Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
プロフィール

ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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レンタカー旅@アイルランド

2014.05.31 06:29|アイルランド☞EDIT
いまお邪魔しているホームステイ先に寝てばっかりの犬がいる。
この犬を見ていると日本に残してきている自分の犬に無性に会いたくなっているケンゾーです。
ちなみにチワワで名前は「ほたて」です
ベロが収まりきれずにいつも口から出ています。

きょうから6日間かけてレンタカーでアイルランドを旅するケンゾーとイクエ。
女子大生から若いパワーをもらって元気100倍!
まずは予約してあるレンタカーを借りにいく。

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ネットで最安だった「Europcar」という大手のレンタカー会社で6日間42ユーロで予約していた。
「うっわー、やす!!
 1日1000円ちょっとばい!」
ってウキウキだったんだけど、これが大誤算。
そこにはいろいろと料金が追加されるからくりが・・・。

ふつうのレンタカー会社だと保険の種類をいくつかのプランから選べるんだけど、ここはひとつだけ。
しかもそれがかなり高い。
ふつうは免責(事故を起こしたときなどに支払わないといけない料金)有りか無しを選べるんだけど、この店では免責無ししか選べない。
免責なしってことは保険代が高くなるんだよね。

さらに、これはどこのレンタカー会社でもだいたいそうなんだけど、もしもの時のためにデポジットのようなものを取られる。
この店では1200ユーロをクレジットカードで仮払い。
無事故なら返却時に返ってくるというもの。

ケンゾーのクレジットカードで1200ユーロを払おうとしたら「カードが受けつけない」って言われてしまった。
なんでだ?1200ユーロって17万円くらい、それくらいだと問題なく使えるはず。
でも何度試してもダメ。
ケンゾーはこの旅にクレジットカードは1枚しか持ってきていない。
イクエのカードで払おうとすると「ドライバー名義のカードじゃないとダメ!」って言われてしまった。

1200ユーロのデポジットが払えないならレンタル代がビックリするくらい跳ね上がる。
予約するときは1日1000円のつもりだったのに・・・。
となりのカウンターでも客と店員がお金のことで揉めている。
ケンゾーたちと同じように、安いネットに釣られて予約したんだろうね。
まさか店頭でこんなに追加料金を取られるなんてね、そりゃ声も荒げたくなるよ。

今さらレンタカーでの旅をやめるわけにもいかないので渋々追加料金を払う。
しかもムカつくのはガソリンが満タン返しじゃないってこと!
満タンになっているガソリンを最初に買い取らないといけない。
しかも店の言い値で。
ということは、返却時に残っているガソリンは払い損ってこと。
なるべく空っぽになるギリギリまで使って返さないと損するんだけど、慣れない異国の地でガス欠ギリギリまで乗るなんてリスクがありすぎる。
すべてが万事客から金を取ろうという考え方。
けっきょく42ユーロのつもりが最終的に305ユーロも払わないといけなかった。
日本円で4万3千円、1日あたり7千円。
もう二度とEuropcarは利用しないよ。

せっかく女子大生に囲まれてニッコニコだったのにテンションがた落ち。
ちょっと勉強代が高くついたけど、まあしょうがない。
気分を入れ替えてアイルランドドライブ旅に出発

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きょうはアイルランドの南にあるコークという街をめざす。
途中キルケニーという街にも寄りながらおよそ300kmのドライブ。

コーク

いくつもの小さい町を通り過ぎていく。
たいてい町でいちばん目を引く建物は教会。

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これはキルデアにある聖ブリジッド大聖堂。
建てられたのは1223年。
お城のような石造りの建物がアイルランドの教会の特徴。

教会の横には背の高い煙突のような塔が建ってたんだけど、何のための塔なのかは分からない。

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キルデアの町にはなぜか「ジャパニーズガーデン」があったので行ってみたんだけど入場料が高くて見学は断念。
駐車場でアイリッシュガーデンを眺めながらランチタイム。

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レンタカーが予想外に高くついたので食事代を削らないといけない。
スーパーでバゲットとチーズやハムを買ってピクニック
まだちょっと肌寒いけど、外で食べると気持ちがいい。
木々も芽吹き出してるし、春はもうすぐそこまで来てるね。

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腹ごしらえのあとドライブ再開。
青い空、白い雲、そして鮮やかな緑色の牧草地。

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絶好のドライブ日和で気持ちがいい。
高いお金を払ったぶん楽しまないとね。

ハイウェイから逸れて住宅街の細い道を走っていく。
住宅街といっても家はぽつぽつ。
人の姿よりものんびりと草を食む牛たちをよく目にする

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しばらく車を走らせていると、前方の丘の上に城のようなものが見えてきた。
でもよく見ると崩れてボロボロになっている。

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これは「Rock of Dunamase」と呼ばれている12世紀に建てられた城の遺跡。
詳しくは・・・よく分からない。

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遺跡自体はかなりボロボロでほとんど原型を留めていない。

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だけどこの丘の上からの眺めが素晴らしかった。
広い空と広い大地。
ビュービューと吹きつける強い風。

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アイルランドは畜産が主産業なのでほとんどの土地が牧草地。
目に鮮やかな緑色の牧草地がどこまでも広がっている。

この遺跡でウェディング写真を撮影しているカップルがいた。
近くに住んでるのかなあ。
純白のドレスがよく映えるね。

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たくさんの牛を横目にキルケニーへと車を走らせる。
厚い雲がずいぶん多くなってきた。
天気は下り坂だ。

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日本の桜そっくりなピンク色の花を咲かせた街路樹。
みんなは「さくら」と聞いてさいしょに頭に浮かぶ曲はなんだろう?
ケンゾーはケツメイシの「さくら」かなあ。
別れて今はもういない彼女のことを歌ったちょっと淋しい歌詞だけど名曲だよねえ。

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色鮮やかな家が建ち並ぶキルケニーに到着。
5世紀ごろにつくられて歴史が長い街。

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この街の見どころは13世紀に建てられたキルケニー城。
この地を治めていた大地主バトラー家がおよそ600年にわたって住んでいた城だ。

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こちらは19世紀に建てられた新しい聖メアリー大聖堂。
キルケニーにはほかに13世紀に建てられた聖カニス大聖堂という由緒正しい教会があるそうなんだけど見落としてしまった。

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キルケニーを出る時点でもう夕方の4時半。
ここからほぼノンストップでコークまで走って7時過ぎに宿に到着。

「AARAN HOUSE」
4ベッドドミトリー 1泊1ベッド15ユーロ
Wi-Fi、キッチンあり

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夕食にパスタを作って缶ビールで乾杯。
テンションがた落ちで始まったアイルランドドライブ旅だけど、無事に初日のゴール地点までたどり着いてよかった。

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それにしても、いつになったら本場のギネスビールを飲めるかなあ
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女子大生たちの家に居候で舞い上がるケンゾー

2014.05.29 06:18|アイルランド☞EDIT
ブログの更新を途絶えさせてしまったイクエです。
新しい記事を書いていないのにブログランキングの応援クリックをしていただきありがとうございます!
なるべく毎日更新していくので、どうぞこれからもお付き合いください。

さて、きょうからアイルランド編のスタート!!
イギリスにはアイルランドを旅したあとに戻ってくるので、しばらくの間イギリスとはお別れ。
イギリスの一部である北アイルランドのベルファストから、アイルランドの首都ダブリンへバスで向かう。

ダブリン

これまでのEUの国ではバスで国境を越えるとき、パスポートチェックなんてないところが多かった。
EU同士だから地元の人は自由に行き来しているし、それは旅行者にとっても同じことだった。

イギリス領北アイルランドと南のアイルランド共和国は、どうなっているのだろう。
両者の間ではこれまで紛争が絶えなかったし今も問題を抱えている。

通貨だってイギリスはポンドだけど、アイルランドはユーロ。

EU以外の国で国境越えをするときは、国境で乗客は荷物とともにいったんバスを降りてパスポートにスタンプを押されてバスの待機場所まで歩いていって再び乗車、という流れ。

さて、アイルランドは?

あれ?
ん?
いつのまにか、バスはアイルランドに入国してる!
どこが国境だったかもわからない。

国境でのチェック、なーんにもなし!
イギリスとアイルランドに確執があることなんて信じられない。

(しかもこの10日後イクエとケンゾーは再びアイルランドからイギリスに再入国したんだけど、そのときも出入国のスタンプを押してもらえなかったので、パスポートにアイルランド入国の痕跡がまったく残らないことになった。
逆にパスポートだけ見れば、イギリスには実際より10日間余分に滞在したようになっている。変なの。)

「他の国に来た〜」という実感がわかないまま、アイルランドの首都ダブリンに到着 ♪

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アイルランドでもイギリスと同じように2階建ての路線バスが街を走っている。

ダブリンでは、カウチサーフィンでお誘いを受けた女子大生の家にホームステイさせてもらうことになっている。
名前は、クリサント。
インドネシア人の留学生。

彼女の住むマンションの行き方を事前に聞いたら、彼女からの返事は
「1階に日本料理店の入っている建物だよ。」
ってことだった。

彼女のマンションはダブリンの中心地で買い物にも観光にも飲み歩くにも便利な場所。
ダブリンの街を貫く川沿いを歩いていく。

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この辺のはずだけど・・・

あ、日本料理店を発見!
「YAMAMORI」
ここだ!!

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じつはクリサント、友だちとルームシェアをしている。
みんな留学生の女の子。
ほかのメンバーは、中華系インドネシア人のアメリンダ、フィリピン人のリズ、スウェーデン人のアネッテ。
彼女たちは大学生だけど、1年おきくらいに留学先を変えてヨーロッパを転々としながら学んでいる。
そういうシステムの留学があるらしい。
ちなみにアイルランドの前はフランスで4人とも勉強していたんだって。
そしてアイルランドであと数か月勉強したら、そのあとはそれぞれイタリアやスウェーデンに引っ越して新しい大学で勉強を続けるらしい。
自分の好きな国をチョイスして移動しながら学生生活を送るって、なかなか刺激があっていいよね。

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このマンションには広いキッチンとリビングルーム、そして2つの寝室。
寝室にはそれぞれベッドが2台ずつあって、彼女たちは2人で1部屋を使っている。
イクエとケンゾーはリビングルームで寝袋を使って寝させてもらう。

彼女たちがさっそく街を案内してくれた。

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中世の街並みのなかにある石畳の通り。
上を見上げると、緑と白とオレンジの旗が飾ってある。
この3色はアイルランドの国旗の色。
 
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ここには、アイリッシュパブが軒を連ねる。
本場でギネスビールを飲むのがアイルランドでのケンゾーの楽しみ。

でも、もうちょっとお預け。

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ダブリンでバーがひしめくこの地域は「テンプルバー」と呼ばれている。
「テンプル」は「お寺」のことではなくて、「テンプル卿」という人が以前ここに住んでいたことにちなんでいるんだって。

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いまはすっかり飲屋街になっているけど、ここには昔バーじゃなくて修道院が並んでいたのだそう。
宗教改革のあと修道院が壊されて、かわりにバーがひしめくようになったというからその差が激しい。

昔ながらのおしゃれなバーに混じって、こんな建物を発見。
この建物も趣があっていいけれど、お酒は飲めない。

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マクドナルド!
おなじみのMマークもないし、メニューのポスターも貼ってない。
マクドナルドなのに控えめなのが、この通りになじんでいる。

じゃあ、この建物はなんでしょう?

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歴史を感じさせる美しい建物。
大きな柱に、彫刻がほどこされた天井、ステンドグラス。
まるでお城のような、教会のような。

正解は・・・。

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ここもバー!
しかも昼間からお客さんで賑わっている。
格式が高そうなので、イクエとケンゾーは入口から眺めるだけ。

この建物は1893年につくられたもので、かつては銀行だったんだって。
みんながお酒を飲んでいる場所はかつての銀行のホール。

壁には「バー・オブ・ザ・イヤー」で受賞したことを示すプレート。
っていうか、そんな賞があるのがアイルランドっぽい。

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かつての修道院街は今では飲屋街になっているけど、この教会は今ではツーリストインフォメーションセンターになっている。

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内部は教会の面影はまったくない。
アイルランドの各地域の地図やツアーパンフレットが百種類以上も置いてある。
すべて無料。

こんなパネルも置いてあった。

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ケルト音楽では、バンジョーやフルートが好まれる。
そして上半身をあまり動かさず、華麗に跳ねたりステップを踏んだりして踊るアイリッシュダンス。
アイルランド独特の伝統舞踊。
お隣の国とは言えイギリスとはやっぱり文化が違う。

こちらは、1922年まではイギリスの総督府が置かれていたというダブリン城

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お城の塔は1226年に建てられたんだって。
お城の敷地内にいるとタイムスリップしたみたいに感じるけど、近代的な建物に囲まれている。
砦のすぐ後ろにはデザイナーズマンション。
この組み合わせが、妙に合ってるような違和感があるような。

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でも、もっと違和感を感じるものが!
歴史的な建物なのにカラフルにペインティングされている!!
アイルランド人のセンスをちょっと疑ってしまうけど、このくらい斬新なほうがいいのかな。

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帰宅してからはみんなで夕食をつくりあうことに。

「かわいい娘さんたちが並んで料理する光景って、とってもほほえましい♡」
って思うのは、おばさんになった証拠かもしれない。

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つくづく「かわいい子たちだわ〜」「よくできたお嬢さんだこと」なんて思ってにんまりしてしまう。
わたしでさえ、こんなかわいい子たちに囲まれたら嬉しくなっちゃうからケンゾーなんてなおさらだろうね。

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女子大生4人中3人がアジア人ということもあって、アジア料理を作ってくれた!
餃子にもやしの炒め物。
久しぶりの味。

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彼女たちは小さな炊飯器までもっている。
ほかほかの白いご飯もおいしい。

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スウィーツ好きの女子大生。
食後のデザートにケーキやチョコレートまで出してくれた。

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女子大生らしく部屋にはアロマキャンドルが飾ってある。
女子の魅力がたっぷりの居心地のいい部屋。

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みんなかわいくて、明るくて、気が利いて。
ほんとうにかわいくて育ちのいいお嬢さんたち!

ケンゾーなんて女子大生に囲まれることなんてないし、女子大生の手料理を食べることもないし、まして女子大生の家に居候させてもらうことなんて後にも先にもないんじゃないだろうか。

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ケンゾーはずっとニヤニヤしっぱなし。

そして今まで見たこともなかった芸を得意げに披露しはじめた。

「日本には夏になると『蝉』といううるさい虫が大量発生します。
 こんなふうにすさまじく鳴きます。
 ミーンミンミンミンミンミ〜ン!

両手を横に広げてバタバタさせながら得意げな顔で蝉の鳴き声をまねするケンゾー。
そしてそれに大爆笑する女子大生4人。

「ワー!!なにそれ!?
 ウケる〜!! 
 あははは!
 もう一回やって!!」


調子にのるケンゾー。

「こんなふうに鳴く蝉もいます。
 ワーシ、ワシワシワシワシ!!


両手をばたつかせるアラフォーのケンゾー。
おやじの必死な技に手を叩いてウケる女子大生たち。

「なにそれ!?
 変なの! アハハハハ」



彼女たちの笑いがケンゾーの芸に拍車をかける。

「こんなのもいるよ。
 ツクツクボーシ、ツクツクボーシツクツクボーシ!!


手をばたつかせ、必死の形相で蝉のまねをするケンゾー。

この日本人のオヤジの一発芸がよほど変にうつったのか、彼女たちと別れた後カウチサーフィンの評価欄にこんなメッセージが書かれていた。

「わたしたちは彼らから日本のことやおもしろい旅の話を聞けました。
そしてインターナショナルな夕食も楽しめました。

わたしたちはあなたたちが恋しいです。
それにあの虫の鳴き声も・・・。
ミーンミンミンミン。ワーシワシワシワシ!」



こうしてケンゾーは外国人に受け入れられる一発芸を見つけたのであった。

街を分断する「平和の壁」

2014.05.26 06:20|イギリス☞EDIT
このところ毎日のように「酢の物」を作っているケンゾーです。
ほぼ日替わりでカウチサーフィンのホストの家を渡り歩き日本食を作っている。
意外にもどの国でも酢の物が鉄板で、泣きながら玉ねぎをスライスする毎日。
さすがに毎日食べてると飽きるなあ。

日本人がイギリスと呼んでいる国は4つの小さな国の集合体。
正式名称はグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国という長ったらしい名前。
グレートブリテン島にあるイングランド、スコットランド、ウェールズと、アイルランド島の北側を占めている北アイルランドの4つの国で構成されている。
ちなみに英語では「UK(United Kingdom)」と略されて使われる。

4つで大きな1つの国を作ってはいるけれど、それぞれ民族も違うし独自のアイデンティティーを持っている。
大阪人と東京人は喋りかたも考え方もぜんぜん違うけれど、おなじ日本人であることに疑問をはさむ人はいない。
ほぼ単一民族とも言われる日本では馴染みのない国のあり方。

イギリスを構成している4つの国のうち北アイルランドは長い間紛争が絶えず、「イギリスが抱える最大の問題」だと言われてきた。
17世紀中頃にオリバー・クロムウェルがアイルランドを侵略し植民地化し、19世紀初頭にイギリスに併合される。
20世紀に入ってからアイルランドはイギリスから独立したけれど、北アイルランドはアイルランドから離脱しイギリスに編入された。

もともとアイルランドはカトリックの国。
そしてイギリスはプロテスタントの国。
宗派は違えど同じキリスト教、宗教にはうとい日本人としては「何も問題はないじゃないか」と思ってしまうけれど、実際には大問題だった。

1960年代以降北アイルランド、とくに首都のベルファストではカトリックとプロテスタントの争いが激化。
さらにはイギリスから分離し、全アイルランド統一を目指すアイルランド共和軍(IRA)という武装組織とそれに対抗するアルスター義勇軍(UVF)によるテロや暗殺の応酬、さらにはイギリス軍による対IRAの戦闘で血を血で洗う暗黒の時代を送ってきた。

イギリス


ケンゾーはマンガ「MASTERキートン」が大好きだった。
主人公は元イギリスの特殊空挺部隊員で、北アイルランド問題も物語の中でよく登場していた。
日本から遠く離れた海外のことだし、自分にはまったく関係のない違う世界の出来事のように感じていたけれど、ベルファストという場所で紛争が起きていることを知った。
でも今思うと、悪者=IRA(アイルランド)、被害者=イギリスっていうイメージを持ってたような気がする。
実際はそんな単純なものじゃないんだけどね。

1998年にIRAとイギリス政府が和平合意してから紛争は激減。
だけどベルファストの街には悲しい歴史を思い起こさせるものが残っている。
ベルファストの中心部は近代的で開放的な「ふつうの」イギリスの地方都市といった感じ。
とくに強い宗教色もみられず、カトリックやプロテスタントといった宗派の違いを意識することはない。

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けれど、中心部を離れベルファストの西側へ行くと街の様子は一変。
パッと見は閑静なふつうの住宅地に見える。
けれど・・・。

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建物のすべての窓が鉄板で塞がれている。
背の高いフェンスにはものものしい有刺鉄線。

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まるで刑務所や拘置所のようだけど、もちろんそうではなくて公共施設。
「Health」の文字と建物のギャップにかなりの違和感を感じる。

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住民の住居も塀で囲まれ有刺鉄線が張り巡らされている。
薄暗い天気と相まってなんだか不気味な雰囲気。
いったいなんなんだろう、この地区は?

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しばらく歩くと壁一面に絵が描かれた家が見えてきた。
書かれている文字は英語ではない。

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これはアイルランド語。
ここ北アイルランドは国家としてはアイルランドではなくイギリス。
だけどこの地区はアイルランド系の人々が住むカトリック地区なのだ。

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バーには緑と白とオレンジのアイルランド国旗がはためく。
ベルファストの西側にはカトリックとプロテスタントそれぞれのコミュニティーが存在している。
和平合意後も両者の溝はなかなか埋まらずにいるのが現状。
街中には30年にわたる紛争で亡くなった人々の肖像画や写真がまるで英雄のようにそこかしこに掲げられている。

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30年間に命を落とした人はカトリック、プロテスタント双方でおよそ3500人。
こういうのを見ると、パレスチナ・イスラエルを思い出す。
心がず〜んと重くなる。
いつの時代も地球上には争いが絶えない。
人間って潜在的に争いを好む生き物なのかなあ。

これはカトリック系住民の英雄ボビー・サンズの壁画。
1981年に銃器所持の罪で刑務所に入れられたボビー。
服役中に武力による抵抗運動ではなく、ハンガーストライキによる抵抗運動を始める。
静かに抵抗し続けたボビーは66日後に命を落とした。
当時のイギリスの首相マーガレット・サッチャーが彼を見殺しにしたと批判されたこともある。

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過去にイギリスによって植民地化されたアイルランド。
アイルランド全体ではプロテスタントがマイノリティだけれど、北アイルランドではカトリックがマイノリティ。
現在でもいろいろな差別が存在しているそうだ。
いちばんの問題は就職。
公務員も企業もプロテスタント中心。
カトリックというだけで就職できないことも多く、できたとしても下働きが主な仕事。
カトリックのほうが生活水準が低く、貧困率も高い。

かなり廃れて、夜には出歩かないほうがよさそうなエリアも多い。
歩いていると道路の先に壁のようなものが見えてきた。
高さ10mはあるだろうか、壁の上にフェンスもあってかなり高い。

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じつは西ベルファストにはカトリック地区とプロテスタント地区を隔てる分離壁があるのだ。
これもパレスチナを彷彿とさせる。
壁を作ったのはイギリス軍。
皮肉にも「平和の壁」と呼ばれている。
全長は20kmほどで両エリアを完全に分離しているわけではないし、乗り越えようとしても撃たれたり捕まったりすることはない。
けれど撤去を求める地域住民は意外にも少ないそう。
それだけカトリック対プロテスタントの確執は根深いものがある。

場所によっては住宅のすぐ横に壁があることも。
今となっては大きな争いに発展することは少なくなったけれど、小競り合いはよくあるんだそう。
壁に隣接する家は投石を防御するフェンスを設置している。

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フェンスの下から覗くと、プロテスタント地区が見える。
カトリック地区との違いは見てとれない、ふつうの住宅街が広がっている。

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いちばん有名な「平和の壁」はフォールズ・ロードとシャンキル・ロードの間にあるおよそ2kmの壁。
この壁には北アイルランド問題だけでなく、世界中の民族問題について訴えている。
もちろんパレスチナやチベットに関するものもある。

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この「平和の壁」にはゲートがありお互いのエリアを行き来することができる。

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10m先にも同じようにゲートがあって、二重に閉じられるようになっている。
何かトラブルがあったら、すぐに閉じて自由に行き来できなくするのだろう。

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ゲートをこえてプロテスタント地区へ。
こちら側にも殉死した人々のモミュメントが。

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「5人の罪のないプロテスタント信者が殺された」
そうして罪のないカトリック信者を報復として殺したんだろうか。
血を血で返しても何も解決しないー。
きっとそんなことは誰でも分かっているけれど、人は狂気に走ってしまう。

ひときわ派手な一画。
壁を埋め尽くすエリザベス女王とユニオンジャック。

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北アイルランド問題はカトリックとプロテスタントという宗教の問題がすべてではない。
アイルランド統一を願うナショナリストとイギリスへの帰属を望むユニオニストという思想の違い、そして領土問題が複雑に絡み合っている。

「平和の壁」という名前にふさわしく、平和を願う壁画。
けれど、今でもこのエリアは夜間外出禁止令が出されていて、このゲートも夜には閉ざされる。

壁がないと安心して眠れない街。
壁に守られて享受している歪んだ平和。

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ベルリンの壁のように取り払われ、壁がなくとも安心して眠れる夜が一日でも早く訪れますように。

ベルファストとMacBookAirと寝袋

2014.05.24 08:38|イギリス☞EDIT
1か月前に使ったきりの雨合羽を広げたら、動物の糞と煙の臭いがしてヤバいと思って急いで洗って干したイクエです。
雨合羽を着て野宿したんだけど、そこが放牧地で焚き火をしたらすごい臭いが染み付いてしまったんですよね。

さてスコットランドの首都、エディンバラから次に向かうのは海を隔てたアイルランド島の北部、北アイルランド。

北アイルランドといっても国家はイギリス。
南側のアイルランドとは別の国。
向かうは、北アイルランドでいちばんの都会、ベルファスト。

ベルファスト

鉄道、バス、船を乗り継いでいく。
イギリスでは、バスの場合はネットから前もって予約していたほうが安くなるし、鉄道や船を乗り継ぐ場合は通しで切符を買ったほうがお得になるなど、買い方によって値段が変わる。

今回はインターネットのサイトでチケットを注文。
クレジットカード決済をするとメールで申し込み番号が送られてくる。
どこにでもあるこんな駅の切符販売機で、申し込み番号を入力すれば切符を受け取ることができる。

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便利だね!
ちなみにエディンバラからベルファストまで、列車、バス、フェリーを乗り継いで1人29ポンド(約5000円)。

前日に駅の販売機で切符を受け取って安心していたイクエとケンゾー。
いつものように、当日ダラダラしていたら列車の発車時刻が迫っている!
切符はすでに通しで買っているから、これを逃したらすべての切符がパーになる!

ホテルからふたりで重い荷物を持ってダッシュ。
こんなに駅まで距離あったっけ!?

「もうダメかも。」
「いやー、がんばればなんとか。」

半分あきらめ、半分望みをかけ、走り続ける。
でも、こういうぎりぎりのときって諦らめたら終わり。
諦めないでがんばれば、なんとかなることが多い。
で、今回もなんとかなった!
ふ〜、あぶない、あぶない。

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こういうときに今度からは絶対時間に余裕をもって行動しようって誓うんだけど、すぐ忘れちゃうんだよね。
こういう性格はもう子どものころから身についてるから、変えようとしても無理。

列車はグラスゴーで乗り換え。

かつてイギリスの植民地となったインドの駅もそうだったけど、こんなふうにホームが大きくて屋根が丸い駅は好き。
昔の映画に出てくる鉄道の駅のイメージで、こんな駅に来ると旅情を感じる。

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乗り換えの駅は着いたところとは別の駅。
そこまでは歩いて移動。
グラスゴーの街を少しだけ見ながら次の駅へ。

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スコットランドの首都はエディンバラだけど、グラスゴーのほうが街の規模は大きい。
イギリス、第4の都市。
スコットランドが独立したら、イギリスはこの第4の都市を失うことになる。

ここから再び列車に乗り換える。
この駅も、なんだか巨大なビニールハウスみたいね。

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2回目の列車のあとは、バス。
バス停までどう行けばいいんだろうと不安だったけど、ちゃんと駅前にバス停がある。
列車とバス、フェリーがちゃんと接続しているので、乗り換えも簡単!
車体にも「Rail&Sail direct to Belfast(列車と船でベルファストへ直行)」の文字。

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バスで港まで行ったら今度はここからフェリーで北アイルランドへ。

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イギリス本島(グレートブリテン島)とアイルランド島の間の海って「大西洋」でもないし「北海」でもないし「イギリス海峡」でもないし、なんて言うと思う?
「アイリッシュ海」なんだって。

フェリーの乗客は数えるくらいしかいない。
それでも、長期のクルーズにでも使えそうなほど船は大きくてきれいで立派。
いくつものおしゃれなバーやレストラン、カフェが入っている。
普通の席はないから、乗客は飲み物を注文せずとも必然的に好きなカフェやバーの椅子に座ってくつろぐことになる。
Wi-Fiもどこにでも飛んでいる!

