Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
プロフィール

ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

ジャンル
カレンダー
01 | 2013/02 | 03
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 - -
月別記事
最新コメント
RSSリンク
リンク
ブロとも申請

この人とブロともになる

見てくれてありがとう!
メールはこちらから ♪

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ村ランキング
ふたりのお勧め旅グッズ










ふたりの旅も大詰め。あともうちょっとだけおつきあいお願いします!

 日本→韓国→モンゴル→中国→ラオス→ベトナム→台湾→シンガポール→バングラデシュ→インド→スリランカ→アラブ首長国連邦→オマーン→トルコ→ジョージア→アルメニア→アゼルバイジャン→カザフスタン→ウズベキスタン→タジキスタン→キルギス→イラン→イタリア→バチカン→チュニジア→フランス→チェコ→オーストリア→ポーランド→イスラエル→パレスチナ→ヨルダン→イギリス→アイルランド→ポルトガル→モロッコ→スペイン→ハンガリー→スロバキア→スロヴェニア→クロアチア→セルビア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→モンテネグロ→コソボ→マケドニア→アルバニア→ギリシャ→エジプト→スーダン→エチオピア→ケニア→ウガンダ→ルワンダ→タンザニア→マラウイ→ザンビア→ボツワナ→ナミビア→南アフリカ→アルゼンチン→チリ→パラグアイ→ボリビア→ペルー→エクアドル→コロンビア→ベネズエラ→キューバ→ベネズエラ→パナマ→コスタ・リカ→ニカラグア→ホンジュラス→エル・サルバドル→グアテマラ→ベリーズ→メキシコ→アメリカ→
日本


「ふたりでふらり」はブログランキングに参加中!
1日1回のclickが順位に反映されます。
ぜひポチッと応援お願いします ♪
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

コルカタの魅力を教えてください

2013.02.28 05:50|インド☞EDIT
やっとお腹の調子が元に戻ったケンゾーです。
ひとまずインドが受け入れてくれたのかな。

紅茶とトイ・トレインのダージリンに別れを告げて、ニュージャルパイグリから西ベンガル地方の大都会コルカタを目指すケンゾーとイクエ。

コルカタ

コルカタまではインドの寝台列車をケンゾーは初体験。
世界でも有数の鉄道王国インド。
どんな列車なのかなあ、とワクワク(ドキドキ?)しながら駅へ。

a_DSC_0374_20130217212243.jpg

インドの列車は自由席以外のすべての乗客名簿がそれぞれの車両に貼り出される。
名前だけでなく年齢、パスポート番号などもバレバレ。
「個人情報」なんて概念はいっさいない。

a_DSC_0377_20130217212244.jpg

車内は・・・とにかくボロかった!
中国の列車と比べたら酷い。
これが核兵器も持ってる国の列車かと思うと、なんだかため息が出てくる。

a_DSC_0382_20130217144649.jpg

a_DSC_0385_20130217212240.jpg

バングラデシュでさえ枕とシーツとブランケットがあったのに、寝台列車といっても昼間の座席に寝そべるだけ。
一番上の人のベッドは昼間は荷物置き場。
マットはもちろん硬い。
しかも窓がちゃんと閉まらないから風がビュンビュン入ってきて寒い!

a_DSC_0383_20130217144604.jpg

ボロボロの列車に揺られること約11時間、インド第3の都市コルカタに到着。
安宿街のサダルストリートに行きたいんだけど、リクシャもオートリクシャも外国人にはここぞとばかりにふっかけてくる。
うじゃうじゃ寄ってくる客引きと値段交渉するのも面倒くさいし、どうやってもボッタくられるのは目に見えているのでバスを探すことに。

バスが走っている大通りまで歩いてきたけれど、行き先表示が読めなくてどのバスに乗ればいいのかさっぱり分からない。
こういう時は人に聞くしかないなあ。
さあ、誰に声をかけるかが運命の分かれ道。
しばらく迷って真面目そうなおじさんに決めた。
どうかいい人でありますように!

運がいいことにこのおじさんは、自分もサダルストリートの近くまで行くのでついて来なさいって言ってくれた!(おじさんは英語ができなかったけど、なんとなくそんな風に言ってるのが理解できた)
ケンゾーとイクエの人を見る目はなかなか冴えてるみたいだ ♪
バスの中にはヒンドゥーの神様が祀ってある。
「ああー、インドに来たなあ」とやっと実感が湧いてきた。

a_DSC_0389_20130217212303.jpg

a_DSC_0393_20130217212425.jpg

a_DSC_0392_20130217212233.jpg

おじさんに言われるままにバスを降りて、まだ人通りが少ない通りをしばらく歩く。
おじさんが「サダルストリートはこっち。自分の職場はここだからじゃあね」と言って入っていった建物は、サダルストリートの目の前にある消防署だった!
おじさん消防署員だったんだ。ありがとうね!

a_DSC_0394_20130217212430.jpg

a_DSC_0397_20130217212443.jpg


コルカタの街はなかなかのカオスっぷり。
バングラデシュのダッカに負けず劣らずすべてのものがぐっちゃぐちゃ。

a_DSC_0556_20130217212629.jpg

a_DSC_0501_20130217212530.jpg

a_DSC_0480_20130217212421.jpg

このズラーッと縦列駐車してる車なんか車間距離ゼロ!
完全に車同士当たってる。
これどうやって出すんだろ?

a_DSC_0486_20130217212427.jpg

a_DSC_0488_20130217212531.jpg

そしてなんといっても街中が汚い!
これは魚市場。
市場っていってもただの歩道なんだけど。
ここで売られてる魚はちょっと遠慮したいな。
ほんとにここはインド第3位の都市か?

a_DSC_0542_20130217212543.jpg

a_DSC_0545_20130217212552.jpg

a_DSC_0547.jpg

a_DSC_0548_20130217212627.jpg

そして道を歩いていると急に鼻につくニオイがしてくる。
「うわ、おしっこの臭いしてきた!」
「あ!うんちの臭い。くっさ〜」
何度もイクエと顔をしかめ合う。
立ちションポイントがあるのか、この悪臭は急に訪れる。

コルカタには昔ながらの人が引くリクシャが残っている。
けれど新たなライセンスを発行しなくなったのでいずれ消えていくそうだ。

a_DSC_0563_20130217212624.jpg

a_DSC_0564_20130217212635.jpg

バングラデシュのダッカで「コルカタ最高!とっても素晴らしかったわ!」って絶賛してたマレーシア出身のアメリカ人に会ったけれど、まだぜんぜんコルカタの魅力を見つけることができないケンゾーとイクエだ。

インドらしいところもあるけれど、都会は都会だし、なあんか中途半端。
誰かコルカタの魅力を教えて!

(そんなコルカタの観光地については後日紹介します。)
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

インド・ダージリン 「ヒマラヤ鉄道」☆☆

2013.02.27 06:37|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
インドで出会った中国人バックパッカーにコルカタの印象を聞いたら「とにかく汚い。街もホテルも汚い。」と連発したので、心の中で「あんたが言うなよ。中国もなかなかだよ。」とつっこんだイクエです。

きょうはワクワクする世界遺産をご紹介。

そこは標高2000m。
山には細いくねくね道が続く。
狭い道の両脇には住宅や商店が軒を連ねる。
路上駐車をしている車があるけれど、よく見るとその下には線路。

a_P1010869.jpg

車がどいたかと思ったら、こんどは人が歩き出す。
線路なのにまるで歩道。

a_P1010871.jpg

笛の音が聞こえる。
旗を持った人がやってきた。

a_P1010873_20130217115742.jpg

「ピ〜♪」
みんな線路を空けていく。
シュッシュッシュッシュ ガタゴトガタゴト
音を立てながら、それは街にやって来る。

a_P1010876.jpg

もくもくと煙をあげる機関車。
小さくておもちゃみたいな「トイ・トレイン」。

a_DSC_0122_20130217031911.jpg

a_DSC_0127_20130217031911.jpg

トイトレインの正式な名前は「ダージリン・ヒマラヤ鉄道」。
名前のとおり、煙の向こうには空に浮かぶヒマラヤ。

a_DSC_0104_20130217031910.jpg

イギリスの植民地だった1881年。
ダージリンの紅茶の輸送と避暑地に行き来する人を運ぶために開業した鉄道。
1999年に世界遺産に登録された。
鉄道には興味がなくても、その姿と、おもちゃのような列車を真剣な表情で走らせるおじさんたちを目の当たりにしたら、きっと誰だってワクワクする。

a_DSC_0136_20130217031915.jpg

a_DSC_0139_20130217031915.jpg

a_DSC_0106_20130217033654.jpg

a_DSC_0184_20130217031938.jpg

観光客用に一区間だけを往復運行しているのもあるけれど、どうせなら地元の人と同じ列車に乗りたい。
しかも、ただ観光で乗るだけじゃなくて旅の移動手段として。
と思って乗り込んだものの、車内が狭くて通るのも一苦労。

a_DSC_0206_20130217031941.jpg

窓からは、隣の線路の機関車が見える。

a_P1010866.jpg

プシュ プシュ〜〜♪

出発進行ーーー!!!

「ほらほら、みんな通りますよ〜。
 いったん市場を撤去してくださ〜い。」

a_DSC_0219_20130217031944.jpg

「はいはい、そちらも列車から離れて離れて。
 狭いところを失礼します。」

a_DSC_0221_20130217031946.jpg

「せっかく洗濯物を干していたけれど、ちょっと中断してくださいね。」

a_DSC_0255_20130217032016.jpg

レールの幅はわずか60センチ。
踏切なんてないので、運転手が窓から顔を出す。

列車の音に負けないように大声で
「通りますよー!
 車はバックしてー!」

a_DSC_0280_20130217032211.jpg

カラフルでかわいいお家が並んでいる。
この列車もおもちゃみたいだけど、まわりの建物もおもちゃみたい。
まるで、鉄道模型の世界に迷い込んだよう。

a_DSC_0307_20130217032141.jpg

a_DSC_0302_20130217032131.jpg

沿線にはチベット人やシッキムの人たちが多く住んでいる。
車窓から見えるのはインドじゃないような風景。

鉄道模型に乗り込んで、どこの国に紛れ込んでしまったのかな。

ここはチベット仏教のお寺だ。

a_DSC_0242_20130217032014.jpg

遠くにはヒマラヤ山脈が見える。
こんな車窓を楽しめるなんて、とても贅沢な列車。

a_DSC_0243_20130217032016.jpg

だけど、3時間の移動で運賃は30Rs(約50円)。
スピードもおもちゃ並みに遅いので車よりも3倍くらいの時間がかかる。
「トイ・トレイン」なんて呼ばれているけど、庶民の足になっていてしっかり役目を果たしている。

a_DSC_0266_20130217032018.jpg

ノロノロの列車と並行して走り、飛び乗ってくる乗客たちもいる。
無賃乗車だけど、車掌も見て見ぬふり。

高校生たちは、毎日これで通学してるのかな。

さあ、そこの男子、うまく飛び乗れるかな!?

a_DSC_0322_20130217032215.jpg

a_DSC_0316_20130217032145.jpg

列車は標高2100mあまりのダージリン駅から、山のふもとを目指していく。
小さな街をシュッシュ、シュッシュ♪

商店街に汽笛が響く。

a_DSC_0352_20130217033412.jpg

a_DSC_0356_20130217033414.jpg

a_DSC_0291_20130217033414.jpg

列車の窓にも、沿線の人々の日常生活が写り込む。

ケンゾーが洗濯物に包まれている。

a_DSC_0232_20130217032100.jpg

「さあさあ、みなさん乗って乗って!
 通して通して!」

きょうも、トイ・トレインは賑やかに走り続ける。

a_DSC_0135_20130217125232.jpg

a_DSC_0148_2.jpg


さて、トイトレインと呼ばれているようにおもちゃみたいなこの列車。
「ダージリンヒマラヤ鉄道」。

「星いくつ?」

「星、2つ!


鉄道マニアじゃなくても、ワクワクドキドキすること間違いなし。
手を伸ばせば、商店の品物や軒先の洗濯物に手が届くような距離で、街を見られるのもいい。

視覚でも楽しめるし「プシュー」「シュッシュッシュ」「ピピ〜」「ガタガタガタ」
汽笛や車掌の鳴らす笛の音、振動。
列車の醍醐味を体で感じられる。

「あれ、わたしってこんなに列車好きだったっけ?」って思うほど興奮しっぱなし。

このトイトレインの線路は、ダージリン駅から山のふもとの大都会シリグリの「ニュー・ジャルバイグリ駅」まで続いている。
標高差2000m、88キロの行程を7時間半で結んでいたんだけど、崖崩れで今はダージリン駅 〜 クルシャン駅を3時間で走るのが最長区間。
復旧のメドはわからない。

そして蒸気機関車がディーゼル機関車に取って代わられている。
でも、蒸気機関車も健在で車庫にはたくさんの「トーマス」がいて、全部で10台近くのトーマスがいるようだ。

a_DSC_0154_2.jpg

a_DSC_0363_2.jpg

ダージリン駅では、大の大人たちがおもちゃのようなトーマスを必死に動かしているのを見ることができる。

a_DSC_0181_20130217121403.jpg

a_DSC_0351_2.jpg

a_DSC_0189_20130217121402.jpg

早く全線が復旧して、トーマスが生き残っていけますように!

【旅 info.】
  ダージリン・ヒマラヤ鉄道a_DSC_0152_20130217115708.jpg
現在はダージリン駅〜クルシャン駅を1日2〜3往復運行。
1等と2等席があって、5倍ほど値段が違う。
1等は軟らかいシート席、2等は4人が向き合うベンチタイプ。
ダージリン駅〜クルシャン駅で2等30Rs。
スピードは大変遅く、移動は乗合いバスのほうが3倍以上速い。
時間がない観光客向けに1駅を往復する「ジョイ・ライド」もある。
ちなみにダージリン駅では、「トイトレイン」以外のほかの駅発着の列車チケットも予約可能。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

ダージリンでヒマラヤを望む

2013.02.26 06:12|インド☞EDIT
バラナシにたくさんいる猿にズボンのボタンを盗られたケンゾーです。
なんでボタンばっかり3つも盗っていくんだよー!

きのうダージリンを目指すもたどり着けなかったケンゾーとイクエ。
ダージリンまでは公共バスに乗っていく予定・・のはずが、知ったかぶりのリクシャ乗りにダマされてバスターミナルに行けず(もちろん金は払ってない)何もないところで降ろされ、乗合いジープで行くことになった。

インドルート2

ダージリンは標高2000mの高地にある街。
ジープはどんどん山を登っていく。
出発したシリグリは暑かったのに、だんだん寒くなってきた。
「ダージリン」といえば紅茶。
外の景色も茶畑が増えてきた。
かなり急な山の斜面で栽培されている。

a_DSC_0014_20130216232558.jpg

a_DSC_0008_20130216232613.jpg

車に揺られること、およそ2時間で到着。
ダージリンでもう1つ有名なものは「トイ・トレイン」。
機関車トーマスみたいなかわいらしい姿を発見。

a_DSC_0016_20130216232109.jpg

ダージリンの街並みはベトナムのサパに似ている気がする。
背の高い建物の間を縫うように狭い道路がある。

a_DSC_0017_20130216232053.jpg

a_DSC_0019_20130216231620.jpg

ダージリンはネパール、チベット、ブータン、そしてバングラデシュに近い街。
いろいろな民族の人たちを目にすることができる。
なんだかインドに来た気がまだしない。

a_DSC_0162_20130217010108.jpg

a_DSC_0165_20130217010105.jpg

a_DSC_0170_20130217010146.jpg

さすがダージリン。
ところどころに紅茶屋さんがある。
旅がインドで終わるなら買っていくんだけどねえ。

a_DSC_0166_20130217010106.jpg

a_DSC_0167_20130217010140.jpg

買っていくことはできないのでカフェでダージリンティーを飲むことにした。
スモールサイズのティーポットで50ルピー。
色は薄いけれど香りが良くて美味しい。
やっぱりスーパーのティーバッグとは違うね。
ケチらずにラージサイズにしておけばよかった。

a_DSC_0023_20130216232550.jpg

ダージリンからヒマラヤ山脈はすぐそば。
街の中心から少し離れたところにある「タイガー・ヒル」からは朝日と赤く染まるヒマラヤを眺めることができる。
早朝3時半に起きて乗合いジープを待つ。
ホテルのスタッフには「ここで待ってるとジープが通りかかるよ」と言われたけど、ほんとに来るかなあ。

a_DSC_0029_20130216232536.jpg

あ、来た。

a_DSC_0030_20130216232817.jpg

タイガーヒルは標高約2500m。
かなり寒い。
展望台があり、建物内への入場料は20~40ルピー。
外で見るのであれば10ルピー。
もちろんケンゾーたちは外をチョイス。
多少の寒さはがまん、がまん。
日の出まで車の中で待機。

待つこと1時間、空が明るくなってきた。
御来光は見られるかな。

a_DSC_0040_20130216232817.jpg

a_DSC_0034_20130216233436.jpg

太陽が昇ってきた!
ケンゾーはインドで見る初めての朝日だ。

a_DSC_0059_20130217010037.jpg

a_DSC_0062_20130217010036.jpg

日が昇るにつれて暗闇の中からヒマラヤ山脈が姿を現しだし、赤く染まっていく。
雄大なその姿はとても神秘的だ。

a_DSC_0038_20130217010021.jpg

a_DSC_0054_20130216233047.jpg

a_DSC_0055_20130216233048.jpg

展望台のふもとにはチベットのタルチョがはためいていた。
タルチョはやっぱり山がよく似合う。

a_DSC_0067_20130217010042.jpg

山が燃えている、とはこういうことを言うのかな。
「赤」とはいっても刻一刻と表情を変えていくヒマラヤを見ていると、時間を忘れる。
すこし雲がかかっていたけれど、大満足のタイガー・ヒル観光だった。

a_DSC_0075_20130217010040.jpg

a_DSC_0072_20130217010039.jpg

あしたは世界遺産の鉄道「トイ・トレイン」をお伝えします!

a_DSC_0127_20130217010059.jpg


【旅 info.】
  ダージリンa_DSC_0159_20130217010054.jpg
シリグリから乗合いジープで約2.5H、130Rs。
公共バスもあるけれど本数は少なそう。
ホテルは多数あり、ダブルで300Rsくらいから。
避暑地になっていて暑い季節にはインド人の観光客が多く、ホテルもタイガー・ヒルの展望台も込み合う。
タイガー・ヒルはホテルやツアーで申し込むと200Rs以上かかるけれど、早朝4時頃にバススタンドに行けば150Rsくらいで行ける。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

インドに好かれるか嫌われるか

2013.02.25 05:58|インド☞EDIT
1人の嫌なインド人に会っても、1人の優しいインド人に会ったら、嫌な思いを帳消しにしようと思っているイクエです。

大好きなバングラデシュで、優しい人たちと涙ながらに抱擁し国境を後にしたイクエとケンゾー。
癒しのバングラデシュからついに喧噪のインドへと入ってしまった。
国境のすぐ脇のほったて小屋のイミグレーションオフィスに向かう。

a_P1010821.jpg

歩いているとインド人が話しかけてきた。
「イミグレーションオフィスはあっちだよ。
 案内するよ。」
いやいや、べつに案内されなくてもわかってるから。
どうせ何か見返りを求めてるんでしょ。
だって、ここは「インド」だもの。

「そのかわりあとで、俺のところの両替屋で両替して。」
はいはい。やっぱりね。
そうきましたか。
絶対しませんよ、あんたのところでは。
残念でした。

そしたら、ほかの両替屋の兄ちゃんたちもやってきてイクエたちを取り囲む。
「俺のところで両替しろ」
「いや、俺のところだ」
「絶対、こっちのほうがいい!」
歩いているのに腕をつかんできて、強引に店に連れて行こうとする。

あ〜うるさい! うるさい!
なんで国境を越えただけで、こうも違うんだろう。
声を張り上げる。

「シャラーップ!!
 ウィー ドント ウォント トゥー エクスチェ〜ンジ!!」


ノルシャヒンたちはバングラデシュ側からずっとこちらを見届けてくれてるのに、あんたたちのせいで感動的な別れの余韻が壊されてしまう。

入国手続きを終えても、ついてくる彼ら。

イミグレーションオフィスの横には、木造の簡素な両替屋が並んでいる。
声をかけてこない静かな両替屋を選んで、残っていたバングラデシュのタカを両替。

a_P1010822.jpg

きょうはいっきにダージリンに行くつもりだったけど、バングラデシュの家族とのお別れに時間を費やしてしまったので、途中のシリグリで一泊することにした。

インドルート

バス停を求めて歩くけど、ほんとうに田舎すぎて不安になる。

a_P1010823.jpg

田舎なのでさっきまでのバングラデシュとたいして変わらない風景。
だけど、やっぱりバングラデシュとはどこか違う。

バングラデシュでフーミンが言っていた。

「インドには行くんじゃない。呼ばれるんだ。
 スムーズにビザが取れてインド入りできた人は、なぜかその後もいい旅行ができる。
 でもなかなかインドに入れずインドに呼ばれてなかったら
 旅できたとしても嫌な思いをする。」

