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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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子どもの笑顔があふれる町

2013.08.31 06:14|タジキスタン☞EDIT
またまたイクエに髪を切ってもらったケンゾーです。
毎回ため息まじりに「薄くなったねえ」と言われる。
まさか自分がハゲるとはこれっぽっちも思ってなかったなあ。
世の中の38歳って何割くらいハゲてんのかなあ。

ホーログにいく途中のおまけの町、カライフム。
町中にはびっくりするほど鮮やかな色をした川が流れている。
茶色い岩肌の山とのコントラストが美しいね。
川沿いの民家やレストランでは、京都の川床みたいに、川にはり出したテラスを設けていてそこでお茶を飲んだり休んだりできるようにしている。

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このびっくりするほど青い川がびっくりするほど茶色い川に合流している。
もちろんこの茶色い川はタジク・アフガンを隔てているバンジ川。
カライフムはアフガニスタンと目と鼻の先の距離だ。
青がセメント色の川に溶けていく。

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このきれいな川沿いにゲストハウスが一軒ある。
名前は・・・聞くの忘れちゃった。
橋のすぐそばにあるから人に聞けばすぐ分かるはず。

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部屋やシャワー・トイレは質素だけど居心地は悪くない。
2食付きで1人60ソモニ(約1260円)。

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ここを切り盛りしてる男性の赤ちゃんがかわいかった!
見てよこの顔、バリかわ!!

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女性陣総出で縫い物にかかりっきり。
何を作ってるのか聞いてみたら、この赤ちゃんの新しいベッドだって!
これは中央アジアの風習で、赤ちゃん一人一人にベッドを作ってあげるんだって。
せっせと枕や布団を縫ってたよ。

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カライフムはほんとに小さな町。
30分も歩けばひとまわりしてしまう。
でもけっこうケンゾーとイクエは気に入ったんだな。
なぜかというと、子どもたちがかわいい!
みんないい顔するんだよなあ。
そして写真を撮ってあげるとみんな「サンキュー」って言ってくれるんだよ。
そんなかわいい子どもたちをダイジェストでどうぞ!

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この子なんかすでに色気が。
大きくなったらどんな女性になるんだ。

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男の子たちが手を繋いでるのがかわいいね。

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ちょっと大きな子たちも素直でいい感じだった。
男の子の赤いTシャツ。ウルトラマンみたいだけどATMANってなんだ?

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そして、ケンゾーとイクエのハートを鷲掴みにしたのはこの子!
たまんないよこの表情!

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ビックリして目が丸くなるとはまさにこういうことを言うんだね。
そんなにケンゾーとイクエの顔が衝撃的だったのかな?
瞬きを忘れて口がぽかーんと空きっぱなしだったよ。
近づくと、後ずさりする。
腰が引けている。
ごめんね。驚かせて。

最後におまけでこんな犬も。

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おまえ何食べてんだよ!
ワイルドすぎるよ。

カライフムいい町だったな。
ダイレクトにホーログに行かなくて正解!
タジキスタン、いい出会いに恵まれそうな予感がする。
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はじめてのアフガニスタン

2013.08.30 06:19|タジキスタン☞EDIT
今朝は体が鉛のように重たくて起きるのがツラかった。
2日前のトレッキングのせいだろうな。
とうとう日を置いて疲れがやってくるようになってきた。
来月39歳になるケンゾーです。

おんぼろ団地の一室で一夜を明かすことになったケンゾーとイクエ。
せまい風呂場で水風呂を浴び、11時頃に寝ることに。
ケンゾーはおっちゃんと同じ部屋、イクエは隣の部屋。

朝5時出発って言ってたから4時には起きないとな。
だけどおっちゃんがウトウトしながらもテレビを見てるから気が散って寝られない。
しばらくして、やっとおっちゃんも寝る体勢に。
そしたら今度は蚊がでてきた。
あ~イライラする!
ベープをシュッとして布団を頭から被って寝ることに集中。

やっとウトウトしてきたと思ったら、おっちゃんのケータイが鳴りだした!
あ~勘弁してくれ!寝させてくれよ!
それからひっきりなしにケータイが鳴るように。
なんかイヤな予感が・・・。

布団をすっぽり被って無理矢理寝ようとしていたら、おっちゃんに起こされた。
「今から出発だ。早くいくぞ。」
たぶんそんなことを言ってるんだと思う。
5時に出発って言ってたのに今まだ2時半だよ!!

早く早くとやたらと急かすおっちゃん。
こんな真夜中に出発ってどういうこと?
イクエはメイクをする時間もなく、バタバタと車に乗り込む。

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なんだか急ぎの客が見つかったみたい。
客との待ち合わせ場所に行くと男性2人とおばあちゃんがいた。
でも車に乗り込む気配がない。
おっちゃんも車の中で待っている。
状況がよく分からない。

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しばらく車の中で待っていると外にいた男性の1人が大声で泣き叫びはじめた。
手にはケータイを持っている。
あー、そういうことか。
きっと家族が危篤状態だったんだ。
そして残念ながらたった今、息を引き取ったんだ。
車内が重い空気に満たされる。

車内で待つこと1時間半。
ようやくカライフムへ出発することに。
泣いていた男性も落ちつきを取り戻している。
亡くなったのは父親だそうだ。

定員5人の車に6人乗って、まだ暗い夜道を走っていく。
ケンゾーは助手席に座らせてもらったけど、後ろのイクエはかなり狭そうだ。

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朝日が昇ってきた。
ここから睡魔との闘いがはじまる。
外の景色を楽しみたいんだけど、ほとんど寝てないので眠くてしかたがない。
自分ではかなりがんばってたんだけど、イクエに言わせると爆睡してたそうだ。

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かなりハイスピードで飛ばしているおっちゃん。
団地を出て5時間、やっと休憩タイム。
というか、けっきょくこれが最初で最後の休憩だった。
父親が亡くなった男性にしょっちゅう電話がかかってくる。
その度におっちゃんが現在地を教えている。
きっとお葬式があるから急いであげてるんだろう。

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道がどんどん悪路になっていき、いくつもの山を上り下りしていく。
ここから長い長いオフロードのはじまりだ。

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出発して4時間、山あいに川が見えてきた。
これただの川じゃないんだよ。
国と国とを隔ててるバンジ川。
タジキスタンと国境を接している国、それはアフガニスタン!
この川向こうはアフガニスタンなんだよ。

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旧ソ連のアフガン侵攻やそれに続く内戦、9.11以降の米軍による攻撃やイスラム原理主義勢力タリバーンなどきな臭いイメージがつきまとうアフガニスタン。
ケンゾーにとってアフガニスタンといえば、「ランボー 怒りのアフガン」だ。
ミステリアスな国アフガニスタンが目の前に!
眠気もどこかに吹き飛ぶよ。

アフガンまで500mほど。
切り立った山のふもとに集落が見える。
茶色く四角い家。
数件の家からもくもくと煙が立ちのぼっている。
リアルなアフガニスタンが川の向こうにある。

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しばらく走ると橋が見えてきた!
両端にはタジキスタンとアフガニスタンの国旗がはためいている。
国境の橋だ。
渡っている人はいないみたい。

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タジキスタンとアフガニスタン、その差は歴然。
なんといっても道路がぜんぜん違う。
たしかに今走っているタジクの道路もほとんどがボッコボコでけっしていいとは言えないんだけど、道幅は広く一応アスファルトで舗装されている部分もある。
だけどアフガンのほうは急な崖に細~いあぜ道のようなものがあるだけ。
タジクはこんな辺ぴな山奥にも電気が通っているけど、アフガン側は電線も見当たらないので電気は通ってないみたい。

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こんな切り立った崖の上にも家がある。
平らな土地が少ないんだろうね。

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見渡す限り荒々しい岩山に覆われている。
ところどころ谷間に川が流れている。
川の周囲には緑が生い茂り、ほかよりも大きな集落ができている。

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パラボラアンテナがある家が数件。
よく見ると電線が見えるから、この集落は電気があるのかな?

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アフガン人がたくさんいる!
干し草を集めてる人や、走ってるのは女の子かな?
目を凝らしてみると木陰で休憩してる人たちもいる。

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川で顔を洗ってるおじさんや、川で泳いでる子どもがいた!
国境の川で自由に遊んでいる。

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ぼくらにとってあまりにも未知な国、アフガニスタン。
でも川越しに見るそこには、ごくごく普通の日常が広がっていた。
いったいアフガニスタンってどんな国なんだろう。
想像することしかできないのがもどかしい。

出発から6時間、カライフムに到着。
タジキスタンの旗がはためいている。

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対岸がアフガニスタンという以外にはほんとに何もない小さな町。
だけど、明るく出迎えてくれるたくさんの人たちがいた。
この町の様子はまた明日!
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持ち主のわからぬ旧ソ連の団地に泊まる

2013.08.29 06:16|タジキスタン☞EDIT
11時間寝てイクエから「赤ちゃん?!」と言われたケンゾーです。

居心地悪いし値段は高いしでまったくいいところがないアドベンチャーインはとっととおさらばだ。
タジキスタンのハイライト、パミールへ向かうことにしよう!
もちろんバカ高いアドベンチャーインのチャーターなんかじゃなくて、地元の人たちが利用する乗り合いワゴンで。

バックパックを背負って宿の外に出る。
まだ朝の7時前なのになんだか外は賑やかだ。
紙袋を手に提げた子どもたちが周囲の家を順番に回っている。
家の人たちは子供たちにお菓子をあげているようだ。
なんだかハロウィーンみたい。

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あー!イードだ!
きのう1か月間のラマダン(断食月)が終わったんだ。
きょうから数日間お祭りなんだね。

子どもたちはみんな笑顔で楽しそう。
ラマダンって子どもも断食するのかな?
紙袋の中を見せてもらったらお菓子に混じってゆで卵が入ってた。
これはべつに嬉しくないよね。

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街中は祝日モードで交通量が少ない。
ひょっとしたらパミールへ行く乗合いワゴンも少ないかもしれないな。
すこし手間取ったけれどなんとか乗合いワゴンの溜まり場までたどり着いた。
やっぱりちょっと活気がない気がするなあ。

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ここでケンゾーとイクエは決断をしなければいけない。
どんな決断かというと、『今日どこまで行くのか?』ということ。
ここドゥシャンベからパミール入りするならホーログという街が拠点となる。
だけどドゥシャンベからホーログまでスムーズにいっても15時間はかかるんだな。
ほかのひとのブログを見ると20時間、最長で24時間って人もいた。
ホーログまで約610kmなので距離が長いって訳じゃない。
それだけ道が悪くて過酷、トラブルも多いってことだ。

20代で気力も体力もあり余ってるなら耐えられるとは思うけど、イクエは33、ケンゾーにいたっては38、来月には39歳になる。
果たしてそんなミドルなふたりがそんな過酷な移動に耐えられるだろうか。

ホーログまで行く途中にカライフムという街がある。
今日はとりあえずそこまで行って1泊するという『刻み作戦』のほうが無難なんじゃないか。

カライフム

決断はとりあえず棚上げし、料金だけ聞いてみることに。
ホーログ行きのランクルやパジェロがずらっと並んでいる。
料金は1人300ソモニ(約6300円)、値下げの余地はなかった。
現地の人も同じ料金のようだ。

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つづいてカライフム。
「カライフム行きの車はあっちだよ」と言われて行った先に1台の車が。
ちっちゃ!
え?ランクルとかパジェロやないと?
しかもカライフム行きはこの1台のみ。
選択の余地なし。

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ちなみにこの車トヨタのRAV4なんだけど、岩手県の大船渡出身だった。
同じ岩手の陸前高田でボランティアしてたときは、大船渡にもよく行ってた。
大船渡のみなさーん、元気ですか!!
そろそろ秋刀魚の季節ですよね。
ああ~、秋刀魚の塩焼き食べたい~。

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このドライバー、けっこう歳いってるからぶっ続けで15時間とか20時間とか運転するのがもうキツいんだろうなあ。
カライフムまでは180ソモニ。
ちなみにカライフムからホーログまでは150ソモニなんだそう。
ダイレクトでホーログに行くよりも30ソモニ(約630円)余計にかかることになる。

さあどうしようか?
長い移動を根性で耐えて1回で終わらせるか、2回に分けて辛さを分散させるか?
イクエはホーログまでのダイレクト移動に耐えられる自信がないみたい。
たしかにさっきから出発していくホーログ行きの車の乗車率がとんでもない。
8人乗りの車にヘタしたら12人くらい詰め込まれている。
座席は前向きなのに、なぜか人が横を向いてたり後ろ向きだったり。
ちゃんと1人に1座席あてがわれるんだったら耐えられなくもないけど・・・。

けっきょくそこまで根性だして急ぐ必要もないだろうということで、カライフムで1泊することに決定。
カライフム行きのおっちゃんの車は定員5人。
今の時点でカライフム行きの希望者はケンゾーとイクエと男性1人。
あともう1人集まれば出発できる。
ぼくらに出来ることは、ひたすら待つのみ。

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ダメだー!ぜんぜん人来ないよー!!
きょうは祝日だからあんまり移動しないのかなあ。
しかももう1人の男性はどっかいっちゃったし。
もう12時過ぎ、待ちはじめて4時間経っちゃったよ。

おっちゃんが「セヴォードニャ ニェット(今日はない)」と言ってきた。
いやいや、おっちゃんそれは困るよ。
もうあのアドベンチャーインには戻りたくないよ。
「ガストーニッツァ ニェット(宿がない)」と返すと、ちょっと考えて車を出した。
どこかホテルに連れて行ってくれるのかな?

走ること10分。
白い建物の前で車が止まる。
ここがホテル?
中から出てきた人とおっちゃんは顔なじみのようだ。
おっちゃんの家?


おっちゃんに手振りで車から降りるように促される。
ここに泊めてくれるんだと思い、トランクのバックパックを降ろそうとすると「ノーノーノー」と制止された。
どういうことなんだ?
とりあえず部屋の確認だけしろってことなのかな?

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わけが分からずおっちゃんのあとについて建物の中へ。
いつの間にかおっちゃんはムスリムがよく被っている帽子を被っている。
部屋の中に入ってビックリ!
ズラーッとごちそうが並んでいる。
そして「食べろ」だって。

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あー、ここでラマダン明けのお祝いをしてたんだ。
とりあえず腹ごしらえをしろってことなのかな。
おっちゃんの家なのか誰の家なのか分からないまま、黙々と食べる3人。
ロシア語がもうちょっと喋られたらなあ。

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食べ終わったら、よし行くかって感じで席を立つおっちゃん。
まあ予想はしてたけど、ここが宿じゃあなかった。
助手席にもう一人おっちゃんが乗ってきて、4人で出発。
つぎはどこに行くんだろう?

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しばらくして着いたのは団地。
しかもかなりの年代物。
いかにも旧ソ連時代に建てられましたって感じ。
ここがおっちゃんの家なんだろうか。
でもまたしても荷物は車に置いておけと言われる。
今度はなんなんだよう!

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おっちゃん2人に連れて行かれた部屋は、ほんとにただの団地の一部屋だった。
しかもかなり汚い。
電化製品や家具があるんだけど、かなりの間放置されてたような雰囲気。
居間のテーブルの上には汚れた包丁やグラスが散乱している。
夜逃げのあとのような・・・。

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おっちゃん2人はなにやらトイレと格闘中。
しばらく使ってなかったからか、水が流れないようだ。
これはたぶん、ここで寝ていいよっていうことなんだろう。

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でも確証はない。
おっちゃんはちょっと出かけてくるって感じで外にいってしまった。
う~ん、どうしたもんかな。
この部屋はいったい誰の部屋なんだ?

待てども待てどもおっちゃんは帰ってこない。
やることといったらブログを書くか昼寝しかない。
昼寝をしようと思ったら布団にノミがいた!
テンションだだ下がりだよー!
なぜか布団は大量にあるのでなんとなくノミがついてなさそうな布団を選ぶ。
まあまったく根拠はないけど。

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けっきょくおっちゃんは4時間後に帰ってきた。
そして同じ団地に英語が喋れるおばちゃんがいていろいろな謎が解明。
●おっちゃんはホーログの先のイシュコーシムに家がある。
(しかしこれは誤解で、後日イシュコーシムではなくカライフムだったことが判明)
●この部屋はおっちゃんがドゥシャンベに来たときの寝床として使っている。
(でも結局、誰の家かわからずじまい)
●今夜はここに3人で寝る。
●明日、カライフムを目指す。朝5時に家を出る。


なるほどやっとすべてがクリアになった。
そういうことなら今晩お世話になりまーす!
お腹が空いたのと、ネットをしたかったのでファストフード店へ。
よし、明日リベンジだ。
いざカライフムへ!

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このとき、ケンゾーとイクエは知る由もなかった。
真夜中におっちゃんに叩き起こされて、荷物をまとめることになることを・・・。

なかなかパミールの敷居は高いぞ!
つづきは明日!
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おすすめ宿はおすすめじゃないよ

2013.08.28 05:41|タジキスタン☞EDIT
きょうは一日中、宿でブログを書き溜めているイクエです。
これまでずーっとネットができない環境にいたし、あしたからも田舎に行くからね。
まあ、たまにはこんな日も。

タジキスタンの首都・ドゥシャンベ
ドゥシャンベっていうのはタジク語で「月曜」って意味で、むかし月曜日に市場が開かれていたからだって。
ちなみに、初日にいった第2の都市ホジャンドにはパンジャンベバザールっていうのがあったんだけど、パンジャンベは「木曜」って意味でこちらは木曜に市場が開かれていたからなんだそう。

ここドゥシャンベはソ連時代に近代的な町づくりがおこなわれたところ。
だから、なんかロシアのコピーみたいな街並みだ。

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ソ連時代はロシア人の移民が多かったけど、1991年にソ連が崩壊してからはそれまでの共産国家で優遇されてきた人たちと反政府側の人たちとの間で内戦がぼっ発。
1997年に停戦したものの、120万人が難民となり5万人から10万人が亡くなった。
10年あまりが経ち、街は平和そのものに見える。

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新しい建物や噴水、手入れの行き届いた公園。
見かけは大きくてきれいなんだけど「おお、美しい!歴史を感じさせる」って感じはしない。
張りぼてみたいな感じすらする。

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デコレーションケーキみたいな2つの高層ビル。
なんか、傾いてるように見えるんだけど・・・。
大丈夫なのかな。

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そんなドゥシャンベの街だけど、タジキスタンの伝統的な建物の造りをしたチャイハナ(喫茶店)がある。
1958年に建てられた「ロハト」。

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白い大きな柱の2階建てのチャイハナは地元の人たちの憩いの場。
上を見上げると独特の絵。

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料理はちょっと高いけど、高すぎるってほどでもない。
ラグマン(中央アジア版うどん)8ソモニ(約160円)と色鮮やかなボルシチ11ソムニ(約210円)。

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後ろに見える木造の建物。
窓が美しい。
別棟のこの建物もどうやらレストランになっているみたい。

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そちらの建物の中にも入ってみたら、こっちもこっちで素敵♡
木を組んだ天井に鮮やかな模様。
華やかだけど、木造だからケバケバしさはなく落ち着く空間。
あたたかみがある。

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天井も素晴らしいけど、柱にも彫刻がほどこされている。
柱は鮮やかに色が塗られているわけではないけど、これはこれで優美。

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ドゥシャンベのゲストハウスといえば「アドベンチャーイン」らしい。
イタリア語の『ロンリープラネット』にも紹介されていてオススメマーク(たぶん。イタリア語だから正確にはわからない)がついている。
外国人バックパッカーが泊まるいわゆるゲストハウスは今のところここしかない。
朝食なし、1人18ドル。高い!

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庭にテントを持ち込んで泊まれば8ドルとお得。
いや、これも高いか。

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キッチンはあるけど、ハエが30匹くらい飛び交っている。
宿泊者はちゃんと使った食器類は洗ってるのに、スタッフが洗わないで置きっぱなし。
ゴミもこまめに捨てないから、ハエが住みやすい環境。
ちゃんと掃除してよお。
ハエは寝泊まりする部屋にまで容赦なく入ってくる。
うるさいよお。

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昔はもっと宿泊費も安かったんだけど値上がりしてるし、スタッフの対応が悪い。
ノックもせずに勝手に部屋のドアを開けるし、トイレが2個しかないのに1つは鍵が壊れていてそれを直そうともしない。
数少ない共用テーブルをスタッフで独占しお茶を飲んでいる。
ご飯の時間になると、客同士が席を譲り合い、スタッフは何の気遣いもしなくて椅子に座りっぱなし。

ここしかゲストハウスがないから需要はある。

「調子のってるよー」って言葉を何度ケンゾーと言いあったか。


オススメはできない。
街中の現地の人たちが利用する安いホテルに泊まったほうがいいですよ。

しかも、この宿。
ツアー会社もやってるんだけど、まったく機能していない。

タジキスタンを旅する人の目的は、パミール高原とワハーン回廊をまわること。
ここに行くには公共交通機関がないので車をチャーターするのが楽。
この宿で手配しようと思ってここに来る人も多いんだろうけど、スタッフに聞いても「オーナーしかツアーのことはわからない。オーナーは別のホテルの経営で忙しい。ツアーについて知りたければ明日の2時にオーナーが来るから聞きたい人はその時間に集合すること!」と言われるだけ。

もう、こんなホテルにはこれ以上お世話になりたくない。

でもね、一応次の日オーナーに聞いてみたよ。ツアーについて。
ツアーの説明会なんてものじゃなくて、日程表も写真も資料もなくて、オーナーがぶっきらぼうに質問について答えるだけ。
オーナー、ソファに寝たままでね。
客は座って聞いてるのにね。

7泊8日で車をチャーターして周遊するツアー。
車一台とドライバーでいくらだと思う?
びっくりしたよ。

お値段1800ドル!
しかもこのお値段に、宿代や食事代はいっさい含まれてない。
「宿やレストランはその場で自分たちで見つけたほうが、いい旅ができる」だって。
最初からそのへんのタクシーチャーターして自分たちで行くのと変わらないよ!

案の定、その日出発したカップルが夜に苦情の電話をかけてきて、若いスタッフが1時間くらい声を張り上げて対応していた。
カップルは、この値段に当然ホテル代や食事代が含まれていると思ってたみたい。
電話では「もうこんなツアーやめたい。帰りたい。」って抗議してるみたいだった。
その抗議電話に対応してるのはきのう「ツアーのことはオーナーにしかわからない」と言っていたスタッフ。
ほかの客がいる前で「一日300ドルだったけど、240ドルにまけてやる。」と説得している。

おーい、オーナーでてこーい!
こんな若い兄ちゃんにあしらわせずにちゃんと対応しろー!

自分たちでパミール高原、ワハーン回廊をまわろうと決断したイクエとケンゾー。
ドゥシャンベでやっておかなければならないことがある。
イスラム教シーア派が多いパミール地方のゴルノ・バタフシャン自治州に行くには特別の許可証をもらわないといけない。
許可証をもらわずに行った場合は身柄を拘束される可能性もある。
タジキスタンのビザを取るときにいっしょにもらえる場合もあるんだけど、グルジアのタジク大使館では許可証を発行してくれなかった。
泊まっているアドベンチャーインでも、パーミッションの代行取得をしてくれるんだけど、お値段45ドル!

宿に頼まず、自分たちで取りますよ。
許可証を発行してくれるオビールというところへ。

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近くの銀行で発行料20ソモニを振り込むように言われて銀行へ。
「バタフシャン オビール」っていうキーワードを言えば、銀行員が理解してくれてすべてやってくれる。
ちなみにほかの銀行じゃだめみたい。
この銀行はオビールから徒歩10分弱。公園の前にある。

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振込の領収書をもってふたたびオビールへ。
入口に書類を作成してくれる専門の人がいるのでパスポートを渡して記入してもらう。
書類作成料は5ソモニ。

できた書類をもって奥の窓口へ。
すると「あさって」って言われる!
午前中申請したら即日できるって聞いてたのに!!

いやだー。
もうあの調子のってる宿にこれ以上泊まりたくないよー。

だだをこねると「あしたはイスラムの祝日だからあしたの発行も無理」というようなことを言われてしまった。
(あとで気づいたんだけど、翌日はラマダン明けの日だった。)

「プリーズプリーズ!!」とふたりでプリーズ攻撃をしたら「じゃあ、午後2時に来なさい」と言われて、無事にその日のうちにとることができた♡
(前の現地人は賄賂を払って即日発行にしてもらってたので、ケンゾーもお札を握りしめて渡す準備をしていたけど、「プリーズプリーズ♡」だけで許してもらえた。足をばたつかせて「プリーズプリーズ♡」っていうのはお金よりも効力を発揮するんだね! けっしてかわいくない、33歳と38歳がやっても効果があったよ!)

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取得料は総額ひとり25ソモニ(約500円)。
アドベンシャーインの45ドルってどんだけのぼったくり!?

パーミッションも取得できたことだし、あしたこそ気に入らないアドベンチャーインを出て、ほんとうのアドベンチャーに出かけるぞ!!

おう〜!!

でもね、アドベンチャーはそんな簡単じゃなかったのよ。
出発すら・・・。

それは、また明日
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その街を好きになる理由

2013.08.27 05:46|タジキスタン☞EDIT
またまた髪が伸びてきたのでそろそろイクエに切ってもらおうかなあと思っているケンゾーです。
もう短くさっぱりなればなんでもいいや。

予想外に楽しめたイスタラフシャン。
とくにこれといった観光スポットはないんだけど、人が素朴で優しくていい街だなあと感じた。
そして宿も快適だった。
きのうの夜は肉やウォッカやメロンの大盤振る舞いだったけれど、今朝も宿のオーナーらしき別の男性がお茶やコーヒーやフルーツを次から次に差し入れてくれる。

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きょうは首都のドゥシャンベまで移動する。
オーナーに車の手配をお願いしようと、オーナ—の居場所を捜索。
同じフロアにあるオーナーの部屋に入ってみてビックリ!
めちゃくちゃ広くて豪華やん!
カウンターキッチンまであるし。

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んん!?部屋の奥にあやしい物体があるぞ。
なんで馬!?