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およそ3時間の船旅。
くつろげるフェリーであっという間にベルファストに到着 ♪

ベルファストではカウチサーフィンでホームステイをすることにしている。
アートやサーカス、パフォーマンス、音楽が大好きというシングルマザーの家。
港からバスを乗り継いで、その家を目指す。

きょうは、列車・列車・バス・フェリー・バス・バス。
たくさん乗り換えた。
こういう移動はちょっときついけど、車窓の景色が変わっていくのを見ながら「旅をしている」という感覚が押し寄せるのできらいではない。

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長い長い移動。
ようやく目的地にたどり着く。
ベルファストは北アイルランド最大の都市とはいえ、繁華街からバスでわずか10分でこんなのどかな住宅街。
川でカヌーをしている人がいて、なんだかゆったりとしていていい ♪

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地図を見ながらホームステイ先を探すけど、番地が飛んでいてわからない。
同じような棟続きの2階建ての集合住宅が並んでいる。

近所の人に教えてもらうけど、まったく英語が聞き取れない!
北アイルランドの人はなまりが強いのか、それともイクエとケンゾーのリスニング力がないのか・・・。

そして、ようやくたどり着いた〜。

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ホームステイ先には、高校生の女の子、小学生の男の子と女の子の3人の子どもがいる。
カウチサーフィンのプロフィールのところには「我が家はめちゃくちゃ散らかっています」と書かれていた。
わたしも散らかし大魔王なので、すきのないほどきれいに片付いている家よりも、散らかっている家のほうが落ちつく。
リラックスできる。

「キッチンも自由に使っていいから」といわれて、好きなときに使う。

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たしかに「散らかっている」けど、でもなんか明るい感じがするね。
子どもたちの写真や作品が飾ってあったりして、なんか愛にあふれた散らかりかただね!!
・・・というのは、散らかし大魔王の感想だけど。

ビートルズの写真が飾ってある。
日本の家庭に飾られているよりも、なんか本物って感じがする。
いっしょの写真なんだけど・・・。
ビートルズは本場のイギリスでも不動の人気。

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日本だとお客さんを迎え入れるとき「部屋をきれいにしなきゃ!」とか「散らかってるから人を招くなんてできない」って考えるけど、けっこう外国の家はそんなことに無頓着なところもある。
こっちとしては部屋のきれいさは二の次で、迎え入れてくれることがいちばん嬉しいから、それでいいと思う。
・・・というのは、散らかし大魔王の感想だけど。

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部屋は広くない。
日本だと「我が家は狭いからお客さんを泊めるなんて・・・」と思っちゃうけど、こちらとしては泊めさせていただけること自体がありがたい。

部屋にお客さん用のベッドはない。

「ここにブランケットあるから、適当にね。この寝袋もあったかくて使いやすいよ。」と部屋に積まれた寝袋を差すお母さん。

「このソファーもね、体を横にすることはできないけど、こんな風に足を投げ出せば寝られないこともないから!」とソファーに座ってクッションを頭に当てて実践してくれるお母さん。

「このヨガマットを床にしけば、少しは寝やすくなるよ。」

この家のお母さんは今までも多くの旅人を迎え入れている。
「子どもたちにとっていろんな人と交流することは刺激があって外の文化を知ることができて、いいことだから。」

子どもたちも外国人に慣れていて、まるで友だちに接するみたいにイクエとケンゾーに接してくれる。
でも、小学生が話す英語もイクエとケンゾーには早すぎて簡単な会話についていけない。
小学生にしゃべりかけられても、「オ〜、イエース?」「リアリ〜?」「ナーイス!」という最強の便利な言葉を繰り返してごまかす、33歳と39歳。

女の子のパジャマがシマウマでかわいい♡
外国の絵本や映画で子どもが着ぐるみみたいなのをパジャマ代わりに着ているけど、実際もそうなんだね。

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翌日は下の男の子を車で学校に送るついでに、わたしたちを街まで送り届けてくれた。
男の子はポケモンカードに夢中!

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日本のアニメの力はすごい。
こっちはポケモンなんて見たことないし、「ポケモン」って聞いて思い浮かべるのは、テレビの放映中にピカピカピカ〜ってなって気分悪くなった視聴者が続出した事件しか思い浮かばない。
「ポケモンのキャラクターで何が好き?」って聞かれたら自信をもって「・・・ピカチュー」としか答えられない。

ベルファストの街は港町として栄えているところで、あのタイタニックもこの街にある造船所で造られたんだって!
こじんまりとしているけど、繁華街にはお店が密集していて買い物には困らない。

このベルファストでやらなければならない2つのことがあった。
まずひとつは・・・。

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パソコンのバッテリーを交換すること!
今持ってきているパソコンはMacBookAir。
3年くらい前に買ったもので、もうバッテリーの寿命がきている。

この前ロンドンでいちばんの繁華街のアップルストアに行ったんだけど、少なくとも3日くらいはかかると言われた。

ロンドンは都会だから技術も進んでいるし、スタッフも多くてチャチャ〜とやってくれるのかと期待してたんだけど、顧客が多すぎて待ち時間が長く交換をあきらめた。

だから、やや田舎のベルファストのアップルストアにかけてみた。

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すぐにスタッフが調べてくれて、1時間くらいでチャチャ〜と新しいのに交換してくれた!
お値段は税込みで109ポンド(18700円)。
このうち20パーセントが税金!
まあ、日本と比べればそんなに合計金額は高くないし、妥当かな。

そして、ベルファストでやらなければならないもうひとつのこと。
それが、新しい寝袋を買うこと!!

今の寝袋はイランで自転車旅に挑戦したときにタブリーズで買ったもの。
重たくてでかくて、いつも持ち運びに苦労していた。
右手に持ってるのが寝袋。

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自転車旅を断念してから、この寝袋もすぐに処分する予定だったんだけど、何かと使う機会もあってなかなか捨てられずにいた。

ケンゾーなんて、エディンバラで列車に乗り遅れそうになって走ったとき「この寝袋を道路に捨てようかと思った」と言っていた。

寝袋を捨てたところで走れるスピードは変わらんと思うけど、アラフォーのケンゾーは自分の体の衰えと走力の低下を寝袋のせいにしたかったんでしょうね。

エディンバラのいくつかのアウトドアショップをはしご。
いい寝袋は「軽くて、小さくて、広げればふわふわで厚みがあり、温かいもの」。
でも、これは値段との相談。

何を求めて、何をあきらめるか。
イクエとケンゾーがあきらめたのは「広げればふわふわで厚みがある」という点。
これは、背中がちょっと痛くなるのを我慢さえすればいい。

逆に求めたのは「温かいもの」。
最低気温2度に耐えられるものにした。

あとは、やや「軽く」やや「小さい」もの。
重さ850g、長さ18センチ、直径15センチの寝袋を35ポンド(約6000円)で購入。
今までの寝袋と比べると、大きさがこんなに違う。

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今まで使っていた巨大寝袋は、ホームステイ先に寄贈。
きっとここにお世話になる旅人がこの家庭で使ってくれるはず。

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ベルファストの中心にそびえる、緑色の丸い屋根の歴史ある建物。
1888年に建てられたヴィクトリア女王の時代に建てられたもので、街のシンボルともなっている。
この美しい建物、何かというと・・・。

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市庁舎!
日本の市役所の建物って味気ないけど、ヨーロッパのものは歴史ある建物が多い。
市庁舎がこんな建物だとなんだか権威を感じる。
市民がサンダル履きでふらっと市役所に行って行政サービスに苦情を言う、なんてできなさそうな感じ。

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この市庁舎のなかのステンドグラスから入る光が、ますます内部を華やかにしている。

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さまざまなアーティストがそれぞれベルファストをテーマに手がけたステンドグラス。
その中のひとつに目を引くものがあった。
ステンドグラスのデザインというよりも、そこに書かれていた文字に。

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NOT AS CATHOLICS OR PROTESTANTS
NOT AS NATIONALISTS OR UNIONISTS
BUT AS BELFAST WORKERS STANDING TOGETHER

「カトリック」か「プロテスタント」か、ではなく
「ナショナリスト」か「ユニオニスト」か、でもない
わたしたちはともに立ち上がるベルファストの労働者

どうしてこんなメッセージが書かれているのか。
それはこの街に複雑な問題が横たわっているから。
「カトリック」と「プロテスタント」、「ナショナリスト」と「ユニオニスト」。

一見すると平和そうに見えるベルファストの街。
だけど、街を歩くとベルファストが抱える問題を目の当たりにすることになる。

「またイスラエルとパレスチナに戻ってきたみたいだ。」
あしたは、思わずケンゾーがそうつぶやいたベルファストのある風景をお伝えします。

スコットランド「エディンバラ」☆☆☆ ハリー・ポッターが生まれた街

2014.05.23 06:38|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
泊まっていたカウチサーフィンの家にスーパーで買ったタコを置き忘れてしまったケンゾーです。
タコ飯を作ろうと思ってたのにすっかり忘れてしまった。
その家の人はあまり料理をしない人だから、きっと冷蔵庫のタコに困ってるだろうな。

イギリスではあるけれど、「イギリスの中のもうひとつの国」とも呼ばれているスコットランド。
隣り合っているイングランドとはひと味違う独自の文化を育んできた国。
首都のエディンバラは世界遺産に登録されている。
旧市街だけじゃなく新市街も世界遺産なんだけど、今回は旧市街にスポットを当ててお伝えします。

泊まっているホテルの目の前にそびえるのはエディンバラ城
その名もキャッスル・ロックと呼ばれている切り立った岩山の上に建てられている。

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城っていうより要塞って言ったほうがしっくりくるような重厚なつくり。
華美な装飾はまったく無く、機能性重視って感じ。

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金色に赤いライオンがスコットランド王家の紋章。
なんで舌が青色なんだろう?

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門をくぐると中世から時が止まったままの世界が広がっている。
いまにも鉄の鎧に身を包んだ騎士が馬に乗って現れてきそう。

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残念ながら無料で入れるのはここまで。
入場料1人16ポンド(約2700円)はちょっと無理かな。
でもスコットランド王が眺めていたであろうエディンバラの街並みはプライスレス。

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プライスレスなんだけど、残念ながら白い霧が立ちこめていて「街を一望!」にはほど遠い。
でも霧に煙るエディンバラの街並みは、これはこれで雰囲気があって悪くない。
四角じゃなくて丸い煙突がかわいいね。

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エディンバラの街をぶらぶらと散策。
古い街並みがそのまま残っている旧市街。
中世を舞台にした映画もそのまま撮影できそう。

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エディンバラの街を歩いていると『ハリー・ポッター』の世界を思い出す。

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それもそのはず、作家のJ・K・ローリングはここエディンバラで『ハリー・ポッター』を生み出した。
J・K・ローリングはイングランド出身。
ポルトガルで結婚生活を送っていたものの2年足らずで離婚。
まだ産まれて間もない娘とともに妹が住むエディンバラに身を寄せる。
生活は苦しくうつ病にもなってしまい自殺を考えたこともあるんだそう。

生活保護を受けながらシリーズ第1作『ハリー・ポッターと賢者の石』を書き上げたのが「the elephant house」というカフェ。
毎日このカフェに入り浸って執筆していたらしい。
今ではちょっとした観光名所。

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ともっともらしく説明しているけど、ケンゾーはハリー・ポッターの本はもちろん映画も観たことはない。
子ども向けの話っていうイメージがあるんだけど、もうすぐ40歳のおっさんが観てもおもしろいのかな?

チェコのプラハの街並みも美しくて、旧市街を歩いていると中世にタイムスリップしたような不思議な感覚を覚えたけれど、エディンバラも負けず劣らず素晴らしい。
プラハのような華麗さはないけれど、落ちついていて歴史の重みを感じさせる。

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歴史の重みを感じるけど、古くさいという感じはまったくない。
それは、こんな色遣いの楽しいお店が並んでいるからかもしれない。

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旧市街の中心にある聖ジャイルズ大聖堂
王冠のかたちをしたドーム屋根が特徴らしいんだけど、ますます深くなってきた霧に隠されてきた。

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宗教改革のときに内部の装飾の多くが破壊されてしまったそう。
そう言われて見ると、たしかにシンプルな内部。

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奥にある礼拝堂でかわいらしいものを発見。
上を見上げると不釣り合いにカラフルなものがたくさん並んでいる。

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なんだろうこれ?
なんだかオモチャみたいでおもしろい。
地球の上に虹がかかってるのとか、どういう意味があるんだろうね。

もうひとつ教会を発見。
こっちの内部はどんな感じなんだろうねえ。

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と思ったら・・・

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中はめっちゃモダンな造り!
教会だった建物を商業施設としてリノベーションしてるんだ。
一歩中に足を踏み入れると、ステンドグラスがかろうじて残るくらいで教会の面影はまったくない。
日本で神社や寺をこんな大胆に作り替えるとか考えられないよね。

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渋谷のハチ公像みたいなものを発見!
その名もエディンバラの忠犬ボビー!

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ボビーはエディンバラ市警に勤務するジョン・グレイに飼われていた。
2年間片時も離れず過ごしたふたりだったが、ご主人のジョンが結核で死亡。
ジョンは旧市街にあるグレーフライアーズ教会の墓地に埋葬された。
ボビーはジョンが亡くなったあとも、一日のほとんどの時間をご主人様のお墓の前で過ごしていたんだって。
その期間なんと14年間!
まさに忠犬ハチ公のようにエディンバラのみんなに愛されているボビー。
像になっても、みんなに撫でられるからか鼻が金ピカ。

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いやあ、それにしても街並みのどこを切り取っても絵になる街だね。
日が暮れてからかつての処刑所や地下納骨場、墓地などの恐怖スポットや怪奇スポットを巡るゴーストツアーも有名なんだって。

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さて、中世にタイムスリップできる街「エディンバラ」。
「星いくつ?」

「星、3つ!

古い街並みがそのまま残っている旧市街は文句なしに素晴らしい。
映画の世界に迷い込んだようで現実感がなくて、地に足が付いてないようなふわふわした感じがする。
でもそれがとても心地よい。
大きな街ではないのでぼちぼち歩いて見てまわることができるのもいいよね。

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最後に新市街もふくめエディンバラの全景を見渡すことができるカールトン・ヒルに上ってみる。
その美しさから「北のアテネ」とも呼ばれているエディンバラの眺めをどうぞ!

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はい、真っ白~ ♪
ここまで何も見えないと逆に諦めがつく。
あいにく天気はイマイチだったけど、エディンバラの美しさは色あせない。
あなたもスコッチのグラスを傾けながら古い街並みに酔いしれてみてはいかが?

人生ではじめてこの美味しさを知る

2014.05.22 05:58|イギリス☞EDIT
最近、毎日記事を更新できないのにランキングのボタンをクリックして応援していただけることをとてもありがたく思っているイクエです。
できるだけ更新していきますので、これからも応援していただけると嬉しいです!

短い日数だったけどロンドンを全力で観光したイクエとケンゾー。
次に目指すは、スコットランド!
スコットランドに観光地があるのかよくわからなかったけど、それでも独自の歴史や文化があるので行っておかないと!って思って。
スコットランドの首都、エディンバラへ。

エディンバラ

ロンドンからスコットランドまでは600キロ以上。
ヨーロッパの旅行は交通費が高くつくのでバックパッカー泣かせ。
不安だったけど、イギリス人の友人シャーンに格安バス会社を教えてもらった。
それが「megabus」http://uk.megabus.com

バスのLCCみたいなもん。
時間や申し込み時期などによって運賃が変動して、安ければ1ポンドで長距離バスに乗ることができる。
ロンドンからエディンバラまでは夜行バスで7時間くらい。
イクエとケンゾーは1週間くらい前に申し込んで、ひとり14.25ポンド(約2400円)。
イギリスの長距離バスでこの値段は安い。

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夜行バスと言っても車体は普通のバスでリクライニングもそんなにできない。
アラサーとアラフォーのイクエとケンゾーには長時間これに乗るのはつらいけど、まわりを見るとうんと年上のおじさまおばさまたちもがんばって乗っている。
しかもわたしたちより体がでかいから、狭そう。

もちろん熟睡できるわけなかったけど、無事にスコットランドに到着〜♫
でも、さっむ〜い!!!
ロンドンからだいぶ北に来たからね。

寒いし霧もかかっているんだけど、エディンバラの街ってかっこいいー!!!

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目に入る建物はどれも重厚で歴史を感じさせる。
スコットランドはイングランドではないけれど、でもロンドンよりもイギリスらしい。
思い描いていた古き良き時代のイギリスの姿がここにある。

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スコットランドの街にはイギリスの国旗ユニオンジャックがはためいているかと思えば、スコットランドの旗も風になびいている。

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スコットランドは今ではイギリスの一部分だけど、1707年まではスコットランド王国だった。
今でも独自の法律をもっていたり独自のデザインのお札が使われている。
それにここで暮らす人たちも「イギリス人」ではなく「スコットランド人」というアイデンティティをもっている。
これまで旅先で出会ったスコットランド人たちも「どこから来たの?」と聞かれれば「イギリス人」ではなく「スコットランド人」と答えていた。

ちなみにことし9月、スコットランドの独立の是非を問う住民投票が行なわれるんだって!!
「スコットランドを独立させてあげたら?」ってイギリス人のシャーンに言ったら「そんなことしたらイギリスは経済的に弱くなっちゃうよ。あそこには石油があるんだから!」って言ってた。
スコットランドには北海油田があって、ガスや石油が豊富にあるんだって。

スコットランドの雰囲気を味わうのが目的で特に何を期待するでもなく来たけれど、まさかこんなにエディンバラがかっこいい街並みだったなんて。
これまで旅してきて素晴らしいと思った街のベスト3に入る。
ちなみにほかの2つはチェコのプラハとイタリアのベネチア。

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エディンバラの旧市街は丘の上にある。
冷たい霧の中バックパックを担いで歩くのはきついけど、歩きながらかっこいい街並みに感動する。

旧市街にあるホテルまで、坂道を歩いたり階段を上ったりトンネルのような通路をくぐったり。
高低差のある街なので、複雑なつくり。

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世界遺産の街を歩きながら、今夜のお宿に到着〜 ♪
KICK ASS HOSTELS。

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建物は古いけど、オープンまもないゲストハウス。
観光には最適の場所で、ホテルの外には朝靄の中にエディンバラ城がそびえる。

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ドミトリーで1人1泊7ポンド(約1200円)。
それぞれのベッドに読書灯やコンセントがついているし、ロッカーもあってバックパッカーにとっては嬉しい設計。

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こんなドミトリーの部屋が何室も並んでいる。
100人以上が泊まってるんじゃないかな。
しかも、そのほとんどは旅行者じゃなくて学生。
安いから一人暮らしの子がドミトリーに住んでるみたい。

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共同のキッチンにはコンロやレンジ、オーブンが数台ずつある。
このゲストハウスはまだ新しいけど、オーナーがここ以外にもゲストハウスをもっているようで宿泊者のことを考えて機能的に設計されている。
宿泊者用の巨大な冷蔵庫が4つもあるのを見ると、いかにここに泊まっている人たちが多いかわかるでしょ。
ここまでくるとホテルと言うよりも大きな学生寮。

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最上階にはカフェバーもある。
大学の食堂みたいだね。

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きょうは初めてのスコットランドをゆる〜く観光してみましょう。

街を歩いていると、スコットランドのバグパイプを吹いている人を発見。
バグパイプには胃のようなかたちの袋がついていて、この袋を押しながら空気をパイプに送って音を出す仕組み。

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いかつい男がタータンチェックのスカートを履いている姿は、見慣れないとちょっとまぬけにも感じる。
でも、これがスコットランドの伝統的な衣装、キルト。

この衣装、こういうパフォーマンスをする人かお祭りや行事のときにしか着ないのかと思ったら・・・。

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普通にこの姿で街を歩いている人たちがいる。
女のわたしだとパンツよりもスカートのほうが締め付けがないし楽に感じることがあるけれど、この人たちもそうなのかもね。
楽だからとかそんな安易な理由じゃなくて「スコットランド人の男たるべき者は、タータンチェックのスカートを履くべし」という立派な理由があるのかも。

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タータンチェックのスカートの男性たちもかっこいい?けど、警察もなかなかかっこいい!
というか、目立ち過ぎている。
ちなみに奥の黄色と青のチェックの車がパトカー。

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このくらい派手なほうがいいのかもしれないけど、ねずみ取りではすぐバレるかも。

エディンバラのいいところは、街がかっこいいというだけでなく博物館や美術館がいっぱいあってほとんどが無料だということ。

美術館では、ラファエッロやボッティチェリ、エルグレコにゴーギャン。
ヨーロッパの巨匠たちの絵画が贅沢に展示されていて、もちろんタダ。

博物館には古代の出土品や中世の文化財のほか、動物の剥製が展示されていたり、現代技術を体験するコーナーがあったりして観光客だけでなく、地元の家族連れもたくさん訪れている。

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羊の剥製が飾ってあったから、何かなと思ったらクローン羊の第一号だった!
世間を騒がせた、ドリー

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ドリーはスコットランドの研究所で1996年に生まれて6歳で亡くなったんだって。
クローンは倫理的ではないとして批判も集まった。
でも「じつはひそかにクローン人間がつくられていて発表されてないだけ」なんて噂もあるけどどうなんだろうねー。

博物館にはクローン羊のほかに、こんな宇宙服もあって子どもにまじってケンゾーも遊ぶ。

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エディンバラをゆる〜く観光したけど、ケンゾーにはエディンバラでたったひとつだけやりたいことがあった。

それがスコットランドで本場のスコッチウイスキーを飲むこと!!

でも、ウイスキーっていくらぐらいするの?
日本でウイスキー飲むのって、仕事のつきあいでスナックやクラブで「ウイスキーの水割り」を飲むくらい。

本場のバーで飲んだら、席代とか取られるのかな。
一杯だけ注文して帰るとかできるのかな。

スコッチウイスキーの歴史や特徴がわかる博物館もあって、そこに売店もあったので値段のリサーチ。
何百種類ものウイスキーが置いてあるけど、値段を見てびっくり!
どれもすごく高い!

安くてもお試し用のミニミニミニボトル50mlで4ポンド(約680円)くらい。
売店でこのくらいだから、外で飲んだらいったいいくらするの?

「もういいや。」
「いいと?」
「アイルランドでギネスビール飲めればいいや。」

かわいそうなケンゾー。

バーで食事を注文せずにウイスキーを1杯だけ注文できるのか。
席料とかチャージとかで追加料金を取られないのか。
インターネットで調べてみるけど、わからない。

すると、通りに貼ってあるポスターを見つけた。
「ウイスキー初心者のための バー はしごツアー 12ポンド」

さっそく詳しいことをインターネットで調べてみると、いくつかのバーに連れて行ってくれてウイスキーやビールが数杯飲めるらしい。

「ケンゾー、これに参加してみる?」
「うーん、ふたりで24ポンドかあ。」
「たしかに4000円くらいするけど、せっかくここに来たし行きたいんやろ?
でも、問題はどんなバーに連れて行ってくれるかよね。
うちらのホテルの最上階にあるような、歴史もない安っぽいところだったら嫌だよね。」


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雰囲気のいい古いバーで飲まないと意味がない。
ということで、恐る恐る自分たちでバーに行ってみることにした。

いくつもバーが並んでいるけど、ここに決めた!

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THE WHITE HART INN
看板にはエディンバラでもっとも古いバーって書いてある。

1516年創業。

日本でいうと室町時代。
関ヶ原の戦いよりも古い。
日本に室町時代の武士たちが通っていた居酒屋が健在しているようなもの。
すごい!

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地元ミュージシャンのライブも行なわれていて、たくさんのお客さんであふれている。
席もほとんど埋まっているので、ミュージシャンのすぐ隣の特等席に座った。

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わたしたちの心配は無用だった。
ウイスキーの種類は100種類以上あって、安いのだと1杯3ポンド(500円)くらい。
席代もライブのチャージ代もいらない。
好きなものを1杯注文したら、その分を支払う。
本場のバーはこうでなくっちゃね!

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100種類以上もあるから、どれにするか迷う。
メニューには、生産地域ごとにウイスキーの銘柄が並んでいて、それぞれに説明がしてある。
ワインみたいに香りについてこまかく説明してあるけど、正直、想像がつかない。
「鼻に抜ける蜂蜜やバニラの香り」「新鮮なナシやリンゴの味」とか「チョコレートとスパイスの混ざりあった香り」とか「味わい豊かでキレがあり、絶妙なバランス」とか。
初心者にはわけがわからんけどとりあえず、一杯はこれにした。
スコットランドの東側のSpeyside地区で作られたGlenfiddich15年もの、3.95ポンド。

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そしてもう一杯はHighlandsで作られたOld Pulteney 17年もの、4.95ポンド。

シングルで頼むと、本当にグラスの底から指一本分の量がきた。

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日本だとウイスキーの水割りが定番だけど、本場では邪道らしい。
水も入れず氷もいれず、そのままの味と香りをチビチビと楽しむ。

ウイスキーをそのまま飲むってことをしたことがなかったんだけど、感動〜。
やっぱり、これですよ。
この飲みかたですよ。
今までわたしは何をやってきたんだろう。
水割りを飲んで「別にウイスキーっておいしくない」とわかったふりをしてた。
本当のウイスキーの味わいかたを知らなかった。
これを知ってたら、自宅にウイスキー置いてたな。

ショットで飲むことの何がいいかってグラスを持ち上げるだけで、ふわあって鼻に豊かな強い香りが入ってくる。
もうこれだけで酔える。

そしてグラスを口につける。
匂いを嗅ぐのではない。
普通に呼吸をして息がウイスキーの表面にふきかかると、アルコールが飛んで、香りとともに顔に押し寄せる。
それだけで目がとろんとなって、体が浮いたような気分になる。

そして、ほんのちょっとだけウイスキーを口に含む。
舐めるように楽しむ。

15年もののほうは、口に含むだけで一気に香りと味が広がる。
ちょっときつめで喉にくる。

17年もののほうは、樽の匂いが強烈だけど熟成されていてまろやか。

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こんなお酒をたしなむ人たちだから、スコットランド人って気品があって誇り高いってことがわかる気がする。

イクエの美しくて魅力ある都市のベスト3入りしたエディンバラ。
次回はこの世界遺産の街の魅力をお伝えします ♪
担当はケンゾー。
ケンゾーさん、頼みますよ!

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世界一有名?な横断歩道

2014.05.21 07:37|イギリス☞EDIT
毎日日に焼けて黒くなっていっているケンゾーです。
日焼けするとすぐに黒くなるタイプなんだよね。
もともと濃い顔と相まって日本人離れした人相へまっしぐら!

コメントでご指摘をいただいたのでこの場を借りて、スペインでATMにクレジットカードが吸い込まれた件の顛末をお伝えします。
先日、スペイン南部アンダルシア地方のセビージャで現金を引き出そうとATMを利用したところ、カードが吸い込まれてしまいました。
繁華街にある銀行の外の壁にあるATMでしたが、その日は土曜日で銀行は休み。
ATMの画面に表示されている連絡先に電話するも応答なし。
けっきょく2日後の月曜日の朝イチに銀行に行き、あっけなく手元に戻ってきました。
行員の様子から吸い込まれるのは珍しいことではない感じでした。
実際にケンゾーのカード以外にもう1枚吸い込まれてました。
みなさん、ATMの利用は平日の銀行が開いている時間にしましょう。
スペインでも吸い込まれますよ!