なんの根拠もない言葉。
だけどなぜか信憑性を感じた。
良いものも悪いものも、美しいものも汚いものもすべてを包んでしまうインド。
「インドが好き」「インドが嫌い」じゃなくて、「好かれる」か「嫌われるか」。

これはもしかしたらすべての旅について言えるのかもしれない。
自分がその国を好きになったり嫌いになったりではなく、身を委ねて受動的になれれば嫌なことがあっても「しょうがないや」って諦められるかもしれない。
そしていい人に出会ったり楽しい旅になったりしたら、そのことに感謝できる。

いよいよ始まったインド旅。
果たしてインドから好かれるんだろうか。
バングラデシュと似ているインド。
でももはやここは、あの誰でも受入れてくれるバングラデシュとはまったく違う。

a_P1010826.jpg

a_P1010825.jpg

バス停と言われるところに着いた。
道は細いし、ほとんど車は通っていない。
そして周りの人に聞くと「きょうはバスは来ない」と言われる。
その言葉を信じていいのかどうかわからない。
だって、ここはインドだもん。

困っていたら若い男の子が話しかけてきた。
「僕もシリグリに行くよ。
 でもバスはないからこの先のところまでいったんリキシャで行く。
 そこでバスをつかまえるけど、いっしょに行く?」
この少年の言葉を信じていいものかどうか。

迷っていたら少年が言った。
「僕はバングラデシュ人で、さっきインドに入国したんだ」

バングラデシュ人と聞いただけで、少年を信じるイクエとケンゾー。
リキシャというより、荷台のついた自転車に3人で乗る。

a_P1010828.jpg

この少年は英語が苦手のようで、話が2割くらいしか通じない。
少年は17歳で、初めてのインド入国。
なんでその年で単身でインドに来たのかは謎。
しかも今夜中にシリグリでバスを乗り換えて、さらに遠い地を目指すようだ。
でも荷物はリュックサックひとつ。
このミステリー少年はやけにテンションが高い。
ただの橋を見て「ファンタスティック!」と目を輝かせる。 
「なんで? バングラにもあるよ」
少年は答える。
「あんなのインドにしかないよ!」

きっちり割り勘でリキシャの代金を払い、自転車の荷台から降りたけどほんとうにここにバスが来るのかな。

a_P1010831.jpg

待っていたら、やってきた。
でも、バスじゃなくて乗合いジープ。

a_P1010832.jpg

車内には先客がいて、シリグリで教師をしているというインド人女性たち。
ミステリー少年と乗り込んだけど、ガタガタガタガタ、ジープは変な音を立てる。
と思ったら、タイヤがバースト寸前だった!

a_P1010838.jpg

そして車内で始まる商談。
それぞれ車に乗る前に、ジャガイモや卵を大量に買い付けてきたようで「じゃあ家で使う分だけわたしも買おうかな」という感じで乗客同士で売り買いが始まる。
一度車が止まると発車するのに時間がかかる。

a_P1010839.jpg

その間、横の線路を見るとインド人のおじいちゃんたちが並んでおしゃべりしている。
こうやって、毎日ハンカチを敷いて、列車を見ながらのんびりしてるのかな。
インドでもこんなのんびりできるところもあるのね。

a_P1010841_20130215145031.jpg

a_P1010844_20130215145034.jpg


2時間半くらいでシリグリに到着。
インドの田舎の国境から、こんなローカルな乗合いジープでローカル人のプライスでたどり着けたのも、このミステリー少年のおかげだ。
ありがとう!
君が何者なのかはよく分からないけれど。

インド、順調な滑り出し。
インドに好かれる予感・・・?

禁酒のイスラム教の国からインド入りしてやることは、お酒を飲むこと。

「バングラデシュ、ほんとうにありがとう!
 あなたが大好きです。
 離れていても、あなたのことを想っています。

 そしてインドさん、よろしくね!
 どうかわたしたちのことを好きになってください♡

 かんぱ〜い♪」

a_P1010846_20130215145034.jpg

ついに来てしまったインド!
インドに好かれるのか嫌われるのか。

とりあえずビザの期限は3か月。
もし、嫌われたら・・・。
そのときはこっちからふりますからね、インドさん!
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

旅したバングラデシュ こんな国

2013.02.24 06:37|アジア☞EDIT
バングラデシュには1/6~2/2まで27泊28日滞在しました。
イクエはおよそ10年ぶり、ケンゾーは初だったバングラ。
素敵な人との出会いに恵まれた毎日。
バングラデシュの旅をふりかえります。

◇旅の費用「コト タカ(いくら)?」

バングラデシュでいくら使ったのか発表します。
 
交通費            12,788タカ
外食費            8,070タカ
その他のフード・ドリンク   1,445タカ
宿泊費            9,200タカ
観光費             255タカ
雑費             2,039タカ

合計  33,797タカ(1タカ=約1.1円)
約1,328円/1日2人で

安い!やっぱりバングラデシュは物価が安い。
それに、あっくんの家に6泊、フーミンの家に3泊、ノルシャヒンの家に2泊させてもらったので宿泊費をかなり抑えることができた。
ダッカと地方では、交通費も宿泊費もまったく違うのでどこにどのくらい滞在するかで費用はかなり違ってくる。
ちなみにケンゾーとイクエはダッカに3泊しました。

◇移動手段はこうでした

ダッカは何でも高い。
リキシャもオートリキシャ(CNG)もほかの都市と比べるとビックリするくらい高い。
ダッカの駅から各国の大使館などが集まるグルシャン地区まで往復すれば500タカくらいかかる。
値下げにはなかなか応じてくれないし、リキシャは距離があると走りたがらない。
つねに渋滞しているしかなりストレスが溜まる。

地方では、乗合いのオートリキシャが走っているのでかなりリーズナブル。
1人5タカ〜20タカくらいでだいたいのところに移動できる。
慣れてくると値段交渉せずに乗っていた。
降りるときに大体こんなもんかなっていう金額を渡して、強く文句を言われたときにだけ追加して払ってた。

a_DSC_0672_20130215005854.jpg

a_DSC_0302_20130215005852.jpg


◇こんなお宿に泊まりました

地方だとツインまたはダブルは500〜600タカくらいで泊まれる。
もちろんインターネット環境は無し、水シャワー。
バス・トイレは共同ではなく、それぞれの部屋についている。
清潔にしているホテルが多くて、南京虫がいたホテルは無かった。

最安値はバゲルハットのホテルで300タカ!
この旅全体でも今のところ最安値。

a_DSC_0761_20130215014600.jpg

ダッカはホテルも高い!
ツーリスト用のゲストハウスはほぼ無いに等しい。
インターネットがあるホテルは安くてもツインで1200タカはする。
ネットが無しでよければたくさんあるけれど、空き室を探すのは苦労する。

ダッカ(コムラプール)駅前には小綺麗なホテルが集まっている。
駅から左に150mほど進んで右に曲がってすぐのところにある「 ROYAL DREAM HOTEL 」。
ツインで1000タカ。
ネットは無いけれど部屋はきれいだし、ちゃんと部屋でホットシャワーが使えるし、ドアには警備員が常駐し、英字新聞のサービスもあってとても良かった。

a_DSC_0538_20130215123512.jpg

ダッカは探すのが大変だったけれど、田舎でもホテルに困ったことはなかった。
最悪、だれか地元の人が泊めてくれるから心配無用!
そっちの方がローカルライフを楽しめる。


◇「モジャ(おいしい)!」これが一番うまかった

ケンゾー 「鴨カレー」

ゴリプールのフーミンに連れて行ってもらった店で食べた。
それまでケンゾーたちはベンガル語を喋れないので、オーソドックスな野菜、魚、チキン、ビーフのカレーしか知らなかった。
こんなカレーもあるんだ!とふたりで感嘆しながら食べた。
鴨はぜんぜんクセがなく柔らかくてとても美味。
鴨、魚、野菜カレーに生野菜がついて3人で370タカ。
ほかに屋台で売られていた「牛モツカレー」おいしい!

a_DSC_0995_20130215125329.jpg

イクエ 「家庭料理」

バングラデシュには程よいレストランがなかなかない。
安い食堂か金持ちしかいけない高級レストランか。
いつも地元の男性客がたくさん入っている安い食堂を探して食べていたけど、メニューはどこもだいたいいっしょだし、絶品ってほどでもない。
そんななか家庭でごちそうになる料理はどこもおいしかった。
味もさることながらレパートリーも豊富。
絶対、家で食べる料理のほうがおいしいのに、どうして男の人たちはいつも食堂で食べるんだろうって不思議なくらい。
バングラデシュに行ったらぜひ家庭料理を!

川や池がたくさんあるバングラデシュ。
その日に釣った魚で作ってくれた夕ご飯。

a_DSC_0782_20130215130632.jpg

手作りお菓子は甘すぎず、歯ごたえがあって「おかき」みたい。

a_DSC_0844_20130215130632.jpg


◇おすすめ!!一番良かった場所

ケンゾー 「パトグラム」

バングラデシュを去る最後の日に、ストライキというアクシデントのお陰で運命の出会いをしたノルシャヒンの村。
そこはのどかな田園風景が広がるとてもピースフルな場所だった。
車やバスのけたたましいクラクションじゃなく、鳥のさえずりで目を覚ます。
バングラデシュでそんな贅沢な朝を迎えることができるなんて思ってもみなかった。
そしてなによりもノルシャヒン一家との出会い。
見ず知らずの得体の知れない日本人をなんでこんなにも温かく迎えてくれるんだろう?
水道も電気も無い田舎でシンプルな暮らしをしている彼らと過ごしていると、心がほわっと温かくなる。
ますますバングラデシュが好きになった。

a_P1010809.jpg

イクエ 「ランガマティ」

ランガマティは湖が広がり、とても静かで美しくて一見するとリゾートのような感じ。
しかし、そこに浮かぶ小さな島々では先住民族の人たちが昔ながらの慎ましやかな暮らしをしている。
こんな場所がバングラデシュにもあったんだなあと、違った一面を垣間見られた。
そしてなんといってもこの地で、ローズリー家やその友人たちと出会えたことが何よりもよかった。
きっとここに来なければ彼らチャクマ族の歴史や文化を知らないままだった。
そして、今でもベンガル人とチャクマ族の争いがあることやチャクマ族への差別があることも知った。
ベンガル人もチャクマ族も、どちらもとても優しくてわたしが大好きな人たちなのに、その両者が争っているということがとても悲しくてやるせない。
チャクマ族が自分の文化を大切にしながら自由に生きていける社会になってほしい。

a_DSC_0706_20130215114754.jpg


◇ふらり ゆるり バングラデシュの感想は?

ケンゾー
イクエが昔から一番大好きだと言っていたバングラデシュ。
「とりあえず、なーんにも無いよ。ただ人はみんないい。」と聞いていた。
いったいどんな国なんだろう?
アジア最貧国、世界でも有数の人口密度、これくらいしか思い浮かぶことがない。
そして約1ヶ月旅しての感想は・・・
やっぱりなーんにも無かった! 人以外は。
でもそのバングラデシュ人が最高にすてきだ。
毎日、大げさなんかじゃなく本当に毎日素晴らしい出会いに恵まれた。
明るくて話し好きで、でもじつはちょっとシャイで。
そしてみんな常にいい顔して笑ってるんだよなあ。
「ここがほんとに最貧国?」ってよく思ってた。
たしかに貧しいのかもしれないけれど、日本なんかよりも笑顔があふれている。
なにか困っても絶対に誰かが助けてくれるし、旅してイヤだったことは一度も無い。
毎日とても幸せな気持ちで旅することができた。

a_DSC_0889_20130215121625.jpg

a_DSC_0512_20130215121623.jpg

イクエ
世界旅行前からいろんな国に行っていたイクエ。
「今まで行ったなかでどの国が一番好き?」と聞かれて真っ先に答えていたのが「バングラデシュ」だった。
でも、バングラデシュには何もない。
「素晴らしい!」という観光地もなければ、ショッピングを楽しむこともできないし、レジャー施設もない。マリンスポーツやトレッキングができる海や山もたいしてない。
「なんでバングラデシュがいいの?」と聞かれて返答に困っていた。
10年前に行ったとき、なんであんなにバングラデシュが楽しかったんだろう。
ほんとうに一番バングラデシュがいいのかな。
自分でもよくわからないまま、今回2回目のバングラデシュの旅。
「やっぱり、バングラデシュが大好きだあ!!」と確信。
もうこれは揺るぎない。
バングラデシュのどこがいいの?って聞かれたら「人!」って答える。
みんな明るくてホスピタリティーにあふれている。
毎日たくさんの出会いがあって、優しい気持ちになれて、宝物のようなキラキラした日々でした。

a_DSC_0137_20130215133119.jpg

a_DSC_0691_20130215133121.jpg
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

国境で抱擁、そして男泣き

2013.02.23 16:44|バングラデシュ☞EDIT
きのう久しぶりに缶ビールを飲んだらあっという間に睡魔に襲われたケンゾーです。
バングラデシュに入って以来、アルコールから遠ざかっているので弱くなってるな。

きのうの夜、ノルシャヒンやお父さんにお土産を渡して多少強引にさよならモードにもっていったケンゾーとイクエ。
みんな残念がっているけれどビザの期限が迫っているからしかたない。
今朝も目覚めると素晴らしい景色が広がっていた。

a_P1010789.jpg

a_P1010788.jpg

時間が許すのであれば、まだまだここにいたい。
景色を眺めて優しい家族に囲まれて、ただぼーっとするだけで幸せな時間を過ごすことができる。

a_P1010791.jpg

a_P1010800.jpg

9時には出発したいと伝えたけれど、ノルシャヒンの妻のムンニーは「ノー!1ウィーク!」って言ってるし、お父さんはこの話題を避けてるし、みんな納得してくれてないようだ。
心の中で「ごめんね」って言いながらパッキングする。
精一杯のアピールだ。

最後の手段を使うことにした。
それは「みんな揃って外で記念撮影をしたい」と言うこと。
写真を撮ってそのままバイバイするしかない。

セルフタイマーで撮れるようにカメラをスタンバイ。
でもなかなかみんなが集まらない。
「写真撮るよう!」って声をかける。
みんな「OK、OK」って言うけれど集まってくれない。
この3日間充電できなかったので、一眼レフのバッテリーが無くなってしまった。

目標の9時はとうに過ぎてしまった。
いかん、このままだと家族みんなのズルズル作戦に負けてしまう。
心を鬼にして、今日インドに行かないといけないことをもう一度説明する。
ごめんね、みんな。
ケンゾーとイクエも早くみんなとお別れしたい訳じゃないんだよ。

今度の今度こそ最終手段。
ワックパックを家からだして、外においた。
やっとみんな分かってくれたみたい。
でもみんなにとって記念撮影は一大イベント。
普段着なんてありえない。
みんながドレスアップするのを待つケンゾーとイクエ。

じつは一番悲しんでるんじゃないかと思われるお父さんもやっと準備を始めてくれた。
じっくり30分以上かけて髭を剃る。

a_P1010796.jpg

つづいて水浴び。
なにもそこまでしなくてもと思うけれど、それだけ大事なことだと思ってくれてるんだよね。

a_P1010797.jpg

素敵なサリー姿のお母さんとビシッとスーツで決めたお父さん。
お父さんの手にはなぜか昔写真館で撮った夫婦2人の写真と、ダッカにいるもう一人の息子さんの写真が。
フリーダム・ファイターのバッチもちゃんと胸元で輝いている。

a_P1010808.jpg

a_P1010810.jpg

別れを惜しみつつ、湿っぽくならないように明るく明るく写真を撮っていく。
最初から最後までうんとやさしかった家族と。

a_P1010804.jpg

a_P1010809.jpg

明るくて笑顔の絶えない親戚、仲間たちと。

a_P1010813.jpg

突然やって来た日本人を温かく迎えてくれてありがとう!

a_P1010815.jpg

a_P1010805.jpg

オートリキシャに乗る道まで見送りに来てくれる人たちも。
今ここで出会ったぜんぜん関係ない人たちもいっしょに見送ってくれた。
ありがとう!バングラに来ることができたら、また必ず会いにくるから!

a_DSC_1045_20130214164050.jpg

a_DSC_1047_20130214164052.jpg

ノルシャヒンと警察官のシュージョンがとなりの国境の街まで見送ってくれることに。
けれどここからがまた長かった!
出会った日の夜の再来だ。

「オンリー5ミニッツ!」って言いながら親戚の家をはしごしていく。
そしてなんと自分が通った小学校に行くって言い出した。
いやいやいや。きょうは平日で子どもたちがいるから、そんなことしたら収拾がつかなくなるよ!

恐る恐る中に入っていくと・・・

a_IMG_1757.jpg

a_IMG_1758.jpg

ほーら、教室から生徒が飛び出してくる。
とんでもない事になってきた。
先生たちはチャを飲んでいけって言ってるけど、そんな事したら出発できなくなるのは目に見えている。
みんなで集合写真を撮って退散することに。
ほんとはゆっくりしていきたいんだよ。

a_IMG_1759.jpg

そのあとも何度か寄り道をしながら、国境の街ブリマリへ。
ほんとうは3日前にここにケンゾーとイクエだけで来ているはずだったのに、3日遅れで、しかもノルシャヒンとシュージョンが隣にいる。
なんだか不思議な感じだ。

なぜかノルシャヒンの親戚が待っていていっしょにイミグレーションへ。

a_P1010817.jpg

出国手続きは問題なくすんだ。
インドとの国境へ歩いていく。

a_P1010818.jpg

a_P1010819.jpg

このゲートの先はもうバングラデシュじゃない。
とうとうお別れだ。

a_P1010820.jpg

シュージョンと別れの握手。
はやく彼女ができるといいね。
ノルシャヒンを見ると、目をまっ赤にして今にも涙がこぼれそうだ。
ダメだケンゾーの涙腺も決壊寸前だ。
抱き合ったら、ノルシャヒンは声を上げて泣き出した。

なにも言葉にならない。
泣きながら「サンキュー」としか言えない。
ノルシャヒンの気持ちが心に染みわたる。

インド側からさっきまでいたバングラデシュを振り返る。
ノルシャヒンたちは涙目でずっとこちらを見てくれている。

ありがとう。
過ごした時間はわずかだったけれど、ケンゾーにとってかけがえのない友になった。
偶然の出会いは運命の出会いだった。
大好きになったバングラデシュの旅の終わりは、最高のフィナーレだった。


【旅 info.】
  ブリマリ国境a_P1010816.jpg
バングラデシュ側・ブリマリ ー インド側・チャングラバンドラ
2つの街とも田舎でツーリスト向けの宿はなさそう。
出国税300Tk必要。
バングラデシュに入国した場所と出国する場所が異なっていても問題なかった。
国際バス、鉄道はないのでローカル線を乗り継ぐ必要がある。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

お父さん・・ごめんね

2013.02.22 06:13|バングラデシュ☞EDIT
ぜんぜんゆるいお腹が治らないケンゾーです。
もうだめだ!諦めた!インドではこのゆるさと付き合っていくしかない。

朝「あしたここを去ります」とは言ったものの、どうも家族みんなこの話題を避けているように思える。
ほんとにあした出発できるかなあ。

午後、嫁いでいったノルシャヒンの妹さんの家に遊びに行くことになった。
嫁いでいった先は、ここから車で10分くらいのご近所。
この真ん中が妹さん。

a_P1010807.jpg

今年の1月に結婚したばかりで新婚ホヤホヤ。
けれど旦那さんは遠く離れたチッタゴンで単身赴任の身。
家族と離れ、旦那の両親や家族に囲まれて完全アウェーの彼女。
ノルシャヒンの妻・ムンニーと会えると嬉しそうだ。
同じ歳なのでふたりはとても仲がいい。

