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ケンゾー   イクエ


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メキシコ「メキシコシティ歴史地区」☆☆ 威風堂々とした街並み 

2016.08.12 05:49|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
スポーツ観戦は興味ないけど、オリンピックは見ているイクエです。
わたしは日中の再放送で満足しているけれど、ケンゾーはがんばって夜見てるみたい。
みなさん、寝不足になっていませんか。
夏バテ対策、しっかりしてくださいね。

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近郊も含めた都市圏人口はおよそ2000万人の大都市、メキシコ・シティ。
経済規模でも、アメリカ大陸で上位についている。

そんなメキシコ・シティの歴史地区は世界遺産になっている。

歴史地区はけっこう広く、見どころも多くて一日だけでは見てまわれないほど。

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旧市街の中心地がソカロ(Zocalo)
中央広場を取り囲むように、カテドラルや政府の庁舎などがそびえ、中南米のほかのコロニアルの街と同じ造り。
でも、規模は全然違う。
これまで中南米の世界遺産の街で何度も中央広場を見てきたけれど、メキシコ・シティのものが一番大きく、威風堂々としている。

いったい、何人の人がここに集えるのか。
広場はだだっ広い。
街の中心地にこんな広い空間があるなんて、贅沢。

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スペインが征服する前、アステカ帝国の時代からこの場所は神殿に囲まれた重要な広場だったのだそう。
1521年にスペインが征服してからもここは中心地となり、以来500年間、重要な式典などがここで開かれている。

ソカロの東側にある横長の建物は国立宮殿。

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もともとアステカ帝国時代には、アステカ王が住んでいたお城が建っていた。
それを侵入してきたスペイン人たちが破壊し、そこに植民地の本拠地として宮殿を建て直したという。
現在の姿は、17世紀に大規模修復されたもの。

広場の北側にある、もっとも目立つ建物がメトロポリタン・カテドラル

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とても大きいカテドラルで、メキシコのカトリック教会の総本山。
キリスト教の布教をもくろんでいたスペインが、1500年代半ばに着工したこの建物。
完成には、およそ300年もの歳月がかけられた。
ルネサンス、バロック、古典主義が混ざり合った様式の壮大なカテドラル。

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見上げるほど高い建物だけど、細部までこだわった彫刻がほどこされている。

天使のような子どもが、一生懸命チャイムを支えているのがいじらしい。

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内部には自由に入れるようになっている。

太い柱。
高い天井。

その規模に圧倒され、息をのむ。

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なかでも驚いたのが、このパイプオルガン。
こんなに大きなパイプオルガンは見たことがない。
それも向かい合わせに2つも。

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2階建てくらいの高さはあるんじゃないかな。
いや、もっとかな。

パイプを包む彫刻も、優雅で美しい。
どんな音を奏でてくれるんだろう。
残念ながらパイプオルガンの演奏は聞けなかったけど、きっとこのカテドラルの高い天井に大反響し、迫力ある振動が体に伝わってくるんだろうなあ。

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黄金の祭壇も豪華で優美。

このカテドラルには、1614年に日本からも支倉使節団が訪れているんだって。

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カテドラルの裏、ソカロから一段下がった場所に遺跡のようなものがある。
アステカ帝国の中央神殿の跡、テンプロ・マヨール

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アステカ王国の時代から首都だった現在のメキシコ・シティ。
しかし、アステカ人がやってくるまで、このあたり一帯はテスココ湖が広がる何もない場所だった。
13世紀の終わりにアステカ人がテスココ湖を開拓し、徐々に街を造り上げていった。
一部を埋め立てたり、水草を積み重ねて浮き島を作りその上に泥を盛り上げたり。
人工的に作りあげた地形に、神殿や宮殿など巨大な建物を建てていったのだそう。

しかしここに侵略してきたスペイン人たちがアステカの神殿や宮殿を破壊。
さらに、残りの湖も埋め立てて、メキシコ・シティをいまの盆地のような地形にした。

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スペイン人たちは、破壊したアステカの神殿や宮殿の石材を再利用し、スペイン風の新しい建物を造ったという。

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ソカロから少し離れたところに建つのは、ベジャス・アルテス宮殿
総大理石造りのこの建物は1905年にイタリアの建築家によって建設が始まった。
黄色とオレンジのグラデーションの丸い屋根が華やか。

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ここはオペラハウスとして使われている。
オペラやクラシックのコンサート、ダンスのショーなどが上演されている。

大理石の重厚な建物ではあるけれど、湖を埋め立てて造られたメキシコ・シティ。
土壌が柔らかく、地盤沈下しているらしい。
この建物の重みで、毎年数センチずつ沈下しているというから、あと数十年後にはどうなるんだろう。

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さて、風格ある建物が建ち並ぶ世界遺産の「メキシコ・シティ歴史地区」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

星3つに近い2つ。

中南米でたくさんのコロニアルな街並みを見てきたけれど、メキシコがいちばん規模が大きくて、ソカロに着いたとき、おもわずケンゾーと「うぉー」「すごーい」と言い合った。
これだけ発展した街並みで、しっかりと旧市街を保存していることにも感心。

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メキシコ・シティは治安が悪いことばかり噂に聞いていて、世界遺産の街並みには全然期待していなかったから、なおさら感動が大きかった。

メキシコ・シティは夜のライトアップもきれい。
その話は、のちほど。
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メキシコ「パレンケ遺跡」☆☆ 宇宙人が造った都市?

