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ケンゾー   イクエ


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エジプト「アブ・シンベル神殿」☆☆ 世界遺産制度を生んだもの

2014.10.19 05:43|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
アフリカでノミ、ダニに刺されまくりでしたが、自然派虫除けジェルクリームを買えたので気持ちも楽になったイクエです。
これまでは普通の虫除けスプレーを使ってたんだけど、植物のアロマオイルでできた赤ちゃんにも使えて、目以外のどこにでも使える体に優しい虫除けを激安で買えたので毎晩ふんだんに使っています。
保湿クリームとしての効果もあるらしい。
しかも、虫除けだけじゃなくて刺されたあとのケアとしても使えるという優れもの。

さあ、きょうはエジプト最後の世界遺産をご紹介します。
それはスーダンとの国境近くにあるアブ・シンベル神殿

でも、正直行くかどうか迷った。
だって、ものすごく辺ぴなところにあるんだもん。
アブ・シンベルの村にも宿泊施設はあることはあるけど田舎だしホテルの数は少ないうえに、安くはない。
アスワンから日帰りで行くのが一般的。
日帰りって言ってもかなりの距離があるので大変だ。

アブシンベル

そのために、アスワンの安宿ではアブ・シンベル日帰りツアーをやっている。
ツアーと言っても、ホテルからアブ・シンベルまでミニバスで送り迎えをするというもの。
ミニバスにツーリストが乗り込み、入場料などは現地で自分で払うシステム。
つまりツアー代に含まれるのはこのミニバス代だけ。
申し込む宿によって値段は違うけど、だいたい110とか120ポンド(時期によって値段の変動あるかも)。

ツアーに申し込むか悩んだけど、イクエとケンゾーが出した答えは「自力で行く」。
自分たちで行けばもっと安くなるし、それにツアーの出発時間が・・・。
午前3時だったから!

なんで午前3時なのかというとアブ・シンベルまで車で4時間弱かかり、7時くらいに着けば朝焼けのアブ・シンベルを見られるし、朝の涼しいうちに観光できるというメリットがあるから。

でもこれはきつい。
せめて7時発くらいにしてくれれば。

ということで、ツアーに参加しないと決めたわたしたちは朝7時に宿を出発し、アスワンのバスターミナルへ。

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8時くらいにアブ・シンベルまでのバスがあると聞いていたのに、人がいないからかきょうは運行取りやめ!
仕方なく、乗合いワゴンで行くはめに。

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でも、乗合いワゴンはバスよりも割高なうえに、外国人にはぼったくってくる。
本当なら乗合いワゴンでも30ポンドで行けるのに「おまえらは50ポンド!50じゃないと乗せない!」なんて言われて、こっちも「じゃあ乗らない」となる。

ほかの国ではこっちが乗らないそぶりを見せると「わかった、じゃあ40でいい。30でもいい。」ってなるんだけど、エジプトはそうはいかない。
「外国人は現地人と同額では乗せない!物を買わせない!」という主義を貫いている。
ヨルダンとベトナムもそうだった。
外国人に対してプライドが高いのか、いや、低いのか。
こういう国は、疲れる。
ということで、いったん乗り場を離れて腹ごしらえ。

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よくわからないけど、肉とピクルスを挟んだサンドイッチ。
2本で5ポンド(約70円)。

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で、また乗り場に戻ったけど30ポンドにはしてくれない。
このまま待っていると夕方になってしまいそうなので、仕方なく35ポンド(約500円)でワゴンに乗る。

エジプトの面倒くさいところは、高い値段を言ってくるヤツは第三者が多いということ。
つまり、ワゴンのドライバーでも車掌でもなくその辺の暇そうなヤツが外国人を見つけると寄ってきて「お前はこのワゴンに乗れ。でも外国人だから50ポンド払え。」と言ってくる。
なんなんだ。
ワゴンだけじゃない。
ぼったくる仲介者みたいなのがエジプトではあちこちにいる。
こっちは最初は関係者だと思って対応するけど、あとになって何の関係もない人だったというのがわかる。

こんなよくわからないおせっかいがいるから「世界三大ウザい国」にランクインされているのかも。

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アフリカでは代表的な公共交通機関がこのワゴン。
つまり、ミニバス、
エジプトの場合は、残念ながらエアコンが効かない。(スーダンは効いたよ!)

