに来て最初のころは何度も転んでいたんだって。

まだまだ車が普及していないウガンダ。
一家に一台バイクがあればいいほうで、そのバイクは日本の車のように家族で乗る。

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きょうは日曜日。

ウガンダはキリスト教徒の人が多い。
日曜日には、みんなきれいな格好をして教会に向かう。

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集落にはなかなか着かない。
ケイティ、いったいどこまで行くの?

ケイティの活動範囲はかなり広い。
バイクに乗って2時間。
ようやくケイティが止まった。

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井戸にはたくさんの人が並んでいる。
並んで、汲んで、運んで。
水を得るってだけでかなりの労働。
日本みたいに蛇口をひねればいつでも水が使えるっていうのは、この人たちからしたら奇蹟。

誰にだって生きるために必要な清潔な水を手に入れる権利はある。
たまたま日本に生まれたわたしたちは幸運にもそれができているので、それが果たせない人を手助けするのは人間として当然のことなのかもしれない。

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水汲みに来ていた子どもたちは、手話で会話していた。
そういえば、さっき「ろうあ学校」の看板があった。
学校で寮生活をしてるらしい。
最初はわたしたちを見て恥ずかしがっていたけど、慣れてきたらやんちゃな顔でおどけたポーズ。

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ここがきょうの目的地と思っていたら、違った。
目的の集落はさらに奥地。

ケイティ、わたしたちどこまで行けばいいの〜?
道も舗装されていないし、お尻の痛さが限界だよー。

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こんなところで暮らしている人はいるの?って思うようなところだけど、ちゃんとこんな場所にも家がある。
もちろん、水道もなければ電気もない。

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女の子たちが木製の杵と碓で何かをつぶしていた。
乾燥させたイモか麦系のものを粉末にして、こねて焼いたり煮たりして食べるみたい。

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こんな辺境の場所だけど食べ物はたくさん育つみたいで、あまり手をかけなくても勝手に大きくなるらしい。
だからウガンダは貧しい国ではあるけれど、何かしら食べるものはあって餓死というのはほとんどないんだって。
わたしたちがもつアフリカの貧しい国のイメージは、栄養失調でお腹だけふくれたガリガリの子どもに蠅が群がっている光景だけど、実際そういう子どもはほぼいない。

水まきをしなくても、それなりに育つみたい。

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バナナやコーヒー豆も。
育った食物を売ることもあるけれど、街まで遠いし自分たちで市場に売りに行く交通手段もない。
だからこういう辺境の集落の人はどうしているかというと、業者の人が家をまわって買い付けにくるんだって。

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庭では丸々と太ったブタがブヒブヒ鳴いている。
ブタは貴重な食料。

黒豚で耳は食パンのように大きくて、きっとおいしいんだろうね。

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庭にはジャックフルーツも。
甘い香り、柔らかすぎない食感。
ケンゾーはイマイチのようだけど、わたしはけっこう好き。

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犬も・・・好きみたい。

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こんなフルーツをムシャムシャ食べる犬なんて、日本にはなかなかいないね。

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ここには水がないから洗濯は大変だと思う。
アフリカでは茶色い水たまりで洗濯をしている人の姿をよく見る。
ここに干されていた洗濯物も茶色い土がついていたから、きっと近くの水場でやっている。
日本では、飲み水としても通用する無臭無色透明の水を何十リットルも使って洗濯機をまわす。
とても贅沢なこと。

きょう見にいく予定の井戸へ住民の人に案内してもらう。
さらに奥へと進んでいく。

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ケイティもここに来るのは初めて。
どうしてここに来たかというと、ここの井戸の管理システムがうまくいっていて周辺の村のお手本になるから。
政府や海外の援助で水脈を探して井戸を掘って作ったとしても、その後の住民の管理がうまくいかなければすぐに壊れて使えなくなる。
壊れても直すお金がなくて、結局そのまま。

実際そんなところは多いのだそう。
ここの井戸は80万円くらいで政府がつくったらしい。

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この集落ではきちんと井戸管理員を決めている。
井戸利用料として一世帯から月に1000シリング(約40円)を徴収している。
いまは50万シリング(約21000円)貯まっていて、さらには貯まったお金を10パーセントの利息で貸し付けることもしている。
井戸が壊れても貯蓄しているお金で修復することができる。

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住民の井戸管理員が交代で毎日掃除もしている。
ケイティが言うには、井戸まわりが汚くて枯れ葉やゴミがたまっているところも多い。
水はけも悪くて、そんな場所には蚊が発生してマラリアの拡大にもつながってしまう。

ここは井戸管理がうまくいっているモデルケース。
ケイティは今度、周辺の村の代表者をここに見学に来させることを計画している。

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井戸のハンドルを挟むようにふたつの丸太が渡してある。
こうすることによって、ハンドルの可動域を制限している。
これもいい井戸の特徴。
ハンドルが上下に動きすぎると、子どもたちがそこに乗って遊んだり大人が力任せにハンドルを動かして故障の原因になるらしい。

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慣れた手つきで水汲みをする子どもたち。
水を入れるタンクが汚くて洗ってないから、タンクを清潔にすることを今度教えてあげたいなあとケイティが言っていた。

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大きな自転車で水を運ぶ子どもたち。
かなりの重さがあるはずだけど、毎日こうやって運んでいる。
どこまで行くのかなあ。

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乗るのかと思ったら・・・。
こうやって押して行くんだね。
さすがにこの重さでこのでこぼこ道を乗るのは無理。
がんばって!

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協力隊員はどんな分野の活動をするかはあらかじめ決まっているけど、具体的に何をするのか、毎日どんな活動をするのかはその人任せのところが多い。
水の防衛隊のケイティは、現地の人に必要としていることや問題点を聞いたり、自分で見て回って何をするべきかを探り、考えながら行動している。

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帰っているとき、わたしたちが乗っているバイクがパンク。
道を通りがかったほかのバイクを呼び止めて、ケイティの同僚がそれに乗せてもらっていちばん近くの修理屋さんに行った。
そして今度は修理屋さんのバイクで戻ってきて、新しいタイヤと取り替えてもらった。

道も悪いのでバイクや車の故障は日常茶飯事。
ケイティのバイクは無事だったけど、アクシデントにも対応できるようにしておかないといけない。

タイヤの取り替えを待っているとき、キキッキッキーという雄叫びのような笑い声のようなものが聞こえた。
木がわさわさと揺れる。
サル!?

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黒っぽい陰が。
サルじゃなかった!

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よくそんな高くて細い木に登ることができるねぇ。
生まれつきの身体能力なのか、それとも小さいときからいつも登っているからなのか。
オリンピックに木登り種目があったら、けっこういい線いけるのに。

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ケイティには、日本の草の根無償資金で建てられたコンポスト(生ゴミを発酵させて堆肥をつくる)施設にも連れていってもらった。

下がコンクリートで上が屋根だけの施設だけど、日本が1000万円以上出しているらしい。

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屋根の下の左側に集めた生ゴミを山積みにしてしばらく置き、水分が蒸発して嵩が減ったら横に移動。
そしてまたしばらく放置しさらに嵩が減ったら右に移動。
これを何度か繰り返すと最終的に堆肥になるらしい。

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ゴミが有効に使えるし環境にも優しく、コンポストの管理に雇用も生まれて地元の貧しい人も雇える。
だけど集められたゴミの量も少ないし働いている人もほとんどいなくて、正直この事業が軌道に乗っているとは言えない雰囲気だった。

環境問題に関しての意識も薄く、家庭ゴミの収集さえできずにみんな庭で燃やしたりポイ捨てしたりしているウガンダ。
ここでコンポストを稼働させていくのはとても大変だと思う。
水の防衛隊のケイティではあるけれど、このコンポスト施設が無駄にならないようになんとかしたいなあと言っていた。

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井戸もそうだけど、外国がウガンダの人々のためにとお金を払って施設をつくる。
できたばかりのときは現地の人は感謝するかもしれない。
でもそのあとどうやって稼働するのか、管理はどうするのか、維持費や修繕費用を地元だけでまかなえるのか、たくさんの問題がある。

支援するというのはとても難しい。
先のことまで考えてやらないといけない。

井戸の管理をどうするか、どうやって現地の人だけで維持していくことができるか。
その問題にケイティは真剣に向き合っている。

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がんばれ!
水の防衛隊!!
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こんなところに協力隊員 in ウガンダ

2014.12.22 06:25|ウガンダ☞EDIT
まだどこで年を越すのか未定のケンゾーです。
新年まであと1週間ちょい、たぶんナミビアで年越し&新年を迎えることは間違いないと思うんだけど、どこかなあ。
真っ赤な砂丘が広がるナミブ砂漠で初日の出を見ることができたら最高なんだけどなあ。

ウガンダで活動する青年海外協力隊員に会うためにやってきたムベンデという街。
ここから協力隊員を巡るアフリカの旅がスタート。
日本から遠く離れたアフリカの大地で日々格闘している日本人たちの活動をとおして、観光するだけでは見えてこないアフリカの人々の暮らしぶりに触れることができたらいいな。

ムベンデ

ムベンデでは女性隊員と待ち合わせをしている。
バスを降りてキョロキョロしていると小柄な女の子がバイクに乗って登場。
今回お世話になる女性、あだなはケイティ。

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まさかバイクでやって来るとは思わなかった。
ウガンダでバイクを乗り回すとは、たくましい。
田舎で活動するには、足がないといけない。
活動地は公共交通機関がない場所も多いので、バイクはJICAから支給されている。
派遣される前に日本で免許をとってきたんだって。

まずはケイティの家へと移動。
ケンゾーとイクエはバイクタクシーに分乗。
街中の移動は1000シリング(約64円)なんだって。

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山の中腹にあるケイティの家に到着。
長屋タイプの集合住宅の1室がケイティの部屋。

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化粧品やシャンプーの原材料を扱う商社で営業をしていたケイティ。
ケイティの担当のお客さんは、大手化粧品メーカー。
みんなの家にも必ずこの会社の製品はあるほどの、有名メーカーだよ。

シャンプーを開発する研究職のおじさん相手に、原材料を売り込んでいたんだって。
「今度のシャンプーはツヤがでる。」
「このリップグロスの光沢が素晴らしいだろう?」
女性の美は白衣を着たおじさんたちが支えているんだね。

ケンゾーとイクエがお腹を空かせて到着することを予想していたケイティ。
なんとおにぎりを用意してくれていた。
しかも切り干し大根と自家製の漬け物つき!

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久しぶりのおにぎりはウマい!
ジュワジュワと汁を吸った切り干し大根もたまらない。
漬け物に入っている昆布がめちゃくちゃおいしい。
女子力高いぞ、ケイティ!

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ケイティの職種はコミュニティ開発。
その中でも「水の防衛隊」と呼ばれている水担当。
さっそくケイティの活動を見せてもらったんだけど、その様子はまたあした ♪

今晩の食事用に肉を買いに行くことに。
街とは言え田舎のムベンデにスーパーなんてものはない。
野菜はマーケットで、肉は肉屋さんで購入。

肉屋さんはすぐに見つかる。
だって肉が店先に豪快に吊るされてるから。

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冷蔵庫なんてものはない。
鮮度がちょっと心配だけど、その日に解体されたものなので日本のスーパーで買うよりも新鮮かも。

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値段は1kg360円くらいでビックリするくらい安い。
このあたりのアフリカの国では牛よりもチキンのほうが高い。
だいたい今までの国では肉と言えばチキン、牛肉は高くて手が出なかったんだけど、しばらくチキンはおあずけだな。

日本でもチキンよりも牛肉が高いのに、ここでは逆。
現地の人にその理由を聞いたら「ニワトリは餌代がかかるけど牛はその辺の草を食べとけばいいので餌代がかからないから」という答えが。

なるほどねー。
たしかにここでは牛が自由に道ばたや公共の場所を徘徊しては、草を食べている。
日本では牛を自分ちの敷地外に放し飼いにするなんて考えられない。
しかも土地の少ない日本。
草のある広い牧場を手入れすることも労力とお金がかかるし、ほとんどの牛は牛舎に入れられて飼料を与えられている。
それに比べたら、ここでは牛さえもっていれば育てるのにお金もかからないし労力もそれほどいらない。

マーケットですごいバイクを発見。
これどうやって運転するんだろ。

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これでもかと山積みにされたバナナ。
バナナはバナナでもこのバナナは甘くない食用バナナ。
「マトケ」と言ってウガンダでは主食として食べられている。
ふかしたり焼いたりしてウガンダ人は毎食必ず食べている。
きっとこの子たちも大好物。

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バスルームは室内にあるんだけど、キッチンがないケイティの部屋。
料理・皿洗い・洗濯は外でしないといけない。
玄関前にござを敷いて青空キッチンのできあがり。

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なんだかママゴトをしてるみたい。
しゃがんだままの姿勢で調理するのはけっこう大変。

ガスコンロもあるけれど、プロパンガスは高い。
地元の人と同じように、ふだん使っているのは炭を使う七輪。
慣れた手つきであっという間に火をおこすケイティ。
うん、たくましい。

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炭のほうが経済的だし、火力も強いのでガスよりも便利なんだって。
ボランティアをするためにウガンダに来ている訳だけど、文化も生活様式も何もかもが日本と違うアフリカの大地で、なによりもまずは独りで暮らしていかないといけない。
まだウガンダに来て10か月(2014年10月現在)のケイティだけど、すっかりウガンダライフが板についている。

ウガンダの生活に慣れてきたとはいえ、やっぱり恋しくなるのは日本食。
首都のカンパラでは中国食品を扱っている店で醤油など少しは手に入るようだけど、たかがしれている。
ケイティの部屋にあった段ボールの中にはお宝がぎっしり詰まっていた。

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日本にいるお母さんの愛情がたっぷり詰まった宝箱の中には、ケンゾーとイクエが知らない新商品がいっぱい。
いま日本は袋ラーメンブームなのかな?
見たこともない袋ラーメンがたくさん入ってる。

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ちなみに、福岡で袋ラーメンと言えば昔から「うまかっちゃん」。
もちろん豚骨ラーメン、あ~食べたい!

ケイティが貴重なお宝を使ってカレーを作ってくれた!
久しぶりの日本のカレーにテンションが上がるケンゾーとイクエ。
匂いだけで茶碗1杯のごはんを食べられるよ。

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日本のカレーのルーってほんとにスゴいよね。
ルーを入れて煮込むだけでこんなに美味しい料理が完成するんだもんね。
世界に誇れる奇蹟の料理だと思うなあ。

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食べ終わったら外でたらいを使って食器を洗う。
昭和30年代頃の日本に戻ったような暮らし。

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ちょっと不便な環境の中がんばって自炊しているケイティだけど、ひとつ問題を抱えている。
それはこの家の管理人。
大家さんとは別に家賃や光熱費を徴収する管理人がいるんだそう。
管理人と言ってもとくに何かをしてくれる訳でもなく、金を集めること以外仕事はない(していない)らしい。

じつはケイティは3代目の隊員。
ここには過去4年間歴代隊員が住みつづけてきたんだけど、前任者から引き継ぐときに「電気代が高いから気をつけて」と言われたんだそう。
で、実際に住んでみると確かに電気代がスゴく高い。

あまりにも高いので、夜でも部屋の電気を点けないようにするなど節電をがんばってたケイティ。
活動先のウガンダ人の同僚に話をすると「そんな金額ありえない!」と言われたので、電気会社に直接確かめに行ったら驚がくの事実が発覚。
なんと管理人が正規の電気料の20倍の金額を請求してたんだって!
毎月、しかも前々任者の時もそうだったので少なくとも4年間住民から騙し取っていたことに。

さらにこの管理人、騙し取っていたのは電気代だけじゃない。
管理人は道を隔てた別の敷地に住んでるんだけど、自分の家の水道代を上乗せして請求。
やることがセコすぎる!

みんながちゃんと水道や電気代を払ってるのに、管理人が水道会社や電気会社に払わないこともあって水道や電気が止められることもあるんだって。
管理人としての存在価値はゼロ。
さすがに大家に抗議をしたんだけど、なぜだか大家は管理人を責めることはなく、今まで払い過ぎていた金が戻ってくる気配もないんだって。
きっと管理人は大家の親戚とかじゃないのかな。
最近管理人の嫁が街に美容室をオープンさせたらしい。
間違いなく20倍払いつづけてきた電気代が元手になってるよ。

酷い話はまだある。
敷地内には警備員が1人雇われている。
彼の給料はケイティを含め住民が折半して出している。
問題はやっぱり管理人。
徴収した警備員の給料を3か月払わずに滞納したので、警備員が「やってられねえ」と逃げ出したんだって。

警備員にちゃんと給料を払わないとケイティたち住民の安全が危険に晒される恐れがある。
泥棒や強盗に金で釣られたり、結託することだってあり得る。
ちょっと笑って済む話じゃない。

ケイティの現地の所属先は県庁。
今住んでる住居は県庁が用意してくれたもの。
管理人があまりにも酷いので引越しさせて欲しいと言ってるんだけど、家賃をすでに1年分前払いしてるのでなかなか話が進まないんだそう。
住まいが落ちつかないと活動にも本腰が入らないよね。
はやく引っ越せるといいんだけど。

ちなみに、今は新しい警備員がちゃんといる。
ケイティに紹介してもらったその警備員は武装していた。
手作りの弓矢で。

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弓矢って、いつの時代?
「見てろ」って感じで矢を放ってくれた。

ピョ~ン

・・・。

「イナーフ トゥ キル!」
ドヤ顔で言い放つ警備員。

離れた相手には有効かもしれないけど、敷地に侵入してこようとする相手に弓矢はどうなの?
距離がないと威力を発揮しないから、長い棒のほうがまだマシだと思うけど。
ウガンダ人、かなり変わってるかも。

ケイティに「大人気の店があるから」と連れてきてもらったのは『ポークジョイント』専門店。
ポークは分かるけど、ジョイントってなんだろう?
キッチンを覗くと煙がモクモク部屋に充満している。

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丸太のような薪をくべてメラメラと燃えたぎるオーブン。

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ポークジョイントの正体は豚肉の串焼きだった。
こんがりと焼けて美味そうだ。

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肉はその場で調達されるので鮮度は抜群。
ブタちゃんゴメンね、いただきます!

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皮はカリカリ、脂ののった肉はジューシー。
味付けはシンプルに塩のみ。
単純だけどいくらでも食べられる。

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これにもちゃんとキャッサバというイモ系の炭水化物がたっぷり付いてくる。
肉は1kg10000シリング(約410円)。

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あしたは水の防衛隊ケイティの活動をお伝えしまーす。
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ウガンダの首都って

2014.12.21 06:16|ウガンダ☞EDIT
扇風機の風をあびていて、日本の夏を思い出しているイクエです。
外国では天井からつりさげられているファンが主流で、床に置く首振りタイプの扇風機って少ないんだよね。
なんでだろ。
日本の天井は低すぎるからかなあ。

ケニアを抜けて次に向かうのはお隣のウガンダ!

ウガンダってどんなイメージがある?
何も思い浮かばない。
観光地もほとんどないけれど、ゴリラの生息地として有名らしい。
といってもゴリラを見るつもりはない。
だってゴリラを見るために国立公園に入ってわずか数時間のゴリラトレッキングに参加するのには、ひとり600ドル以上かかるから!
高いよー!!

まあ、とりあえずウガンダの首都カンパラを目指す。

カンパラ

ケニアとウガンダの国境を歩いて渡る。
輸出品を載せた大型トラックの列がずらーっと続いてる。
ウガンダは海に面していない内陸国。
アフリカ以外からの輸入品もケニアを経由しないといけないから、スーパーで売っている日用品などの輸入品はケニアよりも高い。

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池上彰先生によるとアフリカは港をもっていない内陸国が多いので、たとえ自分の国の政情が安定していても、近隣国が不安定だと物資の輸送も滞るんだって。
だから、たとえ自国に経済成長のきざしがあっても、港のあるお隣の国に左右されるから経済の調子をよくして国を発展させるのが難しいのだそう。
だからウガンダの発展も、港のあるケニアが安定しなことには実現しない。

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歩いて国境を渡るのはこれで何回目だろう?
日本は島国で隣り合う国がないから、日本人にとっては国境を歩いて渡るって不思議な感覚だよね。
世界的に見れば、日本みたいにすべての国境が海って珍しい。
さっきの話に戻るけど、日本は島国だからこそ近隣国の政情に左右されにくく発展できたから恵まれていると思う。

「おい、乗っけてやるよ!」
威勢のいい呼び込み。
これは自転車タクシー。
荷台にはふかふかのシート。

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ケニア側の国境の街にもいたけれど、東アフリカでは自転車タクシーが主流らしい。
インドやバングラデシュに自転車リキシャはいたけれど、荷台に人を乗せる自転車タクシーは初めて見た。
初期投資が自転車代だけですむから、気軽に始められる職業かもね。

ATMでウガンダ通貨をおろそうとしたけれど、ATMとカードの相性が悪いからかできなかった。
余ったケニアシリングをさっき両替したから、そのお金でなんとか首都まで行かないと!

