今は旅しやすい格好を一番に考えてファッションには気を遣ってないけれど、日本に帰ったらちゃんとオシャレしていけるかなと気がかりな、あと20日後に34歳になるイクエです。
ヨルダンの最初の宿泊はカウチサーフィンでホームステイすることになったイクエとケンゾー。
寝泊まりは団地の屋上のほったて小屋。
シャワー、トイレ、布団なし。

ホームステイと言うよりはキャンプ生活と言ったほうがしっくりくる。
それでも現地の人と交流できるし、寝泊まりできるところを提供してくれるだけでもありがたい。
お金が発生せず、人の好意で成り立っているカウチサーフィン。
だから「泊まる場所はこうでなければならない」「ホスト(受け入れる側)はこれをしなくてはならない」なんて決まりはない。
だからカウチサーフィンの捉え方も人それぞれで、ホストもそれぞれ。
バスターミナルや駅まで車で迎えにきてくれて、豪華な食事をふるまってくれて、仕事を休んでまで観光地を案内してくれるホストもいる。
家の住所だけ教えて、家に着くと「台所や洗濯機も自由に使っていいから。はい、これ合鍵ね。自分の部屋と思って好きにやっていいから。」とあまり干渉することなく、ドライな関係を保ち続けるホストもいる。
どんなホストに対しても、ありがたいなあと思う。
知らない相手をよく泊めてくれるなあって思う。
今回のホスト、アリに関して言えば・・・。
1、お世話はあまりしてくれない
2、おもてなしされるという感じではない
3、でも陽気で外国人が大好きで交流するのは好き
3が大事だと思うし、第一こうやって旅人を受け入れてくれるだけでとてもありがたいことなので、イクエとケンゾーに不平はなかった。
初日にみんなで小屋の中で話していると、アリの息子が言った。
「これからビーチに行こう!」
「え、もう夕方だよ。
それに泳ぐには寒いよ。」
「全然寒くない!
行こうよ。」
ここはイスラム教の国。
地元の人たちで賑わう公共のビーチで女性が水着で泳ぐのはよろしくない。
ガイドブックにも注意書きがしてある。
でも、せっかくこうやって出会えたのだから、彼らのお誘いを断るのも悪い。
泳げるかはわからないけど、とりあえず服の下に水着を着ていっしょに行ってみることにした。
彼らが嬉しそうにシュノーケルを貸してくれた。

アリの2人の息子と、アリの同僚、そしてアメリカ人のバックパッカーとともにみんなで歩いてビーチへ ♪
泳げるかはわからないけど、いい大人がみんなでビーチを目指すってなんかいいよね。

日は沈みかけ、風が強くて服を着ていても寒い。
そして10分ほどで着いたビーチは・・・。

ほらぁ、こんなときに泳ぐ人なんていないよ。
海水に足を浸してみる。
「うっわあ、冷たっ!」
「これ、泳ぐの無理だよ。」
「いや、全然冷たくない。
泳げるよ!!」
息子たちが水着姿になりはじめた。
アメリカ人の旅人も、しぶっていたもののTシャツを脱いだ。
いや、でもわたしは無理だよ・・・。
やっぱりここはイスラム教の国だもの。

息子たちは次々に海へと飛び込む。
そして、こっちを見ながらお願いする。
「飛び込むときにちゃんと写真撮って!」

「撮った?
ちゃんと撮って!」
「さっきも撮ったよ。」

「寒いでしょ。」
「全然寒くない!」
服を着てビーチにいるだけで寒いのに。
本当?
全然寒くないらしいけど、スイミングタイムは5分で終わった。
そりゃそうだよ。
みんなで家路へ・・・
のはずが、なぜか長男がレストランの前で足をとめ「カモン!」と中に入っていった。
入口で店の人が2階へと案内してくれた。
まるでお得意様のような感じだった。
うーん、どういう意味だろ。
お茶でもするのかなあ。
それともここで夕食を食べるってことかな。
前日から泊まっているアメリカ人の旅人に聞いてみると、「たぶんここでご飯を食べるんだと思う。きのうもそうだったから・・・」って返事が返ってきた。
次から次に食事を注文する長男。

