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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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絶望から復活した街

2014.02.28 06:14|ポーランド☞EDIT
今後のルートで悩んでいるケンゾーです。
リアルタイムではイスラエル。
このあとヨルダン→エジプト→スーダンとアフリカ旅をスタートさせる予定だったんだけど、ただ今エジプトは緊急事態発生中。
ダハブでダイビングしたかったのに、どうしよう。

きょうはクラクフから首都ワルシャワへ移動。
うっすらとまだ雪化粧が残る旧市街を歩いてバスステーションへ。

ワルシャワ

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クラクフのバスステーションはクラクフ本駅の裏手にある。
クラクフ ~ ワルシャワは53ズオティ(約1825円)。
今回もWi-Fiつきでラッキー!と思ったらだまされた。
トルコとおんなじでたまに外れがあるみたい。

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およそ5時間半でワルシャワに到着。
こっちも雪が積もってて寒い!
寒さに震えながら路線バスに乗って市街地へ。

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第二次世界大戦で壊滅的な被害を受けたワルシャワ。
戦後再建された街並みは、旧社会主義の雰囲気をどことなく感じさせる造り。

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ネットで事前予約してあるホテルにたどり着いてびっくり。
アンティークな建物でとてもおしゃれ ♫

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戦渦を免れたこの建物は築100年。
こんな歴史ある建物が安宿として使われるんだから贅沢だよね。

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室内にはクリムトの絵が飾ってあったりしてなかなか趣味がいい。
スタッフの感じもよくていい宿だった。

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「Mermaid Hostel」
ドミトリー1ベッド20ズオティ(約690円)
フリーWi-Fi キッチンあり 朝食なし

次の国へのフライトのために来たのでワルシャワには1泊だけ。
駆け足でワルシャワの街を見て回ることに。

まずはワルシャワ旧市街の中心、旧市街市場広場
雪と寒さでがらんとしているけれど、普段は露天の土産物屋やストリートパフォーマー、そして観光客で賑わっているそう。

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広場の中央にはなぜか人魚の像。
じつは人魚はワルシャワのシンボル。

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ワルシャワにはこんな伝説が伝えられている。

ある貧しい漁師の夫婦が街を流れるヴィスワ川で網にかかった人魚を生け捕りにした。
夫婦は人魚を連れて帰るも、助けてほしいと懇願され望みどおり川に帰してやった。
それからというもの、魚がよく売れるようになり漁師夫婦は裕福になったとさ。


この夫婦の名前がワルスとサワで、これがワルシャワの名前の由来なんだそう。

だからホテルの名前も「マーメイド」なんだ。
でもこの人魚はなんで剣を振り回してるのかな?
助けてもらったんじゃないの?

ワルシャワの旧市街と新市街(中世の人々にとっての「新」市街)は第二次大戦時に徹底的に破壊されてしまった。
もちろんこの旧市街市場広場もそう。
なんとか生き残った人々も絶望感に打ちひしがれたことだろう。

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でも戦後、瓦礫の山と化していたワルシャワは見事な復活を遂げる。
その復活劇の立役者はワルシャワ市民。
生き残った市民の記憶を頼りに可能な限り瓦礫を再利用し「壁の割れ目にいたるまで」、「レンガのひび1本にいたるまで」忠実に復元していったんだそう。

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17世紀から18世紀にかけての歴史的な街並みなんだけど、建物自体は新しい。
この時代にタイムスリップしたようでなんだか不思議な感じ。

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これはクラクフにもあった円形の砦バルバカン
もともとは15〜16世紀に造られたものだけど、これも破壊された。
1954年に復元された。

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こちらは旧王宮国立オペラ劇場
どちらも第二次大戦で破壊されるも、見事に復元されている。
ワルシャワの人々の街の復活にかける情熱と執念には頭が下がる。

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ワルシャワの街でひときわ異彩を放っているこのビルは文化科学宮殿
スターリンからの贈り物として1952年に建てられたんだって。
プレゼントに37階建ての高層ビルって、そんなのあり?

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でもなんだかアンバランスで格好は良くない。
案の定、評判はあまり良くなくて「ソビエトが建てたワルシャワの墓石」なんて呼ばれてるそうだ。

旧王宮がある王宮広場から延びている新世界通り。
美しくライトアップされるこの建物たちも戦後に再建されたもの。

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この派手なイルミネーションで照らされているのはポーランド科学アカデミー。
建物の前にはコペルニクスの像がある。

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天文学史上最も重要な発見といわれている「地動説」を唱えたコペルニクス。
当時は天動説が主流で、自分の考えを生前に公にすることは頑に拒んでいたそう。
きっと公にしていたら宗教裁判にかけられて火あぶりの刑になってただろうね。

2つの尖塔が特徴のこちらは聖十字架教会
これも戦時中、ダイナマイトで爆破されおよそ1/3が破壊されたそう。

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この教会にはポーランドが生んだ偉大なピアニスト、フレデリック・ショパンの心臓が納められている。
1810年にワルシャワ郊外で生まれたショパンは、パリで39年という短い人生を終えた。
望郷の念にかられながらも叶わなかった祖国への帰還。
本人の願いで死後、心臓がこの教会へと運ばれた。

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じつはここワルシャワの歴史地区は世界遺産に登録されている。
ただ「歴史地区」とはいっても、オリジナルの歴史的な街並みは戦争によって一度失われている。
今現在ある街並みは戦後に復元されたものだ。

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世界遺産に登録されるときに「復元されたもの」が登録に値するか疑問視する意見もあったそう。
けれど「復元されたからこそ登録に値する」ということで世界遺産に登録。
市民の気の遠くなるような努力と情熱で復活したワルシャワの街は、「破壊からの復元および維持への人々の営み」が評価された最初の世界遺産となった。

血を流し、街を破壊し、人々を絶望に追い込む。
これまで幾度となく繰り返されてきた悲しい歴史。
人間は残虐な生き物だ。

でも絶望に打ち勝つことができる強い生き物でもある。
古くて新しいワルシャワの街は、人間の無限の可能性を教えてくれている。
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ビルケナウ収容所 「こころを鍛える」

2014.02.27 06:06|ポーランド☞EDIT
ユダヤ教徒のイスラエル人から迫害を受けているパレスチナ人の家でホームステイ中のイクエです。
そして3人のドイツ人旅行者と同じテーブルでこのブログを書いています。
パレスチナで一番見かける外国人はドイツ人だし、パレスチナを支援している団体もドイツが一番多い気がします。

そして、きょうのブログも前回に引き続きナチスドイツのユダヤ人迫害のことを紹介します。

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ナチスドイツ時代、130万人ものユダヤ人やロマ(ジプシー)、同性愛者や障がい者などを収容したアウシュビッツ強制収容所。
そのうち110万もの人たちがガス室で殺され、焼かれた。

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110万人もの人たちが殺された場所に足を踏み入れると、陰湿な雰囲気、負のオーラのようなものを体全体で感じ、ゾクゾクと寒気を感じるはずだろう。
肩が重く感じるかもしれない。

ここに来る前、そんなことを思っていた。

だけど実際こうやって歩いていると、不思議とそんな重苦しい空気を感じない。
残酷な場所のはずなのに、どうしてだろう。
たしかに展示物を見たり中谷さんの話を聞いてこころは落ち込んでいる。
だけど、この場所に身を置いたからといって本能的に感じる拒絶反応のようなものがまったくないのだ。

いま歩いているこの場所と、残虐な舞台となった場所が一致しない。

そんな自分がもどかしくもあったし、想像力が足りないのかもしれない。

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ガイドの中谷さんが言った。
「もともとここはポーランドの兵舎として使われていました。
ここを歩いていると、まるで大学のキャンパスでも歩いているような気分になりませんか。
両脇にれんが造りの立派な建物が整然と並んでいて、こんなふうに歩くスペースがあって、並木があって。」


「大学のキャンパス」。
ああ、そっか。

その言葉がすっとこころに入った。
友だちとおしゃべりしながら歩いたり、その辺に腰かけて缶コーヒーを片手に読書したり。

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中谷さんは続けた。
「とてもあんな恐ろしいことが行なわれた場所なんて思えないくらいですよね。
でも、これも計算されたものなのでしょう。
この木を見てください。
70年でこの大きさに成長しました。
当時、囚人たちに植えさせたものなんです。」


このきれいに整った雰囲気が残虐性を薄めているのかもしれない。

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ここに来るまでは、ナチスをひっぱっていった人たちはなんてサディストなんだろうと思っていた。
人間が人間を残虐に殺すことに良心の呵責も感じず、大量殺人を楽しんでいるかのようにも思えていた。

だけど彼らはサディストなんかではない。
彼らなりの道理に沿ってそれがよかれと思って行動していたのではないか。

「優秀な自分たちが劣等な人たちを矯正する。矯正も難しいなら処理してあげよう。」

そんな思いがあったのかもしれない。

中谷さんが言う。
「当時のドイツ人たちは、なにも悪いことをしようなんて思ってたわけじゃないと思うんです。
ただ、間違った価値観を選んでしまった結果がこれだったのです。」


当時、このポーランドはドイツに比べると田舎で発展していなかった。
そんな遅れた地域に、先進国のドイツが入り、洗練された場所をつくる。
インフラを整え、先進国であることをアピールする。

「未開の地に開拓民を送ってインフラ整備をする。
いまでも途上国で行なわれていることは、もしかしたら似ているところがあるかもしれませんね。」


この収容所で人道に反したことが行なわれてはいないか、当時収容所に国際団体の調査員が来ることもあったが立派な施設と囚人名簿を照合して「問題なし」と判断したという。

「当時のトイレです。
きれいでしょう。
水洗なんてめずらしかったんですよ。
ドイツの先進ぶりをアピールしたかったのでしょう。」


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「ああいうふうに壁に絵も描いてるんですよ。
まるで保育園なんかで衛生の指導をしているみたいに。
『ドイツ人はきれいにさせる』
そんなふうに見せていますね。
これで調査団も欺かされました。」


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着々と進められた組織的な殺人。
捕らえられる人の数はどんどん増えていき、ついにはアウシュビッツだけでは収容できなくなった。

そこでアウシュビッツから3キロほど離れた場所に第2収容所が建設された。
それがビルケナウ収容所。
アウシュビッツを見た後、シャトルバスでそちらに移動した。
アウシュビッツとは雰囲気が違う。

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電圧を流した有刺鉄線で囲まれた敷地は広大で、東京ドーム37個分の広さ。
300もの建物があり、多いときで9万人が収容されていた。

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収容所には鉄道も引き込まれた。
「効率的に」囚人を運び入れるために。

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窓もない貨物列車に70人も詰め込んだ。
まるで動物を運ぶかのように。
座ることもできなければ、もちろんトイレなんてない。

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ビルケナウ収容所は、壊された建物が多く保存状態は悪い。
だけど、アウシュビッツよりもこちらのほうが生々しく映る。
寒々しさや陰湿さをより感じる。

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収容棟は粗末な木造のほったて小屋。
戦局が悪くなり、収容所の建設に多くの予算をあてられなくなった。

それでもどんどんと増える囚人。
躍起になって簡易な施設をつくり続けなければならなかった。

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こうやって収容所を目にすればするほど、疑問がわいてくる。

「いったいなんのために。」

なんのためにユダヤ人を捕まえ、収容させ、殺さなければならなかったのか。
第二次大戦中、外国と戦うことで手一杯のさなか、なんでナチスドイツはこんな無意味なことを真剣にやっていたのか。

言葉を選ばずあえて書くと、戦争で忙しいさなか、なぜわざわざ収容所をつくり、一生懸命ユダヤ人狩りをし、遠くから貨物で移送し、収容所に職員を配置して運営し、毎日数千人を殺すという作業をおこなっていたのか。

たしかに健康な囚人を労働力としてつかってはいたけれど、ほとんどの人たちは連れてきてすぐに殺したり、狭い場所に閉じ込めていたのだ。

こんな収容や虐殺をしてもドイツのためにはならない。
第二次大戦中、戦争に勝って国を存続させることに財力も人もあてることが先決だったはずなのに、なぜ関係のないこんなことにこれほど固執し力を注いだのか。

その疑問をガイドの中谷さんに正直にぶつけた。

「こんなことをして、ドイツになんのメリットがあったんでしょうか。」

多くの人が命を奪われているのに、「メリット」なんて軽々しく聞こえる言葉を使うべきではないと思ったけれどそれしか思いつかなかった。

こんな基本的なことを聞くのは馬鹿げていて恥ずかしいなとも思ったけど、聞かずにはいられなかった。

中谷さんは少し間をおいて答えた。
「どうしてこんなことをやったのか。
その疑問にきちんと答えている文献はひとつもないと思いますよ。
わからないんです。
たとえば、囚人たちの体を見て労働力になるから生かしておくのか、そのままガス室に送って殺してしまうのかを判断していたのはエリートの医師でした。
その当時のドイツの医師というのは世界でもトップクラスの頭脳の持ち主だったんです。
どうしてそんなに頭がいい人たちがこんなことに加担したんでしょうか。」


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「1929年にアメリカを発端とした世界恐慌が起こり、ヨーロッパにも不況の嵐が押し寄せました。
ドイツも例外ではなかった。
そんな行き詰まった状態から脱出しようとした結果がこうなったんじゃないでしょうか。
ここポーランドに来たのも彼らからしたら「占領」ではなく「経済拡大」だった。
さらに不況のストレスの矛先がユダヤ人に向けられた。
ドイツ人にしてみたら『ユダヤ人を苦しめてやろう』と虐殺をしたのではなくて『ユダヤ人から自分たちが苦しめられているから』だったんでしょうね。」


もともと馬小屋として設計されたものが、収容施設として使われた。
本来、馬50頭を収容する建物に400人の人間が入れられた。

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どうしてナチスは、そんな意味のない残虐なことをやるようになったのだろうか。

「たとえば学校のいじめ。
家庭がちょっと裕福で成績もそれなりによくて不自由してなくて自分に自信があるような子が、ふと何かで負けて劣等感を感じたりした場合にいじめっ子になったりするでしょ。
当時のドイツもそうだったんです。
勢いがあって強かったドイツにかげりが見え始めた、そんな時代に起きたのです。」


中谷さんに案内してもらって3時間近くが経つ。
氷のような雪が時折吹きつける。
マイナス10度くらいだ。
夜にはマイナス20度以下になるだろう。

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手袋を2枚重ねにしているのに、冷たくて麻痺してくる。
大げさに思うかもしれないけど本気で凍傷になるんじゃないかと不安になり、指をこすったり息を吹きかけたりしてみる。

「みなさん、寒さは大丈夫ですか。
我慢し過ぎて体の中から冷えてしまうと、戻すのに苦労しますから。」

中谷さんは寒そうにしているわたしたちを心配してくれる。

この時期のアウシュビッツは寒いだろうね。
ポーランド行きを決める前からケンゾーと心配していた。
吹きっさらしの中、長時間さまようのはつらい。
でも、この時期に行くほうがかえって寒さを実感でき、囚人たちの苦しみが少しでもわかるんじゃないか。
そうも思っていた。

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でも、当時の人たちの寒さはこれとは比べものにならないほどひどかっただろう。

「この写真を見てください。
まわりは今のように雪が積もっています。
こんな薄い囚人服だけで、収容所の建設作業をさせられているんです。」


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つらいのは冬だけではなく、夏は30度を超える暑さで不衛生な環境のなか伝染病も起きていた。

建ち並ぶ木造の小屋。
その一つに中谷さんが入っていった。
さっきのように粗末なベッドが並んでいるのかと思ったら、そこにあったのはくり抜かれたたくさんの穴だった。

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1つのレーンに穴が2列ずつあいていて、それが3レーンある。

それはトイレだった。

みんなで一斉にここに連れてこられて一斉におこなう。
一日2回だけ。
しかも用を足す時間も1回20秒と決められていた。

「こんな恐ろしいことが行なわれていた収容所。
でも忘れてはならないのは民主主義の社会で選ばれた政治家たちが収容所をつくったということです。
だからヒトラーだけを土俵にのせて、悪いことをしたと考えるだけでは不十分です。
その時代に生きていた人たちは『悪いことをしよう』なんて思ってなかった。
人間の求めるものを間違った方法で求めた結果、こうなってしまったんです。」


生きづらい時代だった当時、ヒトラーの出現に国民は歓喜し熱狂的になった。
隣国を攻撃し、占領していった。

「遠い国の過去の話ではありません。
たとえばいまの日本も経済状況が悪くなったそんなとき、もし日本の首相が外国人に暗殺されたら、国民が感情的になって戦争が始まることだってあり得るかもしれませんよ。」


まわりの国に勢力を拡大していったナチスに国民は信頼をおいていった。
そしてナチスはユダヤ人を排除していく政策をますます押し進めていった。

何の罪もない普通の人たちが捕らえられ、収容所へと送られ、虐待され、そして殺されていった。
このとんでもない異常なことが疑問視されることもなく、当然のようにきのうもきょうもあしたも行なわれていった。

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「当時、ナチスの政策に賛成も反対もしなかった傍観者が大勢いました。
そしてその傍観者こそ、最大の後ろ盾になったのです。」


わたしたち人間というのはこんな恐ろしいことに加担してしまう生き物なのだ。

でも正しくないことを正しくないという、本当の意味での「人間らしさ」をどんなときも持っていたい。
それを実現するための方法は簡単には見つからない。
それでもー。

中谷さんは繰り返した。
「だからわたしたちは、メンタルを鍛えていかなければなりません。」

どんなときもぶれないように
どんなときも正しい道を選べるように
大勢に流されないように
傍観者にならないように
声をあげて「違う」と言えるように

こころを鍛えるということ。

過去から学び、見聞を広め、正しい道を選ぶ力を身につけていく。
こころを鍛えることは意識的におこない続けないといけない。

過去を見つめ、人間のおかした過ちに向き合うことはときに苦痛を伴う。
それは簡単なことではない。
そしてがんばったところでそれが本当に意味があるのか不安になる。

そんなこと「自分に関係ない」と割り切り、考えないほうが楽に生きられる。

それでも自分が「人間らしく」生きていきたいから
ほかのどんな人からも「人間」である権利を奪いたくないから

だから、努力してこころを鍛えていく。

このアウシュビッツとビルケナウはこころを鍛える場所なのだ。

中谷さんが言った。
「ここではいろんな国の言葉が飛び交っているんですよ。
世界中からここを訪れる人たちが年々増えているんです。
そのなかにはもちろんユダヤ人たちもいます。
彼らにとってはここに来ることはとてもつらく、みじめな思いをするでしょう。
長い間ここを訪れることができなかった。
それでもようやくここを訪れはじめている。」


彼らは祖先の髪の毛や靴の山を目にし、わたしたちが感じる以上の戦慄を感じるだろう。
ここに来ることはとても恐ろしいことなのだ。

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中谷さんが続ける。
「そしてユダヤ人たちのグループのその隣にはドイツ人の姿が見られることもあります。
ドイツ人にとっては過去の過ちを突きつけられる場所です。
肩身の狭い思いもあるでしょう。
それでも勇気をもってここに来ている。 
ユダヤ人とドイツ人が肩を並べて過去を見つめようとしている。
そういう意味で、ここは和解の場にもなっているんです。」


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こころを鍛える。
それは面倒くさいし、ときに意味のないように思える。
鍛えなくても生きていけるし、そのほうが楽でもある。

それでも、わたしたちはこころを鍛えていかなくてはいけない。
誰もが人間らしく生きていくべきだから。

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【旅 info.】
  アウシュビッツ・ビルケナウ収容所a_DSC_0451_201402262023529dc.jpg
クラクフ駅裏のバスターミナルからバスやミニバスで。
1時間20分から1時間50分。
往復で28ズウォティ。(ミニバスだともっと安いかも)
入場料は無料。
中谷さんにガイドをお願いしたい場合は事前にメールで連絡。
アドレスは「nakataniアットマークwp.pl」
ガイド料金は参加者の人数によって異なる。
中谷さんのガイドツアーは3時間ほど。
敷地は広いので、足早に見て回り時間が足りなかった。
ゆっくり見たり写真を撮ったりしたい人はツアーの前後に個人で見ると良い。
アウシュビッツからビルケナウまで無料のシャトルバスがあるが本数は少ない。
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アウシュビッツ収容所 殺すシステム

2014.02.25 06:22|ポーランド☞EDIT
リアルタイムではたくさんのユダヤ人が住むイスラエルにいるイクエです。
イスラエルが行なっているパレスチナ人への迫害のひどさも実感しています。

そんななか、きょうは70年前に逆にユダヤ人が受けた迫害についてお伝えします。

「アウシュビッツ強制収容所」

悪名高いナチスの強制収容所。
ナチスと言えばドイツを思い浮かべ、アウシュビッツ収容所もドイツにあったように思う人もいるかもしれない。
だけど、アウシュビッツはポーランドのクラクフからバスで1時間半ほどの田舎の村にある。
ドイツ語ではアウシュビッツ、現地の呼び名はオシフィエンチム。

アウシュビッツ

収容所にふさわしい場所は、そこで行なわれる残忍な実態を悟られないような、社会から断絶されている場所。
何万人ものユダヤ人を収容できる広大な土地。

ひっそりとしていて暗い影を落としているこの場所。
雪が吹きつけ、氷点下のこの時期はさらに物悲しさを感じる。

こんな時期にここを訪れる人なんてそうそういないんじゃないか。
そう思って来てみたら、駐車場にはたくさんの大型バス。

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入口は人であふれていた。
それでもほかの季節に比べれば少ないのだそう。
あたたかい時期は、駐車場は大型バスで埋め尽くされ見学にも列ができる。

驚くことに、ここを訪れる人たちは年々増えているのだという。
ヨーロッパでは歴史を学ぶうえでここがもっとも大切な場所と位置づけられ、訪れるべきだと推奨されている。

ナチスのホロコーストから70年。
時間が経てば経つほど忘れ去られるのではなく、時間が経つからこそ忘れないようにいましめる。
過去を振り返ることを大事にするヨーロッパを、日本も見習わないといけない。

アウシュビッツ収容所は二度と同じ過ちを起こさないために、過去を学ぶ場所として世界遺産に認定されている。
当時の建物が残され、建物内部は歴史を伝える博物館となっている。
維持や運営に莫大な費用がかかるようだけど、入場は無料。
その点にも感心する。

各言語で案内してくれる有料のガイドさんたちがいる。

「より深く知るためにはガイドツアーに参加したほうがいい。」
そんな情報もあったし、入場が無料なのでその分お金を払うのもいいと思って迷わず参加することにした。

日本語ガイドは中谷さん。
ガイド料は250ズウォティ(8500円)で、参加者で割り勘するというシステム。
この日集まったのは、わたしたち以外に3人だった。
ガイド料は中谷さんに直接支払うのではなく、窓口で支払う。
このガイド料もアウシュビッツの運営維持費に使われている。

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メガネの男性が中谷さん。
もう長いことポーランドに住んでおられる。
ポーランドが社会主義から民主主義になったのは1989年。
そのころにやってきて、混沌と希望で満ちていた時代を見つめてきたという。
現在、アウシュビッツの公認の日本語ガイドは中谷さんだけ。

「お忙しいですよね。
後任の人はいないんですか。」
「ええ、残念ながら。
私自身、この仕事をいつまでやるかはわかりません。
外国でこんな風にガイドをやるよりも、平和のために貢献できる仕事を自国の日本でやるべきじゃないか。
日本でも過去の歴史を振り返ったり平和について考えなければならない。
だけどそのいっぽうで、外国で日本の方をご案内し外から平和について見つめてもらう、そういうのも必要じゃないかとも思うんです。」
 

敷地内に入り、最初に目に入ってくるのはこのゲート。
これまで幾度となく写真で見てきた。

ARBEIT MACHT FREI
「働けば自由になる」

そう書かれている文字は、踊っているようでふざけているようで、そらぞらしい。

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Bという字が逆さまになっている。
これはこの看板を作らされた囚人の、せめてもの抵抗だったとも言われている。

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でもほんとうのところはわからない。
彼らはどんなに働いても自由になれなかったのだから。
働かされて待っていたのは、死。

ここに収容された人たちは130万人。
90パーセントがユダヤ人で、そのほかロマ(ジプシー)や各国の政治犯も収容されていた。

収容所にあるコンクリートの壁。
別名「死の壁」。
ここで2000人から3000人が銃殺された。

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現在でも死刑は行なわれているものの、世界的に見れば死刑制度を撤廃している国のほうが多い。
「どんな理由があれ、人を殺すことは人道に反している」「無実の罪をきせられて殺される、えん罪の危険性」「死刑が乱用されると国家の思うままに人を殺すことにつながってしまう」
そんな理由からだ。
死刑を行なっている日本でさえ、最高裁まで時間をかけて慎重に審議され執行される。
そんな日本でも、死刑の是非が論じられている。

でも、ここはそんなレベルではない。
いとも簡単に銃殺。
そしてそれが正当化されていた。

どんな罪があったのか。
それが正しかったのか。
もはやそういうのはどうでもいいこととされた。

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3000人近くが銃殺されたけれど、それよりももっと多くの罪のない人たちがガス室で殺されている。

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アウシュビッツに収容された130万人のうち110万人が命を奪われたといわれている。
でも正確な数はわからない。
骨を砕いてまき、証拠が隠された。

遺灰で作られたオブジェがあった。
中の遺灰はだれのものかもわからない。

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「囚人」とか「収容された人たち」なんてひとくくりで表現されるけれど、でもその130万人の人たちにはたしかに名前があってそれぞれの人生があって、それぞれの愛する人たちがいて・・・。
だけどここに収容されたらそんな個々の生は切り捨てられる。
「囚人」としか見なされなくなる。

自分の人生を生きていた人たち。
わたしたちと何の違いもなく、暮らしていた人たち。
しかし突然「囚人」にされた。

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こんなふうに縞模様の囚人服を着せられ、犯罪者のように写真を撮られる。
そうすることでここで働くドイツ人たちにとって、まるで収容する彼らが自由を奪ってもいい犯罪者のように思えてくるのだ。

どうしてこんな残忍なことができたのか。
どうしてほかの人たちに反発されることもなく、110万人もの人たちを殺せたのか。
現在に生きるわたしたちはそんな疑問をもつ。

でも、その大量殺人が、まるで工場の流れ作業のようにシステマティックに行なわれていたとしたらー。

ユダヤ人たちはここで殺されるなんて知らずに連れてこられた。

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「ユダヤ人たちのために新しい住む場所を用意した。
 持っていける荷物はひとりにつきカバンひとつ。
 あとでわかるように名前と住所をカバンに書いておくように。」

突然そう言われたユダヤ人たちは、最低限必要なものを決めてカバンに詰め込んで。
そのなかには、日常生活に必要なもの以外に写真や思い出の物、手放せない宝物もきっとあっただろう。
大切な物だから、人のカバンと間違われないようにしっかり名前を書いて。
「この先なにが待っているかわからないけど、新天地で今よりもマシな生活が待っているかもしれない。」

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だけどそのカバンがユダヤ人たちの手に戻ってくることはなかった。
最初からカバンを持ち主に返すつもりなんてなかった。

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カバンを持たせたのは、暴動が起きないようスムーズに移送できるようにするため。

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そして切符まで作って買わせていた。
切符にスタンプまで押して。

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着いた途端に選別される。
そのままガス室に送るか、少しの間生き延びさせるか。

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医者が体つきを見ながら判断する。
労働力になるか、なんの価値もない人間か。

「あんたはこっち、あんたはあっち。」
医者が動かす指でその人の人生が決まった。

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14歳以下の子どもは労働力にはならないと判断され、母親とともにガス室に送られた。

到着してすぐにガス室送り、つまり殺された人は、75パーセントから80パーセントにものぼる。

ガス室で使われたのは、害虫駆除のチクロンB。
1缶で150人を殺すことができる劇薬だった。

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この劇薬を納入した会社は「害虫駆除のためのもの。人を殺すのに使われるとは思わなかった。」と責任逃れができる。

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「今からみなさんはシャワーを浴びます。」
そう嘘をついてガス室に誘導するのも、ユダヤ人の仕事だった。

ユダヤ人が苦しむところをドイツ人には見せないシステムがつくられていた。
ドイツ人に良心の呵責を感じさせないですんだ。

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そこに本当のシャワーはなかった。
暗い部屋に閉じ込められ、放り込まれるチクロンB。

多くの人たちが押し込められたガス室。 
数十分後、そこにいたすべての人たちはもうこの世にはいない。
ガス室に残されたのは遺体だけ。

その遺体をひきずって運ぶのもまたユダヤ人の仕事だった。
「自分たちはこんなふうになりたくない。」
そう思わせることで、ますますドイツ人看守の言いなりにさせることができた。

ガス室のすぐ隣には焼却炉。
2、3人の遺体を押し込んで焼いていた。

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目の前にある焼却炉。
人を焼くためのものだとは想像できない。
無機質でただ並んでいる焼却炉を見ていると、工場の一部屋を見ている錯覚になる。

