Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
プロフィール

ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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日本


旅人のわがまま イブラヒムじいちゃんの本音

2014.04.06 06:28|イスラエル☞EDIT
ハリウッド映画『アルマゲドン』は絶対におもしろくないと思って観たことなくてストーリーもなんとなくしか知らなかったけど、きょうストーリーを夫に聞いて「うわあ、おもしろそう」と思ったイクエです。
今まで宇宙飛行士か何でもできるマッチョでクールな男たちが主人公の物語と思ってたから。

イスラエルのアラブ人街で自分の家を旅人に開放しているイブラヒムじいちゃん。
旅人のあいだで有名なじいちゃん。
口癖は「ウェルカム!」「イート!」
旅人を自宅に泊めては、食事をふるまってくれる。

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じいちゃんは人徳のある人で海外の講演会にもなんども招かれている。
国や宗教や人種に関係なく共存できる社会をつくらなければならないという理念をもっている。

そんなじいちゃんの家は、繁華街から遠くてWi-Fiも一部しかつながらずシャワーのお湯がでないときもあるという不便さもあるけれど、それでも居心地がいい。

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それでも、イクエとケンゾーは1泊だけしてほかの宿に移ることを決めた。

それは・・・
お金が高いから。

ここの滞在費は寄付金制で、相場は一泊50シェケルくらいと聞いていた。
だけど、この宿に到着して寄付金箱の張り紙を見てふたりでドキッとした。

一泊につき100シェケル払うようにと書いてあったのだ。

ここには宿の管理の手伝いや掃除をボランティアでやっているアメリカ人のおじさんがいる。
名前はアーネスト。
普通のゲストハウスならバスルームの掃除をしたり会計をしたりベッドメイキングをするスタッフがいるけど、ここにはイブラヒムじいちゃんしかいない。
それを見かねたアーネストが、もう2年くらいここに住み込んでお世話をしている。
最初にアーネストに部屋の鍵をもらって宿の説明を聞いたとき、彼も「宿の維持費や光熱料、食費がこれまでの寄付金ではカバーできなくなっている。資金難に陥っているから、一泊100シェケルは払ってね。」と言った。

100シェケル。
思っていた額の2倍の金額。
毎日ふたりで200シェケル(約6000円)。
それはちょっと払えなかった。

泊まっていた日本人の子が言うには、3日前くらいに突然50シェケルから100シェケルに値上がりしたのだそう。

ほかの安いゲストハウスのドミトリーだと、1人一泊60シェケルくらいで泊まれる。
彼は「ここにもっといたいけどこれ以上毎日払えないのでほかの宿に移動します。」とわたしたちに言い残して他へと移っていった。

わたしたちも出て行くことにした。

チェックアウトするとき、じいちゃんは宿にいなかった。
アーネストに正直に伝えた。
「ここにもっといたいけど、100シェケルは高いから他の宿に移ります。」

そしたらアーネストが予想外のことを言った。
「たしかに、そうだよね。
この100っていう金額もついこの間イブラヒムさんが決めたんだ。
よし、イブラヒムさんに電話してみよう。」


わたしたちは別にクレームを言うつもりもなく、ただ理由を正直に言って宿を変えるつもりだっただけなのでこの展開にびっくりした。

アーネストが電話でじいちゃんを呼び出した。
「あと5分くらいでイブラヒムさんがここにやってくる。
ちょっと待ってて。
この際、宿代のことについて話し合おう。」


間もなくするとじいちゃんがやってきて椅子に腰かけた。

アーネストが言った。
「100シェケルっていうのはバックパッカーにとっては高い。
この金額設定を見直したらどうですか?
この前もここに日本人の男の子が来て、着いたときはニコニコ嬉しそうにしてたけど、100シェケルって知ったとたん顔を曇らせて泊まらずにすぐに出て行ったことがあった。」


わたしたちはこのときまだ一泊しかしていなかった。
それなのに、イブラヒムハウスの今後の成り行きを決める大切な緊急会議に立ち会うことになるなんて思ってもいなかった。