チキンやポテト、サラダ、コロッケみたいなファラフェル、コーラ・・・。

これは頼み過ぎだよ。
でも、もうじき18歳になる長男は食べ盛りで肥満気味、食欲旺盛だからついたくさん注文したくなるのだろう。
かたやアメリカ人の彼はベジタリアン。
コーラも飲まず、サラダとパンとお茶だけ。
長男はまだタバコを吸っちゃいけない年齢なんだけど、椅子にのけぞってタバコを取り出した。
「絶対にオヤジには言うなよ。」
とわたしたちに言いながら。
そして自分の父よりも年上の、50代くらいの店の従業員を手招きした。
タバコをくわえてアゴを突き出し、「火をつけろ」という。
50代くらいの男性が、ライターの火を手で覆って火をつける。
お前はマフィアのドンか!?
何そのふてぶてしい態度。
注文し過ぎた食事は案の定あまり、お会計のところへとみんなで行った。
「えっと・・・いくら払えばいいの?」
「全部で10.85ディナール(約1550円)。」
そう言うと、長男は先に店を出た。
あ、はい。
そういうことね。
わたしたちがおごるということね。
ベジタリアンでアメリカ人の彼は、ほとんど食べていない。
それに彼はきのうも一人で子どもたちに夕食をおごっている。
彼とわたしたちできっちり割り勘するのは彼がかわいそうだったので、わたしたちが8.85ディナール払うことにした。
別にこのくらいおごることは、不本意ではなかった。
宿泊場所を提供してくれてるのだから、そのお礼に食事をおごることくらいいいかなと思う。
でも、わたしたちはとても不愉快だった。
なぜなら長男が「あんたたちが金を払うのが当然」という態度だったから。
なんで「サンキュー」の一言も言えないのだろう。
カウチサーフィンでやってくる外国人に、いつもこんなふうにいろんなものをおごらせているんだろうな。
そして、それがあたり前になってるんだろうな。
長男の態度から、それが想像できる。
わたしたちは「家」というか「小屋」に戻った。
小屋に戻ると、アリがやって来てこう言った。
「シャワーを使いたければ下の階の我が家で使っていいからね。
でも、ほら・・・お金を払ってほしいんだ。
わかる?」
「お金・・・。」
「バスルームを掃除するための費用ね。
消毒液とか買わないといけないし。」
「いくらくらいですか?」
「それはあなたたちがいいと思う額を。
まあ、5ディナールくらいかな。」
5ディナール(約720円)?
シャワー代5ディナールって高すぎだよ。
しかもバスルームは家族がいつも使っているから、わたしたちのためだけに掃除しないといけないってわけではない。
アカバではシャワーも使えるダブルルームで12ディナールで泊まれるのに、こんなほったて小屋で息子たちに毎晩夕食をご馳走して、シャワー代に1人5ディナールを払うなんて。
そもそもカウチサーフィンでお金のやり取りをするのはマナー違反。
カウチサーフィンはお金儲けではなくて国際交流をはかるのが目的。
「とりあえず、わたしたちまだシャワーを浴びないので。」
アリが小屋を出て行ったあと、アメリカ人の彼にその話をすると驚いていた。
きっとアリは「シャワー代の徴収」システムを、わたしたちから始めることにしたようだった。
枯れ葉でできているこの小屋。
夜になると蚊が入ってくる。
痒い!
眠れない!!
虫除けスプレーをしても、隙間だらけのこの小屋ではスプレーの効果はすぐになくなるし、新たな蚊が入ってくる。
蚊に何度も睡眠を妨害される。
さらに明け方には雨まで降ってきた。
天井の枯れ葉の隙間から、ポタポタと雨が顔に落ちてくるけど逃げ場がない。
テントのほうがまだマシだなあ・・・。
でも、好意で泊めさせてもらっているだけでもありがたいと思わないと。
次の日。
学校から長男が帰ってきた。
そして、わたしたちに行った。
「外出しよう!」
わたしたちは、寝不足もあってまだゆっくりしたかったし、なにより彼がご飯をおごってもらいたいから誘っているのがわかりきっていたので、「まだ外には行きたくない」と答えた。
すると彼の機嫌が悪くなってきた。
「なんで外にでないの?」
「まだわたしたちお腹空いてないから。」
「でも、俺はお腹が空いている。
外にいかなきゃダメだ!」
「でも、わたしたちはまだここでゆっくりしていたいから。」
なぜか彼は怒りはじめた。
そして、こう言った。
「じゃあ、金を払え。」
は!?
「いますぐ、金を払え!」
いやいやいや、なんであんたに払わなきゃいけないの!?
「オヤジも言ってただろう。
シャワー代を払え。」
「でも、わたしたちまだバスルームを使ってないんだよ。
それに、アメリカ人の彼だってお金を払ってないって言ってたもん。」
「あいつは、頭がおかしいんだ。
頭がおかしいから払ってない。」
「とりあえず、いまは払わないよ。
あなたのお父さんが帰ってきてから、話し合うから。
シャワーを使わなくてもお金を払わないといけないのか。
いくら払わなければいけないのか、お父さんにもう一度確認したいから。」
「俺に払えばいいんだよ。」
長男はどんどん態度が悪くなっていく。
その態度の悪さに、こちらとしても納得がいかず、これまでの不満をぶちまけたくなってくる。
「わたしたちを今、外に誘い出そうとしているのもなんか買ってもらったりレストランでおごらせたいからでしょ。
そうやって、いつも外国人にたかってるんでしょ。」
「なに言ってんだ!
俺がついていってやってるから、安い値段でご飯が食べられるんだぞ。
俺がいなくてお前たちだけで行ったら、あんなに安く食べられないんだ。
5倍以上するんだぞ!」
そんなことはなかった。
食堂やファストフード店のメニューを見ると、きのうよりも安い値段でいくらでも食べられることをわたしたちは知っていた。
たとえば、わたしたちだけで食べたこのケバブは1ディナールもしない。

魚定食とチキン定食はスープやサラダもついて、2人で3.75ディナールだった。


きのうみたいに8ディナールも払えば、立派な食事にありつけることを知っている。
「いいから、金を払え。
お前たちはここに寝泊まりしてるんだから払わないといけない!」
「あなたには払わない。
お父さんと相談するから。」
長男は顔を真っ赤にして大声でわめく。
これ以上長男とやりとりしたくなかったので、わたしたちだけで外に出た。
わたしたちは、ここヨルダンのあとエジプトに向かい、ビーチリゾートのダハブでスキューバダイビングをするつもりでいた。
ダハブは物価も安く海もきれいだと旅人の間では評判で、世界一周している人でダハブでスキューバダイビングのライセンスを取得する人は多い。
わたしたちはすでに日本にいたときからライセンスをもっていて、ウェットスーツやレギュレーターなど器材も自前で持っている(もちろん日本に置いてきてるけど)。
夫婦共通の趣味と言えばダイビングだった。
だから、エジプトのダハブで潜ることをとても楽しみにしていたのだった。
だけど、いまエジプトでは外国人ツーリストを標的にしたテロが起きていて、エジプト行きを断念。
そのかわり、ここアカバでダイビングを楽しむことに決めた。
だから、ダイビングショップを探しにいかなければいけない。
わけのわからん長男の相手をしている場合じゃない。
いくつかのダイビングショップをまわり、老舗っぽくて安くファンダイブを楽しめそうなショップを見つけた。
「レッドシー ダイブセンター」

