Now,we are HERE!
訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
プロフィール

ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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日本


ヨルダン大学生の恋愛事情

2014.05.09 05:45|ヨルダン☞EDIT
SMAPの中居くんが夫よりも年上だと改めて気づいて軽くショックを受けたイクエです。
全然SMAPファンじゃないんだけど、あの中居くんがねえ、ケンゾーよりおじさんなんて。

英語の先生としてヨルダンにボランティアとして派遣されているアメリカ人コナーの家にお世話になっているイクエとケンゾー。

コナーはヨルダンの小中学校で英語を教えているだけではなく、大学でも講師として教えている。
「いっしょに大学に行こう」と言われてついて行くことに。

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国立の大学で男女共学。
ヨルダンでは日本でいうセンター試験のようなものがあって点数順に大学がすべてランクづけされていて、高い点数を取った人はレベルの高い大学へ、低い点数の人は下の大学にしか入学できないシステム。
パレスチナやイランもそうだった。

日本ではセンター試験の点数に関わらず(一部の難関大学では足切りはあるけれど)、自分で大学を選んで試験に挑戦できる。
大学の質や特徴や地域などを考慮して、自分で志望校を絞り込める。
たとえば東大に行けるくらいの成績のいい子も、あえて親元を離れたくなくて地元の地方大学に通っていたり、憧れの部活動のために東大ではない大学に行ったり。

だけどヨルダンでは、もちろん地域も選べず、アンマンに住んでいた子が点数次第で行くつもりがなかった田舎に親元を離れて住むことになったりする。
ヨルダンみたいにただ点数だけで自動的に大学が決まるのはつまらない。
大学選びにはいろんな基準があっていいと思う。

この日は、学期末で英語のクラスの修了証が生徒たちに渡された。

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アメリカの大学院で言語学を学んでいたコナー。
語学のセンスは抜群で、スペイン語やインドの少数民族の言葉なんかも話せる。
ネイティブの英語って流暢すぎてわかりづらいことが多いけど、コナーははっきりゆっくりわかりやすく、スラングも使わずにきれいな英語を話してくれるのでとても聞き取りやすい。
そんなコナーから英語を教えてもらえば、とても上達すると思う。

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小学校の低学年を除き、生徒たちは男女別の学校に行かなければいけないヨルダン。
大学でこの男女別が解禁される。
つまり、大学は若者たちが待ちに待っていた出会いの場。

「女性の社会進出がほとんどないイスラム国家のヨルダンで、女子はなんのために大学に行ってるのか? 将来何になりたいのか?」という質問をしたことがあったけど、女子が大学に行きたい一番の理由は「男の子と出会うため。男の子と友だちになっておしゃべりして恋愛を楽しむため。あわよくば結婚相手を探すため。」なのだそう。

でも、コナーが言ってたけどヨルダンの男子学生の女子に対する眼差しは、まるでアメリカの小学生レベルなんだって。

とくに積極的に女子学生と話すでもなく、キャンパスで女子が前を通るときに、はしゃいだり「ヒュー」って言ったりするらしい。

人生において、とくに思春期に異性とおしゃべりしたり異性を意識して自分を高めようと努力したり、恋をしたり。
これができないっていうのは、人生の楽しみのかなりの部分を放棄してるんじゃないか、もったいない!って思うけど、わたしがイスラム教徒じゃないからそんなふうに思うのかな。

大学は男女いっしょ、といってもここはイスラムの国。
女性はスカーフをかぶるし、キャンパスでは仲良くしているカップルもキャンパスを一歩出たら会うこともできない。

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キャンパス内は親もいないし、先進的な場所なのである程度の恋愛は許されている。
だけど、身内が同じ大学にいたらやっかいらしい。

この前大学でつきあっていた男女がいたんだけど、女の子のほうのいとこの男の子も同じ大学にいて、そのいとこが「なにお前、おれのいとこに手ぇ出してんだよ!」と彼氏に抗議。
さらにそのいとこは女の子の家族にも告げ口をし、女の子の兄妹が大学に殴り込みにきて殺人事件に発展したらしい。

こわっ!