地元の人に聞いてミニバス乗り場へ。

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ワゴンタイプのバスだけど地元の人はこれを「タクシー」と呼んでいる。
アフリカでは珍しく運賃は明朗会計。
ちゃんとフロントガラスに行き先と運賃を書いたプレートが置かれていた。

カンパラまでおよそ4時間。
運賃は15000シリング(約600円)。

ウガンダはあまり馴染みのない国だけど、国土はそこそこ大きくて日本の本州と同じくらい。
人口はおよそ3000万人くらいで日本の4分の1。
民族もさまざまいて、およそ6割の人がキリスト教なんだって。

かつてイギリスのチャーチルは、緑と水が多く美しいウガンダのことを「アフリカの真珠」と称えたのだそう。

どんな国なんだろうね~。

車の窓から外を見ていると、「アフリカの真珠」でサッカーに興じる子どもたち発見。

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学校の校庭は芝生。
盛り上がっているサッカーだけど、ボールを見たら・・・。

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ペットボトルがボール代わり。
裸足で蹴ってるなんてたくましい。

ウガンダは赤道直下の国。
だけど、標高は平均1200メートルなので暑すぎない。
とても過ごしやすいうえに、治安も悪くないので海外のNGOや団体の活動先としてウガンダは人気の国なんだって。

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のどかな景色を見てウトウト。
車が止まったかと思ったら、いきなり10人ほどの男たちに取り囲まれた。
男たちは窓を叩きながら叫んでいる。
何事!?

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窓を開けたかと思えば、ニョキニョキと車内に手を伸ばしてくる。

「串焼き買わない?」
「ジュースはどう?」

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男たちは飲み物や食べ物の売り子。
客の乗り降りのためにバスがとまった隙に駆け寄ってきて、窓を強引に開けて商品を突き出す。
ジュースに果物、焼きトウモロコシやチキンまで。

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バスが止まるたびに凄まじい勢いでやってくる。
そして意外にこれが売れている。

お腹もすいていたし買ってみようかなとも思ったけどあまりの迫力でちょっと怖く、買えなかった。

途中トイレ休憩があるかと思ったけどまったくなかった。
言えば止まってくれるんだろうけど、4時間休憩なしはつらい。
このあともウガンダのバスでトイレ休憩があるときはなかったなあ。

トイレを我慢して到着したカンパラの街。

ベトナム並みにバイクが多い!

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街角ではバイクタクシーが客が来るのを待っている。
需要よりも供給が上回っていて、暇そうにしている。

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大きな建物やいろんな形のビルが密集していて、ごちゃごちゃしている。
人も多いし歩くのが大変そうな街。

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先にカンパラを旅していただいごろくん、きっこちゃんカップルが「カンパラは好きになれない」と言ってとっととルワンダに移動していた。
この街を見ると、その気持ちもわかる。
ごみごみして混雑していて、疲れそうな街。
「アフリカの真珠」はどこへ?

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『地球の歩き方』によると、バスターミナルの近くに安宿が集まっているらしい。
バックパッカーが集まるらしいけど、騒々しくて治安が悪そうでそんな雰囲気が感じられないけどなあ。

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最初に目指した宿は「ニュー ABC」。
『地球の歩き方』では「清潔で日本人の利用が非常に多く、日本人の情報交換ノートもある。」と紹介されていた宿。
現地の人がたむろしてるし、建物は古いし、ほんとうにここがそんな宿?

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中に入ると、外国人の姿なんてなく客は地元の人。
洗濯物や荷物がたくさんあって地元の人はここを下宿先として使っている感じ。
売春宿のような雰囲気もある。
ソファーで寝転んだおばさんがわたしたちを見て「チンチョンチャ~ン」とバカにしたように吐き捨てた。

この宿は即却下。

『地球の歩き方』では、この近くの宿がほかにも紹介されているからそこをあたろう。

紹介された宿を渡り歩いたけれどどこも雰囲気が良くない。
1階が飲み屋になっていて酔っぱらいがたむろしていたり、現地人が生活していたり。
陰湿な雰囲気が漂っている。

『地球の歩き方』には「男女ミックスのドミトリーがある」なんて書かれているけれど、ツーリスト用のドミトリーじゃなくて「出稼ぎで首都に来ている現地人との相部屋」と表現したほうがしっくりくる。

ここ数年でカンパラはだいぶ変化してしまったのかもしれない。
バスターミナル周辺はごみごみして混沌としている。

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女性1人のバックパッカーは、けっこうつらいと思う。
繁華街から西に5キロほど離れた閑静な場所に、外国人好みのカフェやゲストハウスがあるらしいから不便だけどそっちを目指したほうがいいよ。

わたしたちもそちらを目指そうかとも思ったけど移動するのも面倒くさいし、もうちょっとここで宿探しをがんばることにした。

安宿街の中にあって、大きくて目立つ建物。
CITY VIEW INN。

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レセプションのお姉さんは英語がペラペラで、明るくて冗談好きでとても感じがいい。
料金表を見ると宿泊料金と休憩料金の記載があったので、ここも売春宿として使われているようだけどほかの宿よりも治安面ではマシそう。

ここに決めた。

ダブルで20000シリング(約800円)。

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あいかわらずここにツーリストの姿なんてないし、部屋をアパート代わりにして住み込んでいる現地人がいるし、部屋のひとつが靴の製造工場になっていたりする。
おばちゃんがベッドに腰かけて必死に靴を縫っていて、廊下では段ボールいっぱいに詰め込んだ靴を運び出している男の人たちがいる。

ゲストハウスとは言えないホテルだけど、ほかのホテルよりも断然いいと思う。

このホテルからカンパラの街を眺める。

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カンパラは標高1150メートル。
7つの丘からなる街。

バイクも多いし、自家用車も行き交っている。
ほとんどが日本車。
「日本よりも日本車率が多いんじゃないの」。
ケンゾーがつぶやいた。
たしかにそうかも。
自家用車も多いけれど、ミニバスも道路を埋め尽くしている。
カンパラと各地をミニバスが結んでいる。

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カンパラの街にはフロアが広くて複数階あるような大型のスーパーマーケットがいくつかあって、なんでも手に入る。
お客さんも多くて大盛況。
Wi-Fiの使えるスターバックスっぽいカフェや中国やインド料理を出すちゃんとしたレストランもある。
ホテルでインターネットが使えないのでそういうカフェやレストランを利用したけど、メニューは日本とほとんど変わらないような値段設定。
日本車を持っている人も多いし、スーパーや高いカフェを利用する現地の人はいくらぐらい稼いでいるんだろう。
ウガンダは貧富の差が激しい国かもしれないな。

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高いビルに負けず劣らずの存在感を放っている不思議な建物。
どこかで見たことあるような、懐かしいような。

これはヒンドゥー教寺院。
インド系の人もけっこういるんだって。
東アフリカは昔イギリス領だった。
インドもイギリスから支配されていたときがあったけど、そのときにイギリスがインド人をアフリカに移民させたのだそう。
インド人は鉄道を建設する労働力として連れてこられたんだって。

騒々しいカンパラではとくにやることもなかったので、わたしたちは次の目的地に向かうことにした。
それはカンパラの西、およそ150キロほどのムベンデという街。
ミニバスはひとり13000シリング(約520円)。

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ムベンデはとくに有名な観光地があるわけでもないけれど、わたしたちには会いたい人がいた。
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旅したケニア こんな国

2014.12.20 06:09|アフリカ☞EDIT
ケニアには10/9~10/16まで7泊8日滞在しました。
以前新婚旅行で訪れたことがあるのでほとんどスルーしただけ。
不安だったナイロビも何事もなく過ごせたし、まさかの自転車サファリを楽しめたし、けっこう充実した滞在だった。
そんなケニアの旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?

ケニアでいくら使ったのか発表します。
 
交通費       8,280シリング
外食費       3,570シリング
フード・ドリンク  2,646シリング
宿泊費       9,900シリング
観光費       5,123シリング
雑費         855シリング

合計  30,374シリング=約37,056円(1シリング=1.2円)
約4,632円/1日2人で

東アフリカ随一の大都市ナイロビを有するケニアは、物価もそれなりに高いんだろうなあと覚悟してたんだけど実際はそんなに高くなかった。
ナイロビ以外のホテルはリーズナブルだし、日用品も安いし、ローカルな食堂に行けば200円くらいで食事もできる。
ただし、これはケンゾーとイクエがアクティビティをなにもしなかったから。
サファリをすれば最低でも1人3万円はかかる。


◇移動手段はこうでした

国境のモヤレからナイロビまではバスに乗ったけど、それ以外はすべてマタツと呼ばれている乗合いワゴン。
行き先がちゃんと表示されているので分かりやすい。
同じ行き先でも車によって値段に違いがあることがあるので聞き回ったほうがいい。
乗客の現地人も人によって値段が違ったので、値段交渉が必要な場合もあるかも。
チケット売場があって前払い制のところもあり。

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長距離のマタツでは座席が一人一人区切られていることも多く、周辺国のぎゅうぎゅう詰めのミニワゴンよりは楽。
でもルーフに荷物が載せられず、足元は荷物でぎゅうぎゅうってことも。

長距離バスもあるけれど本数に限りがあり、前日までに予約したほうがよさそう。

ケニアではマタツの車窓からキリンやシマウマが見られた。
ときには少数民族の村を通過することもあるので、外の景色も楽しんで。

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◇こんなお宿に泊まりました

ケニアの宿は思っていたよりも高くはなかった。

エチオピアとの国境の街から長距離バスでナイロビに入り、最初に泊まったところはバス停の近くのLAND STAR HOTEL。
夜のナイロビが怖くて、目について駆け込んだホテルだったけど日本のビジネスホテルのクオリティーでダブルで1500シリングとリーズナブルだった。
夜にバスが着いたときは街をうろうろするのは危ないので、ここに1泊するといいと思う。

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ナイロビで連泊したのはバックパッカー御用達の「ニュー・ケニア・ロッジ」。
Wi-Fiもあって、サファリツアーも扱っている。
ドミトリーは1ベッド750シリング、ダブルは1500シリング。
利便性がよく、居心地抜群でくつろげる宿だけど、ナイロビでいちばん危ないと言われるダウンタウンにあり、セキュリティー対策も不十分なので手放しでおすすめはできない。

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地方都市の普通の安宿はダブルで500~800シリングぐらいで泊まれる。
ローカルのホテルは安い。


◇これが一番うまかった!

ケンゾー 「プレート料理」
ライスや豆、ジャガイモの煮物やパスタなどを一皿に盛りつけたケニア版の定食。
ナイロビでは見かけなかったけれど、田舎の町の食堂ではみんなこれを食べている。
ボリュームたっぷりでリーズナブル。
国境の街モヤレではスープも付いて1皿100シリング(約120円)だった。

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味付けはシンプルだけど間違いのない味。
かなりパンチの効いていたエチオピア料理のあとだったので安心感のある味でホッとした。

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イクエ 「ファストフード」
ケニアではフライドポテトなどの揚げ物料理が大人気。
都市部での安い食事と言えば個人経営のファストフードで、ストリートにはたくさんのファストフード店が並んでいてどこも賑わっている。
大量のフライドポテトやフライドチキンにコーラ、とアメリカ人顔負けの食生活を送っているケニア人。
そして太っている。
小さな子どもまでそんなのを日常的に食べてるから栄養が心配。
近い将来、ケニアは肥満国家になるかも!?

でもやっぱりジャンクフードっておいしい。
慣れ親しんでいる味。
とくにインジェラ続きのエチオピアのあとだったから、フライドポテトをよりおいしく感じた。
油っぽ~いけどね・・・。

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◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「ナイバシャ湖」
ナイバシャ湖畔は野生動物の宝庫。
高額なサファリに参加しなくても動物と遭遇するチャンスに恵まれている。
たきぎでおこした火を囲み、今か今かとカバを待ちわびたキャンプの夜はとても楽しかった。
残念ながらカバに会うことはできなかったけど、とても思い出深い一夜だった。

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そして自転車サファリ。
まさか普通の道を自転車で走っていてキリンやシマウマと出会えるなんてね。
さすがアフリカ。

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車で回るサファリよりもより動物に近づくことができる。
息づかいが聞こえる距離で眺める野生の動物は迫力満点。
まだ近づけるかな?もう限界?あと一歩だけ。あ~、逃げちゃった!
そんな動物との駆け引きも面白い。

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イクエ 「普通の街」
前回来たときはナイロビのヒルトンに泊まって街歩きもせず、サファリを楽しんだだけだった。
でも今回はダウンタウンに滞在し、スーパーに行ったり食堂に行ったりして、庶民の生活を垣間見ることができた。
最大のスラム、キベラでは、まじめに働き過酷な環境ながらも協力して生活している普通の人たちの姿を見ることができて、スラムのイメージが変わった。

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今回の旅で「治安の悪い街」「国立公園でのサファリ」というイメージしかなかったケニアがぐっと身近に感じられた。
人々はマナーを守るし、控えめで紳士的。
ちょっと日本人に似ているかも。
ナイロビ以外の街にも泊まれて、ケニアの雰囲気を知ることができたのもよかった。
大型スーパーがあって品揃えも豊富だし、周辺国よりも暮らしやすそう。

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◇ふらり ゆるり ケニアの感想は?

ケンゾー
自分たちの中でアフリカ縦断の鬼門となっていたケニア。
とにかくナイロビが恐怖だったし、サファリもしないのでさっさと通り抜ける予定だった。
でもナイロビも意外とよかったなあ。
人もフレンドリーだしコミニュケーションに困ることもない。
安全面さえクリアできればもっと長居してもよかった。
でもこんなことが言えるのも何も起きずに無事にナイロビを出ることができたから。
とにかく無事でよかった。

イクエ
2回目ということで、ただ通過する予定だったケニア。
治安の悪いことばかり心配して、飛行機でエチオピアから別の国に移動しちゃえば楽なのに・・・と思ったりもしました。
最初はナイロビで2泊くらいしてとっとと抜けようと計画していました。
でも発展しているナイロビは意外に居心地がよくて、これまでのアフリカ旅で蓄積されていた疲れを癒やせる場所でした。

ナイバシャ湖のキャンプとサイクリングはとても気持ちがよくて大満喫。
動物王国ケニアの魅力を再確認しました。

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たしかに外国人旅行者を狙って危ないことをする人もいるけれど、それはごく一部。
ほとんどの人は穏やかでまじめ。
ストレスなく旅ができるし、普通に英語で話しているケニア人も多くて、なんとなくアフリカじゃないような気もしました。
刺激が強すぎて未知だらけの周辺国からケニアに入ると、なんだかホッとすると思います。

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最後の晩餐 in ケニア

2014.12.19 05:50|ケニア☞EDIT
ピータン以外とくに嫌いな食べ物はないケンゾーです。
べつにピータンが食べられなくてもまったく支障はないし、じつは最初に食べたピータンが激マズだっただけで普通のピータンならひょっとして美味しいと思うかも。
あとは、強いて挙げるとしたら高菜かな。
あの臭いがいまいち好きになれない。
野沢菜の漬け物は大好きなんだけどね。
でも日本食に飢えてる今だったらおいしく食べられるだろうなあ。

レンタサイクル代1人960円だけでお手軽にサファリを楽しんだケンゾーとイクエ。
さすがにライオンやゾウは見られなかったけど、野生動物をびっくりするほど至近距離で観察することができたから満足。
ウガンダに向けて移動を再開することに。

とりあえず隣町のナクルまで移動。
ナクルは大きな街なのでウガンダの首都カンパラ行きの国際バスが発着してるんじゃないかな。
ナイバシャ湖畔~ナイバシャ~ナクルとマタツを乗り継いでいく。
ナイバシャまでは100シリング(約120円)、ナクルまでは200シリング(約240円)。

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日暮れに到着したナクルでは一晩泊まるだけ。
安宿はマタツ乗り場の目の前にいくつか並んでいる。
チョイスしたのは「PEKARS LODGE」。

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ダブルルーム1泊800シリング(約980円)。
建物や室内は古いけれどきちんと掃除されていて清潔。
タオルと石けんが用意されていて嬉しい。

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ナイロビのWi-Fi完備のバックパッカー御用達の宿に比べて、ケニアの一般のホテルは安い。
ナイロビ初日に泊まったホテルも日本のビジネスホテル並みのクオリティーでダブルで2000円弱だった。
外食費も安いし、スーパーの商品も安いし、ほかのアフリカ諸国よりも都会だけどけっして物価は高くない。

ふだん速乾タオルを使っているので、たまにフワフワのタオルを使うと気持ちよくてしあわせになる。
貧乏旅行をしていると幸せのハードルがびっくりするほど低くなる。
バスがすぐに出発した、冷たい飲み物が買える、お湯が出る、便座が壊れてない・・・。
現状に我慢し、あるもので満足するようになるとほんの些細なプラスαで幸せを感じることができる。
このハードルの低さを日本に持ち帰ったら、今までと違った生活を送れるんだろうけど、まあ無理だろうねえ。
たぶん3日で何でもあることがあたり前の思考回路に戻るだろうね、残念だけど。

バスルームは質素。
便座は壊れて無い。
まあ、このレベルのホテルで便座が付いてるなんてことはまずないから驚きもしない。

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だけどまったく予想もしてなかったプラスαが。
なんとお湯シャワーが浴びられる!

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ケニアに入ってから見かけるようになった瞬間湯沸かし式シャワー。
見た目はちゃちいけどちゃんとあったかいシャワーが浴びられる。
ああ、しあわせだあ。

ケニアの街は危ないイメージがあるけど、ナイロビ以外の地方都市はそんなに危ない感じはしない。
ここナクルは人口36万人の比較的大きな街。
それでも日が暮れて出歩いている人も多いし、ナイロビの商店には必ずついていた客と店員を隔てる鉄格子はこの街の店には取り付けられていない。

予定ではあした国境を越えることになるので今夜はケニア最後の夜。
いつもその国最後の食事はちょっと気になる。
マズいものを食べて出国したらその国の印象が悪くなる気がするので、せっかくなら美味しいものを食べたい。
なにか良さげなレストランがないかなあと物色していると、中華料理屋を発見!
そうだ、リーズナブルな中華料理屋を見つけた時もしあわせだ。

店員は現地人だけど、よく観察するとコックはちゃんと中国人。
よーしよし、久しぶりの中華、テンションが上がる ♪

メニューが多くて決められない。
あ~、選べるって素晴らしい!

許されるのであれば一口ずつでいいから全メニューを食べたい。
あ~決められないよ!

慎重に真剣に悩んだ末、豚肉の炒め物とナスの炒め物、そしてチャーハンに決定。
3品とビール1本で1490シリング(約1820円)。
久しぶりの贅沢な食事だ。

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味はね・・・中華万歳!!
ほんっとにウマかった。
やっぱり豚肉はいいね。
豚肉を食べてるときにいつも思うのは、宗教的に豚肉が食べられない人たちは可哀想だなあってこと。
こんなにおいしいものが食べられないなんて。
まあ、食べたいのを我慢してる訳ではなくて忌み嫌ってるから大きなお世話だと思うけど。

イスラム教の国じゃなくても、習慣的に豚肉を食べない国も多い。
豚の見かけやにおいが原因なのかも。
エチオピアでも豚肉を食べる機会はなかった。

エジプト、スーダン、エチオピアと豚肉なしで生活していたからひさしぶりの豚肉!

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アツアツとろとろのナスもウマい!
そう言えば、食べ物が激マズで散々だったモンゴルから中国に移動して最初に食べたナス料理にも涙が出るほど感動したなあ。
いやあ、ケニア最後の夜はいい夜になった。

ナクルからウガンダの首都カンパラまで国際バスがあったのはあったんだけど、出発が昼のみ。
カンパラに到着するのが夜になってしまうので刻んで行くことに。
まずはマタツで国境の街ブシアをめざす。

ブシア

マタツ乗り場に足を踏み入れると客引きがうじゃーっと寄ってくる。
ここの客引きは手を掴んだり荷物を強引に車に積み込もうとするなどかなりタチが悪い。

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ケンゾーとイクエも客引きの勢いに圧倒されてすぐに車を決めてしまった。
ブシアまで1人1000シリング(約1220円)払ったんだけど、落ちついて考えるとちょっと高い気がする。
他の客のチケットを盗み見すると900とか800っていう数字が見てとれる。
う~ん、この人たちはブシアの手前で降りるのかもしれないけど、ぼられてる可能性も大だ。

他にもブシア行きのマタツがないか探していると2台見つかって、しかも安い。
しまったなあ、ケニアのマタツはちゃんと行き先が表示されているので、客引きに惑わされずにちゃんと1台ずつ値段を聞いて回ればよかった。

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それでも諦めきれずに返金交渉を試みるイクエ。
一度払ってしまったものは返ってこないだろうとケンゾーは諦めてたんだけど、なんと200シリング取り返してきた。

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イクエを取り囲んで話を聞いていたほかの客引きたちが、車掌に「返してあげなさい」って言ってくれたんだって。

やるなあ34歳。
だてに歳を重ねてきた訳じゃない。
ときどき「え?マジで!?」っていうような行動力を発揮することがある。

けっきょくブシアまで1人900シリングになったんだけど、交渉すれば800シリングでもいけると思う。
問題は料金よりも時間。
満席にならないと発車しないんだけど、肝心の乗客がぜんぜん集まらない。
朝7時にマタツ乗り場に行ったのに気付けばもう11時!
車のエンジンさえ架けられずに4時間も経ってしまった。
完全に車のチョイスミスだ。

11時過ぎにようやくマタツが走りだした。
これじゃあ今日中に国境越えるのは厳しいかもしれない。
きのう最後の晩餐だと思って奮発したのに・・・。

ウガンダへ向けて西へと走るマタツ。
だんだん緑が濃くなってきた。
もうサバンナって感じじゃないね。

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午後3時、ほぼ中間地点の街キスムに到着。
はあ、またここで客待ちをするのかなあと思っていたら「早く降りて!車チェンジだ!」とまさかの乗り換えを宣言された。

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やられた!どうせブシアまで直行じゃないんだったらキスム行きのマタツに乗ったほうがよかったよ。
ブシアよりも近いキスム行きのほうが人もすぐに集まって早く出発してたはず。

アフリカではたまにこういうことがある。
直行と言われて乗ったけれど、実は乗り換えないといけない。
運賃は最初に支払っているので新たに払う必要はなく、車掌が次の車掌に乗客と金を引き渡す。

結局ここでも出発するまで待つはめに。
1時間のロス。
もう今日中に国境を越えるのは絶望的だ。

国境の街ブシアへ向けてようやく走りだしたマタツ。
ただ座席に座ってるだけだけど長い一日だ。

ウガンダに近づくにつれ木々が高くなりうっそうと生い茂るようになってきた。
アフリカというよりは東南アジアに近い雰囲気。

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ウガンダは国土の大半が標高1000m以上の山岳地帯。
サバンナが広がるケニアとは景色も気候もガラッと一転する。

トラックやトレーラーの数が増えてきて、とうとう路肩を埋め尽くすほどに。
午後7時、国境の街ブシアに到着。

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もう今夜は国境を越えるのは危険なのでケニア側で泊まることに。
いやあ、旅ってほんとに予定通りには進まないなあ。
まあ、それが醍醐味でもあるんだけどね。

国境付近にホテルはけっこう点在している。
2000円くらい出せばきれいなWi-Fiつきのホテルもあるけれど、きのう最後の晩餐を食べたケンゾーとイクエにそんな選択肢はもちろんない。

選んだのはサファリとは恐らくなんの関係もない「Safari Hotel」。

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ベッドが置いてあるだけのシンプルな部屋で1泊500シリング(約610円)。
最初は600シリングと言われたけれど「500は?」と言ったら笑顔で「まあ、いいか」と言ってくれた。
ケニアでは値下げ交渉であっさり引き下げてくれることが多い。

トイレ・シャワーは部屋に付いてるけれど、もちろん水シャワー。

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今夜こそケニアでの最後の晩餐。
ホテルの周囲を探しまわるも、時間が遅くてほとんどの店が閉まっている。
選ぶなんて事はできず、唯一見つけたのはローカルな食堂。

いままでウガリ(トウモロコシやキャッサバの粉をお湯でこねて蒸したもの。東アフリカの広い範囲で主食として食べられている)は避けてきたんだけど、最後の最後にご対面と相成った。

「ケニアで国民食のウガリを食べないで去るのもなんだし、最後に経験しとくか。」

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地元の人たちはウガリを手に取って寿司のシャリのようにニギニギと握って団子状にして食べる。
手つきがほんとに寿司を握ってるみたいで、パッと見おいしそうな錯覚を覚えるんだけどはっきり言ってマズい。
味がまったくしないので食べる意味が分からない。
色は白くて米っぽいんだけど、米の代わりにはぜんぜんならない。
個人的にはまだインジェラのほうがマシだなあ。

イクエは「甘くない『かるかん』」と言ってるけど、それはないなあ。

けっきょく苦い思い出となったケニア最後の夜。
でも、じつはこれは序章にしか過ぎなかったんだよねえ。
ウガリとの辛い闘いが待っていることを、この時は知るよしもなかったケンゾーとイクエだった。
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タダでサファリが楽しめる!?

