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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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踊り、歌い、祈る アフリカの魂

2014.10.31 08:29|スーダン☞EDIT
かまどで薪に火をつけて、天ぷらに挑戦したイクエです。
結果は・・・。
ちゃんとできましたよ!
天ぷらは野菜と小麦粉と油さえあればどこでもできる!!

茶色い「青ナイル」と茶色い「白ナイル」が合流するのがここ、ハルツームのいちばんの見どころ。
でも、イクエとケンゾーにとっては見どころではなかった。

ほんとうの見どころを求めて、次なる場所へ。
そこへの行き方がわからなかったけど、通りすがりの人に聞いたらいっしょに10分くらい歩いて駅の近くのバスターミナルまで連れて行ってくれた。
ハルツームでは、だいたいこのバスターミナルからバスに乗れば近郊ならどこにでも行ける。
小さなバスがずらりと並んでいるので、誰かに聞けばどのバスに乗ればいいか教えてくれるので大丈夫。

路線バスに乗って、白ナイルを渡る。

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「白」って言われれば白っぽいけど、きのう見た「青ナイル」の色と変わらない。

オムドゥルマンというイスラム地区の、それっぽいところで路線バスを降りる。

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少し歩いてだだっ広い敷地の中に恐る恐る足を踏み入れる。
こんなところ、通っていいのかなあ。
でも、会場はここのはず。

その会場とはこちら。

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墓地!!

こんもり土が盛られた間を歩いていく。

でも、「オ~バ~ケ~」なんてのは出ない。

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子どもから大人まで金曜日にはここに来るのだから。

変な服装をした人たちが集まっている。
ここだ。
間違いない。

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今からこの墓地で繰り広げられることは、通称「ジキルダンス」というもの。
でも「ダンス」と言うと、地元の人に違うと指摘される。
「ダンス」ではなく、厳粛な「セレモニー」。
イスラム教徒が神、アッラーに捧げる儀式らしい。

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輪の中ではタンバリンや楽器を持った人が、歌い、踊りながらぐるぐると回っている。
リズミカルで厳粛な雰囲気はしない。
今まで見てきたイスラム教の儀式は、音楽や踊りなんてなかった。
イスラム教ではそんなのは娯楽や快楽として好ましくないとされてるんじゃないかと思っていた。

アフリカらしいビート。
大地の鼓動。
魂を揺るがすリズム。

イスラム教もこのアフリカでは、こんなふうに音楽や踊りと切り離せなくなるのかもしれない。

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輪の中央で踊っている人は、ときどきまわりの人からお金を渡される。
ターバンの下にお札を挟んでもらって、いっそう激しく体を揺らす。

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周りで見ていた人が輪の中央に加わる。
踊り手はときどき入れ替わる。
踊り手も観客も一体化し、そしてうねりがおこり、大きなエネルギーが生み出されていく。

神に捧げる踊りは、まるで永遠に続いていくようにも思える。

ここにいる人たちのこころは、アッラーに向いている。
みんなで同じ境地へと向かっている。

イスラム教徒ではないイクエとケンゾーはその境地へは達せなくて、どこか冷めた目で一定の距離を置いて見てしまう。

この奇妙な儀式はなんなんだろう。
どうしてこんなにも盛り上がれるのだろう。

みんな、疲れなんて感じてないように思えるけど、この熱気に身を置くと暑苦しくて息苦しくなってきた。

ちょっとこの辺でティータイム。
お墓に囲まれた場所で。

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墓地の中にはこんなのどかなお茶屋さんが10軒も20軒も並んでいる。
それに露店のお菓子屋さんや雑貨屋さんもあって、ちょっとしたお祭り会場みたいな感じ。
この「ジキルダンス」は毎週金曜日の夕方から日没にかけて行なわれている。

金曜日になると信者たちはここに来て、歌や踊りでアッラーに祈りを捧げる。
といっても、どこか楽しげで、地元の人の娯楽になっているような気もする。
「娯楽」なんて言ったらきっと怒られるけど・・・。

お茶を飲んで帰ろうかなあと思っていたら、びっくり。
人、人、人。
1000人はいるかもしれない。
人の輪も、音も、声も、うねりも、とどまるところを知らないように大きくなっていく。

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音楽に合わせてずっと回転し続ける人。
頭を抱え込み今にも倒れそうな人。

なんなんだ、この人たちは!

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そして周りの人たちは「アッラー アッラー」とリズミカルに叫びながら体を前後に揺らしつづけている。

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わたしもケンゾーも思った。

「この人たち、気でも狂ってるんじゃないか?」

1000人全員が、わたしたちの知らない世界にいってしまっている。
大人も、そして子どもも。

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身をかがめたままの人。
激しく体を揺らす人。
ひざまずいて空を仰ぐ人。
泣きそうな人。

みんな目がいっている。
なんか・・・薬物中毒のようになっている。

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髪をドレッドにしているヒッピーのようなスーダン人。
重そうな数珠を何重にもして首に巻き付けている老人。
つぎはぎだらけの派手な着物のようなものをまとっている人。
インドのサドゥーみたいな人たちもたくさんいる。

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それに・・・。
隠さずに言うと、中央で踊っている人たちのなかには障がい者がたくさんいる。
目が見えない人、足がない人、「ウー ウー」とだけしゃべる人。
そして知的障がい者や、精神病の人。

むしろそんな人たちこそがこの場所で活躍している。
きっといつもはこのスーダンで社会の隅に追いやられている人たち。
その人たちが生き生きとした顔をする週に一度の舞台。

「どうして多くの障がい者の人がここに集まるの?」

素直に現地の人に聞いた。

「彼らにとってはここが楽しめる場所だから。」

単純な答えだった。

もはやここでは、どんな人も関係ない。
いかに自由に狂えるか。

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両足のない人が、両手を地面につけてぴょんぴょんと飛びながら回っている。
コミニュケーションもままならない人が、叫びながら、でも満たされたような顔で体を揺らしている。

見世物小屋のようで、見てはいけないものを見るようなためらいの気持ちもわく。
そのいっぽう、しがらみにとらわれることなく魂を解き放てるような心地よさも感じられる。

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子どもも声を合わせて一心不乱に体を揺らす。
「アッラー」と呼びかけ体を前後させて手本を示し、子どもたちを盛り上げる役の大人もいる。

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正直言って変だし、1000人の声が重なり合い熱気に包まれ、部外者のわたしたちにとっては理解できずに怖さすら感じる。

でもこのわけのわからなさとアフリカらしい祈りの仕方。

ああ、わたしはアフリカにやってきたんだ。

集まっている人々はどんどん興奮し、ヒートアップし、墓地は熱気に包まれていく。
歌声は重なり合い、大きくなり、地面や空気を揺らし、体の中にまで振動が伝わってくる。
みんなの祈りはひとつになり、大地の地下深くに沈んでいくような、空へとのぼっていくような。

儀式が始まったときは小さかった輪は大きく膨らみ、輪の中心には歌い手や踊り手が集結し、輪の内部にも人があふれている。

輪の中心にわたしたちも行けるかな。
様子をうかがっていると、裸足になるように言われた。
そしてわたしはもっていたスカーフで頭と体を隠すように教えられ、言われた通りにすると輪の中心に入れてくれた。

ここにいると、なおさら熱気と迫力に圧倒される。

ほんとうにこれはなんなんだろう。
とても奇妙な儀式だけど、みんなは達成感を味わっている。

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熱気が最高潮に達したとき、礼拝の言葉がスピーカーから流れて、理解しがたいこの儀式は突然終わった。

あんなにみんなでひとつになって盛り上がっていたのに、あっさりと三々五々帰っていく人たち。

なんなんだ、スーダンは!

想像もつかなかった異国のちょっと怖い儀式。
戸惑いながらも、興奮し、アフリカの力をどっしりと受けた。

なんなんだ、アフリカは!


【旅 info.】
  ジキルダンスa_DSC_0104_20141031180243b7a.jpg
ハルツームの繁華街のバスターミナルからバス。
およそ30分、1.5ポンド。
会場はHamed el-Nil Cemetery(Mosque)。
入場無料。金曜日の午後4時過ぎからスタート。
日没まで2時間以上続く。
終盤のほうが盛り上がる。
女性はスカーフをもっていくほうがいい。
ラマダーン中は中止。
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スーダン料理を一挙大公開!

2014.10.29 05:52|スーダン☞EDIT
腰痛&お尻痛がしんどい40歳のケンゾーです。
エジプトから陸路で移動しつづけて3か月、どの国の車もまあボロい。
今までのツケが回ってきたのか、ここ数日腰が痛くてたまらない。
お尻の肉が少ないから長時間座ってるとお尻も痛いし(痔じゃないよ!)。
どうしたらお尻に肉がつくんだろう。

オマールと別れてやって来た首都ハルツーム。
人口200万人以上を抱える大都市だ。
この街の人々もフレンドリーではあるけれど、落ちついているというか、ちょっと冷めている感じが否めない。
今までの田舎の町はおじさんたちもとてもお茶目だったんだけど、ここの人たちはちょっとすましている。

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早朝から夜中までせわしなく人々が行き交っているし、交通渋滞も激しい。
昼間も寝てる人が多かった田舎とは大違い。
こんなにアクティブなスーダン人にちょっとビックリ。

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ハルツームはナイルとナイル、2つのナイル川が出会う場所。
ウガンダやタンザニアにあるビクトリア湖が源流の白ナイルと、エチオピアのタナ湖が源流の青ナイルがここで合流し、はるか遠く離れたエジプトまで流れていきアレキサンドリアから地中海へと注いでいる。

「ハルツームに来たからには、青く澄んだ青ナイルを見にいこう!」と言うイクエ。
「いやいや、ほんとに青いわけないやん。
 どうせ茶色く濁ってて今まで見てきたナイル川といっしょやって。」

「ええ?そうかなあ?
 でもそれやったら、わざわざ『青』なんて名前は付けんやろ。
 しかも青ナイルと白ナイルが合流するところははっきり色が違って、
 色の混ざり具合が楽しめるらしいよ。
 ハルツームの一番の観光スポットだから!」

青っぽい色をしているはずだと主張するイクエ。
果たして青ナイルは本当に青いのか?

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はい、真っ茶色
これっぽっちの青さもない。
白ナイルよりも水の透明度が高いからって呼ばれるようになったらしいけど、これよりも濁ってる白ナイルってもはやじゃないよね。

もうちょっと歩いたところにある大きな橋の上からだと、白ナイルと青ナイルを両方眺めることができるらしい。
でも、バスから見た白ナイルも同じような色をしていたからもういいや。

川岸にはホテルなのかマンションなのか立派なビルが建設されている。
窓からナイルを見られることを売りにしているのだろう。
けっして青くはないけれど、それでもスーダン人にとってナイルは誇りでステータスなんだろうね。

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ここハルツームでの目的はひとつだけ。
次の国エチオピアのビザをゲットしないといけない。
カイロでも取れるけれどハルツームだとその日にその場でゲットできるので楽。

ミニバスに乗って「ハルツーム3」というエリアへ。
ミニバスの値段は1ポンド~2ポンド(約10円~20円)。

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手入れの行き届いたきれいな庭園が広がるエチオピア大使館。
なんとなく「エチオピア=痩せた土地」っていうイメージを勝手に思い描いていたので、こんなにきれいに庭を手入れしているっていうのは失礼だけど意外だった。

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まず手前の小さな小屋があるスペースでアプリケーションフォームを作成。
3ポンド(約30円)で用紙を購入。

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写真が2枚必要なんだけど、持ってきていた写真は小さくてダメだと言われた。
その場で1人15ポンド(約165円)で撮影してもらう。
今までどの国もけっこうアバウトだったんだけど、エチオピアはちょっと面倒くさそうだなあ。

案内板にはダブルエントリーやマルチエントリーの値段も書かれているけど、なぜか取得できるのはシングルエントリーのみ。
即発行なので楽だけど、ジブチやソマリランドに行く予定の人は他の国でダブルかマルチを取らないといけない。
3か月有効のシングルビザが20ドル。

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とくに何をしたって訳ではないけど気づけば5泊もしていたハルツーム。
何もしてないので写真を見直すと食べ物の写真ばかり。
ここでスーダン料理をちょっと紹介しようかな。

いちばんよく見かけるのはチキンのグリル
エジプトでは専用の機械でグルグル回しながら焼いていたけど、スーダンでは炭火で網焼きにするのが一般的。
付け合わせの野菜、パンがついて17ポンド(約190円)。

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どこも同じに見えるけど、店によっては肉がぱさついていたりして意外と当たり外れがある。

これもメジャーなヤギ肉のグリル
味は悪くないけど骨ばかりであまり食べるところがなかった。
メインの肉よりも野菜を煮込んだサイドメニューがカレーっぽくておいしかった。
2皿で20ポンド(約220円)。

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牛の内蔵がたっぷり入ったスープ。
おいしいけれど、見た目どおりかなり脂ギッシュ。
26ポンド(約290円)。

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パキスタン料理屋で食べたビリヤニサモサ
バングラデシュでよく食べたビリヤニに再会できて嬉しかった。

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大きなチキンが入ったビリヤニは10ポンド(約110円)、揚げたてのサモサは2ポンド(約20円)でコストパフォーマンスもいい。

たまにはファストフードを食べることも。
フライドチキンにしなしなのポテト、ライスになぜかパンまで付いて20ポンド(約220円)。

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けっこうボリューミーでなかなかいけてるスーダン版ハンバーガー
スパイスがピリリと効いて悪くない。

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最後にスイーツ。
ちゃんと焼き目が付いてクオリティーが高かったプリン
カラメルソースもつゆだく、甘さもちょうど良くて上品な味、8ポンド(90円)。

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パキスタン料理屋でまたまた再会したアラブ圏でよく食べたスイーツ。
スポンジケーキに甘いミルクがたっぷりかかっている。
噛むとジュワ~ッと口の中にミルクが広がる。

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値段を聞かずに頼んだんだけど、これが1つ7ポンド(約80円)とけっこう高かった。
やっぱりスイーツは贅沢品。
3つ食べたらメインの食事よりも高くなってしまった。

スーダンはアラブの国にしては食のバリエーションはまあまあ多いほうだと思う。
けれど野菜が不足がちになるから健康にはあまりよくないかなあ。
エジプトの魚料理が恋しくて仕方がない!

次回は、ハルツームの墓地で毎週行なわれる摩訶不思議な儀式をご紹介します。
異様だったなあ・・・。
お楽しみに ♪
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「またね」のあとは、きったなーい首都

2014.10.28 06:12|スーダン☞EDIT
ふと、日本の匂いが恋しくなるイクエです。
この前は突然、檜風呂の匂いが嗅ぎたくなりました。
檜と硫黄のまざったあの香りです。
きのうは屋台のイカ焼きの匂いが嗅ぎたくなりました。

エジプトで出会い、再会を果たし、そしてホームステイまでさせてくれているオマール。
そもそもなぜオマールはエジプトなんかに行ったのか。
それは、旅行したかったから!
オマールはわざわざ1日以上かけてフェリーで国境を渡り、陸路でカイロまで北上し、ギザのピラミッドを観光して、ふたたび南下してわたしたちと同じフェリーに乗ってスーダンに帰ってきたのだった。

「でも、ひとりだと旅行はさびしいねえ。」

「カイロでは5日間も何してたの?」
「ピラミッド見た以外は、エアコンの効いた部屋でテレビ見たりしてぼーっと過ごした。」

「えー?もったいない。」
「だってひとりなんだもん。
でもホテルは快適だったから、楽しめたよ。」


「どんなホテル泊まったの?」
「いいホテルだったよ。
1泊300ポンド(約4300円)ぐらい。」

「300ポンド!?
たっかーい!! エクスペンシブ!」


「エクスペンシブ?
そう?
ふたりのカイロのホテルはいくらだった?」

「ふたりで50とか60ポンドだよ。」

「え!? ふたりで?」
「うん、エアコンもWi-Fiもついてて、50。」

オマールは驚いたように言った。
「エクスペンシブ!」
「ノット エクスペンシブ。
だって、ふたりで50ポンドなんだよ。」


オマールは顔を曇らせてまたつぶやいた。
「エクスペンシブ!」
「ノット エクスペンシブ。」

「ちがう。
ふたりじゃなくて俺のホテルがエクスペンシブ!」

「そうだよ!エクスペンシブだよ!!」

気を取り直してオマールは言った。
「でも、すごいよかったんだ。
ボーイがドアを開けてエスコートしてくれるし、1階に行くたびにスタッフが『ミスター』と言って挨拶してくれる。
胸をはってのけぞって『やあ、君たち』って言いながら、いつも堂々とホテルを歩いていたからね。
気持ちよかったよ~。」

「アハハ。
じゃあ、300ポンドの価値はあったね。」


「でも、それだけじゃすまなかったよ。
洗濯しないといけないから、服とか下着とかメイドさんに洗ってもらってたらさ、ランドリーサービスで1着10ポンドも請求された。」


「1着で?パンツも?
高すぎるよ。」


「でもね、だからメイドさんたちは俺が金持ちのやり手のビジネスマンって勘違いしてたみたいでさ。
『ミスター、おはようございます』『ミスター、きょうはいかがです?』って尊敬の眼差しでにこにこして言ってくるんだよね。
『ふむ、じゃあきょうもこれよろしく』って渡すと『はい、かしこまりました』ってね。」


自分で桶で洗った服にせっせとアイロンをかけながらオマールは楽しそうに話す。

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オマールは、なぜか服をあらかじめきれいにたたんで折りジワをわざとつけるようにアイロンをかけている。

「どうしてたたんだあとにかけてるの?
シワがついちゃうよ。」


オマールの手が止まった。

「・・・わからない。
サウジアラビアでお母さんがこうしてたから。」


17歳で国外追放になり、両親と別れたオマール。
家事なんて習わないまま、1人で生きていくことを突然強いられた。

ってことを考えるとオマールの人生は悲劇でとてもけなげに生きているようにも思えるけど、なぜか喜劇に思えてくるんだよね。
そしてオマールの人生を3人で笑い飛ばす。

「ジーンズだって、こうやってたたんでアイロンをかけてわざと線をつけるんだ。」
「なんでだろうね。
新品に見せたいのかな。」


17歳から、住んだこともない母親の故郷チャドでひとりで生活し、そしていま父の故郷のスーダンの田舎でこうやって暮らしている。
国外追放になりながらも、その後は道を踏み外すことなくまっとうな人間として生きてきた。
こんなにユーモアたっぷりで優しくて気配りができるオマール。
こんなにまっすぐな人間になったのは不思議だ。

オマールが言うには、サウジアラビアは各国からの移民を受け入れてくれるけれど、そのぶん生っ粋のサウジアラビア人と移民の扱いに差があるらしい。
罪を犯したときの罰も違うので、オマールは国外追放という厳しい処分になってしまった。

また、サウジアラビア人は給料の高い仕事に就けるけれど、移民が裕福になるのは難しいのだとか。
オマールの父親はサウジアラビアで運転手をしている。
月7万くらいの給料で、けっしてたくさんもらっているわけではない。
それでもオマールが必要なときには送金してくれるようで、オマール自身もこっちで建設の仕事などをやって稼いでいる。
それに、婚約者から愛されているオマールは彼女に「オマールと暮らすためなら全然知らないスーダンに行って一生暮らしてもいいわ」と言われている。
そんな彼女が出資して、この近くにすでに別の家まで建てている。
今はその家を貸し出していて、その賃貸料もオマールに入っているのだそう。

国外追放を受け家族と離ればなれになっているわりには、うまくやっている。

「でも、俺の友だちはここにはたったひとりしかいないんだ。
その彼とはとても仲がいいんだけど。
やっぱり俺はよそ者で、田舎でイチから人間関係を作るのは難しいんだよね。
近所付き合いもあまりうまくできていないし。」


オマールはときどき寂しそうな表情をする。

「この近くに住んでいる男がいてね、俺のところに時々遊びに来てたんだ。
友だちのようにふるまってはくれるけど、いつも金貸してって言われてた。
だからちょっと貸してあげてた。
でも、急に姿をあらわさなくなったんだ。」

「どうして!?」

「そいつ、一攫千金の夢を持ってチャドに行ったんだ。
そしたら見事、でっかい金の塊を掘り当てちゃって金持ちになってここに帰ってきた。
もう俺に金を借りる必要はないし今まで借りてきた金も返したくもないから、俺の前には二度と姿を表さなくなったんだ。」


オマールの話は衝撃的でおもしろくて、そしてちょっと切ない。

オマールは自分が孤独であることをさびしそうに話すけれど、いっしょに街を歩いていればオマールに声をかけてくる人も多いし、それなりに友だちはいるのだと思う。

だってオマールは「愛されキャラ」なんだもん。

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このシェンディの街には何もないけど、オマールがいるからずっとでもここにいたかった。
オマールも引き止めてくれたけど、わたしたちは次の目的地に進むことにした。

ここに来て、本当によかった。
オマールと出会えて、とてもラッキーだった。

わたしたちは後ろ髪を引かれる思いで、バス乗り場を目指した。

3日前、オマールが迎えに来てくれて再会を果たした交差点に差し掛かった。
「ここで会ったのは、3日前かあ・・・。」

わたしがつぶやいた。
このシェンディでの日々は、とくに何をしたって訳でもないけれどとても楽しくて充実していた。
オマールとは旧知の仲のようで、出会ってまだわずかしか経ってないのがうそのようだった。

オマールが言った。
「え!? そうかあ。
3日前かあ。
なんか一週間前くらいのように感じるなあ。」


3人とも同じ気持ちだった。

オマールがケンゾーのバックパックを担ぎ、バス乗り場へと歩いた。

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オマールには、ほんとうに日本に旅行しに来てほしいな。
日本のおもしろい場所にたくさん連れて行きたいし、おいしいものを食べさせてあげたい。

温泉に連れて行ったらどんな反応をするだろう。
回転寿しではどんな寿司を気に入るだろう。
日本のお城に行ったらきっと決めポーズで自分の写真を撮りまくるだろうなあ。

バスターミナルにはこれから向かうハルツーム行きのバスがすでに待機していた。

これでもうお別れかあ。

また必ず会いたいし会えると信じているけど、スーダンは遠い。
それにオマールはここにずっと住み続けるのか、どんな人生を歩むのかもわからない。
なにより、オマールは英語で会話できるけど読み書きができないのでメールやFacebookでのやりとりが難しい。

ここで最後なのかなあ。
とてもとても寂しい気持ちが押し寄せた。

バスにもう乗り込めるけど、オマールが言った。

「まだ、時間はある。
そこでお茶を飲もう。」


「バイバイ」という言葉を先延ばしにしたいのは、オマールもいっしょだったみたい。

でもお茶が運ばれてくるやいなや「バスが出発するよ。早く乗って!」と車掌にせかされて、紅茶を紙コップに入れ替えて、バスに飛び乗った。

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「バイバイ」としっかり言い合える時間もなかった。
バスに乗って外を見ると、オマールはさびしい笑顔で手を振っていた。

ありがとう、オマール。
また、会おう!

バスはまたいつもの退屈な、でも目が離せないスーダン独特の番組を流していた。
バスの車掌はいつものように、安っぽくてまずいジュースを配りはじめた。

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オマールと出会ってから、スーダンに前よりも愛着をもつようになった。

バスは陽が沈むころ、スーダンの首都ハルツームに到着した。

街から離れたところで降ろされたけど、タクシーなのか乗合いバスなのかわからないワゴンに飛び乗った。
この街にもナイル川が流れている。

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繁華街に到着したときには、すっかり日が暮れていた。

オマールと別れがたくて、シェンディを出るのが遅くなったからしょうがない。
見知らぬ街で暗くなって宿探しをするのは不安。

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首都とは言えツーリストが思い描くような、いい感じのゲストハウスはない。
地元の人が利用するような安宿を片っ端からあたっていく。

ケンゾーが泊まれるか聞くと「空いている」と答えても、イクエを見るなり「やっぱりダメ」と言う宿もある。
たとえ夫婦でも。
女性が旅行するなんて考えられないイスラムの国では、女性バックパッカーが宿泊拒否されることがたまにある。

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イラっとするけどしょうがない。
街の人に教えられた宿に行くととてもいい対応をしてくれたけれど、やっぱりわたしがいるからか「満室」と言われてしまった。
「でも、紹介できるホテルがあるから」と近くの別のホテルにスタッフが連れて行ってくれた。

この建物と建物の間の、暗い道を入っていく。

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ふたりだけだと不安になるような場所。

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だけど小さな看板が出ていた。
Al Nakheel Hotel。

ここ、ガイドブック『ロンリープラネット』に載ってたホテルだ!
きょうはここにしよう。

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ホテルは改装中で、改装済みの部屋は比較的きれい。
効きが悪いエアコンもついてふたりで120ポンド(約1300円)。

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欠点はトイレが壊れていること。
洋式だけど水を流すと水漏れして汚い水が湧いてくる。
これはダメ!

それと・・・。
部屋の窓から見える外の風景がめちゃくちゃ汚い!!

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建設中のビルや、低い建物の屋根はゴミ捨て場のようになっている。
ゴミは処分せずに空いているスペースにとりあえず放り投げとけばいいやという感覚なのかもしれない。
そんなゴミに囲まれて、椅子に座ってお茶を飲んだりしている。

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次の日は別の宿を探すことにした。
荷物を置いたまま周辺のホテルの調査へ乗り出す。

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それにしても、この街はゴミだらけ。
スーダン人はこんな街を汚いと思わないのかなあ。

いくつかの宿を見て、エアコンがあって80ポンド(約880円)の比較的安いホテルに泊まることにした。

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日本製のエアコンの効きはいいけれど、バスルームは電気がないので夜は懐中電灯で照らしながらシャワーを浴びる必要がある。

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そして、汚い。
でもこの汚さは許容範囲。

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でも南京虫が発生して体中刺されて熟睡できないので結局ここには2泊してまたさっきのホテルに戻ったけど。

そしてこのホテルの窓から見える景色も・・・。
ここもか!

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なぜか隣の建物の屋根にはたくさんの扇風機。
この国の首都は、そのうちゴミ山になってしまうのかもしれない。

インフラが整っておらず経済的に貧しいスーダンに国際支援やNGOの活動も必要だけど、誰か「ゴミを捨てない」ということを教えてあげて!

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ケンゾーには「そんなことないよ」って言われたけど、こんな結論に至った。

スーダン人はゴミが汚いものと思ってないんじゃないか。
壊れた扇風機自体は、異臭を放つわけでもないし排泄物のように汚いわけではない。
だからこんなゴミが散乱していたところで、生理的な不快感を感じないんじゃないか。

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田舎の街や道路にもゴミ袋やお菓子の包み紙、紙切れなどが散乱しているけど、それも汚いとは思ってないんじゃないか。
色とりどりの散乱したゴミは、もしかしたら咲いている花のように、街を彩ることに一役買っているとでも感じているのかもしれない。

たぶん、そんなことはないんだろうけど。
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国を追放された男とピラミッド観光

2014.10.27 07:12|スーダン☞EDIT
アフリカを縦断しはじめてどんどん痩せていっているケンゾーです。
久しぶりに2年前の出発したころの写真を見たんだけど、若くて肉が付いててまるで別人。
もっと食べないといけないんだけど、今いるウガンダ料理がダメなんだなあ。
腕立て伏せとかはじめるか。

出会った一瞬で大好きになった、生まれも育ちもサウジアラビアだけどチャドとスーダンのハーフという、いったい何人と言っていいのか分からないけど最高にいいヤツなオマール。
若気の至りで大麻を吸っちゃったせいで、17歳という若さで生まれ故郷のサウジからまさかの国外追放処分を受けるというなかなかヘビーな人生を送っている若干24歳。
けれど、悲劇のストーリー(もちろん法律を犯したオマールが悪いんだけど)を腹がよじれるほどの笑い話に変えることができるユーモアと人を惹き付ける魅力を持った愛すべき男だ。

(真ん中の捕らえられた宇宙人みたいなのがオマール)
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スーダンに移り住んでおよそ2年。
建設現場などでちょこちょこ働くこともあるけれど、今現在定職には就いていない。
ケンゾーとイクエが近くにあるピラミッドを見に行くつもりだと言うと、「まだ行ったことないからいっしょに行くよ」と言うオマール。
地元じゃないとは言えもう2年も住んでるし、アラビア語が喋れるから一緒に行ってくれると頼もしい。
授業を受けていた甥っ子のザカリヤも学校から連れ出して4人でピラミッド観光へ繰り出すことに。

シェンディからピラミッドまでは50kmちょい離れている。
せっかくだからピラミッド周辺に点在しているほかの遺跡も見ようということに。
一応ケンゾーたちも行き方を調べたけれど、ここはオマールの顔を立ててバス探しは彼に任せてみよう。

「大丈夫、任せてよ。」
と言って友人に電話をかけて行き方を訊ねるオマール。
ちょっと天然が入ってるオマールだからなあ、大丈夫かなあ。

「こっちのバスで行ったらいい。」
「いや、こっちで◯◯まで行って乗り換えだ。」
違うことを言うバスの車掌たち。
不安な顔を隠せないオマール。
他人事じゃないんだけど、右往左往するオマールがおかしくてしょうがない。

「よし、これで大丈夫!」
とバスに乗り込んだんだけど、たぶんこれじゃないような気がするんだよねえ。
ちゃんとピラミッドまで行ってくれるかなあ。

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バスに揺られること50分。
「ここが終点だよ。」と降ろされたのは小さな集落があるだけのど田舎。
どこだここ?

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不安は見事に的中。
ピラミッドからはるか手前の集落で降ろされてしまった。
バスを乗り換えようにも、ここから先へ行くバスは無いという無情なお知らせ。
しょうがない、歩くか。
というか歩くしかない。

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40℃を越えた猛暑の中歩きはじめた4人。
「ええ~、オマール勘弁してよ!」って思うことは思うんだけど、「ま、いっか」と憎めないのがオマールという男。
ほんとにいいキャラクターだよ。

しばらく歩いていると1台のトラックが通りがかった。
すかさずトラックを止めて話しかけるオマール。
見事にヒッチハイク成功。
でかしたオマール!

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おしゃべり大好き、声音を変えるなど話術に長けたオマールとは対照的に、もの静かで口数の少ない甥っ子のザカリヤ。
もちろんザカリヤもサウジアラビア生まれサウジアラビア育ち。
どうして親元を離れ縁もゆかりもないスーダンの地方都市で暮らすことになったのか?

さすがにオマールのように粗相をしてしまって国外追放って訳ではない。
オマールみたいに若気の至りでやらかしちゃって国から追放されてしまわないように、分別がつく年齢になるまで海外で過ごさせようってことらしい。
「ええー、そんな理由で?!
 わざわざ海外にやらなくても、ちゃんと教育すればいいんじゃないの?」
って思うけど、けっこうオマールみたいに国から追放されてしまう若者は多いんだそう。
まあ、法律を犯すことは悪いけど、それで一生故郷に帰ることができないっていうのは厳しいよね。
きっとオマールという悪い例が身近にあったからザカリやの親も苦肉の策でオマールの元に預けるようにしたんだろうね。

いつも明るくて、笑いながら自分の境遇を語るオマールだけど、家族や友人がいる故郷で暮らすことは許されない。
「婚約者もいるし、将来どうするの?」って聞いても「分からないよ」としか言わないオマール。
17歳で放り出されて、たった独りで7年間生き抜いてきたオマール。
これからもなんとかがんばって幸せになってほしいな。

バスを降りて1時間、やっと遺跡が見えてきた。
見るからにショボそうだ。

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係員だという男が寄ってきて、外国人は金を払えと言ってきた。
「外国人は入場料が必要だ」と言って、びっくりするような高い金額を請求した。
でもチケットを買う窓口もなければ、看板もないし、金を払ったところでチケットがもらえるわけでもない。
その男がほんとうに係員なのか小遣い稼ぎをしているのか、もし係員だとしてもその料金が適正価格なのか判断しようがない。
なんで自分たちはタダなのにケンゾーとイクエは払わないといけないのか納得できずに抗議するオマール。
「なんで外国人だけ?」と怒り気味のオマールに「この前オマールが旅行してたエジプトもそうだったんだよ。外国人プライスがあるんだよ。」って教えると驚いてた。

「そんなに興味ないし見なくていいよ。」って言ったんだけど、「あの男はお金がかかるとウソついている。そのままにしておくわけにはいかない。」と男を批判する。
オマールが知り合いのスーダン人に数人に電話で問い合わせると、そのスーダン人も「そんな高い入場料なんて存在しない。ウソをつかれている。」と答えたようで、オマールは抗議をやめようとしない。

男とオマールのやりとりが長いし、そもそもこの遺跡の存在すら知らず興味もなかったのでケンゾーとイクエは見る気がなくなっていたけど、オマールと男はずっと話し込んでいる。

「ねえ、もういいよ。あっち行こうよ。」とオマールたちに言いながら遺跡から離れようとすると、なぜか係員の男が「待って待って。無料で見ていいから!」と引き止めてきた。

別に見なくていいのになあ、と思いながらも、なぜか男とオマールがこんどはいっしょに「見て行って!」とケンゾーたちを引き止めるので見ることにした。

説明書きも何もない荒れ果てた遺跡。
何の遺跡かさえわからない。

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いやいやいや、こんなの金取っちゃダメやろう。
たぶん金を払った人全員文句言うと思うよ。

気を取り直してピラミッドへと歩いていく。
こんなに歩く予定じゃなかったから水がほとんど無くなってしまった。

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20分くらい歩くと見えてきた。
思ってたよりもかなり小さいな。

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かなりボロボロでちゃんと形が残っているのはほとんどない。

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ピラミッドの周辺には家畜なのか野生動物なのか定かではないけど、大型動物の骨が散乱している。
こんなところで水が無くなったら自分たちもあっという間に干涸びてしまう。
早いとこメインのピラミッドまで行ってしまおう。

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トラックやバスが行き交う幹線道路を渡ると、さっきとは違って迫力のあるピラミッド群が姿を現した。

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これが世界遺産にも登録されているメロエ遺跡
カリマで見たピラミッドと同じ、ヌビア地域に栄えたクシュ文明の遺跡だ。

ここでも外国人は料金を払うようにおばさんに言われた。
おばさんが請求してきた金額はとても高かった。
もちろんここにも料金表はなく、それが正しいのかわからない。
「高いですねえ。」と驚くと、おばさんは「じゃあ、半額でいいから!」と引き止めた。

おばさんがいる入口から敷地内に入らなくても、外からでもじゅうぶんにピラミッドは見える。
「外から見るから入場しなくていいや。」って言ったら、ここでもおばさんは「わかった。ちょっとだけならタダで入っていいわ。」と入れてくれた。

何が正しいのかよくわからない。

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これらのピラミッドはメロエ朝(西暦前300年〜西暦300年)の40人以上の王と王妃の墓。
高さは6mから30m、傾斜が約70°でエジプトのピラミッドよりもとんがっている。

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残念ながらすべて盗掘にあってしまったんだそう。
かろうじて壁に描かれたレリーフが残っている部分もある。

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たくさん歩いてたどり着いたピラミッドの前で記念撮影。
暑くて疲れたけど、みんなでお喋りしながらだったから楽しかったよ。

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さて、もういい時間だし帰ろうかというところでオマールたちはお祈りタイム。
「ごめん、ちょっと待ってて」と言って、ピラミッドの前でお祈りするオマールとザカリヤ。
「お待たせ」と戻ってきたオマールの顔にはしっかりトレードマークが付いていた。

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おでこと鼻の頭についた砂。
こんなについているのに、本人は指摘されるまで気づかない。
オマールと再会するときはなぜだかお祈りしたすぐあとなんだよね。
フェリーを降りて乗合いタクシーに乗るときも砂がついていたし、きのうバスターミナルまで迎えに来てくれたときもついていた。
ほんとにおもしろいヤツだ。
こんなに愛すべきキャラクターはそうそういないよ。

帰りは幹線道路でヒッチハイク。
まさか現地人とヒッチハイクをするなんて思ってなかった。

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トラックをつかまえて、必死によじのぼる。

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無事にトラックに乗ることができたけど、途中でトラックが止まってしまってヒッチハイク再開。
バスが通りがかり、乗ることができた。

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いやあ、今日も笑った笑った。
一目見た瞬間に惚れたオマール。
君のおかげでスーダンがいちだんと大好きになったよ。
楽しい時間をありがとう!
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愛すべき男

2014.10.26 06:12|スーダン☞EDIT
宿のそうじのおばちゃんが大声で鼻歌を歌っているけど、音痴過ぎて耳障りに感じてちょっとイライラのイクエです。
わたしとケンゾーは彼女の歌声は音痴だと思うけど、こっちでは音の外れたようなその声は美声なのかもしれない。
ちなみにいままで旅したなかで国民が音痴だと感じた国は、ラオスです。
ラオスではカラオケが流行ってるけど、音痴な声が町中に響いてるんだよね・・・。

さて、きょう向かう場所はシェンディ
泊まる必要なんてない街なんだけど、ここでわたしたちを待っている人がいるからね!