ヨルダンでは恋愛結婚はまだ一般的ではない。
コナーから、ヨルダン人がどうやって結婚するかを教えてもらった。

まず結婚は婿側の主導で始まる。
年頃の青年が「かあちゃん、俺もそろそろ結婚したいなあ。」と母親に言う。
「わかった、かあちゃんに任せときな!」

母親が、結婚適齢期の娘がいる家庭を一軒一軒まわる。
女性だけの室内ではスカーフやベールを外すことができるので、母親がそこの娘の容姿をチェック。
「この娘さんは、息子好みの顔してるわ。
家庭の雰囲気もいいし、よくしつけられているし、この娘さんにしよう!」


母親が家に帰って「いい人見つけてきたよ!」と言って、息子に娘さんを紹介する。
といっても、2人が顔を合わせるのは結婚式当日が多いんだって。

こんな話を聞くと「自由恋愛の日本に生まれてよかったあ」って思う。
男はまだいいとして、女側からしたらいきなりおばさんがきて「うちの息子と結婚しなさい!」って言って、結婚式当日に初めて会った男がものすごく嫌なヤツだったらがまんできない。

インドでいっしょにボランティアのワークキャンプをしたリリーも、そんなことを言っていた。
リリーはロシア人だけどロシアの南のイスラム地域の田舎の村で生まれ育った。
16歳のある日、学校から帰ったら「あした、あんた結婚することになったから。」と両親に言われて家出。
20歳のリリーは今ではサンクトペテルブルグで教師として働きながら自力で大学に通っている。
リリーは両親とは和解したみたいだけど、結婚したくないと反発すれば両親に縁を切られて生きていけなくなる女性も多いと思う。

イスラムの人たちはとても紳士で外国人を歓待してくれて大好きだけど、女の立場としてはやっぱりイスラムの国で生きていくのは無理だなあ。

話は逸れてしまったけど、まだ20歳代のコナーは自分が教えている学生たちとも年が近いので仲がいい。
男子学生のアパートに遊びにいった。

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このアパートに住んでいるのは全員が大学生。
それぞれの部屋にはベッドが2つずつあって、だれかと相部屋になる。
キッチンやトイレは共同。
部屋の中は男子学生らしく散らかっているけど、日本の大学生よりも持ち物は少なくてすこし殺風景。

コナーもギターが趣味なので、学生たちとセッション。
YouTubeで歌がうまい素人の映像をみんなで見ながら「うおおお〜、うまいねえ!」「いい声してるし、演奏技術も高いよねえ。」なんて盛り上がってる。
ヨルダンも、アメリカも、日本も、学生たちってそんなに変わらないってなんか嬉しくなる。
久しぶりに学生時代に戻った感じ。

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次の日は、コナーと同年代で仲が良いヨルダン人の教師、モハメットの学校を訪問。
「うちの学校って建物が小さくて、狭いんだよー。」って聞いてたけど、ほんとうに狭い。
写真に写っているこの建物ひとつと壁に囲まれた運動場だけ。
周りの土地は空いてそうなのに、なぜか敷地が狭くて校舎も3階建て。

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変なアジア人の登場にわき上がる子どもたち。

こちらがモハメットと校長先生。
コナーが言っていた。
「うちの学校よりもモハメットの学校の校長先生が宗教に厳しい人なんだ。」
本当に、その格好から校長先生と言うよりも宗教家みたい。

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実はこの校長先生はイクエとケンゾーを日本の政府関係者か大きなNGO団体のメンバーだと誤解していた。
狭い学校を建て直せるように援助するため、視察に来たのだと・・・。
単なる旅行者で、しかも薄汚い貧乏バックパッカーだと知ったあと、校長先生は失望を隠せなかった。
すみません!!