送迎、器材レンタル料、ファンダイブ2本で40ディナール(約5700円)。
日本に比べたら断然安い。
「日本人のお客さん、すごく多いんだよ」とインストラクターのおじさんが言った。
「え〜? こんなところでですか。」
「そう、そのほとんどがJICAの人たち。
青年海外協力隊でヨルダンに派遣されて、休みの日にここでダイビングのライセンスを取得するんだよ。
中にはインストラクターのライセンスまで取って、日本に帰ってダイビングショップ開いた人もいるんだよ。
ほかにも帰国してインストラクターの仕事やってる人も多いし。」
いいなあ。
青年海外協力隊って、活動後の就職先を探すのが難しいって言われてるけどその手があったか・・・。
ヨルダンに派遣される人って、いいよねえ。
バングラデシュで協力隊員として活動中の、友人のあっくんの家に居候してたけどバングラデシュではそういうのないからなあ・・・。
長男とは嫌なことがあったけど、あしたの久しぶりのダイビングを控えてちょっとワクワクしながら小屋へと戻った。
そして、あることに気づいた!!
ケンゾーが叫んだ。
「あっ!
ない!!
荒らされとる!!!
盗まれとる!!!!」
このほったて小屋に、泥棒が入ってる。
バッグパックには鍵をかけていた。
鍵は壊されてない。
だけど、鍵をかけてない外側のポケットに入れていたものが盗まれている。
・ダイビングでも使える完全防水の水中ライト
・LEDのヘッドランプ
・布製のショルダーバッグ
・ユニクロのダウンジャケット
なかでも一番大事なのはダウンジャケット。
日本から持ってきていたんだけど、あまりにも活用しすぎて傷んできたので新しいものを今年のお正月にわざわざ母親に買ってきて持ってきてもらっていたのだ。
その新しいほうが盗まれている。
バックパック以外にも洋服を入れていた袋もぐちゃぐちゃにされている。
そして、パレスチナのヘブロンでもらっていたパンフレットが何者かに破られている。
何者かに・・・。

その何者かは、アイツしかいない!
だってこのほったて小屋には、アリのラップトップのパソコンだって置いてある。
その高価なものには手をつけずに、わたしたちの持ち物だけを盗んでいるのだから。
でも最初から犯人扱いしてはいけない。
冷静に聞かないと。
その日は夜も遅かったし、朝早くからダイビングに行く予定だったので、ダイビング後にこの問題を解決することにした。
気分が重たいままダイビングへ。
アカバのダイビングのスポットは、街から車で30分ほど離れた場所にある。
そこには珊瑚礁が広がっていて、ビーチはほとんどプライベートビーチ。
リゾートホテルの滞在者やダイビングする人たちが利用するようになっている。
街の中のビーチと比べ、とても静か。
海の色も驚くほど違う。

海のそばのホテルで潜る準備。
こんなふうにライセンスを取るときの講習に使う深いプールがホテルの中にはある。

久しぶりのダイビングは楽しかった。
大きな沈没船を見たり、「ジャパニーズガーデン」というポイント名の珊瑚礁がきれいで魚がたくさんのところを潜ったり。
でも、どこかに「盗まれたもの返ってくるかなあ」とか「カウチサーフィンしなきゃよかった」とか思ってしまい、開放的な海の中でも心が重くなる。

この世界一周旅行では初めてのダイビング。
この旅行の前にも、イクエとケンゾーは海外でダイビングを何度かしてきた。
でもね・・・正直に言うと
「沖縄を越える海に出会ったことがない!」。
本当に沖縄のダイビングは素晴らしいと思う。
伊江島や宮古島は洞窟などの地形も楽しめるし、久米島なんて鮮やかな色の魚が滝のように上から降っているし。
学生のころ、こんな話を聞いたことがある。
「世界各国を渡り歩いた外国人のサーファーに、『世界で一番きれいな海はどこ?』って聞いたら『沖縄!』って答えた」。
これはウソじゃないと思う。
日本ってみんなに誇れる世界一の海がある。
この資源を大事にしないといけないなあって思う。
話は逸れたけどダイビングで少しはさっぱりした気持ちになりながらも、あの小屋に戻った。
ケンゾーと作戦会議をする。
「どうやって問いつめる?」
「いや、問いつめたら『そんなの知らん』って言われそう。
『残念ながらここに泥棒が入ったようです。海外旅行保険で盗まれたものは補償されるので、警察を呼んで被害届を出さないといけない』って言おう。」
わたしたちは深刻な顔をしてアリを呼んだ。
「大事な話があるので、小屋に来てもらえませんか。」
そして、泥棒が入ったことを伝えた。
アリがどんな表情をするかと思ったら・・・。
にかっと笑って「はは〜ん!」と、まるで子どもがナゾナゾの答えを見つけたかのような顔をした。
えっ!?
なにその反応!?
「わたしはわかったよ!
きっと俺の息子だ、ふふふ。」
息子が盗みをはたらいたのに、なんでそんな態度?
わけわからん親子だ。
ニヤニヤしながら、アリが言った。
「ちょっと、待ってて。」
そして10分後に、彼は宝探しゲームで宝を掘り当てたかのような顔をして戻ってきた。
「ほら!!
見つけたよ〜。
やっぱり、アイツだった、ふふふ。
きっときのうアイツ怒ってたから、腹いせにやったんだよ。」
この人はまるで子どもだ。
なんなんだろう、この態度は。
彼の態度にわたしたちは、一気に腹が立った。
でも、アリはなぜわたしたちが怒っているのか理解できない様子。
「物は無事に見つかったんだよ!
よかったね!!
だからノープロブレム!」
ノープロブレムじゃないよ!
プロブレムだよ!
わたしたちがダイビングの水中ライトが必要で、たまたま探して盗られたことを発見したからいいものの、きっと長男はこれまで旅行者からいろんなものを盗んでいる。
アリは親としてちゃんと長男を教育しないといけない。
「どうしてまだ怒ってるの?
ほら、無事に出てきたからノープロブレム。」
でも、まだショルダーバッグが見つかっていない。
それを伝えると、アリは娘に探しに行かせた。
そして娘が満面の笑みで、ショルダーバッグを空中に振ってブラブラさせながら「あったよお♡」とやってきた。
なんなの、この家族は!?
長男が破いたヘブロンの資料はどうしてくれるの。
するとアリはまた「ノープロブレム」、そう言って破れた紙をテープでとめはじめた。
わたしたちの怒りが収まらないのを見て、アリが言った。
「アリは悪くない!
ほら、見て。
いままでカウチサーフィンで泊まってきた人たちも『アリは優しい』って書いてるでしょ。」
カウチサーフィンのプロフィール画面では、これまで泊まってきた人たちがホストを評価する欄がある。
そこの欄には、「泊めてくれてありがとう。アリは明るくてとてもいい人です。」という賞賛のコメントが寄せられている。
パソコンを開いて、それを見せながら「アリはグッドマン。アリは悪くない!」と言う子どもみたいなアリ。
アリは続ける。
「悪いのは息子。
息子はバカなんだ。
息子はドンキーだ!」
そんなことを言うと、ロバに失礼だ。
それに、ロバの親はロバだ。
息子がドンキーなら、お前もドンキーだ。
わたしたちは何よりも長男と話したかった。
なぜ彼が物を盗んだのか聞きたいし、長男に謝ってほしかった。
「長男を呼んで。」
そう頼むとアリが言った。
「あの子はまだスモールボーイなんだ。
だからあの子はまだ善悪の判断がつかないんだよ。
だから仕方ないよ。
もう、物が戻ったんだからノープロブレム!」
まもなく18歳になる子が、タバコの火を大人につけさせてスパスパ吸う子が「スモールボーイ」だと?
イクエとケンゾーの怒りは沸点に達し、長男を呼んでこさせた。
長男は、ちらっとこっちを見ると陰に隠れた。
「どうして盗んだの?
わたしたちに何か言うことがあるでしょ。」
すると、家族みんなでこう言った。
「あの子は、英語が話せないから。
だから、無理だよ。」
はあああ!????
金をたかる時は英語で話してたじゃん。
「ソーリー」くらい言えるでしょ。
それから長男は、本当に英語が話せない役を演じた。
そしてアリは続ける。
「アリは悪くない。
アリはグッドマン。
だからカウチサーフィンの評価でもアリのことを悪くかかないで!」
なんなの、この人たち!!
そしてアリが言った。
「ねえ、きょう出て行くんだよね。
予定があるから、もうわたしも家を出ないといけないからさ。
もう家を出るよね?」
怒りが収まらないわたしたち。
アリの言動は、火に油を注ぐようなものだ。
たまたまアリのおじさんが訪れていた。
この人がこの家族よりも良識のある人だったから、わたしたちの言いたいことを理解してくれて、アリを批判してくれたことが救いだった。
もう外は真っ暗になっていて、アリのおじさんは「危ないからもう1泊していきなさい」と言ったけど、もうこの家族に付き合うのは嫌だったので荷物をまとめて別のホテルに移ることにした。