快適なホテルの目の前のバスターミナルへ。
スーダンでは大きなバスターミナルの近くに物乞いが多い。
乗客が物乞いから取り囲まれるのを防ぐためか、防犯のためなのか、それとも金を稼ぐためなのか、スーダンの都市部のバスターミナルは入場料を払わないと敷地に入れない。
入場料は1人1ポンド(約11円)。
空港のようにボディーチェックや荷物検査を受けて中へ。
バス会社の窓口がずらりと並んでいる。
トルコやイランのバスターミナルみたい。

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このきれいな感じ、秩序ある感じ、スーダンっぽくない!

「シェンディ行きのチケットはいくらですか?」
「35ポンドだよ。」

だけど渡されたチケットを見るとアラビア数字で25ポンドと書いてある。

「ちょっと、これ25ポンドじゃないんですか?
 わたしたちアラビア数字も読めるんでわかるんですよ!」

「・・・、イエス。
 オーケー・・・。」


スタッフは気まずそうな顔をして25ポンド(約275円)を受け取った。

旅人の間では「スーダンではぼったくりはほとんどない」と言われている。
だけど、実際にはけっこうある。
スーダンに陸路で入国するにはエジプトかエチオピアからになるけれど、そのふたつの国がぼったくりが激しいのでスーダンのぼったくりに気づきにくいのかもしれない。

それにスーダンでは物価の上昇が激しくて、値段が高い理由が物価上昇によるものなのかぼったくりによるものなのか判断がむずかしい。

わたしたちは宿代もバスや乗合いタクシーも地元の人よりも高い値段を請求されることがあるし、食堂でも地元の人よりも高く言われる。
スーダンのぼったくりはやり方がとても自然で、さりげなくちゃっかりぼったくってくる。
ぼったくりだという証拠がなくてしぶしぶ払うことが多いけど、現地人に「外国人はぼったくられるからちゃんと交渉しなきゃダメだよ!」と言われたこともある。

こんな話をブログに書くと、読者の人から「見苦しい」とか「貧しい国なんだからお金持ちの国のわたしたちが多く払うのは当然」なんてコメントが届くことがある。
(このブログだけじゃなくてほかの旅ブログのコメント欄でもよく見かける)

でも定価がなくて価格交渉をする文化の国を旅してるんだから、価格交渉をするのは当然だと思う。
郷に入れば郷に従え。
地元の人だって値段のことでよくやりやっていて、決裂したり、お金を投げつけたり、大声で叫んだり、腕をつかんだりとやっている。

今から会う人もわたしたちに「何か買うときやお金を払うときは、君たちはとことんファイトしなきゃね!俺だっていつもやってるんだから。」と何度も言っていた。

そんな彼に会いにシェンディ行きのバスに。
スーダンの長距離バスはとってもハデ!

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スーダンにしては長距離バスはけっこう快適。
マズいジュースや濁った水の無料サービスもある。
さらにキャンディを一粒ずつ配る。
バス会社同士の競争が激しいからそういうサービスをしてるんだろうけど、ジュースやキャンディの種類もいっしょでけっきょく、各社横並びのサービス。
これもトルコといっしょだね。

さらに車内ではビデオが流れてるんだけど、流される番組もいっしょなの!
いくつか種類があって、スタジオで10人ぐらいの出演者たちが向き合ってソファーに座っていて、座ったまま代わりばんこに歌うという、ゆるすぎる音楽番組。
ディナーショーみたいにホテルの広い会場のような場所でステージで1人が歌い、一般人の客がそれを見て拍手をしたりしている、ただ撮って放送するだけの垂れ流し音楽番組。
普通の店の人や通りを歩いている人を怒らせて、最後には「ほらあそこにカメラがあるよ」とばらすレベルの低いドッキリ。
最後にオチのある5分ぐらいの短編を繋げた、笑うタイミングのわからないコメディタッチのホームドラマ集。

どれもぜんっぜんおもしろくなくてつまらないんだけど、なぜか目が離せないんだよね。
「なんでこんな編集したの!?」とか「どうしてこうくる?」とか「この映像使う意味ある?」とかツッコミどころがたくさんあって。
とくにイクエもケンゾーもテレビ局で働いていたので、番組の作り方が斬新過ぎてあきれたりびっくりしたり吹き出したり。
でもわたしたちだけじゃなくて、スーダンを旅した友だちも「スーダンのテレビはヘン」って言ってたからこれはかなりヘンなんだと思う。
映像を見ながら乗客は楽しそうにしてるんだけど、ケンゾーと何度も「スーダン人、やっぱり変わってるわあ」と言い合った。

スーダンの一般家庭ではテレビはまだ普及していない。
街にはシアタールームみたいなまっくらな広い部屋があってそこで入場料を払って、何十人も集まって一台のテレビに見入っている。

テレビが普及して衛星で外国のテレビを見るようになったら、この独特のスーダン番組も変わっていくのかもしれない。

退屈だけどついつい見てしまうスーダンの番組を見ながら、バスは目的地のシェンディに到着。

約束している彼にほんとうに会えるのだろうか。
とにかく電話をしないといけない。
キョロキョロしていると「ここに座ったら?」とおじさんに話しかけられた。
サンドイッチとお茶で昼食をとっているおじさん。
彼に会う前にわたしたちも腹ごしらえしとこう。
おじさんに教えられた隣の商店で、ゆで卵が丸いパンに挟まったサンドイッチを買ってランチタイム。
「友だちに電話をしたいのですが、貸してもらえますか?」
おもむろにおじさんに頼むと、快く貸してくれた。

彼はちゃんと電話にでてくれた。
「着いたの?
 ムフフフフ。
 今から迎えに行くから。
 フフフフフ。
 5分待っててね。
 アハハハハ。」

何がおかしいのか笑いっぱなしの彼。
迎えに行くとは言ってるけど、おっちょこちょいの彼のことだからほんとうに出会うことはできるんだろうか。

そしてついにその男は姿を現した!
満面の笑みでこっちに向かって歩いてきている。
エジプトからスーダン入りしたときに乗った、通称「奴隷船」でいっしょだったオマール!!

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おでこに茶色いブツブツがついているのが、彼のトレードマーク。
フェリーを降りていっしょに乗合いタクシーに乗ったときも、おでこに大量のブツブツをつけてきて、ケンゾーとともに吹き出したんだった。

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そのブツブツの正体は次回にでも説明するとして、愛すべきこの男にまた会えたなんてすごくうれしい ♪

サンドイッチをほおばっているわたしたちを彼はとがめた。
「なんでそんなの食べてるの?
 お腹減ってるならいまからチキンでも食べに行こうよ。」

「え、いいよ。
 もうこれで満足だから。」

「そんなので?
 ほら、行こうよ。」

「オマールはお腹空いてるの?」
「全然空いてないよ。」
「だったら、行かなくていいよ。」
「えぇ~。
 そんなサンドイッチ。
 せっかくおいしいところに連れて行こうと思ったのに。」


オマールもイスラムの国の男性らしく、もてなしの精神であふれている。
イスラムの教えでは客人を歓待するのが勧められている。
だからこれまでもイスラムの国で、たくさんの人にお世話になってきた。

オマールはわたしたちを食堂に連れて行けないことを残念そうにしたけれど、リクシャ(トゥクトゥク)に乗ってオマール邸に向かった。

リクシャのお金を払おうとしたけれどオマールはかたくなに受け取らない。

「ほら、うちはここだよ。」

リクシャを降りると、土壁のオマール邸があった。

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スーダンの一般的な家は、こんなふうに敷地は壁に囲まれていて外から中の様子はわからないようになっている。
入口から入ると、土の庭があり、窓のほとんどない住居がある。

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とてもいい感じの家!
1人でエジプトに旅行に行くようなオマールだし、「家には冷蔵庫もエアコンもパソコンもある」って言ってたので、きっと近代化されたアパートみたいなところに住んでるのかなと思っていた。

でもオマールが住んでいるのは「これぞスーダン」というような典型的な家。
こんな家にホームステイできるなんて、ちょっとワクワクする。

外のトイレはレンガの囲いが3辺にあるだけの簡素なもの。
穴を掘っただけのものだけど、とても清潔に保たれている。

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シャワー室も外。
シャワーと言っても、バケツを持っていって水浴びをする。
オマールは家族と離れて暮らしている。
自分で家事をして、これだけ家をきれいにしているのでたいしたものだと思う。

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この家も自分で造ったのだそう。
今まで泊まってきたホテルは室内はとても暑かったのに、オマール邸は不思議と室内は涼しい。
ベッドの部屋と物置、そして台所という間取り。
ベッドのある部屋にエアコンとテレビがあって、ここでご飯も食べるし居間としても使う。

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イクエとケンゾーがここに泊まっている間、オマールは庭にベッドを出して寝ていた。
家族でない女性と同じ部屋で寝るのが、イスラム教のオマールにとって抵抗があったのかもしれない。
「オマール、外で寝させるなんてなんか悪いよ。
 わたしはイスラム教じゃないから関係ないよ。
 ここでみんなで寝ようよ。」

「いや、イスラム教だからとかじゃないんだ。
 ただ外が好きだから気にしないで。」

「でも、普段は中で寝るんでしょ。」
「いいんだ。
 外でも寝られるから。」


オマールは外にいても礼拝の時間になると礼拝をする。
けっこう熱心なイスラム教徒。
家の中にもメッカの方角を向いた礼拝用の絨毯が敷いてある。
それでもわたしたちにイスラムの教えを説くことはない。

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わたしたちはこれまで多くのイスラム教徒の友人をつくってきた。
「どんな宗教にも敬意をもっている」「イスラム教に縛られない考えをもっている」
そんなことを口々に言うけれど、親しくなればなるほど「イスラムの教えに従うほうがよりよい人生が送れるよ」「ブッダもいいけど、アッラーがベストだ」とイスラム教を勧められる。
わたしたちはそれが嫌だった。
きっと彼らからしたらすべての宗教に勝っていると信じているイスラム教を仲良くなった人にこそ教えたいのだと思うけど、わたしたちからすると「結局、ほかの価値観を否定してるんだ」と失望してしまう。

でも、オマールは違った。
誇らしげにイスラム教を説くことをしない。

きっと「その人なりの宗教を大切にすればいい」「他人の意志を尊重したい」という広い視野をもっているのだと思う。
だからこそ、わたしたちはオマールに好感をもっている。

オマールはスーダンのパスポートをもっているけど、サウジアラビア生まれのサウジアラビア育ち。
父親がスーダン人で母親がお隣のチャド人。
アフリカから出稼ぎでサウジアラビアに行き、そこで家族を持って暮らしている人は多いらしい。
サウジアラビアで生まれたオマールは、父親の故郷のスーダンを知らずに育った。
なのに、いまは家族と離れてなじみのないここで寂しく生活している。
それには、悲しくて哀れでちょっとマヌケな理由があった。

「17歳のときにね、国外追放になったんだよ。」
「え!?なんで?」

「大麻をやっちゃって・・・。」

「それでもうサウジに住めなくなったの!?」
「サウジはイスラム教徒にとっては、けっこう簡単に住める国なんだ。
でもパスポートはもらえないんだ。
簡単には住めるけれど、なにかやらかしてしまったらすぐに国外追放になっちゃうんだよね。」


「17歳で?
厳しいねー!
家族も兄弟も友だちもサウジアラビアで生活しているのに
一生サウジアラビアには戻れないってこと?」

「うん。
でもメッカで礼拝する目的だったら1年に2週間だけサウジに行くことは特別に許される。
そのときには会えるんだけどね。
ここには友だちもいないし、田舎だし娯楽もないし、退屈だよ。」


オマールは今24歳。
サウジを追放されてから、最初は母親の故郷のチャドで1人で暮らしていたらしい。

「チャドってどんな国?
首都は発展してるの?」

「うん。
でも、ここよりもすごく危ない場所。
警察が腐れてて、殺人事件が起きても捜査してくれない。
警察にお金さえあげれば犯人は捕まらない。
無法地帯だよ。
バイクに乗ってて銃を突きつけられたときもあるよ。
『バイクを渡せ』って。
そのとき抵抗したんだけどいっしょにいた友だちが『渡さないとこいつらは本当に殺すよ』って言うから、渡すしかなかった。
それに比べてスーダンの警察はいいよね。」


「でもスーダンだって道ばたでしょっちゅう車とめて、難癖つけてドライバーから賄賂もらってるじゃん。」
「チャドに比べたら全然マシ。
20ポンドとか30ポンドでしょ。」


「でも通りがかるほとんどの車から集めてるから、一日でかなり儲かるはずだよ。」
「集める人は1人でも1か所に10人以上警察官がいるからね。
道ばたで座って見てるでしょ。
何人から集めたかカウントしてて、みんなで山分けしてるんだよ。」

  
オマールは4年間チャドで暮らし、スーダンに引っ越して2年あまり。
その間学校に通ったり建設の仕事をしたりしているけど、家族も友だちもいないのでヒマなのだそう。
だから映画のDVDをずーっと見続けて、自然に英語を身に付けた。
すらすらと英語をしゃべるし英語の聞き取りもできるオマールだけど、意外な英単語を知らないこともある。
難しい言葉は知ってるのに、簡単な数字「ハンドレッド」とか「フィフティーン」とかわからない。
それにアルファベットがほとんど読めない。
ケンゾーのKENも書けないし読めないので、メールやFacebookでのやりとりができなくて事前の連絡もできずこうして再会できるか実は不安だった。

「婚約者もサウジにいるんだ。」

そういってオマールは婚約者の写真を自慢げに見せてくれた。

「美人だろ。
遠い親戚で若いときからのいいなづけ。」


「どうやって結婚するの?
どこに住むの?」

「彼女は結婚してここで暮らしていいとは言ってるけど、たぶん難しいんじゃないかな。
だって彼女にとっては縁もゆかりもない場所だもん。
彼女は向こうではビューティーサロンで働いて稼いでるけど、娯楽もないスーダンのこんな田舎に来たらきっとおもしろくないもんね。」


17歳で故郷を追放され家族と離ればなれで、知らない土地に来て寂しく一生を過ごすなんてかなりの悲劇だ。
だけど、陽気なオマールが話すとどうしても喜劇に聞こえる。
悲劇だけど3人で笑いながら盛り上がるから不思議。

「夕食どうする?」
「わたしたちが作るよ。
 市場に買い出しに行こう。」


3人で街に行くことにした。

オマールの家は、庶民の住宅街。
飾らない人たちの生活が垣間見られる。

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何をやってるのかと思ったら、紐をつけたペットボトルをサンドバッグに見立てて打ち合っている男の子たち。

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こちらの男性は土をこねこね。

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毎日ここで日干しレンガをつくっているのだそう。

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オマール邸に似たような造りの家が道の両脇に並んでいる。
造りは似ているけど、電気を使わない家が多いんだそう。

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ここでは電気代はチャージ式であらかじめ適当な電気代を支払い、支払った分だけ使えるんだって。チャージしていた料金が無くなれば電気が止まる仕組みらしい。
水もない家が多い。
オマール邸も外に1か所水が来ているだけで、タンクに貯めて使っている。
体を洗うときや料理のときは、タンクからバケツに水を汲んで使う。

「この道はね、舗装されてないでしょ。
政府は舗装したがってるけど、住民が望まないんだ。」


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「どうして?」
「いまは砂地ででこぼこしてるところもあって、ここを車が通ることはあんまりない。
でもこの道が舗装されればトラックやバスが通るだろうし、それにスピードを出す。
そうなると事故が起きやすくなるよね。
この道は子どもたちの遊び場だし、家畜が放されたりしている。
舗装されたらそうはいかなくなる。
だから住民はこのままがいいって思ってるんだよ。」


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なるほどなあ。
開発を望まない人たちもいる。
外国政府が途上国支援とかで田舎に立派な道をつくったりしているけど、それがほんとうにそこに住む人にとっていいことなのか、その人たちがそれを望んでいるのか疑わしい。

でもきっと住民の意見よりも政府の意見が尊重されて、もう少ししたらこの道は舗装されるかもしれない。

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そうなると住民の生活も変化を強いられるのかなあ。

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オマールは街を案内してくれて、市場で食材を買った。
わたしたちが払うと言ったのにオマールがお金を出してくれた。
しかも、フルーツとかスーダンのスイーツとかまで大量に買い、いらないって言ったのにお肉まで買った。

オマールに日本に来てほしいなあ。
日本でたくさんもてなしてあげたい。

「ここに住んで2年以上経つけど、けっこう買物って苦労してるんだ。」
「なんで?」
「スーダンもサウジアラビアもイスラムの国で言葉はアラビア語だけど、やっぱり少し違うんだ。
でも俺はサウジアラビアのアラビア語しか話せないから、よそ者だって思われる。
だから値段をふっかけられる。
地元の人よりも高い値段で買わされるから交渉が面倒くさいよ。」


オマール邸に戻って夕食作り。
スーダンだけじゃなくて、昔ながらの暮らしをしている国ではこうやって食材を切る場所や煮炊きをする場所が地面に近いところが多い。

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ものすごくやりづらいし疲れるけど、かまどやいろりが地面にあった時代の名残なのか、切る場所やガスを高い場所に置き換えようとするきざしはない。

水道もないので野菜を洗うのも外。
いつもよりも時間が2倍も3倍もかかる。

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ようやく夕食の完成。
オマールは毎日サウジアラビアでも売っていた慣れ親しんだインスタントラーメンを食べてるらしいけど、きょうはパスタ。

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後ろにいる男の子は・・・。
オマールの甥っ子、ザカリヤ。
実はここで2人暮らしをしている。
ザカリヤも生まれも育ちもサウジアラビア。
12歳なのに家族と引き離されてスーダンに住んでいる。
その理由はまたあした話すことにして、オマール、わたしたちがもっていた箸に大興奮。

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生まれて初めて使うらしいけど、なかなか上手に麺をつかめている。

また生まれ故郷のサウジアラビアの話になった。
サウジアラビアはスーダンと比べるとかなり発展しているらしい。
そんなサウジアラビアから何もないスーダンにやってきたオマール。

「今度はいつ婚約者に会えるの?」
「わからない。
メッカの巡礼を理由に年に一度はサウジアラビアに行けるけどお金もかかるし。」


「それにしても17歳で国外追放なんて厳しいね。」
「何回も捕まっちゃったからこうなったんだ。俺も若かったから。
最初見つかったときは口頭注意みたいなもんで済むんだけど、その次は刑務所。
それでもやっちゃったから国外追放になったんだよね。」


「刑務所での刑はどんなの?」

オマールは笑いながら言った。
「むち打ち60回!」

「むち打ち!?
どんなむちなの?」

「細くてしなる竹。
めちゃくちゃ痛い。」


わたしたちが興味津々に話を聞くので、オマールは笑いながら話を続ける。
「しかもさ、サウジアラビアはアラブ人がほとんどだけどむち打ち係は黒人のマッチョ。
そしてむち打ちのときは囚人が集まって観戦するんだ。」


「どういうこと?」
「『きょうはあいつがむち打ちされる日だ。ちゃんと最後まで気を失わずに耐えて男気を見せてくれるか確かめようぜ』ってね。
誰かがむち打ちされる日は盛り上がるんだよ。」


「アハハ、なにそれ?」
「だからさ、むち打ちされる人は痛くても何ともない顔をしとかないとダメ。
そうじゃないと、囚人たちにずっとからかわれるから。
そしてむち打ちが終わったら黒人マッチョに向かって『あ、もう終わったのかい?』とさらりと言い捨てて、胸をはって堂々と退場するんだよ。
そしたら拍手喝采。」


そういえば、ここスーダンでも酒を飲んだら外国人でもむち打ちの刑に処されるから注意って、ガイドブックのロンリープラネットに書かれていた。

わたしたちよりも若いのに波瀾万丈の半生を送ってきたオマール。
話がおもしろい。

「イスラムの国って石打ちの刑があるって聞いたけどどうなの?」
「いまはほとんど行なわれてないけど、昔はあったよ。
男女が不倫したら、女のほうは広場に連れて行かれて一般市民たちから死ぬまで石を投げられるんだ。
俺の兄貴は小さいころ見に行ったって言ってた。
女はあたまに袋をかぶせられて、血が出ても石を投げられる。」


「うわあ。
怖い。
女ばっかりなんて不公平。
不倫相手の男のほうはどうなるの?」

「男はさ、その女の旦那から殺される運命にあるんだ。
旦那が仇討ちで妻の浮気相手を殺しても誰からも咎められない。
むしろ殺したほうが良しとされてるからね。」


オマールの話には驚きとか切なさとかおもしろさとかが満ちあふれていて、ときどき大笑いしながらときどき顔をしかめながら、わたしたちは話に夢中になった。

エジプトのフェリー乗り場で初めて彼を見て、5秒でわたしたちは彼に恋に落ちた。
どうして恋に落ちたかわからないけど、彼の仕草を見て友だちになれると確信した。
だから何のためらいもなく彼の家までやってきた。

この男はいいヤツで楽しいヤツで優しいヤツで、愛すべき男。

わたしたちの判断に狂いはなかった。
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スーダンの世界遺産 期待しちゃダメ!

2014.10.25 05:36|スーダン☞EDIT
買ったばかりのビーチサンダルをなくしてしまって落ち込んでいるケンゾーです。
150円だったから値段はたいしたことないんだけど、履き心地がよかったからショックだなあ。
まだ1か月もたってないのに、くやしい!

砂漠に囲まれて街全体が埃っぽく、さらには水道から出てくるのは茶色い泥水、とかなり劣悪な環境にあるカリマ。
どうしてこんな街に立ち寄ったかというと、ここに世界遺産があるから。

意外かもしれないけれど、スーダンにも世界遺産が2つある。
そのうちの1つが「ゲベル・バルカルとナバタ地方の遺跡群」
カリマの市街地のそばにあるゲベル・バルカルという小山を中心に遺跡が点在。
それらがまとめて世界遺産に登録されている。

あまり期待はしていないんだけど、スーダン観光のハイライトを見逃す訳にはいかない。
街から散歩がてらぼちぼち歩いていくことに。

スーダンではどんな小さな町にも青空喫茶店がある。
空き地や道路脇に日よけと椅子が並べられただけの簡素なカフェでは、地元のおっちゃん達が世間話に花を咲かせている。

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保守的なイスラム教の国のスーダンでは女性が外で働くことはあまりない。
とくに首都以外の地方では働いている女性を見ることは稀。
けれど、なぜだかこの青空カフェだけは例外なのか、切り盛りしているのはほぼ女性。

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だいたい紅茶が2ポンド(約22円)でコーヒーが3ポンド(約33円)。
手作り感満載の空き缶で作ったケトルがかわいい。
テーブルの上にはコーヒーの粉や薬味のしょうがなんかが入った瓶がずらりと並んでいる。

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「えー、こんなカラフルなものどうやって飲むの?」
って不思議だったんだけど、ほとんどの瓶は飲むためのものじゃなくてディスプレイだった。
瓶の中に造花を入れたりとそれぞれ趣向を凝らしてるんだよね。
店を選ぶときは殺風景な店よりもカラフルでかわいくしてる店を選んでた。

アルコールが飲めないスーダン。
男性たちはスナックに行く感覚でカフェにお茶を飲みにいくんだろうね。
イスラム教徒の多い国で親族以外の男性と女性がおしゃべりする機会はないけど、ここだとお店の女性と常連客たちがおしゃべりを楽しんでいる。
きっとみんなお気に入りのお店の女性がいるんじゃないかな。

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コーヒーを飲んで、おっちゃん達とちょっとお喋りして(ほとんど会話にならないけど)、いざ世界遺産へ。
小山をめざし住宅街を歩いていく。
きょうはけっこう青空が見えてるな。
空がちゃんと青いってだけで気持ちが晴れやかになる。

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土壁の向こうからワイワイガヤガヤ賑やかな声が聞こえる。
なにかな?と思っていると、ひょこひょこと顔をのぞかせる子どもたち。

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学校だ。
あっという間に校門から溢れ出てくる元気な生徒たち。
イスラムの国なので学校は男女別。
かわいいけど、男ばっかりはやっぱり地味で寂しいね。

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街から離れていくにつれ人通りがまばらに。

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てっぺんが平らな岩山が見えてきた。
これがゲベル・バルカルと呼ばれている高さ98mの山。

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ナイル川流域の「ヌビア」と呼ばれている地域に興った古代クシュ文明。
最初にケルマ、つぎにナバタ、最後にメロエを首都としたクシュ王国が成立。

すぐそこまで迫ってきている古代エジプト王国から文化的にも大きな影響を受けながらクシュ王国は発展。
一時期はエジプトを征服し、ナバタの王がエジプトのファラオとなった時代もあった。
ゲベル・バルカルの周辺にはエジプト文化に影響を受けた数多くの神殿や宮殿の遺跡が残っている。

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古代エジプトのアモン神を祀ったアモン神殿がここにあったそうなんだけど、かなりボロボロ。

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ところどころ象形文字や彫刻が残ってたりもするんだけど、ほったらかし状態。

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好きな人にとっては興味深いのかもしれないけど、元々あまり遺跡には惹かれないので「ふ~ん」って感じだなあ。

エジプトに深い繋がりがあったクシュ王国。
なので、ここにもピラミッドがある。
ピラミッドといっても、巨大なギザのピラミッドと比べるとかなり小型でかわいらしい。

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エジプトのピラミッドよりも傾斜角度が急でとんがっている。
かろうじて表面に掘られた象形文字が残っている。
目的が未だに謎に包まれているエジプトのピラミッドとは違い、ここのは王族の墓として造られたんだそう。

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もっと傾斜が緩やかな見慣れた形のピラミッドもあるけれど、ボロボロでほとんど崩れかかっている。
もうこのまま放置なのかな?

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母なるナイル川に沿って発展した古代文明。
豊かな恵をもたらす緑豊富なナイル川流域。
後ろを振り返ると一片の草さえ生えない不毛の大地。

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あまりにも強烈で残酷的でさえあるコントラスト。
ナイル川が命の源っていうことを如実に物語っている。

砂埃に煙るカリマの街。
ここから見ると砂漠の街ってことがよく分かる。
この街の人々にとっては、たとえ茶色く濁っていてもナイルの水は命の水なんだよね。

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「命の水」とはいうものの、やっぱり泥水の水道はちょっと耐えられないのでとっとと移動することに。
次の目的地は首都ハルツームの手前にあるシェンディという街。

シェンディ

観光地でもなんでもないただの街なんだけど、ここで待ってる人がいる。
アスワンのフェリーチケットの窓口で出会った陽気なスーダン人、いやチャド人?それともサウジアラビア人か?
よく分かんないけど、とにかく出会ってすぐにケンゾーもイクエも気に入ったオマールに会いに行くのだ。

「ホテル」と言うよりも「野戦病院」と言うほうがしっくりくるこの宿のおじちゃんに乗合いタクシーの場所を聞くと「ドライバーに電話してあげる。ここまでワゴンで迎えに来てくれるようにするから待ってなさい。」と言われた。
ここまで迎えに来てくれるのはありがたい。
他の国でもそうだけど、ワゴンを使った乗り合いタクシーは客を拾っていくことも多い。
事前にお願いしておくと家やホテルにピックアップしてくれる。

楽でありがたいけど、待てど待てども車は迎えにこない。
お昼を過ぎて、気温はどんどん高くなっていく。
汗がダラダラ流れて、喉の渇きが止まらない。
暑さに耐えながらベッドに座ってぼーっと待つ。

いつやってくるんだろう。
サウナ状態で、暑苦しくて時間が経つのが遅く感じる。
こんな暑いところで暮らすって大変だ。

車を呼んでくれたおじさんにいつ来るのか聞くと「待ってなさい」と言うばかり。
ペットボトルの水が無くなったので、水やコーラを買い足しに行ったけどすぐになくなってしまった。

大きな甕に入った水がホテルに届けられた。

「いい水が届いたよ!
 飲み物用だよ!」

自信満々におじさんが言う。

「きれいだし、おいしいよ!
 自由に飲んでいいからね。」


ミネラルウォーターをいくら買っても足りないので、水がごくごく飲めるのはありがたい。
すっかり空になってしまっていたミネラルウォーターのボトルにその水を入れた。

でも色を見て、途中で注ぐのをやめた。

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飲むのをあきらめた。

もう3時間が過ぎた。
ほんとうにきょう迎えに来てくれるのか不安になっておじさんに聞くと予想外の返事が来た。

「え?きょう行きたいの?
 あしたじゃないの?」


あしたじゃないよー!!
言葉があまり通じないとは言え、パッキングしたバックパックを外に出してずっと待っていたのになんであしたと思ってたんだろう。
というか、何もせずにただベッドの上に座っているのをおじさんはそばでじっと見ていたのに、何かを待っているというのをなぜ理解してくれたなかったんだろう。

スーダン人はよく、なにもせずにぼーっとしている。
外に椅子を置いて一日中座っていたり、ねっころがっていたり。
娯楽もないし、日本のように時間に追われてもいない。
暑いから何もやる気が起きないという理由もあると思う。

だからケンゾーとイクエが何もせずにじっと3時間座っていても、おじさんにとっては何の不思議もなかったんだろう。

自分たちでホテルから歩いて3分のバスターミナルへ。
こんなことなら、最初から歩いていけばよかった。
時間はすでに午後3時。
おっちゃんのせいで出発したのが遅かったのできょうは途中のアトバラという街に泊まろう。

カリマからアトバラまで60ポンド(約660円)。

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3時間ちょっとで街外れにあるアトバラのバスターミナル前に到着。
アトバラの情報がないのちょっと不安だったけど、すぐそばにホテルの看板を発見!
見かけはけっこうゴージャス。

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「PRAA HOTEL」
ツインルーム、シャワー・トイレ付きで100ポンド(約1100円)。
きのうの野戦病院と違って「ホテル」っぽい。

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エアコンと冷蔵庫が付いてたので快適だった。
バスターミナルの前だし、おすすめ。
濁っていない透明の水で浴びるシャワーの気持ちいいこと!

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英気を養ってあしたは最高にいいヤツなオマールに会いにシェンディへ。
オマールの家には2泊したんだけど、笑いっぱなしの3日間だったなあ。
やっぱスーダン人はおもしろい!
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この旅最大の衝撃!戸惑う脳みそ

2014.10.24 05:43|スーダン☞EDIT
3枚持ってるうちの1枚のTシャツがボロボロで限界がきてしまったケンゾーです。
貴重な3枚をローテーションで着回してたんだけど、とうとうご臨終に。
ケニアで180円の真っ赤なポロシャツを買いました。
でも、あとの2枚も時間の問題なんだよねえ。

フレンドリーでおちゃめなスーダン人のおかげで街歩きが楽しいスーダン。
けれど、このうだるような暑さは耐えられない。
干涸びてしまう前にサクサク移動しないと。

ゴンドラには1泊の予定だったけど、エアコンが効いて快適だった「奇蹟のホテル」には結局2泊もしてしまった。
ホテルから一歩外に出ると、意識が遠のくほどの暑さに頭がクラクラしてくる。
汗をダラダラ流しながらバスターミナルへ。

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バスターミナルといっても乗るのは乗合いワゴン。
ここスーダンでもハイエースが大活躍。
エアコンも一応効くし、わりと新しいハイエースが多いような気がする。

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次に向かうのはカリマという街。
ドンゴラからカリマまでは35ポンド(約390円)。

カリマ

カリマは、というかカリマも砂漠の街。
ロンリープラネットでは「ただの埃まみれの街」と紹介されている。
たしかにまだ太陽が沈むには早い時間なのに薄暗くて埃っぽい。

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雲がある訳ではないのに茶色い空が街を覆いつくしている。
ドンゴラは青空が見えていたのにね。

バスターミナル近くのホテルは値段のわりに部屋がボロかったので、しばらく街をさまよってホテルを探すことに。
あまり選り好みができるようなホテル事情ではないカリマの街。
悩んだあげく、鉄道駅近くの「ELSHAMARIA HOTEL」に泊まることに。

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すべて「ドミトリー」仕様。
値段は1ベッド驚きの10ポンド(約110円)。
ぶっちぎりでこの旅最安の宿だ。

つくりはいたってシンプル。
部屋に簡素なパイプベッドが並んでいるだけ。

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まさかのエアコンがついてたんだけど、残念ながら調子が悪くて使えない。
というかすでにずいぶん前に壊れて放置されてるんだと思う。
室内は暑そうだったのでスーダン名物屋外ベッドに初挑戦。

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でた!これぞまさに「野戦病院」。
おっちゃん達が入院患者にしか見えない。
「好きなベッドを選んでいいよ。」と言われ、とりあえず端っこをゲット。
意外と利用客が多くて次々とベッドが埋まっていく。

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バネがのびのびでトランポリンみたいにボヨンボヨンとたわむベッド。
座ってるだけなのに汗が滴り落ちてくる。
夜になるとちょとは涼しくなるのかな。
蚊も心配だし、こんな状況で寝られるのか?