コナーの学校はこの学校から1キロも離れていないのに、たしかに建物の大きさや規模が全然違う。
どちらも公立の学校なのにどうしてこんなに差があるのだろう。

校庭も小さくて、国旗掲揚や国歌斉唱をする朝礼ではみんな窮屈そう。

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日本のラジオ体操にあたるようなストレッチやウォーミングアップをみんなでやるんだけど、これも腕があたりそう。
まわりは何もない空き地や畑が広がっているのに、どうしてこんなに運動場が狭いのか謎。

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教室も狭い。
6畳くらいのところに20人くらいの児童が詰め込まれている。

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こんな学校でモハメットは何を教えているかというと、「コンピューター」
どんな国でも今は生活にパソコンは必需品になっている。
生きていくために必要な、読み書き、計算、そしてパソコン!

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モハメットの人柄、そして教室が狭いこともあってか、クラスの雰囲気はとてもアットホーム。
授業というよりも、おしゃべりを楽しんでいるような雰囲気。
紅茶のポットがあって、お茶を飲みながらお菓子を食べながら。
そして授業のないヒマそうなほかの先生が教室に遊びにきてお茶を飲みにくる。

パソコンの授業がいつの間にか英語の授業になって、生徒に英語で質問。
「あなたの夢はなんですか?」

「医者」
「ビジネスマン」
「車のディーラー」
「弁護士」
「エンジニア」
「教師」
「スポーツ選手のトレーナー」

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モハメットの学校におじゃましたあとは歩いてコナーの家へ。
3キロほどの道のり。
この地域はヨルダンのなかでももっとも宗教色が強い、田舎の村。

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カウチサーフィンのコナーのプロフィールのところに「保守的な村なので、女性の旅人を泊めることはできません。男性のみです。」と書いていた。
「夫婦だから泊めてくれませんか?」とお願いして、コナーはこころよく受け入れてくれた。

保守的な村だから「外に出るときや学校ではスカーフ巻こうか?」とコナーに聞いたことがある。
コナーは「しなくていいと思う。世界には宗教や思想がいろいろあって、スカーフを巻かない外国人もいるってことを伝えることも意味があると思うから。」って言っていた。

コナーの家に到着!
本当に大自然に囲まれたいい物件!!

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小さな村では、道を歩いているだけで10メートルおきに声をかけられる。
ちょっと野菜を買いに行くだけで人につかまって井戸端会議が始まるので、2時間くらいかかる。
だから「通りから離れたここは、唯一自分の空間を守られるところで落ちつくからこの物件は最高なんだよ。」ってコナーは言っていた。

コナーはここでアラビア語を身につけていてペラペラで、優しいからみんなに人気がある。
アメリカとはまったく違う土地で、外国人が一人もいない田舎の村で、コナーは溶け込んでいるかのように見えるけどたしかに一人で落ちつける時間も必要だよね。

といっても、人気者のコナー。
この家にも地元の若者たちが遊びに来る。

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「彼らはずーっと夜までここにいるんだよね。
夜中になっても帰らなくて、2時になっても帰らない。
だから『もうあしたも早いし、寝ようかな』って布団に入ると『うん、寝ていいよ』って言って彼らはずーっと枕元に座って俺の寝顔を見てるんだ!!
困っちゃうよ。」


女の子と恋愛を楽しむこともできず、娯楽のない田舎の村で、きっと外国人であるコナーは彼らにとってとても新鮮で、いっしょにいて楽しくて、たくさんの刺激をもらえる存在なんだね。

コナーが聞いた。
「ふたりはマンサフ食べたことある?」
「マンサフ?なにそれ?」

「えー!?食べたことないの?
食べないとダメだよ。
マンサフを食べずにヨルダンを発つなんてありえないよ!」


「どこで食べられるの?」
「それが問題なんだ。
食堂やレストランでは出してなくて、家庭料理だからね。」

イランやパレスチナもそうだったけどイスラムの国ではなぜかほんとうにおいしいものはレストランでは食べられない。
食堂やレストランで食べられるメニューは決まっていて、レパートリーがとても少ない。
だから旅人にとっては、「この国の食文化は貧しいなあ。なんで飽きもせずいつも同じものしか食べないんだろう?」って誤解するけど、実は現地の人たちは家庭ではいろんなおいしいものを食べている。