2016.07.28 06:28|世界遺産 星いくつ?☞EDIT
最近、無性に焼き肉が食べたいイクエです。
夏だから体がスタミナ料理を欲してるのでしょうか。
でも、肉と魚、だいたい日替わりで食べるようにしています。
日本の焼き肉ってほんとうにおいしいですよね。
あのタレもたまらない!
海外で、何度日本の焼き肉が恋しくなったことか。

きのうは遺跡の紹介まで行きつきませんでした。
きょうはパレンケ遺跡をたっぷりご紹介しますよ〜。

入って最初に目につくのが、こんな景色。

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階段が何十段も続いていて、その上に神殿があるのがメキシコの遺跡の特徴。

これは「頭蓋骨の神殿」と「碑文の神殿」。

三角形の入口が特徴的。
当時は赤と青で塗られていたんだって。
華やかだったろうねえ。

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なぜ「頭蓋骨の神殿」と言うのか。
それは柱の根元に頭蓋骨のレリーフが施されているから。
人間の頭蓋骨ではなく、ウサギの頭蓋骨なんだって。

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急な階段を、ひとつひとつ上がっていく。
南米もそうだったけど、どうして昔の人はこんなに階段を造るのが好きだったんだろうか。
天に近くなり、神聖な感じがするからかな。

建物の中に入ることができた。
この先に何があるのか。
狭い廊下を歩いていく。
圧迫感があって、ちょっと気味が悪い。

もしかして、行き止まり?

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この先には、小部屋があった。
そしてその小部屋にあったのは・・・。

a_DSC_8604_20160725192956146.jpg

大きな石の棺。
中が真っ赤に塗られていて、ドキッとする。
これは、女王の棺。

空気が淀んでいて、気持ちがいい空間ではない。
なんか怖い。

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廊下は天井が三角形で、びっしりと石が積まれている。
造らせた人の執念みたいなものを感じる。

隣りの「碑文の神殿」は675年に着工され、692年に完成したもの。
階段は69段。
高さは23メートルもある。

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「碑文の神殿」という名前は、この建物に碑文が刻まれた石版があったことにちなんでいる。
碑文にはパレンケ王家の200年の歴史が刻まれていて、マヤ文明の貴重な資料なんだって。

この神殿が造られた7世紀後半が、パレンケの最盛期だった。

ちなみにこの神殿を造らせたのはパカル王。
この神殿からはパカル王の墓が発見されているのだそう。

パレンケには紀元前から人々が暮らしていたと言われているけど、現在残っているのは6世紀から8世紀のもの。
いくつもの神殿が配置され、宮殿もあるマヤ文明の古代都市。

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このパレンケ遺跡が世界遺産に登録されたのは1987年。
「古代都市パレンケと国立公園」という名前で登録されているので、やはりきのう紹介したように、この辺いったいの密林もその対象となっている。
やっぱり、このロケーションがいいもんね。

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中心地にある大きくて広い遺跡が宮殿。
7世紀に着工、その後も増築されていき、120年ほどかけて完成したそう。

そのなかでひときわ目立っているのが、4階建ての塔。
高さは15メートルもある。
1000年以上も前に造られたとは思えない。
現代建築みたい。

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見張りの塔かと思ったら、そうではなかった。
この塔の4つの壁は東西南北を指している。
これは、天体観測のための塔だったのだそう。
塔の踊り場には金星を表す文字、最上階には星の観測に使ったとされるテーブルがある。

この宮殿には、当時の最先端技術が生かされている。
3メートルの深さの水路が引かれ、サウナもあったんだって。

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さらには水洗トイレ。
マヤの王様たちは、美容に気を使い、清潔好きだったんだね。

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宮殿の柱や壁には優美な彫刻が。
繊細でやわらかな雰囲気。

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ローマの遺跡でも見るような彫刻。
想像していたマヤの美的感覚と違う。

もっとワイルドでおどろおどろしい感じかなと思っていたんだけど。

そうそう。
こんなイメージ。

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このパレンケ遺跡。
いまでこそ石がむき出しの建造物だけど、当時はもっと華やかだったという。