さてさて、今日はロンドン観光の最終回。
イギリスと聞いてイメージするものは人それぞれだけど、やっぱりこれは外せないよね。
ザ・ビートルズ
もはや説明不要の偉大なアーティスト。

ビートルズゆかりのスポットはロンドンにもたくさんあるけれど、いちばん有名なのは「ザ・クロッシング」と呼ばれているアビー・ロードの横断歩道。

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これは12作目のオリジナルアルバム「アビイ・ロード」のジャケット写真。
曲を収録していたアビイ・ロード・スタジオの目の前の横断歩道で撮影された。
メトロの最寄り駅はジュビリーライン(Jubilee)のSt.John's Wood駅。

改札を出るとこんな店が駅に併設されていた。

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おおー、解散から40年以上経つけど、ビートルズ人気は不滅だね。
駅を出て閑静な住宅街を歩くこと5分、なにやら人が集まっている場所が見えてきた。

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ここが撮影に使われたアビイ・ロードの横断歩道。
イギリスならどの町にもあるような、ごく普通の道路と横断歩道。
冬なので街路樹の葉が落ちていることと、センターラインが変なギザギザに変わってる以外は何も変わってないね。

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もともとこのアルバムのタイトルは、スタッフが吸っていたたばこの銘柄にちなんで『Everest(エベレスト)』にするつもりで、ジャケット写真もヒマラヤ山脈のエベレストまで撮りに行く予定だったそう。
それが、ポールの「ヒマラヤまで行くとか面倒やない?外に出てすぐそこで撮ればいいやん。アルバムのタイトルもアビイ・ロードでいいっちゃない?」という一言で変更になったらしい。
結果的には音楽史に残るジャケットになった。
やっぱり、一流のアーティストの直感ってスゴいってことかな。

横断歩道の目の前にはアビイ・ロード・スタジオが今もある。
もともとは「EMIレコーディング・スタジオ」という名前だったんだけど、アルバムの発売後に変更したんだって。

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周囲の壁には訪れたファンの書き込みがたくさん。
まあ、純粋なファンだけじゃなくてただの落書きも多そうだけどね。
書き込みが多いから白い壁は3か月に1度ペンキで塗りつぶされるんだって。
やっぱりビートルズは永遠のアイドルだね。

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ジャケット写真と同じポーズで記念撮影しようという観光客があとを絶たないアビイ・ロードの横断歩道。
信号がない交差点なので記念撮影はけっこう難しい。
車が途切れた隙を見計らって撮影。

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だけどこのアビイ・ロード、バスの路線にもなっていて交通量はかなり多い。
ジャケット写真のようにバックに車がいない状態で撮影するのはかなり難しい。
車を運転している人にとっては煩わしいだろうねえ。

細かいことは気にせず、「この場所で写真が撮れればいいや」っていう人もいれば、ディテールにまでこだわり、何度も横断してチャレンジする人たちもいる。

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この家族の息子はがんばってポールになりきって裸足で渡ったんだけど、ぜんぜん関係ないおじさんが入り込んで5人になっちゃった。残念。

ケンゾーとイクエは自分たちが記念撮影するよりも、交通や興味のない地元の人に振り回されながら撮影に奮闘するほかの観光客を見てるほうがおもしろかった。
ケンゾーが撮ってあげたこの写真、なかなかいいんやない?

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いちおうケンゾーとイクエもトライしたんだけどね、やっぱりウマくいかないね。
人数が足りないっていうのが致命的。
なので、勝手に地元の人とコラボレーションを試みる。
ふつうに道を渡っている人の後ろを歩いてトライしたんだけど・・・ダメだね。

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アビイ・ロードの近くにはポールが住んでいた家がある。
ポールが23歳のときに購入してけっこう最近まで住んでたんだそう。

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スタジオにも近いからメンバーの溜まり場になってたそうだ。
「Hey Jude」や「Penny Lane」はこの家で書かれたんだって。

つづきましては、ケンゾーがひそかに楽しみにしていた映画のロケ地巡り。
ひそかにっていっても、ロンドンは時間もなくてほかの観光地も多いから行こうとまでは思ってなかったけど。
なんの映画かと言うと・・・「ノッティングヒルの恋人」
今から15年前のジュリア・ロバーツとヒュー・グラント主演のラブストーリー。

ストーリー自体は、バツイチで冴えない小さな書店主と売れっ子ハリウッド女優が偶然出会って恋に落ちるっていうよくある格差恋愛モノ。
なんだけど、ヒュー・グラントの冴えない「英国人」ぶりははまり役だし、ジュリア・ロバーツは文句なしにかわいいし、何といっても主役の2人を取り囲む家族や友人たちがいい味出してるんだなあ。
そして、エンディングで流れるエルビス・コステロの『she』がいいんだよねえ。
男の切ない気持ちを歌った歌詞とエルビス・コステロの甘い声が涙を誘う。
この曲を好きすぎてケンゾーとイクエの結婚式でも使ったんだよね。

イギリスに行くことに決めたとき、「『ノッティングヒルの恋人』のロケ地があるんよねえ」って言ってたら、こっそりイクエが下調べをしてくれていた。
さすがイクエ、できる女やねえ。
ということで、イクエの引率で「ノッティングヒルの恋人」巡りへGO!

メトロのNotting Hill Gate駅から外に出ると、ロンドンの喧噪が嘘みたいに静まり返った住宅地が広がっている。
しかもパッと見お金持ちが住んでそうな立派な家が並んでいる。
映画の舞台となったノッティングヒルはイギリス人も憧れるロンドンの高級住宅地。

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高級車が無造作に路上駐車されている高級住宅地のノッティングヒル。
塀で囲まれた庭がところどころにある。
ご近所共同の庭で、公園みたいに広いけど部外者は入れない。
映画の中でウィリアムとアナが夜にフェンスを乗り越えて侵入した庭はこんなところだったよね。

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シーンと静まり返った高級住宅街をしばらく歩いていると、とつぜん賑やかな繁華街に出る。
マーケットで有名なポートベロー・ロードだ。
週末になるとアンティークから日用品、食べ物までいろんな屋台が路上を埋め尽くし人であふれかえる。

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セレブが住む高級住宅街のすぐ隣に庶民の下町がある。
こんな場所だからこそあのストーリーが生まれたんだね。

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そんな賑やかな通りにあるのがこちら、ウィリアムが経営する旅行書専門店のモデルとなった本屋。

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店内にはちゃんと原作本が置いてあった。
ヒュー・グラントとジュリア・ロバーツのお面があるのはご愛嬌。

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すぐ近くに実際に撮影に使われた店(今では雑貨店)もあるみたいなんだけど、見つけられなかった。

このカフェのある交差点がウィリアムとアナがぶつかった場所。
オレンジジュースがかかってアナはずぶ濡れになってしまう。

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「自分の家はすぐそこだから」と服を着替えるためアナを誘ったウィリアムの家がこれ。
実際に交差点のすぐ近くにある。

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この青いドアの家、もともとこの映画の脚本家が住んでた家なんだって。
映画が上映されてからここにファンが殺到、ドアに落書きされたりしたので黒色にしてた時期もあるんだそう。

最後に、ロンドンのストリートマーケットといえばカムデンタウン!
最寄り駅はメトロのノーザンライン(Northern)のCamden Town。
パンクファッションの街としても有名で駅を出たらこんなパンクな人に出くわした。
セットするのにどんだけ時間かかるんだろうね。

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残念ながら時間が遅くてマーケットは店じまい。
店の壁のデコレーションも有名なんだけど暗くてよく分からない。
行かれる方はぜひ昼間明るいうちに。

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今回ロンドンの滞在は実質2日間だけ。
見どころ満載のロンドン観光はかなり駆け足になってしまった。
歴史的な遺産もたくさんあるし、おしゃれな雑貨も豊富だから買い物も楽しいだろうし、サブカルチャーも充実してるから何日あっても足りないね。
でもケンゾーとイクエには時間が、いや正確にはお金がないのでスコットランドのエディンバラに移動しま〜す ♫

東半球と西半球を同時に体験

2014.05.20 15:44|イギリス☞EDIT
洗濯機、掃除機、冷蔵庫、テレビ・・・。
帰国してひとつだけ買うことができるとしたら迷わず冷蔵庫を選ぶイクエです。
ちなみにケンゾーは帰国してまでも今と同じように毎日服を手洗いするのは嫌だから洗濯機だそうです。
でも冷蔵庫がないなら冷たい飲み物も飲めないし、食材の保存もできないもん。

さて、ロンドンと言ってここを思い浮かべる人はいないと思うけど、みんな名前は聞いたことがあるんじゃないかな。
この場所の名前を。

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ここはグリニッジ。
グリニッジ天文台がある場所。
グリニッジ天文台って社会の時間で習った気がするけど、なんだったかな・・・。
まあ、その話はのちほど。

グリニッジ天文台を目指して歩いていると、食のマーケットが開かれていてたくさんの人でごった返している。
おいしそうな匂いをただよわせお肉を焼いている店やスウィーツのお店、インド料理の屋台にタイや中華料理の店・・・。

食文化が貧しいと言われるイギリスで、いろんな国のグルメを楽しめるマーケット。
そのなかで行列ができていて人気だったのは何のお店だと思う?

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みなさんが食べているのは・・・・。

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SUSHI!!

寿司だけじゃないのよ。
和食の屋台はほかにもあって、ここなんてかなりツウ好みの屋台だった。

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「なす田楽」に「カレーうどん」、「たらの西京焼き」まで!
外国の人にとって和食と言えばSUSHIかTEMPRAだけど、こんなに和食にはレパートリーがあっておいしいってのを分っていただければうれしいですねえ。

久しぶりの和食の匂いで、もうイクエとケンゾーはよだれが出っぱなしだったんだけど、お値段が高いので断念。

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唐揚げ5個2.5ポンド、日本円でおよそ430円。
5個ってこの串が5本ってことじゃないよ。
1本に5個刺さってるから1本のお値段。

高いよね。
でも、飛ぶように売れてるの!

「海外で日本料理店開いたら、儲けるよね。」
「味は普通でも日本人がやってるってだけで客がつくんやない?」
と、自分たちが日本料理店を開くことを妄想しながらグリニッジの観光ポイントへ。

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ロンドンの郊外、テムズ川のほとりに位置するグリニッジ。
ロンドンは海に面していないけど、テムズ川を活かして世界の海を支配し、発展していった。
河港都市のグリニッジは世界遺産にも登録されている。

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1869年につくられたカティー・サーク号。
この当時、世界最速を誇った大型快速帆船。
インド航路で中国のお茶やオーストラリアの羊毛などを運んでいたんだって。

グリニッジには海軍学校も置かれていて、今ではそれぞれの建物が博物館になっていて無料で入ることができる。

無料でこんなものもかぶることができる。
よくこんな重いもんかぶって、戦えたね。

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まわりの人から笑われている気がしないでもないけどね。

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旧海軍学校は、建物も壮麗。
外観ももちろんだけど、室内はもっと美しい!

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壁も、天井も。
立体的で人が今にも飛び出してきそう。

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教会に描かれた宗教画とタッチが似ているけど、船や地球儀が描かれていて航海にちなんだものが多い。

じっくり鑑賞したいけど、首が痛くなる。

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こんな素晴らしい建物は、いまは大学として使われている。
ロンドンの中心街から少し離れていてゆったりと時間が流れていて、緑の芝生が広がっていて、川からの風が気持ちよくて。

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こんなところでキャンパスライフっていいよねえ。
学生たちが芝生に寝っ転がっておしゃべりしたり、お昼を食べていたり。

学生だけじゃなく、家族連れもここで休日を楽しんでいる。

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大都会にこそ、こんな芝生のだだっ広い空間の癒しの場所が必要。
青空の下、芝生を歩いているだけですがすがしい気分になるし、みんなが思い思いにくつろいでいる姿を見るとなんかあたたかい気持ちになる。
日本にももうちょっとこんな場所があったらいいのにね。

日本の休日って、家で何もせずグータラするか、家族でショッピングセンターに行ったり遊園地に行ってお金を使って精力的に遊ぶか。
外でお金を使わずグータラするという選択肢もあっていいと思う。

日本人って外でくつろぐっていうのが苦手かもしれない。
くつろぐのは家。
公園では遊ぶ。
海では泳ぐ。

外国人って公園でもカフェでもビーチでも、ただ家にいるみたいにくつろいでいる。
公園でもビーチでも遊ぶでも泳ぐでもなく、寝っ転がって本を読んだりただ爆睡していたり。

青空の下でグータラするというのが、リフレッシュできるし疲れないしお金かからないし・・・帰国したら休日は外でグータラすることにしようっと。

グリニッジと言えば、グリニッジ天文台。
グリニッジの丘の上にたっている、かわいくて古めかしい建物が天文台。

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ここにある時計が示す時刻が、世界の時刻の基準となっていた。
グリニッジ標準時。

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天文台としての機能は今は別の場所に移ってしまっていまは博物館になっている。
それでもここは地球にとって特別な場所。

ここに引かれているのが本初子午線。
経度0度0分0秒。

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行列ができているのは、この子午線の上で記念撮影するため。
この線が東半球と西半球を分けている。

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ここでイクエとケンゾーも写真を撮りたかったけど、ここに入るには入場料がいる。
わざわざお金を払って、さらに並ぶのは大変なのであきらめることにした。

あきらめることにして、ぶらぶらしていたら発見した!
みんながいる建物の裏に、この線がつづいていることを。

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体の半分が東半球、そして半分が西半球!!

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いままで1年半以上旅をしてきたけど、旅のスピードが遅すぎてまだ東半球しか旅していない。
ようやく西半球に足を踏み入れたことを実感。

西半球と東半球をウロウロしたところで、ロンドンのあの観光地へ移動。

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世界最大規模の大英博物館
九州で育ったわたしは、けっこうないい年になるまで「ダイエー博物館」と思っていた。
スーパーのダイエーやダイエーホークス。
なんでイギリスにまで「ダイエー」がつくものがあるのか不思議だった。
ダイエーって世界的に有名な会社なのか、もしかしてダイエーは日本の会社じゃないのか、謎は多かったけど、そこまで興味もなかったので誰にも確認せずにいた。

イギリスでは観光地の入場料は高いけど、博物館や美術館は無料のところがほとんど。
この大英博物館も無料!!
だからか、人も多い。

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大英博物館には世界の美術品や工芸品などありとあらゆるものが収蔵されている。
だから見て回るのに一週間あっても足りないと言われている。
だから、見たい物以外は素通りになっちゃうんだけど、無料でくれるパンフレットにも「これだけは見逃すな」みたいな展示品がいくつか紹介されていて、ちゃんと館内マップにもその場所にしるしがつけられている。

いちばんの目玉は、これ。

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さすがに人だかりができている。
ロゼッタストーン

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ロゼッタストーンは古代エジプトの石碑。
紀元前196年にエジプトのメンフィスでだされた勅令が刻まれている。

このロゼッタストーンの発見は歴史上重要な意味をもったといわれている。
この碑文には同じ文章が3種類の文字で書かれている。
ヒエログリフのほかに民衆文字とギリシア文字。
そのため、照合しながらヒエログリフ(象形文字)が解明されることになったというのを、中学校か高校の英語の教科書で習った。

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象形文字を見るたびに「よくこんな書くのがめんどくさい文字を使っていたな」って思うけど、これって漢字よりも簡単だよね。
そういえばよく外国人から「なんでそんなに書いたり覚えたりするのがめんどくさい漢字を使ってるの?」って聞かれる。

旧石器時代から近代まで世界中から集めたコレクションが展示されている大英博物館。
イギリス固有の物なんてわずか。

このポートランドの壷。
ガラスの壷に繊細な彫刻がほどこしてある。

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なんだか陶器の高級ブランドのウェッジウッドの商品みたいでしょ。
それもそのはず。
ウェッジウッドが手本にしたらしい。
でも、これがつくられたのが紀元前15年ごろだからすごいよね。

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いったいどうやってこれらの遺跡を集めて、この博物館ができたのか。
きっかけはサー・ハンス・スローンという一人の人物。
内科医であり、考古学者であり、旅行家でもあった人。
なんかインディ・ジョーンズを思い出す。

彼が個人的に世界中で化石や標本や骨董品や絵画や書籍などおよそ8万点を収集したんだって。
1753年に92歳で亡くなったんだけど、彼の遺言で遺族に2万ポンドの代価を支払うことを条件にコレクションが国に寄贈されたのだそう。

当時のイギリス議会が保管場所や博物館の運営費を捻出するために、宝くじを発行。
彼のコレクション以外にもほかの人のコレクションの遺品も加わって、1759年に大英博物館がオープンしたんだって。

他の国からは「泥棒!返せ!」なんて批判されることもある。
アテネの彫刻もたくさんあって、ギリシア政府は返還を求めているけどイギリス側は「貴重な人類の財産をその時代に保存できる国がイギリス以外になかった」なんて反論しているらしい。

イランのペルセポリスで見たものと同じようなものもあった。

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ペルセポリスは世界遺産だけど、遺跡が破壊されたり彫刻が原型を留めていない部分も多くて『がっかり遺産』なんて揶揄されることもある。

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それって、こんなふうにいいところを持っていかれちゃったからなんじゃないかな。

でも、完璧なかたちのものを博物館で見るよりも、多少崩れていてもちゃんと本来の場所で見たほうが感動は大きい。

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このほかにもイースター島の巨大なモアイ像や遺跡まるごと持ってきたんじゃないの?というものまで展示されている。

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「盗んだ」ということに後ろめたさがあるから入場料が無料なのかも。
年間700万人が訪れるらしいから、入場料を徴収すればかなり儲けると思う。

入場も無料だし、写真も撮っていいし、もちろん絵だって描いていい。
展示品を前に持参の椅子に座って模写しているおじさんまでいて、不思議な感じ。

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そうそう、展示品には日本のかぶとや刀とか浮世絵もあるよ。
こんな大きな展示品もある。

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茶室まるごと!
日本のコーナーにはけっこうお客さんが多かった。
ヨーロッパ人にとって日本文化ってやっぱり人気なのかな。

でも、逆に日本人観光客にいちばん人気があると言われているのがこれ。

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古代エジプトのミイラたち!
たしかに日本人ってミイラって見たいかもね。
吉村作治のテレビ番組の影響?

つくられたのは紀元前3000年とか紀元前1000年くらい。
亡くなったあとも自分の体が数千年も保存されて、こんなふうにガラスケースに入れられて現代の観光客たちから写真を撮られるってどうなんだろうね。

ミイラの展示室でこれを見たとき、ふたりでびっくりした。
こんなものもミイラにしてたの!?
知らなかった。

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猫とか牛とか、魚まで!
ちゃんと魚型の棺おけまでつくってるし。
どんなセンス!?

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これだけいろんな時代のいろんな国のいろんな種類のものが並んでいると、いくら貴重なものでもありがたみが薄れてくる。

すみのほうにちょこんと置かれ、みんなが素通りしていた展示品に釘付けになった。
これはあの有名な「クリスタルスカル」じゃないですか!

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中米のアステカの遺跡から発見されたと言われるクリスタルスカル。
驚くべき高度な技術でつくられている。
何年か前に「世界の七不思議」とか「世界のミステリー」みたいなタイトルでよく特集されていた。

いったい何のためにその当時の人がこんなものをつくったのか。
当時の技術でどうやってつくったのか。

テレビでは現地の人にインタビューしたり、言い伝えを紹介したり、科学者が出てきてレーザー解析したり。
結局その謎は解けないんだけど、番組の最後はいつも「永遠の謎。だからこそわたしたちを魅了する。」みたいな締めくくりがされる。

まさか大英博物館にこのクリスタルスカルがあったなんて。
みんな素通りしてるけど、観なくていいの?

でも、説明書きを読んでがっかりした。
最近の研究によりそれはウソで何者かによって古くとも19世紀以降に作られたのが有力な説なんだって・・・。

このクリスタルスカルが大英博物館の展示から消えるのは時間の問題かも。

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大英博物館を観て思ったこと。
やっぱり「大英」っていうのはやめたほうがいいと思う。
イギリスにちなんだものはほとんどないから「世界博物館」がいいね。
そしたら「ダイエー」とも間違わないし!

古くて新しい街ロンドン

2014.05.18 07:33|イギリス☞EDIT
パンツが全部洗濯中なので水着を履いているケンゾーです。
洗濯中のパンツも穴が空いて、お尻の保護&衛生の役割をほぼ果たさなくなっている。
穴から見えてはいけないものも顔を覗かせているので買い替えないと。

見どころ満載のロンドン。
あれもこれも!と欲張ってしまうと時間もお金もあっという間に飛んでいってしまう。
「ふらり」と「ゆるり」がモットーのふたり旅だけど、ロンドン観光のテーマは「お金をかけずに効率よく!」。
まあ「お金をかけずに」っていうのはロンドンに限らずいつものことなんだけどね。

きょうはテムズ川周辺を見て回ることに。
まずはイギリス王室の教会ウェストミンスター寺院
歴史的な建築物だらけのロンドンだけど、その中でもひときわ目立つ外観。

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ここで歴代のイギリス国王の戴冠式が執り行われてきた。
王族だけでなくニュートンやダーウィンなどの著名人もここに埋葬されているそう。
ダイアナ妃の葬儀もここで行なわれた。

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内部を見学するのは有料だけれど、毎日行なわれているミサに誰でも無料で出席することができる。
ミサの厳粛な雰囲気に浸りながら美しい内部を見ることができるのでおすすめ。
曜日によってミサの時間は異なるので現地で確認したほうがいい。

晴れて太陽に照らされると、まばゆいくらいに白く輝いて見える。
白亜の貴婦人って感じで品がいい。

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ウェストミンスター寺院のすぐそばにあるのは国会議事堂
こちらは黄金色に輝いて男性的。

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この国会議事堂にあるのが有名な時計塔ビッグ・ベン
「ビッグ・ベン」は愛称で、ベンジャミンという工事責任者の名前からとられたんだって。

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なんとなくもっとシンプルなものをイメージしてたんだけど、とても複雑な装飾が施されている。
イギリスの建物って曲線が少なくて直線が多いような気がする。

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イタリアは豪華絢爛で派手、フランスは品があって優雅、イギリスはスタイリッシュでクールっていう印象。

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歴史的な建築物がそこかしこに建ち並ぶ中、ひときわ異彩を放っているものがこちら。
テムズ川沿いにそびえ立つ大観覧車ロンドン・アイだ。

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高さ135m、1つのゴンドラには25人が乗れるという巨大な観覧車。
2000年に登場したときには5年間だけの営業予定だったそうだけど、今ではすっかりロンドンっ子にも受け入れられロンドンのランドマークになっている。

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夜になっても観光客で溢れかえっている大都市ロンドン。
歴史的な建築物のイルミネーションはわりと控えめ。
国会議事堂とビッグ・ベンも昼間とは違った表情を見ることができる。

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全体的に控えめなライトアップなのにビッグ・ベンの上のほうがなぜかグリーンに光っている。
それも趣味の悪い蛍光グリーン。
なんでこの色にしたんだろう?

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闇夜に美しい姿が浮かび上がっているこちらはロンドン塔
でもこの外観を見ると、「塔」っていうよりは「城」って言ったほうがしっくりくるよね。

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このロンドン塔、きれいな見た目とは裏腹に、内部は血なまぐさい歴史で満ちている。
長らく牢獄、拷問、そして処刑の場として使われ、多くの歴史的人物がここで処刑されたんだそう。

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ニューヨークと並んで世界の金を動かしている金融街シティ。
夜になってもほとんどのオフィスに明かりが灯っている。
昼夜問わず忙しく働きつづける東京の夜景とそっくりだね。

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この日、ケンゾーがいちばん気に入ったのはこれ。
世界で最も有名な橋とも言われているタワー・ブリッジ

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1894年に完成したヴィクトリア調の橋なんだけど、歴史を感じさせる優雅な造りとモダンなイルミネーションが絶妙なバランスでめちゃくちゃカッコいい。

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明るいときに見ていないので、夜だとパッと見とても近未来的な橋に見える。
けれど近づいてよく見るとたしかに100年以上前に作られた古いものだということが見て取れる。

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タワー・ブリッジは開閉式の跳ね橋。
船が主要な交通手段だった時代は1日に50回も開閉していたそうだけど、今では1日に2、3回だけ。
それでも現役なんだからスゴいよね。

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格式張ってて漠然と古くさいようなイメージを抱いていたロンドンなんだけど、古いものと新しいものが共存し、しかもカッコよくてクールな街だなあ。
固定観念にとらわれることなく、新しいものを取り入れようというエネルギッシュさを感じる。
けっこう好きな街だなあ。

「鳥じぃとリスばぁ」よりも「旅じぃと旅ばぁ」

2014.05.17 05:52|イギリス☞EDIT
無事に現在地スペインで誕生日を迎えたイクエです。
34歳になりました。いつのまに!?
「大学を卒業して10年以上が経ったんだなあ、あっという間だったけどこの10年何してたんだろう」って思うけど、就職もしたし結婚もしたし、退職もしていまこうやって世界一周しているので意外と波瀾万丈な10年だったのかもしれません。
そういう実感はまったくないけど。

さあ、韓国人のエンジと別れてやってきましたロンドン

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ロンドンってほんとうに2階建てバスが主流なんだね!
今や観光客専用のものしかないんじゃないかと勝手に思い込んでいたけど、普通の路線バスが赤い2階建てで街にあふれている。

でも満員じゃないから別に2階建てにしなくてもいいのでは?なんて思ってしまうけど、赤い2階建てバスがなければロンドンらしさが失われるもんね。

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バスを降りてDLRという地下鉄に乗る。
今回のお宿はちょっと遠いのです。

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ヨーロッパは飛び込みよりもインターネットの予約サイトで申し込んだほうが安いからロンドンでも事前に予約している。
予約するときに、「まだいいか」なんて思ってたら中心部の安いドミトリーのゲストハウスがあれよあれよという間に埋まっていって、繁華街から離れているところしか空きがなくなったの!

どのくらい遠いかと言うと、グリニッジ展望台よりも遠い。
シティエアポートよりも遠い。
わかりにくいけど、ロンドンというよりも隣町って感じ。

まあ列車1本で行けるからいいけど。
それに、ほら、ロンドン人もこうやって毎日列車にゆられて出勤してるし。

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これまで一年半以上旅してきて、「ああ、ここ日本みたいだ」って初めて思った。
電車には新聞を読むスーツ姿のサラリーマン、早歩きで忙しそうに通りやホームを歩くたくさんの人、夜遅くまで窓にあかりがともったままの高層のオフィスビル。

ヨーロッパのほかの首都ではもっとゆっくり時間が流れている。
ここはまるで東京みたい。

お店の人も駅の係の人も、自己主張せずたんたんと笑顔で接客し仕事をこなしている。

ぐーたらな旅をしているわたしだけど、このロンドンが嫌いではない。
むしろ、この空気が肌に馴染む。

大学を東京で過ごし4年間新宿に住んでいた。
自由でドライな東京はとてもわたしには居心地がよくて、九州で仕事を始めたとき「東京ホームシック」に悩まされていたくらいだ。

これまで旅をしてきて「こんなところに住んでみたいな」って思うことはたまにあるけど「ロンドンに住んでみたいな」とは思わない。
でもきっと、学生時代にロンドンに留学してたらそのまま居続けて今ごろロンドンで生活していただろうなって思う。

パリなんかではこんなこと感じなかった。

慌ただしさとドライな感じと、誰でも受け入れて住みにくそうで住みやすい街。
それは世界ではトーキョーとロンドンと、もしかしたらニューヨークだけなのかもしれない。
ニューヨークに行ったことないけど、ニューヨークでもこんなふうに感じるような気がする。

今回の宿はとても見つけにくかった!
だって、こんなとこだもん。

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1階がパブ。
その横の裏口みたいな白いドアをくぐって2階にあがるとたどり着く。
看板なんて一切ない。

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ほとんどがここで生活している人。
ヨーロッパの都市では学生や会社員が長期間ドミトリーで生活していることがたまにある。
日本と同様に家賃が高いから、ゲストハウスをアパートのように使ってるんだろうね。
共用のバスルームもキッチンもWi-Fiもあるし、光熱費の心配もしなくていいし。

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きっと長期割引があるんだろうけど、わたしたちは1人1泊10ポンド(約1700円)。
パンやシリアル、飲み物の簡単な朝食もついている。

宿も確保できたことだし、さてロンドン観光といきましょう ♪

目指すはあそこ。
イギリスの顔ともいうべきところ。

バッキンガム宮殿
エリザベス女王が住んでいるところ。
だけど、建物がよく見えないほどの人だかり!

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まるで日本の花火大会。
人がめちゃくちゃ集まってる。
特別な行事でもあるかのように。

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でも、この日だけの特別な行事が行われるわけではない。
観光客のお目当てはと言うと・・・。
これ!

