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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
プロフィール

ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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旅の道連れはアイデア商品

2012.09.02 21:48|旅のおとも☞EDIT
旅は身軽がいいけれど、いろんな物をもっていると安心する。

どれを持っていき、どれを置いていくか。

必要なものできれば持っていきたいものあったら便利かもしれないもの

「必要なもの」だけでもけっこうな荷物になってしまうけど
便利かもしれないからという理由でもっていくことにしたものもある

さて、これは何でしょう

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答えは「ポータブル洗濯板」
シリコン製で表と裏に幅の違う溝がついている。
LOFTで入手。
旅行中は基本は手洗いになるので役に立ってくれるかな。


同じくシリコン製のこちらも持っていくことにした。

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折りたためるフタ付き容器&コップ。
シリコンなので熱いもの冷たいものを入れても大丈夫
もちろんレンジも。
実際はそんなに使わないかもしれないけれど軽いので旅の道連れに決定。
どちらも100円ショップで入手。すごいぞ! 100円ショップ


こちらも100円ショップの商品。

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移動中の乗り物や明るいところで仮眠に使うアイマスク。
ふつうのアイマスクに見えるけど、メッシュ製でつけたまんまでも
目を開けるとまわりの様子をうかがえる。

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知らない場所や他の人もいる場所で完全にまわりが見えなくなると不安だけど
これだと物音がしたらアイマスクを外さなくてもまわりや自分の荷物を確認できる。


軽くてすぐに乾く手ぬぐいをタオル代わりに持っていくつもりだけど
この手ぬぐいはおとといイクエの職場の先輩からプレゼントされた。

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それぞれ肌触りが違って、ピンクのほうはガーゼぽくって
ケガをしたときにも巻いて使えるんだって。
そして、なぜ先輩がこの手ぬぐいを選んだかというと・・・。
「にじゆら」が
このブログのタイトル「ゆるりとぐるり」になんか似ているから。

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必ず使う物よりも、「あったら便利かも」と思って持っていく物のほうが
実際に使った時「やっぱり、持ってきて良かった」と
うれしさは大きいものだ
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水木先生も出兵 戦地だったラバウル

2012.09.02 15:42|パプアニューギニア☞EDIT
南太平洋に浮かぶパプアニューギニア。

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「パプア」は縮れ毛という意味。
そしてここに住む人たちがアフリカの「ギニア」に住む人たちに
似ていたことから探検家によってパプアニューギニアと名付けられたそう。

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みんなとても人懐っこい。
人種の違うケンゾーとイクエを見つけるとどこからでも手を振ってくれる。

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車に乗っていると、道行く人のあいさつにこたえて
こちらもずっと手を振るので「皇室の人」になった気分になる。

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パプアニューギニアで有名なのが
5000年前から作られている貝の貨幣、「シェルマネー」。
日本でも「貨」「財」「貯」「買」「費」などお金に関する漢字には
「貝」がついているけれど、私たちにはお金=貝というイメージはわかない。
でも、パプアニューギニアでは通常の貨幣とは別に今でもシェルマネーが作られ
そして使われている。
小さな貝がらを木のツルに通してネックレスのようにする。

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結婚式の結納金として渡したり、学費を納められない貧しい家庭は
お金の代わりにシェルマネーを学校に贈るので
今でも学校に行けばシェルマネーが飾ってある校舎もあるんだそう。

そんな伝統的な文化が残るパプアニューギニア。
日本にいると「パプアニューギニア」という国名を聞く機会も少ない。
「どこにあるんだっけ?」とも思う。
けれど、パプアニューギニアのニューブリテン島、ラバウルに行くと
日本の歴史を知ることになる。
このラバウルは第二次世界大戦のとき、日本が上陸した場所。
日本人は忘れているかもしれないけれど
パプアニューギニアには日本の戦跡がたくさんあって
現地の人たちはその歴史を忘れることはない。

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海沿いの道路の近くにはたくさんのトンネル。
日本軍の戦車や船の格納庫として使われたり
陸揚げした物資の貯蔵庫となっていたようだ。
今でもそんな戦跡を見ながら、現地の人たちは生活している。

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日本軍の大型発動機艇(大発)。海からレールでトンネル内に運び入れていたらしい。

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こちらは山本五十六がいたという「山本バンカー」と呼ばれる地下壕の海軍司令基地。

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ヤシの林にはポツンと残された戦闘機。

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陸だけではなく、海の中にも日本軍の落とし物がある。
そう聞いて足下の悪い場所から海に入り、ダイビング。

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日本軍が使っていたクレーン船。
戦争のときこれで荷物を陸揚げしていたらしい。