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なんでもオーナーの家は元々鍛冶屋さんだったそう。
これはオーナーが子供の頃の家業の様子を再現したものなんだって。
ちなみに鉄を打っている後ろで手でふいごを操作しているのが子供のときのオーナーだそうだ。
ビジネスで成功しても初心を忘れないようにってことなのかな。

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優しいオーナーにドゥシャンベまで行きたいと言うと、わざわざバザールそばの乗合いワゴンの溜まり場までいっしょに行ってくれることに。

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事前に安ければひとり60ソモニ(約1200円)で行けると調べていたので、オーナーにそのくらいで乗れないかなあと相談していた。
オーナーはドゥシャンベまで行く車を見つけてドライバーと値段交渉までしてくれた。
「ひとり60ソモニでいいから。
 それ以上は払わなくていいよ」
ロシア語だからよく分からないけど、きっとそんなことを言ってくれてるんだと思う。

そしてドライバーにさりげなくお金を渡していた。
ほんとうは料金はもっと高くて、予算オーバーな部分をオーナーが払ってくれたのかもしれない。

そして「眺めのいいところでは車をとめて写真を撮らせてあげて」ということまでドライバーに伝えている。

さらに暑いなか客がそろって出発するまで車の横で1時間以上も待っててくれた。
その優しさが身にしみる。
たった1日しか滞在しなかったけど大好きな街になったな、イスタラフシャン。

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イタリア語のロンプラによると、ここイスタラフシャンからドゥシャンベまでのM34というハイウェイは、3000mオーバーの峠を越えるルートでとても景色がいいそう。
イタリア語なので詳しくは分からないけど。

ドゥシャンベ

イタリア語といえば、ケンゾーが通った高校では選択授業というものがあり、書道・美術・音楽の中から1つを選ばないといけなかった。
ちなみに男子校で生徒数2800人のマンモス校だったんだよね。
2800人全部男って、今思うとかなりキモいね。

ケンゾーは音楽を選択したんだけど(選ぶときは地獄の一年間が待ってるなんて知らなかった。その話はまたいつか。)、殴られながら憶えた原語の「帰れソレントへ」はいまだにそらで歌えるなあ。
そんなどうでもいい話はおいといて、いざドゥシャンベへ。

途中ドライバーや同乗している人たちが「フォト、フォト」と言って車を降りる。
きれいな景色の撮影ポイントでもあるのかなと思ったら、わけの分かんない像だった。
国旗をたくさん掲げているのでなにか有名な像なんだろうけど、う〜んどうでもいい。
でも、その気遣いがうれしいね。

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ふたたび走り出した車はどんどん山を登っていく。
最近できたと思われるトンネルにさしかかった。
よく見ると中国語の名前表記が。
このトンネルは中国資本で建設されたものらしい。
そういえばタジキスタンに入ったとたん、中国製の車やトラック、看板などをよく目にするようになった。
タジキスタンの隣は中国なんだよなあ。
西回りの旅のはずが、完全に逆走中だな。

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車は山々の間を縫うように崖っぷちの道を走っていく。
緑は少ないけれど、青い空と澄んだ空気が気持ちがいい。

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ところがここにきて車の調子が悪くなってきた。
何度もボンネットを開けて何やらいじくっている。

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走るぶんにはそんなに問題はないようだけど、セルが壊れてしまったみたいで一度止まるとエンジンが掛からなくなってしまったようだ。
なので止まったあとは走り掛け。
寄り道するたびに必死に車を押す男たち。

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途中、建設中なのか老朽化して古いものなのかわからないトンネルを通る。
トンネル内には電気もないし、天井や壁は出来損ないなのか崩れかけなのかわからないくらいボロボロ。
上から水が雨のように滴り落ちている。
路面はボコボコで、いくつもの水たまり。
さらに埃が舞い上がっていて見通しも悪い。
こんなところで車が止まったら・・・。
車に乗っているみんなは同じことを思っているようで、車内は沈黙で包まれている。
何キロも続く悪魔のトンネル。
とても長く感じる。

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ようやくトンネルを脱出でき、みんなでひと安心。

峠を越えて下っていくとヴァルゾフ渓谷が見えてくる。
川沿いにはいくつもの別荘やホテルが建ち並んでいる。
タジキスタン有数の避暑地として人気のようだ。
大統領の立派な別荘もあった。

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ケンゾーはこの河原で写真を撮るときにこけてしまった。
手に持っていたカメラを岩で強打。
なんとか壊れずにすんだけど液晶にざっくり傷がついてしまった。
1時間くらいテンションだだ下がり。

およそ5時間のドライブでドゥシャンベに到着。
オーナーが「ホテルまで送り届けてあげて」って頼んでくれてたのでお目当ての宿の近くで降ろしてもらうことができて助かった。

歩き出して後ろを振り返ると・・・

やっぱりね(笑)

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手探りで旅をする感覚が好き

2013.08.26 06:27|タジキスタン☞EDIT
気づけば日本のお盆も終わり、子どもたちの夏休みも終わりに近づいてるんだなあと季節の移り変わりの早さを実感しているイクエです。
楽しい夏は終わりですが、過ごしやすい秋にまもなく突入ですね!

未知の国、タジキスタン。
『地球の歩き方』の中央アジア編にはたったの4ページしか載っていない。
見どころもわからないし、もちろん宿の情報もない。
きのう見つけたホテルは汚すぎたし臭すぎた。

最初、おかあとウズベキスタンとタジキスタンの2か国を周遊するつもりだったんだけど、未知すぎておかあと行くのを取りやめて正解だった。
おかあには高いお金をかけてタジキスタンのビザまで日本で取ってもらっていたけれど、苦労する旅になることは目に見えていたからね。

タジキスタンの情報を求めていたイクエとケンゾー。
実はタシケントのゲストハウスに誰かが寄付していった『ロンリープラネット』を発見し、いちおうの下調べはしていたのだ。

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でもね。
イタリア語だったー!

だけど必死に数時間かけて読んだよ。
むさぼるように。ローマ字読みしながら。
イタリア語だけど2割くらいは勘で読める感じ。
ホテル名や地図のページは写真まで撮ったよ。
地域名が載っているところはきっと観光ポイントのはず。

ということで『地球の歩き方』には載ってないけど、『ロンリープラネット』に載っていたイスタラフシャンという街に行くことにした。
中央アジア最古の都市のひとつらしい。
紀元前6世紀には3重の城壁で囲まれていて、商業の中心地だったのだそう。

イスタラフシャン

ホジャンドからマルシュ(乗合い)でひとり7ソモニ(約140円)。
イスタラフシャンの街に着いたはいいけれど、果たして宿はあるのかな。
『ロンリープラネット』にも、イスタラフシャンの情報はわずかで、地図さえ載ってないんだもん。

久々に手探りで旅をする感覚。
オマーンのときもガイドブックもなにもなくて不安になりながら旅した。
でも、とても楽しかった。

ガイドブックを頼ったほうが効率よく旅ができるけど、ないならないでおもしろいんだよね。

自分が次に行く街がどんなところかもわからないし、そこに泊まるような施設があるのかもわからないし、1分後自分にふりかかることが予想できない。
暗闇を手探りで進むのと同じように不安になりながらも、トンネルの先にはどんなものが待ち受けてるのかワクワク、ドキドキ。
この感覚は嫌いではない。

マルシュの終点はどこかわからなかったけど、終点はバザールの前だった。
とりあえずロシア語で「グジェー ガストーニッツァ(ホテルどこ)?」ってまわりの人に聞いてみた。

するとおじさんが「あっちにあるよ」というふうにバザールの向こう側を指した。
そして、近くにいた男の子ふたりをつかまえて「連れて行ってあげなさい」みたいなことを言っている。
その男の子のひとりがこちら。

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果たして、わたしたちが宿を探しているというのが伝わっているのか、今向かっているのは本当に宿なのか、確信がもてないけれどついて行く。
あとで「案内料」とか言ってお金要求されたりして・・・。
それならそれでいいや。
だって、ほかに方法はないんだもん。

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バザールの脇を通って・・・。
こんなところに本当にホテルはあるの?

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スイカ売場に止まっていた車。
車のなかもいっぱいだった!

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バザールの裏の行き止まりのところに大きな建物。
案内してくれていた少年が振り返った。
看板なんていっさいないけど、ここがホテルかな。

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思いのほかちゃんとした宿だった。

少年たちはそのまま帰ろうとした。

「ああ、待って!優しい少年。
 ありがとう!!」

おかあが日本からもってきて開けていなかった「柿ピー」をお礼に渡した。
柿ピーはタジキスタン人のお口にあうのかわからないけど。

部屋数は多いのに客はどうやらわたしたちだけ。
部屋にはリビングルーム、そして寝室、広いバスルームもあってふたりで100ソモニを値切って50ソモニ(約1000円)。

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これで第一関門「宿の確保」クリア

さーてと、この街にはどんな見どころがあるんでしょう。
古代のソグド人の都の跡であるムグテパという丘が街の観光地のひとつみたい。

「グジェー ムグテパ(ムグテパどこ?)ピシュコム(歩く?)」と宿の外にいたおじさんに聞いてみた。
するとおじさんが車に乗せて連れて行ってくれた。

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おじさんの正体はナゾ。
宿のスタッフなのか・・・。
よくわからないけど、おじさん、ありがとう!!

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この街には「モハッラ」という旧市街があって、モスクやメドレセ(神学校)が建っているらしい。
おじさんに聞いたら、「あっちのほう」って丘の上から下に広がる街をさした。
とりあえずおじさんに別れを告げて「あっちのほう」を目指して歩いてみる。

また、見つけたよ。
路上に車をとめて、スイカを売っている人たち。

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スイカはこの時期の人気商品。
でも、たまにこーんなのもあるから要注意。

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「グジェー モハッラ(どこ? モハッラ)」と聞きまくりながら歩く。
するとちょっとだけ英語ができる青年が案内してくれることになった♡

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旧市街はまるで迷路。
茶色い壁の家が軒を連ねている。
自分たちだけだったら絶対に迷子になってた。

現在でも、枯れ草と土を混ぜた昔と同じ資材で家を修復している。

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れんが造りのかわいいモスク。
こんな素朴な建物もいいよね!
なんだかビスケットみたい。

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夕方、家の人たちが食事の準備を始めるころ。
子どもたちは、タンクを持って水汲みの時間。

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おぼつかない足取りでこんな子もがんばってるんだよ。

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「外国人が来た!」と家からでてくる子どもたちも。
子どもたちを引き連れて歩くかっこうになった。

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子どもたちだけじゃない。
ご老人も「おい、わしの写真を撮れ!」と言う。
なぜか必死にヤギを捕まえて、写ろうとするおじいちゃん。

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子どもたちが案内してくれたメドレセ(神学校)。
茶色い迷路の旧市街の先に、こんな華やかな建物があるなんて。

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ミナレット(塔)に上れるようになってたから、上ったんだけどみんなついてくるから身動きとれず!

「おーい、みんな。
 戻るよー。
 1人ずつ、順番に階段下りていこう。」

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とくに有名な観光地があるわけでもない。
あえて、訪れるような場所でもない。

でも、ここには飾らない人たち、くったくのない笑顔の子どもたちがいる。
イクエとケンゾーが大好きなバングラデシュみたいだあ♡

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特に見どころはないけど、ここに来てよかったね。

宿もとっても居心地いいし。
1日を満喫して、さあ寝ようか、というとき誰かがドアをノックした。
こんな時間に?

宿のおじさんが「こっちに来い!」とみたいなことを言っている。

ついて行ったら宿のテラスでおじさん2人で飲んでいた。

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「炒めたレバーを食え」とか「メロン食え」とか「酒飲め」とかどんどん勧められる。
もう食べきらんよお。

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ちなみにここはイスラム教の国。
でも、おじさんは途中、わざわざウオッカを追加で買いに行った。

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いまはラマダン(断食)のシーズン。
「ラマダンだよね。」と聞いたら「ラマダンなんてくそくらえ〜」みたいに顔をしかめて手を横にふった。

そして、酒におぼれるおじさんふたりとケンゾー。
言葉が通じなくても酒さえあれば、こんなに盛り上がる。
お酒の力、すごい!

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そして、わざわざ部屋からテレビをもってきて設置。
音楽番組にあわせて夜の宴は続いた。

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朝。
チェックアウトするために、スタッフの宿直室のような入口の部屋に行った。
掘りごたつの奥で、おじさんが爆睡していた。
もう少し、そっとしておいてあげよう。

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寝顔、全然かわいくないのに、かわいいと思ってしまう。

やっぱり、この街、大好きかも。
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これまでで最凶!激くさホテル

2013.08.25 06:20|タジキスタン☞EDIT
久しぶりに明るいところで鏡を見たら、日焼けで顔がボロボロで酷いことになっていたケンゾーです。

2回目の発熱 & 下痢でノックダウンしてしまって、おかんをちゃんと見送ることができなかったケンゾー。
おかんが帰った翌日にはタジキスタンに移動する予定にしていたけれど、快適なゲストハウスで体力回復に努めることに。
けっきょく3日延泊した。

よし行くか。
次は未知の国タジキスタンだ。
「地球の歩き方」では4ページしか割かれていない。
ちょっと不安もあるけれど、このワクワク感が心地いい。
久しぶりのバックパックの重みを両肩にずっしり受け止めながら、いざタジキスタンへ。

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まずはバスに乗ってクーリクバザールへ。
バザール前のバスターミナルでベカバッド行きのバスに乗り換える。
途中の国境があるオイベックで降ろしてもらうのだ。

おっ、立派なバスだ!
なんと冷房がついてるよ!
ウズベキスタンにもこんなバスがあるんだ。
オイベックまで5000スム(約185円)、バゲージ代として1個1000スム(約37円)必要だった。

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およそ2時間でタジキスタンとの国境があるオイベックに到着、車掌に急かされて降ろされる。
300mくらい先にイミグレーションの建物が見えている。

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国境の手前には数件の商店が店を開いていた。
ここで両替もできるので余ったスムをタジキスタン ソモニに替えてもらった。
やっと煩わしいスムを数える手間から解放されるよ。
18300スム(約677円)が32ソモニ(約640円)に。
まあレートはそんなに悪くないんじゃないかな。

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さあウズベキスタン最後の関門だ。
レギストラーツァ(滞在登録書)に難癖つけられたり、悪質な荷物チェックがあったりするのかな。
ちょっと緊張しつつイミグレへ。

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なんのことはない、とくに手間取ることもなくスムーズな出国手続きだった。
出国スタンプを押す係員がいなくて30分くらい待たないといけなかったけどね。
さようなら、ウズベキスタン。
レギストラーツァの制度は早く撤廃してね。

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歩いて300m先のタジキスタン側へ。
無国籍ゾーンでトラックドライバーのおっさんが地面で寝てたのはご愛嬌。
タジク入国もノープロブレム。

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入国スタンプ押してもらったあと税関手続き。
同じ内容の税関申告書2枚に記入をして1枚は提出、もう1枚はスタンプを押してもらって出国まで自分で保管しておかないといけない。
結果的に問題なく手続きはできたんだけど、スタンプ押すのに50ドルよこせと言ってきた係員がいた。
中央アジアには腐った職員がうじゃうじゃいるので気をつけよう。
ケンゾーとイクエは断固拒否!
無視して別の係員を探した。

晴れて19か国目、タジキスタンに入国!
ここからホジャンドまで移動したいんだけどバスはないみたい。
どうしたもんかねえと悩んでいると、いっしょに国境を越えたおじさん2人組がタクシーをシェアしようと言ってきた。
1人5ソモニ(約100円)、高いのか安いのかよく分かんないや。

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このタクシーでホジャンドまで行くのかと思ったら、近くの街で乗合いワゴンに乗り換えないといけなかった。
ホジャンドまで1人7ソモニ(約140円)。
車窓からの景色は・・・ウズベキスタンとそんなに変わらないかな。

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乗合いワゴンは街外れのバスターミナルに着く。
ここから市街地まではマルシュルートカ。
バザール行きのマルシュまでおっさんくさい男の子が案内してくれた。
ありがとね、サングラスしないほうがかわいいよ。
マルシュは1回1ソモニ(約20円)。

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いちおうホジャンドはタジキスタン第2の都市。
だけど安宿の情報はほとんどない。
あてがあるのはパンシャンベ・バザールの目の前にある「HOTEL SHARQ」のみ。
マルシュを降りてホテルを目指して歩くと・・・おおー、めちゃくちゃ立派やん!

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「ぜったいこのホテルじゃないよ。めっちゃ高そうやん」と疑っているイクエ。
うーん、でも場所はここで合ってると思うんだよねえ。
とりあえず入ってみるか。
建物の中に一歩足を踏み入れると・・・はいこのホテルで間違いなし!
中身は薄暗くてボロッボロ。
完全に見かけ倒し。
雑居ビルでホテルは上の階だけ。
店や縫製工房が並んでいる。

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ちなみに正面からはりっぱに見える建物だけど、裏から見たらこんな感じ。
薄暗い入口の前には、パン屋さんや卵屋さんが露店を構えている。

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部屋の中はちょっとはマシなんじゃないかという淡い期待も見事に打ち砕かれる。
バリ汚ねー!
ひょっとしてこの旅ワーストなんやない?!
なんかベッドはバネ剥き出しでトランポリンみたいにボヨンボヨンして寝にくいし、埃っぽさがハンパない。
しかもダブルの部屋はいっぱいで空いてるのはトリプルのみ。
なんと3台分のベッド代を払わないといけない。
いやー、いいとこが何ひとつない。
1ベッド15ソモニ(約300円)。
床に敷いてある絨毯につまづいて、絨毯がめくれたとたん埃が舞い上がった。
ゴホッゴホ。

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部屋も最悪だったけど、一番強烈だったのはトイレ。
ドアがないいわゆる中国のニーハオ式。
まさかここでご対面するとは。
しかも男女の区別なし!
本家の中国を越えちゃってるよ。

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さらに臭いが猛烈!
鼻と言わず目が痛くなるほどのアンモニア臭。
「鼻で呼吸したら耐えられんけん、口で息するたい!」ってイクエに言うと「ダメダメダメ、口で息を吸ったら臭いの分子が体の中に入ってくるけん!」だって。
イクエ、気持ちはよーく分かるけど、鼻で呼吸したって体の中には入ってくるけん。

宿のおっちゃんに恐る恐るシャワーはあるのか聞いてみると・・・
「OK!OK!」と笑顔で指差された、ニーハオトイレの脇にある水瓶を。
・・・撃沈。

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その夜、水浴びの誘惑には勝てず、「クッサー!うーわ、クッサー!」と叫びながら水浴びをしたケンゾーとイクエだった。
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旅したウズベキスタン こんな国

2013.08.24 05:34|アジア☞EDIT
ウズベキスタンには7/16~8/4まで19泊20日滞在しました。
そのうち2週間はイクエのおかんが日本から合流。
バックパッカー初体験のおかんと旅したウズベキスタンを振り返ります。

◇旅の費用「ネチャ プル?」

ウズベキスタンでいくら使ったのか発表します。
 
交通費                532,700スム
外食費                394,800スム
その他のフード・ドリンク       148,400スム
宿泊費           727,000スム+460ドル
観光費           126,300スム+535ドル
雑費                  9,400スム

合計  1,938,600スム + 995ドル=171,228円
(1スム=0.037円、1ドル=100円)
ケンゾーとイクエ2人旅の期間 約 3,731円/1日2人で
おかんと3人旅の期間     約11,165円/1日3人で

おかんといっしょに旅した期間はある程度割り切ってホテルのレベルをすこし上げたりタクシーを使ったりした。
車を3日間チャーターしてツアーを組んだり、リシタン滞在の宿泊費にNORIKO学級の運営費も含まれているのでそれなりの金額がかかる。
あとは何といってもフェルガナとタシケントのホテル代が高い。
タシケントの滞在が長くなるとお金はどんどん飛んでいく。


◇移動手段はこうでした

乗合いワゴンに乗ることが多かったんだけど、時期的に辛かったなあ。
暑くてたまんない、サウナ状態。
ただでさえ暑いのに窓が開かないんだよね。
ただひたすら耐えるしかない。
長距離の移動になると値段が気になるところ。
どの国でも値段交渉が面倒くさい。
「現地人はいくらなんだろうか?」っていうのがいつも気がかり。
でもウズベキスタンの乗合いワゴンはお金を乗客同士で集めてドライバーに渡すのでボラれる心配がない。
値段交渉せずにそのまま乗ってほかの人に教えてもらえばいいのでとても楽。
ちなみに乗合いワゴンはスピードがあんまりでないので、タクシーよりも時間がかかる。

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◇こんなお宿に泊まりました

ヒヴァ、ブハラ、サマルカンドは観光地だけあって、ゲストハウス多数。
宿探しに困ることはない。
朝食つきでひとり10ドルくらいから。
Wi-Fiやエアコンつきで清潔だし、安宿でもレベルが高い。
それとは逆に、ほかの街で安宿を見つけるのはかなり苦労する。
タシケントやフェルガナ盆地では高いホテルしかない。
交渉して普通の人の家やチャイハナ(喫茶店)に安く泊めてもらうことは簡単だけど、問題は滞在登録書がもらえないこと。
滞在登録書は出国手続きのときにチェックされることがまれにあるらしいけど、実際出国のときはあまり入念に調べないみたい。
だけどフェルガナ盆地に行くときは、軍のチェックポイントが数か所あって、いままでのがすべてそろっているかチェックされたので、フェルガナに行く予定の人は注意!
ケンゾーとイクエはコングラードで一度チャイハナに泊まったけど、次の日の宿でもらった滞在登録書の日にちを前倒しに改ざんした。
滞在登録書をくれる宿の人に交渉して、日付を変えてもらうのは可能だと思う。
もしくは、日付のところを空白にした滞在登録書をもらうか。
ちなみに滞在登録書は宿によってまちまちだけど、小さな紙切れに宿の名前とチェックイン・チェックアウト日、宿の人のサイン、スタンプが押してある簡素なもの。

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◇「マザリ エカン!」これが一番うまかった

ケンゾー 「フルーツ」

暑さにかなりやられたウズベキスタン。
辛かったけれど夏にしか楽しめないものがある。
それがフルーツ。
砂漠の国というイメージとは裏腹にじつはフルーツが豊富。
なかでもスイカはよく食べた。
日本のスイカに引けをとらないほど甘くておいしい。
ほかにも桃やアプリコットやメロン・・・。
暑さで食欲が無いときもフルーツに救われたなあ。

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イクエ 「コクチャイ」

コクチャイってのは緑茶のこと。
どこの食堂にも絶対置いているし、宿でも飲ませてくれる。
暑い夏でも、現地の人はいつも飲んでいる。
疲れているときも食欲がないときもコクチャイを飲むとほっとする。
インドのチャイはミルクたっぷり、トルコの紅茶は砂糖たっぷり、ほかの国では緑茶に砂糖を入れて飲む人が多いけど、中央アジアの人たちは砂糖なんて入れない。
ウズベキスタンってイスラム文化だし異国って感じちゃうんだけど、コクチャイを飲むと「日本とおんなじアジアだなあ」って実感する。

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◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「サマルカンド」

ベタだけど見どころがたくさんあって充実している。
なかでも、レギスタンの巨大な3つのメドレセには圧倒される。
青い空と、その青さを空と競っているかのような青いドーム。
いつまでも見飽きない。
あと、シャーヒズィンダ廟群もよかった。
色鮮やかに装飾された霊廟の競演。
同じ青にも色んな青があるんだよね。
ヒヴァやブハラもそれぞれ特徴があっていいんだけど、時間がない人はとりあえずサマルカンドを押さえておけばいいんじゃないかな。

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イクエ 「アスラフ村」

観光地でも有名な場所でもないところだけど、だからこそウズベキスタンの人たちのありのままの生活に触れることができた。
世界遺産の壮大で華やかなモスクやメドレセ、タイムスリップしたようなシルクロードの街並みもいいけれど、こんな素朴な村がある意味、ほんとうのウズベキスタンの姿なのかも。
小川のせせらぎを聞きながら大きなクルミの木の下で寝転んだり、ロバに乗ったり。
観光地巡りで疲れていた3人がリラックスし、エネルギーチャージをするのに必要な場所だった。

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◇ふらり ゆるり ウズベキスタンの感想は?

ケンゾー
ウズベキスタンを7月に観光するのは危険!
これに尽きる!
まさかこんなに暑いとは思ってもみなかった。
コングラードからヒヴァまでのミニバスでの移動はかなり過酷だった。
観光も日中出歩くのは3時間が限界。
観光客がガラガラで混雑してないのはいいけど、暑さで体がやられる。
人はみな優しくて愛想がいいし、観光地のホテルはなかなかレベルが高い。
「中央アジアってどうなの?」って思ってたけど、旅しにくいことはない。
旅慣れた人にとってはちょっと物足りないかも。

イクエ
おかあと3人で旅したウズベキスタン。
暑かったけど、人よし、見どころよしで魅力的な国でした。
予想以上に人々が優しくて穏やかでいろいろ手助けしてくれて、嫌な思いをすることはほとんどありませんでした。
フレンドリーだけどちょっとシャイで、日本人とタイプが似ているかも。
美しいイスラム建築は、ため息が出るほどすばらしかった。
そしてヒヴァ、ブハラ、サマルカンドが観光の王道だけどぜひリシタンのノリコ学級にも足をのばしてみては?
かわいい子どもたちが笑顔で迎えてくれるし、先生のお宅で本当のウズベキスタンの家庭料理を堪能できます。
ウズベキスタンは世界遺産の観光地が満載なので、ついつい有名な観光地ばかりで終わってしまいがちだけど、あえて田舎にいくのをオススメします。
人々の生活が見えてきますよ。

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おかあとの3人旅終わる そしてまた・・・

2013.08.23 05:38|ウズベキスタン☞EDIT
中央アジアもだいぶ涼しくなってきて、心地よく感じるイクエです。
中央アジアを旅するなら7月は避けたほうがいいですよ。

ウズベキスタンを2週間旅してきたイクエとケンゾー、そしておかあ。
ウズベキスタンを西から東へと移動しながら旅を満喫してきた。

いよいよおかあは明日、日本へと帰る。
最後はビールで乾杯、といきたいところだけどイスラムの国だからか宿の近くでお酒を飲めるレストランを見つけられなかった。

だから最後もやっぱりこれ。
この2週間、3人で何リットル飲んだかな。

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ビールじゃないのを百歩ゆずったとしても、せめてグラスで。
でも、このコップしかないんだって。

「体調崩したときはあったけど、無事に旅ができてよかったね。
 おつかれさま。
 かんぱ〜い!!」


いやあ〜。
ほんとうに暑かった。
イクエはビールも含め炭酸飲料が嫌いだったけど、暑いなかどこでも売っているコーラを飲みまくったおかげですっかり炭酸嫌いを克服できた。

8月が暑いだろうと思ってたら、ウズベキスタンは7月が一番暑い時期だった。
7月のもっとも暑い時期と旅行の時期が重なってしまった。
65歳の母には酷だったなあと反省。
しかも、3人順番に下痢と発熱に見舞われたし。
そして、ケンゾーまさかのまた下痢と発熱! 2巡目。

3人で空港まで行く予定だったけど、イクエだけでおかあを見送ることにした。

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たいした距離じゃないからタクシーでも良かったけど、バス1本で行けるのでバスで空港へ。
おかあは最後まで文句も言わずに普段のスタイルにつきあってくれた。

2週間前、おかあが到着した空港。
ハラハラしながら、タクシーのおっちゃんにうまい具合にだまされて、ひとりでなんとかここから国内線ターミナルに移動した。
おかあにとってひとりではじめての海外の空港だった。

建物の中にはチケットがある人しか入れない。

「じゃあ、ここでね。」

2週間前と同じように、おかあがひとりになった。

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この2週間、おかあは楽しんでくれたようだった。

だけど、もっと涼しく過ごしやすい国を選べば良かったかなあ。
ふたりの旅のスタイルをひきずらずに、もうちょっとお金をかけて楽な移動、心地よいホテルに泊まるべきだったかなあ。
せっかく日本から来てくれたのに。

なんだかすまない気持ちになった。
もっとこうすれば・・・って反省。

「無事に帰国して、あったかいお風呂に浸かって、おいしい和食を食べて、この2週間の疲れをとってね。」


空港から、いま来た道をひとりで帰る。

スーパーに行ったり、レストランを探したり、3人で何回この道を通ったかな。
西陽が照らす通りにひとりでぽつん。
急にさびしくなった。

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次の日、無事に帰国したおかあからこんなメールがきた。

「おはよう。もう朝御飯食べたかな。
ケンちゃんは少しは食べられるようになったかな。
成田でビールを飲んだり、握り寿司を食べたりしましたが、ムカムカしていて、あまり食べられませんでした。
無理しないで少しずつ日本食にならしていきます。

昨日は早目に、ホテルを出たけど、あのままいると涙が止まらんようになっていたからです。
ケンちゃんの格好やイクエの頑張りを感じると切なくなって、涙があふれてきました。
なんでこんな道を選ばしたかなあ、と思ったことも事実です。
でも、感動的な観光地を見てまわるよりホテルや移動手段、食事場所を探すことの日常の活動に触れられたことがよかったです。