当時はこんなふうにたくさんの焼却炉が備え付けられたところもあった。

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整然と並ぶ焼却炉は、まるで短時間で機械的に何かを処理していく工場。

その何かは、人間の遺体。

アウシュビッツは殺人工場とも呼ばれている。
まさしく工場のように「効率的に」「大量に」「流れ作業で」人を殺していた。

命の重みを感じる。
他人の人生を想像する。
どうしようもない罪悪感を感じる。

この殺人工場にそんな感情が入る余地なんてない。

多いときで一日に数千人の人が殺された。
焼却炉での「処分」が間に合わず、外で焼かれることもあった。

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もちろん遺体を焼いているのはユダヤ人たち。
命じられるがまま、同胞の遺体を焼くしかなかった。
きっと家族や知り合いの遺体を目にすることもあったと思う。

自分もこうなる運命になることを感じながら、絶望の中で遺体を焼かされていた。

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この写真は収容された人が隠れて撮ったもの。
命がけで撮影し、どうにかして外に流出させて訴えようと思ったのだろう。

殺された110万人もの人たち。
あまりの数の多さにその人たちそれぞれの生を想像することが難しい。
けれど、その人たちの生きてきた証、無念の思いがこころにずーんと伝わってくる場所がここにはある。

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山積みにされた靴。
かわいらしい子どもの靴、赤い女性の靴、男性の革靴。

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こんなものもある。

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犠牲者の義足や松葉杖。
障がいがある人はまっさきにガス室送りとなった。

中谷さんが言った。
「この人たちを『殺す』のではなく『生まれてきて不憫だから安楽死させてやる』。
そんなふうにして殺すことを正当化させていたんです。」


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人を殺すということ。
それに精神的な負担をかけずに、合理化させる。
それはとても恐ろしいことだけど、現実にこんなふうに簡単に人が人を殺していたのだ。

アウシュビッツにはほかにも山積みのメガネや髪の毛もある。
わざわざ髪の毛まで剃ったのはなぜか。
その髪の毛は、絨毯やソックスの材料にされて外で販売された。

髪の毛だけではない。
金歯も抜かれ、それを溶かして金の延べ棒にして売られた。

中谷さんが続ける。
「そんな金の延べ棒がヨーロッパの銀行で販売された。
 まわりまわって今も日本の銀行にあるかもしれないのです。」


展示されている一枚の資料。
ゴールド、シルバーと書かれた横に数字。

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「金歯 ◯◯人分」ではなく「ゴールド ◯◯」。
ほかの商取引と変わらないような書き方。

中谷さんが言った。
「金歯と書かずにあえて『ゴールド』と記す。
感じ方にだいぶ差があると思いませんか。
全部数字にすり替えていくことで、人間の生を感じずにすむ。
この虐殺に関わる人たちが、精神的な負担を感じずにすむような仕組みになっている。
精神的な負担のかかることはユダヤ人にさせていた。
ユダヤ人を捕まえさせるのもユダヤ人にさせていた。」


「これも囚人の部屋です。」

そう言われて案内された部屋は、ベッドやテーブル、棚まである個室だった。
囚人の部屋とは想像しにくいけど、掛けてある縞模様の囚人服がそれを物語っている。
囚人のなかでも、監視係を任された人たちの部屋。

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こんなふうに囚人の監視係は部屋や食事面で優遇された。
囚人が囚人を監視し、階級をつくった。
アウシュビッツでは平均2〜3か月しか生きられないなか、監視係たちの生き延びる確率は高かったそうだ。

その後案内された普通の囚人たちの部屋。
家畜小屋も同然だった。

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この一段に4人から5人が寝ていた。

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こんな残虐な場所が行なわれていたすぐ横には、幸せな家族の日常があった。
アウシュビッツの所長だったルドルフ・ヘス。
家族5人と妻と収容所の目の前で暮らしていた。

右の建物が収容所で、左の建物がヘスの家。

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子どもたちといっしょに朝ごはんを食べ、妻から「いってらしゃい」と見送られる。
囚人の脱走防止のための高電圧の流れた有刺鉄線を越えて収容所の中へと出勤する。

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そこにはうつろな目をしたやせ細った2万人が収容されている。
きょうもまた、新しい囚人が列車で運ばれてくる。
そのなかには自分の子どもと同じ年齢の怯えた顔の子どもたちもいる。

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そしてまた、きのうと同じように数千人がガス室で殺される。
夕方になると温かい家庭に戻り、良き父親として子どもたちを優しい目で見守る。
みんなで食卓を囲み、子どもの寝顔を見届けて一日を終える。

そんな奇妙な生活ができたのは、彼が特別だったからだろうか。

もし、自分が彼の立場だったらー。
そして大量殺人という残忍な行為がシステマティックに行なわれ、加担する側には精神的負担がほとんどかからないような仕組みになっていたとしたらー。

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戦後ヘスは裁判にかけられこのアウシュビッツ収容所の絞首台で処刑された。
処刑される前にヘスは手記でこう記している。

私はそれとは知らず第三帝国の巨大な虐殺機械の一つの歯車にされてしまった。
世人は冷然として私の中に血に飢えた獣、残虐なサディスト、大量虐殺者を見ようとするだろう。
けだし大衆にとってアウシュヴィッツ司令官はそのような者としてしか想像されないからだ。
彼らは決して理解しないだろう。
その男もまた、心を持つ一人の人間だったということを。
彼もまた悪人ではなかったということを。


ヘスは絞首台に立ってもなお、反省も謝罪の言葉も残さなかったそうだ。

虐殺機械の一つの歯車にされそうになったとき、それにあらがい、自分が正しいと思う道を貫くにはいったいどうすればいいのだろうか。

次回もアウシュビッツについてです。
すぐ近くのビルケナウ収容所についても紹介し、この問題をもう少し考えたいと思います。
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ポーランド「クラクフ歴史地区」☆ 戦渦を逃れた街

2014.02.24 06:03|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
妻と同じくこの数日おならが止まらないケンゾーです。
これは完全に豆の食べすぎだな。
毎日豆、豆、豆、豆料理のオンパレード。
あと2、3日は止まらないだろうなあ。

ポーランド第3の都市クラクフ。
ここは17世紀にワルシャワに移るまでポーランド王国の首都だった街。
第二次世界大戦の時にポーランドのほぼ全域が壊滅的な被害を受けるなか、クラクフは被災することなく古い街並みがそのまま残っている。

クラクフ

雪が降り積もり銀世界の街中へ。
九州・福岡と言うと南国のように思われることが多いけれど、1年に2、3回は積もるほど雪も降る。

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子どものころは毎年のように庭でかまくらを作ってたけど、いつからだろう、そんなに雪が降らなくなったのは。
やっぱり温暖化は着実に進んでるのかな。

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福岡でこれだけ雪が積もると、車は大渋滞、列車も遅れて街中大騒ぎになる。
でもクラクフではこれが日常。
静かに一日が動き出す。
寒さに慣れてるとはいえ、露天のプレッツェル売りは寒そう〜!

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まずは旧市街中心から歩いて15分、ヴァヴェル城へ。
ここは歴代ポーランド王が住んでいた城。

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城門をくぐってまず目に入るのはヴァヴェル大聖堂
数世紀にわたって建設されたので、ゴシック、ルネッサンス、バロックとそれぞれの時代の様式がミックスされている。

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奥に進むとヴァヴェル城旧王宮がある。
上品な白い建物で囲まれた中庭はとても美しい。

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白い壁にカラフルなフレスコ画が描かれている。
寒くなければもっとじっくり見たいんだけどね、風が冷たくて顔が痛いんだよね。

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旧市街からヴィスワ川を渡ってポドゥグージェ地区へ。
ここは第二次世界大戦当時、ナチスが作ったゲットー(ユダヤ人が強制的に集められ住まわされた居住区)があった地区。
大戦前までクラクフにはおよそ6万人のユダヤ人が住んでいた。
そしてここにあったゲットーに1万5千人もの人が移された。
最終的に生き残ったのはほんのわずかな人たち。
ほとんどのユダヤ人がアウシュビッツなどの収容所に送られるか、ここで殺された。

この地区にある英雄広場。
ここにユダヤ人が集められ収容所に送られたり、処刑されたりしたそうだ。

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ゲットーのなかだけが世界のすべてとなってしまったユダヤ人たち。
もちろんそれまで外にあったユダヤ人の商店や学校も、ゲットーのなかに移転させられた。
子どもたちはゲットーに引っ越すとき、それまでの学校から椅子をもってここに移ったそうだ。
ユダヤ人を追悼する椅子のオブジェが、そんな当時を物語っている。

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街中を歩いてもかつての悲劇を窺い知ることはできない。
近代的な建物がたくさん建設中で、古い建物はずいぶん少なくなっているようだ。
それでも確かに、ここで多くのユダヤ人たちが苦しい生活を強いられていた。

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当時、周囲は壁で囲まれ外界とは完全に隔離されていたという。
それまで3000人が暮らしていた場所に15000人のユダヤ人が押込められた。
狭い部屋に何家族も住み、自由にゲットーの外に出ることもできなかった。

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そんな地獄のような場所だったとは思えないほど、今ではカフェやレストラン、ギャラリーが店を構え、スタイリッシュでおしゃれな街として賑わっている。


旧市街の中心、中央広場へ。
ふだんは地元の人や観光客で賑わうこの広場も、さすがにこの雪と寒さで人はまばら。
写真左側の立派な建物は織物会館

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長さ100mで14世紀に建てられたルネッサンス様式の建物。
もともとここで服や布地の取り引きが行なわれていたんだって。
ベージュ色の外観がとても目を引く。

この建物の1階の通路にはお土産屋さんがずらーっと軒を連ねている。
おもしろいのが、商品を見ながら歩いてても店の人が全然声を掛けてこないんだよね。
冷やかしだと見破られてるのか、そもそも商売っ気がないのか。

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ヨーロッパの古い街並みは夜もライトアップされ美しい。
もちろんクラクフの旧市街も昼間とはまた違った美しい姿を見せてくれる。

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こちらは旧市庁舎
といっても、1820年に旧市庁舎が取り壊され、この時計塔だけが残された。
この塔の地下は、昔牢獄として使われていたこともあるそう。

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1222年に建てられた聖マリア教会
2つの尖塔はクラクフのランドマークとなっている。

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この大聖堂の塔からは1時間ごとにラッパの音色が聞こえてくる。
毎回同じメロディなんだけど、毎回同じところで途切れてなんだか中途半端な感じで終わっちゃうんだよね。

じつはこれにはちゃんと理由がある。
13世紀前半にモンゴル軍がポーランドに侵攻してきたときクラクフも襲われた。
いち早く敵の接近に気づいたラッパ吹きが、街に危険を知らせるため大聖堂の塔の上からラッパを吹き鳴らした。
ところがモンゴル兵に弓矢を射られて途中で絶命する。
700年以上経過したいまでも彼の死を悼んで、メロディは途中で止められるんだそう。

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クラクフの旧市街を長きに渡って守ってきた城壁は今ではほとんど残っていない。
旧市街の北にあるフロリアンスカ門のあたりにわずかに昔の面影を残している。

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その門を防御するために造られたのがバルバカンと呼ばれる円形の要塞。
今ではヨーロッパに3か所しか残っていないという珍しいものなんだそう。

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さて、戦渦を逃れた古都「クラクフの歴史地区」。
「星いくつ?」

「星、1つ!

建物や街並みはもちろん美しいし歴史を感じるんだけど、プラハやウィーンと比べるとちょっと物足りない。
これ!といった目玉もないし、旧市街の規模も小さい。
でも、イクエは聖マリア教会がこれまで見て来た教会で一番好きだと言っていた。
「壁全体に数種類もの千代紙を貼り付けたみたい。ユニークで惹かれる。」とのこと。

旧市街が現在でもクラクフの人たちにとっての繁華街になっている。
中世から変わらず市民のくらしが根付いている歴史ある街だ。
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極寒のポーランド せっかくの鍋料理が!

2014.02.23 06:20|ポーランド☞EDIT
毎日豆料理の食べすぎでおならが止まらないイクエです。
ちなみにケンゾーも止まりません。

イクエとケンゾーのヨーロッパの旅。
つぎに目指すはポーランド。

オーストリアのウィーンからバスでチェコに戻り、電車に乗り換えて、チェコとポーランドの国境の街を目指す。

チェスキーテシン

ことしのヨーロッパは暖冬と言われていた。
だけど、前日からいっきに例年の寒さになった。

4日ぶりのチェコ。
この前とは違って雪が降っていて、さっむーい。

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ホームは寒いけど、チェコの列車はきれいで快適。
乗り換えの待ち時間も含めて、ウィーンからチェコの東のチェスキー・テシンまで6時間弱。

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チェスキー・テシンは国境の街ということ以外には特に何もない街。
というか田舎。
なかなかツーリスト用の安宿がないんだけど、いいホテルを見つけた。
駅前のhotel piast
ダブルルームは850コルナ(約4400円)するんだけど、バストイレなしだと半額以下の400コルナ(約2100円)で泊まれる(シングルは300コルナ)。
ホテルの規模は大きいけど、薄暗く寂れていて昔の旧ソ連の中級ホテルって感じ。

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駅から近いし立地は言うことなし。
しかもポーランドとの国境まで歩いていける。

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チェコとポーランドを分つのは、このオルシェ川。
もちろんここでもパスポートのチェックもなければ警備している人さえいない。
住民も買い物袋をさげて出たり入ったり。
なので別の国に入るという実感が全然わかない。

橋の手前のチェコ側の街は「TESIN テシン」
ポーランド側の街は「CIESZYN チェシン」

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最寄りのバスターミナルまで2キロほど歩く。
着いたバスターミナルは、思いのほかこじんまりしている。
しかもバスと言ったって、ワゴンくらいの大きさ。
この車で世界遺産の街クラクフを目指す。

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およそ3時間、運賃は20ズウォティ(約690円)でクラクフの街に到着 ♪
やけに角張ったトラムを横目で見ながら、予約しているゲストハウスへこれまた歩いて移動。

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BENEDICT HOSTEL
ドミトリーでひとり5.3ユーロ。
ポーランドはお隣のチェコに比べると物価は安くなる。
広い共同キッチンもあるし、ちゃんとしたゲストハウス。

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でも、こんなドミトリー初めて見たよ!
後に入ってきた欧米人の女の子2人組も「3段!?」って驚いて笑ってたもん。

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いかに狭いスペースに客を詰め込むか。
その結果行き着いたのがこの3段ベッドだったんだろうね。
もちろん特注だよね。

こんなゲストハウスでも大人気だった。
予約を2泊分しかしてなかったから延泊を申し込んだらいっぱいで断られた。
ということで、3泊目は近くのHostel Faustってところに移動。

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ダブルで1泊1600円くらいでとてもきれいなホテルだったよ。

ポーランドは寒い!!
寒いときは何を食べたいか。
鍋でしょ!

ということで宿の共同キッチンを使って、鍋料理をつくることにした。
スーパーでネギやキャベツを買って冷凍餃子みたいなものを見つけたからそれを入れて。
スープのベースはお正月に家族にもってきてもらった「あごだし」。
宿にあった醤油で酢醤油を作ってつけて食べると、おいしいに決まってるよね!

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「おお〜!
 おいしそうな匂い。」

「この冷凍餃子の中身はひき肉かなあ。」
「ん?
 なんこれ?
 餃子から紫のものが・・・」


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まさかの・・・。

ブルーベリー!!

これ餃子じゃなくて、デザート系のヤツやん!!!

この失望感と言ったら・・・。

鍋からは熱々の湯気。
おいしそうなだしの匂い。
ネギを酢醤油につけて食べると「うわあ〜、おいしい!この味この味」って感動。
で、餃子を酢醤油につけて食べると、口に入れた瞬間はいい。
だけどかんだ途端ジュワッとブルーベリーの甘酸っぱい味にいっきに占領される。

この違和感、このがっかり感わかる?

この餃子みたいな小憎らしいやつの正体は、ポーランドの名物料理ピエロギ
中身はひき肉やポテト、チーズなんかもあれば、デザート系のフルーツ入りもある。
しかるべき調理法で食べたらきっとおいしいとは思うんだけど、大失敗だよ。

中身がブルーベリーだけでジャム系じゃなかったからまだマシ。
砂糖も入ってなかったから、なんとか食べきったよ。
ずっと違和感を感じながら。

次の日は雪化粧したクラクフの街歩き。
降ってくる雪は、結晶のかたちそのまま。

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寒さに弱いケンゾーは、背中をまるめて、風が吹くたびにしかめっ面になる。
でもイクエは真っ白なこの世界にちょっとテンションが上がる。

雪合戦に興じる楽しげな子どもたち。
ほほえましい♡

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我が子をソリにのせて、引っ張って歩く親たち。
一家に一台はあるんだろうな。

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ちょっとでも斜面があれば、そこはもう遊び場。
まるで滑り台で遊ぶかのように、慣れた感じで子どもたちはソリ滑り。

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クラクフの街を流れる幅の広いヴィスワ川。
なんかちょっと、川の様子が変じゃない?

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凍ってる!
一部分だけじゃなくて、見えるところ全部凍ってる。
池や湖ならわかるけど、流れのある川が凍るってよっぽどだよね。

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普段はプカプカ浮かんだり、水の上をスイスイ進んでいく鴨さんも、きょうはペタペタ。

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足が氷にへばりついて、離れなくなるってことはないのかな。

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言われなくてもこんなところでは泳げません。

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白いクラクフの街を歩いてたどり着いたところがここ。
昔、オスカー・シンドラーという人が経営していた食器工場。

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オスカー・シンドラー。
聞いたことがあるような名前。

そう、あの『シンドラーのリスト』のシンドラー。
実は『シンドラーのリスト』の舞台はここクラクフ。

当時クラクフにはたくさんのユダヤ人が住んでいて、ナチスから迫害・虐殺されていた。
かつての工場は今ではポーランドの近現代史、ナチスによるユダヤ人の迫害を伝える博物館になっている。

シンドラーの執務室も再現してある。

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奥にあるのは工場で作られていた食器類。
机にはシンドラーの写真。

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彼は1200人の命を救ったと言われている。

信じられないほど残虐なことをするのも人間だけど、命の重みを知っていてその命をつなぎとめることができるのもまた人間。

イクエとケンゾーにとって、ここポーランドは訪れなければいけないと思っていた国。
ポーランドに来た一番の目的。
それは、残虐な出来事が刻まれた「アウシュビッツ強制収容所」に行くことだった。
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旅したオーストリア こんな国

2014.02.22 06:11|ヨーロッパ☞EDIT
オーストリアには1/20~1/23まで3泊4日滞在しました。
ついでに行っとくか、と急きょ旅することに決めたオーストリア。
首都のウィーンだけの短い滞在だったけれど、オペラを観たり思わぬご招待を受けたり、充実した日々を過ごすことができました。
そんなオーストリアの旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?

オーストリアでいくら使ったのか発表します。
 
交通費           22.60ユーロ
外食費           29.87ユーロ
その他のフード・ドリンク   4.96ユーロ
宿泊費           75.00ユーロ
観光費           86.00ユーロ
雑費            11.40ユーロ

合計  229.83ユーロ(1ユーロ=142円)
約8,165円/1日2人で

ふたりには珍しく観光にお金を使ったので高くなった。
シェーンブルン宮殿だけでもふたりで29ユーロするからね。
クリムトの絵も図書館も素晴らしかったので、まあしょうがないね。


◇移動手段はこうでした

今回はウィーンだけの滞在で移動はメトロとトラムと歩き。
メトロ・トラム・バスのチケットは共通で1回券が2.1ユーロ。
ほかにも24時間券など種類がたくさんある。
交通費は高いけれど、ほとんどの観光地は集中しているので時間がある人は歩くことをおすすめします。

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◇こんなお宿に泊まりました

ウィーンだけの滞在だったので泊まったホテルはひとつ。
「ペンション・ハッピーミット」
予約サイトのブッキングコムで見つけた。
キッチンつきのダブルルーム、朝食つきで一泊ふたりで25ユーロ。
安くはないけどキレイだし居心地は良かった。

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◇これが一番うまかった!

ケンゾー 「サトコさんの手料理」
毎日自炊をしたので、ちゃんとした料理は招待してもらったサトコさんの家でしか食べてない。
サトコさんの手料理美味しかったなあ。
とくに魚のホイル焼きが嬉しかった。
ホイル焼きって熱々のアルミホイルを開ける瞬間がたまんないよね。
中に何が入ってるんだろうってワクワクしながらホイルを開けると、湯気といっしょに閉じ込められてた食材の香りがプワーッと広がって幸せを感じる。
サトコさんのホイル焼きは色鮮やかな野菜がたっぷり、荒巻鮭はほっくほくで言うことなし!
あ〜、幸せだった。
サトコさん、ごちそうさまでした!

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イクエ 「かぼちゃの種のオイル」
オーストリアではポピュラーらしい「かぼちゃの種のオイル」。
隠し味に使ったり、ドレッシングのように料理にかけたり。
サトコさんの家にもあったし、ファストフード店にもケチャップといっしょに置いてあった。
和食でもかぼちゃを使うし、ごま油を好きな日本人も多いし、日本でも流行ると思うんだけどなあ。

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◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「国立図書館」
個人的にはウィーンで断トツによかった。
まず「図書館なのに美しいってどういうこと?」って不思議じゃない?
今まで図書館が美しいかどうかなんて考えたこともなかったからね。
でもそんな疑問は中に一歩入っただけで消え去ったよ。
華麗なバロック様式の室内、整然と並んだ革表紙の本、そして言葉が出ないほど美しい天井のフレスコ画。
本を手に取ることもできずにただ眺めることしかできないんだけど、時間が経つのを忘れてずーっと眺めてた。
ウィーンの隠れた穴場ですよ!

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イクエ 「ウィーン・オペラ座」
当日立ち見で3ユーロで鑑賞。
演目はウィーンが生んだ偉大な作曲家モーツァルトの『ドン・ジョバンニ』。
これまでパリやプラハのオペラ座でバレエを観たり、日本で劇団四季のミュージカルは観たことあったけどオペラは初めて。
もちろんステージ上のオペラもおもしろかったんだけど、ステージ下のオーケストラに釘付け。
オーケストラは、ウィーンフィル交響楽団!
チェンバロ奏者兼指揮者の情熱的な弾き振りは、モーツァルトの再臨かと思った。
もしまたウィーンに行く機会があれば、当日立ち見にまたトライしたいな。

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◇ふらり ゆるり オーストリアの感想は?

ケンゾー
芸術には疎いほうなんだけど、やっぱり本場で見る本物の芸術は素晴らしい。
短い滞在だったけどアーティスティックな時間を過ごし、心が豊かになった気がする。
ふだんはケチケチ旅で観光にはあまりお金をかけないふたりだけど、たまには芸術に触れたりもしないとね。
行く予定のなかった国だけど、足を延ばして行ってよかった。

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イクエ
イクエにとっては2回目の旅。
今回ウィーンでは「芸術に触れる」をテーマにした。
大好きなクリムトの作品も2か所で観たし、オペラも観たしウィーンフィルの演奏も聴けたし。
ウィーンならお金をかけずに芸術に触れることも可能ですよ。
たとえばオペラ(&ウィーンフィル)はたったの3ユーロだし、記事には書かなかったけどシュテファン寺院の近くのペーター教会では、平日午後3時からパイプオルガンの生演奏を無料で聴ける。(最後に1ユーロ教会に寄付した。)
きらびやかで厳かで音響効果抜群の教会で聴くパイプオルガンの演奏は格別。
音楽の都ウィーンを大満喫できました!

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オペラとウィーンフィルをたった3ユーロで!

2014.02.21 06:25|オーストリア☞EDIT
夕食に夫とふたりで鶏肉一羽まるごとたいらげたイクエです。
たまにはがっつり肉を食べないとね。
旅してるとベジタリアンのヨーロッパ人に会う機会が多い。
きょうもふたりで肉を食べながら「ベジタリアンは肉の焼ける美味しそうな匂いを嗅いだら食欲をそそられるどころか、気持ち悪くなるのだろうか」「ホームパーティーでもベジタリアンが1人でもいたらその人にあわせないといけなくなるけど、当のベジタリアンは悪びれる様子もなくそれがあたり前と思うのが納得いかない」「現地人の家にお邪魔して肉料理が出たら断るなんて考えられん」なんてベジタリアンの話で盛り上がっていました。

きょうはウィーンの夜のお楽しみについて。
舞台はここ。

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ウィーンの国立オペラ座
ヨーロッパの三大オペラ座のひとつ。
ちなみにほかの2つはミラノのスカラ座とパリのオペラ座。
ウィーンオベラ座は1861年から69年に建てられたもの。

ルネッサンス様式で、ライトアップされた夜の姿はなおさら美しい。

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これは、中も見てみたいよね。
そんな人のために日中は有料でオペラ座のガイドツアーをやっている。
入場料は6.5ユーロ。
でも、これよりも安く中を見られる方法がある。

それは、チケットを買ってオペラを見ること!

高いと思うでしょ。
でも安いのよ、これが。
だって3ユーロだもん!

いや、本当は高いのよ。
でも、例外的に安く見られる方法がある。

それが
当日立ち見席

当日券は上演の80分前にオペラ座の左側の立ち見席専用の窓口で販売される。

高い席だと200ユーロ近くするオペラ。
立ち見とはいえこれがたった3ユーロで見られるんだから、80分前にのうのうと並んだらきっと売り切れになってるはず。

上演の3時間前には並ばないといけない、なんて情報もあったからとりあえず4時間前に様子を見に行ってみた。
当然まだ窓口は開いていない。
でも、すでにドアの前にスタンバイしている人たちがいる!

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寒いのによくやるよねー!
しかもほとんど年配の方。
折りたたみ椅子を持参してるからきっと地元の人で、こんなふうに日常的にオペラを安く楽しんでるんだろうね。

先客がいると言ってもまだこのくらいの人数なら大丈夫。
イクエとケンゾーはいったんホテルに戻って腹ごしらえをして出直すことにした。

そして上演2時間半前にふたたびオペラ座へ。

すでにドアは開いていて、待合所に列ができていた。
オペラって着飾ってきれいな格好で鑑賞するべきものだと思うんだけど、イクエとケンゾーはそんな服持っていない。
3ユーロの立ち見席の客まで、まさか着飾ってる、なんてないよね。
不安だったけど、並んでいる人たちの服を見て「ホッ」。

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ここでわたしたちに課せられた仕事は、チケットの販売開始までただひたすら待つこと。
やっぱり現地の人たちは慣れているようで、チェスで時間を潰したり編み物をしたり。

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まるで家にいるかのように寝転んで宿題をやりながら、お母さんに勉強を見てもらってる子まで。

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そうこうしているうちに、上演80分前になった。
いよいよ、チケットの販売開始。

実は当日の立ち見席には3種類ある。

① 1階席の1番後ろ     4ユーロ
② 上から2段目の階のサイド 3ユーロ
③ 1番上の階の正面     3ユーロ

一番良さそうなのは1階席の1番後ろの席。
だけどそのぶん人気がありそうだし、背が高い人の後ろだったらチビのイクエは見えない。
舞台からの距離があるけど、1番上の階の正面の席が何も遮られず全部を見渡せていいんじゃないか。
ということで③の1番上の席のチケットを2枚ゲット。

チケットを買った人は、今度は三手に分かれて並んだ。
イクエとケンゾーは階段をのぼって③の人たちの列へ。

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さてここからがいよいよ席争奪戦のはじまり。
観客席の扉が開くやいなや、一目散に走っていい位置をゲットしないといけない。
といっても、イクエたちの前に並んでいるのはご年配の方々。
ここまで階段のぼるのも一苦労で、手すりをしっかり握って一歩一歩ゆっくり上がったり、手をつないで介助されてもらったり。
若者なら、何の遠慮もなく押しのけていくけど、さすがにこの方たちを押しのけるのは良心が・・・。

そんなことをケンゾーと話していたら、観客席の扉が開いた。
と、同時にさっきまであんなにゆっくり歩いていた高齢者たちが、突然背筋ピン!

アレ?

小走りになって周りを押しのけながらすごい勢いで中へ入って行く。

ちょ、、、
ちょっと待って〜〜!!!!

恐るべし、高齢者たち。
そのパワーはいったいどこから?

みなぎるパワーをうちに秘めた高齢者たちに負けてしまい、正面よりやや右側の位置を確保。
でも、立ち見席のなかでは一番前だから視界を遮るものはない。

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さて、どうやって「ここは自分の位置!取らないで!」ってのをアピールするか。
それは、こういう風にする。

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持参のマフラーを巻き付ける!

