Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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優しくて・・・そして胸が痛い

小さいころから人よりも虫に刺されやすく、きょうもケンゾーが爆睡してるのにわたしだけダニに刺されまくり、夜中に懐中電灯でベッドを照らして4匹を撃退したイクエです。

心が重たくなるスレブレニッツァを見終わったのは、18時過ぎ。
きょうはスレブレニッツァの村に宿泊することにした。
といっても、こんな田舎で宿は見つかるかなあ・・・。

宿の心配をする前に、まずは村まで移動しないといけない。
虐殺の現場から村までは10キロ弱はあるので、ヒッチハイク。

暗くなる前になんとか車を捕まえなくては!

それほど時間がたたないうちに、一台のバンが止まってくれた。

英語があまり伝わらないけど、仕事帰りでスレブレニッツァの村に帰宅途中みたい。

わたしたちがホテルに泊まりたいことがわかると、知っているホテルまで送ってくれた。

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おじさんの車にはMINE ACTION TEAMの文字。
じつはおじさんの仕事は、地雷の撤去。
ユーゴスラビア紛争のときは、あちこちに地雷が埋められた。
たとえばクロアチア人のひとつの集落をめぐり、セルビア軍はそこに住むクロアチアの住民にそれ以上陣地を広げさせないように地雷を埋め、逆にクロアチア軍はセルビア軍がその集落にそれ以上攻め入って来ないように地雷を埋めた。
そんなふうに両者の思惑で、同じ場所に二重に地雷が埋められた場所も珍しくない。

おじさんの車には地雷注意の看板が載っていた。
きょうの作業で、ひとつ看板を外すことができたのかもしれない。

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わたしが学生時代クロアチアを訪れたときは、あちこちにこうした看板やテープが張り巡らされていた。
たとえば子どもたちが遊んでいたサッカー場は、地雷注意のテープに四方を囲まれていた。
だからグラウンドの部分は安全なんだけど、ボールが外に出るともうそこは地雷原。
なのに、子どもたちはそんなのおかまいなくボールを拾いにいったりしていたのだった。

当時、幹線道路は一日に数時間おきに通行止めになった。
通行止めになるのは、道路のまわりの地雷を撤去している時間帯で、安全のためにみんなを近寄らせないようにするため。
隣町まで行くだけなのに、何時間も路上で待たされたこともあった。
しかもそのとき、地面が揺れるほどの大きな爆発音が聞こえ、しばらくして救急車が猛スピードで入っていった。
撤去中に誤って地雷を爆破させてしまい、作業をしていた人が被害にあったようだった。

そんなのを見てきたから、旧ユーゴの国ではちょっとでもあぜ道に入ると地雷のことが心配になる。
ケンゾーが舗装された道から外れると「地雷があるかもしれん!」とつい注意する。
そのたびに、ケンゾーに「ほかの人の足跡もあるし、大丈夫だよ」と言われる。

車に乗せてくれたおじさんは、毎日そんな恐怖心をもって危険と隣り合わせの仕事をしている。
でも、こういう人たちのおかげで危険な場所が少しずつ安全な場所へと戻っている。
でも、すべての地雷が撤去されるには、あと何十年かかるのだろう。

おじさんが紹介してくれたのはこのホテル。

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リフォームしたばかりなのか、室内はあたらしく、清潔感がある。
バスルームもついていて、ふたりで44マルカ(約3170円)。

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田舎なのでいいホテルが見つけられるかどうか、見つかっても宿泊費が高すぎないか不安だった。
ホテルをおじさんが紹介してくれて助かった。

こんな田舎にお客さんなんて来るのかなあと思うけど、山の中にあるのでハイキングやカヌーでの川下りなんかもできるみたい。
さらにスレブレニッツァの虐殺記念館とあわせて、青少年の研修旅行なんかで使われるようで、若者グループたちが泊まっていた。

窓から見えるのがこの風景。

大きなドームに高いミナレット(塔)をもつモスク。
そしてその後ろに見える、十字架のついた塔がセルビア教会。

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セルビア人による、ムスリムへの虐殺の舞台となった村で、いまでもムスリムとセルビア人が共存していることに、ちょっと驚いた。
「共存」と言えるかどうかはわからない。
みんなわだかまりをもって、お互いあまり関わらないようにして暮らしているのかもしれない。
けれど、2つのグループが同じ村で暮らしているのは事実。

礼拝の時間になると、モスクに入っていく村人たちもいる。
そして、教会に祈りに行くセルビア人もいる。

窓から見えたセルビア正教会まで行ってみた。
そこからは村が見下ろせる。
小さくて、静かで、誰もが知り合い、そんな集落。

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いまの子どもたちは、90年代の内戦のことを知らない。
それでも、かつてここが戦場であったことを物語るものはいたるところにある。

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攻撃を受けて完全に人が住めなくなり、そのままに朽ちるのを待つだけの建物。
建物の持ち主や家族がみんな死んでしまったから、どうすることもできないのかもしれない。

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銃弾を受けた建物では、いまでも普通に人が生活している。
内戦の前からこの家で暮らしていたのかもしれない。
それとも元の家の主は追い出され、今では他の民族の人が住んでいるのかもしれない。

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多くの民家には、いまも生々しい銃弾の跡が残る。
壁を見るたびに、わたしはドキリとする。
でも、ここの人たちはその部分を修繕するでも、塗り直すでもなくそのままにしている。
こんな銃弾の跡なんてたいしたことないものに思えるほど、わたしには想像できない壮絶な殺害の現場を見てきたのかもしれない。
銃弾の跡を消したところで、そんな傷や記憶が消えるわけではない。

ホテルに戻って、ふたたび窓の外を見た。
さっきから1台の車が止まっている。

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車の上に、おもちゃやコーランを書いた壁飾りを広げて売っている流しの露天商。
寄せ集めの三流品。
ヨーロッパの国らしからぬ風景。

「あんなの買う人いるのかな?」
そんなことをケンゾーと話していたけど、けっこう売れている。

孫や子どもを連れてきて、おもちゃを買ってあげるおじいちゃんやお父さん。

活気もないし娯楽もほとんどないこの村でこそ、繁盛する商売なのかもしれない。

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暗さや沈黙を秘めたようなスレブレニッツァの村に一泊し、翌日はボスニア・ヘルツェゴビナの首都、サラエボを目指すことにした。
ここからのバスは早朝と夕方の一日に2便しかない。

ふたたびヒッチハイクに挑戦。

サラエボ

最初に拾ってくれたのはおじいさん。
ヒッチハイクでは英語が通じないことも多い。
はたしてどこまで連れて行ってくれるかなとドキドキ。
結局、5キロほど離れたところまで乗せてくれた。

サラエボまでは160キロくらいある。
まだまだゴールは先。

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次に乗せてくれたのは、30代くらいの男性。
カーステレオのところに十字架がさげられ、イエスやマリアのイコン(聖画像)が貼ってある。
尋ねなくても、セルビア人だというのがわかる。

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日本から旅行に来ているわたしたちが、セルビア人による虐殺の現場にわざわざやってきたことをこの男性はどう思っているのだろう。

男性は、近所のセルビア正教会の写真入りのカードをくれた。
「内戦のときは、ここでセルビア人が殺されて、この教会も爆撃されたんだ。」

どの民族も被害者になっている。
そしてどの民族も加害者になっている。
それがユーゴ紛争。

お互い自分たちのやってきた加害の事実については口を閉ざす。
でも、被害の事実については他者に知ってもらいたい。
そうして、両者の間にまた溝ができる。

戦争を克服する、平和を再構築するというのはほんとうに難しい。

男性は、わたしたちを30キロ以上乗せてくれた。
ほんとうは男性の目的地はもっと手前だったようで、わたしたちを降ろすとUターンして戻っていった。
「ここが分かれ道だから、あそこに立ってヒッチハイクの続きをすると成功しやすいよ。」と言い残して。

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このあたり一帯は、ことし大雨の被害を受けて畑や民家が水没したと男性は言っていた。
途中、道路が崩れていたり、土砂が押し寄せていたところもあった。

この川も氾濫したのだそう。

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今は川の水位は戻ったけど、地面がえぐれて水が溜まっていたり、土まみれになっている家もある。
海外からの復興支援もあったようだけど、民族で差をつけることをせず、ほんとうに支援が必要な人のところにちゃんとまわっていたらいいけど。

さらに、川の氾濫で埋められている地雷がほかの場所へ流されなかったか心配。
地雷原の外に地雷が流されてしまったら、ますます地雷の発見や撤去に時間がかかるし、犠牲者が出るかもしれない。

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ケンゾーが「ちょっとトイレしてくる」と脇道にそれた。
また、地雷のことが不安になる。

まだ目的地まで百数十キロはある。
行き先を書いたプラカードをもって、親指を立てるけどなかなか車がとまってくれない。

交通量はけっこうあるのになあ。

30分以上経って、1台の車が止まってくれた。
またセルビア人で、若いカップル。

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2人にはかわいい赤ちゃんもいる。
じつはわたしたちの前を一度通り過ぎたけれど、気になったからわざわざUターンして戻ってきてくれたんだって。
ありがたい。

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さらに、「自宅に立ち寄って。コーヒーでもごちそうするから。」とありがたいお誘い。
Miliciという街で、だんなさんのお父さんと弟さんといっしょに暮らしている。

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ここはボスニアのなかにあるけど、セルビア人の街なのだそう。
というのも、ボスニア・ヘルツェゴビナにはスルプスカ共和国と呼ばれるセルビア人自治区がある。
ボスニア・ヘルツェゴビナが旧ユーゴから独立を決めた際に、独立に反対したセルビア人たちが自分たちの国を求めたことで生まれた共和国。
その領土はボスニア・ヘルツェゴビナ全体のおよそ半分を占め、ボスニア・ヘルツェゴビナの北側と東側で「7」のような形で広がっている。

それがわかる地図をくれた。

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スルプスカ共和国には独自の大統領がいるし、立法府をもっている。
といっても、スルプスカ共和国にはセルビア人が多いと言うだけでムスリムもクロアチア人も住んでいるし、スルプスカ共和国以外の地区にもセルビア人は住んでいる。

しこりを残したまま、いびつな形でボスニア・ヘルツェゴビナという国は存在している。

「内戦前はユーゴスラビアとしてひとつの国だった。そのときのほうが良かった。」とここのお父さんやだんなさんは言った。
むかしのほうが仕事もあって、生活に余裕があったのだそう。
今では仕事がない若者も多く、近くの工場で一日中働いても月に7万円稼げればいいほうなのだと教えてくれた。

そもそもユーゴスラビアだった時代は、国の主要なポストに就く人はセルビア人が多く、セルビア人がほかの民族よりも政府から優遇されていたとも言われている。
それもあって、ほかの民族がユーゴから離脱したがり、民族紛争に発展した経緯がある。

スロベニアやクロアチアの人たちにとっては、離脱後のいまのほうが納得いく暮らしができるようになったのかもしれないけど、セルビア人にとっては内戦でいろんなものを失い、世界的にも嫌われ、すっかり生活が変わってしまった。

わたしたちがスレブレニッツァに行ったことを知ると家族は「ほんとうは8000人以上も虐殺されてないんだよ。あの人数はムスリムたちが誇張しているんであって、あのお墓にも遺体がなくて空っぽで墓標だけが立てられているのも多いんだ。」と言った。

南京大虐殺も、ナチスによるユダヤ人の虐殺も、被害者数についてはいろんな意見がある。

犠牲者の数が少ないから許されるということはない。
スレブレニッツァも、仮に犠牲者の数が少ないとしても残虐なことが行なわれたことは事実であるし、当事者もそしてわたしたち第三者もその歴史を受け止めて、二度と繰り返さないように反省し、平和な社会をつくるために歩み、和解をしなければならない。

でも、それはとても難しいこと。
スレブレニッツァの被害者の数を少なく言う家族を、わたしは単純に否定できない。

この優しい家族が、そしてボスニア・ヘルツェゴビナに住む人たちが、旧ユーゴスラビアの国々で生きる人たちが、二度と戦争なんて残虐なことに巻き込まれることなく、幸せに生きていくにはどうすればいいんだろう。

生まれたばかりのこの赤ちゃんは、戦争を知らない。
ずっとずっと、知らないで済みますように・・・。

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この家族はふたたびわたしたちを車に乗せて、ヒッチハイクしやすい幹線道路まで送ってくれた。
みんな、とても優しい。

1時間以上待って、ようやく2人組の若者が止まってくれた。

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そしてこの若者たちも、自分たちの目的地よりも先まで行ってくれて「ここだと車が捕まりやすいから」と言い残しUターン。

毎回別れた後に「あー、目的地よりも先まで行かせてしまったんだ〜。申し訳ないなあ。もっと感謝の言葉を伝えればよかったあ・・・。」と後悔。

降ろしてもらった道路の向かい側に、白いものがたくさん並んでいるのが見えた。
近くまで行ってみると、セルビア人のお墓だった。

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亡くなった年は1992年。
きのうはスレブレニッツァでイスラム教徒の白い墓標をいくつも目にしたけど、セルビア人だって多くの人が殺されている。

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こんなにも発展した時代に、さらに生活基盤が整っているヨーロッパで、人が人を殺すという原始的なことが起こってしまった事実をどう受け止めたらいいのだろう。
人間は成長し、進化していくものではないのかな。

道路越しの墓標が視界に入る。

ヒッチハイクをしていると1台の車が止まってくれた。

2人組の男性は車のディーラーで、なんと仕事でスレブレニッツァに行き、サラエボに戻る途中だという。
スレブレニッツァで出会っておけば、ダイレクトでサラエボに行けた!
でも、たくさんの人に乗せてもらい、そのぶん出会いがあったからこれで良かったんだ。

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最後の100キロほどのルートを一気に走る。
その景色が、きのうからの重苦しさを少し取り除いてくれる。
窓から見える景色は、豊かな自然と素朴な家々。

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ボスニア・ヘルツェゴビナは山もあって平原もあり、川が流れ、ほんとうに美しいところ。

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戦争なんて似合わない場所。

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山間を抜けると、いっきにサラエボの街が姿をあらわしてビックリした。
車の男性たちはわたしたちがホテルを決めてないことを知ると、知り合いに電話してくれて探してくれようとしたけれど、観光しやすい旧市街で自分たちで探すことにした。

「助かりました!ありがとうございました!」

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ほんとうにきのうときょうと、いろんな人の車に乗せてもらって親切にしてもらった。
どうしてこういう人たちがいる国で住民同士が殺しあったり強姦するという残虐なことが起きてしまったのか。

民族間の憎しみやわだかまりがなく、幸せに生きていける社会は内戦前たしかにここにも存在していた。
ふたたびそんな社会をつくることはけっして夢物語じゃないとわたしは信じたいし、信じている。
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ほんの19年前におきたジェノサイド

安物のT字ひげ剃りを使っているので、ひげを剃るたびに顔面から血が出るケンゾーです。
ひげ剃りって世界中どこでもけっこう高いんだよねえ。
かといって、シェーバーを買って持ち歩くのも煩わしいし、ひげを伸ばし放題でいかにも旅人っぽくするのもちょっとねえ。

ボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人が長い間共存してきたボスニア・ヘルツェゴビナ。
けれど母体のユーゴスラビアが解体していくにつれ、それぞれの民族主義活動が活発化。
ボシュニャク人主導の中央政府に対抗し、1992年にはクロアチア人、セルビア人それぞれが共和国の設立を宣言、3者によるボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に発展してしまった。

ヒッチハイクを乗り継いでやってきたセルビアとの国境に近いスレブレニッツァ
当時、ボスニア・ヘルツェゴビナの東部はセルビア人勢力が優勢。
各地でボシュニャク人を殺害し、町から強制的に追放していた。
ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国軍(ボシュニャク人主導の中央政府)の支配下にあったスレブレニッツァに多くのボシュニャク人たちが逃げてきたけれど、スレブレニッツァ自体もセルビア人勢力に包囲され、完全に孤立してしまう。
もともと3万5千人くらいだった町の人口は、8万人まで膨れ上がったんだそう。

スレブレニッツァには国連軍も駐留していたけれど、孤立していたので水や食料、武器などあらゆるものが不足、住民の中には餓死者がでる事態になってしまう。
そして1995年7月、ついにセルビア人勢力がスレブレニッツァに侵攻、ボシュニャク人を絶滅させることを目的とした大量虐殺=ジェノサイドがはじまってしまうことに。

町の郊外にあるポトチャリの国連施設に逃げてきた2万5千人のボシュニャク人たち。
国連施設内は数千人の人々ですし詰め状態に。

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国連施設に入りきれないボシュニャク人たちが周辺の工場や畑にあふれ出している。
そこへなだれ込んで来たセルビア人兵士たち。

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国連施設の目の前ではじまった大量殺戮。
殺害は老若男女問わず行なわれ、強姦される少女も多数。
生きたまま埋められた人たちもいたそう。
国連施設には国連軍としてオランダの部隊が駐留していたけれど、物資や兵士の数がセルビア軍に劣っていたためただ傍観することしかできなかった。

当時のまま保存されている工場の壁には、人の胸の高さあたりに銃弾の跡が帯状に残っている。

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イスラム教徒という理由だけで無惨に殺されていったボシュニャク人たち。
展示されている遺品が人々の無念を今に伝えている。
銃弾の跡が生々しく残る懐中時計。

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ジェノサイドの舞台となってしまった場所に建てられた「スレブレニッツァ虐殺記念館」
この大虐殺の存在そのものを否定するセルビア人もいるけれど、目を背けたくなるような数々の写真はここで何が起きたのか、如実に物語っている。

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バラバラになって土中から見つかった遺体も。

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セルビア勢力が去ったあと、見つかった何体もの遺体。
あまりにも多すぎて、まるで図書館に並ぶ本のように、布にくるまれて安置された。

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石碑に刻まれた犠牲者の名前。
8千人以上が殺されたと言われているけれど、身元が特定されているのは6千人ほど。

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犠牲者の名前には生まれた年しか記されていない。
それは、もちろん亡くなった年がみんな同じだから。

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広い敷地に立ち並ぶ真っ白な墓標。
ほぼ7日間でこれだけの人数のボシュニャク人が殺された。

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20年近く経っているのに、新たな遺体も見つかり埋葬は続いている。
毎日のように増え続ける墓標。
保管されている遺体のDNA鑑定は今現在も進行中。

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埋葬予定地にまだまだ余裕があることが恐ろしい。

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長い間ともに共存してきたボシュニャク人とセルビア人。
なぜこんな悲惨なことが起きてしまったんだろう。

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国際社会の無関心もこの虐殺に拍車をかける結果となった。
知ろうとしないこと、声を上げないことは加害者に手を貸すことと同じことなのかもしれない。

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第二次大戦以降、ヨーロッパ最大のジェノサイドとなってしまったスレブレニッツァの虐殺。
紛争後、加害者のセルビア人勢力は戦争犯罪人として裁かれることに。
紛争中はボシュニャク人も民族浄化の名の下に、多くのセルビア人を殺し、女性を強姦している。

どっちがいいとか、どっちが悪いとか、そういう問題じゃない。
人間はいつまでこんな愚かなことを繰り返していくんだろう。
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ヒッチハイクで国境越えに挑戦!

アイスのガリガリ君が食べたくてしょうがないケンゾーです。
なんだかんだ言って定番のソーダ味がいちばん好きです。
毎年のように新しい味が登場するけど、今年は何味?

旧ユーゴスラビア圏を旅しているケンゾーとイクエ。
首都が置かれ、ユーゴスラビアの中心となっていたセルビアから次に向かうのはボスニア・ヘルツェゴビナ
北部のボスニア地方と南部のヘルツェゴビナ地方の名称が合わさって国名になっている。

つの国境、つの共和国、つの民族、つの言語、つの宗教、つの文字、つの国家」と表現されていた旧ユーゴスラビア。
ボスニア・ヘルツェゴビナもおもに、ボシュニャク人(ムスリム人)、クロアチア人、セルビア人という3民族による多民族国家。

ただ、多民族といってもそれぞれの言葉や文化などはほとんど同じ。
決定的な違いは宗教。
イスラム教(ボシュニャク人)、カトリック(クロアチア人)、セルビア正教(セルビア人)という3つの宗教が混在してきた。
と言っても、長い間3民族間に大きな争いはなく、違う民族同士の結婚も日常的に行なわれ3民族は穏やかに共存してきた。

けれど1991年にスロベニア、クロアチア、マケドニアが相次いでユーゴスラビアからの独立を宣言し、周囲の国で民族間の紛争が勃発すると状況が一転。
それまでうまく共存してきた民族間に亀裂が入り、とうとうボスニア・ヘルツェゴビナ紛争へと発展。
「民族浄化」のために虐殺や強姦が繰り広げられ、1995年に紛争が終結するまでに20万人以上が死亡、200万人以上の難民が発生するという悲惨な結果になってしまった。

多くの血が流れた民族紛争からまもなく20年。
はたしてボスニア・ヘルツェゴビナはどんなところなんだろう。
セルビアのウジツェからボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボまでバスで行くこともできるけれど、ケンゾーとイクエにはちょっと寄り道したいところがある。
それはセルビアとの国境に近いスレブレニッツァというところ。

スレブレニッツァ

まずはウジツェのバスターミナルからバスに乗って国境に近いリュボビジャという町へ。
リュボビジャまでおよそ3時間、500ディナール(約610円)。

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茶色い屋根が木々の隙間から見え隠れする森に囲まれた小さな村。
車窓から見える景色は、穏やかで平和そのもの。
ほんの20年前に血で血を洗う紛争が起きたとはいまだに信じられない。

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やがて窓の外に川が見えてきた。
セルビアとボスニア・ヘルツェゴビナの間に流れるドリナ川。
川向こうはもうボスニア・ヘルツェゴビナだ。

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昼の2時過ぎにリュボビジャに到着。
ここから国境までおよそ5km。

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歩いていくにはちょっと遠すぎる。
ということは・・・ヒッチハイクしかないよね。
ベオグラードからウジツェに行くときに雨で断念したからここでリベンジ。
さあ、セルビアは本当にヒッチハイクがイージーな国なのか?
木陰でヒッチハイク開始。

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ベリーイージーだった!
開始してわずか2台目の車が、とまってくれた。
やり始めて5分も経っていない。

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運転していたおじいちゃんは英語は話せないけど、国境まで行きたいことは伝わった。
到着すると「ここだよ」と言って、降ろしてくれたおじいちゃん。

ケンゾーとイクエがお礼を言って降りると、Uターンして今来た道を戻っていった。
本当は手前までしか行かない予定だったのにわざわざ国境まで行ってくれたんだ!

セルビア人はかなり優しいぞ。

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これがセルビア側のイミグレーション。
パスポートのチェックはするんだけど出国のスタンプはなし。
セルビアはここを正式な国境として認めてないのかな。

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久しぶりに歩いての国境越え。
まわりを見渡すとのどかな田園風景が広がっている。
こんなにのどかな国境越えははじめてだ。

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かなり古そうな橋を渡る。
穏やかに流れるドリナ川、青い空に白い雲、ほんとにピースフルな景色。

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ボスニア・ヘルツェゴビナ側にはこの国境の川で、魚釣りや水遊びをする人たちがけっこういる。
ほのぼのとしていいね。

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リゾートのビーチみたいにトップレスになってる女性も!
旧社会主義国とは言え、さすがはヨーロッパだね。

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ボスニア・ヘルツェゴビナ側のイミグレーションが見えてきた。
駐車場の料金所みたいでかわいらしい。

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こちら側ではちゃんと入国スタンプを押してもらってボスニア・ヘルツェゴビナに入国。
ここからスレブレニッツァまではおよそ8km。
ここももちろんヒッチハイク。

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セルビアはベリーイージーだったけど、ボスニア・ヘルツェゴビナはどうだろう。
宗教の違いはヒッチハイクにどう影響するのか?

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10分くらいで止まってくれた、やったね。
ちなみに乗せてくれたのはセルビア人。

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たまたまなのかもしれないけど、やっぱりセルビア人は優しいのかな。

このあともう1台車を乗り継いで目的地に到着。
運転していたのは30歳くらいの男性。
この車の人も自分から「僕はセルビア人だよ」と言った。
およそ5時間、バスと車3台乗り継いでやって来たのはここ。

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「スレブレニッツァ虐殺記念館」。
明日は、ほんの19年前にスレブレニッツァでおきた、8000人以上が殺されたと言われている「スレブレニッツァの大虐殺」についてお伝えします。
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旅先の条件 居心地のいい街とゲストハウス

2014.08.28 07:29|セルビア☞EDIT
小学校のとき夏休みのお昼に見ていたテレビ番組は、みのもんたの『あなたの知らない世界』だったイクエです。
姉と2人で見てたんだけど、怖かったなあ。

セルビアの首都、ベオグラードから次に目指すはウジツェという街。
とくにこの街に何があるっていうわけではないんだけど、セルビアの次はボスニアに行く予定なので、まずは国境近くまで行く作戦。
それも、ヒッチハイクで!

ウジツェ

ヒッチハイカーのバイブルとでも言えるインターネットサイト「Hitchwiki」によると、セルビアはヒッチハイクがとてもしやすい国らしい。

ベオグラードから車で4時間ほどかかる距離だけどできるかな。
これまでハンガリーでストレスフリーな生活をしていたイクエとケンゾー。
刺激的なことからしばらく離れていたので、ヒッチハイクに向けてなかなか重い腰が上がらない。
バスや列車で行く方が楽だし、速いしなあ。
でも、ヒッチハイクをすれば旅にメリハリが出るしいい出会いの機会にもなるし、達成感も味わえる。
わかっているけど、大変そうだし面倒。
ふたりでウジウジしていたけど、とりあえずマジックで紙に行き先を書いたプラカードを作成し景気づけする。

ヒッチハイクポイントはHitchwikiに書いてある。
街の繁華街から抜けた、ウジツェに通じるハイウェイの手前。
とりあえずそこまで路線バスで移動。

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ヒッチハイクする踏ん切りがつかなくて、宿でダラダラしていたつけがまわってきた。
宿を出たときは晴れていたのに、曇り空になり、バスに乗る直前にぽつぽつと雨粒が・・・。
雨のなか、路上でヒッチハイクは難しい。
いや、でも少しくらいの雨なら同情して乗せてくれる人はいるかな。

でも、傘もなく路上に立つことが難しいほど雨脚が強くなってきた。

目的地に着いたころには、ざあざあ降り!

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ちょっとでも弱まったらできるかなあ。

待っても雨はいっこうに弱まらないばかりか、ますます強くなっていく。

ここからバックパックを担いで路上に移動し、そこでプラカードを持って車を待つのは無理。

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ふたたび路線バスに乗って、いま来た道を戻る。
余計にお金も時間も労力もかかる結果に。
つねにうまくいくとは限らないのがヒッチハイク。

長距離バスターミナルに行って、ウジツェ行きのバスに乗る。
ひとり1180ディナール(約1450円)。
荷物代として余計に50ディナール取られた。
列車だともっと安いんだけど、失望と疲れでそこまで頭がまわらなかった。
おとなしく最初から公共交通機関で行ってたら、いまごろウジツェに着いてたかも。

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ヒッチハイクのようにどこで降ろされるかなというドキドキもなく、わたしたちを乗せたバスは何事もなくウジツェの街に着いた。

セルビアの首都ベオグラード、モンテネグロの首都ポトゴリツァ、ボスニアの首都サラエボの中間に位置するウジツェの街。
交通の要所なので騒々しい都会なのかなと思っていたら、デェティナ川がゆるやかに流れ、山肌にへばりつくように赤い三角屋根の家が建ち並ぶ、高原の街といった雰囲気。

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旧ユーゴスラビアは、セルビア、モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェコビナ、スロベニア、マケドニア、コソボによる連邦制の国だった。
ところが、90年代になりスロベニアやクロアチア、ボスニア、マケドニア、コソボと次々にユーゴスラビアからの離脱を表明、それを引き止めるセルビアと大規模な内戦に発展してしまった。
実際には、「セルビア」vs「残りの国々」という単純な構図ではなく、クロアチア人とイスラム教徒が戦うこともあったし、戦う相手はごちゃごちゃだった。
というのも、旧ユーゴスラビアは多民族国家で、セルビア正教の人も、カトリック教徒もイスラム教徒も同じ街で暮らしていたので、それぞれの宗教や文化をめぐって泥沼の争いになってしまったのだった。

しかし国際世論は「クロアチアやボスニアなどが独立を求めているのに、セルビアがそれを阻止している。さらにセルビア人が民族浄化と称してほかの民族を大量虐殺している」という見解に傾いた。

セルビア人が他民族を大量虐殺したのは事実だけれど、クロアチア人もセルビア人を大量虐殺していた。
けれど、武器輸出をしたいアメリカや利権を優先させたい強国がたくみな情報戦線をつかい、世界的に「セルビア人=悪者」というイメージがすっかり定着してしまった。

内戦が終わってからは、ユーゴスラビアの他の国々は発展し明るくなっていき、海外から訪れる旅行者も増えているのに、セルビアだけがどこかに暗さを秘め、時代から取り残されたような雰囲気。
内戦後の社会の立て直しのための海外からの支援も、セルビアは少ないように思う。
そのため、国が観光業に力を入れる余裕はまだないのかもしれない。

「セルビア=悪者」というイメージも手伝って、旧ユーゴスラビアの国々のなかでセルビアは観光地としては不人気で訪れるバックパッカーも少ない。

わたしが10年前に訪れたときは、ドミトリーがあるようなゲストハウスがクロアチアにはあったけど、セルビアにはなかった。
けれどここ数年で、セルビアにもバックパッカー向けのゲストハウスが少しずつできはじめている。
明るい兆しなんじゃないかな。

ここウジツェにも、できたばかりのゲストハウスがある。
まだ需要はそれほどないだろうけど、ゲストハウスがなければ旅人はその街に来ないので、こうやって先駆けてゲストハウスをオープンさせることにはとても大きな意味がある。

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現在のところ、ウジツェで唯一のバックパッカー向けゲストハウス「eco hostel」
この建物の一部がゲストハウスになっている。

木材を多用した、やわらかくて明るい雰囲気のゲストハウス。
Wi-Fiもあるし、共用スペースや小さなキッチンもあってゲストハウスとしては申し分ない。

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チェックインするなり、ウェルカムドリンクとして「ラキア」というユーゴスラビアのご当地蒸留酒がふるまわれた。
アルコール度数が高くて、口に流し込むと喉から胃へと熱いものが伝わっていくのがわかる。
カーッとくる。
ヒッチハイクが失敗に終わり、疲れていて空きっ腹のわたしたちには、このアルコール度数は強すぎる。
でも、疲れをふきとばし心地よくさせてもくれる。

ドミトリーと個室があって、ホテル予約サイトでダブルルームを予約しておいた。
割引が適用されて、ふたりで1651ディナール(約2000円)だった。
屋根裏部屋っぽいところで、148センチのイクエにはジャストサイズ。

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気になるのは、ドアに貼ってある注意書き。
「夜間は静かにしてください」とか「きれいに使ってください」とか「部屋に洗濯物は干さないで」なんて書いてるのは、そこまで珍しいことではない。

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でも、真ん中の1文に釘付けになってしまった。
「ドミトリーではセ◯クスをしないでください。」

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「完璧に音をたてずにやることは無理だし、音は聞こえます。ひとりエッチもダメです。」なんてことが書いてある。
日本人にとっては「ほかの人も寝ているドミトリーでそんなことするわけないじゃん!」って感じなんだけど、けっこう海外のドミトリーでは他の客がやってるのを寝た振りをしながら不快な思いで耐え忍んだという話を聞く。

そんな、おもしろい、いや、真剣な注意書きを書いたスタッフはとても気さくで優しい人たち。
ベオグラードの宿のスタッフもフレンドリーで気遣い上手な人だった。
旧ユーゴスラビアの国の中でもセルビアは人の良さや、他人への気配りはトップクラスだと思う。
学生のときセルビアに来たときも「セルビア人=悪者」というイメージを覆されたのを覚えている。

このゲストハウスでいちばん居心地のいいスペースは、テラス。
近くのパン屋さんで焼きたてのパンを買ってきて、キッチンでコーヒーをいれてさわやかな朝。

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テラスからも、赤い三角屋根の家々が山肌に並ぶ、ウジツェらしい景色が見られる。
有名な観光地がなくても、居心地のいい街にくつろげる宿があれば、自然に旅人は集まってくる。

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テラスから黒い四重の塔のようなものが見える。
周囲から浮いている異質な建物だけど、街のランドマークとしては田舎臭くてあまりにも素朴。

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散歩がてら行ってみると、それは教会だった!
今まで見てきた教会の中で、もっとも素朴でかわいくて味わいがある。

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ヨーロッパで見る石造りの教会は、太い柱や高い天井で壁には華やかな彫刻が施されステンドグラスが鮮やかだけど、このセルビア正教会は低い木造の屋根で山小屋のようなぬくもりがある。

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親しみがもてる教会をあとにし、今度はウジツェの街が見下ろせる城塞を目指す。
途中でワカメちゃんのようなイラストの看板を発見!