あなたたちの頑張りが私にも遺伝して、39どの熱が出てもサマルカンドの町が歩けたし、38どの熱が出ても湖まで走って行ったりらくだに乗ったりできたのだと思います。

いろいろほんとにありがとう。」


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おかあは、旅行中ずっとこんなことを言っていた。

「いっしょに旅行して、ふたりの旅がよくわかった。
あんたたちは旅行をしているんじゃなくて、移動しながら生活しとるったいね。

食べるところ、寝るところを探すのも一苦労。
そしていかにうまくお金のやりくりをするか。

それが今回よくわかった。」

「夫婦で世界一周」なんていうと、とても優雅なイメージを持たれる場合もあるけど、現実はずっと泥臭い。
「みっともない旅の仕方」っていわれてもしょうがないレベルだ。

33歳と38歳でよくここまでやれるなって客観的に思って自分でもおかしくなるときもあるくらい。

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そんな旅によくおかあがつきあってくれたなあって思う。
おかあが合流したときはもっと楽な旅をしようと思ったのに、なかなかふたりの旅の仕方を変えることはできなかった。
少しでもコストパフォーマンスがいい宿を求めて、おかあに何度荷物番をさせたかな。

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動きやすいように少ない荷物だったから、洗濯は毎日の日課だった。
けっして使いやすいとはいえないバスルームで3人交代で洗った。
ホテルの部屋には、いつもロープをはっていた。

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いつも安心のパッケージツアーで、友だちと楽しく盛り上がりながら、ちょっと贅沢な気分を味わいながら、おかあは旅行をしてきた。
お土産選びもおかあの旅行の醍醐味なのに、今回はそんなチャンスほとんどなかった。
お世話になっている人に手作りのハサミを買ったくらい。

おかあは最後の日、宿の近くの市場で手のひらサイズの素焼きの置物を買った。

「自分へのお土産。記念にしたいから。」

そう言って買ったのは、ウズベキスタンのおじいちゃんの素焼き人形で、3000スム(約120円)。
とっても小さな買い物だった。

どこまでもおかあはイクエとケンゾーの旅にあわせてくれた。
嫌な顔せず。
がんばって楽しもうとしてくれた。

シルクロードの夏は過酷だったし、3人とも食欲不振でおかあがもってきていた日本食に救われていたし、体調を崩して交代で寝込んだりしていたけど、それにもまして3人旅は楽しかった。
きつくてもいつも3人だとほっとするし、おもしろかった。

もうおかあはこりごりかもしれない。

だけど。

今度はもうちょっと楽な国を選ぶからさ。
ホテルもちょっとはアップグレードするからさ。
高齢者のおかあにもっと優しくするからさ。

だから。

もし良ければ、またいっしょに旅をしましょう。

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タシケント・日本に帰国できなかった人たち

2013.08.22 05:48|ウズベキスタン☞EDIT
世界一周ブログランキングで最近クリックしてくれる人が多くて、とってもありがたいなと思うイクエです。
読者のかたには何の利益にもならないのに、わざわざクリックしていただきありがとうございます!! 
ブログの書き甲斐があります。

フェルガナ盆地を旅したイクエとケンゾー、そしておかあ。
2週間3人で旅をしたけど、ついに明日おかあは日本に帰る。

首都・タシケントに戻って最後に3人で泊まる宿はバックパッカー御用達の宿、グルナーラ。
中庭にテーブルがあってくつろげるようになっている。

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朝食、エアコン、Wi-Fi付き、3人で150000スム(約6000円)。
バックパッカーにとっては高いけれど、それでもタシケントでは安い部類。
狭い部屋にベッドだけ。
室内にバス・トイレはない。
う~ん。おかあは満足できないだろうな。

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でも、おかあはこう言った。

「なかなか、ここ、良いたい。」

こんな狭くてシンプルな部屋をおかあが気に入るなんてびっくりだ。
泊まる部屋にお風呂があるのは当然で、なおかつお湯がためられるバスタブつきじゃないとイヤだと言っていたおかあが、である。
この2週間、安宿探しにつきあわされ、文句も言わずにイクエとケンゾーが選ぶ宿に泊まらされた結果、すっかり宿に対する許容範囲が広くなっている。

今回初めて宿がすんなりと決まったことを何よりおかあは喜んでいた。
宿探しでさまよったり、イクエとケンゾーが宿を探し歩く間ひとり道端で何十分も荷物番をしたり。
もっと楽で余裕のある旅行をさせてあげたかったなと反省。

さて、3人旅の最後の訪問地タシケントの街へ繰り出そう ♪

タシケントはウズベキスタンの中でもっとも都会だけれど、敬虔なイスラム教徒の女性が多いように感じる。
頭にはスカーフ、そして腕と足をすっぽり隠したファッションの女性たち。

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高そうなリムジンが大集合!
社長たちの会合? 一流レストランの駐車場? 迎賓館?
政府の要人や大企業の社長、芸能人がいたりして。

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でも、それっぽい人たちはいない。
どうやらここは、リムジン専用のレンタカー会社。
ウズベキスタンでも、そんな需要があるんだね。

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泊まっている宿は旧市街に位置していて、ここにタシケントの見どころがある。

まずは16世紀に建てられたイスラム教の神学校クカルダシュ・メドレセ
ソ連時代には倉庫として使われていたけど、独立後に修復され、いまも現役。

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そしてチョルスー・バザール
体育館のような広い室内には、香辛料やチーズ、ドライフルーツ。
いろんな匂いが混ざり合う。

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屋外市場では、野菜やフルーツが山積み。
まるで玉ねぎみたいな形の丸い茄子。

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まるで茄子みたいな形の細長い玉ねぎ。

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「とうもろこしはいかが?」
ライバル同士、並んで仲良く商売。
売っている品物も同じだけど、売っている女性たちも同じに見える・・・。

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木に吊るされて売られているのは、洋梨のような形の鳥かご。
全部布でできていて、とってもかわいい。

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その奥の柳の下に人が集まっている。
人というか、布が集まっているのか?

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ウズベクマダムに大人気のコーナー、ワンピースの路上販売だった。
売っている物も、それを売る人も、買う人も、ワンピースだらけ。

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バスに乗って新市街の中心部へ。
これまで観光してきたのはモスクやメドレセといったイスラム建築や、シルクロードの時代にタイムスリップしたような古い街並み。
タシケントの新市街の雰囲気は、イスラム圏というよりもロシアやヨーロッパの街並みのようで、同じ国とは思えない。

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ウズベキスタンでは綿花栽培が盛ん。
綿花の花をイメージしてつくられたという噴水。
その向こうに見えるのはナヴォイ・オペラ・バレエ劇場

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1500人収容できるこの劇場は1947年に完成したもの。
50年以上が経ち、ちょうど修復作業中。

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この建物、第二次世界大戦のときソ連に抑留された日本兵たちが強制労働で建てたものなのだそう。
地震でもびくともしなかったほど丈夫にできているんだって。
強制的に働かされていたとはいえ、手抜きをしなかったのが日本人らしい。
これまでの半世紀、そしてこれからも後世に渡って使われ続けると思う。

ソ連に捕らえられた日本兵のなかには、ウズベキスタンに連行されてこの地で命を落とした人たちも多い。
タシケントにはそんな日本人の墓地もある。

言葉も、食も、風土も日本とはまったく異なるウズベキスタン。

「炊きたての日本米が食べたいな」
「家族と食卓を囲んで、ほっとする時間を過ごしたい」
「桜や紅葉、日本の四季を感じたいな」

好きで海外にいるけれど、そんなことをしょっちゅう思う。

自分の意思に関係なくまったく知らない国にやってきて、なおかつ強制的に働かされていたら、そんな思いもひとしおだ。

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恋いこがれたふるさとの景色を見ることなく、家族と連絡も取れず、行方不明扱いで亡くなった人たち。

そんな人たちが、このタシケントにもいたということをいったいどれだけの日本人が知っているだろう。
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日本が大好きなウズベキスタンの子どもたち

おかんが持ってきてくれた日本食もほぼ食べつくしてしまった。
トリを飾るのはさきイカと日本酒!
ため息が出るほどうまかー!
日本人に生まれてよかったとしみじみ思うケンゾーです。

リシタンにある日本語学校「NORIKO学級」。
ウズベキスタンにエンジニアとして赴任していた大崎さんが、現在代表をしているガニシェルさんと共に1999年に開校した日本語学校だ。
学校と言っても堅苦しいものではなく、遊びをとおして日本語に触れ学んでいく地元の子どもたちの憩いの場のようなもの。

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門をくぐると太陽がたっぷり降り注ぐ素敵な中庭が。
鮮やかな青が特徴的なリシタンの陶器がそこかしこにディスプレイされている。
NORIKO学級には陶器工房が併設されていて、若い職人たちが日々腕を振るっている。
ここでオーダーメイドの陶器を依頼することも出来るそう。

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子どもたちは来てるかな?
ワクワクしながら教室へ。
あっ!
サンダルがたくさん!
来てる来てる。

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かわいい笑顔の子どもたちが迎えてくれた。
ちょっと緊張してるかな?

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ここに通ってきている子どもたちは5歳から12歳くらいまで。
毎日30人くらい集まるそう。
お互いに自己紹介をしたあと数人が「ファンタジー」というものを披露してくれた。

この「ファンタジー」というのは、「もし自分が◯◯だったら」という作り話。
「わたしは韓国人〇〇です。母は女優で父は会社のマネージャーです」とか「わたしはロンドンに住んでいる大学生の◯◯です。3週間のバカンスでハワイに行きました」といった感じ。
みんな日本語の文章を暗記していて、すらすらとよどみなくスピーチする。
子どもながらの突拍子もない設定がおもしろい。

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「ファンタジー」のあとはアンパンマン音頭や言葉遊びの踊りをみんなで歌って踊ってくれた。
世界中どこに行ってもアンパンマンとドラえもんは大人気。
日本が誇れる偉大なキャラクターだよ。

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このあとは折り紙タイム!
男の子も女の子もみんな折り紙が大好き。
「先生、先生!教えて教えて!」ってイクエとおかんは引っ張りだこ。

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いちばん人気はカエル!
折ったあとも遊べるからいいよね。

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ケンゾーはお得意の紙飛行機。
中庭でいっせいに飛ばしっこ。
みんな楽しんでくれてよかった。

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午後は青年センターへ。
ここでは20歳くらいまでの青少年が日本語を学んでいる。

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ここには海外青年協力隊員が1人派遣されているけれど、おもに英語教育が目的。
ふだんは日本に留学経験がある先輩たちに教えてもらいながら、自分たちで考えたカリキュラムをこなしている。
ひらがなの書き取りをしている子もいれば、お互いに単語の問題を出し合っている子たちがいたり。
みな誰に言われるでもなく、自分にできることを自分で考えてやっている。

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たまにはジェンガをしたりすごろくで遊んだり。
男の子も女の子も、歳が離れていてもみんな仲がいい。
みんな優しくて素直。
見ていて微笑ましい。

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ここから毎年数人が日本へ留学生を送り出しているそうだ。
そのまま日本の企業に就職する子もいるんだって。
こんな小さな町からスゴいことだよね。

次の日も午前中だけおじゃますることに。
ケンゾーは年上の男の子たちからリクエストを受けたので青年センターへ。
20歳前後の男の子3人が教えてほしい文章があるそうだ。
英語を介してどんな文章か聞くと・・・口説き文句だった!
日本人の女の子にFacebookでメッセージを送りたいんだって。

相手はきっとここにボランティアで訪れた女の子なんだろうね。
いちおう聞かれたことは全部教えてあげたけど、「キスしていい?」とか「君のことを想うと枕が涙で濡れて眠れないよ」とか生々しいので使わないほうがいいよとアドバイスした。
まあ、どこの国も年頃の男はいっしょやね。

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イクエとおかんはノリコ学級で子どもたちと折り紙や手遊び。
果物の名前を覚えながらのフルーツバスケットは年齢問わず盛り上がる。

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おかんは教科書を使って男の子に日本語を教えていた。
この男の子は14歳。
学ぶことが楽しいようで、みんなよりも日本語が上手。

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男の子の家はここリシタンから離れたフェルガナにあるそうだけど、陶器づくりの職人になるべく家族と離れてここで生活し、修行をしている。
仕事の合間にノリコ学級で日本語を学んでいるんだって。
この男の子にとってはノリコ学級が息抜きの場所でもあり、知的好奇心を満たしてくれる場所でもある。
日本語を学んでいるときの男の子の目はいきいきとしている。


NORIKO学級をつくった大崎さんは残念ながら2005年に亡くなってしまったけれど、「子どもたちがいつでも集まれる楽しい場所にしてほしい」という大崎さんの意思は今も受け継がれている。

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日本人にとってマイナーな国であるウズベキスタン。
その中でも田舎のリシタンという小さな町には、日本が大好きで日本に行くことを夢見ている子どもたちがたくさんいる。
彼ら彼女たちと触れ合いその素直で純粋な眼差しを目にしたら、もっと胸を張れるような日本にしないとなと思う。
この子たちが日本に来たときにがっかりさせてしまったら大崎さんに申し訳ない。

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中央アジアへ行く機会があれば、ぜひリシタンのNORIKO学級を訪れてほしいな。
瞳をきらきら輝かせた子どもたちが満面の笑顔で出迎えてくれるよ。
ほんの短い時間だったけどガニシェル先生と家族のみなさん、いっしょに活動できたボランティアのみなさん、ありがとうございました!

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日本語を話す子どもたちがいる街へ

2013.08.20 05:54|ウズベキスタン☞EDIT
夫にパンツを洗ってもらっている間、コーヒーを飲みながらブログを書いているイクエです。

イクエとケンゾー、そしておかあ。
ウズベキスタンの北東部、フェルガナ盆地にまで足を伸ばした一番の理由。
それはノリコ学級を訪問すること。
ノリコ学級というのは、日本人が創立した日本語学校。
日本語学校と言っても、休暇や放課後など通常の学校がない時間に地元の子どもたちがやってきて、日本語を学んだり日本の遊びを楽しんだりする子どもたちの憩いの場、集いの場のようなところらしい。
日本語を教えることに興味がある人、ウズベキスタンを旅している人、子どもが大好きな人・・・誰でもここで臨時の先生になることができる。

そんなノリコ学級はウズベキスタンの外れ、キルギスとの国境のすぐそばのリシタンという街にある。

リシタン

フェルガナからリシタンまではバスが出ている。
タクシーで行くべきか迷ったけど、おかあには普段のイクエとケンゾーの旅のスタイルにあわせてもらって、バスで行くことにした。

バックパック姿で、歩行者に優しくないこの国の車をよけながら先頭を歩くおかあ。
だいぶ、さまになってきてるよ!

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バス停にはリシタン行きのバスがちょうど止まっていた。
乗車率何パーセント?
3人とバックパック3つ、コロコロバッグ1つのスペースは取れるかな。

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車内の人たちはカメラに向かって笑顔で手を振っているけど、こんなぎゅうぎゅう詰めのバスには笑顔で乗れない。
このバスを見送って、次のバスに乗る。
3人ばらばらだけど席を確保できた。
だけど、どんどん人が乗ってくる。
エアコンもない車内。
おかあの様子は見えないけど、大丈夫かなあ。

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バスが止まるたびに人が降りたり新たな客が乗ったり。

途中、けっこうたくさんの人が降りた。
乗ってくる人もいなさそう。
ようやく車内がすく。
ラッキー ♪

でもなんか変だぞ。何もない道路。
みるみるうちに人がいなくなる。
とうとう車内に3人だけが取り残された。
バスのエンジンが止まった。

運転手に降りるように急かされる。
訳が分からず降りる3人。
バスの前に別のバスが止まっていて、降りた人たちはそのバスに乗り換えている。
理由はまったくわからない。
エンジントラブルかバスのやりくりに不都合が生じてダイヤを調整するためなのか。
でも、海外ではよくあること。
おとなしくしたがう3人。
そしてせっかく今まで席を確保できていたのに、一番最後に乗り換えたので席はない。
でも、お年寄りに優しいからおかあは席をゆずってもらっていた。
年寄りの特権だね!

汗ダラダラで着いたリシタンの街。
きょうの宿は、ノリコ学級の代表であるガニシェル先生のお宅。
ノリコ学級までは終点から歩いて10分くらいらしい。
おかあは疲れてるはずだしやっぱりタクシーかな。
でもおかあとケンゾーは「歩いても大丈夫だよ。」と言っている。
重い荷物とともに見知らぬ街を歩く3人。

3人を見て「コンニチハ」と言ってくる子どもたち多数!
ウズベキスタンでこんなに日本語であいさつされるなんて不思議な感じ。
「まわりの人に『ヤポーン マクタッブ(日本語学校)』って聞けば、場所を教えてくれます」って聞いていたので、「ヤポーン マクタッブ?」って通りすがりの人たちに聞いていく。
あっち、ってみんな指を指す。

だけど、歩いても歩いてもなかなかたどり着かない。
もう30分くらい歩いてるんだけど・・・。

英語が少し話せる青年に聞いてみると「あと2キロくらいあるよ」だって!
ええええ~!!

「乗合いワゴンに乗ったほうがいいけど、ここでは車を止めにくいから、僕が止めてあげるよ」

青年はおかあのコロコロバッグをひょいと持ってくれた。
ウズベキスタンのジェントルマン!
日本にこういう青年はなかなかいないよね。

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そしてなんと、いっしょにワゴンにまで乗ってくれた。
助手席に座っているのが、その優しい青年。

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しかも、4人分の運賃を青年が払ってくれた!
「いやいや、わたしたちが払うよ!」
お金を渡してもけっして受け取らない青年。
ノリコ学級の姉妹校にあたる「日本語青年センター」まで送り届けてくれた。
ありがとう、優しい青年!
またここから車をつかまえて家に戻るの大変なのに。

「ほんとにいい青年ねぇ~」と感心するおかあ。

(あとでわかったことだけど、青年センターはノリコ学級から離れた場所にあって、「ヤポーン マクタッブ」ってどっちのことも表すのでみんな「青年センター」の場所を教えてくれていたのだった。
でも、おかげで青年の優しさに触れることができた。)

青年センターのスタッフがノリコ学級の向かいにあるガニシェル先生の家まで車で送ってくれてようやく到着。

ガニシェル先生はもちろん、息子も娘もとっても日本語が上手。
息子は日本の法政大学に留学していたこともあって、ペラペラ。
ちなみにガニシェル先生は前列左端の白いシャツの男性。
(青年センターにて。
 青年センターについてはあすの記事で詳しく紹介します。)

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ガニシェル先生の奥さまも娘さんも料理がとてもお上手。
3食、「手間」と「ひま」をかけてふるまってくれる。
薄く切ったナスにトマトを挟んで焼いた一品。
シンプルだけどおいしい!

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ウズベキスタンって外食よりも断然家庭料理のほうがレベルが高い!
ほんとうのウズベク料理のおいしさを知るならレストランより家庭料理。
ユルタ(遊牧民のテント)のおっちゃんの奥さんの手料理もおいしかったし。

台所を拝見。
見たこともない長ーい麺棒で何やら生地を薄く伸ばしている。

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1メートル四方はある生地の上に肉や野菜をのせて、2人掛かりで両端から巻く。

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巻き終わったら真ん中でカット。
長い春巻きのようなものが2本できる。
それを蒸し器で蒸す。

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蒸し上がったら5センチずつくらいにカット。
「ウラマ」のできあがり~。
塩こしょうで味付けしてあってそのままでももちろんおいしい。
おかあがもってきていた酢醤油で食べるとさらにおいしかった!

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ガニシェル先生の家の向かいにノリコ学級があり、そのとなりには陶芸工房がある。
リシタンは陶器の街として有名。

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リシタンでは1000年以上も前からここの土を使って陶器が作られてきた。
天然の釉薬を使った鮮やかな青と緑。滑らかな模様。
その昔、リシタンの食器はシルクロードを通って日本にも持ち込まれたかも。

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外国人がここを訪れるのは、このリシタン陶器の工房を見学するため。
だけど、日本人がここを訪れるのはノリコ学級におじゃまするため。

折り紙、日本の遊び、「あいうえお」の歌に、アンパンマン音頭の踊り、日本語のスピーチ・・・。

好奇心旺盛、日本語を学ぶのが大好きないきいきとした子どもたち。
そんな子どもたちの様子はあしたたっぷりお伝えします! 


【旅 info.】
  リシタン ノリコ学級a_DSC_0761_201308181058044fe.jpg
フェルガナからバスで1時間弱。運賃3000スム。
(コカンからもバスあり。)
宿泊はガニシェル先生宅。
1泊3食付き1人30ドル。(学級の活動資金(寄付)にあてられる)
滞在登録書ももらえる。
学級訪問・ボランティアは誰でも可能。
事前に先生にメールで連絡を。
nazirovganisher@yahoo.com
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シルクロードの絹の産地へ ♪

2013.08.19 06:11|ウズベキスタン☞EDIT
人懐こくてとても友好的な中央アジアの人たち。
もっと会話をしたいけど言葉が全然通じなくてもどかしい毎日のケンゾーです。
ロシア語がすこしでも喋れるともっと中央アジアを楽しめるだろうなあ。

コカンの次の目的地はフェルガナ。
フェルガナ自体にはとくに見どころはないけれど、フェルガナ盆地の観光拠点となっている街だ。

フェルガナ

バスでも行けるけれど、ちょっと楽をしてタクシーをチャーターすることに。
タクシーはホテル横のカフェのオーナーが捕まえてくれた。
フェルガナまでのチャーター、およそ1時間で1台30000スム(約1110円)。
この英語が話せるオーナーがいてかなり助かった。

いざフェルガナへ向けて出発!したはいいんだけど、この何でもないはずの移動が一筋縄ではいかなかったんだなあ。
まずタクシーに乗って5分もしないうちに別の車に乗り換えるはめになる。
最初のタクシーは長距離専門タクシーへの仲介係だった。
そして、この乗り換えた車が給油ならぬガスチャージ(中央アジアは天然ガスが豊富に採れるので、ガスで走る車が多い)する間、なぜか炎天下の外で待たされることに。
なぜだかガススタンドの入口でドライバー以外は降りろと言われたんだよね。
外は暑いし面倒だからイヤだよとゴネていたら、警備員にえらい怒られてしまった。
意味が分からずブツブツ文句を言いながら外で待つ3人。

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ようやくフェルガナに向けて走りはじめた車。
だけど途中で男を1人拾ったので、ケンゾーが助手席から後部席に押しやられた。
チャーターしたはずなのに乗合いになってるよ。
しかも先にリシタンという街でこの男を降ろそうと遠回りしようとしたので猛抗議。
料金も4人で割った値段に下げてもらった。

そんなこんなで到着したフェルガナ。
フェルガナもホテル事情はきわめて悪い。
外国人が泊まれるホテルは4つ。
一番安そうなホテルで降ろしてもらう。

ところが、このホテルは改装中だった。
ロビーを覗いて見たけれどガラーンとしてて営業してなさそう。
しかたがないので別のホテルに移動。

移動したホテルは見るからに高そうだ。
しかもデラックスルームしか空いてない。
お値段165ドルなり!
はい撃沈。
ケンゾーだけ近くの別のホテルに部屋を探しに行くことに。
ホテルの前で荷物番をするおかんの姿もすっかり見慣れてしまった。

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このあと残る2軒のホテルに行くも同じような値段でバカ高い。
片方のホテルにはプールもあったけんね。
日本大使館の奥さんも泊まってるよってスタッフに言われた。
いやいやいや、住む世界が違うけん!

どうもフェルガナのホテルには外国人料金が設定されているらしい。
しかも4つのうち2つは同じオーナーなので競争原理も働かない。
この街もバックパッカーには不向きだ。

どうしたもんかなあと悩んでいたら、最初に行った改装中のホテルは営業してると言うではないか。
うそ~ん!
でも、ちゃんと電話で確認してくれたので間違いはないみたい。
ということで最初のホテルに舞い戻ることに。

ガラーンとしたロビーのドアを開け「ハロー」と声をかけると奥から返事が。
ほんとだ、営業してた。

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トリプルの部屋はないので、ツインとシングルに分かれて泊まることに。
ケンゾーとイクエのツインの部屋は無駄に広かった。
あと2つはベッドが入るよ。
嬉しいことにバスタブにお湯を溜めて久しぶりに浸かることができた。

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「ジョーラト ホテル」
1人70000スム(約2600円)
Wi-Fi、朝食なし

フェルガナにはとくに観光スポットはない。
おかんがリクエストした隣町のマルギランにあるシルク工場に行くことに。
バザールを通ってバス乗り場へ。

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マルギランのバスターミナルでマルシュルートカに乗り換える。
「シルク」って言うと工場の真ん前で降ろしてくれた。
ほかのお客さんも乗ってたのに、ルートから少し外れていたのにわざわざ寄り道してくれた。
降りたらドライバーもお客さんも笑顔で手を振ってくれた。
ありがとう。

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この工場は1971年創業で従業員数は120人。
英語で工場内を案内してくれる。

まずは蚕の繭から糸を取り出す工程。
繭をお湯に浸けてほぐれやすくする。
20~30個の繭で1本の絹糸を作るそうだ。
1つの繭の糸の長さは1km!
蚕はがんばったね。
そんな繭の中でさなぎになっている蚕は残念ながら死んでしまう。
死んだ蚕は従業員のおばちゃんたちが家にもって帰って家畜のエサにするそう。

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大きな歯車を回して、取り出したたくさんの糸を1本の糸へと撚っていく。

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ここは染色するところ。
染料として使われるのは玉ねぎの皮や葉っぱなど自然のもの。
グツグツ煮出しているので部屋の中はものすごく暑い。
おじさん、ご苦労様です!

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ここが機織りの部屋。
カタカタ、ゴットン、リズムカルな音が室内に響く。
手だけじゃなくて足も使って織っていく。
ピアノを演奏してるみたい。

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こちらはお祈りをするときに床に敷く小さな絨毯を織っているところ。
10色以上の糸を使って細かい絵柄を織っていく。
こりゃ大変だ。
1日中織って出来るのはわずか3cmだって。
気が遠くなる作業だ。

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帰りはぼちぼち歩いて街の中心へ。
パン屋さんが「見ていけ」って手招きするのでちょっとおじゃましま〜す。
かまどの内側にパンの生地をペタペタ張りつけていく。
落ちないのが不思議だね。
なんだか大仏の頭みたいだ。

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バスターミナルのすぐ近くに木造のモスクがある。
内部もふんだんに木が使われている。
アジアのモスクって感じだね!

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タイル張りのような派手さはないけれど、飴色の木材が醸し出す重厚さがある。
シャンデリアもガラス製とは違って渋い。

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さあ、今日もこのあとは移動が待っている。
そんなに長距離じゃないけれど、ローカルなバスに乗っての移動。
おかんがんばれ!
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「コカン」という街に繰り出す

2013.08.18 05:45|ウズベキスタン☞EDIT
たった今しゃべってたのにすぐに寝ているケンゾーのとなりでブログを書いているイクエです。
それを指摘したら「病気かなあ」とつぶやいたけど、病気じゃないよ。

ウズベキスタンの主要観光地を旅したイクエとケンゾーとおかあ。
タジキスタン行きを急遽取りやめて、ウズベキスタンをたっぷり観光しようと決めた。
次に行く場所は見どころはそれほど多くない北東部のフェルガナ盆地。
その国を知るには少なくとも2週間くらいいて、いろんなところに行ったほうがいいからまあこれもいいか。

まず目指すのはフェルガナ盆地のコーカンドという街。
『地球の歩き方』には「コーカンド(コカン)」と表記されていて、現地人は「コカン」と発音しているのでイクエとケンゾーとおかあは「コカン」と呼ぶことにした。
響きもおもしろいし!
日本では小さな声で言わないと恥ずかしい「コカン」だけど、ここでは堂々と「コカン!」と言える。

コカン

コカン行きの乗合いタクシーが集まるタシケント駅の近くまで行くと、タクシー(と言っても白タク)が数台集まって、客引き攻撃。
3人でチャーターするつもりだったけど、一人旅をしているフランス人女性が同乗者を探していたのでいっしょにシェアすることにした。

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帽子を被っているのが同乗者のフランス人。
このフランス人、ちょっと変わり者で現在シルクロードについての本の執筆活動中。
本を書くだけでは食べていけないから、普段は子どもたちに劇やダンス、歌を教えているんだって。
助手席に座って、ドライバーのおじさんと意気投合していたかと思ったらおじさんの話が気に入らなくてそっぽを向いたりとなかなか気性が激しい人だ。

そのフランス人が言うには今朝タクシー乗り場に着いたときにどの車に自分を乗せるかでドライバー同士がもめて流血騒ぎが起こったらしい。
熾烈な客引き合戦。
こわ~い。

このドライバーのおっちゃん、客を無視して好きなところで車を止める。
何をするかと思ったらスーパーで食材を買っている。
早く行こうよーーー!