これは正式な場所取りの方法で、オペラ座の係の人も「では、みなさん。お手持ちのマフラーかスカーフを巻き付けてください!」と指示する。

ほかのものを巻き付けたら注意されるので立ち見席アイテムとしてマフラーかスカーフを持参するのは常識となっている。

下を覗くと4ユーロの立ち見席の人たちが見える。
なかなかいい場所だよね。
だってその前列の座席は150ユーロ以上はするよ。
立つか座るかの違いで150ユーロ。

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「あそこの立ち見席のほうが良かったかな。
 あっちのほうが見やすいよね。」

「うーん、なんともいえん。
 1列目だったらいいけど、5列目くらいなら見えにくいかも。
 でもここより舞台はよく見えるよね。」


あの席を選ばなかったことを若干後悔しながら、もうひとつの立ち見席を見てみる。
わたしたちの1階下のサイド。

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「あそこかあ。
 けっこう見えにくそうやねえ。」

「うん、あそこなら、こっちのほうがいいよね。」

オペラ座って、観客席部分だけじゃなくて入口やホールがとにかく豪華で美しい。

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これだけ見るために3ユーロだしてもいいくらい。
立ち見席以外の人たちは、スーツやドレス姿の人も多い。
ラウンジではワインを飲んでくつろいでいるけど、わたしたちがここでワイン1杯飲んだら観覧料よりも高くなってなんか納得いかないのでワインはおあずけ。

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劇場の1階部分から全体を見てみたい。
でも入口には係の人がいて、チケットをチェックしている。
みんな堂々と150ユーロ以上のチケットを見せて、中へと入っている。
わたしたちのはもちろん3ユーロ。

「入れんかなあ。」
「でも一応チケットはあるから見学くらいならいいんやない?」
「じゃあ、ケンゾー先に行って。」
「え!
 イクエが先に行ってよ。」

「え〜!!
 恥ずかしいけん、ケンゾーが行ってよ。」


ふたりでもめながらも、係の人に「ちょっと見たいだけなんですが」と交渉してみる。
案の定「チケットは?」と聞かれる。
まあ、この服装ですでにバレてると思うんだけど、恥ずかしさを感じながら3ユーロのチケットをちらっとポケットから出して見せた。
「見学だけですよ。」
係の人はそう言って、中に入れてくれた。

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天井には大きくて丸いシャンデリア。
プラハのオペラ座でもイクエとケンゾーは250円の当日券でバレエを鑑賞した。
プラハの劇場のほうがきらびやかな感じがするけど、このオペラ座にも気品が漂っている。

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そして、舞台の真下のオーケストラのピット。
まもなく開演を控え、チェンバロの調律をしている。

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チェンバロがオーケストラの真ん中、そして一番前にドーンと置いてある。
演奏者はふつう舞台じゃなくて客席側の指揮者のほうを見るはず。
でも、これだとチェンバロの奏者は指揮者にお尻を向けることになるよね。

この謎はのちのちわかることに。

見学をしていたら開演の時間がやってきた。

演目は『ドン・ジョバンニ』
オーストリアの生んだ偉大な作曲家、モーツァルトの代表作。
そしてこのオペラ座のこけら落としもこの作品だった。

主人公のドン・ジョバンニ(ドン・ファン)は、1000人もの女性と関係をもつほどの大の女好き。
そのために事件を起こしたり、多くの人から恨みをかって、最後には自分が殺した男性の亡霊に地獄に引き落とされるというストーリー。

ストーリもおもしろく笑いを誘うシーンも多く、舞台セットはオペラのイメージを覆すようなスタイリッシュなもの。
シーンごとに背景のモノクロの大きな写真が変わるぐらいで、大掛かりなセットはない。
でもその写真はとてもアーティスティックでかっこいい。

そして歌手たちの歌も迫力があってすばらしい。
ドン・ジョバンニ役はアダム・プラチェッカ
ジョバンニに父を殺されたドンナ・アンナ役はヒブラ・ゲルズマーワ
アンナの婚約者役はローランド・ヴィラゾン

恥ずかしながらオペラに疎いイクエとケンゾーは知らなかったけど、この人たちはかなり有名なオペラ歌手らしい。
とくにメキシコ育ちのローランド・ヴィラゾンはテノール歌手として今や一番人気とまで言われているんだとか。

こんな本物のオペラをたったの3ユーロで見られるなんて。

しかし、オペラのストーリーよりも歌手よりも魅了されたもの。
それはオーケストラ!

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この事実知らなかったんだけど、このオーケストラってあのウィーン・フィルハーモニーだったの!!
ウィーンのオペラ座のオーケストラってウィーンフィルが担当してるんだって。
知ってた?

実は、安い当日券で「ウィーンフィル」を聞きに行くか「オペラ」を観に行くか迷っていた。
でも「ほんとうにウィーンフィルがやっている演奏会は少ない」と聞いていたし、立ったまま演奏だけ聞くのも辛いかなあと思ってオペラにしたのだった。

よかった〜、オペラにして。一石二鳥。

そして一番上の立ち見席にしてよかった〜。
一番上の階だからこそ、客席よりも低く隠れた場所にあるオーケストラが丸見え。

思いのほかオーケストラに魅せられてしまって、ステージよりもオーケストラのほうが気になって見入ってしまった。
正確に言えば、指揮者に。
いや、チェンバロ奏者に。

最初ね「オーケストラピットに指揮者の立つ場所がないなあ」って思ってたんだよね。
そしてさあ、チェンバロが演奏されるときに「あれ、指揮者どこいったのかなあ」って思ったんだよね。
で、指揮者が指揮棒を振ってるときに「あれ、さっきまでいたチェンバロ奏者どこいったかなあ。っていうか、なんで指揮者がチェンバロの奏者の椅子のところに立って指揮棒振ってるのかなあ」って思ったの。
そして、驚がくの事実に気づいたの。

「指揮者とチェンバロ奏者っていっしょの人やん!!」


チェンバロがなぜオーケストラの真ん中に、それも舞台に向かって置いてあったのか謎が解けた。

(写真は開演前の調律風景。実際の奏者兼指揮者は男性。)
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その事実に気づいてからは彼から目が離せなくなった。

彼の名は、アラン・アルティノグル

めちゃくちゃすごいんだよ。
どうすごいかっていうと、1人でチェンバロを独奏し、曲が終わりそうになると片手を鍵盤から離して、その手でオーケストラに合図をする。(もちろん、このときもう片方の手は鍵盤を弾いている。)
サッと、オーケストラのメンバーたちが構える。
そしてチェンバロの演奏が終わるやいなや今度は指揮棒を振って、オーケストラの演奏がはじまる。
神業だよ、これは。

鍵盤から指揮棒に握り変える時間がない時は、指揮棒なんて使わずにそのまま手で指揮をする。
逆に、指揮が終わってチェンバロの独奏に移るとき指揮棒を置くタイミングを逃したと思ったら・・・・。

くわえたっ〜〜!!!!!!
口に指揮棒をくわえて、演奏してる〜〜!!!!!!

薔薇を口にくわえて髪を振り乱してフラメンコを踊る男性ダンサーは見たことあるけど、指揮棒を口にくわえて髪を振り乱してチェンバロを弾く指揮者は見たことないよ。
情熱的すぎる!

で、ふと彼とオペラを見ながら思った。
モーツァルトも実はこうだったんじゃないかって。

このオペラはモーツァルトが作曲したものだけど、初披露はモーツァルト自身の指揮で行なわれている。
このときピアノ(もしくはチェンバロ)を誰が演奏したかわからないけど、もしかしてこんなふうにモーツァルトが弾いてたんじゃないかなって。
このオペラは、チェンバロの独奏とチェンバロ抜きのオーケストラの合奏が交互に繰り広げられて、チェンバロと指揮を兼務することは不可能ではない。
(ちなみにあとで調べてわかったんだけど、指揮者が演奏も兼務することを「弾き振り」というらしい。)
そう思うと、いま指揮棒をくわえて鍵盤を叩いている彼がモーツァルトと重なって見えてきた。

それまでのわたしのなかでのモーツァルトのイメージは「子どものころから天才で、英才教育を受けてお高くとまってて、近寄りがたい存在」だった。
だけど、急に情熱的で奇抜で、ぐっと親しみがもてる人のように感じてきた。

しかもこのオペラ、ベッドシーンもいっぱいあるし、下ネタっぽい笑いもある。
こんなオペラを作曲したモーツァルトって、じつはけっこう庶民的な笑いがわかる人で陽気な人だったんじゃないかって。

(モーツァルトって『俺の尻をなめろ』ってカノンも作曲してるんだって。やっぱりね。)

そんなモーツァルトに思いを馳せ、休憩を挟み3時間15分の公演の最後に指揮者のアラン・アルティノグルは大喝采を浴び、3ユーロのオペラは幕をとじた。

ケンゾーは「今度見るときは1階の席で見てみたいなあ」と言っている。
イクエだって「チャンスがあれば毎日みたい」と思った。
そう思うほど、わたしたちはすっかり満足したのだった。

これを見るためだけでも、ウィーンに来たかいがあった。

だけど、わたしたちにはさらに楽しいことが待ち受けていた。

ブログを読んでいるというウィーン在住の日本人の方からコメントをいただいたのだ。
「よかったら、我が家で食事を」というありがたいお誘い。

ほんとうはウィーンには2泊だけする予定だったんだけど、ぜひお会いして自家製の果物のお酒を飲ませて頂きたいってことで急きょ延泊決定。

その女性はサトコさんという女性で、メールの文章からものすごく気配り上手なかただというのがわかった。

「お忙しい旅程でいらっしゃるので、呉々もご無理の無いように」「急なお誘いをお許し下さい」「ドタキャンでも全く構いませんので、お気になさいませんように・・・。」

こちらのことを一番に考えてくださっている。
そして、ご自宅までのルートもとても詳しくメールで説明してくれて「当日のお昼のメニューと重ならないように」と食事のメニューまで教えてくださっていた。

サトコさんはピアノの先生で、旦那さまはオーストリア人、そして娘さんがひとり。
旦那さんは、ドイツ語、英語はもちろん、日本語、ロシア語、フランス語、中国語、イタリア?スペイン語?・・・とにかくびっくりするくらい語学が堪能で外国人相手のガイドのお仕事をされている。

ものすごく心遣いのある丁寧なメール。
オーストリアでピアノの先生。
何カ国語もしゃべれる旦那さま。

ここまでくると、イクエとケンゾーみたいな凡人にはまったく縁のないような人のように思えてくる。
住む世界が違うというか・・・。

「わたしたちがこんな汚い格好でおじゃましていいんやろうか。
 がっかりされんかな。」

「ドレスコードあるかな。」
「うーん。
 せめて清潔にしていこう。」

「家にグランドピアノとかもあるとかな。」
「そりゃ、あるやろ。
 だってウィーンでピアノ学んでいま先生なら。」

「えええー!
 大丈夫かな、そういう家。」


緊張しながらサトコさんのマンションへ。
築100年以上だという味のある建物。

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「こんばんはー!」

サトコさんにお会いして、イクエとケンゾーの緊張はすぐに溶けた。
とても気さくであたたかい。

通された部屋にはたくさんの本。
この雰囲気、すごくいい!

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ご近所の日本人のチズさんも手料理をもって駆けつけてくださった。
左から、クラウスさん、サトコさん、チズさん。

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まさかウィーンでこんなおいしい高菜おにぎりやキビナゴを食べられるなんて!

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和食とともにオーストリア料理もごちそうになった。

かぼちゃのスープにはオイルをかけていただく。
なんのオイルかわかる?

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カボチャの種のオイル。
ごま油好きの日本人は、香ばしいカボチャの種オイルも気に入ると思うんだけど日本でもつくればいいのにね。

そして、自家製シュナップス。
ドナウ川の近くの果樹園で採れた、リンゴやサクランボ、洋梨から作ったというお酒。

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旦那さんのクラウスさんは日本語がぺらぺらなので、日本語でみんなで盛り上がる。
ご自宅におじゃましたのは夜7時前。
おしゃべりが楽しくて「そろそろ帰らなきゃ」って気づいたら夜中の1時半!!
初対面なのに6時間以上もおしゃべりに花を咲かせていた。

楽しくて、おいしくて・・・。
ブログをやってたからこその出会い。

サトコさん、ほんとうにありがとうございました!
またお会いしましょう!!

次の日はだんなさんに教えてもらった近くのお店でウィーナー・シュニッツェル(カツレツ)を食べて、ふたたびチェコへ。

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当初予定していなかったオーストリア行き。
短い時間だったけど、楽しかったあ♡
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圧巻!世界一美しい図書館

2014.02.20 06:27|オーストリア☞EDIT
しょうもない事で妻とケンカをしてしまい、気まずいケンゾーです。
ケンカの原因は・・・服の前後ろを逆に着ていたこと。
しょうもな!あほらし!
どうやって仲直りしよう・・・。

きょうはケンゾーがウィーンでいちばん気に入った場所をお伝えします ♪
すっごくマイナーでガイドブックでもあまり紹介されていないけれど、シェーンブルン宮殿よりも断然おすすめ。
それはなにかというと・・・
図書館

え〜、図書館?とテンションが下がったあなた!じゃあ「世界で最も美しい図書館」と言われたらちょっとは興味がわくかな?

世界一美しいと言われているのは国立図書館プルンクザール
1723年から1737年にかけて建設。

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この図書館の情報はイクエが見つけてきた。
「世界一って言っても図書館やけんね。
 ただ見るだけやし、たぶん15分で見終わると思うよ。」

まあね、「美しい」って言われても、本が並んでるだけの図書館がどう美しいのかいまいちピンとこない。
半分ヒマつぶしのつもりのケンゾー。

2階の入口へとつづく階段ホール。
ほう、雰囲気はまあまあいいんじゃない?

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半分開かれた重厚感たっぷりなドア。
中がちらっと見える・・・
うわっ、スゴ!!
そこには予想をはるかに超えた美しい世界が広がっていた。

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今までの図書館の常識を覆す厳かで豪華な造り。
世界で最も美しいバロック様式の図書館を目の前にして言葉を失ってしまった。

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天井の高さは20m。
はるか上まで書架にはぎっしりと本が詰まっている。

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収められている蔵書は約20万冊。
そのほとんどは貴重な古文書などで、図書館とはいっても貸し出しは行なわれていないし、手に取って読むこともできない。
あの宗教改革で有名なマルティン・ルターの蔵書も膨大にあるんだそう。

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でも、こんなふうにいたるところにハシゴがあったから特別な許可をもらえば借りられるのかもしれない。
使われていない古ぼけた図書館って感じはしない。
いまも図書館としての息づかいが聞こえる。

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それぞれの書架にはちゃんと番号もついている。
書架番号まで芸術作品に見えてくる。

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本は好きなほうだけど、日本にいる時も図書館に行くなんてことはなかった。
だけどこの図書館は眺めているだけでワクワクしてくる。
古くて厚い革表紙が渋い味を出してる本たち。
どんな内容の本なんだろうね。

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幅が1mくらいある巨大な本も。
なにが書かれてるんだろう。
手に取ってみたくてうずうずする。

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秘密の小部屋に通じる本棚を装った隠し扉まで!!
ワクワク感の演出分かってるね。

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特筆すべきは天井のフレスコ画。
さすがは元ハプスブルク王室の宮廷図書館。
美しさは有名な教会や大聖堂並み。

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圧巻は「プルンクザール(大広間)」というこの図書館の名前にもなっている豪華な大広間の天井。
鮮やかなフレスコ画に圧倒される。
こんな図書館ほかにはないよ。

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図書館らしく学問にちなんだ内容なのがおもしろい。

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イクエは「あっという間に15分くらいで見終わるよ」なんて言ってたけれど、気づいたら1時間半も見学してた。
これはね、いつまで見てても見飽きないよ。

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椅子もあってゆっくり座って眺められるし、フラッシュを使わなければ写真撮影も自由にできる。
ウィーンでいちばん興奮したし、いちばん感動した。
ウィーンでイチ押し!!

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【旅 info.】
  国立図書館プルンクザールa_DSC_0156_201402180843013e7.jpg
場所は旧王宮敷地内、スペイン乗馬学校の反対側。
入館料7ユーロ。
図書館内は企画展の会場として使われている。
今回は近現代のオーストリアの子どもたちの写真展だった。
詳細はこちら



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オーストリア「シェーンブルン宮殿・ウィーン歴史地区」☆☆ 寒さには勝てない

2014.02.19 06:26|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
髪を切ってさっぱりしたケンゾーです。
今までは面倒くさくて髪をセットしたりはせずにナチュラルスタイルで旅してきたけれど、老化&オヤジ化が急激に進んできた今日この頃。
このままだと色気もクソもなくただのおっさんになってしまう可能性大なので、せめてワックスでも買って毎日ちゃんとスタイリングしよう。

「せっかくだから行っとくか」という軽いノリでやって来たウィーン。
ヨーロッパの名門中の名門、ハプスブルク家が作り上げたオーストリア帝国の首都として長きに渡り栄えてきたこの街はもちろん世界遺産に登録されている。

そのハプスブルク家の夏の居住、シェーンブルン宮殿も世界遺産。
見ごたえ充分なシェーンブルン宮殿だけど、残念ながら内部は撮影禁止。
なので今回の世界遺産編はウィーン歴史地区とシェーンブルン宮殿の合わせ技でお伝えします。

さっそくシェーンブルン宮殿から。
鮮やかな黄色がとても特徴的。
「テレジア・イエロー」とも言われている。
でもこれは、ほんとうは金にしたかったけど財政的な理由で金色に近い黄色にしただけで、マリア・テレジアの好きな色というわけではないんだって。

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建物の端から端までは180m、部屋数はなんと1441もある。
じつはこのシェーンブルン宮殿、観光客に公開されている部分以外は公務員の住宅として利用されているんだって。
ウィーンの住宅不足解消のためだそうだけど、世界遺産の宮殿を住宅にするって大胆な発想だよね。
宮殿に住むなんて夢のような話だし、一般市民から批判もされそうだけど、じつは普通に住むにはとても不便で人気がないんだって。
理想と現実はやっぱり違うってことかな。

豪華絢爛な内部を見せられないのはとても残念。
宮殿と言えばパリのヴェルサイユ宮殿も負けず劣らず有名だけど、同じような部屋ばかりで正直ちょっと飽きてしまう。
その点、シェーンブルン宮殿はとてもバラエティ豊か。
壁一面に漆で装飾された「中国の部屋」や陶器で飾られた「陶器の部屋」、さらに古伊万里がコレクションされている「日本の間」など変化に富んでいて飽きない。

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つづいてはウィーンの市街地へ。
ケンゾーとイクエのヨーロッパの観光の仕方は、歴史的な建物をから眺めて歩き回るというのが基本スタイル。
もちろん単純に経済的な理由なんだけどね。

こちらは美術史博物館
ヨーロッパの「三大美術館」のひとつと言われているそう。
「世界三大美術館」よりは格下なのかな。
ルーベンス、ブリューゲル、ラファエロ、フェルメールなどの作品が見られるそう。

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この博物館に面している広場には女帝マリア・テレジアの像が鎮座している。

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当時の王族としてはとても珍しく恋愛結婚だったマリア・テレジア。
しかも相手は初恋の人だったんだって。
女帝のイメージとギャップがあって微笑ましい。

政治家として多忙な仕事をこなしながら、なんと16人の子どもを産んだというまさに肝っ玉母ちゃんの一面も。

生涯夫だけを愛しつづけ、愛する夫が亡くなるとその後15年間、死ぬまで喪服で生活したそうだ。
でも自分の娘たちには政略結婚を強制したマリア・テレジア。
やっぱり理想と現実は違うんだろうねえ。

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こちらは国会議事堂
寒くて中に避難したんだけど、暖房が効いてるしトイレも無料で使えるし、さらにフリーWi-Fiもあるしで休憩するにはうってつけ。

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この重厚感たっぷりで美しい建物、なんだと思う?

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なんとこれウィーンの市庁舎
建てられたのは19世紀後半なので歴史的なものではないけど立派だよね。
さすが由緒あるウィーンの市庁舎、中庭も内部もとても豪華。
どこまで入っていいのか分からなくて、恐る恐る中をチラ見。

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こちらは1856年に建てられたヴォティーフ教会

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内部にはたくさんのステンドグラスが。
重々しい雰囲気で満ちている教会に色鮮やかな光のアクセント。

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旧市街の中心へと足を向ける。
ブランド店やおしゃれなカフェ、レストランが軒を連ねとても華やか。

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ウィーンのスタバは一見すると地味だけど、とてもエレガントな外観。

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ファストファッションのH&Mは、そのカジュアルなイメージとは正反対にゴージャスな店舗。

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グッチ、ドルチェ&ガッバーナの先にはハプスブルク家の王宮が控えている。

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第一次世界大戦で敗戦し1918年にハプスブルク帝国が崩壊するまで、650年間ハプスブルク家が住みつづけてきた王宮だ。

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この空高く突き出た尖塔が特徴的な教会はシュテファン大聖堂
65年の歳月をかけて造られた高さ107mのこの塔は、教会の塔としては世界3番目の高さを誇る。

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ゴシック様式の建物なんだけど、屋根がなんだかおもしろい。
モザイクで敷き詰められている。

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この大聖堂はハプスブルク家の歴代君主の墓所でもあり、あのモーツァルトの結婚式と葬儀が行なわれた場所でもあるそう。
入場は無料だけど、内部の奥は有料。

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さて、ハプスブルク家の栄華が残る街「ウィーン歴史地区とシェーンブルン宮殿」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

街並みもそれぞれの建物も歴史を感じるし美しい。
でもね、ちょっと寒すぎた!
寒いのが大っ嫌いなケンゾーにはこの時期のウィーンは厳しい。
街歩きを楽しむ余裕があんまりなかったなあ(笑)

まあ、寒いのを差し引いてもプラハのほうが個人的には好き。
ウィーンはちょっと街が大きすぎて間延びする感じがする。
プラハはギュッと凝縮されていて見るものすべてが感動的だったなあ。


【旅 info.】
  シェーンブルン宮殿a_DSC_0044_20140218064745669.jpg
「インペリアルツアー」 所要およそ35分 22部屋を見ることができる
            11.5ユーロ
「グランドツアー」   所要およそ50分 40部屋を見ることができる
            14.5ユーロ

それぞれ音声ガイダンス付き
開園 AM8:30〜 閉園 季節により変動あり

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「そりゃそうだ!」な味

2014.02.18 06:04|オーストリア☞EDIT
夫がなぜか外反母趾になりつつあり、ちょっと心配しているイクエです。
外反母趾ってどうやったら治るんですか?
ケンゾーが日本から持ってきていた五本指ソックスを「ヨーロッパで履いていると恥ずかしい」という理由で捨てたけど、それから症状がでてきたような・・・。

チェコからお隣のポーランドへ。
それがイクエとケンゾーの旅のプランだった。

だけどプラハで再会したアイさんにこんなことを言われた。
「ここプラハからオーストリアのウィーンまでバスで往復35ユーロくらいで行けるんだよ。安いでしょ。」
チェコの南の街まで来たイクエとケンゾー。
ここからだとプラハからよりもうんとウィーンには近い。

ウィーン

「ついでに行っとく?」
「行ってみるか」

そんな軽いノリで行くはずのなかった国に行くことにした。

といっても、イクエは学生のころウィーンには行ったことがある。
でも、もう一度行きたい理由もあった。

1 大好きなクリムトの絵をふたたび観る
前回、有名な「接吻」の絵を観たとき、感動してウルウルした。
人生でもう1回くらい観たいなあ。

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2 前回食べ損なったザッハトルテを食べる
本場のザッハトルテはどんな味なのか。

スチューデントエージェンシーという旅行会社。
各都市を結ぶ長距離バスを運行していて、ホームページから簡単にチケットを予約することができる。
http://www.studentagencybus.com

ちなみに「スチューデント」と言いながら、アラフォーでもアラサーでも誰でも利用できる。

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今いるチェコのテルチからブルノで乗り換えて、4時間あまりでウィーンに到着 ♫
運賃は1人13.7ユーロ。

チェコからオーストリアへも、出入国のスタンプはもらえないしもちろん国境でパスポートのチェックもない。

「あ、もうオーストリアに入っとる。」
「あれ?いつのまに国境越えた?」
そんな感じなのだ。

ウィーンのバスターミナルから中心地まで地下鉄で。
地下鉄を降りて地上に出ると、もうそこは歴史あるウィーンの街並み。
オペラ座がお出迎え。

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ここからトラムに乗ってインターネットで予約しているホテルへ。

ヨーロッパの歴史ある街では、高層ビルなんてほとんどなく、築100年を超す建物ばかり。
東京で築100年なんて言ったら、かなり伝統的で希少な家屋だけど、ウィーンでは普通のアパートもお店も古い建物に入っている。
その時代時代に上手にリノベーションしながら、そこで人々が日常を刻んでいく。

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アパートの一画にあるホテル。
オーナーはウィーン滞在歴11年の韓国人の女性。
部屋にピアノがあったから、きっと音楽を学ぶためにウィーンに来て、この街に惚れ込んだんだろうな。
だんなさんも韓国人。

わたしたちの部屋は、8畳くらいの部屋。

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もちろんバス・トイレは共同。
だけど、びっくりするのがこんな狭い部屋に専用のキッチンがあること!
ベッドの逆側はこの通り。

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きっと台所を改造して、客室にしたんだろうね。
さっそくふたりだけの贅沢なキッチンでカレーと味噌汁を作ったよ。

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だけど、大失敗!!
何が失敗って、味がまずかったんじゃなくて、カレーの匂いが狭い部屋にしみついちゃったことが!
おしゃれな街ウィーン、音楽の都ウィーン。
こんな街に、日本のカレーという大衆的な匂いを残すわけにはいかない。

どうしたら部屋の匂いを消すことができるか。
ふたりで必死にネットで検索して、試みる。

1、濡れたタオルをブンブン振り回す
2、ロウソクをつける
3、お茶っ葉をフライパンで煎る
4、コーヒーの粉をフライパンで煎る

ちなみに一番効果があったのは、「4」でした。

さあ、イクエのウィーン訪問の目的、クリムトさんの絵に会いに行きましょう!!

クリムトの作品を展示してあるのは、なんと宮殿。

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18世紀の初めに建てられたバロック様式のベルヴェデーレ宮殿
今ではオーストリア・ギャラリーとして、グスタフ・クリムトやエゴン・シーレの絵が展示されている。

宮殿の敷地内には、だだっ広い庭園が広がっている。

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オーストリアでいいなって思うのは、シェーンブルン宮殿を含め、庭園が無料で開放されていること。
だから公園のように使われていて、市民たちの憩いの場になっている。
こんなところをジョギングって、贅沢だよね。

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昔の王様やお姫様たちは、将来ここが庶民のジョギングの場になるなんて思いもしなかっただろうね。

美術館の入場料は、お高くて12.5ユーロ。
ふたりでおよそ3700円もしてしまう。
「ケンゾーどうする?
 興味ないならイクエだけで行くけど。」

「俺も行くよ・・・。」
「いや、でも興味ないならさあ。
 高いし。
 だいたい、クリムトって知っとると?
 代表作の『接吻』ってわかる?」

「知っとるに決まっとるやろ。
 俺だって、思い入れがある!
 パズルで作ったことがあるもん!!」


パズルって・・・。

ってことで夫婦ともどもクリムトの絵に会いに。

みなさんに、クリムトの妖艶で華麗で物悲しげではかなくて愛に満ちた素晴らしい世界を写真で紹介したかったんだけど、室内は撮影NG。

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クリムトの世界をパンフレットでどうぞ。

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10年前に訪れた時と展示のレイアウトが変わっていて、前回とはまた違う印象を受けた。
『接吻』の絵って意外と大きい。
1.8メートル四方の正方形。
一面真っ黒い壁をバックに飾ってある金色の『接吻』は、とても神々しい。

じっくりと鑑賞して外に出ると、すっかり日が落ちていた。
闇に浮かび上がる宮殿も、なかなかでしょ。

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『接吻』が眠るのにふさわしい場所。

そして、前回のウィーン滞在では見逃したのがセセッシオン(分離派会館)
ここにもクリムトの作品がある。

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このセセッシオン。
月桂樹をイメージした金色のドームがウィーンの歴史ある街並みのなか、異彩を放っている。
「金色のキャベツ」とも呼ばれている。

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この建物自体が芸術作品。
1898年に建てられたもの。
分離派会館の「分離派」とは、当時の保守的な美術界に疑問をもち、過去の美術様式から分離しようと新しいアートを生み出した芸術家たちのこと。
もちろんクリムトも「分離派」の代表格。

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分離派の彼らはアールヌーヴォーという新しい潮流をつくった。
アールヌーヴォーは、植物模様や流れる曲線が特徴。

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この建物の正面に金で書かれている文字。
「各時代にはその芸術を。芸術にはその自由を。」

クリムトをはじめ若い芸術家たちは、新しい自由な芸術を切り開いていった。

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で、ここも残念ながら内部の撮影禁止。

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地下には壁の三面に流れるように描かれているクリムトの絵『ベートーベン・フリース』があった。
ベートーヴェンの『第九 歓びの歌』をテーマにつくったもの。
長さが34メートルもある大作。
ボタンをはめ込んだり、金ぱくを貼り付けたり、そんな技法も興味深かった。

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左から右へとストーリーが展開されていく。
クリムトの絵には哲学が込められている。

人間につきまとう悲しみや切なさ。
そのいっぽうで持つ、強さと愛。
それが作品いっぱいに表現してある。

ケンゾーもかなり興味深く眺めていた。

イクエのミッション「1」が終わったので、つぎは「2」のザッハトルテを食べる。

もちろん、向かった先は「ホテル・ザッハー」

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オペラ座の真裏に位置するホテル・ザッハー。
1階にはいくつかのカフェが入ってるけど、行くべきところは「カフェ・ザッハー」
お間違いなく。

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入口にずらりと並んだ黒塗りの高級車。
SPを連れた政治家っぽい人たちが、隣のホテル・ザッハーに出入りしていた。

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歩道の上に堂々と敷かれたレッドカーペット。
ホテルの入口には、銃を構えた赤いベレー帽の兵士。

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そんな光景を横目に、ユニクロダウンにスニーカーという出で立ちでカフェの中へ。

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敷居が高そうなカフェですが、心配ご無用。
だって、お客さんのほとんどが観光客なんだもん。
ガイドブックを持った日本人観光客も多数。

中に入ると強制的にクロークルームに連れて行かれて、荷物やコートを預けさせられる。
スタッフがうやうやしくユニクロダウンを受取り、ハンガーにかけてくれる。
なんか、申し訳ないよ・・・。
といっても、強制的に1ユーロ払わないといけないので申し訳がることはない。

ココアの生地にアンズのジャムを挟み、チョコレートでコーティングされたケーキ、ザッハトルテ。
1832年に料理人だったフランツ・ザッハーさんが貴族たちのために考案したケーキ。
そのときザッハーさんはまだ16歳だったんだって。
それからザッハーさんは有名になり、息子がホテル・ザッハーを開業し、このカフェでもケーキが客に提供されるようになったのだそう。

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ちなみに、近くに日本人の60くらいのおじさんと30くらいの女性の2人組が座った。
女性は細身で派手ではないけど黒いセーターが似合ってこぎれいにしている。
手には日本語のガイドブック。
60歳のおじさんは禿げていて、カフェに入ったのに最初からワインを頼んでいる。
そんな2人を見るとどうしても小声で下世話な話になる。

「ねえねえ、あの2人の関係、なんだと思う?
 不倫よね?」

「いや、あれはクラブのお姉さんと客やろ。
 あの女性は、ママ、いやチーママかな。」

「全部お金払ってくれるなら
 まあ、いっしょに旅行する人がおじさんでもいいのかな。
 体の関係はないやろうしね。」

「はあ?そりゃあるに決まっとるやろ!」
「え!ないやろ。
 だってもう60くらいのおじさんやん。
 いっしょに旅行についてきてもらえるだけでありがたいと思わなん。」


そんな失礼な憶測をしていたら、注文していたものがやってきた。
まずは飲み物。
イクエが注文したものはいわゆるウィンナーコーヒーの「メレンジェ」4.6ユーロ。
コーヒーにミルクと泡立てたクリームがのせてある。
ケンゾーは3層になった「Anna's コーヒー」4.9ユーロ。
エスプレッソにミルクとエッグラムリキュールが入ったアルコール入りのコーヒー。

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そしてお待ちかねのザッハトルテがこちら。
4.9ユーロ。

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ほかの数々のブログで「ウマい!!」とか「チョコレートが濃厚」とか絶賛されているこのケーキ。
お味はいかに?

