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訪れた国は78カ国
旅した期間は1257日
2016年2月14日に帰国!
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ケンゾー   イクエ


2007年10月 結婚
2012年09月 世界旅行に出発

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おかあとの3人旅終わる そしてまた・・・

2013.08.23 05:38|ウズベキスタン☞EDIT
中央アジアもだいぶ涼しくなってきて、心地よく感じるイクエです。
中央アジアを旅するなら7月は避けたほうがいいですよ。

ウズベキスタンを2週間旅してきたイクエとケンゾー、そしておかあ。
ウズベキスタンを西から東へと移動しながら旅を満喫してきた。

いよいよおかあは明日、日本へと帰る。
最後はビールで乾杯、といきたいところだけどイスラムの国だからか宿の近くでお酒を飲めるレストランを見つけられなかった。

だから最後もやっぱりこれ。
この2週間、3人で何リットル飲んだかな。

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ビールじゃないのを百歩ゆずったとしても、せめてグラスで。
でも、このコップしかないんだって。

「体調崩したときはあったけど、無事に旅ができてよかったね。
 おつかれさま。
 かんぱ〜い!!」


いやあ〜。
ほんとうに暑かった。
イクエはビールも含め炭酸飲料が嫌いだったけど、暑いなかどこでも売っているコーラを飲みまくったおかげですっかり炭酸嫌いを克服できた。

8月が暑いだろうと思ってたら、ウズベキスタンは7月が一番暑い時期だった。
7月のもっとも暑い時期と旅行の時期が重なってしまった。
65歳の母には酷だったなあと反省。
しかも、3人順番に下痢と発熱に見舞われたし。
そして、ケンゾーまさかのまた下痢と発熱! 2巡目。

3人で空港まで行く予定だったけど、イクエだけでおかあを見送ることにした。

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たいした距離じゃないからタクシーでも良かったけど、バス1本で行けるのでバスで空港へ。
おかあは最後まで文句も言わずに普段のスタイルにつきあってくれた。

2週間前、おかあが到着した空港。
ハラハラしながら、タクシーのおっちゃんにうまい具合にだまされて、ひとりでなんとかここから国内線ターミナルに移動した。
おかあにとってひとりではじめての海外の空港だった。

建物の中にはチケットがある人しか入れない。

「じゃあ、ここでね。」

2週間前と同じように、おかあがひとりになった。

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この2週間、おかあは楽しんでくれたようだった。

だけど、もっと涼しく過ごしやすい国を選べば良かったかなあ。
ふたりの旅のスタイルをひきずらずに、もうちょっとお金をかけて楽な移動、心地よいホテルに泊まるべきだったかなあ。
せっかく日本から来てくれたのに。

なんだかすまない気持ちになった。
もっとこうすれば・・・って反省。

「無事に帰国して、あったかいお風呂に浸かって、おいしい和食を食べて、この2週間の疲れをとってね。」


空港から、いま来た道をひとりで帰る。

スーパーに行ったり、レストランを探したり、3人で何回この道を通ったかな。
西陽が照らす通りにひとりでぽつん。
急にさびしくなった。

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次の日、無事に帰国したおかあからこんなメールがきた。

「おはよう。もう朝御飯食べたかな。
ケンちゃんは少しは食べられるようになったかな。
成田でビールを飲んだり、握り寿司を食べたりしましたが、ムカムカしていて、あまり食べられませんでした。
無理しないで少しずつ日本食にならしていきます。

昨日は早目に、ホテルを出たけど、あのままいると涙が止まらんようになっていたからです。
ケンちゃんの格好やイクエの頑張りを感じると切なくなって、涙があふれてきました。
なんでこんな道を選ばしたかなあ、と思ったことも事実です。
でも、感動的な観光地を見てまわるよりホテルや移動手段、食事場所を探すことの日常の活動に触れられたことがよかったです。