両脇に畑が広がる幹線道路。
そこでもまた車がストップ。
今度は何?

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また買い物。
おっちゃんが品定めしているのはスイカのようだけど、実はメロン。
ウズベキスタンはスイカも豊富だけど、メロンもいろんな品種があって今が食べごろ。
おっちゃん、1軒目のメロン屋さんで価格交渉がうまくいかず、20メートル先のメロン屋にも立ち寄った。
おっちゃん、早く~。
仕事しよ~。

フェルガナ盆地に行くには、カムチック峠を越えていかないといけない。
車にはエアコンがなくて窓を開けて走ってるんだけど、峠を登るときゅうに涼しくなった。

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峠を登ったと思ったら、そのまま下っていきフェルガナ盆地を目指す。
ここはタジキスタンとキルギスに挟まれた場所で何度も軍のチェックポイントがあった。
その度にパスポートとこれまでのホテルの滞在登録書をチェックされる。

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チェックポイントをようやく抜けて、車は順調に進み始める。
と思ったら、まーたおじさん買い物してるし。

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今度はアンズですか。
このあとも、市場に寄ってまた大量のパンとスイカを買った。
そしてコカンの手前でようやく「ホテルはどこ?」と聞いてきた。

イクエたちはコカンの中心部にあるホテルにめぼしをつけていた。
車に乗ったとき、フランス人に「ホテルどこに泊まる?」って聞いたら「まだ決めてなくて現地に着いてから決める」って言ってた。

おっちゃんにイクエたちがホテル名を教えていたらいきなりフランス人が『ロンリープラネット』を広げてイクエたちの言葉を遮って「わたしはNIGINAホテルに行きたい」って言ってきた。
1対3だけど押しが弱い日本人。
とりあえず先に彼女のホテルに立ち寄ってそのあと寄ってもらおう。

NIGINAホテルは中心部から外れた場所にあって探すのに一苦労。
車を止めて現地の人に聞いてもわからなくて、優しい人がわざわざホテルに電話して場所が判明してたどり着けた。

で、着いたらそのフランス人が驚きの言葉を発した。
「早くここであなたたちも降りなさいよ。
ドライバーを長く拘束させるとかわいそうでしょ。
ほら、早く!」


「いやいや、わたしたちはほかのホテルに泊まりたいし、そこまで送ってもらうよ。」
「だったら、またタクシーつかまえればいいでしょ。
早くドライバーにお金渡しなさいよ。」

あんたのホテル探しにこっちはここまで付き合わされたのに!

おっちゃんと彼女がイクエたちの荷物をトランクからおろし始めた。

なんなんだろう、この展開は・・・。
1対3なのに完全に彼女が主導権をもって、彼女の都合のいいようになっている。
「またタクシーつかまえるの大変だし、いちから価格交渉しないといけないから嫌。」
「じゃあ、マルシュ(乗合いワゴン)にでもバスにでも乗ればいいじゃない。」
「はああ~!? わたしの母は65歳で疲れているし、こんな3人分の大荷物でマルシュに乗って、また降りてそっから歩いてホテルまで行くなんて大変でしょうが!」

おかあは「なんで!? 嫌よ降りたくない。ホテルまでなんで行けんと?」としかめっ面で言っているけど、すべて荷物はおろされてしまい、しかたなく車を降りるはめになった。

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英語の会話がわからないおかあは、なんでこんなことになったのか理解しがたく戸惑っている。
3人でホテルのフロントに座って、呆然実質。無言・・・。
その姿を見てやっと彼女が「あれ?ちょっと自分マズいことした?」って感じに。

こちらも「自分たちはこうしたかったのに、あなたにあわせないといけなくてこうなった。あなたのやったことはあなたには都合が良かったけどわたしたちにとっては悪かった」というのを冷静に説明したら、彼女は「ソーリー。だってこのホテルが一番いいんだよ。あなたたちがこのホテルに泊まらないなんて思ってもみなかった・・・」って爪をかみながら急におとなしくなった。

たぶんこれって、日本人同士なら何の問題もなくスムーズにいったんだよね。
「わたしはここに泊まりたいけど、相手にとってはどうなのかな。
 先に相手のホテル探しにつきあおうかな。」ってお互い思いあうよね。

態度でわかってくれてるだろうと思ってたけど、彼女はフランス人。
真っ先にこちらの意見を主張しておくべきだった。

まあでも、彼女はかなり変わり者でまわりが見えない人だったから、今回の展開は彼女がフランス人だからというよりも、彼女の性格がそうさせたのかもしれない。

でも、外国の人となにかをシェアするときは、流されないようにこちらの意思を最初からしっかり主張しないとなって改めて思った。

結局移動するのは面倒くさいのでこのホテルに泊まることにした。
3人部屋で10万スム(約4000円)。

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部屋にはクーラーもあるし、バスルームもある。
だけど、このバスルームがくせもの!
なぜか窓も換気扇もない。
お腹の調子が悪い3人組。
臭いがこもるんだよねえ。

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当然、トイレに入ったら「うわあ、くっさ~。誰? さっき、やったの。」となる。
「いや、あんたのほうが臭かったよ」「いやいや、まだマシでしょ。」

窓も換気扇もない限り、トイレの臭いはなくならないわけで、バスルームのドアを少しだけ開けて臭いをとるしかない。
そのかわり、部屋が臭くなるから部屋の入口のドアも開けて換気。
だからルールを決めた。

・うん◯を出したらすぐにいったん水を流す。
・うん◯をしたあとは便器の蓋を閉める。

このホテルにはトイレも問題があるけど、Wi-Fiがないことも難点。
これまで遊牧民のテントや小さな村に泊まっていたし、これからもインターネットが使えない場所をまわる予定。
ホテルの横にここでは珍しくWi-Fiの使えるカフェがあった!
(ちなみにホテルの部屋でもここのWi-Fiが入ったので、パスワードを聞いてから部屋でも使えた)
ホテルの人さえ英語が通じなかったのに(todayとかhot waterとかも伝わらない)、このカフェのオーナーは英語を話せる。
ウズベキスタンでは英語を話せる人がとても少ないので、なんとも頼もしい。
観光のアドバイスもしてくれるし、ついでに両替までしてくれた。
もちろん公式レートよりも断然いいレートで。

100ドル札1枚を渡したら、こんなになったよ。

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なんど見ても奇妙。
3人で手分けして数える。面倒な作業。
いったい、ウズベキスタン全国民が一日にお札を数える時間を累計したら何百時間、何千時間になるんだろう。
無駄な時間と労力だ。
これをほかの生産的なことにまわせばいいのに・・・。
国家の損失だと思う。

両替もしたことだし、コカンの街に繰り出そう。
コカンは1700年代にコカンド・ハーンの首都になった街。
コカンド・ハーン国は領土をどんどん拡大させていったものの、1850年代からロシアから領土を侵されていき、滅んでしまった。
そんなロシアの脅威にさらされていたなか1863年から10年の歳月をかけて造られたのがコカンド・ハーン国最後の王様フダヤル・ハーンの宮殿。

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40人以上の女性が暮らしたハーレムもあったんだって。
男性にとってはうらやましい?
でも、40人の女性の相手をするって大変よね。

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この宮殿もモスクと同じように壁や天井に細やかな装飾がほどこされている。
隙間なく鮮やかに飾られているけど、けっしてけばけばしいという感じがしないのは規則性と統一感のある模様だから。

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この時期のウズベキスタンはとにかく暑くてちょっと外にいるだけでとても疲れる。
宮殿のまわりは公園になっていたので、そこの喫茶店で一休み。

中央アジアはお茶の文化。
地元の人は毎日のように緑茶を飲んでいる。
もちろん、砂糖なんて入れないよ。
暑いときにはキンキンに冷えた飲み物がほしいけど、やっぱり熱いお茶を飲むとふっと心がなごんで疲れが和らぐ。
おかあがもってきた酢昆布と梅干しがあればなおさらね。

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お茶もいいけど、さらに癒やされスポットを開拓!
公園には溝があってきれいな水が流れている。
子どもたちが気持ち良さそうにパシャパシャ遊んでいる。

いや~、これ、いいよ。
体が冷えるし。

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「足湯」ならぬ「足水」を3人でやってたら、地元のおじさんに真似された。
コカンで流行るといいね!

ここから歩いていける次の観光ポイントへ。
王様たちのお墓のモダリ・ハーン廟とダフマイ・シャーハン廟。

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すぐ近くと思ってたのに、これがなかなか着かない。
イクエとケンゾーはいつもこうやってさまよってるから何てことはないけど、おかあにとっては酷だよね。
これまで経験してきたパックツアーだと、エアコンの効いたバスで観光地の目の前まで連れて行ってくれる。
そしてたいていその観光地は間違いない。
見応えがある、ツアー会社お墨付きの観光地。
だけど、イクエたちの場合は苦労してその場所に行ってみたのはいいけど、たいした見どころがなかったってこともよくある。
今回も「な~んだ。こんなもんか。がっかり。」ってことになりそうな気が・・・。

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うん、やっぱり。
今まで見てきたブハラやサマルカンドのものと比較できないほどの規模の小ささ。
そうだよね。
「うわあ、すごい!」っていう観光地だったら、もっと日本人旅行者が訪れるはずだもんね。

ごめんね、おかあ。

でも、これがイクエたちの旅のスタイル。
効率よく、いいとこばかり、ってなかなかいかない。

さまよったり、無駄に時間をかけてしまったり、予想外の展開になったり。

でも、きっと、それでいいんだ。
そして、きっと、それがいいんだ。


【旅 info.】
  コカンa_DSC_0443_201308121040452b6.jpg
タシケント駅近くの白タク乗り場から車で4時間半ほど。
車1台10万スム。(4人で乗ったら1人2万5,000スム)
途中、パスポートや滞在登録書のチェックポイントあり。
これまでのすべての日程の滞在登録書をチェックされる場合もあるので注意。
冬は雪で道路が閉鎖されることもあるらしい。
フダヤル・ハーン宮殿は内部が博物館になっていて入場料3,000スム。
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ウズベキスタンでバリうま韓国料理!

2013.08.17 06:05|ウズベキスタン☞EDIT
緑に覆われたガーデンにたっぷりと太陽が降り注ぐ。
小鳥のさえずりをBGMにフルーツを食べる。
最高の朝だ。

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きょうはツアー最終日。
なんでも、この集落の近くに大昔の壁画があるそうだ。
宿泊客のオーストラリアのおじさん3人といっしょに壁画ポイントまでトレッキングをすることに。

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ヤギの集団に遭遇。
一目散に逃げるヤギもいれば、「お前なんだ?」とでも言いたげにじっとこちらを凝視するヤギもいる。
ふと、「もし自分がヤギだったらどっちのタイプになってただろう?人間に興味津々で凝視タイプかな?」なんてしょうもないことを考えながら歩いていく。

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そんなほのぼのムードは30分もしないうちに吹き飛んでしまった。
とにかく暑い!
影になるものがまったくなく、焦げ尽くすような太陽が容赦なく照りつける。

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歩きはじめて1時間半、壁画ポイントに到着。
壁画と聞いて洞窟のようなものを思い描いていたけど、どこにでもありそうな剥き出しの岩なんだね。

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大昔の壁画がこちら。
(案内してくれた宿のお兄ちゃんに年代を聞いたけれどよく分からなかった)

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何が描かれているか分かるかな?
上がラクダで下が人間。
大昔の落書きのようなものなのかな。
ほかにもいくつか動物が描かれている。

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しばらくはるかな太古へ思いを馳せたあと、違うルートで集落へ戻る。
水もほぼ尽きてしまって暑さと喉の渇きでヘトヘトだ。
おかんは山登りのベテランだけど、こんな猛暑で日陰がないなか3時間ぶっとうしで歩くのはさすがにキツいって言ってた。

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ヘトヘトのトレッキング。
でもおかんは「中央アジアらしい山登りだった。木もなにもない厳しい山。」って言ってたな。

ウズベキスタンの違った一面を見ることができた2泊3日のツアーも終わりだ。

「みんなありがとう!
 おじゃましました〜。」

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そのまま首都タシケントへ車で送ってもらう。

タシケント

車で5時間。
でもエアコンの効いてる車で快適。
イクエとおかあはずーっと話していた。
最近の身内の様子、知り合いが結婚したという話、地元にいるイクエの同級生たちは今どうしているのか、などなど。

車に乗るとすぐに眠くなるケンゾーが目を覚ますと砂漠とは一変、中央アジア一の都市タシケントに着いていた。

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タシケントの宿事情はとても悪い。
ホテルの数が少なく、しかも安宿なんてものはなくどこも高いのだ。
ケンゾーたちが泊まれるレベルの部屋はどこも満室。
完全に需要と供給のバランスが崩れている。
1時間以上探しまわってなんとか良さげな部屋を見つけることができた。
宿を探すプロセスもおかんはだいぶ慣れたみたい。

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部屋は2つもあるんだけどベッドは2つだけ。
ケンゾーはソファーに布団を敷いてもらって寝た。
これで77ドルは激高だけどほかに無いからしょうがない。
タシケントはバックパッカーには不向きの都市だ。

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「SAM BUH ELITE HOTEL」
トリプル77ドル Wi-Fiあり
エアコン、冷蔵庫、朝食付き

ホテルの近くに韓国料理屋があったので夕食はコリアンディッシュ!
店は駐車場の奥にあって分かりにくいし、閉店間際なのか店内はがらーんとしている。
うわー、大丈夫かなあ?なんちゃって韓国料理かなあ?ってかなり不安だったんだけど、これが大正解!!

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超本格的な韓国料理屋で、ちゃんとキムチなんかの前菜も出てくる。
しかも本場といっしょでおかわりし放題。
というか言わなくてもどんどん追加してくれる。
味も文句なし!!

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おかんは石焼ビビンバをチョイス。
見た目も味も間違いなし!
25000スム(約930円)。

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ケンゾーは汗でダラダラになることを覚悟のうえでキムチチゲ。
白ご飯を入れて雑炊に!
25000スム(約930円)。

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そしてイクエはビビン麺。
焼き肉もついてしかもこのボリューム!
35000スム(約1300円)。

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これでマッコリがあったら最高だったのに。
それでもお腹がはち切れるほど食べて大満足。
大奮発してかなり豪華な夕食になった。
お会計は全部で94000スム(約3500円)、こんな札束になっちゃいま~す。

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あしたはイクエが名前を気に入ったコカンの街に移動します!
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3人で村生活 ロバに乗って散策

2013.08.16 06:25|ウズベキスタン☞EDIT
まぶしい時、本を読む時、眉間にシワを寄せるのが小さいころからのクセですが、このシワが深くなってきて不安になっているイクエです。

イクエとケンゾー、そしておかあ。
3人でユルタ(遊牧民のテント)に泊まり、朝がやってきた。

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イクエとおかあは開放感あふれる洗面台で顔を洗う。

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ケンゾーはというと・・・。
まるでミイラのようになって二度寝している。

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まぶしいからシーツで顔を覆ってるのかと思ったら、飛び交うハエが煩わしいからなんだって。
ラクダがいるし、あちこちに糞が落ちてるからハエたちがたくさん住んでいる。
でも、そこまでして二度寝したい?

「寝きらん。」「全然寝られんかった。夢ばっかり見よった。」(夢見てたってことは寝とるやん!)なんていつも言いながらどこででも寝られるケンゾーを起こして、みんなで朝ごはん。

きのうの芋焼酎に引き続き、おかあが梅干しをおじさんに見せた。
きのうの芋焼酎で日本の味にこりごりだったはずなのに、果敢にもトライ。
さて、そのお味は?

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想像と違った味だったようで、いっきに表情が変わる。
吐き出したそうにしてるけど、優しいおじさんは1本しかない前歯で最後までがんばって口に入れた梅干しをゆっくりかみつぶしていく。

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そして頭を抱え込んでしまった。

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「ウズベキでは、これは砂糖で漬けるのになんで塩でつけてるの!?」

たしかに、スモモとかアンズを砂糖で漬けたりジャムにしたり。
なんでフルーツにたっぷりの塩を入れてわざわざ酸っぱくするのか理解できないよね。
ごめんね、おじさん。
でも種は気に入ったようで、1時間くらい舐めていた。

きょう目指すのはアスラフという村。
広大な草原のなかにそびえる山の谷間に、ひっそりとその小さな村は存在している。

何もない場所をひたすら走る。

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地平線の向こうに、小さな街のようなものが見える。
車が進むたびにその形はゆっくりと変わっていく。
ゆらめている。
あれは街でも建物でもない。
蜃気楼だ!

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茶色だった大地にこんもりとした緑が見えてきた。
どうやらあそこがアスラフ村。
隠れたオアシスみたい。

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ロバに乗った少年がお出迎え。
今晩の宿泊先の男の子。

「お世話になりま~す。
 よろしくね。」

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きょうの宿泊先は、もともとここで暮らしている家族が旅行者を泊められるように家を改築したもの。
宿泊者用の簡素な平屋建てが2棟ほどあって、床にマットが敷かれそこで寝るようになっている。
ドイツのNGOと協力して行っているプロジェクトで、外から来た人たちがウズベキスタンの田舎を体験できるという「エコツーリズム」のような感じだ。

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敷地には色とりどりの花が咲き誇る。
きのうは乾いた大地に泊まって、色のない世界に包まれていた。
車窓から見えたのは地平線まで続く砂地や茶色い草原。
だから、緑や花がよりいっそう鮮やかに映る。

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敷地の中央には、飲めるほどきれいな小川が流れていて、脇には大きな木。
その下にはテーブルや椅子、大人5人が横になれるほどの大きなベンチ。
木陰で食事をしたり、昼間からビールを飲んだり、3人で横になって昼寝したり。
昼間っから最高だね♡

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この大きな木、さて何の木でしょう。
リンゴよりもちょっと小ぶりの実をつける。

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正解はクルミ。
実をはがすと、中から種が。
この種がわたしたちが知っている「クルミ」。

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だから、この種のさらに中身を食べることになる。
収穫したクルミは市場で高値で取り引きされるんだって。
広がりのある枝は木陰を作ってくれて家族に憩いの場を提供してくれるし、実は収入源にもなるから、この木はここになくてはならない存在なんだね。

この家庭には子どもたちがたくさんいる。
控えめだけど人と触れ合うのが好きで、そしてよく家の手伝いをしている。
手伝いをすることに不満をもってはいない様子。
水を汲んだり掃き掃除をしたり落ち葉を拾ったり。
次から次に仕事を見つけてやっている。
手伝うことがあたりまえ、むしろそうやって体を動かすほうが楽しいかのように。
日本の子どもみたいにたくさんのオモチャやゲームなんてないからね。

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でもね、一台だけ外にテレビがあるの。
チャンネルを決めるのは年長者なのかな。
テレビはおじいちゃんが独占。
昔の映画を見てる訳じゃないよ、単にモノクロでしか映らないだけ。

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この家ではロバやニワトリのほかに牛も飼っている。
日課の乳搾り。

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人間だけがミルクをもらうわけにはいかないよね。
子牛もたっぷり召し上がれ。

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さて、この家のお兄ちゃんの案内で村の散策に行ってみましょう。

でも実はおかあはあんまり体調が良くない。
サマルカンドでケンゾーが高熱と下痢に襲われて回復したと思ったら今度はおかあが同じ症状に。
熱も39℃まであってようやくきょう平熱に戻ったばっかり。
そんなおかあに心強い(?)助っ人が待ち構えていた。

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ロバくんです!
小さな体なのに力持ち。
これならおかあも長い距離を歩かなくても村を散策できるね。

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山の向こうにはきのう行ったアイダルクル湖が見える。

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この村には20世帯くらいが住んでいるらしい。
そしてみんなロバに乗って移動する。
ロバ同士がすれ違う。
「やあ! こんにちは~」

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おかあからイクエに交代。
ロバの乗り心地は思っていた以上にいい♡
ラクダや馬よりも体が小さいから、座った感じがしっくりきてちょうどいい。
しかもすごくかわいいし!
ロバが大好きになってしまった。

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大草原の窪みにあるような集落だけど、一応電気が通っている。
それぞれの電柱が素朴というか、自然というか、いびつというか・・・。
味がある。

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村を散策すると、そこに住む人たちの生活が見える。
村には小屋のようなこじんまりした小学校があって、イクエたちの宿泊先のお母さんがそこの先生をやっている。
小さな村だけど、子どもも多い。
みんな手を振ってくれる。

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ほんとうにロバはかわいくて、すっかりロバの虜になってしまった。

従順で働き者、だけど決して主役にはならないロバ。

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白く縁取りされた目元もどこかまぬけで愛らしいけど、このピンと長く立った耳がこんなにも愛嬌のある姿にしているのかも。

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そんなかわいいロバだけど、全然かわいくないのがその鳴き声。
ケンゾーはテレビで見たことあるから知ってたらしいけど、イクエとおかあはおったまげたよ!

はあふううん、はあふうん、はあふ〜、んんんががががが、ぐがぐがぐがあああああ〜。
(文字にしにくいけど、ケンゾーいわく「瀬川瑛子の笑い声」)

「え!! なに! なにこの鳴き声!!」

哀愁漂う、なんてものじゃない。
「どうしちゃったの? ストレスたまってるの? 何がそうさせてるの?」って思うくらい、奇妙で、長くて、大きくて、みんなの会話や動きを止めるくらいの鳴き声。
そしてものすごく反響する。
どこにいても聞こえるんだけど、周りの山に反響して鳴き声のあるじがどこにいるのかわからない。
10メートル先にいるのか、50メートル先にいるのか、西のほうにいるのか、東にいるのか。

その場所一帯の空気を揺らす感じ。
小さい体なのにどっからそんな声を出してるの?

この鳴き声を録音したかったんだけど、一日に5回くらいしか鳴かないからそのチャンスをつかむのが難しいのであっさりあきらめた。

ロバがこんなびっくりする声を出すなんて、大発見。
この大発見は人生においてなんの特にもならないし、別に知らなくてもいい。

現に65歳のおかあはロバの鳴き声を知らずになんの不便もなくここまで生きてきた。

だけどね、どうせ死ぬならロバの鳴き声を知って死にたいなって思った。
知ったところでなんにもならないし、どうでもいいことなんだけどね。

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「何のために旅をするの?」って聞かれても明確な答えはない。
でも、ふと、そんなことなのかもなって思った。

おなじ生きるなら、ひとつでも多くの景色を見て、食べたことなかった物を食べて、ひとりでも多くの国の人と知り合いたい。
たとえそれが人生に何の利益をもたらさないとしてもね。
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遊牧民の伝統住居にお泊まり ♪

2013.08.15 05:55|ウズベキスタン☞EDIT
きのう河原の岩場でこけて膝とすねを擦りむいたケンゾーです。
持っていた一眼レフも岩で強打。
液晶がガリッと傷ついた程度で済んで、ショックだけどホッと胸をなでおろしてます。

ケンゾーに始まりけっきょく全員体調を崩してしまった3人旅。
ほんとはサマルカンドのあと陸路でタジキスタンにも行く予定にしていて、おかんにはタジクビザも取ってもらっていた。
だけど、サマルカンドから一番近い国境が現在閉鎖中であることが判明。
かなり移動して別の国境から入らないといけない。
しかもタジクは間違いなくウズベクよりも過酷な旅になることが予想される。
衛生状態も悪くなるだろうし、悪路での長時間の移動に耐えないといけない。

はたしておかんはそんな旅を楽しむことができるかな?
というより耐えられるかな?
それにケンゾーとイクエにとってもタジクは未知の国。
中央アジアでもタジクはマイナーな国で『地球の歩き方』もたったの4ページだけ。
情報もないし、果たしていってみて楽しめるかもわからない。
不確定要素が多すぎる。

おかんに残されている日数も考慮に入れて今後の3人旅のルートを考え直すことに。
3人で話し合う。
それでもタジクに行くか、行くとしたら飛行機を使って移動を楽にするか、はたまたビザのいらないお隣の国キルギスに行くか、もしくはウズベキスタンだけに絞るか。
こうやって直前に行き先を変えたりプランを変えたりするのもバックパッカーの旅ならでは。
おかんにも「ふらり旅」を味わってもらうことになった。

情報がなさ過ぎるので近くの「SILK TOUR」という旅行会社に飛行機の値段やウズベキスタンでほかにどんな見所があるのかなど聞きに行ってみた。
すると、ガイドブックにも載っていないウズベキスタンの見どころがあるという情報を入手。

うん、これはいいかもしれない。
ウズベキスタンだけに絞って旅することに変更。
おかんのタジクビザは無駄になってしまうけど、
気分も新たにウズベキスタンを楽しみ尽くすぞ!

ウズベキスタンのローカルエリアを周る2泊3日のツアーを組んでもらった。
3人で465ドル+最終日のタシケントまでの移動50ドル。

1日目 ヌラタへ 遊牧民の伝統住居ユルタ泊
2日目 アスラフへ 小さな集落泊
3日目 トレッキングのあとタシケントへ


ということでエアコンばっちりの車でまずはヌラタへGO!

ヌラタ

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雲ひとつない快晴のもと、滑るように走る車。
ごく普通のセダンなんだけど、普通の車に乗るのなんていつ振りかな?
ときどきこんなかわいい集団が道を渡ってたりする。

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およそ3時間でヌルタに到着。
大きくはないけれど美しいモスクと、そばにはきれいな水が湧き出ている池がある。
この水は聖水なんだそうだ。
たくさん魚も泳いでいるけれど、聖水で育ったから取って食べることはしないそうだ。

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モスクの裏手には小高い丘がある。
じつはこれ、紀元前4世紀にアレクサンダー大王が築いた城壁の跡なんだそう。
ところどころレンガが積み上げられていて、かろうじてそれが人工物であることを窺い知れる。
まあ2300年前のものやからねえ。

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ランチはチャイハナで。
中庭には立派なブドウ棚。
ほんのり色づいたリンゴもたわわに実ってる。
季節ごとに実る果物に囲まれて暮らすっていいよね。

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客はほかにおらず、3人のためにすでに料理が用意されていた。
ランチで食べたピーマンの詰め物がおいしかった!
ご飯や野菜が入ってるんだけど味がやさしい。
トルコでも同じような詰め物をよく食べたんだけど、トマトベースだったトルコのものよりおいしい。
ビールがすすむ!
そうです、おかんが加わって毎日飲んでま〜す!
昼に飲むビール最高!