どっと疲れてしまった。
物が戻ってきたからまだ良かったものの、これで本当に見つからなかったらもっと後味が悪いものになった。
そして、ここからは後日談。
それからわたしたちはヨルダンを縦断した。
この後ペトラのゲストハウスで中国人の女の子バックパッカーと出会い、これまでの旅の話をした。
「アカバではどこに泊まったの?」
「いや、実はカウチサーフィンをしたんだけど、嫌な思いをしてさあ・・・。」
「もしかしてそのホスト、アリって名前?」
「え!?なんで知ってるの?」
「わたしの友だちもね、そのアリの家に泊まって息子からたかられてすごく嫌だったって言ってたんだ。」
やっぱり、そうなんだ!
彼の家で嫌な思いをしている旅人はこれまでもたくさんいたんだ。
カウチサーフィンのホストを選ぶときに大切な指標になるものがある。
それはカウチサーフィンのリファレンス欄。
ホストした人、泊まった人がそれぞれ相手を評価する。
評価は三段階しかない。
「Positive(良い)」「Neutral(普通)」「Negative(悪い)」
そして感想を書く。

泊めてもらった人は、相手の雰囲気がちょっと悪かったり部屋が不衛生だったとしても、泊めてもらったという負い目があるのでだいたいはPositiveを選択し、感想には感謝の思いをつづる。
わたしたちもこれまで10回以上カウチサーフィンをしているけど、Positive以外つけたことがない。
一度、イランで家ではなくオフィスの物置に泊まり、なおかつツアーの勧誘をされたことがあってそのときは評価の書き込みをしないことにした。
アリの評価はほとんどPositiveだった。
Neutralと評価している人もいて、その人の感想では「アリが近郊のツアーをアレンジしたけど、安くしてあげると言ってたくせに185ディナールも取られた!」と書いてあった。
185ディナール(約2万7000円)と言えばかなりの高額。
わたしたちも同じ場所に言ったけど、その2、3倍の値段。
わたしたちが滞在しているときも、「ツアーをアレンジしてあげる」としきりに言ってきたけど、わたしたちは自分たちで行くことにしたのだった。
そういう人でもNegative(悪い)ではなくNeutral(普通)をつけている。
アリの存在を知っていた中国人の女の子が続けた。
「きっと、アリの被害者は多いと思うんだよ。
わたしね、アリの家に泊まったって言うその子に、今後の人のためにもリファレンスで悪い評価をつけたほうがいいよって言ったんだよ。
そしたら彼女ね、『でも悪い評価をつけたら自分も仕返しに悪い評価をつけられるから良いことしか書けない』って言ったんだ。」
彼女の気持ちはわかる。
カウチサーフィンのリファレンスでは、泊まった人がホストを評価すると、ホストも泊めた人を評価する。
もしその子が「アリはダメなホストだった」と評価すると、アリからも「この子はダメな子だった。家に泊めない方がいい。」なんて書かれるかもしれない。
そうなると、今後この子がカウチサーフィンをするときに、ほかの人がそれを見てその子を家に泊めたがらない可能性が出てくる。
これは今のカウチサーフィンのシステムの問題点だと思う。
おそらく、彼の家で嫌な思いをした人の大半が「何の評価も残さない」というささやかな抵抗をしているんじゃないかと思う。
彼は今まで150人くらい泊めてきているけど、リファレンスを書いている人はその4分の1くらいしかいない。
アリからはそのあと、謝罪のメールが来た。
「うちの息子はまだまだ子どもで、でもグッドボーイで・・・。」なんて言葉も書いてあった。
そして「これまで泊めてきた人はほとんどが我が家で素晴らしい経験をしている」なんてことも書いてあって、これはきっとわたしたちにリファレンスに悪いことを書かれるのを防ぐためなんだろうなと思った。
わたしたちはまだ彼のリファレンスに何の評価も残していない。
だけど、今後の人のためにNegativeを初めてつけようかなと思っている。
初日に彼の小屋を訪れたとき、彼はお茶を出してくれて記念写真を撮った。
次の日彼はそれをさっそく現像し、大きく引き延ばして部屋に飾るようにしていた。