「あ〜、なんか違う。
 日本のほうがおいしい。」

「ひと昔前のケーキの味がする。
 この上にのっとる、丸いチョコレートは濃厚でおいしいけどね。」


みなさん、期待を裏切ってしまってすみません。
でもこれがわたしたちの本当の感想なんですよ・・・。

詳しく解説しますとー。
まずはスポンジ部分。
濃厚なチョコレートの味が口いっぱいに広がることを期待していましたが、そこまで濃厚ではなくよくあるココア味の生地でございます。
そして「しっとり」感を期待していたのですが、「しっとり」感はさほどありません。
「パサパサ」とまではいきませんがふつうのスポンジでございます。

スポンジに挟んであるジャムなのですが、どうもこれがチープな気がしてなりません。
フルーツやクリームやチョコレートではなく、ジャムだけ。
まあ、これがザッハトルテなのでしょうけど「高級ホテルのケーキがジャムだけでございますか?」とどうしてもつっこみたくなるのであります。

続いてコーティングされているチョコレートについてでございます。
イクエとケンゾーにとってはスポンジよりもこのチョコレートのほうが残念なのでありました。
というのも、成分の半分くらいが砂糖ではないかと思うのです。
舌に残るザラザラとした感触。
口に広がるのはチョコレートの甘さと苦さではなく、砂糖の甘みです。
西欧以外の国でよく食べる「なんちゃってチョコレート」みたいな感じなのです。
わかります?「なんちゃってチョコレート」。
カカオの量を減らして砂糖でごまかしてあるような、ザラザラで甘ったるいチョコレートです。

こんな老舗のケーキを酷評してしまうと反感を買いそうですが、「まずい」といってるわけではありません。
「激ウマ」ではないということです。

このケーキが数々のブログで絶賛されているのは、この老舗カフェの雰囲気、そして本場のウィーンで食べる、ということが味をより引き立てているからかもしれません。
わたしたちの舌が確かなわけではありませんが、日本のパティシエがつくる「ザッハトルテ」のほうがおいしいです。

さて、ここからが結論。

「そりゃそうだ!」と言うこと。

「ひと昔前のチープなケーキの味がする」、「そりゃ、そうだ!」。

この老舗カフェは門外不出だったザッハトルテのレシピを忠実に守り、200年近く前のザッハトルテの味を再現しつづけている。
その時代っていろんな材料が今よりも手に入りにくかっただろうし、そのとき手に入る材料で考案されたのがこのケーキ。
しかも、今みたいに誰もが日常的にスイーツを食べられる機会ってなかっただろうから、スイーツに対するみんなの舌も肥えてなかったはず。

だから、ここでザッハトルテのおいしさを讃えるよりも、200年近く前にこのザッハトルテを開発し、そして今まで作りつづけてきたことこそ讃えないといけないんじゃないかって。

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窓から見えるオペラ座を見ながら、ザッハトルテを食べる。

「ああ、昔の人たちもこの風景を見ながら、このザッハトルテを優雅に食べていたのかあ。」

そう思うと、このケーキの味がとても貴重に思えてくるのです。
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旅したチェコ こんな国

2014.02.17 06:11|ヨーロッパ☞EDIT
チェコには1/12~1/19まで7泊8日滞在しました。
航空券が安かったという理由だけで旅することにしたチェコ。
でも実際に訪れてみると、これぞヨーロッパという美しい街並み、安くて美味しいビール、移動もとても快適、と毎日楽しく過ごすことができました。
まったく予想もしていなかった古い友人との再会もあり、盛りだくさんだったチェコ。
そんなチェコの旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?

チェコでいくら使ったのか発表します。
 
交通費           1,868コルナ
外食費           2,875コルナ
その他のフード・ドリンク   600コルナ
宿泊費           3,670コルナ
観光費            620コルナ
雑費             165コルナ

合計  9,798コルナ(1コルナ=5.24円)
約6,417円/1日2人で

まあ、こんなもんかなあ。
ヨーロッパは「東に行くほど物価は安くなる」と聞いていたけど、イタリア・フランスと比べるとまさにその通り。
それでも外食は高いので、できる限り自炊をして食費を抑えた。
それにしてもビールの安さにはびっくりする。
コーラよりも安いからね。
酒好きにはたまらない天国のような国。


◇移動手段はこうでした

都市間の移動はほとんどバス。
チェコのバスは今まででいちばん快適だった。
長距離バスの座席は広くてゆったりしてるし、ほとんどの車両がWi-Fi完備。
しかもスピードもまあまあでちゃんと使えるWi-Fi。

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最大手のSTUDENT AGENCYというバス会社はネットで予約ができてとても便利。
チケットレスで予約完了のメールをスマホで見せるだけでいいのでスムーズ。
トイレ、Wi-Fi完備、バスは豪華で快適 ♪
キャビンアテンダントのようなスタッフがいて、飲み物やお菓子なども販売している。


◇こんなお宿に泊まりました

意外に首都のプラハのほうが安宿を見つけやすい。
ドミトリーのあるゲストハウスもたくさんある。
地方の街だと中級以上のホテルしか見つからない。
インターネットのホテル予約サイトを駆使して、ディスカウントされているホテルを探して予約しておくのがいい。
今回はすべてダブルルームを利用。
ダブルで400コルナ〜650コルナくらい。
どこの宿も清潔でWi-Fi完備で言うことなし。

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◇これが一番うまかった!

ケンゾー 「ビール」
チェコと言えばやっぱりこれ!!
さすが世界一美味しいと言われてる国、ほんとに美味しかった。
発祥地でもあるピルスナービールももちろん美味しかったんだけど、黒ビールがウマかったなあ。
ほのかな甘さと苦みの絶妙なバランス。
ピルスナーよりもコクがあってどっしりとした味が好きだった。

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チェコはとにかくビールが安い!
安いビアホールだと100円くらいで生ビールが飲めるし、500mlの瓶ビールは50円くらいで買える。
コーラよりも安いから昼間から飲んでた。
幸せだったなあ。

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イクエ 「チーズのピクルス」
ホスポダ(居酒屋)で注文。
もともとチーズも好きだし、ピクルスも好きだから最強コンビ。
チーズの「まったり」とピクルスの「さっぱり」があわさっておいしい!
ビールのつまみにピッタリの一品。
チーズはカマンベールっぽいのを使ってあった。
横に添えてあるのはベリーの甘酸っぱいソース。
チェコにはこのほかにも「ソーセージのピクルス」なるものもあるよ。

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◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「プラハ」
美しい街だとは聞いていたけど、旧共産国なのでなんとなく陰気なイメージがあった。
でも実際に訪れてみるとため息がでるほどの美しさに、抱いていたマイナスのイメージなんかあっという間に吹き飛んでいった。
外を歩くたびにやっぱりヨーロッパはスゴいなあ、歴史の重みが違うなあと感心させられた。
プラハの街は小さすぎず大きすぎず、歩いて見てまわるにはちょうどいい大きさ。
のんびりと歩いているだけでとても幸せな気分になれる街。

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イクエ 「プラハ」
ケンゾーといっしょだけど、やっぱりプラハ。
ヨーロッパの歴史ある街並みって、華やかすぎて圧倒的な存在感と威圧感があることも多いけどプラハはそんな感じがまったくしない。
程よい大きさの建物、控えめだけど美しい装飾、街もこじんまりしている。
日本人にしっくりくるかも。
それに民主化運動「プラハの春」が起きた街でもあるし、反骨の精神が脈々と流れているのがわかる。
ヨーロッパのなかでは存在感が薄い首都だけど、他に媚びない芯のしっかりした歴史ある街。
♫ ボヘーミアーのか〜わよ〜 モールダーウよ〜 ♫でおなじみの「モルダウ川」を見ながら由緒ある街を一日中歩くのは楽しいですよ!

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◇ふらり ゆるり チェコの感想は?

ケンゾー
じつはチェコにはあまり期待してなかったんだけど、ふたを開けてみるとかなり満喫。
国自体が小さいので移動も楽だし、それぞれの街もとてもコンパクト。
見どころがギュッと凝縮されていて観光しやすい。

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あとは、やっぱり酒がおいしい国っていいよね。
みんなが笑顔で陽気に酒を飲んでいるのを見るだけでもなんだか幸せな気分になる。
もちろん見るよりも飲むほうが楽しいけどね。

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カルロヴィ・ヴァリの激マズ温泉は・・・。
もう思い出したくもない!!

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イクエ
声を大にして言いたい。
「社会人のみなさん、年に1週間以内の連休しか取れないみなさん、海外旅行はぜひチェコへ!!」
チェコの国土は小さいので短期の休みでも満喫できる。
プラハを拠点にしてほかの街に日帰りで遊びに行くことも可能だし、それぞれの街の規模も小さいので歩いて見てまわれる。
ヨーロッパだから街はもちろんきれいだし、公共交通機関も整っていて旅しやすい。
ヨーロッパの中では物価が安いからほかの国より贅沢できる。
街歩きしながら、かわいいチェコ雑貨のお土産選びを楽しんで、喉乾いたら安いビールを昼間っから飲んで、夜はオペラやバレエを鑑賞。
こんな気ままな旅ができるから、旅疲れもないし、リフレッシュするには最適ですよ。

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チェコ「テルチ歴史地区」☆ おっさんも乙女に

2014.02.16 05:58|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
痒かったので妻に「背中を掻いて」と頼んだら足の指で掻かれたケンゾーです。
「なんで足なん? ちゃんと手で掻いて!」って抗議したら、「いいけんいいけん」って言われた。
いや、よくないやろ。

チェコ編もいよいよ今日で最後。
きのうの記事でイクエが期待をあおってハードルを上げた街テルチへと移動する。

テルチ

チェスキー・クルムロフからチェスケー・ブディェヨヴィツェでバスを乗り換えてテルチへ。
ヨーロッパは週末になるとバスや列車の本数がグッと減る。
開いてる店も少ないし、日本よりも「休日」感が漂っている。

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この日は日曜日だったのでバスの待ち時間がけっこう多かった。
およそ3時間半でテルチに到着。
予約してあるホテルまで10分くらい歩いていく。

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「Penzion Podolská」
今回もキッチン付きのペンションタイプ。
ダブルルームで1部屋500コルナ(約2600円)。
フリーWi-Fiあり、朝食はなし。

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なぜだか部屋にベビーベッドが。
家の人が使ってたのかな。

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テルチの小さな旧市街は世界遺産に登録されている。
とてもかわいらしい街らしいけど、どうかな?
半信半疑で旧市街へ。

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この門をくぐったら・・・
メルヘンチックな世界が広がっていた!

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なんだこれ?!
めっちゃかわいいんですけど!
絵本とかおとぎ話の世界そのまんま。

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カラフルでかわいらしい建物がずらっと並んでいる。
どういうこと?
ここで人が生活してるってことが信じられない。

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ドールハウスみたいな家。
水汲みポンプがやけに大きくて、小人の世界に迷い込んだような感じ。

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テルチがこの絵本の世界のような街並みになったきっかけは、1530年の大火。
この火事でテルチの街は全焼してしまう。
火災後、この地を治めていた領主ザハリアーシュは家を建て替える際にはルネッサンス様式で建てるよう市民に呼びかけた。
領主の呼びかけに応じたテルチ市民は競うように美しい家を建てていったそう。

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なんだか子どもの頃に食べていたカラフルな動物の形をしたビスケットに見えてきた。
片側にパステルカラーの砂糖がコーティングしてあるビスケットあったよね?

動物ビスケット


見てるだけでとってもハッピーになる街だね。

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よーく見ると、カラフルな建物の表の部分はぺらっぺら。
「ぺちゃん」って潰されたみたい。
見れば見るほどおもしろい。

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日が落ちて辺りが暗くなった頃、こうこうと明かりがついている場所を発見。
時おり歓声らしきものも聞こえてくる。
これはもしかして!

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やっぱりアイスホッケーだった!
アイスホッケーはチェコの国技。
見るチャンスがあればいいなあ、と思ってたので嬉しい。

チェコでは冬になると凍った池が天然のリンクになる。
スケート靴とホッケーのスティックが家にあるのはふつうの事で、週末になると日本でキャッチボールをするような感覚で池ホッケーを楽しむんだって。

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テルチは田舎の小さな街だし、屋根なしで簡素。
きっと草アイスホッケーのレベルだとは思うんだけど、間近で見るとかなり迫力がある。
いやあ、あたり前だけどみんな上手に滑るねえ。


さて、おとぎの国の世界が広がる「テルチ歴史地区」。
「星いくつ?」

「星、1つ!

外の世界から隠されるようにひっそりと時を重ねてきたテルチの街。
まさに絵本やおとぎの国の世界。
旧市街に足を踏み入れた途端に、夢見る少女じゃなくても夢の中にいるような気分に。

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でも、テルチの街はとても小さいので観光は1時間で終わってしまう。
かわいくて素敵な街なんだけど、あまりにも小さくてちょっと物足りないので星は1つ。
泊まらなくて立ち寄るだけでも十分楽しめる。

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アラフォーのおっさんでも「かわいい!」と思わず叫んでしまうほどメルヘンチックな街並み。
年齢、性別はあまり気にせずに、ぜひおとぎの世界へ!


【旅 info.】
  テルチa_DSC_0898_20140215020241698.jpg
列車よりもバスのほうが便利。
プラハから1日数便、所要3〜4時間。
チェスケー・ブディェヨヴィツェ、ブルノからも1日数便、所要2時間。





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チェコ「チェスキー・クルムロフ」☆☆ 歴史に置いてけぼりにされた街並み

2014.02.15 00:53|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
乾燥で顔や手がしわくちゃカサカサになったので昨日ニベアを買ったイクエです。
夫婦ともども急激に年取った顔になりましたが、ニベアをべた塗りしてなんとか実年齢に戻りつつあります。

さて、きょうご紹介する世界遺産はチェスキー・クルムロフ

「世界でもっとも美しい街」

この街はそう讃えられる。

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街の規模はとても小さくて半径300メートルほど。
チェスキー・クルムロフの「クルムロフ」とは「湾曲した川の湿地帯」という意味。

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その名の通り、旧市街はS字型に曲がったヴルタヴァ川に囲まれている。
街の中心となっているのは教会とお城。
それを取り囲むように古い家が建ち並び、街がかたち造られている。

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中世の時代から取り残されたかのような美しい街。
実際、この街は中世から取り残されてきたのだ。

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街のはじまりは13世紀。
貴族だったヴィートコフ家によってチェスキー・クルムロフ城が造られた。

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14世紀になると城の主はロジェンベルク家に移り、手工業と交易で街はますます発展していく。
街の繁栄が頂点に達したのは16世紀。
その後、街の支配はほかの貴族たちの手に移っていった。
ヨーロッパ各地で産業革命が進むなか、田舎のこの街は鉄道網から外れ、工業化もはかられることなく、衰退の一途をたどっていった。
時代に見捨てられたからこそ街が整備され家が建て直されることなく、繁栄した16世紀のままの姿をとどめている。

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時代に置いてけぼりにされたこの街を人はこう呼ぶ。

「眠れる森の美女」

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そんな街に泊まったのだから、ちょっと早起きして朝ごはんをゆっくりカフェで。
緩やかな石畳の坂にたたずむ、カフェを発見。
白壁に縁を黒いレンガで飾ってある、3階建てのかわいい建物。

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クレープとガレットの専門店。
ハムやチーズが挟んであって、ボリューム満点。

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でもね、飲み物を失敗・・・。
エスプレッソ文化の国でコーヒーを頼むときは苦労する。
少なくて濃いエスプレッソじゃなくて、マグカップに入った普通のコーヒーを飲みたい。
メニューの説明書きを見る。
イクエは「コーヒー豆5gを使い、通常の2倍の水でつくったエスプレッソ」と書かれたものを注文。
たぶん「エスプレッソの2分の1の薄さで量は2倍」ってことだから普通のコーヒーに近いかも。
ケンゾーは「コーヒー豆5gのエスプレッソに1カップのお湯を追加したもの」を注文。
いまいち、イクエとケンゾーの頼んだものの違いがわからない。
ちなみにケンゾーが頼んだコーヒーのほうが高い。

出てきたものは・・・。

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奥のイクエが頼んだほうは、けっこう普通のコーヒーみたいでよかった。
でも手前のケンゾーのは、この量の少なさ、そしてお湯が入ったコップが横に。
代わりばんこに飲むべきなのか、お湯で薄めて飲むべきなのか。
カップにお湯を混ぜたら、味がうす〜くなってマズいコーヒーになってしまった。

優雅な朝食のはずだったのにね、ケンゾー、ドンマイ!

気を取り直して、お城へ行ってみよう ♪

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街のどこからでも見えて、ランドマークとなっているお城の塔。
1580年から90年に建てられたもの。
カラフルで、ウェディングケーキのようなキュートなかたちの屋根。

近くで見てびっくり。
タイルや石で飾られていると思っていた塔には、絵が描かれていた。

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なんておちゃめなの。
お城全部の壁にこんなだまし絵が描かれている。
壁のレンガや柱、彫刻はすべて絵。

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小さいころに何度も見た安野光雅の絵本の世界がそのまま広がっているみたいだった。

え


このお城だけじゃない。
よく見ると、街中全部がだまし絵のメルヘンな世界。

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レンガを積み立てて建てたように見せかけて、ただ壁に模様を刻んでいるだけ。
デザインはそれぞれだけど、それでも統一感がある街並み。

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映画のセット用に、パパッとつくったような街並み。
でも、ここで人が暮らしている。

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ヨーロッパには華麗で豪華な建物が多いけど、ここの街はちょっと違う。
「子どもの世界」と言ったらいいかな。
偽物の世界みたいだけど、でも歴史を刻んでいる世界。

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さて、時代から取り残され、ひっそりと中世の姿を留めている「チェスキー・クルムロフ」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

こじんまりとしてかわいい街並み。
そのなかに教会とお城、丘、庭園、川というヨーロッパの美しい街並みの要素が濃縮されていて、歩いていて楽しい。

でも「世界でもっとも美しい」という形容詞はどうかな・・・。
確かに美しいけど、美しい街はほかにもたくさんあると思うから。
それぞれおもむきが違っていて比べられない。

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でも「だまし絵のような子どもの世界が広がっていてユニークでかわいい街」ナンバーワンであることには間違いない。

(しかし、この映画のセットのような街を上回るユニークな街がこのあと待ち受けていた。その話は、次回! すごいね、チェコ。)


【旅 info.】
  チェスキー・クルムロフa_DSC_0877_201402140650269d4.jpg
チェスケー・ブディェヨヴィツェからバスで40分。
ホテルやレストラン多数。
旧市街から一歩出れば安いホテルを見つけられる。
夜のライトアップは雰囲気があって良い。
城の敷地内は外の部分は無料だが室内は入場料が必要。



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旅の本質 移動を楽しむ

2014.02.14 06:17|チェコ☞EDIT
現在チェコのことを書いていますが、いまはパレスチナ自治区にいるイクエです。
いまイスラエルを旅してる人、イスラエルに行く予定の人、どうかパレスチナ自治区も旅してください。
イスラエルとパレスチナはまったく別の国。
エルサレムを拠点にパレスチナ自治区へ日帰りなんてもったいないことはせずに、パレスチナ内を周遊しませんか。
ここに寝泊まりしないとわからないことはたくさんありますよ。
日本のガイドブックにパレスチナ自治区のことはほとんど紹介されてないけど、ツーリスト向けのゲストハウスもあるし交通の便もいいし、外国人バックパッカーもけっこういます。

さて、話がそれたけどチェコの旅の続きです。

チェコの観光地で外せない場所はもちろん首都のプラハ
その次に有名な場所がチェスキー・クルムロフ
「世界でもっとも美しい」と言われる世界遺産にもなっている街。

プラハからチェスキー・クルムロフまでのバスはあるけれど、今いるカルロヴィ・ヴァリからいったんプラハに戻るのは遠回りになる。

かといって、ここからどうやっていけばいいのか情報がない。

時間はたっぷりある。
いろんな街で乗り継いでいけば、夜にはなんとかたどり着くよね?

想定されるルートは、まずバスでプルゼニュに行く。
プルゼニュでチェスケー・ブディェヨヴィツェ行きのバスに乗り換える。
さらにそこからバスを乗り換えて目的地のチェスキー・クルムロフへ。

チェスキー

うまく乗り換えられるか不確かだけど、チェコは安全な国だし、最悪たどり着けなくてもなんとかなる。
途中の街でホテルを探してもいいし。
ちょっと不安があるけれど、そのぶんドキドキもあって楽しい。

チェコの温泉街に別れを告げる前に、最後にもう一杯、温泉水いっときますか。
ケンゾーを誘うけど「なんでマズいもんをわざわざ飲まんといかんと? 絶対飲まん! イクエだけ飲めばいいやん!」と淋しいことを言う。

ケンゾーだって、怖いとわかっていても、ジェットコースター乗りたいやん。
臭いとわかっていても、足の裏のにおい嗅いでみたくなるやん。

だけん、温泉もまずいとわかっていても、飲んでそのまずさを確認したいやん!

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まっずぅぅぅぅーーーーーーー!!!!
予想してたまずさよりもまずい!
きのう飲んでたからこのまずさを想像できていたはずなのに、それでもまずい!

でも、これがいいのかな。
ジェットコースターも想像以上に怖いからおもしろい。
足のにおいも想像以上に臭いから懲りずに次も嗅いでしまう。
温泉水も想像以上にまずいから、体に効きそうで飲んでしまう。

この日は土曜日。
土日はバスの便が極端に少なくなる。

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バス来るかなあ。
ほとんど人がいないなあ。
不安になっていると、ぽつぽつ地元の人たちが集まってきた。
1時間近く待って、ようやくお目当てのバスに乗ることができた。

車窓から見えた湖。
凍っている!

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この時期、東欧はほんとうに寒い。
シーズンオフでツーリストが少なく、宿代も大幅ディスカウントされてるからメリットもあるんだけど、それでもやっぱり寒い。

寒いとトイレが近くなる。
チェコの長距離バスはトイレ完備のバスとそうじゃないバスがある。
今回は、不運にもトイレがないバス。

イクエとケンゾーには「長距離バス=尿意との闘い」という方程式ができあがっている。

「あ〜、長距離バスかあ。トイレ大丈夫かなあ。」といつも憂鬱になる。
昔は、そうじゃなかったんだよ。
たぶんこれはトルコの長距離バスのトラウマ。
休憩中にトイレしていたら置いて行かれたり、バス車内でどうしようもなくなって隠れて袋でやったり。
それ以来、バスに乗っているとトイレのことを考えてしまってますます尿意をもよおすんだよね。

「ここでバスが止まったら、あそこの木陰にいってできそうなのにな。」
なんてことをついつい考えてしまうんだけど、尿意のことは考えないように、他のことを無理矢理考えたりしてなんとか耐え忍んだ。
プルゼニュのバスターミナルに到着するなり、トイレを探す夫婦。

バスターミナルの有料トイレで出すものを出してホッとして、バスの時刻表を見る。
次の目的地は、チェスケー・ブディェヨヴィツェ。

ない!
チェスキー・ブディェヨヴィツェ行きのバスがない!

どうするかねえ・・・。

ダメもとで係員のおっちゃんに聞いてみると、「電車で行けるよ」って教えてくれた。
すごく優しくて、わざわざ電車の時間まで調べてくれた。
おっちゃんは、近現代史に関心をもっていて第二次大戦の日本についても研究しているらしく、わたしたちが日本人と知るとなぜか親しみをもってくれた。

「駅まで歩いていく? 
 トラムで行く?」

「距離はどのくらいですか?」
「1キロくらい。
 15分くらいで着くよ。」

「じゃあ・・・歩きます!」

おっちゃんは駅まで歩いていく道も教えてくれた。

じっさいは1キロじゃなくて2キロはあったんだけど、せっかくこの街に来たんだから歩きながらこの街の雰囲気を味わうのも悪くない。

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この街、プルゼニュはプルゼニュスキー・プラズドライ(ピルスナー・ウルクェル)というチェコでもっとも人気のビールが造られていることで有名。

そんな醸造所を横目で見ながら、ビールを味わいたい気持ちを抑え、味わいのある駅に到着。

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節約旅なんだけど、酒好きのケンゾーがビールを飲みたがっているのがわかるので「ビール買うなら買えば。」と言うと、嬉しそうな顔をした。
「いいと!?」

キヨスクでピルスナー・ウルクェルを購入。

ところが、ホームを歩いているとあるものを発見!!