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お腹いっぱいになったところでドライブ再開。
しばらく走ると川のようなものが見えてきた。
じつはこれアイダルクル湖という湖。
塩湖とまでは言わないけれど、ちょっとしょっぱい湖だそうだ。

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丘の上から眺めるとずーっと先までつづいてるのが分かる。
この湖はかなり大きく琵琶湖の5倍近くある。
海の無いウズベキスタンにとって貴重な水源なのかな。

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うだるような暑さ、涼しそうな湖、ときたら入るしかないっしょ!
ということでイクエは上はキャミソール、下はパンツ姿でザブン。
負けずにケンゾーはスッポンポンでザブン!
周りはだ〜れもおらんけんね ♪
あ、奥に見える赤い人影はおかんです。

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湖浴で火照った体を冷やしたあとは今日のお宿へ。
キジルクム砂漠をただのセダンで分け入っていく。
車の床下から何度もゴトゴト、ガツガツ音がする。
大丈夫か?

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おっ、モンゴルのゲルのようなものが見えてきた。
これはユルタ。
ゲルと同じく遊牧民の移動式の住居だ。
モンゴルのウルギーで見たカザフ族のゲルとほぼいっしょだ。

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ユルタの中にはベッドじゃなくて布団が敷いてあった。
しかも5枚も!
おかんが一言「はー、笑点でも5枚座布団もらうっちゃ立派なもんたい」だって。

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ちゃんとシャワーも浴びられるし、開放感たっぷりの洗面台もある。
コングラードで泊まったチャイハナと違って、でっかいタンクから水をひいてるので水はちゃんと出る。
トイレは洋式のボットン便所。
穴はかなり深いので臭いは気にならない。
ロケーションは抜群で設備は適度に快適。
とってもいいバランスの宿泊施設だ。

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30分間のキャメルサファリが組み込まれているので、ラクダに揺られながら夕陽を眺めることに。
ラクダに乗るといつも『月の沙漠』のちょっと物悲しいメロディが頭の中で流れる。
♫月の〜砂漠を〜は〜る〜ば〜ると〜

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夕陽は空を真っ赤に燃やしながら砂丘の先へと沈んでいった。

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夕食はクマみたいな風貌のこのオーナーの奥さまの手料理。
野菜をたっぷり使った料理はどれも抜群においしい。
とくにマッシュポテトを生地にしたピザが斬新でやみつきに。
ウズベキスタン料理は侮れないな。

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楽しくワイワイ盛り上がっていると何やら足元をうろちょろする物体がいる。
なんだろうと思って追いかけてみるとキッチンで・・・

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ハリネズミだ!
いっぱいいる!
餌付けされてる!

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う〜ん、至近距離でよく見るとビミョーだな。
ちょっと気持ち悪い。
やっぱりここのオーナー夫妻はちょっと変わり者だ。

陽気なオーナーにウォッカとワインをたっぷりご馳走してもらったので、お返しにおかんが持ってきてくれた芋焼酎(黒霧島)をあげてみた。
一口飲んだ感想は?

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・・・。
ついさっきまでずっとしゃべりっぱなしだったのに、一瞬固まって手を振ってダメダメだって!
やっぱり相当匂いがきついみたいだ。
でも優しい人だから全部飲み干してくれた。

たらふく食べて飲んで。
積み上げられた敷き布団からずり落ちながら爆睡したのでした。
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ウズベキスタン「サマルカンド」☆☆☆ 緻密は美しい

2013.08.14 06:22|ウズベキスタン☞EDIT
旅をしてまもなく1年が経つけれど英語のレベルはまったく向上してないイクエです。
英語がネイティブじゃない人たちとはレベルはあまりかわらないのでなんとか会話が成立。持ってきている単語帳を開こうとも思いません。アメリカに行けば必要に迫られて、少しは勉強したり新しい単語を覚えたりするのかなあ。

ウズベキスタンの観光地と言えばサマルカンド!
ウズベキスタンってどこだっけ?って思っても案外サマルカンドは知ってるって人、多いんじゃないかな。
シルクロードの中心地だったところでいろんな異名をもっている。

「青の都」
「イスラム世界の宝石」
「東方の真珠」

そんなサマルカンドを象徴する場所がここ。

レギスタン広場から見る、3つのメドレセ(神学校)。
街のなかにあって、大きな存在感を放っている。
のだけど・・・。

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一番いい場所に変なものが建てられていてじゃまをしている
毎年8月に開かれる音楽祭のために、客席が作られていた。
しかも、警備上の理由からか客席の前に出て写真を撮っちゃだめって係の人に怒られたケンゾーは、かなり機嫌が悪くなってしまった。
そりゃそうよね、ウズベキスタンといえばこの写真!っていうのが撮れないんだから。
まあ、機嫌直して、観光しましょう。

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正面に見えるのがティラカリ・メドレセで1660年に建てられたもの。
ティラカリっていうのは「金ぱくされた」って意味。
その名の通り、ここを修復したとき金が3キロも使われたんだって!

中に入るとキンキラキンの礼拝所。
ドームの内側には星や植物をあしらった細やかな模様。
首が痛くなるほど見入ってしまう。
金ピカに吸い込まれそう~。

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信者はこちらを向いてお祈りする。
キラキラすぎて、集中できないんじゃない?

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さて、向かって左側のウルグベグ・メドレセは1420年に建てられた神学校。
当時は100人以上の学生がここに寝泊まりしながらイスラム教や数学、哲学まで勉強していたんだって。

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サマルカンドのメドレセの何がすごいかって、タイルのモザイク画が緻密すぎること!
無地の場所がないくらいゴチャゴチャに模様が描かれてるんだけど、それでいて規則正しくて統一感があって絶妙なバランスがとれているんだよね。

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でも、ちょっとコミカルなデザインもあるよ。
向かって右側のシェルドル・メドレセ。
シェルドルっていうのは「ライオンが描かれた」っていう意味でライオンがお日様を背負っている絵がある。
ライオンって言ってもトラに見えるし、お日様って言っても変なおじさん。

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偶像崇拝が禁じられているイスラム教で、あえてタブーを侵して人や動物の絵が描かれたのは、これを造らせた支配者が自分の権力を誇示しようとしたためらしい。
だけど、その代わりに建築家が自殺したっていう伝説があるみたい。

夜になると、月の光に照らされたドームはまた違った姿を見せてくれる。
あやしく、そしてつややかに浮かび上がるドームの青さ。

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レギスタン広場のこの3つのメドレセがウズベキスタンではもっとも有名。
だけど、意外にここよりもいいかも!って思った場所がシャーヒズィンダ廟。
王の一族の霊廟が並んでいて「死者の通り」とも呼ばれているところ。

玉ねぎ型のアーチの向こうに見え隠れする様々な青にハッとする。
青いカーテンのような、巻いた絨毯をいくつも立てかけているような。

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コバルトブルーやマリンブルー、エメラルドグリーン・・・。
さまざまな青や緑で装飾した廟が一直線に建ち並んでいる。

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イクエのおかあが言う。
「ほかの地域では立派な建物に大理石が使われている。
 大理石は磨けばそれだけできれい。
 だけど砂漠地帯の中央アジアでは大きくてきれいな石をほとんど見ない。
 建材は素焼きレンガばっかり。
 素焼きレンガは色も味気ない。
 だからこうやってタイルのモザイクで表面を覆って美しくしたんだろうね。」

たしかにそうかもしれない。
息をのむほど美しいこの技法は、資源が少ないからこそ発達したのかもしれない。

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タイルは太陽の位置や光の度合いによって色や輝きがかわっていくからおもしろい。
太陽をまともにうけ、まばゆい光を反射させているタイルは、ときおりガラスのようにも見える。

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それぞれの廟のなかにはお墓がある。
現地の人たちが祈りを捧げている。

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模様がとても優雅で美しい。
華やかだけれど、上下左右対称で安定しているし、色もそれぞれのデザインも調和している。

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コーランの一節などが書かれているアラビア文字のカリグラフィー。
この白い文字も装飾の一部となっている。

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幾何学模様ばかりではない。
壁に描かれた山や川の絵。
曲線や色遣いが柔らかくて品がある。

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それぞれの廟はドーム型になっている。
その天井に施されている装飾がそれぞれ違う。
どれも甲乙つけがたい!
建築家がそれぞれの自信作を競っているかのよう。

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こちらは中央アジア最大級のモスク、ビビハニム・モスク。

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大きいのはモスクだけじゃない。
これ、なんだと思う?

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正解は書見台。
大きなコーランをこの大理石の台に置いて読んでたんだって。

このまわりを願い事を唱えながら三周すると叶うと言われていて、イクエもおかあも3回まわる。
おかあはどんな願い事をしたのかなあ。

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このモスクにはいろんな伝説が残っている。
その伝説のひとつはこんなおはなし。

当時の王様ティムールがインド遠征に行っている間に、お妃さまのビビハニムがその功績をたたえて巨大なモスクを贈ることにした。
有名な建築家たちを集めて建設が進められたけれど、王様が帰る前に完成させることが難しくなった。
そんなとき、お妃さまに恋心を抱いていたひとりの建築家がお妃さまにお願いした。
「もう働けません。あなたがほしい。わたしの望みを叶えてください。」

お妃さまは、いくつかの卵に色をつけてこう諭した。
「見かけは違うけど、味は同じ。後宮にいるどの女性でも捧げるからわたしのことはあきらめて。」
すると建築家はふたつのグラスを持ってきて言った。
「どちらも同じ色だけど、ひとつには水。片方には心を惑わす美酒が入っている。」

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そう言われたお妃さま。
とうとう建築家にキスを許してしまったけれど、そのキスの痕が残り、凱旋した王様にばれてしまう。
怒った王様は建築家を死刑、お妃さまをミナレット(モスクの塔)から投げ捨てたのだそう。

美しいものには、なぜか恐ろしい言い伝えがつきもの。

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さて、「サマルカンドブルー」と呼ばれる美しい青が競演する世界遺産の「サマルカンドの建築群」。
「星いくつ?」

「星、3つ!

さすが世界的に有名なサマルカンド。
ひとつひとつの建物が壮大で存在感があって迫力満点。
「青」ってこんなにたくさんの色があるんだな、「青」ってやっぱりかっこいい色だな、品がある色だなって思う。

そしてサマルカンドの建築物を美しくしているもうひとつのものは、その緻密さ。
大きくて堂々とした建物。けれど、それを飾るのは細かすぎるモザイク画。
それが絶妙なバランスを保っている。

「うわあ、美しいなあ」と驚嘆して、視線を外す。
そしてその1分後にまた同じものを見て「うわあ、美しいなあ」と同じ感動ができる。
本当の美は、何度見ても感動するんだね!

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下痢と発熱 中央アジアの洗礼に撃沈

2013.08.13 06:24|ウズベキスタン☞EDIT
足の人差し指が親指よりも長いことを、イクエから事あるごとに変だと言われているケンゾーです。
いやいやいや、そんなんおかしくも何ともないけん!
これ別におかしくないやろ?

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きょうは中央アジアのハイライトであるサマルカンドへの移動日だ。
おかんは大の旅行好き。
海外にもしょっちゅう行っている。
もちろん旅先ではエアコンの効いた快適なツアーバスなどで移動している。
そんなごくごく普通の65歳のおかんが貧乏バックパッカーの移動を初体験だ。

サマルカンド

といっても今日は肩ならし。
ブハラからサマルカンドまで列車、駅からホテル近くまで路線バス、以上。
列車もケンゾーとイクエだけだったら間違いなくエアコンのない一番安い席にすると思うけど、さすがに気温が50℃近くまであるなかそんな罰ゲームのようなことはさせられないので、1ランク上の冷房付きの車両にする。

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客室は6人がけのコンパートメント。
座席はベンチシートじゃなくてけっこうしっかりした作りだ。
ティッシュと新聞も用意されている。

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エアコンもちゃんと効いてるし、かわいいお隣さんもいて快適な列車の旅。
約3時間でサマルカンドに到着。
出口で待ち構えていたタクシーの客引きを「ニエット!ニエット!」と言いながらかき分けて駅前のバスターミナルへ。
おかんもちゃんと「ノー!ノー!」って言ってた。

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旧市街の中心地、レギスタン広場へ行くバスに乗り込む。
車内はけっこう混み合っている。
でもだいじょうぶ、おかんはきっと座れるよ。
ほらね。

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ウズベキスタンでは女性や年配者が乗り込んでくると席に座っていた若者はサッと立ち上がって席をゆずるんだよね。
小学生くらいの子どもも当然のことのようにそうする。
でもこの席をゆずることはウズベキスタンだけじゃなくて、じつは日本以外の外国では日常的に目にする光景だ。
中国だってインドだってそう。
目上の人を敬って席をゆずったり、荷物を持ったり、手を貸したり・・・。
なんで日本人は世界中から礼儀正しくて誠実な人たちだと褒められてるのに、知らない人に優しくすることが苦手なんだろう?

あと外国では小さな子どもからおじいちゃんおばあちゃんまでいろんな年代の人たちがいっしょになって会話している光景をよく目にする。
それもたった今居合わせた赤の他人同士、さも知り合いかのように打ち解けている。

そんなの日本で見たことないよ。
子どもは子ども、大人は大人。
男性は男性、女性は女性。
なんだか妙な壁がある。
知らない人に話しかけると変な顔で見られたり避けられたり。
なんか窮屈だ。

話がおもいっきり逸れてしまった。
まあ日本人はシャイってことやね。
超がつくほどの。

混み合ったバスに揺られること20分、レギスタン広場に到着。
ここからゲストハウスが集まっているエリアまでは歩き。
しかもケンゾーのミスでひとつ手前でバスを降りてしまったので余計に歩かないといけなくなった。
ごめんね、おかん。

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ホテルはいつものように予約なんかはしていない。
いちおうアテはあるけど条件がいい部屋を探して周らないといけない。
おかんにとって、今日泊まるホテルが決まってないなんてはじめてのことだろうなあ。

さいしょにブハラで泊まったホテルで紹介されたホテルに行ってみることに。
うん、典型的なゲストハウスだ。
欧米人のチャリダーがたくさんいる。
ケンゾーとイクエだけだったらぜんぜんOKだけど、おかんはちょっと厳しいかな。
べつのとこを探そう。

暑いなか重い荷物を持って探すのはきついので、おかんに荷物番をしてもらってケンゾーとイクエだけで探すことに。
おかんを放置すること30分、まあまあの部屋が見つかった。

老舗のゲストハウスで雰囲気は悪くない。
中庭には木陰がたくさんあって涼しげだ。
でも軒先にぶら下げられてる鍋や水差しはよく意味がわからんけど。
おしゃれ?

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この中庭をうろちょろしている変なやつがいる。
え!?クジャク?
ペットとして飼ってるんだって。

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部屋はドミトリーやバス・トイレ共同などいろんなタイプがあるみたい。
ケンゾーたちの部屋は4ベッドでこんな感じ。
まあ内装やエアコンは古くさいけどしょうがないね。
冷蔵庫付いてるし。

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この部屋の一番の問題点は、バスルームが透っけ透けなこと。
まあ家族なんだけど、そこは義理の息子と義理の母。
シャワーくらい落ち着いて浴びたいということで、洗濯紐とイクエのショールで即席のカーテンを付けた。

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FURKAT
朝食付き1人10ドル Wi-Fiあり
バス・トイレ エアコン 冷蔵庫付き

朝食はなぜか宿泊客みんなでひとつのテーブルで食べる。
ひとりで旅行中のアメリカ人の70歳のおじいちゃんや、ドイツ人のおばあちゃんといっしょにおかんも朝ごはんを食べる。
欧米人はおじいちゃんおばあちゃんが一人旅をするからすごいよね。
アメリカ人のこのおじいちゃんは日本を5週間ひとりで旅して、佐渡や広島に行ったり富士登山までやってる。
おかあもびっくり。

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宿もゲットしたことだし、サマルカンド観光に繰り出そう!
が、ここでケンゾーに異変が。
じつはこの日は朝から体調があまり良くなかったんだけど、ここにきて頭と体の節々が痛くなってきたのだ。
熱を測ると39℃ちかくある。
ケンゾー、まさかのノックダウン!!

そして発熱よりも厄介だったのが下痢。
完全にお腹がやられてしまった。
何回ベッドとトイレを往復したかな。
体はふらふらだし、イクエからはトイレが臭いって非難されるし散々だ。
中央アジアのハイライトを目前にしておあずけ状態になったのだった。

ケンゾーを置いてイクエとおかんはふたりで観光。
行きつけのアイスクリーム屋さんまでできた。
現地人に大人気の店。
大きいアイスひとつ1000スム(約40円)。

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夜になっても下痢は一向に治らない。
幸いにも食欲はそこそこあるのでよかった。
夕食はおかんが日本から持ってきてくれたサトウのご飯!!
これに梅干しに海苔にサバの缶詰にみそ汁!!
完璧。
日本米パワーで2日後には復活したケンゾー。

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でもこの後おかんとイクエも下痢と発熱に襲われたのだ。
けっきょく3人そろって中央アジアの洗礼を浴びることに。
手強いぞ、中央アジア!


【旅 info.】
  ブハラ ー サマルカンド列車a_DSC_0040_20130806212356df9.jpg
1stクラス 1人38,300スム。
所要時間約3時間。毎日頻発。
クリティ・バザール前のムスタキリク通り沿いに
公的なチケットオフィスが2か所ある。

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ウズベキスタン「ブハラ」☆☆ 見事に復活した街

2013.08.12 05:53|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
トイレの中に入ろうとしたら突然ドアの幅がギュン!って狭くなって体が挟まれた夢を見て、夜中に「イテー!!」と大声を上げて飛び起きたケンゾーです。
イクエに「どうしたと!?」とほっぺたをたたかれました。

古代より中央アジアの文化的中心地として、さらにシルクロードにおける重要なオアシス都市として栄えてきたブハラ。
しかし1220年、繁栄は突然終わりを迎える。
モンゴル帝国のチンギス・ハーンによって中央アジア、とくにサマルカンドとブハラは徹底的に破壊しつくされたのだ。

今見ることができるブハラの街並みは、再び活気を取り戻した16世紀に作り上げられたもの。
その時代からほとんど変わっていないそうだ。

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まずは歴代のブハラのハン(王)の居城だったアルク城へ。
最初の築城がいつなのかは定かではないけれど、チンギス・ハーンはもちろん、外敵によって幾度となく破壊されては建て直すことを繰り返してきたそうだ。
今残っている城は18世紀に建てられたもの。
なんだかかなりシンプルだ。

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城の中にモスクもある。
一見して今まで見てきたモスクとは違っている。
木造なのだ。

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色鮮やかな幾何学模様の装飾、アラビア文字のカリグラフィー。
これらが木材と見事にコラボレーションしている。
こんなの見たことない。
モスクじゃないみたい、不思議だ。

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この窓なんかまんま日本のお寺だよ。
東洋と西洋が行き交ってきたシルクロードらしいモスクだ。

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さらにこれはハン専用のバラハウズ・モスク。
こちらも木がふんだんに使われている。

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いままでのモスク=タイル張りという常識が吹き飛んでしまった。
でもちゃんと木材に緻密な彫刻が施され、鮮やかに塗り上げられている。

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このドーム状の建物は「タキ」といって、通りの交差点を丸屋根で覆ったバザール。
中では日用品からお土産屋までたくさんの店が軒を連ねている。

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イクエとおかんもお土産を物色。
ブハラは刃物が有名。
とくにコウノトリのデザインのハサミはお土産に大人気。
デザインだけじゃなくて切れ味も抜群。
薄い鉄板も切れるんだって。

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商品はすべて手作り。
この店の窯はポットの形をしててかわいかった。
ハクション大魔王がでてきそう。

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そしてこれがブハラのシンボル、カラーン・モスクとミナレット。
カラーンとはタジク語で「大きい」という意味。
このミナレットは高さが46mあり、文字通りブハラで一番大きい。

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茶色一色で簡素に見えるけれど、近づいてよく見るとレンガを組み上げて装飾していることが分かる。
壁面を覆い尽くしている幾通りもの幾何学模様。
作った人の執念を感じる。

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このミナレットは1127年に建てられ、チンギス・ハーンにも破壊されず今もなおブハラの街を見守り続けている。
まさにブハラのシンボルだ。

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カラーン・モスクの中に入ると、名前のとおり広大な中庭が広がっている。
約1ヘクタールあり、1万人の信者がここで礼拝を行うことができるそうだ。

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カラーン・モスクの前にあるミル・アラブ・メドレセ。
旧ソ連時代にも活動を許されていた数少ない神学校のうちのひとつ。
現在も試験で選ばれた学生が住み込みで勉強している。

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こちらはミル・アラブ・メドレセの100年以上後に建てられたアヴドゥールアジス・ハン・メドレセ。
装飾がガラッと変化している。
よりカラフルに、より立体的に。
イスラム建築も時代によって変化していったんだね。

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最後はイスラムのタブーを犯したナディール・ディヴァンベギ・メドレセ。

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なにがタブーかというと、正面のこの絵。
偶像崇拝禁止のイスラムなのに、白い鹿(ブタにしか見えんけど)をつかんだ鳳凰と、極めつけは太陽に顔がある!
作った人は度胸があるね。
予想に反してハン(王)はこれを気に入ったらしい。

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さて、チンギス・ハーンの破壊から見事な復活を遂げた「ブハラ」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

ヒヴァよりもザ・観光地っていう雰囲気だけど見どころは多い。
ほかにも中央アジア最古のイスラム建築、イスマイール・サーマーニ廟や・・・

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4本のミナレットが特徴的なチョル・ミナル、なんかもある。

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スケールの大きさやクオリティの高さはヒヴァよりも上なんじゃないかな。

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でも街の雰囲気はヒヴァのほうが好き。
ブハラは夜になると騒がしい。
街の中心にあるラビハウズという池の周りは趣味の悪いネオンでライトアップされ、深夜まで大音量で音楽が流れている。
のんびりするならヒヴァのほうがいい。

そうそう、ヒヴァもブハラも6、7月はできるなら避けたほうがいいよ。
めちゃくちゃ暑いから!
ケンゾーたちが行ったのは一年で一番暑い7月後半。
もう意識が飛んでいきそうになるくらい暑い。
観光客で混むかもしれないけど涼しい季節をおすすめします。
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65歳母バックパッカーデビュー 3人旅だ!

2013.08.11 06:13|ウズベキスタン☞EDIT
母の寝言で起こされ、夫の寝言で起こされているイクエです。
まあ、わたしも寝言を言ってるようですが・・・。

灼熱のシルクロードで7時間半の怒濤の移動をしたイクエとケンゾー。

やっとブハラの街に着いた。
あしたは母がやってくる。
程よいホテルを探したいけど、くたくたでバックパックを背負って探せるほどの体力がない。

一番最初に目についた宿に行ったらダブルで80ドル。
即却下。

次のホテルも60ドル。
はい、却下。

すると道端で夕涼みしている人の良さそうなおじさんに声をかけられた。
「このホテルいいよ」と言っている(ような気がする)。

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ひとり10ドルで朝食付き。
ここにしようかと思ったら「ドミトリー」って言われて却下。

通りに戻ったら宿の女の子が追いかけてきて「ドミトリーじゃなくて個室で10ドルでいいから」って言ってくれた。
もう疲れてるからここでいいや。
とりあえず一泊して、明日おかあが来るけど、明日の宿は明日探そう。

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建物は新しくないけど中庭があって悪くはない。

部屋にはクーラー
これ重要だね!
薄型テレビもあるけど、これはどうでもいい。

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そして、なんと奥にもう一部屋。
計4台のベッド。

宿の女の子が言った。
「ここはファミリールームなの。
 ふたりだから、この奥の部屋は使わないでね。」

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これ、ちょうどいいやん!

「実はあした、もうひとり来るんだけど、そしたらこっちの部屋も使っていい?
 3人でもひとり10ドルでいい?」
「もちろん!」

おかあが来たら、もっとちゃんとしたホテルに移らないといけないかなと思ってたけどここなら大丈夫そう。
なんてったって、お湯をためられる湯船があるバスルームつき。

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3人で使うにはピッタリの部屋。
中庭でとる朝食も、見た目も味も悪くない。
これなら65歳のおかあも大丈夫かな。

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そもそも、なんでイクエ母が来るのか。

わたしたちの世界一周の期間は未定だけど、保険は3年間かけてきている。

長期旅行をするにあたって一番ネックだったのは家族と離れることだった。
たぶんわたしがもっと若ければ自分のことしか考えずに好き放題に旅行してたのかもしれない。
だけど、この年になると65歳のおばあちゃんである母のことも気になるし、姪っ子甥っ子の成長ぶりも見たい。

だったら海外で年に1、2回会おうよ。
と言って、日本を出てきたのだ。

実はことしのお正月も台湾で合流している。
イクエ母・姉・姉夫・姉の娘・息子が台北に来てくれて、台北のホテルの衛星放送で紅白を見て、みんなでカウントダウンし、母と姉が用意してくれたおせち料理を食べた。

夏休みにまたみんなで合流しようとも考えたんだけどお金もかかるし姉家族も休みを取るのが難しいし、母だけ来てくれることになったのだ。

「8月はどの国にいるかな?」
「うーん、中央アジアかな」
「じゃあどこの国で会おうか」
「ウズベキスタンなら観光地も多いからどう?」

そんなふうにしてこの場所が決まった。

母は旅行が好きな人ではあるけれど、自分ひとりで飛行機を乗り継いでくるのは初めての体験。
九州から成田 成田からタシケント タシケントからブハラ。
ちゃんと今夜たどり着けるかな。

朝食をとっていたら、知らないおじさんがホテルにやってきて宿の人とお金を交換しあっている。

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おじさんの横のテーブルには大量のお札。
出張両替商なんだって。

インフラが進むウズベキスタン。
高額紙幣は1000スムで、これは日本円でたったの40円くらいの価値しかない。
400円の物を買うのに紙幣が10枚も必要なんだよ。
みんなお財布なんてもっていない。だって、入らないから。
集金袋みたいなものに何十枚ものお札を入れて持ち歩いている。
スムの暴落はどんどん進んでいるようで、現地の人々は信用できるドルで貯蓄をする。
だから市民同士での両替が横行している。

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公式レートは1ドル=2100スム、一般人による両替だと1ドル=2750スム。
ぜんぜん違う。
おかあも来ることだし何かとお金がいるのでとりあえず100ドル両替した。

50ドル2枚がこんなになる。
持ち歩くの大変!!

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さらに市場に行ってみると「チェンジマネー? USドラー?」と声をかけてくる人たちがいる。
闇なので店舗は出していない。

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お札の価値が低いので、ゴミ袋みたいなのに大量の紙幣を入れている。

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1000スム(約40円)が一番の高額紙幣だったんだけど価値が低すぎてあまりにも不便だから、なんとことし5000スム(約200円)の紙幣が発行されたの!
でもまだほとんど出回ってなくて珍しい。
闇両替のお兄ちゃんがドヤ顔で見せてくれた。

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おかあは午後9時にブハラ空港に着く予定。
初のひとり海外。
英語がしゃべれない。

おかあはわたしたちと合流できなかったらどうしようって不安がっていた。

「絶対空港まで迎えに行くから!」

そうメールでやりとりしていた。
おかあと確実に会うために、きのう灼熱のシルクロードを怒濤の移動をしてブハラに前日入りしたのだ。

こっちは大丈夫!

で、おかあは大丈夫なの!?

早めに空港へ。

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わたしのほうが娘なのに、母親みたいな気持ちになって変な感じだ。

ちゃんと税関申告書、書けたかなあ。
入国のときに「観光で来ました」って英語で答えられたかなあ。
いちゃもんつけられて、賄賂請求されなかったかなあ。
タシケントから国内線に乗り換えられたかなあ。

出口に一番近いところで待ち構えとこう。
そう思ってたのに、ウズベキスタンの空港って、チケット持ってる人しか建物のなかに入れてもらえないの!!