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街の床屋さんの看板だった。
裏にまわったら、ワカメちゃんでもカツオでもなかった。
残念。

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ウジツェの街は、坂は多いものの低地にある繁華街の規模は小さくて歩いてまわれる。
濃い緑の山に囲まれ、赤い屋根の家がひしめき、デェティナ川が蛇行しながら流れている街は、ただ歩いているだけで心が洗われる。
何もなくても旅人がちょっと長居したくなるような街。

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街の西側にある、中世の城塞スターリ・グラッド。
まわりをデェティナ川に囲まれた軍事要塞で、オスマン朝の軍隊がこの地にいた1863年までは使われていたんだそう。

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風に吹かれながら、街を見下ろす。
内戦のときは残酷なことが繰り返されたけど、いまは平和な日常がある国。
それでもわたしたちに見えないだけで、内戦の傷跡はいたるところにあるのかもしれない。

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1泊だけしてきょう移動するつもりだったけど、この街もゲストハウスも居心地がいいので延泊することにした。

そうと決まれば、まだこの街を観光する時間はたっぷりある。
ゲストハウスの人におすすめスポットを聞いてみる。
むかし線路だった場所が廃線になってウォーキングコースになっているところがあるらしい。

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以前は列車でしか通れなかったところをてくてくと歩いていく。
いくつものトンネルを抜けて、鉄橋を歩く。

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地元の人たちがランニングしたり、親子で散歩をしていたり。

田舎の街では列車が運行をやめ、廃線になり、ますます街が廃れていくところも多いけど、こんなふうに線路だったところが市民の憩いの場になるっていいな。

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元線路の遊歩道はずっと続いているけど、きりがないのでこの滝をわたしたちの折り返し地点としよう。
ダムのようになっていて自然の滝とは言いがたいけど、地元の人にとっては「ベリービューティフル」な場所らしい。

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早足でまわることを決めた旧ユーゴスラビアの国々。
あしたにはセルビアを出て、ボスニア・ヘルツェゴビナに入国する。
観光地だけを見て楽しくささっとまわる予定にしていたけど、気になる場所がある。
そこはけっして楽しい場所ではないけれど、立ち寄らないといけないような気もしている。

さらにこのままセルビア人とあまり接触することなく、セルビアを出国することにもためらいがある。
せめてヒッチハイクでもして、少しでもセルビア人とかかわり合いがもてたら。

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あしたは、ヒッチハイクでその場所を目指してみようかな。
ヒッチハイクではじめての国境越え。
うまくいくだろうか。
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世界中から嫌われた街

2014.08.27 06:11|セルビア☞EDIT
小学校の時は、夏休みの宿題は溜めるタイプだったケンゾーです。
毎年始業式の2、3日前に泣きそうになりながら「夏休みの友」をやっつけていました。
追いつめられないとやらない性格は生まれつき、「計画的」な人生を送ることを夢見ています。

世界遺産のプリトヴィッツェを堪能したケンゾーとイクエ。
クロアチアには入ったばっかりなんだけど、待ちに待ったレンズの修理が完了したのでいったんハンガリーのブダペストに戻ることに。

落下させてしまって使用不能になったズームレンズの修理代は8万フォリント(約36500円)。
後日保険請求して全額補償してもらった。
海外旅行保険に関しては対応の悪さなどトラブルになった話もよく耳にする。
でもケンゾーとイクエは病気・ケガで3回、カメラの修理で3回保険のお世話になっているけど、毎回とてもいい対応で助かっている。

けっきょく、1か月前にスペインから移ってきたブダペストにまた舞い戻ってきてしまった。
なんだかんだでブダペストには縁があるのかも。
スタート地点に戻ってきたので、今後のルートをふたりで話し合う。

あーだこーだ話し合った結果、旧ユーゴ圏のルートを決定!
セルビア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→クロアチア→モンテネグロ→コソボ→マケドニア→アルバニアとSの字を描くようにバルカン半島を南下。
アルバニアからギリシャに入って最後にアテネからエジプトへ。

バルカン半島

およそ1か月弱しかないのでちょっと駆け足になってしまうけど、旧ユーゴの国々を回りながら(来月40歳になるケンゾーは)学校では習わなかったユーゴスラビア紛争についていろいろと知ることができたらいいな。

まずは旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都が置かれていたセルビアのベオグラードへ。
ブダペストからベオグラードまでは列車で移動。
この列車代がおかしなもんで、片道よりも往復の方が安いんだよね。
窓口の人も「変なんだけど、往復はキャンペーンで安いのよ。帰りの分は捨てても往復で買う方が15ユーロくらいお得なの。」と言う。
片道分しか必要ないけど往復で1人26ユーロ。

ベオグラード

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座席はコンパートメントタイプでとても快適。
イクエが慣れないあひる口にトライしてみるくらい快適。

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・・・中途半端だね。
そんなキャラクターじゃないしね。

車内は快適なんだけど列車のスピードはのろのろ。
車窓の外に広がるのはこんな景色だから癒やされるんだけどね。

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セルビアは非EU加盟国。
車内でスタンプを押してもらってセルビア入国。
セルビア語はキリル文字を使っている。
キリル文字はキルギス以来だ。

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予定よりもかなり遅れ、8時間以上かかってベオグラードに到着。
外はもうすっかり真っ暗。

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駅の構内にあるATMでセルビアディナールを降ろして駅舎の外へ。
思わず「うわ、しょぼ!」って叫んでしまった。

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これが一国の首都のメイン駅前?
観光地としてもじゅうぶん通用する活気ある町づくりがされているスロベニアやクロアチアとは大違いだ。
時間が30年くらい止まったままみたい。

トラムに乗って予約してあるゲストハウスへ。
このトラムも社会主義時代の名残をそのままとどめている。

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今回泊まったのは「Crib Hostel」
6ベッドドミトリーで1ベッド6ユーロ。

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Wi-Fi、キッチンあり。
共有スペースも広くてなかなか快適。

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宿自体はとても快適なんだけど、同じ部屋にかなり変わった客がいたんだよね。
その男はどう見ても旅行客ではない。
だってドミトリーに自前のプリンターを持ち込んで、ガタガタゴソゴソなにか作業してるんだよ。

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しかも、カタカタカタカタってゲストハウスではまず耳にしない音が聞こえてきたからビックリ。
ドミトリーでタイプライターってどういうこと?!

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「なにしてんの?」って聞いたら、ふつうに「仕事」って返された。
なんの仕事か知らないけど、夜中もカタカタうるさくて仕方ない。
どの国でも首都の安宿は家代わりに住み着いてる人がいることがあるから要注意。

ヨーロッパで最古の都市のひとつと言われているベオグラード。
重厚な歴史ある建物も多いけれど、旧社会主義国らしい古臭い建物も多く残っている。

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セルビアの宗教は東方正教系のセルビア正教。
まだら模様の石造りの教会は聖ペトカ教会

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内部の壁画はとても色鮮やか。
「聖水」が有名な教会のようで、ほとんどの人がペットボトルに入った水を持ち帰っていた。

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すぐ横には建物全体がつたに覆われてしまっている聖ルジツァ教会も。
かろうじて屋根だけ見えている。
絵本に出てきそうだね。

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訪れたときにちょうど結婚式が行われていた。
たくさんの緑と花に囲まれて、生演奏をBGMに祝福される新郎新婦。

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とてもシンプルだけど、微笑ましい結婚式。
キリスト教徒でもないのに教会で式を挙げ、衣装チェンジまである日本の披露宴を見たらどう思うだろうね。

このずんぐりむっくりな建物がセルビア正教の中心的な聖サヴァ教会

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中に入ってちょっとびっくり、まだ建設途中だった。
床も壁も天井もコンクリートがむき出しでガラーンとしている。

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イクエが10年前に来たときも工事中で、そのときとほとんど変わってないらしい。
変わったのは教会前の公園のような庭が整備されていることだって。

完成すると東方正教系としては世界最大の教会になるんだそう。
1935年から造られはじめたそうだけど、完成するのにあと何年かかるだろうね。

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バルカン半島における交通の要衝であったために、古来より数々の戦争の舞台となってきたベオグラード。
第一次、第二次世界大戦のときも戦場となり、街は荒廃してしまった。
サヴァ川とドナウ川が合流する丘の上にあるカレメグダン公園にはパネルが設置されていて、当時の被害の様子を見ることができる。
ナチスドイツに侵攻され、それを撃退するためにさらに連合軍が大規模な空爆を行ない、街は破壊されてしまった。

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ベオグラードの中心部、官公庁の建物が軒を連ねるクネズ・ミロシュ通り
この通りは別名「空爆通り」とも呼ばれている・・・その理由は、これ。

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生々しい爆撃のあとがそのまま残る建物。
1998年に旧ユーゴスラビアからの独立を求めコソボ紛争が発生。
翌年、紛争に介入したアメリカ主導のNATO軍が当時ユーゴスラビアの首都だったベオグラードを空爆。
いくつかの建物は破壊されたままの姿で今も残っている。

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アメリカによって空爆された建物の目の前にアメリカのマクドナルドの広告があるっていうのがなんとも皮肉。
よくできたブラックジョークみたいだ。

第二次大戦時にはドイツによってベオグラードの一般市民が大量に殺戮され、第二次大戦後に起きた一連のユーゴスラビア紛争では一貫して世界中から悪者扱いされたセルビア。

ユーゴスラビア紛争が終わって10年あまり。
ようやく国が落ち着き、人々は平和な社会を手に入れようと努力している。
やっと訪れた平穏な日々がいつまでも続くといいな。

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これは何色? 自然しかつくれない絶景

2014.08.26 05:31|世界の絶景☞EDIT
「自分がもし印税で贅沢な生活ができる有名ミュージシャンだったら、専属のマッサージ師をつけて毎日マッサージをしてもらうのにな。」という叶わない夢をもっているイクエです。
プロのマッサージ師を専属につけることはできない生活だけど、夫にマッサージしてもらえる生活は送れています。
そのかわり、わたしも夫にやってあげないといけない。
しかもいくら夫とは言え遠慮はしているもので、本当なら毎晩2時間くらいやってもらいたいんだけどね。

きのう「世界遺産」編でお伝えしたクロアチアのプリトヴィッツェ湖群国立公園。
大小16の湖が連なり、上から見るとまるでひとつの川のように見える。
その美しさを1日分の記事で伝えることができないので、きょうはひきつづき「世界の絶景」編としてご紹介します。

ディナル・アルプス山脈の森の中に、まるで水の桃源郷のように存在しているこの公園。
どこを見ても美しく、絵になる。

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こんな不思議な色をもつ美しい湖が、この現実社会にたしかにある。
実際、こんな幻想的な景色を目の前にすると、自分が違う世界にまぎれこんでしまったような、夢のような、ふわふわとした気分にもなってくる。

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高低差のある渓谷の間に、段々畑のように重なりあっているいくつもの湖。
どの湖も豊かな水を湛えている。
いっぱいになった水が湖から溢れ出し、滝となって、下の湖へと流れる。

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このあたり一帯は、1億3500万年前から6600万年前にできた石灰岩のカルスト大地。

棚田のように森の斜面にそって、階段状にできている湖。
苔や藻が光合成を繰り返してできる石灰華の堆積物が水の流れを堰き止めて湖を形成している。
湖を縁取っている堆積物は、流れてくる植物を絡み取りながら1年間におよそ1センチずつ高くなっていく。
ゆっくりと進化していく絶景。

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その堆積物の隙間からあふれ落ちる水。
美しい滝から水が落ち、美しい湖をつくる。

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水は生命の源。
ほとばしる水から聞こえる、生命の息吹。

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絶えることのない水をたっぷりと地面が吸収し、そこに植物が生え、みずみずしい若葉をつけ、鮮やかな森が形成されていく。

深い山、切り立つ崖、とめどなく水が流れる谷。
スケールの大きな自然は、とても神々しい。

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ヒグマにオオカミにワシミミズク。
この豊かな森の中は、希少な動物たちのすみか。
120種以上の鳥たちもここに生息している。

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ナラやトウヒ、モミで覆われたうっそうとした森。
ここには、アルプスと地中海の植物たちが共存している。

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あまりにも美しすぎて、自然が作り出した色とは思えない湖の色。
かといって、人類の手によってでも作り出せない色。

この色をなんと表現すればいいのか。

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エメラルドグリーン、コバルトブルー、モスグリーン、スカイブルー・・・。
水は高い濃度の炭酸カルシウムを含んでいて、ミネラルや有機物の量、さらに太陽の向きや光の量によって、刻々とその色を変えていく。

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この湖には、たしかに色がついている。
それなのに、こんなにも透き通っている。

そしてそんな不思議な色の湖のなかで、ここちよさそうにスイスイと泳ぐ魚たち。

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ここは昔から生き物たちの秘密の隠れが。
そんな場所に、おじゃまさせてもらっている人間。

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ここは、自然の美しさ、大きさ、豊かさを教えてくれる場所。

人間はなんて小さいんだろう。

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大雨や、雪解け、強風。
自然の威力によって、土砂崩れが起きることもある。
滝がなくなったり、あらたな滝が出現したりすることも。

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大木が倒れてしまうことだってある。

でも、人間の手であえてもとの姿に戻すことはしない。
それが、ここの公園のおきて。

だって、本来自然は姿を変えていくものだから。

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自然の中に身を委ねて、森の小道を歩いていく。
鳥たちは持ち前の美声を競うかのように高らかにさえずっている。
湖のような青い色したトンボたちは自慢の羽をひらひらとさせて舞っている。

見上げれば、日の光を受けてキラキラと輝く若葉。

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その木々の根本を、滝が濡らしている。
幾千もの滝の音が折り重なり、大地を響かせる鼓動となる。

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生きている自然。

地球はこんなにも躍動的。

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本当の「絶景」は、人間が造り出すことはできない。

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ダイナミックな自然を体全体で感じたくて、きょうも世界中からたくさんの人たちがこの自然の宝庫に足を踏み入れる。
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クロアチア「プリトヴィッツェ国立公園」☆☆☆ 森の中の水の桃源郷

2014.08.25 05:40|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
夫が自分よりも10歳以上も下の人に対して「ホテルのおじさんが・・・」とか「さっきおばちゃんが・・・」と言うのが我慢ならないイクエです。
「あの人、『おじさん』じゃなくて『青年』だよ。」とか「あの人、若いから『おねえさん』か『女の人』って言ったほうがいいよ。」と指摘すると「なんでそんなことをいちいち言うのかわけわからん。俺はおばさんと思うからいいやろうもん!子どもからしたら20過ぎたら『おじさん、おばさん』に変わりないっちゃけん!」と口をとがらせて逆ギレします。
そりゃ、ケンゾーは「おじさん」だけどさ・・・。

イクエにとっては3回目のクロアチア。
と言っても、前回は10年以上も前。
1度目は大学2年生のころユーゴ紛争の難民支援のボランティアで、2度目はユーゴ紛争について卒論を書き上げたあと卒業旅行で。

だから、正直言って今回は旅のルートから外してもいいかなあと思っていた。
観光国としてはとても魅力的な国ですてきな場所ではあるけれど、自分はすでに縦断してたいていの観光地は見てしまっていたし、自分の中ではどうしてもユーゴ紛争のことがちらついてしまい、旅行先に組み込むのになんかふさわしくない気もしていた。

そのいっぽう、ケンゾーははじめから行きたがっていた。
「クロアチア、物価高いしなあ・・・。」とわたしがつぶやくと「そりゃイクエは行ったことあるけんいいけど、俺は行きたいもん。」と言う。

「クロアチアかあ・・・」とわたしがつぶやくと「はいはい!じゃあもう行かんでいい!!」と機嫌が悪くなることもあった。

そしてふたりで出した結論。
「行きたいところを絞って、さらっと旅行しよう」

ケンゾーが言った。
「俺は『紅の豚』の舞台になったドブロブニクにさえ行ければいい。」
「ええ~!!
 それだけでいいと?
 プリトヴィッツェは!?」

「プリトヴィッツェはあきらめる。
 行かんでいい。」

「何言いよると?
 プリトヴィッツェは外せんやろう。
 って言うか、ドブロブニクよりもプリトヴィッツェのほうが行かなんやろう!!」


と立場が逆転し、気づいたらわたしがプリトヴィッチェ行きを推していたのだった。

プリトヴィッツェとは、森の中にいくつもの湖や滝が点在している国立公園で、世界遺産にもなっているところ。

プリトヴィッツェ

ザグレブからおよそ110キロ離れた場所で、お金に余裕があるならプリトヴィッツェの高いホテルに1泊するのがいいけれど、ザグレブから日帰りで楽しめる距離にある。
前回も日帰りして「時間が足りない」ということはなかったので、今回も日帰りで行くことにした。

ザグレブのバスターミナルから1日に何便かバスが出ている。
チケットは往復で買った方が断然お得。
25パーセントの往復割引が適用されて、わたしたちは往復でひとり135クーナ(約2500円)だった。
気をつけないといけないことは、ザグレブ ~ プリトヴィッツェは複数のバス会社がバスを運行させていて、行きと帰りで同じ会社のバスに乗らないといけないこと。
わたしたちは朝7時半ごろ出発し、帰りは午後6時くらいにプリトヴィッツェを発つ便に乗ることにした。
これだけ時間があれば、1日でじゅうぶん観光できるでしょう。

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自然が美しいところを観光するときの大切な条件は、「天気」。
とくにプリトヴィッツェは湖が見どころ。
湖の美しさは空の色によってまったく異なる。
しかも、プリトヴィッツェは山の中にあるので、雨も降りやすい。
曇りはまだいいとして、雨が降っていたり霧に包まれていたらショックだなあ。
わたしがじゃなくてケンゾーが。
わたしは前回美しいプリトヴィッツェを見ているからいいけど、ケンゾーには条件がいい日のプリトヴィッツェを見せたい。

長期天気予報を見ながら、なるべく天気のいい日に日程をあわせるようにしてきた。
でもイクエが膀胱炎になってしまったので、数日ずれてしまっていた。

行く日は晴れてくれるかな。
そんなに変わるはずないのに、毎日5回以上はその日の天気予報をチェックしていた。

きょうの天気はまあまあ良さそう。
いまはちょっとどんよりしてるけど、午後から回復するらしいし。

バスの車窓からかわいい集落が見えてきた。
川や滝の上に、身を寄せあうように建っている家々。

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ラストケ村。
前回来たときも、バスの窓からこの集落を見て「うわあ~、なにここ!絵本の世界みたい!」ってワクワクしたのを覚えている。
ここにもペンションやレストランはあるので、ここに泊まってプリトヴィッツェに行くというプランがいちばんいいと思う。
今回そうしようかと思ったけど宿代が高いし、バスの本数も少ないのであきらめたけど、みなさんにはぜひやってほしいな。

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バスに乗って2時間あまりでプリトヴィッツェに到着。

じつはこのプリトヴィッツェ、1991年のユーゴ紛争のときは戦場となり一時は危機遺産リストに加えられた。
現在は地雷の撤去や整備が済んで、世界中から多くの人が訪れる観光地に戻っている。

亡くなった人たちの慰霊碑がひっそりと建っている。

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膀胱炎のイクエ、まだ薬は服用中。
トイレのときの痛みはないけど、まだ腰に痛みは残っている。
足取りもゆっくり。
さて、自分のペースできょう一日を楽しめるかな。

プリトヴィッツェ一帯は、うっそうとした森。
エントランスまではこんな森の中を歩いていく。
ここだけでもすがすがしくてきれいでしょ。

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プリトヴィッツェには、湖が16、滝が92あるとも言われている。
どんな地形かというと、トルコのパムッカレや棚田を思い浮かべてもらうとわかりやすい。
いくつもの湖が棚田のように、段々になっている。
上の湖から下の湖に滝を通して水が流れ、さらにその下の湖へ・・・。

段々畑のような滝が連なっているので、上から見ると川のように見える。

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この湖を取り囲むように、ときには横断するように遊歩道がつくられている。
ハイキングコースがいくつかあって、体力にあわせて選べるようになっている。
膀胱炎が完治していないとはいえ、欲張りなわたしたちなので長めのコースを選択。
疲れたら、コースを変更してもいいしね ♪

プリトヴィッツェの入場料はオンシーズン、オフシーズンで区分されている。
天気も悪く、閉鎖されるコースもある冬がいちばん安くて、晴天に恵まる可能性が高くたくさんの観光客が訪れる
夏がいちばん高い。
今回はまんなかの時期で、ひとり110クーナ(約2000円)。

バックパッカーには高いけれど、妥当な金額。
園内には遊覧船やバスがあって、無料で乗ることができる。

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さっそく船に乗って、湖の対岸へ。
もうこの時点で湖の色が!

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対岸に移動したらこのままハイキングコースを歩くこともできるけど、体力温存のためもうちょっと楽しようかな。
さらに別の船に乗り換えて、いっきに1.5キロくらい進むことに。

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湖畔にはいくつもの滝。
つまり、滝の上にも湖があるということ。
湖から湖へ。
草の間を縫うように、水が小さな滝となって落ちていく。

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ちょうど乗っている遊覧船には、日本からのツアーのお客さんたちも乗っていた。
わたしの横にはガイドさんが座り、手作りのノートを見ながら一生懸命プリトヴィッツェについて説明している。

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いまのツアーって昔みたいにガイドさんが大声で説明することはしない。
みんなにイヤホンが配られて、ガイドさんは小さなマイクで小声で説明する。
これは日本のツアー客だけでなく、外国のツアー客もおなじ。
きっと大声での説明はほかのお客さんに迷惑になるのでツアー客はイヤホンで聴くようにしよう!というマナーが定着しつつあるんだろうね。

ツアーのお客さんの後ろの席、つまりわたしたちの横に座ってガイドさんは説明する。
「新緑のいまの時期もプリトヴィッツェは美しいんですが、いちばん美しいのは紅葉の時期。
赤や黄色の葉がエメラルドグリーンの湖のまわりを彩ります。
でも、たったの1週間。
そのタイミングにあわせるのはなかなか大変ですね。」


聞いてないふりをしながらも隣のガイドさんの説明に必死に耳を傾けるイクエとケンゾー。
ガイドさんは息つく暇もなく、次から次にいろんな説明をしてくれている。

「このあたりではアナグマなどいろんな動物もいるんですよ。
でも、我が家で飼ってるネコのほうが大きいんですけどね。」


わざわざペットのデブネコの体重まで言って笑いをとろうとしているけど、誰も笑わない。

「はい、まもなく船が着きます。
自由時間は30分、また船着場で集合です。
ご了承いただけたら手を挙げてください。」


あれ・・・。
誰も手を挙げない。

「集合時間は11時です。
聞こえてますか?
大切なことをいま言ってますので、聞こえていたら挙手してください。」


20人くらいいるのに誰も手を挙げない。

「あれ?聞こえてない?」

あせりながら自分のマイクの電源をチェックするガイドさん。

え?もしかして電源入れるの忘れてた?
一生懸命ノートを見ながらずっと説明し続けていたのに!

でも、電源は入っていた様子。
ガイドさんが、ツアー客の1人の肩をたたき、地声で呼びかける。
「私の声、聞こえてます?」

不思議な顔をするお客さん。
それからは伝言ゲームのように、お客さん同士が肩を叩き合い相手に伝える。
「ガイドさんの声、聞こえてました?」
「え? なんかしゃべってたの?
 イヤホンの電源切ってたわよ。」


あんなに一生懸命説明してたのに!
20人くらいのお客さん全員が電源を切っていたなんて。

でも、無理もないよね。
こんな美しい自然のなか、誰にもじゃまされずに美しさに浸りたい。
遊覧船での移動中もずっとガイドさんが説明するなんてお客さんは期待してなかったんだろうね。

ガイドさんとツアー客のその後が気になりながらも、イクエとケンゾーは森の中のトレッキングコースへ。

ゆるやかな山道を登っていく。

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まずは湖の様子を上から見てみたい。
木々の間からチラチラと見える美しい色にドキッとする。

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視界が開けているところにでるたびに「おぉ~!」とふたりで歓声をあげる。

にじみでる水。
あふれでる水。

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上から見ると湖がどんなふうになってるかわかる。
棚田のように、隣り合う湖に段差があって、高い方から低い方へと水が落ちていく。

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同じ水が上から下へと伝わっているのに、湖によって湖面の色が微妙に違うから不思議。

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湖畔には遊歩道。
あとであそこも通ってみよう。
近くから見ると湖はどんな風にみえるのかな。

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この自然に溶け込むような木道のハイキングコース。

たくさんのコースがあるから、好きな人は何日でも楽しめると思う。
天気や季節によって見える景色も違うだろうし、リピーター率高そうね。
そういうわたしも2回目だけど、このコースは前回歩いてないし新鮮な感動がある。

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湖の東、ヴェリキ・スラップと呼ばれる落差78メートルの滝の真上へ。
そこには湧き水が流れていて、飲めるようになっていた。
冷たくて、甘くて、おいしい!

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もっとも眺めがいいと言われる東側の高台でランチタイム。

みずみずしい木々の緑。
神秘的な色の湖。
豪快に落ちる滝。

青空も見えてきたし、最高の眺め。

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ここまで登ってくる人は多くなくて、まわりには誰もいない。

ケンゾー、クロアチアに、プリトヴィッツェに来られて良かったね!
優しい妻をもって良かったね!

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今度は湖畔の遊歩道を歩いて、美しい湖を至近距離で観察しよう ♪
見下ろしていた湖を目指して林の中を下りていく。

体調も大丈夫そう。
ペースは遅いけど、きつくはない。

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下で待ち受けていたのは、さきほどまで見下ろしていた滝、ヴェリキ・スラップ。
プリトヴィッツェ川とコラナ川が合流する場所。

汗ばんだ体に飛んでくる水しぶきが心地いい。

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湖畔の遊歩道は、上からはわからなかったけど、実際に歩くとけっこう迫力がある。
豪快に流れる滝を階段づたいに登っていく。

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段差のある湖。
湖の高低差の部分は、勢いよくごうごうと水が流れ落ちていく。

いっぽう、湖そのものはとても穏やか。
ゆっくりと歩くと、こころが安らいでいくのがわかる。

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魚さんたちも気持ちよさそう。
水に色がついているのに、この透明度。
ミネラルや有機物でこの不思議な色ができている。
自然の神秘。

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湖を横切るようにつくられている遊歩道。
カーブを描く滝にあわせて、木道もしなやかな曲線を描いている。
間近で滝を見ながら歩く。

滝の白さがまぶしい!

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体の中にまで響いてくるような水の音。
そして、ときどき肌を打つ水しぶきの冷たさ。

体で感じる豊かな水。

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木道の遊歩道もあれば、こんな岩肌をくり抜いたような階段もある。
ちょっとひんやりとする。

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ちょっと歩き疲れたので、ここからは無料のバスに乗ってぴゅーっと移動。
移動中だって、自然の美しさを感じられる。
まぶしい若葉の木々が、流れていく。
大きな窓がなんだか映画のスクリーンみたい。

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あんなにクロアチアに行きたがっていたケンゾー。
外はこんなに美しいのに。
たった10分の移動でも睡眠を優先させてしまう。
車に乗った途端に寝るのは、赤ちゃんよりも得意。

しかも、たらこ唇になって締まりがないし、皮膚が下がってブルドック顔!

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バスで10分寝て、ふたたび元気を取り戻したケンゾー。
今度は西側の湖を歩いていく。

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プリトヴィッツェの湖群は西の方が標高が高い。
西から東の湖へと水が伝わっている。
言ってみれば、西側が上流。

西の方が森がうっそうとしている。

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天気にも恵まれたプリトヴィッツェ。
遊覧船とバスを使えば、1日で東側も西側もじゅうぶん満喫できる。

もちろん帰りのバスでもケンゾーは爆睡。
プリトヴィッツェを楽しめて良かったね、ケンゾー。


さて、森に囲まれた豊かな水の桃源郷、世界遺産の「プリトヴィッツェ湖群国立公園」。
「星いくつ?」

「星、3つ!

森の緑、湖の青、滝の白。
すべてがまぶしくてキラキラしている。

いくつものハイキングコースがあって、自分に合わせてコースを決められる。
疲れたら遊覧船やバスに乗ればいいので、だれでもハイキングを楽しめる場所。
それでいて整備され過ぎている感じでもなく、自然の美しさに身を委ねられる。

誰でにもおすすめの場所です。

さて、あしたは「世界の絶景編」として、きょうお伝えしきれなかった美しいプリトヴィッツェの写真をたっぷりご紹介します。
どうぞお楽しみに♡
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美しい墓地って、なにそれ?

2014.08.24 05:50|クロアチア☞EDIT
エアコンなしの部屋で暑さに耐えながら2日間過ごしてきたんだけど、けっきょく「もうダメだ!」と280円高いエアコン付きの部屋に移ったケンゾーです。
涼しくて快適なんだけど、2日間ほとんど寝られなかったので睡魔と戦いながらこの記事を書いてます。
でも、1日に何度も停電するから辛いんだよなあ。

スロベニアの豊かな自然を楽しむことができたケンゾーとイクエ。
膀胱炎という予想外のハプニングに見舞われてしまったけど、ケンゾーとイクエにとってはかなり好印象の国になった。

バスに乗って次に向かうのはクロアチアの首都ザグレブ

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ザグレブ

イクエは2回クロアチアを旅したことがあるけれどケンゾーははじめて。
クロアチアはバルカン半島屈指の観光大国。
物価もけっこう高いっていうイメージがあるから長居はできそうにないなあ。

リュブリャナで一度バスを乗り換える。
リュブリャナからザグレブまでは10ユーロ。
およそ2時間のドライブなんだけど、気になって仕方ないことがあって落ちつかない。
なにかっていうと、ドライバーの脇見運転がひどいんだよ。

出発してからずーーーっと、いちばん前の席に座ってる客とお喋りしながら運転。
運転よりもおしゃべりに夢中で全然前を見てくれない。
身振り手振りが激しくてつねに片手運転。
ハンドルから両手を離すこともしょっちゅう。

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ふだんはバスに乗ってるとすぐに寝てしまうケンゾーだけど、この日は寝る気にはならなかった。

バスに乗ったままで国境越え。
クロアチアは2013年にEUに加盟したけれどシェンゲン協定には未加盟。
なのでちゃんとスタンプが押される。

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ハラハラしっぱなしだったけど無事にザグレブに到着。
トラムに乗って市街地へ。

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今回予約しているホテルは安くて立地もまあまあ。
だけどちょっと変わってて、ホテルの案内には「当ホテルにはレセプションはありません。到着の1時間前に連絡をしてください。その時間に合わせホテルに行きます。」と書いてある。

これがそのあやしいホテル。
なんの看板もないし、潰れた店舗のような外観。
うん、飛び込みの客はぜったい来ないね。

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事前にメールで写真を送ってもらっていたからすぐに分かったけど、なにも情報がなかったら見つけられないよ。
これまたメールで教えられていた通り、隠されていた鍵を見つけて室内へ。
隠してた鍵を見つけるって、そんなホテルある?

ちょっと変わったホテルの中はこんな感じ。
広いリビングルームの奥にツインベッドルームがひとつ。
つまり家を丸々貸切り状態ってこと。

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レセプションなんてないからふたりきり。
人目を気にせず好きなように使いたい放題。
Wi-Fi、キッチン、冷蔵庫、そして洗濯機まで自由に使える。

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これで1泊ふたりで196クーナ、約3600円。
ザグレブの安いゲストハウスのドミトリーに泊まるよりは2、3百円高いけど、この快適さは魅力的。
ザグレブのAnte Class - Roomsはおすすめです。

いい宿に巡り会えたところで、ザグレブ観光に出発!
まずは新市街と旧市街に挟まれたイェラチッチ広場へ。

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じつはこの時はワールドカップのグループリーグの真っただ中。
広場にはステージと大きなモニターが設置されていた。

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きょうはクロアチア vs メキシコの試合が行なわれる。
今はまだ落ちついてるけど、夜になると盛り上がるんだろうね。
今夜はケンゾーとイクエもここでいっしょにクロアチアを応援しよう。

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旧市街と新市街を隔てるイリツァ通り
ここにイクエお気に入りのスイーツショップ、ヴィンツェクがある。

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ここのピスタチオアイスが絶品なんだって。
「ザグレブの楽しみはここのアイスを食べることだけ」って何度も言ってたからなあ。
たしかに店内はとても混み合っている。
ほんとに人気店なんだね。

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2種類アイスを選んで14クーナ(約260円)。
もちろんひとつはピスタチオとチョコレート。

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チョコレートもピスタチオもとっても濃厚。
ピスタチオなんかそのまんま豆を食べてるみたい。
これで260円だったら高くはない。

アイスがおいしいヴィンツェクのそばには、かわいらしい世界一のものがある。
路地の奥、両側の建物に挟まれるようにあるものは・・・

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ケーブルカーだ。
これが世界一短いケーブルカー、長さは66m。
ちなみに片道4クーナ(約75円)、うん、そんなもんだろうね。

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ケーブルカーには乗らず、横の階段を上って旧市街へ。
すると、なんだか派手な看板のようなものが見えてきた。
なんだこれ?めっちゃ目立ってるよ。

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じつはこれ、聖マルコ教会の屋根!
こんな茶目っ気たっぷりの教会、はじめて見た。

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ガイドブックには「美しい屋根が特徴」って書いてあるけど、美しいっていうより断然「かわいい」だよね。
なんかミッフィーちゃんの絵本とかに出てきそう。

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左側は教会が建てられた13世紀当時にクロアチアを治めていた、クロアチア・スラヴォニア・ダルマチア王国の紋章。
右側はザグレブ市の紋章。

丸いタイルを並べて描かれてるんだけど、LEGOで作ったおもちゃにしか見えない。
世界一派手な教会で間違いないんじゃない?

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ゴシックとバロック様式の建物が建ち並ぶザグレブ旧市街。

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この建物なんかなかなかの年代物。
出窓がいっぱいあるんだけど、中はどうなってるんだろう?
それぞれ独立した部屋なのかな?

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今では世界中の男性があたり前のように使っているネクタイ。
じつはクロアチアが発祥だって知ってた?

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今から遡ること17世紀、クロアチア人の兵士たちは伝統的に美しいスカーフを首に巻いていたんだけど、それを見たフランスのルイ14世が同じものを作らせ、徐々に市民にも浸透していったんだって。
だからフランス語でネクタイは「Cravat」、クロアチア人を意味する「Croat」に由来しているんだね。
ちなみに、日本人ではじめてネクタイを締めたのはジョン万次郎なんだって。

街の規模のわりにレストランが少ないザグレブ。
そのかわり、カフェやバーがひしめいている。
とくにイェラチッチ広場から北へ延びるトカルチツェヴァ通りは激戦区。

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この通りも今夜は人であふれかえるんだろうね。

空を突き刺さんばかりに立つ2本の尖塔が特徴的な聖母被昇天大聖堂
市街地のいたるところから見えるこの大聖堂はザグレブのランドマーク。
尖塔の高さは105mもある。

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13年前にイクエがはじめてザグレブを訪れたとき修復工事中だった大聖堂。
その2年半後、「もう工事は終わったかなあ」と再び訪れるもまだ続行中。
それから10年あまり時は経ち、「あの時の工事はどんな風に完成したのかなあ」と三度訪れてみると・・・

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まだ終わっていなかった。
まあ、歴史的な建物は時間かかるよね。
でも「内部はちゃんと終わってた。着実に進んではいるみたい。」だって。

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思いのほか小さくて旧市街の観光はあっという間に終わってしまう。
イクエが「郊外にちょっと行ってみたいところがある」と言うので行ってみることに。
でもね、その場所がちょっと変わってるんだよね。
その場所とはお墓
まあ、この旅では「〇〇戦争戦没者墓地」とか「△△犠牲者の墓」などよく訪れているので別にびっくりはしない。
だけどこれから行くのは「ヨーロッパ一美しい墓地」なんだって。
墓地が美しいって、どういうこと?

トラムを乗り継いでやって来たのはミロゴイ墓地
いやあ、こりゃあ、ビックリだ。
これが墓地? これ、宮殿やろ?!

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もうアホみたいに「すげえ、すげえ」を連発。
だってこれスゴくない?
実写版ラピュタの撮影にぴったりじゃない?