2014.12.18 05:44|ケニア☞EDIT
小さいときの嫌いな食べ物は「あんこ」と「らっきょう」だったイクエです。
あんこは中学生ぐらいから徐々に食べられるようになり、いまは普通においしいと思います。
どうしてあんなにあんこが嫌いだったか自分でも理解できない。
もさっとするのと特有の甘さがダメだったのかも。
らっきょうは強烈な臭いが原因で喰わず嫌いなところがあり、いまでもひとつぶちゃんと食べられるか微妙。
カレーについてるような、ちっちゃいのはなんとか大丈夫なんだけどねえ。

カバとフラミンゴの生息地ナイバシャ湖のほとりでキャンプをしているイクエとケンゾー。
残念ながらキャンプ場にはカバもフラミンゴも来てくれなかった。

せっかくここまで来たのだからどちらでもいいから会いたい。
15キロくらい先のスモールレイクと呼ばれる湖はフラミンゴの飛来地らしい。
どうせここまで来たんだから足を伸ばしてみよう!

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実はきのうの夕方、キャンプサイトで自転車を借りていた。
24時間で800シリング(約960円)。
さあ、自転車でしゅっぱ~つ!!

イラン編をごらんになった読者の方はご存知の通り、イクエは自転車乗りが下手!!
転倒しないようにゆっくり進まなきゃ。

道は舗装されている。
車がびゅんびゅん走っている道でもない。
でも、ゆるやかなカーブや坂道はそれなりにある。

怖いから上り坂は押して歩き、坂道はブレーキをかけてゆっくりと。
ノロノロ運転なので、自転車を人並みに乗りこなすケンゾーにとってはじれったいだろうね。

でもね、わたしがこんなにゆっくり漕いでいるのは、自転車乗りが下手くそだからだけではない。
実はこのルート、野生動物に巡り会うチャンスが!

カバ好きのケンゾーはカバのことしか考えてなくてスモールレイクに行くことだけを目的にしているけど、道中も楽しまなきゃ。

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シマウマだって、キリンだっているかもしれないんだよ!

横目に何かの存在を感じた。

「あ、シマウマ。」
「ウソ? どこ?」
「ほら! そこ!!」

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見つけたのは自転車を乗りこなすケンゾーじゃなくて、ノロノロ運転のイクエ。
やっぱり、ノロいっていうのは大事なこと。
それだけ周りが見えるから。

シマウマたちがあまりにも自然にいるから、確かに気づかずにパーッと通り過ぎちゃいそうだけど。

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急いで、でも怖がらせないように、音を立てずに自転車を止める。

まさかこんな近くにいるなんて!

普通、アフリカのサファリは4WDの車をチャーターし、高い入場料を払って国立公園に入ってから楽しむもの。
車から降りることはできず、距離を置いて動物を観察する。
でも、ここは国立公園でもなんでもない。
歩いて近づくことができる。

驚かさないようにそーっと一歩ずつ歩み寄る。
シマウマはこちらの様子をじっとうかがっている。
目があって、お互い緊張。

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ウマやロバに似てるのに、シマがあるだけで貴重な動物。
人間に酷使されずにすむ。
人を乗せたり重い荷物を運んだりしなくていいから、幸せ者だね。

ちょっと小さな子どものシマウマもお母さんたちといっしょに草をムシャムシャ。
子どものシマウマは、黒の部分がちょっと赤みを帯びていて茶色っぽい。

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左右対称の顔の模様は、かっこいいというかちょっと気持ち悪いというか。
歌舞伎役者のメイクみたい。

たてがみまでしっかりシマシマ。

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5メートルが限界。

目が合ったまま5メートル近づくと、シマウマたちはさっとお尻を向けて5歩くらい離れていく。
そしてまた立ち止まり、こちらをうかがうシマウマ。
目が合う。
だからわたしはまた一歩ずつ近づいていく。
そしてまた半径5メートルの距離に入ってしまうと、シマウマはお尻を向けてわたしから離れる。

引き締まったシマシマのお尻。
しっぽまでシマシマだから徹底している。

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名残おいしいけど、「バイバイ、シマウマ」

わたしたちは再び自転車を漕ぎ出した。

「シマウマに会えたから、キリンに会えるといいねえ。」

キリンは首が長いから遠くからでも見逃さず、すぐに見つけられそう。

ケンゾーが後ろから早口で言った。
「前! キリン!!」

どこ?
ケンゾーは見つけたみたいだけど、どこにいるの?

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うわ、ほんとだ!!
道路の右も左もいっぱいいる。

ここ、すごい道だね。

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この写真だけで5頭写ってるのわかる?

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首、長いね・・・。

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高い木の葉っぱも食べられるように長くなったんだろうけど、この辺は低い木も生い茂っている。
長い首のせいで食べづらそう。

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道路と車とキリン。
この道を日々通る地元の人にとっては珍しくない光景なんだろうけど、わたしたちにとっては違和感を感じずにいられない。

みんな素通りだけど、わたしたちは素通りなんてできない。
またもやそーっと自転車を置いて、大接近を試みる。
茂みに隠れるケンゾー。

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こちらをうかがうキリン。
さっきのシマウマもだけど、こうやって野生動物と目を合わせるって不思議な感覚。

そしてある一定の距離まで近づくと、サッと逃げていく。

「キリンさん、ごめんごめん。
 車に轢かれないようにするんだよ。」


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この道路は野生動物が日常的に横断するところで、ドライバーたちもそれをわきまえている。

道路には「野生動物に注意!」「この道は動物たちの道でもあります」「動物たちにも安全に横断する権利があります」「動物たちと調和しよう」なんていう標識がたくさんある。

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どうしてこんなにもここに動物がいるのか。
それは、ここが国立公園のすぐ近くだから。

野生動物がたくさん生息しているところは、勝手に入ったり建物を建てたりするのを禁じ、生態系を崩さないために国立公園に指定される。

このすぐ近くには「ヘルズ・ゲート国立公園」がある。
ヘルズ・ゲートとは「地獄の門」という意味。
太古の時代、ナイバシャ湖の水がここの峡谷から流れ落ちていたそうで、その峡谷が「地獄の門」と言われている。

そんな怖いネーミングに反して、ヘルズ・ゲートは歩いてまわれる珍しい国立公園。
ふつうの国立公園はライオンなどの肉食動物が危険だから、車でしかまわれない。

そんな平和なヘルズ・ゲート国立公園だから、公園のすぐ近くに集落があるし人や車も行き交う道路がある。

わたしたちがいまサイクリングしているのはまさにその道路で、国立公園から出てきちゃった動物たちにこうやって遭遇できるというわけ。

動物たちにとっては、どこからが国立公園でどこからが集落かはわからないもんね。

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堂々と道を渡るのはバブーン(ヒヒ)。
しっぽを曲げて垂らしているのが特徴。

ヘンな話だけど、バブーンはアフリカの黒人の人に似ていて、逆に日本人はニホンザルに似てるなって思う。

大きくてがっちりしていて、腰をぐんと突き上げて歩き、顔が黒いバブーン。

かたやニホンザルは目が小さくてショボショボしていて、体も小さく動作もちょこまかしていて、顔も黒くはない。
例えて言うなら間寛平タイプ。

バブーンを見るたびにそんなことを考え、おもしろいなって思う。

サル顔の日本人も多いけど、バブーン顔のアフリカ人も多いんだよ。

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道の両脇に広がる草原や薮。
野生動物を見逃さないように目を凝らしながら自転車を漕いでいく。

遠くにはバッファローの群れ。
バッファローは草食動物とは言え、集団で襲ってくるから近づくのはやめておこう。

茂みの中にいて、群れで草を食べているのは鹿に似たインパラ。

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かっこよくカーブしたシマシマの角をもっているのはオス。
オス1頭に対してメスが数十頭ついて、群れを作っているんだって。

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あぶれたオスたちは固まってオスだけの群れをその近くにつくって、いつか自分もハーレムをつくることを夢見てその機会を狙っているんだそう。
かわいい顔してなかなか厳しい男女関係のなかで生きてるんだね。

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ここに来る前ケンゾーに「どんな動物に会いたい?」って聞かれたとき、わたしが答えたのはゾウでもキリンでもライオンでもなかった。

「イボイノシシかも。」

新婚旅行のときマサイマラでサファリしたときに走り回っていたイボイノシシ。
そのコミカルな風貌が忘れられないんだよね。

ケンゾーが叫んだ。

「ほら!いた!
 イクエが好きなヤツ。」


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しっぽを針金のようにピンと立てて走るイボイノシシ。
『ライオンキング』でおなじみの動物。
親子で草を食べて動き回る姿はかわいいというか、変わっているというか。

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顔は不細工なくせに馬のようにかっこいいたてがみを持っていて、なんだかそれがますます彼らの風貌をおかしくさせている。

草を食べるときはこんなふうに前足を曲げる。

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ぶさかわいい。
というか、ぶさいく!

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木の上からワサワサっと音がした。
自転車を止めて見上げてみると・・・。

哀愁漂うサバンナモンキー。

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赤ちゃんサバンナモンキーもいて、食事に夢中。

「赤ちゃんなのに、どうしてあんなに木登りがうまいんだろう。」としみじみとつぶやいたら、ケンゾーに「あたり前やん!」と笑われた。
「でも人間の赤ちゃんは立ったり歩いたりするのに1年はかかるでしょ。」

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スモールレイクをめざして自転車を漕ぎ進める。
すると、前から!
あ、あ、あ、どうしよう~!!

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ぶつかってしまう!
向こうもこっちをうかがってるけど、どうする!?

もっと近づきたいけどこのままぶつかってしまいそうでドキドキ、ハラハラ。

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ぶつかるー!と思ってブレーキをかけようとしたとき、キリンはタッタッタッと小走りに。

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あ~、緊張した。
こんなに野生のキリンと大接近したのは初めてだしこれからもきっとないだろうな。

2時間かけて到着したスモールレイク。
残念ながらお目当てのフラミンゴもカバもいなかった。

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フラミンゴはこのシーズンは、もう別の湖に飛んじゃったんだって。
でもここに来るまでにたくさんの動物たちに出会えたから、それで満足。

もってきていたフルーツを食べることにしよう。
きのう自転車でキャンプ場近くのマーケットに行って、おばさんに「これはメロンみたいな味だよ」とすすめられた得体の知れないフルーツ。

トゲがあってモンスターの卵みたいな形。
どうやって食べるんだろう。

切ってみてびっくり。
なじゃこりゃ~!?

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種が一個一個、緑色のゼラチン状のものに覆われている。
モンスターの卵と言うか、カエルの卵?

一粒食べては、ペッと種を吐く。

食べてみてびっくり。
なんじゃこりゃ~!?

マズすぎる!!

どこがメロンの味?
強いて言えば、熟れ過ぎて腐る直前のきゅうりの味。
水っぽくて生臭い。

醤油とワサビをつけてごまかせばなんとか食べられるかもしれないけど、単独ではムリ。
これはフルーツとして楽しめない味だよ。

帰りも同じルートで動物を探しながらキャンプ場に戻ろう。

車をチャーターしなくても、国立公園に入らなくても、こんなに野生動物に出会えるなんて思ってなかった。

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イクエとケンゾーは自転車を借りたけれど、歩いていけないこともないしタダでサファリを満喫できる。

日本では動物園でしか会えない動物たちが、当たり前のようにそこで生きている。
これぞアフリカ。

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キャンプ場にカバがやってくることもあるし、時期が合えばフラミンゴの大群だって見ることができる。

ナイバシャ湖はそれほど有名な観光地じゃないけど、とってもおすすめ。
キリンは30頭ぐらい見た。

地平線まで見渡せるだだっ広い国立公園を4WDで駆け抜けて動物を探しまわるサファリも迫力があっていいけれど、自分のペースでのんびり散策して動物に大接近できるここには別の魅力がある。

2回目のケニアはただ通過するつもりだったけど、こんなにナイバシャ湖で楽しめるなんてうれしい誤算だった。

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【旅 info.】
  ナイバシャ湖畔a_DSC_0423_20141217191256bc2.jpg
ナイロビからバスでナイバシャの街へ。
ナイバシャの街からミニバスに乗り換えて湖畔へ。
湖畔のキャンプ場やロッジにレンタサイクルあり。
ナイロビから日帰りも可能。
動物は朝や夕方のほうが道路まで移動して来るのでできれば1泊したい。



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カバに会いたくて・・・

2014.12.17 07:21|ケニア☞EDIT
雨で濡れた床で滑ってこけてお尻と背中を強打したケンゾーです。
突然どしゃ降りの雨が降り出したので、外で乾かしていたイクエの靴を避難させようと猛ダッシュしたらツルんと見事に滑ってドーンと尻を床に打ちつけてしまった。
あまりに痛すぎて涙が出そうだったんだけど、本能的にまず誰かに見られてないか周りを見渡すことは忘れなかった。
不惑の40歳にして漫画みたいな見事なこけっぷりだったなあ。

居心地のいいナイロビの宿ニューケニアロッジ。
とは言え、危険が隣り合わせのダウンタウンに長居はしたくないもの。
新婚旅行のときにマサイマラでのサファリは体験済み。
なので今回はサファリツアーに参加する予定もないし、かといってサファリ以外の見どころも思いつかないので次の目的地ウガンダに向けて移動することに。

宿のすぐ近くからウガンダの首都カンパラ行きの国際バスもあるにはある。
だけどサファリをしないとは言え、野生動物の王国ケニアをただ通過するだけというのはもったいない。

ウガンダへ向かう途中にナクル湖というフラミンゴの集まる湖がある。
ここも入場料が必要な国立公園ではあるんだけど、地図で見る限りナクルの街と国立公園は隣り合っていて、もしかしたらナクルの街からフラミンゴが見えるかも。

ということで、ナクルの街に立ち寄ってみることにしていた。

だけど、出発当日の朝。
イクエが急に「ナイバシャ湖に行こう」と言い出した。
ナイバシャ湖はナクル湖のさらに手前。
ナクル湖みたいに湖畔に行くのに入場料はいらないし、ナイバシャ湖にはケンゾーが大好きなカバが棲息しているんだそう。
湖畔にホテルやロッジが点在していて、なんとロッジの敷地内にもカバがやって来ることもあるんだって!
ロッジと聞くとちょっと高そうだけど、キャンプサイトも併設されていてお手頃価格で泊まることができるらしい。
どのみち通り道なのでナイバシャ湖で1泊することにした。

ナイバシャ

まずは湖の東にあるナイバシャの街までマタツ(乗合いワゴン)に乗って行く。
宿から500mほど離れたマタツ乗り場へ。
ちゃんとチケット売場があって前払い制だった。
ダウンタウンからナイバシャまで300シリング(約370円)。

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今までのアフリカの国と同じようなワゴンではあるけれど、ちゃんと一席ずつ区切られていて定員数を守ってくれるのでありがたい。
ナイロビからナイバシャまではおよそ90km。
大都市のナイロビもほんの15分ほど車を郊外へ走らせると自然豊かな景色へと一変する。

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しばらくすると左手に盆地のように低く開けた土地が見えてきた。
これが「地球の割れ目」と呼ばれているグレート・リフト・バレー。

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東アフリカを南北に貫いている大地の割れ目でイスラエルの死海からタンザニアまでの東リフト・バレーと、ウガンダからモザンビークまでの西リフト・バレーに分かれている。
このすぐ真下では大陸プレートがぶつかり合い、地殻運動が活発に行なわれている。
現在でもこの割れ目は広がりつづけていて、数千年後にはアフリカ大陸が2つに分かれるんだって。
でも、それまで地球が存在しているかわからないけど。

大陸が2つに割れるって、規模が大きすぎて想像の範疇を越えてるよ。
もしもちょうど中間に立ってたら股が避けるやん!なんていう小学生レベルのことしか思いつかない。

やがて行く手に湖が見えてきた。
ナイバシャ湖もグレート・リフト・バレーの中にある。
標高1884mと東リフト・バレーでいちばん高いところにある湖。

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ナイバシャの街でマタツを乗り換えて湖方面へ。
目星をつけていたロッジ「FISHERMAN(フィッシャーマン)」へ行きたいと言えば乗り場を教えてくれる。
ナイバシャからフィッシャーマンまで100シリング(約120円)。

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「フィッシャーマンズ キャンプ」。
車掌に伝えておくとゲートの前で降ろしてくれる。

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名前に「キャンプ」と付いているだけあって敷地内は自然たっぷり。
自分のテントを持っていればどこでも好きなところに寝床を作ることができる。

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テントを借りると、施設使用料あわせて2人で2000シリング(約2400円)。
共同トイレは水洗だし、温水シャワーも浴びることができる。
もちろんテントじゃなくてロッジに泊まることも可能。

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宿泊はせずにバーバキュー目的でやって来る地元の人たちも多いみたい。
ケニア人はこの人数で牛1頭分は食べそうな雰囲気。

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ナイバシャ湖の湖畔は自然の宝庫。
ロッジの敷地内でもいろいろな動物を見かける。

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小さくて仕草がかわいいサバンナモンキー。

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長くてふさふさの白い毛が特徴的なアビシニアコロブス。

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虹色の体が美しいライラックブッポウソウ。

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トキの仲間であるアフリカクロトキ。
古代エジプトでは神としてあがめられた聖なる鳥。

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そして存在感抜群のへんてこな鳥、アフリカハゲコウ。

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名前のとおり頭が見事にはげ上がっている。
喉にピンク色の袋がだらりとぶら下がっているのもいて気持ち悪い。
歩く姿はコートのポケットに手を突っ込んで腰を曲げて歩くおじいちゃんみたい。
目元もなんとなく人間のおじいちゃんみたいで、やっぱり気持ち悪い。

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キャンプサイトの目の前はナイバシャ湖。
ケンゾーとイクエのテントのほんの10m先に張り巡らされているものが・・・。

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これは電流が流れるバリケード。
夜になるとこれに電気が流されるので「触らないように気をつけて!」ってスタッフに言われている。

なんでこんなものが必要なのか?
それはここにカバが来ることがあるから!
夜になると時々ここにやって来て草をムシャムシャ食べてるんだって!

カバ見たい!
こんな近くで野生のカバを見るチャンスはそうそうないよ。
カバっておとなしくて鈍臭そうに見えるけど、じつはかなり凶暴で危険な動物なんだよね。
あの巨大な姿を目の前にしたらちょっと怖いけど、やっぱり見たい!