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おかあ、分かるかなあ。
ちゃんと建物の外まで出てきてくれるかなあ。
建物のなかでずっと待ってたりしないかなあ。

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飛行機が到着して、どんどん人が出てきた。
おかあは「バックパックを担いで来る」って張り切ってた。
「担げるように練習しとかないと」ってメールに書いてた。
わたしが「コロコロのキャリーバッグでいいです」って返したら、「イクエたちに渡す荷物が多いから、じゃあバックパックとコロコロで来る」って言ってた。

暗くてよく見えないけど、バックパックとコロコロ姿のおかあは見逃さないはず。

空港から出てくる人の波が途絶えた。
もう誰も出てこないんじゃないの?
空港職員に探してもらうべきかな。

どんどん不安になる。

「わたし、あっちに行って待ってるからケンゾーはここで待ってて。
 バックパックとコロコロね!」

日本人なんてひとりも出てこない。
日本人のツアー客でもいれば、おかあも日本語で聞けただろうに。
やっぱりタシケントで待ち合わせするべきだったかな。

どうしよう・・・。

ケンゾーの大きな声が聞こえた。

「おかん!! こっちこっち。」

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ああーーー。よかった、よかった。

「会えて良かったー。
 なんもなく、スムーズにいった?」
「それがたい、国際線と国内線の空港が別だったとよ。」

あちゃあ。
そこまで調べてなかった。
成田から到着して、タシケントでそのままブハラ行きの国内便に乗り換えられると思い込んでいた。

「ええ〜?
 どうしたと?」
「空港から出たら、みんなから『タクシー、タクシー』って声かけられたったい。
だけん『ウォーク、ウォーク。バス、バス』って振り払ったけど、タクシーのおっちゃんが国内線のターミナルはここからえらい離れとるけん、車じゃないと行けんよって言わしたけん、タクシーに乗った。」

「いくらで?」
「10ドル払った。2ドルにしてって言ったけど10ドルって言われた。
まあ、でも10ドルくらいで無事にたどり着けたけん、良かったよ。
ぜんぜん悪い人じゃなかった。人をだまそうとかする人じゃなかったとよ。」

うんうん、いいよいいよ。
たぶん何倍かぼったくられてるけど、10ドルでちゃんと国内線ターミナルまで移動できたから。

「そしたらさ、タクシーのおっちゃんが『マダム、ちゃんとスムは持ってますか?自分がドルをスムに両替してあげますよ』って言わしたったい。」

母は来る前からお金のことを気にしていた。
わたしはドルでなんとかなるから、わざわざレートが悪い日本でウズベキスタンのお金に替える必要はないってメールしてたけど、母は「とりあえず成田で5万円分両替します」と言っていた。
だから「5万円も両替したら千枚以上の紙幣を渡されるからせめて1万円にして」って答えていた。
だけど、結局成田にはウズベキスタンのスムが置いてなくて、両替できずに来ていたのだそう。

「そしてたい、タクシーのおっちゃんが走りながらダッシュボードを開けて開けらしたらねえ、ぎっしり大量の紙幣が入っとったとよ。
あれは、圧倒されたよ。
それで50ドル分替えた。」

「えっ〜!? 50ドルも?」
「だって『100ドル替えるか200ドル替えるか』って迫られてね。
でも『20ドル』って言ったばってん『マダム、今の時代20ドルじゃなんも買えませんよ。それに公式レートは50ドルは100000スムだけど自分は110000で替えてあげる』って言わしたけんね。」

「いやいや、それでもお得じゃないし。
 ちゃんとその場で数えた?」
「数えとらん。だって大量だもんね。
 そんな人を騙すような感じのおじさんじゃなかったとよ。
 なんか親切だったあ。
 ウズベキスタンの人たちってみんな親切で、よか人よねえ」

ホテルに着いて母が両替したというお札を数えると、案の定110枚あるはずの紙幣は100枚しかなかった。

でも、いいのだ。
タクシー代と両替で損したお金はまあ1000円くらいだろう。
母が無事にここにたどり着けたことが、何よりのことなのだから。

母のコロコロのバッグの中身は、すべてわたしたちのための物だった。

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持ってきてって頼んでいたのは日焼け止めや追加の衣類、耳かき、延長コード、ハードディスク・・・などなど。

さらに、おばちゃんや小さいころからイクエがお世話になっている人、母の友だちから下着や化粧水など差し入れもいただいた。
この場を借りて「ありがとうございます♡」。

そして、母から「ケンちゃん」に大量のプレゼントが。
義母に愛されていて良かったね、ケンゾー!!

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母が旅行に備えて買ったというタブレット。
母はたくさんの動画を撮っていた。
ケンゾーが10年間飼っていたチワワの「ほたて」の最新映像。
そして、半年前よりも大きくなった姪っ子、甥っ子の様子。

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いやあ、この写真のイクエの顔といったら・・・。
自分で見てビックリだよ。
姪っ子甥っ子には「おばちゃん」ではなく「イクちゃん」と呼ばせてるんだけど、この目尻のシワは完全に「おばちゃん」ですよ。

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イクエとケンゾーの「ふたり、ふらり旅」。
これに、母が参戦。

65歳、初バックパッカーの母はふたりについていけるのか?
ケンゾーは義母とけんかせずうまくやれるのか?

さあ、これから2週間の「さんにん、ふらり旅」。
はじまり、はじまり〜。
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灼熱のシルクロード 60℃の中を壮絶移動

2013.08.10 05:30|ウズベキスタン☞EDIT
ケンゾーに「すぐに物をどこにしまったのか忘れるのがおかんにそっくり」と言われているイクエです。「無い。どこいった?」って言いながらまわりの人を巻き添えにするけど探すと30秒で出てくるのよね。

きのうの「世界遺産シリーズ」でお伝えしたヒヴァの街。

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シルクロードのなかのオアシス都市として栄えた街。
ここにいるとシルクロードの時代にタイムスリップしたみたいだね、なんて言い合ってたけど、このあとイクエとケンゾーには嫌でもシルクロードの時代を体感しなければならないことが待っていた。

きょうはここからブハラへと向かう。
翌日にはイクエの母がはるばる日本からやってきて2週間の3人旅が始まるのだ。

ヒヴァブハラ

ホテルの人たちは「タクシーで行ったほうがいい。ここからだと1台100ドル、4人集まれば1人25ドル。」ってしきりに勧めてくる。
「もっと安い方法で行きたい。バスや乗合いワゴンで。」って答えると「今はとんでもなく暑いし、ここから直通はないから一度ウルゲンチまで行かないといけないよ。」って大変そうな顔をする。

みんなの「やめたほうがいい」という言葉を無視し、ミニバス(1人2000スム)でウルゲンチへと向かった。
ウルゲンチの終点で降りたはいいけれど、ブハラ行きのバスってどっから出てるんだろう。

きょうも言葉が通じないまま、それでもまわりの人たちに聞く。

「◯番のミニバスで、駅前に行くとブハラ行きのバスに乗れる。」と言われた(ような気がする)。

言葉が通じないときの「・・・と言っているような気がする」っていうのはだいたいはその推測があっているんだけど、3割は勘違い。

イクエとケンゾーは楽観主義だから、7割のほうを信じてミニバスに乗って駅へ。

結果は・・・。

3割のほうだった

そこにいる人たちは「ブハラ行きのバスが頻発しているのは別の場所。あのミニバスに乗って行きなさい。」と言われた(ような気がする)。

指されたミニバスは、さっき乗ってきたヤツじゃん!!
完全に逆方向に来てしまった。
そのバスに乗って同じ道を戻る

今度はあってるのかなあ。
これはまた3割のほうの失敗に終わるパターンじゃない?

イライラと戸惑いと不安がつのる。

そしたらミニバスの運転手が「ほらここだよ〜。降りなー。」って(言ってるような気がする)。

見るとバスやミニバスがとまってる一画が。
運転手は窓から顔を出して「おい、こいつらブハラに行きたいんだって。だれか乗せてやってくれ。」ってバス停にいる人たちに大声で伝えた(ような気がする)。

「ラフマト(ありがとう) バイバーイ

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ブハラに行くにはタシケント行きの大型バスに乗って途中のブハラで降ろしてもらうか、ブハラ直通の乗合いワゴンに乗るか。

大型バスは途中で乗客を乗り降りさせるので時間がかかるけど、運賃は1人3万5000スム(約1300円)。
乗合いワゴンはすぐに出発するって言ってるけど、運賃は1人4万スム(約1500円)。
いつもは安いほうを選ぶんだけど、大型バスだったら何時にブハラに着くかわからないので乗合いワゴンに乗ることにした。

それにしても4万スムって高い!!
こりゃぜったいにふっかけられてるよ。

ドライバーのおっちゃんと電卓片手に交渉するも、ふたりで7万までしか下がらない。
おっちゃんは「いま払え」と言っている。
いやいや7万でも高いよ!
先払いさせようとしているのが、あやしい。
現地人より高いんじゃないの?
あとで払うのを渋るかもしれないって思って先払いさせたいのかも

「わたしたちはローカルプライスで乗りたい!
 ほかの乗客の人と同じ金額を払うから。
 ほかの人が払うときにいっしょに払うから。」

おっちゃんは「わかった。わかった。じゃあ現地人と同じ価格ね! ほら、乗って。」と言った(ような気がする)。

結局乗客は青年とおじさんとわたしたちふたりの計4人だけ。
この路線ってあまり使う人ないのかな。
かなりの大移動だもんね。

途中、ワゴンはガソリンスタンドに立ち寄った。
ドライバーは手持ちの金がないからか、乗客から運賃を回収し始めた。
ふたりで7万(ひとり3万5000)と言われていたけど、現地人が払う適正価格はいくらなのか。
さて、青年とおじさんが払うのを見届けてから払うことにしましょう。

青年、そしておじさんがお札を数え始める。


ん?

そしてお金をドライバーに渡す。

え・・・。

ドライバーのおっちゃんが勝ち誇ったような顔で「ほれ、数えてみな」とわたしたちにお札を渡した。

現地の青年とおじさんが払ったのはそれぞれ4万スム。

が〜ん

ドライバーのおっちゃんを信じなかったわたしたちが悪い。
ふたりで7万スムって、あれは負けてくれてたんだね・・・。
現地人とおなじ8万スムをおっちゃんにしぶしぶ渡す

ひとり4万スムって高いけど、走行距離と乗客の少なさを考えたらしょうがないのかもしれない。

ドライバーのおっちゃんは「客少ないから、ひとり一列ずつ使っていいよ。寝ときなさい。」ってわたしたちに勧めている(ような気がする)。

青年が一番後ろのシートを陣取り、横になる。

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もうひとりのおじさんも、前列でずっと寝ている。

車内にはエアコンなんてないし、窓からくる風は熱風。
ただでさえ暑いのに暖房みたいな風が、ぶおぉおお〜って車内に入ってくる。
こんな暑さは初めて

中央アジアは今が一番暑い時期。
気温は60度くらい。
しかもシルクロードでもこのあたりがもっとも暑いらしい。

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窓を開けたほうがいいのか開けないほうがいいのかどっちがマシかわからない。
だけど風がくれば汗が乾く。
窓を開けなければ汗でびしょびしょになるのは間違いない。
サウナに暖房をつけたような車内にいると、頭がボーっとなる。
喉の乾きが止まらない。
だけどミネラルウォーターの水も、お湯の温度になっている。

こんな不快度100パーセントのなか眠れるはずがない。
おじさん、よく爆睡できるよね。

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途中で昼食タイム。
こんな暑さでは食欲も出ない。
食堂でご飯食べてるのはドライバーのおっちゃんだけ。
とりあえずわたしたちは持っていたビスケットだけをかじる。
人間が耐えられないほどの暑さの場所。
そんなところでも、暮らしている人たちがいる。

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ここに生まれたらこの暑さがあたり前で不快感なんて感じないのかな。
みんな強すぎるよ。
なんで、こんな爽やかな顔ができるのー?

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とっととこの灼熱のシルクロード地帯を抜け出したいのに、ドライバーのおっちゃんは食堂でのんびりしている。

「ああああーーー!! 早くしてくれーーー!!!
 いつまで食ってんだよーー。」

魂が抜けたような状態になったイクエとケンゾーはふたりでドライバーの悪口をぼやきあう。

ようやくワゴンは出発。
このあたりはトルクメニスタンとの国境。
砂漠に突如あらわれた湖。

この向こうは未知の国トルクメニスタン。
行きたかったのにビザが取れなかった国トルクメニスタン。
でも、きっと暑さ地獄だよ、トルクメニスタン。

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サウナって10分入っていたら苦しくなってもう出たくなるでしょ。
サウナに暖房をつけたようなこのワゴンにもう3時間も乗ってるよ。
あと倍の時間はかかるよ。

「もういやだ・・・。暑い・・・。きつい・・・。」

不快感しか出てこない。

こういうときにどうすればいいのか。
ただ無の境地になるしかない。

なにも考えない。感じない。
あぐらをかいて、チーン。

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ケンゾーはコンディションの悪いワゴンのなかで、パソコンを広げてひたすら漫画を読んでいる。
現実逃避。

灼熱のシルクロード400キロの旅。
キャラバンたちはこんな暑さのなかよく移動ができたな。
不思議でしょうがない。
車の中は影だし、熱風だけど風がくる。

だけど、この灼熱の中を歩いたりラクダに乗って移動するっていうのは並大抵のことじゃない。

木陰なんてのもない。
休憩しても暑いだけ。

でも、昼間に休んで、夜に月明かりのなか移動したほうがまだマシだろうな。
よくシルクロードの絵で満月のなかラクダに乗っている人たちが描かれるけど、ほんとうに夜移動してたのかもな

意識朦朧のなか、シルクロードのキャラバン隊に思いを馳せる。
水がなくなったらどうしてたのかな。
灼熱のなかを移動して亡くなった人も多いんだろうな。

過酷なシルクロード。
それでもそのシルクロード数千キロをキャラバンたちが歩き、西洋のものが日本にまで運ばれている。
シルクロードってロマンチックなものじゃない。
壮絶だよ。

無の境地になって7時間半。
ようやくブハラにたどり着いた。
怒濤の大移動。

よくがんばったよ。イクエとケンゾー。
そしてドライバーのおっちゃん、灼熱の中400キロの運転は過酷だったよね。
そりゃ運賃も高いはずだよ。

ホテルへと歩いて向かう途中、見たこともない鳥たちが道端を歩いていた。

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なんてかわいいの。
なんておもしろい姿なの。
タイミングがあわなくて撮れなかったけどこの水玉のトサカがパーっと広がるの。

でも7時間半も無の境地にいたから、思うように心が動かない。
こころ、ここにあらず。

「かわいい鳥だね・・・」
「変なの・・・」

現代のオアシス、クーラーの効いた部屋に早く行きたい。
宿はどこだ?

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あした、この灼熱地獄のウズベキスタンに日本から65歳のおかんがやって来る。
完全に時期と場所のチョイスを失敗したな。
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ウズベキスタン「ヒヴァ」☆☆ タイムスリップの街

2013.08.09 05:58|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
また下痢と発熱でノックダウンのケンゾーです。
この2週間で2回目
タジキスタンに突入するまでに体調を戻さないと。

古代よりシルクロードにおいて主要な拠点として栄えてきたオアシス都市ヒヴァ。
ホレズム帝国の都が置かれ、イスラムの聖都ともなっていた。
二重の城壁に囲まれた城塞都市で、内側の城壁に囲まれた内城(イチャン・カラ)には昔ながらの中世の街並みがそのまま残っている。

ヒヴァ

城壁の門をくぐると、目の前に中世のオアシス都市が飛び込んでくる。
これまでにも昔の街並みが残っている遺跡都市はいくつも見てきたけど、ここまでそのままの状態で残っている街はほかにないかも。
完全にタイムスリップした感じ。

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存在感抜群のカルタ・ミナル。
109mを目指して建てられたけれど、26mで中断された未完成のミナレットだ。
青いタイルが美しい。

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このカルタ・ミナルのすぐ横には、メドレセ(イスラムの神学校)をそのまま利用しているホテルがある。
雰囲気は文句なし、ツインで85ドルから ♪
オフシーズンはもっと安くしてくれる。

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スタッフのお兄さんが英語が上手でいろいろ教えてくれる。
泊まらなくても、見学させてもらえる。

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こちらはヒヴァの人々に尊敬されていた聖人パフラヴァンの霊廟。

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ここにはパフラヴァンだけでなく、聖人にあやかって埋葬された王や親族の墓もある。
霊廟内は全面コバルトブルーのタイルで覆われている。
緻密で繊細な模様。
イスラムの美意識にはもはや執念のようなものを感じる。

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イスラム建築はかなり見てきたけど、ぜんぜん飽きない。
とくにタイル装飾にはぐっと引き込まれる。
キリスト教の教会よりも好きだなあ。

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そしてこの小さな部屋がパフラヴァンの廟。
つねに礼拝に来る人でいっぱいだ。

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中庭には飲むと男は強くなり、女は美しくなるという泉が湧いている。
ただし、ビックリするくらいマズい!!
強く美しくなる前にまずお腹がやられること必死。

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これはヒヴァで一番高いミナレット。
高さは45mで登ることができる。
内部の階段はかなり狭く急だ。

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ミナレットの上からはヒヴァの街を一望することができる。
幾度も外敵により破壊させられながらも、数千年もの長きに渡り繁栄してきたヒヴァ。
上から見ると、鮮やかな緑に覆われたオアシス都市であることがよく分かる。

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いったいいつの世界に迷い込んだんだろうと頭の中がほわーんとした気分になる。
異国情緒なんてもんじゃない。
まさに中世の異国そのもの。

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さて、かつてのホレズムの聖都「ヒヴァ」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

ウズベキスタンには代表的な観光地が3つある。
サマルカンド、ブハラ、そしてヒヴァ。
ヒヴァは一番規模が小さいけれど一番雰囲気がある。
城壁の内側は中世からの街並みがほぼそのまま残っていて、タイムスリップしたような感覚を覚える。
「ここでシルクロードを旅するキャラバン隊が疲れを癒し英気を養っていたんだろうなあ」など想像が膨らむ。

そして貴重な世界遺産の街にも、ここに暮らす人々の日常がある。
迷路のような路地を歩けば屈託のない笑顔の子どもたちが出迎えてくれる。
人々が気負わずに生きている感じがするこの街がけっこう好きだ。

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観光ではなく、移動こそが旅?

2013.08.08 06:11|ウズベキスタン☞EDIT
中央アジアではミネラルウォーターは炭酸水が主流であんまり好きじゃなかったけど、母がもってきたミニボトルのレモン果汁を加えて爽やかなスプライト風にして飲んでいるイクエです。
水と同じ値段だし、コーラやジュースより健康的だからこれはいいんじゃないですか♡

アゼルバイジャン ー カザフスタン ー ウズベキスタン。
船と列車で寝ながら、立ち止まることなく大移動をしてきた。
数日後にはブハラでイクエ母と落ち合う約束をしているので、なるべくブハラに近づいておきたい。
とは言え、カザフスタンからの列車はここコングラードが終点。
とりあえず今夜はここで一泊し、明日の朝から大移動再開だー。

コングヒヴァ

「なるべく明るいうちに着いて寝る場所を確保する」というのをふたりの旅のルールにしているけれど、列車が駅に到着したのは午後10時15分。

一斉に乗客が降りて駅前はてんやわんや。
しかも暗くて街の雰囲気がさっぱりわからない。

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調べていたロシア語で聞く。

「グジェー ガスティーニッツァ?(ホテル ドコ?)」

迎えに来た人、家に帰るために乗合いワゴンを探す人、タクシーの客引き・・・みんな自分のことで忙しい。

何人かの人が「あっち」と指した。

その明かりのついた建物はホテルというより駅舎。
「ガスティーニッツァ(ホテル)?」って聞くと、おばさんが「うん」と頷く。

いやあ、どう見てもこれは駅の切符の窓口なんだけど。
ウズベキスタンのホテルってこんなフロントなの?

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やっと順番がまわってきて「ガスティーニッツァ」って聞くと首を横にふられて、また別のほうに行くように言われた。
「あっち」って言うんだけど「あっち」ってどこ!?

すると切符を買い終わった15歳くらいの女の子が話しかけてきた。
ウズベク語(もしかしたらロシア語だったかも)でまったくわからないんだけど、必死に自分を指して何か伝えている。
たぶん、うちに泊まらせるよってことなのかな。
そして携帯電話に数字を打ち込んだ。

これがうわさの民泊?
中央アジアでは家に泊めて小遣い稼ぎをする家庭があるって聞いたことある。

携帯電話に打ち込まれた数字は15000スム(約600円)。
相場がまったくわからないけどふたりで600円なら高くはない。
どんな場所にあるのか、ここから遠いのか、どんな家なのかまったくわからない。
だけど、その不安よりもこのチャンスを逃したら今夜の寝る場所を確保できないんじゃないかという不安のほうが大きい。
フェリーのなかでシャワーを浴びたのが最後なので、ぜったい体は洗いたい。

「シャワーある?」
女の子は頷く。
まあ、どんなシャワーかわからないけど。

真っ暗で足元が見えない路地を歩き、5分くらいで女の子の家に着いた。
中庭を囲むように桟敷席のようなものがあってそこに絨毯が敷かれテーブルがある。
これがチャイハナ(中央アジアの喫茶店)ってやつかあ。

看板なんてないけどきっと女の子の家は小さなチャイハナで、どうやら夜間はチャイハナのスペースを寝床として提供しているみたい。
先客(といっても地元の男性だけど)が5人くらいいて、思い思いの場所で横になっていた。

イクエたちには個室が割り振られた。
昼間は客がこのマットの上に座って、お茶を飲みながらくつろぐ。
夜間は宿泊者が、このマットにごろんとなるだけ。

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シャワーの場所やトイレを教えられたけど、外にあるし、真っ暗。
シャワー浴びるのにもトイレ行くのにもエネルギーと覚悟がいる。
すっごく長い移動で体はヘトヘト。

とにかく洗面台で髪と顔だけ洗う。
でも、洗面台の水がすぐに出なくなった。
リンスをちゃんと流せないけどしょうがない。

そのまま部屋でゴロン。
部屋にはハエが飛び交っていてそのうちの1匹が、置いてあるハエ取り紙に捕まった。
あがいていてジジジィブンブブブ〜と凄まじい騒音を立てている。
なかなか止まない音のなか、疲れ果てたイクエとケンゾーは眠りに落ちた。

ハエも夜になると眠るんだってことをこの歳で初めて知った。
深夜には静かになったハエたちが朝日が昇って部屋が明るくなると再びブンブンと飛び回り、そのわずらわしさで起こされた。

きのうは暗くてよくわからなかったこの建物。
なるほど、こうなっていたのね。

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きのう髪を洗った洗面台。
2つあって最初に使ってた洗面台で水が出なくなってもう1台に移動したけど、そっちもすぐに水が出なくなったの。

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洗面台の裏を見てその理由がわかった。
この砂漠の中の街に水道管なんてない。
貴重な水をボトルに入れて洗面台に設置してたんだ。
そりゃあ、すぐ無くなるよ。

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使っていいよって言われたシャワー室。
屋根の上のタンクの水量で体を洗い終えないといけない。

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便器はふたつ。
仕切りはない。
朝から女の子とお母さんがふたり並んで入ってた。
一応、和式と洋式。

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きのう、暗いときに着いて良かったな。
いろんなものを見なくて済んだ。

きょうの目的地はヒヴァ。
ここから300キロくらい離れている。
言葉が通じないけど、女の子に「ヒヴァ」って連発すると「バスターミナルに行ったら」ってことを言ってるような気がする。
言葉が通じないときは「・・・言ってるような気がする」って推測しながらコミニュケーションが成り立つ。
その推測はだいたい7割くらいあたっていることが多い。

肝心のバスターミナルがどこなのかさっぱりわからない。
とりあえず大通りに出てみよう。
数人が道端に立っている。
ここにバスターミナル行きのバスでも来るのかな。

すると女の人が「日本人ですか?」ってなんと日本語で話しかけてきた!
こんなところに日本語をしゃべる人がいるなんて!!
日本語を少しだけ習ったことがあるんだって。
何も知らない街で日本語であいさつされるだけで急に心強くなる。
するととなりの男性が「自分もバスターミナルに行くからいっしょに行こう」って誘ってくれた(ような気がする)。
「うん!」ってうなづくと、男性が1台の車をとめた。
バスかと思ったけど白タク。

1人1000スム(約40円)支払って無事バスターミナルに到着。
きのうまでものすごく不安だったけど、かなり順調な滑り出し♡

バスターミナルといっても、ウズベキスタンでは相乗りワゴンが主流。
白タクで同乗した男性が「このワゴンに乗るんだよ」って教えてくれた。
ヒヴァ行きの直通はなくて、とりあえずはこのワゴンで途中のヌクスの街を目指す。

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ラッキーなことにさっきの男性もこのワゴンにいっしょに乗ってくれた。
運賃は1人6000スム(約240円)。
お金は降りるときに払う仕組み。
男性は途中で降りたけど、最後まで「6000でいいからね」って念押ししてくれた。
これでぼったくられなくてすむよ。
「ありがとう! バーイ!」

ワゴンは終点のヌクスに着いたんだけど・・・。
さて、ここからどうやってヒヴァに行こう。

まわりの人に聞いてみるけどもちろん英語は通じない。
どうやら別のバスターミナルに行かないといけないっぽいな。

親切なお兄さんが「道を渡ったあの場所でバスターミナル行きのミニバスをつかまえるといいよ」って教えてくれた(ような気がする)。
手で数字を作って何番のミニバスに乗ればいいのか教えてくれた。
見事ミニバスをつかまえて、バスターミナルへ。

言葉は通じないのにスムーズに進んでる。
いい感じ。いい感じ。

ここからもヒヴァ行きの直通はなくて、ベルニーって街で乗り換えないといけない。
ベルニー行きのワゴンに乗り込む。

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窓から見えるのは広い大地。
ほとんど変化のない風景。
たいくつな車窓。
向こう側に小さく貨物列車が走っているだけで、まるで大きな発見でもしたかのように「おおお」って思っちゃう。

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こんな街でワゴンに乗り込む外国人はそうそういない。
乗客がチラチラ見て、コソコソ話。
すると前の席に座っていた女の子が英語で話しかけてきた。

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彼女は18歳でつい最近結婚したばかり。

彼女によると、ウズベキスタンの結婚適齢期は女性は17歳、男性は18歳らしい。
(でも、年齢は都市部だともっとあがると思う)
恋愛結婚は少なくて、ほとんどが父親同士が決める。

彼女のだんなさんは彼女のいとこなんだって。
だけどだんなさんは今モスクワに出稼ぎに行って建築の仕事をしてるんだそう。
旧ソ連圏の国ではロシアに出稼ぎに行く人が多いみたい。
「日本人はロシアに働きに行かないの?」って聞かれて答えに詰まった。
「ロシア語話せないからねぇ」ってあいまいに答えることしかできなかった。
あまりにも文化や環境が違うからこういう質問の答え方って難しい。

彼女が英語がしゃべれると知るやみんな羨望の眼差し。
みんなが彼女にあれも聞いてこれも聞いてと車内はいっきになごやかムードになった。
目の前で英語で会話が繰り広げられることが、とっても珍しいらしく英語を真似したりして笑ったりしている。
ケンゾーのとなりのおじさんは会話を動画でずっと撮りながら、暑いのに声が聞こえないからと「窓を閉めて」と言う。

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このおじさん「パスポートを見せあおう」って言って見せあったら、驚きの真実が!!
いい年のおやじさんと思ってたらなんとケンゾーと同い年。
日本語がわからないのをいいことにケンゾーは「えええ〜!!老けすぎやろ!」と大声で言う。