モハメットの家でマンサフをごちそうしてもらえることになった。

そのマンサフがこちら。

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サフランで炊いた黄色いご飯の上に鶏肉やナッツがふんだんに載っていておいしそう!
鶏肉じゃなくて羊肉のときもあるんだそう。

でもマンサフはこれだけではない。
このヨーグルトでつくった甘酸っぱいソースも欠かせない。

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ソースをかけるだけじゃまだ足りない。
このクレープみたいなものがセットで出てくる。

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さっきのご飯とチキンをコネコネと丸めてゴルフボールくらいの大きさにして、シュウマイみたいにこのクレープに包んで食べる。

日本人にはご飯とヨーグルトソースのコンビネーションは少し違和感があるけど、ソースをかけることによってまろやかになる。
コネコネして包んで食べるということをみんなでやっていると、楽しくて気づかないうちに食べ過ぎている。

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楽しいディナーのあとは、車で街へ繰り出して水タバコを吸いに。
水タバコ専用のカフェがある。

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水タバコってミントとかモモとかイチゴとかいろんなフレーバーを選べる。
かわいいくせにタバコ同様、体に害がある。
でもお酒が飲めないヨルダンでは、飲み屋に行く感覚で水タバコのカフェに行き、みんなでテーブルで回し吸いしながらおしゃべりするというのが定番。

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アカバのカウチサーフィンではひどい目にあったけど、コナーの家に3泊お世話になってとても楽しかった。
たくさんのヨルダン人ともおしゃべりできたし、ヨルダンの田舎を体験できた。
こういう魅力があるからカウチサーフィンってやめられないんだよね。

さて、このど田舎を飛び出しコナーとともにヨルダン最大の都市アンマンへ。
アンマンってどんなところなんだろう?
お楽しみに ♪

マラソンで死んだ?!カウチのホスト

2014.05.07 08:16|ヨルダン☞EDIT
今日はじめてタコをさばいたケンゾーです。
市場で新鮮なタコが手に入ったので多少手間取りながらもしゃぶしゃぶとタジン鍋に舌鼓。
タコはヌメリを取ったりするのが面倒。
そりゃあ、外で食べるとそれなりの値段するよなあと妙に納得したものでした。

ダーナの自然に癒やされたケンゾーとイクエ。
次なる目的地はダーナからそんなに離れていないブセイラという町。

ブセイラ

とくに観光地があるわけでもない小さな町。
もちろんガイドブックにも載っていない。
そんな町になぜ向かうかというと、カウチサーフィンのホストが見つかったのだ。

ホストと言ってもヨルダン人ではない。
名前をコナーといってアメリカ生まれのアメリカ育ち、もちろん国籍もアメリカの生っ粋のアメリカ人から「ホストできるよ!」と招待してもらったのだ。

なぜアメリカ人がヨルダンのこんな田舎に住んでいるのか?
カウチサーフィンのプロフィールを見ても詳しい説明はない。
でも文面から人の良さが伝わってくる。
とりあえずお世話になることにしてメールで日程をやり取り。
「あした泊まりに行ってもいい?」
「いいんだけど、昨日までデッドシーレースに参加して今死んでるから何にもしてあげられないんだよ。」

デッドシーレース?!死んでるってどういうこと?!
デッドシー(死海)で死んだってアメリカンジョークかなあ?
とりあえず翌日また連絡をしてみた。
「どう調子は?生き返った?」
「まだ動けない。死んだまま(笑)。」