この家も地主。
家の敷地も広くて建物が立派。かなりリッチそうだ。
わざわざケンゾーたちのためにみんな勢揃いし、食事の準備がととのえられていた。
でも、時間は午後3時。まだお腹空いてないよー。

a_DSC_0988_20130213225958.jpg

料理はすごく豪華。
ビーフ、チキン、魚、マトンが勢揃い。
カレーというよりも、それぞれが一品料理のようなかんじ。
肉はフルーツと煮込んであって、甘みがあって柔らかい。
バングラデシュでもこんな料理があるんだなあ。
さらにビリヤニまで出てくる豪華さ。
デザートのミスティまで猛烈に勧められてお腹がはち切れそうだ。

a_DSC_0984_20130213225954.jpg

a_DSC_0991_20130213230111.jpg

a_DSC_0987.jpg

食後はみんなで輪になっておしゃべりタイム ♪
最初はお互いにちょっとぎこちなかったけれど、少しずつ打ち解けてくる。
日本についての質問もたくさん。

日本の歌もリクエストされた。
『上を向いて歩こう』を1番だけ披露。
下手くそな歌だけど拍手をもらう。
練習しとけばよかったー。

ケンゾーとイクエの日本で撮った写真を見せると急に盛り上がりだした。

a_DSC_1005_20130213230119.jpg

a_DSC_1001_20130213230117.jpg

a_DSC_0999_20130213230113.jpg

90歳近くのおばあちゃんも写真に興味津々。
とっても可愛らしいおばあちゃんだ。

a_DSC_0995_20130213230112.jpg

帰る頃にはすっかりみんなと打ち解けることができた。
右側の白い服が妹さんのお義父さん。

a_DSC_1017_20130213230151.jpg

このおばちゃんにはアルバムに入っていたケンゾーとイクエの結婚式の写真を強引に持っていかれた。
(こんなこともあろうかと、何枚も焼き増ししていた)

a_DSC_1007_20130213230145.jpg

こんなにたくさん集まってくれてありがとう!
おいしい料理、ごちそうさまでした!

a_DSC_1014_20130213230151.jpg

a_DSC_1019_20130213230153.jpg

この日の夕焼けはきれいだった。
果たしてバングラで見る最後の夕焼けになるのか?

a_DSC_1029_20130213230152.jpg

a_DSC_1032_20130213230207.jpg


そして夜。
いつものようにノルシャヒンのお父さんとおしゃべり。
「1か月ここにいなさい」「バングラを出国したら今度はいつまた戻ってくる?」と何度も聞かれる。

お父さんは孫もいるのに、体はたくましく、ちょっとした英語も話せる。
紳士でとてもかっこいい。
お父さんは40年前、バングラデシュが独立をかけてパキスタンと戦争をしたときの戦士、「フリーダム・ファイター」。
それを誇りにしている。
鍵をかけた棚から大事そうに証明書を取り出して見せてくれた。

a_DSC_0764_20130213225954.jpg

a_DSC_0762.jpg

そんなタフなお父さんに、あしたここを発つことを伝え、お土産の手ぬぐいを渡すと悲しい顔をして口数が減ってしまった。
そして毛布を頭から被って寝てしまった。
でも、ほんとうは寝ていない。
ノルシャヒンの妹や奥さんのリクエストにこたえて、また日本の歌を歌っていたら、お父さんは頭から毛布をかぶったまま「ベリーグッド」と言っている。

そんなにケンゾーたちが行ってしまうのがショックなんだ。
まだ出会って1日しか経っていないのに。
どこにでもいるただの日本人夫婦なのに。
ありがとう。そしてごめんね。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

イッツ ピースフル ホームステイ!

2013.02.21 06:19|バングラデシュ☞EDIT
昼食を食べたインドの食堂でボラれて店員とケンカしたケンゾーです。
やっぱりどの国でも、バス移動で立ち寄る食堂はかなりの確率でぼったくるな。

きのうひょんなことから出会ったノルシャヒン一家にホームステイさせてもらっているケンゾーとイクエ。
もう一度バングラで朝を迎える、なんてシナリオはまったく予想していなかった。
けれど、今朝の目覚めはこれまでで一番素敵だった。
部屋の外にはすばらしくピースフルな景色が広がっている。

a_DSC_0812_20130213213523.jpg

刈り取りが終わった田んぼでは牛が草を食み

a_DSC_0949_20130213214439.jpg

池にはカモの一家。別の田んぼには羊とヤギ。

a_DSC_0911_20130213214212.jpg

家族のペットの猫たちは仲良くひなたぼっこ。

a_DSC_0942_20130213214434.jpg

きのうここに到着したときにはまっ暗だったので、今朝起きてみてここのロケーションの素晴らしさにビックリ。
ノルシャヒンと出会えてよかった!

ケンゾーたちが使わせてもらった部屋は嫁いでいったノルシャヒンの妹さんが使っていた部屋。
簡素だけれどとても素敵な部屋だ。ベッドが大きくて快適だった。

a_DSC_0802_20130213213517.jpg

洗顔ときのうシャワーを浴びていないので髪だけ洗わせてもらうことに。
この家は電気も水道もない。
水は井戸から汲み上げる。

a_DSC_0808_20130213213519.jpg

a_DSC_0810_20130213213520.jpg

a_DSC_0817_20130213213524.jpg

早朝から刈り取った稲の脱穀作業をしている。
ノルシャヒンの家は代々からこの辺りの土地を所有している地主。
所有している田んぼは広大なので近所の人たちを雇っている。

a_DSC_0819.jpg

脱穀された藁は四方八方に舞い

a_DSC_0823_20130213213633.jpg

もみがどんどん溜まっていく。
じつに大雑把というか豪快というか。

a_DSC_0824_20130213213636.jpg

a_DSC_0822_20130213213635.jpg

脱穀したら、まだもみ殻がついたまま蒸していく。
藁が燃料になる。効率的だ。

a_DSC_0848_20130213213707.jpg

a_DSC_0849.jpg

蒸し上がったら地面に広げて1日天日干し。

a_DSC_0928_20130213214217.jpg

この米はふつうのカレーで食べられている米。
このひと手間を加えないと炊いてもパッサパサで美味しくないんだって。
蒸して保管することで、ふっくらした米が食べられるのだそう。

朝食はカリッカリに揚げて歯ごたえ十分なクッキーのようなものや、ドーナツなど。
すべて奥さんの手作り。
これに砂糖たっぷりのミルクティ、チャをいただく。
バングラ人はみんな甘いものが大好きだ。

a_DSC_0845_20130213213636.jpg

周りを散歩しようと外に出たら人が集まって来た。
よし、みんなで出かけよう!

a_DSC_0852_20130213213712.jpg

きれいな菜の花が咲いている。
バングラでも油を採るために菜の花が栽培されているのだ。
あまり色彩がないバングラで、目の覚めるような黄色い菜の花畑を見るとなんだかとても嬉しくなる。

a_DSC_0853.jpg

a_DSC_0859_20130213214052.jpg

a_DSC_0869_20130213214054.jpg

みんなで記念撮影。
なかなかいい笑顔だよ。

a_DSC_0856_20130213213717.jpg

a_DSC_0956_20130213214445.jpg

a_DSC_0884.jpg

ノルシャヒンの家の周りには家族や親戚が住んでいる。
ひだりの仕切り屋のおばちゃんに1件ずつ連れて行かれる。
親戚を次々と紹介してくれるんだけど、もう誰が誰なんだか訳が分かんない。
とりあえず笑顔でわかってるフリ。

a_DSC_0890.jpg

a_DSC_0899_20130213214102.jpg

そして行く家行く家で「ナスタ(朝食)?ナスタ?」と言われる。
断りきれなくていただいた。
これはココナッツを甘く煮たものとスナック。

a_DSC_0910_20130213214102.jpg

散歩を楽しんで家に戻るとランチだって!
まだぜんぜんお腹空いてないよー!
バングラ人はだいたい1日に5回食事をとるそうだ。
けっこうみんなお腹ポッコリだもんなあ。

a_DSC_0933.jpg

a_DSC_0935_20130213214220.jpg


とてもいい天気なので洗濯をすることにした。

a_DSC_0938_20130213214222.jpg

ケンゾーの洗い方を見ていたノルシャヒンが
「そんなんじゃダメだ!こうやらないと」
と見本を見せてくれた。

a_DSC_0944_20130213214446.jpg

夫婦でも自分のものは自分で洗うそうだ。


家のすぐ横にある池で魚を捕るみたい。
食卓のハエ除けみたいな道具を使う。
周りではなく底の部分に網が張ってある。

a_DSC_0964_20130213214516.jpg

底の網を水に沈め、周りをバチャバチャさせながら回っていく。
こうやって網に魚を追い込んでいくようだ。
ハゼみたいな魚が捕れた。

a_DSC_0972_20130213214522.jpg

a_DSC_0973.jpg

a_DSC_0969.jpg

きょうの午前中にここを出発してインドに向かうつもりだったのに、どんどん時間が経っていく。
「もう今日中の移動は無理だね。」
「あしたにしようか。」
きょうは止めて、あしたにするって伝えたら家族は喜んでくれそうだし。
奥さんのムンニーに伝えた。
「きょうの出発をやめて、あしたにしようかな。」

a_P1010806.jpg

そしたらムンニーの顔がくもった。
「あした??
 ダメ!!
 なんでそんなに早く行くの?
 最低あと2、3日はいないと。
 たったの2、3日だよ。
 わかる? たったの2、3日。」

てっきり喜んだムンニーの笑顔を見られると思っていたケンゾーとイクエ。
そんな悲しそうな顔をされても、ビザの期限が切れてしまう。
なんとしてもあした出ないと・・・。

この調子でほんとうに明日インドに向けて出発できるかな?
なんとなくズルズルしそうな雰囲気ありあり。
ビザの期限がなければ、まだまだここにいたいんだけどねえ。
とてもとてもピースフルで癒される一日はまだまだ続く・・・。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

最後の最後で 運命の出会い 

2013.02.20 06:29|バングラデシュ☞EDIT
日本から持ってきていたDHCの乳液が無くなったのでミネラルウォーターを入れて薄めて使っていたけど、もう限界にきたので、あしたからは台湾製の乳液を使う予定のイクエです。

バックパッカーの自由な旅。
決められた旅程なんてのはない。
だからこそ
「あのときあの場所に行ったから」
「もしこの選択肢を選んでなかったら」
なんて思うことがたまにある。
あれは運命だったのかなあって。

バングラデシュを出国しようとしていたわたしたちにその運命が待ち構えていた。

バングラデシュからインドに陸路で移動するにはいくつかのルートがある。
一番メジャーなのは、首都のダッカから夜行バスでインドのコルカタを目指すもの。
イクエたちも当初その予定でいたし、インドビザを申請するときもそのルートで申請を出していた。

インドビザを夕方受け取り、そのままコルカタ行きの夜行バスに乗るつもりだった日。
バスのチケットをあらかじめ買おうとしたけど「万が一、きょうビザを受け取ることができなかったら」なんていらぬ心配をし、乗る直前に買うことにした。
その後、無事に受け取ったビザを見てみるとルートの指定がされていないことが発覚。
インドビザに出国と入国場所が記載されている場合はそのとおりのルートで行かないといけないけれど、指定されていなければどこからインドに入ってもいいし、どこから出てもいい。

「じゃあ、べつにコルカタ目指すルートじゃなくていいじゃん!」
「なんなら、北のほうからバングラ抜けて、インドのダージリンに行こうか!」
なんて、まったくの思いつきでそのまま駅に行き、夜行列車でバングラデシュの北、ブリマリに行くことを急遽決めたのだった。

これがあの出会いにつながるとは・・・。

夜行列車は、エアコンなしの安い寝台なんだけど一応ドアがついてコンパートメントになっている。
バングラ最後のはずの夜を硬いシートに寝そべって過ごし、バングラ最後のはずの朝日を車窓から眺めた。

a_DSC_0549_20130212000856.jpg

a_DSC_0548_20130212000848.jpg

夜行列車の終点は、目的地の途中「ラルモニルハット」という駅。
ここでバスに乗り換えて、そのまま国境の街まで移動。
のはずだったんだけど、この日はあいにくのストライキ。
バスは運休している。
最後についてないなあ。

一応、ホームで人に聞いてみたら、やっぱりバスはないから5時間後の列車で行くしかないと教えてくれた。

a_DSC_0551_20130212000858.jpg

何気なく撮った写真。
実は、もうこのとき運命の出会いを果たしていたのだった。
その人が、右のジャケットの男性。

駅に荷物を預けて、どっかで朝ゴハンでも食べようと駅前をぶらぶらしていたらさっきの男性が手招きしている。
あんまり英語はできないんだけど「こっちで食べろ」みたいなことを言っている。
まあ、いいか。
じゃあここで食べよう。

彼の名はノルシャヒン。42歳。
妻が英語をしゃべれるようで妻に電話してイクエたちに電話をかわった。

a_DSC_0556_20130212000852.jpg

彼の妻は言った。「うちに遊びに来なさいよお。」
「でも、今日中にインドに行きたいから。残念です。」

ノルシャヒンはイクエたちの目指す国境の街の近くに家があるらしく、同じ列車に乗るようだった。
彼はイクエたちの朝食代をおごってくれて、ついでに時間をつぶすためオートリキシャで街の中心部までいっしょに行くことにした。リキシャ代も払ってくれた。
ここまではよくあるような出会いだし、これまでもこんな気前がいいバングラ人にたくさん出会ってきたので別に特別なことと思ってなかったイクエとケンゾー。
でも、あとになってこのオートリキシャで撮った写真を見てみると、出会ったばかりなのにふたりともいい顔をしていて、やっぱり何かお互いひかれるものがあったのかなあって思う。

a_DSC_0563_20130212000854.jpg

中心部まで移動していったん彼に別れを告げたイクエとケンゾー。
きのうのブログに書いたように、孤児院を訪問させていただいて、再び駅へ向かってホームでノルシャヒンと落ち合った。

列車は指定席のないローカル線で、それはそれは凄まじい席争奪戦。
駅のホームでたまたま出会った、ノルシャヒンの弟の友人で警察官のシュージョンもいっしょに乗り込む。
手前が26歳のシュージョン。

a_DSC_0715_20130212004055.jpg

そんななか、みんな外国人のイクエたちに席を空けてくれて座ることができた。
席を詰めて座らせてくれた親子連れ。

a_DSC_0721_20130212004056.jpg

親子連れとおしゃべりしてたら「日本の歌を聞かせて〜」というリクエストが。
さすがに大勢の前で下手くそな歌を披露することは気が引ける。
なにかいい方法はないかなーと思って、ケンゾーのiPhoneを貸す。
平井堅の「大きな古時計」がすごく気に入ったみたい。

a_DSC_0729_20130212004057.jpg

のろのろで進む列車。
たぶん、これじゃあ今日中にインドは無理だよねえ。
国境の街でホテルを探して泊まるしかないねえ。
ノルシャヒンに聞いてみた。
「ブリマリにホテルある?」
「じゃあ、うちに泊まればいいでしょ」

きょう会ったばかりだし、彼がどんな家に住んでるのかわからない。
だけどガイドブックにも載っていない見知らぬ街で夜遅くにホテル探すよりも、床の上でもいいから寝させてもらおう。

お言葉に甘えることにし、彼に急かされるまま列車を降りたらそこは・・・。

あれ? なんかこの駅小さくない?
ここ終点じゃないよねえ。
ここが国境の街?

ここ、ブリマリじゃないじゃん!!

そこはブリマリの手前の駅「パトグラム」だった。
でも、まあ、いいや。
あした乗合いワゴンをつかまえてブリマリを再び目指そう。

ノルシャヒンとリキシャに乗って、なぜか途中の仕立て屋さんに立ち寄る。
「オンリーファイブミニッツ!」

a_DSC_0735_20130212010919.jpg

親戚らしくて、イクエたちを紹介したかったみたい。
こっちの布を見てる分にはいいんだけど、ちょっと向きを変えれば・・・
視線、視線、視線。
こんな街に外国人が来ることなんてないから、わんさか人が集まってくる。

a_DSC_0736_20130212010920.jpg

視線の攻撃で居心地が悪い。
すぐ向かいのクリニックに移動した。
このクリニックも親戚がやってるみたい。
だけど、移動したところで視線の攻撃から逃れることはできない。

a_DSC_0740_20130212010922.jpg

人が押し寄せるからシャッター閉めたんだけど、シャッターの下から覗いてくる。

「果たしてわたしたちはバングラから脱出することができるんだろうか。
 風のようにやってきて、さらりとここを去ることなんてできないんじゃないか。」
なんとなく、そんなふうに思った。

今度はバイクでノルシャヒンの家に行くことにしたんだけど、バイクにまたがっていざ出発しようとしてもみんなが集まってなかなか走らせられない。

a_DSC_0743_20130212010924.jpg

この後、ほかの薬屋にも寄って別の親戚を紹介された。
さっきからノルシャヒンは「オンリーファイブミニッツ!」って言って、いろんなとこに立ち寄っている。

そしてまた「ファイブミニッツ!」。
親戚のお茶屋さんに入って、紅茶とスイーツをごちそうになったんだけど、もうね、人がね。
もうすごいことになってますね。
みんな動物園のパンダでも見に来たの?

暗闇に光る無数の目。

a_DSC_0746.jpg

a_DSC_0748_20130212012013.jpg

またバイクに乗って今度こそノルシャヒンの家に向かおうとするんだけど、うわさを聞きつけたのか、街中の人が集まってすごい!
どこまで人がいるんだ〜!

a_DSC_0750_20130212012010.jpg

人が多すぎて後ろの人たちはイクエたちが見えないようで、台を持って来てそこに上がって見る人もいた。

人酔いしそうなほどだったけど、ノルシャヒンの家はとっても田舎で電気も通ってなくて、小さなソーラーパネルがあるだけ。
水道もなくて井戸を使うような、素朴な生活をしていた。
家では家族がイクエたちをあたたかく迎えてくれた。
ノルシャヒンのお父さんトホシルダーとお母さんのビナール、そして長女のプリオンティ。

a_DSC_0752_2.jpg

キッチンは母屋のとなりの簡素な建物。
中では、奥さんのムンニーが夕食の準備をしてくれていた。

a_DSC_0769_20130212013412.jpg

a_DSC_0768_20130212013409.jpg

ムンニーはバングラの首都ダッカで生まれ育ったのだそう。
もちろん電気もコンロもある家だったので、ここに嫁いでからかまどでの料理の仕方を義理のお母さんに教えてもらったんだって。

彼女は言う。
「もう、自分ちに日本人が来てくれてるなんてほんとうに信じられない!
 すっごいうれしい。
 わたし結婚してからここに来て、英語を使う機会なんてなくてどんどん英語忘れていってるの。」

彼女の年齢は21歳。
なんと夫との歳の差21歳。
しかも結婚したときは奥さん16歳!
奥さんが通ってた学校でノルシャヒンが働いていたときに、つきあい始めたんだって!
自分の父親と年齢があまりかわらないのに、よく16歳の子がおじさんを好きになったもんだ。
もう、これには笑うしかなくて爆笑していたら、家族もみんな大爆笑。
お父さんまで、息子よくやったぞ!みたいに「ダブルスコア!」って笑っている。
おじさんキラーのムンニーは
「うちの夫は人のハートをキャッチする才能がある。
 だから、あなたたちもきょう夫について来たんでしょう」なんて言っている。

そうね、うまく説明できないけど、イクエとケンゾーもこの人について行ってみようって思ったのは事実だもんね。

そんな掟破りなロマンチストのノルシャヒンが、鶏をつかまえてきた。
「鶏肉好き?」
「うん!」

a_DSC_0774_20130212013415.jpg

なぜか駅でたまたま出会った警察官のシュージョンも、イクエたちが泊まるのできょうはこの家に泊まらせてもらうみたい。
ふたりで慣れた手つきで鶏の首を切り落とす。

a_DSC_0776_20130212013422.jpg

貴重な鶏肉をごちそうしてくれるなんてとてもありがたい。
以前ネパールの山村でホームステイしたときも地鶏をごちそうになったことがあるけど、新鮮な鶏肉は身が引き締まっていて、それでいて柔らかくて美味しい!

若奥さまが火をおこして、スパイスをいれてぐつぐつ煮込む。

a_DSC_0788_20130212015952.jpg

a_DSC_0795_20130212015953.jpg

突然の来客をみんなでもてなしてくれてありがとう!

「明日の朝早く、インドに向かいます。
 今晩だけお世話になります。」

a_DSC_0800_20130212015956.jpg

そしたら、ノルシャヒンがすかさず言った。
「トゥモロー、ノー。
 アフタートゥモロー!!」
それはとても早口で、あたり前のことを言っているような感じで言った。

ん!! 
ちょっと待って!
あさってってどういうこと?
ここに来る前から一晩だけ泊めてもらって明日出発するって伝えてたよね・・・。

そしたら奥さんのムンニーが
「ワンウィーク!」と強い口調で言った。
一週間もここにいたら、ビザの期限が切れて不法滞在になるよ!