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しかもこの建物を覆いつくしているものはブドウだってことに驚き。
まだ実は小ちゃいけど、熟したら食べられるのかな。
じつは元々この場所は、中世ミロゴイスキ家のぶどう畑だったんだって。
なるほど、納得だ。

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美しい回廊には数多くの著名人たちのお墓が。
旧ユーゴスラビア時代の著名人もたくさん眠っているんだそう。

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ほんとに宮殿のような回廊。
ドイツの建築家へルマン・ボレーの設計で、12年かけて造られたんだそう。

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2万8千㎡ある敷地内には緑がたっぷり。
不謹慎かもしれないけれど、歩いていてとても気持ちがいい。

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見て回るって言っても、墓地だから当然のように墓しかない。
でもそのお墓がバリエーション豊富でとてもおもしろい。
ピラミッドや寝てるライオンなどかなり個性的。

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さらには草で覆われてしまったり、苔むしてしまったものなど流れた時を感じさせるお墓も。

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これなんかお墓には絶対見えないよね。
ナチュラルなんだけど、なんだかパンキッシュな感じもする。

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この「ヨーロッパ一美しい」ミロゴイ墓地は今では観光名所。
ザグレブ観光ツアーにも組み込まれていてひっきりなしに観光バスがやって来ていた。

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夜の10時、昼間は人がまばらだったイェラチッチ広場へ行ってみると・・・

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おおー、すごい人だかり。
みんな大型モニターに釘付け。

代表ユニホームを着ている人も多い中、ちょっと浮いてるサポーターを発見。

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やっぱりシスターでもサッカーは気になるのかな?
試合を見るために抜け出してきたのかと思うと、なんだか微笑ましい。
写真撮影にもノリノリ♪

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肝心の試合結果は、1対3でメキシコに完敗。
残念ながらグループリーグを突破することはできなかった。

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あしたはクロアチア旅のハイライトのひとつ、世界遺産のプリトヴィッツェ湖群国立公園をたっぷりお伝えします。
期待に違わず素晴らしかった!
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尿検査後の美しすぎる川

2014.08.23 05:30|スロベニア☞EDIT
きのうからクーラーのない宿に泊まっていて、暑すぎて眠れないイクエです。
「エアコン漬けで軟弱になるのと、扇風機の部屋で暑すぎて眠れんのはどっちが体にとって悪いんやろう?」とケンゾーに尋ねたら「そりゃ、眠れん方が体にとって悪いやろうもん!寝らんと死ぬけん」と自信満々に答えるので「いや、死ぬぐらいならどんなに暑くてもその前に寝られるやろ」と言い返したけど「いや、暑いと寝れんで死ぬけん」と言い張ります。
熱中症になるとかならわかるけど、「寝れんで死ぬ」って・・・。

ブレッドに着いた日、ケンゾーとブレッド湖を見られる高台を目指して歩きはじめてから自分の体の異変に気がついた。

左の腰のあたり、いや、脇腹かな、そこがぐーっと傷む。
今まで生きてきていろんな腹痛を味わってきたけど、この種類の痛さは人生ではじめて。
チクチク、するでもない。
ゴロゴロ、するでもない。
ぐーっと痛くて「イタタタタタ」と、つい声がでる。
これまでならお腹が痛くても我慢さえすればがんばって歩けたけど、今回は足があんまり進まない。
一歩一歩ゆっくり歩いて息を整えながら歩く。
「ふぅ~。イタタタタ。ふぅ~。」という感じ。

この痛さはなんだろう。
ちょっと考えてみると、心当たりがあった。
なんか最近、トイレが近いし、トイレをするときに違和感を感じていた。
でも、別にそんなのは一瞬がまんすれば済むことだし、そこまで気にしてなかった。

トイレのときの痛み、そしてこのお腹の痛み。

あ~、これって膀胱炎かもな。

膀胱炎なんてなったことなかったけど、この数日続いているトイレのときの痛みを思えば、自分のその推測は当たっているだろうなって思えた。

そんな推測を持ちながらも、ブレッド湖を見渡せる高台とブレッド城までその日はがんばって歩いた。
がんばって歩けた。
がんばる必要はないんだけど。
自分が我慢強いのか痛みに鈍感なのかわからないけど、「せっかくだし、我慢しながらゆっくり歩けば歩けるしなあ」って思いながら。

ホテルに戻ってインターネットで検索すると、膀胱炎の症状そのものだった。
抗生物質で治すようなので、もっていた抗生物質を飲んだ。

食欲はなくもない。
ごはんは食べられる。

そして、夜。
左脇腹、そして左腰、そして背中側が交互に痛い。
寝る体勢を横向きにしたり仰向けにしたりと変える。
でも、痛みは変わらない。
痛さでまったく眠れない。

インターネットの情報では、膀胱炎のときはたくさんトイレをしたほうがいいし、水も飲んだ方がいいと書いてあった。
だからその通りにする。
眠れないから、起き上がってトイレへ。
ベッドに戻っても痛さでいてもたってもいられず、座ったり体勢を変えたりして、落ちつかないからトイレへ行く。

飲んだ抗生物質はまったく効いてくれない。
痛さで全然眠れないまま、朝を迎えた。
熱は平熱より1度くらい高い。

これは、病院に行ったがいいな。
我慢する必要はないし、こんなときのために高いお金を出して保険に入ってるんだから。
(海外旅行の保険に入ってるんだけど、夫婦で3年間で70万円オーバーの支払いをしてるからね!もちろん掛け捨て。
多くの長期バックパッカーは貧乏旅行でいろんな物をがまんしたり節約したりの旅をしてるけど、そこにはやっぱりお金をかけているんだよね。)

「病院行ってみようかな。」
つぶやいたら、ケンゾーは「よし!行こう!!」と言って、さっそく保険会社に電話をしてくれた。

こういう時は、ほんとうにふたりで旅をしていて良かったなと思う。
ひとりだと問い合わせをするのも、病院に行くのも面倒くさいしそんな気力さえなくて、ホテルのベッドの上でうなって症状が軽くなるのをひたすら待つことになっていたかもしれない。
だって、海外で病院に行くってけっこう憂鬱。
「ここからどうやっていけばいいかなあ」とか「英語が通じるかなあ」とか「診療費の支払いは大丈夫かなあ」とか心配がたくさん。
病院に行くことの敷居が高くて、誰かに「病院に行こう!」と背中を押してもらわないととても行けそうにない。

スロベニアは小国だけど、さすがヨーロッパの国。
こんなブレッドみたいな街にも、保険会社が提携している病院があった。
キャッシュレスの病院。
つまり、保険会社が病院に連絡を取ってくれて「これから日本人のイクエさんと言う人がそこに行きますから、診察してあげてくださいね。支払いはわたしどもが後日やりますから、イクエさんにはお金を請求しないでくださいね。」と伝えてくれるシステム。

保険会社が病院と連絡を取って、受け入れ態勢が取れ次第、こちらに連絡をしてもらえることになった。
その準備ができるまで、まだ時間はかかりそう。

「ケンゾー、せっかくだからブレッド湖が見渡せるもうひとつの山に行ってみたら?」
「・・・う~ん。」
ケンゾーはためらっている。

「行ってきなよ。せっかくだもん。
病院に行けるのはたぶん午後だし、イクエはベッドでゆっくりしとくから。」

「・・・う~ん。」

わたしの体調は悪いとは言え、ケンゾーもホテルにこもる必要はない。
絶景が待っているかもしれないし、わたしは無理でもせめてケンゾーには見てきてほしい。

スマホで地図を見せながら言った。
「ほら、この道をずっと歩いてここから登れば3時間くらいで行って帰って来られると思う。」
「うん。」

ケンゾーは行かないのかなあ。
ベッドに横になっていたら、20分ぐらいしてケンゾーが用意をしはじめた。
「行ってくるけん。」
「うん、時間気にせんでいいけん。」

日本にいるときは仕事がとても忙しくて夜勤や呼び出しもあって、お互いの休日があうのは少なかった。
だけど日本を出て2年近く。
トイレとお風呂に入る以外は、ずーっといっしょにいる。
だから、ケンゾーがいないと不安になる。
自分のことじゃなくて、ケンゾーのことを。
「大丈夫かなあ。うまくたどり着けたかなあ。」とアラフォーおやじを子どものように心配するようになってしまった。

ケンゾーが出かけて3時間以上経った。
もうそろそろ帰るはずなのに、帰って来ない。
「事故にでもあってないかなあ。」と不安になっているとケンゾーが戻ってきた。

「おかえり。どうだった?」
「いやー、よかったよー!
イクエに見せてあげたかった!」


もう、そのケンゾーのその言葉だけで満足した。

ケンゾーは、感動できる美しい湖を見られた。
そしてわたしは、ケンゾーといっしょに見た気になれた。

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保険会社からは「宿泊先から病院までの交通費も後日請求してもらえれば出します」と言われたので、タクシーで行く選択肢もあったんだけど、やっぱりバックパッカー魂はなかなか抜けないんだよね。
ケンゾーと話し合うでもなく、当然のようにわたしたちは歩いて病院に向かった。
10分ぐらい歩けば着くし、その距離でタクシーに乗るなんて想像できなくなっている。
日本で社会人をしてたときはタクシー使ってたのにねえ・・・。ありゃりゃ。

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お医者さんと英語が通じるかが不安だった。
まず、先生がまったく英語がわからずこちらの言いたいことが伝わらなかったらどうしよう、という不安。
そしてもうひとつは、先生の話す専門用語が難しくて自分が理解できなかったらどうしよう、という不安。

ケンゾーが出かけている間「膀胱炎」を英語とドイツ語で何て言うか調べておいた。
ついでに「尿意」とか、膀胱炎がひどくなった病気「腎盂炎」という言葉も。

週末だったので病院は閉まっていたけど、救急外来で診てもらうことになっていた。
救急と言っても、救急そうでない患者ばかりがドアの前で待っている。
30分以上待って、診察室へ入ることができた。
さらにそこで10分待つ。

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どんなお医者さんかな・・・と思っていたら、診てくれるのは若くてクールな女性のお医者さんだった。
女医さんは、すらすらと英語で説明し専門用語もあってほとんど聞き取れない。
どうやらこれから別の部屋で尿検査を受けなきゃいけないみたい。
尿検査の場所も説明してくれたけど、うまく聞き取れず診察室を出て病院の中をうろうろ。
廊下にいた清掃係の女性に聞いて、検査室に連れて行ってもらった。

尿検査の結果の紙をもって、ふたたび女医さんの診察室へ。
尿検査の紙を見て、先生は言った。
これまで先生の英語はほとんど聞き取れなかったけど、その言葉はインパクトが大きすぎてイクエもケンゾーもはっきり聞き取れた。

「メニー バクテリア!」

膀胱炎だった。

膀胱炎だから「メニー バクテリア!」は当然なんだけど、自分よりも若いクールな女医さんからそう言い放たれると・・・なんかちょっと恥ずかしくなる。

膀胱炎が酷くなると、菌が腎臓まであがって炎症を起こす腎盂炎になる。
先生に聞くと、高熱じゃないので「腎盂炎」にまではなっていないという診断だった。

処方箋をもらって、病院の横の薬局へ。
抗生物質をもらった。
診療費はキャッシュレスだけど、薬代は自分で立て替えて領収書をもらい、あとで保険会社に請求する仕組み。

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「メニー バクテリア!」
ふたりで女医さんの言葉を繰り返して、なんかおかしくて笑った。

ちょうどこのときはワールドカップのとき。
ホテルに戻るとケンゾーはテレビでサッカー観戦。

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マレーシアに住む華僑の男性旅行者もちょうどこのホテルに泊まっていて、毎晩深夜までサッカーを観ていた。
「僕はワールドカップの試合にお金を賭けていて、日本にも賭けてるんだよ。」って応援してたけど・・・。
なんか申し訳ない・・・。

抗生物質を飲むと尿意も前ほど感じなくなり、トイレのときの痛みはましになってきた。
だけどやっぱり脇腹や背中が痛い。
痛みで夜もほとんど眠れなかった。
たぶん膀胱炎を放置してたから「腎盂炎」の手前くらいまで進行してしまったのかもしれない。

きょうの午後のバスでリュブリャナに戻りクロアチアのザグレブに行くことにしている。
ブレッドでもうちょっと観たいところもあったけど、もう一度きのうの病院に行って痛み止めをもらった。
(結局この痛み止めは全然効かなくて、けっきょく日本から持ってきていた痛み止めを飲んだら痛みは緩和された。)

どうせホテルをチェックアウトしてバスの出発まで時間をつぶさないといけないし、せっかくだから行きたかったところを観光することにした。
それはブレッド湖から30キロほどのところにあるもうひとつの湖、ボービン湖

ボーヒン湖

バスで行けるし、車窓から眺めて少しだけ歩くくらいなら楽しめそう。
こんなちゃんとしたバスだから、ストレスフリーで行ける。
ヨーロッパで良かった。

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バスはブレッド湖の南側をぐるっと半周していく。
きのうケンゾーがひとりで歩いた道を、バスの中から眺める。

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湖面の色がきのうとは違う。
雲の量や空の色味で湖面は色を変える。

色は違っても、きょうもブレッド湖は美しい。
そしてわたしは「メニー バクテリア!」

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気持ち良さそうに泳ぐ人たち。
そんななか「メニー バクテリア!」なわたし。

ブレッド湖からバスでおよそ40分のボーヒン湖。
トリグラフ国立公園のなかにあって、バスは緑豊かな山道や小さな集落を通っていく。

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渓谷には美しい川が流れている。
緑色なのに透き通っていて、川底が見える。
これはボーヒン湖も期待できそう。

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ボーヒン湖はブレッド湖の3倍もの大きさがある。
湖を1周すると15キロ以上はありそう。
湖の東、リブチェフ・ラズがボーヒン湖の拠点の集落。
ここから湖の周囲をハイキングしたり、レンタサイクルでまわるんだけど、イクエの体は「メニー バクテリア!」

みんながリブチェフ・ラズで降りるなか、イクエとケンゾーはバスに乗ったまま湖の西のウカンツまで。
バスは東から西を半周まわるので、車窓から湖の美しさを見ることができる。

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車窓から見るボーヒン湖。
ブレッド湖よりもすぐ近くに山や森があって、大自然に囲まれている。

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このあたりは冬はスキーができるんだって。
雄大な山々が湖に向かって斜面を描いている。

湖の西の集落ウカンツで下車。
こちらの集落にもキャンプ場やペンションがあり、家族連れがバカンスを楽しんでいる。

すぐ近くまで迫っている岩山。
そのふもとに生い茂る森。
大迫力の自然。

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こんなところに泊まって、山登りをしたり、湖でカヌーに乗ったり。
のんびり2、3日過ごすのもよさそう。

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でも、あいにくわたしは「メニー バクテリア!」
バス停から湖のほとりまで歩くのがやっと。

バス停から湖までは500メートルくらい。
途中、ほんとうにきれいなきれいな川を渡る。

見て!
どうして川がこんな美しい色なんだろう。

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川は濁ってなくて無色透明。
川底の砂がすべて見える。
でも、無色透明なのに、無色じゃないエメラルドグリーンの部分も。
光の角度によって色が無色からエメラルドグリーンになるのか、それとも川底に秘密が隠されているのか、川の流れが影響しているのか。

とても不思議。

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幻想的な川に架かる橋を渡って、木々の間を抜けていくとボーヒン湖が見え始めた。

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とても静かで、雄大で、美しく。
湖が緑がかっているのは、まわりの木々を映し出しているからなのか、それとも水がこういう色なのか。
この湖の水をバスタブに入れたらちゃんと緑になるのかなあ。

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大きな湖を見つめながら「メニー バクテリア!」のイクエはゆっくり腰をおろして湖に見とれる。
あしたは「ア フュー バクテリア!」くらいになってくれないかな。

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この湖を見られたから安心した。
もうこれ以上歩くのも無理なので、そろそろバスで帰ろうかな。

ふたたび、あの幻想的な川を渡る。
ボーヒン湖よりも、この川のほうが気に入った。

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スロベニアはとても小さな国で、有名な観光地も少ない。
しかもクールな女医さんが「メニー バクテリア!」と言い放つ。

それでも、この国は緑鮮やかな森が生い茂り、高い山々がそびえる「アルプスの日の当たる側にある国」
6000もの鍾乳洞があって、「アルプスの瞳」と称えられるブレッド湖がある。
人々は自然に囲まれた場所に愛らしい家を建て、ガーデニングを楽しんでいる。

みんなが幸せになれそうな国。

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スロベニア、けっこう好きだなあ。
「メニー バクテリア!」の身分で好きになったから、もし「メニー バクテリア!」じゃなかったらもっと好きになっていたと思う。

つぎにイクエとケンゾーが目指す国は、クロアチア。
クロアチアでは「メニー バクテリア!」が解消されて、ますます楽しめるといいな。
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絶景に必要なこと

2014.08.22 06:24|世界の絶景☞EDIT
妻から飼ってる犬(日本で留守番中)と5歳の甥っ子とちょくちょく同列に扱われることがあるケンゾーです。
いろんな仕草が犬と甥っ子に似ているそうです。
犬は当然のこととして、この甥っ子とも血は繋がってないんだけどなあ。

自然豊かなスロベニアのなかで随一の人気を誇るブレッド湖。
“絵のように美しい” “アルプスの瞳” とも言われているブレッド湖の全景を一目見たくて、山の上の展望台をめざす。
そんなにハードな道ではないんだけど、ちょっと歩いただけで「フー、フー」ときつそうなイクエ。
大丈夫かなあ。

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しばらく山道を登るとブレッド湖がチラ見えしてきた。
見え隠れするエメラルドグリーンの湖面。
チラリズムが期待を高める。

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汗まみれになりながら展望台に到着。
さあて、どんな絶景が広がってるかなあ・・・

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ビ、ビミョー!!
木が邪魔して湖があんまり見えないよ。
切り立った崖の上に建つブレッド城や白亜の聖マルティン教会はきれいなんだけどねえ。

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ここでのベストショットはこれ。
う~ん、絵のように美しい絶景とはほど遠いなあ。
別のポイントを探さないといけない。

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かつては王族の別荘地としてヨーロッパ中の王侯貴族が訪れてきたブレッド湖。
現在は世界中から観光客が美しい景色を求めてやって来る。
湖畔にはおしゃれなペンションがいくつも並んでいる。

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手入れの行き届いた庭に色鮮やかな花が咲き誇る。
こんなペンションに泊まって庭のベンチで酒でも飲めたら最高だろうねえ。

湖のほとりまで下りてきた。
大昔に氷河が溶けてできたブレッド湖。

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何度も世界選手権が開催されるほど、ボート競技にとってとても条件がいいんだそう。
たしかにエクササイズなのかアクティビティなのか分からないけど、けっこうボートやカヤックを漕いでる人たちを見かける。

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絶景ポイントを求め、今度は対岸のブレッド城をめざす。
湖面からおよそ100mの断崖の上に建つブレッド城からは、いい景色が見られるんじゃない?

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城内に入るにはお金がかかる。
チケット売場手前の門から見える景色は・・・

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生い茂る木が視界を妨げる。
ダメだこりゃ。
雪を頂いたユリアン・アルプスの山々はよく見えるんだけどね。

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iPhoneの地図アプリを見ると、ブレッド城の反対側に眺望マークが付いている。
期待を込めてけもの道のような山道を登っていく。
がんばれ、イクエ。

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雲が晴れ、ユリアン・アルプス最高峰、標高2864メートルのトリグラフ山がくっきりと姿を現した。
けっこう「絵のように美しい」景色になってきたんじゃない?

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そしてお待ちかねのブレッド湖。
3度目の正直で絶景を拝むことができるのか・・・。

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おおー!!
すばらしい!

やっと山と緑に囲まれたブレッド湖をきれいに見渡すことができた。
ちょこんと浮かんでいる小島はブレッド島

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じつはこのブレッド島、スロベニアで唯一の自然の島なんだって。
へえ、そうなんだ。
一応アドリア海に面してる部分もあるけど、ほとんど内陸の国だしね。
でもよく考えたら、島が無い国ってたぶん珍しくはないよね。
島国の日本では考えられないけど。

翌日、さらなる絶景を求めて別の展望ポイントへと行くことにしたケンゾー・・・ひとり。
きのうがんばり過ぎたのか調子が悪いのでイクエは宿で休むことに。

旅をはじめて1年と9か月、何をするのもふたり一緒で24時間つねに共に行動してきたケンゾーとイクエ。
別行動をしたのは、インドで体調を崩したイクエを宿に残し、ケンゾーひとりでタージマハルやカジュラーホの寺院を見学したときだけ。
イクエは以前に見たことあったしね。

「イクエのことは気にせんでいいけん、ゆっくり楽しんできて」とベッドに横になったイクエから送り出されたケンゾー。

イクエを宿に残し歩き出したのはいいけれど、前にも後ろにもどこにもイクエがいないっていうのはヘンな感じだ。
イクエの体調も気になるけど、ちゃんと展望ポイントまでたどり着いてブレッド湖の絶景をイクエの分までちゃんとこの目で見るんだ、ていう変な使命感が湧いてきた。

♫ タラタッタ タラタッタ タッタタラタッタ~ だ~れにも内緒で・・・ ♫
「はじめてのおつかい」のテーマ曲をつぶやきながら湖沿いを歩いていく。

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スロベニア唯一のちっちゃなブレッド島には聖マリア教会が建っている。
もともとスラブ民族に伝わる愛と繁殖の女神「ジヴァ」の聖地として祀られていた場所に教会が建てられたんだそう。
現在残っているバロック様式の教会は17世紀に建てられたもの。

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この聖マリア教会の鐘は「希望の鐘」と呼ばれ、とくに恋愛成就を願う人々に人気。
希望の鐘にはこんな伝説がある。

昔々、ブレッド城に夫を亡くし悲しみに暮れる若い未亡人が住んでいた。
亡き夫ともういちど会うという願いを託し鐘を作った未亡人。
しかし、完成した鐘を島へ運ぶ途中に嵐に遭い、鐘は船とともに湖に沈んでしまった。

絶望した未亡人はすべてのものを売り払い島に教会を建て、自分は尼僧となりローマの修道院で一生を終えた。
彼女の死後、この話に感動したローマ法王が、未亡人が島に建てた教会のために新しい鐘を寄贈した。
彼女の願いが永遠に響き渡るように・・・。


聖マリア教会にある鐘を7回鳴らすと幸運が訪れるんだそう。
鐘が鳴り響いている間に男性が女性に想いを伝えると願いが叶うんだって。

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ロマンチックだねえ。
この言い伝えにあやかって、この島で結婚式を挙げるカップルも多い。
その際は、新郎は船着場から教会まで99段の階段を新婦を抱きかかえて運び、運ばれている間新婦は沈黙していないといけないという伝統があるんだって。
結婚式に向けて男性は筋トレ、女性はダイエットをするカップルが多いんだそう。

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途中で道を逸れ、森の中の山道を歩いていく。
15分くらい歩くとパッと視界がひらけた、展望ポイントに到着。
岩の上にちゃんとベンチもあるよ。
さあ、どんな景色が見られるかな?

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おおー、いいやん!
湖、ブレッド島、ブレッド城、ブレッドの町、ユリアン・アルプス、全部見渡すことができる。

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曇ってるから湖面はそこまできれいじゃないけど、ところどころエメラルドグリーンに輝いてるところもある。

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これでも十分なんだけど、せっかくなのでもうひとつのポイントにも行ってみよう!
はりきって歩きはじめたんだけど、道がだんだんスゴいことになってきた。
倒木が行く手を遮る。

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♫ しょげないでよ ベイベ~ ♫
頭の中では「はじめてのおつかい」で子どもが泣き出すときに流れる曲がリフレイン。
♫ しょげないでよ ケンゾー ♫

お、またベンチが見えてきた、ポイントに到着かな。
もうチラ見えしてる景色で絶景の予感ありありだ。

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それでは、絵のように美しいブレッド湖の絶景をどうぞ。

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きれいだね。
晴れてて日が差してたらもっと鮮やかで美しいだろうね。

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イクエにこの絶景を見せてあげたかったなあ。

きれいだけど、やっぱりふたりで見ないとちょっと物足りないや。
絶景成立のポイントは大切な人といっしょに見るってことかな。

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世界遺産の鍾乳洞 地球って奥が深い

2014.08.21 06:04|スロベニア☞EDIT
日本にいるときは真夏でもエアコンをつけずに窓を開けて寝ていたけど、いまは一日中ホテルのエアコンをいれて過ごしているイクエです。
エアコン漬けになってしまったら、体力が落ちそうだし暑さに弱くなって夏バテしそうだけど大丈夫かな。
みなさんはどのように過ごしていますか。

とても小さな、だけどとてもかわいい首都リュブリャナにいるイクエとケンゾー。
リュブリャナの観光地と言えば、狭い範囲の旧市街くらいしかない。

でも、スロベニアにはヨーロッパ最大規模のふたつの鍾乳洞があるらしい。
シュコツィヤン鍾乳洞ポストイナ鍾乳洞

どちらに行くか迷ったけれど、世界遺産になっているシュコツィヤン鍾乳洞に行くことにした。
鍾乳洞の最寄り駅はディヴァチャ。
けっこう遠いけど、日帰りで行ける距離。

ディヴァチャ

リュブリャナ駅から列車でゴー ♪
およそ1時間50分ほどの旅。
運賃は往復1人19ユーロ。

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自由席なのに、車内はコンパートメントで座席と廊下の間にドアがあった。
座席は広々。

スロベニアは小さい国だし、首都の駅とは思えないほど駅も小さい。
だけどいろんなことろが、ちゃんとしている。
不自由や不便は感じないし、小さい国だけど「さすがヨーロッパ」って感じ。

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でも、国全体が「のどかな田舎」なんだよね。
交通量が多くて建物が密集しているのは限られた街だけで、ほとんどの集落は小さな村っていう感じ。
でも都会の生活にあこがれるでもなく、みんな自然に囲まれた自分たちのふるさとで豊かに暮らしている雰囲気が漂っている。

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家もかわいいし、庭の手入れも行き届いているし、上手に生活している。
みんな幸せそうに暮らしてるなあって感じが伝わってくる。

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列車は、たまーに出現する集落を通過しながら、森を抜け、山のなかを進んでいく。

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1991年に旧ユーゴスラヴィアから独立したスロベニア。
スロベニアって日本の四国くらいの国土で、人口も200万人あまり。
ヨーロッパの国のなかではそれほど力ももっていないだろうし、国としては小さすぎる気もする。
だけどじゅうぶん国として成り立っている。
中世の〇〇王国とか公国って感じに似ている。

スロベニアを見ていると「国」ってなんだろうな、べつに「国」って大きくなくてもいいし、小さくてもそこに住む人たちが幸せならそれでいいな、領土の拡大をめざすとか馬鹿らしいなって思えてくる。
日本でいう県単位くらいの規模の国があっても不思議じゃない。

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列車は田舎の街ディヴァチャ駅に到着。
ここから洞窟までは歩くには長すぎる距離。
かといって、タクシーに乗るのも高くつくし・・・。

でも大丈夫!
列車が到着する時間にあわせて、こんな立派なシャトルバスが出ているから。

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しかも無料!
こういうサービスがちゃんとともなっていると、入場料が多少高くてもそんなに文句は出ない。
入場料が高くてもしっかりしたパンフレットがついていたり、無料の音声ガイダンスがあったり、掃除やメンテナンスが行き届き、スタッフの対応がいいととても好感がもてる。
高いのにそれがひとつも達成されてない観光地もたまにあって、そんなところはテンションが下がってしまう。

日本のレベルはどうだろうね。
日本の観光地のコストパフォーマンスはかなりいいと思う。
ヨーロッパの観光地と比べると入場料はとても安い。
メンテナンスも行き届いているし、スタッフの対応もいい。
難点は、外国語の説明が不十分なことかな。

バスに揺られること10分あまり。
シュコツィヤン鍾乳洞に到着 ♪

鍾乳洞は山の中にある。
というか、谷底にある。
谷底どころか自分たちが立っている場所からはるか下の、地下深くにある。

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上の写真ではわかりにくいかもしれないけど、集落があるのは崖の上。
ここから見下ろすと、ぽっかり丸く大地に穴が空いたように陥没したような谷底がある。
そのすり鉢状のさらに地下に鍾乳洞が隠されている。

逆に言えば鍾乳洞の出入り口からは周囲を囲んだ崖を見上げることになる。

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鍾乳洞は自分たちで勝手に見て回ることはできない。
危ないからかもしれないし、貴重な鍾乳洞を傷つけられるのを防ぐためかもしれない。
入場券(1人16ユーロ)を買うと、専属のガイドさんが案内してくれる仕組み。
ツアーの出発時間は1日に数回しかないので、おとなしく待つ。
時間が来るとガイドさんのあとをみんなで大移動。

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鍾乳洞は崖の下にあるので、駐車場やチケット売場がある場所から鍾乳洞の入口までは思いのほか歩くことに。
美しい森の中を団体で下っていく。

このあたり一帯からは考古学的に価値がある出土品がたくさん見つかっているのだそう。
1万年以上前からここで人が生活していた形跡が残ってるんだって。

1万年ってとても長い歴史を感じる。
卑弥呼の時代から現在まではたったの1800年くらい。
このたったの1800年で日本は急成長したね。

さて、世界遺産の鍾乳洞はいかに!?
その内部をご覧いただきましょう〜!!

っていいたいところだけど内部は写真撮影厳禁。
残念。

これまでもいろんな鍾乳洞を見てきたけど、ここシュコツィヤンの特徴はその大きさ。
「こんな空間が地下に?」ってびっくりする。
まるで「地球に存在する隠された別の星」。
鍾乳洞の中には川や滝もある。

看板の写真で伝わるかな。
左側の岩肌に線のように連なっているのが遊歩道。
どどーんとでかい空間がずーっと続いている。

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ハイライトは鍾乳洞内の橋を渡ること。
橋の下に流れているのはレカ川。
はるか下からゴーッと音が聞こえてくる。

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地表から160メートルのところに川が流れている。
そして橋の上から、はるか下の川を見つめる豆粒のような存在のわたしたち。
ずいぶん高いところにいるなあと思うけど、それでも実際にはわたしたちは地下にいて、人間の生活はわたしたちよりもずーっと上の地上で繰り広げられている。
世界が何層にもなっているような、不思議な感じ。

1時間20分くらい鍾乳洞の中を歩き、入口とは違うところに出てきた。
鍾乳洞の中で方向感覚がわからなくなっていたのに、さらに違うところに出るなんて予想外。
ここはどこ?

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今から3000年ほど前、このあたりはヨーロッパの重要な巡礼地のひとつだったんだって。
暗い地底へと続くぽっかりと空いた穴。
死後の世界や先祖の霊魂を連想させるものだったらしい。

ここの楽しみは鍾乳洞だけではない。
この渓谷をハイキングするもの気持ちがいい。
というか、鍾乳洞の出口で解散なので結局シャトルバスが待つ駐車場まで行かないといけなくて、必然的にハイキングすることになるんだけど。

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駐車場ははるか上。
岩肌に沿った遊歩道を歩き、少しずつ地上へと上がっていく。

途中まで歩くと、今度は先ほどまでいた場所を見下ろすことができる。

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下に流れている川が鍾乳洞にも流れていたレカ川。
何十年かに一度は大洪水になるみたいで、そのときはいっきに水位が何十メートルも増し、この谷底に水が押し寄せる。
鍾乳洞の中も水であふれるから、万が一鍾乳洞にいたら大変なことになる。
さっき鍾乳洞を歩いたとき、わたしたちの歩いていた遊歩道とは別に下の方に古い道が見えた。
きっと増水のことを考えて、上の方に遊歩道がつくられ直されたのだと思う。

太陽を受けてキラキラした緑のなか。
この先に谷底を見下ろせる展望台があるはず。

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森の中から視界がひらけた場所へ。
ここから見ると崖がぐるりと取り囲み、すり鉢状になっているのがよく分かる。

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崖の途中に滝があり、真下へと水が流れている。
鍾乳洞の出口が下の川のあたり。
いく層にもなったダイナミックな世界。

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国土は日本の四国ほどの大きさのスロベニア。
でも、鍾乳洞はなんと6000もあるんだって!
まだ発見されてない鍾乳洞もありそうだね。
緑も山もあって、とても自然豊かな国。

探検気分を味わえた1日。
帰りもシャトルバスで駅まで行き、列車に乗って大家族の家へ。

次の日は大家族に別れを告げて、次に目指すのはスロベニアのいちばんの観光地ブレッド

ブレッド

6人の子どもをもつ子育てのプロ、ペトラがバス停まで見送ってくれた。
「ちょっと先に家、出てるわねえ」と言って一足先に出発していたから、なにかと思ったら道ばたでわたしたちのために野いちごを摘んでくれていた。
タッパーに入った野いちごをお土産にいただく。

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少しの間だったけど、仲のいい大家族とともに、自然に囲まれたすてきな家で過ごさせてもらってありがとうございました♡
いつもかわいい笑顔を見せてくれる天使、ヘレナちゃん。
優しい家族からの愛情をたくさんもらってすくすく育ってね!

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バスを2回乗り換えてブレッドを目指す。
ちなみにリュブリャナ駅前からブレッドまではバスで7.8ユーロ。
窓口で行きのチケットを買った後、窓口横の自動券売機で買う方が安いということが判明。
帰りの分の6.3ユーロのチケットを券売機で買った。

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スロベニアは「アルプスの陽の当たる側にある国」って呼ばれているんだって。

スロベニアのアルプスは「ユリアン・アルプス」と呼ばれていて、その反対側にはオーストリアやスイスのアルプスがある。

スロベニアは山がちの地形だけど、穏やかで明るい雰囲気。

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気分が晴れやかになる景色を見ながら、1時間半弱で着いたブレッド。

かわいくて、広々とした庭をもち、「住人はいい感性してるんだろうなあ」って思うようなすてきな家が建ち並ぶ。

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今回の宿はインターネットで申し込んだMarija Lesnikという湖畔のホテル。
ドミトリーでひとり1泊13ユーロ。

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ここには2泊。
ドミトリーだけど1泊目はふたりだけで貸切り状態だった。

自由に使えるきれいなキッチンもあって、なかなかおすすめの宿。

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ダイニングキッチンの窓からはブレッドのシンボルが見える。
切り立った岩の上に建つ赤い屋根のブレッド城
あの城から見る景色はどんなんだろうなあ。
あとで行ってみよう〜。

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ブレッドのいちばんの見所はブレッド湖
エメラルドグリーンの美しい湖は「アルプスの瞳」なんて称えられる。

さっきバスターミナルからホテルまで歩いた時もブレッド湖を見たけれど、せっかくなのでちょっと山に登って上から見てみようかな。

山の上でランチしながらブレッド湖を眺めよう!
スーパーでバゲッドやハムを買って、山を目指す。

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でも、なんかちょっと体の調子がおかしい。
脇腹が痛くてゆっくりとしか歩けない。

「ちょっと、お腹痛い。」
「ふーん。」と答えるケンゾー。

「ケンゾーとは痛さのレベルが違うけん。」
つい口にした言葉にケンゾーはちょっとふてくされた。

冗談半分、本気半分の言葉。

これは長所なのか欠点なのかわからない。
よく言えば、わたしは体の不調や痛みに我慢強い。
悪く言えば、自分の体の不調に鈍感でなんとかしようと思うタイミングが遅い。

保育園のころ、ほかの園児が「せんせい〜、あたまが痛い」とか「ケガした〜」とか泣いても「はいはい。痛いの痛いの飛んでけ〜」と先生たちはあしらっていた。
だけどわたしが「せんせい〜、ここが痛い」と言うと先生はきゅうに深刻な顔になってわたしを職員室に連れて行きベッドに寝かせ、ほかの先生たちも集まってわたしの様子を見に来てみんなで心配していたのを覚えている。
先生はいつも「イクエちゃんが痛いっていうときは、ほんとうに痛いときなんだもんね。だからちゃんと診てあげないといけないんだよね。」って言っていた。

大学のころは帯状疱疹になってしまい、そのときは「まあなんかヘンな痛さがあるけど虫刺されかな」とバカな判断をし、ムヒを塗っていた。
でもいっこうに治らなくて病院に行ったら「今からすぐ入院です!絶対安静にしてください。点滴は毎日3回打ちます!」と言われて、通院だけで済むものをほったらかしにしていたばかりに8日間も入院するハメになった。

わたしは別に体が弱いわけでもない。
だけどすぐに治るようなものを、ほったらかしにしてその結果ひどくなってしまう。
「ああちょっと頭が痛いなあ、でも気のせいかなあ」と思ってほったらかしにして、いざ熱を測るとけっこう高熱、ということもよくある。
自分でよくわからないので、この旅では体温計を持ち歩いていて、ちょっとでも様子がおかしいとこまめに熱を計るようにしている。

今回感じる脇腹の痛み。
今まで味わったことのない痛み。
なんか変かもなあ〜。
でも、山の上でさっきスーパーで買ったパンを食べたら治るかなあ〜。

そう思いながら山の上を目指した。

次回は、絵に描いたように美しいブレッド湖をご紹介します。
わたしのその後のことについては、その次に書こうかな。

まあ、今はぴんぴんしてるから大丈夫なんだけど。
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天使の笑顔にメロメロになるおっさん

2014.08.20 05:43|スロベニア☞EDIT
ほぼ一日中エアコンの効いた部屋にこもって軟弱化しているケンゾーです。
次の国はネット環境が悪いと思われるので、更新が途切れないように毎日ちまちまとブログを書いています。
もうすぐしたらエアコンなんて夢のまた夢っていう日々がやってくるから、今だけだから、いいよね。

おしゃれな街リュブリャナでカウチサーフィンのホストと待ち合わせをしているケンゾーとイクエ。
ふたりの前に現れたのはベビーカーを押したママ、ペトラ。
まさか小さい赤ちゃんがいる人がホストしてくれるとは思ってもいなかった。

近くの実家に車を置いているそうなので歩いて向かうことに。
この公園もきれいに整備されていて雰囲気がいい。
リュブリャナはとても住みやすそうな街だ。

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「ここよ」とペトラが入っていったのはかわいいお菓子屋さん。
ペトラのお父さんとお母さん、お姉さんが手作りのケーキやアイスを販売しているんだって。

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しかもただのお菓子じゃない、作っているのはアレルギーフリーのスイーツ。
数種類のケーキと全てのアイスクリームはベジタリアンよりも厳格なビーガンもOKなように卵や乳製品を使っていない。
小麦粉と砂糖まで不使用だっていうから驚き。
「好きなケーキやアイスを選んでね」と超健康スイーツを頂けることに。

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ペトラのお父さんとお母さんがこの店を開いたのは、60歳ぐらいのときなんだって。
それまでお父さんは技術者でまったく違う仕事だった。
でも、お母さんがお菓子作りが好きだったからその年齢から第2の人生を2人で歩むことにしたのだそう。
今ではリュブリャナの有名店になっている。

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ケンゾーはピスタチオのアイスをチョイス。

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うん、ふつうに美味しい。
なんで砂糖を使ってないのにちゃんと甘いんだろう。
これだったらアレルギーを持ってる人でも安心して食べられるね。

イクエはふつうのケーキを選択。
せっかくなのでビーガン用のケーキを食べてみたかったけど、値段を見たら高かったので遠慮したんだって。
1カットで1000円近くだったけど、でもビーガンやアレルギーの人も食べられるケーキなんてなかなか手に入らないから売れているみたい。
イクエが食べたのは、ペトラのお父さんが好きだと言うバニラ味のケーキ。

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こっちはふつうに美味しい甘いケーキだった。
ふつうのケーキだから当然か。

ビーガン用のクッキーをお土産にもらったんだけど、ふつうのクッキーと何も変わらない味と食感にビックリ。

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小麦粉と卵を使わないでなんでクッキーができるんだろ?

