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旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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インド・アーグラー 「タージ・マハル」☆☆

2013.03.31 05:45|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
なんの前ぶれもなく突然、38.5℃の発熱と強烈な下痢に襲われたケンゾーです。
2日で治ったけれど、今度はイクエとおなじ咳の症状が!
なんなんだろうな、この咳。

インド滞在およそ40日、そして世界を旅しはじめて半年ちょっと。
とうとうワールドクラスの世界遺産の登場だ。
それは、教科書にも載ってる「タージ・マハル」。

この壮大な建築物がたった一人のためのもの、しかもそれが墓だというから驚きだ。
タージ・マハルはムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンの愛の結晶。
これは愛する亡き妻のために建てた巨大で美しすぎる墓なのだ。

タージ・マハルといえば、白大理石で造られていてその眩しい白が代名詞。
だけれど、今回はいつもの真っ白とはちょっと違うタージを見たくて、早起きして開園前から並ぶことに。

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6時30分に入場。
ちょうど太陽が昇りだした。
そう、今回は朝日に照らされて紅く染まるタージ・マハルを見たかったのだ。

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この正門の先にタージ・マハルが・・・。

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見えてきた!

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おおー、完璧なシンメトリーが美しい。
あまりに完璧すぎて、目の前にあるのになんだか現実感がない。
映画のセットのようだ。

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すこし朝靄がかかって絵画のようにも見える。
とても幻想的だ。
早起きしてよかった。

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門をくぐって出たとこがベストショットポイント。
そりゃあみんな写真撮りまくりですよ。

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タージ目指してどんどん歩を進める。
途中でちょっと後ろを振り返ると・・・
ぜんぜん眼中になかった正門も、なかなかいい感じやん ♪

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紅く、とまでは言えないけれど、ほのかな朱色に染まっていくタージ・マハル。
通常の白いタージはキリッとして凛々しいけれど、この朱色のタージは温もりが感じられて優しく見えるな。

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ここで、いろいろな角度からのタージ・マハルをどうぞ!

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ちなみに、日が当たってない裏側はちゃんと白いですよ!

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周囲に他の建物がないのでよく分からなかったけれど、近づいていくとその大きさに圧倒される。
近づいて見ると、壁面すべてに美しい装飾が施されているのが分かる。

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シャー・ジャハーンの妻への愛情は桁違いだった。
完成までに22年を要したこの「世界一美しい墓」には天文学的な費用が使われ、そのせいで強大なムガル帝国の国力が傾いたそうだ。
この蜂の巣みたいになってるのも、全〜部大理石やからね。
途方もない労力が投入されてるよ。

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さあ、いよいよ愛する妻が眠るタージ・マハルの中へ。
これが妻の墓かと思ったら、じつはこれじゃなくてこの真下に眠っているそうだ。

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ふたたび外へ。
一番奥からは、ヤムナー河を挟んで「黒タージ」の建設予定地を見ることができる。
シャー・ジャハーンは対岸に自分の墓を黒大理石で建て、妻の墓と橋で繫ぐことを計画していたそうだ。
けっきょく幻に終わってしまった「黒タージ」。
もしも実現していたとしたら、超ド級の遺産になってただろうな。

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タージ・マハルの両脇には、これまた左右対称なモスクと集会場がある。
完全にタージの陰に隠れてしまっているけれど、このモスクも美しい。

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イスラムの建築物を見るたびに思うんだけど、この精巧な幾何学模様はどうやって描いてるんだろう。
偶像崇拝が禁止されているから、他の宗教(とくにヒンドゥー教)と比べると地味な印象があるイスラムの建築物だけど、緻密で精巧な装飾はまったく見劣りしない。

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すべて見終わって戻っていると、寝そべったりしながらがんばってカメラを構えている人たちがいた。
そうそう、やっぱりこれは撮っとかないとね。
水に映るタージ・マハル ♪

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さて、世界一美しい墓「タージ・マハル」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

タージ・マハルといえば世界を代表する名所。
ケンゾーの期待度もかなり上がっていた。
思っていたよりも目にしたときの衝撃は少なかったけれど、やっぱり素晴らしかった。

早朝に行ったので人が少なく、朝日を浴びて静かに佇むタージはとても幻想的。
時間の経過とともに色が変化していく様子を見ることができるので、早朝はおすすめ。


【旅 info.】
  タージ・マハルa_P1020196.jpg
開場時間 日の出〜日没
入場料750Rs.
このうち500Rs.はADAチケットといって、インド考古学局に対して払うお金。
同日のみ、ADAが必要なほかのアーグラー城やファテーブル・スィクリーなどでも使える。
外国人はチケット売場の脇でミネラルウォーターをもらえるので忘れないように!

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高い入場料を払わずにタージマハルを楽しむ方法

2013.03.30 05:43|インド☞EDIT
ほとんど咳が治って肋骨の痛みも落ち着いてきたイクエです。
でも、今度はケンゾーが同じような咳の症状になっています。

インド北部のマクロード・ガンジからデリーに戻ったイクエとケンゾー。
ケンゾーがバッグの中でペットボトルをこぼして調子が悪くなった一眼レフを修理するためにデリーのニコンオフィスに預けることに。

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オフィスの受付のインド人お姉さんはキレイだし英語がとても上手だし、接客もいい。
「紅茶とコーヒーどっちにします?」
って無料で飲み物のサービス。
日系企業は違うねえ〜。

修理期間は長くて15日くらいかかるということで、その間iPhoneと安いコンパクトデジカメで旅をすることにした。

ケンゾーは「タージマハルは一眼レフで撮りたいから、嫌だ!」と言う。
だけど学生のころにタージマハルを見ていたイクエに諭される。
「そんないうほどたいしたことないよ。タージマハルはインドの数ある観光地のひとつに過ぎないから、一眼レフなしでとっとと行ってしまおう!」
もちろん妻の意見が通る。

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いつもは夜行列車だけど、デリーからアーグラーまでこの日は日中の列車移動。
ここは指定席では一番安いSLクラス。

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指定席なんだけど、指定以上の人が乗車している。
3人席に5人も6人も座ったり、上に人が乗ったり。
指定席の切符を買っている人は、切符をもってなくて乗り込む人に文句を言わない。
自分のスペースが狭くなるのに、イクエたちには理解できない寛大さ。

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夜は上の段は人が眠れることになってるんだけど、昼は荷物棚となる。
だけど人口密度が高いので、荷物棚にも人が乗る。
座席から上を見上げると、足。
この足の持ち主の女の人は指定席の切符をもっていない。

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下の座席には乗ってくる人が次から次に詰めて座ってくる。
なので上の段に寝た方が下に座るよりもスペースを広く使える。
上の段を陣取った人たちの足が見える。

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子どもはかわいいから許します。

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このいい年の親子は切符ないのに堂々と昼ごはんのカレーまで食べ始めた。
ちょっとは遠慮しなさいよね。

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賑やかで落ち着かない列車は、目的地のアーグラーに到着。
さて、この街に来た目的は世界遺産タージマハル!

さて、このタージマハルの入場料いくらでしょう?

なんと750ルピー(約1300円)もします!!

ちなみにこれは外国人価格でインド人は20ルピー

どういうことですか!?
インド人35人の入場料よりも外国人1人分の方が高いって・・・。
こんなことを政府が平気でやるから、ふつうの店や食堂も外国人料金をふっかけてくるんだ!

「入場料は高いし、タージマハル2回目だし、咳が止まらず体調が悪いから、イクエはもう見なくていいやあ、ケンゾーだけ行ってきなよ。」

とは言っても、やっぱりここに来たんだからできるだけタージマハルを近くで見たい!
とりあえず、入口まで行ってみることにした。

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門からチラッと見えるかなって思ったけど、ぜんぜんダメ。
ぎりぎりまで近づこうと思ったけど甘かった。
ボディーチェックのゲートがあるうえに、銃を持った兵士が睨みをきかせている。
そこまで厳重にせんでいいやん!

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ちょっと裏に回ってみようか。
ゲートがない方に。

ゴミが溜まっているし、くっさいけど、足元の悪い川岸を歩いていく。
体調悪いから見なくていいって言ってたのに、こんなことしたら体調悪化しそうだね。
アラサーのイクエ、がんばります

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失敗
タージマハルは周りが高い塀に囲まれているので近づけば近づくほど見えなくなるということが判明。

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しかも、裏でも兵士たちが見張っていた。
完全なる不審者と見られて「何してんだ。どっから来た?」と質問された。
笑顔で「いやあ、あっちの方に行きたいなって思って・・・」って答えて不審者じゃないことをアピール。
そしたら和やかになったけど、直後に兵士が聞いてきたことは

「日本は・・・フリーセックスの国?」

はあああ????
どういう意味? フリーセックスの国なんてあるか!!

インドでは「外国の女は乱交OK。エッチなこと大好き。誰でも受け入れて楽しむ。」と勘違いしている輩が多い。
これは70年代にヒッピーたちがインドを旅して、ラリって性に寛大だったから今もそのイメージだけが残っているらしい。
インド人は外国女には何やっても許されると思い込んでいる。
しかも、とにかくエロい。
高校生ぐらいの男が列車で無修正のエロ動画を携帯で見て、しかもそれをわざと乗客に見えるようにして反応を楽しんでいたりする。

そんなわけのわからん兵士たちには「バアア〜イ!」と言って、次の策を実行した。

それは、近くがダメなら高い場所から見ること。
タージマハルは草原に建っているわけではなく、街中の集落に建っている。
周辺には屋上つきの建物がひしめいている。

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そしてこの立地を利用して、屋上をレストランにしている場所が多い。
「タージマハルを見ながら美味しい食事はいかがですか?」っていうのが売り。
そこで、行ってみた。
たしかに見える!

でも、じゃまなものがたくさん。
美しくはない

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でも、あきらめるのは早い。
レストランはほかにもいっぱいあるんだから。
飲み物だけ頼むことにして続いて向かったレストラン。
お、いい眺め♡

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この眺めを見ながら冷えたビールなんてステキでしょ。

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夕焼けの中のタージマハル。
真っ白な大理石がピンクに染まっていく。
そして夕闇に溶けていく。

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これに味をしめたイクエ。
ベストポジションを探すべく、毎食違う屋上レストランを渡り歩くことにした。

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美しいタージマハルが見えるのにそっちのけで、WiFiでネットをするという贅沢。

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意外にここのレストランからの眺めが好きだった。
10ルピーのホットジンジャーハニーティーを2杯頼んでネットしながら居座る。

集落とそこに住む人たちとタージマハルが共存している。

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そして美しいタージマハルを見るとっておきの秘策があった。
この前は裏側に回っても高い塀に囲まれて見られなかったけど、裏側の少し離れたところから見る方法。
裏側はヤムナー川に面していて、向こう側の川岸からだと川を挟んだ美しい孤高のタージマハルが見られる ♪

実はこの場所はタージマハルをつくった王様が、もひとつのタージマハルを建てようとした場所。
真っ白いタージマハルは、王様が亡きお妃さまのためにつくったお墓。
そして川岸には、自分のために同じ形の黒いお墓をつくろうと計画していたのだけど、実現できなかったのだそう。
川を挟んで向き合う白と黒のタージマハルがあったらステキだっただろうな。

さて、この幻となった黒いタージマハルの建設予定地は今では「マターブ・バーグ」という庭園になっていてそこから白いタージマハルを見ることができる。
しかし!

ここも入場料がかかる。
100ルピー。
庭園には興味がないしできるだけ川岸に近づきたいので、マターブ・バーグに入らずに川岸に行くことに。

お! 見えてきた♡
いい感じ〜 ♪
集落じゃなくて緑に囲まれてる。
森の中の隠れ家みたい!

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今は乾期なので水の量は多くなく、川岸の砂のところから写真を撮ると、まるで砂漠に建っているように見える。

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川に近づくと、水面に映るタージマハルがキレイ。

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でも、実はタージマハルのすぐ近くに火葬場がある。
遺体が燃やされ、この川に流される。

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写真は載せないけど、頭蓋骨が転がっていた。
タージマハルを裏から眺めてるけど、タージマハルの裏の顔も見た感じ。
カラスもたくさん飛んでいる。

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でも、ここは静かだし誰にも邪魔されずにタージマハルを独占できる。

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と思ったら、なんか男が近づいてきた。

「ここは立ち入り禁止!
 向こうに戻らなきゃいけない。
 ほら、いっしょに行こう!」

男が指す方向は、イクエたちが来た場所ではなくて有料の庭園の方。
庭園の正門ではなくて裏側からいっしょに入って、きっと「入場料」といってあとでお金をせびるに違いない。

「はいはい。
 もう少ししたら出て行くからね。
 バイバイ。」

聞き入れずに、追い払った。

そしたらやっかいなことに警察を連れてきた!
警察がものすごい勢いで出て行けとまくしたてる。

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「地元の人はいるのに、なんで私たちだけ出て行かなきゃいけないの?」
「地元の人は、ここで生活してるから許されている」

横の男はどうしてもお金を徴収したいようで「あっちから出ないと。あっちから!」と言ってくる。

「だって、こっちから来たもん!
 こっちが近いもん!」

警察にとってはどっちから出て行ってもらってもかまわないので、イクエたちの後ろをまくしたててついてくるだけ。
男はお金がもらえないのがわかって苦笑いで石ころを蹴る。
残念でしたー。

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怒られたけど、夕焼けのいい写真が撮れたから満足!
一眼レフじゃなくてこれだけ撮れたからね。

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でもタージマハルのつくりの繊細さと迫力を感じるにはやっぱり近くまでいかなきゃ!

ということで、ケンゾーだけインド人37人分の入場料を払って中へ!

間近で見るタージマハルはどうだったかな?

明日、お伝えしま〜す ♪
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この声は中国に届くのか

2013.03.29 05:49|インド☞EDIT
登川誠仁さんの訃報を聞き、一度はライブに行きたかった〜と残念な気持ちで、iPodに入れていた誠仁さんの音楽をインドで聴いてるイクエです。
疲れたときに出演映画の『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』を見てください。
こころがほんわかなりますよ。

チベットの解放を求めて、1年でもっとも大きなデモが行われる3月10日。
この日はチベット蜂起の日で、チベット人にとって忘れることができない重要な日。

1959年のこの日、ラサで数千人のチベット人たちがチベットの解放を訴えた。
中国政府は集まったチベット人たちに発砲。
その場で数百人、数千人の人たちが殺害された。
そして命の危険を感じた人たちが、ヒマラヤ山脈を越えてこのインドへ逃れてきた。
チベット政府を存続させるため、ダライラマ法王もこの地へと亡命。
ダライラマ法王のボディーガードたちは、ラサで中国政府に捕らえられ公開処刑されてしまった。

天気になることを願ったけど、この日は未明から雨がぱらぱら。
朝から嵐のような強い突風が断続的に吹きすさぶ。
家々に掲げてあるチベット国旗が風にバタバタとはためく。

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時折雷がとどろく。
まるで、チベット人たちの怒りを代弁しているよう。

こんな悪天候のなか、デモに参加する人は集まるのだろうか。
ほんとうにデモはあるのかな。
とりあえず、きのう買った服の上からカッパを着て会場のお寺へと向かった。

そこにはすでにたくさんの人たち。
自分の考えは浅はかすぎた。
天気が悪いから参加しない、そんな軽い気持ちの人なんていない。

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(チベット難民の人たちは、国境を越えて亡命してきた人たち。
中国政府に何をされるかわからないからと顔を知られたくない人もいるのではないか。
そう思ってブログでの写真掲載を悩みましたが、多くの海外メディアが取材に訪れていたことと、誰からも撮影を拒否されなかったこと、そしてより多くの人たちにこの日のデモを知ってほしいので写真を掲載します。)

世界のメディアも集まっている。
できるだけ多くの人たちに、チベットの人たちの願いを届けてほしい。

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日本のメディアの人もいたけど、少ない。
少し話を聞いたら、以前はNHKも取材しに来ていたのだそう。
だけど、今は来ていない。
なぜなら3月10日のこの日は、日本人には忘れられないあの重要な日の前日だから。

東日本大震災。
震災関連のニュースばかりで、チベット問題に紙面や時間を割けないのだという。
イクエたちもテレビ局で働いていたので、その事情がよくわかる。
でも、日にちをずらしてでも伝えてほしい。

毎日新聞は今回も取材に来てたんだけど、たぶん10日以降は掲載が難しくなるだろうからと事前にチベットの首相にインタビューもしていた。
そして9日の新聞にすでに掲載していた。

たぶん、こういうのは1人の記者や特派員がデスクに「とりあえず取材にだけは行かせてください!」って言って、強引に進めて、すごくいい取材をして「いいのが取材できたので、ちょっとでいい、ほんの少しでいいのでワクをください!!!」って熱心に説得すればなんとかなることもある。
イクエが記者をしていたときは、一般の人から「読売は◯◯だから。でも毎日は〇〇だからね。」とか「フジは〇〇だもんね、テレ朝は〇〇だけど。」って色分けをされて、まるでその報道機関の体制で報道できるネタが決まっているかのように言われることが多かった。
だけど実際はそうじゃない。
その会社のトップの人がいちいちニュースのネタや取材の仕方に口出しをすることは少ない。
トップの人はもっとやるべきことがあるから。
ニュースなんかよりお金のこと、経営のことのほうに目を向けている。
その会社の方針がどうのという前に、それを取材したい記者がいるかどうかでニュースの扱いが大きく変わることだってある。
とは言っても、そんな熱い記者が育ちやすい環境かどうか、日々の取材プラスやりたい取材をできる余裕が記者にあるのかは、その報道機関によって大きく違うのかもしれないけど。

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デモに先立ち、始まる式典。
式典のステージには、チベット政府の要人たちが並んだ。
チベットのセンゲ首相も語る。

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センゲ首相はチベット難民が暮らすインド・ダージリン地区で育ち、ハーバード大で法学博士号を取得し、そこで上級研究員としても活躍していた、知性あふれる人だ。
チベット難民の有権者は8万人以上いて、ちゃんと選挙で選ばれている。
チベット亡命政府には内務省や外務省、経済省などもある。

ちなみにチベットには固有の貨幣もあって、中国から追い出される1959年まで使われていた。
つまり国家として成り立っていたのに、中国が侵攻し、政府は亡命せざるをえなくなったのだ。

式典では、チベット国歌をみんなで歌った。
この歌を中国で歌ったら、きっと拘束されてしまう。

ゆったりとしたリズムで、耳に心地よい音楽。

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参列しているチベットの女子学生たちの腕には、黒い腕章。
1959年のチベット蜂起の出来事に関連して、8万6000人のチベット人が死亡したとも言われている。
そして現在も、チベット自治区や東チベットで中国政府に拘束されて殺害される人たちや、中国に抗議するための焼身自殺をするチベット人が後を絶たない。

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多くの犠牲者を弔う腕章。
そして黙祷も捧げられた。

チベットの自由を求めて命を失った人たち。
かけがえのない命。
その人たちの願いが届く日が、かならず、かならず、きますように。

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そして、式典ではあのタンカが開帳された。
アパートの一室で、東チベットから亡命してきた若者たちが熱心に描いていたタンカ。
たまたま入ったあの部屋で、途中まで描かれたタンカと出会った。
そして、男の子たちがこの日のデモのことを教えてくれたから、いまイクエたちはここにいる。

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会場に拍手がわいた。
タンカはこのあと、このお寺に奉納された。
これから何年も何十年もチベットの人たちを見守り続けていくだろう。

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式典が終わるといよいよデモが始まる。
雨は上がって風も弱まった。
天気が味方してくれてるのかな。

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何人参加してるだろう。
5000人以上はいるかな。
子どももお年寄りも。

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抗議の焼身自殺を図った人たちの思いを胸に、デモに参加する女子学生もいる。

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外国人たちの姿もちらほら。
イクエたちもプラカードを掲げて参加。
表は英語、裏は日本語で書いた。
日本語で書いたのは、外国人のわたしたちも応援してるよってチベットの人たちに知ってほしかったから。
そしたら、参加していた50歳くらいの日本人のグループに「あ、日本人ですか!」って話しかけられた。

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お坊さんにも「日本語ですね!ありがとう。」って話しかけられた。
広島に住んでいたことがあるチベットのお坊さんで、日本語が上手だった。

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道の途中で、漢字の横断幕を持って、みんなにエールを送っている人たちがいた。
中国人かなって一瞬思ったけど、台湾の人たちだった。
中国側のチベットでの核兵器の開発や核廃棄に対し、横断幕には「核反対」の文字。

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デモの列はずっと続いていく。
山の上のマクロードガンジの街からふもとのダラムシャラまで。
10キロ近くを歩いていく。

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祈りの混じった叫びが、山や街に響き渡る。

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深い青の美しい空、神々しい山脈、どこまでも続く草原、家畜の群れ、歴史あるゴンパ(仏教寺院)・・・。

大自然と祈りに満ちたチベット。

そこがふるさとだった。
自分たちの生活スタイルで日常生活を送っていた。

ところがー。

「チベットは中国のもの」
軍と暴力を使って一方的な意見を実現していく中国政府。
チベットの人々は生き延びるため、愛するふるさとを離れインドまで逃げてきた。

ふるさとを捨てたわけではない。
ふるさとは、あの場所しかない。

だから人々は声を出し続ける。

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朝はあんなに荒れていた天気だったのに、青空に太陽が輝きはじめた。
デモを後押しするかのような天候、そしてみんなの熱気。
半袖でもいいくらいの暑さになった。

デモのゴール地点では、集会が始まった。
中国の国家主席の被り物も登場。

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若いお坊さんたちがステージで声を張り上げる。
焼身自殺した人たちの顔写真の横断幕がステージを囲む。

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この日は世界各地でデモが行われた。
EUの本部があるブリュッセルでは5000人、ニューヨークの国連前では3000人が集まったようだ。
日本でも行われた。

チベット亡命政府のあるこの場所でのデモが、もっとも熱いデモだったに違いない。

だけど、このデモに参加してむなしさと切なさがこみあげた。
だって、ここに住んでいる人たちはみんなチベットの惨状を知っている。

みんなの願いを本当に知ってほしい相手はこの場所にはいない。

本当なら中国でやりたい。
みんなのふるさとのチベットでやりたい。

だけどそんなことすらできない。
過去にはデモ中に発砲されて殺された人もいる。

この日、チベットで命がけでデモをおこなった僧侶たちがいた。
スローガンを書いた布を掲げ「民主主義を!」と声高に叫んだ。
しかし、すぐに中国警察に拘束された。

勇気を出して訴えたこの人たち。
無事だろうか。

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いよいよチベットデモはじまる 

2013.03.28 06:33|インド☞EDIT
一眼レフが修理から戻ってきた!
これからバシバシ写真を撮っていくぞ!とやる気満々のケンゾーです。
旅行保険フル活用だ。