とても楽しそうなわたしたち。
とてもやさしそうなホストたち。
そして、いまこの写真はカウチサーフィンのアリのプロフィールのページに掲載してある。
「friends from Japan」というタイトルとともに。
ヨルダンの最初の宿泊はカウチサーフィンでホームステイすることになったイクエとケンゾー。
寝泊まりは団地の屋上のほったて小屋。
シャワー、トイレ、布団なし。

ホームステイと言うよりはキャンプ生活と言ったほうがしっくりくる。
それでも現地の人と交流できるし、寝泊まりできるところを提供してくれるだけでもありがたい。
お金が発生せず、人の好意で成り立っているカウチサーフィン。
だから「泊まる場所はこうでなければならない」「ホスト(受け入れる側)はこれをしなくてはならない」なんて決まりはない。
だからカウチサーフィンの捉え方も人それぞれで、ホストもそれぞれ。
バスターミナルや駅まで車で迎えにきてくれて、豪華な食事をふるまってくれて、仕事を休んでまで観光地を案内してくれるホストもいる。
家の住所だけ教えて、家に着くと「台所や洗濯機も自由に使っていいから。はい、これ合鍵ね。自分の部屋と思って好きにやっていいから。」とあまり干渉することなく、ドライな関係を保ち続けるホストもいる。
どんなホストに対しても、ありがたいなあと思う。
知らない相手をよく泊めてくれるなあって思う。
今回のホスト、アリに関して言えば・・・。
1、お世話はあまりしてくれない
2、おもてなしされるという感じではない
3、でも陽気で外国人が大好きで交流するのは好き
3が大事だと思うし、第一こうやって旅人を受け入れてくれるだけでとてもありがたいことなので、イクエとケンゾーに不平はなかった。
初日にみんなで小屋の中で話していると、アリの息子が言った。
「これからビーチに行こう!」
「え、もう夕方だよ。
それに泳ぐには寒いよ。」
「全然寒くない!
行こうよ。」
ここはイスラム教の国。
地元の人たちで賑わう公共のビーチで女性が水着で泳ぐのはよろしくない。
ガイドブックにも注意書きがしてある。
でも、せっかくこうやって出会えたのだから、彼らのお誘いを断るのも悪い。
泳げるかはわからないけど、とりあえず服の下に水着を着ていっしょに行ってみることにした。
彼らが嬉しそうにシュノーケルを貸してくれた。

アリの2人の息子と、アリの同僚、そしてアメリカ人のバックパッカーとともにみんなで歩いてビーチへ ♪
泳げるかはわからないけど、いい大人がみんなでビーチを目指すってなんかいいよね。

日は沈みかけ、風が強くて服を着ていても寒い。
そして10分ほどで着いたビーチは・・・。

ほらぁ、こんなときに泳ぐ人なんていないよ。
海水に足を浸してみる。
「うっわあ、冷たっ!」
「これ、泳ぐの無理だよ。」
「いや、全然冷たくない。
泳げるよ!!」
息子たちが水着姿になりはじめた。
アメリカ人の旅人も、しぶっていたもののTシャツを脱いだ。
いや、でもわたしは無理だよ・・・。
やっぱりここはイスラム教の国だもの。

息子たちは次々に海へと飛び込む。
そして、こっちを見ながらお願いする。
「飛び込むときにちゃんと写真撮って!」

「撮った?
ちゃんと撮って!」
「さっきも撮ったよ。」

「寒いでしょ。」
「全然寒くない!」
服を着てビーチにいるだけで寒いのに。
本当?
全然寒くないらしいけど、スイミングタイムは5分で終わった。
そりゃそうだよ。
みんなで家路へ・・・
のはずが、なぜか長男がレストランの前で足をとめ「カモン!」と中に入っていった。
入口で店の人が2階へと案内してくれた。
まるでお得意様のような感じだった。
うーん、どういう意味だろ。
お茶でもするのかなあ。
それともここで夕食を食べるってことかな。
前日から泊まっているアメリカ人の旅人に聞いてみると、「たぶんここでご飯を食べるんだと思う。きのうもそうだったから・・・」って返事が返ってきた。
次から次に食事を注文する長男。