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いつも明るくて優しいじいちゃんだけどちょっと不機嫌そうになった。
「100シェケルだって高い値段じゃないでしょ。
ほかの宿はいくらすると思ってるんだ。」


わたしたちは正直に言った。
「旧市街のドミトリーで60くらい、安い宿を探せば50でも泊まれます。
しかも旧市街のなかにあるから観光にも便利。
でもここだと街の中心地に行くには長い距離を歩くかバスに乗らないといけない。」

「彼女たちの言う通りですよ、イブラヒムさん。
最終のバスを逃したらタクシーを使わないといけない。
そしたらその分出費もかさむ。」


じいちゃんは不満そうに言った。
「でもわたしはみんなに食事をつくってるし、紅茶だっていつも飲み放題。
レストランで食事をして、カフェで紅茶を3、4杯飲んだらあっという間に何十シェケルか飛んでいくよ。」


意外かもしれないけど、イスラエルの物価はものすごく高い。
スーパーで売っているものや、外食はフランスなんかよりも高い。
感覚的には日本の物価の1.5倍くらいする。

たしかにじいちゃんの言いたいこともわかるけど、でもそうじゃないのだ。
わたしたちの思いを代弁するようにアーネストがじいちゃんに切り返した。

「でもお金をもってないパックパッカーたちはカフェに行ったりしない。
みんなティーバックを持ち歩いて、自分でいれている。
それにレストランなんかに行かない。」

「そうです。
たいていのゲストハウスにはキッチンがあるから自分で市場で食材を買って調理したり、外食するにしてもファストフード店で一番安いサンドイッチを頼んでいます。
レストランのテーブル席でまともに食事なんてめったにしないです。」


旅人でもあったアーネストはバックパッカーの気持ちもわかってくれる。
「バックパッカーは努力して安く済ませることができる。
市場で野菜を買って、食パンとチーズを買って挟んで食べたりね。」


じいちゃんは納得いかない様子だった。
そしていつも笑って「ウェルカム!」と言うじいちゃんが、だんだん本音を言いはじめた。

「だって本当にお金が足りないんだ。
この箱に一日50シェケルはみんな入れてくれるはずなのにまったく入ってないときもあるんだよ。」


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それは、アーネストからも聞いていた。
寄付金は集金制ではなく、このポストに入れるシステム。
じいちゃんがこのポストの鍵を持っている。
アーネストが言うには、じいちゃんは1時間おきに中をチェックしては何も入ってないことにいつも肩を落としているらしい。
でもお客さんに「払え」なんて言わない。
じいちゃんはそれでも「ウェルカム!」「イート!」を笑顔で言いつづけてきたのだ。

「ここでたまにみんながいる前でこのポストを開けるんだ。
でも何も入ってない。
『あれ?なにも入ってないな・・・』ってつぶやくとここにいるみんなが『俺は払ったよ』『俺も』って笑ってごまかすんだよ。」


一日50シェケルとは言え、一応「寄付金」という名目なのでごくたまに払わない人もいるだろうとは思っていたけど、じいちゃんとアーネストの話からすると、予想を越えるかなりの人たちが実際は払っていないようなのだ。
しかも、そのほとんどが日本人。

じいちゃんは外国人をおもてなししたいという精神であふれている。
でも現実的には金銭的なゆとりがない。

じいちゃんは宿泊客からのお金を日銭として生活している。
つまりこのポストにお金がないと、じいちゃんのその日の生活費もないということになる。
ついに最近は薬も買えなくなったらしい。

それでもじいちゃんは宿泊客に向かって「お金を払え」とは言わない。
それはじいちゃんのポリシーに反する。

でも部屋の壁にはじいちゃんが大手術をしたときの写真が貼ってある。
どうしてこんな写真をわざわざ飾っているのかわからないけど、もしかしたらみんなに何かを伝えたいのかもしれない。