3月10日はチベット蜂起の日。
毎年、チベットを弾圧している中国に反対するためのデモが各地で行われている。
チベット亡命政府のあるここ、マクロード・ガンジでも数千人が集まるデモが予定されていて、参加が呼びかけられている。

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デモを明日に控えたマクロード・ガンジの街。
人々の様子は普段と変わらないように見えるけど、どこかせわしない。
道端には大量のチベット国旗を売っている人たちが。

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若者もお年寄りもお坊さんも買っていて、着々と準備を進めている。
明日の大切な行事をみんな意識しているようだ。

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露店ではチベット国旗の傘を売っている。
小さくて頭につけるタイプ。
なかなかインパクトがあっていいかも。

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あしたは色鮮やかなチベット国旗をたくさん目にすることができるんだろうな。

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ケンゾーたちもチベット国旗を振りながらデモに参加したいところだけど、国旗はあしたしか使い道がないので別のアイテムを探すことに。
チベット人がやっているおしゃれな服屋で、メッセージがプリントされたジャンパーとパーカーを発見。
これだと服としてこの先も使うことができるのでバッチリだ。
世界中でチベットをアピールすることができる。

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パーカー、1着550ルピー(約1000円)。
街ではこんなふうにチベットの国旗がデザインされたものやチベット解放を訴えるロゴの入った服を売る店が多い。
これはツーリスト用のお土産というよりも、ここに住むチベット人たちが普段着として買っている。
街を歩いていると「FREE TIBET」「SAVE TIBET」と書かれた服をチベット人の若者だけじゃなくおじいちゃんおばあちゃんも着こなしている。

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別の雑貨屋さんでケンゾーはさらに「FREE TIBET」と書かれた鉢巻きも購入。
鉢巻き、70ルピー。

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その夜、夕食を食べた食堂でチベットの青年たちといっしょになった。
偶然にも彼らは、ケンゾーとイクエが去年旅した東チベットのセルタ出身で、旅したことを話すととても喜んでくれた。

イクエの左隣の青年は18歳のときに故郷を離れ、インドに亡命。
大学で英語を勉強している。
家族は東チベット(中国・四川省)で暮らしている。
いつかはチベットに戻りたいそうだ。

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彼は東チベットでの学校教育を嘆いていた。
東チベットでは中国のやり方で教育がされている。
中国ではダライラマは「売国奴」、「分裂主義者」だと教えられている。
もちろん鵜呑みにしているチベット人はいないと思うけれど、自分たちの尊敬している精神的支えがそんな風に言われるのは悲しいことだ。
さらには、チベット人たちの「チベット語離れ」が深刻だそうだ。

ホテルに戻って最後の仕上げ。
メッセージを書いたプラカード作り。

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あしたは声高らかに叫んで行進するぞ。

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チベットは燃えている

2013.03.27 06:25|インド☞EDIT
昨夜、久しぶりに咳で起きずに夜通し眠れたイクエです。
体調はだいぶ回復しています。あとは肋骨の痛みが消えれば・・・。

インド北部のマクロードガンジ(ダラムシャラ地区)。

マクロード

中国政府からの迫害を逃れるため、ダライラマ法王がここに避難し現在チベット亡命政府がある街だ。

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5日前まで、ここに1週間滞在し、アムリトサルに移動したイクエとケンゾー。
再びこの地に戻ってきた。
それにはある理由があった。

前回のマクロードガンジ滞在中に、古びたアパートの一部屋を訪ねたときのこと。
この部屋は、チベットの若い芸術家たちがタンカ(仏画)を製作するアトリエだった。
仏や曼荼羅が描かれたタンカはほとんどが由緒あるお寺に奉納するもので、礼拝の対象になる大切なもの。
写真を撮ることはできなかった。

10人くらいの若者たちが、それぞれ繊細な筆遣いで、迫力のある鮮やかなタンカを丁寧に描いていた。
そのなかに、たたみ4畳分ほどのひときわ大きな仏画があった。

「これは、あとどのくらいで完成するの?」
「あと1週間くらいで終わらせる。
このタンカは、チベット政府から依頼されて描いているものなんだ。
3月10日に、チベットの解放を求める大規模なデモがあるからそのときにお寺でお披露目するんだよ」

3月10日はチベット人にとって忘れられない日。
それは、1959年ラサでチベットの民衆が中国に対し蜂起した日。
これがきっかけで中国側の締め付けはさらに強まり、ダライラマ法王を含めて命の危険を感じたチベット人たちが、亡命することになった。
毎年、この日にデモが行われるという。

そのデモに参加したい。
そして、この地に戻ってきた。

タンカを製作していた若い芸術家たちも含め、ここに住んでいる人たちは現在中国に組み込まれている東チベットやチベット自治区から避難してきた人たちだ。
そして、ここで生まれた子どもたちも多い。

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夏でも涼しいここマクロードガンジはインド人たちの避暑地にもなっている。
お土産物屋さんにはポストカードが並んでいる。

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ポストカードの写真を見ると悲しくなる。
ポストカードを作った人は、チベットらしさが出る被写体を一生懸命探したのだろう。
ようやく見つけたのがモモ(チベットの餃子)やアクセサリーを売る女性だったのかもしれない。

やっぱりここはチベットじゃない。
自然のスケールも人々の生活もまったく異なる。

6年前にイクエが訪れたチベットには、すべてが絵になる光景が広がっていた。

どこまでも続く草原、吹き抜ける風、青すぎてもはや「濃紺」とも言える空、ターコイズブルーの湖、太陽の光を浴びながらも溶けずにキラキラと光を放つ氷河・・・。

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そして、そんな場所で家畜を飼い、農閑期は巡礼の旅に出て、自然とともに生きるチベット人たち。

地球の美しさが詰まっている特別な場所だった。
どこにシャッターを切っても、それはポストカードになりそうな場所だった。

だけどこのマクロードガンジでは、どこまでも続く草原にヤクや羊を放し飼いにすることもない。
冬に、巡礼の旅に出ることもない。

そのかわり、モモやアクセサリーを売って生計を立てている。

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だけど、チベットになくてここにあるものがある。
それは「自由」。

チベットでは掲げるだけで中国政府に逮捕されるチベット国旗が、ここでは勢いよく風にはためく。

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堂々と自分たちの願いを訴えることができる。

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この街にはいたるところにポスターやビラが貼られている。
「チベットが置かれている状況を知ってほしい。」
「中国の弾圧をいっしょに止めてほしい」
そんなメッセージが込められている。

彼らの訴えが少しでも多くの人に届いてほしいので、ここに掲載します。

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殺害された人、100万人以上。
破壊された寺院、6000以上。
拘束されている人、数千人。
行方不明者、数百人。

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尋ね人の看板もある。
チベットにとってとても重要な人物「パンチェン・ラマ」。
ダライラマ法王に次ぐ政治・宗教の権威者。
まだ幼い彼は突然ら致されて行方不明になった。
中国政府はパンチェン・ラマと彼の家族を「保護」していることを認めている。
チベット政府は中国政府にパンチェン・ラマの解放を求め続けている。

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この街を歩いていてよく目にする大きなポスター。
たくさんの人たちの顔写真が並んでいる。

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ここに載っている人たちは、体に火を放ち自ら命を絶った人たちだ。
デモも、自由に発言することも許されないチベット。
そんなことをしたら中国政府に逮捕され拷問され、ときには殺される。

チベットの解放を訴えて中国政府を批判するために、悲しいことに「焼身自殺」という方法を選ぶ人たちが後を絶たない。
命をかけた中国政府への抗議。
けれど、その事実ももみ消されて中国人民は知らない。

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100人以上の人たちが焼身自殺をしている。
なかには女性や十代の若者もいる。

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焼身自殺を手伝った人は「殺人罪」にあたるとして中国政府は自殺した人の周りの人を逮捕し、死刑判決を下している。

Facebookさえ規制されている中国。
チベットの情報をインターネットで検索しても、中国ではアクセスできないようになっている。
中国人民はチベット人が怒りに震えていることを知らない。

けれど、それは中国だけなのか。
世界も無視してるんじゃないか。
ちゃんと彼らの声に耳を傾けているのか。

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「正義って何?
国際司法裁判所と国連はチベット問題に介在すべきだ。」

TIBET BURNING
ーチベットは燃えているー

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この言葉がよく使われている。

多くの尊い命が炎に包まれ燃えている。

そして、怒りと悲しみに燃えている。

もう、燃やすものがないくらい燃えている。

こんなに赤々と炎をあげているのに、国際社会はまだこの炎に気づかないのか。

チベット人の願いが聞き入れられるまで、あとどのくらいの命が燃え、怒りと悲しみが燃えればいいのだろうか。
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インド VS パキスタン し烈だけどコメディーな争い

2013.03.26 06:15|インド☞EDIT
きのう、ケンゾーがボクシングの決勝で戦っていた夢を見て、ひっさしぶりに恋心を抱き胸がきゅんきゅんしたイクエです。(ちなみにケンゾーはボクシングなんてやったことないし、イクエもボクシングが好きなわけではない。)目覚めて、ケンゾーがただの住所不定無職のアラフォーであることを思い出し、いっきにテンションが下がった。

そんな結婚6年目のイクエとケンゾーを魅了したシーク教徒の総本山・アムリトサル。
タダでご飯食べられてタダで宿泊できるけど、観光できるところが黄金寺院しかないじゃん!って言う人にきょうはほかの観光地をご紹介します♪

まずは、ジャリヤーンワーラー庭園。

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街の中にあって、緑の芝生が美しくて静かな場所。
大きな木があったり、花が栽培されていたり。
こんなかわいい住人もいる。

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市民の憩いの場のようなこの公園。
一見すると明るい雰囲気のこの場所は、実は悲しくて残酷な歴史の現場なのだ。
それは、イギリスの植民地だったインドが独立運動を繰り広げていたときに起きた。
「アムリトサル大虐殺」。

1919年の4月13日。
インド人たちがここに集まり、イギリスが発令した集会禁止令に反対の声をあげていたときのこと。
インド人たちはもちろん武装していたわけでも、暴力に出ていたわけでもない。
それなのに、イギリスの准将がインド人たちを撃ち殺すように命じた。

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公園の壁にはそのときの銃弾の跡が残されている。
女性や子どもにも容赦ない攻撃。

死体の山となって折り重なった人たち。

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公園の隅にはコンクリートで囲まれた井戸が残されている。
銃を向けられ、逃げ場を失った人たちはこの井戸に飛び込んで溺れ死んだ人も多い。

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この事件のあとイギリスとの協調路線を唱える声は減り、ガンジーが唱える不服従の運動がいっそう高まったのだそう。

公園には燃え続ける炎がある。
この場所で祈る人たちの姿が絶えない。

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これほどの暴力をふるわれたら、暴力で報復しがちだ。
だけど非暴力を貫いたガンジーとそれに賛同したインドの人たち。
暴力は何も生まないのだ。

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残酷な歴史の舞台ともなったアムリトサルにはほかにも観光地がある。

ここは、隣国・パキスタンとの国境に近い。

この国境で、毎日し烈な争いが繰り広げられている。
といっても、それは血を流す闘いではない。
どこかおかしく、楽しくて陽気な闘いだ。

国境ゲートにインド・パキスタンの国旗が並んで掲げられているのだけど、日没前、この国旗はそれぞれの兵士によって降ろされる。
その国旗を降ろす儀式が、どっちの国が盛り上がるかを毎日競っているのだ。

いざ、国境ゲートに行ってみる。

国境を挟んで150m手前にインドの門、150m先にパキスタンの門が設置されている。
その300mくらいの空間に、儀式を見に来た人たちが集まっている。

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いつもは閉ざされた国境ゲート。
国境のちょうど真上にそれぞれの国旗が掲げられていて、早朝の国旗掲揚のときと日没前の国旗を降ろす瞬間だけゲートが開けられ、両国の兵士が国境上に並んでそれぞれ旗を降ろすのだ。

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そんな兵士に声援を送り、見届けようとインド中からたくさんの人が集まってくる。

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まるで、スタジアムのように設置されている観覧席。
これからインドVSパキスタンのサッカーの試合でも始まるかのような雰囲気。
すでに、インド側ではパキスタンを挑発するようにインド音楽が大音量で流れている。
それにあわせてインドの女の子たちが腰をくねくねさせながら踊る。

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観客の数ではパキスタン側が負けている。
それでも、インドに負けじと緑と白の国旗をはためかせ「インドなんかよりパキスタンのほうがいい国だ~! パキスタン大好き!」といった感じで声をあげている。

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インドとパキスタンは本当に仲が悪い。
インド人はパキスタンを毛嫌いしている。
イクエとケンゾーが「パキスタンにも行きたい」ってインド人に話すと毎回「絶対にあんなテロリストの国には行くな。いい人間なんていない。首を切られる。」と強く説得される。

インドを歩いているとイクエたちのことを中国人と勘違いするインド人に「よぅ!チャイナ~!!」と毎日のようにからかわれる。
「ジャパンだよ。」と言っても「どっちも同じだ」って言われる。
なので、「まあ、たしかにインド人もパキスタン人も似てるもんね。」と返すと、「ノー!ノー!!!」とものすごく嫌な顔をされる。

そんなパキスタン大嫌いなインド人。
ゲートを挟んで天敵の姿が見えるこのときは、敵を堂々と挑発し自分たちの愛国主義をアピールする絶好の機会なのだ。

会場を盛り上げる司会者まで登場。

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ヒンディー語なのでわからないけど、だぶんこんな感じのことを言っているようだ。

「会場のみんな~!!
 いよいよ、国旗を降ろすこの時がやってきたぜぃ。
 盛り上がってるかーーーい!」
「おううううう!」 
「そんな声じゃパキスタンの聴衆に負けてしまうぜぇ。
 みんな、インドが大好きだよな!!」
「おううううううう!!」
「憎きパキスタンにインド人の結束の強さを見せつけてやろうぜぃ!
 用意はいいかーーーい!」
「おううううううううう!!!」

ちなみに、パキスタン側も同じように司会者がいてみんなで声を出している。
仲が悪いくせに、国境ゲートを挟んでどっちも同じような観覧席をつくっていて同じスタイルで進行している。
まるで、話し合ってこのスタイルを確立させたかのような感じだ。

そして会場のみんなで声をあわせて叫ぶ。

「わたしたちの祖国インド!」
「愛するインド!」

こんな内容のコールが国境で響き渡る。
そして、パキスタン側も対抗して同じように叫んでいる。

会場が盛り上がったところで、国境警備の兵士たちが登場。

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「今から、声だしをします!」
司会者にマイクを突きつけられた兵士が一人ずつ「ううううううおおおおおおおー」と長ーく声を出す。
このときにパキスタン側も同じように「ううううううおおおおおおおー」と言っていて、どっちが息が長く続くかを競っているかのよう。

そして、準備が整ったところで兵士たちが旗を降ろすため国境へと向かっていく。

会場に響き渡る指笛や歓声。
まるで、直接対決にでも行くかのように、気合いの入った兵士たちの行進。
胸を張って、腕をブンブン振って、足を高く上げて歩く。
顔は真剣なんだけどオーバーすぎるアクションはまるでコメディ。

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号令に合わせて足を上げる姿なんて、パキスタン兵をキックしてやる!といった感じ。

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赤い扇子のような帽子がインド兵。
黒い扇子がパキスタン兵。
どちらも、対抗してデザインしたかのようなユニフォーム。

そんな両者の兵士がまるで殴り合いでもするかのようにすごい勢いで歩み寄る。
何をするかと思ったら、国境越しになんと、握手!

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力いっぱい腕を振ったと思ったら相手の手を振りほどく。
お互いケンカをうっているような感じだ。

会場は「いいぞいいぞー」と拍手喝采。

愛国主義の合戦がピークに達したところで、ようやく本来の国旗を下げる儀式へ。
互いが息を合わせるかのようにゆっくりと国旗を降ろしていく。

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わざわざこの国旗を降ろすためだけにこれだけの人数が動員され、兵士たちは本来の業務とはまったくかけ離れたようなパフォーマンスを繰り広げる。
まるで、国を挙げてのエンターテインメント!

これを見ると信じられないけど、ほんとうにインドとパキスタンは仲が悪い。
国境付近ではときどき殺し合いもあるらしい。

でも、毎夕繰り広げられるこの闘いはとても明るい。
息もぴったり。

いかにこの儀式を盛り上げるか、どうやったらもっとおもしろくなるか。
裏でいっしょに打ち合わせでもしてるのかな。
そして、暗闇の中こっそり合同練習してるんじゃないかとさえ思える。

この何ともおかしな闘い。
観衆もここで日頃のパキスタンへの憂さを晴らすことができるので、本当の闘いを回避させることに役立っているのかもしれない。

このセレモニーのあとは、兵士も観衆もすがすがしい表情をしていた。

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食事が無料!宿代無料!夢のような黄金寺院

2013.03.25 06:35|インド☞EDIT
どうも「インド人」よりは「ネパール人」寄りの顔らしいケンゾーです。

「これこそ異国!」というアムリトサルで今まで体験したことのないような、非日常を楽しんでいるケンゾーとイクエ。
シーク教はとても心が広~い教団だ。
その寛大さと、さらにそのリッチさは想像を超えている。

わざわざ外国人旅行者のために宿泊施設を用意してくれているのだ。
これがなんと無料!タダ!
しかも黄金寺院の目の前という最高の立地。
歩いて30秒でいつでも夢の国に行けるのだ。

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部屋はドミトリーのようになっている。
広い部屋にはベッドが15個くらい並んでいて、さらに4人部屋の個室が5つ。

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(ちなみに、ケンゾーは大丈夫だったけどイクエだけダニのようなものに何か所も噛まれた。心配な方は、ベッドの上で自分の寝袋やバスタオルを敷くことをおすすめします。)

部屋には24時間お湯が出るシャワー室がひとつある。
ここのお湯はいつも熱くて、インドの宿で一番優秀だった。
部屋の外にも掃除が行き届いていつも清潔なトイレとシャワー室がある。
窓がなくて日中も薄暗いけれどバックパッカーにはこれで充分。
だってタダだよ。タダ!
(チェックアウト時に寄付を求められる。でもこれ、係の人のポケットマネーになってる可能性大。ケンゾーたちは4泊して50ルピーだけ渡した。本当に教団に寄付をしたければ外に設置してあるお布施箱に直接入れた方がいい。)

この建物は、インド中から礼拝に訪れる信者たちの宿坊としても使われている。
中庭から建物を見上げると、たくさんの洗濯物が干されている。
(ちなみに、ケンゾーは大丈夫だったけど、イクエはバングラデシュで仕立てたサルワカミューズをここに干してたら盗まれた。)

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夜になると中庭は部屋に入りきれない人たちの寝床になる。
寝具は教団から配られる。
コンクリートの床の上は寝ている人でぎっしり。
どんなに騒々しいところでも、どんなに床が硬くても、どこでも爆睡するインド人。
タフだなあ。

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シーク教の気前の良さは、まだまだこんなもんじゃない。
駅から黄金寺院まで直通バスが30分おきくらいに走ってるんだけど、これもタダ。

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極めつきは、黄金寺院には無料の食堂があるのだ!
もちろん信者だけじゃなく、外国人観光客もウェルカム。
しかも24時間営業!!
スゴすぎだよシーク教!
どんだけ太っ腹なのさ。

では、黄金寺院での食事の仕方をレクチャーしちゃいます!
食堂の入口から列ができているので、その流れに乗っていけばOK。
まず食器を受け取る。
食器を持って1階または2階の食堂へ。

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食堂にはゴザが敷かれていて、順番に座っていく。
係員がいて「はい、あなたはこっち」っていう感じで引率してくれるので心配無用。

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座るとカレーやダルをどんどん注ぎにくる。
チャパティは両手を出したら、ポンと手に落としてくれる。

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ときどきお祈りを捧げて「それではみなさん、ごいっしょに。いただきまーす!」みたいな、日直のようなことをやってる人たちがいることも。

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肝心のメニューは、野菜のカレーとダルとチャパティ。
それにヨーグルトやライス・パイサム(米を甘く煮たもの)などのサイドメニューも。
これがオーソドックスなメニュー↓

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メニューには当たり外れ(無料なのでぜいたくは言えないが)があるようで、当たりの時はご飯までついてこんなに豪勢!
これ店で80ルピーくらい出して食べる食事だよ↓

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おかわり自由!
係員が何度も何度も回ってくるので食べたいだけどうぞ!
食べ終わったら食器を持って外へ。
食器は回収係の人へ渡して終了!
食堂では係員がすぐに次の人たちのために掃除をしはじめる。

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食堂の外では次の人たちがまだかまだかと待ちわびている。
シーク教が異教徒にさえ食事を無料でふるまっているのは、カーストが異なる人とは食事を共にしない、ヒンドゥー教への批判を表しているからだそうだ。

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インドでは食後のチャイはかかせない。
ここではなんと、チャイコーナーもあって飲み放題!
抜かりはないね、シーク教。
ケンゾーたちは食後だけじゃなく、一服したいときにもここに立ち寄っていた。
日によって微妙に違うチャイの味を楽しめる。
ときどき、お茶菓子まで配られることも。

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毎日インド中から信者が礼拝に訪れる黄金寺院。
24時間営業のキッチンでは、たくさんの信者たちが率先して手伝いをしている。
給食センターみたいだ。
ここは使い終わった食器回収コーナー。
食器をていねいに1枚ずつ手渡ししていく。
こんなに人手いるかな?

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巨大な食器洗い場。
子どもから大人まで、人海戦術で洗っていく。

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ここにはチャパティ工場まであった。
たしかに1日にふるまう量が多いので、1枚1枚、手で作るようなレベルじゃない。

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そして大量の野菜を切る信者たち。

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色とりどりのターバンを被ったおじさんたちもがんばって手伝っている。
話に夢中であんまりはかどってないようだけど。

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玉ねぎの切り方が斬新だった。
アイスピックを玉ねぎに突き刺してナイフでスライス。
そのスピードが尋常じゃない。
やっぱりナイフの扱いはお手のもの。

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5日間、無料の食事で腹を膨らませ、無料の宿に泊まらせてもらいながら黄金寺院を満喫したケンゾーとイクエ。
こんなに寛大でリッチな宗教、ほかにあるかな?
ケンゾーとイクエのお気に入りの場所、トップ3に間違いなく入るスポットだ。
バックパッカーのみなさん、懐が寂しくなったらアムリトサルへ!