チキンやポテト、サラダ、コロッケみたいなファラフェル、コーラ・・・。

これは頼み過ぎだよ。
でも、もうじき18歳になる長男は食べ盛りで肥満気味、食欲旺盛だからついたくさん注文したくなるのだろう。
かたやアメリカ人の彼はベジタリアン。
コーラも飲まず、サラダとパンとお茶だけ。
長男はまだタバコを吸っちゃいけない年齢なんだけど、椅子にのけぞってタバコを取り出した。
「絶対にオヤジには言うなよ。」
とわたしたちに言いながら。
そして自分の父よりも年上の、50代くらいの店の従業員を手招きした。
タバコをくわえてアゴを突き出し、「火をつけろ」という。
50代くらいの男性が、ライターの火を手で覆って火をつける。
お前はマフィアのドンか!?
何そのふてぶてしい態度。
注文し過ぎた食事は案の定あまり、お会計のところへとみんなで行った。
「えっと・・・いくら払えばいいの?」
「全部で10.85ディナール(約1550円)。」
そう言うと、長男は先に店を出た。
あ、はい。
そういうことね。
わたしたちがおごるということね。
ベジタリアンでアメリカ人の彼は、ほとんど食べていない。
それに彼はきのうも一人で子どもたちに夕食をおごっている。
彼とわたしたちできっちり割り勘するのは彼がかわいそうだったので、わたしたちが8.85ディナール払うことにした。
別にこのくらいおごることは、不本意ではなかった。
宿泊場所を提供してくれてるのだから、そのお礼に食事をおごることくらいいいかなと思う。
でも、わたしたちはとても不愉快だった。
なぜなら長男が「あんたたちが金を払うのが当然」という態度だったから。
なんで「サンキュー」の一言も言えないのだろう。
カウチサーフィンでやってくる外国人に、いつもこんなふうにいろんなものをおごらせているんだろうな。
そして、それがあたり前になってるんだろうな。
長男の態度から、それが想像できる。
わたしたちは「家」というか「小屋」に戻った。
小屋に戻ると、アリがやって来てこう言った。
「シャワーを使いたければ下の階の我が家で使っていいからね。
でも、ほら・・・お金を払ってほしいんだ。
わかる?」
「お金・・・。」
「バスルームを掃除するための費用ね。
消毒液とか買わないといけないし。」
「いくらくらいですか?」
「それはあなたたちがいいと思う額を。
まあ、5ディナールくらいかな。」
5ディナール(約720円)?
シャワー代5ディナールって高すぎだよ。
しかもバスルームは家族がいつも使っているから、わたしたちのためだけに掃除しないといけないってわけではない。
アカバではシャワーも使えるダブルルームで12ディナールで泊まれるのに、こんなほったて小屋で息子たちに毎晩夕食をご馳走して、シャワー代に1人5ディナールを払うなんて。
そもそもカウチサーフィンでお金のやり取りをするのはマナー違反。
カウチサーフィンはお金儲けではなくて国際交流をはかるのが目的。
「とりあえず、わたしたちまだシャワーを浴びないので。」
アリが小屋を出て行ったあと、アメリカ人の彼にその話をすると驚いていた。
きっとアリは「シャワー代の徴収」システムを、わたしたちから始めることにしたようだった。
枯れ葉でできているこの小屋。
夜になると蚊が入ってくる。
痒い!
眠れない!!
虫除けスプレーをしても、隙間だらけのこの小屋ではスプレーの効果はすぐになくなるし、新たな蚊が入ってくる。
蚊に何度も睡眠を妨害される。
さらに明け方には雨まで降ってきた。
天井の枯れ葉の隙間から、ポタポタと雨が顔に落ちてくるけど逃げ場がない。
テントのほうがまだマシだなあ・・・。
でも、好意で泊めさせてもらっているだけでもありがたいと思わないと。
次の日。
学校から長男が帰ってきた。
そして、わたしたちに行った。
「外出しよう!」
わたしたちは、寝不足もあってまだゆっくりしたかったし、なにより彼がご飯をおごってもらいたいから誘っているのがわかりきっていたので、「まだ外には行きたくない」と答えた。
すると彼の機嫌が悪くなってきた。
「なんで外にでないの?」
「まだわたしたちお腹空いてないから。」
「でも、俺はお腹が空いている。
外にいかなきゃダメだ!」
「でも、わたしたちはまだここでゆっくりしていたいから。」
なぜか彼は怒りはじめた。
そして、こう言った。
「じゃあ、金を払え。」
は!?
「いますぐ、金を払え!」
いやいやいや、なんであんたに払わなきゃいけないの!?
「オヤジも言ってただろう。
シャワー代を払え。」
「でも、わたしたちまだバスルームを使ってないんだよ。
それに、アメリカ人の彼だってお金を払ってないって言ってたもん。」
「あいつは、頭がおかしいんだ。
頭がおかしいから払ってない。」
「とりあえず、いまは払わないよ。
あなたのお父さんが帰ってきてから、話し合うから。
シャワーを使わなくてもお金を払わないといけないのか。
いくら払わなければいけないのか、お父さんにもう一度確認したいから。」
「俺に払えばいいんだよ。」
長男はどんどん態度が悪くなっていく。
その態度の悪さに、こちらとしても納得がいかず、これまでの不満をぶちまけたくなってくる。
「わたしたちを今、外に誘い出そうとしているのもなんか買ってもらったりレストランでおごらせたいからでしょ。
そうやって、いつも外国人にたかってるんでしょ。」
「なに言ってんだ!
俺がついていってやってるから、安い値段でご飯が食べられるんだぞ。
俺がいなくてお前たちだけで行ったら、あんなに安く食べられないんだ。
5倍以上するんだぞ!」
そんなことはなかった。
食堂やファストフード店のメニューを見ると、きのうよりも安い値段でいくらでも食べられることをわたしたちは知っていた。
たとえば、わたしたちだけで食べたこのケバブは1ディナールもしない。

魚定食とチキン定食はスープやサラダもついて、2人で3.75ディナールだった。


きのうみたいに8ディナールも払えば、立派な食事にありつけることを知っている。
「いいから、金を払え。
お前たちはここに寝泊まりしてるんだから払わないといけない!」
「あなたには払わない。
お父さんと相談するから。」
長男は顔を真っ赤にして大声でわめく。
これ以上長男とやりとりしたくなかったので、わたしたちだけで外に出た。
わたしたちは、ここヨルダンのあとエジプトに向かい、ビーチリゾートのダハブでスキューバダイビングをするつもりでいた。
ダハブは物価も安く海もきれいだと旅人の間では評判で、世界一周している人でダハブでスキューバダイビングのライセンスを取得する人は多い。
わたしたちはすでに日本にいたときからライセンスをもっていて、ウェットスーツやレギュレーターなど器材も自前で持っている(もちろん日本に置いてきてるけど)。
夫婦共通の趣味と言えばダイビングだった。
だから、エジプトのダハブで潜ることをとても楽しみにしていたのだった。
だけど、いまエジプトでは外国人ツーリストを標的にしたテロが起きていて、エジプト行きを断念。
そのかわり、ここアカバでダイビングを楽しむことに決めた。
だから、ダイビングショップを探しにいかなければいけない。
わけのわからん長男の相手をしている場合じゃない。
いくつかのダイビングショップをまわり、老舗っぽくて安くファンダイブを楽しめそうなショップを見つけた。
「レッドシー ダイブセンター」