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近衛兵の交代式!
夏場は毎日、それ以外でも2日に一度は行なわれているけど毎回すごい人だかりらしい。
毎回こんなだからすごい。

たしかに『地球の歩き方』には「ロンドン中の観光客が押し寄せてきたかと思うほど」と書いてあった。
ここに来る前は言い過ぎだよって思ってたけど、たしかにそんな感じ。

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もはや近衛兵たちはこの宮殿を守ることが任務なのではなく、観光客の前で行進をしてパフォーマンスを繰り広げることが一番の任務のようになっている。
交代式だからただ次の人に交代するだけで終わりそうだけど、派手に行進をしたり演奏をしたり。

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それにしても、やっぱりこの帽子は変!
クマの毛皮でできてるんだって。
なんでこんなウケ狙いのカツラみたいになったんだろうね。
重たくて歩きにくいだろうし、ちゃんと前が見えてるのかな。

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この帽子がじゃまになって、もしものときに王族をお守りできそうにないんじゃないかと思ってしまう。
実際にはイギリスの近衛兵たちはイギリス陸軍の一般部隊と同じように実戦部隊として訓練を受けて武器を支給されているんだって。

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近衛兵よりもかっこいい人たちがいる。
それがこの人たち。

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押し寄せる観光客を統制したり誘導したり、近衛兵たちをガードしたりしている警察。
馬を乗りこなせる警察官がいるのは、さすが乗馬の国イギリス。
しかも若い女性警官も多い。

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1時間弱の交代式が終わり、ようやく観光客が散っていってバッキンガム宮殿が見えてきた。
バッキンガム宮殿は1703年にバッキンガム公の自宅として建てられたもの。
それが1837年のヴィクトリア女王の即位のときに宮殿となったんだって。

ちなみに宮殿の正面の上に掲げられているのは、イギリス王室の旗。
この旗があるときは、エリザベス女王が宮殿にいるしるし。
いっぽう不在のときは王室の旗じゃなくて、イギリス国旗が掲揚されるんだって。

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ちなみにこの宮殿、入場料を払えば内部を見学することができる。
女王の住まいなので昔は公開されていなかったけど、仕方なく公開せざるを得ない事情が・・・。

じつは1992年、もうひとつの宮殿ウィンザー城で火事が起き莫大な修復費が必要になった。
その費用を捻出するために、バッキンガム宮殿を公開して入場料を取ることにしたのだそう。

ここを見たとき、イギリス皇太子とキャサリン妃の結婚パレードを思いだした。
この通りを馬車でまわって、この建物に入って、そしてテラスから出てきてキスをして。
小さいころ憧れたおとぎ話のお姫様の物語の一場面みたいで、なんかワクワクして見入ったのを覚えている。

わたしたちが旅行に出る前はキャサリン妃は妊娠していなかったけど、いつのまにか子どもが生まれてたんだね!

そんな2人の暮らしている家がここ。

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バッキンガム宮殿から近いこのお屋敷にも、クマの帽子の近衛兵が警備している。
写真を撮っていたら要人が来るようで、警察も誘導しはじめ、黒塗りの数台の車が!!

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顔ははっきり見えなかったけど、車の中には美しい雰囲気を醸し出している女性。
金髪で髪が長く「もしかしてキャサリン妃?」。
でも3分後に思い出した。
キャサリン妃は金髪じゃなくて、ブラウンだった。

あれは誰だったんだろ〜。

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春を迎えたロンドン。
街の公園には色とりどりの花々が競うように可憐な花を咲かせている。

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バッキンガム宮殿からほど近い、セント・ジェームズパーク
都会の真ん中にあるオアシス。

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ロンドンっ子がベンチに腰かけてパンを食べていたり、観光客が休憩していたり。
ここでのんびりしているだけで大都会にいることを忘れる。
公園を駆け回るリスは人気者。

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みんなからおいしいものをもらえるので、舌がこえている。
エサを選り好みして、パンなんかをあげたって食べてくれない。

公園の中央には細長い池があって、たくさんの水鳥が気持ち良さそうに浮かんだり、飛び立ったり。

こんなヘンなものがいた!!

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ロンドンにペリカンがいるとは思えないけど、でも絶対ペリカン。
しかも数羽いて、ベンチでランチを食べている男の子を威嚇している。

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そばにはこのペリカンを手名付けているおじいさん。
ワイルドな趣味をお持ちですね。

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ロンドンの公園でリスや鳥、餌付けするおじいさんを見ていたらDreamsComeTrueのある歌を思い出した。
わたしは、DreamsComeTrueが大好きで、中学生のころから欠かさずコンサートに行っていた。

ドリカムの歌にTORIDGE&RISBAH(トリジーとリスバー)という楽しい曲がある。
ロンドンでレコーディング中のドリカムが、公園で鳥を餌付けするおじいさんとリスを餌付けするおばあさんの老夫婦を見てつくった曲。

わたしとあなたも「鳥じぃ」と「リスばぁ」のまねをして楽しもう、あのかわいい夫婦みたいにずっといっしょにいよう、というとても明るくて楽しい歌。

この公園にいると、歌に出てくるかわいい老夫婦が今にも姿をあらわしそうで、そんな夫婦になるのも夢じゃないなって思える。

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中学生ながらこの曲を聴いて、将来好きな人と結婚してずっと仲良く過ごして老後をふたりでゆっくり楽しんでいつまでもかわいい夫婦でいたいなあと思ったものだった。

そして今このロンドンの公園で、夫とともに鳥やリスを見ている。

そんなわたしたちの前を通ったのは鳥じぃとリスばぁではなかった。

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旅じぃと旅ばぁ。
わたしたちはかわいい鳥じぃやリスばぁよりも、気合いの入った旅じぃと旅ばぁに近いのだ。

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♫ あーんなふうに じんせい〜に 
年季入るまでいっしょにいよう
ひそかな願いこめつ〜つ
めざせ 旅じぃと旅ばぁ ♫

プーのふるさと

2014.05.15 07:33|イギリス☞EDIT
子どものころのお菓子は「いりこ」と「かりんとう」だったケンゾーです。
おふくろが健康志向でスナック菓子類はぜんぜん食べられなかったんだよねえ。
たまに食べるポテトチップスもパンチが効いてない生協のうす塩味。
遠足のときに友だちに食べさせてもらった本物のコンソメパンチ味は衝撃的だった。
でもおかけで骨は丈夫に育ったからおふくろには感謝してるけどね。

デザインを学んでいるエンジの部屋に泊めさせてもらったケンゾーとイクエ。
床の上に寝袋で寝たんだけど、びっくりするくらい爆睡できた。
バスルームも部屋の中にあるし、かなり快適 ♪

朝ごはんにエンジがキムチチゲを作ってくれた。
ピリ辛スープを白ご飯にぶっかけて食べる。
これがめちゃウマ。
いやあ、中華料理もいいけど韓国料理も捨てがたいね。

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レンタカーは夕方5時までにガトウィック空港に返却することになっている。
ケンゾーとイクエにはちょっと気になっている場所がある。
エンジに聞いてみると「まだ行ってないから行きたい!」ということだったので3人で行くことに。
目指すはブライトンの北東にあるハートフィールドという村。

ぷー

気持ちよく寝過ぎてあまり時間がないのでブライトンの街を駆け足で見て回る。

ロンドンから日帰りで行くことができるブライトンはリゾート都市。
ロンドンで活躍する芸能人もここに住んでいたり別荘をもっていたりするらしい。
大学などの教育施設も多く、観光客と学生で賑わう街だ。

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これは英国国王ジョージ4世が建てた離宮、ロイヤル・パビリオン
インドのタージマハルやロシアの建物を彷彿とさせる玉ねぎ型のドームが印象的。

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鮮やかな色じゃないけど、かたちが特徴的で華やか。
丸いかたちやいくつもの塔、イギリスっぽくなくてエキゾチックな雰囲気。

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かなりの浪費癖があったと言われているジョージ4世。
この離宮建設にも莫大なお金をつぎ込んで、国民の不評を買ったそうだ。

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離宮のそばにはブライトン博物館と美術館があって入場無料。
日本では考えられないけど、イギリスではほとんどの美術館や博物館が無料なんだよね。
今回は時間がなかったんだけど、エンジは今度行ってみようって言ってた。

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ブライトンと言えば海!
リゾート地としてイギリスで一番古い歴史があるんだって。

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ビーチ沿いにはオシャレなリゾートホテルがずらっと並んでいる。
ロンドンのお金持ちの別荘地としても人気。

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ブライトン観光はこれくらいにして、今日の目的地ハートフィールドへと車を走らせる。
街を離れ住宅もまばらな田舎道を走ること1時間。
ハートフィールドにある「プー・カントリー」に到着。

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すでにピンときてる人はかなりのディズニー通だよ。
ここはお腹ポッコリの食いしん坊、あの「くまのプーさん」のふるさとなんだって。
遊歩道が整備されていて、クリストファー・ロビンとプーさんが駆け回った100エーカーの森を散策することができる。

うっそうと茂る森の中や、目に鮮やかな緑が生い茂る牧場の脇を通り抜けながら歩いていく。
マイナスイオンをたっぷり浴びながらのんびり歩く。
空気が澄んでいておいしい。

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15分ほど歩くと小さな木の橋に到着。
ここがプーさんたちが棒落としをして遊んだ小川。

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なんの変哲もない森の中に流れる小川と小さな橋。
だけど今にもひょっこりプーさんが現れそうな不思議な雰囲気がある。
ちなみにケンゾーが好きなのはトラのティガー。
♫ おれっさまはティガー 世界いいちのティガー ♫っていう歌が好きなんだよね。

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ハートフィールドの村は、こじんまりして家もまばらだけどそんななかにたくさんの人たちが訪れる場所がある。
「プー・コーナー」というプーさんショップ。
世界中からプーさん好きが集まる聖地なんだって。

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ショップの中はプーさんグッズで溢れている。
やっぱりプーさんのポッコリしたお腹にみんな癒やされるんだろうね。

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原作ではティガーはこんな顔してたんだって。
自信満々がトレードマークのティガーだけど、これはかなりのゆるキャラだね。

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店内にはカフェコーナーもある。
そこまでお高くはないのでランチを食べることに。

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プーさん柄のティーカップもかわいい。
このくらいだと女の子の家にあっても男は引かないんじゃないかなあ。
キャラクターもののグッズってけっこうセレクトが難しいよね。

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ハートフィールド村はとても小さな村。
10分も歩けば村を一周できる。
絵本に登場しそうなかわいい家がひっそりと建っている。

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きっと『くまのプーさん』が書かれた1920年代から村の景色はずっと変わらないんだろうね。

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ガトウィック空港までドライブしてエンジとお別れ。
まさかイギリスで再会できるとは思ってもなかったね。
次はどこで会えるかな。
韓国?日本?それともどこか別の国かな。
泊めてくれてありがとう。
あともうちょっとイギリス生活を楽しんでね!

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ケンゾーとイクエは空港からバスに乗ってロンドンへ。
National Expressで1人8.5ポンド(約1450円)。

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いよいよ大都市ロンドンへ。
物価の高いロンドンでどんなふらり旅になるのか?
お楽しみに!

「イギリスでもっとも美しい街」でタイムスリップ

2014.05.14 06:18|イギリス☞EDIT
母の日に讃岐うどんセットを贈ったイクエです。
みなさんは何をプレゼントしましたか?

保育園に通う甥っ子は、保育園で「母の日」ではなく「ファミリーデイ」の作品を作ったそうです。
家庭の事情で母親がいない子を意識して「ファミリーデイ」にしてるらしいのですが、やっぱり「ファミリーデイ」と「母の日」は違う気がします。
新しい時代は「父の日」や「敬老の日」も「ファミリーデイ」と呼ぶようになるのかな。

初日からレンタカーを借りてイギリス南部を旅しているイクエとケンゾー。
まるで巨大な氷河のような断崖絶壁の「セブン・シスターズ」を見たあとは、「イギリスでもっとも美しい街」と賞賛されるライ村を目指す。

ライ

フロントガラスから見えるイギリスの街並みは、どこを撮っても絵になる風景。

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ヨーロッパを旅行する前は「ヨーロッパは最初は感動するけど、どこの国も似たり寄ったりだからそのうち飽きるよ」なんて言われていた。

でも実際はイタリアのあと旅したフランスでは「イタリアと全然違う」と感動したし、今回のイギリスも「イタリアとフランスとはぜんぜん違う!」

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どう違うかは説明しづらいけど、フランスの建物が女性的ならイギリスは男性的。
「かっこいい」という表現が似合う。

ただの信号機も時計台といっしょだとなんかイギリスっぽくてスタイリッシュに見える。

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いくつかの街を抜けて、のどかな田園風景と羊の群れを見ながら、森に囲まれたくねくねの山道を進み、車は田舎のライ村に到着した。

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街の規模はとても小さいけど、鉄道も通っている。
ドライブでここに来るのも楽しいけど、列車の旅もいいかもね。

昔の映画に出てきそうなれんが造りの小さな駅舎。

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ライは14世紀から栄えた港町。
石造りの風格のある門がお出迎え。
ここから中世の時代へタイムスリップ。

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映画のセットかテーマパークみたいな街並みだけど、苔むした屋根が偽物じゃないってことを物語っている。

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石畳の狭い路地。
れんがや白壁の家々。

おとぎ話に出てきそうな場所だけど、たしかにここには人々の生活がある。

老犬を散歩させていたおじいちゃん。
あとをついていくように歩いていくと、古い民家に到着した。
よく手入れされた庭を見ると、家をとても大切にしているというのがわかる。
きっとご自慢の家。

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「きっと古い家で不便なこともあるけれど、年をとってもこんなすてきな家で暮らせるってなんか贅沢だね」

ケンゾーとともに「いいなあ」「いいねえ」と言いながら路地を歩く。

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こういう古い家並みが残る街で、いつもわたしが注目するのがある。

その2つのうちのひとつが、さっき言った屋根。
微妙に違う屋根の色や濃淡。
日に焼けたり苔むしたり。
年を重ねたからこそにじみ出る味わい深さ。

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そして、もうひとつが壁のれんが。
これも色が少しずつ違うのが、あたたかみがあっていいんだよね。

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とくにライ村の家々のれんがは特徴がある。
色だけじゃなくて、かたちもばらばら。
ふぞろいなのは、わざとなのかそれとも計算されたものなのか。

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れんがの家もすてきだけど、漆喰の木造家屋も味わいがある。

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白い壁に映える黒い柱。
日の光を浴び、雨に打たれ、風に吹かれ。
赤茶けた白黒写真のように、色変わりしているのは時代を重ねてきた証拠。

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日本人の観光客にも大人気と言われているライ。
街並みがかわいいだけじゃない。
ひとつひとつのお店がどれもかわいい!

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ライの村は「アンティークを買うならここ!」って言われるほど、古くて素敵なものが見つかりやすいんだって。
こだわりの店が多い。

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ライ自体はこじんまりしていて1時間くらいで見て回れるけど、買い物するなら何時間も必要かも。
手芸屋さんや小物屋さん。
もの作りが好きな人が材料をそろえるのにはぴったりの場所。

店構えや陳列、店そのものがアンティークの作品みたい。

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イギリスの古き良き時代を閉じ込めたような街並み。
赤い公衆電話ボックスも、まるでイギリス映画のセットのひとつみたい。

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「イギリスで一番美しい村」と言われるライ。
たしかにとてもかわいくてどこを見ても楽しくなる街並みだけど「一番」って言うのはどうかな。
だって、ここに来るまでに通ってきた街や村も魅力的だった。

「世界一美しい街」と言われるチェコのチェスキー・クルムロフでも感じたことだけど「一番」っていう表現はなんだか納得できない。
だって、それぞれの街並みにはそれぞれの良さや個性があって比べられない。
「京都の祇園と合掌造りの白川郷はどっちが上?」って聞かれて返事に困るように。

街の周りは田園だったり、雪を抱く山脈がそびえていたり、蛇行した川がゆるやかに流れていたり、青い海に面していたり。
その環境も全然違う。

「イギリスで一番」かどうかはわからないけど、ライ村がタイムスリップしたような味わいのある街並みであることは間違いない。

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さて、どうしてイクエとケンゾーがわざわざイギリス南部に来たのか。
それは、友人に会うため。

1年前、インドで出会った韓国人のエンジ。
イクエとケンゾーが参加した国際ワークキャンプにエンジも参加していて、いっしょにインドの村や学校でボランティア活動をした。
写真の左の女性がエンジ。

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インドのボランティアでは、韓国だけでなくロシアやイギリス、フランスからもメンバーが集まった。
ことしの1月に旅したフランスではそのときのメンバーのミレナと再会し、泊めさせてもらった。

エンジともいつか再会できるかなあと思っていたけど、まさかイギリスで再会することになるとは!
エンジはあのあと韓国に帰国し、それから留学でイギリスに来たのだった。

インドで「SEE YOU!」と言って別れたエンジ。

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日本でも韓国でもなく、イギリスのブライトンで「NICE TO SEE YOU AGAIN!」

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1年ぶりの再会。
あのときよりも髪が伸びて、メイクもしてるしなんか違う!!
でも、喋りかたや雰囲気はあのときのまま!!
飾り気がなく、マイペース。

韓国の大学に通っていたエンジ。
交換留学でいまはブライトンの大学でアートを学んでいる。
韓国の大学よりも「自由でいい!」んだって。

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大学の寮に無理を言って泊めさせてもらった。
「部屋はすごく狭いんだよー」って言われてたけど、わたしたち寝袋もってるから!
おかげで床に寝袋で爆睡できた。

この寮では各国からの留学生が生活していて、到着したときにはカレーの匂いが廊下や共同キッチンに充満していた。

「となりの部屋がインド人で、よくカレー作ってるんだよね。
下の階には中国の留学生たちがいて、いつもおいしい中華料理をごちそうになる。
中国人ってやっぱり料理うまいよね!」


イギリスで一番の、世界各国の本場のグルメが味わえる場所かも。

アートを学ぶ学生らしく、エンジの部屋にはアートの匂いが漂っている。

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フランスで再会したミレナの部屋にもエンジの描いた絵が飾ってあったけど、エンジの絵は緻密で個性的で丁寧で物語があって、エンジはとても才能があると思うんだよね。
って、絵心のないイクエとケンゾーが言っても説得力がないけれど・・・。

でも、エンジならきっと大丈夫!!

ここの部屋からの眺めは最高!!
イギリスで生活するってどんな感じなのかなあ。

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韓国食材が買えるお店や韓国料理が食べられるお店もあって、エンジにとっては住みやすい街みたい。
「イギリスでアートの仕事が見つかればなあ」なんて言っている。

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さて、そんなエンジが暮らすブライトンの街。
あしたはブライトンの街の観光と、あのディズニー映画の舞台となった田舎を訪ねます。
黄色くて、お腹が大きくて、蜂蜜が大好きな、あの人気者です ♪

7人娘に会いにイギリスをドライブ♫

2014.05.13 05:37|イギリス☞EDIT
リズム感が絶望的にないケンゾーです。
リズム感って持って生まれるもの?
それとも子どもの頃に習得するもの?
リズム感ないから楽器もダンスもぜんぜんダメなんだよねえ。

ヨルダンからひとっ飛びしてやって来たよロンドン。
中東からガラッと変わって今日からイギリス編のスタートです!

ふたりにとってはじめてのイギリス。
はりきって観光するぞ!と言いたいところだけど、安いフライトの場合到着が深夜や早朝になることが多い。
今回は夜9時着でそんなに遅くはないんだけど、スタンプもらって、荷物受け取って、なんてしてたら結局深夜になってしまうので空港泊をすることに。

そうそう、イギリスは入国審査がかなり厳しいことで有名。
イスラエルも厳しいけれど入国を拒否されることはめったにない。
だけどイギリスはちょっとでも不審なことがあれば容赦なく入国拒否するらしい。
高いチケット買って長時間のフライトの末入国拒否されて強制送還、なんて笑えないけど、実際にそんなこともよくあるんだそう。

不法滞在、とくに不法就労にナーバスになっているので「観光目的」をアピールすることが大事。
出国の航空券を持っていてホテルの予約をしていればほぼ問題なしらしい。

ケンゾーとイクエの場合はどうだったかというと・・・。
ほぼノーチェック。
滞在目的や期間、職業など他の国よりも多く質問されたけど、帰りの航空券やホテルの予約の確認なんかはされなかった。

別室送りになったイスラエルの件があったからちょっとドキドキだったんだけど、ほっとひと安心で空港泊。
ロンドン・ガトウィック空港は泊まるには適してないなあ。
ケンゾーは波打ったベンチで、イクエはベンチの下に潜り込んで寝た。

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ヒースロー空港と違って、貧乏旅行者が多く利用する空港だからもうちょっと休憩しやすいスペースを作ってもいいと思うけどなあ。

ベンチで一晩夜を明かし向かった先は・・・レンタカー屋!
ここイギリスでこの旅初のレンタカーを借りることに。
事前にネット予約をしていて、36時間レンタルで34ポンド(約5780円)。
値段は日本と同じくらいかな。

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さあて、車に乗ってロンドン観光へ出発!・・・ではなくて、今から向かうのはロンドンからおよそ90km南にある海沿いの街ブライトン。
ロンドンはちょっと後回し。

ブライトン

それじゃあ、南へ向けてしゅっぱーつ!
ナビは付いてないので助手席のイクエがiPhoneのGPSでナビゲート。

イギリスは日本と同じ左側通行だから運転しやすいはずなんだけど、右側通行の国ばかり旅してきたからもともと日本がどっちかだったか記憶がぐちゃぐちゃ。
とりあえず道を横断するときは左から見ることが多くなったような気がするし。

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注意しないといけないのは「ラウンドアバウト」と呼ばれるロータリー。
イギリスはほとんどの交差点が信号のないロータリー。
これがけっこうクセもの。
小さいロータリーは分りやすいんだけど、直径が100mくらいある大きなものはグルグル回ってると方向感覚が狂ってどっちに曲がればいいのか分んなくなっちゃうんだよね。
何度も道を曲がり損ねながら南へと車を走らせる。

出発しておよそ1時間、立派な大聖堂やカラフルでかわいい住宅が見えてきた。
大学生で賑わう街、ブライトンに到着。

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いったんブライトンをスルーして海岸沿いを東へ進んでいく。
ブライトンについてはあしたお伝えしま〜す ♪
右手にイギリス海峡、左手には放牧された羊たち。
のどかだねえ ♫

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ブライトンの街を離れ10分ほど走ると、前方に白い崖が見えてきた。
「セブン・シスターズ」と呼ばれる白亜の断崖だ。

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この辺りの海岸沿いは白亜(チョーク)でできた断崖がつづいている。
そのなかでも絶景とされているのが7つの頂からなるセブン・シスターズ。
干潮時には崖の下を歩くことができるので行ってみることに。

駐車場に車を停めて海岸まで歩いていく。
セブン・シスターズの周辺はカントリーパークに指定されていて、豊かな自然が残されている。
ウォーキングコースが整備されていて犬を散歩させている人も多い。

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海に近づくほど風が強くなる。
あ、ヘンな木を発見!

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これ南米のウシュアイアで有名な強風に吹かれて斜めになっちゃった木だよね。
イギリスにもあるんだ。
そんなにレアなものじゃないのかな?

駐車場から海岸までは歩いて30分くらい。
真っ白な断崖絶壁が見えてきた。

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高さはおよそ70〜100m、一番高いところで150mの巨大な壁がそそり立つ。
この日は空が曇っていたのでちょっと茶色がかっているけれど、晴天だと真っ白に光り輝いてるんだって。

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ときどき雲の切れ間から光が射すと、たしかに眩しいくらいに白く輝く。
晴天じゃないのが悔やまれる!
氷河みたいだ。

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セブン・シスターズは白亜(チョーク)でできている。
その名の通り、昔は黒板に字を書くチョークの原材料として使われていたんだって。
海岸を歩き回ると靴が真っ白になってしまった。

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セブン・シスターズは波の浸食によって削られ、毎年30〜40cmも後退しているそうだ。
この建物も倒壊の危険があるんだろう、立ち入り禁止になっていた。

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ふたたび車に乗って先のほうまで行ってみる。
緑豊かな大地にぽつぽつと家が点在し、羊が放牧されている。
ドライブコースとしては文句なしのロケーション。
景色が素晴らしくて脇見運転に要注意!

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溜め息がでるほどの豪快さと繊細な美しさを併せもつセブン・シスターズ。

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周囲の景色も素晴らしく、期待以上の絶景を楽しむことができた。

ちなみにイギリスから出国したあと飛行機でポルトガルへ向かったんだけど、空からもこの白亜の崖がはっきりと見えた。

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さて、ブライトンにはある人と再会するために来たんだよねえ。
あしたもお楽しみに!

旅したヨルダンこんな国

2014.05.12 06:26|中東☞EDIT
ヨルダンには3/3~3/24まで21泊22日滞在しました。
入国してそうそう、カウチサーフィンのホストファミリーに物を盗まれるという信じられないアクシデントに見舞われました。
ヨルダンはパレスチナの人々と同じアラブ人ですが、国民性の違いに戸惑いながらの旅。
そんなヨルダンの旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?

ヨルダンでいくら使ったのか発表します。
 
交通費           54.15ディナール
外食費           98.00ディナール
その他のフード・ドリンク  70.15ディナール
宿泊費           172.0ディナール
観光費           200.0ディナール
雑費            36.85ディナール

合計  631.15ディナール(1ディナール=144円)
約4,149円/1日2人で

隣のイスラエルと比べると物価はかなり安いけど、バックパッカーにとっては決して安くない国。
でも外国人は何を買うにしてもかなりの確率でぼったくられていると思うので、実際の物価はもっと安いと思うなあ。
アラビア語が喋られるともっとお金をかけずに旅することができるはず。


◇移動手段はこうでした

移動はほぼバスやミニバスで。
地元の人も利用しているローカルなバスだけれど、ほぼ100%ぼったくられる。
ローカルプライスで乗ることはかなり至難の業。
ガイドブックにもそう書いてある。

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とくにアカバ・ペトラではやり方がえげつない。
ふっかけられる値段は、ローカルプライスの数倍の値段で日本やヨーロッパの物価よりも高く感じることが多い。
抗議をしても取り合ってくれないし、乗らないわけにはいかないんだけど、「そんなことは当たり前のことじゃなくておかしい」「こんなことをしているとツーリストから嫌われる」という意思表示をするためにも抗議して煩わしい思いをさせることは大事だと思う。


◇こんなお宿に泊まりました

どこの場所でも安宿はあるけれど、バックパッカーが泊まるようなドミトリーのあるWi-Fiつきのゲストハウスはペトラ遺跡のあるワディ・ムーサやアンマンなどに限られる。
ワディ・ムーサではヴァレンタイン・イン。
ドミトリーでベッド1台4ディナール。
ペトラ遺跡までの無料送迎もある。

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アンマンではマンスールホテル、通称「コーダホテル」。
イラクに行く直前にコーダさんが泊まっていたホテル。
イクエとケンゾーにとってはまだ記憶が新しいイラク人質殺害事件。
だけど今バックパッカーをしている大学生たちにとっては小学生のころのことで、遠い昔のことなのかも。
ここで「バックパッカーも事件に巻き込まれる恐れがある。気をつけないと。」ってことを改めて感じるきっかけになれば。

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コーダホテルもドミトリーのベッド1台で4ディナール。
ドミトリーだけど2段ベッドではなく、朝食もついていて割安。
シャワーの使い勝手が悪いのが難点。

その他の地域では地元の人も利用するのような安宿でダブルで12〜15ディナールほど。
アカバはイスラエルやエジプトに行く旅人の拠点となる街だけど、リゾート地でもあるので高級ホテルがほとんど。
バックパッカーは地元の人たちが利用する安宿を使うしかない。
アカバにいいゲストハウスがあれば、みんな泊まると思うんだけどねえ。


◇これが一番うまかった!