今夜カバがやって来ることを願いながら夕食の準備。
ここにはレストランもあるけれど超絶に高いので自炊。
コンロなんかはないので石を組んでかまどを作って火をおこす。

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今夜のメニューは・・・インスタントのラーメン!
いいのいいの、こういうシチュエーションで食べると何でもおいしいんだよ。

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しんと静まり返った湖畔に響くのは虫の音とパチパチとはぜる焚き火だけ。
カバを待つ長い夜のお供は、ケニア産のブランデー。
250mlの小瓶で400シリング(約490円)。

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もっと安いのもあったけどちょっと奮発。
「ケニアでブランデーなんか作ってんの?!」ってあんまり期待してなかったんだけど、これはおいしかった。
5年もので香りがよくて味も上品。
ブランデーをちびちびと舐めるように味わいながらカバを待つ。

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カバが来るのは夜中なのか朝方なのか・・・。
いつかは分からないけれど、ブハーブハー、ムシャムシャ音を立てるからすぐに分かるらしい。

結局夜は来なかった。

一応空が白みはじめる朝5時に起きてみたけどダメだった。
きれいな星空は見ることができたけど、残念。

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残念ながら大好きなカバに会うことはできなかった。
だけどね、カバに負けずとも劣らないすごい経験をすることができたんだな。
ケニアと言えば何といってもサファリだけど、まさか◯◯に乗ってサファリができるとは!
あしたは野生動物をたっぷりお伝えしま~す ♫
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ナイロビの巨大スラム「キベラ」

2014.12.15 05:31|ケニア☞EDIT
ヒッチハイクをして車の中で寝る夫に対し「しっかりしなさいよ!」と苛立ちを覚えるイクエです。
ケンゾーはそれでもがんばって耐えてるらしいんだけど、すぐコクリコクリとなるの。
で、ドライバーに「アハハ、寝てるの?」ってつっこまれるの!
失礼だし、なんとか睡魔と闘いなさいよ。

ふたりにとっては2回目となるナイロビ。
凶悪都市ナイロビにはとくに見るべきものはない。
できれば避けて通りたかったけど、陸路でエチオピアから南下するには通らざるを得なかった。

でもただの通過点にはしたくない。
ナイロビで観光するところは何もないけど、ひとつだけ気になる場所があった。

それはキベラ・スラム。
スラムとは都市にある貧困層の居住地区。
貧しい人たちが違法に住居をつくっていて、人口密度が高く統制のとれにくいところで、公共サービスも受けられない場合が多い。
いわば、無法地帯。

貧困層の多いアフリカで、南アフリカのソウェトに続き2番目に大きいスラムがここナイロビにあるキベラというところ。

ナイロビ自体危険なのに、貧困層が暮らし、強盗や殺人など犯罪が日常的に起きるスラムならなおさら外国人がウロウロするのは危なすぎる。

けれどこのキベラ・スラムを訪れる外国人が少なくない。

アフリカを旅したいと思っている時点で「リゾートでバカンスを楽しみたい」とか「美しい景色や素晴らしい観光地に行きたい」という目的だけではないものをこころのどこかでもってきているのではないかなと思う。

アフリカ特有の問題や、先進国にいては見えない世界の現状。
そういうのをアフリカで見たい知りたいと思うのは不思議ではない。

キベラ・スラムはナイロビの街のなかにあって実際には誰でも行ける場所ではあるけれど、旅行者の外国人が勝手に突然入るのは危なすぎて不可能に近い。

キベラのことをよく知っている人に案内してもらわないといけない。

日本人がキベラに入るには、現地で生活しキベラで学校を運営されている早川千晶さんという方に案内をお願いするのが一般的。
早川さんはキベラをまわるスタディーツアーも定期的に開催されている。

日本語で案内してもらえるし、細かいこともいろいろとお話が聞けそうだし、なによりしっかりとした取り組みをされている信頼できる方なのでもちろん早川さんに案内してもらいたい。

そう思って早川さんのFacebookを確認したら・・・。

日本に一時帰国中!!

タイミングが悪いわたしたち。

インターネットで検索してみるけど、早川さん以外に案内してくれる旅行会社や団体の存在が見つからない。
それでも諦めきれなくて、日本語ではなく英語で検索してみたら、キベラツアーを開催している旅行会社や団体がけっこうある!

でも英語で検索すると、いいことばかりではなく、キベラツアーを批判する論文や投稿のようなものも見つかった。
そこに書かれているのは次のようなこと。

・ただの野次馬で旅行者がキベラに行くのはいかがなものか。
・まるで動物園にでも行くかのように、スラムを観光に行き「うわあー、かわいそう。それに比べてわたしは恵まれた環境に育ってしあわせだ」と実感するのは相手に失礼ではないか。
・キベラツアーを商売にするなんておかしい。旅行会社や団体はツアーの参加費をキベラの環境や人々の暮らしを改善するために寄付するとうたっているけど、ほんとうにそうしているのかあやしい。


正直言ってぎくりとするような部分もあり行ってみていいか迷ったけれど、高層ビルの建ち並ぶビジネス街や繁華街のダウンタウンだけを見てナイロビを発つことにも気が引けた。
ナイロビの光だけでなく陰も見ておかないといけないような気もする。

キベラを知らずにナイロビは語れない。
なぜなら・・・・。
キベラ・スラムにはナイロビの人口の4分の1とも3分の1とも過半数とも言われる人が住んでいる。

数に開きがあるのはスラム内の人口を調べるのは難しいから。
4分の1だってすごい数。
首都に住む人の4人に1人がスラム生活者というのは異常だ。

キベラに行こうと思っていることをだいごろくん、きっこちゃんに伝えると2人も興味をもっていて4人で参加することにした。

わたしたちが頼んだのは「Explore Kibera Tours」というところ。
4人で参加すると1人20ドル。

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待ち合わせ場所はキベラの近くのショッピングセンター。
宿でタクシーを手配してもらう。
(ナイロビにビビっていたわたしたちはタクシー移動をしたけれど、帰りはツアーのガイドさんに「大丈夫だよ」と言われてバスで戻った。ナイロビの路線バスはきれいでみんな座席に行儀よく座っていてちゃんとした車掌がいて危ない感じはいっさいなかった。バス車内というよりも、バスに乗る前と降りたあとが危ないのでタクシーを使ってドア・トゥ・ドアに越したことはないけど。)

ナイロビはアフリカの大都会。
交通渋滞がすごい。

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宿のあるナイロビ中心地から7キロくらいのところだけど、朝の通勤ラッシュに重なったこともあって、予想以上に移動に時間がかかってしまった。
ショッピングセンターに到着すると1人先客がいた。
ヨーロッパ人の女性で、現在アフリカのブルンジで暮らしNGO活動をしている。
ケニアには休暇で遊びに来ているのだそう。

ガイドの男性に連れられて5人でキベラまで少し歩く。
男性ももちろんキベラで生まれ、育った人。

キベラのすぐ近くは閑静な住宅街。
生活に余裕のある人たちが暮らしていそう。
大きめでしっかりした造りの家が多い。

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お金を持っている人のエリアとスラムが隣り合っているという不自然さ。

そういえばわたしたちが泊まっているダウンタウンも危険で絶対に旅行者が近寄ってはいけないと言われているけど、通りを挟んですぐのところには旅行者が唯一歩いても大丈夫だと言われるビジネス街がある。

ナイロビでは光と陰が隣り合っている。

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なんとなく混沌とした雰囲気に変わってきた。
たぶん、もうすぐスラムに着く。

露店の様子も今までとは違う。

一応、売り物らしい。
ゴミとして捨てられていたものを拾って売っているのかもしれない。

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キベラの広さは少し前はおよそ2.5㎢だったけど、政府が強引に縮小して今はだいぶ狭くなったのだそう。
立ち退きとかさせたんだろうけど、そこにいた人たちは暮らしていけるのかな。
実際はまたその人たちがスラムに戻ってきて、スラムの広さも拡張するのかもしれない。

「ここからがキベラです。」

ガイドが言った。
ケニア最大のスラム街に入るのだから緊張していいはずなのに、なぜかわたしは田舎の集落にでも入るように落ちつていた。
それはスラム街の入口には似つかわしくないものが存在していたからかもしれない。

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わたしたちを待ち受けていたのは、畑。
ナイロビの真ん中にのどかな光景があった。

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「キベラの女性グループが菜園づくりをしているんです。」

スラムで生きる人というとほとんど収入がなく、やさぐれていて、明日や将来のことなんて考えられないほど余裕がなく、自分のことで精一杯で、積極的に何かに取り組んだり他人と力をあわせて活動するなんて興味がない人たちなんじゃないか。
そんな固定観念がどこかにあったのかもしれない。

ガイドから出てきた「女性グループ」「菜園」という言葉がとても意外だった。

たしかにスラムには犯罪を犯す人もいるけれど、でもほとんどの人たちがわたしたちと同じように前を向いて工夫しながら生活を豊かにしようと一生懸命生きている。

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見渡す限りさびたトタン屋根が続く。
このスラムの人口は100万人とも言われている。
スラムに政令指定都市の人口にあたる人たちが暮らしているというのは、やっぱり異常だ。
100万人なら広島市や千葉市の人口と同じレベルだし、熊本市や岡山市、静岡市よりも多いことになる。
わずか2㎢くらいのところにこの人口。
人口密度がすさまじいことがわかる。

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スラムは迷路のようになっている。

経済発展の波に置いていかれて、昔ながらの自給自足の生活ができず困り果てたすえにここで暮らしはじめた人。
首都に行けば仕事にありつけると信じて田舎からやってきたものの仕事がなくて住処がなくてここに住みついた人。
もはやきっかけはわからないけど、祖父母の代からここがふるさとだった人。

いろんなバックグラウンドを背負った人たちが、ここで暮らしている。
空いているスペースなんてない。

スラムでは狭い場所を見つけてはむりやり家を建てて新たな住人が加わっていった。
だから家と家の間に細い道が走り、迷路のようになっている。
スラムは治安が悪いという事だけでなく、迷子になってしまうから部外者が単独で来るのは難しい。

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その狭い路地に排水がそのまま流れている。
こんな汚水に触れてしまうと病気になってしまいそう。
足元に気をつけながら慎重に、でも足早に歩く。

そのまま土の上に流れているところもあれば、こんなふうにむき出しの排水溝がつくられているところもある。
NGOが造ったのだそう。

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迷路のようなスラムにもメインロードのようなところがある。
路地よりも道幅は広く、人が行き交う。
両脇にはお店が並んでいる。
建物の高さが低くて、こびとの国に迷い込んだような気分。

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政令指定都市なみの人口を抱えるキベラ・スラム。
ここ自体がもう街になっている。
スラムの中にない店はない。
雑貨屋、床屋、クリーニング店、薬局、バー、家具工場まで。

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スラムで生まれ、スラムで育った人たち。
親の代,祖父母の代からここで暮らしている。
スラムに住む人はなにも、仕事がない人たちだけじゃない。
スラム内にお店をもっている人、学校の先生、外に出勤している人・・・。
ボロボロの服を着ている人はむしろ少ない。

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電気も通っている。
といっても、たくさん電気を使える訳ではないけど。
水はところどころにタンクがあって、住民はそこに買いに行く仕組み。
ナイロビの会社がタンクに水を運んでいて、住民は20ℓを5シリング(約6円)で買う。
もちろんそれほどきれいな水じゃなくて、飲み水としてはふさわしくない。

ボロボロのトタン屋根の小屋のような住宅。
そこだけ見ると、戦後直後のバラックの建ち並ぶ集落のように見える。
でも、スラムの向こうには真新しいマンション。
ちぐはぐな感じ。

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ケニア最大のキベラ・スラムの人々をさまざまな外国のNGOが支援している。
だからたまにボランティアと思われる外国人を見かける。

スラム内で見たいちばんきれいな建物。
「タウンセンター」と書かれている。

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トイレやシャワーが使えて、洗濯もできる場所らしい。
カフェもあってメニューを見るとなかなかよさそうだったので、単独で来てたらここでお昼を食べたかったなあ。

キベラの暮らしを向上させようとNGOがいろんなプロジェクトを実行している。
収入向上、教育、医療の充実、女性の地位向上・・・。

だけどもっとも必要じゃないかと思ったのはゴミ問題。
ゴミが散乱していて、いたるところが臭い。

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今のところ、ゴミ収集は日曜日だけ行なわれている。
迷路のようになっているスラムでゴミを収集するのは実際大変だと思う。
住民に外に運び出してもらおうにも、それをするのは難しく、結局は家の外にポイッとしてる。

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雨が降ればどうなるのだろう。
不衛生で病気が蔓延しそう。
蠅や虫だってわく。

ゴミ問題を解決しない限り、住民の健康や生活の質向上は実現できないと思う。

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家にトイレがあるところなんてほとんどない。
公衆トイレもあるにはあるけど、数が足りないし、家の近くにないところも多い。
住民は外でやったり、家の中のたらいでやって外に流したりしているらしい。

スラムには川が流れている。
汚泥とゴミがごちゃ混ぜになって悪臭を放っている。

そんな川を掃除している住人たちがいる。
清掃員で給料をもらっているらしいけど、清掃活動は追いつかない。

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ゴミの臭いと汚泥の臭いが鼻につく。
そのうえ、どこも煙くて息苦しい。
喉が痛くなる。

ほとんどの家庭は調理に木炭を使っている。
店の軒下では木炭が売られている。

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これだけ家が密集していてどこからも煙が出ていたら、煙たくなるのはあたり前。
体に悪そう。

スラムの中には線路が通っている。
線路沿いの空いたスペースにスラムができるのはインドでも見てきた。

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同じような建物が並び、線路を横切ったり、川を渡ったり。
自分がどこにいるのかわからない。

でもスラム生まれのガイドは迷わずにわたしたちを案内する。

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この先はもう道がないんじゃないのか、そもそもここは道なのか家の敷地なのかもわからない。

そんなところにここはあった。
「KIGULU HIV/AIDS ORPHAN CENTRE」。

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外からは想像もつかないほど、なかにはたくさんの子どもたちがいた。
ここは親のいない子どもたちが来る学校。
3歳から13歳までのおよそ60人の子どもがいる。
そのうち5人がHIVの陽性患者。
薬は無料でもらえるとのことだった。

シングルマザーの子もいれば、親戚に育てられている子もいる。
ここに寮の施設はないので、子どもたちはスラム内からここに通っている。

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4人のスタッフがいて、子どもたちに勉強を教えている。
寄付で成り立っていて、教科書は外国から贈られたもの。
それでもスタッフの数が足りなくて、3人で60人を教えている。
教室はいくつかあったけど、自習をしているクラスのほうが多い。

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キベラ内には授業料が無料の公立学校もあるけれど、制服を買わないといけないし、給食も出ないので学校に行けなくなる子もいる。
ここでは制服や教材は支給されるし、お昼の給食も無料で出される。

HIVの子は普通の学校に行くといじめられるケースもあり、ここだといじめられずにのびのびと過ごせるのだそう。

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学校を任されているのはルーシーさんという女性。
わたしたちの訪問を歓迎してくれて、とても優しく丁寧に質問に答えてくれた。

ルーシーさんが小さな部屋に案内してくれた。
作りかけのサンダルが並べてあった。

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マサイ族の伝統的な布を使って、いまスタッフでサンダルづくりに取り組んでいるのだそう。
これを売ってその収入をこの学校の運営にまわすことをめざしている。
いま子どもにも作り方を教えているところで、ゆくゆくは子どもたちも作れるようにしたいんだって。

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子どもたちはちょっとシャイで、でもかわいくて、笑顔だった。
親がいなくて生活環境も大変だけど、ここでみんなと毎日勉強し、スタッフから愛情をもらいすくすく育っている。
キベラは貧しくてたしかに犯罪者になってしまう人もいるけれど、こんなふうに教育を受けて愛情をもらえばそんな悪の道に走ることを止めることができる。

子どもたちのためにも、キベラの未来のためにもこういう活動ってほんとうに大切。

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センターのスタッフから寄付をお願いされるかなって思ったけど、そんなことはいっさいなかった。
きっとわたしたちのツアー参加費の一部をちゃんとこの施設に渡しているのだと思う。

そういう意味では、このツアー会社はしっかりしていると思う。

ツアー会社によっては「参加費はキベラのために寄付される」と言いながらも全部自分の懐に入れて、施設訪問をすると施設側から寄付をお願いされるところがあるらしいので注意。

笑顔で子どもたちとスタッフに見送られ、わたしたちはさらにスラム内を歩く。
ガイドは道に迷うことなく、路地を突き進んでいく。

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わたしたちがおじゃましたのはある女性の家。
HIVの患者さんで、キベラのHIV感染者の女性グループのメンバー。

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彼女たちは布でバッグを作ったり、ビーズでアクセサリーを作ったりして収入を得ている。
みんなで悩みを分かち合ったり、小物づくりをして協力して販売して収入を得ることは彼女たちの生きる力になっている。

彼女の家は6畳もないくらい。
もちろんトイレもキッチンもない。
ここで家族4人くらいで生活していると聞いて驚いた。

窓もない。
天井には2つの裸電球。
よく見るとひとつは電球じゃない。
右側のはペットボトルライト。

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天井に穴を開けてペットボトルを埋め込んだもの。
もちろん夜は何の訳にもたたなくなるけど、日中は太陽光を取り入れることができる。
電球並みに明るい。

彼女の家には電球ひとつとラジオがあった。
最低限の生活レベル。
キベラの人たちはこんな部屋で暮らしているんだ。

びっくりしたのはなんとこれは賃貸だということ。
スラムに違法に建てられたこんなほったて小屋が賃貸だなんて。
スラムの中にも、家を建てることも持つこともできない人がいれば家を貸し出して家賃収入を得ている人もいる。
スラムの中にも貧富の差は存在している。

彼女の家族が借りている家はこの土壁の長屋の左側の部屋。
この長屋には3世帯が暮らしている。
電気代込みで1か月1500シリング(約1800円)。

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スラムを貫く線路。
この上を道路のように人が歩いていく。

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線路の両脇には店が並び、電車なんて通れそうもない。
でも一日に3回キスムやモンバサ行きの列車が通ってるんだって。

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列車が来るとサッと避ける人々。
街のメインストリートを列車が走っていくと言うのはなんとも不思議な光景。

列車が通り過ぎると何事もなかったかのようにまた線路を歩きはじめ、日常に戻る。

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スラムにはめったに車が通らないけど、めずらしく車が通った。
スピーカーで何か呼びかけている。

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無料健康診断、診療、健康相談のお知らせだった。

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こんなふうにいろんな人たちが手助けや協力しながら、がんばってスラムの生活を成り立たせている。

最後に訪れたのは、ある工房。
白くて細かい粉が煙のように舞っている。

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ここは牛や、ヤギ、羊の骨からアクセサリーやキーホルダーを作っている工房。
骨をビーズにしてアクセサリーを作るのはアフリカの伝統的な技。

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2006年にできた工房で25人が働いている。
スラムの中でこうやって新たな雇用を生むいろんなプロジェクトが始動している。

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骨を大きくカットする人、小さく削る人、絵付けする人。
流れ作業で進んでいく。

骨がキリンの形になってる!

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完成したものはお土産屋さんに売ったり、近隣国に輸出しているんだって。
この場所でも売っていて、だいごろくんはブレスレットを、ヨーロッパ人の女の子はピアスやキーホルダーをお買い上げ。

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スラムを歩いていたら、ケンゾーのサンダルの底が抜けた。
スラムにある靴の修理屋さんで縫ってもらうことに。

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ここでは靴磨きも請け負っている。
けっこう頻繁にお客さんが来ていた。
スラムに住む人でもつねに靴をピカピカにしたい人だっている。
靴を磨いてもらっているおじさんとお話しした。
タクシーのドライバーをやったり、大工さんをやったり、家具を作ったり、いろんな仕事を掛け持ちしていた。
何でも屋で、仕事があると請け負っているみたい。
このときも仕事を探していた。

スラムを出たあと、帰りは服のマーケットを抜けて行く。
いろんな服が大量に売られている。

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これまでいろんな国で服のマーケットを見てきたけどこれほど安いところはない。
新品のジーンズでも300円くらいで売っていた。
たぶん海外から届く援助物資の服が横流しされて、ここで売られているんだと思う。

キベラツアーは3時間半ほどで終わった。

キベラに行って感じたことは、スラムであってもそこにはわたしたちと変わらない人たちが住んでいるというあたり前のこと。
想像しているよりも危ない感じはないし、ちょっと貧しい集落を歩いている感覚。
怪訝な目で見られるかと思ったら、みんな明るいし挨拶をすると笑顔で返してくれる。
スラムであっても人々は自分たちの暮らしを豊かにしようと工夫しながら一生懸命生活している。

キベラには物乞いがいなかった。
みんな貧しいから当然かもしれないし、物乞いをするときはスラムの外に行っているのかもしれない。
みんな明るくて楽しそうで、穏やかだった。
よっぽどスラムの外のほうが物乞いが多くて殺伐とした雰囲気がある。

「スラム=貧しい、生活が荒んでいる、危ない人々が集まっている」という固定観念が崩された。

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といっても、けっして安心できる場所ではない。
現地の人から受け入れられるガイドがいないと危険だし、アクセサリーなどは外し目立たない服を着たほうがいいとツアー会社にはあらかじめ指導されていた。
ほぼ手ぶらで行ったほうがいいし、写真撮影も最小限にとどめ不必要に人を撮ってはいけない。

会社や団体によっては強引にスラムでお土産を買わせたり、客が買えばそのぶんマージンが後日会社側に支払われるという話もあるみたい。

わたしたちがお願いしたツアー会社は、きちんと参加費を施設に渡しているようだったし、強引に何かを買わされることも新たな寄付を求められることもなかった。

できれば、日本人の早川さんたちの活動に参加させてもらったほうが安心だしいいと思う。

アフリカ第2のスラム「キベラ」は世界にも名が通っているので、海外からの支援もたくさん集まっていると思う。
でもナイロビにはキベラ以外にもスラムがあって、スラムじゃなくても貧しい地区はたくさんある。
そういうところのほうが支援が集まりにくく、見捨てられ、苦しい生活をしているのかもしれない。
そういうところはどうしているんだろう。
もちろんわたし個人が行けるようなところでもないし何もできないけど、キベラに行ったことでそっちのほうも気になってしまった。

いろいろ考えるきっかけにもなるので、キベラに行くのはけっして悪いことではないと思う。
観光地じゃないので「おすすめです」とか「絶対行ったほうがいい」なんて言えないけれど。
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危険地帯ナイロビのダウンタウンの宿

2014.12.14 05:49|ケニア☞EDIT
最近とにかく眠くて仕方がないケンゾーです。
朝起きて「あ〜よく寝た」って思うことがしばらくない。
眠いのにいざ寝るとなるとなかなか寝付けないことが多いし、夜中にしょっちゅう目が覚める。
そして、あまり寝てないのに朝になると目が覚めてしまう。
あ〜、ぶっつづけで12時間くらい爆睡したい!