送迎、器材レンタル料、ファンダイブ2本で40ディナール(約5700円)。
日本に比べたら断然安い。
「日本人のお客さん、すごく多いんだよ」とインストラクターのおじさんが言った。
「え〜? こんなところでですか。」
「そう、そのほとんどがJICAの人たち。
青年海外協力隊でヨルダンに派遣されて、休みの日にここでダイビングのライセンスを取得するんだよ。
中にはインストラクターのライセンスまで取って、日本に帰ってダイビングショップ開いた人もいるんだよ。
ほかにも帰国してインストラクターの仕事やってる人も多いし。」
いいなあ。
青年海外協力隊って、活動後の就職先を探すのが難しいって言われてるけどその手があったか・・・。
ヨルダンに派遣される人って、いいよねえ。
バングラデシュで協力隊員として活動中の、友人のあっくんの家に居候してたけどバングラデシュではそういうのないからなあ・・・。
長男とは嫌なことがあったけど、あしたの久しぶりのダイビングを控えてちょっとワクワクしながら小屋へと戻った。
そして、あることに気づいた!!
ケンゾーが叫んだ。
「あっ!
ない!!
荒らされとる!!!
盗まれとる!!!!」
このほったて小屋に、泥棒が入ってる。
バッグパックには鍵をかけていた。
鍵は壊されてない。
だけど、鍵をかけてない外側のポケットに入れていたものが盗まれている。
・ダイビングでも使える完全防水の水中ライト
・LEDのヘッドランプ
・布製のショルダーバッグ
・ユニクロのダウンジャケット
なかでも一番大事なのはダウンジャケット。
日本から持ってきていたんだけど、あまりにも活用しすぎて傷んできたので新しいものを今年のお正月にわざわざ母親に買ってきて持ってきてもらっていたのだ。
その新しいほうが盗まれている。
バックパック以外にも洋服を入れていた袋もぐちゃぐちゃにされている。
そして、パレスチナのヘブロンでもらっていたパンフレットが何者かに破られている。
何者かに・・・。

その何者かは、アイツしかいない!
だってこのほったて小屋には、アリのラップトップのパソコンだって置いてある。
その高価なものには手をつけずに、わたしたちの持ち物だけを盗んでいるのだから。
でも最初から犯人扱いしてはいけない。
冷静に聞かないと。
その日は夜も遅かったし、朝早くからダイビングに行く予定だったので、ダイビング後にこの問題を解決することにした。
気分が重たいままダイビングへ。
アカバのダイビングのスポットは、街から車で30分ほど離れた場所にある。
そこには珊瑚礁が広がっていて、ビーチはほとんどプライベートビーチ。
リゾートホテルの滞在者やダイビングする人たちが利用するようになっている。
街の中のビーチと比べ、とても静か。
海の色も驚くほど違う。

海のそばのホテルで潜る準備。
こんなふうにライセンスを取るときの講習に使う深いプールがホテルの中にはある。

久しぶりのダイビングは楽しかった。
大きな沈没船を見たり、「ジャパニーズガーデン」というポイント名の珊瑚礁がきれいで魚がたくさんのところを潜ったり。
でも、どこかに「盗まれたもの返ってくるかなあ」とか「カウチサーフィンしなきゃよかった」とか思ってしまい、開放的な海の中でも心が重くなる。

この世界一周旅行では初めてのダイビング。
この旅行の前にも、イクエとケンゾーは海外でダイビングを何度かしてきた。
でもね・・・正直に言うと
「沖縄を越える海に出会ったことがない!」。
本当に沖縄のダイビングは素晴らしいと思う。
伊江島や宮古島は洞窟などの地形も楽しめるし、久米島なんて鮮やかな色の魚が滝のように上から降っているし。
学生のころ、こんな話を聞いたことがある。
「世界各国を渡り歩いた外国人のサーファーに、『世界で一番きれいな海はどこ?』って聞いたら『沖縄!』って答えた」。
これはウソじゃないと思う。
日本ってみんなに誇れる世界一の海がある。
この資源を大事にしないといけないなあって思う。
話は逸れたけどダイビングで少しはさっぱりした気持ちになりながらも、あの小屋に戻った。
ケンゾーと作戦会議をする。
「どうやって問いつめる?」
「いや、問いつめたら『そんなの知らん』って言われそう。
『残念ながらここに泥棒が入ったようです。海外旅行保険で盗まれたものは補償されるので、警察を呼んで被害届を出さないといけない』って言おう。」
わたしたちは深刻な顔をしてアリを呼んだ。
「大事な話があるので、小屋に来てもらえませんか。」
そして、泥棒が入ったことを伝えた。
アリがどんな表情をするかと思ったら・・・。
にかっと笑って「はは〜ん!」と、まるで子どもがナゾナゾの答えを見つけたかのような顔をした。
えっ!?
なにその反応!?
「わたしはわかったよ!
きっと俺の息子だ、ふふふ。」
息子が盗みをはたらいたのに、なんでそんな態度?
わけわからん親子だ。
ニヤニヤしながら、アリが言った。
「ちょっと、待ってて。」
そして10分後に、彼は宝探しゲームで宝を掘り当てたかのような顔をして戻ってきた。
「ほら!!
見つけたよ〜。
やっぱり、アイツだった、ふふふ。
きっときのうアイツ怒ってたから、腹いせにやったんだよ。」
この人はまるで子どもだ。
なんなんだろう、この態度は。
彼の態度にわたしたちは、一気に腹が立った。
でも、アリはなぜわたしたちが怒っているのか理解できない様子。
「物は無事に見つかったんだよ!
よかったね!!
だからノープロブレム!」
ノープロブレムじゃないよ!
プロブレムだよ!
わたしたちがダイビングの水中ライトが必要で、たまたま探して盗られたことを発見したからいいものの、きっと長男はこれまで旅行者からいろんなものを盗んでいる。
アリは親としてちゃんと長男を教育しないといけない。
「どうしてまだ怒ってるの?
ほら、無事に出てきたからノープロブレム。」
でも、まだショルダーバッグが見つかっていない。
それを伝えると、アリは娘に探しに行かせた。
そして娘が満面の笑みで、ショルダーバッグを空中に振ってブラブラさせながら「あったよお♡」とやってきた。
なんなの、この家族は!?
長男が破いたヘブロンの資料はどうしてくれるの。
するとアリはまた「ノープロブレム」、そう言って破れた紙をテープでとめはじめた。
わたしたちの怒りが収まらないのを見て、アリが言った。
「アリは悪くない!
ほら、見て。
いままでカウチサーフィンで泊まってきた人たちも『アリは優しい』って書いてるでしょ。」
カウチサーフィンのプロフィール画面では、これまで泊まってきた人たちがホストを評価する欄がある。
そこの欄には、「泊めてくれてありがとう。アリは明るくてとてもいい人です。」という賞賛のコメントが寄せられている。
パソコンを開いて、それを見せながら「アリはグッドマン。アリは悪くない!」と言う子どもみたいなアリ。
アリは続ける。
「悪いのは息子。
息子はバカなんだ。
息子はドンキーだ!」
そんなことを言うと、ロバに失礼だ。
それに、ロバの親はロバだ。
息子がドンキーなら、お前もドンキーだ。
わたしたちは何よりも長男と話したかった。
なぜ彼が物を盗んだのか聞きたいし、長男に謝ってほしかった。
「長男を呼んで。」
そう頼むとアリが言った。
「あの子はまだスモールボーイなんだ。
だからあの子はまだ善悪の判断がつかないんだよ。
だから仕方ないよ。
もう、物が戻ったんだからノープロブレム!」
まもなく18歳になる子が、タバコの火を大人につけさせてスパスパ吸う子が「スモールボーイ」だと?
イクエとケンゾーの怒りは沸点に達し、長男を呼んでこさせた。
長男は、ちらっとこっちを見ると陰に隠れた。
「どうして盗んだの?
わたしたちに何か言うことがあるでしょ。」
すると、家族みんなでこう言った。
「あの子は、英語が話せないから。
だから、無理だよ。」
はあああ!????
金をたかる時は英語で話してたじゃん。
「ソーリー」くらい言えるでしょ。
それから長男は、本当に英語が話せない役を演じた。
そしてアリは続ける。
「アリは悪くない。
アリはグッドマン。
だからカウチサーフィンの評価でもアリのことを悪くかかないで!」
なんなの、この人たち!!
そしてアリが言った。
「ねえ、きょう出て行くんだよね。
予定があるから、もうわたしも家を出ないといけないからさ。
もう家を出るよね?」
怒りが収まらないわたしたち。
アリの言動は、火に油を注ぐようなものだ。
たまたまアリのおじさんが訪れていた。
この人がこの家族よりも良識のある人だったから、わたしたちの言いたいことを理解してくれて、アリを批判してくれたことが救いだった。
もう外は真っ暗になっていて、アリのおじさんは「危ないからもう1泊していきなさい」と言ったけど、もうこの家族に付き合うのは嫌だったので荷物をまとめて別のホテルに移ることにした。