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この武器や頭は何!?カッコ良すぎる信者たち!!

2013.03.24 05:49|インド☞EDIT
夫婦ともに痩せてきたのでちゃんと肉料理も食べなきゃと、きのうきょうと鶏肉を食べたイクエです。

シーク教にすっかり魅せられてしまったイクエとケンゾー。
前回はシーク教の豪華さと美しさについてお伝えしました。

さて、今回はカッコ良すぎるシーク教徒の人たちを紹介します。

シーク教徒の人たちの大きな特徴が、このターバン。

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イクエにとって、「由緒正しいインド人」はこのターバン姿のイメージ。
だってカレーのパッケージに載っているインド人とかインドの王様とかこんなターバンを巻いていた気がする。

でも、シーク教徒の占める割合は全インド人の数パーセントに過ぎない。
シーク教徒はお金持ちや海外に出ていろんな分野で活躍する人が多いから、外国人がもつインド人のイメージが勝手にシーク教徒になっちゃったのかな。

さて、このターバン。
中が気になる。

中身は・・・
髪の毛!
シーク教徒は髪を切ってはいけないので、ぐるぐる巻きにして頭の上でお団子にしてターバンを巻いているんだって。

小さい男の子も、小さなお団子を頭につくって布を巻いている。

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イクエたちは寺院の宿泊施設で4泊したんだけど、ケンゾーはそのときターバンを取って寝ているおじさんたちを目撃している。
髪が長いと思いきや、けっこう禿げている人も多いらしい。

シーク教徒は5つの「K」を身につけておかないといけないと言われている。

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長い髪とターバン(ケーシュ)、長い髪をとかすための櫛(カンガー)、袴(カッチャー)、鉄の腕輪(カラー)、そして剣(クーリバン)。

つねに肌身離さず身につけないといけないので、沐浴をするときも剣をターバンにくくりつけて水に入る人を見かける。

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女性も例外ではない。
おばあちゃんも短剣を持っている。
武士の妻みたいで、なんかカッコいい!

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ちなみにイクエはあまり詳しくないけど、プロレスラーのタイガージェットシンもシーク教徒なんだって。
カッコ良かった?

シーク教徒たちの名前には、男性は「ライオン」、女性は「王女」という単語がつく場合が多い。
名前に「王女」ってついてたら、それだけで気高い気分になって上品なふるまいをしなきゃって思いそう。

シーク教徒は勇猛果敢で、ムガル勢力やインドの植民地化に反抗してたくさんの血を流してきた。
寺院には、過酷な拷問に絶えたり、自分の切った首を持った聖者の絵が飾られていて、そこで人々が祈りを捧げている。

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そして、夜になると不思議な儀式が繰り広げられる。
宮殿のテラスのようなところに、凛々しいおじさんたちが登場。
そして下からそれを信者たちが見守る。

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鳴り響くドラのような「ドゥオオオオン」という音。
そして、白い手袋をはめたおじさんがうやうやしく武器を紹介していく。
聖者が使っていた武器のようだ。

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聖者は祈るようにそれをじっと見守る。
次から次に武器を見せびらかすようにしていくので、武器オークションでもやってるかのように思える。

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白手袋のおじさんは、武器を右から左にゆっくりと動かして集まっている信者みんなに見せつける。
銃口がこっちを向くとドキッとする。

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武器を大切にするシーク教徒。
そのマークも、カッコいい。
剣を重ねたようなマーク。

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そして、この寺院を歩くとかっこいい信者たちとたくさん出会える。
それぞれに個性があるその信者たち。
勝手にイクエが賞をつけたので、ここで発表いたします ♪

まずは「バックスタイル賞」!
後ろ姿が凛々しかったのがこの男性。
手には大きなヤリ、そして背中には盾。

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まるでカメのよう。
不意に後ろから矢が飛んできても、大丈夫!

つづいて「ナイスカップル賞」はこちらのお二人に決まり ♪
青とオレンジのコーディネートがステキ♡

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ご主人は長いヤリを持っている。
けれど奥様だって、素晴らしい武器を身につけておられる。

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そして「あなた頭長すぎで賞」はこの男性。
群衆の中で、もそもそっと動く不思議な物体。

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頭のターバンが長すぎる!
重くないのかな。

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これだけ頭が長いとドアをくぐるときや乗り物に乗るときにじゃまになるだろうに。
でも、そんな不便さよりも自分のスタイルを大事にするところにカッコ良さを感じる!

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そして、最後は「黒柳徹子も顔負けで賞」。
重いんだろうな。足がふらついている。

失礼だけど、ここまでくると笑いしかでてこない。

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数珠や剣、腕輪もデカい!!

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人の目なんて気にしない。
侍みたいだ。
武士道ならぬ、シーク道!

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自分のポリシーを貫くシーク教徒はやっぱりカッコいい!!
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何この宗教!? スゴすぎて ハマりそう♡

2013.03.23 05:52|インド☞EDIT
咳のしすぎで肋骨にヒビが入ったか骨折したかしているイクエです。
これはただ自然治癒を待つしかないので、無理せずゆっくり毎日を過ごすことにしています。

ダラムシャラ地区でのワークキャンプを終えたイクエとケンゾー。
次に目指す場所は「アムリトサル」。
ここはシーク教の総本山「黄金寺院」のある街。
ヒンドゥー教のインドにあって、少数派のシーク教徒がここでは多数派の立場。

シーク教徒のトレードマーク、ターバンを頭に巻いた人たちがたくさん!

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リクシャーの運転手も客もシーク教徒なら、警察官やガードマンもシーク教徒。

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腰に剣を挿した、こんなかっこいいシーク教徒のリクシャーのおじさんもいる。
シーク教徒は剣を持ち歩いているので、まるで侍みたい。

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「黄金寺院」と呼ばれる光り輝く、シーク教徒の聖地。
色とりどりのターバン越しに、その聖地が見えてきた!

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シーク教は寛大な宗教。
異教徒でも、頭をスカーフやハンカチで覆いさえすれば誰でも入ることができる。
いよいよ、金ピカの寺院を間近で見られる!!

さっそく門をくぐろうとしたら、ケンゾーが誰かに腕をつかまれた。
「ハロー♡♡」というダミ声。

サリーを着た・・・「オカマ」だった。

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門をくぐって「うわあ〜。ピカピカに輝く黄金寺院だ〜♪」と感動するはずだった。
しかし、オカマの存在感が強すぎて、麗しの金の寺院がかすんで見える。

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ちなみに、インドではこういうオカマがけっこう多い。
「キレイなオカマ」というよりも、ただサリーを着て厚化粧をしている女装のオカマ。
よく列車に乗ってきては、歌ったり「あたいに、お金渡しなさいよぉ♡」みたいなことを言ったりして乗客から喜捨(お金)をまきあげている。

これ以上麗しの寺院がかすまないようにオカマちゃんとは距離を置いて、中に入った。
四角い人工池を取り囲むように、白亜の建物と金の寺院がたたずんでいる。
ため息がでるほどの美しさ。

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信者たちが池の周りを歩いたり、沐浴をしたり。

15世紀に生まれたシーク教。
イスラム教とヒンドゥー教を批判的に融合させたもの。

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沐浴の風景はイスラム教やヒンドゥー教を彷彿とさせる。
だけど、この池はとってもキレイ。
ムスリムやヒンドゥー教徒たちは、イクエたちが入ったら病気になりそうな池でよく沐浴をしている。
だけど、シーク教徒はキレイ好きのようだ。
この池も毎日掃除している人がいるし、大理石の床もピカピカに磨かれているので裸足で歩いても足の裏が汚れない。
ヒンドゥー寺院だと足の裏はすぐに真っ黒になるのに。
そして、床に敷かれたカーペットも夜になると回収していたので、毎日取り替えているのだと思う。

シーク教徒は身長が高くて恰幅がいい人が多い。
ビジネスで成功している人や社会的に活躍している人、お金持ちが多いのだそう。
もともとこの宗教は「社会のリーダーになるための教え」を伝授するもので、宗教が生まれた当時は裕福で教養のある人たちが信者となった。

さらに、シーク教の教えの中で「世俗の職業に就いてしっかり働きなさい」というのがあるので、みんな仕事に打ち込んでいるようだ。
出家をすることも認めていないし、身分によって人生が決まってしまうカースト制度も認めていない。

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お金持ちの人が多くてたくさん寄付がされているのか、黄金寺院には「本物のきらびやかさ」がある。
新興宗教の成金趣味とは違う、極上の華やかさ。

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穏やかな水面、気品あふれる白亜の建物、そしてきらめく金色の寺院。
おとぎの国に来ているみたい。
ターバンを巻いている人たちばかりで「これぞ異国」という感じがする。

通りすがりのシーク教徒の人が「ここは天国みたいでしょ」と言った。
たしかに、すべてがまぶしくて、ほわああんとした気分になってくる。
天国にいるのかなあ。

そして、ここには心地よい音楽がいつも流れている。
教典を読むのにあわせて男の人の穏やかで美しい声が重なる。
聞き慣れない異国のリズムのような、でもなんだか懐かしい音楽。

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そして、いろんなところでココナッツでつくったお菓子が無料で配られている。
あま〜い匂いが漂っている。

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目の前に広がる美しい景色。
素足で歩くと、ひんやりとする大理石の床。
心地よい音楽。
ココナッツの匂い、そして口の中いっぱいに広がる甘み。
五感で感じる「異国」だ。

外の喧噪から遮断されたこの場所は、太陽の動きとともに刻々と姿を変えていく。

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まるで、タイムスリップして、どこかの宮殿にいるような錯覚を覚える。
少女漫画や宝塚が好きな女の子なら、ハマるんじゃないかな。
イクエはどちらにもあまり興味はないけれど、「うわあ、すご〜い ♪ きれーい。すてきー!いいなあいいなあ♡」ってなってた。
イクエにも乙女心があったのかな。

とくに何もすることはないけれど、この空間が気に入ってしまって4泊もしちゃった。
何をするでもなく、毎日池の周りをただ歩くだけでなんか満たされる。

そして、金色の寺院に入るにはシーク教徒の長蛇の列に並ばなきゃいけなくて、普通なら1回見たらもう十分って思うんだろうけど、結局ケンゾーと毎日並んで中に入った。

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金色の寺院の中ではずっと教典が読まれてるんだけど、そこにいるだけで、頭がぼーっとする。
うっとりする。
花やフルーツをあしらった壁画でうめつくされていて、上品な美しさ。
写真が撮れなかったので、ちゃんと伝えられないのが残念。

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シーク教では偶像崇拝が禁じられている。
以前は指導者がいて神のようにあがめられていたのだけど、ムガル勢力との争いの時代に、当時の指導者の子どもがすべて殺されて後継者がいなくなってしまったのだそう。

それからは「教典」が神聖化されている。

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なので、人々がお祈りする対象は教典。
いろんな所で分厚い教典を読んでいる人たちがいて、そこで信者はひざまずく。

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夜になると、読み終わった教典が仰々しく何重にも布にくるまれて保管される。

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池を囲んでいくつかの建物の中で教典が読まれているんだけど、メインはなんといっても金色の寺院の中で読まれる教典。
教典が神様のようになっているので、夜になると不思議なことが行われる。
金色の寺院の中へ、日中ずっと読まれてご活躍された「教典サマ」を信者たちがお迎えに上がる。

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そして、お神輿のようなものに「教典サマ」が載せられて外へと連れ出される。
(私たちから見たら「教典サマ」は、ただの本なんだけどね)

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先頭には金色の管楽器を持った人。
哀愁漂うメロディーを奏でながら、教典サマのパレードは白亜の建物を目指す。
このパレードの意味を信者のおじさまとおばさまがイクエに一生懸命教えてくれたんだけど、おじさまは「教典サマは夜になるとリビングルームに戻って休まれる」と話していた。

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教典サマを間近で見て、涙ぐむ信者もいて、イクエとケンゾーはビックリ。
お神輿から下ろされた教典サマは、リビングルームへと担ぎ込まれる。

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リビングルームにある、教典サマの寝室がこちら。
ふかふかのベッドが置かれている。

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信者に見守られるなか、教典サマは夜10時過ぎにお寝んねになられた。
翌日は早朝5時くらいに起床されて、再び金色の寺院に連れて行かれるのだそう。

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何とも不思議で魅力的なシーク教徒。

ここはインドなんだけど、まるでアラビアンナイトの舞台みたい。

シーク教の魅力は、その美しすぎる建物や不思議な風習だけではない。
シーク教徒そのものが、かっこいい。
まるで騎士♡
その魅力については次回ご紹介します♪


【旅 info.】
  シーク教黄金寺院a_DSC_0378_2.jpg
列車やバスでアムリトサルへ。
駅やバスターミナルから黄金寺院までは約2km。
入場料無料。
周辺にホテルやレストラン多数有り。
寺院内にも宿泊施設有り。

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ハグタイム そしてお別れ

2013.03.22 05:44|インド☞EDIT
しょっちゅう「インド人?」って言われるのに、インド人の振りして世界遺産のチケットを買う時はうまくいかないケンゾーです。
インド人と外国人の入場料、差をつけ過ぎやろ!

マクロード・ガンジで1週間の活動を終えたケンゾーたち。
ペンキ塗りなどのワークをした小学校へあいさつに訪れた。
きょうも子どもたちはポカポカの太陽の下で青空学級だ。
子どもたちと記念撮影したけど、カメラに慣れてないのかみんな顔こわばってるよ!

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そのあと、みんなでトレッキング!
ヒマラヤが見えるビューポイントまで1時間ちょっと。
お喋りしながらのんびり歩いていく。

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遠くにダライラマ法王がおられるチベット寺院が見える。
けっきょくこの目で見ることができなかったなあ。
でもきっとまたチャンスはある。
運に見放されたわけじゃない!

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空気が澄みきった森の中、マイナスイオンをたっぷり浴びながら歩いていく。

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家の軒先でチベタンのおじいちゃんが日向ぼっこしながらお経を読んでいた。
チベタンのおじいちゃん、おばあちゃんは本当に渋いなあ。
何気なく写真に撮っても、様になるなあ。

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チベット人の学校があった。
校舎には大きなチベットの国旗が。

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きっとここは暮らしやすいんだろうけど、祖国を知らずに育っていく子どもたち。

「チベット語を喋ることができない若者が多くなってきている。」
食堂で出会った東チベット出身のチベット人が嘆いていた。
チベットはいま、言語の消滅という瀬戸際まで追いつめられている。
このままだと近い将来、地球上からチベットが消えてしまう。
どうやったら中国の暴挙を止めることができるだろう?


売店前でちょっと休憩。
左端に1人だけ疲れて浮かない顔をした人がいる。
お互いに歳とったねえ。

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最後の力を振り絞り、丘を登っていく。
がんばれアラサー!

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建物の奥に山が見える。
行ってみると、素晴らしい景色が広がっていた。

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真っ白に光り輝く山と緑の棚田とのコラボレーション。
まるでスイスみたいだ。
・・・行ったことないけど。

天気も最高で短い時間だったけどトレッキングを満喫。
帰りはタクシー!
ケンゾーとイクエだけだったらきっとケチって歩いて帰ってたな。

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夜はフェアウェルパーティ。
みんなで乾杯。
2週間おつかれさまでした!
ムケシュ独りだけ(?!)が楽しみにしていたダンスや、トランプで盛り上がる。
ババ抜きを教えたらみんなに好評だった。

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出会いがあれば別れもある。
2週間いっしょに活動してきたメンバーとお別れの時がやってきた。

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日本を出発して移動し続けているケンゾーとイクエにとって、人を送り出すことはなんだか不思議な感覚だ。
去る方も後ろ髪を引かれるけれど、残る方も寂しい。

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チェヒが韓国のストラップをお土産にくれた。
かわいい。
ありがとう、バックパックにつけるよ。

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今回のワークキャンプはメンバーがとても良かった。
和を乱すような人やネガティブなことを言う人もいなかった。
みんなユーモアがあって明るくて、とても気を遣える人たちだった。
あと1ヶ月くらいいっしょにいたかったな。

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みんな2週間ありがとう!
どこかの国でまた会おうね。
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チベット亡命政府の街 ダライラマ法王に会えた?

2013.03.21 05:52|インド☞EDIT
最近咳がひどくて、咳のしすぎで腰と腹と肋骨が痛いイクエです。
日中はケンゾーだけ外に出て、イクエはおとなしく宿で療養しています。

わたしたちがワークキャンプをしているダラムシャラ地区。
ここはほかのインドとは違う特殊な街だ。
街を歩いている人の多くはインド人ではない。

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中国政府から弾圧されて、ヒマラヤを越えて逃れて来たチベット人たち。
チベットのお坊さんたちの姿を街のあちこちで見かける。
街にはチベット仏教の寺があり、祈る人たちが絶えない。

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お寺の周りの小道では時計回りに歩く人たち。
このコルラ(巡礼)の風景は、去年東チベットで見てきた光景といっしょだ。

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筒の側面にマントラが刻まれ、中に経文が入ったマニ車。
一回まわすと、お経を一回唱えたことになる。

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チベット仏教を柱とし、独自の文化と政治をおこなってきたチベット。
チベットには国旗もあり、独自の通貨もある。
それなのに、中国政府が「チベットは中国のもの」と暴力的な主張をし、チベットを国と認めず好き勝手に占領し、人々を迫害し、人権を無視し、チベット人を虫けらのように殺してきた。

殺されないために、チベットの独自の政府を守るために。
1959年に苦渋の選択を迫られて、ダライラマ法王たちはふるさとを逃れ、ここインドにたどり着いた。
そして、このマクロードガンジにチベット亡命政府をたちあげたのだ。

テレビをつければ、チベット人向けの番組が流れている。
ダライラマ法王のスピーチ。

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中国(といっても本来はチベット人の土地)では、チベット国旗を掲げることもダライラマ法王の写真を持つことも禁止されていて、見つかれば逮捕される。
しかし、インドのこの場所ではいたるところでチベットの旗がはためいている。
これほどかっこいい国旗はほかにあるだろうか。

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チベット国旗をあしらったグッズもたくさん販売されている。
ワークキャンプのメンバーの、ロシア人のリリーとフランス人のニコもお買い上げ。

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街の食堂や店では、必ずといっていいほどダライラマ法王の写真が祀られている。
お茶目な一面もあるダライラマ法王。
チベット人にとって親しみのある法王は、どこかかわいげがある。

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中国のチベット地区では独立や解放を訴えるだけで逮捕されてひどい拷問を受ける。
だけどここでは誰にも気兼ねすることなく訴えることができる。
「フリーチベット!!!」

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街には、チベットの独立を求めて命を奪われた人たちの追悼のモニュメントがある。

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中央の柱には「チベット 殉国犠牲者の碑」と英語、チベット語、ヒンドゥー語でそれぞれ書かれている。

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表からは見えない柱の後ろにも同じように別の言語で書かれている。
もっとも訴えたい相手に対して・・・。

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中国語。
けれど、情報統制がされている中国人民はチベット人の訴えなんて知らない。
チベットの歴史なんて知らない。
「ダライラマは悪者・犯罪者」、そう教え込まれている。

自然豊かな山岳地帯、チベット。
7年前、中国政府はそこに全長2000kmの鉄道を作った。
自然は壊され、新しい中国式の街ができ、たくさんの中国人が移住している。

外国人がチベット自治区に入るには中国政府の許可証が必要で、いまチベット自治区は中国人民の最大の観光地となっている。
チベットの政治と宗教の要所だったラサのポタラ宮。
チベット人にとって神聖な場所であり、ダライラマ法王の暮らしていた場所。
けれど、ここも今では中国政府が管理し「博物館」となり、押し寄せる観光客から入場料を集めている。
政府の本拠地だったラサに戻れる日を信じて、このマクロードガンジにいる人たちは祈り続けている。
チベット難民たちのその強い願いが叶うのは、今の中国政府のもとでは絶望的だ。

チベット人の拠り所、ポタラ宮。
マクロードガンジの寺でも街でもポタラ宮の絵を見かける。

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ワークキャンプのメンバーとインド最大のチベット仏教のお寺に行った。
亡命政府のお膝元の寺院なので、重厚で存在感があるのかと思ったけど、建物が大きいだけでかなり質素だった。
夕陽を浴びてお坊さんたちが問答修行をしていた。

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やっぱりチベット自治区や東チベットで見たお寺のほうが「本物」という感じがする。
あの歴史を感じさせる建物や仏像、地域に根付いた雰囲気、チベット独特の香り・・・そのどれもがここには欠けている。

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チベットの人たちがふるさとに戻れる日が来ますように。
そして、自分たちの文化を守り幸せに暮らしていけますように。

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そんなダライラマ亡命政府の地で1週間過ごした私たち。
その瞬間は突然やってきた。
メンバーといっしょにチベットの資料を集めた図書館に行った日のことだった。

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図書館には、映像のブースもあってこれまでのダライラマ法王のスピーチを見ることができた。
ダライラマ法王は、ここマクロードガンジで暮らしているけれどお目にかかれるチャンスはほとんどない。
謁見したければ1か月前に申し込まないといけないし、仮に申し込んでも申請が受け入れられることは難しい。
法王は一国の代表として外遊して要人に会ったり、海外の講演会に招かれたりすることも多く、不在のことも多い。

ここを訪れる旅行者は、ノーベル平和賞を受賞した微笑みの法王に会うことを望んでいるけれど実際にはとても難しいのだ。

図書館からの帰り、11人のメンバーはそれぞれタクシーに別れて乗ることになった。
ケンゾーを置いて先にイクエはほかの3人とタクシーに乗り込んだ。
500mくらい進んだとき、急に日本人のナナちゃんや韓国人のチェヒたちが乗った車がイクエたちの車を猛スピードで追い抜いていった。
追い抜きざま、ナナちゃんたちが窓を開けてイクエたちに何か叫んだ。
聞き取れなかったけど「ダライラマ」と聞こえた気もする。
ナナちゃんたちの車は10mほど先で急停車し、みんなが道路に飛び出した。

「もしかして、これは!」
とっさにイクエも車を止めてもらって道路へと降りた。
道の向こう側にはチベットの人たちが手を合わせ何かを待っているかのようだった。
サイレンの音が聞こえる。
ボンネットの横に旗をつけた警備の車が猛スピードで目の前を通った。
カバンからカメラを取り出した。

「あー!!あの方に会えるのかもしれない」

そして、もう1台の車。
助手席には・・・・

ダライラマ法王!!