恐怖で緊張しっぱなしだったナイロビの一夜が明けた。
緊張感とは裏腹に、久しぶりに熱々のシャワーとふかふかのベッドで快眠だった。
Wi-Fiが無いこと以外は文句の付けようが無い快適なホテル。

だけど移動しないと。
行き先は危険地帯のダウンタウン。
情報収集&ブログの更新のためにWi-Fiが必要だし、どっちみちウガンダに移動するにはダウンタウンにあるバスターミナルに行かないといけない。

意を決してダウンタウンに移動することにした4人。
移動手段はタクシー。
普段はよっぽどのことがない限りタクシーなんか使わないけど、なんたってここは凶悪都市ナイロビ。
タクシー以外の選択肢なんかあるわけがない。

流しのタクシーは怖すぎる。
レセプションでタクシーをお願いするも、はたしてこのドライバーを信用していいものかどうか一抹の不安は捨てきれない。
レセプションのスタッフに何度も確認する。
「彼のこと、信用して大丈夫なのか。」

いったいどこまで警戒する必要があるのか?どこまで信用できるのか?
まだナイロビに到着して1日も経ってないのにストレスが溜まってしょうがない。

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1泊したイーストリーという地区からダウンタウンまではおよそ4km。
タクシー料金の言い値は1台1000シリング(約1200円)。
高い気もするけれど相場がまったく分からない。
一応値段交渉してみたけれど、1シリングも下がらなかった。
ホテルで呼んでもらったから高いのかもしれない。
安くても危険な目にあったら馬鹿らしい。
まあ、とにかく無事にホテルにたどり着くことができるんだったら、多少ボラれてようがこの際構わない。

ドライバーに行き先の通り名を言うと「あ〜、ニューケニアロッジでしょ。」とすぐにホテルのことをわかってくれた。
きっとこんなふうにバスターミナルの近くで1泊して、翌日お目当てのニューケニアロッジに移動するバックパッカーが多いのだと思う。

不安な様子を隠しきれない4人を乗せ、最も危険なダウンタウンへと走りだしたタクシー。
4人とも急いで車のドアをロックする。

7年前、新婚旅行でナイロビを訪れたときにガイドから「車の窓はぜったいに開けないように!」と言われたナイロビ市内。
タクシードライバーが窓を全開にして走っているので「大丈夫?」と聞いたら「ノープロブレム!」と言われた。
前回がかなり慎重だったのか、治安状況が少しは良くなったのか・・・。

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車窓から眺めている分にはとくに危険な感じはしない雑多な大都市。
およそ30分でダウンタウンのど真ん中へ。
めざすゲストハウスが見えてきた。

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「NEW KENYA LODGE」
ジャングルジャンクションと並んでナイロビでの定番宿。
ナイロビでは宿の選択肢はかなり限られる。
安全な高級ホテルに泊まるか、危険度は増すけれど安いゲストハウスに泊まるか。

そのゲストハウスも実質2択。
高級住宅街にある「ジャングルジャンクション」は何度も武装強盗に襲われているので却下。
日本人の旅人たちも銃を突きつけられロープで縛り上げられ、貴重品を全部奪われる被害にあっている。
必然的にダウンタウンにある「NEW KENYA LODGE」しか選択肢は無かった。

タクシーを降りてホテルまでほんの10m。
昨日とは違い真っ昼間だけどドキドキの10m。

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階段を駆け上がると慣れ親しんだ顔ぶれが出迎えてくれた。
きのう別れたケイン&おばちゃんコンビとノブくん&モモちゃん夫婦。
よかった、みんな無事にたどり着いてたんだ。

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NEW KENYA LODGEはドミトリーが1ベッド750シリング(約900円)。
ダブルルームは1500シリングだからドミトリーのベッド2台分と同じ値段。

Wi-Fiあり、共同シャワーはちゃんとお湯が出る。
宿泊客が少なかったからか、4ベッドルームを個室として使わせてくれた。

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なんとなく山小屋のような雰囲気で居心地はとてもいい。
モヤレからナイロビまでの移動で砂まみれになった服やバックパックを豪快に洗うこともできたし、近くにスーパーがあるので必要なものはすぐに買える。
ここでエチオピア旅の疲れをすっかり落とすことができた。

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難点はキッチンが使いづらいこと。
キッチンと言ってもガスコンロが一つあるだけなんだけどね。

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シンクが無いので洗面台で食器や食材を洗わないといけない。
あと、声を大にして言いたいのは「なんで海外にはまな板が無いのか?!」ってこと。
鍋や食器類は充実してるのになぜかまな板だけ無いことが多いんだよね。
ホテルだけじゃなくて一般の家にもけっこうな確率で置いてない。
アフリカだけじゃなくてヨーロッパでもそうだから不思議だ。
どうやって肉とか野菜を切ってるんだろう。

あともうひとつ、このゲストハウス最大の難点はセキュリティ意識が甘いこと。
スタッフは4、5人いるみたいなんだけど、専属の警備員はいない。
みんなソファーでお茶を飲んだりしゃべったりしていて、だれがスタッフなのか部外者なのかもよくわからない。

恐怖のダウンタウンのど真ん中に位置しているのにゲートの施錠が心許ないことこの上ないんだよね。
南京錠があるんだけど、日中はほとんどロックされていない。

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頼みのメインロックは横にスライドさせるだけ。
外から手を伸ばしたら簡単に開けることができる。
現にスタッフや宿泊客はそうやって出入りしていた。
鍵の意味ほぼなし。

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ゲストハウスはビルの2階部分なんだけど、なぜか螺旋階段があって1階とつながっている。
1階にどんな人たちが住んでるのか知らないけど、ゲストハウスに上がってこようと思えば簡単にできる。

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さらに、横のビルに入っているバーからゲストハウスの屋上に容易に飛び移ることができる。

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侵入方法はいくらでもあるのが現状。
今までは幸運なことに強盗の被害はないようだけど、もうちょっと対策をしておかないといつ狙われてもおかしくない。

心臓バクバク、ドキドキでたどり着いたナイロビのダウンタウン。
「地球の歩き方」にも『最危険地帯なので決して行ってはいけない』と書いてある世界有数の危険地域に宿泊すること3泊。
実際に足を踏み入れたダウンタウンはどうだったのか?

思ったよりも危険な雰囲気ではなかった。
このダウンタウンはヒルトンなどの高級ホテルや官庁のビルなどが集まっているビジネス街に隣接しているので日中はとても人通りが多く賑やか。

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ビジネスマンや女性、子どもも多くて実際に出歩いても特に危険を感じることはなかった。
けれど、日が暮れると状況は一転。
人通りがぱたっと無くなり、何が起きても不思議ではない危険な雰囲気にガラッと変わる。

ダウンタウンの中にも比較的安全なエリアと危険なエリアが混在しているので裏道を歩くのは昼間でもかなり危険。
ナイロビではたとえ強盗などに襲われても他人に助けを求めるのは無意味。
目の前で犯罪が発生しても自分が巻き添えになる恐れがあるので、地元の人々は足早にその場を立ち去るんだそう。
ケンゾーとイクエも必要以上に外を出歩くことはせず、外に出る時はパスポートやカメラは身につけず、必要な現金だけポケットに入れて手ぶらで出かけるようにしていた。

外出してダウンタウンで昼食を食べたりスーパーに行ったりしかしてないけど、それでもケニアいちの繁華街の雰囲気を満喫できたことは楽しかった。
以前来たときはヒルトンホテルに缶詰状態で、高層階の窓から街を見下ろすことしかできなかった。
そのときは街を歩いている人がみんな怖い人に見えたし、目の前の世界が違う世界のようでとても距離を感じた。
でも、今回はその世界に身を置き、滞在し、ダウタウンの日常にちょっと仲間入りできたようだった。

でも、ここが危険な場所であることには変わりはない。

ダウンタウンは繁華街でたくさんの人が行き来しているので、ここに数日泊まっていると安全なような錯覚になってくる。
ニューケニアロッジにはたくさんの日本人の旅人がいるし人のいいスタッフもいるので、居心地がよくて自分が危険地帯に滞在していることを忘れてしまう。
でも気を抜いたら深刻な事件にあってしまうかもしれない。
ゲストハウスのなかにいるときも、もし強盗が来たらどうふるまうかというイメージトレーニングをしていたほうがいいかも。

ナイロビではとくに何もせずゲストハウスに籠ってたんだけど、1か所だけ訪れた場所がある。
それはスラム。
そもそも危険なイメージしか湧かないナイロビのスラムに行くことなんかできるのか?
アフリカで2番目に大きなキベラ スラムとはどんなところなのか?
あしたお伝えします。
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勘弁して ナイロビの夜

2014.12.12 07:45|ケニア☞EDIT
どんなときもコンディショナーを使っていたけど、最近シャンプーだけにするようになったイクエです。
エチオピアでいっしょに旅したきっこちゃんとモモちゃんから旅中はシャンプーだけにしてるって聞いて、そんなことして旅がパサパサにならないのかとビックリしたけどやってみたら大丈夫だった。
美容師のモモちゃんとだんなさんのノブくんが「コンディショナーよりもシャンプーが大切。髪の毛よりも地肌のお手入れが大切。」って言ってたよ。

エチオピアからケニアへと入国したイクエとケンゾー。
国境の街モヤレからケニアの首都ナイロビまで一気に下ることにしている。
距離にしておよそ800キロの大移動。

ナイロビ

ケニアの国境付近は治安が悪く、山賊が出ることもあるらしい。
さらには目的地のナイロビも凶悪都市として悪名が高く、フラフラ歩くのも危険。

ということで、だいごろくんきっこちゃんカップルとモモちゃんノブくん夫婦と徒党を組んで移動することに。

モヤレからケニアまでの長距離バスはいくつかある。
モヤレスターという会社のバスがよさそうだったし、ナイロビに遅く着いたらナイロビのオフィスに朝までいていいと言われたのでそこに決めた。
でも、結果的にはどこの会社も似たり寄ったり。
出発時間もほぼ同じだし、モヤレスターのナイロビオフィスはただのボロい小屋で休憩できるスペースはなかったので、別の会社でもよかったかも。
運賃が少しだけ安い会社もあって、マレーシア人のケインと中国人のおばちゃんカップル(?)はそこにしていた。

バスの出発時間は早い!
朝の、というか深夜3時半。
ほかのバス会社もこの時間帯。

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なぜこの時間かというと、ナイロビに日暮れ前に到着するため。
わたしたちだけでなく、バス会社の人たちも夜にナイロビに着くことを恐れている。
もし何かのトラブルでバスの到着が遅くなりそうなら、深夜にナイロビに着くことを避けるために、手前の街で1泊することもありえるらしい。
安全のために1泊するのはいいけれど、問題は中途半端な時間に着く場合。
日が暮れて暗くなった8時とか9時とかに着くのは嫌だなあ。
第一希望は夕方までに到着すること、第二希望は手前の街で1泊して次の日の午前中にナイロビに着くこと。
嫌なのは・・・暗くなってから到着すること。

そしてわたしたちが気になるもうひとつのこと。
それは、バスがどこに到着するかってこと。

バス会社の人にどこに着くか聞いたけど「空港の近く」と言われただけでどこなのかよくわからない。
泊まるホテルのめぼしをつけたかったけど、到着場所がわからないのでどこがいいのか決められない。

不安材料がありすぎる。

ナイロビはダウンタウンがもっとも危険だと言われている。
ダウンタウンに到着したらどうしようと思ってたけど、まあ、空港の近くなら大丈夫かな。

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深夜に出発したバスはスムーズに走っていく。
休憩時間に外に出るとひんやりとした冷気が体を包み込んだ。
漆黒の空には星と月。

うとうとしていると空が白みはじめ、朝が訪れた。

バスは故障することもなく、ケニアの大地を走り抜ける。

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きのう移動したエチオピアのコンソから国境のモヤレまでのルートに比べれば、バスもマシだし道もマシ。
想像していたよりも過酷ではない。

このルートは野生動物の生息地の国立公園の中を通っていく。
キリンやシマウマ、ゾウなんかに出くわすかなあと期待して窓の外を見ていたけど、残念ながら出会えない。

そのかわり、こんな人たちが!

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民族名はわからないけど、ケニアの少数民族の人たち。
黒人らしからぬ涼しげな顔。
目が細い。

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いっぱいいる。
普通にいる。

エチオピアといい、ケニアといい、独特の文化や美意識をもった少数民族がたくさん存在している。

男性なのにピアスやネックレスをしていてオシャレに余念がない。

頭がチョンマゲみたい。

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白い頭のグループもいる。
黒と白で民族が違うのかなあ。

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ヤリみたいなのを持ち歩いている。

女性は女性でファッションが全然違う。
カラフル。

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何重ものビーズのネックレス。
重くないのかな。
じゃまじゃないのかな。

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みんなで日陰に座って井戸端会議。
祭りでもない。
特別な日でもない。
これが彼女たちの日常の格好。

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ちょうど客の乗り降りでバスが停止したので、トイレに行くがてら彼女たちの脇を通ってみた。
何十本も首からかけているように見えるネックレスは、バラバラじゃなくて後ろでくっついていた。
ボリュームのあるひとつのネックレス。

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スイカみたいな人も!
浴衣に似てるような感じもするけど、この色彩感覚はさすがアフリカ。

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途中の街でランチ休憩。
ピラフの上に肉じゃがみたいなのがのっている。
インジェラ続きだったので、ただライスと言うだけでクオリティーの高いまともな食事に思える。

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100シリング(約120円)。
ケニアは物価の高いイメージがあったけど、食事はそんなに高くない。
味も悪くないし、ぼったくる人も少ないし、なかなか旅しやすい国かも。
ナイロビの治安が悪いことを除けば・・・。

緑の木々と赤茶色の土。
水色の空に、なだらかな丘。
そして向こうまで広がる畑。

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ケニアの風景はなんだか懐かしいような、なじみのあるような、落ちつくような印象を受ける。
陸続きなのにエチオピアの風景とぜんぜん違うから不思議。

そうかと思えば、やっぱり街は賑やかでちょっと混沌としている。
青空市場には雑然と並べられた大量の靴。

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雪を抱き、鋭くとがったかっこいい山が見えた。
ケニアの最高峰、標高5199メートルのケニア山。
火山なのだそう。

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このあたりは赤道直下。
赤道直下で見られる、ケニア山の氷河や万年雪は貴重。
ふもとのジャングルにはゾウやバッファローもいるんだって。

そんな車窓を楽しんではいたけれど、どんどん不安が大きくなっていく。
携帯の時刻とGPSの地図をにらめっこ。
これ夕方までにナイロビに着かないよ!

かといってバスの速度が遅すぎるわけでもないし、トラブルや故障があったわけでもない。
だから手前の街で1泊ってことにはならないだろう。

たぶん、いや、きっと、絶対。
日が暮れて暗くなってからナイロビに着くパターンだ。

「これヤバいよね。」
「あ〜、もうどうしよう。」
「バス、どこに到着するんだろ。」

だいごろくんたちと心配しあう。
わたしたちは運命共同体。

じつはイクエとケンゾーはナイロビ2回目。
一度目は、新婚旅行のとき。
ケニアのマサイマラでサファリをし、タンザニアのザンジバル島でリラックスすることが目的だったけどそのときにナイロビに泊まった。
そのときは、いまとはまったく違う旅のスタイル。
専属のドライバーがいて日本語をしゃべれるガイドさんがついてくれて、高級老舗ホテルのナイロビヒルトンに泊まった。
泊まったというか、監禁状態だった。
「危ないので絶対にホテルから一歩も出ないでくださいね!!
外を歩けば強盗にあいますよ!
命の危険もあるんです。」
そんなふうに釘をさされて、「スーパーに行きたい」と言うとわざわざドライバーとガイドがついてくれた。
「車の窓は開けないでください!
走行中でも外から手を伸ばされて、バッグやアクセサリーなど金目のものを奪っていかれますからね!!」


ビビりながらのナイロビ滞在だった。

だいごろくん、きっこちゃんカップルもナイロビ2回目。
わたしたちと同様、一度目は社会人時代の短期旅行で。
だいごろくんたちも同じように自由に外出できない状態だった。

だからわたしたちも、だいごろくんたちもナイロビにはそうとうビビっている。

昼だって歩きたくないのに、夜なんてもってのほか。
せめて、治安の悪いダウンタウンに着きませんように。

日はどっぷりと暮れて、ナイロビに入ったのは午後8時。
バスターミナルは「空港の近く」って聞いてたけど、わたしたちが思っていた「国際線ターミナル」ではなく、街の中の「軍用基地」の近くだった。
露店が並び、古びた建物が密集し、これはどう見てもダウンタウンじゃないの?
心臓がドクドクとする。

「あ〜、もうどうしよう・・・」
「ちょっと、こわいよー」

もっと明るいところへ、もっと安全そうな場所へ。
そう願っていたけど、バスは下町のどまんなかで止まった。
そこはバスターミナルでもなければ、駐車場でもない。
ただの交差点。

「えぇっ! ここ?」
「どうする、これ?」

わたしたちの作戦としては、暗くなって到着したらバス会社のオフィスに入れてもらって安全ななか一夜を明かすことだった。
でも、頼みのオフィスは、「オフィス」とは呼べない汚くて狭い小屋。
ガードマンもいないし、道に面していて治安は悪く、こんななかで一夜過ごすことなんて想像できない。

わたしたちよりも少し先に、ケインと中国人のおばちゃんが到着していた。
そしてわたしたちと同じバスには、だいごろくんきっこちゃんカップル、モモちゃんノブくん夫妻、日本人の旅人ケイくんという男性もいた。

わたしたちは2つのグループに分かれた。
そのままタクシーをつかまえて、ケニアいち危ないと言われているダウンタウンの中にあるゲストハウスに行く組と、今夜は最寄りのホテルに泊まる組。
奇しくも2つのグループは、ナイロビ経験者と未経験者に分かれた。
なぜかナイロビ経験者のほうが、ナイロビをびびっていた。

「こんななかタクシーに乗れない。
 運転手なんて信用できない。」

「この時間にダウンタウンに移動するなんて怖すぎてできない。」
「いちばん近いホテルに走っていこう。」

わたしたちカップルとだいごろくんカップルの意見は一致。
さっきバスの窓からホテルの看板が見えた。
値段が分からないし高そうだけど、そこに行こう。
ここからだと20メートル。

だいごろくんが言った。
「どうやって行こうか。
2つの方法がある。
まず大きな荷物を持って4人で移動するのは目立つから、代表者1人が手ぶらでとりあえずホテルに行って泊まられるか聞いてくる。
ほかの3人はここで待機。
もうひとつの方法としては、全員で荷物をもってそのまま行っちゃう。」


わたしたちは迷わず2つ目の作戦を選んだ。
わたしたちの周りには何人もの男が「タクシー?」と言いながら取り囲んでいる。
こんなところから一刻も早く逃げ出したい。
ここで待つなんていやだ。
それに、代表者が1人でホテルに行くなんて怖すぎる。
たった20メートルだけど1人で歩きたくない。

だいごろくんが言った。
「よし。
じゃあ1列になって、みんな前の人から離れないように!」


わたしたち4人はぴったりとくっつき、ドキドキしながら早足にホテルに逃げ込んだ。

ホテルの入口にはちゃんとガードマンがいるし、監視カメラがたくさんついていて、安心できるつくりだった。

ツインベッドでホットシャワーも使えて、日本のビジネスホテル並みのしっかりしたホテル。

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このクオリティーで1泊1500シリング(約1800円)は安い。

窓からは通りの様子が見える。

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だいごろくんが窓から下を見ていたら、下にいる男がだいごろくんに気づき大声で「チャイナ〜!!」と叫んだから、めちゃくちゃ怖かったと言っていた。
この部屋まで上がってくるんじゃないかとびくびくしていたらしいけど、たしかにこのときのわたしたちは尋常じゃないくらいナイロビにビビっていた。

お腹は減っているけど、ホテルの外に出たくない。
ラッキーなことに、隣がレストランでホテルのレセプションの脇のドアからレストランに行くことができた。

でも、ここがなぜかエチオピア料理の店!
お別れしたはずのインジェラとまたご対面だなんて。

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この夜は安心してホテルで休むことができた。
翌朝、ホテルから街を見下ろすと、やっぱり汚くて混沌としたイメージ。

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この道でいきなりバスから降ろされた。

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わたしたちが泊まったホテルがこのLAND STAR HOTEL。
Wi-Fiがないことをのぞけば不満はないホテル。
夜にバスで到着した人にはお勧めのホテル。

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朝、お腹がすいたので少しだけホテルの近くを歩いてみた。

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近くのファストフード店へ。
フライドポテトとサモサを注文。

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注文とお会計も厨房にいるスタッフが行なう。
客とスタッフがいる場所が鉄格子で区切られていることに治安の悪さを感じる。

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危ないと思っていた場所だけど、この地区はモスクがあり、歩いている人の多くはイスラム教徒。
イスラム教徒は戒律に厳しく、酒も売ってないのでこのエリアはそれほど治安が悪くないのかもしれない。

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こんな場所に1泊したわたしたち。
悩んだ末に、危ないと言われるダウンタウンのゲストハウスに移動することにした。
旅人に有名な「ニューケニアロッジ」。

地球の歩き方に『最危険地帯で決して行ってはいけない』と言われるダウンタウンの「ニューケニアロッジ」はどんなとこ?
不安を抱えながら、わたしたちはタクシーに乗った。
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旅したエチオピア こんな国

2014.12.11 05:37|アフリカ☞EDIT
エチオピアには9/5~10/9まで34泊35日滞在しました。
今まで見たことのない不思議な景色、不思議な民族、不思議な食べ物・・・。
楽しいことも辛いことも盛りだくさんだったエチオピア。
そんなエチオピアの旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?

