Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
プロフィール

ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

ジャンル
カレンダー
10 | 2012/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別記事
リンク
見てくれてありがとう!
ふたりのお勧め旅グッズ











 日本→韓国→モンゴル→中国→ラオス→ベトナム→台湾→シンガポール→バングラデシュ→インド→スリランカ→アラブ首長国連邦→オマーン→トルコ→ジョージア→アルメニア→アゼルバイジャン→カザフスタン→ウズベキスタン→タジキスタン→キルギス→イラン→イタリア→バチカン→チュニジア→フランス→チェコ→オーストリア→ポーランド→イスラエル→パレスチナ→ヨルダン→イギリス→アイルランド→ポルトガル→モロッコ→スペイン→ハンガリー→スロバキア→スロヴェニア→クロアチア→セルビア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→モンテネグロ→コソボ→マケドニア→アルバニア→ギリシャ→エジプト→スーダン→エチオピア→ケニア→ウガンダ→ルワンダ→タンザニア→マラウイ→ザンビア→ボツワナ→ナミビア→南アフリカ→アルゼンチン→チリ→パラグアイ→ボリビア→ペルー→エクアドル→コロンビア→ベネズエラ→キューバ→ベネズエラ→パナマ→コスタ・リカ→ニカラグア→ホンジュラス→エル・サルバドル→グアテマラ→ベリーズ→メキシコ→アメリカ→
日本


東チベット周遊5日目 ここは戦場なんかじゃない!

2012.11.17 23:36|東チベット☞EDIT
体重計にのってないので、自分の体重がどのくらいか予想がつかないイクエです。

2泊したリタン(理塘)を出発し、ガンゼ(甘孜)へと向かう日。
これまでいっしょだったヒロくんは、中国ビザの期限が迫っているので
イクエたちよりも駆け足で東チベットをまわるため、ひとあし先に朝5時に出発。

ガンゼ

イクエとケンゾーは朝6時半に乗合いワゴンの場所に向かった。
空気は冷たく、あたりはまだ暗い。

空が近いリタンの街。
夜の星もきれいだったけど
月が残り、朝焼けを迎えようとしているこの瞬間も美しい。

a_DSC_0183_20121117073706.jpg

8時出発のワゴンをつかまえることができた。ひとり110元。
食堂でおかゆと肉まんの朝食をとって、集合場所へ。
軽ワゴンにドライバーと7人の客が乗り込んでちょっと窮屈。

a_DSC_0192_20121117150517.jpg

助手席にはお坊さん、後部座席には夫婦と女性
一番後ろにはイクエとケンゾーと男性。
もちろん私たち2人以外はみんなチベット人。

みんな不思議そうにイクエたちを見る。
とりあえず「タシデレ(こんにちは)」とあいさつ。
すると顔が緩み、笑顔で「タシデレ」と返ってくる。

中国では店の人でも客に笑顔を向けることは少ない。
いつも、つっけんどんでそれが普通なんだけど
日本人の愛想笑いの習慣が身に付いているイクエにとっては
笑顔がなく、厳しい顔をされるたびにギクっとする。
(その分、笑顔を見せてくれる中国人に出会うと
それだけで「うわあ、感じいい!やさしい人だなあ」と感動する。)

日本人は、気まずいときに笑顔で取り繕ったり
愛想笑いでごまかしたりするのを批判されるときもあるけど
やっぱり笑顔はいい。理由はどうあれ、空気がフッと緩むもん。

チベット人も笑顔が上手。
ケンゾーの隣に座っていた兄さん。
笑顔で「自分を撮って」と言ってきた。

a_DSC_0197.jpg

7人と荷物を載せた古い軽ワゴンは
自転車よりも遅いスピードで山道をのぼる。
でも、徐々にスピードをあげてきた。
揺れも激しくて何度か頭を壁にぶつけるも、順調に進んでいく。
「調子いいねぇ。3時くらいには着くかも。」
そう思っていたら、突然ストップ。

a_DSC_0203.jpg

工事でもしてるのかな。それとも事故?
ケンゾーやおばちゃん、ドライバーが車から降りて様子を見に行った。
そしたら、急におばちゃんが「うわあああ」というリアクションをして
大きく腕をまわして、ケンゾーたちに早く車に戻れと叫び始めた。
渋滞に巻き込まれたほかの車の人たちも外に出ていたんだけど
足が悪そうなおばあちゃんたちも、駆け足で逃げている。
何? 何があったの???