ここでお店にいたミハレク家のかわいい子どもたちを紹介 ♪
次女のルシア(10)と四女のヘレナ(7か月)!

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かわいいー!!
なにこの生まれついてのアヒル口!!
めちゃくちゃかわいいやん。
しょっぱなから天使のようなヘレナの笑顔にケンゾー撃沈。

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でもちょっと気になることがない?
このヘレナちゃん、女なんだよね。
じつはミハレク家には6人の子どもがいるんだよ!
5人兄弟のケンゾーもビックリだよ。

まさか8人家族の家にホームステイするとは思ってもいなかった。
どんな兄弟姉妹なんだろうね、楽しみだ。

自然派のミハレク家が住む家は市街地から40km離れた山の中。
車で走ることおよそ40分、終盤は完全な山道。
パッと視界がひらけた先に大家族の家があった。

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家の中からは子どもたちの遊ぶ声が聞こえてくる。
このロケーションだといくら騒いでも近所迷惑にならないからいいね。

大きな窓からさんさんと日が差し込むダイニングルーム。
子どもたちの格好の遊び場だ。
ヘレナちゃんもお兄ちゃんお姉ちゃんに負けじと縦横無尽に床の上を這い回る。

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やっぱり木造の家はいいね。
柔らかくて温もりがあって子どもに優しい。
ヘレナちゃんは家の中ではオムツもせずにスッポンポンでいるんだって。
ペトラは「この子は6人目だから、赤ちゃんの考えてることとかどうすればうまく子育てできるかわかってきた。この子がトイレに行きたいタイミングもわかるの。」って言ってたけど、たしかにスッポンポンなのにケンゾーとイクエが滞在中一回もヘレナちゃんがおもらししているのを見なかった。

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ここで大家族のメンバーを紹介しま~す。
左から、三女ジュリア(8)、長女クララ(12)、次女ルシア、お母さんと四女ヘレナ、お父さんと次男レナート(6)、そして長男ウルバン(12)。
いちばん上のウルバンとクララは双子なんだって。
お父さんは外科医、今は育児休暇中だけどペトラもお医者さん。
みんないい表情だよね。
ほんとうにけんかもせず、いい子たち。

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6人も子どもを生んだペトラだけど、最初の子は31歳のときの子どもなんだって。
「スロヴェニアの女性の出産年齢はけっこう高いのよ。」って言ってた。

3年前くらいに建てたというこの家。
「とにかく家の中は物があふれてスゴいことになってるから!」
って前もって聞いてた。
たしかに、とくに服の量が多くてスゴいことにはなってるんだけど、子どもが6人もいたら散らかるのは仕方がない。
洗濯機をまわす回数も多くて、たたむのも大仕事。
赤ちゃん1人だけの量でも洗濯って大変なのにね。

それよりもビックリしたのは、家の中にドアがひとつもないこと。
ぜーんぶの部屋が丸見えなんだよ。
もちろんトイレも!

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バスルームはお父さんとお母さんのベッドルーム横。
開放的すぎて落ちつかない!

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「家を建てたのはいいけど、お金がなくてドアが付けられないんだ」ってお父さんは言ってるけど、「もうなくてもいっか!」って思ってるんじゃない?
でも女の子が多いし、これから年頃になってきたら絶対イヤだよね。

陽が沈んで夕食タイム。
子どもたちはそれぞれ思い思いの食べ物を食べている。
ベジタリアンのミハレク家、長男ウルバンが食べてるものは・・・

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ブルーベリー!
ひたすらむしゃむしゃとブルーベリーを食べるウルバン。
それだけでお腹空かないのかな?

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ケンゾーたちも夕食はパンやフルーツ。
なんだかちょっと物足りないなあと思っていたら、お母さんがお菓子を作ってくれた。
チーズたっぷりのロールケーキのようなお菓子。
オリジナルはドイツって言ってたかなあ。

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といっても、夜はフルーツメインでかなり軽く済ませるみたいだね。
大人になって野菜しか食べないっていうのは健康にいいかもしれないけど、育ち盛りの子どもは肉も魚も食べなくて大丈夫なのかな?

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ミハレク家はけっこうスポーツ一家で、次女のルシアちゃんは新体操でオリンピックをめざしている。
肉や魚を食べなくても豆や乳製品で筋肉を作るタンパク質なんかは補えるのかな?

聞いてみたら、足りない分はサプリメントで補ってるんだって。
お父さんもお母さんもお医者さんでいろんな患者さんを診ているからか「現代の子は太り過ぎで健康によくない」「肉は脳をダメにする」って言ってた。

しばらくすると、ヘッドライトを頭に装着した子どもたちがぞろぞろと集まってきた。
外を探検でもしに行くのかなと思ったら・・・なるほどね。

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歯磨きタイムだった。
かわいいなあ、ちびっ子たち。
人数が多いからお母さんは大変だね。

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ペトラはけっして子育ての手を抜かない。
ほんとうに子育てのプロって感じだ。
こんなに子どもの人数が多いのに、子ども同士のわめく声もないし、家の中があわただしくててんてこ舞いって感じもまったくない。
かといって子どもたちはおとなしいわけでもなく、いつも明るくて楽しそうにしている。
不思議だ。

ケンゾーたちに用意されたのは、えっと誰かの部屋。
イクエにはジャストサイズの子ども用のベッド。

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たくさんのおもちゃに囲まれて寝るのも悪くない。
いい夢見られそう ♪

とくに楽しい夢も見られず目覚めた翌日。
狭いスペースで仲良く寝ている子どもたち。

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ベッド取っちゃってゴメンね。
でも、この子たち、ケンゾーとイクエがいないときもベッドに寝なくてロフトや大きな段ボール箱に入って寝たりしてるんだって。
たしかに子どもの時って、狭いところって意外と好きじゃなかった?
秘密基地っぽくてケンゾーは好きだったなあ。

朝日がたっぷり降り注ぐダイニングで朝ごはん。
窓の外へと視線を移せば、のどかな山村の景色に心洗われる。

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仕事で忙しい2人は以前はリュブリャナの中心部に住んでいたけど、この大自然に癒やされたくて引っ越してきたんだって。
こんな田舎だからけっこう不便で街への直通バスもないし、近くにスーパーもない。
でも毎日この景色を見られるんだから、そんな不便さなんてたいしたことない。

そして癒しと言えばこの子でしょ。
こんなにいつも笑ってる子、はじめてだよ。

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ほんとうに不思議なくらい表情豊かでいつも笑っている。
きっとお兄ちゃんやお姉ちゃんからいつも愛情をもらっていて、ペトラの子育てもいいからだと思う。

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子ども6人の母親であるペトラの子育ての秘訣。
それは「つねに赤ちゃんをリスペクトすること!」。

「まだ何もわからない赤ちゃんだから」って赤ちゃんを軽視しちゃダメ。
赤ちゃんも好きで泣いてるんじゃない。
泣いている原因を考えてそれを取り除いてあげることが大事。
赤ちゃんが泣いていたら自分がほかのことで忙しくてもいったん作業を中断して「ごめんね」と言って、嫌な思い、怖い思いをしている赤ちゃんを安心させてあげる。
まだ小さい赤ちゃんだけど、一人前の人間としてちゃんと向き合ってあげることが大切なんだって。

きっとその子育ては大成功してると思う。
だって、いつもこの笑顔だもん。

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こんな顔で見つめられると、そりゃ40間近のおっさんもメロメロになっちゃうよ。
笑顔がたまらないヘレナをバックパックに入れて持って帰りたくなったケンゾーだった。
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おしゃれな街に世界の「ケンゾー」

2014.08.19 05:47|スロベニア☞EDIT
襟ぐりがでろんでろんになっちゃって乳首がチラ見えしていたタンクトップを妻に補正してもらったケンゾーです。
ジャストサイズになって乳首を隠すことに成功。
あと半年くらいもってくれるかな?

レンズの修理が終わるまでハンガリー近隣で時間を潰すことにしたケンゾーとイクエ。
まずはハンガリーの西隣、四国ほどの大きさしかないスロベニアに行くことに。

ブダペストの街とはしばらくお別れ。
メトロに乗って長距離バスが発着するネプリゲト バスターミナルへ。

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ブダペストからスロベニアの首都リュブリャナまでは5900フォリント(約2700円)、およそ8時間。
クロアチアのザグレブを経由するのでけっこう時間がかかる。

リュブリャナ

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およそ4時間でハンガリーとクロアチアの国境へ。
車掌がパスポートを回収し、ハンガリーの出国・クロアチアの入国スタンプが押されると返却してくれる。

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バスの車内に座ったままなのでとても楽ちん。
パスポートが返却される時、車掌が1人ずつ名前を呼び上げていくんだけど外国人の名前、とくに韓国人なんかの発音がおかしくて車内がちょっとした笑いに包まれる。
おじさんの車掌が「まいったなあ」って感じで照れてるのも微笑ましいし、なんだか意外なところで旅してる感が醸し出されて悪くない。

クロアチアに入国して2時間、首都ザグレブを経由してスロベニアとの国境へ。
ここではバスから降りて出入国の手続き。

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クロアチアとスロベニアのイミグレーションは隣り合っているので、ポンッポンッっとベルトコンベアー方式でスタンプを押してもらう。
さあて、あまり馴染みのないスロベニアってどんな国なんだろうね。

国境からのどかな田舎道を走ること1時間ちょい、スロベニアの首都リュブリャナに到着。

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リュブリャナでもカウチサーフィンでホームステイさせてもらえることになっている。
夕方の待ち合わせまで時間があるのでリュブリャナ観光をすることに。
邪魔なバックパックはバスターミナルの目の前にあるリュブリャナ駅構内のコインロッカーへ。
ロッカー代は24時間で3ユーロ。
ちなみに、この駅はフリーWi-Fiが飛んでるし、トイレも無料。

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リュブリャナはとてもコンパクトな街。
見どころがギュッと詰まっていて歩きで充分。

歩きはじめてすぐにこの街を気に入ったケンゾー。
具体的にどこが?って聞かれるとちょっと返答に困るんだけど、強いて理由を挙げると街の雰囲気がいい。
青々と茂る街路樹が多くて健康的だし、道ゆく人たちの表情もとても明るい。
同じ旧社会主義国でもブダペストとはぜんぜん雰囲気が違う。

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とてもおしゃれな店が軒を連ねる新市街。
でもそんなおしゃれな街並みよりも気になって仕方ないものが頭上に。

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え〜っと、どっちから突っ込もうか。
やっぱり靴、だよね?
電線になぜか大量の靴がぶら下がっている。

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なんなんだろう?
まさか靴飛ばしが流行ってるって訳じゃないよね。
アートかな?

もうひとつ気になるのは街灯の笠。

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これだとまさに傘の笠、だね。
けっこうアートに力を入れている街なのかも。

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街はリュブリャニツァ川を境に新市街と旧市街に分かれている。
川に架かる橋のひとつ、竜の橋

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その名の通り、欄干の上にはゲームに出てくるような竜が睨みをきかせている。
なんでもリュブリャナ市のシンボルが竜なんだそう。

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なんだかちょっと子どもっぽくておもしろい。

旧市街の丘の上にはリュブリャナ城が建っている。
リュブリャナの街を一望できるそうなので上ってみることに。

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1144年に建てられたリュブリャナ城。
かつての城内にはカフェやレストランがあり、リュブリャナ市民の憩いの場となっている。

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刑務所として使われていたこともある城内の一部は無料で見ることができる。
小学校の社会科見学のような団体もいてけっこう賑わっていた。

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1489年に完成したゴシック様式の礼拝堂。
淡いピンクの色使いがとてもかわいい。
市民の結婚式によく利用されているんだそう。

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城から見下ろすリュブリャナの街。
赤い三角屋根の古い家が寄り添うように密集している。

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自然豊かなスロベニア。
首都もこんなに緑が多くて癒やされる。
小鳥があちこちでさえずっている。
首都でこれだけ鳥の声が響いているところはそうそうないんじゃないかな。

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旧市街もとてもおしゃれ。
ブティック、ギャラリー、カフェ、レストランが軒を連ね、とても活気がある。
日本でいう代官山みたいな雰囲気、福岡だと大名かな。

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こいつはちょっとお疲れモードだけど・・・。

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人口30万弱という小さな街なんだけど、成熟してとても落ちついた雰囲気に好感がもてる。
まったくノーマークだったけど、いい街だ。

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どことなく街のそこかしこにアーティスティックなムードが漂うリュブリャナの街。
路上パフォーマンスもひと味違ってなんだか上品。

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なかには、凡人ではよく理解できないアートもあったけど・・・。
チ◯ポは何を表現してるんだろう?

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街の中心、プレシェーレン広場
ひときわ目立つピンク色の建物はフランシスコ教会

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新市街と旧市街を繋ぐ広場には三本橋という有名な橋が架かっている。
元々は中世に架けられた橋だったんだけど、その後両脇に歩行者用の細い橋が付け足されたんだそう。
ちょっと分かりにくいけど、3つあるのが分かるかな?

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竜の橋といい三本橋といい、ネーミングはちょっと安直だね。

それにしてもおしゃれな街だ。
古いものと洗練された新しいものが見事にお互いを引き立てあっている。
恋人たちもおしゃれな街の演出に一役買っている。

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そんなおしゃれな街でケンゾー発見!
外国で根強いファンがいる世界のKENZO

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イクエの名前はなかなか覚えてもらえないことが多いけれど、ケンゾーは「オー、ナイス パフューム!」とよく言われてすぐに覚えてもらえる。
ちょっと照れくさいけど、イミグレーションでも受けがいいからKENZOさまさまだ。

いい時間になってきたのでホストとの待ち合わせ場所へ。
歩いて向かう途中にこんなかわいらしい建物を発見。

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絵本に出てくるお城のような建物は、なんとアメリカ大使館。
どこの国でもアメリカ大使館は広大な敷地に無骨な建物、厳重な警備っていうのが相場なんだけど、こんなかわいらしい大使館もあるんだね。

待ち合わせの美術館前でホストが来るのを待つケンゾーとイクエ。
バケーションが間近に迫って忙しい時期なのにふたりを受け入れてくれた今回のホスト。

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会ってビックリ、5人兄弟のケンゾーも驚く大家族のホストだった。
賑やかなホームステイの様子はあしたお伝えしま〜す ♫
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旅したハンガリー こんな国

2014.08.18 07:32|ヨーロッパ☞EDIT
ハンガリーには5/30~6/5、6/10~17、6/26〜28まで15泊18日滞在しました。
ブダペストだけを観光してすぐに出国するつもりだったのですが、カメラの修理待ちでずるずる滞在が延びることに。
ノーマークの国だったけれどチェリー三昧、ワイン三昧で思い出深い国になりました。
そんなハンガリーの旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?

ハンガリーでいくら使ったのか発表します。
 
交通費           24,940フォリント
外食費           26,250フォリント
その他のフード・ドリンク  26,380フォリント
宿泊費            9,545フォリント
観光費            2,200フォリント
雑費              875フォリント

合計  90,190フォリント(1フォリント=0.46円)
約2,305円/1日2人で

カウチサーフィンを利用してホテル泊は3日だけだったのでかなり安く抑えることができた。
食事もほぼ毎食自炊、食費に占める酒代がかなり大きい。
お酒を飲まない人はもっと安く抑えることができると思う。
長距離の移動はバス代も電車代もそこそこかかる。
ヒッチハイクに挑戦してもよかったかも。
観光地の入場料や有名な温泉の入湯料は高いので、いろんな観光地に入りたい人はけっこうお金がかかると思う。


◇移動手段はこうでした

ブダペスト市内の移動はメトロとトラム。
チケットはメトロ・トラム・バス共通、1回券が350フォリント。
ちなみにメトロのM1路線は世界で2番目に古い地下鉄、かなりボロい。

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エゲルへは行きに列車、帰りにバスを利用。
値段はおなじ2725フォリント。
列車は冷房が効かずかなり暑かった。
どちらも所要2時間、バスの方が快適だった。

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◇こんなお宿に泊まりました

カウチサーフィンをフル活用したのでホテルに泊まったのは3泊だけ。
ハンガリーはヨーロッパの中ではホストが見つけやすい国だと思う。
ホストはみんなあっさりしていて、「寝る場所を提供するから自由に使ってね」という感じで、濃密な交流があるわけではなかった。
そんなに気を遣われない分、居心地良く過ごせた。

ホテルはインターネットのサイトで調べて予約。
ブダペストで2か所のホテルに宿泊。
繁華街にあってキッチンも使えて悪くなかった。
1つ目はダブルでふたりで3400フォリント、2つ目はドミトリー(実質ふたりだけのプライベートルーム)でふたりで3000フォリントだった。
安いホテルはアパートの1室を改築した小規模なホテルで、表通りからは分かりにくく看板も出てないところがあるので探しにくいのが難点。

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◇これが一番うまかった!

ケンゾー 「ベーコンのグリル」
ハンガリーを代表する伝統料理のグヤーシュや、地元の人に人気のレストランで有名なスープを飲んだりもしたんだけど、正直イマイチだった。
ほとんど自炊だったハンガリーでいちばんおいしかったのは、スーパーで買ってきた安売りのベーコンを焼いただけのお手軽料理。
ベーコンを厚めに切ってスライスしたじゃがいも、玉ねぎ、にんにくといっしょに鉄板にのっけて焼くだけ。
味付けはオリーブオイル、塩こしょうのみ。

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シンプルなんだけどウマいんだなあ。
ベーコンからでる脂を吸ったじゃがいもと玉ねぎも最高!
ふつうの肉はけっこう高いんだけど、なぜかベーコンのブロックだけはどのスーパーでも安く買える。
貧乏旅行者にはおすすめの食材。
帰国しても絶対作るよ。

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あ、カウチサーフィンのホストの庭になってたチェリーも捨てがたい!

イクエ 「ワイン」
ワインの産地エゲルで3日間にわたってワインを飲み歩いた。
炭酸飲料が嫌いなので、日本ではビールは飲まずワインか日本酒派のわたし。
いままでけっこうワインを飲んできていたけど、家で飲むのは安物ばっかり。
ちょっといいワインと言ったって外食のとき最低レベルの1本3000円くらいのワインを飲むくらいだった。
でも日本のレストランで3000円のワインって、きっとヨーロッパでは5ユーロ以下のやつなんだと思う。
エゲルで飲んだワインはどれもおいしくて、お酒を飲むようになって15年でやっとワインのほんとうのおいしさってのがわかった。
とくに赤ワインは味に深みがあって、まろやかで、香りも良くて最高だった。

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「王のためのワイン、ワインの王」と言われるトカイワインも試してみた。
とても甘いブランデーのような味。
エグリワインのほうが断然いいけど、高級トカイワインを飲むのはきっとあれが人生で最初で最後だったと思うと忘れられない味。

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◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「美女の谷」
世界的に有名なエグリワインの生産地エゲルにある、「美女の谷」と呼ばれるワインセラーが集まる小さな集落。
1杯100フォリント(約45円)から樽出しワインを飲むことができて、酒好き、ワイン好きにとっては天国みたいな場所。

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ちゃんとした本物のいいワインを何軒も飲み比べていると、だんだん微妙な違いが分かってくる(ような気がする)。
はしご酒をしながら自分好みのワインを見つけるという贅沢な時間をリーズナブルに楽しめる。
美女の谷までは往復1時間歩かないといけなかったんだけど、まったく苦にならない。
行きはおいしいワインが待ち遠しくて足取りが軽いし、帰りはほろ酔いで心地いい。
あまりにもおいしくて楽しくて3日連続で通ってしまった。

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イクエ 「エゲル」
ケンゾー同様、エゲルの「美女の谷」はお気に入り。
そして温泉も良かった。
温泉は最終日に行ったので、もしもっと早くに行ってたら「美女の谷でワイン三昧→温泉」のコースを毎日やってたと思う。
そのコースを毎日やってたら、エゲルから抜け出せなくなってたかも。
エゲルは街並みも美しいからお酒が苦手な人にもおすすめ。
ハンガリーに行かれる方は、ブダペストだけじゃなくて別の地方都市にも行かれるといいですよ。
ブダペストよりも素朴でかわいらしい旧市街の街並みがあなたを待っています。

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◇ふらり ゆるり ハンガリーの感想は?

ケンゾー
ハンガリーの感想は・・・ホームステイ先で沈没、チェリー、ワイン・・・以上!
ブダペストでカメラの修理をしなかったら数日で近隣の国に移動してたんじゃないかなあ。
ブダペストの街並みもきれいだし悪くはないんだけど、チェコのプラハなどと比べるとかなり見劣りする。
けっこうブダペストで長期間沈没する旅人は多いんだけど、なんでだろう?

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自炊すればいいけど、そんなに物価は安くない。
お酒が好きならエゲルに行くためだけにハンガリーを訪れてもいいと思う。
夢のようなワイン三昧の日々を過ごすことができるよ。

イクエ
ケンゾーの評価は低いけど、ブダペスト、それなりにいい国だと思います。
たしかにブダペストとプラハを比べるとプラハのほうが魅力的だけど、渋くて落ちついていて旧共産圏でちょっと陰がある感じのブダペストでゆっくりしたくなる気もわかる。
歴史ある美しくて重厚な建物、ゆったりと流れるドナウ川、そこにかかるライトアップされた橋、街を見下ろす王宮や教会。

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ブダペストは街歩きが楽しいし、見どころが散らばっているから「きょうはこっち」「あしたはあっち」と少しずつ街を探索できる感じがいい。
ハンガリーと言えばブダペストしか思いつかないけど、けっこうほかの街もすてきで、こんなところに何泊かしてのんびりするのもいいなあって思える街がいくつもありました。
機会があったらまた行ってもいいなあ。
まっさきにエゲルを目指すけど!

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ミッション 高級な〇〇を食す

2014.08.17 06:26|ハンガリー☞EDIT
1日に3回くらい、1回につき約1時間の停電にみまわれるエジプト・ルクソールでハンガリーのブログを書いているイクエです。
電気が消えるのはいいけど、エアコンが使えなくなるのがつらいよねぇ・・・。

エゲルの街でワインと温泉を堪能したイクエとケンゾー。
かなり後ろ髪引かれる思いでブダペストへと戻ってきた。
ほんとうにおいしかったなあ・・・ワイン。

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前回はカウチサーフィンでマンションを無料で貸してもらっていたけど、さすがに何度もお願いするのは気が引けるので今回は安いゲストハウスをネットで予約していた。

じつはカメラの修理が予想以上に時間がかかってしまったので、この後一度ハンガリーを出てスロヴェニアとクロアチアの北側を観光して再びブダペストに戻ってきてカメラを受け取るということにした。
なのでブダペストではあわせて2か所のゲストハウスに宿泊。

ブダペストには有名な日本人宿「アンダンテ」というのがある。
スタッフは日本人だし宿泊客もほとんど日本人だし、清潔で快適でとても居心地がよくて沈没者続出の宿。
でもわたしたちにとってはかなり割高で、ほかのゲストハウスだとアンダンテの半額から3分の1以下で泊まれるので、わたしたちはアンダンテには泊まらないことにしたのだった。
ブダペストで沈没した人からは「ええ?!なんでブダペストに行ったのに、あの居心地抜群のアンダンテに泊まらなかったの~」って声が聞こえてきそうだけど・・・。
でも、それぐらいの宿泊料を払うなら居心地がいいのは当然で別にアンダンテにこだわらなくても・・・って思ってしまって結局お金で決めてしまった。

2か所のゲストハウスに泊まったけど、繁華街にあるし不潔ってことはないし、それなりに使いやすい。
だけど欠点は、探しにくいってこと!
ブダペストの安宿はアパートを改造しているようなところで看板も何もなくて探すのが大変。

泊まったのはこの古い建物の真ん中の緑のドアから入ったところ。

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看板もないし、何階にあるのかもわからないし、しかもバスが遅れて夜中に着いたので、不安100パーセント。
わからないまま階段をあがってウロウロしていたら、暗闇から大男がぬっと現れて・・・。
ホテルの場所を聞くも、その人英語が話せない。
あたふたしていたら、ドアを開けて自分の家に入れようとする大男。
よくわからず促されるまま入ったら、じつはその人がホテルのオーナーだった。

キッチンもあるし繋がりにくいけどWi-Fiもあるし、不満はない。

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しかもドミトリーで予約していたけど、ベッドが3つある部屋をふたりじめできた。
1泊ふたりで3060フォリント(約1400円)。

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ホテルは安くて建物も古いけど、よく見るとおもむきがある。
それぞれの部屋が回廊のように並んでいて、大理石と鉄の手すりの階段も味がある。
築150年くらい経ってそう。

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もうひとつ泊まったホテルもダブルルームでふたりで3400フォリントだったから、ブダペストはネットで安い宿を探しやすいよ。
実際の場所を探すのは大変だけどね。

ブダペストの街をすべて観光していたわけではないので、前回行かなかったところへ ♪

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まずは市民公園へ。
一画には童話に出てきそうなお城や教会が。

絵に描いたような建物がこじんまりと密集していて、なんだかテーマパークみたい。

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それもそのはず、これは1896年のハンガリー建国1000年祭のときにつくられたパビリオン。
お城は実際に存在する、ルーマニア領にあるヴァイダフニャド城をモチーフに建てられたもの。
パビリオン用なので実際よりもサイズが小さいのかも。

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そのほか、ここにはハンガリー各地の建築様式を取り入れた建物が並んでいる。
建国1000年祭のパビリオンとして建てられたので当初は一時的なものだった。
でも思いのほか評判が良くて、その後もっとしっかりしたものに建て直されたんだって。
当時は、パビリオン用のイミテーションでしかなく古く見せていた建物も、建設から100年以上が経って今ではすっかり古い建物になっている。

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今では一部の建物が美術館になっていたり、レストランになっていたり。

写真を撮っていたら、何やらヘンな乗り物がこっちにむかってやってくる!

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ビールを飲みながら必死にペダルを漕いでいる。

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「ペダルをこぎながらいい汗流して、おいしくビールを飲んで、その分カロリーを消費できるという名案!」って思う?
それとも「せっかくビールを飲んでいるのにわざわざまた汗をかくし、せっかくカロリーを消費しているのにビールでダイエットも台無しでナンセンス」ととるか。

イクエとケンゾーは、落ちついてビールを飲みたいけどね。

さて、ここブダペストにはパリのエッフェル塔でおなじみの建築家ギュスターヴ・エッフェル氏が設計した建物がある。
それは、
観光地にはなってないけれど、いまも現役の駅としてちゃんと利用されている。

そのブダペスト西駅へ。

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エッフェル塔もフォームがエレガントだったけど、この西駅も格式ある雰囲気。

1874年から1877年にかけてつくられたもので、鉄パイプとガラスが用いられ当時は斬新な設計だったんだって。

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パリでエッフェル塔を見たときは、鉄なのにやわらかみのあるフォームに感心したし、落ちついた色味なのに冷たく感じない独特の色にも感心した。
この駅も渋い色なのにあたたかみがある。

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内部は天井が高くて贅沢な空間。
こんな美しいホールが旅人を迎え入れてくれる。

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こんなところから旅立ったり、大切な人を見送ったりなんて、映画みたいでロマンチック。
でも、列車や信号は古くて汚い。
それはそれで味があっていいんだけど。

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じつはこの駅には「世界一美しいマクドナルド」と言われるマックが入っている。
入口のメニュー表が、高級レストランのように見える。
でも、お値段はマックプライス。

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さて、中に入ってみると・・・。

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おお〜。
確かにファストフード店っぽくない。
マックらしさゼロ。
半地下の部分がカウンターで商品の注文と受取りをするところ。
半二階が飲み物やデザートがメインのマックカフェのコーナー。

美しいのは美しいけど、「世界一」ってのは言い過ぎかな・・・。

イクエとケンゾーにはハンガリーでやり残していたことがあった。
最後にこのミッションを果たさないと!

向かった先はハンガリーの台所、中央市場
街の繁華街にドーンと雰囲気のある建物がたっている。

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ハンガリーで最大の市場。
肉、野菜、フルーツにお土産・・・。
お目当てのものが見つかるといいけど。

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アレは肉屋さんで売ってるはず。
でも肉屋さんも十軒以上あるからどこで買えばいいんだろ。

一軒一軒尋ね歩く。

「フォアグラありますか?」

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そう、ミッションとはフォアグラを食べること!
ハンガリーではフォアグラが有名。
ドナウ川の岸辺で飼育されていて、フランスにも輸出されているんだって。
年間2500トンのフォアグラが生産されていて実質的には世界一のフォアグラ生産国と言われることもある。

フォアグラは世界三大珍味のひとつ。
ガチョウやアヒルに必要以上のエサを与えて、わざと肝臓を肥大させて、この脂たっぷりの肝臓を食べるというもの。
強制的にエサを食べさせることに動物愛護の観点から批判する人も多く、フォアグラの生産中止を求める声は強い。

それでも、ハンガリーではフォアグラの売り上げは年間20億フォリント(約10億円)でおよそ5000人の人が仕事に関わっているらしいので、そう簡単にこの産業が中止されることはないと思う。

日本では高級でなかなか口にできないフォアグラも、ここだと安くて存分に楽しめるらしい。
これは貧乏バックパッカーにも有名な話で、バックパッカーたちはちょっと奮発してフォアグラを手に入れ、宿のキッチンで自分たちで料理する人も多い。

でも、どのお肉屋さんでも売ってるかといえばそうではない。
広い市場の中を探しまわった結果、中央くらいに鶏肉店が並んでいるのを発見。

パックされたフォアグラが無造作に山積みされている。

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イクエとケンゾーの当初の予定では「フォアグラ200gカットしてください」って注文するつもりだったんだけど・・・。
この真空パックされたような肝臓をまるごと購入しないといけないみたい。
考えてみれば当然だよね。
フォアグラなんて脂肪肝なのでパックから出してカットしたら溶けやすいし、新鮮じゃなくなる。

ふたりでフォアグラまるごとは多すぎるけど、あきらめるわけにはいかない。
いちばん小さそうなフォアグラを探して1890フォリント(870円)で購入。

宿に帰ってさっそくカット。
切り口が溶けていく。
まるでバターを切っているような感覚。

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フォアグラなんて料理したことないし、料理するのもきっと最初で最後。
とりあえずニンニクとパプリカとジャガイモ、ズッキーニで炒めることに。

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こんな固形物のフォアグラからみるみるうちに大量の油が出てくる。
しかも脂が出る分、身が小さくなっていく。
フォアグラってほとんど脂なんだって実感。

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狭い宿全体に、フォアグラの濃厚で独特な脂臭さが充満している。
泊まっている日本人はわたしたちだけ。
やばいやばい。
きっとほかの人たちは「あの東洋人は台所に閉じこもって何つくってんだ?」って思ってるだろうな・・・。
ベジタリアンもいるかもしれないし、苦情が出る前に換気扇つけてささっと料理を終わらせなくては。

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醤油を落としてご飯にかけてフォアグラ丼の完成!

ご飯も野菜もフォアグラの脂を吸って、すべてがフォアグラの味。
濃厚な脂。
おいしさと喉の渇きでワインが進む。

おいしんだけど、このくどい味は少量食べるのがちょうどいいかも。

フォアグラはまだ半分余っていたので、翌日は赤ワインも加えて玉ねぎと炒めてフォアグラサンドイッチの完成。
もうフォアグラは当分いいやっていうくらいフォアグラ漬けになったイクエとケンゾーだった。
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美女の谷で◯◯◯ざんまい

2014.08.16 05:42|ハンガリー☞EDIT
日本を離れてほぼ2年。
あたり前のことだけど、毎日その土地の食べ物を食べ続けてきた2年。
ふと「じゃあ、もう自分の体は日本製じゃないなあ。寿命もちょこっと短くなったかなあ。」なんてことを考えたケンゾーです。
旅していると、日本人はなんて豊かな食生活を送ってるんだろう、何を食べるか悩めるって素晴らしいことだなあとしみじみと思う。

ワインの生産地として有名なハンガリー。
以前紹介した「王のワイン」と呼ばれるトカイワインが世界的に有名だけど、ここエゲルで造られているエグリワインも有名。
エゲルの市街地から歩いて30分くらいのところに、地元のワインセラーが集まっている村がある。

その名も「美女の谷♡」

ワイン好きじゃなくても惹かれるネーミング。
まあケンゾーとイクエは、たとえ「中年おじさんの谷」っていう名前だとしてもワインに惹かれて行くけどね。

美女の谷ではかなりリーズナブルな値段で試飲を楽しむことができるんだそう。
ひょっとしてどの店も美女揃いなのかな?
ワインと美女、両方楽しめるとしたら最高だ。
期待に胸をふくらませて美女谷をめざす。

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途中にあった標識に「NICE WOMAN VALLEY」と書かれているのがちょっと気になる。
ナイス? ビューティフルじゃないの?