法王は、胸の前で手を合わせ、道路に立つチベット人たちを見つめて、いつものあの微笑みで会釈している。
後部座席ではなく、助手席というのがダライラマ法王の人柄が出ている。
何と表現したらいいかわからないけど、とてもありがたい気持ちになって体中が幸せで満たされた。
車が去っていったあとも気持ちが高ぶったまま。

写真を撮るチャンスはあった。
だけど、撮影はしなかった。
ほかのメンバーもカメラを構えていた。
でも、だれも撮影していない。
みんな国も宗教も違うけど、同じ気持ちだった。

そんな恐れ多いことはできなかった。
その瞬間、軽い気持ちでその人を被写体にしてはだめだなって思った。
うつむき気味で法王に手を合わせているチベット人の前で、撮影なんてためらわれた。
ただ、その瞬間、まばたきもせずじっと見つめていたかった。

ロシア人もフィンランド人もフランス人も韓国人も、そしてイクエたち日本人も。
しばらくみんな放心状態になっていた。

その場に、残念ながらケンゾーはいなかった。
いっしょに旅していて、いつもいっしょなのにこの時だけケンゾーと分かれていた。
本当に残念だ。

30分後ケンゾーに会って、声を落として伝えた。
「あのね・・・ダライラマ法王を見たんだよ・・・」

ケンゾーは悲しそうな顔をした。
でも、イクエだって悲しいのだ。
いっしょに見られたらどんなに舞い上がってふたりで喜び合ったか。

「でも、ほら、法王からもらったパワーを分けるから!」

ケンゾーの手をぎゅ〜っとにぎって、ハグをした。

結婚して5年。
薄々感じていたことをつい口にしてしまった。
でもそれは、ショックを受けているケンゾーに対してとどめのひとことだった。

「やっぱり、運を持っているのはイクエなんだ。
 ケンゾー、運ないよね。
 結婚してイクエの運をだいぶ分けてあげてるけど。」

「言わんでくれる!
 自分でも気づいとるんやけん・・・」

諦めきれない、運のないケンゾー。
ダライラマ法王の邸宅にダメもとで向かった。

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門番の人に言うケンゾー。
「アイ ウオント トゥ ミート ダライラマ」。
なんか、『進め 電波少年』を生で見ているようだ。

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答えは分かりきっている。
残念ながらケンゾーには運がないのだ。

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かわいくて頼もしい助っ人たち登場♪

2013.03.20 06:38|インド☞EDIT
「インドまわるの3か月じゃ足りんやん! 1年くらいかかるけん!」と日々感じているイクエです。
でもビザの期限が3か月なので、もう残り1か月ちょっとしかありません。

ワークキャンプの活動場所をダラムシャラに変えたイクエとケンゾーとメンバーたち。
ここでの活動拠点は宿から徒歩3分の小学校。

校舎の壁のペンキ塗りと、塀を作るためのレンガ運びのお仕事を任された。

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ケンゾーはハシゴに上って、塗装が剥げかけた側面の壁を真っ白く塗っていく。
その横では子どもたちが授業中。

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バングラデシュでもそうだったんだけど、教室はあるのに青空の下で授業している学校が多い。

理由は・・・
「太陽の下のほうが明るいし、あったかいから!」

エコですねぇ〜♪

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子どもたちはござの上に座って、先生は教卓を外に出して授業する。
外だけど、子どもたちは騒ぐことも走りまわることもせずに授業に集中!
「学級崩壊」なんて存在しない。

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メンバーは二手に分かれて作業を進める。
ケンゾーのチームはペンキ塗り。
イクエのチームは塀を作るためのレンガ運び。

いったい何百個あるの?というくらいのレンガをひたすら運ぶ。
一輪車があったらすぐに終わるんだろうけど、そんなものはない。

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もくもくとレンガを運んでいたら、周りがなんだか騒がしくなってきた。
どうやら子どもたち、休み時間に入ったみたい。
そして、ひとり、またひとりとこっちに寄って来て、なんとお手伝い ♪

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そして、自然とバケツリレーの要領でみんなが一列に並んでレンガを回していく。
ちっちゃい子どもたちなのに、おかげで作業スピードがぐ〜んと上がった ♪

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ちっちゃい子にとってはレンガひとつでもかなり重いみたい。
みんなしかめっ面をしたり、「うーん!!」とうなったりしながらも、ものすごく速いスピードでせっせせっせと次の人に回していく。
とっても愛らしい♡

大人のわたしたち、いっきに疲労回復!!

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勉強も遊びもお手伝いもやって、小さな体のどこにそんなエネルギーがあるの??
ありがとう、みんな〜。

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学校での作業の合間に近くの滝までメンバーでお散歩。
上のほうに見えるのが目的の滝。
そこから下まで大きな石がごろごろしている。
今は乾期だけど雨期は水量が増して大きな川になるんだって。
迫力があるだろうなあ。

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河原に赤いのが見えると思ったら、チベット仏教のお坊さんが袈裟を洗濯していた。

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ここ、ダラムシャラ一体は中国の弾圧から逃れて来たチベット難民が暮らしている。
ダライラマ法王もここで生活をしていて、チベット亡命政府の拠点となっている。

滝の周辺には、チベット仏教の経文が書かれた5色の旗「タルチョ」がはためく。
タルチョの横をトレッキング。

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滝の上にはカフェがあってチベットのお坊さんがくつろいでいた。
チベットに関する質問に答えてくれて、お経を唱える時のポーズも教えてくれた。
みんな興味津々。

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小学校での作業2日目。
前回よりも太陽の日差しが強い。
あいかわらずの青空教室。
だけどこの前とは子どもたちのポジションが違う。
天気や日差しにあわせて、校庭を移動しながら授業しているのかな。

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かわいい助っ人たちのおかげでレンガの移動はこの前ほとんど終わった。
きょうはみんなで壁のペンキ塗りの仕上げ。

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白く塗った外壁にこの地域の州の地図を描いていく。

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ワークキャンプはレクリエーションのようだ。
「自分を犠牲にして誰かのために」なんて大きなことは考えていない。

「自分が楽しいから参加してる」。
きっとそれはメンバーみんなが思っていたことだと思う。

知らない人たちと協力しながら作業するのは楽しい。
地元の人たちとも触れ合える。
その地域の抱える問題について知ることもできる。

参加しているメンバーにとってプラスになって、そしてその地域にとってほんの少しでも役に立ち、両者が満足できればそれでいいんじゃないかな。

「なんかよくわかんないけど、わざわざガイジンがこんな私たちの田舎に来てくれてるよ ♪」って思われるだけでもいい。

リリーが言うには、ヨーロッパの各地では参加費が無料のワークキャンプがたくさん開催されているのだそう。
「物価が高いから、ヨーロッパは素通りだな」ってリリーに言ったら、「ワークキャンプに参加しながら旅行すればいいじゃない」って教えてくれた。
寝袋持参で、食事は自分たちで作ることが多いみたい。
古城の修繕や遊歩道の整備、地域の祭の企画・・・。
町おこしに海外からのボランティアが一役買っている。

日本は以前よりはボランティアの垣根は低くなったとはいえ、まだまだボランティア途上国。

「ボランティアは自分を犠牲にして奉仕する人」なんて捉え方じゃなくて、ボランティアする方もされる方もどちらも幸せになれる。
そんな捉え方でボランティアがもっと浸透すれば日本はもっといい国になるのになあ。

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小学校で臨時の先生に

2013.03.19 06:03|インド☞EDIT
みんなが寝静まっている深夜の寝台列車内で、大声で喋りながら乗り込んできて、わめき散らしていたおばちゃんを怒鳴りつけたケンゾーです。
インドではおばちゃんのマナーが悪すぎる!

ワークキャンプも2週目に突入。
後半はカルカから北のマクロード・ガンジ(ダラムシャラ)に移って活動することに。

マクロードガンジ

マクロード・ガンジまではバスを乗り継いで丸1日かけての移動。
でも走りはじめたバスがすぐに止まってしまった。
1台のバスが道を塞いでいる。
故障かな?
乗客が外に降りてしまっている。

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やっぱり故障だ。
前輪のシャフトが折れてしまったみたい。

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直るのにけっこう時間かかるかな?と思ったけど、この顔見るとそんな深刻な故障じゃなさそうだ。
20分足らずでまた走りはじめた。

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このきれいな棚田の景色も見納め。
インドにもこんなに空気が美味しくてのどかな場所がある。

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短い休憩を挟みながら、何度かバスを乗り換える。
ずっとイクエとふたり旅。
ふだんはしない団体行動。
車内でもワイワイお喋りしながらの移動。
ふたり旅とは違う楽しみがある。

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遠くに雪を被ったヒマラヤ山脈が見えてきた。
マクロード・ガンジまであともう少し。

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最後に乗り換えたバスの車内。
ケンゾーには気になることがあった。
それは・・・バスの車掌がリリーをずーっとガン見してるのだ!
その見方が尋常じゃない。

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リリーは隣のニコとお喋り中。
椅子から体を乗り出して凝視するおっさん。
それ近すぎやろ!
もうちょっと遠慮しなさい!

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あとからリリーに気づいてたか聞いたら、「気づいてた。怖いから見ないようにしてた!」って言ってた。
インド人の男は子どもみたいだから、「見たい!」っていう欲求を抑えられずにそのまま行動に移すんだろうな。
しかも、最後に「いっしょに写真を撮りたい」とまで言い出した。
やんわり断ったけど。

夜7時過ぎに1週間寝泊まりするゲストハウスに到着。
ここでは近くの小学校でワークすることになる。

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次の日、ゲストハウスのすぐ近くにある小学校へ。
元気な子どもたちが出迎えてくれた。
全校生徒35人くらいでとても小さな学校だ。

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みんな暖かくて明るい教室の外で英語の勉強中。

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メンバーのみんなも即席の先生になって勉強のお手伝い。
とてもインターナショナルな先生たちだ。

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リリーは教え方がとても様になってる。
さすが現役の教師。

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イクエはゲストハウスのマスコット犬「モモ」を助手にして、耳や鼻といった単語を教えている。

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みんな真面目に勉強してる。

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かと思ったら、お絵描きに夢中だった!
太陽がかわいいね。

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教室を見せてもらった。
いたるところに英語があふれている。
インドではインド人同士なのに英語で会話をしている光景もよく見かける。
ケンゾーも小さな子どもから達者な英語で喋りかけられて、しどろもどろになって恥ずかしいことがよくある。
もともとイギリスの植民地だったというアドバンテージはあるのだろうけど、なんで日本とこんなにも違うんだろう?

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勉強を教えてくれたお礼にと、子どもたちがダンスを見せてくれることに。
まずは小さな女の子たちがグループでかわいらしいダンスを披露。

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そして、遊びに来ていた卒業生の女の子がソロで踊ってくれた。

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日本人にはなかなかこの表情はできないでしょ!

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田舎にあるとても小さな学校だけれど、みんな家族のようでとても雰囲気がいい。
ここでは別の日に、ペンキ塗りのワークをすることに。
その様子はあした!
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トイ・トレインがクラブに!?

2013.03.18 06:18|インド☞EDIT
とうとうバックパックがパンパンになってきて、ファスナーがはち切れそうなケンゾーです。

国際色豊かなメンバーといっしょにシムラーに小旅行中のケンゾーとイクエ。
この旅のクライマックスは帰りの車内で待ち受けていた。

ケンゾーたちが乗った鉄道は「カルカ ー シムラ鉄道」。
線路の幅が通常のものより狭いので「トイ・トレイン」と呼ばれている。
総延長約100km、標高差がおよそ1400mで山道を下っていく。
カルカ〜シムラー間を結んでいるこの鉄道は世界遺産に登録されている。

ケンゾーとイクエはダージリンでもトイ・トレインに乗ったけれど、こっちのほうが線路の幅が10cmくらい広くて車両もちょっと大きい。
かわいさではダージリンが勝ってるな。

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とてもオシャレでかわいらしく、映画のセットみたいだったシムラーの街に別れを告げ、トイ・トレインが走り出す。

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走り出した列車に走って飛び乗る青年。
これインドではあたり前な光景なんだけど、「それわざとやってんじゃないの?」って思うことも。
インド人の大人(男性限定)はほんとに子どもっぽい。
大人同士でじゃれたり、追いかけっこしたり(おっさん同士で!)、子どもがそのまんま大きくなったみたいだ。
走り出した列車を追いかけて飛び乗ることも、遊びとして楽しんでるふしがある。

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森の中に列車の汽笛がこだまする。
ダージリンは街の中、ときには車や歩行者であふれる道路を横切ったりすることが醍醐味だけれど、こちらは自然の中を走っていくのが魅力。

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いくつもの石造りの橋やトンネルを越えていく。

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同じ車内にやたらと元気のいい若者集団が乗っていた。
18歳のエンジニアの卵たち。
週末の休みを利用してシムラーに遊びに来ていたそう。
なにやら布を取り出し、ケンゾーの膝の上に広げる。
何がはじまるのかと思ったら、トランプだった。

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インド人はこんなことで気を使ったりはしない。
無邪気というか能天気というか、はたまた無神経というか。
まあ、かわいいけどね。

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このトンネルでまたひとつ、インド人の不思議な習性が明らかに。
列車がトンネルを通過するたびに、みんな口笛を鳴らしたり雄叫びを上げるのだ!
まるで盛りがついた猿みたいだから、もう笑うしかない。

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トンネルが近づくと先頭車両のほうから雄叫びがだんだん近づいてくる。
いい歳したおっさんも指笛鳴らしたり、叫んだり。
トンネルに入ると律儀に毎回。
正直、なにが楽しいんだろ?
100カ所以上のトンネル全部でするのかな?
インド人はほんと子どもだ。

そんな18歳の彼らが、ケンゾーはゲストだからとチャイをごちそうしてくれた。
子供っぽいんだけど、こういうところは妙に大人っぽい。
そんなしゃれたこと自分も含めて日本の18歳ができるかな?

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いくつかの駅に停まりながら、カルカへと向かうトイ・トレイン。

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18歳の彼らは金髪や青い目をしたメンバーに興味津々。
ついに合コンよろしく、「自己紹介タ〜イム!」となった。
ワイドショーの取材のようにカメラに囲まれながら自己紹介していくメンバー。

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彼らのうちの1人が、「歌を歌います!」と言って歌いだした。
これが口火となってそれぞれの国の歌を歌う流れに。
最初の標的はチェヒとエンジーの韓国コンビ。
彼らの目当てはもちろん「江南スタイル」!
拒否していた(そりゃそうだよね。ほかの客もいる列車の中だもん)ふたりも、若者パワーに負けて振り付きで歌った。

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ニコとミレナは「オー・シャンゼリゼ」、リリーも魔法の呪文のように聞こえるロシアの歌を歌った。
さあ、何を歌おうかな?と考えていたら、シンギングタイムはなんとなく終わった。
助かった。

それからしばらくは小休憩。
はしゃぎ過ぎて疲れたのか、寝だすインド人青年たちも。
この寝かたがまたかわいい。
きみたち何歳?

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休憩してまた元気を取り戻した彼ら。
ここから一気に突っ走りだした!

同じ車両に彼らよりも年上のグループがいたのだけれど、そのグループと歌合戦が始まったのだ!
車両の前と後ろのグループで、ケンゾーたちを挟んで大騒ぎして盛り上がるインド人。
インド映画で、突然何の脈絡もなく歌とダンスが始まることがあるけれど、まさにそんな感じ。
ヒンディー語なので何を言っているかよく分からないけど、どうも「しりとり」の要領で競っているようだ。
片方のグループがダンス付きで大合唱し、スッと歌うのを止める。
するとその歌の最後の文字で始まる別の歌を、すかさずもう一方のグループが歌う。

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何歳なのか年齢不詳のおっさんたちが独特の振りをつけながら歌っている。
「これでどうだ!」
「そっちがそうくるなら、こっちはこうだ!」
こんなやり取りが交わされてるのかな。
パリっ子のニコはかなり引いてるけど、そんなの彼らには関係ない。
この車両だけクラブのような盛り上がり。

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大盛り上がりの車内の様子を動画でもどうぞ!



彼らとは途中の駅でお別れ。
ケンゾーたちが降りたホームにまでついて来て、短い時間で写真撮影。
最後まで元気いっぱいの若者たちだった。
何度も言うけれど、インド人の男はでかい子どもだ。
大の大人が列車の中でキャッキャ言いながら歌って盛り上がる。
でも「人生楽しんだもん勝ち」だと思うから、しょうもないことでも楽しめる彼らは人生の達人なのかも。

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【旅 info.】
  カルカーシムラ鉄道a_DSC_0353_20130317134228.jpg
インド北部のカルカからシムラーを結ぶ山岳鉄道。
ダージリンーヒマラヤ鉄道などとともに世界遺産となっている。
始発駅と終点駅の標高差はおよそ1,400m。
全長およそ100キロをおよそ5時間で走る。
一日数便が走り、列車や車両によって運賃は異なる。
観光用列車の良い席とローカル列車の2等では運賃に10倍以上の差。
一番安い2等は20Rsくらいで、現地人と交流できるのでオススメ。
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「インドっぽくない」かわいいインドの街 ♪

2013.03.17 06:11|インド☞EDIT
炭酸飲料が嫌いでコーラもサイダーもダメで日本で100%ジュースばかり飲んでいたけど、ここではジュースの選択肢がないので炭酸を飲むようになってちょっとだけ好きになりつつあるイクエです。

インドを旅するのは2回目のイクエ。
学生のときは1か月半旅したんだけど「ザ・インド!」という観光地ばかりをまわっていた。
でも、今回は「ここ、インドっぽくな~い」と思う場所もまわっている。

ワークキャンプのメンバーと来たここ「シムラー」もそんな街だ。

シムラー

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インドのほかの場所では庶民の足となっているサイクルリクシャーやオートリクシャー。
歩行者にとってはリクシャーは道をふさぐからじゃまだし、「リクシャーに乗らないか」としょっちゅう声をかけられるので煩わしく感じる。
けれど、坂の多いこのシムラーの街にはリクシャーがない。
とても静かで穏やかだし、排気ガスも少なくて空気も水もきれい!

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この街はイギリスがインドを植民地支配していたときに、標高が高く涼しいので避暑地として開拓したところ。
当時はインド人はメイン通りに立ち入ることが禁止されていたんだって。
今では、インド人の新婚旅行先として人気のある街になっている。

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「ここ、ほんとにインドだっけ?」「ヨーロッパ?」
そんなふうに思ってしまう。
みぞれも降ったきのうとは打って変わって、きょうは澄み渡る青空のポカポカ陽気。
きのう風邪気味だったケンゾーも、外のベンチで太陽に当たってエネルギー補給。
体調が復活したのでゆっくりお散歩。
奥の赤い屋根の建物は現役の郵便局。

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メイン通りの建物はどれも映画のセットみたい。
実際、インド映画のロケ地にもなるらしい。

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みんなで「ハリーポッターに出てきそう」って盛り上がる。
「日本ではハリーポッターってどう発音するの?」ってイギリス人やフランス人のメンバーから聞かれたので「はりー ぽったー」って抑揚をつけずにはっきり発音したら「おもしろ~い!」って言われて真似をされる。
韓国人のエンジーたちは韓国の発音で「はりぃ ぽたぁ」。
日本の発音が一番、本場とかけ離れてるかも。
日本では略して「ハリポタ」って言うけど、よっぽどこっちのほうが本場の発音に近い気がする。

「はりー ぽったー」に出てきそうな建物。
ちょっと斜めになっている窓やタイルは、わざと味をもたせてそうしてるかのようにさえ思える。

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たくさんの木を組んで、改装中の建物。
映画のセットを作っているかのよう。

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映画のセットみたいな街だけど、地元の人たちの生活空間でもある。
細い土地に建物が密集している。
路地裏はメイン通りと違って上品な感じはしないけれど、これはこれで映画に出てきそう。

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風に揺れる洗濯物もまるで小道具みたい。

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赤くてかわいい看板を発見!
どうやらここは消防署。

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中を覗くと、これまたかわいい消防車を発見!
坂道も多く、冬には雪も積もるからジープが一番いいのかな。

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赤いジープのお隣には消防バイク♡
前輪の後ろには赤いベルとサイレンがついている。
後ろには、消火器も!

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旅をしていて「和食が恋しい~」って思うことはあるんだけど、それ以上にイクエとケンゾーが恋しくなるものがある。
それは「コーヒー」と「スイーツ」。
たまにはインスタントじゃないちゃんとしたコーヒーを飲みたいし、いっしょにケーキも食べたい!
和食と違ってコーヒーとケーキはどこでも食べることができる。
でも、食べられない。
なぜなら・・・。
贅沢品だから!
宿や移動費や食費など、必要経費を切り詰めながら旅を続けているわたしたち。
もちろん日本よりも安くコーヒーを飲めるんだけど、カフェで飲む本格コーヒーは地元の人にとっても贅沢品だし、いったん地元の金銭感覚が身についてしまうと日本人のわたしたちにもとても高い贅沢品に思えてくる。

素敵なカフェはいろんなところにあって、中をのぞくと欧米人のツーリストが優雅にくつろいでいる。
和食よりも誘惑される機会が多い!
それを見るたびに「いいなあ。あの人たちリッチそうだなあ。わたしたちも60歳くらいになっていつか、コーヒー1杯の値段を気にせずに旅行できる日がくるかなあ。」なんて考えてしまう。
(でも、住所不定無職の身だから帰国してちゃんと生計をたてられるかも定かではない。今後、旅行なんてできるのかな???)
日本にいたときは、ふつうにカフェに行ってたのにね・・・。

でも、この日はメンバーみんなで老舗のカフェに!
みんなも美味しいコーヒーに憧れていたようで、前からみんなで行こうと決めていた。
古びた洋館の「インディアン・コーヒーハウス」。

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みんな久しぶりのカフェにテンションがあがって、コーヒーのほかに絞りたて100%ジュースも注文。
イクエは贅沢品はコーヒーだけで十分だったけど、ケンゾーはジュースも飲みたそうにしてたので「病み上がりだから頼んでいいよ」と特別に認めてあげることにした。
かっこいいユニフォームのウェイターのおじさんたちがサーブしてくれる。

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老舗だし、素敵な雰囲気のカフェだけど値段はそんなに高すぎない。
ポットで運ばれてきたコーヒーはたしか50円もしないくらい。
かなり良心的な価格♡
老舗で、ずっと値上げをしてないのかな。
濃くておいし~い!!