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じいちゃんが言う。
「ここに泊まって、私のご飯を『おいしい、おいしい』って食べてくれて1週間も滞在してくれる子たちも多い。
別れるときはね『ありがとうー。また来ます。』って言ってくれて、抱き合って握手をして出て行くんだ。
でもね、出て行ったあとにポストを確認すると一銭も入ってないんだ。
こんなことしょっちゅう。」


じいちゃんは今まで自分の中に押し込めていた思いを吐き出すように続ける。
「5日くらい前もね、みんなを喜ばせようとケーキを買ってきたんだ。
でもね、そのときもお金は入らなかった。」


この家は宿泊客に開放していて、今じいちゃんは別の場所に住んでここに通っている。
ここに通う交通費にもじいちゃんは困っている。

「ここに来るまでのお金しかなくて、帰りのお金をもたずに来るんだ。
泊まっているみんながいるからこのポストに帰りの分のバス代は入ってるはずだから。
でも、入ってない。
だからこの前もチェックインした韓国の女の子に直接『帰れないからお金ちょうだい』って言って前払いしてもらったんだ。」


70すぎのじいちゃんが孫くらいの子に「帰れないからお金ちょうだい」って言うのを想像すると切なくなる。

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「寄付金制度をやめてチェックインのときに取り立てるようにしたら?」とか「食費がかさむから泊まるだけにさせたら?」とか提案をしてみたけれど、じいちゃんはそれを受け入れない。
そのじいちゃんの気持ちはわかる。
じいちゃんは別にゲストハウスの経営をしたいわけじゃないのだ。
ここにやってくる旅人を笑顔で迎え入れて、たくさん食べ物を食べさせて、おもてなしをしたいのだ。
でも、現実的にはそれが立ち行かなくなっている。

維持費にいくら必要なのか、どのくらい宿泊費を集めないといけないのか、つっこんだ話をした。
宿泊者全員が50シェケル払えば、じいちゃんが食事をふるまっても赤字にはならない。
だけど寄付金をまったく払わない人もかなりいる。

じいちゃんが決めた100シェケルというのは、いま寄付金を払ってくれる人の数だけを考慮して計算したぎりぎりの金額のようだった。

でも100シェケルというのは、エルサレムの安宿の相場からするとかなり高い。
わたしたちも、そして他の旅人も現に高いので別の宿に移動している。

「でも100シェケルは払えません。
寄付金をまったく払わない人の分をほかの旅人が補うというのは、わたしたちからすると受け入れがたいです。
さっきも日本人の男の子が『ここに2泊して、もっと滞在したいけどこれ以上はお金をかけられない。だから別の宿に移動します。』って出て行きました。
そんなふうに100シェケルをちゃんと払わないとって思う誠意ある人こそ、これからこの宿に泊まらなくなると思うんです。
だけど『どうせ寄付金制度だから払わなくていいだろう』って人は、ここに泊まり続けることになるんじゃないでしょうか。
そしたらますますこの宿の維持が難しくなると思います。」


アーネストもわたしたちの意見に共感した。

「『イブラヒムハウスは、タダらしいぜ!メシもタダでくえる!ここはフリーゲストハウスだ!』って人こそ何も気にせずに泊まるでしょうね。
でも寄付金をちゃんと払わなければと思う良心のある人こそ、現実的には払えないから出て行かないといけないって思って出て行くことになるでしょう。」


「それと・・・・。
日本人にとっては寄付金制度って言うのは欧米人に比べてなじみがないと思うんです。日本にはチップの文化もない。
寄付金って言うのは『払いたい人が払えばいいもの』という捉え方です。
何かのサービスを受けたり、何かを受け取ったときにみずから進んでお礼としてお金を渡すというのは、他の国ではあたり前かもしれないけど日本ではそうじゃない。」


ちょうどギターをもってお金を稼ぎながら旅をしている日本人の男の子が泊まっていた。
その子は路上で数時間演奏すれば100ドルくらい稼げると言っていた。
この場に座っていた彼を見て、わたしは続けた。

「彼は路上で演奏をしてオーストラリアやヨーロッパやここで稼いでいます。
彼の音楽に少しでも感動した人がお金をポンポン入れていく。
でも日本で同じことをしても、日本人はお金を入れないんですよ。」