あなたたちの頑張りが私にも遺伝して、39どの熱が出てもサマルカンドの町が歩けたし、38どの熱が出ても湖まで走って行ったりらくだに乗ったりできたのだと思います。

いろいろほんとにありがとう。」


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おかあは、旅行中ずっとこんなことを言っていた。

「いっしょに旅行して、ふたりの旅がよくわかった。
あんたたちは旅行をしているんじゃなくて、移動しながら生活しとるったいね。

食べるところ、寝るところを探すのも一苦労。
そしていかにうまくお金のやりくりをするか。

それが今回よくわかった。」

「夫婦で世界一周」なんていうと、とても優雅なイメージを持たれる場合もあるけど、現実はずっと泥臭い。
「みっともない旅の仕方」っていわれてもしょうがないレベルだ。

33歳と38歳でよくここまでやれるなって客観的に思って自分でもおかしくなるときもあるくらい。

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そんな旅によくおかあがつきあってくれたなあって思う。
おかあが合流したときはもっと楽な旅をしようと思ったのに、なかなかふたりの旅の仕方を変えることはできなかった。
少しでもコストパフォーマンスがいい宿を求めて、おかあに何度荷物番をさせたかな。

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動きやすいように少ない荷物だったから、洗濯は毎日の日課だった。
けっして使いやすいとはいえないバスルームで3人交代で洗った。
ホテルの部屋には、いつもロープをはっていた。

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いつも安心のパッケージツアーで、友だちと楽しく盛り上がりながら、ちょっと贅沢な気分を味わいながら、おかあは旅行をしてきた。
お土産選びもおかあの旅行の醍醐味なのに、今回はそんなチャンスほとんどなかった。
お世話になっている人に手作りのハサミを買ったくらい。

おかあは最後の日、宿の近くの市場で手のひらサイズの素焼きの置物を買った。

「自分へのお土産。記念にしたいから。」

そう言って買ったのは、ウズベキスタンのおじいちゃんの素焼き人形で、3000スム(約120円)。
とっても小さな買い物だった。

どこまでもおかあはイクエとケンゾーの旅にあわせてくれた。
嫌な顔せず。
がんばって楽しもうとしてくれた。

シルクロードの夏は過酷だったし、3人とも食欲不振でおかあがもってきていた日本食に救われていたし、体調を崩して交代で寝込んだりしていたけど、それにもまして3人旅は楽しかった。
きつくてもいつも3人だとほっとするし、おもしろかった。

もうおかあはこりごりかもしれない。

だけど。

今度はもうちょっと楽な国を選ぶからさ。
ホテルもちょっとはアップグレードするからさ。
高齢者のおかあにもっと優しくするからさ。

だから。

もし良ければ、またいっしょに旅をしましょう。

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タシケント・日本に帰国できなかった人たち

2013.08.22 05:48|ウズベキスタン☞EDIT
世界一周ブログランキングで最近クリックしてくれる人が多くて、とってもありがたいなと思うイクエです。
読者のかたには何の利益にもならないのに、わざわざクリックしていただきありがとうございます!! 
ブログの書き甲斐があります。

フェルガナ盆地を旅したイクエとケンゾー、そしておかあ。
2週間3人で旅をしたけど、ついに明日おかあは日本に帰る。

首都・タシケントに戻って最後に3人で泊まる宿はバックパッカー御用達の宿、グルナーラ。
中庭にテーブルがあってくつろげるようになっている。

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朝食、エアコン、Wi-Fi付き、3人で150000スム(約6000円)。
バックパッカーにとっては高いけれど、それでもタシケントでは安い部類。
狭い部屋にベッドだけ。
室内にバス・トイレはない。
う~ん。おかあは満足できないだろうな。

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でも、おかあはこう言った。

「なかなか、ここ、良いたい。」

こんな狭くてシンプルな部屋をおかあが気に入るなんてびっくりだ。
泊まる部屋にお風呂があるのは当然で、なおかつお湯がためられるバスタブつきじゃないとイヤだと言っていたおかあが、である。
この2週間、安宿探しにつきあわされ、文句も言わずにイクエとケンゾーが選ぶ宿に泊まらされた結果、すっかり宿に対する許容範囲が広くなっている。