車に戻ったケンゾーが言った。
「ヤバい、ヤバい。
 山からめちゃくちゃでっかい岩がごろんごろん転がり落ちてきよる。」

右手の山をみると土煙があがり崖崩れが起きている!

a_DSC_0199_20121117150903.jpg

道路をふさぎ始めるたくさんの岩。
一刻も早く、こんな危険な場所から逃げたいんだけど
左手は川でUターンもできないし、逃げ場がない。
ブルドーザーがやってきて、とりあえず小さな岩だけをのかし始める。

a_DSC_0204_20121117151056.jpg

そんな間にも、岩山は土煙をあげているし
小石がひっきりなしに転がり落ちてくる。

a_DSC_0200_20121117151337.jpg

やっと車が動き始めたかと思ったら、また止まる。
前のほうにいた別のワゴンは側面を岩に直撃されてへこみ
動かなくなっていた。
もう~。こわいよお。早く早く。

助手席に座っていたお坊さんが、窓から岩山を見上げながら
お経を唱え始める。
ケンゾーの隣の兄さんもお経を唱える。
信仰心が薄いイクエとケンゾーだけど
「この車は大丈夫。お坊さんが乗ってるから大丈夫。
 お経を唱えてるから大丈夫。」とふたりで言い聞かせあった。
40分くらいかけてようやくこの危険な場所から脱出。
無事でよかったー。

a_DSC_0196_20121117151215.jpg

「東チベット」は四川省にあるので、とくに入境許可証は必要ない。
けれど、外国人をチベットに触れさせたくない中国政府。
ときには外国人だからと立ち入りを拒むときもある。
町から町に入るたびに、公安の詰め所があって道路がゲートでふさがれている。
ドライバーは詰め所に寄って、身分証を提示し
公安や警察がドアを開けて客の顔を確認し、どこに行くのかと質問する。
そのチェックポイントのたびに胸が高鳴る。
イクエとケンゾーはマスクをし、中国人のふりをする。

新龍という町に入るとき。
迷彩服に身を包みライフルを持った武装警察たちが
10人くらい車を取り囲んだ。
じろじろと車内を見る。
中国語で何か質問していて、ほかの乗客が答える。
お坊さんは身分証の提示を求められた。
(中国の政策に反対するチベット仏教の僧侶を政府は危険人物と見なしているので
 僧侶はいつも厳しくチェックされる。)
イクエとケンゾーは、なんとか免れた。
ただでさえ高山病で動悸が激しいのに、ほんとうに心臓に悪い。
(先に行っていたヒロくんは、ほかの乗客に「あなたはこの荷物を膝の上に置いて
 顔を隠しときなさい」と言われて、大きなズタ袋を抱えてバレなかったそう。)

これから東チベットへ行くみなさん。
乗合いワゴンに乗るときは、目立たない一番後ろの席に座ることをおすすめします!
そして、ほかの乗客と仲良くしておくと、危機に立たされた時に助けてくれます。

チェックポイントがあるたびに、胸がドキドキしながらも
なんとか目的地のガンゼに午後4時ごろに到着。

ガンゼは雪山に囲まれているけれど、標高は3400mくらいで
4000mのリタンからやってきたイクエとケンゾーにとっては
体が楽に感じる。頭痛や息苦しさはない。

a_DSC_0241_20121117151519.jpg

町を歩く人ほとんどがチベット人やお坊さんで、
民族衣装を着ている人たちがふつうに買い物をしていたり
子どもと一緒に歩いていたりする。

a_DSC_0232_20121117151633.jpg

繁華街の中心地にあるゴンパ(寺)には
祈りを捧げる人たちが後を絶たない。

a_DSC_0271_20121117154246.jpg

チベット仏教では、お堂の中や境内のまわりを時計回りに歩き、巡礼する。
「コルラ」と呼ぶ。
犬の散歩をしながら、コルラをしている人もいる。
コルラは日常の一部。

a_DSC_0273_2.jpg

でも、こんな町にとても似つかわしくない光景がある。
いたるところに盾や銃をもった武装警察が立ち
装甲車が道路の真ん中を進んでいる。

a_DSC_0230_20121117152238.jpg

平和な町のはずなのに。 ここは戦場?
とても異様で、目に入るたびにドキドキし気が滅入る。
みんなが平和に暮らしている街なのに、重苦しい空気に包まれている。

a_DSC_0254_20121117152429.jpg

ときどきチベットの自由を訴えて、勇気ある僧侶たちがデモをするときがある。
「そんなことをしたら、酷い目に遭うぞ!」
武装警察の存在をアピールすることで、そんな威嚇をしているのだと思う。

デモをすることも、ダライラマ14世の写真を飾ることも許されない。

ご存知の人もいると思うけど、中国国内では「チベット」とか「ダライラマ」という
キーワードをインターネットで検索しても、アクセスできないようになっている。
情報統制の力がすごい。
だからこの旅行をするときも、東チベットの地図さえアクセスできないし
チベット文化について予習しようと思って調べてもクリックできなくて困った。

ガンゼを歩いていると小学校があった。

a_DSC_0299_20121117153823.jpg

a_DSC_0298_20121117154005.jpg

児童はほとんどチベット人の子だろうけど
中国の教育がされているんだろうな。

小学生たちは制服がわりに
みんな赤いスカーフを巻いている。

a_DSC_0375_20121117154117.jpg

a_DSC_0372_20121117154117.jpg

中国の歴史を学び、共産党の偉大さを教え込まれ
次の世代はチベット文化を失っていくのかな。

a_DSC_0235_20121117153727.jpg

チベット自治区ではないこの四川省で
政府からの強い介入を受けているチベット族の人たち。
しかもグローバル化の波も押し寄せている。

それでも伝統衣装に身を包み
篤い信仰心をもち、チベットの文化を守りつづけている。
ここの人たちの気骨さは計り知れない。


【旅 info.】
  ガンゼ(甘孜)a_DSC_0223_20121119095725.jpg
理塘バスセンター前から乗合いワゴンが毎日出ている。
昼間も客引きがいるので前日に予約していたほうがスムーズ。
料金1人110元、8時間。
ホテルは多数あり。ツインで60元くらい。
スポンサーサイト