800年もジャングルにひっそりと眠っていたパレンケ遺跡。
1746年にデ・ソリス神父が見つけた時は、建物には飾り屋根が載っていて、壁は赤や青で彩られていた。
けれど、そのあとここを訪れたスペイン人たちが彫刻や石板などを略奪したり、火事になったりして、いまのような少し寂しい遺跡になってしまった。

彫刻には少しだけ、色が残っているところも。

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太陽の神殿の屋根を見ると、当時の様子が偲ばれる。
屋根が高く、側面には彫刻のあと。
重厚感がある。

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いっぽう、童話に出てきそうなかわいらしい建物も。
窓の形が特徴的。

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この窓の形は、人間の頭やトウモロコシの葉っぱをモチーフにしたものなんだとか。
中南米、そしてメキシコで、人々が主食として食べているのがトウモロコシ。
タコスもトウモロコシの粉からできているもんね。
むかしから、トウモロコシはこのあたりのいちばん大切な食材だったんだ。

トウモロコシをモチーフにすることで、豊穣や力を象徴していたと言われている。

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パレンケ遺跡には、およそ500もの建造物が存在している。
そのなかでもまだ発掘されていないものも多く、最近になってようやく見つかったものも。

この古代都市がどのようなものだったのか、なぜ滅亡してしまったのか。
解明はこれから。

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パレンケ遺跡には、ジャングルのなかに遊歩道があり、散策を楽しめる。
そこから1キロあまり歩いていくと立派な博物館が建っている。
この博物館の入場料は無料。
せっかくなので、帰りに立ち寄ってみることに。

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マヤの世界観にどっぷりと浸かれる博物館。
展示品も豊富だし、展示の見せ方にも工夫がある。
でも残念なことは、このほとんどがレプリカだということ。
本物は首都のメキシコ・シティの国立人類学博物館にあるんだって。

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この妖怪の顔みたいなのは、すべて文字。
ものすごくデザインが細かくて、短い単語ひとつ書くにも大変そう。

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一番奥の薄暗い展示室。
ただならぬ雰囲気があるけれど、いったい何が展示されているのだろう。

これは!?

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パカル王の棺。

パカル王の墓が発見されたのは1952年のこと。
考古学者が、碑文の神殿の壁の石を取り外したところ、地下室へと続く階段を見つけた。
土砂で覆われていて、取り除くのに3年もかかったのだそう。

やっと地下まで掘り下げて、まず発見したのは6人の若い男女の遺体。
これは道連れにされた、王の殉死者。

そしてその下に王の石棺があったのだそう。

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石棺の重さはなんと20トン。
一枚岩で造られた5トンの蓋には、人や神、植物、マヤ文字が刻まれている。

パカル王の遺体はヒスイの仮面をかぶり、たくさんのアクセサリーを身につけていたのだそう。

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石棺に施された彫刻を横から見ると、マヤの神官が宇宙船を操縦しているように見えるらしく、マヤ人宇宙人説をまじめに主張する人たちもいるんだって。
宮殿には天文台もあるし、古代マヤ人が高度な天体観測技術をもっていたことも、この説を後押ししてるらしい。

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さて、ジャングルの中に眠り続けたマヤの世界遺産「古代都市パレンケと国立公園」。
「星いくつ?」

「星、2つ!

ロケーションが良くて、遺跡好きでなくてもワクワクできる場所。
建物によっては、階段を上ったり中に入ったりできるので探検気分を味わえる。
メキシコの遺跡では、中に入れず眺めるだけってところも多いから。

当時の色がそのままだったら、どんなに華やかで美しかっただろうと思う。

そうそう、このパレンケ遺跡には子どもガイドがいるよ。

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最初「ガイドするよ」ってスペイン語で話しかけられて、「わたしたち英語しか話せないから」って断ったら、とっさに英語に言い替えて「ガイドします」って答えていた。
子どもなのに、したたか。

よその国で、子どもがお小遣いほしさでガイドを名乗り、ただ適当についてくるだけっていうのはよくあるけど、ここの子どもガイドはそうじゃないみたい。
公認で、ちゃんと遺跡の中に入ることが許されていて、まじめにお客さんに説明している。

「誰が子どもガイドを雇うんだろう」ってケンゾーと笑っていたら、けっこうみんな子どもガイドを頼んでるんだよね。

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ここには大人ガイドがいない。

子どもたちの社会体験や教育の一環として、子どもたちにそういう機会を大人がしっかり与えているのかもしれない。
子どもたちにとって、自分たちの歴史を知れるし、勉強にもなるし、コミニュケーション能力も身につくし、とてもいいことだと思う。

日本でも観光地のお城や遺跡で、子どもガイドを取り入れればいいのに。
夏休みにちょうどいいと思うんだけどね。
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