ケンゾー 「マンサフ」
ブセイラのコナーの友人の家でごちそうになった、お祝いのときなどに食べる特別料理。
食べたことのないケンゾーとイクエのために、わざわざ作ってくれた。

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サフランライスの上に蒸したチキンが載っているというシンプルなもの。
これにヨーグルトベースの酸っぱいタレをたっぷりかける。

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手でチキンとライスをこねこねし、ボール状に丸めて薄いパンに包んで食べる。
米にヨーグルト?!ってちょっと抵抗あるかもしれないけど、この酸味がチキンの味を引き立たせて美味しい。
アラブ圏ではレストランで食事をしても同じようなものばかりで正直飽きてしまう。
だけど家庭ではけっこうバリエーションに富んだものを食べてるんだよね。
カウチサーフィンやホームステイで地元の人の家にお邪魔する機会があったら、レストランでは食べる事ができない美味しい地元料理を楽しむことができるかも。


イクエ 「酢豚風味の野菜炒め」
これがヨルダン料理なのかよくわからないけど、ワディ・ムーサでもダーナのゲストハウスでも夕食で出てきたのでヨルダン料理と思われる。
酸味があってちょっと甘くて、おいしい!
具は野菜のみで、ズッキーニやナス、トマトが使われることも多い。
一番おいしかったのはカリフラワーだった。

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酢豚を洋風にしたような味だけど、イスラム教徒は豚を食べられないので残念ながら豚肉は入っていない。

(そういえば、ワディ・ラムのテントでイタリア人カップルといっしょだったんだけど男性のほうはアンマンのグランドハイアットホテルのイタリア料理のシェフだった。
「アンマンに来たときは食べに来て」って名刺を渡されたけどそんな高級料理店でイクエとケンゾーが食事できるはずもなく・・・。
そのシェフが「料理で豚肉を使えないんだよ。お客さんは外国人だから需要はあるんだけど、僕のもとで働く料理人たちはヨルダン人だから彼らが豚肉を触りたがらないんだ。」って言っていた。
しかもそのシェフはヨルダンの前はインドのグランドハイアットのシェフだったんだけど、ヒンドゥー教のインドでは豚肉はもちろん牛肉もダメ。
重要なお客さんから特別なオファーがあるときだけ牛肉を使ってたんだって。
豚肉や牛肉をおいしくいただける国に生まれてよかった。)


◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「ペトラ遺跡」
入場料が激高だったペトラ遺跡。
インディ・ジョーンズの映画に出てくるエル・ハズネを見るために訪れたんだけど、いちばんの見どころはエル・ハズネじゃなかった。
個人的にペトラ遺跡のハイライトは、広大な敷地に広がる大自然。
エル・ハズネまでくねくねと延びている岩山に挟まれたシークは、冒険心をこれでもかとかき立てる。

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ゴツゴツと荒々しい岩山が作り出すダイナミックな景色。
ペトラ遺跡は時間をかけてトレッキングをすることでその魅力を余すことなく体感することができる。

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ペトラ遺跡を訪れる際には、ぜひ時間に余裕をもたせて数日かけてじっくり歩き回ってほしい。
そうしたほうが1日当たりの入場料も安くなるしね。
高い入場料に見合うだけの観光となるかどうかはあなたしだい!

イクエ 「ワディ・ラム」
ヨルダンと言えばペトラ遺跡しか思い浮かばなくて、「ワディ・ラム? どこそれ?」と思っていた。
だけどワディ・ラム、想像以上によかった!
旅をしていてこれまで絶景だと思う景色を見てきたけれど、そのなかのいくつかは「何もないから美しい」と思える景色。
たとえば、青空と砂しかない砂漠、広大な草原、草木の生えていない岩山、雲と太陽しかない山頂からの眺め。
ただ、風の音しかしない場所に自分がぽつんと立って自然の大きさに圧倒される。
ワディ・ラムもそんな場所だった。

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わたしの好きな「砂漠」と「奇岩」、この2つがある。
テントに2泊したけれど、もっと泊まっていたいなあとも思ったし、ワディ・ラムを発った後もあそこに戻りたいなあと思った。
ワディ・ラムは車をチャーターして1日で観光することもできるけど、ここに泊まって朝と夜を迎えることをおすすめします。

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◇ふらり ゆるり ヨルダンの感想は?

ケンゾー
フレンドリーで正直なパレスチナ人に癒やされたあとのヨルダン。
「ええー!? なんですぐ隣の国だし、同じ人種なのにこんなに違うの?」と思うことも多々あった。
とくにインド並みになんでもかんでも値段交渉をしないといけないのはかなり面倒。
しかも交渉の余地がほとんどないことがストレスになる。
それでもイスラエルよりは物価は安いし、基本的にヨルダン人はとても愛想がいいし、変化に富んだ自然を楽しめる。
ぼったくりも含め、アラブの国を体験するにはちょうどいいんじゃないかなあ。

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イクエ
ヨルダンにはペトラ遺跡だけじゃなくて紅海もあるし、死海もあるし、砂漠も、緑豊かな国立公園もあって、いろんな自然を楽しむことができます。
3週間は長いかなあと思っていたけど、けっこうあっという間に過ぎました。
入場料も乗り物も商店も「外国人料金」が存在するのでストレスがたまることも多いけど、ツーリストも多く旅行しづらいことはありません。
石油が採れる中東の国はオイルマネーで都市に高層ビルが乱立している国が多いけれど、そんななかヨルダンは素朴さを残していて、元来の中東らしさを楽しめる国だと思います。
政情不安でシリアやイエメンが今は旅行できないなか、貴重な国なのかも。

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ヨルダン縦断 さすが中東の空港

2014.05.11 06:09|ヨルダン☞EDIT
「ネスカフェはしょせんインスタントでしょ」ってバカにしていたけど、今まで全然知らないメーカーの安いインスタントコーヒーを飲んでて久しぶりにネスカフェを買ったら「うわ!ネスカフェって香りが強くておいしい!フィルターコーヒーに匹敵する味!」と感動し「違いのわかる女」になってきているイクエです。
夫からは「舌がバカになってきている」と言われています。

夫とネスカフェの昔のCMの話で「『アルピニスト野口健、違いのわかる男』って出たとき、アルピニスト?野口健?誰?って思ったけど、あれで野口健は有名になったよね。」「でも、まさかあのCMをつくった人は野口健があんなキャラクターとは思わんかっただろうね。しまった!!って思ったよね。」「うん、しかもあんな声が高いとは予想外だったやろうね。」と盛り上がりました。

さて、アンマンの街を観光したイクエとケンゾー。
まだヨルダン出国のフライトまで日数がある。
どうしようかな~。

すると、コナーが「ヨルダンで英語の先生をやっているアメリカ人を紹介するから、泊まったら?」とすすめてくれた。
コナーの友だちが住んでいるのはイルビットという街。
ヨルダンの北側でイスラエルやシリアとの国境に近い。

いるビッド

アンマンのバスターミナルまで行って、このミニバスで出発~ ♪
ヨルダンではバス代も「外国人価格」が存在するんだけど、イルビットに行く外国人が少ないからかローカルの人たちと同じ運賃で乗ることができた!

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たまに自分たちのブログでも、ほかの人の旅ブログでもお金のことを書くと「ケチだ」「裕福な日本人なんだから貧しい国では余分にお金払ってもいいじゃない」なんて批判されることがある。

わたしたちと同じスタイルの旅をしている人はわかってくれる人が多いと思うんだけど、ぼったくられたくないって心理は別にお金が高くつくのがイヤっていうことからくるんじゃないと思うだよね。

なるべく現地の人に溶け込みたくて、ツアーバスじゃなくて現地人と同じ公共交通機関を利用して、観光客相手のきれいなレストランじゃなくて地元の人で賑わう食堂に行って、地元の人も利用するような安宿に泊まって、ってことをわたしたちはやっている。
もちろん汚かったり、不便だったり、たまに危険だったりするけどそのほうが地元の人と出会う可能性もぐんと高まる。

で、そんなふうに溶け込みたくてやってるのにぼったくられるとなんか特別扱いをされているような、結局「金持ちの外国人」としか見られていないんだという失望というか、招かれざる客って思われてるのかな、とかそんなふうに感じてしまう。
だから、ぼったくられると「どうしてぼったくるの?」って抗議したくなる。

もし自分が初めから、外国人御用達のホテルやレストランを利用したりガイド付きのツアーバスで旅行してるなら、多少ぼったくられても「外国人だから仕方ない」って思えるかもしれない。

だからわたしたちにとってぼったくられるのは「損した」というよりも「こんなスタイルで旅してるのに、外国人として特別扱いをされる」というのがひっかかるんだと思う。

それと「貧しい国を援助するのは当然でしょ」と言われることに対しては「もしそうだとしても、この嘘をつくドライバーや店主には余分にお金を払いたくない」って思う。
だって、ほかの人たちはまじめに正直に働いているんだもん。
しかも、ぼったくって金を儲けようとする人よりもぼったくらずに正直に働いている人のほうが貧しいことが多い。
「援助」するなら、ほかの方法がいいと思う。

話がそれてしまったけど、現地人価格で乗れたミニバスでイルビットの街へ。
車内の人たちも素朴でフレンドリー。

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でも、車内でちょっとした問題が・・・。
なにかが臭いの!
10歳くらいの女の子が「臭い臭い」って言って窓を全開にするんだけど強風でカーテンがバタバタバタバタと顔に当たって痛い。
ほかの乗客は「もうちょっと閉めなさい」って言うんだけど女の子は「臭いから嫌!」って言う。
そして、なぜかイクエとケンゾーをにらむ。
見たこともないヘンなアジア人という生き物が、ヘンな匂いを放ってるって思ってるんだろうね。
でも、原因はわたしたちじゃない。
たぶん、車に酔った誰かがもどしたか、何人か赤ちゃんがいるからおもらししたか・・・。
女の子は「あの人たちが臭いんだ!」って言って、まわりの大人は「たぶん違うよ」って言ってはくれてるんだけどね。

最後まで女の子ににらまれながらバスを降りる。

イルビットの街は、コナーが住んでいる村よりもだいぶ都会。
ヨルダンでは第二、第三の都市とも言われていて人口50万人。

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でも、レストランの呼び込みの着ぐるみを見ると、洗練された都会とは言えなさそう。
あなた、スパイダーマンだよねぇ?

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きょうからお世話になるのは、アメリカ人の女性、サブリナ。
コナーと同様、アメリカの団体からボランティアとして派遣されイルビットの大学で英語を教えている。

サブリナの住むアパートは大学の敷地内にある。
アパートはヨルダンだから男子禁制なのかなって思ったけど、このアパートでは大学の職員や留学生が男女問わず生活している。

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大学の敷地なので、一歩建物を出ると学生たちが普通に歩いている。

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日本の大学のようには男女のグループがいっしょに歩いていたりおしゃべりをしていたりする光景はあまり見られないけど、それでもたまにカップルが仲良く座り込んで話していたりする。
イスラム教徒ではないわたしからすると、やっぱりそれが自然だし微笑ましいなあって思う。

ケンゾーは「あの男子は『おれは彼女いるんだぜ、女の子と話してるんだぜ』って優越感もってるだろうな。」って言っている。
高校3年間、男子校で過ごした人間の発想。

ホームステイさせてもらうときは、「お返しに」と言ってはおこがましいけれど機会があれば自分たちで食材を買って料理を作ることにしている。

きょうのメニューは「オムライス」
オムライスって和食のイメージからは遠いし、海外の高級日本食レストランではもちろんメニューにない。
でも、インドあたりの多国籍のチープなレストランでは和食としてオムライスが出されている。
きっと現地の人と仲良くなった日本の旅人が作り方を教えてるんだと思う。
オムライスはどの国の人からも愛される和食。

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右側の女性がサブリナ。
実は彼女、故郷はテキサスのアメリカ人なんだけど、おばあちゃんが外国人でクォーター。
どこの国のクォーターだと思う?
顔からわかるかな?

答えは・・・
日本人!

おじいちゃんが軍人さんで戦後間もなく日本に駐屯しているときにおばあちゃんと恋に落ちて、そのままおばあちゃんをアメリカに連れて帰ったんだって!

もちろんおばあちゃんはアメリカでイチから英語を習得して日常会話は英語だけれど、やっぱり和食が大好きでわざわざ日本の食材や調味料を手に入れて小さいころからサブリナにも和食をつくってあげているらしい。

しかも、おばあちゃんはヨルダンにまで和食の小包を送っている。
サブリナのキッチンの棚には、ふりかけや乾燥わかめ、しょうゆ、昆布・・・。
おばあちゃんの愛情とともに日本の食材が詰まっていた。
おばあちゃんはもうけっこうなお年なんだけど、アメリカで日本の食材を売っている商店にみずから車を運転して遠いけどよく買い出しに行ってるんだって。

おばあちゃんは、優しいアメリカ人のだんなさんとともにアメリカの生活にすっかりなじみ、孫にも囲まれてアメリカで幸せに暮らしているけど、やっぱり和食が恋しいんだろうね。

長期で旅行をしているイクエとケンゾーもよく「日本が恋しくない?」って聞かれる。
そのときの答えは「日本はまだ恋しくないけど、和食は毎日のように恋しい!」

サブリナが和食に抵抗がないことをいいことに、自分たちが食べたい和食を作るイクエとケンゾー。
次の日は鶏一羽まるごと買って、水炊き!
日本では鶏ってカットして売ってるけど、海外ではヨーロッパも含め鶏丸ごと一羽で売っている。
カットしたことないから手こずる。

酢醤油につけて、召し上がれ。
もう、酢醤油の味だけで感動するイクエとケンゾー。

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サブリナは大分の別府大学で留学していた経験をもっている。
だけど、ほとんど日本語はしゃべれない。
なぜなら留学半ばで強制帰国させられたから。

サブリナが日本に行って数か月後に東日本大震災が発生。
サブリナがいた大分県と被災した原発は遠く離れているけど、危ないからアメリカに帰るように州に命じられて泣く泣く帰国したんだって。
日本の生活になじみ、日本語を本格的に習得しようとしていた矢先のこと。
「まだ日本にいたい。ここは危なくない。」
そうお願いしたけど、聞き入れてもらえなかった。

「もう一度、日本に行きたい。」
サブリナはそう願っている。

そんなサブリナが住んでいるヨルダンのイルビット。
ここの大学は語学に強くて、けっこう外国人が留学している。
それにシリアやイスラエルの国境に近いからか、街の人たちにとっては外国人であるイクエとケンゾーはそれほど珍しくない。
それでも、みんなフレンドリー。

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通りを歩いていると、印刷屋さんや駄菓子屋さんから「おーい、写真撮って」と声をかけられる。
カメラを向けると恥ずかしがる女性陣と違って、男性陣は自分が撮られることが大好き。

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日中は大学で働いているサブリナ。
「ふたりでウンム・カイスってところに行ってみたら?
 ここからバスで行ける古代遺跡で、景色も良くて気持ちがいいよー。」


すすめられた場所はイルビットからバスで1時間弱のウンム・カイス。
紀元前に軍事基地として作られ、その後ローマ時代には都市として繁栄した。

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この柱が並んでいるのはバシリカ・テラス。
ビザンチン時代の教会の跡。

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石造りの低い建物に入口が並んでいるこちらは、商店街の跡なんだって。

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ヨルダンの北の端にあるここを訪れる人は少ない。
遺跡はふきっさらしで手入れもほとんどされていないけど、紀元前のものがこれだけ残ってるんだからすごい。
遺跡を東西に貫くローマン・ロードは、当時行き交う人や馬車が絶えず大賑わいだったんだろうな。

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立派な劇場も2つある。
黒玄武岩で造られた円形劇場は、3000人を収容できる。

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「この時期は野の花がきっときれいだと思うよ。」
サブリナが言っていたように、あたりは黄色い小さな花が咲き誇ってとても静かですがすがしい。

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ここからは湖が見渡せる。
海抜およそマイナス210メートルのガリラヤ湖。
イエス・キリストが布教活動をしていた場所。
湖の向こう側に見える街は、1か月半前に行ったイスラエルのティベリア。
あそこにいたときは、まさかこっちから見渡すことになるとは思ってもなかった。
イスラエル・パレスチナを北から南へと下り、そしてヨルダンに入りいつのまにか南から北へと戻ってきていた。
あしたにはとうとうこの中東を発つ。
なんか感慨深いなあ。

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夜は、サブリナのボランティア仲間のアメリカ人の女の子が遊びにきた。
彼女も別の街で英語を教えている。
きょうはみんなで夕食の準備。

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イクエとケンゾーが作ったのは、お決まりの酢の物。
「アメリカ料理ってないのよねえ。」と言うサブリナ。
たしかにマクドナルドしか思いつかない。

サブリナたちが作ってくれたのはハンバーガーではなくてタイカレー

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ココナッツの甘い味がいいね!

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サブリナの家に3泊お世話になった。
ありがとう♡
今度は日本で会えるかなあ〜。
いっしょに温泉行きたいなあ〜。

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コナーとサブリナの家にホームステイさせてもらって、思いのほかのんびりと過ごしたヨルダン。
サブリナの家からバスを乗り継いでアンマンの空港へ。
近代的な建物!

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国際空港では、さすがにスカーフをつけている女性も少ない。
と思いきや、搭乗口のすぐ脇で何かやっている集団を発見!

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わざわざ、こんなところで!?
でも、彼らにとって場所は関係ない。
ただ、メッカの方角を向いているかどうかが重要。

そう、彼らはお祈りをしていた。

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さすがイスラムの国。
最後までイスラム色を感じる旅だったなあ。

いよいよこの中東ともお別れ。
次の目的地は、こことはまったく違うところ。

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この飛行機の向かう先はロンドン!!

こんな汚い格好でロンドンでやっていけるかなあ。
物価の高さに消沈しないかなあ。

さあ、まもなくイギリス旅のスタートです ♪

アメリカ人の飲み会ってこんな感じなんだ

2014.05.10 06:11|ヨルダン☞EDIT
酒をスーパーで簡単に買うことができる国に戻ってきてウキウキのケンゾーです。
長い間苦しんでいた口内炎も治ってきたし、生ハムをつまみに飲むぞー!

ここブセイラのあとはヨルダンの首都アンマンに行くつもりのケンゾーとイクエ。
コナーもアンマンに行く予定だったみたいでいっしょに行くことに。
学校が休みになる週末はほとんど毎週アンマンまで行ってるんだそう。

アンマンまで行く目的はリラックス。
保守的でしかもつねに注目の的になるブセイラから脱出して、アンマンで誰に気兼ねすることなくゆっくりと過ごすんだって。
野菜を買いたいだけなのに何度も呼び止められて家に帰れるのが2時間後!ってそりゃあストレス溜まるよね。

ブセイラからアンマンまではバスを乗り継いで行く。
バス待ちをしている短い間もわらわらと子どもたちが集まってくる。

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ちゃんとバス停があるんだけど、女性たちが数人バス待ちをしていたので5mくらい離れて待っていた。
そしたら、「女性たちがそこにいるからもっと離れないとダメだ。」と言われた。
それを言ってきたのは小中学生の男の子。
さらに5mくらい離れるケンゾーたち。

しかも、「日本ではアラーのことをなんて言うの?」って小学生に聞かれたから「神」って答えたら、首を切るまねをして「地獄に堕ちる」と言われた・・・。
イスラム教のもとに生きている彼らにとって、信じるのは「アラー」じゃないとダメ。

「ね、スゴいだろ」と目で訴えるコナー。
うん、逃げ出したくなる気持ちはよく分るよ。

コナーが一番困っていることは、ここに住む人たちから「イスラム教に改宗しろ」ってしきりに説得されることなんだって。

タフィーラという街で大きなバスに乗り換える。
ブセイラを出発して4時間、アンマンに着いたときにはすっかり日が暮れていた。

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今夜はコナーがいつも利用しているホテルに泊まることに。
すっかり暗くなっているけれど、街中は喧噪に包まれている。
人で溢れかえっているけれど、人に囲まれることはない。
田舎のブセイラと首都アンマン、何もかもが違っている。

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コナーがいつも使っているホテルは「MAMAYA HOTEL」。
コナーは「チープなホステルだよ。」って言ってたけどダブルで1泊16ディナール(約2300円)。
ケンゾーとイクエにとってはちょっと高い。
値段の割に部屋は狭いし、Wi-Fiの調子も悪い。
今夜1泊だけしてすぐちかくのマンスールホテルに移動しようかな。

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夕食はコナーおすすめのローカルレストランへ。
「アンマンに来たときには必ず食べに行くんだ。」というこのレストラン。
なるほどツーリストだけじゃなくて地元の人で賑わっている。

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メニューは中東ではおなじみの揚げ物ファラフェルやひよこ豆をペーストにしたフムスなど。
イスラエル・パレスチナからずーっと食べ続けてきたメニュー。
正直飽き飽きしてるんだけど、いざ食べると抜群の安定度なんだよね。
オリーブオイルたっぷりでフムスはけっこうお気に入り。

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夕食後、ホテルで飲もうということになった。
そう、ここアンマンでは酒が飲めるのだ。
街中に酒屋があり、ふつうにアルコールを買うことができる。
コナーが住んでいるブセイラは保守的な村なのでアルコールは御法度。
こっそり家で飲むことさえとてもリスキーなので、コナーは飲んでいない。
ひと目を気にせず酒が飲めるアンマンは別世界みたいなもんだね。

週末アンマンに逃げてくるのはコナーだけじゃない。
コナーと同じ英語のボランティア仲間が週末になると派遣先の地方から癒しを求めて集まってくるのだ。
いつも広めの部屋を借り切って5、6人で泊まるんだって。
そんな彼らの飲み会にお邪魔することに。

「乾杯!」なんてこともなく、自分が買ってきた酒をチビチビと飲む。
部屋にはダブルベッドが3つ。
寝っ転がって飲む人もいてかなりのんびりムード。
いやあ、日本の飲み会とは違うね。
会社の飲み会とか見たらビックリするだろうね。

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ケンゾーとイクエもビールとヨルダン産のウォッカをチビチビ飲んでいたら、突然「ゲーム始めるよ!」と言われた。
え?ゲーム?!まさかの合コンのり?

内容は、めくったトランプの数字によってグラスの酒を一気飲みするというもの。
完全に合コン仕様だね。

たとえば「1」がでたら手を挙げる。
最後に手を挙げた人が一気飲み。
「2」が出たら女性全員、「3」だと男性全員。
「4」だと山手線ゲームのように『Sからはじまる都市の名前』などを順番に言っていって、言えなかった人が一気飲み。

もちろん会話は英語。
まあこのくらいのゲームだとケンゾーでもついていける。
だけど『ヨルダンには行ったことある?』→『ヨルダンってどんな国?』→『危なくない?』みたいに「質問を質問で返していく」ゲームや、「韻を踏んだフレーズを使った文章を作る」なんていうかなりハードルの高いゲームも。

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「Never have I ever 〜」いう『自分は一度も〜をしたことがない』っていうことを順番にあげていくゲーム。
もしも自分がしたことがあれば指を折っていって、3つ該当したら負け。
時間が経つにつれて『同時に3人以上とHしたことがない』『お尻の穴でHしたことがない』なんて下ネタも出てくる。
日本と同じだね。

しばらくしたら、みんなでクラブに繰り出そう!ってことになったのでケンゾーとイクエは部屋に戻ることに。
毎週末イスラム世界のしがらみから解放されてこの部屋でまったりするのが楽しみなんだろうね。

翌日、ケンゾーたちは歩いて1分もかからない「マンスール ホテル」へ移動。
アンマンの安宿といえばここ。

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別名「コーダ ホテル」。
今から10年前、戦争終結の間もないイラクで福岡出身の青年がテロリストに殺害されるという衝撃的な事件があった。
この青年がイラクに入る前に泊まっていたのがマンスール ホテル。
哀悼の意を込めてこの青年の名前をホテル名につけている。
事件当時、ケンゾーとイクエは福岡で報道に携わっていたので、このホテルのことはよく耳にしていた。
あれから10年、まさか実際に自分がこのホテルに泊まるとは思ってもいなかった。

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ドミトリーで1ベッド4ディナール(約580円)。
Wi-Fiもあるしスタッフもとてもフレンドリーで感じがいい。
あとでコナーに「すぐ近くに半額で泊まれるいい宿があるよ」って教えてあげたら「4ディナール?!すげえ!」って言ってた。

それじゃあ、首都アンマンの観光にでも行きますか。
まずは小腹がすいたので、コナーおすすめのスイーツを食べよう。
ホテルのすぐ近くにあるクナファ屋さん。
「ここのクナファはヨルダンNo.1だから!」って言ってたけど、どうだろう。
たしかにこの店はいつも人が並んでいる。

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クナファとは細い麺のようなものでチーズを包んで焼き目をつけてシロップをかけたもの。
1皿0.6ディナール(約85円)。

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ヨルダンNo.1のお味は・・・。
ビミョー!
パレスチナで食べたクナファと比べるとイマイチ。
チーズの味もあまりしないし、べちゃっとして甘ったるい。
美味しいクナファを食べたければぜひパレスチナへ!

ヨルダンは7つの丘に囲まれている。
平坦なところは少なくて階段や坂だらけ。
なんとなくローマの街と似ている。
もちろん雰囲気はぜんぜん違うけど。

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7つの丘のひとつ、ジャバル・アル・カラアに登ってみる。
ヨルダンの首都アンマンは人口およそ120万人。
ヨルダンの全人口の4分の1が集まっている。
丘の上からは隙間なくぎっしりと住宅が建ち並ぶアンマンの街を見下ろすことができる。

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どこまでも続いている街並み。
この密集度はかなりのものだね。

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街の中心にある2世紀中頃に造られたローマ劇場も見える。
毎年ここで夏祭りが開催されるんだって。

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丘の上は市民の憩いの場。
絶好の記念撮影ポイントだね。

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この女の子はイラク人。
アンマンには、イラクからも観光に来たり、家族に会いにくるイラク人が多い。

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さらには、子どもたちが凧揚げをしたり・・・

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若者が愛を語らったり。
ブセイラでは見ることができないシーンだ。

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ブオーンという轟音とともに街すれすれに飛行機が飛んできた。
見るからに古くさい機体。
古いから高く飛べないのかな。

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丘の上には古代ローマ時代の神殿やビザンチン時代の教会の跡などが残っている。

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男の子たちが集まって何かしている。
なんだろう?

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黄色い花を摘んで腕輪なんかを作ってた!
かわい〜なあ、君たち。

丘の反対側もぎっしりと建物が建ち並んでいる。
巨大なヨルダン国旗が青空にたなびいている。
旗竿の高さが世界一なんだって。

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お世話になったコナーとはここアンマンでお別れ。
1週間後に誕生日を迎えるコナーに誕生日プレゼントを渡してお別れすることに。
プレゼントはスーク(市場)で買った虎と鷲のトランクス。

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ウケ狙いでこの柄にしたんだけど「オウサム!(いいね!)」と叫んでかなり気に入ってくれたみたい。
「鷹はアメリカの象徴で、虎は日本だ!」って言ってくれたけど、そこまで考えてなかった。
虎は日本かな・・・。

コナー、いろいろとありがとう&ハッピーバースデイ!
あと1年、ヨルダン生活を満喫してね。
コナーとはまたどこかで会える気がするんだよねえ、根拠はないけど。
また会える日まで、See you again!