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前方から観光地によくあるミニトレインがやって来る。
街の中心と美女の谷を結んでいるんだけど乗客はゼロ。
まあ平日だからね。

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見えてきたよ美女の谷が。
緑に囲まれた小さな村だね。
丘の斜面にぶどう畑も見える。
どんな味のワインなんだろうね、楽しみだ ♪

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ずらっと並んだ斜面を利用したワインセラー。
崖に横穴を掘って貯蔵庫にしている。

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このセラーは閉じられて使われていないようだけど、今でも70軒くらいのワインセラーが営業している。

美女(たぶん)をモチーフにした噴水。

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イクエが「ワインの村なんやけん、水じゃなくてワインが出とったらいいのに。」と無茶なことを言う。

「そりゃまあそうやけど、そんなん無理やろ。」
「いや、循環でいいとよ、飲めんでもいい。
 そのくらいの演出をせなん。」


こんもりと木が茂る崖にいくつも穴が空いている。
こちらは現役のワインセラー。

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かなりローカルな雰囲気が漂う店構え。
入るのにちょっと気後れしてしまう。
とりあえず他の客について中に入ってみる。

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薄暗い店内、中はもっとひんやりとしてるのかなあと思ったんだけど、そこまで涼しくはない。
意外と湿気が高く、独特なカビ臭さが充満している。

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穴のいちばん奥にこのセラーを切り盛りしている美女・・・ナイスレディが。

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カビ臭さがさらに強くなった部屋には、かなりの年季ものと思われるワイン樽がカビにまみれて置かれている。
これ何年物なんだろう?

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試飲をしている先客の男性、よし今がチャンスだ。
何食わぬ顔で試飲をお願いする。
記念すべき1杯目は白、けっこうな量を注いでくれた。

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とてもフルーティで辛口。
すっきりしいて、うん、おいしい。
男性はボトルで買うみたいだけど、試飲だけでもいいのかな?
ちょっとドキドキしながら値段を聞くと100フォリント、約45円だった。
もっと安いっていう話も聞いてたけど、こんなもんなのかな。
でもおいしいワイン1杯を45円で飲めるんだからリーズナブル。

1杯飲んで吹っ切れたケンゾーとイクエ。
よーし、どんどん飲もう!

セラーはさっきの穴蔵のようなところばっかり、なんてことはない。
ほとんどのセラーはきれいな店構えで、レストランを併設しているところも。

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それぞれの店には番号が付けられている。
どこのワインが良かったか訳が分かんなくなるので番号を控えていた方がいいよ。

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なかには店内がこんなに広いセラーもある。
観光で訪れる古い教会みたい。

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地元の人たちは店先まで車で乗り付けて大量に買っていく。
それだけ安くておいしいってことなんだろうね。

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お店は大量買いの客で成り立っている。
安い試飲はサービスみたいなもの。
大量買いする人たちを横目に、グラスワインをちびちびと試飲するケンゾーとイクエ。

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ボトル以上の量を買うんだったら試飲は無料だったり、1杯のワインを選ぶための量の少ない試飲は無料だったりと、セラーによって料金システムはまちまち。
ちゃんと1杯いくら、90mlいくらと値段表記してあるところも多い。
安いのは100フォリントから、高くても400フォリント(約180円)とリーズナブル。
だから値段を気にせず、はしご酒できる。
10か所まわっても、1000円くらいだもんね。
そりゃぐいぐい飲むよね。

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丘に上がるとぶどう畑が見えると聞いたので、酔い覚ましに行ってみる。

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エゲルの街を見下ろすゆるやかな丘の斜面は、一面がぶどうの木で覆われている。
青々とした葉を広げたぶどうの木は意外と小さい。

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まだまだ小さくてかわいいぶどうの赤ちゃん。
エゲルは冬が長く、降水量が少なくてぶどうの生育に適しているんだそう。

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安くておいしいエゲルのワインを満喫した翌日、ケンゾーとイクエが向かうのは・・・

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まさかの「美女の谷」アゲイン!
だって安くて好きなだけ飲めるんだもん!
「わたしの血はワインでできている」と豪語する川島なお美もびっくりだよ。

さあ今日も飲みますか。
まずは、3番のおばちゃんのアグレッシブな客引きをすり抜けて2番のセラーへ。

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試飲をお願いすると、おばちゃんがでっかいガラスのスポイトのようなものを持ってきた。
頭上にかざしジョボジョボーとグラスにワインを注いでいく。
空気と触れ合わせてまろやかにしてるのかな。

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おおー、すごーい、と喜ぶと気を良くしたのか、ケンゾーに「口をアーンとして」と言ってきた。
これはまさか、ダイレクトインですか?!

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なんかもうワインのありがたみがなくなっちゃうよ。
どこまで無料でどこから有料か分からないけど、ここまではどうやら無料サービスみたい。

陽気で勧め上手なおばちゃん。
でも、試飲の値段表がないからいくらか分からない。
それでもそんなに高くはないはず。
高級ワイン、エグリ・ピカヴェールも言われるままに頼んじゃった。

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少なくとも3種類以上の品種をブレンドして造られる赤ワイン。
「牡牛の血」という意味らしく濃厚でしっかりとした味。
濃厚なんだけど安いワインのように舌がザラついたりはしない。
日本だと1杯800円くらいしそうだけど、ここでは180円(400フォリント)。

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理科の実験で使うフラスコのようなものにワインが入ってるセラーもあれば・・・

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シェルターのように長いトンネルの先にあるセラーも。

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この日は土曜日。
昨日とは打って変わって朝から賑わっている美女の谷。
ミニトレインも満席だ。

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ウェディングパーティをワイナリーでするっていうのもおしゃれだね。

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数あるワイナリーの中でケンゾーとイクエがいちばん気になっていたのが13番。
これまた年代物の車といい、迷彩柄のズボンを履いたおじいちゃんの風貌といい、ほかのセラーとは一線を画している。

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意を決して入ってみた。
中に入ってビックリ、埃とカビがスゴいことになってる。
たぶん今まで一度も掃除してないんじゃないかな。

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セラー内は撮影禁止。
でもワインを1ℓ買ったら頑固そうなおじいちゃんがニコッて笑って「撮影していいよ」だって。
それではパンチの効いたセラーの内部をどうぞ!

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カビ臭さが尋常じゃない。
ワインだけじゃなくて、内部全体が熟成しきってる。

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ワインがもってるおしゃれなイメージとはかけ離れた内部。
だけどワインの味はすばらしい。
深みが合って歴史を感じさせる味。
1ℓで650フォリント(約300円)。
これで一流ブランドが飲めるんだから安い!

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いやあ、ワイン三昧の2日間だった。
エゲルには2泊3日の予定だったけど、まだしっかり楽しめていない。
延泊決定。
そして今日、向かったのは・・・

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ぬあぁぁー、けっきょく今日も美女の谷に足が向かってしまった。
3日連続・・・恐るべし美女の谷。
しかも2日間の経験を踏まえて、スーパーでつまみを買って持ち込むという抜かりのなさ。
レストランを併設してるセラーはごく一部で、ほとんどは大量買いのためのセラー。
だから試飲用のつまみなんて置いてないところが多い。
チーズやチップス、オリーブを持参。

日曜日のきょうもワイン好きで賑わう美女の谷。
ワインを飲んで開放的になってる人が多いのか、なかなか露出度が高い。

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連日通って勝手知ったる美女の谷、持参したつまみを肴にはしご酒。
白、赤、ロゼ、赤、白、辛口、甘口・・・。

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ワイナリーによってブレンドが異なっているから、それぞれ味に微妙な違いがある。
なんちゃってソムリエになって、素人ながらにその違いをあーだこーだ言い合いながらグラスを傾けるのが楽しい。

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でもほんとにここに3日通って、ずっと飲み比べるとワインの味がわかってきた。
イクエなんてビールがそんなに好きじゃないから日本で外食するときにはワインをよく飲んでいたし、ネットで安いワインをダースで注文して自宅にストック、普段の夕食でもふたりでよく1瓶空けていた。
それでもいつも安いワインしか飲んでいなかったから、どのワインがいいとか悪いとかよく分かっていなかった。
美女の谷でちゃんとしたワインを何杯も飲み比べ続けることで、どんなワインがいいワインなのかやっと分かってきた。

一杯100フォリントのワインとそれ以上するワインでは、もう飲む前から違いが分かる。
♫ ダバダ〜バ〜ダ ダバダ〜ダバダ〜 ♫とネスカフェ ゴールドブレンドの曲がぴったりな違いの分かるふたりだ。
いいワインは香りがまったく違う。
それと、いいワインほどマイルド。
だから150フォリント以上のワインを試飲するようにした。
といっても70円くらいだけど。

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至福のとき。
1000円あれば1日中ワインを楽しめる。
ワイン好きにとっては天国だよ。
日本でも日本酒や焼酎の酒蔵巡りがもっと手軽にできたらいいのにね。

ワイナリーの目の前にある公園でランチタイム。
この公園にはバーベキュー用のグリルも設置されている。

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焼きたての肉と樽出しワイン・・・言うことなしだね。

今日がほんとに最終日、最後の締めをどのワインにするかが重要。
どこにしようかなあと悩んでいると、おととい、昨日と散々声をかけられていた3番のおばちゃんに捕まってしまった。
なかば強制的に店内へ。

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「はい、これ試飲ね。ほら飲んで。」と完全に美女のペース。
でもグラスに注がれるのは1口分。

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ってことは・・・

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あれよあれよという間に1ℓボトルを買うはめに。
まあいいか、おばちゃんの押しの強さに苦笑い。

日中は試飲ワインをはしごして、夜はボトルで買ったワインを飲む。
ワイン漬けの3日間だったけど、全然悪酔いしない。
いつもおいしくワインをいただける。
安く泊まるとこさえあれば、あと1週間くらいこの生活を続けたいくらい。

大満喫だった美女の谷。
そうそう、気になる名前の由来なんだけど、『おいしいワインをたくさん飲んで美女になる』っていうのと、『おいしいワインを飲み過ぎて誰でも美女に見えてしまう』っていう2通りあるみたい。
残念ながら『美女がお出迎えする谷』じゃあなかった。

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おいしいお酒を飲むと人は自然と笑顔になる。
美女かどうかは置いておいて、ナイスな人たちが集う美女の谷。
ぜひブダペストから足を伸ばしてみてはいかがでしょう

あ〜、また行きたいなあ。
今度は1週間コースで。
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混浴でお互いの習性を知る

2014.08.15 05:52|ハンガリー☞EDIT
乳液がなくなったんだけど今いるエジプトでなかなかなくて、ようやくきょう妥協して買ったイクエです。
きっとこのあとのスーダンやエチオピアではますます探すのが大変だろうし・・・。
ヨーロッパにいる間に買っとけばよかった。
ちなみにきょう買ったのは「キュウリとヨーグルト成分入り」のクリームで90円くらいでした。

ハンガリーにはすでにそこそこ長く滞在しているものの、最初はハンガリーを旅するつもりはなかった。
スペインからの飛行機が安かったのでハンガリーを経由して南下していくことにしたけれど、実際来てみるとブダペストは悪くない場所だし、壊れた一眼レフカメラを修理に出したので結果的にハンガリーに長くとどまっている。

最初はブダペストだけでいいやって思ってたけど、まだカメラの修理に時間がかかる。
せっかくだからどこか他の街へ行ってみよう!

ということで、ふたりが決めた行き先はエゲルという街。

エゲル

列車で向かうので、まずはブダペストの東駅(ケレティ駅)へ。
ブダペストには3つの鉄道駅がある。
全然知らなかったんだけど、ブダペストの駅舎って古くて趣がある。
西駅なんて、あのパリのエッフェル塔を設計した建築家がつくっている。
(西駅については、こんどご紹介します!)

今回向かった東駅は1884年に完成したもの。
当時ヨーロッパでもっともモダンな駅舎って言われてたんだって。

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天井が高くて、優雅で。
駅と言うよりも教会のような宮殿のような。

この駅舎に入っただけで、これから始まる旅へのワクワク感が高まる。

さらにこの大きなホールを通って、ホームへ通じる入口を抜けると・・・。

この光景、昔の映画の主人公になった気分。

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このレトロな列車に揺られること2時間。
今度もまた、映画に出てきそうな、でもブダペストの駅よりもだいぶこじんまりしたエゲル駅に到着。

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ブダペストの駅が昔の都会の駅なら、こっちは田舎を舞台にした映画にでてきそう。

駅舎の中には、時刻表や路線図がこんな木製の箱の回転板に貼られていた。
いったい何年物?
200年くらい前のものなんじゃないかな。
でも、貼られている時刻表や路線図は現在のもの。
手で回しながら見る。

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今回もカウチサーフィンでホームステイ先を見つけたので、そこにお世話に。
40歳くらいの一人暮らしの男性のアパート。
観光地のどまんなかの建物で、立地はとてもいいらしい。

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この大きな扉のある古い建物の一室。
リビングのベッドとソファに寝させてもらえる。

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ほんとうにこの場所は街の真ん中で、窓からは向かいの教会がドーン!

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こんな場所を提供してもらえるなんてありがたい。

この教会もそうだけど、なぜかエゲルの街には黄色い建物が多い。

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街のランドマークの大聖堂も黄色。
建物も大きいうえに、この色だから存在感たっぷり。

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こんな太くて大きな柱が大聖堂を支えている。

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中から賛美歌のようなものが聞こえてくる。
そーっと中に入ってみると・・・。

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ちょうどこの日は学校の終業式、卒業式の日。
制服を着た生徒たちが並んで、歌を歌ったり発表したりしていた。

後ろの席ではそれを見守る保護者。
ハンガリーの学校では、一年のはじまりやしめくくりの行事を教会でやるところも多いんだって。

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エゲルはけっして大きな街ではないけれど、ハンガリーでは三番目に歴史ある建物が多い街なんだって。
たしかに古い建物が建ち並ぶ旧市街には、カフェが並んでいて遊びに来た人々で賑わっている。

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ここは16世紀にイスラム教の国だったオスマントルコの支配下に入ったところで、街にはモスクのミナレット(塔)が残っている。
高さは40メートル。

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オスマントルコの支配下にされてしまったエゲルだけど、それまでかなり抵抗して戦っていたらしい。
勢力を西へと拡大させるオスマントルコ。
ヨーロッパの中で、その勢力を食い止める防波堤にハンガリーはなっていたんだって。
トルコ軍の度重なる襲撃を撃退していたエゲル軍。
エゲル軍の士気を高め、力の源となったのがワインだったと言われている。
エゲルでつくられる赤ワインは「エグリ・ピカヴェール」と呼ばれていて「牡牛の血」という意味。
当時、赤ワインをぐびぐびと飲みながら勇ましく戦うエゲル軍を見て、トルコ軍は「あいつらは血を飲んでる!」と勘違いして退散したのがそのいわれだとか。

旧市街の石畳や広場は現在補修工事中。
ハンガリー政府もエゲルの観光地化に力を入れているみたい。
あと2、3年したら工事も終わって、古い町並みが今よりもっと再現されてエゲルの魅力が引き出されると思う。
将来ハンガリーに行く人は、ぜひ訪問地にエゲルを入れてね。

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そんなエゲルでは、空と雲が生き生きとしている。

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そんな汗ばむような陽気の、青空の下。
わたしたちはある場所へ向かった。

電車もバスもハンガリーはレトロね。

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バスの車窓から見えるのは一面のぶどう畑。
「牡牛の血」の元。

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わたしたちが向かっているのは温泉!
人里離れた場所にエゲルサローク温泉というのがあるらしい。
エゲルの街から温泉へ向かうバスもあったんだけど、本数が少なく次の発車まで長く待たないといけない。
待ちたくないなあ・・・。
って思ってたら「途中の村までしか行かないバスに乗り、そこから2キロほど歩けばいいよ」ってターミナルの人が教えてくれた。
気持ちいいから、なんてことない距離。

民家の庭にも、道ばたにも色とりどりの花が植えられて気分が明るくなる。

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30分ほど歩いて着いたエゲルサローク温泉は、森の手前の草原のなかにあった。
こんなロケーションのところに温泉があるんだねえ。

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雪のような真っ白なものがわたしたちを待ち構えている。
近づくと硫黄の匂い。
そして湯けむり。
わき出す温泉が上から下へと流れていて、石灰棚をつくりだしている。
凍った滝みたい。

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トルコのパムッカレを思い出す。
こんなロケーションのところにあったから昔は「秘湯」で、こんな石灰棚のすぐ下に簡素な露天風呂があって、知る人ぞ知るところだったみたい。

でも、残念なことに巨大なリゾートホテルのようなものが最近できたみたいで雰囲気ぶち壊し。
それにともなって、昔ながらの露天風呂もなくなってしまった。

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こんなでっかいホテルとスーパー銭湯みたいなのを温泉の湧き出ているすぐ近くにつくったら、そのうち温泉が枯れちゃうんじゃないかと心配。

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ホテルも併設されていて、ここに泊まりながら温泉三昧を楽しむ人たちが多いみたい。
でもこんな部屋数の多いホテルをつくっても、こんなところに外から来る人ってそんなにいないと思うんだけどなあ。

ここに入ろうと思ったんだけど、そことは別にもうひとつ温泉施設があるのを発見!
古き良き時代のエゲルサローク温泉を恋しく思っていた地元の人たちが、当時の温泉を再現したみたい。

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スパリゾートのほうがいろんな湯船やプール、サウナもあるみたいだけど、こっちのほうが雰囲気がある。
しかも入湯料が断然安い。
ひとり1100フォリント(約500円)。
こちらに入ることに決定!

ヨーロッパの温泉なので裸で入るのではなく、水着。
ロッカーや棚なんて一切ないプレハブの小屋で水着に着替える。
貴重品は、湯船の近くの椅子のところにひっかけて、監視しながら入る。

日課で入りに来ているような地元のおじちゃんおばちゃんだらけ。
日本の銭湯みたいに、ここが社交の場になってる感じ。

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湯船は3つくらいあって、温度ごとに分かれている。
原泉はけっこう熱かったから、水で割っているんだと思う。

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冬はもっと熱くするみたいよ。
ここで雪見風呂もできるんだって。

温泉ですこしのぼせたら、外のチェアで涼む。
草伸び放題の大自然。
森を見ながらさわやかな気分。

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とっても簡素なつくりの温泉だけど、なんと売店がある!
しかもワインもあるしビールも何種類も売っている。

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地元の人はここで買って、食べて、飲んで、湯船につかって、ベンチで寝て、というのを一日中繰り返している。

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のぼせちゃうので、ちょっと休憩。
湯船から上がろうとしたらケンゾーが「なんそれ?」と笑う。

へ?わたし何か変なことしてる?

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この写真じゃわかりにくいかもしれないけど、浴槽の深さは腰の高さくらい。
ふつうに立って歩いて移動すればいいんだろうけど、わたしが湯船から体を出さずに浸かった状態でヒヨコみたいにヨチヨチ歩きで浴槽内を移動していたのがケンゾーにとってはおかしいらしい。

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そんなにおかしい?
わたし子どものころから温泉ではこの方式で移動してるんだけど!

ケンゾーが笑いながら「なんで?」と聞いてくる。

そんな理由考えたこともなかったけど・・・。
う〜ん。
まずは、この方式だとあがる直前まで温泉に浸かっていられてお湯を満喫できる。
あとは、ふつう温泉は裸だから胸を丸出しにして移動するよりは上品。

この体勢を変だと思ったこともなければ、誰かに指摘されたこともない。
というか、女湯ってみんなこんな感じで移動してなかったっけ?
意識して見たことないから忘れちゃったけど、女性のみなさんどうですか?

で、温泉でのケンゾーのヘンな習性も発見した!
なにあれ!?

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湯船の片隅でお尻を突き出して変な体勢で寝てる。
そっちのほうがおかしいよ!

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「ケンゾー、ケンゾー!」
「・・・ん?」

寝ぼけていたケンゾーが目を開けた。

「いつも、そんなヘンな格好で温泉浸かっとると!?」
「・・・うん、たぶん。」
「それ、ヘンやろ〜。」
「なんで?」

考えてみれば、日本だと男湯女湯で分かれているから、わたしが温泉の中でどう振る舞っているかケンゾーは知らないし、わたしもケンゾーの様子を知らない。

まさかハンガリーのこんな山奥の温泉でお互いの習性を発見するとは。

ケンゾーになんと言われようと、わたしはこれからも温泉でヒヨコ歩きを貫くけどね。

エゲルにはこの山の中にあるエゲルサローク温泉だけでなく、街の中にも温泉がある。
その近くには温泉水が汲める場所があって、空のボトルをもって地元の人たちが水を汲みに来ている。
わたしたちもエゲル滞在中は、毎日ここに水を汲みに。

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チェコの温泉街で飲んだ温泉水は激マズだったけど、ここの温泉水は癖もなくておいしい!
毎日おいしい温泉水を飲んでいたんだけど、わたしたちはもっとおいしいものも毎日飲んでいた。
その話はあしたね!
おいしいアレは「美女の谷」と言われる場所で手に入ります♫
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ケンゾーの夢が叶った日

2014.08.14 06:12|ハンガリー☞EDIT
下痢になったのを食事や水のせいにしていた夫に対し「いつもクーラーをつけてお腹をだして寝てるから、きょうはパンツの中にシャツを入れて寝なさい」と指摘したイクエです。
パンツの中にシャツを入れて寝たらケンゾーは下痢がとまりました。
甥っ子が履いてるような、ズボンと腹巻きが一体化した赤ちゃん用のパジャマをケンゾーは着た方がいいね。

オーストリアからハンガリーへと戻ってきたイクエとケンゾー。
前回もブダペストに長く滞在したので、今回はちょっと離れたセンテンドレというところに滞在することにした。
童話に出てくるようなかわいらしい町並みがあるんだって。
ブダペストからは北へおよそ20キロ。

センテンドレ

ブダペストから近郊列車で移動。
近郊列車に乗るときは市内の地下鉄やバスで使う1回券のほかに、近郊列車用のチケットを買わないといけなくて切符はあわせて2枚必要。

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カウチサーフィンでホームステイ先を確保済み。
20代と10代後半の子どもが3人いる家族。

お母さんは社会人に心理学を教えていて、夜の授業を受け持っている。
仕事が終わって午後8時過ぎ、センテンドレの駅まで迎えに来てくれた。

いっぽう、お父さんは材木を切断する機械を販売している。
この日は、海外出張から帰ってくる日。
1100キロ以上あるリトアニアから丸一日かけて、同僚と交代で車を運転して帰宅してきた。
忙しいなか、招いてくれてありがとうございます!

共働きで忙しく、帰ってきたばかり。
なのにお母さんはわざわざレモンを搾って蜂蜜と混ぜてレモネードを作ってくれた。
庭で採れたミントを浮かべて。

お父さんはリトアニアから、チーズや魚の酢漬け、サラミ、パンを夕食用に買ってきてくれていた。

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ヨーロッパはどこの国でもいろんな種類のチーズやパンが食べられるけど、お母さんはお土産のリトアニアのチーズやパンを食べて「これ、おいしいわね」って言ってたから、お国によって味も違うんだろうね。

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テーブルにはお店で買ったばかりのバターが置いてあった。
日本のスーパーで売っているようなバター。
それをお父さんがわざわざナイフですくって、変な容器に移し替えはじめた。
変な容器って言うのは、この素焼きの壷みたいなもの。

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そのままでいいのに、なんでわざわざ移し替えたりするんだろう。

そしたらお母さんが教えてくれた。
「これは、伝統的なバターの保存容器なの。
 とってのついたコップみたいな形のほうには水を入れておくのよ。」

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「水の入った容器に逆さまにこうやって入れて保存すると、
 つねに冷たくて冷蔵庫に入れる必要がないの。」


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バターに水が入り込まないのかなあ、バターが下に落っこちないのかなあって心配になるけど大丈夫みたい。

ただ水を入れているだけなのに、つねに冷たさがキープされて外に出していてもバターが溶けない。
この容器、ちょっとほしくなった。

話は変わるけど、ハンガリーでは玄関で靴を脱ぐ家庭が多い。
ヨーロッパは靴のまま家にあがるっていうイメージが強かったけれど、そうじゃないんだよね。
ヨーロッパの東側の国や中東なんかでは日本と同じように靴を脱ぐから、地球上で考えると靴を脱ぐ文化の方が多いんじゃないかな。
「日本では家で靴を脱ぎます」なんて日本文化を紹介してたけど、じつはそれってそんなに特徴的なことじゃないのかも。

でも、日本の玄関みたいに靴を脱ぐところと室内に段差があるのは珍しい。
日本ではどんなに小さなワンルームマンションでもちゃんと段差がある。
外国では靴を脱ぐ場所と室内が明確に分かれてるわけではない。
だから、靴の置き場にも困るし、靴についた砂が室内に入りやすい。
どうして靴を脱ぐ文化なのに、日本みたいに段差のある玄関が発明されなかったんだろうっていつも不思議に思うんだよね。

この家ももちろん室内では裸足。
するとお母さんが、裸足のまま庭に案内してくれた。
(玄関に段差がないので、外に出るときもこんなふうに裸足でそのまま行っちゃうのかも。)

「ほら、さくらんぼの木。
 こうやって好きなときに好きなだけ食べていいからね。」

そう言いながら、もぎ取って口に運ぶ。

これは!
室内にいるケンゾーに教えなくては!!

部屋に戻ってケンゾーに教えると、目を輝かせて「うそ!どこ?」って聞いてきた。

日本でアメリカンチェリーを食べる機会はほとんどないけど、ケンゾーは確か大好きだったはず。
本人はすっかり忘れていたけど、こんなことがあったのをわたしは覚えている。

それはまだわたしたちがつき合って間もないころ。
たぶんつき合って1か月も経ってなかったと思う。
ケンゾーはそのときお腹を壊していた。
正確な表現で言うと「下痢」だった。
でもわたしたちはそのとき、「下痢」という言葉を自然に発するにはまだ早いフレッシュなカップルだった。

お腹をさすりながら、憂鬱そうな顔で何度もトイレに行くケンゾー。
「どうしたと?」
「ちょっとゆるくて・・・。」

「あ、下痢かあ」と心で思い、ケンゾーをかわいそうに思った。
なんか変なもの食べたかなあ、どうしたんだろ。

「なんでお腹壊したんだろうね。」
心配して聞いてみたら、思いもよらない答えが返ってきた。

「きのうサニー(福岡市の大手スーパー)でアメリカンチェリーを買って、ひとケース全部食べたけど、それが腐れとったのかもしれん。」

ぷ、ぷぷぷぷぷ・・・・。

心で笑ってしまった。

ちぇ、ちぇり〜って・・・。
ふつう30歳過ぎの独身男が自分用にわざわざチェリーなんて買う?
30過ぎの独身男が大好きだからってひとケース一気に食べる?

子どもか。

しかも、腐れとったんなら食べ終わる前に気づくやろ。
どんだけチェリー好きなん?

って思ったけど、そんなふうにバカにして言うにはまだ早いフレッシュなカップルだったから「大丈夫?」と心配するふりをしておいた。
そのことを突っ込むタイミングを逃し、そのときから10年経った今もわたしはしっかりそのことを覚えていて、アメリカンチェリーを見るたびに心の中でニヤニヤしてきたのだった。

今回それをケンゾーに話したら「そうやったっけ? 俺、かわいいなあ。」だって。

自分のことを「かわいい」と言うアラフォーのケンゾーは歯磨き前にちゃっかりきょうのチェリーの食べ納めをし、「あしたいっぱいチェリー食べよう」と嬉しそうに言ってベッドに入った。

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わたしたちが泊まったのは2階のソファベッド。

泊まらせてもらっている家は外から見ると、こんな感じ。
シンプルでかわいい。

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ブダペストからおよそ20キロのセンテンドレは、田舎町だけど今ではベッドタウンになってるんだって。
確かにまわりには森や山が広がって、朝は近所のニワトリの鳴き声で目覚め、庭にはリンゴやプラムやチェリーが。

そう!
チェリー!!

わたしたちにはチェリーをお腹いっぱい食べるという任務が朝から待ち受けていたのだった。

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「真っ赤」という表現を超して「赤黒い」食べごろのチェリーがたわわになっている。
チェリーだらけ。
このままもぎとって、いっぺんに5、6個口に入れられるくらい。

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お父さんも朝起きて裸足で庭に出て、無言で食べ続ける。
朝ごはんがわり。

手を伸ばす。
チェリーをもぎ取る。
口に入れて噛んでジュワ〜。
おいしい!
種を飛ばす。

手を伸ばす。
チェリーをもぎ取る。
口に入れて噛んでジュワ〜。
おいしい!
種を飛ばす。

この繰り返し。

はしごに座ってコーヒー片手に贅沢な朝ごはん。

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手を伸ばす。
チェリーをもぎ取る。
口に入れて噛んでジュワ〜。
おいしい!

って感動しながら食べるのをやめられない。
何十個食べたかなあ。
100個くらい食べたかなあ。

手を伸ばす。
チェリーをもぎ取る。
口に入れて噛んでジュワ〜。
おいしい!
種を飛ばす。

この反復がだんだん惰性になってきて腕が疲れて感動が薄れてきたら、やめどき。

「ケンゾー、もういいやろ。」

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「とりあえず、いまはこのくらいにしといてやるか。」

チェリーを好きなだけ食べられるというだけで、ここセンテンドレに来たかいがあった。
でも、ホームステイをさせてもらっている手前、この街の見どころに行っとかないと。

お父さんとお母さんが観光地として「シカンゼン」という場所を勧めてくれた。
街の外れの広大な敷地に、ハンガリーの昔ながらの家が建てられている野外民家園。
日本でいうと、「忍者村」とか「江戸村」とか「明治村」とかそんな感じかな。
お父さんが出勤途中にそこまで車で乗せていってくれた。

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敷地内にはこんなちょっと昔の列車が走っていたり、伝統的な家屋の中に入れば昔の人たちの生活雑貨が展示されていたり、昔の伝統工芸の実演を見たりできるらしい。

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あんまり惹かれなかったけど、わざわざ送ってくれたし入ってみようかって思ったら、ちょっとのぞくには高すぎる入場料。
わたしたちは入らないことにした。

カウチサーフィンでは受け入れ側とホームステイする側でこころのすれ違いが起きることがある。
それは、受け入れ側が「せっかく来てくれてるんだから自分の街の観光地のすべてを紹介しなきゃ」って思ういっぽう、ホームステイする側は「毎日いろんな観光地を見ているし、そんなにたいした観光地じゃないなら行かなくてもいいなあ。入場料もきりがないし、厳選しないと。」って思ってしまうこと。

実際、歓待を受けるイランなんかではそうで、出会ったカウチサーファーたちも「泊めさせてもらって宿代は浮いてるんだけど、それ以上に観光地での入場料がかさんでほとんどお金が残っていない。」と嘆いていた。

相手の気持ちがわかるし、とてもありがたいからこそ、「行きたくないです」ときっぱり断れない。
スマートに断れればいいんだけど・・・。

イクエとケンゾーは中に入ったことにして、駐車場の木陰で時間をつぶした。

「チェリーが食べたいよー。
 あのまま家にいればチェリーが食べられたのに・・・。」
とチェリーのことしか考えられなくなったケンゾー。

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チェリーを夢見て、1時間半くらい時間を潰した。

「どうする?
 旧市街にバスで移動して街を観光する?
 それとも歩いて家に戻ってみる?」


「家に戻れば、チェリーが食べられるねえ。」

「でも、家に誰もおらんかもしれん。
 玄関に鍵がかかっとるかもよ。」


「家に入れんでも庭でチェリー食べとけばいい。」

「でも、表の門に鍵がかかっとったら庭にも入れんし、
 チェリーも食べられんよ。」


わたしたちはバスで旧市街へと移動した。

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旧市街は半径400メートルほどでこぢんまりしている。
でもそんな狭い範囲に7つの教会があり、美術館やギャラリーがたくさんあって街歩きが楽しい。

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ブダペストから日帰りで遊びに来るハンガリー人も多いんだって。
カフェ巡りやギャラリー巡り。
関東で言う鎌倉みたいな感じで、たしかにデートコースにはちょうどいいかも。
鎌倉と比べたら規模は小さすぎるけど。

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ハンガリーって首都のブダペストと地方の街では全然おもむきが違う。
どちらも古い建物があって歴史を感じさせるんだけど、地方の街の方が断然かわいい。
ブダペストにはない素朴さがあって、あたたかみがある。

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波打った屋根に薄い瓦、半円の窓。
絵本の家のモデルになりそう。

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この建物もかわいい。
壁も屋根の色も温かいし、四角や三角を多用した造り。

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単なる観光地じゃなくて、ちゃんと旧市街では地元の人も暮らしている。
生活に不可欠な銀行は、いちばん賑わう広場に面している。
こじんまりとして、小さくて、でも美しい建物。

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かなり老朽化している、この黄色い建物は郵便局。
ラッパのマークが目印。

ハンガリーだけじゃなくて、ヨーロッパでは郵便局のマークとしてラッパがよく使われている。
その昔、郵便を乗せた馬車が町の広場に着いたときに、ラッパを吹き鳴らして人々に到着を知らせたことからラッパが郵便のシンボルになったんだって。

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シンプルだけど緑の縁取りがかわいいポスト。

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外食は高いから、ランチはいつもスーパーでパンやチーズ、ピクルスを買って外に腰かけて食べるイクエとケンゾー。
でも、たまにはちゃんとレストランで食べよう。
とくにこんなカフェ巡りやギャラリー巡りを楽しむ街では。

注文したランチセット。

ケンゾーはハンガリー料理を代表するグヤーシュ

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牛肉と野菜を、たっぷりのパプリカとともに煮込んだスープ。

イクエが頼んだのはパラチンタ
パラチンタとはクレープのようなもの。
クリームやジャムが入ったデザート系もあるけれど、こんなふうにお肉や魚が入ったおかず系パラチンタもポピュラー。

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イクエの後ろに座っている女性は、日本人グループのひとり。
ブダペストから車で30分ぐらいの距離にあるセンテンドレは、ツアー客も立ち寄る観光地。
日本からのツアーでここを訪れたおばさまたち5人ぐらいがここでの自由時間にこのレストランでアイスコーヒーを注文。
20分くらいここでゆっくりして出て行ったんだけど、その間の会話がずっと「お会計をどうするべきか」だった。
グループのうちの1人が会計係を担当しているようで、封筒2つにお札と小銭をわけて入れて持ち歩いている。
そこからみんなのお金を一括して支払うようにしているみたい。

テーブルにつくなりまずは「チップを払うかどうか」についてみんなで議論。

「さっき添乗員さんは必ずしも払わなくていいって言ってたわよ。」
「でもちょっとぐらいは払わないといけないんじゃない。」

意見が分かれていたけどとりあえず払うことに決定。
そのあとはいくらチップを払うかについての話し合い。

「アイスコーヒ5杯でXXフォリントだから、
 このお札で支払えばおつりはXXフォリント。
 そのおつり全部を渡した方がいいのかしら。」

「いや、それはちょっと多過ぎじゃない?
 チップを含めてキッチリ出した方がいいかもよ。」


会計係にまだお金を渡していないおばさまもいて、アイスコーヒー1杯分XXフォリントをユーロか日本円で会計係に支払うならいくら渡せばいいのか、みんなで一生懸命計算していた。

肝心のアイスコーヒーを優雅に味わうでもなく、最初から最後までずっとアイスコーヒー代の話で盛り上がっていた。
これじゃあ、アイスコーヒー代について話し合うためにアイスコーヒーを飲みにきたようなもん。
でもケンゾーはおばさまたちの会話を盗み聞きしながら「かわいいねえ。いかにも日本人っぽい。」って言って笑っている。
たしかに。

まわりの人からすると「せっかくレストランでくつろいでいるんだから」って思うかもしれないけど、日本人ってまったりするのが苦手で先のことを計画立てて安心したいんだよね。
その気持ちわかる。
封筒にきっちりお金を入れて、みんなでちゃんと割り勘する。
そして今後の計画を、あれこれ考えてみんなで納得できる答えを出す。
まじめというか律儀というか。

外国人だったら、それぞれ好きな飲み物を頼んで「とりあえずここはわたしが払っとくね」って適当に誰かがお金を払う。
仮にそのあと自分の飲んだ分の額を、払った人に返すことになったとしてもチップのことまで考慮されない。
適当が許される。

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「日本人はせせこましいよ。」って思われるかもしれないけど、でもそれでいいのだ。
というか、そういう行為やプロセスを楽しんでいる。

おばさまたちもレストランにいる間、アイスコーヒー代の話しかしていなかったけど、その話はとても盛り上がっていたし、楽しそうだった。

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「そろそろ戻ろうか。
 チェリー食べんと。」

ケンゾーにとってはチェリーを好きなだけ食べられるという夢のような環境。
わたしもチェリーが特別好きってわけではないけれど、ここのチェリーはほんとうにおいしい。

でも、じつは問題が発生していた。
それは、わたしがチェリーの食べ過ぎで、お腹がゆるくなっているということ!
はっきり言えば、「下痢」

チェリーの食べ過ぎで下痢になったケンゾーのことを10年来こころの中で笑ってきたけど、まさか自分がそうなるとは。

でも、多少下痢になったとしても、おいしいチェリーを好きなだけ食べられるというチャンスはもうこの先ないんじゃないか。

下痢を治すのを選ぶか。
チェリーを選ぶか。

もちろん、チェリー!