こりゃ重症だね。
さらに翌日連絡をしてみると、生き返ったみたいなので泊まらせてもらうことに。
友だちの車でダーナ村まで迎えにきてくれた。

昨日まで死んでいたというコナー。
学校で英語を教えるボランティアとしてヨルダンに来ているんだって。

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死んだ原因になったマラソンは「Dead - 2 - Red Race」といって、死海から242km離れた紅海まで走り抜けるというもの。
レースは1チーム12人のチーム制。
6人ずつ車2台に分かれ、交互にバトンタッチしながら走っていくそうなんだけど、ふつうのマラソンと違うのは毎回全力でダッシュするんだって(笑)。
1人200mくらいダッシュして次の人にバトンタッチ、車内でちょっと休憩して順番が来たらまたダッシュ。
これを丸一日、しかも砂漠地帯で。
そりゃ死んじゃうよ。

これがコナーが住んでいる家。
借りてるのは1階なんだけど、2階には誰も住んでないので気兼ねしなくてとても快適。
家の裏には山が広がりロケーションもバッチリ。

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家のすぐ近くには一応遺跡もあるんだけど、放置されて廃れている。
放ったらかしにされてるけど、2000年以上前のものって言ってたかなあ。

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遺跡よりもケンゾーたちに興味津々で近寄ってきた近所の女の子たちのほうが気になった。
最初は照れまくってたんだけど、最後には笑顔で手を振ってくれた。

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この村はとても保守的で、コナーは1年以上住んでるのに村の女の子から話しかけられたことは1度もないんだって。
きっとイクエがいたから手を振ってくれたんだろうね。

コナーといっしょに夕食の買い出しへ。
今夜はケンゾーとイクエが日本食を振る舞うことに。
醤油しか持っていないので何を作るか悩んだんだけど、鶏肉の醤油煮と卵焼き、そして今までどの国でも断トツで受けがよかった酢の物に決定。

語学が好きなコナーはこの1年でアラビア語も話せるようになっている。
村のメインストリートを歩いているとひっきりなしに村人から声がかかる。
1年以上住んでるコナーはすっかり村の人気者だ。

この迷彩服を着た八百屋のおじさんも毎回必ず話しかけてくる。
手をつないでくるほど仲が良さそうに見えるけど、ボッタくるので数回しか買ったことがないんだそう。

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今でこそアラビア語が喋れるので買い物するのに苦労することはずいぶん減ったそうだけど、最初の頃はどの店でもボッタくられて大変だったんだって。
外国人にとってヨルダンは旅行するのも住むのも大変だ。
同じアラブ人でもチュニジアやパレスチナはボッタくることはなかったのに、同じ民族で何が違うんだろう。

村にはコナーもよく利用しているというスポーツジムがある。
ちょっと前まで柔道を教えるために青年海外協力隊員が1人赴任していたそうだ。

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ちょっと覗かせてもらったら、みんなで柔道のビデオを見ながら勉強していた。
けっこうな人数の子どもたちがいてビックリ。
柔道を通して日本を好きになってくれたらいいね。

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チキンを買いに鶏肉屋さんへ。
スーパーなんてものはない。
生きてる鶏をその場で解体してもらう。

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「100g? 200g?」じゃなくて「1羽にする?それとも2羽?」。

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値段は重さで決まる。
2匹で900円くらい。

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ここから肉になるまではあっという間。
首を切って血抜き。

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毛をむしって皮を剥いで切り分けていく。
ついさっきまで生きていたから肉がみずみずしくてきれいだ。

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こうして解体作業を見ると、命を頂いているんだということを実感する。
日本ではパック詰めされた肉しか見ることはないけど、生きることの根源で大事なことだよね。

イクエが台所で鶏肉を切りながら「あっ!」と声をあげた。
肉が自分の体温と同じようにあたたかい。
生き物を触っている感覚。
日本では冷蔵か冷凍されて冷たい肉しか触ったことがない。

コナーの同僚の先生たちを招待してディナータイム ♪
ちょっと身が崩れ過ぎたけど鶏肉も卵焼きも出来はまあまあ。

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コナーは「オウサム!」「ベリーナイス!」って言ってくれるんだけど、ほかの人たちは声を発することなく黙々と食べる。
ムスリムって食事中はあまり喋らず静かに食べるから美味しいのかそうでもないのかイマイチよく分からない。
でも手は進んでるから気に入ってくれたのかな。

ここでも酢の物が人気だった。
外国人に日本食を作ってあげるときは酢の物が間違いなし!