エチオピアでいくら使ったのか発表します。
 
交通費       3,292ブル
外食費       3,345ブル
フード・ドリンク  1,174ブル
宿泊費       2,460ブル
観光費       21,420ブル
雑費         524ブル

合計  32,216ブル=約176,546円(1ブル=5.5円)
約5,044円/1日2人で

ええ?!エチオピアってそんなに物価が高いの?っていう声が聞こえてきそうだけど、じつはそんなことはない。
1人500ドル払ったダナキルツアーを除外すると、1日当たり2人で2000円。
交通費、宿代、食費、すべてが安いのがエチオピア。
さすがにダナキルは自分たちで行くことはできないけれど、南部の民族巡りは時間と気合いさえあればツアーに参加しなくても自分たちでできる。
ただ、エチオピアは移動が大変なので時間がない人はお金を使って飛行機で国内移動したほうがいいと思う。


◇移動手段はこうでした

移動手段は大きく分けてバスと乗合いワゴンの2種類。
バスのほうが安くて速くてゆったりと座れる(可能性が高い)けれど、早朝発という点がネック。
夜間の走行は保険の適用外なのでエチオピアのバスはとにかく朝が早い。

さらに面倒なのが座席の確保。
まだ暗いうちからバスターミナルのゲートの前に人が集まっていて、ゲートが開いた瞬間にヨーイ ドンでバスに向かって群衆が猛ダッシュ。
熾烈な席取り合戦に勝利しないとバスに乗ることができない。
まだ目も覚めきっていない早朝に面倒くさいことこの上ない。

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乗合いワゴンは満席になったら出発するシステム。
路線や時間帯によっては2、3時間待つことはざら。
いざ出発しても客を拾っては降ろしを繰り返すので時間がかかる。

乗合いワゴンでツラいのは狭さ。
とにかく人も物も詰め込めるだけ詰め込むので狭くて身動きがとれない。
14人乗りなのに倍の28人乗せられたことがあって地獄だった。

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エチオピアのバスは荷物代は無料のはずなんだけど、タダで載せてもらうのは至難の業。
ワーワー文句を言われるだろうけど、自分でルーフに運び上げてしまったほうがいい。
荷物代を払えと言われても「自分で運んだから必要ない」と相手にしないこと。
どうしても払わないといけない時も5ブル払えば十分。

バスでもワゴンでも本物のドライバーや車掌以外にもいろんなヤツが金を払えと言ってくる。
必ず本物の関係者かどうか見極めてから金を払わないと騙される可能性も。

エチオピアは移動がしんどくなると旅自体がツラくなる。
そうゆうもんだと割り切って、ほかでは味わえないエチオピアならではの大変さを楽しむくらいの余裕をもちましょう!


◇こんなお宿に泊まりました

バックパッカー向けのWi-Fiのある快適な宿は期待できないけれど、地元の人が利用する安宿はどこの街にもある。
ダブルルームでふたりで80ブル~150ブルくらい。
セミダブルの狭くて汚い売春宿は60ブルくらいで泊まれる。

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売春宿にも泊まったけど、その目的の人は短時間利用してすぐに帰るので睡眠が妨害されるとか治安が悪く感じるとかはなかった。

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Wi-Fiのあるホテルはメケレで1泊したSETI HOTEL(1泊100ブル)だけだった。

エチオピアでは夜にダニやノミに刺される。
南京虫の発生率は宿泊費や部屋のクオリティには関係ない。
高くても出るところはでるし、毎日シーツを取り替えてくれて清潔にしていても毎晩出るところもあるので、どこなら安全とかは言えない。

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イクエは小さいころから人よりも蚊に刺されやすい体質で、ケンゾーは人並み。
エチオピアでは横に並んだツインのベッドで寝ても、同じダブルベッドで寝てもノミやダニに刺されるのはイクエだけ。
イクエはエチオピアで200か所以上刺されたけど、ケンゾーはほぼゼロ。
だから普通の人はそれほど心配しなくていいと思う。

殺虫剤をベッドの周りにかけたりしたけど、ほとんど効果なし。
刺される人はしょうがないと割り切って我慢するしかない。
痒くてしょうがないけど、一生つづくものではないので・・・。


◇これが一番うまかった!

ケンゾー 「そんなのない」
エチオピア料理でうまかった!って言えるようなものは、正直言ってない。
悪名高いインジェラは、聞いていたほど酷くはなかったけど、決してうまいものではなかった。
ただ強いて言うとすると、ワットと呼ばれているインジェラといっしょに食べるおかずは悪くない。

牛肉、鶏肉、魚、豆などバリエーションはとても豊富。
牛肉のワットはコクのあるカレーみたいでとてもおいしい。
「ああ、これがインジェラじゃなくて白ご飯だったら最高なのに」って言いながら食べてた。

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ラリベラで食べた野菜と豆のワットはおいしくてしかも取り放題。
どのワットも油がたっぷり使われているんだけど、これはとてもヘルシー。

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どれもおいしかったけど、やっぱりインジェラがねえ。
インジェラのパンチが効き過ぎてて、どれを食べても最後はインジェラの印象しか残らないのがエチオピア料理だな。

イクエ 「チキンカレー」
メケレの安食堂で食べたチキンカレー。
この店はこの料理一本で勝負してるらしく、これしかないけどほんとうにおいしかった。

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スパイスの利いたインドのチキンカレーのような味で、煮込まれた骨つきチキンもやわらかかった。やっぱりエチオピア料理はおいしいと確信。
白ご飯があったら最高なのに・・・。
おいしかったので2日連続で通いました。
エチオピアは主食のインジェラのイメージが強すぎてマズい印象を与えるけど、おかずはおいしいしエチオピア料理の味付けは日本人に合うと思います。


◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「カイアファール」
絶景のオンパレードだったダナキルツアーも良かったんだけど、いかんせんコストパフォーマンスが悪すぎる。
その点、無料でインパクト抜群、カラフルでおしゃれなバンナ族を堪能できるカイアファールのマーケットはおすすめ。
今まで見たこともない斬新すぎるファッションに衝撃を受けること間違いなし。
金にうるさく、ウザいイメージがあるエチオピアの民族だけど、バンナ族は金には頓着しないみたい。
カメラを向けても嫌がる素振りを見せる人は少なく、最低限のマナーさえ守れば写真も撮り放題。
「ああ、今日本からはるか遠く離れた別世界にいるんだ」とアフリカを旅している実感をいちばん感じた。

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イクエ 「少数民族の村」
行く前は、村は観光地化されすぎていて、少数民族の人たちはツーリストからお金をもらうためにわざと奇抜な格好をしてるんじゃないか?なんて思っていました。
だからあまり民族の村巡りには興味がなくて、行くかどうかも悩んでいたくらい。
でも、行ってよかった。

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実際の少数民族の村はそれほど観光地化されておらず、むしろ外国人はわたしたちだけということも多く、ありのままの少数民族の人たちの暮らしに触れられました。
おすすめはマーケットに行くことです。
少数民族の人たちが集まり、にぎやか。

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マーケットで売られているのはお土産なんかじゃなくて、野菜や日用品。
わたしたちのことなんて気にもとめずに、彼らだけの世界観で自然体で売り買いをしている少数民族の人たちに会うことができます。

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カイアファール、ハンナ、トゥルミ、ディメカなどのマーケットをまわっていくとおもしろいと思いますよ。


◇ふらり ゆるり エチオピアの感想は?

ケンゾー
刺激的な1か月だった!
独自の言語、暦、宗教をもつエチオピアは、他のどの国とも違うオンリーワンな国だった。
とにかく移動が大変で疲れたし、特に南部では地元の人とけんかをしたり不愉快な思いをしたことも多かったけれど、それ以上に刺激的な毎日は楽しかった。

「『世界3大ウザい国』にはノミネートされていないけれど、じつはエチオピアがいちばんウザい!」そんな話もよく聞いていたけれど、実際はぜんぜんウザくない。
たしかに嫌なヤツ、騙そうとしてくるヤツ、嘘つきもいるけれど、それ以上に優しいエチオピア人が多い。
人懐こくて愛想のいい人が多いから街歩きも楽しいし、宿やレストランの店員もフレンドリー。
物価も安いし見どころも多いし、過酷な移動さえクリアできればエチオピアはとてもおすすめな国。

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イクエ
想像していたよりも緑が多くて自然が豊かで移動中の車窓の風景で癒やされていました。
高地の街が多いので、灼熱のスーダンからやってきたわたしたちにとっては涼しくてとても過ごしやすかったのも魅力でした。

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1か月以上も滞在する予定はなかったけれど、ダナキルツアーや民族の村めぐりをするなら、移動に時間がかかるのでそれなりの日程が必要。
時間がない短期旅行の人は、飛行機の国内線や民族ツアーを利用すればいいと思います。

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エチオピア人に対してあまりよくない感情をもっている旅人もいるけど、困ったときに助けれくれたり心配してくれたりする人も多いし、話をすればわかってくれて、わたしはそんなに悪く思いませんでした。
むしろ、ある人に騙されたり裏切られたり、でも次の人に救われたり優しくされたり、人とのつきあいのおもしろさや刺激を日々感じ、自分が試されているようで、それもエチオピア旅ならではの魅力なのかもしれません。

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数年前、海外で活動する日本の写真家の人に「どこの国がおもしろいですか?」と聞いたときに「エチオピア」と言われ、それからいつか行ってみたいなあと思っていました。
たしかにエチオピアは見どころが多くていろんな民族が暮らし、独特の文化があって観光資源が豊富。
アフリカ大陸のなかでもホットな国で、アフリカを旅するときには外せない国です。
たしかに世界の中で南京虫の発生率がトップクラスで実際毎日のように被害にあっていたけど、エチオピアはおもしろかった。
南京虫を恐れずにぜひエチオピアへ。

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さらばエチオピア さらばインジェラ!

2014.12.09 16:52|エチオピア☞EDIT
18時間におよぶ長時間移動でまた腰を痛めてしまったケンゾーです。
久しぶりの過酷な移動で、アフリカを旅していることを再認識。
確かにツラかったけど、適度な過酷さは旅に刺激とメリハリを与えてくれる。
まあ今回はぜんぜん適度じゃなかったけどね。

エチオピア南部の民族巡りを満喫したケンゾーとイクエ。
これで1か月以上旅したエチオピアともさよなら。
このあとは隣のケニアに移動する予定。

アフリカを旅する人にとってケニアはハイライトのひとつ。
けれどケンゾーとイクエは新婚旅行先がケニアだったのでサファリも体験済み。
なのでケニアでは長居はせずに、ウガンダにすぐに抜ける予定。

ほぼ通過するだけのケニアなんだけど、ひとつ心配&憂鬱なことがある。
それはケニアの首都ナイロビを経由しないといけないという事。
ナイロビは世界有数の凶悪都市。
路上強盗はあたり前、武装集団がゲストハウスを襲撃することも日常茶飯事。
ケンゾーとイクエにとって、ナイロビがアフリカ縦断する上で最大の懸念材料。

エチオピアからケニアへ入るためにはモヤレという街を通過しないといけないんだけど、この国境の街もけっこう危険なんだそう。
さらには、モヤレからナイロビの区間は山賊に襲われる危険がある。
ナイロビに行くのも大変、ナイロビに着いても大変・・・。
細心の注意を払って移動しないといけない。

エジプトで出会っただいごろくんときっこちゃんカップルとは、さいしょから「ケニアへの国境越えは不安だからいっしょに行ければいいね」と話していた。
無事にエチオピアで再会できて民族の村巡りもいっしょにできたし、さらにはのぶくん、ももちゃん夫婦も加わって6人で国境越えができることになった。
心強い。

国境の街モヤレへのバスはコンソから出ている。
だからまずはコンソの街をめざす。
今いるジンカからモヤレまでは移動に2日かかる。
最後まで移動が大変な国。

モヤレ

民族の村巡りの拠点となった街、ジンカともお別れ。
たくさんの民族に出会えたのはいいけれど、ジンカはちょっと大変なところだった。
というのも、数少ないツーリストをガイドしてお金を得ようと虎視眈々と狙っているヤカラがたくさんいたから。
アクセスの悪い少数民族の村へは首都のアディス アベバから2泊3日や3泊4日のコースでツアーに参加する人が多く、自分たちでジンカまでやってくる旅人はそんなにいない。
だから旅人が来たらすぐにうわさが広まる。
のぶくん、ももちゃんが来た日も朝街を歩いていたら「きょう日本人の2人組が来たぞ。女の名前はモモだ。」と出会う現地人数人から教えられた。

ムルシ族に会いに行ったときは子どもガイドにお願いして路線バスで自分たちで行ったから、ジンカのガイドたちには嫌みを言われた。

けれどそのときはまだ他の民族の村に行くとき今後ガイドとして雇ってもらえる可能性が残っていたので、強く非難はせずに「今度は自分が案内するから」と営業活動をしてきた。

でも、そのあとジンカに単独で来ていた全ツーリスト13人でガイドをつけずに自分たちでミニバスのドライバーと交渉してトゥルミの村に行く日は大変だった。

出発したと同時に、ガイドたちが車を止めてどなりこむ。
脅されたドライバーは、そのまま警察署に向かい全員で行くことになった。
マレーシア人のケインが代表で警察署の中に行き、怒り狂ったガイド業の男とお互いに事情を説明。
もちろん警察官はこちらのほうに理解を示してくれたので、それからトラブルにはならなかった。

自分たちで旅する人たちは、ジンカの狭い人間関係やガイドたちに気をつける必要がある。

やっとそんなジンカから抜け出せる。
コンソ行きのミニバスに乗ったはいいけれどなかなか出発しない。
乗ったまま満員になるのを待ち続け、ようやく2時間過ぎて出発。
ジンカからコンソまでは1人57ブル(約320円)。

コンソから国境の街モヤレへの直通バスは早朝にしか出ていないので、きょうはコンソで1泊。
日本人カップル3組と、さらにはいっしょに民族の村を巡ったマレーシア人のケインと中国人のおばちゃんカップルの計4カップルが集まった。
それぞれの部屋で旅の疲れを取り、翌朝の大移動にそなえる。

ケインと中国人のおばちゃんの歳の差は40歳近く。
けげんな顔をしたホテルのスタッフが小声で「あのカップルはどんな関係なの?」と聞いてきた。
どんなに説明しても2人の関係はわからないだろうな。
自分たちもわからないし。

英語ができないのにひとりでアフリカを縦断しようとしていたおばちゃんに、たまたまエジプトのバスの車内でつかまって「お願い!いっしょに旅して!」と言われて、それからずっとおばちゃんのお世話係、通訳係、パートナーとしていっしょに旅をしているケインの心の広さは凡人には理解できない。
ホテル代や食事代を自分の分も出してくれたらいいけど、そこはきちっと割り勘。

危ないナイロビをおばちゃんといっしょに歩けば目立つし、スーツケースは大きくて狙われる危険が高くなるので、なんとかおばちゃんと分かれて旅しようとケイン以外のみんなで作戦を練っていたけど、ケインが優しいのでけっきょくナイロビまでみんないっしょになりそうだ。

まだ夜明け前で真っ暗な朝5時発のバスに乗車。
前日にチケットを買っていたケインとおばちゃんは別のバス。
「これでひょっとしておばちゃんとも分かれることができるかも」なんていう淡い期待を抱いたけど、たぶんモヤレの街でまた出くわすだろうな。
なんにしても、辛かったエチオピアのバス移動もこれで最後だ。

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コンソからモヤレまでは130ブル(約720円)。
雲に覆われた山道をぐんぐん下っていく。
なんとなく天界から下界に降りていくような感覚。
たしかに、エチオピアは他のどの国とも違う特殊なオンリーワンな国だった。

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エチオピア最後のバス移動もなかなかハードなものだった。
エチオピア人との席取りレースに完敗して、いちばん揺れる最後尾に陣取るはめになった日本人カップル3組6人。
縦横斜めあらゆる方向に体が揺れまくるから、つねに前の座席を握って踏ん張っていないといけない。
最後の最後までエチオピアはエチオピアだ。

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揺れに耐えながら窓の外を眺めていると、茶色くてへんてこりんな形をしたものがたくさん見えてきた。
砂の城のようでもあるし、オブジェと言われればそう見えなくもない。

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じつはこれ、アリ塚なんだって。
小さな家くらい巨大なものもあるからビックリ。
一匹一匹が日本のアリよりも大きいのか、数がとんでもなく多いのか・・・。
これはもう、自然が作り出した立派なオブジェだ。

下界に降りてくると景色が一転。
みんなが思い描くアフリカの景色にずいぶん近づいてきた。

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出発して3時間半で休憩タイム。
泥と砂まみれのバスの車体が過酷な移動を如実に物語っている。

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朝ごはんを食べるために入った食堂にアボカドジュースがあったのでテンションが上がるだいごろ&きっこカップル。
「チオピアの最後をアボカドジュースで締められるなんて!!」って喜ぶ2人。

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幸せや楽しさのハードルが低いっていうことは、それだけ人よりも幸せな人生を送れるっていうことだと思う。
エジプトのコシャリやエチオピアのインジェラ、アボカドジュースでテンションが上がる2人はケンゾーとイクエよりもアフリカの旅を楽しんでるのかも。

再出発すると、これまた不思議な景色が見えてきた。
いままで茶色だったアリ塚が真っ白になってる!

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土が白い色をしてるんだろうね。
不格好な雪だるまがあちこちにあるみたいでおもしろい。

およそ8時間で国境の街モヤレに到着。
バスを降りると思わず「暑い!」と叫んでしまった。
日射しの強さがぜんぜん違う。
標高が低くなったうえに南下して赤道に近くなったから一気に暑くなった。

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昼ごはんを食べてエチオピアのイミグレーションへ。
ふつう出国手続きはスタンプを押すだけだからあっという間に終わるんだけど、ここはビックリするくらい時間がかかった。

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出国するのになぜか顔写真と両手の指紋を採取。
さらに、3つもブースがあるのに係員が1人しかいないので全然さばけない。
立って並んでいると「プレッシャーに感じるから見えないところに座ってて」なんて言ってくる始末。
いやいや、ちゃんと仕事しようよ。

出国するだけなのに、なぜか1時間もかかってしまった。
つづいてケニア側のイミグレーションへ。

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ケニア入国にはビザが必要。
ケニアの次はウガンダとルワンダに行くので3か国共通の東アフリカ共通ビザを1人130ドルで取得。
共通ビザはそれぞれバラバラに取得するよりも30ドルお得、顔写真1枚必要。

ケニア側の国境の街もおなじモヤレという名前。
ホテルを探す前にまず翌日のナイロビ行きのバスチケットを確保することに。
いくつかあるバス会社の中からMOYALE STARをチョイス。

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モヤレからナイロビまで1人2000シリング(約2440円)。
ケニアに入って交通費がぐっとアップした。
バスの乗り心地も気になるけど、とにかく無事にナイロビに着いてくれるだけで十分だ。

モヤレにはATMもあるし、安宿もいくつかある。
選んだのはBISMILLAHI HOTEL。

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雑然としているし、増築の工事中ではあるけれど部屋自体は清潔。
共同トイレ・水シャワーでツインルームが600シリング(約730円)

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ここであまり嬉しくない再会が。
「おお、ハロー!」
中国人のおばちゃんが満面の笑顔で出迎えてくれた。
「みんなで一緒にナイロビに行こう!」みたいなことを言っている。
みんながおばちゃんのことで頭を抱えているなんて、これっぽっちも思ってないんだろうなあ。
ほんとたくましいよ。

夕食はホテルに併設されているレストランへ。
テレビから聞こえてくる言葉が英語だし、店員とも英語で会話が成り立つことに感動。
ああ、違う国に来たんだねえ。

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「なんかここヨーロッパみたい」とイクエが感動するとだいごろくんも「うん、思った思った!!」と同感。
ケニアのこんな田舎、全然ヨーロッパじゃないしアフリカそのものなんだけど、たしかにエチオピアから来るとそんな気持ちも起こらないでもない。

1皿100シリング(約120円)という激安プレート料理だったんだけど、慣れ親しんだ「普通の」食べ物にも感動。
食べ終わって同じものをまた注文した。

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ああ、エチオピアのインジェラからやっと解放されたんだ。
さらばエチオピア!!
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旅中の夢が叶った

2014.12.08 14:26|エチオピア☞EDIT
来年の干支がわからないイクエです。
干支ばかりか今が平成何年かもあやしい。
海外にいると西暦しか使わないからなあ・・・。

トゥルミの村で成人の儀式を見て衝撃を受けたイクエとケンゾー。
刺激的だった日の翌日の朝は、まったり朝のお散歩へ。

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マーケットの近くにはコンクリート造りの建物もあるけれど、ちょっと離れると自然に囲まれた素朴な集落。