ヨルダン大学生の恋愛事情

2014.05.09 05:45|ヨルダン☞EDIT
SMAPの中居くんが夫よりも年上だと改めて気づいて軽くショックを受けたイクエです。
全然SMAPファンじゃないんだけど、あの中居くんがねえ、ケンゾーよりおじさんなんて。

英語の先生としてヨルダンにボランティアとして派遣されているアメリカ人コナーの家にお世話になっているイクエとケンゾー。

コナーはヨルダンの小中学校で英語を教えているだけではなく、大学でも講師として教えている。
「いっしょに大学に行こう」と言われてついて行くことに。

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国立の大学で男女共学。
ヨルダンでは日本でいうセンター試験のようなものがあって点数順に大学がすべてランクづけされていて、高い点数を取った人はレベルの高い大学へ、低い点数の人は下の大学にしか入学できないシステム。
パレスチナやイランもそうだった。

日本ではセンター試験の点数に関わらず(一部の難関大学では足切りはあるけれど)、自分で大学を選んで試験に挑戦できる。
大学の質や特徴や地域などを考慮して、自分で志望校を絞り込める。
たとえば東大に行けるくらいの成績のいい子も、あえて親元を離れたくなくて地元の地方大学に通っていたり、憧れの部活動のために東大ではない大学に行ったり。

だけどヨルダンでは、もちろん地域も選べず、アンマンに住んでいた子が点数次第で行くつもりがなかった田舎に親元を離れて住むことになったりする。
ヨルダンみたいにただ点数だけで自動的に大学が決まるのはつまらない。
大学選びにはいろんな基準があっていいと思う。

この日は、学期末で英語のクラスの修了証が生徒たちに渡された。

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アメリカの大学院で言語学を学んでいたコナー。
語学のセンスは抜群で、スペイン語やインドの少数民族の言葉なんかも話せる。
ネイティブの英語って流暢すぎてわかりづらいことが多いけど、コナーははっきりゆっくりわかりやすく、スラングも使わずにきれいな英語を話してくれるのでとても聞き取りやすい。
そんなコナーから英語を教えてもらえば、とても上達すると思う。

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小学校の低学年を除き、生徒たちは男女別の学校に行かなければいけないヨルダン。
大学でこの男女別が解禁される。
つまり、大学は若者たちが待ちに待っていた出会いの場。

「女性の社会進出がほとんどないイスラム国家のヨルダンで、女子はなんのために大学に行ってるのか? 将来何になりたいのか?」という質問をしたことがあったけど、女子が大学に行きたい一番の理由は「男の子と出会うため。男の子と友だちになっておしゃべりして恋愛を楽しむため。あわよくば結婚相手を探すため。」なのだそう。

でも、コナーが言ってたけどヨルダンの男子学生の女子に対する眼差しは、まるでアメリカの小学生レベルなんだって。

とくに積極的に女子学生と話すでもなく、キャンパスで女子が前を通るときに、はしゃいだり「ヒュー」って言ったりするらしい。

人生において、とくに思春期に異性とおしゃべりしたり異性を意識して自分を高めようと努力したり、恋をしたり。
これができないっていうのは、人生の楽しみのかなりの部分を放棄してるんじゃないか、もったいない!って思うけど、わたしがイスラム教徒じゃないからそんなふうに思うのかな。

大学は男女いっしょ、といってもここはイスラムの国。
女性はスカーフをかぶるし、キャンパスでは仲良くしているカップルもキャンパスを一歩出たら会うこともできない。

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キャンパス内は親もいないし、先進的な場所なのである程度の恋愛は許されている。
だけど、身内が同じ大学にいたらやっかいらしい。

この前大学でつきあっていた男女がいたんだけど、女の子のほうのいとこの男の子も同じ大学にいて、そのいとこが「なにお前、おれのいとこに手ぇ出してんだよ!」と彼氏に抗議。
さらにそのいとこは女の子の家族にも告げ口をし、女の子の兄妹が大学に殴り込みにきて殺人事件に発展したらしい。

こわっ!

ヨルダンでは恋愛結婚はまだ一般的ではない。
コナーから、ヨルダン人がどうやって結婚するかを教えてもらった。

まず結婚は婿側の主導で始まる。
年頃の青年が「かあちゃん、俺もそろそろ結婚したいなあ。」と母親に言う。
「わかった、かあちゃんに任せときな!」

母親が、結婚適齢期の娘がいる家庭を一軒一軒まわる。
女性だけの室内ではスカーフやベールを外すことができるので、母親がそこの娘の容姿をチェック。
「この娘さんは、息子好みの顔してるわ。
家庭の雰囲気もいいし、よくしつけられているし、この娘さんにしよう!」


母親が家に帰って「いい人見つけてきたよ!」と言って、息子に娘さんを紹介する。
といっても、2人が顔を合わせるのは結婚式当日が多いんだって。

こんな話を聞くと「自由恋愛の日本に生まれてよかったあ」って思う。
男はまだいいとして、女側からしたらいきなりおばさんがきて「うちの息子と結婚しなさい!」って言って、結婚式当日に初めて会った男がものすごく嫌なヤツだったらがまんできない。

インドでいっしょにボランティアのワークキャンプをしたリリーも、そんなことを言っていた。
リリーはロシア人だけどロシアの南のイスラム地域の田舎の村で生まれ育った。
16歳のある日、学校から帰ったら「あした、あんた結婚することになったから。」と両親に言われて家出。
20歳のリリーは今ではサンクトペテルブルグで教師として働きながら自力で大学に通っている。
リリーは両親とは和解したみたいだけど、結婚したくないと反発すれば両親に縁を切られて生きていけなくなる女性も多いと思う。

イスラムの人たちはとても紳士で外国人を歓待してくれて大好きだけど、女の立場としてはやっぱりイスラムの国で生きていくのは無理だなあ。

話は逸れてしまったけど、まだ20歳代のコナーは自分が教えている学生たちとも年が近いので仲がいい。
男子学生のアパートに遊びにいった。

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このアパートに住んでいるのは全員が大学生。
それぞれの部屋にはベッドが2つずつあって、だれかと相部屋になる。
キッチンやトイレは共同。
部屋の中は男子学生らしく散らかっているけど、日本の大学生よりも持ち物は少なくてすこし殺風景。

コナーもギターが趣味なので、学生たちとセッション。
YouTubeで歌がうまい素人の映像をみんなで見ながら「うおおお〜、うまいねえ!」「いい声してるし、演奏技術も高いよねえ。」なんて盛り上がってる。
ヨルダンも、アメリカも、日本も、学生たちってそんなに変わらないってなんか嬉しくなる。
久しぶりに学生時代に戻った感じ。

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次の日は、コナーと同年代で仲が良いヨルダン人の教師、モハメットの学校を訪問。
「うちの学校って建物が小さくて、狭いんだよー。」って聞いてたけど、ほんとうに狭い。
写真に写っているこの建物ひとつと壁に囲まれた運動場だけ。
周りの土地は空いてそうなのに、なぜか敷地が狭くて校舎も3階建て。

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変なアジア人の登場にわき上がる子どもたち。

こちらがモハメットと校長先生。
コナーが言っていた。
「うちの学校よりもモハメットの学校の校長先生が宗教に厳しい人なんだ。」
本当に、その格好から校長先生と言うよりも宗教家みたい。

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実はこの校長先生はイクエとケンゾーを日本の政府関係者か大きなNGO団体のメンバーだと誤解していた。
狭い学校を建て直せるように援助するため、視察に来たのだと・・・。
単なる旅行者で、しかも薄汚い貧乏バックパッカーだと知ったあと、校長先生は失望を隠せなかった。
すみません!!

コナーの学校はこの学校から1キロも離れていないのに、たしかに建物の大きさや規模が全然違う。
どちらも公立の学校なのにどうしてこんなに差があるのだろう。

校庭も小さくて、国旗掲揚や国歌斉唱をする朝礼ではみんな窮屈そう。

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日本のラジオ体操にあたるようなストレッチやウォーミングアップをみんなでやるんだけど、これも腕があたりそう。
まわりは何もない空き地や畑が広がっているのに、どうしてこんなに運動場が狭いのか謎。

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教室も狭い。
6畳くらいのところに20人くらいの児童が詰め込まれている。

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こんな学校でモハメットは何を教えているかというと、「コンピューター」
どんな国でも今は生活にパソコンは必需品になっている。
生きていくために必要な、読み書き、計算、そしてパソコン!

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モハメットの人柄、そして教室が狭いこともあってか、クラスの雰囲気はとてもアットホーム。
授業というよりも、おしゃべりを楽しんでいるような雰囲気。
紅茶のポットがあって、お茶を飲みながらお菓子を食べながら。
そして授業のないヒマそうなほかの先生が教室に遊びにきてお茶を飲みにくる。

パソコンの授業がいつの間にか英語の授業になって、生徒に英語で質問。
「あなたの夢はなんですか?」

「医者」
「ビジネスマン」
「車のディーラー」
「弁護士」
「エンジニア」
「教師」
「スポーツ選手のトレーナー」

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モハメットの学校におじゃましたあとは歩いてコナーの家へ。
3キロほどの道のり。
この地域はヨルダンのなかでももっとも宗教色が強い、田舎の村。

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カウチサーフィンのコナーのプロフィールのところに「保守的な村なので、女性の旅人を泊めることはできません。男性のみです。」と書いていた。
「夫婦だから泊めてくれませんか?」とお願いして、コナーはこころよく受け入れてくれた。

保守的な村だから「外に出るときや学校ではスカーフ巻こうか?」とコナーに聞いたことがある。
コナーは「しなくていいと思う。世界には宗教や思想がいろいろあって、スカーフを巻かない外国人もいるってことを伝えることも意味があると思うから。」って言っていた。

コナーの家に到着!
本当に大自然に囲まれたいい物件!!

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小さな村では、道を歩いているだけで10メートルおきに声をかけられる。
ちょっと野菜を買いに行くだけで人につかまって井戸端会議が始まるので、2時間くらいかかる。
だから「通りから離れたここは、唯一自分の空間を守られるところで落ちつくからこの物件は最高なんだよ。」ってコナーは言っていた。

コナーはここでアラビア語を身につけていてペラペラで、優しいからみんなに人気がある。
アメリカとはまったく違う土地で、外国人が一人もいない田舎の村で、コナーは溶け込んでいるかのように見えるけどたしかに一人で落ちつける時間も必要だよね。

といっても、人気者のコナー。
この家にも地元の若者たちが遊びに来る。

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「彼らはずーっと夜までここにいるんだよね。
夜中になっても帰らなくて、2時になっても帰らない。
だから『もうあしたも早いし、寝ようかな』って布団に入ると『うん、寝ていいよ』って言って彼らはずーっと枕元に座って俺の寝顔を見てるんだ!!
困っちゃうよ。」


女の子と恋愛を楽しむこともできず、娯楽のない田舎の村で、きっと外国人であるコナーは彼らにとってとても新鮮で、いっしょにいて楽しくて、たくさんの刺激をもらえる存在なんだね。

コナーが聞いた。
「ふたりはマンサフ食べたことある?」
「マンサフ?なにそれ?」

「えー!?食べたことないの?
食べないとダメだよ。
マンサフを食べずにヨルダンを発つなんてありえないよ!」


「どこで食べられるの?」
「それが問題なんだ。
食堂やレストランでは出してなくて、家庭料理だからね。」

イランやパレスチナもそうだったけどイスラムの国ではなぜかほんとうにおいしいものはレストランでは食べられない。
食堂やレストランで食べられるメニューは決まっていて、レパートリーがとても少ない。
だから旅人にとっては、「この国の食文化は貧しいなあ。なんで飽きもせずいつも同じものしか食べないんだろう?」って誤解するけど、実は現地の人たちは家庭ではいろんなおいしいものを食べている。

モハメットの家でマンサフをごちそうしてもらえることになった。

そのマンサフがこちら。

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サフランで炊いた黄色いご飯の上に鶏肉やナッツがふんだんに載っていておいしそう!
鶏肉じゃなくて羊肉のときもあるんだそう。

でもマンサフはこれだけではない。
このヨーグルトでつくった甘酸っぱいソースも欠かせない。

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ソースをかけるだけじゃまだ足りない。
このクレープみたいなものがセットで出てくる。

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さっきのご飯とチキンをコネコネと丸めてゴルフボールくらいの大きさにして、シュウマイみたいにこのクレープに包んで食べる。

日本人にはご飯とヨーグルトソースのコンビネーションは少し違和感があるけど、ソースをかけることによってまろやかになる。
コネコネして包んで食べるということをみんなでやっていると、楽しくて気づかないうちに食べ過ぎている。

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楽しいディナーのあとは、車で街へ繰り出して水タバコを吸いに。
水タバコ専用のカフェがある。

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水タバコってミントとかモモとかイチゴとかいろんなフレーバーを選べる。
かわいいくせにタバコ同様、体に害がある。
でもお酒が飲めないヨルダンでは、飲み屋に行く感覚で水タバコのカフェに行き、みんなでテーブルで回し吸いしながらおしゃべりするというのが定番。

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アカバのカウチサーフィンではひどい目にあったけど、コナーの家に3泊お世話になってとても楽しかった。
たくさんのヨルダン人ともおしゃべりできたし、ヨルダンの田舎を体験できた。
こういう魅力があるからカウチサーフィンってやめられないんだよね。

さて、このど田舎を飛び出しコナーとともにヨルダン最大の都市アンマンへ。
アンマンってどんなところなんだろう?
お楽しみに ♪

マラソンで死んだ?!カウチのホスト

2014.05.07 08:16|ヨルダン☞EDIT
今日はじめてタコをさばいたケンゾーです。
市場で新鮮なタコが手に入ったので多少手間取りながらもしゃぶしゃぶとタジン鍋に舌鼓。
タコはヌメリを取ったりするのが面倒。
そりゃあ、外で食べるとそれなりの値段するよなあと妙に納得したものでした。

ダーナの自然に癒やされたケンゾーとイクエ。
次なる目的地はダーナからそんなに離れていないブセイラという町。

ブセイラ

とくに観光地があるわけでもない小さな町。
もちろんガイドブックにも載っていない。
そんな町になぜ向かうかというと、カウチサーフィンのホストが見つかったのだ。

ホストと言ってもヨルダン人ではない。
名前をコナーといってアメリカ生まれのアメリカ育ち、もちろん国籍もアメリカの生っ粋のアメリカ人から「ホストできるよ!」と招待してもらったのだ。

なぜアメリカ人がヨルダンのこんな田舎に住んでいるのか?
カウチサーフィンのプロフィールを見ても詳しい説明はない。
でも文面から人の良さが伝わってくる。
とりあえずお世話になることにしてメールで日程をやり取り。
「あした泊まりに行ってもいい?」
「いいんだけど、昨日までデッドシーレースに参加して今死んでるから何にもしてあげられないんだよ。」

デッドシーレース?!死んでるってどういうこと?!
デッドシー(死海)で死んだってアメリカンジョークかなあ?
とりあえず翌日また連絡をしてみた。
「どう調子は?生き返った?」
「まだ動けない。死んだまま(笑)。」

こりゃ重症だね。
さらに翌日連絡をしてみると、生き返ったみたいなので泊まらせてもらうことに。
友だちの車でダーナ村まで迎えにきてくれた。

昨日まで死んでいたというコナー。
学校で英語を教えるボランティアとしてヨルダンに来ているんだって。

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死んだ原因になったマラソンは「Dead - 2 - Red Race」といって、死海から242km離れた紅海まで走り抜けるというもの。
レースは1チーム12人のチーム制。
6人ずつ車2台に分かれ、交互にバトンタッチしながら走っていくそうなんだけど、ふつうのマラソンと違うのは毎回全力でダッシュするんだって(笑)。
1人200mくらいダッシュして次の人にバトンタッチ、車内でちょっと休憩して順番が来たらまたダッシュ。
これを丸一日、しかも砂漠地帯で。
そりゃ死んじゃうよ。

これがコナーが住んでいる家。
借りてるのは1階なんだけど、2階には誰も住んでないので気兼ねしなくてとても快適。
家の裏には山が広がりロケーションもバッチリ。

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家のすぐ近くには一応遺跡もあるんだけど、放置されて廃れている。
放ったらかしにされてるけど、2000年以上前のものって言ってたかなあ。

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遺跡よりもケンゾーたちに興味津々で近寄ってきた近所の女の子たちのほうが気になった。
最初は照れまくってたんだけど、最後には笑顔で手を振ってくれた。

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この村はとても保守的で、コナーは1年以上住んでるのに村の女の子から話しかけられたことは1度もないんだって。
きっとイクエがいたから手を振ってくれたんだろうね。

コナーといっしょに夕食の買い出しへ。
今夜はケンゾーとイクエが日本食を振る舞うことに。
醤油しか持っていないので何を作るか悩んだんだけど、鶏肉の醤油煮と卵焼き、そして今までどの国でも断トツで受けがよかった酢の物に決定。

語学が好きなコナーはこの1年でアラビア語も話せるようになっている。
村のメインストリートを歩いているとひっきりなしに村人から声がかかる。
1年以上住んでるコナーはすっかり村の人気者だ。

この迷彩服を着た八百屋のおじさんも毎回必ず話しかけてくる。
手をつないでくるほど仲が良さそうに見えるけど、ボッタくるので数回しか買ったことがないんだそう。

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今でこそアラビア語が喋れるので買い物するのに苦労することはずいぶん減ったそうだけど、最初の頃はどの店でもボッタくられて大変だったんだって。
外国人にとってヨルダンは旅行するのも住むのも大変だ。
同じアラブ人でもチュニジアやパレスチナはボッタくることはなかったのに、同じ民族で何が違うんだろう。

村にはコナーもよく利用しているというスポーツジムがある。
ちょっと前まで柔道を教えるために青年海外協力隊員が1人赴任していたそうだ。

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ちょっと覗かせてもらったら、みんなで柔道のビデオを見ながら勉強していた。
けっこうな人数の子どもたちがいてビックリ。
柔道を通して日本を好きになってくれたらいいね。

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チキンを買いに鶏肉屋さんへ。
スーパーなんてものはない。
生きてる鶏をその場で解体してもらう。

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「100g? 200g?」じゃなくて「1羽にする?それとも2羽?」。

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値段は重さで決まる。
2匹で900円くらい。

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ここから肉になるまではあっという間。
首を切って血抜き。

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毛をむしって皮を剥いで切り分けていく。
ついさっきまで生きていたから肉がみずみずしくてきれいだ。

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こうして解体作業を見ると、命を頂いているんだということを実感する。
日本ではパック詰めされた肉しか見ることはないけど、生きることの根源で大事なことだよね。

イクエが台所で鶏肉を切りながら「あっ!」と声をあげた。
肉が自分の体温と同じようにあたたかい。
生き物を触っている感覚。
日本では冷蔵か冷凍されて冷たい肉しか触ったことがない。

コナーの同僚の先生たちを招待してディナータイム ♪
ちょっと身が崩れ過ぎたけど鶏肉も卵焼きも出来はまあまあ。

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コナーは「オウサム!」「ベリーナイス!」って言ってくれるんだけど、ほかの人たちは声を発することなく黙々と食べる。
ムスリムって食事中はあまり喋らず静かに食べるから美味しいのかそうでもないのかイマイチよく分からない。
でも手は進んでるから気に入ってくれたのかな。

ここでも酢の物が人気だった。
外国人に日本食を作ってあげるときは酢の物が間違いなし!

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翌日、コナーの学校を見学させてもらうことに。
学校までは毎日バスで通っているコナー。

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バス代を払おうと思って車掌に値段を聞こうとしたら、コナーにダメって言われた。
ケンゾーたちが払おうとするとボラれる可能性があるんだって。
みんなフレンドリーで笑顔で会話してくれてるのに・・・。
いやあ、ヨルダンは難しいなあ。

学校が見えてきた。
バスを降りると登校中の子どもたちに取り囲まれた。
ヨルダンの学校は1年生から4年生までは男女共学だけど、5年生から12年生までは男女別。
女子の学校は先生も全員女性。
コナーが教えているのはもちろん男子校。
突然イクエがやって来たので子どもたちは大騒ぎ。

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校庭にバッグがずらっと並んでいる。
朝礼があるのかな。

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まずはみんなで体操。

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それにしても年頃の男の子たちがずーっと男たちだけで過ごすってどうなんだろう?
ケンゾーは高校の3年間男子校だったんだけど、3年が限界だよ。
長い間兄妹以外の異性と話す機会がなくて大学に入ってやっとフリー!
ドキドキするだろうねえ。
イスラムの世界ではじつはゲイも多いって聞くけど、そっちに走っちゃう人もそりゃいるよね。

1時間目、コナーの授業はまだないようなので校長室で待機。
日本の学校の校長室というと、滅多なことでは入る機会のないかなり敷居の高い部屋だよね。
けれどこの学校はとてもオープンな雰囲気。
職員室は別にあるのに、授業のない先生が集まってくる。

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お茶を飲みながらワイワイおしゃべりする先生たち。
ここの校長先生が気さくでおおらかな人っていうのもあるんだろうけど、日本とはぜんぜん雰囲気が違う。
みんなの〜んびりしてる。

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さあて、いよいよコナーの英語の授業だ。
アメリカ人がヨルダンのこんな田舎でどんな授業をしているのか楽しみだ。

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お邪魔したのは5年生のクラス。
コナーはアラビア語を喋れるけれど授業は英語オンリー。
まずは、たぶん毎日のお決まりなのかな、名前や日付の言い方、今朝や昨日の天気の言い方。
コナーが質問をして答えさせたり、生徒同士で会話をさせたり。

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最後は疑問詞の小テスト。
コナーがあげる例文をリスニングして、使われている疑問詞を答えるというもの。
ところがテストの最中に上級生が乱入してきた。

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何事?と思っていたらお菓子を配りはじめたのでさらにビックリ。
よく分からないままケンゾーとイクエもお菓子を握らされた。

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じつはこれ給食のようなもので、毎日フルーツやお菓子を配ってるんだって。
でもフルーツはまだ分るけど、お菓子を配るってのはどうなんだろう?
どうせ配るならもっと栄養のあるものにしたほうがいいと思うけど・・・。

昼になると全校生徒が校庭に集まってまた体操。
朝イチに体を動かすのはわかるけど、昼の体操はなにか意味があるのかな?
眠気防止かな?

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授業は毎日午後2時ごろまで。
先生たちもそれで仕事は終わり。
日本は毎日4時5時まで授業があるし、先生は家に仕事を持ち帰ることもふつうだと言ったらヨルダンの先生たちは目をまん丸くしてビックリしてた。

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そういうしっかりとした教育制度が今の日本を支えてきたっていう側面もあると思う。
日本の教育水準の高さは世界に誇るべきものだとも思う。
けれどあまりにもおおらかで、笑顔の絶えないヨルダンの先生たちを見ていたら、日本の先生たちももうちょっと楽にさせてあげていいんじゃない?なんてことを思ってみたりもしたんだなあ。

観光よりも好きなこと

2014.05.05 09:10|ヨルダン☞EDIT
お久しぶりのケンゾーです。
口内炎がぜんぜん治らなくてテンションが下がり気味です。
ドSな妻に傷口に塩を塗りこんでもらって「うぎゃーーー!!」と悲鳴をあげながら激痛に堪えたのにぜんぜん効果なし。
それどころか大きくなってる!
「まだまだ1回だけじゃ効かんよ」とニヤニヤしながらもう一度塩治療を勧める妻・・・。
そりゃ治るんやったら我慢するけど、ほんとに効くんかね?

ケンゾーとイクエがやって来たのは、ダーナ村。
ホテルが数件あるだけの小さな村だ。
唯一そして最大の魅力は目の前に広がるダーナ自然保護区。

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たくさんのトレッキングコースがあって、荒々しい岩山が作り出しているワイルドな景色を歩いて楽しむことができる。
日本人旅行者にはあまり馴染みのないダーナだけれどヨーロッパのツーリストの間ではとても有名なんだって。

日本にいた頃は山登りやトレッキングが趣味だったわけではないケンゾーとイクエ。
この旅ではよくトレッキングをしている。
歩くスピードで自然を眺めるっていうのがいいんだよね。
バスや車だとあっという間に景色が過ぎ去っていって、すぐに記憶からも消え去っていくんだけど、歩きながら見た景色はいつまでも鮮やかに記憶に残っていく。
スピードはとても遅いんだけど、一歩ずつちゃんと景色が変わっていくのがいい。
歩幅はわずか60cmくらいなんだけど、一歩前に見た景色と今とでは見える景色が微妙に違う。
これからもできるだけ歩いて世界を見て回りたい。
なんて偉そうなこと言ってるけど、お金がかからないっていうのがいちばんいいね。

まずはダーナ村が一望できるビューポイントへ。
現在はほとんどの人がいなくなり、廃村寸前のようになっているダーナ村。
廃墟となった住居跡を抜けていく。

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しばらく歩くとダーナ村の全景が見えてきた。
数件のホテル以外はひと気がないダーナ村。
でもヨーロッパのツーリストには人気があるからもっと活気があってもよさそうなもんだけどね。
オシャレなカフェとかできたら繁盛しそうだけど。

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山に囲まれているダーナ村。
ひと際高い山の上には氷河のような白い崖。

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さて、ここからが本番。
ダーナ自然保護区にはトレッキングコースがたくさんある。
なかにはガイドを付けないと歩けないコースも。
ふたりはもちろんガイドなしで歩ける簡単なコース。

「Wadi Dana Trail」という今回のルート。
ホテルがあるダーナ村から谷を下り、地球の割れ目のような谷底を歩いていくというもの。
本来は片道6〜7時間歩き、帰りは別の道を車で戻ってくるんだそう。
ケンゾーとイクエは行けるところまで行って、途中で引き返してくるつもり。

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ホテルがあるダーナ村は標高およそ1200m。
まずは一気に崖を下っていく。

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このコース名にもなっている「Wadi」とはアラビア語で「谷」という意味。
その名の通り、ゴツゴツした赤茶色の岩山に挟まれた谷底を目指して下っていく。
向かって左側には緑があるのに、右側はほとんど茶色で緑がない。
不思議だね。

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青のりがまぶされたような岩山。
「あ〜、お好み焼き食べたいなあ」なんて考えながら坂道を下っていく。

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大自然に包まれてテンション上がったのか、突然ジャンプするイクエ。
うん、今日はまあまあ飛べてるよ。

ね、反対側の山はぜんぜん青のりがかかってない。
お好み焼き屋でこれが出てきたら、大阪人じゃなくても怒るよね。

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欧米人のグループが双眼鏡で崖をずっと眺めていた。
ここはたくさんの種類の野鳥の楽園で、バードウォッチングには最適の場所。

歩きはじめておよそ1時間、中間地点くらいまでは下ってきたかな。
下りなんだけど、容赦なく照りつける太陽に体力を奪われる。
ここでちょっと休憩。

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きのうペトラからダーナ村に向かう途中は雪が積もっていた。
灼熱の砂漠地帯もあれば雪が降り積もる高原もある。
実際に訪れるとイメージとは違ったその国の素の姿に触れることができる。

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さて、もうちょっとがんばってみるか。
青い空、茶色い山、地面を覆う緑。
とてもシンプルだけど全然飽きない空間を歩いていく。

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先の方にテントを発見。
トレッカーのものにしてはちょっと大きい。
ベドウィンかな?