お父さんまで眉間にしわを寄せて「ロング ステイ! ワンマンス!」と言っている。

「でも、明日出発します。
 ありがとう。」

家族は首を縦にふらない。

こんなホスピタリティーあふれた家族に別れを告げて、あしたほんとうにインドに行けるのだろうか?
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

女子パワー全開!な孤児院

2013.02.19 06:05|バングラデシュ☞EDIT
学生のころは「海外で日本食なんて邪道!現地人と同じ物を食うべき!」と思っていたけど、「そんな青いこと言わずに食べたきゃ和食食べればいいじゃ〜ん」って思っている32歳のイクエです。

インド国境を目指すべく、夜行列車で北へと進んだイクエとケンゾー。
「ラルモニルハット」という街でバスに乗り換えるはずだったんだけど、あいにくこの日はストライキの日。
バスは動いていないので、電車に乗り換えて国境の街に行くことにした。
でも、乗り換えまで5時間くらいある。
とりあえず、いつものようにおもしろいものや素敵な人に出会うことを期待してぶらぶら街を歩くことにした。

途中で出会った人たちとお茶屋さんに行ってミルクティーをおごってもらったり

a_DSC_0582_20130211211835.jpg

かわいいヤギに出会ったり

a_DSC_0603_20130211215331.jpg

そして、鉄格子の奥でこっちを見ながらキャハキャハ騒いでる女の子たちがいた。

a_DSC_0614_20130211211844.jpg

いざ話しかけたりカメラを向けたりすると女の子たちは「キャ〜」って隠れちゃう。
で、こっちが後ろ向いて歩き出すと今度ははしゃいで気をひくようなことをする。
「女子」って感じやねえ〜♪

しばらくそんな駆け引きを楽しんでいたら、向かい側から男性が歩いてきた。
「あなたたち何やってるの?」

はっと我に返ったイクエとケンゾー。
外国人だし、金網越しに女子にカメラ向けてるし、不審者っぽいよね。
「え、いや、その・・・。
 ここ何かなあって思って・・・。
 ここは学校ですか?」
「ここは女子の孤児院です。
 学校も併設されています。
 ちなみにわたしは、向こうにある男子孤児院の学校の教師をしてます。」

先生は昼から授業があるみたいでそこから200メートルほど離れた男子校に消えていった。

「さっきの女の子たちとおしゃべりしたいよねえ。」
「孤児院に遊びにいけないかなあ・・・。」

目の前の高い塀を見上げながら、イクエとケンゾーはつぶやいた。
閉ざされた門の隙間から中をのぞいていたら
「入りなさい」という声。
温和そうな施設長が中に入れてくれた♡

「なんかガイジンが来たよ!!」って感じで集まってくる女子たち。

a_DSC_0615_20130211215333.jpg

施設長はアニスザーマンさん。
部屋に通してくれてこの施設の説明をしてくれる。
その間、ぞくぞくと女子たちが部屋に入ってくる。

a_DSC_0634_20130211215336.jpg

気づいたらぐるりとかわいい女子たちに囲まれていた!

a_DSC_0624_20130211230421.jpg

ここは「アル ナビアン シシュ ポリベン」という団体がやっている施設。
首都のダッカにも系列の孤児院があって、そこにはたまに海外からのボランティアが来るそうなんだけど、ここはバングラデシュのはじっこ。
こんな田舎にやってくる人なんていないから外国人がとっても珍しいんだそう。

初の外国人を囲んで、女子たちのテンションはMAX

a_DSC_0643_20130211232751.jpg

この孤児院には18歳までの女の子がおよそ200人生活している。
そのうち9割が両親がいなくて、残る1割が親の育児放棄や深刻な貧しさなど何らかの理由で親と暮らせない子どもたちなんだそう。
敷地内には学校もあってそこで勉強もしている。
運営費のおよそ半分は国が支援していて、あとは寄付でまかなわれている。
辛い過去を持つ子どもたちだけど、いい顔をしている。

a_DSC_0672_20130211220652.jpg

きっとこの施設の先生や寮母さんたちがたくさんの愛情を注いでるんだろうな。

パワー全開な女子たちが、施設を案内してくれる。

a_DSC_0651_20130211215530.jpg

a_DSC_0655_20130211215536.jpg

寮にはダイニングスペースやみんなでテレビを見る部屋があった。
そして、ベッドルームにも案内してくれた。
「ここに座って」って言われてイクエが座ると、みんな座ってすごくにぎやか。
ベッド壊れない??

a_DSC_0662_20130211220659.jpg

カメラを向けるだけで「わあーーーー!!」って歓声。
すっごく楽しそう〜!!って、自分も楽しそうな顔してる♪

a_DSC_0663_20130211231232.jpg

調理場にも案内してくれた。
穏やかな顔のおふたりが、いつも彼女たちの食事を作ってくれる女性。

a_DSC_0680_20130211221520.jpg

やっぱり女子はおしゃれ好き。
イクエの眉間に、丸いシールを貼ってくれる。

a_DSC_0666_20130211232018.jpg

a_DSC_0670_20130211221527.jpg

そして、次から次に庭のお花を摘んでくれる。

a_DSC_0676_20130211232147.jpg

「耳のとこがいいわよ」
「やっぱり、後ろのゴムのところよ」
ああだこうだいいながら、花を髪に飾ってくれる。

a_DSC_0682_20130211221521.jpg

列車の乗り換えまでの時間、街をぶらぶらするつもりが、こんなたくさんのかわいい女子に囲まれることができてシアワセ♡
もっと長くいたかったなあ。

テンションが高い女子たちと、ハイタッチでお別れ。
ハイタッチすればするほど、盛り上がる。
特別な理由がなくても、はしゃいで、楽しくキャアキャアできる。
女子の特権だよね♡

a_DSC_0688.jpg

a_DSC_0684_20130211222110.jpg

パワ—全開な女子たち。
にぎやかでケタケタ笑う女子たち。
ハイテンションでキラキラしてる女子たち。

a_DSC_0693_20130211222110.jpg

うん。
わかってるよ。
辛い過去があったこと。
今でもすっごく寂しくなること。

それでも、明るく前を向いて歩いてる女子たち。
女子って、やっぱ、強いよねぇ。

みんなー!!
素敵な女性になるんだよお!!
ずーっと応援してるから。

門が閉められても奥からは彼女たちの明るい笑い声が響いている。
振り返ると・・・

a_DSC_0695_20130211222115.jpg

a_DSC_0694_20130211222110.jpg

ちょっとお〜
あんたたち、どこまでかわいいのよお♡
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

ダッカなんて大っ嫌いだ!

2013.02.18 06:23|バングラデシュ☞EDIT
お腹の調子が悪くなるいっぽうのケンゾーです。
バングラでは何ともなかったのにインドは何が違うんだろう?

なんだかんだで1ヶ月近く旅しているバングラデシュ。
イクエが最初に予想していたとおり、ケンゾーもこの国が大好きになった。
好奇心旺盛で無邪気な子どもたちや、いつも笑顔でお茶目な大人たち。
もてなしの精神に満ちあふれていてとても優しいバングラの人々。
ていうか観光地ではなく「人」しかここには無いんだけど、それが素晴らしい。

でも大好きなバングラにも嫌いなものがある。
嫌いというか大っ嫌いなもの。
それは首都ダッカ

イクエは言う。
「うごめき、収まりきれないエネルギー。
 すべてが入り乱れて、わけのわからん混沌とした状態。
 最貧国が経済成長の波に揉まれたら、こうなるんやね。
 これはダッカでしか感じることができない。」

イクエがなんとフォローしようともケンゾーはダッカが大っっ嫌いだ。
ダッカの空気の汚さと渋滞にはとてもじゃないけど耐えられない。
ダッカは世界で断トツと言われるほどの人口密度を「誇る(?)」。
わずか150㎢に1,500万人以上がひしめいている。
壮絶だよ。

どこに行っても人、自転車、リキシャ、オートリキシャ、バイク、車、バス、トラックで溢れかえってる。
さらに犬、ヤギ、牛なんかもウロウロしてるからぐっちゃぐちゃ!
カオスって言葉はダッカのためにある。

ボッロボロのバスやトラックがまき散らす排気ガスが凄まじい。
環境のことなんかこれっぽっちも考えていない工場の排出ガスとあいまって、ダッカの空気は最悪。
ダッカにいる間はつねに喉と目が痛い。

a_P1010764_20130211122507.jpg

そして尋常じゃない交通渋滞。
地下鉄なんてないから必ず渋滞に巻き込まれる。
混んでる時間帯は10キロ移動するのに2時間半くらいかかる。
歩行者と車輪がついてるあらゆる乗り物が同じ道路を走るからぐちゃぐちゃ。
そう、ぐっちゃぐちゃとしか言えない。

a_DSC_0437_20130211122457.jpg

a_DSC_0438_20130211122500.jpg

a_DSC_0439_20130211122502.jpg

ぎっちぎちに詰まっててもうどうすることもできないのに、みな狂ったようにクラクションを鳴らしまくる。
すぐとなりのイクエの声も聞こえないほどの暴力的なクラクションを聞いていると頭がおかしくなりそうだ。

交通ルールなんてものは無いに等しい。
速くてデカい者が強い。まさに弱肉強食の世界。
広い道では車やバスに蹴散らされてるリキシャが、細い裏道では人を蹴散らし我が物顔で疾走する。

a_DSC_0483_20130211122504.jpg

安くて庶民の足であるバスに乗るのも一苦労っていうレベルじゃない。
顔が必死すぎて恐い。

a_DSC_0526_20130211122539.jpg

a_DSC_0528_20130211122541.jpg

無事にバスに乗れたとしても車内の密集度、圧縮度がハンパじゃない。
この写真はまだまだ序の口。スッカスカ。
ラッシュ時はとても写真なんか撮れる状況じゃない。

a_P1010778.jpg

このバスはすごく開放的 ♪
後ろの窓ガラスが全部無くなってた。
雨のときどうするんだろ?

a_P1010779.jpg

バングラデシュには「ホルタル」というものがある。
いわゆるゼネラル・ストライキなんだけどかなり過激。
なかでもダッカは激しくてバスがしょっちゅう燃やされたりしている。
ほとんどのバスのフロントガラスは石を投げられてヒビが入っている。
バスに乗っていたら前日燃やされたバスがレッカー移動されていた。
ケンゾー達が乗ってるバスもボロボロなんだけどね。

a_DSC_0536_20130211122538.jpg

デモ行進もしょっちゅう目にする。

a_P1010782.jpg

つねに与党と野党がもめていて、野党がしかけるストライキやデモが多いらしい。
街頭では、政治家の演説を伝えるテレビの前に人だかりができている。

a_DSC_0474_20130211131036.jpg

この国はどこへ向かうのか。
みんな政治に興味があるのか、けっこう新聞を読んでいる。
バスの中や道端でも新聞が売られている。

a_P1010776.jpg

a_P1010777.jpg

こんなふうに小学校低学年くらいの子が学校も行かずに働いている。

アジア最貧国と言われているバングラデシュ。
けれど経済成長は著しい。
なかでも人と物が一極集中しているダッカは目を見張るような発展をしているようだ。
高層ビルもどんどん建設されている。
けれど建設中のビルの下にはバラック小屋がひしめいている。

a_DSC_0498_20130211122559.jpg

a_DSC_0494_20130211122557.jpg

最貧国と言われている国の中にも貧富の差がある。
ダッカでは持つ者と持てない者の格差が顕著に現れている。
5年後、10年後、この街はどうなってるのかなあ。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

大変だ!インドビザ

2013.02.17 06:15|バングラデシュ☞EDIT
中国で買いそびれた念願の電熱コイルをやっと購入し、いつでもホットドリンクを飲むことができるようになったケンゾーです。

バングラデシュの次はお隣のインドに行くつもりのケンゾーとイクエ。
インドはビザが必要な国だ。
しかも手にするまでのハードルがなかなか高い。

日本国内や海外でも主要都市ならば手続きを代行してくれる業者に頼むこともできるのだろうけれど、なんといってもここはバングラデシュ。
そんな便利なシステムなんかある訳がない。
まあ、たとえあったとしてもケチケチ旅のケンゾーたちは利用しないと思うけど。

まず「インドビザ アプリケーションセンター」のホームページからオンライン申請をしないといけない。
この「オンライン インドビザ フォーム」の入力作業が面倒くさい!

screenshot.jpg

最終学歴や宗教などはまあいいとして、両親の名前や国籍、職業の詳細、過去の渡航先など入力項目が多過ぎ!
この入力作業だけでかなり時間が取られる。
このフォームはもちろんすべて英語。
あまりに細かすぎて何を問われているのか分からない項目もあったので、入力方法を解説しているHPを見ながら入力した。

すべての項目を入力したら何度もチェックすることを強くお勧めします。
インドビザ申請はかなりシビア。
内容が間違っていたりしたら申請後にもう一度最初からやり直し、なんて悲惨なことになりかねない。
とくに、入国地点と出国地点はよくよく考えて入力する必要がある。
申請した入国地点と違うところから入ろうとすると入国できないこともある。

最後にアプリケーションセンターに出向く日付を1週間以後から選択して終了。
あとはこのフォームをプリントアウトして、写真を貼り付けてパスポートといっしょに持っていく。

そうしてやって来たダッカのインドビザ アプリケーションセンター。
周辺は警備員がウロウロ。

a_DSC_0445_20130211001015.jpg

バックパックを背負ったまま入ろうとしたら「No! No!」って止められた。
荷物は小さなものでも持ち込めないみたいだ。
「バックパックどこに置いたらいいの?」って警備員に聞いたら
「敷地内はダメ、敷地の外に置いておけ。大丈夫、大丈夫。」
って大丈夫なわけないやろ!どうぞ持っていってくださいって言ってるようなもんだ!
敷地の外(バーの外)はこんな感じよ!
リキシャに載っけられて一眼レフもパソコンも含めた全財産があっという間に無くなるに決まっとる。

a_DSC_0514_20130211001105.jpg

どうしようかと考えていたら警備員が1人寄ってきて
「金くれたらちゃんと見とくよ」って言ってきた。
誰がおまえなんかに頼むか!
仕方がないのでイクエが外で荷物番をすることに。

外国人用のコーナーには数人の先客。
その中に日本人の男性がいた。
インドには何度か行ったことがあるそうだ。

申請自体は無事に終了。
ビザは1週間後の受け取りだ。
ただ、今回6ヶ月間でマルチのビザを申請したけれど、6ヶ月は無理だと言われた。
2ヶ月か3ヶ月か、はたまた1ヶ月か、担当大使館員のさじ加減で決まるようだ。
何ヶ月なのかは受け取ってはじめて分かるそう。
インドでは2週間のワークキャンプ(ボランティア)に参加するし、見所もいっぱいあるから3ヶ月は滞在したい。
1週間後いったいどのくらいの期間のビザをもらえるかな。

あと気になるのが、一旦出国したら出国後2ヶ月間は再入国できないという、インドだけの訳の分かんない『2ヶ月ルール』。
この理不尽なルールのせいでバックパッカーの旅はかなり制限されてきた。
去年の年末に撤廃されたらしいので聞いてみたら
「2ヶ月以内の再入国は基本的には大丈夫だけれど、その場の担当官の判断だから」
というなんとも中途半端な回答だった。
ネパールやスリランカにも行きたいから再入国できないと厳しい。
どうしたもんかな。


1週間後ふたたびアプリケーションセンターへ。
受け取りの16時にはまだまだ時間があるけれどバングラ人がたくさん並んでいる。
インドに行く人けっこういるんだね。

a_DSC_0443_20130211001012.jpg

バングラデシュでは、ゆっくりできるレストランがなかなかない。
近くのケンタッキーで時間をつぶすことにする。
ファストフードにはあまり興味がないケンゾーとイクエ。
値段は日本と変わらないので、途上国では高級な部類に入る。
物価の高いダッカでホテル代もかかるし、ホテルからアプリケーションセンターへの移動費もバカにならないし出費がかさむ。

a_DSC_0446_20130211001019.jpg

チキンバーガーのセットとフライドライスとチキンのコンボで625タカ。
味は、日本の方がはるかに美味しい。

a_DSC_0447_20130211001018.jpg

店内はどこにでもあるファーストフード店と同じなんだけど、壁のガラスに描かれている絵が変わってる。

a_DSC_0448_20130211001020.jpg

独立戦争を描いたものなのかバングラデシュの国旗と銃が書かれている。
なんでKFCにこの絵柄なんだろう?

a_DSC_0449_20130211001056.jpg

時間になったので申請のときと同じフロアへ。
前回会った日本人も来ていた。
さきに彼が部屋に入っていく。

数分後、浮かない顔をして出てきた。
「・・2ヶ月しかもらえなかった」
彼も同じように6ヶ月を申請していたのだ。
彼が計画しているプランでは少なくとも3ヶ月はないと辛いそうだ。
この調子だとケンゾーたちも2ヶ月だろうな。

部屋の中には申請のときと同じ女性の担当官がいた。
軽くあいさつを交わして引換証を渡す。
彼女の机の上には輪ゴムでまとめられた各国のパスポートが30冊くらいある。
パスポートを探す担当官。
でもなかなかケンゾーたちのが見つからない。
しばらくして彼女が言い放った一言は・・・

「無いわね。明日もう一度来なさい。」

えーっ! どういうこと?
まったく予想していなかった展開にしばし思考が停止する。

Why? Why?って聞いても

「ここはハイコミッション(インド大使館のこと)じゃないので、わたしは理由なんか知らない」

じゃあハイコミッションに電話して問い合わせてくれってお願いしても

「ここは業務を委託されているだけで、何の権限もあなたのために電話をする義務も無い」

とそっけない。
しばらくここで待ってたら受け取れる可能性はあるのか聞いてみると

「インポッシブル!」

と言われたので泣く泣く退散。

1週間前と同じように外で待つイクエのもとにとぼとぼと歩いていく。
ケンゾーの表情を見てイクエは言った。
「2ヶ月やったと?もしかして1ヶ月?」
いやいやまさかのなんにも無しやから!

ふたりだけなんでなんやろう?
明日にはとっととダッカを脱出するつもりだったのに、もう1泊しないといけない。
ふたりしてため息をつきながらネットができることしか長所がない、汚くて割高なホテルへ戻る。
Facebookをチェックしていたらボリシャルのあっくんからメッセージが届いていた。

「インド大使館から電話があって『明日インタビューをするので12時に大使館に来るように』とのことです。」

インタビュー!?どういうことだ?
ようは面接ってことだ。
どうなってんだろ?なにが引っかかったのかな?

もしかしたらインドには行けないのだろうか?
でもそんなことってある?
ケンゾーとイクエはどこにでもいる、ただのアラフォーとアラサーの旅行者だよ。
ふとフーミンの言葉が脳裏をよぎった。

『インドには “ 行く” んじゃない。 呼ばれる んだ。』

はあ、ケンゾーとイクエはインドに呼ばれなかったのかなあ。
ともあれ、連絡先にあっくんの携帯番号を書いてて良かった!
デタラメな番号書いてたらアウトだったよ。
勝手に使わせてもらって、あっくんごめんね。


次の日、アプリケーションセンターのすぐ前にあるハイコミッションへ。
どんな人にインタビューされるんだろう?
質問をちゃんと聞き取れて答えられるかな?
インドに行けるかどうかはすべてこのインタビューにかかっている。
緊張するようー!

ドキドキのふたりを待っていたのは物腰が柔らかくてとても紳士なおじさまだった。
他愛のない会話からじょじょに話題は核心部分へ。
「いつから旅をしているのか?」
「なぜインドに行きたいのか?」
「インドのどこに行きたいのか?」
「インドの次はどこに行くのか?」
「いつ日本に帰るのか?」
「仕事は何をしているのか?」
「日本に帰ったら仕事は何をするのか?」などなど。

インタビュー中もずっと緊張しっぱなしだったけれど、好印象をもってもらわないといけないので緊張を隠して笑顔で受け答えする。
そして「インドは広くて世界遺産もいっぱいで見所が沢山ある!」と褒めちぎった。
インタビューは30分くらいで、終始和やかな雰囲気だった。

そして最後に・・・
「わかりました。
でも、ここでは6ヶ月のビザは出せません。
最大限配慮し、3ヶ月のビザを用意しましょう。
5月になるとインドは暑いからちょうどいいと思いますよ。
どこから入国してもいいし出国も自由にどうぞ。
インドを十分楽しんで、ネパールやスリランカなど好きな国に行ってください。」
と言ってくれた。

やったー!乗り切ったー!
いつ以来だ?っていうくらい緊張したけど良かった。


次の日、三たびアプリケーションセンターへ。
おとといケンゾーをバッサリと切り捨てた担当者がちょっと笑いながら「congratulation」と言ってふたりのパスポートを渡してくれた。
確認するとちゃんと貼られていた、念願のインドビザが。
喜び勇んで外で待つイクエの元へ。

a_DSC_0517_20130211001049.jpg

a_DSC_0521_20130211001058.jpg

ちゃんと『ALL AIR / LAND ROUTES』の表記もある。
残念ながらシングルビザなのでネパールやスリランカに行ってインドに戻る、なんてことはできない。
まあこれで「2ヶ月ルール」に振り回されることがなくて諦めがつく。
それよりもインドに3ヶ月いられることが嬉しい。
申請も含めて4日も通い、取れたビザ。
結果的には、ケンゾーとイクエはインドに呼ばれてるのかな?