東チベット周遊4日目 とても自然だった鳥葬

2012.11.17 11:53|東チベット☞EDIT
久しぶりにヒゲを剃ったケンゾーです。

リタン(理塘)はもうチベットの街だ。

リタン

いままでと違い武装警察の人数も比べ物にならないくらい多い。

a_DSC_1070_20121117075447.jpg

街中をライフル銃などを持った警察が行進する様は異様で怖い。
そのすぐわきをチベタンの子どもたちが登校している。
彼らにとっては日常なんだろうけれど、はたから見るとやっぱり異常だ。

a_DSC_1073_20121117075446.jpg

a_DSC_1072_20121117075447.jpg

a_DSC_1084_20121117075446.jpg

まずはリタンゴンパ(寺院)を目指して歩く。
家から牛が出てきた。
お母さんが牛の後ろを歩きながら糞を集めていく。

a_DSC_1099.jpg

a_DSC_1107.jpg

集めた糞は壁に張り付けて乾かす。
乾かした糞は燃料として使っているそうだ。
とても環境にやさしくて効率的だ。

a_DSC_1090.jpg

ゴンパは丘の上にある。
チベタンと一緒にゆるやかな坂道を歩いていく。

a_DSC_1133.jpg

a_DSC_1137.jpg

ゴンパ到着!

a_DSC_1139.jpg

a_DSC_1141_20121117101615.jpg

あれ?みんなどんどん上に登っていく。
入口そっちにあるのかな?
ここからはかなり急な坂道だ。

a_DSC_1142.jpg

ここは標高約4000m、富士山より高い。
ケンゾーとイクエにはかなりしんどい。
息があがって足が重い。
何度も休憩しないと心臓が破裂しそうだ。
おじいちゃんやおばあちゃんにどんどん追い越されていく。

a_DSC_1144_20121117102054.jpg

a_DSC_1146_20121117102903.jpg

a_DSC_1148_20121117102903.jpg

やっと頂上にたどり着いた、と思ったらみんなはそのまま下っていく。
ああ、そうか!みんなゴンパのまわりをコルラ(巡礼)してるんだ。

a_DSC_1155.jpg

予定外のコルラのあとゴンパへ。

a_DSC_1160_20121117103457.jpg

a_DSC_1167_20121117103457.jpg

a_DSC_1165_20121117103456.jpg

高地を歩き回ってヘトヘトだけれど
午前中に行かないといけないものがある。
それはチベット語で「ティエンザン」という鳥葬だ。
チベット仏教では死んで魂が抜け出た遺体はただの「肉」に過ぎない。
その肉体を「天へと送り届ける」ために鳥に食べさせる。
なので「天葬」ともいわれる。
その鳥葬をここリタンで見ることができる。

ゴンパ近くの丘、というのは聞いていた。
けれど丘っていっぱいある。
どの丘だろうなあと困っていたら
何羽ものハゲ鷲が同じ方向に飛んでいるのが空に見えた。

a_DSC_0005_20121117111850.jpg

ハゲ鷲が飛んでいっている方向に歩いて行ってみたら・・・
あった。
数百羽のハゲ鷲が集まっている。

a_DSC_0006_20121117111849.jpg

鳥葬が始まった。
遺族らしき人は見られず、悲しんでいる人はいない。
他の観光客もおらず、地元の人たちが原っぱに座ったり寝っ転がったりして
ときどきおしゃべりしながら見ている。
ケンゾーとイクエは、ちょっと遠慮して
150mくらい離れたところから見ていた。
外国人の自分たちが見ることをとがめられることはない。

専門の鳥葬人が髪の毛を剥いでいく。
つぎに遺体をバラバラにはせずに切れ目だけを入れていく。

a_DSC_0036.jpg

そして、ハゲ鷲に食べさせる。

a_DSC_0046.jpg

ものの5分くらいでほとんど骨だけになった。
いったんハゲ鷲を追い払い骨を残った肉とともに砕いていく。
静寂の中、「カン、カン」という斧の音だけが響く。

a_DSC_0018_20121117112611.jpg

砕いた骨を残った肉に混ぜてふたたびハゲ鷲に食べさせる。
こうして何も残らず天へと運ばれていった。

a_DSC_0049_20121117112611.jpg

人によって受け止めかたは違うと思うけど
ケンゾーにはごく自然なことに感じられた。
後に何も残さずきれいさっぱり無くなるこんな最期もいいかもなあ、とさえ思えた。
チベットのこうした伝統がこれからも制限されることなく残っていってほしい。