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やっぱりベドウィンだった。
でもテントにはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のマークが。
難民のベドウィン?
きっと、どっかでこのテントを手に入れたんだろうね。

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近くでメェェ〜、メェェ~と声がする。
羊やヤギが放牧されてるのかな。
お、いたいた。

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大人のヤギはぜんぜんかわいくないけど、赤ちゃんヤギはとてもかわいい。
ピョンピョン飛び跳ねるように走るしぐさが愛らしい。

飼い主のベドウィンの姿が見えない。
どこにいるのかなあと周りを見渡すと・・・。

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絵になるねえ。
絶景を眺めながらお茶で一服。
「飲まないか〜」といつものように誘われる。
お気持ちだけいただきます。

岩山の絶壁にちょこちょこと動く物体を発見。
小さくて分りにくいんだけど、よ〜く目を凝らして見てみると・・・。

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ヤギの群れだった。
足場がほとんどない絶壁をピョーンピョーンと身軽にジャンプしながら移動している。

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山の羊とはよく言ったもんだ。
足を滑らして落ちたりすることはないのかな。
見てるこっちがハラハラする。

歩きはじめておよそ3時間、ここで切り上げて戻ることに。
行きはよいよい、帰りはこわい。
上りはキツかったなあ。
一度見た景色だしね。

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6時間のトレッキング終了 ♪
心地よい疲れが全身を包む。

ホテルでまったりしているとすべてのものが紅く染まりはじめた。

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山も木々も、そして日焼けで火照った顔もさらに真っ赤に染まっていく。
な〜んにもない小さな村で、ただ歩いただけの一日だったけれど、いい一日だった。

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名所や遺産を巡る観光もいいけれど、素晴らしい景色を眺めながらのんびり歩き回るほうが好きだなあ。
やっぱり自然に勝るものはないなあと実感した一日だった。

バックパッカーの幸せな生き方

2014.05.04 09:47|ヨルダン☞EDIT
ケンゾーのすべてのパンツのお尻の穴の部分が破けていて、布をあてて継ぎはぎしてあげるべきか新しいのを買ってあげるか迷っているイクエです。
継ぎはぎしてもいいけど、ゲストハウスで干してるのを他の人に見られたら恥ずかしいしね・・・。

きのうはこれまでにない、写真1枚だけであとは文章という斬新な記事で申し訳ありませんでした。
ほんとうは1回で終わらせる予定だった記事を、3回に分けて書いています。
なんかね、リアルタイムではモロッコのマラケシュにいるんですが、久しぶりに暑いところにきて頭が働かないし、暑さでけだるくてすぐ眠くなるんですよね。
お許しくださいませ。

さて、きのうはドミトリーに君臨するメッセンジャーについてお伝えしたけど、きょうご紹介するのは同じドミトリーに滞在していた韓国人のバックパッカーカップル。

まるで中学生のカップルのようにベッドに座ってイチャイチャしている。
イチャイチャといっても、エロさを感じない程度のイチャつき具合。
女の子のほうが彼氏にベタベタしたい感じで甘い声で優しく話しかけている。

つきあってまもなく、旅に出てるのかなあ。

イクエとケンゾーみたいに結婚して6年も過ぎていて、恋人同士というより人生の伴侶で、ロマンスなんてほど遠い関係とは大違い。

でも、この2人も今は愛が盛り上がっているけど、これが結婚したら変わるものなんだよねえ。

女の子は愛想が良くてみんなに話しかけて明るくふるまっている。
でも、わたしは最初この子がちょっと苦手だった。

でもケンゾーはそれをわかってくれない。
「わたし、メッセンジャーよりもあの子のほうが苦手かも。」

「ええっ〜!なんで!?
 メッセンジャーのほうが嫌に決まっとろうもん!
 別に、イクエがいうほどあの子変わってる子じゃないやん。
 なんで?」


「だって・・・。
 だって、なんか・・・。
 がついとるっちゃもん!」


なぜ、わたしがその子を受け入れられないのか。
それは、彼女の耳が原因だった。

いや、正式に言うと「彼女の」ではない。

彼女はいつも外にでるとき、茶色いモコモコしたパーカーを着る。
そのフードの上に、丸い耳がついているのだ。
そして、彼女はパーカーを着るとき必ずそのフードをすっぽり被る。

つまり「くまちゃん」になって外出する。
もえ〜♡

これ、ケンゾーは受け入れられるかもしれんけど、わたしは受け入れられんとよ。
「くまちゃん」より「メッセンジャー」のほうがまだマシだよ。
彼氏は自分の彼女がヨルダンで「くま」になっていて恥ずかしいと思わんとかな。

わたしと違ってケンゾーは「くまちゃん」になんの拒絶反応も示していない。
むしろ好きなんじゃないかとさえ思う。
ケンゾー、もえ〜♡♡♡

彼女はくまちゃんに違いなかったけど、でも話してみると気さくな普通の女性だった。
しかも、お肌つやつやだし、なんていったってくまちゃんだったので若いと思っていたら、まさかのわたしと同級生、33歳だった!
しかもなんと、いちゃついている男性は彼氏じゃなくてダンナさんだった。
それに新婚じゃなくてわたしたちと同じ結婚6年の夫婦。
す、すごいね・・・。

彼女は日本語を少しだけ話せる。
旅先で出会うバックパッカーの韓国人はかなりの確率で日本語を話せる。
というのも、韓国の高校では第二外国語を教える学校が多く、英語のほかにもう一言語勉強しなければならない。
そこで日本語を専攻する生徒たちがいる。

韓国人とか中国人は、日本との歴史や領土問題のことなどで日本人のことを嫌ってるんじゃないかと思うかもしれないけど、日本のことに興味を持っていて日本に親しみを感じてくれている若者も多い。

ケンゾーに言われた。
「ほら、彼女も話してみたらいい子やったやろ。
 イクエは最初から苦手って決めつけとったけど。」


うん。
でも、しょうがないやん。
だって、くまちゃんだったんやもん!

同級生、そしてともに結婚生活6年で夫婦で世界一周しているという立場。
そんな彼女とこれまでのことを話した。
彼女たちはほかの人とはちょっと違う、ユニークな幸せな生き方をしていた。

「ねえ、ダンナさんとはどこで出会ったの?」
「タイだよ。
彼はね、そのときタイの島でダイビングのインストラクターをやってたの。
そしてわたしが旅行でそこに行って、ダイビングをして、彼と出会ってお互い好きになって。」


もちろんダンナさんも韓国人。
ダンナさんは20歳代でタイに行き、インストラクターとしてタイの島で暮らしていたのだった。
それだけでも、いい人生〜と思う。

「で、結婚したの?」
「そうだよ。」

「タイで生活したの?」
「ううん。
でも、結婚してから夫婦でオーストラリアに行ってね、そこでワーキングホリデーしてたんだよ。」


「2人同じ場所で働いてたの?」
「そう。夫婦でオーストラリアの田舎に行って農業。
果物を収穫したり。
すっごく毎日疲れて、大変だった〜。」


日本人の感覚ではワーキングホリデーの第一の目的は「語学の習得」だと思う。
働きながら生の英語を習得でき、お小遣いももらえる。
「語学の習得」「異文化交流」「海外で生活する楽しみ」。
それが叶えられる職種を選ぶ。

だけどくまちゃん夫婦は違った。
第一の目的は「お金を貯めること」。
本当に休みなく毎日働いたらしい。
1日12時間以上の肉体労働。
夜になってふらふらになって帰り、そのままベッドに倒れて、次の日また朝から仕事。
そんな過酷な日々を夫婦で2年くらいやっていたんだって。
1週間で1人5万円くらい給料をもらえたらしい。
でも、生活費もかなり高かったからすべて貯金できたわけではない。
それでも夫婦でほとんど休みなく1日12時間働いていたので、かなりお金は貯まったらしい。

「それが終わってね、いまこうやって夫婦で世界一周してるんだ。」

「帰国したらどうするの?」
「実はね、ワーキングホリデーで貯めたお金で済州島に土地を買ったんだ。
帰国したら、そこにゲストハウスを建てる予定。」

「へえ〜!すごくいいね!」

「へへへ。
済州島はダイビングに来る人も多いから、そこでダイビングのインストラクターもできるでしょ。
ゲストハウスは最初は小さくていいんだあ。
2部屋くらいで。
そんなに儲けたいとか思ってなくて、ただ生活していけるだけのお金があればいいなって思ってるから。」


彼女たちの生き方をちょっとうらやましく感じた。
ダンナさんは好きなタイでインストラクターをし、そこで2人が出会って結婚して。
夫婦そろってオーストラリアでワーキングホリデー。
そしていま世界一周をしている。
済州島にはすでにゲストハウス用の土地を買ってある。

彼女たちはほかの人たちとは違う、特別な生き方をしている。
でも、特別な才能をもっているわけでも、ほかの人よりも金銭的に恵まれた環境にあったわけでもない。
ただ、ほかの人に流されず、自分たちがいいと思うやり方で、自分たちの価値観を信じて、幸せに生きているのだ。

そうやって、生きていけるんだ・・・。

よくよく考えれば、そうやって生きていけるものなのだ。

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「わたし、まだ済州島に行ったことないけどいつかは行きたいな。
 だからそのとき、ゲストハウスに泊まらせてね。」

「うん、もちろん!」

くまちゃんはとても明るくて気さくで、お話好きで、盛り上げ上手で。
だからゲストハウスのオーナーにとても向いていると思う。

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雪と嵐のために、足止めになって7泊もしたバレンタイン・イン。
ペトラ遺跡に2日間行った以外は、ほとんど宿のなかにいたけれど、なんやかんやであっという間の1週間だった。

次の目的地はダーナ村という、ワイルドな渓谷に囲まれた国立公園の中の村に行くことにした。

ダーナ

インターネットで調べるとダーナ村には数件のホテルがあるようで、そのうちのひとつ「ダーナ タワーホテル」というところに泊まることにした。
さっそく電話で問い合わせてみる。

「きょう、そちらに行こうと思うんですが。
 ダブルだと部屋はおいくらですか?」

「ドミトリーもあります。
 ドミトリーなら1人6ディナールです。」


バスを乗り継いでいくつもりだったけど、ホテル側からそのあと2回も折り返しの電話があり「安くタクシーを手配するからそれに乗ってきた方がいい」としきりにすすめられた。
普段長距離のタクシーなんて高くつきそうなので乗らないイクエとケンゾー。
でもヨルダンでは「外国人料金」がまかりとおっているので地元の人たちと同じ金額でバスに乗ることは難しく、「外国人料金」のバスの乗り継ぎとタクシー代を比べると、そこまでタクシー代がバカ高いわけではないので、タクシーを手配してもらうことにした。
およそ1時間の距離で1台15ディナール(約2200円)。

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嵐の後の青空。
久しぶりに晴れた空はとてもすがすがしく感じる。
道路の脇に目をやると、まだ雪が残っている。

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遠くの山々も雪化粧。
乾燥して暑い国っていうイメージしかなかったイランでも雪を見て、ダウンジャケットを着込んで「イランってこんな気候だったんだ〜」てびっくりしたけど、中東のヨルダンでも雪を見るなんて想像してなかったなあ。

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幹線道路を外れて細い道を下っていくと、ひっそりとたたずむダーナ村が見えてきた!

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茶色い岩で造られた建物が並ぶダーナ村。
でも、住人たちは街に近い場所に引っ越してほとんど廃村となっている。
そんななか、国立公園の観光客向けのホテルがここで営業を続けている。

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タワーホテルはなかなかのロケーション!
女性スタッフに「部屋を案内するまで少しここでお待ちください」と言われて、テラスで出されたお茶を飲む。

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なかなか部屋に案内してくれない。
そういえば、ここは国立公園の散策ツアーもやっていて、もしかしたらこれからツアーの勧誘が待っているのかも・・・。
そうなったら面倒くさいなあ。

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するとけさ電話で話した男性が出てきた。
「電話で話したようにドミトリーに泊まります。」
「いや、ドミトリーは工事中だからダブルルームしかだめです。」

え!?
なんで!?

「いやいや、きょう電話で自分からドミトリー1泊6ディナールって言いましたよね?!」
「だからドミトリーは今は使えないって言ってるでしょ。」

だったら、なぜそれを電話で言わなかったのか。
わたしたちは別にドミトリーにこだわってるわけでもなく、ちょっとだけ高いくらいならダブルルームでもいいかなとも思っていた。
だからドミトリーに泊まれなくてもいいんだけど、なぜ彼が電話でそれを伝えなかったのかが気になった。
使えないドミトリーの安い値段をわざと言って、ここに来させようとしたんじゃないか。

「どうして、使えないドミトリーの値段を言ったの?」と問いつめても彼は答えてくれない。

わたしたちは宿を決めるとき、もちろん値段も重要な基準だけど一番はスタッフの対応がいいかどうかで決めている。
安く泊まれたとしてもスタッフの対応で嫌な思いをするのであれば、そこでの滞在はいいものにはならない。

「わたしたち、他の宿に泊まることにします。」
そう告げると彼は慌てていった。
「わかった。じゃあ、ダブルルームにドミトリーの値段で泊っていいから!」

わたしたちにとっては、もう金額の問題ではなかった。
なぜ、泊まれないのに一番安い部屋の値段を彼は言ったのか。
なんだか詐欺のようなやり口が気に入らなかった。

彼は怒りはじめた。
「ドミトリーと同じ値段でダブルルームに泊まらせてやるのに!
それにお茶だって無料で出してやったんだ。
カフェで飲むといくらとられると思ってんだ。」


彼はお金のことばかり言う。
わたしたちがなんで嫌な思いをしているのか、わたしたちがお金ではなく誠意があるかどうかを問題にしているのにまるでわかってくれない。

こちらも彼の態度に腹立たしくなって、声を荒げる。
「だーかーらー。
お金じゃないんだってば。
あなたが詐欺みたいなことを言ったのが気にくわないんだよ。
わたしたちは、安いところじゃなくてホスピタリティーがある宿に泊まりたいの。」

「俺は、大学時代にツーリズムについて研究してたんだ。
プロなんだ。
なんでお前らはそんなに怒るんだ、警察を呼ぶぞ!」


キルギスのオシュゲストハウスもそうだったけど、わたしたちが嫌いになる宿ではオーナーがなぜか「警察呼ぶぞ!」と言う。
彼らは本気でそうするつもりはなく「警察呼ぶぞ」と客を脅し、客を黙らせるという作戦にでる。
なんという子どもじみた発想・・・。

「じゃあ、警察呼んで。
警察来るまで、ここで待ってるから。」

警察はもちろんやってこない。

「ねえ、待ってるんだけど警察いつくるの?」

その男は、誰かに電話した。
でも、それは警察ではなかった。
彼の父親だった。

父親はとても穏やかな顔でわたしたちの前に現れた。
「息子が変なこといって悪かったね。
で、ダブルルームにひとり6ディナールで泊まっていいから。
だからノープロブレムだよね!」

「いや、わたしたちは安く泊まりたいんじゃなくて、なんで電話でウソをついたのか知りたいんです。」
「特別なんだよ。
ダブルルームにひとり6ディナールで泊まっていいんだよ。
だからもうノープロブレムでしょ。」


だめだこりゃ。
わたしたちはホテルを出た。
彼らは最後までわたしたちが腹を立てている理由をわかってくれなかった。

カウチサーフィンのアリを思い出す。
息子がわたしたちのものを盗んだのに、「物が戻ってきたからノープロブレムでしょ」と何度も言っていた。
わたしたちは、どうして息子が物を盗んだのか、その行動に対して反省はしているのか、それを知りたかったのだ。

あのときと同じような気持ちを抱きながら、すぐ近くの「ダーナ ホテル」へ移動。

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このホテルのスタッフは、めちゃくちゃ笑顔で温和で優しくて救われた!
人との関わりで嫌なことがあると「やっぱりヨルダン人は・・・」なんて思いがちだけど、こうやって優しい人たちに出会うと「ヨルダン人」なんてひとくくりにするべきじゃないってあらためて思う。

このホテルはNGOがダーナ村の人たちの雇用の機会を増やすために始めたもので、スタッフはもちろんダーナ村の人たち。
部屋は簡素だけど、Wi-Fiもついていて、ホットシャワーも使える。

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キッチンもこころよく使わせてもらえるし、テラスでくつろいでいるとすぐにお茶をもってきてくれる。
「無料でお茶を出してやったんだ」と恩着せがましくいうどこかのホテルとは大違い。

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その「どこかのホテル」のタワーホテルが向こう側に見える。
よかった、こっちに移ってきて。
ほんとにホテルってスタッフの対応で決まる。

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眺めのいいホテルでくつろぐのもいいけれど、ダーナ村の本当の魅力は目の前に広がる国立公園にある。

次回は国立公園のトレッキングを紹介します。
自然が作り出した迫力のある渓谷が続く壮大な景色。
お楽しみに ♪

ドミトリーに君臨するメッセンジャー

2014.05.03 09:33|ヨルダン☞EDIT
口内炎ができている夫がネットで治しかたを調べたところ「塩を塗る」という方法が出てきたので、塩を塗ってあげているイクエです。
「っっっんん! うぉ〜!!!」と悲鳴をあげる夫に「ムフフフ」とにやけてしまうのはやっぱりわたしがSだからでしょうか。

一週間滞在しているイワクツキのホテル「バレンタイン・イン」。
日本人も多いけど、ほかの国からのツーリストも多い。

個室を利用するのは欧米人、安いドミトリーを利用するのはアジア人。

イクエとケンゾーの泊まっているドミトリー。
中国人、台湾人、韓国人でアジア人だらけ。
最近、日本人よりも韓国人バックパッカーのほうが多い。
中国人も増えている。
中国人は外国のビザを取るのが大変で行ける国も限られているし、自国よりも物価の高い国も多くていろんなハードルがある。
だけど、そんななかバックパッカーとして各国を渡り歩いている中国人の旅人。
日本人の旅人よりも気骨があるなあと思う。
海外でいろんなものを見て体験して、中国政府のことなんかを客観的に見ることができる若者が増えたら、中国も民主国家に近づくんじゃないかなあ、と淡い期待もしている。

バレンタイン・インの一番安いドミトリーは14人が寝られる大部屋。
ドミトリーに泊まるときに快適な宿泊になるかどうかの一番重要なポイントは、ベッドがフカフカかどうかでも、清潔な部屋かどうかでもない。
それは同室者がいいかどうか。

1人でもイビキがひどい人がいると安眠できないし、足が臭い人がいると部屋中足臭くなるし、夜中までお喋りする人がいるとなかなか眠れない。

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そんななかバレンタイン・インのドミトリーのメンバーは優秀だった。
(欧米人のグループがいるとドミトリーの居心地が悪くなる可能性が高い。
ドミの中で夜中までお酒を飲んで大騒ぎしたり、ものを散らかして部屋が汚くなったり。
その点日本人はきれい好きでマナーも守るから、みんな日本人宿で沈没しちゃうのはドミトリーでも安眠できるからじゃないかなとも思う。)

でも、ひとりだけ例外的な人がいた。

30歳代と思われる女性の香港人(彼女は中国人の前で「わたしは中国人なんかじゃない。香港人!」と言い張っていた)。
彼女のことをここでは「メッセンジャー」と呼ぶことにしよう。(その理由はおいおい。)

彼女とはじめて顔を合わせたのは、わたしたちがこの宿に到着してドミトリーにするかダブルルームにするか悩みながらドミトリーの様子をチェックしにいったときのこと。

わたしたちが夫婦と知るやなぜか説教をした。
「夫婦だから同じベッドで寝るべきだ。
 ダブルルームに行きなさい。
 夫婦で別のベッドに寝るのはよくない。」


それでもわたしたちはドミトリーに泊まることにして、このメッセンジャーに改めて挨拶して話しかけてみた。

「こんにちは。
 ここには何日くらい泊まってるんですか?」

「うん、2週間くらい。」
「2週間もここに!?」

メッセンジャーは完全にこの宿に沈没していた。
誰よりも遅くまで寝ていて、昼過ぎに目覚めるけれどそのままベッドの上に座ってぼーっとしている。
そして、たまに「ウヒヒヒヒ」とひとりで笑っている。
こっちを見ながら笑っているときもあるので、怖くなる。

1時間くらいすると、また体を横たえて眠る、そして起きる、そして笑う。
日中はこれを繰り返す。

そして夜になると外に出て真夜中に帰ってくる。
服装がバックパッカーっぽくなくて、黒くて長いブーツに膝丈のタイトなスカートを履き、ショルダーバッグをさげて出て行く。

「ホテルにいないときは何をやってるんですか?
 どこに行ってるんですか?」

「プールに行ってるよ。」
「プール?!」

メッセンジャーが言うにはこの村のなかにスイミング用のプールがあるらしい。
こんな村にそんなプールがあるなんてちょっと信じられないけど、あるらしい。

みんなが寝て静まりかえった部屋にドタドタと帰ってくるメッセンジャー。
ちょっと迷惑。

さらに、寝た後もメッセンジャーは人の睡眠を妨害する。
寝言で叫ぶのだ。

「ぎゃあああああああ〜!!!!」

叫んだかと思えば笑う。

「ヒヒヒヒヒヒヒヒ」

おさまったかと思うと、ものすごい色気のある声で「アハ〜ン、う〜んっ」と喘ぐ。

睡眠を妨害するだけではない。
彼女はドミトリーの主となっていて、好き勝手に部屋を使っている。
他の人の外出中にその人のベッドに移動して寝転ぶ。
1時間くらいすると、別のベッドに移動する。
そして楽しそうに鼻歌を歌う。

そして、びしょ濡れの洋服をいろんなところに掛けている。
水を少しも絞ってなくて、ボタボタボタとしずくの音が部屋に響く。
自分のベッドにかければいいのに、困ったことに他人のベッドにそれを掛ける。
わたしのベッドにブラジャーを堂々と掛ける。

「これ、わたしのって思われたくないなあ。
私でさえも、一番目立つところにブラジャーを掛けるのは恥じらいがあるのに・・・」と思うけど、彼女にそれを指摘すると10倍になって返ってきそうなので言えない。

そもそも、メッセンジャーはここで何をしているのか。
旅人なのか。

「どのくらい旅行してるんですか?」
「2年くらい。
 そのほとんどが中東。」

「そんなに長く!?」
「1年近くヨルダンにいるよ。
 わたしはただ旅してるわけじゃないから。」


「NGOでボランティアとかされてるんですか?」
「ううん、わたしマッサージャなの。」

マッサージャ?
あ、マッサージ師ってことかな。
たまにマッサージ師とか美容師とか手に職があって仕事をしながら旅している人がいる。
彼女もそうなんだろう。

「マッサージ師じゃないよ。
 メッセンジャーだよ、わかる?」


いや、わからない。
なに? メッセンジャーって。

スーパーボイスを人に届けるのが仕事なの。
 まあ仕事っていっても、お金を払ってもらうわけじゃないけど。
 ボランティアよ。
 たまに謝礼金をくれる人はいるけど。」


スーパーボイス?
って何?

「わたしには天からの声が聞こえるのよ。
 天のお告げを人に伝えるの。
『スーパーボイスはあなたにこうせよと言っている』ってね。
 ほかの人にスーパーボイスを届けて生き方を教えてあげてるの。」


これは男性と女性の違いかもしれないけど、ケンゾーはこういった変わった人と付き合うのは好きではない。
「面倒くさい」「関わりたくない」と言う。
いっぽうイクエはこういうちょっと変わった人に興味をそそられるのだ。
だから、「無視しとけばいいのに」と嫌な顔をしているケンゾーのとなりでメッセンジャーと話し込んでしまう。

(日本にいるときも定食屋さんにひとりで行ったとき、似たようなことがあった。
隣に座ったおばさんから声をかけられた。
スーパーパワーをもっているそうで「自分は体から金(きん)を生み出すことができる。」と力説していた。
「自分が椅子に座った後、立ち上がると座ってた部分は金粉で覆われているのよ!すごいんだから。」とか「どんどん腕から金が噴き出してきちゃって大変よ。腕が金ピカに光るのよ。」とかわたしに自慢げに話しかけ、周りの人は白い目で見ていた。
帰り際「これ、あなたへのプレゼントよ。手を出して。」といって、大事そうにわたしの手の中に光るものをいれてくれた。
おばさんが行ったあと、手の中に入れられた金色に光る物体をまじまじと見てみた。
それは、金の色紙で包まれたチョコレートだった。)

メッセンジャーは、なぜ神の使いとして天の声を届ける場所としてここを選んだのだろうか。
お隣のイスラエルはイエス・キリストが生まれた場所でもあり、ユダヤ教やイスラム教の聖地もあるし、中東にはメッカもあるからこの場所に興味をもったのだろうか。

「どうして中東に来ることを選んだのですか?」

この質問は彼女にとっては愚問だった。

「だって、スーパーボイスがそう言ったんだもの。
『中東にせよ』って。
 わたしもなんで中東?って思ったわよ。
 中東なんて興味なかったし、行きたくなかったの。
 だって中東は日差しが強いし、日に焼けて肌が黒くなるでしょ。
 黒くなるなんてイヤ。
 でもスーパーボイスがそう指示したからしょうがなかったの。」


2週間もここに滞在しているメッセンジャーにペトラ遺跡のことを聞いてみた。
「ペトラ遺跡は行きました?
 1日券を買うか、2日券を買うか迷ってるんですよね。」

「行ったよ。
 でも、わたしはあんまりあそこは好きじゃないの。
 だってあそこにある遺跡のほとんどは昔の人のお墓でしょ。
 お墓には悪い気があるから、わたしは近寄らないようにしてるのよ。
 だから行ったけどほとんど見てないの。」


メッセンジャーは「良い気」「悪い気」を気にする人だった。
雪が降って暖房もないドミトリーは極寒なのに、「空気が悪い」と窓を開け放つ。
みんなが寝ている深夜にドタドタと帰ってきて、窓を開ける。
ケンゾーを含め、数人が起き上がり「寒いから閉めて」と言っても「この部屋は悪い気で包まれてるのよ!」と逆切れする。
それに対してケンゾーも「なに言ってんの!?」と怒って、閉める。
そして、またメッセンジャーが開ける。
めげずにケンゾーが再び閉める。
ほかの人もケンゾーに同調して、「閉めて」と言う。
メッセンジャーは「フンガ〜」「フンガ〜」と鼻息を荒くして布団を被ってふて寝する。
でも10分後には「ヒヒヒヒヒヒ」と寝言なのか起きてるのかわからないけど笑っている。

ただでさえ寒いのに、メッセンジャーが窓を開けるから余計に寒いこのドミトリー。
誰かがほかの人の分の毛布をこっそり奪って使っているようで、毛布がなくなる。
スタッフがベッドメイキングのたびに足りない毛布を探している。

「あなた毛布何枚もってる?」
「自分の分しかないよ」
スタッフに聞かれて、そう答える宿泊客。

スタッフはメッセンジャーにも聞いた。
「あなたは?」
「わたしは自分の分しかない。
 たぶんそこのベッドの人が余分に使ってるのよ。」


メッセンジャーは向かいのベッドを指した。
スタッフがそこを調べるけど、毛布はその人の分しかない。
仕方なく、スタッフは別の部屋から新たな毛布を運んできた。

でも、わたしたちは知っている。
メッセンジャーが1人で4枚の毛布を使っていることを。
極寒にも関わらず窓を開け放つのに、やっぱり本当は寒いんだ。

ずっとメッセンジャーは居座り続け、これからもこのドミトリーの主として君臨しつづけるだろうと思っていた。
だけど、そんなメッセンジャーが主を卒業するときはある日突然やってきた。

そのときわたしたちはドミトリーにいた。
もう時間は夜の10時をまわっていた。
レセプションのほうから、メッセンジャーの怒鳴り声と従業員のおじちゃんのやり合う声が聞こえてきた。
警察もやってきた。

鼻息を荒くして「フンガ〜」「フンガ〜」と言いながら勢いよくドアを開けてドミトリーに入ってきたメッセンジャー。
いろんな人のベッドにひっかけていたびしょびしょの洋服やブラジャーを撤収し、バッグに詰め込みはじめた。

わたしたちは悟った。
メッセンジャーがここを出て行くときが来たのだと。

メッセンジャーは毎日払うべき宿泊費を滞納していたのだった。

宿泊費が払えなくなり、宿を出て行かされたメッセンジャー。

でもきっとメッセンジャーはまだヨルダンにいるのだと思う。

今夜もどこかのドミトリーで、びしょ濡れのブラジャーを他人のベッドにひっかけて、ベッドの上で「ヒヒヒヒヒヒ」と笑っているはずだ。
もちろん、窓を開け放って。

イワクツキの宿のスタッフたち

2014.05.02 08:21|ヨルダン☞EDIT
そろそろスペイン行くし、この後南米も待ってるしスペイン語勉強しようかなあと思っているイクエです。
実は大学のとき第二外国語はスペイン語だったんだけど、ついていけなくて落第したのよね。
翌年からは、下の学年の子と授業受けるハメになったんだよね・・・。
こうやって世界一周しててブログ書いてると、「イクエは英語が堪能」と誤解されてるかもしれないけど語学のセンスってあんまりないのよ。
TOEICとか英検とか一回も受けたことないの。
でも、英検受けてないのに中学2年のときに4級の合格証書を学校からもらったの。
たぶんなんかの手違いで先生が登録間違えて、わたしがなぜか受かった代わりに本来受かるべき人が落ちたと思うんだけど。
もちろん「受けてません」って合格証書を返したけど、もらってたところで4級なんてメリットないしね。