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冷めないようにちびちびとカップに注いで、じっくり時間をかけて味わう。

ワークキャンプのメンバーとの小旅行。
おいしいコーヒーも堪能したけど、最後に旅のメインイベントが待ち受けていた。
それは世界遺産である「カルカ ー シムラ鉄道」に乗ること。
そして、その列車のなかでインド人の乗客が繰り広げた、まるでインド映画のようなシーンを目の当たりにすることに!

それはあしたお伝えします♡


【旅 info.】
  シムラーa_DSC_0279_2.jpg
インド北部ヒマーチャル・プラデーシュの州都。
標高およそ2,000mで夏でも涼しく避暑地となっている。
インド人旅行客も多く、ホテルやレストラン多数。
今回宿泊したのはYMCAのユースホステル、ダブルで600Rs。
旅行会社やホテルで、近場の山へのトレッキングツアーも申し込める。
インド北部のほかの都市からバスがあるほか、世界遺産「カルカ ー シムラ鉄道」の終着駅もある。
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猿!リリーの靴返せ!!

2013.03.16 05:35|インド☞EDIT
いまバケツに水をためて毎日自分で洗濯している夫ですが、そういえば交際する前に出張先のホテル・ニューオータニで宿泊したとき、みんなに抜け駆けでひとりだけランドリーサービスを頼んでいて、きれいに洗って畳んでビニールにパックされた靴下とトランクスをフロントで受け取っているのを見て「ばかじゃないの、この人。そのくらい自分で洗えよ。」と当時ひそかに思っていたのを、さっき思い出したイクエです。

インド山村のNGOで6か国の仲間とボランティアをしているイクエとケンゾー。

土日は活動がお休みなのでみんなで小旅行に行くことになった♪
目指すはヒマラヤの麓「シムラー」という高原の避暑地。

早朝に出発し、バス停はないので不安になりながら山道でバスを待つ。

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路線バスを乗り継いで6時間。
山の斜面に家々が立ち並ぶシムラーの街に到着♪

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シムラーは標高2000m級の街で、夏は涼しく冬は寒い地域。
イギリスの統治時代は、暑い時期はここに首都機能を移転させて「夏の首都」として使われていた。

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夏は快適なんだろうけど、冬の今の時期はものすご〜く寒い!
雪を抱いた山脈がすぐ近くに見える。

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シムラーの観光名所は山の頂上にあるヒンドゥー寺院。
「ハヌマーン」という、猿をモデルにした神様が祭られている。
別名「モンキーテンプル」。

このモンキーテンプルには、やっかいものがいる。
それは猿!
たくさん生息していて、我が物顔で占領しているらしい。
猿はハヌマーンにちなんで縁起がいいし、かわいいからと大事にされていたんだろうけど、今ではインド人も猿の横暴ぶりに困り果てている。
「食べ物を持っていたり、カメラやハンドバッグをぶら下げて歩いていたら襲われるよ!」って地元の人たちに注意される。

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いたるところに猿がうじょうじょいて、こちらをうかがっている。
猿に警戒しながら雪で覆われた道を滑らないようにゆっくりゆっくり登っていく。

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目が合うと威嚇するかように、歯を見せて「キィーッ」と身を乗り出す猿。
でも、そんな強気な猿たちもさすがに寒いのか身を寄せ合っている。

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山の頂上には、見上げるほど高いヒンドゥー教の神さま「ハヌマーン」の像。
ハヌマーンは孫悟空のモデルになったと言われている。
たしかに、そっくり。
凛々しいけど愛嬌もある♡

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ロシア人のリリーは「ここがベストポジションだね」と、お尻の真下がお気に入り。
むっちりお尻にニョキっと生えたシッポがチャーミング♡
でも、正面もなかなかセクシーよ♪

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帰る途中、ヒンドゥー教の神が祭られているお堂のようなところもあったんだけど、寒すぎてみんな早くホテルに戻りたいので下山することに。
でも、リリーだけはお堂に立ち寄った。
中をちょっと見てすぐに出てくるかと思ったけどリリーは出てこない。
「先、行くよ〜」
リリーを置いてみんなで下山していると、争うような声が聞こえる。

インド人が猿に襲われている!

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サングラスを奪った猿。
走って逃げて、もてあそんでいる!

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リリーの声が聞こえた。
「みんな〜! こっちに来て!」
「いやだ、もう寒いから帰ろうよ。」
「いいから、こっちに来て!!」

手招きしているリリー。
みんなで顔を見合わせる。

「また階段上りたくないよね」「寒いからもう帰りたいよね」
みんなの意見は一致。

リリーを置いて帰ろうとしていたら、リリーが叫んだ。

「プリ〜ズ!! アイ ニード ユア ヘルプ!!!」

リリーに何かあったの!?
とりあえずリリーのところまで戻ってみる。
泣きそうな顔でケンケンをしているリリーがいた。
枝で足元に寄ってくる猿を追い払っている。

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靴を猿に盗られていた!!

お堂に入ろうと、靴箱に靴を入れて靴箱の扉を閉めたんだけど、猿が扉を開けて盗っていったらしい。

みんなでまわりのたくさんいる猿を一匹ずつ確認しながら、犯人を探していく。
目の前の大きな木を見上げると・・・・

いた!

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ビニール袋をひらひらさせたり、カシャカシャ言わせて猿をおびき寄せる作戦に出る。
だけど、猿はチラッと見るだけであざ笑うかのようにさらに高い枝に上っていく。

猿の鳴き声を真似して注意をひこうとしても無駄。

フランス人のニコが「ほら、ここに新しいもっといい靴があるよ」と猿に靴を見せびらかすけど、これもダメ。

地元のおじさんも参戦して、木を叩いたりするけどなんにもならない。

それを見ていたひとりのインド人男性がよって来た。
紙に包まれたお供え物のお菓子を5mくらい上にいる猿に向かって放り投げた!
猿、すかさず片手だけで見事にお菓子をキャッチ!

「オオ〜!!」
猿のナイスキャッチングにみんな一瞬歓声をあげた。

でも歓声をあげてる場合じゃない。
猿はもう片方の手でリリーの靴を持ったままだ。
みんなでため息をもらしたそのとき。
お菓子の袋を両手で開けようとした猿が靴を落とした!

ケンゾーがあわてて落ちた靴を拾いにいく。

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ようやく持ち主の場所に戻った靴。
ほっとしたリリーは、泣いてしまった。
でもこの件以降、これがメンバーのなかで一番盛り上がるネタになった。
「リリー、そんなことしたらまた猿に靴持っていかれるよ!」とか、動物を見るたびに「あのリリーの靴がおいしそうだよ」と動物にみんなで話しかけるようになった。

やんちゃな猿がいっぱいいるシムラーの街。
でも、猿と違ってここに住む犬はどれもとてもおとなしく気品がある。

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ワークキャンプを始めてから今までノンアルコールで過ごしてきたわたしたち。
みんなバーに行ってお酒を飲むことを楽しみにしていた。
「リリーの靴が無事に戻ったことに、かんぱ〜い♪」

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でも、メンバーが1人足りない。
あまりの寒さで風邪をひいたケンゾー。
誰よりもお酒を飲むことを楽しみにしていたのに、ホテルに先に戻って就寝。

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(↑この写真はケンゾーが自分でセルフタイマーで撮影したもの。
「イクエたちが酒を飲んでる間に自分だけ苦しい思いをした。」って言っていたので「でも、こんなどうでもいい写真撮れる余裕があったじゃん」って返したら「ほんとうにめちゃくちゃきつかったけど、力を振り絞って撮った。ほんとうにきつかった!! イクエにはわからん」といかにきつかったかを説得力なく語っていた。)
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ダンス!ダンス!ダンス!ヒンドゥーの祭

2013.03.15 06:36|インド☞EDIT
露天商から170円でサングラスを買ったケンゾーです。
ちゃちいけど半年持てばいいかな。

きょうはNGO「RUCHI」の近くの村までヒンドゥーの祭を見に行くことに。
シヴァ神の妻でもあるドゥルガーという女神の祭で、きょうは7日間行われる祭の最終日だそうだ。
ヒンドゥーの祭だからきっと賑やかなんだろうな。

快晴の空のもと、みんなで歩いて村を目指す。
RUCHIの周辺は山と美しい棚田が広がり、歩いているとほんとに気持ちがいい。

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小高い丘の上にあるこじんまりとした寺院で祭は行われていた。

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男たちが焚き火を囲んで座っている。
焚き火には赤い紐で括られた藁やパンのようなものがくべられている。

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こうやって、ドゥルガー神へのお供えものを1週間燃やし続けるそうだ。
おもむろに人々が立ち上がり、煙に手をかざしはじめた。
つづいて、焚き火の周りを回りながらおがくずを焚き火に入れていく。

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最後にそれぞれの額に灰と赤い粉を付ける。
ヒンドゥー教ではサドゥー(修行者)も灰を体に塗るけれど、灰に特別な意味があるのかな。

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いっしょにボランティアしている女性メンバーもお参りをして額に赤い印をつけてもらった。
やっぱりイギリス人のシャーンやロシア人のリリーはこの中にいると目立つな。
写真撮影を何度もせがまれていた。

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ここから祭は一気に賑やかに。
広場には女性と子どもがぎっしり!
色とりどりのスカーフがとってもカラフル!

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神を祝福するための音楽の演奏がはじまった。
楽器はキーボード、後ろの板を動かしてアコーディオンのように弾くハルモニウム、そしてムリダンガムという太鼓。
インド独特のリズムと、演奏者たちの歌声が響き渡る。

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これが楽譜のようだ。
青文字が歌詞かな?
さっぱりわからない。

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女性が数人立ち上がって踊りはじめた。
音楽もインド独特なら踊りもインドは独特。
手の動きと腰の動きがセクシーだ。

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女の子たちも大人に負けじと踊りだす。
この動きは教えられてできるもんじゃないな。
インド人の「血」だな。

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祭はフィナーレへ。
鐘の音も加わりピッチが速くなる。
誰が鐘を鳴らしているのかなと思ったら、なんと自動鐘&太鼓鳴らし機があった!
インド人の音楽にかける情熱は熱い!

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太鼓の音色はこれまでにも増して高らかに響き渡り、女性たちはスカーフを振り乱して気持ち良さげに踊る。

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建物の中では男の子たちが踊っていた。
外は女の子ばっかりだから遠慮してるのかな?

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「見て!見て!わたしのダンスを!」
大勢に見つめられながら踊ることが楽しそう。

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最後は総踊り状態。
老いも若きも競うかのようにダンシング!
ぜひ動画を見てください!



かけ声とともにみんなで手を頭上に掲げて祭は終了。
みんなほんとに息がぴったり。

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祭のあとは外で昼食が振る舞われた。
参加者がずらーっと一列に並んで座っていく。

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皿は丸い葉っぱ。
揚げパンとカレー、ヨーグルトが配られていく。
ライスまで付いてけっこうなボリューム。

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祭にこんなに人が来てたっけな?
きっと食事だけ食べに来てる人も多いんだろうな。

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シンプルだけれど力強くリズムカルな音楽と、見ているこちらも楽しくなる魅惑のダンスを満喫した祭だった。
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実写版テトリス?!

2013.03.14 06:14|インド☞EDIT
久しぶりに肉を食べたケンゾーです。
といっても、チキンカレーに入ってた肉なのでちょこっとだけだったけど。

田舎の山の中にあるNGO「RUCHI」。
周囲にはとてもピースフルな景色が広がっている。

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2日間RUCHIのすぐ近くでワーク。
まずは、山の水を村まで届けている簡易水道の整備。
この設備があるおかげで、山のふもとに住んでいる25の家庭で水を使うことができるのだそうだ。
これをRUCHIが造る前は、バケツをもって遠くまで水を汲みに行っていたらしい。

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水道施設の周りに茂っている草を刈ったり、石を取り除く。
蛇口をひねると水が出てくる、日本ではあたり前のことだけど、ここでは大変な労力のうえに成り立っていることがわかる。

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韓国人のエンジーは水槽の泥出しに奮闘。
きれいになってちゃんと水が溜まるようになった。

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いつもきれいな水が各家庭に行き渡るよう定期的にメンテナンスをしないといけない。
だけど、この施設は山の中腹にあって、そこまで行く道には草木が生い茂っている。
アクセスを良くするために、山道の整備。

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水道施設の周りがきれいに、山道には階段らしきものができた。
これでメンテナンスがしやすくなって、つねにきれいで美味しい水を飲むことができるといいな。

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次の日はミニダム造り。
ここは雨期になると川になる。
雨が降り続けると増水し、下流にある村にドッと水が押し寄せて被害がでてしまう。
クッションになるダムを造って被害をすこしでも少なくする必要がある。

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このように石を積み上げて水を堰き止めるための壁を造っていく。

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積み上げるための石を周囲から掘り出していく。
下の基礎部分には大きな岩が必要。
男性陣は大ものを掘り返し、崖の上から運んでいく。

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積み上げた石と石の間の隙間には小さな石を詰めていく。
女性陣は小さめの石を拾い集める。

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途中でちょっと休憩。
きょうのクッキング担当のイギリス人のシャーンとフランス人のニコがチャイを差し入れてくれた ♪
あまいチャイが疲れを癒してくれる。

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まるで宝探しか遺跡を発掘するかのように石を掘り返し、パズルのように石を積み上げ隙間を埋めていく。
イクエは隙間を石で埋めていくこの作業が「テトリス」のようだとかなり気に入り、黙々と石を詰めている。
テトリスはロシアのゲームだよね、とここで話が広がるのも国際ワークキャンプの楽しいところ。

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2日間で2カ所、組み上げることができた。
まだまだ足りないそうだけど、つづきは次に参加するボランティアのメンバーに託そう。

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久しぶりにヘトヘトになるまでワークした。
やっぱり体を動かすと気持ちいいし楽しい。
きょうの夕焼けはとくに奇麗だった。

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生活を豊かにしていくNGO活動

2013.03.13 05:52|インド☞EDIT
宿のベッドのダニにやられたようで、腕や足や首や手のひらがかゆいイクエです。

この世界旅行で、イクエとケンゾーが大切にしていることは「できるだけ現地の人と知り合い、その人たちの暮らしやその国の問題を知ること」。
ただ、有名な観光地をまわって外国人用のゲストハウスに泊まって・・・ということをやっても、その国の本当の姿を見ることはできない。
そこで、自分たちが大切にしている「交流」や「現地のことをより深く知る」という目的を叶えるために、出発前から機会があればボランティアに参加しようと決めていた。

この世界旅行でのワークキャンプ第一弾が韓国で、今回のインドは2回目。
きょうはわたしたちが2週間参加するNGOについて紹介します♪

このNGO「RUCHI」はインド北部で1980年に設立された団体。
貧しい農村の人たちの生活の改善に取り組んでいる。

さて、この日はRUCHIがやっているプロジェクトを視察することに。
RUCHIは山間にぽつん、ぽつんとあるそれぞれの集落でプロジェクトをやっている。

そのうちのひとつの集落に向かうべく、路線バスに乗車。
いつもは地元の人しか乗らないバス。
この日は6か国の外国人が乗り込み国際色豊かなバスに変身♪

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道路沿いに店や家が建ち並んでいるとこなんてほとんどない。
だから、バス停もない。
乗りたい人は、ヒッチハイクの要領で路上で手を上げてバスを止める。
そして、降りたい人は好きな場所で「はい、その辺で降ります!とめて~」と車掌さんにお願いする。
車掌さんは、バスに乗りたがっている人を見つけたり、車内の乗客に「降りたい」と言われたりしたら、ピピ~♪と笛を鳴らして、ドライバーに教える。
するとバスが止まる。

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バスは細いぐねぐね道を進む。
見渡す限り山。
喧噪のインドのイメージとは大違いの、のどか~な風景。

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インドの街では、車が常にほかの車や横断中の人にクラクションを鳴らしまくってうるさい。
ここではそんなことがないかわりに、放し飼いにされている家畜のヤギにクラクションを鳴らす。

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目的地の集落に近づいてきた。
車掌さんに笛を鳴らしてもらって、バスは止まった。
道路から歩いて丘を登ったところに、数件の集落が見えてきた。

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この集落でRUCHIは、ニュージーランドの支援団体からの寄付金をもとに、トイレや灌漑設備、貯水タンクやゴミ収集所などを作ったのだそう。

ここは標高も高く、へんぴな場所で農作業をするのがとても大変だったんだって。
だけど、灌漑用の貯水タンクが作られたことで、ためた雨水をパイプで田や畑に送ることができるようになり、農業がしやすくなり生計を立てやすくなったのだそう。
貯水タンクの下には青々とした美しい棚田が広がる。

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そして、コンポストの設備も導入。
家畜の糞を草と混ぜて、農業に必要な肥料を簡単に作ることができるようになった。

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過酷な環境のこの地域。
貧しい人たちも多く、生活水準も良くなかったのだそう。
なので、衛生面を改善するためにトイレや飲み水用のタンクもそれぞれの家庭に設置。

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ちなみに飲み水用のタンクには、雨どいで集まった雨水がたまっていく。
中にはフィルターや炭などを使った濾過装置が入っていて、雨水が浄化される仕組み。
この濾過装置もRUCHIが定期的に交換している。

都市部は驚くほどのスピードで発展していっているのに対し、辺境の地は取り残されている。
生活のレベルもまったく違う。
すべて自給自足で事足りた時代は良かったのだろうけど、消費社会の今ではそれが貧富の差を生むことにもつながる。

農村の人たちのそれまでの生活スタイルを尊重しながら、その人たちがより良い暮らしができるようにお手伝いをする。

そうすることで彼らの生活も守られていく。

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夕方は、ヒンディー語のレッスン。
RUCHIスタッフのムケシュが簡単なあいさつや数字を教えていく。

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ムケシュは「ありがとう」とか「どういたしまして」とか教えてくれるんだけど、みんなが知りたい言葉はもっと別のもの。

「『もっと負けて!』って何て言うの?」
「『現地人と同じ価格で売って』っていうのも教えて」
「『あっち行って!』は?」
「『うるさい!』って言葉も知りたい」

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この平和な村に来る前に、ツーリストに悪名高いデリーを経由してきたメンバーたち。
値段をふっかけられたり、客引きに取り囲まれたり。

うんうん。
我が身を守るために必要な言葉だもんね。

ムケシュがひととおり教えたら、今度はロシア人のリリーが前に立ってひとつずつ習った言葉を読み上げ、みんながそれに続いて繰り返す。
イントネーションやアクセントが、ヒンディー語じゃなくてみんなロシア語っぽくなってるよ(笑)

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このヒンディー語クラスには、インターンでRUCHIで働いている南インド出身の女の子2人も参加していた。
この子たちとムケシュがなんでいつも英語で会話してるんだろうって思ったら、同じインドでも地域で言葉がまったく違うから、英語じゃないとわかりあえないんだって!
ちなみに文字もまったく違う。
学校の授業もその地域の言葉で教わるし、もちろん教科書もその地域の言葉で書かれているから、彼女たちはヒンディー語を勉強する機会がなかったんだって。

こんなふうにインドには主要言語が20くらいあるのだそう。
州によって言語が異なる。
このほか1000や2000か定かではないほどたくさんの方言があるらしい。

この場所もそうだけど今回旅行していて「この街、インドっぽくなーい」って思うことがけっこうある。
だけど国土が広く人口の多いインドは、本来、場所によって雰囲気がまったく違う。

日本人がイメージしているインドは、とても限られた地域のインドなのかもな。
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インドの田舎で外国人とボランティア ♪

2013.03.12 05:47|インド☞EDIT
イクエに髪を切ってもらってすっきりしたケンゾーです。
イクエは笑ったりため息ついたりしながら切ってたけど、大丈夫かな?

ここインドで、この旅2回目となる国際ワークキャンプ(ボランティア)に参加することにしたケンゾーとイクエ。
国際ワークキャンプとは、世界中から集まったメンバーと共同生活(キャンプ)しながら、地元の人といっしょにボランティア(ワーク)を行うこと。
今回は「RUCHI」というインドのNGOの活動に参加する。
RUCHIとはRural Center for Human Interest の略で、おもに貧しい農村の生活向上を目指す団体だ。

集合場所はデリーからおよそ200km北にあるカルカという街。
集合時間は昼の12時から1時のあいだ。
時間に余裕のあるケンゾーとイクエは、値段の安い夜行列車でカルカに向かった。

カルカ

カルカには無事(?)に3時間遅れで朝の7時過ぎに到着。
のんびりムードの駅の待合室で洗濯物を乾かしながら時間をつぶす。

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はたしてインドのこんな田舎でのワークキャンプに自分たち以外に参加する人がいるのか、ドキドキしながら待つこと5時間。
駅のエントランスに行ってみると、バックパック姿のそれらしき人たちが数人いた!