今回初めて宿がすんなりと決まったことを何よりおかあは喜んでいた。
宿探しでさまよったり、イクエとケンゾーが宿を探し歩く間ひとり道端で何十分も荷物番をしたり。
もっと楽で余裕のある旅行をさせてあげたかったなと反省。

さて、3人旅の最後の訪問地タシケントの街へ繰り出そう ♪

タシケントはウズベキスタンの中でもっとも都会だけれど、敬虔なイスラム教徒の女性が多いように感じる。
頭にはスカーフ、そして腕と足をすっぽり隠したファッションの女性たち。

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高そうなリムジンが大集合!
社長たちの会合? 一流レストランの駐車場? 迎賓館?
政府の要人や大企業の社長、芸能人がいたりして。

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でも、それっぽい人たちはいない。
どうやらここは、リムジン専用のレンタカー会社。
ウズベキスタンでも、そんな需要があるんだね。

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泊まっている宿は旧市街に位置していて、ここにタシケントの見どころがある。

まずは16世紀に建てられたイスラム教の神学校クカルダシュ・メドレセ
ソ連時代には倉庫として使われていたけど、独立後に修復され、いまも現役。

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そしてチョルスー・バザール
体育館のような広い室内には、香辛料やチーズ、ドライフルーツ。
いろんな匂いが混ざり合う。

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屋外市場では、野菜やフルーツが山積み。
まるで玉ねぎみたいな形の丸い茄子。

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まるで茄子みたいな形の細長い玉ねぎ。

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「とうもろこしはいかが?」
ライバル同士、並んで仲良く商売。
売っている品物も同じだけど、売っている女性たちも同じに見える・・・。

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木に吊るされて売られているのは、洋梨のような形の鳥かご。
全部布でできていて、とってもかわいい。

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その奥の柳の下に人が集まっている。
人というか、布が集まっているのか?

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ウズベクマダムに大人気のコーナー、ワンピースの路上販売だった。
売っている物も、それを売る人も、買う人も、ワンピースだらけ。

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バスに乗って新市街の中心部へ。
これまで観光してきたのはモスクやメドレセといったイスラム建築や、シルクロードの時代にタイムスリップしたような古い街並み。
タシケントの新市街の雰囲気は、イスラム圏というよりもロシアやヨーロッパの街並みのようで、同じ国とは思えない。

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ウズベキスタンでは綿花栽培が盛ん。
綿花の花をイメージしてつくられたという噴水。
その向こうに見えるのはナヴォイ・オペラ・バレエ劇場

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1500人収容できるこの劇場は1947年に完成したもの。
50年以上が経ち、ちょうど修復作業中。

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この建物、第二次世界大戦のときソ連に抑留された日本兵たちが強制労働で建てたものなのだそう。
地震でもびくともしなかったほど丈夫にできているんだって。
強制的に働かされていたとはいえ、手抜きをしなかったのが日本人らしい。
これまでの半世紀、そしてこれからも後世に渡って使われ続けると思う。

ソ連に捕らえられた日本兵のなかには、ウズベキスタンに連行されてこの地で命を落とした人たちも多い。
タシケントにはそんな日本人の墓地もある。

言葉も、食も、風土も日本とはまったく異なるウズベキスタン。

「炊きたての日本米が食べたいな」
「家族と食卓を囲んで、ほっとする時間を過ごしたい」
「桜や紅葉、日本の四季を感じたいな」

好きで海外にいるけれど、そんなことをしょっちゅう思う。

自分の意思に関係なくまったく知らない国にやってきて、なおかつ強制的に働かされていたら、そんな思いもひとしおだ。

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恋いこがれたふるさとの景色を見ることなく、家族と連絡も取れず、行方不明扱いで亡くなった人たち。

そんな人たちが、このタシケントにもいたということをいったいどれだけの日本人が知っているだろう。
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