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ホームにビアバー。
昼間っからみんな飲んでいる。

「あ〜、しまったあ!
 こっちで生を買えば良かった・・・。」


悔しさと切なさの入り乱れた表情をしているので、天使のささやきをしてあげる。

「買いたいと? とりあえず値段見てくれば?
 特別だけんね。」


「ちょっと、様子見てくる!」

様子見てくると言った夫は嬉々とした顔でちゃっかりとビールを買ってきた。

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缶がピルスナー・ウルクェル 34コロナ(約175円)。
生がガンブリヌス 16コロナ(約80円)。

ビール大国のチェコ。
昼間の車内でビールを飲んでいてもだれも気にしない。
それどころか、車内では瓶ビールだって飲める心遣いが。

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「栓抜きないから缶にしよう」って缶を買ったけど、これなら瓶でも大丈夫。

本当にチェコのビールはおいしい。
日本のビールより味わい深い。
ただ苦いだけじゃなくその奥に甘みもある。

「どうして日本ではこんなビールを造れんとかな。」
「良いホップが育たんけんかな。」

何度ケンゾーとこんな会話をしたことか。

おいしいビールを飲みながら、なだらかな丘、小さくてかわいい家々を車窓から眺め、電車はチェスケー・ブディェヨヴィツェに到着。

駅から近くのターミナルへと移動し、今度はバスに乗り換え。
次のバスまで1時間待たないといけないけど、バスターミナルにはWi-Fiが飛んでいる。
これまで旅してきた国のなかで、チェコが一番Wi-Fiが普及している気がする。
ホテルはもちろん、小さなターミナルにもあるし、バスの車内でもインターネットが使える。

バスを待つ間インターネットでブログを書き、またバスに乗り込み続きを書く。

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移動だけでの一日ですっかり暗くなってしまった。
だけど、なんだか楽しかった一日。
いろんな街に寄りながら、バスや電車を乗り換え、チェコの風景を楽しめた一日。

最終目的地のチェスキー・クルムロフにようやく到着。

さあ、ゴールまでもう少し。
ホテルはインターネットで予約済み。
気温はマイナスだけど、バックパックを背負って坂道を登っていくと汗ばんでくる。
移動だけの一日だったけど、長い一日だった。

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真っ暗なホテルに到着。
「 VILLA GARIBALIDI 」 ダブルで1泊540コルナ(約2800円)。
客は誰もおらず、呼び鈴を押してもシーン。
不安になりながら建物の中に入って電気を付けたら、陽気なおじさんが階段をかけ降りてきた。
英語は話せないけど、Mr.ビーンなみにオーバーアクション。
伝えたいことはほとんどわかる。

部屋も好きなところを選ばせてくれた。

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さて、日が暮れたけど旧市街に繰り出そう。

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チェコは小さな国。
首都のプラハを起点にして、日帰りでそれぞれの観光地に行ける。
ここ、チェスキー・クルムロフもそう。
でも、泊まるからこそわかる夜の魅力がある。

人通りのない石畳。
自分たちの足音だけが響く。
シーンと静まり返った街を歩いていると、中世にタイムスリップした気分になる。

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こんな街で21世紀の人たちが暮らしているということが奇跡のように思えてくる。
ライトアップされたチェスキー・クルムロフ城には、今も中世の貴族が住んでいるかのよう。

城は岩山の上に建っている。

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岩と一体化した城の壁。

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「きれいだねえ」
「すごいね」

そんなシンプルな言葉しか出てこない。
目の前の光景をどう表現すればいいかわからない。

中世にタイムスリップしたイクエとケンゾーは、気温マイナスのなかテンションが上がった。

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旅というのは移動の連続。
きょうはまさしく朝から夜までずっと移動だった。
そんな移動続きの一日のラストは、この幻想的な中世の街並み。
たくさんの移動と、そのあとに待ち受ける特別な光景。

ああ、ここに来てよかったね。
旅って楽しいね。

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あしたはどんな一日が待っているかな。
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激マズな◯◯ もう勘弁!

2014.02.13 05:49|チェコ☞EDIT
犬はもちろん、猫も好きなケンゾーです。
だけどね、ゲストハウスで飼われている猫に対してアレルギー反応が!!
目は真っ赤っかで体中がかゆい!
この猫、生後5か月でかわいいんだけどね。
飼い主もクシュンクシュン言ってるし、よっぽど強いアレルギー物質を持ってるんだろうね。

チェコといえば、古くて美しい街並みやお城、そして安くておいしいビール!
じつはあともう一つ有名なものがあるんだよね。

それは温泉!

チェコはヨーロッパでも有数の温泉大国
その中でも世界的に有名な温泉保養地がカルロヴィ・ヴァリ
観光客の7割が世界80カ国から訪れる外国人なんだそうだ。
温泉好きならどの国にも負けてない日本人として、それは行っとかんといかんやろ。

カルロ

カルロヴィ・ヴァリまではプラハからバスでおよそ2時間。
標高が高いのかな、窓の外は雪で真っ白。
寒いのは嫌だけど、温泉があるから大丈夫 ♫
露天風呂があったら最高だ。

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カルロヴィ・ヴァリは山に囲まれた谷あいにある街。
バスステーションからホテルまで直線距離はたいしたことないんだけど、山をぐるっと回り込まないといけない。
ぼちぼち歩いてホテルを目指す。

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温泉がメインの目的だけど、建物もカラフルでかわいらしい。
なかなか期待できそうな街だ。

15分くらい歩いてホテル街に到着。
この両側の雰囲気たっぷりな建物のほとんどがホテル。

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世界中から観光客が集まってくるのでホテルの数は多い。
でも温泉リゾート地なので、ドミトリーがあるような安宿はない。
それでも1軒だけ他と比べて破格な値段のホテルをインターネットで見つけた。

「MODENA」
ダブルルーム 1部屋630コルナ(約3300円)。
フリーWi-Fi、朝食付き。

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シーズンオフだから安くなってるんだろうけど、それにしても安い。
いちおう朝食付きだけど、さすがにこの値段だからたいしたことないだろうと期待してなかったんだけど・・・。

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え?!ビュッフェスタイルやん!
しかもメニューもいっぱいあるし!

種類の多さだけじゃなくて、味のクオリティもなかなか高いよ
ソーセージとクラムチャウダーがウマい!

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これで3000円ちょいならぜんぜんOK。
かなり大当たりなホテルだった。

ちゃんとしたホテルだけど、安いからケンゾーとイクエみたいにバックパッカーがときどき利用するのか、貧乏旅行者の行動が見透かされてるんだよね。

よし、洗濯しようとバスルームを見たら・・・。

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「洗濯はダメ」のサイン。
こんなサインなかなか見ないよ。

そして、持っている電熱コイルでお湯を沸かしてお茶でも飲もうと思ったら・・・。

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「電熱コイルダメ」のサイン。
わざわざ手作りしたのかな。

温かい飲み物はお預けだから温泉で温まろう。

カルロヴィ・ヴァリには主な源泉が12ヶ所あるそう。
その一つがホテルのすぐ近くにあるので行ってみる。

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ん?温泉?!

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たしかに蛇口から水が出てるけど・・・。
これが温泉?
ていうか、これこそまさに「口」だね。

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この世界でも有数の温泉保養地カルロヴィ・ヴァリ。
温泉は温泉でも風呂ではなくて、飲む『飲泉』で有名なんだって。
チェコでは古くから医療行為として温泉を飲むという習慣があるそう。

温泉に浸かって旅の垢を落とす気満々だったけれど、そういうことなら仕方ない。
体の内面から健康になるとしますか。
まあこれも露天と言えなくはないしね。

さあ、世界中から飲みにくるという、ありがたい温泉のお味は?

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「わわわわわっ、なんこれ!!!
 マズッーーーー!!!
 うわっ、マッズー!」


全国のみなさんにお見せするのをちょっと躊躇するほどの悶絶顔。
海ガメの出産?
なにマズいって?
どうマズいと?

「なんこの激マズ。
 ちょっと飲んでみてん。」


どうマズいのさ!
説明してよ!

でもマズいって言ったって、わざわざ世界中から飲みに来るぐらいやからね、イクエはちょっと大げさなところがあるけんね。
俺がちゃんと的確に味のレポートをしてやるよ。

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「ゔっ!おえっ。
 マッズーーーー!!
 なんこれ?!」


これほんとに飲んでいいやつ?
大丈夫と?

味はただのの味。
錆に腐った何かを入れたマズさ。
「良薬は口に苦し」って言うけれどマズいにも程があるよ。
とてもじゃないけどゴクゴクなんか飲めない。
一口で限界。

それでも「いや体にいいけん。」って果敢にチャレンジするイクエ。
物好きやねえ、俺はもう無理。

でも、ちょっと飲んだだけで悶絶するイクエ。
やけん言ったやん!

街を流れるテプラー川沿いに広がる温泉街。
売店ではちょっと変わったものを売っている。

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ずらーっと並んでいるのは温泉を飲むためのカップ。
これ「ラーゼンスキー・ポハーレック」っていうんだけど、飲泉専用なんだよ。
くいっと曲がっている取っ手をよく見ると、先っぽがストローみたいに穴が空いてるの分かる?

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取っ手が吸い口になってて、ここから飲むようになってるんだけど、これ絶対温泉がマズいからだよね。
ガブガブ飲んだらとんでもないことになるから、チビチビ飲むようにしてんだよ。
たくさんの人たちがこの専用カップ片手に温泉を飲み歩きしている。

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ぜひともチビチビ飲みたいケンゾーとイクエだけど、この激マズ温泉専用カップなんか買ってもしょうがないので自前のカップで飲泉めぐり。

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日本の温泉街と言えば、もくもくと立ちこめる煙。
山間に流れる川と、その川の両脇に並ぶ建物。

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それは、チェコだって変わりない。
だけど、建物がまったく違う。
チェコ人が温泉街をつくると、こんなふうになるんだね。

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川沿いの温泉街には「コロナーダ」と呼ばれる飲泉所が点在している。
それぞれ成分や味が微妙に違うらしい。
微妙にってことは、ほとんど全部マズいってことやん!

さっそく別のコロナーダを発見してしまった。
いっとく?
やめとく?
やめとこっか?

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うげーーー!!
マズうううう!!!


せっかくここまで来たし、体にいいみたいだし、覚悟を決めて飲んだけどやっぱりマズいよ〜。
だめだ、これ飲んでるとえずいてくる。
もう勘弁してくれ〜。

街の名前カルロヴィ・ヴァリとは “カレルの温泉” という意味。
1350年に当時のボヘミア王カレル4世が、鹿狩りの最中に偶然温泉を発見したのがはじまり。
18世紀以降、街は温泉保養地として急速に発展。
温泉もいい(?)けれど、パステルカラーの建物が並んでいる街並みもかわいい。
自分だったら何色にするかなあ。

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1604年に大火災が発生し古い木造建築の街並みの多くが焼失。
現在の建物の多くはその後に再建された石造りのもの。
激マズな温泉よりも、街歩きのほうがいいなあ。

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温泉街にいくつもあるコロナーダ(飲泉所)。
歴史ある造りのものも多く、それ自体が見どころになっている。

これは1883年に建てられたトルジニー・コロナーダ
白いレースのような装飾が美しい。

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ここにはカレル4世が足の関節炎を治したとされている源泉もある。

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ま、そんなありがたい言い伝えがあるけど、マズいことに変わりはない。
「マズい、もう一杯!」なんてことには絶対ならない。
しびれるマズさ。

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おっちゃん、よくそんなダンディに飲めるね。
本当はマズいんやろ?
やせ我慢せんでいいとよ!

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これはカルロヴィ・ヴァリでいちばん美しいと言われているムリーンスカー・コロナーダ
プラハ人の反骨心の象徴、国民劇場と同じ建築家が設計。

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整然と並んだ100本以上の柱がつくり出す、規則正しい空間。
一糸の乱れもない、計算された美しさ。

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いちばん美しいだけでなく、いちばん美味しいとも言われている源泉だけど・・・。

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美味いはずもなく・・・。
これ、罰ゲームじゃないよね?

ここでちょっと口直し。
これはカルロヴィ・ヴァリ名物スパ・ワッフル
薄いウエハースでクリームを挟んだゴーフルのようなお菓子。

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クリームはバニラやチョコレート、ストロベリー味など。
1枚9コルナ(約50円)。

そうそう、こんなものも発見。

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ビールスパだって。
ビールと温泉、世界に誇るチェコの2大名物のコラボレーション!
詳細は謎だけど、うまいビールが飲めるのは間違いなさそう。

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コロナーダめぐり、最後はヴジーデルニー・コロナーダ
これは勢いよく吹き出している間欠泉。

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地下2500mから噴き出す温泉は、12mの高さまで達する。
この間欠泉は飲むことはできないけれど、同じ建物内に温度別に分かれた蛇口が設置されている。
まあ、どれももれなくマズいけどね。

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あまりにも温泉がマズすぎて、気持ち悪くてテンションも下がってしまった。
そんな夜は美味しいビールと中華料理!
チェコは安くて美味しい中華料理屋がちょこちょこあるんだよね。

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やっぱり温泉は飲むんじゃなくて浸かるにかぎる。
あ〜、温泉に入りたい!


【旅 info.】
  カルロヴィ・ヴァリa_DSC_0642_20140212100202c77.jpg
プラハからバスで約2時間、160コルナ(約840円)。
温泉は飲む「飲泉」がメインだけれど、温泉プール施設が1軒ある。
温泉やスパ施設が併設されているホテルも多数。
飲む際はゴクゴク飲むのは危険!ほんとにマズい。




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20年前から行こうと決めていた場所

2014.02.12 06:29|チェコ☞EDIT
史上最強の散らかっている宿にいて、ペットの猫が放し飼いで、糞もあっちこっちにあって、スタッフが世話を放棄していて代わりにキャットフードを毎日与えるように頼まれていて、夫婦で猫アレルギーの症状が出て夫はアレルギーの薬を飲んだけど、くしゃみや咳、かゆみに悩まされながらも、なんとかがんばって猫にかまってあげているイクエです。

「チェコ」に行こうと決めたとき、まっさきに思い浮かべたものがあった。
それは世界遺産になっている美しいプラハの街並みでもなければ、世界一と言われるビールでもなかった。

それはテレジンという場所。

プラハからバスで1時間ほどの片田舎。

テレジン

こんなところに何があるのか。

小学生のときに読んだ本でこの場所のことを知った。
その本は野村路子さんが書いた『15000人のアンネフランク』。

「いつかは」と思っていた場所にやってきた。
ここはテレジン収容所

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1940年からナチス・ドイツがここを収容所として使い、16万人以上の人たちがここに閉じ込められ苦痛を強いられた。
最初に目に入った光景は、心を暗くする。

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どこまでも続く犠牲者のお墓。
ナチスから迫害されたユダヤ人、ナチスに抵抗してきたチェコやスロバキアの活動家たちが殺された。

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70年が経った今も、ここに花を供えに来る人たちがいる。
そのいっぽう、名前さえ書かれていない墓石もたくさんある。

骨だけが見つかり誰のものか特定できなかったのかもしれない。
家族全員が殺されてしまったのかもしれない。

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この収容所は、もともと「強制収容所」としてつくられたものではない。
18世紀に要塞としてつくられたもの。
牢獄となり、第一次大戦の引き金になったオーストリア・ハンガリー皇太子を暗殺した犯人もここに捕らえられていた。

そんな場所が、第二次大戦のとき恐ろしい収容所として使われた。

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突然連れられてきた人たちはどんな思いで、この門をくぐったのだろう。

“ARBEIT MACHT FREI”

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「働けば自由になれる」

だけど、働かされても自由にはなれなかった。

横長の殺風景な建物に、薄暗い小部屋が並んでいる。

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ここに閉じ込められ、働かされ、一日にわずかな食事しか与えられず、飢えや病気、暴行などで亡くなった人は3万3000人とも言われている。

テレジン収容所はアウシュビッツ収容所の中継地として使われていた。
ここからおよそ8万8000人がアウシュビッツなどへ移送されたと言われている。
アウシュビッツは殺戮のための収容所なので、そこに移送されたということは殺されたということ。

テレジン収容所は「地獄の控え室」とも呼ばれていた。

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20年前に読んだ本、『15000人のアンネフランク』。
テレジン収容所について書かれたこの本のタイトルは、この収容所の特徴をあらわしている。

ナチスの迫害から逃れるため隠れ家で生活し、最後には収容所で亡くなったアンネフランク。
彼女の存在は多くの人たちが知っている。

でも彼女だけではない。
名前すら忘れられているけれどアンネのように過酷を強いられ命を落とした子どもたちはいっぱいいる。
このテレジン収容所には15000人の子どもたちが収容された。

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15000人の子ども。
このうち生き残ることができたのは、わずか100人。

小学校のころこの本を読んだとき、自分と同じ年齢の子が突然親と引き離され理不尽な扱いを受け、殺されてしまうということに戸惑いとやるせなさを覚えた。

そして、同時に感銘を受けた。
過酷な収容所で命がけで立ち上がった大人の存在。

「子どもたちにほんのひとときでも楽しい時間をつくってあげたい。」
「笑顔を取り戻してほしい。」


収容されていた大人たちのうち、教師や音楽家、作家や画家たちが先生となり収容所のなかで子どもたちのための教室を開いていたのだった。

野村さんの本にはそんな極限状態のなかでも子どものために必死に望みを見つけようとする人間の強さのようなものが書かれている。

この本を読んで、10代のわたしは「将来、ノンフィクション作家になりたいな」とも思っていた。

そして、いつかはテレジンを訪ねないと、という気持ちをもつようになった。

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小さなドアがいくつも並ぶ建物。
すし詰め状態にされ、うだるような暑さのなか、いつ家に帰られるかもわからず子どもたちは毎日をなんとか生き抜いていた。
風が吹きすさぶ真冬の日、かじかむ手に息を吹きかけながら、家族と再会できる日がくるのか不安になりながらもなんとか生き抜いていた。

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そのまま残っているトイレや洗面台。
70年という年月が経っているとは思えないほど、生々しさを感じる。

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この季節ここを訪れる人はほとんどいない。
説明の看板もほとんどなく、ただ収容所がここにたたずんでいるだけ。
ひっそりとしている。

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きのうまで誰かが収容されていたような錯覚が押し寄せる。
いまも、誰かがここで悲しんでいるような。

かつてここに収容されていた人の息づかいが聞こえてきそうで、怖ささえ感じる。

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学校で楽しく過ごし、友だちと無邪気に遊び、家族に甘えて過ごす。
そんなあたり前のことを奪われた子どもたち。
こんなところでどうやって生き抜いていたんだろう。

収容所では詩の教室も開かれていた。
子どもたちが書いたたくさんの詩が見つかっている。

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テレジンで

ここでは 何もかもが とても変だ
ぼくたちは 床に寝なければならないし
こんな 腐ったジャガイモしか食べられない
これが ぼくの家だっていうの?
こんな きたないところが……
ぼくは 泥だらけの床の上に 横になるんだよ
何をしても すぐ 泥んこによごれてしまう
ここは いつも 人でいっぱい
ハエだって たくさん飛び回っているんだよ
ハエが病気を運んで来るんじゃないかな
あっ 何かが ぼくを刺した  シラミかな
テレジンは 本当に恐ろしいところだ
いつ ぼくたちは 家に帰れるんだろう


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バラの香りでいっぱいの小さな庭
そこの 細い小道を
男の子がひとり 歩いている
小さな 可愛い男の子
まるで 咲きかけのバラの蕾のような
でも その花がひらく頃
その子は もう この世にいない

詩だけではない。
収容所からは4000枚の絵が見つかっている。

絵画教室も開かれていた。

「絵を描くことが生きる力になる。」

収容所にいた大人たちが、看守の目を盗み子どもたちに絵を描かせていたのだ。

テレジンの資料館にも数枚展示してあった。

カラフルな花畑の上をちょうちょが自由に飛びまわっている絵。
楽しい遊園地で過ごした家族との思い出に包まれた楽しげな絵。

絵を描いているとき、子どもたちは目の前の辛い世界から抜け出し、空想の世界で生きることができた。

音楽や絵画など文化的なことは、衣食住と比べると生きるうえで絶対に必要なものではないかもしれない。
だけど、人間的に生きるためには欠かすことのできないもの。

日本で働いていたとき、テレジンの子どもたちの絵や詩の展示会が小学校で開催され取材したことがある。
その小学校の児童たちは作品を見るとともに東北の被災地の子どもたちにメッセージとクレヨンを届けた。

どんな環境でも、子どもたちは絵を描く楽しみを奪われてはいけない。

取材の最中に、野村さんとメールでやりとりをする機会があって、「小学校のときに感銘を受けた人とこんなふうにメールするなんて。」と感慨深く思ったものだった。

野村さんの本には子どもたちの絵も紹介されている。
http://www.teresien.jp/コンテンツのご案内/子どもたちの遺した絵/

明るい絵からは想像するのが難しい光景が、このテレジンには「あたりまえのように」存在している。

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異質であるはずの絞首台。
テレジン収容所の片隅に、まるで特別なものではないかのように鎮座している。

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まるで公園の一画でもあるかのように。
敷地内の芝生の盛り土と、その奥の銃弾を受けた壁。
ここに立たされて、多くの人が銃殺された。
恐ろしい場所なのに、あまりにも普通に存在して、その残虐さを受け止められない。

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どうしてこんな残酷なことを、人が人にできるのか。
どうして正当な目的も理由もなく、子どもまで殺されなければならなかったのか。

小学生のわたしは「どうして?」という問いかけばかりがわき起こり、その答えを探すようにナチスやホロコーストについての本を読んでいた。

そしてめぐりあった野村さんの本。

人間のもつ残酷さ。
そして、不条理なことがまかりとおるこの社会。

そのいっぽう、極限状態のなかでも人間は強さやたくましさ、優しさをもつことができるのだということも知った。
子どもながらに、救われた気持ちになった。
もしそんな状況に立たされたら、子どもたちに希望を与えたような大人たちのように、自分もなろうと誓った。

いつか訪れなければと思っていた場所、テレジン。

そして20年。
この場所に立って感じるのは、陰湿で重たい空気と恐怖心。
こんな場所に閉じ込められ、いつも死のにおいを感じていたら、自分は強くたくましく、なんてできないんじゃないか。

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20年越しにテレジンに来て、感慨深いなんて気持ちはまったくわいてこない。
ただわびしさだけが押し寄せた。


【旅 info.】
  テレジン収容所a_DSC_0511_201402111711024de.jpg
プラハのホレショヴィチェバスターミナルからバス。
およそ50分、往復185コロナ。
入場料は資料館も含めて210コロナ。
収容所だけでなく、昔のゲットー地区も残っているので
ゆっくり見て回ると4時間は必要。



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世界のどこにいても幸せになれる秘訣

2014.02.11 06:24|チェコ☞EDIT
乾燥で顔がしわしわになって、ここのところ急激に老化が進んでいるイクエです。
きょう洗顔用のオリーブ石けんを買いました。
今夜は秘蔵のパックの出番かな。

歴史ある建物が建ち並び、「ここぞヨーロッパ!」という街並みのプラハ。

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だけど、この街には現代アートとも呼べる異質な建物も存在している。

たとえば、こんなビル。

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まるでビル自体が体をくねらせて踊っているかのよう。
その名もダンシングハウス

1996年にフランク・ゲーリーなどが設計した。

建てられた当時は趣のある街並みに似合わないと批判する声が強かったらしいけど、今ではこのユニークなビルはプラハの代表的な建築物のひとつになっている。

こちらはヨゼフ・ゴチャールの設計、黒い聖母の家
1912年に建てられたものでキュビズム建築。

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キュビズムというのは20世紀初頭にピカソなどがあみ出した芸術の手法。
さまざまな角度から見える光景をごちゃまぜにしてひとつにまとめる。
幾何学的というか、立体的というか。

この建物のなかにはキュビズム博物館やカフェが入っている。

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カフェの窓やランプシェードも、やけに角張っていておもしろい。

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これ、なんだかわかる?

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正解は・・・。

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階段!

単純なようで、複雑なようで。
不思議な異次元世界へと吸い込まれていきそう。

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プラハの街歩きの楽しみは昼だけじゃない。
ライトアップされた夜の街は、昼とはちがうおもむきを見せる。

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中国や東南アジアでありがちな、カラフルなライトアップではない。
建物の味わいを壊さない色遣い。
建物がもつ美しさや迫力をよりいっそう高める光の使い方。

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通りを遮るこの建物は、火薬塔

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城壁の門の部分だけが残っている。
17世紀には火薬の倉庫として利用されていた。

暗闇にたたずむ65メートルの火薬塔は、凛々しくそして少し怖い。

川向こうの小高い丘の上。
白銀の横長の建物はプラハ城。
金色の光を放つのは聖ヴィート大聖堂。

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外壁や屋根、柱。
ヨーロッパ独特の立体的な装飾は、ライトアップされることで独特の陰影をつくる。

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こんな幻想的な、でも確かに目の前にある現実的な夜の街を、イクエとケンゾーは足早で歩いていた。
ある人と、待ち合わせをしていたから。

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イクエの大学時代のバイトの先輩、アイさん。
アイさんとは渋谷の公共のテレビ局で夜のニュース番組のお手伝いをしていた。
バイトを辞めてからは連絡を取る機会もなかったんだけど、このブログのメールフォームから連絡をいただいた。

「お久しぶりです。覚えていますか。
 プラハにいるそうで、思いきって連絡しました。
 わたしはいま、プラハに住んでいます。」


旅行に出る前、このブログの存在は近しい人にしか教えてなかった。
だけど、今では又聞きしてこのブログを読んでくれている人が多いようで、ほんとうにありがたい!

このブログのあたまに「リアルタイムでは今プラハにいます」って書いてたんだけど、それを見た同じアルバイトの先輩(この先輩もイクエの同級生からブログの存在を聞いてたみたいで、読んでくれていた。ありがとうございます!!)がアイさんに「いま、イクエちゃんプラハにいるらしいよ」と教えてくれていたのだった。

アイさんと会うのは十数年ぶり。
お互い、わかるかな・・・。

「イクエちゃん?」
「アイさん!?」
「ひさしぶり〜!!!」

肩をたたきながら、再会を喜ぶ。

このブログがなかったらお互いプラハにいても会うことはなかっただろうし、プラハで生活するアイさんとは今後も会うチャンスはなかったと思う。

この機会に会えてよかった〜!!

アイさんがおすすめのお店に案内してくれた。
U Svejkuという、チェコのおいしいものが食べられるお店。

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まさかこんなところで再会できるなんて!
かんぱーい!!

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アイさんの旦那さんはチェコ人のヤロちゃん。
アイさんからヤロちゃんの話はよく聞いていた。
十数年会ってなかったのに?と思うかもしれないけど、その十数年前に聞いてたの。

というのも、十数年前にアイさんはヤロちゃんと付き合ってたから。
アイさんは、彼のことが大好きでいつもバイト中も彼のことを話していたし、ヨーロッパまで会いにいっていた。
でも、残念ながら別れてしまったんだよね。

だから、アイさんから突然連絡をいただいたときは、プラハに住んでいるっていうのにもビックリしたし、別れたあの彼と復縁し結婚したって事実にもビックリした。

目の前のアイさんが笑いながら言う。

「あのとき、わたしいつもバイト中に泣いてたよね。」

きっと波瀾万丈な2人の恋愛だったんだろうな。
遠距離、国際結婚、いろんな壁を乗り越えて、いま2人はとても幸せそう。

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ヤロちゃんは日本で暮らしていたことがあって日本語ペラペラ。

好きな日本語は
「疲労困憊」

ヤロちゃんのお母さんがプラハでカフェをしてるんだけど、ヤロちゃんが日本で抹茶を仕入れて抹茶を使ったスイーツをお店で売り出していて大人気なんだって。
やるねー!

チェコのおいしいものを食べながら、チェコのおいしいビールを飲む。

揚げに見える、この茶色い三角形のものは・・・。

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チーズのフライ、スマジェニー・シール
中身はカマンベールチーズみたいに柔らかく、ビールに合う一品。

そして、このさつま揚げのようなものはブランボラーク

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じゃがいもと小麦粉でつくるチェコ風、お好み焼きみたいな感じ。
そとはサクッ、中はモチッ。

これもおいしかったなあ。
アヒルのロースト
4人でぺろりとたいらげた。

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チェコにいて、おいしいチェコビールを飲み、チェコ料理を食べて、あたり前のように流れる楽しい時間。
チェコを満喫しながらも、チェコという異国にいることを意識しないような時間。

アイさん、また会えるよね。
だって、プラハで会えたんだもん。
世界のどこにいても、また会えそうな気がする。

後日、アイさんからこんなメールが届いた。

「ビールと美味しい食事と楽しい仲間がいれば、
 世界のどこにいても幸せなんだよなあ・・・と感じました。」

すごく納得!