でもRUCHIのスタッフがいない。
いったい参加メンバーは全員で何人なんだろう。
みんなで話すけれどよく分からない。

30分遅れでRUCHIスタッフが到着。
列車に乗り遅れたり、どうもキャンセルらしいというメンバーもいるようだけれど、今いるメンバーでRUCHIの施設までバスと車で移動することに。

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バスは細く曲がりくねった山道をどんどん登っていく。
すぐ横は断崖絶壁だ。

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山の斜面には棚田が広がり、道路には荷物を運ぶ馬の姿が。
こんな田舎で活動するとは思ってもみなかった。
豊かな自然に囲まれて、ふとインドにいることを忘れてしまいそうになる。

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カルカから約2時間半で「RUCHI」の施設に到着。
周囲を山に囲まれて、ロケーションが最高だ。
前半の1週間はここで寝泊まりしてワークをすることになる。

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部屋がいくつもあってボランティアの受け入れ態勢が整っている。
ほかのメンバーの部屋は男女それぞれのドミトリーだけれど、ケンゾーとイクエは夫婦だからと個室を用意してくれた。

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ここで、2週間いっしょにワークするメンバーを紹介します。

韓国からチェヒ、エンジーの女の子2人。
チェヒは中国語、エンジーは彫刻を専攻している大学生。
集合場所で会った時からとても仲が良かったので、てっきり友達同士で参加したのかと思ってたら、インドで友達になったばっかりだって。

ロシアからの参加は大学生のリリー。
すでに教員免許を持っていて、高校で歴史を教えながら大学に通っている。

フランスからはニコとミレナ。
ニコはIT企業のマーケティング担当。
ミレナは古代の言語が専門の大学生。
今は英語の手話を本格的に学んでいるそうだ。

つづいてイギリス人のシャーン。
某国営放送に勤めていて、現在は交響楽団のマーケティングを担当している。
なんと3ヶ月も休暇があって、インドのほかにネパールやオーストラリアを旅する予定なんだって。

そして日本からは大学生のナナコ。
大学を休学していて、1年間世界を旅しながら各地でボランティアをしている。
これは、日本のNGO「NICE」が行っている「ぼらいやー」というプログラムのひとつ。
NICEは世界のNGOにこうやって日本人を送り込んだり、震災関連の活動もしている。
ケンゾーもNICEで被災地ボランティアをしていたのでナナコとは共通の知人がいた。

ワークキャンプメンバーではないけれど、ここに数カ月滞在しながら長期のボランティアをしているフィンランド人のノラと日本人のもりくん。

そしてRUCHIスタッフ。
いつもニット帽かパーカーのフードを被っているモケシュと、この期間中メンバーの料理を作ってくれるラメシュ。

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料理はラメシュが作ってくれるけれど、ローテーションを組んでメンバーもお手伝い。
ケンゾーはチェヒといっしょにチャパティ作りを初体験。

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小麦粉に水を混ぜてこねる。
めん棒で丸く伸ばして、鉄板で両面を焼く。

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そして最後がビックリ!
コンロの直火で焼くとプク~っとふくれてくる。
焦げ目がついたら出来上がり。

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最初のうちはぜんぜん丸く伸ばせなくて不格好なチャパティを量産してしまった。
3人でワイワイ言いながら楽しくクッキング。
これで日本に帰っても家でチャパティが作れるぞ。

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食事はセルフサービス。
メニューはもちろんカレー。
みんなおかわりして、よく食べる!
ベジタリアンもいるの毎食野菜メニュー。
かなり健康的な2週間になりそう。

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いつもいっしょに食事をしていると、みんなの食生活がよくわかる。
ニコとシャーンはベジタリアン。
ロシア人のリリーは、甘いのが大好き。
食後にはかならず、ストロベリージャムをお湯に溶かして飲むし、小腹がすいた時はバターをスプーンですくってまるでアイスクリームを食べるかのようにパクパク。
そして、まるでスナック菓子を食べるかのように、ガリガリガリガリ言わせながら氷砂糖をそのまま食べる。
寒いロシアで生きるにはこうやってエネルギーを蓄えないといけないのかな。
リリーはカロリーの摂取量が人の倍以上ありそうなのに、細い!
リリーが言うには、ロシア人は若いときはいいけど出産後にデブになるんだって。

食後は卓球やおしゃべりタイム。

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地球儀を囲んで旅の話が盛り上がる。
これは世界共通だな。

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3・11 世界から被災地へ

2013.03.11 06:22|世界からのメッセージ☞EDIT
きょうは3月11日。
わたしたち日本人にとって忘れられない日、決して忘れてはいけない日。
日本中が呆然とし涙を流した、東日本大震災から2年の月日が流れました。
あなたにとってこの2年間は、「もう」2年ですか? 「まだ」2年ですか?

当初、わたしたちはこの世界旅行を2011年の夏にスタートさせる予定でいました。
しかし、とてつもない規模の震災はわたしたち2人にとっても、とても衝撃的でどう受け止めたらいいのかわかりませんでした。
とくに話し合いをしたわけではありませんが、この時期に日本を離れたくないという感情があり、旅行を延期することは、ふたりにとっては自然の流れでした。
わたしたちの住む九州は何の被害もありませんでしたが、日本人である自分たちが日本を見捨てたくない、被災地と関わっていたいと思ったのです。

報道記者であるイクエは、このときほど報道の役割について考えたことはありませんでした。

東北のテレビ局に短期派遣されニュース取材やリポート、ドキュメンタリーの制作を通し、被災地の絶望とともに人間の力も感じました。
取材で知り合った方からは「死にたい」という電話をもらうこともあり、家族を亡くしたその女性になんと声をかければいいかわからず「生きてください」と言うことが精一杯でした。
被災地に行ってからは、流されて何もない荒れ果てた土地の夢を毎晩のように見るようになりました。


ケンゾーは震災後の4月には東北に向かい、約1年間、NGOのボランティアプログラムに参加しました。
日本を離れて旅している今も、毎日のように東北での日々を思い出します。

ケンゾーが福島の避難所でボランティアしていた時、いっしょに遊んでいたら突然、「相馬に帰りたい。お家に帰りたい」と泣き始めた3歳の男の子。

ワークしているケンゾーに「ありがとうねえ。全部流されてこれしか持ってないの」とポケットからあめ玉3つをくれたおばあちゃん。

すべてのものを失ったのに、たくましく、それ以上に優しくて、いつも笑顔で迎えてくれる漁師の男たち。

すこしでも元気になってもらおうと思ってワークしていた僕らでしたが、毎日元気をもらっていたのは僕らのほうでした。

自然の力になす術がなく、あまりにも多くのものを失ってしまったわたしたちだけれど、人の優しさや力強さに勇気づけられてきた2年間でもあります。


ある日ガレキ撤去をしていたときのこと。
通りすがりのおじいちゃんにこんな事を言われました。
「キレイにしてくれてありがとう。
でも本当はこうして遠くからここに来てくれるだけで充分なんだ。
何もしてくれなくていい。
ただ1つだけお願いがある。
ここの事を、自分たちの事をずっと忘れないでほしい」


今回、インドで参加したワークキャンプのメンバーに東北のことを話しました。
外国人であってもメンバーのなかには、被災地の話を聞いて涙を流した人もいます。

遠く離れていても、被災地のことを想う。
みんなからのメッセージです。



ミレナ(フランス)
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『東北の被害を忘れたくない
フランスは日本を応援している』




チェヒ(韓国)
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『わたしたちは3・11の悪夢を決して忘れない
元気だして!
希望はいつもそばにある』




リリー(ロシア)
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『わたしたちが忘れないこと
それこそが死に打ち勝つ唯一の武器です』




ノラ(フィンランド)
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『わたしは東北の被害の記憶をあなたと分かち合いたい
そして、あなたが望みを捨てないことを願っています
わたしはこの災害を通して、人はまた自然への畏敬の念を学ぶこともできると信じています』




ナナコ(日本)
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モケシュ(インド)
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『毎朝、きょうは素晴らしい日になると自分に言い聞かせてください
わたしはどんなに被災地のことを考えても何もできない自分がもどかしいです
わたしは決して日本と地震のことを忘れません
日本の人たちを助けたい
チャンスがあれば日本に行きたいと心から思っています
日本人はとても誠実で優しい
日本を愛しています』




エンジ(韓国)
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『どうかがんばって!
わたしたちは東北のことを忘れずに祈っています』




シャーン(イギリス)
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『わたしたちはあなたたちのことを想っています
あなたたたちが忘れられることはありません』




ニコ(フランス)
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『津波は砂浜に書いた「言葉」(mots:モウ) を消すことはできるけど人の心の「痛み」(maux:モウ) をけっして消すことはできない
でも、次ぎにくる波は愛と共感を運び、癒やしてくれる』




イクエ
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ケンゾー
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震災から1年半の2012年9月に、旅に出たわたしたち。
まだこの時期に、日本を離れてもいいのだろうか、自分たちだけ好きなように生きていいのだろうか。
そんな罪悪感のようなものを感じているのも事実です。

離れていても、いつも被災地のことを想っています。

そして、これを読んでいるみなさんも被災地のことをどうか想い続けてください。
わたしたちは決して忘れない。
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フレー!フレー! タカシ!!

2013.03.10 05:53|インド☞EDIT
喧噪のインドで意外にも自分のペースでのんびりリラックスしながら旅をしているイクエです。

美しいものも汚いものも、喜びも悲しみも、生も死も・・・。
すべてが混在しているバラナシ。
ここには境界というものがない。

遺体が焼かれくすぶっているなか、すぐ近くでは沐浴をし身を浄める人がいる。

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結婚の誓いをこの場所でおこなうカップルも多い。
着飾った男女が親族に囲まれ、ガンガーで誓いを交わす。

ガンガーを臨む民家の屋上では、結納のパーティーが開かれている。
飲み食いし踊りあう人々。

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おしゃれをして、ガンガーに希望を抱いて。
幸せな人々がこの地を訪れる。

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そのいっぽう、家もなく生きることも難しい人々がガンガーの岸辺で生きている。
食べ物や小銭をもらおうと、物乞いたちが一日中階段に並んでいる。

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陽も陰も共存しているバラナシ。
聖なるヒンドゥーの神々はすべてを見守っている。

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そんなガンガーの岸辺を歩きながらイクエは1人のインド人に思いを馳せていた。
彼とは11年前にインドを旅していたときにここで出会った。
腕いっぱいに手作りのビーズのネックレスや数珠をかけ、歩きながら観光客にそれを売っていた。

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あの日もこんなふうに岸辺の階段に座り、ガンガーを見つめていた。
すると彼が横にこしかけて、流暢な日本語で話しかけてきたのだった。

「ねえ、このネックレス買わない?
 僕の名前はタカシだよ。」

彼は毎日ここを歩いて日本人と話をしながら日本語を身につけたのだと教えてくれた。
タカシという名前も日本人につけてもらったのだという。

タカシは15、16歳くらいだったけど、ずいぶんと老けて見えた。
イクエがネックレスを買う気がないとわかってもタカシは横に座り続け、2人でガンガーを見ながら話した。
どんな話をしたかは覚えていない。
だけどそれは、とても楽しい時間だった。
帰り際にタカシがさらりと言った。
「これ、あげるよ。」
差し出された赤いビーズのネックレス。

「え、いいよ。
 商品でしょ、悪いよ。」
「いいよ、だって友だちになったから。」

そう言ってタカシはネックレスを首にかけてくれて立ち去っていった。

タカシに会ったのはそのときだけで、その後の滞在中もタカシを探したけれど会えなかった。

不揃いの小粒のビーズのネックレスは、真っ赤だけれど主張し過ぎず控えめで、タカシの性格があらわれているみたいだった。
どんな服にも良く似合い、さりげなく使えて今でも重宝している。

あれから10年以上。
タカシはまだこの地にいるのかな。
自分の店を出すことができたかな。
タカシを思いながらこのガンガー沿いを歩いたけれど、タカシには会えずバラナシを発つ日がやってきた。

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夕方、最後にガンガーを見ながらチャイを飲もう。
サドゥーがやっているチャイ屋でケンゾーと一服することにした。

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階段に腰掛けていたら、一人のインド人が座った。
腕にはたくさんのネックレスをかけている。
「これ、買わない?」

「名前はなに?」
とっさに日本語で聞いた。
控えめでやわらかな口調で返事が返ってきた。
「僕の名前はタカシだよ。」

タカシだ!

11年という実際の年月の経過以上に、タカシは年を取っていた。

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タカシが前と変わらず同じスタイルでネックレスを売っていることが嬉しくもあった。
そのいっぽう、10年も経ったのに何も変わらずこうやって物売りをしていることが切なくもあった。

「タカシ、いつからこの仕事やってるの?」
「8歳からだよ」

タカシの生い立ちについて聞くと、彼は穏やかに語ってくれた。
ブッダガヤの近くの街で生まれたタカシは、家族がおらず6歳のときに一人でこのバラナシにたどり着いた。
最初は物乞いで生活していたけれど、路上販売者から生計を立てる術を教わった。
8歳のタカシは、ビーズや紐を買い付け、無地の小さな木製ビーズには自分で色をつけ、売り歩くようになった。

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気になることを聞いた。
「タカシ、今どこに住んでるの?」
タカシはちょっと笑いながら答えた。
「フフッ。そのへんだよ。
 家はないから。ハハハ。」
タカシは今もガンガーの岸辺で路上生活をしている。

「布団は?」
「ブランケットがあるよ。
 ハハハ。でも1枚だけ。
 日中は作りおきしている商品を、ぐるぐるにしたブランケットのなかに隠してる。」
「夜は寒いでしょ!
 大変じゃん!」
「そうそう。
 大変だねえ。ハハハ」
タカシは悲壮感を漂わせるふうでもなく、さらりと自分の境遇を話す。

「ネックレス、一日に何個売れればごはん食べられる?」
ケンゾーが尋ねた。
「2個だね。」
どうしても食べていけない時は物乞いをすることもあるようだ。
タカシは物乞いのことを「お金持ちの人から食事代をおごってもらう」と表現した。

イクエが言った。
「あそこの階段のところに物乞いの人たちと並んでいたほうが楽だし、そっちのほうが稼げるんじゃない?」
「う~ん。
 でもそういうことばっかりするのは、良くないよね。
 悪いし。
 自分でやんないとね。」

そう、それがタカシなのだ。
6歳でストリートチルドレンになって、誰からも面倒をみてもらうことなくここまで自力で生きてきている。

あの日、そんな10代のタカシはイクエにネックレスをプレゼントしてくれた。

「この前はタダでもらったからさ、今回は買おうかな。
 これいくら?」
「200ルピー。」

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「タカシ、200は高いよ。
 もっと安くして。」
「じゃあ、特別に150!」

正直、いくらでも良かった。
この半年、おみやげなんて一度も買ってないけれど、これが世界旅行初めての自分へのおみやげになる。
タカシの商品を買えるなら、いくらでもかまわない。
でも、ちゃんと商売をしているタカシにこっちも客として接したい。

2人で駆け引きを楽しむ。
「150でも高いよお。
 100でいいんじゃない?
 100だったらごはん食べられるよ。」
「材料費がかかってるから、100はダメ。
 140!」

結局、130ルピーで取り引き成立。
財布を見ると小銭があまりない。
でも、日銭で生活しているタカシがおつりなんて持ってるはずもない。
「120なら払えるんだけど、タカシ、おつりないよね?」
「うん、ない。
 いいよ、120で。残りは今度会った時ね!」

バラナシを発つ時間が近づいている。
タカシと別れなければならない。
ホテルへの道を途中までいっしょに歩いた。
バラナシらしからず、時折雨が降って、風も強くガンガーが波打っている。
ふと、気になった。
「タカシ、ほかに服もってるの?」
笑いながらタカシは言った。
「これ1枚だけだよ。」
「寒いじゃん!
 ガンガーで洗濯して、その辺に干すでしょ。
 洗濯してるときはどうしてるの?」
「洗濯してる時は乾くまでずっと裸で待ってる。」
なんてことないよって感じでタカシは答えた。

「タカシ、また会えて嬉しかったよ。
 がんばって生きてくんだよ!」
握手をして別れた。

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タカシに自分のTシャツをあげよう。
マジックでメッセージを書き込んで。

宿でTシャツとマジックを取って、ガンガーの岸辺へと戻った。
雨脚が急に強くなってきた。
岸辺を探す。
けれどタカシの姿はない。
チャイ屋のサドゥーに聞いたら「雨だからもういないよ」とジェスチャーで答えた。

ぱっといなくなり、こっちが求めても出会えないのが、なんだかタカシらしい。

またいつの日か、バラナシに来ることがあったら、ひょっこり会えるかな。

でも、払い損ねた10ルピーも返したいのに。

Tシャツに書くメッセージだって決めていたのに。


「これからも、強く優しく生きてゆけ。
 フレー! フレー! タカシ!!」
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百三十年に一度のクンブメーラ

2013.03.09 05:52|インド☞EDIT
ずっと野菜ばかりの生活なのでたまにはがっつり肉を食べたいイクエです。

ヒンドゥー教徒が一生に一度は訪れて聖なるガンジス川(ガンガー)で沐浴することを夢見ている、ここバラナシ。
いつもガンガーの岸辺で沐浴する人の姿は絶えないんだけど、この時期はその数が尋常ではない。

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実はいま、ヒンドゥー教徒にとってはとても大切なクンブメーラという祭の最中。
クンブメーラの時期に聖なるガンガーで身を浄めるといつもよりご利益があると言われている。
しかも、ことしのクンブメーラは月と地球の周期に従って、百三十数年に一度のスペシャルなクンブメーラらしい。
ほんとうはバラナシの西のアラハバードという地域が会場なんだけど、そこに寄ってきてついでにバラナシにも巡礼しに来る人たちが多くて、ひどい混みよう。

ヒンドゥー寺院に参拝する人たちの列が1キロくらい続き、道を占領している。
そのうえ、地方から大荷物を持ってガンガーに向かう人たちも多くて道路は人だかり。

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芋洗い状態で「聖なる川」というイメージはまったく感じられない。
だけどヒンドゥー教徒にとってはもうこの機会を逃したら、つぎにやってくるスペシャル・クンブメーラは百三十数年後だから、なんとかこの時に身を浄めようと必死だ。
川岸には髪を剃り、宗教的な化粧をする人たちもいる。

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小さな男の子も家族に見守られながら、丸坊主にされている。

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そしてこのガンガーのほとりに、ひときわ目立つ人たちがいる。
それは「サドゥー」。
世を捨て放浪しながら修行している彼らは、とても不思議な存在。

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周りの目を気にせず変な格好をしているのか、人の目を気にしてあえて目立つ格好で勝負しているのか、どっちなんだろう。

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髪をおだんごにして、マリーゴールドでかわいく縁取りしているサドゥーもいれば、パンクなサドゥーもいる。

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下半身をチェーンで隠している。

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修行しているはずなのに、タバコを小指に挟んで優雅なサドゥー。

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サドゥーのほとんどが、痩せていて髪は伸ばし放題。
だから、仙人みたいだ。

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だけど「ただのメタボのオッサンじゃないの?」って思ってしまう人もいる。

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思わず笑ってしまう愉快なサドゥーたちが集結するヒンドゥー教徒の聖地バラナシ。

このバラナシの夜は、昼とはまた違った表情をもっている。
ゆったりと流れるガンガーから、夜の街を見てみたい。
インド人の乗り込んでいるボートに相乗りすることに。
ひとり30ルピー払って1時間周遊するツアーに出発 ♪

同乗するおばちゃんたちは、地方からバラナシに巡礼に来たようで大はしゃぎ。

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陸から見るバラナシは喧噪と人であふれかえってごみごみしているけれど、川から見るバラナシはとても静かで品がある。
まるで違う場所みたいだし、時間の流れ方も違う。
街灯に照らされている河畔の建物は、古いお城がライトアップされてるみたい。

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川面にいくつもの赤い光がゆらゆらと反射する場所。
火葬場だ。

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ここでは24時間、遺体が焼かれ続けている。
10か所くらいから炎があがっている。
それぞれで誰かの遺体が燃えている。

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さっきまで「わたしの写真を撮って!」と女の子のように無邪気な笑顔を見せていたおばちゃんたちも、神聖なガンガーを進むにつれて神妙な顔になっていく。

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祈りを込めて、花びらで包まれたろうそくに火をともし、静かに川に浮かべていく。
どんな願いも、きっとこのガンガーが受け入れてくれる。

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ボートでのガンガー巡り。
このツアーの一番の目玉は日が沈んで行われる「プージャ」。
一日の終わりに母なるガンガーに向かって捧げられる祈りの儀式だ。

この儀式がもっともよく見える場所は、もちろん川。
だからこの時間、河岸には乗客を乗せたボートがびっしりととまっていて、儀式が始まるのを待っている。

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ワインレッドのシャツに白いスカートのような服を着た人たちが、川沿いにそって10人くらい並んでいる。
その人たちを取り囲むように、地上にもたくさんの見物客。

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お揃いの服を着た人たちは、キャンドルやお香をもっている。
鈴や打楽器が奏でるヒンドゥーの独特の音楽にあわせて、ゆっくりと腕を上下左右にふっていく。

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腕の動きに従って、お香の煙がたなびいていく。
すぐそばでは遺体が焼かれ焦げ臭いにおいが漂うガンガーを、お香の煙と甘い香りが包み込む。

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お香と炎の祈りが終わり、ボートを降りて陸にあがった。
プージャはフィナーレを迎えていた。
みんながいっしょにガンガーに向かって、祈りの歌を歌い始めていた。
けっして寂しげな歌ではない。
胸に迫るパワーがあり、また心にすーっと入る優しさももっているメロディー。

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みんなが歌を口ずさんだり、手拍子をしたりしている。
最後は、そこにいる人全員がガンガーに感謝するかのように両手を高くあげて締めくくられた。

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プージャが終わってもその場を離れようとしない人たち。

ヒンドゥーの神が川岸にたたずんでいる。
ガンガーのように、あらゆるものを受け入れすべてを見守っているかのようだ。
その場所は、まだプージャの熱気に包まれたままだった。

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食べたら縁起がいいとされる、小さなコンペイトウのような砂糖菓子が配られていた。
必死に手を出して御利益を授かろうとする信者たち。
「わたしにも力を」「わたしにも幸せを」
そんなふうに言っているように思える。

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ガンガーの朝も、ガンガーの昼も、ガンガーの夜も。
信者たちの祈りと力で満ちている。

この川はまるで生きているかのようだ。
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結婚から火葬まで すべてを飲み込むガンガー

2013.03.08 06:12|インド☞EDIT
お腹のコンディションがとても良く、食欲が止まらないケンゾーです。

ヒンドゥーの聖地バラナシ。
母なる河ガンガー沿いには84ものガート(沐浴場)が並んでいる。
バラナシの見どころといえばこのガート散策。
というかガートをぶらぶら見て回ることくらいしかここにはない。

ガートでは沐浴する人の姿が絶えることはない。
自らの罪を洗い清めるため、インド中からヒンドゥー教徒がここを目指してくる。

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そして、けっこうイケイケなパンツを履いているおじさんが多い。
憧れのガンガーだということで勝負パンツを履いてきてるのかな。

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ま、この西洋人も負けてないけどね。

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ただし聖なる河ガンガーはかなり汚い。
頭まで浸かるのはもちろん、たとえ足先だけでも浸かるのはかなり抵抗がある。

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せっかくここまで来たのだからとチャレンジするツーリストもけっこういるみたいだけど、かなりの高確率で沐浴後に体調が悪くなっているようだ。
ケンゾーとイクエは中州に渡るときにくるぶしまで浸かった。
これでよしとしよう。