砂埃に煙るカリマの街を歩いてみる。
いろんなところから飛んでくる「ハロー!」という明るい声。
やっぱりこの街もとてもフレンドリー。

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宿まで戻ろうと歩いていたら、ロバの荷車に乗ったおっちゃんが「乗りな!」て言ってくれた。
その辺にいた子どもたちといっしょにロバに揺られてプチドライブ。

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まあ子どもはどの国でも元気でフレンドリーなんだけど、大人がフレンドリーだとぐっと親しみがわく。
スーダンではいい歳をしたおっちゃんたちが茶目っ気たっぷりの笑顔であいさつしてくれるんだよね。

店先で焼いていたチキンのいい匂いに誘われてレストランへ。

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パンとパパイヤのサラダが付いて30ポンド(約330円)。
外はカリカリ中はジューシーでなかなか美味い。
チキンも美味いけど、酢漬けにされたパパイヤのサラダが美味かった。

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そんなことより、料理の味うんぬんよりもビックリしたのは水道の水。
手を洗おうと思って蛇口をひねったら、なんと茶色い水が出てきた!
シンクも泥だらけ。

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一瞬どうしたらいいのか思考が停止する。
とりあえず手を洗ってはみたものの、はたして洗う意味があるのか・・・。

日が暮れて野戦病院で寝る準備。
シャワーで1日の汗を流して砂まみれの体を洗いたい。
けれど、地元の人たちも普通に使っている共同シャワーでさっきよりも強烈でこの旅最大の衝撃がケンゾーを襲う。

シャワーから出る水も、昼間のレストランの水と同じでまさかの泥水なんだよ!
茶色っぽいっていうレベルじゃなくて、コーヒー牛乳みたいな茶色

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カリマの街では水道に、すぐそばを流れるナイル川から引いてきた水をそのまま使っているんだそう。
この街の人々にとって水道の水=茶色の泥水なんだよ。

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シャワーを浴びるとき、あまりの衝撃で流れ出る茶色い水を見つめながらしばらくボーっとなってしまった。
この水で頭や体を洗うべきか、洗わないべきか?
でも全身汗まみれ埃まみれでとにかく洗い流したい。
もういいやって感じで泥水を浴びたんだけど、皮膚の上を茶色い水が流れてるのが不思議な感じ。
目で見て「あ〜泥水だあ」って分かってはいるんだけど、脳みそが戸惑っちゃって訳分かんなくなってくる。
体を洗い終わって石けんを洗い流しても体が茶色いから、「あ、まだ汚れがとれてないや」って思ってまた水を浴びたんだけど、いつまでたっても茶色いまま。
今まで40年間生きてきて、『蛇口をひねったら透明の水が出てくる』っていう事が当たり前だったんだけど、蛇口から茶色い水が出てきたらあまりの衝撃に脳みそも戸惑っちゃって思考を放棄しちゃったみたい。

体を拭くタオルも茶色になるし、真っ白だった石けんも茶色になったまま。

野戦病院で過ごす一晩。
夜になって少しは涼しくはなったけれど、やっぱり暑い。

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蚊も飛んでいるけれど蚊帳なんてものはないし、暑いのに布団を頭から被って刺されないようにしないといけない。

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けっきょく、ほとんど寝れなかったなあ。
イクエに言わせると「いや、爆睡しよったよ」って突っ込まれるけど、寝た気が全然しない。
野戦病院では唯一の女性患者だったイクエはほぼ眠れなかったみたい。

「野戦病院」といい「茶色い水道水」といい、この旅でもトップクラスの衝撃を与えてくれたカリマの街。
あしたはそんなカリマにある、スーダンに2つある世界遺産のうちの1つをお伝えします。
スーダンにも世界遺産があるんだよ!
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テロ支援国家の素顔

2014.10.23 06:13|スーダン☞EDIT
母親の誕生日を忘れて、1か月遅れでプレゼントを送ったイクエです。
おかあ、ごめんね!
この前は夫の誕生日を忘れそうになり、「きょうは俺の誕生日なんだけど」ってケンゾーに言われてしまった。

定員オーバーのフェリーで国境を越え、砂漠をひた走り、やってきたスーダンのドンゴラという街。
見どころがあるわけではないけれど、首都に行く途中に立ち寄るにはちょうどいい場所だし、スーダンの普通の街の様子が見たくてやってきた。

こんな場所にあるのがとても不思議なほどの立派な「奇蹟のホテル」の屋上からドンゴラの街を見下ろす。

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このホテル以外、高い建物はほとんどない。
外は暑いけど、近くのナイル川のおかげで街の中には緑がある。

といっても砂漠なのでスーダン全体で見ると草木があまり育たない。
日本だと木造の風通しのいい涼しい家がつくれるけど、そうはいかない。
スーダンでどこでも手に入るのは
だから建材も土。
家の中は日陰になるとはいえ、窓もほとんどない土の家は暑い!

そこで多くのスーダン人は外で寝ている。
こんなふうにベッドを出して。

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この「外で寝る」っていうのはスーダンでは一般的。
テレビでやってるスーダンのホームドラマでも登場人物たちが外のベッドで寝るシーンがよく出てくる。
ホテルだって、部屋じゃなくて中庭にベッドを並べているところが珍しくない。
だからスーダンの安宿は「野戦病院」なんて言われる。

400メートルほどさきにナイル川が見える。
ナイル川が豊かな土壌を運んでくれるおかげか、川沿いには畑が広がっている。
砂漠ばっかり見てきたから、ほっとする。
黄土色の世界から慣れ親しんだ世界に戻ったみたいで、癒やされるなあ。

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「ナイル川まで歩いてみよう」

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朝を迎えたばかり。
まだ太陽は威力を発揮していない。
この涼しい時間に、お散歩。

陽が昇り、働きはじめる人たち。
農民たちの一日がはじまる。

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ちょこんとうまく横座り。
さあ、これから仕事、仕事。

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土ぼこりが舞い上がる。
力強く、牛たちが歩を進める。

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耕した畑で、親子ロバが朝食タイム。
まだ食べられるような草が残ってるかな。

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こちらには、親子牛。
子牛ちゃんはまだまだミルクを飲み足りなさそうだけど、乳搾りの間ちょっとだけ待っててね。

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草むらの奥にナイル川。
ゆっくりとした流れかと思っていたら、急流。
泳いだら流されていきそう。
自然の恵をこうやってたっぷりと運んでくれているから、ここに作物が育つ。

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ナイル川とご対面したところで「奇蹟のホテル」に引き返そう。
田園風景の中にぽつんとたつ大きなホテルは異質な存在。
ツーリストなんて来ないのに、なんでこんなところにこんなホテルが建ったのか不思議。
需要はそこそこあるのかな。

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日本の田舎のような風景。
なんとなく懐かしくなる。
けれどこんな鮮やかな鳥を見たら、ここはアフリカなんだと実感する。

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まるで蝶のように。
さわやかに華やかに飛び立っていった。

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スーダンでは旅人がやらないといけないことがある。
それは「レギストレーション」と呼ばれる外国人滞在登録
ウズベキスタンやカザフスタンなど中央アジアの国でもこのシステムはある。
かつて共産主義の影響を受けた国にはいまだにこの面倒くさいシステムが残っているところがある。

外国人はスーダンに入国してから3日以内に警察署に行って、パスポートやビザのコピーを提出して書類に記入しないといけない。
ビザをとってるんだから、そのときにやってくれればいいのにね。
いまやほとんど意味をなしてない制度なのでそのうち撤廃されると思うけど。

きのう、いっしょにホテルを探したエジプト人のおじちゃんに警察署のだいたいの場所を聞いていた。
ホテルの人に行き方を尋ねると英語はわからないけど、わざわざホテルの外まで連れて行ってくれて地面に石ころで地図を描いて行き方を説明してくれた。

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歩いているとみんながわたしたちに挨拶をしてくれる。
「街歩きが楽しい」と思える場所は、街行く人が笑顔で迎えてくれるところ。

尋ねながら到着した警察署。

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こんな国だから、手続き作業はスローペース。
「そこで待ってて」と言われて放置される。
待ちくたびれて催促すると「担当職員がご飯食べに行ったから」という返事。
イライラするけど、時間の感覚がわたしたちとはまったく違う。
ここの人たちにとって「待たされること」は「損すること」ではない。
「待たされること」は「なんてことはない、当たり前のこと」。

登録はそれなりの規模の街なら、どこでもできる。
でもやり方が一定してないのか、その場でパスポートやビザをコピーしてくれるところもあれば自分で事前にしないといけないところもある。
わたしたちの場合は警察署のコピー機を使わせてくれず、外のコピー屋さんまで行ってやってこないとダメだった。

登録費用もまちまち。
スーダンの警察は道路でもよくドライバーに難癖をつけて賄賂を回収しているから、登録費用も正規料金に上乗せして、一部をポケットマネーにしているかもしれない。

わたしたちが支払った登録費用はひとり328ポンド(約3600円)だった。
ビザ代もすでに払ってるのにこの登録費用も払わないといけないから、旅行者はスーダン政府からけっこうお金を取られることになる。

登録すれば、パスポートにこんな紙が貼られる。

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なにはともあれ外国人登録が終わったことだし、こころおきなくスーダンを旅しよう。
スーダン人は気さくでおだやかで、独特の雰囲気があって楽しそうな国。

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スーダンはアメリカから「テロ支援国家」に指定されている。
湾岸戦争のときにイラク側についたり、「悪の枢軸国」と呼ばれているイランとの関係を強めている。
そのため経済制裁まで受けている。

でも、実状は違う。
スーダン人はおだやかでにこやか。
とても素朴でシンプルな暮らしをしている。

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「スーダンは何もないけど、人がいい。
 いい国だよ。
 すごくよかったなあ。」

スーダンを知っている旅人たちは口を揃える。

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「服はいかが?
 シャツからズボンまで品揃えは豊富だよ。」

服屋さんは店を構えず、メインストリートを行ったり来たり。

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「日本から来たの?
 写真撮って。」


おどけた笑顔。

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「ウェルカム トゥー スーダン!」

はにかんだ笑顔。
やわらかい笑顔。

ここちよく、安らいだ気持ちで、楽しく歩ける街。

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「テロ支援国家」ってなんだろう。

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この国では怖さなんて感じることはない。
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奴隷船の収穫

2014.10.22 14:13|スーダン☞EDIT
自然派虫除けジェルのおかげで虫に刺されにくくなり安眠を手に入れたイクエです。

アフリカで南京虫に数百か所刺されたから、自分のどういうところが刺されやすいかわかってきました。
太もも、二の腕、腰、足首、手首、首。
この部分にジェルを塗ると、被害はほとんどでなくなったよ。

コストパフォーマンスがかなり悪く「奴隷船」なんて呼ばれるフェリーを降りて無事に港に到着。
未知の国スーダンに入国!

この国際フェリーでの入国なんてできればさけたい。
チケットの入手も面倒くさいし、出港まで待たされるし、スペースは足りないし、悪い点はあげればきりがない。
でも、このときはフェリーしかなかったんだよね。
わたしたちがスーダンに入国して数日後に国際バスが運行開始されたから、きっとこれからの旅人はバスでスーダン入りするんだと思う。
(実際スーダンで出会った日本人の旅人はバスで入国してた)

でも、フェリーの移動でひとつだけいいことがあった。
「ひとつだけ」ではあるけれど、「とても大きな」いいこと。

いっしょに乗船したスーダン人と友だちになれること!
「同士」みたいな感じかな。

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このおじちゃんとは、フェリーのチケット予約のときに出会った。
フェリー会社のオフィスが開くのを早朝から待っているときに声をかけられて会話していた。
そして、ここで再会。

「おお〜。あんたたち、フェリーの中ではどこにいた?
 探したけどいなかったね。」

「女性部屋にいたんですよ。」
「これから家に帰るんだけど、来るかい?」
「行きます!」

砂漠の中にあるナセル湖の港にはなにもない。
とりあえずここからは小さなトラックの乗合いタクシーに乗って、すぐ近くのワディ・ハルファの街に移動しないといけないらしい。

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車から見えるのは草木の生えてない荒涼とした大地。
熱風が頬をたたく。
気温は50度くらいはあると思う。

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「じっとり」する暑さでもない。
「カンカン」照りの暑さでもない。
強いて言うなら「ぼわあ〜」「もわあ〜」とする暑さ。
暑すぎるのを超して、よくわからない。
でも、つねに不快感は感じていて一刻も早く逃げ出したい。

この暑さ、これから大丈夫かな。

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息苦しいほど暑いのに、おじちゃんたちは久しぶりに我が家に帰れることがうれしそう。
これこそが馴染みのある故郷の風景なのだろう。

何もない黄土色の大地。
地平線まで続く黄土色の世界に、大地と同化したような黄土色の集落が見え始めた。

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ワディ・ハルファの街は、「街」というよりも辺境の「村」。
車は簡易宿泊所の前で泊まった。
おじちゃんに言われるまま、そこで降りる。

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どうせ予定もない旅。
おじちゃんの家はここの近くっぽいし、家におじゃまして、その場の流れで泊まるようなことになればお言葉に甘えようかな。
そう思っていた。

「ここからどうやって家まで行くんですか?
 歩いて?」


おじちゃんに聞いた。

「ちがうよ。
 きょうはこの宿に泊まるんだよ。
 家はここから何百キロも離れてるから、明日の朝のバスで帰らないと。
 あんたたちもきょうはここにいっしょに泊まればいい。」

「えっー!
 ここに泊まるんですか?」


おじちゃんは英語を話せるけど、流暢というわけではない。
てっきりここからすぐのところに住んでるかと思ってたら遠くて、まだお昼だけど今日中には着かないらしい。

おじちゃんがどんな家に住んでるかわからないけど、いきなり現地人のお宅訪問なんて楽しそうだったから、おじちゃんについて行こうと思ったけど大変そうだなあ。

しかもこんな暑いところ、いますぐにでも脱出したい。
この田舎の村で何もやる事がない。
時間を持て余しながら、どうやって暑さに耐えればいいのかわからない。
宿泊所には「HOTEL」と書いているものの、中庭にベッドが並んでいるだけで実態は野戦病院のようなところ。

いまから夜までどうやってしのいでいけばいいのか、自分たちがこの暑さをしのげるのかまったく想像がつかない。

「わたしたち、ドンゴラって街に行きたいんです。
 とりあえずきょう向かってみます。」

「ドンゴラは私の家の手前だよ。
 きょうはここにいっしょに泊まって、あしたいっしょにバスに乗ればいいよ。
 うちにもくればいいし。」

「でも・・・。
 きょうここに1泊はできないので。」


おじちゃんはさびしそうになった。

でもお互い別れがたい。
どちらからともなく「まあまあ、そこで1杯飲もうや」という展開になった。
「飲もうや」って言っても、スーダンはイスラムの国。
バーではなく路上のお茶屋さんで。

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暑さ50度でいまにも意識が遠のきそうななか、腰をおろしてちょっと落ちつきたくもあった。
暑すぎて現実感のないなか、暑い紅茶をすする。

「暑いときには、熱いものを飲む方が暑さが紛れる。」
ということを昔聞いたような気がする。
だから熱い飲み物は体にいいんだと自分に言い聞かせるけど、たんにキンキンに冷えたジュースがなく暑い紅茶しかないだけ。
 
子どもたちが見えた。
遠くから恥ずかしそうに「ハロー」と言うので「ハロー」と言い返すと、子どもたちは1歩近づいてもう一度「ハロー」と言う。

笑って手を振ると、もっと近づいて「ハロー」と言う。

「ハロー」と何度も繰り返しながら少しずつわたしたちに近づき、最後はわたしたちの真横にまでやってきてお茶を飲んでいるのを観察するように見ている。

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後ろの女の子が頭に載せているのは、小分けしたナッツ。
ナッツの売り子。
女の子ははにかみながらわたしたちにナッツをプレゼントしてくれた。

きょうわたしたちが目指すのはゴンドラという街。
とくに何もない街だけどここよりも都会だから、宿もここよりは条件がいいはず。
でも移動したい一番の理由は、暑いなかぼーっとここであすの朝のバスを待つ自信がなかったから。
とにかくこの暑さを抜け出したい。
ドンゴラに行ったところで暑さから解放されるわけではないかもしれないけど、前に進みたかった。

ドンゴラ

おじちゃんに別れを告げて、ドンゴラ行きの乗合いタクシーに乗った。
乗ったはいいけど客が集まらないと出発しない。
どのくらい待たないといけないかなあ。

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そしてここでも楽しい再会。
向こうから笑いながら手を振ってくる人がいた。

「俺はシャンディって街に帰りたいんだ。
 今日中に帰りたいけど遠いし無理かなあ。
 君たちドンゴラに行くの?
 だったら、おれもとりあえずドンゴラを目指そうかな。」


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彼とはきのうアスワンのフェリー乗り場のチケット窓口で出会った。
並んでいたわたしたちに、札束を握りしめながら必死に「ねえ!フェリー代いくらするの!?」と叫んで聞いてきた。
窓口は開いたばかりで、人が殺到。
一瞬客引きかあやしいヤツかなって思ったけど、どうやら本当に当日券を買いたいらしかった。
フェリー代を上回るかなりの大金を手に握りしめた現地人が、ツーリストであるわたしたちに必死に値段を聞いている姿が、立場が逆のようでおかしくて彼の姿に爆笑し、それにつられて彼も笑っていたのだった。

「フェリーのどこに乗ってたの?
 俺はデッキの救命ボートの下にいたよ。」


きのう彼を初めて見てすぐ、わたしたちは彼を好きになっていた。
きっとおもしろくて楽しいヤツ。
憎めないヤツ。
フェリーに乗るまでチケットの受取りや場所取りなど必死だったから、彼とは1分くらいしかやり取りしてなかったけど、きっといっしょにいたら楽しいだろうなってのは第一印象で感じていた。

彼の名前はオマール。
父親はスーダン人で母親はチャド人だけどサウジアラビアで生まれ育ち、わけあって親と離れて今はスーダンで暮らしている。

「エジプトには何しに行ってたの?」
「旅行だよ。」

オマールはスーダン人には珍しく、旅行でエジプトに1人で行ったのだそう。

「ピラミッドに行って、ラクダに乗ったんだ。
ラクダ引きの男に『ラクダに乗せて案内してやる、安いよ』って言われて乗ったのに、けっきょくラクダに乗ってその場で写真撮影で終わり。
どこにも連れて行ってくれなかったよ。」


日本人が騙される手口で、オマールも見事に騙されていた。

「『俺が撮ってやる』ってラクダ引きが言うからスマホを渡してラクダにまたがってるとこを写真に撮ってもらったんだ。
そして『はい、これで終わり』ってスマホを返されてラクダから下ろされた。
ラクダ引きが去って行ったあと、写真を確認したらさ、俺が写ってないの。
写ってたのはラクダ引きの男のドアップ!
ラクダ引きが写真撮るとき、レンズを俺じゃなくて自分に向けて撮ってたんだぜ!」


オマールはちょっと抜けてて、かなりおもしろい。

「ねえ、2人はスーダンでどこ行くの?」
「とくに決めてないよ。
 南に下ってエチオピアに抜ける予定。」

「だったら、俺のとこに泊まりに来てよ。
 シャンディって街。
 大きな家じゃないけどさ。
 エアコンもパソコンも冷蔵庫もあるし、一通り揃ってるから。」

「エアコンあるの!?
 すごいね!
 泊まりに行きたい!!」


まだ出発しないワゴンのなかで、オマールとそんな約束をしていると、さっき別れたはずのおじちゃんがやってきた。

「あ、おじちゃん!
 どうしたの?」

「まだ車は出発しそうにないね。
 いっしょにご飯でも食べようと思って誘いにきたよ。」


おじちゃんはわざわざ歩いてバスターミナルまで来てくれたようだ。

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のちのちわかったことだけど、スーダン人はかなり変わっている。
マイペースでゆるくて、ちょっとまぬけで、つっこみどころがある。
だからこそ、愛すべきキャラクター。

おじちゃんは開いているのか閉まっているのかわからない食堂の様子をうかがっている。

わたしたちと英語で話すおじちゃん。
その流れから抜け出せず、店の人はもちろんスーダン人なのにおじちゃんは英語で話しかける。
「ナウ、オープン?
 ウィ キャン イート ランチ?」


服装も顔もスーダン人に間違いないおじちゃんに英語で話しかけられて、ぽかーんとする店員。
自分が英語で会話していることに気づいてないのか、それともそんなことどうでもいいと思っているのか、英語での質問を続ける。

「ドゥ ユー ノー アザー レストラン?
 ウェア イズ イット?」


もちろんそんなおじちゃんに店の人はアラビア語で答えるべきか英語で答えるべきか迷い、まともに答えてくれない。
ふたたび3人で街をさまよい、やっていそうな食堂に入った。

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おじちゃんが頼んでくれた料理はこれ。
パン、目玉焼き、葉っぱと玉ねぎ、豆。

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あとで知ったけれど、これがスーダンの国民食。
だいたいどこでも食堂で食事をしている人の8割がこの豆料理を食べている。

洗面器みたいな器に、つぶした豆を入れてたっぷりの油がかけてある。
見た目も良くないし、おいしくもない。

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おじちゃんの前だからがんばって食べることができるけど、ふたりだけだったら残していた。
というか、まずこんなのを頼もうとは思わない。

でもきっと日本人が帰国して「味噌汁と米を食べたい!」って思うのと同じように、エジプト帰りのおじちゃんは「潰した豆が食べたい」て思ってたんだと思う。

おじちゃんは、店の人が持ってきた水をコップに注いだ。

「これを飲みなさい。
 おいしいよ。
 ナイル川の水だからベリーグッドだ。」


自分でもぐびぐびと飲みながら、わたしたちに水を勧めてくれるおじちゃん。
でも、コップの中をのぞき込んで小さな声でケンゾーと言い合った。

「これ、やばいよね。」
「一口だけにしよう。」

おじちゃんが「グッド ウォーター」と絶賛するナイル川の水は、茶色く濁っていてわたしたちにとっては「バッド ウォーター」だった。

でも「バッド」なんて言えないから、一口だけ飲んで「グッド」とつぶやいた。

失礼だからそのときは写真を撮ってないけど、後日ほかの食堂で出された水がこれ。
だいたいこんな水をみんな「おいしい水」として飲んでいる。

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おじちゃんはおごってくれて、電話番号を教えてくれて「我が家に遊びにくるんだよ」と言ってくれた。

車に戻ると案の定まだ乗客は集まってなくて、3時間くらいしてようやく車は出発した。

建物もない黄土色の砂漠をひたすら車は走って行く。

でもありがたいことに、エジプトと違ってスーダンの車内にはエアコンがついている。
といっても、効きが悪くて汗ばむ。
でもエアコンがなくてドライヤーのような風を受けながら意識が遠のきそうになるエジプトに比べれば何十倍も快適!

窓の外の灼熱の世界は、今にも溶けていきそうで現実感がない。

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途中、ガソリンスタンドで給油。
こんな風景のなかにあることに違和感を感じる。

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何もないところに舗装された道路が伸びている。
そしてポツンとたたずむガソリンスタンド。
その存在が、ここが異星ではなく人の住む地球であることを教えてくれる。

そしてこんなところでも確かに人が暮らしている。

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車は砂漠の中をひたすら走る。
いつまでたっても緑は見えないし、水もない。

出口のない世界に閉じ込められたような閉そく感を感じはじめたころ、夕陽に照らされたナイル川とオアシスが姿を見せてくれた。

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ああ、もう陽が沈んでしまう。
明るいうちに宿を探したかったけど、きょうは無理だなあ。
ちゃんと寝るところを確保できるかなあ。

でも、そんなに不安にはならない。
だってこの車の乗客たちは運命共同体だから。

車はドンゴラ止まりだけど、みんなの目的地はもっと先。
でも、きょうはこれ以上移動することはできない。

「ホテルどうする?」

自然にそんな話になる。

ゆかいなオマールは「そのへんで寝る」と言っている。
「暑くて眠れないんじゃない?」と聞くと「俺は現地人だから大丈夫」と笑って答えた。

エジプト人のビジネスマンのおじさんが「いっしょにホテルを探そう」と言ってきた。
「暑すぎるのでエアコンつきがいいですけど、ありますかね?」
「きれいなシーツがあってちゃんと眠れるホテルがいいね。
 三ツ星くらいのホテルを探そう。」


三ツ星じゃなくていいけど・・・とケンゾーと顔を見合わせながらつぶやいた。
だけどきのうの朝から並んで、定員オーバーのフェリーで一夜を明かし、砂漠の中をひたすら移動してきた。
たしかに熟睡できるまともなホテルに泊まりたい。

すっかり暗くなってドンゴラのバスターミナルに到着した。
オマールとは再会を約束して別れて、エジプト人のおじさんとホテルを探すことにした。

「ここで待ってて」

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スーダンもエジプトもアラビア語。
わたしたちが行くよりもエジプト人のおじさんが行ったほうが交渉はスムーズに行くはず。
おじさんはひとり、安宿の中に入って行った。

おじさんはすぐに出てきて言った。
「ここはダメ、エアコンが壊れてる。
 タクシーでほかを探そう。」


おじさんとタクシーに乗って、次のホテルへ。
そこでもおじさんはひとりで偵察に行ったけど、また戻ってきた。
「ここはやめたほうがいい。
 ベッドは汚いし、前の客が出ていってからちゃんと掃除されてない。」


汚いぐらいがまんできる。
ビジネスマンのおじさんと貧乏バックパッカーのわたしたちが求めるホテルのレベルは違う。
おじさんといっしょだととんでもなく高いホテルに泊まるはめになるかもしれない。

不安になりながらも、いっしょにタクシーで次のホテルに移動した。

うわあ、ここめちゃくちゃしっかりしてる。
そして、めちゃくちゃ高そう。

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おじさんがまたひとりで中に入って行った。
そして安心した顔をして出てきた。
「ここに泊まろう。」

おじさんが交渉してくれたからかホテルは150ポンド(約1650円)でわたしたちにとっては少し高いとは言え、このクオリティーにしてはとても安い。

フロントもあってエレベーターまであって空調は一括で管理されていて、真新しくてちゃんとした普通のホテル。
部屋には冷蔵庫まである。
こんな街にこんなホテルがあるなんて奇蹟!

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野戦病院のような宿泊所で一夜を明かすことを覚悟していたので、これはかなり嬉しい。
バスルームの蛇口からは透明な水が出るし、ホットシャワーを浴びて2日分の汗とほこりを落としてリフレッシュ。

正直言ってスーダン入国は憂鬱だった。
「奴隷船」なんて呼ばれる過酷な船に乗らないといけないし、砂漠の中のホテルは「野戦病院」みたいだと聞いていたし。
とくに見どころがあるわけでもないスーダン。
寄らずに飛行機でエチオピアまでいっきに飛んだほうがいいんじゃないかと考えていたこともある。

でも、スーダン、案外いいかも。
スーダン、けっこういいかも。

ただの移動で終わったこの2日間。
でも、この2日間なんやかんやで楽しかった。

やっぱりここに来て正解だった。
あの船がもたらしてくれた出会いもあったし。

スーダン旅、滑り出し順調!・・・のはず。
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「世界一過酷」な「奴隷船」に乗って「テロ支援国家」スーダンへ

2014.10.21 05:35|スーダン☞EDIT
3か月前にハンガリーで修理したばかりの一眼レフのレンズがまた壊れてしまってテンションがた落ちのケンゾーです。

カメラ本体も調子が悪いし、いつ撮れなくなってもおかしくない状態。
この2年間何度修理してきただろ?
かなり過酷な環境で使ってきたからもう限界かなあ。
防水のはずのサブカメラも水没して使用不能になっちゃってるしね。
ただ、今旅しているのがアフリカっていうのが痛い。
現地で買うか、日本で買って送ってもらうか、はあどうしよう。

なんだかんだで1か月もいたエジプトを離れるときがやってきた。
次に向かうのはお隣のスーダン。
いよいよアフリカ縦断のスタートだ。

エジプトからスーダンまでの移動手段はフェリー。
砂漠に囲まれた国どうしなのになんでフェリー?ってちょっと予想外な感じだよね。
1971年にアスワンハイダムが完成したんだけど、それによってエジプトとスーダンの間に巨大な人造湖が出現。
当時のエジプト大統領の名前が付けられたそのナセル湖をフェリーで渡っていくというわけ。

前の記事でも書いたけど、このフェリーがかなり過酷なんだそう。
旅人の間では「世界一過酷な移動」なんて言われている。
誰が言い出したか謎だけど『奴隷船』と呼ばれるほど人が詰め込まれ、ぎゅうぎゅう詰めにされるそうだ。
いつもより余計に重く感じるバックパックを背負って、まずはフェリー乗り場があるハイダムまで列車で移動。

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ハイダム行きは8時発、1人1.5ポンド(約20円)。
エジプトの景色もこれで見納めだ。
といっても、ほとんど茶色一色でたまーに緑が生えたオアシスがあるくらい。

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およそ30分でハイダムに到着。
駅を出るとすぐそこにフェリーターミナルがある。
さっそく目に飛び込んできたのは、トラックの荷台にてんこ盛りの荷物。

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これが全部フェリーに載るのか?
人が乗るスペースはあるのかな?
さあ、長い戦いのはじまりだ。

予約してあるチケットを受け取るためチケット売場へ。
同じホテルに泊まっていた日本人の男の子は予約なしで当日券にトライ。

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結果、予約してなくても問題なくチケットは買えてしまった。
せっかく早起きしておばちゃん達にもみくちゃにされながらイクエががんばって予約したのにね。

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ゲートの前にはすでに200人くらい並んでいる。
どのくらいの大きさのフェリーだろう。
何人乗れるのかな?

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ゲートが開くのを待っていると両替商がしょっちゅう声を掛けてくる。
これから向かう次の国スーダンではATMは使えない。
イスラムの国のスーダンはイランと同じようにアメリカが「テロ支援国家」に指定している『敵対国』。
1993年からずっと経済制裁が続いていて、スーダン国内ではクレジットカードやATMを使うことができない。
なのでドルを持ち込んで現地通貨のスーダンポンドに両替しないといけないんだよね。

ネット情報ではスーダン側のワディ・ハルファの方がレートがいいということだったのでここで両替するつもりはない。
両替商たちもしつこくまとわりつくくせに、みんな揃いも揃って同じレートで商売が下手。
そんななか、顔なじみのおっちゃんが。
そのおっちゃんは、フェリーのチケットを予約するときにもいた両替商。
向こうもこっちを覚えててくれている。
「ハロー」
穏やかで感じのいいおっちゃん。
交渉すると情報よりもよくて、1ドル=9ポンドにしてくれたので両替することに。
まあ、結果的にワディ・ハルファでも首都のハルツームでも同じレートで両替できたんだけどね。
ちなみに1エジプトポンド=1.25スーダンポンドだった。(2014.8.21現在)

10時前にゲートがオープン、戦いの火ぶたが切って下ろされた。
まずは出国税を支払う窓口に殺到する乗客。

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男女分かれて並ぶんだけど、混雑に紛れてイクエのサブバッグが開けられていた。
おそらく犯人はイクエの後ろに並んでいたおばちゃん。
幸い何も盗られなかったからよかったけど油断大敵。

エジプトの出国税は40ポンド。
100ポンドから2人分を払ったんだけどお釣りをくれない。
「釣りは?」って聞くと、「この用紙を見せたら先の窓口で返すから」と言われた。
ところが先の窓口なんてなくて騙し取られてしまった。
一度入ったら出ることはできないから文句も言えない。
最後の最後に騙されてしまって悔しい。

モヤモヤしたまま出国カウンターへ。
ケンゾーはあっさりと出国スタンプを押してもらって終了。
さあ次は船内の席取り合戦だ!と思ったら、なぜかなかなかスタンプを押してもらえないイクエ。
「なにしてんだよ!早くスタンプ押してくれよ!」とイライラしていると係員からとんでもない一言が。

「あなたはどうして1年以上もエジプトにいるんだ。」

はい?
言ってる意味がさっぱり分からないんだけど。
どうしてそんなこと言うのかこっちが聞きたいよ。

「いやいやいや。
 エジプトに入国したの1か月前だけど。
 入国スタンプの日付見たら分かるよね?」

「だからなぜ1年滞在してるのか理由を言え!」
「あんた何言ってんの?!
 なんで同じ日付の俺がスタンプ押されて、妻はダメなんだって!!」


ケンゾーのスタンプよりも気持ち薄い気はするけれど、ちゃんとアラビア数字で2014年7月23日と押されている。
「よく見てよ。2014年って押されてるだろ!」と何をどう言っても「スタンプは押せない!」の一点張り。
「じゃあ仮に1年滞在してるとして、この大量の他の国のスタンプはどうやって押してもらったんだよ。
この7月22日のギリシャのスタンプはどういうこと?」

と論理的に反論しても全くラチがあかない。

係員はこの男1人。
たぶん難癖つけて賄賂をもらおうという魂胆なんだろう。
最後の最後の最後にウザいヤツ登場だ。
席取りをしないといけないのにほんとに面倒くさい。

当たり前だけどこちらに非はまったくないので事を荒立てる事に。
今すぐ日本大使館に電話するように要求、さらに周りの現地人に事情を説明して数的優位の状況をつくる。

「入国したカイロの空港に電話しろ!」
さらに意味の分からないことを言い出した係員。
「なんで俺たちがかけないといけないんだ。
 必要なら自分でかければいいだろ。」

もちろん空港に電話なんかかけない係員。

周囲の人たちが「これ1か月前のスタンプだよ」と指摘してくれて、もう無理だと思ったのかしぶしぶスタンプを押して目もあわさずパスポートを返してきた。
こっちもムカついてたので謝るまで文句を言ってやろうかとも思ったけど、席取りの方が大事なのでフェリーへと向かう事に。
1か月前のスタンプを1年前だといちゃもんつけるなんて無茶苦茶だよ。

ただでさえ重い足取りが、ずーんと余計に重く感じるフェリーまでの道。
見えてきた「奴隷船」は・・・予想通りのオンボロさ。

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2等船室は男女別。
でも家族連れはどちらでもいい、という噂を耳にしていたのでまだガラガラ状態の女性部屋に陣取る事に。

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うん、たしかにボロいけど、思ったよりちゃんとしてる。
しかもまったく予想外の冷房つき!
出港までまだかなり時間があるのに、すでに冷房が効いている。

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暑さが最大の懸念材料だったんだけどまさか冷房がついてるとは。
これはひょっとして、かなり快適なんじゃないの?