ちなみに一日ツアーに参加すればエアコンの効くミニバスに乗られるらしいよ。

ワゴンはアスワンダムにかかる橋を越えて、ひたすら南へと走る。

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アスワンダムを過ぎたらずーっと砂漠。
建物なんてほぼない。
こういうところでも集落くらいあってもよさそうだけど、集落と呼べるものもない。
日陰もない。水もない。

ただ道路だけが続いている。

暑い!

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エジプトの国土は広大だけど、そのうちの多くが人も住めないような場所。
これはモンゴルなどほかの国でも感じたことだけど、国土が広くても人が暮らせて街をつくることができる土地はわずか。
その点日本は国土は広くないかもしれないけど、ほとんどの場所に川があり木があり、山や田んぼがあり平地があり、人が暮らしていくのに適している。
どんな田舎でも30キロくらい走れば集落があるもんね。
エジプトとか何百キロ走っても人家がない。
日本はとても恵まれていると思う。
しかも島国だから海の幸も豊富だし、海が自然の要塞の役目を果たしていて外国からの侵攻も防ぎやすい。

以前外国人から「日本人は子どもをたくさん産むってわけでもないのに、どうしてそんなに人口が多いの?」って聞かれて答えに困ったことがある。
これは日本の国土が人が生きていくのに適していて、どこでも人が暮らしていけるっていうのも一理あると思うなあ。
エジプトの国土は日本の2.5倍だけど、人が暮らせる土地は日本の方が広いはずだよ。

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なんてことを蒸し風呂状態の車内で考える。

暑い!
不快指数120パーセント。
この砂漠、温度は55度を越えているはず。
今まで旅してきたなかで2本の指に入る暑さ。
もうひとつはどこかというとウズベキスタンの砂漠を、これまた同じようなエアコンのないワゴンで移動したとき。
窓を開けた方がいいのか、開けない方がいいのかわからない。
というのも、窓を開ければ風は入るけど熱風。
まるでドライヤー。
暑い!息苦しい!
こんなことなら開けない方がいいかなとも思うけど、開けないと汗がダラダラ。
開ければ熱風が顔に吹き付け、汗がでてもすぐに乾く。
でもただでさえ暑いのに、さらに熱風を全身で受けるというのは本当に辛い。

精神的に楽になるために、いろんなことを想像してみる。

・極寒の北国にいて髪の毛も凍るような屋外から、いま暖房の効いた天国のような家に入ってきたとこなんだと自分に暗示させる。
ああ~、あたたかいってなんて幸せなんだ。
寒いのは地獄だけど、ここは癒しの場所だ。
寒さで凍てついた肌を、じわじわと溶かしてくれる感覚を想像する。
これは暑いんじゃない、あたたかいんだ!

って思ってみても不快指数は120パーセントなわけで、むしろ極寒の北国にどこでもドアで行きたい。

そこで次の作戦。

・ここはサウナだ。みんながお金を出して行きたがるサウナにこんな長い時間いられるんだと自分に暗示させる。
新陳代謝がよくなって肌にもハリツヤがでて健康になるね。
きょうでどれだけ汗がかけたんだろう。
イクエもケンゾーも着ている服に塩ができてるもんね。

って思ってみても不快指数は120パーセントなわけで、サウナ上がりの冷たいビールはなく、あるのは60度くらいに温まったペットボトルのお湯。

もうこうなったら寝るしかないって思うけど、暑いと眠れないんだよ。
睡魔よりも苦痛が勝ってしまって、ウトウトできないの。

不快指数120パーセントで3時間半。
ようやくアブ・シンベルに到着。
遺跡まではワゴンを降りたところから1キロほど歩かないといけない。
もう、見る前からすでにヘトヘトだよ~。

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ルクソールの宿で、すでにアブ・シンベルを観光していた日本人に会った。
その人に感想を聞いたらこんな答えが返ってきた。
「想像していたのとちがってちょっと残念だった。
もっと人里離れた奥地にひっそりとあって、ワクワクしながらしばらく歩いていってやっと遺跡が見えるっていうシチュエーションを想像していたんだけど、ツアーのバスを降りてちょっと歩けば正面にすぐに遺跡があって、あっさりしすぎていた。」