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ケンゾーさん、客観的に見たらあなたももうおじさんですよ。

ワゴンの運賃は乗客同士で徴収しあって、まとめて運転中のドライバーに渡した。
乗る前にドライバーからは「10000スム(約400円)」って言われてたけど、ほんとうは「8000スム(約320円)」だった。
みんなのおかげで正規料金で乗ることができた♡
約2時間でベルニーに到着。

ここからさらにバスに乗り換えて今度はウルゲンチを目指す。

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このバスの車掌の青年がまた優しい青年だった。
移動中に乗客から運賃を集めるんだけど、イクエとケンゾーには目配せで「いらない」って感じで素通り。
でも悪いから降りるときに運賃を渡したけど「いやいやいや、いらないよ」って突き返された。
このピースしている青年が彼。
「ありがとう!! またね〜」

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さあきょうの大移動もこれで最後。
ウルゲンチのバスターミナルからついに目的地ヒヴァを目指す。
ヒヴァ行きのバスがどこに停まるかわからないからまわりの人にたずねると、「あそこの道を渡ったバス停だよ。フロントガラスに大きくヒヴァって書いてるよ。」って教えてくれた(ような気がする)。

そこのバス停に行って、待っていた女性にもう一度たずねると「このバス停であってるよ」って答えてくれた(ような気がする)。
そしてヒヴァ行きのバスに乗車。
運賃は1400スム(約55円)。

言葉が違っても、なんとかなるもんだねえ。
これもウズベキスタンの人たちがとても優しいから。
言葉が通じないってわかると、余計に必死に伝えてくれようとする。

ウズベキスタン人の第一印象はかなりいい。
嫌な思いをせずに旅行ができそうな予感

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この最後のバスでもいい出会いがあった。
通路を挟んで座ってた女の子がわざわざ席を立って英語で話しかけてきてくれた。
英語を勉強している子たちは、これはチャンスとばかりに積極的に自分の英語をつかってみたくなるんだろうね。
日本人とは大違い。
この子はウルゲンチの大学で勉強していて、下校中だった。

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ちなみにこの子が着ているワンピースの布の模様はウズベキスタン特有の柄。
お土産屋さんとかで、よくこの柄のスカーフや小物入れを売っている。
でも伝統的な模様の布は、お土産の雑貨に使うだけじゃなくて普通に現地の女性たちも着こなしている。
彼女は伝統的な布をAラインのワンピースにしている。
袖もまるくてかわいいよね♡

彼女は22歳。
彼氏がいるらしい。
恋愛結婚は少数派だから、家族には秘密みたい。

午後6時、ようやくヒヴァにとうちゃく〜。

宿(白タク)→バスターミナル(乗合いワゴン)→ヌクス(ミニバス)→バスターミナル(乗合いワゴン)→ベルニー(バス)→ウルゲンチ(バス)→ヒヴァ

長い長い一日。
観光も何もしなかった一日。
ただの移動日でしかなかった一日。

でもいろんな人に出会い、いろんな人と話し、いろんな街を駆け巡った一日。
こういう日こそ「ああ、いま、旅をしているな」って感じる。

最後はバスに乗っていた男の子がヒヴァの旧市街が見えるところまで案内してくれた。

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「ありがとう。バイバーイ!」

ようやく着いたよ、世界遺産の街、ヒヴァ。

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門を抜けると、異国情緒あふれる街並み。
さっきまでのせわしない移動がうそだったかのように、ひっそりとしている。
どっかの国にワープしたのか、シルクロードの時代にタイムスリップしたのか。

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ホテルを求めて歩いていたら、地元の人が「ホテル?」って声をかけてきた。
「あっちにもむこうにもあるよ」って教えてくれたけど「安いホテルがいいんだあ」って答えたら「だったら案内するよ。値段は知らないから直接宿の人に聞いてみて。」って言われたからついていった。

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世界遺産の城壁の中にあってなかなかのすてきなホテル。
古い家屋をゲストハウスに改装している。
クーラー付き、朝食付きでひとり10ドル。
悪くない。

カスピ海のフェリーで4泊、列車で1泊、チャイハナで1泊。
ようやくちゃんとしたベッドで眠れる。

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旅ってほんとうに過酷。
観光なんてそっちのけで移動が大部分を占めていたりする。

それでも、なんでだろうね。
楽しいんだよね。
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ついにカザフに入国! でもそのまま出国だ〜

2013.08.07 06:21|カザフスタン☞EDIT
合流した母に持ってきてもらったパンツが大活躍しているイクエです。

入院生活のようだった4泊5日のカスピ海の船旅。
やっと船から脱出
いよいよ、待ちに待ったカザフスタンの入国手続き。

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入国手続きといっても、貨物船に乗っていた客はアメリカ人のチャリダーとアゼルバイジャン人のおっちゃんとイクエとケンゾーの計4人。

電話で呼び出してようやくやってきた係官のチェックを受けて、軟禁生活からやっと解放だ~。

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晴れて自由の身になったのはいいんだけど、困った。
貨物専用の港なのでタクシーもとまってなければ、バスもないし、店だってない。
こんなところで解放されても・・・ねえ。

街までは7キロくらいある。

「とりあえず、歩くか」

歩いたら何か見つけられるかなってわずかな期待をもってたんだけど、歩くほどにそんな期待は無駄だってことがわかってくる。

「なーんもないねえ。」
「もう、やるしかないね。
 アレを。」

道路脇にバックパックを降ろして、やってくる車に親指を立てる。
でもここは貨物船の港。
通る車がどでかいトラックばっかり。

ようやく乗用車が止まった。
もちろん英語は通じないけど、とにかく街までは乗せてもらえそう。

後部座席にはお母さんと娘。
運転席の男の人はちょっと若そうだけどお父さんかな。

お母さんに「ファミリー?」って聞いたら、とんでもないという感じで「ネェート(違う)!」って返事が。
そして、そのお母さんが財布からお札を取り始めた。

優しい人に乗せてもらえてラッキーだった。
ヒッチハイクが成功して幸先いいな。

車に乗っている人たちに笑顔を振りまいていたけれど、これって・・・。

繁華街に着いてお母さんと娘が車から降りて、男性にお札を渡す。
イクエとケンゾーも降りると、男性が指を5本立てた。

そうですよねえ。

やっぱり、白タクですよねえ。

さっきまではとびっきりの笑顔と「サンキュー」を連発してさしあげましたけど、いいですよ、運賃500テンゲ(約300円)も差し上げます!

白タクが横行している国で、ヒッチハイクって難しい!

カザフスタンの西の端に位置するカスピ海の玄関口アクタウ。
大きな街ではないけれどコンパクトで整理された街。
観光地もなくホテルも多くないので、バックパッカーが泊まれるような宿はない。

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あと4日後にはイクエの母とウズベキスタンで落ち合う約束なので、ここは一気にカザフスタンからウズベキスタンに南下しちゃいましょう。
カザフスタンの観光地は東側にあるから、ウズベキスタンと後に再入国してじっくり満喫すればいいもんね。

コングラード

きょうの夜の列車でウズベキスタンの国境に近い、ベイナウまで進みたい。
列車のチケットは仲介手数料を取られるから駅で直接購入することにしているけど、今回は手っ取り早く旅行会社にお願いしちゃおう。
街から駅まではけっこう離れているし、英語はほとんど通じないから自分たちでチケット買うのは難しそうだし。

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看板も現地の言葉でまったくわからないけど、列車や飛行機の絵が描いてあるからきっとここが旅行会社だ。

1人だけ英語が話せるスタッフがいたのでお願いするとあいにく列車は満席。
だけどキャンセル待ちの望みはあるとのこと。

近くのレストランで5時間時間を潰して、ようやくチケットをGET!
切符1枚につき、数百円の仲介手数料を取られたけど、無駄にここで足止めをくらわないで済むと思うと安いもの。
アクタウ 〜 ベイナウ、ベイナウ 〜 コングラードのチケットふたり分で手数料込みで9665テンゲ(約5800円)。

列車の発車時間は午後9時半。
急いで駅に行かなくちゃ。
重いバックパックを担いで2キロくらい歩いてバス停へ。

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駅行きのバスは途中で乗り換えないといけない。
言葉はまったく通じないけれど、バスのなかの人たちがとっても優しい。

わたしたちがカザフ語もロシア語もわからないからと、ゆっくりと何度も同じ言葉を繰り返したり、身振り手振りで丁寧に教えてくれる。

「ここで降りるんだよ」
「あっちでバスに乗り換えるんだよ」
「わたしについて来なさい」

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間に合うかどうかハラハラしたけど、無事に駅に到着。
きのうまでカスピ海のフェリーの上で4連泊。
そしてきょうは夜行列車だ。

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キャンセル待ちで手にした切符。
ふたりいっしょの席は取れなくて、イクエとケンゾーはそれぞれ別の車両に乗り込む。

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両サイドにベンチ式のベッド。
インドの列車と同じ作りだけど、シーツとタオルが配られる。
中央アジアの人たちは顔つきがアジア系だから、インドよりも中国のときの列車の旅を思い出すなあ。

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朝、目が覚めて車窓から見えるのはずーと続く平原。
たまに小さな集落を通るけど、ほとんど景色が変わらない。
まるでモンゴルみたい。

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ウズベキスタンとの国境の街、ベイナウに午前7時に到着。
ここで9時半発のウズベキスタン・コングラード行きの列車に乗り換える。
あと2時間半、この何もない駅で待たなきゃ。

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「ホーム」というより「線路脇の空き地」には露店がずらり。
売ってるものは、洗剤やシャンプー、小麦粉、食用油、パスタ麺・・・。
そして乗客はこれを大量に買い込んでいる。
キロ単位で。

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日用品はウズベキスタンよりもカザフスタンのほうが安いからかもしれない。
カザフスタンはロシアや中国に面しているから輸入品も入りやすいのかも。
シャンプーなんかも10本くらい買い込んでいる。

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ウズベキスタン行きの列車に乗り込む。
この列車も満席で賑やか。
地元の人たちばかりで、遠い国からの旅行者はイクエとケンゾーだけ。

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あいかわらず、車窓からの眺めは同じ景色。
そんななか、列車と並行して馬たちが土煙をあげて颯爽と走っている。
なんだか競馬みたい。

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列車の窓はほとんど開かなくて暑い。
汗がじっとり。
低温サウナにいるみたい。
地元の人たちはうちわ代わりにタオルを振り回して風を起こしているけど熱風しか生まれない。
そしたら、こんな格好になるよね。

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男性陣の8割は上のシャツを脱いで、この姿だったよ。

列車が途中の駅にとまると、棒を持っているおばさんたちが大きな声で何か言いながら、列車の横をうろちょろしている。

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棒にはペットボトルの上半分を切ったものを逆さまにしてくっつけている。
窓越しに乗客から何か言われると、肩に下げている袋から凍ったミネラルウォーターを取り出す。

なるほど~!!

列車の窓が高い位置にあるから、この手作り棒に商品のミネラルウォーターを入れて、棒を掲げて乗客に渡してるのね。
買った人は差し出された棒にお金を入れて、おばちゃんが受け取る仕組み。

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喉が渇いてしかたないから、カチカチに凍ったミネラルウォーターは飛ぶように売れている。

おばちゃんたちは列車の外で商売してるけど、車内に乗り込んで商売する人も多い。
ほかの国でも車内に物売りがやってくることは多いけど、この列車は世界一じゃないかと思うほどひっきりなしに狭い通路を物売りたちが歩く。

ほんとうに「ひっきりなし」。

だからもう落ち着かない。
バザールのどまんなかに座ってる気分になる。

パン、肉まん、串焼き、飲み物、衣服、CD、ラジオデッキ、携帯電話、貴金属、懐中電灯、電気シェーバー、オモチャ、香水・・・。

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車内で服なんて買う人います?

それがいるんです。
子ども用の服から婦人用のワンピースまで。
おばちゃんたちなんて、その場で試着大会。
服を着ては「これはだめ」って別の服を着て騒々しい。
まるでバーゲン会場。

香水なんて買う人います?

それがいるんです。
後ろのお父さんと青年が10種類くらいの香水をお試ししながら2つも買ってた。
シュ、シュ、シュって続けざまにふりかけるの。
いろんな香水が混ざって、授業参観日の教室の匂いを思い出した。

電車で携帯電話買う人います?

それがいるんです。
斜め前のおじさん、ちょっと見てすぐに買ってた。
高いだろうに、勢いで買っていいの?
むき出しの携帯。
説明書や付属品なんてないよ。

物売りのせいで指定席なのに車内が混雑していて通路をスムーズに歩けない。
なのに、列車のスタッフは何の注意もしない。
なぜならー。
車掌が物売りたちからお金を徴収してるから。
場所代みたいなもんだろうけど、きっとポケットマネーになってる。
車掌に「少ない。もっと払え。」と脅されてしぶしぶ出してる人もいる。

物を売る人、買う人、金を巻き上げる車掌。
それを冷ややかな目で見ていたイクエとケンゾー。

だけど、そんなふたりも利用した。

眉間にシワを寄せて真剣にお金を数えるイクエ。
何を利用したかというとー。

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両替商までいたんだよ、列車に。
巾着袋や集金袋みたいなのを手にもって、「カネ、カネ」って車内を回ってるの。
しかもおおげさじゃなくて30人くらい両替商がいた。
カザフスタンからウズベキスタンに向かう列車だから、けっこうたくさんの人がカザフスタンの「テンゲ」からウズベキスタンの「スム」に替えていた。

USドルを替えたら、これだけのスムの札束がきた。

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これでドルいくら分と思う?

これで50ドル分!
たった1枚だったのに、100枚以上になっちゃった。
財布に入らん。
ウズベキスタンではインフレが進んでいて高額紙幣の1000スムでもたったの40円くらいの価値しかない。

で、スムなんて近い将来紙切れ同然になるかもしれないから、外貨で貯蓄したいって人が多いみたいで闇両替では外貨はかなりいいレートでスムと替えることができる。

たとえばこの列車での両替。
市場なんかで替えるよりは少しだけレートは下がるんだけどそれでも50ドルが133000スムになった。
これが公定レートだと105000スム。
5000円分替えると1000円以上の差が出ることになる。

いつもはその国のATMでお金を引き出しているイクエたちだけど、ウズベキスタンに限ってはUSドルを両替したほうがかなりお得なので、そうすることにした。
ちなみにクレジットカード払いも公定レートだから損することになる。

カザフスタンとウズベキスタンの出国と入国はスムーズにいった。
国境の手前でカザフスタンの兵士や警察が車内に乗り込んできて、パスポートと顔を照合しながらパスポートをそのまま没収される。
列車はホームに30分くらい止まったままで、乗客も座席で待っておく。
すると出国スタンプが押されたパスポートが車掌からひとりひとり手渡しで戻される。

列車はふたたび走り出して、いつのまにか国境を越え、今度はウズベキスタン側の一番最初の駅に止まる。
ウズベキスタンの兵士や警察が乗り込んで、同じようにパスポートを回収されて座席で待ってるとしばらくして入国スタンプが押されたものが戻ってくる。
それとはべつに荷物検査の担当の兵士が乗り込んできて、車内でバックパックを開けられて念入りにチェックされた。

イクエとケンゾーは何ごともなく終わったけど、前に座ってた青年が抜き打ちで財布の中身チェックを受けて、税関申告書に記入していた所持金の額よりも多かったから、1人だけ列車の連結部に連れていかれた。
で、そこで賄賂を払うはめになったらしい。
ウズベキスタンの警察は何かにつけ、賄賂を請求するみたいでタチが悪い。
うなだれて戻ってきた青年に、ほかの乗客が同情して肩を優しくたたいたりしていた。

そんなこんなで終点のコングラードにまもなく到着。
コングラードの情報なんてガイドブックには載ってない。
時間はもう午後10時を過ぎている。
なんのあてもないなか、夜に着いてどこか泊まれる場所を探すことができるのかなあ。

警察も腐れているし、英語が通じないし、情報もない田舎の街。
旅で久しぶりに緊張してるよ。

とうとう駅に着いちゃった。
どうしよ〜!!
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旅したアゼルバイジャン こんな国

2013.08.06 05:54|コーカサス☞EDIT
アゼルバイジャンには7/5~7/10まで5泊6日滞在しました。
ただビザを取ることと、中央アジアへフェリーで渡るためだけに訪れた国。
行く前からテンションが上がらなかったアゼルバイジャンの旅を振り返ります。


◇旅の費用「ネチェエヂリ?」

アゼルバイジャンでいくら使ったのか発表します。
 
交通費            11.10マナト
外食費            22.70マナト
その他のフード・ドリンク   50.55マナト
宿泊費             160マナト
観光費             0.0マナト
雑費              0.65マナト

合計  245マナト(1マナト=約130円)
約5,300円/1日2人で

物価が高いのは覚悟して行ったけれどやっぱり高かった。
それでもかなり抑えたほうだと思う。
見ての通り半分以上が宿代。
高い宿代をカバーすべく、食費を抑えてこの金額。


◇移動手段はこうでした

移動はバスと歩き!
バスは1回0.2マナト(約26円)とリーズナブル。
でも乗りこなすのはけっこうハードルが高い。
人に聞こうにも英語が話せる人を見つけるのに苦労する。
バスの路線はたくさんあって、市内を網羅している。
同じ産油国のドバイはクーラーがガンガンに効いて涼しかったけど、バクーのバスはエアコンなしでめちゃくちゃ暑い!


◇こんなお宿に泊まりました

カスピアン・ホステル

バックパッカーみんながこのホテルを利用するんだけど、評価は良くない。
だからもっと安くていいホテルがきっとあるはずって思ってネットで探したんだけど、やっぱりこのホテルが一番マシなんだよね。
すべてドミトリーで、ベッド1台16マナト(約2000円)。
ドミトリーの部屋は薄暗いし、まったりできるような共有スペースもほぼないし、スタッフは英語はあまり話せないしサービス精神はない。
良い点をあげるとしたら、Wi-Fiがあることとバストイレが清潔であることと世界遺産の旧市街の中にあって立地がいいこと。
ちなみに宿泊者にものすごく足の臭いがキツい人がいてホテル全体にその臭いが充満していたことがとても居心地が悪い原因になっていて、イクエとケンゾーは「足臭ホテル」という異名で呼んでいた。

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◇「チョフダディ リディル!」これが一番うまかった

ケンゾー 「スーパーで買ったチーズ」

ビールのつまみとして買ったチーズ。
燻製にしているのか香ばしい匂いと、塩気が効いていて病みつきになる。
紐状のチーズが束になっていて、1本ずつちぎってちびちび食べていた。
軟禁状態のフェリーでもこのチーズとウォッカに助けられたなあ。

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イクエ 「ケバブ」

アゼルバイジャンにはトルコ料理の店が多い。
というか、ファストフードやレストランのほとんどはトルコ料理店。
何回かケバブを食べたけど、たまたま見つけた、地元の人で賑わっていた店のケバブ。
ソースもしっかりかかっていてトルコのよりもおいしかった。
肉もたっぷり入っていて、口に入れると肉汁が下からこぼれて食べるのが難しいほど。
作っているお兄ちゃんも、日本びいきで愛想が良かった。

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ちなみに、本場の「カスピ海ヨーグルト」はどんな味だろうと、スーパーでヨーグルトを買って食べたけど、日本のヨーグルトとなんら変わらなかったよ。


◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「KENZO」

正直なところ、良かった場所なんかない。
まあ多少強引にあげるとするなら、「KENZO」の店の前で写真を撮れたことかな。
何度か書いたことがあるけど、海外では「ケンゾー」という名前はとても受けがいい。
日本ではKENZOはそこまで人気ではないけど、海外では大人気。
しょっちゅう「オー、グッドパフューム!」って言われる。
一応ネタとして写真を撮れたので良かったかな。

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イクエ 「カスピ海」

世界地図で見ても大きなカスピ海。
社会の時間にその存在を知ったカスピ海。
一生のうちにカスピ海を見ることなんてないと思ってたけど、見ただけじゃなくカスピ海に4泊もするはめになっちゃった。
カスピ海のイメージって、凍てつくような寒い場所で森林に囲まれて静かに存在していて、水の色は透き通るような美しい青で幻想的な湖ってイメージがあったけど、実際に見たカスピ海は大違い。
ビルが建ち並ぶ大都会にあって、油が浮いて水はきれいではない。
幻想的というよりも、大きすぎてただの海にしか見えなかった。
カスピ海の本当の姿を知れて良かったな。

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◇ふらり ゆるり アゼルバイジャンの感想は?

ケンゾー
旅をする国としてはまったく魅力がない。
とくに観光スポットがあるわけじゃないし、なんといってもホテルが高い!
ヨーロッパ ~ アジア間を陸路で旅するために寄らざるをえない余計な国って感じだな。
トルクメニスタンビザがダメだったり、カザフ行きのフェリーに振り回されたりで散々なイメージしか残ってない。

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イクエ
浪人時代の予備校の英語教師が「友人がアゼルバイジャンに住んでいる」っていつも言っていて「アゼルバイジャン」って変な名前だなあ、どんな秘境の国だよって当時思っていた。
だけど行ってみてびっくり!
とーっても発展している国だった。
近代的なビルが建ち並ぶし、高級ブランドの店がずらり。
みんなブランド品(偽物もきっと多い)の服やバッグで着飾っていて、香水が飛ぶように売れていて、なんだか日本のバブル時代のようだった。
石油で潤ってるのかな。
でも、アルメニアから列車で首都のバクーに来るまでに見た風景はとても田舎で、人々は家畜とともに慎ましい生活をしているようだった。
首都とほかの地域の生活レベルの差がとても大きいと思う。
バクーだけしか滞在しなかったので、ほかの町や田舎に行ってたらもっと違うアゼルバイジャンを見られたかも。
それにしてもバクーは噴水や街路樹で街が美しく整備されていて、宮殿みたいな建物も多くて、ヨーロッパの都会の街並みにもまさるものだと思う。

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入国できない!フェリーで軟禁生活

2013.08.05 06:29|アゼルバイジャン☞EDIT
ケンゾーがお腹をくだして発熱、じゃあ次はわたしの番?と不安になりながらも元気なイクエです。

カザフスタンに向けてアゼルバイジャンのバクーを出港したフェリー。

想像していたよりも大都会だったアゼルバイジャンの首都バクーがだんだんと遠ざかっていく。
いつもその国をあとにするとき思う。

「この国に再び来ることはあるんだろうか。
 あるとしたら、いつ、どんなかたちでくるんだろう。
 もしこないとしたらこれが自分が見る、この国の最後の景色だな。」

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美しい湖の上の船旅。
ではなく、油が浮く湖の上の貨物船の旅。

まるでシャボン玉の表面みたいに、湖の色が七色。
石油が採れるカスピ海。
油が浮いてこんな色なの?

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これを見ると、カスピ海で獲れる魚、食べたくなくなっちゃう。

沖合にでると、湖に大きなイカダのようなものがいくつも見えてきた。
なんだろ、これ。
養殖施設でもないし・・・。

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乗組員が言うには油田の掘削施設らしい。
簡素だしオンボロ。
こんなもので、重要資源の石油を採ってるのかあ。

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カスピ海に大きな太陽が沈んでいく。
アゼルバイジャンを出国してるけど、カザフスタンにはまだ入国していない。
どこの国にも属さない立ち位置で、どこの国に沈んでるのかわからない夕陽をぼーっと眺める。

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夕食は、パン・魚の缶詰・キュウリ・スープ・チーズ・ピクルス、そしてウォッカ。

湖をすーっと進んでいく貨物船。
海に比べると揺れが少ない。
自分たち専用のバスルームで熱いシャワーを浴びて、今夜はベッドでゆっくり休もう。
目覚めたら、カザフスタンにだいぶ近づいてるかな。

おやすみなさーい


2日目

朝がたになってようやく涼しくなってきた。

いま、どのあたりだろう。

デッキに出てみた。
空は白みはじめていて湖上は霧に包まれていた。
iphoneをつかってGPSで今どのあたりなのか地図で確認しとこう。
きのう寝る前に確認したときは、航路の4分の1くらいのあたりだった。
もう半分くらいまで来てるかなって思いながら確かめるとー。

え!
うそ!!


ケンゾーを起こしに行く。

「ケンゾーってば。
 地図で見るともうアクタウの目の前にいるよ。
 もう着くよ!」

運が悪ければ3泊かかるといわれていたのに、まさか1日で着くなんて。
霧に包まれたカザフスタンのアクタウの街並みがぼんやりと見える。

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早く着いたのはうれしいけど、せっかく3日分の食料を買い込んできたんだけどな・・・。

「とりあえず朝ごはんだけでも船の中で食べとこうよ。
 ピクルスも瓶ごと持ち歩くの重いから食べてしまおう!」

慌ただしい朝食。
歯磨きもしてパッキングもしないといけない。

あと何分で着岸するのかな。
ケンゾーが操縦室にいって船長に聞く。

「ハウ ロング ウィル ウィー アライブ?
 10ミニッツ? 20ミニッツ?」

「ノー、ノー! ノー!!」

そして、船長から驚きの答えが。

「アフター トゥデイ・・・」

きょうは着岸しない!?
『今日の後』ってことは・・・

「トゥモロー?」

「ノー、ノー! ノー!!

 アフター 2デイズ!


船長がすこし離れた場所にとまっているタンカーを数えはじめた。

「ルック、1、2、3」


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どうやらこの船を含めて4隻のタンカーが港の係留スペースの順番待ち中。
港が空くのを2日は待たないといけないらしい。

乗組員たちが碇を海中に下ろし始めた。

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乗組員たちはデッキで魚釣りをしたり、囲碁のようなゲームをしたり。
で、イクエとケンゾーはと言えば・・・。

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ひたすらブログを書き溜める。
ふたりとも追い込まれないとやれないタイプ。
「ブログ書くのめんどくさい」「きょうは疲れたからいいや」って思う日が多くて3週間分くらいの日記がたまっている。
ホテルに閉じこもって執筆作業に集中する作家になった気分でもくもくと書いて書いて書きまくる。

さらに、破けた服やバッグを修繕。

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スリランカでイクエが買ったパンツも早くも穴だらけになっているので、ゴムがのびきって使えないほかのパンツを切って継ぎはぎ。
外れていたサンダルのストラップも縫い付ける。

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日本だとこんな細かい作業は絶対やらない。
時間と労力を考えると買ったほうが早い。
でも、旅行中は直せるものは直す。
無駄な出費をしない。

この裁縫、とっても時間がかかる。
なんせ、糸から作ることにしている。
いらなくなった服やタオルをほどいて、糸だけ抜き取る。
これはかなりいい時間つぶしになる!

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フェリーでの軟禁生活があと何日続くのかわからない。
計算しながら食料を食べていかないといけないんだけど、予定がたたないからどうしようもない。
とりあえず、お昼ご飯はカップラーメン。

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夕食は魚の缶詰1つとスープとパン。
スープは粉をお湯で溶かすだけ。
物足りないけど、スープをたくさん飲んでお腹を膨らませようっと。

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アクタウは目の前なのに・・・。
フェリーはまったく進まないまま、2日目が終わった。

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3日目

暗い個室で目を覚ます。
時計を見ると、11時。

夜の11時?午前11時?
フェリー生活では時間の感覚がなくなる。

「ケンゾー、いま何時だと思う?」

ケンゾーを起こす。

時計を見たケンゾーも眉間にシワを寄せる。

「11時?
 どっち?」

デッキに出ると明るかった。
爆睡。
久しぶりの遅起き。

ケンゾーが言った。
「遅く起きたから、これで朝食の一食分がうくね。
 もうちょっと我慢すれば昼食やもんね。」

ブランチはロールケーキ。

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目が覚めたら、そこは港。

ってことを期待してたんだけど、船はまったく動いていない。
しかも、順番待ちのフェリーの数も減ってないってどういうこと!