彼も笑いながら言った。

そうそう。
日本ではまったくダメ。」


じいちゃんはとってもびっくりして、甲高い声で言った。

「日本人はお金入れないの?
誰かが路上で演奏してても!?」


わたしは続けた。
「それに、他の国を旅して、道に座るホームレスに小銭を渡す人たちを良く見かけます。
でも、日本じゃホームレスにお金を渡す人なんていませんよ。」


「お金をあげないの?
どうやって生活してるの、その人たちは?」


「生活保護とか・・・。
でもゴミをあさったりしています。
とにかく、そのポストに『ドネーション』とか日本語で『寄付はこちらへ』って書いてあるのがかえってダメなのかもしれません。」


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いきなりじいちゃんが立ち上がった。
何を思ったか、突然ポストの紙をビリビリと破りはじめた。

あっけにとられたと同時に、じいちゃんの思いきった行動にアーネストもわたしたちも声をあげて笑った。

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そして紙を小さく裂いて丸めて、ニヤッとした。

わたしたちは今日ただここを出て行くはずだった。
まさかこんな緊急会議が開かれることになるとは思わなかったし、この宿の制度を変えようなんてつもりもなかった。
この展開にケンゾーとびっくりしている。

アーネストが言った。
「ちゃんと全員に払ってもらうことにしよう。
だから100シェケルよりも下げよう。」


じいちゃんが言った。
「いくらならみんな出せると思う?」

「一番安いゲストハウスはドミトリーで50や60シェケル。
ここは食事の心配はしなくていいけど、でもそれを考慮しても・・・。
わたしたちに関して言えば65とか70とか、出せても75。」


アーネストがじいちゃんに聞いた。
「イブラヒムさんはどのくらいが必要と思いますか?
70?」


「75シェケル。
そうじゃないとやっていけないから!」


結局、表向きは寄付金制度というスタンスにはなるけど全員に75払ってもらうことが決まった。

アーネストがポストの張り紙を書き直した。
「寄付」という言葉を強調せず「75から100シェケル払ってください」と書いた。

そしてわたしたちは今さら出て行くなんて言えず、ずっとここにお世話になることにした。

この日は全員がお金を払ったようで、じいちゃんは嬉しそうだった。
いつもは豆と野菜を使った手作り料理なのに、ひき肉がたっぷり入ったコロッケみたいなお惣菜をみんなに買ってきてくれた。

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「そんなことしなくていいのに」「そんなことするから赤字になるんだよ」「料理も作りすぎだよ」とケンゾーと言いあったけど、じいちゃんはそんなことをしたいのだ。

泊まっていたドイツ人が、イブラヒムハウスの存続のために寄付金を募るためインターネットで呼びかけることにした。
イブラヒムハウスを紹介するために、一眼レフをもっているケンゾーにイブラヒムハウスの写真を撮影させた。

壁に飾ってある、じいちゃんへのありがとうのお手紙も撮影させた。

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でも、日本のはほとんどない。
一番日本人がお世話になっているのにな。

そんなことを思っていると、ドイツ人の彼が言った。
「韓国人からのが多いね。
この宿の客はほとんど日本人なのに・・・・。
あ、ごめん。
別に非難してるわけじゃないんだよ。」


旅をしていると、いろんな出会いがあって外国人から無償の優しさを受けることがしょっちゅうある。
そして「本当にいい人たちに出会えたな。」とか「やっぱり旅っていいな。」と思う。

いっぽうで、そんな優しさを受けることに慣れてくる。
まるでそれが旅人の特権でもあるかのように。

たしかに重い荷物を背負って安い方法で旅しているバックパッカーには、地元の人たちが優しくしてくれることが多い。
でもそれは「特権」でもないし「あたり前のこと」でもない。