【旅 info.】
  インドビザa_DSC_0445_20130211135921.jpg
ダッカ中心部のグルシャンに「ビザ アプリケーションセンター」がある。
インド大使館である「ハイコミッション」もすぐそば。
「グルシャン1」という交差点を目指し、大通り沿いのKFCの裏にある。
申請費用1,490Tk。ビザの受け取りは1週間後。
パスポート、パスポートの顔写真とバングラデシュのビザページのコピー、アプリケーション フォームが必要。
受付は午前中のみ。9時くらいから開いている。
手荷物は持ち込めないので要注意!
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

バングラデシュのディッシュ

2013.02.16 05:42|バングラデシュ☞EDIT
いまのホテルの居心地が良すぎてホッとしたのか、疲れがどっと出てきのうは熱が38度あったイクエです。
併設のレストランで和食を作ってもらって部屋のベッドの上で食べています。

バングラデシュBangladeshは、「ベンガル(=バングラ)の国(=デシュ)」という意味がある。
でも、うちの母は「バングラデッシュ」とか「バングラディッシュ」って言っている。
いつも心の中で「おかあ、違うよ」ってつっこんでいる。
そうなると「ベンガルの料理」ってことになるからね。

その、ベンガルのディッシュはどんなものなのか。
写真とともにお届けします
(1タカ=約1円)

やっぱりバングラもインドと同じくほぼ毎回カレーだ。
食堂に行けばメニューはなく、まずトルカリ(おかず・カレー)を選ぶ。
野菜にするか、魚にするか、牛肉か鶏肉か羊にするか。
イスラム教の国なので豚肉はない。
(写真は手前が野菜、右奥が魚、左奥が海老)

a_DSC_0333_20130211201921.jpg

さすがにカレー続きではイクエとケンゾーは飽きる。
「なんでバングラ人はほかのものを食べたいって思わないんだろう?」

きっと、味覚の発達具合が違うんだ。
以前、インド人がカレーを食べてそのカレーに含まれる10種類のスパイスを言い当てる、っていうのをテレビで見たことがある。
日本人にとってはどのカレーも「カレー」なんだけど、きっと彼らにとっては使われているスパイスが違ってまったく別の味がするんだろうな。
逆に和食に欠かせない「昆布だし」は、外国人にとっては味がしないらしいし。

「なんで全部カレー味にするの」ってつっこみたいんだけど、「なんで日本人は醤油と砂糖とみりんばっかり使うの?」って言われそうね。

トルカリを選んだら、ライスにするかルティやナンなどのパン系にするかを選択。

a_P1010697_20130211202011.jpg

パン系は店の外で、粉から手作りしている。
写真は、ナンの釜。
丸い口の部分を覗くと、中にナンが貼り付けられて焼かれているのがわかる。

a_P1010690.jpg

カレー系に飽きたときの救世主。
「ビリヤニ」
お祝いの日に食べることが多いのだそう。
一皿60から100タカくらい。
通常の米よりも小粒の米を使って、油やチキンを入れて作る「炊き込みご飯」。
シナモンやローレルを加えていて、香りがいいものもある。
色はほとんどついてないけれど、味はしっかりついている。

a_DSC_0007_20130211201911.jpg

こちらは野菜のおひたし(?)の盛り合わせ。
どれも塩辛くてごはんが進む。
高菜漬けそっくりのものも。
真ん中の丸いのは、じゃがいもをつぶしたものでかなりしょっぱい。

a_DSC_0539_20130211201924.jpg

カレーでもごはんでもない気分のときは、こちら!
おかずパン♪

a_DSC_0917_20130211161752.jpg

ハンバーガーっぽいのは中身はコロッケのようなもの。
細長い揚げパンの中にはパスタが入っていて、焼きそばパンみたい。
フライドチキンもあわせて全部で116タカ。

a_DSC_0921_20130211201927.jpg

a_DSC_0925_20130211202003.jpg

おかずを包んでカリッと揚げたもの。
できたては、サックサクで美味しい★
揚げ卵カレーも、なかなか。

a_DSC_0231_20130211162709.jpg

食堂ではカレーしかないので、たまに屋台で食べることにした。
パパっと食べられる屋台食はそれだけではお腹いっぱいにはならないけれど、一皿10〜30タカくらいでリーズナブル。

a_DSC_0478_20130211170628.jpg

a_DSC_0466_20130211170628.jpg

a_DSC_0030_20130211170709.jpg

袋をぶら下げた屋台。
袋いっぱいに詰められている揚げたまんまるのもの。中は空洞で軽い。
これを粉々にして、コーンや野菜、刻んだゆで卵を散らす。
スープをかけてできあがり。
「プスカ」20タカ。
ちょっと酸味があって食欲がないときもいける!

a_DSC_0032_20130211202636.jpg

イスラムの国でお酒は飲まない男性陣。
ミルク・砂糖たっぷりの紅茶とスイーツが大好き。
スイーツ屋さんには、おじさんが一人で腰掛けてミスティと呼ばれるスイーツをほおばっているのを良く目にする。
どの店も売っているお菓子の種類はだいたいいっしょ。
ケーキはほとんどない。
どれもコンデンスミルクを固めたような味で、あま〜い♡
イクエも甘いのは好きだけど、ひとつでじゅうぶん!

a_DSC_0326_20130211173524.jpg

a_DSC_0240_2.jpg

ひとつでじゅうぶんの甘さだけど、ご招待されるとひとりにつき3つくらい出される。

a_DSC_0265_20130211173527.jpg

バングラデシュは「南国」とも言えないし、果物がたくさん採れるイメージもない。
だけど、街のいたるとことに果物屋さん。
世界一、果物屋さんが多いんじゃないかと思うくらい。

a_P1010676.jpg

果物は庶民にとって高級品。
だけどこんなに果物屋さんが多いのは、家にご招待する文化があるバングラデシュで、果物を手土産にする人が多いからとか。
果物の並べ方は、どの店もとても美しい。

a_P1010677.jpg

バングラデシュで旅をしていて感じることは、家庭料理が一番だということ。
食堂で出てくるものよりも、家庭で出される料理のほうが味もレパートリーも断然勝っている。
こちらは、あっくんの家の大家さんちでいただいた卵をあえたマカロニ。

a_DSC_0266_20130211202636.jpg

家庭料理に比べて、どうしてレストランや食堂の料理のレパートリーは少なくて味もイマイチなんだろう。

イスラム教のバングラデシュではお酒を飲む習慣がないので、酒のつまみになるようなものはもちろん必要ない。
しかも、女性が外に出ないので外食をするのは男性。
男性客が求めているのは「速い・安い・量が多い」。
だからなのかなあ。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

モテる男の条件

2013.02.15 05:41|バングラデシュ☞EDIT
暑くて脱いだカーディガンをどっかに落っことしたようで、ブルーなイクエです。

採石場のあるジャフロン。
採石場を見たけれど、ほかにやることがない。
2時間もかけてバスで来たので、すぐに帰るのももったいないし。

芝生を見つけてボーッとしながら休憩。
10代の青年がたどたどしい英語で話しかけてきた。
「どこから来たの?」
「名前は?」
この質問は、話しかけてくる人の100%がする。

そして、すぐに彼は言った。
「うちに遊びにこない?」
この提案は、話しかけてくる人の7%くらいがする。

めずらしいと言う理由だけで見ず知らずの外国人に気軽に話しかけるってのもすごいけど、家に誘うっていうのはなかなか日本人のわたしには理解できない。
いつもは「ちょっと時間がないからね」という理由で断るんだけど、きょうはその理由がない。
時間はあり余っている。

ケンゾーと顔を見合わせた。
行ってみるか・・・。

a_DSC_0367_20130210035323.jpg

彼の名前はカジョール。18歳。
お父さんがクウェートでペンキ塗りの出稼ぎ中。
出稼ぎと言っても彼が生まれる前からクウェートで働いている。
1年に3か月間仕事を休んでバングラデシュに戻って家族と過ごすんだって。

物価の低いバングラデシュでは、出稼ぎ組は成功者のようになり立派な家を建てることができる。
だけど、海外へ行く軍資金が必要なので、もともとそれなりにお金がある人じゃないと出稼ぎは無理だとフーミンが言っていた。

a_DSC_0369_20130210114535.jpg

カジョールは「冷たいジュースでも飲む?」って言った。
「いやいや、そんなの気にしなくていいから。」
そう答えたけど、買いに走ってくれた。
十代でこの心遣い。
こんな男の子はモテそうだ♡

バングラデシュではスーパーなんて都会にしかないし、冷たいジュースなんてなかなか手に入らない。
でも、今「冷たい」って言ってたけど・・・。

ベッドに腰掛けてカジョールのお母さんと知っているベンガル語でなんとか会話していたらカジョールは戻ってきた。

a_DSC_0371_20130210035322.jpg

「ごめんね、冷たいのがなくて。」
買ってきたコーラをきれいなグラスに注いでくれる。
グラスを持つと冷たいのがわかった。
ちゃんと冷蔵庫があるお店で買ってきてくれたんだ♡
こんな心遣いができる彼は、きっとモテるに違いない。

彼の家の庭では、家族が紅茶の葉を乾燥させていた。

a_DSC_0374_20130210035326.jpg

ここジャフロンには採石場もあるけど、紅茶のプランテーションもある。
見てみたいけど、どこにあるのかよくわからない。

「どうやって行けばいいの?」
「いいよ。いっしょに行こうか?」
「ぜひ♡」
やっぱりこんな男の子は女子に絶対モテるのだ!

a_DSC_0376_20130210035326.jpg

カジョールの友だちも合流。
茶畑は川の向こう側にあるらしくボートで渡る。
川の両岸は採石場や採砂場が広がる。
川を渡ったところも砂だらけだった。
シャベルでトラックいっぱいにするまでどのくらいの時間がかかったんだろう。

a_DSC_0400_20130210121802.jpg

そんな場所からわずか10mほど奥に進むと、そこにはまったく違う穏やかな景色が待っていた。
てっきり葉を手詰みしているのかと思ったら、葉がついた枝ごと刈っているのだそう。

a_DSC_0394_20130210122551.jpg

a_DSC_0398_20130210122552.jpg

ここで働いている人たちの姿もあった。
採石場の殺伐とした雰囲気と違って、みんなにこやかな表情。

a_DSC_0386_20130210130443.jpg

モテるに違いないカジョールには、やっぱり彼女がいた♡
15歳の年下の彼女で、2ショット写真も見せてくれた。
ニューイヤーに公園でデートしたときの写真だった。
イスラム教の国なのに、こんな若いうちから恋愛するなんて大胆。
わざわざニューイヤーにこっそり落ち合うってのは余計ふたりのワクワク度を高めるんだろうな。

「将来結婚したい?」と聞くとちょっと残念そうな顔をした。
恋愛結婚は親が許してくれないみたい。

彼女と電話しているカジョール。
デレデレした顔。
嬉しそうで、楽しそうで、日本の若い子といっしょだーって思う。

a_DSC_0408_20130210122557.jpg

たぶんたいした内容の話はしてないんだけど、かなりの長電話。
これも、日本人の若いカップルといっしょだねー。
そして、なぜかイクエとケンゾーも電話を渡されて彼女と話す。

a_DSC_0409_20130210122553.jpg

このあと、彼女が通っていると言う学校のグラウンドを素通り。
たぶん彼女にイクエたちを紹介したかったんだけど、堂々とできないから「今から行くから遠くで見てて」って言ってたんだろうな。
イクエたちからしたらどれが彼女かわからない。
運動場で遊んでいるグループの中にいるのか、校舎の入口でおしゃべりしているグループなのか、もしかしたら教室の窓からこっそりこっちを見ているのかもしれないな。

モテる男カジョールは、イクエを靴の修理屋さんに連れて行ってくれた。
イクエの汚いサンダルの靴底が本体から外れてきていたのだった。

a_DSC_0414_20130210124824.jpg

靴を修理するのは、まだ10代前半と思われる少年。
大きな針と糸で器用に縫っていく。修理費は10タカ(10円)。

a_DSC_0421_20130210124830.jpg

サンダルの片方を修理してもらっている間、修理屋に置いてあったサンダルにつま先をいれていたイクエ。
モテる男カジョールは、眉間にシワを寄せた。

a_DSC_0415_20130210124832.jpg

「彼女のために、ちゃんとしたヤツを渡せよ」
そんなことを修理の少年に言っていたようで、女性物のサンダルが用意された。
やっぱり、モテる男は気遣いが違いますねえ♡

a_DSC_0416_20130210124832.jpg

こんなことされると、今までセンスのかけらもない汚いサンダルを履いていたことが逆に恥ずかしくなる。

夕方になり、バスでホテルに戻る時間がやってきた。
ちゃんとぼられないように、車掌に値段を確認してくれて見送ってくれる彼。

「ほんとうにありがとう!じゃあね!」

別れをつげて、バスが発車するのを待つ。
2分後くらいに、カジョールが戻ってきた。
「はい、これ。
 バスの中で2人で食べてね。」

a_DSC_0424_20130210130137.jpg

わざわざ近くの店で買ってきてくれたマフィン。

「うわあ♡ ありがとう♡
 彼女と仲良くね!!
 バイバイ」

帰りのバスの中で彼のことを想った。

どうやったらあんな気配りを身につけられるのかな。
どうやったらあんな子に育つんだろうな。
姉妹に囲まれて育ったらあんなになるのかな。

彼女目線というより、母親目線で彼のことを考えてしまうアラサーの自分だった。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

ほんとうにここは21世紀?

2013.02.14 05:59|バングラデシュ☞EDIT
バックパックになかなか荷物が入らなくて、毎日力づくで押し込む作業をして汗をかいているイクエです。

バングラデシュの北東の、インドとの国境に面しているジャフロンという街に行くことにした。
とくに観光地があるわけではない。
バングラで観光地を求めるのは難しいと実感しているイクエとケンゾー。
ジャフロンには採石場があるから、その作業の様子でも見にいってみようか、という軽い気持ちで向かった。

a_DSC_0356_20130210014729.jpg

ここはバングラデシュで石が採れる数少ない地域。
川の底から採石しているようだ。
石はボートに載せられて、集積場へと運ばれる。

a_DSC_0337_20130210005320.jpg

石は小さいけれど、当然重い。
沈まない限界のところまで、石が積まれたボート。
手漕ぎでゆっくりと岸につけては、石をカゴに入れてボートから下ろしていく。

a_DSC_0336_20130210005325.jpg

a_DSC_0339_20130210005320.jpg

すべてが原始的なやり方だ。
たいした量を載せられないのに小さな手漕ぎボートで何往復もして運ぶ。
機械やもっと違う船を使えば時間が随分と短縮されるだろうに・・・と思う。

a_DSC_0346_20130210005324.jpg

そして、ひとりで持てるだけの石をカゴに詰めて、離れた場所に運んでは下ろし運んでは下ろしていく。
ショベルカーをうまく使えば、あっという間に移動できるだろうに・・・と思う。

a_DSC_0350_20130210014731.jpg

採掘した石を小さく削るのも、人。
小さなハンマーで何度も叩きながらひとつひとつ砕いていく。
砕石機があれば、もっと速く大量にできるだろうに・・・と思う。
ものすごく時間と労力をかけているけど、石の値段なんてたかがしれている。
いったいこれだけの肉体労働でいくら稼げるのだろう。

これが、最貧国であり、他国より極端に物価が安い国の現状なのだ。
きっと道を整備して機械やトラック、ショベルカーを導入すれば、今よりも何十分の一の人手で、何十分の一の時間で作業ができる。
けれど、整備をして機械を導入して効率的に作業をおこなうよりも、人件費が低いこの国では人海戦術の方が結局はコストを低く抑えられるのだろう。

そして大人に交じって、背が低く、小学生くらいの子どもの労働者たちの姿もある。

a_DSC_0379_20130210021756.jpg

a_DSC_0382_20130210014729.jpg

勉強よりも働くことが最優先。
将来の夢を描けているのだろうか。

a_DSC_0345_20130210005325.jpg

こんな原始的な光景は、なにも採石場だけでなくこの国のいたるところにある。
バスに乗っていると、道端でずっと薪を割り続けている人を見る。
その横には、ふいごを使って火をおこす人がいる。
そして、金属を熱して叩いている人がいる。
鍛冶だ。
ガスをつかえば、薪を割ることもふいごを使うこともしなくていいのにと思う。

a_DSC_0569_20130210022801.jpg

この男性は、工場で大量生産されるようなこの小さな金具を、いったい一日に何個作ってどのくらい稼げるのだろう。

a_DSC_0572_20130210022803.jpg

日本だとこんなに手間ひまかけて作られる物は、「匠の職人が作る高級〇〇」なんて名前で高く売られそうだ。
だけど、この国で作られる物は高級品でも何でもない。
海外から輸入される一日に何千、何万本も作られる大量生産品よりも、きっと彼が作る物の方が安いのだ。

世界的に見て物価も人件費も低いバングラデシュ。
こんな原始的な作業を目にするたびに、21世紀から取り残された錯覚に陥る。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

尾行される?!

2013.02.13 06:12|バングラデシュ☞EDIT
きょうインド人に「ネパール人に顔が似ている」と言われたケンゾーです。

クミッラはとくに何もないのでシレットに列車で移動することにした。
駅前のロータリーはオートリキシャがあふれている。

a_DSC_0235_20130209230723.jpg

たまにしか列車が走らないレールの上は休憩場所だったり

a_DSC_0241_20130209230748.jpg

通り道だったりする。

a_DSC_0248_20130209230746.jpg

そしてホームをヤギや牛が闊歩している。

a_DSC_0245_20130209230738.jpg

a_DSC_0246_20130209230743.jpg

今回は一番安い席。

a_DSC_0255_20130209230824.jpg

前に座っているおっちゃんの手荷物がモゾモゾ動いて時々ピーピー音がする。

a_DSC_0267_20130209230827.jpg

何かなと思ったらネットに入っているのは鳥だった。
「食べるの?」って聞いたけど、歯を見せてニヤッと笑うだけでよく分からなかった。

a_DSC_0270_20130209230820.jpg

列車の中ではいろんなものを売りにくる。
こんな大量の本を売っているおっちゃんもいた。
バングラ人はけっこう読み物好きだ。
新聞もよく読んでいるし、路上でも雑誌類を売る店は多い。

a_DSC_0283_20130209230930.jpg

駅に停まれば窓の外からしょっちゅう声がかかる。

a_DSC_0284_20130209230922.jpg

バングラの列車は途中でよく停まる。
それも駅とかじゃないなんでもないところで。
停まるとすぐに乗客は外に出る。
じーっと座り続けるのは得意じゃないようだ。

a_DSC_0263_20130209230834.jpg

a_DSC_0273_20130209230824.jpg

これは対向の列車をやり過ごすために停まっていたようだ。
みんな慌ててよけていく。
日本じゃありえないシーンだ。

a_DSC_0274_20130209230929.jpg

a_DSC_0279_20130209230925.jpg

インドとの国境に近い北部に位置しているシレット。
茶のプランテーションがここでも営まれてきた。
列車が北上するにつれて茶畑が増えてくる。

a_DSC_0289_20130209230929.jpg

a_DSC_0293_20130209231027.jpg

日が沈みかけるころ、シレットに到着。

a_DSC_0298_20130209231023.jpg

街なかをぶらぶらしてみる。
ぶらぶらしていると、いろんな人に話しかけられる。
「どっから来た?」
「どの地域を観光した?」

受け答えがめんどうになる。
後ろからずっと話しかける男がいた。
「俺の店を見に来い」と言う。
適当にかわしてさっさと歩いていたら、たまたま男の店の前まで来てしまった。
「ほら、ここが俺の店!」
でもシャッターが閉まっている。
シャッターをわざわざ開けようとする男に「ノーノー」と言って、その場から去った。

ようやく2人になったケンゾーとイクエ。
リキシャを作っている工場が並んでいた。
ちょっと見学させてもらいま〜す。

a_DSC_0315_20130209231124.jpg

a_DSC_0312_20130209231109.jpg

薄暗い中すべて手作業で作っていた。

a_DSC_0305_20130209231018.jpg

英語を話せる人がいなくて、いろいろ質問してもよく分かんない。
しばらくすると、いつの間にか英語が話せる人がそばにいて答えてくれていた。
リキシャの値段は新品だと6万円くらいするそうだ。
意外と高いな。
この人はどんどんこの場を仕切りだして集合写真もセッティング。

a_DSC_0307_20130209231026.jpg

でもこの人、集合写真には入ろうとしない。
仕切る割にはじつはシャイで写真が苦手?