デッキに上がると、こちらも場所取り合戦が幕開けしていた。
荷物できれいに区切られたスペース。
これは真ん中に人が寝るってことなのかな。

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人気スポットは救命ボートの下。
たしかにここなら一日中日陰だ。
なかにはボートの中で寝るツワモノもいるんだそう。

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フェリーに乗り込んでから2時間経過。
まだまだ船が動き出す気配はない。
船内には食堂が備わっていて、さっそく食事の準備をしはじめた。

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1人につき1食分の食事券が付いているんだけど、まだまだ先は長い。
お腹はすいたけれど、ここで食事券を使ってしまうと夜がひもじくなる。
けれど早めに食べないとどんどんメニューがショボくなっていくらしい。
ここはとりあえず様子見ということで1人分だけ食べることに。

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チキンのグリルにピーマンの詰め物、トマトスープにデザートのぶどうまで付いて予想以上に豪華でボリュームがある。
腹ごしらえは完了だけど、出港準備はなかなか完了しない。

途切れることなく詰め込まれていく大量の荷物。
荷物がメインで人はおまけみたいなもんだね。

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デッキはというと・・・

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こちらもずいぶんと荷物が増えてきた。
上手いこと日よけを作って気持ち良さげに寝てる人も多い。
勝手知ったるフェリー旅って感じだね。

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いったい何時に出港するのやら。
待ちくたびれてちょっと昼寝。
これだけ横になれるんだったら楽勝で耐えられる。
「奴隷船」はちょっと大げさに言い過ぎなんじゃないの?

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午後4時過ぎ、乗船しておよそ6時間、船内放送で航海の無事を願う祈りが流れた。
いよいよ出港だ、待ち疲れたよ。

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およそ300km先のワディ・ハルファをめざし、ゆっくりと港を離れていくフェリー。
後ろを振り返ると、この巨大なナセル湖を生み出したアスワンハイダムが見える。

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ハイダム建設の目的のひとつが、農業用水を確保し穀物の生産を増やすこと。
けれどいざ蓋を開けてみると、ハイダムができたことによって毎年のように栄養分を拡散させる効果をもたらしていたナイル川の氾濫が起きなくなって土地が痩せ、農業に深刻なダメージを与える結果になってしまったんだそう。

出港してしばらくすると、船内でスーダンの入国手続きが行なわれる。
現地人は狭い通路にぎゅうぎゅうになって並ばないといけないけれど、外国人は優先的に手続きをしてくれる。
エジプトに滞在しているときは外国人というだけで高い料金を払わされるなど逆差別を受けてきたけど、ここでやっと優遇してもらった。
まあ、たいした優遇措置じゃないけど。

ぼちぼちお腹が空いてきたので、もう1食分の食事券を使うことに。
メニューはさっきと一緒かな?
それとも違うメニューなんて粋な計らいがあるのかな?

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うわっ、しょぼ!!
豆とゆで卵とサラダだけ!
さっきのメニューと落差が激しすぎるよ。
こんなんだったら2つともチキンにしとけばよかった。

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日が暮れてぼちぼちと睡眠態勢に入りだした船内。
すでに大きないびきをかいて寝ている人もいる中、突然アザーン(礼拝時間を知らせる呼びかけ)が大音量で流れはじめた。
「やめてくれ~」と耳を塞ぐ子どもがいるほど。

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男たちはむくむくと起きて真面目に礼拝しているけれど、女性陣は無反応。
女性にとってイスラム教って何なんだろう。
男性と比べるとなにかと制限が多くて差別されてるし「1日5回の礼拝なんてやってられないわよ」って感じなのかな。

座席だけではとうてい足りず、床の上に直に寝てる人たちがかなりいる。
客室にもかなりの量の荷物が積み込まれている。
荷物の隙間に折り重なるようにして器用に寝る人々。

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ケンゾーとイクエたちもじわじわと他の乗客に侵食されてはいるけれど、なんとか横になれるだけのスペースを死守。
まあ横になって寝れるだけでもよしとしよう。
あしたはいよいよスーダン入国だ。

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ケンゾーたちが陣取っているのは女性部屋なんだけど男性の家族もふつうに大勢いて、和気あいあいとした雰囲気。
人の出入りもあるしすやすやとはいかないけれど、とりあえず眠ることはできていた。
ところが、夜中に突然1人の男性によって静寂が破られることに。

「ここは女性部屋だ!男はすぐに出ていけ!」
寝静まっていた部屋に響き渡る男の怒鳴り声。
この男は今さら何を言い出すんだと無反応の乗客。
けれど、とうとう寝ている男を起こして外へと追い出しはじめた。

寝袋に頭からくるまってバレないように隠れていたケンゾーだけど、男は見逃してくれなかった。
せっかく寝ていたのに真夜中に叩き起こされて不機嫌な乗客とわめきちらす男との攻防が勃発。
女性の家族も「わたしたちがいいって言ってるんだから問題ないでしょ!」と助太刀するも男は一歩も引かない。
しばらく言い合っていたけれど、しぶしぶ男性たちが部屋を出ていくことに。

もちろんケンゾーも追い出されてしまった。
男性部屋はとっくに満室で入り込む余地はない。
しばらく寝るスペースを探しまわって、デッキの上の誰のだか分からない荷物の上で寝ることに。
文句を言ってきた男はたぶん20代前半。
スーダンはかなり保守的な国っぽいなあ。

うっすらと明るくなりはじめた6時過ぎ、見覚えのある景色が見えてきた。

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ナセル湖を見つめる4体の巨像。
アブ・シンベル神殿だ。

おおー、船上から眺めるアブ・シンベルはなかなか雰囲気があっていいねえ、なんて思いながら見てたんだけど、ちょっと待てよ、フェリーが出航して12時間、フェリーに乗り込んでからだと18時間も経ってるよ!
2日前に車で3時間でたどり着いたところに18時間かけてやっとたどり着いたよ。
アブ・シンベルからワディ・ハルファは目と鼻の先。
なんかドッと疲れが押し寄せてきた。
アブ・シンベルからフェリーが出てたら無駄がなくてちょうどいいのになあ。

アブシンベルの前を通り過ぎて3時間、やっとスーダンが見えてきた。
といっても見えるのは砂、砂、砂。

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見渡す限り砂漠の大地が広がっている。
スーダンも暑いんだろうなあ。
分かってはいたことだけどため息が出る。

スーダンの入国手続きもフェリーの中で行なわれる。
書類数枚に必要事項を記入してパスポートにスタンプを押してもらう。

それからさらに3時間、フェリーに乗り込んでから26時間後、ようやくスーダンに上陸。
いやあ長かった。

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長かったけれど「世界一過酷な移動」とか「奴隷船」っていうのはちょと言い過ぎかな。
たしかに丸一日狭いスペースに押込められるのはツラいけど、冷房もついてるし、一応寝ることはできるので思ったよりも快適だった。

ちなみにケンゾーたちが乗船した数日後に、国際バスの運行がはじまったのでたぶんこのフェリーを利用するツーリストはいなくなるだろうね。
バスの方が時間がかからないし、しかも安いらしいからね。

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うだるような暑さの中、未知の国スーダンに上陸。
どんな国なのか調べても「見どころは特にない」「人がいいこと意外はなにもない」と拍子抜けするような情報しか出てこなかったスーダン。
はたしてどんな旅になるのか?
アフリカ縦断2か国目、スーダン編のスタートです!
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旅したエジプト こんな国

2014.10.20 05:31|アフリカ☞EDIT
エジプトには7/23~8/21まで29泊30日滞在しました。
世界で3本の指に入るウザい国と言われていたけど、思ったよりはウザくなかったエジプト。
それよりもなによりも、とにかく暑かった!
これぞ遺跡!という迫力満点の巨大遺跡を満喫したエジプトの旅をふりかえります。

◇旅の費用はいくら?

エジプトでいくら使ったのか発表します。
 
交通費           1197.50 ポンド
外食費            579.50ポンド
その他のフード・ドリンク   693.50ポンド
宿泊費           1947.42 ポンド
観光費           1210.00 ポンド
雑費            1252.00 ポンド

合計  6879.92ポンド(1ポンド=14.4円)
約3,295円/1日2人で

観光以外の物価はとても安い。
1日何もしなければ宿泊費も入れて2人で1500円あればちゃんとご飯を食べて過ごせる。
ただエジプトで観光しないと意味がない。
でも入場料が物価と比べるととんでもなく高いのがツラい。
しかもどんどん値上がりしている。
世界遺産の遺跡はたくさんあるので、そこまで遺跡に興味がない人は厳選したほうがいい。
ダイビングも1日やったけど、ダイビングはほかの国に比べて安い!

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◇移動手段はこうでした

カイロはいろんな種類の乗り物がうじゃうじゃと走り回っていて訳が分かんない。
路線バスも大きいのからマイクロバスまで数種類あるし、乗合いタクシーも軽ワゴンからマイクロバスまであって複雑すぎる。
どれに乗ったらいいのか地元の人たちも分からないくらいだから、数日滞在するだけのツーリストが乗りこなすのはかなり至難の業。
とにかく目的地を連呼して他の客やドライバーに聞きまくるしかない。
注意しないといけないのがアラビア語の発音。
ちょこっと発音が違うだけでぜんぜん違う地名になったり、まったく伝わらなかったりする。
ホテルの人などに発音を確認してアラビア語で紙に書いてもらったほうがいい。

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カイロの乗合いワゴンは車内でドライバーにお金を払う。
後ろの席に座って他の客にお金を受け渡してもらうとぼったくられる可能性はほぼない。
ただ同じ距離でも行きと帰りの値段が違ったり、車によって値段が違うこともある。
市内移動でだいたい1ポンドか1.25ポンドくらい。

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その点、カイロの地下鉄は快適。

都市間の移動は長距離バスや列車で。
バスも列車も遅れて出発することも多いので時間に余裕をもつことが大切。


◇こんなお宿に泊まりました

宿代はふたりでだいたい50ポンドから90ポンドくらい。
簡単な朝食とWi-Fi、エアコンつき。
ルクソールにはたくさん安宿があるけど、おすすめは日本人の奥さんがいるオアシスホテル。
ふたりで50ポンドだった。

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それとピラミッドを観光するには、ギザに泊まるのもいいと思う。
スフィンクスゲストハウスはもっともピラミッドに近いホテル。
朝食つきで250ポンド。
カイロの安宿に比べて高いけど、ピラミッドの夜のナイトショーも無料で見られるし泊まる価値大!

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それとインターネットのホテル予約サイトで探すと、外資の大手高級チェーンホテルにふたりで5000円以下で泊まることができる。
朝食ビュッフェつきだしプールもあるし、これはエジプトならではのお得な特典なので何泊かしてもいいと思うよ。
(イクエとケンゾーはしなかったけど・・・。)


◇これが一番うまかった!

ケンゾー 「エビのスープ」
ルクソールで食べたエビのスープが抜群にうまかった!
魚介でとったスープは味が濃厚。
さらにバターが味に深みとコクを出していて、日本のおしゃれなレストランで出されてもまったく違和感がないクオリティ。
エビだけじゃなくてイカと白身魚まで入っていて具だくさん。
これで25ポンド(約360円)はお得。

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イクエ 「アスワンの定食屋さんの魚メニュー」
アスワンで毎日2回通っていた定食屋さん。
安宿のすぐ近くにあって、ほかのところよりも格安でお腹いっぱい食べられる。
アスワンは暑すぎて食欲がまったくわかなかったんだけど、ここの魚料理なら食べられた。
この定食屋さんがなければ、きっと毎日フルーツだけでしのいでいたと思う。

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定食にはご飯とサラダがついている。
15ポンドのチキン定食もあるけど、おすすめはナイル川で捕れる魚。
魚のフライ定食は2人分で20ポンド。

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15ポンドの魚のタジンもおいしかった。

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でも、じつはこれツーリスト価格。
アラビア語のメニューと英語メニューで値段が5ポンドくらい違った。
アラビア数字を読めるから判明したけど、指摘はせずにいつも笑顔で「サンキュー」と言ってツーリスト価格を払ってたよ。
ツーリスト価格といっても、かわいげがある値段設定だしクオリティーは高いので許せた。
猛暑で食欲のないなか生き抜くことができたのはこの食堂のおかげ。


◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「ギザのピラミッド」
あんまり遺跡には興味ないんだけど、ギザのピラミッドはやっぱり別格だった。
バスの中から巨大な三角形の姿が見えた時は(40歳でも)興奮したなあ。

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近づきすぎるとあまりに大きすぎてただの石の塊にしか見えない。
少し離れた所から3つ並んだ姿を眺めるのがちょうどいい。
いったい何のために造られたのか?4500年経った今でも真相は謎。
遺跡好きでなくてもロマンをかき立てられる。

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イクエ 「王家の谷」
ルクソールの荒れ果てた山の底に眠る歴代のファラオ(王)たちのお墓。
写真撮影厳禁だったので中の様子は撮ってないけど、壁画がすばらしかった。
鮮やかな色が残っているし、頭が人間で体が鳥とか不思議な絵が一面に描かれている。
3000年とか3500年前に造られたとは信じられないほど鮮明に残っている。
エジプトってピラミッドとか大神殿とかそんな巨大遺跡ばかりイメージしてたから、王家の谷の岩の中のお墓はとても新鮮だった。
たぶんピラミッドや大神殿は2回目だとそんなに感動しないかもしれないけど、王家の谷なら何度行っても感動するだろうなって思う。
ずっと見ていても飽きない。


◇ふらり ゆるり エジプトの感想は?

ケンゾー
暑くてダラダラする時間が多くなってしまったっていうのもあるけど、1か月以上も滞在したってことはなんだかんだで居心地がよかったんだろうねえ。
たしかに、エジプト人は予想以上に明るくフレンドリーであまりストレスなく接することができた。
ルクソールはちょっとウザかったけど、まあそれも許容範囲。
中東に比べて食べ物の選択肢も多いし、飲もうと思えばビールも飲めるし、長居する人が多いのも納得。
思っていた以上に汚かったし、カイロはインド並みにカオスだし、いろいろと予想を裏切られた国だった。

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イクエ
エジプトはもうちょっと洗練されていて、アフリカでも発展している国かと思っていたけど違った。
でも観光大国とあって外国人もそれほど珍しくないので、旅行が大変な国ではない。
エジプト人は嘘つきとか性格悪いとかウザいとか聞いていたけど、そんなことはなかった。
そういう人は観光地のまわりにいて観光客をターゲットに仕事をしているほんのわずかな人たち。
そんな人たちはどこの国にもいるわけで。
世界三大ウザい国は「エジプト、モロッコ、インド」と言われるけど、インドは別格。
エジプトもモロッコも全然ひどくない。
アフリカ大陸の北のエジプトやモロッコは、きっと旅行者にとってアフリカに入って初めての国だから、心構えができていなくて悪い輩に騙されやすく、ランクインされているのかもしれない。

街で出会う人もホテルのスタッフもみんな気さくで、ちょっと控えめなところもあって親しみがもてた。
嫌な思いをすることはほとんどなかったなあ。

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毎日45度とかで酷暑だったにも関わらず、それなりに楽しめたのできっと魅力ある国なんだと思う。
涼しい時期に行ったら、もっと長く滞在していたかも?

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エジプト「アブ・シンベル神殿」☆☆ 世界遺産制度を生んだもの

2014.10.19 05:43|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
アフリカでノミ、ダニに刺されまくりでしたが、自然派虫除けジェルクリームを買えたので気持ちも楽になったイクエです。
これまでは普通の虫除けスプレーを使ってたんだけど、植物のアロマオイルでできた赤ちゃんにも使えて、目以外のどこにでも使える体に優しい虫除けを激安で買えたので毎晩ふんだんに使っています。
保湿クリームとしての効果もあるらしい。
しかも、虫除けだけじゃなくて刺されたあとのケアとしても使えるという優れもの。

さあ、きょうはエジプト最後の世界遺産をご紹介します。
それはスーダンとの国境近くにあるアブ・シンベル神殿

でも、正直行くかどうか迷った。
だって、ものすごく辺ぴなところにあるんだもん。
アブ・シンベルの村にも宿泊施設はあることはあるけど田舎だしホテルの数は少ないうえに、安くはない。
アスワンから日帰りで行くのが一般的。
日帰りって言ってもかなりの距離があるので大変だ。

アブシンベル

そのために、アスワンの安宿ではアブ・シンベル日帰りツアーをやっている。
ツアーと言っても、ホテルからアブ・シンベルまでミニバスで送り迎えをするというもの。
ミニバスにツーリストが乗り込み、入場料などは現地で自分で払うシステム。
つまりツアー代に含まれるのはこのミニバス代だけ。
申し込む宿によって値段は違うけど、だいたい110とか120ポンド(時期によって値段の変動あるかも)。

ツアーに申し込むか悩んだけど、イクエとケンゾーが出した答えは「自力で行く」。
自分たちで行けばもっと安くなるし、それにツアーの出発時間が・・・。
午前3時だったから!

なんで午前3時なのかというとアブ・シンベルまで車で4時間弱かかり、7時くらいに着けば朝焼けのアブ・シンベルを見られるし、朝の涼しいうちに観光できるというメリットがあるから。

でもこれはきつい。
せめて7時発くらいにしてくれれば。

ということで、ツアーに参加しないと決めたわたしたちは朝7時に宿を出発し、アスワンのバスターミナルへ。

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8時くらいにアブ・シンベルまでのバスがあると聞いていたのに、人がいないからかきょうは運行取りやめ!
仕方なく、乗合いワゴンで行くはめに。

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でも、乗合いワゴンはバスよりも割高なうえに、外国人にはぼったくってくる。
本当なら乗合いワゴンでも30ポンドで行けるのに「おまえらは50ポンド!50じゃないと乗せない!」なんて言われて、こっちも「じゃあ乗らない」となる。

ほかの国ではこっちが乗らないそぶりを見せると「わかった、じゃあ40でいい。30でもいい。」ってなるんだけど、エジプトはそうはいかない。
「外国人は現地人と同額では乗せない!物を買わせない!」という主義を貫いている。
ヨルダンとベトナムもそうだった。
外国人に対してプライドが高いのか、いや、低いのか。
こういう国は、疲れる。
ということで、いったん乗り場を離れて腹ごしらえ。

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よくわからないけど、肉とピクルスを挟んだサンドイッチ。
2本で5ポンド(約70円)。

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で、また乗り場に戻ったけど30ポンドにはしてくれない。
このまま待っていると夕方になってしまいそうなので、仕方なく35ポンド(約500円)でワゴンに乗る。

エジプトの面倒くさいところは、高い値段を言ってくるヤツは第三者が多いということ。
つまり、ワゴンのドライバーでも車掌でもなくその辺の暇そうなヤツが外国人を見つけると寄ってきて「お前はこのワゴンに乗れ。でも外国人だから50ポンド払え。」と言ってくる。
なんなんだ。
ワゴンだけじゃない。
ぼったくる仲介者みたいなのがエジプトではあちこちにいる。
こっちは最初は関係者だと思って対応するけど、あとになって何の関係もない人だったというのがわかる。

こんなよくわからないおせっかいがいるから「世界三大ウザい国」にランクインされているのかも。

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アフリカでは代表的な公共交通機関がこのワゴン。
つまり、ミニバス、
エジプトの場合は、残念ながらエアコンが効かない。(スーダンは効いたよ!)

ちなみに一日ツアーに参加すればエアコンの効くミニバスに乗られるらしいよ。

ワゴンはアスワンダムにかかる橋を越えて、ひたすら南へと走る。

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アスワンダムを過ぎたらずーっと砂漠。
建物なんてほぼない。
こういうところでも集落くらいあってもよさそうだけど、集落と呼べるものもない。
日陰もない。水もない。

ただ道路だけが続いている。

暑い!

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エジプトの国土は広大だけど、そのうちの多くが人も住めないような場所。
これはモンゴルなどほかの国でも感じたことだけど、国土が広くても人が暮らせて街をつくることができる土地はわずか。
その点日本は国土は広くないかもしれないけど、ほとんどの場所に川があり木があり、山や田んぼがあり平地があり、人が暮らしていくのに適している。
どんな田舎でも30キロくらい走れば集落があるもんね。
エジプトとか何百キロ走っても人家がない。
日本はとても恵まれていると思う。
しかも島国だから海の幸も豊富だし、海が自然の要塞の役目を果たしていて外国からの侵攻も防ぎやすい。

以前外国人から「日本人は子どもをたくさん産むってわけでもないのに、どうしてそんなに人口が多いの?」って聞かれて答えに困ったことがある。
これは日本の国土が人が生きていくのに適していて、どこでも人が暮らしていけるっていうのも一理あると思うなあ。
エジプトの国土は日本の2.5倍だけど、人が暮らせる土地は日本の方が広いはずだよ。

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なんてことを蒸し風呂状態の車内で考える。

暑い!
不快指数120パーセント。
この砂漠、温度は55度を越えているはず。
今まで旅してきたなかで2本の指に入る暑さ。
もうひとつはどこかというとウズベキスタンの砂漠を、これまた同じようなエアコンのないワゴンで移動したとき。
窓を開けた方がいいのか、開けない方がいいのかわからない。
というのも、窓を開ければ風は入るけど熱風。
まるでドライヤー。
暑い!息苦しい!
こんなことなら開けない方がいいかなとも思うけど、開けないと汗がダラダラ。
開ければ熱風が顔に吹き付け、汗がでてもすぐに乾く。
でもただでさえ暑いのに、さらに熱風を全身で受けるというのは本当に辛い。

精神的に楽になるために、いろんなことを想像してみる。

・極寒の北国にいて髪の毛も凍るような屋外から、いま暖房の効いた天国のような家に入ってきたとこなんだと自分に暗示させる。
ああ~、あたたかいってなんて幸せなんだ。
寒いのは地獄だけど、ここは癒しの場所だ。
寒さで凍てついた肌を、じわじわと溶かしてくれる感覚を想像する。
これは暑いんじゃない、あたたかいんだ!

って思ってみても不快指数は120パーセントなわけで、むしろ極寒の北国にどこでもドアで行きたい。

そこで次の作戦。

・ここはサウナだ。みんながお金を出して行きたがるサウナにこんな長い時間いられるんだと自分に暗示させる。
新陳代謝がよくなって肌にもハリツヤがでて健康になるね。
きょうでどれだけ汗がかけたんだろう。
イクエもケンゾーも着ている服に塩ができてるもんね。

って思ってみても不快指数は120パーセントなわけで、サウナ上がりの冷たいビールはなく、あるのは60度くらいに温まったペットボトルのお湯。

もうこうなったら寝るしかないって思うけど、暑いと眠れないんだよ。
睡魔よりも苦痛が勝ってしまって、ウトウトできないの。

不快指数120パーセントで3時間半。
ようやくアブ・シンベルに到着。
遺跡まではワゴンを降りたところから1キロほど歩かないといけない。
もう、見る前からすでにヘトヘトだよ~。

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ルクソールの宿で、すでにアブ・シンベルを観光していた日本人に会った。
その人に感想を聞いたらこんな答えが返ってきた。
「想像していたのとちがってちょっと残念だった。
もっと人里離れた奥地にひっそりとあって、ワクワクしながらしばらく歩いていってやっと遺跡が見えるっていうシチュエーションを想像していたんだけど、ツアーのバスを降りてちょっと歩けば正面にすぐに遺跡があって、あっさりしすぎていた。」

そりゃあね、ツアーバスでスヤスヤ眠りながら「はい、着きましたよ」って起こされて遺跡に行ったらそんなふうになるかもしれないけど、わたしたちの場合はここまで来るのがすごくしんどかった。
「なんでこんな砂漠の奥に神殿を造ったの?」ってラメセス2世さんを何度恨んだか。
ラメセス2世はルクソールにたくさんの神殿を残している人で、ルクソールからここまでは500キロも離れている。
当時はもちろん車もないので、ここまで神殿を見に来るのも大変だったと思う。
きっとナイル川の船を使ってたんだろうけど、それでもなんでわざわざこんな離れたところに・・・。
きっと自分の権力が及ぶ範囲を知らしめたかったんだろうけど。
 
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入場料を払って中に入ると、目の前には何もない小高い丘が立ちふさがっている。
実はこれ、遺跡の裏側。
丘の斜面に造られたアブ・シンベルを見るには、この丘を回り込まないといけない。

丘の裏にはナセル湖

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そしてそのナセル湖と向き合うように、アブ・シンベル神殿!

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正直言って「うわあ~!!」という感動はない。
ここまでの移動があまりにも過酷過ぎた。
感動よりもそのつらさが上回っていて「あ、これですか」という感じ。
だから楽なツアーで来るとあっさりここにたどり着いてしまうことに物足りなさを感じるかもしれないけど、逆に猛暑の日に自分で来たら「こんなに苦労してきてこれか。見終わったらまたあのワゴンで4時間近くかけて戻らないといけないのか。」と思うハメになる。

さて、アブ・シンベル神殿が造られたのは今からおよそ3300年前のこと。
ちなみに正面の椅子に座ってドーンと待ち受けている4体の巨像は、神殿を造らせたラメセス2世。
自分の像を4体も並べるってどれだけ自分に自信をもってるんでしょう。

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ルクソールにも、ルクシール神殿やカルナック神殿、ラメセス2世葬祭殿などにいくつも自分の巨大な像を造らせている。

そのなかでもラメセス2世の自己顕示欲を物語る最たるものがこのアブ・シンベル神殿。
こんなに大きい!

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巨像の高さは20メートルなんだって。
20メートルもある自分の像が4体も並んでいるのを想像すると気味が悪いけど、彼は嬉しかったんだろうね。

このアブ・シンベル神殿、実は世界遺産第1号って知ってた?
ユネスコの世界遺産は、「全人類の宝なので、その国だけじゃなくて世界全体で保存に取り組んで後世に残しましょう」ということで認定される。
そんな世界遺産の仕組みができたのは、このアブ・シンベル神殿がきっかけ。

実はいまあるこの神殿は、移築されたもの。
もともとは目の前のナセル湖の「中」に建っていた。
「中」と言ってもそのときはそこに水はなかった。
琵琶湖の7.5倍のナセル湖はアスワンハイダムによってできた人造湖。

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アスワンハイダムはナイル川の氾濫を防ぎ、農業用水の安定した供給や電力を生産し、近代化が図られるということで1970年にドイツとソ連の協力を受けて完成した。

アスワンハイダムの建設で水没の運命にさらされたアブ・シンベル。
このままでは貴重な人類の宝がなくなってしまうということで、救済しようとユネスコが国際キャンペーンを展開。
募金だけでなく、どうやって救済すべきか意見を募った。
そして1036個のブロックに切断して、なんともとの場所よりも60メートル高い現在の位置に移動して設置しなおしたんだって。

資料館には当時の様子を伝える写真が展示されていた。

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このアブ・シンベル神殿、巨大な岩をくり抜いて造られたもの。
だから移築する時もその岩山が再現された。

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正面から見ると自然な岩山のように見えるけど、後ろから見ると少し人工的な感じがする。
小高い丘はコンクリートで支えられている。


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そんなアブ・シンベルの救済劇をきっかけに、人類の宝をみんなで保護しようという機運が高まって1972年に世界遺産条約が採択され、その後アブ・シンベルを含む遺跡群が世界遺産に登録された。

3300年の時を越え、現代の世界を動かし、影響を与えたラメセス2世はやっぱりすごい人なのかもしれない。

ちなみに、アスワンハイダムによる水没から救済された遺跡はほかにもいくつかある。
ここに来る途中、車窓から見えたイシス(フィラエ)神殿もそのひとつ。

この神殿は神話に出てくる神様の島、フィラエ島に造られていたんだけど島ごと水没したので隣のアギルキア島へ移築したんだって。
そのアギルキア島は、フィラエ島の形になるように削って整備されたらしい。

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アブ・シンベル神殿の正面に4体並ぶ像のうち、左から2番目のものは顔が崩れている。
移築するときに「この際、崩れているのも修復しちゃおうか」ともなったらしいけど、もとのまま忠実に移築しようということで崩れたままにしたんだって。
で、崩れ落ちた顔が崩れ落ちたままの様子で地面に放置されている。

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イクエがいるところに注目。
イクエが手でもっているところは、ラメセス2世の耳!

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一部埋もれているけど、下にあることでその大きさが実感できる。

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入口の両脇の壁には、首がロープで繋がれたヌビア人捕虜とシリア人捕虜のレリーフ。

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内部には馬車に乗って弓を引きながらシリアと戦うラメセス2世のレリーフもあって、自分の勇姿や力を見せつけている。

そしてもちろん内部にもラメセス2世の8体もの立像がずらり。

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当時の王たちは、神と自分を結合させて信仰の対象にさせていた。
このラメセス2世像はオシリス神(死後の世界の神)の姿をしているんだって。

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ちなみに一番奥の暗いところは至聖所で、右からラー・ホルアクティ神、神格化されたラメセス2世、アムン・ラー神、そしてプタハ神。
この暗い部分にはラムセス2世の生まれた日、2月20日と王位に即位した日10月20日の1年に2回だけ太陽の光が差し込むように建設されている。
だけどね、移築のときに誤算が・・・。
ちょっと向きがずれてしまって、2月22日と10月22日に変わってしまったらしい。
現代技術が古代技術に負けてしまったんだね。

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1年で2回、太陽が奥まで差し込むんだけど左側のプタハ神にだけは太陽が当たらない。
これはプタハ神が闇を好む神様なので、光が当たらないようにわざと設計されてるんだって。
そこまで考えるなんて3300年前の人たちはすごいね。

自分のことが大好きなラメセス2世だけど、愛しているのは自分だけじゃなかった。
正面の大きなラメセス2世の像の足元に注目。

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この小さな像は、ラメセス2世の家族。
アブ・シンベル神殿の横には、ラメセスの妻ネフェルトアリ王妃のために造られた神殿がある。

左奥がラメセス2世のアブ・シンベル神殿、手前がネフェルトアリ王妃のアブ・シンベル神殿。

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小神殿っていっても、こんなに大きいんだけどね。
ちなみにこの小神殿も、大神殿といっしょに移築されたもの。

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ネフェルトアリ王妃の神殿だけど、正面に並ぶ6体の巨像のうちネフェルトアリ王妃の像は2対。
ほかはラメセス2世。
結局、自分か・・・。

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こちらの足元にも小さな像があって、それも2人の子どもたちなんだって。

この大神殿と小神殿、残念ながら内部は写真撮影禁止だったけど、壁という壁にリレーフがあって色が残っているところもあり、とても美しかった。
3300年前の絵っていうと、子どもの落書きのようなものを想像するかもしれないけど、とても洗練されていて繊細な絵。
全然古さを感じさせない。

アブ・シンベルを1時間あまり見たあとは、ふたたび4時間近くかけてアスワンに戻らなければ。

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帰りは乗客が集まるのを、ドライバーのおっちゃんと話しながら待つ。
おっちゃんと仲良くなったので、現地人と同じ30ポンドで乗せてくれた。
でも、車内は朝にもまして灼熱地獄で意識朦朧。
遺跡よりも移動の記憶が強烈に残る結果となった。


さて、世界遺産第1号の「アブ・シンベル神殿」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

世界遺産1号としての歴史的な意味では星3つかもしれないけど、エジプトの果てにあるここまで足を伸ばしてでも見るべきものかどうかは微妙。

エジプトで出会った旅人の中には、遠いアブ・シンベルにはあえて行かないという人もいたけど、それはそれでアリだと思う。
でも逆にエジプトの遺跡の中でいちばん好きなものにアブ・シンベルを挙げる旅人もいた。
好みによってわかれるかなあ。

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わたしたちよりも一足先にアブ・シンベルを見たきっこちゃんは「それまでにエジプトのすごい遺跡を見過ぎてしまったからね・・・」と言っていたけど確かにそう。
エジプトにはアブ・シンベルに負けず劣らずの巨大な遺跡がたくさんあって、とてもすばらしい。
アブ・シンベルまで足を伸ばす余裕がない人は、ルクソールのカルナック神殿やアスワンのイシス神殿に行くのもいいと思いますよ。
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すでにはじまっているスーダン入国への厳しい道のり

2014.10.18 06:29|エジプト☞EDIT
湖畔のキャンプサイトで火を熾して淹れたコーヒーを飲みながらブログを書いているケンゾーです。
運が良ければ夜中と朝方にカバがテントの目の前までやって来るんだって。
ブランデーをちびちび飲みながらカバを待ち構えるぞ!

ロマンあふれる古代の神殿や王家の墓をチープに、でも存分に楽しんだルクソール。
いよいよエジプト最後の街へと移動することに。
どこへ向かうかというと、ルクソールからさらに200km南下したところにあるアスワン

アスワン

ん?アスワン?
なんか聞いたことあるぞっていう人もいるんじゃないかな。
学校で習った、アスワンダムとアスワンハイダムがある街なんだよね。

ルクソールからアスワンまでは列車移動。
世界的に有名なダムがある街にしてはとてもシンプルなルクソール駅。

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車両は1等と2等があるんだけど、なぜだか2等のチケットは外国人には前売りしてくれない。
現地人は駅の窓口で普通に買ってるのに、「当日車内で買えるからノープロブレム」と言ってケンゾーとイクエには売ってくれない。
当日だと席に座れない可能性が高いからあらかじめ買っておきたいのに、なんで売ってくれないんだろう。
ツーリストインフォメーションで確認しても「事前に買えるはず」って言われたんだけどね。
外国人に高い1等のチケットを買わせるためかな?
意味が分からない。

アスワン行きの列車は1日に3本くらいあるみたい。
けれど発車時刻がいつなのかよく分からない。
9時半だと言う人もいれば10時だと言う人も。
いちおう9時半に間に合うように駅には行ってみたけれど、けっきょく列車がホームに入ってきたのは10時40分。

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2等でも座席は指定席。
案の定チケットを持っている人たちでほぼ満席状態。

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あ~あ、立ってないといけないなあって一気にテンションが下がる。
ところが、「ここに座っていいから」とわざわざ席をゆずってくれる人がいた!
申し訳ないから「いいです」と言っても、「いいから、いいから。座って、座って」と言って自分は通路に立ちっぱなし。
まわりの人たちもニコニコしながら「座ってていいから」と言ってくれる。
ツーリストから「世界三大ウザい国」なんていうレッテルを貼られてるけど、ほんとにウザいエジプト人はほんの一握り。
圧倒的に大多数のエジプト人は明るくお茶目で、そして優しい人々だ。

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アスワンまでは約3時間。
車内ではそんな気さくなエジプト人の男性と仲良くなった。

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監視カメラなどのセキュリティ機器や認証システムのエンジニアだという27歳のこの男性。
ウエハースを買ってくれたり、日本語で名前を書いてあげたりと楽しく話が盛り上がる。
アスワンに着いたらいっしょに昼食を食べようというお誘いまで受けた。
ところが、あと10分くらいでアスワン到着という時に、イクエに向かって彼の口から信じられない一言が。

「なんでブラしないの?」

きょとんとするイクエとケンゾー。

「え、なに?」と聞き返す。
「ブラだよ、
 知らないの?」

「ぶら?
 ブラック?」

「違うよ。
 ビー、アール、エイ。」


そして彼はペンをもって紙にBRAと書いた。

胸元を見る彼の視線に気づいたイクエが「ブラジャーって意味?」とつぶやいた。

セクハラかよ!
あまりにも予想外な言葉だったから一瞬思考が停止してしまった。

強い口調で「なんでそんなこと聞くんだ」と問いただす。
そこではじめて、しまった!って感じでばつが悪そうにする27歳。
「ソーリー」って謝られたけど、そこからはもうガン無視。

どういうつもりでそんなこと聞いてきたんだろ?
ていうか、イクエはちゃんとブラジャー着けとるし!
それはそれで失礼やろ!