きっとこのイブラヒムハウスも「じいちゃんは太っ腹でものすごく優しい人だ。お世話になろう。」って甘えて、寄付金を払わないことにそれほど悪気はないんだと思う。
わたしも旅人だからその気持ちもわかる。
きっとお金を払わない旅人たちは「やっぱり世界には素晴らしい人たちがいるな。今回もいい出会いがあったな。旅っていいな。」っていう思い出を胸にここを出て行ってるのかもしれない。

そして、もうひとつの旅人の思い込み。
わたしたちもそうだけどバックパッカーって生活費を切り詰めてぎりぎりで旅しているので、自分が貧乏だと思い込む。
地元の人たちが高そうなレストランで食事をしているのを横目で見ながら宿に戻り、安い食パンをかじってお腹を満たす。
地元の人がタクシーやバスに乗っているのを横目で見ながら思いバックパックを担いで歩く。

でも実際は貧乏ではない。
どんなかたちであれ、旅はお金を消費する道楽で、働きもせずに旅を楽しんでいるのだから。

「旅人だから」「貧乏だから」とじいちゃんに甘えてきたのかもしれない。

でも、じいちゃんはそんな旅人も大好きで分け隔てなく迎え入れてきた。
でも、「きっと寄付を払ってくれるだろう」って期待して何度も裏切られることを経験している。
じいちゃんはその度に悲しい思いをしてきた。
それでも、やっぱり、おもてなししたいから迎え入れつづけている。

お金がなくて薬が買えないのに、つぎにくる旅人のために屋上に新たな部屋をつくっている。

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でも確実にイブラヒムハウスに来る旅人は少なくなっていると思う。
わたしたちが滞在していたときも、数人の日本人にしか会わなかった。
今は旧市街のきれいなゲストハウスに泊まる日本人が多い。
イスラエルで出会った日本人のバックパッカーたちも多くはほかのゲストハウスに泊まっていた。
「Wi-Fiも使えてきれいでいいですよ。」「中心地にあるから場所も便利です。」
そんなふうに言っていた。

いまどきわざわざ中心地から離れたこの宿に泊まり、インターネットをするよりもじいちゃんと話したいとか、不便だけどこれまで旅人たちが泊まってきた有名な宿に自分も泊まりたい、とか思う人は少ないのかもしれない。

それに宿代も75シェケルになったから、ますます泊まる人が少なくなるんじゃないか。
今後、ここはどうなるんだろう。

じいちゃんはいつも明るい。
陽気だ。
でも、もう75歳のおじいちゃんだ。

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みんなが共用スペースにいないとき、トレードマークのスカーフをはずし、椅子に体を横たえていた。
とっても小さく見えた。

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じいちゃんは、若い旅人と触れ合うのが大好き。
それがじいちゃんの生き甲斐。

たくさんの旅人が来て、寄付金を払って、このじいちゃんの楽しみをつぶしてほしくないなって思う。

エルサレムからヘブロンに移動する日、朝からじいちゃんはいなくて「ありがとう」と「さよなら」を言えなかった。

「ちゃんとお別れできなかったね」とケンゾーと言いながらバスターミナルに向かった。

するとコミカルな動きをして、わたしたちにぶつかってくる人がいた。
なにこの人! わざとぶつかってくるの!?
って思ったら、この人だった。

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じいちゃんは、バスターミナルの近くのカフェの外の椅子に座り、一日中ここで新しい旅人を待ち構えている。
「アイ アム イブラヒム。
ウェルカム!!」


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調べた情報ではエルサレムからヘブロンに行くには、バスをベツレヘムで乗り換えないといけないと思ってたけど、じいちゃんに聞いたらあっさり「直通のミニバスがあるよ」って教えてくれた。

そして大声で誰かを呼ぶと、男の人が駆けつけてくれた。

「こいつについていけ。
ヘブロン行きのバスに乗っけてくれるから。」


さすが、イブラヒムじいちゃん!

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じいちゃんは、また定位置へと戻っていった。
これからも、新たな旅人を待ち構えている。

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じいちゃん、元気でね!
これからも、たくさんの旅人に会えるといいね!

イブラヒムピースハウスが、これからも存在しつづけていきますように。
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