ガンガーは聖なる河であるけれど、人々の生活の場でもある。
堤防にカラフルな服がずらーっと並んでいる一画が。
ここは洗濯屋さんコーナー。
服を石に叩きつけて洗う「パンッ、パンッ!」という音が一日中響き渡る。

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でも白いシーツなんかこんなとこに干したらかえって汚れそうだけどな。

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人々が祈りを捧げ沐浴しているすぐ脇で、聖なる牛をウォッシング。
きっとこの牛、う◯こまみれだったんだろうな。
そして仲間を見守る牛たち。

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もう陽も高くなっているのに路上で寝ている人たちがたくさんいる。
遠くからガンガーに浸るために来たのだろうけど、きっと宿を確保できなかったんだろうな。

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結婚式を挙げるカップルをよく見かけた。
めでたいクンブメーラに合わせてこの時期に式を挙げるカップルが多いみたいだ。

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新郎のショールの端を掴んで歩く新婦。
新婦はベールで顔をすっぽり覆っている。
つねに俯いているので顔を見ることはできない。

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新郎新婦たちは飾り付けられた船に乗って中州まで行っていた。
太鼓の音が響き、リズミカルな音楽がこちらにまで届いてくる。
あそこでなにか儀式があるのかな。

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バラナシのガートには2か所火葬場がある。
死後その遺灰をガンガーに流すことができれば、すべての罪は浄められ輪廻から解脱し天国に行くことができる。
人生の最期を意識し、ここにただ死ぬために訪れ、死を待ち続ける人たちも多くいる。
ヒンドゥー教徒にとってバラナシで火葬されることこそが最高の幸せなのだ。

上流にあるハリシュチャンドラ・ガート。
輪廻からの解脱を求めインド中から遺体が集まってくる。
遺体を燃やす炎は24時間絶えることはない。

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燃え上がる遺体を囲む人々。
厳かな雰囲気ではない。
まるで焚き火にあたっているかのようだ。

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こちらは下流にあるマニカルニカー・ガート。
火葬場に近づいて写真を撮ることは禁じられている。
「火葬場を案内するよ」と言って外国人に声をかけ、貧しいお年寄りのために薪代を寄付してくれと言ってお金をせびるインド人がたむろしている。
炎に包まれる遺体の周りには犬や牛もウロウロしている。
まだ充分に人生を経験していない子どもや、すでに人生を超越している出家修行者は燃やされずに、そのまま石の重しをつけてガンガーに流すのだそうだ。

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火葬場の岸辺には山のように薪が積まれた船が数隻とまっている。
24時間365日燃え続ける炎。
大量に必要な薪は遠いところの山から船でここまで運ばれる。

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裏手では火葬用の薪が売られている。

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死にまつわる商売をしながらも、薪売りの人たちは陽気だ。
なごやかに薪を割ったり運んだりしている。

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遺体1体につき薪代がどのくらいかかるのか聞いてみた。
優しそうな男性は「はは~ん。あんたたち、火葬場でたむろしているろくでもない連中に薪代をせびられたんだろう。いくら払った?」と言われた。
「払ってないよ」と答えると「それでいい。日本人は賢いね!」と言われた。

遺体1体につき40~45kgの薪が必要だそうだ。
値段は安い薪で1kg100ルピーから、高いものは1kg300ルピー。
だいたい1体5,000~10,000ルピー(約8,500円~17,000円)かかるそう。
けっこうお金がかかるんだ。
遺体が燃え尽きるのに3時間くらいかかるそう。

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あらゆるもの、死さえも飲み込んで母なる河ガンガーは悠然と流れつづける。

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世界一周、実際どうなの?? 半年の軌跡

2013.03.07 05:49|世界一周裏話☞EDIT
2012年9月6日に船で日本を出発し翌日に韓国に到着して始まったこの旅。
気づけば半年。

出発前は結婚5年目だった30代のケンゾーとイクエ。
休みの日でも真夜中でも会社に呼び出され、仕事に振り回されて余裕のない生活を送っていました。
そんな生活が苦しくなり、まるで国外逃亡するかのようにスタートしたこの旅行。
これまでまわった国・地域は、韓国ーモンゴルー中国ー東チベットーラオスーベトナムー台湾ーシンガポールーバングラデシューインド。
1か国、平均で3週間くらいの滞在となり、想定以上に「ゆるり」な旅になっています。
この半年の旅を振り返ります。


・もっとも印象に残っている国は?
ケンゾー
「バングラデシュ」
イクエが一番大好きな国だと言っていたバングラデシュ。
アジア一貧しいと言われている国のどこにそんな魅力があるのか、想像することさえできないほど何も情報を持たないまま足を踏み入れることに。
実際に旅してみると、たしかに観光地などは何もない。
けれどこの国は最高に人懐こく笑顔が素敵な「人」たちであふれている。
100人以上の見知らぬ人たちに囲まれたり、数十人の村人を引き連れて歩いたり、数m毎に写真撮影をせがまれたり、刺激的な毎日を送ることができた。
貧しい彼らはなぜ裕福な国から来たケンゾーとイクエにこんなにも優しくしてくれるんだろう?
これはバングラを旅している期間中ずっと考えていたこと。
きっとそれは、彼らが物質的には貧しくとも心は豊かだからだと思う。
毎日素敵な出会いに恵まれ、旅の醍醐味を満喫したバングラデシュは忘れられない国になった。

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イクエ 
「モンゴル」
世界一周を始めようと思ったきっかけは、イクエが仕事で嫌なことがあった時に「この激務と心労から解放されたい!」と仕事帰りにケンゾーと酒を飲みに行こうとした日のこと。
ケンゾーと待ち合わせをした本屋さんで、たまたま世界一周の本を見つけて「世界一周して日本を離れれば仕事のことも忘れられるな」と思ったから。
世界一周2か国目のモンゴルでは、チャーターした車でまわり、宿や食事の場所は全部おまかせで、ただ何も考えずに大自然に身を委ねることができました。
「ああ~。自然は美しい!」と自然の偉大さを体で感じた日々。
遊牧民の家庭にホームステイし、慎ましいながらも家族いっしょに幸せそうに生きる彼らを見て、「素朴な生活だけど、大切な人たちと時間を共有し、しっかりと足元を見ながら生きるって幸せだなあ」って感じて、こころがホッとしました。
世界一周2か国目のモンゴルで、日本から持ってきていたストレスがいっきに解放され、癒やされ、リセットされました。
ストレスフルだったイクエにとって、世界旅行のひとつの大きな目的が達成されたのがモンゴルでした。

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・もう一度行きたい国は?
ケンゾー
「中国」
今回の旅で自分の中の中国に対するハードルがかなり低くなったかな。
たしかに人民のマナーは最悪だし、どこに行っても汚いし、不愉快な思いをすることもしょっちゅうなんだけど、みんな大きな子どもだと思えばかわいく見えてくる。
多少嫌なことがあっても安くてウマい料理が食べられるからチャラ(笑)
世界遺産もたくさんあるし、これからは気軽な気持ちで中国に行くことができる。
ただし、中国政府は大っ嫌い!

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イクエ
「バングラデシュ」
旅の良さは、有名な観光地や世界遺産を見ることよりも、素晴らしい出会いに巡り会えることだと思います。
バングラデシュでは、毎日のように素敵な人たちに出会い、申し訳なくなるくらいに優しくしてもらいました。
出会ったあの人たちに再会するために、絶対ににまたバングラデシュに行きたいです。
そして「あなたたちのことを忘れてないよ。」って伝えたいです。

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・〇〇ナンバーワンな国は?
ケンゾー
「残ってほしい国(地域)ナンバーワン 東チベット」
東チベットに限らずチベットのことを思うと胸が締め付けられる。このままいくと「チベット」は地球上から消えてしまう。
過酷な生活環境で日々祈りを捧げながら、慎ましやかな生活を送っていただけなのに、なぜ土地や文化や信仰心を奪われ虐げられなければいけない?なぜ僧による焼身自殺が止まらない?
あまりにも悲しすぎる。FREE TIBET!

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「うざい人が多い国ナンバーワン インド」
断トツかな(笑)
あらゆる客引きがしつこい!
他の国とは違って手や体を掴んできたりする。
逆にこっちが手を出して掴むくらいムカつくこともしょっちゅうある。
基本的に言われることは嘘だと思って疑って聞いている。
もちろんいい人もいるけれど、圧倒的に嘘つきが多いから仕方ない。
インド人でもシィク教徒やムスリムは総じていい人が多いのに、ヒンドゥー教徒はちょっとねえ・・・。

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イクエ
「食事がおいしい国ナンバーワン 中国」
どこの食堂でもメニューのレパートリーは数十種類あって、だいたい一人100円くらいでお腹いっぱいになれる!
何を頼んでもハズレがない。
食事の時間がとっても楽しみで、ワクワクでした。
日本で食べられない料理もたくさんあって、こんな美味しいものを手際よく作れる中国人ってすごいなあって感心していました。
逆に「食事が残念な国ナンバーワン」は・・・モンゴル。
どこの食堂でも同じ料理しかないし、野菜料理がほとんどない。
臭みのある肉と油で、すべての料理の味がいっしょ。
「はああ~。どうやって空腹を満たそうか。」と食事の時間が憂鬱でした。
たぶん食事がおいしかったら、もっと長くモンゴルにいたかも!

「新聞を読まない国ナンバーワン 中国」
中国では電車やバスターミナル、公園でも新聞を読んでいる人を見なかったんです。
情報統制で新聞がおもしろくないのか、民主国家じゃないから人民たちは時事問題に興味がないのか・・・。
新聞だけじゃなくて本を読んでいる人もほとんどいない。
中国三千年の歴史上、杜甫や白居易など有名な詩人たちが生まれた国なのに、なぜ今は文芸に興味がないのかとても不思議です。

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・気になるお金 半年の金額は?
1,172,130円(2回参加したワークキャンプ費用も含む)
ケンゾー
旅に出る前の計画よりもけっこうかかってるなあ。
でも日本での生活よりは安く済んでるからいいんじゃないかな。
間違いなく日本にいる時よりも毎日慎ましい生活を送っている。
1円でも安く抑えるために日々努力をしているし、少なからず我慢もしている。
けれどそれが苦ではなくて、ふたりで節約旅行を楽しめている。
できるだけ行きたいところに行きたいし、長く旅をつづけたいので1日ふたりで4,000円を目指して節約生活を続けるぞ!

イクエ
やっぱり、100万超えたときには「うわあ。単なる趣味にこんなにお金費やしていいのかな。」ってちょっと不安になりました。
でも日本で生活していてもお金はかかるし、車も家も買ってないわたしたちだからいいかなって割り切ることにしています。
できるだけ経費を抑えようと、安い交通手段を選んだり、コーヒーやお菓子なんかの贅沢品は買わないようにしているし、食べ物もお肉料理は高いので野菜中心になっていて、お酒を飲む機会もあまりありません。
いかに安くできるかっていうのを旅行の楽しみのひとつにしています。
アラサー・アラフォーの夫婦がよくここまで貧乏男子学生みたいな旅ができるなって自分で感心することがあるくらい(笑)


・この半年、時間はどう過ぎていった?
ケンゾー
一日一日はあっという間に時間が過ぎ去っていっている。
旅ってじつは移動や宿探しなど同じことの繰り返し。
けれど、ぜんぜん飽きないんだなあ。
パッキングは毎回面倒くさいけれど、次はどんな街なんだろうとワクワクする時間。
移動も出会った人や感動したことを思い返し、次の街への期待を膨らます大切な時間。
今はまだ毎日ワクワク感やドキドキ感にあふれている。

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イクエ
ほかの旅人に比べてかなり遅いスピードで世界をまわっているんだけれど、毎日何かがあって1日が早く過ぎていった気がするな。
予定がない日も、朝8時くらいまでには自然に目が覚めて、洗濯物をして、ちょっと散歩してごはんを食べて、ブログを書いてってことをしているとあっというまに1日が終わります。
だから持ってきている英語の本で勉強するヒマがない!
「長期の旅行をしていて飽きない?」って聞かれることがあるけど、今のところは「飽きたな」って思ったことはありません。


・「世界一周」の捉え方 スタート前と今でどう違う?
ケンゾー
とくに「世界一周」にこだわりとか思い入れは旅に出る前も今もない。
ただ旅をする前よりも「行きたい願望」が大きくなっている。
たとえば、アフリカのナミビアに行きたいとか、南米のパタゴニアに行きたいとか、ガラパゴスに行きたいとか。
行きたいところを旅したら結果的に世界一周することになった、くらいのゆるい感じでいいかなと思ってます。
旅のスタイルは人それぞれ。
ノープランでのんびりと旅することができる幸せを噛み締めながら、これからもゆるりと旅していこう。

イクエ
世界一周をやっている最中にこんなことを言うのもおかしな話なんですが、「べつに世界一周にこだわらなくてもいいんじゃない?」って思うようになりました。
一度も日本に帰らずに世界をぐるっとまわるのも、旅をして帰国してまた旅に出るっていうのを繰り返すのもあんまりかわらない気がします。
どちらも同じように旅を楽しめる。
ただ、わたしの場合はこれまでの仕事の疲れを癒すのと現実逃避に2年くらいは必要かなと思ったので長期でまわることを決めています。

実際にやってみてわかった長期の世界一周の良さは「スケジュールにこだわらなくていいこと!」。
たぶん、1〜2か月の旅行だったら「あの時期までにはあの街に行って、次はここに移動して・・」ってある程度自分で目標を決めて、効率よく旅することを求めてしまう。
だけどノープラン、期間未定のこの旅だと当日行き先を決めることもあるし、次の国を決めるのも直前。いい出会いがあれば、その街に留まって地元の人と親睦を深めることもできる。
そういう意味では長期のノープラン旅行は、旅の醍醐味をより感じられると思います。

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・30代でこれまでのキャリアを捨てて出た世界一周。後悔してない?
ケンゾー
ぜーんぜん。
人生は楽しんだもん勝ち!
朝起きて溜め息つくなんてことないし、「あ〜、また一日が始まってしまう」なんて憂鬱になることもない。
今まで見たことのない景色、言葉を失うほどのカルチャーショック、別れに涙するような素晴らしい出会い・・・。
毎日が刺激的で、毎日が大切な思い出になっていく。
日本に帰ってからは・・・まあ、イクエとふたりなら、なんとかなるでしょ。

イクエ
後悔はしてませんね。
今は旅をする日々を当たり前のように過ごしているけど、ときどき仕事をしていた時と比べるときがあります。
そのとき思うのは「毎日好きな時間に起きて、ちょっと疲れたら休んで、・・・って働いていたときには考えられない夢のような毎日だな」って思います。
旅以前に、気兼ねなく自分のペースで毎日を過ごせるということ自体が幸せなのかもしれません。
30代で長期旅行というのは、もちろん何のキャリアにもならないし、経験値が上がるわけでもないし、就活で有利になるわけでもなく、ただの大金を使う道楽です。
だけど、社会人を経験したからこそわたしにはできたかなと思っています。
この世界旅行は、がんばって働いた自分へのご褒美ともとらえています。
日本に帰ってから、どうやって生活していこうとかなと不安はあるけれど今は考えないようにしています。
「どうにかなる」って自分に言い聞かせながら。


・24時間夫婦で半年旅をするってどう?
ケンゾー
ケンゾーはイクエと違って一人で旅したことないから一人旅との違いは分からない。
けど、日本で暮らしてた時と変わんないかな。
ふたりとも「自分独りだけの時間が無いとダメだー」ってタイプじゃないし、24時間常にいっしょにいてもまったくストレスはない。
日本にいた時のまんま。
たぶん3年旅しても変わんないと思う。

イクエ
学生のとき一人で旅をしていたときと比べるとまるで違います。
一人旅の時はいつも緊張していたし、孤独を感じたり自分と向き合う時間も多かった。
でも夫婦旅だと、「生活」の延長で旅をしている感じがします。
いろんなゲストハウスを泊まり歩いているんだけど、どのゲストハウスもあっというまにふたりの「家」になります。どこでもくつろげるし落ち着ける。
「先にお風呂入っていいよ」とか「洗濯物取り込んだ?」とか「◯◯どこに置いた?」とか、家にいたときと同じ会話をしてる。
一人旅ではびくびくしていたときも多かったけど、いまは「ふたりだから何とかなるか」って思って、ピンチのときもあんまり緊張することはありません。
そういう意味では楽に旅行してますね。
だから24時間いっしょにいて旅をして嫌になるってことはまったくないです。
日本にいた時と何ら変わらない関係で、ゆるりとふたりで生活している感じです。

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・旅行中ケンカはしてない?
相手への要望があればこの際どうぞ。

ケンゾー
もうちょっと女性らしくしたほうがいいじゃない?それでなくてもこれからどんどんおばちゃんになっていくのに。
たとえば、口ひげが伸び放題とか、襟がヨレヨレのTシャツとか。
ちょっとはアクセサリーを付けるとか、たまにはネイルをするとかエステに行くとかしてもいいんやない?
あとは、ケンゾーのことを子ども扱いし過ぎてない?ってことかな。
「今のうちに歯磨きしときな」とか、トイレの後に「ちゃんと手を洗った?」とか、そんなの言わんでいいけん!

イクエ
大きなケンカは今のところありません。
言い争っても30分後には元に戻ってますね。
2人だけだし、逃げ場もないのでけっきょく隣にいるし、関係を修復せざるをえない。
ケンゾーに対しては、スケジュールや宿を決めるのをイクエまかせにしているふしがあるので、ときどきはケンゾーに決断してほしいですね。
まあ、あとでイクエから文句を言われるのが嫌だしめんどくさいから、イクエの言う通りにしとこうって魂胆があるのかも!

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・毎日ブログを書いた感想は?
そして読者のみなさんへのメッセージ

ケンゾー
文章を書くって難しい!
担当の日はイクエに「たったそれだけの文章書くのに何時間かけるのさ!」って言われながらうんうん唸りながら書いている。
でもブログをやり始めて良かったかな。
ブログを書くことで見たこと感じたことを思い返すことができるし、改めてふたりで話す機会にもなる。
読者のみなさん、毎日見てくださってありがとうございます。
みなさんの存在が旅をつづけるモチベーションのひとつです。
これからもケンゾーとイクエの文章力のギャップを楽しみながらブログを読んでもらえると嬉しいです。
「ふたりはいい旅してるね」と言われるような旅をしていきたいと思います。

イクエ
こんなにもこのブログがわたしたちの旅の中心になるとは思ってもみませんでした。
ブログをやって良かったなって思います。
ブログをやっててたくさんの人たちに見ていただいてるからこそ「ブログのネタになるからあれも経験してみようか」とか「あそこまで足を伸ばしてみようか」とか、積極的な旅ができています。
そして「ふ〜ん」で終わってしまいそうなことも、記事を書くことでより深く考えることができます。心の整理もできる。
いま、1日に1000人以上の人に見ていただいているんですが、そのことが「いい旅をしよう!」というモチベーションになっています。
見ず知らずの方々もコメントしてくださって、ほんとうに嬉しいです。
読者のみなさんには、わたしたちといっしょに旅をしている感覚を味わってもらえたらって思っています。
これからもいっしょに旅をしましょう ♪


・これからの旅へ向けての意気込み
ケンゾー
半年後、1年後はいったいどこにいるんだろう?どんな出会いが待ってるんだろう?
この先の旅を考えると思わず笑みがこぼれてしまう。
これからも人との出会いを大切に、できるだけローカルの人たちと触れ合えるような旅をしていきたいと思ってます。
できるだけ読んだ方が、その場の臨場感を感じられるようなブログを目指していきますので、これからもよろしくお願いします!
 
イクエ
これまでまわった国は学生のときに一人で旅した国も多かったのですが、これからはイクエにとっても未知の国が増えるのでとても楽しみです。
女一人旅が難しい中東なんて、楽しみでしかたありません。
この半年、何かを盗まれたり悪い人にだまされたり身の危険を感じたということがなかったので、これからも危機管理をしっかりとしながら楽しい旅をしたいです。
いい出会い、日本では知られていない現実、おもしろいこと・・・たくさんのことをブログを通してみなさんにお伝えできたらと思います!

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聖なるガンジス そして一日が始まる

2013.03.06 05:42|インド☞EDIT
毎日気さくで穏やかなインド人に囲まれて、インド人のイメージが覆されているイクエです。

ヒンドゥー教徒にとっては聖なる川、ガンジス川。
彼らは「ガンガー」と呼び、信仰の対象としている。

「ガンガーで沐浴すれば、すべての罪は清められる」

一日の始まりは、このガンガーでの祈りから始まる。

活気あるインドの一日を予感するかのような、真っ赤な朝焼け。
そして、そこに祈りを捧げる人々。
インドの姿がここにある。

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朝日を浴びて、桃色に輝く川。
その聖なる川に向かって毎朝行われる祈りの儀式「プージャ」。
お香が焚かれ、甘い香りと煙が朝靄と交わる。

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川には中州がある。
乾期には水で覆われ川底となる、幻の中州。
岸辺から見ると、まるで砂浜が広がる無人島のようだ。

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そこから見る、ガンガーの夜明けはどんなものなのか。
翌日は、あちら側へと渡ってみよう。

次の日、まだ暗いうちにホテルを出た。
旅行者にとってはボートを1時間チャーターするのが一般的だけど、わたしたちのスタンスは「できるだけ安く、現地人と同じように」。
巡礼に来たヒンドゥー教徒たちが乗る船に相乗りし、ひとり15ルピーの運賃を払って夜明け前に中州へと向かう。

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まだ闇の中なのに、岸辺には多くの信者たち。
夜から朝へと変わっていくのを全身で感じたいかのように、服を脱いで夜の空気と聖なる水に体をあずける。

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闇を切り裂いていく手漕ぎボート。
ゆっくりと川を渡っていく。
10分足らずで何もない中州へと着いた。

川にそっと足を入れて、岸辺へと降り立つ。
水はひんやりとしていて、そしてぬめりとする。

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ここは静寂に包まれている。

闇の中、さっきまでいた向こう岸を見つめる。
こうこうとした街灯が眩しく、こことはまったく異なる世界のように感じる。

船の同乗者たちは、さっそく静かな川で身を清め始める。

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この静寂の岸辺に、信者を乗せたボートが集まってくる。
新たにやってきたボートの横を見ると、川に立ちすくむ上半身裸の1人の男がいた。
懐中電灯で経典のようなものを照らしながら、ぶつぶつと何かを唱えている。
ガンガーに向かってただ一人祈り続ける姿は、まるで修行をしているよう。

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刻々と変わる色。
漆黒の闇から藍色へ、藍から白へ。

世界が姿を現していく。

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日の出とともに、光がすべてを照らしはじめる。
張りつめていた空気が緩んでいき、静寂は喧噪へと変わっていく。
そして、一日が動き始める。

けれど、あの男の周りだけは時間が止まったかのようだ。
陽で温められていない冷たい水に足を浸したまま、男は唱えるのをやめようとしない。
何時間、立ち続けるのだろうか。

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女性たちの歌声のようなものが聞こえてきた。
手をつなぎ輪になって回っては、体をさっと水に浸す。
いっしょに声を合わせながら、この動作を繰り返している。

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活気で満ちあふれていた対岸に背を向け、中州のなだらかな斜面を歩く。

静かで、何もなく、広大な砂漠にポツンといるような錯覚になる。

そんな砂漠に、不思議な影が浮かんだ。

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人影はじっと動かないかと思えば、しばらくして形を変え、そしてまた静止する。

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年老いた男がガンガーに向かってヨガをやっているのだった。
毎朝ここでヨガをしながら瞑想し、一日の始まりを迎えているのだろう。

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陽が昇り、闇は完全に消え去った。

わたしたちの一日も始まる。
ボートで対岸へと戻っていく。
対岸に近づくほど、人々の熱気が伝わってくる。

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灯をともした蝋燭と花を川に浮かべて祈る人たちも多い。

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生も死も、きれいなものも汚れたものも、すべてを包み込んでくれるガンガー。

日の出直後の水温はまだ冷たい。
けれどこの川に身を委ねれば、すべてが解放され不思議と温かくなっていくのだろう。

朝焼けの川でプカプカと浮かぶ信者。
とても心地良さそうだ。

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瞑想しながら聖地を放浪する「サドゥー」と呼ばれる修行僧も、この地に集まる。
髪は伸ばし放題で、全裸の者もいて、まるで世を捨てた仙人のよう。
衣服をまとう代わりに、体に灰を塗るサドゥー。

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ガンガーの朝。
祈りの朝。
活気と静寂の朝。

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聖なるこの場所で迎えるそれぞれの朝。

そして、それぞれの一日が始まる。
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VS 猿 敵は手強い!