こうしてこの家に滞在した3日間で、ふたりで500個以上はチェリーを食べた。

ケンゾーにとっては夢が叶ったひとときだった。
そしてわたしにとってはチェリーが原因で自分も下痢になり、10年来ずっと笑い者にしていたケンゾーのことを笑えなくなってしまった歴史的な日であった。

あれから2か月経つけれど、ケンゾーはいまでも思い出したようにつぶやく。

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「あ〜、またあの家でチェリー食べたいなあ。」
「冷凍保存してもってきとけば良かった。」
「15センチくらいの小さな鉢植えのチェリーの木があって、
 持ち運べたらいいのになあ。
 毎日10個ずつくらいでいいけん実をつけてくれれば・・・。」

もうその夢は叶わない。

でも、下痢になることさえ気にしないなら無限にチェリーを食べられるという夢のようなひとときを、人生で一回でも味わえた幸せをかみしめ、これからも生きていこう。
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これが一国の首都かあ・・・

2014.08.13 06:15|スロバキア☞EDIT
下痢の原因はたぶん冷房でお腹が冷えていたっぽいケンゾーです。
「だけん言ったやろ。ケンゾーは赤ちゃんみたいに単純なんやけん。」と妻に悪口を言われています。
べつに大人だってお腹が冷えて壊れることはあるやろうし、単純とか複雑とかそういう問題やなかろうもん。
「ほんと赤ちゃんみたいやね」と夫を子ども扱いするのが最近の妻のブームらしい。

自然に囲まれたサトコさんの別荘で身も心も癒やされたケンゾーとイクエ。
おいしいワインとシュナップス三昧で最高の4日間だった。
サトコさんからは「1か月でも2か月でもここに住んでいいわよ。畑の水やりだけしてもらったら好きなように使っていいから」なんて夢のようなことを言われた。
そんなことできたら最高だけど、そういうわけにもねえ。
ダメ人間になって社会復帰できなくなっちゃうよ。

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青い空と新緑で覆われた山、そしてぶどうの段々畑。
ドナウの流れとともに時を重ね、自然と一体化した美しさをもつ古い町。
ヴァッハウ渓谷の素晴らしい景色ともさよならだ。

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何事もなく無事にウィーンに到着。
ラーラちゃんの両親といっしょにレストランで食事をすることに。

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トルコ旅行から帰ってきたばかりのラーラちゃんの両親。
日本では子どもを置いて親だけで海外旅行なんてあまり聞かないし、悪く言う人もいるかもしれない。
でもオーストリアではごくあたり前のことなんだって。
たとえ親子であってもそれぞれの時間や余暇を楽しむ、子どもに遠慮するなんてことはない。
子どもを預けるのも「いいよ。自分たちのときはよろしく〜」って感じで隣近所や友人の家が気軽に面倒を見てくれる。
なにも特別なことじゃないからお互いさまの精神。
子どもがいることを言い訳にせず、夫婦の時間を大事にするってとてもいいことだと思う。

トルコから帰ってきたばかりのラーラちゃんのご両親においしいオーストリア料理をごちそうになってしまった。
みんなで写真を撮り忘れたのが残念。

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翌日、クラウスさん、サトコさん、アンナちゃんに別れを告げブダペストへと戻ることに。
たくさんお世話になりました、また会える日を楽しみにしてます!!

レンタカーの返却は夜の7時。
時間もあるし、せっかくなのでスロバキアを通ってブダペストに帰ろう。
スロバキアの首都ブラチスラバはオーストリアから国境を越えてすぐのところにある。
ウィーンから70kmしか離れていない。

ブラチスラバ

ハイウェイを利用する場合は、事前に許可証を購入しないといけない。
日本みたいに入口の料金所でお金を払うしくみではない。

クラウスさんが用意してくれた許可証をフロントガラスに貼って、ハイウェイを走る。
スロバキアとの国境近くは風力発電の風車だらけ。

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原発ゼロのオーストリアは消費電力の30%を再生可能エネルギーで賄っているんだそう。
人口が違うから比較はできないけど、原発ありきでおよそ2%の日本とは気合いの入れ方が違う。

しばらくオーストリアの片田舎を走っていると遠くに赤い屋根の城のようなものが見えてきた。
ブラチスラバには城があるそうなんだけど、あれかな?

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EU同士なのでイミグレーションなどはなく、国境を越えたことを示すのは路肩の1枚のサインだけ。
便利だけど、あっけない。

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だんだん近づいてくる白い建物が首都のシンボル、ブラチスラバ城だと思うんだけど、なんだか微妙。
趣きは・・・ない。
それっぽく造ったホテルみたい。

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ドナウ川のたもとに建つ聖マルティン教会
一時期ハンガリー王国の首都がブラチスラバに移されていたときは、この教会でハンガリー王の戴冠式が行われていたそう。

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まずは気になって仕方がないブラチスラバ城へ。
近くで見てもやっぱりなんだかちゃちい。

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もともとは12世紀にロマネスク様式で建てられたのがはじまり。
何度も改築され、18世紀にはマリア・テレジアの居城にもなった。

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けれど1811年に火災で焼失、第二次大戦後に復旧されたんだそう。
復旧したのはいいけどペンキを塗っただけで、のぺーっとして渋さや重みはまったくない。

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城からはブラチスラバの街が一望できる。
古い建物と近代的な建物がごちゃまぜ。

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あまり魅力的な街ではないなあ。
気を取り直して旧市街へ。

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旧市街の中心にあるフラヴネー広場
こじんまりとしているけどなかなかいい雰囲気。
広場に面する1等地には日本大使館もある。

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見るからに歴史的な建物。
日本もなかなかやるねえ。

ブラチスラバの旧市街にはあちこちに銅像が点在している。
ユーモラスな銅像を探してまわるのが見どころのひとつらしいんだけど、言い替えるとそれくらいしか見どころがないってことかな。

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旧市街はとても小さく、1㎢もないんじゃないかな。
じっくり回っても2時間あればすべて見終わるくらい。
ちょっと寄り道するくらいでちょうどいい。

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昔はチェコ・スロバキアとしてひとつの国だったのが、1993年にスロバキアとして独立した。
チェコには美しいプラハの街や世界遺産の田舎の街や観光地がたくさんある。
それに比べると、スロバキアには有名な観光地がない。
首都でこれだもんなあ・・・。
観光業も盛んなチェコと比べると、ちょっとかわいそうなくらい。

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ふたたびドナウ川を渡って1週間ぶりにハンガリーへ。
レンタカー屋の閉店時間が迫っているのでちょっと急ぎ足。

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一方通行だらけのブダペストで何度も道を間違えて、レンタカー屋にたどり着いたときには時すでに遅し。
無情にもドアは閉められ店は無人になっていた。
これはヤバい、どうしよう。
誰かいないかと駐車場をうろちょろしていたら、警備員に目の前にあるホテルに行くように言われる。
汚い格好で高級ホテルのレセプションへ。
恐る恐る車を返却したいんだけどレンタカー屋が閉まってると言うと、「かしこまりました。こちらで鍵をお預かりしますね。」だって!
おおー、助かった。
やっぱりレンタカー屋はホテルが経営してるんだろうね。
車のチェックもガソリンの確認も何もなく終了。
ほっとひと安心だけど、のんびりする暇もなく移動開始。

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あしたからハンガリー旅の第2部がスタート。
前回ブダペストで沈没したのとは打って変わって、アクティブにいくよ!
たぶん・・・。
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オーストリア「ヴァッハウ渓谷」☆☆ 中世の世界をゆったりと

2014.08.12 06:07|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
ここ数日、お腹の調子がイマイチよくないケンゾーです。
そんなに酷くはないんだけど、ずっと下痢気味。
煮沸して飲んでいる水道水がダメなのか、毎朝食べてるホテルの朝食に付いてるチーズがダメなのか・・・。
まあ、食欲はあるから大丈夫だと思うけどね。

おいしい食事おいしいワイン、そして身も心も癒やされる自然豊かな田舎の景色。
夢のような別荘ライフを満喫しているケンゾーとイクエ。

別荘から世界遺産のヴァッハウ渓谷までは車で40分。
ヴァッハウ渓谷とはメルクからクレムスまでのおよそ35kmに渡るドナウ川流域の景勝地のこと。
きょうは3000kmに及ぶドナウ川流域で最も美しいと言われているヴァッハウ渓谷をぐるっとドライブしま~す ♫

別荘がある山を下っていくと美しいお城のような建物が見えてきた。
メルクの河畔に立つこの華麗な建物はメルク修道院

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修道院が設立されたのは1089年、現在に残るこのバロック様式の見事な建築は18世紀初頭に建てられたもの。
シェーンブルン宮殿を思わせる鮮やかな黄色が、「これが修道院なの?」という意外性を演出している。

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もちろん今でも修道院として現役で活躍中。
男女合わせておよそ900人がここで学んでいるそう。

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修道院内にある教会。
大きな教会ではないんだけど、内装が素晴らしく圧巻。
なにか演奏会の準備中だった。
きっと音響効果、抜群なんだろうね。

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なかでも天井に描かれたフレスコ画が見事。
神秘的な美しさに吸い込まれてしまう。

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これがメルク修道院を上から撮った写真。
修道院と言うよりはほんとに城のよう。

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なんとなくチェコのプラハ城に似てなくもない。

では、ドナウ川の西岸を北上しながら、見どころ満載のヴァッハウ渓谷を巡っていこう。
ヴァッハウ渓谷の魅力のひとつは、河畔に点在する教会や古城。
小高い崖の上や森に埋もれるように建っていたりとロケーションが素晴らしい。

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ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなんかのRPGゲームは中世の世界をモデルにしてると思うんだけど、冒険心をかき立てるゲームの舞台のような世界が広がっている。

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ヴァッハウ渓谷のもうひとつの魅力は、中世から時が止まったままのような古くてかわいい町巡り。
こちらはシュピッツという小さな町。

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小さな町の中心にある聖堂区教会。
木造の屋根で覆われた古い石造りの階段を登っていく。
段数はそんなにないんだけど、傾斜が急でけっこうきつい。

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教会の内部はシンプルな作り。
日射しが差し込み明るい雰囲気。

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ほぼ世界共通で、十字架に架けられたキリスト像には「INRI」と書かれている。
いつもどんな意味があるのかなあと思ってて調べたら、ラテン語で「IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM」の頭文字で、意味は「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」。
罪状書きの一文だったんだ。

教会の敷地からはシュピッツの町と緑に囲まれた美しい渓谷を眺めることができる。
山のふもとに見えるのはぶどうの段々畑。

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シュピッツは小さな町だけど、ここで作られる白ワインは上質でとても有名なんだって。
ヴァッハウ渓谷はワインの産地としても有名だから、ホイリゲ(ワイン酒場)巡りをしても楽しいだろうね。

シュピッツをあとにして次の町へ。
しばらくすると、崖の上にそびえる城や色鮮やかな建物が目に飛び込んできた。
ヴァッハウ渓谷でいちばんロマンティックな町と言われているデュルンシュタインだ。

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町へ一歩足を踏み入れると、古き良き中世の町並みが人々を迎え入れる。
これぞヨーロッパという美しい町だ。

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このブログでもよく「中世」という言葉を使うけど、ふと「中世っていったいいつなんだ?」という疑問がわき上がった。
調べてみたら、ヨーロッパにおける中世は5世紀の西ローマ帝国滅亡(476年)から15世紀の東ローマ帝国滅亡(1453年)くらいの期間をさすんだそう。

パステルブルーの尖塔がとてもメルヘンチックな聖堂参事会修道院教会
ウェッジウッドの陶器のようでとてもかわいい。

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ふだんは悠々と流れているドナウ川だけど、氾濫し大きな被害をだすこともある。
デュルンシュタインの川沿いにはこんなものが。

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過去の氾濫の記録。
今までで最悪だったのが2002年8月、イクエのはるか頭上まで増水している。
母なるドナウと共に生きるのもいいことばかりじゃない。

ヴァッハウ渓谷の東の端にあるクレムスという町。
人口およそ2万人の小さな町。

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絵本に出てくるようなシュタイナー門
時計塔の下にアーチがあって、とてもかわいい。

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ヴァッハウ渓谷の最後の町クレムスまで来たので、折り返し。
今度は橋を渡ってドナウ川の反対側へ。

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河畔にキャンプ場があって、たくさんの人たちがキャンプをしていた。
自転車で旅をしている人たちもとても多い。

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ヨーロッパはどこも多いけど、このヴァッハウ渓谷周辺はオートバイや自転車で旅をしている人をよく見かける。
このキャンプ場にも60代くらいのチャリダー夫婦がテントで寝泊まりをしていた。
日本では60代のチャリダー夫婦なんてそうそうお目にかかれない。
いやあ、ほんとにたくましい。
最期まで人生を楽しみつくすんだ!という気概を感じる。

このキャンプ場から見えるデュルンシュタインの町並みが素晴らしかった。
黄昏にさしかかり、すべてのものがより美しくより輝きを増す。

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キャンプをしている人たちの夕ご飯のおこぼれをもらっている家族がいた。
まだ小さな6人兄弟。
毛がふわふわでかわいいなあ。

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マカロニを少し分けてもらったので餌やりにチャレンジ。
赤ちゃん白鳥たちは怖がってなかなか近づいて来ない。
お父さんとお母さんはかなりアグレッシブ。

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いっぱい食べて大きくなるんだよ!

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さて、豊かな自然と古くて美しい町並みが魅力的な「ヴァッハウ渓谷」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

ゆるやかにとうとうと流れるドナウ川。
歴史ある修道院や古城、時が止まったままの古い町並み。
山の斜面に連なるぶどう畑。
これらを巡るヴァッハウ渓谷はとても贅沢なドライブルート。

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メルク 〜 クレムス間を周遊するドナウ川遊覧船もある。
船上から眺めるヴァッハウ渓谷もとても魅力的だと思う。

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派手さはないけれど、ドナウ川のようにゆっくりと積み重ねてきた歴史を味わえる贅沢な観光コース。
若い頃よりもワインのようにちょっと年を重ねたほうが、ゆったりと時が流れるこの空間をのんびりと楽しめるかも。

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人生の達人を前に

2014.08.11 05:54|オーストリア☞EDIT
毎日お茶を1.5リットルくらいは飲んでいるイクエです。
たまにミネラルウォーターも買ってるけど、きりがないのでせっせと電熱コイルでお湯を沸かしてお茶を作っています。
ケンゾーが下痢なのですが、もしかしてこのせい?

このブログを読んでくださっていて出会うことができたウィーン在住のサトコさん。
サトコさんは世界遺産ヴァッハウ渓谷の近くに別荘をお持ちで、そこでゆったりと過ごさせてもらっている。

ただお世話になるだけでは心苦しいので、家庭菜園の水やりや草むしりをお手伝い。
庭にはいくつか浴槽のようなものが置いてあって雨水が貯められている。
自然の恵で使えるものは使おうという意識。

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緑がまぶしい!
じんわりといい汗をかいたあとは、もちろん冷えた白ワインやシュナップスをいただきます♡

サトコさんが「卵を買いに行こう」って誘ってくれた。
小さな小さな集落にお店なんかないけれど、すぐご近所で手に入るらしい。

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向こうに見える、屋根にソーラーパネルがあるのがサトコさんの別荘。
手前の家が卵屋さん。

卵屋さんっていっても、ふつうのご自宅。

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住んでいるのはおばあさんで、庭でニワトリを放し飼いにして育てている。

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サトコさんが持参したパックに産みたての卵をおばあさんが入れてくれた。
大きくて立派な卵。
おばあさんはこうやって、ご近所の人に卵を売っている。

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家に帰ると、ドゥッドゥッドゥッドゥッという音が遠くから聞こえてきた。
その音はどんどん近づいてくる。

外をのぞくと、サトコさんの義理のお父さんが芝刈り機に乗って登場〜♪

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だんなさんのクラウスさんの実家はこの近く。
おじいちゃんは、この家の草刈りを手伝いに来てくれた。
おばあちゃんを同伴して。

監視係のおばあちゃんはおじいちゃんのそばについて「あっちも刈りなさい」「ここがちゃんと刈られてないよ!」と厳しく指導。
夫婦の力関係がわかりますな。

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おじいちゃん、がんばって〜!

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おばあちゃんから「ちゃんときれいな花は残しておくように!」と指示を受けたみたいで、庭の野生のお花畑のなかには一本の小道だけできていた。

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イクエとケンゾーのために、おばあちゃんがご当地のスペシャル料理をつくってくれることに!
わ〜い!!

旅行をしていて思うのは、ほんとうに地元の人がおいしいって絶賛する料理はレストランでは食べられないということ。
やっぱり家庭料理がいちばんなんだよね。
だから旅をしていて家庭料理をごちそうになるっていうのはとてもラッキーで幸せなことなので、いつも大喜びする。

メインディッシュは「シュヴァインズブラーテン」という豚肉を使った料理。
いわば、ローストポーク。
おばあちゃんがもってきてくれたのは、とってもきれいで新鮮な豚肉。
生肉を見て「きれい」っていうのは違和感があるかもしれないけど、ほら、きれいでしょ。

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別荘にはおばあちゃんとおじいちゃんの若かりしころのすてきな写真が飾ってあって、おじいちゃんはイケメン、おばあちゃんは女優さんみたいだった。
その写真を見ていたら、横でサトコさんが「今はぜんっぜん違うのよ。すごく大きくなってるの。」って言ってたんだけど、たしかにこの何十年かでおばあちゃんはかなりビッグになっているようだ。

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ヨーロッパの女性ってみんなこんな感じなんじゃないかな。
いままで子どもも産んで、大変な子育てもして、孫もできて、そしておいしく食べて生きてきた。
幸せ太り?
なんだか微笑ましいくらい。

かたや、うちのだんなは・・・。

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ほっそ〜い。

幸せですか?
けっして妻が虐げているわけじゃないですよ。

細身のケンゾーが草取りをしている間に、おばあちゃんの手料理のできあがり〜♡

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オーブンで焼いたお肉はソースを吸い込んだのか、厚さがもとの3倍くらいになっていた。
こんがりと、でも柔らかくいい具合に焼けていて見ているだけでよだれがでる。

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お肉の隣のまん丸いものは、クヌーデル。
つぶしたじゃがいもに小麦粉などを混ぜてこね、湯がいたもの。
ぷにん、と弾力があるけど、見た目ほど重たくなく2、3個は食べられる。
この中にひき肉を入れたり、フルーツを入れてデザートにする応用料理もあるんだって。

ほかのサイドメニューはパスタのスープと、キャベツの酢サラダ「ザウアークラウツ」。

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サトコさんは「わざわざ作らなくてもいいよ」っておばあちゃんに言ってたけど「ダメ!この豚肉の料理にはサイドメニューはこれだって決まってるの!」って言って、わざわざこの2品も作ってくれた。

定番のセットメニュー。

みんなでいただきま〜す!!

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豚肉の一切れも大きいし、まん丸にこねたじゃがいももパスタのスープも炭水化物でお腹にたまるはずなのに、おいしくてたいらげてしまった。

おばあちゃん、ありがとう♡
ごちそうさまでした。

午後には近くの湖に車で泳ぎに行くことにした。

先に芝刈り機に乗って家を出ていたおじいちゃんを車で追い越していく。

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おじいちゃんも、芝刈りありがとう♡

わたしはペーパードライバーだし、オートマ限定免許なので、外国での運転はいつもケンゾーにおまかせ。
「痩せ過ぎなのにずっと運転させてすまないねえ」って思うようにはしているけど、こんなすてきな道。
運転するのをケンゾーも楽しんでいるみたい。

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空の青、大地の緑。
この組み合わせほどさわやかですがすがしくて、こころを晴れやかにする色はない。

なんか動いてる!っと思ったら、鹿が放牧されていた。

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鹿も青空の下、こんなところで心ゆくまで草を食べられたら幸せだろうね。

緑のなだらかな丘を越え、車は森の中に入っていく。
こんなひっそりとしたところに、突然湖があらわれる。

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静かな隠れ家のような場所だけど、地元の人には人気のレジャーの場所。
海水浴に行く感覚で、湖に遊びに行く。

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日本では「湖で泳ぐ」ことにあまりなじみがない。
(琵琶湖みたいな大きな湖だと泳ぐのかな。)

ヨーロッパの人に「わたしたちは湖にわざわざ泳ぎにいかないなあ。日本は島国だからだいたいどこからでも日帰りか1泊で海に泳ぎに行けるから。」って答えると「でも、海だと波があるでしょ。海でちゃぷちゃぷ遊ぶんじゃなくて、がっつり泳ぎたいときは波がない湖じゃないと!」って言われたことがある。

なるほどね。
湖は天然のプールって感じか。
たしかに近くに湖があるのなら、スポーツジムのプールじゃなくて大自然の中の湖で泳ぐ方がリラックスもできるよね。

ってことでやせっぽっちのケンゾーさんが、湖に泳ぎに行く。
もっと体を引き締めたいのかな(笑)。

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わたしはというと・・・。
水が冷たすぎるので、湖畔でごろーん。

見上げると、天に昇るような木々。

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足元を見ると、大量の・・・。

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アリ!
森だからしょうがないって我慢してここにとどまってたんだけど、どうもわたしたちのいたところだけアリの大群。
アリの通り道におじゃましちゃったみたい。

アリと格闘していたらかわいい森の妖精たちが、ひと泳ぎして帰ってきました。
サトコさんの娘さんアンナちゃん(後ろ)とお友だちのラーラちゃん。
小さいころから親友で、いまの2人の共通の趣味はカメラ。

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湖であそんだあとは、おじいちゃんとおばあちゃんの家に立ち寄る。
おじいちゃんとおばあちゃんは、クラウスさんの弟さん家族と暮らしている。
オーストリアの田舎の家って、おしゃれだね!

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太陽の光がふんだんに入る大きな家。
でもお庭にはこんなに小さなかわいい家も。

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中をのぞいたらテーブルと椅子。

ここでティータイム、はたまた昼からワインタイム。
そのあとはマットの上にごろんとなってお昼寝。
最高の休日の過ごし方かも。

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いや、べつに休日限定じゃなくてもいい。
ちょっと1時間くらいここでお昼休みを過ごせれば。

おばあちゃんは、ケーキ「グーゲルフプフ」を焼いてわたしたちを待っていてくれた。
料理上手なおばあちゃん、おいしいもので人を喜ばせ上手なおばあちゃん。

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こんなおばあちゃんを射止めたおじいちゃんも、むかしはイケメンだったわけで・・・。
おじいちゃんの若いころの写真。

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このオートバイ、サングラス、ショートパンツ。
60年くらい前かな。
当時のイケメンに間違いないでしょう。

このオートバイにおばあちゃんをのっけて、デートしてたんだって。
当時結婚することは親に反対されてたから、駆け落ちして教会で式をあげたらしい。
やるねぇ。

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イクエとケンゾーが世界旅行をしているというと、おばあちゃんたちは驚いた。
「わたしなんてこの村だけで生きていて、ウィーンにさえもたま〜にしか行かないのに。」

おじいちゃんとおばあちゃんは、この村だけで生きている。
だけど、この地でいろんなできごとを体験し、いろんな感情をもち、子どもを育て、孫をもち、幸せで満足で、豊かな人生を送ってきた。

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そんな人生の先輩を前にすると、いい年して目的もなくふらふらと漂って自分の根付くところをもたない自分がちょっと恥ずかしくもなるのです。
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別荘の地下には・・・

2014.08.10 06:27|オーストリア☞EDIT
帰国したらどうやって生きていこうか、そろそろちゃんと考えないとって思っているイクエです。
世界一周旅行者のその後について調べたんだけど、けっこう自営業をする人も多いんですね。
自分でカフェを開いたり、雑貨屋さんを立ち上げたり。

ひとつだけ名案が浮かんだんだけど、ケンゾーがJICAの海外協力隊員になるってこと。
「青年」じゃないですよ!「シニア」海外協力隊員。
残念ながらというか、幸運にもというか、ケンゾーのお年はもう「シニア」枠なの!!
シニア枠だと、家族同伴可だし手当も「青年」よりはもらえそう。
でも、問題はケンゾーの語学力が採用条件に満たないということと、結局先延ばしでそのあとはまた帰国して仕事を探さなきゃいけないということ。

なにかいい案はないかねえ。
この前、ケンゾーより1歳上の脱サラした日本人バックパッカーに会ったんだけど「帰国したらどうしますか」って聞いたら「タクシー運転手とかですかね」って言われた。
タクシー運転手かあ・・・。
ちなみにこれまでも宿で出会った若いバックパッカーたちからは「ケンゾーさんは、帰国したら道路工事現場の車誘導係でしょ」って言われてるからね。
みなさん、何かいい案はありませんかねえ?

前置きが長くなってしまった。
さて、このブログの読者のかたでウィーン在住のサトコさんに再び会いにいったイクエとケンゾー。
サトコさんとだんなさんのクラウスさん、娘さんのアンナちゃんと知り合えたのはブログをやっていたおかげ。
前回お会いしたとき「今度は別荘にいらしてください。お酒はいくらでも飲んでいいですから!」というサトコさんの甘いお誘いを真に受けて、レンタカーを借りてサトコさんとアンナちゃん、お友だちのラーラちゃんを乗せていざ別荘へ。

別荘があるのは、世界遺産ヴァッハウ渓谷沿いの山を登った小さな集落。

ヴァッハウ渓谷

ウィーンの家を出てまずはハイウェイを目指す。
何気なく通っている道。
何気なく窓の外を見ると、何気なくないあの有名な宮殿が見える。

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世界でも有名な観光地、マリア・テレジアが住んでいたシェーンブルン宮殿
ウィーンに住んでいると、この景色も何気ないものになるのだろうか。

ハイウェイに入ると、だだっ広い平原や田園、丘陵地帯が車窓から流れていく。

国土は北海道よりちょっと大きいくらいのオーストリア。
人口は840万人くらいで日本の10分の1にも満たない。

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オーストリアにはウィーンのように観光客を魅了する歴史ある都市があるいっぽう、多くはのどかな田舎町。
この国では、日本よりもずいぶんゆっくりと時間が流れているように感じる。

ハイウェイを下りると、そこはヴァッハウ渓谷。
緑豊かな渓谷に囲まれて、豊かな水を運ぶドナウ川。

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ここからさらに森に挟まれたくねくねの山道をのぼっていく。
外気がいっきに下がっていくのがわかる。
山道をのぼっていくこと30分あまり。

小さな集落をいくつか抜けて、田園地帯に出た。

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田園のなかに家がぽつぽつと点在している。
「集落」と呼ぶにはあまりにも家々の数が少なく、それぞれの建物が離れている。
サトコさんの別荘は、そんなところにあった。

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なんてかわいらしい家。
まわりには野生の花が咲き乱れ、「こんなところに住みたいなあ」と思わせる空間に仕立てている。

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冬には一面銀世界になるんだって。
それはそれで美しいだろうけど、初夏に来てよかった〜。
だってこんなにさわやかなんだもん。

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サトコさんとクラウスさんは15年くらい前にこの古い建物を買ったのだそう。
家の下の崖を平らにしたり、壁に大きな窓をつけたり、自分たちで時間をかけてちょっとずつ手直ししたんだって。

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屋根の上のソーラーパネルは最近つけたもの。
といっても、別荘だからたまにしかこの家を使わないし、電気もそんなに使わない。
このソーラーパネルでつくられる電力を、電力会社に売っているんだって。
パネルの設置にお金はかかるけれど、10年くらいで元を取れるみたい。

家は、横に長い平屋。
じつはここ、もともとは牛小屋として使われていたところなんだって。
天井にはその名残が残っている。

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右側も壁と小さな明かり取りの窓があっただけだったけど、大きな窓を取り付けて開放的な雰囲気に。
部屋には光がさんさんと入るし、なによりここから見える景色に見とれてしまう。

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朝靄に包まれる幻想的な朝、太陽を受けて緑が輝く日中、夕陽に照らされて淡い色合いになる夕方。
時間とともに刻々と変わる景色は、まるで一本の映画を観ているかのよう。
この景色を見ながらコーヒーでも、いや、ワインでも飲むのは最高だね。

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奥行きのある部屋の突き当たりには、ウィーンのご自宅と同様グランドピアノと本棚。
グランドピアノはもちろんサトコさんの、大量の本はクラウスさんの趣味。

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本はここに収まりきれずに、ほかの部屋にも本棚があってびっしり並んでいた。
ウィーンの家でも床が落ちるんじゃないかと思うほどに本がたくさんあるけれど、クラウスさんはいったい何千冊の本をもっているんだろう。
あんなに毎日忙しそうに日本人のツアーガイドの仕事をやってるけど、読むヒマあるのかな。
それとも、旅行のシーズンオフのときは休みも多くなるのだろうか。

でも、これだけ本に囲まれていると「老後も安心だ」って思う。
「安心」って言うのはお金の面じゃなくて精神面で。
「退職して時間がたっぷりできたら毎日好きな本を読んでゆっくり過ごそう」って思えるし、それが楽しみにもなる。
「仕事辞めたら何もすることがない。どうやって生きていこう・・・。」なんて不安は起きないもんね。

現にこんなすてきなところで、好きな趣味に没頭してゆっくりと暮らしていけたら最高だろうなって思う。

でも、サトコさんに言わせると「ずっとここに住むのは退屈だと思う。ウィーンのほうが文化的なものにも触れられるしお友だちとも会えるし刺激もある。」

それもわかる。
とくにサトコさんは音楽に造詣があるので、ウィーンのほうが一流の音楽に触れられる。

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いっぽう、クラウスさんはこんな田舎が好きらしい。
それもそのはず、クラウスさんはここから歩いて10分ぐらいの集落で生まれ育っている。
クラウスさんのご両親はいまもそこに住んでいる。

こんなまったく違う2人が、しかも国の違いというハンディも乗り越えて結婚したからおもしろい。
でも、やっぱりお似合い。

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わたしたちにはゲスト用の寝室を貸してくれた。
ここにシーツをかけてベッドメーキング。
ベッド脇のグリーンのランプがアンティークでステキ。

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アンティーク集めはクラウスさんの趣味のようで、ときどき蚤の市でお宝を仕入れてくる。
キッチンにはこんな大きな計りが。
「クラウスがもってきたのよぉ」とちょっとあきれ顔で言うサトコさん。

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そんな多趣味なクラウスさんの趣味の世界が、この家の地下に広がっていた。
床の扉を開けると、地下へと通じる階段。

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薄暗くてひんやりとする。
さて、いったいここには何が?

ううぉぉお〜!
わたしたちも大好きなやつやん!

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でっぷりとした瓶。
大きなフラスコのような瓶。

まるで中世の実験室。
はたまた魔女が魔法のクスリを調合する隠れ家か。

いえいえ、ここはー。

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酒蔵!!

取り寄せたワインのストック。
そして自家製シュナップス(蒸留酒)。
それを容れるための空き瓶。

サトコさんはここに来る前から「今度は別荘にいらしてください。お酒はいくらでも飲んでいいので。」って甘い言葉をささやいていた。

「いくらでもって言ったって、常識的な量だよね」なんて疑いながらもその言葉を信じたくてわたしたちはここまでレンタカーで来たのだった。
これだったら、ほんとに「いくらでも」やん!

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ここに滞在中、イクエとケンゾーはサトコさんに勧められるまま、汗をかいたら昼から冷えた白ワイン、ちょっと疲れたときは度数高めのシュナップス、夕食といっしょに赤ワイン、というふうにほんとうに「いくらでも」お酒を楽しませてもらうことになった。

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つまみはこんなもの。

くるみに、新鮮なアスパラガス。

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さらにこんなうれしいものまで。

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サトコさんのお母様が2か月に一度くらいは日本のものを段ボールで送ってくれるんだって。
だからサトコさんの家には日本の食べ物や日本のシャンプーやサランラップがたくさんあって、ここは日本?って錯覚することがある。
お母様の愛情がそんな空間をつくりだしていたんだ。

日本のつまみを食べながら、オーストリアのお酒を飲む。

ここだと不思議と変な酔い方をしない。
心地よく、ほどほどに酔える。
健康的にお酒を飲める。
それは、ここのロケーションがそうさせているのかもしれない。

グラスを傾けながら見えるのは、こんな景色。

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すぐそこには森が広がっていて、朝方には鹿がやってくることもあるんだって。

この集落にはほんのわずかな世帯しかいない。
おじさんがトラクターを動かしているのが見えたり、向こうの家で飼っているニワトリが遊びにきたり。

そしてこの家の裏には、木々が生い茂っている。

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別荘の敷地にはたくさんのモミの木が自生している。
クリスマスになると毎年ここから1本切って、アンナちゃんが飾り付けするんだって。
庭にある本物のモミの木から好きなのを選ぶってうらやましい。
日本だと折りたたみ式のニセモノだもんね。

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モミの木はどんどん生えていて、毎年1本切っても追いつかないほど。

モミの木のすぐそばにモゾ、モゾっと動く変なものがいる!