そりゃあね、ツアーバスでスヤスヤ眠りながら「はい、着きましたよ」って起こされて遺跡に行ったらそんなふうになるかもしれないけど、わたしたちの場合はここまで来るのがすごくしんどかった。
「なんでこんな砂漠の奥に神殿を造ったの?」ってラメセス2世さんを何度恨んだか。
ラメセス2世はルクソールにたくさんの神殿を残している人で、ルクソールからここまでは500キロも離れている。
当時はもちろん車もないので、ここまで神殿を見に来るのも大変だったと思う。
きっとナイル川の船を使ってたんだろうけど、それでもなんでわざわざこんな離れたところに・・・。
きっと自分の権力が及ぶ範囲を知らしめたかったんだろうけど。
 
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入場料を払って中に入ると、目の前には何もない小高い丘が立ちふさがっている。
実はこれ、遺跡の裏側。
丘の斜面に造られたアブ・シンベルを見るには、この丘を回り込まないといけない。

丘の裏にはナセル湖

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そしてそのナセル湖と向き合うように、アブ・シンベル神殿!

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正直言って「うわあ~!!」という感動はない。
ここまでの移動があまりにも過酷過ぎた。
感動よりもそのつらさが上回っていて「あ、これですか」という感じ。
だから楽なツアーで来るとあっさりここにたどり着いてしまうことに物足りなさを感じるかもしれないけど、逆に猛暑の日に自分で来たら「こんなに苦労してきてこれか。見終わったらまたあのワゴンで4時間近くかけて戻らないといけないのか。」と思うハメになる。

さて、アブ・シンベル神殿が造られたのは今からおよそ3300年前のこと。
ちなみに正面の椅子に座ってドーンと待ち受けている4体の巨像は、神殿を造らせたラメセス2世。
自分の像を4体も並べるってどれだけ自分に自信をもってるんでしょう。

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ルクソールにも、ルクシール神殿やカルナック神殿、ラメセス2世葬祭殿などにいくつも自分の巨大な像を造らせている。

そのなかでもラメセス2世の自己顕示欲を物語る最たるものがこのアブ・シンベル神殿。
こんなに大きい!

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巨像の高さは20メートルなんだって。
20メートルもある自分の像が4体も並んでいるのを想像すると気味が悪いけど、彼は嬉しかったんだろうね。

このアブ・シンベル神殿、実は世界遺産第1号って知ってた?
ユネスコの世界遺産は、「全人類の宝なので、その国だけじゃなくて世界全体で保存に取り組んで後世に残しましょう」ということで認定される。
そんな世界遺産の仕組みができたのは、このアブ・シンベル神殿がきっかけ。

実はいまあるこの神殿は、移築されたもの。
もともとは目の前のナセル湖の「中」に建っていた。
「中」と言ってもそのときはそこに水はなかった。
琵琶湖の7.5倍のナセル湖はアスワンハイダムによってできた人造湖。

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アスワンハイダムはナイル川の氾濫を防ぎ、農業用水の安定した供給や電力を生産し、近代化が図られるということで1970年にドイツとソ連の協力を受けて完成した。

アスワンハイダムの建設で水没の運命にさらされたアブ・シンベル。
このままでは貴重な人類の宝がなくなってしまうということで、救済しようとユネスコが国際キャンペーンを展開。
募金だけでなく、どうやって救済すべきか意見を募った。
そして1036個のブロックに切断して、なんともとの場所よりも60メートル高い現在の位置に移動して設置しなおしたんだって。

資料館には当時の様子を伝える写真が展示されていた。

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このアブ・シンベル神殿、巨大な岩をくり抜いて造られたもの。
だから移築する時もその岩山が再現された。

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正面から見ると自然な岩山のように見えるけど、後ろから見ると少し人工的な感じがする。
小高い丘はコンクリートで支えられている。


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そんなアブ・シンベルの救済劇をきっかけに、人類の宝をみんなで保護しようという機運が高まって1972年に世界遺産条約が採択され、その後アブ・シンベルを含む遺跡群が世界遺産に登録された。

3300年の時を越え、現代の世界を動かし、影響を与えたラメセス2世はやっぱりすごい人なのかもしれない。

ちなみに、アスワンハイダムによる水没から救済された遺跡はほかにもいくつかある。
ここに来る途中、車窓から見えたイシス(フィラエ)神殿もそのひとつ。

この神殿は神話に出てくる神様の島、フィラエ島に造られていたんだけど島ごと水没したので隣のアギルキア島へ移築したんだって。
そのアギルキア島は、フィラエ島の形になるように削って整備されたらしい。

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アブ・シンベル神殿の正面に4体並ぶ像のうち、左から2番目のものは顔が崩れている。
移築するときに「この際、崩れているのも修復しちゃおうか」ともなったらしいけど、もとのまま忠実に移築しようということで崩れたままにしたんだって。
で、崩れ落ちた顔が崩れ落ちたままの様子で地面に放置されている。

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イクエがいるところに注目。
イクエが手でもっているところは、ラメセス2世の耳!