2013.03.05 06:20|インド☞EDIT
インドでは言われないなあと思っていたら、列車でいっしょになったインド人の学生たちに「インド人の顔をしている」と言われたケンゾーです。

沈没してしまいそうなほど居心地が良かったブッダ・ガヤーから、ヒンドゥーの聖地バラナシへ移動することに。

バラナシ

バラナシに着く頃には日が落ちて、すっかり夜になってしまった。
路地が狭くて曲がりくねってる。
まるで迷路みたいだ。
ホテルを探してバラナシの街を彷徨うケンゾーとイクエ。

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けれど部屋がまったく空いてない!
ヒンドゥーの祭り「クンブメーラ」がバラナシの近くアラハバードで開催されていて、バラナシにもツーリストが予想外に多く流れてきてるみたいだ。
クンブメーラを甘く見てた。

けっきょくケンゾーたちが泊まれるような安宿は空室ゼロ。
1泊2000ルピー以上する高級ホテルはあるけれど、さすがにそれは無理だ。
バラナシには日本人に有名な「久美子の家」というゲストハウスがある。
インドに嫁いだ久美子さんが昔から開いている宿だ。
宿を探して久美子ハウスにも寄ったけど、もちろん満室。

だけど久美子さんの夫で、インド人のおじさんが日本語で言ってくれた。
「もう少し探してそれでもダメなら戻ってきなさい。
 暗い道を彷徨い続けると、悪いヤツに首を切られて殺されるからね。
 外をウロウロするのは危ない。
 うちの床でいいなら、寝させてあげるから。」

結局、ほかの宿は探せず久美子の家に舞い戻った。
室内で寝られるなら床でも何でもこの際ぜいたくは言ってられない。
狭い階段を上って部屋に行ってみると・・・

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床には足の踏み場がないほど布団がぎっしり!
宿を確保できなかったのはケンゾーたちだけじゃなかったんだ。
久美子の家はホテル難民の収容所と化していた。

次の日、朝から宿探しをしてちゃんとベッドで寝ることができるホテルを確保。
ケンゾーたちを宿無しのピンチから救ってくれた久美子ママありがとう!
かわいいお孫さんもいっしょに記念撮影。

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バラナシの街は道が狭くて入り組んでいるので日中でも薄暗い。
メインストリート(といっても幅2mくらい)から脇道に入ると、時々どこを歩いているのか現在地が不明になる。
ホテルの屋上からバラナシの街を見渡すと、建物がぎっちぎちに密集しているのがよく分かる。

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子どもたちはこんな狭いところでもクリケットをしている。
インドでも大人から子どもまでクリケットが大人気だ。
ケンゾーはいまいちクリケットの楽しさを理解できないんだけどね。

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バラナシは3000年以上の歴史があるヒンドゥーの聖地。
ここに住み、日々生活を営んでいる人たちにもほかにはない「味」がある。

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おいしくて何度も通ったホテル近くの食堂。
ここのおっちゃん、アフロヘアーで寡黙で渋い!
店の壁には若かりし頃のおっちゃんの写真が。
若いときはアフロもボリューミーでふわふわだね。

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狭い道でばったりサドゥーと遭遇することも。

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それにしても、バラナシは街中が汚い!

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生ゴミが大量に放置されてるし、犬、牛がう◯こを落としていくので常に足元を見て歩かないと悲惨なことになる。

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そしてツーリストの敵、猿がうじゃうじゃ!

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なんで猿がツーリストの敵かというと・・・
ホテルの部屋の窓の柵にイクエが服を干していたら猿に持っていかれた!
隣のホテルの屋上に逃げていった猿を追いかけるケンゾー。
ビルからビルへジャンプしながら逃げ回る猿。

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ゼーゼー言いながら必死に猿を追いかけるケンゾー38歳。
やっとビルの屋上まで上ったと思ったら、猿がケンゾーをあざ笑うかのように隣のビルにジャンプして逃げていく。
子どもたちは「あっち!あっち!」って言いながら大爆笑。
中年の外国人が猿と追いかけっこをしてるなんてオイシいネタだろうな。
ようやく別のゲストハウスの屋上に捨てて(?)いったイクエのシャツを奪還。
貴重な服を持っていかれることは回避できたけれど、袖のボタンがちぎられていた。

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このあと屋上に干していたケンゾーのズボンも被害に!
3つ付いていたボタンが全部ちぎられて無くなっていた。
なんでボタンだけちぎるのさ!
木の実とでも勘違いしてるのか。
まさか食べてんのかな?

これ以降、しょっちゅう部屋の窓に猿がやって来るようになった。
なにか獲物がないか物色する猿と部屋の中から威嚇する人間。

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まったく動じない猿にムカついて、「ビスケット見せびらかし作戦」で憂さ晴らしをするイクエ32歳。

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ツーリストのみなさん、バラナシの街は足元と猿に要注意ですよ!
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インド・ブッダ ガヤー 「マハーボディー寺院」

2013.03.04 06:25|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
お腹の調子が完全復活したケンゾーです。

のんびりした田舎街のブッダ・ガヤー最大の見所は「マハーボディー寺院」。
ここはブッダが悟りを開いたと言われている、仏教で最も重要な聖地。
紀元前3世紀頃にアショーカ王が建立した寺院が元になっていて、改修を繰り返して今の形になったそうだ。

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早朝だけれど参拝に訪れる人は多い。
本殿の周囲を右回りにコルラする信者たち。
マニ車を回しながらコルラしているのはチベタン。
五体投地しながら回っている信者もよく見かける。

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朝日に照らされて赤く染まる本殿。
レンガを積み上げて作られているので決してきらびやかではないけれど、全面にわたって仏像などが彫られていて重厚感たっぷり。

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熱心な仏教徒にとっては、この場所は人生で一度は訪れたい場所に違いない。
各地から仏教徒がこの地に集まり、塔を囲むようにして一日中ひたすら祈りつづける。

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えんじ色の袈裟姿はチベットの僧侶。
彼らのようにテントなどを持参し、泊まり込んでこの塔に向かって祈りを捧げる人々も多くいる。

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仏教徒はアジア限定ではない。
僧侶と並んで五体投地する欧米人の姿も。

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本殿に入り、狭く薄暗い通路を通っていくと仏様が鎮座している。
外側とは対照的に眩しいほどに金ピカの仏様だ。
こんな御光は見たことがない。まさかダイアモンド?

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そして本殿の裏側には、今からおよそ2500年前にこの下でブッダが悟りを開いたと伝えられている菩提樹が大きな枝を広げている。
木の下にはたくさんのカラフルな花が供えてあって、まるでケーキみたいだ。

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ケンゾーは仏教徒ではないのでこの場所に特別な思い入れはないけれど、世界中の仏教徒たちがブッダに対して抱いている感情は理解できる。
けれど「ブッダ」というものがあまりにも大きすぎて自分の理解の範疇を超えた存在なので、この場に立っても現実感がない。

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ネパールから来ていた信者がチベットのお守りを腕につけてくれた。
無事に旅をつづける事ができますように。

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さて、仏教で最も大事な聖地「マハーボディー寺院」。
「星いくつ?」

「星、つけられない!

聖なる場所にケンゾーごときが星をつけるなんて恐れ多くてできない!
ここで仏教がうまれたんだなあと思うと、なんだか不思議な感覚になる。
歴史の証人になったような気分。

ここには世界中の仏教徒が巡礼に訪れている。
おもしろいのは、お参りや祈りの捧げ方が国によってぜんぜん異なっていること。
五体投地する信者もいれば・・・

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マニ車を回し続ける信者もいる。

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壁に向かって念仏を唱えている信者たちも。

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一心にお経を読んでいる横では、お経を唱えながら小さなビーズのようなものを繰り返し金属製の法具に振りかけている信者がいる。

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さらにはヒンドゥー教の修行僧サドゥーまでが祈りを捧げている。

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こんなにも国によって作法が違っているのは仏教だけなんじゃないかな。
熱心に祈りを捧げている信者たちを眺めながら、はるか遠い昔に思いを馳せてみるのもいいのでは。

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【旅 info.】
  マハーボディー寺院a_DSC_0715_20130222220135.jpg
入場料無料。AM 5:30~PM 9:00。
カメラ持込み料が必要。
日中は込み合うので早朝がおすすめ。



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一生分の蚊の大群に囲まれる

2013.03.03 06:08|インド☞EDIT
インドでまだ辛すぎるカレーに巡り会っていないイクエです。

ブッダが悟りを得たとされるブッダガヤーに来たイクエとケンゾー。

ブッダガヤ

田舎町、ブッダガヤー。
だけど、きれいなゲストハウスが軒を連ねて客取り合戦が激しい。
どこに泊まろうかな・・・と何軒かゲストハウスを訪ねて、ここにたどり着いた。

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部屋はきれいだし、ホットシャワーやWiFiも使える。
ダブルで300ルピー(約500円)。

コストパフォーマンスが高いこのホテル、ひとつだけ欠点がある。
それは「蚊」!

レセプションでホテルのスタッフと話をしていても、部屋を見せてもらっている時も蚊の大群に囲まれる。
目をつぶって5回手をたたくだけで、3匹くらい殺せるんじゃないかと思う。

「大丈夫!蚊はなんとかするから!」

ホテルのスタッフの強気の発言を信じて、ここに泊まることにした。
強力な殺虫剤のスプレーをわざわざ買いにいったスタッフ。
「ちょっと部屋から出てて。危険だから!」
そういって、スプレー片手に果敢にも蚊の大群の中に飛び込んでいった。

シュ〜〜 シューシューーーー!!! シュシュシュ〜〜
買ってきたばかりのスプレーを使い切るんじゃないかと思うくらい吹きかけている。

「いったい何回するの? もういいよ!」
ドア越しにスタッフに話しかける。

返事のかわりに聞こえるのはうめき声や咳き込む音。

「オッウェ、ウエエ〜、ウゲッ」

「大丈夫??」

「ゴホッゴホッ ゴホ」

「もういいってば。あんたが死んじゃうよ!
 そんなにまき散らしたらわたしたちまで殺されるから!」

顔色が悪くなったスタッフがようやく部屋から出てきた。
イクエたちが部屋に入ろうとすると、デンジャラスだから今はまだ入るなと止める。
蚊取り線香に火をつけ、さらに液体虫除けまでコンセントに差し込むスタッフ。

5分後にマスクをして部屋に入ってみる。
床いっぱいに蚊の死骸。もちろんベッドの上も。
200匹くらい死んでいる。
スタッフがほうきで掃き始める。

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もちろんその後も毎日蚊はいっぱい出てきて、ジャンプしながらパン・パン・パンッ!
手を叩いて1日にふたりで150匹以上は殺し、ほうきで掃くのが日課になった。

スプレーの威力が続いていたのか、蚊取り線香や虫除けが効いていたのか、蚊はとても弱々しくふわふわと飛んでいるだけ。
不思議なことに一度も刺されることはなかった。
そして、蚊と同様、イクエまで弱ってしまって38度の熱で寝込み、外に出ずルームサービスで食事をとりながら4泊もすることになったのだ。

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そんなこんなであまり観光をしていないけれど、それでも田舎のブッダガヤーでのんびり街歩きをするのはとても心がなごんだ。

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ブッダガヤーはブッダが悟りの境地に達した神聖な場所で、日本を含め仏教が盛んな海外の国々がこの場所にお寺を建立している。

屋根が重なり合い、金の縁取りが美しい、きらびやかなタイ寺院。

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堂々たる石造りの門構えは、中国寺院。

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外光がほとんど入らず、ミステリアスな雰囲気のチベット寺院。
祀られているのは、もちろんダライラマ14世。

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バングラデシュ寺院には、チャクマ族の人たちが慕っている高僧ボナバンテの遺影。
バングラデシュで出会ったチャクマのローズリーたちのことを思い出す。

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それぞれの寺院には各国のお坊さんたちがいるし、自分の生まれ育った場所を離れ、ここに移り住んでいる仏教徒も多い。

テント小屋が並ぶ一画はレストラン街。
各国料理が目白押し。

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こちらはブータンレストラン。
ブータン人のおじいちゃんが食い入るように、ブータンのニュースを見ている。

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新婚ホヤホヤのナイスカップル、ブータン国王と王妃の写真が飾られている。

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メニューを見てもどれも聞いたことないような料理。
ブータンカレーというものを注文してみた。
出てきたのは、まったく辛くなくてホワイトシチューのような料理だった。

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ブッダガヤーには、中国政府の弾圧から逃がれてきたチベット難民の人たちも多く住んでいる。
街を歩いていたら、チベット難民の市場を発見。

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売られているのはほとんどが衣服。
店主の1人に話を聞いたら、インド国内を転々としていて冬場はブッダガヤーで店を開き、夏場はもっと北の寒いところで店を開いているのだそう。

大通りからちょっと小道に入ったところに寺院があったので立ち寄ってみた。
ここはどの国の寺院かな?

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どの国の寺院なのかよくわからないまま、誰もいないから出ていこうとしていたとき、ケンゾーが叫んだ。

「なんだあの犬!?」

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一瞬、もとからそういう模様なのかなと思った。
だけど、同じような顔をした犬が3匹もいる。
こんな厳かな場所で、犬に落書きをする不届き者がいるとは!

犬はすぐに姿を消してしまった。
犬の姿を追い求めていたら、かわいいお坊さんたちと住職さんが出てきた。

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「コンニチハ。
 ゲンキデスカ。」

なぜか日本語を話す住職さん。
「ツメタイ ミズヲ ノミマスカ?」
そういって、ミネラルウォーターを開けてくれた。

住職さんが言うには、ここはインドのダージリンに住むタマン族が建立したお寺。
住職さんはダージリンのお寺から奥さんとともにここに派遣されていて、訪問者にお寺を案内したりここで修行する小坊主たちを教えたりしているのだそう。

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ブッダガヤーのそれぞれの寺院には宿坊があって、参拝者は心付けを渡せば泊まらせてもらうことができる。
このお寺は150ルピーが相場のようで、ホテルよりも安いからうちに泊まれば良かったのに、と住職さんに言われた。

住職さんは宿坊に泊まった日本人に日本語を教わったのだそう。

ノートには、日本語の発音の仕方が現地の文字で書かれていた。
「I love you」の隣には「アイシテマス」と読めるように現地語で書いているらしい。
妻帯のお坊さんが「アイシテマス」なんて覚えなくていいと思うけどね(笑)

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住職さんとその奥さんにお世話してもらいながらここに寝泊まりしている小さなお坊さんたち。
家が貧しいことから親に手放されて、ふるさとから離れたこの寺で修行を積んでいる。
5年くらいしたら僧になってインド各国の寺院に派遣されるのだそう。

最後に気になることを聞いてみた。

「あの・・・
 あの犬の、変な顔はなんですか?」

笑いながら住職の奥さんが答える。

「アハハハ
 イエ〜ス! サングラース ♪」

犯人は小坊主たちだった!

犬に落書きできるほど、小坊主たちはここでのびのびと修行に励んでいる。

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生け贄のヤギは人気商品 ♪

2013.03.02 06:00|インド☞EDIT
水没した一眼レフの調子が悪いので、テンションがちょっと低いケンゾーです。
デリーに戻ったら修理に出そう。

なかなかコルカタの魅力を発見できずにいるケンゾーとイクエ。
ここはいっちょ足を使ってコルカタの街を見てまわろう。
コルカタにはイギリス統治時代の建物がたくさん残っている。
一見すると、ここはヨーロッパなんじゃないかと思うような建築物があちこちにある。

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こんな美しい街並みがあるかと思えば、これぞインド!っていうものもある。
ヒンドゥーの女神、カーリーを祀った「カーリー・テンプル」。
寺院内は撮影禁止なので写真は外観のみ。

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寺院の中や外にはヤギを連れた人たちがちらほらいる。

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カーリーは血と殺戮を好む闘いの女神。
ここでは毎日カーリーにヤギを捧げる儀式が行われているのだ。

各地から参拝に訪れた人々がヤギを捧げるのだけれど、この捧げ方がけっこう衝撃的。
4畳半くらいの狭い建物がヤギを捧げる場所。
儀式の時間になるとお供えをする人たちがヤギを引き連れ集まってくる。
体の小さな子ヤギが多いけれど、なかには体高が1mくらいのでっかいヤギもいる。
ヤギたちは雰囲気を察してかメーメー鳴き叫んでいる。

ここからは流れ作業でどんどん進んでいく。
ヤギを清めるために頭から水をかけ、U字型のギロチン台にヤギの頭を載せ、動けないようにヤギの頭を棒で固定する。
1人がヤギの両足を持って引っ張ると、もう一人がでっかい刀を振りかぶってヤギの首を一刀両断!
ついさっきまでメーメー叫んでいたヤギの頭がゴロンと転がり落ちる。

頭が無くなった胴体は血を噴き出しながら足をバタバタさせてしばらくもがき続ける。
ヤギを捧げた人たちは首が落とされるとサッと近づいてヤギの頭に触れたり、血に触って自分の頭やおでこに付けていく。

厳かな雰囲気はまったくない。淡々と流れるように進んでいく。
儀式というよりも作業という感じだ。
ケンゾーとイクエは大丈夫だけれど、血が苦手な人は見ないほうがいいかな。

どっちかというと、捧げられたヤギの行く末のほうが衝撃的だった。
寺院の一画に「ヤギ肉コーナー」があって、首をはねられたヤギはここで解体されて売られていたのだ。
儀式があっという間なら解体もあっという間。
新鮮だからなのか買い求める人は多い。
儀式が始まる前から袋とお金を持って、待っている人もいるくらいだ。

寺院の外でもカーリーに捧げられたヤギが解体されて売られている。

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カーリー・テンプルの横にはマザー・テレサが設立した、貧困や病気で死んでいく人たちの最後を看取るための施設である「死を待つ人々の家」がある。
ヒンドゥー教の寺院とキリスト教の施設が隣り合っているのが興味深い。
インドはヒンドゥー教が国教のようなものだけれど、ほかの宗教も尊重している。

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カーリー・テンプルのすぐ近くにカーリー・ガート(沐浴場)がある。
人々が身を清めるために毎日水浴びをしているガートはどんなところだろう?

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汚いどぶ川にしか見えなかった。
ゴミが大量に散乱している。
ガートは神聖な場所じゃないの?

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みんな空のペットボトルを持ってきて川の水を入れている。
まさか、この水を飲むわけじゃないよね?

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どうするのか聞いてみたら、ここの水は聖なる水なのでお祈りをするときに振りかけたりして使うのだそう。
なんでもこの「聖水」が一滴でも入っていたらその水全部が聖水になるんだって。
そうとう効率がいいな。
川のすぐそばではペットボトルに入った「聖水」を売っている。
1本10ルピーくらい。
インド人は売れるものは何でも売る。商魂たくましい。

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同じ売店ではへんてこな物が売られてる。
泥ダンゴ?   なんで?

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これは川底の泥を丸めたただの泥ダンゴ。
これも神聖でありがたい物らしいけれどどうやって使うんだろう?
そばには泥をコネコネしてるおじいちゃんがいた。
一日にどのくらい売れるのかなあ。

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インドは街中いたるところにヒンドゥーの神様が祀ってある。
これがまた、コミカルなものが多い。
誰が最初に考えたのかなあ。
ヒンドゥー教徒ではないケンゾーからすると、人々が真剣に拝んでいる神様がこんなんだからちょっと笑える。

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これなんかもう笑わせようとしているとしか考えられない。
なんで馬(ロバ?)の後ろ足がピンクの靴を履いた女の足なんだ?

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これは神様なのかどうかさえ疑わしい。

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カーリー・テンプルの帰り道にドーム状の建物を発見。
イスラムのモスクかなと思ったらプラネタリウムだった。
インドのプラネタリウムってどんなものかな?

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ドーム状に組み上げられた石に星を直接映し出す。
客席の周りにはコルカタの街並みがシルエットで浮かび上がっている。
雰囲気はなかなかいい。期待できるか?

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しょぼかった!
星空を楽しむというよりは、大半は惑星の写真などが写されてだらだらと説明を聞くだけ。
1人40ルピーだけど損した感じ。

一日中歩き回ってがんばったけれど、ケンゾーとイクエはコルカタの魅力を見つけ出せなかった。
仏教の聖地ブッダ・ガヤーに移動します。
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