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あなたのすみかだったのね。

こんにちは!
ハリネズミくん。

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サトコさんは家庭菜園もしている。
畑と温室があって、ちょっとした野菜をつくっている。

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雄大な自然に囲まれ、ときにはかわいい動物たちと遭遇し、野菜をつくり、おいしいお酒を飲む。
こんな贅沢な日々がここではあたり前。

日が傾きはじめた。

火をおこさなくちゃね。

庭にはたくさんの薪が山積みされている。

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ハプスブルク家の薪。
マリア・テレジアやマリー・アントワネットでおなじみのあの王家。
ハプスブルク家はいまも広大な敷地や森をもっていて、そこで伐採されたものなんだって。
ハプスブルク家の紋章が入ったトラックで運ばれてくるらしい。

べつにハプスブルク家の薪だからといってプレミアがついているわけでもないし、ほかの薪と変わらない。
ただ、それだけオーストリアの日常にいまもハプスブルグ家の存在を垣間見ることができる。

この薪を釜戸にくべていく。

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キッチンのコンロはIHでもないし、ガスでもない。
ここに薪を入れて火をおこせば、横のオーブンも使えるし、上に鍋やフライパンをのせればコンロになる。
ここで薪を燃やせば部屋もあったまるし、この裏の部屋には保温タンクがあってシャワーで使うお湯もこの薪で温められるしくみ。

火を起こすのは面倒くさいし火の調節も難しいけど、薪さえあれば何でもできる。

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一日こんなことをやっていると忙しいけど、でもそれは気持ちの良い忙しさ。
「暮らす」ことの原点。

日本にいると電気もガスも使えてとても利便性が良くて楽だけど、暮らすためにお金を稼ぐことに忙しい。

どっちも暮らすための忙しさだけど疲労感はまったく違う。

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暮らすためには忙しいことをしないといけないけど、幸せを感じられる忙しさがいいな。
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ふたたび森の都ウィーンへ 

2014.08.09 05:45|オーストリア☞EDIT
昼間に薄暗い部屋にこもってこの記事を書いているケンゾーです。
部屋にはショボい蛍光灯がひとつしかないし、カーテンを開けたら日射しが強すぎて一気に部屋の温度が上昇するんだよね。
部屋にエアコンは一応ついてるんだけど、大きな音の割にはたいした働きはしていない。
まあ、あるだけマシだけど。

世界を動かした世紀のピクニック会場をあとにし、ふたたびウィーンをめざし車を走らせるケンゾーとイクエ。
ハンガリーとオーストリアにまたがる世界遺産の塩湖、フェルトゥー湖がまた見えてきた。
国境を越えオーストリアに入るとノイジートラー湖と名前を変える。

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湖畔に小さな町が見える。
目立つ建物は尖塔がぴょこっと突き出た2つの教会だけ。
あまり時間がないけどちょっと寄り道。

車を停めて外に出ると自転車に乗った集団がやってきた。
自転車大好きなヨーロッパではよく見かける光景だけど、乗ってるのは小学生くらいの子どもばかり。

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社会科の授業なのかな?大人が1人引率してた。
全員マウンテンバイクでヘルメットやドリンクも完備。
さすがヨーロッパだね。

門をくぐって旧市街の中へ。
ここはカラフルな家が並んだかわいらしい街並みのルストという町。
人口はわずか1800人くらいでオーストリアで最小の自治体。

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家のかたちがバラバラなのがおもしろい。
でも気になるのは家のかたちよりも家の屋根。
よく見ると煙突になにかの物体が。
コウノトリだ。

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今は子育てシーズンなのかときどき小さな赤ちゃんが顔をのぞかせることも。
調べてみたら、4月頃に卵を産むためにこの町にやって来て産卵、8月になると大きくなった子どもを連れてはるばる南アフリカまで飛んで行くんだって!
それにしても、暖炉の煙で煙たくないのかな。
ひょっとして巣が燻されて虫除けなんかにいいのかな?

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コウノトリが子育てをする町として有名なルスト。
町のいろんなところでコウノトリグッズを見かける。

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いろいろ寄り道していたらもう7時。
サトコさんたちが待つウィーンへと急ぐ。

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そして1時間後、およそ5か月ぶりにウィーンに到着。
築100年以上のマンションに、再びおじゃまします。

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クラウスさんサトコさん、お久しぶりでーす。
お言葉に甘えてほんとにまた来ちゃいましたよ。
さっそくクラウスさんご自慢のシュナップス(蒸留酒)で乾杯 ♫

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そして楽しみにしていたサトコさんの手料理。
かき揚げにほうれん草のおひたし、炊きたての雑穀米に漬け物!
は〜あ、しあわせだあ。

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きょうはウィーンの家に泊まって、別荘に行くのは明日の夕方から。
ケンゾーたちは一人娘のアンナちゃんの部屋を使わせてもらえることに。

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アンナちゃんはパパとママと3人で川の字になって寝るんだって。
15歳になってもパパと一緒に寝てくれるなんて、日本のお父さんたちは羨ましいだろうね。

イクエがロフト、寝相の悪いケンゾーが下で寝ることに。
アンナちゃんありがとね。

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そして翌朝。
別荘へと出発する夕方まで時間があるので、サトコさんにおすすめの場所を聞いた。
カーレンベルク
そこからウィーンの街を一望することができるんだそう。

ウィーンの中心部を避けて北へと車を走らせる。
繁華街に入ってしまったら抜け出すのが大変だからね。

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一方通行が多いのも煩わしいんだけど、いちばんやっかいなのは縦横無尽に走っているトラム。
気づいたらトラムの線路の上を走ってて「ええー!?これ通っていいとかいな?」と不安になる。
前に車が走ってたらついて行けばいいから安心なんだけど、まったく車が走っていないときに線路の上を走るのはけっこう勇気がいる。

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トラムの後ろを恐る恐るついて行く。

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ふたりで「この道でいいんかいな?」「路駐してあるけん、車も通っていいと思うけど・・・」「うわあ、トラムが後ろから来よる!」と大騒ぎすること40分、いつの間にか周囲に木々が生い茂り、くねくねと曲がりくねる峠道に。
まさにウィーンの森だね。

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小高い山の頂上に到着。
高そうなホテルやおしゃれなレストランがあり、けっこう観光客で賑わっている。
展望スペースから眺めることができるウィーンの眺望がこちら。

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建物よりも緑の多さに目がいく。
『森の都』とも呼ばれるウィーン。
こうして見るとそう呼ばれることも納得だ。

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遠くにシェーンブルン宮殿の姿も見えるんだけど、分かる?
両サイドを森に囲まれてて、四角い庭園が見えるかな。
夏の離宮として建てられただけあって、周囲は涼しげな森に囲まれている。

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観光客で賑わう街の中心部からほんの少し離れただけで、青々と葉が茂るぶどう畑が広がる。
歴史ある街並みと近代的な建物、そして豊かな自然が見事に調和したいい街だ。

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帰りは旧市街のど真ん中に入ってしまって右往左往するハメになってしまった。

「げー!こんなところに出ちゃったよ!」
「でも、ここ左折禁止だ。」

美術館にオペラ座、市庁舎・・・。
車窓には前回歩いて見てまわった有名どころの建物が次々に姿をあらわす。

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観光客でいっぱいの旧市街、はやく抜けださないと!

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冷や汗かいたあとは美味しいと評判のレストランでランチタイム。

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こってりオニオンスープ、レモンがさわやかなポテトサラダ、メインはサクサクほくほくの魚のフライというランチメニューはなんと6ユーロ。

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これで6ユーロはかなりお得。
やっぱり地元の人に人気のある店は間違いがない。
クラウスさん、ごちそうさまでした!

3時間ほど休憩して、いざ別荘へ。
仕事のあるクラウスさんはお留守番。
クラウスさん、ごめんなさい、楽しんできまーす!!

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サトコさんが「なんにもない田舎」って言ってた別荘。
でもね、なんにもないどころじゃなかったんだよね。
じつはこの別荘、世界遺産にも登録されているヴァッハウ渓谷にあるんだよ。
あしたからヴァッハウ渓谷で過ごす夢のような別荘ライフをお伝えしま〜す。
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「ヨーロッパ・ピクニック計画」

2014.08.08 06:25|ハンガリー☞EDIT
ロシア語で説明が書いてあるカザフスタンの街頭でもらったニベアの試供品を、保湿クリームと信じて使っているイクエです。
クレンジングクリームだったらどうしよう~。

きょうは、ある歴史的な出来事についてのお話。

「え~、歴史なんて興味ない」というあなた。
まあそう言わずにおつきあいください。
おもしろくて感動的なお話かもしれませんよ。

レンタカーでハンガリーからオーストリアに移動しているイクエとケンゾー。
ガイドブックには「国境付近の街はヨーロッパ・ピクニック計画の舞台になったところ」と書かれていた。

ヨーロッパ・ピクニック計画?
その楽しそうな計画は何?
ピクニックのくせに、あたまに「ヨーロッパ」なんてついていてなんだか壮大な感じがする。

イクエもケンゾーも知らなかった出来事だけど、どうも有名な出来事らしい。
どうしてわたしたち、知らないんだろう。

その出来事が起きたのは1989年。
イクエが小学生、ケンゾーが中学生のときのこと。
国際ニュースに興味がない年齢だし、かといって新しすぎて歴史の授業では習わない。
だからちょうどその時期の出来事って、わたしたちの知識からすっぽり抜け落ちてるんだよね。
もしかしたら10歳ぐらい下の子たちは近現代史の授業で教わっているのかもしれない。

ヨーロッパ・ピクニック計画は、その軽々しいネーミングからは想像もできないほど意義深い出来事だった。
じつはこのピクニックは、ベルリンの壁の崩壊、東西ドイツ統一のきっかけとなったもの。

きょうはそんなヨーロッパ・ピクニック計画の舞台になった場所を旅しながら、この出来事をご紹介します。

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道路脇には草が生い茂る。
その向こう側にはケシのような赤い花が一面に咲き誇り、空との境目には森が広がっている。

わたしたちが車を走らせているのはハンガリーの田舎の道路。
家なんてない。
狭い道路ですれ違うのは干し草いっぱいのトラクター。

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ハンガリーの果ての場所。
そしてオーストリアの入口ヘと通じる場所。

まだ信じていいのかわからないけど、こんな辺ぴなところにも国境があるらしい。

1989年。
あのときも、期待と不安でいっぱいの人たちが国境を目指しこの道を通っていた。

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1989年ー。
世界が西側と東側、民主主義と社会主義に分かれてイデオロギーを争っていた時代。
「冷戦」と呼ばれていた緊張が世界を取り巻いていた時代。

といっても、80年代後半はすでに社会主義にかげりが見え始めていたころ。
社会主義国家だったここハンガリーでも民主化への動きが生まれていた。
東側社会主義国の筆頭だったソビエト連邦でさえゴルバチョフによるペレストロイカ(民主化へ向けた改革政策)が始まっていた。

けれど、そんななか例外的な国があった。
社会主義を貫き秘密警察によって国民の思想を弾圧しつづけていた、東ドイツ。
東ドイツのリーダーたちは恐れていた。

「民主化を進め市場経済を導入すれば西ドイツと同じようになってしまい、もはや東ドイツの存在意義がなくなってしまうのではないか。」
「リーダーである自分たちの権威もなくなるのではないか。」

まわりの国が民主化へ向けて動きだすなか、東ドイツはかたくなに改革の波に抗い続ける。
民主化を肯定するような思想は徹底的に弾圧し、言論統制を強め、とうとう1988年にはソ連の雑誌でさえ発禁処分にしたほど。

そんな東ドイツがどうやって変わっていったのか。
そのきっかけがまさにヨーロッパ・ピクニック計画だった。

1988年、社会主義国だったハンガリーはネーメト・ミクローシュ首相の新政権のもと民主化への動きが加速していた。
その年には国民の海外旅行の自由を認め、翌年には国境に張り巡らされた鉄条網が撤去された。

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そんな時代にハンガリーで起きたヨーロッパ・ピクニック計画。
それは市民団体の活動家たちや政治家が集まった飲み会の席での軽い冗談から始まった。

「隣のオーストリアは資本主義で、我々ハンガリーは社会主義だけどそんなふうに東とか西とか分けるの、バカらしいよねえ。」

「ハンガリーは東側って言ったって、もう民主化が進んでるし。」

「っていうか、もうオーストリアとハンガリーの国境なんていらなくない?」

「そうだよね。
新しい首相は、東側諸国と西側諸国を分ける鉄のカーテン(鉄条網)も撤去してるけど、結局国境警備隊が監視してるから自由に行き来できないし。」


「それに鉄のカーテンもまだすべて撤去されてるってわけじゃないもん。
まだ開かれてない国境の門もあるし。」


「いいこと思いついた!
国境のところでさ、焚き火でもしてみんなでバーベキューやろうぜ。」


「お、いいねえ、それ。
じゃあさ、ハンガリー人とオーストリア人がそれぞれ国境のフェンスのところに寄ってきて、お互い食べ物を交換しあうってのはどう?
あとお互い歌ったり、踊ったりして。」


「アハハ、それ盛り上がるよ絶対。
東側と西側が国境でいっしょにピクニック!」


話にでてきた国境のフェンスは、いまも残っていた。
立ち入らないように2重のフェンスがされ溝も掘られ、厳重な境界だった。

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そんなところで大掛かりなピクニックをやるなんて、冗談もほどほどに、と言いたいところだけどどうやらそれは冗談で終わらなかった。

ノリで言った冗談は、どんどん現実味を帯びていくことになる。

活動家たちは当時のネーメト首相にもこの話を持ち込み、この嘘のようなピクニック計画が実行に向けて動き出した。

でもいったいなぜ、この平和な馬鹿騒ぎがベルリンの壁の崩壊につながったのか。
「ヨーロッパ・ピクニック計画」なんて壮大なネーミングなのか。

それには当時の東ドイツのこんな状況があったから。
その当時、言論統制、思想の弾圧、民主化の動きへの抑圧を徹底していた東ドイツでは、国民は自由に海外旅行ができなかった。
西側へは行けないけど、東側諸国へは旅行の許可証をもらえることがあった。
つまり、このとき東ドイツ人はおなじ社会主義国だったハンガリーには行くことができた。

だから、ピクニック計画が実行されてハンガリーとオーストリアの国境が開かれたら、ハンガリーに入った東ドイツ人もどさくさに紛れて、西側諸国であるオーストリアに入ることができるかもしれない。

さらにオーストリアを経由し、ベルリンの壁で分断されている西ドイツに入ることができるんじゃないか。

そうは言っても、ハンガリーの国境からオーストリアに入れるのはハンガリーのパスポートを持った人だけ。
東ドイツ人をすんなり西側諸国に入れるなんて大問題だし、東ドイツの政治家たちに猛抗議されるに決まっている。

そんな緊迫した状況のなか、表向きにはのほほんとしたピクニックがショプロンで開かれることになった。

なぜショプロンなのか。
それは、ショプロンの地形が特徴的だから。

ショプロン

オーストリア領に張り出すように位置するショプロンは三方をオーストリアに囲まれて、すべての道がオーストリアに通じている。

ここだと比較的オーストリアに脱出しやすいと見られていた。
すでに国境の鉄条網が撤去されはじめているハンガリーには、東ドイツ人たちが大挙して押し寄せていた。

1989年8月19日。
田舎の国境地帯ショプロンでのヨーロッパ・ピクニック計画の日がやってきた。

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ピクニックのプログラムは、表向きのものと水面下のものと2つ用意され並行して実行された。

ピクニックの名目は「ヨーロッパの将来を考える集会」。
午後2時、その歴史を揺るがすイベントが始まった。

特設ステージがつくられ、ブラスバンドが演奏。
主催者や政治家たちがあいさつをする。
会場にはチロル民謡やハンガリー民謡が流れて大盛り上がり。
テーブルが用意され、ご当地の食べ物やビールが振る舞われた。

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ショプロンのその場所には、いまも当時の会場が公園として残されている。
いくつものパネルが設置され、当時の様子が写真でわかるようになっている。

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単なる青空の下でのピクニックにしか見えないその会場。
けれど水面下では着々と一大プロジェクトが進んでいた。

オーストリアに脱出することを願う東ドイツの人たちであふれているショプロン近郊のホテルやキャンプ地。
主催者たちは、あらかじめ手配したバスに彼らを乗せて会場へと移動させていく。

普段、不法出入国に監視の目を光らせるハンガリーの国境警備隊たち。
この日にかぎっては会場の1キロ圏内に近づかないように命じられていた。

公園の木々の奥には現在では使われていない監視塔が残っている。

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それまでは、ここから銃を構えた警備隊が見張っていたのだろうけど、ピクニックのあの日はここから銃を向けられるなんてことはなかった。
だって、この日は平和なピクニックを行う日なのだから。

会場は、歌に踊りにますます盛り上がっている。

そんななか午後3時。
国境の検問所が壊された。
ちょうどバスで到着した東ドイツ市民たち。
ピクニックのお祭り騒ぎには目もくれず、一目散に国境へ。

大きく開かれたゲート。
そこに立つ検問所の係官たちは、東ドイツ人にわざと背を向けて気づかないふりをし、入国してくるオーストリア人のパスポートを必要以上に入念にチェックして時間を稼ぐ。
もちろん、彼らもこのピクニックのほんとうの目的を知っている。

その隙にオーストリアへと走り込む東ドイツ人たち。
オーストリア人の旅行者たちは、彼らが通りやすいように笑いながら道を開ける。

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オーストリア側にはバスが待機。
そのまま彼らが西ドイツへと行けるように手配されていた。

そしてその日、1000人を超える東ドイツ人たちが国境を越えてオーストリアになだれ込んだ。

ひとつの国だったドイツ。
それが東と西に分断されてしまい、親しかった友人や家族に会うこともできずに離ればなれで辛い思いをしていた人たちがたくさんいた。
ピクニックが、この夢を叶えてくれた。

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ピクニックという平和なイベントで世界に風穴を空けるという発想。
そして市民団体と波長を合わせて協力したハンガリーの政治家たち。
センスあふれる人たち!

ここに立つと、当時このフェンスを通り抜けた人たちの歓喜の声と、その人たちを祝福するハンガリーとオーストリアの人たちのエールや拍手が聞こえてきそう。

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このピクニックが大成功に終わると、ますます多くの東ドイツ人たちがショプロンに押し寄せた。

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東ドイツはハンガリーを激しく問いつめたけれど、ハンガリー政府は東ドイツとの国交断絶を覚悟で自分たちの意志を貫き通した。

さらにブダペストの街の隠れ家のような場所に、西ドイツの大使館員が常駐し、ハンガリーに逃れてきた東ドイツ人たちに西ドイツのパスポートをこっそり発給するようになった。
当時、東ドイツ人が西側のパスポートをもつことなんて許されなかったけど、ハンガリー政府はそれも見て見ぬ振り。

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さらにハンガリー政府は翌月、国境を全面開放。
ハンガリー国内に待機していた何万人もの東ドイツ人たちがオーストリアに入国。

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こうして東ドイツでは医者、電車やバスの運転手、若い労働者たちが次々に東ドイツを去り、その結果、交通機関の運休や病院や工場の閉鎖が起き、社会が成り立たないようになっていった。
そのため東ドイツ政府は国境を閉鎖。
東ドイツ国民が海外に逃げられないようにした。

それがかえって国民の反感をかうようになり、政府を批判するデモが東ドイツ国内で次々に発生。
トップは退陣に追い込まれ1989年11月9日、ついにベルリンの壁が崩壊したのだった。

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勉強不足でヨーロッパ・ピクニック計画なんて知らなかったけど、もしこのピクニックが開かれなかったら、東西ドイツはいまのような平和なひとつの国になっていなかったかもしれない。
仮に冷戦が終結したとしても、もっと時間がかかっただろうし、どちらも引かない東と西で武力闘争や戦争も起きていたかもしれない。

ヨーロッパでハンガリーなんて弱小国って思われているかもしれないけど、この国こそが未来へのドアを開けた。

国境には、ヨーロッパ・ピクニック計画を記念するモニュメントが建っている。

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ヨーロッパ・ピクニック計画から25年。
EUができて、人々は自由に隣の国へと行けるようになった。
いまでは国境に高電圧の鉄条網もなければ、パスポートチェックさえない。

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国境には係の人さえいないし、EU圏内だからイクエとケンゾーもハンガリーの出国スタンプもオーストリアの入国スタンプも押されることはない。

ここが国境ということさえ意識もせず、いつのまにかオーストリアに入国できてしまう。

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だけどこの国境ほど、歴史やロマンを感じる国境はないかもしれない。
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レンタカーでハンガリーの地方都市巡り

2014.08.07 05:59|ハンガリー☞EDIT
「目尻のシワが100本あるよ。おじいちゃんになったらどうなると?」と妻に悪口を言われているケンゾーです。
100本は完全に大げさだけど、シワが増えていっているのは確か。
しゃあないよね、来月40歳やもん。

スペインからハンガリーへ飛ぶことにした時点で、ある素晴らしい計画を実行に移すことにしたケンゾーとイクエ。
オーストリアを旅したときにこのブログの読者でウィーン在住のサトコさんのご自宅に招待していただいたことがある。(その時の記事はこちら

おいしい食事をごちそうになったんだけど「次はぜひわたしたちの別荘に遊びに来てね」と嬉しい誘いをもらっていた。
「田舎で山や森しかないところだけど、ワインや自家製のお酒はいくらでも飲んでいいから」だって!
オーストリアの自然に囲まれてワイン三昧なんて、このチャンスを逃すともうないよ。
今回もサトコさんのお言葉に甘えて別荘にお邪魔させてもらうことに。

残念なことに、日本人観光客のガイドをされている旦那さんのクラウスさんは仕事でいっしょに行くことができない。
そこでケンゾーとイクエがブダペストでレンタカーを借りてオーストリアまで行って、そのままみんなで車で別荘に行くことにした。
レンタカーで巡るハンガリー・オーストリア6日間の旅のはじまりはじまり ♪

朝7時、6日間泊めさせてもらったブダペストの部屋を出てトラムに乗る。
ドナウ川を渡ってベストの街へ。
きょうは絶好のドライブ日和になりそうだ。

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ちなみにレンタル代は6日間で159ユーロ。
スコットランドのダブリンでレンタルしたときは、窓口でかなり追加料金を払うハメになってしまってイヤな感じになったけど今回は大丈夫かなあ。(この時の記事はこちら
ドキドキしながらレンタカー屋へ。

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このレンタカー屋はちょっと変わってて、高級ホテルの駐車場に店舗がある。
経営はホテルで、主な利用者はホテルの宿泊者なのかな。
結局今回もTAXとして24ユーロ追加で払わないといけなかった。
それも予約するときにちゃんと明記しておいてほしいよ。

今回のメンバーはケンゾーとイクエ、サトコさんと娘のアンナちゃん、そしてアンナちゃんの友だちのラーラちゃんの5人。
イクエとふたりのときは小さなコンパクトカーしか借りないけど、今回はセダンタイプの普通車をレンタル。

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さあて、まずはサトコさんたちの住むウィーンをめざしてしゅっぱ〜つ!
ブダベストからウィーンまではおよそ250km。
いくつか観光スポットに寄り道しながらののんびりドライブで、夜7時過ぎにウィーンに着く予定。

レンタカー

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ドナウ川を渡りブダベストに別れを告げる。
といっても6日後にまた戻ってくるんだけどね。

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このレンタカーにナビはない。
iPhoneの地図アプリがナビ代わり。
助手席に座ってるイクエが必死に画面を見ながら道案内をしてくれてるんだけど、これがけっこう大変。
ヨーロッパは左折禁止や一方通行が多くて行きたいところになかなかたどり着けない。
はりきって橋を渡ったまではいいけれど、「あら?あっ、こっちじゃない!」「えええ?!」「あああ、間違えたああ!」「うそおおお」と郊外に行きたいのに、なぜかもう一度橋を渡ってスタート地点に戻ってしまった。
大丈夫かな、今日中にウィーンにたどり着けるかな?

気を取り直してふたたびしゅっぱ〜つ!

ハンガリーとオーストリアのハイウェイは有料。
利用者は事前にお金を払って通行の権利を買うシステム。
距離や利用回数は関係なく、10日間とか2週間とかで値段が決められている。
その期間は好きなだけハイウェイを使っていい。
ハンガリーはちょっと面倒で車のナンバーを申請しないといけない。
ケンゾーたちはもちろん有料のハイウェイを使わず下道だけでウィーンをめざす。
ただ、気をつけないと下道を走ってるつもりが、いつの間にかハイウェイに入っちゃってることがあるので要注意。
ここでもイクエのナビゲーション能力が重要だ。

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走りはじめて3時間、とても立派な建物が見えてきた。
地図を見るとジェールという街だった。
お腹もすいてきたし、きれいな街みたいなので休憩することに。

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街にはドナウ川の支流ラーバ川が流れていて、周囲はとてもきれいに整備されている。
ここを見ただけで住みやすそうな印象を受ける。

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とてもおしゃれでかわいらしい建物が並ぶ旧市街。
カラフルな建物が多くて街全体がとても明るい雰囲気。

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店のサインに遊び心があっておもしろい。
サインだけを見て「これは何屋さんだ?」と当てっこするのが楽しい。
アラサーとアラフォーだけど・・・。

これはそのまんま、帽子屋さん
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上の針がかわいい仕立て屋さん
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じゃあ、これは?
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こたえはカバン屋さん。
なるほど、ワニ革だからカバン屋ね。
なかなか散策するのが楽しい街だった。

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ふたたびウィーンへ向けて車を走らせる。
この時期は菜の花とラベンダーが満開。
街を離れると交通量も少なくてとても運転しやすい。

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ケンゾーがかけてるサングラスはバルセロナで2ユーロだった。
でもすぐにネジが外れて壊れてポイ。
安物買いの銭失いとはよく言ったもんだ。

夕方4時頃にオーストリアとの国境に近いショプロンという街に到着。
古代ローマ帝国時代の城壁がわずかに残っている歴史ある街。
細い道が迷路のように入り組んだ旧市街を散策することに。

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くねくねとカーブしている旧市街の道。
ショプロンはハンガリー全土を襲ったオスマン・トルコの侵略をからくも逃れることができた街。
貴重な中世の街並みが美しく残っている。

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ブダペストは大きな建物が多くて華やかだけど、ハンガリーの地方の街はカラフルでかわいらしい。
ハンガリーに行く人は、そんな地方の街に行くのもおすすめだよ。
数泊してのんびりするのもいいかも。

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ショプロンのランドマークとなっているのは火の見の塔
かつてはこの上から街を見守っていたんだそう。
かなりおしゃれな火の見櫓だね。

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ショプロンのすぐ近くにはハンガリーとオーストリアにまたがるフェルトゥー湖という湖がある。
知らなかったんだけど、ヨーロッパ最大の塩湖なんだって。
湖が近づくと道路にこんな標識が。
するといたいた。

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ガーガーガーガー賑やかな集団だ。
フェルトゥー湖は琵琶湖の半分くらいの大きさなんだけど、毎年ヨーロッパ北部から5万羽の渡り鳥がやってくるんだそう。

歩いていると甲高い鳥のさえずりがあちこちから聞こえてくる。

これがフェルトゥー湖。
うん、まあパッと見はふつうの湖だね。
でも野鳥の宝庫とあってこの湖と周辺の街は世界遺産にもなっている。

水深がとても浅くていちばん深いところでも1.8mしかないんだって。

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犬が水遊びしてガブガブ湖の水を飲んでたけど、しょっぱくないのかなあ。
試してみようかなとも思ったんだけど、この色だからね、やめといたよ。
養分をたっぷり含んで栄養豊かな湖なんだろうけど。

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じつはこのフェルトゥー湖周辺は今から遡ること25年、歴史が大きく動き世界が変わる舞台となった。

それはヨーロッパピクニック計画!
楽しそうな響きだけど、大真面目な一大イベントの話。

あしたは世界を変えたピクニックのお話です。
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ハンガリー「ブダペストの街」☆☆ 沈没者続出の街の美

2014.08.06 06:20|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
夫婦とも日本からもってきていたシューズが同程度に痛んで穴が空き、夫は7000円くらいで新しい靴を買ったいっぽう、エジプト人のおっちゃんに200円くらいで修理してもらったイクエです。
いつまでもつかなあ。

カウチサーフィンを使ったホームステイのはずなのに、家の主はそこに住んでいなくて空き部屋をふたりだけで自由に使わせてもらっているイクエとケンゾー。
部屋はきれいだし気兼ねなくふたりだけで過ごせるし、居心地がよすぎてほとんど外出せずに部屋でくつろいでばかりいる。

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でも、それはもったいない!
この歴史ある美しい建物が建ち並ぶブダペストは世界遺産になっているのだから。

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いまでこそ「ブダペスト」と呼ばれるハンガリーの首都。
昔は「ブダ」「ペスト」と言う街に分かれていた。
ブダペストの街の真ん中にはドナウ川が流れていて、この川の西側がブダ、そして東側がペスト。

まずは商業の街として栄えたペスト側から探索スタート♫

ペスト側でもっとも大きくて壮麗な建物がこちら。
この建物なんだと思う?

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1885年から1902年にかけて造られたネオゴシック様式のこの美しい建物。

なんと現役の国会議事堂!
内部には691もの部屋があって、絵画や彫像などの調度品で埋め尽くされているうえ、トイレまでも細かい装飾がなされているのだそう。

このルネッサンス風の赤い屋根のドームは高さが96メートルあって目立つので、まさに街のシンボル。
お城のようでもあるし、大きな教会のようでもある。
赤いドームはイタリア・フィレンツェの大聖堂に似ている。

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ドームの高さがなぜ96メートルなのかというと、ハンガリーができた896年にちなんでいるから。
896年にここに定住しはじめたマジャル民族はハンガリー人の祖先。
もともとマジャル民族は、ウラル山脈の東側に住んでいた遊牧民だったのだそう。
いわばアジア人。
ハンガリーのまわりのほかの国はラテン系やスラブ系だけど、ハンガリーだけ異質の存在。
だからハンガリーは「ヨーロッパに投げられたアジアの石」なんて言われることもあるんだって。
今では混血も進んでハンガリー人はアジア顏ではないけれど、それでも赤ちゃんのお尻には蒙古斑があってアジア人のなごりがあるのだとか。
それに、名前も日本と同じように名字・名前の順番なんだって。

そんなハンガリーの旗が国会議事堂には掲げられていた。

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街の中でこの旗をよく見かけるんだけど、最初は「なんでイタリアの旗がこんなに多いんだろう」なんて失礼なことを思っていた。
色はいっしょだけど、イタリアは横縞じゃなくて縦縞。

豪華な国会議事堂の前には民族博物館。
むかしは最高裁判所として使われていた。

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民族博物館の前には、地面と同じ高さに水が張られている。
向こう側は階段状になっていて一段低い場所に下りられるようになっているというシンプルな設計なんだけど、遠くから見ると人が水の中を歩いているみたいに見える。
こういう仕掛けが国会の前にあるという遊び心がいいね。

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ブダとペストが合併したのは1873年。
それまではお隣オーストリアのウィーンに力で負けていたけれど、合併してから勢いのついたブダペストは合併後数十年で飛躍的な発展をした。
人口ではウィーンを超すまでになったんだって。

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といってもやっぱりウィーンのほうが華やかだし、観光地としてもそれほどメジャーじゃない。
でもブダペストには日本人が大好きなアレが点在している。

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コレ!
ウィーンのシェーンブルン宮殿を彷彿とさせる黄色い壁の横長の建物。
1913年につくられたこの施設。
入口を入ると、広い中庭のようなところに出る。
そこには・・・。

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宮殿のような黄色い建物に囲まれて存在しているのはプール!じゃなくて温泉!
じつはハンガリーは温泉大国。
ここブダペストには100以上の源泉があって、公衆浴場も50か所くらいあるんだって。
なかでも、このセーチェニ温泉は華麗な建物と広くて開放的な温泉が大人気。
でも利用料はけっこうお高くて1回2000円以上しちゃうから、窓から見学だけさせてもらった。

観光客のみなさんは、プールサイド(温泉サイド?)にビキニで寝転んでリラックスしていた。
奥には足湯のようなスペースも。
お湯に浸かったり、寝転んで休憩したり。
一日中楽しめる場所だけど、日焼けしそう。

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この温泉を有名にしているのが、プールの中にチェス盤が取り付けてあること。
お湯に浸かったまま、頭を抱え込んでチェスに興じるおじさんたち。

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このセーチェニ温泉はローマ時代の公衆浴場をイメージしてつくられたんだって。
ローマ時代から公衆浴場は市民たちの憩いの場、出会いの場、おしゃべりの場、だったんだろうね。

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ブダペストのペスト側を見たので、こんどはブダ側へ行ってみよう!

ペスト側は平らな土地だけど、ブダ側は丘が続く丘陵地帯。
さらに、商業で栄えたペスト側は交通量も多く活気があるけど、ブダ側は王宮がそびえて落ちついた雰囲気。
丘の上には上品な建物が並び、ペスト側にはない気品さがあふれている。

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街の中央にドナウ川が流れているブダペストではクルーズも人気。
ゆっくりと変わる景色を優雅に船上から楽しむのもいいかも。

橋を渡ってブダ側に着いて、最初に目に入ったのはさきほど紹介した対岸の国会議事堂。
離れるほど美しく見える。
川沿いに建つという立地が、ますます華麗さを引き立てている。

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丘になっているブダ側。
古い建物に沿うように階段があり、上へ上へとのぼっていく。

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高くそびえる白い塔に、カラフルな屋根の建物はマーチャーシュ教会

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1541年にオスマン朝に占領されたときは、この教会はモスクに改装されたのだそう。
けれどオスマン朝が撤退してからは、ふたたびカトリック教会に。
波乱の歴史を生き抜いてきた建物。

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もうそろそろ陽が沈むころ。
青かった空が、色を落としはじめる。
太陽の光を受けて輝いていた白亜の教会も、柔らかいグレーに。

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落ちついたたたずまいのブダの街が、ますます上品さを帯びる時間帯。
この街の魅力が引き出される夕暮れ時。

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昔はこのあたりには魚市場があったのだそう。
その場所に建つ石灰石でつくられた要塞、漁夫の砦
ここからは夕陽を浴びる川向こうのペストの街を見下ろせる。

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「ドナウのバラ」と例えられることもあるブダペスト。
夕陽に照らされる国会議事堂は、たしかにドナウ川のほとりに咲き誇るバラのよう。

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川沿いに停泊している長い船は、ホテル。
ずっとここに停泊し、宿泊客を迎えている。
街の中の2本の塔に大きな丸屋根の建物は、聖イシュトヴァーン大聖堂
1905年に造られたもので、8000人を収容できる大きな教会。

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夕陽を受けるブダペストの街も美しいけど、日が落ちてからも新たな魅力を見せてくれる。
太陽の光に代わって、あたたかいオレンジの灯りがこの街を照らす。

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日本のようにギラギラしたネオンサインや高層ビルの窓からもれる蛍光灯の光がない。
だからこそ、ライトアップされた街のランドマークたちが夜でも主役になれる。

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存在感たっぷりで威厳のあるたたずまいの王宮。
街を静かに見下ろしている。

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ドナウ川に架かるくさり橋

ブダとペストを結ぶ橋は9本あるけど、第二次大戦のときにはすべて破壊されたのだそう。
修復されたけど、もし破壊されなければもっと歴史ある美しい橋が残っていたのだろうと思うと残念。

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さて、豊かな水量のドナウ川を挟んで美しい建物が建ち並ぶ「ブダペスト」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

国会議事堂や王宮、教会・・・。
ブダペストの街には、歴史ある建物が点在していて街歩きが楽しい。

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建物だけじゃなくて、ブダペストの世界遺産にはなんと地下鉄も含まれている。
1896年、ロンドンに次いで世界で2番目に古く、ユーラシア大陸では初めて開業されたんだって。
いまとなってはただの古い地下鉄だけど、そんな歴史ある地下鉄に乗って街を移動するのもいい。

さらに夜景もきれいだから、同じ場所でも時間帯によって違う景色を楽しめる。
街歩きに疲れたら、温泉でゆっくりしてもよし。

ブダペストの街は、チェコのプラハに似ている。
プラハには街の真ん中にモルダウ川が流れていて、街を見下ろす丘にはプラハ城が建っていた。

どちらが好きかと言われれば、プラハかな。
プラハのほうがカラフルな建物が多くて、華やか。

プラハが女性的ならブダペストは男性的。
ブダペストにはいぶし銀のような落ちついた美しさがある。

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そんな静かで落ちついた歴史あるブダペストでは沈没(長期滞在)するバックパッカーが多い。
薄汚れたバックパッカーも、たまにはこんな美しくてコンパクトで街歩きが楽しい歴史ある場所で旅の疲れを癒やしたいよね。
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王のワインを庶民が飲むと

2014.08.05 06:06|ハンガリー☞EDIT
タンクトップがでろんでろんで乳首がチラ見えしているケンゾーです。
このままいくと『ごっつええ感じ』の「放課後電磁波クラブ」みたいになっちゃうよ。
あ、分からない若者はググってみてね。
もう今じゃあんなコント放送できないよ。

きょうはスペインを旅立つ日。
ああ、楽しかったなあ、スペイン。
いつもは新しい国への期待でワクワクの出国なんだけど、今回は後ろ髪引かれる思い。

スペインからは飛行機で次の国へ。
フライトは朝の9時、太陽が昇りきる前にバスに乗って空港へ。

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1か月半前にイギリスからポルトガルに飛んだとき、空港を間違えるという痛恨のミスをしたケンゾーとイクエ。
(その時の記事はこちら
今回はメールで届いたEチケットを穴が空くほど何度もチェック。
よし抜かりはないと思いつつも、ちょっとドキドキしながらターミナルへ。

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さて、みなさんが気になるのは次は一体どこに飛ぶのか?だよね。
まあブログの冒頭にルートを書いてるからバレバレなんだけど・・・。
ケンゾーとイクエが次に旅するのは、ハンガリー
ここバルセロナからハンガリーの首都ブダペストへとひとっ飛び。

ハンガリー

なぜブダペストなのか?
それは・・・なんてったって安いから!
WIZZ AIRで1人30ユーロ、荷物代を入れても2人で1万円ちょい。
安!!