船長にいつになるか聞く。
「トゥデイ?」

「ノー!」

「トゥモロー?」

「・・・。
 メイビー」


なんで、港の順番待ちをこんな長い時間せんといけんとかねぇ。
飛行機みたいにそれぞれ時間をずらして着陸するみたいに、効率よくやれんとかねぇ?
大海原だったら、目的地に着くのに予定日より1日か2日ずれるってのはあるかもしれんけど、ここはカスピ海。
波もほとんどないし、走行距離もそれほどないし、港に着く時間くらい読めるやろ!
うまく連絡を取り合って調整して出港時間をずらせば、無駄に順番待ちなんてしなくていいのに。

ってふたりでいいあったところで、どうにもならない。

すでに出港から48時間経過。
フェリーの個室にバスルームがついているのがせめてもの救い。
バッグやカメラケース、帽子。
普段洗わないものもこの際洗っちゃえ。

ケンゾーは「バックパックも洗おうかな」って言うけど、それはリスクが高過ぎる。
急に「よし今から着岸するぞー」って言われたら、急いでパッキングしないといけないもん。

暇を持て余したケンゾーも、糸を作る作業に集中し始めた。

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3日目の夕食はサーモンの缶詰とパンとスープ。
もちろん缶詰はふたりでひとつ。
まさか33歳にもなって、こんな過酷な旅をやることになるなんて思ってもなかった。
まあ、自分で好んでやってるんだけど。

『33歳になったら自分が好きな仕事をしていて、お金持ちのだんなさんがいて、子どもをふたりくらい育てて、週末には家族で外食して・・・』

そんなことを思い描いていた若かりしころの自分に教えてあげたい。

『33歳のあなたは住所不定無職で重いバックパックを担いで貧乏旅をしていて、破けた男児用パンツを継ぎはぎして使っていて、カスピ海のフェリーで軟禁生活をして、稼ぎのないだんなさんと缶詰ひとつを分け合いながら食べてるよ』って。

変わらない景色のなか、きょうが何日目なのかわからなくなる。
そして、意外と1日はあっという間に過ぎていく。
入院生活みたいだな。

えーっと、いまは3日目の夜か・・・。
おやすみなさい。


4日目

期待をせずに迎えた朝。
案の定、フェリーは同じ場所に停泊したまま。
でも、3隻あった船が1隻減っている。
着実に、でもゆっくりと、わたしたちの番が近づいている。

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出港から72時間。
毎日体を動かさない生活。
どこも悪くないはずなのに、ほんとうに入院していた人みたいに体がなまっている。
船が港についた時、歩けるかな。
バックパックを担げるかな。

昔、豪華客船を取材したことがあって、そこにはウォーキングマシンなんかが置いてあるジムの部屋があった。
「わざわざ豪華船旅を楽しんでいるときに、ジムなんてもったいない。ばっかみたいだなあ」って思ってたんだけど、今ならわかる。
これは体動かさないとダメだ。

わたしたちが泊まっているのはあいにく豪華客船ではない。
だってここは貨物船。
でも、ここにはひろーいスペースがある!

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船の3分の2には荷物ごと貨物列車が積まれている。
その上のデッキを一周するとおよそ250メートル。
4周で1キロのウォーキング。
午前と夜、2キロずつ歩く。

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ケンゾーははしごを使ってエクササイズ。

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いつものように缶詰とパンとスープのディナー。
一番お腹にたまるのはパン。

このパンが無くなったら、アウト。
大事に少しずつ食べてきたから、パンはもう少し余っている。

だけどその肝心のパンがー。

「うっわああああーーーー!

 カ カー

 カビが生えてる!!


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せっかく少しずつ食べてきたのに。

幸いにもカビの魔物に取り憑かれていないパンが残っていた。
これが最後の食材。

明日の朝には着岸することを信じて、豆の缶詰といっしょにいただきます。

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5日目

夜明け前から乗組員たちが騒がしい。
もしかしてー

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「トゥデイ?」

「イエス!」

ううううおおおおお。
テンションが一気に上がる!!

久しぶりに聞くエンジン音。

いつも遠くに見えていたアクタウの港が徐々に迫ってくる。

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この4日間ほとんど何もせずに魚釣りやゲームをしていた乗組員たち。
初めて乗組員らしい姿を見せてくれた。

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着岸した港で、フェリーからの4回目の朝日を眺める。

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早く降りようとうずうずしていたイクエとケンゾー。
でも、なかなか降ろしてくれない。

朝早いから、入管の受け入れ態勢が整っていないようす。

船から脱出できたのはそれから4時間半後の午前11時過ぎ。

やっと
やっと
やっとーーーー。

久しぶりに担ぐバックパック。

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カスピ海のフェリーで軟禁されていた時間はー。

93時間。

アゼルバイジャンで出国のスタンプを押されて、カザフスタンで入国のスタンプを押されるまでにかかった時間はー。

95時間30分。

この世界一周で何度も国境越えをやってきたけど、こんな長い国境越えは初めて。
きっとこれからの旅でもこの記録は更新されないだろう。

忘れられない国境越え。

でも、有意義な5日間だったとは言えない。
4泊5日なら日本からアジアやハワイなんかへ海外旅行いけるし!
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国境越えは陸路?空路?海路? いえいえ湖路よ!

2013.08.04 05:43|アゼルバイジャン☞EDIT
おかあと合流し、日本から持ってきてもらった肌用のカミソリで眉毛を久しぶりに整えたら、出血したイクエです。
海外では女性が使うまっすぐなカミソリがなかなか売ってなくて、T字型のしかないんだよねー。

イクエとケンゾーがなぜ、わざわざアゼルバイジャンに来たのか。
それはコーカサス地方から陸路でも、空路でも、海路でもなく、湖路で中央アジアへと向かうため。
そう、世界最大の湖カスピ海を渡って国境越えをするのだ~!
湖だけどカスピ「海」っていうくらいなので、向こうの岸辺なんてまったく見えない。
ほんとうに海みたい。

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本当はアゼルバイジャンからトルクメニスタンにぬけたかったんだけど、トルクメニスタンのビザを取ることができなかったので、カザフスタンのアクタウを目指す。

アクタウ-2

でも乗るフェリーがクセものなのよ。
フェリーというより、ただしくは貨物船
しかも不定期便。
「貨物といっしょについでにわたしたちものっけてくれませんか?」という感じでのっけてもらうのだ。

出港日も出港時間も当日にならないとわからない。
人をのっけるスペースがあるのか、のっけてもらえるのかも直前でないとわからない。
運が悪ければ1週間くらい待たないといけないんだって

こりゃ、長期戦だ。
そう覚悟を決めていたら
宿の人が「きょうは出港するかもよ」と教えてくれた。
さいさき良い〜 ♪

朝からチケット売場に行ってみる。
チケット売場って言ったってね、一般の人が行くような場所じゃないんだよ。
すごくわかりにくいらしい。
地元の人が教えてくれた。

「公園を過ぎてすぐを右に曲がる」

ポートバクーパークという公園の前を東に進むと、曲がり角が見えてきた。

「ねえねえ、ここ曲がるっちゃない?」

イクエの言葉を無視するようにケンゾーは歩き続ける。
「ケンゾーってば! ここ曲がるんやない?」

「いや、ここじゃないやろ。」

「とりあえず、見てくるよ。」

ケンゾーは不満そうな顔をしてイクエのあとをついて来る。
「こんなところに無いやろ。」ってぶつぶつ言いながら。

みなさん、どう思います?
トラックが出入りしているこの先にチケット売場はあるのでしょうか。

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それがね、ありましたよ。
チケット売場なんて名前で呼べないような建物が。

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室内には英語をしゃべれないおばちゃんひとり。
単語を並べて「フェリーでカザフスタンに行きたい」って言うのを伝える。

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幸運なことに、きょうの午後フェリーが出航するらしい。

「午後3時にここに荷物を全部もって来なさい。
 チケットはそのときに売ってあげる。」
バッグを背負うようなジェスチャーで伝えるおばちゃん。

急がないと!
宿に戻ってさっそく荷造り。
フェリーにどのくらい乗らないといけないのかわからないけど、長ければ2泊3日くらいかかるらしい。
だからとりあえず3日分の食料が必要。
アゼルバイジャンのお金が余ってもしかたないので、お財布の中身とにらめっこしながら缶詰やパン、カップヌードルを買い込む。

バックパックに食料や水。
めちゃくちゃ重い荷物を持って、夕方ふたたびおばちゃんのところへ。

するとおばちゃんが言う。

「ニェート!!」

ニェ、ニェート!?

ニェートってのは、「ねぇよ」ってこと。

フェリーの乗客の定員は11人で、もう人数に達したから乗せられないんだって

わたしたちの失望した顔を見て、おばちゃんが船長に電話してくれた。

頼むよ、おばちゃん。
どこでもいいから乗せてちょうだい!
荷物もって炎天下のなか、ここまで来たんだよ。
食材も買い込んでるし、アゼルバイジャンのお金ももう使い果たしたんだよ。

「個室は無くても余ってるスペースでいいから乗せてあげて」って頼んでくれるおばちゃんに船長の答えは「ニェート」。
きょうに限って、複数の欧米人チャリダーが乗船するから載せる自転車も多くて空きスペースもないんだって・・・。

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3日分の食料と荷物を持って、足取り重く、あの激高足臭ホテルに戻る。
ホテルからは船に乗る欧米人チャリダーたちが出て行ったので足臭はほぼ消えていた。

きょうのフェリーに乗り損ねたアメリカ人チャリダーとともに、このホテルの唯一の利点、Wi-Fiでネット。
「あしたフェリーが出ればいいけど、今日出港したから明日はないよねえ」
「うん、そう思う。
 早くてもあさって以降だよね・・・。」

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次の朝。
アメリカ人と話しながら、インスタントコーヒーをすすっていると寝ぼけ眼の宿のおばちゃんが2階から顔を出した。

「あんたたち、何やってるの!?
 きょうフェリー出港するみたいだよ。
 あと1時間後だから、早く急ぎなさい!!」

ええー!
もう出港するの?

急いで荷物をまとめてチケット売場へ。
時間は未定だけど、やっぱりきょう出港するんだって!

とにかく乗れる ♪
チケット代はけっこうお高くて90マナト(約11000円)。
出港を待つためのアゼルバイジャンでの滞在費も含めると、飛行機のほうがかえって安かったかも・・・。
(逆コースでカザフスタンからアゼルバイジャン行きのチケットを買うと若干安いかも。)

待合室に向かう。
いや、「室」じゃないな。
ドアも窓もない待ち合い「スペース」。

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すると、そこにいた現地の人たちがいっせいにこっちを見た。
「オオ~! イポーン(日本)!!」

あれ?
みんなまだいるの?

実はこの人たち、きのうもここにいたメンバー。
フェリーでトルクメニスタンに行きたいんだけど、船が出航せずにここで待ちぼうけ。
なんと、ここに寝泊まりしながらすでに3日が過ぎている!!

まだ3歳くらいの小さな子どももいるんだよ。
ここを離れず、みんなでここでご飯を食べて、一日何もせずにただフェリーが出港するのを待ちながら、この細いベンチに横になって夜を明かしている。

「いったいいつ出るの?」「何日待たせるの?」って文句を言いたいところだけど、貨物船に乗せてもらう身。
文句は言えない。

そこにはスイスからバイクで大陸を横断しているカップルもいた。
彼らはトルクメニスタンのトランジットビザを持っているけどビザの有効期限はたったの5日間。
フェリーの出港が遅れればトルクメニスタンに滞在できる日にちがどんどん削られる。
最悪の場合は、出港を待っている間にビザの期限が切れてしまうことだってありえる。
恐ろしや、カスピ海の国境越え。

3日間こんな環境の悪い待ち合いスペースで待機しているにもかかわらず、一足先にカザフスタンに向かうイクエとケンゾーに現地の人は笑顔で手を振ってくれた。

大量の食料をもって、いざ貨物船へ。
こんな貨物の港で人間の出国手続きはできるのかなあ。

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小さくて粗末な建物。
一応空港みたいに荷物をスキャンしてチェック。
パスポートを見せてカメラで顔を写されて、出国スタンプを押される。

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出国手続きをする外国人はイクエとケンゾーとアメリカ人チャリダーの計3人だけなのに、職員は8人くらいいた。
船がでない日だって多いのに、スタッフが多すぎ。
8人中4人くらい机に突っ伏して寝てたけどね。

フェリーに近づいていく。
湖での国境越え。
ワクワクしてきた。
フェリーは下から見るとずいぶん大きい。

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どこから乗り込むのかわからなくてウロウロしていたら、デッキから乗組員に声をかけられた。
「こっちにあがってこい」

こっちにあがってこいっていったって、客船じゃないしどっから入ってどこからデッキにあがればいいのやら。
貨物列車の脇を通る。

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なんでフェリーなのに列車なのかというと・・・。
こんなふうになってるから。

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フェリーの後方3分の2のスペースにはレールが敷かれていて、貨物列車ごと搬入されている。
両サイドの丸い貨物にはガソリンって表示されているから、ガソリンなんかもこのフェリーでカザフスタンへと輸出するみたい。
こりゃ、完全な貨物船。
デッキにベンチもないしわたしたちの乗るスペースってあるの?

と思っていたら、ちゃんとした個室を提供してくれた♡

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この船はクロアチアで造られたものらしく、まだ真新しい。
なんとなんと、個室にはきれいなシャワー室もある ♪
しかもばっちりお湯がでるシャワー!
あの足臭ホテルよりもかなりいい環境だ!

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唯一の欠点は窓がないこと。
窓ありの個室は乗組員が使っている。
しかもソファーまである。
そして船長の部屋は大きくて、りっぱな書斎までついていた。

操縦席には自由に出入りすることができる。
みんなフレンドリー。

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このさっぱりしたケンゾーの髪。

これまでドミトリーで生活していたイクエとケンゾー。
久しぶりの個室だから、この機会に伸びていたケンゾーの髪をイクエがカット
イクエのカットの腕もあがってきたなあ。

いやあ、快適な個室が使えるし、フェリーでの国境越え、楽しめそうだな〜。
食材も余裕をもって3日分買ってきたから食べ物に困ることもない。

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海風、ちがった、湖風が心地いい。
きれいな個室でゆっくり寝て、うまくいけば明日にはカザフスタンに着く。
しゅっぱ〜つ、しんこう〜 ♪

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清々しい表情のイクエとケンゾー。

このときはまだ、知るよしもなかった。

ふたりがこれから〇日間、フェリーに軟禁されることを。
そして、ふたりに食料危機が押し寄せることを・・・。
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巨人が国旗を振り回す街

2013.08.03 06:38|アゼルバイジャン☞EDIT
せっかくイクエのおかんと合流したのに下痢になって熱もでてしまったケンゾーです。
けっきょくおかんも発熱と下痢、イクエはかろうじて下痢のみ。
はやくも中央アジアの洗礼を受けてしまった3人です。

コーカサスで最も大きな都市バクー。
シルクロードの中継地として栄え、城壁に囲まれた旧市街には中世の街並みが今もなお残っている。

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旧市街の外でも由緒正しい(と思われる)建造物を目にすることができる。

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そして感心するのは、中世の雰囲気を壊さないように新しい建物も色合いに統一感を持たせていることだ。

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ヒルトンホテルだってこんな感じ。

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まあ、旧市街から離れるにしたがって近代的なビルが増えてくるんだけどね。

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極めつきは高台に建つこのビル群。
極端過ぎるよ!
なんか巨大なペンギンがお互いそっぽ向いてるみたい。

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海岸沿い、じゃなかった湖岸沿い、ん?、カスピ海だから海岸沿いでいいのか?
カスピ海沿いを散策していると、なんだか爆音が聞こえてきた。
音のするほうへ行ってみると・・・クレーンで吊り上げられている物体が。
なんだ?

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これ、「パワーボート」っていうモーターボートのレースだった。
日本の競艇とは異なりギャンブルではなくモータースポーツ。
「海のF1」とも呼ばれているそうだ。
どうやら世界大会のようで、スウェーデンやイタリアなどからボートと選手たちが集まっている。
ケンゾーたちも張り切って場所取り。
開始前からチームごとに入念なボートのチェックをしている。

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仕事をしていたときはよく福岡競艇に撮影で行っていたんだけど、パワーボートっちゃあどんなもんなんやろ?
今か今かとスタートを待ち構えて2時間。
突然とどろく爆音。
唐突にレースは始まった!

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ほんとうに車のレースみたいだ!
立ち上がる水しぶきが、排気ガスのように見える。

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舳先が宙に浮いている。
なんていったって、ボートの形がシャープでかっこいい。
近未来の乗り物のようだ。

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競艇とはまったく別物!
2つのターンマークの間を旋回する競艇に対して、こちらはヘアピンカーブなどちゃんとコースがある。
スピードもケタ違い。
まさしく海のF1だな。

あ、でも沈没することがあるのはいっしょだね。
今回も2艇沈没してそのつどレースが中断してた。

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1位はスウェーデンのチーム。
ゼッケンが「1」だったので去年のシリーズチャンピオンかな?

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ヨーロッパのチームが強いみたいなんだけど、なんと「チーム アゼルバイジャン」が2位と大健闘で観客も大興奮!
となりで見てたおばちゃんが「2位はアゼルバイジャンよ!」みたいな感じでケンゾーに何度も何度も叫んでくる。
おばちゃん分かっとるけん!

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陽が沈むと心地いい風が頬を撫ぜる。
古き良き中世の街並みは夜も美しい。

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夜になってもあのペンギンビルは存在感が飛び抜けていた。
こんなイルミネーション見たことない。

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炎がゆらゆら揺らめいたり、アゼルバイジャンの国旗がはためいたり。
闇夜に国旗を振り回す3人の巨人。
振り幅がでか過ぎるよバクー。

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足臭ホテルに憂鬱 幻滅

2013.08.02 06:28|アゼルバイジャン☞EDIT
かかとのカサカサがだいぶマシになってきたイクエです。
きのう泊まったところも今泊まっている宿にも、バスルームに家族用の軽石が置いてあるからこっちの人も絶対かかとカサカサで軽石で磨いてるんだよ。

物価の高いアゼルバイジャン。
アルメニア・グルジアと並んでコーカサス地方だけど、この国だけちょっと違う。
アルメニア・グルジアはキリスト教の国だけどアゼルバイジャンはイスラム教の国。
そしてアルメニア・グルジアは首都もそこまで発展していないし物価も安いけど、アゼルバイジャンは石油産出国で物価が高い。

だからアルメニア・グルジアでのんびりと過ごした旅人にとっては、大都会のアゼルバイジャンの首都バクーはちょっと居心地が悪い。

そして何よりも質が悪いのに宿代が高い!
これは同じく石油産出国のオマーンでも感じたこと。
いっきに発展してホテルの供給、そしてサービスが追いつかないままホテル代が高くなってるのかもしれない。

そんなバクーに、唯一といえるバックパッカー用のホテルがある。
カスピアンホステル。
全室ドミトリーでWi-Fiは使える。
立地も言うことなし。

問題は値段。
ドミトリーでベッド1台16マナト(約2000円)
ふたりで4000円!
この値段ならほかの場所ではそれなりのホテルのダブルルームに泊まれる。

ネットの予約サイトで探してもほかのホテルも最安値で7000円。
アゼルバイジャンは日本よりも宿代は本当に高い!

そうはいってもどこかに泊まらないといけないので結局、激高バックパッカーのドミトリーに泊まることにした。

カスピアンホステルの場所は、城壁で囲まれた旧市街の中に位置する。
迎えてくれたのは12世紀から14世紀に造られた城壁の門。
昔からキャラバンや旅人たちがこの門をくぐってきた。

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「ここはヨーロッパ?」って錯覚するような建物もあれば、モスクがあって中東の雰囲気に包まれている場所もある。

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さあて、わたしたちの泊まる宿はどこかな~。
旧市街は狭い路地が入り組んで迷路のようになっている。
地図を頼りに探す。

すると、地図で印をつけていた場所に「カスピアン」と表記のある立派な建物を発見!

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想像していたよりもかなり高級感漂う建物。
ドミで2000円の宿ってやっぱりそれなりにちゃんとしたホテルなんだね。
重厚感あふれるドアを開けて中へ。
中の雰囲気もとても気品に満ちている。
いっきにテンションが上がる。
久々にこんなちゃんとしたホテルに泊まれる♡

ホールの奥のレセプションの女性に尋ねる。
「ドゥ ユー ハブ ア ルーム?」

すると女性が眉間にシワを寄せて

「WHAT!?」

ちょっとぉ。
聞き取れなかったとしても、客に向かって吐き捨てるように「ワッツ?」はないでしょ!
ホテルはきれいなのに、接客態度は良くなさそうだなあ。
もう一度尋ねる。

「キャン アイ ステイ?」

「WAHT ?」

あまりの冷たい接客に動揺していたら、女性は言った。

「This is not a hotel」

え!?
ホテルじゃないってどういうこと?
そばにいるおじさんがこっちを見てニヤニヤしてる。

「・・・ソーリー」
慌てて建物を飛び出すイクエとケンゾー。

外の看板をよーく見る。
「カスピアン・・・」とは書いてるけど「ホステル」なんて書いてない!
ホテルじゃなくて、オフィスみたいなところだったー!!

「やっぱ、そうだよね・・・。
 こんなきれいな建物じゃないよね。」
「うちらには高い2000円でも、ここでは所詮安宿だしね・・・。」

その建物の近くを探していたら、あった。

路地からチラッと見える、とっても簡素な宿がね。

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現実はそんなに甘くないよね。
しかも、夫婦だからってベッド2台じゃなくて1台にされた。
左奥の枕がふたつ並んだ、ちょびっとだけほかのベッドよりも大きいベッド。
このベッド1台で4000円なり。

たっかーい!!

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しかもね、この部屋、なんかわかんないけどめちゃくちゃ臭いの!!
かび臭いというか湿気臭いというか、柔道場みたいな臭いというか・・・
もう、独特の臭さ。
部屋に窓が1つもないからしょうがないねってケンゾーと言い合う。

宿代が高いから食費を削るしかない。
この宿に気の利いた団らんスペースなんてない。
廊下の隅で目立たないようにディナータイム。

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カップラーメンとスープと、昼に食べた残りのケバブと、サーモンの缶詰とピクルス。
アゼルバイジャン滞在中の食事はほぼこんな感じ。
ちゃんとしたキッチンもないから自炊もできない。

こんなのを買ってみたこともあったけどね。

キャビア。

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1瓶で200円くらい。
やっすーい。
でも、これは確実にチョウザメの卵じゃないな。
味はほとんどしないし。
食感もそんなに楽しめないし。
これなら黒豆のほうが10倍おいしいよ。

ドミトリー部屋にはクーラーがついているけど、臭いのでなるべくドアを開けておくようにした。
きっと、窓がなくて閉め切っているから臭いのだ。

その日の夜。
臭さに耐えながら眠りについた。

とてもいい夢を見た。
それはこぎれいな日本の料理屋さんで極上の和食を食べる夢。
まっしろい大きな長方形のお皿に10種類くらいの前菜が彩りよく盛られている。
お刺身のしょうゆ漬け、菜の花のおひたし・・・。

至福の時間。
久しぶりの箸で、舌鼓。


く。

くっ!

くっ!!


くっさーーー!!!

ものすごい臭いで目が覚めた。
まだ夜明け前。
起きあがってまわりを見ると、1人のバックパッカーがチェックアウトするようでバッグを開けてパッキングしている。
臭いの原因は、これなのか!

パッキングしていたのはカナダ人で、もう一人の宿泊者とおしゃべりしている。
しゃべり声よりも臭いで目覚めるってどんだけ臭いの。
臭いで目覚めたことって人生でこれが初めてだよ。

まだ暗くてみんなは寝てるのでこのまま眠ることにする。
シーツで鼻と口を抑えて目をつぶった。

朝になって起きるとー。

消えている!
彼の姿も、そして臭いも。

いやあ、臭いが消えたらこの宿は居心地がいい♡
彼の足が臭かったのか、服を洗ってなくて臭かったのか。

この宿を利用する人の8割はチャリダー。
見どころもほとんどなく物価の高いアゼルバイジャンに来るなんて自転車で大陸を横断することを目指している人ぐらいだ。

ケンゾーが言う。
「まあ、チャリダーは炎天下の中を、汗を流しながら砂埃にまみれて自転車こいでるから服も臭いだろうし、雨に塗れて荷物のかび臭さも取れないからそんな臭いがするんだろうね。」

しかも、ドミトリーにはシャワー室は1個しかないのにぜんぜん混まない。
みんなシャワーを浴びないのだ。
なんで!?
日本のチャリダーで不潔な人はいないのに、海外のチャリダーってこうなの?

またケンゾーが言う。
「自転車をこいでない日は、汗をかいてないって勘違いしてシャワーを浴びないんじゃないか。」

まあ、そうなのかな。
どうであれ、臭いの元がなくなったのでかなり快適になった。

さて、街へ繰り出そう ♪

アゼルバイジャンの首都バクーは高層ビルが建ち並び、予想以上に発展している。
城壁で囲まれた旧市街だけ、低い建物が密集していて時代に取り残されたよう。

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旧市街の趣のある建物の間からは、現代の不思議なデザインの高層ビルがチラチラと姿をあらわす。

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旧市街のなかには、世界遺産の要塞や宮殿がたたずむ。
石で造られた高さおよそ30メートルの「乙女の望楼」。
かつての王様が自分の娘に言い寄り、ショックを受けた娘がここからカスピ海に飛び込んで自殺したという伝説があるらしい。

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そんな世界遺産の城壁に囲まれた街にも地元の人たちの普通の暮らしがある。

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ちょっと疲れたから宿に戻って一休みしよう ♪
臭いの元も消えたことだし、きょうは部屋を閉め切ってクーラーをつけよう ♪

宿の入口に差しかかる。

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く。

くっ!

くっ!!

そんなはずはない。

でも。

くっさーーー!!!
ちょっと。どういうこと!?
なんで出て行ったはずのあの人の荷物がここに置いてあるの?

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なんと、チェックアウトしたカナダ人が宿に戻ってきていた。
乗る予定だったフェリーが欠航したらしい。

っていうか荷物少な過ぎる!
服を洗ってないってこと!?
しかもチャリダーじゃなくて、ただのバックパッカー。

でも臭いの原因は服を洗ってないからじゃなかった。
原因はこれ。

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尋常じゃない臭さ。
履いている自分でも臭いと思ってるのか、外に放置したまま宿内を歩き回っている。

イクエはべつににおいに敏感である訳でもないし、他人よりも足の臭さに抵抗があるわけでもない。
何度も言うけど、尋常じゃなく臭い。
彼が通った5分後にその場所を通っても臭いんだよ。

彼がトイレに入ったあとにトイレに入ると、うんち臭いのではなくて足臭い。
息を止めて用を足す。
うんち臭いほうがマシ。

これでまた足臭い夜を過ごすはめになった。

彼はいつ出て行くんだろう。
次の日外出しても、宿に戻るとあの臭いが待っていると思うと気分がぐっと下がる。

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宿にたどり着き、入口で立ち止まってみる。
彼がまだいるかそれともチェックアウトしたかどうかを判断する。

臭うのか臭わないのか。

「ああー、まだいるよ」

イクエとケンゾーはこのホテルを足臭ホテルと名付けた。

ふたりで4000円の足臭ホテルは、足臭であるかぎり、4000円の価値からはほど遠いものだった。
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