ケンゾーもイクエもムスリムはどちらかというと好きなほうなんだけど、セクハラが多いのも事実。
非ムスリムの外国人に対しては多少のセクハラ行為は許されると考えているふしが多々ある。
この青年も悪い人ではないんだろうけど、常日頃持っている悶々とした気持ちをついイクエにぶつけてしまったんだろう。
せっかく楽しい時間を過ごしたのに、最後の最後にぶち壊しだ。

駅から安宿エリアまでは歩いて5分。
南下してきてさらに暑くなった。
ほんの5分の移動がしんどい。

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最初に行ってみたのは「YASSEN HOTEL」
ここがハズレだった。

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レセプションにいたスタッフの顔を見た瞬間、なんとなく気に入らない。
笑顔であいさつもしないし、携帯をいじっている。
値段を聞いたんだけど、無愛想で横柄な喋り方。
もうこの時点でこのホテルは却下。
「別のホテルに行く」と言ってとっとと外へ。

いくら部屋の条件が良くても、感じの悪いスタッフがいるホテルには泊まりたくない。
不愉快な思いをしながら泊まるくらいなら、多少汚かったりWi-Fiがなくても感じのいいスタッフがいるホテルに泊まるほうがいい。
気持ちを切り替えてすぐ隣の「NOORHAN HOTEL」へ。

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ここのスタッフは明るく気さくで好印象。
ただひとつ問題が。
エアコンつきの部屋が空いてない!
これはかなりピンチだぞ。
40歳間近のおっさんと34歳のおばちゃんにこの暑さが耐えられるか?

とりあえずエアコンなしにチャレンジしてみることに。
3ベッドルーム、シャワー・トイレ共同で50ポンド(約720円)。

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Wi-Fiはあるけれど3階以上になると部屋では繋がらない。
それよりもなによりも、やっぱり暑すぎてぜんぜん眠れない!!
日が暮れても部屋の中はサウナ状態。
外のほうが涼しいくらいだからたまんない。

次の日に日当りの悪い部屋に移ってみたけれどまったく効果なし。
3日目にエアコン付き(70ポンド)の部屋に移ってやっとまともに眠ることができた。

じつはここアスワンで人と会うことになっている。
一足先にアスワン入りしていたカップルから「アスワンで会えませんか?」と連絡をもらっていたんだよね。
ということで、そのカップルが泊まっているYASSEN HOTELへ。
そう、ふたりはケンゾーたちが拒否したホテルに泊まってたんだよね。
こちらが同じく世界一周中でブロガーでもあるだいごろ君ときっこちゃんカップル。

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2人は交際9年、元エンジニア同士の事実婚カップル。
だいごろ君の夢だった世界一周に仕事を辞めて付き合うことにしたきっこちゃん。
ブログのプロフィールを見たらふたりとも『神戸出身』、しかもきっこちゃんの方は『趣味はヴィオラ』なんて書いてたから、ケンゾーたちとは住む世界の違うお嬢様なのかなあなんて思ってたんだけど、会ってみたら人当たりが柔らかで気さくなナイスカップル。
詳しくは2人のブログを見てね。→世界ぽろり旅

とりあえずみんなで何か食べようということに。
まあ無難なところでチキンかなあ。
ホテルのすぐ近くに魚料理をだす食堂もあるからそれでもいい。
「なに食べる?」とだいごろ君ときっこちゃんに聞いたら「あの〜、コシャリでもいいですか?」という予想もしていなかった提案が。
笑顔で「コシャリ?もちろんいいよ」と言ったけれど、ケンゾーとイクエは心の中では「ええー、まさかのコシャリ?!マジかあ。」とかなりビックリ&戸惑っていた。

コシャリとは米、マカロニ、パスタ、レンズ豆とひよこ豆を混ぜたものにトマトソースをかけて食べるエジプトの国民食と呼ばれているB級グルメ。
ケンゾーとイクエもカイロで食べたんだけど、正直おいしいとは思わなかったんだよね。
マズくはないんだけど、味が淡白ですぐに飽きる。
1回食べただけで、もう2度と食べない!って決めちゃったんだよ。

そこへまさかのコシャリ リクエスト。
みんなでふたりお勧めのコシャリ屋へ。
お気に入りのコシャリ屋があるってどういうことだよ!

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ここでさらに驚異的な事実が発覚。
だいごろ&きっこのふたり、コシャリが好きすぎてエジプトでは毎日2食はコシャリを食べてるんだって!
毎日2食って、ぜったいエジプト人より食べてるよ。
コシャリのどこにそんな魅力があるのか、さっぱり分からない。
なんかおもしろいな、この2人。

店員ともすでに顔なじみ。
一足先にあしたフェリーでスーダンに行く予定にしている2人。
大好きなコシャリともさよなら。
だいごろ君は大盛りにするかどうか真剣に悩んでたからね。

会ったばかりだけど、だいごろ&きっこの2人とはここでいったんお別れ。
でも彼らとはまたエチオピアで再会、しばらくいっしょに旅することに。
エチオピアではコシャリにひきつづき、彼らの理解できない味覚にビックリすることになった。
それはまたのちほど・・・。

ここアスワンではやらないといけないことが2つある。
1つ目は次の国スーダンのビザ取得。
2つ目はそのスーダンへ行くためのフェリーチケット取得。

まずはビザ取得のためにスーダン領事館へ。
ビザはカイロにあるスーダン大使館でも取れるけれど、カイロでは100ドルかかるのにアスワンではなぜか半額の50ドルで取得できる。
50ドルの差は大きい、そりゃアスワンで取るでしょう。

スーダン領事館はアスワンの市街地から5kmほど南へいった住宅街にある。
ナイル川沿いのコルニーシュ通りで乗合いワゴンに乗る。
ラドワン モスクに行きたいと言えば分かってもらえる、はず。

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コルニーシュ通りをひたすらまっすぐ南下していくと、公園の横にこんなモスクが見えてくる。
モスクの目の前の黄色いビルがスーダン領事館。

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2階の右側のドアを開けると待合室のようになっている。
ここで待ってても時間が過ぎるだけ。
左の通路の2つ目の部屋にお姉さんがいるのでアプリケーションフォームをもらう。
「待ってて」と言われて放置されることが多いので、アグレッシブに行ったほうがいい。

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フォームに記入し顔写真を1枚添えて提出。
注意しないといけないのは、スーダンはイスラエルのスタンプがあると入国できないってこと。
ケンゾーとイクエはもちろんイスラエルのスタンプは押されてないんだけど、スタンプ代わりのカードがイクエのパスポートに挟まっててあやうくバレそうになった。

運良くその日にチーフがいれば即日もらえるけれど、ケンゾーたちは2日後の受取りだった。
支払いは受取りのとき、それにしても半額とは言え50ドルは高い。
ちなみに有効期間は受取りから3か月。

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つづきましてはフェリーチケット。
エジプトからスーダンまでは陸路では行けず、水路のみ。
(ケンゾーたちが入国した数日後に念願の国際バスが運行開始。
 いまならバスで簡単に入国できるらしいよ。)
水路というのは、アスワンハイダム建設でできた人造湖のナセル湖をフェリーで渡るというもの。

でも、このフェリーがくせもの。
乗船するまで長時間待たないといけない・・・。
乗船してからの場所取り合戦が熾烈・・・。
定員をはるかにオーバーした乗客と、とんでもない量の荷物で足の踏み場もないほどぎゅうぎゅう詰め・・・。
などなど、アフリカを南下する旅人にとって最初の鬼門らしい。

このフェリーに関してはネガティブな情報しか入ってこないけど、飛行機で飛ぶわけにもいかず、これしか方法がないから耐えるしかない。
とにもかくにもチケットをゲットしないと。
ただチケット購入に関しても情報が錯綜。
出発1週間前から発売するらしいんだけど、そもそも一体いつフェリーが出発するのか、運行状況もよく分からない。
なにかと面倒くさそうなフェリーだけど、チケットの購入方法も面倒くさいことこの上ない。

とりあえず、ホテルのすぐ近くにあるチケットオフィスに行ってみることに。
廃墟としか思えないようなビルの1階にあるオフィス。

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残念というかやっぱりというか、オフィスは閉まっていた。
フェンス越しに見える料金表。

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ファーストクラス540ポンド、セカンドクラス355ポンド。
個室のファーストクラスはあっという間に売り切れるらしい。
まあ、買えたとしても7800円なんて出せないけど。
セカンドクラスでも5100円。
5100円も払って長時間辛い状況に耐えるなんて、ただの罰ゲームだよ。
ダメ元で閉まっているオフィスのドアをノックするとスタッフが出てきてくれた。
次は2日後に発売されるそうだ。

そして2日後。
チケットの発売開始は朝の9時。
けれどその時間に行っても遅いらしい。
早朝に行って名簿に名前を記入しないといけないそうだ。
何から何まで面倒くさい。

早朝って言ったって何時に行けばいいのか。
とりあえず6時に起きて行ってみることに。

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窓口の前には数人の人たち。
名簿というか、ただの手書きの紙に名前を記入することができた。

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37と38番目、ひとまず安心。
いちどホテルに戻って仮眠、9時前に出直しだ。

8時50分、人はたくさん集まっているけれど紅茶を飲んだりお喋りしたりと和やかムード。
客の半分以上はワンピースの服とターバン姿の人たち。
この格好がスーダン人の証しらしい。
エジプト人と比べてのんびりして穏やかそう。

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ところが9時を過ぎると和やかムードが一転!
小さな窓口に人が殺到してぐっちゃぐっちゃ。

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ついさっきまで笑顔でお喋りしてたのに怒号が飛び交う。
あの名簿はなんのため?
頭悪すぎだよ。

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しばらくすると誰かが「ちゃんと順番通りに並んで!」と言い出した。
なぜだか男女に分かれて2つ出来た列。
よく分かんないけど、とりあえず男の列に並ぶと「マダムがいるだろ!こっちに来んな!」とはじき出される。
ダメだ、もうイクエに託すしかない。

おばちゃん達に混じってもみくちゃにされるイクエ。
まだフェリーに乗ってもないのに、戦いはすでにはじまっている。
がんばれイクエ!

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発売開始から40分、最後まで立派に戦ったイクエの手にはチケット、ではなくただの紙切れが。
この時はまだビザの申請中だったので予約番号だけゲット。
それにしてもイクエの顔が酷い。

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ほとんどがスーダン人みたいだけど、いったいスーダンはどんな国なんだろう。
この感じだとスーダンの旅が思いやられるなあ。

何はともあれ、スーダンビザとフェリーチケット(と引き換えられる予約番号)をゲット。
よし、待ってろ過酷なフェリー旅!
の前に、あしたはエジプト最後の観光に行ってきまーす ♫
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エジプト「ルクソール」☆☆☆ 3500年前の現代建築

2014.10.16 05:43|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
ダニやノミにやられやすいので、毎晩かゆくなって目覚めてしまい睡眠不足のイクエです。
全然刺されずに熟睡しているケンゾーがうらやましい!
にもかかわらず、いまも昼寝してるケンゾー。
どんだけ寝れば気がすむの?

古代エジプトの遺跡が点在しているルクソール。
ルクソールの街はナイル川が貫いている。
きのうご紹介したルクソール神殿やカルナック神殿はナイル川の東岸。
きょうご紹介するのはナイル川の西岸

ちなみに街は東岸に栄えていて、西岸の遺跡を効率よく見て回るには一日ツアーに参加するのが一般的。
どの安宿でも西岸の日帰りツアーをあっ旋していて、ほかのツーリストといっしょに車に乗って見て回る。
でもそこは、イクエとケンゾー。
わざわざツアーにお金を払うのも嫌だし、連れられて観光するのも気が進まない。
できれば自分たちで安く自由に観光したい。

ということで、公共交通機関と歩きを駆使して西岸を観光することにした。

この季節、日中は45度くらいになるエジプト。
そんななか長距離を歩くのは体力を消耗するので、涼しい朝のうちから行動開始!

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朝6時。
ルクソールの街は昼間と違って静まり返っている。

ナイル川の向こう側の空を見ると、ふわふわと漂っているものが!

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観光用の気球
上空からは遺跡のほか、ナイル川やその沿岸の緑、砂漠、渓谷などを楽しむことができるんだって。

泊まっているホテルにもポスターが貼ってあって、たしか3000円くらいだった。
ほかの国よりもだいぶ安いと思う。

でも、じつはこの気球、去年事故が起きている。
出火して墜落、乗っていた21人中19人も亡くなってしまった。
このなかには日本人観光客4人も含まれている。
気球の事故としては史上最多の死者数を出す大事故。

それもあってか、いまはあまり人気がないみたい。

西岸に行くにはもちろんナイル川を渡らないといけない。
観光客用のボートもあれば、地元の人用のボロいフェリーもある。
もちろんイクエとケンゾーは、安くてボロいフェリー。
運賃はひとり0.5ポンド(約7円)。

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ナイル川というと茶色い泥水を想像するけど、このあたりの水は澄んでいてきれい。
茶色と言うより青色。
アスワンハイダムができて水が堰き止められているから、濁りがないのかもしれない。

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東から顔を出した太陽さん。
おはよう。

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今からわたしたちが行くのは、日が沈む方角の西岸。
西側は砂漠が広がっていて街がなく、殺風景なんだって。
日の沈む方角だし、古代エジプト人にとっては「あの世」に通じる場所だった。
だから西岸にはファラオ(王)たちのお墓や葬祭殿が造られている。
そんな西岸だけど、朝日を受けてやわらかい桃色に染められている。

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フェリーは岸を離れて5分もしないうちに西岸に到着。
ここからミニバスに乗って行けるところまで行こう。

ツーリストのわたしたちを狙うタクシー運転手たち。
安いミニバスなんかに乗せたくないので「それに乗っちゃダメ」とか「あんたたちはミニバスを貸し切らないとダメ」とか適当なことを言ってくるけど無視。

地元の人といっしょにバスに乗り込んでひとり1ポンド(約14円)を払う。

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車窓からは、石でできた古代の王の巨像が見えた。

3キロぐらい走り、「遺跡のチケットオフィスはここだよ」って降ろされた。
でもそこのチケットオフィスではわたしたちが行きたい遺跡のチケットは売っていない。
仕方なく、また次のミニバスをつかまえてハトシェプスト女王葬祭殿を目指す。

西岸には街はないけど、小さな集落があって暮らしている人も多いのでミニバスはそれなりに運行している。
だから見つけて乗るのは簡単。

また1ポンド払って、何もないところで降ろしてもらう。
「ハトシェプスト女王葬祭殿はあっちだよ。」

葬祭殿に車道を通って行くと大回りしないといけないけど、荒野を突っ切って歩けば15分くらいで着く。
行くのはもっと大変かと思ってたけど、な〜んだ、自力でも全然大変じゃない。

荒野をしばらく歩くと舗装された道路に出た。
両脇には街灯。
そして、奥には3階建てのビル。

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荒々しい山に囲まれて堂々と建っている3階建てのビルは、政府系の建物?

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ではなくて、これこそハトシェプスト女王葬祭殿!
今から3500年前に造られた遺跡!

そんな昔に造られたとは思えないほどスタイリッシュで立派な建物。

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まだ朝早いのでほかの観光客はほとんどいない。
とても静か。

いつもならここにはたくさんのツーリストが訪れる。
けれど、ここでも悲しい事件が起きている。

1997年に起きたルクソール事件。

犯人はエジプト政府と対立していたイスラム原理主義の過激派。
観光客を標的にしたテロを実行し、観光収入を激減させて経済に打撃を与えて政府を転覆させようと、ここで観光客を襲撃した。

銃を乱射したり、短剣で斬りつけたり。
外国人観光客61人が亡くなり、そのうちの10人が日本人だった。
犠牲になった方の多くが新婚旅行中のカップルだった。

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いま泊まっている宿のレストランのシェフはこの西岸がふるさと。
きのう、彼が話してくれた。
彼のおじさんはその当時、ここで清掃員をしていた。
犯人が襲ってきたとき、おじさんはヨーロッパのツーリストたちのそばにいた。
おじさんはみんなを守ろうと、銃を持った犯人に立ち向かい、足を撃たれてしまったという。
おじさんのおかげで、そのヨーロッパ人たちは逃げきることができ、とても感謝されたのだそう。
おじさんは片足を失くした。
今では仕事もできないけど、政府から少しのお金をもらって暮らしているという。

ルクソール事件はとても痛ましい事件だし、こんな残酷なことが起きてしまったことは腹立たしい。
でも、自分の命を顧みずに外国人ツーリストを助けようとしたエジプト人がいたということは話題にされないけど、しっかりと覚えておきたいと思う。

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このハトシェプスト女王葬祭殿、その名の通り女王が造ったもの。
ハトシェプストはエジプト初の女王。
夫のトトメス2世が亡くなり、遺言通り、妾の子のトトメス3世が王になることが決まっていた。
しかしトトメス3世が幼かったため、ハトシェプストは彼の摂政となり、絶対的な権力をもち実質的なファラオ(王)となった。

公的な場では男装し、あごに付け髭までつけていたのだそう。

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本来の王であるはずのトトメス3世は、彼女の死後この葬祭殿の壁画や銘文を削り、彼女の痕跡を消したと言われている。
それは自分をないがしろにした彼女を憎んでいたからなのか、女性が権力をもっていたことを隠すためだったのかはわからない。

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葬祭殿はもともと礼拝用の建物で、亡くなった王が来世で使う奉納品が備えられていた。
しだいに、王位継承の正当性や王が行なった功績を壁画にし、王の存在感をアピールするための記念碑的なものとなったのだそう。

一番奥は、岩山を直接掘って空間を造った岩窟の祠になっている。

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設計・建築したのは官僚だったセンムト。
頭もよく美男子で、ハトシェプスト女王の愛人だったらしい。
けれど愛情のもつれからか、女王は愛人センムトを憎みはじめ、彼女は刺客にセンムトを殺させてしまった。
壁画に描かれたセンムトの彫刻もすべてはぎ取ったらしい。

いまではまわりの山や砂漠と同化したような色をしているけど、当時は鮮やかな彩色がほどこされて華やかだったんだって。
葬祭殿の内部には、まだ鮮やかな色がところどころに残っている。

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3500年近く経つのに、こうやって色が残っているのがすごい。
鉱石などで色を作っていたらしいけど、技術の高さに驚く。

天井には青い空と金色の星。
柱の上の縁には、カラフルなヒエログリフ。

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色のついたヒエログリフを見るのは初めて。
鳥とかフンコロガシとか、「なんでこんな絵なんだろうね」「どんな意味なんだろう」っておもしろい。

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ハトシェプスト女王葬祭殿のあとは、王家の谷を目指す。
脇の崖を登り、王家の谷にたどり着くトレッキングコースがあるらしい。
地図を見ると車道を歩くよりもかなり近道になる。

でも「登ったらダメ」という看板がある。
登っていいものかどうか迷っていたら「王家の谷はそこから登るんだよ」と遺跡のスタッフのおじちゃんたちや警察に言われたので、看板を無視して登ることにした。
登っていても誰も注意しないので、たぶん大丈夫なのだと思う。

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崖の上からの葬祭殿の眺めがとてもいい!
真正面から見ると平面に見えた葬祭殿だけど、上から見ると1階の上はテラスのようになっていて2階まではかなり奥行きがあるのがわかる。

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自然の地形をうまく利用している。
そして、背後の山がとがった三角形になっているのがわかる。
いわば、自然のピラミッド。
山を借景にできるので、この場所が選ばれたという説もあるんだって。

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目指しているのは王家の谷。
王家の谷とは、歴代のファラオたちの墓地。
峡谷の山肌に穴を彫り、それぞれがお墓を造った。

王家の谷までのトレッキングは大変かなと思ったけど、意外にあっさりと着いた。
王家の谷は、こんないくつもの山に挟まれた場所にひっそりと存在している。

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知らなければここにファラオたちの墓があるなんてわからない。
それもそのはず。
ファラオたちの墓にはファラオのミイラとともに高価な副葬品が埋葬された。
その金銀財宝が盗まれるのを防ぐために、あえてわかりにくい場所にお墓を造ったと言われている。
さきほどの葬祭殿を造ったハトシェプスト女王のミイラもこの王家の谷で発見されている。

あの黄金のツタンカーメンもここから発見されている。

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王家の谷は山肌の岩を掘って造られていて、入口から少しずつ地下へと下りていくと、石棺の置いてある玄室に到達する。
入口から入った途端、壁は鮮やかな絵で飾られている。
壁画はとても繊細で美的感覚に優れていて、美しい体の女性や生き生きとした動物、頭が人間で体が鳥といったヘンな生き物などが一面に描かれている。

残念ながらカメラは預けないといけなくて写真撮影はいっさいダメなので撮れなかったけど、想像以上に壁画の保存状態が良くて3000年以上も前のものだとは信じられないほどだった。
描いた人の息づかいが聞こえてきそうだった。
(それぞれの墓には監視員のおっちゃんがいて「賄賂くれたらこっそり携帯で写真撮っていいよ」と言ってくる。わたしたちはその手には乗らなかったけど、渡す金額でトラブルになる可能性が高いので注意!)

王家の谷にはおよそ60のお墓があって、公開されているのはその一部。
人気のあるツタンカーメンの墓や保存状態のいいラメセス6世の墓は別料金で、王家の墓の入場料を払えばそれ以外の好きなお墓を3つ選んで見ることができる仕組み。

王家の谷で働いているスタッフはまったく信用できない人たちですぐに賄賂を要求してくる。
(チケット窓口のおっちゃんさえ「チケット安くしてあげる分、自分に賄賂ちょうだい」と言ってきた)

数あるお墓の中から3つを選ばないといけないけど、すばらしいものもあればたいしたことない墓もあって当たり外れが大きい。
そんななか「おススメのお墓3つを教えてあげるから賄賂ちょうだい」と言うスタッフもいた。

給料よりも賄賂で稼ごうとするスタッフのおっちゃんたちを無視して、わたしたちはツアー客が入っていったお墓や事前情報で良さそうなお墓3つを選んで入った。
(メルエンプタハ ラメセス3世 タウセルト王妃 だったかな?
ほんとうは最初ほかのを選んでいたんだけど、いざその墓に入ろうと思ったら入口のスタッフに「いやあ、このお墓はあんまりたいしたことないからもったいないよ、絵も少ないし狭い。あっちのお墓がいいよ」と言われたので、アドバイスを受けて変更した。ちなみにこのスタッフは賄賂を要求してこなかった。)

お墓の内部の美しさに「すごーい」とため息をもらしながら王家の谷を満喫したイクエとケンゾー。

早朝に宿を出発したけど、もう太陽が真上に昇り、ジリジリと肌を焦がす。
あつ〜い。
でも、がんばって歩いて帰らなくては!

王家の谷に面した山をよじ上って再び歩き始める。
ハトシェプスト女王葬祭殿を通り過ぎ、さっきとは少し違うルート。

これまでは土色一色の世界だったけど、鮮やかな景色が視界に入ってきた。
「おお〜!!」

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手前の砂漠からいっきに緑が生い茂るオアシス、そしてナイル川。
ナイル川の向こう側は逆に、緑の世界から一気に砂漠になっている。
ナイル川の沿岸だけが青々として、街が栄えている。

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ナイル川に係留されているのは、クルーズ船。
ルクソールからアスワンまで4日ほどかけて移動しながら観光するもの。
優雅そうで憧れるけど、船はかなりボロかった。

エジプトらしい壮大な景色を見ながら山を下っていくとデール・イル・マディーナが見えてきた。
ここは王家の谷を建設した労働者の町で、集合住宅の跡。

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そこから丘を下ると車道に出ることができた。
そして見えたのは、遺跡でもなく現代の人たちの住居。

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そして、思った。
3500年前の建物とたいして変わらないなって。

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エジプトの古代文明はあんなに高度だったのに。

そんなことを思いながら、またミニバスに乗ってナイル川のフェリー乗り場へ。

青いナイル川の向こうには、ルクソール神殿が鎮座している。
街の中にありながら、ひときわ目立つ古代遺跡のルクソール神殿。
すごいね。
昔の人は。

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さて、古代遺跡がごろごろ点在する世界遺産の「ルクソール」。
「星いくつ?」

「星、3つ!

きょう紹介した遺跡単体でもすごいのに、ルクソール神殿やカルナック神殿など古代遺跡がめじろ押しのルクソール。
遺跡好きにはたまらない場所だし、遺跡に興味がなくても古代に思いをはせてロマンを感じられるはず。
3000年以上も前の建造物って言うのは信じられない。
巨大な神殿もすごいけど、王家の谷のお墓の壁画も鮮やかで美しい。

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3000年の時空を越えて、当時の文明を味わえますよ。
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こんなところにモスクを建てちゃったんだ!

2014.10.15 06:10|エジプト☞EDIT
汚れまくっていたバックパックを丸洗いしたら水がコーヒー色になったケンゾーです。
意外とその時がアフリカを旅してるなあって実感した瞬間かも。
アフリカ縦断の旅もほぼ中間地点。
これからも安全第一で南アフリカを目指します!

ブログの記事はリアルタイムで滞在しているナイロビから3000km以上離れたアフリカ縦断スタートの国エジプトはルクソール。
かつてテーベと呼ばれていたルクソールは、古代エジプトの首都として栄えた都市。
はるか3000年以上昔、新王国時代に栄華を極めた古代都市には数々の遺跡が残されている。

ルクソールの遺跡群はナイル川を挟んで西側と東側に点在。
きょうは駅や安宿が集まっている東側を見て回ることに。

ホテルから歩いて5分、さっそく遺跡が見えてきた。
さすが遺跡大国エジプト、街のど真ん中に遺跡がゴロゴロしている。
これがルクソール神殿

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横に回り込むと、長い石畳の参道の先にルクソール神殿が見える。
テーベ(ルクソール)の守護神だったアムン神を祀る神殿として、新王国時代第18王朝のアメンホテプ3世(紀元前1380年頃)が中心となる部分を建設。

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ミニサイズのスフィンクスがずらっと並ぶ、その名もスフィンクス参道
当時はおよそ3km離れたカルナック神殿とこのスフィンクスの参道で結ばれていたんだそう。

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正面には後のファラオ、第19王朝ラムセス2世(紀元前1250年頃)の像。
そして先のとがった柱のようなものは、高さ25mのオベリスク。

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オベリスクとは、古代エジプトで作られたモニュメントでこんなふうに神殿などに立てられていた。

この場所にはオベリスクが本来左右に2本あったそうなんだけど、今は1本のみ。
じつは片方はパリのコンコルド広場に立っている。
1826年、当時エジプトを統治していたムハンマド・アリーがフランスにあげたんだって。
今となっては「なんてことしてくれたんだ!」って残念でならないだろうね。

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世界に現存している古代エジプトのオベリスクは30本。
そのうちエジプトに残っているのはわずか7本。
ほとんどのものはローマ帝国がエジプトを侵略したときに戦利品として持ち去ったんだそう。
30本のうちじつに13本がローマにある。

入場するにはもちろんお金を払わないといけないんだけど、ご覧の通り外から丸見えなのでぐるっと周囲を歩いて見てまわることに。
巨大な柱が立ち並ぶ列柱廊や、壁に刻まれたヒエログリフ(象形文字)もバッチリ見えて外からでも充分見応えがある。

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このルクソール神殿を見ていると、遺跡の中に真新しい建物が建っていることに気づく。
ここだけ最近修復されたのか?

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じつはこれ、アブ・エル・ハッガーグというイスラムのモスクなんだよね。
1884年から発掘がはじまったルクソール神殿なんだけど、それまでは瓦礫や砂にほとんど埋もれていたんだそう。
そうとは知らずここに建ててしまった。

モスクの入口をのぞいていたら、おっちゃんが手招きして中を見てもいいよと言ってきたので入ってみることに。
間違いなく最後にバクシーシ(チップ)を要求されると思うけどね。

中に入ってビックリ!
モスクの壁とヒエログリフが刻まれた神殿の柱がくっついている。

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古代エジプトの神とアッラーの、時代を越えたコラボレーション。
いままで足を踏み入れたことのない不思議な空間。

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礼拝所の壁にも壁画。
緑のガラスで覆われている。
偶像崇拝が禁じられたイスラム教徒が、レリーフに向かってお祈りしているっていうのもなんだか不思議。

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モスクのテラスからは外からは見えなかったラムセス2世の中庭もバッチリ見える。
ここにある像はすべて自分が作らせたラムセス2世像。
どんだけ自分が好きなんだろうね。

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最後にバクシーシを求められたので2ポンド払った。
案内してくれたおっちゃんがモスクの管理人なのかどうかは分からない。
ただ祈りに来てた人が小遣い欲しさで案内してくれたのかも。
まあ、いずれにしても面白いものが見られたのでよかった。

ルクソール観光のハイライトのひとつがカルナック神殿
複数の神殿で構成された複合遺跡で、エジプトで最大規模を誇るアムン大神殿だけが一般公開されている。
今回は夜に開催されている「音と光のショー」を見ることに。

エジプトの遺跡では、夜に照明や音響を使ったショーが開かれている。
ピラミッドでは、宿泊していたホテルからばっちり見ることができた。
ここカルナック神殿のショーはほかと違って、神殿の中を歩きながら見るらしい。
カルナック神殿には、昼間は暑いので行くつもりはなかった。
夜に行けば、涼しいなかカルナック神殿を歩けるし、幻想的なショーも見られるし一石二鳥。

音と光のショーは入場料100ポンド(約1400円)、毎晩2、3回開催されているみたい。
人が集まらなければ1回しかやらないんだって。
日本語のオーディオガイダンスを借りていざアムン大神殿へ。

オーディオガイダンスはこの手のものにしては珍しく、日本のプロの声優たちに依頼したのか臨場感があってけっこう引き込まれる。
登場人物が何人も出てきて、音楽も迫力がある。
効果的なライティングと相まってとても神秘的な空間。

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歴代のファラオが増改築を重ねていったアムン大神殿。
競うように建てられた巨大な建築物は、3千年以上の時を経た今でもその力を十分に誇示している。

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暗闇に妖しく浮かび上がる巨大な柱。
1本1本、隙間なく彫られたヒエログリフ。

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いったいどんな内容が彫られているんだろう。
吉村作治教授じゃなくてもロマンをかき立てられる。

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一つ一つが巨大な遺跡たち。
周囲が暗く輪郭が闇に溶けているのでなおさら大きさの把握が曖昧に。
目の前にあるのに現実感が乏しくて、時間と空間が歪んでしまったような不思議な感覚。

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ショーはおよそ1時間。
話された内容はほとんど憶えていないけど、ライトアップされた大神殿は見応えたっぷり。
昼と夜、さすがに両方はお腹いっぱいだけど、夜だけっていう選択はありだと思う。

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ちなみに、外からバッチリ見えるルクソール神殿も夜はライトアップされる。
こちらは無料で見られるので、夜の散歩がてらに見るのもいいと思う。

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あしたはナイル川の対岸、西側にある「王家の谷」を世界遺産編でお伝えしま〜す♫
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「ボブマーリー」より「オアシス」

2014.10.14 06:04|エジプト☞EDIT
1か月半ぶりにWi-Fiの使える宿でまったりくつろいでいるイクエです。
最近更新が途絶えてしまってすみません。
ネット環境最悪のエチオピアから脱出しました。

ダイビングをやってひとときのリゾート気分を満喫したイクエとケンゾー。
きょうはハルガダを出発する日。
海以外とくに観光地はないハルガダだけど、近くにコプト教の教会があるので見ておくことに。

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アーチ型の窓に空高く伸びる塔。
太陽の光を受けて輝く白い教会は、海の美しいこの街にぴったり。

東方正教会系のコプト教はヨーロッパのカトリックの教会と違って室内はとてもシンプル。
正面には木造の祭壇がどっしりと構えている。

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正教会系のイコン(宗教画)を見ると、いつもほっこりとする。
だって、こんなにかわいいから。

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失礼だけど、まるで子どもが描いたような。
こんなかわいいイコンを前に頭を垂れたりキスをしたりして信者たちは祈りを捧げている。

さてハルガダからきょう向かう場所は、古代遺跡めじろ押しのルクソール

ルクソール

ルクソールまではバス1本で行けるはず。
お昼にバスターミナルに行くとターミナルのおじちゃんに言われた。
「直通バスは夕方にしかないよ。」

簡単に行けると思ってたのに・・・。
「ここから1キロくらいの別のバスターミナルに行ってみたらあるんじゃない?」
言われるがままにミニバスに乗って移動したはいいけれど、バス会社がいっぱいありすぎてわからない!