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一部埋もれているけど、下にあることでその大きさが実感できる。

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入口の両脇の壁には、首がロープで繋がれたヌビア人捕虜とシリア人捕虜のレリーフ。

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内部には馬車に乗って弓を引きながらシリアと戦うラメセス2世のレリーフもあって、自分の勇姿や力を見せつけている。

そしてもちろん内部にもラメセス2世の8体もの立像がずらり。

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当時の王たちは、神と自分を結合させて信仰の対象にさせていた。
このラメセス2世像はオシリス神(死後の世界の神)の姿をしているんだって。

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ちなみに一番奥の暗いところは至聖所で、右からラー・ホルアクティ神、神格化されたラメセス2世、アムン・ラー神、そしてプタハ神。
この暗い部分にはラムセス2世の生まれた日、2月20日と王位に即位した日10月20日の1年に2回だけ太陽の光が差し込むように建設されている。
だけどね、移築のときに誤算が・・・。
ちょっと向きがずれてしまって、2月22日と10月22日に変わってしまったらしい。
現代技術が古代技術に負けてしまったんだね。

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1年で2回、太陽が奥まで差し込むんだけど左側のプタハ神にだけは太陽が当たらない。
これはプタハ神が闇を好む神様なので、光が当たらないようにわざと設計されてるんだって。
そこまで考えるなんて3300年前の人たちはすごいね。

自分のことが大好きなラメセス2世だけど、愛しているのは自分だけじゃなかった。
正面の大きなラメセス2世の像の足元に注目。

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この小さな像は、ラメセス2世の家族。
アブ・シンベル神殿の横には、ラメセスの妻ネフェルトアリ王妃のために造られた神殿がある。

左奥がラメセス2世のアブ・シンベル神殿、手前がネフェルトアリ王妃のアブ・シンベル神殿。

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小神殿っていっても、こんなに大きいんだけどね。
ちなみにこの小神殿も、大神殿といっしょに移築されたもの。

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ネフェルトアリ王妃の神殿だけど、正面に並ぶ6体の巨像のうちネフェルトアリ王妃の像は2対。
ほかはラメセス2世。
結局、自分か・・・。

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こちらの足元にも小さな像があって、それも2人の子どもたちなんだって。

この大神殿と小神殿、残念ながら内部は写真撮影禁止だったけど、壁という壁にリレーフがあって色が残っているところもあり、とても美しかった。
3300年前の絵っていうと、子どもの落書きのようなものを想像するかもしれないけど、とても洗練されていて繊細な絵。
全然古さを感じさせない。

アブ・シンベルを1時間あまり見たあとは、ふたたび4時間近くかけてアスワンに戻らなければ。

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帰りは乗客が集まるのを、ドライバーのおっちゃんと話しながら待つ。
おっちゃんと仲良くなったので、現地人と同じ30ポンドで乗せてくれた。
でも、車内は朝にもまして灼熱地獄で意識朦朧。
遺跡よりも移動の記憶が強烈に残る結果となった。


さて、世界遺産第1号の「アブ・シンベル神殿」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

世界遺産1号としての歴史的な意味では星3つかもしれないけど、エジプトの果てにあるここまで足を伸ばしてでも見るべきものかどうかは微妙。

エジプトで出会った旅人の中には、遠いアブ・シンベルにはあえて行かないという人もいたけど、それはそれでアリだと思う。
でも逆にエジプトの遺跡の中でいちばん好きなものにアブ・シンベルを挙げる旅人もいた。
好みによってわかれるかなあ。

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わたしたちよりも一足先にアブ・シンベルを見たきっこちゃんは「それまでにエジプトのすごい遺跡を見過ぎてしまったからね・・・」と言っていたけど確かにそう。
エジプトにはアブ・シンベルに負けず劣らずの巨大な遺跡がたくさんあって、とてもすばらしい。
アブ・シンベルまで足を伸ばす余裕がない人は、ルクソールのカルナック神殿やアスワンのイシス神殿に行くのもいいと思いますよ。
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