えーと、前置きが長くなったけれどきょうはお宿の話。
ペトラ遺跡の拠点となる街ワディ・ムーサには、ホテルが複数ある。
にもかかわらず、バックパッカーが利用しやすいような居心地のいいゲストハウスは少ない。
あるのはツアー客や家族連れが利用する大型の高級ホテル、もしくは安宿。

そんななか異彩を放っているのが「バレンタイン・イン」
でも、名前がダサいよね。
イスラムの国なのに、軽々しい。
ラブホテルみたい。

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ここ実際はそんな褒めるような宿でもないんだけど、ワディ・ムーサのなかではドミトリーもあって貴重な存在。
ドミトリー1泊4ディナール(約580円)と安い。

でも、ここで注意。
ドミトリーはベッド数が少ない部屋と多い部屋の2タイプある。
ベッド数が少ない部屋のほうが割高。
でも4ディナールの安い部屋のほうがバスルームが2つあるし、Wi-Fiも調子がいい時は部屋で使えるから過ごしやすい。
ちなみに、インターネットのホステル予約サイトで予約すると高い部屋しか選べないようになっている。

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この宿、悪いうわさがある。
詳細はわからないけど、女性客へのセクハラとか盗みとか詐欺とか過去にあったのかもしれない。
この宿は『地球の歩き方』にも載っているけど、「かつては何かと問題のあった宿だが、現在はそれほど悪いうわさは聞かない」と紹介してある。

わたしたちが滞在していたときに気づいたダメな点と言えば、外貨の両替のレートが詐欺並みに悪い。
それと、欧米人が外の椅子にカメラをおきっぱなしにしていたらなくなっていた。
(この宿、地元の人の出入りが激しいので、盗んだのはスタッフじゃないと思うけど。)

だから「バレンタイン・イン、すっごくおすすめです!」とはみなさんに言えない。
最近は「Saba'a Hotel」という外国人の女性がオーナーのホテルがバックパッカーに人気みたいで、わたしたちも知り合った旅人たちに勧められていた。
でもバレンタイン・インよりも宿泊費が高いし、ホテルのつくりはバレンタイン・インのほうが雰囲気がある。
(イワクツキのバレンタイン・インに泊まりたくない人は「Saba'a Hotel」へ。)

バレンタイン・インには外に広いテラス席がある。

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屋上もあって街が一望できる。
自分で洗濯するのが禁止されていて見つかったら罰金とられるのがこの宿の欠点。
せっかく干すスペースがいっぱいあるのにね・・・。

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このゲストハウスのいちばんの欠点はオーナーやスタッフに愛想がないこと。
宿の女主人はよく大声でスタッフを怒っているし、客に対してニコリともしない。
たまに共用スペースに座っていると、掃除を手伝えと言われる。
態度や顔、低音で響くその声からは田中眞紀子を彷彿とさせるので、わたしたちは勝手に「タナカマキコ」と呼んでいた。

このダンナと思われるおじちゃんはいつもレセプションにいるけど、客よりもタナカマキコのご機嫌をうかがっている。
ゲストハウスのオーナーなら、もっとドーンと構えて客の要望に寛大であってもいいのにって思うけど。

部屋の掃除や食事作りに忙しい女性スタッフ2人は、つっけんどん。
タナカマキコに酷使されてそれどころじゃないのかもしれない。

宿を切り盛りしているのはタナカマキコだけど、よくタナカマキコがこんなバックパッカー好みのいわゆる「ゲストハウス」をつくれたなあと不思議。
ドミトリーがあったり、共用スペースが広かったり、チェックイン時にお茶のサービスがあったり、ほかの都市へのバスの手配をしたり・・・。
もしかしたらもともとこのゲストハウスをつくったのは別の人で、オーナーチェンジしたのかもしれない。

バレンタイン・インでは、ペトラ遺跡までの朝、夕の無料送迎という嬉しいサービスもある。

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ちなみに左に写っている男性が、マキコのダンナと思われるおじちゃん。
このおじちゃんの応対の仕方に不満をもつ宿泊客は多いし、わたしたちも最初はそうだった。
だけどおじちゃんをよく観察していると、客の応対をしたり掃除をしたり台所で調理の手伝いをしたり、小さな子どもたちの遊び相手になってあげたりととにかく朝から晩までよく働いている。
それに比べてマキコは、椅子に座って指し図をするだけ。

尻に敷かれてるなあ。

女性スタッフやおじさんが忙しいのはホテル業だけではない。

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イスラム教の国ヨルダンでは、アンマンやアカバなどの都会を除いてアルコールを自由に販売することができない。
この街でもそう。
だけど、例外的にお酒を売ることができる場所がある。

それがホテル!
イスラム教徒ではない外国人を相手にしているホテルだからお酒を売ってもいいってことなんだろうけど、実際買ってるのは外国人じゃなくて地元の人たち。
もちろん彼らはイスラム教徒だけど、彼らとしてもこっそりお酒を飲みたいときだってある。

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ホテルに客が来ると、女性スタッフが待機している台所のチャイムが鳴る。
すると女性スタッフは奥で、黒いビニール袋にお酒を入れて客の待つレセプションに行き、お金と引き換えに手渡す。
毎日このやりとりが何十回と繰り返される。
わざわざ外から見えないところで黒い袋に入れて渡すなんてまるで麻薬でも売ってるみたい。
こんなにたくさんの地元の人たちが毎日買いにくるんだから、酒屋でもつくればいいのにって思うけどそうはいかないんだろうね。

さて、この宿を旅人の間で有名にしているものがある。

それが、夕食!
ビュッフェ形式でチキンやスープ、サラダや炒め物、ライスなど15種類くらいある。
お値段は宿泊費よりも高くて5ディナール。
でも、味はおいしくて大満足できる。

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でも、毎晩5ディナール出してビュッフェを食べるのはイクエとケンゾーにとっては贅沢。
なので、ビュッフェを食べたのは2回だけであとは台所を借りて自分たちでつくることにした。

といっても、観光地の入場料も、レストランも、バスの運賃も「現地人価格」と「外国人価格」が存在するヨルダン。
もちろん商店でもそれは存在する。
しかも、政府がペトラ遺跡の入場料を現地人の50倍に設定しているもんだから、ヨルダン人は外国の物価はヨルダンの50倍くらい高いと勘違いしているふしがある。
入場料7200円ってほとんどの外国人は「高い!」と感じてるんだけど、ヨルダン人は「あいつら外国人にとっては7200円は妥当な金額だと思ってるんだろう」って誤解してると思うんだよね。
だから、買い物する時も日本の物価より高い金額を言われることも多い。

節約のために料理することにしたんだけど、材料費がかかってしまう。
でも、いい場所を見つけた。
それがここ。

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トラックの八百屋さん!
こんなところで買い物する外国人なんていないから「外国人価格」なんて設定してない。
店主は珍しそうにイクエたちを見る。
もちろんまったく言葉は伝わらないんだけど、とりあえず1ディナールを出して「この金額分ください」って言ったら、トマトがどっさりきた。

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こ・・・これが本当の価格だったんだあ。
いままで1ディナールでトマト3つくらいしか買えなかったから、ビックリ。

同じ宿に泊まっているフランス人のおばちゃんに「どこで買ったの? 教えて!」って言われた。

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(ちなみにこのおばちゃんは60歳くらいなんだけど後ろに写ってるダンナさんと2人でバックパック担いで旅行していて、ダブルじゃなくて一番安いドミトリーに夫婦で泊まってるの。
もちろん夕食もビュッフェじゃなくて、自分たちで携帯コンロで作ってた。
日本人には考えられないかもしれないけど、年をとっても若者に負けずに気合いの入った旅をしている外国人夫婦は多い。)

そら豆も1ディナール分で、袋いっぱい買えた。

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(それと、ワディ・ムーサのバス停から少し下ったところに「モール」と呼ばれる大きめのスーパーがある。ここは品揃えも多くて地元の人からすると「高級スーパー」なんだけど、ちゃんとバーコードで会計してくれるので外国人にとってはその辺の商店で買うよりもかなり安く買えるのでおすすめです。)

台所は使わせてもらえるんだけど、あくまで宿泊客用の台所ではないので、スタッフが使っていないときにしか使わせてもらえない。
夕食のビュッフェは夜の7時からだから、それまではこの台所で女性スタッフが二人掛かりで15種類の料理を作るのに格闘している。
だから使わせてもらえるのはみんなが夕食を食べ終わったあと。

「すみませんが、使わせていただきます」と遠慮がちに肩身の狭い思いをして台所に入っていく。
女性スタッフは、マキコに酷使されているから客に優しくする余裕はない。
台所にいるイクエとケンゾーの存在もじゃまでしかない。
半分わざと半分アクシデントで、水を体にぶっかけられたこともある。
イクエの服はびしょ濡れになったけど、こちらとしては台所を使わせてもらっている身なので文句は言えず、愛想笑いをするしかない。

客なのにオーナーやスタッフに気を遣わなければいけないという不思議なゲストハウス。

でも、宿泊費は安いし眺めもいいし、わざわざ宿を変えるまでもないかなと泊まり続けた。

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7泊も。
いままでの旅で連続で泊まった中では最長の期間。

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本当はペトラ遺跡を2日間観光したから3泊でじゅうぶんだったんだけど、これにはわけが。
その理由というのが、天候
極寒で外に出るのも億劫だったの!
というか、雪でバスも走らず足止めされた。

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雪というよりも、降っていたのは大粒の氷の固まり。
そして台風並みの強風。
さらには雷。

嵐のような天気のために、ペトラ遺跡も閉鎖されてこのとき来てた人たちはかわいそうだった。

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わたしたちがペトラ遺跡を観光したときは晴天だったけど、あれはこの大荒れの1週間の間の奇蹟の2日間だった。
ラッキーだったな。
(冬から春先にかけてペトラ遺跡を観光する予定の方は、日程に余裕をもったほうがいいですよ。
せっかくなら青空のペトラ遺跡を観光したいですもんね。)

まあ、そんなこともあってこのホテルに無駄に延泊することになったのです。
何をしていたかと言えばベッドの上でぼーっとしたり、同室の中国人や台湾人や韓国人たちと話していたり、ペトラ遺跡が舞台となったインディ・ジョーンズのDVDを観たり。
ホテルのおじさんがDVDを見せてくれたんだけど、インディ・ジョーンズ観たのは20年ぶりくらい。

いやあ久々に観て、ケンゾーとともにびっくりした。

「えっ!こんなだったけ? 
 まるで子どもだまし。」


あのときはワクワク、ドキドキの一流のエンターテイメント映画だったはずなのに、今観るとまるでB級映画。
でもたしかにあの時代には受け入れられた映画だったわけで・・・。

ハラハラしながら飽きずに何度も観ていた『グーニーズ』とかきっと今観たら「え・・・、なにこの程度?」って思うんじゃないかなってふたりで話してた。
もう一生『グーニーズ』を観るのはやめとこうかな。
あの当時のままの『グーニーズ』のおもしろかった記憶をとどめておこうっと。

まあそんな感じでダラダラとこの宿に一日中いたら、少々癖のあるスタッフとも仲良くなってくる。

そして衝撃の事実が発覚した。
マキコのダンナと思っていた宿のおじちゃんはダンナじゃなかった!
エジプトから出稼ぎに来ていて、たんにマキコから雇われているだけだった。
だから客よりもマキコのご機嫌をうかがうことを優先してたんだあ。

おじさんが「ダンナじゃないよ。あの人はわたしの妻じゃない。」って言ったときは冗談言ってるのかと思った。
だって、マキコの子どもの遊び相手にもなっていて、どっからどう見ても「いいお父さん」だったもん。
ホテルの仕事とベビーシッターまでやらされている。
おじちゃんはエジプト出身でコプト教、腕にはコプト教にちなんだタトゥーもある。
「このホテルでずっと働くつもりはない。
 帰りたい。
 たぶん今年、もうここからひきあげて故郷に帰る。」

おじさんはそう言っていた。

そして水をぶっかけた女性スタッフ2人とも仲良くなった。
なんと彼女たちはバングラデシュ出身の出稼ぎ労働者だった!
顔がヨルダン人の顔じゃないなあとは思ってたけどまさか、イクエとケンゾーが大好きなバングラデシュから来ていたとは!!
「バングラデシュ人」と聞いただけで、ものすごく親しみをもつようになった。
2人のうち1人はサウジアラビアで出稼ぎしてたこともあるんだって。
彼女たちはバングラデシュに子どもも置いてきている。

「早くバングラデシュに帰りたい。
 もうここで働きたくない。
 あと1年がんばれば、故郷に帰れる。」


女主人のしもべとなり、朝から晩まで働かされ、このゲストハウスを支えるスタッフたち。
故郷に残す家族を思い、ホームシックになりながらも異国でがんばっている出稼ぎ労働者だと思うと、彼らに愛想が足りないことなんて許せてしまう。

このゲストハウス。
スタッフも変わったバックグラウンドを持っている人たちだったけど、ドミトリーに泊まっている人たちもなかなかのツワモノだった。
その話まで書こうと思ったんだけど、ちょっと長くなりそうなので次回に持ち越し。

きょうはこの辺で。

あしたもまた、見に来てね。
楽しいゴールデンウィークを!

「ペトラ遺跡」の本当の楽しみかた

2014.05.01 07:47|ヨルダン☞EDIT
きのう谷村新司の「サライ」をなんとなく聞いていたら、「え!谷村新司ってめちゃくちゃ美声やん!!」とちょっと感動したイクエです。
「サライ」は24時間テレビでおなじみだけど、出演者みんなで歌うから谷村新司の声をちゃんと聞けてなかったんだよね。
それと、あのビジュアルと美声がどうも結びつかないんだよね。
歌だけ聞くと、美声にうっとりするよ。

きのうの世界遺産編でご紹介した「ペトラ遺跡」
遺跡がどんなものなのかはきのう写真とともにお伝えした通りなんだけど、ペトラの本当の魅力はその遺跡ではなかった。

これまで写真で見てきたペトラ遺跡。
でも実際行ってみると「え〜!!ペトラってこんなに広大な敷地なの?こんな大自然の絶景のなかにあったの〜!?」ってびっくりした。

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そんなペトラ遺跡の本当の楽しみかたっていうのは、遺跡を観ることじゃない。
それはトレッキングをすること!

トレッキングと言っても、登山用具が必要な本格的な山登りじゃない。
ペトラ遺跡には、いくつものトレッキングルートがあって観光客が遺跡めぐりをしながらトレッキングを楽しむことができるようになっている。

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たとえば、きのうの「世界遺産編」でも紹介した山の上にある修道院「エド・ディル」。

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ここまで行くのに、入口から2時間、山のふもとからだと1時間くらいかかる。
きついけれど、そこまで行く道のりも壮大な景色の連続。

こんな道を歩いていく。

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エド・ディルが造られたのは1世紀ごろだから、この道もその時代に造られたのかもしれない。
およそ2000年の間、何千、何万人の人が歩いたのだろう。
石を削って造られた道は数えきれない人たちに踏まれて、まるで溶けたようになめらかになっている。

上り坂できついけど、疲れたら一休み。
こんな絶景の中で、しばらくぼーっとして息を整える。
どこを見ても迫力のある景色。
あっちを見て「うわ〜」、こっちを見て「うお〜」。

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そして、ついに到着したエド・ディル。
でもさらにこの上にビューポイントがあって、上からエド・ディルを眺められる。
ペトラはこんなふうに、遺跡をさまざまな角度から見られる絶景ポイントがたくさんあるんだよ。

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上から見るとエド・ディルの前にいる人たちが豆粒みたいに小さくて、遺跡の大きさを実感する。
よく1世紀に、こんな秘境に、こんな大きな、こんな美しいものを造ったよね。

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美しいのはエド・ディルだけではない。
反対側を見ると、切り立った崖やゴツゴツした岩肌がこちらに迫ってくるかのようにそびえている。

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ここに来る前は、ペトラって言えば「遺跡」だった。
そんな遺跡の写真ばかり見ていたけど、まさかこんな大自然を満喫できるなんて。
なんで誰も教えてくれなかったの〜。

ここでは遺跡よりも、この自然が主人公。

こんな大自然のなかで、暮らしている人たちがいる。
それが、遊牧民ベドウィン。

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彼らはいつもペトラ遺跡に「出勤」している。

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お土産を売ったり、観光客を馬やロバ、ラクダに乗せたり、ここで家畜を放牧させたり。
「出勤」というより、もともとここは彼らの生活空間だった。
いまは彼らのほとんどがペトラ遺跡のすぐ近くにある通称「ベドウィン村」という集落に定住している。

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ペトラ遺跡の入場料は高い!
7200円だもの。

これがどのくらい彼らに還元されているのか疑わしい。

ベドウィンとしては、自分たちの生活空間が観光地となって毎日外国人が入ってきて、伝統的な生活を変えることをよぎなくされた。
生計を立てるために、ここにやってくる外国人につきまとってお土産を売りつけたり、ウソをついて馬に乗せたりする。
(たとえば「馬に乗るのも入場料に含まれているからタダだよ」と嘘をついて、乗った後にお金を請求する。
観光客のなかには入場料が高いから「馬や馬車の代金も含まれている」と思い込んでだまされる人もいる。)

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政府(厳密にはヨルダンは国王が治めているので王室)は入場料を高く設定しているのに、サービスがともなっていない。
たとえばトイレくらいちゃんと管理してほしいけど、トイレの入口にはベドウィンがいて「トイレ代」と称して1ディナール(約144円)を観光客から徴収している。
ちゃんと政府が彼らを雇って給料を払ってあげればいいのに・・・。

だからここにくる観光客のなかには「ベドウィンはしつこい」とか「ウザい」とか「ベドウィンにだまされた」とか彼らに嫌な印象を持つ人も少なくない。
でも、彼らからしたら生活空間を荒らされて、かといって政府から充分な補償もないから、自分たちで多少強引にでも観光客から金を取るしかない。

ペトラ遺跡には毎日数千人の観光客が来てると思う。
つまり入場料で1日数千万円の収入があることになる。
このお金はどこにいってるんだろうな。

ベドウィンの生活の改善のために使われるのなら、高い入場料も払いがいもあるんだけど・・・。

たしかに、素晴らしい絶景と遺跡を探索してるのにベドウィンにつきまとわれたり、大自然の中にお土産を売る露店が並んでいるのは興ざめしてしまうかもしれない。
でも、彼らの生活空間にこっちがおじゃましていると思えば、案外それが気にならなくなってくる。

遺跡なのに、普通にヤギが放牧されている。

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トレッキング途中にビスケットを食べながら休憩していると、ヤギに襲われそうになる。

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お土産屋さんの前で、ベドウィンのロバが交尾をしている。

ロバに並々ならぬ愛着をもっているイクエとケンゾーとしては、見たくなかったものを見てしまった感じ。

みんなにいじめられて哀愁漂うロバにこんな荒々しい一面があったなんて!

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観光客を前にそんなことをするロバに営業妨害されたとばかりに、ベドウィンのおばちゃんが石をロバに投げつけてめちゃくちゃ怒ってた・・・。

それでも、やめようとしないロバ。

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ロバのくせに。

ロバのくせに、持っているものが立派!!

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鼻の穴に詰まった砂を取りたいみたいで、すごい勢いで「フンハア、フンハア」言ってるロバもいた。
ロバって歯茎も立派だったのね。

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乗ってくれるお客さんを待っているラクダは、カラフルな衣装を着せられておとなしくしている。

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おとなしく、正座している。

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そんな動物たちを見ながら、次に登ったのはペトラ遺跡の中心にある小高い丘。
歩いて1時間近くはかかる。

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頂上に登ると、岩肌を削って造られた王家の墓が小さく見える。

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この頂上ではその昔、天に貢ぎ物を捧げる儀式が行われていたのだそう。
生け贄を置くための台や生け贄の血が流れる溝なんかがある。
確かに、このロケーションだとそんな神秘的なことをしたくなるのもわかる気がする。

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ペトラ遺跡は入場料は高いけど良くも悪くも、整備されていない。
なので危ない場所でもフェンスや注意書きなんてない。
絶景見たさに、みんなきわどいところまで行く。
ちょっとでも、足を滑らせたら大変。
でも、ぎりぎりまで行ってみたいんだよね。

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でも、ほんとうに危ないらしい。
あんまり公にはなってないけど、事故死する観光客も年に数人いるみたい。

泊まっているホテルのスタッフのおじちゃんが「あの場所では足を滑らせて人が落ちて・・・。あの場所ではフランス人が・・・。」って話してた。

「この宿に泊まった人も何人か死んでるよー」って、淡々と話すおじちゃん。

「うちに泊まってた2人組のヨーロッパの女の子がね、丘の上に登ってさ、一人が背中を向けて写真を撮って振り向いたら後ろにいたはずの友だちがいなくなってんの。
あれ?どこいった?ってその子は辺りを見回したけど友だちの姿がない。
恐る恐る崖の下をのぞくと、友だちは落下して倒れてたんだって。
その子の胸には石が突き刺さってて、血が流れて・・・。
かわいそうだねえ。
その日の朝、その子たちにコーヒーいれてあげて『いってらっしゃい』って見送ったのに。」


だ、だいじょうぶ?
ペトラ遺跡。
ちなみにこの話をおじちゃんから聞いたのは、ペトラ遺跡の観光が終わったあと。

ペトラ遺跡って足元がつるつるの岩場のところが多いから、滑りやすいんだよね。

おじちゃんは続けた。

「あとね、このドミトリーに泊まってたドイツ人の子が行方不明になっちゃたんだよ。
ペトラに行って帰ってこないの。
荷物はベッドのところにそのままだし、警察にも届けて、ペトラを探しても見つからない。
だから警察はアンマンやほかの都市やヨルダンの国境なんかも調べたんだよ。
でも、その子の足取りが見つからない。
そして12日後にね、ペトラ遺跡でその子の遺体が見つかったんだ。」


このホテルでこれだけの事故死の話があるんだから、実際どのくらいの人が犠牲になってるのか・・・。
でも、政府は何の対策も取ってない様子。

ちなみに「ペトラ遺跡の入場料は高い」というのは旅人のなかで有名な話で、なんとか安く入れないか、払わずに入れないか考える旅人も多い。
わたしたちもペトラ遺跡に行ったあと、出会った日本人の旅人たちに「あそこにチケット買わずに侵入できると聞いたんですけど、実際どうですか?」と聞かれることも多かった。

で、その質問に対するわたしたちの答えはー。

「侵入はできる。
でも、侵入するべきではない。」


侵入ができるっていうのは、ペトラ遺跡の敷地は広大でフェンスや塀なんて一切ないから。
ペトラ遺跡のある盆地に向かって、街から下っていけばたどり着く。
実際、いっしょのドミトリーに泊まっていた中国人の男の子が侵入に成功していた。
アカバで出会ったアメリカ人も「侵入ルートの地図を友だちからもらったから、自分は侵入にチャレンジする」って言ってた。

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でも、この岩山や崖など大自然の砦に囲まれたペトラに侵入するのは難易度が高い。
たぶん侵入するまでに半日かかるから、無事に侵入できたところでペトラをじっくり観光できない。
侵入に成功した中国人の男の子も、一日じゃ全然見て回れなかったって言ってた。
そして、たまに見張りもいて見つかったら酷い目にあうよ。

それに、普通に入場料払って観光している人でさえ事故死しているから、危ない場所を通って侵入するのはケガしやすい。
誰にも言わずこっそり侵入して、落下したりケガをしても誰も気づいてくれないし、助けてくれない。

だから、侵入なんて考えない方がいい。

ちなみに「2日券、3日券を買って、2〜3人で一日ずつ回しながら使うのはどうでしょうか。」と質問されたこともある。
昔はけっこうこの作戦をとってた人もいたみたいだけど、今はチケット買うときにパスポートを提出してチケットに名前が印字される。
2日目、3日目にチェックされないで済む場合もあるかもしれないけど、見つかったらどうなるだろうねえ。

だから「侵入しよう」とか「安く入場しよう」とか考えない方がいいですよ。
高いけど、ちゃんと払いましょう!

まあ、でもビックリするくらいに高いからこんなことを思ってしまう旅人の気持ちもわかる。
せめて、半額くらいにしてくれたらみんなちゃんと払って入場するのにね。
高くし過ぎだよね。

なんといってもね、ちゃんと2日券、3日券を買えばドキドキせずにゆったりした気持ちでこの景色と遺跡を堪能できる。
これが高いけどちゃんとチケットを買うことの大きなメリット。

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そして、ペトラに行く時は宿の人に「これからペトラに行ってくる。」と宣言して行きましょう。
万が一事故に巻き込まれて帰ってこないときには、探してくれるから。

さて、話をもとに戻してペトラのトレッキングの続き。
映画『インディ・ジョーンズ』の舞台にもなった「エル・ハズネ」を上から見られるポイントがある。
そこに行くには「王家の墓」の後ろ側から山を登り、ぐるーっと回り込まないといけない。

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人通りも少ないし、標識もほとんどないので「えー、ここであってるのかな」という不安を抱えながら足を進める。
こんなふうに、道に迷い込んで二度と帰れなくなる人もいるんだろうね・・・。

昔の人が造った石の階段を登っていく。
つるつる滑るので注意!

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「ほんとにこっちでいいの?」「通り過ぎてない?」と引き返したくなりそうになってくるころ、あのエル・ハズネが姿を現す。

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ここからだと、岩肌を四角に切り抜いて造ったっていうのがよくわかる。
下をのぞくとちょっとぞっとするけど。

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こんな危ないところにもベドウィンは露店を出している。
店をやっている青年が、見るからに危なそうな奥の岩の上にちょこんと座って笛を吹いていた。

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「お茶でも飲む?」
「ううん、いらない。」

「下からほかに登ってくる人いた?」
「いや、全然いなかったよ。」
「そっか・・・。」

きょうはお客さんが少ないらしい。
このときは3月だったけど、ほんとうにお客さんが少なくて観光する身としてはすいていてとてもありがたかった。
でも、彼らにとっては売り上げが少ない季節。

ベドウィンの青年はとても穏やかな笑顔で、かわいい。
まだ若いけど、あと1週間後に結婚式を控えていた。

「こんなところにお店を出していても、みんなわからないよ。
下に行って『あそこでエル・ハズネを見下ろすことができます。お店出してます。』って呼び込みしないと!」


「うん。
下にぼくのフィアンセがいて、呼び込みやってくれてるんだよ。」


「来週、結婚式どこでやるの?」
「ここだよ。ペトラの中。」

きっと彼らは夫婦になってもこのペトラ遺跡の中で生計を立て、そして子どもを育てていくのだろう。

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このペトラ遺跡は、単なる遺跡だけでなく、感嘆するほどの迫力ある大自然が堪能でき、そしてここで暮らしているベドウィンたちの生活も垣間見られる、スケールの大きな場所なのだ。

このペトラ遺跡にいるベドウィンは観光客からすると雰囲気を壊す「じゃまな存在」なのかもしれない。
でもこのペトラの風景からベドウィンや動物たちがいなくなれば、きっとさびしくなる。

さて、旅人から聞かれる質問。
「ペトラ遺跡に侵入できるか」という質問と同じくらい多いのが「1日券がいいか、2日、3日券を買うべきか。」

その答えはー。
「2日券か3日券を買った方がいい」

遺跡は1日で見てまわれる。
でも、トレッキングを楽しんだり、ベドウィンたちの様子や動物を眺めていたりすると1日じゃ足りない。

それに、青空の下のなかペトラ遺跡を堪能したい。
天気が悪いときに1日券を買ってしまうのはもったいない。
2日以上行けば、曇りでも晴れ間が出る瞬間があるかもしれない。

晴れた日の壮大な自然は気持ちがいいし、太陽の光に照らされる赤みがかった岩は美しい。

あなたもじっくり、この広大なペトラ遺跡の探索の旅にでませんか。
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