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一軒一軒聞いてまわったけど、結局この時間帯のルクソール行きのバスはなく、またもとのバスターミナルに戻ることに。

バスの発車時間まで近くのカフェで時間をつぶし、バスターミナルへ。
でも、待てと待てどもバスは来ず。

日本にいるときは「待つ」ことはイライラして苦痛だったけど、旅をしていて「待つ」ということがあたり前のことになっている。
もちろん少しはイライラするけど「しょうがないなあ」とあきらめにも似た境地。

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予定よりも2時間くらい遅れてやっとバスが到着。
ちなみに上の写真でわたしの前で椅子に座っているシマシマのシャツのおっちゃん。
いちおうバスターミナルのスタッフなんだけど、わたしたちの近くでずっとしゃべってただけ。
このおっちゃんが最後にわたしに言った。

「おれにチップをちょうだい!」
「なんで!?
 なんもしてくれてないやん!
 あげるわけないよ!」

「バスが遅れてるって教えてあげただろ。」
「そんなの教えてもらわんでもわかるよ。」
「あんたたちがちょっとした善意で俺にお金をくれたら、俺はとっても幸せな気持ちになるから。」
「むしろこっちがおっちゃんの会話に付き合ってあげたからお金もらいたいくらいだよ。」

エジプトにはこんなことが多い。
何もしてもらってないのに「チップちょうだい。」と言ってくる。
とりあえず外国人に「お金」って言ってみて、可能性は低いけどもらえたらラッキーみたいな。

自分よりも年上で、仕事もしてて身なりもそれなりの人に「ねえねえ、チップちょうだい」といきなり言われると不愉快になるどころかびっくりして笑えてくる。

そんなおっちゃんをさらりとかわしてバスに乗り込む。

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バスが発車したのは午後6時半。
イクエとケンゾーの旅の約束事として「明るいうちに目的地に到着し、宿にたどり着く」ということがあるけれど今回はその約束が守られそうにない。
どっぷりと日が暮れて、いつまでたっても目的地には着かず。
ルクソールに到着したのは深夜1時近く。

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街の雰囲気は怖い感じはしないしまだ開いているお店もあるけれど、宿を選んでる余裕はない。
とりあえずバスターミナルにゲストハウスの看板があったので、その矢印にしたがってそのゲストハウスを探す。

そのゲストハウスがこちら。
BOB MARLEY HOTEL

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あれ?
この光景、どこかで見たような。

わたしたちがきのうまで泊まっていたホテル。

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BOB MARLEY HOSTEL。
姉妹店でも何でもない。
エジプトではレゲエの神様、ボブマーリーが人気。

このルクソールのホテルの昔の名前は「ブーメラン」。
ドレッドヘアのマネージャーはきっとボブマーリーのファン。
だから名前を変えたんだろうね。

このホテルはルクソールでは珍しくドミトリーがあるので一人旅のバックパッカーにはそこそこ人気。
でもダブルルームはコストパフォーマンスが悪い。
エアコンはついてるけどWi-Fiも遅いし朝食もついてなくて、トイレ・バスは共同。
ダブルで1泊90ポンド(約1300円)。

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翌日はさっそくこの宿を出てそそくさと次の宿探し。
観光都市ルクソールには安宿がわんさかある。
そのなかにはもちろん変な宿もあるわけで。
たとえば盗難が起きる宿とか、高いツアーを申し込まされる宿とか。

老舗の安宿に「エベレスト」と「オアシス」というのがあるけど、これをマネして「ニュー エベレスト」とか「ヌビアン オアシス」というホテルまである。
いい安宿にありつけるべく、何軒もホテルを見て回る。

そのなかでもっともコストパフォーマンスが良かったのがオアシスホテル
マネージャーの奥さんは飾り気のない日本人の女性で信頼できるし、ツアーの押し売りもない。

ダブルルームで朝食、Wi-Fi、部屋にバスルームつきでふたりで50ポンド(約715円)。

エアコンはついているけど、しゅっちゅう停電になるし電圧が低いのかエアコンの効きが悪い時もある。
40度を超えるなかエアコンが使えないとつらい。
いかにこの暑さを乗り切るか。
ケンゾーが生み出した秘策がこれ。

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すっぽんぽんで濡らしたタオルをあたまから被る。

あれ?
この光景、どこかで見たような。


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これはまさしく。
ギザで見た・・・!

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スフィンクス!
スフィンクスのアレは暑さ対策だった!?

この宿は屋上が共用スペースになっていて、無料の朝食もここで食べるようになっている。
夕方には「サンセットティー」と称して、無料の紅茶がふるまわれる。

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日中は暑いけど、風が吹くと心地いい。
エジプトらしい町並みを眺めながら。

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宿の看板息子のセイフくん。
お父さんがエジプト、お母さんが日本だけど、色も白くてやわらかい顔立ちで日本の男の子の顔。
でも、まつげがくりんくりんなのはさすがエジプト人の血が混ざってる。

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日本人の奥さんは旅行でルクソールに来たときに、だんなさんと知り合って恋に落ちたのだそう。
エジプトに住んでもう10年以上。

「エジプト人はどうしてだか自分が正しいって疑わないんだよねえ。」なんて言いながらもすっかりエジプトの生活に慣れている様子。
「いつまで経ってもこの暑さには慣れなくてしんどいんですよ。
でもね、『あら、きょうはちょっと涼しくて過ごしやすいね』って思って温度を見ると40度とか。
もう40度くらいだと涼しいと感じちゃう。
体がおかしくなってるんですよね。」
なんて笑いながら言っている。

ルクソールの街はちょっとごみごみしているし、道路は混雑していて横断するのもひと苦労。
それでも脇道に入れば静かで、庶民の生活が垣間見られる下町の風情。

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そしてこの街にもナイル川が流れている。

「エジプトはナイルの賜物」
ギリシャの歴史家ヘロドトスの言葉。
砂漠が広がるエジプトで、ナイル川があるからこそ高度な文明が築かれたことを表している。
ナイル川が氾濫し沿岸に肥沃な土をもたらし、それによって作物が育ち村は栄え、街は発展していった。

だから、いまでもエジプトの大きな都市はナイル川沿いに存在している。

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そして、ナイル川があるからこそ海から遠くても魚料理を堪能できる。
川魚のからあげ
カリカリでふっくら。

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魚のタジン
熱々だけどピリ辛の味付けで、うだるような暑さの中でも食が進む。
ダラダラ汗を流しながら、はふはふ食べる。

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そしてこんな暑さの中、飲みたいのはやっぱりビール!
イスラムの国のエジプトだけど、エジプト産のステラビールは手に入りやすい。
だけど、酒屋で買うとツーリスト価格で売りつけられる。
レストランで飲んだほうが安い場合が多い。

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1瓶10ポンド(約140円)。
ルクソール神殿の前のAli Babaというレストランで、夕陽に染まるルクソール神殿を見ながら乾杯。

あしたはそんなルクソール神殿をお伝えします ♪
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2600円でダイビングができる街

2014.10.13 06:15|エジプト☞EDIT
やっと出会えた美容師旅人に髪を切ってもらったケンゾーです。
あざやかな手さばきであっという間に爽やか中年に変身!
今までど素人の妻に文房具のハサミで切ってもらってたんだけど、やっぱりプロは違うね。

とにかく暑くてホテルに籠りがちになってしまったカイロ。
だらだらと過ごして気づけば滞在すること12日。
まだまだ先が長いアフリカ縦断、いいかげん移動を再開しないといけない。

まだ寝ぼけてるるーさんとりのちゃんに別れを告げてバスターミナルへ。
2人とも日本でまた会おうね!

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思い思い腰を上げて次に向かうのは紅海に面したハルガダという街。

ハルガダ

エジプトにはバックパッカーに人気のリゾート地がある。
それはシナイ半島にあるダハブという街。
激安でダイビングのライセンスが取れるダハブは、世界一周中の旅人にとって定番の沈没スポット。

元々の予定ではヨルダンからフェリーでエジプトに入国するつもりだったケンゾーとイクエ。
ダイビングのライセンスはすでに持っているふたりだけど、ファンダイビングも安くできるダハブで当然のようにまったりするつもりでいた。
けれどシナイ半島で観光客をターゲットにしたテロが発生。
ルートを大幅に変更して空路でカイロに降り立つことにしたというわけ。

カイロからダハブにバスで行くこともできたし、現在ダハブでは旅人たちがたのしく滞在しているけど、安全を優先してケンゾーとイクエは行かないことにした。
日本で待っている家族もいるし、危険をさけて旅することをモットーにしている。

ダハブでまったりすることはできなくなったけど、エジプトにはもうひとつリゾート地があることが判明。
それがいま目指している紅海最大のリゾート地ハルガダ。
バックパッカーに人気のダハブと違って、こちらはバカンスを楽しむヨーロピアンに人気の街。
そんなリッチなヨーロピアンが遊びに来るリゾート地に、貧乏パッカーが泊まれるような安宿があるのかな?と思ったけれど、高級エリアと貧乏エリアがきっちりと分かれていてちゃんと安宿街もあるみたい。

ダイビングの料金も安い。
「世界で最も綺麗」とも言われている紅海に潜れるなんて最高だ。

カイロからハルガダまではバスで7時間、65ポンド(約940円)。

網棚に突っ込まれた子どもの浮き輪。
待ちきれなくてもう膨らましちゃったんだろうね。

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よく分かるよその気持ち。
40のおっさんでもわくわくするよ。

スエズ湾沿いを南下していくバス。
幅が30kmくらいしかなくてとても狭いスエズ湾。
そのスエズ湾を挟んで手が届きそうな距離に見えるのは対岸のシナイ半島。

ゴツゴツとした岩山がダイナミックな景観を造り出している。
旧約聖書の中で、モーセが神から十戒を授かったと言われている聖シナイ山があるのがシナイ半島。

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荒々しいワイルドな山々。
たしかにとても神秘的な雰囲気が漂っている。

バスはそのまま南下していき、スエズ湾から紅海へ。
荒々しい岩山から打って変わり、車窓から見えてきたのはエメラルドグリーンに透き通ったビーチ!
ほんの数時間前まで人とゴミであふれかえったカオスな街にいたのにね。

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アラビア半島とアフリカ大陸の間にある紅海
紅い土で覆われた砂漠地帯に両サイドを挟まれているから「紅」海というんだそう。
乾燥した砂漠ばかりで海に流れ込む河川が少ないので、汚染が少ない「世界一美しい」海を保つことができているんだって。

ハルガダのバスターミナルは街のはずれにある。
途中でバスを降りて安宿街をめざす。

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みつけた宿は「4 SEASONS HOTEL」

世界展開している高級ホテルチェーンの「フォージーズンズ ホテル」とは何の関係もない。
ただの安宿。
エアコン、シャワー・トイレ、朝食付きで80ポンド(約1150円)。
Wi-Fiはあるけれどレセプション周辺でしか使えない。

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部屋のバルコニーから身を乗り出してよーく見ると海が見える、なんちゃってオーシャンビュールーム。

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きれいだし一応Wi-Fiもあるしキッチンも使わせてもらえるし部屋自体に不満はなかったんだけど、スタッフに少々難が。
このホテルはツアー会社も併設してるんだけど、ダイビングの勧誘がしつこいんだよね。
ダイビング自体はするつもりなので料金などを聞いたんだけど、ほかのダイビングショップでも話を聞きたいので保留。
だけど「明日潜るんだったら半金でいいから今すぐ払って!」ってしょっちゅう話しかけられてウザい。
面倒くさくなって1泊だけして移動することに。

2軒目のホテルは「BOB MARLEY HOSTEL」
条件はほぼ同じで1部屋80ポンド。

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ここもキッチンを使わせてもらうことができたので、リゾート地にいながら安上がりに過ごすことができる。

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入口のドアにはボブ・マーレーの大きな写真。
どんなレゲエマンがいるのか興味津々だったけど、スタッフは全員ごくごく普通の格好。
いつも流れてる曲はイスラムのお祈りのような宗教的なものばかり。
ここには3泊したんだけど、一度もボブ・マーレーの曲は聴かなかった。
なにがどうなってボブ・マーレーというホテル名にしたのかさっぱり分からない。
まあ、スタッフはフレンドリーで感じがよかったからいいけど。

宿からビーチまでは歩いて15分ほど。
抜けるような青空の下、海を目指して歩いていく。

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カイロでは照りつける太陽が恨めしかったけれど、ここでは清々しく感じる。
環境が変わると気分もコロッと変わる、現金なもんだねえ。

ビーチ沿いには高級ホテルが立ち並び、ホテルに面した砂浜は宿泊者専用のプライベートビーチになっている。
とりあえず建物の隙間をぬけて侵入できそうな海辺へ。
白い砂浜、青い海、リゾートを満喫だ!と思ったら・・・

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砂浜に打ち上げられた無数の漁船。
浅瀬にもたくさんの小舟が停泊している。
天然の漁港になってた。

ローカル感丸出しのリゾート地。
まあこの辺りは貧乏ゾーンだから仕方ないか。
これはこれで、のんびりほのぼのとしいていい雰囲気だ。

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空の青、海の青、そして漁船の青!

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翌日はメインイベントのダイビングへ。
ケンゾーとイクエが泊まったホテルもあるハルガダのチープなエリアはイッ・ダハール地区というんだけど、このエリアにもダイビングショップはたくさんある。
2ボートダイブで安くて40ドルくらいからあるんだけど、探しまわった結果破格の店を発見。
2ダイブ、フル器材込み、昼食付きでお値段なんと1人180ポンド、なんと日本円で約2600円!
日本だと1万3000円くらいかかる。
あまりに安すぎるから何度も何度も確認。
この値段でちゃんとボートダイビングが楽しめるみたい。

カメラを持って行っていないので残念ながらダイビングの写真はないので結果だけ書くと、ちゃんと2600円でダイビングをすることができた。
ただ、いろいろと粗は目立つ。
申し込んだツアー会社の人と乗合いワゴンで港まで移動し、そのあと港のドンみたいな気性の激しいおっちゃんに引き渡された。
港のドンが、停泊しているダイビングボートに乗っているスタッフに直接交渉し、言われるがままそのボートに乗船。
いろんなショップから寄せ集めた客が乗っていて、料金もまちまちのようで「1人180ポンド」と言うのはほかの客には言わないでと口止めされた。

段取りがまったく分からないし、ほかの客と間違えられて「金を払わないなら船から降りろ!」と言われたりもした。
器材もあまり良くないし、出遅れるとオンボロを使うハメにもなる。
値段が値段だからあまり文句は言えないけど、イクエはレギュレーター(空気を吸う器具)が壊れてて水を飲み込み、さらにBCD(エアジャケット)に穴があいていて危うく溺れそうになった。
これまでダイビングは何十本もやってきたし、ライセンスもオープンウォーターの次のアドバンスまでもっているけど、怖かった。
いっしょに潜ったおばさんも海底でレギュレーターの一部が壊れてパニックになっていたし。
命に関わるからあまり安すぎるショップはやめたほうがいいかも。

海の中はそれなりに楽しめたけれど、やっぱり沖縄の離島や奄美大島のほうがきれいだった。
日本の海は、洞窟もあって地形もダイナミックで濃い色の魚たちが泳ぎ回り、ほんとうにすばらしいと思う。
日本の海は世界に誇れると思う。

せっかく海沿いの街に来ているので、やっぱり海鮮を食べたくなる。
ホテルの近くにローカルな海鮮食堂があったので、カイロで食べ損ねたイカを食べることに。

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イカのフライ、魚のグリル、ライスを付けてふたりで58ポンド(約830円)。
ちょっと奮発して豪華なディナー。
このイカフライがうまかったなあ。

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一応ダイビングもできたし、イカも食べられたし、リゾート気分を楽しむことができた。
このあと暑さと闘いながらエジプトをさらに南下していきま~す。
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「物乞い」「セクハラ」旅人の悩み

2014.10.12 06:05|世界一周裏話☞EDIT
出会った日本人の旅人美容師に髪を切ってもらって、シャンプーの量が少なく済むようになったイクエです。

今回も前回にひきつづき、旅人が抱える2つの悩みについて書いていこうと思います。
その2つとは「セクハラについて」「物乞いにお金を渡すべきか渡さないべきか」です。

旅をするうえで無視できないこの2つについてこれまで詳しく書くことはしてきませんでした。
ここまでイクエとケンゾーの旅におつきあいいただいているみなさんに、きょうはわたしなりの考えをお伝えしたいなあと思っています。
どうぞ、きょうも最後までおつきあいください。


・セクハラについて
イクエはつねにケンゾーと行動しているのでセクハラ被害に遭うこうとはそれほど多くはないですが、セクハラは女性旅行者の悩みの種。
セクハラが多い国としてはインド、そしてイスラムの国。

考えられる理由
・インドのヒンドゥー教は性にまつわる神様も多く、性に関しては寛容。

・大麻も手に入りやすいインドでは欧米のヒッピーたちが70年代から集まり、フリーセックスを楽しんでいたため、今でも外国人は誰とでもセックスすると誤解している。

・イスラム圏では男の権利のほうが女よりも強く、女は男を拒まないと考えている男もいる。
イスラム教徒以外の女なら、いやらしいことをしても神に許されると都合良く考えている。

・全身を覆っているイスラム教徒の女性と違って、頭や腕や足を露出しているだけで男を誘っていると誤解される。


セクハラ被害としてはホテルの従業員から襲われるという深刻なものから、通りすがりやバスで隣の席の男から触られるというもの、「いっしょに写真を撮ろう」と言われて並んで撮っている際に体を密着してきて触るというもの。
あとは言葉によるセクハラなど。

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対策
・イスラム圏ではロングスカートか足首までのパンツを履く。
 ノースリーブの服は着ない。

・女性ひとりでの外出が珍しい国では、ホテルなどでほかの旅行者を見つけていっしょに旅をする。
旅仲間が男性の場合は、兄や夫、婚約者だと嘘をつく。

・セクハラされたら大きな声で「ノー!!」と言って怖い顔をしてにらみつける。


強く拒絶するのが大事。
うやむやにしたりあいまいな態度を取ると「受け入れられている」と誤解をしてもっとエスカレートさせるし、「旅行者なら大丈夫」と勘違いさせてしまいます。
わたしは「ノー!!」と強く言って腕をつかみます。
すれ違いざまに触られたりしたときは追いかけて叩き、まわりの人に「この人が胸を触った!」と伝えて現地の人に怒ってもらいます。
言葉でのセクハラを受けたら(たとえば「ブラジャーしてる?」とか)、それまでどんなにフレンドリーに話していたとしても「なんでそんなこと言うの?」と言って、会話するのをやめます。
とてもヘンなことですが、なぜか「外国人は許してくれる」と勘違いしていることが多く、こちらが怒るとビックリした顔をして逃げたり「ソーリー」と謝ったりすることがあります。

イライラを募らせて嫌な思いを抱えたまま旅を続けていくよりも、しっかりとした態度を示したほうが旅を楽しめるし、次の被害者をうまないことになります。

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・物乞いにお金を渡すべきか渡さないべきか
外国では日本と比べて貧富の差が激しく、貧しくて生活がままならない人たちがたくさんいます。
世界一周をしていると、多くの国で物乞いの人に呼び止められます。
やせ細った老婆から腕を掴まれたり、破れた服を着た子どもに何十メートルもつきまとわれたり。
これは外国人であるわたしたちがお金持ちに見えるからそうされているかといえばそうではないようです。
現地の人もお金をねだられるし、それにお金を与える現地人は珍しくありません。
これは日本では考えられないことだと思います。
「日本でホームレスにお金を与える人はいない」と外国人に言うとびっくりされることも多くあります。
物乞いがいて、そんな物乞いの人たちに自然にお金を恵む人たちがいる、というのは外国では日常の光景です。
どうして日本とこうも違うのか。
おもに2つの理由があるのではないかと思います。

1、日本のような社会福祉システムが整っていないから
日本では会社を首になれば失業保険がもらえるし、生活が苦しければ生活保護を受けることもできます。
母子家庭や障がい者への支援もあります。
けれど、欧米を除く海外、とくに発展途上国では社会福祉のシステムが充実していません。
働くきっかけを失った人や働くことが難しい人、自分だけで生活していくことが困難な人は、国からの支援よりも一般市民からの善意をあてにするしかありません。
日本では、本人の意思に関わらず働いている人は自動的に税金が引かれ、そのお金がそういった弱者を支援する予算にまわっています。
そのシステムが整っていない国では、余裕のある人が余裕のない人にみずからの意志でお金を恵むというのはあたり前のことなのかもしれません。

2、宗教上、「よかれ」とされていることだから
ほとんど無宗教のような人も多い日本では、宗教的な理由から他人に施しをしたいと思う人はほとんどいないと思います。
けれど海外では宗教的に施しをすることが良いこととされていて、路上で物乞いの人にお金をやっている人はめずらしくありません。
教会やモスクの前には物乞いの人たちが並んでいて、礼拝が終わった人たちがお金を渡しています。
また、クリスマスや宗教的な祝日の前は施しをする人が増えるようです。

日本とは物乞いへの向き合い方が異なる海外で、わたしたち旅人はお金を渡すべきか渡さないべきか。
これには正解もないし、それぞれ価値観があるので「・・・べき」というのは言えません。

ただ、わたしたちふたりはいつも渡していません
裸足の子どもに悲しそうな目で腕をつかまれて「マネー」と言いよられても「ノー!」と強く言って、手を振りほどきます。
薄情だと思う人もいるでしょうが、わたしたちなりの考えからそうしています。

共感してもらえるかもしれないしそうじゃないかもしれないけど、その理由についてお話したいと思います。

以前わたしはタイのNGOでボランティア活動に参加したことがあります。
おもに、山村で暮らす貧しい少数民族の人たちや都会のストリートチルドレンのケアをやっている団体です。
そして「路上で暮らす子どもたちにお金をあげないで!彼らの自立を妨げます!」と訴えるキャンペーンにも取り組んでいました。
そのメッセージが書かれたチャリティーTシャツも販売していて、買いました。

メンバーたちはバンコクでストリートチルドレンの支援にあたるかたわら、ストリートチルドレンがどんなふうにお金をもらっているのか、そのお金がどこに流れているのかリサーチしたそうです。
ビルに身を潜めて陰から彼らを観察する。
それはマフィアとの闘いでした。
なぜなら、子どもたちに物乞いをさせていたのも、そのお金を子どもたちから回収させているのもマフィアだったからです。
マフィアが貧しい農村の家庭から子どもたちを買う(もしくはレンタルする)。
(子どもたちの家族には「ちゃんと学校に行かせるし、今よりもいい生活をさせるので子どもにとってもそのほうがいい」などと嘘をつく)
そして都会に連れてこられた子どもたちは路上で物乞いをする。
そしてマフィアが集金。
お金は薬物などの買い付けなど彼らの犯罪資金となっているそうです。
物乞いにお金を与える人がいるからこそ、成り立っている「ビジネス」です。

子どもたちはここから抜け出せなくなります。
教育も受けられないし、身よりもなくなるし、自分でどう生活していけばいいかもわからなくなる。
彼らが大人になったらどうなるのでしょう。

わたしが彼らにお金を渡さないことで彼らが救われるわけでもない。
なんの解決にもならない。
けれど、この悪循環や犯罪に無責任に加担したくないと思っています。
だからわたしは物乞いに「お金を渡さない」という選択をしています。

お金を渡すなら、本当に仲良くなってその人のバックグラウンドを知りその人がお金で救われるということをわかったうえで渡したい。
もしくは信頼できるNGOに寄付し、有益なものに使ってほしいと思います。

「物乞いビジネス」についてはよく語られますね。
タイだけじゃない。
たとえばインドでは親がわざと子どもの腕を切って同情を誘い、お金を稼ぐなんてこともうわさされます。
あとは赤ちゃんをまだ小さいお姉ちゃんがおんぶして物乞いしているけど、実は兄弟でもなんでもなくてただ赤ちゃんを借りているだけ、とか。
正直言って、それが単なるうわさ話かもしれず、自分の選択に自信がもてないこともありました。
生活保護のシステムがないところで、富める人が貧しい人にわずかなお金を渡すことは自然なことなのではないか。
自分にとってはわずかなお金を分けてあげることで自分の気持ちも救われるし、その人もきょう食べ物を口にすることができるかもしれない。

だけどつい先日エチオピアの大通りで、この目で見てしまいました。
その大通りには物乞いがたくさん並んでいます。
小さな子ども、病気の老人、目の見えない人・・・・。
シートの上に寝そべっている男性がいました。
両手がなくて、両足も膝から下がありません。
その人のシートの上にはたくさんの小銭が置いてありました。
その寝そべっている男性の近くに、きれいな格好をしてハンドバッグをもった女性が立っていました。
女性は男性に近づき、そしてシートに散らばっているお金を回収したのです。
女性はほかの物乞いからも回収していました。
そして、その近くには別の男性がいてその男性がコインを並べて回収した金額を計算していました。
考えてみれば、両手足がない男性は自分1人で路上に来ることもシートを広げて寝そべることもできません。
毎日彼をそこに連れてきて、夕方になると彼を迎えにくる人がいるということです。

このときに「わたしはこれからも物乞いにお金を渡さない」と決めました。

「物乞いにお金を渡すべきか渡さないべきか」はとても難しい問題で、渡す人を批判するつもりはありません。
それぞれの人がこの問題に真剣に向き合い、下した結果ならそれでいいと思っています。

日本のように社会福祉のシステムが整っていない国で、お金がなかったり障がいがあったりだんなに見捨てられたりしたら生きていくのは想像を絶するほど大変だと思います。
物乞いをしなければ生きていけない人もいると思います。
しかしそんな社会でも、意志を持って懸命に自力で生きている人たちにわたしたちは会ってきました。

インドのコルカタで路上に店を出している片腕のシェフ。
重いフライパンを片腕で豪快に振っています。

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物乞いよりも自力で生きる決断をし、努力して店をだし、寡黙に働く彼はとても渋くてかっこよかった。

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コルカタのサダルストリートには、両足がなくて車いすで通りを移動しながら自分でつくったペンダントをツーリストに売っている人もいました。
とても明るい男性でした。

バラナシで10年ぶりに再会を果たした「タカシ」。
10年前も同じようにお土産を売り歩いていました。
彼は物心ついたときには両親はおらずストリートチルドレンでした。
子どものときから市場でビーズを買ってペンダントを作り、売って生活しています。
いまも路上で暮らしていますが、押し売りなんてしないしとても優しい。
彼と話すととても楽しくなります。

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イスラムの国バングラデシュでは女性が働くことはありません。
そんななか路上で手作りのお菓子を売る女性がいました。
働く女性はほんとうに珍しくとても目立ちます。

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彼女の夫はいなくなったそうです。
彼女は生きていくために自分でできるこの仕事をすることを決めました。
誰にも頼らず、こうやってかわいい娘さんを育てています。

そのほかいろんな国で見かけるのは、ポケットティッシュを売っている人。
目が見えず杖で体を支えて道端に立ち、ティッシュを売っています。
はっきりいってティッシュを売るよりも物乞いをしたほうが稼げるのではないかと思います。
それでもその人は「物乞い」よりも「仕事をする」ことを選んでいるのです。

ほかの人に頼って生きていくよりも自力で生きていくことのほうが難しい社会。
日本での「自立」と、こういった国での「自立」は難しさが全然違います。
社会福祉が整っておらず、普通に考えると「物乞い」しか選択肢がないように思えますが、それでも自分の信念をもち「働く」という選択肢をしている人がいるのも事実です。

こういう人に会ったとき、「自分だったら」と考えます。
自分だったら彼らのようにできるかな。
そして、彼らのようにありたいな、と思います。

わたしは彼らを強い人だと尊敬しているし、彼らのような人たちを応援したいです。

旅をしていると日常的にいろんな悩みがつきまといます。
国も文化も違うから当然ですね。
自分の中でうまく答えを見つけながらこれからも旅をしていきたいなあと思っています。
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「ちゃいな~」とバカにされる旅人の悩み

2014.10.09 05:42|世界一周裏話☞EDIT
結婚7周年を迎えたイクエです。
結婚式楽しかったなあ、一生でいちばん楽しかったなあ。
そしてめちゃくちゃ緊張したなあ。

さて、エジプトの旅行記をつづっているけれど、きょうはちょっと違う話を。
たまにこのブログの読者の方から旅行の相談についてコメントをいただくことがあります。
先日、旅行好きの方からこんなコメントが届きました。

「こんにちは。
いつも楽しく拝見しております。

私は年末年始など、会社の休みをぬってこれまで40か国以上の旅をしてきました。
そして今、旅の中だるみのような時期を迎えております。

観光客の少ない地域でのアジア人に対する侮蔑(チンチョンチャン、チャイナコールや投石など)に、自分でもどう対応してよいか分かりません。(主にアフリカ・キューバ・アルバニア・コソボなど)

観光地として整備されている地ではこのようなことは少なく(あったとしてもコソコソ言う程度でもちろん嫌ですが許容範囲内です)快適ですが、現地の方との触れ合いがほとんどありません。

観光地でない地域では、人との距離が近く、本当に知り合いになったように接してくださる優しい現地の方と出会える半面、他の90%以上の現地の人は、私が町を歩くだけで、一日中チンチョンチャン・ヒーホーコールを投げかけてくるため、自分の心が死んでいくように感じられ、朝が来てもホテルから出る決心がつくまで2時間ほどかかってしまう時もあります。(ちなみにいつも一人旅です)

ですので、次の観光地を決められずにいるどころか、旅行自体をもうやめてしまおうかとも思っています。

侮蔑攻撃に対して、自分の中でもう少しうまく対処できればよいのですが・・・。

お二人は、今までの旅でこのような経験をされたことがありますでしょうか?
された場合、どのように対処されていますか?
また、侮蔑攻撃がなく、人との距離が近かった地域・国はありましたでしょうか?」

これはバックパッカーならではの悩みだと思います。
実は、イクエとケンゾーは現在エチオピアを旅しているのですが、日々「ちゃいな~」という冷やかしと闘っています。

きょうはこの読者の方のコメントをきっかけに、あまり話題にされないけど旅人がつねに抱えている悩みについて、わたしの個人的な考えを綴ってみたいと思います。

きっと旅をされている方にとっては「あるある!」と思うことも多いでしょうし、旅をされてない読者の方は「へー!そうなんだ!」と驚かれることも多いかもしれません。
きょうはいつものような旅行記ではありませんが、旅人もそうでない方も最後までおつきあいいただければうれしいです。

チャイナハラスメントについて

旅をしていると、通りすがりの見知らぬ人から「ちゃいな~」「チンチョンチャン」「チーン」「ちな~」などと言われることがあります。
国によっては、大げさでなく1日100回以上言われます。
よく言われた国は、インド、イラン、スーダン、エチオピアなど。

はっきり言って不愉快です。
不愉快になる自分について、「わたしは実は中国人のことが嫌いで、いっしょにされるのが嫌なのかな。たとえば『アメリカ~』だったら許せるのかな。不愉快になるということは、自分が中国人を差別しているのかな。」なんてことも考えてみました。
でも、不愉快になるのは自分に原因があるわけではなさそう。
あきらかに言っているほうが、中国人を侮辱している。
バカにしたように遠くからこっちに向かって叫んだり、あざ笑うかのようにまわりの人間とクスクスしあったり、すれ違い様に吐き捨てるようにつぶやく。

コメントをくださったかたは投石被害にあったということですが、イクエとケンゾーはそこまで深刻な経験はしていません。
ですが、こちらが無視しても何度もしつこく言われたり、笑い者にされたりしてかなり嫌な思いをするのは日常茶飯事。

知り合いの旅人は、イランで「チャイナ」とバカにされて被っていた帽子を奪われたとも言っていました。
イクエが学生のころボスニアを旅していたときのこと。
長距離の満員バスでわたしの席の隣にだけ誰も座らないことがありました。
立っている客に車掌が「ここが空いているから座りなさい」と言うと「中国人の隣には座りたくない」と答える乗客。
「この子は中国人じゃなくて日本人だ」と言うと、ようやく隣に人が座ってくれました。
海外で活動する青年海外協力隊の人たちもこの冷やかしや嫌がらせにさらされることがあるようで、このことを「チャイナハラスメント」とも呼んでいるようです。

中国人だとバカにする人に対し「中国人じゃなくて日本人です」と答えると、「なんだ日本なの?中国は嫌いだけど、日本人なら大好きだ」と態度を豹変させる人も多いです。
世界には中国を嫌いな国(中国人を嫌いな人)が想像以上にたくさんいます。
世界一嫌われていると言っても過言ではありません。
理由はいくつかあると思いますが、以下のようなことが考えられます。

・たくさんの中国人が移住し、仕事を奪っている
いろんな国にチャイナタウンがあるし、中国の人は積極的だし働き者なので、安く仕入れた品物を販売する雑貨店などがたくさんあります。
商売上手なので大盛況です。
その地域の人からしたら、自分たちのテリトリーに入ってきて成功している中国人が迷惑な存在に映っているのかもしれませんね。

(海外の日本食レストランでさえ多くは中国人がオーナー)
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・中国政府が国際倫理を無視してその国に進出し、好き勝手に開発している
最近アフリカの国々には中国政府が進出し、道路などのインフラ整備を進めています。
その国のため、というよりも「見返りがあるか」「中国の利益につながるか」ということを優先して事業を進めているため、中国による開発をよく思っていない現地の人もいます。
その国の政府は中国の支援を受けたくて中国の事業を受け入れているけれど、一般の国民たちはそうではないみたいです。
「中国がいろんなものを建設しているけど、現地人を雇ってくれないし自分たちは潤わない」と言う人もいました。
自分たちの国にどんどん進出してくる中国が脅威に思えて「出て行ってほしい」という感情もあるのかもしれません。

・粗悪な中国製品に伴う悪いイメージ
「どうして中国が嫌いなの?」と聞いたときに返ってくる言葉でいちばん多いのは「中国の製品はすぐに壊れるから」「イミテーションで本物じゃないから」ということ。
せっかく買っても2、3回で壊れて使えなくなると、裏切られたような詐欺にあったような気持ちになるらしいです。
そんな粗悪品であるにもかかわらず、安いからやっぱり中国製品を買ってしまう。
自国の製品のほうが質が上なのに、中国製品のほうが出回っていて人気がある。
嫉妬に似た感情もあるのだと思います。
その点、日本の製品に対する評価は高く「日本製品は長持ちするし裏切らない」ということが「日本人は丁寧で信頼できる」というイメージにつながっているようです。
旅行をしていて思うのが、JICAなどの日本政府による支援や民間団体・NGOの活動よりも、TOYOTAなどの日本車、SONYなどの電化製品のほうが、日本のイメージを高めていることに貢献しているんじゃないかということです。
日本の大手メーカーの製品だけじゃなく、日本の町工場でつくられている工具なども人気があります。
旅に出てから、日本の技術者や工場で製品を生み出している人たちはすごいなあと改めて思うようになりました。

(イランの工具店にて。用途に応じて細かい種類のある日本の工具。)
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・背も低く顔も薄く、弱者に見えるアジア人に対しての蔑視
日本人は若く見られるのでうれしいけれど、逆に言えばとても幼く見られて子どものように思われることもあります。
イランで街を歩いていたときに、わたしたちを見た高校生ぐらいの女の子たちが大騒ぎしていたことがあって、いっしょにいたイラン人の友だちに彼女たちがなんと言っているか聞いたところ「うわあ~、あのふたり目が小さくて子どもみたいでかわいい~」と言っているのだと教えてくれました。
その高校生にはケンゾーが40歳、イクエが34歳には見えなかったのでしょう。
顔立ちのはっきりしたイラン人に比べて、ぺちゃんこの顔のわたしたちはまだ顔が形成されていない赤ちゃんのようにうつるのかもしれません。
だから子どもをからかうように、アジア人をからかいたくなるのかもしれませんね。

さて、コメントで寄せられた質問に対してわたしなりに答えてみようと思います。

「された場合、どのように対処されていますか?」とうことですが、いろいろです。
たとえば・・・

1、無視
2、「ちゃいな~」と言われたら同じ言い方で「じゃぱん~」と言い返す。
3、相手に周辺国出身か聞く。

(たとえばエチオピアなら「じゃああなたはスーダン人?ケニア人?顔が一緒だね」、インドなら「パキスタン人?バングラデシュから来たの?」など。)
4、諭すように語る。
(「チャイナしか知らないの?フランス知ってる?アメリカ、イギリス、日本、韓国・・・とか世界にはたくさん国があるんだよ。勉強しなおしたほうがいいよ。」と言う。)
5、怒る 
(相手がつきまとってしつこく言ってきたり、バカにしたように笑うときなど。
とくにイランでは「チンチョンチャン」と言われることが多かったので「その言葉はとてもよくない言葉だよ。わたしたちは日本人だからまだいいけど、ほんとうに中国人だったら傷つくし殴られるかもしれないよ」と脅していた。)

イライラしてこちらも大人げない反論の仕方をすることも多いですが、たぶんいちばんいいのは1の「無視」でしょう。
相手はからかっているし、相手の挑発に乗ってしまったら負け。
しかもこんな輩に言い返したり諭したりしたところで、何も分かってもらえない。
とは思っているものの、やっぱり言い返したくなりますよね。

からかってくる人間は英語があまり話せない人が多いです。
英語が流暢な人は知識もあって中国以外の国のことも知っているし、そもそも英語で「ハワユー?」「ウェア ユー フローム?」とか聞いてきます。

からかってくる相手に英語で反論すると、苦笑いして目をそらしたりすることも多いです。
まあ、英語が通じないから反論した後もヘラヘラしながら「チンチョンチャン」とか「チーン」とか言い続ける嫌なやつも多いけど。

わたしたちもいい対処法を知りたいくらいです。
誰か教えてください!