どっと疲れてしまった。
物が戻ってきたからまだ良かったものの、これで本当に見つからなかったらもっと後味が悪いものになった。
そして、ここからは後日談。
それからわたしたちはヨルダンを縦断した。
この後ペトラのゲストハウスで中国人の女の子バックパッカーと出会い、これまでの旅の話をした。
「アカバではどこに泊まったの?」
「いや、実はカウチサーフィンをしたんだけど、嫌な思いをしてさあ・・・。」
「もしかしてそのホスト、アリって名前?」
「え!?なんで知ってるの?」
「わたしの友だちもね、そのアリの家に泊まって息子からたかられてすごく嫌だったって言ってたんだ。」
やっぱり、そうなんだ!
彼の家で嫌な思いをしている旅人はこれまでもたくさんいたんだ。
カウチサーフィンのホストを選ぶときに大切な指標になるものがある。
それはカウチサーフィンのリファレンス欄。
ホストした人、泊まった人がそれぞれ相手を評価する。
評価は三段階しかない。
「Positive(良い)」「Neutral(普通)」「Negative(悪い)」
そして感想を書く。

泊めてもらった人は、相手の雰囲気がちょっと悪かったり部屋が不衛生だったとしても、泊めてもらったという負い目があるのでだいたいはPositiveを選択し、感想には感謝の思いをつづる。
わたしたちもこれまで10回以上カウチサーフィンをしているけど、Positive以外つけたことがない。
一度、イランで家ではなくオフィスの物置に泊まり、なおかつツアーの勧誘をされたことがあってそのときは評価の書き込みをしないことにした。
アリの評価はほとんどPositiveだった。
Neutralと評価している人もいて、その人の感想では「アリが近郊のツアーをアレンジしたけど、安くしてあげると言ってたくせに185ディナールも取られた!」と書いてあった。
185ディナール(約2万7000円)と言えばかなりの高額。
わたしたちも同じ場所に言ったけど、その2、3倍の値段。
わたしたちが滞在しているときも、「ツアーをアレンジしてあげる」としきりに言ってきたけど、わたしたちは自分たちで行くことにしたのだった。
そういう人でもNegative(悪い)ではなくNeutral(普通)をつけている。
アリの存在を知っていた中国人の女の子が続けた。
「きっと、アリの被害者は多いと思うんだよ。
わたしね、アリの家に泊まったって言うその子に、今後の人のためにもリファレンスで悪い評価をつけたほうがいいよって言ったんだよ。
そしたら彼女ね、『でも悪い評価をつけたら自分も仕返しに悪い評価をつけられるから良いことしか書けない』って言ったんだ。」
彼女の気持ちはわかる。
カウチサーフィンのリファレンスでは、泊まった人がホストを評価すると、ホストも泊めた人を評価する。
もしその子が「アリはダメなホストだった」と評価すると、アリからも「この子はダメな子だった。家に泊めない方がいい。」なんて書かれるかもしれない。
そうなると、今後この子がカウチサーフィンをするときに、ほかの人がそれを見てその子を家に泊めたがらない可能性が出てくる。
これは今のカウチサーフィンのシステムの問題点だと思う。
おそらく、彼の家で嫌な思いをした人の大半が「何の評価も残さない」というささやかな抵抗をしているんじゃないかと思う。
彼は今まで150人くらい泊めてきているけど、リファレンスを書いている人はその4分の1くらいしかいない。
アリからはそのあと、謝罪のメールが来た。
「うちの息子はまだまだ子どもで、でもグッドボーイで・・・。」なんて言葉も書いてあった。
そして「これまで泊めてきた人はほとんどが我が家で素晴らしい経験をしている」なんてことも書いてあって、これはきっとわたしたちにリファレンスに悪いことを書かれるのを防ぐためなんだろうなと思った。
わたしたちはまだ彼のリファレンスに何の評価も残していない。
だけど、今後の人のためにNegativeを初めてつけようかなと思っている。
初日に彼の小屋を訪れたとき、彼はお茶を出してくれて記念写真を撮った。
次の日彼はそれをさっそく現像し、大きく引き延ばして部屋に飾るようにしていた。

とても楽しそうなわたしたち。
とてもやさしそうなホストたち。
そして、いまこの写真はカウチサーフィンのアリのプロフィールのページに掲載してある。
「friends from Japan」というタイトルとともに。
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