これからのざっくりとした予定は、ハンガリーから旧ユーゴ圏の国を回りながらバルカン半島をギリシャまで南下、最終的にアテネからエジプトへ飛ぶつもり。
まだぜんぜん予定は未定なんだけど、このバルカン半島の旅は1か月半から2か月くらいかなあ。

チェックインも出国手続きも問題なし。

バイバイ、スペイン。

そして2時間半後、こんにちはハンガリー。

ブダペストには沈没者続出の超有名日本人宿「アンダンテ」があるんだけど、ケンゾーとイクエはカウチサーフィンで泊めてくれるホストをゲット済み。

このホストとは夜の7時半に待ち合わせしているので、5時間くらい空港で時間を潰すことに。
やる事と言えばひとつしかない、ブログ書き。
ただでさえリアルタイムと2か月もタイムラグができちゃってるからね。
更新が途切れないようにストックを貯めとかないと。

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夕方6時に行動開始。
空港からバスとメトロを乗り継いでブダペスト市内へ。
乗り継ぎチケットは1人530フォリント(約245円)。

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ブダペストはドナウ川を挟んで西のブダ側と東のペスト川に分かれている。
今回のホストの家は街の中心から少し離れたブダ側にある。
メトロの最寄り駅から10分ほど歩いていく。

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昨日までいたスペインと比べると、途端に街が古くさくなった。
あか抜けなくて、雰囲気がちょっと重たい。
街並みが同じ旧社会主義だったキルギスに似ている。
ハンガリーは全体的にこんな感じなのかなあ?

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わりと新しい団地の一室が今回のホストの部屋。
団地と言ってもそれぞれの建物はちゃんとしたマンションみたいできれい。

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案内された部屋に入ってこれまたビックリ。
とってもきれい、と言うか家具以外はな〜んにもない。

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じつは今回のホストはここには住んでいなくて、つい最近まで人に貸していたんだそう。
まだ借り手が付かず空室となってる部屋をカウチサーファーに提供している、っていうことなんだよね。
「あとは自由に使ってね」と部屋の鍵を渡された。
いやあ、ほんとにありがたいね。

残念ながら部屋にWi-Fiはない。
近くにネットカフェもあったんだけど、なんとかネット代をケチれないかなあと探しまわっていたらいい場所を発見。
最寄り駅の近くのショッピングセンターでフリーWi-Fiをゲット。
ソファーもあって言うことなし。
LEGOショップさん、ありがとうございます!

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お言葉に甘えてけっきょくこの快適な部屋に6泊させてもらったケンゾーとイクエ。
カリスマ日本人宿じゃなくて居候先で沈没しちゃったんだけど、ブログを書く以外いったい6日間も何してたんだろう。
ちょっと振り返ってみるか。

快適な部屋を提供してくれたのはコンピュータエンジニアのバラズ。
「飲みに行こう」と連れられて来たのは、かなり年季の入った古いビル。

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こんなとこに飲み屋があるのか?と半信半疑でビルの奥へと入っていく。
薄暗い通路の先にはなんだか妖しい空間が。

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なんだこりゃ、ぐっちゃぐちゃだ。
壁一面落書きだらけで部屋中ガラクタだらけ。

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散歩の途中なのか、犬を連れたおばあちゃんがビールグラスを傾けてる。
おばあちゃん、渋すぎ。

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ビールを頼んで2階へ。
カウンターはめっちゃおしゃれ。
ギャップがスゴすぎるよ。

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2階もなかなか個性的。
みんなそれぞれお気に入りの場所があるんだろうね。

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紹介が遅くなったけど、こちらが快適な部屋を提供してくれたバラズ。
お酒が好きで、ここにはよく来てるんだそう。

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バラズには伝統的なハンガリー料理の店にも連れて行ってもらった。
この店の看板メニューはハラースレーという魚のスープ。

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すぐそばを流れるドナウ川で獲れた淡水魚を使った伝統料理。
トマトとたっぷりのパプリカで、おもに鯉を煮込んだスープ。

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ハンガリー料理はヨーロッパのなかではもっとも辛いと言われている。
みんなパプリカが大好きで唐辛子もたくさん使う。
スープといっしょにパプリカや唐辛子を混ぜたペーストが運ばれてきた。
もともとスープは辛口の味付けだけど、さらにお好みでこのペーストをスープに混ぜる。

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けっこうスパイシーな味だけど癖はない。
魚も生臭さはなくほろほろと柔らかく美味しい。
でもなかなかいいお値段なんだよね。
一皿2550フォリント(約1200円)。
今回で最後かなあ。


ケンゾーはどうしてもここブダペストでやっておきたいことがあった。
それは一眼レフのレンズの修理。
ちょっと前にカメラを落としてしまってレンズを強打。
調子が悪くなってだましだまし使ってたんだけど、とうとうモロッコ滞在中に使用不能になってしまっていた。
スペインでも修理を試みたんだけど、日数が足りなくて諦めたんだよね。

ということで、ニコンのサービスセンターへ行くことに。
住所はバルセロナのニコンショップで教えてもらっていた。
メトロとバスを乗り継いで郊外へ。

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ほんとにこれであってるのかなあ、と不安な気持ちを抑えて教えられた住所に行ってみると・・・

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あった!
ちゃんとニコンのサービスセンターがそこにあったよ。
英語も喋られるスタッフがいて念願の修理をお願いすることができた。
だいたい2週間くらいかかるみたい。
インド、イランに次いで3度目の修理だ。
レンズも本体も旅終了までもつかなあ。


バラズと食事に行くこともあったけど、それ以外は自炊。
なんだけど、これがけっこう大変だった。
部屋には立派なキッチンがあるんだけど、調理器具がひとつも無いんだよね。
フライパンどころかスプーンやフォークさえ無い。

それでもせっかくキッチンがあるから料理をしたい。
かといって鍋やフライパンをわざわざ買うわけにもいかないし。
なにかいい方法はないかなあと1ユーロショプをのぞいてみた。
ハンガリーの通貨はユーロじゃないんだけど、「1ユーロショップ」というのが街の中に何軒かある。
だいたいお値段は1ユーロ相当。
そこで物色していたら、いいものを発見。
それはホーローの大きなマグカップ。
値段は140円くらい。
鍋としてもつかえるし、これで米も炊ける。

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ヨーロッパのスーパーでは、簡単に炊ける米を買うことができる。
小さな穴がたくさん空いている袋に1人分の米が小分けしてある。
この米は、袋ごと鍋に入れて炊いたあと、穴が空いてるのでそのまま水切りをして食べられるようになっている。

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米を炊いたあとは玉ねぎと鶏肉を炒めて・・・
(ビニールをまな板代わりにして十得ナイフでカット)

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溶いた卵を入れて親子丼の完成。
鶏肉のトレイが皿代わり。

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これだけできれば充分だ。
このホーローカップはかなりいい働きをしてくれている。
すでにもっている電熱コイルとセットで使えば、電源さえあればどこでもパスタやラーメンが作れるし米が炊ける。
かなりいい買物だった。

そしてもうひとつ、ケンゾーとイクエを救ってくれたのがこれ。

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ベーコンのブロック。
安い肉がこれしかなかったので「まあいっか」って感じで買ったんだけど、これがばかウマ!
薄切りにしたベーコンをジャガイモと玉ねぎ、にんにくといっしょにオーブンへ。
味付けは塩こしょうのみ。

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オーブンから漂ってくる香ばしいベーコンの香りがたまらない。
ジャガイモとベーコンのグリルのできあがり ♫

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味はね、もうなんじゃこりゃああー!っていうほどウマかった。
噛むとジュワーっと旨味成分が口の中に広がる。
ベーコンから溢れでる脂身を吸ったじゃがいももたまらない。
薄くスライスしたじゃがいもはカリカリのチップスになってて食感がいい。

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いやあ100g70円でこの味は驚異的。
このベーコンも掘り出し物。

じつはハンガリーはワイン大国って知ってた?
北部のエゲル地方で造られるエグリ ビカヴェール(Egri bikavér)は辛口の赤ワイン。
ビカヴェールとは『雄牛の』いう意味で、脂っこい肉料理にぴったり。
スーパーで399フォリント(約185円)だった。

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そして世界的に有名なのがトカイ アスー(Tokaji Aszú)
かつてフランスのルイ14世が「これぞ王のためのワイン、ワインの王だ」と絶賛した世界三大貴腐ワインのひとつ。
あまり聞き慣れない貴腐ワインとは、ある種のカビに感染して水分が蒸発し、干しぶどうのような状態になった(=貴腐化した)白ぶどうから造られた甘口のワインのこと。
かなり高級なワインでスーパーでも万引き防止のタグが付いている。

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トカイ アスーには3〜6までランクがあり、高級なものほど甘くなる。
ワイン専門店では最高ランクの6が日本円で7500円くらいだった。
もちろんそんなものは手が届かないので安いスーパーへ。
(イクエは買おうか本気で悩んでいたらしい。恐ろしやあ。)

スーパーでは最高ランクの6は置いてなくて、5でいちばん高いのが5999フォリント(約2800円)。
買うか買うまいかここでも悩んで、最終的には4999フォリント(約2300円)のランク5を買うことに。
いやあ、2300円のワインかあ、我ながら思いきったもんだ。

トカイではアスーではないふつうのトカイワインも造られている。
せっかくなので飲み比べるためふつうのトカイも買うことに。
高級ワインは飲み慣れてないから、ふたりの口には合わないかもしれんしね。
右が2300円の高級トカイ アスー、左がふつうのトカイワイン185円。

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素人でも違いは一目瞭然。
色がぜんぜん違う。
トカイ アスーは黄金色、見るからに甘そうだ。

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はたして「王のワイン」のお味は?

あっまああああああい!!

これはワインとは別物だ。
蜂蜜をなめてるみたい。
料理とはまったく合わない、デザート用だな。
トカイ アスーはふつうのワインよりも小さくて500ml入りなんだけど、理由が分かる気がする。
まあ人数にもよるけど、そんな何杯も飲むようなものじゃない。
ちびちびとブランデーのように味わう。
けっしてマズいものじゃないけど、もう十分かな。
ケンゾーは王の器ではなかったってことだね。

こうして書き連ねると、さもアクティブに日々を過ごしたように見えるけど、やったことってレンズを修理に出してブログ書いて食べて飲んで・・・そんなダラダラしてたつもりはないんだけどなあ。
もちろんブダペストの観光もちゃんとしたので明日お伝えしま〜す。
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旅したスペイン こんな国

2014.08.04 06:04|ヨーロッパ☞EDIT
スペインには5/7~5/29まで22泊23日滞在しました。
お祭り、再会、カウチサーフィン、そして美味しい食べ物とバル巡り。
とても楽しく充実した3週間でした。
そんな情熱の国、スペインの旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?

スペインでいくら使ったのか発表します。
 
交通費           287.84ユーロ
外食費           192.90ユーロ
その他のフード・ドリンク  138.86ユーロ
宿泊費           275.48ユーロ
観光費           140.60ユーロ
雑費            024.15ユーロ

合計  1059.83ユーロ(1ユーロ=141円)
約6,497円/1日2人で

友人の家に泊めてもらったりカウチサーフィンを利用したのでホテルに泊まったのは8日だけ。
セビージャのホテルが1泊46ユーロと高かったとは言え、宿泊費を抑えてこの金額だからね、やっぱりヨーロッパだよね。
スペインもフランスと同じく移動費が高い。
楽しいバル巡りもはしごをするとそれなりの値段に。
でもある程度の出費は覚悟しないとせっかくのスペインを楽しむことができない。
フラメンコや闘牛などエンターテインメントの費用も高いけど、お金をかける価値はある。
節約するところは我慢して、使うところには惜しまず・・・メリハリをつけることが大事なのかな。

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◇移動手段はこうでした

スペインの列車は高いのでバス中心の移動。
だけどそのバスもかなり高い。
1時間の移動で10ユーロすることもある。
長距離バスは同じ会社でも時間帯や車種によって運賃が異なるので、節約派の人は注意。
たいていバスターミナルにはタッチパネル式のチケット販売機があって、どの時間のバスが安いかを調べることができる。

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節約したければ「BlaBlaCar」がおすすめ。
このブログで何度も登場している車の相乗りをあっ旋するサイト。
携帯電話が必要なのと、スペイン語のハードルがちょっと高いけど、翻訳サイトを駆使すればなんとかなる。
値段も安い上に、ノンストップなのでバスよりもかなり速い。
スペイン人は優しくて目的地の前まで行ってくれる可能性大。

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ヒッチハイクも1度試してみたけどダメだった。
スペインではあまり馴染みがないみたい。


◇こんなお宿に泊まりました

ほとんどがホームステイだったけど、アルヘシラス、セビージャ、グラナダ、バルセロナでホテルに泊まった。
インターネットのホテル予約サイトを利用。
ツインの部屋で1泊20ユーロ〜30ユーロくらい。
オフシーズンだともっと安くなると思う。
Wi-Fiはもちろんあるけど、共用キッチンはない。
安いシンプルなホテルだとスタッフが英語をしゃべれないことが多いけど、なんとかなる。

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バルセロナで泊まったのはキッチンもあるようなバックパッカー御用達のゲストハウス。
サグラダ・ファミリアのすぐ近くで、ドミトリーでひとり12ユーロだった。

スペインはカウチサーフィンのホストが見つかりやすい国なのでカウチサーフィンにトライすることをおすすめします。
観光都市バルセロナではライバルが多いので早めにホストを探した方がいいですよ。


◇これが一番うまかった!

ケンゾー 「コチニーリョ・アサード」
セゴビアで友人のチャミとルベンのイチ押しのレストランで食べた。
まだママ豚のおっぱいしか飲んでいない生後15~20日の子豚ちゃんをオーブンで焼いた名物料理。
「子豚ちゃんゴメンね」って多少の後ろめたさを感じながら一口パクリ。
皮はカリッカリ、肉は驚きのふわっふわ ♪

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味付けは塩だけでとてもシンプルなんだけど、旨味が滲み出ていてとても深みとコクのある味。
食べるのに夢中になってしまった。
食べ応えのあるスープとサラダ、ワインが付いて25ユーロ。
残酷なほど美味しかった、ありがとね子豚ちゃん。

イクエ 「豆と肉のシチュー」
「カリョス」って呼ばれる料理だと思うけど、食べたのはちょっとアレンジされたものだと思う。
セゴビアのレストランで食べたもので、ケンゾーが一番うまかったものとしてあげた「コチニーリョ・アサード」とセットででてきたもの。
具材が溶け込んでどろっとしている。

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口に入れた途端に思った。
「世界で一番おいしいのはスペイン料理かもしれない」って。

肉の旨味が凝縮された濃厚な味。
味わいに深みがあるフランス料理もおいしいけれど、スペイン料理は濃い味付けで口に運んですぐにうまさが押し寄せる。

スペイン料理はパエリヤや生ハムだけじゃない。
日本では知られていないけど、おいしいスペイン料理はたくさんある!!

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◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「セビージャのフェリア」
イクエの希望で春祭りのフェリアを見るために航空券を捨ててまでスケジュール変更してセビージャへ。
色鮮やかなフリフリのドレスで着飾った女性たちと道を行き交う馬車、颯爽と馬に乗って歩く紳士たち。
フェリア開催中のセビージャは「え?今なに時代?」と中世にタイムスリップしたようだった。

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軽快な音楽に合わせセビジャーナスを踊る人々。
小さな子どもから年配まで笑顔で一心不乱に踊る姿は、見ていてとても心地よかった。
人生を、この瞬間を楽しんでいる嬉しさがひしひしと伝わってきて、なんとなく負けてられないなと思ったりもした。

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イクエ 「ホームステイ」
ヨーロッパではカウチサーフィンのホスト探しは難しいかなって思いながらカウチサーフィンにトライした。
でも、スペインでは意外にホームステイを受け入れてくれる人が多かった!
同じ街で複数の人がご招待してくれたので、こちらからお断りさせていただくこともあった。
そして、どの家もとても居心地がよかった。
合鍵を渡してくれて「好きなように使ってね」と言ってくれる人が多く、ゲストハウスよりも自由で快適。
みんな人との距離の取り方が上手で、さっぱりしているけれどいっしょにいるときは話が盛り上がりとても楽しい時間を過ごせる。
忙しいなか時間を作ってくれて街案内をしてくれたり、バルに連れて行ってもらっておいしいお酒を飲んだり。
スペイン人は情熱的でテンションが高くて我を通すイメージがあったけど、相手のことを思いやり居心地のいい空間をつくりだしてくれる。

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通常、カウチサーフィンは招かれる側としては相手に気を遣い、がんばりすぎて多少気疲れすることもあるけれど、スペインではそんなことは一切なかった。
自分のペースを崩さずに居候させてもらえた。
ケンゾーが「タモリによれば居候の極意は卑屈にならないこと」って言ってたけど、その通りにやっても大丈夫なのがスペインだと思う。
みんな太っ腹というか寛大というか。
お世話になったどの家庭も、「もう1泊か2泊はしたいなあ」と後ろ髪引かれる思いであとにした。
ホームステイをしたことで、スペイン滞在が2倍も3倍も楽しくなった。

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◇ふらり ゆるり スペインの感想は?

ケンゾー
ただただ楽しかった。
人は陽気で優しいし、食べ物はおいしいし、いままででいちばん「住みたい!」と思った国。
2012年の経済危機以降失業率も増加の一途で決して楽観視できるような状況じゃないみたいだけど、一般市民はいたって楽観的。
「まあ、なるようにしかならないよ」って感じのゆる~い雰囲気を見ていると、なんだか暮らしやすいように思える。
お祭り好き、酒好き、外から来るもの拒まず、スペイン人と福岡人はなんだか似てるのかもしれない。

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イクエ
フラメンコと闘牛の本場、華やかな建築物、豚肉やシーフードを使ったスペイン料理。
スペインを好きになるだろうということはわかっていたけれど、予想よりもかなり自分にしっくりくる国だとわかった。
たとえここで暮らしても、人付き合いや文化の違いに悩まされることはほとんどないんじゃないかと思う。
人々は陽気で穏やか、気配り上手。
相手が必要としているときは世話を焼くけど、そうじゃないときは相手を尊重してドライでさわやかな対応。
これほど心地よく、自分のペースを崩さずに旅ができたのはスペインがはじめて。
自分が自分でいられる国。
スペインに来る前はスペイン文化に魅せられるだろうと予想していたけど、それよりもなによりもスペインの人々に心惹かれた。
時間とお金があればずーっといたいと思った国でした。

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スペイン「サグラダ・ファミリア」☆☆☆ すごいのは外より中

2014.08.03 05:59|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
ケンゾーの髪を切ってあげたのに「まだらでハゲみたいに見える」と文句を言われているイクエです。
ケンゾーは「ワックスでごまかす」とか言ってますが、もう来月40歳だからいいやんねぇ?

さあ、お待ちかね。
スペインの巨匠アントニ・ガウディの生涯をかけて造った、とは言えぶっ飛んだスケールなので、ガウディが生きているうちに完成しなかったどころか130年経った今でも建設中のサグラダ・ファミリアの内部をお伝えします!

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と、その前に。
もし近々、サグラダ・ファミリアに行く予定のある人はきょうの記事は見ない方がいいと思います。
内部の様子を知らないまま、中に入って自分の目で見た方が驚きと新鮮さと感動を味わうことができるから。

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中に足を踏み入れた途端、そこには息をのむ光景が広がっていたー。

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もはや、教会じゃない。
ここは、宇宙。

祭壇の上のぽっかりとあいた空間。
強くまぶしくて、それでいて温かくやわらかくて。
ずっと見ていると吸い込まれそう。

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そんな天からの光が、地上に幻想的な宇宙をつくりだしている。

いつも教会の中央に鎮座しているもの。
それは、十字架にはりつけにされたイエス・キリストの像。
重々しく、そして痛々しく。

もちろん、この教会にもそれは存在する。
でも、違う。

イエスがー

浮いている!

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葡萄で縁取られたパラシュートのようなものを広げて、天へと昇っているみたい。
軽やかに、舞うように。

そこに暗さや重々しさはない。
でも、とても気高いものを見つめている気分になる。
恍惚となる。

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ガウディは、教会がもつ厳かで重々しい雰囲気を和らげることに挑んだ。

彼が出した結論は、森のような空間を作り上げること。

太陽の光を受けながら、どんどんと幹が太くなり、枝分かれし成長していく有機体。
生命の象徴。

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幹のような柱の上を目で追っていくと、葉が生い茂っているかのような天井に行きつく。

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この教会に漂う、明るく開放的な雰囲気。

森の息吹を感じ、包み込まれるような優しさ。

木漏れ日を受けながら、木々の間を散歩している感覚。

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その木漏れ日は、ときに七色に輝く。
壁を彩る、黄色やオレンジ、緑・・・。

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壁に色が塗られているわけではない。

時間とともにゆらめく色。
お互いの色はときに混ざりあい、新しい色を生み出す。

その色の正体は、この光。

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冷たい金属もステンドグラスからの光を受ければ、天に架かる虹になる。

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虹のパイプオルガンはどんなメロディーを奏でるのか。

七色の木漏れ日に照れされた並木道の奥に、姿をあらわす螺旋階段。
巻貝のような美しいフォーム。

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それぞれの階から突き出たバルコニーは、積み木で作ったような楽しさにあふれている。

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たとえ教会であっても、ガウディらしいオブジェが飾られ、遊び心がちりばめられている。
生い茂る森の中で宝探しをする気分で、それを見つける。

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時とともに、木はすくすくと枝を伸ばし森はどんどん生い茂る。
成長の歩みを止めない、生命体。

このサグラダ・ファミリアも、刻々と育っている。
ガウディの夢に共感する、職人たちの手によって。

教会の窓からは、そんな職人たちの姿が見える。

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ひとりの男の、夢物語のようなケタはずれな構想。
現実離れした青写真。

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着工を始めたのは1882年。

すべて寄付によって建てられるこの贖罪教会に、完成する日がやってくるのを信じた人は当時はガウディだけだったのかもしれない。

何かに取り憑かれたかのように全精力を注ぎ、サグラダ・ファミリアの建設に没頭したガウディ。

男の最期は、ミサに向かう途中で路面電車にひかれるというあっけないものだった。
その身なりから、浮浪者に間違えられ手当てが遅れたという。

スケールの大きすぎる構想。
並の人間の理解を超える奇抜な発想。
ガウディの死後、彼の青写真を忠実に実現することはもはや不可能となった。

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建設を中止するか。
それとも、とてつもない芸術家の意志を引き継ぐのか。

ガウディは細かい設計図を残していない。
彼がつくった模型や資料はスペイン内戦のときに焼失してしまった。
もはやガウディの構想を忠実に実現することはできない。

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それでも、なんとかしてガウディの世界観を形にしたい。
わずかに残った資料をもとに、時代ごとの建築家たちがガウディの構想を推測しながら未完成の遺作を完成させるためにきょうも建設を続けている。

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サグラダ・ファミリアの地下では、ガウディの構想に沿って模型を作り直している職人の姿がある。

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ガウディの独特の世界観を、いまを生きる芸術家たちが引き継いでいる。

ガウディと、彼を愛する者たちの集大成は、ガウディの没後100年にあたる2026年に完成する予定だ。

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着工から130年が経った今も完成しないサグラダ・ファミリア。
いまの技術をもってしても、形にするのが困難な構想。

こんな現実離れした設計をするなんて、馬鹿げている。
自分の生存中に完成するわけないようなものを、なぜ設計してしまったのか。
そんなふうに人は彼をからかったかもしれない。

でも、ガウディはすべて見越していたのではないかと思う。
自分が生きている間に、教会を完成させることなんて最初から思っていなかったのではないか。
20世紀、21世紀の未来の建築家たちに自分の構想が受け入れられ、未来の技術で教会が完成することを彼ははじめからもくろんでいたのではないか。

今ごろガウディは、たくさんの人間が知恵と技術を出し合いながら自分の構想を形にしているのを、どこかでうれしそうに見守っているのかもしれない。

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太陽の光を浴びて木が天高く育ってくように。
ガウディの命が吹き込まれたこのサグラダ・ファミリアも、きょうも上へ上へと育っていく。

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ひとりの男の夢は、100年のときを越えていま実現しようとしている。

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さて、サグラダ・ファミリアを含めた世界遺産の「ガウディの作品群」。
「星いくつ?」

「星、3つ!

いままで何度もテレビや写真で見てきたサグラダ・ファミリア。
この目で外観を見て、その大きさや不思議な形に感心したけれど、教会の中に広がっているガウディの世界観は想像の域を越えていた。
天井を見上げて吸い込まれそうな空間に溜息を漏らし、宙に浮くイエスの像にこれまで見てきた教会のイメージをくつがえされ、七色の木漏れ日を受けた森のような空間に安らぎを感じる。

サグラダ・ファミリアの地下にある博物館では、どんなふうにガウディがこの奇想天外な建物を設計していったか、どのように建設が進められたかがわかる資料が展示されている。

ガウディの構想は単なる夢物語ではなかった。
展示品や説明を見ていると、この壮大な教会は彼が緻密に計算して設計したものだということがわかる。

ガウディは変人か奇人か天才か。
その答えはー

もちろん、天才!
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奇人変人それとも天才?

2014.08.02 06:15|スペイン☞EDIT
きょうケンゾーの髪を切ってあげたイクエです。
わたしがヘタだから虎刈りになったのか、それともケンゾーがハゲてきているからか、まだらになってしまいました。

バルセロナはスペインでいちばんの観光地。
みんな何が目的でこの街を訪れるのか。

それはカタルーニャが生んだ偉大な建築家、アントニ・ガウディの作品を観るため。
ちなみにスペイン語ではアントニ・ガウディとなって、カタルーニャ語ではアントニ・ガウディ。
カタルーニャ語がスペイン語と異なるのは、きのうお話したとおり。

ガウディのもっとも有名な建築物はサグラダ・ファミリアだけど、バルセロナの街ではほかにもガウディの作品たちに会える。

ガウディの作品たちは世界遺産に認定されている。

きょうはそんなガウディの建築物を巡る旅におつきあいください。

まずは街を見下ろす丘にあるグエル公園へ。

グエルというのは実業家の名前。
(ちなみにグエルはスペイン語でカタルーニャ語ではグエイ)
この山の手に60戸が建つ新興住宅地を作ることをガウディと計画した人。
グエイ伯爵は、まだそれほど有名ではなかったガウディが1878年のパリ万博に出品したショーケースのデザインに目を留めて、ガウディに自分の家の設計などを依頼するようになった。

そこはこんなふしぎな塀に囲まれていて、こんもりと緑が生い茂る場所。

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当時工業化が著しく進んでいたバルセロナ。
そんな工業化をよく思わないガウディとグエイ伯爵は、自然と調和して生活できるイギリスの田園都市のような場所をここに作ろうと決意したのだそう。
といっても、1900年当時にそんな「自然と芸術に囲まれて暮らそう」なんて価値観に共感する人なんていなかった。
けっきょく計画された60戸の宅地のうち、売れたのは3軒。
2軒の買い手はグエイ伯爵とガウディというなんとも皮肉な結果に。

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2人の価値観がこの時代に受け入れられていたら、この場所に60戸の不思議な家々が建ち並んでいたはずなのに。
そうはならず結局この場所は市の公園として寄付されたんだって。

これが作られたのは1900年から1914年。
1914年と言えば第一次大戦が始まった年だもんね。

それどころじゃなかっただろうし、もしガウディとグエイ伯爵のような考え方が浸透する社会だったらそもそもばからしい戦争なんて起きなかったかもしれないし。

公園の入口に建つ来訪者の待合所と門衛の小屋。

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シュールレアリスムの巨匠で、溶けたような時計の絵でおなじみの画家サルバドール・ダリはこの建物を見てこう言ったのだそう。

「砂糖をまぶしたタルト菓子のようだ」

その表現にも納得。

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公園の主役は「ギリシャ劇場」と呼ばれている大きなテラス。
柱で支えた1階部分は市場に、そして2階のテラス部分はここに住む人たちの憩いの場にする予定だったんだって。
今の時代だったら、こんなすてきな住宅地すぐに売れそうだけどね。

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ちなみにこのギリシャ劇場や公園内の建物の中に入るには入場料がいる。
だけどグエル公園自体は入場無料で、地元の人たちのランニングの場所になっている。
「入場料が高いからサグラダ・ファミリアだけでいいや」って人もあきらめずに、この公園まで足を伸ばしてみて。
外観だけでもガウディの世界観はじゅうぶん楽しめますよ!

丘になっている公園。
鮮やかな花が咲き誇る。
この自然の地形と一体化した、石を重ねた壁のようなものが続いている。

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人工物だけど、人工物じゃないような。

100本柱のプロムナード。
雨の日でも住民が濡れずに歩けるようになっている。
海の底に来たような、恐竜のお腹の下を歩いているような気分。

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ぐるっとまわって少し丘を登り、ギリシア神殿の裏へ。
人々が集う広場からはバルセロナの街が一望できる。
さらにその奥にはまっさおな地中海。

街の中からにょっきっと出ているサグラダ・ファミリアとクレーンも!

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広場の縁はベンチになっていて、不思議なモザイクで飾られている。

モザイクと一体化している人、発見!
たまたまなのか、それとも狙ってこれを履いてきたのか。

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さて、次に向かったガウディの建築物はカサ・ミラ
マンションとして建てられたもの。
残念ながら外には足場が組まれて修復中だった。

カサ・ミラの一部は、現在ガウディの博物館になっている。
チケットを求めて並んでいる人の奥に柵が見える。

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柵って冷たいイメージがあるけど、これはなんだかゆらゆらとうごめきそうでやわらかそう。
ガウディのお父さんは銅板を加工して鍋や釜を作る銅細工職人だったんだって。
堅くてまっすぐなものを丸くしていくという父親の手仕事を見ながら育ったんだろうね。

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カサ・ミラは建設当時はバルセロナ市民から「醜くて変な建物」と見られていた。
家賃も一般市民の月給のおよそ10倍もしたため、なかなか借り手が見つからなかったのだそう。
そのため「三世代に渡って値上げはしない」という契約がなされ、いままでほとんど家賃は変わっていないんだって。
いまでも4世帯が住んでいるらしい。
いちばん下の階はショップになっている。
雑貨店に入ると、中庭が見えた。

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カサ・ミラは直線を使わないで建てられている。
波のような砂丘のような。

こんなところで暮らすと、実生活が夢か幻かわからなくなってきそうね。

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カサ・ミラから歩いて行ける距離のところにカサ・バトリョと言われる住宅がある。
こんどはどんな建物なのかな。
ワクワクしながら、キョロキョロしながら歩いて行く。

交通量の多い大通りのビル街に、おとぎ話にでてきそうな建物が!

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これは何色って表現したらいいんだろうね。
絵の中でしか表現できないような建物が目の前に存在している。

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このデザインが何をモチーフにしているかは諸説ある。
屋根がうろこのようで形が盛り上がっていることから、ドラゴンをイメージしたのでは?なんて人もいるし、屋根が帽子の形をしているという人もいる。
壁にちりばめられたタイルのモザイクは花吹雪をイメージしてると主張している人もいる。
いっぽう、光に反射するモザイクは海の輝きをイメージしたものっていう説もある。

いろんなイメージがわくからおもしろい。

わたしは柱が骨に見えたし、ベランダの部分がドクロのように見えた。

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確かに「骨」説もあって「骨の家」なんて呼ばれているらしい。
でも、海をイメージしたものでドクロに見えるベランダは「海藻」だと言う人もいる。
海藻と言われれば、たしかにワカメのように見えなくもない。

さあお待ちかね、いよいよガウディの最高傑作とも言われるサグラダ・ファミリアをお見せしましょう。

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1882年に着工されたこの教会は、130年経った今も建設途中にあることはあまりにも有名。
複数のクレーンがひっきりなしに動いて、工事を進めている。

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のんびり作業を進めてるからいつまで経ってもできないのかな?なんて思っていたけど、けっこうたくさんの作業員の人たちが一生懸命働いている。
作業着を着てヘルメットをかぶった日本人女性っぽい人もいた。
きっと世界中から手伝いにきているんだと思う。

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キリストの生誕と幼少期を表した「生誕のファサード」はガウディ自身が完成させたもの。
このやわらかさ。
ガウディはやっぱり変人じゃなくて、まじめに芸術に打ち込む天才だったのかもしれない。

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でも、いちばん目立つところにこんな緑のクリスマスツリーみたいなのをつけるところはやっぱり天才と言うよりも奇人?

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サグラダ・ファミリアの表面を飾るガウディの彫刻は、スペイン内戦のときにかなり損傷を受けてしまった。
けれど、それが修復されて元のすばらしさを取り戻している。
その修復に一役かったのが、なんと日本人!
福岡出身の彫刻家、外雄悦郎氏。
サグラダ・ファミリアの専任彫刻家。

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だいぶ工事が進んでいるとはいえ、まだまだってところも多くある。
このつるんつるんのコンクリートの表面は、将来どうなるのか想像がつかない。
楽しみでもある。

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さて、いよいよ中へ。
と思ったら、サグラダ・ファミリアはスペインでいちばん人気の観光地。
朝早く行ったのにもかかわらず、すでにチケットを求める人の長蛇の列。
列は折れ曲がっていて、並んでいるところからはもはやチケットブースが見えない。

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入場料は14.8ユーロとお高め。
でも、そんな高さが気にならないほどの息をのむ空間が内部には広がっていた!

サグラダ・ファミリアの外観の写真や映像は見たことある人は多いと思う。
でも、中がどうなってるか知ってる!?

さらに、以前サグラダ・ファミリアに来たことがある人も、その当時からは建設が進んでいるから昔とは違う光景が広がっていますよ。

きょうご紹介しようと思ったんだけど、長くなりそうなのであしたじっくりお伝えします。

ガウディは、変人なのか。
奇人なのか。
それとも天才なのか・・・。

その答えが、サグラダ・ファミリアの内部にありました。

お楽しみに ♪
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