つぎに「侮蔑攻撃がなく、人との距離が近かった地域・国はありましたでしょうか?」という質問について。
ケンゾーが即答したのは「パレスチナ」
イスラエルから虐げられ、身動きが取れないパレスチナの人たちは来てくれる外国人をあたたかく歓迎してくれます。

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社会人時代の連休に行ったパプアニューギニアのラバウルでは、車に乗っていても道路からいろんな人が手を振ってくれて楽しかったです。

アジアの最貧国バングラデシュでは、外国人が珍しくみんな興味津々でわたしたちに寄ってきて、さらに日本人だと分かると無条件で優しくしてくれました。

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あとは中央アジア(キルギスやウズベキスタンなど)でもつねに「キタイ?(中国人?)」と聞かれましたが、冷やかすような言い方で言われることはほとんどありませんでした。

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けれどこれらの地域にも将来中国人が進出することになるかもしれないし、どうなるかはわかりません。

たしかにチャイナハラスメントを受けると嫌な思いはするけれど、それにとらわれて旅行の行き先の選択が狭まるというのは少し悲しいですね。

では、どうやって旅を楽しめばいいのか。
これは難しいことですが、結局は「人に裏切られ、人によって嫌な思いにさせられたとき、その気持ちをリカバーし、立ち直り、楽しい思いに変えてくれるのはやっぱり人である」ということだと思うのです。
たとえばその国の一部の人にバカにされ傷ついたとき、旅が楽しくなくなりその国のことを嫌いになってしまうこともあります。
そこから立ち直るには、その国のおいしいグルメを食べることでも、ご当地のお酒を飲むことでも、素晴らしい観光地を見ることでもない。
そこの国の人に優しくされることです。
「この国には嫌なことをする人もいるけれど、それ以上に優しくしてくれる人がいる。だからやっぱりこの国に来て良かった」。
傷つけるのも「人」だけど、救ってくれるのも「人」です。

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コメントをくださった方が書かれているように、たしかに傷つけられたときにもう外出せずに宿にこもっていたいと思うこともあるでしょうが、それだときっとその嫌な思いは解消されないままでしょう。
現地の人と交流する機会をつくりたいですね。

親日のイランはチャイナハラスメントがひどい国でもあります。
なので「イランはみんな日本人に優しくしてくれてとても楽しかった」と言う旅人もいれば「チャイナ、チャイナと100メートル歩くたびにバカにされて息苦しくなって、滞在日数を予定よりも切り上げて出国した」という旅人もいます。
わたしたちはというと、ビザを延長しイランに2か月も滞在しました。
2か月間で「チャイナ」とか「チンチョンチャン」とか言われた回数は1000回を越えていたと思います。
そんなイランで2か月も楽しく旅ができたのは、カウチサーフィンや現地で知り合った人の家にホームステイをさせてもらったり、街を案内してもらったりしたからです。
彼らと触れ合うことでイラン人の優しさを知ることができるし、現地人といっしょだとからかわれることも少なくなるし、ときにはからかう人に現地語で反論してくれることもあります。

(イランで「チャイナ」とヒソヒソニヤニヤしながらジロジロ見る集団に対して「僕たちだって外国人からしたら『イラク人』に見えるんだぜ!」と言ってくれた友人)
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チャイナハラスメントがひどい国ではカウチサーフィンを利用されることをおすすめします。
または、現地で仲良くなった人と街歩きを楽しむこともいいかもしれません。
別の街に移動するときも、友だちになった人にそこに住む知り合いを紹介してもらうこともできます。
そうやって、つてを頼っていって現地人にサポートしてもらうといいですよ。

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先日、旅先で出会った日本人の旅人に指摘されました。
「ふたりは、宿を決めるときに値段や部屋の状況よりも宿のスタッフを重視しているね」。
言われるまであまり意識していませんでしたが、たしかにそうです。

どんなにコストパフォーマンスがいいホテルでも、フロントにいる宿のスタッフの態度が悪ければ、一瞬でその宿を出て行き新しい宿を見つけます。
出会う旅人にはよく「あそこはWi-Fiもないし、少し高いけどスタッフが優しくてお勧めだよ~」とか「あのホテルはよかったよ。南京虫が出るけど、働いている若い子がおもしろくて親切」「部屋も安いしトイレも汚いけど、宿のおばちゃんが優しかった」なんてことを言っています。
だって、宿の人が嫌な人だったらどんなにいいホテルでも帰りたくなくなるもん。
朝起きていちばん最初に会う現地人はホテルの人だし、一日が終わってその日の最後に会う現地人もホテルの人。
笑顔で「おはよう」「いってらっしゃい」と送り出してほしいし「おかえり」「おやすみ」と迎えてほしい。
ホテルの人が嫌な人だったら、その一日が台無しになってしまいそうで。

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チャイナハラスメントとは関係ないけど、旅人から聞く話で多いのは「お腹壊したときにホテルの人が心配してくれて食事をつくってくれて救われた」とか「高熱が出てほんとうにひとりで不安だったけどホテルの人が病院を探して連れて行ってくれた」なんてことです。
弱っているときに助けてくれるのは、ホテルの人というケースがけっこうあります。

これは病気だけじゃなくて、街で現地人にバカにされたとき、誰かに騙されて落ち込んだとき、物を奪われるなど犯罪にあったときなど、ホテルの人が親身になって心配してくれたり励ましてくれたり・・・。

チャイナハラスメントがひどい国ほど、ホテルのスタッフがフレンドリーで優しく接してくれるところに泊まるといいと思います。
外で嫌な目にあった日も、宿に帰れば楽しい会話ができるし心がなごみます。

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チャイナハラスメントが酷い国では街歩きをしたくなくなるけど、いい人との出会いがなければ傷ついた気持ちを救ってくれる人もいなくなります。
チャイナハラスメントが酷い国でこそ、人との出会いを大切にしてその国を好きになりたいですね。

このチャイナハラスメント。
旅をする限り、逃れられないと思います。
考えてみれば、人類の5分の1くらいが中国人。
単純に考えると、出会う外国人にとりあえず「ちゃいな~」と言っておけば5分の1の確率で当たるわけです。
しかも相手がアジア人だったら、なおさらその確率は高まります。

しかも「え?こんなところにも?」という国の田舎にも中国人が住み着いて働いていたりします。
この前なんてエチオピアのめちゃくちゃ田舎の村で、大人に手を引かれた2歳くらいの男の子に「ちゃいな~」と言われてビックリしました。
しかもその「ちゃいな~」は、大人が「ちゃいな~」と言う言い方と同じイントネーションだったからあきれました。
その男の子は言葉を覚えはじめたばかりで知っている単語も限られているんでしょうけど「ちゃいな~」は知ってるんですね。

たまに中国をバカにしてるのではなく、ただ単に言いたくて「ちゃいな~」「チンチャンチョン」と言う人もいます。
英語の挨拶を知らなくて、とりあえず外国人と絡みたいので言っておこう、みたいな。
この前出会ったイスラエル人は「エチオピアでは自分も『チャイナ』って言われる」と言ってました。
彼らにとっては「チャイナ」=「外国人」なんですね。

だからもしかしたら、わたしたちが「ちゃいな~」に反応し過ぎで、悪気のない「ちゃいな~」も意外と多いのかもしれません。

だから「ちゃいな~」と言われたら、またきたか、と軽く受け流す余裕も大切なのかもしれませんね。
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こんな冷めた旅人がいたっていい

2014.10.08 05:42|エジプト☞EDIT
いいかげんエチオピアの主食「インジェラ」に飽きてきたケンゾーです。
「ゲ◯を食べてるみたい」と旅人に不評のインジェラ。
まあ、言うほど酷くはないんだけど、たしかに決して美味しいものではない。
あつあつの白ご飯をお腹いっぱい食べたいなあ。

日中はとにかく暑くて外を出歩く気分がまったく湧いてこないカイロ。
1日中エアコンの効いたホテルの部屋にこもりたい誘惑を振り切ってがんばって外出。
乗合いワゴンを乗り継いでやって来たのは、新市街のタフリール広場近く。
人もたくさん行き交う賑やかな場所だけど、なんだかちょっと様子がおかしい。
道路脇には真っ黒な軍用車がずらっと並んでいるし、銃のようなものを持っている兵士の姿が。

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さらに奥に視線を移すと驚きの光景が。

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一瞬戦車かと思って度肝を抜かれたけど、砲身がないから装甲車かな。
それでも街中に装甲車が並んでいるのは異様な光景。
しかもただ停まっているだけじゃなくて、すべての装甲車には兵士が乗り込んでいて大きな機関銃を構えている。

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ケンゾーとイクエがやって来たのはエジプト考古学博物館
ツタンカーメンの黄金のマスクが展示されている超有名博物館。
なんでこの博物館の周囲がこんなに物々しいことになってるのか。
まさかの盗難対策?

じつはここは2011年の1月に起きたエジプト革命の中心地。
エジプトは29年間にわたりムバラク大統領が独裁政権を敷いていたけれど、おなじく23年間独裁体制だったチュニジアで「ジャスミン革命」が発生。
同じアラブの世界で起きた改革のうねりがエジプトにも波及。
「アラブの春」と呼ばれたものだ。

当時カイロの民衆はタフリール広場に集結し大規模なデモ活動を行い軍と衝突。
はじめは催涙弾や放水で応じていた軍も、デモの規模が大きくなるにつれ発砲するなど双方ともエスカレート。
最終的には850人以上の死者が出る事態に発展。
博物館の隣のビルを見ると当時の衝突の激しさが一目瞭然だ。

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当時の与党の本部ビルだそうだけど、黒く焼けこげている。
壁が崩れてる部分もあって、まるで空爆された建物みたい。

入口でパスポートを提示、持ち物チェックを受けて敷地内へ。
博物館の敷地内にも銃を持った兵士がウロウロ。

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革命から3年あまり。
人々が求めた民主化はちゃんと達成されたのかな。
それとも今でも人々は不満を抱えているのか。

ここでちょっと注意点。
入口を目指して博物館前の大通りを歩いていたら男に声をかけられた。
「博物館に行くの?
 今は団体用の時間帯だから個人客は入場料がものすごく高いよ。
 あと1時間後にずらしたほうがいいよ。」


時間帯によって入場料が違うっていうのは初耳だ。
システムが変わったのか、それとも嘘をついてるのか。
「ふ~ん、そうなんだ。
 とりあえず入口まで行ってみるよ。」

「入口はこっちじゃないよ。
 道を渡った地下から行くんだ。
 お土産屋さんで時間を潰したら?」


男はそれ以上しつこく付きまとうことはなく去って行った。
1人目の男と別れて歩くこと20m、別の男が話しかけてきた。
「博物館?
 今の時間はすごく高いよ。
 時間をつぶしたほうがいいよ。」


違う人たちから同じことを言われると、明らかに怪しくても「もしかして本当なのかな?」と思ってしまう。
「道を渡ったところにスークがあって友人の店があるから、そこで時間をつぶそう。」

またしてもスークへの勧誘、これは完全にあやしい。
「わかった、わかった」と男を振り切って入口へ。

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チケット売場で時間帯によって入場料が違うのか聞くと「そんなことはない」と即答。
「たった今2人の男に値段が違うと言われた」と言うと「そういう悪い輩がうろちょろしてるから注意してください。スークの土産屋と結託してて店に連れて行くんですよ」とのこと。
みなさん、博物館周辺で声を掛けてくる人たちは嘘つきなので無視しましょう!

悪質客引きの手には引っかからなかったけど、ここで誤算が。
ガイドブックには入場料が60ポンドと書いてあったけど、80ポンドくらいに値上がり。
さらに閉館時間までまだ余裕があると思っていたんだけど、1時間時差が発生していてもうあまり時間がないことが判明。

じつはエジプトは今年からサマータイム制が復活。
けれどラマダン中はなぜかサマータイムは適用されない。
ラマダン明けからサマータイムが施行されてるんだけど知らない現地人も多くて、人によって現在時刻がばらばらというややこしい状態がしばらく続いた。

値段も上がってるし、時間も少ないしで見学する意欲が急速に萎えたケンゾーとイクエ。
まあ、そもそも遺跡や考古学にはあまり興味がないし、「せっかくだから見とくか」くらいのモチベーションだったから博物館はパス。
建物の外に展示されてる遺跡を眺めて雰囲気だけでも味わうことに。

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黄金のマスクを見た気分になって外に出ると、さっきの嘘つきの客引きを発見。
捕まえてなぜ嘘をついたのか問いつめることに。
さいしょはしらばっくれていたけど、「あんたみたいな嘘つきがいるから世界三大ウザい国って言われるんだぞ」とか「あんたみたいな悪質客引きがいるからエジプトを敬遠する旅行者も多いんだ」と猛抗議すると最後には「ソーリー」とトーンダウン。
この手の輩で謝るのは珍しい。
まあ、でも本気で反省なんかするはずもなく、懲りずに観光客に声をかけるだろう。
(実際に翌日も前を通ったら同じ男がいた。)
何度も書くけど、博物館の周辺で声を掛けてくるのは嘘つきなので無視するか、「『博物館周辺の悪質客引き』としてインターネットで有名だよ」とでも言ってやりましょう。

街中に警察や兵士がウロウロし治安が完全に回復したとは言えないエジプト。
けれど観光している限りでは安全に不安を感じることはない。
人々も普段通りの日常を送っているよう。

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アフリカ縦断に備えて必要なものを購入することに。
まずはショッピングセンターとは名ばかりのスーパー(おそらくカイロで2番目にいけてる店)で、コンセントに差し込むタイプの蚊除けを68ポンド(約980円)でお買い上げ。

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そして、薬局でマラリヤの予防薬。
マラリヤの予防薬はメフロキンが有名だけど副作用がやっかいなんだよね。
何人かの旅人に聞いたけれど、かなりの確率で悪夢を見るなどの副作用が出るみたい。
最悪の場合、鬱になったり自殺願望が出てしまうこともあるんだそう。
もしもそうなったら旅どころじゃない。

悩んだ末にマラリヤ専用の予防薬ではないけれど一定の効果があって副作用のないドキシサイクリンという薬を服用することに。
メフロキンは1週間に1錠だけど、ドキシサイクリンは毎日服用。

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1箱10錠で4ポンド(約60円)、10箱合計100錠購入。
100錠だとふたりで3か月分。
足りなくなったら現地で追加するつもり。

つづいてホテルのあるイスラーム地区へ。
お土産街のハーン・ハリーリはいつも人でごった返している。

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今までお土産はまったく買ってないケンゾーとイクエ。
とうとうここでお土産を買う・・・わけはない。
賑やかなハーン・ハリーリから路地の奥へと歩いて目指す場所へ。

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なかなか繁盛しているこの店は靴の修理屋さん。
きのうるーさん&りのちゃんとイスラーム地区を散策しているときに見つけたんだよね。
破れてボロボロになってるイクエの靴。
新しい靴を買いたいけど、エジプトでちゃんとした靴が見つからなかった。
すぐ壊れそうなものや有名メーカーの偽物ばっかり。
だから修理して長く使うことにした。

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ミシンを使って服を縫うように靴を縫っていく。
ボロボロになってたかかとの内側にも当て布をしてくれた。
見た目はかなり雑だけど、まあしょうがない。

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これであとどれだけ持つかな。
もう次はいい加減に新しいのを買わないとね。
靴の修理代は10ポンド(約150円)+バクシーシ(チップ)5ポンド。

ホテルに戻るとるーさんとりのちゃんの部屋に来客が。
みんなと同じく長期間旅しているボム平

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ボム平ってあだなは、小学生の時に友だちの前で「ボムッ」という屁をこいたから「ボム屁」→「ボム平」になったらしい。
小学生でなかなかボムって音のする屁は出ないよね。
関西の小学生はさすが、いいネーミングを考えるね。

スペインで去年のトマティーナをいっしょに過ごしたりのちゃんとボム平は久しぶりの再会。
せまい部屋で話すのもなんなので、みんなで晩ご飯を食べに行くことに。
ずっと気になっていた宿の近くの海鮮レストラン。
ショーケースをのぞくとイカやエビなどかなり充実した品揃え。

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魚は1kg25ポンド、イカは1kg100ポンド(約1500円)。
イカを食べたかったけどちょっと高かったので魚で我慢。
ちなみにエビは値段は忘れたけど、ビックリするくらい高かった。

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料理法はシンプルな2種類のフライ。
1人1匹ずつ、パンとサラダを付けて1人11ポンド(約160円)。

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じつはボム平は、元ホストという異色の旅ブロガー、タビジュンの幼なじみ。
タビジュンのブログにもたびたび登場している。(タビジュンのブログはこちら!
ちなみにボム平もタビジュンもイクエと同級生、34歳。

2年間旅しているといろんな旅人と出会う。
まあ自分たちも含めて長期の旅をしている人たちは、少なからずちょっと変わってると思うんだけど、このボム平は今までに出会ったことのないタイプの旅人。

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まず旅をはじめたきっかけがかなりおかしい。
幼なじみのタビジュンが情報収集や交流目的で同じ時期に旅をはじめる人たちを集めたオフ会を企画。
これっぽっちもまったく1ミリも旅なんかには興味がなかったのに、数合わせのためにオフ会に呼ばれたボム平。
そこそこ、失礼、大いに盛り上がったオフ会で「よーし、じゃあ次はトマティーナのスペインで再会だ!!」という流れになり、旅に微塵も興味のなかったボム平もいつの間にかスペイン行きが決定。
ふつうなら「アホか」と相手にしないところだけど、その日にあわせて仕事まで辞めてほんとにスペインに飛んでしまったんだから相当変わっている。
だってまっったく旅に興味ないんだよ。

それまでに興味がなかったとしても、実際に海外に飛び出してみて「うわー、海外ってすごい!旅って楽しい!」って旅のおもしろさに気づくってパターンはけっこうある。
だけど日本を離れてもボム平はぶれない。
つねに冷静、沈着。
いくら世界中の旅人が大興奮するような遺跡や絶景を前にしても取り乱すことはない。
ただ一言「ふ~ん」で終了。

いちおう一通りその国その土地の観光スポットは押さえるけれど、とくに見たいものも行きたいところもないから必然的に快適な宿で沈没。
なんとここカイロにはもう3か月いるって言うんだから驚きだ。

泊まっている日本人宿、ベニス細川家の主のようになっているボム平。
ベニス細川家では毎日シェア飯を作っている。
その時々でいちばんの古株が代々託されてきた調味料を管理するそうなんだけど、この3か月は不動の調味料係。
観光にもなんにも興味はないけれど、ここカイロでは調味料を管理するという大事な役目がある。

旅に熱い思いを持った旅人とはよく会うけれど、ここまで冷めてる旅人ははじめて。
周囲に流されない、確固とした自分を持っている人はとても好印象だ。
旅する理由も旅のスタイルも千差万別。
こんなクールな旅人がいてもぜんぜんいいと思う。

そんなクールなボム平が唯一「あれは良かったなあ」と言ったものがある。
それはキリマンジャロ登山。
ただ疲れ過ぎて登る途中も頂上に到達してからもまったく見た景色を覚えていないらしい。
なぜ良かったのか?何度聞いてもちゃんとした理由は聞けなかった。

よく分かんないけど、あのボム平が良かったって言うんだからかなり気になる。
今のところキリマンジャロには登るつもりはないケンゾーとイクエ。
だけど、ボム平の話を聞いたら俄然気になりはじめた。
あのボム平がいいって言ったからなあ。

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今ごろは重い腰を上げてメキシコに飛んでるはずのボム平。
もう一度、今度はゆっくり酒を飲みながら話をしたいなあ。
ウユニ塩湖やマチュピチュをどう評価するのか、めっちゃ興味がある。
ボム平、いい旅を!
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るー&りのカップルとイスラムの世界へ

2014.10.06 05:36|エジプト☞EDIT
ほかほかご飯を梅干しと味付け海苔で食べたいイクエです。
シンプルな和食が恋しい!

さて、いつもふたりだけで旅を楽しんでいるイクエとケンゾー。
きょうの旅は、そんなわたしたちに仲間が加わった。

こちらのお2人。
りのちゃんるーさん

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2人ともわたしたちと同じように世界一周をしていて、旅ブログをやっている。
りのちゃんは「女ひとりで世界旅♡」。
るーさんは「GO→世界」。

ほかの人がどんな旅をしているのか、どこの地域がおすすめか、最新の旅情報などを知るためにちょくちょくほかの人の旅ブログを読んでいるんだけど、りのちゃんとるーさんのブログもそのひとつ。
しかも、るーさんとは中央アジアやイランなどほとんど同じ時期に旅していたけどなかなか偶然出会う機会というのがなくて、ブログのコメント欄で何度かやりとりしたことがあった。

そんな2人がエジプトに入っているということで連絡をくれて会えることになった。
しかも、わたしたちの泊まっているホテル「アラビアンナイト」に来てくれて泊まってくれることに。
ここのホテルは立地がそんなによくないし日本人にとっては無名なのに、あわせてくれるなんてありがたい。

夜に到着した2人を部屋に呼んで、4人で仲良くベッドに座ってエジプトピザで晩餐会。

まず最初に聞いておくことは「いつどうやって付き合いはじめたのか?」。

2人は別々に日本を出国し、世界一周の旅に出たんだけれど旅行中に出会って付き合いはじめたらしい。
2人のブログにはときどきそれぞれが登場してきて「この2人どんな関係なんだろう」と以前から思っていた。
そして、カイロで会おうとなったとき「絶対この2人付き合ってるよねえ」とケンゾーと話していた。
メールでのやり取りの最後に「っていうか、2人付き合っとると?」とどさくさに紛れて聞いてみたら、「りのちゃんとはつき合…お会いできたら真相をお話ししましょう」と意味深な返答が。

まあその言葉で「2人は間違いなくできてるな」とピンときてたんだけど、この日りのちゃんがブログで「るーさんと付き合っています」と公表。
そんな2人を前に、結婚7年のイクエとケンゾーが質問攻め。
人のなれそめを聞くのは楽しいねえ。

2人が付き合うことになったきっかけは、アメリカ。
広いアメリカはレンタカーで周遊するのが都合が良くて、レンタカーのシェア仲間を募る旅人がけっこういる。
2人も日本人数人とレンタカーでアメリカを旅し、そのときにお互い惹かれ合ったんだって。
片思いから、両思い、そして交際。
恋のドキドキ、ワクワクが旅のドキドキ、ワクワクに追加されれば、それはものすごく楽しくてかけがえのない時間になる。

1人旅だったそれぞれの旅は2人旅になり、数か月。
そして、2人はまもなく帰国を迎える。
日本に帰ってからの2人の人生の旅路が気になるイクエとケンゾー。
30歳手前の2人に対し「ずっといっしょに旅ができているんだから、結婚しちゃえば!それでダメだったら離婚すればいいし」と無責任なことを本気で言うのだった。

さて、翌日はそんな2人といっしょに歩いてイスラーム地区へ。
ホテル周辺のイスラーム地区は、以前はカイロの中心地として栄えたていたところで、モスクやマドラサ(イスラム神学校)、宮殿などが密集していて、見どころが多いところ。

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カイロのイスラム地区は1300年の歴史をもっていて、世界遺産にもなっている。

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まず最初に訪れた場所は、ガーマ・アズハル
970年に作られた歴史あるイスラム寺院。
988年にはイスラムの教えを伝えるマドラサも併設され、それが今もアズハル大学として存在している。
イスラム世界最古の高等学府。
わたしたちにとっては、宗教施設と教育施設が同じというのは理解しにくいけど、イスラムの世界では自然なことなのかもしれない。

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石やレンガを使った重厚感ある建物。
中央アジアや中東のモスクに比べて色味も落ちついていてシンプルだと思ったけど、天井を見上げれば細かい彩色。
アフリカなのにアジアっぽい雰囲気さえする。

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大理石の柱はヨーロッパっぽいのに、木造の天井はどことなくアジアな雰囲気。
これがアフリカンスタイル?

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真っ白い大理石の床の中庭。
りのちゃんが身をかがんで必死に撮影。

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モデルはわたし。
ここはイスラムの神聖な場所なので女性は体を隠すためのマントを無料で借りて、それを羽織らないと入れない。
残念ながらとっても似合いません。
りのちゃんとるーさんは、そんなわたしの格好を見てニヤニヤ。
メガネもしてるし、なんかおばあちゃんみたい!

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この服もこの場所も似合わないわたしたちの横では、イスラム教徒の方たちがコーランを朗読したり、まったりしたり、昼寝をしたりしている。

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静かで、大理石の広い中庭があって、室内は日陰で涼しくて。
ここでは時間がゆっくりと流れている。

ここを出てしばらく歩くと、賑やかな通りを包み込むアーケードのようなところに出くわした。
石造りの横縞の壁、木造の屋根。
かっこいい。

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向かって右側の建物がマドラサ。
左側がこのマドラサを作ったスルタン・ゴーリーの廟。
16世紀初期に造られたもの。
なかなかの美的感覚。

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スルタン・ゴーリーのマドラサの中に入っていいものかどうか。
ためらっていると、管理人のおじさんが「案内するよ」と言ってくれた。
エジプトはガイドを申し出る人にあとで高額なお金を要求されるケースが多い。

「でもわたしたちお金を払えません。いくらかかりますか?」と聞くと「ノープロブレム!気持ちだけでいい」と答える。

イクエとケンゾーだけなら不安でやめたかもしれないけど、こっちは4人いる。
あとで言い争いになっても、こっちの主張を通せるような気がする。
それにおじさんはそこまで悪そうな人には見えないし・・・。
恐る恐るおじさんについていく。

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本当にここの管理人さんかなあ。
たまたまその辺を通りがかった人で、わたしたちがいいカモだと思って管理人だとウソついてるのかなあ。

中に入ると絨毯を敷いた狭い廊下。
階段を上がって下を見れば、礼拝堂。

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そっと上から盗み見しながら、恐る恐る写真を撮るわたしたち。
るーさんとりのちゃんはそれぞれカメラをもっていて、別々に写真を撮っている。
でも、りのちゃんのカメラのほうが高品質なので、るーさんのブログで使う写真はりのちゃんの写真を借用することが多いんだって。
ってことに、りのちゃんはちょっと不服そうだったけどね。
「わたしが撮った写真なのに~!」

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おじさんは屋上まで案内してくれた。
屋上へ続くドアの鍵をもっていたから、どうやら本物の管理人さんだった。
疑って、ごめんね・・・。

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モスクやマドラサには、アザーン(礼拝の時間の知らせ)を流す高いミナレット(塔)が備え付けられている。
なんとこの塔にも上らせてくれることに。
おじさん、太っ腹だな。

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おじさんが言った。
「上に行けばピラミッドが見えるよ。」
「え~? それは無理じゃない?
 ギザはここから離れてるし。」

「ほんとうに見えるんだから。」

るーさんとりのちゃんはそれを聞いてテンションが上がる。
「ピラミッド見てみたい!」

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「ほら!あそこ」とおじさんがわたしの頭をもって、ピラミッドの見える方角に照準を定めてくれた。
「どこですか?見えない!」
「あの高いビルとビルの間。」
「見えない。」
「どこ?」
「全然わからん。」

おじさんには見えるようだけど、まったく見えないわたしたち。

あきらめずにしばらく見ていると・・・

見えた。
街のかなたに。

でも蜃気楼のようにうっすらと。
写真を撮ってもわかりにくいし、目の錯覚かなあと思うぐらいのレベル。
ぼーんやり。
集中しないと、すぐ見えなくなる。

でも、おじさんは勝ち誇ったように言った。
「ね!見えただろ!」

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まあ、ウソじゃなかったからいいか。
それにここから見るカイロの町並みもなかなかだし。

いくつものドームがくっつき、先のとがった2本の高いミナレットがあるのはガーマ・ムハンマド・アリ
オスマン朝の支配下にあった1857年に完成したもの。

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この建物が建っているのはシタデルと呼ばれる城塞の中。
ここからはカイロ市内を一望できる。
襲ってくる十字軍から街を守るために1176年に造られたのだそう。

ガーマ・ムハンマド・アリも城塞のシタデルも世界遺産になっている。

カイロにはたくさんのモスクやマドラサがある。
上から見るとドームやミナレットが街のいたるところに。

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カイロの町並みを堪能したあと、フレッシュな2人に提案してみる。
「ここでロミオとジュリエットごっこしてみたら?」

ちゃんとやってくれるところがかわいい♡

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おじさんはちゃんと案内してくれたし、ピラミッドもなんとなく見えたしお礼にチップを渡すことにした。
4人で20ポンド(約300円)。
「少ない」とか「もっと払え」とか言われるかと思ったけど、おじさんはにっこりして受け取ってくれた。

次に向かうのはハーン・ハリーリと呼ばれるお土産屋さん街。
すでに14世紀末にはここに市ができていたそうで、長い歴史をもっている。

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そしてここで2人はショッピング。
このブログの記事は少し遅れているのでこのときは7月末。
実は2人は先月帰国した。
このエジプトで会ったときは帰国を前にしていたので心置きなく買物を楽しむ二人。

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旅行中は荷物になることが心配でなかなかお土産を買えないもんね。
イクエとケンゾーも今はまったく物欲がないけど、帰国直前になるとたくさんお土産を買いたくなるかもしれないなあ。
日本で待つ人たちにもお土産をあげたいしね。

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人通りの多いハーン・ハリーリで強者を発見。
自転車の片手運転。
そしてこのバランス感覚。
練習せずに自然に身についた技なのか。

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このあたり一帯も、古い建物が建ち並び情緒あふれる町並み。
ミナレットがにょきにょきといろんなところから生えている。
カイロは「1000のミナレットをもつ町」とも言われているんだとか。

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上部が木造の不思議な建物は、世界遺産のサビール・クッターブ・アブドゥル・ラフマーン・ケトフダー
名前が長すぎる!
1746年に建てられたもので、エジプト独自に発展したある公共施設。

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どんな公共施設かというと、下がサビールと呼ばれる共同井戸で住民たちが水を汲みに来たところ。
木造の上の階がクッターブと呼ばれた、子どもたちの初等教育の場。
井戸と学校を組み合わせたこんな建物はイスラーム地区にいくつか残っている。

エジプトは観光客が押し寄せる国だと思っていたけれど、ほとんど外国人を見かけない。
まったく見ない日だってある。
テロや政情不安で、この5年くらいで観光客が激変しているらしい。
だからなのか、わたしたち外国人が珍しがられることも多い。

「いっしょに写真撮ってくれませんか?」と言われて応じることも多いけど、自分以外の人がそうされているのを客観的に見るとなぜかニヤけてしまう。

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もちろんるーさんよりりのちゃんのほうが人気 ♪
るーさんがいっしょに入っても、るーさんを切られて撮影されることもあるのだそう。
あらら。

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ただ「いっしょに写真撮って」と言われるだけで、自己紹介もないし、わたしたちの国籍を問われないことも多い。
きっと撮影した写真を家族や友だちに見せながら「この前、中国人を見た!」とか言ってるんだろうな・・・。

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こちらも世界遺産の寺院、ガーマ・ハリーファ・イル・ハーキム
床がつねにピカピカに磨かれていることで有名らしい。
たしかに奥の柱の陰が床にも水面にも映っている。

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礼拝前にはこうやって体を浄めるのがイスラムの掟。

仲良く足を洗う、るーさんとりのちゃん。
とても自然体で仲がいいけれど、実はケンカもしょっちゅうしてるんだって。
イスラエルのユダヤ教徒の聖地「嘆きの壁」の前で大げんかしたときは、ひとりになったりのちゃんは嘆きの壁の前で涙しながらお祈りするユダヤ教徒に混ざって号泣したこともあったんだそう。
でも、それが笑い話になるほど2人はとても仲がいい。
旅先でケンカをし、別々に行動しよう!ってなっても、共有の持ち物があるから「あれ返して」とか「あれがないから困る」という口実で再び会って仲直りするらしい。
もしケンゾーとけんかして離れたら、その手を使おう。
薬や電化製品系はケンゾーのバックパックの中だし、洗面用具はわたしが持ってるから。

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かわいくてちょっとドジだけど明るくてみんなに愛されるりのちゃんと、そんなりのちゃんをときにはあたたかく見守りときには優しく諭す冷静で頼もしいるーさんはお似合いのカップル。

お土産屋さんで「こんなの誰が買うの?」というネックレスに食い付くりのちゃん。
「わたし、これをしてピラミッドの前で写真撮りたーい♡」

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りのちゃん以外の3人は「え!?25ドルもするのにそんなしょうもないもの買う?」って内心思いつつ、苦笑い。

「こんなのもセットであるんだあ♡」
股にへんなものが追加されている。

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ふつう彼氏ならここで「お前、そんなもんどうすんの? 高いし、どうせ1回しか使わないだろ」とつっこむところだけど、るーさんは違う。

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「・・・うん。ええかも・・・な。」
テンション低めに言って、少しずつ離れていく。

天真爛漫なりのちゃんの扱い方をよく把握されていらっしゃる。

ところが店員はすでに商品を袋に入れて、りのちゃんを逃がさない。

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そんなりのちゃんと店員からどんどん距離を取る3人。

「・・・ちょっと向こうの店も見てみよか。」
るーさんがやわらかくりのちゃんに告げる。

「うん♡ そうだね。」

無事、りのちゃん確保!
よかったよ、こっちの世界に戻ってきてくれて!!