幸せの鍵はおいしい食事と楽しい仲間。
どこにいようと、幸せをつかむ方法は案外シンプルなのかもしれない。
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反骨の市民たち

2014.02.10 06:16|チェコ☞EDIT
また前髪を自分で切ったイクエです。
ケンゾーからは、短い前髪じゃなくて年相応に前髪を伸ばして横に流したほうがいいと言われています。
だって、じゃまなんだもんね。

チェコの首都、プラハ。
世界遺産にもなっている街並みは歴史を感じるし、建物はカラフルなんだけど統一感があって美しい。

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でもここは、ただ美しいだけじゃない。

1968年に起きた民主化運動の舞台となったところ。

プラハの春

1960年代当時、チェコスロバキアは他の東欧諸国のようにスターリン体制の共産党一党独裁の政治だった。

「もっと自由な社会を!」
「人間の顔をした社会主義を!
(冷酷なものではなく人間味あふれる社会主義の実現を!)」


市民たちの強い思いが、プラハの街に自由の風を吹かせはじめた。

共産党第一書記の座は、保守派だったノヴォトニーから改革派のドゥプチェクに代わり、言論の自由など、権利を広げる改革にむけて走りだした。

しかしこの影響が自国に波及することを恐れたソ連や東欧諸国は改革を非難。
1968年にソ連軍が戦車を乗り入れてプラハの街を占拠した。

「春」が訪れる直前に、鎮圧されたのだった。

けれどこの軍事介入は、プラハの人たちの反骨の精神まで抑えることはできなかった。

20年後の1989年、学生たちが民主化を求めてデモを起こし、共産党政権が崩壊。
体制に屈することなく、信念を貫くプラハ人の願いが叶ったのだった。

この革命は血が流れることなく滑らかに成功したためビロード革命と呼ばれている。

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プラハの人たちには反骨の精神が脈々と流れている。
この美しい首都を観光しているとそう思わずにはいられない。

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歴史ある建物に囲まれた旧市街の広場。
ここに建つのは、ヤン・フス像。

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14世紀後半に生まれたヤン・フス。
大学の総長でもあり礼拝堂で説教師も務めていた。
わかりやすい説法で民衆から支持されていたヤン・フス。
カトリック教会の堕落を厳しく批判していた。

そのためコンスタンツ公会議に召喚され、教会と教皇の権威を否定したとして火あぶりの刑を受けることになった。
ヤン・フスは「異端であることを認めれば、命を助けてやろう」と言われたものの、それを拒否。
結局焼き殺されてしまう。

ヤン・フスの最期の言葉は「真実は勝つ」
この言葉は、現在のチェコの国の標語になっている。

この広場の石畳に、27個の白い十字架が埋め込まれている。
これはビーラー・ホラの戦いにちなむもの。

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1620年、カトリックの神聖ローマ帝国軍とボヘミアのプロテスタント貴族たちとの戦い。
ボヘミア側はわずか半日で敗れてしまった。
反乱の首謀者である貴族27人がここで処刑され、首をさらされたのだという。

命を顧みない反骨のチェコの人たち。
「命より大切なものってあるのだろうか」と思う。
けれどその時代に生きていた彼らは自分の信念に沿ってそうせざるを得なかった。

泊まっていたホテルから歩いてすぐのところにある聖キリルと聖メトディウス教会。
18世紀に造られたバロック様式の教会。

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ナチスに抵抗していたレジスタンスの活動家たちが1942年、ドイツの役人ラインハルト・ハイドリヒを殺害。
そして彼らはこの教会の地下の礼拝堂に隠れた。
しかし、ナチスに見つかり全員が処刑されてしまう。

教会の壁には、今でも生々しい弾痕が残っている。

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今も花を捧げる人たちが絶えない。
ナチスは、ここに隠れていたレジスタンスたちを処刑するだけでは気がすまなかった。
報復として事件のあったリジツェ村の男性全員を処刑、女性や子どもは強制収容所に送ったのだという。

反骨の気概にあふれる街。
この美しい街並みをかたちづくっている、美しい建物たち。
そのなかに、ひときわ目立つ金色の屋根の建物がある。

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国民劇場

『地球の歩き方』にはこう紹介してある。

「チェコ人が自らのアイデンティティをかけて建造した、チェコ文化復興の象徴たる劇場。」

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ここチェコは、かつてオーストリアのハプスブルク家に支配されていた。
そしてドイツ語が強制されていた。
もちろん演劇などの文化や芸術の分野でもそうだった。

そんななか、プラハの人たちが声を上げた。

「チェコ語によるチェコ人のための劇場をつくろう!」

1849年に国民劇場建設委員会が発足。
資金集めが始まった。
このとき、お金を持っていたドイツ人たちは寄付を拒否したのだそう。
国民の寄付で1881年に劇場が完成した。

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国民の夢が叶った落成式の直前。
なんと火事が発生。
焼失してしまったのだった。

でもそんなことでへこたれないのがプラハ人。
ふたたび寄付金集めが始まった。
そして2年後の1883年、再建された。

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もちろん設計はチェコ人。
彫刻や絵画などの装飾もチェコの芸術家たちによるもの。

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舞台の上にはこう書かれている。

NAROD SOBE !

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「国民が自分たちのために」

こんな気概にあふれた国民劇場の中にぜひ入ってみたい。
そしてできればここで上演を観覧したい。

ちょうど『アンナ・カレーニナ』のバレエの上演がある!

パリで姉とバレエを観覧したばかりだけど、せっかくだから行きたいな。
でも、ケンゾーは退屈で絶対寝るだろうな。

そうは思ったものの、午前中に劇場のオフィスに行ったらチケットが販売されていたので迷わず購入。

そのおかげで、こんな豪華な室内の様子を写真に撮ることができた♡

チェコ人たちが寄付を募ってこれだけ華やかな劇場をつくったかと思うと感慨深い。
(ウィーンのオペラ座よりもきらびやかで雰囲気があった。)

金の縁取りのボックス席に憧れる。

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でも、わたしたちの安い席も黒塗りで高級感がある。

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わたしたちの席はどこかというと、一番上。
5階くらいにあたる席。
下から見ると遠い〜。

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それでも中央よりだったから舞台の上はすべて見えたし、1階の客席からは見えないようになっている一段低いオーケストラも丸見えで、満足。
(写真は最後のカーテンコールのときに撮影。)

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今回の演目『アンナ・カレーニナ』はあの有名なトルストイの作品。
舞台は1870年代。
主人公は政府高官の妻で美人のアンナ。
そのアンナが若い貴族と恋に落ち、幸せな家庭や社会的地位を失い、自殺に至るというもの。

バレエなんだけど、衣装は「バレリーナ」と聞いて思い浮かべるあの裾の広がった短いスカートに真っ白いタイツではない。
ロングスカートで芝居のような衣装。
そして舞台セットもシンプルでかっこいい。
もちろんセリフもなくすべてバレエなんだけど、ちょっとコンテンポラリーダンスのような要素もある。
バレエでベッドの上のラブシーンなんかまで表現する。

無駄な音を一切立てず、体全身で表現する迫力あるバレエを、ケンゾーは居眠りするどころか食い入るように見つめていた。

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もちろん終わったあとは会場から惜しみない拍手がわき起こる。
スタンディングオベーション。

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「自分たちが楽しめる劇場をつくろう」

その思いから造られた劇場には、今もこうやってたくさんのチェコ人が集まっている。

さて、そんなバレエの観覧料。
良い席は1000コロナ以上。
だけど、イクエとケンゾーの席は50コロナ(260円)!
料金まで、庶民に優しい値段設定だった。

やっぱり好感が持てるよ、チェコ人!
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チェコ「プラハ歴史地区」☆☆☆ ため息が出るほど美しい

2014.02.09 05:46|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
10人ドミトリー部屋を1人で貸切り状態のケンゾーです。
でも暖房がないから寒い!!
あ、1人っていうのは男子部屋にってことでイクエとケンカしたわけじゃないです。

かつて「黄金のプラハ」と呼ばれていたほどの繁栄を誇っていたチェコの首都プラハ。
「プラハの歴史地区」が世界遺産に登録されているんだけど、もうほとんどプラハ全体が世界遺産って感じ。
改めて写真を見直してるんだけど、あまりにも多すぎてセレクトに苦労する。
それではため息が出るほど美しかったプラハの街並みをどうぞ。

まずは、小高い丘の上からプラハの街を見下ろすように建っているプラハ城
歴代のボヘミア王が住んでいた城だ。
堂々とした建物のわりには正門はこじんまりとしている。

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ん?
何か変なのが放置してあると思ったら・・・

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銅像パフォーマーだった。
こんなとこで独りぽつんと・・・シュールだね。

門柱の上には「戦う巨人たち」というタイトルがつけられている彫像。
でも、だいたいこういう像って大きなものだから巨人感があまり伝わらない。
戦いを見物している人間でも横に並べてたらよく分かるけど・・・。

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この正門では正午に衛兵の交代式が行なわれている。
交代式もよかったんだけど、音楽隊が奏でるファンファーレがよかったなあ。
ゲームのファイナルファンタジーみたいでとてもドラマティックだった。

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プラハ城の無料で見ることができるいちばんの見所は聖ヴィート大聖堂
お金を払うと旧王宮の中や美術館に入ることができるんだけど、ケチ旅のふたりはもちろん無料で見られるものだけ。
でもこんなにスゴいものが見られるんだから十分じゃない?
負け惜しみじゃないよ。

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現在の大聖堂は1344年に建てられはじめ、途中長い中断時期を経ておよそ600年後の1929年にやっと完成。

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天井の高さに圧倒される内部。
柱がツートンカラーになっている。

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この大聖堂で目を奪われたのは、色鮮やかなステンドグラス。
いろいろなアーティストが制作しているので、バリエーションが豊か。

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そしていちばんの目玉は、アール・ヌーヴォーを代表する画家ミュシャ(ムハ)の傑作「聖キリルと聖メトディウス」
残念ながら無料で入ることができるエリアからは斜めでしか見ることができない。

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それでも素晴らしさは充分に伝わってくる。
こんなステンドグラス今まで見たことない。
まるで絵画のよう。
濃淡や色のにじみ具合をこんなふうにガラスでも表現できるんだね。

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セクシーで美しいキリスト。

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プラハの街中からプラハ城を見上げる。
聖ヴィート大聖堂の存在感が群を抜いている。
安らぎと言うよりは威圧感さえ感じる。

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プラハの街にはヴルタヴァ川がゆったりと流れている。
「ヴルタヴァ川? そんなの知らん!」という方は、モルダウっていったら「あー、音楽で習ったやつ!」って分かってくれるかな。
チェコ語ではヴルタヴァ川なんだけど、ドイツ語のモルダウのほうがピンとくる。

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♫ ボヘミアの川よ〜 モルダウよ〜 ♫ でおなじみの『モルダウの流れ』。
原曲の交響曲『わが祖国』を作曲したスメタナはプラハ出身なんだね。

ヴルタヴァ川にはたくさんの橋が架かっている。
いちばん古くて、いちばん美しいと言われているのがカレル橋
14世紀後半から15世紀初めにかけて造られたもので、全長520mのゴシック様式の橋だ。

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カレル橋の上はプラハの街を眺める絶好のビューポイント。
いつも観光客で賑わっている。

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みんなが順番待ちして触っている像があった。
そこだけ撫で撫でするから金ピカになってる。
犬の部分を触ってるからペットに関するご利益があるのかな。
よく分かんないけど、とりあえず触っとくか。

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カレル橋を渡ると、そこは旧市街。
プラハの歴史を見つめてきた旧市街広場を取り囲むのは、ゴシック、ルネッサンス、バロックと時代を越えた建築様式で建てられた建物たち。

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白い壁が特徴的な聖ミクラーシュ教会
内部は音響がよく、コンサートも行われるんだって。

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中に入ると大きなシャンデリアが輝いていた。

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かつてボヘミア王国の首都だったプラハ。
有名な「ボヘミアガラス」は、透明度が高くまぶしい光を放っている。

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旧市庁舎の南側に天文時計があり、毎正時には仕掛けが動き出す。
時間が近くなると、どこからともなく観光客が集まってくる。

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当時の天動説に基づいた時計はとても複雑で精巧。
一日に一目盛りずつ動いていくカレンダーまでついている。

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こんな大掛かりな時計だからスゴい仕掛けが動き出すんだろうとワクワクしながら待つこと数分。
動き出した!?

チンチン、チンチン ♪

ガイコツがベルを振り鳴らしはじめたんだけど、音が小ちゃい!
グロテスクな姿に似つかわしくないかわいい音色。

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上部の小窓からはキリストの十二使徒が代わる代わる姿を見せていく。
ん〜、シュールだねえ。
子どもには何が起きてるのかわけ分かんないだろうね。

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旧市街広場にはストリートパフォーマーもたくさんいる。
もちろん観光地ではおなじみの銅像パフォーマーも。

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職場放棄!!

世界遺産の街で結婚式を挙げているカップルがいた。

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みんなに拍手されて写真を撮ったあとは・・・。
2人でスパスパ。

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さて、ヨーロッパの魔法の都とも呼ばれている「プラハ歴史地区」。
「星いくつ?」

「星、3つ!

いやあ、素晴らしく美しい街だ。
これぞ思い描いていた古いヨーロッパの街並みそのもの。

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ただ街中を歩いてるだけで、この街にいるだけでなんだか嬉しくなってくる。
自分も長い歴史の一部分になったような気分。
異国感なんてもんじゃない、完全に異国、別世界。
ああ、日本とは歴史も文化もなにもかもが違うんだと痛感させられる。

有名な建築物だけじゃなくて、ふつうの(まあ、東洋人からするとふつうじゃないんだけど)建物も見ていて飽きない。
かわいらしい建物が多いんだよね。
とてもカラフルだったり、壁面に絵が描かれてたり。

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旅で出会ったチェコ人が「チェコは小さいし、見どころも少ないから1週間あれば全部見て回れるよ。」なんて言ってたけど、プラハだけでも1週間過ごせるよ。

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プラハの写真を見返しながらこの記事を書いたんだけど、何回溜め息ついたかな。
いやあ、きれいだった!
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世界一のビールを飲み比べ そのお味は?

2014.02.08 06:22|チェコ☞EDIT
乾燥で肌がカサカサになっているケンゾーです。
妻に「顔がおじいちゃんになっとるけん!」って言われてます。
うん、たしかにこの調子で老けていくと60、70になったらどうなるんやろう。

最高に居心地の良かったフィリップの家で過ごした日々。
残念だけど旅立つ日がやって来た。
さようなら、優雅な日々よ。
あっちゃん、フィリップありがとう!

後ろ髪を引かれながらケンゾーとイクエが向かう先は空港。
2週間滞在したフランスを離れ次の国へと移動する。
次の国はチェコ!
なんでチェコにしたのかって?
もちろん飛行機代が最安だったから!
ちなみにeasyJetでリヨン 〜 プラハ が1人46.5ユーロ(約6700円)!

プラハ

ただリヨンの空港に行くまでが面倒くさい。
まあ、お金をケチらなければ市内と空港をダイレクトで結んでるローヌエクスプレスっていう快速トラムがあるんだけど、25歳以上だと15.7ユーロもするんだよ!!
ふたりで4500円が飛んでいく、たった30分足らずで。

庶民の味方Bla Bla Carもあるにはあるんだけど、いい時間帯がない。

どうしようか悩んでいた時にフィリップから教えてもらったのがGo Airport
これはトラムのメイジュー駅と空港間を結んでいるシャトルワゴンのサービス。
インターネットから申し込むと5ユーロ。

ということで、まずはフィリップの家の最寄り駅からメトロに乗って・・・

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トラムに乗り換えて・・・
(1時間以内なら1枚のチケットでメトロ ー トラムの乗り換え可能)

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Go Airportのワゴンに乗って・・・
(時間になると駅前にワゴンがやって来る)

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1時間ちょっとで空港に到着。
いやあ、チェコに行くよりも空港に行くまでのほうが疲れる。
ばいばい、フランス。
美味しかったなあ、チーズとワイン。

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チェコもシェンゲン協定の国なのでパスポートチェックもなく、国内移動のようにあっけなくプラハに到着。
ヨーロッパの空路移動はほんとに「旅してる感」はゼロだよね。
チェコはユーロじゃなくてコルナという独自通貨なので、かろうじて違う国に来たって気はするけどね。

空港からプラハ市内までは、まずバスに乗って・・・

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メトロに乗り換えて・・・

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最後は歩いてホテルへ。
もう夜の10時を過ぎちゃった。
ホテルはネットで予約済み。
あ〜さすがに疲れた。
はやくベッドに寝っ転がりたい。

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メトロの駅からホテルまでは歩いて10分くらい。
迷うことなくたどり着いた。
「どんな部屋かなあ」
ネットで事前に予約してると、チェックインのときちょっとドキドキだよね。
「写真どおりかな?」「ハズレていませんように!」ってね。

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さあこのホテルはどうかな?
ガチャガチャ・・・ドアには鍵が。
まあこの時間だからね。
閉まっててもおかしくはない。

ブザーを鳴らす。
・・・。
寝てるのかな?

もう一度鳴らす。
・・・。

ドアをノックする。
ドンドン叩く。
大声で叫ぶ!!

シーン。

ウソーー!?
どういうこと?
今夜野宿?凍え死ぬよ!!

よく見るとドアに張り紙が。
「18時以降はスタッフがいません。
 ご用の方はこの番号に電話してください。」


予約するときそんな注意書きなかったよ。
そんな大事なこと前もって教えといてよ!
しかも18時って、スタッフはけるの早すぎ!!

電話しろって言ったって、携帯持ってない旅人だって多いだろうに。
ケンゾーとイクエも携帯は持っているけれど、チェコのSIMカードは買ってない。
公衆電話も近くにないし、どうしよう。

困っていると、中年の夫婦が通りがかった。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
怪しまれないように笑顔、でも困ってる感のアピールも忘れずに状況を説明すると、すぐに書いてある番号に電話してくれた。

電話をしてもらって待つこと30分、スタッフがやっと来て部屋に入ることができた。
「LION HOSTEL」
バス・トイレは共同、Wi-Fiあり、朝食はなしで1部屋400コルナ(約2100円)。
プラハでダブルルームでこの値段は格安だけど、夜にホテルに到着する場合は要注意!

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さて、航空券が安いというだけでやってきたプラハ。
なんの思い入れもなくチケットが安いというだけで訪れたこの街で、人との出会いに恵まれることになる。

まだリヨンにいる頃、ブログの冒頭「リアルタイムは〇〇」の部分に「このあとはプラハに行きます!」と書いていたら、読者の方からメールが届いた。
『実は私もプラハに到着します。もしよければビールでも飲みに行きませんか?』

おおー、なんという偶然!
しかも一言「プラハ」って書いただけなのに!
ちゃんと見てくれてるんだ、ありがたい。
ということで、翌日ブログの読者ナオキさんとチェコビールを飲みに行くことに。

ビールと言えばドイツっていうイメージがあると思うけど、じつは国民1人当たりのビール消費量世界一はドイツじゃなくてチェコなんだって。
しかも19年連続で不動の1位。
値段は激安で味は世界一。
ビール好きには天国のような国、それがチェコ

ナオキさんとやって来たのはウ・フレクーというビアホール。
創業1499年、プラハで最も古いビアホールなんだって。

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何はともあれまずビール。
大量のビールをトレイに載っけたおっちゃんが店内をうろちょろしてるので、声をかけてビールをもらう。

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ナオキさんはコンピュータのエンジニアで、仕事の休みを利用して年に数回一週間以内の旅行を楽しんでいるそう。
今回はプラハ滞在に絞っての旅行。
日本人って休みが取れにくいから、せっかくの旅行のチャンスがあったらいろんな場所を詰め込んでプランを立てる傾向にあると思う。
でも、ナオキさんは欲張らずプラハだけに滞在。
ゆっくりとその街に身を委ねる。
こんな旅行のしかたもいいよね。

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プラハで最古のこのビアホール。
むかしは修道院だったそうで、当時から造られつづけている黒ビール目当てに連日大賑わい。
そんな歴史ある黒ビールのお味は?

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クリーミー!
そしてほのかに甘い。
甘さと苦さが絶妙なバランスでお互いを引き立てている。
なんとなくコーヒーの甘みや苦さに似ている。

そしてビールにはこれ、ソーセージ!
肉汁ジュワーで美味しかったんだけど、隣に座ってたドイツ人のおばちゃんは「ビールはチェコのほうが美味しいけど、ソーセージはドイツがベスト!」って言ってた。

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店内ではアコーディオン弾きのおじいちゃんが、軽快なメロディに乗せて野太い声を響かせている。
ビールジョッキを傾けながらいっしょに歌う客もいて、どんどん盛り上がる店内。
おじいちゃん、いい仕事してるねえ。

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おじいちゃんのアコーディオン弾きが別の部屋に移って行くと、今度は若いおにいちゃん登場。
でもね、この若いほうがアコーディオンを弾き出すと、かわいそうになるくらい場がしらけてくるんだよね。
だってね歌ってるのかどうなのか分からないくらい声が小さい!
自信がないのがありありなんだよね。
完全に店内の喧噪にのまれてる。

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隣のドイツ人のおばちゃんが「この曲弾いて!」ってリクエストするんだけど全然知らないし。
おばちゃん「もういい!」ってリクエストするの諦めちゃったよ。
苦笑いするおにいちゃん。
店内をクールダウンさせて去って行った。
きっと今、修行中なんだね。
がんばれ!

旅行は好きだけど、休みが取れないので1週間以内の短期旅行しかできないというナオキさん。
やっと取れた休み、でも限られた時間しかないということで、いつも旅先では精力的に美術館や博物館巡り、観光地を見て回っているそう。

一方、時間だけはあるケンゾーとイクエ。
それなのにほとんど美術館にも行かず、ガツガツ観光しないのはもったいなくはないですか?と言われた。
そうだよねえ、贅沢なことしてるよねえ。

ちゃんと日本で日々がんばって働いてる人を前にすると、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
自分たちが(日本の中で)恵まれてるとは思わないけど、長期の旅をしたくてもできない人がいるのは事実。
今こうして旅ができる幸せを忘れないように、これからも旅を楽しんでいかないとね。

みんなでビールを飲んでいると、ナオキさんが「これどうぞ」と大きなビニール袋を渡してきた。
なんだろうと中をのぞくと・・・

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大量の日本食が!!
えー!こんなに?!

じつはメールで「欲しいものがあったら日本から持って行きますよ」って言ってくれてたんだけど、わざわざ申し訳ないし、フランスで家族と会ったばっかりだから丁重にお断りしてたんだよね。
それなのにこの大量のお宝!

「こんなにたくさん受け取るわけにはいかないよ」

「いやいや、たいした値段じゃないですよ。わたし、一応働いてますから。
思ったんですよ、こうやっておふたりのように旅をしている人のブログを日本でお金もかけずに見せてもらって楽しんでるでしょ。
旅はお金がかかる。
だったらちょっとでもこの食材を足しにしてもらって、一日でも長く旅を続けて、一日でも長くブログでわたしを楽しませてほしい。」


嬉しい言葉。
毎日おつかれさまです!
ありがたく頂きます!

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ナオキさんとは次の日もいっしょにプラハを観光した。
といっても、やっぱりビアホールのはしごだけど。

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ウ・ピンカスーという店で、日本でも主流のピルスナービールを世界で最初に提供しだした店。
スターや大統領など世界の有名人たちにも愛されているお店で、壁にはここでおいしいビールを堪能した有名人の写真がずらり。

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さあ、ここのビールはどんな味だろう。
かんばーい!!

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ビールは1杯45コルナ(約240円)。
老舗なので、ほかの地元のお店よりは少し割高。
あまりクセがなくすっきりとした味。
ビールの苦みが好きな人はちょっと物足りないかも。

ビールのつまみは、チェコのハムやソーセージの盛り合わせとチーズのピクルス。

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酸味のきいたチーズのピクルスはビールにもってこいの味。
チーズの横の赤いソースはベリー系の少し甘みのあるものだった。

街を歩いていると、ナオキさんが足をとめた。
「お、ここちょっと寄っていいですか?」

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店頭に並んでいる商品が気になった様子。
チョコレート屋さんなんだけど、ナオキさんが気になったのはチョコレートではない。

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「これ、飲んでみたくないですか?」

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ナオキさんが買ったのはチョコレートビール!
3人でまわし飲みしながら街歩き。
チョコレートとビールって合うの?って思ったけど、味は黒ビールを甘くした感じ。
悪くない味だった。

そして、次に向かったお店はウ・ズラテーホ・ティグラ

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おなじく夫婦で世界一周をしていたHitch x kakeru*のお二人が「ここの生はおいしいです!」と勧めてくれた店。
この2人、世界のおいしいものを食べて帰国してから自分たちでカフェを開くことを計画されているので、お二人の舌に間違いはないはず!

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チェコのビアホールのスタッフって、ほとんどが坊主頭でいかついおっさん。
いかにもビール好きという感じ。

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やーっぱり、おいしい!
おなじピルスナーなんだけど、さっきのウ・ピンカスーよりもパンチが効いててこっちのほうが好きだな。
こちらは1杯40コルナ(約210円)。

でも、立て続けにビールを飲んでいるからお腹がいっぱい。
ビールのありがたみがなくなってきたよー。

といっても、やっぱりチェコにいる限り、ビールは毎日飲みたい。
このビアホールでビールの資料展の御招待券をもらった。
ケンゾーとイクエのお目当ては資料展よりも、そこで無料でふるまわれるピルスナー・ウルケルの生ビール。

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のどごしがまろやかで、やっぱりおいしい!!

でもね、ビールの材料となるホップ。
この資料展に置いてあったんだけど・・・。

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めちゃくちゃ臭い!!
よくこんな臭いものから、おいしいビールが生まれるよね。
不思議だ。
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旅したフランス こんな国

2014.02.07 06:25|ヨーロッパ☞EDIT
フランスには12/30~1/12まで13泊14日滞在しました。
日本から来た家族と過ごしたパリ、友だちの家に泊めてもらったレンヌとリヨン。
3都市しか滞在していないのですが、家族や友人と美しい景色、美味しい料理を堪能することができました。
そんなフランス旅を振り返ります。

◇旅の費用はいくら?

フランスでいくら使ったのか発表します。
家族と過ごした7日間を除いた残りの7日間の金額です。
 
交通費           262.64ユーロ
外食費           142.00ユーロ
その他のフード・ドリンク   67.45ユーロ
宿泊費             0.0ユーロ
観光費             0.0ユーロ
雑費             11.00ユーロ

合計  488.09ユーロ(1ユーロ=145円)
約10,110円/1日2人で

友だちの家に泊めてもらっていたので宿泊費はかかっていないのに1万円オーバー!!
外食もほとんどしていないのにこの金額。
フランスは何といっても交通費が高い!
列車のほぼ半額で移動できるBla Bla Carを駆使したのになあ。


◇移動手段はこうでした

フランスは市内も長距離も交通費がとにかく高い。
パリ市内のメトロ・トラム・バスの1回券は1.7ユーロ。

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フランスは国内の都市を結んでいる長距離バスがあまりないので、長距離の移動は必然的に列車になる。
でもこの列車がかなり高い。

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前もって予約する早割を利用すればけっこう安く購入することができるけれど、予定が定まらないバックパッカーの旅には使えない。
そこでお勧めするのが、車の相乗りサイトBla Bla Car。
コレを利用すると列車のだいたい半額で移動することができる。
フランスをちょっと長目に旅するなら利用価値はかなり大きいよ。
観光地や空港など短距離の移動でも利用しやすい。
詳しくはこちらの記事をどうぞ。

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◇こんなお宿に泊まりました

家族といっしょだったときは、キッチンが付いてるアパートメントタイプのホテルに泊まった。
モンサンミッシェルでは島内のダブルルームに宿泊。
ホテルの価格は日本と同じくらいかな。
インターネットの予約サイトでディスカウントされているホテルを見つけるのが一番いいかも。

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安宿を探そうと思ってもフランスでは苦労する。
ミレナやフィリップの家に泊まらせてもらってすごく助かった。
フランスに友だちがいない人は、できるだけ早くカウチサーフィンでホームステイ先を探したほうがいいですよ。


◇これが一番うまかった!

ケンゾー 「チーズ」
町の数だけチーズの種類があるというチーズの本場フランス。
その数じつに400種類とも1000種類とも言われている。
スーパーや市場には必ずチーズをズラーッと並べているコーナーがある。
なかには長さ10m以上のコーナーも!!
「どんな味なんだろう?」「うわ!これ臭そう!」って見てるだけで楽しいのでいつも写真を撮るのを忘れるんだよね。
フィリップの家で食べたチーズも美味しかったなあ。
左側のチーズは匂いも強くてけっこうクセがあるんだけど、赤ワインとの相性は抜群にいい。
ちょっとずつちびちびと食べながらワインを楽しむ。
あー!至福の時間だったなあ。

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でも本当のことを言うと、おかんが日本から持ってきてくれた数の子がいちばんだったけどね。
やっぱ日本食は最高!

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イクエ 「サーモンのムース イクラのせ」
コース料理の前菜で食べたもの。
わずかな量なのに口に含むとふわあっと味が広がる。
どうしてこんなにおいしいものを作れるんだろうって一口ごとに感動する。
正統派フランス料理の奥深さが濃縮された味。
それにしてもフランス料理のホワイトソースやテリーヌ、パテの味わい深さには脱帽!

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◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「サン・マロ」
もしも住むとしたらリヨンがいいんだけど、観光地としてはサン・マロかな。
車窓から突然、城壁に囲まれた古い街並みが見えたときには、思わず「すごい!!」って叫んでしまった。
海に突き出た旧市街だけ完全に中世から時が止まったまま。
フランスで最も栄えた港町だったという当時の繁栄を今に伝えている。
この美しい街並みが、第2次大戦後に住民によって再建されたものだということにも驚いた。
絶望に屈せず街を復活させたサン・マロの人々の努力と故郷を愛する気持ちに感謝。

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イクエ 「小さな街・田園の中の集落」
フランスと言えば華やかなパリのイメージが強いけれど、小さな街や田園に囲まれて存在する集落こそにフランスの姿が現れている気がする。
古くてこじんまりとしているけれど、石や木を使ったかわいらしい家々。
シンプルに、でも豊かに暮らしている人々の姿が想像できる。
移動中に車窓から見える緑の丘陵と歴史を感じる集落に心が躍った。
ガイドブックに載っていない街だけど、1、2泊滞在してゆっくり街歩きしたいなと思う集落がたくさんあった。
それほどメジャーな観光地じゃなくて、ガイドブックに申し訳程度に載ってる街を訪れるのもおすすめです。
期待以上にステキな街ですよ。

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◇ふらり ゆるり フランスの感想は?