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翌日、コナーの学校を見学させてもらうことに。
学校までは毎日バスで通っているコナー。

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バス代を払おうと思って車掌に値段を聞こうとしたら、コナーにダメって言われた。
ケンゾーたちが払おうとするとボラれる可能性があるんだって。
みんなフレンドリーで笑顔で会話してくれてるのに・・・。
いやあ、ヨルダンは難しいなあ。

学校が見えてきた。
バスを降りると登校中の子どもたちに取り囲まれた。
ヨルダンの学校は1年生から4年生までは男女共学だけど、5年生から12年生までは男女別。
女子の学校は先生も全員女性。
コナーが教えているのはもちろん男子校。
突然イクエがやって来たので子どもたちは大騒ぎ。

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校庭にバッグがずらっと並んでいる。
朝礼があるのかな。

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まずはみんなで体操。

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それにしても年頃の男の子たちがずーっと男たちだけで過ごすってどうなんだろう?
ケンゾーは高校の3年間男子校だったんだけど、3年が限界だよ。
長い間兄妹以外の異性と話す機会がなくて大学に入ってやっとフリー!
ドキドキするだろうねえ。
イスラムの世界ではじつはゲイも多いって聞くけど、そっちに走っちゃう人もそりゃいるよね。

1時間目、コナーの授業はまだないようなので校長室で待機。
日本の学校の校長室というと、滅多なことでは入る機会のないかなり敷居の高い部屋だよね。
けれどこの学校はとてもオープンな雰囲気。
職員室は別にあるのに、授業のない先生が集まってくる。

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お茶を飲みながらワイワイおしゃべりする先生たち。
ここの校長先生が気さくでおおらかな人っていうのもあるんだろうけど、日本とはぜんぜん雰囲気が違う。
みんなの〜んびりしてる。

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さあて、いよいよコナーの英語の授業だ。
アメリカ人がヨルダンのこんな田舎でどんな授業をしているのか楽しみだ。

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お邪魔したのは5年生のクラス。
コナーはアラビア語を喋れるけれど授業は英語オンリー。
まずは、たぶん毎日のお決まりなのかな、名前や日付の言い方、今朝や昨日の天気の言い方。
コナーが質問をして答えさせたり、生徒同士で会話をさせたり。

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最後は疑問詞の小テスト。
コナーがあげる例文をリスニングして、使われている疑問詞を答えるというもの。
ところがテストの最中に上級生が乱入してきた。

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何事?と思っていたらお菓子を配りはじめたのでさらにビックリ。
よく分からないままケンゾーとイクエもお菓子を握らされた。

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じつはこれ給食のようなもので、毎日フルーツやお菓子を配ってるんだって。
でもフルーツはまだ分るけど、お菓子を配るってのはどうなんだろう?
どうせ配るならもっと栄養のあるものにしたほうがいいと思うけど・・・。

昼になると全校生徒が校庭に集まってまた体操。
朝イチに体を動かすのはわかるけど、昼の体操はなにか意味があるのかな?
眠気防止かな?

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授業は毎日午後2時ごろまで。
先生たちもそれで仕事は終わり。
日本は毎日4時5時まで授業があるし、先生は家に仕事を持ち帰ることもふつうだと言ったらヨルダンの先生たちは目をまん丸くしてビックリしてた。

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そういうしっかりとした教育制度が今の日本を支えてきたっていう側面もあると思う。
日本の教育水準の高さは世界に誇るべきものだとも思う。
けれどあまりにもおおらかで、笑顔の絶えないヨルダンの先生たちを見ていたら、日本の先生たちももうちょっと楽にさせてあげていいんじゃない?なんてことを思ってみたりもしたんだなあ。