こんなバランスの取れた2人だから、これからもずっといっしょにいてほしいな ♪
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笑顔あふれる死者の町

2014.10.04 05:50|エジプト☞EDIT
最近よく妻に「髪の毛どこにいったと?!」と言われる40歳ケンゾーです。
たしかに反論できないほど薄くなっていっている。
だけどそんな髪でも、エチオピア人たちには「いいなあ、さらさらストレートヘアー」って羨ましがられるんだよねえ。
まだあるってポジティブシンキングでいかないとダメだね。

歩いて30秒のホテルに泊まり、いまだに謎多きピラミッドのいろいろな表情を満喫したケンゾーとイクエ。
1泊3600円の部屋におさらばし、ふたたび安宿生活へと戻ることに。

戻ると言っても、あのリアル「タワー オブ テラー」のおんぼろビルには戻らない。
じつはネットでカイロのホテルを調べていたら、ほかにも安宿があることが判明。
しかも、個室でエアコン・Wi-Fi・朝食付きと有名な3つの日本人宿よりも条件がいい。

ひとつ欠点があるとすれば、それはロケーション。
おんぼろ日本人宿はバスターミナルに近くて空港からのアクセスもいいし、カイロやピラミッド観光をするにも便利。
けれど今から向かうのはカイロの東に広がるイスラーム地区。
交通の便が悪いのが難点。

けれど、このイスラーム地区も世界遺産に登録されていてカイロ観光の見どころのひとつ。
オールドカイロやピラミッド観光が終了したふたりには好都合なロケーション。
ギザからバスを乗り継いでイスラーム地区へ。
バスを降りて足を踏み入れた千三百年以上の歴史をもつイスラーム地区は、新市街とは雰囲気ががらりと変わってまるで別の街。
細い路地が迷路のように入り組んで、慣れ親しんだアラブの旧市街そのもの。

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ただちょっと不気味なのは、店がすべて閉まっていてゴーストタウンのようになっていること。
人通りもほとんどなくて、シーンと静まり返っている。
きょうはまだ3日間行なわれるラマダン明けの祭りイードル・フィトルの真っ最中。
みんな家で家族とお祝いしてるのかな。

カイロ3か所目のホテルはアズハル地区にある「Arabian Nights」
場所の目安はついていたけど、数人の人に聞いてたどり着くことができた。

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3ベッドルーム、シャワー・トイレ共同でネット予約すると1泊60ポンド(約860円)。
なぜか現地で延泊したら52ポンドだった。

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たぶん8ポンド分は予約サイトの手数料なんだろう。
15%以上も取るなんてなかなかおいしい商売だ。
なんにしても、エアコンもWi-Fiも朝食も付いてしかも個室で52ポンド(約750円)はかなりお得。

部屋の窓を開けて外を眺めていたら、壁とエアコンの室外機の隙間で何かゴソゴソと動く物体が。
何がいるのかとのぞいてみたら鳩だった。

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こんな狭くてファンの音がうるさいところにわざわざ巣を作らなくてもいいのに、って思っていたら、こんなかわいらしいものを発見。

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卵が2つ!
針金や布切れを寄せ集めて作った巣の上に、うずらの卵より一回り大きなツルんとした卵がちょこんとのっている。
うるさいかもしれないけどここが安全なのかな。

見どころ豊富なイスラーム地区。
その中に一風変わった場所がある。
その名も「死者の町」
いったいどんなところなのか?

ホテルから歩くこと15分、なんだかちょっとおどろおどろしい建物が見えてきた。
たしかに「死者の町」というネーミングにまったく違和感は感じない。

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歩道橋の上から死者の町の全景を見渡すことができる。
交通量の多い幹線道路のすぐ脇に広がる死者の町。
かなりの年代物と思われるモスクのような大きな建物とごちゃごちゃとした低い建物。

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じつは死者の町とは墓地のこと。
中世のころからカイロの人々が亡くなるとここに葬られてきた。

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とくにマムルーク朝(1250年~1517年)時代の王や著名人たちがこの地に自分たちの墓を好んで建てたんだそう。
その際には墓だけでなく、マドラサ(神学校)なども併設。
そのおかげでこの死者の町にはその名前に似つかわしくないマムルーク朝時代のものを筆頭に美しい建物が数多く残っている。

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これは1ポンド札の絵柄にもなっているカーイトゥベーイの墓とマスギド
カーイトゥベーイはマムルーク朝のスルタン。

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派手さはないけれど、幾何学模様が彫られたドームはとても美しい。

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2本のミナレットが特徴的なスルタン・バルクークのハーンカー
1411年に完成したマムルーク朝建築の傑作と言われている建物。

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広い中庭をもつこの建物は、今ではモスクとして使われている。

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世界遺産に登録されているものも含め、貴重な建物が数多く残っている死者の町。
たしかにそれぞれの建物は規模もとても大きくて見応えがある。

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ただ残念なのは手入れがほとんど行き届いておらず、ほったらかし状態になっていること。
全体的にかなり寂れていて、朽ちるのに任せるままになっている建物も多い。

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もっとちゃんと補修して周囲をきれいに整備したら立派な観光名所になると思うのにもったいない。

テロや政情不安などで観光客が少なくなったと嘆くエジプト。
でも、もっと観光地としての魅力を上げる努力をすれば、観光客は戻ってくるのになあと思う。
エジプトにはピラミッドをはじめたくさんの観光資源がある。
観光資源があることに満足してしまって「なにもしなくても観光客が来る」と思っているフシがあり、ほったらかしでちゃんと管理してないところが多いのはとてももったいない。

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死者の町を散策しているとけっこう人がいることに驚かされる。

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じつはこの死者の町、カイロの人口が増えるにしたがってどんどん人が移り住んできているんだそう。
今では2万人以上の人々がここに暮らしている。
ぜんぜん死者の町じゃないんだね。

古い建物、狭い路地、なんだかパレスチナ自治区の難民キャンプにそっくりな町並み。
大好きなパレスチナを思い出してちょっと泣けてくる。

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町並みだけじゃない、ここに住む人たちもパレスチナとそっくり。
とても友好的で人懐こくて、とてもいい笑顔を見せてくれた。
観光地としてはイマイチかもしれないけど、人と触れ合うには最高な場所。

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死者の町は子どもたちのキラキラとした笑顔があふれる町。

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そして、ひたすら自転車の手放し運転を練習する少年がいる素朴で心なごむ町だった。

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カイロの喧噪にちょっと嫌気がさしたなら、死者の町を訪れてみては。
人々の笑顔に癒やされ、きっと生き返るような気分を味わえるはず。
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エジプト「ギザのピラミッド」☆☆ 一番大変な日に来てしまった

2014.10.02 05:51|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
子どものころ「ピラミッド」のことを「ピラミド」と間違えて覚えていたイクエです。
そのころ「ぴらみっど」という名前の三角形の建物のレストランによく行っていて、そこでもらったタオルに「ぴらみっど」と書かれていて、これは間違いだろうと思っていたのに間違っていたのは自分だったと気づいたのは小学2年生のときのこと。
まあ、小学2年にしてピラミッドの存在を知っていたからよしとしよう。
そのころは「古代の不思議」とか「恐竜」とか「UFO」とか「ミステリーサークル」とか「超能力」とか流行っていて、連日のようにテレビで特集がありましたもんね。
あの時代はおもしろかったですね。
吉村作治やMr.マリックがよく出演してましたね!
あ、宜保愛子とか織田無道とかもいましたね!
ノストラダムスはどうなったんですかね。
いまの10代の子に「ノストラダムスの大予言」とか言ってもわかってもらえないかもしれません。

「世界一周の旅」といって、イメージする旅は人それぞれ。
でも、観光で外せない場所というのがある。
たとえばインカの古代都市マチュピチュ、ボリビアのウユニ塩湖、インドのタージマハル、カンボジアのアンコールワットにトルコのカッパドキア・・・。

そして、エジプトのピラミッド!

さて、そんなピラミッドを観光する日がやってきた。

ギザのピラミッドは3つ並んでいて、広大な敷地が柵で囲まれている。
近づくには入場券を買って、敷地内に入らないといけない。
ピラミッドは見えているけど、いよいよきょうはあのピラミッドに触れる。

ピラミッドを見るにはいちばんいい場所のホテルに泊まった。
空が白みはじめたころ窓の外を見る。

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静かでひっそりとしていて、スフィンクスもいま、目覚めたかのよう。
誰もいないはずのピラミッドだけれど、あるものたちのすみかとなっていた。

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野良犬が何十匹も!
楽しそうに駆け回ったり、遠吠えしたり、おしっこをひっかけたりしている。
当の本人たちは、こんな贅沢な場所で我が物顔で暮らしているという、だいそれた事実に気づいていない。

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世界遺産のピラミッド。
ロマンあふれるピラミッド。
神秘のピラミッド。

だけど入口の横は、こんな俗世間の汚いもので埋め尽くされている。

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ピラミッドにいちばん近いホテルに泊まると、見なくてもよかったものが見えてしまう。
そして日が昇ると同時に、外が騒がしくなってきた。
何事?と思って窓から下を見る。

何あれ!?
入場券の窓口がすごいことになってる!

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現地語の怒鳴り声が飛び交っている。
ピラミッドって外国人観光客が来るところじゃないの?
しかも、みんな子ども!

何があったの?

入場券を買わずに侵入してる子も!!

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「あの子たち、何やっとるとかな。
 あそこ、ピラミッドの入口だよね?」

「まさか客じゃないだろうし。
 あそこは入口じゃないとかな。」

子どもが道路にはみ出して、車も馬車も立ち往生している。

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ホテルのオーナーの娘さんに聞いてみた。

「あの〜。
 ピラミッドの入口ってこの下じゃないですよね。
 入場券買うところはどこ?」

「そこですよ。すぐ下。」
「でも、なんか子どもが殺到してすごいことになってるんだけど。」

わたしたちが指差す窓の外を見たとたん、娘さんが吹き出した。
「ブフフ!ねぇ、あれ見て!」と家族を呼び、妹も窓からのぞき込んで爆笑する。

「きょうは『ピラミッド、子ども無料の日』にでもなってるの?」
「いや、子どもたちも入場料を払ってますよ。
 きょうはラマダーン(断食)明けの特別な日だから。」


きのうでラマダーンの期間が終わった。
長かったラマダーンが終わると、イードル・フィトルと呼ばれる祝日がつづく。
日本のお正月みたいなもの。

親からお小遣いをもらった子どもたちは、友だちと遊びに繰り出す。
そして、カイロっ子に人気のその遊び場が、ここギザのピラミッドらしい。

あんたたち、ピラミッドなんて珍しくないでしょー。
わざわざこんなとこに来なくていいやん。

ホテルのオーナー家族からは、この入口じゃなくて高級ホテルが並び、ツアーバスの駐車場がある側の入口から入るように勧められたけど、そこまで移動するのにけっこう歩かないといけない。

せっかくここに泊まっているし、下の入口まで30秒なのに。

とりあえずケンゾーと下の入口まで行ってみることにした。

入口に行くと、警備員なのかそれとも客引きなのかわからないけど、わたしたちのために子どもを蹴散らしてくれた。

ちなみにわたしたち外国人はピラミッドの入場料はひとり80ポンド(約1150円)。
エジプトの子どもは2ポンドくらいだった。
つまりわたしたちふたりの入場料は子ども80人分ってこと。

興奮の渦中にいる子どもを押しのけ、なんとか入場を果たせた。

エジプトと言えば、観光客相手の客引きが強引で誰が言いはじめたのかわからないけど「世界三大ウザい国」にランクインされている。
そのなかでもこのピラミッドエリアがもっともひどいことで有名。

「係員だからチケットを見せろ」と嘘をついてチケットを奪って逃げるとか、「安くラクダに乗せてやる」と言われて乗ったが最後「もっと金を払わないと下ろしてやらん」と言われてひとりでラクダから降りられないことをいいことに高額な金を払うハメになるとか、ピラミッドを巡回している警察官がそもそも信用できず金をせびるとか・・・。

わたしたちは絶対にひっかからないように心を引き締めていたし、逆にどんなウザい人が寄ってくるのか楽しみでもあった。

けれど、そんなことはいっさいなかった。
なぜなら・・・。

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現地人の客で忙しいから!

ラクダや馬に乗っているのはエジプト人の子どもや青年。
ピラミッドに遊びに来た彼らにとって、ラクダや馬はアトラクションのひとつ。
もちろん、わたしたち外国人観光客よりも料金は安いだろうけど、乗るかどうかわからない外国人を追い回してたくみな嘘をついて乗せるよりは、率先して乗ってくれる現地人をたくさん乗せたほうがラクダ引きにとって効率がいい。

結論を言うと、ピラミッド観光中に見た外国人客およそ30人(ほとんどがツアーの団体)、それに対し現地人観光客5000人以上。
しかもそのほとんどが、子どもから20歳くらいまでの青年。
ピラミッドのまわりを子どもや若い男の子たちが乗った馬やラクダが駆け回り、ピラミッドと言うよりも昔の街を舞台にした映画のセットに迷い込んだような気分。

そしてピラミッドがジャングルジムと化している。

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ピラミッドの上まで登ることは禁止されていて、警察官がひっきりなしにピ〜ッ!と笛を吹いて注意しているけど収拾がつかない。

わたしたちに付きまとう、ウザいラクダ引きも警察官も偽職員もいないけど、子どもたちから「いっしょに写真写って〜」とか「僕たちをその一眼レフで撮ってくれ〜」と次から次にお願いされる。

このウザさは予想外だったよ・・・。

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お土産を売りつける物売りもウザいって話だったけどそんなこと一切なかった。
なぜなら、ラマダーン明けにお小遣いをもらった子どもたちが、お土産を買ってるから!

「あの3人なにやってるんだろう〜」って思いながら遠くから見ていたら、左側の子が売り子で白いスカーフを試着してる子と右側の貫禄がある子が客だった。

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このスカーフを売っていた。

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エジプトに住むあんたたち、そのスカーフ珍しい?
そんなのほしいの?

って思ってたら案外売れてるみたいだった。

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カイロに住んでる子どもたち、よっぽどほかに遊び場がないのかもしれない。
お小遣いをもらって、年に一度ここに自分たちでバスでやってきて、ジャングルジムのようにピラミッドで遊んで、馬やラクダに乗って、珍しくないお土産を買う。
さらに外国人と写真撮影ができるというオプションもついている。

彼らは生き生きとしていて、とっても楽しそう。
なんか、かわいく思えてくる。

それに・・・。
気づいてしまった。

彼らは一年でいちばんのオシャレをしてここに来ているということを。
靴からズボンからシャツから。
みんな上から下まで真新しい服を着ている。
それに合わせてヘアースタイルも決めている。
かわいすぎる。

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日本のお正月みたいなラマダーン明けの日。
エジプト人はその日に備えて新しい服を買う。

彼らにとって服を買ってもらえるのはそんなにないことで、きっときょう着ている服を大切にしながら一年間着るんだと思う。
お気に入りの新しい服を着るってことは、とてもワクワクすることなんだろうな。
自慢の服に身を包んで、友だちの服を見ながら「あいつの服よりも俺の服のほうがイケてるな」とか思ってそう。

ここでエジプト・ギザコレクションを発表。
子どもたちのファッションとモデル顔負けのポーズにご注目。

まずはこの男の子。
「ファッションアイテムとしてフードはマストですよ。」

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お次はサングラスボーイ。
「この日のために床屋に行きました。」

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子どものころから男社会のエジプト。
なかなか自分だけで外出させてもらえない女の子だけど、かわいい女子たち発見。
コプト教の子かも。
「頭にのせるのは、スカーフじゃなくてサングラスでしょ。」

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クールで自信満々の男の子も。
「モデルは服じゃなくてポーズが大事なんです。」

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「つねにカメラ目線じゃ初心者です。」

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子どもにしてこのポーズ。
エジプトの子はみんなポーズが上手
ピースしかできない日本人は見習わなきゃ。

なんかすごいポーズで写真撮ってる子もいるよ。
このスリムのズボンと大人っぽい靴のコンビネーションもステキ♡

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ラストを飾るのはいちばん目立つTシャツを着ていたこの男の子。
「日本人にこそ、こんな服を着てほしいですね。」

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OSAKA しますよ!

スペシャルな日に来てしまったギザのピラミッド。
子どもたちばかりに目が行ってしまうけど、ピラミッドそのものについてもちゃんと見ておかないとね!

子どもたちが群がるピラミッドを離れ、ピラミッドのビューポイントを歩いて目指す。
三大ピラミッドが並んで見えるビューポイントはメンカウラー王のピラミッドの奥。

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写真や映像で紹介されるギザのピラミッドは砂漠にポツンと建っているものが多い。
でも見た人からは「ピラミッドは意外と街の中にあった。ちょっと残念だった。」という感想を聞く。
たしかにピラミッドのすぐそばに街はある。
でも正確に言うと、ピラミッドを境にして街が終わり、砂漠がはじまっている。

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ここに来る前は、近年どんどん街が開発されてピラミッドのすぐそばまで街が迫ってしまったんだろうなって思っていた。
でもここにピラミッドが建てられた昔も、その状況は変わらなかったのかもしれない。
巨大で神聖な建物を街の中心につくることはできなかっただろうし、かといって街から離れ過ぎた何もない砂漠につくるには建材を運ぶことも人を集めることも大変だしそんな場所に建てるメリットもない。
昔の王様は町外れにピラミッドを建てた。
その町外れが、この砂漠の入口だったんじゃないかな。

歩いていたときは砂漠しか見えなかったけど、振り返ると街が見えた。

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下の写真の右側を見ると、街と砂漠の境目がわかる。

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ギザにあるのは世界で有名な三大ピラミッド。
右からクフ王のピラミッド、その子どものカフラー王のピラミッド、そして左がさらにその子どものメンカウラー王のピラミッド

写真では遠近法の関係で真ん中がいちばん大きく見えるけど、いちばん大きいのは右奥のクフ王のピラミッドで1辺の長さは230メートル高さ146メートル、いちばん小さいのが左のメンカウラー王のピラミッドで1辺の長さは103メートル高さ65.5メートル。
左手前に同じ大きさの小さな三角形が並んでいるのは王妃のピラミッド。

真ん中のカフラー王のピラミッドの上を見ると色が白くなっているのがわかる。
つるつるの化粧岩。
むかしはすべてこれで覆われていたらしい。

いまから4500年以上も前につくられたピラミッド。
いまでもこれだけ化粧岩が白いので、当時はもっと光沢を放っていたと思う。

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今の姿でも迫力があるのに、当時この巨大な三角形がぴっかぴかの化粧岩で覆われていたなんて、とても異様で神秘的だったんだろうなあ。

いちばん大きなクフ王のピラミッドは、大きな石をおよそ230万個積み上げられてつくられている。
岩の重さは平均で2.5トン、人の背の高さほどある。

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紀元前およそ2550年ごろにどうやってこんな大きな岩を積んだのかまだ詳しいことは解明されていない。
石をソリに乗せて大勢で引いたと考えられているけど、頂上まで運ぶのは大変だったはず。

あまりにも大きいピラミッド。
近づけば近づくほどなぜか小さく見える。

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あまりにも大きすぎて、ピラミッドの真下からだと頂上の部分がよく見えなくなる。

三角形になっているはずなのに、見上げると空との境目が水平に見える。

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横に行くと、同じ長さの2辺が歪んで見えて長さも傾斜も違うように見える。

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ピラミッドはそもそもなんなのか。
4500年も前にこんな大きなものがつくられたので、宇宙人がやってきてつくった、なんてことを言う人もいる。

いちばん有力な説は王の墓
内部に棺おけのような石もあるからそんなふうに主張する人もいるけれど、ピラミッドから遺体が見つかっていないことや副葬品がないこと、同じ王が複数のピラミッドを建造しているケースもあることから墓説を否定する学者もいる。

ほかには王の記念建造物、なんて意見もある。
王が死後にピラミッドによって天に上ることができるようにつくった記念碑的なもの。

または、ピラミッドの四面が正確に東西南北を向いていたり、基礎がちゃんと水平になっていることなどから天体観測施設かもしれないと言う人もいる。

ほかにも有力な説として、ピラミッド公共事業説がある。
ナイル川の氾濫の時期に農業ができない人に仕事を与えるために国家が行なった公共事業。

ピラミッド建造の理由はわかっていないけど、謎に包まれているからこそロマンがある。

ギザのピラミッドにあるのは、ピラミッドだけではない。
ピラミッドのそばには葬祭殿や神殿がつくられている。
これは、ピラミッドコンプレックスとも言われている。

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まずは大きな柱が並ぶ部屋を抜ける。

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そのあとに待っているのはピラミッドへ続く参道。
美しい。

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壁画や象形文字の彫刻が残っているところも。

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そんなピラミッドコンプレックスに鎮座しているのが、有名なこれ。

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長さ57メートル、高さ20メートルのスフィンクス
王や神を守る聖獣とされている。
後ろ足の横にはしっぽが巻き付いていて、かわいい。

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口からラクダを吹き出すスフィンクス。

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この美男子、スフィンクスの顔には長いあご髭がついていたんだって。
イギリスに取られてしまって今では大英博物館に展示されている。
エジプト政府が返還交渉中なんだとか。
大英博物館に行ったけど、そんなヒゲが展示されてたなんて覚えてない。
そりゃあ、柱のような長いヒゲだけ展示してもねえ・・・。
もとに戻してあげないと。

ピラミッドを背負ったように見えるスフィンクスと、熱いキスを♡

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でもスフィンクスが見つめているのはケンゾーの顔ではない。
スフィンクスの目線の先には・・・。

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わたしたちの、きったないホテル!
ほんとうに改装したらいいのにね。
でも、そうなるとわたしたちみたいな貧乏バックパッカーは泊まれなくなるけど。


さて、世界最大の謎に包まれた巨大な世界遺産「ギザのピラミッド」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

いや、星3つの価値はあるんだけど、ピラミッドで味わういちばんの感動は最初にご対面したときの「うわっ!でかい!!」って思うとき。
入場料を払って敷地内に入ったあとは「やっぱりでかいなあ。ふーん。」となってしまう。
だから本当に旅の資金がない人は敷地内に入らずに外から眺めてもじゅうぶん感動できると思いますよ。
ピラミッドはじっくり時間をかけて眺めるものじゃなくて、その大きさを体感するもの。

今まで散々テレビや写真で見てきたピラミッドはそのままの姿だった。
だからピラミッドに行かなくて、日本でピラミッドの映像を見ながらピラミッドの大きさを想像し、その謎に思いをはせることも、ツウな楽しみ方かもしれないっても思った。

それと星が3つじゃなくて2つの理由は、保存や管理がしっかりされてないこと!
人類の宝なんだし、世界遺産なんだからしっかり保存しないとそのうち崩れちゃうよ。
物置みたいになっているところもあるし。

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ピラミッドは石を積み重ねてつくられたもので、中まで石がつまっているんだけど少しだけ空いている空間がある。
トンネルのようなところを歩いて狭い回廊を上ると小さな玄室へ入れるようになっている。
でも、そこに入るにはさらに入場料がいる。
この中に入った人の感想でいいことはあまり聞かないし、前日にホテルで出会った欧米人も「中には何にもなくてつまらなかった。ただピラミッドの内部に入ったという経験を手にしただけ。」と言っていたのでわたしたちは入らないように決めていた。
当日とりあえずピラミッド内部の入場料を確認すると、この前まで100ポンドだったんだけど、なんと2倍の200ポンドに値上がりしていた!
ふたりで6000円も払えないよ。

しかもそれぞれのピラミッドに入場料はかかるし、もともと敷地内に入るための入場料も徴収している。
そんなにお金をとっているのに、保存もちゃんとしていないし、おまけにピラミッドで働く警察官はツーリストをだましてお金を巻き上げている。
ちゃんとしなさい!!

やっぱりピラミッドの楽しみ方は、ウザい人たちから離れて遠くから眺めることなのかも。

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ピラミッド観光の裏技?!

2014.10.01 05:39|エジプト☞EDIT
たった今コーヒーを淹れていたら電熱コイルで感電したケンゾーです。
今使っているコイルはスーダンで買った中国製の4代目。
世界中で嫌われている中国製。
たしかに1代目の中国製のコイルはあっという間に壊れてしまった。
2代目のインド製も似たり寄ったり。
タジキスタンで買った3代目が1年間よく働いてくれた。
はたしてふたたび中国製の4代目はどんだけもつかな?

インドに負けず劣らずカオスな国エジプト。
人口のおよそ5分の1が集まっている首都のカイロの混沌ぶりはなかなかのもの。
一歩外に出れば早朝から深夜まで気が狂うほどの喧噪に襲われ、出歩くだけでかなりのエネルギーを消費する。
さらには連日40度オーバーのうだるような暑さ。
ついついエアコンの効いたホテルでネット三昧、というだらしない日々に陥りそうになる。

けれどそんな訳にもいかないわけで。
なんてったってここはカイロ。
そう、あれを見逃す訳にはいかない。
エジプト観光のハイライト、ギザの3大ピラミッドだ。

ギザのピラミッドはカイロ中心からナイル川を挟んだ隣町ギザにある。
じつはホテルがある市街地から10kmちょいしか離れてなくて、思ったよりも街のそばにあるんだよね。
ただ近いのに行き方がちょっと面倒。
カイロ市内からピラミッド入口まで路線バスを乗り継ぐか、ちょっと割高な直行バスに乗るか、地下鉄とバスを乗り継ぐかいくつか方法はある。
けれどカイロはバスターミナルが細かく分散してて目当てのバスを見つけ出すのがけっこう大変。
とにかく路線が複雑で地元の人もよく分かってないくらい。
スムーズに行けば30分くらいで着く距離なのに2、3時間かかってしまった、っていう人の話もよく聞く。

ピラミッドのある敷地は広く、ただでさえ暑くてかなり疲れることが予想される上に、ピラミッド周辺は観光客相手の客引きが最高にウザいエリア、行き帰りに時間と労力を奪われるのはかなり辛い。
なんとかエジプト観光のハイライト、ギザのピラミッドをすこしでも快適に楽しむ方法はないか?
考えた末にあみ出した作戦は「ギザに泊まろう!」という、いたってシンプルなもの。

ギザのピラミッド周辺にはホテルがいくらでもある。
きっと高いだろうなあと思いながらもインターネットのホテル予約サイトで探してみる。
もちろんエジプト最大の観光地なので高級ホテルが多い。
けれど、1泊くらいだったら貧乏バックパッカーでも泊まれるホテルがいくつか見つかった!

ピラミッドの入口は「クフ王側」と「スフィンクス側」の2か所。
ホテルもその周辺のエリアに分かれている。
どちら側にも手が届く範囲のホテルがあるんだけどそれぞれ特徴があって、クフ王側はプールがあるようなきれいで立派なホテルなんだけど部屋からピラミッドは見えない。
逆にスフィンクス側は設備や清潔度は劣るけれどピラミッドビューの部屋に泊まれる。

今回はスフィンクスの目の前にあるホテルに250ポンド(約3600円)で泊まることに。
貧乏パッカーが出せるギリギリの値段だ。
昼の1時にホテルを出て移動開始。
40℃を越える炎天下でバックパックを背負って歩くのはかなりの重労働。

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タフリール広場にあるバスターミナルへ。
この時点ですでに汗だく。
ミニバスやバスの乗り場がいくつかあって、案の定どこで乗ればいいのか分からない。
人に言われるままにあっちに行ったりこっちに行ったりと右往左往。

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調べた情報によるとスフィンクス側の入口近くまで行くバスがあるはずなんだけど、いくら人に聞いても分からない。
バスターミナルの係員に「◯◯番のバスだよ」と言われて、いざ乗ろうとするとドライバーに「違うよ!」と言われてヘコむこと数度。

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「これだよ、これ!」とほかのバス待ちをしている人に言われて慌てて飛び乗る。
ホテルを出てから1時間後にやっと出発。
バスはナイル川を渡り西岸地区へ。
人と物であふれかえったカイロと比べると街並みが一変。
道にゴミがぜんぜん落ちてない!

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この通りだけ見るとドバイの街に見えなくもない。
途中で故障したバスから客が乗り移ってきて限界を越えた乗車率になったバスに揺られること40分、突然にピラミッドが姿を現した。

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ケンゾーとイクエは「おおー、スゴい!ピラミッドだ!」って興奮してるんだけど、地元の人にとってはごくあたり前の日常の景色。
ピラミッドが目の前にあるのに一瞥することもなく人が行き交っている光景がなんだか不思議。

車窓からピラミッドが見えるたびに「見えた、見えた!」とはしゃぐ中年夫婦。
ところがここで大きな誤算が。
このバスがスフィンクス側の入口とは違う場所行きだということが判明。
途中で降りないといけなくなった。

降ろされた場所からスフィンクスまでは2km弱。
たいした距離じゃないんだけど、照りつける太陽と肩に食い込む荷物はやっかいだ。
スフィンクス方面に向かって走るバスもたくさん見かけるので乗り換えれば行けるんだろうけど、もう面倒くさくなってトボトボと歩くことに。

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すぐそこに見えるけど、なかなか近づいてこないピラミッド。
何度も休憩しながら、何度もくじけそうになりながら歩いてようやくスフィンクス側の入口に到着。
目前に見るピラミッドは巨大で迫力満点。
逆にスフィンクスは思ったよりも小さい。

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ネットで予約したホテルは「SPHINX GUEST HOUSE」
スフィンクス側の入口から20mという最高のロケーション。

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2ベッドルーム、エアコン、トイレ・シャワー、Wi-Fi、朝食付きで1泊250ポンド(約3600円)。
思ったよりも部屋は古臭いけれどエアコンがあるだけで充分。
共有の冷蔵庫もあるからいつでもキンキンに冷えた飲み物を飲むことができるのはありがたい。

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そして何といってもこのホテル最大の売りはピラミッドビュー!
広い屋上テラスからは三大ピラミッドとスフィンクスが丸見え。

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視界を遮るものがないから迫力満点のピラミッドを2人占め。

このホテル、ピラミッドの入口の目の前に建っていていちばん立地のいいホテルなんだけど、欠点がある。
それは、このホテルのオーナーがこの立地のすばらしさを理解していないということ。
こんなに立地がいいのに、建物は古くて客も3組くらいしかいない。
宣伝もされてないし、知られていない。

ピラミッドビューの屋上にプールをつければいいのに。
改装すれば料金も2倍以上高くできるのに。

もしくは屋上にカフェやレストランをつくれば、宿泊客以外の観光客もたくさん来るのになあ。

ちなみに、3つのピラミッドとスフィンクスが丸見えの広い20畳くらいの共有スペースにいくつもソファーが置いてあるけど、使われていない。
朝食付きだからてっきりそこか屋上で朝食がだされるのかと思ったら、朝食はオーナー家族が暮らす下の階の居間だったし・・・。

オーナーに話を聞くと、わかっているだけでもう200年以上も前から祖先がここで暮らしてきたんだって。
自分の孫で8世代になるんだそう。

家族にとってはピラミッドのある暮らしはあたり前で、ありがたみがあまりないんだろうね。
ついでだからホテルをやっとくかあって感じかもしれない。

ピラミッドビューが売りの部屋からももちろんピラミッドを眺めることができるんだけど、窓が砂まみれで視界が悪い。
洗剤や雑巾を借りて窓を拭くことに。
せっかく高い金を払って泊まるんだからピラミッドビューを満喫しないとね ♫

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やがて訪れた黄昏時。
空を赤く染めながら、シルエットになったクフ王とカフラー王のピラミッドの間に沈む太陽。
こんな幻想的なサンセットははじめてだ。

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季節によってはちょうどピラミッドの頂上と重なってダイアモンドピラミッドになる時もあるんだそう。
とても神秘的だろうねえ。

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サンセットを楽しんだあとは、あしたのピラミッド観光に備えて腹ごしらえ。
ホテルを出て何を食べようかなあと考えていたら、外でディナーを楽しんでいるグループに「おいで、おいで」と声をかけられた。
この日は1か月にわたる断食・ラマダーンの最終日。
日没とともに長かった断食がまさに今終わったばかりだったんだよね。
ちょっと豪華なディナーでラマダーンが明けたことをお祝いしているのだ。

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定番のチキンのグリルはもちろん、ナスやピーマンの中にごはんが詰められたものなど今までエジプトで味わったことのない料理を次から次へと勧められてお腹いっぱい。

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じつはこのディナーに誘ってくれたのは、ピラミッドの真ん前にあるお土産屋さん。
カイロではラクダ引きと並んでウザいことで有名。
さいしょ声をかけられたときも一瞬どうしようか悩んだ。
けれどお腹いっぱいになるまでご馳走になって、さらに食後のチャイまで頂いてもちろんお金を請求されるようなことはなかった。

さんざんご馳走になっててなんだけど、ちょっと肩透かしというか、ウザい国!という先入観をもってしまっていたことに申し訳ない気持ちさえ湧いてきた。
おいしい食事ごちそうさまでした!

今回のホテルのいけてるポイントはピラミッドビューだけじゃない。
ギザのピラミッドでは毎晩「音と光のショー」というイルミネーションショーが開催されているんだけど、このホテルからショーが丸見えなのだ。
ショーの入場料は100ポンドくらいする(約1440円)。
ふたりでおよそ3000円だから、これがタダで見られるんだったらお得だよね。

すっかり夜の帳が下りた8時半、真っ暗だった空間に突如怪しく浮かび上がるピラミッドとスフィンクス。
ミステリアスでけっこうわくわくする。

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ショーは所要1時間。
古代エジプトの歴史やピラミッドの説明が英語で流れているんだけど、ほとんど聞き取れないし途中から退屈になってしまうのは否めない。
けれど闇夜に照らし出されるピラミッドは昼間とはガラッと違った表情を見せてくれる。
ライトアップされると陰影がくっきり出てピラミッド表面の凹凸が浮き出て見える。

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たしかに、わざわざお金を払って見る価値があるかどうかはかなり微妙。
だけどタダで見るためにこのホテルに泊まる価値は充分あると思う。
ライトアップされたピラミッドとスフィンクスはかなりおすすめ。

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エアコンの効いた部屋でぐっすり一晩。
エジプト観光のハイライトになる(なってほしい)1日がはじまる。
朝日に照らされるピラミッドも幻想的。

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熱いシャワーを浴びてゆっくりと朝食を食べる。
なにも焦る必要はない。
だってピラミッドは目の前だから!
入口まで歩いて30秒というロケーションが生み出す心の余裕。

冷蔵庫でカチカチに凍らせておいたお茶のペットボトルを持っていざピラミッドへ!
と、意気揚々と出発しようと思ったんだけど、なんだか外が騒がしい。
何事だ?と外をのぞいてビックリ!
なんか入口付近がスゴいことになってるよ!!

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スゴい人だかりに叫び声。
どうなってんのこれ?!
はたしてエジプトのハイライト、ピラミッド観光はどうなってしまうのか?
あしたをお楽しみに!
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