集合写真が終わったらケンゾーをリキシャにまたがらせて写真を強制的に撮らせる。

a_DSC_0309_20130209231115.jpg

別の写真も撮ろうと思ったら「enough!」って言ってなんか急かしだした。
こっち、こっち、って手招きする場所は・・・

さっきのシャッターの店!?
てっきり工場の人だと思ってたんだけど、あの男だったんだ!
シャッターが開けられ電気がついてスタンバイされている。
リキシャ工場まで尾けてきたのか?

このリキシャ工場とはぜんっぜん関係ないやん!
ということはリキシャの値段もあやしいな。
ほんとに6万円なのか?

男の熱意(執念?)に押されてこの男の携帯屋の中に入った。
この男、18歳で店を開き今年で8年目の26歳。
小さな店だけれど1国1城の主、立派だ。

a_DSC_0317_20130209231128.jpg

ケンゾーとイクエのツーショットを撮ってやるって言うからお願いしたら、ファインダーを覗きながらどんどん後ろに下がっていく。
撮ってくれた写真はこれ。

a_DSC_0320_20130209231109.jpg

ケンゾーとイクエちっちゃ!!
自分の店を入れたかったんだね。
チャごちそうさま!
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

Mr.ビーンがいた!

2013.02.12 06:09|バングラデシュ☞EDIT
これほとんど牛乳やん!っていうアイスコーヒーを飲んだらお腹の調子が悪くなったケンゾーです。

とても居心地の良かったフーミンの家に3日間お世話になったケンゾーとイクエ。
ダッカでのインドビザの受け取りまでまだ余裕があるのでクミッラに行くことにした。
騒々しくて空気が汚いダッカにはなるべるいたくないのだ。

クミッラには「モエナモティ仏教遺跡」という観光地(らしきもの)がある。
8〜12世紀にはここベンガルの地では仏教が栄えていて、当時の寺院群の遺跡が残っている。
いちばんの見所は「サルボン・ヴィハラ」という仏教学校の遺跡。

a_DSC_0165_20130209160955.jpg

ここは入場料が必要。
しかも外国人料金なんてものが(バングラなのに)設定されている。
現地の人は10タカなのに外国人は10倍の100タカ!
10倍は差があり過ぎやろ!(まあ、それでも100円だけど)

たぶん期待はずれで(ん?違うな。期待通りでかな)ショボいだろうから、1人100タカなんて払えない。
そこで『ケンゾーが現地人になりすます』作戦をやってみた。
これまで何度も「日本人の顔じゃない」とか「ベンガル人?」とか言われてきたからいけるんじゃない?
セコい作戦であることは百も承知!
節約のためならこれぐらいやらんとね。

窓口にはおっちゃんが2人。
混んでいる瞬間を見計らって何食わぬ顔で「ドゥイ ジョン(2人分)」って言いながら20タカ渡す。
そしたらおっちゃんが「はいよ」って感じでチケットを2枚手に取った!
おおー!いけるやん!どんだけ俺ベンガル人に見えるん?
って喜んだのも一瞬、となりのおっちゃんが
「Which country?」って聞いてきた!
ひるむことなく「バングラ!」って言ったけど
「Foreigner 100Taka」って言われてあえなく撃沈。
サルボン・ヴィハラは諦めて周辺をぶらぶらしようと歩き出す。

するとサルボン・ヴィハラをぐるっと囲んでいる塀が低くなっているところを発見!
若者数人もここから中を覗いている。
どれどれ、見えるかな?

a_DSC_0168_20130209161001.jpg

a_DSC_0171_20130209160958.jpg

おおっー!見える見える。
なるほど、こんな感じね。

塀沿いにしばらく歩くと、またまた覗き見ポイント発見!
君たち、ケンゾーたちと考えることは同じやね ♪

a_DSC_0173_20130209160958.jpg

a_DSC_0174_20130209161012.jpg

さっきよりもバッチリ見える。
じゅうぶん、じゅうぶん。

a_DSC_0175_20130209161050.jpg

さらにはこんなポイントが!

a_DSC_0177_20130209161058.jpg

a_DSC_0178_20130209161050.jpg

200タカ払わんで良かった〜。
たぶん払って見てたら、「なんだー、こんなのかあ」ってかなりショックを受けてた。
歩きだそうとしたらケンゾーたちよりも強者がいた!

a_DSC_0180_20130209161056.jpg

a_DSC_0181_20130209161049.jpg

a_DSC_0182_20130209161218.jpg

そうだよね、やっちゃうよね。


一番の見所、これで終了。
あとやることといったら、バングラではぶらぶら散歩しかない。
「人」が最大にして唯一の観光資源のバングラ。
ぜったいに何かしらのおもしろいことに出会えるはず ♪

細い裏道を歩きながら
つねにしっかりカメラ目線のじいちゃんにチャをご馳走してもらったり

a_DSC_0185_20130209161210.jpg

a_DSC_0187_20130209161219.jpg

かわいい子どもたちとのコミニュケーションを楽しむ。

a_DSC_0190_20130209161221.jpg

ビルを建設していた明るくておもしろい人たちに出会った。
ちなみにバングラのビルはこんな感じで、いったい何本使ってんの?っていうくらい大量の竹で支えながら建設していく。

a_DSC_0203_20130209205024.jpg

写真を撮ってくれ!!って言うので撮ってあげたんだけど、なぜかみんな直立不動。

a_DSC_0194_20130209161223.jpg

建設中のビルの2階でも撮ってくれって言われた。
ここでも・・・

a_DSC_0198_20130209161410.jpg

なんで真顔で直立?
この右から2番目のMr.ビーンは耳が聞こえない。
身振り手振りでがっつり話しかけて(?)くる。
会話をしている時はビーンなみに目をくりくりさせながら満面の笑顔なんだけど、撮影の時は・・・

a_DSC_0197_20130209161405.jpg

なんでだろ? おもしろいな。
この人たちはとっても親切だった。
右側の子は普通にしゃべれるのにMr.ビーンにつられるのか、途中からケンゾーたちに話しかけるときもジェスチャーだけになって何を言ってるのかわからなくなるし、純粋でかわいい。
この人たちにビスケットやチャをごちそうしてもらった。


しばらく歩き回っていたらほかの遺跡を発見。
ここは無料、というかただの原っぱにポツンと放ったらかしにされている感じ。
でも夕陽に照らされてなかなかいい。

a_DSC_0209_20130209161415.jpg

a_DSC_0210_20130209161412.jpg

上半身が切り取られた仏像がある。
フェンス越しに上から拝む。
仏教が廃れて偶像が禁じられているイスラム教徒たちが破壊したのかな。痛々しい。

a_DSC_0211_20130209161410.jpg

男同士で座って話している人たちや、ひとりで佇んでいる人たちがちらほらいる。
やっぱりバングラ人でも静かなところでひとりになりたいって思ったりするのかな。

a_DSC_0217_20130209161447.jpg

a_DSC_0214_20130209161443.jpg

寂しがりやでいつも周りに人がいないとダメなバングラ人。
でも、独りになりたい時もそりゃあるよね。
バングラ人はやっぱりかわいいなあ。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

廃墟の美しさ 廃墟のあわれさ

2013.02.11 06:33|バングラデシュ☞EDIT
最近洗濯が面倒になってきて、バケツに洗剤入れて服をいっぱい入れて「手動洗濯機」と称してかき混ぜてすませているイクエです。

海外協力隊員のフーミンの家に居候して3日目。
これまでフーミンの活躍ぶりを見学させてもらったけど、旅行らしく3人で観光地に行くことにした。

バスとリキシャを乗り継いで着いたのはショナルガオというところ。
博物館もある公園にはたくさんのバングラデシュ人がレジャーで訪れていた。

池には日本とは少し違う形の白鳥のボート。

a_DSC_0047_20130208215621.jpg

男2人で仲良く相合い傘のベンチに座るバングラデシュ人。

a_DSC_0093_20130208215629.jpg

木に登って何をするのかと思ったら、ポーズを決めて妻に写真を撮らせる男性。

a_DSC_0094_20130208215653.jpg

男の子たちが輪になって何かゲームをしている。
中央の男の子同士がケンケンをしながら押し合っている。
両足を地面につけてしまったり、円をつくっている人に当たってしまったら負けになるようだ。

a_DSC_0080_20130208215636.jpg

黄色いサリーに身を包んだ女の子たち。

a_DSC_0059_20130208220134.jpg

2組に分かれて横一列に並んで、向かい合った。
目隠しをされた女の子に、敵チームの誰かがタッチする。

a_DSC_0084_20130208220147.jpg

誰にタッチされたかを当てるゲーム。
タッチされた子が敵チームのそれぞれの女の子に「あなたじゃない?」と言って顔の前で手をたたいていく。
相手の反応を見ながら、どの子が犯人かをさぐり言い当てる。
これが、けっこう的中していたので驚いた。

a_DSC_0089_20130208220127.jpg

ここショナルガオの観光地は、実はこの公園ではない。
ショナルガオという地名は「黄金の都」という意味。
今でこそ田舎だけれど、ここは12世紀ごろから栄えてきて、14世紀には貿易都市としていまのバングラデシュのなかではもっとも発展していたところだ。
ショナルガオのなかに「ラズバリ」という廃墟が建ち並ぶ一画がある。
まるでタイムスリップしたかのような独特の雰囲気をかもし出している。

a_DSC_0101_20130208221608.jpg

19世紀後半から20世紀初頭にかけてつくられた建物。
裕福なヒンドゥー商人たちがここで暮らしていた。
けれど1947年にイスラム教の国としてバングラデシュがパキスタンとともに独立したことをきっかけに、ヒンドゥー商人たちがインドに逃げたのだそう。

a_DSC_0114_20130208221605.jpg

a_DSC_0113_20130208234936.jpg

主を失ってたたずむ建物は、今では朽ち果てる寸前となっている。
外壁はぼろぼろになり、栄華を極めた暮らしぶりを想像するしかできない。

a_DSC_0105_20130208221637.jpg

a_DSC_0117_20130208221623.jpg

廃墟の家がただ並んでいるだけ。
訪れた人はただ素通りするだけ。
中に入れる建物はない。
日本人のわたしからしたら、手を加えたり保存に力をいれたりすれば、とてもいい観光資源になるのにもったいないなと思う。
たとえば、ひとつでもふたつでもいいから手を加えておしゃれなカフェにしたりギャラリーにしたりするだけで、集客が見込めるのに。

きっとこのままどんどん朽ち果てていく。
あと10年もしたら、ただのお化け屋敷通りになってしまう。

a_DSC_0100_20130208223302.jpg

壁には映画のポスターが貼られていたり、空き家には住みついている人もいる。

a_DSC_0129_20130208223146.jpg

a_DSC_0126_20130208223152.jpg

環境資源に乏しいバングラデシュ。
外国人観光客はほぼいないに等しい。
そして、ほかの国が観光業に力をいれているなか、バングラデシュでは観光が国の重要な資源となりうることをあまり感じていないようだ。
バングラデシュが観光業に目を向ける余裕ができ、この廃墟の街並みをてこ入れしようと思ったときには手遅れになっているかもしれない。

a_DSC_0099_20130208221625.jpg

美しくもあわれな廃墟の街からリキシャに乗って15分。
1519年に建てられたれんが造りのゴアルディ・モスジットに到着。

a_DSC_0134_20130209001239.jpg

近くにはイスラム教を教える学校があった。
コーランを必死に学んでいるであろう子どもたちは無邪気な笑顔。

a_DSC_0140_2.jpg

帰りに乗ったバス。
2回も途中で止まった。
ぞくぞくと乗客が降りては、15分くらいして同じ人が再び乗ってバスは出発。
トイレ休憩かと思ったら、お祈りのためにモスクの前でバスを止めているのだった。
やっぱりバングラデシュには敬虔なイスラム教徒が多いのだ。

イスラム教が国教のこの国ではお酒を飲むことがとても難しい。
イクエたちが正規でお酒を買うことはできない。
けれど、フーミンは「パスカード」という魔法のカードをもっている。
申請してこれを手に入れればアルコールを買うことができるのだそう。
しかも、お酒を売っている場所はバングラデシュのフランス大使館。
フーミンがダッカに行ったときにわざわざ大使館で手に入れていたスパークリングワインを開けてくれた♡

a_DSC_0147_20130209001240.jpg

久々の美酒。
「あーおいしい」
「やっぱりお酒はいいよね」
あっという間にボトルを空けた3人でした。

a_DSC_0144_20130209001240.jpg
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

クリケットしたことある人いる?

2013.02.10 06:34|バングラデシュ☞EDIT
久しぶり(といっても4日くらい)にカレーを食べたら美味しかったなあ。
ちょっとだけバングラデシュが恋しいケンゾーです。

海外協力隊員のフーミンが前回とは違う地区で会議に参加している間、村を散歩することにした。
この村にも素敵な笑顔があふれていた。

a_DSC_1156.jpg

a_DSC_1159.jpg

「写真撮って、撮って!」って言うくせに、いざカメラを構えると固まって証明写真のようになる子が多いんだけど、ここの子たちはいい表情をする。

a_DSC_1162_20130208162051.jpg

a_DSC_1186_20130208162934.jpg

空き地で男の子たちがクリケットをしていた。
男の子っていっても、小さい子どもから大人まで年齢層は幅広い。
いっしょにやろうって誘ってもらったのでクリケット初体験!
みんな興味津々で集まってきた。

バングラデシュでは、空き地があればみんなクリケットをしている。
クリケットのナショナルチームもあるし、テレビで試合の中継もよくやっている。
「クリケットはやったことがない」
「日本ではぜんぜんメジャーじゃない」って言うとすごく驚かれる。
バングラデシュ人は、クリケットは世界でもっともポピュラーなスポーツだと思っているみたい。

『地面に刺している3本の棒に当たらないようにボールを打ち返す』くらいしかルールは知らない。
とりあえず野球の要領で打ってみた。

a_DSC_1164_20130208162102.jpg

a_DSC_1170.jpg

投げたボールが地面にバウンドしてもいいみたいだ。
でもバット?が短いから、低い球はなかなか当たらない。
だからみんなガニ股で構えているのか、納得。

a_DSC_1171_20130208162853.jpg

クリケットは棒にボールが当たるまで何回空振りしてもいいし、何度も打てる。
逆に言うと棒に当たるまで打ち続けないといけない。
もう十分だから「代わろう」って言っても「まだまだある」ってなかなか交代してくれない。
ちゃんとしたルールでやると1試合が3日間くらい続くらしい。
思ったよりハードなスポーツだなあ。

つづいてピッチャーをやらせてもらった。
野球と違うところは、助走をつけて投げることができること。

a_DSC_1172.jpg

この必死な顔!!

a_DSC_1175_20130208162854.jpg

5mくらい助走をつけて投げていると
「もっともっと後ろから!」
って言われたので10mくらい走って投げる。
でもこの兄ちゃんにことごとく打ち返された。

a_DSC_1179_20130208162858.jpg

走って投げないといけないからピッチャーも疲れる。
あとから調べてみて分かったんだけど、ピッチャーは野球と違って肘を曲げて投げたらダメなんだって。

クリケットのあとはチャで休憩。
隣に座っているお兄さんがご馳走してくれた。

a_DSC_1182.jpg

大人もたくさんいるので歳を聞くと、28歳やら30歳、32歳などアラサーが多い。
毎日昼間はここでクリケットをしているのだという。

大人から子どもまでいっしょになって遊んでいる風景はとても微笑ましい。
そういえば自分が子どもの時って、大人としゃべるのにすごく緊張したりちょっと怖かったりしてたな。
野球とかサッカーとか近所の大人といっしょになんかしてなかった。
ここでは大人と子どもの変な垣根はないように見える。

仕事はどうしてるのか気になって聞いてみたら、商店をやっている人もいるけれど仕事がない人が多いそうだ。
バングラデシュは一人一人の収入は少ないし彼らのように仕事がない人も多い。
だから家族で補いながら慎ましい生活を送っている。


チャを飲みながらおしゃべりしていたら、ひとりの男性がやってきた。
周りの人たちは彼を見て爆笑している。
いろんな意味で人気者のようだ。
小柄でなんとなくナイナイの岡村に似ている。

a_DSC_1183.jpg

バングラの岡村が「水浴びするから写真を撮れ」と言ってきた。
男の水浴び姿にはまったく興味ないけど、彼は見てるだけでなんか笑えてくるのでついて行った。

a_DSC_1187.jpg

a_DSC_1188.jpg

まっ、写真はここまででいいか。


フーミンの会議が終わったので家に戻ることにする。
途中でフーミンお気に入りの「バパピタ」の屋台に寄り道。

a_DSC_1197.jpg

バパピタはナツメヤシのジュースを煮詰めたものに米粉と水を混ぜて蒸したお菓子。
ナツメヤシのジュースは冬にしか手に入らないのでバパピタも冬季限定スイーツ。
フーミン曰く「日本のかるかんのような味」。
蒸したてなのでホクホクしててほんのり甘くてとても美味しい。

a_DSC_1198_20130208163016.jpg

a_DSC_1195.jpg

イスラム教のバングラでは、チャ屋さんもお菓子屋さんも裁縫屋さんもすべて男性がやっている。
外で働くのは男性、買い物をするのも男性、チャ屋さんでスイーツを食べながら紅茶を飲んでいるのも男性。
女性は家の中にいる。
だけどここはめずらしく女性がやってる店。

a_DSC_1193_20130208162939.jpg

外に出て働いている女性は何らかの訳ありが多い。
この女性も夫に逃げられてしまったので、こうしてひとつ5タカ(5円)のバパピタを売って働いているのだそうだ。
この国で夫がいなくなったら、女性が生計をたてるのはとても難しい。
物乞いの女性も毎日のように見かける。
イスラムのこの国で女性が一人で働くのはほんとに大変なことだと思う。
この女性は4人の子どもを育てているそうで感心する。

これが娘のひとり。
フーミンによるとこの子もとってもいい子なんだって。
これからもお母さんを支えてあげてね。
あ、ちなみに横にいるおっさんはぜんぜん関係ない人です!

a_DSC_1201.jpg

それにしても、もうちょっと女性の社会進出が進んでいってほしいな。
チャクマのローズリーもそうだけど、機会さえ与えられれば素晴らしい働きをする女性はきっとたくさんいる。
もったいないよなあ。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

海外協力隊員のお仕事

2013.02.09 06:10|バングラデシュ☞EDIT
日本から持ってきていたDHCの乳液がなくなったので、台湾で買った乳液をつけはじめたら肌の調子が悪くなってきたイクエです。

1週間前、バングラデシュで海外協力隊のあっくんの家にホームステイしていたイクエとケンゾー。
あっくんにほかの隊員もご紹介してもらって、今度はゴリプールで活躍中の女性隊員の家にホームステイさせてもらえることになった。
彼女のニックネームはフーミン。
見ず知らずのイクエとケンゾーを快く受入れてくれた。
しかもフーミンはもてなし上手。

a_DSC_1206.jpg

卵のおじやはとってもおいしいし、豆から挽いてくれるコーヒーは絶品だし、コンクリートむき出しの床の簡素なアパートなのにおしゃれなインテリアで、まるでカフェにいるかのような居心地の良さ。

このフーミンの家、朝から深夜まで不思議な音楽が響いている。
なんでも、放浪しながら歌う修行僧「バウル」たちがこの街にやってきて、1週間くらいずーっと演奏をし歌い続けているらしい。
家の裏を歩いていくとどんどん音が大きくなっていく。
暗闇だった住宅街に、突如明るい場所が出現。
人々がステージを囲み、熱気がある。

a_DSC_0999.jpg

太鼓や弦楽器を演奏し、叫ぶように歌うバウルたち。
イスラム教でもヒンドゥー教でもない、ベンガルに昔から伝わる民間信仰で、歌が祈りや修行のかわりとなっている。
瞑想しながら演奏し、悦に入って歌っている。
体を上下させながらまるで大麻でもやってるのかと思うくらい、陶酔したような様子で演奏し続ける。

a_DSC_1012_20130207213310.jpg

a_DSC_1020_20130207213312.jpg

とくにいっしょに歌うでも踊るでもなく、地元の人たちはステージを囲んでじーっと聞き入っている。
これが1週間くらい朝も夜中もずーっと続いている。
よくエネルギーがもつなと思う。
神がかっている。