ケンゾー
「フランスは物価が高いし、古い街並みや美術館巡りがメインになるから年取ってからでもいいだろう」なんて思ってたんだけど、じっさいに旅してみるとかなりお気に入ったなあ。
何がよかったのか改めて思い直してみると、抽象的なんだけど雰囲気かな。
フランスの地に足をつけたライフスタイルが醸し出す、落ちついた雰囲気が心地よかった。
イタリアは派手好きで、お調子者が多くて、愛想はいいんだけど、ふわふわしてて落ち着きがない。
そんなイタリアのお隣さんなのにぜんぜん違う国。
ゆったりとして落ち着きがある。
懐が深くて心に余裕があるから人当たりもとてもソフト。
フランスにいる間は心がとてもリラックスしてた。
これで物価がもうちょっと安ければ言うことないんだけどね。

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イクエ
今回のフランス旅は今までの旅とちょっと違った。
まず最初の1週間は家族と旅行したこと。
家族といっしょだったから、まるで日本にいるようにくつろいで過ごせる日々だった。
そして家族と別れた後は、いっさいホテルに泊まることなくミレナやフィリップの家に居候。
まるで暮らしているような旅ができた。
こんなスタイルの旅だったから、人々がシンプルだけど豊かに生きるフランスの魅力を満喫できたのかも。
それと、フランス人って穏やかで笑顔がチャーミングで礼儀正しくってなんだか日本人みたいだなって思った。
お店やカフェの人も人当たりが良くて愛想がいい。
フランスが好きな日本人は多いし、日本好きのフランス人も多いけど、もしかして似てるからかも!なんて思った。

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ここはケチっちゃだめ!本場のフランス料理

2014.02.06 06:27|フランス☞EDIT
ピクルスは大好きだけど、一番苦手な食べ物は「らっきょう」のイクエです。
小さいころからあの匂いがダメなんだよねえ。

フランスでの楽しみのひとつは、「食」

フランスは日本よりも物価が高い!
そしてなにより円安で1ユーロ150円近くと、痛い!!
さらに日本みたいに安いレストランや食堂はほとんどなくて、上品なレストランしかない!!!

だけどやっぱり本場のおいしいものが食べたい!!!!

ということでこの旅行でフランスの食を大満喫したイクエとケンゾー。
お金はかかってしまったけど、後悔はしていない。

見るだけでよだれが出るほどの、おいしいフランス料理を一挙ご紹介しま〜す

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まずは肉料理から。

あっちゃんといっしょに行ったフランス料理店でケンゾーが頼んだ仔豚のテリーヌ
肉料理だけど、これがコース料理の前菜。

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「豚」じゃなくて「仔豚」っていうのがポイント。
程よい肉の香り。
一口ずつワインとたしなむと、もう幸せ♡

こちらはモンサンミッシェルで家族といっしょにディナーで注文した仔羊のシチュー
やわらかいお肉にしっかりと味がしみ込んでいる。
20ユーロくらいだったかな。

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それにしても「仔豚」といい「仔羊」といいフランス人って「仔◯◯」が好きだねえ。
なかでもフランス人が一番おいしいと絶賛するのが「仔牛」。
日本人には「牛」と「仔牛」の違いがわからんけど、「仔牛」ってだけで贅沢な牛肉って感じだね。

フランスっていろんな種類のお肉がある。

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肉屋さんにはこんな肉も。
なんの肉かわかる?

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正解はウサギ
日本のペットのウサギよりもだいぶ大きい。

今回はウサギを食べる機会はなかったけど、そういえば日本にいるときフランス料理店でケンゾーと食べたことがある。
そのとき、ナイフとフォークでお肉を切りながらケンゾーがこうつぶやいたんだよね。

「プーちゃん・・・おいしいね。」

プーちゃんって言うのは、昔ケンゾーの実家で飼っていたペットのウサギ。
ウサギを飼ったことがある人は、たしかに食べるときちょっと心が痛みそうよね。

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こちらも日本では高級レストランでしか食べられない、世界三大珍味のアレ。

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フォアグラ
必要以上のエサを与えられて育った鴨やガチョウの脂肪肝。

脂身なのに、油っぽくない。
日本のよりもべっとりしてない。
まるで、馬刺のたてがみのような。
(例えかたがわかりづらくてすみません。熊本育ちなので馬刺はよく食べていて、とくに真っ白いたてがみの部分の肉は珍味で絶品なんですよ!)

世界三大珍味のフォアグラ。
あとの2つは「トリュフ」と「キャビア」。
ちなみに高級きのこの「トリュフ」は、フランス人でも食べる機会はほとんどないみたい。
ミレナやミレナの友だちも「トリュフなんて食べたことない。それって中国で生産されているやつだよね。」なんて言ってた。
あっちゃんも「申し訳程度に薄く削ってパラパラって散らしてあるようなのは食べたことあるけど」だって。

だけどフォアグラはクリスマスシーズンに家族で食べる風習があるらしい。

ちなみに、上のフォアグラの写真。
もちろん下の部分はフォアグラじゃなくて牛肉のステーキ。
上にのっかっているのがフォアグラ。
日本でもこんなふうにステーキとフォアグラのソテーをいっしょに食べるのが定番だよね。

でもね、実はこの食べ方、フランスではポピュラーじゃない。
フランスで「フォアグラ料理」って言えば、これ!

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全然違うよね!!
ステーキみたいに食べず、テリーヌのようにして食べる。
「テリーヌ」って言ったらフィリップに「テリーヌって言い方は不適切。『生』っていうほうがふさわしい。」って指摘された。
(「テリーヌ」は野菜とか香草とかいっしょに混ぜるけど、これはフォアグラだけで勝負している。)

新鮮だからできる一品。
この生のテリーヌ、薄い二切れでお値段25ユーロ。
家族と一緒にレストランに行ったときにイクエが注文したんだけど、ケンゾーは反対したんだよね。
ケンゾーは実は前からフォアグラってあんまり好きじゃない。
「ただの油のかたまりでおいしくない!」という理由。
(でもわたしたちの結婚披露宴の料理ではイクエの要望でメインをフォアグラにしたんだけど、なんでそのとき教えてくれなかったの!?)

だけど、この「生」のフォアグラはケンゾー絶賛。
「フォアグラってこんな味なんだ〜。
 油っぽくないんだけど、とろける!」


注文する時は乗り気じゃなかったのに、日にちが経っても「もう1回フォアグラ食べたいなあ」ってつぶやいてた。

ちなみに市場ならフォアグラを安く買えるらしいよ。
とくに需要のあるクリスマスシーズンが狙い目。

「生肉」と言えば、フランス人はこんなものも食べる。

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フィリップが作ってくれた。
タルタル
「タルタル」って言ったら「タルタルソース」を思い浮かべるんだけど、「タルタルステーキ」。
お肉屋さんで「タルタル用で」と注文すると新鮮な牛肉を包丁でタタタタタタ〜っとみじん切りにしてくれる。

それに玉ねぎや薬味、生卵を混ぜる。

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「ユッケ」とそっくり。
レタスやポテトといっしょに、ちょっと贅沢なランチ。

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ワインにも日本酒にも合いそうな味。
フランス人って生肉も生卵も食べるんだねー。

お肉料理を一挙にご紹介したので胸焼けしてきた人のために、ここらへんであっさり料理を。

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これは、モンサンミッシェル名物のオムレツ
これまでのオムレツのイメージを覆す一品だったよ。
ケーキの「スフレ」みたいな感じ。
中身はメレンゲ状。
ほら、中から外にクリームみたいに飛び出してるでしょ。

ふわふわ。かる〜い。

その昔、手に入る少ない材料で修道士たちを喜ばせようと、卵をあわだててふわふわにして大きくするこのスフレみたいなオムレツが考案されたのだそう。

モンサンミッシェルの起点となる街、レンヌではガレットが有名。

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そば粉を使ったクレープのようなもの。
卵やハム、野菜がたっぷり入っていてデザートと言うよりも立派な食事になる。

マキマキ状のものもある。

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フランスでよく売っているサンドイッチがこれ!
中身はカマンベールチーズだけ。

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すっごくシンプルだし、ひとつ4ユーロくらいする。
安くないけど、おいしくて買っちゃうんだよね。
パンと、このボリュームのあるカマンベールチーズが味覚も空腹も満たしてくれる。

チーズと言えばこの料理。
日本では冬にみんなで鍋を囲むけど、フランスではこのホットプレートを囲む。
冬の定番料理らしい。

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ラクレットという料理。

材料はこちら。

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テーブルの真ん中にはラクレット専用のホットプレート。

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2段になったホットプレート。
ひとりひとつずつに小さなスコップのような鉄板。
ここにチーズをのせてホットプレートの真ん中に入れてチーズを溶かす。
上の段にはじゃがいもやソーセージをのせる。

チーズが溶けはじめたら、じゃがいもやソーセージに絡めて食べる!

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味はご想像どおり。
そのまんま!
おいしいのはあたり前。
でも、白ワインがきいたチーズフォンデュのほうがどっちかっていうと好きだな。

フランスで忘れちゃいけないのがワイン

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いろんな種類のワインがあるんだけど、ワインに対する知識のないイクエとケンゾーはいつも安いのを選んでいた。
2ユーロとか3ユーロくらいの。

でも、あっちゃんに言われたんだよね。
「わたしだって最近は4ユーロ、5ユーロくらいのをがんばって買ってるんだから!
せめてそのくらいの値段のを買わないと!!」


この1ユーロの違いでかなり味が違うらしい。

ちなみにスーパーでは10ユーロ以下のワインが多く販売されている。
10ユーロ以下でも日本の3000円のワインよりおいしい。
でも、人の家におじゃまするときの手土産には18ユーロくらいのは買ったほうがいいみたい。

フランスにはワインのつまみにピッタリなものがいっぱいある。
たとえば、チーズ

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フランスには400種類とも1000種類とも言われるチーズがある。
お店に行くといろんな種類がずらりと並んでいて、味を想像するだけでワクワクする。

そして、ハム・ソーセージ
おいしいワインとチーズとソーセージさえあれば、もう幸せ。

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ペーストの種類も多い。
フィリップの家で食べたオリーブと鴨のペースト

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パンに塗るだけで、立派なおつまみ。

フィリップの家に居候しているとき、あっちゃんとフィリップがイギリス旅行に行ったので、イクエとケンゾーふたりだけになったときがあった。
フィリップの最高の家を使わせてもらって、近くのお店でお惣菜を買って、まるでレストランにいるかのような気分に浸ろう。
そのほうが、安上がりだし!

ということでお惣菜を買ったはいいけど、お会計のときびっくりしてしまった。

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1000円以下に収めるつもりが、25ユーロ(約3700円)。
たったこれだけなのにー!
やっぱりフランスって物価高いわ〜。

せっかく買ったから、コース料理みたいにやっちゃおう!
あるじのいない家で、好き勝手にステキなテーブルセットを使わせてもらうふたり。
(フィリップ、ありがとう!)

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あっちゃんに「2ユーロのワインはダメ!」と言われたので買ったのは5ユーロ。
どれがおいしいのかわからず、とりあえずワインの産地として有名な「(モンターニュ)サンテミリオン」とラベルに書いてあるAOCワインを購入。
(AOCとは生産地や品種、栽培法や醸造法など厳しくコントロールされたもので、「ラベルにAOCって書いてあるのを選んだほうがいい。」ってあっちゃんが教えてくれた。
フランスのお店で売っているワインはけっこうな確率でAOCって表示されていた。)

買った総菜の一品。
ナスの肉詰め
お肉屋さんのお惣菜コーナーだったから、お肉の味に間違いはない。

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白身魚のムニエル
たったの一切れで9.5ユーロもしたそのお味は?

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もちろんおいしい!
ホワイトソースがたまらない♡

そしてこちらは猪肉のワイン煮

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猪っていうとワイルドなイメージだけど、臭みはまったくない。
むしろ豚肉よりもあっさりしている。
このワイン煮、量が多かったから残して次の日にも食べたんだけど、次の日のほうがおいしかった。
ワインの味がしっかりとしみ込んでた。

お肉もおいしいけど、海に面しているフランス。
シーフードもなかなか。

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魚屋さんで買った生ガキは今までになくクリーミーでマイルド。
噛んで食べる、という感覚じゃない。
トゥルンッ!って感じ。

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もちろんムール貝もおいしい。
ワインのお供にしたけれど、ビールとも合いそう。

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寿司のネタではサーモンが一番好きなイクエ。
もちろんスモークサーモンもサーモンのバター焼きも好き。
こちらはサーモンパスタ
レモンを絞ってどうぞ。

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サーモンももちろんだけど、イクラも大好き。
前菜で出てきたこの一品。
サーモンムースのイクラのせ
親子が織りなすグルメ料理。

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パーフェクトな味。
口にサーモンの甘さが広がっていく。
一口食べておいしすぎて溜め息がでる。

こちらはイカのホワイトソース

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イカの中にはきのこ類が詰まっている。

ちなみにこのイカの料理とかサーモンムースとか、上で紹介した子豚のテリーヌとかフォアグラのソテーとかは全部あっちゃんたちと食べたコース料理の品々。
前菜、メイン、デザートから好きなものを一品ずつチョイスしてお値段35ユーロ。
日本でコース料理を食べると、このほかにスープとかもう2品くらいつきそうだけど、ここはデザート以外には前菜とメインの2品しかない。
それでも、すっごくおいしくて一口ずつ味わいながらゆっくり食べるから、不思議とおなかいっぱいになるんだよね。
食後のコーヒーまでたどりつけないくらい。
これで35ユーロだったら大満足だよ。

では、最後はスイーツコーナー

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あっちゃんたちと堪能したコース料理のデザートで食べたのがこれ。
お店の人イチ押しのスイーツ。
カリカリの筒の中にはキャラメルソースとクリームがぎっしり。
あま〜い♡

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これは地元の人で賑わう、サン・マロのお菓子屋さんで買ったスイーツ。

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右はクイニー・アマン
ちょっとカリカリしていてバターの風味が香ばしい。
ここブルターニュ地方の伝統的なお菓子。

左は固めたメレンゲにチョコレートをコーティング。
メレンゲの固まりは甘いんだけど、チョコレートがビターだからちょうどいい。
ケンゾーも気に入ってた。

フィリップお手製のアップルパイもおいしかった〜。
小さめのリンゴを市場で買ってきて、あっという間に作ってくれた。

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フィリップはこんなのも食べさせてくれたよ。
クリスマスから年始にかけて店頭に並ぶケーキ。
キリスト教の祝日、1月6日に食べるガレット・デ・ロワ

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買ってきてくれたのはこぶりのケーキで、本来はもっと大きい。
そしてケーキの上に紙でできた金色の王冠がのせられて売られていることも多い。

このガレット・デ・ロワ。
中に小さな陶器のアイテムが入っていて、みんなで切り分けて食べたとき、このアイテム(フェーブ)が入ってた人が当たり。

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このガレット・デ・ロワはパン屋さんで買ったから、まな板の上のスライスされたパンや紙袋に入ったバゲットがデザインされていた。
お店によって人形だったり動物だったりする。
昔は陶器のアイテムじゃなくて、そら豆を入れていたみたい。
ちなみにアイテムが当たった人が、ケーキの上に飾ってある王冠をかぶるんだって。

家族と行ったマカロン発祥のお店、パリのラデュレ。

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今まで食べてたマカロンと違った。
サクッというよりフニャ。
マシュマロのようなものが中に入っていた。

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個人的には、このお店のチョコレートケーキが気に入った。
上から下まで徹底して濃厚なチョコレート。
苦いエスプレッソといっしょに食べるとちょうどいい。

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いやあ〜、ほんとうに「美食の国」だよフランスは。
チーズにしてもハムにしても味に深みがある。

たしかに多少のお金がかかるけど、また食べたいって思える。

あ〜あ〜、ほんとうにまた食べたい・・・。
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フランス「リヨン旧市街」☆☆ 住みたい街暫定1位

2014.02.05 05:33|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
最近8時間寝ないと寝た気がしないケンゾーです。
イクエによく「寝すぎ!」と言われてます。

フランス第2の都市リヨン。
古くから絹産業、近代は金融によって栄えてきた商業都市だけれど、ルネッサンス期の美しい建築が残る街としても有名。
ソーヌ川の西側に広がる旧市街は世界遺産に登録されている。
わざわざ休みを取ってくれたフィリップの案内で旧市街を観光することに。

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リヨンの旧市街は坂の街。
細い坂道と階段が迷路のように入り組んでいる。
つぎつぎと角を曲がり躊躇なく階段を下っていくフィリップ。
その後ろをついていくだけのケンゾーとイクエ。

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ダメだ、もう自分たちだけで帰ることはできないよ。
どこを歩いてるのかさっぱり分からない。
公共の階段なのか、はたまた私有地の階段なのかよく分かんないところも。

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いやあ、これね、地元の人以外ここにこんな通路があること自体分かんないと思うよ。
だってね、この階段どこに出ると思う?

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分かった?
分かる分けないよね。
でもちゃんと出入り口は写真に写ってるんだよ。
いちばん左手前の茶色いドア!

ふつうの家のドアにしか見えないよね。
これが通路として使われている階段の入口。
どうやって見分けてるんだろ。
リオンに住んだら記憶力が鍛えられるね。

秘密の小道を通って一気に川岸まで下ってきた。
目の前にはなんだか違和感があるビルが。

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違和感の正体は壁一面に描かれただまし絵だった。
かなりスケールの大きいだまし絵だよね。

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じつはここにはリヨン出身の有名人が描かれているんだって。
ていっても、ケンゾーとイクエが分かるのは「星の王子さま」の作者サン・テグジュペリだけだけどね。

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横から見るとこのビル意外と薄っぺらい。
じつはリヨンには、こんなだまし絵ビルがたくさんあるそうだ。
だまし絵を探して街を散策するのも楽しいかも。

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ソーヌ川河畔に建ち並ぶルネッサンス時代の建物たち。
屋上から煙突がにょきにょき。

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せっかく下界へと下りてきたばかりだけど、リヨンのパノラマを見るため、アラフォーの体にむち打ってフルヴィエールの丘を上っていく。
頂上の手前には紀元前43年に造られたローマ劇場が。

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当時は1万人収容することができたそう。
今でもオペラやコンサート会場として利用されているそうだ。
それにしても、古代ローマの劇場って世界中にいくつあるんだろうね。
どれだけ力を持ってたかよく分かるよ。

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フルヴィエールの丘の上からはリヨンの街を一望することができる。
赤茶色の屋根で埋め尽くされたリヨンの街。
いちばん手前が旧市街。
奥へ行くほど街が新しくなっていく。

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手前から奥へとだんだん建物が高くなって近代的なものへと移り変わっていっているのが分かるかな?
やっぱり、古い建物のほうが暖かみがあってなんだかほっとする。

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リヨンの街を見下ろすこの丘の上には、ノートルダム・ド・フルヴィエール・バジリカ聖堂がどーんと建っている。

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内部はさらにため息が出るほど美しい。
壁や天井はモザイクで隙間なく埋め尽くされ、ステンドグラスが色鮮やかな絵柄を映し出している。

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決してきらびやかではないんだけど、品のいい華やかさがある。

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日が落ちた黄昏時、ふたたび旧市街へと足を向ける。
昼間よりもぐっとムードが出ていい感じ。

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フィリップがリヨンの伝統的な建物を案内してくれるそう。
またまたこんな家の入口にしか見えないドアから中へと入っていく。

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でも今度は階段じゃなかった。
トンネルのような通路を抜けていく。

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通路の先には中庭が。
中庭からはそれぞれの住居にアクセスすることができる。

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このような抜け道は「トラブール」と呼ばれていて、旧市街に数多く残っているそう。
その昔、絹産業が盛んだった時代に、大事な商品を雨で濡らさないようにこうした屋根付きの通路が作られたんだって。
これはリヨン独特なもので、第2次大戦中ナチスに抵抗していたレジスタンスの逃げ道としても利用されていたそう。
迷路みたいになってるから逃げ道としては最適だね。

トラブールにはいろいろなタイプがある。
単純に表通りから裏通りへ抜けるための簡単な作りから、いくつもの階を繋いでいる階段状のもの、回廊と階段が組み合わさっているものなどなど。

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トラブールを通り、旧市街を歩き回っていると方向感覚はもちろん、古い建物に囲まれて時の感覚もおかしくなってしまう。
トラブールは「時の抜け道」とも呼ばれるているそうだ。

歩き回っているといつの間にか街に夜の帳が下りていた。
フルヴィエールの丘からリヨンを見守り続けているバジリカ聖堂もライトアップ。
堂々とした姿が闇夜に浮かび上がっている。

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リヨン旧市街のシンボル、サン・ジャン大司教教会
丸いステンドグラスが特徴的。
残念ながら内部は大規模な修繕中だった。

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そろそろ家に(居候だけどね)帰りますか。

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さて、ルネッサンス期の美しい街並みが残る「リヨン旧市街」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

古くて美しい街並みはあるし、だまし絵を探す楽しみもあるし、迷路のようなトラブールを歩き回るのもおもしろい。
旧市街にはデザイナーやクリエイターが集まってくるので、街中はどこもおしゃれ。
美術館やギャラリーも多いので、芸術が好きな人はいくら滞在しても飽きない街なんじゃないかなあ。

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世界遺産としては☆2つなんだけど、今まで旅してきて住みたい街ランキングでは暫定1位!
街の大きさが程よくて、街の雰囲気が落ちついている。
美味しいものはいくらでもあるしね。
ここで働き口があったら住んでもいいなあ。
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お金を使わず贅沢に生きる

2014.02.04 05:34|フランス☞EDIT
「今、和食で何が食べたいか」というテーマでケンゾーと盛り上がったイクエです。
魚の煮付け、すき焼き、焼き鳥、天ぷら、さんま・・・。
「うな重も食べたいけど、あまりに豪華すぎて胃がビックリしそうだから、まずはチープなもので慣れさせていったほうがいいかも」なんて本気で考えてます。
「今度、家族が来るときにはイカの塩辛を持ってきてもらおう!」ということまで話し合いました。

さて、フランスを旅しているイクエとケンゾー。
「ヨーロッパは物価が高いし年をとってゆっくりツアーで旅してもいいから、今回は行くのやめようか」なんて話していたけど、ちゃっかり旅行することにした。
それには、いくつか理由がある。

まずは家族と落ち合うから。
姪っ子と甥っ子とアフリカで会おう!なんてできないもんね。

次にインドのボランティアでいっしょに活動したフランス人ミレナに会いに行くこと。
レンヌのミレナの家を3日間もお借りして、すっかりくつろがせてもらった。

そして、イクエの友だちあっちゃんに会いに行くこと!!
あっちゃんは高校のときクラスや部活がいっしょで、もう18年来の友人。
あっちゃんは日本の大学を卒業してからフランスでもう10年も生活している。

あっちゃんが暮らしているのはパリに次ぐフランス第2の都市、リヨン
今回も、フランスの便利な相乗りシステムBla Bla Carでリヨンを目指す ♫

リヨン

列車は何日も前に予約すると割引の切符が手に入るけど、わたしたちみたいに行き当たりばったりの旅だとそうはいかない。
Bla Bla Carだと前日に予約しても、列車の運賃の半額くらいで移動できる。

今回はレンヌからリヨン近郊のスキー場にバカンスに行くと言うカップルに乗せてもらった。

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彼女のほうは運転免許をもってないらしく、彼氏がひとりで9時間以上運転し続ける。
高速道路をそんなに長く運転するって疲れるよねえ。
でもね、たぶん日本の高速道路を運転するよりも、全然疲れないと思うんだよね。

だって開放感が違う。

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日本の高速道路って山を切り開いて道をつくっているところが多い。
だから両サイドがコンクリートで固められた斜面に挟まれていて妙に圧迫感を感じたり、大きなカーブがしょっちゅうあったり、いくつものトンネルをくぐらなきゃいけなかったり。
街に入ったら入ったで防音壁が続いていたり・・・。

爽やかなドライブって感じにはならないよね。

だけどフランスのハイウェイは視界が開けてて、すがすがしい。

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みんな130キロくらい出してるんだけど、そんなにスピードが出てるようには感じない。
これって、音も影響してるのかなって思った。
日本の高速道路って、コンクリートの斜面に挟まれてるところでは、ビュン〜ビュン〜ってすれ違う車の音がやけに響いたり、トンネルに入ればごおおおおおって重低音がする。
フランスのハイウェイはそういう落ちつかない音がいっさいなくて、しずか〜。
すーーーーーって感じ。
停止してるような錯覚さえ覚える。

途中、日本のサービスエリアにあたるようなカフェやスーパー、ガソリンスタンドがある休憩場所に立ち寄った。
ハイウェイに隣接してるんだけど、駐車スペースには木があって広々としていてまるで公園みたいでしょ。
カップルはこのベンチに座って、持ってきていたお弁当でランチタイム。
これだけでかなりのリフレッシュになるよね。

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乗ってる身としては、9時間の移動でもそんなに疲れなくて「あ〜、もう着いたかあ」ってラクチンだった。
「日本の高速道路はものすごく圧迫感がある」ってことに気づいた移動だった。

着いたリヨンの街は、実は世界遺産になっている。

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紀元前1世紀ごろにはすでに繁栄していたんだけど、15世紀になるとますます経済発展を遂げてフランス・ルネッサンスの一大中心地になったんだって。

赤い屋根の古い建物が密集している。
そしてそこからにょきにょきと伸びる煙突。
パリとはまた違った趣がある。

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「うちよりも彼氏の家のほうが大きいから、そこに泊まって〜」とあっちゃん。
彼氏のフィリップとは初対面だけど、ずうずうしくも居候させてもらうことになった。

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ちなみにあっちゃんは、リヨンの大学や語学学校で日本語を教えている。

フィリップはリヨンの空港の管制官。
ちなみに、リヨンはあの有名な『星の王子さま』の作者サンテグジュペリの故郷。
なのでリヨン空港は「サン=テグジュペリ国際空港」という名前がついている。
そんな空港で働くフィリップ。
もう、すーーっごく家がステキでテンションがあがった。
ロケーションも最高で、街を見下ろす高台にある。

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100年以上前の建物が今ではアパートとして使われている。

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レトロな廊下からドアを開けて室内に入るとそのギャップにビックリ。
デザイナーズマンションみたい!

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リヨンは昔は絹産業が発達した地域で、この部屋はかつて絹工場として使われていたのだそう。
天井の高さにその名残がある。
フィリップが自分でリノベーションしたんだって。
センスいいよね〜。

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一人暮らしだけど部屋は広くて、写真に写っているリビングダイニング、ロフトのほかにダブルベッドの置いてある部屋が2つ。
そのひとつをわたしたちのために貸してくれた。
ほんとうにありがとう

大きなバスタブのあるバスルームなんてまるで五つ星ホテルみたい。
まさか、フランスでこんないい思いができるなんて。

着いたのは夜だったんだけどフィリップは「その辺のソファーにでも座ってくつろいで」って言ってくれて・・・。

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くつろいでいたら「とりあえず、これね」ってシャンパンを開けてくれた。
なにこれ〜! 一流ホテルのウェルカムドリンク!?

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フィリップが言った。
「このシャンパンのラベルの名前、これね、お母さんの旧姓なんだ。」
「どういう意味?」
「母の実家がシャンパンを製造してるんだよ。」

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フィリップの家にはワインやシャンパンのストックがたくさんあるんだよね。
こんなに次から次にフランスのワインを堪能できるなんて、もう幸せすぎるよ。

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つまみのソーセージとかチーズとか、もう言うことないよ!

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遠慮なく悠々と過ごすイクエとケンゾーと違って、あっちゃんもフィリップも日中はお仕事。
朝起きたら2人はすでに出勤してたんだけど、テーブルに朝食が!
何から何までありがとう。

窓から見えるリヨンの街を眺めながら、コーヒーを飲む至福の時間。

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もうねえ、この窓からの景色が最高なんだよ。
朝も、昼も、夜も。
この部屋にいるだけで気持ちが満たされるから、ほとんど外に出なかったなあ・・・。

朝起きて、オレンジに輝く街並みに感動する。

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昼は昼で、リヨンの活気ある街並みや道ゆく人たちを見ながらぼーっとするでしょ。
そして、夕方もまたうっとりするんだよ。

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夜は夜で教会やタワーの上品なイルミネーションを窓から眺めて、また感動。

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あっちゃん、わたしと友だちでいてくれてありがとう
あっちゃん、フィリップとつきあってくれてありがとう

リヨンは「美食の街」として知られている。
美食国家フランスの中で一番の「美食の街」だから、これは期待できるよねえ。

普段は節約生活のイクエとケンゾー。
あっちゃんに「せっかくリヨンに来てるんだから、おいしいもの食べなきゃ。」って言われて「それもそうだよね!」ってことで、あっちゃんとフィリップおすすめののお店へ。

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前菜やメイン、デザートなどそれぞれ5種類ぐらいずつメニューがあって好きなのをチョイスするシステム。
お値段は1人35ユーロ。
あっちゃんが言うには「20ユーロ以下でコースが食べられるお店もあるけどいまいち。35ユーロ出せば満足いくコース料理が食べられる」のだそう。
でも、観光客相手のレストランで35ユーロだしてもたいしたことないと思うよ。
あくまで地元の人がすすめるお店でね!