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ハマル族の人たちはいまも昔と変わらないスタイルで暮らしている。
家畜を放牧したり畑を耕したりして生計を立てている。

半分自給自足のようなもので、余った分はきのう見たマーケットのようなところで売っているのだと思う。

女性は働き者で、そばに赤ちゃんを置いて子育てしながら畑仕事。
あたり前だけど畑仕事のときも、革を腰に巻いただけの姿。
この格好が日常なんだなと改めて思う。

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さわやかな空。
まっすぐのびる道。
草木で造られたハマル族の家々。

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きっと何百年前から、いや数千年前から変わらない光景なのかもしれない。
こんな景色が目の前に広がっていることが信じられないような、うれしいような。

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昔読んだ雑誌に書かれていたことを思い出す。
たしか、こんなことだった。

『タイムマシンに乗って、時代をさかのぼったり未来に行ったり時間旅行をしたいのなら、地球を南北に旅すればいい。』

ああ、そうか。
わたしが生きている今の時代に、まだタイムマシンは発明されていない。
でも、地球を旅することでわたしにも時間旅行ができる。

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日本でいうとここが弥生時代くらいにあたるとしたら、ここから南に下ったケニアは数百年前くらいの時代と似たような光景が見られるんじゃないか。
北のトルコや東欧は数十年前くらいにあたるかもしれない。
いっぽう発展していて福祉が整った北欧には日本の未来の姿があるかもしれない。

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「どうして旅したいの?」と言われると答えに困るけれど、タイムマシンに乗って過去や未来を見ることができるのなら乗ってみたいなって思う。

21世紀に生きているわたしは残念ながらタイムマシンには乗れないけれど、飛行機には簡単に乗れるし簡単に外国に行ける。
100年前、200年前の人たちにはできなかったことが簡単に叶えられる時代に生きている。
そしていろんな国に行くことで、まるでタイムスリップしたかのような気分を味わえる。

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あと100年後はどうだろう。

タイムマシンは発明されているかな。
いや、されてないんじゃないかな。

じゃあ、100年後に生きる人はわたしのように時間旅行ができるかな。
いや、できないと思うな。
もうそのときは、ハマル族のライフスタイルも近代化されて、洋服を着てコンクリートの家に住んでるんじゃないかな。
100年後は世界が画一化されて、地球を南北に旅しても時間旅行は味わえなくなるんじゃないかな。

だから世界を簡単に旅し時間旅行を楽しめるのは、この時代に生きるわたしたちだけの特権なのかもしれない。

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『時間旅行をしたい』というわたしの夢は、いまこうやって旅をしていることで叶っている。

帰り道、家畜を引き連れて洗濯と水浴びに川へと向かうハマル族の家族といっしょになった。

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目配せをし微笑み合いながら、同じスピードで歩いていく。
「これ、食べられるよ」と赤い実を差し出され、口に入れ「あ、おいしいね」と言いながら並んで歩いていく。

まるでここはわたしの知らない時代のようだけど、でもわたしたちは確かに同じ時代に生きている。
それがなんだかおもしろい。
いろんな時代をいっぺんに包有している地球って大きいなあ。

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わたしの夢は叶ったけれど、実はこの日ケンゾーのささやかな夢も叶った。

『旅行中にいつか美容師の旅人と出会って、髪を切ってもらいたい』。

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ジンカの街で、のぶくん・ももちゃん夫婦と出会い職業を聞いたときふたりで舞い上がった。

「やっと美容師に出会えたよ!」

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いままでわたしが切ったり、ベトナムの路上床屋やパレスチナの難民キャンプの理容室で切ってもらってきたケンゾー。
ジャパニーズスタンダードとはかけ離れた髪型になっていた。

旅して2年。
ようやくケンゾーの夢が叶うね。

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眉毛までお手入れしてもらうなんて贅沢。

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とっても丁寧に切ってくれた。
のぶくん、ありがとう!!
お礼にビールおごるからね。

髪型は若々しくなったけど、ケンゾー、うれしすぎて笑いジワが・・・。
おじいちゃん。

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のぶくんは、なんと美容師セットを日本から持ってきていた。
奥さんのももちゃんも、だんなとは別の自分の美容師セットをもってきている。

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「普段日本で使っていたハサミは置いてきちゃったんですよ。
 だって高級品だから、無くしたらイヤだから。
 持ってきているのは餞別でもらったもの。」


「日本で使っていたハサミはいくらくらいだったの?」

「高いですよ・・・。
 20万円。」


えぇぇっ!!
美容師さんのハサミってそんな高級品だったんだ。
そりゃパソコンや一眼レフよりも高いから、日本に置いてきて正解だよ。

ケンゾーの次は、いっしょに旅しているだいごろくん。
やっぱり髪をなかなか切れないってのは旅人の悩み。
かなりのボーボーぶりだよ。

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このあとは奥さんのももちゃんにバトンタッチ。
これまた日本を出てから一度も髪を切っていないきっこちゃんが、切ってもらう。
だいごろくんに負けず劣らず、きっこちゃんもかなりのボーボーぶり。

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ストレートヘアをハサミで切っていくというのがエチオピア人には珍しい様子。

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髪が堅くてちゅるちゅるのアフリカ人。
ハサミなんかじゃ太刀打ちできない髪なので、バリカンで切る。

ジンカで出会ったけんくんも言っていた。
「床屋さんに行ったらハサミが無くてバリカンで切られそうになったので慌てて止めたんです。
ハサミ使ってよ!ってお願いしてハサミを外からもってきてもらったのはいいけど・・・。
美容師はハサミで髪を切ったことがないからさあ。
ハサミを持った美容師の手がぶるぶるふるえて、こわくてやめました。」

だいごろくんやきっこちゃんがハサミで切ってもらっていたのを見ていた現地のおじさん。
誇らしげに言った。

「お前たちのやり方はオールドスタイルだ。
 おれたちはマシンを使うんだぜ。」


マシンしか無理だからでしょ・・・。

短く切られていくきっこちゃんを見ながら「おー、きっこ。かわいい!」と連呼しながらカメラを向けるだいごろくん。

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でも実はこの日、きっこちゃんの誕生日だったけどだいごろくんはすっかり忘れてしまっていたという大失態をおかしていた。

この日がわたしたち夫婦の結婚記念日でもあり、次の日がのぶくんの誕生日でもあったので翌日「お互いの大事な日だったんだねー」って盛り上がっていたら、きっこちゃんがボソッと「わたし・・・きのう誕生日だったんだ」ってつぶやいた。

だいごろくんは頭を抱えてヤバいって顔をしてきっこちゃんに近づいた。
「きっこー、ごめんなあ、ごめん。」ってきっこちゃんの頭をなでて謝っていたけど、きっこちゃんの目にうっすら涙がにじんでいたのをわたしは見逃さなかったよ・・・。

だいごろくんはおとといまで腸チフスと熱帯性マラリアの両方で療養生活をしていたから、それどころじゃなかったんだよ。
きっこちゃん、許してあげて!

美容師夫婦の魔法の手により、3人のヘアスタイルがぐっと良くなった。
その間に、空は真っ赤に染まっていき、トゥルミの村は夜を迎えた。

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さて、わたしはというと別の日にももちゃんに切ってもらった。
日暮れ前の別のホテルの屋上で。

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日本を出てから髪を切ったのはチュニジアの美容室で1回きり。
そのときは5秒で切って終わりと言うひどい仕打ちを受けた。

プロからこんなふうにちゃんと切ってもらえることがうれしくて顔がニヤニヤしてしまう。

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やわらかく髪を持ち上げる丁寧な手つき、サッサッサというハサミの心地よいリズム。
安心する〜!
嬉しい!

胸の下まで伸びていた髪を、肩の上まで短くしてもらった。
チュニジアのガタガタの仕上がりと大違い。

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ももちゃん、のぶくん、ありがとう!!
世界一周を終えて、2人で広島で美容室を開業させると言う夢が叶ったら、お客さんとして行くからね!

そのときは白髪染めもお願いします・・・。
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強く美しいハマル族の女たち

2014.12.07 06:53|エチオピア☞EDIT
今年があと1か月もせずに終わってしまうことがピンとこないケンゾーです。
南半球はいま夏まっ盛り。
クリスマスも近いんだけど日本みたいな飾り付けはないし、12月だという気がまったくしない。
寒くない年越しってどんな感じなんだろう?

およそ10日間かけてエチオピア南部の民族巡りをしてきたケンゾーとイクエ。
フィナーレを飾るのはトゥルミ周辺に住んでいるハマル族。

ハマル族は先日紹介した派手なバンナ族とほぼ同じ民族。
外見や言葉、習慣などにほとんど違いはない。
唯一にして最大の違いは摩訶不思議なブルジャンプという伝統儀式を行なうということ。

ブルジャンプとはハマル族の男性が成人になるための通過儀式。
もちろん若い男性が主役なんだけど、ブルジャンプに欠かせないのはハマル族の女性たち。
儀式で大事な役目を担うハマル族の女性たちがブルジャンプの会場をめざしている。

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足に付けた鈴とラッパの音を高らかに響かせながら集まる女たち。
運動会の会場にでも向かっているかのような雰囲気だけど、会場で目にしたのはあまりにも衝撃的な光景だった。

女たちがラッパを吹き鳴らしながら円を描き、ジャンプしながら中央に集まっていく。

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赤い泥で塗り固められた髪が宙に舞い、甲高い鈴の音がリズムカルに響き渡る。

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この女たちは今日ブルジャンプを行なう主役の男性の親族。
主役の男たちだけでなく、彼女たちにとってもこの日は大事な日。

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バシーン!
鈴とラッパの音に混じって、このめでたい儀式に不釣り合いな音が聞こえてきた。

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男たちが木の枝で作ったムチを女の体に振り下ろす。
バチーン!
男たちは手加減せず力の限りに女の体を打ちつける。

あまりにも衝撃的な光景に言葉を失う。
痛々しくて目を背けたくなるけど、そんな思いを表情に出すと彼女たちに失礼だと思い、こちらも真剣な目で見守る。

これはなにもイジメてるわけでも罰を与えているわけでもない。
女性の人権侵害・・・なんて批判もあるかもしれない。

けれど、むしろ女たちは先を争うように自らムチで打たれるために体を差し出している。
どうやらラッパを持った女が男からムチ打たれるようで、ラッパの取り合いに。
「わたしの番なのにあんたなに割り込みしてんのよ!」
そんな声が聞こえてきそう。

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ムチ打ちをされるほうもやるほうも辛いような気がする。
けれど青年たちが大人になるには、このムチ打ちは避けて通れない道。

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大人になるための階段。
ムチ打ちをする青年は顔に化粧がほどこされる。

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じつは、ハマル族の女性にとって体にムチ打たれた傷跡があるほど「いい女」の証。
自分の親族の男性がブルジャンプを行なう時にだけムチで打たれることができる。
数少ないチャンスの到来。
ほかの女を押しのけ我先にとムチ打たれる女たち。

いい女への道のりは過酷で厳しい。
ムチ打たれる女たちの背中に滲む真っ赤な鮮血。
いや、滲むというより血が滴っている。

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しかも、ただ打たれればいいという訳ではない。
決して顔を背けたり、痛がったりしてはいけないんだそう。
流血するほどの痛みを笑顔で耐えないといい女とは言えないのだ。

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背中にくっきりと残る無数の傷跡。
ハマル族のいい女は度肝を抜かれるほどの強い女。

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ブルジャンプのメイン会場へ移動する女たち。
自信に満ち、凛とした表情はとても美しい。
また一歩いい女に近づいたことが嬉しいのか笑顔がこぼれている。

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メイン会場でもムチ打ちはつづく。
冷徹に女を打ち叩きつづける男たち。

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このムチ打ちも成人となるための通過儀式のひとつ。
成人として認められるには3つのステップがある。

1、牛の背中を渡るブルジャンプ
2、女へのムチ打ち
3、結婚

以前ブルジャンプを終えた男性が次のステップとしてムチ打ちを担当。
ムチ打ちを経験すると晴れて大人の男として認められ、結婚をすることができる。

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やがて会場に牛が登場。
いよいよメインイベントのブルジャンプのスタートだ。

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この男性が本日の主役。
ちょっと緊張した表情の23歳。
はたして無事に大人の階段を登ることができるのか。

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暴れる牛を果敢にも素手で並べていく。
牛にビビりまくって逃げ惑っていたバンナ族とは大違い。

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牛が並べられ、強く美しい女たちが見守るなか主役がゆっくりと進み出る。
その姿は一糸まとわぬ全裸。

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男性は意を決し牛の背中を走って渡りはじめた。

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無事に落ちることなく3往復することができたらブルジャンプは成功。
牛の背中が一人前の男への階段。

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見事にこの晴れの舞台を乗り越えた男性は次はムチ打ち係となる資格を得た。

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かなり衝撃的だったハマル族のブルジャンプ。
見学するには1人400ブル(約2200円)必要。
これは主役の男性家族にお祝い金として贈られる。
全額かはわからないけど、最後にきちんと男性家族にお金が渡されていた。
金を払いさえすれば制限なく自由に写真を撮影することができる。

この日もずらっと50人近くの観光客が取り囲んでいたし、ツーリスティックだと言えなくはない。
「伝統儀式というよりは金のためのパフォーマンスだ」という意見もよく聞くけれど、個人的には見てよかったと思う。
たしかに安くはない金を取るけれど、一連の儀式は観光客なんか眼中になくハマル族の世界の中で繰り広げられていく。
金のためにしてはあまりにも過酷な儀式。
あの背中を流れる血はまぎれもない本物だ。
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まだこんな世界が21世紀に残っていた!

2014.12.06 07:43|エチオピア☞EDIT
気づいたら師走なのに、汗を流しながら寝苦しい夜を迎えているイクエです。
蚊にも刺されるし、ここは日本の夏です。

エチオピア南部の民族の村々を巡っているイクエとケンゾー。
子どもガイド、ダゴくんに案内されて行ったハンナの村にはボディ族とムルシ族が住んでいた。
今度行くところはトゥルミという村。
ここにはハマル族が住んでいる。

トゥルミ

トゥルミに行くには途中の村で乗り換えてバスで行くんだけど、そのバスは毎日はない。
行けたとしても今度は帰りのバスをつかまえるために、トゥルミの村で何日か泊まらないといけなくてアクセスが悪い。
バス代もかなりぼられるという噂も。

ということで、ツアー会社でツアーを組んでもらうことが一般的。
でもツアー会社に丸投げしてしまうとお金もたくさんとられるし、「ツアーで民族を見にいく」というのは気が進まない。

だいごろくん、きっこちゃんカップルと相談して「自分たちで車を持っている人に交渉して連れて行ってもらおう」ということになった。
すると、きのういっしょにハンナの村に行っていたスペイン人の男性2人組とマレーシア人のケイン、中国人のおばちゃんも同行することに。
そして、それぞれ街で出会う車もってそうな人に話しかけて交渉することになった。
そんな話を進めていたら、なんと新たな日本人世界一周夫婦がジンカに到着。
2人とも美容師の、のぶくんとももちゃん。
総勢10人。

10人が乗れるとなるとワゴンしかない。
結局、乗合いワゴンのドライバーに話をつけた。
いつもはバスとして使われているんだけど、1泊2日で貸し切ることに。

すると当日になってあらたに3人のギリシャ人とカナダ人も加わることがきまった。
なんとトントン拍子で13人のオリジナルトゥルミツアーの実行が決まった。

ドライバーと車代で往復ひとり310ブル(約1700円)。
バス代とあまり変わらない値段で行くことができる。

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こんなに外国人が集まるってめったにない。
運がよかった。
車内ではスペイン人のこれまた美容師の男性がリコーダーを披露。

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やわらかい音色にあう、のどかな道。

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窓から見えるのは美しい自然と、そこで暮らす少数民族の人たち。
最初は物珍しく見ていたけれど、ふつうに道を歩いている彼らとふつうに出くわせば、珍しいものではなくそれが日常の光景となる。

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彼らが背負っている藁でできた筒のようなものは、ハチミツをとるための道具。
これを木にぶら下げて蜂を寄せて、この中でハチミツを作らせる。

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念願のトゥルミの村に到着。
窓から見えたのは、インパクトがありすぎる集団。
のぶくんが「うわ!タイムスリップしたみたいだ。映画のなかに来たみたい!」と驚いた。

21世紀にこんな人たちがふつうに暮らしているということが信じられない。

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外国人観光客を相手に彼らはこんな格好をしているわけではない。
目の前に広がっているのは、ハマル族の日常風景。

ここにいるのは、わたしたちの一行だけ。
服を着ているわたしたちが逆に浮いてしまう。
かなりアウェイな感じ。

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マーケットは不思議な格好をした人たちで賑わっている。
売られているのはお土産ではない。
野菜や果物、日常品が地面に並べられ、ハマル族の人たちが売り買いしている。

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ハマル族の女性の服はヤギの皮。
ヤギの皮を長く垂らし、そこにビーズを縫い付けている。
しっぽのようにも見える。

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女性はみんなおかっぱ頭。
そして赤茶色の髪をしている。

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これは赤い土を練り込んでいるから。
天然パーマがきつくてクルクルになってしまうから、ボリュームをダウンさせて肩まで伸ばすための昔からの秘策。

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一夫多妻のハマル族。
結婚している女性は重たそうな鉄のネックレスをしている。
大きなネックレスは第一夫人の証し。

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マーケットで売るもの、買ったもの。
女性たちは大きな袋を背負っている。

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背負っているのは荷物だけじゃない。

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女性はかなりの確率で赤ちゃんを連れている。
子だくさんの民族。

オシャレに関して男性も負けてはいない。
むしろ男性のほうが華やかかも。

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ちょんまげのようなものが頭にのっている男性もちらほら。
これもおしゃれのいっかん?

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ダチョウの羽なんだって。
髪が薄くてもこれさえつけてれば、ボリュームアップ。

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白いレギンスを履いた男性。
レギンスには波形の模様。
腕にも同じような白いもの。

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レギンスと思ったら、直接肌にペイントしてた。
まるで服を身に付けているようなペイント。
足にペイントすれば、おじさんでも抵抗なく短い巻きスカートを履けるのかも。

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女性に負けずにオシャレ好きの男性。
女性の興味を惹き付けないといけないから、男性はオシャレに余念がない。

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ほほえましいカップル。

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オシャレ好きのカップルが育てる子どもはどんな格好をさせられると思う?
こんなかわいい格好。

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大事なところはビーズで隠してる。

ネックレスの大きな貝がらは大人でも使っていない。
ここでとれない貝がらはマーケットで売られている。
大人が使っているのは小さな貝がら。
こんなに大きな貝がらはきっと貴重なもの。

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まだあどけなさの残る女の子。
目がとても印象的。

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マーケットには買物目的ではなく、知り合いにあうため、おしゃべり目的の人たちも集まっている。
座り込んで井戸端会議。

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マーケットに圧倒されたあとは宿探し。
13人もいて、同じ宿に泊まられるかなって思ったけどそんな宿が見つかった。
シンプルな狭い部屋。
ダブルで80ブル(約440円)。

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さて、宿を確保したわたしたちはすぐに行かなければならないところがあった。
それは・・・。

ハマル族の女性の背中には痛々しい傷跡がある。
この傷跡があるほどいい女とされている。
女性の勲章。

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彼女たちはどうやってこの傷跡をつけるのか。

そんな現場にわたしたちは行くことにしていた。
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少数民族として生きる辛さと強さ

2014.12.04 05:49|エチオピア☞EDIT
マンゴーの食べ過ぎで歯ぐきが炎症をおこしているケンゾーです。
マラウイのマンゴーは味はいいんだけど繊維が多くて歯に詰まって大変。
普段あまり使わないデンタルフロスで必死に繊維を取り除いてたら歯ぐきが腫れ上がってしまった。
やっぱりエジプトとスーダンのマンゴーがうまかったなあ。

子どもガイドに連れられてやって来たオモ国立公園の中にあるハンナという村。
バスを降りてさっそくマーケットへ。

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早起きしてここへやって来たのはムルシ族を見るため。
その中でも最大の目的は唇に皿をはめ込んだムルシ族の女性。
はたしてこれぞ民族!という人々に出会うことはできるのか。

マーケットをめざし歩いていると、ムルシ族の男たちから話しかけられた!
布一枚を肩にかけほぼ裸状態。
EXILEも驚くパンチの効いた剃り込みが施された頭。
剃り込みというよりは、刈り込みと言ったほうが的確か。
はっきり言って、ちょっとビビってしまう容貌だ。

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バンナ族のような派手さはないシンプルな装飾。
肩から腕にかけて刻み付けられた入れ墨。
全身から漂うただ者じゃない雰囲気に圧倒される。

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ほとんどの男性は耳にピアスをしているくらいで装飾らしい装飾はしていない。
布切れを1枚体に巻いてるくらいなので、なんとなく僧侶に見えなくもない。

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マーケットはかなり殺風景。
何族かは分からないけれど、普通の格好をした人々のほうが多い。

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女性もかなりシンプルな姿。
というか、スキンヘッドや胸が丸出しの人も多くある意味インパクトは強烈。

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子どもを抱えた女性の割合がかなり高い。
いったい何歳くらいで結婚して子どもを生むんだろう。
まだ10代にしか見えないお母さんの姿をかなり見かける。

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男性よりも子持ちの女性のほうがパンチの効いた刈り込み頭をしているような気がする。
腕の入れ墨もぶっくり盛り上がって、思わず顔をしかめてしまいそうになる。
ナイフなんかで切りつけるんだろう。
かなり根性のすわった民族だよ。

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バンナ族と違ってムルシ族はかなり写真にはうるさくて神経質。
「あの外国人、自分を撮ってるな」と気づくとすぐに「ブル、ブル(金)!」と言ってくる。
遠目から撮るか、直接値段交渉してがっつり撮るか。

撮影の相場は1枚5ブル(約28円)。
撮る前にちゃんと交渉しておかないとトラブルの元。
しれーっと連写をしてもムルシ族の耳はごまかせない。
「いま3枚撮ったよね。じゃあ15ブル!」とかなりの確率でバレる。

ムルシ族はかなりツーリスティックな民族なので、写真撮影に関してはとてもシビア。
あまりにもセコいことをすると彼らのひんしゅくを買ってこんなことになってしまう事も。

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ムルシ族に囲まれて詰め寄られているのはマレーシア人のケインの連れの中国人のおばちゃん。
金を払わずバシャバシャ写真を撮っていたのでトラブルに。
そんなルール違反をするから中国人のイメージが悪くなるんだよ。

この中国のおばちゃん、60歳を越えてるんだけど、英語がまったく話せないのにアフリカを縦断しようとしているんだから驚きだ。
エジプトのルクソール行きのバスの中でたまたまケインと遭遇。
中国語も喋れるケインに「ケニアまでいっしょに行って!お願い!」と頼み込んだらしい。

ほっぽり出すこともできず、半ば強制的に親の歳ほどの見ず知らずのおばちゃんと旅するハメになったケイン。
おばちゃんは英語が喋れないので、交渉ごとはすべてケイン任せ。
ホテルの部屋をシェアすることもあるっていうんだからビックリ。
ケインの人の良さにも驚くし、中国人のたくましさ、バイタリティの強さにも驚かされる。

ハンナの村をうろちょろしていると、突然、イクエの横を通り過ぎたムルシ族の若者が足を止めた。
そしてイクエのところまで戻ってきてイクエの髪の毛を触ったり、ひっぱったり。
イクエの髪の毛に興味津々だったみたい。

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「おおー!」って感じで笑ってる。
かわいいね。

生まれて初めて触るさらさらストレートヘアーなんだろうね。
白人の金髪ヘアーなんかは「まったく別の人種」で自分たちと違うけれど、同じ黒髪なのにストレートなことが彼らにとっては不思議みたい。

ごくごくシンプルなんだけど、かなりインパクトのある風貌をしたムルシ族。
こんなひと味違った男たちを発見。

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全身に赤や白のペイントを施している。
髪もきれいに刈り込んでかなりエキセントリックな集団だ。
この格好になにか意味があるのか、それともただのおしゃれの一環か。

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同じような格好をした子どもたちもいたんだけど、車のミラーでしきりに自分の姿をチェックしていた。
方向性はまったく違うけど、オシャレに対するこだわりはバンナ族に引けをとらないんだろうね。

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マーケットに戻ると、何やら人だかりができている。
のぞいて見ると・・・。

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中国人のおばちゃんが卓球してるよ!
しかもけっこう上手い。
良くも悪くも注目の的、中国人パワー恐るべし。

そして、今回の最大の目的、唇に皿をはめたムルシ族の女性は・・・。
いなかった、残念!
いたのは皿が無い女性が1人だけ。

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皿が無いのは、これはこれですごい。
ごはん食べにくくないのかな?