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錆び付いていて、いまでは魚礁になっているとはいえ70年近くたっても残っている。
日本ではこのクレーン船の存在なんて忘れさられているけれど
撤去する人もなく、あと何十年、何百年たっても残るのかもしれない。


ラバウルには、日本兵たちが「温泉」と称して
戦闘の合間に、癒しを求めていた場所がある。
そこは、日本軍の飛行機が離着陸をしていたかつてのラバウル飛行場の近くにある。
火山のすぐそばのカルデラを目指す。
火山灰で覆われたグレーの世界のなかを車で向かう。

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砂浜からは湯気がでている。

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沖にいくほど温泉と海水が混ざって温度が下がるので
自分にぴったりの湯加減の場所を探す。
火山灰が沈んでいるのでベタつくかなと思ったけど
さらっとしていてけっこういいお湯。
今も噴火を続けるダブルブル火山が銭湯の富士山の絵みたい。

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このお湯につかりながら、日本兵たちは帰れないかもしれないふるさとに
思いを馳せていたのかな。
日本兵たちはここを「花咲温泉」と呼んでいたのだそう。

ホテルから水着を着ていたケンゾーとイクエ。
パプアニューギニアで、本物の露天風呂につかる。

せっかくなので、現地のガイドさんに2ショットの撮影をお願いした。

さて、どんな写真が撮れたかな・・・。



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ちっちゃい!!
野良犬も写り込んでいて、なかなかシュールな画になって笑える。
狙って撮れるような画じゃない。傑作だ

実はこのラバウル、『ゲゲゲの鬼太郎』を生み出した水木しげるが出征していた場所だ。
ケンゾーとイクエは旅行の前に、水木しげるが書いた『ラバウル戦記』を読んだ。
絵と文章で構成された絵日記のような本。
水木センセイは、戦争中に腕を失っているし
仲間が死んでいくのも目の当たりにし、地獄のような体験をしたはずなんだけど
なぜか読んでて笑える。
地獄の体験や、軍隊内部でしごかれたことなどをあっけらかんと書いている。
これはとてもおすすめなので読んでみてください
戦争ものですが、半分は絵なので楽に読める。

水木センセイは、現地の「土人」(←水木センセイはこう呼んでいる)に
気に入られ、戦争中に土人の家にホームステイしたり、果物を差し入れしてもらったりと
かなりの交流をしていたようだ。
戦争が終わってからは、もう日本に帰らずにパプアニューギニアで
現地人といっしょに生活しようと思っていたのだけど
上官に帰国することを説得されたのだという。
ほんとうにおもしろい人だ。

パプアニューギニアには何百もの部族がいて、それぞれ伝統的な衣装や祭りがある。
水木センセイも部隊を抜け出しては「土人」のところにいって
いろんな踊りを見せてもらっていたらしい。
空港の壁には部族の祭りの様子が描かれている。

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なんとなく水木ワールドに通じるものがある。

友だち何人できるかな ♪

2012.09.02 00:23|旅のおとも☞EDIT
旅で楽しみなことはいっぱいある。
そのひとつは人との出会いだ。

出会った人には自分たちのことをいつまでも覚えておいてほしいし
別れた後も連絡を取り合いたいのでふたりの名刺を作りました
今までも旅先で出会った人と連絡先をメモに走り書きして交換してたけど
紙切れだったらすぐどこかに紛れてしまうし
「あれ、この名前の人、あの人だっけ?それとも違うあの人だっけ?」と
分からなくなっていた。
なので、ちゃんと作ったよ。
肩書きのない名刺を持つのは初めて

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インパクト重視で似てないけど似顔絵をのっけて。
肌の色を強調しすぎて、ケンゾーが黒人、イクエが白人みたいに
なってしまった・・・。

旅行中に髪型がかわったり、肌の色がかわったりするだろうけど
なんとな〜く「あ〜あの2人か」ってわかってくれるかな。

外国人受けがいいように四字熟語も使って。
渡すときに「一期一会っていうのは・・・」って会話も弾みそうだし
外国人好みのジャパニーズっぽいし。

とりあえず300枚くらい。
無くなったら、その国でコピーしようかな。

ケンゾーとイクエは筆まめではない。
これまでの旅行でも連絡先を交換して、そのときは
「手紙書こう」「写真送ろう」って思うんだけど
日本に帰って日常の生活に戻ると忙しさにかまけて
ついつい連絡をとるのを先延ばしにして結局は疎遠になってしまう

これからの旅行では、すぐにメールを送って
せっかく偶然にも異国で出会った人たちと
つながっていられるように努力しよう