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いやあ〜、ほんとにおいしかった。
ひとくち食べて「ふわああ〜しあわせぇ〜」ってなるでしょ。
そしてまたひとくち食べて「ま〜た しあわせぇ〜」ってなるんだよね。

「いいねえ〜、おいしいの食べられて。」とあっちゃんに言ったら、こんな言葉が返ってきた。
「そんなしょっちゅう外食してるわけじゃないんだよ。
旅行のとき以外でフィリップと外食したのは、今までないよね。
あ、1回だけあったけ?」


ちなみにあっちゃんとフィリップはもう1年以上つきあっている。

「フランスはレストランが高いからね。
フランス人にとって外食って贅沢なんだよ。
もう、特別。」


「日本だとさあ、『あー、きょう仕事疲れたからちょっと飲みに行こうか』ってふらっと居酒屋行ったり、上司に誘われて嫌々ながらお酒飲んだりさあ。
わたしたちも日本にいたときどのくらい外食にお金使ってたか・・・。
それが特別でとても楽しみにしていた外食ならいいけど、なんとなく流れで外食してけっこうお金使ってたから、今思うとものすごくもったいないよね。」


「日本人ってさ、日々のストレスをどんどんためていって、発散させる機会がないからちょっと買い物したり飲みにいったり遊びにいったり、日常的にお金を浪費してしまっているよね。
フランスはね、長いバケーションがあるからそのバケーションを楽しみにして仕事をがんばれる。
そんなにストレス発散のためにお金を使うってことはなくて、いつもは慎ましい生活をしてるんだよ。」


ちなみにフランスに限らず、ヨーロッパの多くの国では1年間に1か月くらいの連休がもらえる。
少なくても2週間、多い人は2〜3か月くらい休んでいる。

「それとね、外食よりも誰かの家で食事をするっていうのがみんな大好きなんだよね。
といっても3か月に1回くらいだけど。
招待するほうもおじゃまするほうも、すごく楽しみにしている。
招待する人は2か月くらい前から『食器はこのお皿を使おう』とか『デザートはこのケーキにしよう』とか考えるのが楽しい。
おじゃまする人は『手土産にあのワインを買おうかな』とかあれこれ思いをめぐらせながら、2か月後の食事会を励みに仕事をがんばれるんだよね。」


フランスをこれまで旅してきて思ったのは、フランス人の生活は日本人と比べて質素だということ。
でもなぜか優雅に生活を楽しんでいるように思える。
ミレナの家に居候したときも思ったんだけど、家にあるものや着る服は必要最低限のものだし、慎ましく生活している。
日本みたいに『きょうはパーッと飲みにいこう!』ってときは、食事は家で済ませてビアホールでビールを1、2杯飲みながら食事なしでおしゃべりを楽しむ。
日本の大学生が居酒屋でビール飲みながらつまみをたくさん頼んで「イッキ!イッキ!」と言いながらおおはしゃぎするのなんて、フランスの大学生は考えられないだろうな。

あっちゃんは続けた。
「それにね、もちろんこんなレストランでの外食もすごくおいしいんだけど、市場で売っているチーズやハムもすごくおいしい。
だから好きなものを買って家で好きなワインを開けるっていうのも外食に劣らず幸せな気分になれるんだよ。」


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フィリップは仕事が休みのときは家の近くの市場に買い物に行く。
日本みたいにひとつのスーパーで、肉も野菜もいっぺんに買うってことはしない。
ちょっと面倒のように感じるんだけど、「野菜はこの店」「フルーツはあっちのほうがいい」「お肉はここからちょっと歩くけど、あの店に行こう」ってお店をハシゴするんだよね。
でも、その手間がきっと楽しいのだと思う。

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実際、いろんな発見があって楽しい。

たとえばこんなおもしろい食材にも巡り会う。
この花にしか見えないものはチコリーという野菜。
「小さい白菜」っていったほうがしっくりくる。
白い葉っぱの部分を食べる。

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市場の近くの広場に、仮設のモミの木の集積場。
もう出番のなくなったモミの木がここに捨てられていく。
フランスのクリスマスシーズンも終わりだねえ。

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午前中、買い出しに行って仕入れた食材で昼食を作る。
こんなゆっくりとした休日の時間の使い方を、フランス人は知っている。

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夜は、あっちゃんのお友達カップルが来てくれた。
フランスでは同性同士のカップルが日本よりもナチュラルに恋愛を楽しんでいる。
医師と教師のアレクサンドルとオリビエ。

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この二人、日本が大好きで2人で日本を旅行したこともある。
あっちゃんが日本語を教えていたので、もちろん日本語も上手。
「おしるこ美味しかった〜」とか「漫画のナルトが大好き」って日本を熱く語る2人。
そんなに日本を好きでいてくれてありがとう!!

高校時代、あっちゃんと出会ったときは将来フランスで生活するなんて思ってもみなかった。
もちろんリヨンの大学で日本語を教えることになるなんて思ってなかったし、しかもあっちゃんは理系で国語が苦手だった。

そんなあっちゃんがフランスで暮らすようになったのは「フランスが好きだから」
好きが高じて、努力を重ね、難関の就労ビザを獲得した。
きっとこれからもフランスで暮らしていくのだと思う。

「フランスに住めたらいいな」じゃ足りない。
「フランスが好き!ここに住みたい!」。
そんな熱い思いが、夢を実現させた。

「もうね、10年も住んでるからフランスの悪い面もたくさん見てきたし、『フランスが好き』とかそんなの通り越しちゃったよね。」

笑ってそう言うあっちゃん。

でも、今回フランスを旅して、あっちゃんがフランスを好きになった理由がわかった気がした。
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フランス VS 日本 生カキ対決 ウマいのはどっち!

2014.02.03 06:31|フランス☞EDIT
『リア充』の意味が分からなくて、妻にバレないようにこっそりネットで意味を調べたケンゾーです。
でも履歴を見た妻から「もう5年前から使われとるよ。なんで知らんと?!ウケるー!」と笑ってバカにされました。
べつにそんな言葉、知らんでもよかろうもん!!おっさんで悪かったね。

レンヌにはBla Bla Carで車を相乗りして来たケンゾーとイクエ。
そのときに同乗したレンヌ在住のカップルに「どこかオススメの観光地ある?」って聞いたら「ぜったいサン・マロに行ったほうがいいよ!」って言われた。
部屋に泊めてもらってるミレナに「サン・マロってどう?」って聞いたら「めっちゃいいよ!美しくてロマンティック!」って言われた。
現地人大絶賛のサン・マロ
そりゃ行っとかんとね ♫
ということでレンヌから北へおよそ70km、イギリス海峡に面したサン・マロに行くことに。

サン・マロ

レンヌに来るときに利用したBla Bla Carが思った以上に快適&お得だったので、すっかりBla Bla Carファンになったケンゾーとイクエ。
今回も試しにHPで検索してみると・・・あった!
レンヌからサン・マロまで相乗りを募集してる車はけっこう多い。
その中で、行きと帰りの往復を募集してる車に決定。
往復1人8ユーロ、列車だと片道だけで13ユーロするからかなりお得!
Bla Bla Caは近距離も長距離もお得に利用できる。
長距離の場合は事前に予約するときにクレジット決済されるけど、今回みたいに数ユーロのときはドライバーに直接支払う仕組み。

今回のドライバーはレンヌの学校でマッサージの勉強をしている女性。
きょうはサン・マロにある実家に帰るんだって。

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彼女も英語が喋れるのでよかった。
そういえば、「フランス人は英語が全然喋れない!」って話をよく聞いてたんだけど、思ってた以上に喋れる人が多いように思うなあ。
まあレンヌは都会だしね。
田舎に行くとぜんぜん違うんだろうね。

出発しておよそ1時間、なんだかスゴい景色が見えてきた。
おおー、こんな街並み今まで見たことないよ!!

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半島のように海に突き出ているサン・マロの旧市街は、ぐるりと高い城壁で囲まれている。
12世紀から作られはじめた城壁は、18世紀まで拡張を繰り返してきたそうだ。
でも、外敵から守るはずの城壁から内側の建物が飛び出しすぎだよね。

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この城壁の上は歩くことができるようになっている。
昔は敵から身を守ってきた城壁も、今では美しい眺めを楽しみながらの散歩道。

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それにしても立派な建物だ。
ひとつひとつがとても大きくてどっしりとしている。

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じつはサン・マロは海賊の街。
17世紀のイギリス海峡では、フランスの王から認められていた「コルセール」という敵国の船を襲撃する合法的な海賊が大活躍(?)していたんだって。
サン・マロはそのコルセールの拠点となっていた街。

外国船から奪ってきたお宝のおかげでサン・マロは大繁盛。
石造りの豪華な家が建ち並び、当時フランス最大の港町になったそう。
今でも街のあちこちに海賊が描かれた看板が店先に掲げられていて、海賊の街だった当時の面影を偲ばせている。

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苔むした屋根が歴史を感じさせてくれるサン・マロの旧市街。
今でも美しい古い街並みを残すこの街も、第2次世界大戦中、サン・マロを占領したドイツ軍を撃退するためアメリカ軍が爆撃。
街の8割が破壊されてしまったそう。

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でもね、街は壊れてしまったけど、サン・マロの人々の心は折れてなかったんだよね。
戦争が終わると、住民が崩れ落ちた石をひとつ、またひとつと積み上げて破壊される前の街に復元したんだって!

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途方もない時間と労力、精神力が必要だっただろうね。
そんな並々ならぬ苦労のおかげで、今こうして美しい街並みを楽しむことができる。

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朝から雨がぱらついてイマイチぱっとしない天気だったんだけど空を見上げると虹が!
なんだかいいことがありそうだね。

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街の反対側まで歩いてくると、雰囲気がガラッと変わった。
重厚感たっぷりだった家がこじんまりとなって、ちょっとごちゃごちゃしてる。
こっちは庶民が住んでた下町なのかな。

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旧市街の沖合には小さな島が浮いている。
島にある建物は昔の要塞。
潮が引いたらこの島に歩いて渡ることができるそうだ。

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そして海からちょこっと何かが突き出てるの分かるかな?
これ、なんと飛び込み台なんだって!
これまた潮が引いたらプールが姿を現すんだそう。
今はまったく想像できないけどね。

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旧市街の中心にあるサン・ヴァンサン大聖堂
この大聖堂も空爆により破壊されてしまった建物のひとつ。

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これも崩れ落ちた瓦礫を寄せ集め、ひとつずつ石を積み上げていったそう。
破壊されてからじつに28年後に修復が完了したんだって。
内部は巨大な万華鏡のようになっていた。
これは何色って言えばいいんだろう?
夢の中の景色だね。

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ブルターニュは魚介類がおいしい。
なかでもサン・マロは牡蠣の名産地として知られている。
ケンゾーもイクエも牡蠣は大好物。
旧市街の中には牡蠣を食べられるレストランがたくさんある。

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でもねビックリするほどじゃないんだけど、やっぱりそこそこの値段はするんだよね。
ちなみにフランスでは牡蠣は生食オンリー。
大きさや質でぜんぜん値段が違うんだけど、安くて6個で10ユーロくらいかな。
2人で6個はちょっと物足りないし、ちゃんとしたレストランだから飲み物も頼まないといけない。
おいしそうに牡蠣を食べてる家族を横目に悩む貧乏バックパッカー。

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そこでグッドアイデアを思いつく。
「市場で買ったら安いんやない?」

さっそく行動開始!
まずはツーリストインフォメーションに行き、市場の場所を教えてもらう。
残念ながら一足遅くて市場は終わってしまっていた。
でも何軒か魚屋を教えてもらった。

魚屋へ急ぐも、旧市街の中の魚屋は全部店じまい。
しょうがない、旧市街の外まで行ってみよう。
牡蠣を食べられるんだったら、多少の苦労は甘んじて受けよう。

でもねえ、ヨーロッパって昼休みをきっちり取るんだよねえ。
けっこう歩いてたどり着いたんだけど、全部昼休み。

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でもここまで来て諦めるなんて考えはケンゾーとイクエにはない。
待ちますよ、牡蠣のためなら。

そして待つこと40分。
念願の牡蠣とご対面 ♫
会いたかったよー!!

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大きさで4種類に分けられている。
いちばん大きなものは、なんとハガキくらいの大きさ。
1個2.5ユーロ。
5~6cmくらいのいちばん小さなサイズが12個で5ユーロ。
レストランで食べるよりも断然安い!

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悩んだけれど、いちばん大きいのを2個と2番目のサイズ(12個で7ユーロ)に決定!
さらに・・・牡蠣にはやっぱこれでしょ!
酒屋で3ユーロ以下の白ワインをゲット。

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サン・マロの旧市街が見渡せる岸壁で乾杯!
いやあ、贅沢なロケーションだ。
たまに通行人がチラチラ見ながら横を通っていくけど気にしない気にしない ♪

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さて、久しぶりの生牡蠣のお味は?

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うん、ウマい!!
日本のものよりもめっちゃクリーミーでマイルド!
別名「海のミルク」って呼ばれるのは納得。
でも日本の牡蠣を食べ慣れているからちょっと物足りないかなあ。
というのも、あの独特の苦みやクセがない。
もちろん充分おいしいけどね。

牡蠣の殻がグラス代わり。
雰囲気はバッチリなんだけどさすがに小さくて、ちびちびと日本酒を飲んでるみたい。

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生牡蠣にワインと優雅な気分に浸った(じっさいはとってもチープだけどね)ケンゾーとイクエ。
満足して旧市街に戻ってみると・・・

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さっきまで海の上に浮かんでいた要塞の島が陸続きになってる!
干満の差がすごいね。
要塞の島の隣にある島も陸続きに。

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潮が引いたときにだけ姿を見せる石畳の小道。
なんだかロマンティックだね。

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あ、そういえばあれはどうなったのかな?
飛び込み台のあれ。

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おおー!ほんとにプールだ!
すごい人工だけど天然だ!
夏はみんな泳ぐのかな?
また潮が満ちるまで時間との勝負だね。

地元の人が大絶賛していたサン・マロ。
話を聞くたびに感動のハードルが上がっていったけれど、軽々とクリアしてしまった。
ロケーション、街の雰囲気は文句なし。
さらに美味しい牡蠣も食べられるし、自然のサプライズもあるし。
サン・マロはかなりオススメですよ!

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あしたはケンゾーが「住んでもいいな」と思ったフランス第2の街へと移動します!
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イクエにも乙女心が健在していた

2014.02.02 05:36|フランス☞EDIT
海が見えるホテルの屋上のテラスの鉢植えにケンゾーが洗った靴を干していたので「ここで海見ながらみんなご飯食べるのにこんなところに干したら台無し。どんどんデリカシーのないオヤジになっている。」と注意したら「そんな細かいことにヒステリーになってるイクエのほうがおばさんになってる証拠」と言われたイクエです。
1泊8000円くらいのダブルルームがあるホテルなんだよ。
今までの安宿とは違うと思うんだけど、それを言ったらまた反論されるの。

フランス人の友だち、ミレナの家に居候しているイクエとケンゾー。
ミレナの家はブルターニュ地方のレンヌにある。
このレンヌけっこうオススメ。
というのも、大きなマルシェ(市場)も開かれるし、古い街並みも残っているし、適度に都会だから買い物するにもいいし、そんなに大きくないから街歩きが楽しめる。

さらにこのレンヌの近郊には日帰りできる観光ポイントが点在している。
その代表がモンサンミッシェル。
イクエとケンゾーは、レンヌの街もモンサンミッシェルも家族とすでに観光済み。
なので、ミレナの家に居候している間、ほかの観光ポイントに行ってみることにした。

きょうご紹介するのがレンヌから北東へ50キロのフージェールという街。

レンヌの街からバスに乗ること1時間。

街に入るとさっそくフージェールの顔とも言える城塞がお出迎え。

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かつて存在したブルターニュ公国。
ここフージェールはブルゴーニュ公国の国境の近くに位置していたことで、11世紀に敵の侵入から守るために城壁が造られ始めたのだそう。
16世紀にブルターニュがフランスに併合されるまで、国境を守り続けた城壁。
厚さは3メートルもある。
堅固さと規模は西ヨーロッパいちと言われてたんだって。

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そんな石造りの堅固な城塞だけど、なぜか重々しい雰囲気はしない。
なぜかおとぎの国の舞台のようでかわいいんだよね。
いくつか理由がありそうだけど、たぶんそのひとつは見張り台の屋根のかたち。
丸みを帯びていて、どこかあたたかみがある。

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そして、水の音。
城壁の周りは堀のようになっていて、音を立てながら水が流れている。
水車まであって、ちょっとのどかな感じも。

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それに、なんといっても城塞のまわりの家々がとってもかわいい。
ふぞろいだけどそれがいい味を出している。
石の壁といい、カラフルな色の窓枠といい・・・。

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「かわいい〜」を連発。
キュンキュンしてテンションが上がる。
ケンゾーに「おばちゃんになってきてる」って言われるイクエにも、まだこんな乙女な心があったなんて。

なんかこの街のすべてがかわいく見えてきちゃうんだよね。

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たとえば、学校のこんな看板も!

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街の高台にあるサン・レオナール教会。
教会の塔だってなんだかかわいい

風見鶏にぽてっとした屋根、真っ赤な窓枠。

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そして、この教会のステンドグラスがまたかわいい

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これまで見てきた教会にはなかったビビッドな色使い。
「壮麗な」とか「厳かな」とか「きらびやかな」とか「繊細な」なんて表現は似合わない。
表現するなら、「かわいい」。

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そして、この高台の教会から城塞に向かって公園が整備されているんだけど、ここからの風景がまた・・・
かわいいの!!

目の前に広がる風景が、まるでミニチュアみたい。

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小さな家々や教会がひしめき合う、このゴチャゴチャ具合。
そしておとぎの国に出てきそうな城塞。

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車までミニカーに見えてくる。

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街の規模はとても小さくて、ゴチャゴチャしてるのは城塞の周りだけ。
目線をずらすと、のどかな田園地帯。
牛や羊が放牧されていて、こんなところ、住みたい!!

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ふぞろいな石の壁も味があっていいんだけど、木造の壁もかわいい

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木枠がまっすぐじゃなくていびつな形だから、よけいにあたたかみがある。

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この前旅したイタリアとフランスって隣り合う国だけど、やっぱり雰囲気が全然違うんだよね。
フランスの家って小さいしけっして華やかじゃないんだけど、石や木のふぞろい感をあえて全面に出していて、味わい深い。
つつましいけど、こだわりのある生活をしてるんだなあって想像する。

今までいろんな国を旅してきたけど、ケンゾーなんて「フランスなら住みたいかも」って言ってるし。

こんなこじんまりした街で、こじんまりしたかわいい家に住んで、畑を耕して羊を放牧して暮らしていけたら幸せだろうなあ。
自家製ワインをつくって、ついでに家畜の乳でチーズも作って・・・。

こんなところで年を重ねていったら、きっとかわいいおばあちゃんになれるだろうな。

バックパック担いで、安宿を渡り歩いて、価格交渉にむきになる今の自分の生活では「かわいい」おばあちゃんになることなんてほど遠いかもしれないけど、この旅が終われば「かわいい」おばあちゃんになれるような生活をしようっと!

【旅 info.】
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レンヌ駅前のバスターミナルからバスで1時間。
往復10.2ユーロ。
オンシーズンは城塞の中に入場料を払えば入れる。
街は小さいので2時間あれば見てまわれる。
街の中にレストランやカフェ多数あり。



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フランスをお得に移動する方法

2014.02.01 06:10|フランス☞EDIT
このところ妻からダメ出しばかりされているケンゾーです。
テンション下がっちゃうなあ。
こう見えて、褒められて伸びるタイプなんだけどなあ。

楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去るもの。
いっしょに過ごした楽しい思い出とたっぷりの日本食、そして別れの淋しさを残して日本へと帰っていった家族。

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さあ、1週間ぶりにふたり旅の再開だ。
ここからが2014年のスタート。
今年もふたり仲良く旅を楽しんでいこう!

家族と別れたその足で、ある場所へと急ぐケンゾーとイクエ。
じつははじめての試みにトライしようとしているのでちょっと、というかかなり緊張している。
「大丈夫かなあ」
「ちゃんと落ち合えるかなあ」

そう、人と待ち合わせをしているんだよね。
現地のフランス人と、しかもまったく面識なし。
どういうことかと言うと、今回カーシェアシステムを利用することにしたのだ。

友だちに会いにパリから350kmくらい離れている街まで移動したいんだけど、フランスは長距離の移動がけっこうネック。
フランスでは国内の都市間を結んでいる長距離バスがほとんどないので、必然的に選択肢は列車のみ。
だけどこの列車がバカ高い!

そこで庶民の味方になっているのがカーシェアシステム。
ようは一般人同士の車の相乗り。
白タクが違法の日本ではまずないシステムだよね。

今回利用したのはBla Bla Carというインターネットのサイト。
フランスだけじゃなく、イギリスやドイツなどでも運営されてるみたい。

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ホームステイを受け入れる人、ホームステイしたい人をつなぐ「カウチサーフィン」のように「Bla Bla Car」も車に乗せる人、乗せたい人をつなぐインターネットサイト。
すべて無料のカウチサーフィンと違って、車に乗せてもらうひとはドライバーに料金を支払わないといけない。
でも、ほかの交通手段の運賃よりはだいぶ安い!

とても便利で、「来週パリからリヨンまで車で行く用事があるけど、せっかくだからだれか同乗する人いないかなあ」って人はこのサイトを使えば小遣い稼ぎができるし、「来週パリからリヨンまで行きたいけど、だれか車に乗せてくれないかなあ」って人はこのシステムを使えば列車よりも安く移動できる。

使い方自体はそんなに難しくない。
出発地と行き先、日付を入力して検索ボタンを押すと、その日に車を走らせるドライバーの一覧が表示される。

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料金や時間帯を見比べて誰の運転する車に乗るのか決めていく。
「ペットOK」とか「荷物はこの大きさまで」とか、車によって条件は違う。

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車が決まったらあとはドライバーと連絡を取り合って当日落ち合うだけ!
と、使い方は難しくないんだけど、欠点が2つあるんだな。

1つ目は、携帯電話が必要なこと。
ドライバーとのやり取りは携帯(通話やSMS)でしないといけないし、何よりも会員登録するのに携帯の番号が必要。

2つ目は、インターネットサイトがフランス語だということ。
注意事項や待ち合わせ場所など大事な情報もすべてフランス語
ケンゾーとイクエもGoogle翻訳を使って内容を解読した。

携帯電話のハードルが高いけれど、このためにフランスで新しい携帯を購入したとしてもすぐに元が取れるほどこのBla Bla Carは利用価値が高い。
今回ケンゾーたちはパリからレンヌまで移動するんだけど、列車だと1人47ユーロくらいかかっちゃう。
だけどBla Bla Carだと1人27ユーロしない。
今回1回だけの移動でふたりで40ユーロも安くすませることができるんだよ!
一度Bla Bla Carを使ったらバカバカしくて列車なんかに乗ってられないよ。

このかなりお得なBla Bla Car、中央アジアを旅してるときに出会ったフランス人カップルのパリナに教えてもらったんだよね。
フランスでは常識で、みんな日常的に使ってるんだって。
お得で使える情報ありがとう!

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ということで、ケンゾーとイクエが落ち合うことにしているのは、車に相乗りさせてもらう現地の人。
待ち合わせ場所で待っているとドライバーから携帯にメールが。
でもフランス語なので意味がさっぱり分からない。
電話をかけてみるけど、これまた英語がほとんど通じない。
通りすがりの人に電話を代わってもらってなんとか出会うことができた。
こりゃ慣れるまでがちょっと大変そうだな。

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今回のドライバーはレンヌ在住の男性ソフィアン。
彼女がパリに住んでいて会いに来てたみたい。
乗せてもらう客はケンゾーとイクエ以外にもうひとカップル。
チェコとスロヴァキアに旅行に行って帰ってきたんだそう。

ていうか、「ん? レンヌ? そういえば前に行ってなかったけ?」と不思議に思ってる読者の方はいるかな?
まあ、そんなマニアはいないか。

じつは家族とモンサンミッシェルに行ったときに、レンヌにも立ち寄ってるんだよね。
しかもつい前日!
ということで今度は車でレンヌに舞い戻るケンゾーとイクエ。

レンヌ

今回相乗りしたカップルは英語が喋れたし、ドライバーもじつはそこそこ英語が喋れたので車内でのコミニュケーションには困らなかった。
でも英語が喋れない人も多いから、そんなとき長時間のドライブはちょっと気まずいかもね。

出発からおよそ3時間、夜8時過ぎにレンヌに到着。
メトロの駅で降ろしてもらう。
ドライバーのソフィアン、快適なドライブだったよ。
ありがとう!

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メトロを降りて小雨がぱらつく中、ひっそりと静まり返った住宅街を歩いていく。
教えてもらっていた住所を頼りに歩くことおよそ10分。

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たどり着いたのは1軒のアパートメント。
出迎えてくれたのは、フランス人のミレナ!

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ミレナと出会ったのは去年の2月。
ケンゾーとイクエはインドでワークキャンプ(国際ボランティア)に参加。
ミレナも同じ参加者で、2週間寝食を共にしボランティア活動をした仲だ。

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今回「フランスに行くんだけど」って連絡したら、「レンヌまで来たら私の部屋に泊まっていいよ!」って言ってくれたミレナ。
もちろんお言葉に甘えてお世話になることにしたってわけ。

ミレナは20歳の大学生。
語学に興味があって英語やラテン語を勉強しているんだけど、今いちばん力を入れているのが手話。

毎日授業が忙しくて、今日も学校から帰ってきたばかりなのに晩ご飯を用意していてくれた。
メニューは蒸したチキンとポテト。
オリーブオイルとマスタードをたっぷり付けて食べる。
シンプルだけどとてもホッとする味だ。

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ご飯を食べ終わったらゴソゴソと身支度をしはじめたミレナ。
「どこか出かけるの?」って聞いたら「わたしは彼氏の部屋に泊まるから、この部屋はふたりで自由に使って。」って言ってきた。
「それは悪いよ。ケンゾーたちは寝袋持ってるし、床で寝られるから大丈夫だよ」って言うと「いいのいいの。この前パリから友だちが来たときもそうしたから。」だって。
じゃあそうさせてもらうか。
彼氏の部屋も近いみたいだし。

ということで、ミレナの部屋を貸し切ることになったケンゾーとイクエ。
6畳くらいの居間とキッチンだけというシンプルな間取り。
でもなんだか落ちつくんだよねえ。
思いっきりくつろがせてもらっちゃったよ。

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日本の一人暮らしの人の家と比べると、物が少ない。
イクエは「日本人よりも極端に服が少ない。日本人はバーゲンで服を買いまくるけど、フランス人は本当に必要なものを年に1、2着買って、上手に着回してるのかな?断捨離が得意なのかな?」って感心してた。
必要最低限のものばかりでシンプルな生活。

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昼間は勉強で忙しいミレナ。
授業が終わったあとにレンヌの街を同じ大学生の彼氏と案内してくれた。

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レンヌはフランスの西の端、ブルターニュ地方の中心都市。
大火や第2次世界大戦で多くが壊れてしまったけれど、旧市街には被害を免れた古い街並みが残っている。

フランスの伝統的な家屋は木組みで味がある。

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石造りの建物は1720年の大火で消失してしまい、あとから建て直された建物。

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この日も3人でバーでビールを飲んだけど、次の日も彼氏の友だちといっしょにビアホールへ。
美味しい地元の生ビールで乾杯 ♫

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ちなみに日本みたいに居酒屋で料理を食べながらお酒を飲むことはしない。
つまみなしでビールだけでおしゃべりを楽しむのがフランス流。
なんせ、外食がとても高いからね。
「レストランに行ったりしないの?」って聞いたら「そんなの年取った人たちだけ」って言われた。

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ちなみにミレナの彼氏と友だちたちの専攻は数学。
なんで数学を選んだの?って聞くと、「なんでだろ? わかんないなあ。」って笑ってはぐらかされてしまった。
自分の周りに数学が好きな人がいないから、ちょっと聞いてみたかったんだけどね。

ミレナの部屋には3泊もさせてもらった。
勉強が忙しいのに招待してくれてありがとう。
自分たちの部屋みたいにリラックスさせてもらったよ。

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今度会うときはもっとゆっくり話せたらいいな。
勉強がんばってね。
ありがとう、ミレナ!

ぜひ日本にも来てね!
今度は我が家にご招待したいな。
っていっても、住所不定無職の身。
そのときまでになんとか家を確保できるようにがんばるから!
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