じつは皿をはめることは今では健康的な理由から禁止されているんだそう。
ツーリストがムルシの村を訪れたときに「お、観光客がやって来た」→「じゃあ皿をはめるか」→「はいお金ちょうだい」ということになるんだって。

このあとムルシ族の村にも立ち寄る予定だったんだけど、直前で行かないことにした。
入村料を払ってムルシ族の集落におじゃましてわざわざお皿をつけてもらうと、悲しいような割り切れないような気持ちになるかなと思って。
将来の夢は「民族研究者」という子どもガイドのダゴくんに案内してもらったこのマーケットだけでもじゅうぶん楽しめた。
一応びろんびろんの唇を見ることができたのでケンゾーとイクエはここで満足。

ちゃんと皿をはめたムルシ族を見に、だいごろ&きっこちゃんカップルだけ村へ。
2人に拝借した皿をはめたムルシ族の姿がこちら。

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皿でか!!
顔の幅より大きいよ。

なんでも、ムルシ族の中では唇の皿が大きければ大きいほど美人なんだって。
でも、もともとは他の民族にさらわれないためとか女性が他の人にとられないためにわざと醜く見せたのがはじまりだとか。
はたしてこれが美人かどうかは分からないけど、人間の体って無限の可能性を秘めてるんだね。

バンナ族に負けず劣らず衝撃的だったムルシ族。
このムルシ族はとにかくツーリスティックなことで有名。
たしかに、写真を撮れ撮れと群がってくるし、金銭トラブルが起きることも多い。
「ムルシ族はウザい」「金にがめつい」と敬遠する旅人がいることも事実。

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もともと昔より遊牧を営んでいたムルシ族。
けれど自分たちが住んできた土地が国立公園となり、移動が禁止され遊牧を行なうことができなくなってしまった。
生きる術を失った彼らが自らを晒し、ツーリスト相手に自分たちを売っている現状を「ウザい」「がめつい」の一言で片付けてしまうのはちょっとどうかな?
このグローバル化・画一化が急速に進み、狭くなる一方の世界で固有の少数民族として生きることはとても大変なことだと思う。
「がめつい」と言われながらも民族のアイデンティティを保とうとしている彼らは、ある意味称賛に値するかも。

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思ったよりもウザくはなかったし、商売熱心なのは女性で男性は観光客のことなんて気にもしてないようだったし、行って後悔することはなかった。

でも、高い金を払ってツアーに参加したらちょっと残念な気分になる、かもしれない。
車で乗り付けてお金をばらまいて写真を撮りまくったらすぐに移動というのにはやっぱり抵抗がある。

自分たちで来たからよかったのかも。
帰りのバスでもムルシ族の人たちがいっしょだったし、彼らの生活空間をかいま見せてもらった感じだった。

エチオピア南部の民族巡りもいよいよ佳境。
さて、次回はどこの民族でしょう♫
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格闘するロバと格闘する民族

2014.12.03 06:02|エチオピア☞EDIT
自分が昔つくりかたを教えた酢の物を、さも自分の得意料理のように他人に作ってふるまい、得意げにレシピを教えている夫を冷ややかな目で見ている妻のイクエです。
酢の物は最低限の調味料とどんな野菜でもできるので、ほかの人と食事をするときはほぼ毎回作っている。
外国人にもウケがいいんだよね。

エチオピアの民族が暮らす場所は観光地化されすぎているんじゃないか。
見せ物みたいになっていて、そこに自分が来ていることもイヤになるんじゃないか。
そんな心配をしていたけれど、カイアファールは全然そんなことなかった。
むしろ彼らはわたしたちの存在なんてまったく眼中にない様子で、道を歩き、座り込んでおしゃべりをし、マーケットで売り買いしていた。
彼らの日常に触れるのはとても興味深く、刺激的で楽しい。
ということで、次の民族に会うために今度はジンカという街へ。

ジンカ

カイアファールからジンカまでバスや乗合いワゴンがある。
きのう再会しただいごろくんときっこちゃんカップルといっしょに移動することにしていたので総勢4人。
4人の席を確保できるかなあ。
エチオピアのバスはつねに満員だしなあ。

どこでバスをつかまえられるのか、何時くらいから道で待てばいいのか確認しとかなきゃ。
英語をしゃべれる人を見つけて聞こうと、近くの食堂に行った。
ビールを飲んでいた2人組のおじさんに行き方をたずねると、予想もしないうれしい答えが。

「カイアファールならあした行くよ。
バス代がひとり20か25ブルだから、4人で100ブルで乗せてあげようか。」

ここからジンカまでのバスを確保するのは大変だし、つかまえられても途中乗車するツーリストのわたしたちはぼったくり価格を要求されるに違いない。
4人で100ブル(約550円)で車に乗れるなんておいしい話。

「いいんですか!?
 ぜひお願いします!」


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酔っぱらった勢いで言ったんじゃないか。
朝になったら忘れてるんじゃないか。
いざ乗せてもらうとなるともっと高いお金を請求されるんじゃないか。

そんな不安があったけど、取り越し苦労だった。
こんな車に乗せてもらえるなんて快適だよ~。

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いつもとは違う滑らかな走り。
余裕のあるスペース。
窓から見える景色はこころなしかいつもより雄大に見える。

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途中でパンクすることもなく、誰かがもどして車内がゲロ臭くなることもなく、ほかの乗客の乗り降りで時間をくうこともなく、運転手の気ままな休憩タイムもない。
車はあっという間にジンカの街に着いた。

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どこのホテルに泊まろうかと探していたら、ひとりの男に声をかけられた。

「安いところあるから案内するよ。」
あんまり信用せずにとりあえずついていったら、まあまあのホテルだった。

ダブルルームで120ブル。
ちょっと高いので、案内してくれた男と別れて近くのホテルへ。
でもそこは150ブルでもっと高い。
もういちど自分たちだけでさっきのホテルに戻ると、こんどはあっさりと100ブル(約550円)になった。
やっぱりガイドがいると宿側はガイドにマージンを払う必要があるので、宿代が高くなるんだ。

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ナルドス・ペンション。
トイレシャワーは共同で1室100ブル。
部屋は広くて新しく、清潔。

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民族を巡る旅の拠点になるこのジンカの街。
街自体はこれといって見どころはない。

ジンカで開かれるマーケットには周辺の村からいろんな少数民族たちも訪れるらしい。
でも、あのインパクトの強かったカイアファールのマーケットを見たあとなのでいたって普通のマーケットに感じる。

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少数民族の村は、行きづらいところにある。
アクセスが悪いのでツアーに参加する人がほとんど。
でも、わたしたちはツアーに参加することに抵抗があった。
高級な4WD車で村に乗り付けて、民族の人たちを撮影したら次の少数民族の村へ移動。
高いツアー代を出すと楽に「民族巡り」をすることができるけど、そんなことをやってる自分がイヤになりそうでもあり、むなしくなりそうでもあり。
少数民族の人たちが住む村は動物園でもなければテーマパークでもない。

わざわざツアーに参加するぐらいなら、行かなくていいかなという思いがあった。
ツアーに参加しなくても、ジンカのマーケットに行けば少数民族の人に会えるかもしれないと期待していた。

でも、このマーケットでは会えなかった。

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雑然としているマーケット。
売り物なのか残骸なのかもわからない。

ここまで来て、少数民族に会わないのももったいないし。
かといってツアーに参加するのは気が引けるし。
どうしようかな・・・。

答えが出ないまま、とくに見どころのないジンカに連泊。
その間、いっしょにいただいごろくんが高熱で病院へ。
血液検査をしたらなんと熱帯性マラリアと腸チフスというダブルパンチを受けていた!
でも早めにマラリアの感染がわかったので、薬を飲むとすぐに症状が治まったからよかった。

じつは、だいごろくんがマラリアに感染したのは2回目。
一度目は以前日本で会社勤めをしていたときに短期旅行でザンビアに行ったとき。
帰国してからマラリアが発症し、日本の病院に行ったんだって。

他人事じゃない。
気をつけなきゃ!!

マラリアを媒介するハマダラ蚊に怯えながら過ごしたジンカの街ではこんなのを食べていた。
もちろんインジェラ。

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マンゴージュースやアボカドジュースをこよなく愛するだいごろ&きっこカップル。
アフリカでは毎日のように飲んでいる。
そんな2人といっしょに飲んだアボカド・マンゴージュース。

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2人によると、ここのアボカドジュースはイマイチ。
作り置きして冷蔵庫に入れていたのを出された。
やっぱり絞りたてじゃないとね。
ケーキもパサパサでちょっと残念だったな。

きっこちゃんはスーダンでアメーバ赤痢にかかっている。
だいごろくんは腸チフスになったし、もしかして2人の病気の原因は作り置きのフルーツジュースによるものでは?なんてあとになって思った。

これまた2人といっしょにいったレストランで頼んだパスタ。
おしぼりのように周りにおいてあるのはインジェラをぐるぐる巻きにしたヤツ。

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エチオピア人はインジェラでパスタを包んで食べる。
食事にインジェラは絶対なんだね。

こちらは3種のワット(おかず)。
大きなインジェラの上に銀色のお皿に入れられて運ばれてくる。
手前のひき肉の炒め物は、けっこうレア。
これでも炒めなおしてもらった。

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さいしょ出てきたときはほぼ生肉だった。
エチオピア人は生肉を食べる。
さすがにエチオピアで生肉にチャレンジする勇気はないけど、わたしも馬刺が好きだから生肉を食べたい気持ちは理解できる。

さて、食事を紹介したところでちょっとおもしろいものを。
イクエとケンゾーがこよなく愛するロバ。
愛らしい瞳にピンと立った長い耳、そのくせいつも哀愁漂っているロバ。
重い荷物を背負わされ飼い主から邪険に扱われていることが多く、いつも同情を感じてしまう。

エチオピアでもたくさんのロバを見てきているけど、ほかの国のロバたちよりもちょっと幸せそう。
というのも、孤独じゃないから。
ほかの国では飼われるのは一家に1頭くらいだけど、ここでは一家で5頭以上飼っているところも多い。
仲間がいるので孤独に見えないし、荷物も仲間と分担できるのでそんなにたくさんは背負わされていない。

いつもさびしそうで自虐的で、哀愁漂い同情誘うロバだけど、エチオピアで目を疑う光景が!

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じゃれあってるのではない。
ケンカしている!

鼻息を荒げ、どついたり逃げたり噛みついたり。
カンガルーがボクシングをしてるみたい。

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ベージュのロバが噛みついたと思ったら、今度はグレーが前足をあげて立ち向かう。
こんなアグレッシブなロバ見たことないし、こんな一面をもっていたなんてビックリ。

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この必死の形相。
見たくないものを見たような、大好きなロバの意外な面を見られてうれしいような・・・。

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自分がロバとして生まれるなら、自由に動物らしく振る舞えるエチオピアで生きていきたいよ。

エチオピア料理とロバはいいとして、さてエチオピアの少数民族を巡る旅、どうしようか・・・。
ここジンカにいてもあまり会えそうにない。

とりあえず女性が唇を大きく割いてお皿をはめ込んでいるムルシ族には会ってみたい。
ツアーで行くか、自力で行くか・・・。

ジンカの街を歩いているとたくさんのガイドに話しかけられる。
「ムルシ族に会いに行こう。
 俺が案内する。」

「自分でバスで行きたいんだけど。」
「バスで行くのは危ない。
 車をチャーターしないと!」


実はこのジンカの街に住む人たちのほとんどはアリ族。
ここから150キロ以上離れたところで暮らしているムルシ族とはよくケンカをしている。
ケンカといっても殺し合いに発展するようなケンカ。

以前行ったパプアニューギニアでもそうだったけど、少数民族同士が今でもささいな争いで殺し合いのケンカをしている。
たとえば自分の妹が別の民族の男と付き合うと、「うちのかわいい妹を寝取りやがったな!」とケンカが始まり、そこからそれぞれの家族を巻き込み、親戚を巻き込み、ご近所さんを巻き込み、民族VS民族の闘いへと発展していき、弓矢による殺人事件が起きる。
パプアニューギニアの場合は、豚を贈り合うことで仲直りできて争いが終結するらしい。

最近もアリ族とムルシ族で殺人事件が起きたばかり。
ひとつは、飲み屋で酔っぱらって暴れていたムルシ族をアリ族の警察官が逮捕したことがきっかけでムルシ族がアリ族を恨み、バイクで道路を走っていたアリ族の親子をムルシ族が撃ち殺した事件。
この親子は最初の事件とは何の関係もないのにただアリ族だからという理由で狙われたらしく、今度はこのことに憤慨したアリ族が反撃。
そのために現在ムルシ族はジンカの街に寄り付かなくなっているらしい。

そしてもうひとつは、道路を横断していたムルシ族の牛がひき逃げされたことによりムルシ族が憤慨。
牛をひいた犯人はわからないけど、怒り狂ったムルシ族はムルシの村を通る車を辺り構わず銃で撃っているらしい。

そんな時代錯誤なことが今でも起きているというのが、信じられない。

するとそばで遊んでいた男の子が光る物を見せてくれた。

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薬きょうだった。
アリ族とムルシ族の抗争で、その辺に落ちていた薬きょうを男の子が拾っていたのだった。

ここに来る前から噂は聞いていた。
「牛を車でひき殺されたムルシ族が車とよそ者に対して怒っていて、ムルシの村を通る車を銃で狙ってるから今はツアーが中断してるらしいよ。」

でも実際にはツアーは催行されていた。
もしかしたらツアー会社によっては催行を取りやめたところがあるのかもしれない。

この辺りではサトウキビがとれるのでムルシの村の先に大きな砂糖工場があって、そこに働きにいく人たちを乗せるバスが1日に何便かは運行されているらしい。
そのバスは地元の人たちもムルシ族も利用するので狙われる心配はなさそう。
なんとかこのバスに乗られればいいんだけど、どうやって乗ってどこで降りればいいのかわからない。

そしたらいいアドバイザーに巡り会えた。

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右から2番目、きっこちゃんの横に座っている「けんくん」。
けんくんも世界一周中で、まもなく帰国を迎えようとしていた。
アフリカを南から北へと旅しているけんくんは、エチオピアのあとスーダン、エジプト、イスラエルと行って日本に帰る予定だったんだけど、エチオピアがとても気に入ってしまってここを自分の旅の最後の国にしようと決めたんだって。
けんくんにとってエチオピアはアフリカ旅のハイライトでもあり、今までで行った国のナンバーワンになった。
ここジンカにはなんと1か月も滞在していて、ジンカのことを知りつくしている。
エチオピアLOVEなけんくんのブログ→「7billions of people in the world

「子どもガイドを雇えばいいよ。」

はっきりいってエチオピアではガイドを信用できない。
金を巻き上げようとする詐欺まがいのガイドが多い。

でも頭が良くて心配りができて優しい子どものガイドがいる!
カイアファールで出会ったお土産売りのアブラハムも、進んでガイドっぽいことや通訳やホテルの交渉なんかをやってくれて助かったし、いっしょにいておもしろかった。

子どもガイド、その手があったか。

大人ガイドの場合、知り合いのツアー会社や運転手なんかと手を組んでいるので車をチャーターさせたり高いツアー料金を払わせたりするけど、子どもガイドならいちばん安い路線バスにいっしょに乗って案内してくれる。

上の写真に載っているけんくんの隣の男性2人(スペイン人)とわたしの隣の男性ケイン(マレーシア人)も子どもガイドを雇ってムルシ族のマーケットに行くことにしていた。
そしてわたしたちも別の子どもガイドを雇うことにした。
わたしたちの子どもガイドはきっこちゃんが歩いていて声をかけられたダゴという男の子。
きっこちゃんは「子どもなのにめちゃくちゃ英語がうまい。今まで出会ったエチオピア人のなかでいちばんうまい。」と絶賛していた。

宿に帰ると隣の部屋のジャマイカ人のツーリストが、部屋の電気をつけずに懐中電灯だけで誰かとヒソヒソ話をしていた。

「誰が来てるんやろう?」
「あれも別の子どもガイドだって。」

自然に「子どもガイド」と会話に出てきてしまうけど、「子どもガイド」って・・・。
響きがおかしくてケンゾーと笑い合った。
「子ども店長」みたい。

なぜ子どもガイドとヒソヒソ話をしなきゃいけないかというと、バレたら大人ガイドが子どもガイドをやっかむから。
「お前、子どものくせに仕事を取りやがって」となるし、ただでさえ大人ガイドには悪い人間が多いので面倒くさいことになる。

だからわたしたちの子どもガイド、ダゴくんが言った。
「あしたは目立たないように夜明け前にホテルを出てきて。
 バスターミナルで待ってるから。
 5時半に集合ね。」


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わたしたちは子どもガイドに言われるがまま、4時半ぐらいに起きてこっそりとホテルを出発してバスターミナルへと向かった。

やっかいなのは大人ガイドだけで、地元の人たちはわたしたちと子どもガイドのことをなんとも思っていない。
無事に子どもガイドと落ち合うことができ、バスに乗り込めた。

くねくねで舗装されていない道を進んでいく。

ムルシの村はオモ国立公園という自然豊かな場所にある。
シマウマなどの野生動物も住んでいる。

ツアー会社の車で行くとツーリストは国立公園入場料を徴収されるらしいけど、わたしたちは地元の人しか乗らないバスで行ったので徴収されなかった。
バス代はひとり50ブルくらい(約280円)だった。

柱に寄りかかっているのが、われらが子どもガイドのダゴちゃん。

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本人は14歳って言い張るけど10歳ぐらいにしか見えない。
ダゴちゃんはやっぱり大人を喜ばせるのが得意なようで、隣に座っている現地人の男性と仲良くなって水やお菓子を買ってもらっていた。

目的地はムルシ族の村ではなくて、まずはムルシ族が集まるハンナというマーケット。
ムルシ族の集落を超えてマーケットを目指す。

ムルシ族から車が狙われる、なんてことを思い出し、ちょっと緊張する。

窓から道を歩いているムルシ族が見えた。
こわっ!

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まちがってもムルシ族の家畜をひき殺してはいけない。
ムルシ族に連れられた家畜がそばを通るとき「ちょっと!ドライバー、注意してよ~」とつぶやく。
ドライバーも恐る恐る車を運転しているように見える。

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バスは2時間あまりでハンナに到着した。

こんな田舎なのに民族同士の争いが続いているからか、警察が待機している。
バスを降りるなり荷物検査を受けた。

外にはムルシ族の人たちがいっぱい。

う~ん、大丈夫かな。
頼むよ、われらが子どもガイド!
でも大人ガイドより賢いし頼もしいからきっと大丈夫。

子どもガイドと見たムルシ族のマーケットはいかに!?
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