翌日はさっそく協力隊員としてのフーミンの活動を見学させてもらうことにした。
なかなか行政サービスが行き届かない田舎の集落の人たちにも、必要なサービスを受けてもらえるようにフーミンは奮闘している。

家を出るとき、フーミンがイクエの服を見て言った。

「胸元をスカーフで隠した方がいい」

イクエが着ていたのは胸元のあいたセクシーな服なんかじゃなくて色気のないシャツとカーディガン。

だけど、イスラム教のこの国ではスカーフで覆っておくのがマナーみたい。
フーミンからスカーフの巻き方を習う。

a_DSC_1025_20130207213306.jpg

田舎の集落まで歩いていく。
やっぱり、外国人は珍しがられる。

a_DSC_1035_20130207213316.jpg

日本のように、行政サービスがうまく機能していないバングラデシュ。
たとえば無料の健康診断や農家への支援策など、貧しい人ほどそんなサービスの存在を知らない。

フーミンは直接村人たちを訪ねて、サービスについて説明したり、あらたなニーズの聞き取りをしたりすることもあるのだそう。
きょうのフーミンの仕事は、地域の幹部たちとの会議。

a_DSC_1040_20130207213435.jpg

行政のオフィスに区長さんや市の職員たちが集まり、みんなでベンガル語で会議。
うちの地区のあそこの道路を整備してほしい・・・など会議のテーマは多岐に及ぶ。
フーミンは海外協力隊員になることが決まってからベンガル語の勉強をしたそうなんだけど、難しそうな会議に参加してすごいなあ。

ベンガル語がさっぱりわからないので、会議を抜け出したイクエとケンゾー。
近くの集落を散歩すると、やっぱり人が集まってくる。

a_DSC_1117_20130207213520.jpg

a_DSC_1079_20130207213441.jpg

子どもたちが縄跳びをしていた。
上手に飛んでいる。
でも縄ではなく、植物のつるだった。

a_DSC_1053_20130207213441.jpg

a_DSC_1060_20130207213439.jpg

このあたりの家はカラフルでとてもおしゃれ。

a_DSC_1092_20130207213524.jpg

家の中に入れてもらったら、天井まで美しかった。

a_DSC_1082_20130207213522.jpg

a_DSC_1080_20130207213442.jpg

ひとつの家庭におじゃますると「うちにもおいで!」「うちでごはん食べなさい!」とたくさん誘われる。
次におじゃました家では、高そうな薄型テレビを自慢された。

a_DSC_1107_20130207213519.jpg

若いお父さんがクウェートに出稼ぎに行ったので、立派なコンクリートの家も建てることができ、家電も買えたんだって。
このあたりは中東やマレーシアに出稼ぎに行く人が多いのだという。

フーミンの午前中のお仕事が終わり、フーミン行きつけのお茶屋さんでランチタイム。
紅茶を飲んでいると、目の前で視線をそらすことなくじーっとこちらを見つめるおじいちゃんがいた。
「こいつらはなんなんだろうなあ」と思いながら見ているんだろうけど、このおじいちゃん、まるで木彫りのよう。
杖と腕が一体化している!

a_DSC_1125.jpg

この超越したようなご老人に、50センチの至近距離でずっと見られると不思議な気持ちになってくる。
そしてこの彫刻おじいちゃん、笑いかけると笑ってくれた。
歯が、歯が・・・。
もはや上の歯なのか下の歯なのかわからない。

a_DSC_1129.jpg

バングラでは女性はサリーかサルワカミューズという服しか着ていない。
洋服のイクエはいつもかなり目立っている。
ということで、サルワカミューズを買うことにした。

a_DSC_1137_20130207213704.jpg

時間がないから既製品を買おうと思ったんだけど、既製品がなかなかない。
みんな布から選んで寸法を測って仕立てているのだ。
布のデザインはもちろん、布の素材、値段を吟味する。
う〜ん、迷う〜。

a_DSC_1132_20130207213705.jpg

a_DSC_1143.jpg

布を見過ぎて、どれがいいのかわけわかんなくなってきた。
時間だけが過ぎていく。
ええ〜い! この布にしちゃおう!!
1日で出来上がり、お値段は約570円。

ワクワクしながら出来上がりを取りにいき、試着。

a_DSC_0429_20130207221414.jpg

こ、これは
パジャマにしか見えない!

「なんか・・・パジャマみたい」

そしたらケンゾーが言った。
「そうだよ。そんなのはじめからわかっとったやん。
 なんでその布を選んだのかなあと思っとったけどね。」
「なんで教えんかったと?」
「だって別の布にすると思ったら、イクエが最後の最後で『いや、これにする!』っていきなりそれにしたけん。」

布選び失敗だったかな・・・。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

世界は不平等であふれている

2013.02.08 06:07|バングラデシュ☞EDIT
バングラデシュ人は、用をたしたあとトイレットペーパーを使わずにどうやって水だけできれいにしているのか、知りたいイクエです。

バングラデシュであってバングラデシュとは異なる、ここランガマティ。
この土地の先住民であるチャクマの人たちは、政府から自治権を奪われながらもここで生活を続けている。

2日前にローズリー家と出会い、お宅訪問したイクエとケンゾー。

a_DSC_0705_20130207205017.jpg

ランガマティの最終日であるきょうも、再び会う約束をしていた。
(実は、きのうもローズリー家はわざわざ夜にイクエたちのホテルを訪ねてきて「あしたもほんとうに会えるよね!」と約束の念押しに来て「あしたね!」と言って帰っていった。)

待ち合わせの時間まで、近くで昼食をとることにした。
その食堂はチャクマ料理を出す店だった。
バングラデシュではカレーばかりだったので、チャクマ料理は新鮮に思える。
塩ゆでした菜の花は、ベンガル料理よりも和食のようでホッとする味。

a_DSC_0928_20130207205027.jpg

イスラム教では汚れた動物とされる豚肉も、ここでは食べられる。
干し肉のような歯ごたえ、スパイシーな味付けで、おいしい。

a_DSC_0931_20130207205120.jpg

みんなと再会したあと、お寺を案内してもらった。
チャクマ王が土地を寄進してつくられた「ラズボン・ビハール」寺院。
たくさんの僧がここに集まり、修行している。

a_DSC_0944_20130207205242.jpg

このお寺には有名な高僧、ボナバンテがいた。
僧たちの指導者でもあり、チャクマの人たちの心のよりどころでもあるボナバンテはつい最近お亡くなりになられた。
お寺にはご遺体がそのままの状態でガラスケースに納めてある。

a_DSC_0935_20130207205016.jpg

チャクマの人たちの心の中で彼は生きている。
「94歳の誕生日おめでとう」と書かれた垂れ幕。
亡くなったあとも誕生日をお祝い。

a_DSC_0937_20130207204959.jpg

ご遺体だけではなく、本物そっくりの蝋人形も鎮座している。

a_DSC_0939_20130207205242.jpg

2日前、ローズリー家とともに村を案内してくれたビバーシ・チャクマさん。

34歳の彼の職業は仏像の制作。いわばアーティスト。
イスラム教のバングラデシュでは、仏像を造る人がおらず国内の仏像はほとんどがタイやミャンマーから贈られたものだ。
そんななか独学で仏像の制作者になった彼。
彼がつくった像は、どこかかわいくて愛着がもてる。

a_DSC_0959_20130207205211.jpg

ビバーシは最近タイで数か月間、仏像制作の修行をしてきたのだそう。
彼は今、亡くなったボナバンテとその両親の像を制作中。

a_DSC_0952_20130207205219.jpg

14歳のローズリー。
とても賢くて勤勉な女の子。
いろんなことを知りたい、学びたい、身につけたい、そんな意欲にあふれている。
才能もあるし、わたしが14歳のときよりもずっと知的だ。

a_DSC_0955_20130207205228.jpg

そんな彼女の一番の悩みは勉強したいけれど、思うように勉強できないこと。
ここランガマティは田舎で、学校はあるものの教育のレベルは低い。
ケンゾーの友人・あっくんが青年海外協力隊として、バングラデシュの教師たちに教育方法の指導をしているように、バングラでは教師のレベルも地位も給料も低い。

充実した教育が受けられるのは都会の限られた学校だ。
ローズリーは、首都のダッカの大学に行きたがっているけれどダッカで一人暮らしするにもお金がかかるし、学費だって1か月で2万円くらいかかるのだそう。
その額を支払うのは、いまのローズリー家では厳しいようだ。
なので、彼女は奨学金制度がある海外の大学で学びたがっている。
外国人を対象に奨学金制度を設けている日本の企業をいくつか彼女に教えた。

ぜひ、日本で学んでほしいなあ。
こんな才能がある彼女なら、世界を変えるくらいの活躍だってできそうだもん。
しかもチャクマである彼女はマイノリティーの気持ちがわかり、いろんな問題に目が向けられそうだ。
医者を目指しているローズリーに「国連で働くのもいいかもよ」と勧めると「考えたことなかったけど、考えてみようかな」って答えた。

a_DSC_0962_20130207205358.jpg

(外国人がほとんどいないバングラデシュを旅していると、いたるところで凝視され、携帯で勝手に写真も取られる。
そしてときにはイクエとケンゾーをチャクマの人と勘違いし「おーい、チャクマ~!」「ランガマティから来たのか?」とバカにしたような言い方で声をかけられる。
10歳くらいの女の子まで「うわ~チャクマだ~」とからかってくる。
ローズリーたちと出会ってからというもの、そういったからかいに敏感になり、イクエとケンゾーは「なんでそんなことを言うの!」とベンガル人に抗議するようになった。
このランガマティでは、チャクマの人たちが多いのでそんな目にはあわないけれど、もしローズリーが都会の大学に行ったら、きっと毎日のようにからかわれ無遠慮な視線を投げ掛けられる。
気が滅入り、勉強どころではなくなるんじゃないか。
それを想像すると、ローズリーにはそんな嫌な思いをせずに海外の大学でのびのびと学んでほしい。
やりたいことを自由にやって才能を伸ばしてほしい、そう思わずにはいられない。)

わたしが14歳のときよりも才能があるのに、わたしのような教育を受けることができず、その才能を花咲かせることができないという不平等。
わたしは幸運にも日本に生まれ、何の不足も感じずに教育を受けることができ、大人になれた。
もし自分が日本で生まれてなかったら・・・そんなことを考えながらローズリーたちとバス停でバスを待った。

別れの時がきた。
ローズリーの父親は「必ず、来年もここに来なさい。今度は我が家に泊まってね。」としきりに言ってくれる。

いつかまた会いたい!
ローズリーが日本で学ぶことができたら、家族のように彼女に寄り添ってあげたい。
See you again!!!

a_DSC_0963_20130207205430.jpg

a_DSC_0979_20130207205406.jpg

バスと夜行列車を乗り継ぎ、首都のダッカに着いた。
駅では家のない子たちが乗客にまとわりついてはお金をねだる。
外国人であるイクエたちを見つけて駆け寄る子どもたち。

「Please money! money!」

逃げるように駅の食堂に入り、一番奥の席に座った。
すると、さっきの子どもたちが向かいの椅子に腰掛けた。
子どもたちの前に紅茶とパンが運ばれた。

a_DSC_0988_20130207205333.jpg

どうやら、この食堂の店主がいつも朝ごはんを彼らに恵んでいるようだ。
イクエたちと目が合うと微笑む。
食堂を出ると子どもたちはついてきた。
こちらがお金をあげないつもりだとわかると、もうお金をねだることはしない。
ニコニコしながら楽しそうに話しかける。

「どこから来たの?」「名前は?」

コミニュケーションを求めているみたい。
ベンガル人より肌の色が薄いことがめずらしいのか、汚れた小さな両手でイクエのほっぺたを優しくなでてみたりしてくる。

着ている服や体は汚れているけど、大きな目はらんらんとしていて好奇心に満ちあふれている。
はつらつとしていて、聡明そうな子どもたち。
この子たちが教育を受けたら、将来、世界に貢献する仕事をしたり、もしかしたら世紀の大発明をするかもしれないし、何万人の命を救う新薬を開発することだってあるかもしれない。

だけど、このまま5年もしたら、生きるために犯罪に手を染めるかもしれない。
もしかしたら人の命を奪ってしまうことだってあるかもしれない。

子どもたちが教育を受けられないということは、その子だけでなく、この世界で生きるすべての人にとって結局は不利な結果を及ぼすことになるのではないか。

駅を出て、子どもたちに囲まれながらオートリキシャに乗った。

リキシャは出発する。
子どもたちは無邪気な笑顔で手を振っている。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

マイノリティーの何がダメなの?

2013.02.07 06:21|バングラデシュ☞EDIT
乾燥で久しぶりに鼻の中が切れているケンゾーです。

ランガマティは湖上の街。
水力発電のために造られた人造湖、カプタイ湖の西側に位置している。
このカプタイ湖にはたくさんの島があって船で渡ることができる。
先住民の人たちが素朴な生活をしているという、シュボロンという島に行ってみることにした。

何度も人に訊ねて船着き場に到着。
船が密集している。ほとんど手漕ぎ。
まさかこの手漕ぎボートでシュボロンまで行くのか?

a_DSC_0724_20130206232433.jpg

a_DSC_0738_20130206232427.jpg

ここでもあっという間に人が集まって来た。
ほとんどの人はただジーッとケンゾーたちを眺めるだけ。
この無言のプレッシャー攻撃にはなかなか慣れない。
たまにこっちも見つめ返してやろうと思って視線を合わせ続けるんだけど、やっぱり視線を外しちゃうんだよなあ。

a_DSC_0737_20130206232419.jpg

シュボロン行きの船はちゃんとモーター付きだった。
船の中はこんな感じ。
カメラを構えるといっせいにこっちを見る。
これバングラではどこでもいっしょ。

かわいいムスリムの兄弟がいた。

a_DSC_0739_20130206232415.jpg

a_DSC_0741_20130206232412.jpg

船内がいっぱいだったら屋根の上へ。
バスでも列車でも船でもバングラではあたり前。
ここではごくありふれたワンシーンなんだけど、日本じゃありえない。

a_DSC_0757_20130206232520.jpg

船からはのんびりとした湖上ライフを眺めることができる。
こうしているとダッカやチッタゴンの喧噪がウソのようだ。

a_DSC_0747_20130206232524.jpg

a_DSC_0749_20130206232511.jpg

a_DSC_0764_20130206232526.jpg

a_DSC_0772_20130206232523.jpg

1時間20分でシュボロン到着。
船着場はなくてただの崖下に飛び移る。

a_DSC_0782_20130206232633.jpg

シュボロンの村はとても小さくてのどかだ。

a_DSC_0788_20130206232622.jpg

a_DSC_0789.jpg

この村にもチャクマの人たちがベンガル人と住んでいる。
チャクマ族は顔つきはベンガル人よりも日本人のほうに似ていて、みな仏教徒。
このイスラムの国の中で仏教徒の比率は1%以下でしかない。
この小さな島にもムスリムであるベンガル人が入植してきている。

a_DSC_0804_20130206232726.jpg

a_DSC_0810_20130206232723.jpg

a_DSC_0815_20130206232741.jpg

以前はチャクマ王国があり、自分たちのスタイルで生活してきたチャクマの人たち。
マイノリティーであり、ときに政府に反抗するチャクマの人たちを「危険な存在」として見ている政府。
小さな小さな村なのに、子どもたちのすぐそばを銃を持ったバングラデシュの兵士がウロウロしている。

a_DSC_0791_20130206232627.jpg

a_DSC_0794_20130206232626.jpg

この地域の自治を求めてきたチャクマ族とベンガル人との争いはまだ解決していない。
ベンガル人兵士たちはピリピリとした雰囲気ではないけれど威圧感を漂わせている。
マイノリティーに対する無言のプレッシャー。
この島には20人ほどの兵士が常駐しているそうだ。

a_DSC_0820_20130206232755.jpg

子どもたちは民族の区別なくみんな仲良く遊んでいる。
兵士に囲まれて暮らすことが異常なことなんだと分かってるかな?
大きくなったらこの現実をどんなふうに思うんだろう。

a_DSC_0812_20130206232741.jpg

a_DSC_0830.jpg

村とは反対側に山があって登れるようになっている。
なにがあるのかな。
けっこう急な道を休み休み登っていく。

a_DSC_0867_20130206232904.jpg

さっきまでいた村が見えてきた!
細くて小さな村が一望できる。
こうして見ると、ほんとに小さな村だなあ。

a_DSC_0875_20130206232858.jpg

a_DSC_0879_20130206232915.jpg

湖には同じような小さな島が点在している。
住むんだったらどの島がいいかなあ。

a_DSC_0876_20130206232856.jpg

山の頂上には建物があって人がいた。
昼ごはんの準備中かな。
かなりの量の食材を調理している。

a_DSC_0887.jpg

a_DSC_0883_20130206233038.jpg

話してみると、彼らは警察官だった。
見晴らしのいいこの山の上に集団で常駐してチャクマの動向を監視しているのだ。

山の反対側に行こうとしたら

「デンジャラス ゾーン!」

と言われて止められた。
崖崩れか何かかなと思ったら

「チャクマ ファイティング」だって。

こんなに静かでのどかな島なのに、なんだか悲しくなってくる。
どうにかならないのかな。

世界中どこに行ってもマイノリティーは弱い立場でときに虐げられている。
この問題は日本にだってもちろんある。
でも少数派ってだけでなにが悪いのかな?
多ければ何をしてもいいの?
多ければいいってわけじゃないと思うけど。


帰りの船は船内が荷物でいっぱいだったので屋根の上だった。
客が賭けトランプをしている。
セブンブリッジのようなゲームだけどルールがけっこう複雑。

a_DSC_0892.jpg

a_DSC_0898_20130206233041.jpg

屋根の上は風が心地よい。

a_DSC_0899_20130206233023.jpg

a_DSC_0901_20130206233151.jpg

チャクマの人たちのことを考えていたら、寝てしまってたケンゾーです。

a_DSC_0911_20130206233156.jpg
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

知ってください!「チャクマ」のこと

2013.02.06 06:02|バングラデシュ☞EDIT
バングラデシュの人たちはパンツをはいているのかいないのか、知りたいイクエです。

バンドルボンでは、少数民族であるクリスチャンのボン族の家庭におじゃまし、家族の優しさに触れたイクエとケンゾー。

次なる目的地はそこから北に位置する「ランガマティ」。
湖に面した街で、湖上に浮かぶ島々に少数民族の人たちが住んでいるところだ。

この地域はとくにチャクマと呼ばれる先住民族とベンガル人(バングラデシュ政府)との争いが続いていて、以前は外国人の立ち入りが禁止されていた。
今はパーミッションがあれば入ることができる。
軍や警察の検問所で、イクエとケンゾーだけバスから降ろされたものの、あらかじめ取っていたパーミッションを見せてクリア。

着いたランガマティは、そんな紛争の場になっているとは思えない、平和な風景が広がっている場所だった。

a_DSC_0610_20130203212708.jpg

ランガマティは大きな湖、そしてたくさんの池が点在している地域。
湖や池の中州に集落がある。

a_DSC_0614_20130203212712.jpg

集落からほかの集落への移動は、橋や渡し船を使う。

a_DSC_0635_20130203212718.jpg

a_DSC_0613_20130203212723.jpg

a_DSC_0632_20130203212713.jpg

この地域は以前、チャクマが王国を築いていた。
しかし、歴代の政府はチャクマをベンガルの国家に組み入れ、自治権を奪い、ベンガル民族をこの地域に大規模移住させ、同化政策を進めてきた。
ランガマティの繁華街に店やレストラン、ホテルを出しているのはほとんどが移住してきたベンガル民族。
いっぽう、島の集落の簡素な家で生活しているのは、チャクマの人たち。

チャクマの人たちは、イスラム教のバングラデシュではマイノリティーである仏教徒。
島のお寺の前で休憩していたら、3人のチャクマの男性に声をかけられた。
「良かったら、自分たちの集落に案内するよ!」
ありがたいお誘い。
歩いて集落に行くのかと思ったら、渡し船に乗ることに。

a_DSC_0657_20130203212915.jpg

a_DSC_0662_20130203212917.jpg

イクエの向かいに座る、穏やかな微笑みの男性はサンティ・モイ・チャクマさん。
ちなみに、チャクマの人たちの名前には必ず最後に「チャクマ」がつくのだそう。
1分もしないうちに向かいの島に着いた。
運賃は1人2タカ(2円)くらいで、サンティ・モイさんが払ってくれた。

サンティ・モイさんの長女ローズリーちゃんも合流。
ものすごく英語がうまい。
流暢すぎてイクエたちには聞き取れないほど。
14歳だけど、友達とあえて英語で話したり、英語のテレビを見たりして習得しているのだそう。

a_DSC_0682_20130203221801.jpg

集落にあるチャクマの博物館を案内してもらった。
博物館にはチャクマ王の写真や衣服や家具が展示してある。

a_DSC_0668_20130203212908.jpg

歴代の政府から弾圧されてきたチャクマの人たち。
「国をもたない悲劇の民族」だと彼らは言う。

バングラデシュが独立する前、パキスタンだった1963年。
政府は、巨大なダムをつくるためにコンノフリ川をせき止めてカプタイ湖をつくった。
これによって10万人以上の先住民の土地が水没し、なんの補償もされないままに難民となった人も多い。
チャクマ王の宮殿も沈み、ローズリーはとてもこの歴史を悲しんでいた。

a_DSC_0669_20130203212909.jpg

チャ屋さんでミルクティーとビスケットをご馳走になってお別れかなと思ったら、なんと家までご招待してくれるという。
チャクマの人と出会い、お宅を訪問させていただくなんてとても嬉しい。

a_DSC_0686_20130203212915.jpg

集落を歩いていると、チャクマの人たちの暮らしぶりが見える。
軒先で機織りをしている女性や、大きなパイプを吸っている女性。

a_DSC_0691_20130203213049.jpg

a_DSC_0690_20130203213047.jpg

ローズリーの家は、竹を編んでつくったとても素敵な家だった。
竹の壁は簡素に見えるけれどとても丈夫で何十年も腐れずに使えるんだって!

a_DSC_0694_2.jpg

ローズリーは好奇心が強く、学ぶことが大好きで、将来の夢は医者。
理系かな、と思ったら文才もあるようで、去年、エッセイコンテストで優勝している。
チャクマのことをテーマに書いたのだそう。
賞金2万タカ(約2万円)をもらっていた! すごい!!

a_DSC_0696_20130203213050.jpg

イスラム教のバングラデシュでは、レストランで酒も飲めないし、酒屋もない。
だけど、チャクマの人たちは地酒をつくっている。
米で作った蒸留酒でアルコール度数はけっこう高いけど、くせはない。

a_DSC_0706_20130203213142.jpg

きのうはクリスチャンのボン族の家庭におじゃまし、そしてきょうは仏教徒のチャクマのお宅に訪問。
マイノリティーである彼らと知り合い、話を聞くことができ、楽しいひとときを過ごすことができるなんて。
招待してくれた彼らと、そしてこの出会いに感謝したい。

ローズリーとはあさっても会うことを約束。

ローズリーたちは、いっしょに渡し船に乗り、繁華街まで見送りに来てくれた。
しかもイクエとケンゾーがホテルまで乗るオートリキシャーの運賃まで、先に運転手に払ってくれた。
多数派であるベンガル人に弾圧され、けっして裕福でない彼らが、きょう出会ったばかりの日本人を笑顔で迎え入れてくれて、こんなことまでしてくれる。

こころがじんわりとなる。
この気持ちを何て表現したらいいのかな。
「嬉しい」ではないし「感動」とはちょっと違うし。

オートリキシャーに乗って、そんなことを考えていたらケンゾーが言った。

「なんか・・・泣けてくるね」

まさしく、そのとおりだった。
嬉し涙でも、悲し涙でもない、何かがこみ上げ、じーんとなりながら宿に戻った。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

1日500円で旅できる国

2013.02.05 05:45|バングラデシュ☞EDIT
バングラデシュで若くみられているイクエです。

アジアの最貧国と言われるバングラデシュ。
物価はとても安い。
まだ旅の途中なのではっきり言えないけれど、安く旅行できる国の上位に入ると思う。
じゃあ、物価はいったいどのくらいなのか。
一挙にご紹介しま~す。
(1タカ=約1円)

まずはバックパッカーが一番気になる宿泊費。
観光業が未発達なので、バックパッカーが使うドミトリーやユースホステル、ゲストハウスなんて呼べるものはほとんどない。
けれど、地元の人たちが泊まるホテルはどこにでもあるので宿に困ることはない。
エアコンなし、トイレ・水シャワー付きのダブルでだいたい500タカ。
石けん・タオルがついているところが多い。

a_DSC_0300_20130129023453.jpg

首都のダッカだと宿代は高くなるけど、地方では一部屋600タカ以内で探せる。
これまでで一番安かったのはバゲルハットでの300タカの部屋。

a_DSC_0760_20130129023813.jpg

どんなに貧乏旅行をしても、生きていくためには必要な食費。
バングラデシュは、ほぼカレーしかない。
ごはんと野菜のカレー1皿で40タカくらい。
お肉や魚のカレーだと50タカ~80タカくらい。
2人で200タカを超えることはほとんどない。
下のメニューは、さらにダル(豆のスープ)とライスを追加して165タカ。

a_DSC_0322_20130129023503.jpg

店の外の釜でナンを焼いている店。
あつあつのナンとカレー、ミルクティーでふたりで65タカ。

a_P1010689.jpg

a_P1010697.jpg

屋台メニューもとってもリーズナブル。
唐揚げの野菜添え10タカ。

a_DSC_0328_20130129024850.jpg

a_DSC_0326_20130129024943.jpg

これまでの国では、贅沢だからと行くのを我慢していたカフェ。
バングラデシュでは、ミルクティー1杯が4~5タカと激安なのでしょっちゅう利用。
カフェと言っても露店だけどね。
お店によって味が微妙に違う。

a_DSC_0552_20130129023821.jpg

a_DSC_1124.jpg

菓子パンは1個5タカくらい。
ミルクティーとパン1つ、あわせて10タカくらいで楽しめる。

a_DSC_0920.jpg

街中の移動は自転車のリキシャや3輪のオートリキシャ。
自転車のリキシャは初乗りで10タカ。
2キロくらい走ってくれる。

a_DSC_0040_2.jpg

a_DSC_0914.jpg

バングラデシュのバスはかなりボロい。
でも、なぜか道中での故障は少ない。
ちゃんとメンテナンスをしてるからかな。
1~2時間くらいの距離だと30タカ~100タカくらい。
4時間くらいだと200タカを超える。

a_P1010764.jpg

列車は夜行の寝台だと8時間で700タカくらい。
昼間に指定の座席だと同じ8時間でも200タカ以内で乗れる。

a_DSC_0966.jpg

a_DSC_0255.jpg

ミネラルウォーターは500ミリリットルのペットボトルで10タカ。
1リットルの大きいので20タカ。
冷えたコーラやスプライトは500ミリリットルのペットボトルで30タカ。
ジュースやお菓子はバングラデシュでは贅沢品だけど、日本に比べたら格段に安い。

a_DSC_0314_20130129023822.jpg

ダッカ以外でWiFiのあるホテルやカフェは、ほぼゼロ。
大きな町には、ネットができる場所がある。
ラップトップのパソコン持参で1時間30タカ。
サイバーカフェのパソコンを使って1時間50タカくらい。

a_DSC_0214_20130129023505.jpg

電話は携帯ショップで携帯を借りておこなう。
国内にかけると1分2タカ。

バングラデシュに観光地はほとんどないので、入場料を支払う機会はそれほどない。
2人で3食分とお茶代で1日350タカ、宿代500タカ、そして交通費。
移動が少ない時は1日ふたりで合計1000円くらい。

首都のダッカは物価が高いけど、ほかの町では安く過ごせるバングラデシュ。
貧乏バックパッカーに、とてもやさしい国。
ぜひ、たっぷりの時間とわずかなお金をもっておこしください♡
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

貧しいけれど豊かな国

2013.02.04 05:48|バングラデシュ☞EDIT
さすがにカレー以外のものを食べたくなってきているケンゾーです。

バンドルボンから8kmほど離れたショイロプロパートというところに滝があってちょっとした観光地になっているそうなので、のんびり歩いていくことにした。

この地域の人たちはとてもシャイだ。
ワサワサ集まって来て囲まれることはないし、写真をせがまれることもない。
こちらがあいさつすると照れ笑いを浮かべながらあいさつしてくれる。

a_DSC_0348_20130203205042.jpg

a_DSC_0349_20130203205036.jpg

いつもバングラデシュ人に囲まれていたので、ケンゾーとイクエふたりだけでスタスタ歩けることがとても新鮮だ。
どうして同じ国でこんなにも違うんだろう。不思議だ。

a_DSC_0352_20130203205035.jpg

a_DSC_0361_20130203205046.jpg

けれどやっぱりいた!
走ってたCNGを止めて「写真撮って!」って言ってきたおばちゃん。
撮られたらそれで満足。
自分の写真を見ることもなく去っていった。
これぞ、ザ・ベンガル人。

a_DSC_0365_20130203205034.jpg

家具を作っている人たちがいた。親子かな?

a_DSC_0369_20130203205134.jpg

a_DSC_0370_20130203205136.jpg

「うわ~、外国人に写真撮られちゃったよ~」
「おいどうするよ?」
っていう会話が聞こえてきそうだ。

a_DSC_0377_20130203205135.jpg

a_DSC_0379_20130203205137.jpg

このあたりは少数民族が住んでいる集落が点在している。
顔つきもどちらかというとミャンマー寄りなのかな。

a_DSC_0394_20130203205132.jpg

なかなか目的地につかなくて、道を聞いたらいっしょいついて来てくれた男性。
こちらも少数民族の人。

a_DSC_0422_20130203205220.jpg

緑に囲まれて空気もきれいだし、バングラにもこんなところあるんだなあ。

a_DSC_0415_20130203205219.jpg

a_DSC_0406_20130203205256.jpg

滝に到着はしたんだけど、今は乾期で残念ながら水がほとんどない。

a_DSC_0425_20130203205356.jpg

それでもバングラの人たちにとっては十分みたい。
観光に来ている人がけっこういたけど、キャッキャ言いながら写真撮ってた。
外国を旅していると、きれいな海も山も川もあって、四季を楽しむことができる日本はほんとに素晴らしい国だなと思う。
他の国を見ないとありがたみは分からない。
もっと大切にしないといけない。

a_DSC_0427_20130203205356.jpg

昼ごはんを食べて、来た道を戻ることにした。

a_DSC_0439_20130203205459.jpg

子どもをあやす若いお父さん。
バングラではよく目にする光景だ。
バングラの男の人は朝から夜までよく働くし、子どもの世話もよくしている。
とても勤勉な人たちだ。

a_DSC_0437_20130203205359.jpg

家族そろって軒先で布を織っている家発見。

a_DSC_0443_20130203205459.jpg

a_DSC_0459_20130203205636.jpg

話しかけると家の中に入るように言われた。
お言葉に甘えて、おじゃましま~す。

この家族はボン族。
言葉もベンガル語とは違う。
ボン族はみなクリスチャンなんだそうだ。
見せてくれた聖書もボン語で書かれていた。

a_DSC_0450_20130203205501.jpg

a_DSC_0451_20130203205635.jpg

お姉さんは大きな機織り機を使って大物を織っている。
こんな大きなものでも1日で織り上げるそうだ。

a_DSC_0446_20130203205500.jpg

a_DSC_0448_20130203205501.jpg

長男は17歳の高校生。
将来は医者になりたいんだって。

a_DSC_0452_20130203205632.jpg

a_DSC_0454_20130203205626.jpg

あんまり長居しちゃ悪いと思って帰ろうとしたら「ちょっと待ってて」って言われた。
待っていたらわざわざコーラとビスケットを買ってきてくれた。
どこの誰かも分からないケンゾーとイクエをわざわざ家に上げてくれて、きっと自分たちは普段は買わないであろうコーラとビスケットをご馳走してくれて、かえって気を使わせて悪いことをしてしまった。

ほんとにごくごく質素な暮らしをしているバングラデシュの人たち。
それなのにホスピタリティに満ちあふれている。
物質的には貧しいかもしれないけれど、心は日本よりも豊かな国だと思う。

突然訪問しちゃったのにもてなしてくれてありがとう。
長男くんも勉強がんばってね!

a_DSC_0456_20130203205641.jpg
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

川とともに暮らす人々

2013.02.03 06:08|バングラデシュ☞EDIT
カレー味以外の料理を食べたいイクエです。

バングラデシュの東に位置するバンドルボン。
ここには11〜13の少数民族が住むと言われている。

a_DSC_0309_20130129191224.jpg

街には、1971年にバングラデシュがパキスタンから独立したときの様子を描いた壁画がある。
たくさんの犠牲の上に独立できたことを讃えているんだろうけれど、本来どこの国にも属さずにやってきた少数民族の人たちはどのような思いでいるのだろう。

a_DSC_0321_20130129191229.jpg

イスラム教が国教のこの国だけれど、この地域ではヒンドゥー教徒やキリスト教徒、仏教徒など民族によってさまざま。
イスラムでは、不浄の動物として食べるのも見るのも嫌がられるブタ。
ここでは普通に飼われている。

a_DSC_0289_20130129191227.jpg

この町にある仏教寺院に行ってみると、敷地内に学校と孤児院があった。

a_DSC_0267.jpg

ちょうど学校が終わったところのようで、数人の子どもたちが教科書を持って帰宅していた。
子どもたちが向かっていたのは、道を挟んだ丘に建つ小さなお堂。

a_DSC_0268_20130129191048.jpg

a_DSC_0282_20130129191049.jpg

どうしてここに集まってるのかなと思って聞いてみると、彼らはここで寝泊まりしているのだそう。
親はおらず、自分たちだけでここで生活し、学校に通っているのだろう。

a_DSC_0276_20130129193517.jpg

a_DSC_0277.jpg

お堂の横には仏塔もある。
仏塔の下では、地元の青年たちがギターを弾いたりトランプをしたり。
眉毛が太く、浅黒く、濃い顔のベンガル人ばかりに囲まれていたので、日本人のような顔つきの彼らを見るとかえって新鮮な気持ちになる。

a_DSC_0294_20130129194411.jpg

ここの標高はバングラデシュでは高く、近くには国内で一番高い1000メートル級の山がある。
この街の人たちの生活を支えるのは、ションコ川。

a_DSC_0477_20130129193340.jpg

雨期になると水量が2倍にも3倍にも増す。
岸辺の斜面には高床式の民家が建ち並ぶ。

a_DSC_0496_20130129191930.jpg

両岸には集落がある。
家畜だって船で移動させる。

a_DSC_0504_20130129192827.jpg

日陰がなく、風も通る川岸は洗濯物を乾かすのに格好の場所。
風に揺れるカラフルな洗濯物が、茶色の景色に彩りを添える。

a_DSC_0505_20130129191914.jpg

a_DSC_0501_20130129191910.jpg

川岸はとてもにぎやか。

太陽を浴びて温められた川の水。
さらさらの川砂。

子どもたちの遊び場にもってこいの場所。

a_DSC_0529_20130129192117.jpg

a_DSC_0493_20130129191909.jpg

a_DSC_0519_20130129192124.jpg

a_DSC_0520_20130129192125.jpg

川は貴重な食料庫。
女の子たちが一生懸命、網で魚を捕まえている。
今晩の食卓に魚は並ぶかな。

a_DSC_0480_20130129191223.jpg

川では子どもたちが、ケタケタ笑いながら走り回っている。
若い青年たちはサッカーやトランプに興じる。
お母さんは洗濯したり、食器を洗ったり。
仕事を終えたお父さんは川で入浴して、1日の汗を流す。

川が生活の場。
ここに行けば、みんながいる。
それぞれの生活が見える。

日本にはこんなところはないな。

なんか、すてきな場所だ。

a_DSC_0535_20130129192117.jpg
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから! 

パーミッション奮闘記

2013.02.02 05:59|バングラデシュ☞EDIT
イクエとは違って寝る前のストレッチがちゃんと日課になっているケンゾーです。

チッタゴンの次の目的地はバンドルボン。
チッタゴンからバスでわずか3時間しか離れていないんだけど、ここにたどり着くのに3日間もかかってしまった。
ケンゾーとイクエにとっては長~い3日間だったけれど、みなさんにとっては特にハイライトもなくつまらない3日間。
かいつまんで書きます。

このバンドルボンや次の目的地ランガマティは「チッタゴン丘陵地帯」といって複数の先住民族が住んでいる地域。
1997年まで20年以上に渡って自治を求める先住民族とバングラ政府との間で内戦状態になっていたところで、外国人の入境が禁止されていた時期もある。
現在は外国人の立ち入りに制限はないけれど、入境のためのパーミッションが必要であるという情報もあれば、今は必要ではないという情報もある。

バンドルボン行きのバスターミナルでチケット売場のおっさんに

「ノーパーミッション? ノープロブレム!」

と言われたので3時間バスに乗ってバンドルボンへ。

バンドルボンの町の手前には検問所が。
銃を持った兵士の姿も。

a_P1010712.jpg

a_P1010725.jpg

バスの車掌に連れられて検問所へ。

a_P1010711.jpg

しかしここで

「ノーパーミッション、ノーエントリ!」

と秒殺される。
気がつけばバスに載せていたバックパックを車掌に降ろされていて、バスは出発していた。
途方にくれるケンゾーとイクエ。

a_P1010723.jpg

けっきょく、バンドルボンに行って戻ってきた同じバスに再び乗車し、来た道をまた3時間かけて戻ることに。
舞い戻ったバスターミナルで帰りのバス代をめぐって大げんか。
「払え」という車掌たちと「払わなくていい」という地元の人。
チケット売場のおっさんとバスの車掌の怒鳴り声を無視してターミナルを出て行くケンゾーとイクエ。


2日目。
パーミッションをゲットするためにオフィスを探しまわる。
ホテルの従業員や地元の人たちに聞きまくって着いた行政施設。
「ここは違います」と言われ、ほかの場所を教えられる。

a_DSC_0044_20130129015611.jpg

a_DSC_0047_20130129015616.jpg

a_DSC_0051_20130129015622.jpg

a_DSC_0052_20130129015624.jpg

a_DSC_0054_20130129015618.jpg

丸2日かけてようやくパーミッションGET!!
いやー疲れた。大変だった。面倒くさい!

このパーミッション、外国人の為のものなのに外国人が手に入れるにはハードルが高過ぎ。
手続き自体は10分くらいでその場でもらえるんだけど、「D.C.オフィス」にたどり着くまでが大変。
人に聞いていくしかないんだけど、ベンガル人は人に聞かれたら自分が知らなくても知らないとは言わないんだよねえ。
さも知ってるかのように適当に教えるから何度も同じところを行ったり来たり。
けっして悪い人たちじゃないんだけどねえ。

疲れ果てたイクエはこの夜、高校の友達から餞別でもらった高級顔パックでリフレッシュ。

a_P1010739.jpg


3日目。
ふたたびバスに3時間揺られてバンドルボンへ。
検問所の係員に「おお〜今度はちゃんともらって来たかあ」と笑顔で迎えられて無事に入境。
ここまで来るのに長かった!

あっくんに貰ったガイドブックによると、町の中心に「プレスクラブ」があってその上にホテルがある。
プレスクラブってことは「記者クラブ」みたいにメディアが集まって仕事してるんじゃない?
ってことはネット環境があって、ひょっとしたらホテルの部屋でもWi-Fi拾えるかも!

期待していたケンゾーとイクエが目にしたプレスクラブは・・・

a_DSC_0252_20130129015746.jpg

コピー機が1台置いてあるだけの印刷屋だった。
ああ、そっちの「プレス」ね。


バンドルボンはもともとは少数民族の町。
マーケットにはいろいろな民族の人たちが店を出している。

a_DSC_0539_20130129015756.jpg

インドやミャンマーとの国境に近くて、ベンガル人とは違う顔つきの人たちが多い。
女性の服装も違う。

a_DSC_0541_20130129015800.jpg

a_DSC_0542_20130129015756.jpg

a_DSC_0550_20130129015759.jpg

ここ「チッタゴン丘陵地帯」にはバングラデシュが抱える民族問題が凝縮されている。
バンドルボン、ランガマティの素朴な人たちやのどかな風景とともに、民族問題についてもお伝えしていきます。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

ランキングが上がるとモチベーションも上がります ♪
あなたのclickで応援お願いします!
ほかの世界一周旅行者のブログもここで見られます ♪

コメントはこちらから!